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優しい音、気まぐれな猫、もう一度

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メノン・メルヴォルド



檪・朱希




 まるで願いをかけるような、拙い指先。
 慣れないスマートフォンで、けれどと繋がる為の電話をひとつ。
「よし」
 少しだけ緊張した声を漏らすのは檪・朱希(旋律の歌い手・f23468)。
 そう口にしてかけたコールは、願いと共に繋がる。
「もしもし」
 スマートファンの向こうから聞こえるのは、とても柔らかな声。
 ふんわりとしたそよ風のように軽やかで、聞くひとの心を撫でる優しい『音』。
 この声を、『音』を聞きたかったのだと、朱希もゆっくりと微笑んだ。
「メノンちゃん?」
「うん、うん。そうだよ。朱希ちゃん、電話有り難う」
 スマホの朱希の言葉にゆっくりち微笑む姿を覚えた。
 メノン・メルヴォルドはそういう少女。
 可憐で、柔らかく、穏やか。
 連絡を貰えたというだけでも嬉しさが滲むかのよう。
 そういう風だからこそ、話す朱希も嬉しくなるのだ。
 ノイズじみた『音』の混じらない、優しい『音』に包まれている気がするから。
「ね、メノン。今度、猫カフェにいかないかな……?」
 ひとりではなく、ふたりで。
 他の誰でも無く、朱希とメノンのふたりで。
 そういうお願い。ちょっとした我が儘。
 出来るならあの日の続きがしたいのだと、言葉の外に込めると。
「うん、うん。私もいきたい」
 メノンも嬉しさで心の弾むまま。
 こくり、こくりとゆっくりと頷きながら言葉を紡いだ。
 そうなれば後は何時に行こうかと約束を決めるだけ。
 その間も、くすくすと吐息の合間に零れる笑みを重ね合って、暖かな気持ちになるふたり。
 手は届かなくて、姿は見えないのに。
 スマホ越しでも繋がっている声ばかりに、ふわりと癒やされるような気持ちになるのだ。
 だから全てが決まって、通話が切れたあとも、ふわり、ほわりとした気持ちで微笑むメノン。
 そして少しだけそわそわしてしまう。
 期待と、そして昔の出来事を思い出すから。
 ふたりで猫屋敷にいって、ゆっくりと柔らかな毛並みを撫でながら話し合ったあの日を思い出して。
 





 さあ、いざ猫カフェへ。
 朱希の気持ちはまだ知らない遠い国へと行くかのよう。
 同じ日本だとしても、そこはきっと童話の猫の国めいているのだ。
 そういう意味で朱希が抱くのは緊張よりも、わくわくとして高揚感。
 まだ見ない世界、知らない場所への期待で膨らむような思い。
 だから、少しだけ早く待ち合わせの場所にいたメノンが、少しだけ警戒した猫のようにきょろきょろしているのに、余計に朱希は穏やかな気持ちになる。
 挨拶は何時ものように。
 軽やかに交わした後、ゆっくりとメノンは訪ねてくる。
「……ちょっとドキドキしちゃう、ね?」
 そういいながら、ふわりとした笑顔を見せるメノン。
「朱希ちゃんは大丈夫?」
「私は大丈夫。メノンがいるからかな。前に猫屋敷にいった時の気持ちが残っていて……」
 楽しかったからだろうか。
 もっと楽しいと信じられるのだろうか。
理由や根拠が必要なら、傍にメノンがいるから。
「わくわくしているよ。どんな素敵な日になるかなって」
 そうして目当ての猫カフェの前へと。
 扉を潜り抜ければ、からん、からんと猫を驚かせない為の小さな鐘が鳴る。
 そして目の前。そこが特等席とばかりに、看板の前に毛並みの長い真白い猫。
 けれど、にゃぁと一言をあげて店の奥へと走っていってしまった。
 まるで来店した人に挨拶して、奥に誘うのが自分の仕事だというように。
 朱希とメノンがそんな白い猫を視線で追いかければ、沢山の猫たちが思い思いに寛いでいる。
「猫さん、たくさんいるの」
 何故か小声になってしまったメノン。
 好きな場所で丸まっている猫たちを驚かせないようにとしているのか、それとも猫を前に緊張と驚きと、喜びが混ざってしまっているのか。
 自分でも解らない。
 解るのは胸の中が柔らかくて、暖かい思いということだけ。
「屋敷にいた猫とは、また違う種類の猫がいるね」
 三毛猫に白猫、虎猫に黒猫。
 日本で有名なそれらばかりではなく、色んな色や大きさの猫、長毛種もいた。
 自分たちの穏やかな時間を、にゃぁと鳴きながら堪能している。
 それが可愛らしくて、ほっと暖かな息が零れるメノンと朱希。
 朱希に至ってはゆっくりと瞼を落としてしまうほど。それぐらいに、とても心地よい『音』で満ちていた。
「屋敷の猫は、人懐っこい子が多かったけれど……」
 言いながら、近くの猫へとそっと手を伸ばしてみる朱希。
 最初は瞬きをしながら朱希の手を見つめいた猫だが、ある一定の距離まで近づくとさっと逃げ出してしまう。
「……意外と警戒している。離れていっちゃった」
 自分のペースで寛いでいるようでも、初めてみる人間にはちゃんと警戒しているのだろう。
 驚いたり、あえて遠巻きにするなどはないけれど、一定以上を近づくとすぐに逃げ出すような猫たち。
「メノンは、どうかな?」
 そう言いながら見てみれば、メノンはキャットタワーの上にいる、淡いグレーの猫へと手を差し伸べていた。
 ふわふわとした長い毛並み。
 それに触れてみたいのだと、恐る恐ると。
 けれど、やはりもう少しでという所でゆらりと猫の尻尾が揺れて、警戒している姿を見せてしまう。
 残念さを息として零しながら、手を引っ込めるメノン。
「初めて会ったばかりだから、まだ少し難しい、かしら?」
 ならばと朱希とメノンの作戦タイム。
 ふたりで椅子に座り、話しながら決めたのは猫用のおやつで呼んでみるというもの。
 手に入れたのは猫用のクッキー。
 それを朱希とメノンからちょっと離れた所におけば、先ほどの淡いグレーの猫が反応して近寄ってきた。
 クンクンと鼻を寄せて確かめるのは、何時も食べているお菓子かどうかだろうか。
 そしてぱくりと小さな口で噛んでいる間にと、そっーと再び朱希が近づくが、耳を立てていた猫はクッキーだけをしっかりと咥えて何処かへと走って行く。
「……あれ、おやつだけ持っていかれたね? 食欲旺盛みたい」
「ふふふ。でも、興味をもってくれたみたい」
 せっかく近づいてくれたのに、残念と朱希は思うものの、気まぐれな猫がおやつひとつで心を許してくれないのも当然なのだろうと頷く。
 決してクッキーを落とさないようにとしっかりと咥えて動く猫。
 その姿は確かに可愛らしくて、メノンは朱希へと嬉しげな微笑みを送る。
 ふわりと微笑んでいれば、また淡いグレーの猫が近づいてくる。
「あ、また来てくれたみたい……」
 朱希とメノン。ふたの持つクッキーのどちらが多いかを探るように、ふたりの足下をゆっくりと行ったり来たりする猫。
 メノンが手を伸ばしても今度は嫌がる素振りは見せず、ふわふわの長い毛を撫でさせてくれる。
 暖かくて、ごろごろという鳴き声が指ごしに伝わってくる。
 呼吸をすれば、それだけで心地よく揺れる長い猫の毛。
「やっぱり、猫さんは可愛いの」
 可憐な唇から、緩やかな声色を紡ぐメノン。
「いつまでもこうしていられるのよ」
 そうしてようやく懐きはじめた猫を優しく、優しく撫でていく。
「なら、私も」
 猫を撫でるメノンの姿に、恐る恐ると朱希も手を伸ばせば、猫の目がしばらくじっと見つめてくる。
 だがまるで許してあげる。といわんばかりに、ふいと視線をそらして朱希の手に自らの身体を押しつけた。
「……ふわふわで、やっぱり温かい」
 そう優しげな声色で朱希が呟けば、そうでしょうというように身体をすり寄せ、鳴いて応える猫。
 そんな姿も可愛らしくて、朱希もメノンも頬を緩めた。
 



 猫とたっぷりと戯れて。
 のんびりとした、とても大事なひとときを過ごして。
 ふたりは店員に飲み物と甘い物を頼む。
 朱希はカフェオレとチョコケーキ。
「メノンは何にする?」
「ワタシはミルクティーとチーズケーキにするの」
「えと……」
 少し迷うような素振りを見せたあと、ゆっくりとメノンは訪ねる。
「朱希ちゃんも、甘いの好き?」
「甘い物? 私は好きだよ。ホッとするよね」
 朱希が応えれば、ゆっくりと頷くメノン。 
 そうしてふたりの前に甘いものが並ぶと……。
「あら……?」
 先ほどの猫がまだ足りないというように、ふたりの手元の甘いものを、じーっと見つめている。
「……猫の視線を感じるね? 狙ってるみたい」
「ふふふ。これは人間のだから、ダメよ。ワタシたちはもう少し遊んであげるから、ね」
 そう言い聞かせるようにしながら、猫を待たせるばかりでは悪いからと猫用のおやつをひとつと追加して。
 無事に食べおえたふたりと一匹は、もう少しだけ遊ぶのだ。
 猫じゃらしで左右に飛び跳ねさせたり。
「ん、もっと遊ぶのよ」
 他の玩具もどれが楽しく猫が遊んでくれるかと、ふたりで試してみるのだ。
 そういう一日。
 穏やかで、特別なことは何もない。
 けれど触れて撫でた猫のように柔らかくて、暖かい一日。
「そうだ、お写真も撮りたいの」
 そう両の手の指を合わせて云うメノンに、朱希も応じる。
「写真? 上手く、映るかな?」
 慣れないスマホにはどう写るか、朱希も少しだけ緊張しながら、メノンの横に並ぶ。
「ピース、こう、だよね?」
「そう、笑顔でなの。一緒に来た記念に……」
 そうしゃて、ぱしゃりと記憶を一枚の写真に切り取った音がする。
 永遠に色あせず、消えない姿として、映された一枚がある。
 まだ帰るにはちょっと早いけれど。
 気まぐれな灰色の猫が、別の猫と遊びに出かけてしまったから。
「メノンと来られて、良かった」
 流れる『音』に和み、癒やされるように。
 ゆっくりと朱希は口にする。
「また一緒に来られたら、嬉しいな」
 だから写真よりも、とても自然で柔らかな。
 優しい微笑みを、ふたりで浮かべた。
「ワタシも、また朱希ちゃんとの想い出が増えて嬉しいの」
 にゃあと。
 猫もまた、ふたりに逢えてよかったというように鳴いていた。
 また来てねと云うように。
 ふたりで来てねと、願うように。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年01月12日


挿絵イラスト