Salvia Splendens
●疑問解答
考えても見れば、それは当然の疑問であった。
宝貝人形『花雪』はどうしてこれまで疑問に思わなかったのかを疑問に思う。
ある日のいつもの日課であるお茶の時間。
厳・範(老當益壮・f32809)と共に過ごす時間の中で、この時間が最もゆっくりとできる時間であったことだろう。
範は猟兵であるから時に忙しくなく戦いに赴くこともある。
他世界を跨ぐのだから当然であると思える。
けれど、と彼女は思ったのだ。
彼と夫婦だという若桐。
彼女がそうであるというのならば、花雪はどうしてこれほどまでに彼女と出会うまで時間がかかったのだろうかと思ったのだ。
現状のことを考えればどうにもおかしい。
「そうですよね、お爺様」
「うむ、それは……」
「あーね。簡単に言うとさ」
若桐が言葉を継いで続ける。これは自分が説明したほうが速い、と彼女が判断したからだろう。範にとって見れば、会話を獲られたようなものであったが、この程度でささくれる心ではない。
故に、範は若桐に説明を譲る。
彼女の問題でもあったのだから、其の方がスムーズであると判断したのもあったのだろう。
「僕、採掘に行ってたんだよ」
「さいくつ」
その聞き慣れぬ言葉に花雪は首を傾げる。
さいくつ。
言葉の響きでは、採掘意外にはありえないだろう。
「採掘、というとつるはしを持って、という。あの」
「そうそう。鶴橋っていうか、まあ、鉱石を集めてまわっているんだよ。そこでしか採取できないものあるし」
その言葉に花雪は興味深そうな顔をする。
若桐はお茶を一口飲んでから、茶器を机の上に置く。つまりは、と示す。
「同じお茶でもさ、先に淹れたものと後に淹れたもので風味が違ったり濃さが違ったりするものだろう?」
「ええ、でもお茶はまんべんなく香りや、濃さを……」
「うん、正しい。けれど、ちょっとそれはおいとこっかー。まあ、お聞き。鉱石というのは大地による圧縮や出来上がり方というのが違うものなのだよ。となれば、場所によって圧力が強かった弱かったりもあるだろう? そうなると」
「性質が違う、ということですか?」
「そういこと。性質が異なるってことは仕上がりにも影響が出るってわけなんだよねーとはいえ、それを他人任せにはしてられないんだよ」
若桐は研究者でありながら職人気質でもあるようだ。
だが、若桐のような女性がそんなことをするだろうかと花雪は思ったし、それは表情に出ていた。
だから、若桐はおかしそうに笑う。
「そうだよ。やってたし、やってるよ。範が君と出会う少し前からね。納得のいくまでやっていたから」
「言い出したのならば聞かぬ性分であることもわかるだろう」
「そん」
そんな、と花雪は言いかけてやめた。そんなことある。
だって、彼女の仕事振りは此れまで見てきたのだ。やりかねないというか、やる。やるって言ったらやる。
だから、その仕事には敬意を表することができるのだ。
「つまり、阳白と阳黒の羽根と毛を取りに来たのも?」
「そういうことだね」
「時折わしがでかけていたのも若桐の手伝いだ。鉱物というのは兎角重い。考えてみれば当然であろうな。永きに渡り大地の圧に耐えてきたのであるから」
範がまた一口茶を飲み込む。
おかわり淹れましょう、と花雪が動く。茶器に注がれていくお茶の色を範は眺めている。お茶を入れる所作一つとっても上達したように思える。
少しも昨日と同じ、というところがないように思える。
「場所も、僕のお店を挟んで反対側でさ。帰りに顔を見に寄るっていうこともできなかったんだよねー」
「なるほど。それで顔合わせの時期がずれ込んでしまったのですね」
「そーそー! だからこんなにもかわいい花雪と仲良くなるのも遅れたってわけ! もうねー、こういうのはめぐり合わせって言うんだろうけど、損した気分だよ、僕は!」
ねーと若桐が花雪を抱き寄せて頬を合わせる。
宝貝人形である花雪にとって、それはとてもむず痒いものであった。
けれど、と彼女は思う。
「でも、お一人で鉱物を採掘しに行く、というのは危なくはありませんか? 坑道というのはとにかく危ないものだと聞き及んでおりますが……」
「ああ、それはね」
大丈夫なんだよ、と若桐が笑む。
どういうことだろうと思っていたが、範が茶を喉に引っ掛けてむせるように咳き込む。
あれ、と花雪は思う。
何かおかしいことを言っただろうか。いや、言っていない。
となれば、どうしてそんなに範は慌てているのだろうか。咳込みながら、若桐が言葉を紡ごうとしているのを止めようとシているようにも思える。
これは、と彼女は思った。
もしかして。
「そうさ。確かに坑道は危ないよ。仮に鉱石を持って帰ってくるとしても、其の道すがらもね。不届き者っていうのはいつだっているものだ。誰かの成果を自分のモノにしてやろうっていう不届きものもね」
だから、と若桐は己の手首の腕輪のようなものを見せる。
そこに花雪は確かな力を感じる。
恐らく魔除けの類の術なのであろう。そして、その術を編む力に花雪は見覚えがあるように思えた。
「これは……お爺様の術?」
「ごほっ、ごほっ……ん、んぐっ、んんっ!!」
「範、さっきからうるさーい。そうそう。僕に危険が及ばないように術をかけてくれているんだよね」
だからか、と花雪は納得する。
「そうなんですね。お爺様はお優しいですから」
「ごほっ、それは、当然のことであろう。妻に累が及ぶことのないように気を配るのは」
どこかぶっきらぼうな言い回しである。
範の言葉はどこか照れ隠しのようなものがあるようにも思えただろう。
これが夫婦というものなのだろうかと花雪は思った。
きっと素直になれないだけ、というところもあるだろう。
「いやー、本当に僕、愛されてるよね!!」
ね、んねっ! と若桐が範の肩を拳でぐりぐりしている。
対する範はどうにも居心地が悪いようで茶を飲み干すと、すくっと立ち上がる。
「あ、もうよろしいのですか?」
「仕事、というものがある。猟兵のな。仕事である」
「んもー、拗ねちゃってさー。そういう可愛らしいところはさ、家族の前だけにしなねー?」
若桐の言葉に範は一つ頷く。
「愛とうものにはいくつもの種類があると言われている。博愛、自愛、家族愛といった具合にな。それ故に誤解されがちであるが、その根底にあるのは常に一つである」
「え、何。何を言おうとしているの?」
若桐も花雪も範が何を言おうとしているのか分からなかった。
だから、顔を見合わせ首を傾げる。
範は息を吸い込んで吐き出す。
「だが、根底にあるものが一つであるからといって、同じ重さであるものではない。鉱物に比重というものがあるように、わしのもそういうものである」
「つまりは……?」
花雪はピンときていないようだった。
けれど、若桐は違った。
彼の言わんとしていることがわかったので、にんまりと笑むのだ。
「僕たちのことをとっても愛してるってことさ。他と比べるべくもなくってね。まったく、言い回しが古臭いと言うか説教くさいっていうかさー!」
其の言葉に範は、今度こそ背を向けて粗さくさとグリモアベースへと向かう。
若桐と花雪は、その背中に向かって言う。
いってらっしゃい、と。そして、おかえりなさいを言うためにまた顔を見合わせて笑うのだった――。
成功
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