第3ターン(大陸歴939年2月第2週)
大陸歴939年2月6日16:00。
ウーバーザクセン州ノイエス・ハノーフェル市/聖ブルーノ記念病院内・特別病室。
「忙しい所済まんな、クレメンス」
「いえ、お気になさらず。元帥閣下こそ、大事に至らなくて幸いでした」
白い壁に囲まれた、清潔な病室。
ベッドの上に半身を起こした老人……A軍集団司令官兼西方総軍司令官のミヒャエリス・フォン・ケラーマン陸軍元帥の痩躯を見やりつつ、ジーベルト参謀総長は労りの表情を浮かべました。
軍人として卓越した能力の持ち主である事は勿論、その存在自体が指揮下の軍人達の精神的支柱になっていると云っても過言ではない老将軍は、初代総統トリスタンに忠節を尽くし、支え続けた建国の功臣として、国防軍の軍人達は勿論、多くの国民から敬愛される人物です。
その元帥が執務中に倒れ、緊急入院したと聞いて、参謀総長は全ての公務をキャンセルし、首都から車を飛ばして病床に駆け付けました。彼にとって、元帥はかつて多大な薫陶を受けた上官であり、心の中で師と仰ぐ人物です。
「その事じゃが……この重要な時期に身勝手この上無い話ではあるが、近々、A軍集団司令官の職を返上しようと思うているのじゃよ」
「……」
申し訳なさそうに頭を下げる元帥の前で立ち尽くす、ジーベルト。事前に連絡は受けていたものの、こうして本人の口から辞意を告げられると、常に沈着冷静な彼も言葉を失うしかありません。
「そんな顔をするな。遅かれ早かれ、こうなる事は分かっていたじゃろうが?」
「え、ええ。御身体の具合が良くない事は耳にしておりましたが……」
「それに、西方総軍司令官の職には共和国との戦いが一段落するまでは留まるつもりじゃ。……もっとも、実務は参謀長以下の若い連中に任せるしかなさそうじゃが」
自嘲気味に微笑む、ケラーマン元帥。
西方総軍司令官は、形式上は、(親衛隊を除く)西部戦線の全実戦部隊を指揮運用する重要ポストですが、多分に名誉職的な意味合いの強い司令官職であり、実際の所、前線の各軍及び軍団の指揮は各軍集団司令部が受け持ち、総軍司令官は彼らの調整役を担っているに過ぎません。そのような実権に乏しい司令官職でさえも部下に実務を委ねなければならない程、元帥の健康状態が悪化しているという残酷な事実に、参謀総長は沈痛な表情を浮かべる事しか出来ませんでした。
「後任人事は一任するよ。面倒事を押し付けるようで申し訳ないが、病人は大人しく寝ておれ、と医者が五月蠅くてな」
「承りました。万事、お任せを」
「うむ。頼んだぞ、クレメンス。それから、あと一つ、内密に頼まれて欲しい事があるんじゃが……」
「何なりとお申し付け下さい、閣下」
元部下の答えに頷くと、元帥は耳を貸すように命じました。
そして、一段と低い声音で囁きかけます。
「……例の、連合王国の女性推理作家の新刊がな、司令部の執務机の抽斗に入っているんじゃ。医者に知られると、『殺人事件の描写は心臓に悪い』だのなんだのと喧しいでの……連中に見付からぬよう、コッソリとこの病室に届けて貰えんじゃろうか?」
●今回、結論を出す必要のある議題(第3ターン)
B軍集団の作戦行動方針。
ジーベルト参謀総長より、『B軍集団の作戦行動方針について意見のある者は早急に提出するように』という指示が発出されました。
B軍集団は、プランAではピスタニアからザウトホーラントを経てヴァノアールに進撃する事になっているのに対し、プランBでは、一部を以てピスタニアの共和国第7軍を牽制しつつ、主力部隊はヘルダーラントに進撃し、連合軍の主力部隊(共和国第1軍及び連合王国大陸派遣軍の第1機甲軍団)を誘引する事になっており、参謀間の合意形成には困難が予想されます。
参謀総長は、今回の会議で意見が纏まらない場合、職権で決定を下す事も辞さない方針のようです。
なお、今回も、複雑な問題の絡む親衛隊装甲軍の作戦行動方針については、各軍集団のそれとは切り離して議論を行い、後日結論を出す方針との事です。
●懸案事項の一覧(第3ターン)
(1)全体会議の前に、NPCに面会し、質問したり、交渉を持ち掛けたりする事が出来ます。
対象のNPCは、クロースナー上級少将、フリンゲル少将、ヴェーゼラー少将、グロースファウストSD上級少将の4人です。なお、4人は多忙であり、複数人に面会を求めた場合、希望通りに面会出来ない可能性があります(いずれか1人に面会を求める場合は必ず面会出来ます)。
(2)総統府より、ケラーマン元帥の後任のA軍集団司令官について、参謀本部に推挙を求めてきました。
候補者は、次の2名です。
フェードア上級大将(B軍集団司令官/歩兵科出身の60代男性/能力は平均的/政治的には中立派)。
エヴァルト上級大将(東部国境防衛司令官/騎兵科出身の50代男性/能力は平均よりやや上/政治的には門閥貴族派(※総統に協力的な家門))。
(3)国防軍情報部より、『国防軍特殊作戦旅団(通称”リンデン部隊”)をレーヌス川支流域の治水ダム制圧に投入すべき』というB軍集団の意見具申について、『解析の結果、当該意見具申に係る情報については概ね事実と推定する』という報告が上がってきました。
報告を受けて、参謀本部では保留扱いとなっていた検討作業が再開され、当初の予定通り、A軍集団の意見具申を容れて、”リンデン部隊”をレーヌス川に架かる橋梁の制圧に投入するのか?それとも、B軍集団の意見具申を容れて、治水ダムの制圧に投入するのか?判断を下す事になりました。
なお、今回、”リンデン部隊”の投入が見送られた意見具申については、同部隊とは別の(より能力の低い)特務部隊が送られる事になります。
(4)国防軍最高司令部より、ラインハルト総統臨席の下、”金の場合”を想定した図上演習を実施する旨の通知がありました。
陸海空軍と親衛隊から参謀が集められ、ライエルン軍側と連合軍側に分かれて、大規模なシミュレーションを行うもので、陸軍参謀本部からは参謀次長のフレデリカ・パウルス歩兵大将率いる参謀達が参加します。なお、開催予定日は定例全体会議の3日前(2月7日)です。
この懸案事項の解決にあたる場合、連合軍側の総司令部要員の役割を割り当てられる事になります。ゲームサイトに掲載されている、共和国第1軍集団及び連合王国大陸派遣軍を用いて、ライエルン軍をどう迎え撃つか?プレイングに記述して下さい。
なお、猟兵の側から総統に話しかける事は出来ませんが、総統自身から(又は側近を通じて)何らかのメッセージを伝えられる可能性はあります。
(5)総統府より、前回に引き続き、ラインハルト総統の『”金の場合”に於いては、親衛隊装甲軍が重要な役割を果たす事を期待している』という内々の意向が伝達されています。
今回も正式な総統命令ではなく、あくまで個人的な要望というレベルに留まってはいますが、要求のトーンは、前回同様、強いものとなっています。
また、今回、親衛隊装甲軍の”アンドレライン”攻撃参加を禁止する総統命令が一部変更になり、禁止対象を”アンドレライン”への最初の攻撃に限る一方で、新たに要塞都市に対する最初の攻撃への参加も禁止される事になります(※”アンドレライン”・要塞都市共に、2回目以降の攻撃への参加及び「包囲」は禁止命令の対象外です)。
安藤竜水
PBWアライアンス【Reyernland über Alles! シナリオ#1”金の場合”】へようこそ!
本ゲームは、異世界<レーベンスボルン>に存在する軍事国家ライエルン連邦とその西隣に位置するゴール共和国との戦争を題材とする仮想戦記風PBWです。
皆さんには、ライエルン連邦国防軍最高司令部に所属する陸軍参謀本部の参謀将校となり、数か月後に実施される予定の共和国侵攻作戦"金の場合"の作戦計画の立案にあたって頂きます。
ゲームの開催期間は約1年間、ターン数は5回です(なお、ゲーム内では1ターンは約1週間に相当します)。
ゲーム期間終了後、制作された全リプライを元に最終的な判定結果を導き出し、断章として発表を予定しています。
本ゲームへの参加にあたっての注意点です。
皆さんの立ち位置は、陸軍参謀本部の作戦課に所属する佐官クラスの参謀将校であり、前線司令部で部隊を直接指揮したり、自ら最前線に立って敵と戦ったりする立場ではありません。従って、リプライの中で、戦闘や戦場の場面が描かれる事は基本的には無いものとお考え下さい(そもそも、このゲームの対象期間は、最後に制作する予定の断章を除き、ライエルンとゴールとの戦争が始まる数か月前となっています)。
皆さんに行って頂きたいのは、
(1)公開済みのリプライやゲームサイトに掲載されている情報(各ターンの初期情報、戦略マップ、戦力表、各種図表類、ルール、世界設定等)を活用し、オリジナルの作戦案を立案する。
(2)ゲームサイトに掲載されている、NPCが立案した二つの作戦案のどちらかを支持し、正式な作戦計画として採用されるように努力する。
(3)ゲームサイトに掲載されている各ターンの初期情報や各ターンのシナリオ・オープニングに掲載されている懸案事項に関して意見を述べ、解決に向けて努力する。
のいすれか、です。
ただし、(3)だけを選択する事は出来ません((3)を選択したい方は、必ず(1)又は(2)と一緒に行って下さい)。また、(3)については、懸案事項を解決出来なかったとしても、ただちにゲーム上の不利益が発生する訳ではありません。ただ、懸案事項の解決に貢献したと認められた方は、上官や関係者から好感を獲得出来るだけでなく、状況によっては、増援部隊の来援等、ゲーム上の利益となる事象が発生する可能性もありますので、挑戦の価値は十分にあるでしょう。
第1章 日常
『プレイング』
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POW : 肉体や気合で挑戦できる行動
SPD : 速さや技量で挑戦できる行動
WIZ : 魔力や賢さで挑戦できる行動
イラスト:みやの
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
パウラ・ヒンデンブルク
(1)全体会議の場に於いて、プランAの修正案を、独自の作戦案として提示し、、
A・B両軍集団の装甲部隊によるヴァノアール攻撃と並行して、親衛隊装甲軍によるノール攻撃を実施すべきだと主張。
B軍集団の作戦行動方針については、プランAの方針に沿う形で主張を展開。
懸案事項は(1)と(2)を選択。
(1)については、ヴェーゼラー少将に面会を求め、親衛隊装甲軍を北部戦域に投入する事により、C軍集団が(軍集団司令部の意に反して)攻勢的作戦に駆り出される可能性は限りなくゼロに近くなる、自分の案への支持を求める。
(2)については、エヴァルト上級大将を適任者として推挙すべきだと主張(理由は、補足プレイングに記述)。
大陸歴939年2月10日09:45。
陸軍参謀本部・作戦課第1会議室。
「……」
発言を終えたパウラ・ヒンデンブルク歩兵少佐に、敵意と侮蔑に満ちた無数の視線が、四方八方から容赦なく突き立てられた。
丁度2週間前、同じ全体会議の席上で、ヴィルヘルミナ・グレーナー砲兵上級少佐に浴びせられたのと同じ、強烈な拒絶と反発の感情に取り囲まれて、さしもの才媛も、心臓が縮み上がるような恐怖を禁じ得ない様子である。
(このような反応が返ってくる事は覚悟の上だった筈ですが、現実に直面してみると身体の震えが止まりません)
胸の奥で独り言ちながら、パウラは、直属の上官であるマルティン・クロースナー上級少将との面談を思い出していた。
……3日前の夜。作戦課第1小会議室。
「遅い時間に呼び立てて済まなかった。作戦案は読ませてもらったよ、ヒンデンブルク歩兵少佐」
呼び出しを受け、やや緊張した面持ちで、眼鏡レンズの奥に鎮座している主任参謀の怜悧な瞳を凝視する彼女に、クロースナーはいつになく和かな口調で話しかける。
「良い計画書だ。作戦の目的やポイントを、過不足無く、簡明に記してある」
「全体会議への提出をご許可頂けるのですか?」
「前々から云っている事だが、プランAの修正案ではなく、独自の作戦案として提示を行うのであれば、私からは何も言うつもりはないよ。君自身の責任に於いて、存分にやってみるといい」
突き放した言い方ではあったが、主任参謀の言葉には自分の行為を咎めるようなニュアンスは一切含まれてはいなかった。むしろ、(言外にではあるが)応援し、後押ししてくれているかのような印象すらある。
パウラは、胸の中でほっと安堵の息を漏らした。
(よかった。上級少将は、私の真意を理解して下さっている)
彼女がクロースナーに提出した計画書は、3日後に開催が予定されている今週の定例全体会議に於いて、オリジナルの作戦案として発表するために、寸暇を惜しんで完成させたものだった。
内容的には、プランAを、A・B両軍集団の装甲部隊によるヴァノアール攻撃と並行して、親衛隊装甲軍によるノール攻撃を実施する形に修正した案と云っても遜色ないものであり、独自の作戦案として提示するのは、あくまで、『親衛隊装甲軍の北部戦域への投入を盛り込んだプランAの修正案を提示するのは時期尚早である』というクロースナーの意向を慮った結果に過ぎない。
(おそらく、フリンゲル少将達の狙いは、親衛隊装甲軍の北部戦域投入に対する理解者を増やし、彼らをプランBの賛同者として取り込む事の筈。クロースナー上級少将の懸念も理解出来ますが、このまま我々が何も手を打たずにいれば、プランAはプランBに支持者数で逆転を許してしまうかもしれません)
パウラが、そうまでして親衛隊装甲軍の北部戦域への投入を是とする意見を公にするのに拘るのは、ひとえにフリンゲル少将を中心とするプランBの賛同者達の動きを警戒しての事だった。前々回の全体会議に於いて、エリーシャ・ファルケンハイン歩兵上級中佐が指摘したプランAの問題点……ヴァノアールを包囲下に置いたとしても、連合軍は、海路を用いて隣接する港湾都市(ノール)へと部隊を撤退させる事が可能なのではないか?という疑問については、前回の全体会議で自分達が実施した反論では完全に打ち消す事が叶わず、現在も参謀達の間で議論が続いている。その上、親衛隊は、(”総統閣下の御意向”を背景に)依然として、南部戦域での作戦参加に否定的な立場を維持し続けており、参謀達の間にも『そこまで云うのなら、親衛隊の好きなようにさせてみたらどうだ?』という意見が芽生え始めていた。
プランAとしても、何らかの形で親衛隊装甲軍を北部戦域に投入する方向性を示さなければ、プランBへの支持拡大に歯止めをかける事が叶わなくなるおそれがある……その焦燥感が、彼女を独自案の提示へと駆り立てたのだった。
(……その判断は、間違ってはいないと信じます……)
結局、全体会議の場に於いて、彼女は、”金の場合”全体の戦略方針については独自案に基づく持論を主張する一方、今回の主要議題であるB軍集団の作戦行動方針に関しては、プランAとほぼ同内容の意見を提示する運びとなった。その結果、パウラは陸軍参謀本部に配属されてからこの方、一度も経験した事の無い、孤立無援の状況に立たされ、多くの参謀(特に、これまでプランAを支持してきた者達)から、非難の集中砲火を浴びる羽目に陥ったものの、連合軍の海路によるヴァノアール撤退の可能性に対して、プランAを支持する立場の参謀として、まがりなりにも対案を提示してみせた事により、彼女が危惧していた、プランBへの支持が大きく伸長するという事態は防がれる展開となったのだった。
ちなみに、クロースナー上級少将は、会議の間ずっと、パウラの意見に対して一切のコメントを発しようとはせず、沈黙を貫いている。
なお、B軍集団の作戦行動方針については、事前に予想された通り、プランAを支持する参謀達とプランBを支持する参謀達との間の意見の隔たりは大きく、議論は平行線を辿った末に、最終的な結論は参謀総長預かりとなり、後日、両案を折衷した内容の行動方針が示達されるに至った。
また、パウラは、クロースナー上級少将との面談の後、ヴェーゼラー少将にも面会を申し込み、彼をプランA支持に引き戻すための説得を試みようとしたものの、少将は多忙を理由に面談に応じてはくれなかった。
代わりに、ヴェーゼラーからは『親衛隊装甲軍を北部戦域に投入する事により、C軍集団が(軍集団司令部の意に反して)攻勢的作戦に駆り出される可能性は限りなくゼロに近くなる』という彼女の意見に対して、「確かにそれはその通りだが、親衛隊装甲軍の北部戦域投入を主張しているのは、少佐一人ではないからね」という内容の短いメッセージが送り返されてきた。
(どうやら、少将は、当面の間、様子見を決め込む算段のようですわね。
あの御仁を再度プランAの支持者に引き入れるには、親衛隊装甲軍の北部戦域投入以外に、もっと別のカードを切る必要がありそうです……)
更に、彼女は、病気療養のため辞意を表明した、ケラーマン元帥の後任のA軍集団司令官について、門閥貴族派に属する人物ではあるものの、ラインハルト総統に対しては協調姿勢を見せる、エヴァルト上級大将を適任者として推挙すべきと主張し、議論を巻き起こした。
彼女としては、歩兵科出身で装甲部隊の運用に疎く、将帥としての能力に関しても可もなく不可もなし、というフェードア上級大将よりも、騎兵科出身で、指揮・運用についても(掛け値なしに”名将”と呼ぶにふさわしいレベルではないものの)一定水準以上の能力を有しているという評判のエヴァルト上級大将の方が、西方総軍に所属する3個軍集団中、最も多くの装甲部隊を有するA軍集団の指揮を委ねるにふさわしい人物だと考えたのだが、参謀達の間からは、『門閥貴族派のエヴァルト上級大将に、総統派のケラーマン元帥の後任が務まるだろうか?』『A軍集団司令部やA軍集団所属の各軍・軍団司令官の中にはエヴァルト上級大将にアレルギーを有する者も多いのでは?』という懸念の声も上がった。
結局、この件に関しては、彼女以外にもエヴァルト上級大将が適任であると主張する参謀が多かったため、元帥の後任にはエヴァルト上級大将を推挙する、という方針が決定し、後日、この人事はラインハルト総統の承認を経て正式に決定する運びとなる。
ちなみに、エヴァルト上級大将の後任の東部国境防衛司令官には、参謀次長のパウルス歩兵大将が上級大将に昇格の上で赴任する事が内定していた。
……そして、この全体会議の3日後、パウラの許に、クロースナー上級少将から『熟慮の結果、貴官の独自案を参考に、プランAの改訂案を策定し、次の全体会議に於いて発表する事を決定した』という(彼女が待ち望んでいた)メッセージがもたらされたのだった。
大成功
🔵🔵🔵
ヴィルヘルミナ・グレーナー
(2)全体会議の場で、大幅な修正を行ったプランBへの支持を訴えます。
それと同時に、プランAについて、『計画通りにヴァノアールで包囲に成功したとしても、
連合軍が海路主力部隊の撤退を図ろうとする可能性は高く、包囲殲滅など、事実上机上の空論と言って良い』と批判を展開します。
更に、より効果的なデモンストレーションとして、懸案事項の(4)を選択し、
図上演習に於いて、ライエルン軍包囲下のヴァノアールから連合軍を撤退させてみせ、プランAの欠陥を露呈させます。
もし、総統閣下から御言葉をかけられた場合は、親衛隊装甲軍は北部戦域に投入してこそ、その真価を発揮できると持論を述べ、自分を売り込もうと努めます。
大陸歴939年2月7日10:00。
国防軍最高司令部・地下大会議室。
首都ライエルンジーゲンの中心部に聳え立つ、国防軍最高司令部ビル。
その地下には、有事の際し、国防軍の幹部とその吏僚達を収容した上で、彼らが安全かつ(可能な限り)快適な環境で陸海空軍軍の指揮運用を行えるよう、広大な地下スペースが設けられている。
大地下壕の一角に存在する会議室……無数の人工照明に照らし出された白亜の空間に、ヴィルヘルミナ・グレーナー砲兵上級少佐は、ラインハルト総統臨席の下、”金の場合”を想定して行われる、大規模な図上演習に参加する陸軍参謀本部の要員の一人として、姿を現していた。
ちなみに、参謀達を率いるのは、参謀次長のフレデリカ・パウルス歩兵大将。ジーベルト参謀総長より少し年下で、平民階級の出身ながら、貴族と見紛うばかりの気品と優雅な立ち居振る舞いの持ち主として名高い女性将官である。
そして、彼女達から三十メートル程離れた位置、周囲よりもゆうに3メートルは高く盛り上げられた基壇の上には、国防軍の制服姿の二十代後半の金髪の青年……ライエルン連邦の国家元首にして全軍の最高司令官たる総統ラインハルト・フォン・ヴェーヴェルスブルクその人が、数名の屈強な親衛隊員達に囲まれて着座し、地下ホール内に群れ集う、所属も階級も軍服の色もまちまちな軍人達を睥睨している。総統の傍らには、国防軍最高司令部の総長代行を兼務するジーベルト参謀総長とSD名誉中将の軍装に身を包んだ、ヨアヒム・ゲッペラー国民啓蒙宣伝省長官が侍立していた。
『”アンドレ・ライン”・ピスタニア正面。攻撃部隊はB軍集団第6軍、第18軍、第56装甲軍団。戦力値の合計107、戦闘修正・攻撃側+1』
『防衛部隊は共和国第7軍第16要塞歩兵軍団。戦力値の合計12、戦闘修正・攻撃側-2』
『了解。彼我の戦力比に基づく戦闘修正は攻撃側+4とします。戦闘結果を判定……防御側潰滅』
『同じく、メディス正面。攻撃部隊はA軍集団第4軍、第12軍。戦力値の合計99、戦闘修正・攻撃側+1』
『防衛部隊は共和国第7軍第27要塞歩兵軍団。戦力値の合計12、戦闘修正・攻撃側-2』
『了解。彼我の戦力比に基づく戦闘修正は攻撃側+4とします。戦闘結果を判定……防御側損耗・隣接都市に退却。ただし、”アンドレ・ライン”の特殊地形効果により、戦闘結果のうち、”隣接都市に退却”は無効化されます』
ホールの中央に設置された巨大な会議用テーブルの上には、図上演習用に判別し易く着色されている西部戦線の作戦地図が広げられ、陸海空の戦闘部隊や後方支援部隊を表す樹脂製の兵棋が所狭しと並べられていた。
会議卓の両側に陣取った、ライエルン軍と連合軍の担当者達の声が響く度、判定役の幕僚達がその内容が妥当であるか否か?慎重に吟味し、判定を協議。下された判定結果に従って、盤上の兵棋達が位置を変え、あるいは、損耗状態を示す別の兵棋に交換されたり、取り除かれたりしていく。
図上演習に参加したヴィルヘルミナの目的は、彼女に任された、連合軍側の総司令部要員役の立場を利用して、ヴァノアールに於いて包囲された連合軍部隊が海路を用いて隣接する港湾都市(ノール)に撤退させてみせ、総統以下の列席者に『ヴァノアールからの海上撤退の可能性を軽視した作戦案(=プランA)には重大な欠陥がある』という印象を刻み付ける事だった。目論見通りに事が運べば、プランAへの信認は大きく揺らぐ一方、相対的にプランBへの支持は大幅増となるのは間違いないだろう。
(今の所、盤面上の戦況は、わたくしの予想通りに動いています。A・B両軍集団の進撃により、連合軍主力はヴァノアールに押し込まれる一方、ノールは未だ確保し続けている。また、両港湾都市間の制空・制海権は連合軍側が保持し、ライエルン空・海軍による封鎖は未達成の状態。
この状況なら、海路による撤退を主張したとしても、不自然あるいは作為的な行為だと看做される可能性は低いでしょう)
そして訪れる、勝負の瞬間。
「連合軍側移動・海路を用いて、ヴァノアールからノールへ。対象部隊は、共和国第1軍及び連合王国大陸派遣軍第1機甲軍団。判定願います!」
『な、なにィッ!ヴァノアールを捨てて後退するというのか!?いや、確かに、状況的に考えて、全くあり得ない選択肢とまでは言えないが……』
『了解いたしました。判定協議を行いますので、暫しお待ち下さい』
高らかに響き渡った、ヴィルヘルミナの行動宣言を受け、騒然となる地下会議室。
チラリ、と視線を向けると、壇上の貴賓席では、総統と宣伝相が何事かを囁き合う一方、ジーベルト参謀総長は、判定役の幕僚達から意見を請われたのだろう、早足に彼らの許へと向かっている。
(さて、賽は投げられました。吉と出るか、凶と出るか……)
『お待たせいたしました。判定の結果を発表します。
共和国政府は自国軍部隊のヴァノアール撤退を禁止、死守命令を発令しました。一方、連合王国政府は自国軍部隊の撤退を強く要求し、押し切られた共和国側は第1機甲軍団の撤退を容認。同軍団を乗船させた輸送船団は、航空攻撃を避けるため、夜陰に紛れてノールに向けて出港し、ヴァノアール沖合に展開する潜水艦群の襲撃により損害を出しつつも、撤退に成功したものと判定いたします』
「おお……ッ!!」
協議の末に発表された判定結果に、会場全体が大きくどよめく。
非常に際どい判定ではあったが、ヴィルヘルミナの思惑通り、プランAの欠陥に関しては、(全面的に肯定されたという訳ではないものの)少なくとも、その一部については彼女の主張の正当性が認められたと云って良いだろう。
(やりましたわッ!この結果は、ほぼ確実に参謀本部での全体会議の行方にも影響を与える筈ですッ!!)
喝采を叫びたくなる衝動を必死に堪えつつ、視線をぐるりと一周させる上級少佐。
……驚く者、称賛する者、考え込む者、苛立ちを覚える者、その通りだと頷く者、警戒心を露わにする者……居並ぶ参加者達の表情は様々だったが、皆一様に、彼女に熱い視線を送っている。
その彼女に、背後から近づいてきた一人の人物が声をかけた。
「君が、グレーナー上級少佐かね?」
振り返ったヴィルヘルミナの双眸に飛び込んできたのは、親衛隊の将官用軍装に身を包んだ、瘦身の小男。ラインハルト総統の最側近の一人、国民啓蒙宣伝省長官のヨアヒム・ゲッペラーその人だった。
慌てて姿勢を正し、敬礼する上級少佐に向かって鷹揚に頷きながら、言葉を紡ぎ出す。
「おめでとう。極めてユニークで、独創的なアイデアだったよ。加えて、プレゼンスのやり方もなかなかに見事だった」
「お、お褒めに預かり、恐縮に存じます、宣伝相閣下……!!」
「少し質問させて貰っても良いかな?
仮にだ、君が我が西方総軍の総司令官であったならば、このような事態を如何にして未然に防止するかね?率直な意見を聞かせてくれないか」
人好きのする、それでいて、何処か、抜け目の無さを感じさせる、独特の微笑みを浮かべつつ、問いかけてくるゲッペラー。ヴィルヘルミナは半ば反射的に答えを返した。
「ハッ、わたくしならば、親衛隊装甲軍若しくは親衛隊装甲軍の支援を受けた国防軍の装甲部隊を以て、ヴァノアールに隣接する港湾都市を速やかに制圧、連合軍の退路を遮断いたします。
親衛隊装甲軍は、北部の戦場に投入してこそ、我らが総統閣下の御期待に応え、その真価を発揮する戦いが可能となると確信いたしますッ!」
ふむふむ、と目を細めながら、宣伝相は、束の間、じっとヴィルヘルミナの瞳を覗き込んだ。
値踏みされているような……否、魂の底まで見透かされているかのような、冷徹な凝視。思わず寒気を覚えた上級少佐だが、必死に気力を奮い立たせ、目の前の男が放つ異様なまでの威圧感を堪え忍ぼうとする。
……やがて、ゆっくりと視線を外したゲッペラーは、意味ありげに笑いかけた。
「フフ、そんなに堅くなる必要は無い、グレーナー君……これは、あくまで私的な会話に過ぎないのだから。
……どうやら、君は、噂通り、総統閣下への忠誠心に富む、模範的な軍人のようだね。実に喜ばしい」
一体、目の前の人物は、自分に関してどのような噂を耳にしているのだろうか?と、内心戸惑いを覚えるヴィルヘルミナ。そんな彼女の想いを知ってか知らずか、ラインハルト政権の情報・宣伝戦略を一手に担っている、希代のデマゴーグは、滔々と弁舌をふるう。
「ただ、君が考えている以上に、総統閣下のお考えは深甚極まりないのだよ。凡そ、我々の頭脳で、その御真意を推し量るのは並大抵の事ではないと云って良い。
たとえば、閣下が『親衛隊の働きを期待する』という御言葉を発せられたとして、その意図する所は決して単純なものではない。
グレーナー上級少佐、君が真に総統閣下のお役に立てる人間になりたいと願うならば、まずは、閣下の御言葉の裏に流れる深いお考えについて、思慮を重ねる所から始めてはどうかね?」
「……」
「また会える日を楽しみにしているよ、お嬢さん」
ウィンクを残し、やってきた時と同様、気配を感じさせない足取りで雛壇へと戻っていく宣伝相。
その後ろ姿を眺めやりながら、ヴィルヘルミナは彼の言葉を反芻していた。
(総統閣下が親衛隊装甲軍の北部戦域投入を望んでいらっしゃるのは、ただ単に親衛隊が戦場で華々しい活躍をするのを期待しているという事だけが理由ではない……と?いやむしろ、宣伝相の口ぶりからは、総統閣下の御言葉の裏にはもっと別の重要な意図が隠されている、という意味のようにも取れますが……)
……ちなみに、それから3日後に開催された、定例の全体会議の場では、図上演習時のヴィルヘルミナのパフォーマンスが功を奏したのか?親衛隊装甲軍の北部戦域投入案への賛同者は、前回、前々回の会議とは比較にならない程、増加していた。
もっとも、彼女の思惑に反して、彼らが雪崩を打ってプランBへの支持を表明する、という展開には繋がらなかった。クロースナー上級少将自身は、今回も親衛隊装甲軍の北部戦域投入を軸とするプランAの改訂には慎重な姿勢を崩さなかったものの、パウラ・ヒンデンブルク歩兵少佐をはしめとするプランAの支持者達は、現状に於いて可能な範囲内でプランAからブランBへの鞍替えを防ごうと努め、実際にかなりの成果を上げたためである。
……そして、この全体会議からしばらして、ヴィルヘルミナの許に、『クロースナー上級少将がプランAの改訂案を策定中らしい』という(彼女が、遅かれ早かれそのようになる筈だ、と予想していた)情報がもたらされたのだった。
大成功
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ヘルミーナ・モルトケ
(2)全体会議では、引き続き、プランAを支持する。
ただし、補足プレイングの通り、懸案事項の(1)を選択し、全体会議の前にクロースナー上級少将に面会を求めた上で、
前回に引き続き、親衛隊装甲軍によるノール攻撃の実施を提案。
提案が受け容れられた場合、プランAの修正案として発表する(提案が受け容れられなかった場合は、上級少将の意向に従う)。
B軍集団の作戦行動方針については、プランAの通り、行動すべきだと主張。
懸案事項の(2)について、はたして、門閥貴族派のエヴァルト上級大将が、総統派のケラーマン元帥の後任として上手くやっていけるだろうか?と考え、フェードア上級大将を適任者に推薦すべきだと意見を表明。
大陸歴939年2月8日17:20。
陸軍参謀本部・作戦課第1小会議室。
「では、まだプランAの修正案を公にするのは時期尚早である、と……?」
「残念だが、現時点ではその通りだと云わざるを得ない……正直な所、私自身、忸怩たるものがあるのは否めないがね。中佐」
ヘルミーナ・モルトケ装甲兵中佐の問いかけに、目の前に佇む彼女の上官……マルティン・クロースナー上級少将は、難しい表情のまま、答えた。眼鏡レンズの奥には、若干の苛立ちを孕んだ鋭い眼光が湛えられている。
「フリンゲル少将は、参謀達とプランBの修正案の細部を詰めていらっしゃるようです。おそらく、明後日の全体会議の席で公表されるものと思われます」
「このタイミングで修正案の提示に踏み切るとは、少将も随分と思い切ったものだな。まぁ、プランBは、元々、親衛隊装甲軍を北部戦域に投入する計画を含んでいたのだから、方針変更に周囲の理解を得るのは必ずしも難しい作業ではなかったのかもしれないが……」
「このままでは、全体会議でプランBへの支持が更に高まる可能性が高くなるのではないでしょうか?」
ヘルミーナの形の良い双眸に不安の色が浮かぶ。
参謀達の多くが、親衛隊装甲軍の北部戦域への投入に対して(現時点に於いて)良い心証を抱いていない事は、
先週のクロースナーとの面会の場で指摘を受け、確かにその通りだ、と納得しているものの、プランBの支持者たちが敢えて火中の栗を拾う挙に出るからには、彼らを説得するか、あるいは、少なくとも、沈黙を守らせるかするための、何らかの秘策があると考えて間違いないだろう。
「それはその通りだ。だが、我々も決して無策な訳では無い」
「……と、おっしゃいますと?」
訊き返すヘルミーナに向かって、苦笑交じりに微笑んでみせる主任参謀。
持参してきた書類鞄の中から、彼女が提示したものとは異なる、書類の束……作戦計画書を取り出すと、目を通すように促す。
「こ、これはッ!?」
「パウラ・ヒンデンブルク歩兵少佐が、明後日の全体会議に独自の作戦案を提示する、と伝えてきたよ。計画書に目を通した所、基本的な内容は、今しがた、中佐が説明してくれたプランとほぼ同じだった。以前、君にも伝えたと思うが、プランAの修正案ではなく、独自の作戦案としてであれば、全体会議の場に提示して賛否を問う事は、私としては何ら問題無い」
「で、ですが、会議出席者の多くから猛批判を浴びる事は必至でしょう。それも覚悟も上での事なのですか!?」
「どうやら、そのつもりらしい。我々は少佐の勇気に感謝しなければならないだろうな。このような、少佐個人にとっては、労多くして得る物の少ない行動をとってくれるのだから……」
結局、クロースナー上級少将との面談の2日後に開催された全体会議の場で、ヘルミーナは、”金の場合”全体の戦略方針についても、B軍集団の作戦行動方針に関しても、引き続き、プランAへの支持を表明する一方、親衛隊装甲軍の北部戦域への投入を主張するパウラの作戦案に対しては、上級少将と共に沈黙を貫く事となった。
案の定、パウラ案に対しては、多くの参謀(特に、今までプランAに賛同してきた者達)から批判の声が上がったものの、連合軍の海路によるヴァノアール撤退の可能性に対し、プランA支持の立場から、まがりなりにも対案を提示してみせた事により、ヘルミーナが危惧していたような、プランBへの支持が大きく広がる事態は防がれる事となった。
なお、B軍集団の作戦行動方針については、事前に予想された通り、プランAを支持する参謀達とプランBを支持する参謀達との間の意見の隔たりは大きく、議論は平行線を辿った。
その結果、最終的な結論は参謀総長預かりとなり、全体会議の終了後、次のような決定が下される運びとなった。
(1)”金の場合”におけるB軍集団の主たる戦略目標は、共和国第1軍集団及び連合王国大陸派遣軍の誘引・拘束とする。
(2)(1)の戦略目標を達成するため、B軍集団はA軍集団及び西方総軍直轄部隊と共同で北部戦域の”アンドレライン”及び各都市を制圧又は包囲下に置くと共に、その防衛部隊を排除又は無力化を目指すものとする。
なお、ピスタニア、ザウトホーラント、ヘルダーラントは制圧下に置く事を目指す一方、ヴァノアールは包囲下に置くに留め、状況が許せば制圧下に置くものとする。
(3)”金の場合”におけるB軍集団の最大進出ラインは、概ねヴァノアールとヘルダーラントを結ぶ線とする。
なお、B軍集団に所属する各部隊の具体的な作戦行動方針については、A軍集団の作戦行動方針の決定の後、改めて通達する。
また、彼女は、病気療養のため辞意を表明した、ケラーマン元帥の後任のA軍集団司令官について、『はたして、門閥貴族派のエヴァルト上級大将が、総統派のケラーマン元帥の後任として上手くやっていく事が出来るのでしょうか?』と疑問を示し、B軍集団司令官フェードア上級大将を後任として推薦すべきだ、と意見を表明している。
これに対しては、『門閥貴族派とはいえ、エヴァルト上級大将が属する家門はラインハルト政権に対して協力的な姿勢を鮮明にしている』『エヴァルト上級大将とフェードア上級大将を比較した場合、能力面、特に機動戦術への習熟度の点で、後者は前者に劣っている』といった反対の声が多く上がった。その一方、参謀達の中には、ヘルミーナの意見を尤もだと考え、元帥の心酔者であるA軍集団司令部の幕僚達やA軍集団の各級司令官達がエヴァルト上級大将を歓迎するとは到底思えず、むしろ、軍集団の統制面において問題を引き起こす可能性の方が高い、と懸念を示す者もいたが、全体としては少数に留まる。
結局、この懸案事項に関しては、陸軍参謀本部の総意として、元帥の後任にエヴァルト上級大将を推挙する、という方針が決定。後日、この人事案はラインハルト総統によって正式に裁可される運びとなった。
ちなみに、エヴァルト上級大将の後任の東部国境防衛司令官には、参謀次長のパウルス歩兵大将が上級大将に昇格の上で赴任する事が内定している。
……そして、この全体会議の3日後、ヘルミーナの許に、クロースナー上級少将から『熟慮の結果、貴官の意見を元にプランAの改訂案を策定し、次の全体会議に於いて発表する事を決定した』という(彼女が一日千秋の想いで待ち続けてきた)メッセージがもたらされたのだった。
成功
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エリーシャ・ファルケンハイン
(2)"金の場合"の戦略方針に関して、全体会議の場でプランBの採用が適当である旨、意見を述べる。
今回提示された修正案に関しては、親衛隊装甲軍をA軍集団の側面援護にあたらせる事で、
ブランBの欠点の一つである、A軍集団の装甲部隊と非装甲部隊の分断の可能性を大きく減じる事が可能だ、と前向きに評価。
B軍集団の作戦行動については、ブランBの方針を支持する。
なお、懸案事項の(3)に関して、レーヌス川支流域で河川が氾濫し、B軍集団の進撃が遅滞すれば、連合軍側は「北方の脅威は去った」と判断し、主力部隊のヘルダーラント方面投入を中止する可能性がある、と考え、”リンデン部隊”を治水ダムの制圧に投入すべきだと主張。
大陸歴939年2月10日13:35。
陸軍参謀本部・作戦課第1会議室。
「……以上のような理由に基づき、小官は、今回提示された修正案に関しては、親衛隊装甲軍をA軍集団の側面援護にあたらせる事で、ブランBの欠点の一つとして指摘を受けている、A軍集団の装甲部隊と非装甲部隊の分断の可能性を大きく減じる事が可能であると信じ、改めて、今回の修正を経たブランBに賛同の意を表明すると共に、皆様の支持を求めるものであります」
発言を終えて自席に戻った、エリーシャ・ファルケンハイン歩兵上級中佐に向かって、数人の参謀達が笑顔を向けた。内訳は、以前からのプランBの支持者と最近になってプランBへの支持に傾いた者達が半々、といった所だろうか?前々回、前回、そして、今回と、回を重ねる毎に、彼女の指摘したプランAの問題点……すなわち、ヴァノアールを包囲下に置いたとしても、連合軍は、海路を用いて隣接する港湾都市(ノール)へと部隊を撤退させる事が可能なのではないか?という疑問については、現在に至るまで、プランAを支持する者達から十分な反論が行われていない事もあって、(主張への賛否は別として)参謀達の間に広く浸透し、活発な議論を招くに至っていた。
(ですが、その割には、プランAを支持する者達の人数はあまり減っているように思えませんわ)
忌々しそうに視線を向ける先には、午前中に大いに物議を醸した、パウラ・ヒンデンブルク歩兵少佐の姿。
(プランAの修正案ではなく)あくまで、独自の作戦案と云い張ってはいるものの、提示したその作戦行動方針の概略は(親衛隊装甲軍に関するくだりを除けば)ほぼプランAの焼き直しと言って良く、事実上、親衛隊装甲軍を北部戦域に投入する形でプランAを修正したものだと云っても過言ではないだろう。
(我々の狙いを、親衛隊装甲軍の北部戦域投入に対する理解者を増やし、彼らをプランBの賛同者として取り込む事と看破した上で、プランAに於いても、海路による連合軍のヴァノアール撤退の可能性に対して対処する事は可能である、と主張してみせるとは……)
自分達の手の内を正確に読み取った少佐の慧眼に、内心舌を巻く想いの上級中佐。
無論、親衛隊装甲軍の北部戦域投入を主張したがために、パウラ個人は、参謀達の多くから『裏切り者』だの『機会主義者』だのと散々に後ろ指を差され、四面楚歌の窮状に陥ってはいるものの、彼女の働きの結果、今回、プランAの支持者からプランBの賛同者へと鞍替えした者は、エリージャが予想していたよりもずっと少なく、両案の支持者数が逆転するまでには至らなかった。
(両案への支持は、ほぼ拮抗状態……これでは、B軍集団の作戦行動方針を巡る議論も決着は付きそうにありませんわね)
エリーシャの見立て通り、B軍集団の作戦行動方針については、プランAを支持する参謀達とプランBを支持する参謀達との間の意見の隔たりは大きく、議論は平行線を辿り続ける。
その結果、最終的な結論は参謀総長預かりとなり、後日、次のような決定が下される運びとなったのだった。
(1)”金の場合”におけるB軍集団の主たる戦略目標は、共和国第1軍集団及び連合王国大陸派遣軍の誘引・拘束とする。
(2)(1)の戦略目標を達成するため、B軍集団はA軍集団及び西方総軍直轄部隊と共同で北部戦域の”アンドレライン”及び各都市を制圧又は包囲下に置くと共に、その防衛部隊を排除又は無力化を目指すものとする。
なお、ピスタニア、ザウトホーラント、ヘルダーラントは制圧下に置く事を目指す一方、ヴァノアールは包囲下に置くに留め、状況が許せば制圧下に置くものとする。
(3)”金の場合”におけるB軍集団の最大進出ラインは、概ねヴァノアールとヘルダーラントを結ぶ線とする。
なお、B軍集団に所属する各部隊の具体的な作戦行動方針については、A軍集団の作戦行動方針の決定の後、改めて通達する。
ちなみに、エリーシャは、懸案事項の(3)に関して、『レーヌス川支流域で河川が氾濫し、B軍集団の進撃が遅滞すれば、連合軍側は「北方の脅威は去った、若しくは、それ程でも大したものではない」と判断し、主力部隊のヘルダーラント方面投入を中止する可能性がある』と考えた上で、”リンデン部隊”を治水ダムの制圧に投入すべきだ、という主張を展開している。
彼女の主張に対しては、『もっともな意見である』と捉える者と『治水ダムの爆破によって、数か所で河川の氾濫が発生したとしても、B軍集団全体の進撃が停滞するような事態にはならないのではないか?』という懐疑的な見方をする者とが半々だった。
後者の意見に対して、エリーシャは、B軍集団の装甲部隊の多くが旧式の戦車や軍用車輛の配備数が多い、二線級部隊によって占められており、増水した河川や水浸しとなった低湿地の渡渉能力は低い事に加え、多くの補給部隊に配備されているトラックやハーフトラック(機械化が十分ではない一部の補給部隊に於いては、馬やロバ等の荷役用動物)の場合は、状況は更に悪いものとなる、と具体例を挙げて説得に努めた。プランBの支持者である彼女にとってみれば、B軍集団の進撃が遅滞する事で、連合軍側がその主力部隊(共和国第1軍及び連合王国大陸派遣軍の第1機甲軍団)を救援に差し向けるのを中止する事態となれば、手薄となった連合軍の後背をA軍集団の装甲部隊で衝き、一気呵成にクリスベルン、ノールを攻め落として南北から挟撃を図る、という作戦計画の根本が成り立たなくなってしまう。ブランBを成功させるためには、何としてでも、連合軍主力部隊をヴァノアール以北(ヘルダーラント方面)まで引き摺り出さねばならないのである。
結局、この件に関しては、彼女以外にもB軍集団司令部の意見具申を容れる事に賛同する参謀が現れた事が決め手となり、”リンデン部隊”の投入先については治水ダムの制圧に変更される運びとなった。
……そして、この全体会議の数日後、エリーシャの許に、『クロースナー上級少将がプランAの改訂案を策定中らしい』という(彼女が最も危惧していた)情報がもたらされたのだった。
成功
🔵🔵🔴
ヴィリー・フランツ
引き続きプランAを支持
急ぎの議題について
B軍集団もプランAのピスタニアからヴァノアールへ進軍する方が良いかと。(理由は別途送付)
懸念事項
(2)後任軍集団指揮官について:エヴァルト上級大将を推薦
・目下として面倒なのは親衛隊の配置だ、総統閣下は忖度という形で曖昧にしている、お陰でこちらも決めかねてる状態だ。
門閥貴族派ならその辺をハッキリとしてくれるだろうし、その方がこちらも考え易いし親衛隊も納得する筈だ。
(3)リンデン部隊を治水ダム制圧に投入する
・それ見た事か、こういったイレギュラーがあり得るから反対したんだ。
もし実行された場合、主力が流されるか後方と分断され各個撃破、勝利の可能性は無くなる。
大陸歴939年2月10日14:20。
陸軍参謀本部・作戦課第1会議室。
『ちょっと一服して良いか?』
いつものように隣の席に座る同僚に声を掛けると、ヴィリー・フランツ参謀大佐は愛用のシガレット・ケースを取り出した。紙巻き煙草を一本取り出して口元に咥え、間髪を入れず燐寸を擦って火を点す。
(……前回に引き続き、今回もプランBを推す参謀達は意気軒高だな。
さしずめ、親衛隊装甲軍の投入地点と進撃ルートを変更し、それに伴い、各軍集団の作戦行動方針を大幅に変更した改訂案を掲げて、支持者数でプランAを逆転しようという腹積もりか?
もっとも、今の所、連中が皮算用を弾いた通りには、参謀達の支持は集まっていないようだが……)
プカプカと煙草をふかしながら、思索に没頭する、参謀大佐。
傍目には、喫煙中毒者が、リラックスし切った表情で幸福そうに紫煙をくゆらせているようにしか見えないが、ヴィリーにとって、この行為は、定例全体会議に於いて自分の発言の順番を待つ間、思考を落ち着かせ、感覚を研ぎ澄ませて、ベストな状態で発言に臨むための、重要極まりない儀式、あるいはルーティン・ワークに他ならない。
(ケラーマン元帥の後任のA軍集団司令官については、エヴァルト上級大将を推すとしよう。
国防軍随一の総統派だった元帥の後任としては些か危なっかしいが、目下、最も厄介な問題である親衛隊装甲軍の運用方針に関して、総統閣下の真意を測るには、これぐらいの劇薬は必要かもしれない。
総統閣下は『忖度しろ』と云うばかりで、とどのつまり、親衛隊装甲軍をどのように用いるべきだとお考えなのか?曖昧にしている。お陰で、こちらも、どうにも決めかねてる状態だからな……)
野趣に富んだ強い香りが肺腑の中に充満していくにつれ、大量のニコチンによって刺激を受けた中枢神経が急速に鋭敏さを増していく。
(……おそらく、閣下の本心は、親衛隊装甲軍を北部の戦場に投入する事だと見て間違いないだろう。
解せないのは、それをはっきりと口にしようとはなさらずに、参謀本部に対して、ひたすら”忖度”を求め続けている点。
もしかすると、総統閣下は、御自分の主導によって親衛隊装甲軍の北部戦域投入が決まった、という印象を周囲に与えたくはないのか?だとしたら、それは一体、何のために……?)
「……B軍集団の作戦行動方針については、プランAの通り、ピスタニア方面からヴァノアールへ進軍する方が良いと思われます。全力を持って平野部の道路を進軍し、電撃的に要所を確保する事によってこそ、我々の装甲師団の真価が発揮される筈。一方、プランBは、(A軍集団と親衛隊装甲軍は兎も角)B軍集団に関しては、概ね平野部を進軍ルートとしている点は共通しているものの、共和国第7軍の主力部隊との交戦を避けてヘルダーラントからヴァノアール方面に向かうルートを選択している事により、牽制のためとはいえ、戦力を分散し、本隊の突破力の低減を招いていると判断します……」
今回の定例全体会議の主要議題である、B軍集団の作戦行動方針について持論を述べている間も、ヴィリーの頭の片隅では、総統の真意を推し量ろうとする試みが絶え間なく続いていた。
本来ならば、決して褒められた行為ではないだろうが、どのみち、B軍集団の作戦行動方針については、事前の予想通り、プランAを支持する参謀達とプランBを支持する参謀達との間の意見の隔たりが大き過ぎて、議論はひたすら平行線を辿るだけの状況が続いている。いわば、千日手の状態であり、ヴィリーの理路整然たる理論を以てしても、状況打開は難しかった。
結局、深夜にまで及んだ激論の末、最終的な結論は参謀総長預かりとなり、後日、両案を折衷した内容の行動方針が示達されるに至る。
また、ヴィリーは、懸案事項の(3)に関して、”リンデン部隊”を治水ダムの制圧に投入すべきだ、という主張を展開していた。
元々、リンデン部隊の投入先に関しては、橋梁の制圧ではなく、当初予定されていた特殊作戦に従事させるべきである、という考えを持っていた彼にしてみれば、『それ見た事か、こういったイレギュラーがあり得るから反対したんだ』と、内心、舌打ちを禁じ得なかったものの、会議に於ける発言に際しては、苛立ちを抑え、『もしも、ダムの爆破が実行に移された場合、タイミングによってはB軍集団の進撃が遅れるだけでは済まず、大きな人的物的被害が発生しかねない』とあくまで冷静に主張を展開。その努力の甲斐あって、”リンデン部隊”の投入先については、彼の主張通り、治水ダムの制圧へと変更される運びとなったのだった。
なお、ヴィリーも積極的に議論に加わった、ケラーマン元帥の後任のA軍集団司令官に誰を推挙するか?という懸案事項については、参謀達の間から、『門閥貴族派のエヴァルト上級大将に、総統派のケラーマン元帥の後任が務まるだろうか?』『A軍集団司令部やA軍集団所属の各軍・軍団司令官の中にはエヴァルト上級大将にアレルギーを有する者も多いのでは?』という懸念の声も上がったものの、彼以外にもエヴァルト上級大将が適任であると主張する参謀が多かったため、陸軍参謀本部としては元帥の後任にエヴァルト上級大将を推挙する、という方針が決定。後日、この人事案はラインハルト総統の承認を経て正式決定される運びとなった。
ちなみに、エヴァルト上級大将の後任の東部国境防衛司令官には、参謀次長のパウルス歩兵大将が上級大将に昇格の上で着任する事が内定している。
……そして、この全体会議の3日後、ヴィリーの許に、クロースナー上級少将から『熟慮の結果、プランAの改訂案を策定し、次の全体会議に於いて発表する事を決定した』というメッセージがもたらされたのだった。
(上級少将殿がついに重い腰を上げたか。これで、具体的にどのような運用とするか?は別として、プランA・B共に、親衛隊装甲軍を北部戦域に投入する事に関しては一致を見たというわけだ。
総統閣下としては、待ち望んでいた状況、と云うべきなのだろうな……)
大成功
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ヘルムート・ロートシュタット
確かに、私が支持するA案には「海上輸送による撤退で敵主力を撃滅し損ねる可能性がある」という欠点がある。
しかし、敵主力を海上輸送によって取り逃す点は、その程度の差はあれ、B案でも起こりうると考える。
なので、この両案に共通する(と考える)懸案を解決する為、陸軍参謀本部全体として、海軍に対し、「ヴァノアール沖の海上封鎖」を実施するよう要請する事を、陸軍参謀各位に提案する。
その為に、私は、上記の提案(海軍による海上封鎖)とその理由(海上輸送によって敵主力が撤退して、敵主力を撃滅し損ねる可能性を無くす)を説いて、陸軍参謀本部のA案やB案を支持する方々を説得して回る。
大陸歴939年2月8日18:20。
陸軍参謀本部・作戦課第2小会議室。
「お忙しい所、すみませんでした。コーヒーでも如何ですか?」
人好きのする笑顔を浮かべながら、白磁のコーヒーセットを指し示すフリンゲル少将。頂きましょう、と短く答えたヘルムート・ロートシュタット歩兵上級大佐は、脇に控えていた従卒を制し、少将自身がコーヒーを淹れ始めたのを見て、内心驚きを禁じ得なかった。
(神聖ライエルン帝国の成立以前から続く、軍人貴族の名門出身でありながら、柔和で腰の低い人物とは聞いていたが、これ程までとはな……)
差し出されたカップを受け取り、芳醇な香りを漂わせる液体を口に含みつつ、胸の中で独りごちるヘルムート。
従兵任せにせず、手ずから飲み物を用意してくれたのは勿論だが、コーヒーに使われている豆自体も、彼が普段飲み慣れている代用コーヒーや出処の怪しい安物ではなく、連合王国の禁輸措置によって市場から姿を消しつつある良質な輸入豆である事は疑いない。社交儀礼のレベルを遥かに超える丁重なもてなしに対し、礼を述べる上級大佐に向かって、少将は、わざわざ出向いてくれたのですから、これぐらい当然です、と事もなげに云った。
「それで、先刻拝聴した上級大佐の御意見に関してですが」
白磁のカップを手に、穏やかな笑みを浮かべたまま、ごく自然な仕草で居ずまいを正すフリンゲル。
面談に先立つ数時間前、ヘルムートはフリンゲル少将に対し、『立場の違いを超えて、プランAとプランBのどちらの案でも敵主力を十分に撃滅できるようにする為に』として、『海軍に対し、敵の海上輸送での撤退を阻止すべく、ヴァノアール沖の海上封鎖の実施を要請すべきである』と考える旨、意見を述べ、協力を求めていた。
対するフリンゲルは、その場では即答せず、『少し時間を頂けないでしょうか?』と応じ、後刻、この会議室に彼を呼んだという訳である。
「貴官の御意見には問題点が2つあると考えます。
まず1点目、残念ながら、我がライエルン海軍にはヴァノアールを海上封鎖するだけの戦力は存在しないと云わざるを得ません。わが海軍の駆逐艦以上の艦船約40隻(そのうち主力艦は、戦艦4、巡洋戦艦2、空母は建造中の1隻のみ)に対し、共和国海軍は、駆逐艦以上の艦船約80隻(うち主力艦は、戦艦7、巡洋戦艦3、空母1)、連合王国海軍は、本国艦隊だけでも、駆逐艦以上の艦船約50隻(うち主力艦は、戦艦6、巡洋戦艦2、空母2)という陣容。我が国の海軍は、ヴァノアール周辺海域の封鎖どころか、本国の沿岸防衛だけで手一杯の状況です。
唯一、潜水艦隊だけは連合国側に対して優勢ではありますが、上級大佐もご存じの通り、潜水艦の最大の武器はその秘匿性の高さです。敵の根拠地の近くで、十分な数の駆逐艦や駆潜艇、対潜哨戒機によって守られている目標を襲撃するというのは自殺行為に等しいでしょう。
昨日行われた図上演習でも、ヴァノアールからの撤退を図る連合軍に対して海軍が試みた妨害策は全て失敗に終わった、と聞いています。残念ですが、海軍が貴官の提唱するような封鎖作戦に同意する可能性はまずないだろうと云って良いでしょう」
ううむ、と唸りつつ、押し黙るヘルムート。
件の図上演習に関しては、ラインハルト総統や側近達が見守る中、ヴィルヘルミナ・グレーナー砲兵上級少佐が連合軍主力部隊の一部をヴァノアールから撤退させるパフォーマンスをやってのけ、シミュレーションに参加した三軍や親衛隊の参謀達の間で大きな反響を呼んだらしい、と耳にしていたのだが。
「もう一つの問題点は、プランBは、ヴァノアールに対して攻撃を仕掛ける前に、隣接する港湾都市、具体的にはノールですが、これを制圧するのを目的としている作戦案だという事です。
つまり、ヴァノアールから海路で撤退が可能な港を先に奪った上で、ヴァノアールへの攻撃を実施する訳ですので、失礼ながら、プランAとは異なり、ヴァノアールの連合軍を取り逃がすような事態はちょっと考えにくい、と申し上げる他ありません……」
説明を終えると、フリンゲル少将は、『そんなに気を落とさないで下さい』とでも言いたげに、ヘルムートに対して気遣わし気な眼差しを送ってきた。おそらく、目の前の主任参謀は、役目柄やむを得ない状況であっても、自分の言動が原因で他人が傷ついたり不快な想いをしたりするのが心底嫌いな性分なのだろう、と改めて感じる上級大佐。
「失礼しました、少将殿。どうやら、私の考えが浅かったようです。お時間を取らせてしまい、申し訳ない」
「いや、そんな。私の方こそ、折角ご足労頂いたのに、こんな御返事しか出来なくて。ともあれ、率直な意見交換は、私としても大歓迎ですよ……何か良いアイデアが浮かんだら、また何時でもお越し下さい」
頭を下げるフリンゲルに別れを告げて、足早に会議室を辞去するヘルムート。本来は、この後、グロースファウストSD上級少将にも面談を求めるつもりだったのだが、この分では自分の提案を受け入れるように説き伏せるのは至難だろう。
(それよりも、明後日に迫った定例全体会議に備え、諸々準備を整えておく方が良策だ。
……おそらく、フリンゲル少将自身は兎も角、プランBを支持する参謀達は、ここぞとばかりに巻き返しを図ってくる筈だからな。さて、これをどう迎え撃ったものか……)
彼の見立て通り、2日後に開催された全体会議の場では、図上演習時のヴィルヘルミナのパフォーマンスが功を奏したのか?親衛隊装甲軍の北部戦域投入案への賛同者は、前回、前々回の会議とは比較にならない程、増加していた。
もっとも、ヘルムート達にとって幸運だったのは、彼らが雪崩を打ってプランBへの支持を表明するという展開にはならなかった事だった。クロースナー上級少将自身は、今回の会議に於いても、親衛隊装甲軍の北部戦域投入を軸とするプランAの改訂には慎重な姿勢を崩さなかったものの、ヘルムートやパウラ・ヒンデンブルク歩兵少佐をはじめとするプランAの支持者達が、それぞれの方法でプランAからブランBへの鞍替えを防ごうと懸命に努めた結果、かなりの成果を上げたためである。
なお、今回の全体会議の主要議題である、B軍集団の作戦行動方針については、事前に予想された通り、プランAを支持する参謀達とプランBを支持する参謀達との間の意見の隔たりは大きく、議論は平行線を辿った末に、最終的な結論は参謀総長預かりとなる。
そして、後日、両案を折衷した内容の行動方針が示達されるに至ったのだった。
また、全体会議の席上、ヘルムートは、A軍集団司令官の後任人事について、東部国境防衛司令官のエヴァルト上級大将の能力の高さ、特に、騎兵科出身であり、機動戦について造詣が深いと考えられる点を重視し、多数の装甲師団を有するA軍集団の司令官として適任であると意見を述べた。
厳密に言えば、騎兵と装甲兵は別種の兵科であり、騎兵科出身の将軍が必ずしも装甲部隊の指揮運用に長けているという訳では無いのだが、もう一人の候補者であるB軍集団司令官のフェードア上級大将が、歩兵科の出身で、能力的にもエヴァルト上級大将に見劣りする点が幾つかある事から、ヘルムートの意見は多くの参謀達から賛同を得る事になった。
その結果、この懸案事項に関しては、陸軍参謀本部の総意として、元帥の後任にエヴァルト上級大将を推挙する、という方針が決定。後日、この人事案はラインハルト総統によって正式に裁可される運びとなる。
ちなみに、エヴァルト上級大将の後任の東部国境防衛司令官には、参謀次長のパウルス歩兵大将が上級大将に昇格の上で赴任する事が内定している。
更に、ヘルムートは、”リンデン部隊”の運用に関するB軍集団司令部からの意見具申に対して、反対する意見を述べたものの、こちらに関しては、惜しくも、参謀達の支持を得る事が出来ず、”リンデン部隊”の投入先はレーヌス川に架かる橋梁の制圧からレーヌス川下流域に存在する治水ダムの制圧に変更される運びとなった。
……そして、この全体会議の3日後、ヘルムートの許に、クロースナー上級少将からの『熟慮の結果、プランAの改訂案を策定し、次の全体会議に於いて発表する事を決定した』というメッセージがもたらされたのだった。
大成功
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