鬼河原探偵社ディテクティヴ・ワークス
●クリスマスナイト・ワーク
聖夜とは良く言ったものである。
少なくとも鬼河原・桔華(仏恥義理獄卒無頼・f29487)にとっては、そう言わざるを得ない。
クリスマスと言えば、師走の下旬の一大イベントであり、年末に向けて加速していくかのような忙しさがある種のピークを迎える頃合いでもあった。
ケーキ屋、レストラン、おもちゃ屋。
そうした第二次産業、第三次産業が忙しくなく働き詰めになり、虚ろな瞳で行軍するのだ。
つまり、鬼河原探偵社も所謂デスマーチ中であった。
なんで? と健全で良い子の皆様に置かれましては疑問に思うところであろう。
だって、誰だって目を輝かせ喜びに満ちた聖夜である。
夜に煌めく一つ一つの灯火めいた明かりは、全てが幸せに満ちていると信じているのならば、どうかその純粋無垢なる心根を忘れないで欲しい。
だが、悲しいかな。
人間というものは善性だけでできているものではない。
善性あれば悪性あり。
悪性あれば善性ある。
つまりは、表裏一体であり、陰陽至らしむるところのことなのである。
「だからといっても多すぎだろう! この浮気不倫調査依頼の多さは!」
ああー!!! と桔華は思わず叫んでしまっていた。
伊武佐・秋水(Drifter of amnesia・f33176)は、そんな探偵社の主である彼女の叫びに我関せずと言わんばかりに安楽椅子にのんべんだらりと座り茶をしばいているのである。
正直言って桔華を蹴り出したい気持ちでいっぱいであった。
なにせ、依頼が山積しているのである。
いや、別に浮気不倫調査だけが依頼なのではない。UDCアースに居を構える探偵社であるから、当然、UDC-Pや妖怪絡みの怪奇事件を追うことのほうが多い。
だが、それとこれとは別口なのである。
普通の仕事も当然請け負う。
となれば、必然人手が足りなくなってしまう。
なのに、この|昼行灯《居候》は。
「なぁに、慌てることはありますまい。この通り、ちゃんと手伝いを願った猟兵の皆々様からの報告レポートをご覧になるがよかろう」
「何がよかろうだ。この年末進行の具合を見ろよ。山を! 子鬼たちだけではどうあがいてもさばけるものじゃあない!」
地獄の獄卒としての彼女は至って真面目であると言えるだろう。
諸国漫遊の気ままな旅を満喫したいというのに、どうしてかUDCアースにててんてこ舞いになっているのは一体どうしたことかと彼女は己が境遇を嘆く。
「とは言え、これらはでりけぇとな案件。仔細をしかと確認いたさねば」
ねぇ? と安楽椅子に腰掛けたまま秋水はやっぱりのんべんだらりんとレポート用紙をひらひらさせるのだった――。
●けーす・1
浮気、というのはつまるところ勢いと過ちである。
そう断ずることができたのならば、なんとも小刻み良いものであろうが、しかして実態は異なるものであろう。
それは浮気をした者の側の理屈であって、された側の感情を処理できる言葉ではないのだ。だからこそ、こうして浮気調査というものが金銭を介して仕事として成り立っているのである。
誰だって後ろ暗いことがあるから隠そうとする。
隠そうとすれば、当然工夫を凝らすだろう。
パートナーに疑われず、さりとて悟られず。
いくつかの真実味と嘘を織り交ぜれば、それは現実を眩ませる格好の材料となることだろう。そうした手練手管の研鑽に事欠かぬのが性欲のなせる業だというのならば、なんというか、もはや何も言うまい。
「んでも、忘年会シーズンは不倫を隠しやすい時期っていうのは、本当なんやね~」
天山・睦実(ナニワのドン勝バトロワシューター・f38207)はとある忘年会真っ只中な居酒屋の座敷部屋で、はぐはぐと串焼きを手にとってはキレイに平らげている。
対面に座る飛・曉虎(大力無双の暴れん坊神将・f36077)もまた同様であった。
此処に来れば? 飲み食いし放題と聞いて! みたいなノリで睦実と共に彼女は、あれこれ口に放り込んでいる。
メニューのあっちからこっちまで全部! みたいなノリである。
これが必要経費での飲み食いとは言え、経費では落ちがたいほどの金額が重ねられているのだが、それは経理担当が泣くだけなので二人には関係ない。
「ムハハ! 姦通の現場を差し押さえるとはなんとも容易いものよ!」
曉虎が盛大に笑う。
飲んで、食って。飲んで、食って。
浮気調査とはちょれーもんであると彼女は笑っている。なにせ、浮気現場を押さえれば、後は性根を叩きのめすのみ。物理でびったんびったんすれば、斯様な行いなど二度と犯さぬと心に誓うであろうことは彼女が常日頃、黄・威龍(遊侠江湖・f32683)にされて身にしみていることである。
何事も最後には暴力という名の躾でもって成されるものなのである。とっぴんぱらりのぷうである。何がおしまいおしまいであろうか。
まったくもって終わっていない。
というか、報告書を見てわかるとおり、最初に飛び出したのが居酒屋での飲み食いの領収書ってどういうことだ、とこのレポートを呼んでいる桔華は頭を抱えた。
どう考えても経費で落とせる額じゃあない。
というか、睦実と曉虎とが大食漢だからと言っても、この数字は一体なんだ?
「んだべなぁ~でも、こっちが調査しているってバレちゃダメだべ」
八洲・百重(唸れ、ぽんぽこ殺法!・f39688)は睦実と曉虎とはまた違った思いで、この浮気調査に赴いている。
睦実の言葉通り、忘年会シーズンというのは酒と疲れとストレスも相まって背徳的な行為に手を出しがちであるし、また同時に不貞行為を隠す口実も数多溢れている。
例えば、忘年会。
二次会三次会はつきものであるし、帰りが遅くなっても家人には『長引いてしまった』と言い訳ができる。
例え、外泊して朝チュンしたって、『終電をのがしてしまったのでネットカフェで一晩明かしてくる』と言えば、まあ言い訳としては上等なものであろうし、なくはないのかなと思うところだろう。
だからこそ、このシーズンは浮気不倫調査の依頼が舞い込む坩堝と化しているのだけれど。
だからだよ、クソぁ! とやっぱりレポートを読んでいた桔華は紙片を握りしめた。
どいつもこいつもよぉ! と怒り滲む。
秋水は、さらにレポートを読み上げていく。
「こっちも忘年会をしっかりやらんねばならねぇべ」
「もぐもぐ。むぐむぐ」
「ムハハハ! どりんくめにゅー? とやらも、ここからここまで全部持ってくるのだ!」
百重の言葉は尤もな言い方であったが、睦実と曉虎は聞いちゃいなかった。
というか、睦実は育ち盛り。曉虎は物事は簡単に考えすぎ。
食べ放題だから、と彼女達は満漢全席よろしくな酒池肉林コースと勘違いしているのである。超過した分はしっかり取られる。大抵そういうもんである。
そんでもって百重もどうようであった。
どこかのサスペンス劇場みたいなドロドロとした三角関係というか、不貞関係というか、そういうものに一種の憧れみたいなものがあったのかもしれない。
あ、これドラマで見たやつだべ! と忘年会のムードにも当てられているのだろう。
いや、違う。
「あ、それ! 一番、やっしまーまみ、たぬきおどりします、だべ!」
忘年会は一気飲みが花である。
いや、最近ではそういうのってアルコール・ハラスメントって言われているので、やらない用になってきているらしいが。
しかし、場を盛り上げるために、と言うのならば一気飲みはやはり盛り上がるのである。
誰に頼まれたわけでもないし、これは忘年会ではなくて浮気調査なのだから本当にお酒を呑む必要なんてなかったのだ。
けれど、形から物事に入るクセのある百重は、生真面目にもしっかりお酒を飲み干していたのだ。ごくごくと喉が鳴り、頬が上気する。頭が重たくなったように揺れるし、視界がぐるぐるとしてくる。
ぷはー! と良い飲みっぷりにあちらこちらの座敷から声がかかるのだ。
「よお、お姉ちゃん、良い飲みっぷりだな! ほら、こっちも行っとけ!」
「コレは俺の奢りだ。飲みねい!」
「おお~、あ、それ一気、いっき!」
どんちゃん騒ぎである。百重は化け狸である。元を言えば、というやつであるが、いつもは節制しているし、レスラーとしてしっかりと練習もしている。
だからこそ、この羽目を外してしまったときの開放感も凄まじいものであったのだろう。
他の座敷を巻き込んでのどんちゃん騒ぎ。
それに曉虎が悪ノリして、さらに騒ぎを大きくしていくのだ。
いや、ていうか。
桔華は此処まで如何に酒宴が楽しかったか、しか書かれていないレポートに震える。
この三人がポンコツなのは言うまでもない。だが、だからこそお目付け役というか、ストッパーとして威龍を随伴させていたのだ。
アイツ何してんだ! と桔華と拳を握る。
秋水はまあまあ、と彼女をたしなめた。レポートが上がってきている以上、仕事はちゃんとしていたのだ、と。
「ふむ。なるほど」
三人娘たちがどんちゃん騒ぎをして良い目くらましになっているな、と威龍は何もかも想定内というように不倫調査を続行していた。
確かに忘年会シーズン。
個室に隠れ潜むのは常套手段であると言えただろう。だからこそ、と部屋の外の気配には過敏になるものである。
だが、百重たちの馬鹿騒ぎで、外の気配を気取るどころではない。
怪我の功名。
却って、調査対象たちの動きを追いやすくなったと言える。
しっかりと今回の調査のために手渡されたデジカメを構え、一組の男女の睦まじい光景を収める。
「これでいいか。それにしても世俗というのは、如何様にも問題をごまかす理屈を生み出すことができるもんなんだな。感心するぜ」
何が感心するぜ、だ! こいつ! と桔華は秋水が広げている竹簡をぶん投げる。
レポートをしっかりと作成したのは褒めても良い。
だが!
なんで竹簡!? 無駄にかさばる上にデジカメをもたせた意味がない! なんで! なんで竹簡にした!
まあまあ、と秋水が笑っている。
昼行灯此処に極まれリである。彼女は竹簡を丸めて、不倫調査が黒であったことを依頼主に告げる資料を作成していくのだ。
というか、この請求額の大きさは一体。
「此度は迷惑を懸けた。うちの連れが粗相をしたようだ」
威龍は曉虎の頭にげんこつを落とし、たぬきに戻って、ぐぅすぅと寝息立てる百重を抱えて居酒屋の店主に頭を下げる。
そう、言うまでもないことであるが、領収書のとんでもない金額の原因は、この二人である。
百重は酒に飲まれて他の座敷の客たちと入り乱れての一発芸大会を繰り広げ、皿を割る、コップを割るの乱痴気騒ぎ。
さらに曉虎は喧嘩っ早く、隙だらけな百重へのセクハラを見咎めて客をぶっ飛ばしては居酒屋の調度品やら壁やらをぶち抜いたり壊したりと大立ち回りを演じていたのだ。
あ、睦実はひたすらに食べ続けていたのお咎め無しである。
「い、いえ……い、いいですか、こんなに」
「なに、迷惑料というやつだ。気にせず受け取ってくれ。経費、という魔法の言葉が此方にはあるのでな」
それでは、と威龍は二人を抱えて睦実と共に居酒屋を後にし、三人をホテルにぶち込んで自分はこうして調査報告を竹簡にしたためた、というわけである。
なるほどなぁ、と桔華は得心が行った顔を……するわけないのである。
「言っておくが、経費は魔法の言葉じゃあない――!!」
●けーす・2
どこか星の陰で誰かが泣いている。
星空に|谺《こだま》する|悪《ワル》の笑い声を、赤き流星が切り裂く。
耳を澄ませたヤツは誰ぞ、泣き声目指して走る宇宙サーフボードを駆るは宇宙の風来坊。
「お呼びとあれば、即参上!」
じゃあねぇんだよ! と桔華は、そんな文頭より始まるレポートを見て頭を抱えた。
確かに忙しい。
年末年始。繁忙期。この時期は正直言ってくだらねぇなぁってなる浮気調査不倫調査が絶えないシーズンである。
だが、だからと言ってもこれはない!
なんだこのレポート!?
そう、ミルドレッド・フェアリー(宇宙風来坊・f38692)とサブリナ・カッツェン(ドラ猫トランスポーター・f30248)に任せた不倫調査のレポートである。
「浮気不倫ってのは基本密会なんだよな。つまり、クリスマスとなれば人目を避けることのできる夜景デートが人気ってのは、まあわからんでもないことだがよ」
だがなぁ、とサブリナは小型球形猫型アドバイザーロボットことタマロイド『MK』が表示するデータを見やりため息を吐き出すしかなかった。
鬼河原探偵社より請けた仕事は一つではなかった。
クリスマス時期の浮気不倫調査。その尾行調査は、複数の案件にまたがっていたのである。
それはまあ、良い。良くないが、いい。
確かに人手が足りないのだろう。
だが、その調査対象者たちが揃いも揃って同じ夜景スポットにやってきているのは、いったいぜんたいどういうことだ。
「多すぎないか!?」
「確かに。多すぎですね」
サブリナの言葉にミルドレッドが頷く。
めちゃくちゃ多い。なんでこんなに集中してんの? っていう位多いのである。何、みんなそんなに夜景みたいの?
宇宙の騎士であるミルドレッドにとっては、星空とは常なるもの。謂わば日常である。
けれど、恋人たちというのはいつだってロマンチシズムを求めて星を見上げるものなのである。よくわからんが、そうなのである。
となれば、必然、浮気不倫をしようという不逞の輩たちもまあ、こういうスポットに集まるってものである。
木を隠すなら森的な理論であろう。
「やることが……やることが多すぎる……!」
「いくらなんでも社長は仕事の割り振りが極端じゃなでしょうか」
だが、二人はしっかりと仕事をこなす。
伊達に他の世界で運び屋をやっていたり、宇宙騎士として|悪《ワル》をしばいていないのである。
彼女達の追跡は完璧であった。
それはもう絢爛なる活躍ぶりがレポートには認められていた。
悪党を追いかけ、カーチェイス。デッドヒートが火花となってアスファルトを斬りつける描写。
凄まじい追走劇の果てに調査対象を確保。
一件落着。
最後は幸せなキスをして終わりである。
……。
それらを読み上げた秋水に桔華は肩を震わせた。
嘘つくなボケェ!! と思わず彼女は叫んだ。いや、なんだこの報告書!? どう考えてもカーチェイスはおかしいだろ!
浮気の証拠を掴むための尾行調査!
それが何がどうしてカーチェイスに発展するのだ。いや、ミルドレッドかサブリナのどちらかがヘマをしたのはわかる。
挽回するためになんとかフォローをしつつ証拠を掴んだのだろう。
ちゃんとレポートに添付されているしね。
うん、それは良いのだ。
だが、レポート! どう考えても脚色が過ぎて、後半まじりっけ無しのフィクションになってるじゃないか!
何だ、最後に幸せなキスをして終わりって!
爆発してるだろ、背景が!!
息を吐き出す。
秋水は、まあまあ、と本当に昼行灯である。
「まあ、なんやかんやありましたが、なんとかなりましたね」
「いやぁ、助かったよ。こっちの面が割れそうになったときに、あんたのイカしたサーフボードが流れ星を演出してくれなかったらやばかった」
「いえ! 宇宙騎士としての務めを果たしたまで! お役に立てたようで何よりです」
ごまかせてたか? と『MK』は思ったが、これ以上言うのは野暮だな、と沈黙を守る。
ツッコめや……と桔華と思ったが、空気を読めるタマロイドすごいものでありますなぁ、と秋水は感心していた。
するとこが違ぁう! と桔華はやっぱりレポートの紙片を握りしめ、ぐっしゃーと床に叩きつけるのだった――。
●けーす・3
二度目であるが敢えて使い古された言い回しをさせていただこう。
木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中。
である。
である、じゃない。
桔華は最後のレポートに目を通す。
これはレイチェル・ノースロップ(ニンジャネーム「スワローテイル」・f16433)とアシュレイ・カーチスライト(見習い猫メイド・f39188)の二人に頼んだ調査のレポートであった。
レイチェルはヒーローズアースにてニンジャのスーパーヒーロー『スワローテイル』として活躍する猟兵である。
ニンジャと言えば諜報活動。
ならば、こうした浮気調査にはうってつけの人材であると言える。
少なくとも桔華はとても期待していた。とっても期待していた。これまでの二つのケースが無茶苦茶だったので余計に期待が高まっていた。
いや、本当に頼む! と願う気持ちであった。
上記二つの報告がむちゃくちゃだったのもあるが、ここらで安心したかったのだ。
「クリスマスシーズンだからって羽目を外し過ぎちゃう悪い子ばっかりデス」
「ししょー、あいつらをびこーすればいいにゃ?」
レイチェルを見上げるのはアシュレイ。
彼女は神隠しによってヒーローズアースに飛ばされ野良猫同然の暮らしをしていた時にレイチェルに拾われメイドとしてお屋敷では働く猟兵である。
ピュアリィであるワイルドキャット。
彼女は確かに類稀なる身体能力を有しているが、しかしなんというか全体的にドジなのである。そのドジを矯正すべくレイチェルからニンンジャ的な指導を受けているのだが、まだまだである。
とは言え、実戦を経験しないことには成長も見込めまい。
だからこそ、レイチェルは彼女に告げる。
「そうデス。このシーズンは人に溢れてマス。当然、浮気不倫をする側もバカじゃないデス。だから、周囲に気を配ってマスし、デリケートな対象に気が付かれず尾行するのは、良い訓練になりマス」
「にゃ! あちしがんばりますにゃ!」
しゅば、とレイチェルの言葉を聞き終わる前にアシュレイは飛び出す。
ニンジャであるレイチェルにとっては、こんな尾行など朝飯前である。だが、未だドジが治りきらないアシュレイにとっては、この尾行任務はかなり難しいものであろう。
だが、フォローすることは簡単なことだった。
確かにアシュレイはドジである。
何がなくても転ぶし。
何をしなくても皿は割る。
失敗ばかりであるし、きっとこの尾行だって即バレするであろう。
あ、バレた。
尾行対象が明らかに存在感丸出しの猫耳メイドを見つければ、彼女を撒くようにして裏路地へと入り込んでいく。
「にゃー! 逃げるにゃ! あ、でもししょーは言っていたにゃ。裏路地は入り組んでいるから、頭の中に叩き込んだ経路を一つずつ潰していけば!」
にゃー! と気合十分にアシュレイが路地裏を出て、調査対象者がどの大通りに出るかを逆算し、あたりをつける。
「そうデス。追跡対象には目的がありマス。浮気、となれば当然最終目的地は一つ。なら……」
「此処にゃ!」
アシュレイはレイチェルの教えをしっかりと守り、一時は見失ってしまった調査対象者たちを補足する。
だが、彼女は忘れていたのだ。
尾行し、浮気の現場を抑えること。
それが今回の目的だ。けれど、彼女は尾行することだけに注力してしまっていた。それ以外が頭から抜け落ちていたと言っても良い。
だから、彼女は思わず追いついたことに喜び、彼らの前に姿を現しそうになっていた。ともすれば、そのまま獲物ー! 位の感じで飛びかかる勢いであったのだ。
猫だからね。
獲物を見つけたら飛びかかっちゃうもんね。
じゃねぇんだよ! と桔華は本日幾度目かわからない突っ込みを思わずしてしまっていた。
ぐっしゃーとまた紙片が握りしめられている。
またまたぁ、と秋水が握りしめられ、叩きつけられた紙片をマジックハンドで拾って、ゴミ箱にポイと投げ入れる。あくまで安楽椅子から離れたくないらしい。
あわや大失敗か、とレポートを読み進めていけば、さすがはレイチェルである。
人魔外道のヴィランを葬るニンジャヒーロー『スワローテイル』。
その仕事は鮮やかであった。
「にゃ!?」
「コラ。今回は追跡尾行デス。姿を対象者の前に現してどうするんデス」
レイチェルはアシュレイが飛び出す前にワイヤードウィップでアシュレイの体を簀巻きにして摩天楼の如きビルの屋上に釣り上げていたのだ。
ジタバタしているアシュレイは、その言葉に、「あ」と気がつく。
んもう、とレイチェルが笑う。
まあ、こんなものデショウ、と笑む顔は優しかった。
「フォローするのもシショウの役割でショウ」
「あちしダメでしたにゃ?」
「よい線は行ってマシタヨ」
うん、とレイチェルは頷く。なんだかんだ行ってアシュレイには甘いのかもしれない。
だから、尾行の結果は!?
レポートでニンジャ修行の成果を報告されても困るんだけど!? と桔華がぐったりしてしまう。
年末の忙しさに殺される彼女にとって、このスチャラカなレポート群を読み進めるのだけでも大変な労力なのである。
あ、こちらにちゃんと浮気現場を抑えたデータがありますな、と秋水がデータチップを手にしている。
じゃあ、そっちでよくない!? と桔華は思った。
というか、この余計なやりとりがなければ、そのデータ参照するだけよかったのではないか。
だが、秋水はこともなげに言うのだ。
そう、私、あなろぐであるので、と――。
●けーす・4
「……どいつもこいつもよぉ」
桔華は猟兵の知り合いに委託した依頼がどれも最終的には上手く行っていることを確認して、ため息を吐き出す。
本当に言葉通りである。
普通に簡潔にレポートしてくんないもんである。
詳細なことはよいことであるが、余分なことまで列記するのはどういうことなのだと思わないでもない。
威龍は採算度外視なことするし。
サブリナとミルドレッドは報告書がハリウッドだし。
かと思えば、レイチェルの報告書は、どこぞの半熟卵みたいな弟子の成長記録である。
「どうなってんだよ!」
ばん! と思わず机を叩いてしまった。
報告書の束が宙を舞う。
そんな彼女の様子を見て秋水は安楽椅子に座したまま、社長業というのは大変でありますなぁ、と他人事である。
「いや、というかお前にも任せていた仕事があったよなぁ……?」
思い出した。
思い出してしまった。
そう、今目の目で安楽椅子にてくつろぐ昼行灯にもちゃんと仕事を振っていたのだ。何、他人事みたいな面してんだ、と桔華は思った。
「あいや心配ご無用にて」
「何がだよ。芝居がかったこと言って……」
「探偵と言えば、安楽椅子にて部屋から一歩もでないものでありましょう」
「それは特殊な方の探偵だっつうの! 仕事ちゃんとしてんだろうな!?」
「いえ、私は安楽椅子探偵を地で行くものでありまして……」
あまりにも呑気なことをほざくものだから桔華の堪忍袋の緒はテンションかかりっぱなしで今にも引きちぎれそうだった。
だが、彼女の緒がぶち切れる前に換気のために開けていた窓から飛び込んでくるのは、無数の鴉や猫たちであった。
ヒッチコックも斯くやという様相であった。
「んな、なんだ、何!?」
「おお、ご苦労」
そんな飛び込んでくる鴉や猫たちが次々と秋水の元へと駆け寄っていく。彼らの首元に装着されていた首輪型小型カメラを彼女は取り外す。
まさか。
「そのまさかでございますよ。これぞ我が密偵共の仕事の成果でございます」
部屋から一歩も出ず。
さりとて、しかと成果ははじき出す。
これが安楽椅子探偵。
そう言いたげな顔に桔華は、本日何度目かもわからぬため息を深く、ふかーく吐き出す。
猟兵だから、と思っていたが、この鬼河原探偵社に集まってくる彼らは皆一癖も二癖もある者たちなのだ。
そんな彼らを仕事というもので縛ろうというのがそもそもの間違いであったのかもしれない。
そんなことを思いつつ桔華は手を差し出す。
「おや、もっと驚かれるかと思いましたぞ。驚天動地にひっくり返る社長を見てみたいと思っておりましたのに」
「もう十分驚いた。いいから、それ寄越せ。調査結果をまとめるから」
お前も手伝うんだぞ、という桔華の言葉に秋水は、カクリと首を傾げる。
はて、と。
なぜなら、もう自分の仕事はおしまいであるはずだ。
躾た鴉や猫たちに調査はやってもらった。安楽椅子探偵の本懐を遂げたと言ってもよい。
なのに、まだ仕事が?
「いーからさっさとまとめる準備しろ!」
これまでのうっぷんを晴らすように桔華は逃げ出そうとする安楽椅子探偵の首根っこを掴み、地獄の獄卒たる所以を発揮するように恐るべき年末進行と言う名のデスマーチに秋水を引きずり込む。
こうして鬼河原探偵社の年の瀬は更けていくのだった。
いつもどおりに。
いつもどおりすぎるくらいに大騒ぎにて――。
成功
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