Heliotrope
●備えるのならば
考えなければならないということは人の世には尽きることのないように思える。
大切なものを守るためにはいつだって備えなければならない。
何に対して、といううことも考えなければならない。
人か、獣か、それとも天災か。
いずれにしても備えに足りるということはないだろう。これでいい、という妥協だけが残るだけである。
だからこそ、『若桐』は嘗ての起こった宝貝人形『花雪』を拐かそうとした事件を思い出す。
「きっと備えて置いたほうがいいんだと思うんだ。けれど、あの宝貝……一体どうやって手に入れたんだろう」
あの事件の折、花雪の、いや……宝貝の機能を停止させる宝貝。これも正しい認識ではないと若桐は思っていた。
「つまり、他世界の技術であると」
厳・範(老當益壮・f32809)の言葉に頷く。
「機械、というやつだろうね。最初は宝貝を無効化する宝貝なんて、おいそれ賊が持っていていいものじゃあないと思っていたけれど、壊れたこれを触っている内にわかったよ」
「それで」
「もうわかってるくせにさー」
「同じものが欲しい、というだけではないだろう。他の機械、その技術体系というものに興味があるのだろう」
「そういうこと。でもさ、こういう舶来のものっていうのは、大抵、コンキスタドール由来の品ってことでしょう?」
「そうでなくとも、楽浪の店では貴重品であるからな。同じものを二つ、ともなれば、それ相応の値はするであろうし。若桐が買った、となれば何か商機と見る者が居てもしかたのないことであろうな」
となれば、どうするか。
二人の考えは一致しているようだった。
「お願い!」
「であろうと思った。わしならば目利きが効く、と」
「だってそうじゃない。似たようなもの、知ってるでしょ。他世界に渡ることができる猟兵なんだもの。ならさー!」
「聞いたことはある。しすてむ……なんであったか、確か現地の獣の民が言うのには……」
「『コンコンコン』ね!『コンコンコン』! 同じ場所なら同じものが手に入るっていう!」
範は若桐ならば興味を示すと理解していた。
だから、話し程度にとどめて居たのだが、どうやら彼女は今回の一件でそれを思い出したらしい。
余計なことになった、と範は思わないでもなかった。
というか、これは時間の問題でも在ったことだろう。
とおかれ早かれ、こんな時が来る、という予見があったのだ。ならば、こうした時の対処というのは迅速さが物を言う。
「……わかった。だが」
「うん! わかってるってば。本当は『コンコンコン』自体に興味あるんだけれど、直接は触れないのでしょう? わかってるよ。それに下手にいじるってこともできない」
本当は自分が現地に行って、この現象に直に触れるのがよいのだ。
けれど、それが叶わないのならば、悔しいという気持ち程度で納めておくのが最も善いだろうと判断してのこと。
欲望とは人の歩みを進める燃料そのものであるが、過ぎたるを持てば、それは身の破滅をもたらすもの。
故に、線引、というのは大切なことだ。
それを若桐が理解しているのならば善いのだと範は頷く。
こうして範と二頭のグリフォン、そして花雪がキマイラフューチャーへと飛び立つのだった――。
●コンコンコン
「キマイラフューチャー……不思議な世界ですね」
花雪が周囲を見回す。
広告看板はホログラム。流れている映像の意味を理解することは難しかったが、どうにも騒々しいと感じる。
獣人……キマイラたちが面白おかしく生きているこの世界にあって花雪は完全にお上りさん丸出しであった。
しかし、それは無理なからぬこと。
他世界を訪れる、ということ自体が稀なのだ。ときにそれを人は神隠しとも呼ぶが、猟兵である範に共をするからこそ、自分もこの様に世界を渡ることができる。
「少々騒々しいがな。だが、活力に満ちているとも言えるだろう」
範は道行くキマイラに目的の『コンコンコン』がある場所を尋ねる。
それならば、と気の良いキマイラが手にしていた板切れを範に何事か見せている。あれがなんであるのか花雪には検討もつかなかった。
「花雪、こちらのようだ」
「あ、はい!」
手招きされて範と共に道をゆく。一体何処に向かっているのだろう。店らしい店はない。ただの通りのようであるが……。
「此処のようだ。どれ、『コンコンコン』と」
範は建物の壁の一つを叩く。
するとどうしたことだろう。そこから放出されるようにして、先程のキマイラが手にしていた黒い板切れが飛び出すのだ。
「これか? これは『スマホ』という」
「すまほ」
「ああ、これをこうすると……」
「え、絵が光っておりますが!? えっ、動いた!? はれ!?」
「うむ。これが他世界の技術で作られし、『スマホ』。非常に便利なものである。コレ一つで通話も出来るし、文も相互に送ることができる。しかも、時間の経過は限りなく少ない。すぐさま、と言って良い」
「そ、そんなに……!」
花雪がいちいち初々しい反応を示すものだから範はどうしてか少し笑ってしまう。
ここに若桐がいたら、恐らく質問攻めであろうし、手渡そうものならその場から動かなくなってしまうだろう。
「というわけで、頼まれていたものは後一品であるな。それはもう少し先にあるらしい」
「は、はい……他世界、すごいです。キマイラフューチャー、本当に、真に、すごい……!」
語彙力を喪った花雪を連れ立って範は次なる『コンコンコン』へと歩み、二頭のグリフォンと共にお使いの目的を完遂するのだった――。
●そして
「わー! これこれ! こういうやつ! はー、これが『スマホ』に『ノートパソコン』ね! こんな板切れに情報がたくさん詰まっていて、演算をしてくれるっていうのだから科学技術ってやつはすごいものだねー!」
キマイラフューチャーから戻ってきた範たちを迎えたのは喜色満面な若桐であった。
手渡された薄型の『スマホ』を『ノートパソコン』を受け取ってあれこれ早速いじり始める。
「本当にすごかったんです、お婆様!」
「だろうねぇ! いいなぁ! 僕もなぁ! いけたらなぁ!!」
きゃいきゃいしている二人を見やり範は頭が痛い思いだった。
どう考えても若桐ははしゃいでいる。
新しい玩具を与えられた幼子と一緒だった。
幼子であれば電池が切れれば眠る。けれど、若桐は違う。際限なく突っ走ってしまう。となれば、この新たな玩具を弄り回すために夜を徹することなど当然のようにしてしまうだろう。
それは彼女の健康的な意味を含めて、推奨できるものではなかった。
だから、範はぴしゃりと言い放つのだ。
「徹夜はするな」
「わ、わかってるってば!」
「……花雪」
「あ、はい、なんでしょうお爺様」
「今日は若桐の所に泊まるといい。そして、しかと定められた時間に眠るのかを見届けよ」
その言葉は釘。
同時に若桐がどれだけ釘を差されても興味に負けて夜を徹することを示していた。
故に若桐はお見通しかぁとおどけてみせるが、範は大真面目であった。
「返事は」
「は、はい!」
二人は仲良く範の言葉に頷き、ならば今宵は大人しく眠ろうと範と約束を交わすのであった――。
成功
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