ウサギ穴を抜けると、ひんやりと冷たい風が頬を撫でる。春を迎えたお祭りの時期ではあるけれど、ラクトパラディアには今日もうっすらと甘い雪が積もっていた。
「ここは相変わらずみてえだなァ」
過去には色々とトラブルに見舞われたこの地だが、今日は比較的天気も良く、平和に見える。周辺の様子を一通り見回して、菱川・彌三八(彌栄・f12195)は後ろに続く雨野・雲珠(慚愧・f22865)を手招いた。
「ピーノくん達も元気でしょうか?」
今回のイベントに当たって二人の用意した衣装は、この国に似合いの一品。ミント色の和服に雪の色をしたあたたかな上着――そうして揃いの装いに身を包んだ『お客様』を、当然彼等が見落とすはずもない。
『猟兵サンじゃないデスカー』『コンニチハー』
「よう雪玉の」
「お久しぶりです!」
この国の住人、動く雪だるまのピーノくん達に手を振り返して、雲珠は持参した大瓶――幻朧桜産の蜂蜜を手渡す。
「これ、よかったら皆さんでどうぞ」
『これはこれはゴテイネイにー』
甘い氷菓子を扱う彼等には嬉しいお土産だったらしく、彼等は「ワーイ」と歓声を上げている。お礼はどうしましょうか、と悩む彼等に、二人は観光情報を求めることにした。
「今日は遊興だからヨ、案内を頼むぜ」
「最近気に入りの場所とかありませんかね?」
ははあ、それでしたら……と彼等が案内したのは、いつだか噴火したチョコレート山の方角だ。今はすっかり収まって、クランチチョコレートみたいな溶岩の上に白い糖衣が降り積もっている、そんな小高い山の裾野辺り。なだらかになったその場所には、ピンク色の花を咲かせたアイスの木が群生していた。
真下まで歩いて、この国らしいパステル色のそれを見上げると、花弁の隙間からオーロラの舞う空が覗き、他では中々見られない光景を楽しめるのだ。
二人の世界で見られる桜とはまた趣きが違うけれど、これはこれで――。
「ちなみに、これは何て名前の花ですか?」
『さあ、何でしょうネー?』『ナンカ種撒いたら咲きマシタヨ』
びっくりするほど緩い解説を加えながら、ピーノくん達は二人のためのおやつを運んできてくれた。
メシアガレー、と雲珠に差し出されたのは、雪だるまを模した二段重ねのアイスクリーム。頭の部分には丁度彼等のような能天気な顔が描かれている。
「なんとかわいらしい……」
「顔までついてるたァ器用なこった」
感心したように言う彌三八の手にもまた、カップに乗った雪だるまが。ただしこちらは、頭と胴体の下に三段目、土台のアイスが据えられていた。
「……よくばりすぎでは?」
「俺ァ体がでかいから良いんだヨ」
一番てっぺんの頭、雲珠にはない三段目は、イチゴ味っぽい胴体よりも薄いピンク色をしている。恐らくは「春の味わいを」という彌三八のリクエストに応えたものだと思われるが。
「それだけ味が違う感じのやつですね!?」
「ああ、桜味っつってたか」
「ひとくち! ひとくちください!」
「そんねェに慌てずとも分けてやら」
面白がるように笑いながら、彌三八はスプーンで掬ったそれを差し出してやる。一瞬、桜の精がこれを食べるのは共食いになるのか、みたいな思考が頭を過ったが。
「いただきます」
ふふふ、とそれを味わいながら笑みを浮かべる雲珠の様子に、先程の考えは伏せておくことにした。
「ほれ、すんなら俺も」
「同じ味のお持ちですよね?」
野暮なことは言いっこなし、そう押し切った彌三八に、雲珠は困ったような表情で匙を差し出す。
嬉しそうな顔は言わずもがな、こうした慣れない様子もまた味わい深いもの……などという彼の内心を知ってか知らずか、雲珠もどこか物思いに暮れる。
――今までもそうだったように、猟兵として生きていれば、この先も色んな世界へ治療に出かけることになるだろう。可能であればその旅路も一緒に、と考えるのは贅沢なことだろうか。
用心棒として心強いのは勿論だし、苦しい時にも、きっと勇気が出るだろう。
ああ、それに、見たことのない景色を一緒に見ることができたなら、きっと楽しいに違いない――。
と、そこまで考えた所で頬を突かれて、雲珠は我に返る。慌てて視線を向けると、彌三八が呆れたような素振りでこちらを覗き込んでいた。
「おィ、今度はなに考えてやがんだ?」
「……いえ、その。なんでもないです!」
なんでもないことはないだろう、けれどそこを追求する代わりに、彼は後ろに指を遣る。
何にせよ、お前ェが上の空じゃ困るんだよなあ、とそんなことを考えながら。
「彼方じゃ弾ける様な飴の欠片をかけられるってよ」
「え、本当ですか!?」
『ハーイ、イラッシャイマセー』
急ごしらえの屋台の方から、商魂逞しいピーノくん達の声が届く。
先の展望も気になるところではあるけれど、まずは目の前に広がる、柔らかで甘い雪の世界を楽しもう。
雲珠は彌三八を連れて、そちらの方へと駆けていった。
成功
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