スペース・ランナウェイ・チョコレイト
――2024年2月14日、バレンタインデー。
各々が親しい者や愛しい者に特別な菓子を振る舞う一大イベント。
それが猟兵レベルともなればとにかく規模がでかい。とにかくでかいのだ。
今回はそのイベントの一環であるとある壮大な物語をご覧頂こう……
◆
「………????」
そんな2024年バレンタインデーのアポカリプスヘル。
今年もありがたいことに親しい友人の一人であるバルタン・ノーヴェ(雇われバトルサイボーグメイド・f30809)の呼び出したミニ・バルタンたちにより、バレンタインスポットへと案内された地籠・陵也は何度も目を擦って何度も見ては宇宙ドラゴニアン顔をした。
そう、広がっているのはどう見てもただのロケット射場であり、そこに佇んでいるのはどう見てもチョコレートで作られたような茶色いスペースシャトルであったのだ。
その上今にも発進しそうである。
同じようにぽかんと口を開けていた地籠・凌牙とフィルバー・セラがふとスペースシャトルの窓からバルタンが姿を現したのを見かけるや否や畳み掛けるように声をかけた。
「バルタン!!!!!おいバルタン!!!!お前何やってんの!!?」
「色々とツッコミてえところ満載すぎるんだが何だコレ????」
「ハローハロー、お越し頂きありがとうございマース!ちゃんと詳細はご説明しマスヨー!」
曰く、アポカリプスヘルの大気圏を突破できないかと考えて用意したものとのこと。
超宇宙の恐怖とか宇宙の幼生とか、ポーシュボスとか懸念要素が割と結構あるがそこは気にせず、まずは宇宙を見るというのを目標にしている、らしい。
宇宙にスペースシャトルにチョコレートと子供が目を輝かせそうな単語のオンパレード、案の定エインセル・ティアシュピスは目をきらきらと輝かせた。
「そうだったんだ!うちゅうにいくなんてばるたんすごーい!すごいにゃーん!」
「HAHAHA!エインセル殿に褒めてもらえるのは相変わらず思わずにこにこになりマスネー!」
「いや待て。凄いとは思うがまず大気圏の熱で溶けないか???大丈夫か???」
「ご安心を陵也殿、そこは機密事項レベルの㊙テクニックを駆使して制作して、ちゃんと類似環境でのテストプレイも成功で済んでマスヨー!
なので皆さんが思っている懸念事項は全てクリア済デース!……が、少々問題がありまして」
は、と凌牙が近づく気配を感じ取って振り返る。
この禍々しい気配は間違いなくオブリビオンだ。バルタンの言う問題が何か、問うまでもなく猟兵たちは理解した。
「――なる程?シャトルが発射するまでの間の護衛が必要と」
「ザッツラーイ、フィルバー殿察しが良くて助かりマース!
ワタシはシャトルの操縦に手一杯、かつバルタンズでは対応しきれない数の到来をグリモアが検知しておりマース。お手数ですがご助力頂きたく……!」
「まあ、普通操縦の方しかやってる余裕はないよな……そういうことなら任せてくれ。凌牙、エインセル、行くぞ」
「だいじなロケットをオブリビオンにこわさせちゃめーだもんね!がんばるにゃーん!」
「仲間の一大イベントとありゃ張り切らねえワケにゃいかねえしな。いっちょやるか!」
他にも色々まだまだツッコミ所はありそうなのだが、それを探している暇も必要もないだろう。
スペースシャトルが飛び立つまでの耐久戦がここに幕を開けたのである――!
◆
「ロケットのじゃましちゃめーだよ!にゃんげいざー!」
ロケットじゃなくてスペースシャトルなんだけどまあそれはさて置こう。
開幕の狼煙を上げんばかりの勢いでズゥン!!!と降り立ったのはエインセルと心を通わせた心優しきスーパーロボット、その名も鋼鉄猫帝ニャンゲイザー。
「にゃんげいざー!ぼくたちでロケットとばるたんをまもるよう!」
「了解したッ!このニャンゲイザーを倒さぬ限り、誰一人とて傷つけられると思うなよ!」
刹那、ニャンゲイザーが眩く輝き出した。
自らをとんでもなく光らせることであらゆる敵の視線を自身に向ける【ニャンゲイザー・シャインヴァンガードモード】。
この状態に入ったニャンゲイザーからオブリビオンが目を逸らすことは不可能である!!
「うわ眩しちょ目痛」
「お前が引っかかるんじゃねえよバカタレ」
さり気なく凌牙の不運スイッチが発動した結果飛び火してフィルバーに頭を叩かれてるがまあ大丈夫だろう。
「まあいいやお前そのまま行ってこい!」
「は!?フィルバーおい待て何sああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
しかも非情なことにフィルバーが転移魔弾で凌牙を思い切りオブリビオンの群れに投げ込んだ。
不運補正もここまでくると酷いなんてものではないが、しかしてそれは同時に凌牙最大の武器でもある。
「HAHAHA!凌牙殿は相変わらずデスネー!」
バルタンもそれをよく知っているので、叫び声が聞こえてきてもお待たせいつもの実家のような安心感に包まれたかのような平静さを保っている。
陵也はそんなことになるだろうと思った、と凌牙が放り込まれた方向へ弟をフォローしに駆けていく。
「こんちくしょうてめえ後で覚えてろよ!!後で不運しこたま擦りつけてやっからなァ!?」
青筋を浮かせて叫びながら――も最終的にやらないのが人が良すぎる所以である――、凌牙は自身の特性たる|穢れを食らう黒き竜性《ファウルネシヴォア・ネグロドラゴン》を発動させ、スペースシャトル周辺に漂う穢れ、そしてバルタンやバルタンズにもまとわりついていた穢れをも取り込んでいく。
穢れとは、万物の生命と精神の源たる精気が淀むことで産まれるものであり、これが充満すると不運の元凶になったり呪いになったりするのであるが……これを意図的に一箇所に集中させるとどうなるか。
雷雲が局所的に立ち込める。
突如として風が荒れ狂う――どころか、段々と渦を描き始めた。
ヤバい、と陵也は即座に詠唱を編み上げ地表を凍らせて結界を纏い、オブリビオンの群れの中心にる弟の元へと辿り着く。
「エインセル、結界貼っとけ」
「わかったにゃーん!」
シャトルはこのまま行けば無事発射することは間違いない。
被害が広がらぬようフィルバーはエインセルと協力して中心地の周囲に円筒状の結界を展開し備える。
一方敵陣の只中にいる地籠兄弟はというと、陵也が自身と凌牙を保護するようにユーベルコードを発動。
己が信じる限り、|傷創拒絶の絶対障壁《ハートレス・パリエース》はこれから起こる厄災相手ですらもびくともしない。
そして準備は整い、災いは訪れる。
スペースシャトルには一切影響がないままピンポイントに竜巻と雷がドンガラガッシャンと隔絶された結界の中でこれでもかと発生する。
【|【喰穢】不幸の呼び水《ファウルネシヴォア・ルーフェンドスカージ》】。
穢れを溜め込んだ凌牙自身が文字通り厄災の呼び水となることで局所的に災害を引き起こすユーベルコードはオブリビオンストームすら呼び寄せ、結界内のオブリビオンと共に厄災に呑まれ消えていく。
――そんな感じで招かれた猟兵たちが奮闘し続けて果たしてどれだけ時間が経過しただろうか。
「皆さんありがとうございマース!バルタン・ノーヴェ、いきマース!」
ついに時はきた。
相変わらずの元気なアナウンスと共に、隣でどんがらがっしゃん雷雨が吹き荒れてる影響すら受けることなくスペースシャトルは宇宙にめがけて発進したのである。
「にゃーん、ロケットがとんだー!すごーい!」
「おお飛んだ飛んだ……ホントにチョコなのに熱もびくともしてねえな。どんな技術だ?」
ニャンゲイザーの頭の上に乗ってロケットを見送るエインセル。
フィルバーも熱に一切溶けることなく飛んでいく姿にただただ感嘆の息を漏らす。
「めちゃくちゃ雷の音デカくて何も状況わかんねえんだが!?シャトル飛んだか?!」
「エインセルとフィルバーが結界で保護してくれたし大丈夫だと思うんだが……」
……取り込んだ穢れの量のおかげか、当分雷も竜巻も止まず地籠兄弟がそれを知るのはシャトルが地上に帰ってくる頃だったのは余談である。
◆
「おお……!」
事前のテスト通り、スペースシャトルは大気圏を難なく突破しバルタンは宇宙へとやってきた。
早速彼女の視界に入る漆黒の空間、その中にぽつんと佇む青き星は緑こそほとんど消え失せていたものの、その母なる生命の源たる青は依然として保たれたままだ。
一部何かやったら雲が渦巻いているところがあるが、それは恐らく先程の凌牙のユーベルコードによるものだろう。
「絶景カナ、絶景カナ!これは何とも、素晴らしいの一言以外が出てきマセンネー!」
漆黒と、その中にある僅かな青のコントラストの空間にバルタンは感動と喜びを隠せない。
ある意味でスペースシップワールドやスペースオペラワールドでは味わうことのできない、格別の感動を味わっていた。
チョコ製のスペースシャトルで宇宙に飛ぶとかあの世界の技術でもできるか正直わからんので、本当にここだけのオンリーワンと言っても差し支えはないだろう。きっとね。
これは写真に認めねば、とシャトルの窓からぱしゃりと一枚。
無事に宇宙を堪能したバルタンは満足げな表情でシャトルのハンドルを再び握り、踵を返して大気圏に再突入を試みる。
その時だ。
「――」
ふと"何か”に気づいて、バルタンは振り返る。
けれどそれが何かはわからない。
……いや、"わかってはいけない"のかもしれない。
そう考えた時にはもう既にシャトルは大気圏に突入した。
燃え盛るチョコレート。
どこからどう見てもこれ溶け始めているのでは?というレベルに燃えているが、テストをクリアしているという公言通りパイロットに危険が生じることはない。
バルタンは先ほど気付いた何かについて考えるのもやめ、いつも通りの笑顔でシャトルの操縦を続ける。
念の為火が残っていた場合を懸念して付近にある湖に着水する予定であり、発着場とは別の方向に飛ぶシャトル。
その光景は地上から見守る猟兵たちの目に、一条の流星として夜空に映ることだろう。
この瞬間に立ち会った猟兵たちにとって、忘れられないバレンタインの思い出の一つになるに違いない――
……そして当然ながら、無事戻ってきたバルタンが配ってくれたスペースシャトルの形をしたチョコはめちゃくちゃおいしかった。
結構な数があったので、皆今日の話とこのチョコを肴にして各々ゆったりとした夜を過ごすだろう。
「ねえねえ、ばるたん。こんどはぼくもいっしょにのせてくれにゃい?」
「おいおいエインセル、流石にそれは……」
「Oh、それはそれは。是非とも前向きに検討しマショウ!」
「わーい!じゃあそれまでにぼくうちゅうのこといっぱいおべんきょうして、ばるたんおてつだいするねえ!」
「エインセル殿は真面目でいい子デスネー!楽しみにしてマース!」
「バルタンなら本当にできそうとはいえ……すまないなうちの猫が」
帰り際にそんな話をしたらしいが、実現するかは天のみぞ知る。
成功
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