ばたばたと、学校自体が騒がしい。いや、この廊下の教室はどちらかといえば静寂だ。
他学年が普段通りの日常を謳歌している――だが中学三年生には決戦の日が迫っている。
受験日が、もうすぐそこに迫っているのだ。
此処暫く雨が降り続いている――ああ、気が滅入る。外を埋め尽くす雪。
雪は氷に変わって凍りついている。そろそろ|霙《みぞれ》に変わる頃だろうか。
寒さも相まって、誰も彼も口数が減る。言われずとも、教室内で繰り返されるのは過去問題集の確認のみ。
机の上に広げられた参考書、チェックシート。
進学希望高校の教材。これまで書き綴った授業のノートが複数冊。受験生である知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)と一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)も机の上は筆記用具と赤いペンが並んでいる。
進路希望調査書に、書き添えた学校へ行くため。これは実現に必要な勉強――あの日の担任が残念がっていた事は申し訳ないが、帝はそれでいいのだと納得している。
飛鳥の家から男子校が近いから。あの飛鳥が行きたいのだと声に出して言ったから。
幼馴染の飛鳥が行くのなら、俺が行くべき高校は一つだ。
――俺もそこへいく。それだけだ。
――受かるなら、当然一緒でなければならないが。
放課後、二人は帝の家にいた。
同じ机の上に教科書を並べて、範囲を絞って問題を解く。わからない場所は帝に聞けば大抵速やかに答えは示された。
なるべく噛み砕いて、わかり易さを重視した赤いペンの説明を聞いて少しずつだが納得した顔をする飛鳥がいるので、この勉強は決して無駄ではないだろう。
これは、学校でしていた勉強の続き。
今日は、抜き打ちという形で小テストを帝が作成した。
とある年度の過去問題集からの抜粋。
何度も教えた部分からあえて、飛鳥が躓くポイントに絞り作成されている。
気がつくかは、賭けだった。
問題への挑む姿勢は、ロジック。出題者の意図を汲めば、解き方がバレてしまう。
しかし成績の良くない飛鳥は、頭をがしがしを掻いている。
――どうやら全く気づいてないな。
出された問題を、解く。
学生に大事なものは確かにそれだが、自分の苦手ばかりが集中して出題されている事は気がつく頃だと思っていたがその様子はなかった。
『必死』。その言葉がよく似合った。
――だが、それでいい。
喰らいついて、飲み込んで。
問題を越えて行けなければ、受験には勝てない。
表情を見るに、問題の内容に悪戦苦闘しているようだ。
帝はその様子を横目に、赤ペンを取る。
――万が一にでも、受からないというのはあり得ないように。
希望高校の最低ラインは自力でクリアして貰わないと困る。
――結果は掴まなければ意味がない。
――俺だけ行けても意味がないんだ。
――飛鳥、お前が一緒にいないと。
「時間だ。採点する」
「あ~……!」
帝が付きっきりで飛鳥の過去問題集の答え合わせを始めた。
何度も何度も、これまでもこうして繰り返しているが――。
ぴ、ぴ、と紅いペンを走らせる。
丸とバツの数が多さを競う中で、採点結果を記入して、飛鳥へ返した。
ふと、参考書の間に挟まるこれまでの飛鳥の過去の成績表を見つけ、つまみ上げて目を通す帝の瞳は細められる。
「……こうして改めて見ると、本当に馬鹿だなお前……」
「もうちょいオブラートに包めや!」
自分の採点結果に不安げな顔をしつつも、事実に言葉で反撃した。
――わかってる。だーから、今こうして頑張ってるんや!
「まあ、一先ずはお疲れ様。休憩しよう」
ほんの少し、勉強という拷問から開放されるとわかると飛鳥は表情を和らげる。
肩の荷を下ろすには早すぎるが、朗らかさが全面に在る方が帝は少なからず落ち着いた気分になる。
「今日は、こんなものを買ってきた」
小テストを出題してすぐ、帝は席を立っていた。
どこへでかけていたのかを気にしていた飛鳥だが、机の上にとん、と置かれた一品に目を奪われる。
「ちょっ!?そ、それは……!めっちゃCMやっとったコンビニの新作シュークリーム!?」
数量限定の品。機会があればと思っていたが、勉強優先。
諦めていた飛鳥の前に置かれた巧妙な飴と鞭はこうして訪れた。
「そう。今日の範囲をクリア出来たらこれをやろう」
「やるやる!!絶対やる!!」
すごい勢いで食いついた魚、もとい、幼馴染。
やはりこうでなくては。
――張り詰め続ける不安だらけの表情は、こっちが不安になる。
「では、間違った箇所の何が違ったのかを考えてくれ」
ばさあ、と開く教科書と自分のノート。
問題の解き方が違ったのだと、見直すところから始める姿勢は大変に好感を持てる。
「考え方の視点を変えるんだ。誰かに"問題の解き方を教える"感じで、解き方を考えると良い」
掃除や炊事、家事や洗濯を一通りこなせるのだから、物覚えは実はお前は良い方だ。
ただ、自分の為である事に限り答えは正解にあまりたどり着かなくなる。
一生懸命さを評価する帝は、聞かれた問いかけに偏差値を下げた謎掛けのように返答した。
「あー?なる、ほど?」
これはあまりわからないという返答だ。
それ以上集中力を切らすなら、報酬は無しになるぞ。
ちらちらと、シュークリームを手に無言で指させば頑張る理由を胸に、シャープペンシルが走り出す。
「……にしても、ミカならもっとレベル高い高校へ行けるやろ」
選ばれたのは、偏差値の低めの男子校。
何故なのか。飛鳥の問いかけは、突然始まった。
「何であそこにしたん?」
顔はあげず、ノートに書き込みながらの世間話の範囲を出ない問いかけであった。
「あー……色々だ」
言葉を逃し、自分用に買ってきていたシュークリームを齧る。
「うまい」
「ちょっ!?」
「これは俺の分だ。高校を決めるのは学力だけじゃない、行きたいところに行きべきだ」
だから俺はそこへ行きたい。
飛鳥が行きたいと言ったから。飛鳥が行けるように手伝う。
幼馴染と、飛鳥と――離れ離れになりたくないから。
思惑は不安を内包しているが、まずは『受験に受かる』事が最優先。
「ふ~ん? あっ、俺がおらんと寂しいから一緒のとこ選んだとか!? なんてな!」
明るく笑う飛鳥は、ありえないか、なんて笑っていたが――実のところはその通り。
無表情気味の自分の表情筋が仕事させてない事を、このときばかりは帝は感謝したものだ。
――そういうとこだぞ、お前。
――ありえない、と言いつつも『可能性』として思ったことが在るんじゃないか?
――俺の気持ちも、その調子で分かったりは……。
「此処の回答は、再度間違っている。やり直し」
「ええ~!?ヒントー!」
「数式なら柔軟に、公式ならまず……」
帝は説明するが、飛鳥はその後も何度も間違えた。
「いいか、今は甘味が先でも良い」
頑張り続ける飛鳥に手渡された"ご褒美"。
「入試前一週間前はしっかり食べてしっかり寝ろ」
「それから、ラストスパートで無理しすぎるな」
「風邪でも引いたら本末転倒だ。分かってるだろうな」
言いたいことは次々と、正解の方程式を教えながら呟く帝の言葉を聞いて、飛鳥は明るく笑った。
「なんやミカ……なんかオカンみたいやな~」
軽くこん、と飛鳥は頭を叩かれる。
「大丈夫だ、俺が母親ならもっと口うるさく言ってる」
ほら、休憩はこれで終わり。
良い休憩になっただろう、さあ、頑張れ飛鳥。
自分の勉強を棚上げし、良い点が取れるようにと奮闘する帝。
ひたすら付きっきりで居た為に、受験勉強の範囲をろくに確認できなかったが、それでも構わなかったのだ。
全ては『飛鳥と、同じ学校へ行くため』。
決戦の日は、当然同じ日。
運命の時間を飛鳥はどのように過ごしただろう。
頭を抱えていただろうか、余裕を持って答案を埋められただろうか。
帝は、問題なくするすると答案を埋めており、心配の「シ」の字も感じて居なかったが――。
「ミカ~、どうやった?」
終わった後に、飛鳥が一番初めに声をかけてきた事は少し安心材料となった。
叫ぶでも、絶望した表情でもなく、とにかく明るい顔で『いつものように』笑っていたから。
「問題ない」
合格発表当日。
不安げな顔をした飛鳥を連れて、受験番号を目視で確認する。
帝はすぐに自分の番号を見つけた。
「飛鳥のは……」
受験人数はそこそこだが、番号は多くない。桁も多くない。
ならばすぐ近くに――。
「「あ、」」
帝も飛鳥も、同時に声を漏らした。
"あった"。飛鳥の番号を見つけた。
彼もまた、無事に合格することが、出来たのだ。
これで、――中学を卒業した後も、一緒にいることができる。
やったー! と声を上げて帝に抱きついて喜ぶ飛鳥と、内心ガッツポーズの帝。
「ぜぇんぶミカのおかげやなあ~!ヒューヒュー!頼りになる男~!」
これからも一緒。新しい学校でも、新しい環境でも。
「そうだろう。これからも遠慮なく頼るといいぞ」
冬の終わり、早くも春風が吹いてきた。
二人の髪を、風が撫でて未来の時間へ向けて、通り抜けていく――。
成功
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