Var.Platycarpa
●桃園
古来より桃は仙木、もしくは仙果と呼ばれるものであった。
邪気を払い、不老長寿を与える実。
それは仙界の存在する封神武侠界においても変わらぬことであっただろう。不浄を寄せ付けぬ実は、その芳しくも甘い香りと伝説を照明するように痛みやすいものであった。
不心得者が触れることすら許されないかのような繊細さ。
「ふんふんふん」
厳・範(老當益壮・f32809)に従う白い毛並みのグリフォンが金色の瞳を揺らしながら、香りを頼りに熟した桃に手を伸ばすのは宝貝人形『花雪』であった。
彼女はゆっくりと手を添えるようにして熟した桃の実を手に取る。
「よ、と……」
桃は繊細な果実であると教わっていたから『花雪』は、より慎重に作業を進めていく。
黒い毛並みのグリフォンの背に載せられた籠にゆっくりと桃の実を置く。
そっと、そっと……と意識はしているのだが、どうにも難しい。
足場になってくれているグリフォンには悪いのだが、どうにも不安定であるように思える。
とは言え、これも修行である。
いや、『花雪』がそう思っているだけである。
彼女は日常のあらゆることを修行と捉えてしまう悪癖のようなものがあった。
「これも修行です。難しければ難しいほどに修行とは良いものなのです!」
彼女の言葉はなんていうか、修行狂いのようにも聞こえてしまうことだろう。
ちょっとやりすぎなところもあるのだが、範には止めようがない。
彼自身にしてみれば夏休みのつもりだったのだ。
けれど、そうした夏休みの……現代的に言うならばアクティビティも『花雪』にしてみれば修行に早変わりなのだ。
グリフォンの背に乗って不安定な足場で繊細な手作業をする修行とでも言えばいいのだろうか。
「流石に修行修行って女の子がいいのかな」
『若桐』も少し心配になってきていた。
「とは言え、本人がそう思っているのならば否定するものでもあるまいよ」
「それはそうだけどさー。もう少しこう、女の子らしくっていうか。他の世界だとあのくらいの年頃の子っていうのは修行は嫌がりこそすれど、好むものではないでしょ?」
「うむ……それがあの子の長所ではあるのだが」
「短所でもあるっていう状態なんだよね。まあ、楽しんでいるみたいだから良しとしようかなって思うけど」
二人はそう言って二頭のグリフォンと一緒に桃を取る『花雪』を遠巻きに眺めている。
「いい香りー」
「歌でも歌おうというか、歌うね」
二頭のグリフォンのごきげんな様子に『花雪』も嬉しくなってしまうのだが、これはあくまで修行だということを忘れないように顔が引き締まる。
そうじゃないんだけどなぁという『若桐』と範の声が聞こえてきそうであるが『花雪』には関係ない。
「あ、一個ちょうだいー」
「こっちにもー」
二頭が桃をねだるので『花雪』はもいだ桃の実を口に運んでやる。
噛めば果汁が溢れ出して、甘い香りが漂ってくる。
本当に良い香りだ。
これだけ甘やかな香りをしているのだから、貴重なものなのだと『花雪』は一層気を引き締めて『桃狩りの修行』に取り組む。
「揺らさないでくださいね」
「だいじょうぶー」
「傷がついても、『若桐』が砂糖漬けにするっていってたよー」
二頭の言葉に『花雪』も頷く。
「お菓子にもできるとおっしゃっていました。お祖母様はすごいですね。私も励まねば!」
また修行するつもりなんだ、と二頭は少し呆れたけれど、『花雪』の修行に付き合えば、桃狩りを楽しめるのだから役得であると木々の間をゆっくりと進む。
「わ、見てご覧よ。『花雪』」
「蝶と蜂がやってきているよ」
「彼らは……?」
二頭と『花雪』の前に現れるのは蜂と蝶であった。ひらひら舞うようにして飛ぶ蝶はゆっくりと二頭の周りを漂い、歌に合わせるようにして飛ぶのだ。
そして、蜂は鋭き針を持つ歩兵のように『花雪』に従って、熟した桃へと誘導していく。
「彼らはこの桃園の守衛とでも言うべきかな」
範がそばにやってきて、そう告げる。
この桃園は確かに見事な桃が成る。
如何に邪気払う仙果とは言え、これを求めるのは善心持つ者ばかりではないだろう。
悪心あるがゆえに、不当に求める者もいるのだ。
そうした者を阻むために彼らがいるのだと教わり『花雪』は益々紅潮する頬のままに、彼らに負けじと修行に励む。
「そうなのですね! 私も彼らに負けぬように精進しなければなりません!」
「あ、いや……」
そうじゃない、と範は答えにつまってしまう。
彼らの責務は桃狩りを楽しむ者たちがつつがなく桃を取れるようにすることだ。だから、こういう場合はもてなされるべき、と諭したかったのだが。
「がんばりますね、お祖父様!」
修行! 修行! と励む『花雪』に伝わらぬ真意。
範は弟子を育てるとは斯くも難しいのかと笑う『若桐』を前に頭を抱える少々珍しい姿を披露する夏日となるのだった――。
成功
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