闇の救済者戦争⑫〜自責の念、繭糸の如く絡みつく~
●
その魂人の少女は泣いていた。
それは自らが生贄にされるかもしれないという恐怖からではなく。
「■■……元気だったかぁ……?こっちはこぉんな有様だぁよ……ひひっ」
自分を逃さまいと周りを固めるオブリビオンの群れ――その内の一人が正気ではない笑みで声をかける。
「ああ、ああ……ごめんなさい……ごめんなさい……わた、私が、私のせいで、貴方は……」
「だぁいじょうぶだよぉ。心配するな、すぐにお前も――こっちにくるんだから」
その顔は最早かつての彼のものではないのに、時折見せる優しい笑顔はあいも変わらずあの時の面影を残しているのだ。
――ああ、ごめんなさい。
私を護って貴方は自分から地獄に落ちて、こんな姿に成り果ててしまう程に苦しかったのでしょう。
私が貴方を殺したようなものだ。
……そんな自責の念が、少女の足を蚕が自らに糸を巻きつけるように絡みつく。
囚われの花嫁から、自らが生き残る、逃げるという選択肢を、奪っていく――……。
●
「にゃーん……こんなの、こんなのひどいよう。かわいそうだよう……」
目から大粒の涙をぼろぼろと零すエインセル・ティアシュピス(生命育む白羽の猫・f29333)。
見た予知があまりにも辛く痛ましい光景で、流石にグリモア猟兵とはいえまだ子猫である彼には相当堪えたようだ。
――太陽の繭、と呼ばれる地帯がある。
内側から太陽の如き眩い光を放つ不気味な粘液の糸に覆われた地帯であり、その糸には無数の繭のようなものが包まれている。
その中に、多数の魂人の『花嫁』を生贄として儀式を行うことで、より強大な存在へ羽化しようとする闇の種族「蛇王ペイヴァルアスプ」が眠っている。
奴の羽化を阻止する為、儀式の生贄として捧げられている魂人の花嫁たちを救出して欲しい、というのが今回の依頼なのだが。
「はなよめさんたちをね、オブリビオンがにがさにゃいようにみはってるんだけど……ぐすっ、そのオブリビオンが……」
――花嫁たちを逃すまいと周囲を固めているオブリビオンは、"かつて大切な人を守る為に自ら永劫地獄に落ちることを選んだ"、魂人たちの成れの果ての姿だという。
この説明だけで、猟兵諸君にはお分かりだろう。
……その花嫁たちにとって、大切だった人の成れの果てをぶつけることで彼女たちから逃げるという選択肢を奪っているのだ。
彼らはかつて、花嫁たちにとって家族、恋人、親友……自らに親しいかけがえのない存在だった。
花嫁たちは皆、「自分のせいであの人は」と強い罪悪感を抱いている。
その罪悪感につけ込み、逃げるという選択肢を奪おうというオブリビオンの卑劣な策略によるあまりにも残酷な仕打ちと言っても決して過言ではない。
「でもね、でもね、きっとそのたましいびとさんたちは、はなよめさんにげんきでいてほしくてたすけたんだとおもうの。
だから、はなよめさんたちがいけにえにされちゃったら、たましいびとさんたちががんばったことがなくなっちゃう……!
そんなの、ぼく、ぜったいやだ!だから、はなよめさんたちをたすけてほしいの!」
今や正気がなかろうと、その魂人たちがかつて花嫁を助けようとして自ら地獄に落ちることを選んだ……その気高い選択は絶望に溢れたこの世界で何よりも尊いこと。
彼らの選択をなかったことにしては決してならない。彼らの誇りを穢すことになっては、ならない。
彼らの護りたかったものを護ることが、彼らの気高い生き様を護ることに、きっと繋がるだろう――。
御巫咲絢
何か最近シナリオを続けて出すと温度差が酷いのばっかりだな??とセルフツッコミしながら書いています。
どうもMSの|御巫咲絢《みかなぎさーや》です。シナリオ閲覧ありがとうございます!
御巫のシナリオが初めての方はお手数ですがMSページもお目通し頂けますと幸いです。
闇の救済者戦争、シナリオ2本目をお届けします。
魂人の花嫁を救出してもらうだけのシンプルな依頼です。ホンマか?
●シナリオについて
当シナリオは『戦争シナリオ』です。1章で完結する特殊なシナリオとなります。
また、当シナリオには以下のプレイングボーナスが存在しています。
●プレイングボーナス
オブリビオンの群れを蹴散らし、『花嫁』を解放する。
また、当シナリオ限定プレイングボーナスとして「花嫁の罪悪感を和らげ、生きる気力を取り戻させる」が存在します。
寄り添ってもよし、敢えて無視して助けるもよし。
●エネミーについて
『地獄の亡者』、かつて大切な人を助ける為に自ら永劫の地獄に落ちることを選んだ魂人たちの成れの果てです。
今回は花嫁たちにとって親しい人物たちを主体にやってきているようです。
親しい人物の内容は皆様のプレイングを見てそれに沿うような内容で描写予定ですがその場で作っちゃっても全然OKです。
ダクセ出身で花嫁が知人だった!とかそんなんでも大歓迎。
●プレイング受付について
OP承認後の「翌朝」8:31から受付、締切は『クリアに必要な🔵の数に達するまで』とさせて頂きます。
受付開始前に投げられたプレイングに関しましては全てご返却致しますので予めご了承の程をよろしくお願い致します。
オーバーロードは期間前OKですが、失効日の有無の都合上執筆が後の方になりますのでご容赦ください。
頂いたプレイングは『5名様は確実にご案内させて頂きます』が、『全員採用のお約束はできません』。
また、『執筆は先着順ではなく、プレイング内容と判定結果からMSが書きやすいと思ったものを採用』とさせて頂きます。
以上をご留意頂いた上でプレイングをご投函頂きますようお願い致します。
それでは長くなりましたが、皆様のプレイングお待ち致しております!
第1章 集団戦
『地獄の亡者』
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POW : 堕落
自身の【欠片ほどに遺されたわずかな正気や人間性】を捨て【紋章の力をさらに引き出した、完全なる亡者】に変身する。防御力10倍と欠損部位再生力を得るが、太陽光でダメージを受ける。
SPD : レギオン
【別の亡者】と合体し、攻撃力を増加する【2つ目の紋章】と、レベルm以内の敵を自動追尾する【亡者弾(肉体の一部を引きちぎったもの)】が使用可能になる。
WIZ : 呼び声
自身が戦闘で瀕死になると【10倍の数のさらなる地獄の亡者】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
イラスト:V-7
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
フォルク・リア
「魂人を捕えて利用しようと言うだけでも許し難いのに
その大切な人を使って苦しめるとは。」
周辺の状況を確認し敵の配置や動き、繭の場所を確認
しながらグラビティテンペストを発動。
加重力で敵を抑えて行動を妨害しながら繭の元へ。
「大丈夫か。兎も角一刻も早く此処から離れるんだ。
あれに耳を貸す必要はない。
それよりも大切な人の生きていたころの事を思い出してくれ。
それと此処から出るまでの間は目を瞑って、耳を塞いでいて欲しい。」
と余計な言葉を聞いて心が乱されないようjに。
魂人を連れ出す際は手を引いたり反重力で持ち上げて移動。
敵は引き続き抑えながら、一体づつ集中して重力を掛けて潰し
新たな亡者を呼ばれる前に倒す。
御梅乃・藍斗
…一度護られた命がこんな形で利用されるなんて、腹立たしいにも程がある
指定UCで恨みごとを吐く彼らを黙らせましょう
片端から衝撃波で蹴散らしますよ
一緒に繭も攻撃して、敵が片付いたら花嫁を助けます
【救助活動】【かばう】で怪我のないように
花嫁さんへ声を掛けます
僕は自分の家族を死なせました
あなたよりよほどの罪人です
けれど死んだって自分が楽になるだけ、それでのさばるオブリビオンが笑うだけ
だから生きて贖う道を選びました
あなたはどうですか
生かしてくれた人たちだって、あなたがむざむざ生贄になることなど望んではいないはずです
【コミュ力】【勝者のカリスマ】【覚悟】で少しでも説得力が上がればと思います
●
「――魂人を捕えて利用しようと言うだけでも許しがたいのに、その大切な人を使って苦しめるとは」
フォルク・リア(黄泉への導・f05375)の表情はフードに隠れ、伺い知ることはできない。
しかし、その声色には確かにオブリビオンの卑劣なる行為に対する怒りを感じ取ることができる。
「……一度護られた生命が、こんな形で利用されるなんて」
御梅乃・藍斗(虚ノ扉・f39274)もまた、筆舌に尽くしがたい腹立たしさに表情を険しくする。
花嫁たちは皆、誰かが自らの生命と引き換えにしてでも生きて欲しいが故に護られて今もこうして生きている。
それを、このような残酷な形で利用しようとするオブリビオンの悪辣極まる諸行……断じて許してはならない。
「ひっく……ひっく……ごめんなさい、ごめんなさい……パパ、ママ、ごめんなさい……!!」
「ははは、泣かなくて大丈夫さ。すぐにお前もこっちにきて、パパたちの苦しみがきっとわかるようになるからなァああああああ????」
「早くこっちにおいでぇ……??ねえ、あなただけこのまま生き残ったりしないわよねえエエエエエエエエエエ????」
花嫁たちを救出すべく、太陽の繭へと足を踏み入れるや否や早速痛ましい光景を目の当たりにする。
魂人の少女がオブリビオンたる地獄の亡者からの真綿で首を絞めるかのような言葉にひたすら泣いて謝罪を続けている。
言動からしてこの亡者たちはかつて彼女の両親だったのだろう――娘を護る為に生命を散らした親が護りたかったはずの子を苦しめることがどれ程残酷なことか。
「……"ダ マ レ"ッ!!!!」
刹那、藍斗が放つはヒトには決して聞き取ることのできない怒りの咆哮。
それはまるで巨大なハリケーンが発生したかの如く暴風を生み、オブリビオンを繭ごと吹き飛ばし、少女の周囲を一時的に安全なものへと変える。
魂人とはいえヒトであるからか、藍斗の咆哮が聞き取れなかった少女は突然とてつもない暴風が吹き荒れた様子に戸惑い、何が起きたのかと辺りを見回し始め――
「大丈夫か」
そこへフォルクが手を差し伸べる。
「怪我はしてないか?」
「……あ……は、はい……」
「ならよかった。一刻も早く此処から離れるんだ、あれに耳を貸す必要はない」
目線を合わせるようにしゃがんで優しく声をかけるが、それでも少女は迷いがあるのか手を取ろうとして躊躇う。
「で、でも、パパとママが……わたしのせいで……」
「そう思ってしまうのも無理はないだろうけど、君のご両親は、生きていた頃からあんな言葉をかけていたのか?」
「違う!!それは絶対に違う!!」
「なら今の彼らよりも、彼らの生きていた頃のことを思い出してくれ。それと、此処から出るまでの間は目を瞑って、耳を塞いでいて欲しい」
生きていた頃の両親を思い出そうとしても、難しいことは承知の上だ。
それ程までに大切な人を犠牲にして生き残ったということは、深い傷を意図しようとしまいと与えられてしまうものであるが故。
余計な言葉を聞いて心が乱されぬよう、思い出すのが難しければ目と耳を塞ぐだけで良いとフォルクは言う。
勇敢に立ち向かうことも人間の美徳の一つと言えよう。だが、全員が全員そうできるワケではない。
どうしても耐えきれなくなって潰れそうになることだって誰でもあるだろう。
その時に自らを潰そうとするものから逃げることは、決して恥でも悪でもないのだ。
「……それ、なら、何とか……」
少女の頑なな罪悪感が少しずつ溶けたのか、目をぎゅ、と瞑って耳を手で抑える。
それに感謝を告げ、フォルクはユーベルコードを起動すべく詠唱する。
「"押し潰せ、引きちぎれ、黒砂の陣風を以て。其の凄絶なる共嵐の前には何者も逃れる事能わず、ただ屍を晒すのみ"――」
太陽の繭内、地面を覆う程の糸の奥から黒い粒子が湧き上がる。
【グラビティテンペスト】がフォルクの周囲、半径にして136m以内の無機物を重力・斥力に干渉する微粒子と変え、魂人の少女を反重力にて持ち上げる。
そのまま目と耳を塞いでいられるように――
「あれぇ?◆◆??どこに行くんだあ?」
「まーたママたちを置いていくのォオオオオオオオオ????!?」
亡者共が一つに連なり、大きなオブリビオンと化すが――
「――"吹き荒れよ、滅びの衝撃"」
刹那、フォルクが微粒子を操作して発生させた重力波にぐしゃりとひしゃげ果てる。
少女は言いつけ通り耳と目を塞いでおり、何が起きたのかを把握する様子はない――まあ、流石に両親を潰している様を見せるワケにもいくまいが――。
とはいえ亡者なだけあってひしゃげながらも再び立ち上がり、少女を取り戻そうとするかのように手を伸ばし――
今度は横から割って入った藍斗の【音なき聲】がその腕を吹き飛ばした。
「今のうちに。ここは僕が」
「すまないね。この子を無事避難させたらすぐに戻ろう」
少女を再び反重力でやわらかく背を押しつつ、同時にオブリビオン共の一匹一匹を重力で押し潰しながらフォルクはその場を離脱する。
亡者共は当然追いかけようとするが、藍斗が再び聲を放つことであっという間に吹き飛んでいく。
「きゃ……っ!!」
すると響く小さな悲鳴。
繭の中からするようにも聞こえて、藍斗は聲のする方に向かう。
そこには他の繭よりは一回り小さな繭があり、糸を切ると中には囚われの花嫁がもう一人。
「ご無事ですか」
「あ、貴方は……?」
「猟兵です。あなたたちを助けにきました。安全なところまでお連れします」
「……ありがとう。でもいいの、これは私が受けるべき罰なんだわ」
その花嫁は愛する人が自らを庇って地獄に堕ち……当然、その人物もオブリビオンとして蘇っている。
絶えず恋人の怨嗟を聞き続けた彼女は、これを当然の罰だと受け入れようとしていたようだ。
故にこうして繭の中に篭り、贄と捧げられる日を待っていた、と。
「……私のせいで彼は死んだ。私が殺したようなものだもの。この罪はこうでもしなきゃ償えない……」
「……」
そう諦めている花嫁の姿が、藍斗には他人のように見えなくて。
「……僕は、自分の家族を死なせました」
「!」
「僕は、あなたよりよほどの罪人です。家族殺しなんて到底許されるものではありませんから。
けれど……死んだって自分が楽になるだけ、それでのさばるオブリビオンが笑うだけ。だから、生きて購う道を選びました」
藍斗は、猟兵となり戦うことを産まれた時から運命づけられていた。
それ故に帰る場所も家族も喪った。――自分が死なせたのだ。
そのあまりにも重い咎に、今も自らの存在意義を見い出せず、自責の念が繭糸の如く彼の体にも絡みついている。
けれど、だからこそ。
「――あなたは、どうですか」
「私、は」
「生かしてくれた人たちだって、あなたがむざむざ生贄になることなど望んではいないハズです」
「…………」
花嫁は口を噤み、何も答えない。
けれど何かを思い出したのか、差し伸べられた手を拒むことはせずそれを取る。
真剣に、彼女の目を真っ直ぐ見ていた藍斗の表情が柔らかく綻ぶ。
「ありがとうございます。無事にここを出られるよう、僕にできる最善を尽くします」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
栗花落・澪
どっちの気持ちもわかるな…
本当は自分の足で走るのは苦手だけど(心臓病持ち)
うっかり糸に引っかからないよう自力で動きます
高速詠唱で氷魔法の属性攻撃、範囲攻撃
範囲内の敵をまとめて凍結、足止め
瀕死って死の一歩手前…だよね
なら…一撃で確実に、終わらせたらいいかな
それもきっと…優しさだよね
紅色鎌鼬発動
氷魔法も付与してなぎ払いと同時に凍結、破壊
同時に花嫁も救助
自分を責めてしまう気持ちもわかる
でも、あの人は自らの意思でそれを選んだ
貴方を、貴方の未来を、守りたかったから
自分を責めるのをやめるなとは言わない…僕には言えない
でも、彼の決意を無駄にはしないで
生きて
それが…貴方にできる何よりの供養、償いだと
僕は思うな
ヤーガリ・セサル
吸血鬼という生き物は大概悪趣味ですが、この地の御仁らは輪をかけて酷い。本当に嫌になります。
電脳魔術でホログラムを作成し、あたしと花嫁の虚像を作ってランダムに動かし、混乱を誘います。その上で花嫁の傍に近づき、「地獄の亡者」達に『剣持ものに休息を、剣持たぬ者には護りを』あまり……花嫁が知っている相手の姿をめちゃくちゃにしたくないですからね。
さて、お嬢さん。愛を忘れちゃいけませんよ。罪悪感を感じるかもしれませんが、生き残っていることは、「彼ら」からの愛情たっぷりな贈り物なのですから。
だからね。せめて、生きて、彼らの魂に祈りましょう。覚えていましょう。
それが生き残った人の役目なんですから、ね?
●
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……私のせいで、私のせいで……!!」
「はははは何を泣いているんだ、お前がすぐにこっちにきたらいいだけの話だろぉぉおおおおおおおおおOOO???」
ああ、花嫁の嗚咽と亡者の罵倒が太陽の如く光る繭に響き渡る。
ヤーガリ・セサル(鼠喰らい・f36474)は花嫁が亡者に罵倒され続ける光景にはあ、とため息をついた。
「(吸血鬼という生き物は大概悪趣味ですが……この地の御仁らは輪をかけて酷い)」
ヤーガリは従属種ヴァンパイアであり、それ故に吸血鬼という種の嫌な部分はそれこそ嫌という程見てきた。
全員が全員そういうワケではないことはもちろん承知の上である。
それでも主語を大きくして、声も大にして言えるレベルで、ダークセイヴァーの吸血鬼はヤーガリの思っていた以上の悪辣さだと認識せざるを得ない。
「本当に嫌になります」
「そうだね……あまりにも酷い。でも――花嫁さんの気持ち、わかるな……それに命がけで助けようとしたその人の気持ちも」
栗花落・澪(泡沫の花・f03165)は花嫁と花嫁を救おうとした者、双方に想いを馳せる。
もし自分が同じ立場だったら、自分を責めただろう。
もし自分が同じ立場だったら、生命がけで大切な人を護ろうとしただろう。
彼らがどんな想いだったか、どんな想いでいるか、嫌でもわかってしまうのだ。
「ええ、救おうとした方たちの行いはとても尊いことです。彼らの行いを無駄にしないよう、あたしらで助けてあげませんとね」
きっと主がこの場におわしたならば、きっとその者たちの行いを尊び、称えただろうとヤーガリは考える。
生き延びる為に悪魔と契約した元僧侶がそれを言っていいのか、とも。
とにもかくにも、まずは花嫁たちの救出からだ。
「糸があちこちに張り巡らされてる……これは飛べないなあ。仕方ない」
いつものように空を飛べればそこまで体力を使わなくとも良いのだが、戦場の環境的に諦めざるを得ない。
もとより心臓病を持病として抱えている故に激しい動きはできず走るのも苦手な澪であるが、糸に引っかかっては本末転倒であると行動に出ようとしたが、ヤーガリがそっと止める。
「ちょいとお待ちになってください。まずは相手の混乱を誘ってみませんか?」
「混乱?……あ、そうか。その方が花嫁さんに近づきやすくなるかも」
「ええ、ええ。あたしが亡者共を混乱させてみましょう」
ヤーガリの周りを0と1のコードが飛び交う。
電脳魔術が構築され、姿を現すのはヤーガリ――と、先程から大切な人の成れの果てに罵倒され続けている花嫁のホログラムだ。
ホログラムでありながらまるで映画を撮影しているかのように亡者から花嫁を逃がそうとするヤーガリの図が描かれる。
「???なんだァ?二人いるぞォ……!?」
急に花嫁がもう一人増えたことに困惑する亡者たち。
本物が目の前にいるというのに、それでもそちらに視線が向くのは地獄に落ちたが故にそれらを考える為の理性すら喪ったのか、それとも。
ヤーガリは電脳魔術でホログラムをランダムに動かし、亡者を翻弄しながら花嫁の元へと向かう。
そしてそれを邪魔させないよう、澪が高速詠唱で氷属性の範囲攻撃魔術を発動させて足元を狙って凍らせる。
「GYAA!?何だ、動かないゾO……?!」
「嗚呼、アA、花嫁ガ逃げRu、追え、追――」
亡者共が動こうとすればする程、澪の氷魔術がその身を凍らせる。
足だけ凍っていたのがあっという間に腹部にまで至る程、亡者共はひたすら抜け出そうとしてもがいて、もがいて、もがき抜いた果てに生命を削られゆくのだ。
「な、何?何が起きたの……?」
「おおっと、怖がらないで大丈夫ですよ、私らはお嬢さんの味方です」
怯える花嫁に対し、ヤーガリが両手を上げて危害を加える意思がないことを示しながら彼女の前へ。
同時に澪の姿が"敢えて"見えないような位置に立つことで彼の行動が見えないよう注意を配る。
「(もう魔術で虫の息とはいえ……あまり、花嫁が知ってる相手の姿をめちゃくちゃにしたくないですからね)」
澪の姿を遮りつつ、自らもユーベルコードを起動して電脳魔術による結界を展開する。
この結界には強制休戦コードが組み込まれており、どのような戦闘に積極的なオブリビオンであろうと睡魔に誘うことができるのだ。
準備が整った状態で、ヤーガリは澪の方へアイコンタクトを送り、澪はそれに頷いてユーベルコードを発動する。
「(一撃で確実に、終わらせたらいいかな)」
ヤーガリのユーベルコードには眠っている対象の負傷を回復させるというデメリットがあるが、それを上回る形で澪の氷魔術は亡者共を瀕死へと至らしめていた。
瀕死、即ち死の一歩手前。下手に苦しめるよりは一瞬で終わらせてやった方が良いだろう。
「(それもきっと……優しさ、だよね)」
向けるは敵意、顕現するは無数の澄んだ紅色の鎌。
氷の魔力を纏い、亡者共を凍結させると同時にその体を鎌が砕く。
とはいえ花嫁に対してこの光景は刺激が強いことだろう。それも踏まえてヤーガリが間に立つことで花嫁が直視しなくて済むようにしたのだ。
澪はヤーガリの心遣いに感謝しながら、新たな敵を呼ばれる前にと亡者共を砕き切り、その場の一時的な安全を確保する。
「ひっく……ひっく……ごめんなさい……ごめんなさい……」
花嫁は延々と罵倒され続けてきたのかずっと泣きながら謝罪を繰り返している。
あまりにも痛々しい光景で、澪は駆け寄るとしゃがみ込んで彼女に寄り添い、落ち着くまで背を擦ってやる。
「こんなになって……さぞ辛かったことでしょう。落ち着くまで待ちますからね」
ヤーガリもまた花嫁に視線を合わせる為に膝をつく。
花嫁がやっと口を開けるようになったのは、周囲のオブリビオンを撃退してから数分してからだった。
「あり、がとう……ございます……でも……」
花嫁を罵倒していたオブリビオンは、自分の歳の離れた兄だったという。
両親はとっくの昔に自分たちを護る為にいなくなっており、残された兄は妹を助けるべく自ら地獄に落ちる道を選んだそうだ。
大好きな兄がこんな姿になってしまったことのは自分のせいだと、兄だった者には何度も何度も罵倒されたという。
「そっか……辛かったね」
「お兄ちゃん、お父さんとお母さんがいなくなって辛いのに、私にはずっと笑ってくれてて……きっと無理してたんだろうって……」
「それはそれは……気に病まれるのも当然のことでしょう。ですがお嬢さん――」
愛を、忘れちゃいけませんよ。
ヤーガリの言葉に花嫁の少女はまだ涙が溜まっている目を向け、首を傾げる。
「罪悪感を感じるかもしれませんが、生き残っていることは、「彼ら」からの愛情たっぷりな"贈り物"なのですから」
生きて欲しい、そう願ったからこそ貴女は生きてここにいる。
その根底には貴女へ惜しみなく注がれた、紛れもない"愛"があるのだと。
「……君のお兄さんは、自らの意思でそれを選んだ。貴女を、貴女の未来を――護りたかったから」
「お兄ちゃんが、私を……」
「自分を責めるのをやめるなとは言わない……僕には言えない。でも、お兄さんの決意を無駄にはしないで」
生きて、彼らの為に祈る。生きて、彼らのことを忘れず胸に刻み続ける。
それが、何よりの供養であり、償いに繋がるだろう……そう澪は語り、ヤーガリもそれに同意するように頷く。
生き残った者の役目は、何があっても彼らが生きた証を、生きることで残していくことなのだと。
「……よく、わかんない……」
「すぐにわからなくても大丈夫ですよ。それに、こんなところに長くいて体も心もすっかり疲れているでしょうしね」
「うん。今はここから逃げ出して、それからゆっくり休んで……それから考えるのでもきっと遅くないと思うよ」
「……わかった。ありがと……」
まだ大人とは言えない花嫁の少女。彼女が二人の言葉の意味を理解するのには時間がかかるだろう――けど、時間がかかっても構わない。
生きていなければ、時間をかけるなどということはできないのだ。
彼らの為に祈ることも、覚えていることも。生きた証を、残すことも……
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ルネ・シュヴァリエ
黒翼で敵の頭上を飛んで花嫁に接近
それから落ち着かせるように手を握ってお願いするよ
魂人ちゃん、ルネから離れないでね
それと、向こうにいる人……恋人さんかな?
あのままにはしておけない、だから教えて
自分のせいでとかじゃなくて救われた後に貴女がどう生きてきたかを
貴方が命を賭して助けてくれたから私は幸せに生きられたって
ルネが誘惑の力を込めて確実に伝わるように一緒に言ってあげるから
魂人ちゃんの言葉を伝えながらUC使用
彼氏さん、本当に地獄の炎で包むべきは貴方じゃないのは分かってるけど
せめて彼女の言葉を聞いて眠ってね
魂人ちゃんには燃えてる姿が見えないよう催眠術かけるよ
ルネ、やってる事悪魔みたいだね、ごめんね……
●
「何だァ!?」
「何か飛んできたぞO!?!」
亡者共が一斉に頭上を見る。
繭糸に絡め取られないギリギリのラインを飛んで、亡者共を無視して花嫁の元に辿り着いたのはルネ・シュヴァリエ(リリスの友想い・f30677)だ。
魂人の女性の手を握り、友達に語りかけるように口を開く。
「大丈夫?魂人ちゃん」
「あ、貴女は……?」
「助けにきたの。ルネから離れないでね」
「え、ええ……でも、彼が……」
花嫁の女性が視線を向けるのは一匹の亡者の姿。
先程からこの女性の名であろうものを呼び続けているが、当然ながらその顔に正気は感じ取ることができない。
「あの向こうにいる人……恋人さんかな?」
「ええ……私を助ける為に……」
「そっか――うん、あのままにはしておけないね。魂人ちゃん、教えて?」
「教えてって、何を……?」
「自分のせいで、とかじゃなくて、救われた後に貴女がどう生きてきたか。教えて欲しいの」
生命を賭して助けてくれたからこそ、幸せに生きられたことを伝えるべきだと、ルネは言う。
事実上の死によって別たれた恋人が再会を果たしたのだ。
片や生き残った罪悪感に呑まれたまま、片やかつての記憶すら歪んだままで終わりを迎えるのはあまりにも悲しすぎる。
「ルネの誘惑の力も込めて、確実に伝わるように一緒に言ってあげるから。せっかく会えたんだもん、伝えたいことは伝えなきゃ。ね?」
「……」
女性は少しだけ迷ったた後、こくりと頷く。
そして呼ぶ。かつての愛しい人の名を。
亡者がこちらを振り向く。かつての面影がほとんど消え失せた表情で、喜々としてこちらに駆け寄ってくる。
まるでどんな文句を言って苦しめてやろうか、そんな悪辣さを孕ませた笑みを浮かべる亡者だったが――
「ありがとう!!あの時、私を助けてくれて!!」
「――!」
女性の第一声に対し、その下卑たような笑みが消え、驚いたような顔を見せる。
そして同時に彼女の背を押すべく、|【地獄の花嫁】《魔王の妻の燃え上がる愛》を込めてルネが次いで口を開く。
「彼氏さん、貴方を|《地獄の炎》(コレ)で包むべきじゃないのはわかってるけど……せめて彼女の言葉を聞いて眠ってね」
吹き上がる地獄の炎。それに包まれる亡者だが、痛みにも苦しみにも呻きはせず、耳を傾ける姿勢を見せる。
ルネのリリスとしての権能、誘惑の力は確かに作用ししたことにより、花嫁の言葉が届く状態となったからだけではない。
もともとこのユーベルコードは生命力を奪うと同時に快感を与える炎の嵐であること、そしてルネが催眠術により痛覚を亡者から奪っているからだ。
そして催眠術は――花嫁にも。
「貴方が助けてくれたおかげで……私は生きてこられたの。何とか生きてたどり着いた先で、何とか居場所を作って、支え合って生きることができた……!」
涙ながらに伝える花嫁の姿には、亡者が静かに耳を傾けているようにしか見えない。そうルネが仕掛けたからだ。
けれど、やっていることは悪魔とほぼ変わらない。
「(……ごめんね……)」
心の中で謝罪を告げながら、花嫁を支えて言葉を伝える為に権能を行使し続ける。
「ありがとう、あの時貴方が助けてくれたから、こうして貴方に感謝を伝えることもできた」
「……■■」
「本当に、ありがとう……貴方が、私の恋人で、本当に、よかっ……」
そこまで言って、花嫁は泣き崩れた。
様々な想いがただただ溢れてきて、言いたいことはいっぱいあるのに、言葉が出てこないのだ。
ルネはそっと花嫁に寄り添い、その涙を拭ってやる。
亡者の体はもう殆ど燃え尽き、最後に残った顔すらも炎が灰に変えようと迫る。
「……ああ。俺も、君が生きていてくれて、よか――」
その間際に正気を取り戻した彼は、終ぞその言葉を言い切ることなく消え去った。
泣き崩れた花嫁にはその表情は見えずじまいだが、ルネはその時確かに見た。
亡者と化したハズの男が、穏やかに、そして嬉しそうに微笑んでいたのを――。
成功
🔵🔵🔴
アウグスト・アルトナー
ルビ◎
アドリブ歓迎
連携NG
花嫁は兄(口調:僕、グスト、~だね、だよね)
亡者は母(私、呼び捨て、ね、わ、~の、~よ)
共に、十数年前に下層で死亡
ユーリ兄さん!
ぼくです、アウグストです
会いたかったんですよ
あの亡者が母さん……ですか
こういう事態もぼくは覚悟してきました
……平気ではないですが
母さんは、身を挺して兄さんを護ってくれたんですね
変わらずにいてくれたんだな、って思いました
ですが、今はもう違うんですよ。兄さん
今の母さんは、兄さんの未来を望んではくれません
ぼくは、兄さんと共に生きていきたいです
どちらの手を取りますか?
兄さん、選んでください
兄さんと手を重ね
ロザリオを握り
【神の奇跡】
祈り、焼却
お別れです
●
「――ユーリ兄さん!!!」
アウグスト・アルトナー(黒夜の白翼・f23918)は花嫁に向かって思わず叫んだ。
名を呼ばれた魂人の少年は、目の前で受けてる罵倒も忘れてこちらを見る。
「……グス、ト?」
ああ、聞こえていた家族の声と変わらない。
顔立ちも記憶に残る彼のそれと同じだ。
思わず目頭が熱くなる。
「ええ!ぼくです、アウグストです。会いたかったんですよ……!」
「ほん、とうに……?本当に……ああ……っ」
頭には弟と対になるかのように、白い百合を咲かせた少年は恐る恐る手を伸ばす。
すぐにその手を取って引き寄せるように、アウグストは兄を強く抱きしめた。
過酷な環境下にいた故か、すっかり冷たい体を暖かく包むように。
「ああ、兄さん……きっと|第三層《ここ》で生きていると信じていました……!」
「グスト……ああ、こんなに大きくなって……!!」
「ずっと探していました。もう一度家族みんなで一緒に暮らしましょう。母さんもきっと――」
刹那、最早人のものではない奇声が響く。
びく、とユーリが体を震わせるのをアウグストは見逃さなかった。
「ユ―――――リィイイイイイイイanjrghaepbferi;oi:jghapubap@ijofhegbu[!!!!!!!!!!」
人間で聞き取れる限界ギリギリの周波で甲高く響く女性――だったものの声。
恨みと憎悪を込めた視線を向けてくる亡者の手を、アウグストが即座に展開したオーラの防御膜が跳ね除ける。
最早当時の人の形すら残っていないけれど、アウグストにはすぐに分かった。嫌でもわからざるを得なかった。
「――この亡者が、母さん……ですか」
「……」
俯き、ユーリは頷いた。
そうですか、とアウグストは目を伏せる。
できればそうではないと聞きたかったと言えば、嘘になる。
だが、可能性としては非常に高かったことも理解していた。
覚悟していなければこの状況を冷静に受け止められてはいなかっただろう。
決して平気とは言えないが……
「……僕を庇って、地獄に堕ちたんだ」
「……そうですか。――母さんは、身を挺して兄さんを護ってくれたんですね」
「…………結局、何もできなかったんだ。僕は」
結局無力な子供と変わらないのだと、ユーリは自らを嘲るように言った。
明るくて悪戯好きで、やんちゃっ子だった兄がこんな表情を見せる程に、母が自らを庇って|二度《・・》死んだ事実はあまりにも重すぎたのだろう。
誰よりも、家族を愛した兄であったが故に。
けれど同時に、その言葉からアウグストの覚えている母の姿は、きっとずっと変わらなかったのだと確信にも似た思いを抱くことができた。
でなければ、兄がここまで追い詰めることなどないだろう。
「母さんは|第三層《ここ》でも、変わらずにいてくれたんですね」
「……だからこそ、僕は――」
「ですが」
今は、もう違うんですよ。
――兄の自責の念の言葉を遮るように、アウグストは言う。
そして、母を……否、母|だった《・・・》者を見る。
最早自らの子であることもどうでも良いかのような、ただただ恨みと苦しみと憎しみをぶつけたいだけの醜い表情は、逆に痛々しくすら思えてならない。
だが、それ程までに既に正気ではないということも見て取れる。
「……今の母さんはもう、兄さんとの未来を望んではくれません」
「……」
「悔やむなとは言えません。ぼくもきっと兄さんの立場になっていたら同じことを思ったでしょうから。
――でも。ぼくは、兄さんと共に生きていたいです」
ダークセイヴァー第三層が開かれてから、アウグストはきっと家族がここで今生きていると信じて探し続けてきた。
きっとまた会えたなら、再び家族みんなで幸せに暮らそうと願って。
愛する妻と、愛する家族と、皆で日々の喜びを分かち合う生活を夢見て、現実にするのだと決意して。
本当はそこに母もいて欲しかったという気持ちは当然ある。
けれど、その母の犠牲がなければ兄をこうして見つけることも叶わなかったかもしれない。
そして自分たちの知っている母は、もう既にこの世のどこにもいないのだ。
「……兄さん。選んでください」
アウグストはユーリに手を差し伸べる。
同時に、母だったものも手を伸ばし、その首を掴もうとしている。
母を死なせた贖罪として贄にされることを選ぶのか。
それとも、母の分まで生きる決意と共に、弟と行く道を選ぶのか。
ユーリは悩んだ。
母を置いていってしまって良いのかと。だって自分のせいで母は死んだのだから。
けれど、この亡者が今も本当にユーリの知る母としての自我を保てていたなら、果たして本当にそれを願うだろうか。
母は生命を賭して自分を護ってくれた――その事実から目を背けることに繋がるんじゃないかと、心のどこかではわかっていた。
けれど、一人では何もできない無力な子供でしかないことを突きつけられて、諦めていたのだ。
きっと、アウグストも同じことを思っているからこそこうして選択肢を自らに提示したのだろう。
……母さんは、贖罪の為に死ぬことを本当に喜ぶのだろうか、と。
逡巡し続けた果てに、ユーリが取ったのは。
「……ありがとう、兄さん」
アウグストは、自らの手を取ってくれた兄の手を両手で優しく包む。
「これからは、ずっと一緒です」
「……グスト、お願いだ。母さんを――」
「ええ。もうこれ以上、苦しまなくて良いように」
包んだ手の片方を離し、首に提げているロザリオを握る。
アウグストに唯一残されていた母との繋がりでもあった、彼女の形見。
それを静かに母であった者に向けて……
「――母さん。お別れです」
……神よ、どうか母に救いを。
願いと共に炎の柱が立ち上る。
母であったものの体を、跡形もなく焼き尽くす。
痛みに呻くのは一瞬だけで良いように、もう二度と呼び出されることのないように。
「……――」
焼き尽くされるその直前、母だった亡者が口を開く。
声は聞き取れない。
けれど何を言おうとしていたのか、二人の息子にははっきりと伝わった。
「……ありがとう、母さん」
母の体が燃え尽きるまで、アウグストもユーリもその炎の柱から決して目を逸らさなかった。
願わくば、永遠の安息を彼女が得ることができるように、祈りを捧げながら。
――どうか、しあわせになりなさい。
母の最期の願いを、胸に刻んで。
成功
🔵🔵🔴
紫・藍
花嫁とされている皆様方。
違うのでっす。あなた達のせいではないのでっす。
悪いのは皆々様から大切な人達を奪った方々なのでっす。
割り切れはしないでしょう。
その上でこう言うのでっす。
選んだのはあの方々達でっす。
その誇りを、祈りを、罪にしないであげて欲しいのでっす。
歌うのでっす。祈りを込めて歌うのでっす。
藍ちゃんくんの歌は心無きものにすら感情を呼び起こす魂の歌の歌なのでっす。
もしも本当に亡者の皆様が、この方々の大切なヒトだというのなら。
その心を少しでも、一瞬でも呼び覚ましてみせるのでっす!
さらなる数が召喚されるというのなら、まとめて心を呼び覚ますのでっす!
本当の声を愛する方に届けてあげて欲しいのでっす!
●
猟兵たちの健闘と献身によって、次々に魂人の花嫁たちは太陽の繭から無事に救出されていく。
しかし自責の念というものは繭糸の如く絡みつくだけではなく――蜘蛛の巣のように縛り付けてその場から離そうとしないのだ。
ダークセイヴァー第三層は、第四層よりも想像を絶する程に残酷な世界である。
その世界でここまで生きてこられたのも、大切な人の支えあってこそだった。
その大切な人が自らを護る為に犠牲になった……その事実だけで、彼ら彼女らから生きる意志を奪うには、十二分すぎるのである。
「――いいえ、違うのでっす」
そう自らを責め続け、崩折れている花嫁たちに紫・藍(変革を歌い、終焉に笑え、愚か姫・f01052)は膝をつき、目線を合わせて語りかける。
「花嫁とされている皆様方……あなたたちのせいではないのでっす。
悪いのは、皆々様から大切な人たちを奪った方々なのでっす」
そう、花嫁も、その大切な人たちも全てオブリビオンによって弄ばれた被害者であり、犠牲者に他ならない。
もともと生命の埒外に当たる存在たる猟兵でなければ太刀打ちすることも困難と言われる存在――それが|オブリビオン《世界の敵》。
彼らの未来を奴らが過去で塗り潰そうとしたが故に起きた悲劇であり、諸悪の根源は既に決まりきっている。
けれど、でもと花嫁たちは口を開く。
それに対し、藍は首を振る。あなたたちは何も悪くないのでっす、と。
「割り切れはしないでしょう。藍ちゃんくんも割り切れなんて言うつもりは絶対にないのでっす。
でも、その上で言うのでっすよ。
……選んだのは、あの方々たちでっす。
あの方々たちは皆様方を助ける為に、とてもとても尊くて気高い選択をしたのでっす!
だからどうかその誇りを、祈りを――罪にしないであげて欲しいのでっす!」
一般的には、人間は自分の生命を最優先で護る存在であることは確かだ。
生物に備わっている生存本能が、自動的にそう動かすようにできている。
楽しい記憶より辛く苦しい記憶が残りやすいのも、本能に刻むことで同じことを繰り返さないように、自らが生きる為の防衛機制からなるもの。
花嫁を救おうとした魂人たちは、皆その生存本能に抗ったのだ。
人間に予め刻み込まれたシステムを超越し、自らの身を犠牲にすることで大事なものを護り通そうとしたということ――それが高潔なる選択でなければ何だというのか。
だからこそ、罪悪感から自らの存在を否定するようなことはしないで欲しいと藍は強く願う。割り切れなくて当然だとしても。
それでも少しでも前に向けるよう、藍ドルとして花嫁たちにできる最善を尽くそうと花嫁たちを庇うように亡者たちの前に立ち、マイクを構える。
何をするつもりかと花嫁が問えば、ギザギザ歯を輝かせて藍はにっこり笑った。
「歌うのでっす。祈りを込めて!天を覆う闇も障害も吹き飛ばして!
もしも本当にこの亡者の皆様が、花嫁の皆様方の大切なヒトだというのなら、その心を少しでも――一瞬でも!藍ちゃんくんの歌で呼び覚ましてみせるのでっす!!」
藍の歌は、魂の歌だ。
その青空の如く澄み渡る歌声が響けば、心無き者にすら感情を呼び起こすことすらできる奇跡を内包している。
それが例え思考をインプットされてない機械であろうと、永劫地獄に苛まされ正気を喪った亡者の群れであろうと。
「(亡者となった魂人の皆様方――どうか、どうか本当の声を、愛する方に届けてあげて欲しいのでっす!)」
藍ドルは歌う、魂人たちを想い。
藍ドルは謳う、彼らの思い出が蘇ることを願い。
藍ドルは奏でる、希望の歌を。
藍ドル紡ぐ、悲しみと苦しみの底に眠った心が再び顔を出してくれることを願い。
「ア、A……」
亡者たちが皆一様に動きを止める。
先程まで花嫁たちに向けていた恨みの言葉が一切消え失せ、藍ドルの歌だけが響き渡る。
紅き空をも青く染め上げんかのようなオンステージの中、奇跡は起きた。
「ああ、そうだ……僕は、君を苦しめる為に生命をかけたんじゃない……」
「ごめん、ごめんね……酷いことを言って。苦しめてしまって……」
亡者たちが次々とかつての残滓を取り戻し、花嫁を次々に抱え、手を引いていく。
太陽の繭の外へと花嫁たちを逃がし始めたのだ。
どうか生きてくれ。
貴方は自分が生きた証だ。
ほんの僅かな間でも、またこうして会えてよかった。
どんなに苦しくても、猟兵さんみたいに助けてくれる人は絶対にいるから。
各々が僅かに許された時間の中、最期に伝えたかった言葉を、本当の想いを告げながら、花嫁を繭の外へと連れて行く。
歌が終われば再びただの化け物に成り果ててしまうからこそ、後悔しないように。
花嫁たちは皆涙を流し、想いの丈を吐き出す。
ありがとう。
貴方に会えて本当によかった。
絶対に、絶対に忘れないから。
貴方の分も、生き抜いてみせるから。
罪の意識が生きる意志へと昇華された花嫁たちの顔を見て、亡者たちは安堵の笑みを浮かべる。
彼ら、彼女らを逃し終えた亡者たちが再び繭の中へと、藍のステージ前へと戻っていく。
「ありがとう、猟兵さん。貴方のおかげで大事なことを思い出せた」
「とても綺麗で、心が洗われるような歌……最期にこんな素晴らしいものが聞けてよかった」
「どうか、彼女たちをお願いします」
自我の残るうちに亡者たちは自らの体を繭糸に縛り付けていく。
再び正気を喪っても、まだ逃げ出せていない花嫁たちを傷つけずに済むように。
「――皆様方の想い、確かに受け取ったのでっす」
彼らは猟兵ではなくとも、紛うことなく勇敢に戦った勇者たちだった。
敬意を示す為に深く礼をした後、繭の外の花嫁たちを安全な場所に連れていくべく、藍は太陽の繭を後にした。
大成功
🔵🔵🔵
インディゴ・クロワッサン
※WIZ
※本人には(排出済みの為)自覚は無いが、生贄の一人が嘗て猟兵覚醒前後で暴れ散らかした際の被害者(使用人/性別はおまかせ)
愛用の黒剣:Vergessenを片手にご挨拶!
「はーい、生贄の魂人さんこんにちは~ 助けに来たよ~☆」
…って、あれ??? 何で怯えてるの?
「まぁ、気になる事は多々あるけど…」
その前にちゃっちゃと|コレ《敵》を片付けないとね!
うーん、恨み辛み嫉みを僕に吐かれてもなぁ…
「身に覚えないから困るー!」※本来なら覚えしかありません
敵の攻撃は可能な限り見切りつつ、気合いで一対二翼をばさー!
僕は空中で浮遊しながら、怪力と居合と衝撃波と斬撃波でずばばー!
敵がUCを使ったタイミングで藍染三日月を地面にずどーん!
そして同時に、藍染三日月を対象にUC:黒薔薇の舞 を発動!
援軍だろうがなんだろうが、切り刻んじゃうぞー!
●
猟兵たちの健闘により、花嫁たちの救出は滞り無く進んでいる。
一部の亡者たちが理性を取り戻した事により、オブリビオン側の勢いは弱まっている。
その結果、目をつけられなければ花嫁が自力で逃げ出すことも可能な状況へと化していた。
猟兵たちに言葉をかけられずとも、戦い救出されゆく光景を見て自ら払拭する者たちが全く存在しないワケではないのだ。
「はあっ……はあっ……!!」
また花嫁が一人、自ら繭から逃げ出していく。
それを逃すまいと人ならざる叫びを上げながら亡者たちが追いかける。
足が痛いし重い、息も苦しい。だがそれでも逃げなければ――そんな花嫁の気持ちはあれど、衰弱した体がついていけず躓いてその場に転んでしまう。
立ち上がろうにも足がもつれて思うように行かない。
亡者の手はそこまで迫っている――が、その手が割り込んだ人影によって真っ二つに斬り裂かれる。
「だ、誰……!?」
花嫁はいったい何があったのかと振り返って――ひっ、と息を呑んだ。
その手に握られた黒剣、刻まれた藍色の薔薇の紋章は嫌でも忘れられない。
――いや、助け……許して、許してください!お願いだから!!
泣き喚いたって聞きやしなかった。
ただ思うがままに好き放題暴れて、家族を、同僚を、自分を……
何もかもを奪った元凶の手に、それが確かに握られていたのだ!
「はーい、生贄の魂人さんこんにちは~!!助けにきたよ~☆」
「いやあああああああああああああああああッ!!!!」
「うわっびっくりした!え、あれ??何で怯えてるの……??」
振り向いた途端に悲鳴を上げられたインディゴ・クロワッサン(藍染め三日月・f07157)は困惑しながら首を傾げた。
それもそうだろう、彼には知る由もないのだ――眼の前の花嫁がかつて自らが衝動のままに殺めた存在であるなどと。
「こないで!!近寄らないで!!!」
「ええ……?そんなに怯えられてもちょっと困るなあ……」
インディゴとしては猟兵として花嫁たちを救出しにきただけであり、別に取って食おうというワケではない。
話せばわかってくれないかと思うのだが、この様子では全然聞いてはくれないだろう。
「うーん、僕何かしたっけ……?」
首を捻って思い当たる節はないかと探してみるが、当然そんなものはない。
そもそも、猟兵になる以前の記憶が全くないのだからなくて当たり前なのだ。
「まあ、気になることは多々あるけど……その前に」
インディゴの黒剣『Vergessen』の刀身が光に煌めいたかと思うと、目の前に集ってきていた亡者の群れが一薙ぎの下に斬り捨てられる。
「ちゃっちゃと|敵《コレ》を片付けないとね!」
ともかく花嫁を助けるという目的は変わらないのだから、その為に敵を引き受けるだけである。
「立てるならちゃちゃっと逃げた方がいいよー!危ないからー!」
「誰のせいでこうなったと思ってるのよ!!人殺し!!!化け物!!!私たちが何をしたっていうのよ!!あんたの為に働いてたのに――」
「うーん……恨み辛み嫉みを僕に吐かれてもなぁ……――っと!?」
突如、亡者のうちの一体がインディゴに勢いよく飛びかかる。
明らかに自分を狙い、憎み、殺す目をした亡者がその剛腕を小さく華奢な肉体を貫かんとして『Vergessen』の刀身の腹に受け止められる。
「逃げろ!!!早く!!!!」
亡者が花嫁に向かって叫ぶ。
花嫁ははっとした顔をして、その亡者に向けて悲しげな表情をしつつ、足をもつれさせながらもその場を離れていく。
「貴様の顔!!忘れはしない!!よくも……よくもッ!!」
「そんなこと言われても身に覚えないから困るーっ!!」
亡者はますます怒りの形相と化し、インディゴは困り果てた顔をしながら亡者を引き剥がして空へと舞う。
こちらに敵意を向けるのに、花嫁に対してはあの言葉である。
そして二人共自分のことを知っているようだが、本当に全く身に覚えがないものだからさてどうしたものか。
当然ながら聞いたところで答えてくれはしないだろうが……仕方ないとインディゴは一端考えることをやめ、敵の殲滅に専念することにした。
『Vergessen』が再び繭から差し込む光に照らされる。
居合の容量で思い切り振り抜かれたそれから放たれる斬撃波は亡者共には到底見切れるものではなく、あっという間に肉体がバラバラに。
類まれなる膂力と速度が揃った斬撃が空から雨の如く降り注ぎ、その肉体はまるで紙を挟みで切るかのようにあっという間に斬り刻まれるのだ。
「――――――――!!!」
亡者の断末魔の叫びが響き、水底から水面へ這い上がるように亡者の群れが呼び寄せられ始める。
そして同時にインディゴが刀を投げ、地面に突き刺す。
その刀は亡者の群れを呼び出した、先程自分が瀕死に持ち込んだ亡者に突き刺さりトドメを刺す。
だがしかしもう既に召喚は成され、亡者共が呻きながらこちらへとにじり寄る――が、インディゴのやることは変わらない。
おお、とその姿を現した群れの数に目を見開きながらもその思考に焦りの色はなく、ユーベルコードを発動する。
「"さ、踊ろうか"」
地に落とした藍染三日月に、亡者共に誘いかけるかのように呟かれた詠唱句が、藍染三日月の姿を漆黒の薔薇の花弁と変える。
綺麗な薔薇には棘があり、ならばその花びらは刃が如く。
半径131mから外に出られなければ逃げることは敵わないが、既に無数の斬撃で十分にダメージを受けている亡者たちがそこから急いで逃げられるハズがなく、黒い花びらと共に鮮血が散る。
「(――にしても、昔の僕はいったい何をしたのかな……)」
過去に拘りはないが、自分がどういう人物だったかは思い出したい。
花嫁や亡者たちの言葉は、自分の無くした記憶の手がかりになりうるのだろうか。
仕事を淡々とこなしながらも、インディゴの頭にはずっと疑問が残り続けていた。
――骸の海に還った記憶。それが彼の手元に戻る日は、果たして。
成功
🔵🔵🔴
リア・アストロロジー
●救出
指定UCで重力操作、ドローンで救出。
花嫁さんたちの脱出の障害になる相手とだけ、戦闘。
「好きな子のこと、閉じ込めて泣かせちゃう人は……」
メルキオールの音響弾で牽制
斥力で弾くか、重力を奪って遠くへ放り投げます。
「ちょっとはなれてなさーいッ!」
●言葉
「ねぇ、あの人は、狂ってしまってるけど!」
花嫁さんの手を引き
「でも、だからこそ……心にもないことなら、きっと言えなかったの!!」
心はズタズタにされて、永劫の地獄に堕ちても、あなたのことを覚えてた。
「そこには、あなたとの幸せな思い出の一つも、もうないハズなのに……」
元気だったか気に掛けて、大丈夫だよって
心配するなって、一緒になろうって、狂っても思ってくれてるのでしょう。
「でも、あなたは、それでいいの?」
少しずつ世界のことがわかって
ひとは無理だって言われていたことだって覆してきた。
だから、一緒に地獄に堕ちるよりも
どうか、あなたの中にある、そのあたたかい記憶を無くさないで。
それは、いつかあの人が帰ってくるための、目印にだってなるのかもしれないから。
●
亡者の呻きと花嫁の嘆きもずいぶん減ってきた。
それでも尚残る者がいるとすれば、それは生きる意思を既にすっかり奪われきった後なのだろう。
或いは、どんなに非道な言葉を投げかけられようとも、大切な人と共に逝くことを願う者か。
「いい子だね……■■」
二人の亡者が一人の花嫁たる少女を取り囲んでいる。
一人が瞳から生気が失せた少女の頭を踏みつけたかと思うと、持ち上げる。
少女は何も答えず、ただされるがままに弄ばれる。
苦しめたかと思えば労り、労ったと思えば苦しめてを先程からこの二人は繰り返し、それをもう一人は静かに見続けている。
恐らく猟兵たちが駆けつける前から何度も繰り返していたからこそ、この少女の目から生気が感じられないのだろう。
「心配しないでいいよ。すぐにお前も私のように――」
ぱぁん――と、背後から響く弾けるような音に言葉の続きは塞がれた。
何があったのかと亡者は振り向く。
同時に、亡者の手から少女が離れる――いや、引き剥がされたと言う方が正しいだろう。
振り向いた先にいたリア・アストロロジー(M2-Astrology・f35069)が眉間に皺を寄せて、ユーベルコードを発動して斥力にてこちらへ引き寄せたのだ。
そして。
「好きな子のこと、閉じ込めて泣かせちゃう人は……
ちょっと!!離れてなさ―――――――――いッ!!!!」
リア、怒りの無重力一本背負い。
自分の身の丈以上もある亡者がまるでロケットのようにぴゅーんと投げ飛ばされ、きらり星の彼方へ消え去った。
とはいえ、ユーベルコードで瀕死になったらたくさん湧き出てくる特性を持っているので多分すぐに戻ってくるだろう。
リアはすぐに少女の手を取る。自分とそう歳が変わらないであろう花嫁の少女は、何かが起きたことだけわかったようでこてんと首を傾げた。
傷まみれに生気のない瞳、まともに考える気力も沸かない程に衰弱していることがわかるその姿はあまりにも痛々しい。
「……ひどい怪我。ここを出たらすぐに手当するね……これ、食べられる?」
そう言って懐から取り出したのはハートのキャンディ。
ありがとう、元気になって……そんな励ましと思いやりのメッセージが書かれたうちの一個の封を開ける。
「食べられそうになくても、すこしずつ溶かしていったら大丈夫だよ。口に入れたら自然にそうなっていくから」
「……ぁ」
キャンディの甘い香りに惹かれたのか、少女が少しだけ口を開け、リアがそっとキャンディを入れてやる。
食べるとどんなに辛くても元気が少しずつ湧いてくる魔法のキャンディがその身を溶かし、味を口の中に広げていくと……
「……おい、しい」
少女の口から言葉が漏れる。
目の焦点も少しだけ戻り、目の前にいるリアを認識できる程度の正気を取り戻したのだ。
「おいしい?よかった、わたしもこのキャンディ大好きなの。……すぐに安全なとこに連れて行くから、わたしの手を――」
ざ、と音がする。
リアの行こうとする道の先に、先程からずっと見ていただけの亡者が立ちはだかったのだ。
花嫁の少女がびく、と体を震わせ、リアは少女を護るように立つ。
「……■■」
亡者は少女の名を呼び、黙って手を伸ばすがリアのユーベルコードによる斥力で弾かれる。
拒絶された亡者はそれでも再び手を伸ばそうと――は、しなかった。
しかしその場をどくことはせず立ち塞がり、ずっと少女へ視線を向ける。
「(攻撃を止めて……でも動かないで……どういう……)」
疑問に思うリアであったが、直後自らが操るドローン『Casper』から送られてきた情報に少し目を丸くして……同時に、その亡者の意図を理解する。
「(ああ……この人は――)」
少女の手をしっかり握り、重力を操って歩けずとも移動できるよう浮かせてやる。
「わたしの手を離さないでね」
「あ……」
少女は困った顔で亡者に目を向ける。
先程からずっと自分を見ているだけで、先程手を伸ばしても拒絶されればそのまま受け入れ、ずっと立ち尽くすだけの亡者。
その表情からは何も読み取ることはできない――少なくとも、すっかり弱ってしまっている少女には、その意図を察することができるだけの余裕はなかった。
リアが少女の手を引き走り出す。
少女から亡者が遠ざかる。
だんだんと遠くなって、顔すらわからなくなっていく。
かわりに顔を出すのはその亡者をも飛び越えてやってきた別の亡者の群れ。
皆、手を伸ばそうとすればする程リアのユーベルコードによって彼方へ吹き飛ばされていく。
「……あの人は、狂ってしまってるけど、あなたを護ろうとしてくれていたんだね……!」
手を引き、走りながら、息を切らしながらリアが口を開く。
「あなたを痛めつけた人……わたしがちょっと、吹き飛ばしちゃったけど……きっと、その人も同じだったんだよね!」
「……うん」
こくりと少女は頷いて、リアは確信する。
「だって、心にもないことなら、きっと言えなかったの!」
心はズタズタにされて、あらゆる幸福を犠牲にし、永劫の地獄に堕ちてオブリビオンに成り果ててしまったのに、少女のことを覚えていた。
それが何よりの証左となる。
「そこには、あなたとの幸せな思い出の一つも、もうないハズなのに……」
「……でも、気に、かけて……くれ、た」
少女がぽつ、と言葉を漏らす。
あの亡者は、少女の義理の親だという。
実の両親は生前、人類砦に両親が瀕死の状態で逃げ込み、娘を頼むと言って事切れて、それからは二人が少女の両親になった。
父親は寡黙で何も言わないけど、ずっと見守ってくれて、頑張ったら頭を撫でてくれた。
母親はいつも自分を抱きしめて、頬ずりするぐらいかわいがってくれた。
殺される時も、命がけで少女を護ろうとして諸共に殺された。
そして、魂人になってからも、二人は――
「……わた、わた、しも、いっしょ、に、いきた、かった……」
少女はぼろぼろと涙を零す。
もう置いていかれるのは嫌だったから。
両親が自分の為に地獄に堕ちて、本当に独りになってしまった少女には、この過酷な世界は耐えられなかった。
だから生贄にされても良いと思って、狂ってしまった愛情を受け止めていたのだという。
狂っても尚、想ってくれているのが、わかっていたから。
血の繋がりがなくとも、大事な娘だと、狂っても言ってくれたから。
「……でも、あなたは、それでいいの?」
「え……」
「あなたが一緒に地獄に堕ちてしまったら、本当に幸せだったころの記憶が、もうどこにもなくなってしまうよ」
両親と過ごした日々の記憶も、命がけで護ろうとしてくれた姿も、何もかもが地獄に堕ちれば消えてしまう。
少女と両親が生きたという証が、綺麗さっぱり消えてしまうことが本当に良いことだろうか?
少なくともリアは、違うと思った。
「それにね、少しずつ世界のことがわかってきて……無理だって言われていたことだって、わたしたちとこの世界のひとたちとで、覆してきた」
だから、彼らが必ずしも二度と地獄から出られないとは限らない。
この世界に存在しない輪廻転生の輪すらにも手を伸ばせる可能性を、ヒトという種族は秘めている。
「どうか、そのあたたかい記憶を無くさないで。
|記憶《それ》は、いつかあの人たちが帰ってくる貯めの、目印にだってなるのかもしれないから」
一緒に地獄に堕ちるよりも、再び何かの形で見えることができる日を願って欲しいと、リアは願う。
今は辛くてそんなことを思う余裕もないかもしれなくとも。
どうか、その記憶を大事にして欲しいと。
「……」
少女は答えない。
けれど離さないようにぎゅ、と手を握り返す。
それだけでリアには十分な答えだった。
「ありがとう。あとちょっとだけ、我慢してね」
安全地帯までもうすぐだ。
少女の手を引き、リアは光遠ざかった赤い空の下を走る。
◆
太陽の繭から少し遠ざかった、山の麓。
そこにはかつて魂人たちが暮らしていたであろう集落の跡があった。
花嫁たちは猟兵たちによって皆ひとまずここに避難し、それぞれ疲弊した心と体を休ませている。
「まあ、ひどい傷……!」
「すぐに手当をしなきゃ……」
けれどそこに、花嫁だった者が再び避難してきたならば、皆がその疲れた体を起こしてその身を労る。
それが子供であるなら、尚更だ。
新しく迎えられた少女は、同じ傷を抱える花嫁たちに暖かく迎えられた途端、緊張の糸が解れたように泣き出す。
辛かったのね、と優しく声をかけられながら抱えられ、手当をするべく奥へ運ばれていく姿に、リアはほっと胸を撫で下ろした。
きっとこれなら、すぐにとはいかなくても少しずつ心が癒えていくだろう、と。
――かくして。
花嫁たちが救出されたことにより、オブリビオンの孵化の可能性は露と消えたのである。
大成功
🔵🔵🔵