闇の救済者戦争⑳〜きらきらとかがやくうつくしいもの
●絶望を喰らうもの
「「……鮮血の大地に潜り、猟兵達を迎え撃つ……」」
ダークセイヴァー第二層にて、オブリビオン・フォーミュラ『祈りの双子』はそう決めた。
大地に流れる鮮血は、「「これまでこの世界で流された全ての血液である」」。『腐敗の王』が生と死の循環を断った結果の無間の堆積。此処にはダークセイヴァーの過去の全て、怨嗟の全て、無念の全て、絶望の全て、全て全てが赤い紅い鮮血として蓄えられているのだ。
「「……無限の鮮血を贄としたとき、わたしたちは最強……」」
双子の操る『生贄魔術』は、彼女達『オブリビオンに対する憎しみの記憶』をも糧とする。
ダークセイヴァーで数多繰り返されてきた惨劇悲劇憎悪蹂躙差別支配弾圧殺戮あらゆる非道の全てが生んだ、人々の怒りと憎しみがなのにそのオブリビオンを超強化してしまう。それは何と言う皮肉だろう。何と言う理不尽だろう。
「「……わたしたちは最も古く、故に最も弱きフォーミュラ……けれど……」」
この力があれば、六番目の猟兵達との戦いにも。
『あなたは猟兵を怒らせた。決死の覚悟で挑みなさい』
かつて死闘を演じた敵手の言葉。同じ|五卿六眼《ごきょうろくがん》たる『ライトブリンガー』の言葉。
そうだ、油断は出来ない。死力を尽くさねばならない。
だから糧を。もっと糧を。わたしたちへの昏い憎しみの鮮血を。
『憎い憎い憎い何で私たちがこんな苦しめられ殺すしね死ねくそ畜生何で何でお前ら平気でそんなひどい事を痛い痛い痛かった苦しかった死んでしまったお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだあなたが責任を取』
『どうしてなんで大事だったのにこの子だけは大切なものが決して嫌だ嫌だ嫌だったのに何で奪う何で踏み躙るどうしてこんなにこれだけはどうかこれだけはそれなのに嗚呼ああああああ許さない赦さないユルサナイ呪われろ』
ああ、何と甘美な苦痛。
全身に浴びる鮮血から伝わって来る怨嗟の声、声、声。この身を浸す紅い闇の中に無限に蠢く憎悪の記憶達。
その怒りが燃え盛って居る程。呪いがねじくれ絡み付く程。その分だけわたしたちは強くなる。
『同じ目に会えもっと酷い目に会えもっともっともっともっと』
『ああなりたかったこうなりたかったあれがしたかったそれもしたかった全部もう無理だお前がお前がお前が』
『どうして無いの私の手私の指私の足私の顔私の胸私の私の私の私の命』
『ねえ、覚えてる? 初めて会った時の事』
『壊れろ壊れろ壊れ壊れろ滅茶苦茶になってしまえお前もお前も同じ様にめちゃくちゃメチャクチャに』
……?
余計なものが混じったか。キラキラと……。仕方がない、『全ての血液』である以上そこには憎しみ以外の物も全て溜まっている。けれど憎しみ以外は要らないしどうでも良い。憎しみだけ浴びればいい憎しみだけ見ればいい憎しみだけに集中していればいいし、そうするべきだ。あれらは少しだけ目障りで邪魔だけど、ちょっと目に付くだけでそれだけ。どうでも良い。
あんな儚い小さな光になど、何の意味もありはしないのだから。
●それを握りしめた拳で
「そんなだから最弱なのですわねきっと」
朗らかに淑女ぶった態度で微笑んで。けれどハイドランジア・ムーンライズ(翼なんていらない・f05950)のその声には、これ以上ない位の侮蔑と辛辣が詰まっていた。
「最古だけあって脳みそ迄化石になっているのかも知れませんわね。どうでも良い。どうでも良いと来ましたか」
うふふふと笑う様に、集まった猟兵の内前々より面識のある者は少し首を傾げた。
今日は何時まで経っても御嬢様ぶりっこの猫を脱ぐ様子が無いな、と。
「|五卿六眼《ごきょうろくがん》『祈りの双子』。オブリビオン・フォーミュラ……ええ、恐ろしく強力な存在ですわ? そこに更に生贄魔術による強化が加われば、突然最強だと言いだすあの手の平返しも決して自惚れではありませんわ」
けれど、それは決して手が無いと言う事ではない。
寧ろ無敵能力の無いあの双子は、「欠落」が健在でありながら滅ぼす事が出来る。
「対抗手段は一つ。あなた達猟兵の側も鮮血に潜って下さいませ」
そこに流れるはある意味でダークセイヴァーの全ての死だ。
つまり、喪われた過去の全てがそこに詰まっている。それは決して、憎しみだけではないし。或いは憎しみであったとしても、彼女らの生贄魔術に絡めとられていない憎しみとてあるだろう。
それはかつてあの世界に居た誰か。確かにそこに在った想いと命。
「……ああ、でもオブリビオンは範囲外かも知れませんわね。アレは骸の海で霧散するのでしょうし……」
酷く柔く笑ってグリモア猟兵は転移の準備を始める。
「見つけて下さいませ。あなた達を助けてくれる「血の記憶」を。絆でも想いでも、別に敵意ややっかみ、何だったら下心だって構わいませんわ」
その全てが人の生きた記録で、証だ。
憎しみばかりで膨れ上がった化物を屠るには十分すぎる援軍だ。
「ただ、むき出しの記憶と触れるのです。そうなればあなた達もその本質を曝け出す事になってしまうでしょうから、其処だけはご承知下さいませね」
真の姿。そう呼ばれる生命の埒外たる猟兵達の強大なる一面。
それを隠す事は出来ない。けれど勿論、その分強くなれるのだ。そう笑ってハイドランジアは握り拳を握って見せる。
「さあ、思い知らせてやって下さいませ。彼女たちが侮り軽んじ、儚く小さいと見下したその光の」
その、美しい輝きを。
●絶望の中でも
痛かった、苦しかった、辛かった、悲しかった。
けれど、でもね。
あの事ができたから。それを貫けたから。これだけは守ったから。あなたに会えたから。
……安くて、ちっぽけで、他愛のない。けれど、かけがえのない大切な。
ゆるがせ
人間の賛歌が聞きたいですね。ゆるがせです。
此度は闇の救済者戦争、オブリビオン・フォーミュラ『祈りの双子』戦となります。
一章のみとなりますが、よろしくお願いします。
●第1章『五卿六眼『祈りの双子』』
味方となってくれる「血の記憶」無しでは自防敗北となりプレイングも採用されません。
その代わり、「血の記憶」を探す間の時間稼ぎとか隠密は一切考えなくていいです。と言うか特にプレイングに指定が無ければ見つけた後の接敵となります。
今回のシナリオでは全員🔴なしで自動的に『真の姿』となります。出来ればプレイング内にどんな風か指定してやって下さい。指定が無かったらその辺は曖昧にします。まあ、イラストがあれば見るかもですが、保証は出来ません。複数ある人も居ますしね。
●「血の記憶」について補足
OPで割と示唆されてる感じがありますが、別に限定しません。好きな記憶をゲットだぜして下さい。これは特に指定がなければこっちで勝手に作ります(その場合はOPの方向性になる可能性が高いです)
ハイドランジアさんはああ言ってますが、あれは彼女がそう思ってるってだけなので、別にオブリビオンでも良いと思いますよ。
ただまあ、普通に考えてダークセイヴァーでの記憶限定でしょう。
記憶が力を貸してくれる様がどんな感じになるかは人それぞれとします。生前の姿になっても良いし曖昧な姿が寄り添っても良いしもっとただの力の塊的なのでも良い。
つまり自由にして下さって構いません。
第1章 ボス戦
『五卿六眼『祈りの双子』』
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POW : 化身の祈り
自身の【支配するダークセイヴァーに溢れる鮮血】を代償に、1〜12体の【血管獣】を召喚する。戦闘力は高いが、召喚数に応じた量の代償が必要。
SPD : 鮮血の祈り
あらゆる行動に成功する。ただし、自身の【支配するダークセイヴァーに溢れる鮮血】を困難さに応じた量だけ代償にできなければ失敗する。
WIZ : 双刃の祈り
自身の【支配するダークセイヴァーに溢れる鮮血】を代償に【血戦兵装】を創造する。[血戦兵装]の効果や威力は、代償により自身が負うリスクに比例する。
イラスト:ちゃろ
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●鮮血の大地
『憎い憎い憎い憎い』『何処にも居ない居ない何処にも何処にも何処にも何処にも!』『無くなってしまった』『どうしたらよかったのどうしたらよかったのよねえどうしたらよかったのよ!』『どうか赦して』『俺は悪くない俺は悪くない俺は』『愛してる』『腕が腕が腕が腕が』『冷たい何も感じないねえどうなってるのどうなってるの私』『苦しい苦しいどうしてこんな目に呼吸が息が何でこんな苦し』『誰のせいだろう誰を憎めばいいのだろうお前か?』『悲しい悲し悲しい心が捻じれれ』『暗い暗いくらい何も見えないねえママねえママ!?』『あの子がなんであんな目に会わなければ行けなかったの』『痛い』『大丈夫、一緒にいるよ』『何もないんだ何も。何も。そんな筈ないのに何もこの手に触れな』『妬ましいどうして自分じゃない自分では無いのだは何で自分だってもっともっともっと』『生きて居たかったなあ……』『無い舌が無い無い無い無い』『ありがとう』『喉が渇いた乾いた水を水水水』『ああ、くそう悔しいな悔しいなどうしてこんな所で死ななきゃいけないんだ』『誰かお願い誰か誰かせめて誰かせめて、せめて……最期くらい……ねえ』『もうどうしようもないんだ』『理不尽で理不尽でどうしたらこの理不尽を』『はらわたが煮えくり返るうぐががががが』『殺せ皆皆殺してしまえ私を救わなかった皆皆ぶち殺してしまえ!』『嬉しかった』『ああああああいつが代われば良かったんだあいつが死ねばよかったんだあいつがあいつが』『自分でさえなければ誰でも良かったのに』『あ……なんだ、またか』『むなしいあ。どうしてこんなどうしようもないんだよ』『誰のせいだ誰のせいでこんな少なくとも私のせいじゃない筈だ』『やだやだやだやだやだやだよう!!』『終わりだ』『感触が無いの全部全部無いの私の身体どうなってるの?』『どうしてこんな酷い事が出来るんだまだこんな小さな子が』『私にしてって言ったのに言ったのに何で聞いてくれないのよ!?』『あー……はは、もう、血も出ないや』『こんなに苦しいのが続くならもういいもういいの終わりにして欲しい』『ねえ』
『私で良かったら』
●化身の祈り
祈りの双子は祈りを捧げる。何に対しては分からない。
その祈りに応えて、赤い赤い鮮血の大地より異形の獣が滲み出る。
「「……七体。まあ良い方でしょう……」」
その数を数え、双子は静かに頷く。満足する程では無く、さりとて不満を覚える程でも無く。
それから。
祈りの双子は祈りを捧げる。先程のそれと同じ祈りを。
その祈りに応えて、紅い紅い鮮血の大地より血管の捩り合わせた様な生物が滲み出る。
「「……三体。矢張り魂人の憎しみは贄としては質に欠けるか……」」
元より喪われ易い物だから仕方が無いのだろうかと、双子は溜息を吐く。
気を取り直して。
祈りの双子は祈りを捧げる。何度も。何度も。何度も。何度も。
その祈りに応えて、赤い紅い鮮血の大地より血管獣たちが滲み出る。何度でも。何度でも。
祈りの双子は猟兵達を侮っては居ない。
祈りの双子は死力を尽くす心算である。
祈りの双子はダークセイヴァーの支配者で、代償など際限なく出す事ができる。
その結果が、血潮流れる地を埋め尽くすほどの獣達。
ビチリビチリと蠢き、ガキリガキリと顎を鳴らし、バチンバチンと足を鳴らす。
無限にも等しい贄を捧げ、無限にも等しく呼び出した、無限に等しい血管の異形獣達。
祈りの双子は猟兵達を侮っては居ない。
祈りの双子は死力を尽くす心算である。
祈りの双子はダークセイヴァーの支配者で、だから。
「「……わたしたちを相手にする事。それはダークセイヴァーそのものを相手取る事に等しいと知れ……」」
それは傲慢ではない。それは油断でもない。それは大言である筈も無い。
ただの事実である。
……だが、しかし。
だがしかし!
上野・修介
※諸々歓迎
強大な悪意によって魂までも摺り潰され弄ばれるような世界でも、抗い、戦うことを選んだ人達がいることを俺は知っている。
『この世界で流された全ての血液』であると云うのならば、必ずその人達の血もあるはずだ。
故に祈り、願う。
「この世界の人々の平穏を齎す為、その魂の安寧の為に力を貸してください」
得られた『記憶』はバンテージの様に右拳に纏う。
後はやることはただ一つ。
――為すべきを定め、水鏡に入る
防御回避は最小限にして、持てる最速にて『祈りの双子』への間合いを殺す。
懐に飛び込む勢いと全関節を螺旋による勁と全身全霊の氣の流れを拳に乗せて持てる渾身の一撃を叩き込む。
(『真の姿』による外見上の変化は無し)
ヘルガ・リープフラウ
※アドリブ連携歓迎
夥しい流血の源はこの世界で犠牲になった人々の命
悍ましき虐待、精神の蹂躙、そして惨死
悪しき吸血鬼は人の命を食い散らかしゴミのように踏み躙る
それはわたくし自身が幾度となく見た『絶望』
ああ、でも、こんな世界でも
どうかあなたには生きていて欲しい
我が子を庇い抱きしめる母の切なる願いを聞いた
それは闇の中光る『希望』の灯火
小さくとも強き愛の証
真の姿は三対六枚の翼を持つ聖母
光を纏い、今にも消えゆく小さな命を掬い上げる
大丈夫
貴方たちの生きた証を悲しみだけで終わらせない
愛する者の幸いを願う
その想いを受け継ぎ叶えてみせる
祈りと共に、人々の悲嘆を慰めて
浄罪の懐剣に浄化の力を込め神罰の一撃を
サク・ベルンカステル
鮮血など半魔半人となって以来、切っても切れぬ関係だ
躊躇いなく鮮血の海に潜る
失われた故郷よ…
家族よ…
友も…
恋人よ…
私と共に不条理を振り撒く化物に復讐を、、、!!!
ダンピールとしての感覚が自身に縁のある血液の力を感じると、鮮血の海から真の姿となり飛び上がる。
その姿は体内の闇の血と、力を与えてくれる血を装甲や刃として全身に纏った魔人としての姿。
「忌まわしい姿だが、、、故郷の皆となら悪くはない」
血管獣と双子に向かい突撃する
使用するUCは概念斬断。
概念斬りのUCを纏った随行大剣4本で血管獣を押し込み道を切り開き、周囲の血に宿る憎しみを斬る
遂に辿り着いたサクは黒剣に必殺の想いを込め双子へと剣閃を走らせる
●なつかしきものたち
奪われたのは帰る家だろうか。それとも掛け替えの無い日常か。或いは人の身体かも知れない。
いいや、分かっている。承知している。その全てだと。
あの日より始まった修羅の日々は、サク・ベルンカステル(幾本もの刃を背負いし剣鬼・f40103)の中性的な美貌に決して拭い得ぬ陰を刻んでいるのだから。
「鮮血など半魔半人となって以来、切っても切れぬ関係だ」
故に躊躇する事等ありはしないのだと、躊躇いなく鮮血の海に潜るサクの心に『血の記憶』達が沁み込んで来る。
『助けてくな無かった苦しい苦し泣いても泣いてたんだどうして誰も誰か痛い痛い痛い痛い歯を捩じり耳を削ぎ嘆きの声言葉なんかない伝わらない必要な事などどこにもどうしようも嫌だ嫌だ嫌だどうしてこんな目に』
殺到する様にねじ入って来るそれらが暗澹たるものばかりなのは、そう言う記憶と感情ほど縋り付く事を望むからなのか。そんな推論を冷静に立てながら、剣鬼は己が望みの記憶を探して赤い奔流の中を更に潜った。
動揺などしない。吸血鬼と異端の神の争いによって故郷を喪い、己自身をも半魔半人へと変貌させられたダンピールの復讐者。今更、怨嗟と絶望の声に怯む筈がなく……いや、寧ろ慣れ親しんだものとすら言えるのかも知れない。
故に、時を要さず彼はそれに辿り着く。
「失われた故郷よ……」
この世界で流された『全ての血液』、その中に必ず含まれるだろう彼に纏わる始まりの地の記憶。
「家族よ……」
幼少の頃よりサクに厳しい修行を以て剣術を教えた師でもある親。
彼の親しんだ歌に合わせ、共に口ずさむ家族の懐かしい声。
「友も……」
多分、全てが良い思い出ばかりではない。けれどそれはきっと互いが対等で親しく、遠慮を要さなかったからでは無いだろうか。
ふざけ合っただろうか。競い合っただろうか。全ては光の中に曖昧に薄らぐ程に遠く。
「恋人よ……」
交わした愛も、捧げた誓いも、濡れた瞳も、求めた笑顔も。
全てはもう失われ。けれど赤い記憶の中、此処に確かにあった。
「私と共に不条理を振り撒く化物に復讐を……!!!」
だが、喪われた大切な物の記憶達を前に。男は力を求める。
今は悲嘆の時ではない。郷愁の時でもない。愛の時間ですら無い。
復讐の時だ。復讐の時なのだ。
大切だからこそそれを奪い踏み躙った理不尽を許さない。彼はその為に復讐の刃を研ぎ続けた。
それを察してか。或いは知っていたのか。『血の記憶』達はそっとその身を包み込む。
その願いを叶える為。その想いに応える為。
共に、戦う為に。
●あらがうものたち
上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)はダークセイヴァーの出身ではない。この薄闇の世界の絶望を経験して育った訳ではないのだ。だが、それでも分かる事がある。知っている事がある。或いは彼だからこそ感じ取れる事とて、ある。
「強大な悪意によって魂までも摺り潰され弄ばれるような世界でも」
男は求道者だ。
猟兵となった切っ掛けはフリーター時代に遭遇したとあるUDC事件だが、けれどその積み重ね続けた鍛錬はそれ以前からの物だろう。何せ、高校時代の時点で既に複数の師より様々な武術と格闘術を仕込まれていたのだから。大概凄まじい英才教育だなと言う感想はさて置き、であればその不断の努力と日々の錬磨はその魂に硬い芯棒を通している筈で。
「抗い、戦うことを選んだ人達がいることを俺は知っている」
まして、彼は猟兵としてダークセイヴァーの戦いの数多に参じている。
好意と食欲を同じくする化物に、春を踏み躙る巨悪に、偽りの剣にて弄ぶ魔術師に、集めた死を数える蒐集家に、支配に折れる心に、燃え盛る悪意の焔に、地中の檻の束縛に、そしてあの忌わしくも強大な闇の種族達に、それでも立ち向かった者達。潰えた者も多く、敗れた者とて数多だろう、けれどその誰もが最初からただ諦めていた訳では無いのも事実だ。
それを修介は見ている。知っている。覚えて、記憶しているのだから。
「『この世界で流された全ての血液』であると云うのならば、必ずその人達の血もあるはずだ」
光刺さぬ闇にすら戦いを挑んだ彼ら彼女らの血の記憶。
それを見つける事が出来ると、そしてその強き記憶達がどれほど心強い物であるかを確信して。
強き身体を、それ以上に強き心を持つ青年は赤く昏い血の中へと潜る。
『苦しい嫌だもう嫌だ止めて勘弁してよもうやめて止めて止めてもう嫌だよこんななら諦めるからどうかお願いお願いします奪わないで千切らないで折らないで焼かないで止めて止めて下さ』
これではない。
記憶でしかないその心を救えない事を内心で詫びながらすり抜ける。
『ふざけるな止めろ止めろ自分以外にしろあいつにしろあいつにすれば良い自分でさえなければ良い自分だけは自分だけはどうか無事で居たい居たい居たいのに痛い痛い痛いのに止めて』
此処でもない。
それは仕方の無い事だ。見下す故等無く、気遣うべきですらあるだろう。けれど、今は違う。今、必要なのは違う。
『苦しい、苦しい、苦しい、けれど……だからなんだ!』
そして見つける。抗う魂を。意志。克己。意地。憤怒。理由は様々あるだろう。何れにしてもこの光達はその全てが、戦う事を選んだのだ。
故に祈り、願う。助力を。
「この世界の人々の平穏を齎す為、その魂の安寧の為に力を貸してください」
共に、戦う事を。
●いつくしむものたち
鮮血の大地に流れる赤き穢れの中、けれど赤に染まる事はなく。美しい白翼を広げ、純白の衣を纏い、透き通るような白肌に、滑らかな乳白色の髪。ただ、そのロングヘアを飾るミスミソウの花とその瞳だけが青く、蒼く。正に新雪の中で緑を保つ雪割草の名そのままで。
けれどそれは決して拒絶が故の白では無い。
「夥しい流血の源はこの世界で犠牲になった人々の命」
ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)は知っているのだ、この世界の残酷を。
領を治める地位の家に生まれ、紡ぐ歌を天使の歌声と愛され大切に育てられた令嬢だった。そのまま健やかに育ったのであれば、確かにその純白は無知から来る産物だと取る事も出来たかもしれない。
けれど違う。
「悍ましき虐待、精神の蹂躙、そして惨死」
けれどかつて聖女は知ってしまった。民の犠牲を。自分達の身の安全が彼らと引き換えに得られた物であると言う事実を。オブリビオン達に支配されその暴虐に囲われた、呪わしきこの世界の在り方を。
目の当たりにしてしまえば、最早無垢な雛鳥では居られない。
「悪しき吸血鬼は人の命を食い散らかしゴミのように踏み躙る」
彼ら暴君達が撒き散らす絶望。領地を滅ぼされ、追われる身となった。後に魂の伴侶と定める事となる騎士との邂逅がなければ、きっと彼女自身も捕らえられ、その羽根を引き千切られ……今此処には居なかったかも知れない。
そして乙女は天翔ける白鳥へと羽化した。もちろんその後の人生が苦痛や絶望のみに彩られていたわけではない。
けれど。
「それはわたくし自身が幾度となく見た『絶望』」
この世界を歩めば何度でも出会う機会がある。幾重にも見せつけられる事になる。それがこの世界、ダークセイヴァーだ。
聖なる歌姫のその柔和な表情は、絶望を知らぬ穏やかさでは無い。
絶望を知り尽くして尚救世を願う聖なる祈りと、その心の在り方の現れなのだろう。
『ああ、でも、こんな世界でも』
それは、「血の記憶」の独白だったろうか。それとも、それを見つけた猟兵の感嘆の声だったか。
もしかすると両方なのかも知れない。
『どうかあなたには生きていて欲しい』
怨嗟と絶望ばかりの赤い記憶の中、苦痛と後悔と憤怒に満ちた鮮血の中、微かに輝くそれ。その声を聖女は確かに聞いた。
我が子を庇い抱きしめる母の、切なる願いを聞いた。
『何よりも愛しい命。掛け替えなく大切なこの子。どうか、どうか……』
それは闇の中光る『希望』の灯火。
自身は潰えようと、或いは己を引き換え差し出してでも守り。消えぬ様にと願う。小さくとも強き愛の証。
結ばれて3年と少し、良人との愛に生きる彼女だからこそだろうか。その「血の記憶」はヘルガに手を差し出した。愛する者を持つあなた。きっと慈しむ者を得るあなた、あなたと。さあ。
共に、戦いましょう。
●つよきものたち
血管獣の群れの一角が消し飛んだ。
「「…………」」
地平を埋め尽くす程の数の一角である。それも吹き飛んだとか、蹴散らされたとかではなくて、消し飛んだのだ。オブリビオンフォーミュラたる『祈りの双子』をして言葉を失わせる。鮮血の大地より現れた埒外の力の奔流。
「忌まわしい姿だが……」
鮮血の海から獣達を消し飛ばしながら飛び上がり、余波で出来た空間に着地せしは鎧騎士。
漆黒の邪気を放ち、異端の神々を斬る者に力を与えるのと引き換えに剣鬼へと変じさせる呪いの鎧。その上に更なる装甲を重ね、邪気を重ね、呪いを重ね、緑の瞳も白い肌も長い銀髪もその殆どを覆い隠してしまう程に重ねた勇ましくも悍ましい魔人。体内の闇の血が暴走する事で顕現するそれがサク・ベルンカステルの『真の姿』。
だが、此度はそれだけでは無い。
「故郷の皆となら悪くはない」
サクの身体に流れるダンピールとしての感覚が、自身に縁のある血液の力感じ取っている。何よりも彼ら彼女ら……『血の記憶』との間に感じる縁と絆が彼に確信させる。この姿この身は闇の血に寄るだけのものでは無い。
己は今、力を与えてくれる|血《皆》もまた装甲や刃として全身に纏って居るのだと。
「……征こう、皆」
復讐に生きる男が今、喪って復讐に沈む程大切に思っていた者達の共にある。
装甲に覆われた彼の顔が、その時どんな表情をしていたのか……それは誰にも分からない。
「全て我等が剣閃で断ち斬る!」
ただ一つ確かなのは。次の瞬間より始まった突撃が瞬く間に数多の血管獣達を屠った事だ。
「「……猟兵は、強い。想定内の事……」」
祈りの双子はそう切って捨てた反面、黒き颶風と化した剣鬼から決して目を逸らさない。逸らせない。
彼我の距離が未だ1km近くあり、その間に膨大な数の血管獣達が守りを固めているにも関わらず。だ。
──ヒュカッ!
暗く紅く刃紋が輝き、閃く。
鮮やかに首を落とされた血管獣が3体、一度に沈む。随行大剣『黒刃紅輝』の漆黒の刀身は鋭く速い。
──ォオウンッ!
怨嗟の声にも聞こえる不気味な風切り音。
その身を纏めて両断された血管獣が折り重なり倒れて行く。随行大剣『怨剣ミチマイ』の怨念は愛する者を奪った|オブリビオン《吸血鬼》とその眷属を決して赦さない。
──ヒュンッ! ヒュッ!!
その軌道は剣と言うより、只人が振るってすら音速を超え得る最速の武具たる鞭。
血管獣が其処で屠られ、と思えば彼方で屠られた。随行大剣『邪剣ペトリュス』……蛇剣とも呼ばれるその剣筋は変幻自在に舞い、位置や距離を問わず仕留めて行く。
──ィィィッン!
微かで不気味な音と共に、紫に妖しく煌めく一閃。
一瞬で幾つものパーツに斬り分けられた血管獣が崩れ落ちる。異端の神を屠り続けたが故か、随行大剣『黒刃紫輝』の漆黒の片刃は獣の身体を丸でバターの様に切り裂いて行く。
宙に浮き、魂で交わった使い手たるサクの周囲を自在に飛び交い次々と四振りの随行大剣。自立する刃達はオブリビオンフォーミュラへとただ|一向《ひたぶる》に走る主の敵を恐ろしい迄の速度で斬り捨てて行った。
ただし、道を切り開いているのはその四振りではない。
ガシャガシャリと、装甲の擦れる音も高らかに駆ける黒騎士。当然、数多の血管獣が殺到し行く手を阻む。殊に正面から来る数が最も多い事は自明の理であり。
──ゴッウゥンッ!!
けれどその全てをたった一振りの剣戟が一度に屠った。
斧にも近い大剣へとその形状を変形させた黒剣『漆黒ノ魂滅』。異端の血を啜る呪われた剣の威力はただただシンプルに強く、遮るもの全てを文字通りの鎧袖一触で消し飛ばして行く。
「「……真の姿……いや、それでもこれは余りに……」」
万の血管獣を相手取り、着実に真っ直ぐ近付いてくるその姿。その恐るべき姿を前に、ダークセイヴァーの支配者たる双子が小さく呻く。強い、強い事は分かっていた。けれど血管獣達とてフォーミュラたる二人が生み出した眷属だ。
それをああも容易くは幾ら何でも、と。
「「……歌、声?……」」
そしてそのカラクリの|一《・》|方《・》に気付く。距離が未だ遠い時点では気付けなかったそれ。
血管獣達の蠢くビチリビチリグジュリグジュリと言う音。それから獅子奮迅に戦う剣鬼の剣戟の音に紛れ、伸びやかに戦場に流れるその旋律。昏きこの世界の中にあっても尚天空に響き渡る祈りの聖歌に。
「「……オラトリオ……」」
それはダークセイヴァーに置いて天の御使いとも呼ばれる後天的な神秘種族。ある種の奇跡の代名詞。
荒れ狂う剣戟の嵐の後方、三対六枚の翼を広げ中空に御座すは白き聖母。
ヘルガ・リープフラウの『真の姿』。
「大丈夫。貴方たちの生きた証を悲しみだけで終わらせない」
纏う光は『血の記憶』達の輝きだろうか、それとも彼女自身の魂から滲み出る奇跡だろうか。ただ確かな事は、今にも消えゆく小さな命を掬い上げるその姿は正に聖なるに相応しく。その笑顔は母たる慈愛に満ちている。
そしてその歌声は聖歌姫の名に恥じぬ奇跡の響き、船乗りを導く北極星が如き導きの声、ユーベルコード【|星導の歌《ヒュムネ・ポラリス》】。
「愛する者の幸いを願う」
聖歌は導きの星の力を宿せし光の欠片を生み、戦場に溢れ広がるその輝きに触れた者の勇気を鼓舞し。その強壮さを、強靭さを、強大さを、全て全て遥かな高みへと押し上げる。
祈りと共に、人々の悲嘆を慰める天上の歌。
「「……あれでは、あの歌を受ければ只人ですらオブリビオンを屠りかねない……」」
ではそれを生命の埒外たる猟兵が受ければどうなるか。その答えが目前に迫りつつあるのだ。
祈りの双子は構えを取る。
気付いたのだ。アレは不味いと、黒騎士の様に直接的な武威では無く。けれど放置すればそれ以上に戦況を捻じ曲げ傾ける恐ろしい力だと。……アース系列の遊戯を知る者からすればある意味馴染みのある話、持続し続ける全体バフほど恐ろしい物は無いのだ。
「もしも道に迷ったならば、思い出して」
歌は何時の間にか、その詩すらはっきりと聞き取れる様になっている。
つまりは、二人の猟兵はそれだけ近くに迫っているのだ。血管獣達を膾斬りにしながら。
「北の天蓋に輝く星を」
子を想う母の記憶を纏う聖母の歌声。その後押しを受け、大切な者達の記憶と共に進み来る剣鬼の斬嵐。
無策のまま触れるには余りに強き者達だ。
「貴方の旅立ちを祝福した優しき光は、今も変わらず貴方を見守っている」
故に双子はそれぞれの刃を振るい、互いの首をコロリと刎ね落とした。
──トポンッ
音を立てて落ち沈む首を尻目に、その断面より溢れ迸る血流の噴水。それは地に流れる鮮血と交じり合い。揺らめき。捩り合わさり。やがて不気味なる形へと結実する。
「「……此処に代償は捧げられた……」」
彼女たちの支配する世界の鮮血を使った生贄魔術、双刃の祈りにより生み出された兵装を纏う首なしの身体に。シュルリと逆再生の様に引き寄せられて繋がった首は、血に汚れてすらいない。
「「……首を刎ね、鼻を削ぎ、目を抉り、耳を切り、胴を削り、胸を貫き、脚を折り、腕を潰す……」」
大ナタ、ナイフ、スプーン、ハサミ、ノコギリ、雨傘、工具ハンマー、万力、それぞれの先端が悪趣味な凶器となった多椀の異形、八脚の蜘蛛身『血戦兵装:|児戯《チャイルドプレイ》』。
計5刀を振るうサクの八面六臂ぶりへの対抗か、それとも子供の悪意で尊き母を弑そうとでも言うのか。
「「……死力を尽くす。全ては予定通り……」」
淡々としたその呟きには、一欠けらの焦燥も籠っては居ない。
今は未だ。
●よわきものたち
打ち合えるほどに距離が近づけば、双子とてもう|一《・》|方《・》にも気付く。
「「……なるほど、贄そのものを削られている訳か……」」
四本の随行大剣と斧が威力の黒剣を、『血の記憶』と聖なる歌で強化された真の姿の力で振るう。だがそれだけでは無い。サクの斬撃の全ては同時に周囲に溢れる鮮血に宿る憎しみそのものを斬って居たのだから。
ユーベルコード【|概念斬断《ガイネンザンダン》】。復讐の為の力を求めた男が辿り着いた剣の極致、概念さえ断ち斬るに至った掛け値なしの絶剣。血に宿った憎しみを代償に生み出され糧としている獣達だ、エネルギー源である憎しみそのものを消されれば呆気なく屠られるのも必定。
「「……その剣は厄介だ。簡単に受ける訳には行かない……」」
故に、双子は八脚の凶器を殺到させる。ダンピールの纏う黒き装甲は血戦兵装の威力であってもそう簡単には通さないが……それでも無視出来る物でもなく、まして双子のそれぞれが持つ二振りの双刃はそれとは別にその身を狙うのだ。
サクが必殺の一撃を放つにはもう少しの隙が必要だった。
「「……オラトリオ、その喉は何時まで持つ?……」」
ヘルガを見やるその目には何の感情も籠ってはおらず、それは皮肉や挑発ですらない本当にただ聞いているだけなのだろうと思わせた。本物の強者には、良しに付け悪しきに付け他者の心を考慮する必要が無いと言う事か。或いは、空洞であるそれぞれの片目と同様に、|過去からの化物《オブリビオン》を生み出すフォーミュラーの心の中には虚ろなクレヴァスしか無いのか。
ミスミソウの乙女の返事は尚力強くも美しい導きの歌声。戦場の歌姫でもある彼女はこの程度の疲労で心を折ったりはしない。
「……クッ」
五つの凶器の挟撃をギリギリで弾き切った魔剣士が小さく声を漏らす。
勿論士気は未だ意気軒昂。刃達のみを頼りに数多の戦場を駆け抜けた彼もまた、この程度の打ち合いで音を上げたりはしない。しないが、膠着状態である事もまた事実。彼が盛大に斬り刻み間引いて行った血管獣達とて、刻一刻と補充されて行く。概念毎斬り落としている血の記憶の憎しみ達とて同じだ。相手はある意味で、ダークセイヴァー全ての過去なのだから。
「「……?……」」
しかし、その拮抗を崩す者が現れた時。オブリビオン・フォーミュラは焦るより先に、戸惑った様な顔を見せた。
只人の様にすら見えた。いや、この場に居れる時点で猟兵ではあるだろう。
一見すると寸鉄の一つも帯びていない。いや、その手に嵌めたオープンフィンガーグローブが武器と言えば武器か。それから……その手にバンテージの様な何かを巻いている様にも見える、が。
猟兵であればそれでも十分に戦人である事も珍しくは無い。ただ、血の記憶の協力を得て真の姿を晒す猟兵が並ぶ現状。その姿は明らかに普段通りで。
「「……ッ!!……」」
だが双子は一つずつしかないその目を見開いた。
彼我の距離数km、それだけの距離を置いても尚気付くその闘気。その武威。
「「……奥の手すら奥に置かない常在戦場か。……血管獣達よ!……」」
それに気づいたから、双子は戦場の獣達に彼を殺せと命じる。このまま自分と戦う二人の猟兵に彼を合流させてはいけない。最低でも黒騎士に深手を負わせるか、或いは歌姫の喉を潰すかするだけの時間稼ぎが必要だと、そう判断して。
「……よし」
一方で、己が右拳に纏った『血の記憶』達、得られたその助力の確かな力を実感してただ静かに一つ頷いた。
「後はやることはただ一つ」
何処であれど、どの様な時でも、常に覚悟と心構えを。獰猛で冷徹な喧嘩屋の心意気。
上野・修介の『真の姿』は、何も変わらぬ普段通りの彼そのままなのだ。
「あそこ、だな」
故に、血管獣達が己に向かい一斉に殺到して来ようとも、その目は只真っ直ぐに『祈りの双子』だけを見ている。
――為すべきを定め、水鏡に入る。
為すべきは無論、オブリビオン・フォーミュラの撃破。
だがその為の道筋はには数多の獣達が犇めき、あまつさえ己に向かって襲い来ている。だがそれに怯えるのではなく、ただよく観察してその真を見抜く。そうすれば自ずとやるべき事は見えて来る。
修介はいっそ余計な力を抜いた足取りで踏み出し。
「「……な、に?……」」
双子が呻いた。
黒騎士の剣戟を相手取りながらとは言え、喧嘩屋の姿を見失ったからだ。血管獣達に群がられたせいで視界から外れたなどとそんな間抜けな事は言わない。オブリビオンを生み出す事の出来る唯一の存在たるフォーミュラたる彼女達は眷属の身体を見通す位の事は……は?
「「……何で。何だその速度は……」」
ただ、想定を遥かに上回る速度で進んで来ていた。数秒とは言え見失った理由はそれだけだ。
修介はただ真っ直ぐに、最短にほど近いルートで以て駆けて来ているだけだ。
ただ、その間に居る血管獣達を在り得ぬ程の紙一重で全て擦り抜けながらと言うだけで……ふざけるな、どういう手品だこれは。
「防御回避は最小限にして、持てる最速にて『祈りの双子』への間合いを殺す」
間合いを殺す。その言葉にこれ程相応しく、これ程場違いな有様もそうはあるまい。
ただ歩いて通るだけでも困難に見える程に密集した獣達を、それこそ殺しすらせずにただすり抜けて直走る。力を溜めぬ様に動き、安定した呼吸で力を蓄え、その意志と意地は何よりも固く。愚直なまでに基本を貫くユーベルコード【|拳は手を以て放つに非ず《ケンハテヲモッテハナツニアラズ》】、武は拳や戦いのみにではなく全ての行いに宿る。そしてその上に応用を、技を、業を乗せる。
縮地、体捌き、見切り、様々な言い方があるだろう。それはきっと、彼が修めた複数の武の中にそのものか、或いは着想元があるのだろう。ただ、その練度が在り得ぬ程に高い。天を超えそうな程に。そもそも鮮血溢れ、武道の足場としては最悪と言って良いこの大地を彼は何の遅滞も無く走っている。
「「……いけない。ならば多少の無理を押す!……」」
そこに或いは初めての焦りが出たのかも知れない。
だが、その判断自体が間違って居たとは言い難いだろう。八つの凶器を後の隙を考えずに振り回し黒騎士の五つの刃を大きく弾く。そしてその秒にも満たぬ隙にオラトリオの聖者へと距離を詰める。空を舞って居ようが大した問題ではない、この世界は双子の所有物であり。ならば空を踏む位の事は出来る。そうして五卿六眼が一たる双子の刃が強力なバックアップであるヘルガへと迫る。
彼女を仕留めれば戦況は一気に傾く。その考えは正しい。正しいのだ。
「神罰の一撃を」
だが、彼女が無抵抗だと誰が言った?
ヘルガ・リープフラウがその歌声で仲間を支援するのみの猟兵だと。誰かが決めたのか?
勿論誰もそんな事は言っていない。だからヘルガは寧ろ三対六枚の翼を羽搏かせ、寧ろ迎え撃った。
「……がっ!?……」
「……がっ!?……」
その手に握るは浄罪の懐剣。水晶の刀身に沙羅双樹の花が埋め込まれた、全ての人の罪を贖うために聖別された短剣。浄化の力を込めれば、オブリビオン・フォーミュラの身とて貫けるだけの神聖を備えた刃。
刺されたのは骨身でない一方のみ。だからだろうか、その声は一瞬だけズレた様にも聞こえ。
「断ち斬ると言った!」
その隙を歴戦の剣鬼が逃す筈も無い。
必殺の想いを込めた剣閃は走り。サクの刃は今ついに双子の一方へと遂に辿り着いた。
──|断《ダン》ッ!!
どの様な概念が、その一撃にて断たれたのか。
何れにせよ骨身の双子はその身を斜めに斬り落とされ。
「「……未だ、未だこの程度では……」」
別たれた身体が鮮血で繋がり、再び元通りになろうと。
した所で。
彼がその懐に入る。
──タンッ
軽い音だった。けれど綺麗な円を描き周囲の鮮血が消し飛び、その周囲の血管獣達も吹き飛んだ。
それは攻撃ではない。只の踏み込みだ。その衝撃だけで先ずそれが起こった。
「……っ!」
呼吸を止めぬ修介の呼気は小さく、鋭く。
数Kmに及ぶ練氣を重ねながらの助走とそのまま懐に飛び込む勢い、全関節を稼働させた螺旋による勁と全身全霊の氣の流れを拳に乗せて。
持てる渾身の一撃を叩き込む!
「「……ッ!!!!……」」
その一撃は双子の一方の上半身を消し飛ばすに余りあるだろう。
勿論、それで勝負が決するわけではない。無限に等しい贄を所有する双子は、粉微塵に砕こうとも贄を使った魔術で再構築してしまう。
だが同時に、猟兵達の攻撃とてこれで終わりでは無いのだ。
復讐者が刃を振るう。
聖母が喉を震わす。
喧嘩屋が拳を握る。
祈りの双子は紛れもなく圧倒的な強者で、彼女らに比べれば猟兵ですら弱者。けれど、弱者が強者に立ち向かう為の術理で、武道で、祈りだ。
つまり、戦いはまだ始まったばかりである。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
結・縁貴
【腐れ縁】
かみさま、快諾謝謝您!
此処にある血溜まり…命についてですか?
俺は弱者は強者に踏みにじられるものだと思ってますよ
かみさまは如何用に?
…引き合いに出すには光が大きい気はしますが…
崩された様が見たいとは、俺も思います
你好、命達!
命の使い道を選択したい
自らを消費するなら、仇に利用されるよりも牙を剥きたい
踏みにじっている強者の足元を掬ってやりたい
…そうは思わない?
同意するなら、俺が手を貸すよ!
剣に宿り自らを消費し、姿を白焔と変え、この場も強者も全て焼き尽くそう!
はは…流石かみさま、命を|口説く《みちびく》のがお上手だ
手を貸す命が、かみさまが導く光がある限り、俺はこの力を行使し続けると約束しよう
朱酉・逢真
【腐れ縁】
心情)お誘いどうも、虎兄さん。どう思う? 俺? ふむ。愚かとは評さぬ、哀れとも呼ばぬ。評価できる程エラくねェ。だがね。"ちっぽけな光には何も出来ない"なら、俺が《あの女》に負けることはなかったンだよ。知っておこう。巨大で頑丈なダムは、蟻の掘る穴から崩れるってコトを。
行動)すべての死の間際へ"俺"は行く。すべてを看取り、慈しもう。いつか、この運命を押し付けた者に復讐する機会が来たならば。その時は、一瞬・一塵・一須臾でもいい。|ちから《かがやき》を貸してくれと頼む。さあ、時は今だ。大きな朱色の鳥となり、応えてくれた光を乗せて、虎兄さんに届けよう。焼き尽くしとくれ、それが皆の望みだ。
●はかなきものたち
見渡す限りの血管獣達、その中央に立つはオブリビオン・フォーミュラ。
多層に渡るこのダークセイヴァーの世界の支配者と言って良い存在。絶望の主のその圧倒的な力は、遥か遠くから見るだけでも十分過ぎる程ビリビリと伝わって来る。
「かみさま、快諾|謝謝您《シィエシィエニン》!」
……だと言うのに、淡翠緑の瑞獣と来たらこの調子だ。
ちょっとした用事に付き合って貰っただけの様な軽い調子、美しいその貌には平常通りの笑顔。抱拳礼にて同道者に感謝の意を示す男は結・縁貴(翠縁・f33070)、強き情動を求め縁を弄ぶ麗しの騶虞。
「お誘いどうも、虎兄さん」
そしてそのお相手はと言えば、輪を掛けた様な有様で。
長い髪に|暗い闇《朱い月》、|博愛に満ちた穏やかなその顔《疫病と疫毒と暗がりと影と凶兆と災厄》の口元に浮かぶのは笑みかそれともただの亀裂か。食事にでも誘われたかの様な調子で返した朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)、その姿は此度果たしてどの様な|姿《宿》だろうか。
吉兆たる仁徳の瑞獣と不吉たる凶星の神。聞くからにチグハグ。けれど不思議とバランスが良くも感じる二人は、彼方の祈りの双子を眺めるのを一度止めお互いの顔を見合わせる。
その立ち振る舞いには凡そ過剰な気負いや緊張の類は見えない。丸で、彼女達に伍するかもしかすれば上回る様な脅威に慣れや覚悟があるかの様な態度だ。
「どう思う?」
不意に、ツイと視線を|五卿六眼神《ごきょうろくがん》に戻した逢真が問いを発する。
縁貴は一瞬だけ戸惑った。けれどそれはその声が老若男女すら定まらぬ曖昧の重なりだったからではないし、視線の源たる朱い瞳を囲う眼球が白とも黒とも付かなかったからでもない。そんな事にはもうとっくに慣れている腐れ縁なのだから。
ただ純粋に、少し唐突な言葉の意を推し量るのに一拍の間を要したと言うだけだ。
「此処にある血溜まり……命についてですか?」
見下ろすは足元。大地を赤く染め尽くす鮮血……そしてその中に遍在する『血の記憶』達。
オブリビオン・フォーミュラはその内の憎しみ、それも己が生み出すオブリビオン達に対してのそれのみを贄として使い。それ以外を要らぬものとしてさて置いている。まして、赤く昏い血の闇の中に微かに煌めく光に対しては寧ろ明らかに軽んじていた。
「俺は」
弱肉強食、生殺与奪、上位者と下位者に別れた世界の残酷な|現実《ルール》。幼くは天上の貴人の|宝《所有物》として丁重に『物扱い』を受けていた縁貴は、その理を身を以て知っている。
だから。
「弱者は強者に踏みにじられるものだと思ってますよ」
酷薄に笑い、そう言って見せる。
笑った拍子に左の獣耳を飾る鈴が揺れたけど、飾り物のそれは鳴らない。繋ぐ赤い飾り紐と合わせ明らかに上物ではないそれを、上質を好む筈の瑞獣はずっと身に着けている。理由は覚えていない。……彼だけではなくて、誰の記憶にもない。
「……」
ただ、神の浄眼がそれを見ていた。
遍く全てに平等に優しくて、 遍く全てに公平に冷たい、その|穏やかな笑顔《表情はよく見えない》。その目が何を見通しているのか、そしてどの様に思っているのか。神ならぬ縁貴には知り得ないし、分からない。
「かみさまは如何用に?」
だから聞くのだ。そちらはどう思いますか、と。
何となれば言葉は互いの知らぬを埋め、分かり合えぬを繋げる縁糸なのだから。
「俺? ふむ」
凶神は少しだけ思案する様子を見せる。その時、その場だけは、その様はただの青年にも見えた。
「愚かとは評さぬ」
けれど、口を開けばそこに滲み出るは|朱ノ鳥《紛れもなく神》の威。
裁定を求められたならば、その答えは即ち神託なのだから。
「哀れとも呼ばぬ」
血の記憶を、その中の微かな輝きを見ようともせぬ祈りの双子。
グリモア猟兵が侮蔑したその所作を、けれど彼は否定しない。
「評価できる程エラくねェ」
少しだけ砕けたその言葉。神が偉くなけりゃじゃあ誰なら偉いんですかとでも言いたげな目を縁貴が向けたけれど、それでもそれは本音なのだろう。
逢真は神として君臨も支配もしない、ただ神として在るのみだ。
「だがね。"ちっぽけな光には何も出来ない"なら、俺が《あの女》に負けることはなかったンだよ」
その声に僅かな揺らぎがあった。気のせいかも知れない。
引き合いに出された彼女、病毒に戯ぶ神が唯一博愛ではなく信愛を向ける彼の『対極』の事を、縁貴も多少は知っている。
と言うか一度出会っている。
「……引き合いに出すには光が大きい気はしますが……」
その声に僅かな、嫌気とも疲労とも付かぬ響き。
無理もない、一度の邂逅でもう沢山な位にその鮮烈さと理不尽と無尽蔵さを思い知っているのだから。その左肩より先と頭部の四半分に泡立つような錯覚を覚えながら、騶虞はその端整な貌に苦笑を浮かべる。
あの極光に比べれば、二人の向かう鮮血の大地の中に煌めく光は余りに儚く、小さい。けれど。
「知っておこう。巨大で頑丈なダムは、蟻の掘る穴から崩れるってコトを」
その小さな一刺しが、時に日輪すらも穿つのだ。
そう語る顔は、今度こそ確かに微かに笑っているような気がした。
「崩された様が見たいとは、俺も思います」
笑顔が平常の享楽者も、この時の笑顔はまた違う物に見えて。
そして二人の猟兵はトプンと血の海に沈む。果敢無きもの達に相対する為に。
●よりそうものたち
『苦しい悲しい辛い何も感じない寒い怖い嘆かわしい悔しい苦い薄れる壊れる解ける千切れる捻じれる見上げる狂う泣く叫ぶ呪う……』
鮮血の中に潜り込んだ時、最初に迎える血の記憶はその殆どがネガティブな怨嗟だ。全ての死の積み重ねの記憶なのだから当然ではあるのだろう。最早希望も正気も無く訴えですらない呪詛を撒き散らすだけの……けれど、その間にその奥に確かにそうで無い光がある。
『クルシイカナシイツライナニモカンジナイサムイコワイナゲカワシイクヤシイニガイウスレルコワレルホドケルチギレルネジレルミアゲルサケブノロウ……』
それを探し出す。
「你好、命達!」
のではなく、呼び掛ける。
翠縁の男は、味方となる記憶を選ぶのではなく。記憶の方に選ばせようと言うのだ。
「命の使い道を選択したい」
血の中に揺蕩うは『記憶』、けれど彼はそれらを『命』と定義する。
それはそうだ。彼は人の情動の御話を何より好みそれが結ぶ絆を求める異能の獣。情動も絆も内包する「血の記憶」は、彼にとっては生きている存在と然程の違いもないのだろう。
「自らを消費するなら、仇に利用されるよりも牙を剥きたい」
一言一言ゆっくりと、正気を喪った|記憶《命》達の心にも届く様丁寧に語り掛ける。
彼の言葉は痛烈であると同時に純然たる事実の指摘を含む。祈りの双子が贄として消費し己が力に変えているのは『オブリビオンに対する憎しみの記憶』だ。オブリビオン達に対する憎しみを、そのオブリビオン達を生み出したオブリビオン・フォーミュラに使われ、彼女たちが最弱より最強に裏返る為の生贄にされている。
これ程尊厳を侮辱した話は無いだろう。これ程残酷で無残な扱いは無いだろう。
悔しくはないか?
「踏みにじっている強者の足元を掬ってやりたい」
……そうは思わない?
そう、騶虞は笑いかける。誘い掛ける物言い、感情を煽る話運び、それは悪意的に見れば詐欺師や山師を思わせるけれど。その内容はと言えば、仁徳の瑞獣の銘にも恥じぬ至極真っ当な正論だ。
「同意するなら、俺が手を貸すよ!」
寧ろ一面的には彼は誰よりも『記憶』達に寄り添おうとしているとも言える。
選び取ってその手を取るのではなく、語り掛けてこの手を取りなよと誘い、『手を貸してくれ』と乞うのでは無く『手を貸す』と差し出す。
丸で生者を相手取るかのように対等で、目線を同じくしたその誘い掛け。
……ただ、それでも矢張り血中を満たす怨嗟の声が邪魔となる。言葉を声を届けても、多数を誇る憎しみの情念が正気を薄め心を歪める。それでも尚失われない光達とて、自ら手を伸ばし縁貴の元へと動くには終わりの際して負った魂の傷が深すぎる。
ではどうやってその傷を癒せば良い。既に亡き死者の過去の苦痛を、一体誰がどうやって和らげれると言うのか。
「すべての死の間際へ"俺"は行く」
無論、神である。異世界であろうとも、その在り方は変わらない。
有言実行。不言にてでは衆生の心は安らがぬ、しかし夫々への実行が無くては救いが届かぬ。故の、分け御霊。
数多の『血の記憶』の中に、時間を遡り空間を超えて逢真が現れた。一人一人に対し、その終わりの傍に|年経た老人《逢真》が、|稚い少年《逢真》が、|陰気な青年《逢真》が、|練れた壮年の男《逢真》が、|陰気な青年《逢真》が、|四足の獣の半身持つ子供《逢真》が、|芽吹く緑と花纏う竜《逢真》が、|赤と黒の衣纏う影《逢真》が、|炎馬伴う紳士《逢真》が、|大蛇に腰掛ける祭司《逢真》が、数多の逢真が『生き物の死』と共に有った。
「すべてを看取り、慈しもう」
ユーベルコード【|死してまた生まれよ、有らゆる命《シセイユウメイ》】。元より彼はそう言う神だ、全ての命の最期を看取る偏在存在。何時であるとか、何処であるとか、幾そであるとか、そんな理屈とは無関係に。ただただそういう存在、誰にも感知されぬまま看取る神。博愛の元、決して命の最期を独りにしない|終わり《始まり》。
膨大な呪詛が少し、ほんの僅かにだけ小さくなって行く。全て全ての流血の負は、慈愛だけで全て消えよう筈は無いけれど。
でも決して零ではない。
ほんの少しだけ、憎悪の炎が鎮まり。焔の合間から互いの顔がほんの少しだけ垣間見える様に。
ほんの少しだけ、怨嗟の声が鎮まり。叫の合間から互いの言がほんの少しだけ聴き取れる様に。
その御業が齎した機会を無駄にするまいと、縁貴が誘いの言葉を再開する。今度は届く、今度は伝わる。手応えがあった。
「いつか、この運命を押し付けた者に復讐する機会が来たならば」
そして数多の分御霊達は数多の時間軸の中で語り掛ける。
死に行く者それぞれに、終わり行く者それぞれに、それぞれの済度の時の中で。
「その時は、一瞬・一塵・一|須臾《しゅゆ》でもいい。|ちから《かがやき》を貸してくれ」
記憶の中、いのちの最期の輝き達が小さく明滅した。
彼がそんな風に|人《いのち》に『頼み事をする』、その意味に。彼の半身が|笑った《怒った》『彼がいのちに近づいた』事の証左であるのかも知れないその言葉の重さに。知りはせぬままに何かしらを感じ取ったかの様に。
そして微かに頷く。
こうして獣の言葉に、神の慈愛に、赤い記憶達は最早存在せぬ筈のその耳を傾けて行く。
●もえたぎるものたち
繰り返しになるが、祈りの双子は猟兵達を侮ってはいない。寧ろ己達を打倒し得る恐ろしい敵であると認めており、その脅威の一部としてグリモアに導かれて次々と戦場に集まって来るその特性も警戒している。
つまり、膨大な数の血管獣はその為の仕込みでもあるのだ。
「「……態勢を立て直す……」」
圧倒的な数の暴力で押し流し、分断し、時間を稼ぐ。単純だが一対多の戦いであればこれ程役立つ地形効果も無い。まして血管獣達はそれ自体も強力な戦力でもあり、祈りの双子の追撃を優先し無視できる存在でもないのだから尚の事である。
即席の再構築で歪んだ部分の修正再々構築、治し切れていなかった傷と劣化の治癒、そして生贄魔術の再行使による力の補充。一通り終えるだけの時間を稼ぎさえすれば文字通りの全回復、万全の状態に立ち返る事が出来る。何せ大元のエネルギー源は『これまでこの世界で流された全ての血液』と言う無限に等しいリソースなのだから。
「「……だが、そう甘くは無いか。猟兵……」」
だが勿論、それは充分な時間を取れたならの話。
高温の熱源の接近に気付いた双子は、その表情は変えぬままに小さく舌打ちをした。
「「……あれは……剣?……」」
持ち主の見当たらぬ一振りの剣。空中を旋回するその刀身の周囲広範囲に白い靄の様な物を纏って……いいや、あれは靄ではないと気付く。白い焔…それも恐ろしく高温の焼却熱源。低空を飛んだだけで下方の地面を火炎地獄に変え、剣に飛び掛かろうとした結果掠めた血管獣を呆気なく蒸発させるほどのだ。
玉に飾られし"はじまりの武器"、ユーベルコードとする事でようやく決起可能となる宝剣【|第一之剣《イチバンメノツルギ》】。
「「……あれはまさか、【一番目の猟兵】の……」」
その由来に心当たりがあるのだろうか。それで無くとも己達に向かって一目散に飛来するそれの危険を認識したのだろう双子が、俄かに気色ばみ動き出す。
一方が一方の頭頂を掴み、ベギョリとその頭蓋を剥がし引き千切った。
「「……代償を此処に!……」」
鮮血が舞う。その生贄魔術にて損傷を再生しながら、同様に手に残った頭蓋を変容させる。髪と肉が削げ落ち白い深皿の様な見目となり、続いて見る間に引き伸び、巨大化し、その色を滑らかな銀へと変え。その兵装は形を成す。
「「……歪め、咀嚼し、全て喰らい尽くせ……」」
巨大な銀皿を模した盾。近付く全てを吸い尽くして無に還す大喰らいの顎『血戦兵装:|奈落の皿《アバドンズプレート》』。
展開すると同時、周囲の血管獣達が瞬く間に銀皿の湾曲した陰に吸い込まれて消える。
「「……これで良い。いかに強力でもリソースが有限な以上出力には……」」
限界がある筈。と、その言葉の前に剣は到達した。血戦兵装の魔力により双子から僅かに逸れ、盾とは名ばかりの破壊兵器の中心に突き立って。
瞬間、全てが白熱した。
『哈哈哈! 流石はじまりの力だ』
上機嫌な縁貴の声。けれど何処にも淡翠緑色の騶虞の姿は見えない。
周囲は酷い有様となっていた。燃え盛る炎、砕けた地面、奈落の王の名を冠した巨大な皿は中央に大穴を開けられ上二つに割れてしまっている。
「「……正気の沙汰ではない。あなたは己自身をリソースに入れたのか……」」
衝撃で全身をねじ切られ、その身体の7割を焼き尽くされた双子はそれでも即時の再構築に入っているが……それでもその声には驚嘆と、それから同量の呆れの響きが籠っていた。
シャン、シャランと宝剣の飾りが音を立て吹き上がる白い火の粉。その節々の焔が時折、人型を形作る。
膨大な熱量を必要とする剣のエネルギー源として、真の姿となった己そのものを剣に宿らせ消費させたのだ。その結果の白焔の姿。
『俺だけじゃないよ。牙を剥くと決めた命達も此処に居る』
焔が笑う。
さあ、この場も強者も全て焼き尽くそうと嗤う。
「「……いや、それは出来ないだろう。出来るなら既にしている筈だ……」」
だが、双子は冷静さを保って見せた。
恐るべき威力、恐るべき熱量、事実既に周辺はスローガン通り焼き尽くされて居る。だが、猟兵の力の全てと複数の『血の記憶』達の命を託した所で連続使用が可能な程の余裕は無い。
『哎呀……』
気付かれたかと言う苦笑。軽い調子を装っているが、実の所彼は熱量不足によって制御不能に陥るのを必死に抑えてすら居る。
けれどそれでも尚、そこには余裕があった。何せ縁貴には未だ勝算がある。先程自分の見ている前にて、タイムマシンで宝籤を当てる様な裏技を成立させて見せた超越者の友人が居るのだから。
「「……え……あ?……」」
祈りの双子の怪訝そうな吐息。
それはそうだろう、一瞬で空が真っ赤に染まったのだから。元より第二層の空は血の鮮血を映して赤みがかっていたが、これはそれ所の話ではない。
「さあ、時は今だ」
赤い、紅い、朱い……それは丸で死に行く者が今際に見る夕焼け、赤土の川、彼岸花の園。そう言う色の翼が、上天の全てを覆いつくし、しかし次の瞬間には何事も無かったかのように巨鳥のサイズに纏まっている。
姿も大きさもさした意味を為さぬ、肝心なのはその本質。その源。
朱色の鳥。大きな朱色の鳥。嘴に牙、二股の舌、多翼多眼、毒蟲の尾針、そして朱の闇。
「「………………………………夜……」」
オブリビオン・フォーミュラが一歩後ずさる。
その言葉の真意は分からない。けれどもしも言葉通りの夜であれば一滴であれどもそれは世界の半分と言える。
そしてその翼と背に乗せる『光』の数は膨大の一言。それは、そうだろう……彼は相応の数の今際を看取り、約束をした。そしてその時を宣言したのだから。
「虎兄さんに届けよう」
『|呵呵《はは》……流石かみさま、|口説く《みちびく》のがお上手だ』
最初と同じに何処か牧歌的ですらあるやり取り、しかし贈られ受け取られるそのリソースは断じて侮れる熱量ではない。と言うか膨大の一言だ。
双子が躊躇なくお互いの首筋を握りつぶし、その背骨を引き抜き合う。
「焼き尽くしとくれ、それが皆の望みだ」
世界を苛み、絶望に沈め続けた支配者にどうか浄化の白い炎獄を。灰になるまで燃やしてやれ。と。
生贄魔術を成立させた双子のそれぞれの手には、巨大な鋏の右側と左側。
『|行《シン》! 手を貸す命が、かみさまが導く光がある限り、俺はこの力を行使し続けると約束しよう』
キィン! と甲高く刀身が鳴き、宣誓の言葉を証立てる様に白焔の熾り火が燃え盛る。
先程と同規模……或いはそれを超える極大焼却が発動する事は誰の目にも明らかだ。
「「……断ち切れ止め置け切り落とせ絶滅と停止の切断『血戦兵装:|夕闇の鐘《サンセットシザース》』!!……」」
絶止の刃が走り。
朱闇が羽ばたき。
白焔が舞い笑い。
そしてまた全てが真っ白に染まる。それはそれは美しい、光の色。
あの日誰かが憧れた焦がれ、けれど喪った……命の色。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ライトラピス・グレイトガーデン
血を流せ……
血と汗となみだを流せ!!!
無限に等しい代償を元手に、油断せず死力を尽くす……
なるほど確かに最強だ。
しかし、ならば、それをも上回ってみせよう!
蒼の光でヒト型へ異形が溶け合い、圧縮されたこの真なる姿で臨む!
全ての血の記憶。
怨嗟と憎悪の中、儚く小さいけれど確かに輝く温かな光を集め僕の力とする!
そう、それが『サーチライト』!
僕自身の思い出を元に類似の記憶を集める為の装置だ!
例えば、血は繋がらなくても親子であったものの最後の記憶とかな。
後は!力を貰った僕自身が殴りに行く!
魔王はな、何度倒されてもよみがえるものなのだ。
魔王の意地と!根性を!みせてやるぞ!
血と汗となみだを流し、貴様を打倒する!
●おごらぬものたち
「血を流せ……」
オブリビオン・フォーミュラは最初、彼女の目的が時間稼ぎだろうかと考えた。
多数の猟兵達の攻めで蓄積したダメージを、無尽蔵の血管獣達の群れに隠れて回復する。その時間を稼がせぬ為であれば、単騎で攻めかけて来る事も理には叶っているだろう。
「血と汗となみだを流せ!!!」
だが一合、二合と撃ち合いを重ね。ダークセイヴァーに君臨するオブリビオンの中で最強格たる|五卿六眼《ごきょうろくがん》と打ち合って全く引けを取らぬその強さを見て考えを改めた。
「「……なるほど。無謀でも蛮勇でもない……」」
寧ろこれは合理的な判断だと、双子は鏡写しの如く同時に首肯する。
普段の『軟体動物を思わせる異形に座する乙女』とでも言うべき姿では無い『真の姿』。蒼の光で乙女のヒト型へ異形が溶け合い圧縮された姿となったライトラピス・グレイトガーデン(煌めきのウルトラマリン・f36114)は、それ程までにシンプルにただ強かった。
「無限に等しい代償を元手に、油断せず死力を尽くす……」
双子の振るう刃をバックステップで躱し、しかし即座に鮮血の大地を踏み切って突撃を仕掛けて来る。
その速度は、双子はその手の剣を構え直す|暇《いとま》を与えぬ程に速い。
「なるほど確かに最強だ」
鷹揚に認める。もしかしたらその声には賞賛すら込められているかも知れない。
彼女は他の世界とは大分毛色の違う価値観が通年となっているダークセイヴァーの出身で、 神隠しによってUDCアースに迷い込みはしてもその言動は未だ多分に魔界仕様だ。
そして圧倒的な力と周到な準備と相手を侮らぬ心構えを揃えた『祈りの双子』は実際、敵手としては最悪にして最強の部類と言って良い。平等に評価するならば確かに誉めて然るべきだろう。
「しかし、ならば、それをも上回ってみせよう!」
けれどその上で、魔王は高らかに宣言する。
それと同時に振るわれた蹴りは掠めただけで祈りの双子の片腕を容易くへしゃげさせる。純粋に力が強い。
それで居て追撃はせず寧ろ一歩下がったライトラピスが一瞬前まで居た空間を、双子のもう一方の振るった剣が轟音と共に通り過ぎた。予想し、見切り、判断する。それは知性であり立ち回りだ。
「「……言うだけの事はある……」」
速さも力も知性も判断力も、全ての水準が全体的に高い。
しかし実は、そう言った存在はあまり連携には向かない。その肝と言える互いの短所を埋め長所を伸ばせると言う利点が機能しないからだ。まあ、ある程度以上の人数での戦いであれば逆に誰の弱点も埋め得る所謂パーティの要にもなり得るのだろうが……大量の血管獣が横槍を入れ続けるこの戦場で、大人数の共闘の成立は難しい。
「ならば僕はこの真なる姿で臨む!」
単騎駆けも大口も、決して愚かと一笑には伏せない。
ラスボスと言う冗談の様な名の種族、その生態は実際意味不明な不条理に満ちているが……けれどその力がその姿と力に相応しい物である事もまた事実。ゲームや物語に置いて最後に主人公達に立ち塞がる最強の存在、恐ろしくも悍ましい異形の見目……それが最後の最後寧ろシンプルな姿となる事もまた様式美。
今のライトラピスは正にそれだ。蒼の燐光を纏い、溢れ出た力の片鱗か光電を走らせ、けれど異形はその腰元よりはみ出る尾を除けば、背に備えた数多の触手と腹部に浮かんだ四眼のみ。普段より愛用する白衣も羽織らず、力を解放したのか首輪も見当たらず、ラスボスアーマーと呼ばれる装飾すら控え目。そして真なる強者は己が姿を何一つ恥じる事が無いとばかりに美しい裸身を晒す。
「魔王の力を知れ!」
そして無手の間合いの外から左の触手が伸びる。
狙い澄ました一撃は槍の如く真っ直ぐに、肉の身の方の双子の胸の中心を貫いた。相手が鮮血による無限に等しい補給を持つ化け物でなければ、この一撃で勝負が決しかねない致命打である。
「「……では、手堅く行きましょう……」」
双子は胸に空いた穴を鮮血で塞ぎながら、生贄魔術の使い手は周囲の赤い血達を指差し、ふわりと舞わせる。生贄に消費されたそれらは弾けて消えて。
そこに踏み込んだ魔王の棍棒の如き拳の一撃が迫る、意識を奪えとばかりに頭部を狙ったそれを。
「……むうっ!?」
双子は酷く容易げに受け流す。そして振るわれた返す刀はライトラピスの滑らかな肌を切り裂いた。
──ガォン!!
轟音、俄に揺れる鮮血の大地。それは地震では無く、力に優れる右の触手が力任せに地を強打した衝撃。大振の一撃が揺れを起こし、双子の体勢を微かに崩す。
「その身に焼き付けろ!」
その隙に一再び槍の如き一撃。
良いやそれだけでは終わらない。触手の刺突がオブリビオン・フォーミュラの頭上を掠め、渾身の拳の一撃がその腹部を狙い、長さを利用して脇から弧を描いて襲った左の触手は毒蛇の如く、力だけでなく精密な動きを備える右の触手は剣技の如く変幻自在に襲う。
「「……保険をかけて、正解……」」
なのにその全てが直撃しなかった。ギリギリで躱され、掠めるに止まり、当たってもその威力を殺されている。
一つ一つは何もおかしくはない。だがこうも続けてでは、丸で『防御の成功』が約束されているかの様な錯覚を覚える程だ。
「いや、そうか生贄魔術はそんな事まで可能なのだな!?」
ライトラピスは研究者系の魔王、元より解析には優れている。
はたと思い至っての喝破に、祈りの双子は笑顔を見せず。けれどその声に僅かな嘲りを乗せて讃えた。
「「……慧眼。だがこれは防ぐ事にしか使えないわけでは無い……」」
鮮血の祈り。相応の代償を捧げる事で因果律を歪め、望む成功を実現させるシンプルかつ究極の生贄魔術。
勿論、要求される代償は相応に膨大だろう。だが……この世界全ての過去の出血全てを文字通り湯水の如く贄に捧げ続ける双子にしてみれば……。
「「……この様に……」」
これと言った弱点を持たぬオールマイティな強さを見せるライトラピスに、相手に合わせた即時対応が長所の血戦兵装は相性が悪い。故の力技。故の理不尽。酷い|反則技《チート》だ。
そしてまた大量の鮮血が宙を舞い、消える。代償が捧げられ、双子は剣を振り上げ。
魔王はバツの字に両断され、あえなくその肢体を四つに別たれた。
●あたたかなものたち
全ての血の記憶。
──|照射《再演》
『怨嗟と憎悪の中、儚く小さいけれど確かに輝く温かな光を集め僕の力とする!』
最初にそこに訪れた時、魔王乙女はそう言った。
そしてその言葉通り、暗く昏い絶望に満ちた全ての血の記憶の中から。彼らを選んで連れて行く。
──|照射《発見》
『そう、それが『サーチライト』!』
それはガジェッティアである彼女の発明品。
彼女は彼女なりに、己の味方として乞う記憶を決めていた。或いは、強く望んで居たのだろう。
── |照射《召集》
『僕自身の思い出を元に類似の記憶を集める為の装置だ!』
自らの思い出、大切な記憶、それに類似した記憶を。
つまりは、|彼女の原点と強さに共感する《僕の気持ちを分かってくれる》だろう『血の記憶』達を集めようと。そうすれば、そうなれば、きっと自分は無敵だと。
── |照射《融和》
『……例えば、血は繋がらなくても親子であったものの最後の記憶とかな』
その時彼女は、少しはにかんだかも知れない。嬉しそうに笑ったかも知れない。或いはもしかしたら、少し寂しそうだったかも。全ての血の記憶が集まる鮮血の海の中、物理法則も曖昧な中でその顔を表情を明瞭に確認できた存在はいない。だが何れにせよ。
単騎駆け……いいやとんでもない誤解だ。
彼女は独りぼっちでは無かったし。
── |照射《結束》
そして勿論、今だって独りじゃない。
ユーベルコード【|魔王の科学的愛情《コンナコトモアロウカト》】によって設置された発明品は鮮血の海の中、それらの『|自分達《オブリビオン》に向けられた憎悪の記憶』しか見ずしかも無尽蔵の生贄リソースとしか思っていない祈りの双子には見つけれやしない。
そして彼女が忘れえぬ|誰か《男》に教わった技術で作った機械は今も未だ稼働し続けている。
『両親を殺されて、全てを喪って、けれどだから貴方に会えました。だから私は全てを呪う事だけはしないし、出来ません。呪われたこの世界を……』
『本当は、実の母親じゃないって知っていた。多分、良くない事情で今の関係になったのだろう事も。けれど、それでも貴女は僕の……』
『会いには来てくれなかったのね。でも、良いわ。貴女は逞しいもの。きっと幸せでいるって信じてる。ああ、ごめんなさい。けれど愛しているわ。私の……』
『良いよ。一緒に最期まで居よう。最期の後もきっと一緒に居ようよ。だって親子でしょ? 二人でそう決めたでしょ? だからさ……』
記憶、記憶、血の記憶。親子の記憶。
血の繋がりが無くとも、それで尚親子になったのなら、そこにあった絆と繋がりは強固で。親は子を、子は親を、求め、愛し、守り、そして忘れない。死のうが消えようが永遠に。だからその記憶は鮮血の中に堆積し続け。
サーチライトは|死と別れ《月の光》を踏み越えて寧ろ共に、その|絆の繋がり《魂の命綱》を照らす。
もしも作り手が倒れ力尽きたとしても、それでも照らし続ける。
故に。
結束! 融和! 召集! 発見! 再演!!
「よぉぉぉし僕復活!! 後は! また力を貰った僕自身がもう一度殴りに行く!」
さあ、仕切り直しだ。
「「……一体、どこからその補給を確保しているのか……」」
祈りの双子が疑念の声を漏らす。
分かるまい。彼女達には分かるまい。今まさに四散した魔王の体を繋げ、蘇らせる輝き達のその源が。
「はぁーっはっはっはーー!! 愚かなり|五卿六眼《ごきょうろくがん》! そんな事も分からないのか!?」
立ち上がった魔王の姿はけれど未だ傷だらけだ。繋がった体だって万全には遠い。
けれど、だからどうしたそんな事は最初から覚悟している。
「魔王はな、何度倒されてもよみがえるものなのだ」
「「……ッ!……」」
自明の理だろと言わんばかりのライトラピスの顔を前に、祈りの双子の顔は引き攣らなかったが。漏れた呼吸には明らかな動揺が見えた。
オブリビオン・フォーミュラは気付いたのだ。再びこの魔王を屠ったとして、この女はまた同じ様に何処からとも知れぬ光の力を受けて蘇る。そしてまた向かってくるのだ。何度でも。何度でも!
「魔王の意地と! 根性を! みせてやるぞ!」
強力な存在が周到な準備と相手を侮らぬ心構えを持つ。なるほど最強だ最悪だ。
けれど、強力な魔王が際限のない支援と何度殺されても諦めない執念で持って延々仕切り直して来る。これもまた最強で最悪だ。ラスボスである魔王が勇者の不屈さを併せ持つ、酷い|反則技《クソゲー》である。
「「……冗談ではない……!……」」
その物言いも無理はない。けれどもう遅い。
何となれば、最初から彼女は言っていた筈だろう。傷を受け労を負い苦を享受しろと。それは魔王らしくて魔王らしからぬ、泥臭い決意と覚悟。
つまりは要するに。
「血と汗となみだを流し、貴様を打倒する!」
|お前なんかには負けないぞ《魔王は不滅! くじけないのだ!》と。
成功
🔵🔵🔴
深山・鴇
【刃桜】
俺に出来ることはこの手の届くところまでだとは思っているけどね
それでも雲珠君の怒りもわかるから
君が怒る先にあるアレを倒すのには同意だよ
血の記憶、何が力になるかはわからんが
見えたのは空を飛ぶ鳥の姿、強く美しく羽ばたく鳥に力付けられた人々の記憶
…そういえば以前信徒として逢真君の力を借りた時の姿(JC真の姿参照)が
あぁ、そうだこの力だ、彼の朱い鳥の――
背に生えた翼で空を舞おう、かのかみさまのように
ああ、行くとしようか雲珠君
桜の援護があるならば、前だけを見て突き進むのみ
血管獣何するものぞ、加護の力をみるがいい
雲珠君には手出しさせんよ
その先に居る祈りの双子諸共、切り伏せてみせよう!
雨野・雲珠
【刃桜】
※白い八重桜満開+桜織衣『白妙』
わかっています
何かできると思う方が傲慢だと
この世界に桜は干渉できないし、俺はかみさまでもない
…でも
呪われたこの循環を断ち切りたいと願う記憶に呼びかけます
報われず終わった
それでも他人に、自分と同じ目に遭えばいいとは思えないあなた
未来をよくしてあげたいと祈れるあなた
力を貸して
◆
祈る彼等の事情を知ったなら、
何らかの共感が生まれるかもしれません
でも俺はね、俺は、怒ってるんですよ!
ひとひとりの嘆きを、憎しみを、悲しみを、
質だのなんだのと…!
行きましょう
俺は彼等と敵対します!
血の記憶よ、ご照覧あれ
あの翼あの爪は彼等に届き得るもの
…深山さん、そのまま行ってください!
●たかきをみあげるものたち
桜は決して、純なばかりでは無い。
薄紅に染まる白い花弁は如何にも透き通り美しいが、その根は土に蔓延り泥抉り水を啜る。そしてその間、天の花弁と地の根の間には太く逞しい幹が支えている。崇めるなかれ。侮るなかれ。ただ美しく儚いだけでは無いと知れ。
「わかっています」
今正に、怨嗟渦巻く鮮血の大地の中にあって怯まず。桜の精はその空と花弁の色の混ざり合う瞳を真っ直ぐ、決して逸らさず数多の血の記憶に向けている。
背には昔日見る影も無く小さくなってしまった……その代わり何処に行けど共に在れる様になった彼の福来神社。
「何かできると思う方が傲慢だと」
二十の齢を重ねて尚その姿は童子。されど少し背が伸びた、幾度の出会いを重ねその背に負う大切の数を増やし……けれど、己が成長と反比例する様に増える懊悩。出来る事が増える程に、出来ぬ事を思い知る。
雨野・雲珠(慚愧・f22865)は自らの足らぬを知っている。
「この世界に桜は干渉できないし……」
彼の故郷、幻朧桜咲き乱れるあの世界であれば、せめても出来る事は増える。傷つき虐げられた者達の悲しい過去を……無かった事には出来ないけれど、新しい始まりにする事ならできる。桜の癒しはそれを可能とする……けれど此処は|花の帝都《サクラミラージュ》では無い。
「俺はかみさまでもない」
ほんの僅か、微かに睫毛を震わせその目を細める。彼の知る神性達であれば……或いはどうしただろうか。どんな事が出来るだろうか。無意味であってもそう考えてしまうのは彼の弱さであり、優しさだ。
幾重にも折り重なるこの世界全ての流血……その大半が悲劇であろう苦痛であろう別離にも繋がろう。それを前に、自分が彼らにしてやれる事は何もないのだと認める。悩み悲しみ、悔やんだ上でだ。
「俺に出来ることは」
隣に立つ男が静かに、少しだけ口を開く。
落ち着いた響きの深みのある声。瞳と髪の毛先は明るい華やかな……けれど不思議と落ち着きのある色。それは身に纏った仕立ての良い三つ揃えスーツと合わさり、不思議な艶を醸し出している。大人の男性の色気でも言うべきだろうか。
「この手の届くところまでだとは思っているけどね」
そこ迄言って、けれど言葉を止める。雲珠の稚い見目を考慮しても十ほど上の齢、相応に人格も練れた深山・鴇(黒花鳥・f22925)が此処で『でも、雲珠君には雲珠君ならではの出来る事があるさ』とでも続ければ、まあ絵にはなるだろう。けれどそういう事ではないのだ。きっと。
「……でも」
果たして桜の童は折れず、枯れず、無力を認めても尚己の足で立つ。樹木の幹は力強いのだ。
鴇の口の端が僅かに上がったのは気のせいではあるまい。一瞬懐を探る仕草をしたのは、手持無沙汰を慰めようとつい煙草を出しかけたのだろう。こう言う時は例えば、ズンと重いタールとショコラの甘味に浸れる『密色』が合うだろうか……まあ、どの道この赤くて昏い血の中ではお預けだけど。
「俺が呼びかけるのは……」
そして絶望と闇に満ちた『血の記憶』達に踏み入る。
暗い昏い闇の中。その向こうに確かに微かに見える光を目指し、手を伸ばし、そして掬い取る。
それは願いの記憶。
『失った。喪った。奪われた。思い出すらも弄ばれて消えて……どうしようも無かった。何もできなかった』
それは報われ無かった誰かの記憶。
出来る事をして、やれる事を求めて、それなのにその報酬を得れぬまま潰えた魂。ダークセイヴァーの呪われた生死の循環に絡めとられ、失い続けて魂の芯までボロボロになるほど苦しんで。
『せめて、呪われたこの循環を断ち切りたい』
なのにそう願う記憶。そう、願う事の出来る記憶。
誰にとて醜い心はあるものだ。受け入れきれぬ苦痛を前にすれば『どうして自分が』と思い、やがて『何であいつは』とその苦痛を知らず済んでいる者への妬みを経て、ついには『自分だけが苦しむのは許せない』と言う憎悪となり果てる。
余りに普遍的で、幾千万と連鎖し、世界中に蔓延っている呪い。
「それでも他人に、自分と同じ目に遭えばいいとは思えないあなた」
そんな人とて居る。そんな人が居るのだ。
それがどれほど高潔な心か、どれほど優しい魂か、もしかすると当人達は自覚していないかもしれない。
「未来をよくしてあげたいと祈れるあなた」
けれど、|桜の精《美しき妖精種族》は見逃さない。後の者達へ呪いでは無く祝福を遺せるその強さ。
|五卿六眼《ごきょうろくがん》『腐敗の王』により歪められた|生と死の《呪われた》循環のからは逃れれずとも、|苦痛と憎悪の《呪われた》循環からは抜け出して見せた心の英雄達の光を。
「力を貸して」
|希う《こいねがう》。彼ら彼女らの『血の記憶』と共にであれば、きっとあの恐ろしいオブリビオン・フォーミュラとも戦えるとそう信じて。
「……これは少し惜しい事をしたかね」
その選択を見やって、口に出して置けば良かったかなと鴇は笑う。ほうら言った通りだと自慢出来たのにと冗談めかす。
だって正に『雲珠ならでは』だったから。あれはきっと、他者の優しさと強さを尊び寿げる彼らからこそ。自身もまた優しく強い彼だからこその選択だ。
「だがなぁ。じゃあ俺はどうするか」
口元に手をやり、一本だけ伸ばした人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げながら呟く。
雲珠の選択は尊いが、あの強さはある種若さの現れでもある。鴇とて未だ未だ枯れる様な年では無いが、今同道している彼よりは一回り年上な訳で。良くも悪くも深い思慮と思案を挟んでしまう、こればかりは年長者の性だろう。
「血の記憶、何が力になるかはわからんが」
今しがた位置を整えた眼鏡を通し、目を眇めて『血の記憶』達に向き直る。
キラリ、キラリと小さな輝き達……細めた片目で狙いを付ける様にジッと観察すれば。そこに見えたのは……
──バササッ
羽搏きの音。距離を考えれば気のせいだろうが、何せ鮮血の中の記憶だ。恐らくはこの風景を見た『誰か』は確かにその音を聞いたのだろう。高く高く、空を飛ぶ鳥の姿に。
「ああ、なるほど」
ダークセイヴァーの暗い空にも怯まず、強く美しく羽ばたく鳥に力付けられた人々の記憶。
遥か遠くへ向かうあの鳥は何処を目指しているのだろう。希望か、それとも夢の彼方か。この絶望の世界でがむしゃらに生きて死んで行く自分達の怖気も勇気も、あの高い空からなら見下ろせばきっと小さくて、怖くない。
空にあんなにも力強い翼があるのなら、自分達だって未だ大丈夫。例え死に行くとも。それでも。
「憧れ、魅せられる気持ちも分かるさ」
あれは確かに奮い立つほど美しい。と、薄紅色の目を細める。
その想いを、少なくともそれに程近い物を鴇は知っているのだから。彼が奉じる神。古く、旧く、されど神としては年若き。きっと雲珠も先程頭に思い浮かべたであろう『彼』の御姿の一つは……。
「……そういえば以前、信徒として逢真君の力を借りた時の姿が」
思い至る。思い返す。帰依し信仰を向ける事とはなれどその関係自体はそれまでとさして変わらず。友人、仲間、白蛇衆……その間柄にどの様な銘を刻むかはさて置くも、それでも信徒であればとその加護と奇跡をその身に齎された事はあり。
魂に残るその残滓に心の指でそっと触れる。一度繋がった経路を確認する様に慎重に探る。
「あぁ、そうだこの力だ、彼の朱い鳥の――」
彼の様な。『血の記憶』の中の彼らが勇気づけられたのと同じ力強い鳥の羽根。
輝き達が集まって来るのを感じる。勇気の記憶、魂に力を吹き込みその姿を変容させる輝きの光。
「一緒に行くとしようか」
背に生えた翼で空を舞おう、かのかみさまのように。
●こころやさしきものたち
突然、世界が真白に染まった。
「「……は?……」」
此度は白熱ではない、それは熱を伴わない。寧ろ身を切る様な冷たさと湿り、ビョウビョウと叩き付ける様な風、そして視界を覆う白。
これはつまり。
「「……吹雪。いや、しかしただの雪でもない……」」
視界を失った血管獣達の戸惑う様な軋み音と、互いにぶつかり合う混乱。だがそれは些事だと祈りの双子は先ずこの現象の解析を優先し、意識を割く。
先ず猟兵の仕業と言う事は論じる必要も無い。ただ、吹き荒れるこの力の本質を見抜かねば、そして正しく対処出来ねば、オブリビオン・フォーミュラたる二人であれど恐ろしい強敵たる猟兵達に勝利する事叶うまい。
「「……雪だけではない。花の香りと、癒しの力……攻守を兼ね揃える類か……」」
ユーベルコード【|二之宮《ニノミヤ》】。雪とも花ともつかぬ白い嵐。吹雪は外敵の身を冷気で切り視界と体温を奪ってその悪意を阻み、白桜は仲間の傷を癒しその身を守る守り桜の加護。
攻守を兼ね揃えると言うのはそのスペックとしては正しい理解だろう。
「「……熱の補充と、視界の確保。それで良い……」」
一方が刃を振るい肉を持つももう一方の腹を裂いた。手を捻じ込み、温かな臓腑を引きずり出して周囲に溢れ有り余る鮮血を纏わせる。
双刃の祈り、血戦の兵装を生み出す生贄魔術。ダークセイヴァーの過去たる血と自らの|身体《リスク》を代償に、それは歪み燃える緑色の熱源へと変異した。
「「……猜疑の視線は何物にも遮れぬ。嫉む心は|冷える《喪う》程に尚燃え盛る。不安と妬みの念は尽きせない……」」
不信の緑焔にて昏く照らし出す松明『血戦兵装:|緑眼の怪物《オセロシンドローム》』。
双子はその備えを万全と頷き、猟兵の強襲を待ち受ける。
確かに解析は正しい。対抗策としても的確だろう。だが、果たしてそれで本質に届いているかは……。
「祈る彼等の事情を知ったなら」
桜は語る。これより向かう敵手の、その背景への可能性を。
猟兵の宿敵たるオブリビオンの、その源であるオブリビオン・フォーミュラ。そんな存在に対してですらこれだ。何に対する『祈り』なのかを慮り、その理由に僅かながら思いを馳せる。
「何らかの共感が生まれるかもしれません」
それは、|帝都に花咲く桜《サクラミラージュの出身》だからこその面もあるだろう。彼の地の不安定な|影朧達《オブリビオン》は確かに悲しい過去と事情を持ち、雲珠達桜の精はその魂に転生を癒しを与える事が出来る。彼に取っての|オブリビオン《過去よりの怪物》は決して憎み排するだけの存在ではない。
しかしそれでも矢張りこの局面でのその配慮は、紛れもなく彼の優しさと真面目さの現れと言えるだろうけど。
「でも俺はね」
纏うは桜織衣、桜の精が幻朧桜から生まれた時からその身を包んでおり、あまつさえそのまま共に成長して行く最早半身にも近い着物。雪の様に白く花弁の様に柔らかなその漢服の銘を『白妙』、今正に第二層を埋め尽くさんとばかりに吹き荒れる白の嵐を呼んだ彼に相応しい装いと言える。
「俺は、怒ってるんですよ!」
そしてその頭部に白の八重桜。普段ひとひらの花片も付けて居らぬ彼の冬枝が、今この時は真白の満開を迎えている。慎ましく五枚の花びらを付ける殆どの桜に比べ、段違いに数多く重なって花咲くその花弁は重く厚く。その真心と想いの深さの現れの様なその姿こそが雨野・雲珠の『真の姿』。
「ひとひとりの嘆きを、憎しみを、悲しみを、質だのなんだのと……!」
勤勉ながらも柔らかな物腰の彼には珍しくか、或いは感情豊かなその性格にはそうでも無くか、雲珠はその顔に怒りを映している。声変わりもまだの歳の頃の童子姿では、多少むくれた所で寧ろ愛らしいばかりだが、今ばかりはその域を超えての憤り。
周囲に集まった小さな光達……寧ろ彼が不満を申し立てる祈りの双子の物言いの被害者当人と言える『血の記憶』達が、寧ろまあまあと慰める様に明滅している。負の友引を望まなかった彼ら彼女ららしいその鷹揚さに、親しい誰かを連想し雲珠の目が少しだけ和らぐ。
「行きましょう」
けれど、寧ろだからこそ決意はより固く。
「俺は彼等と敵対します!」
桜の精は宣言する。
今更と言う勿れ。ひとに寄り添い、影朧に手を広げ、怪異に親しむ彼のその言葉は人よりずっと重いのだ。
「気負い過ぎるのも禁物だけどね」
バサリと羽の音。朱い朱い……いいや、鴇色の羽ばたき。
其れは今、翼ある者。夜より出て尚鮮やかなその翼、誇る様に鍛え抜いたその身を晒し美しい衣は尾羽の様にその腰より下を飾る。弓籠手と思しき両腕のそれと合わせ、描かれている刺繍は彼岸花だろうか。
「それでも雲珠君の怒りもわかるから」
身内に甘い男の言葉。耳を撫でる優しい声。されど姿は剣呑至極。二振りの愛刀を爪とする刃の黒花鳥。
深山・鴇の『真の姿』。神より与えられた力を使えど、その繋がりその信仰もまた彼の内なれば、それは紛れもなくその本質の力と姿である。
「君が怒る先にあるアレを倒すのには同意だよ」
|刀《爪》が示す凶影、祈りの双子へと向かう。
無論、間を遮る無数の獣達が容易いとは言えず。その数は無尽蔵だ。けれど。
「血の記憶よ、ご照覧あれ」
雲珠は怯まない。迫る血管獣たちに対し身をすくめる事もなく、いっそ操る白の嵐の出力を上げる事に注力する。
どれほどの密度と殺意であれど。共に進む男が必ず血路を開くと信じているからだ。
「あの翼あの爪は彼等に届き得るもの」
そしてその先に待つ首魁へと送り出す。
信頼の元、確信の元、獣の牙や爪に曝されようと己の役割は途切らせまいと決めて。
「……深山さん、そのまま行ってください!」
「ああ、行くとしようか雲珠君」
信頼には応える物だ。確信されたなら証明してやらねば。鴇は爪を振るう。『|蛇之麁正《オロチノアラマサ》』とそして『黒曜』、伝承背負う幻想の刃と小陽宿した折れぬ……折れても再び芽生える不朽の刃。
桜の援護があるならば、傷を厭わずただ前だけを見て突き進むのみで良いと。二刀がヒラリヒラリと舞う度、血管獣達がバタリバタリと斃れ伏す。
「血管獣何するものぞ、加護の力をみるがいい」
吹雪に凍え目線を遮られようとも、それでも獣達はにじり寄り飛びかかり二人に傷を与える。
されどその傷は白桜の癒しが埋めて行く。神の加護、血の記憶の加護、そして桜の加護。三重の力と守りがその歩みを支えている。
「「……ではやはり、先に屠るべきはそちら……」」
緑の炎が舞った。
速く、疾く、戦場を走り、遮ろうとした刀の一閃すらすり抜けて……どうやら物理的なものでは無いらしいその熱は桜の精の全身を瞬く間に覆う。
「「……嫉みの炎は類火する。嫉みの火種は内にこそある。見目通りでは無くともまだ年若いな? ならば好都合……」」
緑眼の呪い火は心を|焼《妬》き、心の中にある嫉妬の念に着火する。
どの様な者であれ決して消し得ぬ羨望、嫉妬、猜疑、そして逆恨み。その炎は犠牲者を中から焼き尽くし、どんな守りも防護も内側からでは防ぎようが無い。
『羨ましい妬ましい憎い憎い憎い憎いでしょう? あなたの大切な存在が力を喪った横で今も隆盛を極めるあの神と信徒達。あなたが思い悩み罪を贖おうと足掻いている日々を尻目に安楽に生きる有象無象。誰がどいつがあなたより善き人と言えるあなたより優れていると言えるいいや言えない言えない誰にもそんなことは言えないと清く生きているあなたこそが誰よりも知っている筈なのにあいつらはあんなにしあわせそうでそんなのは赦せないと受け入れれないと。ねえ、ほんの僅かにも思わずに居れる?』
その声は、緑焔の呼ぶ内からの誘い。僅かにでも頷いてしまえば立ち所に焼き殺す死の甘言。
「「……まず一方……」」
その死、最低でも無力化を確信する双子のその顔に笑みは無く。けれどその声には悪意があった。
●きずなもつものたち
『咲け』
何かの声がして、剣閃が|咲《わら》った。
「「……っ!?……」」
双子をして驚くのも無理はない。未だ間合いでは無かった筈なのだから。
見やれば、刀を振った鴇の姿は矢張り未だ数十mを超える向こう。間の血管獣達とて健在で。
「「……今の、声は……」」
なのに祈りの双子の身体が斜めにズレた。
僅かに角度の付いた横一閃、その一撃に両断されて。そうしてドシャリと上半分が地に落ちる。
ユーベルコード【|空間の加護《イットウリョウダン》】。遠近無視の理不尽なる一刀、距離を超え規模を躙り物理を斬らせる彼の神の加護。
「雲珠君には手出しさせんよ」
チキリと鳴らし刀を構え直す男の言葉は、しかし少し奇妙に聞こえた。
今正に悪辣の炎に包まれて居る桜の精の現状を、丸で無視しているかの様な。
「「……何を……彼はもう……」」
ゾロリゾロリと纏わり付く鮮血に埋められ、別たれた上下の身体を繋ぎ直しながら双子が首を傾げる。愛らしいとも言えるその仕草は、ピクリとも変わらぬその表情を考えれば無意味なジェスチャーに過ぎない事を思わせるけれど。
しかしそれとは無関係に、ようやく火勢の納まり出した緑の火炎を指さすその言葉自体は寧ろ正しいだろう。普通に考えれば。
「……ケホケホッ。もお……」
そこから、多少焦げた程度の童子姿が平気の平左で顔を出さなければだが。
全ての執着を捨てた覚者では無く、流石に無傷とは言えなかった様子だが。それはそれとして、吸った煙の咳むせの方が余程重く取られている様なその有様は。
「「…………………………………………」」
オブリビオン・フォーミュラをして沈黙の世界に引きずり込んだ。
血管獣を屠り、屠り、屠る合間に鴇が肩を竦める。だって、あんなのは手出しの内に入らないだろう? と。
誰かが笑っている。雲珠の言葉に甘えた『血の記憶』だろうか、ならば今この時は照覧では無くて笑覧だ。それとも、今も戦場で戦う他の猟兵の内、それを知る誰かだろうか。きっと彼なら遠慮なく容赦なく笑うだろう、彼であれば笑っても陰気に少しか、彼なら一層遠慮がちにほんの僅かか。
慚愧とは仏教用語だ。己自身と己が従い信ずる理の元、自らの過ちを恥じると共に、徳のある者や善なるものを尊重する事。……己の非を認めて恥じ、他者の価値とより良きを認め讃える思想。嫉妬の緑眼とは対極と言って良い。ましてそんな雲珠が頼った『血の記憶』達はそもそもが絶望の苦しみと終わりの中でそれでも後に続く者達の希望を想った……有体に言えばお人好し共だ。
今更、嫉妬の炎なんかで燃えるものか。
そんなだから、お前たちは。
「「……代償を此処に!……」」
あえて弁護するならば、彼女達は長く絶望に浸されたこの世界の支配者だ。
その深き闇を良しとして推進し裏から糸を引き続けた巨悪でもある。誰よりも負の連鎖の末の呪詛と憎悪を見続け、親しみ、自らの力として来た存在だろう。その光を見落とし、忘れ、認めれずともまあ……無理は無いのかも知れない。
「「……眼輝く乙女は毒と成る。慮り導く心は悪に堕ちる。そして月明かりすらも地に落とす……」」
それでも、この期に及べば吹雪の源が屠れないと気付く。認める。そしてこのまま獣達を斬り刻みつつ迫る剣豪が間合いに辿り着けばどれほど不利か。
両の手の指を全て嚙み千切り鮮血と混ぜ、代償と捧げて呼び出すは毒杯『血戦兵装:|魔女の杯《メーデイアズマヌス》』。杯より溢れ自在に飛び掛かる毒液や毒煙は刀では防ぎ難く、翼で防ごうと扇げば戦場に拡散して雲珠に届く危険があるだろう。
その場その時の即時で相手に有利を取れる兵装を用立てる事がだてる事が出来る。それが『双刃の祈り』最大の利点で強みだ。
……だがそれは、逆に言えば相手の特性を見誤れば何の意味も成さぬと言う意味でもある。ついさっき、桜の精に対して恐らくは一番無意味な攻撃を仕掛けてしまった様に。
「お前さん達、悪い流れに嵌まり込んでいるね」
鴇は基本的に気のいい男だ。敵手であってもこの有様では流石にと、ついつい慰めの声を掛けてしまう。
先に怒りを表明した雲珠ですら声こそかけないものの、苦笑交じりながら微かに笑った。
「「……何がおかしい……」」
戸惑う双子。彼女らとて今正に血管獣達を蹴散らしながら近付いてくる鴇に加護を与えている『神』が、本質は兎も角普段何を司り何を扱っているかを知っていれば、よりにもよって毒の兵装なんか選んだりはしなかったろうに。
けれど、実の所これも自業自得なのだ。鴇と雲珠の二人すら気配は感じれど未だ確証は得ていない事実として、かの神はこの戦場に来ているし。オブリビオン・フォーミュラは既にその『神』と相対している。もっと言うなら、その朱い朱い鳥の姿を思い切り目視している。挙句が先程は曖昧かつ万色故に逆に他に類を見ぬその声まで彷彿していた筈だ。
当人の魂の影響でか多少は色合いが違う物の、力と加護を与えられた結果背に生えた鴇の翼は。僅かにでもその可能性を意識して見れば明らかにあの病毒を操る凶星の翼の系譜と見て取れるだろう。双子は、ただその力と能力とどう対抗し屠るかばかり考えていて『相手』に興味が無さ過ぎた。『血の記憶』の中の輝きを無視した事もそう。帝都の桜の性根を見誤ったのもそう。……一事が万事、終始一貫そう言う事だ。
「それじゃあそろそろ締めだ。祈りの双子諸共、切り伏せてみせよう!」
一際鋭く速く、剣閃が戦場を幾重も走る。
鴇の周囲だけでなく、其処から祈りの双子に至る道中の血管獣達が一度にその身を断たれて倒れる。空間の加護はいよいよを以てその強力を振るい。されど迫る毒煙に対しては防ごうとする様子も無く、ただ目配せを受けた雲珠が巻き添えを食わぬ様十分な距離を取って行く。
「「……だから、何がおかしい……!?……」」
勿論、それで彼女達の力が減じる訳ではない。
その策が外れようとも祈りの双子はダークセイヴァーを統べるフォーミュラだ。油断できる相手では無く、油断しなくても尚、相対する事は猟兵をして命の危険だ。
それでも、それでもだ。その上で敵対を決意した冬枝の桜の精はその白を尚吹雪かせオブリビオン達の熱を奪い視界を塞ぐ。そうして白い花弁に傷を癒された剣客は最早目前の毒の海に怯まず臆さず突撃する。
さあ、嵐よ叫べ刃よ舞え。|五卿六眼《ごきょうろくがん》討ち果たすべし。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
紫・藍
藍ちゃんくんでっすよー!
星が輝き銀河が渦巻き無限の鮮血をも優しく照らす真の姿なのでっす!
歌うのでっす。皆々様と歌うのでっす!
愛も、絆も、怒りも、悲しみも、喜びも、全部全部全部!
感じる全てを歌にしていくのでっす!
全ての死の想いを歌にするということは皆々様を形にしていくということ。
全ては全て、憎しみだって歌うのでっす!
あなた方の憎しみは他の誰でもないあなた方のものなのでっす。
憎しみしか無いというのならその憎しみこそがあなた方なのでっす!
双子さんのものじゃないのでっす!
糧なんかじゃないのでっす!
教えてくださいなのでっす、胸を張ろうなのでっす!
ダークセイヴァーで生き抜いて完結した皆々様が誰であったかを!
双子さん、双子さん。
代償にできる血は足りてまっすかー?
支配できてる血はまだありまっすかー?
今、あなた方が聞いてる歌は!
血の涙に虹をかけるこの歌は!
ダークセイヴァー全ての歌なのでっす!
ところででっすねー。この歌。
“猟兵以外の皆様”との合唱なのでっしてー。
オブリビオンさんとだって歌えるのでっすよー?
アリス・セカンドカラー
お任せプレ汝が以下略
ここにあるのは血の記憶。そう死者ではなくダークセイヴァーで流されたすべての血の記憶だ。ならばあるはずだ、『あの時』に流れた私と|『あの子』《アリス・ロックハーツ》の血の記憶も。ま、なくても|異母兄弟姉妹《シスターズ》ならあるだろう、彼女らはオブリビオンでなくダンピールだし。
さて、|私と『あの子』はふたりでひとり、『あの子』が私の精神(中)にいる限り、私達が同時に死ぬことはない《封印を解く、リミッター解除、限界突破、オーバーロード》。|魂が肉体を凌駕する《振り絞り、継戦能力》。
内包する固い絆の赤い糸(同名UC参照)が技能を超強化する。
|タイムフォールダウン、時間質量を圧縮し時を凍結した牢獄が汝を戒めるだろう《高速詠唱早業先制攻撃、重量攻撃詰め込み凍結攻撃身体部位封じ気絶攻撃マヒ攻撃禁呪封印術多重詠唱拠点構築結界術》。
空間の切断解体から切断部位の接続で再構築しての|位相ずらし《仙術》、|御都合主義《多重詠唱幸運》で回避。
|えっちなのうみそおいしいです❤《大食い、魔力吸収》
マナセ・ブランチフラワー
鮮血の底で見つけたそれは、僕の知らない記憶
雪深い村に生まれた一人の青年。穏やかで少し優柔不断で。けれど、誰かの為に剣を取れる強い心を持っていた
育った村と愛しい妻子を守るため、吸血鬼と戦って。その命を散らした人
母さんの、夫だったはずの人
謝罪をする資格なんてない
力を貸して欲しい?よりによって僕がそれを言うのか
僕の存在すら知らぬ彼に、僕だけが勝手な感傷を抱く
なのにその光は温かくて
共に行こうと言われた気がした
僕の真の姿は、紅い瞳の吸血鬼。黒い翼を持つ、この世界で忌むべき者
それでも僕は聖者です。そう在ろうと、僕自身が決めました
血の記憶は光の剣となり、この手の中に
血は繋がらず、家族だったこともない。あなたの顔を僕は知らない
ただ、守りたいものだけは、きっと同じだったから
どれほど血管獣がいようと、足を止める理由にはなりません
一匹でも多く斬り伏せて、叶うならば『祈りの双子』にも一発入れてやりたいところです
五卿六眼。この世界は、おまえ達の為にあるものじゃない
苦しみの連鎖は、終わりにしましょう
●たちむかうものたち
鮮血の底で見つけた、それは知らない記憶。
ダークセイヴァーの片隅、とある雪深い村に生まれた一人の青年の生涯。
『良くある話だ。良くある悲劇だ。良くある不幸だ。こう言えば納得できるだろうか?』
薄暗がりのこの世界の中の、それも極寒の地。けれどそこには綿々と繋がる人の営みがあって、彼もまたその中の一人。
年を重ね大人へと育ち、友との友情がやがて愛へと変わり、一途に想い合った末に結ばれ、そしてついには子にも恵まれた。ささやかで、けれど何より尊い幸福の日々。そう言う物を手にした人生だった筈だ。
あんな事さえ無ければ。
『お前のせいではない。それは誰もが分かっている紛れもない事実だ。ただ、感情は別で』
生来の物だろうか。青年の性格は穏やかで……それと引き換えの様に少し優柔不断だった。けれど、誰かの為に剣を取れる強い心を持っていた。……例えそれが、絶対的な支配者が相手であってもだ。だから、あの結末は必然だったのだろう。
だって、只人がオブリビオンに勝てる筈は無いのだから。
『強者との戦いとその血を求めるあの伯があんな事をしたのは、ただの気紛れや戯れ。或いは|強者《猟兵》を誘う為の何時もの寄せ餌だったのだろう』
育った村と愛しい妻子を守るため。吸血鬼と戦って、その命を散らした人。氷結の術は冷たかっただろうか、細剣の斬撃は痛かっただろうか、愛しい者達を後に遺しての敗死は無念だったろうか……いや、無念だったに決まっている。
その記憶が目前に広がっている。鮮血の大地に潜ったマナセ・ブランチフラワー(ダンピールの聖者・f09310)の前に淡々と展開されている。
『魔人のそんな些細な思い付きが、そんな身勝手な傲慢が、彼から全てを奪ったのだ』
良くある話だ。良くある悲劇だ。良くある不幸だ。
そんな理屈で誰が納得できるものか。いいや、仮に他の誰が納得したとしても|マナセ《自分》だけは納得してはいけない。だって、彼は。あの青年は。
「母さんの、夫だったはずの人」
自分の知らない記憶。自分が生まれる前の、けれどどう足掻いても自分の生まれと切り離せぬ『血の記憶』を前に。少しだけ思考が逸れ『その後』が脳裏を過る。
それは自分の知る記録だから。
『長い髪の色艶がそっくりらしい。それから柔らかい物腰も少し似ている気がするとも』
ヴァンパイアは遺された妻を弄び、その結果として生まれた忌み子は親違いの兄姉にさえ疎まれた。
無理もないだろう。寧ろ、そんな経緯で生んだ息子をも精一杯愛そうとしてくれた母の方が稀有なのだ。『精一杯愛そうとしてくれた』と言う言葉の、その意味する所を正しく解体する必要なんてない。きっと。
『どうあれ純然たる事実として、自分はあの吸血鬼の血を引く実子なのだ』
どうあれ厳然たる事実として、オブビリオンは青年の家族との日々と、妻の尊厳と、彼自身の命を奪い、踏み躙り、そして呪われた血筋を残した。
そんな青年の。彼の『血の記憶』が此処に在る。己の知っている過去、知らぬ過去が此処に。
『「謝罪をする資格なんてない』」
幸福な時の記憶にも、災厄に見舞われけれど立ち向かうと決意した時の記憶にも、そして避け得ぬ最期の記憶にも。どう顔向けすれば良い? 出来る訳がない。
|ダンピール《呪われた忌み子》は様々な村人より視線を受け続けた。当然、その耳には彼らの無責任な風聞や推測や想像の言葉も数多届いた。勿論、鵜呑みにする訳では無いけれど。
『「力を貸して欲しい? よりによって僕がそれを言うのか』」
言える筈が無い。オブリビオン・フォーミュラに立ち向かう為、『血の記憶』の助力は必須だ。けれど、でも、これは。こればかりは。
|マナセ《自分》の存在すら知らぬ彼に、|自分《マナセ》だけが勝手な感傷を抱く。掛けようとした声が萎み、伸ばしかけた手が力を喪う。
けれど。
「……? ……っ」
その輝きが強くなった気がした。いいや、気のせいではないと直ぐに気付く。近付いて来ている。『血の記憶』の側が、丸でその手を伸ばす様に、声を掛ける様に。
青年の『血の記憶』。悲劇に終わった生涯。踏み躙られた絶望の鮮血。
なのにその光は温かくて。
「 」
共に行こうと言われた気がした。
●おろかなものたち
賢しい者は、賢しい故に不可能な事を不可能だと判じる事が出来る。逆に言えば、だから彼らには可能な事しか出来ない。
対して愚かな者は、時に不可能な事を不可能だと思わない。出来ると信じ、無理を踏み越えその先へと向かう。それは文字通りの愚行で、無駄で、無理なのだけど……けれどその不合理が、奇跡を起こす事もある。そうして不可能は可能となり、無理は無理でなくなる。つまり進化と進歩とは愚か者によって積み重ねられて行くものなのだ。
だから彼は歌うのかも知れない。
苦境に喘ぐダークセイヴァーを救う? 不可能では。
人々が日々の糧にすら窮する余裕のない世界に文化を興す? 無理だ。
何重もの層に遮られ陽の温もりにも星の輝きにも遠い絶望の闇の中に光を? 愚かな事だ。
「藍ちゃんくんでっすよー!」
けれど紫・藍(変革を歌い、終焉に笑え、愚か姫・f01052)は歌う。
成せるかどうかでは無く、為すのだと。星が輝き、銀河が渦巻く衣装……いやその総身。無限の鮮血をも優しく照らし出す美しくも暖かな『真の姿』。煌めくその姿に更に数多の輝く光を引き連れて。
「「……その数は……」」
その姿を二つの隻眼に捉えた祈りの双子が小さく呟く。
彼女達は猟兵を侮っていない。それ故に幾たびも打ち合った敵手が此度どう言う力を纏っているかを既に理解し看破している。
「歌うのでっす。皆々様と歌うのでっす!」
潜った鮮血の大地の底より戻り現れた藍が引き連れるその光が、彼に応じ助力する『血の記憶』である事を。少年の歌に呼応する様に響き始めたその歌が、彼ら彼女らの力その物である事を。
そしてだからこそ、最初オブリビオン・フォーミュラはその歌を問題としなかった。侮った訳では無く、他の猟兵を優先したのだ。元より既に他の猟兵の歌が戦場に流れていた事も、『大勢への影響は低い』と判断した理由の一部ではあるだろう。
「「……烏合の衆であれば、火急にはならない……」」
それに、彼が引き連れる輝きの数の多さは脅威ではあるが、どうやらどの力は単純に数で乗算される物では無い。数が多い分必然的にばらけ散漫となるその助力より、これと定めた一つの輝きと共に振るわれる一撃の方が恐ろしい事が多い、と言うのがこれまでの戦いからオブリビオン側が得た結論。
まして、歌は拡散するものだ。遍く広く伝わる反面、その力は収斂した一撃に比べれば軽いのは必然と言える。故に後に回すと言うその判断、それはその時点では正しかった。
「藍ちゃんくん達は、独りじゃないのでっす!」
ただ、双子は知らなかった……いや、知識はあったのだろう。ただ詳しくは無く、重視もしていなかった。弁護するなら、彼女達もまた疲弊し文化を育む土壌に欠ける暗黒の世界の住人なのだ。歌が拡散すると言う現象までは理解できても、それにより起こる現象へ考えが至らなかった。
文化は心を動かすものだ。芸術は人から人へ伝わるものだ。それは累加的に拡散され、そして藍のこの|歌《術式》はそれに特化している。
「愛も、絆も、怒りも、悲しみも、喜びも、全部全部全部!」
歌は途切れない。途中途中に|語り《MC》は入れど、ライブは終わる兆しを見せない。それはそうだろう、打ち倒すべき|敵《観客》達は此処に健在であり、そして語り掛けるべき|記憶《観客》達は次から次へと。
増えているのだから。
「「…………は?……」」
気付いた時には遅い。光、光、光の大群、|天の川《ミルキーウェイ》が空ではなく地に煌めいていた。
ユーベルコード【|涙色の空に笑顔の虹をかけるのでっす!《リーアー・アイリス》】による合唱は、『これまでに登場した猟兵以外の皆様との合唱』と願う藍と言う少年の想いから為る術式。
登場人物の定義とは何だろう? 鮮血の大地に潜っていた藍からすれば、それはきっとそこに在った『血の記憶』全てであり。ユーベルコードによって繋がり歌を聴き続ける記憶達は彼が戦場に戻った今も、そしてこれからもその心を揺らされ、そして彼への助力を決める。次々と。
「感じる全てを歌にしていくのでっす!」
藍自身にその自覚はあるのか無いのか。彼はただ歌っているだけだ。
ただ、そもそもからして彼は全てに向かって歌っている。鮮血の大地に入ってからではない、この戦場に来てからですらない、ずっとだ。ずっとずっと、彼はこのダークセイヴァーで、そして他の世界に迄渡り終始一貫して全てに対して歌っているのだ。
「「……な、んと言う不合理……何と言う非効率……!……」」
その通りだ。祈りの双子の言葉は正しい。いや、賢しい。
そして愚か姫の生き様は愚かしい。現実的でも無く身の丈を考えていない、結果に辿り着く為の算段すらあるか怪しい愚行。全く持ってその通り。
で、だからどうした?
「歌うのでっす! 歌うのです! 永遠にアンコーッルなのでっすよー!」
歌は理屈ではない。歌は算術でもない。歌は結果でもない。歌は歌だ。だから歌は終わらない。
想いの篭った魂の歌は攻撃であり、傷と不調を癒すエールでもある。そしてその数が膨大を超えて星空の如き有様ともなれば、収斂していなかろうが拡散していようが散漫だろうが問題などない。
「「……血管獣達よ、それを殺せ。その歌を止めろ!……」」
発せられた『命令』、それは双子による指示や指揮と定義される『行動』である。
夥しい量の鮮血が宙を舞い、見る間に縮んで消える。生贄魔術に拠って糧として捧げられたのだ。『行動』であれば相応の代償と引き換えに因果律を捻じ曲げる【鮮血の祈り】によってその成功を確定化され、即ち|アイ《藍》ドルは獣達に殺されその歌が止むと言う結果に辿り着く。
「それは困りますね」
他者による介入が無ければ。
●まえをむくものたち
光が奔り、斬撃が舞う。
そうして屠られた血管獣達と、守られた藍との間に立つその姿は。
「「……吸血鬼?……」」
祈りの双子が一瞬だけだが怪訝そうな顔をした。その理由は明白で、自分達の意を阻んだ闖入者の姿が妖しい光を宿す真紅の瞳に夜の様に黒い翼を持つ、即ち吸血鬼だったからだ。
ダークセイヴァーのオブリビオン全てを統べるオブリビオン・フォーミュラからすれば最も数の多い味方……いや、寧ろ|手駒《ポーン》。そして今を生きる生命達にとっては、何よりも忌むべき者。
けれど。
「それでも僕は聖者です」
そう、宣言する。
幸せな家族を踏み躙り母を弄んだ悪鬼の血を引く己が身の上を、ヴァンパイアそのものである『真の姿』を以て顕わに晒しながら、|マナセ《吸血鬼》は剣を振るう。
「そう在ろうと、僕自身が決めました」
忌み子として憎まれ、好奇に晒され。聖者として憐れまれ、縋られ。人の身勝手と醜さを一身に浴び続け、その上で自らの意志で選び取った在り方。それは曲がらず歪まずただ貫き通す|マナセ《聖者》の行進、その道行きだ。
ユーベルコード【血統覚醒】。闇の血に全身を明け渡し魔の者としての姿へと変じようとも、その本質は変わらない。
「「……なるほど、ダンピール……」」
双子のその声は、納得の響き以外には恐ろしく無感動だった。想像が容易いだろうその数奇で呪いに満ちた半生にも、その背に負った期待と宿命の重さにも、きっと興味が無いのだろう。オブリビオンが興味を向けるのは|マナセ《半人半魔》のスペックと、それからその手の中にある輝ける光の剣。
鮮血の奥で出会った『血の記憶』。吸血鬼による簒奪の犠牲者。己が生物上の父に殺された青年。なのに己が仇の忌み子に手を貸そうと言う英雄。その輝きが刃の形を取ったまたとない聖剣。その鋭さは凄まじく血管獣達を容易く刻み、その輝きは血管獣達を雪の様に溶かす。
「血は繋がらず、家族だったこともない」
その鋭さはきっと、大切な者達を守る彼の強さだ。
その輝きはきっと、良き夫で善き父親としての彼の心だ。
そして本来、戦闘力の爆発的な増大と引き換えに秒速でその生命を削る筈の|血統覚醒《ユーベルコード》の負荷を殆ど感じないのは。その守護と加護の出所は……きっと。ああ、きっと。
「あなたの顔を僕は知らない」
涙は出ない。その故が無い。きっとその権利もない。そう思う。
けれど。だけど。……どうして、こんな。
「ただ、守りたいものだけは、きっと同じだったから」
全てを噛み締め剣を握る。温かい光、全ての魔を灼き尽くすその熱はけれど夜族への覚醒している筈のマナセの身体だけは一切灼かない。それは丸で彼を認めているかの様で……いいや、それは寧ろ当たり前だ。認めて居なければ助力するものか、その剣を握らせるものか。
その真意を今は問うまい。その真心に今は甘えるまい。けれど、この剣を握るからには。
「「……半人の魔人、半魔の聖者。……聖魔の子か……」」
オブリビオン・フォーミュラのその声は底冷えする様な冷たさで。
双子の乙女は互いの手をギュっと握り合い、睦まじく見えた次の瞬間ギュリと無造作にその手首を互いに捩じり引き千切る。
「「……祈りを。鮮血に五卿六眼が呪血を加え、一層の化身の祈りを……」」
千切れた断面からドボドボと溢れ零れる出血を足元の鮮血と混ぜ、此処に生贄魔術は成立する。
その結果は、それ迄の戦いでゆっくりとだが着実に削られていた血管獣達の補充。波打つ鮮血は倒れ伏した獣達の屍を飲み込み、一瞬後に倍する数の血管獣となって浮かび上がる。隙間と言う隙間に獣が起き上がり、膨大な数の獣の群が再び戦場を埋め尽くし。
それは正に絶望の風景。現世に現れた地獄絵図。
「あやー、これは凄い。双子さん、出血大サービスでっすね!」
ああ、それでも。その全ての獣に命を狙われる今、けれど歌い手は寧ろ呑気な調子で笑う。
だって藍ちゃんくんのやる事は変わらないですからとばかり、歌を再開し旋律を紡ぎ続ける。
「どれほど血管獣がいようと、足を止める理由にはなりません」
そして聖者もまた、それが何かとばかりにマイペースに剣を構え直す。
変わらず縦横無尽に振るわれ藍を守る剣閃、剣撃、剣斬。普段彼が戦いに際して振るうのは|精霊《エレメンタル》の術、生れ付きその手の甲に刻まれた焔の聖痕より溢れる治癒の奇跡、祈念による浄化の光、それから後は金色の長杖を振るう|力任せの《身も蓋も無い》杖術だ。それがどうしてこんなに自在に剣を操れるのか。
覚醒した闇の力の身体能力任せか。それとも……或いは、その手に手を添える様に、与えた刃の扱い方を教えてくれる『何か』が傍に寄り添って居るのかも知れない。
●こころよせるものたち
「「……一進一退。だが時間はわたしたちの味方……」」
祈りの双子の算段は自惚れではなく、現状を正しく示していた。
マナセの振るう剣を筆頭に、猟兵達の武威は海の如く並み居る血管獣達を次々屠り。藍達の歌は戦場を駆ける猟兵達の傷を癒し、その想いを以て血管獣達だけで無く双子すら若干ながら弱らせても居る。化身の祈りによって補充され続ける血管獣達を押し切る事は出来ず、首魁たる双子に刃が届かなくはなっては居る物の、戦況自体は安定しており。
だが、生命の埒外たる猟兵と言えど消耗はするのだ。その一方で、オブリビオン・フォーミュラは此度無限に限りなく近い『これまでこの世界で流された『全ての血液』』を補充源としてストックしている状態なのだから。
このまま膠着状態が続くなれば、先に斃れるのは……
「「……?……」」
そこで、戦場を流れる歌声の曲調が変わった。
正確には一人だけ、けれど変わったのは『血の記憶』達の歌声に取っては中核を担う藍の歌だ。必然、皆の歌もそちらに拠って行き、やがて揃っていく。変わった雰囲気に戸惑いはあれど、それ迄散々共に歌って来た彼ら彼女らは今更藍の心を疑ったりはしない。
先ずは取っ付き易い曲で引き込み、夢中となった観客からある種の信頼を得てから癖の強い曲を。それはある種、初見が多い多数アーティスト参加型の大型イベントライブ等に置いては珍しくもない流れ。ライブイベントに類する催し等中々無いだろうダークセイヴァーのオブリビオンたる双子が理解出来ず首を傾げるのも無理からぬことではある。
「全ての死の想いを歌にするということは皆々様を形にしていくということ」
が、戸惑いにはそれ以上にもう一つ理由がある。
そもそもの話、変わった曲調が具体的にどの様な物であるかと言うと。
「全ては全て、憎しみだって歌うのでっす!」
これである。
その|言葉《MC》通り、愛用のアコースティックギター『“I”mpact』を掻き鳴らす彼が今歌って居るのは『憎しみの歌』だ。怨みつらみ、怒り憤り、害意に殺意まで……。それはそもそもが祈りの双子が主たるリソースとして使っている|記憶《感情》に他ならない。突然自分達の土俵にわざわざ入ってくればそりゃあ如何なオブリビオン・フォーミュラとて多少は戸惑う。
「あなた方の憎しみは他の誰でもないあなた方のものなのでっす」
ハイテンションアッパーボーイには一瞬似つかわしく無い様なその歌。その心。けれどっその実、彼もまたマナセと同じダンピール。その人生が安楽で光に満ちたものだった保証などない。寧ろダークセイヴァーの世界で育った以上、藍の|明る《ハイテンション》さは彼の求道から来る物。闇に撒かれ絶望の道程を潜っても尚光を喪わぬ強さであると考える方が自然なのだ。
愛らしくも藍らしい少女服に身を包んだ少年の言葉が続くに連れ、段々とその真意は分かって来る。
「憎しみしか無いというのならその憎しみこそがあなた方なのでっす!」
どれほど醜い心であれ、全てを害する激情であれ、当人に取ってすらマイナスになりかねない怨念でさえも。それでも彼は否定しない。自らが照らし出し文化へと導く心で、観客で、そして共に歌う同輩なのだと。そう言って居るのだ。そして。
「双子さんのものじゃないのでっす!」
主張は更に広がった。
それは、つまり、要するに。藍がその歌と言葉で訴えている『相手』は。
「「……まさか、この男……!……」」
双子の表情は死者の如く変わらない。けれどその声に明らかな驚きと、ある種の呆れが滲み出た。
そりゃあそうだ。この猟兵はつまり既にオブリビオン・フォーミュラに絡め捕られた『血の記憶』すらをも味方に引き入れようとしているのだ。オセロの駒を引っ繰り返す様に敵から味方へ。
「糧なんかじゃないのでっす!」
「「……強欲。傲慢。蛮勇。無謀。愚か、愚か、愚か!……」」
それが出来れば。度合い次第で確かに戦況はひっくり返るだろう。
だが本当に出来るつもりなのかと、戸惑った事は祈りの双子の失態だ。だってそんなのは今更である。どれほど困難でもどれほど無茶でもどれほど不合理でも、それでもやるのが紫・藍なれば。
「教えてくださいなのでっす、胸を張ろうなのでっす!」
超越者たる双子の支配下にある鮮血達、『オブビリオンに対する憎しみ』故にオブリビオンの首魁に捕らえられた彼ら彼女ら。届くか届かないか以前に、既に生贄魔術に拠って糧として消費さえされた記憶達。
なのに届くと信じて歌う。届くと決めて語り掛ける。その何と愚かしい事か。
何と力強い輝きである事か。
「ダークセイヴァーで生き抜いて完結した皆々様が誰であったかを!」
鮮血の大地がジワリと僅かに、けれど確かに動いた。
|五卿六眼《ごきょうろくがん》、オブリビオン・フォーミュラ、祈りの双子の足元すらもだ。
「「……所詮は一部、世迷言だ。だが……しかし……」」
未だ兆候に過ぎず、大山鳴動の後に一匹の鼠が潰えて死んで終わる可能性とて高い。と言うかそうなると信じている。けれど、もしも、もしも万が一と考えてしまえば。それを無視する事は出来ぬのが性と言う物だ。
その手の刃を構え双子が動き出す。それは魔の力を振るう聖者やその他の猟兵の間合いに入ると言う事、けれどそのリスクを押してでも矢張り彼は早急に屠るべきだと改めて考えて。鮮血の祈りによる強制力は直接であればある程強力に因果を歪める。多少の損耗を受け様とも無理矢理に肉薄してしまえば確実に仕留める事が出来ると。
それは焦りだ。自ら動けば其処に必ず意識の間隙は生まれる。
「はぁい☆ ようやく隙を見せてくれたわね」
針の糸を通す様な僅かなその穴を、けれど見逃さぬ|悪意《混沌》があった。
●じゃあくなるものたち
祈りの双子は生贄魔術の使い手である。それは魔術と銘打たれる以上、知識と技術の積み重ねによる研鑽の結晶だろう。
そしてこの世界に置いて最強の一角であろう彼女達の、その魔術練度は考えるまでも無く最高峰。如何な生命の埒外たる猟兵とて、そしてその中でも際立って高い技術を持つ|混沌魔術師《ケイオト》であっても。正面からまともに技比べをして勝てるかと言えば難しい。
「だから不意打ちしちゃおうって❤」
双子の一方の胸元に突き立てられた手刀。内に潜り込む繊手。
「「……悪辣……! だがその程度で……」」
一瞬の隙を突いた。逆に言えば稼げたのは一瞬だ。であればそれ位のアドバンテージ、圧倒的な力の総量と積み重ねた技術で覆せば良いと双子は術式を組む。それもまた間違った判断ではない。
だが、|無邪気《思うさま邪悪》に|妖艶《自由に淫蕩》に笑うアリス・セカンドカラー(不可思議な腐敗の混沌魔術師ケイオト艶魔少女・f05202)の方とて、そんな事は重々承知なのだ。
「|タイムフォールダウン、時間質量を圧縮し時を凍結した牢獄が汝を戒めるだろう《高速詠唱早業先制攻撃、重量攻撃詰め込み凍結攻撃身体部位封じ気絶攻撃マヒ攻撃禁呪封印術多重詠唱拠点構築結界術》」
「「……は?……」」
再生機器の早回し並の速さなのに何故か明瞭に聞き取れる高速詠唱、格上たる祈りの双子の身中に繊細な指使いで印を刻む早業、先制攻撃の内訳は重量負荷に魔力の捻じ込みに凍結術式、四肢を封じ意識を奪い麻痺を与え呪いによって縛りその存在を封印、それら全ての術式を多重詠唱により同時行使し、練達の極みにある結界術により纏め上げ即席の陣として構築する。
一つ一つでは適うまい。だがこれだけ重ね合わせればどうか、全てに対応し切れるか?
「「……この質と密度と速度……猟兵であれど脳が焼き切れる筈……」」
全てが低質な粗製乱造であれば可能だろう。が、違う。
せめれ同時行使でさえ無ければ可能だろう。が、違う。
オブリビオン・フォーミュラに打ち込むに相応しいクオリティの魔術行使。それら全てを処理するには、どう考えてもただ純粋に|演算能力《脳髄の数》が足りない。筈。
「だって|一つ《ひとり》じゃないもの」
の・う・み・そ。と悪戯っぽく笑ったその姿に影が重なる。
寄り添う様に混ざり合う様に、アリスに良く似た顔。いいやそもそもそれが|アリス《オリジナル》の顔。セカンドカラーならぬファーストカラー、もう一人のアリス。
言うなれば彼女の演算能力は今この時、その言葉通りに|脳みそ二つ分《デュアルコア》の演算能力を持っている。
「「……その気配。|同胞《闇の種族》だと? しかも、それは記憶だけでない……」」
混沌魔術の法陣による縛りをねじ切ろうと身を捻りながら、祈りの双子はそれでも思わず疑問を呈する。それほど迄の異常だからだ。それに値する異様だからだ。
先ず、その『血の記憶』はオブリビオンのそれだ。その時点で、その世界のオブビリオンを生む唯一の存在であるオブリビオン・フォーミュラからすれば怪訝だろう。
「ここにあるのは血の記憶。そう死者ではなくダークセイヴァーで流されたすべての血の記憶だ」
多重拘束術式陣をリアルタイムで調整し、双子の脱出を阻害しつつアリスは滔々と語る。
術を通したのは双子の内の一方、もう一方はその繋がりから来る類感と連鎖で副次的に封じているに過ぎない。ミステリアスに笑って見せる彼女だが、実の所態度程余裕がある訳でも無い。
「ならばあるはずだ、『あの時』に流れた私と|『あの子』《アリス・ロックハーツ》の血の記憶も」
ふと浮かぶ微笑。艶やかなのに何処か透明な、懐かしむ様にも悲しむ様にも見える柔らかい顔。元来の整った容貌と相まり息を吞むような美しさを湛えたその内にあるのは、昔日の思い出なのだろう。
オブリビオンであれ、闇の種族であれ、この世界にある限り他者と関りが生じ得る。そして関わる以上その間には何らかの感情や関係が結ばれる。それが例えばより深い闇色の邪悪により糸を引かれた|見世物悲劇《グラン・ギニョール》であったとしても、降り頻る雨水と共に零れ落ちた愛だったとしても、だ。
どう理屈を付けようと、其処に在った絆だけは確かな物なのだから。
「「……そこに在る事は分かる。だがそれでどうしてわたしたちに敵対する……」」
「…………」
何も分かっていないなと理解して、アリスは少し呆れた様にその目を細める。
もう少し余裕が出来れば『分からせてあげる』のにな。と、口の中だけで呟く艶魔少女の姿は、口さがなく『ぺたん娘』等と自ら分類して見せる平素の姿とは打って変わった妖艶で性的魅力に満ちた大人の『真の姿』。そしてそれ以上に、|この世界《ダークセイヴァー》とはまた別の世界に君臨したオブリビオン・フォーミュラを模した装い。
双子は、きっとそれにも気付いていないのだろう。いいや、オブリビオン達は異世界の同類達の事を知っている事例が多く、まして『聖杯剣揺籠の君』の画策した第二次聖杯戦争は全ての世界へ累を及ぼしえる物だった。故にその衣装の意味は分かっているだろう。だが、それが暗に示すアリスの意志と意図、どの様な横車を押そうとも望むモノを得ようとする強欲さと、そうして積み重ねてきた実績。頭セカンドカラーと揶揄され畏れられるその悪性を読み取りはしていない。
「じゃあこっちの|異母兄弟姉妹《シスターズ》なら納得できるかしら? 彼女らはオブリビオンでなくダンピールだし」
──クスクス ウフフ
ふわりとアリスの周囲に舞う半透明の存在達、どれもアリスに似た面影を持つのは言葉通り異母兄弟姉妹だからか。それとも……ある意味でもっと深く近しい存在だと言えるからか。
彼女らもまたアリスの魔術演算を補助している。
「「……記憶は所詮記憶。贄にする、助力とする、ならば未だしも、術式を受け持つほど明確な思考ができる道理は……」」
疑念の言葉は途中で途切れた。視線の先で二人の|アリス《アリス》が甘い口づけを交わし、同時にその繊手がシスターズの一人の喉元を優しく撫でた事に少なからず驚いたから。
勿論、別に純情故ではない。そこでは無く、接吻し愛撫できるだけの物理的存在値を持って居るのがおかしいからだ。
「言ったはずよ? ひとりじゃないって」
クスクスと笑うその笑顔は、悪戯で、妖艶。
●ぜつぼうするものたち
「双子さん、双子さん」
アリスの言葉とはまた別の意味で、猟兵達は一人で戦ってはいない。
寧ろそもそもが祈りの双子は彼を殺しに行かんとしていたのだ。そこにアリスの横槍が入ったのであって、元はと言えばオブリビオン・フォーミュラが問題としたのは戦場に歌声響かせる希望の|象徴《アイドル》。
「代償にできる血は足りてまっすかー?」
その|煽り《MC》が耳朶を打つ。いや、当人に煽りと言う認識があるかは可也怪しいが。
ギザ歯煌めかせ星々纏い華やかに笑う|王子様《プリンセス》。今や大合唱となった『血の記憶』達と声を合わせ歌う、歌う。希望を歌い、憎悪も歌い、全てを歌う。
引き連れた光の川は目に見えてその数を増えていた。
「「……く、う……」」
オブリビオンの首魁が力は強大で、偏執的に重ねられたアリスの呪縛とて最早大半が解けている。だが未だ全てではなく、そして今も尚アリス・セカンドカラーは術式を重ねている。解除の方が早くとも出来るだけ食い下がる心算なのだ。
食い下がれば食い下がる程双子が不利となり、猟兵達が有利となる。であれば血管獣の襲撃をいなしながら出来るだけ継続すると言うのは当然の戦術。……決して刻印を直に施す事を口実に、双子の身体をいかがわしい手つきで弄る作業を愉しんでいる訳では無い。多分。
「支配できてる血はまだありまっすかー?」
それは挑発だ。……いや、或いは悪気の無い純粋な質問だ。
何れにせよ事実として、鮮血の大地に流れる赤の闇は未だ尽きはしていない。祈りの双子は未だ追い詰められてはいない。
けれど、これもまた事実として。彼女達の為の生贄、その力を最強とするダークセイヴァーの過去の血はその数を減らしている。糧としたからだけではなく、確かに猟兵達の戦いの結果として。
「ところででっすねー。双子さんはそちらのお姉さんのお姉さんがお姉さんの味方をするのを不思議がってましたけど」
「「……?……」」
屍の如く表情のいまいち動かぬ双子だが、けれど藍の言葉に対して無反応ではなかった。それはその言葉の代名詞のややこしさに混乱したから……では無く、これまでの言動と何よりもその歌で、腹芸や詐術の類を使う性質ではない事が分かる彼の言葉に価値と、それから不安を感じたからだ。
「この歌、“猟兵以外の皆様”との合唱なのでっしてー」
それはユーベルコードとしての仕様であり定義だ。【リーアー・アイリス】は猟兵だけを対象外として全ての存在との合唱を成立させる。
そして先程、双子自ら認めた事実。『記憶の血』となって地に流れているのは、必ずしも人々の流血のみではなく。
「オブリビオンさんとだって歌えるのでっすよー?」
「「……………………………………」」
語る藍も、剣振るうマナセも、そして縛り付けるアリスも、ダンピールだ。
人と吸血鬼が交わった結果生まれる存在である。それは勿論、凌辱であったり実利であったり契約であったり、必ずしも心の繋がりによるものでは無いだろう。寧ろその方が圧倒的多数を占める筈だ。
それでも、ああそれでも。それでもだ。それは|オブビリオン《過去よりの化物》が|人間達《今を生きる命》と目を合わせ向かい合い得ると言う事の生きた証明。それがどれほど細い糸であれ、どの様な感情であれ、繋がり得るその可能性が其処に横たわっている事の証左。
命を弄び、その流血を糧としか見ぬ|大魔王気取り《オブリビオン・フォーミュラ》には想定し得ぬ理だっただろうか?
「「………………………………………………」」
祈りの双子が言葉と動きを止めている。だがそれは絶句や言葉が無いからではない。
彼女達は聞いているのだ。血と死に満ちたこの第二層に響き渡る大合唱を。藍の言葉通りにそこにオブリビオン達の歌声も在るのか。アリスが示した通り自分達が生み出したオブリビオンが自分達に弓引くのか。
記憶故、歌の最中にもその声は聞き得る。思考は曖昧なれど曖昧だからこそそこに在るのは無加工の本音。
『激戦を死闘を熱き鬩ぎ合いを。その末に認め合った彼我の間に憎しみなど無く。助力は寧ろ誉ぞ』
『憎い憎い憎いともけれどそれでもだからこそ憎い貴様らの存在が私の痕跡だ爪痕だ証明だ。死に絶え消えられるのは癪だな?』
『元々あいつらは嫌いよ。そもそも第二層って結局地下じゃない……全く、土竜の大将が何をふんぞり返ってるのかしらね?』
「「……なるほど……」」
一つ頷く。其処に在るのは怒りではなく、悲嘆でもなく、理解だ。
この上なき強敵と分かっていた猟兵との死闘。その戦況が今非常に不利である事。このままではそれは悪化し続ける一方である事。情緒も何もなく、ただただそう言った実利だけを正しく理解して。
双子は粉々に四散した。
「……あ」
アリスがその美しい相貌をひきつらせた。その表情に言葉を付けるなら『やっべ』となる。
それは肉体全てを砕き『捧げる』事で、幾重にも重ねた彼女からの拘束を抜け出されたから。
そしてもう一つ。祈りの双子が今、これ迄で最大の出力で生贄魔術を発動した事が見て取れたから。
「「……代償を此処に……」」
周囲の鮮血が一瞬で干上がった。
そして見る間に再構築される双子に呼応する様に、その後ろに闇色の何かが起き上がる。
「「……闇は全てを喰らう。絶望は全てを殺す。乳飲み子達が嘆き諦め眠る終わり。『血戦兵装:|明けない夜《ワールドオブデスペリア》』……」」
数多の顔、貌、絶望の表情が浮かんでは消える闇色の粘液で出来た巨人。
体中より流れ続ける赤色は血で涙でそして死だ。
「兵装とは……ああ、いや駄目ね。そう言えば|私達《猟兵》もキャバリアとか装備って言い張ってるし」
今正に巨大な平手を振り下ろされつつある中、それでも軽口を叩けるその胆力は小悪魔少女の面目躍如と言えるか。
けれどそれ迄だ。轟音と水音が響き、アリスの身体を闇が隙間無く圧し潰した。
●きぼうをすてぬものたち
|明けない夜《ワールドオブデスペリア》は歩み始める。
犇めく血管獣を踏み潰し、その身に取り込みながら。刃を構えたオブリビオン・フォーミュラと共に。
アリスの末路に奮起した猟兵達の攻撃を弾き、或いは完全に無視して向かうは。戦場を歌で埋め尽くし、主たる祈りの双子の為のリソースを奪う愚か姫。
「一度下がるべきではないでしょうか」
光の剣で血管獣を刻みながら、しかしマナセの言葉は転身の進言だ。
一匹でも多く斬り伏せてと決めた彼は、その決意通りに数多の獣を屠って藍を守っている。その彼の言葉なのだから、それは現実を見据えた正しい判断と思って差し支えは無いだろう。
「いいえ、いいえ!」
けれど少年は動かない。
正しさに従うほどの賢しさがあれば、そもそも此処には立っていない。こんな歌を歌って居ない。
「藍ちゃんくんは藍ちゃんくんでっすよー! 皆々様、ご心配なく! 藍ちゃんくんとの合唱を楽しんでくださいなのでっす!」
独りじゃない限り、共に歌う者達が居る限り、彼に後退の二文字は無いのだろう。
マナセは思案する。彼は元より、前線で武器を振るうのが主戦術で無い自分の判断を妄信はしていない。事実として闇の巨人は迫り、血管獣達は依然歌い手の喉笛を狙い続けている。だが、藍がその|安全を取って下がる《生き様を妥協》する事で『血の記憶』達の士気が下がるかもまた未知数なのだ。であれば。
「分かりました。何とか押し返せれば、あのお嬢さんも救出できるかもしれませんしね」
「そうでっす! お姉さんもきっと未だしぶとく生きてまっすからー!」
「そうそう、わたしの命は大事だものね。それに、奥の手を使わせたって考えると現状はチャンスでもあると思うわ」
同じ猟兵として、絶望の一撃を喰らった仲間の身を案じる二人の言葉に応じ、案じられたアリスも同意する。
うん。……うん?
「……何でいるんですかあなた」
「あら、あなた綺麗な顔して冷たい事言うわね? わたしがあのまま潰されていたら良かったって言うの?」
「いや、そう言う事では無くて……」
ひどーいと指を振るその仕草、|なんだこのひと《正に頭セカンドカラー》。
藍が嬉しげに笑っている。そのまま歌唱に戻り後はマナセに任せる構えの様だけど。聖者は己が眉間を揉み解した。
「|私と『あの子』はふたりでひとり、『あの子』が私の精神(中)にいる限り《封印を解く、リミッター解除、限界突破、オーバーロード、精神寄生体アリス・ロックハーツとの相互生命補完》、|私達が同時に死ぬことはない《それら全て発動済み継続維持中》」
突然流暢につらつらと語られた言葉に意味が重なっている。それは再宣言による術式の補強なのだろう。
ユーベルコード【ふたりでひとり】。量子的可能性の赤い糸で繋げられた『あの子』との固い絆は、相互の命を補完し合い守り合う。精神の中の|恋人《アリス》を、|肉体《アリス》はあらゆる攻撃から守る限り彼女達に死の終焉は届かない。
「……それ、死なないと言うだけで攻撃自体を防げた訳では無いと言う事ですよね?」
「あら……」
目を逸らすアリス。心なし重なる様に浮かぶもう一人のアリスも、その周囲のシスターズも揃って仲良く目を逸らしている様な。
その身はかつての異世界で能力者達が多く見せた、|魂が肉体を凌駕する《振り絞り、継戦能力》現象が維持している。逆に言えば、肉体だけで言えば結局の所……
「「……つまり元々その精神の中に逃げ込み存在し続けていた故に、『血の記憶』の補強で半現出化迄している訳か。二心は昔からだったと言う訳だ……」」
憎々し気であれば寧ろ溜飲が落ちたのだが。祈りの双子のその喝破は淡々としていて、ただ答え合わせをしているだけ。
シスターズの方には言及せず、興味すら薄いらしい事が見て取れる。
「そうね、おおむねはそれで正解。わたしが『区切って』いるのもあるけどね❤」
悪戯に笑うアリスの扱い混沌魔術、その内訳の中で一番大きい技術は所謂結界術だ。
そもそも結界とは外と内を分ける区切りで境界。そして彼我境界の最少単位が|精神《魂》で、次の括りが肉体。その超技量の結界術を持ってすれば、潰された肉体を魂が保持している間に区切り直す事も、|精神《魂》と記憶だけが揃った存在に仮初の実態を与える事も可能と言う道理。
「それだけじゃないわよ? 重ねた想いは一つに。紡いだ絆は何よりも強固。何者にも負けない力をくれる」
固い絆の赤い糸が、その繋がりに応じて与える力。先の危機に際して一層強くなったその加護は、アリスの術式の冴えを更に何弾も高い水準に押し上げている。
だから今ならもう一捻りの裏技が可能だとアリスは笑う。
「さて、それじゃあ聖者さん? あなたはもう随分と働いた様けれど、これで満足かしら?」
伺う様な視線、試す様な言葉。彷彿とする誰かとは随分と毛色が違うが、それでも大分類では近いのだろうか。マナセは己が手の中の輝きを見ながら静かに首を横に振る。足らないとは言わない。けれど出来るなら。
「叶うならば『祈りの双子』にも一発入れてやりたいところです」
「はい、|契約成立ね《承りましたー》」
|悪徳業者《ワンクリックなんちゃら》かな?
反射的にギョッとしたけれど、既にアリスの目はマナセから離れ藍の方に向いている。
「はぁいアイドル! ボリューム上げて頂戴! あなた達の歌をオブリビオン・フォーミュラに全開でブッカケちゃって!」
●すべてのものたち
「「……何だ、歌が……」」
祈りの双子は、当然の如く油断はしていない。と言うか出来る状況ではない。アリスの見立ては正しく、大技を繰り出した以上少なくともこの戦いに置いては猟兵達を下すか、最悪でも痛み分けにせねば立て直しの余裕を喪う事となる。
勿論、巨人の質量と力は折り紙付きだ。加えて世界そのものを丸々補給源としている彼女達が伴っている以上、その蹂躙は約束されたようなもので……。
けれど、歌が。
「「……これは丸で、丸でそれこそ世界全てを……」」
「そうでっす! その通りなのでっす!」
肯定の言葉。お喋り好きのアイドルによるMC。
「今、あなた方が聞いてる歌は!」
歌声が響く。呼応する様に歌声が起こる。そして混ざり合った歌声は更なる歌声を生み出す。
人と人は共鳴する。人ならざるものとて時に共感する。彼我の境界は厳然たれど、ただ一時心と心の間に置いてだけその垣根が失われる。それを成すのが文化である。
「血の涙に虹をかけるこの歌は!」
「「……類感呪術? いや、それともまさかそのままで?……」」
先の術師が手を加えているのか。それとも、ただただ重ね続けた歌声が『世界を覆い尽くす』概念に迄辿り着いたのか。
何れにせよ宣言は成される。
「ダークセイヴァー全ての歌なのでっす!」
随分な大言だ。無体とすら言える決めつけだ。けれど、彼は、そして彼と共に歌う全てはそう信じている。
そこに一つの条件が満たされる。
世界の全てがそれを歌っていると。世界がそれを望んでいると、そう強弁できる事。
「五卿六眼。この世界は、おまえ達の為にあるものじゃない」
青年の声。魔のエゴにより生まれ、人のエゴに塗れて育ち、けれど全てを救うと決めた巌の意志。心身ともに整った正真正銘の聖者。その手の中の剣の輝きが、天を衝く極光に至っている。
それはもう一つの条件。誰もが認める『旗印』、先頭を行く英雄。
ダークセイヴァーに置いて星の数ほど見る普遍的な英雄譚。誰もが絶望し、けれど何時かはとハッピーエンドを願う物語。『大切な者のために吸血鬼に立ち向かった』貴方が前に立つのであれば、誰も彼も文句等ある筈が無い。その背を追おう。
「「……光が収斂している……」」
それは、言ってしまえばただそれだけの事だ。
藍と言う一つの輝きが撒き散らした歌声が拡散し、広がったそれが更に連鎖して拡散して行く。文化の感染拡大とでもいうべきその性質は『薄く広く』であり、その拡散した輝きの全てを一本の光の剣に。一人の『血の記憶』に集めている……ただそれだけだ。別に何か新しい術式であるとか、技であるとか、コードであるとか、そんな話ではない。
ただ、その広さが桁違いに広大で。その総量が世界丸々全てを思わせる勢いであると言うだけで。
「「……馬鹿な。こんな……」」
極光はその明るさに相応しい熱量を持っているらしく、血管獣達はただ近付いただけで溶け崩れ。飛び掛かれば蒸発する有様だ。それで居て持ち手である聖者には何の痛苦にもなっていない様子なのが何とも奇跡の類としか言う他にない。
それは最早朝日にも等しい。『開けない夜など無いのだ』と言い聞かせるかのようにただだた明るく。そして力強い。
その輝きの持ち手が真っ直ぐに自分達に向かって居る。着実に近づいてくる。
「「……逃げ……ると思ったか?……」」
瞬間、祈りの双子がその背後に刃を振るう。
必殺の斬撃が二閃、避け様も無く立体的に振るわれたそこには果たしてアリス・セカンドカラー。圧倒的な光量と力の集まりを目にすれば、オブリビオン・フォーミュラが引くのは自明の理。何せ今此処にある血戦兵装は半ば自立式なのだから、それだけを残して離れ。後は極光のエネルギー切れを待つのが常道、あの量の収斂を2撃3撃分と続けれる筈が無いのだから当然だ。
「それを邪魔しに来ると読んでた訳ね」
その身を三つに刻まれたアリスが呑気に頷いて。
「もちろんわたしもそれを読んでたけれど☆」
躍り掛かる。双子の斬撃に切断されていた筈の身体がアッサリと繋がり……いいや、本当は違う。彼女は自ら己を空間ごと切断解体する事で斬撃を躱し、一瞬の誤認を与えた上で切断武威を接続、再構築したのだ。
|位相ずらし《仙術》と|御都合主義《多重詠唱幸運》を組み合わせた回避。どうしてこんなに手の込んだ手品を使うのか、それは勿論。お察しの通りだ。
「|えっちなのうみそおいしいです❤《大食い、魔力吸収》」
「「……が!? ぐ、ぐううううう……!?……」」
この期に及んで『やっぱりこの姿ならこれ言いたいわよね』等と嘯く軽口は相変わらずの小悪魔少女。|直接の接触《ダイレクトアタック》によってのみ成立する強力なエナジードレイン。他者に寄生しそのエナジーを糧に生きるサイキックヴァンパイアである彼女に取って、最も手慣れた一撃。
無限にも近い補給源を持つ祈りの双子の全てを吸い尽くすなど出来る筈も無く、寧ろ処理限界を考えれば持続時間は精々が数秒。けれど、その数秒間だけはその動きを完全に封じる事が出来。
その間に極光がやって来る。
「「……道連れ狙いだと……!?……」」
「いやね。そんな趣味無いわよ。でも、相手はこの世界だもの、|わたし達《この世界の子》を害するわけ無いじゃない?」
あなた達は違うでしょうけど。揶揄う様に笑う。
双子は辛うじて動く首を巡らせる。迫る極光。一つ一つは小さな光の夥しい程の数の集まり。
「苦しみの連鎖は、終わりにしましょう」
激しい輝きに反し、いっそ穏やかな聖者の言葉。振り上げられる光の剣。
それは、何でもないただ一人の青年の|剣《記憶》。けれど誰もが認める誰かの為の|旗印《心》。
たった一人の勇気を導に、全ての歌が其処に集まる。全ての記憶がその後ろに続く。
例えば。
懐かしき者達の物語。
抗う者達の物語。
慈しむ者達の物語。
強き者達の物語。
弱き者達の物語。
儚き者達の物語。
寄り添う者達の物語。
燃え滾る者達の物語。
驕らぬ者達の物語。
暖かな者達の物語。
高きを見上げる者達の物語。
心優しき者達の物語。
絆持つ者達の物語。
立ち向かう者達の物語。
愚かな者達の物語。
前を向く者達の物語。
心寄せる者達の物語。
邪悪なる者達の物語。
絶望する者達の物語。
希望を捨てぬ者達の物語。
そしてそれ以外の全て。全ての者達の物語。
「「……忌まわしい。おのれ、おのれ……何と……」」
美しいのだろう。
キラキラと輝く美しいもの。その連なり。
星空の様に無数に光る美しいもの達、それは彼ら彼女らの記憶。この世界に止め処なく流れ続ける全ての血の記憶。
その連なりを、その積み重ねを、後の世は歴史と銘打つ。
かつて流れたちの全てを指し、『ダークセイヴァーそのもの』と呼んだ者よ。であればこれを何とする。これを何と呼ぶ。
絶望を銘打たれた巨人がその拳を振り下ろす。けれど大丈夫、ずっとその闇の中でわたしたちは皆生きて来た。明けない夜の中、わたしたちは紡いで来た。
故に銘打つならばこの輝きは歴史。これまでのダークセイヴァーに流れた全ての物語を綴じた一冊の本。
|ダークセイヴァー年代記《わたしたちのクロニクル》。絶望如きで途切れるものか。
●鳥の羽根の栞
かくて物語は一区切り。
それは未だハッピーエンドでは無く、巨悪は消えても絶望は尽きない。闇も未だ晴れず、光は未だ遠く。
けれど書はまた開かれる。全ては明日へ明日へと記されて行く。歴史は紡がれる。
そうして全ては続いて行くのだ。この|世界《お話》は未だ、終わらないのだから。
大成功
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