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性能試験Case.EX Ver.3.0

#封神武侠界 #ノベル

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サマエル・マーシャー




 封神台が壊れたことであらゆる時代の武侠英傑が集結し、自らが極めし武術で覇を求めてぶつかりあう世界「封神武侠界」。
 その湾岸部には外界からやってきたコンキスタドールの手に落ちた街———租界がある。
 コンキスタドールの手によって周辺地域よりも格段に文明レベルを上げられたその場所は無差別かつ無計画にばらまかれた銃火器や阿片によって頽廃した無法の地と化している。
 その中心にほど近い、仄明るいネオンの光が辺りを照らす歓楽街の片隅でそれは行われていた。
「ひい、ふう、みい……はいよ、たしかに受け取った。ほれ」
「ありがとうございます!」
 上等そうなスーツに身を包んだ男が分厚い札束の代わりとばかりに道路へ投げ捨てた小包を女は縋るように這いつくばりながら拾い上げると駆け足で去っていった。
 あくまで買主と売主の関係、互いの素性は知らない間柄だ。ただ健康そうな顔色とあの切羽詰まった様子を見れば自分のためではなく、大切な誰か―――惚れた男か子供のために買いに来たのだろう。
 その後ろ姿が曲がり角で消えたところで男は嗤った。
「ははっ、ほんっとボロい商売だぜ。|あれ《・・》のせいで具合が悪くなってるっていうのに薬だと思って喜んで買ってくんだからな」
「そうなんですか」
 突然聞こえた声に男が血相を変えて振り返ると、そこには純真無垢な無表情を浮かべているサマエルがいた。
「私は救世主です。病の苦しみから皆さんを解放している同業の士がいると聞いてやってきましたが」
 男が腰に括り付けたホルスターから銃を抜いても、サマエルは平然と自分の掌の上でマイクロチップを遊ばせていた。
「ちょうどいいです。新スタイルの性能試験も兼ねさせていただきましょう」
 そう言って掴み直したマイクロチップを自分の頸部に差し込む。すると体内のプログラムがその場で書き換えられ始めたことでサマエルの表面に荒いドットがまるでモザイクのように浮かび上がって明滅し出す。反射的に男が撃った弾丸は崩れゆくサマエルの体をすり抜けてその奥にあって壁へ凹みをつけた。
「大丈夫です。私にあなたを救わせてください」
 ビルドとデバッグがすべて完了させたサマエルは恥部を装飾具で辛うじて隠しているだけの、反対側が透けて見えるほど薄い布で作られた露出度の高い白のチャイナドレスに身を包んでいた。
『私の拳は変幻自在です』
 サマエルが着替え終わると同時にあちこちに投影された質量を持った立体映像にも男は銃弾を放つが、いずれも動きもしない映像に小さな穴が開いただけ。
 そうこうしているうちに空撃ちを知らせる金属音が鳴った。
 舌打ちしながら急いで弾込めをしようとする男の懐目掛けて、映像の陰から飛び出してきたサマエルが突貫する。
『慈愛の拳は何人たりとも防ぐ術無し』
 そして闘気染みたウイルスデータを帯びた裏拳が脇腹に深々とめり込むと、壁に沿うように積み上げられていたゴミ袋の山に男の体を叩き飛ばした。
 男は起き上がれない。ただそれは先ほどの強烈な衝撃を伴った打撃の痛みによるものではなかった。
「うえっ、うへへ……」
 男の股座がどんどん濡れていき、着ているスーツが吸い取り切れなくなった水分が外にあふれ出始める。
 毒薬の精製と培養、そして散布に適した形に作り替えられた翼から拳にもたらされた、痛みを感じさせず天国の快楽を与える薬物が男の全身を、乾いた肌に化粧水が染み込むように回ったのだ。
 自分の身に何が起きているのか、疑問や恐怖を抱く思考を喪失した男へサマエルは殴った時に懐からこぼれ落ちた小包片手に話しかける。
「この薬の服用を止めると、何が起こりますか?」
「なんにもおきねぇ。なんにちかはからだがなまりのようにおもくなるけど、それをこえたらもとどおりに」
「そうですか。でしたら手遅れになることはないですね」
 サマエルは呂律が回らなくなっている口で涎を垂らしながら答えた男の手を掴んで起き上がらせるとそのまま抱きしめる。
 自分の身を包む柔らかな感触に恍惚とした笑みを浮かべ始めた男の体はじゅくじゅくと音をたてながらサマエルの体に吸い込まれていった。
「……さて」
 男が沈んでいった腹の辺りを満足気に擦ったサマエルは翼を一度はためかせてから助走をつけ、近くに置いてあった木箱に飛び乗るとすぐに跳ね上がって夥しい量の電球で彩られた看板の上に着地して駆け出す。
 看板の端に達したらまた跳んで、路上に置いてあった客寄せの立て看板をまるで飛び石のように足蹴にしていく。
 そして地面に着地したサマエルはちょうど目の前にあった木製の扉を豪快に蹴破った。
 突然現れた女の凶行に見張り役が泡を喰ったように刃物を抜いて襲いかかる。しかしサマエルは刃物を持つ手に自分の手首を当てることで抑えつつ、もう一方の手で発勁を喰らわせて天上の快楽へご案内する。
「何の騒ぎだ!」
 そして中に入れば、扉を蹴破った音で異変に気付いた屈強な男達が次から次へと出てきた。だが狭い通路で取り囲まれることはなく、サマエルはやってきた順に1人1人「丁寧に」対応していった。
 そうして階段を降りていった先にあった扉を開けるといかにも年代物だと分かる古びた機械が見覚えのある小包をちょうど吐き出した。
 機械が発した小包の完成を知らせる音に反応したのか、扉を開けた者が一切喋らないのを不審に思ったのか、振り返った男はサマエルの存在に気づくと反射的に後ろに下がろうとして、つい数秒前まで作業をしていた机に激突する。
「お、お前は誰だ! 見張り役はどうした!?」
「私はサマエル・マーシャーです。見張り役の皆さんは全員、私が愛して救いました」
 サマエルはさも当然のように答え、歩み寄る。
 この部屋へ出入り出来る場所はサマエルが入ってきた扉1つしかない。逃げ出すには近づいてくるサマエルを横切るしかなく、男は机の上に置いていた薬の材料をその顔面に浴びせかけた。
 高濃度の原液が鼻をつたって唇の中に入る。しかしサマエルは一切狂うことなく、男の目前にまで達した。
「大丈夫です、安心してください」
 つま先立ちをしてギリギリまで距離を取ろうとする男の首に巻かれているネクタイを手に取って、サマエルは恐怖で歪む顔を仰ぎ見る。
「私は、あなたたちを救いにきただけですから」

 熱も咳も震えもないのにひたすら体が重くなって動けなくなる、医者に診てもらっても「原因不明」と返された謎の病気がある区画で蔓延した。
 しかし突然現れた商人が試しにと出してきた薬を服用すると一時的に治り、住民達は日に日に高くなっていくそれを必死に買い込んだ。
 だがつい先日からその商人と連絡が取れなくなった。
 その場凌ぎだと分かっていても活路を失った住民は絶望したが……諦めずに必死に介抱していると体の自由はだんだんと戻った。
 そして病から解放された人々は数日ぶりに自らの職場へ出立していく。
「それじゃあ行ってくる!」
 元気よく手を振る男を見送った女は心底ホッとしたように息を吐く。
 そこへ感情を感じさせない無機質な声が投げかけられた。
「今出かけた人を、あなたは愛していますか?」
「え、はい」
 唐突に聞かれた質問に面喰らいながらも女は一切躊躇することなく肯定する。
「そうですか」
 その答えに青髪の少女は淡々と———しかしどこか嬉しげに頷いて、それ以上言及することなく街中へ去っていった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年12月16日


挿絵イラスト