食物文化研究同好会と、とある小さな小さな闖入者
それはとある放課後だ。
いつもと同じ、のんびり過ごす時間だ。
「……あー、やってしまった」
知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)は小さな声を確かに聞いた。
「ん?ミカ?」
「……そういえば、学級日誌と部誌のことで呼ばれてたんだったよな」
ああうっかりしていた、とがたりと立ち上がった一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)。
はー、とため息を大きめに、顔を下げた時に下がってしまった眼鏡の真ん中をぐい、と上げる。
「職員室に今から行って間に合うだろううか」
間に合わない可能性は五分五分。
随分と長い時間気が付かないで居てしまった、と帝は察する。
まずいかもしれない。先生をたいへん待たせた可能性すら在る。
スクエア型の眼鏡の隅が――キランと光ったような気がした。
彼はどうやら、心底今の今まで忘れてしまっていたことを悔いている模様。
あの輝きは、どちらかといえば誤魔化しだ。思い出せた自分を褒めてる風を装っている。
飛鳥から見れば、濃い抹茶のような緑の髪と眼鏡で見事に帝の視線は埋もれているので取り繕っても、眼鏡の奥の葛藤までは全て見通せていないのだがおおよそ"誤魔化そう"としている気配だけが、物語っている。
「まぁだ間に合うんやない?」
椅子をガッタガタ揺らしながら、声をかける。帰宅してから思い出したわけではない。
思い出せただけ良いじゃん、と親しみやすさを全面に笑いだす飛鳥はこの場において心の救いだっただろう。
「今すぐならワンチャン!ゴーゴー!」
「……そうだろうか。行ってくる」
こくり、とひとつ頷いて帝は同好会部室を後にした。
「ま、日直の書き落としやら未記入やらを指摘されてるだけや……あれ」
本日の日直は誰だっただろうか。
確か――。
「あ、あれ?……俺、かも??」
先程、思えば帝は"部誌"とも言っていたような。そのようなモノの存在を今知ったんだが?
WHY?何故――どちらも帝に白羽の矢が立っていた?
成績が結構良い方に、いつのまにやら先生が割り振っていた?
飛鳥には、考えても分からなかった。
今日は、事細かにお喋りの合間合間にそれなりに細かく書いて先生に提出した覚えなら在る。
あの日誌のなにかに、間違いが――?
一人の部室で、ああでもないこうでもないと思考している事、暫し。
闖入者は――突然やってくる。
「……頼まれると、流石に断れない」
やや大雑把な書き込み、時々抜けている記載。
だいぶ前の日直を飛鳥が行った際、先生が頭を抱えていたの帝は見た。
話を聞けば、もう少し細かく記載を求めている模様。
一応、書き込まれた文章を|検《あらた》めさせて貰ったが記入漏れが多々あった。
「あの、えと、……不足の追記は俺がするので。抜けは補完、するので」
いつか、先生にそう答えた事が今に至っている。
これは、飛鳥にも話したことはない。帝にとって漏れの記入は大した問題ではない為、飛鳥に気づかれない間にやってしまえばいい、とすら思っていたのだ。
『お?じゃあ、同好会の様子を数日に一回とかでいいから、部誌にでも纏めてくれ。活動記録を、うーん、そうだな。一週間に一度でもいいから』
なんて、"部誌"と書かれたノートを記入する係になっていたことも隠し通している。
実質お喋りして過ごしている同好会。
その内場と会話内容は地味にぼかしてあるが、嘘などは記載していない。"活動記録"として当たり障りないモノをノートに記載して提出している。飛鳥の目が届かないうちに。
そうこうしながら書き終えて、部室に戻るその最中。
「……ギャァー!!」
飛鳥が叫ぶ声を聞いたのだ。
「どうした」
何事かと思いがらりと扉を開ける。
帝が見たもの。それは。
「ちょっ、ちょちょ、ミ、ミカァ助けてぇー!!はよぅ、お願いはよぅ取って!!無理!!死ぬ!!死ぬってこれは!あー!!あーー!!死ぬ死ぬ死ぬー!!」
冷静さなんて皆無で一人めちゃくちゃに半パニック状態で叫ぶ幼馴染の姿だった。
さて、"死ぬ"とまで言う原因はどれだ。帝は冷静に目を凝らす。
動くものを、捉えた――サイズとしてはとても小さなモノが飛鳥のカーディガンの隅の方をてててと歩いている。見落とすものか、七つの星、赤い虫。てんとう虫が、歩いていた。
「早く!!」
「分かった。分かったから落ち着け」
体を小さくして、早く終われと願う姿。早く居なくなれ、と願う姿。
いつもの明るさが嘘のよう。
留まる虫をひょいとつまみ上げて、開け放たれた窓の傍に立ち、帝はシャボン玉でも吹くように極力優しく小さな生き物を室内あkら追い出す。
「よし、おとなしいもんだ。さあ、自然に帰れ」
ふ、と強めに息を吹きかけてやれば、すぐさまパタタといなくなるてんとう虫。
「んんん~~~~ほんまおおきに……」
大袈裟だ、と思うほどの怖がり方。虫嫌いにはどんな小ささでも駄目なのだ。
蜂だろうと蝶だろうと大した違いはない。漢字で表しても"虫へん"がある限り、虫は虫だ。
がばっ、と不安を払うように抱きついてきて胸にぐいっと押し付ける頭と、押し付けられた分聞こえてくるのはくぐもった声。
「……ミカは命の恩人やぁ……」
「別に命に別状は無かったと思うが。どういたしまして」
"命の恩人"なんて言われて悪い気はしない。
「落ち着いたか」
声をかければうんうんと頷くものの。
目を開いて再び居たらと思うと怖いからか、瞳をキツく閉じたままのようだ。
――もう大丈夫だ、と言ったんだがな。
宥めるように背をぽんぽんと軽く叩いておく。
こうなったら落ち着くまで待つか。
――……怯え顔、久々に見たな。無防備過ぎる。
それでいて、これだ。しがみついたまま離れない。
――怯える飛鳥の顔は、正直悪くなかった。結構グッときた。
――……いやいや何を考えているんだ俺は。
内心の嬉しさを、帝は顔に決して出さない。
「そうだ、窓は閉めたほうが良いな」
「うぅう……な、なんで?」
「また入ってくる。なにがとはいわないが」
「ひぇっ!?無理無理無理無理!!いややぁ!!」
すっかり怯え倒した飛鳥の様子を見ていると、まだ暫くしがみつかれたままだろう。
「殺虫剤。常設したほうが良いかもな」
ぼそ、と呟く。
あれは弱らせる意図のほうが強く、きっと飛鳥は扱えない。
――使えても、使い切るまでスプレー噴射する様が見えるようだ。
そんな時、誰よりも真っ先に頼ってもらえる。
この立場はやはり、誰にも譲れそうにない。
「大丈夫だ飛鳥。また来ても、俺がすぐ追い出すから」
成功
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