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🎃☕おいでよ☆モーラット・カフェ☕🎃

作者：西宮チヒロ

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🥞それは甘くて魅惑的な
　――夕間暮れ。シルバーレイン世界・鎌倉市某所。
　駅からすこし離れた場所にある空き家となって久しい洋館の一室にあるのは、室内外から見つけた収集物を持ち寄り、得意気に見せ合っている野良モーラットたちの姿。
『もきゅぴ！』
『ぴっきゅ！』
　白磁のティーセットや銀製のカトラリー。曇りひとつない透いたグラス類に、大小の様々な皿。
　それに――魔女や黒猫、月や城、南瓜におばけに蝙蝠といった明らかにハロウィンモチーフの置物や飾りやオブジェたち。
　これから始まるとっておきの“おたのしみ”を前に、興奮冷めやらぬ白い毛玉たちの中央で、様々な表情の大きなジャック・オ・ランタンのひとつの上にぴょこんと乗った１匹の野良モーラットが、細くて愛らしい右腕をぐんと伸ばして得意気に宣した。

『もっきゅここを、もーきゅっぴぴきゅきゅっぴモーラット・カフェとする！！』

☕モーラット・カフェへ行こう
「――メガリス『プシュケーのお菓子』の回収。これが、今回の依頼です」
　ギリシャ神話で語られる王女プシュケー。
　彼女が作った菓子は、冥界の番犬ケルベロスをも虜にするほどの美味と謳われているのだと蓮見・双良（夏暁・f35515）は添える。
「見た目は、見る人によって変わります。その人の好きなお菓子の形を取るんです。
　ですが、不思議と食べる気が起きません。寧ろ食べるなんて勿体ない――そう思わせて人々を足止めするのが、メガリスの効果なんです」
　なにかしら害があるわけでもない。とはいえ、メガリスならば放置もできない。
　それになによりも、
「今絶賛メガリスに足止めされているのが、野良モーラットたちなんですよね……」
　双良はそう続けると、遠い目をしながらひとつ溜息を吐く。

「まずは現地の洋館で本来の目的・・・・・を忘れている彼らを、正気に戻してください」
　野良モーラットの正気とは？　とつっこんではいけない。双良も恐らく答えられない。
「大好きなお菓子メガリスの傍で、南瓜の置物を転がして遊んだり、魔女帽子やおばけの布を被って前が見えなくなっていたり、大きな玩具の南瓜の中に埋まって出られなくなっていたり……。
　とにかく散々な状況ですが、『他にやりたいことがあったのでは？』と声をかければ、メガリスの効果が消えて本来の彼らに戻るはずです」
　戻っても変わりないのではないか――そのツッコミは双良の胸中にも過ぎっていたが、敢えて口にするのを止めた。
　そうして全匹の目を覚まさせれば、自ずとメガリスも本来の姿で近くに現れる。
　何の変哲もない、１枚のクッキーの姿で。

「彼らを助け出せたら……彼らのカフェを愉しんでくるのもヨイカモシレマセン」
　双良にしては珍しく、湛えた笑顔と語尾にぎこちなさが染む。
「……どうやら、カフェをやりたかったみたいなんですよ。しかもハロウィンテーマの」
　恐らく、街中の店ゝのハロウィンディスプレイを見て仲間内で盛り上がったのだろう。
　部屋を掃除し、それらしき飾りを加え、カフェに必要な一通りのものも確りと揃えられているのはある種の奇跡でもあり、彼らの熱量の表れでもある。
「まぁ……付き合ってあげるときっと喜びますよ。……ちょっと、色々ありますが」
　“色々”の意味するところを図りかねていれば、双良が察して口添える。
「まず、仮装していないと入店できません。厳しいモラチェックが入ります」
　勿論、野良モーラットたちも――黒マントを羽織ったり、ミニハットを被ったりなど――彼らなりに仮装しているらしい。
「次に、カフェと言いつつ飲食物がありません」
　一瞬生まれる沈黙。
　気持ちは分かります、と言いたげな、微妙な顔つきで双良も続ける。
「……野良モーラットですからね……食べる専門らしくて……。
　なので、皆さんで持ち寄って、良ければ彼らにも食べさせてあげてください……」
　まさかの“給仕される方”ではなく“する方”。
　カフェの店員がやりたかったのでは？　という指摘が、彼らに通じるはずもない。
　給仕という概念を根本から覆す、さすが野良モーラット様である。

　そうして三日月のグリモアを掌に浮かべると、最後に双良は密やかに微笑んだ。
「皆さんの前にもメガリスが現れるかもしれませんが、強い意志を持っていれば足止めされることはありません。
　……けど、ミイラ取りがミイラにならないよう、念のためご注意くださいね」
　なにせ今宵は、ハロウィンなのだから。

第1章 冒険 『野良モーラットをつかまえて！』

POW   :    走り回ってつかまえる SPD   :    罠をしかけてつかまえる WIZ   :    お菓子でおびきよせる 👑7 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🥞ハロウィンの宵にまろぶ白
　鎌倉駅からぶらり、茜に染まり始めた空を眺めながら住宅街へと歩いて行ったその場所に、件くだんの洋館は密やかに佇んでいた。
　秋色を纏った木々の囲む中央には、ロートアイアンの両開き門。キィ、と音響かせながらそれを開けば、玄関へと続く緩やかなアプローチが訪れる人々を館へと導く。
　煉瓦の壁は、幾つかの白い出窓。
　その窓枠を伝って伸びた緑の葉と秋薔薇が飾る窓辺の向こう――硝子越しに見えた室内で、白くてまあるいなにかが弾んで跳ねた。

　✧　　　✧　　　✧


　――鎌倉にこんな洋館があったなんて。
　学園に通学していたころは毎日のように通っていた街なのに、それでもまだ新しい発見が得られたことにちいさく驚きながら、エルレイ・シルバーストーン（銀石の霊絵士・f38147）は玄関扉の前で一度足を止めた。軽く把手を取り、動かしてみる。
（……開いた……！）
　ゆっくりと開けてそろりと入って。お邪魔します、と言おうかと思った瞬間、

『もっきゅっぴ――！！！！！』

　すぐ傍にある一室の奥から馴染みのある声が聞こえて、エルレイは思わず苦笑した。続けて響くどたんばたんという音に、もうひとつ笑みを重ねながら扉を開ける。
『ぴっきゅ……！』
　途端、ころころ転がってきた白い子が、ぽすんと足許に当たって止まった。ぷるぷると顔を振って起き上がると、近くに転がるボールを見つけて追いかけ始める。
「……まあまあ、ここはなんの天国なのかしら？」
　広めの洋室のなかには、１０匹……いや２０匹はいるであろう野良モーラットたちの姿。
『もきゅ』『きゅぴ！』『ぴっきゅー』
　年代を感じさせる木製のテーブルや天鵞絨のアンティークチェアの周りをことごとく散らかしながら――メガリスの影響か、はたまた本来の彼ら通りなのか――、ハロウィンモチーフの飾りやオブジェでフリーダムに遊んでいる姿に、つい口許も緩んでしまう。
（……ふたりも来たかっただろうな）
　想い描いたのは、生憎仕事で来られなかった大切なひとと、彼の相棒のグレートモーラット。
「しょうがないね、彼たちの分までしっかり遊ん……こほん、頑張って、あとで報告させてもらうわよ」
　そう言ってくすりと笑うと、魔女姿のエルレイは鍔広帽子を飾る市松模様のリボンを揺らして、白いふわもふの荒波を渡り始めた。

　踏まないように部屋を突っ切った先、壁際に並ぶ大きな南瓜のオブジェへと腰かけて、魔道書を模したスケッチブックを膝に広げる。
　手にした鉛筆でさらさらと描くのは、自由奔放に遊ぶ野良たちの姿だ。魔法がかかっていてもいなくても、ひとたびエルレイが筆を走らせれば、生き生きとしたモーラットたちが次々に紙面に生まれていく。
『ぴ……きゅ？』
　そんなエルレイが気になったのだろう。１匹の野良モーラットが隣の南瓜オブジェにぴょこんと乗って、スケッチブックを覗き込んだ。
「そう。あなたを描いてみました。……どうかしら？」
『きゅっぴぴ！　もきゅきゅ！！』
「ふふ、気に入ってくれたのなら良かった。そうだ、あなたも何か描いてみますか？」
『ぴきゅー！』
　おいで、と言うように両手を広げれば、きらりと眸を燦めかせた子がぽずんと収まり、エルレイが差し出した鉛筆を細い手でぎゅっと握って誇らしげに構えた。
　そのまま、真っ白なページに勢いよく、無秩序ながらも愉しそうに線を描いてゆくモーラット。その背を優しく抱き支えたエルレイは、もふっと柔らかな手触りを、そっと……ちょっと……いや全力で満喫する。
「もふもふ……あ、そういえば……」
　ふと思い出して鞄から取り出したのは、いつも持ち歩いている“モラ松さま”用のおやつ。
「これ、食べてみますか？」
『もっきゅぴ！』
「ふふ、はい。どうぞ」
　ちいさな手でしっかりと受け取り、嬉しそうにぱくぱくと食んでゆくその愛らしい姿に和みながら、
（すこしぐらいなら……まだ許されるよね？）
　ふたりを想い浮かべたエルレイは、ふわり眦を細めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　モーラットとあろうものが、メガリスモノで遊ぶのではなくメガリスモノに弄ばれるなんて――。
　胸中を締める唯ひとつの想いに突き動かされるように、稲垣・ミージュ（ティータイムモーラット・f36031）はぐっと拳を握る。
　こんな由々しき事態ならば、選ぶ仮装はこれしかない。
　ミージュは自慢のふわふわボディをくるりと回転させると――救助対象に間違えられないように――いつもの少年姿へとどろんと変身した。
　今日の服装は、中世イングランドの市民服。それにバンダナを巻いて、拳銃を携えて、財宝の在処宝島の位置を示した海図を手にすれば、忽ち勇気あるジム少年の完成だ。
　そうして意気込むままに、
「モーラット ぼくら のアイデンティティの危機と聞いて！」
　もきゅもきゅと騒ぎ声の響く扉を、勢いよくばーん！　と開ける。

「まほろたちが準備をしてる間に、みんなの目を覚させないと――」
『ぴっきゅー？』
「って、早速クモの巣の飾りに引っかかってるしっ！」
　ぴっきゅーじゃないよもう！　と溜息交じりに絡まった紐を解いてやれば、今度はどんっ！　と背中に突撃してくる１匹。
『も゛きゅ……』
「……どうしてこうなったの……」
　視線を落とした先には、中のくり抜かれた南瓜おばけの裡に、すっぽり嵌まってしまった毛玉の姿。
　いや、気持ちは分かる。入れそうな場所があったら入ってみたくなるのがモラ心というもの。だけど、その“愉しい”に振り回されてしまっては本末転倒――実際に転倒しているし――だ。
「ちょっと待ってね。今、出してあげるから……ぐ、ぐぐ……っしょっと！」
　潰さないように、苦しませないように力加減に注意しながら、嵌まった子をすぽんと引っ張り出す。そのまま勢い余ってまた転がっていってしまったけれど、きゅぴきゅぴ愉しそうに鳴きながらミージュの元へと戻ってくると、今度はその背によじよじと登り始めた。どうやら、ミージュのことを気に入ったらしい。
　その後も、ハロウィンモチーフのガーランドを身体に巻きつけて身動き取れなくなってしまっている子や、棚の裏に落ちてしまった魔女箒を取らんとして隙間に入ったものの出られなくなっている子を救出したり、彼らの欲しがるものを探してあげたり。
　そんな頼れるミージュは、気づけば野良たちの尊敬の眼差しを一身に受けていた。自身を取り巻く毛玉たちへと、ミージュも神妙な面もちで彼らの共通言語モーラット語で声をかける。
『もっきゅー ちゅうもーく ！』
『『『『『きゅぴ！！！』』』』』
『“おいしそうなものがあったら食べる”！　“面白そうなものには考える前にとびつく”！　――それがモーラットの矜持 キョージ だよね！』
『『『『『もきゅぴ――！！！！』』』』』
『よーし！　ちゃーんと思い出したね？　……じゃあみんな、そろそろお腹ぺこぺこでしょ！』
『きゅ』『ぴ』『もっきゅ』『ぴきゅぴ！』
　途端にざわつく野良モーラットたち。
　――お腹ぺこぺこ――そのワードに、反応しないモーラットなんていやしないのだ。
　だからミージュも、満面に笑みながら胸をどんと叩いて約束をする。
『待っててね。そろそろ、船長たちがおいしい宝物をいっぱい持ってくるからっ！』

大成功 🔵​🔵​🔵​

『ぴきゅきゅ――！』
『もっきゅ！　きゅぴぴ！！』
『きゅぴきゅー！　もきゅ！』

　ばったんばったんごろごろごろごろばしゅ――んがたがたがたどどん！！！

「……うん」
　野良モーラットたちが騒いでいるであろうことは扉越しから聞こえる音で確信を持っていたものの、いざ部屋の扉を開けた陽向・理玖（夏疾風・f22773）は、想像以上の有様に一瞬思考を止めた。
　辛うじて壁まわりの飾りつけは生き残っているけれど、それ以外の惨状は筆舌に尽くし難かった。
　きちんと積み重ねられていたであろう南瓜のオブジェはあちこちに転がっているし、オレンジ色のカーテンはレールに掛ける途中で放置されているし、紫にハロウィンモチーフが描かれたテーブルクロスは半分ほどずり落ちている。
「何か頑張っていた形跡は見られるけど、明らかにやりかけみたいになってんな……」
「そう、ですね……。折角用意したのに、遊んでしまっていると言うか……」
　唖然とする泉宮・瑠碧（月白・f04280）の傍ら、理玖もはぁと苦笑交じりに息を零す。
「……こりゃ、正気に戻したら、カフェにお邪魔する前にここの片付け手伝った方がいいのか……？」
「それが良さそうです。彼らが届かない部分もあるでしょうし、私たちで手伝っていきましょう」
　ふたり神妙な面もちで顔を見合わせ、瑠碧がこくりと頷いた瞬間、
「――っ、ん？」
　理玖の足にぽふん――いや、ぼふん！　と結構な勢いで何かがぶつかった。
「っておおい！　お前ら何やってんだ！　折角のぴっかぴかのカトラリーでチャンバラすんな！」
　ぶつかった毛玉と、それを追いかけてきた毛玉を両の手でひょいと持ち上げれば、瑠碧がぱちぱちと可愛らしい拍手を送る。
『もきゅぴ！』
『ぴ――きゅ――！』
　離せと言わんばかりにじたばた暴れるも、じっと目を合わせると途端に大人しくなった２匹へと、理玖が静かに問いかける。
「……それはどうやって使うもんだ？」
『きゅー……』
　ちいさな耳をぺしょりと垂れて、掲げていたナイフを下ろす野良たち。瑠碧がふわりと微笑みながら、その細い手からゆっくりとナイフを預かる。
「君たち、もし転んで食器でも割れたら、お怪我するかもしれませんよ？」
　ナイフやフォークだって、万が一刺されば危ないことには変わりない。「楽しい日に、そんな悲しいことは駄目です」と優しく言って聞かせる瑠碧に続き、理玖も力強く頷く。
「そうだよ。みんなでカフェすんだろ？」
『きゅぴ！』
「なら、遊ぶ前にやることやらねぇと。――ほら、折角の魔法使いの帽子、落ちかけてるぞ？」
『ぴ！？』
　理玖に抱かれたまま慌てて直そうとする様が愛らしくて、瑠碧が眦を細めた。帽子の向きを整えてからその子を預かり、腕に抱えてそっと撫でる。
「うん、帽子似合ってるぜ。こっちのお前は何の仮装だ？」
　理玖の片腕に抱かれたままの子へと視線を落とせば、
『もきゅっぴ！』
　吸血鬼風のマントを自慢気に広げる姿に、くつくつと笑みが毀れる。
「かっこいいじゃねぇか」
「あ、すこし丈が長いみたいですね。後で調節して……簡単なワッペンでも縫い付けますか？」
「ワッペンだって！　いいな、もっとかっこよくなるぞ？」
『ぴきゅきゅ――！』
　その素敵な提案に、両手をあげて目一杯はしゃぐ野良モーラット。その可愛らしい姿に一層笑みを深めたふたりがひとつ、問いかける。

「――そんで、ハロウィンの飾り付けの準備は終わったのか？」
『きゅ？』『ぴきゅ！』
　一瞬きょとん。忽ちハッとした２匹。そんな彼らを近づけるように理玖と瑠碧も肩を寄せ、
「俺たちカフェの客になりたいんだが……どうだ？」
『『もきゅ！？』』
「はい、お客さんに。きっと素敵なカフェになりますから。是非、お邪魔したいです」
「俺たちも準備手伝うから。やろうぜ、カフェ！」
　ふたりがどんな仮装をしてくるのか、とっても愉しみだから。
『『ぴきゅっぴ――！！！！』』
　１分でも早く開店しようと、白い子らはやる気に満ちた声を響かせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　――モーラット・カフェ。
　要するに、モーラットの営むカフェと見せかけて実は猫カフェ――つまり、実質猫ならぬモーラットのほうが愛でられるカフェなのだろうと察した黒猫ケットシーのバロン・ゴウト（夢見る子猫剣士・f03085）は、こてんと首を傾げた。
「野良モーラットさんたちも、ハロウィンを楽しみたかったのかにゃ……？」
　確かに、ここに来るまでの道中でも、ハロウィンの飾りつけをした家々をあちこちで見かけた。眺めているだけでも愉しそうなのだ。やってみたいと思うのも――それがモーラットなら尚更――自然な気持ちだろう。
「とはいえ、好きに遊んでるだけならまだしも、メガリスが絡んでるなら放っておけないのにゃ」
「そう。それなのです」
　オヴィリア・リンフォース（銀色の魔女猫・f25140）――いつもは銀の毛並みのちいさな猫姿だが、今日は人間の少女に転じて袴姿の仮装をしている――が、バロンの言葉を受けて真顔で頷く。
「メガリスなお菓子は凄く気になるです」
　冥界の番犬ケルベロスをも虜にするほどの美味なる菓子。ふと脳裏にデビルキングワールドのシバベロスたちが過ぎったオヴィリアの傍らで、バロンはぐぐっと拳を握る。
「ボクたち猟兵でも、油断するとメガリスの効果にかかるらしいからにゃ……でも、今日のボクは兵隊さんなのにゃ！」
　黒いベアスキン帽に、赤い制服の近衛兵。ならば、兵士らしく強い心でメガリスにも打ち勝ってみせるのだと気合いを入れる。
「バロンさん、やる気満々なのです。――じゃあ、扉を開けるです」
「お願いするにゃ！」
　本来の自分の姿を模した猫のぬいぐるみを抱えながら、空いた手でドアノブを捻れば、

　ぽ――――んひゅるるるるるるるるるるる……。

　ふたりの頭上を、１匹の野良モーラットが華麗に弧を描きながら舞っていった。
「こ、これは……すごいことになってるにゃ……」
　一瞬唖然とするバロンの傍ら、オヴィリアがきりっと眉尻を上げる。
　カフェをやると聞いて来てみれば、いつもの野良モーラットの有様。
　――いや、そうであったほうがまだ良かった。
「……本来の役目を忘れてしまっているなんて……野良とはいえ、モラの風上にも置けないのです」
　てぇい！　と言わんばかりに憤りのまま召喚したのは、大漁の野良モーラットたち。
　もきゅもきゅきゅぴぴと鳴きながら現れた子たちだったけれど、室内をぐるりと見渡し、無秩序に遊ぶ毛玉たちを見て――すべてを察して、“ないわー”と言いたそうな呆れ顔を浮かべる。
「そういうものなのにゃ……？」
「そういうものなのです。見るのです！　私の子たちも呆れてるのです。……ですから、」
　きりりとした視線を合わせ、頷き合うオヴィリアと彼女の野良モーラットたち。
　途端、オヴィリアの毛玉の群れが一気に飛び出して――バチバチバチバチ！
『もきゅ――！』
『きゅぴぴぴぴ！！』
『きゅきゅっぴー！！』
「す、すごいのにゃオヴィリアさん……！」
「派手なのは見た目だけなのです。全然痛くないのです」
「それでも負けてられないにゃ！　――ボクらも行くのにゃ、シトラス！」
　元から部屋にいた野良モーラットに、更にオヴィリアの野良モーラットも加わって、まさに室内はちょっとした雲の海と化していた。
　バチバチを浴びて飛び跳ねたもふもふ毛玉が、右に左にころころと転がる。その隙間を縫うように、相棒のライオンが室内の奥へと駆けていく。
「シトラス、そっちに行ったにゃ！」
　追いかけるふりをしたバロンに知らず誘導され、シトラスのほうへと逃げる野良たち。そうして足止めされているうちにささっと玩具を回収するバロンの傍で、
「不甲斐ないのです」
　オヴィリアもまた、正気に戻さんと渾身の猫パンチを繰り出してゆく。

　――そうして数分後。

「こんなに沢山のモーラットさんが集まって、一体何事かにゃ？　何か目的があったのにゃ？」
　シトラスの背に乗ったバロンが良く通る声で尋ねれば、ハッと気づいた面もちで顔を見合わせる野良モーラットたち。
『もきゅ……！』
『ぴっきゅきゅぴ！』
『きゅぴぴ……もっきゅ！！』
「ようやく思い出したのです……なら、今すぐお菓子と飲み物を出すのです」
『きゅっぴ……！？』
　オヴィリアの突然の要求に、それまでもきゅもきゅ騒がしかった面々がぴたりと静まりかえった。
　ちなみにオヴィリアは用意がないと知りつつの確信犯なのだけれど、勿論野良モーラットたちは知る由もない。
「カフェというなら、用意があるはずなのです。ないなら悪戯するのです」
『ぴきゅきゅっ！』
　横暴だ！　と言いたげな毛玉には、ぴしゃりと一言。
「これがハロウィンのしきたり……“トリック・オア・トリート”なのです」
『きゅ……ぴ……！？』
「……確かに、『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』って意味だから正しいのにゃ……！」
『『『『『もきゅぴ……！！！！！』』』』』

　おいしいとこ取りをしようとしていた面々に、一斉に走る衝撃。
　そうしてバロンの言葉に現実を知った野良モーラットたちは、慌ててカフェ開店の準備を進めるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「そういや、野良モーラットは時々どこかに集まって詰まってしまう習性があるらしいな」
「ああ。『モラ詰まり』……だったか。そういう様式美が浸透しているほど、“モーラット”は良く知られてるようだが……」
　――総じて、基本的には遊び好きらしい。
　それが、実物を前にした真宮・響（赫灼の炎・f00434）と真宮・律（黄昏の雷鳴・f38364）夫妻の統一見解だった。

　グリモア猟兵が“散々な状況”と表現した意味が良く分かるほど、現場である洋館の室内は結構な混沌と化していた。
　大きな南瓜のオブジェの裡にすっぽりと嵌まってしまったまま、ころころと眼前を横切り転がっていく子。
　とんがり帽子やおばけの布を頭から被ってしまい、ぐるぐるわたわたと歩きながら頭をごつんとぶつけ合ってしまう子たち。
「ふふ……まあ、元気がありすぎる子供が一杯いるようなものだな。律もそう思うだろう？」
「ああ。俺たち子育て経験者から見れば、当たり前の光景だ。だろう？　響」
「まったくだ」
　微笑ましい野良モーラットたちの様子に、自分たちの子育ての想い出も脳裏に過ぎって、ふたりの口許も自然と緩む。
『きゅぴ！！』
『もーきゅー！』
『ぴっきゅぴ！！』
　響と律がいるのもお構いなしに、ふたりの周りをぐるぐると駆けっこしはじめる毛玉たち。ほかにも、天井から下がったおばけのオブジェにぶら下がって揺れていたり、フォークをドラムスティックに、ちいさなクッションをドラム代わりにばふんばふん愉しそうに叩き始めたり。
「このままでもいいと思ってしまうが……」
「そうだな。問題はないように見えるが……」
　ちらりと自身を窺った響へ、律も苦笑を滲ませながら頷く。“本来のやりたいことを思い出させる”――それが今回の任務であることは、ふたりも勿論忘れてはいない。
　ならば、と響は魔女めいた黒いドレスの裾をひらりと靡かせながら、一声を音に乗せた。
　ぴくりと動いた野良たちから、一気に集まる注目。ときめきを孕んだ視線狙い通りの反応に響は眦を細めると、そのまま情熱を込めた歌声を高らかに響かせてゆく。
　その美声に重なるのは、律の音色。白銀のトランペットから紡がれる、技巧だけではなく心奮わせるほどの熱い想いを纏った旋律は、毛玉たちの心を射止めるには十分なほど。
　そうして集まった野良モーラットたちへと、律が柔く微笑み語りかける。
「おお、来たか。お前たち、遊んでいるよりもやることあるだろ？」
『！！　もっきゅ……！！』
「はは。思い出したようだな」
「ほら……アンタたちも」
　言って、近くにいた２匹を両腕に抱き上げると、響も優しく口許を綻ばせる。
「帽子やお化けの布を被ってるより、やりたいことがあったよね？」
『ぴっきゅきゅ！』
『きゅぴぴ！！』
　円らな瞳を瞬いて、ハッとした顔をする２匹。こうしちゃいられないと言わんばかりに響の腕のなかからすぽーんと飛び出すと、周囲の仲間たちにも声をかけて、とっておきの“おたのしみ”のための準備に取りかかり始めた。
「こういう子たちは、基本手がかかるものだが……上手くいったようだな」
「そうだね。……ふふ、良かった」
　人間の子供と同じように、彼らなりに一生懸命動く白いもふもふたち。
　その可愛らしい様子を眺めながら、響と律もふわり安堵の笑みを零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

（ふふ、今日も奏莉さんが萌……元気可愛いですね）
　それに、今日のお仕事は野良モーラット絡み。あの真っ白なもふもふに埋もれた奏莉さんごともふもふすれば……、なんて口許を緩ませる涼月・カティア（仮初のハーフムーン・f05628）の隣で、
「『もっきゅここを、もーきゅっぴぴきゅきゅっぴモーラット・カフェとする！！』なのですか！？」
「って、え？」
　もっふー！　と眸を燦めかせてめちゃくちゃ意気込む菫宮・奏莉（血まみれもふりすと ときどき勇者・f32133）に、さすがのカティアも一瞬たじろいだ。
「そういうことならしかたありませんのです。わたしは王子さまのコスプレをして、テントを張るしかありませんですね！」
「えっと、あの？」
　どうやら、野良モーラットというもふもふを前に、もふりすとたる奏莉のテンションが跳ね上がっているようだ。ふんす！　とやる気に満ちた眼差しで、カティアを見上げる。
「あ、カティアさんはもちろんプリンセスでお願いしますですね。ピンクのドレスで！」
「あっはい。……えっと、私がプリンセスでいいのでしょうか？」
「ん？」
「いえ、奏莉さんのリクエストなら頑張ります……！」
　きょとんと一切の曇りのない眼差しを向けられてしまえば、カティアに断る術などない。
（……私、方向性あってます？？）
　なんて疑問が裡に過ぎる女装系男子だったけれど、カティアとしても――ドレス姿の可愛らしい奏莉を見てみたい欲は棄てきれないものの――奏莉の望みを叶えたいという気持ちが一番大きいのだ。

　――というわけで。

　ででん！（洋館の室内に特製テントを設置）
　でででん！（その中にドレス姿のカティアがスタンバイ）

「これでよし！　なのです！」
　白タイツに南瓜パンツ姿の奏莉は、やりきった感を滲ませながら額を拭った。
「あ……あとはどうするんですか？」
「勿論！　モーラットさんたちをテントにご招待するのです！」
「ここに……？　」
（ちょっと隙間風が寒いですが、奏莉さん大丈夫でしょうか？）
　と、テントの中でお姫様然と綺麗な姿勢で座りながら内心おろおろと窺うカティア。特殊テント故に、隙間風が入ってくる部分の閉め方が分からずにいたのだけれど――、
「あ、なるほど。モーラットで暖を取――」
「はい！　そして食事を振る舞うのです！」
「え？？」
　違ったようだ。
　とはいえ、ほかでもない奏莉が自信たっぷりに言うのならば、それが正解であるに違いない。
『もきゅぴ？』
『ぴっきゅ！』
『きゅぴぴ！』
「ふっふっふ……ようこそお越しくださいました、モーラットさん。テントの奥で、ドイツ料理のフルコースをご用意しておりますよ……！」
　美味しそうな香りにつられてきた数匹は勿論、くすりと微笑む奏莉に気づかないまま、
『『『ぴっきゅ――！！』』』
　ささどうぞ、とテントの入口が捲られた途端、我先にと言わんばかりに中へと速攻飛び込んだ。
　すかさず奏莉も後に続いて中に入ると、後ろ手で器用にテントの入口を閉める。
「こ……これで成功ですか？」
「はい！　――あ、早速食べましたね？」
『……もきゅ？』
　ターゲットを捉えた奏莉が、不敵に笑う。
「それを食べたら、もうテント確定なのですよー♪」
『ぴ？？？』
『きゅ……？』
「モーラットさん……ここまで来て逃げるとかなしなのですよ？　だってネタ振ってきたの、モーラットさんなのですから！」
　言いながら、もふん！　と１匹を抱きしめる。ふわふわの感触に、おひさまの良い香り。なでなでして野良モーラットを喜ばせながら猫吸いならぬモラ吸いを満喫する王子さま奏莉に、
「モーラット道は奥が深いです……」
　お姫さまカティアもまた、しみじみと独り言ちた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　よじよじよじよじ、よじよじよじよじ。
『きゅっぴ……ぴぴ！』
『もっきゅ！　もっきゅ！』
　洋館の一室に、どん！　と横たわる銀狼――を山に見立てて、登頂を試みる野良モーラットたち。
『ぴ、きゅ……もきゅ～～～～』
「……あ……」
　あとすこしのところで、ふんばりきれずに綺麗に転がり落ちていった子をそっと抱き上げながら、
（……白銀。もう少しだけ、我慢していただけますか？）
　そう夜鳥・藍（宙の瞳・f32891）がちらりと視線を送れば、相棒も頷きの代わりにちいさく瞬いて、また伏せの姿勢に戻った。

　――すこし前のこと。
　部屋に入った瞬間、視界に入ってきたカオスな光景は、まるでポルターガイストにも思えたけれど、すこし眺めていればとても微笑ましく――そして片付けを考えると頭を痛めずにはいられない状況に、藍からもつい苦笑が洩れた。
（猫飼いの方に聞いた光景も、こうなのかも）
　こちらはねずみの類だけれど、自由奔放な性格は似ていそうだ。
　それに、そんな１匹でも相手をするのが大変な存在が、ここにはざっと見た限り２０匹はいる。刻一刻と夜へと向かっていることも考えると、早めに事態を収拾したほうが良いのは明らかだった。
（でも……和むので、もうすこしだけ眺めていたい気もします）
　ふわふわの白い毛並み。ころんと丸いフォルム。細くてちいさな手足と、円らな瞳。
　“可愛い”をぎゅっと詰め込んだような存在が、ちまちまちょこちょこと遊んでいるのだ。ずっと見守っていたくもなるのが道理だろう。
　そうしていれば、黒猫のオブジェをまるで散歩のように引き摺りながら歩いて来た１匹が、床に座っていた藍の膝へとちょこんと両手を乗せた。髪と同色の、そして相棒とお揃いとなる犬耳をつけた藍が窺うように視線を向ければ、返ってくるのは“乗っていい？”と言いたげな眼差し。
「私の膝で良ければ、どうぞ」
『もきゅぴ！』
　ぱあっと嬉しそうに眸を輝かせた子が、ボールのように弾みながらぽすんと膝のうえに乗る。支えるように両手を添えれば、もふもふと柔らかな手触りがなんとも心地良い。
「……そうだ」
　そう独り言ちながら呼びだしたのが、相棒の白銀だった。
　これまで幾度かモーラットたちと交流して気づいたが、彼らはどうやら大きな生き物も恐れることがなく、寧ろ好奇心のままに近寄る性格の子が多いようなのだ。ならば、遊び相手として相棒は打ってつけだろう。
　藍のその予想は見事当たり――その結果が、こうして真っ白ふわもふに登頂されているという状況なのだけれど。
「ふふ……さすがに、そろそろ終わりにしましょうか」
　メガリスもモーラットたちも、このまま放置というわけにもいかないし、なにより。
（白銀も疲れてしまいますしね）
　幾度目かの苦笑を零した藍は、手始めに膝のうえの子へと語りかけた。
「なにか、忘れていませんか？」
『きゅ？　……ぴっきゅ！』
「良かった、思い出したようですね。さあ、あなたのお友達も気づかせにいきましょう」

　このあと始まるであろう、とっておきの“おたのしみ”のために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　ひゅるるるるるるる…………ぽすん！

　洋館の一室の扉を開けた瞬間、目の前に飛び込んできた南瓜を、梔・ひまり（ガーデニアの雫・f35734）は咄嗟に抱き留めた。
「ど、どこから……？　――あ、」
　両手で抱えるほどの南瓜に開いたふたつの三角穴の奥には、くりんと燦めく円らな瞳。
　それだけで分かる。可愛くて悪戯好きの、まあるくて真っ白なふわもふの子だ。
「もう……これは被りたくて被ってるの？　それとも嵌まっちゃったの？」
『ぴっきゅ！』
　ご機嫌で応える様子を見るに、どちらの状況だとしても本人的には面白がっているらしい。ならば、一旦は遊ばせておこうと、ひまりは抱いていた白もふをゆっくり床へと下ろした。
　身体を起こしながら改めて室内を見遣れば、
「……確かにこれは大変……！」
　玩具箱をひっくり返したような有様に、澄んだ青い眸をぱちりと瞬かせる。
　それでも、ひまりのやることは変わらない。

　――モラが大変なら助けないと！

　その使命を胸に燃やして、クリームソーダを思わせる緑のグラデーションに染まるスカートをはためかせながら、ひまりはひとまず手近な子たち――もぞもぞと動いている大きな白い布へと駆け寄った。
　どうしてこうなっているのかは分からないけれど、抜けだそうと頑張っている気配は伝わってくる。
「……何匹いるのかな……」
『も、きゅぴ……！』
『きゅーぴー！！』
「ああ！　暴れないで助けてあげるから！」
　考え込んでいる場合じゃない。ひまりはシーツらしき布の端を両手で持って、勢いよく捲り上げた。ふぁさっと広がる白の下から現れたのは、これまた真っ白なふわもふ５匹。
『ぴ……きゅ～～～～！！』
『もきゅ――！！』
「ふふ、もう大丈夫だよ」
　飛びかかってきた子たちを受け止めたひまりは、１匹の頭をそっと撫でた。
　ふんわり柔らかな手触りに笑みを重ねながら、ほかの子たちも優しくゆっくりと順に撫でてゆき、すっかり安心したところで、ちょん、と額を突いてみる。
「ねえ、他にやりたいことがあったんじゃない？」
『も……きゅっ！！！！！』
「思い出した？　なら、ほかの子たちを助けるの、手伝ってくれる？」
『『『『『ぴきゅっぴ！』』』』』
　きりっとした眼差しで、細い腕をびしっと掲げた５匹。
　そんな力強い仲間へと、ひまりも花のような笑顔を向ける。

　天井から垂れ下がった南瓜のオブジェを捕まえようと、必死にぴょんぴょんと跳ねている子。
　身体よりもちいさな南瓜にぎゅうぎゅうに詰まってしまった子。
　オレンジ色のカーテンに逆さ向きでぶら下がっている子や、ティーカップを帽子代わりに被りナイフを剣に見立てて仲間と剣士ごっこをしている子たちまで。
　ぐるりと見渡すだけでも、まだまだメガリスに魅入られている野良たちはたくさんいる様子。
「さあ、皆助けてハロウィンを楽しまないとね！」
『もきゅっぴ！！』

　――だって、トリック・オア・トリートの呪文は皆で楽しみたいもの！

大成功 🔵​🔵​🔵​

『きゅぴっきゅ～～～～！』
『もっきゅきゅぴ！』
『ぴきゅきゅぴ――！！』
「……………………」
　青白い炎を纏ったおばけ南瓜に乗り、夜を思わせるマントを羽織った羽住・うにょろえ（楓のモーラット・f35345）は、自由気ままに室内で遊び尽くす同胞たちの姿を前に一瞬刻を止めた。
（超！！　楽しそうもきゅ！！！　超混ざりたいもきゅ！！！！）
　あちこちに散乱しているハロウィンモチーフのあれやこれも、色々遊び甲斐がありそうなものばかりで、うずうずが止まらない。
　寧ろ、こんな愉しそうな状況を目の前にしながら、遊ばないモーラットなどいるのだろうか？　――いや、いない。
　そう、つまりこれは必然。
　モーラットとして生まれた者ならば自ずと身体が動いてしまう。抗ったほうが不自然な、世の理……！！
　今にも飛び出したくてそわそわしている手足を、ぷるぷるとさせながら――それでもどうにかうにょろえは手を伸ばしたい気持ちをぐっと抑えた。
（……おいらはモーラットである前に猟兵もきゅ……ここはちゃんと依頼解決もきゅ……！）
　野良モーラットとの明確な違い。
　“猟兵”としての矜恃を胸に、うにょろえはすくっと浮遊南瓜のうえに仁王立った。弾みでずり落ちそうになった、黄色い花のついた南瓜帽子を細い腕で支えて直しながら、きりりとした面もちで息を吸い――、

「ハッピ――ハロウィ――――ン！　もきゅ！！！！」

『ぴ！？』
『きゅ！？』
『もっきゅ！？』
「こら――！　後輩たち、しっかりするもきゅ！」
　良く通る声音に、反射的に振り向く毛玉たち。
　一瞬にして訪れる静寂。
　けれど、それが文字通り“一瞬”――そうそう長く続かないことは、誰よりもうにょろえが良く知っている。注意が自分へと向いているうちにと、畳みかけるように言葉を継ぐ。
「ハロウィンはおいらも大好きだけど、このまんまでも良い気がしなくもないけど、目を覚ますもきゅー！」
　途中うっかり本音が混ざるも、そう言い切ったうにょろえは、浮遊南瓜からぴょんと軽やかに飛び降りた。そのままの勢いでびゅびゅんと室内を駆け巡り、
『きゅぴ！？』
　魔女帽子を目深に被ってしまってうろうろしていた子の、帽子をすぽーんと取り払ったり、
『もきゅ～～！』
　ぺちぺちぺちぺちぺちぺち！！！！！　と、ナイフを持って騎士ごっこを止めようとしない子に物理で介入したりと、次々に野良たちを正気に戻してゆく。
　――それでも、まだまだ室内に溜まっている多くのふわもふ。
　ならば、とうにょろえもまた最終兵器を懐から取り出し、きらりと円らな瞳を煌めかせながら頭上に掲げる。

「正気に戻った子には……――お菓子をあげるから目を覚ますもきゅ！！！！」
『『『『『『！！！！！！！！！』』』』』

　照明のひかりを浴びて輝くのは、モーラットならば心を鷲づかみにされずにはいられない、ポップでキュートなハロウィンスイーツ。
（たぶんこれでどうにかなる、はず！）
　モーラットのことは、モーラットだから良く分かる。
　故にうにょろえは、内心確信を持って、野良たちの頭上を――お菓子を見せびらかして誘うように――ふわふわと飛び回る。
「さぁさぁ、お菓子が欲しけりゃ正気に戻るもきゅー！！」
『『『『『『もきゅっぴ――！！！！！』』』』』

　直後、同胞の群れに一斉に飛びかかられたうにょろえがどうにか毛玉の群れから脱出したときには、お菓子を入れていた籠もすっかり空っぽになっていて、
『『『『『『ぴっきゅきゅ！！！！！』』』』』
　正気を取り戻した面々はまた、愛らしい手をずずいとうにょろえへと出して、お菓子を要求するのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「どんな感じなのか気になって仕方がないのよね……モラ詰まり」
「あー……俺も知り合いから聞いただけだけど、それを見るチャンス……といえばチャンスかもねェ」
　――知らんのかリスカード。モーラットは詰まる。
　自分と同じくらいの長身の男が真顔で告げた言葉が、リコ・リスカード（異星の死神・f39357）の脳裏を過ぎった。それを伝え聞いていたポノ・エトランゼ（ウルのリコ・f00385）が、深々と頷く。
「でしょ？　あわよくばモラ・モテモテになりたいわ」
　そう密かに期待に胸高鳴らせながらポノが言えば、
「ポノちゃん、その、お菓子やキラキラしたものがあるとかなりモテるけど……一気に来ると埋められるよ」
　リコが何とも言えない表情で傍らへと視線を落とした。さすが、半年ほど前、傷つきながらも強敵と闘わんとしている野良モーラットたちを勇気づけようとして見事毛玉に埋もれた男の言葉は重みが違う。
「埋められる？　――あっ……！」
　きょとんと紫の双眸を瞬かせながら、野良たちがいるであろう洋館の一室の扉を開けたポノが、思わず声を洩らした。
　見れば部屋一面、オレンジや黒、紫などのハロウィンカラーに染まっていた。魔女や黒猫、おばけや秋の収穫物といった関連モチーフのオブジェなどもたくさん揃えられている。
「モーラットさんたち、ハロウィンの飾りつけ頑張ったのね。すごいわ」
「……確かに飾り付けはきちんとできてるの、凄いよねェ」
　言いながらふたりが視線を移した先には、
『ぴきゅっぴ――！！』
『も――きゅきゅ！！』
『きゅぴぴぴぴ！！！』
　モーラットヒーローよろしく黒マントを羽織った子の傍らに、きらきらティアラを乗せた子。そして２匹と対峙する、剣――ではなくフォークを構え、騎士兜――ではなくスチール製のマグカップを頭に乗せた子がいた。どうやら姫を攫った悪役と、彼女を救わんとする騎士のごっこ遊びのようだけれど、勿論その足許はこれでもかというくらい散らかっている。
「……まぁ、この子たちは大丈夫そうね」
「だねェ。それより、あの子たちかなァ？」
　リコの視線を追えば、空中で上下左右に奇っ怪な動きをしている大きなジャック・オ・ランタンがあった。しかも一瞬ぴたりと止まったと思ったらそのまま急に落下し、なんとこれまた床でもぞもぞ動いていた魔女帽子とおばけの顔が描かれた白い布の山へと直撃する。
『『『『『もきゅ～～～～～～！！！！！』』』』』
　痛み、というよりも反射的に鳴いた野良たちが、ぶつかった弾みでボールのようにぽ――んと四方に散らばった。ある意味、絶景。見事なモラ舞いである。
「み、みんな大丈夫かしら！？」
「前が見えなかったんだろうねェ……」
　ふたりは反射的に自分へと転がってきた子を受け止めると、周囲に散らばった子たちも小走りに駆け寄って抱き起こした。
「ほらほら、仮装チェックもしなきゃでしょ？」
「そうそう。ちゃんと着ないと仮装チェックＯＫ出ないよォ？」
　１匹ずつ丁寧に、視界が保てるように衣装の位置を整え、ふわりと背を撫でれば、息苦しさから脱してすっかりご機嫌になった毛玉たちもまた、円らな瞳を細めてポノとリコの仮想を指さした。
「そう、これも仮装よ。私は凛々しいサクミラ学生で、リコさんは可愛いネコチャンね」
『きゅぴ！　きゅぴぴ！！』
「ふふ。もしかして、俺たち早くも仮装チェック通過したのかなァ？」
　両手を挙げて喜ぶ野良モーラットの姿に、青と黒の縞模様の猫耳と尻尾をつけたリコも口端を緩めた。どうやらこの子は、ゆらゆらと動く尻尾がお気に入りらしい。
　そうしてリコとポノは――その尻尾と黒の外套にひっつき虫のようにくっついた野良を連れたまま――ほかの困った子がいないか室内を見渡した。ポノのコタマエッグランティア１世ニワトリのコタマさんにも――半分ほど遊んでいたような気がしなくもないが――手伝ってもらう。
「猟兵たちみんなも見て回ってるし、大丈夫そ――」

　がたんっ！

「えっ！？」
「な、なんか音がした！？　ど、どこ……？？」
「リコさんっ、あそこの食器棚……！！」
　ポノに倣ってその視線を追えば、ただの戸棚のように見えたその中は、真っ白な毛がぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「わ、本当に詰まってる……」
「……あ、これがモラ詰まり……？　ぎゅうぎゅうなんだけど？？？」
「可愛い見た目だけど、結構大変そうだねェ……」
　どうにか出ようと足掻く野良たちによって、まるで怪奇現象のようにガタガタと動くアンティークの食器棚。その甲斐あってか、少しずつ硝子の引き戸が開き始めたその時、

『もっきゅ』

　ぴしゃん。
　食器棚の外でぷかぷかと宙に浮いていた子が――ちゃっかり引き戸を閉めた。

「ああっ！！」
「ええっ！？」

　がたがたがたんっ！

『もっきゅ』
　ぴしゃん。
「…………」
「…………」
　僅かに開いたと思ったら締め、開いたと思ったら締め――ちいさく細い手でそれを繰り返していた子が「これで良し」と言わんばかりに得意気な笑顔を向けてきたものだから、ふたりは思わず顔を見合わせた。
「……あれかしら？　『ぼく、半開きの扉をちゃんと閉めたよ！　偉いでしょ！』……みたいな……」
「……みたいだねェ……」
　なるほどだから余計にいつまで経っても出られなかったのか、とリコも察すると、長いコンパスで一気に距離を詰め、ひょいとその子を抱えた。きょとんとしながらリコを見上げるふわもふに苦笑いを零しながら、ひとまず一旦床に置く。
「さてと……」
「……出しましょうか」
「だねェ。ええと、確か……まず一声かけてから真ん中あたりから引っこ抜く、だったかな。端っこの方は、詰まると引っかかりやすいとかも言ってたような……」
「分かったわ。ちいさな子たちだし、そーっと……」
　これから助けるから、とぎゅうぎゅう詰めになっている毛玉たちに呼びかけてから、リコがゆっくりと硝子の引き戸を開けた。かなりみっしりと詰まっているようで、開けただけでは飛び出してくる気配はない。
「真ん中……このあたりで良いかしら？」
　近くに寄って眺め見たポノに、こくりと頷くリコ。
「うん。あ、その子なら抱えやすそう」
「この子ね？」
　――もふん。
　触れた瞬間の柔らかさにポノも一瞬ほわんと和むも、今はまずは救出優先！　と気持ちを取り直す。ゆっくりゆっくり、そーっとそーっと引き抜いた途端、
『『『『『ぴっきゅ――――！！！！！』』』』』
　しゅぽぽぽぽ――ん！　と詰まっていた野良モーラットたちが一気に噴射され、
「っっ！！！」
「リコさん！？」
　ポノの頭上を抜けた数匹が、リコの顔に直撃した。痛くはないけれど、もふっと柔らかなボディが顔にめり込む。人によっては、ある意味役得でもある。ちなみに、まだリコの猫尻尾にも別の子がぶら下がったままだ。
「だ、大丈夫だよ……ポノちゃんも焦らないで、そのまま続けてね」
　勿論、ポノの外套にもしっかり野良たちはしがみついたままである。相当の気に入り様だ。
「え、ええ。……っしょ、っと……この子を抜けば――」
『ぴ』
『きゅ』
『もっきゅ』
　最後まで詰まっていた子等も、ころりとポノの腕の中へ転がり落ちてきて、リコとポノは見合って今度こそ安堵の息を零した。

　――そうこうして、ようやく一息吐いた後。
「そうだわ！　ねぇモーラットさん、コタマさんに似合いそうな仮装を選んでもらえないかしら？」
『ぴきゅもっきゅ？』
「あ、それ良いねェ。俺も、キミたちが選んだコタマさんの仮装、見てみたいなァ」
『『『きゅっぴぴ！』』』
　任せて！　と言うかのように、ちいさな腕でどん、と自分の胸を叩いた野良たちは、室内にあったチェストの引き出しを一生懸命開けると、１枚の黒い布を引っ張り出した。そのままふわふわ宙を飛び、コタマさんの頭にふぁさっと被せる。
「あー……なるほど、シスターヴェールっぽい……！」
「本当ね！　お見事！　偉い！」
「ん、上手上手。みんな、ありがとねェ。――で、」
「やりたいことハロウィンカフェ、思い出してくれたかしら？」
　折角ここまで用意したんだもの、最後までちゃんと楽しまなくっちゃ。
　そう微笑んだポノと、伺うように視線を巡らせたリコへ、ふわもふたちは大事なことを思い出した様子で、
『『『『『きゅぴっぴ！！！！！』』』』』
　一同に、ちいさな拳を高々と掲げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

『ぴっきゅ――！』
『もきゅぴ！　ぴぴっ！』
『きゅぴぴ！！！』

「本当だ……」
　洋館の一室で自由奔放に遊ぶ様は自分の知るモーラットと何ら変わりはないけれど、その意味するところを察して鈴鹿・小春（万彩の剣・f36941）は驚かずにはいられなかった。
　――彼らには各々好きなお菓子に見えているであろうメガリスを前にしても、食べてしまうのを勿体ないと思わせるなんて。
「割と食いしんぼなモーラットなのに……流石はメガリス、なのかなあ……？」
　狼男よろしく、灰色の耳にもふもふの手獣グローブと尻尾、青色チェックのシャツにデニムパンツ、スニーカーという出で立ちで、こてんと首を傾げる。
（実際に食べたらどんな味がするのかは、ちょっと気になるけど……）
　今回はあくまでも回収依頼。それに、メガリスを食してしまったらどうなるかも分からない。ここは確実に成功させるべく、野良たちを満足させながら穏当に済ませたいところ。
『ぴ……きゅー！！！』
『も゛……きゅ、ぴ……』
　どこから持ってきたのか、部屋の隅で横倒しになっているおどろおどろしい焦げ茶色の古木のオブジェから声が洩れ聞こえて、小春は小走りに駆け寄った。空洞になったその中――先の暗いトンネルのようにも見えて、モーラットの目には愉しそうに映るのかもしれない――を見れば、数匹の毛玉たちが詰まっているようだ。
「あーあー……見事に詰まっちゃって……。ちょっと待ってて、今助けるから」
　無理に引っ張らないよう慎重に、力も加減しながらゆっくりと１匹ずつ救出すれば、ころんころんと床に転がってから深呼吸して、そのままぽてりと床に伏す毛玉たち。
「さすがのモーラットたちも疲れちゃったかな？　大丈夫？」
『もきゅー……』
　転がる数匹の傍に小春もまた腰を下ろし、液体のようにへにゃりとしている１匹を抱き上げ、そっと膝に乗せた。その背を覆うマントは黒に赤の裏地で、まるで吸血鬼のそれのよう。
「モーラットヒーロー……？　仮装？　自前？」
『きゅぴ？』
「あははっ、そう、僕にも耳と尻尾だね。自前かどうかは……どっちだろうねー」
　そうくすくすと笑いながら耳をぴこぴこ、尻尾をぶんぶんと振ると、不思議そうに眺めていた野良モーラットもまた、尻尾を捕まえんと揺れる尻尾にじゃれついて遊ぶ。
　そうして一息吐いた瞬間、
『ぴきゅ――！！！！！』
　可愛らしくも必死さも孕んだ悲鳴があたりに響いた。声のしたほうを見遣れば、ほかよりもすこし小柄な子が、今にもアンティーク調の戸棚から落ちそうになっている。
「危なっ……！」
　咄嗟に飛び出した小春は、チャンバラをしている子等やテーブルクロスをマント代わりに引き摺っている子を踏まないように躱しながら、戸棚まで一気に距離を詰めてころりと上から落ちた毛玉へと両手を伸ばした。
（落ちても普通にぽよんと跳ねたり浮いたりしそうだけど――届け！）
　軽視して怪我でもしたら、彼らもこの後にある“おたのしみ”の時間を愉しめまい。その一心で動いた小春の腕は、見事にその子をキャッチしていた。ふんわりとした毛の手触りと、悲鳴を上げたのも忘れたのか嬉しそうに笑顔を振りまいているその姿に、小春も眉尻を下げながら苦笑を洩らす。
「あはは……高い所に飾りつけしててテンション上がっちゃって目的忘れたのかなー……って、あれもか……」
　ふと視線を移した先には、ふわふわ宙を浮いているジャック・オ・ランタン。ポルターガイスト――ではないことは確かだろうと察した小春は、同じ場所をぐるぐると回転していたそれを捕まえ、優しく床に下ろしてすぽんと南瓜オブジェを外してあげる。
　そうしてワードローブやチェスト、年代を感じさせるライティングビューローまで、部屋中の扉という扉、蓋という蓋をあけて確認と救助を繰り返し――ようやく一通り見終わった小春は、両腕に野良たちを抱えたまま、手近なソファに身を沈めた。
「ふー……これで一通り見終えたかな？」
『もきゅっ♪』
「ふふ、まったくもう現金だなぁ……みんな、こんなに南瓜とかハロウィンな感じのものあるんだから、何か面白いことしようとしてたんじゃないの？」
『――も、きゅ……！？』
『ぴっきゅ！』
『もきゅきゅっぴ！！』
「あ、思い出した？」
　はっと一瞬真顔になった野良モーラットたちが慌てて周囲の仲間に声をかけ始めると、同じような反応が波紋のように広がっていった。次々に夢から覚めた子等は、ぱたぱたてきぱきと動きながら、散らかした部屋を彼らなりに片付け始める。
「……すごい、モラたちが片付けてる……！」
　希に見る光景に思わず上半身を起こして眺めた小春の、その傍ら。
　サイドテーブルの上にあるクッキーは、部屋がすっかり綺麗になった最後に、野良たちに気づかれぬようにひっそりこっそり回収された。

大成功 🔵​🔵​🔵​

第2章 日常 『行きつけのあの店で』

POW   :    いつものアレを SPD   :    今日のオススメは？ WIZ   :    裏メニューを 👑5 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

☕ようこそ☆モーラット・カフェへ！
　茜から紫へと、ゆうるり空の彩が移り変わったころ。
　洋館の門柱に飾られたジャック・オ・ランタンに灯りが燈ともり、その先にある館の扉が――魔女や黒猫、蝙蝠などのオーナメントで飾られたそれが、古びた軋みの音を響かせながら開かれる。
　中から現れたのは、ハロウィンの仮装に身を包んだ２匹の真っ白まんまるふわもふたち。
　そうして彼らは、むふん、と口端を上げながら、得意気な様子でこう言うのだ。

『もーきゅっぴぴきゅぴっきゅ、もきゅっぴモーラット・カフェへようこそ！！』


　入口にてモラチェックをスマートにクリアしたエルレイ・シルバーストーン（銀石の霊絵士・f38147）は、つば広のとんがり帽子の下に微笑みを湛えて、魔女めく裾を翻しながらカフェとなる一室へと入った。
「あら……」
　直前まで彼らが一生懸命片付けていたのは知っているけれど、最後の仕上げは秘密とばかりに部屋を一旦追い出されてしまったものだから、仕上がりを見るのはこれが初めて。
　ぐるりと部屋を見渡せば、壁には緩やかにカーブを描いて飾られたハロウィンモチーフのガーランドに、積み重ねられた南瓜の３段オブジェ。チェストや棚のうえには橙や紫の花の合間を遊ぶように何匹かの黒猫の置物が並べられ、テーブルにも同色のクロスが綺麗に掛けられている。
　――が、話に聞いていたとおり、そのうえにあるのはカトラリーや食器ばかりで、お菓子や飲み物は一切ない様に、エルレイはくすりと笑み零しながら眉尻を下げた。
「……モラ喫茶って、やっぱりこうなっちゃうよね」
『きゅっぴ！』
「ふふ、そうね。ここまで整えたみんな、凄いわ」
『ぴっきゅ！！』
　言って、傍にいた子の頭を撫でながら、エルレイは近くのソファへと腰を下ろした。南瓜型のクッションに身を預けながら、傍らに魔道書を模したスケッチブックを置き、代わりにお茶セットと茶菓子を取り出す。
　手近にあった――モラたちがどこから見つけてきたのかは分からないけれど、こういうところは用意周到だ――ケトルとＩＨヒーターでお湯を沸かしたら、柔らかな所作でゆるりと紅茶を淹れてティーカップに注ぎ、テーブルにケーキやクッキー、キャンディーを広げれば完成だ。
「さあ、こっちおいで？」
『もきゅ！』『ぴっきゅー♪』
　エルレイの様子をじっと見守っていた数匹は喜びのままに飛び跳ねると、ぽふんぽふんと身体を弾ませながらソファの両側に座った。娘がテーブルから取って膝のうえに乗せた、菓子類の乗った皿をじっと見つめる。
「どうぞ。好きなだけ食べて？」
『『『『きゅぴ！』』』』
　勧められたのだと察した毛玉たちは、一斉ににゅっと細く愛らしい手を皿へと伸ばした。モーラットやリリス、シャーマンゴーストなどの使役ゴーストたちを象ったスイーツを思い思いに手に取り、きらきらと眸を輝かせて見つめたあと、それはそれは美味しそうに頬張り始める。
「うちのモラ松様が好きなおやつ、あなたたちの口にも合うと良いんだけど……」
『『『『もっきゅぴ！！！！！』』』』
　静かに紅茶を味わいながらその様子を眺めていたエルレイが言えば、モラたちも声を揃えて喜びの声をあげた。どうやら、大層お気に召したらしい。
　そういうエルレイもまた、食べているところを邪魔しないようそっと背に触れれば、その柔らかな手触りについ口許が緩んでしまう。
（やっぱり、いくらもふもふしても飽きないね）
　もきゅもきゅとちいさく鳴きながら、一心に食べている様もまた愛らしい。
「――あ。そうそう、せっかくだし、一緒の写真でも撮りましょう？」
『ぴっきゅ？』
「そう、写真。みんな集まってきていいよ、撮りたい全員一緒に撮るから」
　写真を撮る仕草をした途端、どうやら理解した様子の野良モーラットたちが一斉にエルレイの元へと集まった。
　忽ち白いふわもふに囲まれたエルレイは、毛玉の海に沈みそうになる身体をどうにか堪えながら数度、シャッターを切り――仕上がりを見てみれば、そこにあるのは、ハロウィンらしい橙と紫と黒、それに雪のような白に彩られた愉しげなパーティーの一場面。
「うん、綺麗に撮れたわ。こんな感じ。――どう？」
『ぴっきゅ――！！』
　切り取られたひとときは、満面笑顔のふわもふたちと魔女のティーパーティー。
（ふふ……帰って彼に見せたら、どんな顔するのかしら）
　大仰に喜ぶモラたちに今度こそ半分埋もれながら、エルレイはくすりと悪戯めいた笑みを浮かべた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

『もっきゅ！』
『きゅっぴ！』

　魔女帽子にリボンタイ姿の子と、シルクハットにマント姿の子。
　洋館の入口にいた２匹の野良は、きらりと眸を光らせてこくり頷くと、バロン・ゴウト（夢見る子猫剣士・f03085）とオヴィリア・リンフォース（銀色の魔女猫・f25140）をカフェの中へと通した。近衛兵と猫女の仮装を纏ったふたりもまた、猫の尾をご機嫌に揺らしながら歩を進める。
　入ってすぐの扉の先、先ほどまでカオスな状況になっていた一室は、今やそんな状況だったとは想像できないほど華やかに飾りつけられていた。ハロウィン一色に染まる室内に、バロンが目を瞠り、オヴィリアが眸を煌めかせる。
『ぴきゅっぴ！』
「席に案内してくれるのにゃ？」
「みたいなのです」
　南瓜ドレスに身を包んだ１匹は、ふたりを連れ立って紫のテーブルクロスが敷かれた１卓へと向かうと、『ぴ！』とぺこりお辞儀をして一旦離れた。どうやらここがふたりのための席らしい。
「あ。蓮見さんもご一緒にどうかにゃ？」
　同じタイミングで入店してきた吸血鬼然とした蓮見・双良（夏暁・f35515）へとバロンが声をかけ、双良の伺う視線に気づいたオヴィリアも「是非になのです」と頷くと、少年も恐縮しながら相席する。
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
「大歓迎なのにゃ。メガリスも無事回収できたし、あとはみんなで食事を愉しむのにゃ」
「そうなのです。野良モラたちも正気に戻って、こうしてカフェも開店できましたし……飲食物の用意はありませんが」
　言葉にはしないけれど、誰しもの脳裏に“やっぱり”という単語が浮かんだ。ですよね知ってた。
「寧ろ、食器とカトラリーは本当にあるんですね。……って、みなさんへのご案内時に、僕が自分で言ったことではあるんですが」
　視たものを伝えたものの、双良も半信半疑だったらしい。仕方ない。だってモラだもの。
「まぁ、モーラットさんたちも落ち着いたってこと……なのにゃ、けど……」
「……見られてるのです」
「ですね……」
　すこし離れたところから向けられる期待に満ちた視線、いや最早“圧”に、３人は互いに見合わせた。
「え、ええっと……おふたりは何か持参されましたか？」
「わたしは、ご主人様に用意してもらった、猫やモラが食べても大丈夫なお菓子とお茶を持ってきたのです」
　オヴィリアは言いながら、テーブルの中央にあった白磁の大皿にざらざらとお菓子を入れた。その傍らに、お茶の入った保温ポットとカップを並べる。
「ボクは、カボチャと紫芋にゃ！」
「もしかして……ここで料理を？」
　まるのままの野菜２品を眺めて双良が問えば、「そうにゃ！」と力強く頷くバロン。
「ハロウィンのお菓子ならやっぱりカボチャ、それに紫色を添えればハロウィンカラーになるのにゃ！」
　そう言っている間に忽ちテーブルのうえに現れたのは、紫芋のモンブランとパンプキン・ラテ。
「カフェならドリンク、それにケーキは必須だにゃ！」
「バロンさん、凄いのです……！」
「っ、ふふ、見てくださいあっち……モラたち、すごく目を輝かせてて……」
　ほんの１０秒ほどでテーブルを埋め尽くすほどのケーキとドリンクが現れ、野良モーラットたちも心底驚いたのだろう。まさに魔法のような奇跡を目にしたふわもふたち――いつの間にか集いに集って積み重なっている――は、今にもテーブルに群がる勢い満々だ。
「それなら、うちのモラたちもご一緒させて欲しいのです」
　これだけあるのだからと、バロンと双良も快く頷いた。「僕のも良ければ召し上がってください」と双良のパンプキン・ショコラムースも加わって、一層賑やかになるテーブルのうえ。
『ぴきゅっぴー♪』『もきゅ！』『きゅぴぴぴ！』
「店員さん、うちのモラたちへの給仕をお願いしたいのです」
　言って、猫のぬいぐるみは抱いたまま、自ら召喚した“追い野良モーラット”たちへと視線を向けるオヴィリア。給仕役モラたちも、『きゅぴっ』と恭しくお辞儀するも、
「あ、店員役にはお菓子やお茶はなしなのです」
『ぴっ……！?！？！？』
　がびん！　と硬直した毛玉たちのをちらりと見てから、
「冗談なのです」
『きゅ……ぴぃぃ……』
　続く言葉に、野良たちはへにょへにょと崩れ落ちて、双良はくつくつと笑みを堪え、バロンも口許の髭模様を綻ばせて苦笑する。
「猫としての悪戯心がつい出てしまったのです」
「ふふ、良いと思いますよ？　ハロウィンですし」
「そうにゃ！　トリックの後は、美味しいトリートで皆でティータイムにするにゃ！」
「はいなのです。みんな一緒に、お菓子とお茶で楽しむのです」
『『『『『もっきゅ――！！！！！』』』』』
　バロンとオヴィリアの声が合図となって、一斉にお菓子へと群がる毛玉たち。そこに負けじとオヴィリアの野良たちも混ざって、瞬く間にテーブルのうえがふわもふに占拠される。
　幸せに蕩けそうな表情で、甘い甘いお菓子と深みのあるお茶を堪能するその姿を眺めながら、３人もまたゆっくりとティーカップを傾け、菓子を口へと運ぶ。

　そうして“美味しい”と“幸せ”を目一杯共有したあとは、緩やかに語らいながらのんびりとその余韻に浸る。
　そんな、ささやかながらもあたたかな部屋の、ソファのうえ。
　溢れるほどの野良モーラットたちと、その中央で白に埋まる猫姿のオヴィリアが、仲良く寝息を立てていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「カフェの準備はできても、肝心の食事の用意が出来ない、と……」
「……全く、何やってんだか」
　隣に立つ夫――真宮・律（黄昏の雷鳴・f38364）が洩らした言葉に、妻たる真宮・響（赫灼の炎・f00434）もため息交じりに頷いた。
　すこし落とした視線の先では、当の本人たちは『もきゅ？』なんて他人事のように小首を傾げていたものだから、ふたりもどうにも苦笑せずにはいられない。
　頭から爪先まで魔女然とした響と、同じく全身魔導師らしくコーディネートした律の姿をきりりとした眸でチェックした２匹は、
『ぴっきゅ！』
『きゅぴぴ！』
　ブラボー！　とでも言いたそうな盛り上がり具合のまま、入口からほど近い、先ほどまで散々に荒れていた一室へと案内する。その恭しい仕草も、彼らなりに整えたハロウィンの仮装も一生懸命さが滲み出ていて、律と響は後ろに続きながら顔を見合わせた。
「まあ、乗り掛かった船だ。最後まで面倒みてやろうかね？」
「ああ。あの騒動からして、準備が出来るだけでも上出来だしな。このヤンチャどもは最後まで面倒見てやろうか」
『もーきゅ！』
　ドレスコード確認役の仲間から案内を引き継いだ店員モーラットは、こちらへどうぞ、と言っているかのように、細くて可愛らしい右手を部屋の奥へと向けた。
　橙と紫の花が飾られ、ちいさな電飾の灯された古木のシルエットオブジェが置かれた窓辺。その手前にある、艶やかな天鵞絨が美しいウィングバックソファへと並んで腰を下ろすと、早速律が荷物からなにやら取り出した。
『きゅぴ？』
「ふふ、気になるか？　蜘蛛の巣風のチョコがけケーキを作ってきたんだ。二人の子持ちだからな、料理はお手のものだ」
「食べる専門で食事の用意は出来ないと聞いていたからな。料理上手な律が作ったものから、味は保証する」
　――さあ、一緒に食べよう。
『もっきゅ！』『ぴっきゅぴー！！』
　気づけば何匹も集まってきた野良モーラットたちは、ふたりからのその言葉を待ってましたと言わんばかりに歓声を上げた。では早速、と遠慮もなく膝のうえや隣にちょこんと座ると、きらきらした眼差しで見上げてくる。
「ほら、おいで。こっちにもあるよ。どれが良い？」
　膝に乗った２匹の前に、おばけや黒猫、南瓜の描かれたドーナツとハロウィンカラーのマシュマロボールの乗った皿を持ってくれば、僕が私が先に選ぶと身を乗り出し始めて。ころりと転がり落ちそうになった１匹を支えると、響はその子が欲しがっていたドーナツを手渡した。
　もう１匹にも好きなのを取らせて、残ったものを響もぱくり。しっとりとした甘さが口一杯に広がって、忽ち幸せが染み渡ってゆく。
　片や律の前では――、
『ぴぴっ！』
『もきゅっ！』
『きゅーぴっ！』
「っと……！　こら、テーブルの上で騒ぐな」
　誰がケーキのどこの部分を食べるかで言い争っていた３匹があわやケーキに頭からつっこみかけたところを、律がどうにか防いでいた。叱られたと分かったのだろう、大人しくなった子等を膝に乗せて、１匹ずつ優しく撫でる。
「あの子たちのちいさな頃を思い出すな……まあ、これほどイタズラものではなかったが」
「ははは。まあ、手がかかる子程可愛いっていうしな。ひとまず今日は存分にパーティを満喫するか」
「ああ――って、こら、ドーナッツで遊ぶんじゃない」
　ちょっと目を離した隙に、ドーナツの輪っかを腕に通してくるくると回していた子をそっと嗜めると、
「全く……本当に世話焼けるねえ」
　響はそう、柔らかに笑みを零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　モーラット・カフェと聞いたら行かずにはいられない。
　宵の始まりとともに洋館を訪れた夜久・灯火（キマイラの電脳魔術士・f04331）と結城・有栖（狼の旅人・f34711）、そして有栖の相棒たるオオカミさんは、ハロウィンのオーナメントで彩られた入口扉の前でじっくりとモラチェックを受けていた。
『……ぴきゅ』
『もっきゅ。――きゅぴぴ！』
　右には魔女帽子とリボンタイ、左にはシルクハットとマントといった出で立ちの２匹は、きらりと眸を光らせて深々と頷いた。恭しく３人へと一礼すると、もきゅもきゅ言いながら館の中へと通してくれる。
「有栖ちゃんたちは、それぞれ別の仮装にしたんだね。狩人も魔女もよく似合ってるよー」
「灯火も雰囲気たっぷりだネー」
「ありがとうございます。ええ、灯火さんの帽子屋さんの仮装もカッコいいです」
　いつもと違う格好で、いつもと違った場所へ。
　それだけで浮き足だって胸躍るのはきっと、３人だけじゃない。前をゆく野良モーラットたちの尻尾がご機嫌に揺れる様を眺めながら、有栖がふわりと眼を細める。
「仮装してるモーラットさんも、可愛らしいですね」
「うん。なんだか楽しそうだしね」
　折角のハロウィンなのだ。彼らだって愉しみたいのだろう。
　それは勿論、３人も同じ。
「有栖も楽しそうダネー。灯火もお菓子をいっぱい用意してくれてるみたいダシ、楽しみダネ」
「お菓子が必要って聞いたからね、幾つか用意してきたよ」
「ふふ、オオカミさんも一緒に楽しみましょう」
　語らいながら向かった先には、華やかに飾りつけのされたお洒落な一室があった。西洋アンティーク風の家具や調度品に囲まれた室内は、橙や紫、黒といったハロウィンカラーに染まっていて、あちらこちらで様々な電飾がきらきらと優しい光を零している。
　あたりに流れるのは、不可思議でコミカルなＢＧＭ。木管楽器とパイプオルガンのリズミカルな音色は、面白可笑しいおばけや南瓜たちのダンスを思わせる。
『ぴっきゅきゅー』
　こちらです、と案内されたのは、アンティーク調のハイバックソファだった。揃いのカブリオールレッグ猫脚のテーブルには、既に陶器の皿とカトラリーが並べられている。
　それぞれふかふかソファへと座ると、灯火が早速自前のお菓子を取り出した。
「わ、凄いです……！」
「こっちは南瓜を使ったジャック・オー・ランタン型のクッキー、隣が洋梨を使ったタルトだよ」
「灯火さん、お菓子の準備ありがとうです」
「どういたしまして。沢山あるから、有栖ちゃんたちも遠慮なく食べてね♪　――勿論、モーラットのみんなも」
『『『『『きゅっぴ……！！！！！』』』』』
　ひっそりこっそり、３人の周囲にもふもふと集って様子を窺っていた子たちは、その言葉を聞くやいなや喜びの声とともに一斉に飛び跳ねた。羽がある子はぱたぱたと飛び、ない子はよじよじとソファやテーブルをよじ登って、思い思いにカトラリーを手に取って食べ始める。
　その傍らで完璧な給仕でもてなすのは、灯火が喚んだメイドのゲームキャラたち。
「お飲み物はいかがいたしましょうか？」
「うーん……なら、ボクはカフェオレにしようかな。甘さは控えめで」
　それならクッキーとの相性も抜群なはず、と微笑む灯火に、有栖も続く。
「では、私たちはミルクティーでお願いします」
「かしこまりました」
　沸かしたての湯で淹れられた飲み物が揃ったら、いよいよ本格的なハロウィンパーティーのはじまりだ。
「ねぇ、有栖。お菓子はどれから頂こうカ？」
「そうですね……まずは洋梨のタルトを頂きましょう」
　無心でクッキーを頬張っている野良モーラットたちへとくすり笑みを零した有栖は、カットされたタルトを２皿取って、ひとつをオオカミさんへと手渡した。
　そうして一口分をフォークに刺して口へと運べば、瞬く間に溢れるのは、しっとりとした洋梨の舌触りと甘さと、さくさくほろほろのタルト生地。
「お菓子のお味はどうかな？」
「美味しいです……！」
「これは病みつきになりそうだネー」
「そう言って貰えたのなら、用意した甲斐もあるよ♪」
　そう微笑んだ途端、隣から幾つもの声が沸き上がる。
『きゅぴぴぴ！！！』『もっきゅ！！！』『ぴきゅもきゅ！！！』
「あはは。みんなも喜んでくれたようで良かった」
　口の周りいっぱいにクッキーの屑をつけたまま、大興奮気味に騒ぐふわもふたち。
「ふふ、モーラットさんたちも楽しそうで癒やされますね」
「そうだね。折角のハロウィンだし――ボクたちももうしばらく、カフェを楽しもうか」

　だって、ボクらのハロウィンの夜は、まだ始まったばかりだもの。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「さぁ、できましたよ」
『きゅっぴ！　ぴっきゅきゅぴ！？』
「良いじゃん。似合ってるぜ！」
『もっきゅ――！！』
　自慢の吸血鬼マントへとワッペンをつけてもらった真っ白ふわもふは、泉宮・瑠碧（月白・f04280）と陽向・理玖（夏疾風・f22773）に喜びのジャンプを見せると、そのまま仲間たちへ自慢しに飛んでいった。行く先々でもきゅもきゅと歓声が上がっているのを見るに、どうやら身内にも好評のようだ。
　そうして、彼らにしては真面目に部屋を片付け始めているのを手伝って。最後の仕上げはお任せして一旦部屋を後にしたふたりは、仮装に身を包み改めて玄関ホールへと戻ってきた。
「どうよ？　俺と瑠碧の仮装」
「狐の嫁入り、です」
　龍珠を右腕に絡め、暮れ泥む空を思わせる和傘と黒の紋付き袴姿の理玖と、淡い水色に流水文浮かぶ和傘に白無垢姿の瑠碧。どちらも着物に合わせた狐面を髪に添え、左指には大切な銀の指輪がふたつ。
『ぴっきゅ……！』
『……もっきゅぴ！！』
　まさにこれから静謐な結婚式が始まる雰囲気に、仮装チェック役の２匹は円らな瞳を煌めかせてしばし見入って――はっと気づいてすぐにサムズアップを返した。魔法使い帽子の子は興味津々ふたりの周りを飛び回り、それを制止した吸血鬼マントの子がカフェとなる先ほどの部屋へと案内する。
「おー！　ハロウィンテーマのカフェっぽくなったんじゃねぇの？」
「こんなに綺麗に飾りつけを……凄いです」
　室内を彩るのは、アンティーク調の雰囲気に合った落ち着いた風合いのハロウィンオブジェ。庭に咲いていたであろう橙と紫の薔薇も、花瓶に入れてあちらこちらに飾られている。彼らにも理想のハロウィンカフェがあるのか、フリーダムな彼らが結託してここまで統一感を出せたのは、最早奇跡と言えよう。
　大きな出窓のそばにある、ロココ調のベルベットソファへとふたりを案内した野良モーラットは、ぺこりとお辞儀をしてくるり踵を返――しながらも、すぐそばのオットマンにちょこんと座った。すると忽ち、その周り――つまり理玖と瑠碧の周囲でもある――に、わらわらとほかの毛玉たちも集ってくる。
「……さて、じゃあ始めるか」
「ふふ、そうですね。始めましょう」
　じ――っとこちらを見つめる期待の眼差しに耐えかねて、ひとつ笑みを零したふたりは荷物から何やら包みを取り出した。野生の勘だろうか、それが食べ物だと瞬時に察した子等が、我先にとふたりの傍に群がってくる。
「俺は、求肥を被ったモンブラン持って来たぞ」
　言いながら陶器の皿へとひとつずつ崩れないよう並べていく理玖の隣で、瑠碧もまた、用意してきた紅茶をティーカップへと注ぐ。ふうわりと茶葉の良い香りが、あたりに広がった。
「どうだ？　お化けっぽいだろ？」
『『『『『もきゅきゅきゅっぴ！！！！！』』』』』
「はい、先に瑠碧のな」
「わ、理玖の可愛い。……可愛い……」
「待て待て、勿論お前たちの分もある――あっ」
　一皿理玖から受け取った瑠碧が、そのままぴたりと止まっている様を見た瞬間、理玖も察する。
「……顔あるけど瑠碧食える？　大丈夫か？」
「……すみません……」
「だよな、悪ぃ……」
　あまりにも可愛すぎて、食べるのが勿体ない。というか罪悪感すら湧いてきてしまう。
　そう残念そうに、申し訳なさそうにしながら、瑠碧はそっと求肥を捲って描かれた顔が見えないよう皿の端に置こうとしたところで、理玖が「あっ」と零した。
「瑠碧、ちょっと良いか？　こうすりゃいいんじゃね？」
「あ……成程です」
　求肥を裏返しにして再びモンブランのうえに優しく被せれば、確かに顔は隠れて見えなくなって、瑠碧もほっと胸をなで下ろして頷きながらぽんと手を合わせる。
「瑠碧のは？」
「私のは、粉糖で蝙蝠の形に抜いたミニチョコタルトです」
「おっミニチョコタルト！　俺の好きなもんにしてくれたのか？」
　ぱっと眸を煌めかせて笑顔を見せる理玖には、すべてお見通しなのだろうけれど。
「それは……内緒、です」
　敢えて口にするのが恥ずかしくてそう返せば、あはは、と朗らかに笑み声を立てる。
「瑠碧のタルト絶品だからなー。みんなもきっと喜ぶぜ」
『ぴきゅぴっ、もっきゅ？』
『きゅっぴ――！』
「君たちの分は勿論ですが……こっちの籠にもたくさん入っていますから、皆でどうぞ」
　魔法使いと吸血鬼の２匹を撫でながら、別の子等へと視線を向けると、笑顔でやってきた別の子たちが『もきゅっぴ！！！』と一声鳴いて、山車のように担いで運んでゆく。
　テーブルのうえや、ソファの隙間。思い思いの場所で幸せそうにモンブランやタルトを頬張るモラたちを眺めながら、ふたりも一口ぱくり。
「うん。やっぱ瑠碧のタルト旨。何個でも食えるな」
「理玖のモンブランも、流石の美味しさです……」
「そっか。口に合ってよかった」
「私も……気に入って貰えて、良かったです」

　こくりと飲んだ紅茶の香とぬくもりが裡に染みてゆき、ほう、と毀れた息とともにゆっくりとしたひとときに浸る。
　そこに愛おしい人の姿があるだけで、いつも十分幸せだけれど。
「どうだ？　カフェ満喫出来たか？」
『『『『『ぴっきゅぴぴ――♪』』』』』
　満足そうに愛らしく鳴くちいさな子たちの姿に、理玖も瑠碧も、一層笑みを深くした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　――改めまして、洋館前。
　入口の仮装チェック担当がちょうど先ほど救出した２匹だったこともあり、
「え？　もう通してくれるのォ？」
「やった！　あ、そうだわ。コタマさんの仮装も選んでくれてありがとう～」
　ドヤ顔でサムズアップする彼らの横を、ポノ・エトランゼ（ウルのリコ・f00385）とリコ・リスカード（異星の死神・f39357）も礼と笑顔を添えて中へと入った。
　“おたのしみ”を思い出した彼らが改めて整えた室内は、きちんとカフェ然としていた。アンティーク調の家具や調度品にあわせて、ハロウィンカラーといっても落ち着いた色合いのものを選び、橙や紫の薔薇まで飾られている。
「……これは結構、本格的なカフェだね……！」
「本当ね。意外と美的センスがあるのかしら……」
　あたりを見渡しながら案内役のお姫様風モーラットに連れられた先には、幾つかの一人掛けアームソファに囲まれた猫脚のテーブルがあった。ベルベットの良い手触りに笑みを零し、サイドテーブルへと学生帽を置きながらポノが腰かけると、その肘掛け部分にシスターヴェールを被ったコタマさんがぽすんと座った。
　その傍ら、英国児童小説の縞柄猫を思わせる仮装のリコは、手近なクッションを周囲のソファに並べ置く。
「さ、みんな。こちらへどうぞ？」
「わ、執事っぽい！」
「ふふ。僕はこれでも闇執事ですよ？　……なんてねェ」
　ポノちゃんもモーラットと一緒にお茶会を楽しんだらどう？　と続けて淡く微笑むリコに、わーい、とポノもとびきりの笑顔を返す。
「じゃあ、私の持ってきたこのフルーツポンチも、丸っと闇執事さんにお任せしちゃう」
「うん、給仕は任せて」
　言って、幾つもの硝子の器に手早くフルーツポンチを取り分けると、リコはぐるりと周囲を見渡した。
「こっちにも美味しいものたくさんあるよォ。みんなが準備頑張ってくれた分、お茶会を楽しんでいってねェ！　――ね、ポノちゃん？」
「ええ。モーラットさんたちが待ちに待った“おたのしみ”だもの！　店員役の子たちも、ちょっと休憩していかない？」
『ぴ……？』
『もきゅ……？』
　早速、野良モーラットにしては珍しく遠慮がちにやってきた２匹が、「食べて良いの？」と伺うように小首を傾げた。
「モーラットさんが食べやすいかなぁって思って、これにしてみたの。宝石みたいで綺麗でしょ？」
『ぴっきゅぴ！』
『もっきゅ！』
　あーん、と一口分を掬った匙を向けてみれば、すぐさまぱくりと飛びついた。瞬間、眸がきらりと輝く。
「気に入ってくれたみたいで良かった。私も食べたかったのよね、これ。――ん、美味しい」
「ポノちゃん……何か、フルーツポンチの中に……」
「……え？　ああ、この浮いてる目玉？」
「目玉って」
「大丈夫ダイジョウブ。美味しいゼリーだわよ」
　くすりと笑ったリコに意味深な微笑みを向けながら、ポノがその“目玉”を掬って別の子に向けると、
『！！！　きゅっぴ！？！？』
　さすがの野良モーラットもピシッと固まって驚きを顕わにした。つい笑み声が毀れてしまったのは、赦してほしい。
「ポノちゃんの持ってきてくれる果物はどれも美味しいから、怖がらずに食べてごらんよォ」
　ほらみんなも食べてるよォ、と続くリコの言葉に、きょろきょろと周りを見渡した毛玉は、目を瞑ってはむっと匙を頬張り――、
『も……きゅ、もきゅ、ぴ……もっきゅ……！！！』
　好きな味だったらしく、ポノから受け取った匙を使って器用にぱくぱくと食べ始める。
「美味しいでしょォ？　こっちのチョコレートと紅茶もどうぞ。――あ、ポノちゃんの分もあるからね」
「ありがとう！　チョコレート美味しそう……んっ、リコさん、これって……」
『ぴっきゅ！？』『も゛っっ！？』『きゅ、ぴぴっ！？』
「……あ、気付いたァ？　弾けるキャンディ入りのチョコだよォ！」
　ぱちぱち、ぱちぱち。口の中いっぱいに跳ねるその感覚にびっくりした野良モーラットたちも、忽ち驚きを喜びの彩に変えた。
　人間の子供だったら「なにこれすげー！！」とでも言っているのだろうか。仲間内でもきゅもきゅと大興奮の様子で騒ぐふわもふたち。その愉快で和む一挙一動を眺めながら、ポノも愉しげに紅茶を味わう。
　しばらくしたら、もうすっかり空っぽになった皿を前に、ちょっとだけ淋しさを浮かべた子たちへ、リコが微笑み別の皿を掲げてみせる。
「気に入ってくれたかなァ？　おかわり欲しい子は手を挙げてねェ！」
『『『『『もっきゅ――！！！！！』』』』』
「はーい！　私も！」
　一層元気な声と賑やかな笑い声が、ハロウィンの夜に柔らかに響いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　野良モーラットたちによる仮装チェックを華麗にクリアした梔・ひまり（ガーデニアの雫・f35734）は、ハロウィンめいた不思議な音楽に誘われるように、カフェとなった一室を改めて訪れた。
『ぴっきゅきゅ！』
「ありがとう。じゃあ、君たちの自慢の席に案内してくれる？」
『もきゅっぴ！』
　王子様然とした冠とマント姿の店員モラはそう元気に鳴くと、硝子越しに紫から紺に染まる宵空の見える窓際の席を案内した。白い花の咲くオレンジ色のテーブルクロスの掛けられたアンティークテーブルの対に位置するハイバックソファへと腰かければ、続いて周囲にいたほかのふわもふたちも、ちゃっかりちょこんと娘の周りに座った。
「みんな、待ってたの？　じゃあ、早速始めようか」
『ぴぴっきゅ……？』
「ふっふっふ……カフェなら任せて。絶対満足させてあげる！」
　晴れ空を映した雨雫を思わせる青の双眸を細めて、ひまりが力強く頷く。
　なんといっても、今日この日のために用意したのは、ひまりにとっても特別な“味”。
　だからこそ、自信を持って言える。
「じゃーん！　ロールケーキにカラフルゼリー、モンブランに南瓜の蒸しパンに……あ、卵とチキンのサンドイッチもあるよ」
『もっきゅー……！』
『きゅっぴぴ……！』
　次々に素敵な料理が出てくるひまりの荷物は、まるで魔法のトランクのよう。テーブルにずらりと並べられていく様子に、野良モーラットたちも思わずはしゃぐのも忘れて前のめりで見入ってしまう。
『ぴきゅぴ？』
「うん。食べてどうぞ。熱々は用意できなかったけど、クーラーボックスに入れてきたから味はばっちりなはずだよ」
『『『『『もきゅ――！』』』』』
　左右から語りかけられながら、ひまりは１匹ずつに笑顔を向けて。どうぞ、と言われた途端に飛びかからん勢いで食べ始めた子等に、一層笑みも深くなる。
「美味しい？」
『もっ！　きゅぴ！』
『ぴきゅー、ぴ、もっきゅ！』
　蝙蝠ショコラが乗ったモンブランと、ジャック・オ・ランタンの顔が描かれた蒸しパンを頬張る２匹が、一心不乱に食べながらもひまりを見てこくこくと頷く。
「良かった。どれも、おじいちゃんとおばあちゃんのお手製なんだよ」
　言いながら、自然とひまりの口許も緩む。
　それは、ひまりにとって“日常”であり“特別”なもの。
　だからこそ、大好きで大切な味を美味しいと喜んで貰えたら、自分のことのように幸せが胸に溢れてくる。
「そうだ。飲み物もあるよ。紅茶と……甘めのカフェラテだったら飲める？」
『きゅぴ？』
「両方淹れてみるね。――はい、こっちが紅茶。隣がカフェラテ。好きな味はあるかな？」
　水筒に入れてきたあたたかいドリンクをカップに注ぎ、ふわもふたちの前に並べてみれば、それぞれ飲み比べたり、香りで選んだりと、好きなカップを手に取って。細くちいさなその両の手で支えながら、こくりこくりと味わっている様もまた、可愛らしい。
「おじいちゃん自慢の珈琲、気に入って貰えるかな……？」
『『『『『もきゅっぴぴっ！！』』』』』
　小首を傾げながら伺えば、満場一致で大満足の声。
　それが何よりも嬉しくて、ひまりもとびきりの笑顔を返す。

　ハロウィンの夜を待ちわびた彼らの心を映すかのように、隅々まで飾られた室内。
　それぞれの仮装もきっと、街ゆく人々やディスプレイを眺めて、一番の“好き”を選んだものだと思うから。心のままに褒めながら、まあるくちいさなその背を１匹ずつゆっくりと撫でる。
「いっぱい考えて、いっぱい頑張ったんだね」
『もきゅ！』
　――素敵な時間を、ありがとう。
　ひまりの感謝と野良モーラットたちの喜ぶ声が、ふわり毀れて重なった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「双良センパイ」
「……やっぱり……？」
「はい！　一緒に頑張りましょう……！」
　狼男の仮装の上からしっかりとカフェエプロンを着けた鈴鹿・小春（万彩の剣・f36941）ににっこりと微笑まれ、双良は抗えずに差し出されたエプロンを手に取った。旅は道連れ世は情け、とは良く言ったものだ。苦笑を滲ませながらマントを壁に掛けて、慣れた手つきでエプロンを纏う。
「さーて、頑張って片づけたモラには、楽しいお茶の時間を過ごして貰わないとね！　給仕頑張るよ！」
「そういや、小春くんはこういった経験はあるの？」
「カフェっぽいことなら、むかーしやったことありますよ。……あ、」
「ん？」
　ぱちりと瞬いた小春に、双良も小首を傾げた。
「……その格好、なんだか昔を思い出しますね」
「あぁ……ふふ、確かにそうだね」
　インラインスケートを履いていない以外は、銀誓館学園時代と良く似た服装。特に、運命の糸症候群に罹って高校生の見目となった双良はまさに“あのころ”の姿で、懐かしさに小春の眦が柔く緩む。
「――さて、じゃあ双良センパイ、やりますか！　『給仕は丁寧に、さっと待たせないように』！」
　標語のように唱える小春に、双良もくすりと笑って。
「さぁ、まだ食べたいってモーラット様、いらっしゃいましたらこちらへどうぞ」
　完璧な笑顔で――直後に野良モーラットに襲われながらもどうにか保ちながら――今宵の“お客様”へと声をかけた。

『もきゅ！』
『ぴっきゅぴ？』
『きゅきゅ！　もきゅきゅ！』
「南瓜風味のパンプディングをもう１切れですね、少々お待ちください」
「飲み物のおかわり……かな？　牛乳で良いでしょうか？」
　なんだかんだ言いながらも、一度やると決めたら全うする性格は変わっていないらしい。絶対モラ語は分かっていないであろうに、てきぱきと毛玉たちの数多き注文を捌いていく双良を見習って、彼等の要求するものを推測して先回りしながら小春も部屋の隅々を渡る。
　十二分に知ってはいたけれど、そのちいさな身体のどこに入っていくのか。
　そう不思議になるほど、とにもかくにも尽きることのないふわもふたちの食欲に振り回されながら、ようやく訪れた小休止。
「お疲れ様……」
「双良センパイも、お疲れ様です！」
「ありがとう。小春くんのパンプディング、すごく好評だね。これだけのサイズ、結構作るの大変だったんじゃない？」
「そこそこ大きな器だったんで、綺麗に焼けるかだけが心配でしたね……」
　それでも、せっかくのハロウィンなのだ。どうしても南瓜を使いたくて、慎重に用意した自信作だからこそ、無心で食べてくれている野良モーラットたちの様子が嬉しくてたまらない。
『きゅぴぴー！』
『もきゅっぴ！』
「っと、追加オーダー……みたいだね」
「ですね」
　ふたり見合って、苦笑して。
　彼らの口にぴったりのサイズに切り分けたパンプディングを乗せた皿を手に、小春と双良は笑顔を見せる。

　――はい、ただいまお持ちいたします！

大成功 🔵​🔵​🔵​

『ぴーきゅっ！』
「ふふ、気に入ってくれましたか？」
『きゅぴぴ！』
　相棒・白銀とお揃いの犬耳をつけた夜鳥・藍（宙の瞳・f32891）の問いかけに、元気良く応える野良モーラットたち。どうやら、自分たちと似た耳がついているのが嬉しいらしい。
　いつから仮装しておこうかと悩んだけれど、せっかく相棒とお揃いなのだ。長く楽しみたかったし――それに加えて喜んで貰えたのなら、初めからつけておいて良かったと藍も柔く眦を窄める。
　勿論、モラチェックも難なくクリアした藍は、改めて先ほどまでいた部屋を訪れた。最後の仕上げは野良たちだけで頑張っていたのだけれど、意外にもアンティーク調の部屋の雰囲気と合った落ち着きのあるハロウィンの装飾で、彼らのこだわりの強さを垣間見る。
『もっきゅっぴ♪』
　こちらへどうぞ、と言っているのだろうか。藍の入室――いや、入店に気づいた妖精のような花弁めいたドレスに身を包んだ１匹が、ふわふわと浮きながら宙でくるりと横に１回転！　そのままぺこりとお辞儀をして通路の先へと進んでいった。藍と白銀もその後ろをついていくと、暖炉際の窓辺の席へと案内される。
　白銀には暑いかとも思ったけれど、窓越しに伝わる、早くも冬の気配を孕んだ外気は思いのほかひんやりとしていて、白銀はそのままソファに寄り添うように伏せた。尻尾をくるりと身体に寄せて、穏やかな顔つきで藍を見上げる。
「大丈夫そうなら良かったです。すこし待っていてくださいね。……先に、この子たちにあげないと」
　言いながら、３人掛けのチェスターフィールドソファの中央に腰を下ろすと、待ってましたと言わんばかりに毛玉たちがどっと湧いて――文字通り、どこに潜んでいたのか“湧いて”――その両脇へと集ってきた。ソファの端から毀れ落ちそうになった子に気づいた白銀が、ぱっと鼻先で受け止めてふわもふの山へと戻す。
『もっきゅ』
『きゅーぴ！』
　早く早く！　と急く子らに微笑みを向けながら、藍が荷物から取り出したのは相応の大きさの食品保存容器だった。そっと蓋を開ければ、たちまち焼き菓子の甘く香ばしい匂いがいっぱいに広がる。
「はい。定番ですがクッキーです。以前、別の依頼では、グリモア猟兵さんがご用意くださったチョコレートを差し上げたのですが……」
　言いながら脳裏を過ぎるのは、チョコレートに食いついたあの可愛らしい様子。
「きっと、クッキーを食べる様子も可愛らし……こほん、いえ、楽しんでいただけるのではないかと」
『もきゅきゅっぴ！』
「美味しそうな香りですよね。まだまだあるんですよ。今、全部出しますから……」
　アンティークテーブルのうえにあった白磁の大皿に、容器から割れないように取り出したクッキーを１枚１枚丁寧に並べて――持参したすべての容器の中身を並べ終えたときには、それはそれは見事な山となっていた。
『ぴきゅっきゅ！！』
「さくさくで美味しいですよ。さあ、召し上がれ」
『『『『『きゅっぴっぴ――！！！！！』』』』』
　藍が言い終わると同時、野良モーラットたちが一斉にクッキーへと群がった。
　細くてちいさな両手でしっかりと掴み、かりかりと食む毛玉たち。
　中には両腕いっぱいのクッキーを確保しつつ、なおかつ皿の前から離れようとしない子もいて、ひとつ苦笑した藍はその子をそっと抱えて自分の隣へと座らせた。１匹でも多くのみんなが食べられるように、との思いが通じたのか、空いた場所に入ってきた子は、２枚ほど選んぶと他の仲間たちに場所をあけて譲り合い始めている。
　一通り行き渡ったのか、ちょこんと座って黙々と食べ始めた野良モーラットたち。ようやく落ち着いた様子に藍も一息吐くと、最後に残して置いた容器から取り出したクッキーを、別の皿に並べる。
「白銀、お待たせしました。どうぞ」
　言葉を添えてそれをテーブルの下へと置くと、白銀は静かに身体を起こした。くんくんと香りを嗅いでから、ぱくりと食む。
「ちゃんと甘さ控えめのものにしましたよ。今回、とても頑張っていただきましたし、ゆっくりと食べてくださいね」
　吠えると毛玉たちを驚かせるからと気遣ったのか、白銀は視線だけで了を告げると、続けてクッキーを味わい始める。頭を下げた状態では顔は見えないけれど、嬉しそうに揺れる尻尾に藍もまた安堵した。
「やっぱり……可愛らしいです」
　もふもふさんが美味しそうに食べている様子を眺めていると、ふわり満ちてくる幸せな心地。つい、つられて口許も緩んでしまう。
　どうやら甘い物が苦手らしいと知って用意したから量は少ないけれど、白銀が物足りなさそうなら後で追加も、なんて。
　そんな幸せの延長を考えながら、藍はその柔らかな毛並みをそっと撫でた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「詩織、久しぶり！」
「暁さんも、お元気そうで何よりです」
　バッスルスタイルの星座ドレスを身に纏った八坂・詩織（銀誓館学園中学理科教師・f37720）は、そう言って楊・暁（うたかたの花・f36185）へと微笑んだ。対する暁はどうやらシャーロック・ホームズの仮装のようで、手にした虫眼鏡越しに「仮装、すげぇ似合ってる」と淡く笑う。
「そうだ。暁さん、ちょっと手伝ってもらってもいいですか？」
「良いぞ？　何すりゃいいんだ？」
「ふふ。私たちがモーラットさんたちをおもてなしするなら、私好みのカフェスペースを作ってみようと思って」
「詩織好みのって言うと……天体系か？」
　きょとりと首を傾げた暁に、
「はい、正解です」
　先生然と、詩織も柔らかに笑みながら頷いた。

　仮装チェック役の野良モーラットたちに相談すると、彼らが案内してくれたのはカフェ用の部屋の一角だった。八角形の広めのアンティークテーブルと、対となる椅子が数脚添えられている。
「では、まずこのテーブルクロスを敷いてもらえますか？」
「分かった。……わ……綺麗だな、これ」
　詩織が手渡したのは、紺青に白や金の綺羅星がちりばめられた美しい１枚だった。まるで夜空を切り取ったかのようなそれに一瞬見入った暁は、はっと気づいて慌てながらも丁寧にテーブルへと広げる。
　その対面で荷物から幾つかの箱を取り出した詩織は、丁寧に中身を取り出して卓上へと並べていった。テーブルクロスよりは明るい青に星座や月の描かれた、まるで天蓋を思わせるまあるい深皿。隣には焼き物特有の凹凸を月のクレーターに見立てた、月白と淡黄の丸皿。それらの裡に、惑星を模したマシュマロのロリポップや、月のようなまあるいドーム状のカスタードケーキ、大小様々な星型クッキーを盛り付けてゆく。
「本格的だな……！」
「折角ですから、星カフェ風にしてみたくて」
『もっきゅ……！』
「あははっ。こいつらを食うんじゃなく見とれさせるの、すげぇ」
　美味しいものと見ればすかさず飛びかかるであろう野良モーラットたちも、目の前で魔法のように出来上がっていくセッティングに思わず見入ってしまうほど。
　そうしてちいさなカフェを整え終えた詩織は、柔らかな花笑みで客人を迎え入れる。
「お待たせしました。モーラットさんたち、どうぞ召し上がってください」
『ぴっきゅ！』
『もきゅっぴぴ！』
『きゅぴ――！！』
　その声に、喜び勇んでテーブルのうえに乗った子等は、細くて可愛らしい手をにゅっと伸ばして次々にお菓子を手に取った。ぱくりと食んだ途端、口いっぱいに広がる至福の甘さに、どの子の瞳もとろりと溶ける。
「暁さんも、よかったら一緒にお茶しましょう」
「え？　良いのか……？」
「勿論です。あ、今お茶を淹れますね」
　ありがとう、と言いながらも遠慮がちに椅子へと腰かけた暁へ眦を細めると、詩織は硝子のティーカップとソーサーを２つ、そしてその周囲にはそれよりちいさな硝子のカップをたくさん並べた。隣に置いた硝子ポットに茶葉を入れ、熱湯を注ぐ。
『きゅっぴ？』
「青い色のお茶は初めてですか？　バタフライピーっていうんです。でも、驚くのはこれだけじゃありませんよ」
　そう言って、ちいさなティーカップ――勿論、モーラット用のそれへとポットからお茶を注ぎ、その水面へ半円にカットしたスライスレモンを弦月のように浮かべれば、ざわっと揺らぐ周囲の空気。
『も、っきゅ……！？！？！？』
「こうすると、この青いお茶がピンクに変わるんですよ。魔法みたいでしょう？」
『ぴっきゅ！！！！』
　青からほんのりと紫がかったピンクへと変化したその様子を目にしたふわもふたちは、ある子は円らな瞳を見開きぽかんと口を開け、ある子は手にしていたクッキーをぽとりと胸に落とした。
　けれど、それも一瞬のこと。その魔法に魅了されて、どの子も皆、すぐさまカップに飛びついた。「お好みで蜂蜜を垂らして召し上がれ」との詩織の言葉にならってたっぷりの蜂蜜をせがみ入れて貰ってから、飲むのが勿体ない、と躊躇いながらも興味津々口をつける。
「……ん。美味ぇ」
「暁さんも、夜から朝焼けの空のような色変わり、楽しめましたか？」
「ああ。すげぇ綺麗だな……俺の好きな色だ」
　さっぱりとした味わいを楽しんだら、蜂蜜をそっと入れて甘やかに。こくりと喉を潤してゆくぬくもりが、身体いっぱいに広がってゆく。
「夜明けの色のバタフライピーといえば、暁さんの好きな金星が今、明けの明星として夜明け前の東の空に見えてるんですよね」
「そうなのか……！？」
「ええ。少し早起きして、まだ暗い空に一際明るく輝く金星を見るのも楽しいものですよ」
「分かった。早速明日、空見てみる！」
「はい、是非」
　仄かに綻ぶ暁へと、詩織も双眸を細める。

　蜂蜜を溶かし終え、カップの縁へと掛けたティースプーン。
　その柄尻にある金の星飾りが、洋燈の灯りをきらりと纏った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「あたいらが来てやったんだ。扉を開けな！」
『『ぴ、ぴっきゅ――！！』』
　男装の女海賊“メアリー・リード”の出で立ちで、持っていたカトラスを肩に乗せて良く通る声を響かせた南雲・海莉（With júː・f00345）に、玄関先にいた仮装チェック役の２匹はびくっと跳ねた。仮装なんてものではない、完全に役に入ったその様子に、一も二もなく中へと通す。
　入ってすぐ左手の開かれた扉を抜けると、ハロウィンの飾りつけに彩られたアンティーク調の室内があった。堂々とした足取りの海莉の後に、縞柄のシャツと黒ズボン、腰にカトラスを帯刀した見るからに下っ端海賊のバンダナ男――ユウ・リバーサイド（壊れた器・f19432）と、赤い羽根飾り揺れる三角帽を被り、数多の金銀宝石を身につけた貴族風の男――酒よりも茶を好む海賊、バーソロミュー・ロバーツ船長姿の稲垣・幻（ホワイトティーリーブス・f35834）が、胸元の金のロザリオを撫でながら続く。
「おうおうおう！　船長に姉御の帰還だぜ！」
「ほう……これは見事なしつらえだ。ならば、部下皆には正当な分け前を支払わなくては、な」
　視線を巡らせながらそう言った幻へ、一斉に向けられるのは毛玉たちからの期待の眼差し。
　そんなざわざわと俄に沸き立つ野良モーラットたちの様子につられて稲垣・ミージュ（ティータイムモーラット・f36031）も視線を移せば、そこにはようやくお目見えした待ち人たちの姿が。
「待ってたよ、皆！」
　満面の愛らしい笑顔で仲間たちを出迎えたら、いよいよとっておきの“おたのしみ”の始まりだと、くるりミージュは振り返って、
「それじゃ、『仲間の夢を叶えよう大作戦』――開始だよっ！」
　野良モーラットたちへとひとつ、得意気な笑みを見せる。

　カフェ用の部屋と扉続きの隣室には、小さいながらもしっかりとしたキッチンが備わっていた。ミージュが予め掃除をしていたお陰で、長年使われていなかったとは思えないほど綺麗な状態だ。
「ありがとう、ミージュ。ここまで綺麗にするの、大変だったんじゃない？」
「これも仲間たちのためだからね！」
　そう拳をぐっと握るミージュに、幻もくつくつと喉を鳴らした。その横顔は本物の貴族を思わせるほど穏やかで品があり、張り切ってメイクを施した海莉も――思わず見入ってしまったのを気づかれまいとしながら――満足気に笑みを浮かべる。
「さてと……そろそろ本領発揮といきましょうか？」
　幻の声に応じるように、ユウが肩に担いでいた麻袋をシンク横のワークトップ作業台へと置いて中身を取り出し始めた。
　ガスや水道は止まっているであろうことは予想していたから、携帯コンロに飲料水。隣では海莉が、一見宝箱に見える保温バッグの中にあった店自慢の茶葉入りクッキーと２種のパイを手に取り丁寧に並べる。
「ん～……美味しそうな匂い！」
「銀誓館の調理実習室を借りて、３人で焼いてきた出来たてだからね。未だアツアツよ」
「このミートパイとパンプキンパイは、昔、珈琲を教えてくれた先輩の特製レシピだから、味は保証するよ」
「それに合う飲み物もありますしね」
　用意したのは、ティーソムリエの幻が厳選した各種茶葉に、抹茶や珈琲。それぞれの茶筒を横連なりに置くだけで、一瞬にしてカフェのキッチンに早変わりする。
「珈琲は門外漢なので、ユウくんお願いしますね。期待していますよ」
「任せてくださいっ」
　“先生”と呼び慕う幻へとユウが応え、
「ぼくは、海莉さんと一緒に給仕に回るよ」
「ええ。ホールは私たちに任せて！」
　ミージュと海莉が力強く頷けば、
『もっきゅー？』『ぴっきゅっぴ！』『きゅきゅっぴー！』
　早速、カフェ部屋から野良モーラットたちの声。
「わ……！　『まだー？』『お腹空いた！』『早くー！』……だって」
「あんまりお待たせすると、また部屋が大変なことになりそうだね。……ファタ」
　相棒と苦笑しながら見合わせて、友人のファンガス『ファタ』を喚ぶ。揃いの海賊姿で現れた少年に、「手伝ってくれる？」と問えば、こくりと頷きが返る。
「フードの盛り付けは頼んだよ」
　――さあ、本日限定・海賊カフェ、オープン！

『ぴっきゅきゅぴもきゅぴっぴきゅぴーパイが２種類あるんだー。もきゅぴきゅきゅっぴもっきゅキミのお勧めはどっち？』
『ハロウィンらしいのはパンプキンパイだけど、合い挽き肉の旨味をサクサクのパイで包んだミートパイも美味しいよ！』
「店員さーん！　こっちも注文お願いしまーす！」
「はーい、今すぐー！」
　ハロウィンらしい、コミカルながらもどこか不思議な曲調のピアノ曲が流れるなか、店内はあっという間に愉しげな声で賑わい始めた。ぱたぱたと動き回るミージュの近くで、女海賊たる海莉も役に入りきってオーダーを取る。
『きゅぴぴもっきゅぴっぴきゅ、もーきゅぴぴっきゅ！』
「おぅ！　パンプキンパイと焙じ茶ラテ、だな？　待ってろ」
　お姫様風のティアラとドレスを身に纏った野良モーラットが、その細くちいさな手の先で指したメニューを読み上げ、海莉は急ぎ早にキッチンへと戻る。
「オーダーが入った！　パンプキンパイと焙じ茶ラテ、１ずつだ！」
　凜々しい声音と姿で視界に現れた海莉に、幻は一瞬、目を奪われた。それを自覚しながらも、悟られないよういつもの笑顔を返す。
「こちら、パイはすぐに出せます。ユウくん、どうですか？」
「ラテも今すぐ！　――姉御！　できやした、お願いするっす！」
「ありがとな！」
　ユウからトレイを受け取った海莉は、そのまま踵を返して来た通路を引き返した。すれ違い様にミージュがキッチンへと入り、別のオーダーを告げている。
　生き生きとした幻や、張り切っているユウの姿に、自然と眦が緩み、じんわりと胸裡に喜びが満ちる。
　こうして皆でカフェを営む。それは簡単なように聞こえるけれど、ここに至るまで本当に色々なことがあった。深い闇を手探りで進むようなあの不安や焦燥感は、今でもはっきりと覚えている。だからこそ、この光景がひとときの泡沫ではないことを――そうはさせないと強い意志を持って、海莉は眸に焼きつける。
（――私も、ミージュくんに負けないように頑張らなきゃ）
　野良モーラットたちに愉しんでもらうために。
　そして、彼らもまた、心から愉しめるように。
「おぃ、注文の品だぜ」
『きゅっぴ――！』
　荒々しく、けれど提供は丁寧に。海莉の演技が一層、カフェを盛り上げてゆく。

　どこから湧いて出てくるのか、入れ替わり立ち替わり、顔ぶれを変えながら注文を重ねる野良モーラットたち。
『もっきゅっきゅ！』
『ほら、慌てない。オーダーを待つのもカフェの楽しみだよ？』
『ぴっきゅぴぴ、ぴぴもっきゅきゅぴぴ！』
『お口に合って良かった。たっぷりあるし、急いで喉詰めないよーにね』
　慣れた手つきで紅茶をティーカップへと注ぎながら声をかけるミージュは、視界の端に新たに現れた人影に目を遣った。
「あ、蓮見くんもいらっしゃいませ！」
「今晩は。ミージュくんがホール担当なんですね」
「働くモラもいないと、看板詐欺になっちゃうからね」
「あはは、なるほど」
　語らいながら蓮見・双良（夏暁・f35515）を空き席へと案内し、品書きを手渡す。
「わ……メニュー、沢山ありますね」
「ぼくのオススメは、キャラメルミルクティに南瓜お化けなパンプキンパイ。今回は助っ人もいるから珈琲も大丈夫だよ」
「じゃあ、まずはミージュくんのお勧めで。食後にラテを」
「はーい！」
　元気と笑顔いっぱいに返したミージュが、程なくして注文の品をテーブルへと運ぶ。「それじゃごゆっくり」とぺこりお辞儀をして、「すごく美味しかった……ご馳走様です」と幻や海莉、ユウにも挨拶をしていった笑顔の双良を見送って、また次の客へ。
　そうして皆が時間も忘れてオーダーを捌き続けて数時間。すっかり落ち着いた室内には、ソファやテーブル、はたまたふわふわ絨毯の上でぐっすりと眠りこけるふわもふがあちらこちらに点在していた。
　時計を見れば、２１時を過ぎていた。ハロウィン飾りの躍る窓の硝子越しに見える夜空も、すっかり色濃くなっている。
「あはは……みんな寝ちゃってる」
「時間も遅いし、そろそろ店仕舞いといったところかな。――皆さん、お疲れ様でした。最後に一息吐いていきませんか？」
　キッチンから姿を見せた幻が、仲間たちへと声をかける。早速、手近なアンティークソファへと心地良い疲労感のままに身を沈めたミージュは、ふわりと香った紅茶の匂いに、閉じかけていた眼を見開いた。
「……ミージュ、お疲れさま」
　目の前に置かれた白磁のティーカップに揺蕩う、琥珀色の水面。同じカップを自分の前にも置くと、幻はミージュの対面の席へと腰かけた。
「ありがと、まほろ」
　手で包んだティーカップの、柔らかなぬくもり。ひとつ口をつければ、忽ち茶葉のまろやかな味が、身体をじんと癒やしていく。
　続けてキッチンから出てきたユウは、トレイに乗せていたパンプキンラテを空いた２席のテーブルへと置いた。一瞬、ミージュと視線が合ったユウは愉しげに口許を緩め、さり気なくミージュの隣に座る。
「姉御も、お疲れさまっす！」
「おぅ、気が利くじゃねぇか」
　残る空席――幻の隣へと座った海莉は、役のままに堂に入った風情でユウへと口端を上げると、「お疲れ様！」といつもの海莉の笑顔を見せた。手に取ったカップを傾け味わう、ふんわりとしたラテの口溶けと甘さに、つい頬も緩んでしまう。
「そう言えば……義兄さんも、ジョン・シルバーの仮装で良かったんじゃないの？」
「それは……なぁ？」
「ねぇ？　――ふふ、まほろと海莉さん、そうやって並んでるとお似合いだよ」
　意味ありげに微笑むユウに、満足気に笑みながら応えるミージュ。この数時間、彼らがお互いにこっそり見惚れていたのを、気づかないわけがない。
「って、この衣装をユウくんと２人で推して来たの、やっぱりそういうことだったんだな」
「……２人とも、そう言う気遣いはいいのっ」
　苦笑する幻の隣で、海莉が隠しきれない動揺を洩らしながら言を添えれば、またどっと笑いの波が沸き起こる。
「はー……それにしても、野良モーラットみんながいるとほんとに賑やかだったね」
「本当ね。大変だったけど……ふふ、楽しかったわ」
　だね、と笑い合うミージュと海莉。そのやり取りを眺めながら、幻も紅茶を一口飲み、息を吐く。
「僕も、楽しかった」
「まほろも？」
　相棒の問いに、頷きながらふわりと眼を窄める。
　かつて“ユウの先生であった僕”は、懐かしさと嬉しさが胸に溢れ――そして“ティーソムリエである僕”は、友達とお茶会の準備ができる高揚感で胸が疼いた。
　この裡に在る、ふたつの“僕”の記憶。後から現れたほう・・に引き摺られることはないけれど、今はそのふたつがあるからこそ歓びも二乗になる。
「俺も、先生と一緒にお茶を振る舞えるなんて夢みたいだよ」
「ユウくんも？」
「ああ」
「ふふ、良かった。みんな、手伝ってくれてありがとっ」
　野良モーラット みんな のために、仲間みんなと力を合わせる。そんな種族の垣根を越えた交流がたまらなく嬉しくて、ミージュは陽だまりのような笑みを浮かべた。それに釣られて、海莉も唇を綻ばせる。
「そうだ。……ねぇ、義兄さん。覚えてる？　これ」
　海莉は懐からスマートフォンを取り出すと、幾度か画面をスワイプした。見つけた写真を、ユウへと見せる。
　映っていたのは、幼い筆致の人物画だった。
「これ……何だよ」
「私の幼いころ……義兄さんが失踪前に残してた、メモの写真。それは、ハロウィンの仮装案よ」
「ははっ、先生の仕事着そのままじゃん」
　幼いとは言え、自分が描いたであろう拙い絵に思わず苦笑が洩れる。その様子を見つめながら、海莉が続けた。
「……義兄さんは『先生を演じてた』って言ってたものね……」
「……ああ、そうだ。あのころは先生になりたかったんだ。……俺にとって先生は、“優しさ”の代名詞だったから」
「ユウくん……」
　その“優しさ”の意味を、もたらした結果を、幻もまた知っていた。“僕”ではない“僕”の記憶が、ユウの想い描いているであろう同じ刻を脳裏に呼び起こさせる。
　隠そうとしてもその横顔に滲む心痛を察しながら、海莉は静かに画面をスワイプした。次の画像は、同じメモの裏面を映したもののようで、ただ一文が記されていた。

　――俺の手で幸せにしたいひと、今の俺を求めてくれるひとのために。

「こっちは……あぁ、訊かれたんだっけ。……『死にたくても、なぜ生きるのか』って」
　その問いにそう答えたのは、ほかの誰でもない、この自分自身だったはずなのに。
「……なのに、そのすぐ後に俺はどちらも失った」
　誰もが口を噤んでいた。何も言えないのではない。待っているのだ。――ユウの言葉を。綴る想いを。
「優しくなんてなれない事実も知って、衣装も必要なくなって……今はもう、自惚れられないよ。誰かを幸せにできるなんて……でも、」
　言って、ユウはテーブルのうえで拳を握った。
　もう、軽々しくそんなことを言えるような自分は居やしない。
　それでも、諦めきれないものがある。
　かつて自分がそう願ったように。今もまだ――否、今の自分だからこそ、抗うように手を伸ばしたいと切望する気持ちは確かにあるから。
「俺は、今の幸せを……かつての幸せをくれた人々が生きる世界を、守りたい」
　込み上げる感情をぐっと堪えながら、ユウははっきりとそう言った。
　声が震えていたかもしれない。それでも、一音一語を、明瞭な音にして胸に刻む。
　義兄さん、と呼ぶ声とともに、拳にぬくもりが重なった。知らず落ちていた視線を上げると、感情に潤む海莉の視線と交わる。そのまま隣へと視線を移した海莉へ、幻が静かに首肯した。
「ユウくん。……いつかのハロウィン、叶えてみませんか」
　穏やかな声とともに差し出されたのは、執事服一式と１本の銀の匙だった。特徴的な匙の柄を見て、それが幻のモートスプーンだと知る。
「お願い、義兄さん。かつての夢を叶えて……！」
「ええ。……やっと、“此処”まで来られたんですから」
「海莉……先生……」
「それに今日はなんたって、“仲間の夢を叶えよう大作戦”の日だしね！」
「ミージュ……」
　溢れそうになる感情で、喉が詰まる。ユウは静かに立ち上がると、テーブルに置かれた服と匙を手に取った。忽ち、無詠唱で発動したユーベルコードがユウを包む。
　瞬いた後には、執事服を纏ったユウの姿があった。美しく磨かれたモートスプーンの鏡面に、色々な感情が綯い交ぜになった自身の顔が映る。
「ユウくん、似合ってるよ」
　ぽん、とモーラット姿に転じたミージュが、ぱたぱたと背の羽根を羽ばたかせながらユウの頭にふわりと乗った。ぽふぽふと、優しく髪を撫でる。
「本当に……とてもお似合いですよ」
「私……私、ずっと……ずっと、この衣装を見てみたかったの」
　想い揺らぐ声と眸を向ける海莉に、ユウも無意識に匙を持つ手に力を籠めた。今にも涙してしまいそうな顔で、くしゃりと笑う。
「……俺……優しくも、誰も幸せにもできなかったけど……一度は全てを諦めてしまったけれど、それでも」

　――生きていて、良かった。

　手放してしまったものもあった。
　逃げてしまったときもあった。
　けれど、今は此処に――皆のいる“此処”に、辿り着けた。
　取り戻したものも、新たに得たものも、全部“此処”にある。
　だからこそ、たとえ涙混じりだとしてもいい。今はただ、この心を伝えたい。

「……２人も、ミージュも……俺にとって大切な人だ」

　皆で作ったこのカフェ・タイム　ひととき　に、歓びと感謝を込めて。
　愛らしいふわもこの寝顔とともに、一夜限りのカフェの扉は、静かにそっと閉じていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

最終結果：成功 完成日:2023年12月09日