Photinia x fraseri
●リハビリという名の
大いなる戦いに代償は必ずつきまとう。
それは当然のことである。奪うものがあれば、喪うものがある。得るものがあれば、手放すものがある。
連綿と紡がれてきたものは、いつか積み重ねられるものへと変わっていく。
歴史というものである、と思うことが出来たのならば幸せであったことだろう。
だが、己の身に降りかかる、そうしたものを実感した時、人はきっと憂うのだろうし、悔いるのだろう。
今まさに宝貝人形『花雪』は、そう思っていた。
大いなる戦いの代価、と言えば安いものだったのだろう。とは言え、己の関節部の修繕、調節には時間を要していた。
「う、く……動きがぎこちないです」
「だろうね、人工皮膚の宝貝も合わせて新調したからね。ならし、という意味ではよかったんじゃないかな」
『花雪』は歩くのも少しぎこちないといった様子で一歩を踏み出している。
そんな様子を『若桐』と厳・範(老當益壮・f32809)は見守っている。
「良いか、今回は『歩くこと』が修行である」
範の言葉は、どこか『ルビ』が入っているようでもあった。修行と書いてリハビリと読ませるみたいな。
だが、それくらいで良いのかも知れないと彼は思ってた。
『花雪』は真面目な性格をしている。
真面目すぎる位であるとさえ言えるだろう。
それが悪いとは言えない。けれど、良いとも言い切れない。
真面目さが裏目を出すことだってあるのだ。ならばこそ、柔軟さが必要である。そして、その新調した人工皮膚の硬さこそが『花雪』のこれまでを語るものであった。
ただ、それをすぐさまに正すことはできないだろうとも範は考えていたのだ。
故に、こちらが変わるべきだと判断したのだろう。
今、彼らは共に秋祭りの催されている封神武侠界の桃源郷へとやってきていた。
桃源郷と言えば、常に桃の花が咲き誇る場所である。
「わあ……」
見上げる先にあるは桃の花だけではない。
秋の花が咲き誇り、その様でもって瞳を楽しませてくれる。色鮮やかな花弁が舞う中、出店めいたものが立ち並んでいる。
こういう文化の流入は一体どこからやってくるのだろうかと考えるのならば、楽浪郡あたりからであろうと範は思う。
「で、物思いに拭けるのもいいけどさ。何か感想があるんじゃないかな~?」
『若桐』が範の小脇を小突く。
そう、秋祭りと言えば浴衣である。
こういう状況、シチュエーションであるものだから、当然、秋めいた装いをするものである。それは範もわかっていたし、気がついていないわけではなかった。
「うむ」
「うむってそれだけ?」
「よく似合っている。やはり多くの文化を取り入れるというのは良いことだな」
範の言葉はどうにも四角張っているように思えた。
こういうところの影響を『花雪』は受けているんだろうな、と『若桐』は思わずにはいられなかった。
「もう、素直に綺麗だって言ってくれればいいのにさ~。『花雪』も……ってあれ!?」
ここぞとばかりに『若桐』は範をいじめちゃおうと思ったのだが、加勢してもらおうと思っていた『花雪』の姿が見当たらない。
彼女はやはり真面目だった。
範の言う『修行』をしっかりこなすべく、歩くことだけに注力しているのだ。
せっかく淡桃色の浴衣を着て、秋祭りを楽しもうっていうのに!
「この娘は~! もう、おいで、『花雪』!」
「えっ、なんです、お婆様?」
「いいから、こっちに来るの! せっかく来たんだから!」
「これ美味しい~!」
「あま~い! きれ~!」
『若桐』は二頭のグリフォンの前に『花雪』を引っ張ってくる。
彼らは屋台のりんご飴の大きさに目を輝かせていたし、綿あめの不思議な食感に驚いていた。
これだ。
これこそが秋祭りを楽しむお手本なのだ。
確かに修行だって大切なことだろう。わかる。わかっているけれど。
でも、秋祭りなのだ。
楽しむことそが至上命題ではないのか!
「はいこれ!」
「こ、これは……!?」
「綿あめっていうの。ザラメをね、溶かして糸にして巻き付けてあるんだよ」
手にした綿あめのもこもことした形に『花雪』は雲を手に取っているような心持ちになるだろう。
そうすれば、年相応の瞳の輝きを『若桐』は見ることができる。
どうだ! と『若桐』は得意げに範を振り返る。
修行しすぎで摩耗してしまったのならば、とこうして秋祭りに来たまではよかった。
けれど、修行をリハビリに起きかえただけではダメだったのだ。
『花雪』の真面目さは自分たちの予想の遥か上を言っている。
「……わかった。わかったから……そう、責めるな」
「い~え、範だって今日は堅苦しいのは抜きにしてもらうんだからね!」
範は『若桐』に腕を取られて強引に腕組み、秋祭りにて引っ張っり回される。
自分もまだまだだ、と思いながら範は秋風に乗る屋台の匂いに、一つ笑む。
こういう日も悪くない。
修行という名の秋祭りを楽しむのだった――。
成功
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