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The Joyful!~Xmas 2023

#アルダワ魔法学園 #ノベル #猟兵達のクリスマス2023

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#猟兵達のクリスマス2023


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夜刀神・鏡介



ロラン・ヒュッテンブレナー



メノン・メルヴォルド



アン・カルド



ルゥ・グレイス



七瀬・一花



スリー・サクセス





 クリスマスの魔導書に記された「クリスマスの魔力」を集める儀式は、ロラン・ヒュッテンブレナー (人狼の電脳魔術士・f04258)主導の元、賑やかに穏やかに、進められていた。
 メイドのマリアは、キッチンと広間を行ったり来たりと、実に忙しそうにしている。
 広間の飾りつけも、ディナーの準備も、今日という特別な夜を格別に彩るものなのだから、彼女の熱量も上がっているらしかった。
 ロランが喜ぶのなら――と彼女は働いている。
 かくいうロランといえば、【聖夜に広がる福音】と題された魔導書を片手に、まずは家具の配置を決めた。
 大きなモミの木だけは移動が大変なので、すでに運び込んである。これを今からデコレーションしてもらうのだ。
「さて、と。もう、やり始めちゃっていいのかね?」
「アンさん」
 ロランが振り返れば、重そうな翼を引きずって、ゆっくりと歩いてくるアン・カルド (銀の魔術師、或いは銀枠の魔術師・f25409)がいた。すでにもっこもこのぬいぐるみを抱えている。
 この薄暗い書庫をもこもこのふわふわで飾り付けるつもりにしているのだ。背の純銀の翼が重く、移動するのは億劫だから――できる限り動かないで手伝えることを、と考えた結果だ。
「はい、お願いするの」
「では遠慮なく、だね」
 物憂げに垂れた銀色の瞳とは裏腹に、しっかりと心は浮かれている。割と好きなのだ。こうしたお祭り騒ぎはどうしたってテンションが上がる。
 羽目を外すまではいかなくとも、アンの魔導書から期待に弾む魔力が溢れてくる――それは次々にもこもこふわふわのぬいぐるみになった。
 もっ、もっ――足音は聞こえないのに、そんな音が聞こえる気がして。まっしろの大きなクマはソファによじ登り、イヌは無邪気に駆け回り、暖炉前でぬいぐるみ同士が団子になって、ネコたちはモミの木に隠れるように幹を駆け上がった。
「わあっ、たくさんなの!」
「もこもこ世界だね、可愛い……」
 我ながら、よき世界――アンがほわりと吐息をすれば、色とりどりのトリたちはモミの木に止まった。
 その中の|一羽《ひとつ》がアンの頭に降り立った。黒い睡蓮と戯れるように頭上で跳ねている。
 それを狙うネコはキジトラ。ぎゅっと沈み込んでぴょーんと飛び上がれば、アンの顔にもふっとぶつかった。
「ふふっ、本当、可愛いの」
 アンとネコの微笑ましい戯れに、ロランは思わず笑みが零れてしまった。
「アンさん、ツリーのデコレーションは頼んだの、たくさん可愛くしてほしいの」
「ああ勿論。僕の可愛いもこもこでいっぱいにしておくよ」
 捕まえたキジトラと頭にいた文鳥を抱えて、肯いたアンは「任せて」と手をひらりと振った。

 ◇

 ヒュッテンブレナー家のメイドたちと同じメイド服に身を包んだ七瀬・一花 (執政官代理・f35875)は、忙しくしていた。
 今日はクリスマス。
 クリスマスディナーの準備は完璧。
 アミューズはクラッカーとホタテのマリネ。
 |前菜《オードブル》にはほうれん草とミニトマトのテリーヌ。
 |魚料理《ポワソン》は鮭のポワレ。
 |肉料理《ヴィアンド》には鴨のコンフィを用意し、彩りも鮮やかにグリルされた根野菜がメインを引き立たせることだろう。
 きちんと計画し、順序だて、的確に手分けをすれば――確かに限られた僅かな時間であってもフルコースを準備することは可能であった。それでも重労働――メイドたちの真剣な手捌きを前に、一花も熱が入った。
 食材の下拵えに関してはいくつも同時進行しなければならないし、焜炉は数が限られているし、オーブンもしかり。調理開始から終了まで、いかに効率的であるかが重要だった。
 しかも作るのはディナーだけではない。クリスマスケーキを焼くのだ。時間はいくらあっても足りない――だが、有限。メイドたちは威信にかけて、一花のディナー作りを全力でサポートすると奮起していて。
(「私も頑張ります!」)
 一花の赤瞳にも力が入る。食べる前に料理に火を入れるだけの状態にしていく。可能な限り出来立ての料理を振舞えるようにしておくのだ。
 厨にいるのは、彼女たちだけではない。スリー・サクセス (猟兵サポート型AIプログラム・f34842)もまたディナーの準備に余念がない。
 ドリンクの準備は、スリー――このときばかりはノーンだ――の担当だ。
 用意しているのは、リンゴ、オレンジ、そして桃の三種類。
 丁寧にリンゴの皮を剥いて、芯を抜いて、ジューサーの中へ氷と一緒にガランコロンと投入して、一気に|撹拌《ミキシング》!
「綺麗な色のままでいてね♪」
 言ってレモンを絞り、蜂蜜も垂らした――ふわりふわりと漂う甘く軽やかな香りに、頬は綻ぶ。
 果肉感の残るジュースをサーバーに移し替えて、それごと氷で冷やしておく。
 サーバーがいっぱいになるまでリンゴジュースを作って、お次は、爽やかな酸味の香りのオレンジだ。
「うわあ、いいにおい!」
「本当、おいしそうな香りね」
 一花も一度深呼吸をして、オレンジの爽やかな幸せを胸いっぱいに吸い込んだ。
 皮を剥けば剥くほど、厨は清々しくも甘やかなオレンジの香りで満たされていく。
 こちらは繊維が残らないように濾しながらサーバーに移した。
 鮮やかなオレンジのジュースが順調に出来上がって、リンゴの隣で冷やされる。
 嫋やかで豊かな甘い香りは、どうしたってノーンの心を躍らせた。リンゴやオレンジも好きだが、最も好きなのが桃なのだ。柔い果実をその手に、楽しみは膨れ上がる。
 桃の実も氷と一緒にジューサーへ。味が変わってしまわない程度にレモンも絞って入れて、一気に香りが舞い上がる。
「ふわああ……ちょっとだけなら、味見しても怒られない気がする!」
 美味しいものを振舞いたいというのは、食事を準備する者にとって当たり前のことだから。ならば、その舌で確かめなければならない!
 ノーンは、出来立てのピーチジュースを一口分、小さなグラスに注いだ。
 甘ったるくも瑞々しい桃が舌を覆って、香りが追いかけてくる。少しだけとろみのあるジュースは冷たくて、想像した以上に美味しく出来ていた。
「おいし♪ 一花も一口どうぞ!」
 差し出されたのは、ジュースが注がれた新しい味見用のグラス。軽く礼を述べて、彼女もそれを嚥下――冷たく甘いジュースに、大きく頷いて、
「とっても美味しいわね」
「やったー!」
 ノーンは手放しで喜んで、みなで飲んでも足りるほどに作り始めた。
「あと、クリスマスケーキの準備もあるの。サクセスさん、手伝ってくれる?」
「もちろんだよ!」
 果実の皮を剥く手は止めないで、ノーンは一花を見上げて、にぱっと笑った。

 ◇

 四|M《メートル》はあろうかと思われるモミの木――その飾り付けを任されているのは、夜刀神・鏡介 (道を探す者・f28122)とルゥ・グレイス (終末図書館所属研究員・f30247)だ。
 すでにあらゆるオーナメントで飾り付けられて、幾分も華やいでいる。それでもまだ足りない。
 ゴールドのモールに反射する光の粒は、否応なしに心を舞い上がらせた。
 バスケットいっぱいに用意されたオーナメントボールを、もくもくとぶら下げているのは鏡介だ。
 サイドテーブルに置かれたのは星型のランプ――パッと点灯、優しく淡いイエローの光に、メノン・メルヴォルド (wander and wander・f12134)は深い鶯色の瞳は細くなる。
 三人が三人ともテキパキと部屋とツリーの飾りつけをこなして。
 いつもの白衣にサンタ帽を被ったルゥのそばには、星を象る小型ドローンがつかず離れず漂っている――こればかりは便利なもので、会場のセッティングに大いに役立っていた。
 生み出された力場に足をかけて、彼の身長では届かない高所の飾りつけに上がっていく。
 |煌然《キラキラ》と光の粒が降り注ぐさまは、実に神秘的だ。
「ルゥ。すまないが、こちらにも足場を貸してもらえるか?」
「はい、構いませんよ」
 バスケットを抱えなおして、鏡介は軽く片手を上げた。|莞爾《にこり》とした返事が返ってきて、ルゥの電脳魔術もイルミネーションの一端を担うようにきらっと輝いた。
 発生した力場に足をかけ、さしもの長身でも届かなかったところへと、手を伸ばす。アンの召喚したぬいぐるみたちの邪魔をしないように、家を象ったウッドオーナメントをぶら下げた。
 高いところの飾りつけは、慎重に。
 落ちて怪我をしてしまっては、せっかくのパーティに水を差してしまうから。
「鏡介さん、右側の、」
「ここか?」
「はい、その隙間を埋めると良いと思います」
「ん……――どうだ?」
「いい感じです」
 こくこく頷いて、ルゥ。それに頷き返して、階段状に次の足場を作り出すドローンの位置を確認した。
「わぁ……きれい……」
 メノンからぽつりと感嘆が零れた。みなが笑顔で準備をしているこの瞬間がどうしたって嬉しくて、自然と頬は綻んでしまう。
「うん、綺麗なの」
 魔導書を抱えたロランは、彼女の囁きを掬い上げる。この尊くも儚い時間は、確かに美しい。
 甘い緑の双眸は、壁につけるモールを持つ手元に落ちて、またすぐ大きなツリーを見上げた。
 白い綿、金銀のモール、色とりどりに煌くボールに、あたたかなウッドオーナメント、華やぐぬいぐるみたちに、イルミネーションケーブルは小さくも跳ねるようにさんざめく。
「どうですか、ロランさん?」
「とても華やかなの、素晴らしいの!」
 クリスマスの魔法を完成させ成功させるための一環だ――床に魔法陣を描きながらも、ロランはみなの笑顔を見ていた。
 上々だ。
 メノンも、ほわほわっとあたたかくなる広間の雰囲気を共有できている今このときに、胸を高鳴らせる。
「――あわわ……手が止まっていたのよ」
 魔導書に従って描かれていく魔法陣も、徐々に高いところの枝も色づいていく。見惚れてしまっていたが、はっと我に返ったメノンも壁に星のガーランドを吊るす手を動かし始めた。このガーランドは美しく光る。ライトアップした広間はきっと美しい夜空になるだろう――そうなることを夢想して。
 天井につけたかったものは、すでに高いところにいる鏡介に頼んでつけてもらった。トップスターの煌きを倍増させることだろう。
「気をつけて下さい」
「ああ、落ちやしないさ」
 ゆっくり、ゆっくりと降りてくる鏡介は、空になったバスケットをルゥのそれと重ねて部屋の隅に置いた。その中に、アンがぬいぐるみを召喚する。
 驚いて彼女を振り返れば、機嫌よさそうに笑っていた。
「ルゥくん、今度はワタシにドローンを貸してほしいの」
「もちろんいいですよ」
「なんだ、まだ高所の分があったのか?」
 キラキラの星のガーランドを持って、メノンはドローンの力場に足をかけた。
「ワタシもちょっと乗ってみたかったのよ」
「落ちないようにな」
「ん、足元は気を付ける、ね」
 なにかを踏んでいる不思議な感覚だけれど、そこに不安感は一切なくて――メノンは腕を伸ばしてガーランドをとりつける。
 落ちないように。
 怪我しないように。
 みんなの笑顔を照らす星を増やしていった。
 一段も二段も高いところから見渡す広間には、これから始まるパーティと魔法の時間への期待感に満ち満ちていた。
「役得だよ、上からの眺めは格別だった」
「それはいいですね……僕もあとで上ってみましょうか」
 壁には不規則に散り光る星のガーランド――天井から降りる光の糸も、いよいよ幻想的に広間をあたためていた。

 ◇

 パーティ会場となる広間のデコレーションが整い始めた頃合いを見計らって、続々とパーティ料理が運び込まれる。
 当初一花は、順番通りに料理を運んでくるとも考えたが、それよりももっと気軽に、気楽に、もういっそのことすべて配膳してしまって、楽しんだ方がいいのでは――料理は冷めやすくなってしまうが、誰もが気兼ねなく料理を楽しむことができるだろうと考え直し、マリアに相談して決めた。
 テーブルの上に所狭しと並べられたのは、一花とメイドたちが丹精込めて作ったディナーだ。
 そして、ノーンの準備したジュースの入ったガラスのドリンクサーバーも運び込まれる。
 濾さずにおいたことで果実感がしっかりとしたリンゴジュース。
 反対にしっかりと繊維や薄皮を取り除いたオレンジジュースは酸味を纏った香りを立てる。
 そして、ノーン一押しのピーチジュースはなによりも甘く芳醇に香った。
 よく冷やされていたのだろう、ドリンクサーバーは薄く汗をかいているのをロランは見た。
「どれもこれもおいしそうなの」
 魚も肉もサラダも。なんと豪華か。晴れやかに笑む一花の様子にメイドたちも嬉しそうにしていた。
「わあっ、すごくたくさん作ったのね、一花ちゃん」
「そうなの、みなさんに手伝ってもらいながら、できましたわ」
 親友に褒めてもらえて嬉しそうに微笑んで――そんな彼女を驚かせるためのクローシュを開けた。
 そこにあるのは、ビターチョコのケーキ。まるで|濃赤の宝石《ガーネット》のように輝くダークチェリーが添えられている。降り積もるコポーの中にもいた。
「これは、メノンさんに」
「わあ……ワタシ専用?」
 小さく頷いた一花の姿にほわりと心が弾んだ。
「嬉しいの、ありがとうなのよ、一花ちゃん……ふふ、可愛い」
 小さくても丁寧に作られているのはよくわかるケーキを眺めて、
「食べるのがもったいないのよ、こんなに綺麗に作れるのはすごいの」
「そんな……メノンさんに喜んでもらえるようにって夢中だったから……」
「とっても美味しそうなのよ、食べるのが楽しみ……だけど、やっぱり少し、もったいない気がするよ」
 さっさと食べてしまうことが。メノンのために作ってくれたものだから――こんなに嬉しいプレゼントをもらえるとは思わなかったから、惜しいと感じてしまったのだ。
「なくなってしまうのが、寂しいというのは、よくわかるよ」
 重たそうな翼は相変わらずだが、旨そうな香りに興味津々にやってきたのは、アンだ。
「おお、これはすごい……早く食べてみたいな」
「アンさんの分のケーキもあるのよ」
「僕の?」
 現れたケーキは、ふわふわのスフレ。パウダーシュガーが薄く色づかせる濃厚チーズケーキに、ひときわ鮮やかな色を添えるのは、ごろっと果肉が残ったベリージャムだ。
「ふわあ……ありがとうだよ」
「どういたしまして。もちろん、サクセスさんにもあるのよ」
 キッチンで一緒に作業していたから知っているだろうが、それが、ノーンのために作られていたとは思わなかったのだろう。
 チェスナッツ色の双眸をまんまるにして、きらきら光るカットケーキを見つめる。真っ白なレアチーズケーキだ。ほのかに立ち上る芳醇で香ばしいブランデーの香りが、ノーンの嗅覚を刺激した。
「少し大人っぽい味にしたの。あとで召しあがって」
「ありがとう! わああ! とっても嬉しい!」
 そう喜びを爆発させたノーンの無邪気な様子に、一花はふふっと微笑んだ。
「おおっ、これはすごく豪勢な」
「たくさん作っていただいて、ありがとうございます」
 レアチーズケーキの真相で機嫌のいいノーンの背後から鏡介とルゥがテーブルを覗き込んだ。
 長身の二人を見上げて、「ええ、たっぷりあるわよ」と、一花。
 ヒュッテンブレナー家のメイドたちの手も借りながら、みなの腹を満たせるように量は用意した。
「本当に、おいしそうな香りなの」
 準備を終えたメイドたちは、ロランへお辞儀を残し、下がっていく。彼にとって、それは日常茶飯事で彼女らを引き留めることはしない。
 準備されたディナーの出来栄えに素直に純然と拍手を送る。素晴らしい夜になるのは、もはや確約されているのだが、それは一層強固なものへとなる。
「せっかくの料理も出そろったし――みんな、そろそろ始めよっか!」


 準備は整った。
 ロランの描いた|魔法陣《ツリー》、今宵あつまったみなの足元で、グリーンをベースに色彩豊かに輝いている。
 煌々と、安らかに。
 みなの期待と喜びを秘めて。
「準備はいい?」
 こくりと頷く面々に、ロランは改めて尋ねる。

「今日はクリスマス――最後に、この魔法を完成させるために、みんなの想いを、魔法陣に教えてほしいの」
 
「とっても楽しいよ! こんなにワクワクするんだね! キラキラしてるし、みんなが楽しそうなのも良いね♪」
 はいはーい!と諸手を上げて興奮冷めやらぬ様子で笑むのはノーンだ。
 キッチンでディナーの準備をしたことも、手伝った飾りつけのオーナメントがとても綺麗に光っていたことも、ぬいぐるみもふかふかで可愛かったことも――こうしたイベントに初めて参加するノーンにとって、ひとつひとつが心を弾ませることだった。
 言葉にすれば、彼の足元で淡く光る魔法陣は、その輝きを増した。
 ひとりひとりが胸中に思い浮かべ始めるクリスマスへの想いに、タイムラグなく反応を始める。
 感謝と和平の祈りをと、そっと目を閉じたのは、メノン。
(「仲良しな友人達と過ごす格別な時間、幸せに――そして願わくば、」)
 この素晴らしき時間の尊さに、頬が綻ぶ。瞼の裏に広がるのは、つい先刻の大切な友人の優しい笑顔と、メノンのために作ってくれたケーキの煌き。
(「この先も共に在れますように……」)
 クリスマスの魔力は微笑んで、メノンの真摯な想いによって力をあたためていき、光は露のように弾け舞い上がる。
(「なかなか、きれいじゃないか」)
 クリスマスの奇跡に目を細め、うっとりと長い銀の睫毛を伏せたのはアン。胸に抱いた大きな羊のぬいぐるみを今一度抱き締める。
 この楽しい時間が続けばいい。
 この楽しい空間に居続けたい。
 この心地よさをいつまでも。
 ぼんやりとした漠然とした願望――それでもその純然たる願望は、とろりとクリスマスを淡く彩づける。
「――今年もここでクリスマスを迎えることができるなんて、こんなに嬉しいことはないわ」
 そっと歓喜を吐露する一花。伏せた赤瞳は、この一年の己が成長を振り返る――あのころより、ずいぶんと力の在り方を学んだ。その実感はある。
 さざめく精霊の声は、聖夜を寿ぐ詩だ。きらびやかでにぎやかしい風は、一花の喜びに呼応する。祝詞は風を喚んで、七人の間を駆け抜けた。
「祝福の風だよ――みんな、メリークリスマス!」
 ふわりと風は上昇する。揺れるスカートの裾をそっと押さえて、柔和に笑んだ。
 その言、その笑みに頷き返して、鏡介。
 ぽわりぽわりと魔力は集まりつつある中、鏡介の足元の緑の|陣《ネオン》とて例外なく燦然と反応していた。
 今年もここにいること――誰を喪うことなく、仲間と一緒に過ごせていること――戦いに身を投じる猟兵だから、一事が万事、それでも無事にこうして聖夜を祝うことができている。
 これを喜ばずにいられはしない。
 ふいに首を擡げる未来への不安だが、このときばかりは大人しくしていろと捩じ伏せる――今はただ、得難い奇跡に感謝するだけでいい。
 舞い踊る光を追いかける指先に、クリスマスは微笑む。弾けた光のシャワーを浴びる。ああ驚いた。瞠目して、それをそっと誤魔化すように笑って、
「今年もいい日になる」
「ええ、そうですね」
 鏡介の呟きに、首肯したルゥ。彼の銀灰の双眸は、鏡介に降ったシャワーの残光を静かに見つめていた。
 みなの想いの美しさを曇らせるかもしれないルゥのクリスマスへの想いはそっと胸の内に仕舞い込む。
 態々言葉にすることもあるまい。
 凄惨なアポカリプスヘルへ思いを馳せる――この手から滑り落ちていった、ささやかなクリスマスの破片は、ルゥの心を簡単に冷やしてしまう。
 明日の飢えを気にしないような、生活のリソースを多く使うことを許されたような、そんなクリスマスは存在しえない――それはどうしたって贅沢で、それをせずとも生きていくことはできる日々の積み重ねの先にある、今日というクリスマスだ。いずれ解消が期待されているとしても、今はたった一度の聖夜ですら、贅沢と切り捨ててしまう――そんな時代は、まだ終わっていない。
 今が過去になるのはいつになるだろう。ささやかな蝋燭の火を家族で囲むだけで終わってしまうクリスマスが。
 それでも救われたあと、誰かの記憶に、僅かにでも残っていますように。
(「そして、僕も。この救われる前の時代の、そう、つまり今日のクリスマスを何年経っても覚えていられますように」)
 儚くて愛おしく、甘やかであたたかなこのひと時を。
 眼前には煌く願いのツリーと、隣にはかけがえのない友がいて、これほどまでに贅沢なクリスマスだから。
 いついつまでも、この記憶をとどめておきたい。
 目に焼き付けるよう、心に刻み付けるように。
 きらきら、きらり。
 クリスマスの魔法陣は歓喜に輝きを強くさせて、薄暗かった広間を眩く照らす。六人分の想いが溜まって、いまにも溢れてしまいそうだ。
「みんなと過ごすクリスマスは四回目なの」
 蝋燭の火が時折揺れて、影を揺らす。
 悠然として、ゆっくりと息を吸って、ロランは言葉を続けた。
「こんなにも長い時間、一緒に居て、遊んで、冒険して、戦って、色んな大変な事もあって、それでも、みんなとまたこの日を過ごせることが、何より嬉しいの」
 駆け巡る日々の思い出はあまりに膨大で――今年もたくさんの刺激に心を揺らした。
 ロランは人狼だ。大切な仲間がここに居て、そんなみなと一緒に生きていけることが、なにより喜びだ。
 だから、一等盛大に、一等大切にこの日を祝いたい。
 ロランの耳はやわく倒れ、|莞爾《にこり》と破顔。

「メリークリスマス!」

 その一言が、トリガーだ。
 描かれただけだった|魔法陣《ツリー》は、ゆっくりとせり上がってくる。
 みなの足元の魔法陣も、クリスマスツリーの枝先となってひとりひとりの体を持ち上げていく――そのときの姿が、ツリーのオーナメントになるのだから、なんとも不思議なものだ。
「さあみんな! 盛大に祝おうね!」
 力は可視化され、奇跡は必然へと昇華する。降り注ぐ光は、雪にも見えて。それに交じるように大小さまざまなプレゼントボックスがひらひらと降り始めた。
「わわっ! すごーい!」
 満面の笑みを浮かべたノーンは、その身をヒト型から、本来の形状へと戻す――と同時に《Copy&Paste》して、|三人《サクセス》は三色のひし形としてツリーにぶら下がって、オーナメントへ。
 いつも揺るがない静かな淡い青、なにものでもない無垢な白、この日ばかりは|聖夜《ネオン》に燥ぐ赤。
 連なる|ひし形《サクセス》は、徐々に起き上がるツリーとともに楽し気に揺れた。
「っ、!」
 彼の変容をぼんやり眺めていたアンには、ツリーがせり上がってくるとわかっていた――なのに、うっかり小さな悲鳴を上げてしまった。
「アン、大丈夫か?」
 まさかそれを聞かれていたとは思いもしなかった。
(「まったく……地獄耳かな」)
 そんな言葉になりかけた声を飲み込んで、「ああ、……うん、少し驚いただけだよ」なんて嘯いてみせた。
 ボールのオーナメントに座ってのんびりとみなの笑う様子を楽しもうと思っていたが、うっかり手を滑らせて、落ちぬよう必死にしがみ付いたところを見られてしまったのだ。
 うっかりを重ねてしまったアンは、たはは……と照れ隠しに笑ってみせて、視線を泳がせれば、銀の眼の端で、ルゥもまたイルミネーションケーブルに慌てたようにぶら下がった。
「ルゥ、落ちるな?」
「そうですね、危なかったけど、大丈夫です」
 気遣う鏡介に、右手を挙げて挨拶。かくいう鏡介は、キャンディケインの端を掴み、柔い枝を蹴って、そのままの勢いで浮き上がった。
「ずいぶん余裕ですね」
「なんだかズルいな」
「…………なんか、すまんな?」
 くつくつと喉の奥で笑って、宙づりの二人も破顔一笑。
 三人で笑み交わせば、鏡介の黒いロングコートの裾が翻る。
 一花の傍で寿ぎ笑む精霊の歌声はそのままに広間を満たしているのだ。
 風に巻かれたところで揺るぎ消えない燈火を見下ろして、現れた枝に腰掛け、ふわり現れたワイングラスが落ちないように掴み、見上げる――赤瞳に映るのは、幸せに頬を綻ばせるメノンだった。
 天使を彷彿とさせるメノンは、一花に気づき、ひらりと手を振った。
 ツリーに飾られた綿雲に座れば、体はすっぽり包まれて、ゆったりとリラックス。
「一花ちゃん、メリークリスマスなのよ」
「ええ、メリークリスマス、メノンさん! ふふ、まだまだ楽しみましょうね」
 かけがえない友と過ごせる幸せの夜は、まだ終わらない。

 薄暗かった広間は燦然と顕現したクリスマスツリーに照らされる。みなの優しくも強い想いが喚んだ冬の魔力は、ツリーを媒体に煌々と解き放たれたのだ。
 あたたかな魔力はあっとういう間に広間に満ちる。降り積もったプレゼントボックスの中にも、それぞれがささやかに欲しいと思っていたモノが詰まっていることだろう。
 なにせ、みなの纏う服ですら、クリスマスカラーに変化し、いつの間にやらお着換えさせられているのだから。
「不思議な力ですね」
「そうなの。みんなが幸せになれる魔法なの!」
 燈火が少なく暗い書庫を、ほわりと明るくしてくれる優しい光となる。
 光の粒は、さながら細雪。暖炉の熱に溶かされることのない雪は、絨毯に降り積もり、その上を歩くたびに金銀に煌く。
 飾り付けられているツリーはいっそう華やかに、壁に光るガーランドは本物の星空のように清冽に、そして聖夜の残滓を降らせる|魔法《ツリー》がいて。彩るオーナメントはネオン絵のような書庫組の笑顔で。成功したクリスマスの魔法はあたたかくて眩い輝きで、広間を満たし照らす。

「じゃあ、みんな、グラスは持ったかな?」
 掲げられた六つのグラスと、それぞれの笑みを確認して、ロランもまた微笑む。

 乾杯!

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2024年03月28日


挿絵イラスト