密着、女子高生アスリート:地獄の強化合宿
「はっ、はっ、はっ……!」
とある日の競技場。息を切らしながら走り続ける、たくさんの女子アスリート達。
全員が疲労困憊で、汗を拭う余裕すらない。
それでも彼女達は誰一人、倒れる事なく走り続ける。
そんな女子アスリート達のうちの、一人。その小さな身体が一際目立つ少女に、カメラが寄っていく。
「っ……っ、っ……!!」
『スポーツにおいては、大なり小なり、体格による有利不利は存在する。身長に恵まれないと言う事は、それだけで大きなハンデだ』
淡々としたナレーションに、少女の呼吸音が重なる。息を乱す、どころではない。過呼吸気味の掠れた吐息。
『身長143.8cm。平均を大きく下回る、小さな身体。それでも、彼女は走り続ける。その原動力は、いったいどこにあるのか』
数多の超人アスリート達が、日夜鎬を削るスポーツ世界、アスリートアース。
当然彼らに対する注目度は高く、様々なメディアがアスリート達の活躍を伝えている。
これもまた、その一つ。とある人気TV番組である。
『スポーツ界の明日を担う、新星達……彼らの若き才能にとことんまで密着するスポーツドキュメンタリー、『明日の|A《エース》』。今日は、最近注目を集めている女子高生アスリート、菊川・有紀(田舎生まれ孤児院育ちおのぼりガール・f37788)の一日に密着する――』
「尊敬している選手ですか? それはもうたくさんいますよ。そうですね、最近注目しているのは――」
インタビュアーの質問に、目を輝かせて憧れの選手達について語る有紀。
そこにいるのは、闘志とやる気に満ちたアスリートと言うより、そのアスリートに憧れる、熱心なファンの――言葉を飾らなければ、アスリートオタクの少女である。
語る内にどんどん熱を帯び、早口になっていく。立て板に水、その語りは止まる気配を見せず……結局数十分に渡って、一度も途切れる事はなかった(本放送では大半カットされた)。
だが、シーンが変わると、空気は一変する。
『トライアスロン学連選抜強化選手合同練習会』。将来有望な学生アスリート達が集められた、全国強化合宿。有紀も、先日行われたトライアスロン大会――ダークリーガーが出場し、猟兵として参加した物――での優勝が評価され、合宿への参加が認められた。
当然、彼女は参加選手の中でも最も小柄だ。男女混合であるこの合宿では特にそれが目立ち、彼女の事を侮る参加選手も多い。
ましてやこの合宿は特に過酷な指導で知られ、業界内では『前時代的』と批判を受ける事も有るほどだ。小さな有紀が付いていくのは、容易な事ではない。
それでも、有紀は懸命に喰らいついていく。汗を流し、息を切らしながら、厳しい練習メニューをこなしていく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ――!!」
競技場のトラック数十周のランニングを終えると、ふらふらと数歩を歩いた後、ひっくり返るように倒れ込んだ。
口からは乱れた息ばかりが漏れ、その息は掠れて高い音を奏でる。薄い胸を上下させ、必死に呼吸を取り込む事しか出来ない有紀。競泳水着状のユニフォームは汗でぐっしょりと濡れ、身体にぴったりと張り付いて、その肌が透けて見える。
「大丈夫かしら、有紀?」
「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……はい……はぁ、はぁ……お姉、さま……」
そんな有紀を気遣うのは、一人の女子アスリート。小柄な有紀とは対照的に、長身で筋肉もしっかりとついた身体の女子高生だ。
サポーターで押さえ付けても抑えきれない、豊満な胸やお尻は悩みのようだが、やはり体格に優れていると言う事は才能に他ならない。なんとか合宿に参加させて貰った有紀と違って将来を有望視されており、この過酷なランニングにも余裕が残っている。
だが有紀はそんな彼女に嫉妬する事もなく、むしろ『お姉さま』と呼んで慕っており、お姉さまの方も真っ直ぐな好意と情熱を好ましく思い、有紀を目にかけてくれていた。
「さあ、飲んで。……辛いでしょうけど、水分補給は欠かさずにね」
「はぁ、はぁ、はい……んっ……!」
お姉さまの渡してくれたスポーツドリンクを受け取ると口をつけ、懸命に飲み干していく有紀。
汗をかきすぎて喉はカラカラなのに、飲むために口呼吸を止めるだけでも苦しいと言う矛盾。それでもお姉さまの言う通り、水分補給を止める訳にはいかない。
「集合ーーー!!」
「っ、はぁ、はぁ……! お姉さま……ありがとう、ございました……」
何しろ、練習はまだ終わっていない――いや、ここからが本番なのだから。コーチの招集の声を聞くと、お姉さまに礼を言いながら、ふらふらと立ち上がる。
バテているのは、有紀ばかりではない。アスリート達……特に女子のアスリート達は重い身体を引きずり、コーチの元へと向かう。
今日の内容は、より実践的なトライアスロンのトレーニング。競技場内の設備で、『スイム』『バイク』『ラン』の三種目を順にこなすと言う物だ。本番のレースと違って距離のノルマはないが、代わりに時間内は延々泳ぎ続け、走り続ける。
まず最初は『スイム』から。大型の室内プールで選手達は順繰りに泳ぎ続ける。泳ぎのノルマ自体は、そこまで厳しくない。プールの広さの関係上、どうしても一度に泳げる人数が限られるためだ。
だが、さっきまで長距離ランニングをこなし、疲労しきった状態。ノルマの上に疲労がのしかかると、一気に地獄に変わる。
「菊川ー! 遅れるなー!」
「っ……!!」
しかも少しでもペースが落ちれば、コーチからの叱咤が飛ぶ。懸命に腕で水をかき、バタ足で進んでいく有紀。
練習内容は男女共通。男子選手ですら悲鳴をあげる過酷なメニューに、有紀を含めた多くの女子選手はついていくのが精一杯。
「……よーし。『スイム』はここまで! さっさと移動しろ!」
だが、これはまだ、最初の種目に過ぎない。1時間泳ぎ続けた選手達はすぐに、『バイク』のためにトラックに移動する。
「はぁ、はぁ……くっ……まだ、まだ……!」
有紀はなんとか重い身体を引きずり、その移動についていく。冷たい水に浸かっていた筈なのに、身体はむしろ、熱く火照って感じられる程だ。
「よーし、『バイク』開始!」
「っ……!」
トラックに戻れば休む暇もなく、今度は自転車を焦がされる。身体を前傾させると後ろに尻が突き出されるが、ユニフォームが喰い込んでおり、Tバックもかくや、と言う有様だ。だが、それを気にしている余裕などあろうはずもない。
「はぁ、はぁっ……はぁっ……!」
身体がさらに熱を帯びると湯気が立ち込め、濡れたお尻から水分が蒸発する。そして再び、汗がお尻を、身体中を濡らしていき、ぴったりと張り付くコスチューム。
「どうしたー! お前達、休むなー!!」
時間が半ばを過ぎた辺りから、止まってしまう選手も増えて来た。特に女子選手はその多くが、自転車から降りて必死に呼吸し、酸素を取り込んでいる。
有紀はそんな中でも懸命にペダルを漕ぎ続け、止まる事なく進み続けた。腕も脚も、石になってしまったかのように重いが――。
「よぉし、終了! 全員給水と補給を忘れるな!」
「っ……は、ぁっ……はぁっ……!」
永遠とも思える『バイク』の時間がようやく終わり、自転車を降りる有紀。『ラン』に備えて補給へと向かうが……その足がもつれるように、その場に両手をつく。
懸命に自転車を漕ぎ続けた彼女も、流石にもう限界だ。四つん這いになったまま、立ち上がれない。
「はぁ、はぁ……ひ……げほっ、げほっ!」
「菊川ー! 何してる、さっさと立てー!」
コーチからの叱咤が、言われて立てるものでもない。四肢が自分の思い通りに動かず、呼吸すらもうまくいかず咳き込んでしまう。
止め処なく溢れる汗と、口から溢れる唾液が、トラックに水たまりを作っていく。このまま倒れ込んで気を失えたら、どれほど楽か。
「はぁ、はぁ……はぁ……ま、まだ……やれ、る……!」
そんな誘惑を断ち切り、立ち上がって歩き出す有紀。すでに限界を越えている筈の身体を懸命に動かし、給水場に向かう。
ボトルを手にすると、水を被って身体を冷やす……冷たさが心地よい。それで少し余裕が出来ると、補給食を水で流し込んだ。
「……ぉ、ぇっ!!」
いや、余裕が出来たと言うのは錯覚だった。疲労のあまり喉が受け付けず、口元を抑える。ふらふらと側溝に歩み寄ると、いくらか吐いてしまった。もちろん、吐いているのは有紀だけではない。辺りには饐えた匂いが立ち込めている。
「よーし、そろそろ『ラン』を始める。お前達、位置に付け!」
「……はいっ!!」
それでももう1度、無理矢理にでも水を飲み干し、練習を再開する有紀。だが、そうして挑んだ『ラン』はだが当然、あまりに過酷な物で。
「ぅおぇ……え……えええ……!」
ここまで、男子に果敢に喰らいついていたお姉さまも、ついに限界を迎え、側溝への嘔吐を繰り返している。呼吸の邪魔となったサポーターを外して大きな胸を揺らし、お尻もユニフォームを喰い込ませて突き上げながら、苦しげに呻くお姉さま。
「はぁ……はぁ……ぅぇ……ええ……!」
お姉さまがその有様なのだから、他の女子選手などもっと酷い。有紀はまだ側溝まで行けるだけマシで、その場で汗と吐瀉物を撒き散らす者もいる。
中には、泣き出す者すら。だが――。
「どうした、もう終わりか!」
「ま、まだ……ぁ……ですっ……!!」
そんな中でも、誰もが諦めない。口元を拭い、懸命に立ち上がる。
有紀もまた決して諦めず、何度倒れても、何度でも立ち上がっていく。
「よーし、今日の練習終了!」
「「ありがとう、ございましたぁ……!」」
コーチの言葉に返した一言が、選手達にとっては最後の力だった。全員がグラウンドの上に倒れ込み、ただ呼吸音だけが響く。皆、一言も発しない。発する余裕もない。
男子はまだマシだ。なんとか身体を動かし、這うようにグラウンドを立ち去る。だが、女子の方は倒れたまま、誰も立ち上がれない。お姉さますら、呼吸に上下する胸以外はピクリとも動かない。
嘔吐感に苦しむ者も多いが、幸いと言って良いのか、もう吐く物も残っていない。画面の向こうには伝わらないが、辺りには大量の汗と吐瀉物による異臭が立ち込めている。それを悪臭と思いながらも、そこから逃れる事も出来ないのだが。
……そんな過酷過ぎる練習に、有紀は小さなカラダで、最後まで食らいついてみせた。しかも、中の上から上の下ほどの、十分に立派な成績であった。
どれほど辛い練習をこなそうと、次の日は平等にやってくる。
夕食を無理やり詰め込んだ後、丸一晩、泥のように眠った有紀は、翌朝現地の学校へと向かう。
いくら学生の本分は学問と言えど、あれほど過酷な練習の翌日だ。疲れが残っていない筈もないだろう。
エンディングテーマが流れる中、インタビュアーが有紀へと質問をぶつける。
『――辛くないのですか?』
「いやまぁそりゃ地獄も地獄っすよ。けどうちとしてはまぁ幸せというか」
だがその質問に、有紀は首を振り、むしろ笑って見せた。強がりなどではない、一片の曇りもない、本物の笑顔。
「やっぱアスリートの皆さんって綺羅星のようなモンなんですよね。普通だったら遠くから眺めるしかできなんです。もっと近くで拝みたいと欲するなら、自分自身もまた星にならないといけないんですよね」
言って自分の手を見下ろし、ギュッと握りしめる有紀。プロアスリート達は、彼女にとって尊敬と憧れの対象だ。
その憧れに、少しでも近づきたい。それが、彼女が最初にアスリートを目指した理由。
「ホントにうち自身、星になれてるのかな? とは思うんですけど、まぁこうして参加させて貰えてるってことは認めて貰えてるってことですし。折角ですから、やっぱいけるとこまで行きたいですよね」
けれどいつかは、自分が憧れられる側に。……それはきっと、まだまだ遠い夢だけど。そのためにも、彼女は歩みを止める事はない――。
「とゆーわけで、これからも頑張ります!」
そんな彼女の笑顔を写した映像で、番組は終了した。
この番組がテレビ放映されると、その女子高生とは思えないほどの過酷なトレーニング内容が話題となった。
リアルタイム視聴率こそ平凡な物であったが、見逃し配信の再生数は、今年度一位を記録する事となる。
成功
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