闇の救済者戦争⑦〜吸血鬼|わからせ《・・・・》劇場
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舞台には、断崖絶壁を模した高台。下は海ならぬ切っ先を上に向けた剣がギラリギラリと輝いている。
そこでスポットライトを浴びるのは、髪を振り乱した魂人の女が1人。
『やめて、クライヴ! 違うのッ違うッ、ママはパパを殺したり、ましてや浮気なんてしていないのぉお!』
いやいやと首を振る女を追い詰めるのは、驚くべき事にくすんだ金髪の少年だ。少年は涙に濡らした頬でしゃくり上げる。
『パパも同じことを言ったけど……浮気してた。でも、パパを殺したらママは助かるよって、台本に書いて、アッ……? え?』
クライヴと呼ばれた少年の体が不意に吊り上げられた。
『やだ、こわい、こわい……ん、ぎゃああぁあああ!』
宙でじたばたとしている所を、虫の足が千切られるようにぶちんぶちんと細い手足が千切られた。
『ア、アァァ、アッ……う、そ……いやぁああああああああああああああああああ!』
我が子の血を雨と浴び、浮気女と誹られた女は絶望に塗りつぶされて絶叫する。
――斯くして幕は下りる。
――拍手はまばら。
観客席では淑女と紳士が眉を潜めてヒソヒソヒソヒソ。
『まぁ、今日の子役はなんというか頭が残念でしたわねぇ』
『親の躾がなっておらんのでしょうな』
『あぁ、その親が出て来ましたよ、カーテンコールで』
女は自ら剣の海へと身を投げて、四肢胴体全てを串刺しにされて果てておりました。
『――これが大淫婦ロゼッタの最期で御座います』
と、震えながら口上を述べたのは、今し方殺された少年の姉で自殺した女の娘だ。
貧しく苦しい暮らしでも、両親と弟の4人家族でそれなりの幸せの中で暮らしていたのに、どうしてどうして……!
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「そりゃァ下衆な吸血鬼どもに目をつけられて芝居に使われてしまったからである。嗚呼、憐れなことこの上なし!」
稿・綴子(奇譚蒐集・f13141)は和装の袖でわざとらしく大きな目を覆い泣き真似をする。
「まぁよ、此は吾輩が視た予知であるからして……この4人家族は諸君が入れ替わってやることで生き延びるのよ」
ほぉらハッピーエンドとはならないのがダークセイヴァーという昏がり世界。けれど少しでもマシにするための戦争が今起こってる。ちゃぶ台がひっくり返ってもっと悲劇に陥る危険性も孕んではいるけれど。
綴子は腕組み仁王立ちになると、手短に状況を伸べる。
「ここはヴァンパイア紳士淑女の皆々様を愉しませる劇場でござーい。奴らめ、自分の娯楽心を満たすのと、『五卿六眼』に力を溜めるのを両立しおった」
どういうことかというと、だ。
生きたままの人間を人形として使い、非常に陰惨な劇を演じさせる。人間が苦悶とヴァンパイアの歓喜が『五卿六眼』のご馳走だ。
「なぁ、|お上品に大口開いて悲劇を笑う阿呆《ヴァンパイア》どもの鼻を明かしてやりたいとは思わんかね?」
先ほど綴子も言ったが、大抵のことでは死なない猟兵が人形に成り代わる。そして劇の内容を『ヴァンパイアが絶対に喜ばなさそうな話』に書き換えて演じてくればよい。
「とはいえ、真っ直ぐ真っ当な話はつまらんな」
と、ここでさらりと自分の趣味を口にするグリモア猟兵。
「例えば……クライマックスまでは『|ヴァンパイア《こいつら》の脚本より遙かに見応えのある愛憎殺人劇を観せてやり、ラストに『バーカバーカ!』ってどんでん返ししちまうのはどうだい?』
つまり
「お前の脚本つまんねえんだよ、バーカ」と
「いつから自分が人間より上だと思ってた? お前はドブより下の下なんだよ」とダブルで|わからせる《・・・・・》。
「諸君は、愛憎殺人劇を縦横無尽に好きに演じ、かつちゃぶ台返しまでやって、奴らめのプライドを完膚なきまでにべっこべつにして参れ」
元の脚本は――。
断崖絶壁が傍にどこかで遭難し迷い込んだのはご立派なヴァンパイア大貴族の別荘でした。
そこで下賤な人間どもは備蓄を食い荒らし、相手を選ばぬ姦淫に耽るのです。だから人間って殺してもすぐに増えるんですねぇ。
両親や親切にしてくれたお兄さん他の裏切りで心を病んだ少年は、全てを殺し尽くし最期は自らも身を投げて死にます。
「ヴァンパイア様素晴らしいは極力省いたが、作者の思想が出過ぎた駄作であるな。好きにいじくってしまうが良いわ」
メモ代わりの原稿用紙を手元の焔でちりりと焼いた時、綴子の左瞳は躑躅色に熟れた。だがまたすぐに月色に揃えて猟兵の側へ身を乗り出す。
「以上! 是非是非、読み手を喜ばせる芝居を打ってきてくれ給え! 読み手? 吾輩に決まっておろう!」
グリモア猟兵の役得満喫! 月色の瞳を爛々と輝かせて、綴子はダークセイヴァーへの路を開く。
一縷野望
こんなん出すしかないだろ
全員一気に採用しプレイングを元にハチャメチャ殺人劇を構築します
整合性より勢い重視、絡みまくりのアドリブめっちゃ入りでお送り致します!
>採用人数
【8名様までの早い者勝ち】です
ただし
『役になりきっていない方(ナレーションはOK)』
『項目記述がたりない人』
『4名以上のグループ参加』
……は、採用を見送りますので繰り上げもあり得ます
はやめの完結を目指します
文字数調整が難しいため、オーバーロードでお願いします(申し訳ないです)
>募集期間
オープニング公開時から5/8(月)一杯まで
万が一それより先に『採用8名が確定』しましたらその時点で受付を停止します
>舞台設定
そもそもヴァンパイアの鼻を明かそうなので、多少別世界の文化が持ち込まれてもOKです
元の脚本をベースに、他の設定生やしたり好きにしてOK
いつも通りなんとかまとめるのが|私《MS》の仕事です
>プレイングについて
*必須事項
・【役柄】例:犯人、被害者、スケープゴート、などなど
・【設定】例:ネトラセ好きバンパイア、ただし独身彼女なし、など
・今回に限り上に+して【ラストにどんな風にひっくり返して観客ヴァンパイアにわからせるか】もお願いします
*あると嬉しい事項
・【性格】【台詞】があると膨らませやすいです
・【被害者フラグ】【怪しげな行動】【隠してること】などなどもお好きにどうぞ!
それではプレイングお待ちしております
第1章 冒険
『あやつり人形劇・改作』
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POW : 力ずくで「人形」の動作を別の動作に捻じ曲げる
SPD : 舞台の機構に細工し、危険を取り除く
WIZ : 即興でヴァンパイアがより嫌がる物語を作り、演じる
👑7
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
シエナ・リーレイ
【配役】別荘に元々住んでいた少女
【設定】
ヴァンパイアの気まぐれにより拾われ底抜けに明るく狂った振る舞いから他の人間を絶望させる為の道化として飼われていた。
部外者が来訪する直前に病により役目を果たせなくなったが今までの功績から殺される事無く相方の人形と共に別荘の大広間に放置される事になった。
世話をされなくなった影響でその姿は痩せ細り髪もボサボサで道化の衣装も薄汚れている。
更に病の影響で動く事は愚か喋る事も出来ない為に部外者からはその容姿も相まってただの人形と認識され放置される事になる。
結果的に登場人物達のやり取りを見届ける観測者となり、仮初も[呪詛]で繰られる[ジュリエッタ・リーレイ人形]である事を活かし口を含めて動かす事無く、ヴァンパイア達に状況の変化を底抜けに明るい声で面白おかしく伝える語り部として動く。
【仕掛け】
劇の最中、劇場中に呪詛をばら撒き過去の芝居で起用され棄てられた出演者達を『お友達』に迎える
そして、劇の終わり際に『お友達』と共に一斉に動き他出演者とヴァンパイアに襲い掛かる
ヘルガ・リープフラウ
※アドリブ連携歓迎
よくもまあ、こんな陳腐でご都合主義な筋書きを考えること
本当に下品なのはどちらなのかしら
【役柄】探偵役の少女
【設定】主人公の少年クライヴの幼なじみの少女
17歳ぐらい
この世界には似つかわしくない明るく前向きな女の子
【展開】
彼のお母様は信心深く、そんな酷い人じゃない
クライブがかわいそう
こんな時こそ愛と勇気の少女探偵の出番ね!
クライブ、あなたのお母様が悪く言われて
本当に悔しくないの!?
わたしたちの手で真実を明らかにしましょう!
丸めて捨てられた手紙
ベッドルームに一本残された髪の毛
どんな小さな証拠だって見逃さない
そっと物陰に隠れて様子を伺えば、
吸血鬼がお母様を襲っているところを発見!
そう、全ての元凶はあの吸血鬼ね!
わたしたちを口封じに始末するつもり?
動かぬ証拠は全て集めたの
噂は烏や風の精が聞きつけて、すぐに国中に広まるわ
そして嘘つきで意地悪な吸血鬼には天罰を
わたしたちを捕まえようとしたら滑って転んで
そのまま自分の悪事の証拠をばら撒いちゃいなさい!
この世に悪の栄えた験し無し!
ユウ・リバーサイド
【役柄】被害者:迷い込んだ青年
横柄、粗雑、乱暴
だが奇妙に観察眼があり
他人の事情にずけずけ入る事も
「へぇ、こんな豪勢な館なら、オレがこれから住んでやってもいいな」
「ケッ、そこ、うっせぇ(靴投げ)」
「オレをじろじろと…興味があんなら寝てやっていいんだぜ」
「てっ、てぇめぇっ!何を(吐血)」
何処かでの絶叫後、刺殺死体で発見される
【秘密】実は大道芸人
昔、吸血鬼にここで家族を殺された(実は他参加者で生きてたも歓迎)
その遺品探しと吸血鬼の弱点を探る為に
わざと恨みを買う芝居をし(或いは裏で手を組み)
死を偽装して皆の意識から消える必要があった
凶器と玩具のすり替え、血糊の仕込みができる
本当に粗暴なクズだと思ったか?
【再登場】
「さて、これは返してもらいましょうか(遺品を手に静かに)」
道化めいた仕草と話し方で事情を明かす
「皆さまを巻き込んで申し訳なく
これまでの無礼、お詫びいたします
ですが領主の首を狙うには、私にはこれしか思いつかなかった」
粗暴な言動は不本意だったと、表情は苦しげに
「ようやく、本懐を遂げられます」
クロト・ラトキエ
此度は、ヴァンパイア打倒を図る人間達から依頼を受けた(が、『迷』の方なので大体残念仕様な)のだよ。
召使いとしての潜入も既に完璧(だと思っている)。
(根拠の無い)自信に満ち満ちている?当然だとも!
私こそ、世界屈指のメイ探偵…
楽時江・黒斗さッ!!
うっ…と、当然、偽名だとも!?
おぉっと!こんな所に見知らぬ人間。
迷い込んだのかね?
ははは、私に任せたまえよ!
ほぅら、この部屋に隠れておくといい。保管庫として使われているのだ。凍える事はあるまい。
・
・
・
えぇっ、こ、この別荘にむむむ虫が入り込んだぁー!?(棒)
急いで探します人間の侵入者など見ておりませんからな、
何処に居るかなど皆目見当もつきませんが見つけに行きますともー!(超棒)
えっ…私が?裏切り?
何を仰っているのk――うわぁー(暗転ナレ死)
…演技?
えぇ、嗜んでおりますよ。
人間の愚かさ、表しましょう。
さぁ、喝采を!
満ちる歓喜こそ、真の最後に捧げられる華。
暗愚を嗤う者もまた愚者だった――
更なる愚を晒す醜態、己が姿を…
彼奴等には、存分におわかり頂きましょう?
ロー・シルバーマン
ううむ邪悪な芝居を変えるはいいが…これ、元よりよっぽど酷くないか?
まあ必要なら全力で没頭するとしようかのう。
【役柄】序盤の被害者の曽祖父
【設定】短命なはずの人狼なのに何故か寿命死しない元気溌剌さ、うっとおしがられているが気づいていない
【ラスト】異様なしぶとさでB級ホラーのの殺人鬼のように復活、勝利したと思い込んだ加害者の首をゴキッと始末(演技の範囲)
愛憎劇の果ての愚かな自滅、悪が高笑いするサスペンスと思いきやわけわかんねえ爺ちゃんにホラーに変えられてなんやかんやハッピーエンドにされるわからせ
・曾孫大好き、守らねば…
・ボケてるのか異様に館のあちこちに出没する。その振る舞いあって姿消してもいつの間にか崖にでも落ちたのだろうと流される
・本質は血を望む殺人鬼、つまらない諍いや愛憎劇を前に滅茶苦茶にしたい欲求爆発寸前。ヤバいと判断し地下室に身を隠し抑え込んだが…
ところで飯はまだかのう。狩ってくればいいのかのう。
おお、こんな所で寝ていては風邪引くぞ。
…ひ孫を誑かし害そうとした悪なら発散良いじゃろう?
大町・詩乃
趣味の悪いヴァンパイアと『五卿六眼』に目にもの見せてやりましょう!
(激おこです)
【役柄】
別荘の持ち主であるヴァンパイア大貴族。
※邪神様なりきりセットを着用し、演技と《天賦の才》を使用。
【性格】
ヴァンパイアらしく高慢で、全てが自分の思い通りになると思い上がっている。
【設定】
ラストまでは黒幕らしく結界術で姿を隠し、声のみの出演。
第一人称は「妾」。
甘い声で人々に不信の種をまき、悪への誘惑を囁き、殺し合いによる破滅へを誘う。
【台詞】
「何を迷うのです?悪いのは裏切った彼等なのですよ。」
「この屋敷の全てがあなたのものに。」
「全ては妾の計画通り。」
「こんな事が起こる筈がない!」
【ラストのどんでん返し】
計画成功寸前で愛憎殺人劇をひっくり返され、怒って登場。
底の浅さが露呈。
人間達を直接殺そうとするが、逆に討ち取られてハッピーエンドを迎える。
倒される時の言動は、非常にみっともない感じにします。
終劇後に戦巫女装束に早着替えして、「ヴァンパイアにお似合いな結末でしたね。次は貴方達です!」と観客に宣言します。
ユト・フォンデュ
僕役者なんだよねー
歌も入れていい?入れるよ?
役
初期の被害者のふりして起き上がって殺人を起こそうとするが失敗に終わるSG
屋敷の主人の隠し子ダンピール
使用人扱いされていたことに嫌気がさして家出
外で成功せずに帰ってきた
中で幸せそうにしている人を誰でもいいのでトリックで殺すよ
僕だって幸せになりたかったのに!
君達も道連れだよー
出来たら最初に毒を煽って倒れる
混沌の始まりだ
人が居なくなったら起き上がる
にこにこ笑顔で罠を張る
無駄に罠の作成(狩猟者が使うやつ)に手馴れてる
偽装死亡は直ぐにバレて追い詰められる
自分は殺したつもりなので、本当に殺したと思ってる系
言い訳とか犯人っぽい
しょっ、証拠とかあるの?
罠を張る時に客吸血鬼に向けて罠も張っておく
超強力なやつ!
僕の血を塗りこんだ矢文を気づかれないように飛ばしておいて
おいぬさまを突撃させるよー
出血大サービスフル稼働でいくよ!
こうして愚かなスケープゴートは断罪されました……
と思いきや本当の被害者はここからなのです
ナレーション入れる
まあ僕本当に幸せだしね(無表情で素)
ウルスラ・ロザーノ
なんか、昔もこういうのやった思い出があるなー
なはは、思いっきり無茶苦茶の台無しにしたろやないか!
役柄:別荘で働くメイド、脇役
設定:無駄に明るく元気一杯なヴァンパイア少女
大抵舞台端などで掃除などの家事をしているのだが、いつもドジをしてたりして何とも邪魔
無駄に鼻歌が大きい、掃除をしていて物を壊す、給仕で落として皿を割る、紅茶の温度が温い…
含みがある感じでメインキャストにも時々絡むので観客も気にするのだが、
ラストまでいくと、それらは伏線などではなく、愛憎劇の本筋とは一切関係ない行動だと分かる
つまり、結局君なんで居るの?な無駄で本来劇には不要な存在
隠してること:実は一応、行動原理は玉の輿狙い
カッコ良くて高い身分のイケメンヴァンパイアなら誰でもいいから(基準が高すぎる)見初められたいなー、とか考えて不真面目にお仕事をしてる
年齢は、イケオジから少年でも全然OK! でもヴァンパイア限定、下賤な人間相手はアウトオブ眼中や!
被害者にはならない、不幸にも第一発見者とかになるタイプ
悲鳴は「ひゃああああ!」
●舞台前が一番大仕事とも言う
「今宵は我が劇場にお集まりいただき心より感謝致します」
舞台に流れる鈴転がしの挨拶は詩乃のもの。主のヴァンパイアに成り代わり、姿を隠して時間を稼いでいるのだ。
「るー、るるるるー♪それは海辺の山荘で~」
舞台にひとり立つユトは堂々としたもので、あたかも主である詩乃が傍らにいるように振る舞い、スキャットを口ずさむ。
(「海辺の山荘ってありえはするけど、こういう所で使う設定としては矛盾してて頭悪いよねー」)
お腹はまっくろ。
舞台裏では『これで大丈夫です。全員の吸血鬼の操り糸が外せました』と、シエナがお手入れセットの中へ鋏をしまいこんでいた。
「ほえー手際ええもんやな。めっちゃ絡まってるのも一瞬でちょきんや」
感心に目を見開くメイド姿のウルスラの前では、役者人形として殺される筈だった面々が抱き合い感涙。
この醜悪な操り糸を結んでいたヴァンパイアですか? ええそこで、クロトの糸でボンレスハムになって果てておりますとも。多分もう死ぬ。
「ほんに邪悪な脚本じゃったのう。坊主、もう大丈夫じゃ」
『猟兵さん、ありがとうございます』
クライヴの御礼ににっこり微笑むヘルガだが、そのあと容を曇らせる。
「おや、どうかしましたか?」
ぴんっと糸を引きなう殺しにかかるクロトの問いかけへ、ヘルガはぽつりぽつり。
「やはりクライヴ様も一緒に舞台に立つのは危険過ぎますよね……」
幼なじみとして、クライヴの家族や本人に掛かる容疑を晴らす探偵、そんな役回りを考えたのですが、と。
『糸がついているふりの偽装は出来ますけれど』とシエナは再び鋏を取り出した。
「ずっと舞台は危なそうやな。うちが黒子でついてて護ろか? どうせモブやし」
ウルスラの視線の先では、ローのふっかりに寄り添うクライヴが瞳を瞬かせ話し合いを見守っている。
「なら、このような仕掛けはどうかな?」
ユウは思いつきを唇にのせる……。
――さて舞台では。
「今回の劇は今宵いらした皆様のためだけの書き下ろしで御座います。どうぞ|最期《・・》までお楽しみくださいませ」
詩乃の挨拶が終わり、ユトのスキャットが絞られ消えた。そのタイミングでするりと幕がおりる。
「なら、このような仕掛けはどうかな? 元々の脚本を使って……」
戻ってきたユトは、人差し指をたてユウがしれっとえげつない改変を語っていくのに間に合った。
「ええな、まさにどんでん返しや!」
「まぁ! そんなことできるのですか?」
「面白いですね。ヘルガさんの名探偵に対して僕ものっからせてもらいます」
共演者絶賛である。
「しかしのぅ、遺体がいるじゃろう。どうするんじゃ?」
「『先にお友達にしてもいいのですか?』とシエナは胸を躍らせます」
クロトが巻いてるそれを指さすのを目の当たりにして「これ、元よりよっぽど酷くないか?」と、ローは額にもふりと手をあてた。
「いいねいいね、衣装は任せて。既に殺されたお父さんとお母さんに偽装だよねー」
わくわくのユトが鞄をひっくり返す。
「クライヴさんには舞台裏にいていただきましょう。ラストまで声だけ出演の私がついてます」
詩乃はぐっと手を握ると、手早くクライヴが隠れる場所を用意した。
「そうだね。その上で、観客の目を舞台に釘付けにして人間を襲うなんて発想すら出来ないようにしてしまえばいい」
その自信があったからこそ提案したのだとユウが自分の気持ちの根っこに気がついたのは全てが終わってからなのはさておき。
――さぁさ、間もなく開演で御座いますよー!
●キャスト
大ヴァンパイア伯『シーノリィーチェ=グランヴィル』:大町・詩乃(|阿斯訶備媛《アシカビヒメ》・f17458)
少女探偵:ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)
被害者の曽祖父:ロー・シルバーマン(狛犬は一人月に吼え・f26164)
ゴロツキ青年:ユウ・リバーサイド(壊れた器・f19432)
迷探偵“楽時江・黒斗”:クロト・ラトキエ(TTX・f00472)
屋敷のメイドA:ウルスラ・ロザーノ(鈴振り燕・f35438)
シーノリィーチェの隠し子:ユト・フォンデュ(菖蒲咲の黒うさぎ・f39047)
道化人形:シエナ・リーレイ(取り扱い注意の年代物呪殺人形・f04107)
●まずは人物紹介も兼ねて
舞台道具は全て本物、立派な革張りのチェアにふかふかとした赤い絨毯、ただしじっとりと湿っている――そう、数々の犠牲者の血でもって。
その中央には白髪の人形がくたりと首を項垂れさせて放置されている。
――観客席のざわめきが落ち着いた所で、かくんっと、不意に人形『|ジュリエッタ・リーレイ人形《シエナ》』の首が持ちあがり九十度横に回転、観客席をひたりと見据えた。
『この屋敷には、既に死体が存在しています。それは一体誰のものでしょう?』
口を動かさぬ儘で瞳をぎょろりとさせた人形は再び項垂れ背景に同化する。
スポットライトが当たらぬ暗闇となった人形の傍らに、ひとりの青年が現れる。
(「ああ、ああ、道化人形か。こんなにボロボロになってしまって可哀想に……」)
これはユウが見せた本当の顔なのです。
然れど台詞は口にせずただやるせない表情だけ。
暗がりとて吸血鬼は見出すでしょう。けれども、重ねられた手前の派手な演技に殆どの視線は奪われ、ユウの印象はかき消された。
――伏線はひっそりはるもの、これで良い。
「頼もう~!」
バァンと入り口ドアを勇ましく開き現れたのは、黒ずくめのスーツにハンチング帽子を乗っけた年齢不詳の青年、その名も楽時江・黒斗である!
やったね★絶対これ主役の登場シーンだよ★
「ひゃああああ! 泥棒ーーーー!!!!」
▼メイドAウルスラ は 悲鳴 を あげた!
「え」
▼メイ探偵・黒斗 は 戸惑っている!
「泥棒、泥棒、いやや、殺さんといてえぇ!」
ウルスラ、ぎゅっと目を閉じて銀のトレイをぶんばぶんばと振り回す。がいんがいんと黒斗の頭にヒットヒットヒットぉ! そりゃまぁ普段から|ハチドリのダンス《ヘッドレスタンバリン》で敵をしばき倒してるから命中率半端ない。
「やめっ、やめてたまえ! ……いたたたたた。ごめんなさい、悪かったです、実は道に迷って、ほら海沿いで寒いじゃないですか、だからお願い泊めてく……へぶっ!」
ごいーんっとウルスラの手元で良い音がして黒斗がひっくり返った。
「あーあ、さっそく|殺《や》っちゃったー?」
ついーっとモップにのっかるようにして使用人のユトが現れた。ウルスラはユトをじろりと流し見て、
「危険人物が侵入してきたからを撃退しただけや。それよりアンタ、今日の掃除ノルマはこなしたんか?」
「やだなー、まだに決まってるじゃん。というかこのお屋敷を1日で隅々まで埃残さずって無理だよ。あとウルスラ、また母……御主人様のドレス破いたでしょー? 僕が怒られたんだけど?」
ぴゅるりらーとそっぽを向いて口笛を吹くウルスラの手から金の鎖と壊れたイヤリングが落ちた。
「知らんでー、僕知らんでー、雑巾で拭いたら勝手に壊れたんやー」
「また壊したのー? ねーウルスラ、黙っててあげるから手伝ってよー」
「何遍も言うてるけどな、ユト。御主人様にめっちゃ嫌われてるアンタと僕を一緒にすんなや」
ぷいっとそっぽを向くウルスラは、傍らに白い影がいつの間にかいるのにまた「ひゃああああ!」と叫んで仰け反った。
「お邪魔させていただくわね」
お辞儀をした後で鋭い双眸で使用人二人を刺し貫くのは、少女探偵ヘルガである。
「おっと、なんや女の子やんか。道に迷ったんやろ? あーこほん」
ウルスラは咳払いして居住まいを正す。
「お困りでしたら主人に口利き致しますので、どうぞごゆっくり寛いでください」
「お部屋はたっぷり開いてるよー、掃除はセルフサービスでねー」
使用人二人の態度に黙ってられないのは床とお友達していた黒斗だ。
「……ちょっと待って。私の時と全く態度が違うのはどういうことだい?」
「「だってあやしくないし」」
全くもって疑われていないヘルガは、屋敷をぐるりと見回す。そして|人形《シエナ》の向こう側に蹲る人型のサムシングを発見し戦いた。
「は! あれはまさか……行方不明のクライヴのお父様なのではないかしら?! そんな、けれど確かめなくてはいけないわ……!」
ぱたりと背中の翼をはためかせるヘルガは楚々としているが、実際の所はズカズカと踏み込んでいる厚かましさMAXムーブである。でも探偵だから許されるのだ!
『クライヴという少年とその父と母がこの屋敷に迷い込んで、既に3日が経っていました』
『愚かな人間風情がこの屋敷でどうなっているかなど、火を見るより明らか――皆様はそう思いました』
|人形《シエナ》はト書きめいた解説をそのように呟くと、またかくりと項垂れた。
「明らかに敵対行動じゃないか、如何なものかと私は思うのだが……」
糾弾のつもりが語尾が気弱に黒斗さんである。
「だって悪いことしなそーな女の子だしー」
「せやせや、あんな虫も殺せんような美少女に何ゆーてんねん」
ザ★人は見た目がほとんど!
「あれ? アンタもけっこうイケメンやなぁ」
ウルスラは気づいてしまった。しなを作りくねくねと黒斗へと擦り寄り。
「もしかしてお金持ちヴァンパイアとかそういうオチか? それやったら僕……」
「そんなわけあるかーっ! 腐ってもこのメイ探偵・楽時江黒斗、悪しき吸血鬼の手先などに身を窶すものか」
黒斗さん、本当は民の希望を背負ってこの屋敷に潜入してるんですよ、ええ。それをうっかり暴露しかけちゃうんですが、幸いにも少女探偵ヘルガさんが絹を裂くような悲鳴をあげてくれて難を逃れました。
「うぅ……なま温かいわ。そんな、おじさま?! 亡くなって余り時間が経ってな……」
もふ。
もふふ。
暗がりでふかふか、クセになる手触りである。
「? おじさま、こんなに毛深かったかしら??」
ヘルガがことりと首を傾けた所で、その死体(?)が、がばりっと身を起こす。
!!!!
「曾孫はどこじゃあああああ!!!!」
開幕既に血塗れのもふもふ爺、ローの叫び声が屋敷を揺らした。
「曾孫おおおおおお!」
「!! おじいちゃま、もしかしてクライヴのおじいちゃまなの?」
「はぁ?」
ぽかんと、尖った口をあけて、
「曾孫は誰じゃあああ!」
ああだめだ、おじーちゃんすっかりポンコツだ。曾孫を失ったショックでってことにしておこう。
「イケメンでも貧乏ならいらんわ、ユト、持ってくで」
「はーい」
背景では黒斗探偵が簀巻きにされて使用人の手により何処かへと連れ去られていく。
ドタバタに観客席から笑いが起きる中、突如舞台がカッと真っ赤なライトで照らされた。
『ふふふ、今宵も妾のしつらえた|舞台《屋敷》に愚昧な人間どもが迷い込んできたわね』
シーノリーチェの上品な含み笑いが舞台を支配する。だがその姿は、ない。
パチンと指が鳴る音がして、魔法のようにライトがユトへと向かう。
『顔が良いから相手をしてやったが所詮は人間、その血が混ざった劣等種の息子などますます不要よ』
解説に合わせて振り返ったユトは禍々しい笑いを浮かべた。
『けれど、半分は妾の血。高尚な愛憎劇を理解するならば、認めてやってもいいでしょう』
またパチンっと指が鳴る音がして、今度は虫眼鏡を片手にキョロキョロと周囲を見回すヘルガを映し出した。
『あらあら可哀想だわぁ! お探しの|一家《劣等種》は既に前座で殺し合っているのにねぇ……フフフフ』
指さすようにライトが照らすのは、胴体から千切れて既に肉塊と果てた女の後ろ姿。
『これが女で、これが――』
ザッと高速移動したライトは2階へ。ズボンに包まれた下半身がシャンデリアから吊されている様を照らし出す。
『男。さぁて、かわいい坊やは何処でしょう?』
シーノリーチェのほくそ笑む声と共に、暗転――。
●幕間1
『今回の芝居はスラップスティックといいますか、中々に雑然としておりますなぁ』
『まぁ、あたくしこういうの好きですわよ。まったく理性のない人間風情そのものじゃあありませんの!』
『いやぁ、出たがりの主がナレーションのみというのも新鮮ですなぁ。声も以前より張りがあって実に若々しい』
てんで勝手な感想を言い合う観客達は、開幕ベルにつられて再び舞台へと視線を戻す。
●遅れてきた来訪者
『既に人間関係が出来上がりつつある屋敷に更なる来訪者が現れました。果たして彼は巻き込まれるためだけの憐れな愚者か、それとも――』と|人形《シエナ》は語ります。
かくんと再び顎を下げた人形からスポットライトは玄関へ。
「お? 鍵が開いてるじゃねえか……へぇ、こんな豪勢な屋敷なら、オレがこれから住んでやってもいいな」
ユウは豪華なソファに勝手に座り泥だらけの靴でも構わず足を組む。不貞不貞しいく周囲を見回しアレヤコレヤと皮算用。
「……! あなた、いつの間にここに?」
血で汚れた胸元をそのままに、眉を潜めたヘルガが現れる。
「あぁ? なんだって……ヒィッ! あ、あんたこそ血塗れじゃねえかよ」
「? あら、失礼しました。わたしは愛と勇気の少女探偵! ヘルガ・リープフラウよ!」
名乗ってくれた。
肩書き含めて。
ユウはこきりと首を鳴らし上から下まで少女を眺める。
(「人探しで来たから彼女と協力したいところだが……表立ってそうする訳にはいかないな」)
「あなたは犯人ではないわね。今来たばかりですもの。それにそもそもあの死体二つはクライヴの……」
「! 今なんて言った?!」
ビクンッとユウは身を起こしヘルガへ腕を伸ばす、クライヴは姉の息子の名だ。
「なにをなさいますの!」
怯えさせたことを謝罪しかけて、ユウはすぐに唇に下卑た笑みを貼り付ける。
「ケッ、なんだいお高くまといやがってッ」
「『悲鳴を聞きつけた使用人達がやってきます』と、シエナは舞台袖を指さしました」
|人形《シエナ》の指さす側からユトとウルスラが飛び出してくる。
「お客さーん、困りますよー」
「んー……イケメンやけど見るからに貧乏やな! ユト」
「あいあいさー」
「! オイッ、なにしやがるんだ!」
手際良くくるーりくるりと簀巻きにして秘密のお部屋にごあんなーい。
「え、えぇっと……どうしましょう」
「なんじゃ、どうかしたかのう?」
ぬぼーっといきなり現れたローは頭にナイフが刺さっている。ヘルガは悲鳴をあげて仰け反るも、
「生きてらっしゃるのね。良かったわ」
「わしゃあ元気じゃ! 人狼短命?! ならば千回死んで生き返ればよいわー」
「……お爺ちゃまが生き返るのも世の理、だとしたら、やっぱりあの遺体はクライヴのお父様とお母様じゃ無いはず!」
少女探偵、断じた!
「ところでヘル子さん」
「……その呼ばれ方は地獄のヘル子さんのようで些か不服なのですが、なんでしょうか?」
「曾孫はまだかいのー」
その飯はまだかのノリで言われてもなんだ、困る。
●始まる悲劇
「痛ェ! そういやそっちのメイドさんよぉ、俺をジロジロ見てやがったなぁ、興味があんなら寝てやっていいんだぜ」
「国が買えるぐらい稼いでから口説いてや」
ウルスラはあっかんべーで保管庫の鍵をかける。毒づくユウは、ぽふりと何者かに肩を叩かれ喫驚する。
「キミ、迷い込んだのかね? ははは、私に任せたまえよ! ここは存外居心地がいいぞ? 食料もたんまりある」
生きることは食べること! するりと縄抜けをこなした黒斗探偵は、万能ナイフで切ったソーセージをユウへと投げて寄越す。
「あぁ? てめェ…………兄さん!!」
がしぃ!
「へ?! えぇ!」
瞳を潤ませるユウに手を握られて黒斗メイ探偵は混乱の極みである。
「兄さん! クロト兄さんだよね!」
「如何にも楽時江・黒斗は仮の名、その正体は――いや! 違うッ、人のトップシークレットを喋らそうとするんじゃない!」
「に、にい、ざん……ッ、俺……ひっく、俺ぇ……兄さんも姉さんも吸血鬼に捕まったって……聞いて」
「いや、私は捕まったのではなくてっ! 付近の住民の皆さんに頼まれだなぁ」
「うわぁああああん、にいさーーーん」
だくだくと涙を流すユウを前に、黒斗は自分の記憶を疑いはじめる。
いやぁ、だって、自分が一番信じられないよ? 私。もしかしたら12歳ほど年が離れた弟がいたかもしんないよ? 私。
「はっ、足音。弟よ、しばらくここにいたまえ、私は領主の元へと行ってくる」
「え?」
ぽいっとユウを放り出して、入ってくる何者かと入れ替わり黒斗探偵は外へ。
嗚呼、この兄弟(?)の運命や如何に!!
――さて、感動の再会がかび臭い倉庫が行われている頃、ドアに凭れて泣きそうな顔をしていたのは何を隠そうユトである。
『ああ可哀想なユト。あなたにはこんな風に愛してくれる肉親はいないのに』
「母さんが言わないでよー」
シーノリーチェはユトが絶望でジクジクと膿んでいくのにほくそ笑む。
『|再会した兄弟《黒斗とユウ》、|老骨に鞭打ち曾孫逢いたさに乗り込んできた曾祖父《ロー》、そうそう親子ではないけれど|幼なじみ一家を助けにきた《ヘルガ》もいましたね』
「……ッ」
舞台の暗幕が捲れ、黒いレースに包まれた掌がユトの頬を撫であげた。
『何を迷うのです? 悪いのは愛情を見せつけてくる彼等なのですよ』
まるで声だけは愛情深い母親だ。
「僕だって幸せになりたかったのに!」
ユトは母の指先に挟まれた錠剤をつまみ取ると呑み込んだ。
けほんっ!
血を吐き出し苦しげに咳き込むユト。唯ごとでは無い気配に潜んでいたのも忘れてドアをあけて出て来たのはユウだ。
「オイッ! どうした?! ……ッ、てっ、てぇめぇっ! 何を……」
助け起こそうとしたユウの口から、はたり、ほたり、と血が落ちる。
「……ッ、ふふッ、君も道連れだよー……」
ユトはユウの胸にナイフをねじ込むと、にぃと笑う。二人が折り重なるように倒れた所で、当然のようにウルスラが通りがかる。
「ひゃああああ! ひっ、ひとが死んどるーーーーーー!」
発見者の鬨の声。
「な、なんですって!」
駆けつける少女探偵ヘルガ。
『ふふふふ、ふふふふふふ! 全ては妾の計画通り!』
悦に入った吸血鬼シーノリーチェの笑いに俄然盛り上がる観客席を、|人形《シエナ》はぎょろりと目を剥いて見下した後「瞼をおろすのです」
●幕間2
『憐れだわ、|人間《家畜》との混血が愛されるわけもにありませんのに!』
『ゴロツキに見せ掛けて愛情深い、定番ですなぁ』
『定番だからこそ安心して観ていられるともいいますわよ。ああほら、また幕があがりましたわよ』
いつもより凝った筋書きに吸血鬼達はワクワクと胸を躍らせる。
●探偵推理と裏側の悲劇
「ふむ……被害者は先ほどやってきたばかりの男ですか」
兇刃に倒れるユウを前にしてもヘルガは怯まずに調査開始。虫眼鏡を手に蟻のように小さな証拠も見逃さないと息巻いている。
「あーうん。せやな……」
ウルスラは歯切れの悪い物言いで視線を彷徨わせる。
「? メイドさん、なにか気づかれたことでもおありですか?」
早速片側だけのルビーの耳飾りを見つけたヘルガは、ウルスラへと振り返る。
「いやー、そんな、僕みたいな召使いがなんや言うたところでなぁ、気のせいやろってなるやん」
頬ぽりぽり。
「いいえ! そんなことはありません!」
ずずいっ!
詰め寄り少女探偵。
「何気ない証言がひらめきにつながり真実を照らし出すということは幾らでもあります!」
「ああ、推理漫画でようある奴やな。わかった、ほんなら言うわ。死体やけど、もう一人倒れとった気がするねん」
!
「本当ですか?! どんな姿だったか憶えていますか?」
「あのまっしろーい頭はユ……」
「ああ! こんな所に真っ直ぐな黒髪が落ちていますわ! 暗がりでわかりにくいですがわたしの目は誤魔化せませんよ!」
ヘルガがつーっとつまみ上げた髪は全くもって白くない。
「そ、それは! 御主人様の髪の毛やーー、まさか御主人様が犯人なんやろかー」
バーン!
そんな効果音、ぷれぜんてっどばーい:何処かに隠れるユト。
主の豪華な部屋ではシーノリーチェがむむぅと唇を下げて黙考。
(『先ほどユトに毒薬を手渡した時に落ちてしまったのでしょうか……』)
こんな時、姿を隠していると抗弁したり別のぁゃιぃをぶち込めなくて不利だ。
「やはり、吸血鬼の仕業なのですね! 絶対に見つけ出して罪を白日の下に晒してみせます!」
観客席のブーイングに舞台が暗転する。
カンッ! とスポットライトは中央の道化人形だけに注がれた。
「『観客の皆様、お芝居には起伏がつきものです』とシエナは訴えます」
――その起伏がお客様方がお気に召すかどうかはさておき。そう思うのは果たしてジュリエッタ・リーレイ人形かそれともシエナか。
さて。
『まぁ余興として楽しみましょうか。こちらにも手札はあるのですよ……楽時江探偵』
「ひゃっひゃい! こちらに」
相変わらず声だけのシーノリーチェの呼びかけに、メイ探偵黒斗は怯えたように背筋を伸ばす。
「えぇっ、こ、この別荘にむむむ虫が入り込んだぁー!?」
『まだ何も言ってませんよ』
「急いで探します人間の侵入者など見ておりませんからな」
『見たのですね?』
「何処に居るかなど皆目見当もつきませんが見つけに行きますともー!」
シーノリーチェさん、館の全てを把握してると思ったら大間違(ry まぁさておき! 黒斗探偵、疑われる前にだーっと廊下を駆け出した。何処へ行くつもりだ?
ぷ……つん。
「あ」
足元にかかる感触につんのめる。
「えっ……私が? 裏切り?」
『何も言ってませんよ?』
「何を仰っているのk――うわぁー」
ぺいんーんんんんんっと、金だらいが天井から落ちてきて頭に当たったような軽やかな音が響いたっきり、舞台には沈黙が満ちる。
そう、このシーンは全て暗転の中での出来事である。つまり、楽時江黒斗、ナレ死。
●殺戮の果て
「ひゃああああ! 今度はポンコツ探偵が血塗れやあああーーーー」
「な、なんですって! クライヴも見つかっていないというのに……!」
ユウの死体を仕舞ってやぁれ推理タイムとしゃれ込もうと思ったらこれである。だが少女探偵ヘルガはめげない! ウルスラの悲鳴の元へと駆けつける。
(「さて、と。クロト兄さんの偽装は済ませたし」)
天井の梁から見下ろすのは驚くべき事に先ほど死体検分されていたユウである。
タライに打たれ倒れたクロトに派手に血糊を振りかけて、罠糸に引っかかっていたネックレスも握らせておいた。
(「あのお嬢さん探偵が目を惹いてる間、色々と調べさせてもらうとするか」)
ユトの罠に掛からぬように注意して、ユウは姿を消した。
――そう、実はユトは生きているのだ。邸内に罠を張り巡らして、全てを巻き添えに自殺を図ろうと虎視眈々。
「く……わしは諦めんぞい。曾孫ぉ、どこじゃあい……」
ずっずっ、ぺたりぺたり。
ずっずっ、ぺたりぺたり。
ザ★満身創痍! おじいちゃん何回死んだ? な|血だるまモフ《ロー》が、B級ホラー映画さながら片脚を引きずり邸内を徘徊する。
ぴたり、と足を止めてきょろきょろ。
すっと観客席を見据えてがばりと血塗れの腕を振りかざし、吼える。
「曾孫ぉぉおおおおッ!」
――固唾を呑んで舞台を見据えていた観客席が悲鳴で溢れる。お化け屋敷で悲鳴をあげて愉しんでるアレだ。
ぴぃいいん!
ローの片脚が糸に捉えられた瞬間、物陰のユトがにんまり。
「えへ★今日も大漁だぞーっと♪ ……て、あれ? またこのおじいちゃんかー」
体中に仕掛けナイフが刺さりぷらーんと吊り上がるモフ爺に、ユトはやれやれと肩を竦める。ゲームセンターのキャッチャーゲームでまた同じぬいぐるみがとれてうんざりと言った風情だ。
「ぬぅ…………むん!」
筋肉いっぱーつ! マッスルポーズでナイフ全てを排出!
からんからんと落ちるナイフにユトは「え」と菖蒲の双眸を見開く。
「ところで曾孫はまだかのう。腹が減ったわい。狩ってくればいいのかのう」
ぶら下がったままでくるーり。
みぎてになぎなた。
ひだりてにやまがたな。
ひらがなでかわいくしてみたよ!
「わー、でも行動はかわいくないよーー」
ひゅんひゅんと振り回される刃二つをラビットステップで避けながら、ユトは真剣に逃げまくる。
「曾孫ぉぉ、逃げるでないぃ、おじいちゃんが護ってやるぞおぉ」
「護ってないよ! 襲ってるからねーー!」
ウルフジャンピング! あーっと悲鳴をあげるユトの首がごきりっとよろしくない方向に曲がった。
●勝手に言ってるだけでしょ、|あなた《主さん》
「……そんな、わたしは誰も守れなかったの?」
幕があがった舞台を満たすは陰鬱なスキャット。それに相応しく力なくうなだれて少女探偵ヘルガは唇を噛みしめる。
眼前には、ユト、ロー、黒斗、ユウ、そして冒頭より晒し者にされていたクライヴの両親と合計6体の遺体が転がっている。後者はそれぞれ上半身と下半身しかない無残さだ。
「クライヴも見つからない、わたしはなんて無力なのでしょう……」
『フフフ、嘆かなくても良いのですよ、探偵の娘よ』
「?! 誰!」
何処かより響く声の主を探し、ヘルガはキッと周囲を睨み据えた。
「ひゃああああ! ごっごご、御主人さまがぁああ! とうとういらっしゃるぅ」
ウルスラはヘルガを盾に縮こまった。
「数千年、いいや数えきれんほど生きてるバケ……麗しの吸血鬼様、実はお肌のヘアピンカーブを数え切れんほどに曲がってぐにゃぐにゃで……」
『! 失礼ですよ? ちゃんとスキンケアは欠かしません』
数え切れぬ程生きた神とてそこは譲れません!
「『閑話休題』と、シエナは仕切り直しをします」
「るーるーるるるー、るりるらー♪」
死体のユトも再び悲劇のスキャットを強め場の雰囲気を戻す。
『フフフ、何を苦悩するのです? 犯人はそこに転がる大淫婦ロゼッタであることは明白です。我が子ユトを含めそこな男はロゼッタの浮気相手です』
「! せやなー、確かにユウは僕にも|そういう《・・・・》誘いを掛けてきたで。流石御主人様!」
ウルスラのヨイショに、吸血鬼シーノリィーチェ=グランヴィルは唇を裂けあがらせての得意満面。姿がなくとも気配でわかる。
『大淫婦ロゼッタは浮気の現場を見た我が子をまず手に掛けました。ああ、可哀想に……! 少女探偵さん、貴女の幼なじみは既に大淫婦がバラして豚の餌にしてしまったのよ!』
――観客席の吸血鬼達は、みな一様に唇を三日月に歪めてニヤニヤ笑い。
「ああ、高貴なる観客のみなみな様の声がシエナに聞こえてきます――『そんなことで我が子を殺すとは! 流石人間ねぇ』『淫らな女の息子なぞ生きている価値もない』と」
「……ふっ」
悔しげに結ばれていたヘルガの口元がふっと解けた。
「お言葉ですが吸血鬼さん。あなたが仰っていることには何一つ|証拠《・・》がありませんよ」
にっこりと微笑んで、ヘルガはルビーのイヤリングを見せつけた。
「これはどなたのものでしょう?」
『……』
シーノリーチェがゴクリと生唾を飲む音が、響く。
吸血鬼が窮地に陥るという予想外の展開に、観客席がざわりざわりとそそけ立つ。
『し、知らないわそんな素晴らしい宝石のイヤリ……』
「あーっ! それは御主人様のイヤリングや! 見つけたら持ってこいってめっちゃ厳しくゆうてた奴やんかー!」
ウルスラがバラしたぞーーーー!
「それは変ですね。これは殺されたユウさんの遺体のすぐ傍に落ちていたんですよ?」
「うん、ヘルガお姉ちゃん! 僕もみつけてるよ、ほらみんなーこれ見て!」
と、颯爽と舞台に現れたのは、なんと、クライヴ少年である!
少年は、千切られたレースをあしらった生地と、鎖の千切れた金のネックレスを見せた。
観客席が目をまん丸にするのに、4体の遺体と1体の人形がひっそり笑う。そうして彼らはじわりじわりと這いずるようにこの少年の防衛網を固めるのだ。
「ドレスの切れ端はローさんが、ネックレスは黒斗探偵が、それぞれしっかりと握りしめていました。まるで殺される時に抗ったように」
『違ッ……』
「あーっ! それは御主人様のー!!(×2、以下略)」
ウルスラが更にバラしたぞーーーーーーー!
あと抜け目なくクライヴを観客席から庇うように位置取るメイドさんである。
『どういうことだ?! この子は死んでいたはず』
『脚本家は何をしている!』
『この役者どもをはやく始末しろ!』
観客席の輩どもは襲いかかる精神的余裕なんてなさそうだけど!
「『皆さんは観客として弁えています。ですので舞台の終焉までは観客として席に着き見守ります』と、シエナは状況を説明します」
誰に?
「さぁ?」
にたりと、道化人形の口元が裂けあがる。
シーノリーチェの般若顔が伝わってくるような荒い息づかいの後、ぶづん! とテレパシーが途絶えた。翻って、カンカンカンッと、ハイヒールの踵が鉄板を叩く音がどんどん大きくなる。
「妾が殺したですってええええ?!」
優雅さなぞ微塵もない足取りで女が現れる。
破れたドレス、左だけのイヤリング、肩に垂らすは千切れた金の鎖、彼女こそが館の主シーノリーチェだ!
「証拠はあるのかしらあぁあ?!」
「やれやれ、これだけ証拠が並んでるのに、まだ悪あがきするのかい?」
呆れたように起き上がったのは胸からナイフを生やしたユウだ。
しれっとした顔で口元の血を拭い身だしなみを整えて、クライヴへ手を振った。
「? おにーさん、だぁれ?」
「あぁ、お兄さんはね、キミのお母さんの弟だよ。初めましてだね」
「ええー、僕のおじさんなのーー?!」
しれと芝居を打てば、クライヴは驚いた素振りを返す。
(「ふふ、クライヴくんはお芝居の才能があるね」)
「姉さんと兄さんがここで行方不明になったと聞いて潜入しました。騙してしまい申し訳ありません」
道化めいた大仰なお辞儀で正体を明かし、堂々とクライヴを庇う位置に立った。その眼差しが注がれるのは、実は斜め下の黒斗探偵の元だ。
ぴくり!
|弟《ユウ》の眼差しにて黒斗探偵、ここに息を吹き返す!
「だから私は裏切りなどはッ……」
「兄さん! 匿ってくれてありがとう! やっぱり生きてたんだね!」
クズオーラは完全払拭、ユウは胸に手を当て実の兄の復活を寿ぐのです。
「あれ、私ってクライヴママの兄? そうだっけ、年が離れすぎてて……って、おやぁ?」
黒斗探偵がわざとらしくモノクルをつまみ上げ見た先はユトの手元だ。
『犯人は年増おかーさんだよーん、ああ罪を着せられて殺された僕可哀想🐰』
『証拠品たんまり置いておいたから🐰(←ちょっとウサギが歪だし筆跡も違う)』
「ヘルガお姉ちゃん、あれって」
「クライヴ、よくみつけたわね! あれはダイイングメッセージよ!」
「あなたたちの目は節穴ですか? 2行目は筆跡が違いますよ」
さすがにそれはシーノリーチェがツッコミを入れるが、
「そっか! さっきはなかったから出来たてホヤホヤダイイングメッセージだね!!」
存 在 無 視 !
筆跡については人差し指を赤くしたユウが横を向いて口笛ぴゅるりらーってしている。
「ここは妾のお屋敷ですのに……妾が影の主役ですのにぃ……」
しょんぼり三角座りでのの字を書くシーノリーチェこと詩乃は、吸血鬼の高貴さは0なのだが、なんだかとってもかわいい。
「? はて? 私はユトくんに殺された筈ですが……勘違いでしたね」
まぁ私の記憶が一番信頼できませんからっとかんらかんらと笑う黒斗探偵の横で、がばりっとローが身を起こす。
「曾孫ーーーーー!」
「おじいちゃーーーん!!! 生きてたんだね!」
がばぁああああ!
獣人と人の感動のハグ・コラボレーション! クライヴをしっかと抱きしめ滝の涙を流すおじいちゃん、もう何度目かわからん復活です。
「ああ……これでユトくんさえ生きていれば……ッ!」
くぅっと歯がみした後、ユウは子供のように両目を覆ってえーんえーんと嘘泣きをしてみせる。
「まさに『無様な吸血鬼が罠にかけられひとり負け、人間賛歌の大団円』だとというのにー」
観客席の苛つきが湿度を増した。
|道化《ユウ》の物言いと仕草が一々カンに障る――そりゃあ道化は搾取階級を下から嘲笑って皮肉るのがお仕事ですもの!
「ユトぉおお! 我が曾孫おおおおおおーーーー!」
おーいおいおいとローが派手に泣き出したのに呼応してユトの上半身がバネのようにがばりとはねあがった。
「マジでいいの?! 僕、こんなズタボロ負け組吸血鬼の息子なのに?! 僕、ローおじーちゃんの曾孫でいいのー?!」
ああ、とローは自信満々で頷いた。
「人類みんな、どこかしかわしと血がつながっておる、つまりみんなわしの曾孫じゃああ!」
――なんか凄い宣言キターー!?
「♪ああ、ああ、こうして親の愛を知らぬ孤独な僕は愛を知り~」
ユトの嘔と共に舞台装置がひっくり返り、希望を思わせる虹の背景に変わる。みんなして手をつなぎ爽やかに斉唱!
「おじいちゃんの曾孫だから3人も当然生きてるーー」
何処から現れたクライヴ両親と姉が末っ子を抱きしめて歌い出す。
「「「「ラララララー♪生きてるーーーー♪」」」
クライヴ一家の皆さん元気だ、ぴっちぴちだ! だって猟兵に助けられたんだもの!
「な、なんですってーーー! 妾だけが猟兵の掌の上だったなんてえええ!」
キーッとカーテンを噛みしめてイヤイヤと髪を振り乱す吸血鬼シーノリーチェ。惨めに無様に彼女だけが大団円に入れない。
『ふざけるなー! オチは必ず『吸血鬼しか勝たん』だろうがッ?!』
『こんなどんでん返しはいらないわ! やり直して頂戴!』
『じゃああの死体はなんなのよ! ちゃんと説明してくださる!』
非難囂々の観客席からはグラスが投げ込まれる。
『――』
ふと、シーノリーチェは身なりを整えて立ち上がる。そうして観客席へと一礼すると|ドレス《邪神様なりきりセット》をばさりと脱ぎ捨てた。翻るドレスは観客どものグラスをひとつ残らず包み取った。
「ヴァンパイアにお似合いな結末でしたね。次は貴方達です!」
巫女服姿の詩乃さん見参! まさかまさかの館の主が猟兵?! では吸血鬼の主はどこに?!
「さぁ、こちらです。あとはわたし達に任せてください」
「ありがとうヘルガお姉ちゃん!」
観客達が混乱に陥る隙に、クライヴ一家4人はヘルガの手で逃がされる。
「『さぁ、最終幕でございます』とシエナは言いました」
ゆらりと立ち上がった人形は、楚々と笑む。
「『あなた方への死亡宣告でございます』とシエナは宣告します」
今まで通りの“やけに明るい声”で!
●いっつ |ショウ《わからせ》 たーいむ!
「『死体の正体を明かしましょう』とシエナは種明かしをします」
ボサボサ髪の道化人形が天井に指を翳すと、クライブの両親の遺体が虚空で合体。口元をバッテンで縫い付けられた無様に女吸血鬼の|お友達《・・・》が現れる!
「『こここ、こんばんは、よきよききぶたいでしたでしょ……う』|お友達《館の真の主》は皆様を最期まで歓待いたします――」
くすくすと葉が擦れるようにシエナは笑う。手元で繰る糸にて女主人は白目を剥き、最前列の観客に食らいついた。
『ひ、ひぃいいい!』
『なに。なんなのよぉぉ!』
ヒステリックな悲鳴や怒号を叫び、観客達は我先にと出口へ向かう。
「誰ひとり逃がしはしません」
滑るように舞台を駆け一気に踏み切り。詩乃は舞台と対角線上の向こう側、出口の前に現れると煌月にて即座に薙ぎ払い。
しゃんっと、タンバリンの音。
「エンドロールもまだやのに、席を立つのはマナー違反やで?」
メイド服の裾を翻し回り込み。お茶をどうぞと差し出したティカップをひっくりかえす。
『ぎゃああ! 熱いぃぃー!』
「いっつもぬるいって叱られるから煮えたぎらせたったわ」
顔を覆う吸血鬼へ思い蹴りを一発二発。
『!! う、腕がぁああああ』
『いやぁ!』
非常口のドアにかけた手首がすっぱりと斬り落される。ひとつだけではない、四方全てのドアの前で同じ事が起こっている。
「さぁ、喝采を! ……と、言いましてもその様では無理でしょうか」
片目を閉じて指より伸びる鋼糸を張り巡らせて、楽時江・黒斗ことクロト・ラトキエはほくそ笑む。
『お前は無能探偵! あれは全て演技だったのか!』
「……演技? えぇ、嗜んでおりますよ」
満ちる歓喜こそ、真の最後に捧げられる華。
暗愚を嗤う者もまた愚者だった――クロトの唇より饒舌に、鋼糸が語り観客どもを斬り刻んでいく。
「おかしなことを仰る。今宵は皆様『芝居』を見に来たのでは?」
怒り任せに舞台へと這い上がる面々へユウが跪く。その様は、役者がファンから花束を受け取るようだ。
「最期まで演じさせていただきますよ――ようやく、本懐を遂げられます」
|家族を浚われた大道芸人は《ユウ》は、刺突剣にてにっくき仇敵の喉元を斬り裂いた。
もんどりうって倒れる吸血鬼の胴体は、ローの拳にて前後にいた奴らごと貫かれる。
「……漸く発散できるわい。ひ孫を誑かし害そうとした悪なら良いじゃろう?」
ローは右往左往の吸血鬼の元へ遺体をぶん投げる。
どんがら、と、クライヴを背に庇うヘルガの目の前に落ちてきたそれは、しつこくヘルガとクライヴらを追う輩を押しつぶした。
「あなたたちが弱者を踏みにじった数だけ幸運から見放されるのですよ!」
シエナの『お友達』が割り入ったタイミングで、ヘルガはクライヴ達の背を押して戦場から完全に逃れる。
彼らが害されることはない、絶対的幸運はいまヘルガの元にあるのだから!
「ひ、ひい!」
「おお、こんな所で寝ていては風邪引くぞ」
人の良い顔してどんどんぶん投げていくローはさながら修羅だ。
『こうして愚かなスケープゴートは断罪されました……と思いきや本当の被害者はここからなのです』
頭からだくだくと血を流すユト、ローからのダメージは本物だったらしいとかそういうのはさておき。
「まあ僕本当に幸せだしね」
素の物言いで血を絡めた矢文を壁へ。漆黒の猟犬は大好物の玩具を投げられたかの如く嬉しそうに突撃。道筋にいた吸血鬼たちは憐れ轢死。
ユトの張り巡らした罠を利用し、クロトの糸が予想外の軌跡を描きしゃがんで難を逃れようとする奴らをなます斬りにしていく。
軽やかな蹴打のウルスラと背中合わせに詩乃はくるりと切っ先を翻した。
「残らずお掃除するで、御主人様! お給金弾んでや!」
「ウルスラさん、とてもよいお仕事ぶりですね。けれど最後は主人の私自らの手で――」
陰鬱な血の舞台を春風にて清め、詩乃は人々を玩具にし嘲笑った吸血鬼めを背中から刺し貫いた。
「この世に悪の栄えた験し無し!」
〆の台詞は幼なじみとの再会を無事果たしたヘルガより。
そうして|旅人《ユウ》は観客の居ない舞台の幕をそっと落すのである――。
-終-
大成功
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