気が付くと、私は宇宙に居た。私はただ、故郷に帰りたいだけだった。いくつかの地を訪れたが、故郷とはよく似た別の場所だった。ここではないどこかに故郷はあると信じていた。そしてようやく、私は故郷を見つける事が出来た。
帰ろう、私達の故郷へ。
「うむ、緊急連絡だ」
(自称)レイリス・ミィ・リヴァーレ・輝・スカーレット(厨二系姉キャラSTG狂・f03431)がいつもの如くゆったりと椅子に座って手を組んでいる。
「けものマキナの世界にオブリビオンの存在を確認した」
オブリビオン。もはや言うまでもない、猟兵の宿敵だ。
「ケダモノ化、と呼ばれる現象が発生している。埋葬された死者が突然蘇り、周囲の者に見境なく襲い掛かる……所謂ゾンビのような物だ」
けものマキナには様々な種族が存在するが、アンデットの類は居ない。元からそう言うデザインで作られた種族はいるが、死んでから蘇ると言う本当の意味でのアンデットは存在していなかった。
「ケダモノ化した者に噛み付かれたり、引っ掻かれたりすると生きたままケダモノになると言う。正しくゾンビその物のような性質だが……根本的な部分でこれはゾンビなどではない。オブリビオンだ」
コンソールを操作し、その立体映像を見せる。
「……知っている者も居る筈だ。そうでなくても見ればわかるだろう。これはゾンビなんて生易しい物では無いと」
その有機物と無機物が混ざり合い、臓器のような物が露出している異形の生物。
「VOIDだ。かつてアルダワやブルーアルカディアに出現したオブリビオンを蝕むオブリビオン……今回は他のオブリビオンを乗っ取る形ではなく、本来の姿で現れている……もしかすると、VOIDの出所自体がこの世界なのかもしれん」
有機物、無機物を問わず、ありとあらゆる物に融合侵食する物。形の無い物、人の精神、時間、空間ですら融合し侵食するオブリビオン。それがかつて何度か遭遇したVOIDだ。
「ケダモノ化の正体がVOID化であるなら早急な対処が必要という事は理解できただろう。だが、問題は感染経路だ」
立体映像で動画を再生する。空から降ってきた流れ星が地表に着弾する。それはクレーターを作る事も無く地表へと埋まる。そして、その周囲から異形の亡者たちが這い上がり始める。
「一見すると流れ星のようだが、これは実際には無数にあるスペースデブリが地表に落下した物だ。それ自体は無数のデブリが衛星軌道を埋め尽くしているけものマキナでは珍しくも無い。ただ、その大半は摩擦熱で燃え尽きて地表まで落ちる事は滅多になかった。だが、この一年ほどで地表まで落ちるデブリが急増し始めた」
映像を巻き戻す。落ちてくるデブリは確かに摩擦熱で小さくなってはいるが、通常であれば地表に着く前に燃え尽きる大きさだった。
「スペースデブリ帯で何かが起きている。また、衛星軌道上はナノマシン密度が薄くデモンズコードがほとんど機能しない。重力圏外に出ると一切機能しなくなる。だが、知っての通り猟兵のユーベルコードは宇宙でも問題無く使える。猟兵でなければ調べられないという事だ」
デモンズコードにはナノマシンが必要だが、完全に理外の力たるユーベルコードにその制限はない。
「衛星軌道の調査の他にもやるべき事がある。様々な集落を回ってケダモノ化の情報を集める事と、感染源が地表に落ちたスペースデブリである事を知らせる事だ」
ケダモノ化現象は世界各地で発生している。流れ星とケダモノ化の関係に気付いている者も居なくは無いが、確証と呼べる物は無く時期的にも人間の仕業と考えている住民が大半だ。
「断言しておくが、このケダモノ化現象には人間は一切関与していない。少なくとも、今の人間はな」
今、現れている人間は関係が無い。それは言い切れる。だが、もしかすると。
「……これは推測だが、一万年前に人間を滅ぼしたのはVOIDである可能性がある。デモンズコードはVOIDと戦う為に作られた物では無いかと……」
もし、一万年前にユーベルコードを使うVOIDが現れていたのだとすれば。デモンズコードはそこからリバースエンジニアで開発された物なのでは無いかと……ただの、推測だが。
「今はその話はいい。何せやる事が多いのでな」
すっと、横に手を振り全ての映像を消すと椅子に座って偉そうに腕を組み直すレイリス。
「私は見えた事件を解説するだけ……と、言いたい所だが今回の現場はけものマキナ全域に及んでいる。移動に関しては私が手を貸すべきだろう。どこへでも好きな所へ送っていくぞ」
そして、転送用のゲートを開く。
「では、往くがよい」
Chirs
ドーモ、Chirs(クリス)です。
今回は新しい連作シナリオとなっております。作戦領域はけものマキナ全域なので、過去に私が出した集落はもちろん、他のMSさんの出した集落や、まだ登場してない集落でも行けます。こういう集落がある筈だからそこへ行くとプレイングに書けばそう言う集落が出来ます。
今回もアドリブはマシマシですが、連携はあんまりなさそうかな。なので、大体来た順に書く感じになると思われます。皆さんに世界規模の厄災への下準備を提供出来れば良いなと思う所存でございます。
第1章 日常
『プレイング』
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POW : 肉体や気合で挑戦できる行動
SPD : 速さや技量で挑戦できる行動
WIZ : 魔力や賢さで挑戦できる行動
イラスト:仁吉
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
空野・プゥピィ
ぼいど?って何プゥ?
(どうやらあまり理解していない模様)
まあいいプゥ!まずは周知から始めるプゥ!
「地面に落ちたスペースデブリからケダモノ化の感染源が出ています!近づかないでください。見つけた方は猟兵まで」
……っと。こんな感じかなプゥ?
それじゃあ燃料沢山給油して残滓ヒコーキ走らせるプゥよー!
いけっ発進!ルートは集落を直通で繋ぐ形でトントン拍子(ナビ)に設定してっと。後は自動運転プゥ。
さ、後は乗ってるだけプゥよ。さっきの文字が書かれたビラが自動的に撒かれるプゥ!
5750枚撒く予定だから、速度はそれなりに保つプゥ。
アルワーツ、キャバリオン、ウォールアクア、あといくつか良い意味適当な集落を目指すプゥ!
●こぶた式情報拡散術
「ぼいど? って何プゥ?」
空野・プゥピィ(飛ばない仔豚はただの仔豚・f38289)は素直な疑問を口にした。
「知らないのも無理はない。正直、私はもうちょっと|報告《リプレイ》上げたつもりになってたが改めて見ると2件しかなかったし」
出そうとして|事前解決《ボツった》事件は多いのだ。
「感染すると正気を無くして暴れ回る治療法の無い病気。とりあえずそう思っておけば問題は無い」
「それは大変だプゥ!」
プゥピィは猟兵として外に世界に出た事も無いだろうし、オブリビオンと言う存在も知らないだろう。だが別にオブリビオンの説明をする必要は無いのだ。VOID以外のオブリビオンはおそらくこの世界には存在しないのだから……少なくとも、私の管轄下では。他のグリモア猟兵が出す分は知らん。
「まずは周知から始めるプゥ!」
プゥピィは器用な手(前足?)でビラを書き始める。
「地面に落ちたスペースデブリからケダモノ化の感染源が出ています! 近づかないでください。見つけた方は猟兵まで、っと。こんな感じかプゥ?」
「いや、少し問題があるな」
VOIDは猟兵なら感染しないという訳では無い。普通に感染する上に自覚が一切ないのが恐ろしい所なのだ。
「地面に落ちるスペースデブリ、けものマキナの住民なら対応できない事もあるまい?」
そう、大気圏内であれば猟兵と同等の戦闘力を持つ住民であれば着弾前のスペースデブリを破壊する事は出来る。
「ケダモノ化の原因がスペースデブリの落着である事自体を広めて欲しい。それが分かれば各集落で対応は出来る筈だ」
スペースデブリの落着自体は極めて珍しい訳では無い。集落に直撃しそうなデブリを迎撃する設備は当然のように備えているのだ。
「じゃあ、こういう事かプゥ?」
プゥピィは最初に書いたビラを丸めて捨てて、二枚目を書き始める。
「地面に落ちたスペースデブリからケダモノ化の感染源が出ています! 早期発見とデブリ迎撃にご協力ください。発見した方は猟兵まで、っと」
「うむ、それなら問題無い」
「え、コレ使っていいプゥ?」
「まあ、せっかくここまで来たんだしな。次元空母から発艦した事なんか無いだろう?」
「空中空母からの離陸は訓練でやってるプゥ」
「……空中空母?」
この世界だと実用化されたのか、アレ。まあ、サクラミラージュ辺りにもありそうな気はする。
『では、発進シークエンスに入る』
アームが残滓ヒコーキの主翼を左右から掴み、リニアカタパルトに乗せる。
『|離陸前《ビフォアテイクオフ》チェックリストは』
「今コンプリート中だプゥ」
『何をチェックしてるんだ?』
まあ、こっちでもチェックはしてるから問題は無いが。
『ドロップタンクの接続も問題無い』
この辺が次元空母からの離陸を奨めた理由でもある。
「このドロップタンク、大き過ぎじゃないかプゥ?」
主翼の下にかなり大きめのドロップタンクを二基搭載している。大きさ的に通常の離陸では思いっきり地面をこするサイズ。
『エンジン出力のギリギリを攻めたからな。ドックファイトする訳じゃないし、航続距離は十倍以上だ。問題は無い』
「機動性は大問題だプゥ」
『いざとなったら切り捨てればいいだけだ』
何せ世界全域を廻るからな。燃料はどれだけあっても困るまい。
『では、発進のタイミングを譲渡する。ユーハブ』
「アイハプゥ! ポーク1、空野・プゥピィ! |発信するプゥ!」
リニアカタパルトが起動し、その先の転送ゲートへと電磁加速射出!
「……よく考えなくても、パイロット剥き出しの機体で使う装備じゃなかったな、コレ」
まあ、無事離陸できたのでヨシ!
「ヒャッホォー!!」
ゲートから射出されたプゥピィは翼で風を掴んで慣性飛行する。カタパルト射出を選んだのは鈍重化した事による初速の低減を減らし、より長く飛ぶためでもある。そう言う事にしよう。
「現在地とルートを一応確認しておくプゥ」
残滓ヒコーキはとてもレトロな外見だが、中身までレトロではない。周辺の地形情報から現在地を自動的に割り出し、自動操縦すら可能な残滓ヒコーキナビ「トントン拍子」を搭載している。衛星が無いから通信が必要なGPSは使えないが、膨大なデータを内蔵するというある種の力押しによって実現している。
「予定通りの航路に乗ってるプゥ。それじゃあ、後は乗ってるだけプゥ」
ぱかっと残滓ヒコーキの下部が開き、無数のビラをばら撒いてく。後は左右のタンクが尽きるまでビラを撒き続け、タンクを分離した後も本体燃料が半分位になるまでは大丈夫だろう。
「おー、なんか空から降ってるな」
「ビラね。セールでも何でもないみたいだけど……」
「……ケダモノ化の感染源?」
「空から何か振ってきた!」
「紙だ! 紙ヒコーキ作ろう!」
「まてまて、何か書いてあるからそれを読んでからな」
「先生、空から何か振って来てます」
「ふむ、害は無さそうだな。よし、それじゃあこのビラを一番多く集めた生徒にはボーナスだ」
「このビラ、耐水性なのねぇ」
「何かのセールじゃなさそうだけど……ケダモノ化の情報ねぇ」
「デブリ彗星が怪しいって噂はあったけど」
「誰だぁ! チャフ撒いてる奴! ミサイルが明後日に飛んでくぞ!」
「知るか! 全身ミサイルばっかりでガチガチに固めて逃げ回りやがって!」
「アセンブルってのは勝てばいいんだよ勝てば!」
「……暇だプゥ」
自動操縦で飛びながらビラを撒けるだけ撒いているだけなので、実際暇ではある。とは言え、空では何が起きるか分からない。危険な天候などはナビが勝手に避けてくれるのではあるが。
「でも、今は任務中……プゥ……」
暇な所に出来る事も無い。結構な長距離を飛んでいる事もあって、少しばかりうとうとし始めた頃。突然の警報で眠気が吹っ飛んだ!
「何かに後ろを取られてるプゥ!?」
明確なロックオンアラートではない。何かが後方から迫っている、それだけで警報を出せるナビは中々柔軟で優秀と言える。即座に殆ど空になっていたドロップタンクを放棄。プゥピィは操縦桿を握る!
「これ、デブリ彗星がミサイルみたいに追って来てるプゥ!」
それは、明確な敵意を持っていた。軌道を変えても自分に向かって突っ込んで来るデブリ彗星。こんな物に当たってしまったらとんでもない事になる!
プゥピィは更に本体の燃料まで半分ほど空中に放出した! 回避するには身軽にならなければ。残ったビラも全放出する。
「チャフ代わりにでもなってくれればとも思ったけど」
依然、デブリ彗星は真っすぐに突っ込んで来る。上下左右に機首を振り、雷雲を突き抜けてロックを外そうとしてもなお追って来る!
「何で誘導して来ているプゥ?」
ミサイルであればレーダー誘導か赤外線誘導か。それによって回避方法は異なる。判断を間違えれば死神に翼を折られる。
プゥピィは決断的に操縦桿を引き、急上昇する! 急激なGがかかり、視界が紅く染まる。背後からは猛追するデブリ彗星。プゥピィはエンジンを切り、エアブレーキを全開にした! 機体の僅か上を掠めていくデブリ彗星……一瞬だけ見えたその姿は冒涜的な異形生物のフォルムであった。
エンジンは切ったままで、ラダーを動かし風に乗る。あれほどしつこかったデブリ彗星ははるか彼方。発見してから数秒の刹那の時間の攻防であった。
「このまま風に乗って一旦どこかに降りるプゥ……」
自動運転だからと言って空に危険は尽きない。空の世界は一瞬の油断が命取り。
それでもこぶたは空を飛ぶ。ただのぶたでは無いとばかりに。
大成功
🔵🔵🔵
桃枝・重吾
アドリブ改変ご自由に
星降丸搭乗、梵天丸は御留守番(日常の方)
星降丸は9の付く銀河鉄道形式(個人用
■心情
最初に呼ばれたのはインフラ整備のお手伝いって事で、
気がつけば割と長い事この辺りで配送続けてたね。
資料を見る限りかなりやばいのだし今回は星降と二人で向かうよ、機械神殿に
■作戦
迎撃なら奇祭でも行けそうだけど数が不明だからね、
それに目標が、空野さんのとオブリビオンが侵食された今までのを見ると、
UCの可能性が捨てきれないからね。
検証も兼ねて向かうよ。
私は空荷にした星降の荷台で迎撃と途中のデブリ回収準備、
カードホルダーに『焼却』を装填して星降に向かってもらうよ、
今こそ重度汚染物処理と船体防衛資格の輝く時
●衛星軌道上機械神殿
「最初に呼ばれたのはインフラ整備のお手伝いって事で、気がつけば割と長い事この辺りで配送続けてたね」
桃枝・重吾(|スペースデコトラ使いXL《スペース食べ歩き道中》・f14213)は銀河鉄道めいて空を走る星降丸を駆る。
「資料を見る限りかなりやばいのだし今回は星降と二人で向かうよ、機械神殿に」
衛星軌道上に浮かぶ機械神殿。誰が何の目的で建てたのか、一切不明の建造物。ただし、ここまでで分かって来た事を踏まえるといくつか奇妙な点が見受けられる。
宇宙から侵略してくるVOIDに対して、機械神殿はどう対応しているのか。しかも、デモンズコードはほぼ機能しない衛星軌道上で。
その答えは早々に明らかになった。
「|被捕捉警報《ロックオンアラート》?」
何かに|捕捉《ロックオン》されている。全方位レーダーレンジに寄れば更に上空、殆ど宇宙空間と言っていい高度に何かが居る。
何かは16本の電撃を放った。だが、重吾はあえてこれを避けなかった。すり抜けていく電撃。正しくは電撃状のレーザーと言うべきか。
「一発目は威嚇。今度は当てて来るかな」
相手はVOIDではない。ならばこれは機械神殿の保有する戦力である筈だ。問答無用で落としには来ない……重吾はそう推測した。
「白旗でもあげればいいかなぁ。でもアレ、地域によっては徹底抗戦の証だしなぁ」
とは言え、既に機械神殿側に捕捉されているという事は明白である。そう言う事なら事はシンプルだ。
『当方に交戦の意志無し。通信許可を求める』
機械神殿とは何度か通信をした猟兵が居る。ならば、機械神殿には当然通信設備はある。
『意図は了解した。此方の誘導に従え』
上空から威嚇攻撃を行った戦闘機が降下し、先導を始めた。ただ、機械神殿に直行はしないようだ。
『先に要件を問う』
『VOIDの侵略に対する情報収集がしたい』
『理解した。それならば着陸許可を出そう。指定するドックに着陸せよ』
(従わない場合は反意在りと見做して武力行使、って事ね)
もちろん、重吾に反意などある筈も無い。誘導に従って空を走り続ける。
遠く小さく見えていた機械神殿はもう目の前にある。近くに寄ってみれば、それはスペースシップワールド並み、或いはそれ以上すらあり得る技術レベルの建造物である事が分かる。ただし、この周囲にもナノマシン密度は低い。デモンズコードに由来する技術を全く用いていない事が証明されている。
巨大構造物の一部が開く。そこが指定されたドックのようだ。随伴する戦闘機と共にハッチを抜ける。
「これは、凄いな」
ドックの中は無数の戦闘機が収められていた。しかもそれは大半が同一機種ではない。機体に応じた専用のドックが設けられ、自動整備され続けている。ナノマシンによる物ではなく、作業ドローンを用いた自動整備だ。
随伴する戦闘機が減速する。目の前にあるのは汎用のドック。他と比べるとただ平坦なだけの着陸場所と言う感じだ。重吾はそこに星降丸を走らせて停車する。
「酸素は、あるみたいだね。重力も1G、普通に行動できそうだ」
ここが敵地であれば武器の一つも帯びるべきだろう。だが、今は相手の信用を得るべき状況。余計な物は持たずに降りた方が賢明だ。
重吾が星降丸から降りる。人の気配はしない。無人で、ただただ何かの作業音だけが響く広大な機械神殿の風景に暫し佇む。
『ようこそ、宇宙要塞アイギスへ、|来訪者《ビジター》。用件を聞こう』
立体映像の人の形をした何かが語り掛けて来た。ヒトっぽいフォルムをしているだけで荒いポリゴンですらなく、もはや積み木をそれっぽく浮かべているだけのようにも見える。
「宇宙要塞アイギス? それがこの機械神殿の正式名称か」
『現住民がここをどう呼称しているかは知らないが、恐らくそうだ』
宇宙要塞。格納された無数の戦闘機群をみればここが要塞と呼ぶべき物である事は明白だ。
「これからVOIDの大規模な侵略が来るらしいんだけどここは大丈夫かなって」
『問題は無い。二度の戦火を乗り越えたアイギスは三度目の厄災からも地上を守る』
「二度の戦火?」
『現住民は人類史を知らないと見える』
「ええと、確か些細なきっかけで最終戦争が始まって、質量の2割を喪失する爆破が起きて滅んだらしいけど」
『否定する箇所は無い。たが、情報不足ではある』
「それはいい。不足してる情報ってのを教えてもらえるかい?」
『問題無い、|来訪者《ビジター》。三度目の厄災の前に現住民も少しは理解しておくべきだ』
大きな空間投影が開く。何もなかったように見える床から椅子が形作られる。
『長くなるから座ると良い、|来訪者《ビジター》。飲み物とサービスのポップコーンもある』
「唐突に映画館!?」
『実際その程度の物だ。愚かなる人類史と言う物は』
かつての人類は、太陽系全域にその居住圏を広げていた。いくつものスペースコロニーが建造され、火星はテラフォーミングされ植民地となっていた。何度かの小競り合いはあった物のそれでも人類は発展を続けようとしていた……VOIDを開発するまでは。
「VOIDを、開発しただって?」
『そうだ、|来訪者《ビジター》。VOIDとは、愚か極まる人類が残した負の遺産だ』
VOIDは、来るべき外宇宙への進出の備えとして開発された星間戦争用戦術兵器である。球状のコアに収められたそれは一度発動するとありとあらゆる物を取り込み進化と侵食を繰り返す。そして、得る物が全て無くなった後に|無《VOID》へと還るのだ。
『だが、VOIDは事もあろうに太陽系内で暴発した』
そのきっかけは全く残されていない。当事者が削除したか、その記録すら無へと消えたか。ただ確かなのは暴発したVOIDは太陽系内の殆どを喰らい尽くし地球外の居住圏の半数以上を喪失したという事だ。
「うわぁ、大惨事」
『宇宙要塞アイギスはこの時代に建造された。それ故にデモンズコードを用いる事が出来ない』
「え、デモンズコードってまだなかったの?」
『デモンズコードの誕生はもう少し先だ、|来訪者《ビジター》』
地球圏を絶対防衛権と定めて反撃の決戦機動艦隊を集結させた宇宙要塞アイギスは正しく人類の|守護者《ガーディアン》だった。人類の英知を集結して作られた幾つもの超高性能戦闘機群による電撃的反抗作戦は辛くも成功し、太陽圏からVOIDは一掃された。
(それがあの戦闘機かぁ。まあ、今オブリビオンとして現れているって事は一度は倒されてるはずだしね)
そして、VOIDを駆逐した人類は対VOID用として用意された過剰な戦力をどうするかで争い始める。幾つもの派閥が誕生したが、どれも特定の技術を権利、別な技術を禁忌として争い合った事に変わりはない。
『これが、所謂最終戦争と言う奴だ』
「ささいな切っ掛け、だったかなぁ」
『些細だとも。この先に起こる事に比べれば』
だが、奴らは返ってきた。
『再び現れたVOIDはユーベルコードという超常現象を身に着けて帰って来たのだ』
「一度躯の海を経由して、オブリビオンとして帰ってきたのならそうなるよねぇ」
ユーベルコードはどんな科学技術を用いても全ては解析出来なかった。あらゆる物理法則を捻じ曲げて顕現するユーベルコードを前に、人類は非力だった。或いは、かつての様に一致団結出来れば結果は違ったかも知れない。しかし、もう人類は団結するには互いに血を流し過ぎていた。
そして、禁忌中の禁忌。|悪魔《デモン》の力は誕生する。VOIDの用いるユーベルコードの解析出来た部分を応用し、既に進んでいた環境汚染浄化計画の為のナノマシン大量散布技術を使い、人類の構造その物を弄り倒した生物兵器群を作り上げた。
その生物兵器群はナノマシン群に対して極めて効率的な|指令《コード》を飛ばし、ユーベルコードに比類する超常現象に極めて近い科学現象を引き起こした。|悪魔の指令《デモンズコード》の誕生である。
デモンズコードを用いた生物兵器群は地球上のVOIDを一点に集結させ、最終的には戦術兵器で吹き飛ばした事により地球圏内からVOIDを一掃したのだ。
「待って、宇宙規模で展開していた敵を地球から追い出した|だけ《・・》?」
『その通りだ、|来訪者《ビジター》。この一万年ほどの間もVOIDは太陽圏内に存在し続けていた』
その戦術兵器によって地球の質量の二割を喪失。環境汚染は致命的に広がりやがて人間は滅びた。残されたのはデモンズコードを使える生物兵器群だけだった。
『これが、この世界とVOIDの歴史だ。求める情報は得られたか、|来訪者《ビジター》』
「一つ分からなかった事がある。ここは、アイギスはどうして残ったんだ?」
『単純な話だ。デモンズコードの誕生により旧式化したアイギスは放棄された。かつて超高性能戦闘機と呼ばれた物達と共にな。だが、我々の使命は地球を守る事。地球へ降下しようとするVOIDと我々は戦い続けた』
「VOIDのユーベルコードには対抗できなかったんじゃなかったか?」
『一致団結すれば勝てたかもしれないと言っただろう。今のアイギスは禁忌と呼ばれた旧世代の技術の全てを詰め込まれて作られた|博物館《ミュージアム》だ。結果的に、元の戦闘力を取り戻す事が出来たのだよ。最も、人間の滅びた地球に用はなくなったのかここ一万年ほどはVOIDが地球を訪れる事は殆ど無かった。少し前までは』
「それじゃあ今は、宇宙に広がっていたVOIDがまた地球を狙っているって事になるのか?」
『この答えは持っていない。我々も何が契機かは分からない。かつての人間の帰還、猟兵と呼ばれるユーベルコード使いの出現、或いはそれ以外の何かか』
「それなりに|現地《・・》に詳しいようだね」
『情報収集はする。観測機も居る』
かつてある猟兵が機械神殿に対して支援要請をした事があった。機械神殿は当然の様に支援をした訳だが、地上の状況に関心が無ければしていない事だろう。
「でも、随分と状況は悪いようだね」
『その通りだ』
たしかに、宇宙要塞の技術力は高い。だが、宇宙要塞はデモンズコードを使う事が出来ない。ナノテクノロジー自体が全く無いかどうかは不明だが、貯蔵した資材だけで回すしかない状況だ。
無数のドックに収められた戦闘機群。だが、ドック自体はあっても機体の空席が目立つ。半数以上のドックは空いている。
『VOIDの攻勢が本格化した以上、いずれは阻止限界が来るだろう』
「あー、そう言う事ね」
重吾はグリモア猟兵が動く事の意味を知っている。
「その阻止限界はもうすぐに来るよ」
『|来訪者《ビジター》、それはどういう意味だ』
「言葉通りだ。私達の中には未来で起きる事を予知できる人が居る」
アイギスは、正しくはそのアバターは全く表情と言う物が無い物体であるにもかかわらず動揺していた。
『……|来訪者《ビジター》、それは事実か』
「うん。見える余地は確定した未来。それ自体を回避しようとすると予知不可能な別の災害となって現れる」
猟兵にとっては当たり前の情報。未来で起きる事が断片的であっても分かるという事は想像以上に大きい。
『では、アイギスが落ちる事は確定した未来という事か』
「いや、そうでもないよ。分かっているのは大量のVOIDが攻めてくるという事実だけ。そして私は、その対処の為に動いている」
予知とは確定した過去である。確定した過去は変えられない。だが、その結果を変える事が出来るのは猟兵ならば誰もが知る事だ。
『……それならば、そうであるならば』
「戦う事は出来る。デモンズコードに頼らない君達ならば」
その為に必要な物ならもう、分かっている。
◆続きます
大成功
🔵🔵🔵
●軌道上のゴミ拾い
星降丸が空を駆ける。銀河鉄道めいていくつもの貨物車両を牽引して。それを護送して展開する戦闘機群。だが、その貨物車両はただの貨物車両ではない。
「王鍵解放!|ぱあそなるわあぷげヱとれべるわん!《スペース古代語ですが猟兵のみなさまは理解できます》」
貨物車両、いや、荷台が分離しスペースデブリを搔き集めていく。このスペースデブリは一万年以上前の人類が残した遺産。アイギスの戦力再建の資材として運用が可能だ。
『|来訪者《ビジター》、VOID反応を検知した。対処する』
アフターバーナーの空気圧が空に輪となって広がっていく。超高性能戦闘機群は一瞬にしてVOIDを駆逐した。
「ユーベルコードもデモンズコードも抜きでこの戦力かぁ」
確かにユーベルコードは超常の力ではあるが、火力と言う一点に絞れば通常兵器が勝てない訳では無い。アイギスの戦闘機群は未だ戦力として有力。だが、それは。
「もし、アイギスがVOIDに落されたらとんでもない事になるなぁ」
ユーベルコードを上回る火力が、ユーベルコードの柔軟性を使って襲って来る。それは避けたい事態だ。幸いアイギスは対VOID戦の経験があり、VOIDとの戦い方を猟兵以上に知っている。
「VOIDの侵食を受けずに戦うには接近戦を避けるって事だね」
単純な話ではあるが、効果的な対処だ。VOIDが融合侵食するには少なくとも距離を詰める必要がある。遠距離から一方的に攻撃していれば侵食される事は無い……という訳でも無いが。
VOID粒子弾が架台を掠める。相手も当然遠距離攻撃手段を持っているのだ。速攻で撃破しても多少は撃たれる。だが、狙撃とも呼べないような距離の射撃は対処も容易い。
『対処した。後は任せる』
「はいはい、任されるよ」
架台が無力化したVOID体も回収する。VOID化していても元はスペースデブリ。貴重な資源だ。もちろん、そのまま使うとVOID汚染を広げてしまう訳だが。
「俺の|資格《趣味》が光って唸る!お客様満足度稼げと、輝け、御依頼品!」
架台に回収した資材を【オプショナルサービス・ライガー印の|現状復帰修繕術《ガンバルワンマンオペレーション》】で焼却除染していく。ユーベルコードならばVOID汚染を除去できる事は実証済みだ。荷台が満杯になるまでそれを繰り返していく。
『VOID反応の完全な消滅を確認。大した物だ』
破壊し、細分化すればとりあえずVOID体としての活動は出来なくなる。だが破片でもVOIDはVOIDであり、危険なままだ。だが、ユーベルコードによって沢山習得した資格を駆使して安心安全な状態にしてしまえば完全な除去が出来る。たとえ駄目でも更に頑張ってどうにかし続ければ重度汚染物処理資格が必ず安全な状態まで処理する。
『この残骸にはかつてのアイギスの戦力だった物も含まれている。回収できれば戦力の復旧も叶う筈だ』
「確かに色んな技術の痕跡が見えるねぇ」
人間同士での最後の戦いで色々な技術が進歩してはいるのだろう。割とろくでもない技術ばかりだが。この頃には人体改造など当たり前に行われていたとはいえ、人間に脳以外の部分は不要とばかりに極まった禁忌の技術の数々の痕跡。
(滅ぶべくして滅んだって感じはするかなぁ)
VOIDが現れなくてもこの人類は滅びたかもしれない。最も、今の住民はその時代の技術で作られた末裔とも言えるので正しくは滅んでいないのだが。
「そろそろ架台が一杯になったし、ちょっと拝借して架台を増やすよ」
回収した資材の一部を使って更に架台を増やす。この辺は船体防衛資格の出番でもある。アイギスまで戻ってもいいのではあるが、どうせなら一度に運べる量を増やした方が楽でいい……それを運搬する星降丸の負担は増えるのだが。
「まだまだ行けるよ。頑張ってね」
スペックを把握している重吾にそう言われたらもう、頑張るしかないのだ。
叢雲・凪
アルワーツの書庫か…あるいは魔法道具で過去を追想しよう。映像のような物が見れれば良いが
「VOID…久々に聞いたな」
アルダワ魔法学園で見た汚染現象…暗黒の森でのレイリス・スカーレットとの戦闘。脳裏に蘇るは汚染された戦闘機を使いこなす魔女の姿。
「ボクが遭遇したのはあの時のみ…何か良いヒントは…ん?」
幸村=サンの未来からドッペルゲンガーを呼び出す【幸村的時空門の創造】。
幸村=サンのUCが使われたから、あの時『未来に干渉し』『鼠算式に感染者が増える』という事が分かった。
「自覚症状がない分非情に厄介だな」
既に感染者が出ていても不思議ではない。っとなると先決は【安全圏の確保】と【汚染物・汚染者を調べる方法】
原因が衛星軌道上で起こっているとなると流石に手が届かない。避難場所を作るのがベストだろう。各集落の住民を安心させて非難させる為にも。
「だめだな…やはりマホウやジツに近しい話だと専門家に知恵を借りるか…」 ゲンドーソー=センセイに相談するしかあるまい。
映像に映る【兄弟子=サン】の姿を後ろ目に去ろう。
●かつて友
「VOID……久々に聞いたな」
アルワーツ魔術学園の地下蔵書室で叢雲・凪(断罪の黒き雷【ジンライ・フォックス】・f27072)は呟いた。
アルワーツの歴史は古く、先に重吾が得た情報の裏付けが出来る程度には情報が揃っている。最も、最も、重吾の情報は旧人類側の視点であり、現人類たる生物兵器達の視点はやや表記が異なる。旧人類の破滅の原因がVOIDであった事は同じ見解だが。
(アルダワ魔法学園で見た汚染現象……暗黒の森でのレイリス・スカーレットとの戦闘)
凪の脳裏に蘇るは汚染された戦闘機を使いこなす魔女の姿。戦い方こそ近いものはあるが、私と酷似したオブリビオン。
「ボクが遭遇したのはあの時のみ……何か良いヒントは……ん?」
あの時の戦闘を思い返してみる。
「幸村=サンの未来からドッペルゲンガーを呼び出す【幸村的時空門の創造】。幸村=サンのユーベルコードが使われたから、あの時『未来に干渉し』『鼠算式に感染者が増える』という事が分かった」
VOIDが先に未来に干渉したのではない。猟兵が未来に干渉するユーベルコードを使ったからVOIDに対処されたのだ。
「自覚症状がない分非情に厄介だな。既に感染者が出ていても不思議ではない。っとなると先決は”安全圏の確保”と”汚染物・汚染者を調べる方法”か」
新人類たる生物兵器群は一度VOIDを地球から追い出している。その時の記録があれば……だが。
「ヌゥー……」
その記録がどこにも無い。アルワーツには記録は無いのだろうか。ここに無ければ何処にあるのか……それを見つけ出す時間は足りない。
「だめだな……やはりマホウやジツに近しい話だと専門家に知恵を借りるか……」
「ほっほっほっ、何かをお探しかな?」
その時、不意に声を掛けられた。
「これは、アルバス・ゲンドーソー=センセイではありませんか。お疲れさまです」
今まさにその知恵を借りようとした人物であった。
「うむ、お探しの物は見つかったかの?」
「いえ、それが……ここには無いようです」
「ケダモノ化の元凶、即ちVOIDに関する書籍であろう?」
「何故それを……!?」
凪はその事を口にしていない。VOIDと言う旧人類の付けた名称より、既に起こっているケダモノ化と呼んだ方が理解されやすいからだ。
元よりこの地下蔵書室には地上の図書室よりも広大だが、今を生きている生徒には殆ど不要な過去の知識を詰め込まれている場所だ。
「儂はケダモノ化現象の発生当初よりこれがVOID化現象であると考えておった」
「流石はゲンドーソー=センセイ……ですが、ここにはその情報が無いようですが」
「VOIDに関する情報は禁書に指定されておる。誰であっても立ち入る事は許されぬ」
「そんな、どうして!」
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いておる。VOIDなど、触れる必要が無ければそれが一番だからじゃよ」
アルバス・ゲンドーソーは思慮深い賢者の眼差しで凪を射止めた。だが、それで引き下がりはしない。
「センセイ、今この世界の住民は既に触れられています」
「その通り」
咎めるでもなく、優しく言い切る。
「今こそ禁書書庫を暴く時じゃ」
「禁書書庫を暴く……とは?」
「言うたであろう。誰であっても立ち入りを許されぬと。それは校長である儂も含まれておる」
「そんな、それならばどうやって」
「君の師はそういう時にどうするべきじゃと教えておったか? あるかどうかも分からぬ鍵を探すか?」
「いえ」
凪は、否、ジンライ・フォックスは言った。
「カラテで押し通るのみです!」
「イヤーッ!」
巨大なライブラリ・ゴーレムの頭部を蹴り砕く! だが危険なレーザー光線の照準内!
「それぃ!」
アルバス・ゲンドーソーが杖を振るうと空間がねじ曲がり、レーザーはあらぬ方向に飛び同士討ち!
「イヤーッ!」
ジンライ・フォックスが雷鳴の如く駆ける! ライブラリ・ドローンを次々と蹴り砕いていく!
「そぉれ、こっちじゃ!」
アルバス・ゲンドーソーが杖を振る! いくつものレーザーがその体を貫通!
「どこを見ておる!」
否、貫かれたのは虚像! 空中に姿写しをしたアルバス・ゲンドーソーはライブラリ・ドローンの集団を魔術の鎖で一か所に固める!
「イィヤァァァーーッ!!」
ジンライ・フォックスがガトリング・ケリで一掃! アルバス・ゲンドーソーが杖を振り魔術の煙がゴーレム達の認識を阻害していく。
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
目の見えていない相手を砕くなど実際|赤子の手を捻るような物《ベイビーサブミッション》だ!
「片付いたようじゃな」
「はい、防衛機構はこれで全てだと思います」
戦闘を終えると周囲には禁書書庫を守る自動警備機械の残骸が散らばっていた。
思いがけないアルバス・ゲンドーソーとの共闘。しかし、ジンライ・フォックスには何処か懐かしさを感じていた。まるで師と、祖父と。久しぶりに共に稽古をしたような感覚。
「センセイは凄いです。ボクの動きを全て察していたようでした」
「儂もかつての友と共に戦っているかのようじゃったよ」
「その、友と言うのはもしや」
「その通りじゃ」
先代”ジンライ・フォックス”である祖父の事だ。
「彼とはこうして様々な冒険に赴いた物よ」
アルバス・ゲンドーソーの深い知性を湛える瞳が、僅かに童心に戻ったように見えた。
「彼がもう居ないと言う事実は残念でならない」
「はい……しかし、今はボクが居ます」
「ほっほっほっ、そうじゃな」
アルバス・ゲンドーソーはジンライ・フォックスの目を、否、凪の目を真っすぐに見て言った。
「もし儂がケダモノに果てる時が来たら君の手で儂を打ち取って欲しい」
「そんな! そんな事には、決して」
「凪よ、この世の万物はいつかは滅ぶ。それは決して変えられぬ……儂も老いた。何、老人の戯言じゃ。本気にせずとも良い」
戯言、と言ってはいるが。凪にはそうは見えなかった。
「いえ、分かりました。その時が来たら必ず」
そう答えると、アルバス・ゲンドーソーの顔が綻んだ。
「そうかそうか、受けてくれるか。ありがたい。何、儂も齢900を超える身、後100年ほどの事じゃ」
なお、けものマキナの新人類は寿命1000年である。流石に1000年ぴったりに死ぬ訳ではないが、老衰なら誤差は10年ほどか。最短で90年だな。
「……あの、受けるとは言いましたが……100年後となるとボクは」
「そうか、そうであったな……君達の生は儂らより10倍速い。久しく、忘れておった」
アルバス・ゲンドーソーは悲しげに言った。本当に、忘れていたのだ。
「申し訳ありません」
「いや、儂が無理を言っただけじゃ。気にせんでくれ」
「ですが、受けた以上は後の”ジンライ・フォックス”に引き継ぎます。必ず」
「……そうか、それならば安心じゃな」
アルバス・ゲンドーソーは優しげに笑ったが、その内心は凪には分からなかった。
◆情報収集パートに続く
大成功
🔵🔵🔵
●暴かれた真実
二人は武装警護ドローンが守っていた領域の先へと進む。
「|暴露《レベリオ》」
アルバス・ゲンドーソーは油断なく捜査魔術を奔らせ、これ以上の障害が無い事を確認した。先を歩くのはジンライ・フォックス。
「これは、書庫でしょうか」
「その様じゃな」
二人を出迎えたのは膨大な数の書物であった。高い天井に届くまで積み上げられた本棚にはぎっしりと本が詰め込まれている。
「ヌゥー……記録映像でもあればと思いましたが」
「この中から目当ての情報を、となると流石に骨が折れるのう……非常時でなければじっくり取り組むのも楽しい物じゃが」
「しかし、今は時間がありません」
もしかしたら、無数の本から望む情報を引き出すユーベルコードはどこかに存在するかもしれない。だが、今ここには無い。
「ふーむ……|暴露《レベリオ》で少し気になる反応があった。もう一度確かめてみよう、|暴露《レベリオ》!」
アルバス・ゲンドーソーは再び操作魔術を奔らせる……並の使い手であれば何の反応も無い、と結論付ける所だろう。だが、ここに居るのは魔術学の最高峰たるアルバス・ゲンドーソーである。
「うむ、そこじゃな。|引き寄せ《アクシオ》!」
無数の本から一冊の本を引き寄せる。正気を削られるような如何にもな魔導書、と言う感じではなく見た目はごく普通の本にしか見えない。
だが、ジンライ・フォックスにも感じる物があった。電流の痕跡だ。
「これは、もしや……イヤーッ!」
猟兵第六感の導きに従い、本に黒雷を流し込む! これは明らかにただの本ではない。
「これは本ではない、何かの装置です!」
「その様じゃな」
黒雷を流し込まれた本は炎上する事も無く、ふわりと空中に浮かんでぱらぱらページがめくられていく。
『このメッセージを誰かが聞いているとしたら』
声がした。聞き覚えのあるような、別の人物であるかのような。
『僕はもうこの世にはいない』
本から立体映像が浮かび上がる。一人の不明瞭な人物像を。
『そりゃそうだろうって話だけどね。こういうの、残したはいいけどうっかり生きてる内に開いちゃったらちょっと恥ずかしいよね。ヒヒヒ』
「その声、その話し方……!」
ジンライ・フォックスは確信した。
「ドーモ、主任=サン。ジンライ・フォックスです」
『ドーモ、ジンライ・フォックス=サン。主任研究員です』
主任。
いくつもの世界に現れた謎の人物。同一人物ではあり得ず、ただの他人と断じるには不可解。
だが、猟兵に対する知的好奇心とユーベルコードを解析しようとする熱意はどの世界でも変わらなかった。
「そうか、VOIDが産まれた世界ならばあなたがここに居る筈だった」
『あー、うん。良く分からないけどそうかな? 今の僕はただの対話型AIに過ぎないけどね』
「なんと、一万年前に知り合いがおったのか?」
「いえ、そういう訳では無いんですが……なんか、色んな世界でたまに見る人に似ているんですよ」
『ハハッ、僕の話はどうでもいいよ。聞きたいのはVOIDの事だろう?』
何冊かの本が書棚から抜け落ちる。まるで本が生きた鳥の様にページを羽ばたかせて飛ぶ。
『そうさ、VOIDはこの世界で産まれたオブリビオンだ』
「そこまでは既に掴んでいる。ボクが知りたいのはその先、”安全圏の確保”と”汚染物・汚染者を調べる方法”だ」
『不可能だよ』
主任はあっさりと否定した。
「何だって?」
『不可能だよ。この世界は既にVOID感染者しか居ないんだから』
「何を、そんな馬鹿な……!」
「……いや、そうであれば説明は付く」
アルバス・ゲンドーソーの深き瞳がその答えを導く。
「儂ら新人類は全て、VOID化によって生き延びているという訳じゃな」
「どういう事ですかセンセイ!?」
「凪よ、今までVOIDとはどういう存在であったか?」
問われて思い返す。ありとあらゆる物、時には未来にすら干渉して同化する恐るべき敵。猟兵ですらその感染から逃れる事は出来ず、対処可能なユーベルコードこそあれど厄介な敵。
「同化された者はどうなっていたか?」
「……おぞましく不気味な化け物に変貌していました」
「しかし、それを自覚出来ず、同化されていたら違和感すら持たぬ筈であった」
「……そんな、それじゃあ、まさか」
この世界に来た時点で、|既に同化されている《・・・・・・・・・》? 最悪の答えが頭をよぎる。
「いいや、そうではない。君達猟兵はVOIDに汚染されてはおらぬ。最も、この世界出身の猟兵であれば別じゃが」
「それではどうして変化が起きていないんですか?」
「変化なら起きているのじゃろう。1000年の寿命。人外の肢体。機械への親和性の高さ」
『そう言う事さ。僕たちの計画はVOIDによる変貌を制御する事にあった。どうやら、その試みは上手く行ったようだね』
「そんな、それでは……デモンズコードとは、まさか!」
『ユーベルコードだよ、殆どね。触媒としてナノマシンを使うと言う設定になっているだけでね』
「何という事だ……」
そうであるならば確かに安全圏の確保も感染者を調べる意味も無い。
「ならば、ケダモノ化とは一体何を?」
「制御化にあったVOIDの暴走、と言った所かのう。しかし、ここ一年で唐突に現れるようになった理由が説明できぬ」
『それは簡単な話だよ。今までこの地球はVOIDと同化した者しかいなかった。だからVOIDが攻める理由が無かった。僕たちの計画通りにね……で、今は? 何かVOIDと同化してない存在が居るんじゃない?』
「クレイドルの旧人類、それに……ボク達猟兵か」
そうと分かっていれば気が付く点もあった。
「この世界のVOID化は死体にしか効果が無い……つまり、生きている新人類はVOIDに汚染されないという事か」
「ふむ、試してみる気は起きぬがのう。少なくとも多少の耐性はあると言えるのじゃろう」
「これは……伝えるべき情報なのだろうか」
この事実が混乱を招くのは間違いない。最も、猟兵には伝わってしまう訳だが。
「凪よ。この真実をどうするかは……お主ら猟兵に託す。隠すのであれば儂は墓まで持って行こう」
「分かりました、センセイ。確かに、預かりました」
さて、この真実をどうするべきだろうか。
木霊・ウタ
心情
オブビリオンに命と
命が創り出していく未来を
喰わせやしない
相手がVOIDってんなら尚更だ
行動
VOIDに対抗するために
DCが生まれたんだとすると
そして今地上にVOIDがいないってことは
DCはVOIDを打ち破る力がある?
考えても仕方がない
まずは情報収集だ
迦楼羅を炎翼として爆音と共に空へ
重力を振り切ったら
もう衛星軌道だ
あんまりこそこそするのは得意じゃないんで
紅蓮を描きながらデブリ帯へ突入
VOIDが居るんなら
ちょっかい出してくるだろ
それを捌きながら
出来るだけ情報収集だ
どこにどんな風にいるのか
指揮官らしき個体はいるか
VOIDがどんな風に海から現れるのか等々
やばくなったら長いは無用だ
脱出
で、すたこら逃げる俺が囮になりつつ
こっそりと炎が生んだ影人間な俺が
更に近づいて偵察
ってのを狙うけど
まあ気付かれちまうかもな
それは織り込み済みで
ギリギリまで
五感を働かせて情報収集だ
大気圏内に近づいたら
突入の摩擦熱で火力を底上げして
VOIDを燃やす
偵察に行ってオマケを連れ帰るわけには
いかないからな
海で安らかに
●熱圏
衛星軌道上を獄炎の翼が昇る。
「オブビリオンに命と命が創り出していく未来を喰わせやしない」
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・f03893)はスペースシップワールド製宇宙服を身に纏い、地上から打ち上げロケットめいて一気に衛星軌道上まで駆け昇った。
「相手がVOIDってんなら尚更だ」
ウタは過去に二度VOIDと戦闘をしている。自分も侵食されかかった事もある。VOIDの危険性をもっともよく知る猟兵と言えるだろう。
「VOIDに対抗するためにデモンズコードが生まれたんだとすると、そして今地上にVOIDがいないってことはデモンズコードはVOIDを打ち破る力がある?」
この点に関してはジンライ・フォックスとアルバス・ゲンドーソーが調べた通りである。
地上にVOIDは居る。だが、制御された安全なVOID体でオブリビオンとしての性質は持っていない。
そして、デモンズコードとは実際殆どユーベルコードであり、その違いは触媒を必要とするかどうかだけであると。地上のVOIDを駆逐する為に作られたデモンズコードがVOIDに通じない道理は無いのだ。
まあ、この時点のウタとはまだ情報共有されていないのだが。
「考えても仕方がない。まずは情報収集だ」
まだ分かっていない事はある。VOIDの生態だ。何を基準に襲って来るのか。それを調べるにはVOIDその物と戦うより他にない。
スペースデブリとは恐ろしい問題である。衛星軌道上を周回し続けているという事は常に重力に引っ張られて落ち続けているという事だ。その速度は静止起動でも秒速3km。時速にすれば10800km/hと言う恐ろしい数字だ。相対的に検証すれば秒速10km、即ち時速36000km/h相当になる。そんな物体が前後左右から嵐の如く吹き荒れている。
この状態ではまともな人工衛星など運用できる筈も無い。しかし、逆を言えばこの大量のスペースデブリが吹き荒れているお陰で外敵に侵入を防げていると言う面もあるのだろうか。VOIDもここを突っ切らなければならないのだから。
ウタは前面に半球状に獄炎障壁を張り、スペースデブリを防ぎながら獄炎の翼を広げて疾走する。何せこの高度は周回軌道。適切に計算すればウタ自身も旋回軌道に入れる。軌道に乗ってしまえばデブリの半分は問題にならない。まあ、あと半分の殺傷力は倍になるのだが、元よりウタの獄炎障壁なら当たる前に融解出来る。
「妙な気分だな、ずっと落ち続けてるってのは」
周回軌道に入るという事は常に落ち続けているという事だ。無重力状態とも違って重力に引っ張られている感触はあるが、地面に近付く事は無い。かなりの恐怖だが、歴戦の猟兵たるウタならちょっと気分が悪いと言う程度か。
バチバチっと、たまに獄炎障壁に何かが当たった音がする。小さなねじ一つですら秒速10kmで飛んで来たら恐ろしい凶器だ。大きい物は目視で避けられるからまだいいが、小さい金属片の方が目視など出来る筈も無いので脅威となる。スペースデブリの大半はその原型を留めていない小さな金属片の方である。
ならば、そんな場所である程度の大きさを保っているデブリとは一体何だろうか。考えるまでもない。
「見つけた、一つ目だ!」
速度に任せて獄炎を纏った焔摩天を振り抜いて両断。正しくは、ただ構えたまま焔摩天に衝突させただけだが。それでもその剣速もまた秒速10kmの衝撃となるので腕の力を加える必要すらない。
それはただのスペースデブリならば、と言う話だが。デブリの擬態を解いて二体に別れたVOIDが襲い掛かる!
ウタは細かく獄炎を吹かして姿勢を整えながら反転。だが、落下方向への獄炎障壁は維持し続けなければならない。
「思った以上に大変だな、これは!」
地上戦とも空中戦とも勝手が違う。少しでも獄炎の制御を誤れば死が待つ。それでもVOIDは襲って来る。
「オラッ!」
かえって好都合だが。
ウタは焔摩天を振り抜く。獄炎障壁の維持さえ間違わなければ自分も相手も同じ速度で落ち続けているだけ、つまりただの空中戦と変わらない。障壁維持に自分の機動力を大幅に削がれてはいるが、相手から突っ込んで来てくれるだけならただそれを迎撃すればいい。
二体が両断され、四体になった。更に四体を両断し八体にした所で溜めた獄炎を放射爆破し一気に消し飛ばす。楽勝だ。
その調子で二つ、三つ、四つと駆逐していく。遭遇するのはいずれも単体。難しい獄炎の制御にも慣れてきた所だ。かえって都合がいい。
「って時ほど、油断は禁物だな」
そう、都合が良すぎる。確かにこの衛星軌道上に展開してるであろうVOIDの数を考えれば与えた損害は軽微だが、相手が何の対応もしてこないと考えるのは軽率な判断だ。
対応はしてくる。今は泳がされているだけで。それならこちらも今は手札を切るべきではない。
『新たなる|来訪者《ビジター》。援護は必要か?』
唐突に声を掛けられる。インカムの類は身に着けていないし、通信を受け取る装備は無いが明らかに通信された音声だ。ピンポイントに声を届ける機材でもあるんだろう。
「いいや、俺は大丈夫だぜ」
『そうか。だが、こちらは手を借りたいと思っている所だ』
「だったら手伝うぜ!」
「やぁ、助かったよ。これだけ車両が多くなると守る範囲も広くてね」
元々銀河鉄道めいた車体は長くなり続け、銀河鉄道その物と言える程になった。
『我々は遊撃は得意だが迎撃は不得手だ』
超高性能戦闘戯群も継続して戦闘を続けてはいるが、車両を狙って襲って来るVOIDに対しては抵抗が難しい。火力と機動力に特化している戦闘機が故の弱点と言った所か。
「車両の付近は電磁バリアで覆ってるからデブリは気にしなくていいよ」
「襲って来るのはVOIDだけって事だな」
これはウタとしても都合がいい。慣れて来たとは言え、デブリ対策の獄炎障壁の維持はそれなりに集中力を喰う。その状態で厄介なVOIDに襲われたらどうなっていた事か。
『早速お出ましだ。|来訪者《ビジター》、防衛は任せる。マーカーした敵を排除してくれ』
「ああ、任せろっ!」
ウタは獄炎爆破跳躍で一気に距離を詰め、マーカーされた敵を両断。追撃の獄炎で焼却処分。守りに|集中力《リソース》を割かなくてよくなった分遥かに動きやすい。
が、今度は急に暇になってきた。何せ、追撃してくるVOIDはあまり数が多くない。移動と防御は星降丸がやってくれるのでたまに来る敵襲を払うだけでいい。
ウタはこれまでの戦いを振り返る。
「VOIDは大きめのスペースデブリに擬態して襲って来る」
少なくとも、この衛星軌道上ではそうだ。
「指揮官っぽいのは見当たらないな」
襲撃は散発的で偶発的。どこかに指揮役が居るとすればこんな攻撃はするだろうか?
「躯の海から来てる、っていうより普通に宇宙から来てるな」
防衛ラインはあくまで地球圏まで。それより外の太陽系内には無数のVOIDが存在している。逆を言えば、突然現れるという事はないのだろうか……と、言う先入観は捨てた方がいいかもしれない。
『|来訪者《ビジター》、不味い事になった』
「どうした?」
『亜空間ソナーに反応があった。A級VOIDの襲撃が予想される』
「そいつは指揮官か?」
『その部下、と言った所か。大元の指揮官は未だ太陽圏のどこかに存在する筈だが』
「倒すべき敵に違いはない」
「こっちはそろそろ満杯になりそうだからいったん戻るよ。コイツの相手はよろしくね」
「任されたぜ!」
ウタは颯爽と車両から飛び降りた!
巨大な硝子が砕けるような音と共に現れたのは異形の肉塊。正しく、VOIDらしいVOIDだ。
『|来訪者《ビジター》、こちらで対処しても構わないが』
「いいや、その必要は無いぜ。こっちも狙ってる事がある。その為には俺一人の方が好都合だ」
『了解した。|健闘を祈る《グットラック》、|来訪者《ビジター》』
星降丸と戦闘機群が離れていく。残されたのはウタ一人だけだが、VOIDはウタの方を狙っているようだ。
「俺一人の方が簡単だって思ったか?」
そう言う事なら狙い通りだ。
巨大な肉塊その物だったVOIDは冒涜的に自身の肉片を分離させて飛ばしてくる。その肉片そのものも一つのVOID体のようで単純に避けるだけでは済まされない。
対してこちらは再び自力でデブリ対策の獄炎障壁を張り続けなきゃいけなくなった。ただの空中戦なら十分戦える相手だが、この状況では厳しい。
「って言うか、コイツはデブリをどうやって対処してるんだ?」
同じ空域に居る以上、目の前のVOID体にも無数のデブリが衝突している筈である。だが、特にダメージを受けている様子はない。それで自滅する程間抜けなら楽だったのだが。
その時、辛うじて肉眼で追える大きさの金属片がVOID体に衝突するのが見えた。衝突したデブリはまるで湖に小石が投げ込まれただけのように僅かに波打っただけだった。
「相対速度も衝撃も関係無しに瞬時に同化出来るのか」
当然と言えば当然だ。あらゆる物に侵食し同化する能力があるなら防ぐより吸収した方がいい。だが、分離して小さくなったVOIDは同化できずに普通に砕けている。あのデブリを融合吸収するにはある程度のサイズが必要な用だ。
「つまり、デカいVOIDは簡単にスペースデブリを抜けられるって訳だな」
迫り来る小さな肉片を焔摩天で溶断しながらウタは推測した。実際の所、肉片の猛攻はそんな細かい観察などさせてくれる程の隙を与えてはいなかったがウタの本命はそこではない。既に走らせている【|影の追跡者《シャドウチェイサー》】が本体を観察して得た情報だ。
肉塊を分離して飛ばして来ている分、本体からは徐々に質量が失われていくはずではある。ただ、溶断した肉塊がまた本体に戻って行く所を見ると殆どダメージを与えられている様子はない。分離した肉塊をもっと完全に破壊できれば話は別だったが、そこまでの出力を今のウタは出せない。
たとえ万全の状態でも単独での撃破は可能かどうか怪しいラインの敵だ。ただ、ウタの本命の目的は既に達成していると言っていい。
後はこいつを倒せばいい。だから、ウタはそうする事にした。
デブリシールドは切らさずに地上に向けて一気に獄炎爆破加速する。地上に、大気圏に向けてだ。ただし、真っすぐにではなく斜めに、彗星のような軌道を取る。この衛星軌道上の戦いも随分と慣れて来たものだ。こんな機会がまた来るかどうかは分からないが。
「そら、追って来いよ!」
ウタは地上に向けて落ちながら不敵に手招きする。程無くして狙った通りの角度への軌道調整が完了する。VOID体は当然追って来た。摩擦熱で表面を焦がしながら。
「安心したぜ。熱も完全に無力化できるならこれからやる手が使えなかったからなっ!」
表面の肉が焦げる。だが、もう肉塊を飛ばしては来ない。飛ばした肉塊程度の質量では摩擦熱に焼かれて燃え尽きるからだ。そうなる角度に調整して降下した。
その摩擦熱はウタ自身にも当然受ける。だが、ウタは獄炎使い。熱とは炎であり、操れる! 十分な熱を焔摩天に収束した。
「突き破るッ!」
そしてウタは大きく獄炎翼を広げ、背後で獄炎爆破。急速に空中ブレーキをかけた! 落下していた物体が空中停止すれば当然、落下し続けている方に向かって飛び込む形になる。
「うおおおおぉぉぉぉッ!」
その際にかかる強烈な重力に負けないよう叫びながら、ウタは焔摩天を前方に掲げた! その中心部、コアのある所に向けて! 相対速度差と蓄積された摩擦熱により、放たれた矢の如く肉塊を突き抜けた!
「お前も海で安らかに眠れ」
焔摩天は正確にコアを貫き、破壊した。焔摩天を背後に向かって振り抜き、蓄積した熱を獄炎として放射し残った肉塊もすべて焼却。
ウタは落ちていく。思えば、今日は殆どずっと落ちているような状態のままだったので、もう慣れてしまったのかいつものようにギターを弾きながら鎮魂歌を奏でる余裕すらあった。
そのまま落ちれば普通に死ぬが、そうなる前に獄炎翼を広げて無事に着陸するだろう。
●その時が始まる
猟兵達の戦いでVOIDの情報は集まった。旧人類の罪も、愚かな行いも。だが、託された新人類にはそれに抗う術がある事もはっきりした。
VOIDと戦えるのは猟兵だけではない。だが、以前VOIDの本陣まで攻め込み、彼方に居るであろう指揮官を叩けるのは猟兵と、宇宙要塞アイギスの超高性能戦闘機群だけだろう。
守るべき物は明らかになった。猟兵とVOIDとの本当の戦いはここから始まるのだ。
大成功
🔵🔵🔵