ペンタチュークは風により舞い戻るか、エースの遠路
イリス・ホワイトラトリア
イリスがベヒーモスと出会うノベルをお願いします。
アレンジその他諸々お任せします
海鶴マスター様のキャラクターやNPCにご登場頂いてもOKです。
●時系列
【ペンタチュークは風の彼方か、エースの残影】から約十年後の現代です。
●敵について
特に指定はありませんので良い感じに見繕ってください。
ある程度強い方がよろしいかも知れません。
●事の始まり
イリスはインドラ教の神官となりました。
その日のイリスは慈善活動の為にベヘモスコーストの教会に訪れていました。
●それから?
イリスが教会でお務めを果たしていると外から爆発音が聞こえました。
何事かと外に出るとイリスは驚きました。
「キャバリア!?」
街がキャバリアに襲われていたのです。
人々は大混乱に陥って逃げ惑いました。
その光景に住んでいた村が襲われた日の事が重なります。
「いや……いやぁぁぁ!」
イリスは腰が竦んで崩れ落ちてしまいました。
そんな間にもキャバリアは街に攻撃を加えます。
攻撃は教会にも及びました。
イリスは他のシスターに手を引かれて街の中を逃げ回りました。
「ベヒーモスの中に入るんだ! アレの装甲はアダマンチウム製なんだ! シェルターになる!」
誰かが叫ぶとイリス達もベヒーモスの中に逃げ込みました。
●ベヒーモスの内部へ
ベヒーモスの中にある格納庫は逃げ込んだ人達で一杯でした。
怪我人も多くいるようです。
そこでイリスは自責の念に駆られていました。
「何も出来なかった……あの時と同じで、手を引かれて逃げるしか……もし目の前で同じ事が起きたら、今度はわたしが助ける番にならなきゃいけなかったのに……」
するとシスターがイリスに怪我人の治療をお願いしました。
「はい! すぐに……あ、あれ……?」
イリスは立ち上がろうとするも足腰が震えて立てませんでした。
「ひっ……!」
ベヒーモスに鈍い衝撃音が伝わります。
どうやら敵が攻撃してきているようです。
人々も怯えています。
「王国軍が来るまで持ち堪えられるの……?」
すると誰かから話しかけられたような気がしました。
シスター達では無いようです。
「操縦席……?」
誰かが急いで操縦席に来るようにと促しています。
「これは……まさかインドラ様!?」
イリスは啓示を受けたのだと思いました。
「でも怪我をしてる人達の手当てが……」
戸惑っているイリスに気付いたシスターが何事かと尋ねました。
「それはまさしくインドラ様の啓示。ここは任せて御導きに従いなさい。あなたにはあなたにしか出来ない事がある筈です。さあ早く!」
シスターに促されたイリスは竦む足腰を無理矢理立たせて操縦席へと向かいます。
●ベヒーモスの操縦席へ
声に導かれるままに進むと、やがてベヒーモスの操縦室に辿り着きました。
「まるで船みたい……」
操縦室は船のブリッジにそっくりでした。
操縦者が座る席も艦長席のようです。
ブリッジは薄暗く静まり返っていてどの計器も動いていません。
「でもどうしたら……キャバリアは動かせますけど船なんて……それにベヒーモス様はもう百年も眠ったままなのに……」
イリスは恐る恐る艦長席に座りました。
するとベヒーモスの動力炉が目を覚まし、ブリッジの中に光が灯り始めました。
「ベヒーモス様がお目覚めに!?」
ベヒーモスはゆっくりと首を上げます。
動き出したベヒーモスに気付いたのか、敵の攻撃が激しくなりました。
鈍い衝撃音が伝わります。
「ひいいっ!」
イリスは縮こまってしまいます。
すると声が聞こえました。
「私を動かす? あなたはインドラ様じゃない?」
イリスは声の主がベヒーモスだと気付きました。
ベヒーモスは続けます。
「わたしにしか出来ない事……?」
今自分が何とかしなければ皆死んでしまう。
イリスは両親と兄と姉を思い出して勇気を振り絞りました。
「何か武器はありませんか!?」
モニターに様々な武器が表示されます。
しかし殆どが使用不能を示す灰色でした。
観光地となるにあたって武装の多くが取り外されていたのです。
ですが明るく表示されている武器がありました。
「ギガンティックバスター? これなら!」
続いて表示された発射時の予想効果範囲を見てイリスは青ざめました。
「だめ! 街を巻き込んじゃう!」
街にはまだ逃げ遅れた人が大勢いるでしょう。
しかしこのままでは幾ら頑丈なベヒーモスとは言えど王国軍の到着まで持ち堪えられるか分かりません。
内部に入り込まれてしまう恐れもあります。
「どうしよう……」
イリスが迷っているとベヒーモスは海に向かってゆっくりと歩き出しました。
「街から離れれば……!」
ギガンティックバスターも撃てるでしょうし街から敵を遠ざける事も出来るでしょう。
その分自分達が危険になりますがイリスはベヒーモスを信じる事にしました。
「今度はわたしが助ける番……!」
●ベヒーモスは海へ
ベヒーモスはベヘモスコーストを離れて海に進みました。
非常に巨大な機体なので移動速度はとてもゆっくりとしています。
ですが泳ぐようになってから少し速度が増しました。
その間も敵の攻撃は続いています。
「少しでもベヒーモス様の傷を癒さないと……!」
イリスは【聖癒の光輝】でベヒーモスの損傷を修復し続けました。
「あ、あれ?」
そこでイリスは自分の治癒の力の異常な高まりを感じました。
「ユーベルコード? まさかわたしも皇女殿下と同じ!?」
何となくですが治癒の力がユーベルコード化している事と自分がソフィア達と同様に猟兵化した事を悟りました。
同時に大きな疲労感に襲われました。
「わたしが頑張らないとみんな死んじゃう……!」
イリスは自分を奮い立たせてベヒーモスの修復を続けます。
するとモニターにギガンティックバスターの効果範囲表示されました。
街から十分に離れられたようです。
「でもどうやって撃つんですか!?」
困惑するイリスを他所にベヒーモスは勝手にエネルギーの充填を始めました。
モニターに準備完了の報せが表示されると、イリスは戸惑いながら叫びました。
「ええっと……ギガンティックバスター! 発射してください!」
ベヒーモスの口から凄まじい威力の光線が発射されました。
ギガンティックバスターは単なる荷電粒子砲です。
ですがその砲身は非常に巨大で、出力も射程も桁違いです。
発射したビームは海面を抉りながら直進して水平線の彼方で天に届く程の大きな水蒸気爆発を発生させました。
激しい衝撃波の後に爆音が届きます。
しかし敵は健在でした。
「当たってない!?」
それもそのはず。
発射の兆候は簡単に掴めてしまいますし、そもそもとして高速で動き回る小さな標的を狙う為の武器ではありません。
キャバリアの戦闘に関する知識が浅いイリスには分からなかったのです。
「どうしたら……!」
イリスは途方に暮れてしまいました。
そんな時です。
幾つものビームやミサイルや銃弾が敵を目掛けて飛んできたのです。
●聖竜騎士団到着
「また敵!?」
イリスはビームが飛んできた方角を見ました。
「……じゃなくてあれは!」
ベヒーモスが拡大表示した先には2隻の戦艦と複数機のキャバリアがいました。
「どうしてベヒーモスが動いてるのよ!?」
ローエングリンのブリッジでエレインは驚いていました。
「そんなのお散歩したくなったからに決まってるでしょ」
ローエングリンの甲板上ではヘレナのディアストーカーがスナイパーキャノンで狙撃しています。
「ビームを撃ってくれたお陰で正確な居場所が分かったのだわ」
海を行くリヴァイアサンもオーシャンバスターで援護射撃に加わります。
「流石はメルヴィナ殿下! その美しき瞳は遠く離れた海里の果てまで見通していらっしゃられるのですね!」
「綺麗なお花火でしたわ〜!」
「ベヒーモスの巫女よ、よくぞ持ち堪えたな。後は我らに任せよ」
「聖竜騎士団全機! ベヒーモスを襲撃中の敵を速やかに排除なさい! 水之江女史もよろしいですね?」
「お得意様の御用命とあらば。にしても大きいわねぇ……怪獣映画みたい」
ルウェインのイグゼクター、メサイアのヴリトラ、ジェラルドのサラマンダー、ソフィアのインドラ、水之江のワダツミも攻撃に加わります。
誰でもこれだけの数の猟兵に集中攻撃されては不利となるでしょう。
敵は撃破ないし撃退されました。
「またソフィア殿下とインドラ様が助けに来てくれた……!」
イリスは安堵するのと同時に気を失ってしまいました。
ユーベルコードの連続使用で疲労が限界に達していたのです。
●ベヘモスコーストへ
戦闘を終えたベヒーモスは聖竜騎士団と共にベヘモスコーストへ帰還しました。
格納庫では負傷者の搬出作業が行われています。
「またしてもお助け頂いて、何と御礼を言えばいいのか……」
イリスは深く頭を下げます。
ソフィアは首を横に振りました。
「私が助けたのではありません。あなたが助けたのです」
「イリスよ、彼等を見るがいい。お前は次は己が救う番との誓いを果たしたのだ」
ジェラルドは搬出される負傷者達を見るように促します。
イリスはその光景を見ると改めて安堵しました。
ベヒーモスを触媒に放たれたユーベルコードが負傷者達も癒していたのです。
「ですが驚きました。イリスがベヒーモスの巫女に選ばれたとは」
「わたしも驚いてまして……それにわたしはインドラ様にお仕えする神官なのに……」
「王族の血を引かない者がベヒーモスの巫女に選ばれた前例は存在しないはずです。もしやイリスも?」
「そんな! わたしはただの農家の娘で……!」
「イリスもまた世界に選ばれたのであろう。我と同じようにな」
訳知り顔で言うジェラルドを無視して、ソフィアはとあるロボットヘッドの言葉を思い返していました。
『エルネイジェ、君たち強き者の血脈の遺伝子が、組み込まれているんだよ』
ソフィアは思いました。
民の血という意味で解釈していましたが、正しくは王族の血という意味だったのではないかと。
もし本当にイリスの中に王族の血が流れていたとしたら、当然親兄弟にも同じ血が流れている事でしょう。
そしてあのロボットヘッドはこうも言っていました。
『一人の青年の肉体が神機の申し子に受け継がれていった』
発見されなかったイリスの兄。
もしそれがあのロボットヘッドの言う青年だとしたら?
「……想像の飛躍が過ぎますか」
ソフィアの独り言にイリスは首を傾げました。
●それから
ベヘモスコーストの襲撃から暫く過ぎたある日の事です。
街では約百年振りに起動したベヒーモスの進水式が行われていました。
ベヒーモスは艤装(登場する画像の完全武装状態)されており、王国総軍の旗艦だった頃の勇姿が蘇っていました。
背中の飛行甲板上では豪勢なパイロットスーツを着用したイリスが観衆に向かって手を振っています。
「ちょっと恥ずかしいんですけど……」
服装もですがベヒーモスもです。
機体にはイリスの名前とエンブレムが仰々しく塗装されていたのです。
こうして紆余曲折を経てイリスとベヒーモスは聖竜騎士団に編入されました。
街のシンボルの役目を終えたベヒーモスを見送る人々の目は、誇らしくもあり、少しだけ寂しそうでもありました。
だいたいこんな感じでお願いします!
ソフィア・エルネイジェ
以下は執筆時の参考資料程度に扱ってください。
●何人合わせ?
イリス
ソフィア
ジェラルド
メルヴィナ
メサイア
ヘレナ
エレイン
ルウェイン
水之江
以上9名です。
同背後なので扱いの公平性等は気にしないでください。
●ソフィアについて
インドラ・ストームルーラーで出撃します。
脇役程度でOKです。
●ベヒーモスについて
竜脚類型の超巨大キャバリアです。
偉大なる巨竜の異名でも呼ばれます。
エルネイジェ王国が保有する機械神の一機とされています。
崇拝する宗派はありませんが、観光地として高い人気を持ちます。
百年前のバーラントとの戦争ではエルネイジェ王国総軍の戦闘司令旗艦として運用されていました。
●機能
最も特筆するべき点は機体の大きさです。
正規空母数隻分に及ぶ巨大な機体は母艦としての機能を持ち、背面にはリニアカタパルトを搭載した飛行甲板が備わっています。
機体内部には格納庫と居住区があり、胸部には艦載機を地上や水中に出撃させる為のウェルドックが存在します。
●電子戦能力
強力なレーダーシステムを搭載している為、移動拠点を兼ねた戦闘指揮所としての機能を持ちます。
●武装
機体各所には大小様々な火砲を搭載しています。
戦艦数隻分に及ぶ総火力の一斉射撃は都市を一つ壊滅させてしまう程と言われています。
踏み付けは凄まじい破壊力を持ちますが実用的ではありません。
尻尾の一振りも強力で、遠心力を働かせた強引な方向転換にも使用されます。
頭部には格闘戦用の顎に加えてギガンティックバスターを内蔵しています。
巨竜の息吹の名でも呼ばれるこれは、規格外に大口径化する事で単純に威力を高めて射程を伸長した荷電粒子砲です。
●装甲
機体全体を覆うアダマンチウム製の装甲は優れた剛性と腐食耐性を持ちます。
一方で非常に重いという特性を持ち、巨体と相まって機体の機動性は著しく低くなっています。
しかしその分だけ安定性は極めて高くなっています。
●環境適性
水陸両用ですが、地上よりも海上での移動速度の方が速くなっています。
●性格
のんびり屋さんです。
穏和で争いを好みません。
ベヒーモスの現状認識は「昼寝してたら百年経っててしかもヤバい状況になってた」みたいな感じです。
●伝承
百年どころではない遥か遠い昔、アーレス大陸は外の大陸からやってきた巨神に侵攻されて滅んでしまいました。
しかしごく僅かに生き残った人々がいました。
ベヒーモスはその人々の家となり、住める場所を探して大陸中を彷徨ったとされています。
真偽は不明ですが、山のように巨大なキャバリアが旅をしたという伝承が大陸全土に残されています。
イメージ的にはノアの方舟が近いかも知れません。
●現在
先代の巫女が逝去してから休眠状態に陥っていました。
戦略的に極めて重要な機体ですが、現在の王族には起動させられる者が存在しません。
巨体故に莫大な維持費が掛かる為、観光地として運用する事で維持費を補っていました。
艤装は解除されていますが、頭部のギガンティックバスターだけは残されています。
●ベヒーモスは自律行動できるの?
可能です。
●ならイリス要らなくない?
エルネイジェの王族の血を引くものが乗っていないと弱体化してしまいます。
具体的にはギガンティックバスターが発射出来なくなります。
●どうしてイリスが巫女に選ばれたの?
ベヒーモスはエルネイジェの王族の血を引く者の中から自分と相性の良い巫女を選びます。
遥か遠い血縁ですがイリスはエルネイジェの王族の血を引いています。
本人はおろかそれを知る者はいません。
しかしエイルさんは気付くかも知れません。
メルヴィナ・エルネイジェ
以下は執筆時の参考資料程度に扱ってください。
●メルヴィナについて
リヴァイアサンで出撃します。
脇役程度でOKです。
●王国軍は何をやっていたんだ!?
ベヘモスコーストは戦火から遠い街なので最低限の治安維持部隊しか配備されていませんでした。
●逆に聖竜騎士団は何故敵襲に気付けたの?
敵が海路から侵入すればその時点で、陸から侵入していた場合はベヒーモスの起動を切掛としてリヴァイアサンが探知しました。
いずれにせよ海の異変で気付きます。
また、聖竜騎士団は王室の独断で出撃が可能なので正規軍よりも素早く行動出来ます。
メサイア・エルネイジェ
以下は執筆時の参考資料程度に扱ってください。
●メサイアについて
ヴリトラ・スカイルーラーで出撃します。
脇役程度でOKです。
ルウェイン・グレーデ
以下は執筆時の参考資料程度に扱ってください。
●ルウェインについて
ヴェロキラ・イグゼクターで出撃します。
脇役程度でOKです。
●聖竜騎士団はなんで集まってたの?
シナリオ【大喝せよ、其のエースの名を】でソフィアが得た情報を検証する為に海竜神殿に集まっていました。
水之江も偶々同席していました。
その矢先にリヴァイアサンがベヘモスコーストの異常を感知したので緊急出動しました。
桐嶋・水之江
以下は執筆時の参考資料程度に扱ってください。
●水之江について
ワダツミで出撃します。
脇役程度でOKです。
●何故ここに水之江が?
自社製品の売り込みに来ていました。
聖竜騎士団が急遽出動する事になったので面白そうだから付いてきました。
あわよくばベヒーモスを解析して量産出来ないかなと企んでいます。
「ガワだけなら作れるのよ、ガワだけならね」
ヘレナ・ミラージュテイル
以下は執筆時の参考資料程度に扱ってください。
●ヘレナについて
ヴェロキラ・ディアストーカーで出撃します。
脇役程度でOKです。
●何故ローエングリンの甲板から狙撃を?
ディアストーカーは飛ぶ事は出来てもずっと飛んでいる事は出来ません。
ガス欠になってしまいます。
エレイン・アイディール
以下は執筆時の参考資料程度に扱ってください。
●エレインについて
ローエングリンで出撃します。
脇役程度でOKです。
●ローエングリンについて
ローエングリン級大型戦艦の1番艦です。
聖竜騎士団の旗艦でもあります。
重力圏下で飛行可能ですが、船体の下半分を水中に浸けて航行も可能です。
非常に歴史の古い艦艇で、殲禍炎剣が無かった時代は星の海を渡れたと伝えられています。
艦載機の発着はカタパルトデッキの他、両舷のポート(◎部分)でも行えます。
建造には莫大な費用が掛かる為、量産出来ません。
カタパルトデッキが船体の底面に備わっている理由については、発艦時の高度を落とす事で殲禍炎剣に撃墜される事故を防止する為とされています。
ジェラルド・エルネイジェ
以下は執筆時の参考資料程度に扱ってください。
●ジェラルドについて
サラマンダーで出撃します。
脇役程度でOKです。
●ベヘモスコーストについて
エルネイジェ西部沿岸の港町です。
観光地として有名で、特に街の名前の由来となっている超巨大キャバリア、ベヒーモスを目当てに観光客が多く訪れます。
西一帯にはエルネイジェ海の美しい景観が広がっています。
ベヒーモスの飛行甲板から眺める夕陽は絶景の一言です。
海産物も豊富で、街中には水揚げされたばかりの新鮮な魚介類を振る舞う飲食店が数多く並んでいます。
●イリスは信奉していない機械神の巫女になっちゃったけどいいの?
少し複雑な気持ちですがインドラの巫女であるソフィアからお赦しが出たので良しとします。
「インドラ様にお仕えする気持ちに変わりありません。ですがベヒーモス様と共により多くの人を救う事がわたしのやるべき事だと思うんです」
インドラとベヒーモスは我関せずといった感じです。
●しあわせなゆめ
夢を見る。
そうであると断じることのできる材料は多くあった。
風の彼方に見ゆるは、過去の出来事。
優しさを象る父と母がいた。
親しみを象る姉がいた。
強さを象る兄がいた。
しかして、それらは残影の彼方に消えゆく。
手を伸ばしても、伸ばしても、追いつくことはできなかった。
自らの心が枯れ果てるようにひび割れ、痛みがこみ上げてくる。
どうしようもないことだと理解している。
どんなに願ったとしても、あの日はもう帰ってはこない。
時が巻き戻ることがあろうとも、もう戻らない。二度と帰らぬを嘆くことしかできない。
「先に行っているよ、イリス」
あの優しい声は二度と聞くことはできない。
他愛のないあの日は二度と戻らない。
祈り続けても。
願いが昇華する祈りと成り果てても、それでも戻らない者は戻らないのだ。
明日が続くと誰が保証してくれた。
明後日も、明々後日も。
信じて疑わなかったものが崩れ去ることなんて、こんなにも簡単なのだ。
だから、しあわせなゆめは嘆きに染まる。
「いや、いや、いや……いやぁぁぁぁッ!!」
叫ぶ声は届かない。
汗浮かぶ肌に張り付いた髪が気持ち悪いと思った。
たまらず身を起こす。
イリス・ホワイトラトリア(白き祈りの治癒神官・f42563)はあれから何度も夢を見る。
しあわせなゆめとはかけ離れた悪夢を見続ける。
涙に覆われた過去は癒えない。消えることはない。
されど、風の彼方に熾火は昌盛する。
闇の中に確かにある灯火がある。ならば、己はその道を往くしかないのだ。
そう決めたのだ。
張り付いた髪を拭ってイリスは息を吐き出す。
心臓が鼓動している。
まだ自分が生きているということを実感する。
あの日、あの時、どうして自分が生き残ったのかを考えない日はなかった。
どうすれば生きている意味を見出すことができるだろうか。
「『インドラ』様、どうか私をお導きください……」
祈るようにしてイリスは自室の窓から見える星空を見つめる。
あの星の先まで行けたのならば、あの己の悪夢を構成する怪物たちの爪は及ばないだろうか。
そんなことを考えてしまう。
イリスはあの爪を、指を、下碑たる笑い声を振り切るように頭を振る。
「こんなことではいけないのに……明日は『ベヘモスコースト』へと向かう日なのに……」
そう、明日は慈善活動の為に『エルネイジェ王国』の一地方、『ベヘモスコースト』へと向かわねばならない。
観光地として国内では有名だ。
西部湾岸の港町。
名前の由来となっている超巨大キャバリア『ベヒーモス』が観光の目玉となっている。観光地とは言え、一地方である。
インドラ教の神官であるイリスは、人手の足りない『ベヘモスコースト』へと派遣されるのだ。
毎夜となく見る悪夢にうなされている場合ではない。
イリスは肌着に張り付く汗を拭うようにして身を正す。
不快に感じることも生きている証である。
ならばこそ、イリスは進まねばならない。その気持ちは誰よりも強いものだろう。
十数年前の事件は風化しても、己の中では未だ昨日のことのように思い出してしまえる。
強くならなくては、とイリスは頬を叩く。
いけない。
余計に眠れなくなってしまった、とイリスは後悔するのだった――。
●しあわせなゆめを見る
戦場に煌めく輝きがあった。
己が睥睨するは、戦場。
見下ろすように戦場を俯瞰して見ることができるのは、己が巨体であるがゆえである。
百年前……己にとっては午睡より目覚めるかのような一瞬であった。
それでも思い出すことができる。
戦場に煌めく輝きは生命の散華。
あの火球の一つ一つが生命であったのだと理解できる。だが、あまりにも多くの生命が喪われていく。
火球の明滅は美しくも恐ろしく映るだろう。
それは己が乗り手、巫女と感応しているがゆえに感じることでもあったし、また同時に己が魂にも刻まれた感覚でもあった。
滅びを前にしても人の魂は煌めく。
消える灯火の最後の輝きではなく、明けの明星の如き煌めきでもって己が生命を存続させようと足掻くのだ。
生命は。
生命は有限である。
そして、喪われるものでもある。
されど、紡がれるものであることを己は知っているのだ。
「強いだけの力に価値などない。優しさが世界には必要だ。もしも、それが弱さだという者がいるのだとすれば、その者は本当の強さを知らないのさ」
黒いキャバリア『熾煌』を駆るパイロットは告げた。
己が巨体を前にしてもなお、迫る争いの火の粉を前にしても何ら恥じることなく、己たちの弱さを、矮小さを誇るようだった。
それでは何も救えない。
圧倒的な力を前に人の生命は脆弱に過ぎる。
己はそれを知っている。故に、己は己が体躯の内にて弱き人々を匿い、安住の地を求める心にしたがって進んだのだ。
「それは君だってわかっているだろう。だというのに、まだ戦いを続けるのか」
黒いキャバリア『熾煌』のパイロットの魂の輝きを見る。
『天才』と呼ばれた『憂国学徒兵』の一人。
『ハイランダー・ナイン』の一人、『アハト・スカルモルド』は『エルネイジェ王国』と『バーラント機械教国連合』の戦争に介入していた。
かの存在がさらに戦乱を加速させている。
如何なる理由があろうとも、その行いは部外者の言でしかない。
一蹴に付すべきものであった。
けれど、それでも己――『ベヒーモス』は感じ入るところがあった。
戦い続ける意義。
「君は優しさを知るだろう。君は知りたいと願ったんだ」
『此処だよ』
叫ぶ声に応える。
戦場に煌めくクリスタルビットの乱舞が戦場を埋め尽くしていく。
己の体躯に備わった砲火が荒ぶ中、クリスタルビットが砲火を乱反射させ、戦場にあった全てのキャバリアの武装を貫いていた。
理解できる。
あれなるものは『平和』を求めている。
だからこそ、己は応えたいと思ったのだ。
争い知ってなお、それでもと平和の意味を問いかける存在に。
「……ぐっ、ふっ……!」
だが、悲しいかな。
人の身体は脆弱すぎる。『天才』と呼ばれた『アハト・スカルモルド』すらも、迫る病魔には勝てない。
寿命という魂の容れ物が脆弱すぎる。
身を苛む病を推して、此処までやってきたこと事態には敬意を表することができたかもしれない。
けれど、やはり愚かだ。
「それでも。愚かでも、前に進んでいくのが人間だ。いつだってそうだ。僕らは、こんな悲しみの中で生きるべきものじゃあない。例え、悲しみが優しさの影にあるのだとしても。それでも、僕らは」
互いに手を伸ばすことができる、と言う彼の言葉に己は、思う。
争いなど好まない。
己が最初にしたのは、人々の家になることだった。
争いが続くのならば、争いを避ければ良いと思ったのだ。人々もそうだった。己を住居とした彼らは争いを好まなかった。
けれど、それでも彼らは人なのだ。
人である以上、争いが生まれる。
たった一人、己と他人が違うと認識した瞬間から争いが起こってしまう。
その繰り返しを何度も見てきた。
些細な諍いが生命を奪い合う争いに発展する様さえも。
あまりにも遠すぎる。
『憂国学徒兵』の過ちはただ一つだ。
性急さ。
それだけだ。
彼らは、その強すぎる|『超越者』《ハイランダー》としての力を持ってして、あらゆる争いに介入していった。
なまじ出来てしまったのが不幸の始まりだったことだろう。
大陸一つを支配し、さらなり支配の拡大を願った『サスナー第一帝国』を滅ぼしてしまえた。
『ベヒーモス』は理解する。
眼の前の一つ一つを解決していく地道さを彼らは忘れたのだ。
もしも、彼らが|『超越者』《ハイランダー》としての力を持っていなかったのならば、緩やかに世界は平和になっていっただろう。
「僕らが急ぎ過ぎた、と? そんなことはない。きっと僕らならば!」
その傲慢さが人の生命を奪う。
決定的な認識の齟齬が、そこに在った――。
●ベヘモスコースト
イリスは西方に広がる美しいエルネイジェ海の光景に目を奪われる。
避暑地としても有名な沿岸線が伸びている。
皇族のプライベートビーチがあることでも知られている海岸線は、確かに観光地として有名になることは伺えたことだろう。
「なんと美しい海なのでしょう」
「イリス、此方へ」
「はい、只今」
海の光景に見惚れていたイリスは同僚のシスターたちに促されてインドラ教会での務めに戻る。
慈善事業と言っても殆どが雑用を兼ねたものであった。
教会周辺の整備や、教会を訪れる信徒たちの世話。
無料の炊き出しの準備など朝から晩までやることが目白押しであった。観光地であるから、なおさら人の多さと教会の手伝いをするシスターたちの数が釣り合っていない。
有志のボランティアもいることはいるのだが、それでも観光業が盛んになれば、人手を策ことは難しいものだった。
ねじれた構図にめまいがしそうだった。
けれど、それでもイリスは毎夜のごとく見る悪夢を忘れるには忙しさがちょうどよいと思った。
働いている時は、悪夢の事を忘れることができる。
眠らなければうなされることだってないのだ。
同じ汗をかくのだとしても、雲泥の差だったのだ。
「明日は休養日です。がんばりましょう」
「はい。それにしてもすごい量ですね。これを連日……というのは大変ではありませんか?」
「ですが、これも『インドラ』様の威光を知らしめるには必要なこと。ならば我等信徒は、その務めを最大限に果たさなければならないのです」
確かにそうだとイリスはシスターの言葉に頷く。
インドラ教会のシスターは、いずれも武闘派である。
朝から始まるチェストも欠かすことはない。いずれもが祈りを捧げながらも戦うことのできる戦闘修道女と言ったところであろう。
とは言え、そんな彼女達でさえ、亜人には数の暴力で押し切られてしまう。
だからこそ、キャバリアが居るのだ。
力があれば、奪われることなどない。
「イリス、此方を教会の倉庫へ」
「わかり、ました……」
とは言え、示された資材の山を見てイリスはたじろぐ。
己だって鍛えてきているはずなのだ。けれど、どう考えてもこの大量の資材を運びこむのは骨が折れるものであった。
いいや、泣き言なんて言ってられない。
己だけではない、他のシスターだって己が仕事を全うしようと懸命なのだ。
「よい、しょ……っ、ふぅ……これで最後でしょうか」
イリスは息を吐き出す。
あれだけあった資材もなんとか運び込むことができた。
倉庫の扉を閉めると遠くには巨躯が見える。
「あれが『ベヒーモス』様……」
そう、この地名の由来ともなった機械神が一柱『ベヒーモス』。
偉大なる巨竜の異名を誇る『エルネイジェ王国』の保有する超巨大キャバリアの一騎だ。
かの『ベヒーモス』を崇拝する宗派は存在していない。
何故かは言及されていないが、観光地の目玉として高い人気を誇っている。
それをイリスは知っていたのだ。
とは言え、直に見るのは初めてになる。
「なんとも雄々しき姿でしょうか」
イリスは見惚れるようにして燦然と輝く白い装甲を流し見てから新たなる雑事を片付けようと一歩を踏み出す。
瞬間、彼女の耳朶を打つのは爆発音だった。そして衝撃が身を打ち据える。
「きゃあっ!? な、何が……!?」
よろめく体を倉庫の壁にて支えてイリスは見上げる。
そこに在ったのは爆発による黒煙だった。
「あれは……キャバリア!?」
何事だと慌てて教会の外に出ると、そこに広がっていたのは無数のキャバリア闊歩する戦場であった。
鈍色のような、白色のような装甲。
それは『イカルガ』と呼ばれるキャバリアだったが、イリスが知る由もない。
ただ、はっきりと分かる。
眼の前には混乱が満ちている。
なぜ、こんなことになっているのか。
わからない。
けれど、混乱に陥った人々の声が聞こえる。
逃げ惑う人々の顔が見える。
誰も彼もが恐怖に染まっている。
何処までも青空が広がっているのに、地上にあるのは爆発と爆煙だけだった。
風が吹いていた。
イリスは目を見開くことしかできなかった。
定まらぬ視線。
わなわなと震える唇。
肺がせり上がるような感触。
息ができない。胸が締め付けられる。知らず、涙がこぼれそうになる。
震える腰が、己を支えてはくれなかった。
崩れるようにしてイリスは、その場にへたり込んでしまう。
爆発が起こった。
近い。
逃げなければならない。いや、何処に? 何処に逃げても、奴らは追ってくる。
逃げても、逃げても、逃げても。
どこに逃げてもやってくる。
あの亜人たちを幻視する。
違う。あれはキャバリアだと視覚は理解できても、イリスは意識が理解を拒んでいた。
「いや……いやぁぁぁぁ!!」
狂乱するようにイリスは髪を振り乱し、怯える。
争いがやってきている。
全てを己から奪い去ったあの日の再現が、今目の前で繰り広げられている。
銃火が逃げ惑う人々を撃つ。
爆煙が走る人々を飲み込んでいく。
地鳴りのように響き渡るのは、鋼鉄の巨人たるキャバリアが進撃を続けているからだろう。
あの瞳を思わせる『イカルガ』のアイセンサーが煌めいている。
「いや、いや、いや……!」
どれだけ拒絶しても『イカルガ』に聞き入れられるわけがなかった。
そのキャバリアは無人機だった。
人の気配の感じられないキャバリア。
ただの命令を遂行するためだけの存在。
故に、どれだけ人の悲鳴が響こうとも人間の理性無き兵器は、その嘆きすら穿つのだ。
イリスに向けられる銃口が剣呑に輝く。
己の手を引くものがいた。
確か、教会のシスター。己に仕事を伝えてくれたもの。
「お早く! 此方へ!」
「は、っ、うっ、は、っ、はっ……!」
返事が出来ない。
イリスは己が手を引かれている、という事実にまた過去を幻視する。
いやだ。
この先を思い出したくない。
けれど、幻視した光景と現実が重なる。
イリスの手を引いていたシスターの体が吹き飛ぶ。文字通り吹き飛んだのだ。だらり、と下がる己の手を引く腕。
滴る血潮。
赤い。
眼の前が真っ赤に染まる。
『イカルガ』の放った銃火の弾丸がイリスの手を引いていたシスターを吹き飛ばしたのだ。
イリスが無事だったのは、手を引かれていたからだ。
己がそうしなければならなかったのに、ただ手を引かれるあの日のままの己だったから、眼の前のシスターは五体すら失うようにして吹き飛んだのだ。
眼の前が明滅する。
白と黒。
ぐらりと頭が揺れる。
だが、それでも彼女は踏み堪えた。
風が吹いていた。
己の背を押すように、風がイリスを走らせたのだ。
「はっ! はあっ、はっ! はあっ! わ、私は……!」
生きなければならない。
あの日生きた残った責務が己の足を前に進ませる。
どこかで叫ぶ声が聞こえる。
どこかで聞いた声だった。
「『ベヒーモス』の中に入るんだ!」
イリスは顔を上げる。
『それ』は風と共にやってきた。
光の翼が噴出するように白い粒子を放ち、赤と青の装甲を持つキャバリアが己を狙っていた『イカルガ』の胴体を手にした大型突撃槍の一撃で以て穿っていた。
火花が散るのと同時に衝撃がイリスの体を打つ。
「……っ、っ!?」
「アレの装甲はアダマンチウム製でしょう! シェルター代わりに使うことができるはず!」
声が聞こえる。
誰の声?
わからない。けれど、あの赤と青の装甲を持つキャバリアは見たことがなかった。
少なくともイリスは知らなかった。
けれど、敵ではないとわかるのだ。あれは敵ではない。
「さあ、早くお行き。此処は、僕らが抑える!」
「あの超巨大キャバリアを目指してください!」
「落ち着いて行動するのだ! 諸君らは我等が護る!!」
「『幻影装置』起動……! い、行きます……『セラフィム』!!」
イリスの眼前に四騎のキャバリアが降り立つ。
白い粒子を光の翼のような背面ユニットから放出している。
「空を……飛んで、いる?」
呆然と見上げるしかなかった。
あれなるは『セラフィム』。
――天に認むる在り方よ。
――ああ、君は征くか。
――慈悲と慈愛の在り方示す君よ。
――ああ、君はそれでも。
――讃えよ、『ケルビム』。
――謳えよ、『セラフィム』。
――天地に『生命賛歌』よ響け。
――幸あれ、幸あれ、道行く者に幸あれ。
響くは歌声。白い粒子が媒介しているのか、それともイリスだけが聞こえているのか。わからないけれど、しかして聞こえたのだ。
歌が聞こえる。
――幸を共して生きよう。
一騎の赤と青の装甲持つキャバリア『セラフィム』がイリスを振り返った。
はっ、としたような所作だった。
まるで人間のような仕草だった。
それをイリスは知っているような気がした。
――渦中の喜望よ。
「あなたは」
問いかける言葉は風に溶けて消えた。
逃げ惑う人々を守るようにして四騎のサイキックキャバリアが戦場を疾駆する。
暖かな風だった。
人を傷つけるような痛烈なる風ではなかった。
イリスは人々の波に揉まれるようにして超巨大キャバリア『ヘビーモス』へと逃げ込む――。
●災禍
超巨大キャバリア『ベヒーモス』は言うまでもなく『エルネイジェ王国』の至宝であり、機械神である。
特筆すべきは巨大さである。
正規空母数隻にも及ぶであおる巨躯は、母艦としての機能を持つ。
伝説に由来する所の、嘗てアーレス大陸にて安住の地を求めて人々を運んだという逸話はおそらく間違いではないだろうと思わせるほどに有する格納庫の一つに逃げ込んだ街の人々の殆どを収容することができたのだ。
何処を見ても人に溢れていた。
戦禍に巻き込まれた人々は大なり小なりに傷を負っていた。
呻く声も聞こえる。
イリスは漸くにして己を取り戻す。
「何も出来なかった……あの時と同じで、手を引かれて逃げるしか……」
あの日から己は今度は己が助ける番にならねばならないと思っていたのだ。
姉のことを思い出す。
己の手を引いてくれた姉。
眼の前で消えた姉。
真っ赤に染まる視界にイリスはこみ上げる胃液をこらえるしかなかった。
吐き出したい。
何もかも恐怖と共に吐き出してしまいたい。
けれど、それは許されない。
彼女の耳朶を打つのは己よりも傷ついた者たちの声であったからだ。
忘れてはならないことばかりだ。
己はなんのために今日まで生きてきたのだ。
「シスターイリス! ご無事でしたか!」
教会の修道女たちが駆け寄ってくる。
けれど、一時的とは言えシェルターに逃げ込んでも事態が好転したことにはならない。
『ベヒーモス』の外では今も無人機キャバリア『イカルガ』と、あの四騎の赤と青の装甲もつキャバリアが戦っているはずなのだ。
たった四騎。
王国軍が救援に駆けつけるまでに保つだろうか。
「は、はい……」
「此方へ。怪我人が多いのです。治療を願えますか」
「はい! すぐに……」
だが、イリスはすぐさま動けなかった。
足が震えている。腰が引けているとも言えた。
あれだけ毎日の修練を欠かさなかったというのに、肝心な時にイリスの足が動かないのだ。
今すぐに駆け出さなければ、喪われる生命があるというのに、それでも駆け出せない。どうしてだろう。何故。何故、己の足は言うことを聞いてくれないのか。
姉を思い出したからか。
眼の前で轢殺された姉を。
その最期を思い出してしまったからか。
ならば、尚の事動かねばならない。
なのに。
「ひっ……!」
鈍い衝撃が『ベヒーモス』の巨体を揺らす。
あの無人機キャバリア『イカルガ』の攻撃が迫っているのだと知れる。
揺れる格納庫に人々の悲鳴が狂乱めいて響く。
恐慌がいつ起きてもおかしくない。
怯えは必ず人々の心を恐れへと走らせる。膨れ上がった恐れは、狂ったように人の心を打ちのめすのだ。
自分は、とイリスは思う。
あの日の己は、ただ逃げ惑うだけだった。
ただ手を引かれるだけだった。
誰かの優しさの中で自分は生きていたのだと知った。
ならばこそ、今度こそ自分が手を引く番だと思ったのだ。けれど、それさえもイリスはでいなかった。
何もかも己の意気地のなさを示していた。
もう嫌だ。
こんなのは嫌だ。
他の誰もこんな思いをしてほしくないと思ったから、あの日から己を律してきたのだ。祈ってきたのだ。
けれど、願いが昇華する祈りあれど祈りは誰かを救わない。
己が己で救おうとする者でない限り、その祈りは力になり得ないのだ。
「王国軍が来るまで保つのかよ!」
「そんな声を出すな! 子供だって居るんだぞ! 不安を煽るような!」
「現実問題だろうが! こんな所に閉じこもっていても、なんの保証もないんだぞ!」
「どけ! もっと奥があるはずだ!」
「このやろう、なにしやがる!!」
混乱が満ちている。
無力だ。
イリスは痛感する。
己の無力さを。己の覚悟のなさを。
何一つできない。大きな力もない。何もできない。力のなさを嘆くことしかできない。
でも、それでも。
「それでも私は……!」
眼の前の一つに手を伸ばすことをやめてはならないとイリスは思ったのだ。
大きな力なくとも、正しき思想を掲げることもできなくても、正しさを証明することさえできなくても、それでも眼の前のたった一つに手を伸ばすしかないのだ。
「皆様、心をお鎮めください! 我らがあるのは創世の巨竜たる『ベヒーモス』様の中でございましょう! 我等の心が、我等が信仰こそが己を救うのです。それを、どうか思い出してください!」
イリスの声が響いた。
自分には力がない。わかっていることだ。
だからこそ、イリスは言葉でもって己が内を吐露する。
恐ろしいだろう。
不安であるだろう。
先の見えぬ暗闇のような未来を悲嘆する気持ちもわかる。
だからこそ、イリスは言葉を紡ぐのだ。そうでなければ紡げぬ未来がある。
誰も彼もを救う力がなくとも、眼の前の誰かの手を引くことのできる優しさをイリスは知っている。
そう、眼の前の一つに向き合う勇気がない者に己を救うことはできないのだ。
『――』
「……え?」
声が聞こえた気がした。
自分ではない声。
この場に居る誰かの声か? いや、イリスの言葉に誰もが静まり返っていた。
ざわめき一つなかった。
彼女の言葉に誰もが己が今までの戸惑いや振る舞いを恥じている様子だった。だから、今聞こえた声が誰のものであるかわからなかったのだ。
己だけに聞こえたのか?
「これは……まさか『インドラ』様!?」
啓示というものがある。
または託宣とも言のかもしれない。
『――』
また聞こえた。
「操縦席……? でも、怪我をしている人達の手当が……」
戸惑いが心の内側から湧き上がってくる。
先程までの言葉を放った者とは思えないほどにイリスは混乱していた。声が、聞こえる。けれど、それは他者には聞こえない声のようだった。
だからこそ、イリスは戸惑うのだ。
これが仮に啓示であったというのならば、栄誉以外の何物でもない。けれど、それを証明する手立てが何処にもないのだ。
「どうしたのです、イリス。何を……」
「声が、声が聞こえるのです。操縦席に、と……」
その言葉にシスターたちは目を見開く。
機械神の巫女に選ばれた者たちは、皆一様に声を聞くという。
『エルネイジェ王国』の皇女、皇子がそうであることは有名な事実である。彼らの言葉を借りるのならば、機械神そのものが語りかけてくるのだと言う。
ならば、それは。
「それは正しく『インドラ』様の啓示にほかなりません。ここはお任せてお導きに従いなさい」
「ですが……」
イリスはそれ以上に眼の前の人々を放ってはおけなかった。
自分のできることを、と思ったのだ。
眼の前の誰かを救うことが、それであると思っていた。
「あなたにはあなたにしか出来ないことがある筈です。さあ、お早く!」
促されるままにイリスは駆け出す。
その足取りは頼りないものだっただろう。
任せる、とはとても言えない背中だった。
けれど、シスターたちは思ったのだ。恐慌寸前であった人々の心を沈めたイリスの言葉は偽りのない真の言葉だった。
真の言葉には力が宿るという。
彼女の言葉は確かに人々の心を鎮めるに値する言葉だったのだ。
だからこそ、シスターたちは疑わなかった。
イリスが選ばれたことを。
啓示を受けたことを。
シスターたちは頷く。ならば、己たちも己のできることを。
眼の前の一つを、取りこぼされようとしている生命を救わねばと奔走するのだった――。
●啓示の先へ
『――』
声が聞こえる。
声ならぬ声であるように思えたが、イリスは迷わなかった。
導く声はひどく優しい声色だったのだ。
苛烈さもない。あるのは、ただひたすらの優しさだけだった。
導かれるままに走るイリスの眼の前に広がったのは、まるで船のブリッジのような操縦室だった。
「ここ、なのですか……? まるで船のよう……」
座席めいたものが一つある。
それは言ってしまえば艦長席のようなものであったことだろう。
だが、薄暗く静まり返っている。
何をすれば良いのか、まるでわからない。
そもそもイリスはキャバリアを動かす教練を受けている。一通り……それこそ『エルネイジェ王国』にて普及している量産型のキャバリア、ヴェロキラプトル型の操縦はできるのだ。
けれど、このような巨大な……超巨大なキャバリアを動かす術など知るはずがなかったのだ。
「動かさなければ……皆様を守らねば……でもどうしたら……」
イリスはもう、これがキャバリアだとは思えなかった。
船そのものような操縦席。
何もかもが未知なる光景だった。
加えて、『ベヒーモス』は百年も稼働が認められていない機械神なのだ。
よしんば己が操縦するすべを知っていたとしても、動かせるとは到底思えなかったのだ。けれど、彼女は一歩踏み出した。一つを救い上げるために。
恐る恐る艦長席めいた席にイリスは腰掛ける。
薄暗かった操縦席は一気にモニターが起動し『ベヒーモス』のアイセンサーがまばゆい輝きを放つ。
ブリッジめいた操縦席のあちこちから光が灯り始める。
動力炉がうなりを上げる。
出力が上がっていく様子がモニターのゲージから見て取れる。
それは唐突なる覚醒であったことだろう。
「『ベヒーモス』様がお目覚めに!?」
ゆっくりと応えるように『ベヒーモス』の首が持ち上がっていく。
さらに巨体を揺るがすような衝撃がブリッジまで響く。
モニターには迫る『イカルガ』の部隊。
しかし、四騎のサイキックキャバリアがこれらを即座に撃退している。なのに、さらに苛烈なる攻勢が仕掛けられているということは。
「新手、敵の増援が来た、ということですか?」
揺れるブリッジ。
爆発音が響き渡る。イリスは思わず艦長席にしがみつく。
どうしたって縮こまってしまう。
心が、まだ恐れに震えてしまうのだ。
『――』
声が聞こえる。
優しくも暖かな声だ。
なんということだろう。それは己が報じる神の名を名乗らなかった。
「わ、私が動かす? あなたは『インドラ』様なのでは……?」
『――』
「べ、『ベヒーモス』様!?」
漸くにしてイリスは声の主が『インドラ』ではないことに気がつく。
これは『ベヒーモス』そのもの。
この巨躯の主たる『ベヒーモス』が己に直接語りかけているのだと理解する。だが、理解できたからと言って何ができるというのだろうか。
「わたしにしか出来ないこと……?」
続く言葉は己が戦わなければならないことを告げている。
できるわけがない。
己にはなんの力もない。
勇気もなければ、意気地もない。
けれど、わかってもいるのだ。今自分がこの状況をなんとかしなければ皆死んでしまう。
父、母の、姉の顔が浮かぶ。
あの日、あの時喪われてしまった全てが浮かんでは消えていく。
モニターに映る赤と青の装甲持つキャバリアが『イカルガ』を打ち据える。
大型突撃槍を手にした『セラフィム』だった。
だが、その『セラフィム』と打ち合う同じ大型突撃槍を持つ白い『インドラ・ナイトオブリージュ』の姿が目に入る。
明らかに白い『インドラ・ナイトオブリージュ』は動きが違った。
凄まじい速度で踏み込み、赤と青のサイキックキャバリア『セラフィム』を圧倒しているのだ。
大型突撃槍が打ち合う度に火花が散る。
苛烈なる戦いだ。
到底自分には、あのような戦いはできない。
なのに『ベヒーモス』の声は己にできることを、己にしかできないことを為せと告げている。
兄の顔が思い浮かんだ。
あの赤と青のキャバリアに何故重なるのかはわからなかったけれど。
それでも思い出したのだ。
己には力もない。勇気もない。意気地もない。
けれど、たったひとつだけある。
それは優しさだった。
優しさがあれば、勇気が湧き出す。己の心には誰かを思う心がある。見ず知らずも者たちのために戦える優しさが宿っている。
ならば、己の唯一の武器は優しさだった。
優しさこそが己の根源だったのだ。
例え、それが誰かから与えられた優しさだったのだとしても、その優しさを誰かに伝えなければならないと思ったのだ。
故にイリスは意志を強固にする。
何物にも、誰かにも自由にすることの出来ない意志でもって彼女は声を振り絞る。
「なにか武器はありませんか!?」
モニターにずらりと並ぶ武装データ。
しかし、その殆どが使用不能を示す限度で埋め尽くされていた。
そう、『ベヒーモス』は多くの武装が起動できぬがゆえに不要とされて外されていたのだ。
残されているのは、この巨躯のみ。
しかも敵はキャバリアだ。
機動性で勝る敵を鈍重なる機体でどうにかできるとは思えなかった。
「これは……!」
だが、たった一つだけ使用可能の表示が浮かぶ武装がある。
「『ギガンティックバスター』?」
それは『ベヒーモス』の顎部に備えられた超大口径荷電粒子砲の名である。
しかし、それを使用した際の予想効果範囲は『ベヘモスコースト』の街を完全に破壊するものであった。
あまりにも強力すぎるのだ。
青ざめるイリス。未だ街に逃げ遅れた人々が居るかもしれないのだ。すべての人々が『ベヒーモス』の中に逃げ込めたとは思えない。
それに加え、このままでは幾ら頑強なる装甲を持つ『ベヒーモス』と言えど王国軍の到着まで持ちこたえられない。
あの四騎のサイキックキャバリアが如何に強力だとしても、あの白い『インドラ・ナイトオブリージュ』一騎に手をこまねいている。
それに巨大である『ベヒーモス』の内部に敵が入り込んで来るかもしれない。
そうなれば、格納庫に逃げ込んだ人々はキャバリアを前に為すすべもないだろう。多くの生命が喪われてしまう。
ダメだ。
何一つとて打開策が浮かび上がって来ない。
「どうしよう……えっ!?」
迷っているイリスを他所に『ベヒーモス』は動き出す。
巨体を揺らし、ゆっくりと海に向かって移動を始めているのだ。
己が危惧する所を『ベヒーモス』は察してくれたのだろう。海に向かって歩く巨体にはさらに攻勢が強まる。
けれど、街から離れることができれば!
「今度はわたしが助ける番……!」
できるかもしれない。
己が得た優しさを誰かのためにつなげることができるかもしれない。
絶望の中にあっても希望は輝くのだ――。
●海へ
巨体がゆっくりと踏み出す。
超巨大キャバリア『ベヒーモス』は海へと進路を取る。
「動き出した!?」
四騎のサイキックキャバリアを駆る『ビバ・テルメ』の『神機の申し子』たちは、その光景に驚愕する。
あれはてっきり拠点のようなものなのだと彼らは思っていたのだ。
けれど、動き出したということは移動要塞めいたものなのだろう。
嘗て、彼らを生み出した小国家が有していた巨大陸上戦艦と同等のものだと考えれば、合点の行く所であった。
とは言え、移動を開始したとは言っても予断を許さぬ状況であった。
「この白いキャバリア……!」
「――」
そう、物言わぬ白い『インドラ・ナイトオブリージュ』はサブアームに懸架された大型突撃槍を振るい、四騎の『セラフィム』を相手取っている。
この一騎がいるだけで『ベヒーモス』防衛に動くことができないのだ。
「『エルフ』、ダメです。あのままでは!」
『ツヴェルフ』の声に『ドライツェーン』も頷く。
他の無人機キャバリア『イカルガ』たちの砲火が『ベヒーモス』の強固とは言え、その装甲を傷つけているのだ。
「こ、この機体……どうして此方の『幻影装置』を見切ることができてるの……?!」
単騎でもってキャバリア部隊を退けることのできるほどの性能を有する『セラフィム』と『神機の申し子』たちをしても、白い『インドラ・ナイトオブリージュ』は抑え込むようにして立ち回る。
明らかに一対多数の戦いにおける経験値が違いすぎる。
引き離そうとしても『閃光』のように食い込んでくるのだ。
「……装甲を抜かれてしまえば……!」
『エルフ』は苦々しく思う。
小国家『第三帝国シーヴァスリー』の難民を救援する難民キャンプを立ち上げて従事していた彼らだったが、近隣諸国のいざこざに首をつい突っ込んでしまっていた。
戦闘が起こっている、という状況を他国のことだからと捨て置くことができなかったのだ。
彼らは争いを憂う。
だからこそ、救われた生命もある。
だが、それでも敵の攻勢は苛烈そのものだった。
このままでは『ベヒーモス』の装甲が抜かれる。
それはイリスにも理解できるところであった。
「少しでも『ベヒーモス』様の傷を癒やさないと……!」
イリスは僅かでも、と聖なる光でもって穿たれた装甲を修復しようと試みていた。
光が砲火にさらされた装甲に広がると、その装甲が再生されていくのだ。
それは本来のイリスの力ではなかった。
異常とも取れる輝き。
損壊された装甲が次々と再生されていくのだ。
「こ、これは……ユーベルコード? まさかわたしも皇女殿下と同じ!?」
イリスはこれが僥倖であると思っただろう。
何故かはわからない。
けれど、己の癒やしの力が祈りと共に増幅しているのだ。
これならば敵の攻勢を受けても『ベヒーモス』の装甲を再生し続けることができる。それと同時にイリスは己が猟兵へと覚醒していることを理解する。
だが、強烈な力の高まりは、彼女の心身を痛め付けるものであった。
穿たれた装甲は再生を果たした。
けれど、同時に彼女の体が疲労に苛まれるのだ。
めまいがする。
視界が揺れる。
「わたしが頑張らないとみんな死んじゃう……!」
いやだ。
それはいやだ。もう二度とあんな光景を見たくはない。多くの人々が死に絶えた光景。
人の形を留めぬ遺体。
燃える村落。
あんな光景を二度と。
「わたしが、やらなければ……!」
イリスは己を奮い立たせる。
砲火を受けてなお、それでも『ベヒーモス』は進み続ける。
海までゆけば、勝機を見出すことができると信じるからこそ出来たことだった。
「誰かがあれを動かしているのか……」
『神機の申し子』、『エルフ』は如何なる存在が『ベヒーモス』を動かしているのかを知らない。
けれど、それでも彼は思ったのだ。
不安材料はいくらでもある。
「でも、絶望するにはまだ早い!」
踏み込む。
白い『インドラ・ナイトオブリージュ』共に振るう得物は大型突撃槍。
同じ得物ならば、戦えない訳ではない。
あの『ベヒーモス』を動かす者があれだけ奮起しているのだ。
己が戦わないわけにはいかない。
「みんな、あの超巨大キャバリアにはなにか打開策があるみたいだ。だったら」
「ええ、時を稼ぎましょう」
「それしか現状を打破する術はないな!」
「打ち倒せなくても、時間さえ稼げれば」
四騎のサイキックキャバリアが一斉に白い『インドラ・ナイトオブリージュ』を押し止めるようにして連携を密にしていく。
放たれる弾丸を『ツヴェルフ』の積層シールドが受け止め、『ドライツェーン』が遠距離からの砲撃で持って縫い留める。
さらに囲うようにして『フィーアツェン』の生み出した四騎のキャバリアの幻影が惑わす。
「おおおおっ!!!」
踏み込んだ『エルフ』の放つ大型突撃槍が白い『インドラ・ナイトオブリージュ』のラウンドシールドをついに弾き飛ばしたのだ。
宙に舞い上がるシールド。
そのシールドを掴んでいたサブアームごと引きちぎるような強烈な一撃を受けて白い『インドラ・ナイトオブリージュ』は後退する。
その光景をイリスは『ベヒーモス』から見やる。
敵の攻勢が弱まった。
「チャージ完了……? 撃てるんですか?!」
モニターに浮かぶ表示。
効果範囲の計測が完了し、街を巻き込みかねないというイリスの懸念がついに払拭されたのだ。
「撃てるってことは……どうすれば!?」
何も変わらない。
けれど、モニターに浮かぶのはチャージ完了の表示だけである。
なら、もう任せるしかない。
人智の及ばぬ機械神のやることである。
もう自分のできることはただ一つ。
「ええっと……『ギガンティックバスター』! 発射してください!」
そう、叫ぶことだけだ。
己たちの敵を穿て、と。
その叫びに応えるようにして『ベヒーモス』の顎部が開口する。
充填されたエネルギーは光に変わり、荷電粒子の光条が戦場を横断するように放たれる。凄まじい熱量にモニターが白く染まる。
圧倒的な熱量。
それは多くの無人機『イカルガ』たちを飲み込み、爆散させていく。
『ベヒーモス』の長い首が旋回するようにして動けば、荷電粒子ビームが敵を薙ぎ払う。
爆発が明滅している。
海面を抉るような出力。
膨れ上がった熱量が海面と接することによって天に届かんばかりの水蒸気爆発を生み出したのだ。
「な、んて威力……!」
激しい衝撃と共に爆音が響く。
目もくらむような光景。
正しく創世の巨竜の名に違わぬ力。
しかし、イリスは見ただろう。退避していた四騎のサイキックキャバリア以外にも動態反応がある事実を。
そう、白い『インドラ・ナイトオブリージュ』は異常なる反応速度で持って此れを回避していたのだ。
他の『イカルガ』たちは破壊できても、白い『インドラ・ナイトオブリージュ』だけは捉えられなかったのだ。
「でも、なんでまだこんなに敵の反応が……!?」
そう、伏兵である。
敵は用意周到だったのだ。
あの無人機キャバリア『イカルガ』たちは前哨部隊に過ぎなかったのだ。
伏せていた主力は『ベヒーモス』から余力が喪われるまで待機していたのだろう。すぐさまに無人機キャバリアたちはもう一騎の黒い『インドラ・ナイトオブリージュ』に率いられて『ベヒーモス』へと迫ってくる。
「そんな……!」
「『ベヒーモス』のパイロット! 聞こえているなら後退して。此処は僕らがどうにかする!」
「でも!」
イリスは何故か『エルフ』の言葉を遮った。
嫌だ、と思ったのだ。
此れより先は死地だ。
見ず知らずの土地にて自国とは関係のない所の者を救わんとする者たちを失いたくないと思う以上に、どうしてか、共にいてほしいと思ってしまったのだ。
わからないことばかりだ。
気が動転していたのかもしれない。
けれど、それでもイリスは叫んでいた。
「そんなことはダメです! 我が身を棄てるようなことをしては!」
「だが、その超巨大キャバリアの中には大勢の人がいるんだろう!? その人達の生命を救うためには!」
『エルフ』の言うことは尤もであった。
そう、人々を救うためならば彼の言うことが正しい。
正しいからこそ、イリスは嫌だと思ったのだ。もしも、彼らをいかせてしまえば、死んでしまう。
もう二度と眼の前で誰かが死ぬのは嫌だったのかも知れない。
「どうしたら……!」
どうすることもできない。
自分はやはり、とイリスが思った瞬間、幾条ものビームと火線ひくミサイルが黒い『インドラ・ナイトオブリージュ』と、率いる無人機キャバリアを打ち据える。
「また敵!?」
「いや、これは……!」
●聖竜騎士団
『ベヒーモス』のモニターが捉えたのは、二隻の戦艦の姿であった。
一隻をイリスは知っていた。
あれは聖竜騎士団の保有するローエングリン級大型戦艦『ローエングリン』であった。そして、もう一隻はワダツミ級強襲揚陸艦『ワダツミ』。
「どうして『ベヒーモス』が動いているのです!?」
『ローエングリン』を預かるエレイン・アイディール(凛とした傲岸・f42458)は、己が目を疑った。
機械神の一柱にして超巨大キャバリア『ベヒーモス』は巫女の不在であったのだ。
巫女という乗り手なくば『ベヒーモス』は動かない。
よしんば自律行動でもって動くのだとしても、弱体化してしまうのだ。
故に観光資源として活用するに至ったのだが、未だ巫女が見出されたという報告は受けてない。なのに動いているということは。
「巫女が選ばれたってことでしょ。状況証拠的に見ても明らかじゃん。いくらなんでも驚きすぎでしょ。ていうか、そんなのお散歩したくなったからって、そのくらいウィットに効いた返しできないかなー」
『ローエングリン』の甲板上にてヘレナ・ミラージュテイル(フォクシースカウト・f42184)の駆る『ヴェロキラ・ディアストーカー』の折りたたみ型大型狙撃砲よりビームの光条が迸り、敵勢力の『イカルガ』を穿ち貫く。
「は? 駄狐がウィットのなんたるかを理解しているような素振りを見せているのは気のせいかしら?」
「幻聴だと思うんなら、いよいよもって耳鼻科の出番よねー」
「なんですって!?」
ヘレナの言葉にいちいちエレインは突っかかる。
「二人共油断はよくないのだわ」
海面を割るようにして巨大なるキャバリア『リヴァイアサン』が顎部をもたげ、強烈な水圧迸るオーシャンバスターの一撃を持って二騎の『インドラ・ナイトオブリージュ』を退ける。
さしもの『インドラ・ナイトオブリージュ』もオーシャンバスターの一撃には後退せざるを得なかったのだろう。
メルヴィナ・エルネイジェ(海竜皇女・f40259)の駆る『リヴァイアサン』の見事な一撃は確かに敵の戦意を削ぐものであったことだろう。
だが、後退即座に転身して白と黒の二騎の『インドラ・ナイトオブリージュ』は即座に対応する。
凄まじい速度と連携によってエレインとヘレナの放つミサイルやビームを躱すのだ。
「あの白い『インドラ・ナイトオブリージュ』! ここで在ったが百年目というやつね!」
「そんなに経ってないでしょ。これだから成金貴族様は。なんでもかんでもどんぶり勘定」
「細かいことをいちいちと。重箱の隅をつつくことしか出来ない卑しい狐ね!」
「二人共」
メルヴィナは頭を抱える思いであったことだろう。
エレインとヘレナの相性の悪さは犬猿の仲とも言うべきものであった。だがまあ、戦場においては中々どうして連携ができているのだから、なんとも強く注意ができない。
「誰が『ベヒーモス』を動かしているのかはわからないけれど、幸いだったのだわ。『ギガンティックバスター』を撃ってくれたおかげで正確な場所がわかったのだわ」
そう、幸いだった。
敵は陸路で『エルネイジェ王国』の『ベヘモスコースト』へと侵入していた。
『ベヒーモス』の起動は同じ機械神である『リヴァイアサン』に感知されることにより、即座に聖竜騎士団を動かすに至ったのだ。
これも聖竜騎士団の長にして王族たるソフィア・エルネイジェ(聖竜皇女・f40112)の権限があればこそであろう。
おかげでこうして駆けつけることが出来た。
けれど、それでも悩ましいもことがったのだ。
そう、メルヴィナはもう一つ頭痛の種があった。
「流石はメルヴィナ殿下! その美しき瞳は遠く離れた海里の果てまで見通していらっしゃられるのですね!」
ルウェイン・グレーデ(自称メルヴィナの騎士・f42374)であった。
メルヴィナの騎士として並々ならぬ忠義を捧げる彼である。メルヴィナにとっては、はっきり言って遠ざけたい相手である。
今回の出撃にしてもメルヴィナは自分だけでも事足りると思っていた。
いや、もっと正確に言うとルウェインと鉢合わせしたくなかった、というのが正しい。
彼の駆る『ヴェロキラ・イグゼクター』は己の『リヴァイアサン』の直掩に勝手に入っている。
「お綺麗なお花火でしたわ~!」
同じく飛翔するは『ヴリトラ・スカイルーラー』であった。
メサイア・エルネイジェ(暴竜皇女・f34656)は特別なにか思い入れがあるわけではなかったが、しかして敵が集まっているのならば粉砕しなければならないと出張ってきていた。
はっきり言ってあまりにも脳筋が過ぎる。
だが、この場合に置いては頼もしき援軍であると言えるだろう。
「『ベヒーモス』の巫女よ、よくぞ持ちこたえたな。後は我等に任せよ」
「ジェラルド殿下!」
「その声はイリス・ホワイトラトリアか」
焔纏う機械神『サラマンダー』よりジェラルド・エルネイジェ(炎竜皇子・f42257)は『ベヒーモス』から入る通信に頷く。
世界の声が聞こえる。
「なるほど。これもまた世界の選んだ宿縁というわけか。ならば佳い。その道を邁進せよ!」
「何がわかったのですか、兄上。聖竜騎士団全機!『ベヒーモス』を襲撃中の敵を速やかに排除なさい! 水之江女史もよろしいですね?」
「お得意様のご用命とあらば」
桐嶋・水之江(機巧の魔女・f15226)は『ワダツミ』の艦橋にありてモニタリングを続行してる。
ソフィアもまた『インドラ・ストームルーラー』にて『ベヒーモス』の直掩に加わる。
というか、今この兄は何かを悟ったのか?
いつもいつも説明が足りないのである。
もう少し言葉を選び出せばよいのにと思わないでもないが、ソフィアはとっくにそうした期待を兄に抱くことはなかった。
無駄であるからである。後ちょっと気持ち悪いからだ。
「にしても大きいわねぇ……怪獣映画みたい」
水之江は眼の前の機械神『ベヒーモス』を見やる。
巨大戦艦以上の巨躯。
まるで歩く山のようでもあった。その威容に臆することなく水之江はデータ採取に勤しむ。
さらに言えば、あの白と黒の『インドラ・ナイトオブリージュ』のデータも、だ。
「何度か出現しているってお話だったけれど。そちらは何さん? というか、これどう見てもオブリビオンマシンじゃない」
「そのようだな。あれなる黒い『インドラ・ナイトオブリージュ』もまたそうであるか。あの『騎士』が乗っているのであれば……」
「この数でありましょう。此方が押し切られるわけが……」
「迂闊だぞ、ルウェイン。己が力を過信するな。敵を侮れば、自信は容易に過信へと代わり、足元を掬われる。理解できぬわけでもあるまい」
ジェラルドの言葉にルウェインは恥じ入るように頷く。
「はっ。申し訳ございません!」
「佳い。そして……そちらの四騎はエルネイジェに縁無き者と見受けるが、しかして我が国の窮地に助力、感謝する」
ジェラルドが通信で礼を告げるは、四騎のサイキックキャバリアたち。
小国家『ビバ・テルメ』の『神機の申し子』たち駆る『セラフィム』であった。
「成り行きです。礼を言われるようなことではありません」
その言葉にソフィアは彼らがそうであると理解を強める。
「ですが、あの二騎は!」
「ああ、油断ならぬ相手のようだ。これだけの猟兵が揃い踏みであったとしても……」
ジェラエルドはわかっていたのだ。
得体が知れぬ、と。
あの白い『インドラ・ナイトオブリージュ』は『白騎士』というコードネームで自国に頻出している機体であろう。
そして、あの黒い『インドラ・ナイトオブリージュ』も同様だ。
コードネーム『黒騎士』。
どちらも『インドラ・ナイトオブリージュ』である。
だが、己が国の機体がこうも他国に扱われている、という点がひっかかる。
そこまで『エルネイジェ王国』の管理が杜撰であるとは思えなかったのだ。だからこその疑問。いや、疑念と言っても良い。
「おチェストですわ~!」
わっしょい! とメサイアは空気をまるで読まずに『白騎士』、『黒騎士』へと挑みかかかる。
確かにメサイアは脳筋である。
けれど、その力は一流のそれである。理性ではなく獣性の如き本能でもって彼女は『ヴリトラ』を駆る。圧倒的な暴力の前に技術は役に立たない。
彼女の力量はそれを示していたのだ。
だからこそ、『白騎士』、『黒騎士』がメサイアに対応できているという事実が恐るべきことなのだ。
「すばしっこいですわね~! それ、スマッシャーテイルですわ~!」
「メサイア! そのような単調な動きでは! 合わせなさい!」
「ひぇっ、なんでですの~!? これしきわたくし一人で十分でしてよ~!」
「メサイア!」
ソフィアの激が飛ぶ。
メサイアはしゅんとなったが、すぐさま『白騎士』と『黒騎士』を相手取って大立ち回りをしてみせるのだ。
反省していない。
後で尻叩きされることは目に見えていた。
それほどまでに二騎は尋常ならざる力を発揮していたのだ。
「狙いが定まらないったら、ないわよねっ!」
ヘレナの狙撃が敵の足を止めようとするが、それすらも身を翻して躱すのだ。
これだけ多くの猟兵が連携してなお、仕留められない。
「あら? なんか敵オブリビオンマシンの中で……エネルギー反応? これって」
水之江は気がつく。
『白騎士』の機体内部で熱量が膨れ上がっていくのだ。
エネルギーインゴットを主電源としているのならば、あり得ない熱量だった。
「皇女殿下、なんかやばいわよ。あれ」
「なんかとは!」
「わっかんない。うそ。わかるけど、あれってば……縮退炉!」
水之江は目を見開く。
『白騎士』の姿が変容する。
いや、変身している、と言ったほうが正しい。
恐竜型のオーバーフレームが変じていく。それはまるで西洋の騎士甲冑纏うかのような姿。
『白騎士』は恐竜型から騎士の如きキャバリアへと姿を変じていた。
「……人型へ!?」
「この熱量……全部を推力に変換させるっていうの? 馬鹿なのかしら」
肩部アーマーが展開する。
そこに配されていたのは推進機。漲る力と共に『白騎士』は一瞬で『ヴリトラ』へと踏み込み、手にした大型突撃槍を以て吹き飛ばす。
さらに『インドラ』のスマッシャーテイルと打ち合って、これを弾き飛ばすのだ。
「力負けを……!?」
次の瞬間には『サラマンダー』へと肉薄していた。
白い甲冑騎士めいた機体へと変貌を遂げた『白騎士』。
その一撃をジェラルドは既の所で躱していた。
「面白い。騎士の姿を模すか。いや……違うな、その姿正しく『戦乙女』と見た!」
「どこがですの?」
「どう見ても獣脚の類いなのだわ」
「我が兄ながらどうしてこう……」
女性陣から散々な物言いである。
しかし、ジェラルドは取り合わない。己が直感を信じる。そうであると感じたのならば、そうなのだ。己が正しい。
いずれ、己が妹たちも理解する時が来るだろうと、何故か不敵に笑むのだ。
さらに『白騎士』は『サラマンダー』を躱し『リヴァイアサン』へと迫る。
狙いは、最初から『リヴァイアサン』だったのだろう。
何故、と考える暇などなかった。
「――」
「『リヴァイアサン』、オーシャンバスターなのだわ!」
間に合わない。
『閃光』のように走る『白騎士』の一撃。
それは防御すらさせぬ一撃だった。だが、それに唯一反応できた者がいた。
「メルヴィナ殿下! お下がりを!」
ルウェインだった。
他の誰かが狙われても彼は此処まで動けなかっただろう。けれど、彼の『ヴェロキラ・イグゼクター』は動いていた。
他ならぬ己が忠義捧げるメルヴィナを守らんと動いていたのだ。
大型突撃槍の一撃が『ヴェロキラ・イグゼクター』の推進装置を砕く。
だが、ルウェインは腕部を展開し大型突撃槍を掴む。
「捕らえた! やはり一撃は重たいが、直線的なのならばつかめぬ道理無し! 見よ! これぞ真剣白刃取りというものだ!」
「……~~~ッ! できていないのだわ!」
そう、できてない。
貫かれてから掴んでいるのだから。けれど、これは好機であった。
『白騎士』の動きが完全に止まっている。
その隙をメルヴィナは逃さなかった。
『リヴァイアサン』より放たれたオーシャンバスターの一撃が『白騎士』の頭部を切り裂くようにして吹き飛ばす。
たまらず後退する『白騎士』。
「逃すか!」
「待ちなさい。深追いは無用です」
ソフィアは敵ながら、と思う。
そう、敵は『白騎士』の動きを陽動として『黒騎士』と共に即座に撤退を決め込んでいた。
僅かな攻防の最中であるというのに良くもあそこまで判断ができたものである。
正しく戦術の『天才』たらしめる者の所業であると言わざるを得なかった。
「……」
『白騎士』は聖竜騎士団が誘いに乗ってこない所を見定めたのか、頭部を失いながらも身を翻すようにして肩部推進気の展開と共に海面を滑るようにして飛び去っていった。
戦いは終わりを告げる。
その戦いを見届けイリスは精根尽き果てるようにして操縦席に背を預ける。
「またソフィア殿下と『インドラ』様が助けに来てくれた……!」
まただ、と思った。
御礼を申し上げねば、とイリスは思ったが、しかし声がでなかった。
ユーベルコードの連続使用。
それに寄る疲労。限界を超えた彼女の戦いは、暗転と共に幕を閉じるのだった――。
●そして、そしての先へ
『ベヘモスコースト』を襲った戦いは終わりを迎えた。
街への被害は甚大であったし、人的被害も多かった。しかし、この規模の戦いからすれば被害は奇跡的とも言ってもいい。
『ベヒーモス』の格納庫では、すでに怪我人の搬出作業が行われていた。
イリスもまた意識を取り戻し、改めて『ベヒーモス』を背にソフィアたちに頭を下げていた。
己にも何かができるのではないかと思っていたが、そうではなかった。
結局今回もソフィアに助けてもらった。
自分だけでは何もできなかったのだ。
けれど、ソフィアは頭を振る。
「いいえ。私が助けたのではありません。あなたが助けたのです」
「え……」
ソフィアの言葉にイリスは目を見開く。
何故、そんなことを言うのかわからなかった。
けれど、ジェラルドはいつものよくわからない自信たっぷりな所作で言葉を紡ぐ。
「イリスよ、彼らを見るがいい。お前は次なる己を救う番という誓いを果たしたのだ」
誰もが己を見ていた。
その瞳にあるのは絶望ではなかった。
希望に満ちた瞳だった。
失っても、失っても、生命だけは残った。そして、そこにあるのはイリスが齎した優しさだった。
彼女の優しさが人々を救ったのだ。
次なる己を生み出さぬための戦いをしてのけたのだ。
だからこそ、誇れ、とジェラルドは言うのだ。
けれど、イリスは誇ることはなかった。
あったのは安堵だけだったのだ。
「聖なる光に感謝を……」
負傷者であった人々は口々にイリスの前にやってきては膝折って彼女に礼を告げていく。それがどうにも面映ゆく、イリスは落ち着かない気持ちになった。
「それにしても驚きました。イリスが『ベヒーモス』の巫女に選ばれたとは」
「わたしも何がなんだかわかりません……それにわたしは『インドラ』様にお使えする神官のはずです……」
「王族の血を引かぬ者が『ベヒーモス』の巫女に選ばれた前例は存在しないはずです」
ソフィアの言葉にイリスは首を傾げる。
彼女はエルネイジェ王国の村落の出身だ。
王族とは縁もゆかりも無いはずである。
「もしやイリスも?」
「そんな! わたしはただの農家の娘で……!」
疑問は尽きない。
けれど、事実としてイリスは『ベヒーモス』の巫女として、この戦いにおける功労者だ。
それは無視できない事実であった。
「イリスもまた世界に選ばれたのであろう。ユーベルコードの輝きを見ていればわかる。他の者もな! ふっ、この我と同じようにな!」
訳知り顔の兄の姿にソフィアは拳を握りそうになったが、ため息一つ吐いて拳をとく。
何を言っても無駄だと思ったからだ。
そして、同時にソフィアは思い至るものが一つだけあった。
とあるロボットヘッドの残した言葉。
『エルネイジェ、君たち強き者の血脈の遺伝子が、組み込まれているんだよ』
その言葉を思い出す。
彼女はその言葉を民の血という意味で解釈していたが、正しくは王族の血という意味だったのではないかと思い直すのだ。
仮に。
そう、仮に、だ。
イリスに王族の血が流れているのだとしたら、当然、彼女の親兄弟にも同じ血が流れていることだろう、と。
それは正しい。
そうでなければロボットヘッド『エイル』の言葉は繋がらない。
そして、さらなる繋がりが明滅するようにしてソフィアの中に生まれる。
『一人の青年の肉体が神機の申し子に受け継がれていった』
視線が自然とかち合う。
この戦いに居合わせた者たち。
『神機の申し子』――これが偶然と言えるだろうか。
小国家『ビバ・テルメ』の『神機の申し子』たち。
四人いた。
男女合わせて四人。うち、男性は二人。
『エルフ』と名乗った『神機の申し子』の視線はソフィアとぶつかっていた。
彼がそうなのか?
発見されなかったイリスの兄の遺体。
あの村落を襲った亜人たちの襲撃は、遺体の損壊激しいものばかりを残していた。
だから、見つからなかったのだ。
だが、もし。
もしもだ。あのロボットヘッド『エイル』の言う所の救えなかった青年とは……。
「……想像の飛躍が過ぎますか」
運命だと決定づけるには簡単すぎる。
だが、同時に偶然とは言い難い結びつきもまた感じるのだ。
この場に居合わせた『ビバ・テルメ』の『神機の申し子』たち。本当に偶然か。運命とまでは行かずとも必然なのではないか。
そう思わせるには十分過ぎる。
だが、全てを正しさで埋めることはできない。
イリスのどうしたのだろうという顔にソフィアは頭を振る。
「いいえ、なんでもないのです」
もしも、これが運命だというのならば、自ずと答えは出るだろう。
そう思うしかないのだった――。
●嘗て
人は象徴を求める。
己たちの願いを、祈りを受け止めるべき象徴を。
英雄とは、そうしたものの最たる者であったことだろう。
「『フュンフ・エイル』は確かに不世出の『エース』であった。掛け値なしに『平和』のしょうちょうだった。敵対する者には『悪魔』の如き力でもって。味方するものにとっては『救世主』たり得た」
だが、と続く。
その通りなのだろう、と。
けれど、強すぎた。
あまりに性急過ぎた。
百年前にて彼ら『ハイランダー・ナイン』と対峙した機械神たちは皆、一様に同じことを思っただろう。
「強すぎる力は、人を急がせる。眼の前のことに目を向けられず、遥か遠方にある何かを求めるようになってしまう。それを如何にして手繰り寄せるかに躍起になる」
共通するところであった。
権力を得た者であっても。財力を得た者であっても。
単純な力を得た者であっても、変わらぬ末路であった。
嘗ての『天才』、『アハト・スカルモルド』が言ったように。
「強いだけの力に価値などない。優しさが世界には必要だ。もしも、それが弱さだという者がいるのだとすれば、その者は本当の強さを知らないのさ」
その言葉を彼らは自らに置き換えることができかなった。
それを知りながら、どうしたって自身を振り返ることはできなかった。
己さえも見ていなかった。
強大な力は己さえも見誤らせる。
それが愚かしさだとは言えない。
誰もが言えないだろう。
「もしも。彼らを補う事のできるものがいたのだとしたら、結果は違ったものになったかもしれない」
『ハイランダー・ナイン』は強すぎた。
だから、志半ばで潰えた。
多く心折れ、挫折した者こそ多くを知る者である。
勇気を蛮勇と履き違えることなく。
優しさを忌避と違えず。
そうした多くの変遷を一つ一つ受け入れていくことこそが、真の『平和』への道筋であろう。
あまりにも遠路。
されど、その遠路こそが最も幸いに近しい道のりであることを知るべきだったのだ――。
●継承は未来を照らす
青空が広がっている。
どこまでも済んだ青空。その下に白亜の如き装甲を持つ『ベヒーモス』の姿があった。
太陽光を受けて煌めくは、己が名とエンブレム。
それを見上げてイリスはなんとも言えない気持ちになった。
「ちょっと恥ずかしいんですけど……」
「背筋を伸ばせ。イリスよ。何も恥じることはないのだ」
「ですが、殿下……」
今の己はあまりにも身の丈に合わぬ豪勢なパイロットスーツをまとい、錫杖を携えている。とてもではないが農家の娘とは思えぬ姿である。
しかし、これは国内外に向けた示威なのだ。
嘗て在りし超巨大キャバリア『ベヒーモス』が健在であるということを示す進水式は、意味のあるところであった。
国外には脅威を。
国内には信頼を。
そうした意味でもイリスが『ベヒーモス』の巫女となったのは『エルネイジェ王国』にとっては幸いであった。
完全艤装状態で立つ『ベヒーモス』は確かに勇姿と呼ぶにふさわしい姿だった。
背に追う飛行甲板上からイリスは促されて手を振る。
「うぅ……恥ずかしいです」
本当にこんなことが必要なのかと思う。
けれど、これで何か自分でも役立てることがあるのならば、と彼女は思う。
あの日、あの時の決断は間違いではなかったのだ。
あの日思ったことは何一つ間違っていない。
今はそう思える。
勇気なくとも、力なくとも。
優しさだけで人は強くなれる。それを己は示して見せたのだ。ならばこそ、イリスは胸を張る。
「神官様ー! ありがとうー!」
「お元気で-! ご武運をお祈りしておりますー!」
「いってらっしゃいー!!」
街のシンボルとしての役目を終えた『ベヒーモス』がゆっくりと歩む。
これからイリスと共に『ベヒーモス』は聖竜騎士団へと編入されることになる。
人々の声を受けてイリスは微笑む。
彼らは手を降っている。声を上げている。
自分だけではない。多くの人の幸いになりますようにと、祈っているのだ。
誇らしげに。
けれど、どこか寂しげに見えた。
「いつの日か必ず戻ってまいりますから」
だからその時まで、とイリスは前を見据える。
どこまでも青い空と海が広がっていた。
あの日の悪夢をまた見るかも知れない。けれど、イリスは頭を振る。
そう、あの日の悪夢は消し難い傷として己の中にある。
それもまたきっと自分なのだ――。
成功
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