グラビア撮影体験の裏ミッション
フラッシュが焚かれる音がスタジオに響く。
白一色のビキニに身を包んだリゼットはその中心で腰に手を当てたポーズを披露していた。
研究者かつ教職ということで日頃はお堅い雰囲気でいることが多いリゼットだが、その本質はノリの良い大人のお姉さんである。
外見とスタイルには自信があり、人目が集まることにも慣れているので普段の職場では絶対に着ることがない水着姿でも堂々としていた。
「どうしてこうなった……どうしてこうなった……」
その一方、スタジオの隣にある控え室では褐色肌の少女———カーバンクルは絶望に満ちた顔で座っていた。体が冷えないように被ったタオル地の上着で隠されているが、その下はリゼットとは違うデザインの水着姿であることが隙間から垣間見えた。
「リゼットさんだけでいいじゃん、なんで私まで駆り出されなきゃいけないの……」
「カメラマンさんに何がぶっ刺さるか分かりませんから。それにウチからもエージェントを何人か派遣しているんですからいい加減腹括ってくださいよー」
「だから、人いるなら私いらねぇだろって話でぇ……」
宥めるように後ろにいたスーツ姿のUDCの男性職員がカーバンクルの硬い肩を揉む。
未だに納得しきれないが、もうすでに着替えてしまっているカーバンクルはせめてもの抵抗と言わんばかりの恨みがましい目でUDC職員を見た。
「あのさ、今回の人って有名アイドルの写真集とか担当したこともあるんだよね? なんでこんなよーわからん相手の仕事なんか請けてくれたの」
「ああ、最近はなんか燃え尽き症候群気味らしくてお仕事をあまり受けてらっしゃらなかったんです」
なんでも数ヶ月前から、普段なら盛り上がってくるタイミングで突然冷や水を頭からぶちまけられたようにスン、と冷めてしまうようになってしまったのだという。
妻の浮気が原因で離婚したり、初めて自分が写真集を手がけたアイドルが芸能界を引退したりなどショッキングな事柄が立て続けに起きたことによる心労に起因した躁鬱状態だと医者から診断されたカメラマンはそれを治すために仕事をセーブしていたそうなのだが、UDCはかなりの額を積むことで何とか首を縦に振らせたらしい。
「……現金というか何というか」
「仕方ありません、それがお仕事ですから。あちらも、こちらも、ね」
そんな内緒話が壁を挟んだ隣でされていることに気づいてもいないカメラマンは仏頂面でシャッターを切る。その様は生活のためと割り切り、まるで機械的に事を進めているかのようだった。
カメラマンのエンジンがなかなかかかってこないことに焦れたリゼットは自ら進んで、ピンのように左右一直線に180度開脚した座りポーズを披露する。
「こういうのはどう?」
白い布に覆われた尻を強調するようにカメラから背を向けて、ビキニパンツのリボンを弄りながら顔だけ振り返って物言いたげな視線を送れば、カメラマンの表情が一瞬和らいだように見えた。
その僅かな揺らぎを見逃さなかったリゼットはダメ押しとばかりに唇へリボンを弄ってない方の人差し指を添え、ウインクをする。
それら一部始終を連写で撮り終えたカメラマンは忘れていた呼吸を取り戻すように息を吐き、ファインダーから一旦目を離した。
「……そのポーズのままこっちを向いてピッタリ前に倒れることなんて出来るか?」
「ええ、もちろん」
リゼットは手を使って旋回すると指示通りにゆっくりと倒れ込む。ただ男性と違ってピッタリと床にくっつくことは出来ず、大きな胸が床と自分の体に挟まれてしまう。
だが胸部にかかる圧迫感や息苦しさと引き換えにリゼットはカメラマンの新たな扉を開いたことを察した。
「……羨ましい」
「カーバンクルさんなんか言いました?」
「いや、何にも?」
足を閉じて起き上がった後もリゼットは上体を反らしたり腕で挟んだりして胸を強調する大胆なポーズを自分から、またはカメラマンからの指示でどんどん取っていく。
それを見せられ続けた影響か、撮影会の見学に来ていたマネージャー役の男性職員のうち何人かがポケットに手を突っ込んで何かを押さえつけるように動かし始めた。
その挙動に気づいたリゼットは思わず笑ってしまう。ただ理由は非常にくだらない物でも、その笑顔は被写体として満点の表情だったようで、カメラマンのシャッターの鳴る頻度が増した。
「ワタシの時にはあんな熱心に撮ってくれなかったのに。ずっと楽しみにしてたのに。つまらなさそうにテキトーに撮って帰って」
空耳では決してない、呪詛じみた声がスタジオに響く。しかし久々の情熱の発露に夢中になっているのか、そもそも聞こえていないのか、カメラマンはカメラから目を離さず撮影を続ける。
「売れる写真であればわたしが何でも満足すると思ってるの? 私はあなたに撮ってもらったのに売れなかった……憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!」
「|釣れた《・・・》」
そんな声が誰かから漏れた瞬間、スタジオに水着姿の女性が新たに現れた。
「あの女が嫉ましい。あなたに向けられている熱意を私にも向けて欲しかったのに。あなたの経歴になんでわたしの名前は載ってないの。なんで素人がアタシなんかよりもやる気にさせてるの」
その姿は一歩一歩進むたびに黒髪金髪短髪長髪小柄長身貧乳巨乳と一定せずころころ変わっていく。
|これ《・・》こそカメラマンの盛り上がってきたテンションを失わせていた原因。
それはかつて売れることなく表舞台から去った者の後悔や未練から発生し、不平不満を食らって成長したUDC。
姿が固定されていないのは憑いてから見聞きしてきた、カメラマンと仕事をした全ての被写体達の姿を無作為に映し出しているからだろう。
これまでこの乱入者の存在が気づかれていなかったのはその姿を実体する設備が整っていなかったため。しかし実体化していなくても憑かれ続けていることに変わりはなく、偶然出先でカメラマンとすれ違ったエージェントからの通報によって発覚したのだ。
ただ|それ《・・》が現れることは織り込み済みであったが、カメラマンに不審に思われないように武器を全く持ち込んでいなかったエージェント達はUDCの突破を易々と許してしまう。
「カーバンクルさん、なんで武器持ってきてないんですか!?」
「こんな格好で隠し持てるわけないでしょう!?」
通信機越しにその事態を伝えられ、カーバンクルは部屋の入り口近くに立てかけられていたパイプ椅子をプロレスラーよろしく殴打する気満々で咄嗟に掴みながら部屋を飛び出した。
しかしその時にはもうすでにUDCはカメラマンの間近に迫り、覆い被さろうとしていた。
「あなたは、私と同じように適当に撮ればいいの。みんな一緒。差別をつけないで」
突破を許してしまったことに焦りはしても騒ぎはしないエージェント達の様子を見て、リゼットは「カメラマンに気づかれないようにあれを排除したい」という意向を察する。
そしてそれに沿えるように、リゼットはポーズを取っているように体を前に曲げながら投げキッスをした。
するとフワフワと漂ったハートはカメラマンとUDCの間に割り込むと無音で爆散し、UDCだけを消し飛ばした。
悲鳴じみた断末魔がスタジオ中に響き渡った瞬間、カーバンクルがスタジオに押し入ってくる。その過程で生じた扉の開閉音にカメラマンは驚いたように振り返った。
「あ、えーっと、ごめんなさいちょっと力入れ過ぎたみたいで……」
UDCがすでに倒され、むしろ自分が騒動の中心になってしまったことを察したカーバンクルは小さくなって謝り倒すと、エージェント達も空気を読んで笑い声がチラホラと起こる。
せっかく興が乗ってきたのに、と眉間に皺を寄せるカメラマンへリゼットはあの投げキッスで怨霊を1体消し飛んだとは匂わせもせずに朗らかに笑いながら語りかけた。
「さて……撮影、続ける?」
取り憑いていたUDCはあの爆発で完全に祓われたようで、リゼットの撮影が終わりカーバンクルやエージェント達に被写対象が代わっても、どれだけカメラマンのテンションが上がっても再び顕現することはなかった。
あのUDCがどこで発生し、なぜカメラマンに取り憑いたのかは分からない。
別のスタジオで漂っていた残滓が何かの弾みで具現化して偶然近くにいたカメラマンに取り憑いてしまったのかもしれないし、カメラマンに恨み辛みを抱いていた者の生霊が変質したのかもしれない。
ただ現時点でカメラマンのやる気が奪われていただけで一緒に仕事をした者———例えば撮られたグラビアアイドルが失踪するなどの実害が出ておらず、復活するか否かも分からない状況では、UDCとして行えるのはここまでである。
「気づかれないよう経過観察を行い、3ヶ月以内にUDCの復活が確認された際は皆さんを再収集いたします。また、復活しなかった場合でもその旨は連絡いたしますので確認のほどよろしくお願いします」
全ての工程を終えたカメラマンが帰った後、今後の対応を軽く打ち合わせたエージェント達も続々と解散していく。
はたして真っ黒に落ち窪んでいた眼窩が最初に睨みつけ、歯が無いのに明瞭に口から発せられていた言葉が向かっていた矛先はカメラマン本人か、芸能界の不条理か、はたまた別の何かか。
リゼットは自分の艶姿を撮ったデータが保存されたUSBメモリを掌の上で遊ばせながら、スタジオを後にするのであった。
成功
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