●咲いた悼みが散った夜に
怒りだ。
そこにはもう、怒りしかなかった。
世界の全てを焼き尽くしても尚燃え尽きることのない激しい怒りだけが、戦場に満ち満ちていた。
――すべては|祈り《m'aider》より始まった。
かつては純粋な祈りだった。
差し迫った生命の危機。
滅びに瀕した者たちが謳う、死にゆくいのちから発せられた|最後の声《救難信号》――切なる願い。
お願い……お願いします……。
わたしは…………だ……から、
……だから、どうか、どうか――。
祈りをささげる者がいて、
祈りにこたえる者が、あった。
――弱き吾々は|罪深き刃《ユーベルコード》に縋り、
力を欲したのだ。
弱き者は滅ぶが運命だったのだとしても。
受け入れることはできなかった。
受け入れることなど、できようもなかった。
たとえ溢れた死が世界のすべてを飲み込もうとも……止まることなど、できるはずもなかったのだ。
そうして、戦場へと赴いた吾々は、
――絶望の海に餮まれていった。
光は。
光はとうに喪われた。
二度と戻りはしない。
力なき正義は無力だ。全ては無意味だった。
――全てを識った所で、変わるはずがない。
わかっている……吾々はソレを識っている。
生命とは、滅びとは“そういうモノ”なのだと。
だからこそ、受け入れることはできなかった。
受け入れることなど、できようもないだろう。
――その衝動こそが、猟兵の根源なのだから。
故に、吾々は。
それを叩き潰す。
粉々に打ち砕く。
粉砕し、破砕し、引き裂き、引き千切り、
死すら生ぬるい苦痛の中で、食い殺して。
貴様らを呪い、殺し……殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し……貴様らなど……殺し尽くしてくれる……ッ!!!!!!
――尽き、満ちて。
おおかみは、狂う。
●花園と、おおかみと
「フラワームーンって、知っていますか?」
ソレは5月の満月を指す呼び名。
多くの花々が咲くころに夜を飾るその月を、故郷アメリカではそう呼んだのだと、少女は言った。
「かわいくて、ロマンチックな呼び方ですよね……」
夜を淡く照らす優しい光。
或いはこの青き星より分かたれたモノらのうち、もっとも大きな|欠片《欠落》。
この宇宙の中でもっとも長く、もっとも間近に寄り添い続ける天体。
人は古来から親しみを込めて月を表し、月を見上げてきた。
けれど、その月を見て狂う者たちも世界には確かにいたのだ。
人狼病――。
満ちた月を見ると凶暴化し、我を失う、悲しき|病《呪い》の感染者。
狂気と短命を約束された者たち。
外見的差異だけではなく、実害をも及ぼしうる隣人。容易に理解できぬ存在を人々は好まない。
狂い死ぬことさえある彼ら彼女らが辿った運命の多くは、悲痛に彩られたモノだったろうが……。
あの、ただ生きるということ、死ぬということすら許されない、日々痛めつけられる昏い世界で。そこに暮らす人々がその抱えきれない感情の矛先を彼ら彼女らに向けたとしても、安易に責めることなどできはしないだろう。
「でも、オオカミさんって、本当はそんなにこわいばかりの生きものじゃないんですよ」
本来、誇り高くも優しい生きもの。
自然と調和して生きる、美しい生きもの。
調子のよい剽軽な者もいれば、好奇心が強い者、勇敢な者、慎重な者がいて、驚くほど個性的だ。
それでも一つ共通点をあげるとすれば、とりわけ仲間思いで、愛情深い生物だということだろう。
伴侶を失った狼は衰弱し死んでしまうこともままあるという。
極北の地――かつてアラスカを旅した時にリアが出会った狼たちはたしかにそうだったと言える。
そして、フラスコから生まれたリア・アストロロジーが未だ短いと呼べるだろう人生の中で出会った“人狼”たちもやはりそのような性質を備えていたことを、彼女は識っていたのだ。
いま、きっと激しい怒りに心を焦がしているだろう者たちも、その怒りは正当なもので……仲間の痛みを思うその情の深さ、そして喪失の傷の深さを知る故の憤りなのだと、理解している。
「だから……だから、それでも、わたしたちは、やっぱり知らなければいけないのだと思います」
遠い夜。
光を失い、狂ってしまった“彼”のいうように、その結果が何も変わらない選択なのだとしても。
それはこの暗闇の中に灯火を掲げようとする者たちの果たすべき義務でもあっただろう。
その刃を振り下ろすこと。その本当の意味すら分からない、盲目の走狗となってしまわないために。
「彼を……始祖人狼を、とめて下さい」
語られるべきその真実を阻まんとするあの『怒れる獣』と、猟兵は昏き地にて対峙せばならない。
いまだ彼の欠落を知らぬ六番目の猟兵が、彼を討ち取れるかまでは未知数なのだとしても。
「彼の撒き散らす『人狼病』は、皆さんにも等しく激しい苦痛と、抗いがたい凶暴化の発作をもたらすでしょう。生命を直接削り取られるような苦痛が、あなたという存在をバラバラに打ち砕き、壊し尽くしてしまおうとするでしょう」
かつての祈りはいまや呪いとなり果てた。
そして、呪いとは伝染し増殖するモノであり――、
「けれど、この痛みと狂気はあなたを『全身から無秩序に狼の頭が生えた真の姿』に変身させ、それをバラバラに打ち砕き、壊し尽くしてしまうほどの強い力をも、与えるでしょう」
また、呪いとは巡り還るモノでもある。
皮肉なことに、始祖人狼は自らが撒いたその呪いによって、自らが滅びへ誘われんとしているのだ。
「それでも。きっと皆さんでも、一撃を加えるのが限界……だからそれを為したら、後は後続に任せて離脱してくださいね。それが、きっと、群れで……仲間と共に戦うってことの大きな強みでしょうから……」
血に塗れ喰らい合う獣と獣。
いずれにせよ、今までにも類を見ないほどに苛烈な戦場となることは間違いない。
――獣人戦線。
戦火の中に生き、命を紡いできた獣人たち。
そしていまやその世界出身だけではない、多世界の猟兵たちが集って加える輪唱のような波状攻撃が。
「……その刃が、どうか続く|未来《明日》を切り開きますように。遠い日に願われた、託された、どこかのだれかのための……幸せな、おだやかに微笑むあなたがそばにいる|未来《いつか》を、取り戻せますように――」
少女は祈り。
戦士たちは、戦場に赴く。
常闇ノ海月
血管獣ブチギレオオカミ(語感は良い)。この手のタイプの古強者を無闇矢鱈に強化しがちな常闇ノ海月です。でも満月には、マニアワナカッタ……。
●プレイングボーナス
苦痛と狂気に耐えて戦う/「狼頭にまみれた真の姿」に変身し、最大最強の一撃を放つ。
あなたの、あなたがあなたであるからこその、あなたらしい、そのありったけをぶつけてください。
●他
マスターの癖としてこのタイプの敵は強く描写しがちですが、同時に弱点も設定してはいます。
ので、受付も短くなりそうだしヒントを出しますと……今回はブチギレオオカミさんが何にブチギレているのか、理解できればより良い戦果を得られる……かもしれません。
●プレイング受付
OP公開直後から投げていただいて構いません。
また、少数採用になると思われますので、あらかじめご了承ください。
ではでは、地獄のごとき戦場、その戦いの中でしか救われぬ者たちよ、願わくばよき闘争を……。
第1章 ボス戦
『始祖人狼』
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POW : 天蓋鮮血斬
【巨大化した大剣の一撃】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD : 血脈樹の脈動
戦場内に、見えない【「人狼病」感染】の流れを作り出す。下流にいる者は【凶暴なる衝動】に囚われ、回避率が激減する。
WIZ : 唱和
【3つの頭部】から、詠唱時間に応じて範囲が拡大する、【人狼化】の状態異常を与える【人狼化の強制共鳴】を放つ。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
館野・敬輔
【POW】
アドリブ連携大歓迎
始祖人狼は定命の者達が変わらず弱いことにキレているのか?
…貴様は弱さゆえの強さを知らないようだな
絶望の海で何を見たかは知らないが
もし、俺らが本当に弱ければここまで辿り着けていないし
そもそもダークセイヴァー第二層まで到達もできていない
俺はダークセイヴァーの人間だ
これ以上の説明はいらないだろ?
俺の世界を荒らした貴様を、今ここで討つ!!
真の姿を解放すると同時に「ダッシュ、地形の利用」で一気に肉薄
巨大化した大剣の一撃を「視力、第六感」で察し軌道を「見切り」
苦痛に耐え、凶暴な発作はあえて受け入れつつ
憎悪と衝動に突き動かされるまま
「2回攻撃、鎧砕き」+指定UCで一気に叩き潰す!
●The Name Of Anger
無限の闇に閉ざされた、暗い森。
漆黒の木々を這う血潮の如き赤。
相争う獣たちの怨嗟と、無残に砕け散っていくいのち。
――天に座す六眼は未だひとつとして欠けることなく、そのすべてを泰然と見下ろしていて。
ビリビリと空気を震わせ、怒りが戦場に満ち満ちていた。
殺気を気取る技術を知る戦士にとって、その肌から伝わるが如き第六の感覚は重大な情報だ。
だが、いま此処にはその虚も実もなく、灼熱を以て肌を焼き焦がすような怒りだけが溢れていた。
怒りだけが、遺されていた。
逆ギレも良いところだろうが、と思わず毒づく館野・敬輔(人間の黒騎士・f14505)。
流れ込んでくる、負の感情。
病。呪い。狂気が思考を掻き乱し。
心身を苛む苦痛は常人であれば一呼吸と保たずに死を、魂の消滅を懇願するだろう。
もはや、あらゆる生命はただ苦しむためだけに存在する呪われた領域。
既にその枠外に置かれたとされる猟兵ですら、この領域の中ではただ一撃を加えるのが限度なのだ。
(クソッ! ……始祖人狼は定命の者達が変わらず弱いことにでもキレているのか? だとしたら……貴様は弱さゆえの強さを知らないようだな)
弱く、故に|罪深き刃《ユーベルコード》に縋ったという彼等が、絶望の海で何を見たかは知らないが。
(もし、俺らが本当に弱ければ……ここまで辿り着けていないし、そもそもダークセイヴァー第二層まで到達もできていないだろうが!!)
暗く、昏い、光なき世界で。
冷たく、我が身をも灼き焦がす復讐の炎、魂をも捧げる|業火《衝動》。
敬輔はその熱を糧に、忌まわしき呪いさえも受け入れ、ここまで進んできたのだ。
「俺はダークセイヴァーの人間だ」
『………』
「これ以上の説明はいらないだろ?」
『殺す』
「それは此方のセリフだ! 俺の世界を荒らした貴様を、今ここで討つ!!」
語るべき言葉など互いにない。
この胸の中にあるのは死骸に集る|害虫《ゴキブリ》が蠢くさまを目にしてしまったかのような、嫌悪感だけだ。
地獄にふさわしいのは、鬼であり、修羅なのだ。
敬輔は漆黒に赤が伝う黒騎士の鎧姿――真の姿を解放する、と同時にダッシュして一気に肉薄――。
だが、
『血を……流せ……ッ!!!』
天蓋鮮血斬――巨大化した大剣が空気の壁をぶち抜いて、戦場全体に衝撃波をまき散らす。
敵も味方もなく、配下の人狼騎士までもが血反吐を吐き二度は動かぬ血袋に戻る、無差別範囲攻撃。
「ぐぉ、ぁ……ッ」
直撃こそ避けれど、鋭敏な感覚は徒となりその動きをほんの一瞬鈍らせて。
疾駆する巨体が眼前に迫り、見えない巨人にでも殴りつけられたかのような、衝撃。
手甲で覆われた始祖の拳が、そして受け止めた敬輔の鎧が互いにぶつかり、拉げ、仰け反る。
心の臓にまで届く、破壊と衝撃。
バキ、バキリ、と。
体内から聞こえた骨の砕ける不吉な音、耐え難き苦痛。
口腔から溢れた自らの血に溺れ、物理的な血流の異常が敬輔の意識を吹き飛ばしそうになっても。
その耐えがたきに耐え。
そして破壊衝動を受け入れる。
コレが奴を叩き潰す力になるというのなら。
「怒りと憎悪、闘争心に導かれるままに……」
黒騎士の右目が激しく光る。
憎悪にとらわれれば目の前の獣と同じになるだろう、と人は言うだろう。
繰り返し繰り返される、その螺旋の渦に呑まれてしまうのだと。
構うものか。これはもはや破滅願望ですらない。ただ一心に。赦してはいけない。その衝動がある。
コイツを粉々に砕く。殺して殺して殺して。死すら生ぬるい苦痛の中で。苦しめて。殺して。殺す。
「貴様を、両断する……ッ!!」
数多の異端共の血を啜ってきた、呪われた黒剣を。
憎悪と衝動に突き動かされるまま《憤怒の解放・両断剣》を全力を以って振り下ろし、叩きつける。
血脈樹から流れ込む膨大な|呪い《祝福》が、始祖人狼の肉体を急速に復元させていくのが見える。
状況は圧倒的不利なのだろう、が。
(……怒りは、忘れさせてくれる。この身体が、本来もはや動かないだろうという事実も。貴様を殺したところで、アイツらはもう二度とは帰ってこないということも……!)
全てはもう取り返しがつかないことも。
何もかも……、
(|俺たち《吾々》が……弱かったということも……ッ!!)
そのすべてを忘れて。
ただ、いま此処に在る憤怒を叩きつける。
躊躇なく振り下ろされた猟兵の|罪深き刃《ユーベルコード》。
役立たずな騎士の鎧を砕き断ち、吹きあがる鮮血は誰のモノだったのか。
敬輔か、始祖人狼か、それとも――両方か。
いまや朦朧とする意識で感覚のない体を引きずることしかできない敬輔には分からなかったが。
ソレでもわかったことが一つだけあった。
何をおいてもアレを殺さなければならない。生かしてはおけない。
始祖人狼は間違いなく、紛れもない、悪だ。
もはや労りも、一片の慈悲さえも持たず、ただ昏い怒りに身を任せて殺戮を行う、だけの――、
(そうか、これは……この感情は)
館野敬輔が始祖人狼に抱いたソレの正体は、
(――……同族嫌悪、か……)
かつて、絶望の海に餮まれた彼が辿り。
――そして、いつかは敬輔自身もが辿りうる|未知《可能性》なのかもしれない。
大成功
🔵🔵🔵
ロラン・ヒュッテンブレナー
連携×
始祖人狼、苦しみと狂気を撒き散らすあなたは許せないけど、ずっと考えてたの
なぜ祈ってるの?なぜ罪深き刃?
あなたが目指したものは、もしかして…
共鳴がぼくを狂気に染めて、狼の頭を生やすなら…、UC発動、自ら竜胆色の狼に変身
魔術陣の首輪と魔術回路の鎖で戒めて、意識を保つよ
封神武侠界の桃の精さんからの加護と香りもぼくを守ってくれる
あなたは見果てぬ夢を諦めないから猟兵を殺すの?
自分ができなかった姿だから、嫉妬してる?
一咆え、満月の魔力を月光のオーラとして体に纏う人狼魔術発動
全ての力を乗せて体当たりなの
あなたのその祈りは、ぼくたち新しい人狼が、引き継ぐから
だから、ここで止めて上げる!
●|走狗《いぬ》の王
「始祖人狼、苦しみと狂気を撒き散らすあなたは許せないけど」
鍛え抜かれ隆起した戦士の肉体に比べれば未だひ弱な子狼にすぎない、少年の躰。
ロラン・ヒュッテンブレナー(人狼の電脳魔術士・f04258)が見据える先にて待ち受けるは、人狼の始祖。
すべての人狼のその宿業――苦難と狂気、孤独に彩られ、絶望と破滅を義務付けられた呪いの、発生源だ。
彼こそが人狼の祖であり、王。
緋色の外套を纏う、王なのだ。
「ずっと考えてたの」
『………』
ゆえに今、王は鷹揚にもその矮小なる走狗のどこまでも無意味で無価値な言葉へ耳を傾けていた。
「なぜ祈ってるの? なぜ……罪深き刃?」
『|祈り《希望》は潰えた。残ったのは呪いだ。……全てを識った所で、変わるはずがない』
王の唱和に未知を示す応えはなかった。
だが、ロランの問いはいくつもあって。
「あなたは見果てぬ夢を諦めないから猟兵を殺すの?」
『|祈り《ゆめ》は潰えた。残ったのは呪いだ。絶えず時は運び、全てが土へと還るが|運命《さだめ》』
生きるとは考えることで、問い続けることだ。
暗闇の中で智慧の灯火をかかげる者だけが、その色や形を見る。
たとえその問いが答えを得ることがなくとも、その思索にこそ未来へ望む意思が宿るのだろう。
だが、そこに映し出される世界の形は時に目を背けたくなるほど陰鬱で、悍ましいほど残酷で。
「六番目の猟兵が、ぼくたちが……自分ができなかった姿だから、嫉妬してる?」
『……ふっ』
嘲るような、笑い声が響いた。
緋色の外套……血脈樹を通して鮮血が、膨大な呪詛と怨嗟が始祖人狼へと流れ込む。
悲劇が悲劇を、怨嗟が怨嗟を生み、あまねく大地すべてに絶望が満ち満ちるように。
『……絶望を、識る者どもよ。かつて世界に与えられた報いを、受け取った者たちよ』
行って、同じように為すがいい。
汝の隣人を、害せ。
――|五卿六眼《ごきょうろくがん》照らす大地のあらゆるもの、吾が走狗となりて。
§
王様、万歳!
王様、万歳!
おうさま、ばんざーい!!!
唱和するこえが聴こえた。
いまや能無しの走狗と化した人狼の騎士たちが、自らの“王”の到来を祝福するこえ。
そう、ソレは高貴なる“緋色の外套”を掛けられた、彼らの……そしてロランの、王。
「おうさま、ばんざーい!!!」
その声を聞き、ロランは背筋が凍るのを感じた。
声は、いつの間にか己の喉から発せられていた。
だが、それは決して祝福などではない。
あざけりの声だ。
いつわりの|王《救済者》をなじる、呪いの声だ。
其は、|奇跡の力《ユーベルコード》を振るう者。
神殿を打ち倒し、三日で建てる者。
だが、他人は救ったのに――
悪意と嘲笑が反響し、木霊する。
「グ、ゥゥゥ……..」
狂気的な衝動が、思考を埋め尽くす。
呪いは幼き少年の肉の形すら変貌させていく。
その細い首の後ろから、腹の下から、狼頭が無秩序に生えて、温い血肉を求めて牙を剝く。
それは血を集め、苦痛を集め、死を集め。
よって狂気を、苦痛を、孤独を、迫害を、喪失を、死を――絶望ばかりを撒き散らす呪い。
祈りと呼ぶには、あまりにも惨い『病』。
(この、共鳴が……ぼくを狂気に染めて、狼の頭を生やすなら……)
尽きることのない無限の闇が少年を包む。
死をもって死を育み、生みてはまた死に。
死を集め、死に溺れ、死を穢し、死んでゆく……。
――その前に。
「夜の灯りを、呼びし遠吠え、大いなる円の下、静寂を尊ぶ……」
ロランは自らその宿命の姿――竜胆色の狼姿へと変貌してゆく。《静寂を慈しむ音狼の加護》が、荒れ狂う海のような狂気を遠ざけるようにと、真円を描く満月のオーラで一頭のハイイロオオカミを照らす。
我を失いそうな狂気を、青く輝く魔術陣の首輪と魔術回路の鎖で戒めて、どうにか自意識を保つ。
かぐわしい香りがする。
生ぬくい肉からあふれ滴る、鮮血の香りだ。
「……っ!! ……ゥゥゥゥゥ……ッ」
ダークセイヴァーにおいて人狼とは、その悲劇と呪いの象徴そのモノのようですらあった。
際限なくオブリビオンを産み続ける諸悪の根源、フォーミュラたる『祈りの双子』もまた人狼であったように。
呪いは、始祖に連なるすべての人狼に与えられた忌まわしき苦難の歴史そのもので。
ロランの魔術を以てしても、それを受け止め正気を留め続けるには――あまりにも重く、過酷すぎたのだ。
「アァ、ァ……ガァァ……ッ!!!」
カッと見開かれた眼。
もう何処を見ているのかもわからない狂人の表情で、ロランは誰かの血肉を貪り喰らっていた。
ゴリ、ゴリ、ゴリ……。
口腔を満たし喉を滑り落ちていく甘い血肉は、だが狂狼の飢えと渇きを癒してはくれなかった。
胸にぽっかり開いてしまったこの虚無を、永久に喪われた欠落を埋めるモノなどありはしない。
ああ……だというのに、
「ゲ、ェ……ッ、ゲェエェェェ……ッ」
あまりの悍ましさに、胃の奥からせりあがってきた吐き気に、血肉交じりの吐瀉物をぶちまける。
|人狼《ロラン》は、あろうことか未だ幼き我が子の死肉を鷲掴みにし、ボリボリと頭から貪り喰らっていたのだ。
呪われた生。
人に厭われ、追われ、怯え。
それでも尚、愛を、寄り添ういのちを求めてしまう、|孤独《ひとり》では生きていけぬ獣。
どれだけ愛そうとも、その愛ゆえにいずれ傷つけ、傷を負わずにはいられない、狂気のケダモノ。
この世界に残された美しいモノさえ蝕み、不幸ばかりをまき散らし、孤独の果てに狂死する運命。
『……呪われているのだ、|汝ら《吾々》は』
「……ちがう。ちがうよ。この、力は……」
血と、泥と、胃液交じりの酷い匂い。
けれど、その中でかすかに漂う甘い匂いが、絶望の淵へ餮まれてゆくロランの正気を留めていた。
封神武侠界の、桃の精の加護。
ロランが異界で紡いだ縁と絆。
自らを守らんとしてくれている、大海の如き絶望を前にあまりに頼りなくか細い蜘蛛の糸に縋り。
「こんなことのために生まれたんじゃ、なかったの……ぜったい、ぜったいに、ちがったの……」
人狼病――ロランにとって、それは必ずしも不幸だけを与えた病ではなかった。
未だ幼き少年は、宿命づけられた狂気も苦痛も、やがてくる運命も受け入れて。
寂しがり屋のオオカミがその心を寄せられる、受け入れてくれる“居場所”を既に得ていたのだ。
|ロラン《おおかみ》がその命に替えても守るべき、居場所。
「ねえ、始祖人狼。あなたは……」
赤黒い血の外套。
彼は人狼の王で、けれど彼に冠はない。
だけど、それがどこに在ったのかを、だれの頭上に被せられていたのかを、ロランは識っている。
茨で編まれた冠を被り、脇腹に傷の破れを負うた裸の|王《獣》。
――“最弱”の、祈り捧げし|人狼《おおかみ》の娘たち。
「あなたが目指したものは、もしかして……」
赤黒い血の涙が、滴り落ちて。
|こころ《悲しみ》は、まだこの胸にはあったから。
「――ほぉぉぉぉぉぉぉぉ……ん」
ロランは、哭いた。
遠く、遠くまで伝う、狼の遠吠え。
「あなたの……いいえ、“あなたたち”のその祈りは、ぼくたち新しい人狼が、引き継ぐから」
心なんてとうに失くした、はじまりに。
人狼の少年はその生に赦された、いつの日にか終わる限られたいのちを削りながら、疾る。
「だから、ここで止めて上げる!」
幼き狼は、それでも持ちうる全ての力を束ね。
遠い夜から受け継がれてきた|人狼《祈り》の力と共に、始祖人狼にその|体《存在》ごとぶつかっていくのだった。
大成功
🔵🔵🔵
サーシャ・エーレンベルク
頭の中を支配する狂気、体中を走る激痛。少しでも目を閉じれば、私は気を失うでしょう。
……あなたもまた正義のために、多くの人を喪ったのでしょう。
でも……でも……!
これまで幾度となく戦火に見舞われ、仲間たちは戦の中で死んでいった。
けれど、彼らは最後まで絶望はしなかった。生きるために戦ったのよ。
だから、私はこの力を憎まない。彼らの生きた証を否定することになるから!
狼頭にまみれた冰の女王の姿に変身、病を振り切るように走る。
その巨剣も、爪牙も、おそらく私を遥かに超える技量を持っているはず。
それでもこの一撃だけは!
ユーベルコードを発動、剣を抜き、征く!
私の全て……獣人の想い全てを込めて、始祖人狼へ一撃を!
●ある称命
この世界に生きる獣人たちにとって歴史的、決定的勝利の瞬間が目前まで迫っていた。
北方の超大国『ワルシャワ条約機構』を、その広大な版図すべてを|五卿六眼《シャスチグラーザ》で常に監視していた恐るべき支配者。
全ての人狼の祖……蔓延る病苦の根源。
名はなく、故にただ『始祖人狼』と呼ばれる者。
六番目の猟兵が目指す『はじまりの地』で『はじまりの猟兵』がいま語ろうとしている過去の真実。
これを阻まんとする彼――始祖人狼を打倒することが叶えば、世界は戦後の平和へ向けて大きく前進するだろう。
障碍となり立ちはだかるは、人狼病。
禍々しいほどの悼みと狂気、抑えがたき殺戮衝動。
白きオオカミの娘、サーベルを操る白兵剣戟士たるサーシャ・エーレンベルク(白き剣・f39904)の理性と感情を塗り潰し埋め尽くす狂気、五体を引き裂かれるような苦痛の正体こそが、それだ。
(……少しでも目を閉じれば、)
気を失い、そのままそこに呑まれるのだろうという予感があった。
あるいは戦場に立つ者たちがいずれ辿る運命。
それは病であり、呪いであり、喪失であった。
肉ではなく骨でもなく。
魂魄のいずれでもなく。
同時にそのすべてである――それらを内包して構成される生命という概念。
いのちソレそのものが削られ、刻まれ、千切られ、引き裂かれていく苦しみ――。
(こ、れが……人狼、病……)
絶望的状況下に於いてさえ沈着冷静で、数え切れぬ死線を潜り抜けてきた白狼。
戦場の英雄たる資格を持つサーシャをして、いっそすべてを投げだしすべてを終わらせてしまいたくなる程の痛苦が、その心身をむしばみ追い詰めていく。
其れが、猟兵であっても長くは留まれぬ戦場の理由。
気が狂い、ともすれば甘き死を希いそうになる痛みと苦しみの中、白狼の獣人はそれでも前に進む。
抗い難き絶望の淵へと流されていくこころ。その脳裏に走馬灯の如く去来するのは、戦友たちとの――過去の記憶。
鋼鉄の雨が降り注ぐ戦場を、サーシャは駆けた。
血と泥濘の海で。傷を負った獣人たちが藻掻き、苦しみぬいた果てにやがて力尽き沈んでいく、地獄。
振り返ることはおろか、立ち止まる余裕すら与えられなかった。
戦禍に適応し、故に『ヒト』に近づいた姿で、階梯5の獣人は物心ついた時にはすでに少女兵として戦場にいて。
今は異界の猟兵が訪れ、戦況は大きく変わったけれど……死は、かつてはありふれた隣人だった。
無尽蔵ともいえる超大国のオブリビオンに圧倒され、如何に善戦しようとも生者ばかりが磨り減っていく。
オブリビオンの殺戮は虐殺された生者をオブリビオンに変え、世界を埋め尽くしていく。
いつか、そう遠くない日に破綻するだろう未来が見えていた。
「……あなたもまた正義のために、多くの人を喪ったのでしょう」
日毎に欠けていく戦友、仲間たちの面影が浮かぶ。
感情は声となってどうしようもなく迸る。
「でも……でも……ッ!」
それはかつて未だ未熟だったころのサーシャの、ただひとりの少女兵の、悲鳴のようであった。
戦場で培われた絆はときに血よりも濃い。
そうでなければ、団結なくしては超大国に対して抵抗すら叶わなかったろう。
共に立ち、背を預け命を預け、命を預かる。同じ群れ、頼り頼られ、信じられる|仲間《家族》たちがそこにいて。
これまで幾度となく戦火に見舞われ、仲間たちはその戦の中で死んでいった。
目の前で、離れた場所で。
(失う度に……私は)
まるで、自分がそこで死んだような気分になって。
其れが永遠に失われたのだということを、簡単に飲み込むことなど出来はしなかった。
それでも戦争は、大国の支配者たちは獣人たちが感傷に浸る時間など与えてくれない。
彼らにとって獣人はただ蹂躙し、踏み潰すべき、無価値で不快な|害虫《ムシケラ》に過ぎないのだから。
(でも死にたくなかった。死なせたく、なかった……)
だからサーシャは必死で剣を振るい、銃を撃って。
戦って、戦って、戦い続けて。
――それでも、結局、彼らは死んでしまった。
どうしようもなく零れ落ちていくモノがある。
けれど、
「……彼らは最後まで絶望はしなかった。生きるために戦ったのよ」
最後まで。
自らの死を悟り、恐怖し、血を失い冷たくなっていく体で。
混濁する意識でそれでも耳をそばだて、最後にニヤリと笑い手榴弾のピンを抜く者たちが居た。
「あなたは、知らないでしょう。知らない。彼らが如何に戦い……私は、識ってる。憶えている」
突破され蹂躙された戦線。
もはや助かる見込みが無く、塹壕に置き去りにされた仲間たちが居た。
しかし、壊れた躰を横たえ友を見送る彼らの瞳には、その最後の瞬間でさえ微かな光が映っていた。
サーシャはそんな彼ら彼女らが遺していった武具を拾い上げ、大事に抱えて、また進み続けたのだ。
『喪失も、敗北も。汝らが弱かったからだ』
「それでも! 彼らは戦った! 勇敢に!」
死地へと向かう兵士たち。
恐怖し、混乱し、泣き言をいう者でさえも、最後には踏み止まり……その運命に抗った。
死が、破滅の戦場が。
大きな口を開けて彼らを貪り喰らう。
それでも、命を賭すだけの価値があった。
その死によって稼がれた一分一秒が、守るべきどこかのだれかの命をつなぐこと。
たったひとつの未来へと繋がっていること。
それを、仲間たちは一人残らず知っていた。
「だから、私はこの“力”を憎まない。彼らの生きた証を否定することになるから!」
『……証など』
|祈り《m'aider》に応えし、刃。
縋ったのだ、ソレに。
彼らはソレを『罪深き刃』と呼ぶが……たとえそれが真実だったとしても。
サーシャは後悔しないだろう。
そうでなければ……『彼ら』の犠牲は、献身は、託された願いは……どうなるというのか?
『だが……それは、重荷だ』
『いずれ汝らをも押し潰す』
『希望と云う、最悪の|幻想《病》だ……』
「それでも、私は……ッ!」
置き去りにされた過去への慟哭。
これだけは、これだけはどんなことがあっても――と。
あるいはこれがオオカミの執着心なのか、決して手放すことなどできないモノがあった。
響いた悲痛な叫びと共に、サーシャの“真の姿”たる『冰の女王』が顕現する。
しかし冷徹な女王はいまや醜き狼頭に塗れ、意思なき獣の狂気が、獣性が正常な思考を侵していく。
――人狼病。
絶望へと誘う、死に至る病。
その根源たる旧き騎士はおそらくサーシャを遥かに超える技量を持っているだろう。
その巨剣も、爪牙も、容易く彼女の血肉を切り裂き、生命を打ち砕く威力を秘めているのだろう。
それでも……この一撃だけは、と。
「私たちは……ッ!!」
――剣を抜き、
白狼の意思に応え、降り注ぐ月の魔力は《|月よ、月よ!《シルバー・ムーン》》の発露であった。
サーシャの動体視力と反射神経が超強化されてゆく。
オオカミとしての本能が極限にまで活性化し、時間の流れが緩やかになったような錯覚を覚える。
覚醒してゆく獣の本能。
誇り高きオオカミの衝動。
――誰がこれを走狗として飼いならせようか?
「……征く!」
かくして、オオカミの娘は|白き刃《ヴァイス・シュヴェルト》を、標たるサーベルを掲げ疾走を開始する。
立ち止まることはできない。
引き返すことなど、できようもない。
たとえ溢れた死が世界のすべてを飲み込もうとも……止まることなど、できるはずもないのだ。
§
――かつて、願われた|願い《祈り》があった。
わたしたちは祈り……そして祈りに応え、手に手に武器をとった。
はじまりは粗末な武器だ。
自らの、そして戦友の血で汚れたぼろぼろの戦装束を纏い、その武装はてんでばらばら。
お手製のクロスボウ、赤い涙に濡れた鎖、呪われた黒い剣――マスケットよりも貧弱な武器さえ多い。
そして、彼らは流星のようだった。
闇夜を切り裂くように流れては、眩く散って消えてしまう。
一瞬の輝きを残しては消えて、消えて、消えて、消えていく――。
それでも尚、残された者は遺されたその剣を、意志を拾って、受け継がれた刃を携えて……。
(――私の全て……獣人の想い全てを込めて、)
低く、しなやかな疾走、音を置き去りにして。
|六番目《最先端》の猟兵は、呪いの呪いたるを振り切り、振り返らずに駆け抜けていく。
「……私たちは、」
始祖の遺された片眼は、見ただろうか。
「|現在《いま》も、|一緒《とも》に……!」
それは闇を祓い、夜を切り裂く一筋の光。
彼らは今も“此処”に在るのだと、たしかに在ったのだと証明するかのように。
自らの存在をかけて進む。
振り返ることはしない。
呪いは、いつかこの背に追いつくだろうか……否、きっと今にもこの身を餮まんとしているのだろう。
けれど、わかる。
それが私を飲み込むことは決してない。
何故なら、サーシャは識っているのだ。
この大地に流された血潮。
戦場で消費された生と死。
そこに宿る戦友たちの願いが――いまも私の背中を強く押しているのが、わかる。
白きオオカミが駆けていく。
深い傷を負い、かつて喪失に打ちひしがれた獣。
けれど、彼女は蘇ったのだ。
ああ……ならば、誰がそれを飼いならせようか。
(……私たちの牙は、爪は)
かつて願われた|願い《祈り》があった。
忘れることなど、できようもない。
この手が剣をとり銃を握ったのは。
どうか、お願い。
お願い、死なないで。
どうか、どうか……、
――……どうか、あなたは、
差し迫った生命の危機。
滅びに瀕した者たちが謳う、死にゆくいのちから発せられた|最後のこえ《救難信号》――切なる祈りは。
――生きて。
サーシャ・エーレンベルクは識っている。
彼らの、彼女らの祈りは決して無駄ではなかった。
だって……私がいる。
私は生きて、まだここにいる。
彼らの落とした影、遺した意思はいまも此処にある。
そして、私という存在がいつか消え失せたとしても……。
(……私は、生きて……生きて、生きて、生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて、生きぬいて――)
「――征くの……ッ!!」
かくして白狼は一筋の流星となって。
いつしか噎せ返るような血の匂いに埋もれて。
――標であり導きたる白い刃は、始祖人狼の正中線、胸元、砕けた鎧の間隙を正確に貫いていた。
『――……ゥグ、フ……ッ』
骨を穿ち、肉を刻み。
臓腑をズタズタに引き裂く。
刃を染めて、鮮血が溢れた。
白き狼を、赤へと染める……いのちの彩り。
たとえ頭がいくつあろうとも心臓は一つ。
破壊された循環に、鮮やかな赤が口腔から滴る。
血反吐を吐き、人狼が苦し気にせき込む。
……邪悪なる|始祖《はじまり》の、その命の崩れ去っていくおとが響く。
『……そう、か……』
触れ合うほど近くで、囁く声は掠れ……そして意外なほど穏やかだった。
6つもの目があろうと、ぽっかりと空いた虚ろなる眼窩はいずれも光を見ることは叶わない。
ただ、唯一残された左眼に灯る妖しき光が、チカチカと明滅する。
ほんの微かな、光を。
遠く、遠く――遥か夜空の向こう側にある星の瞬きを映すような、穢れた光と影。
「………」
サーシャにはそれが何を意味するのか分からなかった。
ただ、死の感触が。
――命を奪う刃のその感触だけが、血に濡れた掌へと伝う。
大成功
🔵🔵🔵
シン・コーエン
真の姿【尊敬に値する強敵との戦いに歓喜する修羅】となりて狼頭を生やす。
一介の修羅であり戦人の俺に相応しい。
今は狂おうとも、貴公が誇り高く尊敬に値する戦士である事は判る。
そして本当に斬りたいのは自分自身であろうという事も。
俺にも妻や家族や友がいて、故郷があるからな。失えばそうなるか。
俺達は剣で語る事でしか前に進めない者。
さあ、戦ろう。
足の裏から衝撃波を出しつつのダッシュで一気に最高速。
足さばきで多数の残像を生み出して幻惑。
念動力・空中戦で直前の体勢からは有り得ない動きで回り込み、灼星剣に陽光の魔法を纏い、UC:万物両断にて最大最強の一撃(袈裟懸け両断)!
貴公を心に刻み、俺は前に進む。
さらば。
●SAVIOR IN THE DARK
いっそ救いようのない下種で、どうしようもないほどの屑だったのであれば。
流れる血と権力の行使――知性なき暴力とその全能感に酔いしれる、自己を肥大化させることに余念のないただの愚物であったのなら……その方がまだ、救いがあったろうか。
「随分とまぁ彼方此方から憎まれて……貴公は、もはやそんなモノ意にも介していないのだろうが」
丁度一年程前だったろうか。
光齎す者の帰還と、ワルシャワ条約機構への派遣――その事象が【|Q《言葉》】一つで容易く行われたのは。
あれから一年経ったのだ。獣人たちの世界へ齎された惨禍に責がないとは言えまいが、些か気の毒な感もあった。
「生贄の狼と……山羊、か……皮肉だな。やはり、煮ても焼いても食えぬ御仁のようだ」
浮かぶのは捩じれた角を戴き、キメラの如き3種の翼を負う|五卿六眼《ごきょうろくがん》が盟主の姿。
いつか再び刃を交えることになるだろう、ヴァンパイアの始祖。
あの昏き常闇の世界で、嘗て在りし光を奪いし者。
そして――、
「今は狂おうとも」
光無き眼窩で、いま訪れた6番目の猟兵を睨みつける過去の残骸があった。
昏い怒りに身を焦がす|狂戦士《ベルセルク》。
戦火に身を焼かれながらも見出した、ほんのささやかな『ひと掬いの幸福』すら踏み躙られ、惨殺された獣人たちの怒りと嘆き。その無尽蔵の怨念が宿る鮮血を注がれし、悍ましき|闇の支配者《走狗の王》。
「貴公が誇り高く尊敬に値する戦士である事は……在っただろう事は、判る」
武人は武人を知るという。
温き血潮流れる管で編まれた緋色の外套を纏う、人狼騎士たちの祖にして王たる存在。
かの『女王騎士』の業を受け継ぐ天誓騎士たるシン・コーエン(灼閃・f13886)であれば、その極致ともいえる武の極みが如何にして磨かれ積み上げられたのか……察せぬ道理はない。
犠牲と献身は容易く踏み躙られるものだ。
父母より伝えられた在りし日の物語では、かつての勇者たちはこれから起こるすべてを覚悟したうえで、自らのすべてを捧げる『生贄』となった。それが彼ら彼女らの願った|願い《祈り》の代償だった。
遠き日に彼ら彼女らの犠牲によって生かされた祖先。眩く輝いていた高潔な光でさえ悪意に呑まれ走狗となって……自らがいま存在出来た理由――その恩人とさえ干戈を交えなければならぬ時があったことを、シンは識っている。
過去を振り返らずとも、目に映る風景が物語るモノがある。
はじまりの“猟兵”でさえ、過去に呑まれオブリビオンと成り果てるのだ。
骸の海とは必ずしも邪悪な者らにのみ用意された罰などではない。そこに浮かぶ世界のあらゆるものがいずれ流れ着く果てなのだろう。
だが、すでに骸の海の一部となりながら、骸の海を名乗る者の支配に抗い、永い夜を待ち続けた者が居る。
シンが彼ら彼女らに抱くのは尊敬の念だ。
敵か味方かなど些事でしかない。
敬意を払うに値する生きざまが、そこに在る。
己は彼ら彼女らのように生き、死ねるだろうか。
少なくとも、未だ欠けることなき心身を持ちながらも無明の暗闇で刃を振り回し続けるが如き獣となるなら、いっそはじめから歪む価値すらない、下等な怪物と成り果てるだろう。
はじまりの猟兵。
骸の海の支配に抵抗するモノたち。
世界を隔て、手を組み、相争うモノたち。
オブリビオンにしてもいまだに分らぬことの方が多いのだ。
猟兵はまだ、あまりに敵を知らない。
だが、いまこの場に立つ6番目の猟兵――シン・コーエンには分かる……理解ってしまうのだ。
「貴公が、本当に斬りたいのは……」
敵も味方も、もはや何もかもを呪わずにはいられない怒りのその源泉は。
「自分自身であろうという事も」
衝動がある。
否、もはやそれしか残っていないのだ。
粉砕し、破砕し、引き裂き、引き千切り、
死すら生ぬるい苦痛の中で、食い殺して。
心を尽くし、たましいを尽くし、思いを尽くして。
呪い、殺し、殺して殺して殺しつくさねばならない。
全てをかけて、そうしなければならない。
(あるいは、俺も……失えばそうなるか)
連理之枝たる、最愛を捧げて止まない妻がいる。
心を寄せられる家族や友がいて、シンを育んだ故郷がある。
一人では生きられぬいのちが求め、見出し、身を寄せたよすが。
もしも失ったならば……
連理木の欠落は致命となるのだろうか。
愛情の深さ、結びつきの強固さゆえに。
いのちそのものが削られ刻まれ引き裂かれるような痛みに、獣は永劫苦しみ続けるのだろうか。
いのりだったものは、呪いと化してしまうのだろうか。
世界を滅ぼすにも値する、|喪失《かなしみ》。
それほどの喪失を刻まれ、絶望の海に餐まれたのなら。
尽きる。
いのちはいつか終わる。
|無《ゼロ》へと還る旅路の途中で、その傍らに寄り添うことを選び、選んでくれたいのちがある。
少し恥ずかしそうに微笑む、雪のような真白の――。
「………ぉ、」
記憶が、蘇る。
いまは血だら真っ赤に染まったその躰を。
群がる狼たちが、引きずり倒す。
――終わり、を……私を……。
「――ォォォォオオオオオ……!!!」
食われていく。食い殺される。
汚れた牙は爪は柔い肉を容易く裂いて。骨が砕け、臓腑が引きずり出される。引き千切られていく。
溢れてやまぬ血潮の海に沈みながら。
――必要な、ときは……どうか……。
彼女は、最後に。
祈りのように、遥か空に手を伸ばす。
狂い果てた心に映す、一枚の影絵――そこに映る姿が誰だったかさえ、もう分からずに。
――見上げた昏い星が、夙に滅びていることさえも、知らずに。
そして、その小さな手が縋れるものは、いまはまだ何処にも無いのだ……。
§
怒りが、無念ばかりが満ちていた。
シンはそれを受け止める。受け入れがたくとも。どれだけ目を背けたくとも。五体が引き裂かれ、正気を失う程の苦しみがそこに伴おうとも。予想は出来たことだと、どこか冷静な部分が獣へと変貌していく己を俯瞰していた。
『――ルゥォォォォォオオオオオォォォォォォオオオオオオオオ……!!!』
獣たちの慟哭が戦場に響き渡る。
強敵を見出し歓喜する真の姿は、しかし病におかされ体中に生えた狼頭に塗れ、思考は狂気へと染め上げられる――が、其れで良い。
その方が、良い。
「俺達は剣で語る事でしか前に進めない者」
牙をむき出し、凄絶な笑みを浮かべる。
己は一介の修羅であり戦人――ならばこの獣の如き闘争こそが、シン・コーエンの本分なのだから。
「さあ、戦ろう」
地を蹴り、駆ける。
粘つくような空気を押しのけ一気に最高速に達した躰は衝撃波さえ伴い始祖人狼を目指す。
呪いは近づけば近づくほどに強くなる。
全てを、光さえ吞み込むブラックホールの重力のように。
撒き散らされた呪いは再び呪いの下に還ろうとしている。
シンはその抗いがたい衝動、直線的な流れに意思と技術を以て変化を与える。足さばき、歩法を駆使して緩急の揺らぎを生み出し、始祖の目を幻惑せんとして……同時に、舌を巻く。
(ついてくる……確実に反応している。やはり、速き敵であれば戦い慣れている――ならばッ!!)
|崩壊した星の残骸《ブラックホール》へ飲み込まれていく光のように弧を描き、両者が激突するその直前。
騎士は空を目指して跳躍した。
引き延ばされた時間間隔、須臾の間に巨大な刃が目前まで迫る。
天蓋鮮血斬――身体能力に優れた種族と、宙を舞う種族と、霧と変じる種族と戦う為に編み出された剣技が。
鎖された天蓋を砕いて鮮血を降らし、以て不死の神をも屠らんとする大剣の一撃が、シンを両断せんとしていた。
「……ォォォオオ!!」
遠吠えのような声が、その喉から漏れる。
あり得ぬ機動、念動の力でその身を躱そうとも、刃はそれ以上に速く6番目の猟兵を打ち砕かんと振るわれ。
いくつもの|いのち《無念》が砕けては、いくつもの|狼頭《いかり》が千切れ、すり潰されていく。
(だが……)
超える。超えなければならない。
嘗て絶望の海に餐まれ、欠け、穢れ、歪み果てた影。
その生命を削りながら死と破滅が待ち受ける戦場へと赴いた――罪深き刃を手にとった、騎士の王。
かつて呪われた――祈りの具現。
その末路がこれほど惨めだというならば、それでもいい。
同胞とさえ喰らい合う、血に飢えた獣。
狼頭にまみれたその醜い醜い姿は、俺たちには……きっと修羅には相応しい末路なのだろうから。
「だが……ッ!!!」
――……どうか……。
祈りは、
祈りはまだ尽きてはいない。
――天に誓いし騎士は、未だ騎士の務めを果たし終えてはいない。
ゆえに、未だ砕けぬ刃――自らの分身たる『灼星剣』は人狼の呪いをも呑み込み、深紅の光を放つ。
望まれた|陽光《祈り》の煌めきが、刀身を眩く輝かせて。
「灼光の刃よ」
誘われ、仕留め損なった騎士は今一瞬の隙を晒すこととなった。
ゆえに、手負いの獣は死力を尽くして牙を剥く。
血の泥濘でいまも藻掻く人狼に。
強く、もっと強く、凄まじい重力を以て呼び続けている|呪い《祈り》の根源へと――、
「全てを両断せよ!」
その力を、還すのだ。
呪いはシンのユーベルコードたる《万物両断》に途方もなく莫大な力を注ぎこむ。
そしてその力の源泉を理解するシンもまた、迷うことも迷わせることもなくただ一閃へと導いて。
――必要な終わりを必要なところへと、届ける。
「貴公を心に刻み、俺は」
始祖人狼の肩口から袈裟に入った刃は分厚い鎧をも溶かしながら易々と切り裂いて。
その内部の肉を裂き骨を断ち切り、臓腑をずたずたに引き裂きながら反対側の脇腹へと抜けていった。
「……俺たちは、前に進む」
悲しき人狼病。
その悲劇の“はじまり”を終わらせて。
修羅は、修羅をその永劫の頸木から解き放ったのだ。
『……グ、ゥ……』
崩れ落ち、仰向けに地に横たわる巨体。
血脈樹より注がれる鮮血も、もはや壊れ果てた器を満たすことはなく、ただしずかに零れ落ちていく。
制御の核を失った呪いが血の海に沈みゆくその骸へと牙を剥き、跡形も残さずに喰らい尽くしていく。
『……見事、だ』
それが、シン・コーエンが認めた尊敬に値する武人の最期で。
「……“祈り”は光を見て、そして……先に往ったよ」
だからせめて、と。
自然と口を吐いて出たその言葉を手向けに。
「さらば」
未だ昏い……暗いままの空を仰ぎ。
それでもほんのわずか、微かに揺らいだ気がした始祖の末期の気配に背を向け、シンは戦場を後にしたのだった。
大成功
🔵🔵🔵