幾久しく、その翼の嫋やかなるを
山を切り出したような聖堂、古代施設の眠っていた洞窟は、いまや空洞が多くを占めるようになった。
巨神と呼ばれる太古のキャバリアが眠っていた雪の岩山は、猟兵たちの戦いを経て、そのすべてが回収され、或は破壊された。
ここに残っているのは、今はただの一機のみである。
巨神ダイダラ。
何らかの理由により、この地に複数機を埋葬されていた古代のキャバリアは、猟兵たちが辿り着く前からこの地を防衛するために叩き起こされていた記録があった。
もとより危険を伴う兵器であったであろうそれらは、もともと制御AIを取り外された状態で眠らされていたのだが、この遺跡を最初に見つけた何者かがその力を利用するため、新たに制御AIに足る代替品を作ろうとしたのであった。
破格の武装、中でも反物質砲という絶対的な武器を擁したダイダラの制御と、弾薬を兼ねたのは、量産可能なアンサーヒューマンであったという。
今現在、現存するダイダラを動かしているのは、犠牲となったアンサーヒューマンの少女たち。その魂であるというのだ。
──というのは、あくまでもあらすじのお話であり、この里のこの修道施設を併設された古代遺跡においては、二度とダイダラに搭乗するためのアンサーヒューマンは製造されないことであろう。
不幸な循環と、悲劇的、英雄的犠牲は、猟兵たちの技術提供もあって、ただの少女たちに引き戻す結果となったと言ってもいい。
ここに残る一機を除いては。
朱鷺透・小枝子(|亡国の戦塵《ジカクナキアクリョウ》・f29924)が乗り込んだことで、奇妙な繋がりを育んでしまったダイダラ最後の一体は、かのオブリビオン事件の後、整備のために里の古代施設に逗留していた。
整備機能が充実しているとはいえ、ダイダラは古代兵器には違いなく、また小枝子にとって自分が使うなら色々と手直しが必要と判断したからであった。
『奏者~、音声装置の取り付け完了したよー機械絆との接続も良い感じ~?』
「了解……どうですか? しゃべれますか?」
細々とした整備や補修、改修と並行しつつ、とりあえず小枝子が最初に行ったのは、ダイダラに音声装置を取り付ける事であった。
アンサーヒューマンである小枝子ならばキャバリアの簡単な整備などは可能だが、大幅な改造や、とくに音響回りとなると、デモニック・ララバイのワイズマンユニット『クレイドル・ララバイ』のアドバイスとその指揮下にある『機楽団』による小型ユニットの手が必要だった。
というか、今回は『彼』も合わせた、ダイダラに残っている少女たちとの顔合わせも兼ねるつもりだったのだ。
ユーベルコードによって霊的バイパスを通じれば、そのアクセスも容易であはあるが、より広く交流するためにはやはり物理的な干渉が不可欠であろう。
『あーあー、このユニットを通じて喋ればいいのかな? モーの声、聞こえる?』
『モー、少し声を落として。セルフチェックで拾ったらハウリングする』
『問題ないみたい。先ほど振りね。ダイダラの整備をしていたみたいだけど……本当に、連れ出すつもりなのね……』
音声装置から聞こえてくるのは、小枝子にも聞き覚えのあるものであった。
それとともに伴う、コクピットを包むような甘ったるい腐敗臭の様なものや大勢の白い人影の気配などは、今は感じられない。
ダイダラの機能のほとんどが、現在は非アクティブであるらしい。
「モー殿、スナオ殿、アズ殿、
ダイダラの中で、意識がはっきりとしてあるのは貴殿らだけでしょうか?」
『うん、他のみんなはあんまり会えなくなっちゃったんだ』
『あんなに居たのにって思うかもだけどね。いつどういうタイミングかわからないけど、きっと、こっちで居場所を見つけると、戻って来れなくなるんだよ。機能の一つになる……でも、居なくなったわけじゃない』
『私たちはいわば、窓口の様なものかな。とりわけ、アクの強いのが残ったのかもしれない。スナオはリーダーシップがあるし、一番小さなモーは、みんなが可愛がってた……。私は、年長者だから?』
幾つか言葉を交わして、同じアンサーヒューマンのクローンでありながら、小枝子は彼女たちに個性の違いを見た。
直感的で感覚の鋭いモーと、その名の通り素直で常識的、どこか少年的な印象を受けるスナオ。
そして冷静で少女たちのとりまとめ役を担っているアズ。
それらの在り方は、いっそのことそのために設計されたかのように、或は彼女たちがその役割を決めているかのようにすら思えた。
「……これからどれだけの期間、共に居ることになるかは分かりませんが、改めて自己紹介をしましょう。
自分は朱鷺透小枝子、所属は……元は故国で兵士をしておりましたが、
今現在は傭兵兼猟兵であります。好きなものは甘味、嫌いなものはオブリビオン」
自分自身の自己紹介のなんと簡潔な事か。と、ちょっと照れ臭くも思ってしまうものだが、自分のことは案外知らないものである。
こうして、誰かと交流することで、きっと見つかることもあると思い、だからこそ、彼女たちの事を聞いてみたいと思ったのだ。
そして、と、傍らにある小型ユニットが抱えるエレクトリックバイオリンの形状をした魔楽器、クレイドル・ララバイを指して、
「そしてこちらの楽機に搭載されているのがクレイドル・ララバイ。まぁ、騒がしいAIです」
『紹介が雑い!! ……こほん、やぁやぁ初めまして! 奏者の音楽教師兼デモニック・ララバイの操縦補佐AIのクレイドル・ララバイさ!
AIとしては君達の先輩にあたるのかな? まぁそんな事はどうでもいいさ!
君達は音楽に興味はあるかい!? いやそもそも音楽を知っているかい!!?
この場所的に讃美歌とか、聖譚曲か福音歌あたりは──』
「黙るように。……まぁこの様に音楽が大変好きな、変なAIであります。はい。」
ビーコンをぴこぴこと輝かせながら、流暢にざざーっと音楽に対する情熱を主に語り始めようとするクレイドル・ララバイ氏の話が長大になり始めようとしたところで、小枝子の待ったが入る。
『楽器が喋ったー! モーたちの先輩? あなたも溶けちゃったの?』
『モー、ぼくたちのほうが、きっと特殊だよ。でも、AIってもっとこう、機械みたいじゃないの? ぼくたちが言うのも変な話だけど』
『音楽ね……まあ、それよりも、まずは自己紹介じゃなかった?』
陽気なクレイドル・ララバイの登場は、はからずとも彼女たちの興味を引いたらしい。
その成り立ち、小枝子と共にある経緯などはここで語るべくもないが、彼の在り様もまた、彼女たちと同様に特殊であった。
ある意味で、彼が人よりも人らしく感じるのは、オブリビオン化を経て何かしらの変質があったと見るべきか?
『えーとね。あたしはモー。ここに来たのは9歳のころかな。背が小さくて、あの時は大変だったし、怖かったけど、今はみんなが居るから平気! 好きなものは、みんな。嫌いなのは悪者。おうたも好きだよ』
モーと名乗る少女は、ひたすらに明るく、しかしながら好きなものを告げるときには僅かに戸惑いを見せたところが気になったものの、歌に反応したクレイドル・ララバイが騒ぎだそうとしたので聞きそびれてしまった。
『ぼくはスナオ。14歳から年を取らなくなった。一応これでも、人当たりはよかったんだよ。けっこう物怖じしないのが良いところだっていうから、気が付いたらここのみんなに指示を飛ばす係になってた。火器管制とかも、それなりに様になってたでしょ? でも、ここに来る前は、そんなうまくいかなくって、最後の戦いなんてひどかった……まあ、昔の事か。好きなことは、身体を動かすこと。結構悩むほうだから、優柔不断なのは、自分を見てるみたいであんまり好きじゃない。ガキっぽいでしょ?』
しっかり者の印象を受けるスナオは、念を押すかのように訊いてくるような自己紹介であった。
その言葉の裏には、後悔からくる責任感、不安の裏返しのようにも聞こえる。
『私はアズ。20歳でダイダラに入ったの。この里では、みんなよりも思い出があったのかもしれないけど、結末はだいたい同じ。私にとってはあっけない事だったけど、誰もがみんな同じように、笑顔でダイダラに入ってくる訳ではないもの。私みたいな案内役が、必要な時もあるのよ。生まれのせいなのか、みんなちょっと無鉄砲なんだもの……。好き嫌いは、そんなにないわ。強いて挙げるなら、家族の幸せかな……婚約者がいたこともあったから、そう思うのかしら』
落ち着いた雰囲気のアズは、最後に爆弾を投下するような事を言って小枝子を閉口に追い込むが、それは彼女の話術の一つだったのか。
己の多くを語らず、また容易に踏み込ませないような雰囲気はほかの二人とは違ったものであったが、不思議と拒絶するようなものは感じられなかった。
聞けば答えてくれるのかもしれないが、生々しい話を子供に聞かせたくないという静かな意思が伝わってくるような、そんな気遣いを覚えずにはいられない。
彼女たちは、制御AIとして組み込まれるときに幸福を感じているという話だったが、その経緯は決して笑顔で迎えられるようなものではあるまい。
里の平和を守るために犠牲になるといえば聞こえはいいかもしれないが、その決意は悲壮である。
或は、最初から自爆するような決意で。
或は、恐怖と戦いながらやむに已まれず。
或は、生還を夢見ながら追い詰められた末に。
そこに、彼女たちに救いなどなかったはずだ。いずれもが、反物質砲のエネルギーとしてその身体を捧げ、魂をこの機体に捧げ、戻らぬ人となった。
その孤独、恐怖、決意。言葉にしなかった彼女たちの、その優しさが、かえって小枝子にはわかるようだった。
もっといっぱい。彼女たちの事を聞きたい。そう思う小枝子であったが、そのあたりでダイダラの外から声がかかった。
どうやら昼時らしい。
機体の整備や改修に、思いのほか時間を取られ忘れていたが、この古代遺跡のすぐ隣には、修道施設が備えられており、かつてダイダラのパイロットだったアンサーヒューマンの少女たちは、今は新たな経典という名の矯正プログラムのもとで普通の女の子として、修道女をしているという。
また、ダイダラに組み込まれていた少女たちの魂も、新たにクローニングされた肉体に定着させ、戻ってきた者たちも居るという。
小枝子は交流の時間を一時中断し、休憩を申し出る。ついでに、
「……今更になりますが、彼女達に何か、掛ける言葉はありますか?
他愛のない事でもなんでも、きっと、嬉しいと思われますよ?」
『うーん、モーは……無いかな』
『モーが無いなら、ぼくも。きっと、あの子たちには、あの子たちの生きる道がある。アズ姉は?』
『それを言われたら、言う事なくなっちゃうわ。……そうね。もし、こちらに来るつもりがあるなら、できるだけゆっくり来なさい。とか、そういう感じで』
修道施設の変化も、自身たちの変化も、おそらくは認めるところなのだろう。戦いの道を選んだ少女たちは、小枝子と心通わせたことで、その良し悪しはともかくとして、ダイダラの制御AIに過ぎなかった頃とは、また別の心境を手に入れたのかもしれない。
そこに一抹の寂しさを感じながらも、小枝子はしばしの離席をする。
──実のところ、モー、スナオ、アズの事は、整備に入る前に、神父に話を伺っていて、小枝子はその仔細を知っていた。
アンサーヒューマンを利用し、彼女たちを人らしく育てた神父は、これまでの犠牲となった少女たちの事を、決して忘れまいと記憶し、記録して書き留めてもいた。
若干9歳でダイダラに乗り込んだモーが、その鋭い感覚でキャバリアの来襲を察知し、誰にも知られぬうちに敵を排除した話も記されていた。
14歳のスナオが、おびただしい数の敵を前に、終始気を砕き、里に誰一人踏み入れさせぬためにあらゆる手を尽くし、最後まで生還を諦めなかった話も。
当時20歳を迎えたばかりのアズが初めて恋をして、神父もそれを大いに喜び、送り出そうとしたその日に敵の襲来を察知し、ダイダラに呼ばれ寂しげな笑顔で別れを告げた話も。
その最後は、いずれも恐怖と涙で聞けたものではなかったというが、忘れられもしなかったという。
『ねーねーそこの君達、音楽に興味ないかい? 音楽はいいぞー、楽しいぞー| 私 《機楽団》が楽器をなんでも作ってあげよう! 教えてあげよう!!』
生活環境が変わり、学ぶことも増えたというアンサーヒューマンの少女たちは、どこかぽやんとしている様子であり、なるほど、確かにこの子たちに新たに何かを伝えるのは、彼女たちの歴史を伝えるのは少しばかり憚られる。
知らなくていいとは言わないし、できればいつかは知ってほしい事ではあるけど、その役割は神父と、彼が残した書物やアーカイブに任せることにしよう。
そう、いつか知ってほしい。
誰よりも大きな声で歌い、越冬用の干し芋を食べ過ぎてお腹を壊して怒られた少女が居たことを。
万年雪の地で日焼けするほど外を駆けまわり、時に里の外でビバークし朝帰りをして怒られた少女が居たことを。
初めての恋煩いに戸惑い、指を絡め見つめ合うだけで満ち足りていた少女が居たことを。
ダイダラの少女たちが、どうしてあんなにも柔らかな優しさを持っているのか、少しだけ理解できた気がする。
ただ今は、せっせと音楽の布教に勤しもうというクレイドルの悪乗りを、そろそろ諌めてやらねば。
そうして、ちょっとした騒動を起こしつつも、日が暮れる頃にはダイダラの改修は大まかには終了を迎えていた。
とはいえ行った改修作業は、大きくは機動性を補助するメガスラスターの搭載のみであり、あとは武装のメンテナンスや細々とした調整といったところ。
残すは彼女の利用する様々な補給ポイントでも賄えそうなものであることから、そろそろこの地を去ることを予感する。
「……また今更ですが、モー殿、スナオ殿、アズ殿、本当に故郷に残らずとも……自分に付いてきて良いのですか?
猟兵の皆さま方の尽力により、もうダイダラに、貴殿らの元に新たな姉妹が宿る事はないでしょう。
貴殿らも、望めば肉体をクローニングし、再度姉妹たち、神父殿と共に生きる事もできるでしょう。
これが、今生の別れになるかもしれないのですよ? ……いえまぁ、折を見て来ようとは思いますが……」
さあ里を去ろうという段になって、ダイダラを起動する小枝子は、改めて少女たちに声をかける。
ダイダラの完成には新たな方策が必要だと、それを示したのは、ダイダラの中の彼女達自身が、より多くを見て、知っていく事が、彼女達自身の意志を成長させていく事だとそう吹き込んだのは、他ならぬ朱鷺透小枝子、己自身。それは分かっている。
小枝子の意のままに起動できる時点で、もはや聞く必要もない事ではあるのだが、彼女たちにも心境の変化があるならば、可能な限りその要求をかなえてあげたい。彼女たちの意思を聞きたい。
『たしかに、肉体が無いのはちょっと不便かもしれないけど……そうなると、当初の約束が果たせなくなる』
『そうね。あの子たちの行く末も気になるけど、今は貴女達の事も気がかりだわ』
『約束したもんね。モーたちに、色々、見せてくれるんでしょう? お外のこと!』
出力を上昇させるダイダラの機体が、操縦桿を僅かに震わせる。
新調したシートは、振動を緩和してくれるはずだが、だとしたら小枝子自身が震えているのか。
そうだ。彼女たちに、見せてあげたい世界は、いっぱいある。
今や、モーもスナオも、アズも、傍にいる仲間なのだ。
その責任感だろうか。その気持ちが何なのか、今は定かではないが、いつかは答えが出てくるだろうか。
未知なる気持ちを胸に、小枝子たちを乗せたダイダラは、閉じたクロムキャバリアの空とは別の時空へと旅立っていくのだった。
成功
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