月の標は影ならず
●縁があるのなら
きっとそういう星のめぐりというものなのだろう。
少なくとも神城・瞬(清光の月・f06558)は、そう思った。
隣歩くのは、年若い少年と言ってよい源・朔兎(既望の彩光・f43270)だった。
幻朧桜の花弁が舞い散るサクラミラージュ世界を共に歩いている。
彼と瞬にはいくつかの共通点がある。
左右異なる瞳の色。
赤と金。
右目、左目と反転した色であるが、同じ色だ。
加えて、纏う月の魔力。
自分を保護し、育ててくれた義理の両親。
彼らが連れてきた小さな星――義理の妹であり、自分と同じく家族に庇われて生き延びた幼い陰陽師。
名字が彼女と同じということで保護者兼師匠として面倒を見ている。
そこにさらに朔兎が転がり込んできたのだ。
「数奇、と言えばそうなのかもしれませんね」
「ん? 何がです?」
朔兎が瞬の言葉に首を傾げる。
敬語は別によい、と言っているのに彼は自分に敬語を使っている。
なんとも居心地が悪い。
確かに彼に可能性は感じている。けれど、別に師匠面したいわけではないのだ。
そもそも彼は武術に秀でている。
体躯からして今は成長している中途半端な状態である。ここからどのように成長するかは彼が如何なる人物に師事するかに掛かっているだろう。
とは言え、義理の妹同様にあれこれ世話を焼くことには変わりない。
「いえ、このサクラミラージュが、ですよ。もう桜の季節ではないというのに桜が咲いているでしょう。あれは幻朧桜というのですよ」
「へえ! あ、そうなんですね!」
朔兎は素直に関心している。
世界について多くを知らないから、と彼を連れ出してこうやって世界のことを教えているのだ。
猟兵として戦う以上、多くの世界を知るだろう。
自分だって全ての世界を知っているわけではない。けれど、知っている世界、猟兵が転移することのできる世界を教える事はできる。
そのために今日はこうしてサクラミラージュへとやってきているのだ。
多くの世界は戦乱や危険に満ちている。
そういう意味ではサクラミラージュは比較的安全、平和と言える世界であった。
「あれは!? なんか、すごい良い匂いが……!」
「揚げ物ですね。メンチカツ、ですか。肉は……」
「いけます!」
食い気味に朔兎が頷く。
腹が減っているのだろう。なら、と少し早いがご馳走しよう。
精肉店の一つに瞬は向かい、揚げたてのメンチカツを朔兎へと手渡す。
湯気立つ衣。
そこにソースが滴るようにして掛けられている。
黄金の衣に朔兎は目を輝かせる。
「熱いから気をつけてくださいね。やけどしてはいけませんから」
「この匂いもかぐわしいですね! この表面のものは一体……」
「衣はパン粉を揚げたもの。掛かっているのはソースですね。あまりあなたには馴染がないでしょうが。けれど、これも経験ですよ」
「食事の時間ではないのに、いいのでしょうか……」
ふ、と瞬は笑う。
そういうところは気にするのか、と。
いや、違うな、とも思う。己の眼の前だから。
朔兎は瞬の前だから、己を手本にして振る舞っているのだ。間食、それも人の往来がある外で、ということに及び腰のようだ。
「ガブっといきましょう。それにこれは息抜きにいいんですよ。終始、肩に力が入っていては肝心な時に力を出せません。大事なのは」
「緩急! ですよね!」
「ええ、それを食べ終わったら、僕なりの息抜きというものを教えてあげます。うん……君の衣服を見繕いましょう」
「わかりました!」
がぶっと朔兎はメンチカツを頬張る。
衝撃的であった。濃厚な味わい。舌を踊るのは肉の脂以上のコク。
サクサクした食感にザクザクとしたキャベツの歯ごたえ。加えてソースの濃厚さ。酸味と甘みが渾然一体となった味わいに朔兎は目を白黒させてしまう。
「ふふ、口元が油まみれですね。さあ、スーツを仕立てにいきましょう」
「スーツ?」
「その姿ばかり、というのは暮らしに支障をきたすでしょう。スーツはよいですよ。男性の体を格好良く見せるための工夫に溢れていますから。きっと、あの子も喜びます」
「!!」
その言葉に朔兎は顕著に反応する。
瞬は微笑ましく思ってしまう。
彼に似合うのは何色のスーツだろうか。タイはやはり正装たる装いに合うものがいいだろう。
「是非!」
「帰りは桜餅をお土産買って帰りましょう」
「メンツカツは?」
「それは二人だけの秘密にしましょう。桜餅は……」
「自分たちだけ間食したことへの免罪符?」
「それもありますけれど、持ち帰れば家族が喜びます。そういう単純なことでいいのですよ。これは」
そう、些細なことだけれど。
それもまた幸せの形なのだ。
これが自分が教えることのできる大切なことだ。
大器は未だ完せず。
ならば、いつしか己と隣立つ以上に、あの子に寄り添うだろう。
双月として。
そう、瞬は願いながら朔兎と共に仕立て屋へと兄弟のように歩むのだった――。
成功
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