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スラップスティック鬼河原探偵社

#UDCアース #ノベル #猟兵達の夏休み2023

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#猟兵達の夏休み2023


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鬼河原・桔華



サブリナ・カッツェン



ミルドレッド・フェアリー



八洲・百重



飛・曉虎



皇・美虎



黄・威龍



メアリー・フェアチャイルド



伊武佐・秋水



シグルド・ヴォルフガング




●酷寒あれば酷暑あり
 その日は酷い暑さであった。
 気温計を見れば35℃をしれっと超えている数字が刻まれている。正直、一の位を再確認などしたいとは思わなかった。
 なんたる暑さだろうか。
 汗ばむ肌を伝う雫が此処まで不快に思うことになろうとは夢にも思わなかった。
「なんて暑さだい、これは」
 鬼河原・桔華(仏恥義理獄卒無頼・f29487)はUDCアースにある己の探偵事務所……『鬼河原探偵社』の前でうだるような夏の日差しを受けながら自身の頬を伝う汗を拭う。
 どうにもならない暑さに彼女は根を上げそうにになっていた。
 はるか遠き昔に仏に帰依した夜叉を祖先に持つ当方妖怪たる己が身であっても、このUDCアースにて燦々と降り注ぐ太陽の光には打ち勝てそうにない。
 とは言え、事務所の中に入れば文明の利器が存在している。
 現代を生きる人間において、最も必要な神器。
 そう、冷房である。

 しかし、である。

 そう、悲しいかな。文明の利器というのは融通が効かないのである。
 摩耗すれば壊れる。摩耗する前に警告してくれるだとか、そういうことはないのである。壊れる時は突然に、なのだ。
 階段を一歩上がるのだって辛い。
「あーもー!」
 彼女は勢いよく蹴り出すようにして事務所の扉を開ける。すると室内の湿った上にこもった熱が彼女の肌を襲ってくる。
 これではまだサウナの熱波のほうがまだ幾分マシであるように思えてならない。
 それほどまでの熱が事務所から溢れてくるのだ。
「これじゃあ扇風機も焼け石に水だねぇ……霊符も霊力が切れていやがるじゃあないか……本当にこれは邪神の類いの仕業じゃあないのかい?」
「いやあ、何処の世界でも似たようなもんだったよ、こりゃあね」
 振り返ると虎の下半身を持つキマイラ、皇・美虎(壁絵描きのお虎・f18334)が普段の彼女の様子からはとても伺えないようなげんなりとした表情で桔華に手を上げて漸くといった体で挨拶する。
「キマフュも似たようなもんさ。此処にも負けないくらいの地獄の蒸釜って風情さ。いやまあ、風情というにはあまりにも酷いお天道様の仕打ちってやつでね。此処で寿々間してもらいに来たのさ」
 その言葉に桔華は視線を向ける。

「あ? その目はなんだい。なんだい。可哀想なヤツを見るような目ぇして」
「壊れてるよ」
「あん? なんだって?」
「だから、壊れてるんだって! 冷房が! クーラーが!」
 桔華はたまらず美虎へと叫ぶ。
 そう、これは鬼河原探偵社始まって以来の大ピンチである。美虎もここならば涼ませてもらえるだろうと思ってやってきたのだろう。
 けれど、思惑は見事に裏切られてしまう。
「そんなまさか! 面白くねぇ冗談だ! ってうっわ……!」
 熱波が美虎の顔面を直撃する。
「こりゃあ、たまらねぇ! ひでぇもんだ!」
「だろうがよぉ……」
「どうなされました御婦人方。何かお困りごとでも」
 二人が階下を見やるとそこに居たのは清廉たる白の鎧を着込んだ騎士――シグルド・ヴォルフガング(人狼の聖騎士・f06428)の姿があった。

 彼はこの酷い暑さの中にあっても鎧を脱ぐことなく、レディたる二人を前にして恭しくお辞儀さえしてみせたのだ。なんたる精神力。胆力であろうか。
 だが、彼もまた他世界……アックス&ウィザーズから鬼河原探偵社へと転移してきたのだ。
 何故か、と問われたのならば簡単である。
 彼が拠点にしている世界でも天災とも言える猛暑に襲われているのだ。普段は彼は仕えるべき主君を求めて放浪する騎士であるが、しかし、この暑さはあまりにも身に応えるものであった。
 鎧脱げばいいじゃねーかと桔華と美虎は言うだろうが、そんな素振りを彼は一つも見せなかった。
 何故なら彼は鬼河原探偵社には文明の利器、クーラーが存在していることを知っているからだ。
「いやなに、クーラーが壊れちまってんだよ。困ったことにな」
「生命の危機を感じるだろ」
「……今なんと?」
「いやだから、クーラーが壊れたんだよ」
「……」
 シグルドは思わず天を仰ぎ見ていた。桔華はなんでこいつ此処に来たんだ? と首をかしげたが、美虎はなんとなくわかっていた。
 自分がそうであったように、ここならば涼めると思ったのだ。

 だが、あてが外れてしまった上に、彼は困っている者が居れば手を差し伸べずにはいられない騎士である。それもレディ二人が暑さに困窮しているというのであれば、尚更である。
「もう入っちまおうぜ。玄関先でうだうだしてもしようがねぇ」
 美虎の促されるままにシグルドは事務所内に足を踏み入れる。
 凄まじい熱波である。それ以前に湿気がすごい。暑さ以上に鎧の下で汗が一気に噴出するのをシグルドは感じただろう。
「こ、これはなんとも……」
「扇風機もこりゃあ、最大にしても焼け石に水ってやつだあね……」
 桔華が扇風機をつけるが、生ぬるい強風が荒ぶだけだった。正直、付けても意味はないけど、付けなければもっと酷いことになると言ったところだろうか。
 シグルドは心を落ち着かせる。
 聖騎士として精神統一をなせば、フォースの力によって熱波を遮断できるかもしれない。フォースを拡大させれば、レディ二人分くらいは覆えるくらいには広がりを見せることもできるはずだ。

 だが、UDCアースの暑さはシグルドの想像を遥かに上回っていた。
 全く集中できない。
「……なんと言う……」
「たまらねぇよなぁ……とは言え、このクソみてぇな暑さをどうにかしねぇとなんねいのは……ああ、そうだ。住めば都っていう言葉もあらぁな! 地獄だってあたいの筆にかかりゃあ……!」
 美虎はゴッドペインターとしての力を発露する。
 いや、腕前である。
 この事務所の壁面を全て涼やかな色に彩ってしまえば、随分と違うはずだ。
 イメージするのは涼やかな秋。冬はやりすぎだから、と彼女の筆は壁面を実写さながらの秋めいた空を描き出す。
「これは、なんと美しい。何時見ても美しい筆捌きですね」
「へっ、あたぼうよ! ……と言いたいトコだが、こりゃあ……」
「無理。なんか涼しい感じにはなってるけど、こりゃだめだね。無理。暑い」
「べらんめぇ! 暑いって思うから……あ、やっぱり無理だわこれは」
 うっへ、と美虎がソファに腰掛けようとするが、しかしソファも熱い。もうやだ、と思うほどの暑さであった。

 美虎が壁を色彩でごまかそうとし、シグルドがフォースでどうにか熱波を遮断できないかと悪戦苦闘している最中、また再び扉が開く。
 いや、違う。
 此れまでの二人はただ只管に涼を求めてやってきた。そこから対策を立てようとしていたのだ。けれど、今まさに扉を開けたメアリー・フェアチャイルド(サンダーボルト・f25520)は違った。
 手にしたエレキギターから奏でられるは少し涼やかな旋律であった。
 いつもの鋭くも重たいサウンドではないことに桔華は気がついただろう。
「どうしたい、その音色は。いつもの感じじゃないようだが」
「此処もやっぱり暑いまま……あー……」
 メアリーは心底げんなりした顔をしていた。頭のネジが若干緩んでいるのをシグルドは見逃さなかった。
「頭のネジが緩んでおられますが、如何なされましたか……あ、いえ、涼をお求めになられていることだけはわかるのですが」
「デスバレーはすごかった……アポカリプスヘル酷い熱波……でも、ここはもっと地獄」
「言うに事欠いて地獄とはよく言う」
「頭のネジ緩めすぎてなんも考えられない……緩めたら涼し気な音色を奏でれば楽かなって思ったけど、やっぱり無理。感覚が鈍ってるだけ」
 メアリーはデッドマンである。
 その肉体は不死身であるが、しかしこの暑さには参っているようである。

 彼女もまた此処ならば涼が取れると踏んできたのだろうが、見事に当てがハズレてしまったのだ。とは言え、此処から動こうにも頭のネジを緩めっぱなしなのである。
「もう暑くって。頭のネジ締めることもできなくて」
 メアリーのげんなりした様子に桔華は気遣う余裕すらなかった。マジで暑い。というか、クーラーの修理を頼みに電気屋と向かった伊武佐・秋水(Drifter of amnesia・f33176)はまだ帰らないのかとスマホをいじる気力もない。
「秋水は修理一つのために何処まで行っていんだい。商店街の電気屋はそこからそこだろうに」
「修理?」
「そう、修理だよ。壊れちまったなら修理するもんだろうがい。文明の利器ってぇのは、直せるもんは直せるし、そういうのを生業に……」
 って、うん? と桔華は聞こえてきた声に視線を向けると其処には黄・威龍(遊侠江湖・f32683)と連れ立って現れた飛・曉虎(大力無双の暴れん坊神将・f36077)の姿があった。

「ヌ……今なんと? まさかと思うが、この熱波。クーラーが壊れているのか? まさか? そんなことが? これはもしかして兄者にげんこつ貰い損なのでは?」
 曉虎は愕然とした表情で震えている。
 そう、彼女は此処に来る前に封神武侠界を襲ったあまりにもしんどい暑さに暴れ狂っていたのだが、それを威龍によって鎮められてUDCアースに渡ってきたのだ。
 いや、確かに彼らがいた封神武侠界もまた例年にない熱波に襲われていたのだが、威龍たちが住まう山間部は標高が高い。
 故に、低地よりは幾分マシだったのだ。しかし、曉虎が暑い暑いと騒ぎ立て、さらには暴れ出したため彼のげんこつが彼女の頭上に落ちたという次第である。
「そんな! 痛い思いをしてやっと涼が取れる所まで来たというのに! この仕打ちは一体全体どういうことなのだ! というか、これならば兄者のいないところで乾坤圏をグルングルン回して風を生み出していた方がよかったのでは!? なあ、兄者!」
「姐さんの事務所でそういうことをするな」
 ぎゅ、と握りこぶしが握られる音を聞いてすぐさま曉虎が大人しくなる当たり、この二人の力関係は伺い知れるだろう。

「どうしたい、威龍。もしかしなくても、そちらの世界もこっちと同様のように思えるが」
「ああ、どうやら。此処よりはマシだったような気がしないでもないが……流石姐さんだな。このような場所でもとどまっていられるとは」
「あんたにそれを言われると困る」
「いや、いい汗がかける場所だ。暫く邪魔をせてもらおうと思う」
「ムハ!? 兄者正気か!? どう考えても此処はおかしいぞ!? 蒸し風呂もまだマシって感じがするであろうが!」
「いや、俺には此れくらいが良い」
 そんなふうにして言い合いを始める二人に桔華も美虎も辟易してしまう。
「喧嘩は後にしてくんねいよ。というか、この暑さをどうにかするのが先決だろがいよぉ……」
 美虎は暑かったソファにへたるようにして寄りかかっている。暑いけど、仕方ないという具合だったのだろう。

「しかし、困りましたね。修理の手はずはまだ整っておられないのでしょう?」
 シグルドの言葉に桔華は頷く。
 電気屋によこした秋水からの連絡もなければ、ちゃんと話が通っているのかさえ判別できない状況だ。
 さらに言えば、この鬼河原探偵社に人が集まってきている。
 涼を求めるようにして一人また一人ただの地獄に落ちてきているよなものだ。獄卒としては仕事に為るので捗るって感じであるが、冗談じゃない。
「あんれ~!? どしてこんなに暑いんだべ!?」
 八洲・百重(唸れ、ぽんぽこ殺法!・f39688)は普段はプロレス団体に所属しているプロレスラーである。
 リングネームは『ヤッシマー魔魅』である。
 そんな彼女とて、この暑さにはほとほとに参っていたのだ。しかも、練習もこの暑さで中止になっている。その上、寮にクーラーなぞない。

 故に猟兵たちが集う鬼河原探偵社ならばクーラーがあり、涼を取らせてもらおうと思ってやってきたのだ。
 だが、彼女の希望に対して現実は非常であった。
 そう、冷気がやってくると身構えていたのにやってきたのは熱波の不意打ちであった。その不意打ちはとても効いた。
 これまで相手のレスラーの一撃を受けても変身を解くことのなかった百重は、不意打ち熱波で思わず変身を解かれ、強制的に本来のたぬきの姿に戻ってしまったのだ。
「ぬわー!? なんだべ!? どうなってるんだべ!? おら、もしかして変身解け……いや、あっついべ!? 溶けるべ!?」
 首元に回る扇風機があるからまだマシであった。
 いや、マジできっつい。

「お、おいおい……お届け物でーすって来たのに、なんだよ、これは」
 死屍累々な様相を見せる探偵社の事務所の扉の前にクロムキャバリアから荷物を運んできたサブリナ・カッツェン(ドラ猫トランスポーター・f30248)は思わず天を仰いでいた。
 そう、事務所のクーラーが壊れているのである。
「もうだめだべ」
「ここでおっ死ぬな。踏まれちまうぞ」
 サブリナは運び込んだ荷物の上に百重のたぬきの体を載っけて事務所に足を踏み入れる。
 想像以上に暑い。屋外よりさらに室内が酷い湿気と熱波で不快指数が爆上がりしているようであった。
「サインほしーんだけど」
「あー、今無理」
「いや、無理じゃないだろ。ハンコでもいいんだけど」
 サブリナは荷物を置いて桔華に問うが、彼女は窓際の影から動き出そうとしていない。というか動けないのかも知れない。

「ご注文のメントール系のタバコのカートンなんだけど、中身」
「それは早く言えっての」
「はいはい……とは言え、この暑さにまいる気持ちもわからねーでもねーよ。つーか、クロムキャバリアの戦火だって、この暑さには勝てねぇだろうさ」
「この暑さで一時休戦とでも相成りましたか」
 シグルドの言葉にサブリナは正解、と指差す。その事実にシグルドは目を丸くするし、威龍は不幸中の幸いだと言う。
 だが、曉虎はこの程度で争いを止めるなど軟弱! と怒った。
「敵がいるのならば、打ちのめすまで戦いをやめるではないわ! なんなら我輩今からいってぶっとばしてやっても――ってぎゃん!?」
 彼女の戦意が高まった瞬間、威龍のげんこつが落ちる。
 火花が散る思いをしながら彼女は思わずうめいて座り込んでしまう。
「めっちゃいい音。いや、今はあんま聞きたくない音だったけどな」
「なにするんだ、兄者!」
「荒ぶるお前が悪い」
「頼むから喧嘩しねぇでおくれよい。暑いのがさらに暑苦しくなっちまうじゃあねぇの」
 美虎の言葉にサブリナも同感だった。

「ホントマジで暑いわな。やてられねー」
「あー……もうたばこ吸うくらいしかできない」
 窓際では早速桔華がたばこをくゆらせている。メントールの爽やかな香りは幾分暑さを和らげてくれているようであったが、しかし、本質的な暑さはまるで変わらないのである。
『過度な喫煙は推奨しない』
 サブリナのタマロイド『MK』の言葉にサブリナも桔華も気のない返事をするしかなかった。というか無理。ホント無理。
 サブリナも揺れる窓際のブラインドが見せるしましまの影を見ながらたばこに火をつける。火の気があるのにたばこだけは吸いたくなってしまうのだから不思議である。
「あー……一服も涼しい場所ならもっと美味ぇんだろうに」
「ないものねだりしない……」
 そんな喫煙者同士のぐうたらなコミニュケーションは暑さのせいでバッドコミュニケーションである。

 そんな二人が窓際から空を見上げていると、太陽を背にして一つの影が鬼瓦探偵社へと急降下してくるさまが見て取れたが、二人は反応しなかった。いや、できなかったというのが正しいだろう。
 あんまりに暑いもんだから、気怠いだけとも言うけど。
「この危機的な暑さ! ええ、スペースオペラワールドでも太陽が異常活動を起こして大変でしたので! やってまいりましたUDCアース! 太陽光の異常さの危機をお伝えに……」
 って、とミルドレッド・フェアリー(宇宙風来坊・f38692)は思わず探偵事務所の中にいる猟兵たちの惨憺たる様を見やって、後退りする。
 そう、この悪魔的な酷暑において彼女だけが無事だった。
 何故なら、彼女は着る宇宙船ことバトルアーマーを身にまとっている。
 この宇宙船の内部にいるのであれば、彼女は湿気や高温からは無縁なのである。なにせ、極端な環境である宇宙での生存を可能としているのだから、この程度の暑さはへっちゃらなのである。

「……えっと」
「話はわかったから、そのきぐるみみたいなのやめて。見てるだけで体温上がるから」
「そ、それは私に対してもなのでしょうか」
「あったりまえだろう! その鎧、脱げ!」
「ムハハハ! 兄者を見るが良い! すでに上裸であるぞ! 流石兄者。速い! 脱ぐのも速い! ってギャンッ!? なんで今げんこつしたのだ!?」
「やかましいから」
 ミルドレッドの到来によってさらに事務所の中は騒々しくなる。
「え、イヤですよ。これは私の快適空間ですから。脱ぐ言われはございません!」
 だからー! と美虎や桔華、メアリーですら、あーうー、とかネジの緩んだ頭でミルドレッドの着る宇宙船を脱がそうとするのだが、ミルドレッドは絶対に脱がぬと事務所内を逃げ回るのだ。
 そうなると余計に体温も室温おも上がっていくのだ。

「ぜーはー……!」
「余計に熱くなっちまっただろう!」
「じゃ、じゃあ、私はみえない場所にいればいいのでは!? 視覚的に暑苦しいということでしたよね!?」
 そう言ってミルドレッドは何を思ったのかロッカーの中に飛び込んで内側から万力じみた力で締めてしまったのだ。
「あー……これは……」
 シグルドはどうにもならないな、と脱いだ鎧の置き場を求めて所在投げに突っ立っているし、美虎はどうしてもミルドレッドの宇宙船を脱がしたくて仕方なかった。
 メアリーは緩んだネジのまま、あーうー言うばかりである。
 威龍は、サウナを堪能しているようであったし、百重は扇風機でどうにか熱を逃して溶けるのを防いでいる。
 サブリナと桔華は追いかけ回すのをやめて二人でぷかぷか煙を量産すばかりである。
 まるで生産性のない光景。
 このままでは、この暑さによって猟兵達は負けてしまう。

 だが、そんな折、漸く電気屋に修理の依頼に走っていた秋水が戻ってくるのだ。
「おや、どうなされましたか。これは一体。皆様お集まりの様子で」
 彼女は室内の熱波にも兵器な顔をしていた。
 この探偵事務所に集った猟兵たちは皆、一様に秋水の様子に眉根を寄せる。なんか余裕綽々な雰囲気なのは一体どういうことなのだろうか。
 そう、彼女は確かに電気屋へとクーラー修理の依頼をしにいった。
 だが、この酷暑である。
 クーラーが突如壊れたというのは鬼河原探偵社だけではないのだ。つまり、他の修理に追われて、この事務所のクーラーの修理はまだ先であるというのだ。

 そうなれば、彼女も羅刹と言えど暑さに参るのだ。
 行きがけは気にしなかったが、帰り道にコンビニエンスストアが目に入れば、その店内へと足を踏み入れた。
 それは極楽というものであった。
 この炎天下を走った己に対する褒美であるとも言えただろう。
 だから、あの極楽で彼女は十分に涼を取ってきたのである。彼女が室内の熱波にも余裕があったように思えたのは、そういう理由からであった。
 けれど、彼女は思ったのだ。
「これは……」
 ああ、そうだ。
 これはダメだ。ここで実はコンビニエンスストアで涼んできましたので、あ、そうそうクーラー修理は本日中には無理そうです、なんて言おうものなら、多分。うん、多分、暑さ以上の地獄を見ることは確定である。
 口が避けても言えない、と彼女は心を決める。

「随分と遅かったじゃないか」
「あいや、こんな事態になってはいないだろうかと予見いたしましてな。ええ、ご客人のためのお得用アイスクリンを購入してきた次第でありまして」
 これなるを、と秋水が掲げて見せたのは箱アイスであった。
 このクソ暑い室内の中にあって、冷気が漂うそれを、室内にいた猟兵たちは一斉に認め跳ねるようにして秋水へと迫るのだ。
 百重にいたってはたぬきから人間にぽんぽこりーんと一瞬で戻ってアイスに飛びかかっていた。
「ぬわー!? し、しばしお待ちを! 数は十分に! ございますから!」
「いいから! 家主優先だろうが!」
「こういうのは速いもの勝ちって相場が決まってんでい!」
「あの、私は後でも構いませんが、いただけると……」
「その前にアイツに、ミルドレッドをアイスで釣ろうぜ!」
 なんて騒々しいことこの上ない事務所の中で猟兵たちはオブリビオンよりも騒々しい一幕を終えるのだった――。

●花火
 そして、猟兵たちは空を見上げる。
 雑居ビルの屋上。
 夜空に打ち上がる花火にミルドレッドは宇宙サーフボードで空を駆ける。
「アイスおいしかったですが、ええと、花火、空から見れば間近に見えると思いましたが、角度がおかしいのでしょうか。大きくみえないですね」
 そらを駆ける彼女は首を傾げる。
 そんな彼女とサーフボードが描く軌跡が花火と交錯するのをサブリナはひとっ走りして買い込んできた缶ビールを開け、目の前で繰り広げられる『MK』との肉争奪戦に興じている。
「あ、おい! 肉ばっかり取るんじゃあねよ! それは!」
 自分のだと、言う前に『MK』が焼き上がった肉を加えて逃走したりしている。
 そんな二人を制するように威龍が菜箸で制する。

「その肉はまだだ」
「兄者! 肉! 肉!」
 肉奉行ならぬ肉武侠たる彼の箸の動きに曉虎は食いついているし、また百重と熾烈な争奪戦を繰り広げる。
「次はおらがもらうべ!」
「我輩が全て肉を喰らうのだ! ヌハハッ、ぎゃん!?」
「仲良くしろ」
 またげんこつが落ちるのと同時に花火が打ち上がる。威龍はまったく、と薄く笑みながら昼間のサウナじみた室内の修行にて失った塩分を補うようにして豪快に肉を共に喰らう。

 その傍らでメアリーは締め直されたネジと共にキレッキレのサウンドをかき鳴らす。
「絶好調。夜はまだ涼しい」
 ぎゃいんぎゃいんとかき鳴らされるメロディーは花火に添えられるには十分すぎるほどのリサイタルであったし、秋水は旋律と共に打ち上がる花火を見つめる。
「これが花火というものなのでありますな。なんとも美しい……」
 記憶がなくとも、自分はこれを美しいと感じることができる。
 それが楽しいと思える自分もまた嬉しいと思うのだ。そして、メアリーの奏でる旋律は益々勢いをましていく。
 肌に、腹にずしんと響く音は重たく。
 けれど、触覚と聴覚、視覚を刺激する花火の空模様は、その場にいた猟兵達誰しもの心を揺らすものであったことだろう。

「いやぁ、これがまた風流ってぇもんだよ。なぁ、たーまやーってな!」
 肉を焼きながら美虎が笑む。
「ええ、まったくもって。これがUDCアースの夏の過ごし方だというのならば、見習わねばなりませんね」
 シグルドがうちわを仰いで夜風の冷たさを味わう。
 汗を流して乾いた喉を潤す缶ビールの喉越しの美味しさたるや、精神修養を修めた聖騎士とて抗えるものではなかっただろう。
 とは言え、彼は微笑む。
「そうは思いませんか」
「あ?」
 シグルドが呼びかけるのは、この雑居ビルの持ち主である桔華にであった。

 彼女は屋上の柵にもたれかかっていた体からをもたげ、向き直る。
「なんだって?」
 かき消される言葉。
 花火の打ち上がる音は思いの外大きい。それにメアリーのサウンドもごきげんになっているのだ。
 聞こえないのも無理なからぬとシグルドは笑む。
「いえ、昼間の暑さもこの夜の涼のためにあったと思えば、と思いまして」
「そんなわけあるかい。まったく電気屋め、足元みやがってよぉ」
 どうやら事務所のクーラー修理はまだかかりそうだった。
 熱波をしのぐための霊符だってただではないのだ。この酷暑はあと一体どれだけ続くのだろうか。
 その心配で桔華は頭が一杯なのだろう。

 だが、そんな彼女に美虎は言う。
「心配したってしかたあんめぇよ。なるようにならってな!」
「そうだべ。困ったのなら、助けるのが猟兵ってもんだべな」
「まあ、兄者が世話になっておるしな! 我輩の力があれば、扇風機など……あっ、兄者違うのだ。もうしないのだ。げんこつはやめてほしいのだ」
 百重や曉虎も言う。
「部品の発注がたりねーんなら、いくらでも運んできてやるしな。な、『MK』!」
「宇宙船をお貸しすることは宇宙騎士規約第二条で無理ですが、えっと」
 サブリナとミルドレッドの言葉を受けて桔華は、頭を振る。
 しゃーねーなーといつもの様子で、鬼河原探偵社に集った猟兵達に告げるのだ。

「しょげてたって仕方ない。朝まで付き合えよ」
 そう言って彼女たちは杯を打ち鳴らす。
 それは夏の夜の一つの宴を知らせるものであり、酷暑ながら心踊る夏をことほぐ軽快な音だった――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年08月12日


挿絵イラスト