2nd COLOR~|あの子の死んだ《私の生まれた》日
――どうしてこんなことになったのだろう。
少女は目の前の状況が未だ受け入れられずにいた。
唐突に楽しかった日々が打ち砕かれた現状を。
そう、少女は昨日まで眼の前にいる愛しい|『あの子』《アリス》と、妹と、たくさんの|シスターズ《しようにん》たちとで楽しく暮らしていた。
本当に、つい昨日までの話だ。
甘く蕩けるような幸せな日々を過ごしていて、これからもずっと続くのだと信じていた。
そんな少女の小さな小さな|楽園《はこにわ》は、他の誰でもない無二の親友で、誰よりも愛しい|恋人《アリス》の手によって、粉々に砕け散ったのである。
「ぁ、ぐ……っ!」
魔術によって壁ごと吹き飛ばされ、少女の身体は雨のフリ続ける地面へと叩きつけられる。
何故昨日まで深く交わり愛し合った彼女が?
私は何かしてしまったのだろうか?
考えても考えても、答えは出ない。
「何も理解しなくていいわ。死にたくないのなら足掻きなさい」
最初にアリスはそうとだけ告げて、本気で殺すつもりで襲いかかった。
必死に抗い、学びたての混沌魔術で抵抗こそするものの、繰り広げられる光景はただの一方的な蹂躙以外の何物でもなく。
何度も身体を打ち付けられた。
骨の砕ける音も聞こえた。
内蔵もどこか潰れすらした。
それでもアリスは――アリス・ロックハーツは、少女を痛めつけるその手を緩めることはない。
一方的に嬲り続けて、このままでは死ぬと少女に刻み込ませ続けた。
「どう、して……」
「さあ。何でかしらね?」
視界がかすみ、意識も朧気になる中、かろうじて開いた口から出た問いかけにも答えが返ってくることはなかった。
そう、彼女はいつもそう。意地悪なのだ。
思わせぶりなことを言って、問いかければ絶対に答えてくれない。
「ねえ、” ”――」
アリスは慈愛に満ちた笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
その言葉を"言葉として"聞き取れはしなかった。
だけど確かに、少女にとっての逆鱗に触れるようなことだったのだろう。
これまでの理不尽な蹂躙と理解できない状況、それら全てに答えのない状況。
少女のストレスは限界値にまで既に達しており、感情は最早理性という鎖を引き千切った。
何かが切れたような音と共に、少女の身体は突き動かされて――
……
…………
………………
……………………――そして。
「……… ………… ……え?」
霞んでいた少女の意識が、もやが晴れるかのように鮮明になった時には……
――自らの手が、親友にして愛しい恋人の胸を、貫いていた。
「……アリ、ス?」
「いいのよ。これで。これで、いい――の」
アリスの胸から少女の手が引き抜かれる。身体が重心を保てずに倒れたことにより、自然と手から離れたのだ。
「アリス……アリスッ!!」
その身体が地に伏せるよりも早く、血まみれの手で少女がアリスを抱き止める。
けれど流れ行く血は少女の願いに反して、雨と共に地面を流れていく。
急いで治療を施そうとして――止められる。
「これが私の……望みだから。止めないで」
「どうして!何で!!何でこんな……」
「こうしなきゃ、私は……貴女と一緒にいられない、んだもの」
少女は気づいていなかった。
自らが"猟兵"という"生命の埒外"となり、|闇の種族《オブリビオン》たるアリスとは決して相容れぬ存在と化してしまったことに。
何となくアリスは、いつか少女がそうなるだろうと、漠然と感じていた。
そう仕組んだ奴がいることを知っているから。
そう、ここまでは|自らを産んだ存在《オリジナルのアリス》の筋書き通りであるが故に。
――だが、それで離れ離れになることを、|分身である自分《アリス・ロックハーツ》は許さなかった。
貴女がそのような脚本を臨むのなら、その通りに演じてみせてあげる。
ただ――たかがそれ如きで|この子と引きはがせる《貴女の臨む悲恋ENDになる》なんて思わないで頂戴?
「嫌。いやよ、アリス……死なないで。お願い、私を置いて行かないで……!!」
「やぁ、ね。今生の別れじゃないの……よ?これから、ずっと、一緒にいる為の……儀式なのだから」
ぼろぼろと泣きじゃくる愛しい子の涙を拭うように頬に手を添え、唇を近づける。
最後のキスを深く、深く。愛しい少女の奥底に入り込んでいくように。
享受する少女に血の味と共にアリスの意識が、記憶が、流れ込んでくる――。
――私たちはひとつになる。ずっと一緒よ。
その言葉と共に、アリスの身体は淡い光の粒となって少女の中に溶け込んでいった。
自分自身――自分の中に入った彼女を少女はそっと抱きしめる。
その手に残った温もりを忘れずに刻むかのように。
愛しい人と一つになり、自らの運命を悟った少女の目にもう、涙はなかった。
成功
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