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散華二十八衆句

#サムライエンパイア

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 散華楼に今宵も花が咲く。
 積まれた金子は土。注がれた昏い欲望は水。乱れ咲く娘の血は、花。
 されどその名を裏切り、散華楼に集められた"花"は散ることを許されない。
 ありとあらゆる狂気を注がれて、根が腐り、茎も葉も歪に捻じくれてもなお、土が枯れるその時まで生かされ続けるのだ。
「コロシテ」
 人買いに散華楼に売り飛ばされてから、三年。穢し尽くされ、玩び尽くされ、人らしさすら失ったユキは、涙を流せぬ瞼を震わせて、懇願する。
「シナセテ」
 目の前に立っている男に、額を床に擦り付けながら、懇願する。
 廓の主。女衒の男。狂った悪徳を世に恵む――悪鬼。
 十のころから三年。あらゆる昏い水を注がれたユキの身体は醜く歪み果て、目出度く馴染みの鬼畜にも飽きられたのが一月前。夢にまで見た、土枯れ。
 だから、
「コロシテ」
 願う。
「シナセテ」
 心から。
 きっとここより地獄のほうが、まだ人の情に溢れているだろうから。
 けれど、悪鬼はまるで褥で恋人に睦言をささやくように、ユキの耳に唇を寄せてこう囁きかけるのだ。
「そンなつれないこと言うなよ深雪。死なば諸共、いずれ昏い海の底でめおとになろうじゃないか」
 そうして、悪鬼の哄笑と共に畳の上に黒い泥濘が広がる。汚液と共に産み出されるは一振りの呪刀。それを目にしたユキは、それだけは許してくれと、うまく動かない身体を揺さぶって、まともに声も出ない喉を震わせて、叫んだ。
「コロシテ」
 だってこの刀は、ほんとうに人を人でなくしてしまう、魂を穢すモノなのだから。

 事の次第を視ていた最中、ずっと噛み締め続けていたものだから、彼方の地の光景から意識を現実に戻したグリモア猟兵の一色・錦の唇には、血が滲んでいた。
 錦は低くしゃがれた声で、猟兵たちに告げる。
「あの男を始末して」
 サムライエンパイアの某街道沿いにある宿場・銀雁宿が、オブリビオンの悪鬼に占領されたという。
 悪鬼は本陣を中心に宿場の広範囲を堀と土塀で囲み、要塞化させた。そして、その内部に遊廓を築いた。
 銀雁遊廓では、カネさえ積めばありとあらゆる悦楽を享受できる。人の世で広く認められている道楽も、人の道に外れた決して認められない狂宴も、全て。
「悪鬼が楼主を務める本陣は、『散華楼』と呼ばれているわ。大小合わせて百に迫る妓楼がひしめく銀雁遊廓のなかで、一等格式が高い大見世。そして、裏では一等凄惨を極める愉悦を提供する、此の世に在ってはならない地獄よ。一見さんがお客として揚がるのは、まず無理でしょう」
 つまり、悪鬼の喉元に喰らいつくには別の方法を採らねばならないということだ。錦は、指を二本立ててみせた。
 一つは、仕事を求めて散華楼を訪ねること。妓楼の仕事は想像以上に多岐に渡る。日々の雑用から料理番、用心棒、各種専門知識を有した者など、大店ゆえに優秀な奉公人は喉から手が出るほど欲しいはずだ。もっとも、信頼を勝ち得るには年相応、特技相応の仕事を求めねば怪しまれるだろう。
 もう一つは、何らかの手段で我が身を散華楼に売ること。錦は、苦々しげに表情を曇らせながら言葉を続ける。若く、美しく、無垢な娘が絶対の条件だ。基準は曖昧だが、二十歳に近づくほど無用となる。さらには、礼儀を知り、教養があり、従順であることが望ましい。
「奉公人として仕事に就くにせよ、遊女見習いとして廓に身を寄せるにせよ、悪鬼が居住する散華楼の最奥に近づくのは、時間がかかると思うわ。きちんと務めを果たし、まずは配下の者たちからの信頼を勝ち得ねば、悪鬼と対面することも難しいと思う。……どうぞ覚悟を。見たくないものを見るでしょう。したくないことをするでしょう。それを、胸に刻んでおいて」
 錦はそう言って立ち上がり、猟兵たちを銀雁宿へと送らんとする。その背に、ある猟兵が一つの疑問をぶつけた。
 予知で見たという、ユキという娘は助けられないのかと。
 錦の目が揺らいだ。彼女は掌の上にグリモアを浮かべたまま、唇を震わせた。
「助けられない。助けられないの、誰も……。あの子たちは、あたしたちが本当に助けるべきあの子たちは、花を散らすことでしか、救えない」
 ごめんなさい。
 最後に呟かれたその言葉は、誰に向けられたものだったのか。


扇谷きいち
 こんにちは、扇谷きいちです。
 リプレイの返却スケジュールを紹介ページでご連絡する場合があります。お手数をおかけしますが、時折ご確認いただければ幸いです。

●補足1
 第一章では、銀雁宿のなかにある銀雁遊廓の中心に位置する、散華楼への潜入を試みてください。
 仕事を求める場合は、売り込み方に説得力があれば年齢性別種族は問いません。
 遊女見習いになる場合は、種族は問いません。ただし、年齢と性別は純粋にステータスシートを判定基準にします。
 相手は人間を見るプロなので、「ウン十歳だけど見た目は十代」「男だけど女の子に化ける」などは通用しません。「○○の種族だから若く見える」というのも本シナリオでは無効とします。誠に勝手ながら、ご了承ください。

●補足2
 冒険章における「POW」「SPD」「WIZ」の行動は一例です。
 思いついたことは何でも試してみて頂いて構いません。

●補足3
 第一章の開始時刻は夕方。
 天候は晴れ。
 長丁場の日数をかける依頼となるため、シナリオ進行上変化します。
 時刻と天候による有利・不利は存在しません。

 以上、皆様の健闘をお祈りしております。
 よろしくお願いいたします。
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第1章 冒険 『裏の依頼をわざと受ける』

POW   :    依頼人の前で腕っ節を披露し、使い勝手の良い体力バカを装い信頼を得る。

SPD   :    手癖の悪さや鍵開けなどの器用さをアピールし信頼を得る。

WIZ   :    口八丁で依頼人に取り入る。依頼人と同じ穴の狢だと思わせ信頼を得る。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 銀雁遊郭の大門をくぐれば、そこは現とは分かたれた夢幻の庭である。
 夜の帳が降りた郭を染め上げるものは、熟れた果実のような赤一色。軒下にずらりと並んだ提灯が投げかける光に照らされて、張見世の朱塗り格子が妖しく輝いている。
 大通りに立ち並ぶ桜は生き急ぐように花を咲かせ、客を迎えるべく揚屋へと練り歩く太夫の道中に儚い花弁の雨を降らせている。その色彩もまた、灯りを透かして血を思わす紅色を映していた。
 華やかなりし銀雁遊郭の最奥に鎮座ましまして、宿場全体を睥睨しているのが、此の地の主たる悪鬼が住まう『散華楼』である。他と一線を隠す豪奢な造りの大見世は、元が無骨な本陣屋敷だったとは思えないほど、面妖な佇まいを誇る。
 遊郭内にひしめく数多の見世は所詮、この散華楼の目眩ましとして集められたモノに過ぎない。
 先の道中で黒山の見物人を築いていた太夫すらも、この散華楼に揚がることは夢のまた夢である。あるいは、それは幸せなことだったのかも知れないけれど。

 さて、銀雁遊郭へと降り立った猟兵たちが散華楼に身を寄せてから、早七日が経とうとしていた。
 ある者は若衆として忙しなく働き、ある者は邪な務めを負わされ、ある者は遊女見習いとして研鑽していた。
 形は様々であるが、猟兵らの目的はただ一つ。妓楼からの信頼を得て、銀雁宿を支配する悪鬼の喉笛に喰らいつくこと。
 それだけだ。
ステラ・エヴァンズ
…ユキさんは籠の鳥だったのですね。
私と似ています…人に利用されて………救えずとも、せめて手向けを

私の年では遊女なんてとても無理ですから
芸者、或いは用心棒として雇ってみないか交渉してみましょう
これでも私は戦巫女ですから舞は得意中の得意です
「舞えと仰るならば今のこの場で一舞しましょうか?それとも、琴でも奏でましょうか?」
舞えといわれたならば懐から扇を取り出し舞って見せましょう
琴はご用意いただければ奏でますとも
それらがお気に召さないというのなら、用心棒として売り込みます
持ってきていた薙刀を振り回し、切り伏せる真似でも致しましょう
必要とあらば、手合わせしても構いません
皆手打ちでなぎ払い、ふき飛ばします




 芸妓として己を売り込んだステラ・エヴァンズが、初めて散華楼の座敷で舞を披露したのは五日目のことだった。
 客はこの一帯で手広く商売をしている酒問屋のご隠居である。彼の求めに応じてステラが春の訪れを寿ぐ舞を披露すると、遊び慣れたご隠居も彼女の嫋やかな所作に見惚れて、大いに喜んでくれた。
 のみならず、「私があと二十も若ければ、ステラ。お前さんを後妻にでも迎えたかったんだがね」と相貌崩して、黄金色の気配がする何某かを包んだ袱紗を彼女に手渡してくるのだった。
 ここまで至るのに、ステラは四日間を浪費した。いや、僅か四日だけで大店のご隠居の心を掴んだのは天晴と言うべきだろうが、真の目的を悪鬼討伐と定める彼女にとって、それは気が気でない四日間だった。
 初日。「芸妓として雇って頂けないでしょうか」と散華楼の門を叩いた折、色気滲ませる女盛りのステラの容貌と、披露した舞踊の評価は至って上々だった。
 しかし、散華楼は"表向き"は格式高い大見世である。すぐに本陣の座敷に呼ばれることはなく、まずは試しとして、銀雁遊郭にある散華楼より幾らか格の落ちる別の置屋に所属するすることと相成ったのだ。
 ステラはその境遇に焦らなかった。猟兵としての本願を遂げるべく、戦巫女として培ってきた舞を愚直に披露し続けてきた。それが、大いに評判を呼んだ。
 ステラの美貌と芸を、粋人たちは放っておかなかったのである。
 ――最近、銀雁遊郭の芸者置屋に流れてきた、異国風の別嬪を知っているかい。
 ――ステラだろ? 知らないヤツはとんだ野暮天よ。
 そんな噂が銀雁遊郭で話題となり、かくして散華楼の常連である酒問屋のご隠居の耳にも届いた……というわけだ。
 宴も酣と言ったところで、ご隠居が贔屓の太夫の座敷に招かれた。
 お務めを終えて宴の場から置屋に引き上げようとしたステラを、初日に彼女の技量を見定めた芸妓管轄の手代が、上機嫌な様子で呼び止めた。
「あっちには戻らんでいいよ、ステラ。あんたの評判は上々だ。もう何も言うまい、部屋を用意するから、ウチの座敷をこの調子で盛り上げてくんな」
「はい、ありがとうございます手代さん。謹んでお引き受けいたします」
 そのようにして、ステラは散華楼内部への潜入を果たすこととなった。
 ――これで私もユキさんと同じく籠の鳥。私と似た、まだ見ぬ人……再びこのような立場になることは運命だったのでしょうか。
 表に浮かべる笑顔とは裏腹に、ステラの心中に去来する思いは、甘いものではない。
 救えずとも、せめて手向けを
 布袋に包んだ薙刀を抱えて部屋を移るステラの表情は、険しかった。

成功 🔵​🔵​🔴​

千桜・エリシャ
WIZ

花は散り際も美しいものですが、無用に散らすのは同意致しかねます
無粋な悪鬼の御首をいただきに参りましょう

私は遊女見習いとして潜入
条件には合致しているはず
まずは季節の時候を交えた手紙を出してから訪ねてみましょう
これで教養があるアピールができるかしら
訪ねた際は質素な和服で
礼儀正しく――まあ、これはいつも通りで大丈夫そうですわね
そして、いかにもお金に困っているように振る舞いましょう
私は貧しい下級武士の家の娘
ここでこの身を買っていただけなければ、お家が生活難で断絶してしまうと必死にお願いしますわ

潜り込めたならば、口答え1つせずに与えられた仕事をこなしていきましょう
そうして機会を待つことにしますわ




 したためた文からは、フワリと桜の香が匂ったそうだ。
 彼女自身がなにかを期待したものではない。千桜・エリシャという少女は、そういう少女なのだ。いつだって、期せず人を"誘惑する"のだ。
 エリシャは散華楼を訪れる前に、まずは文を送った。
 時候の挨拶から始まり、己の身の上を銀雁宿を含む領内の世相を交えて伝え、今や遠い平安の世の和歌に返歌する形をとって、遊女見習いを乞うた。
 文を受け取った者の教養をも試す一通だった。それは鋼を用いない戦だった。
 返事はこなかったが、三日目の夜、エリシャが文に記していた逗留先に、散華楼の手代と若い衆が訪ねてきた。そして、質素ながら品を失わない彼女の立ち姿に魅了された彼らは、散華楼の新造としてエリシャを迎え入れるのだった。
「ここでこの身を買っていただけなければ、お家が生活難で断絶してしまう」
 そんな切実な武家の娘としての懇願に、まんまと引っかかって。
 ところで、十を超えてから売られてきた娘は花街のなかでも出世は見込めぬ。
 禿を経て教育を施されてきたエリート候補である振袖新造とは違い、十五も過ぎればさっさと客を取らされるのが常である。
 しかしながら、エリシャは客を取らされることはなかった。彼女を検分した鋭い目つきの遣手は「あれは化けるよ。生まれつきの誑しだ」と口元に笑みの形を描き、番頭に何事か囁いたのだった。
 かくしてエリシャは、新造として"表の"太夫の付き人ととなった。
 十六歳。この世界に飛び込むには、あまりに歳をとりすぎている。だが、それを覆す色香がエリシャにはあった。遊女として求められる知識も技術も、飲み込みが早かった。何年も散華楼で修行している新造たちが、唇を噛むほどに。
 あるいは、長く修行している新造たちに発破を掛ける目的で、遣手や番頭はエリシャという特異な存在を妓楼に紛れ込ませたのかも知れない。
 ある日の夜、エリシャは付き従う太夫の名代として、さる大店の若旦那の座敷に就くこととなった。酌をして、機知に富んだ会話を紡ぐうちに、若旦那は酒で赤らんだ顔を不意に意地悪く歪めて、横目で彼女を睨んだ。
「桜、お前さん、親の借金に困って他所から流れて来たって言うじゃねえか。いずれ後悔するぞ」
「これは異なことを仰られる。私はお家を守るために身命を賭す身の上。その務めを果たすことに、どうして後悔などありましょう」
「わかってないな。銭を幾ら積んででも逃れられない、本当の地獄ってのが此の世にはあるんだよ」
 意味深長な口ぶりで、若旦那は杯を満たす酒を一息で飲み干した。
 ――言われずとも、それは承知の上。花は散り際も美しいものですが、無用に散らすのは同意致しかねます。その無粋を止めるためならば、私は。
 エリシャの決意の本質を、若旦那は見抜くことができないようだ。
 当然である。新進気鋭の新造が、「悪鬼の御首をいただきに参りましょう」などという荒武者が如き決意を秘めているなど、誰が想像できようか。
 誰も出来ぬまい。
 それは、散華楼の奥に潜む悪鬼もまた、同じはず。
 少なくとも、今は。

成功 🔵​🔵​🔴​

ユルグ・オルド
金で花を買うたって、積みゃあなんでもってもんでもねェでしょ
命一つ買いあげて踏み躙って散らすまでってのが気に入らねェ

御盛況なようで用心棒の手は如何、
いやァどうにも金がなくってね
腰に提げた一振りが最後さ
なんなら担保として預けたって良い
体力ならあるもんだから、力仕事も出来るよ
水汲み、仕入れに、喧嘩の摘まみだしだって
首に紐付けてる間は忠犬宜しくなんも言わない
花に手ェ出す気も毛頭ないし
雇ってみて使えないってなら蹴りだしてくれ
ね、どうだろ

同僚へ語る口は常と変わらず気安く
目上にゃ慣れない敬語でもって
返事よくして一つずつ、こなしてくかな
生垣の外の雑用から少しずつ、
今は番犬になれますよって示せりゃいいかな


葦野・詞波
何か一つは能を示せ、か。
生憎そう若くはない。眼鏡には叶わないだろう。

人より優れているといえるのは、槍の腕だな。
用心棒として雇って欲しい、と願い出よう。
雇って欲しい理由は金だ。
金さえくれるなら裏切ることはない。
何かと理由をつけるよりは分り易いだろう。

実際に試合や演舞でその腕を示すも良し
槍投げの腕で力を証明するも良し
信頼を得るために汚れ仕事が要るなら躊躇はしない。
根元から断つためには、必要なことなのだから。
淡々と仕事をこなす

幸いなことに女の身だ。
遊女にも用心棒をつけるなら適任だろう。
他は……
口下手なりに遊女の相談相手にもなれないこともない。
万に一つも間違いはない、と売り込む




 いつの世も、食い詰めた武芸者が職を求めて如何わしい界隈に流れ着くのは、珍しいことではない。異国の刀を佩いたユルグ・オルドと、無銘の槍を携えた葦野・詞波が食い扶持を求める浪人に扮して散華楼を訪れたのは、奇しくも同じ日の同じ刻限のことだった。
 二人は散華楼の勝手口からも離れている、人目につきにくい裏庭に通された。
「いやァ、どうにも金がなくってね。腰に提げたコイツを質に入れるのも考えたんだが、腐っても剣士、そいつも忍びない。ならいっそこちらの大店に担保として預けて、そのまま働かせて貰えばこれ以上はないと思ってね」
 あっけらかんとした口ぶりでユルグ・オルドが職を求めれば、詞波がそれに続いた。
「そういうことだ。私も槍の腕前なら誰にも負けぬと自負している。太平の世となって久しく、私のような一介の武芸者が身を立てるのは容易ではない。それなりの手当を頂戴できるなら、何も文句は言わない。金で私の腕を買ってくれないか」
 散華楼の警備を任されている男は、射抜くような視線で二人の浪人を値踏みする。格好は小奇麗だが、厳しい面構えと着物の影から見える彫り物は、明らかにカタギのそれではない。
 おおよそ一分ほど無言を貫いた男は、不意に片手を上げた。すると、周りを囲っていた若い衆が手に手に角材やら木刀やらを構えて、ユルグと詞波との距離を詰めてきたではないか。
「能を示せ、と。そういう解釈でよろしいか」
 低く腰を落として身構えながら詞波が尋ねても、男は薄ら笑いを浮かべるだけで何も答えなかった。それを合図に、若い衆がユルグと詞波に襲いかかってくる。
 ――まァ、こうなるよな、普通。
 ユルグは四方八方から振り下ろされる角材をいなしながら、心中で息を吐いた。

 さて、そんな出来事も三日も経てば笑い話である。
 本当はそのまま袋叩きにして身ぐるみを剥いで放り出すつもりだったのだろうが、しっかり腕を示したユルグと詞波は、めでたく用心棒として散華楼に雇い入れられた。
 ユルグはその人好きする雰囲気と態度が好まれて、彼より年少の奉公人たちから"赤目の兄さん"と呼ばれて慕われている。頼まれれば「喜んで」と嫌な顔ひとつせず力仕事も請け負ってくれるので、年季の入った奉公人からの評判も良い。
 いっぽう、寡黙な詞波は人を寄せ付けるタイプではないが、男の用心棒では心許なくて頼めない細々な注文を受けているうちに、遊女やその見習いの少女らから少しずつ信頼を勝ち得ていた。特に十代半ばの少女らは、遊郭ではお目にかかれない凛とした彼女の美貌に、ある種の憧れを抱いているようだった。
 そんな二人の主な仕事は、散華楼のなかの見回りである。厄介な客や、侵入する泥棒の捕縛が目的ではない。足抜けを防ぐこと……つまり、遊女たちが逃亡を図らぬように目を光らせるのが、その第一の役目であった。
 あまり気分のいい仕事ではない。潜入を果たし、表向きの仕事についている人々と接していれば、猟兵と言えど情も湧く。特に遊女らと接する機会の多い詞波の心中は、複雑だった。
 そして七日目の晩、事件が起きた。前々より心持ちが不安定だった若い遊女の一人が、間夫を頼って足抜けを図ったのである。捕らえたのは、ユルグと詞波だった。
 夕顔というその娘は、まだ十七歳。突き出しからまだ一年も経っていない。あるいは、だからこそ耐えきれずに逃げ出そうとしたのだろうか。
「あまり酷い折檻はしてやらないでくれ。夕顔は、少し疲れが溜まっていた様子だった。気の迷いを起こしただけなんだろう」
 猟兵たちがここにいる理由は、散華楼のなかで信頼を勝ち得るためだ。
 荒縄で縛られて連れて行かれる夕顔の背を、詞波はただ見送ることしか出来ない。せめて温情を乞おうと遣手に訴えるが、彼女はむっつりとした表情で詞波を睨み返すだけだった。
「気に入らねェ」
 事件の始末を終え、騒動も鎮まった夜更。ひとり散華楼の裏手に足を運んだユルグは、この数日で溜め込んできたものをその一言に詰めて吐き捨てた。
 あの後、夕顔がどのような非遇に見舞われるのか、確かめる術は今はない。
 命一つ買い上げて踏み躙って散らすことすら厭わない悪徳が、この妓楼の何処かで行われているのだ。この手で捕らえたあの少女が、そのような場所に送り込まれない保証は、どこにもなかった。
 ユルグは赤の瞳の奥に静かな怒りを宿しながら、奥歯を噛みしめる。
「いつまでも大人しい番犬でいると思うなよ」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

レイ・ハウンド
浪人装い用心棒として取り入る
随分と堅牢な要塞を築いてる辺り敵は多いんだろ
…或いは女郎が逃げねぇ為か

腕っ節は目前で岩でも叩き斬る所を見せるか
こう見えて忍び足で目立たない様隠密も出来る
散華楼の市場は独占したかろう
邪魔な同業の首刎ね位お安い御用だ

特技の殺し
折角なら金払いの良い所で活かしてぇなぁ?
どんだけ稼げば此処の客になれるんだか…

持ち前の凶悪面に下卑た笑み
瓢箪に詰めた酒と煙管の葉を賄賂(コミュ力)に
同じ穴の狢として取り入ってゆく

下衆の話にも乗り遊廓の情報を得る
影の追跡者で用心棒の頭目や上客もつけよう
…流石に女達を出歯亀はしねぇよ

濁った水ばかり飲むだろう
…それでも最後に叩きつけるのは
悪鬼供への天誅だ


鳴守・猛
人弄ぶ鬼
思うところはあるが
幸にも、俺は表情が動かぬ鉄面皮だ無粋だと
曰くその様な強張りきった顔らしい

沈黙保つ力持て余した用心棒として
彼の館へ売り込もう
俺が出来るは力を奮う事のみだ
其は常と変わりない

雇い主を探していると
同じような力自慢の者に率直に
試験などあらば
心して受けよう

怪力と物怖じせぬ胆力を以て力を示す
必要であれば雷の技も

――この力のお陰で
元居た田舎でははぐれ者だ
死にたくはない
頭も無く、器量のない俺が生きのびるには
安定した金が必要だ
この力を奮い、金が得られるのであれば
言われるままに、何でもこなして見せよう


地獄を見る覚悟はしている
口にも、顔にも出ぬだろう
――心には
痛みを以て、律するしかあるまいが




「レイ、猛、お前さんがたに荒事を頼みたい」
 その日の昼に、レイ・ハウンドと鳴守・猛は銀雁遊郭にある酒処の一室に呼び出された。二人に遅れてやってきたのは、彼らの腕前を試した刺青の男と、散華楼の表の仕事の責任者である番頭だった。
 まずは一献と酒を酌み交わしたあとで番頭から切り出されたのが、上述の言葉である。
「うちには活きの良い若い衆が大勢揃っているが、所詮は素人だ。しかし、お前さんがたは違う。本物の命のやりとりってもんを知っている。違うかい」
 老いて垂れ下がった厚いまぶたの下、どろりと澱んだ番頭の目に剣呑な光が宿る。それは普段見せる溌剌とした商売人としての表情ではなかった。悪鬼に与する、外道としての表情だった。
 レイと猛が用心棒として雇われたのは、今から五日ほど前。
 それより前日に若い衆がユグドと詞波に叩きのめされたこともあり、二人に課せられた力試しは純粋な武芸だった。
 裏庭に転がっていた大岩を、レイは刀の一振りで叩き斬って見せた。
 猛は、その大岩を掌から迸る雷で粉砕せしめた。いずれも、人ならざる力を一目で示すには十分にすぎる異能だ。二人は何も文句をつけられずに雇い入れられた。
「違いない。最初に訪れた日にも言ったが、特技は殺しだ。良い手当を貰っている以上は、その腕を活かす場も用意して貰いたいと思っていたところでね」
 不遜な態度でお猪口を満たす酒を呑み下したレイに、番頭は笑みを浮かべる。
「俺ができることは、力を揮う事のみ。元よりはぐれ者として生きてきた身だ。生きるために金が得られるならば、なんでもこなして見せよう」
 それに続いた猛の淡々とした言葉に、番頭と刺青の男は目配せし合う。
 ふてぶてしくも腕の立つ浪人と、鉄面皮で寡黙な若い剣士。この異能の用心棒二人に、彼らは"表にできない仕事"を頼む決心をつけた様子だ。
 刺青の男が、聞き耳を警戒するように身を乗り出した。
「実は、先生方に折り入って頼みたい仕事が――」

 月のない夜だった。春も近いというのに、吐く息が白く霞んだ。
 レイと猛は散華楼に身を寄せてから初めて遊郭の外へと出た。向かう先は銀雁宿内にある旅籠だ。そこに、"斬るべき敵"がいるという。
「本当にやるのか」
 裁着袴に背割り羽織、頭には菅笠。旅装束に変装した猛が、同じく変装したレイに尋ねた。
 覚悟は出来ている。地獄を見る覚悟は。手を汚したとしても、この強張った顔も口も、苦しみを訴えることはないだろう。しかし、この仕事に思うところがないわけではない。心だけは、痛みを以って律する必要があるだろう。
「さあな」
 レイは前を見据えたまま答えた。己を売り込む際に放った言葉は本当だ。必要あらば、相手の首を刎ねることもレイは辞さない心構えで、この仕事を受けている。それでも濁った水を飲み下せば、身も心も蝕まれるだろう。行き場のないその苦しみをぶつける相手がいることは、せめてもの幸いか。
 目当ての旅籠に到着すると、二人は客として部屋をとる。旅の格好は解かない。辺りの気配に注意を向けながら、二人はそっと部屋から抜け出した。
 番頭いわく、この宿で密会が行われているという。
 銀雁遊郭を支配する散華楼を快く思っていない地元のヤクザ者が、比較的散華楼の影響力が及びづらい新興の妓楼と手を組んで、遊郭内の勢力図を塗り替えようと画策しているのだそうだ。
 今宵、この宿の一室で、ヤクザの親分と妓楼の主とが話し合いの場を設けている。
『そいつを斬ってくれ。できるだけ惨たらしい姿でな。散華楼に楯突くやつがどうなるか、見せしめにしてやってくれ』
 レイと猛は音もなく、会合が行われているという部屋の前に立った。物音はしないが、大勢の人が集まっている気配はする。一言も発さず、二人は襖を開けて部屋の中に足を踏み入れた。
 なかには、なるほど、カタギには見えない連中が集まっていた。二人の姿を見るやいなや、ドスや脇差を抜いたチンピラどもが襲いかかってくる。
 レイは鞘ごと帯から抜いた刀で、それらのチンピラを叩きのめしていく。猛も、徒手空拳で相手の得物を叩き落とし、当て身を食らわせて無力化する。
 ヤクザや妓楼の主が怯んだところで、二人は懐から取り出した符を掲げた。
「……天下自在符!?」
 それは、江戸幕府から猟兵たちに与えられる、天下御免の符である。親分と妓楼の主、それに刃を構えたチンピラたちまでもが、それを目にした途端に平伏する。
 なかなか悪くない光景だ。レイは笑みを浮かべながら彼らに申し付ける。
「訳あって、お前らの計画は中止にしてもらう。なあに、タダでとは言わん。あと一月内に、銀雁遊郭の全てをお前らにくれてやる」
「だが、このまま帰すわけにもいかない。アンタらを惨殺するのが俺たちの仕事でね。一芝居うつために、しばらくのあいだ行方をくらませてもらうぞ。嫌と言うなら、このまま仕事をさせて貰うがな」
 猛の脅しに親分も妓楼の主らもブルリと震えて、「仰せのままに」と受け入れた。
 それから宿の主にも断りをいれて、二人は部屋を荒らして激しい虐殺の痕跡を作り上げた。さすがに死体は用意できないから、そこは夜明け前に役人が片付けたということにする。
 翌日、銀雁宿一帯は、親分と妓楼の主らが抗争に巻き込まれて惨殺されたという事件の話で、持ちきりになった。
 レイと猛は番頭たちに一目置かれることとなり、やがて裏の仕事にも深く関わっていくこととなる。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

イェルクロルト・レイン
――ああ、それを口にすることはままならないけれど。
似た感情は知っている。
****なんて願う度に、何かの枷が、衝動が、瞬く間に願いを殺すんだ。
救ってやろう。この手で、奪って。

仕事を求めに行くのが易いか。
何が売りかと言われれば、この耐性ぐらいだろう。
店商売、なんだろ。毒でも、呪詛でも、なんでもいい。
いわば「毒見役」というやつか。軽い毒なら飲み干せよう。
簡単にはくたばらないこの身体を、欲しがれば良いのだが。

付け焼き刃でも礼儀作法に則って。
男で効くかは分からぬが、誘惑と共に言いくるめる事が出来たなら。

万が一があれば番犬――用心棒でも推しとこう。
吠え噛みつき、恐喝ぐらいなら犬畜生にでも出来るさ。




「公儀の呪法だって?」
 小刻みな痙攣が収まらない左手で、イェルクロルト・レインは湯呑を持ち上げようとした。やはり指に力が入らない。まだ、物を持ち上げることは叶わなそうだ。或いは一生、このままかもしれない。
 その様子を冷えた視線で眺めていた坊主頭の老人は、イェルクロルトが返した疑問に「うむ」と答えた。
 イェルクロルトらが居るのは、散華楼の地下室だ。華やかな上の建物からは想像もつかない、術書や呪術具ばかりが所狭しと並ぶ板張りの大部屋である。
 そこには、妓楼に雇われた呪術師が詰めていた。時に商売繁盛を願う祈りを捧げ、時に商売敵を呪う術を執り行う、妓楼の裏の顔の一つだ。
「なんでまた、こんな田舎の遊郭に御公儀の術師が呪いを掛けるんだ」
「その理由はイェルクロルト、おぬしが知る必要はない。だが、確かにこの遊郭を調伏せんとする呪法が掛けられておるのだ。先代が、ちと暇を願い出てな。都合が悪いことに、いま散華楼をその呪法から守るものは何一つとしてない。だから――」
「だから……俺にその呪いを受け止めろと」
 イェルクロルトは、目の前に座る老いた術師を見詰める。好々爺とは言い難い、醜く歪んだ笑みを浮かべている。人を呪殺したことのある、外法の相が滲んでいた。
 先代が暇を願い出たというのもウソだろう。きっと今頃、葬儀もあげられず土の下にいるはずだ。震える左手を湯呑から離したイェルクロルトは、溜息混じりに首肯する。
「それが俺の仕事なんだろう。毒でも、呪詛でも、なんでもいい。毒味役は毒を喰らってこそだ」
「よう言うた。それでこそ男よ。安心せい、きちんと医者も付けてやる。見た目は女童と優男じゃが、太夫の身体も診る腕利きの医者じゃぞ。お前のその……左半身も、治るかもな」
「それはどうも。ああ、医者代は報酬から引くなよ」
 話が終わると、イェルクロルトは麻痺が残る左半身を庇いながら、杖をついて部屋を後にした。呪詛を受け止める儀式のために、まずは水垢離をせねば。

 毒味としてイェルクロルトが散華楼に雇われてから、十日。
 最初の日、あの老術師に「おぬしの耐性を試す」という名目で食らわされた生きたムカデが良くなかった。
 蠱毒だったのだ。
 イェルクロルトは三日三晩、血と排泄物を垂れ流して苦しみ抜いたあと、なんとか死地から脱した。数多の耐性を宿す彼の身でなければ、おそらく半日も持たずに命を落としただろう。だが、代償は大きかった。彼の左半身は麻痺に冒され、左目もあまり見えない。病状は進行している。早くユーベルコードによる治療を受けねば、どうなることか。
 ――ああ、けれど。それでも俺は三日で済んだ。この苦しみを三年も、あるいはそれ以上受け続けている女たちがいるんだろう。
 それを思えば。この身を苛む苦痛はこそばゆいだけ。口にすることもままならぬ、絶望の色で染まったあの感情、あの言葉。解き放ってやらねばなるまい。一日でも早く。命という名の花を奪って、救ってやらねばならない。
 だからイェルクロルトは、再び死地へと身を投じる。白装束に身を包み、呪詛の贄となる。
「やっぱり、教えてくれよ。なんで御公儀がここを呪うんだ」
 餞とでも思ったのか。死にゆく者には聞かせても構わないと思ったのか。儀式を始めようとしていた老術師が、イェルクロルトの疑問にようやく答えた。
「ここはただの妓楼なんかじゃあない、ってことだ。ここの藩主は銀雁宿を"御館様"から取り戻すことをすっかり諦めたが、公儀は別だ。術法、武力、商売の三つでここを取り戻そうと画策しておる」
 そんなことはさせるものか。こんな愉快な場所を侍どもに奪われてなるものか。外法の老術師はブツブツとつぶやきながら、儀式を執り行う。
 やがて術式が正しく結ばれると、イェルクロルトの心身に冷たい毒が広がり始めた。
 ああ、次に目を開けた時に見る光景は、果たして此の世のものだろうか。
 そんなことを思いながら、イェルクロルトは舌を噛まぬよう粗布を噛んだ。

失敗 🔴​🔴​🔴​

トゥララ・ソングバード
うーん、とね……
アタシは苦しい気持ちとか、あんまり知らないんだ
アイドルはヒトを励ますイキモノだから、ネガティヴはダメなんだって

でもね、にしきちゃんが見た子はきっとアタシが知らないくらい苦しかったんだよね
だからね、知らなくても、アイドルとして――希望を、一瞬でもあげなくちゃ!

ゆーじょみならいとしてセンニューするよ
静かな子、いい子の方がいいんだよね?
お話すると悪い子がバレちゃいそうだからお話は最低限
瞳はふせがちに、動作は控えめに
ドラマで見たお姫さまのマネをするよ

偉そうなヒトにはより従順に
やりなさいと言われたことは何でもやるよ
健気に従って、理由を聞かれればそっと微笑おう
“沈黙は金”――だよね?




 トゥララ・ソングバードは苦しみを知らない。
 アイドルは人を励まし、勇気づける存在だから。決して苦しみの表情や弱音を吐いたりしてはいけないのだ。
 けれど、この散華楼の地下にいる娘らは、トゥララが知らぬ、想像もつかない苦しみを抱えているという。その苦しみに共感することこそできないが、彼女は「一瞬でも希望をあげなくちゃ」と決意していた。だって、それがアイドルの存在意義なのだから。
 散華楼の禿として抱えられてから、トゥララは休む暇もなかった。姐さん方のお世話や日々の手伝いをこなしながら、妓楼からも時おり小間使いとして働かされる。さらには、立派な遊女として成長するべく、三味線や舞踊を始めとする稽古事を付けられるのだ。
 ――静かな子、あたまのいい子、それにおとなの言うことを聞く子がいいんだよね?
 天真爛漫で、どちらかといえば悪いコだという自覚のあるトゥララにとっては、ここでの生活はいささか窮屈だ。話し言葉、歩き方一つとってもすぐに注意されるし、上下関係の規律も信じられないくらい厳しい。
 トゥララは、次第に口数を減らしていった。周りの同い年の禿たちとたくさんおしゃべりしたかったけれど、話せば話すほどボロがでるし、叱られる恐れがあったから。それから、ドラマで見たお姫様の真似をして、瞳も伏せがちに、動きも小さく工夫をしたことで、ようやく叱られることも少なくなってきた。
 十二日も経った頃には、トゥララは禿たちのなかでも頭一つ抜きん出る存在になっていた。人の望みから創造された電子の精霊、バーチャルキャラクター。それは男たちが己の都合の良い欲望と希望を投影する器として、なにより遊女に相応しい存在だったからかもしれない。
 トゥララは綺羅という名前を与えられ、番頭から直々に芸事の稽古をつけて貰えるようになった。それまでみんなと一緒に暮らしていた部屋から離れ、姐さんとも離れ、今日からはこの"表の散華楼"を切り盛りする夫妻の部屋で寝泊まりするのだという。
「綺羅、お前は不思議な子だ。なにも知らない童女のくせに、時おり、ぞっとするような妙な色気を見せやがる。あの時みせたお前の笑み、あいつを使いこなせるようになりゃ、お前は当世一の太夫になれるだろうよ」
 茶道の稽古を終えたあと、番頭はトゥララの頭を撫でながら感慨深げに呟いた。
 あの時の笑み。
 入りたての禿は厳しい修行に耐えかねて、よく泣き出すというが、苦しみを知らないトゥララは一言も不平不満を言うこともなく、言われるままに全ての用事をこなしていた。
 その姿を見た番頭が「お前、つらいと思わんのか。おっ父、おっ母が恋しくて泣いたりしないのか」と尋ねてきたのだ。
 トゥララは、なにも答えなかった。ただ静かに、そっと微笑んで……その場を立ち去った。そのときの微笑みを見て、番頭はトゥララを引込禿に推すことを決めたのだという。
「近いうちに、大きな宴が開かれる。"御館様"も、我々にお顔を見せて下さる。そん時がきたら、綺羅。お前を"御館様"に紹介して差し上げよう。"こっちの散華楼"は綺羅がいれば安泰ですよ、ってな」
「御館様と、大きな宴」
 番頭がこぼしたその言葉を、トゥララはそっと呟いた。聞きたいことは数多くあるが、質問はぐっと飲み込む。
 なにしろ、この散華楼においては"沈黙は金"なのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

青葉・まどか
苦しい思いをするのは普通の遊廓も同じだと思う。
でもね、これは駄目。上手く言えないけど、駄目だよ。絶対に倒してみせる…自分を犠牲にしても。
「何としても遊廓に潜入しないと始まらない。うん、覚悟は出来てるよ」

遊女見習いとして潜入。
設定 借金の方で売られた職人の娘
廓の人間から信用を得る為、従順な娘として振る舞う。何を言われても従い、服を脱げと言われれば、黙って脱ぎます。

【礼儀作法】【学習力】【コミュ力】【世界知識】【誘惑】を活用して勤めを果たします。

余裕があれば【視力】【暗視】【聞き耳】を活用した『影の追跡者の召喚』で【情報収集】


九尾・へとろ
◼️WIZ

ほぉほぉ、なるほどのー。
これなる事件は少々胸くそが悪いわ。闇に生きるウチより悪辣とはやるのー。
どれ、一肌脱ぐとしようかの。

身売りされた者を装って入り込むとしようかの。礼儀はしっかりするのじゃ。
とはいえ哀れな娘の演技などウチには難しい。
じゃから、望んで大店に踏み込んだ貧しき家の無知で野心高い娘を演じるとしよう。
貧しきまま死ぬるより、大店の華となり生きたいと誓う、強気で無知な娘をのう。ひょひょ。

「存在感」「誘惑」を弄するウチからは眼を離せんじゃろ。

清い娘を求めておるんじゃろうが、いくら詰っても折れぬ気位の娘も一興ではないかえ?
そしてそんな娘を落とす事も…好きなお客はいるんじゃないかえ?




 ――苦しい思いをするのは、普通の遊廓も同じだと思う。でもね、あんなものは駄目。上手く言えないけれど、あれは決して……許されてはいけないものだ。
 その日、散華楼に足を踏み入れた青葉・まどかは、屈辱に唇を噛み締めながら手を強く握りしめた。そうしなければ、その細い手は震えをこらえることができなかっただろうから。
 まどかの細い肩に掛かる着物の襟は、遣手が手を出す前にまどか自らが下ろした。そうすることを、全ての遊女を管轄する眼の前の女は求めていると思ったのだ。
 農民の娘では得難い白い肌。年齢に比して肉付きの良い肢体。歪みの少ない立ち姿。虫歯も乱れもない歯列。
「悪くない」
 まどかの身体を改めた遣手はただ一言だけ呟いて、手元の紙に何事かを書き込んでいく。
 悪くない。
 自分は認められたのだろうか? 真意を掴みかねて様子を伺うまどかの控えめな視線に気がついた遣手は「ああ、世話してやろう」と、彼女の心中を察したように答えた。
 その言葉を聞いて、まどかは安堵する。これはただの第一歩に過ぎない。けれど、何よりも大切な一歩。
 自分を犠牲にしてでも悪鬼を倒し、囚われている娘たちを助けてみせる。まどかが抱いたその決意のために、決して躓いてはいけない一歩だったから。
 そして、まどかの隣に立つもう一人の少女もまた、その金の瞳の奥にまどかと同じ密やかな炎をともしていた。
 九尾・へとろ。瞳も髪も太陽のそれに近しい輝きを放っているというのに、その本質は闇に生きる者。先に身の検分を済ませて着物を羽織る許可を得ていた彼女は、慣れた所作で着付けをしながら遣手に尋ねる。
「おあねえさん、ウチは将来太夫になれるじゃろうか。綺麗なべべを着て、道中を練り歩けるじゃろうか」
「はっ、どうだろうね。それはあんた次第さ」
 無知を装い、夢物語のようなことを口にするへとろを、遣手は可笑しげに笑った。なんて愚かな娘。そんな本心が透けて見える嘲り半分の笑いだ。けれど、怒鳴られることはなかった。気位の高さ、野心の強さは遊女にとって不可欠な素養なのだろう。へとろは、そう理解する。
 ――じゃが、その笑みはいずれ摘み取らせてもらうぞ。これなる事件は少々胸くそが悪いでな。
 へとろは心中で、太夫になるという大それた夢よりも大きな野心を抱く。すなわち、この散華楼そのものを滅ぼすという、野心を。

 まどかとへとろ。黒の娘と金の娘。従順の娘と野心の娘。
 期せず同じ日に散華楼に訪れた対象的な二人は、同じ行き先を目指しながらも、歩む道は別々だった。

 玄鳥という名を与えられたまどかは、男たちに好かれた。
 年若いながらも、どこか男の気を惹く妙な色香が彼女にはあった。
 それは、まどかが演じるあまりに出来すぎた従順さゆえなのかもしれない。
 人が奥底で抱く浅ましい感情も、まどかならば受け止めて貰えるのではないか。そんな危うい魅力が遊郭の遊び人たちのみならず、見世の若い衆たちの心を捕らえていた。
 そんな男どもの欲望など露知らず、まどかは留袖新造として修行の日々を送る。
 客こそまだ取らされることはなかったが、男を転がす手管のようなものを、彼女は早くも姉女郎や、仲が良くなった若い衆から冗談半分本気半分で教わっていた。
 ――覚悟は出来てるよ。なにがあっても、決して弱音を吐いたりなんかしない。

 山茶花という名を与えられたへとろは、女たちに好かれた。
 礼節正しく、しかしながら凛と咲く芍薬のような気高さが彼女にはあった。
 へとろの周りにいる遊女たちは皆、きれいな着物に身を包みながらも、夢も希望もなく日々を過ごす者ばかり。そんななか、貧しきまま死ぬるより、大店の華として咲き誇りたいと上を見据える幼いへとろのことを、特に出世の見込めない姐さん方は可愛らしく思うようだった。
 みな寝る間も満足にとれないというのに、へとろのために稽古を付けてくれた。へとろもそれに応えた。禿を経なかったものは、太夫にはなれない。そのことを言い含める意地悪な者もいたが、構わなかった。
 ――その程度のことで折れる気位の娘では、詰まらぬであろう。清い娘? 哀れな娘? ウチが目指すものは、そんな華ではないわ。

 そうして、十四日が過ぎたある晩のこと。
 別々の道を歩んできたまどかとへとろの道が、再び合流をした。
 番頭に呼び出された二人は、こう告げられたのだ。
 近々、銀雁遊郭のお得意さんのみならず、領内の偉いお方々を招いた盛大な宴が催される。お前たちふたりも、その日に座敷で花を咲かせてもらおう。だから、今日から数日は"奥の部屋"で寝泊まりをして、みっちりと姐さん方から稽古をつけてもらいなさい、と……。
「いよいよ、正念場だね。どんな苦痛も耐えてみせる。あの人たちの代わりに、私たちが無念を晴らしてあげよう」
「うむ。ここまで来たのじゃ。もう一肌脱ぐのが真の洒落というものじゃろう。ひょひょ」
 ごく僅かな時間。二人きりとなったまどかとへとろは、新造としての仮面を剥がし、猟兵として互いの決意を確かめ合う。
 一人ではない。いま目の前にいる少女もまた、共に往く仲間だ。
 そして、敵地である散華楼のなかには、数多の仲間たちがいる。
 怖くない。ひるむことはない。
 二人はそっと掌を重ねると、無言のまま離れた。いま再び、無力な遊女見習いの娘の仮面をかぶって。
 地獄の底へと向かう。

苦戦 🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

稿・綴子
この世界の武家娘の上質だがくたびれた着物で娼婦として売り込む

覚悟はできております
(問われたら恥を忍ぶように)
…父は謀反の誹りを受け流刑、跡取りの弟の病を治すには
この身はにて糧とするが娘として生まれし努め
なんでも従います

礼儀作法しっかり
跡継ぎ以外の「利用される存在」の従順さ
男たて阿呆でもない良妻教育の教養も滲ませる


※潜入後
気丈に他の遊女の怖がる努めもすすんでやる
身を汚されるのも苦悩は見せるが受け入れる
…手折り汚しがいある嗜虐心そそる振る舞いを見せる
狙いは人の道に外れた狂宴に召し上げられること
悪鬼の覚えよくなりゃ儲けもの

※心情
こりゃまた格段の奇譚!
奇譚に染まるは原稿用紙の本望
さあ、吾輩を欲で染めよ




 父は謀反の誹りを受けて流刑。跡取りの弟は不治の病。
 残されたものは、我が身一つ。武門の娘なれば、家名を残すために春をひさぐのも立派な務め。
 初めてここを訪れた日、稿・綴子のそんな切実な訴えを受けた遣手は、表情一つ変えぬまま彼女の身体を検分して、こう言った。
「美しい女に生まれたことを後悔しな。あんたが考えている万倍は、苦労することになるよ」
 ……と。

 綴子は原稿用紙のヤドリガミ。元より知識は人一倍で、礼儀作法も申し分ない。容姿は人目を惹かずにはいられないものを持っている。遊女となる素質は十二分に備えていた。
 留袖新造として綴子の修行の日々が始まってからおよそ十日。まだ客を取れぬ年齢であることを惜しむ声が、銀雁遊郭の遊び人たちの間で囁き交わされていることを、籠の鳥となった彼女は知る由もない。
 だが、その時は唐突にやってきた。
 十四日目のある晩、綴子は綺麗に着飾るよう遣手に命じられてから、普段足を踏み入れることをきつく戒められている廊下の奥へと呼び出された。
 見知らぬ顔の若い衆に案内され、複雑な経路を進み、辿り着いたのは地下へと下る大階段。
 ――これはこれは。吾輩の鼻がひくりひくりと震えてきたぞ。奇譚の匂いが色濃く匂うではないか!
 表情は、未知に対する恐怖に怯えるか弱い娘のふりをして。されど綴子の心中に渦巻くものは、奇譚への飽くなき探究心である。
 階段を下って通された先は、表の座敷となんら変わらない瀟洒な調度品で飾られた部屋だ。唯一奇異なるは、中央に設えられた寝台と呪術具の数々。人を拘束し、痛めつけることを目的とするのが一目瞭然の、拷問具である。
「よう来たな手習。一目お前の姿を見た時から、この散華の座敷に呼ぼうと決めておったんだ。今宵はたっぷりと鳴き声を聞かせて貰うからな」
 その頃、手習という名を与えられていた綴子を出迎えた者は、でっぷりと太った商人風の男だった。醜く張り出した腹を揺すりながら、男は「ひ、ひ、ひ」と気味の悪い声で嗤う。その後ろには、術師と思しき丸坊主の老人が控えていた。
「いやッ……! どうか、どうかご勘弁を。わたくしはまだ修行の日も浅い新参者です。お戯れはおやめください、お大尽様……」
 着物を剥ぎ取られ、寝台にうつ伏せに括り付けられた綴子は、目尻に涙を浮かべながら懇願する。それが、ますます男の嗜虐心をそそることを心得た上で。
 男は老術師から奇怪な呪符を受け取ると、昂奮を抑えきれない様子で綴子の長い黒髪を背中から払った。
「こいつを貼るだけでいいのか? それだけで"殖える"のか?」
「へぇ、左様で。望むまま人の身体を造り変える禁術にございます。あとは文字通り、煮るなり焼くなり犯すなり喰らうなり、花が散らぬ程度にお愉しみを……」
「ひ、ひ、ひ」
 綴子の背中に呪符が貼られ、その上に筆が走らされた。一拍置いて、その部位に奇妙な熱が帯び始める。綴子は、四肢を拘束する金具を鳴らしながら泣き叫んだ。
 泣き叫びながら、心のうちで笑った。
 ――こりゃまた格段の奇譚! 生きたまま身体を作り変えられる? 面白いじゃあないか! さあ、吾輩を欲で染めよ! 染め上げてみせよ!
 奇譚を求める彼女が宿すものも、また狂気に近しかろう。
 狂気と狂気が人知れぬ夜の底で、血の花を咲かせていく。
 さて、ならば、その花の下に隠れる種が産み出すものはなんだろう?

失敗 🔴​🔴​🔴​

天御鏡・百々
このような悪徳の蔓延る場所は見過ごせぬな
悪鬼を討伐し、この遊郭は潰してやろうぞ

仕事を求める方向で潜入を試みるとするか

医術8と救助活動10を生かして
医者として売り込むぞ
銀雁遊廓が金さえ積めば何でもできるというならば
悪趣味な客のせいで怪我をする遊女もいるであろう
そういった者の治療もできるならば一石二鳥だ

技能だけでも十分であろうが
けがの程度によってはこっそりと「生まれながらの光」も使う

我が幼き見た目で信頼を得れるかは少々不安だが
能力さえ見せれば何とかなると信じたいところだな


●神鏡のヤドリガミ
ヤドリガミとなるまでに100年以上の年月を経ているので
遊郭などへの知識は相応にあります
●アドリブ、連携歓迎


クレム・クラウベル
……時代や世界が違えど絶えないものだな
人を人と扱わぬような場所は
件の男は勿論、この様な場所もなくなってしまえば良い

とは言え先ずは潜入。上辺を繕うのなら得意な方
医術を宛に医者か薬師か、そういう類で仕事を探す
人が一所に集まる場ならそういう需要もあるだろうし
遊女等にも近付く機会がありそうだ

無用な警戒避ける為、医療道具はこの世界に合わせたものに
腕を見せる必要があるなら言われるまま実践
縫合でも調合でも一通りらしく見せれよう
堕胎等も求められるなら、不快さを押し殺して承諾を快く返し
必要でしたらそちらの扱いも心得がありますので
勿論、流行り病などの治療も致しますとも
薬も毒も表裏一体、使い様と言うわけでございます




 初めてこの散華楼を訪れたとき「我は医者だ。どんな怪我も立処に治してみせよう」と売り込んだ天御鏡・百々は、ベッコウ飴を渡されて追い返された。
 どこぞの女童がおとなをからかって遊んでいるのだろうと思われたのだ。
 とはいえそれで諦めては猟兵は務まらない。先日、用心棒の腕試しで返り討ちにあったという、腕を怪我して仕事に難儀している若い衆を見かけた百々は、治療術に加えてこっそりと癒やしを齎す光を差してやった。
 八歳児の医者は無理があったが、百々の療術の効き目は確かなもので、周囲を驚かせた。目通りが叶った遣手と番頭は「まあ、容姿も申し分ない。禿としての修行もこなすなら、医者として抱えてやってもいいだろう」と、話がついたのだった。
 散華楼には元々お抱えの医師が居たが、百々がやってくる少し前にクレム・クラウベルも医師としてこの妓楼に身を寄せることに成功していた。
 上辺を装おうのは得意なほうだと自負するクレムは、現代医学の知識・技術を用いた手腕で、早々に妓楼の要人たちの信頼を得たのだ。もっとも、彼の腕前に嫉妬を隠さぬ医師や薬師は多く、決して全ての人間に受け入れられているという状況ではなかったが。
 そんなクレムの日々は、気が滅入ることばかりだ。
 流行り病や持病、日常生活の怪我はともかく、場所柄多いのが梅毒の治療と、望まぬ妊娠に付随する処置。
 用いることができる医療器具と薬はこの時代に存在するものに限られるため、効果的な治療を施して完治させるのは、至難だった。
 散華楼にやってきて十二日目。初めて堕胎の外科処置を行ったクレムは、血に塗れた手を井戸水で洗いながら吐息をつく。これを罪だとか殺人だとか、いまさら人道家ぶるつもりはないが、やるせない気持ちは消えない。その母親がまだ十五の娘だったのも、拍車をかけた。
「因果な務めよな」
「それはお互い様だろう」
 血を洗い流したクレムに、百々が声をかけた。
 禿としての教育を受けながら、医師としてクレムの手伝いを担う百々だったが、さすがにその外科処置の現場には立ち会わせて貰えなかった。
 せめて苦痛を和らげてやりたくて、クレムの処置が終わったあとで恵みの光を施したのだが、そのあどけない表情には疲労の影が色濃く落ちている。
「無理はするな、遊女たちよりもお前のほうが先に倒れてしまう」
 クレムはぎこちなく長い脚を折ると、清潔なまま残っていた一枚の手ぬぐいを冷たい水で絞り、額に汗を浮かべる百々に手渡してやる
 幼い少女は「かたじけない。存外と優しいのだなクレム殿は。せっかくなら、もう少し笑顔を見せてくれたら嬉しいのだが」と微笑みを返した。
 医師として身を粉にして働く二人は、すでに散華楼には無くてはならない存在になっていた。
 十五日目の深夜。就寝していた百々とクレムは突然呼び起こされ、促されるまま地下へと至る回廊の先へ案内された。先導するのは、見知らぬ奉公人だった。
「先生方、ここで見たものはどうぞ内密に。口を滑らせれば、命の保証は致しかねます」
 奉公人にそう念押しされてから通された部屋に寝かされていたのは、目を覆いたくなるような怪我を負った娘だった。真っ黒な痣で覆われた胸がかすかに上下していることから、かろうじて生きているのが判別できた。体格からすると、まだ十代前半の少女に思える。
 顔は奇妙な文様で染められた布で覆われているため、何者かはわからない。そして、その布は決して剥がしてはいけないという、無意識の警告を二人は感じていた。
「……なにがあった。何をどうしたら、こんな怪我を……」
 視線を娘に注いだまま百々が奉公人に問い詰めると、彼は「何も聞かぬように」とだけしか答えなかった。クレムは無言で娘の側に腰を下ろし、治療を施し始める。百々も話を聞き出すのは諦め、彼に続いて治療に当たった
 ――この様な場所は、なくなってしまえば良い。
 人を人と扱わぬような場所。それを生み出した悪鬼の男。そして、喜んで悪果に群がる者共。その全てに対して、クレムは心中で呪う。
 治療は明け方まで続き、娘は一命を取り留めた。
 しかし、連日に及ぶ力の行使に疲弊しきった百々が、入れ替わるようにそのまま倒れてしまう。薄れゆく意識のなか、彼女はまだ見ぬ悪鬼に誓う。必ずや、この遊郭は潰してやると。

苦戦 🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

神埜・常盤
どの世界にも外道は居るものか
手を汚す覚悟を決め、仕事に挑もう

僕は仕事を求めて散華楼を訪ねるよ
コミュ力活かして関係者に接触
言い包めの技能も活用して
自分も奴等と同じ外道であると売り込み

旦那方、奉公人が入用かい?
僕など如何かなァ、得意なのは汚れ仕事
父は女を攫っては殺める外道でねェ
僕も其の嗜好を継いだらしく
若い娘の血を矢鱈求めて仕舞うのだ
故に足抜け企んだり
粗相有った遊女の仕置役など得意だよ

あとはこの先、此処がお上や役人に
目を付けられた際その連中を
「呪詛」で「暗殺」する事も出来る
ほらと仰々しい護符を見せつけて
お疑いなら故事に倣い、其処らの虫でも
呪詛で切り裂いて見せようか

──鬼のお眼鏡に適うと良いが、さて




「常盤の。お前さんの力を貸して欲しい。鬱陶しい公儀の術師を始末する……できるな?」
 散華楼地下にある術師の詰め所にて呪詛祓いの祝詞を捧げていた神埜・常盤を呼びつけた丸坊主の老術師は、開口一番にそう告げた。
 常盤が散華楼のお抱え術師になってから、十四日。己を売り込む際に犠牲になってもらった虫には気の毒なことをしたが、呪殺を心得る外道の術師としての潜入は上手くいっている。
 蝋燭の炎のゆらめきを映した目を細めながら、常盤は「もちろん」と答えた。
「いい加減、守りに徹するのも飽き飽きしていたところでね。それで? 相手の術師の手がかりは掴めているのかい」
「そこは安心せよ。最近、手練の用心棒が四人も入ったみたいでな。そいつらが公儀術師どもの所在を突き止めてくれた。場所がわかれば呪うも容易かろう」
「上出来だ。やってみよう」
 二つ返事で汚れ仕事を請け負った常盤のことを、老術師も周りの術師もすっかり信用しきっている。こんな連中に頼られたところで嬉しくもなんともないが、悪鬼の眼鏡に叶うまでは調子を合わせねばなるまい。
 常盤を慕う若い術師が申し出た助太刀をやんわりと断り、彼は祈祷のための小さな部屋へと一人籠もる。
 四隅に榊を立てた結界内には水を張った大盃が一つあるだけで、他にはなにもない。大盃の前に腰を下ろした常盤は、紙で作ったひとがたを用意して、さっそく反呪の儀に取り掛かる。
 ――仲間たちからの情報で、この遊郭を幕府が調伏しようとしているのは聞いている。言わば彼らは僕らの味方ってところだが……外野からちょっかいを続けられるのは厄介でねェ。悪いが、少し眠っていて貰うよ。
 なにしろ、彼らの呪術で大切な仲間の一人が今でも苦しんでいるのだ。その仲間を看病する二人の猟兵医師も、日々の激務で疲弊している。ここで止めねば、悪鬼を滅ぼすという目的に支障が出かねない。
 他に手がなければ本気で呪殺を試みる覚悟を常盤は抱いていたが、上には比較的自由に動ける猟兵仲間たちがいる。後のフォローを彼らに任せれば、公儀の術師を殺す必要はないだろう。
「まァ、少しばかり加減が難しい術だ。何日か悪夢にうなされるかもしれないが、そこは勘弁してくれよ。人を呪わば穴二つ、ってねェ」
 それは僕自身にも言えることだが。心中で自嘲しながら、常盤は公儀の術師に呪術合戦を挑むのだった。

 それから丸一日が経った。
 幕府お抱えの術師が相手だけあり、実力十分の常盤と言えど少々手こずってしまった。祈祷部屋から出てきたころには、彼の目の下には濃いクマが出来上がっていた。
「上手く言ったようじゃな。流石だ」
「どういたしまして。やれやれ、少し仕返しをされてしまった。僕は少し横になるよ。何か用事があっても、しばらく起こさないでいてくれたまえ」
 老術師の労いの言葉を背中に受けながら、常盤は片手をヒラヒラ振って自室へと向かう。すると、部屋から立ち去り際に老術師が声を掛けてきた。
「身を休めてからでいいが、もう一つ、おぬしに頼みたい仕事がある。番頭を通じて"御館様"から頂いた仕事じゃ」
 つまらぬ用事ならそのまま立ち去ろうとした常盤だが、"御館様"という言葉を耳にするなりピタリと足を止める。
 御館様。この散華楼を裏から操る真の支配者。倒すべき、外道のオブリビオン。
 常盤が振り返るのを待ってから、老術師は話を続けた。
「ここに来た時に言うておったな、常盤の。『父は女を攫っては殺める外道』で、おぬしも其の嗜好を継いだと」
「ああ、言ったよ。若く美しい娘を見ると、血が騒ぐのさ。なんだい? 粗相のあった遊女の仕置役にでもご指名かい」
 常盤の問いに、老術師はかぶりを振った。そして、懐から無地の符の束を取り出す。
「呪符と霊薬を創れ。大宴に、多くの呪符と薬が必要となる。散華楼に伝わる禁術の符のみならず、おぬしの知識と技術を総動員して、御館様と御客人を歓ばす"面白可笑しいモノ"を創ってみせよ」
「面白可笑しいモノ」
 それは文字通り愉快なモノという意味ではないのだろう。
 予知で視えた遊女のユキは、人としての姿を保っていなかったという。
 どの世界にも外道は居るものか。しかし、此処の悪鬼は度を越している。
 常盤は苦々しい思いを飲み込みながら、常の通り飄々とした微笑みを浮かべながら、答えた。
「構わないよ。きっと"御館様も驚くような術"を編んでみせよう」

苦戦 🔵​🔴​🔴​

ジル・クラレット
身なりは小綺麗に
特に髪は技術を駆使して結って散華楼へ出向き
髪結として雇用を打診

礼儀作法も使い丁寧に対応
技量を見せる必要あれば
盗み攻撃と早業併用で何か盗んでみせる
同性なら遊女達のメンタルケアもしやすいし
旅を終えそろそろ落ち着きたくて
だから是非に
勿論、遊郭がどういう場所かは知ってるわ
世の裏も知る、艶やか嫋やかな微笑で

雇って貰えたら献身的に働くわ
結いながら遊女達を労い
様子に違和がある子には【影蜥蜴】を付かせて現場を伺う
彼女達の不安や不満は、得た情報や感情の奥底を探り言葉で和らげる
万が一、体に傷を負う子が居たら【シンフォニック・キュア】で優しく治癒

信頼得るよう、得た情報で店の役に立つものは随時店へ報告


アルバ・アルフライラ
どの世界にも、どの世にも悪鬼は居るものよ
鬼の血が手向けになぞなる訳もないが
彼奴の断末魔は今迄散った娘等にとって、僅かでも救いとなろうよ

化粧師を騙り、潜入を試みる
以前、私は浄瑠璃の化粧師をしておりまして
粧しの類はお手の物に御座います
…それに、この通りこの肌色は偽りのもの
白粉を落とし本来の宝石の肌を見せ
肌も、口の紅も、全て自身で作り上げたもの
…要望とあらば『散華楼』の遊女を美しく彩って御覧に入れましょう

化粧師として潜入が叶えば、遊女達と顔を合わせる機会も増えよう
然すればコミュ力で彼女達と会話を試み、信頼を得る事が叶えば何らかの情報を得られるやも知れん
――彼女等の変遷も、目の当たりにするやも知れんが




 旅暮らしもそろそろ終えて、どこか自分の腕を活かせる花楼に落ち着きたくて。
 一切の乱れのない流行りの結髪を誇るジル・クラレットの申し出に、彼女の応対に当たった手代の反応は悪くなかった。
 髪や化粧に対するこだわりは抜きん出ている。そこに合わせた華美を控えたこざっぱりとした着物が良かった。髪結いは裏方だ。己の身を手本として美を体現するのも仕事だろうが、派手な着物を纏って表に立つ遊女らより目立ってはいけない。其の絶妙なジルの感覚を、手代は高く評価した。
 或いは、彼女が滲ませる酸いも甘いも弁えた艷やかな仕草に、あてられてしまったのかもしれない。
 ジルと共に仕事をするのは、化粧師のアルバ・アルフライラである。
 かつて浄瑠璃の世界で腕を振るっていたというアルバの技量は、なんらかの試験を受けるまでもなく示すことが叶った。
「この通り、この肌の色は偽りのもの。粧しの類はお手の物に御座います」
 そう言って、手代と遣手の前で白い頬を拭ってみせれば、その下より現れたものは貴石の輝きを宿す文字通りの玉肌だ。人ならざる身をも美しく飾ることのできる彼の技量を、数多の傾城を見て目の肥えた散華楼の面々も、認めざるを得なかった。

 他所の妓楼とは違い、置屋や揚屋などで分業することなく多くの遊女、芸妓を抱える散華楼は、昼夜の区別なく多忙を極める。
 一つの務めを終えた格子身分の遊女・溝萩に請われたジルは、彼女がまた次の座敷に揚がるまでの短い間を縫って髪を整えていく。
 溝萩は齢二十三歳。大店の遊女だけあって美貌は言うまでもないが、いささか機微に疎いところがあるのが玉に瑕。馴染みの客はそれなりにいるが、身請の話が出るほどでもない。常に三位、四位に落ち着く娘……そんな、何者にもなれない者、という印象をジルはこの遊女に抱いていた。
「どうしたの溝萩、浮かない顔をして。まさかさっきの旗本のお客に嫌なことでも言われたの?」
「いいえ、いいえジル姐さん。左様なことはなさんす。ちくと、わちきのこの胸に花の棘のようなものが刺さんした……ただそれだけ、心配には及び無さんすえ」
 気丈に振る舞わんとする溝萩の態度に、ジルはますます疑念を抱く。柘植櫛を器用に手繰って髪を整えながら、鏡越しにじっと年下の遊女の顔を見つめた。
 溝萩はそんなジルの視線に気がつくと、観念したように表情を緩める。しゃなりとした遊女としての顔ではなく、それは一人の若い娘の表情だった。
 溝萩曰く、怖いのだという。
 数日後の大宴に揚がることになったが、この大宴、悪い噂も実しやかに囁かれている曰く付きだという。大宴は数年おきに行われているが、それを機にぱったりと見かけなくなった遊女や新造、禿が大勢いるのだそうだ。
「この散華楼には、溝萩のように表のお客さんを受け入れる座敷とは別に、やんごとなき方々をもてなすための奥の座敷があると聞いているわ。みんな、そちらに揚がることになって、それから良い所の殿方に身請けして頂いたのでは?」
 事の真相を断片的に知るジルが、あえてポジティブな言葉を返してみるが、溝萩は首を横に振るばかり。どうやら、この妓楼に蔓延る悪徳は遊女たちの間でも薄々と感づかれているらしい。
 ジルは髪を綺麗に整えて簪を付け直してやった溝萩の肩に両手を置きながら、朗らかな声音で告げた。
「平気よ、溝萩。大宴には私も髪結いとして裏手に控えるよう言われているわ。なにかあったも、私がついている。だから……安心しなさいな」
 ジルの言葉に、溝萩はまだぎこちない表情を浮かべながらも、そっとうなずきを返した。
 大宴まで、あと何日も残されていない。当日は、彼女に影蜥蜴をつけて身辺を探らせよう。妓楼に伝えるべきことは伝え、隠すべきことは隠す。その判断材料も出揃ってきた。ジルは新たに決意をし、次の務めに向かう溝萩を見送った。
 ジルが不安におののく格子・溝萩のフォローをしていたころ。
 化粧師のアルバもまた、床から上がってきた遊女の化粧直しを終えたところだった。
 元々素材の良い散華楼の遊女たちの顔を一層魅力的に彩ることは、アルバにとっては造作も無いこと。もしかしたら、猟兵としての荒事に携わるよりも、こちらのほうが天職なのでは……と見る者が見たら思ったかも知れない。
「さあ、これで仕上がりです。太夫の貴女に『美しい』などという言葉を掛けるのは逆に無粋の極みとは承知しておりますが、私はその言葉を贈らずにはいられません」
 アルバの褒め言葉に、太夫は口元を扇で隠しながら目を細めた。手鏡で姿を確かめたあと、彼女は無言でうなずきを返す。そうして、アルバに「世話になった。あなたも大宴には十分に気をつけるように。わちきは大宴の話が整う前に身請け話が成立して、本当に運が良かった」という旨の言葉を残して、お付の少女たちを従えて控えの間を後にするのだった。
 やはり、大宴とやらの場が、猟兵と悪鬼との決戦の場となりそうだ。
 昼間から深夜まで忙しく働いていたアルバは、いい加減茶の一杯でも呑んで一息つこうかと腰を上げる。その時、見慣れぬ若い衆が彼の元を訪れた。
 その若い衆は「アルバ殿に、数日後の大宴を前に内密の仕事をお頼みたい」と告げた。
 若い衆に連れられてアルバが通されたのは、散華楼の地下にある一室だった。仲間の猟兵たちから、この散華楼の地下に関する情報は幾らかもたらされていたが、実際に彼が足を踏み入れるのは初めてのことだった。
 そこには、寝台に寝かされた複数名の少女の姿があった。
「大宴を前に、この娘らに化粧を施してください。いずれも馴染みの方々から、少々過ぎた御戯れをなされた者たちです。怪我は治りましたが、いまいち顔色が宜しくない。いや、なに。きちんと体力が戻るまで我々が世話をしますがね……万一のことを考えて、です」
「ああ、皆まで言わずともよい。私に任せて、お前は下がるがいい」
「頼もしいお言葉、感謝致しまする」
 嫌悪感を隠さぬ声音でアルバが告げると、若い衆は一礼をして下がった。ただし、部屋からは退かない。壁際にかしこまり、じっとアルバの背中を見つめ続けている。
 ――どの世界にも、どの世にも悪鬼は居るものよ。そして悪鬼は、人の心のなかにも住むもの。鬼の血を捧げたところで、食われた娘らの手向けになぞならぬことは承知しているが、この娘らを食い物にした連中の悲鳴も共に捧げれば……僅かな救いにも、幾らか上乗せをすることが叶うだろうか。
 深い眠りについている……というよりも、昏睡から覚めていないと言った様子の娘らに、アルバは肌色を艶やかにする化粧を施していく。それと並行して、身体に残る痣や傷の痕を隠す化粧も手掛けていく。
 娘らの中には、姿を消した遊女見習いの猟兵の姿もあった。彼女らは意識を保っていた。勇気ある少女たちはアルバの化粧を受けながら、「私は大丈夫。必ず決戦の日まで耐えてみせる」と、若い衆に気取られぬようにしながら、気丈にも笑顔を浮かべてみせた。

 最初の猟兵たちが散華楼へ訪れてから、十九日目。
 "御館様"が開く、近隣の有力者を招いた大宴の開催まで、あと一日。
 散華楼での務めを果たしてきた猟兵たちが勝ち得た情報。そして、ジルの放った影蜥蜴が、散華楼の地下に広がる奥の座敷に通じる通路全てを解き明かした。
 これらの情報を共有したことにより、今後散華楼のなかで何らかの騒動が起こった場合、全ての猟兵たちはすぐに現場に駆けつけることが可能となった。
 決戦の日は、近い。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

神籬・イソラ
別の見世で遊女を勤めておりましたが、身請けの後、夫と死別いたしました
女ひとり生きるには厳しい世
この歳ゆえ客はとれませぬが、身につけた手管と芸がございます
お任せ頂ければ、より艶やかな花となるよう、娘たちを教育してご覧にいれましょう

出自を疑うのであれば、なんなりとお試しください

『番頭新造』か『芸者』を狙い、娘たちの世話を
どの娘もみな愛し子
請われれば、客のあしらい方でも何でもお教えしましょう

娘たちと仲を深める一方
『遣手』の信頼を得られるよう、足抜けをこぼした娘の密告を
ただし、死なせはしません
娘の看病等は責任をもっていたします

年増なりに、地獄をみて参りましたゆえ
恨まれるのも、憎まれるのも
慣れております




 猟兵たちが散華楼へ潜伏を開始して、二十日目。
 その日は朝から北東の風が吹き、訪れつつあった春の気配が何処かへと連れ去られてしまった。
 夜に大宴を控えているというのに、散華楼の朝はいつもとなんら変わった様子もない。後朝の別れを終えた遊女たちは二度寝を洒落込み、奉公人たちはそれぞれの務めに精を出している。
 ただし、それは幸いにも表向きの商売にだけ携わっている者たちだけのことだ。悪鬼の手駒として非道の務めに携わっている奉公人は、ここ数日は大宴のための準備に追われている。そのなかには、潜伏した猟兵たちの姿も混じっていた。

「溝萩が地下の座敷から足抜けを図る恐れがございます。すでに監視の目は付けております。おそらく、大宴を前にして臆病風に吹かれたものかと」
「あの子かい。十五年も世話をしてやったっていうのに、恩を仇で返されるとはね。やるせないよ、全く」
 煙草盆に吸殻を捨てる遣手の手元を見つめながら、彼女の対面に楚々と座る神籬・イソラは、「仕置はわたくしが担いましょう」と告げた。無貌ゆえに感情こそ窺えないが、その声音は至って平静であり、この密告に対する緊張や気負いの様子は見られない。遣手もまた、そんな彼女の態度を訝しむ様子もなかった。
 散華楼におけるイソラの職務は、遊女と芸妓たちの芸事の師範である。
 銀雁遊郭から遥か遠くの見世で長く遊女を勤め上げ、彼の地では知らぬ者はいない大店の主に身請けをされた。幸福な夫婦生活も束の間、流行病で夫を亡くしたイソラは、意地の悪い夫一族に追われるようにして再び花柳界に身を寄せた。
 イソラが語る波乱に満ちた半生を、冷酷無比として遊女たちに恐れられる遣手とて思うところがあったのだろう。彼女の芸事の腕前と知識が確かなものであると知れば、「あたしもあんたと似たようなもんさ」と物思いに耽るように遠くを見つめつつ、彼女を芸事の師範として迎え入れたのだった。それも、もう二十日も前のこと。
「だが、イソラ。あんたはあたしと違って遊女にも芸妓にも随分と慕われているだろう。密告もそうだが、折檻を下したと女どもに知れたら立つ瀬がなくなるよ。いいのかい」
「無論。年増なりに、地獄をみて参りましたゆえ。恨まれるのも、憎まれるのも
慣れております。それに……この手で教えを施した娘らは、みな愛し子。恩を仇で返すような子ならば、厳しく躾るのが義理の親の務めでございましょう。ご安心なさいませ。一晩わたくしに溝萩をお預けいただければ、生まれ変わったようにお務めに励むよう鍛え直してご覧にいれます」
 イソラの堂々とした物言いに対して、遣手は新しい煙草を煙管に詰めるまでの間だけ思案の時間を費やした。味わう素振りもなく煙を呑みながら彼女の無貌を見つめたあと、遣手は「相わかった。そこまで言うならあんたに溝萩の折檻は任せよう」と承諾した。
 どのみち大宴が開かれるまでの日中、遣手は表の仕事で忙殺される。足抜け遊女の折檻に費やす時間はない、というわけだ。
 遣手とのやりとりを終えたイソラはその足で地下へと向かい、捕縛された溝萩と対面する。彼女を捕まえたのは、かつて夕顔を捕縛したのと同じ猟兵の用心棒二人だった。
 信じていた芸妓のお師匠が、実は遣手の狗である裏切り者だった……その恨みに、鬼のような形相を浮かべる溝萩。イソラは彼女の憎悪をしっかりと受け止めたあとで、彼女に掛けられている縄をほどいた。
「お逃げなさい。夜ともなれば手遅れになります。以前惨殺事件が起きた、旅籠の下総屋に身を寄せるのです。あそこの主は諸々の事情を存じておりますゆえ、必ずや匿って頂けるでしょう」
 思いがけない展開に、溝萩は怒りも恨みも忘れて呆けた表情を見せるばかり。用心棒の猟兵二人が、そんな彼女の背に手を添えて脱出を促す。
 一人では脱出も足抜けも不可能だろうが、猟兵仲間の手助けがあれば事は上手く運ぶだろう。全ての遊女たちを助けることが出来ないことに歯痒さを覚えつつ、イソラは去りゆく教え子の背に別れを告げる。
「女ひとり生きるには厳しい世。しかし、世間は狭くとも懐は深いものです。どうぞ、お気張りください。溝萩……いえ、お涼様が末永くご多幸にあられますよう……」
 溝萩と猟兵二人が立ち去り、誰も居なくなった部屋のなか。洒落た格子天井を無言で見上げて一人佇むイソラの心中は如何ばかりか、その無貎からは窺い知ることはできない。
 一人は救うことが出来た。それは喜ばしいことだけれど、その影で救うことのできない娘たちが大勢いることもまた、事実。
 どうあれ、終わりの時は近づきつつある。
 イソラは事の顛末が大宴のそのときまで遣手に露見ないよう祈ると、己の務めを果たすべくその場をあとにするのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『模倣刀『偽村雨』』

POW   :    雹刃突
【呼び起こした寒気】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD   :    怨呪流血斬
自身に【過去の被害者の怨念】をまとい、高速移動と【止血し難くなる呪い】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    氷輪布陣
【氷柱】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を凍らせて】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。

イラスト:ボンプラム

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



「匂うな。前から気になってたんだ。腐った柿みてえな匂いが、俺の散華楼に漂っているってな。ようやくわかった。猟兵どもだ。紛れてやがる」
「は……、"猟兵"と申されますと? 恐れながら、御館様。この卑小な身には如何なる事態が起こっているのか、皆目見当もつきかねまする。しかしながら、御下知さえ賜れば身命を賭して事に当たる所存。どうぞ、何なりとお申し付け下さいませ」
 黄昏時。
 散華楼に広がる地下妓楼の奥の奥。
 この妓楼のみならず銀雁遊郭を支配する悪鬼の居室。
 苦悶と法悦がないまぜになった表情を浮かべる女たちの小山の上に、しどけなく襦袢の前をはだけた悪鬼の男が腰掛けて煙管を吹かしている。
 その一糸まとわぬ女の山の麓には、額を畳に擦りつけた散華楼の番頭の姿があった。
 悪鬼は手近な女のほとを灰皿代わりにしながら嗤った。
「じゃあ、その目を今すぐ刳り貫いて寄越せ。忍び込んできた連中に気づかないなんざ、節穴も良いところだ。要らねえだろ、その目ん玉。寄越せ」
「いや、それは……御戯れを」
「寄越せってんだよ」
 悪鬼の笑い声が収まったその瞬間、ひゅう、と風を切る鋭い音が響いた。そして、それまで番頭の眼球が収まっていた眼窩にぽっかりと暗い穴が二つ開いた。
 将軍の寝室もかくやという豪奢な大広間に、悲鳴が響く。悪鬼の玉座を築く山積みの女どもが、びくりと震えて蠢いた。番頭の目玉を刳り貫いたのは、奇紋の浮かぶ布で顔を覆った、異形の女剣士だった。
「あ、あ、あ、あぁ、あぁ!」
「おい節穴。てめえの最後の仕事だ。予定通り大宴を開け。猟兵どもを手厚く饗してやろうじゃあねえか。この散華楼なりのやり方でな……おい、聞いてんのか? ああ、情けねえ。目ん玉抜かれたくらいで気を失ってんじゃねえよ」
 顔面から血をどくどく流して倒れた番頭を、不愉快そうに睨みつける悪鬼。彼は、女の山の上で胡座をかきながら女剣士に声を掛ける。
「深雪、おまえにとっても一世一代の大舞台だぜ。うまいこと働いたら、年季明けってことにしてやるよ。この意味、わかるな」
 愉悦に歪みきった凶相を浮かべる悪鬼の言葉を受けて、深雪と呼ばれた娘はびちゃびちゃと湿った足音を立てながら座敷をあとにする。彼女に続いて、同じく呪刀を携えた娘らが悪鬼の前から退出していった。
 その様を見送った悪鬼――右衛門炉蘭は、再び煙管に火を点けて口の端を醜く釣り上げる。
「愉しい夜になりそうじゃあねェか、ええ?」


 深夜。
 散華楼の地下にて、悪徳の宴が催されていた。
 暗い欲望が、狂った好奇心が、呪われた悦びが、此の日のために育て上げられた少女たちを貪り尽くしていく。
 座敷は大小合わせて、十部屋ある。そのいずれの座敷でも、正視に耐えない歪の花が咲き乱れている。
 二十日間の潜伏の末に妓楼の人間から信頼を得た猟兵たちは、就いた職務ごとの差はあれ、この地下妓楼に足を踏み入れることに何ら疑問を抱かれずに済んだ。
 また、これまでに得た情報から、地下妓楼の概要も猟兵全員の頭のなかに入っている。

 すべきことはただ一つ。
 御館様と呼ばれる、この散華楼の楼主……悪鬼・右衛門炉蘭を討ち取ること。
 しかし、その道中は決して平坦ではない。
 大宴の客として招かれた者どもが興じる、血腥い享楽を否応にも目にするだろう。
 そして、悪鬼の手によって呪刀を握らされ、眷属に作り変えられてしまった、哀れな娘たちが猟兵たちの前に立ち塞がるだろう。
 前者の贄となった娘らは、かろうじて助けられる命だ。
 後者の贄となった娘らは、もはや人として生きることのできない命だ。
 助けるべき者。助けることができない者。許すべきではない者。
 猟兵たちはその命の選択を下しながら、血路を切り開かねばならない。

 二十八人。
 人としての尊厳を奪われ、呪刀によって人としての魂までも奪われた娘たち。
 仮に刀を奪ったところで、犯された魂は元に戻ることはない。
 救いは、ただ死を以ってでしか与えられない。

==========================

●補足

【第二章の参加に関しまして】
・マスターのページに記載しております。
 お手数をおかけしますが、参加をご検討の場合はご一読をお願いいたします。

【第二章開始時点での立ち位置について】
・第一章参加者、不参加者共通
 地下妓楼に踏み込んだところから始まります。
 経路を調べるような探索プレイングは必要ありません。
 どこにどんな部屋があるのか、全て情報が共有されています。

・第一章で「遊女見習い」として潜入した場合
 🔴が0~1判定の方は、表の仕事の遊女見習いとして召し抱えられています。
 他の方々と同様、地下妓楼に踏み込んだところから始まります。
 🔴が2~3判定の方は、地下妓楼のいずれかの座敷に囚われています。
 自力で抜け出すことも可能ですし、責めに耐えて仲間に助けられるのを待つのも可能です。
 なお、0~1判定の方でも、プレイングで明記頂いた場合は、囚われている状況からスタートとさせて頂きます。

・第一章で「奉公人」として潜入した場合
 🔴の数や就いた職に関わらず、全ての参加者が地下妓楼に踏み込んだところから始まります。

【第二章開始時点での負傷度について】
・第一章参加者共通
 就いた職種に限らず、潜入中に受けた「肉体的・精神的ダメージ」が蓄積されております。
 ダメージ量は第一章で獲得した🔴で示されます。
 ただし、このダメージよる有利・不利判定は行われません。
 第二章以降のプレイングをかける際のフレーバーとしてお考え下さい。
 なお、プレイングで明記されている場合に限り、🔴に応じて不利描写を加えます。
 なにかしら表現したいことがありましたら、ご利用ください。

・ダメージ量
 🔴が一つまでは、普段通りの行動が行えるレベルのダメージ量です。
 🔴が二つ~三つは、だいぶ疲弊していると考えていただいて結構です。
 いずれのダメージ量にせよ、戦闘に携わることはできる程度には回復している、とお考え下さい。

 以上です。
 それでは皆様のプレイングをお待ちしております。

==========================
ステラ・エヴァンズ
惨状に愕然としますが、すぐに気を取り直して他の方や猟兵の救出へ
星天光雨で治療したいですが他に回復に回る方がいればお任せして戦闘に集中

ユキさん…他の方も疾く眠らせて差し上げたい
死にたかった気持ち、わかるから
…したくない事はもうしなくていい
血統覚醒し、天津星でなぎ払いふき飛ばして斬り伏せながら
機を窺って心臓或いは首の致命傷を狙って率先的に攻撃
なるべく長く苦しませず早く死ねる方法を取ります
雹刃突と氷輪布陣には第六感で回避
怨呪流血斬は甘んじて受ける覚悟で避けずに逆に踏み込み斬りつけ
氷輪布陣で凍った地形は衝撃波も交えつつ天津星で砕き壊す
…後はお任せてお眠りください…必ず、彼の悪鬼も地獄へ叩き落とします


天御鏡・百々
人を人で無くすなどと
なんたる悪行を行うのだ

助けることがもうできぬというならば
せめて、悪鬼の傀儡からは解放してやらねばならぬ

地形を凍らせられるのは面倒だな
氷柱は神通力(武器)による障壁(オーラ防御33)で受け止めるとしよう
攻撃は「天鏡破魔光」にて行うぞ
呪刀相手ならば、我が破魔の力(破魔35)が有効に働くであろう

道中では享楽の贄となった娘たちを救助しつつ進む
(医術8、救助活動10)
生まれながらの光で治療したいところだが、首魁と戦う前に倒れる前にもいかぬ。口惜しいが、ここは応急手当のみにしておくぞ

●神鏡のヤドリガミ
●アドリブ、連携歓迎




 中身ごと畳の上で引っくり返った漆器や盃、いかなる乱痴気騒ぎの結果なのか、傷だらけで転がる屏風や燭台を始めとする調度品に、雑に脱ぎ捨てられた縮緬の呉服。薄暗い座敷に澱む空気に混じる香は、紛うことなき血の匂い。
 悪鬼の下へ向かうべく飛び込んだ座敷にて広がる光景を目にしたステラ・エヴァンズは、その惨状を前に柳眉をひそめることを禁じ得ない。己よりも一回りも年下の娘らが、大人たちの残酷な愉悦の生贄にされていた。
 猟兵たちが座敷に飛び込むのとほぼ同時に、呪刀の娘らも対面の襖を開けて室内へと乱入していた。傷ついた娘らを助けるよりも、まずは彼女たちを救わねば。
 剥き出しの悪欲に対して目眩を覚えそうになりながらも、ステラは手によく馴染む薙刀・天津星の柄を強く握りしめることで、揺れ動きかけた意識を戦士のそれへと正す。彼女の琥珀の瞳が、呼び覚まされた血脈の力で赤く染まっていた。
 ――ユキさん……それに、目の前にいる彼女たちを、疾く眠らせて差し上げたい。
 薄闇で輝く陰気を纏う呪刀。それを手繰る絹織物を羽織った少女らに目掛けて、ステラは天津星を薙ぎ払う。巻き起こる烈風に煽られた呪刀の娘らは攻め手を阻まれ、一瞬、足が止まる。
 ステラと共に座敷に足を踏み入れた天御鏡・百々は、眼の前に立ち塞がる呪刀の娘らの姿を見て低く唸った。
 はだけた着物の前から覗く彼女らの身体の輪郭はいびつで、まるでサイズの合わない人形の部品を無理に継ぎ接ぎされたかのよう。そして、その数と形と部位は必ずしも本来在るべき人の姿に忠実とは限らない。
 ――人を人で無くすなどと。なんたる悪行を行うのだ。
 怒りよりも先に嘆きが百々の胸を満たす。だがすぐに、猟兵としての強い決意がそれを塗りつぶした。彼女たちを救うことができるのは、自分たちだけ。その救いが決して幸福なものではなかったとしても。
 百々は怯むことなく座敷を駆け抜けて、戦いに参じる。突然の乱闘に慌てふためき、何事か叫んでいる男たちには一瞥もくれず、彼女は片手を前面に掲げた。
 呪刀の娘らが虚空に練り上げた氷柱の投槍を、百々は神通力によって触れずして押し留めてみせる。自分と仲間はもちろんだが、哀れな遊女の娘らが巻き込まれることだけは必ず防がねばならない。
 見えざる壁で砕けた氷が舞い散るなか、ステラは天津星を水平に構えたまま呪刀の娘らとの間合いを詰めていく。
 奇紋布で顔を覆われているため表情こそ掴めないが、娘らの首筋を絶えず伝い落ちる涙の雫が、全てを物語っていた。
 苦しみと絶望から逃れるために死を願う気持ちを、かつて籠の鳥だったステラは理解していた。望まぬ形で己の身命を使い潰される痛みから、目の前の哀れな娘たちを解き放ってやりたかった。
 ――したくない事は、もうしなくていい。
 だから、ステラは薙刀を迷わず振るう。呪刀が溜め込んだ怨嗟が滲む一太刀を浴びるが、構わない。鋭い刺突は呪刀の娘の心臓を狙い違わず貫いて、痛みを感じる間もなく絶命せしめる。
 隣に立つ者が倒れても一顧だにせず、ただただ呪刀を振るう娘たちの姿を目にした百々は、彼女らが本当に心まで悪鬼の傀儡に落とされてしまっていることを痛感する。
「助けることが、もうできぬというならば」
 ――せめて、悪鬼の傀儡からは解放してやらねばならぬ。
 元より、淡い期待を抱いていたわけではない。百々は大切に仕舞っていた神鏡を取り出すと、魔を祓う光を鏡に映し出す。
 癒やしをもたらす奇跡の光で呪刀の娘らを救うことができたら、どんなにも良かっただろう。けれど、それは叶わない。薄闇を切り裂くまばゆいばかりの破魔の光は、魂の根まで呪刀に汚染された娘らにとっては致命の閃光となる。
 百々の攻撃を防ごうと構えた呪刀が破魔の光のなかで浄化され、ボロボロと崩れ去っていく。そして、呪刀に操られていた娘は糸が切れたように崩れ落ち、二度と立ち上がることはなかった。
「……後はお任せてお眠りください……必ず、彼の悪鬼も地獄へ叩き落とします」
 血の海に倒れた娘らの手に握られていた呪刀は、影も形もなく消え失せていた。しかし、施された肉体の変異は解けることがない。
 周囲を警戒して他の呪刀の娘らがいないことを確かめたステラは、血溜まりのなかで倒れた年若い娘の身体に織物を被せてやる。
「惜しいが、ここは応急手当のみにしておくぞ」
 ステラが周囲を警戒する間、百々は享楽の贄となっていた遊女の娘たちの容態を確かめていた。みな、理不尽な暴力と呪術で身も心も傷ついていた。呪刀の娘らのように肉体の変異は極小だが、取り除くには痛みを伴う処置が必要となるだろう。
 ――首魁と戦う前に倒れる前にもいかぬ。光をもたらすことは、まだ出来ぬ……許してくれ。
 簡単な手当を終えた百々とステラは無言で頷きあい、先を急ぐ。戦いはまだ始まったばかりだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

イェルクロルト・レイン
見知った顔に看られるか
おれより酷い顔してるぞなんて嘲笑っても、麻痺する口の端は上がらない
治療を受けたとて癒えきらぬこの躰
視界に咲く曼珠沙華の幻覚は現世からは遥か遠い
――嗚呼、それでもこの程度。喰らい、壊し、救ってやろう

幸か不幸か、ロクに痛みが分からくてなあ
刃で斬られようとも止まるつもりは毛頭ない
地を這い蹲る事になろうとも、噛みつく牙さえあればいい
繰る炎は雪の様に白く、この地に根差す畏怖と恐慌が強い程に猛く

選べ。救われるか、歩み続けるか
生きる意志がある娘だけは残そう

死が近付くのであれば、魂の反転。本来あるべき"レイン"の姿
凍る氷雪を身に纏い、慈悲を以て救ってやろう
悪いな、黄泉路の伴はしてやれない


ジル・クラレット
溝萩の怯えた顔が急く胸に過ぎる
安心してと言った事、嘘にはしない

遊女達と仲間への【シンフォニック・キュア】を最優先
必要なら【薔薇籠】で攻撃者や邪魔者を足止め
遊女達の退路確保&逃走を促す
逃走が無理なら、部屋の角などの極力四方から攻撃の来ない場所で
遊女達を背に壁となるわ

相手が悪鬼でも眷属の子等でも、怯みはしない
攻撃は【花嵐】
眉を顰めんばかりの血腥さは、梔子の白と香りで掻き消してあげる

数多の遊女と接していた身
近しく知るからこそ
救える花は救いたい
届く声は屹度あると信じたい

私のすべき事が、その命を守る事でも、狩る事であっても
その時は彼女達が安らぐ言葉を
それが例え偽りの言葉や笑顔でも、厭わず、悟られぬように




 禁制の薬草が焚かれた室内に蠢くのは、人のゴミどもだ。人の精神を破壊する薬を無理やり吸わされて、ケラケラと笑い続ける少女たち。彼女らを弄びながらゲラゲラと嗤い続けるゴミども。
 不意に、薬草の煙でくすんだ室内に血の雨が降り注ぐ。見れば、ゴミどもの醜い身体が呪刀の娘らの剣閃に両断されていた。その瞬間に立ち会うこととなったイェルクロルト・レインとジル・クラレットは、新たな戦いの訪れに注意深く身構えた。
 ――もう、おれの顔が笑っているのかどうかも、わからない。
 荒事に臨めば、イェルクロルトは癒えきらぬ己の躰の不具合を否応にも知ることとなる。長い潜伏期間のあいだ治療に当たってくれた知己の医師に『おれより酷い顔してるぞ』なんて冗談交じりに嘲笑った日が、遠く感じられる。
 あの時は確かに麻痺した顔面の口端は上がらなかったけれど、今はもう唇が上がっていないのかどうかも、自分自身では判断がつかなかった。
 だが……イェルクロルトは震える指先で胸元を掴み、胸中で呟く。
 ――嗚呼、それでもこの程度。喰らい、壊し、救ってやろう。
 安らかな眠りを。その願いが込められた銀の短剣の柄を握りしめながら、ジルは虚空を指さしながら狐憑めいた狂笑を続ける贄の娘らの顔を確認していく。
 ――溝萩は確かにここから脱出を果たした。それはわかっているはずなのに、胸の奥のざわつきが収まらないのは……私自身が急いているせい、かしら。
 安心して、と。ジルは別れ際に溝萩に誓った。その言葉を嘘にしたくはない。自分自身に対しても、なにより、力なきあの遊女のためにも。
 呪刀の娘の一群のうち、葡萄のようにびっしりと乳房を身体に殖やされた娘が大上段に刀を構えたまま迫ってくる。殊更女性性を強調させられた体躯から生える腕は七本。いずれも毛の生えた甲虫の肢のそれに似ていた
 反射的に、イェルクロルトも駆け出していた。緩やかな治療だけでは癒えきらぬ躰に鞭打って、感覚が確かな右腕を床すれすれに振るってみせれば、虚空からなにかを掬い上げたかのように手の内に白めく炎が生みだされる。それは此の地に潜む恐怖を糧に、目を射るほど冴え冴えと輝いて、人の罪の深さを否応なく暴き立てる裁きの光のよう。
 イェルクロルトの放った白焔に巻かれて一瞬で息絶える呪刀の娘もいれば、運悪く生きながらえてしまう娘もいる。
 恐慌きたして辺り構わず雹刃を振りまく娘らの姿は、こんな姿に成り果てても未だ生に望みを抱いているように思えて、ジルはやるせない思いを抱く。
 だが、好きにさせてやるわけにはいかない。守るべき者は、あまりに多い。身を苛む冷気から遊女らを守る壁となりながら、ジルは指先から放った薔薇の蔓で呪刀の娘らを拘束した。
「歌はあとでいい。幸か不幸か、ロクに痛みも分からなくてなあ」
 共に戦場に立つ女が人一倍情が深いことを、葦原の地で戦ったイェルクロルトは知っていた。まずは己よりも目の前の娘らに救いを。その身はすでに刀傷を幾筋も負っていたが、彼はそうジルに言外に告げて、拘束の叶わなかった呪刀の娘に対して炎を灯らせる。
「ええ。でも、無茶はしないで。私にとって、あなただって"守るべき人"なのだから」
 ジルは呪刀の娘らに視線を向けつつも、イェルクロルトの身を案じる。散華楼に身を寄せた時間のなかで、多くの人が心と身体をすり減らしていく様をあまりにも見続けてきた。もう誰一人として、苦しむ姿は見たくない。
 ジルは銀の刃の柄を指先で愛でながら、力を振るう決意を固める。

「選べ。救われるか、歩み続けるか」
 イェルクロルトが問う。
 答えを待つ。
 答えは無い。
「救える花は救いたい。生きるその意志があるならば、どうかこの声に応えて」
 ジルが問う。
 答えを待つ。
 答えは無い。

 ただ、呪刀の娘らは慟哭と涙を零すばかり。
 猛りのまま怨嗟の刃を振るわんとしていた身体が、見えない手に袖を引っ張られたかのように、動きを止める。
 嗚呼、とイェルクロルトとジルは噛み締めた歯の合間から息を漏らす。
 言葉よりもなによりも、それは雄弁に、呪刀にも抗う人としての最後の尊厳を訴えているのではないか。
 二人の男女はそう判断した。
 もう身体は満身創痍で、立ち続けることも苦痛を伴う。イェルクロルトは身に宿る魂を反転し、本来あるべき姿――絶対零度も生温い冥凍の氷雪を纏う。
「悪いな、黄泉路の伴はしてやれない」
 炎よりも熱い白い氷が吹き荒れて、呪刀の娘らを呑み込んでいく。
 ――悪鬼でも、なんでも、怯みはしない。短い間でも、貴方たちと接していた。近しく知るからこそ、救いたかった。声はもう、聞いてあげることは出来なくとも。
「おやすみなさい……目が覚めたら、桜を見に行きましょう。きっと、明日は満開の花盛りだから」
 せめて心安らぐ言葉と笑顔をジルは娘らにかける。
 それが偽りだと決して悟られぬように、心からの思いをこめて。
 奇しくもイェルクロルトの白焔と同じく、ジルが舞い踊らせるは抜けるような純白の手立て。悪しき香を打ち消すものは、梔子の清かな香り。
 そうして、二人の猟兵の前に立ちふさがった呪刀の娘らは息絶えた。
 イェルクロルトの視界の隅に、血よりも鮮やかな乱れ咲く曼珠沙華の幻が見える。それは己が見た幻覚だったのか、死した娘らが見せた幻覚だったのか、ついぞわからなかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

神埜・常盤
大宴には呪符と霊薬が使われると聴いた
どうも其処が気になるので「救助活動」中心に動こうか

呪符や霊薬の犠牲に成りそうな娘から救出を
やァ、邪魔させて貰うよ
僕も呪詛返しを喰らって疲れてるんだ
客は催眠術で昏倒させるか
管狐の炎に巻き無力化を

救出した娘については式神に祈りを捧げたり
破魔を乗せた霊符を貼る事で解呪を試みる
彼女らを癒す気力位は未だ、僕にも残っているさ
僕も影響受けぬよう呪詛体制を意識

呪刀の餌食になった娘達は管狐の炎で範囲攻撃
――さァ、「九堕」よ
浄化の炎を以て彼女たちの穢れを払え

此岸で君達を救う事は出来ないが
せめて魂だけは清らかにして黄泉路へ送ろう
本当に危うい時のみ霊符で生命力吸収
其の呪いごと頂くよ




 ――作らされた呪符と霊薬の使われ方がどうにも気掛かりだなァ。取り返しのつかないことになる前に、助け出してあげねば。
 公儀の術士に返された呪詛は未だ抜けきらず、神埜・常盤は時おり襲いかかる頭痛に顔をしかめながらも、大宴の贄として供された少女らを救うべく地下妓楼に駆けつけた。
「やァ、邪魔させて貰うよ」
 馴染みの酒処の暖簾をくぐるかのように、場違いな気楽さで常盤が押し入った座敷には、遺体の腑分けに没頭する男たちの姿と、其の様を見て震える檻に囚われた少女の姿があった。
 楽に眠らせるべきではないな、と常盤は思った。懐に忍ばせていた管狐をけしかけて、怒気混じりに誰何を喚く男どもを床に転がす。骨の一本や二本へし折れてもおかしくはない力で拘束したものだから、男たちの怒声は瞬く間に悲鳴に変わった。
 死した少女への対処は後回しにし、常盤は檻に閉じ込められていた少女の容態を診ることを優先させる。
「不幸中の幸いか……霊薬を飲まされてから、そんなに時間は経っていないようだね。これならすぐに解呪が叶うだろう」
 常盤は恐怖のあまり焦点の定まらない少女を寝具に寝かせると、彼女たちが飲まされた霊薬がなんなのかをすぐに特定した。
 蟲下しの呪符を、常盤は少女の腹に貼り付ける。少女の腹はヘソを中心に放射線状の痣が浮いており、それは腹のなかで肥大化しつつある蟲の毒素によるものだった。
 ――あの霊薬に含まれるものは、呪蟲だ。喰い殺した宿主の亡骸を呪物に変えて、永きに渡り周辺に災厄をもたらす汚染源となる。大方、あの少女のように殺したあとでバラバラにして、商売敵かなにかの家々を破滅させるつもりだったんだろう。
 少女の腹のなかに巣食う呪蟲が、解呪に抗って暴れ狂う。その痛みに少女が泣き叫んだ。常盤は少女を催眠術で意識を奪うと、呪蟲を鎮めて無力化する祝詞を捧ぐ。
 しばらくして蟲下しの儀は終わり、気を失った少女の寝顔も安らかなものに変わった。体の傷は幸いにしてほとんどない。常盤は死した少女の遺体にも解呪を施していく。
「だが……救わねばならない子が、もう一人いたみたいだねェ」
 次の座敷に向かおうと立ち上がった常盤の前に、呪刀を携えた娘が現れた。
 此岸で救うことが叶わぬ娘。真の救いを施さねばならぬ娘。
 常盤は再び管狐を式すると、浄化の炎を以って呪刀の娘の穢れを払わんとする。
「――さァ、"九堕"よ」
 呪刀が巻き起こした吹雪と、常盤の管狐の炎の嵐がぶつかりあう。
 せめて、魂だけは清らかに黄泉路へと――。

成功 🔵​🔵​🔴​

稿・綴子
さぁて何を殖えつけてくれたのやら

座敷にて
やんごとなき方が夢中になったら舌先三寸言いくるめ
だまし討ちして人形と入れ替わる
鍵開けは乙女の嗜み逃げ足生かして戦場に合流

魂を奪われた娘達を前に悪鬼へ憤慨
なぁ
悲嘆憎悪憂い他が在るから面白いのだよ奪ってどうする

芝居人形は置いてきた
虚構は呼べぬ程疲弊
故に生身でお相手致そう
髪飾る死人花を手に持ちかえ娘の胸を貫き害する
弱った娘を狙い確実に数を減らす
足腰の覚束なさをフェイントに利用し攻防の不足を補う

吾輩は“記される”モノ
貴嬢らの消された感情を吸い上げ憶えよう
…せめて無念を見せてくれ給えよ

散って血って、少々遊びすぎたようである
※死なず継戦可能なら殖えつけの結果描写希望


青葉・まどか
苦しい。

この身に受けた事は、どうでもいい。
だけど、他の座敷から聞こえてくる悲鳴。嘆き。哀願。
助けを求める声に何も出来ない事が苦しい。

地下妓楼に仲間が強襲したのを察知したら、女性達を救う為に行動。
怪力で拘束を解き、座敷の客に気絶攻撃。
他の座敷に突撃、客と邪魔する連中に気絶攻撃して女性達を救助。

強襲組と合流するまで女性達を医術・救助活動で治療。
「遅くなってごめん。必ずここから助け出します」

助ける事が出来ない彼女達との対峙の際
「私は助けたい人達がいます。…ごめんなさい」
シーブズ・ギャンビットを早業で2回攻撃。
攻撃は視力で見切り、カウンターを狙う。

助けた女性達に被害が出ないようにかばう。




 大宴が始まる数日前より地下妓楼にて贄とされた稿・綴子の有様は、ただただ悲惨の一言に尽きた。
 体中で怪我をしていない場所は一箇所もない。何度も殖やされ、削られ、切り落とされ、再び殖やされ、生やされる。曰く、不老不死の霊薬になるのだという。男たちはそれを収穫して食べることに夢中になっていた。
 かくして、美しかった綴子の肢体には奇怪な凹凸の痕が痛々しく残り、そして新たな体組織がいまも成長を続けているのだった。
「名残惜しいが、愉快な奇譚の時もこれにてオジャン、とさせて頂こう」
 綴子は戦端が開かれる頃合いを見計らって、自身を弄んでいた男どもを芝居人形で一網打尽に制圧した。真に迫った死んだフリをしてみせれば、花を散らすことを禁じられていた男たちは、罠とも知らずに大慌てで彼女の周りに集まってきたのだ。
 鍵開けは乙女の嗜み、と常より若干弱々しい笑みを浮かべながら拘束を解いた綴子は、芝居人形を己のダミーとして据えると、拘束した男どもを物陰に放り込む。それから、己が躰の様子を確かめた。
 腹からは干からびた老人の腕が三本。胸からは肋骨の隙間を縫って、得体の知れない生黄色い内臓器官が鈴なりに露出している。不意に背後から気味の悪い呻き声が聞こえてきた。鏡で背中を見れば、カエルに似た醜い顔の嬰児の半身が蠢いていた。
「おやおや、この歳で子持ちになってしまうとは! 最後の最後で可笑しなものを殖えつけてくれるじゃないか」
 ――育ててやりたいのはやまやまだが、吾輩が呑まされていた薬が切れればコレの命も果てよう。背中は難儀だ。まぁた後で誰ぞに切除して貰わねばなあ。
 一人苦笑する綴子。だが、このままでは戦うことも出来ない。意を決した綴子は丸めた布を噛みしめると、男どもが使っていた牛刀を腹と胸に生えたモノにあてがった。
 ……ぶつり。
 痛みと出血に視界が暗くなりかけたが、倒れているヒマはない。いまは早く、戦いの場に馳せ参じねば。綴子は急ぎ着物を羽織ると、その場を後にする。

 ――苦しい。
 己の身体を苛む苦痛が、ではない。薄い壁と襖の向こうから響き聞こえてくる、名も知らぬ少女たちの悲鳴と、悲嘆と、哀願の叫びが、青葉・まどかの心を肉体以上に痛めつけていた。
 拘束台に括られたまどかの眼の前にいる男は、なんでも此処の領主の親族にあたる高い身分の武士だそうだ。きっと周りの座敷にいる連中も似たような立場の男どもなのだろう。
 ――報いは必ず受けてもらうよ。それは私がされたことへの報復なんかじゃない。私以外の子たちが受けた苦痛に対する報いだ。
 かつて従順な娘として振る舞っていたまどかの姿は、もうどこにもない。猟兵としての不屈の魂が、彼女の瞳に力強い光をもたらす。その表情が、男は気に入らなかったのだろう。「二度と太陽を拝めると思うなよ」と宣言すると、禍々しい形状の責め具を取り出した。それの用途を察したまどかの眉が、ぴくりと震える。
 その時だった。どこか遠くで、悲鳴とは違う騒がしい音が響いてきた。
 男の注意がそちらにそれる。その隙をまどかは見逃さず、怪力で無理やり拘束をねじ切ると、振り返るいとまも与えず男の首筋に当身を食らわせた。
 戦いが始まったのだ。しかし、仲間たちがこの座敷に到達するまで時間がかかるだろう。その前に、まどかは周りの座敷に囚われている少女たちの助けに向かう。
 足元もおぼつかない身体を叱咤するように頬を強くはたいたまどかは、着物と共に部屋の隅にまとめられていた愛用の短刀を片手に、別の座敷へと乱入する。
 そこで行われていた惨たらしい光景を目にしたまどかは、男たちを叩きのめすよりも、己の怒りを抑えることのほうに気を使わねばならなかった。
「遅くなってごめん。必ずここから助け出します」
 時を同じくしてその座敷へと駆けつけた綴子は、状況を察して贄の少女らの介抱を手伝っていく。
「互いに無事……ではないが、死体で再会せずに済んだのは重畳である、まどか」
「ええ、本当に。けれど、これからが本当の戦いね。足音が近づいてきている」
 少女らの手当を終えたころ、座敷に呪刀の娘らが雪崩込んできた。
 自らの意志を奪われて、悪鬼の傀儡として死ぬまで戦うことを強いられた哀れな娘たち。
 彼女らの姿を見た綴子の金眼に憤怒の影が差す。非道の悪鬼に対する、抑えきれない怒りが。
 ――なぁ、悲嘆憎悪憂い他が在るから、面白いのだよ。奪ってどうする。
 怪我と疲労は無視できないほど重く、常ならば用いるはずの芝居人形も虚構の一団も呼ぶことは叶わない。頼れるものは、ボロボロに傷ついた我が身一つ。
 だが、綴子は髪に差していた死人花を手にすると、何も恐れず呪刀の娘らに立ち向かう。失血と疲労で足腰は覚束ないが、その揺蕩うような足捌きはかえって娘らの間合いを崩す役目を果たす。
 眼前の宙を裂いた呪刀の切っ先が孤の終端に至る前に、綴子はゆらりと娘の懐に飛び込んで、戯れで切開されたままの胸を貫いた。
「………せめて無念を見せてくれ給えよ」
 綴子は、記されるモノ。失われた魂を、消された感情を吸い上げ、永きに渡り憶え継ぐモノ。綴子の囁きに、剥き出しの心臓をようやく止められた娘が、温かな涙を零した。
 綴子はそれを掌で受け止める。決して忘れないように。永劫消えぬインクの染みのように、心に記すために。
 けれど、一人、二人の呪刀を倒したところで、戦は終わりを迎えない。吹き荒れる猛吹雪をその身に受け止めたまどかは、凍りかけた肺腑に熱を送り込もうと荒々しく息を吸い込む。
 今更、苦痛などにかまっていられない。背中にかばった少女たちに、まどかは空気の揺らめき一つとして触れさせたくなかった。
「彼女たちは必ず助ける。けれど、あなたたちは――」
 ――助けてあげられない。
 その言葉を、まどかは苦い感情と共に呑み下した。
 薄闇のなか、尋常ならざる長腕を与えられた呪刀の娘の剣戟を避けるのは至難である。だがまどかの眼は、呪いを纏う白刃を僅かな手合のなかで見極めていた。
 横薙ぎの一閃を身を屈めてかわしたまどかは、手のなかで短刀を逆手に持ち変えると、地を縮めるが如く一気に間合いを詰めて、追撃に移らんとする呪刀の娘の喉元に食らいつく。
 身をひねって首筋を掻き切り、翻りざまに背を向けた姿勢で心臓を突く。
 一言の悲鳴を上げさせぬまま、まどかは呪刀の娘に終末をもたらした。
「……ごめんなさい」
 倒れた異形の娘に、まどかは小声で告げた。短刀についた血の色は、鮮やかな赤色だった。
 自分たちと何ら変わらない、赤色。
 まどかはもう一度贖いの言葉を口にしようとして、しかし、何も言えぬまま唇を引き締めた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

トゥララ・ソングバード
むむー、なんか変な匂い…
これが大宴?
なんだか名前よりイヤな感じ

ここに来て少し分かったよ
何でも許されるからって、女の子たちが嫌がる痛いことはダメ!
分からずやは、痛い目を見てハンセーしてね!

お座敷にいる女の子を助けに行くね
踏み入ったらモンドームヨー!
ユベコを人に当てないところにぶつけるよ

次は本気で狙いますっ、アタシのお星さま達はすっごく痛いんだから!
それでも逃げなかったら……死なないくらいに狙ってドッカン!
死ぬほど痛い気持ち、わかった?

助けた女の子は一人で逃げられなかったら一緒に避難
途中、敵が来ても臆せずに
だってアタシが逃げちゃったら、みんな悲しくなるだけだもん
あなたにも届け、この星のキラメキ!


千桜・エリシャ
嗚呼、嗚呼嗚呼――まるで無惨絵の如き惨状……
女を、花を、なんだと思っているのかしら
花は愛で慈しむことで美しく咲きますの
花の愛で方を知らない悪鬼にその身をもって教えて差し上げますわ
首を洗って待っていなさい

まだ助けられる方は害及ばぬ後方へお連れして
私は先を急ぎましょう

呪刀――私も同じく呪われた刀を手にする剣士
これは私のあり得たかもしれない姿、なのかもしれませんね…
散華繚乱――眠らせるようにその御首を頂戴いたします
氷柱は花時雨を開いてオーラ防御を

美しく散ることを許されなかった花々へ、せめてもの私からの手向けの花を咲かせ
あなた方は間違いなく美しい花でした
私がそれを憶えておきますから……
どうか安らかに




 猟兵たちの地下妓楼侵攻が開始されてから、やや遅れて戦場に駆けつけた少女が二人。その一揃えで蔵一つが建つほど高価な着物と装飾を身に着けた、煌やかな遊女見習い、綺羅と桜――否、トゥララ・ソングバードと千桜・エリシャ。
 表の務めを放ってきたため、今ごろ姐さん方は怒り心頭だろうが、致し方ない。
 地下妓楼に足を踏み入れるなり、トゥララは袖で口元を押さえながら顔をしかめた。
「むむー、なんか変な匂い……。これが大宴? なんだか名前よりイヤな感じ」
 大きな宴と言うのだから、キラキラと輝くアイドル・フェスティバルのようなものを想像していたのかもしれない。そんな無邪気なトゥララの肩にそっと手を乗せて、エリシャは優しく微笑みかけた。
「ふふ、トゥララさんたら。華やかな宴の席はいずれ別の機会の楽しみに取っておきましょう。今は――この悪しき匂いの根源を清めること。それが私どもの務めですわ」
「うん、わかった! 女の子をいじめる、わるーい人がいっぱいいるんだよね? アタシ、絶対に許さないもん。がんばろ、エリシャちゃん!」
 銀河を宿す透いた瞳を輝かせるトゥララの鼻息はふんすと荒い。
 この少女の瞳には見せるべきではないものが、きっと多く待ち受ける。ならば、エリシャは毒を呑むのは己が役目と心得て、少女の手を引いて奥へと向かう。

 人体から搾り出せるおよそ全ての臭気を綯い交ぜにした淀みが、地下妓楼を満たしていた。一歩踏み出すごとにジュクジュクと湿った音を立てる畳に染みるものが何なのか、考えるのはとうにやめていた。
 ――嗚呼、嗚呼嗚呼――まるで無惨絵の如き惨状……。
 女というものを思いつく限りの方法で貶め、慎ましく咲いた花を可能な限り汚し尽くした、その所業。戦の痕跡が残る部屋で見た、死した呪刀の娘の亡骸を目にしたエリシャは、佩刀の鯉口を無意識のうちに切っていた。
「……ここに来て少し分かったよ。何でも許されるからって、女の子たちが嫌がる痛いことはダメ!」
 トゥララが、口をへの字に曲げながら声を上げた。ここで何が起きたのか、ここにいた娘らの身にどんな仕打ちがなされたのか、彼女も幼いながらに理解をしていた。幼さが勝るからこそ、その純粋な嫌悪と義憤は周りの者の心に突き刺さる。
 ふと、物音が聞こえた。見れば、高僧と思しき老いた男がいた。腕のなかにボロボロに傷ついた遊女を抱え、喉元に短刀を突きつけている。
「おい、そこの売女ども、私を表まで案内せよ。ええい、忌々しい! ……なんでこんなことに……! 聞いていないぞ、なんだあのバケモノは……あの見慣れぬ兵どもは……!」
 大宴に招かれた客なのだろう。居丈高な物言いと、女性を盾にしたその姿を見たエリシャの表情がすっと冷淡なものへと変わる。今度こそ、右手が刀の柄に伸びた。しかし、次の瞬間――。
 星が降った。
 如何なる術法か、地下にも関わらず天より星が堕ち、轟音と共に床を吹き飛ばした。部屋の半分を飲み込む大穴が空く大惨事ぶりである。どうして誰も巻き込まれなかったのが不思議なほどだ。
「次は本気で狙いますっ」
 トゥララの声が、土埃がもうもうと舞い上がる室内に響く。高僧も少女もぽかんと口を開けて、誰も何も言えない。エリシャも、目を丸くしてことの成り行きを見守るばかり。
「その女の子を離してあげて! これ以上、誰もいじめないで! こんなこと、絶対に絶対にゼッタイに、許さないよ! アタシのお星さま達はすっごく痛いんだから! まだ続けるつもりなら、モンドームヨーにあてちゃうもん!」
「ひっ、ひっ、ひぃ、いいいいいっ」
 激しい剣幕と呼ぶには少々あどけなさの残るトゥララの声音に対して、老いた高僧はみっともなく尻もちをつきながら後ずさる。この光景を目にしてしまったのだ、無理もない。高僧は手にした短刀を取り落とし、人質の少女も解放する。
 隣の座敷に隠れていたと思しき少女らが、喫驚として部屋の中を覗き込んでいることに、トゥララは気がついた。みな、包帯などで手当をされている。先にこの一帯を制圧した猟兵仲間たちが、比較的安全な部屋に退避させていたのだろう。
 トゥララは「みんな、無事だったんだね! もう安心して!」と笑顔で手を振ってみせる。
 だが、騒動は良からぬ者の注目も引いてしまったようだ。寒緋桜を思わすエリシャの深い色彩の瞳が、ふと細められる。
「トゥララさん、皆様をどうぞお守り下さい。私は少々、果たさねばならない務めを思い出しましたわ」
「おつとめ? うん、わかった! 悪いひとがみんなに近づかないよう、アタシがみんなを守ってるよ!」
「ええ、頼りにしております。……それでは方々、ごめんあそばせ」
 エリシャは笑顔を残して大穴を迂回すると、静かに隣の座敷へと移動する。
 後手に襖を閉めれば、行灯の火が一つ灯っただけの部屋は薄闇に包まれた。
 闇の向こうで、何かが蠢く。人の名残がもう何一つとして見られない、何かが。
「お待たせ致しました。不肖ながら、この私めが御首を頂戴いたします」
 しゃん、と涼やかな鞘走りの音を鳴らして、エリシャは墨染の大太刀を抜く。彼女に相対する異形もまた、呪刀を下段に構えてゆらりと迫ってきた。
 音も立てず、二人の娘は間を測り合い、互いに必殺の距離を奪わんと攻防する。
 ――呪刀……私も同じく呪われた刀を手にする剣士……。
 それは、一つ間違えればエリシャ自身が陥っていたかもしれない、影法師のような存在だった。彼女が手にするは、魂を喰らうだけ黒く染まる桜花の太刀。
 眼前の哀れな娘の魂を啜れば、さあ、刃の闇の深さは如何ほど増すのか。
 知りたくもない。しかし、知るべきなのだ。それが剣士に課せられた罪業である。
 呪刀の娘が巻き起こした氷柱の嵐を、エリシャは紫紺の和傘で受け流した。くるり、手首を捻れば描かれた桜花が薄闇のなかで舞う。エリシャは突き出した和傘で娘の視界を塞ぐと、肩に峰を預けていた大太刀を腰の捻りに乗せて水平に薙いだ。
 刀身の重みにつられて、エリシャの細い身体が半回転する。一瞬だけ訪れた無防備な体勢は、戦のなかにあって致命的な隙だが、羅刹の妖剣士は焦る素振りを見せない。
 もう、終わっていたからだ。
 宣言の通りエリシャは娘の花を綺麗に手折ってみせた。さっと降り注ぐ赤色の雨は、この散華楼流の言葉で表すならば、きっと花の散る様なのだろう。
「あなた方は間違いなく美しい花でした。私がそれを憶えておきますから……どうか安らかに」
 和傘に血の雨を受けながら、エリシャは元の部屋へと戻っていく。鞘に収めた墨染の刃の色は……この薄闇の色では、わからない。
「エリシャちゃん、おかえりなさーい! 助けた女の子たち、みーんなアタシが守っていたよ! 怒鳴るおとなの人たちも、ちゃんと捕まえたんだから」
 戻ってきたエリシャを出迎えたトゥララは、誇らしげに「えっへん♪」と腰に両手をあててみせる。この周辺に身を隠していた少女たちを彼女は残らず一箇所に集めて、保護していたのだ。反対側の部屋には縄で縛られてうなだれている男たちがいる。トゥララは、逃亡を図ろうとしていた"悪いおとなたち"を残らず通せんぼして、捕まえたのである。
「あら、まあ。ありがとうございます、トゥララさん。なんて頼もしい」
「えへへー☆ だってアタシが逃げちゃったら、みんな悲しくなるだけだもん。背中を見せることなんて、できないよ」
 あなたにも届け、この星のキラメキ!
 トゥララが愛らしくウィンクしてみせれば、傷ついた少女たちの心も絆されつつあるのだろう。まだ弱々しいものだが、彼女たちにも笑顔が戻りつつあった。
 けれど、真の笑顔を取り戻すためには、まだすべきことが多く残っている。
 トゥララもそれはわかっていた。だから、気を引き締め直して、往くべき先に視線を向ける。
「花の愛で方を知らない悪鬼に、その身をもって教えて差し上げましょう」
 女の、花の、人の命の尊さは、いま目の前の無垢な少女のように、愛と慈しみを注ぐことで本当に美しく咲き誇るということを。
 教えてやらねばなるまい。
 ――首を洗って待っていなさい。
 エリシャは心中で囁くと、再びトゥララと手を取り合って、闇の向こうへと歩を進めていく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

レイ・ハウンド
娘達をこれ以上罪で穢させはせん
御館様の敵はここだ
余所見してたら勤めは果たせねぇぞ
注意を引き余計な被害は食い止める

2回攻撃で頭と心臓を狙撃
腐ってもスナイパーだ、外さん
接敵されたら剣で心臓一突き、首を一閃
もしくは呪刀を打ち払う
なるべく楽に一瞬で殺す
殺しが特技ってのは伊達じゃねぇ

攻撃は断頭で盾受け
氷柱は鎧砕きの一撃で粉砕
共に戦う仲間が危うければ庇う

宴の客供は峰打で気絶させる
痛いか?お前らが娘達にやった事に比べりゃ可愛いもんだろ
遊女達は…怪我で動けねぇよな
正気を失ってれば致し方なく気絶させ
戦いに巻き込まれぬ様部屋の隅に
万一の場合は庇う

癒す力のねぇ俺に出来るのは
殺しで齎す安寧のみ
災禍の元凶斃す為
今は前へ


鳴守・猛
人は、こうまで畜生と堕ちるのか
恐ろしく、おぞましく
覚悟はしていた
地獄も既に見た
だが……嗚呼
握り締めた拳の、小さな筈の傷が
――痛い

俺は力を揮うしか能がない
それは真だ
全て、焼き尽くす事しか出来ぬ
であれば、焼く――そこに、俺の意思はいらぬのだ

しかし
もしや、他に良い方法があるのではないかと
この女人どもを掬うすべはないのかと
揮い乍らも、
常に脳裏に浮かびはすれど

共に闘う者達の表情が
雄弁に物語っている
――既に、救うすべなど無いのだろう

やるしかない
殺るしかない
顔には出ぬ
動きにも出ぬ
他者の身の、心の盾となるべく
一人でも多くを焼く
我が身など省みず
冷気は雷熱で焼き払う

女は――苦しみないよう
出来る限り一撃で、送りたい




 地下妓楼の奥へと進むにつれて、漂う陰の気配は濃密なものに変じていく。おそらく、大宴が始まるよりも前から贄として嬲られてきた遊女らが多数居るのだろう。
 まるで観賞用の花や魚や獣の身を品種改良するように、檻や架台に囚われた娘らは男たちの嬉戯のままその身を作り変えられていた。
「人は、こうまで畜生と堕ちるのか」
 鳴守・猛は胸の奥に溜まった淀みを吐き出すように、呟いた。
 この務めを担ったときから、覚悟は出来ていた。恐ろしく、おぞましく、かつて自分が見た地獄を否応なく思い起こさせる光景に出会うことを。
 ――だが……嗚呼。
 枯れた活け花が縺れ合うかのように、全身の体組織が蔓草状に変形した呪刀の娘を前にした途端、猛は篭手をはめた手をきつく握りしめた。手に残る小さな、ほんの小さな筈の傷が、じくりと痛んだ。
「ここは手遅れだったか……やっこさん、生きた者は見境なく手にかけるようだな」
 大宴の用心棒として猛と共に地下妓楼に詰めていたレイ・ハウンドは、踏み込んだ座敷の惨状を前にしてかぶりを振る。眼前の呪刀の娘らが、すでにこの場にいた遊女と客の男どもを手に掛けていたのだ。
 ――これ以上、娘達を罪で穢させはせん。体も心も命も散々弄ばれたんだ。他に何を負わせれば気が済むって言うんだ、ええ?
 レイは知らぬうちに舌打ちをしていた。安っぽいヒューマニズムで義憤に駆られるほど若くはないが、腹の底にタールのように沈み込むこの重々しい感情はきっと……そういうことなのだろう。
「御館様の敵はここだ。余所見してたら勤めは果たせねぇぞ!」
 わざと大声を張り上げて、レイは呪刀の娘たちの意識をこちらに向けさせる。
 幸いにも、完全に間に合わなかったわけではない。室内には無事に生きながらえている者もいるのだ。せめて彼女らだけでも救わねばなるまい。
「ゆこう」
 レイの怒号に合わせて、猛と呪刀の娘らが同時に踏み出した。
 変形した躰と得物のリーチの分だけ、間合いは娘らに有利だ。しかし猛は我が身も顧みず、呪刀の切っ先の内側へと踏み入っていく。
 振り下ろされた怨嗟の太刀を篭手で払い除け、横手から放たれた氷柱は地を転がることでかすり傷に留める。身を起こすころには、猛の眼前には一人の娘の白い腹。醜く溶解した体躯のなかで唯一、人としての名残をとどめたその曲線。
 ぱちり、と。猛の掌の上で雷が爆ぜた。地を踏みしめ上半身を突き上げるように立ち上がると、生まれたての雷を躊躇なく娘の胸へと押し当てた。そこに猛の意思や計算はなにもなかった。身が動くままに任せ、力を揮っていた。
 ――他に良い方法が、あるのかもしれない。
 心臓を含む内臓を一瞬で炭化された娘が、仰向けに倒れていく。その様を見下ろしながら、猛は僅かな望みに思いを馳せざるを得ない。すなわち、彼女たちを救う良き術が他にあるのではないかと。
 だが……それは、儚い望みなのだろう。
 猛と共に戦う男、レイもまた、一片の躊躇も見せずに事に当たっているのだから。
 レイは猛と互いの死角をかばうように立ち位置を定めながら、迫る呪刀の娘と対峙する。刀とは比べるまでもなく無骨な断頭の黒剣で相手の斬撃を盾受けすると、力任せに剣の腹を手で押し込んで彼我の距離を広げていく。
 鍔迫り合いとも呼べない強引にすぎる鍔迫り合いの末に、体勢を崩した呪刀の娘へ向けて、レイは肩に下げていた黒鋼のアサルトライフルを構える。
「……」
 無言でトリガーを引けば、制限点射で火を噴いた三発の弾丸が呪刀の娘の頭部と胸部を違わず撃ち抜いた。攻防目まぐるしいCQBのなかにも関わらず、スコープで狙ったかのような驚異的な精密射撃だった。
 ――腐ってもスナイパーだ、この距離では外さん。安心しな、殺しが特技ってのは伊達じゃねぇ……楽に死なせてやる。
 心中で娘らに語りかけながら、レイは新手に銃口を向ける。
 猛は、共に戦うこの男が己と同じく鉄の心を備えていることに、安堵する。
 勝利の栄光もなき戦において、表情も動きも常と変わらぬ我が身を取り繕う必要もない。在るがまま、自分が是とする務めを全うするだけでいいのだから。
 ――やるしかない。殺るしかない。
 残された人々の身と、心を守るために。この傷だらけの身を盾として、哀れな娘たちの命を焼き尽くそう。いまはただ、其れだけでいいのだから。
 吹き荒れる冷気に巻き込まれて、猛の全身の皮膚が一斉に裂ける。溢れ出す血すらも瞬時に凍結する。目を開けていることも困難だが、自身の手立てが目を瞑ってでも効果を発揮することに彼は感謝した。
 巻き起こした雷火が吹雪とぶつかり合い、力を相殺する。室内を一瞬で満たした水蒸気で視界は烟るが、相手の位置はすでに掴んでいた。
 ――もう二度と苦しみを味わわないよう、この一手で送ろう。
 蒸気を掻き分けて呪刀の娘に肉薄した猛は、奇紋布で覆われた顔面に掌をあてがい、雷を通した。
 ……ぴしゃり。
 その一人が、この一帯に集まっていた呪刀の娘らの最後だったようだ。それまでの騒がしさが嘘のように、辺りは静けさに包まれた。
 ふと、猛の背後でドサリと何か重いものが床に落ちる音が鳴る。
 見れば、レイが刀を片手に部屋の出入り口に立っていた。その足元には、全裸の太った男の姿。
「痛いか? お前らが娘達にやった事に比べりゃ可愛いもんだろ」
 周囲に危険がないことを確かめたレイは、どさくさに紛れて逃げようとしていた客の男に峰打ちを食らわせて、叩きのめしていたのだ。他の男もその様子を見て、脱出することを諦めたようだ。ブルブルと震えながらレイと猛の顔色を卑屈な表情で見上げるばかりである。
 戦いにこそ巻き込まれなかったものの、贄の被害にあった少女たちの容態は悪い。こんな世界だ。生きながらえたとしても、幸福な人生を歩めるかどうか……。
 それでも、汚れ仕事も厭わぬ道を歩む身とは言え、助けることこそが決して外れてはいけない人の道だということを、レイも猛も確信していた。
 二人は客の男どもを捕縛すると、娘らに手当を施してから比較的安全な後方の部屋へと移送する。
 癒やす力を持たざる身が恨めしい。ならば、手を下すことでもたらされる安寧を築き上げねばなるまい。
 レイはそう己に言い聞かせ、ぽっかりと開いた闇の彼方へと進んでいく。この災禍の元凶を斃すために。
 今は、前へ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

クレム・クラウベル
出来る治療はしたが、それでも気掛かりな男の顔を思い出す
……全く、食べるものくらいもう少し選んで貰いたいものだ
しかしアレにばかり気を掛けてられる状況でもない
説教は後。今は――為すべき事を
無事なものは背に庇い、必要なら後ほど簡易的な治療を施そう

相応のものは見るものといくら覚悟せど
摘み取るものを思えば表情はただ固く
戻せぬ命なら終わらせるだけだ
少しでも早く、苦しませず
死が安らぎだなどと謳うつもりもない
だが……あの様な姿で望まぬ事をさせられ続ける方が、余程辛かろう

一発、二発、引き金を引くごとに祈りを
こんなものではとても癒せるものではないだろうが
……受けたであろう苦痛を思えば、祈らずにはいられないんだ


アルバ・アルフライラ
やれ人の欲とは底知れぬな
…この惨状、地獄の獄卒であれ目の当たりにすれば卒倒するだろうよ

【女王の臣僕】を召喚、操り壁とする事で悪鬼共と遊女を隔てる
悪鬼は鱗粉で麻痺させ無力化を図る
救助が叶う遊女は医術による治療、着付けを施し逃がそう
叶わぬ娘等は――躊躇は捨て、心に鬼を宿し全力魔法で屠る
…躊躇なぞして手元が狂えば、苦しむのは彼女等だ

氷柱は第六感を用いて回避
凍った地に立たせぬよう…寧ろ足元の氷すら覆い尽くす気概で
なに、女王は寛大故な
極力苦しめぬよう娘等を凍らせる

今は叶わぬが
全てが終り次第、散った娘等へ化粧を施そう
粧すべきは生きた者のみではない
一人一人、妥協せず時間を掛けて
蝕まれた身でも、逝く時は美しく




 猟兵たちは複雑に張り巡らされた地下妓楼の回廊と階段を進み、行き当たった座敷に踏み入っては贄の遊女たちを解放していった。彼らの侵攻を止めんとする呪刀の娘らの襲撃は止まないが、彼女らを葬り去ることもまた、遊女たちの命を助けるのと等しく大切な務めだった。
 それぞれ別の立場から始まった戦ゆえに、一丸となって行動することは未だ叶わないが、終着点が近づくにつれて彼らは徐々に合流を果たすこととなる。
 互いの情報を擦り合わせて判明したことは、現時点で倒した呪刀の娘は二十三人に上るということ。囚われていた遊女たちの幾人かは命を落とし、多くの者が深い傷を負っているということ。客として地下妓楼にいた連中は全て捕縛している、ということ。

 旧知の猟兵とも再会を果たしたクレム・クラウベルは、表情を少しばかり曇らせた。戦に赴く前に出来る限りの治療を施したというのに、この短い間で再び数多の怪我を負っていたのだから。密かに心配していたことが現実となって、クレムは呆れ半分にそっと息をつく。
「……全く、食べるものも受ける傷も、もう少し選んで貰いたいものだ」
 クレムの呟きは、さて、後方にいる男の耳に届いたかどうか。漏れた言葉は闇のしじまに消えるに任せ、彼は気を取り直して地下妓楼の先へと進む。
 いま比較的体力に余裕がある者は、クレムを含めて数名だけだ。悪鬼の下へ辿り着く前に、すでに戦闘を経た者を少しでも休ませておきたかった。
 ――説教は後。今は……為すべき事を。
 クレムは拳銃に銀の弾丸が装填されていることを再度確認すると、先頭に立って地下妓楼の奥へと進む。
 彼と共に先陣を担うアルバ・アルフライラは、決して絶えることのない酸鼻な光景に対して、冷え切った感情を抱き続けていた。
「やれ、人の欲とは底知れぬな」
 家畜として扱われる動物のほうが、きっとまだ幸福なはずだ。屠殺されるその瞬間まで、少なくとも彼らは大切に扱われるのだから。しかし、この地下妓楼にて食い物にされている少女たちは。
 ――この惨状、地獄の獄卒であれ目の当たりにすれば卒倒するだろうよ。
 天井から下がった鈎に吊るされた少女たち。生きたまま…………されて、その想像を絶する苦痛のあまり、みな髪が疎らに抜け落ちてしまっている。
 アルバは迷わず少女らの下へ近づくと、手近にあった漆塗りの長持を踏み台にして少女らの体を下ろそうとする。
「クレム、彼女達を救いたい。手伝って貰えますか」
「ああ、無論」
 二人は崩れかけた少女らの体を慎重に下ろすと、無防備な姿を晒すことも恐れず治療を施していく。ここはすでに地下妓楼の最下層にほど近い。呪刀の娘はおろか、悪鬼そのものに襲われてもおかしくはなかった。それにも関わらず。
 かつての仲間たちの手当が終わるまで待っていた……というわけではないのだろう。期せずして、クレムとアルバが贄の遊女らに対する暫定的な処置を終えたころで、血塗れの座敷の奥より人ならざる足音が這い寄ってきた。
 成れの果てとしか言いようがなかった。頭部から右腰にかけてこそ瑞々しい少女の姿を保てど、他の部位は無数の蠕虫のような器官に作り変えられている。だが良く見れば、蠕虫の蠢きのなかに顔のようなものと、もう一本の呪刀が見えた。
 一人ではなく、二人なのだ。そのことを察したクレムの表情が固くこわばる。
 覚悟はしていた。相応のものは見るだろう、と。だが、実際にそれと相対して命を摘み取るとなれば、やはり胸に去来するものは少なくない。
 しかし……。
「戻せぬ命なら、終わらせるだけだ」
 そこに躊躇などという贅沢な余地を挟むつもりはなかった。クレムは敵が振るう氷柱の掃射に対して、魔弾の雨で対抗していく。
 静けさを打ち破る精霊銃の発砲音が数度鳴り響き、人の腕ほどの太さがある氷柱が粉微塵に砕け散っていく。全てを撃ち落とすことは叶わず腹を抉られるが、十分だ。少なくとも、後ろにかばった少女らに危害が及ばなければ、それでいい。
 初手から間髪入れずに、今度は蠕虫に埋もれた娘が絶対零度を巻き起こした。
 アルバは流星の軌跡を辿るように杖を弧状に振るうと、同じく氷魔を司る秘術を行使する。
 いかなる攻撃も己の背より後ろに通すつもりはない。アルバの決意は固く、彼の手によって召喚された"女王の臣僕"もまた、それに呼応してよく働いてみせる。
 宙に描かれた魔法陣を割って花開いた数多の青蝶が、アルバとクレムと少女らを包み込み、放たれた大寒波からその身を守った。さらには、地面に突き立った氷柱が形成する凍土をも青蝶は呑み込んで、呪刀の娘らの力の苗床を封じ込めていく。
 クレムは銀の弾丸を装填した拳銃のセーフティを解除すると、その銃口を素早く、されど注意深く少女の頭部に差し向けた。
 これ以上の苦痛は、もう無用だろう。少しでも早く、苦しませず、送ることこそが慈悲だ。それが安らぎなどと謳うつもりはない。だからと言って否定をするのはただの偽善だろう。
 いま再び筒音が闇深き地下妓楼に轟く。二発、三発。
 鼻の奥にまで染む血と脂の臭いに、火薬の匂いが混じった。クレムは引き金をひくごとに、聖句を口中で紡ぐ。眼前で血を流してのけぞる娘が受けた苦痛を、祈りの言葉一つで癒せるとは思ってはいないが、祈らずにはいられなかった。人が人として逝くその時は、誰かがあの世での幸福を願い、祈りを捧げるものなのだから。
 個体の上半分を司る娘が死しても、蠕虫と化した娘はまだ生きている。感覚まで共有していない様子なのは、不幸中の幸いと言えようか。
 アルバは頭の片隅でどこか冷静に考えながら、星追いの杖を頭上で手繰った。呪刀の一薙ぎで脚に裂傷を負うものの、いまは無視できる程度の怪我だ。
 杖の導きに応じてアルバの頭上で飛翔していた青蝶たちが、今度は一斉に残された呪刀の娘に襲いかかる。
 煌めく鱗粉は季節外れの粉雪のようで、それは瞬く間に呪刀の娘の体を覆い尽くしていき、その身に残されていた命の炎を凍てつかせてみせた。
 ――女王は寛大故な。
 躊躇いは不要。手元が狂えば、凍りついた身が砕ける苦痛を与えることになる。アルバはそれを自分が彼女に手向けられる最後の手向けと心得て、務めを果たした。

「これで良かったんだ。あの様な姿で望まぬ事をさせられ続ける方が、余程辛かろう」
 呪刀の娘らを葬ったクレムは、その亡骸が晒され続けることを憂い、衣桁に掛けられていた羽織をその身に掛けてやる。
 アルバが、その言葉に「ああ」と短く応えた。それ以外の言葉は、いまの二人にとっては無用だった。
 ――いずれ、ここに戻ってくる。散った娘らへ化粧を施そう。生き延びた者も、そうでない者も……全て。せめて逝く時は美しくあるべきなのだから。
 そう心に誓い、前を向く。
 地獄の底への道のりは、まだ残されている。二人はそれから一言も発することなく、闇のなかへと歩を進めていった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

葦野・詞波
ユルグ(f09129)と

救える命とそうではない命か
個人に出来ることは限られているが
救えなかった命も救いたかったと思うのは
私が傲慢だからだろうな

さて、大人しい番犬のフリも終わりだ
お互い存分に揮うとしよう、ユルグ
その腕を信頼している

遊女達を庇うように傀儡の娘達の前に
躍り出たなら、避難を促すとしよう
どの口が、と思うかもしれないが

促した後は敵中に衝き込み
薙ぎ払いで敵間の連携を崩すように動き
ユルグとの連携で敵を突き崩す

傀儡の娘の攻撃には見切りを以って
対応、凍った地形の上に立つ娘には
【揺光】で地形諸共だ

死を救いとは思わないが
死を以ってしか救いを与えられないのなら
そうしてやるべきなのだろう
衆苦も、終わりだ


ユルグ・オルド
詞波(f09892)と

は。けったくそ悪ィ
宴を作んのはさ、化け物だけじゃねェだろ
生かしとく価値もない、って
いいや。救いに来たんだ、届く分を
手遅れだったとは言いたかない

よくマテをした、って褒めてくれても良いぜ
ああ、頼りにしてるよ、詞波
――その真直ぐな言葉で、俺も逸れずに在れる
ただの暴力であらずにいける

相対するのは彼女らから遠ざけて
顔が見えなくたって知った奴は見たくないだろ
必ず地下から連れ出す手立てはするからと
詞波とともに駆けよう、彼女の手薄になる側で
捨て身の一撃だろうと折れるまでは構いやしない
崩してくれた隙から熄でもって切り込んで

救い、を、ね
どうだろうな、唯の道具だったなら
こんなに心も軋まねェのに




「夕顔か……」
 葦野・詞波とユルグ・オルドは、踏み込んだ座敷の寝台に寝かせられていた少女の姿を見て、顔を見合わせる。
 それは確かに、かつて二人が足抜けを阻止して遣手に引き渡した若い遊女だった。ユルグは数歩引いたところで立ち止まり、無言で詞波に視線を送る。怪我をしているのかどうか、確かめるのは詞波のほうが相応しかろう、と。
 詞波はユルグの意図を察し、昏睡している夕顔の身体を改める。
「目立った外傷はない。遊女は体が売り物だ、折檻を受けても怪我が残るような仕打ちはされないと聞いていたが……しかし、妙だな。あまりに綺麗すぎる」
「ここにいる他の女と違って、何も手出しされていないってことが、か? クソみたいな連中の考えなんかわかるもんかよ。どうせ御馳走は最後に残しておくとか、そんな下らねェ理由だろう」
 腕を組み、不快感を隠さず吐き捨てるユルグ。しかし、ぶっきらぼうだが的を得た彼の言葉に、詞波は得心がいった様子で頷きを返した。
 振袖新造上がりの夕顔は、将来の太夫候補として目を掛けられていた。その"表の秘蔵っ子"を、足抜けを機に大宴の目玉として取っておいたとしても不思議ではない。
 不幸中の幸い、と喜ぶべきかどうか。詞波はただ、吐息混じりに心境を口にする。
「……救える命とそうではない命、か。私もお前も道中で救えない命を多く見てきた。彼女たちを救いたかったと願うのは、きっと私が傲慢だからだろう。しかし……この腕のなかにある命だけはどうあっても守り通したい。この気持ちはきっと、傲慢からくるものではないはずだ」
 夕顔の穏やかな寝顔を見ながらつぶやいた詞波の言に、ユルグはますます深く腕を組みながら俯いた。
「否定は出来ねェよ。俺たちは救いに来たんだ。手が届くところにある命が救えるなら、俺はなにがあっても手を引っ込めるつもりはない。手遅れだった、なんて悲劇ぶるのはまっぴら御免だ」
 二人は視線を交わしあう。自分たちの行いに是非が入り込む余地などあろうはずがない。眼の前の命を助ける。そこになんの理由がいるというのか。

 夕顔を始めとする遊女数名の救出を行おうと、詞波とユルグが動き出したそのとき、開け放たれていた座敷の襖の向こうから、湿り気を帯びた重々しい足音が近づいてきた。
 それは灯りも届かぬ闇のなかから産み出されたかのように、ゆらりと二人の前に姿を表した。
「は。けったくそ悪ィ」
 その姿を見て、ユルグが苦々しげに眉を寄せる。
 それはこの世に存在するおよそ全ての生物の要素を注ぎ込まれていた。魚類、虫類、哺乳類、鳥類、爬虫類……そんな分類をさらに細分化して、ただ一人の少女の身体に、ありとあらゆる生物の博覧が担わされていた。
 人としての姿はことごとく消失し、頭部は埋没して見当たらない。唯一認められる人としての名残は、呪刀を握る魚鱗に覆われた手首だけ。
 出来の悪い、いびつな、見世物だ。そこにどんな大義や意図が付随していたとしても、それは決して許されざる行いだ。
「大人しい番犬のフリも終わりだ……その腕を信頼しているぞ、ユルグ」
 呻くような声音で呟いた詞波が無銘の槍を構えると、ユルグもまた異国の刀を鞘から抜く。
「ああ。よくマテをした、って褒めてくれても良いぜ……こっちこそ、頼りにしてるよ」
 隠しようのない憤りは、無論、眼前の哀れな娘に対するものではない。娘らを弄んできた悪鬼と、それに与する者どもへの憤りだ。
 二人は、この悪夢を終わらせるべく戦へと身を投じていく。肉の集合物と化した娘の他に、比較的変異の乏しい二人の呪刀の娘が立ち塞がっていた。
 呪刀の娘らが巻き起こした極寒の嵐から、詞波は身を挺して後方の夕顔たちを守る。全身の血液が一瞬で冷え込み意識を失いかけるが、詞波は決して足を止めずに切り込み、槍を薙ぎ払って娘らの連携を突き崩した。
 ――夕顔たちは、まだ目を覚まさない。避難させることができないのなら、すぐに片を付けるしかあるまい。
 むしろ、そのほうが都合が良かったのかもしれない。自らを捕らえた用心棒二人の言い分を、夕顔が素直に聞いてくれるかどうか確証はなかった。
 詞波の強襲によって立ち位置のバラけた呪刀の娘らに、すかさずユルグが食らいついた。鞘から刃を抜きざまに放たれる瞬速の斬撃が、孤立した一人の娘の首を刎ねる。返す刀で腕を振り上げれば、彼女を囚えていた呪刀がパキりと乾いた音を立てて砕け散る。
 顔を濡らす返り血を乱雑に拭ったユルグは、横目で背後をみやる。夕顔たちはまだ目を覚ましていない。変わり果てた姿とはいえ、呪刀の娘らは彼女たちにとって見知った相手だ。この光景は出来る限り見せたくはなかった。
 ――必ずここから連れ出してやる。それまで、待っていろ。
 胸中で夕顔らに誓うユルグは、シャシュカに纏わりつく血を払って次の娘へと視線を向ける。
 雨霰と降り注ぐ氷柱が、瞬く間に座敷を凍結させた。
 力を増した呪刀の剣戟を、詞波は槍を手繰っていなしながら、「氷の上で戦うのは分が悪いか」と判ずる。
 飛び退って間合いを取った詞波は、呪刀が追撃に移るよりも先に手を打つ。片腕で高々と掲げた大祓詞を、裂帛の気合と共に呪刀の娘らの足元へ投擲する。
 地下妓楼全体を揺るがすほどの衝撃が走った。畳はおろか床板をも破砕せしめる超重の一撃に巻き込まれた娘の一人は、部屋の反対側に吹っ飛ばされたままぴくりと動かない。おそらく、何が起こったのかわからぬまま、彼女は絶命したのだろう。
 詞波は死こそが救いとは決して断じない。どんな理由があろうと、死というものが救いの道であってはならないのだ。
 けれども。
「死を以ってしか救いを与えられないのなら」
 ……そうしてやるべきなのだろう、と彼女は苦渋の決断を下す。
 残る一人の呪刀の娘の動きは、今まで相対したどの娘よりも動きが緩慢だった。
 無理もない。哀れな肉の集合体と変じたその身は、動くことはおろか戦うことなどはなから想定されていないのだから。
 ユルグは、爆砕の一手から未だ体勢を立て直せずにいる娘に、注意深く間合いを詰めていく。呪刀の切っ先が届く範囲外こそが相手の得意とする領域であることを、この短い手合のなかで彼は理解していた。
 ――詞波、あんたが隣にいてくれて良かった。あんたの真っ直ぐな言葉と姿のおかげで、俺も逸れずに在ることができる。この行いがただの暴力ではないと、確信させてくれる。
 不器用な構えで呪刀を掲げる娘に対して、ユルグはある一定の距離に至るなり弾かれたように地を蹴った。狙いは相手の死角。特に動きの鈍い、左手側。まともに刃で受けることも叶わない弱点をユルグは抜け目なく突いて、狙いすました刺突の一撃を見舞う。
 ずっ、と鈍い抵抗が刃を通してユルグの腕に伝わってくる。彼は奥歯を噛みしめると、全体重を切っ先に乗せて刃の根本が見えなくなるまで娘の体内に沈めていく。もしその肉体の中核が人間のままであったならば、心臓を貫くその位置に目掛けて。
「コロシテ」
 不意に、ユルグの眼の前のイキモノが囁いた。
 声帯も退化しているのだろう。それは隙間風が起こす鳴き声のように、とてもとてもか細い声だったけれど、確かに彼女はそう言ったのだ。
 それは彼女が人間として伝えうる、最期の言葉だった。
 詞波も、その言葉を聞いた。だから、構えた槍の穂先を娘の脊椎があると思しき場所に目掛けて真っ直ぐに突く。
「終わりだ」
 神妙な眼差しを呪刀の娘に……かつてユキと呼ばれていた少女に向けながら、詞波は誰に言うでもなく呟く。死を願い続けていた少女は、最期に一度だけ大きく息を吸い込むような仕草を見せたあと、ゆっくりとその場に崩れ落ちていった。
 悲鳴もなく、ましてや歓声もなく、眠りに落ちるように静かに。
「唯の道具だったなら、こんなに心も軋まねェのに」
 それは戦いのさなか、詞波がこぼした「死を以ってしか救いを与えられないのなら」という言葉に対して、ユルグがずっと考えていた答えだった。
 助けたいと思っていた相手は助けることが出来た。救いを与えたいと思っていた相手にそれを与えた。心が決して晴れることがないとしても、それだけは確かなこと。
「少なくとも、彼女たちの衆苦は終わりだ」
 詞波はそう言って、槍を娘の身体から抜く。感傷に浸るのは、まだ早い。
 二十八人の娘の身を炙り続けていた地獄の炎は消えども、その炎の根源はいまだ目の前に現れすらしていないのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『右衛門炉蘭』

POW   :    肉の盾だぁ、絶景だよなぁ?
戦闘力のない【攫ってきた女性達を打ち付けた盾】を召喚する。自身が活躍や苦戦をする度、【八つ当たりに痛めつける事】によって武器や防具がパワーアップする。
SPD   :    三十六計逃げるにしかず、命あっての物種だぁねぇ
自身が装備する【煙管より吐き出し足る煙】を変形させ騎乗する事で、自身の移動速度と戦闘力を増強する。
WIZ   :    俺を逃がせよぉ。出ないと死ぬぞぉ、村人がよぉ。
見えない【範囲にある村まで及ぶ毒霧を吐く巨蛇】を放ち、遠距離の対象を攻撃する。遠隔地の物を掴んで動かしたり、精密に操作する事も可能。

イラスト:FMI

👑11
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は花盛・乙女です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 第三章のプレイング受付は、三月二八日(木)朝九時以降とさせて頂きます。
 それ以前に送っていただいたプレイングも判定いたしますが、シナリオの進行具合や失効日の関係上、採用できない可能性も多々ございます。その点、ご注意下さい。

 なお本章では、前章に引き続き陰惨な展開や描写が続く見通しです。
 自らの手を汚してでも事件の結末をつける、という強い意志を持つ猟兵諸氏が一定数集まらなかった場合は、依頼失敗になる可能性が高いことを予めご了承下さい。
 もちろん、「なにがあっても人を殺めることはしない」という信念を以って戦いに参じる方も歓迎いたします。それはとても尊い決断です。
 また、そのようなプレイングであっても、難易度は跳ね上がるものの最悪の結末を覆せる余地は残しております。

 どのような形であれ、皆様の選択を真摯に受け止め、リプレイとしてお返しする所存です。
 それでは、最終章も何卒よろしくお願い申し上げます。


 全ての呪刀を討ち果たした猟兵たちは、遂に地下妓楼の最深部へと到達する。
 何十畳あるかもわからぬ大広間は、襖絵から欄間の彫刻、燭台の飾りに至るまで、豪華絢爛の極みを尽くされていた。
 しかし暗闇が色濃く漂う大広間には、厳かな雰囲気も華々しい雰囲気も皆無だった。
 そこにあるのは、ただただ陰惨で憂鬱な光景のみ。
 大広間を所狭しと埋め尽くすのは、木板に全裸で括り付けられた女人の群れ。
 十にも満たぬ年齢の女童がいる。まだ初恋の喜びも知らぬ若い乙女がいる。腹に子を宿した年頃の女人がいる。一切の情もなく、ただ肉の壁として使われることを強いられた命が、奥も見通すことも難い薄暗き大広間に林立していた。
 そして、そんな大広間の最奥にて鎮座する者こそが、散華楼の楼主にして、人を人とも思わぬ悪逆非道を善しとしてきた悪鬼・右衛門炉蘭である。
 黒羽織と襦袢の前は開いたまま、悪鬼は身体を隠す素振りもなく、煙管を吹かして笑みを浮かべている。
「やれやれ、呪刀を授けてやったって言うのに、女ってやつァ……。好きに働かせると本当に何の役に立たねえな。所詮は肉と穴以外に価値のない動物か。面倒くせえ、俺が動くはめになっちまったじゃねえか」
 悪鬼は煙管を吹かしながら、大広間へと踏み入れた猟兵たちを見下ろしている。胡座をかく悪鬼の下には、折り重なった少女らの小山が築かれていた。
 憤りを覚えるな、と言うほうが無理があろう。幾人かの猟兵たちが険しい表情で大広間の奥へと進まんとする。しかし、その行く手を独りでに動いた女人の盾が阻んだではないか。
 いや、それは勝手に動いたわけではない。よく目をこらして見れば、闇に紛れた毒霧の大蛇の尾が女人の盾に絡みついており、それが猟兵たちの進行を防いだのである。
 眉をひそめる猟兵たちに、悪鬼の嘲りが向けられた。
「ははは、どうした猟兵。いままで散々オンナどもをブッ殺して此処まで来たんだろうが。今更なにを躊躇してるんだ? フツーの人間の姿をしていたら手を出せないってか? そんなんで、本当にこの俺の首を獲れると思ってんのかよ」
 悪鬼は煙管を口の端に咥えながら、猟兵たちを睥睨する。それから、これ見よがしに足元に転がっていた少女を抱き寄せて、己の身体の前面を覆ってみせた。
「さァて、お前たちは何人殺しちまうのかな? こいつァ見ものだ。テメェの手も汚さずに正義の味方ヅラ出来ると思うなよ、猟兵」
青葉・まどか
大広間の光景に、右衛門炉蘭の言葉に絶句する

どうする?どうする?どうする?頭の中がぐちゃぐちゃになる
考えて、悩んで、それでも決断する

右衛門炉蘭を討つ。どんな犠牲を出しても

理由ならある。幾らでも言える。
でも、犠牲に成る人には、何も言う事ができない
助けを求め、手を伸ばす人達の手を振り払う。私はそう決めた
恨みも憎しみも全て受け入れよう、私が彼女たちに出来ることはそれだけだから

【真の姿】解放(姿形に変化なし)

悪鬼の命を奪う為、身につけた技術を駆使し短刀を閃かせる

犠牲が出る度、私を嘲るだろうけど無視。反応すれば奴は嗤い、愉しむだろう
奴を愉しませるなんて真っ平御免

煙管に武器落とし、逃げるなんて許さない


トゥララ・ソングバード
あーっ、わかったー!
アナタがここでいちばん悪い人だね!
すっごくイヤな匂いがするもん!

正義の味方ヅラじゃないよ、正義の味方なんですっ
どんなにアナタがズルーイこと考えてても、アタシたちは負けないもん!
だから、アタシはみんなが少しでも正義の味方であるためにユベコを使うよ

手を汚さなきゃいけない正義なんてない!
どんな困難も乗り越えてみせるのが、ヒーローなんだから!

女の子たちは疲れてるみたいだし、
ステージに誘うのもカンタンだよね?
降りそそげ、星のキラメキ!
アタシがアナタ達に最高の笑顔をあげる!

ステージまでご招待したら、みんなの手当ては任せてね
よゆーがあれば星を降らせてみんなの援護もがんばるよ!


天御鏡・百々
この悪鬼を逃がせば更なる被害が起きることは間違いない
それ故に多少の犠牲は覚悟の上で討伐を目指さねばならぬ
だが、我の力でその犠牲の数は減らすことができるはずだ

「即死でなければ我が癒す!
女人の盾に怯まず悪鬼を討つのだ!!」
味方が女人の盾により攻撃を躊躇わぬように鼓舞する:鼓舞5

我は盾とされた女人の致命傷のみを「生まれながらの光」にて癒す
全てを癒せば、疲労で我が倒れるのが早くなってしまう
生きてさえいれば戦闘後にどうとでもできるだろう
医術8で判断し、命を救うことのみを優先するぞ

可能なら
「合わせ鏡の人形部隊」にて
盾の女人を救助し避難させる:救助活動10

オーラ防御33で我が身と女人を護る

●アドリブ連携歓迎


クレム・クラウベル
ルト/イェルクロルト(f00036)と

全く、酷い有様だ
言葉は眼前と傍の人狼の両方へ
変じつつある姿は一瞥だけ
……死なない程度にしろよ
止めて止まらぬ質なら引き止めず
今は、アレを討たねばならない

悪食は控えてほしいのだが、お陰で毒の影響は少ない
攻勢とルトへの支援は適宜切り替え
極力炉蘭のみ狙い撃ちたいが
急所狙えると判じたならば女ごと撃ち抜くも躊躇わず
恨んでくれて良い
だが、今討たねばこの先でまた多くが食い潰される
それを見過ごすことは選べない

お前は
地獄などでは生ぬるい
どこまでも落ちて堕ちて、殺した数だけ死に果てろ
躯に還って尚苦痛の底にあることを神様に祈ってやる
それだけの事を為したのだ
赦しなど要らないだろう?


イェルクロルト・レイン
クレム(f03413)と
魂に引き寄せられ、右眼は鮮赤に染まり髪の幾束が昏い銀に揺れる
霞む視界、見知った男の背に寄せて
あとは頼んだぞ、なんて、嫌に笑う

毒味役、なんだろう?
ならば最後まで役目を全うしようじゃないか
はは、ははは……!その霧、その毒、全部寄越せ!
壊れた人形もかくやに笑い、曼珠沙華の炎を舞い起こす
この身を以って喰らい尽くそう。さあ孕め、全て飲み干してみせよう
おれは強欲なんだ

女が生きると言わぬなら、躊躇う道理が何処にある
死こそ救い。死こそ望み。叶えてやろう、罵られようとも
男を射る大願を果たすためならば

――嗚呼、だから。どうか望む声をあげないでくれ
この手はもう止まれない
送り火は鮮やかに花開け


稿・綴子
腹からの血や殖付けられた痕跡を見せ

「よう悪鬼
早速だがネタばらしとしゃれ込もう
吾輩躰は使い捨て
要は滅茶苦茶されようが死なぬのよ
(取り出した原稿用紙をひたり額に押しつけ)
だが然し
この紙切れを台無しにされちまったら、死ぬ
なぁ
恐怖なき囮なぁんて舐めた娘の息の根止めたくはないかい?」

勝負に乗るよう言いくるめ
此は一世一代のだまし討ち
奴が女人の前に来る確率挙げられりゃ行幸

全員助けるなどと綺麗事は言わぬよ

原稿用紙庇い皮一枚否紙一枚で避ける
女の盾に怯み手を止める
ほら隙だ
脳天を原稿用紙ごと貫かせ近づき女と手をつなぎ頸木から連れ出す

貫かれたのは錬成カミヤドリで作成の偽物
ちぃとでも喫驚誘えりゃ仲間が咎で封じてくれるさ


レイ・ハウンド
…下衆が

嫌がらせは想定内
地獄は何度も見た
覚悟はある
娘ごと敵を叩き斬るのも慣れている

それでも
悪鬼を斃すのは救える命を救う為
本末転倒にしたかねぇ
ここにいるのは
まだ生きる希望のある者達だ

煙管を狙撃で撃ち落とす機を常に伺いつつ
毒霧対策に口に布を巻き
野生の勘で巨蛇の攻撃を躱しながら
敵の懐を目指す

盾は一枚二枚なら体当たりでふっ飛ばし
仲間を送る為掴んで食い止める事も
敵の無力化を謀る者を援護する

意識ある者はスナイパーの腕で拘束具を撃って逃がせぬか
蛇の尾を叩き斬り一時盾の操作を無効化できぬか
2回攻撃で手数投じ
試せる事は試す

全部救えるとは傲ってねぇよ
袋の小路なら
苦しまぬ様叩き斬る

その犠牲が
多くを救うと言い聞かせて


ニヒト・ステュクス
魂すら弄ぶ奴は赦せない
唯それだけ

一糸纒わぬ姿で悪鬼の元を目指す
装備は鋼糸と毒霧を吸わぬ為の濡れた布のみ
皮肉だけど身を隠す壁は沢山あるし
混戦の最中裸の娘一人倒れてても目立たないだろう

這いずってでも少女の山へ
自らも山の一部と化し
山の崩落装い敵の袂へ転がり込み
ボクを肉盾にさせる

袂で転がってる間に足元に鋼糸を仕掛け
だまし討ちで煙管を奪い目潰し
2人のボクの蜘蛛の糸で雁字搦めに
憎悪という名の愛で抱負し
敵を盾にする

御館様
ボクと心中しようよ
どうせ散る命
道連れに逝けるなら本望さ
…生憎体は現し身だけどね

お前が侮っていた命には
心が
意思が
痛みがある

心の叫びは
伝わるんだ!

思い知れ
抗う魂の声には
人の心を動かす力がある事を


ステラ・エヴァンズ
何、たる…事…

悪鬼を目指しつつ巨蛇を優先的に探し出し排除
人はできれば傷つけないように
私が傷つくのは些事ですから
殺しはしたくないです
でも本当に…本当にどうしようもなくなったら
他者に殺しの罪を負わせたくもない
だから…覚悟します、報いも受ける
ごめんなさい…私が犯すこの罪をどうか許さないで

目前で真の姿解放&血統覚醒
怒りなどとうに振りきれました
コレに感情すら抱きたくない
…ただ黙って首を刎ねられてください
淡々粛々と、感情の抜けきった表情と底冷えする声音で

▼真の姿
宇宙色の祭服に吸血種の真紅の瞳と白い翼

犠牲になった全ての子を丁重に弔っていただけるよう寺にお願いをしたく
…そうしたら私も漸く泣けるでしょうから


葦野・詞波
根元から断ちたいと思うのも
彼女達を助けたいと願うのも
どちらも偽りではない

今更罵声や怨嗟は恐れもしない
これ以上の惨禍を生まないためなら
殺した方が確実だ

だが私は、まだ間に合う命なら
死以外に救いの可能性のある命なら
救うと決めた
それを曲げたら
呪刀の娘たちを殺した意味を見失う

討ち漏らすかもしれない
一歩間違えば命取りだ
だが何を選ぶかくらいは
殺すにせよ生かすにせよ
自分で責任を持つ
何が正しいかは後になっての事だ
納得の行く道を選ぶ

別の道に賭けた戦友に敬意と無事を祈り
捨身の覚悟を抱いて真の姿で全力
槍を携え見切りを生かして針穴を潜るように
【天梁】の試煉乗り越えて
突き進み狙うは右衛門炉蘭ただ一人
腕や足くらい呉れてやる


神埜・常盤
僕等の葛藤を眺めて愉しむ心算かね
此の手が幾ら汚れようと構わないが
外道を悦ばせる趣味は無い
淡々と仕事を熟そう

女性達は可能な限り避けて攻撃するが
盾ごと倒さねばならないなら
生命力吸収で極力苦しめず永劫の眠りを与えよう
悍ましい遊びに幕を引く為だが
悪鬼と共に僕の事も怨んでおくれ

天鼠の輪舞曲で狙うは右衛門
暗殺技能で隙を突き捨て身の一撃を
痛みは激痛耐性で堪え吸血はしない
穢れた血を引く此の身でも
お前の血を糧になどするものか

毒霧は毒耐性で凌ぎ、敵に逃亡の兆しあれば
護符を投げマヒ攻撃で足止め
とっておきだ、御館様のお気に召すかね?

喩え此の技が阻まれようと
「呪詛」位は悪鬼の耳に届けてやろう
──未来永劫、呪われるが良い


アルバ・アルフライラ
成程、貴様の言葉も一理有ろうな
然し私も猟兵の端くれ
無残々々と娘達を手に掛ける等出来はせぬ
――とでも云うと思うたか?

高速で描く魔方陣
罅入る程の全力で【死への憧憬】を行使
首なし騎士に私の護衛及び悪鬼の牽制
屍竜に巨蛇の対処及び悪鬼を巻き込む範囲攻撃を命ず
喉へ食いつき気道を閉塞すれば毒の拡散阻止や足止めも叶うやも知れぬ

彼奴等を蹂躙すればする程折り重なる娘達も潰されよう
…やれ、果してどちらが悪鬼が分らんな
飄々と嗤う――心を苛む痛みを誤魔化す様に
既にこの手は血で染まっている
今の私は多くの屍の上に成り立っている
っは、まるで同じ穴の狢よな

鬼と罵られようが構うものか
オブリビオンを討つ
――それこそが私の存在意義だ


千桜・エリシャ
お前を見ていると昔の私を思い出す
私とて羅刹
内に修羅を飼う戦狂い
この身は血の匂いに酔い甘美に震える
今だって…嗚呼、けれど――私はお前とは違う!
徒に弱者を傷めつけることは、もうしないと決めたの
真の姿を解放
角も髪も桜色に染まった鬼神の姿で地獄に葬ってあげる

鬼事はいかが?
もちろん鬼は私
攻撃と少女は見切りと高速移動で回避
殺めたくはない、けれど
もしもの際はその魂を刀の糧とさせてもらいましょう…
隙を見つけたならば呪詛乗せた刃で二回攻撃を叩きこんでやるわ

そう、これはお前が虐げた娘の魂を喰らった刀
そして私が身に纏うはその娘の怨念
いいわ、好きなだけ私の寿命をあげる――
だから、この男の首を斬り落とす力を私に貸して!


鳴守・猛
――あれが、外道か

救える命を、絶つ
赦されざる事だろう
けして、望むべくもない

されども
……己もまた、既に赦されぬ身である故に
なれば、俺はこの場において
矛と為るべきなのだ

考えるな――脳を焼け、思考を焼け
彼の悪鬼のみを見ろ
あれを焼く、思うは其れだけで良い

盾は掴み、掃う
蛇は掴み、焼く
味方への攻撃あらば庇いに出る
己の傷は気に留めぬ
この身には既に痛みしかなく
増えた所で分かりはせん
僅かであれ生命力を吸収し
腕の動く限りに掴み、掃い、焼け

彼の鬼だけは、逃がしてはならぬ
正義の味方などと揶揄していたが
少なくとも
己が其の様なもので有る筈がない
此れは、憤怒だ
お前は好きに事を為した
俺はそれを嫌悪した
故に焼く
…それだけの筈だ


ユルグ・オルド
一人なら、二人なら、
天秤にかけてどこまで許す?
なんて請いたい、ワケじゃない

悪鬼との間合いを測って地を蹴ろう
駆けるは最短を、阻まれんなら打ち払え
覚悟決めたら躊躇う須臾もないさ
間断なく一手でも一度でも射程に捉えよう
挙動だけは精確に致命の為の筋を狙って

嗚呼、でも詞波の選ぶ真直ぐさは、羨ましいな
今更、刃にゃ選べないケドも
ブラッド・ガイストで血なら幾らでも呉れてやる
確実に傷を与えるために仕留めるために幾度とも
助けたかった人を自らを、諸共穿とうと牙を剥け
飛び込んで盾の視覚から喉笛へと届くまで
折れるか尽きるか勝負といこう

散った花への祈りも知らないから
だから唯、終わらせんのを手向けに




 目の前に広がる鬱々とした光景に対して、どう攻めるべきか少なからず迷いを見せる猟兵たち。その空気を、場違いにも思える明るい声が打ち砕いた。
「正義の味方ヅラじゃないよ、正義の味方なんですっ」
 トゥララ・ソングバードだ。彼女は腰に手をあててほっぺたを膨らませて、大広間の奥に座する悪鬼に臆すること無く啖呵を切る。
「アナタがここでいちばん悪い人なんでしょ! だったら、絶対に負けないもん! どんなにアナタがズルーイこと考えてても、アタシたちは負けないもん!」
 そうだ。どんな困難をも乗り越えてみせるのが、ヒーローなのだ。トゥララはその曇のない純粋な心で、自分たちのあるべき姿を高々と謳い上げる。
 小さなトゥララが吐露した真っ直ぐな心情に、葦野・詞波は銀眼を細めて槍の柄を握り直した。
 ――事の根を断つこと、彼女達を助けること、その思いは私にとってどちらも偽りではない。これ以上の惨禍を生まないためなら、前者に徹するほうが確実なのだろう。
「……だが」
 本当は何も迷う必要など、なかったのだ。死のほかに救いがある可能性の命ならば救うと、ここに来たときから詞波は決めていたのだから。
 詞波は得物を構え、大広間の奥へと歩を進めていく。
 一歩、二歩、三歩。
 歩みを進めるにつれて増していく艶めかしい女の匂いと、染み付いた穢れの臭いに、詞波は顔をしかめる。だが、これもまた背負うべきものであり、大広間の奥に座する男に支払わせるべき責の一つだ。
 詞波はすぐ側に立てられた盾の娘を解放する。「安心しろ。私たちが必ず助けてみせるから」と言い添えて。
 ひるんだ様子のない猟兵たちを見て高笑いを止めた悪鬼が「しゃらくせえ。だったら、手前らの正義を見せて貰おうじゃァねえか」と煙管から盛大に紫煙を吐き出した。
 それが合図となった。千差万別の思いと覚悟。猟兵たちはそれぞれの確たるものを胸に抱きながら戦へと臨んでいく。
「……下衆が」
 真っ先に先駆けたレイ・ハウンドは、舌打ちと共に一言だけ吐き捨てた。
 それまで立てられているだけだった女人の盾が再び動き出し、猟兵たちの行く手を阻んできたのだ。
 眼前に迫るは、見え難い巨蛇の尾に突き出された肉の盾。恐怖に泣き叫ぶ十代半ばほどの娘とレイの視線が、交差した。
 覚悟はある。地獄は何度も見た。こうなることも想定内だった。女子供を叩き斬ることだって慣れている。
「ぐっ、う……!」
 それでも、悪鬼の思う壺にはまる気は更々なかった。悪鬼を倒すのは救える命を助けるためだ。それを本末転倒になど、どうしてできようか。
 レイは剣を構えぬまま駆けた。激突する肉盾に伝わる衝撃をどうにか受け流して、双方の怪我を最小に留めようと努める。
 その男の傍らを、青葉・まどかは与えられた玄鳥という名を体現するように、黒髪を背になびかせて駆け抜けた。
 どうする? どうする? どうする? 頭のなかをかき乱していたその苦悩は未だ消えぬが、すでにまどかは己の役目を心の中心に確りと据えていた。
 ――右衛門炉蘭を討つ。どんな犠牲を出しても。
 両脇から押し潰さんと迫る肉盾を、まどかは紙一重ですり抜けて、突き進む。背後で、痛々しい悲鳴と肉と骨が潰れる音が響いた。しかし、彼女は決して振り向くことをせず、前だけを見つめ続ける。
 言い訳はしない。理由なら幾らでも言える。だが、そこに何の意味があるのか。死する者、或いは見捨てた者に、何か言葉を届けられたとしても、それは結局自分自身に対する免罪符を欲しがることと何ら変わりはないのだ。
 だからまどかは、決して振り向かない。振り向くことを己に許さない。
 直後、まばゆくも柔らかな光が大広間のくすんだ闇を和らげた。それは奇跡の光。この世のなによりも慈しみ深いぬくもり。
「征け! 即死でなければ我が癒す! 怯まず悪鬼を討つのだ!!」
 天御鏡・百々だった。悪鬼との決戦のために体力を温存していた小さな聖女は、その力をもたらす先を迷わず囚われの女たちに定めた。
 元より万全の体調ではない。全てを癒すことは叶わないだろう。しかし、暗闇に飲み込まれんとする命だけは、絶対に光を差し込んで救ってみせる。
 百々の決意は波のように猟兵たちの合間に広がり、希望の火を胸に灯していく。
「おいおいおい、残酷だなァ。せめてラクに殺してやれよ。ほら、みんなこんなに泣いているじゃねえか」
 その暗い愉悦が悪鬼の力の根源なのだろう。潰され、そして治された少女らの盾を、悪鬼は再び猟兵たちの前に投げ出して嗤う。再びの激痛に怯えた少女らが「いやだいやだいやだ!!!」と絹を裂くような悲痛な叫びをあげた。
 全く、酷い有様だ、とクレム・クラウベルは唇を噛んだ。その視線が向けられた先は、すでに血の匂いも混じり出した戦場の光景と、もうひとつ、傍らの人狼に対してだった。
 何処かの深みに沈み込む魂に引き寄せられて、あるいは引き摺り込まれて、イェルクロルト・レインはその身を歪めていく。
「あとは頼んだぞ」
「……死なない程度にしろよ」
 なんて、短いやりとり。皮肉げに口の端を醜く歪めたイェルクロルトに対して、クレムはそれ以上なにも言わず、見詰めることもしなかった。己が本当にすべきことは、決して仲間を心配することではないのだから。
 明瞭な右眼は赤く赤く。錆びた血色の髪に錆びた銀を混ぜて。イェルクロルトは仲間がそうするように、大広間を縦断していく。一歩畳を踏み潰すたびに、身に宿した炎の熱が昂ぶるのを彼は実感していた。理性と本心の隔たりに未だ気が付かぬまま、悪鬼を目指して矢の如く。
 この男は決して止まらないだろう、とクレムは遠ざかる背を見送りながら嘆息した。引き止めることが叶わぬならば、それを支えるのがベターな選択か。
 クレムは懐から取り出した拳銃を構えて、常より僅かに慎重な手付きで引き金を引く。
 銃口が向けられた先は、イェルクロルトを含めた猟兵たちが進む先だ。行く手を阻む見えざる巨蛇をクレムは確実に撃ち抜いて、討たねばならぬ者への道筋を通していく。
 通された道は狭く、頼りなく、そして血でぬめっている。それでも、そこだけが往くべき道だということを鳴守・猛は理解していた。
 いまだ遠くに見える悪鬼を「……あれが、外道か」と、猛は傷だらけの顔を引きつらせて唸った。その腕はすでに血で汚れていたが、心についた傷を覚悟という名の火で炙り、あふれる思考と感情を焼き止める。
 叩きつけられた女の盾を、猛はあくまで己の身を守り、先へと進むために払っていく。おそらく、まだ誰も殺してはいないはずだ。しかし、骨をも軋ませる強い衝撃に、哀れな娘らが無事だとも思えない。
 それでも、先へ。猛は己を「矛たるべし」と定義づけていた。矛が目を向ける先は、斃すべき敵だけで良い。そう、自身に言い聞かせながら。
 猛が切り開いた血の道を、桜の香りがかすかに漂った。
 嘲りの笑みが薄まらぬ悪鬼を瞳に映す千桜・エリシャの心中に横たわるものは、昔日に置いてけぼりにしてきたはずの自身の影法師だ。
 鼻孔を犯す血の匂いは胸の奥を否応なくかきむしり、奥底に飼い慣らしてきたはずの修羅を傷口から顔を覗かせるに至る。
 ――けれど……私はお前と違う!
 エリシャは鎌首を擡げた甘い官能と虫唾を呑み下し、それがただ一つの寄る辺と言わんばかりに刀の鞘をきつく握りしめた。
 黒髪が、角が、春の訪れに血を通わす桜花のように淡く染まり、華やぐ。しかしそれはエリシャが抑え込んできた影の発露に過ぎぬ。
 娘らの盾の合間を縫い進むエリシャと共に往き、道を切り開く女武者がもう一人。
 ステラ・エヴァンズは常人では視認し難い巨蛇を良く見極め、その手に掛けていた。
 女人の盾を猟兵たちの障害たらしめているのは、巨蛇に依る部分が大きい。巨蛇は悪鬼の盾であると同時に矛でもあるのだ。
 ――私が傷つくのは、些事に過ぎません。傷つけたくない。殺したくはない。それでも、あと一歩でも多く前へ進むためならば……!
 見えぬ相手、駆け続ける状況。携えた刃が常に巨蛇を捉えるとは限らない。振るう刃が娘らの血で濡れることも、怨嗟をぶつけられることも、ステラは厭わぬ覚悟を決めて歩を進めていく。
 響き渡る悲鳴と、呻き。そして悪鬼の哄笑。
 立ち塞ぐ女の盾を猟兵らは受け止め、或いは打ち払い、潜り抜けていく。
 そのたびに誰かが傷つき、誰かが嘆いた。
 悲鳴の嵐のなかをユルグ・オルドは駆ける。駆け続ける。
 一人傷つけ、二人傷つけ、何人までなら罪なき者を打ち払っても許される?
 愚問だ。命を天秤に掛ける行為を、誰かに許しを請うて良いような所業だなんて、ユルグは思ってはいない。
 蛇に操られ、己にしがみつくことを強いられた娘を、ユルグは苦渋に満ちた表情で強引に退ける。直後、悪鬼に役立たずと見なされたのか、彼の目の前で娘は蛇に絞め殺された。
 眼に垂れてきた返り血を拭うと、ユルグは奥歯を噛み締めながら顔を上げる。
 往くべき道を確かめる。
 最短だ。このまま曲がらず、立ち止まらず進めば、悪鬼までの道が通じる。
 だが、まだその道筋は遠い。間合いを測るまでもなく、腰に提げた刃の切っ先を彼の者に届けるには、多くの痛みを覚悟することになるだろう。
 ならば。
 進むだけだ。躊躇は、贖罪は、いまここで見せるわけにはいかない。
 突き進む猟兵たちの覚悟は強固で、それは万物を呑み込んでいく天の災いのそれに似た。どれだけ被害を少なくしようと努めても、オブリビオンの容赦のない力で叩きつけられれば、か細い娘の肉体など枯れ枝に等しい。
 そして治癒の手は圧倒的に足りぬ。打ち捨てられた瀕死の娘らの合間を、ニヒト・ステュクスは慎重に進んでいく。
 身に着けていた衣服は全て脱ぎ捨てた。いまさら、裸身を誰かに見られることに恥じらいなどない。魂すら弄ぶ奴は赦せない。その一念で、彼女は血溜まりのなかを這っていく。
 木を隠すなら森の中――この世界に伝わる慣用句の通り、ニヒトは己を少女の山のなかに紛れ込ませる心算だった。
 上手くいくか? 知ったことか。やってみせる、それだけだ。その身に宿した少年の魂は、ただ唯一の信念に従って畳に爪を立てる。
 いつだったか、薔薇に身体を作り変えられた娘らを火葬した夜のことをアルバ・アルフライラは思い出していた。あのときも、耳の奥で鳴り止まなかった音がある。
 ぴしり、と……玉に罅が入る音。魂の悲鳴の音。飄々として繕ってみせても、決して誤魔化しのきかない慟哭。
 猟兵の端くれだ。娘たちを手に掛けるわけがないと悪鬼は高を括っているフシがある。だが、それは大きな間違いだと教えてやろう。アルバは、痛いほど握りしめた杖を振るい、魔術を紡ぎあげていく。
 放たれたものは皮肉にも"死への憧憬"とアルバ自身が名付けた秘術である。首なしの騎士が彼の身を守り、そして屍竜が牙を向いて巨蛇を食らう。
 幸い、その牙が捕らえたものは巨蛇だけだ。しかし、この戦いが続けば続くほど失われるものが増えていくことを、アルバは重々承知していた。
 ――僕等の葛藤を眺めて愉しむ心算かね。だが、外道を悦ばせる趣味は無い。
 顎を上げねばその姿を捉えることが出来ぬほど、猟兵たちは悪鬼に迫りつつあった。神埜・常盤は、偶然にも目の合った悪鬼をしっかりと見返しながら、ただ淡々と己の務めを果たしていく。
「怨んでおくれ」
 何度も何度も盾として叩きつけられて、もう治癒も間に合わぬほど躰が崩れた少女に、常盤は安息を与えていく。たぶん二回り近くは年若い少女の額に口づけをして、残された生の火を取り込む。腕のなかの少女が穏やかに吐いた長い息は、如何なる感情によるものだったのか。
 常盤にはわからない。しかし、受け止めた。怨みに報いるのは、あの悪鬼を始末してからでいい、と彼は胸に刻み込む。
 そして、猟兵たちは悪鬼の影を捉えるに至る。いまだ隔たりはあるが、遠距離からの攻撃を可能とする力ならば、悪鬼に届くまでの距離だ。
 この距離まで来たならば、相手も意識をせざるを得ないだろうと踏んだ稿・綴子は、おもむろに着物の前を開けた。衣の下から表れたのは、血に濡れた包帯だらけの歪んだ肢体である。
「よう悪鬼。吾輩のことは貴様も聞き及んでいるであろう。滅茶苦茶に弄ばれても泣き言一つ上げなかった"手習"のことは。……さて、それはなぜか? ネタバレと洒落込もうじゃあないか」
 口の端を上げた綴子は、丁寧に折り畳んだ原稿用紙を血糊で己の額に貼り付けた。悪鬼が可笑しげに見下しながら「ヤドリガミだろ。珍しいが知らねえワケじゃねえ」と言えば、綴子は「ならば話は早い」と、己の正体を説く。
「恐怖なき囮なぁんて、舐めた娘の息の根止めたくはないかい?」
「ああ、愉快かもな。だがヒトかカミかは関係ねえ。ただ手前の巫山戯たニヤけ面を焼き潰したいだけだ」
 綴子が切り出した、一世一代の大勝負。悪鬼は興味をそそられたようだ。さあ、さて、その幕引きが如何なるものか、奇譚狂いの娘は好奇に身を震わせる。

 悪鬼は抱き寄せた少女の首筋を舐め上げながら、煙管を小さく振った。途端に、新たな巨蛇の群れが生み出される気配が闇のなかで興った。
 恐ろしいほどの力の圧力を感じるが、今さら退く気は詞波にはない。
 少なくともこの手で救える命は救ってみせる。その誓いを曲げたならば、呪刀の娘たちを手に掛けた意味を失う。
「私は、私が納得の行く道を選ぶ。その一点だけは、私は絶対に迷わない」
 蠅叩きのように振り下ろされた女人の肉盾に対して、詞波はとっさに木板部分を手で抑えて押し止めた。乾いた大きな音が驚くほど近くから鳴り、腕の芯に激痛が走った。右腕が動かない。見れば肘がおかしな方向に曲がっていた。
「ただの腕一本、呉れてやる……!」
 この選択の末路には、敵を打ち漏らす恐れや命を落とす恐れだってある。しかし、それは詞波自身が選んだ道だ。痛みも苦悩も後悔も背負ったまま突き進む覚悟を、彼女は抱いていた。
 詞波が突き出した槍が、巨蛇を貫いた。盾の娘に怪我はなく、そのまま畳の上に転がり落ちる。
 進撃のやや後方について療術を施している百々の表情からは、色濃い疲労の影と焦燥の色が消えずにいた。
 悪鬼を討伐するために尊い命を犠牲にするなど、百々には到底許しがたいことだ。たとえ全ては無理でも、犠牲を最小限に減らす……その一念で、百々は奇跡の御業を娘らにほどこしていく。
「すまぬ、この怪我は辛かろうが、いましばらく堪えてくれ」
 大怪我だがすぐに命に関わる重傷ではない娘にそう告げて、百々は次の娘の容態を診る。足の骨が皮膚から突き出ているが、死にはしない。次の娘はすぐに手を施さねば命に関わる怪我だった。癒やしの光で命をつなぎとめる。次の娘は……もう、間に合いそうにない。次の娘は、次の娘は、次の娘は――。
 さながら戦場を這う衛生兵のように、百々は血溜まりの畳の上で孤独な戦いを一人担う。その小さな背にのしかかる命の重みが、徐々に彼女の身体を押し潰そうとしていた。
 迫る猟兵たちの姿を見ても、悪鬼には焦りの表情は見られない。悪鬼は煙管を吹かすと、無造作に灰を女たちの山の上に落とした。
 次の瞬間、見えざる巨蛇が身を起こして、大口を開いた。腐りかけた果実の芳香のような、奇妙に甘ったるい香りが広まっていく。
 毒霧だ、と察した時には手遅れだ。それを吸い込んだ猟兵と盾の娘らの視界が歪み、無数の針を通されたような鋭い痛みが徐々に身を冒していく。
「ああっ、痛がっ、ぎ、ぃぁああ……ッ!!」
「だすけ、ぁぁあッ、死にだぐ、なっ、はぁッ!」
 毒霧に包まれた薄闇のなか、方々から立ち上がる苦痛に満ちた女たちの合唱。
 イェルクロルトの濁った瞳に奇妙にギラついた光が宿る。
 躊躇う道理はなかったはずだ。女たちが生よりも死に安らぎを見出すならば。それを叶えてやるだけの人としての思いやりとかいうモノを、イェルクロルトも所持していた。
 だが――イェルクロルトは血の混じる体液を畳の上に吐き出すと、悲嘆と苦痛の庭のなかで、壊れた人形のそれのように狂笑を張り上げる。腕を大きく広げて、赤に染まる片眼を爛々と輝かせる。
「はは、ははは……! その霧、その毒、全部寄越せ!」
 毒見役なのだ。ならば、最後までその役割を演じてみせよう。元より強欲な俺の腹には相応しい、とイェルクロルトは自嘲する。
 この身が喰らえるものならばなんだって喰らってやる。全て飲み干してみせる。あとに残されるものが何であれ、誰かが、あるいは隣に立つ男が大願を果たしてくれるだろう。
 ――嗚呼、よくぞ望まずにいてくれた。俺が止まらなくなる前に。よく、死を望む声を、俺の耳に届けずにいてくれた。
 身を包むように燃え上がる炎に誘われたか、はたまた真の姿がもたらす強靭な呼吸器が成したのか、辺りを押し包む毒霧がイェルクロルトのもとへと収束していく。
 毒が溶け込んだ血液が全身の細胞を破壊していく。治りかけていた左半身が焼かれるように痛み、膿が眼窩から溢れ出してくる。膝をつかずに耐えられたのなら、まだ大丈夫。イェルクロルトはそう己に笑いかけて、目を見開きながら毒を喰らい続けた。助けるために。殺さぬために。殺さずに済ませるために。
「悪食は控えろと言ったが……いや、今は何も言うまい」
 頼もしく、そして不器用な人狼の男のやり方に、クレムは小さく目を瞑ることで敬意を表す。先程まで体内を蝕みつつあった毒素が薄まっている実感があった。
 指先の痛みはすでに失せている。クレムは弾丸を再装填すると、それを手近な巨蛇に向けて発砲した。
 巨蛇の数は多く、悪鬼の手立て一つで増産されるものだから、全てを倒しきるのは不可能だ。しかし、それで構わなかった。クレムの狙いは別にある。
「……効きが悪ィと思ったら、つまらないことをしやがって」
 悪鬼が、毒喰らいに気がついて表情を歪めた。視線をこちらに向けるために身体の角度が変わる。盾にしていた少女の身体が揺らぎ、悪鬼の身体が一瞬だけ、晒された。
 たんっ、と。乾いた轟音を立ててクレムの銃が火を噴く。そして、悪鬼の右胸に真っ赤な血の花が咲いた。
「まずは挨拶を一つ、と言ったところか。お前もすでに戦場に飲み込まれているということを、これでようやく理解しただろう」
 思わぬ一撃に眉を寄せる悪鬼に対して、クレムは疲弊しきったイェルクロルトに肩を貸してやりながら、淡々と言ってのける。
 それはオブリビオンにとっては小さな、ほんの小さな傷だ。しかし、耐え忍ぶ時間を長く強いられてきたクレムを始めとする猟兵たちにとって、大きな意味を持つ一手だった。
 すなわち、ここからが攻撃に転じる魁なのだ、と。
 ――しかし厄介な毒霧だ。完全に止めるには今召喚されている巨蛇を全て滅ぼすより他はない、か。
 冷静に分析をしたアルバは杖を手繰って、屍竜に命を下す。彼の判断は至って合理的だ。悪鬼を倒すために最も必要なことは、猟兵たちの体力の温存である。毒霧を止めるのは、あくまで猟兵たちへのダメージを減らすため。そこに、女人の盾の安否を気遣う余地は含まれない。
 ――……やれ、果してどちらが悪鬼が分らんな。
 巨蛇ごと喰らった娘の数は、四人。せめて悪鬼に喰らわんと牙を剥いたが、一矢報いるには至らない。だが、止めてみせた。毒霧を撒き散らす巨蛇はアルバの屍竜がことごとく屠り、満ちる空気は尋常なものへと落ち着いていく。
 非情かもしれない。だが、誰が彼を責められようか。霧が薄まっていた今、その決断がなければ、毒霧の津波を根本から絶やすことは出来ず、全ての娘たちが死んでいただろう。
 アルバは、あまりに強く握りしめ続けていたためにヒビが入ってしまった己の手を見下ろした。その手を赤く濡らすものは、己の血か、それとも娘らの血か……もう、判断すらつかない。
 まるで同じ穴の狢よな。アルバが浮かべた笑みは、あまりにもぎこちがなかった。
 口元に巻いていた毒霧対策の布をずり下ろせば、この広間に詰め込まれていた多様な臭気の濃度にレイは軽い目眩を覚えた。しかし、息苦しさは布越しに呼吸するより幾らかマシだ。
「あいつ、毒霧を放つときは盾を操れないみたいだな」
 再び女人の盾を手繰り始めた様を見て、レイは冷静に判断する。身体を動かし始めるその瞬間が、人間も動物も悪鬼も一番の隙になるのは同じだ。彼はすばやく悪鬼までの距離を詰めてゆきながら、盾を操る巨蛇を片っ端から切り落としていく。
 秘術によって産み出される毒霧の巨蛇の量産には時間が必要だということを、レイは察していた。ならば、産み出す量より倒す量が上回れば無効化出来るのは自明の理だ。
 ――単純な話だ。だが、いつだってシンプルな作戦が功を奏するもんだ。
 三人の娘を解放した。脇から迫る盾は足を止めて食い止める。「こいつは俺に任せて先へ行け!」なんて、くさいセリフが思わず口をついて出たことに、レイはバツが悪そうに小さく笑った。
 ここに来て、ようやく悪鬼の表情から余裕の笑みが消え失せた。女人の盾を山の麓に乱立させると、悪鬼はいま再び毒霧を巨蛇に吐かせようと企てる。
 それの目的が猟兵たちに向けてのものではないことを、トゥララはすぐに理解した。「女の子たちをまたイジめるつもりなんだ……!」そうとわかれば、黙っていられなかった。
「降りそそげ、星のキラメキ!」
 星屑を散らす衣装を翻し、トゥララは星を招く。悪い人をやっつけるためのものではない。それは勇気と優しさの星々だ。
 軽やかなステップを刻んでポーズを決めてみせれば、そこは天の川を模した大きなアイドルステージ。パフォーマーはトゥララ、オーディエンスは傷ついた女の子たち。
「アタシがアナタ達に最高の笑顔をあげる!」
 トゥララが作り上げた異空間は、悪鬼も巨蛇も毒霧も寄せ付けない安全なシェルターになる。
 怪我をした女の子たちに手当をして、傷ついた心をケアしていくトゥララ。ひとりでも多くの子をここに匿ってあげなくちゃ。彼女はそう言い残して、再び暗闇の戦場へと舞い戻る。
 助けられる命、助けられない命、その選択肢を猛は可能な限り前者を選び続けてきた。阻む女人の盾を払いのけざまに、猛はその背後で蠢く不可視の巨蛇の尾を腕に抱える。
 ――燃え尽きろ。
 猛の体内で生まれた雷が巨蛇を絶命せしめ、落下してきた女人の盾を受け止める。気を失っているが、目立った外傷はないことに、猛は表情を変えぬまま安堵する。これなら、後方からやってくる保護と治癒を担当する仲間たちが助けてくれるだろう。
 痛みに悲鳴をあげる肉体の訴えは無視し、立ち上がった猛は悪鬼を屠るべく血路を征く。
 猛はいまさら己の傷は気にも留めない。直接猟兵を狙い始めた巨蛇の気配を捉えると、我が身を以ってそれを抑え込んだ。牙が二の腕と腹に食い込むが、そのくらいの血はくれてやる。代わりにこちらは命を奪ってみせるのだから。
 雷鳴が轟き、焼き滅ぼされ、文字通りの塵と化す巨蛇。女を積み重ねて築かれた山は、もう眼前だ。傍らを駆け抜ける仲間と共に前を見据え、猛は新たに負った傷を一瞥することなく、再び駆け出した。
 一歩踏み出すごとに、踏み潰された女がくぐもった悲鳴を上げる。足場は悪く、物理的にも心情的にもこの山の上で戦いをすることなど到底不可能だ。
 それでも行かねばならない。斑模様のように入り乱れた生と死の道を乗り越えてきた猟兵たちは、心を鬼にして決戦に臨む。
「さァ、お前が出不精ゆえに吾輩のほうから会いに来てやったぞ。どうする? どうしてくれる? 戯れなれど、安々とお前に愉しみをくれてやるつもりは無くてなあ……相応の覚悟をしたまえよ」
 額に原稿用紙を貼り付けた綴子が挑発じみた笑みを差し向ければ、悪鬼もまた卑しい笑みを浮かべて見せた。
 綴子は髪に刺した死人花を手に取ると、悪鬼の首筋目掛けて腕を突き出す。同時に、悪鬼の背後からぶわりと生温かい風が吹いた。すると、召喚された巨蛇が山を構成する数名の少女を纏めて絡め取り、綴子目掛けて放り投げてきたではないか。
「……ちぃっ」
「調子にのんなよ、ガキが」
 まともに回避行動も取りづらい人の山の上。加えて、石礫のように乱雑に投げられた少女の姿に、さしもの綴子も反応しきれない。
 少女の一人をとっさに抱きとめた隙を突かれた。悪鬼が懐に呑んでいた匕首が、原稿用紙ごと綴子の額を貫く。見開かれた綴子の眼球が小刻みに震え、瞳がぐるりと滑って上瞼の裏側に隠れた。そして彼女は力尽き、女の山を築く一体に成り果てる。
 ただし、悪鬼が抱いていた盾の少女の手を、最期の力を振り絞って掴んだまま。
「ガキめ……」
 悪鬼の身を守るものは、とうとう何一つとして無くなった。引きつった表情を浮かべる悪鬼に、まどかが食らいつく。
 その姿は常となにも変わらない。けれども、身と心を焦がす力は確かに彼女に真の力を与えていた。
「覚悟を」
 ここに至るまで、自身に、そして仲間に向けられてきた悪鬼の嘲りを思い返す。不思議と怒りも屈辱もまどかのなかに湧いてこなかった。そんな感情が眼前の外道を悦ばせるだけだということを、彼女は痛いほど知っていたからだ。
 だから、ぶつけるものは言葉でも怒りでもない。手にした刃の冷えた感触、ただ一つだけ。
 とっさに身を防ごうと差し出された悪鬼の腕を、まどかの刃が切り払った。それだけで終わらせるつもりはない。助けを乞う山の娘の手を振りほどき、彼女はさらに歩を進めて悪鬼の懐へと踏み込んだ。裸足の裏に、柔らかな腹が潰れる感触が伝わる。
 ――どうか許して。その苦痛と怨みは私がたしかに受け止める。そして、目の前の悪鬼に必ず償わせるから。
 振り上げた腕を、まどかは力任せに振り下ろす。悪鬼の胸に血の筋が走り、飛沫が上がった。
 反撃をかわすために間合いを取ったまどかと入れ替わり、エリシャが悪鬼に肉薄する。
「鬼事はいかが?」
 ――もちろん、鬼は私。
 形勢逆転なんて浮ついた言葉はエリシャは使わないが、食らいついたのは事実。ならば、残された選択肢は限りなく一に等しい。
 すなわち、"お前を地獄に葬り去ってあげる"、ただそれだけだ。
 悪鬼が繰り出した匕首を、エリシャは上体をそらして回避してみせる。ひるがえった髪の先が断たれて、はらはらと散華が如く舞い散った。
 エリシャの墨染の太刀が喰らった娘の命はひとりだけ。呪刀に憑かれた、あの哀れな娘の命、ただひとつ。
 知るがいい。その苦痛と無念を。その義務がお前にはある。エリシャはそう断じ、怨念を身に纏う。
 瞬間、身体の奥底に眠る何かが凍てついた。数時間、数日、数ヶ月、あるいは数年。いずれ歩むことが出来たであろう遠い未来の歳月が、晩春の桜花のように朽ち果てる。
 構うものか。この男を斬る。そのためならば、命の切れ端など喜んでくれてやる――。
 暗色の剣閃が、悪鬼を逆袈裟に切り裂いた。返す刀をかわす隙も与えない。燕返しに振り上げられた切っ先が、寸分違わず同じ傷跡を深々と舐め上げた。

「はははッ、やるじゃあねえか猟兵ども。だが、すんなりと勝てると思うンじゃあねェぞ」
 与えた傷は決して浅くはないはずだ。しかし、腐ってもオブリビオンということか。悪鬼の顔色にはまだ劣勢の焦りというものが薄い。
 女はいくらでもいる。巨蛇もいくらでも生み出せる。近づけば近づくほど、それが猟兵にとって猛威を振るうことを、悪鬼もまた知っているのだ。
「い、やぁ……!! 許して、許してください……あっ、ああ、ころさ、ないで」
 山の上を身軽に飛び退りながら、悪鬼は再び招いた巨蛇を操って女の盾を仕立て上げていく。消え入りそうなほど弱々しい懇願をする盾の娘を眼前に突き出され、追撃に移らんとしていた猟兵たちに、わずかな逡巡が生まれた。
 その隙にますます数を増やしていく巨蛇。このままでは毒霧の汚染源に直接巻き込まれることとなる。
 だが、悪鬼の顔面に浮かんでいた笑みが凍った。
「御館様、目利きの女衒なんでしょ。ボクみたいな痩せっぽっちの子でも、立派な遊女になれるかな?」
 鋼糸が悪鬼の身体に巻き付いて、雁字搦めにしていく。見れば、盾にされた少女のなかに、潜伏していたニヒトが含まれていた。
 悪鬼は舌打ちをして、軽口を叩いたニヒトを放り出そうとするが、別の方角から放たれた新たな鋼糸が巻き付いて、悪鬼の足元を掬った。ニヒトは二人。分かたれた現し身が囚われの盾ならば、いまだ山のなかに紛れたもう一人が彼女の本体だ。
 ――お前が侮っていた命には、心が、意思が、痛みがある。それに思いが向かないからこそ、騙されるのさ。
 ニヒトが鋼糸を複雑な動きで引き絞れば、頭部に巻き付いた極細の鋼が悪鬼の片角と片眼を断つに至る。
 この機を逃すステラではない。彼女は死角を生み出した悪鬼の左手側から迫ると、天津星を横薙ぎに払った。
 血に濡れた刃が空を切り裂いて悪鬼に迫る。薄明かりに照らされた血の雫が刃から振り落とされて、闇に散る。その光景をスローモーションのようにはっきりと視認しながら、それがなにゆえかステラは思案する。
 ――犯した罪の重さが、きっと。
 忘れるべきではない光景を、脳裏に焼き付かせようとしているというのか。それは名も知らぬ娘らがステラにかけた、怨嗟と呪いなのかもしれない。
 此処に至るまでに致し方なく打ち払ってきた娘たちの体の感触は、いまだステラの手に、腕に、残されていた。
 それを塗りつぶすことは決して許されることではあるまい。それでも、ステラは薙刀を力の限りに振り抜いた。驚くほど感情は凪いでいて、いっそ穏やかですらある。
 これは弔いだ。罪を滅ぼすことは出来ずとも。ステラはそう確信し、悪鬼を調伏せんとする。赤き瞳を輝かせ、白い翼を広げて。まるで断罪の日に空より訪れる神の御使いように。
 悪鬼の表情から余裕が消えた。講じた策を潰されて、体勢の立て直しもままならない。一気呵成にユルグは悪鬼の懐に飛び込んで、腰に提げていた己の魂の在り処を鞘から抜いた。
 最短で駆け抜けた。それでも、此処に至るまでに受けた痛みは数知れない。
 この妓楼を共に過ごした槍の女の真っ直ぐさを、ユルグは羨ましいと思う。彼女の選択の尊さを、剣の男は選ぶことはできなかった。これが一文字の槍と、緩く沿った曲刀との違いかなどと心中で笑えど、今さら道を移ることも叶うまい。
 ならば、せめて。
「斬る。そう決めていた」
 刃の根本に己の血を吸わせたユルグは、戒めから解放されて姿を変えた曲刀を閃かせる。二度、三度と刃の煌めきが闇を裂き、悪鬼の身体に致命的な刀傷を刻んでいく。
 道中、この刀で盾の女たちを斬らずに済んだのは、せめてもの幸いか。そんな風に一瞬考えた自分に、かすかな嫌悪感を抱きながらも、ユルグは手繰る刀の切っ先で悪鬼の肩を貫いた。
「おっと、せっかく此処まで来たんだ。逃げたりしないでおくれよ」
 悪鬼が煙管を口に咥えて術を練ろうとしたのを、常盤は見逃さない。
 なにしろ、この悪鬼には貸しがたくさんあるのだ。一つも返して貰わずに退場など認められようか。
 懐から取り出した呪符を、常盤はすばやく悪鬼に投擲した。強烈な麻痺作用をもたらすそれは、彼がこの妓楼に勤めている間に作り上げてきたものだ。
「あの老術師から聞いてるだろ? 僕のとっておきだ、御館様のお気に召すかね?」
「……ほざけ」
 どうやら人間だけではなく、悪鬼にも効果覿面だったようだ。ユーベルコードではないから、麻痺は一時的な作用に留まるだろうが十分だ。
 悪鬼の襟を乱暴に掴んだ常盤は、その耳元に唇を近づけると、魂をも凍らせる低く沈んだ声音で「呪詛」を囁いた。
「──未来永劫、呪われるが良い」
 そして、女の身体で築かれた山から突き飛ばす。
 身体の自由が効かない悪鬼は受け身も取ることができぬまま、山の向こうへと転がり落ちていった。

「舐めやがって。嗚呼、畜生ども。この炉蘭に舐めたマネをしやがって。ただじゃおかねえ。一人でも多くブッ殺して、海の底に道連れにしてやるよ」
 最期を覚悟したのだろう。悪鬼はもはや逃げる素振りも見せない。だが、それは形振り構わず死を撒き散らす覚悟を決めたことと同義だった。
 産み出される巨蛇が暴れ狂う。全てを喰らわんと、全てを毒で汚さんとして。
 させるわけにはいかない。詞波は捨て身の覚悟で山を飛び降り、悪鬼の眼前へと着地する。そして間髪入れずに床を蹴った。純白から灰黒へと移ろう髪がなびき、尾が風に揺れる。
 無銘の槍に立てた天梁の誓いは数多の試練を乗り越えて成就し、それは人の身では決して超えることのできない壁を凌駕する力を詞波に与える。
 片腕を潰されているが、些細なことだ。今の詞波なら、片方の親指と人差し指の二本があれば常の通りに槍を操れる。口を広げて迫る巨蛇を軽々と両断し、赤を纏う白狼は悪鬼の懐に飛び込む。
 突き出した大祓詞の軌跡は一文字。巨蛇を始末した勢いも削がれず、根本から悪鬼の片腕を消し飛ばしてみせる。
 悲鳴を上げさせるなどという"人間らしい"行為は許さない。イェルクロルトは此の地に残された……いや、たった今まで失われてきたばかりの無念の残骸を紙縒りのように寄せ集めて、真白き焔を灯した。
「お前が望む言葉など、何一つとして聞こえない」
 最初から、今に至るまで。一度だって。
 イェルクロルトの焔に巻かれた悪鬼は、瞬時に気管も肺腑をも焼かれて声の一つも上げられなくなる。
「お前は地獄などでは生ぬるい」
 身を焼かれてもんどりを打つ悪鬼に、クレムの銃弾が幾つも降り注いだ。
 行く先は躯の海だとしても、海底より這い出るたびに悲惨な死が汝の身に降り注ぐように。いや、躯の海の底が地獄の責め苦よりなお深きものであるように……クレムは神に祈る。
 ――それだけの事を為したのだ。赦しなど要らないだろう?
「かっ、かかかかッ!!」
 ボロクズのようになりながらも、悪鬼は声にならぬ声で嗤う。側に転がっていた少女の髪を乱暴に掴むと、それを直接盾にした。
 まだ、そのような手段に縋るのか。いっそ哀れみすら覚えるその姿を笑うものが、一人。
「……やれやれ、良き犯人役は潔く捕まるか自害するものだろうよ。なあに未だに生に執着してるんだ、情けない」
 背後から響く弱々しい声。
 刹那、悪鬼の首を芝居人形が羽交い締めにする。綴子だった。破かれた本体は錬成されたもので、死んではいなかったのだ。しかし、彼女の仮初めの肉体がもう長くは保たないことは、貫かれた額から覗く脳漿からも明らかだった。
 ――吾輩の……は、ここま だ。……は、頼 だぞ、皆……。
 盾にした少女が悪鬼の腕のなかからこぼれ落ちる。最期の執念でしがみついてくる芝居人形は易々とは振りほどけず、その隙を真っ先についたのがまどかだった。
「どうする?」
 まどかは、悪鬼に問うた。もう答えが返ってこないことは知っているし、聞くつもりもない。悪鬼を愉しませることも、言い分を聞くことも、真っ平御免だ。
 いままで助けを求めてきた少女らの顔を一人一人思い浮かべながら、まどかは短刀を揮う。
 その一太刀に、彼女たちの無念を乗せて。償いになるとは思えない。でも、こうすることがまどかの務めであり、すべきことだったから。
 自らの流した血溜まりに伏せる悪鬼に立ち代わり、召喚された巨蛇がその体躯を鞭のようにしならせてあたりを薙ぎ払わんとする。
「させるものか! もう、誰一人として我の眼の前で傷つけさせたりはしない!」
 嵐もかくやという暴威を、百々が受け止めた。
 いや、正確には彼女が生み出した合わせ鏡の人形部隊と、彼女自身の神通力の壁が攻撃を阻んだ。
 もはや疲労のピークは限界を超え、意識は無きに等しいけれど、仲間を、弱き者を守るという彼女の想いが、肉体を凌駕していた。
 ――多くの屍の上に今の私は成り立っている。そうまでしてきた私の存在意義は、この瞬間のためにあった。
 アルバは心中で囁きかける。それは無言で悪鬼に言い聞かせるようであり、自身に言い聞かせるようでもあった。下瞼から頬を通り、顎にまで通った深い罅が、不意に灯に照らされて、冬の明け空の色にきらめいた。
 音もなく吠えた首なしの騎士が大剣を振るい、押し止められた巨蛇を絶命させる。そして、刃は悪鬼の腹を真横に切り裂いた。
 溢れ出す臓物の色も形も人のそれで、ユルグは嫌悪感を抱いた。グロテスクな見た目に対してではなく、相手が内に抱えたものが自分たちとそう変わらない事実に対して、だ。
 ならば疾く終わらせるまで。幸いにもこの曲刀は折れず曲がらずにいてくれた。
 散った花を、この手で散らせた花に、どんな手向けや祈りを捧げればいいのかユルグは知らぬから、己が出来ることだけをただ愚直に行うだけだ。
 突き出した切っ先は狙い違わず悪鬼の首を貫き、盛大な血の雨を降らせるに至る。
 次の瞬間、唐突に女の山が音を立てて崩れ始めた。
 見れば、崩れた山の内部からトグロを巻いた巨蛇が現れたではないか。女を積み重ねていたのは表面だけで、その中核は巨蛇だったのである。
 これが虎の子というわけだ。ニヒトはうんざりしたように苦笑する。騙し討ちが十八番なのは自分も似たようなものだから、余計に可笑しかった。
「御館様……ボクと心中しようよ。どうせお互いに散る命なんだ、いいでしょう?」
 どこか病んだ、甘く蕩けるような声音でニヒトは囁きかける。悪鬼に抱きついて、煙管を手にした指に指を絡めて、動きを封じ込めて。
 そのニヒトの柔らかな喉笛を、悪鬼の角が貫いた。溢れる互いの血が混じり合い、絡み合う二人の姿はあたかも血染めの春画のように成り果てる。
 ――思い知れ。抗う魂の声。人の心を動かす力。それが、いまこうして実を結んだことを。
 ぐったりと脱力し、そして笑ったニヒトの身体が、両断される。
 悪鬼や巨蛇によるものではない。レイが揮った黒剣によるものだ。
「言っただろう、殺しは得意だってな。まあ、一度もテメェには見せたことは無かったが」
 ――だから、見せてやるよ。ああ、自分の手も汚さねえでふんぞり返っていた下衆野郎に、人の命を奪うっていうことがどういう事なのか、な。
 肌の内側に秘めていた、花や果実に似たぬめった色彩を零しながら地べたに落ちるニヒトには目もくれず、レイは両手で構えた剣を深々と悪鬼の胸に突き立てた。
 柄を力任せに撚る。ゴギリ、なんて鈍い音が悪鬼の体内から響いた。嫌な音だった。
 悪鬼の遥か後方に、今しがた殺したハズのニヒトの姿が見える。このやり口は何か相談していたわけではない。こっちが現し身で良かったな、と彼は視線だけで告げる。
「……っ、は、かは、ハハハは、ハッ」
 致死的な怪我を負い、講じた手立ては尽く猟兵に潰された悪鬼は、潰れた喉を震わせて笑い声をたてるばかり。あるいは、もしかしたらそれは、命乞いかなにかを唱えているつもりなのかもしれないけれど。
 残された最期の力なのだろう。山のなかでトグロを巻いていた巨蛇を操って、悪鬼は猟兵たちに抗わんとする。
 猛は自分自身のことを正義の味方などではない、と断じていた。少なくとも、自分自身を突き動かすものは憤怒に過ぎない。小賢しい者はそれを義憤と呼ぶのかもしれないが、猛はそうとは思えなかった。
 ――お前は好きに事を為した。俺はそれを嫌悪した。故に焼く。
 それだけ単純で原始的な衝動を、果たして正義と呼べるのか否か。
 その身を以って巨蛇の牙を受け止めた猛には、ついぞその答えが見つからなかった。
 反面、彼女は。
「みんなおまたせー! 向こうにいた子たちはみんな無事だよ! ヒーローは遅れてくるって言うでしょ? アタシだって、みんなと同じヒーローなんだから!」
 いつだって彼女は、陰鬱になりがちな地下妓楼に希望の光を授けてくれた。きっと彼女が居なかったら、この戦はもっともっと苦しいものになっていただろう。
 トゥララ・ソングバード。あまねく全ての者に星のキラメキを届ける少女。
 泣く者には優しく寄り添い、悪しき者には裁きを下す流れ星。
 降り注ぐ流星は悪鬼の身を穿ち、確かに正義の心を知らしめる。
 悩める者も、そうでない者も、トゥララの姿にこの戦の意義と救いを見出していく。
 そんな少女の光を眩しく思いながら、影に住まう常盤は目を細める。
 再び暴れ狂いだした巨蛇の牙を掻い潜った常盤は、符でも式でもない術をその身に掛ける。またたく間に無数の蝙蝠に姿を変えた怪人は、波濤のように悪鬼に襲いかかった。
 ――穢れた血を引く此の身でも。お前の血を糧になどするものか。
 幾百もの牙と爪で悪鬼を食い荒らせども、舌を濡らす血はすかさず吐き捨てる。巨蛇が撒き散らした毒霧に酷い苦痛を覚えるが、おいそれと逃しはしない。先程かけた呪詛を、悪鬼が躯の海に戻ったあとも忘れぬようにするために。
「決着はつきました。もう、これ以上誰も傷つけさせません」
 悪鬼の最期のあがきをステラは斬り伏せる。縦横無尽に弧を描いて払われた薙刀の刃が、残された最後の巨蛇をバラバラに断った。
 翼を羽ばたかせて宙を舞ったステラは、眼下に佇む悪鬼目掛けて降下していく。
 振り切れた怒りという名の感情は、彼女の心に恐ろしいまでの静寂を齎し続けていた。ただ、黙って首を刎ねられて下さい、と。彼女は口中で呟くのみ。
 もはや、なんの感情も抱きたくない。眼の前の、コレに対して――。
 ステラの足が地についたとき、彼女の天津星は悪鬼の半身を丸ごと削ぎ落としていた。その様を見ても、彼女の心は動じず。きっと、今はまだあらゆる感情が戻ってこない。汚れたまま手では、泣くことも許されないのだ。
 悪鬼は半分だけになった顔の笑みを深め、手にした煙管を振りかざした。命尽きる一瞬まで戦う気概を見せるその姿を、誰も天晴などだとは思わない。ただただ見苦しく、惨めなだけだ。
 それでも、エリシャは真正面から相対した。正々堂々と勝負をするつもりではない。ただ、最期は背中から斬られたなどと、躯の海の底で悪鬼に言わせたくないだけだ。
「やっぱり、鬼事ならお前がオニになるほうが相応しいわ」
 そう言って、エリシャは鞘に収めていた墨染の鯉口を切った。
 鞘から抜きざまの斬撃は目にも止まらず、それは悪鬼はおろかエリシャ自身の目も追いつかない。一拍置いて刃を通して腕に伝わる軽い衝撃から、己が悪鬼の首を刎ねたことをようやく知る。
 噴き上がった血潮が、エリシャの白い頬を濡らす。手にした墨染が悦びに打ち震える感触をおぼえながら、彼女はその穢れを指で拭い取った。


 かくして、悪鬼・右衛門炉蘭は滅び去った。
 悪鬼に与していた散華楼の奉公人たちは、遺体で発見された番頭と、何も知らされていない遊女や末端の若い衆を除いて、その全てが役人の手によって捕縛された。無論、散華楼の地下妓楼の客だった連中も同じ道を辿ることとなる。
 遣手や老術師、手代たち……いずれも死罪は免れまい。銀雁宿を擁する藩主も事の次第の責めを負わされ、幕府より切腹を命じられた。御家は当然取潰しと相成り、近い内に新たな領主がこの地に封ぜられるだろう。

 オブリビオンを倒せども、正式な取引を経て売られてきた遊女たちの行く末は、猟兵たちでもどうにもならない。
 これを機に贔屓の旦那に身請けされる者もいるが、それは極少数だ。多くの遊女は別の女衒に買われて、どこか他所の遊郭に売り飛ばされていく。騒動に紛れて足抜けをした遊女もいるが、逃げた先に自由と幸福があるかと問われれば、決して明るい未来があるとは言い切れない。
 そして、惨たらしい愉しみのために犠牲になった娘たちは、ステラを始めとする猟兵たちの嘆願で、領内でも由緒ある寺院にて手厚く葬られることとなった。
 潰された散華楼の跡地にも、悪鬼の犠牲者となった者たちの慰霊のための寺院が建立されるそうだ。銀雁遊郭もその短い歴史を終えて、銀雁宿は再び静かな宿場町へと戻ることになるだろう。

 戦いを終えた猟兵たちは、再びそれぞれが住まう世界へと戻っていく。
 遥か後年、ある浮世絵師がこの事件を題材に『散華二十八衆句』なる無惨絵の連作を発表し、大いに話題になったとされるが、それはこの時代に住まう者には与り知らぬ事である。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年03月31日
宿敵 『右衛門炉蘭』 を撃破!


挿絵イラスト