Bougainvillea spectabilis
●摩耗
大きな戦いというのは、いつだって多くのものを消耗させる。
体力であったり、精神であったり。
また武器の鋭さであったり、はたまた弾薬といったものであったりと戦うものであれば、多種多様な消耗を得ることになるだろう。
「ふにゃぁ~……」
その気の抜けた、というよりはぐったりとした声を上げるのは厳・範(老當益壮・f32809)に抱えられた宝貝人形『花雪』であった。
彼女はぐったりとした様子で指一本動かせない様子だった。
それを二頭のグリフォンが心配そうに見つめている。
「『花雪』どうしたの?」
「大丈夫? 歌う?」
「何、少し調子を崩しただけのようだ。大事無い、はずだ」
とは言え、範も彼女の不調の理由がよくわかっていない。
様子を見るに、彼の見立て通り大事ないことはわかるのだが、しかし、こういうことは大事を取るものである。
故に一足先に大きな戦いより帰還を果たしたというわけである。
「おやおや、どうしたんだい! 一体全体!!」
「お婆様……」
「いいからいいから! ちょっとまってて! 範、そこに寝かせてあげて!」
『花雪』の様子に出迎えた『若桐』は大慌てであった。
こうしたことは多くはない。
そのため、『花雪』を一刻も早くメンテナンスしなければならないと思ったのだろう。
「『若桐』。どうにも動きがおかしいようだ」
「うん、任せて。さあ、『花雪』、ちょっとくすぐったいかもしれないけれど、我慢してね」
彼女はすぐさまに『花雪』の様子を見ていく。
関節部、動力部、そうした所を隅々まで確認し、『若桐』は最初の心配そうな顔が徐々に晴れていく。
そう、『花雪』の不調は関節部の摩耗の蓄積であった。
駆動部を支える軸に支障はないのだが、噛み合う部分に大きな摩耗が見られるのだ。
「『花雪』~、ちょっと無理しすぎたね?」
「そんな……修行だって私、ちゃんとしていました! 此度の戦いでも……!」
「ほら、それだ~! 修行のやり過ぎと大きな戦いの二つが一気に関節部に負荷をかけちゃったんだよ。人で言うところの筋肉痛ってやつだね。でも『花雪』は宝貝人形だから、こういうのは放っておいてはいけないんだよ」
そう言って『若桐』からお小言を貰いながら『花雪』は各部のメンテナンスのために一度眠りにつくことになる。
如何に宝貝人形とて、休息というものは必要なのである。
こういう時にでも無理やりにでも眠らせないと『花雪』はすーぐ修行したがるのだ。そこが可愛いんだけれど、と『若桐』もわかっている。
「眠ったか」
「うん、オーバーホールまでは行かないけどね。まずは器をどうにかする前に、その中に入っているあの子が休まなくっちゃあね……ところで」
「ああ、わしの宝貝も、だろう。わかっておるよ。此度も助かった。万全に仕上げてくれていた故」
「ふっふ~そうでしょう?」
範はそう言って己の宝貝を『若桐』に手渡す。
しかし、彼女は受け取って眉根をすぐに潜めた。何やら気がついたようであった。
「……これさ、何かいじった?」
「ああ、そうであった。此度の戦い、苛烈なる毒性を持つものを相手取らねばならなかった故、その世界の職人に……」
「えー!!」
あ、と範は思った。
これは勝手に人に自分の宝貝をいじらせて! と説教されるパターンではないか、と。
確かに範の宝貝はある都市の職人によって耐毒性能を持たすために加工されていた。
節が増えていたり、元より小さくなっていたり、耐毒性能を得るための技法の工夫が凝らされていたのだ。
これを元の形に戻すのは手間暇がかかるのは当然であるし、メンテナンスも大変なことになる。
けれど、『若桐』の次なる言葉は範の予想にはないものだった。
「すごい!! 異世界でも、宝貝に追加細工できる職人いるんだ!!」
それは驚嘆の声だった。
嫉妬であるとか、勝手に! という憤りはなかった。
純粋なる賞賛。宝貝とは単一の機能を持たせるために繊細なる材料と技術でもって成り立つものである。
追加で細工を施すとなれば、よほどの腕がない限り不可能であったはずだ。
それをこのように追加の機能をもたせた上で成り立たせる職人の技に彼女は感嘆したのだ。
「え、え、どんな人だったの!?」
「巨人であったが、手先が器用であった。また教養も」
「へー! ええ、巨人!? 巨人の人がこんなことしたの!? すっごいなぁ……これって、元の宝貝の金属に別のもの混ぜ込んでいるんだよね? その配合率っていうか、混合率って見てきた? 炉の温度とかさ! それにこれって型を作ったんだよね!? その型は1? もらってきてないの!?」
そこからはもう怒涛の質問攻めであった。
範は別の意味でこれは長くなる、と思わざるを得なかった。
こうした話になると『若桐』は酒の席以上にぐいぐい来るのだ。
すやすやと眠る『花雪』とは裏腹に範は今宵、眠れぬ夜を過ごすことになるのだった――。
成功
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