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契りきな

#サクラミラージュ #皇族

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#サクラミラージュ
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#皇族


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●楓
 ごぅん、ごぅん、ごぅん。
 巨大な飛行船のガス袋に吊るされる、所謂ゴンドラと呼ばれるそこは、この飛行船に限って文字通り『船』の如き形をしており、高い柵に囲われてはいるものの『甲板』にも出ることができる。
 客室もただ座るばかりのそれではなく、いくつもの部屋に分かれ、食堂室もあり、仮眠室や遊技室──ほんの少しのカード・ゲヱムに興じられるばかりではあるが──まで備えられた特別の設えの空飛ぶ船。
 だと言うのに。
 豪奢な客室の窓枠に肘をつき、ひとりの少女が吐息混じりに眼下を見遣る。
 その傍にはずらと屈強な男たちが並び立ち、息が詰まるばかりだ。
「ねぇ」
「はい、殿下」
「テロル対策として、|妾《あたし》の為に、齢の近く見える女童を大量に集めたのではなくて?」
「見目ばかりでございますが、まあ、齢十から二十を越えるまで、様々に」
「……。それで、何故、肝心の妾は莫迦で御座いとばかりにこんな特別室にひとりで軟禁されているの?」
「テロル対策でございます」
「……。おまえ、耳はあるの?」
「左右についていますね」
「……。では、頭が無いのね」
 もう一度息を吐いて、少女は傍仕えの男から視線を逸らした。
 少女の髪には黄色の月桂樹の花。少女の背には純白の翼。人間として生まれた少女が後天的に得た覚醒の証。
 彼女はサクラミラージュの『皇族』。不死の帝の血族であり、少女自身も不死だと言われているが、見目の齢は十三ほどだ。
 皇族という存在は大衆に広く知られている。だが、その実在を知る者は大衆の中にはいない。不死の帝の血族であるということ以外はその総数すら不明な半ば伝説の如き存在であり、この年若く見える楓も本当の年齢は百から三百程度になるという。
 眼下にはいつも通りの幻朧桜と、あかい楓が仲良く混ざり合って地上を彩っている。
「楓様。どうかお立場をご理解ください」
「|静止《じっと》していろお莫迦さん、と|明瞭《はっきり》言ってもよろしくてよ。首が飛ぶ覚悟がおありなら」
 楓と呼ばれた少女は憎々し気にそう告げて、ちらと飾り気のない掛け時計を見上げた。
 ────かくれんぼまで、あと少し。

●皇族殺害阻止指令
 グリモアベース──今はカフェーの一角へ姿を変えたそこで、トスカ・ベリル(自鳴琴の子守唄・f20443)は小さく肩を竦めた。
「偉いひとも大変だね」
 そして続ける。この皇族こと楓の命が、怨みを持つ影朧の犠牲になるという予知を見たと。
「押し付けられると、反発するよね。楓さまも折角の豪華飛行船なのに部屋に閉じ込められちゃって、拗ねちゃって。ちょっと悪戯を考えたの。……それが、一緒に乗り込んだ女の子たちの髪に花を飾らせて、翼を背負わせて──時間が来たら客室に雪崩れ込ませることで、客室を出ちゃうんだよね。かくれんぼ。……それに紛れて、殺されちゃう」
 自業自得と言えばそこまでなのだけれど。
 気持ちは判るかな。トスカは苦笑する。
「だって、……彼女にとってはそんなの、日常茶飯事だったから」
 誰かに命を狙われることは、いつものことだから。
 だから、きちんとテロ──テロル対策をした密室が空に飛んでしまえば大丈夫だと思った。従者たちも、そうした気の緩みは確かにあった。そして、此度の彼女に恨みを持つ影朧はそんな彼女のことをよく知っていただけ。
「わたしが超弩級戦力の権限をゴリゴリに利用して強引に皇族との面会を取り付けたから。みんなは最初から飛行船に乗り込めるよ。旅の目的は絶対に教えてくれないけど。とにかく『犠牲者を出さないこと』がみんなの目的。つまり、楓さまに似せた女の子たちも、従者さんもみんな、ね」
 中空の密室。豪華な造りと言えども、広さに限界はある。工夫は必要になるだろう。

 トスカは集まってくれた猟兵たちの顔を見渡し、ひとつ肯いた。
「影朧は侍従や乗組員のひとりに変身して、既に飛行船に乗り込んでるよ。今回の相手は本当に用心深いから、こっちも『なにも知らずに乗り込んできた皇族の侍従』とか、『たまたま乗り合わせた不運な華族』とか、なんかそういうのに成りすまして、まず色々調べてみて。どんな子がいるかとか。いろんなひととも話してみて」
 ついでに、飛行船からの景色や、設備で寛いでも怒られないよ。そっと言い添えて。

「たぶん、そうしている間に──かくれんぼが始まる。楓さまを探し出して、護って。楓さまはよっぽどうまくしない限り、みんなのことも『普通に信頼しない』よ。仕方ないよね。彼女は命を狙われることに慣れてるから、基本的には見つかったら逃げる。そういうのも踏まえて、影朧が色々仕掛けてくるかも」

 そうして彼女を護り抜けば、影朧は痺れを切らして正体を現し、襲い掛かってくる。そこまで来ればただ倒せばいいだけだ。
「さすがに楓さまは皇族の矜持があるらしくて。たぶん影朧が姿を現せば戦いには手を貸してくれると思う。帝の血族の嗜みとしてユーベルコードを含めた、ある程度の戦闘力があるらしいから」
 もちろん、彼女が犠牲になったらすべてが水泡に帰すけどね。疑似生物はあっさりと言って、微笑んだ。
「まあ、みんななら大丈夫だって知ってるよ。よろしくね」


朱凪
 目に留めていただき、ありがとうございます。
 のんびり進行の捜査シナリオ。探偵格好良いよね、朱凪です。

 まずはマスターページをご一読ください。

▼進行
 タグにて募集期間等を記載します。
 無理ない範囲の採用にしようと思うので、全員採用はお約束できません。すみません。

 1幕は『捜査パート』。
 2幕は『かくれんぼ』、楓を探し、罠から護ってください。
 3幕はボス戦です。

 では、素直でない皇族を守るプレイング、お待ちしてます。
200




第1章 日常 『容疑者を探せ』

POW   :    乗り物内をくまなく歩き回り、怪しい人物を探す

SPD   :    目星をつけた人物の持ち物を掠め取り、証拠品を探す

WIZ   :    人々の会話に耳を澄まし、違和感のある部分を探す

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ルシエラ・アクアリンド
【風雪】

彼女側と護衛側の気持ちや行動
私なりに推し量る事が出来て
既視感がありすぎて少々困ったと
口元に笑みが零れる位『昔』の事

ならばそれを生かして行動

偶然乗り合わせた華族の姉弟を装う
彼―偶然逢ったリヴィにお願いしてみたのだから
彼が共にいる事の心強さは過去数度一緒になる事の経験から知っている
正直言えば其れだけではないけれど


身分を利用し堂々と船内を散歩
人々の行動や会話から不自然な点を探しつつ
大丈夫な様ならライやシエラにも協力して貰って可愛い家族を演じて貰いつつ
彼らの視線からの視覚としての情報も得たい
私はどんな人がいるかを覚えて置く事を重点に
一人一人の特徴を出来るだけ記憶する
一度だけでは無く時間を置いて再び会う等したい

予め決めていた彼と合流しようと決めていた場所には私が先にいて彼を待つ
不意に遥か昔にたった一人に呼ばれていた懐かしい「姉上」という穏やかな声に
振り返った私はどんな顔をしていたのだろう
何時もの様に穏やかに微笑む彼を見るに余り驚かせずに済んだのかな

…今呼ばれるなら気軽に「姉さん」が良いな


リヴィ・ローランザルツ
【風雪】

自分の家の事を思い出す事情
特に楓様は姉に酷似して
護らなければと思い直していれば

目の前にきょとんとした姉本人
俺を見つけ微笑んでの頼み事に流石に驚いたけど
彼女は天性の狩猟者だし俺よりもその経験は多くそれを生かしていたし
性格も知る機会が多々あった
今後の事と思うところもあり此方こそお願いしますと返す

セラと彼女とシエラという同じ桃華獣と鷹のスピリットとの微笑ましいやり取りを見
段々何時もの調子に戻ってきたと思う

俺もセラと共に船内を歩きつつ主に乗務員の話を聞き
偶に労う序に会話をし情報収集
誰かに変装を繰り返している可能性も有るだろう
もしそうなら其処に矛盾が生じる可能性は高い
小さな子供の情報というのも逃したくないしセラの力を借りて会話を試みたい
セラには俺が入れない所を見て貰い怪しい箇所や物品の有無を確かめて貰う

合流場所に決めていた景色の良い場所で待つ彼女
「ルシエラさん」はここでは拙いだろうから
遠い昔と同じ「姉上」と穏やかに呼ぶ
彼女は一瞬驚きと懐かしさの後何時もの微笑む
務めて普段通りに情報交換を行う


比良坂・彷
皇族の御方からすれば卑しい下級華族の比良坂で御座います
上等なスーツ
礼儀作法確り

楓様代わりの少女達に声を掛け
華族の比良坂と名乗り
「洋行帰りの兄からカード・ゲヱムを教わったは良いですが遊んだことがないのです。遊戯室で遊んじゃあくれませんか?」
賭け金は全部出すし勝ったらあげると金にゆるい坊ちゃん演じる
複数人歓迎

己の勝負運の逆張りで相手勝たせる
賭場のサクラも経験あるし

勝って浮つかせ「楓の代わり」吐かせる
「へぇ…面白そうです。あ、そうだ、僕が皇族様ならもう偽物に化けてこの中に混ざっておきますよ。ねえ知らない顔の子いませんでした?」

特別室の前を愉しげに通り楓様の興味をそそっておく
この先遊んで欲しいからねぇ


冴島・類
ご本人は勿論だが
悪戯につき合わせた子や侍従さんも
命失われてから、悔いては遅い
防ぎましょう

乗り合わせた侍従、の方が動きやすいな
灯環は…いざの時までぽっけにいてね

他の侍従と変わらぬ服装で
主人を守る為、仕事しながら
早く慣れようとしてるように見せ

他の従者と交流を深める為
楓様付きになって長いかなど聞いてみたり
集められた女の子らの様子を見
接した方々の名や特徴を出来る範囲で記憶
違和感ないかも注意

真面目に務め
楓様の側で仕事する機会を探し
かくれんぼ時の布石に
ご本人を一目見ておきたい
可能なら月桂樹の葉型の式を忍ばせたいが…
怪しまれぬよう第一、無理はせず
誰と話す時も気負いなく
穏やかにを心がけ

さ、どこに潜んでいるかな


御園・桜花
「皇族の方、ですか。それは是非参加しませんと」
皇族の方々の御尊顔の近似値を集めたら、何時か今上帝の御尊顔に近付くだろうか

ちょっと小金持ちのモガ風装う
UC「蜜蜂の召喚」
自分は船内カフェでのんびり小説読みつつケーキを食べている風を装い蜜蜂達に情報収集依頼
蜜蜂達が送ってくる情報に集中し侍従達の動きから楓様の部屋を探す
可能なら侍従達の入退室に伴い部屋に入り込ませて楓の月桂樹に潜り込ませる
他の多数の蜜蜂は侍従達に付けて仕事ぶりを観察

「娘達が雪崩込めるのは、其れを手引する方が居るからです。船員だけの強行なら、流石に他の侍従が止めるでしょう?楓様の案に乗った方、娘達を呼び集めた方。其の方が影朧だと思います」


上野・修介
※アドリブ歓迎
「どうぞよろしくお願いします」
臨時で雇われた客室係として乗船。
素性は『色んな場所や国で短期の仕事をしつつ旅をしている』としておく。
態度は常に丁寧に。
相手が年齢種族問わず基本的には敬語で対応。
伊達メガネと顔の傷を隠す絆創膏で印象を和らげる。
同じ猟兵以外には自分が猟兵であることは伏せておいてもらう。

影朧に気付かれない様、先ずはきちんと業務をこなし他の船員からの心証を良くして、聞き込み等をし易くしておく。
合間にそれとなく自分と同じように臨時の雇われや普段と違う動きをしている乗員がいないか聞き込む。
また働きながら船内構造を把握し、UCを半径1~2m程で展開し怪しい氣の流れがないか確認。


アニマ・ドラウグ
皇族の存在は先日の依頼で知ったばかりだが
話を聴くに、少なくとも楓とやらは悪しき者とは思えん
一方で、影朧側の肩を持つ必要性は感じない
よし、何かの縁だ。力を貸してやろう

私の外見でヒトに紛れるなど無謀だ
ここは悪霊らしくいくぞ

UC発動
感知不可能状態と化して飛行船内を探索
うっかり他者に触れて生命力を吸わぬよう
天井ギリギリまで『空中浮遊』して移動

影武者と思しき娘らの顔と匂い、気配を確認しつつ
船内の様子を探る

侍従や乗組員の行動は
特に注視しておくぞ

楓は恨みを持つ影朧に
かくれんぼに紛れて殺られる
ということはだ
影朧は楓の細かな特徴を知っているのではないか?

そこに楓がいないならば
彼女を探す為に動くやもしれぬだろう?


ブラミエ・トゥカーズ
人に紛れて害を為すのは余等、病の役目であるというのに、世界は変われど異界の者のやる事は変わらぬな。

窶した服装の従者を連れた貴族を装う
慇懃無礼だが礼儀作法は心得ている
吸血鬼はそんな存在なのだから
ワインなど赤い液体が飲める日光の入らないフロアで他の客と談笑する
この飛行船の造りや、客の目的などを尋ねる
日光に注意しながら船内も歩く酔った振りをして皇族、もしくはそれに近しい人物に接触する
接触したついでに自身《病原菌》に潜伏感染させておく
船内を散歩し、自身の一部を霧化、船内に健康被害が出ない程度に蔓延させUCの影響を受けない存在に中りをつけておく
頭も耳も見せかけの病魔は密閉空間でこそ本領を発揮

アドアレ歓迎



●それぞれの潜入
 楓側と護衛側の想いや行動を推し量られるからこそ、ルシエラ・アクアリンド(蒼穹・f38959)は少々困ったと口許に淡く苦い笑みを浮かべる。
──既視感がありすぎて。
 笑える程度にはルシエラにとって既に『昔』のことと思えるようになった事実。
「皇族の方、ですか」
 それは是非お力になりませんと。ボーカラーのミディアム丈のワンピース。|モダンガール《モ ガ 》の装いに身を包んだ御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は密やかにきゅっと両の手を握り締めた。
 七百年以上続く大正の世を愛し、今上帝のお役に立ちたいと願うのは桜花にとって当然だ。それに。
──皇族の方々の御尊顔の近似値を集めたら、何時か今上帝の御尊顔に近付くでしょうか……。
 帝の血族だという皇族。それを辿ったなら。
「話を聴くに、少なくとも楓とやらは悪しき者とは思えん」
 蒼と黒の翼を羽ばたかせ、アニマ・ドラウグ(御霊竜・f41506)も呟いた。彼女自身は皇族という存在を先日の三文文士から聞いたばかりだ。そして影朧側の肩を持つ必要性は感じない。
「よし、何かの縁だ。力を貸してやろう」
 ふわと浮き上がったアニマを見上げる視線に、彼女は口角を吊り上げて見せた。
「私の外見でヒトに紛れるなど無謀だ。ここは悪霊らしくいかせてもらうぞ」
 告げた途端、アニマの姿はその場にいたすべての者の知覚から消え失せた。すごい、と思わず声をこぼしたのは他の侍従たちと同じ洋装を纏った冴島・類(公孫樹・f13398)。
 そうだな。ばさりと|長外套《ロングコート》の裾を泳がせ、ブラミエ・トゥカーズ(《妖怪》ヴァンパイア・f27968)も従者の服装をさせた従者を引き連れ、ブーツをこつり鳴らして身を翻した。
「余も余らしくいかせてもらおう。なに、慇懃無礼だが礼儀作法は心得ている。吸血鬼とはそうした存在なのだから」
 ひらりと手を振り、遠退いていく背中。
 それぞれに得意とする動きがある。無論その場の全員がそれを重々に承知しているからこそ、異論はない。
「楓様ご本人は勿論だが、悪戯につき合わせた子や侍従さんたちも、命失われてから悔いては遅い……防ぎましょう」
 むしろ心強さを感じながら類が肯けば、
「うんうん|賛成《さんせー》、がんばろーね」
 へらりあくまで軽い口調で上等なスーツに身を包んだ比良坂・彷(天上随花・f32708)も応じて──彼らはめいめいに飛行船へと散った。

「こちらでよろしいですか?」
「うむ、苦しうない」
 ブラミエを希望通り陽の当たらぬフロアへ案内し終えた上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)は、下がった慣れない伊達眼鏡をくいと上げた。左頬の大きな傷跡には絆創膏を貼って、客室係として印象を和らげる。
 早速給仕へ赤ワインを注文する彼女から離れて客室区画へと戻った修介を「お疲れ」と他の客室係が迎えた。
「悪いな。俺お貴族様って苦手でさ」
「いえ、業務ですので。……しかし、それなのに何故、この飛行船の係員を……?」
 飛行船上から光景を硝子越しではなく甲板から見下ろすことができる、仮眠室や遊技室まで用意された豪華飛行船。当然──利用料金は跳ね上がり、ある程度の地位のある者が客となることは想像に容易いだろうに。
 同僚となる客室係は丁寧な修介の問いにからからと笑う。清掃やベッドメイクで共に部屋を回り、ようやく打ち解けることができた。
「そりゃお前、給金が良いからよ。それもあるしさ、お貴族様じゃない子供が大量に乗せられててさー、なんかそれの子守役? みたいな。お前の契約にゃそういうのなかった?」
「……ああ、確かに、あった、ような」
 ふむと思案して、修介は黒い瞳を光らせた。
「その子供達は今、この飛行船の、どのあたりにいるのかご存知ですか?」

 名家と呼ばれる生家を思い出す、皇族の事情。中でも楓の在り方は姉に酷似していて。
──護らなければ……必ず。
 強く胸に意志を灯したリヴィ・ローランザルツ(煌颯・f39603)が食堂室を出たところで、影とぶつかりかけた。
「!」
「!」
 見開かれた、二対の碧の双眸。
 きょとんと瞬いたルシエラは影がリヴィであると知ると、相好を崩した。
「リヴィも乗ってたんだね。……そうだ、ひとつお願いがあるんだ」
 私の弟になってくれない?
「……は、」
 彼女の突然の申し出に、リヴィは一瞬返す言葉を失った。実の弟であるという事実は秘し続けているはずなのに。
 けれど、蒼い鷹を肩に乗せ、ふかふかの仔竜の姿の桃華獣を腕に抱いたままルシエラは続きを紡いだ。
「偶然乗り合わせた華族の姉弟ってことにしてもらえたら、動きやすくなるんじゃないかと思うんだ」
「あ、ああ。なるほど……」
 同じくリヴィの懐から顔を覗かせる桃華獣のセラへちょいちょいと手を伸ばす仔竜──シエラを「こぉーら」と軽く諫めながら、だめかな、とルシエラは首を傾げた。
「一緒だと私も心強いんだけど」
「ああ、いえ」
 内心で胸を撫で下ろしつつ、リヴィは急いで首を振った。彼は知っている。彼女は天性の狩猟者だし、リヴィよりもその経験も多く、それを活かす術も知っている。今後のことを思うと、断る理由もない。
 ぱたたと懐で短い翼を羽ばたきながら碧の目を細めるセラの嬉しそうな様子に、そしてその姿に頬を緩めるルシエラの表情に、リヴィの中にも平静が戻り始めたのを感じる。
「此方こそ、お願いします」
 良かったと胸を撫で下ろすルシエラは、じゃあ行こうかと身を翻して。
 視界の端に捉えたままの彼の碧の双眸がなにか気になる。“またね”を送ったあのときのように。
──正直言えば、|心強さ《其れ》だけではないけれど。

●潜み、探り
「灯環は……いざの時までぽっけにいてね」
 胸ポケットに収まるヤマネの子の頭を撫でれば、目を細めたその子は大人しく頭をひっこめた。確認して、類はよしと顔を上げる。
 向かうは楓のいる『特別室』とやらの前。
 廊下をその部屋へと近付くにつれて、明らかに屈強な男たちの比率が増え、確かにこれでは場所を教えているようなものだと思う。同じ服に身を包んでいても明らかにシルエットの違う類に、何度も声が掛かる。
「お前、持ち場はどこだ」
「それが、判らなくて。有事の際の武力担当と伺っているのですが」
 いかに体格が違おうと、さすがに侍従たちも類の歴戦の気配を読み誤ることはない。そうかと告げて、こちらに居ろあちらを手伝えと指示をくれた。
「……つかぬことをお伺いしても?」
「なんだ?」
「貴方は楓様付きになって長いのですか?」
「そんなことか。歴の長い奴らは殿下の傍に居る。俺は精々十年程度の新参だ」
 十年で新参。
 左右色違いの双眸を瞬きそうになって、類は理性で堪えた。ひとの生からするとそれが短くはない期間であることはヤドリガミである類にも判る。百から三百、正しい齢すら明確に判らない不死の皇族の感覚は最早、己のような存在に近しいのかもしれない。
──会ってみたいな。
 かくれんぼの布石にひと目と願う作戦上の狙いもあるけれど。素直にそう思う。否。不死の存在、それだけであれば猟兵の中にも数多くいるのは知っている。それでも。その長い生の間、ずっと命を他者に狙われ続ける少女。
 先日|見《まみ》えた皇族とは、明らかに違う。
 そんな彼女の笑顔を脅かす存在のひとり。此度の影朧は。
──さ、どこに潜んでいるかな。

 テーブルへ運ばれてきたケーキを口に運べば、ふんわりしっとりしたスポンジに優しい甘みのクリームがフルーツの存在を際立てている。
「ん、美味しいですね。さすがは豪華飛行船と言ったところでしょうか」
 口許に指先添え、桜花は自然と眦を和らげた。手許には読みかけの小説。
「次の紅茶はいかがなさいますか?」
「ありがとうございます。では、……これを」
 品書きを軽く指したなら、一礼して給仕は去っていく。船内のカフェーで寛ぎ動かぬ彼女を、誰も警戒しない。
 ぶん……と小さな羽音。人差し指をついと上げると、そこに留まる小さな小さな蜜蜂。極めて発見されにくい彼女のユーベルコードによって召喚された、桜花と五感を共有する存在だ。
 以前の皇族護衛の際にも、役に立ってくれた。
「さあ、行ってらっしゃい」

 ふらり、覚束ない足取りの女はブラミエだ。許可を得てワインを手にしたまま食堂室を出て、そこへやって来る客へと絡む。──もちろん、演技だ。
「どうであるか、貴公も一杯。余が振る舞おう」
 そう告げたなら酒に惹かれた客を次々と容易に絡め取ることができ、唇を酒精に湿らせたなら舌も軽く回る。
「貴公の旅の目的は?」
「そんなもの、この船に乗ることですとも。しかしいざ甲板に出てみればいけませんな。足が震えてしまって」
 あっはっはと笑い飛ばす男に内心で吐息をこぼしつつも、表層はきちんと付き合ってブラミエも笑みを浮かべる。
「ほう。では貴公はこの船の造りに詳しいのであるか?」
「なんと、貴女は船を巡っておられないのですか。要人が載っているらしく物々しい区画もありますが、それ以外は実に良い設備がありますぞ。なんと言っても甲板は外せませんが、食堂室からの──……」
 ブラミエは男から苦もなくある程度の船内の構造を聴き出し、軽くぽんと彼の肩に触れて延々と続く言葉を遮った。
「うむ。貴公の話を聴いて俄かに興が乗った。早速巡ってみるとしよう」
「ああ、それがいいですよ」
 男は気付かない。
 彼女の触れた手より“病原菌”がその身を侵したことなど。災厄流行・赤死病。転移性血液腫瘍ウイルス……吸血鬼と恐れられたブラミエ自身そのものと呼んでも良い。無論健康被害の出ない程度に調整したそれらが彼を介し船内へと広まれば──ユーベルコードの影響を受けない存在を炙り出せるだろうと考えた。
 彼だけではない。既に酒を交わした複数人に撒いた“種”。
「ああでも、要人のいるだろう場所には近付けないと思いますよ。随分とこわいひと達が見張ってますから」
「ご忠告痛み入る」
──招かれぬ場所には入れぬ、か。
 皇族や近しい人物に接触できればと思っていたが、酔客のふりでは少々厳しそうだ。だが、なんら問題はない。彼女のウイルスはこの空の密室へと広まっていくだろう。
──人に紛れて害を為すのは余等、病の役目であるというのに、世界は変われど異界の者のやる事は変わらぬな。
 頭も耳も見せかけである病魔は、閉鎖空間でこそ本領を発揮するというものだ。ブラミエは楓が侍従に贈った嫌味を拾い上げ、上機嫌に杯を呷った。

 怨霊竜ノ正餐。そのユーベルコードによって霊力で己を覆い視聴嗅覚での感知を不可能にしたアニマは、天井のすれすれまで上昇し、乗客たちの動向を注意深く観察していた。
 修介が同僚から聞き出した“子供部屋”は広く開放されており、少女たちはかなり自由に行き来している様子だった。
 準備が間に合わなかったのかあるいは故意か、既に全員が背負う翼は純白で統一されているものの、頭に飾る花はそれぞれに異なっている。だが、全員が唯一というわけではない。
 桜、蒲公英、雛菊、菫、……月桂樹もちらほらと居る。
 月桂樹の少女たちの顔や匂い、身のこなしを確認しながらアニマは嘆息する。
──巧くしているな。
 すべてが月桂樹であったなら、おそらくかくれんぼの際に侍従たちは月桂樹以外の部分で見分けようとするだろう。だが月桂樹が混ざり込む状態であったなら、まずはそこに視線がいく。月桂樹かどうかを見定めている間に少女たちは入り乱れる。そういう作戦であることが見てとれる。
──楓は恨みを持つ影朧に、かくれんぼに紛れて殺られる……ということは、だ。
 アニマはしばし思案する。
「……であれば」
 有事の際、動き方に違和のある者を探すことは容易いだろう。

「弟を見ませんでしたか?」
 幼少期に学んだ身のこなしは、捨てようにも染みついて消えない。良いことなのかどうなのか。ちいさく眉を下げてルシエラは笑みを浮かべながら人々に臆することなく声を掛けていく。
「こういう、桃の花の咲いた角をもつ小鳥を連れているんですけど」
「わ~、かわいい~!」
 シエラを抱き上げて見せれば、幼い娘が声を弾ませる。ふふ、かわいいだって。良かったねシエラ。声を掛ければ桃華獣は得意げにばさばさと体長の割りに長い翼を羽ばたかせた。ちなみに蒼い鷹・ライはルシエラの肩で大人しくしている。そういう道化はしませんよと伝えてくるかのような蹴爪の力に、ルシエラはこっそり苦笑した。
 苦笑、しつつも、出逢った少女とその家族の視線や挙動から幾多の情報を読み取る。狩猟者としての本能みたいなものだ。別段の苦労もなく、彼らがリヴィを見ていないこと。この少女はかくれんぼには参加しないこと。第三者との接触に不安を覚えていないこと。それらを知る。
──リヴィと会ってないということは、客室区画には行ってない……。
 案の定知らないと答える父親へ居ずまいを正して、ルシエラは「飛行船だからすぐ見付かると思ったんですけど」と口火を切った。
「とても多くの方が乗船されていますね。特になんだか……羽を背負った女の子をよく見る気がします。なにかご存知ですか?」
「ああ、言われてみれば、確かに。空の上だから、主催側の配慮ですかね。かわいいものです」
「わたしも羽欲しいー!」
「はは。うちの娘も見かける度にこの調子でね。どこかで売ってないでしょうか」

 業務を着々とこなしながら、修介は自らの周囲に『氣』を巡らせる──周天、或いは圏境。ユーベルコードも駆使し違和感のある『氣』の流れを読み続けていた。
「、」
 客室係である彼は、振り向きもせず察する。背後で会話をしている者の『氣』。猟兵だ。当然向こうも気付いているだろう。
「お疲れさまです。すみませんが、姉を見ませんでしたか?」
 リヴィは乗務員の話を聴くことに重点を置いていた。当然のことではあるが、区画ごとに乗務員の配置は定められており、例えば客室係が別区画に行くことはごく稀なようだった。
「別区画に行けたら、私なら物珍しくて戻って来なくなってしまいそうです。そんな方はいないんですか?」
 くすくすと悪戯めいて別の乗務員へ問うリヴィ。影朧が紛れているなら、変装を繰り返しているかもしれない。
 ならば、姿が見えなくなる者が現れているかもしれない。
 そんな思惑に対し、乗務員は「いやぁ……」と首を捻った。
「さすがにそんな奴が居たら目立ちますからね。まあ“子供部屋”の子たちを把握してる奴は少ないかもしれないです。最終的な数が合ってりゃいいですから」
「子供……」
「客室にも親子連れは多くいますから、混ざると判んなくなっちまうんですよ。羽くらいしか見分ける術がないんで」
「、そうですか。大変ですね」
 告げたとき、視線の先で修介が一室をノックする。はいと扉を開けた男性は明らかに怪訝顔だ。
「なにかご用でしょうか」
「うん? こっちの科白──あっ?」
 開いた扉の隙間に、ぴょいと跳び込んだのは白い毛玉雛。セラだ。「すみません!」と謝りながらも、リヴィは男性の部屋を覗き込んだ。一見して怪しげな様子はない。ふかふかなセラの乱入に子供がはしゃいだ声を上げ、妻らしき女性が目を丸くしている。
 ちょろちょろ動き回るセラは家族には捕まえられず、修介と視線を合わせて男性から許可を得たリヴィは堂々と部屋を探索した。ようやく捕まえてごめんねと子供へと謝れば、ううんとその子供──少年は首を振った。
 そして気付く。彼の背後のベッドに、安物の偽翼が置いてあるのを。
「それ……」
「これ? もらったんだー!」
 嬉しそうに笑う少年に、リヴィと修介はもう一度視線を合わせた。

 遊戯室に滑り込んだ彷は、きゃいきゃいとカード・ゲヱムに興じる少女たちに声を掛けた。その背には白い翼があり髪には朝顔と百合、秋桜が咲いている。
「もし。洋行帰りの兄からカード・ゲヱムを教わったは良いのですが、遊んだことがないのです。僕と遊んじゃあくれませんか?」
 恭しく礼をして華族を名乗れば、少女たちは頬を染めて喜んでと返す。どうやら話を聴くと、楓の影武者として呼び集められた中には市井の出の者も多いらしいが、遊戯室にいる少女たちはまた一線を画すようだ。
「賭け金はすべて僕持ちで。もちろん勝ったらあげますよ」
 そんな甘い──甘過ぎる言葉に世慣れぬ少女たちはあっという間に虜になる。危ないなぁと胸裏で苦笑しながらも、彷は利用させてもらう。
「これは?」
「それはジャック二枚以上の手ができるまで積み立てられる賭け金よ」
「ふぅん、難しそうだ」
 そんな風に嘯きながら彷は次々とゲヱムを重ねた。賭場でサクラの経験もある。演技はお手のもの。逆張り重ねれば少女たちは「あら、比良坂さんたらずいぶんね」勝たされていることにも気付かずころころと笑う。
 楓もこうして心置きなく遊べたら良いのに。笑顔の裏に掠めた想い。今は追いやり、彷は髪をくしゃり。
「本当、散々だなぁ。……ところで気になっていたんですが、その翼は如何されたんですか」
 彷の翼とは違う、明らかな偽物の。
「あら、ふふ。本当は内緒よ?」
「この船に、皇族さまが乗っておられるの。だからあたしたち、皇族さまを隠すための蓑なの」
「よく見られちゃったら判っちゃうけれどね」
 機嫌よく話す口はあまりに軽く、拍子抜けしてしまうほど。もちろん、それを顔に出すほど愚かではない。
「へぇ……それは面白そうです。そうだ、けど、僕が皇族様ならもう偽物に化けてこの中に混ざっておきますよ。ねえ知らない顔の子いませんでした?」
「あら、まあ」
 カードを引きながら何気なく告げた科白に、少女たちの目が見開く。互いの顔を見合わせ、真剣な顔で眉を寄せる。口は軽いが皇族を重んじる気持ちはあるらしい。手札の蔭から彷は少女たちを見遣る。
「貴女、見た?」
「うぅん……そう言うならほとんどの方とは顔見知りでないもの」
「けれど、ねえ、なんだか翼をつけてない子たちが増えていない?」
 に、と口角を上げると彷はカードをテーブルに放り出した。

「|ジャックポット《それいただき》」

●犯人探し
「ル──、……姉上」
 ごぅん、ごぅん、ごぅん。
 あらかじめ決めておいた待ち合わせ場所。推進装置の音が響く甲板には既にルシエラの姿があった。風が強い。金属製の高い柵に囲われてはいるものの、覗き込めば眼下をどこまでも幻朧桜が大地を埋め、そこここに紅葉を始めた木々が顔を覗かせている。
 姉弟を演じる上で選んだ呼称だと判る。それでも、遥か昔にたったひとりに呼ばれていた『姉上』に、その穏やかな声に。振り返ったルシエラは|一時《いっとき》碧を見開き、それからふぅわと相好を崩した。
「……」
 揺れる心は、表に出さず。リヴィは努めて普段通りの笑みのまま、彼女へ歩み寄る。けれど。
「……今呼ばれるなら、気軽に『姉さん』が良いな」
 彼女から投じられた言葉にはつい、碧が揺れた。

 傍にやってきた蜜蜂に、同じ策を考えていた類は察する。これはユーベルコード。目立たぬようそっと袖口に隠し、楓の傍へと寄る機会を伺う。
「おい新人、次はお前が行ってみろ……」
 疲れたような顔で、屈強な姿の男が肩を萎めてほんのり冷め始めたティセットを類へと手渡した。
「えっ?」
「なぜか殿下が部屋へ入ることを許してくれなくなったんだ。なにが気に食わないのか、『おまえも駄目』とのことで紅茶ひとつ運ぶこともできん」
「は、はぁ……判りました」
 なにが起きているのか、異変の始まりなのか。気を引き締めた類はノックして部屋に入り──その理由を知った。
 漆黒の瞳が類を見定めるように睨めつけ、「……良いわ」呟いた。
「おまえは大丈夫。全く、不甲斐ないわよね。病に罹患していることにも気付かず妾の傍に寄ろうなんて。テロル対策が聞いて呆れるわ。そうでなくて?」
 ティセットをサイドテーブルにそっと置いた類は知る由もないが、“吸血鬼”ブラミエの撒いたウイルスは皇族へ近付かんとしていた。それが故に部屋の外の侍従たちを中心に感染が広がり──ユーベルコードの嗜みがある楓に見抜かれたというわけだ。この好機はだから、必然だった。
「けれど、おまえもなにか企んでいるわね」
 年端もいかぬ少女たちと変わらぬ音程の、静かな楓の声が、途方もない圧を帯びる。途端、周囲の元より部屋に詰めている男達が気色ばむ。「おやめ」それを留めて、腰掛けたままの楓は類を見上げた。
「超弩級戦力、という者ね」
「はい」
 素直に応じて、類はそっと両の掌を合わせる。借物一葉。眩い緑の光が溢れ出す──のに合わせ、袖の蜜蜂を放つ。掌を開けばそこには一枚の月桂樹の葉。否、その形の、式。
「楓様を護るための一助になれば幸いです」
「ふむ」
 周囲の男達が止めようとするよりも素早く、立ち上がった楓は類の手からそれを受け取った。漆黒の瞳に宿る知性。かくれんぼを計画する無謀さがありながらも、皇族としての役目を蔑ろにするつもりではないと伝わってくる。
 己が身は、護らなくてはならないと知っている。
「おまえも、許すわ」
──バレてる、か。
 まっすぐな漆黒の髪に咲く月桂樹の花に潜り込もうとした蜜蜂へと、視線だけ遣り楓が言う。周囲の侍従たちはなんのことだか判っていない様子だ。
「厚意には礼を言うわ。お下がりくださってよろしくてよ」
 ちらと楓の視線が時計へ走ったのを、類は見る。
 ここでかくれんぼの計画を暴露するのは望ましくないだろう。楓が完全に部屋に押し込められてしまったら、猟兵が近付くことも困難になってしまう。
「では、失礼します。……どうかお気をつけて」

 乗務員の中に、大きな『氣』の乱れはなかった。
 犯人たる影朧が敢えて病に罹っているかまでは不明だが、船内には多くの赤死病感染者がうろついている。ブラミエの指示ひとつで動きが鈍るであろう者たち。ただすべての命の守護が今回の依頼の主眼であるため、強行はできない。
 “子供部屋”の少女たちの数や動向は管理されておらず、自由に船内をうろついているが、どうやら配布された偽翼を失っている少女もいるようだ。
 そして子連れの客には翼は配布されず──にも関わらず『もらった』という子が男女問わず複数人、いる。
「翼だけ、花だけの者も含めたことで、楓様の想定以上の影武者が船内に闊歩することになってしまっているわけですね。だからこそ、……混乱が起こる」
「影朧は、楓の細かな特徴を知っているはずだ。だからこそ混乱の中でも影朧だけが楓を見つけられるように小細工を弄している」
 修介が整頓しながら呟き、アニマも肯く。漆黒のまっすぐな髪と目に、黄色の月桂樹。桜花と類が蜜蜂と式を渡したために、これからは彼女の動きは把握することができる。
「娘達が雪崩込めるのは、其れを手引する方が居るからです。船員だけの強行なら、流石に他の侍従が止めるでしょう? 楓様の案に乗った方、娘達を呼び集めた方。其の方が影朧だと思います」
「変装しているなら、見た目で探しても難しいかな。やっぱりかくれんぼまで待つ必要があるか」
「ああ、それがいいと思うよ。翼のない子に何人か訊いてみたけど『分けてあげましょ』って声を掛けた子の見た目はバラバラだったらしいから。共通点は辛うじて女の子だったってことかな」
 桜花のはっきりとした声に、ルシエラも同意しつつ思案し、あっさりと彷が言う。
「もう少しですね」
 時計を確認して、リヴィが告げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『容疑者最後の罠』

POW   :    狙われた皇族を身を挺して守る

SPD   :    仕掛けられた罠を発見し、解除する

WIZ   :    焦った敵の残した痕跡から、正体を推理する

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●かくれんぼ、開始
 ────かち。
 時が満ちると共に、部屋に雪崩れ込んだ者たち。
 その数は彼女よりもずっと多く──翼が無い者、花の無い者、女童の範囲に収まらぬ者、様々で。
 楓は漆黒の瞳を真ん丸にしたけれど。
 想定外が起きているということは危険があるかもしれないと胸の奥では警鐘が鳴っていたけれど。
 違う筈、と首を振って駆け出した。違う筈。なにも無い筈。
 みんな、浮かれているだけ。
 だって、自由で居たい。
 偶には──よろしいのでなくて?
 許されぬ身の上であることを、忘れてしまいたかった。
 群衆に紛れて扉をくぐったとき──桜の花弁が舞った。否。舞うという表現は正しくない。その花弁は過たずに楓の首筋を裂かんと襲い掛かった。
「!」
 しかし彼女の肌に触れる直前、その花弁は|撃ち抜かれた《ヽヽヽヽヽヽ》。

 手引きした者が、影朧。
 かくれんぼに混ざるであろう者たちの中に、それは居る。

 猟兵たちは看破していたから、影朧の目論見は阻止される。鋭い舌打ちが聴こえ、下手人の影が霞んで消える。なにが起きたかも判らない楓はそのまま部屋の外へ、豪華飛行船の中へ、──仮初の自由へと、躍り出た。
 猟兵たちに課せられた使命は、影朧が痺れを切らすまで楓を護ること。
 どんな罠が仕掛けられているか判らない。故に種々の可能性を潰すこと。
 そして。
 
上野・修介
※諸々歓迎
先ずは猟兵であることを船員に明かして船長に取り次いでもらう。
「騙す様な真似をして申し訳ございません」

皇族が関わっている事は伏せ状況を説明。
仲間の猟兵達と共に対処するので極力騒ぎ立てない様に依頼。
「それから、今はまだ切迫した状況ありませんが、場合によっては避難誘導や不時着の準備をしてもらうかもしれません」

説明を終えたら、UCを最大範囲で展開し触覚の延長として用いながら機関室に向かう。
皇族の殺害が目的ならば、飛行船を墜とす可能性もある。
(……まあそれは最終手段だろうが、念の為だ)
死角の多い場所だ。
狙われる可能性を差し引いても、何かを隠す、或いは誰かが隠れている可能性は十分にあるだろう。


御園・桜花
「見通しが甘かったです。あのタイミングで宮様を弑し奉ろうとするとは思いませんでした。急いで合流しませんと」
UC「蜜蜂の召喚」
楓につけた蜜蜂には其の儘周囲を観察させ移動ルート確認
他の蜜蜂は敵が最初に攻撃を放った場所から拡散するように探索範囲を広げさせ他の猟兵にも情報提供
自分は蜜蜂の見たものから移動ルートを第六感で推測し先回り狙う
不測の事態は高速・多重詠唱で精霊召喚し対応(火事なら氷の精霊に鎮火依頼、落下物なら風の精霊に安全な落下場所へ押し出させる等)
「隠れるなら艦底や倉庫でしょうか…」
飛行船を破壊したくないので銃撃は極力避け敵発見時も雷の精霊に感電させ行動阻害狙う
楓を発見したら身を挺して庇う


比良坂・彷
罠解除済の遊戯室へ楓を庇い入れ
「貴女のお遊びを責めやしません
籠の鳥の窮屈さには憶えがあります」
「僕と遊んじゃくれませんか?」
護衛は忘れぬと貴女ぐらいの方ならおわかりでしょう?
ゲヱムは楽しませるように
「自由は如何ですか?」
何言っても否定せず

「僕…俺は
全てを捨てて自由を取った経験があるの
兄と父は今も俺の取り合いしてる、利権目当て
見合い結婚で首輪つけようとしてくんの
捕まりたくないから騙して逃げてる」
「それぐらいヒトデナシでないと
重責投げ捨て|遊べ《自由になれ》ないよ」
「貴女はそうはしないでしょ?今も周囲を危険に晒したって後悔してそう」

「良かったら、絶対安全保障付きな超弩級の俺とまた遊んでよ」
そうやって俺を利用して偶の自由を得て頂戴

*戦
―桜とサクラ勝つのはどちら?
ゲーム台を蹴り上げ盾にし楓を隠す
「大人しく隠れていてくださいね」
羽音と靴音で移動を偽装
実際は動かない
他から天蝶出し誤認させ
楓を襲いに来させる
「おひぃ様から離れるわけないでしょ?」と騙し討ち
身を挺し護り
椅子で殴り
3発目はぶん投げ吹き飛ばす


冴島・類
他のUCへ切り替えると追跡が途絶えかねない
御園さんの蜂もいるとは思うが
念の為継続使用
駆けて行った楓様の位置追跡し
皆さんそれぞれ守ろうとするだろう
味方の猟兵には情報共有しつつ追い

隠れ先の場を見つけたら
僕らであれど逃げるだろう、な

役目を知り
気を張っていそうな方だった
時計を見た眼差し
僅かな時間でも自由になる可能性の案に懸けていたんだろう
…見つけた、とたっちをするまでが隠れんぼなら

近くまで来ても、捕まえはしない
灯環、頼んだと
彼女だけ楓様の側へ向かわせ
捕まえる意思はないと見せ
その位置中心に、破魔の魔力や火耐性込めた結界術を張り
楓様だけでなくその周りにいる人を
攻撃や火や罠が襲ったとしても
初撃は守る為の陣にと

自身は荷から出した瓜江と
楓様のいる周辺の飛行船の構造思い返し
六感も活かしつつ
火の手を起こせそうな場や
罠を隠せそうな位置を探り
あれば破壊

行動時は影朧の符号の手がかりを留意
(見目はバラバラ、共通点は女性)
式で共有した五感で怪しい者見つけたら警告も

被害を出してなるものか
それが此度の、守ると言う意味だから


アニマ・ドラウグ
危険を承知でなお、自由を求めるか…面白い
影朧なんぞにくれてやるのがますます惜しくなった
どれ、影朧の奴が真っ向勝負をする気になるまで遊んでやろうか

この混乱の中で童どもの特徴など見分けていられるか
ゆえに『気配感知』を行いつつ
船内を飛び回り楓を追うぞ

楓の手がかりとするのは体格と
影武者達よりも薄いであろう気配だ
彼女は戦いの心得がある
自然と一般人よりも隠密に長けた動きをするだろう

楓に追いついたら、やや距離を保って護衛する
仮初であれ、自由を楽しむがいい
そして…少し離れていた方が、楓に迫る影朧を視認し易かろう?

くれてやるぞ、影朧
【属性インストール】の呪詛を

影朧にとっての不慮の事故は
私達と楓の利…というわけだ


リヴィ・ローランザルツ
聞いた情報を元に効率よく動く事
楓様の近くで護衛を試みようとする姉達の周りを重点的に
積極的に第六感や違和感を罠を探し出し状況が許すなら
隠し持っている小型のムーンブレイドで対処する等
その助けになる様
皆と連携を取りつつ動く

楓様の信用が必要そうなら
最低限の事実を正直に幼少の頃血の繋がらない両親の元へ預けられた事を明かす
聡明な楓様なら察してくれるだろう

状況に合わせ
飛行型の罠や人影、物陰
子供達が鍵の様に思えるので
かくれんぼに興じる様子、不自然な箇所
被害に合わない様にも注意
セラに対応出来そうな場面は協力して貰い
護衛と罠対応しつつも影朧のペースを逆に乱し時間を稼ぐ
己の行動の成功率を上げ乍ら行きたい

アドリブ歓迎


ブラミエ・トゥカーズ
余に気付くとは良い目をしているようであるな。
己から外に出てしまえば無意味であるがな。

船内に蔓延させた細菌の網を使い、見た目と非感染者から楓を探す
UCにてかくれんぼをする少女達に近い容姿・性格に変身
楓の身を守る
頭や手足が飛んでも再生して護る
敵や楓、護衛からの攻撃は全て受ける
人は傷つけない
皇族が人という生物とかけ離れているなら中途半端な事はしないよう首が飛んでも警告を告げる
対人の無意識の力のセーブが働かない為

じっとしていたまえよ。首が飛ぶとこのように色々面倒であるぞ?

護衛はやりつつも妖怪として怖がらせたり驚かせたりすることは止められない
頭や耳や手足を無くしても
最後は五体満足の吸血鬼に戻り優雅に


ルシエラ・アクアリンド
皆の動き易くなるなら
多少混乱してしまった楓様に赦される
付かず離れずの距離で護衛にあたりたいかな
信用を得る為礼節、正直な物言いは勿論、行動でも示す

視覚面では二匹にも協力して貰い死角を作らない様に
ライとは敢えて離れ混乱を生かす人物探し等
共有情報を生かし子供達の動きに留意し
自由で居たいという楓様の動きを重視して行きたい
必要なら嘗て自分は立場を捨て逃げた事を明かす

罠を第六感等で探り
大丈夫そうなら魔導書の羽根を利用
楓様に被害が及ばぬ様務め皆やリヴィを頼りにさせて貰い
罠を排除し、十分留意し出来るだけ自身で安全な箇所を作り
楓様の安全を確保出来る様な動きを心がけ動く
文字通り心身共に護り矜持に敬意を

アドリブ歓迎



●きみとかくれんぼ
「見通しが甘かったです。あのタイミングで宮様を弑し奉ろうとするとは思いませんでした」
 凶刃たる桜を撃ち抜いた軽機関銃を下ろして、御園・桜花は唇を引き結んだ。犯人の目星をつけることができたからこそ犯行を阻止できたにも関わらず、翡翠色の瞳には強い悔恨が宿る。
 楓の月桂樹に宿らせた蜜蜂から、変わらず情報は届き続けている。
「……今は客室区画の方へ向かっているようですね。急いで合流しませんと」
 いつになく切迫した声音の彼女は、「おいで」新たな蜜蜂たちを喚んだ。敵はこの特別室の前から攻撃を放った。故に挙動の不審な者を追うべく波状に蜜蜂たちを放つ。
 その様を見て肯き、冴島・類も己の借りた式から届く情報をもとに猟兵たちの方へと振り返った。
「危険を承知でなお、自由を求めるか……面白い。影朧なんぞにくれてやるのがますます惜しくなった」
 からからとアニマ・ドラウグが笑い、皆の中に浮かぶのもひとりであると知る。百から三百を生きる、皇族の娘。
「うむ。余に気付くとは良い目をしているようであるな。まあ、己から外に出てしまえば無意味であるがな」
 ブラミエ・トゥカーズも仕方がないと顎を上げて嗤いつつ楓を認め、両の目を伏せて身体の中から血の記憶を辿る。|吸血鬼幻想・血潮に宿るは人の遺志《ザマヲミヤガレバケモノドモメ》──かつてブラミエが吸血した者の姿を象るユーベルコードだ。
 そうして彼女が選んだのは、齢十三程度の少女の姿。黒い髪にはドラクラの花が咲き、白い翼が背に伸びている。楓のかくれんぼに加担した少女たちに近しい姿を選んだ彼女へ、類は慌てて声を掛ける。
「ブラミエさん、影朧もおそらく似た姿になっているので──」
 見目は一定ではないけれど、女性であり、かくれんぼの手引きをしたことから少女たちに紛れてもおかしくない姿をしているはずだ。あとは強いて言うならば桜の花弁で攻撃してくる、ということくらいか。
 けれど、彼女は容姿だけでなく性格までも“変身”している。
「ああ、頑張るのであるっ」
 にこり笑って駆け出して行ってしまった。
「あ、じゃあ俺も行こうかな。とりあえず遊戯室に居るつもり」
 彼女とは別に、比良坂・彷も空を往く巨大な密室の中へとひらり手を振って去っていく。
 くつりと喉の奥で笑い、アニマも黒と青の翼を羽ばたいて再び上空へと舞い上がった。
「どれ、影朧の奴が真っ向勝負をする気になるまで遊んでやろうか」
 めいめいに楓を護るべく立ち去っていく仲間の背を見遣り、自らも足を踏み出した類は廊下の窓から外を見た。
 青い青い空。鳥と同じ視点。
 眼下には赤と桃色。
──役目を知り、気を張っていそうな方だった。
 漆黒の強い双眸が、突き刺さるように類の脳裏に蘇る。
「隠れ先の場を見つけたら、僕らであれど逃げるだろう、な」
 ぽつりと零す。それが愚かだとひと言で済ませることもできなかった。まだ信用を得ていない。楓は猟兵たちの暗躍によって命を拾ったことも知らないのだから。
 時計を見た眼差し。僅かな時間でも自由になる可能性の案に懸けていたのだろうと察することができる。
──……見つけた、とたっちをするまでが隠れんぼなら。

●きみを守る
 『特別室』の前は騒然としている。侍従たちは楓を探し回って混乱しており、子供たちは屈強な男に問い詰められ、怒鳴られて、大泣きしたり逃げ出したりして大騒動だった。
 そこからやや離れ、子供たちが少しでも落ち着いている食堂室でリヴィ・ローランザルツは白い毛玉雛を手に乗せて子供たちの警戒心を解しながら声を掛けた。
「ルシエラさ、」
「“姉さん”」
 集めた情報を元に、ルシエラ・アクアリンドの元へ戻れば彼女は澄ました顔でそう言う。姉弟ごっこの続き。今更だと思う気持ちもあるけれど、ちいさく笑みをこぼしてリヴィは首を傾げた。
「姉さん」
「よろしい。……なんてね。どうだった?」
 リヴィが呼称を改めればルシエラの表情が和らぐ。リヴィも普段通りに聞き取った内容を纏めた。
「かくれんぼ以降の指示は特に受けてないみたいですね。かくれんぼの内容も『みんなで秘密の部屋に入ってみよう』程度にしか聞いていないらしいです。皇族の隠れ蓑として募集されていても、あの『特別室』に皇族が居たとは知らなかったようです」
 とりあえず怖いお兄さんたちに怒られないよう、部屋へ戻るよう言っておきました。次の箇所へと既にふたりで歩き出しながら報告を終える彼の視線が走る。「ライ」同時にルシエラが鋭く呼び、彼女の肩から蒼い鷹が食堂室のシャンデリアの蔭へと風を切った。
 鷹の蹴爪が絡繰りを破壊する。それは通り掛かった者を裂く鋼糸を放つ仕組みのもので、ただし正確な狙いをつけるのは難しいであろう、無差別の機械だ。かくれんぼの前には無かったとルシエラは断言できる。
「さすがですね」
「リヴィの視線が教えてくれたからだよ」
 観察と感覚──第六感を活用しながらふたりはしらみ潰しに罠と思しきものを潰していく。桜の凶刃が襲い掛かるのをリヴィの蒼い短刀が音もなく断ち、食堂の水分に有毒な薬物が仕込まれているのを突き止めた。
「……見境ないね」
 呟くルシエラの胸の奥には、判ってしまう己の体験が確かに在る。
──出来るだけ安全な場所を確保したいな。
 言葉に出さないその願いは、リヴィにとっても同じだった。

「騙すような真似をして申し訳ございません」
 素早く共に働いていた船員や侍従たちにきっちりと頭を下げ、伊達眼鏡を外した上野・修介は己が猟兵であることを明かした。この船に乗り込むため、彼は『色んな場所や国で短期の仕事をしつつ旅をしている』と告げていたからだ。そして今それを改めた理由と目的は、この豪華飛行船の船長に取り次いでもらうことにある。
 船員仲間は彼の告白におろおろと狼狽したが、超弩級戦力への期待は大きい。なんとかさほど時間を経ずに目的を果たすことができた。
 この船の操縦室にはゴンドラの見目の通りに舵があり、壮年の男性が操舵しつつ振り返りもせずに「で?」と簡潔に問うた。修介もひとつ肯き、簡潔に状況を伝える。
 この船で影朧との戦闘が起きるかもしれないこと。猟兵が仕掛けられている罠を解除して回っていること。
 船長がどこまで知っているのかを鑑み、敢えて皇族の関与については伏せて。
「すべて仲間の猟兵達と共に対処しますので、できる限り、騒ぎ立てないよう……普段通りに過ごしていただけたらと思います」
「そいつぁありがたいね」
 少しもありがたくなさそうな声音で船長が言う。当然そうだろうと修介も理解できるから特に気分を害すこともない。
「それから、今はまだ切迫した状況ではありませんが……。場合によっては避難誘導や不時着の準備をしてもらうかもしれません」
「そうかい」
 素っ気ない口調で返す船長が、そこでようやく修介を振り返った。深い青の目が真摯に見つめる。
「あんた、どこまで護ってくれるつもりなんだい」
 その問いに修介は──間違えない。
「この船含めて、すべてです」
 船長はにやりと笑った。
「……じゃあ良い。好きにしな」

 猟兵の仲間から得た情報を基礎に、アニマはゆるりと翼を羽ばたきながら廊下を滑空する。“子供部屋”を覗いた彼女には実感として理解できる。
──この混乱の中で童どもの特徴など見分けていられるか。
 なにせ混乱するように工夫されているのだ。それを紐解くのは時間の無駄に他ならない。とにかく気配を探る。蜜蜂や式から得た視線の高さと、影武者の娘たちよりも希薄であろう気配を追う。
 猟兵のユーベルコードを察し、影朧にも立ち向かう程度には戦いの心得がある楓だ。自然と一般人よりも隠密に長けた動きをするだろう。
「彼女……ですね」
 翼を広げ飛ぶアニマが子供たちに取り囲まれてしまわないよう、共に行動していた類の傍で、桜花が小さく告げた。
 齢十三頃の娘。漆黒の瞳と髪、黄色の月桂樹の花、白い翼。隙のない身のこなしで──猟兵たちの視線にもいち早く気付く。
「不躾な護衛につきまして、深くお詫び申し上げます」
 桜花は周囲の者の視線を慮り、立ったまま頭を垂れるに留めた。彼女の傍に漂う蜜蜂に、楓も瞬時に意図を察する。
「良い。許すと言ったわ」
 短く告げて素早く身を翻そうとする彼女へ、類は一歩も寄らぬまま告げた。
(……見つけた、とたっちをするまでが隠れんぼなら)
──僕は、あなたにまだ触れない。
 灯環、頼んだ。指先で胸ポケットのヤマネの子を呼ぶと、森の魔力纏うその子はするすると一旦類の肩を経由して、それから示された通りに楓の傍へと駆け寄った。
「……今、あなたを捕まえるつもりはありません。ただ、許されるなら彼女をお連れください」
「式だけではまだ足りないの?」
「はい。必ず、お守りしたいので」
 しゃがんで灯環を掬い上げたのを確認すると、類は破魔の魔力と火炎への耐性を込めた結界を張った。その範囲から結界は楓ひとりを護るだけのものではないことが伝わる。例えばその周囲にいる者をも包む。
 気付いた楓の口許が、微かに緩んだ。
「それから、我々の仲間です」
 少し離れた場所に着地したアニマを桜花が示す。小さな身体に大きな翼を広げて傲然と元デウスエクスの悪霊は口角を上げて見せた。
「仮初であれ、自由を楽しむがいい。私はお前を邪魔しない」
 くれてやるぞ、影朧。口の中だけで囁いて放つのは呪属性のオーラ。だが楓を害すものではないのは明らかだった。
 属性インストール。纏わせた対象へ攻撃力の強化、装甲の強化、そして敵対者に不慮の事故を誘発する効果を齎す、アニマのユーベルコードだ。
 楓の敵対者は今回においては下手人である影朧だ。不慮の事故が与えられるならば、楓と猟兵たちにとって利となるはずだ。
「……礼を言うわ」
 それだけ告げて、楓はアニマのことも構わず再び駆け出す。もちろん、見失うようなへまはしない。
 類と桜花は視線を合わせて肯き合い、次の場所へと向かった。

 駆けた先、僅かな羨望を含んだ視線が遊戯室の表示を見上げたから。
 彷はすいと扉を開いて笑って見せた。
「初めまして。皇族の御方からすれば卑しい下級華族の比良坂で御座います。ま、超弩級戦力とも呼ばれますが」
 彷の自己紹介に、楓は怪訝な顔をした。彼がどうこうではない。彼女は『普通に誰も信用しない』のだ。
「貴女のお遊びを責めやしません。籠の鳥の窮屈さには憶えがあります」
 素早く身を翻そうとした皇族の娘に、彷は声を掛け続ける。焦ってはいけない。駆け引きは得意だ。
 彼女がなにを望んでいるかなんて──“教祖”でなくたって簡単に察することができる。
「僕と遊んじゃくれませんか?」
「……遊んでいる場合?」
「遊ばないと、意味がないでしょう」
 方々に散った猟兵たちに行先を告げていたお蔭で、楓の動向は遊戯室に籠り罠をすべて解除するのに腐心していた彷にも届いていた。
 紛れるために客室。それから食堂室を覗いて、けれどなにも口にはせずに今、ここ。|遊戯室《ここ》も、入らずに通り過ぎようとしていた。
 本当に、見ようとしただけ。
 豪華飛行船内を、探索しようとしただけ。
 それ以上は迷惑をかける可能性があると彼女は長年の経験で知っている。
──そんなの、さみしい。
 護衛は忘れぬと貴女ぐらいのお方ならおわかりでしょう? そう囁いて、恭しく手を差し出す。ディーラーに扮していないことは確認済。カードの縁に塗られた麻痺毒も拭った。エトセトラ、エトセトラ。口に出す無粋はしないけれど。
「……、いいえ、」
「そう仰らずに。ここは安全ですから」
「! ちょっと、」
 非礼を承知で回り込み、翼と身体で廊下への道を閉ざしつつ扉も締めた。もちろん、アニマも誘い入れて。楓は当然眦を吊り上げたけれど、貸切の遊技室でディーラーにようこそと誘われたなら、好奇心が疼くさまが見て取れた。
 この子たちが居るなら。肩に乗ったヤマネの子・灯環の存在に、彼女の警戒も緩んだのかもしれない。
 「い、一度だけよ」なんて単純なカード・ゲヱムに興じるうち、少し、ほんの少しずつ娘の横顔がカードの柄に一喜一憂し始めた。彷はほのりと眉尻を下げ、アニマは退屈げにくぁりと欠伸をひとつ。
「僕……俺はね。全てを捨てて自由を選んだ経験があるの」
 ぽいと揃った手札を場に捨て、彷が言う。未だ警戒の宿る漆黒の双眸がひたと据えられる。
「兄と父は今も『俺』の取り合いしてる、利権目当てでさ。見合い結婚で首輪つけようとしてくんの。捕まりたくないから騙して逃げてる」
 どうしてそんな|話《ほんとう》を口にしたのだろう。信用を得るため? それとも。
 どちらでもいい。彷はテーブルに軽く肘をつき、楓を見遣る。窺う。
「それぐらいヒトデナシでないと、重責投げ捨て|遊べ《自由になれ》ないよ」
「、」
「貴女はそうはしないでしょ? 今も周囲を危険に晒したって後悔してそう」
 ただ純粋な少女であると思えたなら、ただ遊んであげるだけで良かった。でも彼女の眼には静かな決意が宿っていて遊戯室で遊ぶ前とは気配が違う。ちいさく、楓が淡い色の唇の端を吊り上げた。
「……後悔にはしないわ」
「そ」
 軽く返して、「?!」突如彷はゲヱムテーブルを蹴り上げた。楓が目を丸くしたのは一瞬。即座に臨戦態勢を取ろうとする彼女へ、彷はしぃ、と人差し指を口の前に立てた。彼の意図を察してアニマも彼女の傍で気配を殺す。
「大人しく隠れていてくださいね」
 テーブルの蔭に彼女を隠したまま、彷は翼と靴音で移動を偽装し──蒼い天蝶を飛ばして扉を開いた。途端、びょぅ、と隙間から花嵐が舞い込んだ。まっすぐ、楓が座っていた場所へ。
「おひぃ様から離れるわけないでしょ? ──桜とサクラ勝つのはどちら? なぁん、て!」
 猛禽のおおきな翼広げて花弁を受け、脚癖悪く椅子を蹴り上げ手に掴む。偽客遊戯──サクラ。振り回し、叩き込む。まるで塊のような桜の渦は掻き消えて、支配を失いはらはらと力なく遊戯室の床に文字通り散った。
 花弁をにじり、罠がないのを確認してから彷はニ、と笑ってテーブルの蔭の楓へと改めて手を差し出した。
「さ、行きましょうか。そんで……全部終わったら、絶対安全保障付きな超弩級の俺とまた遊んでよ」
 良かったらそうやって、俺を利用して偶の自由を得て頂戴。
 そう告げた彷の手を、楓はぱしんと軽く叩き払って立ち上がった。
「超弩級戦力であろうと妾は、皇族は民草を|利用《ヽヽ》はしないの。……誘い文句を考え直すことね」
 く、と顎を上げ、少女は確かに咲った。

●|指令《ミッション》:すべての罠を破壊せよ
 船長への挨拶を終え、再び氣を纏い、周囲のそれを活性化させて、修介が足を向けた先は船尾の機関室だ。
 馳せ違う他の猟兵たちからも罠についての情報は得ている。順調に罠は解除されている。だが、なりふり構わぬ罠の在り方に嫌な予感が過った。
 皇族の殺害が目的ならば、飛行船を墜とす可能性もある。
──……まあそれは最終手段だろうが、念の為だ。
 大型の機材による死角も多い。けれど修介にとっては暗がりの中を歩くことも氣の流れを読めば難しくはなかった。ひと気はない。警戒していたが、何者かが隠れている様子はなさそうだ。
「……なるほど」

 蜜蜂から届く情報に時折我がことのように反応してしまいながらも、桜花は確実に船内を確かめていく。
「隠れるなら艦底や倉庫でしょうか……」
 彼女の精霊呪具は淡く発光し、精霊を喚ぶ。積み上げられた荷が崩れ落ちてくるのを風の精霊が包み込んでは緩やかに床へ置き、違和感のある場所に置かれた燭台は水の精霊がそっとその火を消した。
「不思議ですね」
 隠す気はないとばかりに散り落ちた桜の花弁を一枚拾い上げ、桜花は呟く。
 罠は致死性のものから、ただ発動しても大怪我程度で済むものまで様々で、殺意というよりも害意だったから。

 相棒たる絡繰人形と共に、類は情報収集した飛行船内の構造を思い起こしつつ慎重に巡る。食堂室の厨房、あるいは客室区画の煙草の煙。火の手が上がりそうな場所を特に念入りに確かめた。
──桜、か。
 類にとっては思い入れのある花である。その花弁を用いた罠もあるが、そうでない罠も多い。
 きゅ、と糸を繰り瓜江に破壊してもらった罠を類はしげしげと眺める。少なくとも今手許にあるそれは、精密な機構では特になさそうだった。
──まるで、……見境のないこどものようだ。
 手当たり次第、という言葉が相応しい。色の違う双眸が炯と光る。
「……被害を出してなるものか」
 それが此度の、守るという意味だから。

「! 居た」
 ライ──蒼い鷹と共有した視界にて確認したルシエラは、つかつかと強い意志を滲ませ進んでいく件の皇族の娘の姿を見つけた。その後ろを青と黒の翼のボクスドラゴン……の悪霊と、猛禽の翼を持つ仲間がついていく。
 リヴィと視線を合わせて肯き合い、ルシエラは無礼にならない程度に足早に近付いた。
「初にお目に掛かります、ルシエラ・アクアリンドと申します」
「リヴィ・ローランザルツと申します」
 現れたふたりに、ついと楓が後ろの猟兵、そして肩のヤマネの子や蜜蜂、月桂樹の葉の式たちに焦りも狼狽もないのを確認してから足を止めた。
──もう混乱はない、か。……むしろ。
 覚悟を決めたみたいな。
 素早く表情を読み取ったルシエラは深く礼をした。かつてはその姿を見る側だったけれど。
「……かつて私は、自分の立場を捨てて逃げたことがあります。けれど楓様、……貴女はその選択はされなかったように見受けられます」
 漆黒の双眸と、碧の双眸がひたと噛み合う。
「貴女の選択に敬意と。その選択をお護りさせていただきたく」
「……そう」
 最低限の回答にルシエラとリヴィは揃って再び礼をして、それからルシエラはファルコンスピリットに依頼して今、ここに居ない仲間たちへの伝達を依頼した。
 楓が向かう先を、リヴィは理解している。間違いなく、姉も。なぜなら既にこの通路は歩いた記憶がある。
 甲板に出るためのそれだと。

 風の吹き荒ぶ甲板に出た皇族の娘を、他の少女たちの間に紛れたブラミエは見る。瞬時、微かに顰められたその眉についても。にぃ、と胸の裡で笑い、ブラミエは歩き出した。
──|協力《ヽヽ》してやろうではないか。
 すらと抜いた、人殺しの剣。
 甲板にいた一般の乗客たちがざわめき、猟兵たちが楓の前に立ち塞がって楓も鋭い視線でブラミエを睨めつけた。
 猟兵たちは気付いているだろう。楓がどうかは知らない。関係ない。
 妖怪として、他者を怖がらせ驚かせることは止められないのだ。元より性格まで写し取る必要はないユーベルコードだ。妖怪の性を剥き出しに、ブラミエは進む。太陽光でダメージを受けてしまうのが難点ではあるが、今はガス袋が陽光を遮っている。
「さあ娘、本懐を遂げよ。これが──望みであろう?」
 デッキの床を蹴り襲い掛かる、“吸血鬼”。
 猟兵が踏み込むより素早く、しゃんと|袂《たもと》から鉄扇を抜き、霊力を帯びたその斬撃を放った。
 ブラミエは避けもせず──少女に扮したその首が吹き飛んだ。
 彼女たちの周囲から悲鳴が轟き、猟兵たちは避難誘導する者、楓を守護し続ける者に分かれた。蒼い鷹に導かれ、騒ぎを聞きつけた他の猟兵たちも全員が甲板へと辿り着いて。
「じっとしていたまえよ。首が飛ぶとこのように色々面倒であるぞ?」
 転がった首が話したあと、ざらと砂のように崩れ落ちるのを見て事情を把握した。その粒子が風に舞い渦巻いて再びブラミエの姿を形どる。
 その姿が完成する頃には、豪華飛行船の甲板には楓と猟兵以外、誰もいなくなっていた。
「そんな眼をするでない、皇族の娘よ。人払いを望んでいただろう」
「そうね。妾の民草を無暗に恐怖に陥れたことは、今この場においては不問とするわ」
 告げて、楓は甲板の先へと視線を遣った。
 既に猟兵たちの視線もそちらへ向いている。何故ならそこに、居ないはずの少女がひとり居たから。
 頭部からひらり、はらり、桜の花弁を散らし続ける少女。その桜色の双眸は、ただまっすぐに楓を見据えた。

「────裏切者」

 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『桜の霊』

POW   :    花の散るらむ
命中した【包囲し孤立させる強烈な桜吹雪】の【花弁】が【無限の痛みを与え続ける棘】に変形し、対象に突き刺さって抜けなくなる。
SPD   :    命ともがな
レベルm半径内を【視野を完全に奪う桜吹雪】で覆い、[視野を完全に奪う桜吹雪]に触れた敵から【抗う気力と生命力】を吸収する。
WIZ   :    我が涙かな
レベル×10m内のどこかに【忘却の有無を問わない過去の恐怖】を召喚する。[忘却の有無を問わない過去の恐怖]を見た敵は全て、【足許より這い上がる桜花から生命力奪取】によるダメージを受ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠黒葛・旭親です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


⚫︎契りきな
 風巻く豪華飛行船の甲板に、少女は──影朧は立つ。

「────裏切り者」

 特に深い感情の籠らぬ声音で、影朧は言った。はらりはらりと、彼女の枝から桜の花弁が散る。
 猟兵たちに素早く囲まれた楓が、ぴくりと瞼を反応させた。その髪の月桂樹が揺れた。
 猟兵たちの中には、楓を見遣る者も居たかもしれない。あるいは、そんなことはどうでも良い者も居るだろう。
「なにが裏切り。妾を先に裏切ったのは貴女ではなくて?」
「願っておいて酷いわ。わたし、こんなに癒し──癒せるように、なっ」
 言葉が途中で途切れる。桜色の影朧の双眸が揺れる。軽く開いた唇からは、声が出ない。
 「……?」さすがに楓も首を傾げる。
 僅かの間。影朧はふるりとかぶりを振った。
「貴女が、願って……ああ。そう、あのひとが、……いえ、なにか……忘れて……ううん、忘れてない、わたしは……、わたしは、桜の精」
「……」
 猟兵なら知るだろう。桜の精の転生の癒しを、幻朧桜の加護を、この影朧が受けていないことを。
 なのに、影朧は微笑む。
 幸せそうに、優しげに。
 湧き上がる、桜吹雪。
 猟兵が何人居ようと包み込み孤立させるそれ。
 あるいは完全に視界を奪うそれ。
 はたまた──本人が忘れていようとも。心に刻まれた過去の恐怖を具現化し、足を竦ませるそれ。
 それらの桜吹雪の前で、桜の枝の生えた少女は微笑む。
 曇りのない瞳で。

「大丈夫。あなた達のこころの穴を、わたしの桜が癒してあげる」
 
ブラミエ・トゥカーズ
貴公の癒しの力が本物であれば恐ろしかった
なにせ余は病毒以外の何物でもない故な
余の恐れる物を出してもよいが他の者には意味がない故、勧めはせぬぞ?
(大蒜、鰯の頭、消毒液等日常生活的な衛生品、魔除品。最近は建物常備の消毒液で死にかけた)
相手は人間ではないので御伽噺の吸血鬼の力全開
日傘を離せない為行動制限
白木の杭はないが植物製の尖った物が心臓に刺さって近似値のためすごく痛い
調子に乗り返り討ちも妖怪の末路の一つ
あほともいう
夜舞垂と相殺で棘を破壊

真の姿
手枷足枷をした中世風村娘の姿に凝縮したウイルスの集合体

毎度ながら油断が好きだな、吸血鬼
余裕を見せてこその貴族だとほざくだろうけどな?
大変だな。そういう面倒な存在は、そこの嬢ちゃん達も思わんか?

わしはアレのように品はないからな?
人の形していたのが運の尽きだ。
飢えて死にやがれ。

花弁よりも小さい最近が敵内部に侵入し攻撃する

吸血鬼に戻った場合、赤死病が傘を捨てているため日光で灰になる
もしくは癒しの力や”人間”に弱点を突かれても灰になる
船内に潜伏する細菌も消失


御園・桜花
「お知り合いですか、楓様」
「皇族殺しを企む方には、知己でない方もいらっしゃいましたから。可能なら転生を促したいので、知っている事をお伺いしても?」
名前等略歴尋ね

「◯◯さん。残念ながら、今の貴女は桜の精ではありません。癒やしもお使いになれません。思い出せませんか」
少しでも情報引出す
「最期の一番の願いを叶えるべく楓様の前に現れた。貴女はお亡くなりになっている。思い出せませんか」

「裏切られたと恨み言を言いたいのは、信じたいから。楓様の前に現れたのは、自分の想いを知って欲しいから。癒やしが出来ると共に喜び合いたい方が、楓様だったから。今の貴女は死を振り撒く影朧で、貴女の望みを叶えられない」
吶喊しUCで銀盆連打
敵の攻撃は第六感で回避又は盾受けしてダメージ減狙う

「転生を、望みませんか。貴女の望みが深ければ、桜の精でもオラトリオでも、癒やし持つ望んだ貴女として、楓様の元に戻れます」

「楓様の永き生に、一人でも多くの信頼し心寄せ合える友が傍に居られるのは、素晴らしい事だと思いますから」
鎮魂歌歌い送る


冴島・類
影朧と楓様のやりとり
気にはなれど
桜の精を名乗りながら、混濁している様や
気配の違和感
君のかつてや、狙う理由がなんであれ
弑させるわけにはいかぬのでね

彼女がここに来た思惑からも…
御身だけ、護られる等望まぬのだろう
決着をつける為共闘いただけるのだろうか
感謝は手短に、意識は影朧に

戦うなら尚更
楓様中心に張る破魔の結界は引き続き
桜の花弁の力は、わずかでも軽減できれば

六感使い気配探れど、視界奪われては踏み込む先がずれるし
護るのが遅れる
花舞う機を見、吹き飛ばす様に薙ぎ払い放ち
…狙いは、当てるのではなく
旋風で己や味方の視界覆う花弁指定し引き剥がすこと

視界が回復したら、踏み込み
破魔の力込め斬れたら

心の穴、貴女に埋めてもらいたいとは思わないので
おやすみなさい

無事終われたなら…
改めて楓様や従僕さん達に、名乗り挨拶して
飛行船の旅が終わるまでは
護衛続けられたらと

影朧を撃破したし…
猟兵も加わったなら帰るまでは船内ぐらいでは
部屋以外の景色や時間を楽しめないかななんて

まあ、そちらが難しくても
帰るまでが旅ですから
できることを


上野・修介
※諸々歓迎
調息、脱力、氣を練りつつ真正面から影朧を観据える。

(……桜の精、か)

彼女が何の因果に縛られ影朧としてここに在るのかは分からないが、この飛行船に乗る人達を傷付けさせる分けにはいかない。

――為すべきを定め、心を水鏡に

『自己の最速を以て間合いを殺し対象に拳を叩き込む』

心身から余分を排し、己をただそれだけの機構と化す。

初動からトップギアへ。
防御回避は最小限。端から受ける覚悟で、急所のみ左腕を盾にする。

(……乗り合せたのも何かの縁か)

渾身の捨て身にて放つはただ一撃。
されど込めるは敵意でなく、殺意でなく、祈り一つ。

――どうか、もう苦しみと共に還ってくることが無いように

この一時の因果を絶つ。


比良坂・彷
※アドリブお任せ
楓様に見抜かれちゃった、俺のエゴ

楓様かばう
桜の霊の涙を指で掬い攻撃を己へ
UC起動
「楓様に願われた内容は憶えてる?」
恐怖で竦んでも必死に隠し笑う
癒やされたフリは欺瞞だそれでも
「楓様の言う裏切りはなんだと思う?俺はキミが死んだ事かなぁと思うけど」
「あのひとの事、とりとめなくていいよ、聞かせてよ」
俺の『匣』に詰め込ん見せてあげる

*過去の恐怖
隠れ里で朽ち果てると見せ掛けて
38階から飛び降りる瓜二つの弟と助けられない己
本当は
俺は|弟《あの子》の敵
本来は隠れ里で使い潰されるべき


でも
俺が死んだら|あの子《桜の精》は
原因全てを殺して後を追うって
どうしてだろうね?と桜の霊に問いかけ命を奪い返す


リヴィ・ローランザルツ
動きとしては皆と合わせつつも
若干護衛よりで援護攻撃をさせて頂きたい
先にUC使用し分身には己以外、他の方とも連携を取らせ
攻撃の手助けとさせたい
影朧の攻撃は基本身軽さで避けつつも
回復で賄えると判断できる、避けると不味い位置にいる時は
檻の中で優しく吹く風に敢えて委ねる
重ねて六華の舞を発動させ
既にある魔法陣に重ねるようにし相乗効果を狙いつつ
影朧に対処していく
手は緩めず常に全方向へ意識を向け動く事


影朧の事、この先の楓様を考えているとふと暖かな感触を感じ
振り向けば思った通りの顔で
幾度も聞いた、自分にとっての力強い言葉
彼女の経験なのかは分からないけれど信じられる何かがあるから
俺もそう考えてみよう
自分の意思で


ルシエラ・アクアリンド
皆の援護を主とした動きを
そも私は其方の方が動き易い
連携取りつつオーラ防御と結界術込みのUC発動
光弾は思わぬ方からの攻撃への対処
メインは防御結界
念の為【蒼の天蓋】も発動させ回復面での万全の体制を取れる様
彼方の行動阻害を確実にするため己も弓を用い
範囲攻撃での動きの制限しつつ連携に繋がる攻撃を主とし
楓様の動きに合わせ攻撃は敢えて避けずに光弾等でいなす

自我を保つ事すら侭ならぬ影朧
もう十分でしょう
もうじき訪れる眠りの季節へ行きなさい

何やら思案している『弟』の頭に手を置く
驚いている顔を見ていると自然に笑みが浮かぶ
先程迄の姿は何処へやら
何度だって繰り返す「大丈夫だよ」
顔を見れば彼女は何かを得たと思えるから



●桜、散る
 現れた影朧の頭に伸びる桜の枝、そこから散る桜の花弁。
──……桜の精、か。
 上野・修介は顎を引き、隙無くひたと敵を見据えたまま胸裏にて彼女の言葉を反芻する。
 桜の精。
 幻朧桜から生まれる妖精種族。影朧を癒やし『転生』させる力を持っている。だが目の前の影朧にその力が備わっていないことを修介も感じている。
 ちらと楓を伺いつつ、冴島・類も現れた少女の混濁している様子に違和を覚えた。確かに楓を狙っていたのに、どうにも記憶が曖昧らしい。そもそも影朧とは、傷つき虐げられた者たちの『過去』から生まれた、不安定なオブリビオンだ。そういうものと言えばそうなのかもしれないけれど。
「お知り合いですか、楓様」
 よく磨かれた銀の盆を手に御園・桜花は月桂樹咲く傍らの皇族へ問う。いつもやわらかな桜花の表情も、きりと引き締められていた。
「皇族殺しを企む方には、知己でない方もいらっしゃいましたから。もし楓様があの者のことをご存知であるなら……可能なら転生を促したいので、知っている事をお伺いしても?」
 目の前に現れた影朧とは違い、桜花は間違いなく本物の桜の精だ。全ての世界に転生を。彼女自身もはっきりと自覚しているわけではないがそれはたぶん、彼女の芯たる想いだ。
「知らないわ」
 彼女を庇うように並び立ったリヴィ・ローランザルツと比良坂・彷の背後で、皇族はぴしゃりと言った。
 影朧の桜色の瞳は揺らがない。否。|此岸《こちら》を見ていないかのようで。
 猟兵たちの疑義の気配を受け、楓は鉄扇の蔭でちいさく息を吐いて肩を竦めた。
「あれは桜。かつて妾と共にあった桜木。……初めて夢枕に立ったときにあれはそう告げたわ。幾多の年月を経てもうそれすら判らなくなっているようだけれど」
 少しもすると現れる機会は|疎《まば》らになったから、妾以外の者の処へも化けて出ていたのかもしれないわね。そう楓は敵を見据えたまま長い睫毛を伏せた。それだけの長い月日が楓に、そして影朧にあったのだろう。
 視線を逸らし、「……そう言えば」と楓がこぼす。
「あの桜木と離れた頃に翼を得たけれど、関係があるはずもない。兎角、今ではあれは妾の民草に害なす悪霊よ」
 僅かにかぶりを振ると、漆黒の瞳が炯と光った。「離れた、ねぇ」彷が呟き、「桜木……」桜花は口の中で繰り返す。どうやら彼女に名はないらしい。悪霊。桜の、霊。
 にこりとその霊が微笑む。
「あなたは、……いいえ、あなたは、あのひと……いいえ、いいえ、……裏切り者……、癒してあげる、わたしが」
 ふぅわと桜の霊の周囲に桜の花弁が舞い上がるのを見や否やリヴィの姿の輪郭が揺れ、ふたつに分かれた。四重双撃──カルテット。ふたり分の姿が静かに銀の柄のレイピアを身体の前に構えた。
 張り詰めた空気の中、笑う声があった。ブラミエ・トゥカーズだ。
「貴公の癒しの力が本物であれば恐ろしかった。なにせ余は病毒以外の何物でもない故な」
 大蒜、鰯の頭、消毒液等日常生活的な衛生品に、魔除品。最近では建物常備の消毒液で死にかけた。
「余の恐れる物を出してもよいが他の者には意味がない故、勧めはせぬぞ?」
「なに、」
「桜の貴方。残念ながら、今の貴女は桜の精ではありません。癒やしもお使いになれません。思い出せませんか」
 ブラミエの軽口に混ぜ込んだ真実を、桜花が明言する。
 桜の霊は瞬く。
 まんまるになった桜色の瞳が、しばらく考える内に虚ろになった。咄嗟にふたりのリヴィが楓の前に壁を作る。危険な気配がする。
「わたし……、いいえ、わたしは、……わたしはっ……癒しを!」
 悲痛な悲鳴と同時、湧き上がった桜吹雪は猟兵たちの視野を完全に奪い、すべてを桜の色で染め上げた。
「自我を保つ事すら侭ならぬ影朧、……もう充分でしょう」
 渦巻く桜色の中、ルシエラ・アクアリンドは重ね合わせた両手を開いた。嵐の中で風が吹き上がり、澄んだ碧の防御結界が張り巡らされていく。それはelementum──ゲンソノリョウイキ。魔力によるあらゆる事象に対抗する力。
 結界と同時に浮かび上がる光弾が、視野の外から襲い掛かる抗う気力と生命力を奪う花弁を払い、影朧の攻撃は猟兵たちに届くことができない。
「もうじき訪れる眠りの季節へ行きなさい」
「ああ」
 仲間の姿は見えない。それでも確かに感じる支援の力に修介も息を吸い、──細く吐いた。力を抜き、氣を練る。
「あなたが何の因果に縛られ影朧としてここに在るのかは分からないが、この飛行船に乗る人達を傷付けさせる訳にはいかない」
──為すべきを定め、心を水鏡に。
 敵の姿も見えない。……そんなことはない。嵐に翻弄される花弁の隙、修介はまっすぐに桜の霊を見据えた。
「楓様に願われた内容は憶えてる?」
 彷は首許のタイを緩め、敢えて桜の花弁へ指先伸ばす。こぼす問いは発動条件。虚実欺騙──ブラフ。自身の受けた負傷に加え、対象の苦悩や混迷や負の感情に比例した力を得る。此度の影朧にこれほど適したユーベルコードはない。
 惑う影朧は、言葉を探す。少女のかんばせが曇る。
「癒す筈と……そう願われたの。そう、願われたから、わたしはこうして、桜の精になって、癒しを」
 桜の霊が困惑するほどにその気力は奪われて、次第に桜吹雪がぱらりと止みゆく。
「なのに……なのに、裏切った」
 防御結界の中で、その碧と桜色を見上げていた楓の姿が、再び猟兵たちの視界に現れる。怪我はないようだ。素早く確認して、類はそと彼女へ歩み寄った。
──彼女がここに来た思惑からも……御身だけ、護られる等望まぬのだろう。
 そう察するから。
 影朧から意識を切らさぬまま、けれど心強い仲間たちに信を置きながら、類は月桂樹の花咲く娘へと問うた。
「彼女との決着をつける為、共に戦ってくださいますか」
 月桂樹の花言葉は『勝利』、『栄光』。
 けれど月桂樹の花の持つ意味は──『裏切り』。
 長き生のさ中で覚醒し、翼とその花を得た皇族はなにを思うのだろう。漆黒の瞳を向け、楓は鉄扇の向こう側で首肯する。
「当然ね。妾の民草をも巻き込む所業は赦免しかねるもの」
「……ありがとうございます」
──こういうひとだから見抜かれちゃったんだろうな。……俺のエゴ。
 類と楓のやりとりを背後に、彷はほんの少しの苦味にこっそりと口角を上げる。
 もちろんそんな彼には気付かず、そうだ、と楓は自らの肩上のヤマネの子・灯環を掬って類へと返そうとする。類は軽く手を上げて首を振り、それを止めた。灯環も心得たとばかりに楓の着物の衿へと戻り、しがみついた。
 僅かなりと守護の一助になれば。灯環を中心に張った破魔の結界は解かない。楓もそれを理解し、もうひとつ肯くと改めて影朧へと視線を据え直した。
 そこでは再び影朧が舞い上げた桜吹雪の壁が、リヴィのレイピアによる斬撃と魔法による鋭く尖った氷柱がそれぞれ幾多と同時に叩き込まれて削れ、薄くなっていっていた。
「今です!」
 彼の声に修介は伏せていた瞼を開いた。と、次の瞬間にはその身体は薄くなった桜吹雪を──仲間が削ってくれた。それ以上に、避けはしない。左腕を盾に──突き抜け、眼前に影朧を捉える。
 見開かれた、桜色の双眸。
 そのあどけなさの残る姿に、けれど揺らがない。
──……乗り合せたのも何かの縁か。
 渾身の力を、そして慈愛と祈りを乗せた拳。──祈りを拳にて。そこには殺意も害意もない。肉体は傷付けず、心身に巣くう悪しきモノのみを貫く妙技。
 ただこの一時の因果を断つための。
──どうか、もう苦しみと共に還ってくることが無いように。
 音すら置き去りに振り抜かれた拳は、影朧の中心を確かに打ち抜いた。

●不退転
 わかったと返して裂いた、右の翼。
 寄せて、似せて、願われる通りを顕示したはずなのに、三十八階から飛んだ“片割れ”を助けられない己の姿が、眼の前で困ったような顔で笑う。
 ぞわと悍ましさに彷の足が止まり、その足へと這い上がる桜の花弁がじわり、じわりと彼から気力を奪っていく。
 それは召喚された過去の恐怖。忘れようったって忘れさせてくれない、今なお引き摺る|虞《おそれ》。
──本当は、俺は|弟《あの子》の敵。本来は|隠れ里《あそこ》で使い潰されるべき存在……。
 竦む足からは力が奪われていく。でも。
 彷は笑った。必死に、恐怖を押し隠して。
「……ああ、確かに。キミの桜には癒しの力があるのかもね」
「! そうでしょう?」
 癒しとは苦しみや悲しみなどを和らげること。彼女の技は痛みや苦しみを与え、そして死へ促す。なにも感じなくて良い、楽にしてあげるとそう告げている。それを癒しというのなら、そうなのかもしれない。
 彷の欺瞞に、桜の精は嬉しそうな顔をした。本当にそれを望んでいるのだと明確な笑顔だった。胸が痛んだ。
「俺が死んだら|あの子《桜の精》は原因すべてを殺して後を追うって。……どうしてだろうね?」
「死んだら……、桜の、精が?」
 更なる混迷を影朧に与える。否、それは彷の純粋な疑問だったのだけれど。眉尻を下げ、彷はぎうと服の胸元を握り締めた。そこに在る『匣』の存在を確かめながら、更なる問いを重ねる。
「ねぇ、楓様の言う裏切りってなんだと思う? 俺はキミが死んだことかなぁと思うけど」
「……え?」
 切り込んだ彷の言葉が呑み込めない様子で、影朧は瞬いた。はらり、ひらり、頭部の枝から花弁が散り続ける。
 「そうですね」と桜花も肯いて一歩、彼女へと歩み寄った。
 この姿の霊とは一度|見《まみ》えたことがある。だが骸の海から滲み出るオブリビオンが同種であれ同一個体ではないことも、桜花は重々に知っている。だから今、“目の前の少女”へただ、問う。
「きっと貴女は最期の一番の願いを叶えるべく楓様の前に現れた。貴女はお亡くなりになっている。違いますか」
「亡く……?」
 ぽかんと。
 影朧は所在なく立ち尽くした。
 白いワンピース姿も相俟って、迷子になった幼子みたいに茫然と。
「思い出せない? あのひとの事、とりとめなくていいよ、聞かせてよ」
 俺の『匣』に詰め込んで見せてあげる。それはお守り。彷の大切な桜の精から贈られた黒漆の小箱。もしかしたら、そこに|彼女《ヽヽ》の癒しが花開くかもしれない、なんて。
「いいえ、わたしは……あのひとは、毎日のようにわたしを愛でてくれて……」
 ぎゅうと白いワンピースを両の手で握って、桜色の瞳が揺れる。ふぅわふぅわと彼女の散った桜の花弁が周囲に浮き上がり始める。
「ああ……約束、したのに、……っ!」
「っさせない……!」
 再び桜吹雪が甲板を染め抜き、ルシエラはふたつめのユーベルコードを放った。蒼の天蓋──ウィンディテイル。蒼の檻が戦場全体を包み、敵だけを襲う更なる混乱と凄惨なる嵐が暴れ回る。
 桜の霊の少女の身体が無惨に風に刻まれ、その傷口からは桜の花弁がこぼれ続けるが、完全に焦点を失ったその双眸は怒りに、戸惑いに、ただ見開きひと筋の涙が頬を伝っては風に攫われて消えた。
 絡み合う暴風と視界を奪う桜吹雪。すべての視界が塞がれる前に、類はちらと楓を見た。きゅっと眦吊り上げた灯環を中心した結界、ルシエラの碧の防御結界と光弾が彼女を護っている。見切る技量も自負しているが、慢心はしない。
 桜花と共に、気配感知し軽いステップで花弁から身を躱すリヴィ──分身か本体かもはや判らないけれど──と視線を交わし、類はきり色違いの双眸で前を見据えた。
 銀杏色の組紐飾り揺らし、舞うように短刀を薙ぐ。
 同時にリヴィも翠玉嵌まったレイピアを高く掲げれば、中空に蒼い魔法陣が浮かんだ。
 桜色一色であった視界を横一文字の破魔の炎があかあかと斬り裂き、桜吹雪の中を渦巻き駆け上がる氷雪の華が花弁を凍結させていく。
 浄化された花弁は光と消え、あるいは凍って甲板に硬い音を立てて落ちた。
 “壁”が消え失せ、満身創痍の桜の霊が荒い呼吸を繰り返す姿が、猟兵たちの視界に戻る。暴風以上の傷はない。類の狙いは元より、視界覆う花弁を引き剥がすことにある。
──約束、……か。
「……君のかつてや、狙う理由がなんであれ。……弑させるわけにはいかぬのでね」
 それは譲れぬ想い。
 飛行船の巨大なガス袋の下、直接の陽光は遮られているとは言え、周囲が青空に戻りやや居心地の悪さをどうしようもなく感じながら日傘の下でブラミエは封剣を抜いた。
「なるほど、悪霊か。近しいものを感じるが……人間ではないのなら御伽噺の吸血鬼として真価を発揮しようぞ」
「ッ望むなら癒してあげるわ……!」
 甲板を鋭く蹴って肉迫した吸血鬼へ、桜の霊が放つ花弁が頬を掠めた。途端、強烈な花吹雪がブラミエを包囲し孤立させた。花弁は途端に棘へと変化し、さながらアイアン・メイデンのように彼女を咬み込んだ。
「こんなもの──ッぐ?!」
 吸血鬼の弱点。大蒜、鰯の頭に白木の杭。それらが無いことは判っていた。しかし御伽噺とは多様な解釈が許されるのだ。白木の杭でなくても、植物由来の尖ったものに心臓を突き刺されればその身に激痛が走った。調子に乗って返り討ちにされるのも、妖怪の末路のひとつと言える。
 ぎりと奥歯噛み締め、ブラミエは封剣を払い棘を打ち落とし──そしてそれを胸に当てた。信仰廃却・|疒《ヤマイダレ》。封剣・夜舞垂が彼女自身に溶け込むように消え、ずるりとその姿すべてが解け、再構成されていく。
 日傘手放し手枷と足枷を填められた中世の村娘の如き姿。その実体は、ブラミエを構成する全病原菌の集合体。
「毎度ながら油断が好きだな、吸血鬼」
 ブラミエの口を借り、病原菌の塊が宿主を嗤う。
「余裕を見せてこその貴族だとほざくだろうけどな? 大変だな、|そういう《ヽヽヽヽ》面倒な存在は。そこの嬢ちゃん達も思わんか?」
 くしゃと縛められた手で器用に前髪を掻き上げ彼女が見遣るのは桜の霊か、あるいは。
 楓は視線を逸らし、“ブラミエ”は三日月の笑みを浮かべて跳んだ。
 「!」眼球が動くよりも疾く、病原菌は忍び寄る。
「わしはアレのように品はないからな?」
──人の形していたのが運の尽きだ。
「──飢えて死にやがれ」
 ドッ、と桜の霊の喉を貫いた指先。
 否。
 “ブラミエ”の手首から先が、桜の霊の頸に消えただけ。悪霊と呼ばれた此度の敵に、血液はない。だが関係ない。代償に比例した戦闘力が、敵の内部から侵し、毀す。
「がッ……ぁ……! ッは……!」
 がくりと崩れ落ちた桜の霊の前に、桜の精の洋袴とエプロンが揺れた。
 少女の前に膝を折って視線を合わせ、桜花は告げる。
「裏切られたと恨み言を言いたいのは、信じたいから。楓様の前に現れたのは、自分の想いを知って欲しいから。そうではありませんか?」
「げほっ、なに、を……」
「それはきっと、癒やしが出来ると共に喜び合いたい方が、楓様だったから。けれど……今の貴女は死を振り撒く影朧で、貴女の望みを叶えられない」
「死を、ちが、う……ッ! わたしは、わたしはっ……!」
「ほぅ、」
 素早く桜の霊は跳び退り、小さな手の中になにかを握り締めた。まだ動けるかと“ブラミエ”が片眉を上げたが、既に桜花は離れたはずの桜の霊へと肉迫している。
「っ!」
 容赦なく振り下ろされる銀の盆。反射のように身を竦める敵、けれど痛みは襲わない。強制改心盆。対象の邪心のみを叩きのめす破魔の力だ。くらり、桜の霊の姿が揺れる。
「あ……」
「転生を、望みませんか。貴女の望みが深ければ、桜の精でもオラトリオでも、癒やし持つ望んだ貴女として、楓様の元に戻れますっ……」
 何度も、何度も。霊力を籠めて破魔の盆を振り下ろす桜花の願いは、こちらも譲れずに真摯だ。
 他世界のオブリビオンとは違って、影朧はその荒ぶる魂と肉体を鎮めた後、桜の精の癒やしを受けることで『転生』できる。転生者はかつての記憶を維持することはできないが、桜花は敢えて目を瞑り言葉を紡ぎ続ける。
「楓様の永き生に、一人でも多くの信頼し心寄せ合える友が傍に居られるのは、素晴らしい事だと思いますから」
「ちがう、……いいえ、わたし、……ッ、癒し、を……っ」
 湧き上がる桜吹雪。命ともがな。桜の霊の指が握り締めたなにかの|釦《ボタン》を押す。
 その一瞬を、風を纏う神速の矢が翔け抜けた。弾け飛んだスイッチに桜色の目を三度まんまるにした桜の霊へ、弓を下ろしたルシエラの前で修介がふるりとかぶりを振った。
「押したところで無駄だ。機関室の絡繰は破壊してある」
「な、」
 彼女の驚愕は、邪心払う桜花の盆による殴打に途切れる。結ばぬ焦点が次に捉えたのは、桜吹雪を遮った猛禽の翼の下から駆け迫った、黒髪に月桂樹の花咲かせた娘の姿。
 それは『仲間』の協力があればより鋭くなる突進。スクワッド・パレヱド。
「皮肉ね。どうせ咲くなら桜であれば、おまえを慰められたかもしれないのに」
 楓の呟きが届いたかは判らない。桜の霊の身体が吹き飛んだ先へ、胸の白薔薇へ指先添えた類は静かに刃を据えた。 埋める|茨《とげ》なら、間に合っている。
「……心の穴、貴女に埋めてもらいたいとは思わないので」
 ──おやすみなさい。
 破魔の力を籠め、振り下ろした。

●桜の雨の、その上で
「あの方は最後まで、己が桜の精だと信じ切っていたのですね……」
 あくまで彼女の胸に巣食っていたのは邪心ではなかった。彼女の“癒し”の果てに死が待とうとも。彷とのやりとりで喜んだ桜の霊の表情も、そうなのだろうと今なら思う。
 命ともがな。命が尽きてしまえばいいのに。それは誰に向けた言葉だったのだろう。
──縋る『約束』は、きっとあったのでしょうね。
 楓の髪を飾る月桂樹を見据えて唇を引き結び、それから桜花はそっと瞼を伏せ、静かに唇を開いた。
 流れ出す、鎮魂歌。
「……っ、ぐ、ぅ……!」
 その慰めの旋律に、元の姿に戻ったブラミエがたたらを踏んで指先から微か灰になっていくのはまた別の話。彼女が弱ることで船内の乗客たちに蔓延した病原菌たちも断たれていくことだろう。
 ただでさえ未だルシエラが放つ涼やかな風による回復が得られているが故に、ひとりを除き、戦闘を終えた猟兵たちに大きな怪我はない。リヴィはその心地良い風にそっと瞼を伏せて身を委ねた。
「……」
 桜の霊の消えた甲板の先を見つめる楓へ、類は胸に手を添え、丁寧に|頭《こうべ》を垂れた。
「改めまして、僕は冴島類と申します。もしも宜しければ」
 この空の旅が終わるまでは、護衛を続けられたらと。そう言って類は両の手を顔の横に挙げて見せ、笑った。
「僕はまだ──たっちしていませんので」
 ちょっとお道化て、楓の真っ直ぐな視線にちょっぴり照れて。類は罅割れた頬を指先で軽く掻く。
「帰るまでは、……船内ぐらいでは、部屋以外の景色や時間を楽しめないかな、……なんて」
「あーいいね。別のカード・ゲヱムも愉しんでみるのも如何でしょ」
「ふむ。それも良さそうです」
 彷がへらりと笑い、修介も実直に肯く。侍従さんにはもちろんお伝えしますので、と類は言葉を重ねた。
「まあ、そちらが難しくても。帰るまでが旅ですから」
「……そうね」
 楓がくしくしと指の先で灯環の額を撫でると、ヤマネの子は目を細める。
 それから月桂樹咲く皇族はすいと顎を上げた。
「おまえの提案、気に入ったわ。よろしくてよ」

「……」
 楓と猟兵たちが甲板から戻る後ろ姿を、リヴィは見つめる。
 裏切り者と呼びつつも癒しを与えんとしていた桜の精と、桜木と離れたあとに裏切りの花と翼を得て覚醒したらしい楓。この先、ふたりはどうなるのだろう。どう、するのだろう。
 多くを語らぬ楓は、『裏切り』の花の意味を胸に仕舞い、生きていくのだろう。|そういう《ヽヽヽヽ》存在のことは、リヴィにも判るような気がする。
「、」
 ぽん、と。
 頭に置かれた優しい手。
 驚いて振り向いたリヴィの視線の先には予想通りのさらと揺れる青い髪。ルシエラだ。先程までの凛々しい表情とは打って変わった『弟』の顔に、彼女の表情も自然と緩んだ。
「大丈夫だよ」
「!」
「大丈夫。……楓様の顔を見れば、きっとなにかを得たと思えるから。だから、大丈夫」
 リヴィにとっては、これまでに幾度となく聞いた、力強い言葉。宿る力が彼女の経験によるものなのかなんなのか、リヴィには判然としないけれど、無条件に信じられるなにかがあるから。
──俺もそう考えてみよう。……自分の意思で。
「はい。きっと、……大丈夫ですね」
 笑顔のルシエラの促しに応じて、リヴィも楓たちの背を追った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2023年11月23日
宿敵 『桜の霊』 を撃破!


挿絵イラスト