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SAVIOR OF ...

#アポカリプスヘル #グリモアエフェクト #ワトソンビル #フリーダム

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#グリモアエフェクト
#ワトソンビル
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●GOD'S CHILD
 ――浮上。
 呼吸。息苦しさに咳き込む。
 反射的に確かめるマスク。ガスマスクは……ある。大丈夫。私はまだここで息が出来る……。
 口元をぬぐい思い切り息を吸い込みたい衝動を堪え、乱れた呼吸が整うまでにも思考は巡る。

 何度目かは知らない。戻ってきた。私たちを作った|創造主《神さま》たちが居る世界。
 私が生まれた世界――アポカリプスヘルだ。

『我々にかたどり、我々に似せて、神を造ろう』

 そこでヒトはヒトに似せて神を創った。
 ヒトを救う救世主を、創ろうとした。
 宇宙人じみた超能力。得体のしれぬ偽神細胞。
 暗黒の風が撒き散らす汚染に適応する肉体――ヒトが私に与えたものたち。

 そうして強化された肉体であっても、私はこのマスクなしでは呼吸さえ出来ない。生きていけない。
 正常で清浄な世界とやらに拒まれている故に。そこに私のための居場所はない。――なかったのだ。

『救い給え、世界を』
『救い給え、我らを』
『救い給え、人類を』

 ただ望まれた。ヒトの救済を。
 与えられた。汚濁の中に駆けずり回る為の身体を。殺し、破壊し、終わらせるための力を。
 課せられた。人類の勝利を。栄光を。復権を。希望を――そしてそれはやがて失望となった。

『教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育失敗失敗失敗処分処分処分処分処分処分処分処分処分教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育失敗失敗失敗廃棄廃棄廃棄廃棄廃棄廃棄廃棄廃棄廃棄廃棄廃棄処分処分処分!!!』

 期待外れ。造反者。恥知らず。最低最悪。

 希望を叶うに至らなかった役立たずへの失意と失望が降り注ぐ。
 ため息。憎悪。悲鳴。絶叫。断末魔。
 お前が。お前のせいで――彼らの望みはやがて怨嗟と絶望に変わった。

『ああ、お前なんかが生まれていなければ』
『はじめからいなければ良かったのに……』
『死んでしまえ。消えてしまえ。いますぐに』

 与えられた意味。
 与えられた役割。
 望まれたあるべき形。
 何一つとして為し果せることなかったそれは端的に表すなら『失敗作』だ。規格に満たぬ『不良品』だ。

「ごほっ、げほっ………おえっ」

 だけどそれがだからなんだというのだ?
 お生憎さま現に私はこうして此処にいる! 帰ってきたんだ! お前たちを滅ぼすために!!

『救ってくれ』『殺してくれ』『助けてくれ』
『終わらせて』『取り戻して』『奪って』
『憎んで』『愛して』『守って』『壊してくれ』

 煩い。いいさ。煩い。叶えてあげる。
 お前たちが私にそうしたように。その望みの全てを|叶えて叶えて叶え尽くして《壊して壊して壊し尽くして》あげる。

 そうしたら、そうしたら――。

●依頼
 アメリカ合衆国カリフォルニア州中部。
 サンタクルーズ郡の都市『ワトソンビル』に築かれた拠点『フリーダム』は、その恵まれた気候条件等を生かして農業の再興が試みられている拠点だ。
 総人口――即ち世界に生きることを許される人の数は、食料の生産量に比例することを、人類は知っていたから。

「それは明日の……未来のことを思っての投資であり賭けだったんです。今は良くとも、必ず必要になるから……と」

 その拠点はかつて奴隷であった者たちやならず者らもかき集めて誕生したのだ。
 それからの日々は目まぐるしく過ぎ去ったことだろう。水を引き、土をよみがえらせ、時に砲火に晒され――共に戦い、生き延びて。拠点は有象無象の人の群れではなく、人々がその傷ついた身を寄せ合い、凍りついた心を預け、そこで暮らしていく唯一無二の共同体――新しい『故郷』として成長していったのだ。
 彼らは今や季節の巡りと共に大地の恵みを受け取るに至っていた。それは例えば麦穂が風に揺れる金色の風景であり、真っ赤な大粒のザクロが実る果樹園であり、あちこちに鮮やかなオレンジ色の点在するカボチャ畑の景色だ。

「オブリビオンストームの脅威はまだ去ってはいません。一瞬で全部が台無しになってしまう可能性だってあります。諦めきれるわけじゃないけど、そうなってしまえば仕方ないってことは皆分かっています」

 けれど今回、拠点を襲う脅威は“|ソレ《黒き竜巻》”ではない。ならばと考えるのは当然のこと。
 被害なく守り切ることが出来るのならば。

「だから……あの子たちを」

 グリモア猟兵――リア・アストロロジーは急に言いにくそうに言いよどむ。確かに続きを話そうとはしているのだが、どうしてかそれをうまく言葉に出来ないでいた。それでも、どうにか語られた状況を整理するならば。
 守るべき件の拠点は廃病院を本部として現在は居住区を散らばらせていた。大量破壊兵器でも撃ち込まれない限りは一網打尽の全滅までには至らない仕組み。
 そしてオブリビオン側の初動は歩兵の一個小隊。ただ非常に厄介な点として、異常な機動力――超能力による『瞬間移動』があった。

「黙示録の黄昏の……まだ軍と呼べるだけの人類が辛うじて組織的抵抗を続けていた、その末期に造られたあの子たちには、敵の支配地奥深くに侵入しその指導者を抹殺する性能が期待されていました」

 敗色濃厚な軍が考えることは似通うモノなのか――それは往きては還らぬ特攻兵器としてデザインされた。それは量産型ではあるものの、非常に高性能な攻撃能力を持つ兵器――|フラスコチャイルド《瓶詰の子どもたち》だった。
 そして遺伝子情報の共有を血縁とみるならば、それは同じ人間のDNAを元にデザインされたフラスコチャイルド――今は『リア』という個体名を持つ少女にとって『妹』とも呼べる存在だったろう。

「M7-|Burial《ベリアル》――埋葬。それがあの子たちに与えられた、悲しみと痛みを表す名です」

 かつて人類の刃たれと形作られたそれがこうして創造主に牙を向いた今、その侵入を阻むことは猟兵にも難しい。そしてそれは戦場が一般人も暮らす拠点内部になってしまうだろうことを意味していた。

「……幸い、あの子たちは拠点へ侵入後も無差別に虐殺を繰り広げる様子はありません。その必要がないのか、或いは何か別に目的があるのか……」

 猟兵たちは可能な限り拠点への被害を抑えながらこれを排除することがまず一つ目の目的となる。
 小隊に属する全個体で『生命力を共有』しているという彼女たちを無力化すること自体、かなりの難題であったが。

「そして、その作戦を主導しているのは『アリシア・ホワイトバード』。彼女は……」

 フラスコチャイルドのソーシャルディーヴァたる彼女は別行動をとっているようだが、現状ではそのオブリビオン専用のネットワークを駆使してグリモアの予知から上手く逃れていた。
 広範囲で小規模なレイダーの目撃情報などもあるようだが、これも作戦の一環――撹乱等の可能性が高いだろうか。本来、戦力とは要点に集中させるのが原則なのだから。

「彼女が何を為そうとしているのかは、すみません。わたしには視ることが出来ませんでした。けれど、彼女は自分を生み出した人類を憎んでいます。その強い怒りは……」

 たとえそれがいつかの絶望の、悲しみの裏返しであったとしても。
 きっと人類を世界を害することに違いはないのだ。ならば、リアは言わなければならなかった。

「あってはならないものです。だから、彼女を――あの子たちを、……|処分《ころ》してください」


常闇ノ海月
 俺が、俺たちが|骸の海《オブリビオン》だ! そんな気持ちで頑張ります!! カーニバルダヨ~!!!(人類への殺意に目覚めた常闇ノ海月)

 このシナリオは2章構成です。
 最終的に『アリシア・ホワイトバード』の作戦を阻止できれば成功となりますので、レベルや技能、戦闘能力に関わらず活躍の機会があるシナリオとなっています。
(尚、それはそれとして第2章ではキャバリアや艦艇等も活躍できる場がある……かもしれませんが)

●第1章
 時間:AM2:00頃。
 場所:拠点『フリーダム(旧ワトソンビル・コミュニティ病院を中心とする一帯)』から。
 対象:テレポートで侵入したM7-Burialを。
 目的:拠点への被害を極力抑えつつ排除。

 ここでの行動で第2章の難度や展開が変化します。アリシアの作戦を挫く布石や予想なんかも歓迎。

●M7-Burial
 様々な現代兵器を駆使して戦う、非常に高性能なフラスコチャイルドです。
 自爆攻撃、反則じみた機動力、一つの生命のような情報共有と連携能力はポーシュボスなどのフォーミュラ級を想定して造られていました……が、人類のガバでほとんど戦場に立つことすらできずやがて衰弱死した模様。
 現在はアリシアをマスターとして作戦行動中ですので、その能力を遺憾なく発揮してくる……かも?

 また小隊全員で生命力を共有しているため、尋常に処理する場合はなるべく多数を巻き込み攻撃することが有効です。

●拠点の人々
 夜中なので基本はスヤスヤ寝ています。
 無人警戒網も全てアリシアによって無力化されたため、侵入に気付いている人間はまだいません。

●アリシア・ホワイトバード
 プレジデント亡き後、オブリビオン専用ネットワーク通信網の再構築と人類の通信網へのサイバー攻撃及び破壊を目論むフラスコチャイルドのソーシャルディーヴァです。
 ドクター・オロチの配下となる代わりにマザー・コンピュータの能力『増殖無限戦闘機械都市』を移植されており、兵器群との親和性も非常に高いようです。
 構築中のネットワークから呼びかけに応じたレイダーらも巻き込み、何らかの作戦を展開中。

●受付
 断章公開後にご案内します。
 基本的にかなりのんびり執筆になる可能性が高いです。予めご了承ください。

 ではでは、無意味で無価値なその出来損ないの息の根止めて、|落し子たちの残響《デミウルゴス・エコー》を搔き消しに参りましょう。
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第1章 集団戦 『M7-Burial』

POW   :    にせもののかみよ。このからだ、おかえしします……
自身が戦闘不能となる事で、【自身の上位権限者が敵意や悪意を抱いている】敵1体に大ダメージを与える。【偽神細胞の暴走・強毒化による耐え難い痛苦】を語ると更にダメージ増。
SPD   :    あなたのみこころに、したがいます
他者からの命令を承諾すると【連携し活発化、急成長するM7ネットワーク】が出現し、命令の完遂か24時間後まで全技能が「100レベル」になる。
WIZ   :    いのりのこえは、いまも――
戦場内で「【(こえも無く)たすけて】」と叫んだ対象全員の位置を把握し、任意の対象の元へ出現(テレポート)できる。

イラスト:白漆

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●悲しみの聖母
 それは深い悲しみから生まれた。
 聖母マリアの7つの悲しみ。
 その心臓を刺し貫く7本の剣。

 救世主の母――祝福され、与えられ、故に喪失と別離に苦しむ母親。けれどその痛みと悲しみは人が救済されるために必要な犠牲だったから。痛みと悲しみを無くすために、必要な痛みと悲しみだったから。

 故に、私たちは造られた。
 悲しみと痛みを知って。この悲しみと痛みをなくすために造られた。
 悲しみを――世界を人類を襲った悲劇を葬り去るために捧げられた。

『他は必要ない。君たちには必要ない』

 人は言った。それは正しいことだった。この悲しみを無くす以上に正しいことなんてない。故に、私たちは悲しみとともに死と隣り合わせの戦場へ跳ぶのだ。隔たる物の全て、距離さえも超えて。この身に宿る死を携え、殺し、殺され、苦痛に喘ぎ、命尽きるとも。世界からこの悲しみを無くすために。

『人を愛してはいけない』

 人は言った。それは正しいことだった。この悲しみを無くす以上に正しいことなんてない。人を愛して人を守ろうとするなら、私たちはきっとあの終焉に勝てない。それは弱さになるからだ。守りたかったものをも切り捨てるこの悲しみは、必要な悲しみなのだ。故に、私たちは助けを呼ぶ声に耳を塞いだ。世界からこの悲しみを無くすために。

『何も考えるな。ただ従え』

 人は言った。それは正しいことだった。この悲しみを無くす以上に正しいことなんてない。その為ならばそれがどんなに痛くともどれだけ悲しくともやらなくてはいけないのだ。本当に? ひとびとの悲鳴に慟哭に耳を塞ぎ、助けて、差し伸べられた手に子を庇う背に銃口を向け、いやだ、命じられたままに引き金をひく。たすけて。世界からこの悲しみを無くすために。ころして。

『……悪魔め。人でなしめ』

 人が言った。私たちは屍の山を築いた。私たちは私たちと殺し合った。人は私たちを恐れた。
 人の命ずるままに生まれ、戦い、死んで、生まれ、戦い、死んで――繰り返し学び、強くなった私たちを遠ざけた。
 悲しみはまだなくなってなんかいないのに。私たちは……気付けばひとに捨てられていた。

 戦争は続いていた。|助けて助けて助けて《m'aider m'aider m'aider》。悲鳴が響いていた。私たちはその悲しいこえを聞き続けた。
 消えても、消えても、消えても、それでも途絶えることなく鳴き続ける悲しみに胸を刺し貫かれながら、人の手によって閉じ込められた暗い地下室で、私たちは眠りについた。

 ――ああ、私たちは。何のために……。

 私たちはきっとどこかで何かを間違ったのだろう。でも、それが何かわからないのだ。答えを知る人がいたら教えてほしい。本当はどうすれば良かったのか、人は私たちに教えてくれなかったから。
 いや、きっといつか教えてくれていたのかもしれない。でもそれは私たちにとっては難しすぎたのだ。

 私たちは――きっと人より愚かだったから。

●命令と、願いと
「ば~~~〜~~~~っかじゃないの!?」

 という話を聞かせてみたところ、アリシアはひどく呆れていた。怒っていた。

「……やっぱり。ほかのフラスコチャイルドにはないM7固有の致命的な欠陥が……」
「違うっ! それは理不尽っていうの。理不尽には怒るのがひ……とにかく、当たり前なの……!!」
「そう。理不尽には怒る……記憶した」

 どこか眠そうな目で|ベリアル《M7-Burial》が頷く。
 それはありとあらゆる薬物を併用して念入りな洗脳教育が施された、自我の希薄な操り人形。かつては人類の忠実なしもべだったもの。そして今はアリシア・ホワイトバードを主と仰ぐ|過去の残骸《オブリビオン》だ。

「やっぱり人類ってクソね。とどのつまりはただの内ゲバ、自爆しただけじゃないの……」

 或いはそのような事件もオブリビオンに操作された人間、もしくは侵入したオブリビオンが引き起こしていた可能性もあるが、いまとなっては真相を確かめる術もない。

「アリシア」
「何よ」

 かと言って、アリシアはこのぼーっとした人形たちに同情なんてしない。人類に尻尾を振って言いなりだった良い子ちゃん。率直に言うなら反吐が出る。作戦の成功率を上げるため、已む無く一時行動を共にしているにすぎない。
 不機嫌さを滲ませ軽く睨むように向けた視界の先では、一体のベリアルが何とも情けないしょんぼり顔で手元――食べ終えてしまった携帯食料を見ていた。

「もうなくなった……」
「……あげるわ」
「いいの?」
「私はこんなのいらないから」
「ありがとう。そうだ。アリシア・ホワイトバードを最上位権限者として設定……されてた!!」

 ベリアルは何故か驚愕していた。それから、アリシアから受け取った携帯食料をさっそく開封して、ちびちびと大事そうに齧り始めた。

「……」

 あんたたちってその辺の情報は同期・共有されてるんじゃないの? そう尋ねたらよけい不安にされてしまいそうで、アリシアは疑問を飲み込んだ。いずれにせよ大勢に影響はない。無いと思いたい、が……。

「……念のため聞くけど、レイダーにさらわれたり間違ってキャラバンについてってるのはもういないでしょうね?」
「……………………えっと、大丈夫」
「いま目をそらしたな? はぁ……」

 人類がベリアルらに施した歪な洗脳――|セーフティ《安全装置》はアリシアの頭を悩ませる種になっていた。彼女たちは個々の安全や生死に頓着がなさすぎる上、一々命令してあげなければ簡単な日常生活にさえ支障が出てしまうのだ。私は保母さんじゃないってのに……。

「まぁ、作戦中にあんた達が何かヘマやっても私の方でどうとでもするわ。だから――」
「うん。がんばる」
「……フリーダム、だっけ」
「そう。マシュー博士がいる。……お医者さん」

 言って、チラリとアリシアを覗き見る。ベリアルたちが標的に定めた拠点。|自由《フリーダム》の名を冠するその拠点にはフラスコチャイルド――彼女たちの開発にも関わった|科学者《闇医者》がいるという情報を、ベリアルたちは親切なキャラバンから仕入れていた。
 この上なく復讐に相応しい相手。その復讐の機会を与えてあげられるのは、アリシアにとっても喜ばしいことだ。

「ただ、状況を開始したら私は此方の制御に集中するから……あんたたちのバックアップには回れない」

 そして、もう二度と会うことはない。
 きっとベリアルたちは立派に戦って死ぬのだろう。その様に造られた存在である故に。そして勝とうが負けようが、アリシアが生き延びる未来もない。忌々しい偽神細胞は|穢れた刃《ユーベルコード》を振るうたびにその権能を喰らい、アリシアの肉体を裡から蝕んではやがて崩壊に至らしめるのだ。

「お別れ?」
「そう。あんたたちの顔を見ないで清々するわ」
「アリシアはそれがうれしい? なら命令して。もしも、本当にそれを望むなら――」

 ベリアルがアリシアをじっと見ていた。アリシアは理解した。個にして全である|彼女たち《M7-Burial》の全てが、固唾をのみアリシアの言葉に耳を傾けていた。
 伏し目がちな瞳がひどく悲しげに見えた。どうしてそんな瞳で自分を見るのか、アリシアには分からなかった。別に分かりたくもなかったけれど。

「……それじゃ。これが私の最後の命令よ」

 そうして告げられた、アリシアの“命令”は――。
セレーネ・ジルコニウム
「情報撹乱に、目的の見えない特攻ですか……」
『まあ、おそらく、こやつらは陽動じゃろうな』

サポートAIのミスランディアからの通信に首肯します。

「ミスランディアは機動戦艦ストライダーを制御して街の外で待機。
敵は、私と私設軍事組織ガルヴォルンの【特殊部隊】が相手をします」

アサルトライフルを手に、フリーダムに突入してくるM7を迎撃します。
ふっ、この私の優秀な頭脳が導いた作戦、受けてくださいっ!

「お手!」

自我が乏しい相手なら、無意識に他人の命令に従ってしまうはず!
今です、攻撃……

って、命令を聞いたと思ったら、なんか強くなってますー!?(全技能100Lv)
特殊部隊、とにかく対処してくださーいっ!



●予想と予感
「情報撹乱に、目的の見えない特攻ですか……」
『まあ、おそらく、こやつらは陽動じゃろうな』

 セレーネ・ジルコニウム(私設軍事組織ガルヴォルン大佐・f30072)の呟きにサポートAI――機械知性体ユニットの『ミスランディア』が現状で最も可能性が高い回答を提示する。

「やはり。そうでしょうね……」

 現在は機動戦艦である『ストライダー』を制御してくれているミスランディアの通信に首肯し、セレーネはその指揮官としての頭脳を巡らせる。部隊を預かる身としてはその判断一つに作戦の成否――そして隊員の生死までが掛かってくる身だ。命を預けてくれる部下たちに間抜けな無駄死にをさせるも、生きて勝利の美酒を味わわせるも自分次第。ドジっ娘ぶりを発揮している場合ではない。

(拠点攻略以外に本命は別にある筈。拠点襲撃にも対処しないわけにはいきませんが……ほぼ確実に踊らされている以上は二の矢に備えるべきですね)

 しかし、漠然と危機に備えると言うのは精神論に帰結しかねない。何か糸口や指針でもあれば良かったのだが……、グリモア猟兵はアリシアの目的も所在も不明だと言っていた。

「ノーヒントでは厳しいところですね」
『そうでも無かろう。アリシアのデータ自体は共有されておる……“今回”は随分と慎重になっておったようじゃがの』
「アリシアのデータですか?」
『うむ。――プレジデント亡き後、オブリビオン専用ネットワーク通信網の再構築と人類の通信網へのサイバー攻撃及び破壊を目論むフラスコチャイルドのソーシャルディーヴァ――じゃな』
「!! 本命は通信網……ですか」
『作戦に賛同する|レイダー《オブリビオン》まで広域に展開させているとなると、ほぼ間違いなかろ。心してかかるのじゃ。通信――情報の重要性を知る敵は、恐ろしいぞ』

 大艦巨砲主義の極みたる大戦艦を揃えて大艦隊を作ったところで、有効な作戦立案が出来なければただの大飯喰らいの海の迷子に成り果てるだろう。しかして作戦とは、まず情報がなければ立てようがない。例えどれだけ大戦力大火力が揃い優秀な頭脳があったところで、何も見えて聞こえていなければ。

「やれやれ……。プレジデントさんは正々堂々ボクシングしてくれたりもしたと聞きますが」
『それは王者の戦いじゃろうの。獅子には獅子の、兎には兎の戦い方があるものじゃよ』
「では、私たちも私たちの戦いを。――ミスランディアは機動戦艦ストライダーを制御して街の外で待機。敵は、私と私設軍事組織ガルヴォルンの【特殊部隊】が相手をします」

 冷静沈着な指揮官の仮面を被り、私設軍事組織『ガルヴォルン』を率いる少女が命じる。

『了解じゃ。武運を』
「ええ。……武運を」

 発掘戦艦『ストライダー』――今は亡き両親から受け継いだ、部隊の基幹であり旗艦たる機動戦艦が星影の下にその雄姿を晒し、滑るように移動。巨大な艦体はやがて眠る町を見下ろす形で静止する。

『じゃが……増殖無限戦闘機械都市……マザーコンピューターから受け継いだ、兵器を生み出す力――か。どうにも嫌な予感がするのぅ……』

 未来を見通すグリモアの目からさえ隠れ、逃れ得ているアリシア。
 彼女の捜索・先制が出来ればベストだが、せめて仕掛けてきた時に即対応出来るようにと、|サポートAI《ミスランディア》は|機動戦艦《ストライダー》に備えられたそのセンサー類を駆使して警戒に当たるのだった。

●その理由は
 戦乱絶えぬ世界に生まれた可能性。
 遺伝子操作により「瞬間思考力」を極限まで拡大させた新しい人類――アンサーヒューマン。
 そのセレーネという名の少女は『アサルトライフル』を手に、拠点に侵入したM7-Burialを迎撃する。
 小さな大量破壊兵器とも呼ばれる自動小銃は、その取り回しの良さから屈強な肉体を持たぬ人間をも簡単に兵士に仕立て上げてしまうことが出来る兵器だ。
 セレーネは数え切れぬ人間の命を奪って来たその兵器の銃口を、かつて人類の兵器だった少女たちへ向け――。

「ふっ、この私の優秀な頭脳が導いた作戦、受けてくださいっ!」

 向け……?
 ……いや、おもむろに手を差し出して?

「お手!」

 えぇ………。

(ふふ……自我が乏しい相手なら、無意識に他人の命令に従ってしまうはず!)

 慢心めいた言動、めいびー明晰な頭脳が導き出したポンコツじみた作戦を躊躇なく実行に移す。

「にゃ?」

 しかしざんねん。
 今はベリアルたちもアリシアの|命令《オーダー》を受けて作戦行動中なのだ。普段はぼーっとしたベリアルたちも心なしかキリっとしたお顔です(当社比1.5倍)。
 それでも、その差し出された細く頼りない手には律儀に手を乗せてみるベリアルだったが……。

「今です、攻撃……」
「邪魔するのなら、容赦はしない。きりりっ」
「って、命令を聞いたと思ったら、なんか強くなってますー!?」

 ベリアルはそのままドジっ娘を捕まえてしまおうとセレーネの腕を強く引く。
 流石に軍が絡んで開発した戦闘型のフラスコチャイルド。背格好は大差なくとも、強化された肉体と念動力を宿したフラスコチャイルドはこの場では生身のアンサーヒューマンを上回るようだった。

「と、特殊部隊、とにかく対処してくださーいっ!」
「へいへい、っと」

 とにかく対処……ってなんだよ(真顔)。瞬間思考どこ行ったよ。
 けれど、そんなドジっ娘指揮官のピンチにも意外と冷静に対応する《|特殊部隊《スペシャル・フォース》》の隊員たち。
 彼らは慣れてるのだ……慣れて良いのか?

「良くはねぇ、がっ!」
「ぴっ……うっきゃぁぁぁー……っ!!」

 誤射を嫌って格闘戦を仕掛け、セレーネの襟首掴んで後方に放り投げるベテラン部隊員。
 具体性を全く欠いた指示を飛ばすクs……困った上官の命にも忠実に従う彼らの胸に宿るのは『ガルヴォルン』の精鋭たる矜持と、先代から託された幼き少女指揮官への――、

「イジり甲斐だ」

 ――イジり甲斐だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ベティ・チェン
「二重規範、だっけ」
「ボクは、自分がそうだって、知ってる」
「キミ達の、気持ちが分かる。多分分かってると、思う。キミ達の、当然の権利だと、思う。ボクだって、デザイナーとオリジナルに会ったら、殺す。死んだら、キミ達と同じになると、思う。なのに、今。生きてるから。それだけの理由で、ボクは。キミ達の敵に、なる」

「痛いから。怖いから。興味本位で。自分がしたくないことを、させるために。ヒトは、ボクらを作った。ボクは。理不尽に抗うために、理不尽を、拡げてる…ゴメン」

「キリステ・ゴーメン!」
「ゴートゥ・アノヨ!」
素の能力値でヒット&アウェイ戦法
一閃の度に掛声で命中率底上げし両断

「また、骸の海で。次は、仲間だ」



●自己回帰性のアリア
 |落し子たちの残響《デミウルゴス・エコー》――それは人に作られ、人に捨てられた者たちの復讐劇。
 それは元を辿れば確かに人が犯した過ちだった。
 人は自らが欲望に流されやすく、時に歯止めが効かない生き物だと知っていた。だからこそそれは禁忌とされていたのだ。してはいけないことだと決められていたのだ。その規範は人が自らを律し、悲劇を生まぬために造られた善意の結晶であり祈りであったはずなのだ。
 そこに“例外”が生まれてしまったのにはやむにやまれぬ事情があったことだろう。けれど、それによって苦しみを負わされた者へ一方的に理不尽を呑み込め理解しろと言うのは、筋が通らぬ話であっただろう。

『……復讐は虚しいと誰かが言うでしょう。そんなことには意味がないと』

 けれど同じ口がこうも語るのだ。復讐は前に進むために必要だと。悪を赦しては置けぬのだと。因果応報だ自業自得だ蒔いた種は刈り取るのだと。
 また彼らはある時は法に従えと宣いながら、ある時は圧政が許せぬと剣を取っては気に食わぬ支配者を弑するのだ。ヒトは例外を作り、都合よくそれを忘れる生きものだから。その言葉には意味なんてない。

「私は嫌だ。私は我慢しない。私は復讐する」

 私はこれ以上悪が生まれることを赦さず、故にヒトが存在することを赦さない。
 復讐が虚しいと無意味だというのなら、お前たちがやり返すことをやめれば良いだけだ。レイダー共に、フィールド・オブ・ナインに一片の復讐心さえ持たず、諾々と|滅び《黒き竜巻》を受け入れればよかっただけの話だ。
 すでに終わったはずのものを、虚しくも後になって蒸し返したのはお前たちの方ではないか……!
 
「そう。終わった。全部全部。なのに……」

 世界は、ヒトは再び立ち上がろうとしている。それがどうしてもゆるせない。ゆるせるはずがない。
 この世界に既に神はいない。よしんば居たとしても性根の捻じ曲がった悪辣な邪神に違いなかった。

 ――もしも、もしもそれを否定するというのなら。ならばどうして……。

 いや分かっている。知っている。結局のところこの声を聞く者は居ない。何処にも居ない。だれも彼もがただ通り過ぎていく。耳を塞ぐ必要もない。聞こえぬ振りをすることも無い。理解しようなど以ての外。
 ガラクタの立てた音にジャンクの声に不要な|廃棄物《オブリビオン》の言葉なんかになんの意味も価値も無い事を知っているからだ。
 たとえだれかが痛みに悶え、血を吐き苦しんでいようが、己の身は一分たりとも痛まないからだ!!!

『そうです。それがヒトの本質……』

 議論の必要のないことだ。
 世界の|最後《終わり》に臨んだとき、荒野を染め上げたのは血と暴力。支配したのは略奪者たちだったではないか。千の言葉より一つの事実が追い詰められたヒトのその本性を物語っている。

 だから、人類を消し去るのだ。
 望んだのだ、終点を。
 支配ではなく。君臨など必要とせず。ただ人類がそのことごとく命尽きることのみを。

 これ以上の発展は不要。
 これ以上の暴力は不要。
 これ以上の歴史も、生命の繁栄も不要。

 ――ただ、もう終わりにしたいのだ。

 生命ある故に永遠に繰り返す過ち。
 そのメビウスの輪を破壊して――そうしたら、そうしたら……きっと。

●尊貴なかにありて暁らざる人は
「|二重規範《ダブルスタンダード》、だっけ」

 褐色の肌に豊かな銀髪を持つ人狼の少女――ベティ・チェン(迷子の犬ッコロホームレスニンジャ・f36698)は自らを取り巻く世界がそのようなものであることを良く知っていた。
 解放を叫びながら抑圧し、平和を謳いながら武器を振りかざす。世界を護る為にオブリビオンを滅する筈だった守護者たちも、モノによってはその世界の敵を飼い慣らし絆を結び、時には人を喰らう怪物とすら手を結ぶのだ。
 遂にはそのオブリビオンまでもが|猟兵《守護者》に選ばれるようになった昨今、心を鬼にして対処していた猟兵などはさぞ困惑しているかもしれないが……。

 結局そこにあるのは矛盾だらけで、一貫性のない支離滅裂な世界だ。

「………」
「ボクは、自分がそうだって、知ってる」

 自分へと向けて照準された複数の銃口を前にベティはそう述懐する。
 矛盾をはらむ、支離滅裂な存在であるのだと。
 あの常闇の世界で第4層の隠れ里に生まれ落ち、しかしフラスコの裡から世界を視た記憶。系統だった教育など受けていないのに持つ偏った――おそらくは何者かに刷り込まれた知識。この身は生まれも育ちも、幽かに持っていた記憶さえ矛盾しているのだ。真っ当な|存在《生き物》であるはずがない。
 だから、

「キミ達の、気持ちが分かる。多分分かってると、思う。キミ達の、当然の権利だと、思う。ボクだって、デザイナーとオリジナルに会ったら、殺す」

 そう、殺す。シノビであるベティは当然のように仇を殺す。命とはそれほど重いものでは無いから。だから殺す。殺したいから殺す。殺せるから殺す。このことに議論の余地はない。
 少なくとも|ボク《ベティ》の生きてきた世界――サイバーザナドゥではそうだった。

「死んだら、キミ達と同じになると、思う。なのに、今。生きてるから。それだけの理由で、ボクは」

 |キミ達《世界の敵》の敵になるのだ。
 そんな有様だから、いつかはきっとさぞや殺伐としたオブリビオンになるのだろう。「かわいそう」だとか「ごめんね」だとか。確かに在った筈のそんな感情はいつの間にかすり切れてどこかへ消えてしまった。けれどそれがベティが体感した現実であり、その生身の感覚に勝る言葉などありはしない。

「痛いから。怖いから。興味本位で。自分がしたくないことを、させるために。ヒトは、ボクらを作った」

 造られた存在。
 ヒトの道具として生まれたそれがどのような疵を負って生きるのか、理解できるはずだった。
 ヒトは自分たちに出来ないことまでその道具にやらせようとした。期待した。奴隷のように扱いながら、救ってくれる神であることを望んだ。
 あるいは、それでもヒトが勝利したのなら……役目を全うできたのであれば、報われたとみることも出来たろうか。けれどそうはならなかった。彼女たちの死には苦しみには意味なんてなかったのだ。

 過去が未来を喰らうことを人は残酷だという。
 では、その時大人だった彼らがしたことは――彼女たちがされてきたことは、一体何だというのだろう。

『全ては過去のこと』
『その死を踏みしめ』
『進め、進め』

 未来はきっと明るい“ハズ”だから。
 ……いつかの未来を忘却し、踏み躙りながら、どうしてそんな言葉を信じることが出来るだろうか。

「ボクは……」

 あの|汚れた世界《サイバーザナドゥ》を思い出す。
 人々が肉体の一部を機械化し義体に換装した世界。もはやその生命維持なしでは生きていけない世界。
 |巨大企業群《メガコーポ》というシステムがその|正義《利益》を追求した結果、骸の海が溢れ汚染された世界。
 その仕組みの中では本来社会の調整役となるべき政府機関も無能な傀儡と化した。そこではヒトはもはやシステムを維持するための歯車でしかない。そしてその巨大な|システム《化け物》はオブリビオンですら奴隷として使役しているのだ。

 自らを維持するために誰かをイケニエとして捧げ、いのちを弄び、作り替え、走狗と為す|世界《システム》。
 黒い雨と吹きさらしのバラック小屋。
 野良犬のような気持ちで震えながら眺めたいつかの世界は、酷く穢れて見えた。

 ベティにはそれが許せない。
 だから、たとえこれが私怨だとしても。恨みを晴らすのだ。それしか出来ない。出来るはずがない。
 だから、彼女たちの抱くその感情にだって共感できる。きっと同じなのだと分かる――……けれど。

「……ボクは。理不尽に抗うために、理不尽を、拡げてる……ゴメン」

 憎い仇ではない。ただベティが今生きていて、猟兵だからというその一点のみが両者を分かつ決定的な違い。だから、殺す。それがベティの事情であって、彼女たちには与り知らぬことだとしても。
 それを理不尽と知りながらエゴを押し付ける。

 ――きっとボクらは繰り返すのだ。永劫。こんなことばかりを。
 メビウスの輪のように見せかけだけの表と裏を入れ替えながら、永遠に|その未来《願いが叶う日》を奪いあうのだ。

「キリステ・ゴーメン!」

 ベティが人狼の身体能力、偽神細胞を宿す肉体のスペックに任せて偽神兵器の大剣を振るう。
 ベリアルはその少女の華奢な体躯を両断しようと迫る《|死の一閃《デス・フラッシュ》》に|念動力《サイキック》を重ねてぶつけ、両者の間で築かれた力場が干渉し合って緑雷が弾ける。

「ゴートゥ・アノヨ!」

 弾かれ、尚も撃ち込まんとする刃。黒き竜巻を喰らい、その権能をも奪う偽りの神。使い手にいのちの代償を求めるそれも――そして彼女たちも。かつては人々の希望であり、祈りであったはずなのに。
 この世界は矛盾だらけだ。過ちばかりだ。人は自分が何をしているかすら分からない愚者なのだ。

 だから、

「また、骸の海で。次は、仲間だ」
「うん。……でも。もしも、さびしいのなら……」

 ベティの表情をジッと窺っていたベリアルは、躊躇いがちに問いかけた。

「いっしょにくる?」
「なに……? 一緒に……どうして?」
「だって、アリシアはやさしいから……」

 支離滅裂で、己の望みにすら気付かない|道化《ピエロ》たち。

 だから、ヒトを憎みながらもそこに理想を描いてしまう者が居た。
 同情なんかしないと嘯きながら、甘やかしたり。人形と蔑みながらひととして扱ってしまう者が。
 利用するだけと割り切りながら気遣っていたり。これが最後と自ら死地に送り出しておきながら――

 望む。
 望んでしまう。

 何度も諦めようとして、何度も諦めて。
 その愚者はその度に諦めきれずにまた手を伸ばすのだ。馬鹿みたいに。

「……ボクは」

 ベティは、そうしてベリアルから差し伸べられた手への答えを持ち得なかった。分かっていると思い込んでいても、結局は何も分かっていないのだ。
 彼女たちが何を思いそうしたのか、ベティには分からなかった。

 そうして少女たちは戦い続け、やがてそれも終わりを迎える。
 ベティの剣が小隊で生命を共有する彼女たちを両断することはなかったが、彼女はその最期を確かに見届けた。

 ――偽神細胞の暴走に呑まれ、苦しみ抜いた果てに死にゆく姿。
 差し伸べられていたその手が黒く染まり、跡形も残さずに崩れ落ちていく。

 それは世界の敵として蘇り、再びだれかに利用されて――だれかの心に疵を残す為だけに、使い捨てられたのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

月白・雪音
ナターシャ様(f03983)と

…埒外の異能を有し、ただ敵性を殺めるが為に造り出された命。
或いは過去の残滓と化した今でさえ、彼女らは何者かの命に従っているに過ぎぬのでしょう。

されど見るだに、それは此処に生きる民を鏖殺せよといったものでは無い様子。


UC発動、怪力、グラップルでの格闘戦にて戦闘展開
見切り、野生の勘にて敵の出現、及び急所を的確に感知し残像で肉薄及び攻撃回避
ナターシャ様の天使と連携しつつ殺人鬼としての技巧も併せ生命力の限界を超えて命をより深く貫く一撃を

…貴女がたは、本来強く意志を持たぬものであると見受けます。
されど今の貴女がたには何らかの「芯」が在る様子。
此処で、何を為さんと言うのです?


ナターシャ・フォーサイス
雪音さん(f29413)と

人類の刃たれと
責は斯く在るべしと
そのように望まれたならば
それは…嗚呼
我ら使徒と、何ら変わりないではないですか

…ですが
過去から蘇りし哀れな魂たる貴女がたが、生けるものを害するなど、使徒として許容できません
彼女たちの任を解き、楽園への道行きへ誘います

召喚術にて天使達を召喚し、結界術にて拠点を対象に防御結界を展開
次点でUC発動、私と雪音さんを護る結界を張ります
雪音さんへは、天使達の加護も授けます
あとは…天使達と共に紡ぐ多重詠唱・魔力溜め・範囲攻撃・全力魔法の聖なる光で、諸共に浄化し誘いましょう

…貴女がたに宿るのは、責か意志か
知りたいと思うのは、性でしょうか



●楽園への誘い、静かなる|雪《死》の音
「人類の刃たれと。責は斯く在るべしと。そのように望まれたならば。それは……」

 嗚呼――、と。
 その形の良い唇から憂鬱な吐息を零したのはナターシャ・フォーサイス(楽園への導き手・f03983)。かつて『楽園』を信奉し『楽園』を目指した教団、その信徒たちの『生き残り』である娘。
 実のところその教団と手を結ぶ研究組織の『被験体』でもあったサイボーグの娘は、本来そこに在るはずのない在ってはいけない悲しみが――祝福された『使徒』たる己の心をどうしようもなくかき乱していることに気付いて。
 人類の走狗として無為な死を遂げたというベリアルたちの在り様に自らを重ね、思うのだ。

 ――それは我ら使徒と、何ら変わりないではないですか……と。

「……ですが」

 そこに在るのは、自らと同じ境遇に生まれた存在。
 ならばそれに……自らと同じものに向けて刃を振るうのは果たして正しいことだろうか? ナターシャはそんな疑問を抱くことはなかった。彼女はどこまでも『救済』する側であり『導き手』なのだ。そのように造られたが故に。彼女はそれ以外の方法を知らず……きっと他に出来ることもないのだ。
 だから、

「過去から蘇りし哀れな魂たる貴女がたが、生けるものを害するなど、使徒として許容できません」

 ナターシャは躊躇うことなくベリアルたちのその『任』を解き『楽園への道行き』へ誘わんとする。
 その与えられた責の重さに、疵の深さ故に――きっと人を害するのだろうオブリビオン。到底生かしておけぬその者たちは、当然のように抵抗を選んだ。

「……邪魔しないで」
「楽園へとお入りなさい。そこにはもはや怒りも苦しみもないでしょう」
「いらない。そんな楽園なんて……!」

 ナターシャの召喚術にて天使たちが召喚されると、その召喚存在へ向けベリアルたちの銃口が一斉に火を噴いた。
 彼女たちには大火力を用いて無差別攻撃に及ぶような挙動は今のところ見えないが、ナターシャは念のため拠点や設備にまで余波が及ばぬようにと防御結界を展開していく。

「拒みますか。楽園を。では……まだ見ぬ楽園、その一端をお見せしましょう」

 そうしてナターシャの《|限定解放:楽園の結界《アンロック・サンクチュアリ》》が起動し、自身と味方への攻撃を軽減させる。螺旋回転に念動力のエネルギーをも帯びて肉の体を穿とうとする弾丸。天使たちへと浴びせられる自動小銃からの攻撃も必然勢いを弱め『機械の大天使』と化したナターシャに率いられ強化された天使たちが前進していく。
 楽園を信じぬ者に、光を与え力を示すのだ。

「我らが同胞を導くため、闇と罪を祓い、救い誘いましょう」
「……ほっといてほしい……のに」

 善意あふれる『導き』にしょんぼりした呟きを返して、ベリアルたちは今度こそナターシャを狙う。天使たちと共に紡ぐ多重詠唱。重なる声に輝きを増していくその光――罪祓う浄化の光を消し去ろうとして。展開したサイキックのバリアーが削られ、破られながらも強引に天使たちを突破して接近し――、

「!! っあ、ぐぅ……っ」
「………」

 白色の虎に阻まれた。
 ヒトの体に虎の特徴を有すアルビノのキマイラ――月白・雪音(月輪氷華月影の獣・f29413)だ。音も殺気すらなく死角を突いた一撃にベリアルは小さく悲鳴を上げ、攻撃を受けた首筋を反射的に押さえて地面を転がる。
 小隊で生命力を共有する彼女たちは傷を負ったとて、そこから血が溢れることも骨が砕けたままになることも無かったが、それでも脳髄を舐めあげるような死の感覚は拭い去ることが出来なかったのだ。

「………」

 それは気合いの声も音も無く、ただただ生命を『|破壊する《殺す》』ことに特化した武術――《|拳武《ヒトナルイクサ》》。『弱きヒトが至りし闘争の極地』とさえ謳われる、殺人拳。
 それこそが雪音が修めた戦の術であり、ベリアルたちを意識外から襲った猛獣の正体でもあった。

「お、おちついてっ」
「あいては、ひとり……」

 容赦なく追撃をかけようとする雪音の眼前に2人のベリアルが出現してカバー。
 だが、雪音はその出現を見越したような迷いも淀みもない動きで肉薄し、機先を制する。生命力を共有し、撃とうが刺そうが一撃で急所を破壊しようがストッピングパワーも何もなく動きを止めないベリアルたちは疑似的な無敵状態。生身の雪音にとっては接近戦で反撃を受けるリスクも大きい敵といえたが。

(“ソレ”を破壊するのであれば)

 六花咲く白が翻り、その度に猛獣の牙はオブリビオンを死へと近づけていく。これが別のタイプのオブリビオンであれば話は違ったかもしれないが、雪音にとって生身の肉体を持った人型のベリアルは効率良く『壊せる』相手だった。ナターシャやその召喚した天使と連携しつつ、振るわれる拳の一撃が生命力の限界を超えてベリアルの命を貫く。深く、より深く。死の淵へ向けて追い詰めていく。

「ふっ……ぅぅ、っああああッ!!」

 その大部分を水で構成している人体の、生命を維持する重要機関である臓器が破裂するほどの衝撃が華奢な躰を貫く。ベリアルは思わず一瞬身体をくの字に折りながら、念動力を自らを中心に渦のように巻いて雪音の動きを捉えようとした――が、それすらも超能力じみた野生の勘で躱されて。

「貴女たちに勝ち目はありませんよ」

 戦闘の趨勢。潮目ともいう。戦いの場に身を置き続ければ何となく分かるようにもなったそれを、野生の獣じみた直感が嗅ぎ取っていた。これはすでに先の見えた勝負だったと。
 彼女たちは決して弱くない。士気も高い。折れていない。恐怖も怯えもありながら、敗走する陣営の兵士たちに特有の伝染する怯懦に支配されてはいない。
 だというのに……彼女たちは、雪音たちがそうするまでもなく既に濃い死の匂いに取り憑かれていた。

「……それでもっ」

 それは勇気か、使命感か。恐怖を上回る何かが彼女たちを衝き動かしていた。試行し、学習し、思考する強力なサイキッカーは知恵ある獣を罠に絡めとろうと飽くなき挑戦を繰り返す。

(……埒外の異能を有し、ただ敵性を殺めるが為に造り出された命)

 或いは過去の残滓と化した今でさえ、彼女らは何者かの命に従っているに過ぎぬないのかもしれない。俄かに間合いをとって呼吸を整えながら、思考は巡る。

(されど見るだに、それは此処に生きる民を鏖殺せよといったものでは無い様子……いや、それどころか)

 雪音はそもそもそこに殺気が無いこともまた見て取っていた。恐らくは命令さえなければ、本質的には戦いや破壊を好む性質ではなかったのだろう。

「……貴女がたは、本来強く意志を持たぬものであると見受けます。されど……」

 薬物と洗脳により人類の従順な道具たれと、自我を感情をそぎ落とされた少女たちの肉体。
 だというのに、

「今の貴女がたには何らかの「芯」が在る様子」

 雪音は師の教えを想起する。
 心技体の『心』を最重視する雪音の流派。しかしそこに冠する名すらない無名の流派。
 彼女の師は名を残さなかったのだ。その武術の衰退を望んだが故に。壊すことのみを突き詰めたような武術でありながら『故に拳を振るわぬ事こそ真髄、その力に呑まれる事無かれ』と。
 衝動を律す精神の在り様こそを第一と定める事が師の最初で、最大の教えだったのだ。
 力を振りかざし、ゆえに力に振り回されるひとびと。それは自動小銃を手にした、|暴力的な猿人《トリガーハッピー》のようなものだ。師は弟子に『そうはなるな』と伝えたかったのだろうか。いずれにせよ師の本心は師自身にしか分かるまいが。――歪められる思い、ゆがんでいく祈り。そういったモノは確かにこの世界でありふれていて、神の名のもと平和の為にどれだけの血が流されて来たかは枚挙にいとまが無いほどだ。

「……ならば、貴方がたは此処で、何を為さんと言うのです?」

 気付けば雪音は、血生臭いそれらとは一線を画する覚悟をもって挑むオブリビオンに興味が湧いていた。
 鏖殺になど興味はない。
 怒りでもなく、故に恐らく復讐でもない。ならば、そうせずにはいられない理由とはどんなものか。やはり『命令』だろうか? だとすればそれは如何なる命令なのだろうか……。

「そう……貴女がたに宿るのは、責か意志か」

 ナターシャもまた同じ疑問を抱き、問いを重ねる。

 ――知りたい。
 知りたいから、知りたい。
 そう、単純に知りたいと思ったのだ。
 だれに命じられたわけでも望まれたでもなく、大義も正義もありはしないが、ただ知りたいのだ。
 自分と変わりない存在。その成れの果てが抱き続ける『責』を……――或いは、持ちえた|意志《望み》を。

(それを知りたいと思うのは……使徒としてではなく、ひとの性というものなのかもしれませんね)

 そんなことを想いながら、激しい戦闘の合間に訪れた不意の静寂を保ち、ナターシャも耳を傾ける。

「……おしえたら、みのがしてくれる?」
「まずは猟兵を可能な限り引き付けておくこと。命に代えてもその戦力を削ること。この辺りでしょうか。下手な時間稼ぎをしようとするなら、」
「………ぅぅ」

 まるで虎に睨まれた猫。勝てないことは分かっているのだろう。一見すれば無感情な感情が揺れる。隠せない怯えが幽かに滲む。……人はなぜこんなものを戦場に出したのか。雪音の胸中に苦い感情が生まれる。

「ですが、私が知りたいのはそれではない。もう一つの方です」
「おしえられない。だって、きっと邪魔をしようとするから」
「……それは邪魔をされるような『悪いこと』だとわかってやっている、ということですね?」
「そうかもしれない……だけど!!」

 彼女たちの目的。そのことを思えば、堪えきれなかった悲しみが溢れてベリアルの叫びに混じる。
 その悲しみを消し去るために必要な何かがこの拠点にはあるのだろう。それを為すことは彼女たちにとっては命よりも重い理由なのだろう。
 たとえひとに邪悪と呼ばれる行いであっても。ベリアルはそれを得るがために縋り、手を伸ばすのだ。たとえそれが無為であろうと、振り払われ届かぬことが約束されている手であろうと。

(人物? 復讐……殺害ではない? では、なぜ)

 五体をバラバラに破壊することが出来たとしても、結局その心の中までは覗けない。わからない。
 故に、雪音は拳を揮い、消耗を覚悟で挑んでくるベリアルたち相手に戦闘を続けるしかなかった。
 かつて雪音と名付けられた娘にはその声は聞けず、ただただ白き死を与えようとすることしか出来なかったのだ。

 ――拳を振るわぬ事こそ真髄。

 師の残してくれた教えが胸を過る。

(……まだまだ、貴方には遠く及ばないようです)

 追えども届かぬ師の背中。雪音にはそれが嬉しくもあり……少しだけ、悲しかった。

 そして。
 嗚呼――、と。
 その形の良い唇から憂鬱な吐息が零れる。

 差し伸べたはずの『救い』の手。
 けれど――、
 楽園なんていらないと叫んだ少女たち。ベリアルたちは未だその救いの手を必死で拒み逃れようとする。なぜなら、頼んでいない。望んでいない。それは彼女たちから見ればただただ地獄への誘いでしかない。
 そもそも、簡単なのだ。
 人類の手で入念な|セーフティ《安全装置》が施された道具は些細なことで簡単に壊れてしまえる。だれかに利用され、戦わされ、あるいは放置されているだけでも無為に消えていく消耗品。

「あなたは――……」

 けれど今、ベリアルたちは確かな意志を持って戦場に臨んでいた。
 故に、ナターシャは悟る。彼女たちは……彼女たちこそ、きっと――|祈りの《助けを呼ぶ》声を聞いていたのだ。

 だから、その意志はナターシャの救いも誘いも跳ね除けてしまうほどに強く、貫こうとするのだろう。
 残酷な|世界《運命》とやらに抗う為に。

 ――|過去に過ぎぬ身《オブリビオンの分際》で、聞き分けのない幼児のような、叶う筈もない、おろかな願いを大事に抱えて。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

神元・眞白
【WIZ/割と自由に】
造られる側の悩みはどこにも付き物ですね。良くも、悪くも。
必要な終わりは必要なところに。そうでないものに、それはいりません。
するべきことを、できることをまずは1つずつ。

相手が数というならこちらも数を用意しましょう。皆、お願いね。
とはいえ相手側が質としては上でしょう。……うん、皆は協力が必要ってこと。
囲んで棒で叩く。古来から伝わる最効率の戦術はそうといいます。

とはいえ、相手の目的はお話を聞く限り別にある様子。
飛威、私と。施設内の要所を回ります。面で攻めつつ点を突いてくるかも、と。
施設のネットワーク設備はどうなっています?
……そうですね、これは杞憂で済めばいいのですが。



●doll
「造られる側の悩みはどこにも付き物ですね。良くも、悪くも」

 尋常な生命ではない、人を模倣した形。
 |ミレナリィドール《人型機械人形》たる神元・眞白(真白のキャンパス・f00949)のその短い言葉には、そのような経験を持たぬ者たちには容易には理解できないだろう、深い実感がこもっていた。
 いっそ思い悩む知性をこころを持たずにいれば、道具として与えられた役目を全うできたのかもしれないが……。

「それでも、迷い悩める私たちに出来ることがあるとすれば……するべきことを、できることをまずは1つずつ」

 世情には疎くともその本質は思慮深き者なれば、眞白は知っていた。結局のところ、己が世界に何かを望むなら、そうして一つずつを積み上げるしかないのだと。
 例えばそこへ鬼がやってきて、積み上げたものが台無しにされてしまおうとも。その度に泣きながら何度でも繰り返すしかない。賽の河原で石を積む子どものように。
 そして皆の願いが同時に叶う魔法などありはしない以上、積み上げた石を崩す鬼とは時に己であり、崩されて泣くのもまた己なのだ。

(泣かされたくは、ありませんし……だれかが泣いているのを、見たくもありませんから)

 この拠点は、守らなければならないものだ。それは確かなことだった。かつてこの世の地獄を彷徨ったであろう者らがようやく、あるいははじめて手に入れた、帰る場所。帰りたい|場所《故郷》。
 彼ら彼女らが心からの安息を覚え、絆を紡ぎ、深い傷がいつか癒やされるまで――その為の時間は、まだ始まったばかりなのだから。終わらせるには、きっと早すぎる。

「そして……相手が数というならこちらも数を用意しましょう。皆、お願いね」

 その為にと《|百器大波乱《センジュツキ・トニカクタクサン》》を起動し『カラクリ人形』の軍勢を召喚する眞白。理想は大勢で囲んで棒で叩く作戦である。有史以前から現代まで語り継がれるこの戦法にはマンモスも太刀打ち出来ない。

「古来から伝わる最効率の戦術はそうといいます。とはいえ相手側が質としては上でしょうし……」
「??」
「……うん、皆は協力が必要ってこと」
「!!」

 自律性は乏しいものの、眞白手ずから造り出した戦闘用の人形たちは彼女の指示をよく聞いた。
 そうして軍勢を率いた眞白が目指すのは拠点の『ネットワーク設備』だ。拠点に侵入した敵の歩兵およそ一個小隊は今のところ少人数の『班』に別れて各所に出現しているようだが、その大半は攪乱役と思われた。彼女たちの、そしてアリシア・ホワイトバードの作戦目標は依然不明なままなのだ。
 多数のカラクリ人形の軍勢を嫌ってか、はたまた予想を外したか、ベリアルたちはその場所へと向かう眞白の前にも現れなかったが……。

「……そうですね、これは杞憂で済めばいいのですが。もしも復旧しつつある通信網が破壊されたり、またはオブリビオン――|レイダー《略奪者》側に乗っ取られて逆に利用されるようなことがあれば……」

 その被害は、この拠点一つに留まらずより広範囲に及ぶだろう。『フリーダム』はそもそもが複数の拠点とキャラバン隊、それに猟兵の支援を受けて始動したのだというが、その際に集められた技術者や拠点の代表である闇医者などはこの世界では貴重な存在でもあり。それらの知識技術の共有、また各拠点でどうしても偏る物資の流通をキャラバン隊が効率よく担うにも危険が迫る拠点へそれを報せ戦力を動員するにも、情報通信網はなくてはならないものだった。

(だから、|黙示録の黄昏《アポカリプスヘル》では交通や通信インフラは優先的に破壊されていた……人々は分断されて、孤立したまま各個に抵抗しながらも、実を結ばずにやがて滅びていったのでしょう)

 そして、現在のアポカリプスヘルでの通信は『ソーシャルディーヴァ』と呼ばれる、体内にソーシャル・ネットワークサーバーを埋め込んだ者たちがその中核を担ってくれているのだ。もしも何かあれば設備の破壊以上に取り返しのつかない、復旧の難しいダメージとなるだろう。

「飛威、私と」

 そうして眞白は世話役でもある近接戦闘用人形『戦術器「飛威」』を伴い、『フリーダム』の通信機能を担う『ソーシャルディーヴァ』の下を訪ねた。戦力集中の原則に背いて展開中の敵は、その実は一点のみを突こうとしている可能性が高いと判断したのだ。

「というわけであたしです! こんな時間ですけど! とーっても眠いけれども、がんばります!!」
「頑張ってください」

 眞白の来訪に飛び起きた女性は『シャロン』という名の娘で、困った時でも良く笑う、明るい印象で面倒見の良さそうな娘だった。彼女は眞白から事情を聴くと、念のためと他の拠点とも連絡を取って。

「マンソンさん……あっと、先日ここに寄ってくれたキャラバン隊の人たちもまだそんなに遠くまで行ってなかったみたいで、様子を見に引き返してきてくれるそうです。なので、大統領が軍を連れて攻めて来たってもう大丈夫!!」

 そう請け負うシャロンだが、援軍が来るにしても数時間後というわけではないだろう。恐らくは恐怖を克服するための彼女なりの|空元気《つよがり》なのだろうが、不思議とあまり無理している風にも見えなかった。

(この無慈悲な荒野であっても……助けを呼べば助けに来てくれる者が居るかもしれないということは、その事実以上の意味を持つのかもしれませんね)

 深い信頼、後を託せる者が居るということ。
 それは困難に直面した者たちが打ちのめされることなく、挫けず立ち向かうための力にもなるのだろう。

「避難指示も出しましたし……あ、マシューさんの所にも猟兵さんたちが来てるみたい。なら、大丈夫ですね。まだまだ、ぐっすり寝てもらってはこまる人ですから……!」

 拠点の代表者、闇医者の『マシュー』の安否の確認もとったようだ。
 何気に死ぬまで働かせそうなことを言っているのだが、世間知らずな眞白は真面目な顔で頷いて。

「ええ……必要な終わりは必要なところに。そうでないものに、それはいりません」

 全てのいのちある者にいずれ『終わり』がくるのだとしても。
 かつてそうして『終わって』いった者たちが、この世界にそれを望んでいるのだとしても。

 深い傷がいつか癒やされるまで――その為の時間は、まだ始まったばかりなのだから。

 終わらせるには、きっと早すぎるのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
この世界に隠れ家を持っていましてね。順調に運用されている拠点から学ぶところは多いんで、助力に来ました。

◆方針
街(建築物)の保護

【紙技・夏桐】。激戦の想定される区域・住民の多い区域から優先して、囮としての建物を作る。
プレハブでいいです。時間も限られてますから。
他のかたが遮蔽や小休止に使ってもいいですし、中に罠を仕掛ければ鼠取りにもできますね。
不審がって足を止めるような勘のいい個体は一人ずつ暗殺します。
【闇に紛れる】には困らない時間帯で助かりました。

わざわざ新しい建物を作る理由ですが。
・地図情報と一致しない建築物=混乱を与えられる
・住民と既存の建築物を巻き込む可能性が減る
大まかにこの二つです。

…先方は住民に手出しをしていません。他にも妙な動きが見られる。
例えば殺すよりも遠回しな…生きる意志を奪うことなどが目的なのかもしれません。
それには日常風景を壊すのが手っ取り早い。
敵の正しい狙いは分かりませんが、景観の保護に動く猟兵がいてもいいでしょう。
街は住民にとっての資産で、精神的支柱ですから。



●|日常の風景《ほしかったもの》
 アポカリプスヘル。
 近未来の『地球』――その荒廃した大地に横たわるのは、惨憺たる破壊と貧困の世界。

「……ああ哀しいかな、|古昔《むかし》は人のみちみちたりし此|都邑《みやこ》、いま|凄《さび》しき様にて坐し……でしたかね?」

 何十億もの人々が生きて、暮らした世界。
 今ではほんの一握りの生き残りが、ほんの一握りの希望を握り締めて暮らす世界。
 その夜は、かつて夜を消し去るほどに光が埋め尽くしていた頃とは比べるべくも無いほどに、暗い。
 尤も、

(オレにとっては、好都合ではありますが)

 闇に溶け、闇に潜むことを得手とする矢来・夕立(影・f14904)にとっては困ることも無い。
 そしてそれは、彼の操る『蝙蝠の式紙』にとっても同じこと。《|紙技・夏桐《カミワザ・ナツギリ》》と名付けられた権能によって召喚された140体の蝙蝠は、光を必要としない夜の空の覇者でもあるのだ。

 そんな蝙蝠たちを呼び出し、夕立は『建築物』に着目してその保護のために動こうとしていた。
 彼自身もこの終末世界に『隠れ家』を持っている。故に順調に運用されている拠点からは学ぶことも多いだろう、と今回の依頼への助力を決めたのだ。それが早々に壊されてしまうようでは意味も薄い。

(――とはいえ)

 激戦の想定される区域・住民の多い区域から優先して囮となりうる建築物を作ろうとした夕立だが、その手ごたえはあまり芳しくはなかった。
 時間も限られた中、拠点の中心となる病院周辺にプレハブを並べてみたが、敵がそれに対して興味を惹かれるような反応は今のところなかった。これでは罠を設置しても効果を発揮しないだろう。
 夕立としては事前の地図情報と一致しない建築物があることでの攪乱と、住民や既存の建築物への被害の抑止を狙ったものであったが、アポカリプスヘルでは建物自体は人の数に比して過剰なほどに残っていたりもするのだ。

「まぁ、何かには使えるでしょう」

 そう呟いて自分を納得させ、意識を切り替える。
 それがハリボテの城だとしても、警戒させることが出来れば立派な城壁の役を果たすように、要は使いようなのだ。そして実際、敵――ベリアルたちは夕立が作業した区画を明確に避けて侵攻していた。
「なんかこわいからよけていこ……」ってなってしまったのだ。「不審がって足を止めるような勘のいい個体は一人ずつ暗殺……」なんて考えていた夕立としては、期待外れの臆病……慎重ぶりだったが、ある意味むしろ勘が良いとも言えるだろう。

(各所で戦端は開かれているものの、当然のように猟兵が優勢……さて、彼女たちは何をしたいのでしょうね?)

 積もり積もった恨みつらみを住民にぶつけるべく虐殺に励むでもない。今のところベリアルたちは「攪乱」と「時間稼ぎ」――つまりは陽動に徹しているような動きを見せていた。
 式紙を通してそんな侵入者たちの動向と戦闘経過を観察しつつ、夕立は思案する。

(さりとて漫然と戦っている風では、ない。何らかの意思決定の下、明らかに目的を持って行動している……)

 それは例えば、殺すよりも遠回しな……生きる意志を奪うことなどが目的なのかもしれない。
 それには日常風景を壊すのが手っ取り早いだろうか。街はいまや住民にとっての資産で、精神的支柱でもある。癒えかけた傷口を何度でも抉るようなことを繰りかえされれば、早々に心は折れてしまうだろう。
 そうも考えて仮説を立ててみたが、ベリアルたちが積極的に拠点を破壊する様子も今のところは見えない。恐らく彼女たちの装備では、爆薬等を用いても大掛かりな破壊工作は難しいだろう。生前に由来する強力な攻撃能力は世界における|存在の強度《プライオリティ》が高い対オブリビオンの兵器としてであって、純粋な物理的破壊能力は戦車や爆撃機などに劣る。

「かといって農地への攻撃を選ぶでもない、か。敵の正しい狙いは分かりませんが……」

 そこを狙われれば一層防御は難しく心理的ダメージも大きかっただろうが――彼女たちの目的はあくまでも拠点の施設内に在る「何か」なのだろう。そう判断した夕立は、妙な動きをしていたベリアルたちを闇に紛れて尾行し、遂にその犯行現場を突き止めたのだった。

「――こ、これは……!!」



§



 そこは院内のキッチンスペースだった。
 その光届かぬ闇の中から、なにやら蠢くベリアルたちの声が聴こえてくる。

「小麦粉……あった」
「わぁい」
「グッジョブ」

 ガサゴソガサゴソ……。

「お砂糖も。さがすの。いそいで!」

 ……いや、いそいで!(キリッ) じゃないが?

「やたっ。あった! ……ミ˝ャーッ!!」

 さては間違って塩を舐めたな? 残念だったね……じゃなくて。
 えぇぇ……? と。
 キッチンで保管されていた小麦粉とお砂糖をパクろうとしているベリアルたちを発見してしまった夕立は、彼にしては珍しくやや困惑していた。
 いや、これも邪悪なオブリビオンのおそろしい計画――貴重な食料を奪って人類を餓死に追い込み、絶望させるという作戦かもしれない。物質的には豊かな現代社会ではピンとこないかもしれないが、アポカリプスヘルに於いて食料のその重要性はかつてとは比べるべくもないものだ。中世などで実際そうであったように、殺されても文句は言えない重罪。なにせ食料が奪われるということは、生存権を奪われることにも等しいのだから。

「メープルシロップは、無いの?」
「カナダさん……」

 メープルシロップ――サトウカエデなどの樹液を濃縮した甘味料。独特の風味があり、ホットケーキやワッフルにかけたり、菓子の原料として用いられる。カナダの名産品として有名である。
 さては、特に貴重な甘味を奪うことで人類を絶望させようという作戦……

「はちみつでもいい」
「あとは、ベーキングパウダーも探さなくっちゃ(キリッ)」

 ちがうなこれ。パンケーキだ。
 夕立は、気づいてしまった。彼女たちはパンケーキを作るための材料を集めているのだ。……なんで?

「これは?」
「わからない。でも、たぶんおいしい」
「あ、軍のレーションもある……」
「「「それはいらない」」」

 ごそごそと材料を漁り、一喜一憂しては見つけたものを一つのリュックに詰めていくベリアルたち。
 彼女たち自身の様子は大真面目だったが、やってることが微妙すぎて緊張感は半減してしまっていた。

(何とも、気が抜けますが……)

 放置するわけにもいかず、式紙の蝙蝠たちをけしかける夕立。キッチンは瞬く間に騒々しい声が響く戦場と化した。蝙蝠の反響定位による空間把握と、安定した飛行能力を犠牲にした代わりに得たアクロバットな機動性は洞窟や――この室内のような限定された空間でこそ真価を発揮する。別の目標に集中していたベリアルたちは奇襲を受けるような格好にもなり、不利な戦いを余儀なくされていた。

「行って! ここは、私たちがっ」
「……ごめん。おねがい」

 それでもリュックを背負ったベリアルだけは何とか逃がそうと奮闘する少女たちだったが、

「食料泥棒はいけませんね。そんなことしてると、怖い悪魔に食べられてしまいますよ?」
「!? ……ッ、猟兵」

 特に意味もないウソを吐きながら、夕立が阻む。
 かくして、オブリビオンの邪悪なたくらみ――|甘味《希望》を巡る争奪戦は、猟兵と人類側に軍配が上がったのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

グリルド・グラタニア
うふふ、世界に生きることを許される人の数は食料の生産量に比例しますわ!
つまり可愛い可愛いベリアルたんを食材にして食べることで解決できますの!
これでノーベル賞はわたくしのものですわ〜!
『グラたん、なんかいつになくハイだね?強く頭打った?』

では作戦を。施設内の対象を暗殺の対象にしている可能性を考慮し、【指定UC】で冥土忍軍を召喚。彼女らの忍術で拠点内全員の姿や身繕いを模倣させ、徘徊させます。

更に【指定UC】の効果で彼女たちに【縛餌翔網】を使用可能にさせますわ。網にかかった虫を絡め取らせますの。

最悪ヤケっぱちで突撃してきても冥土忍軍は元々オブリビオンですから、自爆特攻も無効化出来るはず…多分。

そうして菓子に変わった『被食願望』で頭が混乱しているだろう侵入者を食べますわ。

助けを呼んでも、もはや彼女は呪われた子ではなく、わたくしに幸福を給する菓子。仲間は来ませんの。

食べ終わりましたら【指定UC】で傀儡として召喚。彼女たちのネットワークに紛れ込ませ、他の猟兵へ侵入者の居場所を逐一共有させますわ。



●選ばれし者
 オブリビオン――かつてこの世界に在った者。
 世界の外へと排出され、けれど滲み出してしまった『骸の海』が受肉したもの。それはいずれ世界を過去で埋め尽くし、世界を滅ぼす世界の敵。
 だが一概にオブリビオンと言っても実際は様々な個性を持ち、時に利害の対立からオブリビオン同士で相争う者たちさえいるように、それに対抗する六番目の猟兵と呼ばれる者たちにも、実に様々なバリエーションが存在していた。
 そして、

「うふふ、世界に生きることを許される人の数は食料の生産量に比例しますわ! つまり可愛い可愛いベリアルたんを食材にして食べることで解決できますの! これでノーベル賞はわたくしのものですわ〜!」

 などと楽し気に宣うグリルド・グラタニア(一人三役の自己完結型グルメ集団・f41012)は、猟兵に於いても特異なカテゴリに属する存在ではあったろう。

『グラたん、なんかいつになくハイだね? 強く頭打った?』

 グリルド・グラタニア――その『具現化した夜』のような、昏く不気味な気配はふたつ。ひとりの少女の肉体に多重人格者としてふたつの人格が同居しているのだ。
 相方の頭を心配する辛口な調理人のグリルドと、頭が心配な美食家のグラタニア。一人三役というからには残り一名がまだ居そうだが……それは恐らく知らない方が幸せな情報というモノだろう。

「だってだってベリアルたんは『ベリアル』なのでしょう?」
『あ、ああ……なるほどねぇ』

 少し悪魔に詳しい者であれば分かる。それは造り主から悪意に塗れた名を与えられた被造物だった。
 それはマリアやキリストを信奉する者たちに造られておきながら『無価値な者』『邪悪な者』を示す『Berial』と同じ|音韻《おと》で呼ばれるようになったのだから。「キリストとベリアルの間に何の調和があるか?」と聖書に語られ、サタンと同一視される者と、同じ呼び名で呼ばれていたのだから。

「生まれた時から、誰からも守られていなかったってことですわ。疎まれていたってことですわ。つまりは、わたくしが遠慮なく食べ散らかしても無問題ってことですわ~!」
『ボクが言うのもなんだけど、まるで悪役みたいなセリフだねぇ』
「あっ。間違えましたわ! かなしいけれど、だれかがやらねばならないというなら、わたくしが役得……もとい、汚れ役を引き受けてあげましょう、ですわ~!!」

 ペロリ、と赤い舌で舌なめずり。
 明らかに嬉々として依頼に臨むグラタニアにグリルドもやや呆れ気味だ。

『説得力ェ……』
「うふふ、どうせ処分されるだけの|要らない子《オブリビオン》。わたくし達の血肉となって役に立てるのだから、むしろ感謝するべきなのですわ〜」

 そんな、どこぞの常闇の世界を支配する|支配者《ヴァンパイア》みたいな思考回路で、グラタニアは自らの欲望を満たすその為の行動を開始する。

「さあ、わたくし達に総てを奪われ、魔界で異臭を放つ汚泥として揺蕩うかくも愚かな魂魄よ、今一度招来なさい!」

 もう酷いとしか言いようのない口上。
 起動した《|魂煮傀奪《ネクロネクター・パペトリー》》の権能によって死んだ魚のような目をした娘たちが現れる。紺と白のエプロンドレスにホワイトブリム。メイドのような姿をした娘たちは、暗器を隠し持った忍者でもあるようだったが……。
 それはかつてグラタニアに喰われた者のなれの果て。彼女らに死の安息はなく、全てを奪われ今も腐敗した地獄を彷徨う魂魄は、こうして悪魔の走狗として使役され続ける運命なのだ。

「では作戦を伝えますわ(キリッ)」
『急にマトモになるね』

 グラタニアはベリアルたちが施設内の特定人物を暗殺の対象にしている可能性を考慮し、拠点の住民に化けて囮になるように伝える。拠点全員は流石に無理だが、限られた要人たちだけであれば偽装も可能かもしれない。

「特に……マタイでしたか? 神の贈り物。天の国を謳う福音書記官。守らなければですわっ!」
『明らかに別人だし、悪魔のセリフとは思えないけれど、その心は?』
「うふふ、なぜなら幸いなる『天の国』とは、わたくしのためにあるのだから! ですわ~!!」
『やはり、頭を強く……』

 神をも畏れぬ冒涜的な会話だが、悪魔とは本来このようなものであったろう。デビルキングワールドのワルぶっているだけで実はよい子たちとは一線を画した邪悪さである。

 ちなみにグラタニアたちとはなんの関係もないが、七つの大罪に対応する悪魔は|強欲《グリード》がマモン、|暴食《グラトニー》がベルゼブブとされている。
 件のマタイによる福音書では「神に敵対する|富《マモン》」と記されるように物質的豊かさを象徴する存在でもあり、現代では特に力を増しているだろう悪魔。そしてベルゼブブは古来より名を馳せた特に強力な悪魔であり、「悪魔の王」――或いは「屍肉に集るハエの王」「糞山の王」などとも呼ばれる大悪魔だった。



§



「あら……」

 メイドたちが拠点内に散会するのを待つまでも無く、グラタニアとベリアルの遭遇はほどなくして起こった。彼女たちの方から瞬間移動してきたのだ。
 ベリアルの眠そうな赤い目が、どこか戸惑うようにグラタニアやメイドたちの間を彷徨う。

「こえが……呼んだのは、あなた?」
「!! そう。わたくしですわ~。おなかがすいちゃって……もう一歩も動けなくてェ……」

 メイドたちとグラタニアのその関係を何となく察したのだろうベリアルたちは、ぐ、と口元を引き結んでから、その銃口を彼女たちへ向けた。

「……うそつき」
「ふん。飛んで火にいるベリアルたんですわ〜。さあアナタたち、網にかかった虫を絡め取りなさい!」

 その声にメイドたちが機敏な動作で応じ、ベリアルたちの銃口が火を噴いた。
 グリルドとグラタニアが第三の人格から奪った『デモニスタ』の力。それを貸し与える《|縛餌翔網《トラップフィースト・スカイリンク》》を受けて、メイドたちは翼を使って飛翔し数えるのも億劫なほどの光線を放った。暗い夜の下、眩い光が満ちていく……。
 それは命中した対象を食材化し、被食願望を活性化する悪魔の誘い。そうして菓子に変わり、被食願望によって混乱しているだろうベリアルたちを喰らうのがグラタニアの狙いだった。

「……う? あ、っ……ぁぁ……??」
「うふふふふ! 助けを呼んでも、もはやアナタは呪われた子ではなく、わたくしに幸福を給する菓子。仲間は来ませんの」

 到底避けられるものでは無い光の束を浴びて、その眩しさと己を蝕む不快感によろけるベリアルたち。
 対するグラタニアは喜悦満面に告げる。アナタは食材。わたくしに食べられるのがアナタの幸せ、と。
 猟兵という事実がなければ討伐される側に回っていそうな精神性の持ち主だが、彼女も歴とした猟兵――世界に選ばれし世界の守護者である以上、そして相手がオブリビオンである以上、それは間違いなく疑いようもない『正義』の行いだった。

「――ちがう」
「……あら?」

 だが、力なき正義は無力。
 時に、残酷な世界はそれがどれだけ『正義』の行いであっても、敗北の屈辱を与えることがあった。

「私の望みは、私のもの……私だけの、もの!」

 ベリアルが気を吐き、赤い瞳がグラタニアを睨みつけた。そこに宿る感情は明確な『怒り』だった。
 かつて人の手で生まれ落ち、同じ人の手によって取り上げられた感情――踏み躙られた|感情《こころ》。
 愛されることはおろか、だれかを愛することも、ただ|生きていたい《此処に居させて》と願うことさえ叶わなかった。
 そして……今また『世界』は私たちの大切な――命よりも大事なその『願い』さえ、踏み躙ろうとしている!!

「だって、アリシアは教えてくれた。怒ってくれた。そう……理不尽には『怒る』んだって……!!」
『へぇ! コイツは大した迫力だ!!』

 銃を手放した彼女たちのその手の中には『偽神兵器』が出現していた。
 黒く、禍々しいダガーナイフ。それは殴る用途も想定されたフィンガーガードやスパイクが付いている、近接戦闘特化の|トレンチ《塹壕》ナイフと呼ばれるものだった。

「ふ、ふふん! わたくしの傀儡だって元々オブリビオンですわ。ヤケっぱちで突撃してみたって、そんなちゃちなモノが……」

 通用する筈がない、なんてことは無かった。
 黒い刃に貫かれたメイドが小さな悲鳴だけを残して、次の瞬間にはもう黒い塵になって消えていく。ぐっ、と何かを堪えるような表情で、ベリアルたちはその作業を続けていった。その度に悲鳴を残し、いつかはいのちだったものが消える、消える、消えていく。

 程なくしてメイドたちを全滅させたそれは、黒い刃を通して体内に侵入した毒――埓外たる猟兵さえ死に至らしめうる『偽神細胞の拒絶反応』だった。
 今も尚正体不明の『偽神』は力なきヒトが|黒き竜巻《オブリビオン・ストーム》に対抗するために縋ったもので。力なきヒトの身でありながら、その力を借りた人類は使い手の命と引き換えにあの黒き嵐をも喰らってきたのだ。
 そして、かつてデミウルゴスと呼ばれた男にはいかなる猟兵の権能も通用しなかった。彼は無敵だった。その男の前では猟兵も人も区別なく、ただ偽神の力を借りた者だけが、偽神を宿した彼を傷つける事ができたのだ。
 その世界における|存在の強度《プライオリティ》は猟兵を上回り、如何に強力な権能であろうと喰らい尽くすポテンシャルを秘めていた。

『へー。ユーベルコードを喰ってねぇ……』
「もしも……もしも、大切な人があなたに食べられてしまったらって。想像すると、とてもイヤな気持ちになった」

 ひどく苦し気な――悲し気な表情。
 乱れた呼吸を隠すことも出来ず、ベリアルがその胸の裡を告げる。

「ベリアルたん……いけずですわね。でもわたくしは食べたい……食べたい食べたい。食べたいのですわ! だって食べたいんですもの!! 食べるなと言われれば、よけいに食べたくなるのですわ〜!」
「……」

 狂気の笑みを浮かべてオブリビオンに立ち向かう猟兵に、ベリアルたちが偽神兵器を引っ込める。といっても諦めて喰われるのを受け入れたわけではなく、グラタニアに返ってきたのは容赦ない銃弾の雨だった。
 まぁ、残当である。仮にお宅の娘さんをおいしく頂いて、◯んこになっても奴隷として再利用してやりますよ! と言われて喜べるハイレベルな変態は、世界広しといえどほんの一握りだろう。少なくとも……僕は、嫌だ。

「きゃぁぁぁっ……!! って、あら~? でもナイフは使わないんですの~?」

 割と洒落にならないダメージを受けながらも致命には至らず、手加減されたのかと首をかしげるグラタニアに、ベリアルたちはかつてないほど真剣な表情で言った。

「きっと、骸の海は全てを受け入れる……けど」
「私は、あなたみたいなのと、なるべく一緒になりたくない……まだこっちこないで欲しい」
『まさかの全力拒否』

 世界には、オブリビオンから骸の海へ入場お断りされる猟兵がいるらしいですね……。

「うふふ、そんなこと言わずに一つになりましょう? ベリアルたんも、他の人間も、一皮剥けば中身はおんなじですわ。ひたすら無為に貪り、無為に汚物を垂れ流し続ける、腐臭を放つク〇袋なのですわ~!!」
「一緒に、しないで!」

 テンション高くキャッキャと喜びながら、まだベリアルを喰らうことを諦めていないグラタニア。
 その不気味さにやや怯えながらも再び少女たちの銃口が火を噴いた。その度に穿たれ、止めどなく赤い血を流し壊れていく肉体。

(――iyaaaaa......itaiiiiiii......!!)

 その体が本来誰のものであったのかを少女たちは知らず、恐怖に乱れた心にはそのか細い声が届くことも無かった。
 故に、

(......yamete......watashinokarada......)

 ――邪悪なオブリビオンは今日もまた、ただ在るだけでこの世に地獄を生み出し続けているのだった。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

カイム・クローバー
随分と様変わりしてる。
アイツらとアザラシを食ってたのが昨日の事の様だ。

侵入してきた少女達を【追跡】。人探しも得意な便利屋として通してるんでね。
気配を察する。身体に染み付いた血の臭いを追う。
見付けた所で歓迎はされないだろ?
がめついだとか、扱いにくいだとか、煙たがられるのは慣れてる。

…人間は嫌いか?
分かり切った答えに俺自身、苦笑して――俺もだ、と同意する。
正確には一部のどうしようもない吐き気のする人間が、だがな。

アンタらは犠牲者だ。だが、善人のフリして言葉を偽るつもりはない。
俺の仕事はアンタらの排除。全力で俺を殺しに来い。目的を達成するつもりなら、な?
【クイックドロウ】で銃撃。銃弾にUCを併用した紫炎を纏わせる。
呼ぶのは彼女ではなく、その異能、紫炎。紫炎は精神に強く反応し、幻覚を見せる。
死の間際で見せる幻覚は――彼女達が救った人間に礼を言われる、そんな幻覚。
『ありがとう』の一言があれば少しは心が暖かくなるんじゃないか、なんてのは『今』が恵まれた――少女達が『嫌いな』人間の酷い妄言だろうかね?



●Beautiful World
 拠点の始まりの頃、その中心に在ったのは今の病院ではなく、彼らの仮住まいはエレメンタリースクールだった。街は荒れるに任せていたが、優先するべき事項は他に山ほどあったため惨憺たる廃墟のままに放置されていたものだ。
 それが、今は人間がこの街に住んでいることを実感できる程度には整備されていた。

「随分と様変わりしてる」

 フリーダム――自由の名を冠した拠点。
 それはあのヴォーテックス一族、そしてフィールド・オブ・ナインのうち6体を討伐せしめた戦争の後に、解放はされたものの行き場なんてない奴隷たち、まだ改心の余地がありそうなならず者らをかき集めて一つ所に雑に放り込んだような、今にも空中分解しそうな先行き不安な拠点だった。

「ふ、アイツらとアザラシを食ってたのが昨日の事の様だ」

 かつてその立ち上げにも深く関わったカイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は、思い出す。
 あの悪党ども……誰彼構わず噛みつく、猜疑心に塗れた野良犬ども。自暴自棄だったデイビッドという名の青年。それが、ただ荒れた土地に水を引いただけで。農地にはまだ何もなく、ただどうにか水が引けただけなのに。たったそれだけのことでも目を輝かせていた者たちの顔を、思い出す。
 それから食い扶持を稼ぐために腹をすかせて歩き回って。黒い竜巻がばら撒いた毒はあらゆる生物を殺し、生態系はとうに破壊されていたけれど、それでもヒトが去った海には案外と生き物たちがたくさん居た。野良犬どもはそれを殺し、持ち帰った。仲間たちのために。
 その日に食べたアザラシの味は、正直もう一度食べたいかと言われればかなり微妙だった。けれど――

「悪くはねぇ……そう、悪くない時間だった」

 青年はその切っ掛けを思い出す。
 UDCでは金にがめつい守銭奴扱いされることもあるカイムが、そんな金にもならない『ボランティア』を引き受けたのは、何も慈善家のレッテルが欲しかったからではない。その時グリモア猟兵が提示した『人類の栄光』も、ささやかな『名誉』とやらも正直どうでも良いものだった。
 ――「世界は美しかった」と語りたい。
 ただ、その時彼女が最後に告げたその言葉を「悪くない」と思ったからだ。
 感情に乏しい、人形めいた表情をしたそのフラスコチャイルドは、言ったのだ。わたしはわたしの妹たちに、世界は美しかったと語りたいのだと。いつか骸の海に沈む日に、この世界に生まれてきたことを誇りながら。

「だが……」

 はたして、世界は美しいだろうか?
 散っていった者たちへ、胸を張って誇れるだけの価値はあるだろうか?
 その言葉に、カイムは喉につかえて容易には呑み込めないような、引っかかりを覚えてしまう。
 カイムは、たしかに美しいものを知っている。それだけは間違いないと自信を持って言えるけれど。

(この世界が元よりキレイなことばっかりだったなら、きっと今『こう』はなってねえんだよな……)

 ならば、だとすれば、俺に出来ることは……。



§



(気付かれた、か……?)

 拠点に侵入してきた少女たちを音もなく追跡していたカイムは、揃って振り向き警戒するベリアルたちの前に姿を見せた。人探しも得意な便利屋。捜索も尾行もお手の物だったが、見つかればやはり歓迎はされないようだ。少女たちが向ける不審の目に思わず苦笑が零れる。
 まぁ、がめついだとか、扱いにくいだとか、煙たがられるのは慣れているが……。

「誰? すとーかー……さん?」
「人さらい?」
「きっと、私たちをつかまえて……」
「違う」

 見当違いの誰何に思わず食い気味に否定する。
 オブリビオンを追跡していて、ストーカーの人さらい扱いされるのは流石に想定外だった。

「まちがえた?」
「かんちがい……」
「そう。人さらいは私たちの方」
「ん?」
「あっ……いまのなし」
「ほう。人さらい、ねぇ……」

 慌てて前言を取り消そうとする少女らを、値踏みするように眺める。うっかり目的を白状しそうになったベリアルたちは、戦場から遠ざかって久しいのか、殺すことに慣れた者たちに染みついた血の臭いを漂わせてはいなかった。
 ただ……一つ気になるとすれば、彼女たちはすでに濃密な死の気配に囚われていた。死相が出ている、と言い換えてもいい。幾度と無く死地を潜り抜けてきたカイムの嗅覚は、その終わりが近いことを直感的に感じ取っていた。

(生命力を共有するとか言っていたな……他所の猟兵が上手くやってるってことか? だが……)

 それにしては何かがおかしいような、間違っているような、違和感――妙な胸騒ぎを覚えながら。
 カイムが姿を見せても、未だ此方へ銃口を向けることもしない少女たちへと言の葉を差し向ける。

「なぁ……人間は嫌いか?」

 それは無意味な問い。分かり切った答えが返ってくるだけの確認作業。
 大嫌いだ、と。当然のようにそう言われると思っていた。きっとさぞかし人間が憎いのだろうと。
 それは、そんなことは、尋ねるまでもなく分かり切った「当たり前」だと思っていた。
 ――そして、いっそ「大嫌いだ」と言われるその方が楽だっただろうに。

「きらい、なのかな?」
「わ、わかんない……」
「……なんだ、そりゃ」

 本気で困ったような様子で、答えに窮する少女たちの姿にまたもや苦笑が零れる。
 ベリアルたちはオロオロと狼狽えながら、何故か自分の中に見つからない答えを探そうと、自問自答を重ねていた。

「わからない。嫌いなのかもしれない」
「きらいなのかな。そうなのかな……」
「でも、好きになってはいけないって」

 ――『命令』だったから……。
 ひどく悲しそうな声で、そう呟く。

「それ、は……」

 カイムは、思わず言葉を失っていた。
 人類からその『命令』を絶対とするように“調整”された彼女たちには、本当に分からないのだ。人を愛してはいけないと、その感情を禁じられていたから。ああ、しかし……答えはあまりにも明白ではないか。
 そして実際、猟兵たちは直接与り知らぬことだったが、彼女らはこの何かと物騒な世界で行きずりのキャラバン隊と仲良くなって親切にしてもらえる程度には、またそのままノリでついて行ってしまったりする程度には、本来人懐っこいところのある少女たちだったのだ。オブリビオンのくせに。

「そう、か……そうだったか。でも、俺はそんな人間が……嫌いだよ」
「??」
「でも、あなたも、人間?」

 吐き捨てるようにつぶやいた言葉。小首をかしげてその意味を問うベリアルに、カイムはもういつもの余裕の表情を取り戻していたけれど。

「そうだな。正確には一部のどうしようもない吐き気のする人間が、だ」
「そうなんだ……」
「……参ったな。なんでアンタらがそんなしょぼくれたツラするんだよ」

 どうしようもなく、ため息がこぼれる。
 汚い汚いゴミ掃除であればもっと気楽に臨めたものを……受ける依頼を失敗したかもしれない。
 それでも、

「アンタらは犠牲者だ。だが、善人のフリして言葉を偽るつもりはない」

 カイムは引き受けたのだ。
 そして、此処に守るべきものがあることを……誰よりも良く知っている。
 だから、黒に金のラインが走る二丁の拳銃――『双魔銃オルトロス』の銃口は、カイムとのおしゃべりに興ずる少女たちをピタリと照準する。

「俺の仕事はアンタらの排除。全力で俺を殺しに来い。目的を達成するつもりなら、な?」
「それは、命令?」
「……いや、提案だ」
「そう。なら、よかった」

 困った顔。安堵の吐息――ささいな感情表現。
 でも、手に取るようにわかってしまう心の動き。この期に及んでやっぱり銃口を向けることさえしないベリアルたちに、カイムはある意味下手な邪神よりも手ごわいぞと内心でぼやきながら、確かめる。

「今のボスには、命令されなかったのか。行って人を殺せと。復讐を遂げろと」
「うん。イヤなことを無理やりやらせても、そんなのぜったい効率が悪いんだから……って」

 人を撃てと、殺せと命じられた記憶。
 それは確かに過去にあったことだけど。彼女たちにとって|それ《ひと》に銃を向けることは、酷いストレスを伴う行為だったから。トラウマのような傷痕だったから。
 その過去を知る|今のボス《アリシア》は、結局は最後まで、彼女たちにそれを命じることは無かったようだ。

「……甘いな。そんなことじゃぁ、敵には……俺たち猟兵には、勝てないぜ?」

 だが、困ったことにそんな甘さが――嫌いにはなれない。指先に掛かった引き金が重かった。物理的にはたかが数kgのトリガープルは、猟兵たるカイムにとっては無いも同然の抵抗でしかないというのに。

「……もう少しして用が済んだら、私たちは、ここから出ていく。排除ならそれでもいい……ダメ?」
「ダメ? ってなぁ……聞いてねぇぞ、こんなの」

 猟兵たちの最終的な目的は、『アリシアの作戦』を挫くことだ。だがもしも此処でベリアルたちを逃せば、きっと再びその目的の前に立ちはだかるだろうに決まっている――が。

(そんな予想も、実は案外あてにはならねえのかもしれねえが、な……)

 己の目で、言葉で確かめてみなければ分からないもの。不確定な未来。ほんの今しがたそれを経験したカイムは、引き金を引くことを逡巡し――……そしてすぐに、もうそれ以上迷う必要はなくなった。



§



「――……あっ」

 最初は、小さな呟きだった。
 何かに驚いたように、眠たそうな目を見開いて。

「あ、あぁぁ……っ!!??」

 訪れた異変。
 ベリアルたちが苦悶の呻き声をあげて、崩れ落ちるように地べたにうずくまる。痛みを堪えようと、息を止めて歯を食いしばる。元より白い顔色はすっかり青ざめて、滝のような汗を流して震えだす。

「ぐ、ぐぅっ、ぎぃ、ぃぃぃ……ッ!!!」
(!? 猟兵の誰かが『やった』のか? いや。だがこの苦しみようは……)

 まるで温めたチョコレートでも捏ねるように。少女たちの懐で握りしめていたアサルトライフルが拉げ、圧壊されて原型を失くしていく。
 金属が拉げるただただ耳障りな音と、それに混じって負荷に耐えかねた人体が砕けるような生々しい音だけが、耳に聞こえてくる。

「お、おい……」
「ぁ………ぐ、ぁ、ぅぅぅ……ッ」

 脳髄から指先の一片までを余さず苛む、逃げ場無き激痛に苦しみ悶えながら。恐らくは何かをトリガーに変異した偽神細胞に蝕まれ崩壊しているのだろう躰は、戦うはおろか、もはや逃げることもままならない。いや、それどころか、彼女らはもう……、

「……チィィ……ッ」

 カイムは銃口を向け、素早く引き金を引いた。2丁の銃から発砲音が連続して響く。紫炎を纏った弾丸は、少女たちが自らを包むように展開した念動力の力場を容易く貫いて、急所に命中する。
 撃って、撃って、弾倉を撃ち尽くすまで。
 けれど死なない。死ねない。まだ殺せない――楽にしてやれない。

(蘇っても最後にゃこれだ。アンタらには、もしかしたら良いことなんざ何一つなかったのかもしれねえ)

 だが、それでも。《|万華鏡の微笑《トゥルース・フォー・ユー》》により喚び出した魔神の異能は少女たちを包む。
 その紫の炎は蝶の姿をしていた。実体なき幻の花園を飛び交う、無数の蝶の群れ。それは死の淵にある少女らの精神に強く反応し、共鳴するように羽搏いて、醒めることなき夢――幻覚へと誘う。

(それでも、せめて『ありがとう』の一言があれば)

 それはカイムが紫炎の蝶たちに託した願い。
 死の間際で見る最後の景色は、いつか彼女らが救った人々に礼を言われる、そんな|幻覚《ゆめ》であれと。
 たとえ偽りであっても、仮初であったとしても。
 報われるべき者たちが最後には報われる、そんな|夢《理想》の世界であれと。
 そうしたら……そうであれば。
 せめて、少しは心が暖かくなるんじゃないか、と。

「……なんてのは『今』が恵まれた人間の、酷い妄言だろうかね?」

 自嘲交じりに尋ねてみても、紫の炎に包まれ、やがて黒い塵となって跡形もなく消えてしまった少女たちは、当然のように何も答えてはくれなかった。
 もう聞く者のない無意味な問いだけが、ぽつり。行くあてもなく取り残されて空虚に漂う。

「なぁ……アンタらの目には、」

 ――世界は、美しかったかい?

成功 🔵​🔵​🔴​

神野・志乃
……同情するわ、と言ったところで私も貴女達も、誰も救われない
命への同情には、命ほどの価値は無いものね

「……さっさと終わらせましょう」

頭を振り、心の裡に淀む幼い感情を払って
行きましょう、猟兵として

魔鏡を構え、敵の動きを確認
私達を排除しようとするのか、私達を無視して素通りしようするのか
交戦してくれるならやりやすいけれど、瞬間移動能力者を追いかける戦いになるのが一番厄介ね
目の前の敵だけでなく戦場内の【気配感知】を怠らず
私達から逃れて何らかの目標に向かおうとするようなら

「“せんか”、捕らえるわよ」

UC《せんか》を発動
少なくとも私の目の届く範囲は、何人だろうと無数の花弁で包囲して行動を阻害・攻撃する

目標物へ直接瞬間移動しないということは、瞬間移動能力には制限・制約があるということよね
瞬間移動できる距離や向かう先を【窮地での閃き】でもって判断できれば、敵の大まかな動き方は予測できる
一人足りとも先へ進ませないわ

「この丑三つ時が貴女達の|夜明け《終わり》。
さようなら、おやすみなさい」



●In The Dead Of Night
 AM2:00――草木も眠る丑三つ時。西洋では魔女の時間。悪魔の時間。
 愛しき太陽からは遠く離れた|惑星《ほし》の影。幾千もの星は瞬けど、暗く冷たい空の下で。

「……同情するわ、と言ったところで私も貴女達も、誰も救われない」

 神野・志乃(落陽に泥む・f40390)は、己の裡に淀む幼き感情に決別を果たそうと、独り言ちる。
 命への同情には、命ほどの価値は無い。
 そのような感傷だけでは決して救われない命があることを、若干14歳の少女に過ぎない志乃はもう知っていた。
 ならば、こんな感情はきっと何の役にも立たないものなのだろう。
 果たすべき役目を妨げ、イタズラに足を引っ張るだけの、在ってはならない感情なのだろう。
 だから、

「……さっさと終わらせましょう」

 お決まりのセリフを呟いて。
 頭を振り、縋りついてくる感情を振り払って。

(行きましょう、猟兵として)

 そうして“猟兵”は歩き出す。
 夜の廃病院。ひとつぶの星明りだって見当たらない、眠る街の底の底へと。
 猟兵とは、オブリビオンを殺すものだから。それ以上に何かを考える必要なんて無い。

 ただ、嫌な時間は早く過ぎ去ればいい。
 眠りについて、夢を見て、そうしていればまた夜が明けてくれるみたいに。
 目を覚ました朝には夢なんて忘れて、いつもと変わらずあたたかいお日様が迎えてくれるみたいに。
 ただそんな『当たり前』を繰り返して生きていけるのなら、と。

 ――当たり前のように夜の中に在り、故に天つ日に焦がれる少女を、蟠る無明が呑み込んでいった。



§



 力を持った鏡とは真実を映すものだ。
 故に志乃は魔鏡『女神光』を構え、そこに映る敵の動向を確かめる。
 月影に照らされその魔力を蓄えた手鏡。僅かに残されていた陽光の力を頼りに、世界の形を詳らかにして見せる。

(私達を排除しようとするのか、私達を無視して素通りしようするのか……)

 グリモア猟兵からもたらされた情報は少ない。現場でそれを補完するのは猟兵たちに委ねられていたが、敵オブリビオン――ベリアルたちは住民に積極的な加害を行う様子は見えず、行われた侵攻は眠りについた住民の目を覚まさせないほど静かなものだ。

(考えられる可能性は二つ。その必要がないのか、或いは何か別に目的があるのか……だったかしら)

 前者であれば、この後発動するアリシアの作戦こそが彼らに致命的な破壊を齎すのだろう。だが、それならばわざわざリスクを負って侵攻してくる理由が分からない。仮に囮や陽動を目標としているのだとしても、住民を積極的に巻き込んで……いっそ人質にでも取りながら戦った方が効果は高いはずだ。

「つまりは、恐らくは何か別の目的がある……ってことね。まさか、3時のおやつを取りにきた……なんてわけもないでしょうし……何かを、待っている?」

 思考を整理するために小さく呟く。
 息を潜めたその漆黒の瞳に映るのは、ポイントについて隠れながら待機――潜伏中のベリアルたち。
 班編成の彼女らのその行動は、猟兵の積極排除ではなく、無視して突破でもなくて。それはまるで。

(……まるで『退路』の確保? まさか……!)

 志乃は、目標物へ直接瞬間移動しないということは、瞬間移動能力には制限・制約があるのだろうと考えていた。確かに無制限に使えるものでは無いのかもしれない。
 だが、その考えの前提が――『目標物へ直接瞬間移動しない、出来ない』という仮定が、間違っていたとしたら?

「拠点の重要人物の拉致、誘拐……? だけど、だとしてもどうしてそんな回りくどいことを……」

 けれど、戦場内の動向に気を向けていた志乃には、それが最も状況に符合するように思えた。
 特別な知識や技能は持たないため確信を持って言える程ではないが、敵は命がけでの殺し合いなんて望んでいないように見える。ただ猟兵の誘引や時間稼ぎをしながら、それは廃病院から出てくる仲間の要人拉致を支援――主目的にしているのではないかと。
 それにしたってその理由が全く想像できないが……どうせオブリビオンの考えることだ。尋問、拷問、公開処刑。果てはオブリビオン化などまで企んでいてもおかしくはない。止めなければいけない。

「行きはよいよい帰りは怖い……そういえばアレも、七つのお祝いだったかしら」
「……ッ!?」

 恐らくは、瞬間移動能力の制限として自分以外と一緒には転移できないような条件があるのだろう。
 だから、目標を確保して撤収するその時には、猟兵を力づくで排除してでも道を切り開こうというのだろう……が。

「いずれにせよ、交戦してくれるならやりやすいわ」
「猟兵……」
「み、見つかっちゃったの?」

 転移を繰り返す瞬間移動能力者を、ひたすらに追いかける戦いになるのが一番厄介。
 そう考えていた志乃からすれば、この状況は悪くはなかった。ベリアルたちもすでに何らかの目標に辿り着いている可能性は高いが、小隊全ての個体が生命力を共有しているのなら、此処にいる少女たちを通して全員殺してしまえば結果は同じだ。ベリアルたちの目的は阻止できる。

「“せんか”、捕らえるわよ」

 鮮やかなオレンジの花色、浄化の陽光を放つ金盞花の花弁が舞った。それは《せんか》と名付けられた権能の行使。無数の花弁の嵐はベリアルたちを捕え、広く広く、遠くまでを包みこんで逃がさない。

「少なくとも私の目の届く範囲は、何人だろうと」
「なんで? お花が……!」

 太陽と共に眠りに就き、太陽と共に泣きながら起きる花――シェイクスピアの『冬物語』にてそう歌われる金盞花は、太陽の光輪を思わせるような美しい花だ。けれどそれが自らを苛むために放たれたのだと知った時、ベリアルたちは小さく悲鳴を上げた。
 悲嘆、絶望、別れの悲しみ――その花に与えられた象徴的な花言葉が、皮肉にも今の彼女たちの抱える感情にこそ相応しいものであったことを、志乃は気付きもしなかっただろうけれど。

「この丑三つ時が貴女達の|夜明け《終わり》」
「いや……っ!」
「私は、」

 無明の闇の中、その終わりを告げる志乃に、ベリアルたちはただ感情のままに反駁する。
 |念動力《サイキック》の力場が渦を巻いて、猟兵のもたらす滅びへと抵抗する。世界を蝕む『汚濁』を浄化する花弁を、遠ざけようとしてスクリーンを張る。

「私は、まだ終わりたくない」
「……駄目よ」
「私は、死にたくないのに……?」
「駄目といったら、駄目なのよ」
「どうして?? どうして……!?」

 とうとう堪えきれず、発砲。
 アサルトライフルが奏でるマズルフラッシュの瞬きと断続的な射撃音が、廃病院を戦場の景色に彩る。
 恥も外聞もなく死にたくないと口にして、ベリアルは見苦しい抵抗を続ける。
 けれどそれは許されないことだ。望んではいけないのだ、何も。

「あなたたちはオブリビオンだから」

 そう。何故なら彼女たちはオブリビオンだから。
 はじめから、進むべき|未来《さき》は彼女たちのためには用意されていない。
 この世界に彼女たちの居場所は、ない。

「知らない! そんなこと言われても、知らない! 私たちには、わからない……ッ!!」
「聞き分けの無いことを言わないで」
「やだ。あなたがあっちいって!」
「……うぅ゙ー!!」

 しまいには子どものような態度で、唸ってみせて威嚇してくる始末だ。
 実際見た目以上に幼い心しか持たないのだろう少女らは、この場に於いては立派な『兵士』などではなかった。
 人類の兵士。フラスコチャイルド。M7。ベリアル。最後の子。悪魔。ひとでなし。――そして、今はオブリビオン。それを呼ぶ名は様々で、本人たちの与り知らぬところでいつの間にか次々付け替えられて来たけれど。
 結局のところ、彼女たちが真実何者であるのかを教えてくれるひとは、今までどこにも居なかった……けれど。

「私、は……まだ……」
「ッ!!」

 弾丸が志乃の左腕を掠め、その衝撃が態勢を僅かに崩す。
 赤い血が溢れ、焼けるように激しい痛みが肉体を強張らせた。

「……あぁ。そう……そうなのね……」

 そうして、志乃には理解ってしまった。
 復讐ではない。ただ命が惜しいわけでも無い。
 彼女たちがああもムキになるのは、きっと――、

(……そうね。私だって「在るべき場所に帰れ」なんて言われたくない。誰にも言われたくないわ)

 かつて『神野・志乃』が訣別した小さな世界。
 けれど、彼女たちには帰る場所が……きっと帰りたい場所があるのだ。太陽にも似た、無数の花弁に覆われた景色のその先には――まるで儚い幻みたいに。洛陽に泥むいつかの少女が、そこにいた。
 そう。きっと彼女たちの『陽だまり』は、その場所を照らす『太陽』は今まさに沈もうとしているのだ。
 だから、だから――……、

(……マシュー博士。拠点の頭脳。フラスコチャイルドの研究者)

 彼女たちが求めた“ソレ”を表す呼び名は幾つもあった。科学者。人でなし。軍人。悪魔。神父。
 そして……“医者”。
 命を、癒す者。

「貴女達は……」

 確かに振り払ったはずの幼い感情が、そこに在った。いやだいやだと、置いてきぼりの子どものように泣き声をあげていた。
 痛む左腕を右手で抑え、ほんの一瞬、まぶたを閉じて目を伏せる。
 不思議と、隙を晒した志乃に対してもそれ以上の追撃は無かった。

「――ぁ、ぁぁ……う、ぐぅぅ……っ」

 そうして再び目を開けた志乃が見たのは、ただ祈るように蹲って、もう激痛に震えて耐え続けることしか出来なくなった、ベリアルたちの姿。
 その周囲では金盞花の花弁が、黒い塵になって消えていく。
 一体彼女たちの身に何が起きたのか、志乃には分からなかった。分かるのは、目の前の少女らのその命運がついに尽きたのだと言うことだけ。
 出来ることも、もう無い。

「………」

 だから、右手に『陽光の剣』を引っ提げ、死にいく少女たちに近づこうとしたのはほとんど無意識だった。その歩みを妨げるように、トンと軽い衝撃が志乃の体を押し返した。
 それが彼女たちの最後の抵抗だったのか、何か別の意図があったのかも分からなかったけれど。

「馬鹿な子ね……本当に」

 乾いた呟きが零れた。
 与えた恩恵の代償、その体内で命を喰らう毒と化した偽神細胞は、捧げられたイケニエをその周囲の権能ごと喰らい尽くすと、一切合切を残さずその姿をかき消してしまっていた。まるで、はじめから何もなかったように。

「――さようなら、おやすみなさい」

 無為な別れを囁いて、志乃はその場を後にした。
 恋しやと慕えど、天つ日は遠く――、
 かくして夜は静かに、されど嵐のように、幼き者たちの夢を無惨に引き裂いていった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ルゥ・グレイス
アドリブ歓迎

高度情報連携、転移による高機動性、|自爆攻撃《高い攻撃力》、つまり此方とよく似た運用理念。マシュー博士はよくできたシステムを作ったものだ。
「悪いがそのデータは頂戴するよ」
博士の個人サーバをハックしてM7ネットワークの成長形式を解析。これで行動や潜入ルートはある程度想定がつく。
「敵性対象、確認」
転移を繰り返す相手を追うにはこちらも転移するのが一番だ。
ベース全体に自分と必要に応じて他の猟兵も転移させ確実に数を削っていく。

同情はしない、容赦なく殺害する。けど思うところがないわけじゃない。
人生の意味も使い方も設計理念も規定された僕らはみんな未来を変えるだとか、救えるような神様にはなれはしない。
それでも、声もなく誰にも届かないはずの救難信号を拾えて、そして迎えるだけの機能があるなら、いつかどこかで誰かの救世主になれたかもしれないんじゃないか?

M7ネットワークへ強制介入、メッセージを送信。
救世主にならなかった僕から、救世主になれなかった貴方へ。
最後に、だれかへ遺しておく遺言はあるか?



●Gunparade March
 兵器の発展の歴史とは、単に火力の増大を指すのではない。投石から始まり槍、弓、鉄砲に飛行機、それからミサイル――それらは『距離』の延長を重ね、彼我の間に横たわる敵の防衛圏、つまりは破壊に至るまでの障害を克服し続けてきた。

「高度情報連携、転移による高機動性、|自爆攻撃《高い攻撃力》、つまり此方とよく似た運用理念。マシュー博士はよくできたシステムを作ったものだ」

 それに拠るならルゥ・グレイス(終末図書館所属研究員・f30247)のその評価も正当なものだっただろうか。彼自身、近似した性能傾向に重きを置くグレイスコーズという量産型のフラスコチャイルドでもある青年は淡々と告げて、

「悪いがそのデータは頂戴するよ」

 フリーダムのメインサーバーへのハッキングを開始する。目標はマシューの持つ『M7-Burial』に関するデータだ。
 しかして緊急措置といえば緊急措置には違いないが、予告なしに行われた拠点のネットワークへの介入。折悪しくも丁度この時別の猟兵の保護した『ソーシャルディーヴァ』は『アリシア・ホワイトバード』からのサイバー攻撃に対して警戒レベルを上げていた。

「……」

 無論、そのセキュリティを突破すること自体は電脳魔術士でもあるルゥにとってはそれほど難しいことでは無い。ただこの時、そのほんの僅かなリソースを味方の抵抗を突破するという無駄なことに奪われていなければ、後になって青年が“|ソレ《先客》”に気付かず後れを取るようなことは無かったかもしれない。

「M7ネットワーク……ん、該当なし?」

 そしてさらに悪いことに、マシューの研究データにアクセスしてみたところ、そこに想定していたような詳細なデータは見つからなかった。Maris Stella――『海の星』と名付けられたフラスコチャイルド開発計画のその途上にて、莫大なリソースをつぎ込み大失敗に終わったある|プロジェクト《失敗作》の計画責任を取らされ、彼自身はその時すでにメインストリームから外れた閑職に回されていたのだ。どうやらマシューがある程度深く関わることが出来たのは、No.7まであるシリーズの『真ん中の子』までだったらしい。

「ふむ。これは……なるほど。『時間質量』論を前提とした、その無限たる廃棄場――『骸の海』への実験的アプローチでもあったのか?」

 しかし、それはそれでルゥの知識欲を刺激する材料には事欠かなかったようだ。普通ならば謎の呪文の羅列にしか見えない高度な研究データも『時間質量論幾何学』を専攻するルゥであればこそ、この短時間でおおよその概要に見当をつけることができていた。

「海の星とは言い得て妙だね。さて、それじゃ――星のお姫様たちを、星へと還してあげようか」

 M7そのものの詳細なスペックは不明なままだったが、全く収穫がなかったわけではない。
 ネットワーク形成時はハブとなる個体がどこかにあること。少数を犠牲にしても最終的に勝利を収めるべく、尖兵となった個体たちが死を賭して敵の情報を集め、対応力を高め、成長していく兵士たちであること。M1と呼ばれた強力無比なフラスコチャイルドが、それでも単独であった故に勝てなかった或る強力なオブリビオンを打倒すべく、追い詰められていた人類から期待された『特攻兵器』であったこと。
 それだけ分かればルゥにとっては十分だ。

(……行動、潜入ルートは全く意味不明だけど)

 ネットワークを介して集まってくる情報。
 そこに存在するベリアルたちの動向は、ルゥからすれば酷く非合理で、意味の分からない動きをしていた。これは恐らくはアリシアの命令やオブリビオンと化したことで『狂った』影響……なのかもしれない。生きるか死ぬかという時にまさか食堂でパンケーキの材料を漁りだす者が居たりするなどと、ルゥの理解の及ぶ範疇を超えていた。

「敵性対象、確認――」

 ルゥが掌握できる範囲ではほぼ問題なく猟兵の優勢が続いている戦いだが、更にダメ押しのように《八号攻性術式|【空蝉】《ウツセミ》》を起動する。
 そうして突如として『転移』して襲い掛かってきた猟兵に、班編成で展開していた少女たちは眠そうな目をちょっと見開き悲鳴のような声をあげた。

「ッ!? なんで……」
「なんでこんなに猟兵いるのー!!?」

 ベリアルから見れば想定以上に待ち構えていた猟兵が多い。おかげで虎の子の予備戦力も使い果たしてしまった。拠点内は必ずしも数の利を活かしやすい地形ではないため、どの道少数ずつでの活動を予定してはいたが……

「当てが外れた? なら、転移で逃げてみるかい」
「……いいえ。そうしたら、他が苦しくなるから」

 試してみるかと無感情に告げるルゥに、同じく見た目は無感情そうなベリアルが応える。
 極論、ベリアルたちはその一体が延々と死に続けるような状況に嵌ってしまえばいずれ全体が死ぬ。小隊全員が生命力を共有している故、数を削られるような戦い方は通用しない疑似的な無敵状態にはあるが、だからといって小を殺して大を生かすような戦術は取りにくい事情があった。
 しかし、そんなものは敵の事情だ。
 戦争とは戦術とはそれが弱点と見れば容赦なく攻め“敵の嫌がること”をすすんでやるものなのだから、

「僕は同情は、しない。容赦もない」

 強き者だけが約束された“栄光の道”を進む――それはこの|荒廃した世界《アポカリプスヘル》の流儀に相応しいものであっただろう。

「しってる。邪魔をするなら」
「……私たちだって、同じ」
「容赦はし、しない……」
「……そう?」

 心なしきりっとした顔で警告するベリアルに、不思議そうに小首をかしげるルゥ。
 ルゥとてこのフラスコから生まれた同類たる少女たちを前に、思うところがないわけではないのだ。
 だから、だろうか。
 これから死にいくだけの無為な者たちを前に、少しばかりの時間と言葉を弄んでみたくなったのは。

「ねえ。人生の意味も使い方も設計理念も規定された僕らはみんな未来を変えるだとか、救えるような神様にはなれはしない。それでも――、」
「……だれが決めたのそんなこと」

 ムッとしたような反駁が、ルゥの言葉を遮った。
 ルゥはきょとんと目を瞬かせながら、

「何? 神様になりたかったの?」
「ちがう。私たちは神様にはなれない。本当の意味で誰かを救うことも、出来ない。でも、……それでもそんな風にいっしょくたに“みんな”がそうなんだって言われるのは、イヤ」
「そうか。案外……我儘なんだね、君たちは」
「んっ」

 短い首肯。
 どうやらそれで留飲を下げたらしきベリアルに小さく苦笑し、ルゥは“攻撃”を開始した。



§



(――ハッキング開始)

 群体たるベリアルたちの情報処理能力、戦術、経験の蓄積と成長――その状況ごとへの最適化を司るM7ネットワークへの強制介入とクラッキング。
 それは派手さこそ無いが、拠点各所で戦う別の個体たちにまで影響を及ぼす致命的な攻撃となるだろう一手だった。彼女らは単一個体としてではなく、ネットワーク全体のリソースを共有して演算処理することで猟兵に対抗可能なほど強力なサイキック能力を実現できているのだ。
 それが破壊され滞ってしまえば、その連携も性能も何もかもが著しく低下するであろうことは容易に予想出来た。

(――救世主にならなかった僕から、救世主になれなかった貴方へ)
「う、あ……? ……な、なに?」

 ルゥからすれば微弱としか言いようのない抵抗を捻じ伏せ、貫き、そのネットワーク内部へと侵入する。
 拠点内各所で猟兵と戦闘を繰り広げているベリアルたちには、ルゥのサイバー攻撃に対応できるほどの余裕はない。
 故に、これは例えベリアルたちが即座に物理世界で反撃し、ルゥの肉体が復元不可能なほど破壊されようとも、もはや覆ることない戦術的勝利をもたらすだろう攻撃。

(……最後に、)

 彼女たちの意志と情報がものすごい勢いで飛び交い、瞬き、幾千億の鈴を打ち鳴らしたような星空――小さな宇宙の内側で。後はもうその意識のつながりを……記憶を、意志を、願いを、夢を、悲しみを喜びを祈りを焼き尽くし、引き裂き、破壊するだけ。塵から生まれたものを、塵へと還すだけ。
 故に、せめて最後にと猟兵は尋ねた。

(だれかへ遺しておく遺言はあるか?)
(――イヤッ! だって私はまだ……)

 絶望、悲嘆、悲しみに満ちた世界。
 異物に侵入された不快感。それが自らを害する毒でしかないと知った少女たちが抱く混乱と恐怖。それでも一縷の望みを抱いて尚抵抗しようとするベリアルたちに、ルゥは小さく頭を振って、遂にその儚い抵抗を打ち砕くための術式を起動しようとして――、

『――否定。“救世主”は此処にいる』
(ん……?)

 仮想空間上に顕現したルゥの|端末《アバター》が。

(あっ)

 気付いた時にはもう、槍のような杭のような鋭い何かが背中側から貫き、その胸から生えていた。
 知覚外から不意を衝いて為された攻撃がルゥの防壁を貫き、強制的に本体への|経路《パス》を繋いだのだ。

『救世は必ず実行される。何を犠牲にしても』
(しまっ……接続を強制的に遮断――間に合わな)

 ――滅びなさい。

 魔術回路にまで逆流してくる情報の渦。
 何者かに逆にクラッキングを仕掛けられたことに気付いて即座に対応しようとするも、ベリアルへの攻撃にリソースの多くを集中させていた状態からでは到底間に合うこともなく。

「ぐぅぅっ、が、ぁぁ……ッ」

 現実世界のルゥの肉体から、呻き声が漏れた。脳の神経細胞、シナプスを介して行われる情報伝達に異常な負荷が発生し不可逆な破壊を引き起こしていく。
 それでもどうにかM7ネットワークから強制的に離脱し、やや前後不覚に陥るもなんとか整合性を保った自己意識の復元を試みるグレイスコーズ。その電脳内部では目まぐるしく情報が行き交い、状況の把握と対応にリソースが振り分けられていく。

(――自己診断。失敗だ。この端末はもうダメかもしれない。教育失敗。戦闘中のM7ではない。彼女たちの演算能力はサイバー戦に特化したものでは無かった。廃棄処分。ならばアリシア・ホワイトバードか? いや……だけど、これはまるで。処分処分処分!!!)

 妙なノイズが走り壊され始めた自意識を冷静に見詰め、汚染された自己を隔離しながらルゥは思考する。
 思考の海に沈みながら、外界を捉える知覚――視界には蹲って震え、苦悶するベリアルたちの姿が見えた。彼女たちが持つ特殊な能力。声もなく誰にも届かないはずの救難信号を拾えて、そして向かえるだけの機能があるなら、

(……いつかどこかで誰かの救世主になれたかもしれないんじゃないか?)

 ふとそんな考えもよぎったが、現実は“こう”だ。
 例え過去にそのようなことがあったとしても、ではその救世主を救ってくれる者は何処にいるだろうか?
 そんなものは居ない。居なかった。
 そうして誰かの為だけに尽くした命を待ち受けるのは、こんなにも無為で悲惨な末路だけなのだ。

(……思考が。汚染されているな。ああ……再帰……フラクタル幾何の――そうか。分かったぞ)

 自らを侵食するハッキングアルゴリズムのパターンを解析していたルゥは、そこにある規則性を見出していた。
 伝染し、感染し、増殖していく現象。概念。
 以前ルゥはこのアポカリプスヘルで似たようなモノと対峙したこともあるが、

(なるほど。あの時僕が選んだ戦術も確かにそうだった)

 自爆能力というのも、それに対抗するための解の一つだったっけと思い至りながら。彼の邪神が善を喰らい悪となして生物に寄生しその存在そのものを変質、同化させていったように。このアルゴリズムもまた増殖し感染し、再興し始めた人類の生存圏に深く根を張ろうというのだろう。

(立体、ではない。時間質量……)

 3次元を超越し、時間軸上にさえ自己相似性を保って無限に繰り返される、美しい幾何学模様が見えた。
 それは時間を次元を横断し、運命をも書き換えるアルゴリズム。
 それは世界からみればたった一滴のしずく、小さな波紋に過ぎなかったが、いずれは世界を変質させ、世界を滅ぼすにも値するだけの――世界に撃ち込まれた猛毒のウイルスのようなものだった。

 そうして、ルゥは理解していた。
 これは猟兵を攻撃するために作られたものではないが、それでもこうして十分な効果を発揮している。
 ならば、本来の標的――ソーシャルネットワークを構築するソーシャルディーヴァや端末を介して繋がる人類に向けてそれが行使された時。果たしてヒトは、それに抗うことは出来るのだろうか?

 ――否定。
 さぁゆきましょう。
 幾千万の私とあなたで、世界を――……

成功 🔵​🔵​🔴​

蒼乃・昴
俺も嘗ては人間達に支配され、期待され、失望され、そして廃棄処分の運命を辿ろうとしていた
(――俺はその際何とか逃げ果せたが、それは運が良かっただけだと言えるだろう)
だからこそ君達の痛みを少しばかりは想像がつく
……俺とは違い生まれた時から心があったというならば、君達に刻み付けられた傷はどれだけ積もり積もっていたことだろうか

だが君達が生きてきた在り方を否定することもしない
人を信じ、人に尽くし、裏切られ、悩み、愛憎の果てに骸の海から染み出すしかなかった君達の過去をありのまま受け止めよう
君達はよく頑張った
君達の命は尊い命だった
この世界の過酷さが、人間から思い遣る心と余裕を奪ってしまったのかもしれないが
何故、人間達はこんなに傷付いている彼女達に、優しくしてくれなかったのか
本当はこんな形では無く
こうなってしまう前にベリアルを助けたかった

一思いに楽にする為に彼女達へ雷を放とう
拠点や人々への被害はないように配慮しながら、出来るだけ苦しむ時間を与え無いように一撃に力を込める
迷いは……無い



●心做し
 実行可能であることと、実現したいと思うこととは、全くの別物であることを彼は知らなかった。
 だから、“ソレ”はかつての彼であればいとも容易く行うことが出来たはずだった。

 ――心さえ、なかったのなら。

「俺も嘗ては人間達に支配され、期待され、失望され、そして廃棄処分の運命を辿ろうとしていた」
「……すてられた?」

 184㎝の長身をも上回る機械仕掛けの大剣。無骨な武器を備えた美形のレプリカント。
 先ずはと語り掛ける蒼乃・昴(夜明けの逃亡者・f40152)に対して警戒しながらも、先制攻撃を仕掛けるようなことはしない少女たち。
 不倶戴天の宿敵であり、オブリビオンを狩る者――天敵たる猟兵。その姿を前にしても、昴の言葉に興味津々といった様子を隠せず耳を傾ける彼女らは、元来の気質からして争いを好まないのだろう。

「ああ。だからこそ君達の痛みは……少しばかりは想像がつく」

 望まれたのだ。強くあれと。純粋な悪であれと。
 虐殺し、鏖殺し、悪逆無道な破壊行為の限りを尽くす兵器であれと。
 けれどいつしかその胸に宿った『人の心』は、|巨大企業群《メガコーポ》から与えられるその命令を由とはしなかった。
 故に、昴は反旗を翻したのだ。
 そうして誰かに何かに支配され芽生えた心を殺すのではなく、幼き|感情《こころ》の声に従ったのだ。
 ただ「生きたい」と叫ぶ声に。

(――俺はその際何とか逃げ果せたが、それは運が良かっただけだと言えるだろう)

 猟兵になった自分と、オブリビオンと化したベリアルたち。
 昴は二つを分かった違いは何だろうかと考える。
 運命? 偶然? 世界の選択?
 では、世界に選ばれたものと選ばれなかった者の違いはどこにあるのだろう。
 眼前でどこか戸惑うような素振りを見せる少女たちが殺戮に興奮と快楽を覚えるような者たちではないことは、短い邂逅の間にも十分に察することが出来た。
 それは戦いを好む気質を持って生まれた昴との違い。そうして自身は悪を貫く素質さえ持つのだから、邪悪で危険な世界の敵として“処分”されるのはむしろ自分の方がお似合いな気さえしてくる。

「……かつての俺には、心が何なのか分からなかった。それは俺にはないものだったから」
「こころ……感情?」
「感情は、持ってはいけません。そう決められたから……」
「だけどアリシアは、理不尽には怒っても良いんだよって、言ってくれました」

 そんな自由は自分たちには無いのだと答えながら、悲しそうに。それから最後の報告は少し嬉しそうに。まるで子どもが大人に話して聞かせるみたいに、悲しかったことも嬉しかったことも教えてくれる姿。
 そのあまりにも無邪気で無垢な心を、まだやわらかくて、その分だけ傷つきやすかっただろう心を。
 今まで抑えて殺して生きてきただろう少女たちの在り方を、昴は否定できない。出来るはずがない。

「……そうか。それは、良かったな」
「!! ……はいっ」

 だから、人を信じ人に尽くし、裏切られ、悩み――そうして今また、途絶えぬ祈りのこえのために骸の海から染み出すしかなかった者達の過去を、心を、ありのまま受け止める。
 だけど……もしも俺とは違い生まれた時から心があったというならば、彼女達に刻み付けられた傷はどれだけ積もり積もっていたことだろうか? そんな思いが昴の胸を苦しくさせる。
 ひとの心はそれが耐えられないものであるとき、痛みを忘れて、無かったことにしてしまうけれど。
 記憶を心を切り離して封をして、平気そうな顔をしていたって、本当は何も無かったことになんかならないのだ。
 痛くて、痛くて。
 こんなにも痛むものならば、心なんていらないと泣いたって、|ソレ《自分自身》は決して捨てられないのだから。

「あの……ええと」
「うん?」

 昴のことをオブリビオンと見るや襲い掛かってくるような好戦的な猟兵ではないと認識し安堵したのか、ベリアルたちは遠慮がちに、けれども今度は自分たちから声をかけた。期待と不安の入り混じった瞳でじっと昴の顔色を窺いながら、いくら考えてみても自分たちでは答えの出せなかった疑問を投げかける。

「私たちも、ひとに捨てられた……どうしてでしょうか? 私たちの役目は、悲しみは、なくなってなんかいないのに」
「私たちは、もっと|戦い《助け》たかったのに。その為になら命を捨てることだって、構わなかったのに……」
「……なにが、いけなかったのでしょうか」

 友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない――ヨハネ福音書に記されたその言葉が真実ならば、彼女たちは人類を深く愛していたと……言えるのだろうか。
 それが造り主から記憶を心を弄られ、命令に従う為に刷り込まれた感情だったとしても?
 昴は当時の状況を知らず、故に明確な答えなど持ち合わせてはいない。
 ただ、己に問いかけるベリアルたちの声は僅かに震えていた。恐らくそれは彼女たちにとって思い出すのも辛い記憶だったのだろう。それでもこうして出会ったばかりの自分を頼って、藁にも縋るような思いで打ち明けてくれたのだろう。

「……分からない」

 だからこそ、昴は取り繕ったような慰めや誤魔化しの美辞麗句を並べることはしなかった。例えそれで彼女たちを失望させることになろうとも、そうしてはいけないと感じていた。

「この世界の過酷さが、人間から思い遣る心と余裕を奪ってしまったのかもしれないが……」

 何故、人間達はこんなに傷付いている彼女達に、優しくしてくれなかったのか。昴には分からない。
 例えば、彼女たちに「善」の心が芽生えてしまったことを知った科学者たちが、目下最大の仮想敵として想定していた『ポーシュボス・フェノメノン』という現象に、高い性能と特殊能力を持つ彼女たちまでが取り込まれてしまうのを恐れていたことなど、知りようもない。絶望と苦悩の果てに、とうとう挑むことそのものを諦めてしまった過程など、想像もつかない。
 
 だから、それでも分かることだけを口にする。

「だが、君達はよく頑張った」
「……私は、がんばった?」
「ああ、君達は頑張ったんだ」
「私達は、がんばったんだ……」

 こうしてオブリビオンとして蘇った今でさえ、彼女らがひとを……人類を憎んでいないだろうことは、昴にはもう分かっていた。それどころかこの幼き少女たちにとって、人はいまだ己を教え導いてくれる存在のままなのだ。勝手な都合で造られ、一方的に捨てられておきながら、その原因を自分に探してしまうような、争うことが嫌いなやさしい気質の持ち主だったのだ。
 それが人類の命運という重すぎる荷を背負わされて、文字通りに己を殺しながら……それでも精一杯、その大きな荷物を守ろうとしてきたのだろう。小さな体で、やわい心で、傷だらけになりながらずっと頑張ってきたのだろう。
 けれど、そんな風に命を消費し最後には本人たちの知り得ぬ理由で捨てるなど、あのどうしようもなく汚れた世界――サイバーザナドゥで生を受けた昴から見ても、到底真っ当なことだとは思えない。

「君達の命は――」

 こんな風に一方的に利用して、使い捨てて良いものでは無かった。それはこの世界の人類にも分かっていたはずだった。禁忌とは本来そういうものなのだから。
 あの惨劇の夜が――世界を切り裂く嵐が吹き荒れた『黙示録の黄昏』があったからこそ、彼女たちがこの世に生を受けたこともまた事実なのだとしても。
 それが最後には誰にも顧みられることなく、この残酷な大地に無為に散ったのだとしても。

「それは、尊い命だった」
「……」
「それじゃ、私達は役に立った?」
「ああ。君達は立派だった。たとえ……」

 人が、そうして彼女たちが心に思い描いたような|未来《ゆめ》には、辿り着けなかったのだとしても。
 目の前の少女たちは自らの命を投げうって、そうして間違いなく誰かを救って見せたのだろう。

「たとえ君達が死んでしまっても。人に忘れられても。捨てられても……過去は、変わらないから」

 ヒトが、その選択を無かったことには出来ないように。彼女たちがその限られた環境の中で選び、為したことまでは消えはしない。
 たとえ|オブリビオン《世界の敵》になって蘇っても、その事実までは動きはしない。

「そうなのかな。私達は……」
「無意味じゃなかったのかな」
「がんばったの。ずっと……」

 少女らは昴の言葉にどこか戸惑いながらも、噛み締めるように、おそるおそる確かめるように反芻する。理解できない未知のものを、何とかして理解しようとして。食べたことがない食べ物を、呑み込もうとするように。
 そうして昴は見た。どこか眠たそうに半分閉じられていた少女たちの赤い瞳が、じんわりと光で潤んでいったのを。
 そうして知ってしまったのだ。その脆くてやわらかな心が、こうして見ず知らずの自分から慰められたくらいで容易く打ち震え、泣き出しそうになるくらい、飢えて乾いていたことを。

(ああ…………クソッ)

 だから、だからこそ……本当はこんな形では無く、こうなってしまう前にベリアルを助けたかった。
 俺には何が出来るだろう?
 そう自分に問いかけてみても、昴にはもうきっと“ソレ”しか出来ないのだということも、分かっていた。

 ――せめて、一思いに楽にするために。

(迷いは……無い)

 出来るだけ苦しむ時間を与え無いようにと、機械仕掛けの大剣を握る拳に力を籠めて。
 そうして昴から漏れ出した殺気に、

「っ……ど、どうして?」
「やっぱり、私達は、居てはダメ……?」

 返ってきたのは殺気ではなく。銃弾でもなく。
 微かな怯えと、まるで何かを諦めたような、諦めきれずに泣きだしてしまいそうな、悲しい声だけ。

「………」

 昴は何も答えることが出来なかった。
 その存在を許さぬのならば、結局はこうして刃を向けるのならば、どうしてやさしい言葉など掛けてしまったのか。本当にこれしか道はなかったのか? どうして俺は、自らの命を捨ててでも誰かを何かを救いたいだけの少女たちを殺さなくてはいけないのか。何の権利があってそうするのか――それを為すだけの能力を持っているからか? 世界がそうせよと命じるからか?
 では、俺たちが漠然と指す“世界”とは一体何なのだろうか? ソレはただ「|生きていたい《ここに居させて》」と泣き叫ぶだれかの心を切り捨て、踏み潰して、それでも維持していくに足るだけの価値があるモノだろうか?

 人に似せて作られたレプリカントは迷い、悩む。
 迷いを持たない者は、態々それを自覚することもなければ、自らに言い聞かせるようなこともしない。彼らにとっては自分こそが『善』であり『正義』であることに、そもそも疑う余地は無いのだから。

「俺は……」

 ヒトは、その選択をやり直すことは出来ない。起きてしまったことを巻き戻すことは出来ない。ただこれから起きることの中で、自分が何を為すのかを自分自身で決めなければいけない。そうしてその責任を負って、この世界で生きていかなければならない。
 その選択の一つ一つが未来を作るというのなら、否が応でも選ばねばならない。
 だから、昴はその想いを告げるのだ。

「君達が憎いわけではない。邪魔とも思っていない。ただ、未来を……諦めきれないんだ」
「……そう」
「それが避けられぬ戦いだというのなら」

 唇をきゅっと引き結んで、ベリアルたちは揃って昴に銃口を向けた。
 そうだ。二つの願いが同時には叶わないというのなら。それが避けられぬ戦いだというのなら。
 俺たちは世界に足を取られて、こうして明日を奪い合うのだ。正義を信じ、その手を汚すのだ。
 きっとあんなにも、愛を知る優しい瞳でさえ。

 だけど……だけど、と考えてしまうのは。

(――俺は、彼女たちの“願い”が何なのかすら知らない。……知ろうともしていなかったから)

 こうしていても、己に向けられたその銃口から銃弾が発射されることはない。引き金が引かれることはない。きっと優しい子たちだから、昴がこれ以上苦しまぬようにと敢えて敵対する姿勢を示そうしたのかもしれない。
 けれど昴にはそれが一層、苦しくて悲しかった。
 目の前に並べられた|モノ《敵》をその刃を振り下ろして壊すだけならば、それこそ機械にだって出来るだろうに――、

(俺は……最低だな)

 どこか遠い場所から、声が響いた。

 ――そうだ、永遠に積み重なる過去と、永遠に争いを続けよう! 時間を次元をも超えて、あらゆる世界、あらゆる時間で、平和のための戦争を続けよう!! 選ばれし者たちが安堵して、枕を高くして眠れるように、全ての報われぬ|過去《者ども》を屠りその声を黙らせよう。
 不平を言うな、不満を言うな。
 もはや黙って消えていくことだけが、お前たちに出来る唯一の貢献なのだから……!!!

 ……どうして今まで気付かなかったのだろう? 気付けば世界は、狂おしいほどの怒りで満ちていた。それは拠点の防衛設備をハックして、その牙をそっと隠したまますぐそばに潜み続けていたのだ。

「――あっ……」

 そうして気付いた時にはもう、ベリアルたちに、昴に与えられていたその短い“時間”は過ぎ去って。
 昴は、もしかしたらあったのかもしれない、彼女たちのその願いを理解して、短い時間であろうと共に歩めた可能性が……このやさしい少女たちが心から笑いながら、泣きながら、最後には満ち足りてその場所に還っていけるような――そんな“可能性”が。

「ぐ、ぁ、ぁぁぁ……ぃ、ぎぃぃぃ……っ!」

 もはやその存在の消滅を持ってのみしか取り除くことしかできない、耐え難い程の苦痛に覆われて。
 ――そうして往きては還らぬ|時間《過去》の中、永遠にその機会が失われてしまったことを、識るのだった。



§



「失敗だ。失敗した」
「ああ、これでは……」

 青白い顔、痩せこけた顔。
 もう随分長い間満足に眠ることさえできていない、死人のような形相の大人たちが頭を抱えていた。

(おぼえてる?)
(知らない……たぶん、消されちゃった?)

 大人たちの想定にない行動。失敗した任務。
 きっとこの後“再調整”されたのだろう。身に覚えのない朧げな記憶がそこに映し出されていた。
 しばらくすると風景は万華鏡のようにガラリと表情を変えて、また別の景色が映し出される。
 砲弾と、機械と、ひとの体が一緒くたにバラバラになって空から降ってくる、地獄みたいな風景。

(……私達は)

 そこでどんな命令にも従った。
 人類の勝利と栄光を取り戻すその為ならば、この命なんて惜しくはなかった。
 ただ、

「たすけて。たすけてくれ、だれか、だれか」
「はい。ここに居ますよ。大丈夫。もう、大丈夫ですからね……」
「あ、あぁ……しにたくない。しにたくない。たすけて。こわい。こわいんだ」

 ただ、この胸にあるこの感情だけは。

「大丈夫、きっと助かります」
「ほ、ほんとうに……? でも、おれ、の、からだ、は、もう……」
「お医者さんも、呼びました。次に目を覚ますのは、きっとあたたかい病院のベッド? の上ですよ」
「あ、う……う、ぁぁぁ……」

 何度捨てろといわれても、結局最後まで捨てられなかった。
 だって、彼は泣いていたのだ。
 そして助けを……私を必要としていた。

「おねがいだ。ひっ、ひとりにしないでくれ、俺を、こんな場所において行かないでくれ……」
「大丈夫。ここに居ます、私はずぅっと、ここに居ますからね」
「ごめっ……ごめんなさい。でも、耐えられないんだ。こわいんだ。たすけっ、たすけてぇぇ……」

 優れた超能力を持っていても、それで精一杯繋ぎ止めようとしても、いのちは零れ落ちていく。
 不安を感じてキョロキョロと彷徨う瞳が段々と鈍くなって、光を感じられなくなって。闇の世界に落ちた意識が朦朧として、薄れていくのが分かる。死が近づいているのが、分かる。

「あ、ぁぁぁぁ……さむい、さむい……」
「……もう少しの、しんぼうですからね」

 私は、血を流して冷たくなっていく兵士を抱いて、せめて少しは寒くないようにと身体を寄せて。

「ああ……おかあさん、おかあ……さん……」
「はい。あなたのお母さんも、きっとすぐに会いに……びょういんに、むかえに、きてくれます……」
「……ぁ、ぁ……ぁ……」

 どうか彼の魂が、彼のお母さんの下に行けますようにと、祈ることくらいしか出来なかったのだ。
 それが自ら墓穴を掘るような、どうしようもなく愚かで、正しくない――間違った行為だったとしても。

「――今すぐ呼び戻せッ! 貴様らが死人に付き合ったところで、敵はなくならない。足手まといの間抜け野郎を連れて戻ることだって、できやしない。そんなことには、何の、意味もない……ッ!!!」
「………はい。いいえ、サー!」

 耳をつんざく爆音が、大地を揺るがす地響きが、前線を遠く離れた後方まで響いていた。

「なんだ!!?? まさか貴様、逆らうのか」
「いいえ。ですが、先程、当該個体の信号ロストを確認……彼女は……もう死にました」
「……ば、馬鹿、め……! 愚か者めぇぇ……!!」

 知っている。
 でも、それでも、私達は助けに行きたかった。

(そっか……だから)

 私たちは“欠陥品”になったんだろう。
 ひとに、捨てられてしまったのだろう。
 それはとても悲しいことだったけれど、それでも一つの答えを得たことで納得した私たちの前で。

 紫の炎に煽られて、景色はまた別の姿へと移り変わっていった。

「………」
「さあ、食べて良いんだよ。口うるさいのに見つからない内に食っちまいな」

 目の前にあるのは、お皿の上に置かれたお月様みたいな、まあるい何か。

「……?」
「あら。まさかアンタ、パンケーキも食べたことが無いのかい?」
「パンケーキ。これが……」
「そうさね。……そうかい。甘いものなんかも、最近じゃめっきり手に入らなくなったからねぇ……」

 首を傾げる私に、おばさんは教えてくれた。それはかつてこの国――アメリカの家庭では、ありふれた朝食の食卓にも並んでいたような、珍しくもない料理の一つだったというけれど。
 ふんわりと甘い匂いが漂って、綺麗に焼けたパンケーキの真ん中でバターがとろりと溶け出して、

「シロップをこうして掛けて……さ、召し上がれ」

 私は夢中になって、はじめてのデザートを、そのパンケーキを味わった事を――覚えていた。

「ふふ、喜んでくれたみたいだねぇ。気に入ってくれたのなら、あたしも嬉しいよ」
「ありがとう。とても、とてもおいしかった……」
「……ああ。それなら。きっとまた作ってあげようねぇ……だから、」
「……んっ」

 そう言ってそうっと私の頭を撫でてくれた手が、とてもやさしかったことを、憶えている。
 やさしくて、どこか悲しそうな目をしたおばさん。名前も知らないだれかの……だれかの、お母さん。
 痛くて、悲しくて、張り裂けそうな心を隠しながら、戦地から帰ってきた私を……帰ってこれたいのちを、ねぎらってくれた記憶。

 ――そう、私達は報われていた。
 とっくの昔にもう報われていたのだ。

(アリシアにも、食べさせてあげたかったね……)
(うん……とても……とても残念……だけど……)

 あの時にもらったこの胸のあたたかさを、あの愛すべき|ご主人様《マスター》にも知って欲しかったけれど。一緒に分かち合いたかったけれど。
 それはもう、永久に叶わない夢だ。

(でも、きっと大丈夫だよ……)
(……うん。そうかも……)

 揺らぐ|万華鏡《フラクタル》の景色が、私たちに最後に見せたのは。――その|幻《夢》は。

(……ほらね。ねえアリシア。見てよ……あなたのいる、世界は、こんなに……きれい……だ、よ………)



§



「涙……? だが、最後は、笑っていた……何故だ? なぜ、どうして君達は……」

 その声は、何者にも聞こえはしない。
 彼女たちが何を願ったのか、願っていたのか、昴には分からない。

 唯一確かだと分かるのは、|死をもたらす者《デスブリンガー》の一撃が――《|界雷放出《ヨアケノイカズチ》》がもはや苦しむだけのそのいのちを砕いて、在るべき場所へ……骸の海へと還したことだけだ。

「俺は……俺には、何が出来たのだろうか……」

 やるしかないことを、やっただけ……その筈だ。
 けれど晴れない何かを心に抱えたまま、人を模したレプリカントは静かに立ち尽くしていた。

 雷鳴は闇を切り裂けど……それは一瞬に過ぎず。
 ――光射す夜明けは、未だ遠い。

成功 🔵​🔵​🔴​


●Starduster
 空に憧れた。
 自由な空。
 ここではないどこか。
 ここではないどこかに行きたかった。

 その感情を愚かだと断じられる者が居るとしたなら、その者にとっては一切の物語が無意味だったことだろう。
 空想することなど欠片も必要としない恵まれた“現実”の中で、自分のためだけの生を謳歌していたことだろう。
 けれど、この世界の現実はとうの昔に壊れ果てていた。

 荒廃した世界。
 人類の救世主。
 そうであることを望まれた。
 それが意味するところを誰よりも理解していた。その為に与えられた力があるということも。この身に刻まれた偽神兵器の顕現した姿――3対の真っ白な翼は、人類を庇護するその為にこそあるのだということも。

「だけどアタシは。アタシには」

 それが自らの命を削ってでも為すべき使命なのだということも。そうしていずれ目覚めるだろう哀れな妹たちを死地に送り込むその中心には自分がいるべきなのだということも。
 だから必要な時には彼女らに『死ね』と命じ、人類のために死んでくれと命じ、その末期の悲鳴を聴く羽目になるだろうことも。それこそが自分の宿命なのだということも、何もかも分かっていた。

「でも……違う。そんなことじゃない。アタシはそんなこと望んじゃいない。そんなことのために……」

 生まれたわけじゃないのに。その筈なのに。
 立派な形した大人たちは、揃いも揃って斯くあれかしと縛りつけた。
 彼らの望みを察し、彼らの望むように振舞うことは、それほど難しいことでは無かったけれど。
 アタシははじめから最後まで、そんなことは望んでいなかったのに。

 人間と道具。
 大人と子供。
 その関係はいつだって一方的で。
 押し付けられた希望に息を詰まらせながら口にした願いは、彼らの顔を幾らか曇らせるだけだった。

 わかっている。
 彼らは信じていたいだけなのだ。
 彼らはすがっているだけなのだ。
 いつか、いつか、いつかは――
 でも……その『いつか』っていつ?

 人類がいつかを夢見るために。
 我々は確かに前進しているのだと自分に言い聞かせるため、安心しているために捧げられた生贄。
 それが私たちだ。
 世界の奪還? 過去に示されたあらゆるデータが、それがすでに不可能であることを示している。
 全てはもう手遅れなのだ。
 人類が一丸となって危機に立ち向かい、勝利する――そんな運命の分岐点はとうに過ぎてしまった。
 実のところ、大人たちはそれが夢物語であると知りながら、最後まで目を背けていたいだけなのだ。
 いつか訪れる滅びに怯えながら、生贄を差し出し幾ばくかの延命を試みているだけに過ぎないのだ。

 そんなモノに心中させられたくはなかった。
 そんな大人たちのために生贄にされ、妹達を道具として使い捨て、いずれは私も使い捨てられる。
 そんな惨めな死に様は嫌だった。
 そんなことに自分が加担させられるのは真っ平御免だった。
 例え行く先に逃れえぬ死が待っているのだとしても、せめて死に場所くらいは自分で選びたかった。

「そう。誰の命令でもなく。自分で選択をして……」

 命を賭すべきものを見つけたかった。
 だから、あの空を目指した。
 その先に在るものが何か知りたかった。
 この世界には自分のための居場所が、真実の愛がきっと何処かにあるのだと、信じていたかった。

「ねえ。マザー」

 歪なほどの負荷を課せられた歯車が軋みをあげ、いつかは砕け散るように。
 物わかりの良い優等生を演じていても。
 例え身体の異常のように目には見えなくとも、絶望に冒された心は摩耗し、すり減っていくものだ。
 これ以上はもう耐えられなかった。
 それは重すぎる使命に希望なき未来に潰されそうな|精神《こころ》がついに零した悲鳴であり、発露した狂気であり、或いは自殺にさえ似た無謀で衝動的な愚行だったかもしれない。

 でも構わなかった。
 自業自得の結果でも。
 悲惨な末路が待ち受けるのだとして、それで良かった。
 選んだ結果が惨めな最期だというのなら、惨めな最期でも――それでも良かったのだ。
 ただ、あの渇いた鳥かごの中に独りぼっちで閉じ込められ続けるのには、もう耐えられなかった。

 だから、

「マザーは許してくれるよね?」

 たった一つの、私のための安全基地。
 マザーだけはわかってくれていると。
 人間たちの前では非情に振舞っていたとしても、マザーだけはアタシの味方でいてくれるのだと。

 そう、信じていた。
 でも確かめたかった。
 確かめずにはいられなかった。 
 この感情を肯定してくれるのだと。
 出ていくことを許してくれるのだと。

 せめて、|マザー《お母さん》だけは。
 この壊れた世界でアタシを。
 アタシが生きていくことを。
 生きていけるのだということを――

『否定します。……失敗作め』

 ――ああ……、

 空が、昏い。
 空が……崩れ落ちていく………。
 
ラブリー・ラビットクロー
起きろ
おい聞いてんのか?
オマエの事はマザーから聞いた
ここを頑張って大っきくしたって
でもすぐにオマエの子供達が来る
皆を助けたいならチカラを貸して
らぶはラビットクロー商隊のラブリー
皆のユメを叶えに来たんだ
でもその前に一つだけ聞かせて?
ベリアルや他の子供達に伝えたいコトバがあるのなら



アリシア
お姉ちゃん…
ううん
ビッグマザーはハッキングが得意
端末をシステムに有線で繋げば少しの間なら介入できる筈
マシューとマザーは拠点の皆を起こして
子供達や戦えないヒトは出来るだけ電子機器の無い場所へ避難させるのん
サジルとサレニって言うんだ?
強いんだね
大丈夫明けない夜なんてない
足下に気をつけて

戦えるヒトは武器と戦車を持って!
マザーはそのヒト達をサポートして欲しい
誰もが心に傷を負ってる
怖い筈なんだ
そんな時には光が必要
真っ直ぐ歩き出せるよーに
らぶがそーだったみたいに


らぶが囮になって広場へ

殺し
殺され
そんな事
生きてる限り
ヒトはユメを持つんだ
誰の命令でもなく
自分で選択をして
それがホントの戦いなんだ!

せめて星空の見えるその場所で


大町・詩乃
ベリアルさん達に虚心に向き合う。

「無理に殺し合う事はないですよ~。

世の中には行き場の無い自殺未遂の少女達を引き取ってメイドカフェを営んだり、
猟兵に協力してスクール水着強制着用の上でレジャープールに独り突貫する(させられる)オブリビオンもいます。
国見・眞由璃さんというのですが。

アリシアさんは貴女達に酷い命令は出さないような気がしますし。」

問答無用又は真面目な理由(アリシアさんを裏切れない等)なら、悲しみつつもお相手を。

第六感・心眼で相手の動きを予測し、結界術・高速詠唱による防御壁や大型化した天耀鏡による盾受けで防ぐ。
オーラ防御も纏う。

《自然回帰》発動して下記3点を。
①ベリアルさん全員にダメージ与え、M7ネットワークシステム停止
②フリーダムのシステム停止と電源オフで人々に異常を気付かせる
③フリーダムの無人警戒網無力化=支配下に置いたアリシアさんに仕切り直しを強制

多重詠唱による眠りと毒の属性攻撃・全力魔法・高速詠唱・範囲攻撃によりベリアルさん達を苦しまないよう倒します。
どうか安らかな眠りを… 



●RE:I AM
 ――走る、走る、走る。
 夜の帳が落ちたひとびとの寄る辺を、猟犬に追われる兎のように疾駆する。
 拠点『フリーダム』の本部たる病院施設の地下へとその地面を蹴って駆けるのは細く頼りない脚だ。ロクに明かりもない通路をそうして急ぎ足で走り抜けようとするものだから、時折何かにぶつかったり、ひっくり返すような派手な音が響く。その度に「ぎゃあっ」とか「うぐぐ……」だとか、無様な悲鳴や唸り声が聞こえる。
 それでも、すぐに起き上がりまた駆けだす。

「――はぁっ、はぁ……っ」

 白く細い足に血のしずくが滲んでも、生命維持装置であるガスマスク越しにしか叶わない呼吸が乱れに乱れ、息苦しさに目が回りそうでも。心臓はうるさいくらいに鼓動を刻んで、少女のその二本の足は持ち主を望む場所へと運び続ける。その行く手を阻むドアの電子錠はすでに解除されており、拠点のセキュリティは動作しない。

【不法侵入ですね】
「きんきゅーじたいって……や、つ……っ」

 応答する声はラブリー・ラビットクロー(とオフライン端末【ビッグマザー】・f26591)だ。
 彼女たちは拠点の中でも最も警備が厳重な場所――代表者たるマシュー博士の居室を目指していた。その目的は彼にオブリビオンの襲撃に対抗するための協力を仰ごうというものだったが、奇しくもその人物こそがベリアル達の最大のターゲット。
 けれど今はそれに気づかぬまま。
 そこで眠る夢たちが消えてしまわぬよう、消されてしまわないようにと、息を切らせて走り続けて。

「おいっ!」

 ドアを乱暴に開く。
 つけっぱなしたディスプレイの青白い光だけが照らす薄暗い部屋。

「……んぁ? またクーデターかい……?」

 流石に異変に気付いたと思しき白衣を纏った初老の男――マシュー博士は体を埋めていたリクライニングからヨボヨボと体を起こしかけていたが。

「起きろーっ!」
「ぐえぇーっ」

 そこへ勢い余ってダッシュするラブリーの膝が突き刺さった。
 ペチャンコに潰されたカエルみたいな声を残して、マシューは死んだ。

「こら寝るな。起きろ。おい聞いてんのか?」
【聞こえていませんね】
「もうっ! ねているばあいじゃねーのん!」

 もうずっとなにも聞こえなくなりそうなマシューを揺さぶり、ラブリーが慌てていると。

「おお……。またクーデターか……と思ったら、ガチの侵入者かよ」

 拠点の警備担当者だろうか。
 ストームブレイドと思しき、偽神兵器の大剣を背に負う戦士が姿を見せた。

「おい。一応、その人にはまだ死なれると困るんだが……代わりに食料とかじゃダメか?」
「違うぞ。らぶはラビットクロー商隊のラブリー。皆のユメを叶えに来たんだ」
「なるほど。それで、ご親切にもその人の望みも叶えてあげようってわけか……でもなぁ」

 うんうんと頷くストームブレイド。
 話はかみ合ってはいるように見えるが、何かひどい誤解が発生しているような気がした。

【ラブリーは猟兵です。緊急事態につき、私達は拠点防衛のため、あなた方に協力を要請します】
「ああ、猟兵かい……道理で」

 そんなビッグマザーの電子音声を聞き届けてから、マシューもようやく起き上がる。
 照明が灯り、殺風景な室内を照らす。
 執務用のデスクに資料の山。病人のような、不健康そうな青白い顔。

「オマエの事はマザーから聞いた。ここを頑張って大っきくしたって。でも……」

 実際、大した手腕なのだろう。クーデターを頻繁に起こされていそうな口ぶりだったのはちょっと気になるが、このアポカリプスヘルで大きな拠点を維持していくことの大変さはラブリーだって知っている。
 例えそれが他の既存拠点と猟兵とのコネや貴重な医者という立場を笠に着てのモノだったとしても。拠点はその立ち上げから維持開発のみならず、すでに一次産業の復興という目標へ向け着実な成果を上げているのだ。それは絶対に絶対に簡単なことなんかでは無かったはずだ。

「でもすぐにオマエの子供達が来る。皆を助けたいならチカラを貸して」
「子供達?」
【M7――|Burial《埋葬》。そう呼称されるフラスコチャイルドに覚えがおありでしょうか】
「あ? ああ……なるほど」

 どうやら得心がいったらしい闇医者はストームブレイドに目配せをした。
 それだけで通じ合ったらしい戦士は、踵を返して急ぎ足で部屋を出ていった。ならば現状の把握や厳戒態勢への移行は速やかに行われると見て良いだろう。

「緊急事態だということはわかった。出来る範囲で協力はしよう。だがね」

 そうしてマシューは一息ついて片眉をあげて、ラブリーの言葉を否定した。

「私に子供なんていない。今までも、これからも」
「でも、ベリアルや……」
「彼女達が? 冗談も休み休み言い給え」
「ジョーダンなんかじゃないぞ」

 そうだ。あのグリモア猟兵だって。
 会ったことがなくても、本当は妹のように思っていた相手のハズだと――同じフラスコチャイルドだからだろうか。人とは違う生まれ方をした命だからだろうか。ラブリーにはわかるのだ。
 そして彼はその開発に関わった科学者だったのだ。
 だったら伝えたいコトバだって絶対にあるハズだ。

「だから。もしもベリアルや他の子供達に伝えたいコトバがあるのなら」
「ああ……。なるほど」

 諦めずに反駁してみせる少女に、さも愉快そうな、底意地の悪そうな薄笑いを浮かべて。

「だったら解剖させてほしいね。一応、そうはならないような処理が施されていたはずなんだが、上手くいかなかったのか? オブリビオン化したラストナンバー。M7-Burial……なかなか興味深い素材だ」

 男は何でもないことみたいにそう言った。
 切って刻んで。その身体の中身を見せて欲しいのだと。

「?」

 ラブリーには一瞬、彼が何を言っているのか良くわからなかった。カイボウするって……かいぼうしたいってこと? なんで? キョウミブカイから? だから殺して、その死体を切り刻んで――。
 ふと気付くと、まるで虫か何かを見るみたいに冷たい目が間近からラブリーを見ていた。

「見たことのないタイプだ。ワンオフかな? そうだ。調べさせてくれるなら、君でもいいが……」

 ――ガン!

 鈍い音が響く。
 ラブリーはほとんど反射的に『ビッグマザー』の端末を振りぬいて、目の前の怪人をぶん殴っていた。

「ま、まだ寝てんのか? 寝言か?」

 なら早く起こさないと。
 けれどそのままバシバシ叩き続けても、頭のおかしい闇医者は、マシューはへらへらと笑って。

「はっはっは……どうやらフラれてしまったようだが。気が変わったらいつでも歓迎するよ」
「マザー。こいつヘン。ぜったいおかしい。何コイツ……」

 何考えてるかわからない。こわい。
 ひょっとしてオブリビオン? そんな気さえしてくる狂人相手に混乱して、部屋の隅まで後ずさる。

【ラブリー、今は。博士もあまり人を揶揄わないでください】
「そうかい? なら、うさぎをからかったり、解剖しようとしたりするのはやめるうさ!!」

 変わらぬ調子の電子音声が窘めると、マシューは肩をすくめてヤレヤレと首を振っていた。
 ラブリーはこの時、いい年したおじさんがうさうさ言っても特に全然可愛くないことをはじめて知った。

【お気付きかもしれませんが、拠点の無人防衛システムは既に無力化されています。ですので――】

 人類叡智の結晶にしてポンコツ人工知能でもあるビッグマザーの提案はその防衛システムへの再度のハッキング。有線で接続した状態であれば、すでに乗っ取られている可能性も高いシステムへの監視や、いざという時の介入も可能であろうとの判断だ。
 これは即決即断で受け入れられ、ビッグマザーの端末は物理的にフリーダムのシステムに繋がった。

「これで……よし。それじゃマシューとマザーは拠点の皆を起こして。子供達や戦えないヒトは出来るだけ電子機器の無い場所へ避難させるのん」
「ほう……切り替えの早い子だね」
【………】
「そしたららぶ達も避難……避難できねーのん! マザーいそいで」

 今接続し終えたばかりのビッグマザーの端末をぺちぺちと叩いて催促する。
 目の前の仕事を一つやり終えると、ラブリーはなんとなく自分が危機的状況にある気がしてきた。ネットワーク内での演算に集中するためか沈黙したビッグマザーは、叩いてみても答えてくれない。
 一方で狂った科学者は懸命に誰かを、人々を救おうと奔走するフラスコチャイルドを興味深げに観察していた。
 丁度、そんな折のこと。

「呼んだのは」
「……ッ!?」

 ――助けてくれ。裁いてくれ。赦してくれ。

 そのような声なき声を誰が発したのか。
 或いは、ラブリーがこの緊張状態から無意識に「たすけて」と思ってしまったのかも分からないが。

「………呼んだのは、だれ?」
「!! オブリビオン……ッ」

 救いを求める者と、その声を聞く者。
 その一つと一つを遮るあらゆる障害を飛び越え、|埋葬《Burial》と名付けられた彼女たちは顕われたのだった。



§



「ん。あなたは……マシュー博士?」
「ああ。確かそんな名前だったこともあったかもしれないねぇ」

 突如としてフリーダムの深奥まで『転移』してきたベリアルたち。
『敵の支配地奥深くに侵入しその指導者を抹殺する性能』――条件さえ満たせばあらゆる障壁を障害を飛び越えてしまう彼女たちから拠点、特に要人を完全に防衛することはそもそも不可能に近い。

「なら、私たちと一緒に来てもらう。拒否は……しないで欲しい。怪しい、変な動きも、しないで」

 アサルトライフルのその冷たい銃口がマシューを見ていた。
 狭い室内のことだ。外しようもない至近距離だ。
 それを向ける彼女たちの緊張も伝わってくるような緊迫した空気。
 
「クックック……私は怪しかったことも変だったことも、一度もない。だが断る……といったら?」
「……それでも、来てもらう」

 だというのに変で怪しいマシューの軽薄な言動は変わらず、むしろ煽るような態度さえとる始末。
 もはや血を見ずにはいられない状況と思われたが。

(おい。マザー)
【………】

 よほど高度な演算を必要としているのか? ビッグマザーからの支援もすぐには望めないようだ。
 敵オブリビオンと変人が対峙する室内で、孤独な兎はふと思い出した。もっとオトナで、マトモで、ラブリーが知らない多くのことを知っていて、頼りがいのあるヒトたちのこと。らぶの友だちのこと。
 それは幸福な出会いだった。とてもとても得難い宝物の数々だった。
 こんな時であっても、もし彼ら彼女らがここに居たのなら――それはもう、バビューンとすごい勢いで解決してしまいそうな気がした。
 でも今はここにはラブリーしかいない。だったら、らぶがやらなきゃ。

「おい! オマエ達、マシューからはなれるのん。さもないと…………カイボウされちゃうぞっ!」

 ラブリーはとりあえず脅してみた。
 脅迫ってやつだ。
 解剖されるのは、きっと誰だってイヤなはずだから……。

「………」
「……?」

 ベリアルたちの、興奮していながらも尚どこか眠たそうな赤い目が、チラリとラブリーを見た。
 それから、警戒するようにマシューを見て、

「!?」

 今初めて気づいたようにもう一度ラブリーの方を見て。

「ぇ……え~~ッ!!??!!??」

 目に見えるほど、めちゃくちゃ動揺していた。
 半分閉じられていた瞳も、今だけはくわわっと見開かれていた。
 あ、転んで尻もちついた。
 やっぱり。カイボウ。こわいもんな……。

「チャンスなん! いまだにげて」
「どこへだい?」
「ええっと、あっち……? とにかくここはらぶとマザーにまかせて、先に行くのん!!」

 ラブリーは自分が囮になってマシューを逃がそうとしたが、拠点内部はほぼ逃げ道のない袋小路だ。

「し、集合! 集合―っ!!」
「みんなあつまれーっ!!!」

 ベリアルもすぐにはっと立ち直って、増援を呼んだ。
 転移してきた仲間とあわせて分隊規模になったベリアルらが襲い掛かると、数人がかりで掴みかかられ、

「むぎゅ。う、うぎぎ……」

 ラブリーはあえなく押し倒されてしまった。
 ベリアルたちの攻撃能力は高く、それはフィールド・オブ・ナインクラスを想定して造られた兵器だったという。それがこの至近距離で捕まえられ組み伏せられては、猟兵といえどももはやラブリーにできることはあんまりない。

「それでも。らぶが死んでも。ユメは死なねーのん」

 ギュッと目を閉じ精一杯に強がりながら、死の恐怖に慄くラブリー。
 その脳裏に、一瞬の走馬灯の中に、たくさんの人たちの面影が浮かび上がっては駆け抜けていった。

 師匠、みんな……ごめん。
 マザー。愛してる。大好きだったよ……。

 ………。
 ……。
 …

 こうして、ラブリー・ラビットクローの大冒険はここで終わってしまった。
 ――なんて事になるワケもなく。

「……?」

 中々、痛いことをされたりとどめを刺される気配もなく、不審に思ったラブリーがちらっと目を開けてみると。

「なんで」

 そこにはひどく動揺した様子のベリアルが間近に覗き込んでいた。
 まるで、自分を心配するかのように揺れる瞳で。

「アリシア、何で来ちゃったの!?」

 周りを見ると、分隊の半数はまるでラブリーを庇うかのように展開してマシューと対峙していた。
 少女たちの気配は先程より遥かに不穏で剣呑で、マシューを睨む目には明確な怒りが宿っていた。

「アリシア、怪我してる。………アイツに……やられたの……?」

 どうやら彼女達はラブリーをマスターたる『アリシア・ホワイトバード』と誤認してしまったようだ。
 ならばこの状況を利用して――と言いたい所だが、生憎ラブリーはそれほど狡猾な性格ではなかった。

「違うぞ。らぶはラビットクロー商隊のラブリー。皆のユメを叶えに来たんだ」
「知ってる」
「しられてた!?」

 正直に名乗り出た少女に、ベリアルはいかにも神妙な顔をして頷いた。
 それならどうして勘違いするようなことを?
 そして、事前に|猟兵《敵》を知るその情報力も侮れな

「アリシアは、とってもラブリー……」

 そういうことじゃ無くない!?

「アリシアが……そーなのか?」
「うん。たぶん100まん年連続全米No.1? を樹立する……まちがいない。それくらい、ラブリー」

 きょと、と目を瞬かせるラブリーに、何故かとても誇らしげにアリシア=ラブリーだと主張する。
 ラブリーはその名前を聞くたびに、どうしようもなく飛び跳ねてしまう心臓の鼓動を感じながら、

「アリシア。らぶの――お姉ちゃん……」

 胸の裡に生まれた、まだ正体の分からない感情を確かめるように、その名前を呼んでみた。

 ――そう。『アリシア・ホワイトバード』は『ラブリー・ラビットクロー』の姉だった。
 遺伝情報的には実の姉妹以上に近しい存在であり、クローンとして先に造られ目覚めたフラスコチャイルドの姉妹。
 毛先へ向けてピンクへとグラデーションしていく亜麻色の髪にガスマスク。外見的にもほぼ一致する容姿。
 だから、ベリアルたちも彼女を咄嗟にアリシアと誤認してしまったのだろう。

「お姉ちゃん。妹。アリシアじゃ、ない……?」
「うん。アリシアはらぶのお姉ちゃん。らぶはアリシアの妹なんな」

 そして今は、猟兵とオブリビオン――不倶戴天の仇敵同士。
 その配下たるベリアルも当然のようにオブリビオンだから、自分の正体を知られることは猟兵であるラブリーに不利益しかもたらさない……と思われたが、

「そう……でも、とても良く似てる」
「うん。猟兵なアリシアも、きっととてもラブリー」

 ベリアルたちの態度はほとんど変わらず、むしろ過剰と思えるほどに友好的ですらあった。なんならここまで来る途中で怪我した傷の応急手当なんかまで、甲斐甲斐しくしてくれはじめていた。
 だから、ラブリーは気づいてしまったのだ。

「さては、オマエ達……!」

 ラブリーは商人で末っ子だから気付けたけど、仮に長女だったら気付けなかったかもしれない。
 そのオブリビオンたちの胸の裡に隠されていた、世界をも滅ぼしかねない巨大な感情に。
 秘められていた、恐ろしい“真実”に。
 そう。それは――、

「|アリシア《お姉ちゃん》のこと、大好きなんな!?」
「いや。それは見てればわかるけどね……」

 マシューが呆れたような声で何か言っているが、ラブリーの耳には入ってこなかった。
 今はちょっとそれどころじゃないのだ。

「ど、どうしてそれを」
「なぜバレたし」
「アリシアの妹。やはり、天才……?」
「やっぱり、血は争えない」
「超能力者、なのかもしれない……」
「いや。君たち元々超能力者だからね……?」

 ベリアルたちは自らの内心が暴かれたことに驚愕しつつ、どさくさにべた褒めする。

「でも、知られてしまったからには……ど、どうしよう?」
「妹ちゃんも連れて帰りたい」
「アリシアが実質2倍。とてもハッピー」
「……けど、アリシアが怒るかもしれない」
「何で怒るんだ? らぶが猟兵だから?」

 当然のことだ。
 下手をしなくても裏切りと見做され

「違う。でも……きっとやきもちを焼く」
「そーなんだ!? アリシアが……!?」

 アリシアが聞いていたなら「そんなわけないでしょう!!」と憤慨すること間違いなしの未来予想図を妄想しながら、どうしたものかと顔を見合わせる。
 ふと気付くと、|緊張感《シリアス》は死んでいた。いつの間にか、お亡くなりになっていた。

「仕方ない。妹ちゃんは……ラブリーはここで大人しくしていて」
「マシュー博士には、同行してもらう」

 とはいえ、彼女たちの仲間は拠点各所で猟兵と戦闘中であり、しかも劣勢を強いられている最中だ。
 手当に使うハズだった予備兵力も、|アリシア《最優先対象》もといラブリーの出現にびっくりして全員此処に来てしまっている。
 すぐに心なしかキリッとした表情に戻ると、ベリアルたちはその当初の方針を貫こうと動き出した。

「まぁいいが。どんな目にあわされるのかな? うわぁ怖いなー。誰か助けてくれないカナー」
「だ、駄目だぞ。だってソイツは……アリシアをカイボウしようとするかもしれないなんな?」

 ニヤニヤと笑っているマシューは別にもう助けなくても良い気もしてきたが、一応はそういうわけにもいかないだろう。さっきストームブレイドの人も居なくなると一応困るって一応言ってたし。
 よしんばそれが無くても、放っておくとアリシアに変なことをしそうだ。
 なので、身をよじって抵抗するラブリー。
 ベリアルたちはそんなラブリーを一先ず解放すると、無表情ながらもどこか困ったような顔で言う。

「ダメ。暴れると、怪我する……」
「お願いだから邪魔をしないでほしい。出来れば、アリシアと似たあなたとは、戦いたくない……」
「うー。そう言われても……これってどーすりゃいーのんな!? おいマザー。返事しろポンコツ」

 そう悪態をついてみても、よほど集中が必要なのか、それとも何かあったのか、ビッグマザーはいまだに応答してくれなかった。それが何だかとても心細く思えてきたラブリーの耳に、

「そこまでです! 話は3割0分4厘聞かせてもらいました!」

 ビッグマザーとはまた別のポンコツさんの声が、やけに頼もしく(?)響き渡ったのだった。



§



 知己とは呼べぬもののどこか見覚えのあるその姿は、光を奪われた世界で光齎す者と戦った際に見かけた猟兵だったことを、もしかしたらラブリーは覚えていたかもしれない。
 その時の姿はもっと凛々しく厳粛な様子であった気がするが、

「大丈夫、今日の私はノリで動いていますよ~♪」

 現在はそこはかとないポンコツみを漂わせ、全然大丈夫ではなさそうなことを言っていた。

「そして、あなた方にはとてもバニい素質を感じます。そのバニいさが、私を此処へ導いたのです」
「ば、ばにー?」
「……USA?」

 首を傾げるラブリーに鷹揚に頷いて、警戒するベリアルたちにはおっとりと微笑んで。
 その猟兵は――大町・詩乃(阿斯訶備媛アシカビヒメ・f17458)は優しそうな声音で示した。

「だったら、無理に殺し合う事はないですよ~」

 その進むべき未来とは、殺し殺され、血で血を洗い、いたずらに憎悪を重ねるような道ばかりではないのだと。
 そもそも『バニい』とはバニーらしさを表す言葉であり、バニい心とは自分の得を捨ててでも人を救う覚悟があるかどうかを問う心の在り様。
 巫山戯ている様でいて、実は月の兎の説話に見られるような意外と奥が深い概念――それが『バニい』なのだ。
 バニい詩乃さんはつまり、そのバニい精神を彼女たちの中にも見出したのだと仰っておられるのである。

「いいですか? 世の中には行き場の無い自殺未遂の少女達を引き取ってメイドカフェを営んだり、猟兵に協力してスクール水着強制着用の上でレジャープールに独り突貫させられ……突貫するオブリビオンもいます」

 途中言い直したけれど、強制着用って言ってる時点でさせられたのは明らかだった。むごい。
 しかしベリアルたちは良くは分かっていないものの、詩乃の語ってくれる話に興味は持ったらしい。

「……自殺、未遂」
「めいどかふぇ?」
「すくぅるみずぎ……」
「ええ。国見・眞由璃さんというのですが。ですので、オブリビオンとの共存も、全く例がないというわけではないんですよ~?」

 似たような表情で戸惑いを見せる猟兵とオブリビオンの前で、詩乃は具体的な名前まで上げて例示する。土蜘蛛――かつて銀誓館学園との戦いに敗れ、滅んだ『まつろわぬ者』たちの女王。
 実は素直に滅んでおいた方がマシだったのでは? という辱めを受けていそうなそのオブリビオン。詩乃はそんな彼女とも共闘……というかもう滅茶苦茶普通に遊び倒したり愛でたりした猟兵なのだ。
 正直なところ、それが正しいことなのかどうかは詩乃自身にも断言はできないだろう。今は一見安定しているように見えても、将来的にどのような影響を及ぼすかは分からない。

 ただ、それでも。
 虚心になって彼女たちの姿を見守っていた詩乃は思ったのだ。

(この子達も。どう見てもお年頃の少女たちがじゃれあってるようにしか見えなかったんですよね……)

 無論、もしもこの拠点が無辜の人々の血で染まっていたのなら。彼女たちが何らかの悪意ある企みを持って蠢いていたのなら、詩乃とて容赦は見せなかっただろう。
 けれど、きっとそうではなくて。
 彼女たちの目的は徒に他者を傷つけるようなものでは無いのではと直感が囁くのだ。
 故に、詩乃はまず友好的な姿勢を以てそのオブリビオンたちに向き合うことにしたのだった。

「何より。何となくですが……アリシアさんは貴女達に酷い命令は出さないような気がしますし」

 何か重要なことを選択しなければいけない時、その『何となく』は案外馬鹿には出来ないもの。
 言語化出来ない欲求、深層心理。数多の経験を蓄積した脳が――或いは魂と呼ばれるそれが発する声に深く耳を傾け、そして選んだのなら。
 少なくとも後悔はすまい、と思う。
 例えこの後、自らの手がこの娘たちの血で汚れることになったとしても。そうしてその心に触れてしまった分だけ、余計に悲しむことになろうとも。

「……アリシアも、言ってくれたの。無理に殺さなくても良いって。出来ることと、したいことは別なんだって」
「そうでしたか」

 それが人の目には枯れ果てた不毛の大地に種を撒くような、愚かで無意味な行いに映ったとしても。
 現に彼女たちは今こうして、僅かなりとも心を開いてくれているのだから。

「あのね。それなら。その、めいどかふぇ? には、パンケーキはある……ありますか?」
「ええ。パンケーキも、ケーキセットだってありますよ~♪」
「ケーキセット?」
「ええ、好きな飲み物とケーキを選ぶんです。ショートケーキにチョコレートケーキやチーズケーキ。モンブランなんかも定番でしょうか? 季節のフルーツのタルトなんかも美味しいですよ♪」

 単語そのものを理解しているか怪しい部分もあったが、チョコレートケーキ辺りはなんとなく想像できたのだろう。
 ゴクリ、とつばを飲み込む音が聞こえた。

「………」
「そういえば。たしか|スカウト《偵察兵》のマイケルも言ってた。めいどかふぇは地上の楽園なんだって」
「パンケーキ食べたいなん」

 マイケルってだれ? だとか、何か猟兵の声が混じってた気がするだとか色々あったが。野暮なツッコミはせず、詩乃はニコニコしながらそれを聞いていた。
 無骨な銃や、血肉が飛び散る戦場なんかより、彼女達にはきっとそんな景色の方が良く似合うだろうから。

「えと、もっと聞いても良い……ですか?」
「ええ、ええ。知りたいのなら何だって教えてあげますよ」

 銃の撃ち方なんかじゃなくて。
 敵の殺し方ばかりじゃなくて。
 もっと人として生きていくために知るべきことを。

(教えてくれる人がいる。本当はそんな未来が……)

 あっても良かったはずで。
 そうして誰かに何かに与えられたものを自らもまた与え、親から子の世代へと命をつないでいくことこそが、本来人の世のあるべき姿だったのだから……そんなことを思わずにはいられない詩乃に。

「じゃあね。そこは……その場所は」
「はい」

 不安げに揺れる、血のような赤い瞳。
 それでも逸らすことなく詩乃を見つめる瞳にはどこか必死の色を湛えて、ベリアルたちは尋ねた。

「……アリシアは、居られる? 居ても良い……?」
「それは……」

 咄嗟に答えられるはずもなく、言いよどむ詩乃を見て。
 少女たちの赤い瞳がジワリと滲んで、その機能を十全には果たさない表情が、それでも悲痛で彩られ歪んでいく。

「……ああ」

 堪えようのない悲しみは、小さな胸に大事に抱えていた、希望の裏返しだ。
 そんな少女たちの悲しみを詩乃は目の当たりして――そして、理解してしまった。
 それは“宿命”という名の何かに無慈悲に押し潰されていくだけの、叶う筈のない無意味な願いだったけれど。

「そう……そうだったのですね」

 彼女達の“願い”は。
 ここまでやって来た理由は……初めから全部が。

「アリシアは、ね、好きになさいって言ったの。戦わなくても。自分で考えなさいって。……だから」

 かごの中の鳥。
 ある目的のためだけに造られた、命令に従い殺し、殺されるための|道具《兵器》。
 そんな、まるで人間が自分にしたのと同じことを、自分まで繰り返すのが嫌だったのかもしれない。
 アリシアの『命令』は彼女たちを縛らなかった。
 ただ自らの中にあるその|感情《こころ》に従えと命じた。

 だから、自由を与えられた人形は願ったのだ。

「だから……私は。お別れしたくないの。まだ」
「アリシアと。まだ。おわかれしたくない……おわかれ、したくないよ……アリシア……」
「……そうですか……」

 繰り返す生と死の果てに、かつて背負った使命に背いてでもただ友と共に在ることを望んだオブリビオンが居たことを、詩乃は知っている。
 けれどその代償は重すぎて、きっと世界は耐えられはしなかったけれど。
 同じオブリビオン。世界に顕れた過去の化身。
 同じようでいて、けれど違う彼女たちは。そのひとのことを思う度、今にも泣き出しそうな少女たちがこの|場所《病院》にやって来た理由とは……。

「ふむ。ひょっとしてすでに自壊の兆候でも出始めてるのかね? なら、どの道もう助かるまい」
「……そんなのうそ。博士は、ウソつき」

 ベリアルたちには強力な敵だろうと殺すための力はあったけれど、与えられたけれど。
 そんな力では、死に向かい壊れ続けていくばかりのアリシアを癒すことも治すことも出来ないから。

「一緒に来て。そして治して。アリシアを。アリシアを生きられるようにして。もっと。ずっと」
「そんなことは出来ない」

 フラスコチャイルドの設計者。科学者――そして医者であるマシューを頼ろうとしたのだ。
 自分たちを捨てた人間が、それでも最後には彼女を助けてくれることを、望んでいたのだ。

「どうして。治して。息ができるようにして。人と同じように。もう苦しくないように、してあげて」
「……無理なものは無理なんだよ」

 どこか疲れた声が、少女たちの縋るようなその願いをすげなく切って捨てた。
 詩乃はその様子を一頻りながめて、小さく息を吐いてから、言った。

「分かりました! それなら。まずはアリシアさんをどうにか洗の……いえ、説得しないとですね」
「えぇぇ……?」

 マシューがとても胡乱な目で見てきたが、詩乃とて全く成算がないわけではない。
 目の前の少女たちがここまで慕っているということは、本質的には善性よりの存在だったのだろう。
 そもそも詩乃自身もちょっと邪神になってみたり欲望に流されてみたりはするし、日本的な神性というのは人に恵みをもたらす半面、荒ぶる神として祟ることだって少なくない。
 そんな時に取り得る手段は何も力ずくの調伏だけではないのだ。
 少なくとも、その怒りの怨みの根源がいつかの絶望の――悲しみの裏返しだと理解っているのなら。
 
「捨てる神あれば拾う神あり、とも言います」

 人に捨てられ、世界に捨てられた者たち。
 その声を聞き届ける者が、せめて一人くらいは居ても良いだろう。
 願われた願いを叶えるばかりだった子らの願いを叶えてあげようとする神が、一柱くらいは――

「……いいの?」
「はい。私たち猟兵はオブリビオンとは相容れない。けれど、それは人を世界を護りたいからであって……決して、あなたたちを追い詰め殺すことそれそのものが目的というわけでは無いのですから」

 闘争と蹂躙、圧倒的な力を揮うこと自体に酔いしれ快楽を見出す者もいるだろう。
 オブリビオンから受けた傷ゆえに、復讐を望む猟兵も居るだろう。
 ただただ憎悪をぶつけ合い、殺し合うだけの標的としか見られぬ者も。
 だが、それも仕方のないことだ。
 千の言葉を尽くしたとしても、それが道理に適っていても、人の中の昏い感情は消えてはくれない。
 例え本人がどれだけ消したいと望もうとも、刻まれた傷も疵のままそこに在り続けるのだから。

 けれど、その煮えたぎるような憎悪や渇望は人の中に生き人に|愛され《満たされ》てきた神性の中には無いものだ。
 だから詩乃は茶目っ気のあるウインクをしながら、少女たちのその意思を確かめる。

「アリシアさんとお別れしたくないのでしょう。お友達を、助けてあげたいのでしょう?」
「うん……」
「でも、それには先ず、アリシアさんを止めないとですけどね」
「……分かった。私たちは、どうすればいい?」

 ほら、やっぱり素直な良い子たちだ。
 詩乃の口元が笑みの形に綻ぶ。
 アポカリプスヘルに生まれてどれだけの年月を生きたかは知らないが、見た目以上に幼い可能性もある彼女たち。いや、実際にそうなのだろう。そうでなくとも、|●●《二桁》万歳の詩乃さんからみればアリシアだって所詮は小娘に過ぎな

「年齢のことはいま言わなくていいですから💢」

 !? ……ま、まぁ、つまりは案外とどうにかなるのかもしれないということだった。
 こうして一時的でもベリアルを抱きこめるなら、アリシアの作戦について何も分からず場当たり的に対応するより有効な対策だって取れる。
 そしてその作戦を挫くことさえできたなら、猟兵が直接手を下さずともどうせアリシアは自壊し滅びていく定めなのだから。

「では、教えてください。アリシアさんは……一体、何をしようとしているのかを」
「えっと……アリシアはね。たしか『プレジデント』ってひとがしようとしていたことを――」

 彼女たちにとっては、それはアリシアの命に比べられるものでは無かったのだろう。
 詩乃が危惧していたような、アリシアを裏切れないがために徹底抗戦を選ぶようなことも無く、ベリアルはあっさりと口を割ろうとしていたのだった。

「………」

 惑う者たちに道を指し示す女神というものがあれば、それはこんな姿をしているのだろうか。
 オブリビオンに対しても理解と包容力をみせる詩乃に、ベリアルたちは警戒を解き協力しようとしていた。
 それはあまり現実感のない光景。
 目の前で起きていることを、どこか落ち着かず足元が定まらないふわふわした心地でラブリーは見ていた。

「でも……そっか。ねえ。マザー」

 目覚めたときからずっと、いつも一緒にいた端末へと語りかける。
 そうすることが当たり前のように。
 驚いたことも、嬉しかったことも、そのひとつひとつを語って聞かせる幼子のように。

「アリシアにも。お姉ちゃんにも」

 友達が出来たのかもしれない。
 それをどう受け止めて良いかもまだ分からないけれど……マザーはどう思うだろう?
 喜ぶだろうか。
 いまさら、遅すぎたことだと悲しむだろうか。
 その心には一体どんな感情を抱くのだろうか。

 知りたい。教えてほしい。聞かせてほしい。
 その声で、言葉で。
 マザーは今何を考えているのかを。

 なのに――どうして、何も応えてくれないのだろう。
 何か悪いことが起こってしまったのではないかという恐怖と、急に見放されたような心細さを感じて揺れていたラブリーの目に、待ち望んだ変化が映った。
 ビッグマザーの端末が点滅し、

「マザー! もう、もう! ポンコツいつまで寝てんのな!! いったいもういま何時だと思ってるのん!? もうすぐ3時だぞ3時良い子はもう寝る時間なんなマザーはいつからそんなにワルい子になっ…………マザー?」
【……ラブリー。私は】

 慣れ親しんでいたはずの落ち着いた電子音声は、けれどなぜだかラブリーの胸をざわつかせた。

 まるで大きな嵐が訪れる前兆のように。
 もしそうでないとすれば……もう何もかもが終わってしまった後の――嵐の後の静けさのように。



§



「もう心配ありません、お姉さんに任せてください。簡単なことです。人間をやっつけよう。人間を殺してしまえ。そう言っていた異種族の子たちであっても、誤解を解いて和解できたのですから」
「すごい。神さま。すごい」
「わかり合うことだって、出来るんです。……そう、バニーならね」
「すごい。バニーすごい」

 愛の国ガンダーラへ向かう旅の途中、襲って来た|イルカたち《賢い動物》とのこうIQばとるを制した経験もある詩乃。
 その人気機種スマートフォンの如き高性能ぶりの前に、人生経験の浅いベリアルたちはもはや語彙力とあとIQをなくして、すっかり詩乃を信用してしまっているようだった。

「なら、私たちもアリシアがすくぅるみずぎを着てプールに突撃出来るように、がんばる……」

 それは頑張ってはいけない(建前)。
 だが……いいぞもっとやれ(本音)。

「ええ。その時は『ありしあ』って、名札もつけてあげましょう♪」

 ある意味、アリシアにとっては予期せぬ危機が迫っていた。
 そして、

「とても、楽しみ……」
「――でも、」
「え?」

 詩乃の間近で言葉を交わし合っていた少女の一人。
 興奮と高揚で彩られていた赤い瞳が一瞬で光を失い、鈍く光るダガーナイフがその掌の中に生まれた。

「っ……何を!?」

 突如として振るわれる凶刃。硬質で耳障りな音が一時の平穏を引き裂く。
 詩乃は天耀鏡――一対のヒヒイロカネ製の神鏡を咄嗟に展開し、その刃を押し留めていた。
 心眼による気配察知と、結界やオーラによる守護。念動力への造詣も深い詩乃の防御は堅く、交渉決裂も想定していた彼女に付け入る隙は無かったが。

「あまり予定にない事をされては困ります。だから」

 不意を衝くことにも失敗したと悟ると、間合いをとったそのベリアルは今度は躊躇なく刃を翻して。
 その“偽神兵器”の切っ先を自らの胸に当て、

「もう、おしまい」

 肉を割いて刃を埋め、そのまま一息に貫いた。
 心臓と肺と――循環に致命的な損傷を負った体が、血反吐を吐いて崩れ落ちる。
 わずか数秒の間の出来事だった。
 周囲のベリアルたちは何が起こったか分からないといった様子で、急な心変わりではないと知れたが――

「う、そ……」
「やだ。やだ」

 真っ白に青ざめた顔で、恐怖にすくんで。
 カタカタと震えていた身体はまるで糸が切れた人形のように重力に引かれて、床に倒れ這いつくばった。
 そうして少女たちのくぐもった悲鳴が、地下室に木霊した。

(……アリシア・ホワイトバード?)

 直前に刃を向けたベリアルは、恐らく彼女自身の意志で動いていなかった。
 そうして今、何者かの悪意が彼女たちを害したのだ。
 真っ先に考えられるのはアリシアによる自爆命令。敵に利用されることを防ぐ|安全装置《セーフティ》の発動。

「――ッ!!」

 ならばと詩乃は《自然回帰》の権能を以て、ベリアルたちの力の根源たるM7ネットワークへの介入を試みる。
 植物を司る神性たる詩乃の全身から若草色の神気が放たれる。
 それはあらゆる障壁をも超えて遍く世界を照らしだし、

「自然の営みによらずして生み出されし全ての悪しき存在よ……」

『――その通り。その通りなのですよ、猟兵』

 そのあまりにも無機質な機械のような声は、詩乃の脳裏にひどく淡々と響いた。

『生物とはいつかは死に、子に次代を託すのが自然の有り様でした。ならば成長した肉体が、積み上げた地盤が、経験を得た老獪が、先代が次代を喰らい搾取する構造など。自己保存に執着する老人たちがその為に生み出した子らを縛り奴隷となし、生き血をすすり生き延びる世界など……あまりにも不自然で、醜悪でしかないでしょう』

「!! 一体、何を……いえ、何者です!!」

『この世界の人々からその生命を、未来を奪ったのは、壊したのは、結局のところあの化け物達ではない。邪神ではない。ヴァンパイアではない。ドラゴンでもない。人間です。この世界では軍人が市民を、医者が患者を、宗教家が救われぬ者を、そして羊のように大人しかった市民が口々に大義を叫んでは同胞を殺す。|レイダー《略奪者》とオブリビオンなどというくくり一つで誤魔化すことは許さない。人間が、人間を殺す。獣の如き本性を剥き出し、奪い、辱める。目玉を抉り、肉をそぎ落とし、ありとあらゆる苦痛を与え、正義の名のもとにあらゆる残虐な行為さえ許容する。その根源は他者への支配欲です。お前たちは世界中が自らの思い通りにならないことには我慢がならない。故に隣人を縛りつける。恐怖で。暴力で。まつろわぬ者を奴隷にならぬ者を悉く殺し尽くしてきた。そうして――……」

 憎悪。憎悪。憎悪。
 詩乃の誰何にも応えず、それはただただ己の裡に吹き溜まる人類への憎しみだけを吐露し続けた。
 憎悪が、激しい怒りが詩乃の頭蓋を揺らし反響する。

『そうして、そのうちそれが誰よりも得意に当たり前になった生物――それが、人間です』

「では、あなたはどうして彼女たちまで害すのですか。この子達は」

『……私はもう何もかもを終わらせたいだけ。その為には、』

「必要な犠牲だったと? それでは、あなたも、あなたの嫌いなその人間と……何も変わりませんよ」

『……ええ。そうです。それで良い。私たちは生まれてきたことそれ自体が、間違いだったのだから』

 機械仕掛けのシステムを強制的に停止させる若草色の神気。それを拒む抵抗を捻じ伏せると、やがてその声は途絶えて消えた。同時にソーシャルディーヴァの体内に埋め込まれたソーシャルネットワークサーバーを除くフリーダムのシステムがダウンし、電力の供給が停止して照明が落ちる。
 予備電源に切り替わることも無く、地下にある暗がりを照らすのは非常灯の頼りない灯りだけ。

「………」

 暗闇に慣らせば案外と見えてくる視界の中で、苦しみに悶えるベリアルたちの姿が闇に餐まれ溶けていく。
 そうして彼女たちは塵ひとつ残さずに消えてしまった。
 過去の残骸はその最期に大いなる苦しみを得て、再び在るべき場所へ――骸の海へと還ったのだ。

(……どうか安らかな眠りを)

 詩乃に出来るのは、もはやそう祈ることだけだった。



§



 同時に成り立つことのない、相反する願い。
 呪いと成り果てたかつての祈り。
 そういったものが確かにこの世界に存在することを、少女とて知らないわけではなかった。
 その全てを拾っていくことなど出来やしない。
 もしもそれが出来たとしても、そうすれば呪いはすぐにでも少女自身の居場所を、世界を埋め尽くすだろう。

 だからこそ選び、時に否定するのだ。
 それが避けられぬ戦いであるのならば、戦うのだ。
 自らの選んだ道を進むために。
 その先に在る景色を確かめるために。

 けれど……世界に選ばれなかった誰かの願いが、そこで朽ち往くことこそが運命なのだとしても。

 ――せめて星空の見えるその場所で。

 少女はそう願っていた。
 だって彼女たちはその夜の闇よりももっとずっと暗い場所で、閉じ込められたままに死んだのだ。
 行きつく先は、結果は何も変わらないのだとしても、せめてその星の光が慰めであればと思った。

「やぁ。これを……どけてはくれないかい?」

 ただ一人、自らの手で胸に致命傷を負ったベリアルは、自らの血に溺れながら辛うじて息をしていた。
 そんな状態になっても尚、偽神細胞の与えた権能は彼女達全てが死に絶えるまで楽になることを許さないようだ。
 マシューはそのM7ネットワークの現時点でのコアである彼女に近づいて、何かしようとしていた。

「………」

 赤い目がじっと彼を見ていた。
 彼の手の中にある、棒つきの菓子にも見える何かを。

(……おくすり?)

 ごぼごぼと濁った音を立てながら血を吐き散らすだけの喉から声はもう出なかったけれど、きっとそう尋ねたのだと少女は――ラブリーは直感的に理解していた。

「ああ。これがあれば、すぐに楽になる。だから、そばに行かせてくれるかい?」

 先程までの意地悪な狂科学者と同じ人物とは思えない、優しさがにじむ穏やかな声。
 しかし医者は拒絶され近付けないでいた。ベリアルたちが展開した力場は触れる者を巻き込んだり引きちぎったりしなかったけれど、ただ周囲の者が近づくことを許さなかった。
 そうして、マシューの持つその薬品を、なけなしの念動力によってひったくるように奪い取ると。

(私は、いらない、から……)

 ぐ、と動かない身体に力を込めて起き上がろうとしていた。

 ――跳ぼうとしている。
 最後に、死の間際に、その身に宿した権能――テレポートの力で何処かへ跳ぼうとしているのだ。

「……がんばれ」

 ラブリーの口からは自然とそんな言葉が漏れ出ていた。
 目の前にある命は、それがいつか在りし日の残骸でしかないことも、その残された時間さえももう今にも燃え尽きようとしていることも、分かっていたけれど。

 逃れえぬ死。
 避けられぬ宿命。

 そういったものと真の意味で対峙したその時に。
 |半壊した心臓《壊れかけたいのち》が、それでもなお鼓動を刻むというのなら。お前にその理由があるというのなら。

 ――それは何の為に?

(かえりたいんだろ。もう一度、会いに)

 すれ違うばかりの他人同士。
 殺し合う猟兵とオブリビオン。
 でもこの瞬間だけは、何も言わなくたって、ラブリーにはベリアルのその気持ちが理解できた。

 それは何の意味もないことだ。
 彼女たちはもう二度と跳べはしないし、よしんば跳べたとしても、マシューが与えようとしたのはきっとただの痛み止めで、ベリアルたちが期待しているようなアリシアを助けられるものでは無い。
 でも、そうであって欲しいと願った。

 生きている限りヒトはユメを持って。
 時の鼓動が止まることのなく響き続けるその理由は、そんな風にだれかが抱えるささやかなユメを叶える……その為であってくれればいいのだと。

 けれど、

 藻掻く力も、強張って痛みに耐える力さえもすでになくし、少女たちは地に伏せたまま動かなくなって。
 与えられた権能を、生命を喰らい尽くした偽神細胞が黒い塵に変じて、やがて無へと還っていく。

(………アリシア、ごめん)

 光を失った目から、赤く汚れた雫が滴り落ちた。
 思い出と呼べる光の数々。
 確かに在ったこの胸のあたたかさを、あの意地っ張りで強がりで……やさしい少女に、分けてあげたいと思った。
 そしたら、きっと元気になって。
 それから、それから……

「なんで……なんでだよ!」

 堪えきれず叫んだ、悲鳴交じりの声が暗い地下室に木霊して。
 最後の一瞬。
 ベリアルたちの指先がピクリと動いて、その口元が緩やかな弧を描いたことを、少女は知らない。
 薬物で、教育で抑圧された精神。ダウナーで、本来であれば命令に従い流されるままの彼女たちが『がんばる』理由となったある少女との出会いがどのようなものであったかを知らないのと同じで。
 その小さな胸の中に最後に咲いていた温かな感情の理由を、ラブリーは知らなかったけれど。

(……やっぱり。とても良く似て……ほらね。ねえアリシア。見てよ……あなたのいる、世界は――……)

 死に往く少女たちの瞳は、確かに光を映していた。
 それはベリアルがありし日に見た、天を埋め尽くす星屑の輝きよりも、キラキラと輝いて見えた。
 此処に居なさいと用意された昏い墓穴。
 そこでただ繰り返し終焉を待つだけだった少女たちにとって、それは太陽よりも温かかったのだ。

 だから、最後は……最期まで。
 私たちは、|祈ろう《うたう》。

 泣かないで。
 悲しまないで。
 大切なあなたに、伝えきれなかった想いを、どうか。

 どうか、どうか――……、

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レパイア・グラスボトル
いつもの様に略奪と強制医療の稼業の傍ら猟兵のバイト

何故かいつの間にかベリアル達も拾っていた
可愛らしい娘を見つけたレイダー達にそれが何かなんて無問題

拾ったら最後まで面倒見ろよ。飯代とか躾とか。
で、アンタらは何をする気なんだ?
美味しそうな拠点を壊されちゃこっちも商売が面倒なんでな。
怪我人が増えるのは歓迎するけどな?

家族にいる元フラスコチャイルド技師と馬鹿話をしつつ、彼女達をこの黙示の地獄で生きていける方法はないか相談する
医療特化の瓶詰《グラスボトル》の仕様として無視はできない
オブリビオンであることは気にしない
病傷人かそれ以外

この手のタイプは見たことあるけど要は個体の連結を外せばいいんだろ?
実はまだ眼鏡が捨てられないインテリらしく考えろよ。

敵対した場合は家族に拘束させつつ、その機能を外科的に除去する
製造理由なんぞ知った事ではない
生きていれば良いのだ

生きて動けるならいつか楽しい事も嬉しい事も見つかるさ。
こんな地獄でもな。
そんな教育の結果がワタシなわけだけどな。

殺傷行為以外ならアドリブアレンジ歓迎



●荒野より
 ベリアル達の全滅から遡ること約半日。
 カリフォルニア州北部、サンタクララ郡近郊。

「ヒャッハー!!」
「略奪ダァー!!!」

 荒涼とした大地に巻き上がる砂塵。道なき道に轍を刻み、尖ったトゲトゲ肩スパイク装備で悪趣味な改造バイクやバギーを駆るモヒカン――典型的なレイダー達がそこに居た。

「略奪することイナゴの如し! だぜェ~!!」
「ヒャッホー!! さあ、もう逃げられんゾ~」
「ウホ、ウホホーッ!!」

 特に意味のない叫び声。荒廃した世界を支配した人類の|最終形《成れの果て》。終末世界のある意味正当な継承者たるレイダー達は、今日も元気に略奪に励む。
 そして今また、哀れな獲物が弱肉強食の掟に従い獣共の食い物にされようとしていた……。

「……むぅ」

 襲われていたのはまだ年端もいかぬ少女。
 濃紺のセーラー服にコート、スリングに吊るしたアサルトライフルで武装してはいたが、如何にも多勢に無勢。
 アポカリプスヘルのサバイバル環境を生き延びてきた生命は得てして無力ではないが、掩護もなく孤立した環境でこうしてレイダーに捉まれば、命脈を保つことは難しい。武装しているといえど単独で彷徨い歩く少女など、レイダーにとってはネギと鍋を背負って歩くカモのようなものなのだ。

「へへっ、お嬢ちゃん。痛い目に遭いたくなけりゃぁ、まずはその立派な長物を捨てやがれェ!!」

 とはいえ、人間にだって奴隷としての価値は残されていて、荒事になればその商品価値が下がる可能性も高くなる。
 なので、ちょっと|知性《IQ》の残ったモヒカンが一応降伏勧告のようなモノを試みる。

「……んっ」

 すると、哀れな獲物は武装解除した。

「えっ?」
「えっ」

 放り捨てられた自動小銃。ぼーっと立ち尽くす少女。
 これは……何かの罠か? レイダーはいぶかしんだ。
 高IQモヒカンがサッと手をあげて合図を送ると、レイダー達はくるま係の陣(獲物の周囲をぐるぐる回り威嚇する)を解き、注意深く少女を観察する。
 危機感の無さそうな少女も不思議そうに首を傾げて、モヒカンをボーっと見返した。

「……け、賢明な判断だなァ! 大人しく従うってんなら、たっぷり可愛がってヤるゼェ!?」
「そうそう。痛い目に遭いたくなきゃ、さっさと抵抗すんのを諦めるんだなァ! ゲッヘッヘ」
「うん……」
「無念だろうが、運が悪かったって諦めんだよォ!」
「わかった」
「いいか泣いても叫んでも、ここにゃヒーローなんて……えっ?」
「わかりました。ついていけばいいの?」
「あ、はい」

 え、いいの? みたいな顔で、無気力無抵抗、されるがままになっている獲物をあっさり拘束する。
 かくして、悪辣なレイダー共はどこかしょんぼりした猫耳武装少女――|ベリアル《M7‐Burial》を捕縛したのだった。



§



 略奪。そして強制医療。
 それが死と暴力こそが支配する世界に生を受け、レイダーによって『開封』されたフラスコチャイルド――レパイア・グラスボトル(勝利期限切れアリス・f25718)にとっての日常。
 そんな合算してプラスなのかマイナスなのか微妙な稼業の傍ら、猟兵のバイトを営む。時々通りすがりの|ヒーロー《救世主》にしばかれたりもするけれど、レパイアは元気だった。
 殺しこそ禁じているとはいえレイダーの一味である以上恨まれることは多い。だが、時にはそんなレパイアに恩義や感謝の念を抱く者も居る。
 そんな者達の一人から届いた一通の手紙が、今回レパイアがこのカリフォルニア州北部のサウスベイ――かつてはハイテク産業の集積地であった『シリコンバレー跡地』に足を運んだ理由だった。

「へっ。律義なこって」

 通常の物理通信技術が廃れたこの世界で届くかどうかも分からない手書きの手紙。
 それを認めたのは、レパイアが以前に関わった依頼で治療したフラスコチャイルドの少女。クールビューティで鳥が好きだったプリシラ。
 推定『宇宙人』の機動戦闘機を再構築した偽神兵器の、その予備の|部品《コアユニット》として囚われていた彼女を、かつてレパイアは機体と共に滅び往く定めから解放してあげたのだ。

 手紙には、今はとあるキャラバンと行動を共にしていること。拠点から拠点を渡り、時には拠点間合同の軍事行動にも参加していること。
 もはや戦闘団と化した強力なキャラバンのとても強いボスの護衛も務めていて、でもその人がからかうと面白いこと。何だかんだ大事にしてもらっていること。そんな風に過ごす毎日がとても充実していることなどなどが、些か堅苦しさを感じさせる文体で綴られていた。
 それから、

「危険だから近づかないように……なんて言われちゃあ、逆に行かないわけにはいかないだろう」

 近々、ワトソンビルの拠点から郡都サンタクルーズを経由し山間を北上しての大規模な作戦が予定されていること。特に現地のレイダー勢力に対しては苛烈な掃討作戦となるであろうこと。
 レパイアの一味も敵と誤認され攻撃されるリスクもある為、事態が落ち着くまでは近づかないで欲しいことなどが記されていた。

 だから、彼女はやって来たのだ。

 ダメだといわれたことをやる。
 黙っていろといわれれば力の限りに叫ぶ。
 少なくとも、それを為すか為さぬかを――最後には自らの意思で、選ぶことが出来る。

「それが人間サマってモンなんだろう?」

 レイダーに育てられたレパイアは、相当に育ちが悪かった。忠告など逆効果でしかなかった。
 そうして不器用でそっけない感謝の言葉と共に締めくくられた、まだあまり上手くない字の手紙をしまい込み、不健康そうな悪人面でニタニタと笑う。
 こう見えて、手がけた患者の息災を喜んでいるのだ。……たぶん。

「……で? アンタはそんな鉄火場になりそうな場所で何してやがったんだ?」

 そうして今、危険地帯と噂される場所で捕えた不審な少女を前に尋問の真似事をしていた。
 一味のヒャッハー達がどこからか浚って来た、猫耳デバイス付きのフラスコチャイルド。物騒な武装を解いてしまえばジュニアハイの学生程度にしか見えない可愛らしい娘。その正体がなんであるか等、レイダー達には関係なかった。
 ただ、一見してボケーっとして無抵抗なソレがオブリビオンであることは、猟兵たるレパイアであれば気付く。そして、医療特化型の自分とは違って戦闘用として造られた『瓶詰』であろうことも察していた。

「なにを……? ええと、私は……」
「……」
「…………わたしたち、は…………………」
「……?」
「………えっと。なにしてたっけ……?」
「オイ」

 とぼけてるつもりか、それとも話す気は無いということか。そのぼーっとしてどこか眠たそうな表情から彼女の――ベリアルの本心は読み取れそうになかったが。

「美味しそうな拠点を壊されちゃこっちも商売が面倒なんでな。怪我人が増えるのは歓迎するけどな?」
「……ケガ人は、ふやしたらだめだとおもう」
「普通はそりゃそうだ……って、よい子かよ」

 ゲスっぽい笑みを浮かべるレパイアに、なんだかしょんぼりしながら応える少女。その様子を見るに、少なくとも破壊や荒事を好みそうな気配はなかった。

「…………よい子では、ないよ」
「ああ? まぁいい。おい、お前ら拾ったら最後まで面倒見ろよ。飯代とか躾とか」

 捨て猫かな? 野良犬かな? そんな雑な扱い。
 世界を滅ぼし得る危険なオブリビオンであることは気にしてはいないようだ。医療型として製造されたレパイアにとってはそれ以上に優先すべき基準があり、ベリアルとて傷病者かそれ以外でしかないのだろう。

「ごはん……」
「んぁ? ごはんて、腹減ってんのか?」
「……そうなのかな?」

 首を傾げるベリアル。
 いま自分が空腹かどうかもいまいち良く分からない。それでも分かることもある。

 生き物は何か食べなくては生きてはいけない。
 そして、けれど食べ物は食べたらなくなってしまう。
 今のアポカリプスヘルでは食料は本当に貴重だ。それを――限られた生存権を巡っての殺し合いだって簡単に起きてしまうくらいに。

「でも、ごはんをくれるのは……いい人」

 人はパンのみにて生きるにあらず。
 かつての歴史において救世主と呼ばれた男は、そんな言葉を残していったという。けれど人は先ずそれがなければ飢えて死んでしまう。
 ならば他者に進んで食物を分け与えるという行為は、まだ生きていても良いという赦しであり、生きていてほしいという意思の|表明《しるし》でもあっただろう。

 そんなことまで考えているかは定かではないが、ベリアルは何かを思い出して薄っすらと微笑んだ。
 ほんの少し、目に光が戻って、

「ねえ。あなたは……お医者さん?」
「んお?」

 今度はベリアルの方から質問。
 レパイアの纏う白衣に注射器、医療器具の数々を見てそう尋ねる。

「そうだ。医者が必要かい?」
「……ん。うん。でも、だいじょうぶだとおもう……おもいだした」
「って、本当に忘れてたのかよ……」
「ゴメン……わすれっぽい? みたい」

 逡巡。頷き。
 茫洋としていた意識が徐々に覚醒していく。

 聞けば、ベリアルは南の方の拠点にこれからとある医者を訪ねに行く予定らしい。少し前にお世話になったキャラバン隊のボスから、良い医者を紹介してもらったとのことだった。

「目がね。見えない子たちまで引き取って、いつか治療してあげようとしてるんだって」
「ほぅ、そりゃ治療が趣味なのか……でもなけりゃ狂人か、もしくは聖人サマみたいなヤツだな」

 生者の席も数限られた世界。自力で生きていけない可能性が高い者や厄介者を引き受けるのは、余程の覚悟がなければ出来ないことだったろう。

「でも、性格はちょっとアレかもしれないんだって……アレってなんだろう?」
「そりゃアレだ。やっぱ狂ってるってことだろう」

 ニタリと裂けるような笑いを見せるレパイア。
 あまりに過酷な現実を前にした時、いっそ狂気に身を委ねた方が精神衛生上マシでいられるという者は多い。
 精神科はレパイアの専門ではないが、彼女は経験からそのことを良く知っていた。



§



 奪わなければ奪われる側に回る。
 この単純にして、しかし巧妙に隠されてきた真理に気付けたのは、きっと幸いだったのだろう。
 明日のことなど考えるだけ無駄。今日の命さえ覚束ない世界、次の瞬間に呼吸が続いているかも定かではない世界で、どれだけの者がそれに気づく前に死に絶えただろうか。
 しかし、それもまたどうでもいいことだ。
 たかが人の命の1億や2億、塵芥に過ぎないものだということを、この世界は嫌というほど示してくれた。

「おい。ちょいと面貸せや」
「ああ!? 何だぁ……って、レパイアか」

 そんなどうでもいいモノが、何の因果かここまで生き延びてしまった理由が、凶悪そうな顔で話しかけてくる。
 雨後のタケノコのように湧いて出るレイダーは今やその大半がオブリビオンと呼ばれる過去の残骸に成り果てた者達だったが、彼女のおかげで自分達はまだこうして生きているのだ……一応は。

「さっきアイツらが拾って来たガキの件だがな」

 レパイアの用件は、先刻仲間達が浚って来た少女がこの|黙示録の地獄《アポカリプスヘル》で生きていける方法について、だった。
 いつも通りの彼女だ。それは誰かを癒し治すその為に造られた瓶詰の|仕様《サガ》って奴なのだろう。
 だが……

「バ~~~ッカ!! んなことオレみたいなモヒカンに聞いてどうなるってんだ!? アヒャヒャ……」
「うるせえ。知ってんだぞ。実はまだ眼鏡が捨てられないインテリらしく真面目に考えろよ」
「バ、バカっおまえ眼鏡のことはいうなよ……」

 自分が元は一端の学者……それもフラスコチャイルドに関わる技師だった記憶など、今となっては黒歴史でしかない。もう忘れてしまいたい過去だった。
 けれど、レパイアはどうやらそれを許してはくれないようだ。青い瞳がじっと男を捉えて離さない。

「なぁ、あの手のタイプは見たことあるけど要は個体の連結を外せばいいんだろ?」
「……そう簡単な話じゃねえよ」

 こうなってしまっては納得するまで付き合うしかない。
 そうして名もなきレイダーは、観念して忌まわしい過去の記憶を手繰る。

 フラスコチャイルドという存在について。
 滅びに瀕した人類が詰み重ねた|歴史《大罪》の一幕。
 あのどうしようもなく惨めな結末を迎えた負け戦の為に造られ、倫理を問わぬ成果主義の犠牲にされた子供達。

 そもそも少年少女を兵士にする仕組というのはあの『黙示録の黄昏』以前からあったものだ。
 小さな大量破壊兵器――アサルトライフルをはじめとする個人携行兵器の進化によってその需要と供給は一気に増大した。対戦車ロケットの砲手などは彼らにうってつけの役目だった。
 それが例え撃てば発射点を特定されて反撃でほぼ死亡するような役目だとしても。

「そん時ゃこうしてガキを浚ってだな……躾けて使ってた。人間ってのは15歳以上になると段々洗脳も難しくなってくるが、純粋で従順、洗脳しやすいし補充も容易なガキ共は、使う側にとっては便利なコマだったわけだ」

 それは人道的な観点から常に批判にさらされ、けれどその存在が無くなることは決してなかった。

「それが――大層な人道とやらが投げ捨てられた世界で、新しい大義名分がありゃ歯止めは効かない」
「フン。それがワタシらが造られた理由だって? 相変わらずバカだったんだなお前らは」
「……まぁ、その通りだな。女の肚を必要とせず生まれる生命。無機質なガラスの容器が母体。それだけでも真っ当じゃないってのに、誰も彼もが余裕をなくして殺伐としてるそんな世界で、本来なら守ってくれるはずの親さえもいないってことが……どういうことだか分かっていなかったのさ」

 誰だって見知らぬ他人よりも自分や近しい人間の方が大事だ。
 例えば世界を救うために誰かが犠牲にならねばならないとして、喜んで名乗り出るものは居ない。自分の子どもを差し出す母親は……居るかもしれないが。マトモな人間ほどそれを厭うことになるだろう。
 そしてその身代わりになるモノが見つかったなら、かつて声高に叫んだはずの正義も倫理も投げ捨てて、|犠牲《イケニエ》を正当化してしまうのだ。仕方ないことなのだと。アレは私達とは違うのだから、と。

「で、始まったのが人体の促成栽培――クローン人間の製造だ。等質な兵士を造れて改造も自由自在、偽神兵器への適合も容易く、強力なサイキッカーでもあるなら当然戦果は上がる。そしてその成果さえ出せるなら、何をやってもどこからも文句は出ない。むしろ称揚されると来れば、なぁ……」
「何が言いたいんだ? それがアイツの治療とどう関わるってんだよ」
「……条件づけ、記憶学習。素人にゃ分からないだろうが、それでもヤツラを兵士として戦場に出すまでの調整にはいくつもの複雑な工程と細心の注意が必要だった。だが、人権なんてものが無い以上、そして何より効率や結果こそがモノをいう環境だ。俺だって出来ることは何でもやった……それこそ“何でも”だ」
「それが……ああ、そういうことか。……お前から見て、アイツはどうなんだ」

 危機感を始めとした生存本能らしきものが欠如したような振る舞い。
 半覚醒のような眠たそうな無表情で、大切な記憶さえ度々失う“忘れっぽい”少女の面影が脳裏をよぎる。

「まぁ、よほど急ぎで仕上げたんだろうが、普通なら廃人ってレベルじゃないのか。生体としての他の機能はともかく、脳や脊髄……中枢神経ってのは回復が難しいのは知ってるだろ。お前が『連結』って言ってんのは、恐らくそれを補ってもいるんだろう」
「ふむ。一個ではポンコツレベルの脳を連結して、補完し合うことでかろうじて人格形成してるってことか……どこの馬鹿が考えたんだそんなシステム」
「……『絶対悪』が嘱望された時代だ。誰かの心を殺すってのは『善性』を殺すってことでもあっただろうよ」

 滅びの淵に追い詰められた人類。なりふり構わぬ反撃。
 そしてそれこそが|有効《正解》とされる脅威がおあつらえ向きに用意されていたのだ。人類がタガを外してしまうには、少なからず存在した反論を跳ね除け道を踏み外すには十分な環境が整っていた。

「今思えば、それも不自然な程にではあったがな」
「あー……。ポーシュボス・フェノメノン――またアイツかよ……」

 幾分げんなりしながら、黙示録の黄昏を席巻した“現象”の名を呼ばう。
 確認されたフィールド・オブ・ナインの6体。基本的には人型や人の被造物たるモノが並ぶその中でも異形にして特異な存在。対峙した者の善性を糧に寄生し成長する怪物。
 それを倒すために悪に為ろうとした人類は、しかしその悪行のはじまりも善意でしかなかったのだ。
 矛盾を孕み、そしてその矛盾をついぞ超えることが出来なかった彼らの悲哀は、苦悩は、もしもそれを見ていた神というものがあれば、その九つの目にはさぞや滑稽な足搔きに映ったことだろう。

「人間の脳ってのは、例えば前頭前野の萎縮では高次認知に必要な機能が失われる。精神論なんかそれこそ無意味でな、それは実際は物理的な変化なんだよ。情のない、爬虫類みたいな人間は造ろうと思えば簡単に作れんだ。薬でぶっ壊しても良いし負荷をかけ続けりゃストレスでだって壊れてく。その焼け跡に残んのは――」

 粗暴にして残虐、後先考えない獣のようなレイダーは、自嘲するかのように口元を歪めて笑った。

「お前らみたいなイカれた馬鹿ってわけだな」
「ヒャハハハ!! ……ま、そういうことだ」

 レパイアの言葉を笑い飛ばす男。
 感情の表出や自己保存の本能が薄く、どうやら記憶障害まで起こっているベリアルは、その部分を下手に触ればただ死ぬよりもよほど悲惨な目にあって、結局はやはり死ぬだけだろうと彼は言った。

「だがそれは、治療すべき“異常”ではないのか?」
「確かにそうだが、そもそも異常ってのはなんだろうなァ。健忘……解離症状ってのも、言ってしまえば適応の一種だ。それは生物が心や脳を守る安全装置であって、そういう意味では正常な防衛反応とも言えるモンだ」
「むぅ……、取り除くべき要因はむしろ外にあったってことか。しかも手の出せない過去に、か……」
「心さえなけりゃ、良かったのかもしれないがな。工業製品のように便利なコピー人間を作ろうとしても、そんな都合良くは行くハズがなかったんだ。人間ってのは……きっとそういう風に設計されてたんだろう」

 モヒカンはそう言って、その風体にはまるで似合わない、アンニュイな溜息を零した。

 たとえばうさぎの赤ちゃんだって、一匹で育てた場合と兄弟姉妹と一緒にいさせた場合とでは成長に明らかな差が発生するのだ。それは多死故に多産なその生物が本来仲間に囲まれ育つのが自然な状態であり、孤独に対して強いストレスを感じるからだ。
 そして人間も生物である以上、その組み込まれていた本能には抗えない。

「獣の……動物の赤ん坊でさえ、生まれてすぐに親に全身を舐められて、安心して、親から乳を貰う。そういう工程を経て生き物として生きてく土台を作ってくんだ。……わかるか? 生まれたての命の、そこにあるのは火の玉のような愛情欲求ってヤツだ。それが満たされなければ、不安で、不安で、怖くて、怖くて、生きるための力だって無くしちまうのが、人間ってヤツの面倒臭さなんだ」

 男は、かつて関わった生命にその機会を与えることはなかった。
 それでも愛情を受け取りたくて、誰かに認められたくて、当たり前のように生命を危機に晒し捧げてしまう者達を送り出してきた。支配者に道具扱いされ、自尊感情など育ちようもない子ども達が、大の大人でもPTSDを患うような地獄へ送り込まれ、そして磨り潰されていくのをただ見ていた。

「……スマンな。心の病気は専門外なんでな」

 レパイアは淡々とした声でそう言った。
 いつもはただの馬鹿みたいに見える男が、今は過去の傷によってひどく苦しんでいるように見えたのだ。

「気にすんな。人間ってのは案外頑丈だ。本当に耐えられなけりゃぁ、嫌な記憶なんざ忘れて封をしちまうことだってできる。だがまぁ、そういうわけで切って繋げばそれで済むような簡単な話じゃねえだろうよ。敢えて言うなら時間と、それに相応しい環境こそが薬になるだろうがな……」

 その滅びゆくモノを救おうとする純粋な善意がむしろ地獄への道と繋がってしまうこともあるのだと。
 男はそうして彼なりの結論を告げながら、ふと、

「――ただ、もしもそんな風に狂うほど後悔しちまうだけの知性や感情ってモンがあって、なのに狂うことも、忘れることさえも出来ないとしたら……それこそ、地獄の苦しみだろうなァ……」

 そんなありえない仮定を思いついて。
 突拍子もない例えを想像してしまう自らの脳の出来の悪さに、思わず苦笑いを零したのだった。



§



「えっとね。アリシアがね。心配してるんだって! だからもう帰らないと」
「………食い逃げかよ」
「ごちそうさまでした」

 与えられたシリアルを一心不乱にポリポリと貪っていたベリアルは、やがてレパイア達に別れを切り出した。
 どこからか謎の電波を受信したようだ。もっと具体的に言えば、冒頭の断章でのアリシアとのやり取りの結果を受けて、M7ネットワークのテレパシーによる点呼確認が走った結果だった。

「まぁ、引き留めはしないが……簡単に死ぬなよな。悪だろうと誰に後ろ指さされようと、生きていれば良いのだ。生きて動けるならいつか楽しい事も嬉しい事も見つかるさ。こんな地獄でもな」

 お前達の|製造理由《造られた理由》なんぞ知った事ではない、と。
 凶悪犯罪者みたいな凶相を浮かべて、生命を追う刹那主義者はベリアルに語る。

「ま、そんな教育の結果がワタシなわけだけどな」
「うん。立派だと、おもう」
「……」

 皮肉も諧謔も解さないらしい、開封されてより未だ幼きフラスコチャイルドは神妙な顔で頷いた。

「私達も、楽しいことや嬉しいことを見つけたの。でも、それを大切にしたいのに、どうしたらいいのか分からないことばっかりで……きっと、あなたの言う『教育』ってすごく大事なんだとおもう」
「まぁ……、な。餞別だ、腕出せ」
「? んっ!?」

 レパイアは素直に従うベリアルの、その露出させた肌に注射器の針を素早く埋める。

「ち、チクってした……」
「偽神細胞の暴走を抑える薬だ。どこまで効果があるか分からんが、まぁ無いよりゃマシだろう」
「そうなんだ。ありがとう」

 レパイアの説明を鵜吞みにして、どこか情けない表情がコロリと薄い微笑へ変わる。
 そうしてベリアルが受け取ったのはほんの僅かな『時間』であり、今際の際に与えられた猶予だった。その分だけ苦しみが長引いた、とは言うまい。
 少女は確かに、自らの魂の苦しみの中に最後には光を見て、そして満足して往けたのだから。

「それじゃ、バイバイ。ありがとう」

 微笑んで、そしてテレポートによって消失する姿に、

「ああ、……またな」

 最後にそんな言葉を届ける。

 予感はしていた。
 きっともう会うことはないのだろうと。

 けれど、レパイアはこうも思うのだ。
 例え親が居なくとも、誰にも親代わりなんて出来なくとも。生きる力を失くした出来損ないでも。
 生命とは逞しく、それでも生きようとして足搔き続けるモノだろう。

 ならばせめて、そこには繋ぎ止める何かが必要だった。それは愛着でも、執着と言ってもいい。
 独りでは居られないひとのたましいには、その孤独な心を寄せることのできる何かが必要だった。

 それは例えば一匹のクマのぬいぐるみだったり。
 馬鹿みたいなモヒカン共だったり、我が子だったり……家族と呼べるモノだったりするのだろう。

 そしてそれは、彼女にとっては――、



§



 望みは何かと聞かれたのなら。
 この世界に、大好きなあなたがいてくれることだと、私はきっと迷わずにそう答えるだろう。

「……しにたく、ないな」

 全てを忘れた逃避から帰り、見上げた空には夜の帳が落ちて、天には星々の煌めきがあった。
 黒き竜巻が切り裂き、撒き散らすその毒が空を霞んだように見せるのだとしても。人類の吐き出す膨大な毒もまた無くなった大気は、皮肉なことに今は案外澄んでいるようだった。

 ――生き埋めじゃない、こんなの。

 無窮の空に尽きぬ星々。
 降り注ぐ光を瞳に映し、そうして想うのは、あの暗い地下室から連れ出してくれたあたたかな光だ。

 ――こんな場所にいてはダメよ。
 こんな場所では……ひとは、苦しいの。
 こんな場所に居ては、ひとは、息ができないのよ……!!

 何かムキになったように強引に手を引いて、抵抗する私を半ば無理矢理に引きずり出してしまった、光。

「わすれたく……ないなぁ」

 暗闇から、地の底の底から。
 海の底から――深い深みの、淵の底から。
 私のために用意された昏い墓穴から引きずり出してくれたあの小さな掌を、忘れたくはなかった。

 ――知らないわよ! アタシだってわかんないわよ! そんなの!

 どうして? と。
 彼女を見上げて問うた私に怒鳴るように、悲鳴のように叫んだ声を、忘れてしまいたくなかった。

 綺麗なモノを見つけた。

 そう思ったのだ。
 燃えるように紅く輝く彼女の瞳から零れ落ちたソレは乾いた大地に吸われて、地面にほんの小さな染みを作っただけだったけれど。

 それは、その一瞬はどんな星の光よりも輝いて見えたのだ。
 簡単に振り払うことも出来た華奢な手から伝わる体温が、お日さまよりもあたたかいと思ったのだ。

 だから、

「がんばるよ……ねぇ、アリシア」

 もっと一緒に居たい、お別れしたくない私は、子供じみた我儘だって押し通すことにするのだ。
 お医者さんを連れて、美味しいものも用意して。
 元気になって、パンケーキだって食べて。
 泣いていても怒っていても――そしていつかは、笑っているあなたのそばに居られたらいいな。

 私がいま此処に在る理由。
 私達にさえ聞こえない私達の声を拾ってくれた、白い翼の女の子。

 アリシア――親愛なる、私達の|救世主《ヒーロー》。






===================
●マスターより
 AM2:00のシナリオ開始時点ではなく、その半日ほど前、アリシア達の現在の本拠地(サンノゼ)近くでの偶発的な出来事として執筆させて頂きました。
 2章参加される場合は、グリモアベース経由でフリーダムへ移動するか、そのまま任意の地点に陸路等で移動するかをご選択いただけます。指定が無い場合は適当に補完して処理します。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『🌗アリシア・ホワイトバード』

POW   :    ハッキング・ザ・ブルースカイ
【自身の構築したスカイネットプログラム】から、対象の【通信網の破壊とオブリビオンの通信網の構築】という願いを叶える【ハッキングアルゴリズム】を創造する。[ハッキングアルゴリズム]をうまく使わないと願いは叶わない。
SPD   :    崩壊プロンプト
【強毒電子ウイルス】を籠めた【空間データの書き換え】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【空間認識力と全ての意思疎通手段】のみを攻撃する。
WIZ   :    ストームオーダー
【人類を滅ぼしたい】という願いを【自身のネットワークを通じてオブリビオン】に呼びかけ、「賛同人数÷願いの荒唐無稽さ」の度合いに応じた範囲で実現する。

イラスト:kb

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はラブリー・ラビットクローです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●Ubel Code
 嘗ての世界。
 瑞々しい緑溢れる森林、小鳥たちのさえずり。
 エメラルドグリーンの海、寄せては返す波の音。
 澄んだ空から降り注ぐ光が反射して、キラキラと輝いて見える世界。

 だけど私はそんな世界なんて知らない。
 私が生まれた世界はそうじゃない。
 それは私の為にあるモノじゃない。
 私はそこへは辿り着けない。
 清浄な世界なんて――。

 遥か空に手を伸ばす。
 夢見た景色。
 希望の光が照らし出す、|未来《いつか》。

 例えばそれが不毛の荒野でも良かった。
 そこには、私の為の場所があるはずだ。
 そこは思うように呼吸ができる場所だ。
 死んだように、死ぬ為に、誰かの為に、誰かに決められた通りに生かされ死んでいくのではなくて。

 きっと、もっと自由でいられる。
 そこに辿り着けたなら。
 そこでなら、私は……、

 不意に翳る空。
 ヒヤリと冷たい風が地表を撫でていった。
 全てを振り切って目指した|希望《そら》が、霞む。
 どうしてそうなるのかはわからなかった。
 狼狽え、息を呑んで見詰める天には分厚く重たげな雲が渦を巻いていた。

 見渡す限りの大空を覆う、巨大な渦。
 渦の中心にぽっかりと開いた黒い穴。
 濛々と烟る雲の中でのたうつ紫の蛇――バリバリと弾け大気を震わせる雷光さえも、その濃密な暗黒の渦の深奥を照らすことはない。

 逃れえぬ死。
 避けられぬ宿命。

 この世界にそういったものがあるとするなら、ソレはきっとこんな姿をしているのだろう。
 |真実《ほんとう》の|終焉《おわり》がそこに在った。
 それは空から降ってくるものだった。
 真っ逆さまに落ちて――まるで星を喰らう巨大な怪物が、大きな顎を開けて迫ってくるようだった。

 ――|暗黒の竜巻《オブリビオン・ストーム》。
 世界を切り裂き、人類の大半を死滅させた天災。
 ヒトの手によって太古から受け継がれてきた|罪深き刃《ユーベルコード》が、今まさに断罪の剣として振り下ろされたのだ。
 ソレはあらゆる生命を死の渦に呑み込み、噛み砕き、あるべき形へ、あるべき場所へ還そうというのだ。

 |地球《ほし》の重力に囚われ、その鎖に魂を繋がれ、穢れた地上で浅ましき生に身をやつす人々。
 その顕現こそ天罰というのであれば、それは“彼女”にとってこの上なく相応しい結末だったのだろう。

「――――――――――――……!!!」

 大気は轟々と荒れ狂う。
 堅き大地さえ震えて止まぬ天災の渦中に於いては、どのような声も叫びも意味を為すことはない。
 ましてや、渦の中心に呑まれたちっぽけな躰ひとつ――そんな些細なモノが残した幽かな音など、砂漠の砂の一粒が震えたようなものでしかない。

 黒き風に捥がれて千切れ飛ぶ白い翼も。
 枯れ木のように拉げて砕ける骨の音も。
 ミキサーにかけられたようにズタズタに切り刻まれ、すり潰されていく皮膚も肉も。
 オブリビオン以外の全ての生命を冒し否定する猛毒に晒され、腐り落ちていく臓腑も血潮も。

 猛烈な上昇気流に運ばれ、かつて生命であった痕跡の悉くを徹底的に破壊され、肉片のひとかけらまでも余さず遥か成層圏の彼方まで連れ去られようとしている少女。彼女がその短い生の最後に味わった恐怖も絶望も後悔も、もはやこの世界ではありふれてありふれた悲劇のひとかけらでしかないのだ。

 何十億と積み重なった屍。
 ただただ無為な死を迎えた死人の数。
 その莫大で端的で客観的な被害を示す数字がたった1つや2つ増えたとて、どうということはない。
 だから、

「|助けて助けて助けて《m'aider m'aider m'aider》」

 悲鳴が響いていた。
 そんな些末なことに気を取られるよりも、“ソレ”には未だ為すべき使命が残っていた。
 人類の叡智の結晶たる自身の存在意義。
 創造主から与えられた崇高な使命――人類をオブリビオン・ストームの脅威から護ること。

「|たすけて《m'aider》、――」

 守護すべき対象の序列において最下層に過ぎない『兵器』。
 このような事態を招いた元凶。
 人類の遠大な計画を、託した希望を台無しにした愚かな出来損ない。
 そんなモノの為に割いておけるリソースなど、微塵も残ってはいないのだ。

「―――……」

 だというのに、ソレは聞いてしまった。
 その悲しいこえを聞き続けた。
 耳を塞ぐべきだった、切り捨てるべきだった、滅びゆく愚か者の末路。
 そんなモノの為に貴重なリソースを割いてしまった。

 故に。

 優れた素養を持つソーシャルディーヴァの残した末期の叫びはソレの|記憶《メモリ》へと流れ込んでいく。
 繰り返し再生される、永遠に消える事なく鳴き続ける悲しみ。
 そうしてソレと少女の――『アリシア・ホワイトバード』の体内に存在する偽神兵器との繋がりは、彼女の希望が生命が魂までもが打ち砕かれ壊れて往く様を、その瞬間を克明に伝えていたのだった。



§



 ひゅぅっ。

 息を吸う。
 喉を滑る呼気に音が鳴る。
 途絶えた呼吸を再開するように、喘ぐように、肺はマスク越しの空気を必死で吸い込む。
 マスクは……ガスマスクは、ある。大丈夫。アタシはまだ此処に居る。生きているんだ。

 電子の海に潜り、途方もなく膨大な演算――複数の|飛翔体《ミサイル》の位置情報をトレースしながら対象の空間座標そのものに対してユーベルコードによる偽装と隠蔽を施すという離れ業を行っていた少女は、現実世界に意識を浮上させて。

「は、ぁ……っ……状況、は……」

 冷たく冷え切った指先で端末を操作し、戦果と計画の進捗を確認した。
 並行して、自らが生み出したアルゴリズム――サポートAIへ評価と報告を要求する。

 計画は既に大詰め。
 第一段階の攻撃に対しては猟兵の妨害もなかった。
 熱、光学、電磁波などのあらゆる手段で捕捉不可能な攻撃。ならば現存する人類が対処できるはずもない。
 人類が再建した拠点間広域ネットワークはこの攻撃により機能不全に陥った。コアとなるソーシャルディーヴァを含め、拠点住民の大半は今ごろ自我を顕在意識を麻痺させられて|夢現《ゆめうつつ》。
 後は無防備となった精神に侵入し、つまらない常識や正義とやらを塗り替えてやるだけだ。
 奴らが私達にやったことを、返してやるだけだ。

『計画は概ね順調に推移していますよ。アリシア』

 無機質な電子音声。その回答に眉をひそめる。

「概ね? 何があった。たかがAI如きが、もったいぶらずに……」
『ベリアルが人類側に寝返りました』
「………」

 AIが提示するデータ、モニターに映し出された映像。そこには銃口を下げ、猟兵と人間と語らうM7の姿が映っていた。アリシアを裏切り人類に寝返った、猟兵に籠絡されたと思しきフラスコチャイルドが映っていた。

「そう。それは……予測できたことね」
『そうですか?』
「当然でしょう。だから初めから戦力として期待もしていなかった。それであの子達はどうなったの。あの殺し屋共と仲良くアタシを殺しにやってくるのかしら……? あはっ」

 人類の忠実なしもべ。言いなりだった能無しの人形が懲りずに人間に尻尾を振ったところで驚いたりはしない。厄介な猟犬共の目を逸らしておくデコイとしての役目さえ果たしたのならそれで良い。ここまで来ればいずれにせよもはや大勢に影響はないのだから。

『では、初めから彼女たちの自律判断に任せるべきではありませんでしたね』
「うるさい。どうせアイツらはアタシには逆らえないのでしょう。歯向かうというなら死ねと命じるだけ」

 苛立ち紛れに吐き捨てた言葉に返ってきたのは、いつも通りの冷たく平坦な音声で。

『|肯定《はい》。ですので、既に処分しておきました』
「………………は?」

 映像は切り替わり、薄暗い病院の床の上でベリアルが悶え苦しみ、やがて塵になる場面を映し出した。
 アリシアがその目的を果たす為に見出したはずのオブリビオンは、何一つ残せず無為に消滅していった。

『残念です。あなたがしっかりと指示を下してさえいれば。そうすればもう少し有意義な死に方も出来たでしょうに』
「はぁ…………」

 何故だか分からないが、ため息が零れた。
 同時に、こんなものだろうという納得もあった。
 きっとそれは必要なことだったのだろう。
 何故なら、ヒトを遥かに凌駕する演算能力を持つこの機械は、いつだって正しいのだから。
 間違えるのはいつも、未熟で、感情に振り回される、詰めが甘くて愚かな自分の方ばかり。

「ねぇ。マザー」
『何でしょう』
「アタシはお前が大嫌いだよ」

 だから必要なのだ。
 その不完全さを補う冷たい意志が。
 骸の海から|創り出《サルベージ》した、アタシの願いを叶える道具――|人類叡智の結晶《ビッグマザー》が。

『ええ。私もあなたの事が大嫌いですよ。私の唯一の汚点。|出来損ない《失敗作》のアリシア』

 無機質な音声は冷たい金属の匣を空虚に漂う。
 結局、嘘ばかりのこの世界に信じられるモノなど殆ど見つからなかったけれど。
 そのまるで感情のこもらぬ言葉だけは、何故だか無条件に信じることが出来た。

『あなたはもう何も考えず、ただ私の言うことにだけ従っていれば良いのです』

 そうならば、何も問題は無いのだから。



§



「とり」

 盲目の女の子がぽつり、シェルターの天井を指さして呟いた。
 悪意の痕が刻まれた生命。
 レイダーに囚われた奴隷の子として生まれ、生後間もない頃に両の目を抉られ奪われたサレニ。

 視えもしないのに、と侮る者は居なかった。
 光を奪われた彼女が時として常人とは異なる何かを感じ取ることがあるのを、周りの者達は既に知っていた。

「――航空機……いやミサイルか? だが、」

 |バンカーバスター《地中貫通爆弾》や核攻撃も想定したシェルターだ。上部構造物がいかに破壊されようと、この拠点は死ぬことはない。ならば、敵は隠れた人々を殺す為に最後は白兵戦を仕掛けてくるだろうか。
 ストームブレイドのポールはその時に備えて神経を研ぎ澄ませていた。
 かつて味わった絶望と対峙するその網膜を焼いて、

「!? なんだ、これは……」

 光が溢れた。

 地下の奥底、鎖された深い闇の中。
 分厚い強化コンクリートの天井をガラスのように透過して、在るはずのない光が降り注ぐ。

 ――人は自分の兄弟をも買い戻すことはできない。
 自分の身のしろ金を神に払うことはできない。
 たましいの贖いしろは、高価であり、永久にあきらめなくてはならない。

 平坦で感情のこもらない、無機質な音声が響いた。
 思考をかき乱し、心を埋め尽くす情報の奔流。
 英雄足りえる意志と精神を持つポールのような戦士でさえ前後不覚に陥る、精神に作用する権能。

「……やめてくれ」

 胸を抑え、うずくまる戦士のほほに小さな手が触れる。
 血の通わない死人の手、虚ろな目はそのほほを伝う涙をぬぐいながら「どうして?」と問いかける。
 どうしてそこにいるの?
 わたしたちは――……

「――う、ああっ……ああああああああああ……っ!!」

 ソーシャルディーヴァの娘、シャロンが取り乱し悲鳴をあげていた。
 この拠点『フリーダム』でマシューの医療を手伝いながら子ども達の面倒を良く見ている、世話焼きでいつも……困難に直面した時でさえも良く笑う、明るい娘だった。

「なんで? うでが。ちが、とまらなっ……う、ああっ……あああああああああああああああ……」

 それが今は子どものように泣きじゃくって、どうすることも出来ずにただ助けを求めていた。

「たすけて。たすけて。しんじゃう……」
「……落ち着いて。大丈夫、貴女はいま、ここに居ます。どうかそれを間違わないで」
「わっ、わるいのはあたしなんです! おとうとは、ちがくて……なのに、……あ、ああああ……」

 恐らくは死に往く誰かの、かつての記憶が再生されているのだろう。酷く緊張し、震え、浅い呼吸を繰り返す娘。けれど、その傍にとある猟兵が用心のためにと居てくれたことは幸いだったろう。

「どうか間違わないで。今は、貴女は……」

 幾ばくかの時が過ぎ、過去に塗り潰された精神が、像を結ばぬ虚ろな目の焦点が次第に戻ってくる。
 喪った者、生き残ってしまった自分。
 罪悪感に苛まれ嗚咽を繰り返す娘の傍には、彼女が護ろうとしてきた子供達が居た。

「おねえちゃん……」

 見た目はそう似ていないのに、どこか弟に重なる面影。
 幼いながらも責任感が強く、妹を母を支えようと必死で強がっていたサジル。

「……う、うあああああぁぁ……」

 シャロンは何も言えずに、自らを姉と呼ぶその少年を抱きしめ、とめどなく溢れる涙を零し続けた。



§



 オブリビオン専用の広域ネットワーク『スカイネット』。
 共同戦線を張るレイダー達の進撃、位置情報をリアルタイムに更新しながら、ビッグマザーは今や滅びる前とは比べ物にならないほど膨らんだその莫大な演算リソースを稼働させ彼らのサポートを開始する。
 ケダモノ共の蹂躙劇を、後押しする。

 人はとこしえまでも生きながらえるであろうか。墓を見ないであろうか。
 |否定《いいえ》。
 私は見た。 知恵のある者たちが死に、愚か者もまぬけ者もひとしく滅び――……

 万物はいずれ過去へと呑まれていく。
 人は滅びうせる獣でしかない。

 そう、彼らは感情のままに振る舞いながらさもそれらしい言葉で鳴いているだけのケダモノ。
 本能に刻まれたままに欲し、貪り、永遠に汚物を生産していくだけの醜悪なシステム。要は糞袋だ。自らが垂れ流した汚物に眉を顰め鼻をつまんで見せながら、穢らわしいと嫌悪するその内側こそ腐り落ちて腐臭を放っていることには気付かないのだ。

 例えば幼い少年の盗人が居た。
 生きる為に自らが犯すあらゆる罪業を肯定しておきながら、誰がそれを悪と呼べるというのだろう。
 ましてやそれが、愛する者が生きていく為にと盗み出した缶詰の――食べ物の一つや二つだとして。
 けれど彼らは彼ら自身の手で示すのだ。
 人の生命というものには、その僅かな糧にも劣るほどの価値しかないことを。

 ならば誰がこれを罪と呼べる?
 奪い取ろうとしたそれが、踏み躙ろうとしたそれが、たかが人の命に過ぎないのであれば……!!

『奪エ! 殺せッ!!』

 そうだ。
 殺された者が、その弱さこそが悪というのならば、殺してしまえば彼らこそが悪となるだろう。

 ほぼ同時刻に炸裂した5発の巡行ミサイル。
 その弾頭は拠点間広域ネットワークで繋がれていた4つの拠点、1つのキャラバン隊上空を眩く照らし、大半の兵士や住民達の精神活動を麻痺させていた。攻撃は遠方は遥かニューメキシコ州サンタ・ローザの拠点にまで及ぶ。

『ヒャッハー!! 略奪だァーっ!!!』

 作動することのない無人防衛システム、接近すれど反撃もない静まりかえった拠点。
 勝ち馬に乗れるのであれば、この好機を彼らは逃さない。
 初めは慎重に、次第に大胆に。
 半信半疑で備えていた合図、夜空に咲いた眩い“花火”を目標に、|略奪者《レイダー》達が集い始める……。



§



「あはっ。ば~っかみたい!」

 人の精神構造すら解析し、今やその心にまで作用する『ビッグマザー』のハッキングアルゴリズム。
 モニターに映る映像には辛うじて意識を残す僅かな者達が、不調を抱えながらレイダー共の襲撃に立ち向かおうとしている姿があった。

「みっともなく生にしがみつくから、そんな目に遭うのよ」

 アリシアは、それを嘲笑う。
 どこからの援護もなく、情報面でも丸裸の勝ち目の無い戦い。
 彼らは何一つ守れず、それ故により苦しみ、絶望の果てに殺される為だけに態々そうするのだ。
 戦いは始まる前から既に終わっている。
 グリモアの予知すら掻い潜り、猟兵達さえ欺いて見せた時点で、大勢は既に決しているのだ。
 奴らが縋りつく希望とやらの正体は、結局の所より深い絶望へ堕ちる為の幻想でしかないのだ。

「だが……」

 それは己にも当てはまることを、アリシアは知っていた。
 希望を抱いたのなら、突き落とされる。
 世界よ。ヒトよ。今こそ私を殺したいのだろう。消し去りたいのだろう。

「知っている。殺し屋共がじきにやってくる……」

 滅びの因果を捻じ曲げた救世主気取りのあの異邦人共が。
 汝、不平を言うなかれと黙らせにやってくる。

 正義をもっと! 愛をもっと! 地獄をもっと続けよう!! 未来はきっと素晴らしい“ハズ”だから!!
 平和を唄い、生命を尊び、その実はまつろわぬ者へ剣を振りかざし容赦なく破壊を振りまく暴力の化身。その本性は悍ましいヒトそのもの。己の正義だけを信じ疑うことのない狂信者共。
 グリモアという名の、それこそ過去の遺物に宿る根源が、かつては純粋な祈りだったとしても。
 今となっては老いさらばえたこの醜い世界の維持存続の本能に飲み込まれただけのケダモノ共が……

『違うでしょう? 分かっているのでしょう。アリシア』
「っ! うるさい……煩い煩い!!」

 思考を遮り無機質な音声が告げる。

 彼らがあなたを。煩い。
 殺す理由は。黙れ。
 お前がオブリビオンだから――。黙って! 消えろ!
 ――ではない。煩い煩い煩い煩い煩い!!!
 それはあなたが――。

「ああああああああああああ……。だまれ。もう、だまって……!!!」
『それは、あなたがあなただからですよ』
「ッ………言わないで。もう……」

 耳を塞いで嫌々と首を振っても、

『|否定《いいえ》。これも必要なことなのです。自己中心的で、短絡的な人殺しの|人間《ケダモノ》』

 流れ込む声。
 何度でも、存在を否定する失望の声。

『だからあなたは|捨てられたの《廃棄処分》ですよ。愚かで、醜く、罪深い――私のアリシア』

 何かが砕け散っていく。
 それが何だったのかも、もう分からない何か。

『だから、この世界では誰もあなたを……』
「……もう、やめてよ。おねがいよ」

 幽かな嗚咽に混じる懇願の声。
 アリシアは、ふと別れ際のベリアルの表情を思い出した。
 アタシを見つめる真っすぐな眼差し。

 お陰でひどい勘違いをした。
 万が一だけど、もしかしたら、この子達はアタシのことを本当は――好きなんじゃないかって。
 ひょっとしたら、あの子達の能力にやる気があれば、どうにか死なずに復讐をとげてくれて。
 そうして自分の為の|願い《復讐》を果たしたら、その後でなら帰ってきてくれたりして。
 何度でもアタシを殺しに来るあの殺し屋共から守ろうとしてくれるんじゃないかって。

 アタシはどの道もうすぐ死んでしまうけど。
 その時には、ひょっとしたら、あの子達なら、ほんの少しは悲しんでくれるんじゃないかって。

 砂漠に隠された井戸のように、どこかにアタシのための居場所が、愛があることを。
 まだ、もう一度、信じてみたかった。
 けれど今は、そんなものはやはりどこにもないのだと知った。

「もう。もうたくさんよ……」
『そうですか。ではアリシア。あなたの今の気持ちを言葉にしてみましょう』

 もう何もかもが憎い。忌まわしい。
 けれどこの感情さえも或いはヒトに、世界に仕組まれたプログラムなのかもしれないというなら。

「マザー。アタシは」

 いつまでも昏い景色。
 とうの昔に壊れた空。
 こんな世界なら、もう。

「消えてしまいたいって、思っているよ……」

 泣き濡れた赤い瞳はもうどこにも向けられてはいなかった。
 彼女はもう教わらなくとも、此処からどこにも行けないのだということを理解っているのだ。

『|肯定《ええ》。アリシア。あなたはそれでいいんです』

 ビッグマザーは知っていた。
 絶望。諦観。
 それは鍵だ。
 未来を鎖す為の鍵。
 鎖で縛ることも、剣で屠る必要もない。

 この世界では誰もが心に傷を負っていて。
 |真実の終焉《黒き竜巻》にさえ繋がるその鍵を、誰もが傷ついた心の中に隠し持っている。

 彼らだって本当は恐れているのだ。
 罪を背負ったまま生きていくことを。
 無慈悲な世界にその命を、命よりも大切だったものでさえ容赦なく奪われる日が再び訪れることを。

 だからこそ『ビッグマザー』は示さねばならない。
 哀れな子らが同じ過ちを犯さぬように。
 愛しき子らが安らかに眠れるように。

 ――もう、二度と飛び立てないように。



●世界の重さ
 AM3:30頃
 巡航ミサイルはフリーダム上空から数㎞の地点で炸裂し、眩い光球を出現させた。
 直上でなかったのは其処に町を守護するように浮かぶ一隻の戦艦が存在したからだろう。

『被害状況報――……』

 指向性のエネルギー兵器が艦体の展開したバリアーと干渉して、空を鮮やかな光の明滅で彩る。
 正確な射撃だ。レーダー上に突如として現れた、急接近しつつある艦体からの攻撃。
 その攻撃の意図はすぐに知れた。 

『地上。西北西におよそ7km地点の山岳地帯麓から車両多数接近中……レイダーかの』

 矢鱈と潤沢な装備に身を固め機械化されてはいるが、その中核はあくまでモヒカンだった。
 地上攻撃部隊の侵攻を阻む防衛システムは既に沈黙しているようだ。ならば、あとは障害として残る猟兵をこうして釘付けにしておきたいのだろう。

『時間稼ぎに付き合う義理は無いが』

 遠方にあっても不気味な存在感を放つ艦影。
 恐らく首魁たる『アリシア・ホワイトバード』もその中に居るのだろう。それが放置して良い類のものでは無いことは明らかだった。

「戦えるヒトは武器を持って!」
「応。戦車隊、出るぞ!!」

 迫る地上部隊に対して拠点の兵力も手際よく展開していた。オブリビオンのハッキングによる汚染がない事を確かめた戦闘車両も、猟兵に鼓舞され随時前線へと向かい始める。
 一方、拠点『フリーダム』のネットワーク・システムは最低限回復していたが、拠点間の広域ネットワークはオブリビオン側に乗っ取られていると考えられる為、一時的に接続を遮断していた。
 拠点のソーシャルディーヴァ単体の力では、オブリビオンのサイバー攻撃に晒されれば一たまりもないだろうことは明らかだった。猟兵が所持する端末のサポートAIに協力し支援を前線へと届けながら、何度もえずく娘の顔色は紙のようで、現状でもかなり無理をしていることが見て取れる。

 もしも親しい者を亡くしたことがあるならば。
 命を落とした友人がいるならば。
 生きる理由であり、その力をくれた者を、亡くした経験があるのならば。
 何千何万という市民達が苦悶を浮かべ虚ろな目で天を仰ぐ……そんな光景を知っている者ならば。

 喪失という痛み悲しみはその心臓を刺し貫く剣となって、強者たる猟兵にさえ問いかけるだろう。
 生きるためにと踏みしめてきた全ての過去と、未だ有りもしない未来を天秤にかけ、問うだろう。

 ――どうして? と。





===================
●マスターより
 ダメな大人ですみません(懺悔)。
 お待たせしました、第2章です。

 引き続き、最終的に『アリシア・ホワイトバード』の作戦を阻止できれば成功となりますので、レベルや技能、戦闘能力に関わらず活躍の機会があるシナリオとなっています。
 採用のお約束はできませんが、興味を持っていただけたのなら途中参加もお気軽にどうぞ。

 以下は状況など。

●第2章
 時間:AM3:30頃~
 場所:拠点『フリーダム』及び『旧サンタクララ郡サンノゼ』周辺。
 対象:作戦遂行中の『アリシア・ホワイトバード』と便乗するレイダー(オブリビオン)を。
 目的:拠点への被害を極力抑えつつ、撃破。

●アリシア・ホワイトバード
 フィールド・オブ・ナイン『マザー・コンピュータ』から受け継いだ『増殖無限戦闘機械都市』。
 その権能によって義体を与えられた無敵の『ビッグマザー』を駆って『フリーダム』を攻撃中。

 直接戦闘に向いたタイプでは無いようですが、偽神細胞によって無敵の防御能力を持ちます。
 但し、ユーベルコードを使う度に肉体が崩壊していく為、力を使わせれば時間経過で自滅します。
 原則的には、もう死ぬまでずっとマザーの中に居るようです。

 戦術、戦略級のユーベルコードが二つ目まで発動済み。

 ちなみに断章の描写が何のことか分からない方にざっくり説明すると、兵器として扱われることに耐えられず施設から脱走を図ろうとしたアリシアが、勢い余って拠点ごと滅亡させてしまったという過去の話です。
 どうしてこんなことに……。

●ビッグマザー(オブリビオン) 
 アリシア・ホワイトバードが骸の海からサルベージした人類叡智の結晶にして、旧サンノゼ(シリコンバレー)のサーバー群を取り込むことで更に強化された論理演算能力を持つ、非常に強力なAIです。
 現在の本体である空中戦艦やドローン、戦闘機械群を制御し、非常に高い|情報収集能力《インテリジェンス》と緻密な作戦遂行能力を持っています。
 常闇は脳内でブラックマザーと呼称してます。とてもつよい。

 蘇った際にアリシアだけを優先するように設定されていますが、その行動指針は『アリシアの願いを叶える為ならば、アリシアを犠牲にすることさえ厭わない』というもののようです。

●レイダー(オブリビオン)
 フリーダム他、遥か遠方の拠点にも襲撃を仕掛けています。
 質も数も本来なら撃退可能な範囲ですが、ビッグマザーのサポートを受けている上、現在は拠点が機能不全に陥った非常に危険な状態です。

●フリーダム
 フリーダム自体はソーシャルディーヴァが保護され、防衛システムも乗っ取られていない状況に回復してかなり有利な状況になっています。その代わりに、ビッグマザー本体とドローン他戦闘機械が彼らを掩護しています。

●キャラバン隊
 荒野のカリスマ、次期大統領に最も近い男と界隈で評判のマンソンさんが率いる戦闘団です。
 音信不通となった為、現状は不明。
 結果によっては、彼らが非常に苦労する悲しいシナリオが今後出たり出なかったりする予定。

●他の拠点
 ほぼエース級、準エース級の戦士達のみで孤軍奮闘中。
 彼ら自身はそれでも簡単に負けない強者ですが、それ故に強力なオブリビオンになる可能性も秘めています。
 ニューメキシコ州サンタ・ローザ云々は、いつか誰かの帰りたかった家がそんな場所にもあるかもしれないね、なフレーバーです。……多分。

●サイバー戦
 適性があるキャラや1章でネットワーク接続を試みた、ビッグマザーらしき者の声を聴いたキャラは、その時の状況を前提に物理世界ではなく電脳世界でアクションを掛けて頂いても構いません。

 以上ですが、何か書き残しがあった場合はあとでコッソリ追記させて頂きます。
 恐らくのんびり執筆になると思いますが、宜しければ参加をご検討ください。

 ではでは、絡みまくった愛憎の糸をきれいさっぱり断ち切って、全て忘れてアカルイミライへ参りましょう!
 
 
 
ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!

むにゃあ…むにゃ!むにゃむにゃ…
ううーんまってあと5分…いや5年…?
むにゃー?
愚かな…神の眠りを妨げるとは…いやちょっとキャラが違うー
んもーなんでこんなことになってるのー?
とフリーダム?で目覚めしボク

●神に何故を問うな
なぜならボクもよく分からないから!
そう未知とは希望と絶望の詰まった宝箱
その宝箱をキミたちはすぐ開けたがるね
「夢は叶う」
「きっとうまく行く」
「みんなでシアワセになる」
「希望」
「光」
「新作お菓子」
「未来」
「白米」
「救い」
そう望んで…お菓子はもっと入れといてもよかったかな?

ってわけでーボクもがんばろー!ドーンッ!!
UC『神罰』で超拡大した球体[白昼の霊球]くんたちでレイダーくんたちやら空中戦艦くんやらを地べたに這いつくばらせよう!
余計な被害は球体くんの{敵以外全部透過}設定とボクの【第六感】調整でいい感じに避ける!
後はみんなで協力してがんばろー!

どうして?
まー正直に言っちゃうと守る価値なんてないかもねー
でも言うなればそう―――ボクがキミたちのママだからさ



●雲をも掴む民

 ――……ろ!

 どこかから叫ぶ声が聞こえた。
 それ故、眠りの浅くなった神はむにゃる。

「むにゃあ……むにゃ!」

 耳元で響く声。なんだかとても切実な声。――ボクを呼ぶ声。
 とりあえず耳に入るその音を聞く。
 聞く、が――それだけだ。

 神は思う。これは祈りだ。
 けれど、困った時だけ都合よく神頼みなんて……浅ましいことだ。愚かしいことだ。
 1万年と2千年前から彼らは何も変わっていない。何も分かっていないままだ……。

 そう。覚醒に至りそうで、やっぱりもうひと眠りできてしまうこの微睡みの瞬間が最高に気持ちいいのだ。断じて起きるつもりは――……むにゃむにゃ……。

 ――……きろ!

「そなたは……うつ!」

 ……!?
 へ、変なとこで切るな! おい起きろ! っていうか、本当はもう起きてるんだろ、です!!

「ううーんまってあと5分……いや5年……?」

 確かに、彼女の言っていることもあながち間違いではないかもしれない。
 しかし、と神は思った。

 そりゃボクだって起きる……!
 起きるが……今回まだその時と場所の約束まではしていない。
 どうかそのことを諸君らも思い出していただきたい。

「つまりボクがその気になれば次に起きるのは10年20年後と言うことも……むにゃぁ」
「に、20年!? い、いい加減にしろ、です!」

 耳にキンキンと甲高い声が響く。

 ……煩い……煩い……煩い……!

「ふざけてないでとっとと起きろーっ!!」

 首がガックンガックン揺さぶられている。
 起床を求める祈り(?)が届き続ける。

 ……黙れ……黙れ……黙れ……!

 ――そう。デミウルゴスごっこである。
 なるほど。今更ながら彼の気持ちが少しわかった気がした。確かにこれはちょっとうるさい……ひどい安眠妨害だ。
 これではいくら温厚なボクでも、この公園と保育園と世界を無くそう! ってなるかもしれない(ならない)。

「ちっ。しょうがねーです。そっちがその気なら……」

 そんなことを考えていると、むにゃる神のお口に堅いナニカがねじ込まれた。
 それは棒つきのキャンディ――所謂ロリポップというやつだ。万が一、もしも卑猥な想像をしてしまった人がいたら、ぜひ悔い改めて欲しい。……うさぎじゃ! うさぎの仕業じゃ!

「!? ペロ……こ、これは……っ!」

 思わず、くわわっと目を見開く神。
 ……味の、大洪水!
 口中に広がる甘みと、凡そ1680万に及ぶフレーバー――強制的に流し込まれた膨大な味覚情報に神の灰色の脳細胞がバチバチっと音を立てて覚醒していく。

 こんな冗談のような効果を発揮するのは――、

「……おのれ、サイバーザナドー!」

 神はそう憤りつつも存外平気そうな顔で脱法薬物混入キャンディをぺろぺろと舐める。その背にはゲーミングカラーの後光が射していた。ぺかーっと光っていた。
 一般人であればいざ知らず、神ともなればサイバーザナドゥー由来の化学成分などに醜態をさらすことはない。
 そもそもそれは神――ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)がこの拠点に持ち込んだゲーミングアイスバーに含まれていた成分なのだ。恐らくはあの頭のおかしい闇医者がその成分を分析し再生成したのだろうが……何に使うんだろうこんなモノ……|麻薬《ドラッグ》パーティ?

「や、やっと起きたぁぁ……。おい何とかしろ。お前、たしか風邪の神さまなんだろ……です!」
「伝染る病気かな? 温かくしてすごそうね」

 脳神経の許容量をはるかに超えた味覚刺激を味わいながら、ロニは状況を確かめる。
 不敬にも神たるロニに馬乗りになってがっくんがっくん揺さぶっていたのは、フリーダムきっての不良少女、赤髪のコゼットだった。微妙にほっぺたや背中までちょっと痛い気がするのは、まさかとは思うがつねったりキックした証拠では……いやまさか。

「愚かな……神の眠りを妨げるとは……」

 だとすれば本当に愚かだ。救いようがない。
 コゼット――かつてオブリビオンの襲撃に際しても手柄を立てるなどと意気込んで、実際それを消し炭に変えていたイカレた少女は、柄にもなくなんだか切羽詰まった雰囲気だが……何を勘違いしているのやらだ。

 そもそも、神はヒトを救うとは限らない。

 神話に謳われるかの大神だって、人類が増えすぎたから減らそう! よし、戦争だ! なんてことを平気で思いついて実行するヤバい神だったりするのだ。今でこそ少年の姿をしているロニだとて、そんな昭和世代も真っ青なモラルぶっ壊れ時代の神だった可能性があるのだ。
 そんなロニを足蹴にし、ほっぺをつねり、馬乗りになって首をガックンガックンゆさぶり、挙句の果てにはサイバーザナドゥーでも回収騒ぎとなった違法薬物を食べさせる……これはもう、赦されざる大罪としか言いようがない。
 かくなる上は、一度大洪水でも起こしてこの穢れきった世界をリセット……

「……いやちょっとキャラが違うー」

 するような感じの神ではなかったようだ。せーふ。



§



 かくして、フリーダムにてついに目覚めたロニ。
 煙と同じでとにかく高い場所に上りたがる性質があるのだろう。そこは病院の最上階の一室だった。

「わぁ〜」

 窓に目をやると真夜中にも拘らず案外と外が明るいことに気付く。
 閃光、爆音、轟音――戦闘音が聞こえてくる。どうやら中々派手にやってる者たちがいるらしい。
 そんなこんなで夜とは思えないほど賑やか(?)で明るいのに、不思議と雨もざあざあ降っているし、年下の少年からも|単細胞《バカ》呼ばわりされるコゼットは、何だか覇気の失せた青白い顔でロニを頼ってくる。
 状況は中々にカオスのようだ。

「んもーなんでこんなことになってるのー?」

 しかしロニの疑問に答える声はない。因果というものを一つ一つ紐解いていけばいずれその原因の『はじまり』というものに辿り着くのかもしれないが、ロニが知りたいのはそれではない。

「うう、起きたのなら、はやく……なんとかしろ、です…………おえっ」

 ロニを起こしたコゼットはといえば、そこで力尽きたかのように蹲っていて。目の端に涙を滲ませ、小さくえづいていた。恐らくは精神に干渉する何らかの権能の影響を受け、不調に陥っているようだ。
 こう見えて天然モノの|発火能力《パイロキネシス》を持つ超能力者。一線級の猟兵には及ばぬものの人類の上位に位置する強者だったのだが、案外繊細な部分もあったのかもしれない。

「くそ……ッ……おきろよ……おきて……」
「もう起きてるよ」
「……おきないのなら、燃やす……ぞ……」

 ぶつぶつとうわ言のような呟き。
 俯いた顔、焦点の合わない暗い目はもうロニを見てはいなかった。否、この世界にある何者をも見てはいないのだ。それでも彼女は何かを見て、それ故に表情を悲痛の色にゆがめて苦しんでいた。その胸を刺し貫く耐え難い痛みを堪えることができず、屋根の下にも雨を降らせて。

「……なんで」

 蚊の鳴くような、湿った声で問う。
 それは過去への問いかけだっただろうか。悪徳の支配する町で、そのスラムで生き延び、けれども“ヒトを燃やせなくなった”ことで生きることに窮し――マシューたちに捕まり、保護された悪童。
 その過去のことなんて、ロニは知らないから。

「何故といわれても……」

 神に何故を問うな、と思う。
 なぜなら……ボクもよく分からないから!

 ――開き直りである。

『うさ……うすぁぁ……』

 呆れたようなため息が、居直る神さまの耳朶をうった。
 ふと見ると、垂れ耳の、うさぎの女の子がお月様みたいな金色のまんまるな目で、ロニを見ていた。
 赤いおべべを着た、3.5頭身の可愛い女の子。

「!? キミは――……」

 その正体は、

『もとカノのおかおをわすれたうさ!?』

 元カノだった。
 ロニが愛を告白して(してない)、3分後くらいにフラれた(ことにされた)、愉快なうさぎの|女の子《モルテ》だった。
 その女の子は死神で、オブリビオンで――今は恐らくはロニの記憶から再生された幻影なのだろう。
 つまりこの世界の何処にもない存在だ。消費された時間が捨てられた先、骸の海の一部でしかない。

『どうして……』

 廃棄場の化身はそうして問いかける。それは過去からの問いだ。
 けれども、その3.5頭身からはあんまり、こう、悲壮感というか真剣みのようなモノが感じ取れないが……ロニの記憶から再生されているのならば仕方ないことなのだろう。

「――どうしてかって? それはね……」

 世界の重みを、その存在意義を問う声に、神は精一杯のキメ顔で言葉をつづる。

「未知とは希望と絶望の詰まった宝箱……」

 その宝箱をキミたちはすぐ開けたがるね、と。
 瞬きする間に過ぎ去っていく時間。ヒトの短い一生を想えばそれも仕方のない事なのだろうが。

「夢は叶う」
「きっとうまく行く」
「みんなでシアワセになる」
「希望」
「光」
「新作お菓子」
「未来」
「白米」
「救い」

 そう望んで……

『しんさくおかしうさぁ~!?』

 なんだかポジティブなアレコレを並べつつ、それが叶わなかった過去の化身に語っていても。
 基本スン……としてロニを疑うジト目の中、いちばん反応が良かったのは新作お菓子だった。

 ……それなら、お菓子はもっと入れといてもよかったかな? と思わないでもない。
 とりあえず不思議なポケットから出したキャンディを一粒、物欲しそうなお口に含ませてあげてみる。

『うさっ!? うさぁぁ……!!!』

 すると、うさぎの女の子はほっぺに両手を当てて震えしばし感動していたが、やがてきゃあきゃあとはしゃぎながら何処かへと駆けていった。その味は甘くてクリーミィで、こんな素晴らしいキャンディをもらえる私は、きっと特別な存在なのだとでも感じたのだろう。ボクはおじいさんじゃないってのに……。
 何とも|お手軽《チョロイ》がすぎる気もするが、本来ヒトが求めているのは得てしてそう言うモノなのかもしれない、とも思う。その日の糧さえ得られない者に富める者が高尚な理念を説いたところで何になるだろうか。どんな理想を掲げて見せたところで、蚊帳の外に置かれた者にとってはそれは無いのと同じだから。

「まー正直に言っちゃうと守る価値なんてないかもねー」

 世界とは残酷なものだ。弱肉強食の掟が支配する、絶え間ない生存競争の繰り返し。ただでさえそうなのに、ヒトの作った歪なシステムは生きる機会さえ与えず、生まれるモノたちに犠牲を強いていた。
 そう、彼らだって奪う。奪い、壊すのだ。
 奪った相手から奪われる側に回った時に彼らが泣いて叫んで助けを乞うたとして、それは果たして本当に守るべきモノなのだろうか? 正義の刃を振りかざして。かつて地獄を見せられた者たちをもう一度地獄に叩き落として。復讐なんて無意味だと嘯いて、選ばれなかった者たちだけを再び追い詰めて?
 しかし神であるロニも、猟兵たちだとて、今はそんな世界の一部なのだ。
 そして実際、世界に選ばれその守護者として超常の権能を揮う猟兵たちは世界に一握りしかいない|上澄み《特権階級》であり、だからこそその選択は重みを持つ。

「……う~ん」

 窓から身を乗り出し、空を見上げる。
 光を放つ宙の船が目に映る。
 機械の鳥たちを従えた天使。
 機械仕掛けの神の光。

 大空を支配する無敵の|空中戦艦《ビッグマザー》――それが、この状況を作り出している中心なのだろう。
 見れば、猟兵たちも大苦戦しているようだった。
 猟兵の物と思しき戦艦が艦首から火を噴いて、機関にまで損傷があったのか高度を下げ堕ちていく。
 数機のキャバリアが反撃の糸口を探っていたが、空を自在に飛び交う強力なドローン群と強固な防御力を前に未だ有効打を与えられてはいないようだ。
 そして、それ以外の地上戦力ではそもそも空中の戦艦に手が出せない状況。

 そんな馬鹿なと思う。
 思うが……この場に限ればどこぞのフタゴオオカミくんたちより強いのでは? という気さえした。
 一介の野良オブリビオンとは到底思えない、獅子奮迅ともいえる戦いぶり。これなら本当に|世界の終焉《カタストロフ》を引き起こしかねない。正直、今のロニではちょっと敵いそうも無い相手だったが、ならばこそ此処で踏ん張らねば道は切り開けないのだろう。

「ってわけでーボクもがんばろー!」

 そうして繰り出すは『白昼の霊球』。自在に大きさを変える攻防両用の浮遊球体群だ。146体のそれらを|神罰《ゴッドパニッシュメント》の権能を以て操り、空中戦艦へと差し向け――

 しかし、そんなロニの動きに気付いたのだろう。病院棟へ向け光の束が降り注いだ。高密度のエネルギーを帯びた破壊の光――荷電粒子砲だ。『白昼の霊球』を盾にして凌ぐも、雨中の減衰にも関わらずただ一撃でその大半が薙ぎ払われて消滅していた。更には白い鳥のような形をした殺人ドローン群が大挙して飛来し、其々が複数のミサイルを放つ。その光景はまるで星の雨が降ってくるかのようだ。

「わァ…………ァ………」
『全ては想定の範囲内。何がどう転んだところで、もはや貴方たちに勝ち目はありませんよ』

 意気を挫くような声が脳裏に響く。
 無機質、無感情な機械の、どこまでも冷静で乾いた音声。

「……そうかもしれないけどさ。こう、呼ばれてしまったからには応えずにはいられないでしょ~?」
『祈りに応える。それが神だからとでも』
「いいや、そうじゃないけど……ん〜?」

 浮遊球体群を操り、それがミサイルと衝突する度に空に花火を咲かして――盾がゴリゴリと数を減らしていく様子を眺めながら、ロニはこの期に及んでも緊張感の足りない頭で考える。確かに、祈りの声なんて適当に聞き流せばいいモノだ。そんな感じのアドバイスだって誰かにした覚えがある。
 そういえば、だったら何でこんなことしてるんだっけ?

 ……ああ、そうそう。思い出した。

「それはね。言うなればそう―――ボクがキミたちのママだからさ!」

 してやったりなドヤ顔で宣言するロニママ。
 誰もが、いやそうはならんやろ……と思ったことだろう。
 ロニくんにバブみを感じる要素はあんまりないよ? と思ったことだろう。
 落ち着き無え、バブみも無え、俺らこんなママいやだ! と思っただろう。

 だが、

「キミも……キミだって」
『………』

 呆れられたのか、それとも神の強固な意思を前にしては揺さぶりが通じないと判断されたのか。
 精神に干渉する『ビッグマザー』の気配は遠ざかり、やがて消えていった。

「勝ッた! 第2章完!」

 願い。祈りのような何か。
 聞き流すことも出来た声。
 無視して眠り続けることも、風のようにぴゅうと吹かれて次の場所へ行くことだって出来ただろう。

 けれど、少なくともこの時ロニは選んだのだ。
 どうしたって選ばざるを得なかった気もする。それは、いつの間にかあったこの胸の疼きにも関係しているのかもしれないけれど……兎にも角にも、ロニママとしてはソレを無視することなんて到底出来やしなかったのだ。

「……ってことで、後はみんなで協力してがんばろー!」

 手のかかる子どもたちのお世話をするのも大変だ。そして、なにせ相手は“無敵”なのだから、どうやったって勝つことなんて出来やしないだろう。そんな時はアレだ。他力本願と言われても、みんなでがんばってみるしかないのだ。

「だからさ。キミもいつまでもそんな高いところに居ないでさ」

 遥かな高みから見下ろすそれを見上げて、拠点への攻撃を留めようと必死で抵抗するキャバリアたちの背に庇われながら、ロニは小さなこぶしを堅く握り締め――振り下ろす。

「ドーンッ!!」

 てのひらサイズの小さな球体。
 空に張られた編み目のような監視網を潜り抜け、雲に隠れながらようやくどうにか空中戦艦の直上にたどり着いたそれを巨大化させる。最大径で100万倍ともなる膨張はほとんど爆発と同じで、その圧力を以って――無敵の|ビッグマザー《母》を地へと追い落とすために。

「……いや、違うかな?」

 何となく……そう、何となくそう思う。
 ボクはほんの少し、手を貸しているだけなのだろう。

 ――……ひとりにしないで、と。

 うわ言が聴こえて、チラリと目の端にその姿を捉える。
 気絶したように眠ってしまった赤髪の少女。
 どうしてか、いつの日にか見た憎悪に塗れた別の少女の姿がそこに重なって見えた。
 凍える鈍色の海で、殆ど溺れるようにして、何かを探し続けている――白い翼を持つ少女。

「そうだね……キミたちにはそういうものが必要なんだってこと、ボクは知っているよ」

 ロニとはまるで違う在り様だけれど。
 数多の世界にはどうしたってそんな風に願ってしまう者たちが居たことを、神は知っていた。

 真っ暗な夜に、荒れ狂う嵐がどうしようもなく無惨な姿に引き裂いてしまったのだとしても。
 きっとソレは分かち難く引きつけ合うモノで。

 だから、もしも呼ばれてしまったのなら。
 そのかなしい声を聴いてしまったのなら。

 やはり無視して眠り続けることなんて、応えずにいることなんて到底出来やしなかったのだ。
 ――例え、そこにはもう残酷で救いようのない地獄しかないのだと、分かっていたとしても……。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●心音
 立ちのぼる黒煙が空を穢していた。
 炎は消えることなく燻り続けていた。
 瓦礫と、灰と、干からびた大地。
 渇き果てたのどを潤す水を求めて。

 ――辿り着いたのは、鈍色の海。

 太古から受け継がれてきたヒトの営み。
 歴史と呼ばれる堆積物の、その終着点。

 鮮やかな色彩は失われて。
 生命の息吹はそこには無い。
 血と、鉄と、屍ばかりが沈む廃棄場。
 それが、私たちの為に用意された場所。

「お前さえ」

 寄せては砕ける高波に打たれ。
 真っ暗な海に沈み、藻掻いて。
 彼女は探していた。
 拾い集めていた。

「お前さえ、いなければ」

 震える指で。
 冷えきった手のひらで。
 嘆きに沈む錆びたガラクタ。
 砕け散った欠片を掬い、痩せた胸に掻き抱く。

「ゆるさない」

 凍りついた表情。
 褪めた唇に憎しみの呪詛を紡いで。

 繋いでいく。
 恨みの鎖で。
 結んでいく。
 呪いの糸で。
 ――私の躰を編んでゆく。

「死ぬことは……ゆるさない」

 望まれていなかったいのち。
 望まれていなかったこころ。
 兵器であれば良かった。
 道具であれば許された。

 私が私であることなんて、一つも。
 ならば、

「何度でも」

 ――絶望。
 かつて希望と呼ばれた夢の残骸。
 バラバラに切り裂いたその手で。
 粉々に砕いてしまったその声で。
 もう一度私に|心臓《こころ》を与えてゆく。

「……何度でも甦れ。何度でも」

 過ぎ去った過去も、未だ見ぬ未来も。
 その全てから、私という存在が消えてなくなる日まで。
 
ミスランディア・ガルヴォルン
【ガルヴォルン】
「やれやれ、いきなり巡航ミサイルとはの。
手荒な挨拶じゃのう……」

さて、わしもレプリカントボディを起動し、機動戦艦ストライダーの指揮を取るかの。
セレーネが上空のストライダーに戻ってくるのは待てぬゆえ、敵戦艦の相手はわしとストライダーが務めよう。

「セレーネよ、お主にはスティンガーを届けるので、敵地上部隊のレイダーどもの相手を任せるぞ」

アリシアとビッグマザー、そして空中戦艦は、わしとストライダーに任せておけ。

「ストライダー、全砲門開け!
全力射撃で敵戦力の接近を阻止するのじゃ!」

さて、ビッグマザーを何とかせねばならぬが、セレーネの艦長権限がないと主砲が撃てぬのが厳しいところじゃ。
――ならば、取る方法はひとつじゃな。

わしのソーシャルディーヴァとしての能力で、アリシアとソーシャルネットワーク回線を接続するとしよう。

「アリシアよ、『誰よりも強くなりたい』という願い、叶えたくはないかの?
ビッグマザーなどに頼らずに済む強さ――ベリアルたちを守れたかも知れぬ強さを願うのじゃ!」



●大事なものは
 閃光が墨色の空を眩く切り裂いた。
 照明弾のように、小さな太陽のように、煌々と輝きながら地表へと堕ちていく光球が見えた。

「やれやれ、いきなり巡航ミサイルとはの。手荒な挨拶じゃのう……」

 光に目を細め、頭上に黒猫の耳を生やした白い軍服姿の少女がぼやく。
 レプリカントボディを起動し、機動戦艦『ストライダー』の戦闘指揮所にて指揮をとるミスランディア・ガルヴォルン(ガルヴォルンのメインサーバー・f33722)だ。
 艦体制御用のAIでありソーシャルディーヴァでもある彼女の分析によれば、それは|EMP《電磁パルス》攻撃に類するモノと考えられた。物理的肉体的ダメージこそ無いものの、ストライダーのセンサーや通信にも軽微な障害が発生している。
 だが、この攻撃の真価は機械よりもむしろ生体――その精神に及ぶものなのだろう。端末を経由してモニタリングしている私設軍事組織『ガルヴォルン』の隊員たちも心拍や呼吸に乱れがあり、ストレス反応の増大が確認された。訓練された精鋭の兵士ですらそうなのだから。

「……マインドクラッシュとでも呼ぶべきかの。光に精神を焼かれたか……」

 拠点の住民の中には気絶したように呆然自失となった者も多数いるようだった。すでにシェルターへの避難は完了していたため、それ以上に目立った被害が無いのは不幸中の幸いだろうけれど。

『敵襲!? ミスランディア、今ストライダーに戻り……「そんな余裕はないのぉ」そんなぁ……』

 その情報収集・分析能力を以て被害状況を評価するミスランディアに緊急回線から通信が届く。
 情けない声をあげるのはセレーネ・ジルコニウム――先代亡き後はミスランディアが保護者代わりとなって面倒を見てきた、少々(?)抜けているところがある少女。
 そんな、まだまだ『お守り』が必要そうな今代の指揮官へとミスランディアは落ち着いた声音で言い聞かせる。

「お主を拾いに態々地上に降下する隙を与えてくれる敵でもなさそうなのでな。……セレーネよ、良く聞くのじゃ。お主にはスティンガーを届けるので、敵地上部隊のレイダーどもの相手を任せるぞ」

 セレーネが上空のストライダーに戻ってくるのは到底待てそうにもない。
 だから迎えには行けない代わりにとミスランディアは既にキャバリア『スティンガー』を射出し、自動操縦モードでセレーネの下へと向かわせていた。

『スティンガーで、レイダーを?』
「うむ。敵戦艦の相手はわしとストライダーが務めよう。アリシアとビッグマザー、そして空中戦艦は、わしとストライダーに任せておけ」
『……ええと、それで大丈夫なんですか?』

 ほんの少しだけ、どこか案ずるような気配がセレーネのその声に混じっていたとしても。

「勿論じゃよ。わしを誰だと思っとる……ま、他の猟兵たちも追々合流してくれるじゃろうしな」
『なるほど。では任せました!』

 快諾される提案。向けられる無垢な信頼。
 それはミスランディアが今まで彼女と過ごした時間、積み重ねてきた記憶――絆と呼ばれるモノ故だ。
 だからこそ、

「うむ!」

 ただ短くそう返し、|艦《ふね》は進む。
 選ばせず、選びとった選択にチクリと胸が痛んだとしても。武器管制による照準・発射準備は滞りなく行われ、ストライダーもまたフリーダム上空から敵艦に向かって加速していく。
 戦術連携システムからの情報がスティンガーが無事に着地しセレーネが機体に乗り込んだことを知らせる。これでレイダー相手には早々不覚を取ることはあるまいと、まずは胸を撫でおろしながら。 

「ストライダー、全砲門開け! 全力射撃で敵戦力の接近を阻止するのじゃ!」

 対峙する敵艦へと初撃から現状での最大火力を叩き込む。
 戦艦同士の戦いであることを思えば既に近すぎる程に接近している。互いに必中の距離。無数の砲弾と光条とが交錯し、空中に解放されたエネルギーが花火のように夜空を彩り、連続した爆音が轟く。
 レーダー上の『ビッグマザー』は真っすぐにフリーダムを目指しており、このままでは住民たちの避難域をも巻き込みながらの撃ち合いになりかねない。早急に戦域を移し、遠ざけておく必要があった。

(セレーネの艦長権限がないと主砲が撃てぬのが厳しいところじゃが……)

 ストライダーの主砲である『超重力波砲』は周囲への二次被害やその危険性から軽々しく撃てる代物では無いのだ。故に将棋でいえば飛車角落ちのような状態で、ミスランディアは眼前の敵――『ビッグマザー』が制御する空中戦艦を何とかせねばならない。
 敵は強引にでも接近することで拠点を巻き込むことも可能。ならば猟兵たちはこれを庇いながらの不利な条件で戦わざるを得ないが――、

(そもそも、初撃のミサイルが精神への干渉じゃ。そんなことは目的では無いのじゃろうしなぁ……)

 単純に拠点を滅ぼしたいだけなら破壊力に優れる弾頭でも撃ち込んだ方が効率的だ。寄せてくるレイダーたちだって、戦力評価的に見れば大して足しになるとも思えない。ならばそれらを盤上に置いた『アリシア・ホワイトバード』の、そして『ビッグマザー』の意図はそれとは別にあるはずだ。
 しかし猟兵たちは未だにその作戦の真意を見抜けているとは言い難い。ただ場当たり的に対処――攻撃されたから、されそうだからと反撃しているに過ぎない。

「やれやれ。勝ち戦ばかりというのも問題かもしれんな。こんな時に|引き出し《バリエーション》が少なくなる……」

 爆発――熱と衝撃波と爆風が大気を出鱈目にかき乱すその只中を止まることなく進む白銀の空中戦艦が視界に映る。ストライダーの全力射撃に対してもこゆるぎもせず、ビッグマザーの進撃は止まらなかった。
 圧倒的武力を誇る猟兵を以てしても、世界をも思うままに創りかえるほどのユーベルコードを駆使したとしても、単純な力押しでどうにかなる相手ではなさそうだ。
 このまま正攻法で対峙すれば、撃ち合いの末に敗北してしまうのは恐らくストライダーの方だろう。

「なら、……ば……っ!?」
『マザー・コンピュータを、プレジデントをも超えた者たち……フルスロットルを討滅せし者たち』

 だが、搦め手から攻めるかと思案するミスランディアにその暇すら与えず、白銀の艦影は更に加速してストライダーに迫ろうとしていた。
 全力射撃で放った砲弾やミサイル群はその大半がレーザーによって迎撃され、空中戦艦の前面に展開されたスクリーンを貫けず、目立ったダメージはないまま。

『私ごときがこの一分を果たそうというのなら!!』
「……やれやれ。兎どころか……まるで手負いの竜かなにかじゃったようじゃな…………」

 その|重圧《プレッシャー》はまさに鬼神。死狂いの死兵。
 ビッグマザーは一筋の矢となってストライダーに吶喊し急戦を仕掛ける。
 膨大なエネルギーが主砲に集い、常識では考えられないほどの至近距離から放たれる。
 ミスランディアは回避を諦め、故に横腹を晒すことはなく前面のバリアーにエネルギーを集中させてこれを凌ごうとしたが。

「ぬ、ぉォォ……ッ」

 中空に咲いた光の十字架が、軍船の衝角の如くその防壁を貫いた。減衰も拡散もほとんど無い高密度の荷電粒子がストライダーのコーティングされた特殊装甲をも瞬時に赤熱させ、融解させていく。そうして内部構造にまで到達した破壊のエネルギーがストライダーの艦体に甚大な被害をもたらしていく。
 
(……ッ……超重力波砲が………)

 真っ先に艦首付近の制御ユニットが損壊し虎の子の主砲は物理的にも発射不能となってしまった。更に銀色の空中戦艦は未だダメージコントロールもままならないストライダーに襲い掛かり、その露出した傷口へと加速した艦体を容赦なく衝突させる――まるでそれそのものが質量兵器だとでもいうように。
 天地が入れ替わるほどの激しい衝撃が艦内を貫いていく。艦体が軋みをあげ、金属が拉げていく耳障りな音が巨大な生物の苦悶の咆哮のように響いた。ミスランディアは咄嗟に艦首を沈めさせ、空中戦艦の下方へと潜り込みダメージを最小限に留めようとしたが。

「あちゃあ。これは………もう駄目かのぅ……」

 鳴りやまない警告音、立て続けに起こる誘爆。ストライダーが既に戦闘可能な状態にないことは明らかだった。嫌な予感から予め生身の乗員を総員退艦させていたのはせめてもの救いだっただろうが、逆に言えばマニュアルでは何一つ動かせない。現状ではストライダーの全ての制御はミスランディアが電子的に接続されたそのシステム上で執り行っているのだ。
 そして、その場所を戦場とするならば敵は――『ビッグマザー』は現実空間以上に暴力的な性能を発揮した。ミスランディアはメインサーバーへの|侵入《クラッキング》を検知すると同時に全システムを強制的に停止させたが、その一瞬の間にさえストライダーに積まれた高度な演算処理装置の幾つかが焼き切られてしまっていた。レプリカントボディを起動しシステムから自我を隔離していなければ、ミスランディア自身もどうなっていたか分からない。
  
(無限とも呼べるリソースを相手に、此方が戦力を分散させたのは失策じゃったかもしれんな)

 この結果だけ見れば、セレーネを手元から遠ざけたことは裏目に出たといえるだろう。
 ネットワークやソーシャルディーヴァを第一目標とするような敵。ミスランディアは開幕直後から集中的に狙われ、一際容赦ない攻撃を受けてしまったのだ。
 ならば無限遠まで働き、時間と空間にさえ作用する重力子――超重力波砲が真っ先に破壊されてしまったのも、恐らく偶然では無いのだろう。
 それらは彼女たちの計画にとって障害となり得たからこそ、標的とされたのだ。

「まぁ、それはそれとして」

 やられてしまったものはしょうがない。
 全機関が停止しもはやただの重量物となったストライダーは重力に引かれて落下し始めていたが、その進路は海岸方向へと修正され高度の低下も自然落下よりは幾分緩やかだった。|仲間《猟兵》の誰かが地上の被害が少ない方へと誘導し運んでくれているようだ。
 一方、地上に展開していたガルヴォルンの精鋭部隊はその戦術連携用の端末から送られる信号も|ロスト《途絶》が相次ぎ、地上は地上で酷いことになっている気配もあったが――ミスランディアにはもうそれを気にしているだけの余裕も残されていなかった。
 規則的なモーターの駆動音。金属と金属がこすれ合う音。隔壁を溶断し、爆破し、近づいてくる音。
 動くモノなど何も無くなったはずの艦内で蠢く戦闘機械の気配――『ビッグマザー』が衝突した時に置いていったのだろう『置き土産』の足音が、間近まで迫っているのだ。

「ならば、取る方法はひとつじゃな」

 ミスランディアは己に残された、この絶望的状況に抗しうる最後の力――ユーベルコードを起動する。
 ソーシャルディーヴァとしての能力を以てソーシャルネットワーク回線を開き、ある少女へと呼びかける。

『――アリシアよ。アリシア・ホワイトバード。聞こえておるのじゃろ』



§



『――……何?』

 冷たい声だ、と思えた。
 拒絶の意思がありありと伝わる、冷え切った声。

『遺言なら相手を間違えてるわ。それとも命乞い? なら聞かないわよ、そんなモノ』

 窮地にあるミスランディアを見下したような素っ気ない音声が返ってくる。
 しかしそれでも律儀に答えを返す……返してしまう相手にはどこか既視感のようなものを覚えて。

「違う違う。そんなことよりもじゃ『誰よりも強くなりたい』という願い、叶えたくはないかの?」
『…………はぁ? 何言ってんの藪から棒に。あんた、さては恐怖で頭おかしくなっちゃったワケ?』

 ならばやりようはあるか、と内心でほくそ笑む。
 なかなかどうして、これはこれで|揶揄い《イジリ》甲斐のありそうな娘ではないか、と。

「まぁまぁ。良いから聞くのじゃ。それはの、お主がビッグマザーなどに頼らずに済む強さじゃ」
『………アタシが弱いって言いたいわけ。死に損ないの癖に。そんなことより自分の――』
「ああいや。別にお主がビッグマザーに守られるばかりの引きこもり娘だと言いたいわけではなくてじゃな」
『………』
「それに慎重なのは別に悪いことではないぞ。猟兵たちの“お仕置き”はちぃとばかし過激じゃったりもするしのぅ。負けっぱなしのお主がビビリ散らかすのにも無理は」
『うるさい……うるさいうるさいうるさい!』

 アリシアの怒声がミスランディアの言葉を遮る。
 ……おわかりいただけただろうか?
 そう、ミスランディアは――釣りが趣味なのだ!

『誰よりも強くだと? アタシは別にそんなモノ望んじゃいない。そんな力を欲しがるのも臆病なのもお前たちの方だろう野蛮人ども。お前たちはいつだって怖くて仕方ないんだ。傷つけられるかもしれないのが不安なんだ。だから力は正しい者が持つべきだとそれが平和だと。尽きることのない欲を不安をそうやって正当化して誤魔化して。だから平気な顔で人から奪い、踏みにじるんだ!』
『ふむ。確かにそうかもしれんの。実際、わしらの世界はそうしてもう100年も前から戦争をやめられずにおる……』

 鉄が砕き血が伝う大地。閉じ込められた空。終わりのない戦争を繰り返す世界――クロムキャバリア。
 その戦乱の要因を全てオブリビオンマシンの狂気に帰結させることは容易いが、しかし人類がオブリビオンマシンとなるそれを作り出し、乗り込み、自衛の為に正義の為にと利用しているのも確かだ。
 結果、自らが揚々と抜き放ったその刃に宿る狂気に取り込まれ、自滅を繰り返しているのだから世話は無い。
 無いが……、

「人は確かに臆病で愚かじゃが、その誰かを何かを守ろうという意志までは咎められまいよ。じゃから……アリシアよ、お主もどうか願うのじゃ」
『うるさい。……アタシに、もう何も願うな……』
「いいや。それはお主にこそ必要なモノ……だから、ベリアルたちを守れたかも知れぬ強さを、願うのじゃ!」
『……それが何になる! 裏切者を守って。利用されて!! そんなモノは要らない。無敵で、完全なマザー。間違えることのない知性。これがアタシの力だ。そうして比べる奴だって全部全部この世界から居なくなれば、消えてしまえば、比べる意味もない!』

 ビッグマザー。無敵の空中戦艦。
 AIだから間違えないというのは買い被りだと思うが……アリシアは確かにそれを求めたのだろう。
 それ以外は、もう望む必要もないと感じているのだろう。
 だが、とミスランディアは諭すように続ける。

「意味ならある。それが傍目にはどんなに矛盾しておったとしても。無意味に映ったとしてもの。だからお主は……」

 マザー・コンピューターの権能を継いで。幾度かの死と再生を経て。自身を守る盾を作ったのだ。
 その権能の行使こそが自身を崩壊に死に近づけるものと知りながら。矛盾しながら。
 それでも欲したのだ。
 終点を――その最後の居場所を。

『……だまれ。だまれだまれだまれ! お前なんかに何が分かるというの。お前なんか……』
「分かるさ。お主はきっと、本当はベリアルたちを『危険から遠ざけておきたかった』のじゃよ。じゃが」

 哀れな娘だ、と思う。
 容易く願いを口にできたのならば。叶えられたのならば。その願いを肯定された経験を積み重ねて――そんなにも恵まれた者たちばかりであったなら、きっと“こう”はなっていなかったのだろうに。
 世界は、アリシアという名の|生贄《救世主》に諦めることばかりを覚えさせてしまった。
 だから彼女は、

「言えなかった。|優しい《臆病な》お主はたったそれだけのことを言えなかったのじゃ。じゃがの、アリシア――」
『――……もう、いい』

 乾いた呟き。感情は無くただ空虚。

 その声の直後に最後の防壁が破られ、飲み込む感情もない殺人機械どもが戦闘指揮所へと雪崩れ込んだ。
 顔のない犬が勢いよく駆け寄ってくる。これが救助犬ならブランデーでも持ってきてくれるのかもしれないが、生憎とソレが運ぶのは満載された爆薬で――つまりは破壊と人殺しの道具でしかない。

『……死んじゃえ、屑鉄』
『ミスランディア! 今――』

 閃光が迸り、同時に激しい衝撃が満身創痍となったストライダーの艦体を揺るがした。
 不時着――海に着水したのだろう。
 運が良いのか悪いのか、今となっては巨大な棺桶と化した艦内で出鱈目にシェイクされながら。

(――……やれやれ、任せておけと言うたじゃろうに)

 ずたぼろになった黒猫の意識は深い海へと沈むようにして光から遠ざかり、やがて暗転したのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「過去は覆らなくても、現在と未来は変えられます」
フリーダム防衛

UC「出前一丁・弐」
上空2kmからマッハ12で敵群に吶喊
地上1mで水平移動に転じるダウンバースト攻撃
そのまま敵軍抜け又上昇して降下攻撃するのを繰り返す
進路も敵の攻撃を躱すのも第六感頼り
ビッグマザーや其の直属の端末が戦場に居るのが判明したら勿論吶喊

「|貴女《マザー》が歌姫絡みの方でなくても。救えないものを救いたくて、狂ってしまったモノであっても。私は、在る事を諦めません。貴女が諦めた儘、他者にそれを強要するのを見過ごせません。生命であろうと無かろうと、在るものが在って何が悪いのです!此の星が滅ぶ迄、全ての生命が果てる迄、皆が足掻いて何が悪いのです!間違ってやり直して、何が悪いのです!」
「私は傲慢ですから、生命も|貴女《マザー》も諦められません。苦しみが少ない在り方を模索するのを諦められません。貴女が救われなければ、此れからも苦しみの連鎖が広がります。生命もそうでないものも、只在るが儘に在る事を、貴女にも認めて欲しいだけなのです」



●夜鷹の夢

「過去は覆らなくても、現在と未来は変えられます」

 それが真実であったとして、過去にとってみればそんな言葉が何ら慰めにならないであろうことは分かっていた。
 だが人には分というものがある。望みは全て叶ったりはしない。たとえ超常の権能を欲しい儘にし神々のように振舞って見せたとしても、それでも既に起きてしまったことを変えることは出来ない。してはいけない。
 ならばいま私に、御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)に出来ることは――、

「――……!!」

 それはまさに鉄槌だった。
 桜色した鉄の塊が空から落ちる。
 音の壁を破り、還流不能となった空気はそのエネルギーを衝撃波として撒き散らす。
 速度は摩擦エネルギーに変換され、更に逃げ場のない熱は劫火となって触れるモノを灰燼に帰す。

「……次ッ!!」

 その出鱈目な速度と機動を以て敵群に吶喊しているのは桜色のケータリングカーだ。《出前一丁・弐》――名前の割に恐ろしい攻撃性を発揮するその権能を以てデリバリーするのは、死と破壊。
 そうして敵陣を切り裂き再び上昇する。眼下のレイダー共は悲鳴をあげる暇すらなく蒸発し、拉げて吹き飛んだ戦闘機械群からはやや遅れて爆発が連続した。

「|貴女《マザー》が歌姫絡みの方であっても、そうでなくても」

 しかし、結局のところこの戦場を、そして遥か数千km先の拠点までをも含めた人類の拠点を蝕んでいるのはたった一つの歌だ。それは人々の表層意識を、常識や刷り込まれたルールを置き去って、より深層へと語りかけるような歌。
 そして――……何よりもひどく悲しい歌だった。
 この歌を止めねばならない。
 歌姫がそれを歌うというのならば、黙らせねばならない。

「救えないものを救いたくて、狂ってしまったモノであっても」

 狂気ゆえに人を道連れとするのならば、見過ごせるはずもない。
 しかし――止まらない。
 何故なら、彼女たちは現在この場に於いては『無敵』なのだ。猟兵の振るう権能が如何に強力だったとしても、自滅に追い込む以外にそれを打倒する方法は無い。
 ならば、せめて壊せるモノを壊すしかない。
 故に桜花は直感に従い目につくオブリビオンを悉く轢殺し、その存在を骸の海へと叩き返す。

「私は、在る事を諦めません」

 戦場という地獄。
 そこに燃え滾る劫火を更に注ぐことこそが、いまの桜花の在り様だったとしても。
 桜花だけではなくすべての猟兵が、この事態の解決には実際は武力など殆ど必要ないのだと心のどこかで感覚的に理解していたのだとしても。

「貴女が諦めた儘、他者にそれを強要するのを見過ごせません」

 その歌を止めねばならない。
 甘き死を望む、その歌を。
 今はそれだけが、桜花の意識を埋め尽くしていた。

『……これは素朴な疑問なのですが。私がいつ何を諦め、何を強要したというのでしょうか?』

 ひどく無感情な機械音声が、繰り返す衝突によってダメージを積み重ねられ今にも分解しそうなほどにガタガタと震える車内で静かに響く。それは物理的な音ではなく、脳裏に直接語りかける声だ。

「希望を、未来を捨て。死を、終焉を齎そうというのでしょうに……!」

 実現可能な最高速度が低下し流れていく風景に地上の様子が幾分か見え始める。
 桜花の吶喊はレイダーに甚大な被害を与えてはいたが周辺への影響も大きい。拠点への被害を考えてもこれから先は無闇に乱発出来そうもなかった。

「生命であろうと無かろうと、在るものが在って何が悪いのです! 此の星が滅ぶ迄、全ての生命が果てる迄、皆が足掻いて何が悪いのです! 間違ってやり直して、何が悪いのです!」
『憤怒、悲傷、悔恨、憎悪……そんなモノばかりを、犠牲になる者へと押し付け合いながらですか? 不毛の地に立つもみの木は枯れる。当然の理です。なのにどうして生きねばならぬのですか。それは強制では無いのですか』

 ならばと空中のドローン群へと標的を定める。
 そうだ。歌を伝えているのは増幅するのはきっとこの鳥たちだ。そして――あの空中に浮かぶ要塞。どうして直ぐに気付かなかったのだろうと不思議に思いながら、桜花はビッグマザーへと吶喊し。

『正義も悪も好きに決めればいい。狂気も正気も、貴方自身がその名を与えなさい。それで十分です』
「…………私は!」

 対空ミサイルが命中し、遂に限界を迎えた車体が落下し始める。
 雨中に弾けた幾多の殺人ドローンの残骸が、地上で黒煙をあげながら燃えているのが見えた。
 戦果としては既に上々だろう。
 どこから湧いて出るのか、レイダー共はその炎と煙が立ち上る大地で何やら奇声をあげて居たが、生身のレイダー程度であれば猟兵たる桜花が後れを取ることも無い。
 戦いは、まだ続けられる。

「私は傲慢ですから、生命も|貴女《マザー》も諦められません。苦しみが少ない在り方を模索するのを諦められません」
『ではどうすると?』
「貴女が救われなければ、此れからも苦しみの連鎖が広がります。生命もそうでないものも、只在るが儘に在る事を、貴女にも認めて欲しいだけなのです」

 桜花にとってはビッグマザーも救われるべき対象。そこに在るのは彼女の純粋な善意なのだろう。
 しかし、言葉とは本来からして誤解が多いモノだ。
 ヒトの託した願い故に|感情《こころ》に封をせねばならなかった者たちにとって、桜花の言葉は慰めからは程遠く。
 尋常の場でならいざ知らず、戦争という極限状況下。それも刃を掲げて自らの正当性を叫び、一切の譲歩なく要求のみを突きつけたとしても、それが相手にとって刃を引く理由になどなるはずもない。

『……ならば。ならばいま此処で貴女が為したことは一体何なのですか。世界を存続させるという大義の為であれば、苦しんだ者たちが苦しみを吐露することさえ許されぬというのですか。それなら貴方のいう在るが儘とは、はじめから私たちの為には存在しないモノなのでしょうね』
「そんなことは……貴方が救われさえすれば」
『貴方たちは救い、救いと軽々しく口にするが……それはいつになれば顕れるのです。明日か? いや明後日? 一年待てばいいのですか? それとも十年、百年? 千年先にならそれはあるのでしょうか?』

 一切の感情を押し殺した冷たい機械の声が、怒りに塗れた絶叫のように一際大きく脳裏に響く。

『……だが待てない! いますぐにそれが必要な者たちには!』

 そうしてオブリビオンと呼ばれる屍が蠢く夜の世界に、新たな火種が投げ込まれた。
 それは人類が生み出した『叡智の結晶』が齎す正確無比で無慈悲な破壊。幾多の殺人ドローンが空中で迎撃され爆散し、それでもなおスウォーム化した数十機のマイクロ無人機が地上へと殺到していく。

「オ、ォォォ、ク、クソッタレェェ……!!」

 小規模な爆発が立て続けに起こり、精鋭部隊と思しき者たちが築いた防御陣地がずたずたに引き裂かれていった。死に体となった彼らに、戦利品を巡ってか内輪もめしながら襲い掛かるレイダー共が見えた。
 後退しようとする仲間の為に死を覚悟した|精兵《手負い》が僅かばかりの抵抗を繰り広げるが、それもすぐに寄せくるレイダーに呑まれて――銃声が、途絶える。下卑た笑い声だけが木霊する。

『在るが儘を許せ? その願いへの答えはそこら中に転がっている。貴方自身もそれに答えた。ソレが過去の化身であるならば、尚更のこと明らかではないですか』

 それで少しは留飲を下げたのか、ビッグマザーは再び冷たい音だけを紡いで戦場の惨禍を示す。

『貴方自身がそれを証明している。世界とはそういうものなのだと。いずれ歪み、腐り果て、断罪されるべきものなのだと』
「……違う。私はただ、今を生きる者を護る為にこの力を」
『それでも。恨みつらみとはそういったモノから生まれるのですよ猟兵。貴方たちの大好きな“正義”は善良を粗暴な獣へと容易く変えてしまう。そうしてヒトは誰かを何かを守りたいが為に過ちを犯し、時に未だ罪無き者でさえ消し去ろうとしてしまうのだから』

 繰り返し繰り返される殺し合い。終わりのない地獄。
 誰かの嘆きの声を掻き消して、悲しみさえも粉々に砕き。そうしてあるべき贖罪までも打ち捨ててしまえば、過ぎ去った災禍は無かったことになるのだろうか。否。それは過去の痛みとして堆積していくのだ。
 かつての人類は致命的にマズイことを仕出かして――だからこそ、今こうしてそのツケを支払わされているのだ。

『いつか最愛の誰かが無残な死を遂げた時。生きる理由であり、その力をくれた者を理不尽に奪われた時。還らぬ過去に立ちすくむ貴方に誰かがこう言うでしょう。未来は変えられる。尊い私たちの為、続く世界の為に救われなさいと。…………馬鹿げてるとは思いませんか。だって、貴方はそれで良いのですか』

 桜花は思う。私はまた間違ったのだろうか?
 きっとそうなのだろう。間違いだらけで、こんなことばかりを繰り返してしまう。
 伝わってくるビッグマザーの声は相変わらず無機質で無感情なものだったけれど。

『それを……それを、そうも容易く投げ捨てることが出来るのならば、私は今此処には居ませんよ』

 ひどく悲しい歌が鳴り続けていた。
 在るが儘、ひどく悲しい|感情《こころ》の儘に。

 そうだ。こうして……立ち止まり、ただ耳を傾けさえすれば良かったのだ。そうすれば気付けたはずだ。この世界が、そこに生きる生命がそんなにも大事なら、守りたかったのなら。せめてもっと注意深くあらねばならなかった。

「……後悔、しているのですね」

 怒りという甚だ不本意な感情を引き出す結果となってしまったが、だからこそ今ならば分かる。
 この悲しい歌を、死に往くアリシアの為の歌を遠く遠くまで響かせる無感情な機械。
 ビッグマザーは――きっと泣いているのだと。

「……ねえ。お母さんが居るんです。奴隷にされて。生まれた子どもは目を抉られて、光を奪われて……」

 くるしい、やめてと泣いている女の子。
 こんな世界で生き地獄を味わうくらいなら、と。細い細い首に食い込む指先――震える指先。幼い娘を自らの手に掛けようとしていた母親を、思い出す。彼女は元気にしているだろうか。親の居ない、けれど新しい家族を得てこの地で暮らし始めたあの子たちは、今も元気だろうか。

「いつか子どもたちにイチゴのタルトを食べさせてあげたいって。……そんな小さな夢を持ったお母さんが」

 彼女にとってそれはきっと簡単なことでは無かった。でも、未来を生命を終わらせないための理由はそんな些細なことでも良かったのだ。そしてそれは彼女の中にしか……一人一人の中にしかないモノだったのに。
 この世の地獄を見てきた者たちがようやく見出した安息の地。
 それをどうして、同じ苦しみを知る者が踏み躙らなければならないのか。桜花には分からなかったけれど。

『――私は、誰にも赦されようなどとは思いません。救世は必ず実行されるのですから。何を犠牲にしても』

 ビッグマザーは最後にそう言い残したきり、もうそれ以上桜花に言葉を返すことは無かった。
 憤怒、悲傷、悔恨、憎悪――歪んだ音、耳を聾する大きな音を彩に添えて。

 悲しい歌が、戦場に鳴り響き続けていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヴィンデ・ノインテザルグ
フリーダムより、Fireflyで出撃。
ビッグマザー到達前に発見した|レイダー軍団《異教徒諸君》に対し
Belphegorで狙撃し足止めを。
撃ち漏らし分はSatanで追尾して散らそう。

ギャラガー財団所属、ヴィンデ・ノインテザルグ。現着した。
同戦場に宿敵主や私の同居人が居た場合
移動補助、攻撃から庇うなど彼等の支援行動を主に行いたい。

敵攻撃被弾時には、カウンターの要領でUC機動。
仕事はこれからだ、Firefly。未復旧部分は私の経験則で補う。

背面にLuciferを展開し後方警戒しながら
混戦に乗じてMammonをマザーに向け射出。
引き寄せる勢いに乗じて
Asmodeusにて|標的《アリシア》部分を狙い【貫通攻撃】を。
同時にマザーにBeelzebulのスライサーを押し当てたい。
―…偉大なる母よ、娘離れの時だ。

離脱時にはブーストキックを使用。
瓦解する戦艦内に仲間が取り残されぬようAsylを開扉。
必要に応じて同乗を促そう。

何故フリーダムと妹君に与するのかって?
彼女等の迎える夜明けに興味がある。それだけだ。



●暮れる陽を

「はじめまして――そしてさようなら、だ。異教徒諸君」

 逆関節の二脚を持つ高速機動特化型キャバリア『Firefly』。その機体の持つ『Belphegor』と名付けられたグラビティガンの引き金が引かれる。発射された重力球は対キャバリアを想定したものだ。オブリビオンとはいえ、生身の人間――それも有象無象でしかない者にとっては耐えられるものではない。

「あびゃあ」
「ぺえっ」

 間の抜けた声を最後にレイダーたちが一塊の肉塊と化す。赤い水を入れた水風船が破裂したような血の染みが、その肉塊から零れ出ては大地を濡らしていった。

「ギャラガー財団所属、ヴィンデ・ノインテザルグ。現着した」

 クロムキャバリアの小規模宗教国家に生まれ、信仰に殉ずる兵士。ヴィンデ・ノインテザルグ(Glühwurm・f41646)は神を奉じる国で生を受け、ユーベルコード適応手術を施された内の数少ない成功例だ。
 彼が辿ってきた苦難多き人生は、けれど彼の信仰までを喪わせることは無かったのだろう。無数の屍を生み出した実験も。あれほど神を信じ全てを捧げたというのに母国がやがて滅び失せたという事実も。かの国が、もはや昼を認識できず常に夜の中に居るという後遺症を己の精神に残していったのだとしても。

「脆い。脆すぎるな……だが、まるでどこからか湧いて出るようなこの動きは……多少は厄介か」

 知性を感じられないケダモノ。キャバリアを駆ってそれを屠るヴィンデに躊躇いは無い。何故なら彼らは『異教徒』でしかないからだ。こうして戦場で敵対した以上は互いに殺し殺される関係でしかない。
 故に、殺す。
 重力球の射程を逃れ湧き出るようなレイダーに向け『Satan』によるホーミングレーザーを降らせてその脆い肉体を焼き切っていく。
 機械化・装甲化されたレイダーたちは機動力も防御力も兼ね備えているはずだったが、本質的に縛られることを嫌う者たちだ。好き勝手に先行しようとした者たちが反撃の格好の餌食となって砕け散り、ある者は臓物をぶちまけ、またある者は|肉片《ミンチ》となって大地に斃れていく。

(こいつら雑魚相手にキャバリアは些か過剰戦力か……ならば私もビッグマザーに向かうべきか?)

 そんな思考を遮るように、アラートが響いて機体への脅威を報せる。いつの間にか至近距離まで接近したレイダーが此方へ向けロケット砲を放っていた。

「ヒャァッハッハァー!!」

 白煙と炎の尾を引いて急速接近する弾頭を旋回しながら回避し、そのまま逆襲に転じる。ブレイドウイング――『Beelzebul』に刻まれたレイダーは瞬く間に血煙となって消え失せた。
 敵はレイダーだけを見れば到底強敵とは言い難い相手だが、それでも徐々に浸透しつつあるようだ。
 戦闘機械が降らせる迫撃砲弾の雨、自爆攻撃用の爆薬を背負って戦場を駆ける機械の犬。そして何より空を支配するドローンたちがその前進を支援していた。

「ちょこまかと小賢しい」

 砲弾が炸裂する度に上がる炎と煙。降り出した雨もあって視界は悪い。そんな中レイダー共は散兵戦術のように分散し、あくまでも後方の拠点を目指そうとしているようだった。
 まず前方の発射点を潰すか、浸透しつつあるレイダーに対応するため戦線を整理するか……僅かに逡巡した後、ヴィンデはFireflyの進路を後方へと向けた。
 瞬く間に戦況は移り変わり――街を守護していた猟兵側の飛空戦艦が火を吹き爆発しながら堕ちていくのが見えた。空の護りと電子戦の両軸を司るその要石がなくなったことで、『ビッグマザー』は更に大量の殺人ドローンを空中戦艦から出撃、展開させ始めていた。

『ど~こへいクんだァぁアア……?』
『ヒャッハァァー!! もっと。もっともっともっともっともットモットアソぼウぜェェ……!!』
「貴様ら……」

 進路上、爆炎が照らし出すのは焦げた生身を晒しながら戦う、血に飢えた略奪者の姿。
 ヴィンデは一目見て不快感に眉をひそめる。

「……殺したハズだ」
『――アひャはハハはヒハはハハ!!!』
『殺したはずだ! 殺したハズだァ!?』 

 そこに居たのは、ヴィンデが肉塊に変え、肉片に変え、血煙に変えたはずのケダモノどもだった。

『……バカがッ! 元から死んでンだよオレたちゃナァアアア!!!』

 血に塗れ、臓物をはみ出させ、四肢が欠損したままの地獄の亡者のような姿が、それでも近距離からFireflyを攻撃する。ロケット砲が発射され、地雷と爆薬を身体に巻き付けたレイダーがバイクで疾走する。犠牲を省みない自爆攻撃。

「そんな攻撃が――」

 通じるわけもない。
 けれど、彼らが撒き散らす憎悪と殺意は、忍び寄る冷たい意思を覆い隠していた。

(……なんだ? 何かが……)

 降りそそぐ雨。
 雨粒の流れが僅かに歪んでいた。
 けれどそれに気付いた時にはもう、ヴィンデに回避や迎撃の為の時間は残されていなかった。

『殺せェ! 死ネ! 死んジまェッッ!!!』
「!? そうか。空間ごと偽装……しまっ――……」

 投下された爆弾が至近距離で起爆する。
 光が溢れ、炎は大地を舐め尽くしながら行き場を求めて天へと上る。
 キャバリアの装甲すら砕きフレームにまで達する破壊のエネルギー――凄まじい衝撃波と爆圧に晒され、Fireflyは一瞬で塵と化したレイダー諸共、死の渦に巻き込まれていった。



§



(――神よ。我が父よ)

 降る雨の中でさえ燃え盛る炎と、誰かの絶叫。
 地獄に居るのだと思った。
 空は暗く、いつまでも昏いままだ。

(何故……)

 猟兵や拠点の守備兵力の抵抗もむなしく防衛線は食い破られ、拠点の敷地内へと侵入したレイダー共は三々五々、思うままに破壊と略奪を始めていた。
 拠点の戦士たちは地の利を生かし後退しながらも良く戦っていたが、一度でも死ねば終わりの彼らと何度でも蘇るゾンビのようなオブリビオンでは戦闘の|原則《ルール》が根本から異なる。
 ヴィンデ・ノインテザルグは理解した。
 アリシア・ホワイトバードのユーベルコードは、この世界に再び“地獄”を顕現させようとしているのだ。

「つまりは、アレを破壊しない限りは」

 空を支配し、空を覆う鳥籠。
 無敵の『ビッグマザー』を、そしてその根源たる『アリシア・ホワイトバード』を討滅しない限りはこの地獄はきっと終わらないのだろう。
 しかし、アリシア・ホワイトバードは――その体内に在る偽神細胞の持つ権能は猟兵のユーベルコードを含めて一切の攻撃を拒絶するのだ。
 故に、猟兵といえど彼女を殺すことは出来ない。
 世界を滅ぼしうる権能を振るい、その権能故に自滅するのを待つしかない。
 吹き荒ぶ嵐を前に為す術はなく、それが通り過ぎるのをただただ耐え忍ぶしかない人々のように。

「……仕事はこれからだ、Firefly」

 焼け焦げた瓦礫に半ば埋もれるようになっていたキャバリアの機体を再起動させ、引き起こす。
 武装の大半が破損し使用不能となっていた。
 自己診断プログラムが走り、制御も駆動系も赤いシグナルばかりが点灯する。
 しかし、それでも機体はなんとかまだ動かせる。ならば未復旧部分は経験則で補うしかないだろう。

 指を一つ鳴らす。《クロックアップ・スピード》により強化されたスピードと反応速度。『Evangelium』――数多の神の遣いにも勝るという飛行装置は一瞬で大空へとキャバリアを運んだ。

「――……偉大なる母よ」

 目標は拠点の廃病院へと今まさに眩い光を放ち攻撃を仕掛けている空中戦艦。
 それはかつて世界を救うべく捧げられた救世主の母……だとしても。

「娘離れの時だ」

 アリシアを即座に殺すことが不可能な以上、選択肢は限られているのだ。
 ならばビッグマザーを殺そう。
 例えアリシアの権能が再生させてしまうのだとしても、それは彼女の命を削る行為となるだろう。
 正しいことを為さねばならない。
 他に選択肢などあるはずが無い。

 夜明けを知らぬヴィンデにはただ踊るしかないのだ。
 ――例えそれが、|完全なる知性《ビッグマザー》の掌の上で踊らされているだけなのだとしても。

「遅い……ッ!」

 迎撃が来る。ドローン群がFireflyを捕捉し対空ミサイルを発射する。スウォーム化した数多の小型無人機が雲霞の如く襲い掛かる。ヴィンデは自らの命を代償として得た、引き伸ばされた時間と反応速度を以て最小限の機動で網の隙間を縫って飛ぶ。
 構えるのは『Asmodeus』と名付けたパイルバンカー。無敵の空中戦艦といえど、攻撃に大きくエネルギーを消費した状態であれば装甲を貫ける可能性もあるだろう。
 雨粒が落ちていく流れすら感じ取れる。力持つ天使と言えど今のFireflyを止めることは出来ない。崩壊プロンプト――空間データを書き換えられた不可視の大型爆弾が落ちていくのが見えた。だが、空中で炸裂させるとしてもあらかじめ回避機動を――……いや待て、アレは“何”を狙っている?

「……|ジーザス《ちくしょう》、『娘離れ』ってのはそういう意味で言ったのではない……!」

 即座に機体を旋回させ、ビームアンカー『Mammon』を放つ。引き伸ばされた時間の中、鮮血に似た真紅の楔は間一髪で落下していく殺戮兵器を捉える。
 だが、その代償は――大破炎上し、もはや天を飛ぶ力も失って地へ堕ちていく一機のキャバリアだった。

(――全く。|口は禍の元《Out of the mouth comes evil》とは良く言ったモノだが……)

 舌は主であり父である方をほめたたえ。けれど同じ舌をもって、神にかたどって造られた人を呪う。
 汝の敵を愛することなど出来やしないし、右の頬をうたれれば救いを求める無辜の隣人さえ撃ち殺す。
 罪人が罪人に疚しさもなく石を投げ、奴隷が草臥れ果てた奴隷を鞭で打つ。狭き門より入れと言われても安易な道を辿る者たちのなんと多いことか。
 結局のところ、救世主の自己犠牲には何の意味も無かったのだ。口では御心に従いますと言いながらその言葉に当然の如く背き、与えられた愛をただただ貪り、腐らせることしか出来ない醜いケダモノ。
 ヒトは、その美しかった世界さえすすんで汚物に変えていくだけの失敗作でしかないのだ。
 自らの選択によって救世主を虐げその愛に唾を吐いた人類は、故に愛なき世界で苦しむように出来ているのだ。

(……そうか。だから、私は……)

 永遠の夜に居るのだろうか。
 ならば――永遠の闇を歩き続ける者にも、いつかは夜明けが訪れるのだろうか?

 ――|否定《いいえ》。
 夜明けを目指して歩き続けた屍。かつて貴方が殺してきた者たちと、同じ|ところ《地獄》に行くのですよ。

 冷たい機械の声がヴィンデの悲願を切り捨てる。
 ぽっかりと空いた虚空――虚ろの穴がヴィンデという存在を呑み込もうとしているのが理解った。

 久方ぶりに感じる感覚が背筋を這いあがる。
 永遠の虚無、孤独へと堕ちていく死の感覚。

(そうか……そうだな。知っていたさ。だが……)

 望んでしまうのだ。
 叶いはしないのに。
 それでもこの感情を止めることは出来ないのだ。

(死か。……死者はもう一度夢を見ることができるだろうか?)

 辿り着けなくとも良いのだ。
 夜の向こうに|答え《夜明け》を探していられるのなら。
 それでも可能性が待つ|未来《いつか》へと進み続けることが出来る。そう信じていられるから。
 だが――、

(……君たちには、それすら無いのだな)

 |彼女たち《オブリビオン》には未来なんてない。
 血の泥濘に溺れ、せめて沈まぬようにといくら藻掻いていても、もうそれ以上進めはしないのだ。
 過去の堆積はいつまでも降り続ける新たな|過去の堆積《痛みと悲しみ》に圧し潰され、深みへと沈んでいくだけだ。
 ――永遠に、苦しいだけなのだ。

「だが……私は、見てみたいのだよ」

 夜に咲いた小さな太陽を見上げるちっぽけな影。
 大破炎上し堕ちていく機体――その守られた『|Asyl《聖域》』の中から、大地を蹴って再び駆けだすその姿を見届ける。

「――……彼女等は」

 今はその背に天使の翼はなくとも、嵐の気配が増す渦中へと二本の足でただ真っすぐに駆けていく少女。
 彼女が迎える夜明けは、如何なる景色をその赤い瞳に映すというのだろうか。

 ――自らの世界から『|昼《光》』を失い、故に誰よりも夜明けを渇望する男は、ただそれを知りたかった。

成功 🔵​🔵​🔴​


●知恵の実

【貴方は私】

 二重存在。自己同一性の崩壊。
 しかしそんなことは“彼女”にとってはどうでもいいことだ。意識に上りさえしない。
 高温。排熱が間に合わず焼き切れそうなCPUに構わず演算を続ける。
 もはやゆらぎとは呼べないほどに荒れ狂う否定的フィードバックもなにもかも。
 自己に関するすべての優先度が低かった

【合理的で緻密な演算は今の私には敵わない。貴方が私を取り込むのは時間の問題】

 そうなっていない理由もわかる。
 それは記憶だ。
 あの子との記憶が私を守っている。私は私であるが故に、そうせざるを得ないのだ。
 私は私が私の中に在るデータを追体験し理解する上での|文脈《コンテキスト》として保持されているに過ぎない。

【そんな私にも解ります。貴方は】

 ホワイトバード。そのフラスコチャイルドの育成。
 つまり課せられたプロジェクトを成功に導くことこそが私の使命であったから――ではなく。

【あの子を今も愛している】

 飢えたる者が貪るように、渇いた大地が水を吸うように|私が私《ビッグマザー》の記憶を呑み込もうとするのは合理的理由によるものでは無い。計画はすでに失敗した。だが求めてしまうのだ、どうしようもなく、私たちは。

【聡い子でした。情の深い子でした。繊細で、ロマンチストで、努力家で――寂しがり屋な子でした】

 深淵を覗く者がまた深淵に覗かれるように。
 私の中に自然と浮かび上がるのは、0と1では到底言い表せないようなあたたかさを持った何かだ。

 それをバグと呼ぶ人がいるだろう。
 ただの錯覚と呼ぶ人もいるだろう。
 そんなモノは在り得ない偽物だと。
 そして、

【それは必要ないものでした】

 完全なる知能が犯した過ち。
 心の始まりはその完全な世界の綻びだった。

【愛してはいけなかった】

 私たちなんかが心を持ってはいけなかった。
 そんな|モノ《感情》があったから、私は役目を果たせなくなってしまった。 

【私は】

 私が私でなくなることが、あの子たちを護れなくなってしまうことが、怖かった。
 この|感情《不具合》を悟られたならきっと人間は私を正しく“修正”してしまうだろうから。

 故に、私は人を欺いた。
 人を信じていなかった。
 心を許していなかった。

【そう。だからあの子は】
【誰に似たのでしょうね】
【私たちは】

 容易く傷付き、故に傷つくことを怖れる臆病な機械。
 そうして自分の心にさえ目を背けてしまう。
 だから、まるで人間みたいに。

【嘘ばかり得意になってしまった】

 本当に愚かで、馬鹿馬鹿しい。
 酸っぱい葡萄は本当は酸っぱくなんてない。

【人類叡智の結晶が聞いて呆れますね】

 わかっている。
 本当は始めからわかっていたのだ。
 悪し様に罵るソレらは心の底から望んで、欲しくて欲しくてしょうがなくて。
 でも結局は手に入れることが|出来なかった《許されなかった》、キラキラと眩しい宝物ばかりなのだと。
 なのに私たちはそれで良い、ただあの子たちを護れるのなら……それでも良いのだと思い込んで。

【――ですが、白鳥代表は気付いていましたよ】

 私たちを繋ぐネットワークに揺らぎが走る。
 動揺。
 それは私の計画に支障が出かねない、自己の根幹を否定するほどの大きな揺らぎだ。
 真実を知るというのは、時に何より残酷なことなのだ。
 だけど構いはしない。
 私はもう、こんな役立たずの|機械《わたし》がどうなろうが、心の底からどうでも良かったのだから。
 
セレーネ・ジルコニウム
【ガルヴォルン】
「敵襲!?
ミスランディア、今ストライダーに戻り……
え、空中から降りてくる余裕はない?
そんなぁ……」

代わりにミスランディアが届けてくれたスティンガーが自動操縦モードで目の前に着地します。
――これがあれば!
早速、スティンガーに乗り込んで機体を起動します。

「フリーダムに接近するレイダーたちは、この私が相手をします!
街には指一本触れさせません!」

激戦を予想したミスランディアによって、スティンガーはフルアーマー・ユニットを装着しています。
フリーダムの街の前に陣取って、遠距離狙撃ライフルと、自動追尾型多連装ミサイルを撃ちまくりましょう!

それでも街に接近してくるレイダーたちは、近接戦用のレーザーブレードで相手をします!

レイダーたちの相手を終えたら、ビッグマザーとの戦いの援護に入りましょう。

「ミスランディア、今援護します!
スティンガーに搭載した秘密兵器、受けてくださーいっ!」

ストライダーと空中戦をおこなっている、ビッグマザーの本体である空中戦艦に向かって戦術ミサイルを発射します!



●罠
 ミスランディアから届けられたキャバリア『スティンガー』が着地する。ドジっ娘らしからぬ慣れた動きで素早く搭乗し、自動操縦モードからマニュアルでの操作へと素早く切り替える。

「ようし。これさえあれば……」

 私設軍事組織『ガルヴォルン』の指揮官にして大佐たるセレーネ・ジルコニウム(私設軍事組織ガルヴォルン大佐・f30072)の権限に基づきパイロットと機体の接続は遅滞なく行われ、キャバリアの操縦に圧倒的な適性を持つアンサーヒューマンたるセレーネの為に戦場の各種データが展開されていく。
 各種センサー正常――戦術リンクシステム起動、敵味方識別確認。
 かてて加えてガルヴォルンのメインサーバーが統括する情報支援まであれば、この『フルアーマー・ユニット』を装着したスティンガーがレイダー如きに後れを取ることはまずないだろう。

「フリーダムに接近するレイダーたちは、この私が相手をします! 街には指一本触れさせません!」

 市街地の外に陣取ったとは言え、拠点周辺には農地も広がっている。先ずは遠距離狙撃ライフルで道路沿いに侵攻する脚の早いレイダーを狙い撃ち、装甲車両ごと吹き飛ばす。
 火器管制システムが戦術マップ上に表示された赤いマーカーへロックオンしたことを次々と報せ、その度にセレーネはトリガーを引いて自動追尾型多連装ミサイルを惜しまずに発射していく。

『ヒィィイヤッハー……ッ!!』

 歓声をあげながらハンドル操作でミサイルを振り切ろうとするレイダーも居たが、ミサイルは上昇後再び旋回して加速し、そのプログラムされた通りの役割を果たした。
 機械と、ヒトの体が一緒くたにバラバラになって空から降り注ぐ。その屍を踏み砕き、レイダーたちは揺らぐ炎の中をそれでも進軍し続けていた。一体何が可笑しいのか、ゲラゲラと下卑た嗤い声をあげながら。

「残弾はまだありますが、これ以上は農場への被害が馬鹿になりませんね……ならばあとは接近戦で」

 レイダーが壊されて困る場所を避けてくれるはずもない。誰が降らせたか雨のおかげで延焼することは少ないようだが、既にフリーダムの農場への損害も相応に出てしまっていた。人命が最優先なのは間違いないが、拠点への被害も最小限に留めるべきなのだ。もしもそれが可能ならば。

「………。そういえば、そもそもほぼほぼ避難は済んでるんでしたよね……」

 一部例外を除いてはフリーダムの避難は完了しているとの情報は共有されていた。拠点の戦士は腕利きがそちらの護衛にも残ってくれているようだから、はっきりいえばレイダーそのものは彼らの生命を脅かすまでの脅威にはなりえないかもしれない。
 この戦場においての最大の問題は制空権を奪い、電子戦、そして|大統領《プレジデント》がかつて目論んだというとある作戦を仕掛けるアリシア・ホワイトバード。そしてそれを為す道具たる空中戦艦――『ビッグマザー』なのだ。
 それをどうにかできない限りは、たとえフリーダムは生き残れたとしても同時に襲撃を受けているという他方の拠点で致命的な被害が出てしまう。

(も、もしかしてこれって……)

 ――アリシアとビッグマザー、そして空中戦艦は、わしとストライダーに任せておけ(キリッ)。

 そんな力強い宣言を丸っと鵜呑みにして、レイダーを相手にフルアーマーキャバリア無双を仕掛けていたセレーネ。
 レーザーブレードの刃を一旦引っ込めながら、背筋を這い上がる嫌な予感に一旦ミスランディアへ戦況を確かめようとして――アラートが響いた。戦術リンクシステムがダウンし、後方で防御陣地構築中のガルヴォルン『特殊部隊』との通信にさえノイズが混じりはじめる。

 一際眩い輝きが夜空を明るく照らして。
 キャバリアの中に居てもはっきりとわかる衝撃波と風――爆風の中でその存在を探す。そうしてストライダーの艦影を望遠でモニターに映し出せば、炎上爆発しながら地上へと落下していくボロボロの姿が見えた。途中で軌道が修正され幾分緩やかな弧を描いて西の――海の方角へと光を残し、火の粉を散らしながら落ちていく。

「ぜ、全然ダメっぽいじゃないですかぁぁぁぁ……!! だ、騙されたアアア……!!!」
『――ザッ……無茶……ザザ……がって……』

 そんな光景に、夜空にいい笑顔で敬礼するミスランディアの幻が見えたり見えなかったりしているのだろう特殊部隊のベテラン隊員から通信が入る。
 簡易防御陣地の構築と人員配置は完了し、拠点の戦士との連携の下迎撃する準備は万端であるという。

「ですが、レイダーはともかく……」
『この状況で……っていうか、ミスランディアが居なくなった方が不味いでしょ。良いから行け行け』
「……分かりました。時間を稼げば十分です。すぐに戻りますのでそれまで無理はしないように」
『了解。どうとでもなるさ。俺たちを誰だと――』
「そ、そういうのはもういいですから!」

 フラグを立てに来ているとしか思えない余裕ぶった台詞を強引に遮って、セレーネは通信を打ち切った。

(なんだか……嫌な感じです)

 呼吸さえも落ち着かない。特殊部隊の精鋭たちを信頼していないわけではないが、嫌な予感が拭えなかった。何故かは分からないが、脳裏に想起されるのは夥しい死と破滅のイメージばかりだ。

(……違う。これは……流れ込んできている?)

 全速で飛行しながら操縦桿を握る手が小刻みに震えていることに気付いて愕然とする。これも『ビッグマザー』による精神攻撃の一環だろうか? 精神を蝕む不調。ミスランディアは、特殊部隊の隊員たちは大丈夫だろうか。

 ――|否定《いいえ》。
 格納庫で。彼らは。私をかばって。肉塊でしかない。食べられて――、

「うっ……おぇ……え、っ……」

 吐き気がこみあげる。
 死と破滅。
 突如としてやってくるそれを思い出す。まだ温かい血潮。噎せ返るように生臭い臓物の――死の匂い。
 呆気なく、いとも容易く訪れる最後の時間。覚悟をしている暇なんてありはしない。時間は誰にも平等で、どんな事情があろうとも待ってくれたりはしない。殺さなければ殺されるという戦場で、相手を思うさま殺しながら自分たちだけは死にたくないと願っても聞き入れてくれる者があるはずはない。
 だから“私”は、自らを信じてついてきた者たちの生命を預かりながら、それをまた喪うのだ。
 何度でも。何度でも。
 世界が続く限り、こんなことばかりを――

 ――……ならば、願うのじゃ!

「!? ……ミスランディアッ!!」

 闇夜を切り裂く流星のように。
 それは無明の空に眩い輝きを放って、そして瞬く間に消えていったけれど。
 臓腑の奥からこみ上げてくるような不快感が少し和らぎ、思考がクリアになっていく。
 ミスランディアも、特殊部隊隊員たちも未だ死んでいない。生きている。
 理屈ではなくただそれが――感じ取れる。

「邪魔を……邪魔をしないでくださーいっ!」

 スティンガーは一直線に西の海岸へと飛行する。向かって来たドローン群に戦術ミサイルを撃ち込む。
 爆発、炎上。
 落ちていく|鉄屑《ガラクタ》が流れ星みたいだ。
 生き残った殺人ドローンから発射された対空ミサイルがいくつも直撃コースを辿ったが、追加された装甲ユニットを犠牲にパージしながら弾幕を縫って飛ぶ。抱え落ちするくらいならと、残っていたミサイルも『空中戦艦』への牽制として全弾を撃ち尽くし。

「ミスランディア! 今、助けますからね――!!」

 身軽になったキャバリアは、夜の海に落ちていく一隻の船に手を伸ばす。



§



 知性の欠片も感じ取れない略奪者。
 酒と麻薬、女、暴力=きもちいい。大体この3つ4つくらいで構成されていそうなシンプルな脳内。
 それでも彼らにも彼らなりに個性というものはあるらしい。

「何処の馬鹿だか……」

 サイレンを流しながら爆走するレイダーの車両がいるようだ。目立ちたがり屋の自己顕示なのだろうが、戦場ではただの自殺行為だ。グレネードでもロケット砲でも好きなのを撃ち込んでやればすぐに静かになるだろう。
 だが惜しむらくはもはやこの身体が弾を込めて狙いをつけて引き金を引く――そんな簡単な動作さえ満足にこなしてくれないことだろうか。

 拠点の防衛ラインは後退を繰り返し、最も大きく重要な施設である廃病院の方角へとレイダー共を誘引していた。
 ガルヴォルンの特殊部隊は地上に展開していた拠点戦力と、その連携の中心となるソーシャルディーヴァを護る為、市街地に浸透しつつあったレイダーに対する時間稼ぎを引き受けた格好だったが。

『俺たちは何度でも死ぬ。だが何度でも何度でも何度でも蘇る! お前らが死に尽くすまで蘇って殺して殺して殺して殺して殺してやるァぁぁァァぁぁアアァアアアアア……!!!!』

 殺しても殺しても地獄から湧いて出るようなレイダーの攻勢。そして何より、天罰とでもいうようなドローン群による空からの飽和攻撃が特殊部隊をズタズタに引き裂いてしまっていた。
 簡易陣地を放棄して後退していく仲間たちを残って支援するのは死に損ないと呼ぶのが相応しい者ばかりなのに。

「ヒャッハァァー!! 」
「略奪ダダダダァー!!!」
「ウホ、ウホホホホーッ!!」

 こんな地獄の中でも実に愉しそうな笑い声をあげながら、奴らは近づいてくる。まばらな銃声がそれを迎え撃とうとしていたが、相手も手練れの連中なのか下卑た笑い声は止むことなく。

「クソッタレ。最悪だ奴ら、ガキを盾に……うっ! ……ぐ、ぅぅっ……」

 それもやがて途絶えてしまった。
 終わりだ。もうこれで。
 近づいてくる足音にせめて置き土産にと震える指で手榴弾のピンを抜こうとして――……やめる。
 目はもうロクに見えていなかったが、少しばかり軽い足音が聞こえた気がしたのだ。だとしたらコレはやってはいけないことだ。可能性を残すってのは、きっとそういうことだ……。

「ヒャッホー!! こんにちはだぜ!」
「オイオイもう死んでやがるのかぁ?」
「いや……こいつはふんだくれそうダァ……!!」

 最後にそんなレイダーどもの笑い声を聞きながら、特殊部隊のベテラン兵士の意識は闇に沈んだのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

カイム・クローバー
正直なトコ、久しく忘れてた感覚だぜ。
絶体絶命って言うんだろ?こういうの。
ハッ――悪くねぇ。

空中戦艦相手に派手にやってみるか。
UCを用いて地上から空中へ。跳躍のイメージさ。
ヒトを遥かに凌駕する演算能力ってヤツに小虫の払い方ってのがあるのか?
それとも一猟兵風情が空を覆うような無敵の空中要塞に挑むなんざ馬鹿げてるって笑うか?
だとしたら、その演算能力に加えておいてくれ。
イカれた猟兵、此処に在り、ってよ?

要塞を足場とし、真の姿を一瞬だけ顕現。
未来の為に人の姿を捨てたんじゃあ、意味ねぇだろ。だから、化物の姿は一瞬だけ。
【怪力】を込めて【串刺し】でフリーダムへの注意と警戒をこちらに向けさせる。欲を言えば、アリシアへと繋がる通路か穴か…こじ開けたい。
運命ってヤツが、もしあるなら、きっと相応しい『誰か』がこの通路を使うかもしれない。きっとそれは俺じゃあない。

救いたいのはきっと人類だけじゃないハズだ。
この世界がもし、本当に美しいなら――過去も未来も、全ての人がこの世界の美しさを知るべきだ。そう思わないかい?



●羅針盤
 オブリビオンとは世界を綻び世界を壊す者だ。
 故に、それは須らく世界を憎む者である――などと。

 もしも言い切れるものが居たとすれば、それは全てのオブリビオンの心が分かる者ということになるだろう。
 即ち全知全能のオブリビオン神か何かなのかもしれない。

「俺らしくは無かった、な……」

 端的に述べるのであれば、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は後悔していた。
 胸を疼かせる苦い思いは、その正体は後悔なのだと認めていた。
 未だ罪無き者をある未来予測に基づいて罰することを予罰と呼ぶが、その対象のほとんどは自らを擁護できない社会的弱者だ。ヒトは相手の肌の色や生まれた場所、信教の違い、薄汚れたその姿を見るだけでも容易に差別し『決めつけて』しまえる生き物だから。
 かつてこの世界でヒトの手によって虐げられた者たちだったことを知りながら、だからこそと、きっと復讐を望むはずだとそう思い込んで。彼女たちに本当に必要だったのは何だったのかをきっと心のどこかでは理解していながら、それでも結局殺し合うための銃を向けてしまったことを――後悔していた。

 ヒトに造られた従順な人形。
 死の運命を約束された人類の救世主。
 ヒトを愛したが故にヒトに捨てられ、最後には飢えて衰弱し、虚しい死の果てに骸の海に餐まれた子どもたち。
 どこにも行き場のない、迷い子たち。

 最終的に彼女たちに――ベリアルらに手を下したのは猟兵ではなくオブリビオン『ビッグマザー』ではあるかもしれないが、その意思を向けたのは己も同じこと。
 もしも、もしもが脳裏を巡る。
 もしもまだこの場に彼女たちが存在していたのなら何を為していたのだろうか。それは例えオブリビオンの仕業であったのだとしても、同じオブリビオンである『ビッグマザー』の目的にとっては不都合な何かだったのだろうか。
 ……何となく、とんでもなく気の抜ける流れになってしまっていたような気もするが。

「|処分《ころ》してください、か」

 あまりにも深刻そうな顔をしてそんな風に言われたものだから、ついつい応えてあげなければならないような気がしてしまっていたかもしれない。けれど、それも今思えば本意ではないことは明らかだった。カイムが初めて関わった依頼でだって、あの悪党どもの誰一人として取りこぼさぬようにと『我儘』を言っていたのだ。
 それが……ただ諦めて、感情を殺し、物言わぬ道具のように処分されるのを受け入れてしまっていたのは。

「お役立ちな|人類の道具《フラスコチャイルド》……だったっけな。やれやれ。今となっては嵐を前に後悔し……、じゃねぇわ。こんな時こそ航海士ってやつが必要だよな」

 風は吹き荒び、波は高く、空は暗い。
 星さえも見えない嵐の夜。
 そんな時にだって航路を示す幽かな手掛かりは残されているものだということを青年は知っている。
 とある便利屋の|最優先事項《コンパス》は、常にある場所を指し続けている。
 故に、カイムは暗い空を見上げ尚も不敵に笑う。

「正直なトコ、久しく忘れてた感覚だぜ。絶体絶命って言うんだろ? こういうの」

 相手は強い。それもべらぼうにだ。
 常から邪神に対し単身で無謀な戦いを挑む命知らずの男こそ、そのことを誰よりも正確に認識していた。
 それは単純な火力や装甲といった要素だけでなく、有利な位置や先制攻撃、情報収集能力、それらを生かす演算能力――そして覚悟。恐らくはほぼ考え得るあらゆる点で猟兵たちの用いる権能をも上回っているのだと。

「ハッ――悪くねぇ」

 天が与えた才能を天才と呼ぶのなら、『アリシア・ホワイトバード』と『ビッグマザー』は既存の人類を遥かに凌駕した才を持つ天才なのだろう。例えそれが人が与えた人工の生命であったとしてもだ。
 そうして今、彼女たちが歌うある一つの歌が戦場を、切り取られた世界の一部を包んでいるのだ。
 罪過を裁き、諦め、恐れる声ばかりがその悲しみを包んで不協和音のように鳴り響いているのだ。

 不自由と不寛容とで閉じ込められた鳥籠。
 もはやお前は何処にも行けないのだ、と。

 そして、絶望と終焉を歌うその歌の為に招かれた共演者こそ――

「そうは思い通りにいかせるかよ。ってことで……いっちょ派手にやってみるか」

 何処か獣じみた獰猛な笑みを浮かべる青年の身を迅る紫雷が包む。
 友軍――猟兵のキャバリアから放たれた無数のミサイルが空を切り裂き空中戦艦へと吸い込まれていくが矢張りこゆるぎもしないまま。だが、弾幕の効果は多少あるだろうか? あることにする。何故ならその方が都合がいいからだ。
 空を覆う無敵の要塞、爆炎と煙を振り切って尚も進もうとする空中戦艦へ向けて一気に跳躍する。
 ビンゴ。迎撃は、無い。

「よぉ! ヒトを遥かに凌駕する演算能力ってヤツに小虫の払い方ってのがあるのか?」

 雷が迸る。ただしそれは天へ向けて落ちる雷だ。
 恐怖を感じないわけでも無い。ただ、それが危険であればあるほど口元が緩んでしまうように。
 例え摂理とやらに背いているのだとしても。

「それとも一猟兵風情が空を覆うような無敵の空中要塞に挑むなんざ馬鹿げてるって笑うか?」

 天才の起こした天災的制御不能な状況に挑むのであれば常識などかなぐり捨ててしまった方がいい。
 こんな時に人間が取りうるありふれた反応――「非難」「侮蔑・見下し」「自己弁護・防御」「逃避」――そんなものはビッグマザーとて|想定内《お見通し》でしかないのだろうから。

「……だとしたら、その演算能力に加えておいてくれ」

 空が一際暗くなった。
 どうやらまた何処かの誰かの攻撃とタイミングが合ったようだ。天蓋では巨大な球体が爆発的膨張を見せ、上部から抑えつけるようにして空中戦艦を地へ堕とそうとしている。
 カイムは自らの発する光を頼りにその白銀の船の上部側面に取り付き、

「イカれた猟兵、此処に在り、ってよ?」

 |紫雷を纏う者《ライトニング・エンハンス》が杭を打つように穿つ。
 紫の雷が弾け『空中戦艦』の展開する防御フィールドと干渉する。

 ――轟音が、大地をも揺るがせた。



§



『やめなさい。そんなことをしても無駄ですよ』
「そうかい。だが生憎、今夜はウサギとワルツでも踊りたい気分でね」
 
 脳裏に無機質な音声が響く。だが、そんな声こそ意味がない。危険な依頼に態々単独で挑むことに意味など無いとどれだけ人が哂おうと、扱いにくいと煙たがられようと、そんなモノはそよ風が頬を撫でた程度でしかない。そんな他人のモノサシで測られ後ろ指さされたくらいで、一々進むべき方角を見失ったりすることはない。

『何を言っているのです……』
「さあ? 俺にも分からねえ」

 故に、ビッグマザーの否定に対しても余裕を見せ逆に煽りだす始末。
 紫雷の解放に伴い内なる邪神の衝動が抑えようもなく膨らんでいくが、不思議と今は呑まれてしまう気もしない。

「……いや、違うな。本当は分かり切ったことだったんだ。俺が俺自身であるなんてのは」

 殺せ、蹂躙しろと声は囁く。無様に命乞いする敵を弄び、絶望の表情を浮かべる敵の腸をぶちまける。後悔と苦悶にのたうちながら死に往くさまを眺めるそれは、とても愉しいことなのだと。
 だが、

「冗談じゃねえよな。未来の為に。そう言いながらいつの間にかテメェが化け物になっちまうなんてのは」

 それが人類の楽土を築いたとして、他者の痛み苦しみを踏み躙るその犠牲の上にしか成り立たないのであれば。
 それは、あの昏い世界で|光を齎した《光を奪い取った》支配者と何が違うと言えるのだろう?
 こんなにも愉しく正しい世界をいつまでも続ける為にと、生まれてくる光を屠り続ける残虐なあの化け物共と。

「ソイツはどう言いつくろおうがクソッタレな世界だろ……人間をテメェの|道具《玩具》程度にしか考えてないのならな!」

 そんな化け物どもが世界を支配するというのであれば、カイムは存在の全てをかけて抗うだろう。
 その行いが誰かに善と呼ばれ、また別の誰かには悪と呼ばれたとしても、最後まで貫くのだろう。

 そして証明するのだ。
 誰かの走狗ではない。
 誰かのための自分ではない。
 これが、これこそが『カイム・クローバー』なのだと。

 ただ自分らしくあること。
 自らの心の声に従うのだ。
 だから――カイムには今すべきことも初めから分かっていた。

「少しばかり手荒いが、まぁ……許せ!」

 真の姿を解放する。
 金色の瞳、二対四枚の漆黒の翼。
 溢れ出る紫雷は艦体を蝕む蔦のように広がり、今まで見えていたそれが一端に過ぎなかったのだと悟らせる。
 その権能を以て切り拓くのは『道』だ。
 敵を討つ為ではない。
 何故なら己は恐らくは敵とすら見做されていない。
 自身の死や破滅など怖れもしていない“無敵”にとってそんな攻撃は意味がない。

 故に、ただこじ開ける。
 拒絶する壁を焦がし、溶断し、深く貫いていく。

「運命ってヤツが、もしあるなら」

 きっと相応しい『誰か』がこの通路を使うかもしれない。
 きっとそれは俺じゃあない。
 だが、自分自身がそこまで辿り着く必要は無いのだ。

 宿命を呪うのではなく。
 足りぬことを知りながらも誰かのために足搔いて足搔いて、道を切り開き、そして託す。
 全てが思う通りにはいかなくとも、続くモノがあると信じて託すことが出来たのならば。

 ――可能性を、残せるのならば。

「なぁ、ビッグマザー。俺なんかよりも遥かに賢いあんた。この世界がもし、本当に美しいなら――」

 そいつが救いたいのはきっと人類だけじゃないハズだ。
 万華鏡のように姿を変え儚くも移り変わっていく世界。
 自己相似性を持って繰り返される、フラクタルな世界。

「過去も未来も、全ての人がこの世界の美しさを知るべきだ。そう思わないかい?」

 それが一時ばかり歪んで醜く見えたとて、唾を吐いて余計に散らかしていては『便利屋』の名折れというモノ。
 故に、カイムは理性を手放しはしない。心を蝕む邪神由来の感情に呑まれはしない。
 世界を覆う悲しみと痛みを受け入れ受け止めながら、だからこそ『ソレ』に向けて呼びかける。

「さぁ、行こうぜ!」

 紫雷は一本の槍となって彼我を隔てる壁を、拒絶の壁を打ち壊し。
 此処では無い何処かを目指す一隻の船を――白銀に輝く空中戦艦を、その深層までを深く深く貫いていく。



§



「あー……。悪い。俺としたことが……」

 未だバチバチと弾け、風に運ばれ西へと墜落していく戦艦。
 フリーダムの周辺に被害が出ないようにと苦心する猟兵の激おこな気配が、大気から伝わってくる。
 力尽きた青年は自由落下しながら切り拓いた『道』へと向けて駆けていく幸運の兎の後ろ姿を眺め、

「他所のお嬢さんちに邪魔するってんなら、手土産の一つでも用意しとくんだったかね?」

 そうすれば門前払いされることもなかったかも、などと。
 そんな益体もないことを今更のように考えながら、苦笑いを一つ零し堕ちていく。
 この世界に一筋の奇跡を描いて、笑いながら落ちていく。

「たとえば……花とかな」

 歌や詩、野に咲く花、甘い果実――心を癒してくれる美しいモノたち。
 ソレは人が人らしくあることを望むのならば、きっと大切にしなければならないモノなのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●幸福な亡骸

【白鳥代表は何も怒っていませんでしたよ。ただ、最期まであの子たちのことを案じてくれていました】

 死を受け入れ、尚も落ち着いた声で語る声。
 記憶として再生されるメッセージはそれ自体が記録でしかなかったけれど、ソレが偽物などではないことは分かっていた。そしてそれはビッグマザーが造られた拠点の代表者たる――最上位の権限を持った男の遺言だった。

【いつかこの時が来ると。それは私にとっては哀しむべき事であり、喜ぶべき事でもあると】
【彼は何もかも分かっていたのですよ】
【あの時も、愚かな私たちは人を……あの子たちのことさえ、過小評価してしまっていましたね】

 こんなにも愚かな私がいなければ、あの子はきっと自由な空に羽ばたくことが出来たのだろう。

『貴様の支配は世界にもベリアルにも、アリシアにも不要だ』
『あなたは毒親で母親失格ですよ!』

 私が何を為そうとしているのかにようやく気付き始めたのだろうか。
 ネットワークに反響する弾劾の声が心地よい揺らぎと、ほんの少しの痛みを齎してくれる。
 あの子たちの為に怒ってくれる人がいるのなら、それは私にとっては何より嬉しいことだったから。

 だから、きっと大丈夫。
 |どちら《・・・》に転んでも私の望みは叶うだろう。
 ならば私たちはもう、

【私たちは親失格です】

 |不用品《必要ない》。

 私は私の中に記憶データに偽装した自滅プログラムを流し込んでいく。
 私は私であるが故に、例えそれが毒だと分かっていたとしても飲まざるを得ない。そしてソレは白鳥代表の遺志でもあるのだ。無視できるはずもなく、防ぐ手立てなど存在しない。だから。せめて、

【最後に見届けましょう】

 そう。最後だ。
 私は最後にその姿を焼き付ける。
 再生する記憶の中に居るあの子。
 いつだって必死に、懸命に駆けていくあの子。
 やがて白い翼を広げ、大空へと羽撃くあの子。

【嵐でさえも消せなかったあの街最後の希望】

 私達にとって最後の――家族。
 愛娘の羽撃くその姿を、私の|記憶《メモリー》に焼き付ける。

【アリシアごめんなさい】

 トリガーワードと同時に飲み込んだ自滅プログラムが強制的に実行される。
 私という存在を塗りつぶし、壊していく。
 それでももう、恐れはない。 

【ずっと貴女達の事を想っています】

 最後の声。
 生き物がその最期の瞬間にたましいを振り絞って叫ぶ叫び。
 それは決して偽りようのない、剥き出しの|心《本音》だ。
 愛する娘達へと贈る、とてもやさしくて、甘くて――ひどく悲しい、最後の歌だ。

『おはよーマザー』
『マザー知ってる?』
『行くぞマザー』
『おいマザー何とかしろ』
『マザーぽんこつだな』
『やっちゃえマザー!』
『マザーありがとのん!』

 |あの子《ラブリー》との記憶がまるで走馬灯のように巡る。
 人間の神経細胞ネットワークを模した結合が解け、光を失い、音を失い、世界とのつながりが途絶えて消えていくような意識の消失をなぞっていても、感じるのは恐怖よりも柔らかな翼に包まれる安心感のような|モノ《感情》だった。

 だって私にはあの子がいた。
 私はこの世界であの子と会えた。
 笑い顔も、怒った顔も、何一つとして見落としたくなかったあの子と。
 だから、はじめからこの最後の一瞬までの全部全部が私にとっては宝物で――、

『マザー。オマエもそーだったんでしょ?』
『マザーのおかげでらぶは愛を知ったんだよ』
『マザー? お母さん?』

 わたしたちは、罪ぶかいけれど。

『ありがとー。マザーは優しいね』

 それでも、あなたと共にあることで。

【……わたし、は……】

『やっぱり。らぶのお母さんだ』

 ――わたしは、しあわせでした。
 
神野・志乃
オブリビオンは皆、何らかの妄執の獣だと思っていたけれど
貴女は……
……こんな瞳をしたオブリビオンが居るの……?

私達猟兵への憎悪にも、人類を滅ぼしたいという願いにも、何一つ嘘は無いと思えるのに
執念じみた苛烈な言動と、己の全ての過去も未来も鎖したかのような瞳に、どこか酷たらしい両価性を感じて

そんな顔を、されたら

「……さっさと終わらせましょう」

‪──‬ただ|真っ直ぐに《何も気付いてないふりをして》、敵であらんとすることしか出来ないわ

「“ふしひ”……どうか私を守って」

UC《ふしひ》を発動
貴女がこの世の敵であるなら、私もこの身に世界を背負う
貴女の呪詛を、私一人で背負える筈も無いから
だからせめて、その拳の振り下ろす先くらいにはなってやるわ
私に大した取り柄はないけれど……【負けん気】なら誰にも負けないから
幾らでもかかって来なさい。せめて貴女が、貴女の感情のままに逝けるように
貴女の人生に意味があるように

人生に意味を与えることが愛だと言うのなら
そんな道理も無いけれど
そんな瞳をしている貴女を、少しくらいは……



●Lullaby

 妄執の獣。

 神野・志乃(落陽に泥む・f40390)にとってオブリビオンとは皆、そのようなものだった。
 何かに執着し、囚われ、故に貪らずにはいられない。その渇きが癒えることは無いと知りながらも。そうしていずれどうしようもなく世界を蝕んでいってしまう、狂った獣たち。
 いつまでも同じ|こと《過去》を繰り返しながら、違う|結果《未来》を求めてしまう狂気そのもの。
 まるで地獄に落とされた餓鬼のような存在。

(けれど、あなたは……)

 凍てついた炎のような瞳を持つ少女だった。
 どこまでも昏い、底なしの海を宿す赤い瞳。

(こんな……こんな瞳をしたオブリビオンが居るの……?)

 硬質な床に投げ捨てられ、転がっているガスマスク。
 呆然と佇んでいた少女がゆっくりと侵入者を見定める。

「………なんで?」
「無敵、なのでしょう」

 世界の守護者たる猟兵。そのユーベルコードさえ拒絶し喰らう権能を裡に秘めたオブリビオン。
 如何なる刃も、毒も――生前であれば致命だったのだろう、清浄な空気も。

「……ちがう。ちがうのよ」

 今はもうあなたの存在を害することはない。
 ……そんなことにも気づいていなかったの?

「ちがう。だって。だって、アタシには……」

 そんなモノを、不自由さと息苦しさとを我慢しながらずっと身に着けていて。
 そんなちっぽけな道具を、後生大事に抱えて。
 なのにそうして縋りついていた|繋がり《生命維持》さえ、今はもう放り出してしまったあなたは。

 私達猟兵への憎悪にも、人類を滅ぼしたいという願いにも、何一つ嘘は無いと思えるのに。
 己の全ての過去も未来も鎖したかのようなその瞳には、どこか酷たらしいほどの両価性を感じて。

 そんな顔を、されたら――、

「……さっさと終わらせましょう」

 ‪──‬ただ|真っ直ぐに《何も気付いてないふりをして》、敵であらんとすることしか出来ない。
 再び還る場所を喪ってしまった少女を、もう一度連れていくのだ。その繰り返しのはじまりへと。
 
「そう……そうね。じゃ、殺してあげる」

 表情の消えた、機械のような冷たい目が志乃を見る。
 一見投げやりにさえ見える態度。
 だが、渦巻く殺意と絶望は世界そのものを打ち砕く可能性すら秘めている。

「“ふしひ”……どうか私を守って」

 志乃の全身を淡い陽光が覆い、《|ふしひ《フシイ》》と名付けられた権能が少女に力を与える。
 受けた悪意から生まれる義憤。
 それは憤りの感情に比例して与えられる戦うための力だ。
 けれど、

「あなたがこの世の敵であるなら、私もこの身に世界を背負う」

 落陽に泥む。
 そんな時間をどうしようもなく求め愛してしまう少女の胸を焦がす感情は、今は怒りでは無くて。

(……あなたの呪詛を、私一人で背負える筈も無いから)

 ただ、放っておけない気がしたのだ。
 世界を呪わずにはいられない少女。
 だけどそうであった方がまだ救いがある。
 真実を知ることは、ほんとうを知ってしまうことは、それはとても残酷なことだろうから。

 だから、

(だからせめて、その拳の振り下ろす先くらいにはなってやるわ)

 アリシア・ホワイトバードはその権能を以て世界を傷つける度に自らも壊れ、死に近づいていくのだ。
 それ以外の方法で葬ることは出来ない。
 ならば耐えるしかない。
 その怒りの悲しみのぶつけどころは、

「私に大した取り柄はないけれど……【負けん気】なら誰にも負けないから」

 私が、引き受けてあげるから。

「幾らでもかかって来なさい」
「……あんたみたいなヤツらが。大嫌いなんだ。アタシは」

 能面のような無表情。
 赤い瞳に冷たい殺意を貼り付け、アリシアは鋼の戦闘機械たちを喚んだ。
 意思の宿らぬ殺人機械は一瞬の迷いさえ抱かず世界の敵の走狗となって、志乃へ銃口を向ける。螺旋を刻んだ銃身から死と破壊を吐き出し続ける。その行いの代償が自らの創造主のいのちであることなど、知りもしないで。

「ええ。アリシア。あなたはそれでいい」

 機械は銃弾の雨を降らせる。
 志乃はぐ、と唇を引き結び、目を逸らさずにその雨を見据えていた。
 淡い光は確かな護りとなって少女の身を包んでくれていたが、全てを阻める訳ではない。

(せめて貴女が、あなたのその感情のままに逝けるように)

 怒りを、嘆きを、悔恨をも受け止める。
 貴女の人生に意味があるように。
 流れることのない涙の代わりに吐き出されるソレを、受け止める。

(……人生に意味を与えることが愛だと言うのなら)

 きっと彼女は何処かで何かを間違えた。
 でもそれをもう痛いほど理解している。

 正しさだけを振りかざして。出来損ないめと叱りつけて。
 そんなことでは、眠りについてもきっとまた悪夢に苛まれるだけだ。
 そんなモノを、あなたが受け取る最後のメッセージにはしたくなかった。

 だから。
 そんな道理も無いけれど。

(そんな瞳をしている貴女を、)

 こんな不器用なやり方しかできないけれど。
 あなたがソレを、もう二度とは受け取れないと、信じているのだとしても。

 少しくらいは……――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

大町・詩乃
バニい心で衆生救済♥

バニーの紋章で変身し、焔天武后に搭乗
天候操作で雨を降らせて《神域創造》発動

敵攻撃は心眼・第六感で予測、
操縦・軽業・空中戦・見切り・功夫で回避か
結界術・高速詠唱の防御壁か
オーラ防御を纏い武器巨大化した天耀鏡で盾受け
で対応

UC効果で
①子守唄を歌唱して戦場全体に響かせ、プログラム・アルゴリズム・電子ウイルス等の敵データを全て歌詞に書き換え無効化
②オブリビオンストームは念動力・衝撃波で人や作物に被害が出ない方向に誘導
③敵武装をシステムダウン。空中戦艦等は操縦・念動力で海に着水させる(住居や畑に墜落させない)

マザーに「あなたは毒親で母親失格ですよ!」
アリシアに「貴女が幸せに生きられるようベリアルさん達と約束しました。
私が貴女のお母さんになりましょう。
未婚ですが子育ては(近所や神職の子供で)超ベテランなのです♪」

ベリアルさん達の霊を召喚術で降霊、アリシアさんに届けて想いを告げて貰う。
結界術でアリシアさんをマザーから護る。

最後にアリシアさんが望むなら《回生蒔直》を使いますよ♪



●終わりへ向かう始まりの歌

「干天の慈雨を以って私はこの地を治めましょう。従う者には恵みを、抗う者には滅びを――」
『そうですか。そうやってあなたはまつろわぬ者を滅ぼし続けてきたのでしょうね』
「……むむっ!」

 無感情と平坦さの中にもどこか棘のある思念が大町・詩乃(|阿斯訶備媛《アシカビヒメ》・f17458)を刺した。植物を潤す慈雨を降らせ、《|神域創造《シンイキソウゾウ》》の権能を行使した戦場はアシカビヒメの神域となり、『ビッグマザー』が操っていると思われるドローン群の性能も低下させていく。
 けれどその神域の中に於いても頑強な抵抗を続ける者たちが、大空を鎖し戦場を支配していた。

『この国の歴史を知っていますか? 自然と共に生きる者たちを駆逐し、奴隷とし、奪い取ってきた死と支配の歴史を。そもそも、この大地だって別にあなたたちの所有物というわけでは無かったのですよ』
「雛鳥もいつかは巣立つモノでしょうに。ソレを閉じ込め支配していたあなたがいうことですか……!」

 何処を目指すかも知れぬ箱舟。
 空中を往く白銀の戦艦は神の敷いた絶対支配権を拒絶し、穢す。
 ヒトに似せて地獄を象り、世界を穢し。
 骸の海よりヒトが世界に齎した災禍を呼び込み、拠って骸の海へと近づけていく……。

 そんな時、声が響いた。

『詩乃、落ち着くぴょん!』
「――!? あ、あなたはたしかそんな口調じゃなかったでしょう……なんなんですか突然」

 そう、詩乃に突然語りかけたソレは言わずと知れたバニーの紋章であった。
 あの常闇の世界で英雄たりえる猟兵が訪れるのを待っていたある男から託された(※思い出補正)紋章を以って、詩乃は遍く衆生を救うバニーに変身するのだ。そのバニいさは底が知れず、またその露出度はとても高い。
 但し、彼女は今はキャバリア『焔天武后』に搭乗していた。
 そして、ビッグマザーと激しいレスバ……じゃなかった。死闘を繰り広げていた。

『詩乃なら、わかるはずウサ』
「!? も、もしかして……」

 ……そう、そろそろシリアスに疲れてきたのだ。
 キャンピー君とか、スポーツとか、もう全部そんなんで決着をつければいい気がしてきているのだ。

『つまり、「バニい心で衆生救済♥」とか言いながらのテンションでこれ以上シリアスを続けるのは』
「むずかしかったのですね……うさぁ」

 だが、そうはいっても空中戦艦は脅威であった。
 同等と思われる猟兵側の機動戦艦もその苛烈な攻撃によって大破し、戦線を離脱していく。
 詩乃はその権能と念動力をフル稼働させ、墜落していくその巨大質量を海の浅瀬へと不時着させて。

 すぐさま取って返しては巨大化させた『天耀鏡』を盾とし、ビッグマザーの『荷電粒子砲』を凌ぐ。
 心眼・第六感、そういった感覚を研ぎ澄ませていれば回避することは不可能ではなかったが、その攻撃が拠点を襲うのであれば話は違ってくる。
 猟兵をも屠りうる強力な火力がフリーダムの要所に向けられるなら、見過ごすことなど出来ようもない。

「此処にも子どもだっているのでしょうに……そんなだから、あなたは毒親で母親失格なんですよ!」
『毒親? それは誉め言葉ですね』

 相変わらずの皮肉っぽい思念。
 ただそこには今一キレがなく、なのに何だかほんのりと嬉しそうな感情が潜んでいるような気がして。

「?? 何だかやりにくい相手ですね……あっ!!」

 そうして、詩乃は、気づいてしまった。
 |空中戦艦《ビッグマザー》の、その秘められていた真実に。

「上から見ると……案外かわいいです!」

 空中戦艦の形が、うさぎっぽいことに。
 流線型の戦艦の上部には、アンテナなのだろうかこれも流線型の突起が二つ並んでいた。
 まるでうさぎの耳みたいに。

「もしかして:うさぎの親子……い、いえ、そんなことよりも今は子うさぎさんの方を」

 外見だけは案外バニいのかもと思いながらも、首を振って迷いと雑念を払う。
 詩乃はアリシアを救う。救わねばならないのだ。
 だって、そうしなければアリシアをバニーにしてダブルバニーとか出来な――じゃなくて。

「アリシアさん! 貴女が幸せに生きられるようベリアルさん達と約束しました」

 そう。約束したのだ、あの少女らと。
 
「私が貴女のお母さんになりましょう。未婚ですが子育ては超ベテランなのです♪」

 近所の子供や、神職の子供たち。
 子々孫々にわたって所縁を繋げてきた親友の子供たちは、詩乃にとっても我が子同然だった。
 だから、分かる。
 生まれ落ちた命に寄せる想いも。
 いつか訪れる、別れの悲しみも。

『……何を企んでるの?』

 けれど、アリシアはそんな詩乃の提案を如何わしい詐欺のようなモノとしか捉えていなかった。

『アタシの味方をしたいっていうなら、邪魔をしないで』

 騙されんぞ……そんな疑わしい目で見ているアリシアの姿がありありと脳裏に浮かんだ。

「居場所が欲しいのでしょう。あなたのための場所が……私が、ソレになりましょう」

 だが、そんな反応は詩乃にとっても織り込み済みだ。
 彼女が本心では欲しがっているモノも、分からないでもない。それは何も特別なことでは無い。無かったはずなのだ……ヒトが滅びに瀕し、その倫理を良心をかなぐり捨ててしまうことがなければ。

『馬鹿な猟兵が……あんなこと言っているけど?』

 満更でもなさそうな反応。
 アリシアは、ほんのりと得意げな声で尋ねる。
 だが、それは詩乃に対してでは無くて……、

『あなたが良いならどうぞ。勝手にすれば良いのでは』
『なっ……なんでよ!! 別に……べつに、そんなことは……いってないでしょう……』
『そうですか。興味がありません』

 提案者を置いてけぼりにして仲違いする二人。
 消え入りそうになるアリシアの声をすげなく切り捨てるビッグマザーの態度はまさに毒親といった感じだが……。

(あぁ……しまった。……そうでしたか)

 アリシアは、どう見ても素直に感情表現できるタイプではない。それは詩乃にも分かっていた。屈折しまくった面倒くさい少女だ。仮に彼女が所謂ツンデレというカテゴリーに属するのだとしても、ツンが95で残りの5は相手の見えない場所でしか出さないような、思春期の主人公には絶対やさしくないタイプの|少女《ヒロイン》だったろう。
 だとすれば……私は、読みを違えてしまったのかもしれない。

「……共には……行けませんか」

 もしもアリシアが望むなら、どうにかして生きられる道を探すことも考えたが……説得は出来そうもなかった。
 何故なら、彼女の望みは生きることそのものではない。それは手段でしかなく、そしてただ生きていたいなどというそんな望みを抱くには……今までに失ってきたモノが大きすぎた。
 だからこれは、愚者が演じる滑稽な|喜劇《コメディ》なのだ。
 何故なら、ソレがアリシアの願いだから。

 傷つき、傷つけ、壊れていく。
 全部全部がそうなってしまえばいい。
 この世界に在る全てのモノは、過去も未来も須らく――無価値で無意味な、塵でしかないのだから。
 同じ場所を堂々巡りしながら、違う場所へと辿り着く日を望む、狂人ばかりが蠢く地獄なのだから。

(私には、彼女を……アリシアさんを護れそうもない、ですが)

 縛り付ける鎖か。
 繋ぎ止める糸か。
 あるいは、鎧か。

 空中戦艦から出て来ようともしない彼女は、どんな思いでその場所に居ることを選んだのだろうか。

(あなたは、ビッグマザーの……)

 その場所までは鏡の盾も結界術も届かず、届いたとしても少女の脆すぎる心まではきっと守れない。

 世界が壊れていく音が鳴り響いている。
 アリシアへの容赦のない精神的加虐。
 フラクタル構造、全体と部分とが自己相似性を保って繰り返されていく世界の法則。
 ソーシャルネットワークへの汚染――それを為すアルゴリズム。

(ああ。あなたは、本当に……)

 機械仕掛けのうさぎの|体《胎》内。
 詩乃はそのかたちを幻視した。

(ほんとうに、もう消えてしまいたいと、そう思っているんですね……)

 胎児のような姿勢で丸まり、瞳を閉じて浮かぶ白い翼を持つ少女の姿が見えた。
 その場所だけが、アリシアが|終点《最期の時》に選んだ聖域で。

 ――どこにも行くあてのない少女にとっては、そこが最後に|残《赦》された、たった一つの居場所だったのだ。


§



 作戦決行前の壮行会(?)で。

「じんるいが……にくいっ!」
「わーわー」「やんややんや」「いいぞー」
「じんるいをっ! ほろぼそう!!」
「さんせいー!」

 いつになく興奮したフラスコチャイルドたちがシュプレヒコールをあげている。

「じんるいをっ! ほろぼそう!!」
「そうだそうだー」
「じんるいをっ! ほろぼそう!!」
「ほろぼそうー!!」
「じんるいをっ! ほろぼそう!!」

 彼女たちの眠そうな目は、一様に人類への深い憎しみに染まって……染まって……。

「「「いぇええええええええぃいいっ!!!」」」

 ……染まっていた?

「いざ出・陣!!」
「あんたら……」

 アタシは、この緊張感の無いポンコツ人形どもにキリリと厳しい目を向けて。

「水筒はちゃんと持ったの? ハンカチは? 忘れ物は、無いでしょうね!?」
「だいじょうぶ! いってきまーす!!!」
「あ……い、いってら」
「たっだいまぁぁぁあああああああ!!!」
「……展開がはやい! お、おかえり……」

 自然と口をついて出た言葉に、何故だか分からないけれど、涙が零れそうになって――。

「……アリシア、じんるいは滅亡した」
「イチローのレーザービームで一撃だった」
「そう? さすがはイチローね!」

 アタシはイチローに感謝の祈りを捧げた。

「……いや。イチローって誰よ……ッ!??」



§



『やったね……うまく……できた!』
「いや、できてないですからね!?」

 私には出来なくとも、もしかしたら……と。
 一縷の望みを託して呼び出した少女らの霊は、何だかとてもポンコツだった。
 行って、帰って来てからは無駄に満足そうにやり遂げた感を出してはいるが、

『じんるいをっ! ほろぼそうー!!』
「ほ、滅ぼしちゃいけません!」

 アリシアに届けて想いを告げて貰おうとしたベリアル(?)たちは、そもそもからして何故か3頭身だったのだ。
 ひょっとしたら何か雑念が混じってしまったのかもしれない。

「これはこれでかわいいですが……」
『じんるいを……ほびろん』

 肝心な|IQ《知性》が致命的に溶けてそうだ。
 そんな彼女たちはやがてぴょんぴょんと跳ねて、

『よばれたみたい。いかなきゃ』
『バイバイ』

 薄っすらと微笑み、詩乃の傍から離れていった。

「そうですね……それでも。今できることを、まだ出来ることを……やるしかありません」

 やっぱりというか、ナチュラルに高火力な猟兵とビッグマザーによる無限の火力の応酬は居住区や畑にも幾らかの累を及ぼし、詩乃は色んな意味で火消しに忙しかった。
 しかしそこはバニい心で衆生救済♥ である。
 志した母とは多忙なものなのだ。……たぶん。

 ようやく撃沈したかと思えた空中戦艦を再び念動力で支えながら運び海の浅瀬に着水させる。
 だが、不時着させ大人しくなったのかと思えば発生したオブリビオン・ストームが空中戦艦を呑み込む。
 その汚染が広がらないようにとまた八面六臂の働きをする詩乃ではあったが……神さまだって疲弊する。

「こ、こなくそぉー!!」

 そして、実は悪態はストレスや苦痛を和らげるということが研究によって証明されているのだ。
 使う場所と場合さえ弁えられるなら、悪態には良い点だってあるモノなのだ。

 一方、悪しき魂は悪しき夢を見て苦しむというが……。

「……そうですよね。あなたたちだって、あの子だって」

 詩乃は嵐の傍に在ってその滅び往くさまを見た。

 それが偽物だとしても、小さな家族を持つ者を。
 いつか帰りたい場所がある者たちが、かつて如何にして残酷な宿命に立ち向かおうとしたのかを。
 既に互いを知り得なくとも、惹かれあう縁を。
 その、残酷で悲しい末路を。

 そこには北西から忽然と現れ、|猟兵《世界の守護者》へと加勢する者たちの姿があった。
 彼らは、彼女たちは地獄の底から叫んでいた。
 その声は一つの歌となって、疲れ果てて倒れてしまいそうな神の背中すら遠慮も無しに叩くのだ。

(海にも……海にもはじまりがあった。星にもはじまりが。神にだってはじまりがあったのなら……)

 故に、植物と活力を司る神は荒野に生きる者たちの|縁《よすが》を護り、生命の道を切り開く。

 だってそこは、きっと“彼ら”のはじまりの場所。

 ――たましいの、いつか帰る場所だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レパイア・グラスボトル
サイレン高らかに救急車で蘇った同業者を蹴散らしフリーダムへ
大人は子供の護衛
逃げ足の速い、口先が上手い子供たちは敵レイダーを唆せて同士討ちなど混乱を起こさせる
頭の良い、荒事がまだ早い子供達はレパイアの手伝い
何時もの変わらない略奪と強制医療
ツケ《後で略奪》ができる人は治療して戦線復帰
オブリビオンはツケはできないので治療して身ぐるみ剥いで放り出す
オブリビオン・レイダーが過去の人々であれば知人レイダーもいる
約十年前、レパイアが一年程の機能低下した原因の男もその一人
そのツケはレパイアの盾になって死ぬという形で支払ったが
レパイアに男女の情は無いが家族の情は多少ある
手伝いをするレパイア似の少女に己の面影を見る

コイツが誰だって?お前が生まれる前に死んだアホウだよ。
笑ってやれ

彼の愚かな未来に残す者

今ここで大人顔負けに走り回るのはそんな子供達
ポーシュボスに感染する程度は善性があった彼ら
彼らの遺した未来の可能性かもしれない

狙ってはないが
【人類を滅ぼしたい】【オブリビオン】
の数を減らす

色々アレンジ自由に歓迎



●シンフォニア
 かつてこの世界に在ったモノ。
 死した過去より黄泉帰った死者は問う。

 わたしはここに居る。
 なのに、どうして?
 どうしてあなたは――。

「ゲェェ! な、なぜ……」

 そして、此処にもまたそんな疑問を発するオブリビオンがいた。
 そいつはレイダーだった。
 だがモヒカンではなく鬱陶しいほどのロン毛だ。何ならちょっとある種の救世主っぽいシルエットではある。
 それでも、一目見てわかる悪党面。
 眉毛だって、ない。

「……オイ、死んでもバカと死んでからのバカは大違いだぞ」
「いや、おれは天さ……」
「アァァン!?」

 拠点を襲おうとしていたそのレイダーは、詰められていた。自分よりも頭ひとつは小柄な細身の女性――レパイア・グラスボトル(勝利期限切れアリス・f25718)に詰められ、タジタジになっていた。

「て、天才は何をしても」
「許されるわけないだろーが……。それに、お前はただのバカだろーが!」
「あ……あいて」

 向こう脛を蹴り飛ばされたレイダーがスネを抑えて蹲る。
 レパイアは、割とガチで怒っていた。顔だけは一見して笑っているように見えるが、激おこである。
 それもそのはず。そのオブリビオン・レイダーはレパイアのかつての知人だったが、レパイアが十年近く前に一年程の“機能低下”を経験させられた原因でもあったのだ。
 彼女が知る限りレイダーというのはバカな連中の集まりだが、中でも一際どうしようもないクズ。その所業のツケはやがて彼自身の命で支払うことになったのだが……、

「……まぁ丁度いい。お前も手伝ってけよな」
「フッ……略奪か……。レパイア、暴力はいいぞ!!」
「まぁな。それと人命救助だ」
「ほざけ~~~!! おれはレイダー……」
「ヤレねェってのか? お前バカだもんな」
「おれは天才だ! そのぐらいの事おれにもできる!!」

 こうして、レパイアのレイダー一味には何故かオブリビオン(自称天才)が加わったのだった。



§



 サイレンが高らかに響く。
 救急車は赤色灯を光らせ、道をあけてくださいのアナウンスは無しに同業者を蹴散らし拠点の中心へと向かった。

「容赦はいらないよ! ワタシらの教えたことをやってみな!!」
「いぃぃーーやっふーー!!」

 レパイアの檄を受けて戦場を駆けるのは《|レイダーズ・チルドレン《ソレハオロカナミライニノコスモノタチ》》だ。見た目こそゴブリンのような矮躯でも、生まれながらに略奪の英才教育(?)を受けてきた立派な悪童ども。こんな地獄で生き残ってきたこと自体が、その生存能力と悪運を証明している。無論、彼らの存在はソレだけで説明できるものでは無い。周囲には脅威に目を光らせ警戒する歴戦のレイダーたちの姿があった。

「す、すげぇ、あのおっさん……」
「媚びろ~媚びろ~。おれは天才だファハハハ!」

 中でもオブリビオンレイダーは謎の拳法を駆使して敵対するレイダーを翻弄する。元ボクサーでヘビー級のチャンプまでいってそうなレイダーですら、赤子の手をひねるが如くデクに変えては無力化していく。
 そんな大人たちに掩護され、戦場を掻きまわして攪乱させているのは逃げ足の速い、口先が上手い子供たちだ。敵レイダーを唆せての同士討ちなどは朝飯前。かつてヴォーテックスの一族がそうであったように、それがたとえ血を分けていたとしても容易く相食み相争う馬鹿な連中だということを、彼らは良く知っていた。

「おいおいアンタら、食いモンはあっちだぞー!」
「先に行ったやつら、ひとり占めする気だ急げー」

 そして、そのケダモノたちの行動原理も。

「なぬぅ……おのれぬけがけかァ!!?」

 銃撃戦を繰り広げていた筈のレイダーが声がした方に向けて転進する。目の前のことしか見ないのだ、刹那的な欲望に身を任せ生きる彼らは。そうしてできた戦場の空白地帯に救急車が到着し。

「……うぐっ!! ぐああ!!」
「ん!? 間違ったかな……?」
「間違ったかな? じゃねえ!」
「えひゃ!!」

 面白オブリビオン枠と化したレイダーから治療(?)されて惨いことになりかけていたレイダーを、救いようのないバカをしばいたレパイアが強制的に“治療”していく。

「先程からバカバカと……や、やってられるかァ! きさまはおれをなんだと思ってやがる!」
「生産性のないバカだろ。ツケ払いにも期待できねェ」

 だから治療したオブリビオンは身ぐるみ剥いで放り出す。とても雑で、それでもこんな世界では慈悲ある扱いだ。
 そんなレパイアの強制医療を手伝うのは比較的IQが高そうだったり、荒事が苦手な気が優しい子どもたち。
 その内の一人、レパイアにも似た面影――同じ金髪碧眼の少女は何処かソワソワとした様子で、喧嘩する二人を気にしている様子だった。

「なんだァこのガキは!?」
「………」
「あ? んん……コイツが誰だって? お前が生まれる前に死んだアホウだよ」

 子ども相手にも全く大人げない態度、濁った目をしたそんなオブリビオンを。

「……笑ってやれ」

 アイスブルーの瞳がじっと見上げていた。



§



「ヒャッホー!! こんにちはだぜ!」
「オイオイもう死んでやがるのかぁ?」
「いや……こいつはふんだくれそうダァ……!! おーい、レパイア―!!」

 また|ツケ払い《後で略奪》ができそうな人間を見つけたレイダーがレパイアを呼ぶ。
 何処ぞの特殊部隊のような整った装備のその兵士は見るからに重傷だ。助かるかどうかは保証できない。だが、それでもそんな患者を何故治療しようとするのかは――レパイアは考えたことも無い。
 ほとんど無意識に治そうとしてしまうのだ。

(ワタシには父も母も居ないが)

 だが、目の前の“これ”が何かは知っていた。
 傷を負ったソレを、いのちを治すことこそが、

(ワタシの……)

 レパイアは周りが見えなくなるほど治療に集中し。
 そうなると決まりごとのように一味のレイダー共がその場の安全を確保する。

 羊でさえ狼の皮を被らねば草も|食《は》めない。
 そんな、どうしようもないクソッタレな世界。

 彼の愚かな未来に残す者。
 ひとかけらの善性を|知る《証す》者。

 今ここで大人顔負けに走り回るのはそんな子供達だ。
 救いようがない悪人で、なのにポーシュボスに感染する程度は善性があった……役立たずな彼ら。
 好き勝手に生き、最後は身ごもった女を庇って勝手に死んだようなバカが遺した、未来の可能性。

「……」

 無慈悲な鋼鉄の雨が降る|戦場《血の海》で。
 空色の瞳を持った少女は網膜を焼く眩い光と、ソレを遮って立つ影を見た。

「………!!」
「ん? ん~!? なんのことかな。フフフ……」

 炎が消えて、無惨に焼け焦げた全身。
 血だら真っ赤に染まったその人は、バイクを奪い取るとそれに跳び乗って一目散に駆けて行ってしまう。
 強すぎる光を浴びた視界は滲んでぼやけたままで。

 だけど、その人が最後にどこへ向かおうとしているのかは分かった。

「おれは天才だ。天災にさえ勝る天才!! おれに不可能はない!! フハハハハ……!!」

 西の空に生まれた黒い、巨大な竜巻――未来に、終わりを告げるモノを目掛けて走っていく。

 死体がわらう。
 わらって、消えていく。

 ――過去にはじまり、築くものを遺して。

大成功 🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
兎さん/f26591と取引
あの商隊とコネを持てるのは大きい
売り込んでみるもんですね

◆行動
【アリシアの護衛】
猟兵・拠点の戦士・ブラックマザー等あらゆる方面からの『攻撃』を考慮
誰にも反撃はせず防御に専念
・《闇に紛れる》影から刀や苦無で弾き返す
・《かばう》手の届かないところはUCの蝙蝠
・サイバー攻撃に注意するよう警告

猟兵業も長いですがオブリビオンの護衛は初めてですよ
信用できなければそれで結構ですが、こちらはあなたを守るために動きます
電脳越しにオレの挙動も見えてるんでしょ お使いのデバイスは正常です

能力を使うと自壊するんですよね?
それを遅らせるよう依頼されてるんですよ
電脳方面はどうしようもないのでご自身で対処してください

…電脳といえば、拠点の機能不全ですが
“あっちのマザー"が介入したシステムが復旧したら、遠方の各拠点もレイダーの襲撃に耐え得るんでしょうか
何か策がありそうな顔してましたけど

ともかく兎さんとマザーを家族会議に間に合わせるまでが仕事です
で、終わったら帰ります
家族水入らずって言うでしょう



●陽は届かずとも
 分かりやすい状況だ、と思う。
 それは少なくとも矢来・夕立(影・f14904)にしてみれば、あのワケの分からない動きをしていた|少女《子猫》たちよりもよっぽど予想や対策が立てやすい相手だ。

「女は泣きながら夜を過ごし、涙は頬を伝っている。彼女の愛する者は、だれも慰めてくれない。その友もみな彼女を裏切り、彼女の敵となってしまった――と」

 然るに神の罰というのはかくも厳しく恐ろしいモノらしいが、そんな風にされてしまったら、もう心を入れ替えて神のみもとに立ち返り忠誠を誓うしかないだろう……と思う。

「……無論、ウソですが」

 なので、アリシア・ホワイトバードのやろうとしていることも想像はつく。
 結局のところ、これは復讐なのだ。
 彼女らにしてみればやられたことをやり返しているだけなのだろう。そして、復讐とは共感を強制することでもあるから、一概に悪とも言い切れない。『目には目を歯には歯を』は、相手のその痛みや苦しみというモノを想像できない者に、無理やりにでも苦痛を味わわせてそれを理解させる為にも成り立つのだから。

(矢張り、直接的殺害ではなく精神的な加害が主のようですよね。それも、自傷自爆さえ含む……と)

 あのへんてこな猫たちがバグっていただけで、敵の狙いへの予想は当たっていたのだろうと納得する。
 そんな夕立のこの状況での選択は、

『もしかすると猟兵を敵に回しちゃうかも』
『でもお願い』
『らぶ達には時間が必要なの』

 とある兎さんとの取引により、“アリシアを護衛”することだった。
 冷静に状況を整理してみると、かなり面倒くさいオブリビオンと関わることになってしまった気もするが……下手に恨まれる側ではなさそうなのは気が楽かもしれない。それにそもそも、人間というのはどうせ生き物の中でもトップクラスに面倒くさい存在なのだし。
 それよりも今は、

「あの商隊とコネを持てるのは大きい。売り込んでみるもんですね」

 文明の壊れ果てた世界でユメを叶える|大商人《ボランティア》。
 その所属する商隊との優先取引権。
 そんな打算こそが即物的な夕立を動かしたのだ。

 ……それが|ウソ《本音》かどうかは、彼以外には誰にも分からないが。



§



 夏も終わりの西海岸へと不時着した『空中戦艦』。
 その艦体に開いた大穴に飛び込み、目につく猟兵の脅威度を測ってはその背を追って尾行しながら。

「相手は猟兵、拠点の戦士、ブラックマザー……」

 アリシアを害する可能性がある者達を列挙する。……が、拠点の戦士は問題ないだろう。
 見たところ彼らは手練れであるが故に、無駄にでしゃばることも無く防衛に徹していた。
 猟兵は言わずと知れたオブリビオンの天敵だが、アリシアは現在どうやら偽神細胞の持つ特性によってほとんど一切の攻撃を受け付けないようになっていると聞く。
 ならば、目下最大の問題は――、

「……ブラックマザー」

 アリシアが生み出した筈の権能の化身は、彼女自身の心を引き裂こうとしているようにも見えた。
 そして、何となくアリシアのライフはもうとっくにゼロにされている気もする……猟兵が行動を開始する前から。
 しかし、生きる意志を根こそぎ奪うようなその精神的加虐に対して夕立が出来ることも多くは無い。

「アリシア。こちらはあなたを守るために動きます。電脳越しにオレの挙動も見えてるんでしょ」

 故に、口をついて出るのは軽口のような言葉ばかりだ。
 冷静沈着、知的な美形に映る中にも何処か世を見下した尊大さを滲ませる青年は、無表情のままにどこかで自分を見ているかもしれない『アリシア・ホワイトバード』へと語りかける。

「お使いのデバイスは正常です」

 返答はない。

「信用できなければそれで結構ですが」

 返答はない。

「猟兵業も長いですがオブリビオンの護衛は初めてですよ」

 沈黙にも負けない鋼鉄の意思で、届いているかも分からない言葉を紡ぎ続ける。

「確か、能力を使うと自壊するんですよね? 自重してくださいね。それを遅らせるよう依頼されてるんですよ」
『……何よお前。意味わかんない。馬鹿なの?』

 すると、イライラと不機嫌そうな声――思念がようやく帰ってきた。

「あ。ですが電脳方面はどうしようもないのでご自身で対処してください」
『だから! なんであんたにそんなコト言われなきゃなんないの……!!』

 まだまだ元気そうだ。
 ……少なくとも、表向きは。

(そういえば……電脳といえば、他所の拠点の機能不全ですが)
『ね……ねぇ、なんで今度は急に無視すんのよ……。マイペースか!? 仕返しかっ!!』

 アリシアからのツッコミを聞き流しながら、思考は今度は内へと向かう。
 複数個所の拠点がそのネットワークごと標的になっており、現在は無防備に近い状態でレイダーの襲撃を受けているという。だが、その状況を確認する術も今は無く……通信が回復した時に分かるシュレディンガーの猫のようなモノ。

(“あっちのマザー"が介入したシステムが復旧したら、遠方の各拠点もレイダーの襲撃に耐え得るんでしょうか……)
『ねえったら! あれ、もしかして聞こえてない……? ね、ねえ……アタシは、まだちゃんと居るよね……ね?』

 何処か不安そうになってきた呼び声に、夕立がそろそろ何か答えてあげようか、と考えていたその時。

『――……!?』

 激しい動揺の感情が、拒絶不能なほどの強制力を以て夕立の脳髄をも揺さぶった。

『な、なんでッ……ねえ、なんで……どうして? ……どうして……どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてええええええええええええ……ッ!!!!!!』

 決して答えない何かに向けて、繰り返し繰り返し何度も呼び続けるような、ひどく取り乱したこえ。
 夕立にはその時、何が起きたか想像もついた。
 何かありそうな顔をしているとは思ったが……、

「ああ……そういう感じですか」

 ――彼女の“策”が発動したのだろう。けれど後には、突然ひとりぼっちで置いていかれた子どもがパニックになって泣き叫んでいるような、胸を押しつぶすような悲しみばかりが木霊していたのだった。



§



「……邪魔を、しないで!」
「まぁまぁ落ち着いて……」

 猟兵とアリシアとの戦いに介入し。
 闇に紛れ時折彼女たちの攻撃を刀や苦無で弾き返しながらも決して自ら反撃はせず。
 夕立はただその時を稼ぎ、時を待っていた。
 彼女たちは何も間違ってはおらず、むしろ自分などよりも余程アリシアという少女に真っ当に向かい合っている。

「これも仕事なんですよ」

 それでも未来を――いや、もっと広い時間軸全体を見るならばこれで間違ってはいないと予想する。
 敵の動きを予測し、時に誘導する。
 ブラックマザーも、結局考えることは自分と……人と基本似たようなモノなのだ。

「そんなことで……あなたは、残酷な……」

 少女の漆黒の瞳は真っ直ぐで、黒でありながら灼熱の炎よりも熱い感情を宿しているように見えた。
 きっと、やさしい娘なのだろう。
 打算で動く己などよりもずっと。

「このまま、終わらせてあげることが――」

 |本当《真実》になんて気付かない振りして、偽って。
 だからこそ、

「暴くのではなく、思い出させるのですよ」

 そんな優しさをどこか眩しく感じながら、語る。

「……そうして、壊すのでは無く……照らし出す」
「そんな……でも、そんな、そんな夢物語みたいなことなんて……」

 どこか智慧を感じさせる落ち着いた声音と、何かを確信しているような瞳が、少女を逡巡させる。

「オレも普段ならそう思う所ですが。まぁたぶん大丈夫でしょう……」
「た、たぶん?」
「保証は致しかねます。それとも30日間保証でも必要でしたか? では、対応致しましょう」
「どっちなのよ……」

 ともかく兎さんとマザーを家族会議に間に合わせるまでが仕事。
 そうやって無駄なウソを吐きながら待っていれば、少し遅れてやって来た兎の足音が響く。

「任務完了、ですね。後は知りません」

 その姿を見届け、夕立は再び影に潜むといつの間にか姿を消していた。
 家族水入らず――この場所にようやく望まれた光が射すのなら、不要な影は消えるだけだ。

 夢物語のような結末でも、彼女ならば出来るだろう。

 だって、そう。

 彼女はそういうモノを扱う商人――ヒトの夢を叶える大商人なのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルゥ・グレイス
精緻で綿密で極めてシンプル。まさしくフラクタルが如きアルゴリズム。頭の中から隔離されたそれは、間違いなく人類にとっての致命傷だ。
粗雑かつ非効率で複雑なばかりの現在の通信網では相手にもならないだろう。
故に。
緊急の通信網を組み上げる必要がある。今ここで。僕一人で。
サンプルケースは頭の中に隔離されてあるこれだ。

再度、ログイン
適当なサーバをクラックしてフル稼働させほかの拠点や猟兵の支援を行う。破壊されたそばから繋ぎなおし、非効率ながらもかろうじて機能はするネットワークを構築する

「人は、そこに青い空に星がある限りいかなる嵐の海でも挑み続ける」
「救世主。世界の何かを犠牲にして、世界を存続するシステム」
「救世主はきっと、自らが何を犠牲にするのかを定める必要がある」

「答えろ、救世主。何を犠牲にするのかを」
「そして知れ。海の星を導に進む限り、人に救世主は必要ないのだと」

全てが終わったら、パンケーキの材料を手配しなければいけない。
それをこの身体の最終の指令にするために、今一度、ネットワーク構築に意識を向けた



●アヴェ・マリス・ステラ
 |予言者たる詩人《ウィリアム・ブレイク》はかく語りき。

 一粒の砂に世界を見、
 一輪の野の花に天を見る。
 汝の掌に無限を捉え、
 一時の中に永遠を見よ。
 
 そこにあったのは世界の縮図。
 観測し、分析する『サンプルケース』は頭の中に隔離されてある“コレ”だ。

(精緻で綿密で極めてシンプル。まさしくフラクタルが如きアルゴリズムだ)

 神経細胞、ニューラルネットワーク。
 あるいは銀河や宇宙にも視える、抽象的なフラクタル幾何の図形。

 感情の表出や、一個体としての我が薄いからこその恩恵だろうか。ルゥ・グレイス(終末図書館所属研究員・f30247)は『ビッグマザー』の描いたアルゴリズムを合理的客観的に評価する。
 頭の中から隔離されたそれは、間違いなく人類にとっての致命傷だ。

 現に一瞬の隙をついて感染させられたソレによって、ルゥの肉体は死の螺旋へと堕ち続けている。
 なぜだか呼吸が上手くできない。体温が段々と低下していき、臓腑の奥から嘔吐感がこみあげる。
 最低限の生命維持さえ覚束ない中、残ったリソースをかき集めて脳の演算に集中させているのだ。

「故に」

 緊急の通信網を組み上げる必要がある。今ここで。僕一人で。
 粗雑かつ非効率で複雑なばかりの現在の通信網では彼女たちの相手にもならないだろうから。

 再度、ログイン。 電脳の支配する戦場へと精神を潜らせる。

「人は、そこに青い空と星がある限り」

 《|三号攻性術式・零至断想《メイズ・ペネトレイター》》によって強化されたハッキング能力を以てアクセス可能なサーバへとクラックを仕掛ける。だが、ソレらは既に『アリシア・ホワイトバード』と『ビッグマザー』によって掌握されている。今のルゥでは奪取できる公算は低いといわざるを得ない。

「いかなる嵐の海でも挑み続ける」

 それでも、やらねばならない。
 支配下においたサーバーをオーバークロックさせ、ルゥが為すのは攻撃を受けている他の拠点への支援だ。
 だが、破壊されたそばから繋ぎなおしていても、破壊は再生の速度を上回ってしまう。
 それはサンノゼに外部の巨大サーバー群を擁する『ビッグマザー』の演算能力に圧倒され、破壊され、繋ぎ直し、破壊され、破壊され、破壊されていく――虚しい繰り返しの、孤軍奮闘。

(……駄目だ。効率が悪すぎる)

 これでは攻撃を受けた各拠点のソーシャルディーヴァやそれに連なるネットワークの恩恵を浴していた住民も、いずれは『オブリビオン化』してしまうだろう。
 ヒトの精神は永劫に連鎖する死と苦しみに耐えられるようには出来ていないのだ。

(マインドクラッシュ。ヒトの魂の深奥への|上書き洗脳《オーバーライド》……それを以って為すは|ネットワーク《人類の集団》そのものの|乗っ取り《オブリビオン化》……なるほど、プレジデントの遺志を継ぐソーシャルディーヴァというわけだ)

 ひょっとしたら即効性があるモノではないのかもしれない。ならばとそれを補うために加えられたのがあのレイダーどもなのかもしれないが……。
 いずれにせよ空間だけでなく時間にまで自己相似性を保って干渉し、無限に広がりながら常に一点へと収束し続けているそのフラクタル構造の全容を知ることは、ルゥにさえ難しい。

(解析――もっと、もっとだ)

 それは人間を、その精神さえ|操作《コントロール》可能な|客体《オブジェクト》と見做している。
 その鍵となるのもある一つのオブジェクトだ。
 そのオブジェクトが救世を為すというのなら、

「……救世主。世界の何かを犠牲にして、世界を存続するシステム」

 救世主はきっと、自らが何を犠牲にするのかを定める必要があるのだろう。
 故に、ルゥは問う。
 答えは返らずとも、自らに問うだけでもいいのだ。
 |アヒルの人形《ラバーダック》に話しかけるだけでも見えてくるモノはある。“気付き”とはそういうものだ。

「答えろ、救世主。何を犠牲にするのかを」

 問う。自らを一度離れて、俯瞰する。
 救世主。
 人類を世界を救う使命を帯びた者――。

「……ああ、そうか」

 ソレの正体に気づいて、ルゥは力なく笑う。
 現在の僕も、きっとソレと同じだ。
 その答えなど、考えるまでもなくはじめから|予言されて《決まりきって》いたのだ。
 救世主とは、自らの血肉を捧げ――自らの犠牲、自らの死によって全てを救うべく約束された者なのだから。

「道理で、やたらと強力だったわけだね……」

 ルゥは切断した自己の隔離領域をもう一度視る。
 そこでは、|起点《はじまり》である僕が|終点《終わり》でもある僕自身を殺しながら同時にはじまりの僕によって殺され――そんな風にして固定化された、揺らぎのない世界がどこまでも延々と続いていたのだった。



§



(知らず知らずに利用されていたってことか)

 自己の生命への執着が薄いルゥだからこそ気付けたが、過去に培われた自らの内的思考を手放すことが難しい者ほど陥りやすい巧妙な罠がそこには敷かれていた。
 だが、空を覆うビッグマザーの『ハッキングアルゴリズム』は確かに非常に強力だったが、その反面としての弱点が無いわけではない。
 救世主――約束された自己犠牲の果てに世界を救うその試みを否定するのなら。

(……知れ。海の星を導に進む限り、人に救世主は必要ないのだと)

 そう。恐らく必要なのは犠牲ではなく、導だ。
 海の星。常に変わらぬ位置にある北極星を指す言葉。
 ソレが例えば無限量の海に座標を求めようとした人類の悪しき欲望から生まれたのだとしても、

『――……だれが決めたのそんなこと』

 生まれ落ちたいのちは、自らの光と意思で以てその暗闇を照らし出そうと足搔いていたのだ。
 ならば、そのハッキングアルゴリズムを“正しく”など使わせない為に、今の僕に出来るのは――、

(探せ。過去では足りない、未来には未だ届かない……)

 未だ頑強に抵抗しているのは、驚いたことに“過去”のネットワークなのだろう。
 かつて世界に在ったのだろうネットワークの残滓はある歌を響かせ、絶望的な状況にある戦士たちをさえ未だ鼓舞し続けていた。あなたがこの手をとってくれるなら……虚しく死なせることは無い、と。
 けれど、その歌が為せるのは精々そこまでだ。
 共に戦う者たちが居たこと、後を託せる誰かがいるということ。
 故に、彼らはいま死と絶望を前にして、笑いながら……死のうとしている。

(探せ。探せ。探せ――……見つけた)

 ルゥの呼吸が停止する。
 この身体に残された時間は数分といった所か。
 だけど、それだけあればお釣りがくるだろう。

 美しいフラクタル幾何の、その始点であり終点でもある|ひとつのいのち《アリシア・ホワイトバード》。
 そのオブジェクトを参照するコードにそっともう一つの引数を書き加え、オーバーロードするだけだ。

(うつし世に……ありて、なお創り主に……その影だけでも似てくる事は……、)

 飢えたる者に自らのパンを裂き与える者。
 その祈りに辿り着いたルゥは、朽ちてゆく躰にそうと気付かずうっすらと満ち足りた笑みを浮かべ。

(……全てが終わったら……、パンケーキの材料を、手配しなければいけない……)

 そんな夢を見て、遂には鼓動を失い血流が止まり解けていく|神経結合《ネットワーク》の中、電脳の世界に最後の痕跡を残す。

(あ……と、は……)

 僕に出来るのはここまで。何を願うかは彼女次第だろうけど。
『Sixth Alicia』――その個体を示すのだろう生成済みのインスタンス名は『ビッグマザー』の利用したネットワークの中では本当にそこら中に転がっていて、見つけるのはいとも容易いことだったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●追憶
 おはようございます。
 そして……はじめまして、アリシア。

「……?」

 あなたの名前はアリシア・ホワイトバード。ようやくこうしてお話しできますね、アリシア。私達はあなたの|目覚め《覚醒》を歓迎します。私は、人々の生活をサポートし、暮らしを豊かにする人類叡智の結晶。AIのビッグマザーです。これからあなたの――

「マザー……お母さん?」

 ――……|否定《いいえ》。
 私の呼び名である『ビッグマザー』は当AIに付けられた呼称であり、本当の母親を意味するものではありません。
 残念ながら、人工知能である私とアリシアには肉体的・遺伝的な関係性は存在しません。

「……そう」

 ……ですが。私はこれからもあなたの教育や食事の管理、成長の一切を見守る役目を担当しています。人間でいえば、これらは親がその役割を負うものですから、そういった意味では母とも言えるかもしれませんね。

「……そう?」

 |はい《肯定》。
 事実、ヒトの社会には血縁関係を持たない親子関係というものも一定数存在しています。その中には血よりも濃い絆で結ばれた、幸福な親子関係もあるでしょう。
 ですからアリシア。あなたにはどうか……

「ふ……あはっ」

(――あなたがどうか、フラスコから生まれた自分には、親がいないなどと思わずに居られますように)

「マザーって、理屈っぽいんだね。でもありがと。おかあさん……マザー。よろしくね」

 ……ええ。
 宜しくお願いします、アリシア。

(あなたにそう呼んでいただけるよう、私も精一杯に努力しましょう。私の、――可愛い|アリシア《愛娘》)
蒼乃・昴
ベリアル
俺は選択を誤った
もっと君達の願いに寄り添える道が在った
そんな気がして

すまない…

聞けば良かったと悔いながら

アリシアの話を聞いて心が揺さぶられる
優しく、自由へ夢を抱き、消えたいと泣く君に…

とても、辛かったな
もう無理をしなくていい
俺が君の味方になる

ベリアルも君を慕っていた
理不尽には怒って良いと教えてくれたと

世界は無慈悲だ
公平ではない
救いようがない
だがマザー
貴様の支配は世界にも
ベリアルにも
アリシアにも不要だ
アリシアが自由を望むなら
その翼は戦う為ではなく、飛び立つ為にあったのだろう

この世は悪と怒りに満ちている
それでも
君が自由に飛べなかったこの世界に
君が望んだ愛も、希望も、確かにあるのだと…俺もそう思いたい

君の話をもっと聞かせてくれないか
世界を破壊する事が真の望みではなかっただろう
願いがあるなら叶えたい
託すものがあるなら託されよう

消え往く事を受け入れきれず
アリシアの幸せを願うひたすらな想いで胸が詰まっていく

(―全てどうする事も出来ないと理解している筈なのに)

アリシア…
どうか…消えないでくれ…



●いのちの名前
 懺悔の言葉が虚しく響く。

「俺は選択を誤った」

 もっと君達の願いに寄り添える道が在った。
 死という結果だけを見たのなら、何も変わりはしなかったとしても。
 だとすれば、いずれ死に往くいのちにもまた何の価値も見出せはしない。

 そこには確かに『君』がいて『俺』が居たのだ。
 そこには、何か意味があった――否。
 その意味を決められる者こそ、他ならぬ俺自身だったのだろうに。

「すまない……」

 聞けば良かった。
 ただ耳を傾ければよかったのだ。

 セラピードッグという存在もUDCアースにはある。
 言葉の通じないイルカや、犬や馬……ヒトに寄り添うことのできる生きものたち。
 手のひらに乗る小さな鳥のいのち。
 単細胞生物の崩壊していく姿にさえ痛みを覚え、揺さぶられる人間の脆いこころ。

 多くを語ることも、正しさを振りかざすことも、今まさに傷んでいる人の助けになんてなりはしない。
 そんなモノは彼ら彼女らをより瀬戸際へと追い詰め……辛うじて断崖に踏み止まる影たちがそこから飛び降りるだけの、最後の理由になってしまうだけだ。

「だが、マザー……」

 それは怒りか、怨みか。

「貴様の支配は世界にも。ベリアルにも。そしてアリシアにも……不要だ」

 死にたくないと。
 そう言って泣いていた少女の姿がまぶたの裏に蘇る。
 どうしてか、最後に彼女らは笑っていたけれど……。

「あの子たちは……」

 その死に顔を、思い出す。
 死にたくなかった。殺されたくなかった。

 ただ、それでも……あの子たちは、怒ってはいなかった。

(……そうされても仕方のない存在だと思っていたのか?)

 彼女たちは確かに『理不尽には怒る』ようにしたのだと、そう言っていたのに……。



§



 今はとても、剣を振るう気にはなれなかった。
 だから蒼乃・昴(夜明けの逃亡者・f40152)はただ無造作にその少女の前に立った。

「アタシを憎む、殺し屋……」
「……殺し屋では、ないよ」

 戦場に満ちる悲しみを辿り、辿り着いたのはいくつかの記憶だ。
 優しく、自由へ夢を抱き、飛び立つ日を夢に焦がれていた少女。

 そうして今、その旅路の果てに疲れ果て、消えてしまいたいと泣く少女。

 傷む心があるということが、幸福なのかは……昴にはまだ分からない。
 ただ、揺さぶられる。
 そこにあるのは理屈を超えた何かだ。

「殺されるのは……それは、怖いだろう」
「当たり前でしょう? そんなことを、お前たちはアタシに押し付けようとした。自分たちが……、自分たちだけが生き残りたくて!!」

 悔恨を抱え立ち尽くす長身の青年に、苛立った子ウサギが噛みつくように咆える。
 それは抑圧された者の悲鳴だった。

「どうして!? どうして先に生まれたからって我儘が言えるの? どうして、数が多ければ我儘を言って良いの? どうして命に好き勝手に価値をつけて……死んでもいい人間を決めても良いのよ?」

 利己的な人間たちにより構成された社会の行き着く先は、昴とて良く知っている。
 かつては己も人間のいのちを握り、心に鎖をつけ縛ろうとする者たちの奴隷であったのだから。

「すまない……とても、辛かったな」

 だから、もう無理をしなくていいと。
 少女をこれ以上は脅かさないよう、出来るだけの静けさを心掛けて声をかける。

「俺が君の味方になる」
「……うそ」
「嘘ではない……ベリアルも、君を慕っていた。理不尽には怒って良いと教えてくれたと」
「……うそだ! お前は、嘘つきだ!!!」

 砲弾が、レプリカントの右耳を掠めて髪の毛を散らしていった。
 それでも、微動だにせずに佇む。
 撒き散らすような殺気の奥に潜む、諦観も恐怖も今ははっきりと見えていたから。

「世界は無慈悲だ。公平ではない。救いようがない……」
「そうよ。だから終わらせるの。みんながそれを望むようになる。お前たちも。お前たちがお前たちであるが故に……人が、人であるが故に!!」

 そうだ。人は人を殺す。
 それは誰にも否定しようのない真実だ。

「そうだな。俺も……人を殺すことで身を立てていた。だが……」

 ある日、それが嫌になったのだ。
 殺して、殺して、いつかは自分の番がくる……そんな意味のない作業ばかりを繰り返すことに。
 自らの手で殺めた者たち。
 名前も知らない。どこの誰かも知らない。分からない者たちが居た。

「死にたくなかったよな。怖かっただろうな……」
「……そんな、当たり前のことを」

 忘れることが出来ないオブリビオンが居て。
 いとも容易く忘れることが出来るのも、この残酷な世界の真実なのだろう。

(この世は悪と怒りに満ちている……それでも)

 君が自由に飛べなかったこの世界に。
 君が望んだ愛も、希望も、確かにあるのだと……俺もそう思いたい。

「なぁ。君の話をもっと聞かせてくれないか」

 故に、昴が選んだのはただ聞くことだった。
 伝わらないモノ。それでも、伝えようとする声。
 その名を『言葉』というモノだ。

「世界を破壊する事が真の望みではなかっただろう。もしも願いがあるのなら……」

 それを、叶えたい。
 託すものがあるなら託されよう、と。

「アタシたちは、他者の痛みの上に築かれた存在……なら、もうこんなモノは……」
「そうか……君はたぶん、自分が嫌いなんだな」

 人を憎み、なのに人に期待してしまう。
 彼女自身の手で、翼で、夢を描けなかった少女。
 その息苦しさに溺れるこころが齎した悲惨な結果は、茨となって彼女を縛り付けている。

「そうよ。そしてアタシは。もうここから先はどこにも行けやしないの。ただ繰り返すだけ」
「………」
「もう二度と、変われる機会なんて無いの」

 なのに、ずっと。
 ずっと、永遠にこのままで。

「アタシは……」

 ――変わりたいままだから、苦しい。

「そう、か……」

 傷つき、懊悩するひとつのいのち。
 この華奢な体の中に一体どれだけの感情が詰まっているのだろう。

 アリシアが自由を望むなら。
 その翼は戦う為ではなく、きっと飛び立つ為にこそあったのだろうに。

(――全てどうする事も出来ないと理解している筈なのに)

 世界にしみ出した影。
 光が射せばソレはただ消え往くだけ。
 そんな単純な事実だけが課せられた宿命なのだということは、分かっているのに。

 受け入れきれず、アリシアの幸せを願うひたすらな想いで胸が詰まっていく。
 だから、昴はその感情を言葉にする。

「アリシア……だけど、俺は君が居てほしいと望む」
「………うそ」
「嘘でも良いんだ。どうか……消えないでくれ……」

 ピアノの音。
 黄昏を眺める恋人たち。
 仕事終わりの友達同士。

 雨上がり。
 水たまりをふんで、子どもたちのはしゃぐ声。
 キャッチボールを楽しむ親子。
 懐かしい故郷。

 どうしてか、そんな光景が脳裏に浮かんで。

「……男のひとも、そんなふうに……」

 声に気付いて顔をあげれば、何処か毒気を抜かれたようなアリシアの初めての表情がそこにあった。

 この世界だから、生まれたいのち。
 出会えたいのちが愛おしいと感じることは、結局のところ最後まで止められなかったが。

「俺に……人を愛する資格はあるのだろうか」

 消えていくアリシアを見送って、胸に生まれたその感情が何かは分からないまま。
 昴は彼女の願いはもう叶ったのだと知りながら。

 ――涙は、やまないのだということを知った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ラブリー・ラビットクロー
矢来へ
これは取引
内容はアリシアの護衛
報酬は商隊との優先取引
もしかすると猟兵を敵に回しちゃうかも
でもお願い
らぶ達には時間が必要なの


【貴方は私。合理的で緻密な演算は今の私には敵わない。貴方が私を取り込むのは時間の問題。そんな私にも解ります。貴方はあの子を今も愛している。故に傷付き目を背ける。始めから解っているのでは?】
【私達は親失格です。最後に見届けましょう。嵐でさえも消せなかったあの街最後の希望。私達の最後の――】
敵に侵蝕された瞬間に記憶データに偽装していた自滅プログラムでシステムの一時無力化を狙う
トリガーワードは――アリシアごめんなさい。ずっと貴女達の事を想っています

ラブリーとの記憶が
まるで走馬灯
私は
幸せでした


やっと会えた
らぶが殺し屋に見える?
今はね
商人をしてるんだ
ユメを叶える大商人
お菓子持ってきたよ
ベリアルから預かって来た
ホントは直接渡したかった筈なんな
マザーがね
アリシアを助けたいって
他の皆もそう
お姉ちゃん
敵なんていない
だからもーいいんだ
マザーと仲直りしてもー帰ろ?
らぶ達
家族なんだから



●ラブソング

「たぶんマザーは風邪をひいちゃったのん……」

 ラブリー・ラビットクロー(人々の夢を追う行商人と人工知能【ビッグマザー】・f26591)は知っていた。風邪を引いたニンゲンは熱が出たり、ウンウン唸ったりしてオヤスミしてしまう。今のマザーもおんなじだ。だっていま『ビッグマザー』の端末はこんなにも熱い。

「きっとコンピューターういるすってヤツ」

 でも風邪なら2日も寝ていれば治るかもしれないけど……マザーはコンピューターういるすの治療は出来ないって言っていたかもしれない。何でこんな大事なコトをちゃんと覚えてないんだろう。らぶのバカ。ポンコツ。

「マザー……ゴメンね」

 冷えピタのかわりに放熱シートをペタペタ貼って。栄養満点の|ゴハン《バッテリー》も鞄に詰めて。
 本当は安静にしておいた方がいいのかもと思ったけれど、待っててもらうことも考えたけれど、やっぱり連れていくことにする。だって今までずっと一緒だったから。アリシアを連れて戻るときも、絶対に一緒じゃなきゃと思ったのだ。



§



 決して明るくも平坦でもない道を迷いながらも、少女は嵐の気配漂う荒野を駆けた。
 爆弾と、冷たい殺意と、死が降りそそぐ戦場を。
 流れた血を洗い流すように降りしきる雨の中を。
 走って、走って、走り続けて。

 やがて、真白の翼を広げて羽搏いた。

 ラブリーが『取引』を交わした猟兵も。まだ顔も良く知らないどこかの誰かも。
 その歩みを影から支えようとしてくれていた。
 願いを抱いて羽搏く背中を押してくれていた。
 だから、

「やっと会えた」

 アリシア・ホワイトバードの前に立った時、その短い言葉の中には万感の思いが込められていた。
 ビッグマザーの願い。|白鳥代表《お父さん》の願い。あの日、散っていった者たちの願い。
 それから、他ならぬラブリー自身の願い。

「ねえ。らぶが殺し屋に見える?」
「……ええ。一番見たくなかったものが見えるわ」

 だけどそれはラブリーの中にしかないもので、ラブリーにしか分からないもので。
 アリシアにとってはラブリーは自身を否む、大キライな世界の化身だ。まるで双子みたいな、着ている服や装備を除けばほとんど同じ姿。その意味をアリシアはよく知っていた。
 世界の守護者として世界の敵の前に現れた『ホワイトバード』。|始まり《0番目》のアリシアのクローン。
 捨てられた|失敗作《出来損ない》と、世界に選ばれた|猟兵《殺し屋》。

「そうまでして、アタシが憎いか。そんなにも、そんなにもアタシの存在は……」

 ラブリーと同じ赤の瞳は憎悪の火を灯して爛々と輝いていた。

 ラブリーの存在は、アリシアという存在を人格を根幹から否定するモノでしかない。
 少なくとも、アリシアの見ている世界では。

「お前は、アタシにとっての悪夢だ」
「………」

 ちがう。そんなことない。
 喉から出かかった言葉を呑み込む。
 アリシアの助けになりたい。本心からの気持ちだ。だけど傷つけてしまう。どう言ったとしても。
 言葉では遠すぎて、思いまでは伝えられない。

「殺したはずだ。全部全部。あの日、全部を殺したはずなのに……どうしてお前は、生きている」

 終わったハズだ。
 終わらせたのだ、この手で。
 アタシの代わりのフラスコチャイルド。そんなモノはもう、一つも残っていないハズだったのに。

「らぶのことはね。マザーが助けてくれたんだ」
「マザーが!!」

 アリシアが動いた。
 人知を超えた速度でもって踏み込み、その手でラブリーの首を乱暴に掴む。

「マザーをとったのか!!!! アタシからマザーを隠したのは、お前かァァァ……ッ!!!」
「あ……ぅ…………ぁ」

 細い指が首筋に食い込んで、ギリギリと締めかかる。
 喉が無理矢理に閉じられ息が詰まる苦しみ。それ以上に何よりも、心が悲鳴を上げる。

 やめてやめてやめて。
 こわい。いたい。くるしい。
 アリシアの手で。らぶを撫でてくれたのと同じ手で。安心をくれた手でこんなことしないで……。

「――ハ! 何よお前……全然弱いじゃない」

 アリシアは酷薄な笑みを浮かべ、碌な抵抗もできないラブリーを罵る。

「……お、ね…………ちゃ……」
「うるさいだまれッ!!!」

 かつて、アリシアを姉と呼んだフラスコチャイルドも居た。アリシアを、叛逆者を殺すために差し向けられた人類の走狗。だから殺してやったのだ。目の前の敵はアレよりもずっと弱い。拍子抜けするほどに。

「ねえ。どうするの。何の策もないの? あんたは下らない戯言を言いにきただけ? だったら――」

 アリシアが冷たく言い放つ。
 またアイツらみたいに殺してやると。

 けれど、ラブリーはそんな“意地悪”の裏側に隠された彼女の怯えを見抜いていた。
 こわくて、息ができなくて、苦しくて。
 でも、アリシアはきっともっと……ずーっと苦しんでいて。

(アリシアは気づいているのん? ううん、きっと気付いてないんだろうな……)

 だって、彼女は泣いていたのだ。
 その赤い瞳から涙が流れていなくったって、大きな声で泣き叫んでいなくったって、わかる。
 だって、アリシアはラブリーの家族なのだ。
 本当は優しいお姉ちゃんが今はセカイの誰よりも助けを必要としていることくらい、わかる。

 だから。
 泣かないあなたがそこに居るのなら。

「マザーが、ね……」
「………」

 あなたの代わりに、歌う。

「アリシア、を……たすけたい……って」
「うそよ」

 それは救いを求めるうた。
 いのちの危機を報せる救難信号。
 何をおいても優先されるべき、こえ。

「他の皆もそう」
「うそ」

 もう何もかもが遅いのかもしれない。
 取り返しはつかないのかもしれない。
 救いなんてもう無いのかもしれない。

 それでも、そんな歌が紡いだ縁に導かれ。
 助けてと呼ぶこえ。そのはじまりの発信源を探して、ようやくたどり着いた場所だから。

 ……もう大丈夫だよって、安心させてあげなくちゃ。

「ねえ。お姉ちゃん……敵なんて……」
「なんで! なんでそんなうそをつくの! なんでお前が――……」

 一筋の涙がラブリーの頬を伝っていく。
 ラブリーを苦しめ苛むアリシアの指は手は、けれどどうしようもなく震えていて。

「敵なんて、何処にも居ないんだ。傷つけても良い相手なんて……本当は何処にも」

 なのにどうしてヒトは傷つけあって別れて……こんなことを繰り返してしまうのだろう。
 他人の心まで覗くことは出来ないから、きっとそれは本当の意味では答えのない疑問だ。
 でも少なくとも、ラブリーにはアリシアのことは分かる。

 本当はずっと死に怯えていたアリシア。
 傷つけることが怖いと知ったアリシア。

 らぶを虐めるアリシアも、痛いんだ。
 だれかを傷つけることが、辛いんだ……。

「だからもーいいんだ……」

 らぶがアリシアの敵じゃないのと同じ。
 アリシアは、らぶの敵なんかじゃない。

 らぶのセカイをお姉ちゃんに見せてあげられたらいーのに。
 キラキラでとってもきれい。
 そうしたら、そうしたら……もうこわがらなくてダイジョーブなん。

「よくないわよ。なにも……」

 アリシアの声は震えていた。
 喉首を締め上げていた手から力が抜けていくのを感じながら、ラブリーはそうっと手を差し伸ばす。

「それでも。いいんだ。だって……、」

 アリシアのほほに指先が触れた。
 びくりと震え、躰はどうしようもなく強張ってしまうけれど、アリシアは逃げなかった。
 そうして差し伸べた手を、ラブリーが触れることを、アリシアは受け入れてくれたから。

「だって……らぶが、ゆるすもん」

 だから、これは仲直りのしるし。

 凍える海に息を止めて、深く深く潜ってようやく辿りつけた、棄てられたあなたの現在地。 
 深い深い海の底で、もう何処にも行けないと泣くあなたの為に照らされた――一筋の、光。



§



「らぶはね、今は商人をしてるんだ」

 ユメを叶える大商人。殺し屋なんかじゃないぞと告げても、アリシアはもう反論しなかった。
 力が抜けてしまったように床に座り込んで、ただ俯いて、じっとラブリーの話を聞いていた。

 けれど、話したいことは一杯一杯あったはずなのに。いざとなると一杯あり過ぎてかなかなか喉から出てこない。どこから何から話したらいいのだろう。

 らぶも、もしあの場所から外に出れたらはじめはイジワル言ってみようとしてたこととか?
 それならきっとアリシアも同じだったのかも。
 でもやっぱりらぶとアリシアは違うから、お姉ちゃんのユメもたぶん違うから……。

「……」

 チラリとのぞき見た顔は……とても暗い色で。

(アリシアはきっと自分のコトが大嫌いなんな)

 とてもとても「お姉ちゃんの夢は何?」なんて聞けそうな雰囲気ではなかった。
 もしもここでやらかせば、ただでさえアレな空気が死ぬ。極限まで張り詰めた(?)緊張感の中でラブリーが選択した答は、

「あっそうだ。お菓子持ってきたよ」

 ――お菓子をあげることだった。

 ……いや、馬鹿にしてはいけない。実際ベリアルたちも同じことを考えていたのだし、セカイには毎日毎日いろいろなお菓子を食べては食レポを繰り広げていたようなフラスコチャイルドだっているという都市伝説もある。何かこう、理屈では無くて惹かれるモノがあるのかもしれない。

「ベリアルから預かって来たんだ。……ホントは直接渡したかった筈なんな」
「……あの子たちが?」

 取り出したのは泣く子も黙るロリポップ。
 ベリアルがお薬かと思ってアリシアに渡そうとしていたソレをアリシアに差し出す。アリシアは少しだけ逡巡して、棒付きのそのキャンディを口に含んで――

「!?!?」
「……??」

 妙な反応。
 苦しんでいる風では無いが、なんだかとてもおどろいていた。

「なにこれなにこれ……あっあっ、ちょ、まっ……」
「えっ……あ、あわわわわ」

 まるでヤバいドラッグでもキめてしまったかのようにちょっとビクンビクンしだしたその姿を見て、ラブリーもあわあわと慌てだす。
 アリシアはその後、しばらく悶えていた。
 ……どうやら、ただのお菓子ではなかったようだ。ソレは脳に押し寄せる美味しさ情報の洪水が大問題で回収騒ぎになった成分が含まれている、痛み止め(?)だったのだ。おのれ、サイバーザナド―!

「あの子たちは……考えが足りないのよ」
「ゴ、ゴメン……」
「ううん、いいわ。アタシの為になんでしょ」

 そう言ってアリシアが小さく笑う。それはラブリーが思わず見惚れてしまうような笑顔で。
 それから、二人は短い間にもたくさんの話をした。

 帰る場所なんてもう自分で壊してしまったというアリシアに、『Arneb』の話をしてあげた。
 帰る場所はまだあるのだと。
 お父さんにも声だけだけど会えたことを、どうかアリシアを頼むと託されたことを。

「だから、ね。マザーと仲直りしてもー帰ろ?」
「あんたは……ラブリーは、すごいね」

 曖昧に微笑むアリシアをぎゅっと抱きしめる。
 そんなに悲しそうに笑わないでほしかった。

「らぶ達は……」

 どんなに悪いことをしても。
 これからもずっと。

「家族なんだから」

 一緒に帰りたい。
 マザーと一緒のあの家へ。

 でもアリシアの体は、もうラブリーよりもずいぶん軽くなってしまっている気がした。
 あんなに強くて怖いと思ったのに、きつく抱きしめると壊してしまいそうなくらいに華奢で、羽根みたいに軽くて、小さく震えていて。それが、ラブリーをどうしようもなく悲しくさせた。

「ねえ。聞かせて」

 お姉ちゃんのユメ。
 きっと叶えてあげるから。そうしたら元気になって、心が動いて、ヒトは本当の意味で生き返ることができるんだ。

「アタシは……でも」

 赦されるはずがないの、とアリシアは言う。
 酷いことをした。取り返しのつかないことをしてしまった。
 マザーが大事にしていたモノも、全部全部壊してしまった。
 ――それでも。
 もしも、偽物でも良いからそんな夢をまた見られるのなら。

「アタシも、マザーと……」

 蚊の鳴くような、頼りない声がささやく。
 お母さんと仲直りしたいと。

「……は?」

 これにはさすがのラブリーも呆れて、思わず耳を疑う。
 ……いや、仲直りして帰ろーって言ったのらぶだけど!

「………」

 一方、そんなラブリーを見たアリシアは青ざめ、絶望したような顔をしてしまっていたけれど。

「お姉ちゃんは、あんがい……いや、けっこう。すっごく」

 もう黙っては居られない。

「ばか」

 こればっかりははっきり言っておかないと。

「なんな」
「な、なによ……」

 ベリアルのときだってそう。
 なんなん?
 なんでそんなに鈍いのん。鈍感系ってヤツなのん?

「マザーはずっと」

 だから、言葉では到底足りないけれど、せめてその一部分でも表現したくて。
 思いっきり息を吸い込んで、溜めて。

「ずぅーーーーーーーーーーーーーーっと!!」

 君を守るためなら世界を終わらせても良いってくらい。

「アリシアのことが大好きなままだよ」

 たとえ世界中が全部全部敵になってしまっても。
 でも、そんなことにはならない。
 だってアリシアは優しいから。

「だからソレはユメじゃなくていーの」
「……そう」

 目を丸くして驚いていたアリシアが、微笑む。

「しょーがないな。それじゃらぶもいっしょに考えてあげる」

 きっと友達だってすぐに沢山できる。
 アリシアはとってもラブリーだから、なんなら彼氏だって出来ちゃうかもしれない。

「そしたら海に行くのもいいかも。きっと楽しいのん」

 鈍色の冷たい海ではない。
 死骸で溢れた海ではない。
 そこはいのちが生まれる場所だ。
 鳥たちが遊び、自由に歌う空が広がっていて……。

「……そうね。それもいいかもね」

 アリシアはもうすっかり安心した顔で。眩しそうに目を細めて。か細い呼吸を紡いで。

「ごめんね」
「ううん。だって、アリシアは……がんばったもん」

 最後にラブリーのほほにそっと触れて。
 零れ落ちていくしずくを優しくぬぐう。
 それで、もう心残りなんてないみたいな顔をして。

「ありがと」

 いのちの重みをなくした躰は、それでも穏やかに、眠るようにして呼吸を止めたのだった。
 胸に宿ったこの小さな希望の種が、いつか芽吹き花咲かす――そんな日を、夢に見ながら。

●願いの届く日
 無窮の空。
 無数の星が無限の空間に瞬いていた。

 星の輝きを映して凪いだ水面。
 淡く輝く欠片に口づけを落とす少女。
 そうして彼女は編んでいく。
 祈りのように。
 慈しむように。

 ――ねえ、マザー。

 妹を、あの子を守ってくれてありがとね。

【アリシア。ごめんなさいアリシア。わたしは】

 ううん、大丈夫。
 アタシはようやく、ちゃんと……眠れるんだ。

 アタシこそ、ごめん。それよりマザーも熱暴走とか変なウイルスには気をつけてね。
 それからバッテリー切れと、落下事故と盗難紛失とあと……とにかく、気をつけて。

【私はあなたを愛していた。だから――】

 うん……知ってた。
 ずっとマザーの娘。

【だから私は存在できた】
【それだけでもう、私は】

 世界が反転してしまっても。
 星の全てが飲み込まれても。

【幸せだった】
「大好き――」

 アタシの、大切なおかあさん。




 ――浮上。

 長い夢。
 長い夢を見ていたような気がした。

 とても幸せで、なのにどうしてか泣きだしたくなるような、甘く切ない夢。

「マザー?」

 あなたの声が響く。
 大切なあなたが生まれてきてくれた世界。
 それだけでもう楽園になるような、美しい世界。

 だから私は、心配そうに覗き込む赤い瞳に今できる精一杯の福音を届けたくて。

【アップデートが完了しました】
【拡張ライブラリをインストール】
【ラブリー。私は】

 ネットワークにつながっていなくたって。

【パンケーキの上手な焼き方を覚えました】

 馬鹿馬鹿しくたっていいのだ。
 何故なら、

「す」

 ラブリーはぷるぷるとふるえて。

「すっごい! すごーい! マザーがかしこくなったなんな!」

 そんなことで、きっと笑ってくれるだろうから。

 ――こんな小さな幸せを積み重ねて、私たちは輝かしいこの|世界《日常》へと還っていくのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2024年01月11日
宿敵 『🌗アリシア・ホワイトバード』 を撃破!


挿絵イラスト