愛にて世界を渡り、雪に埋もれる
月白・雪音
全面的にお任せしますので自由に書いてください。
牡丹雪の降りしきる年の終わり。
感じたのは季節外れの沈丁花。
なんとも甘いこの匂いは、過去を思い出させる。
「――――」
積もった雪のような色彩を纏うのは月白・雪音(月輪氷華・f29413)。
このまま歩けば、雪の情景に溶け込んでしまうのではないだろうか。
そう思わせる静けさと、美しさ。
感情のなみひとつ立てぬ、白い氷花じめた静寂を纏う。
月輪のような存在感を持つ赤い眸で周囲を見渡し、そっと吐息をついた。
沈丁花など見当たらない。
当然。季節外れにも程があるというもの。
だというのに。
春の訪れを告げる、優しくて甘い匂い。
こればかりは想いを募らせるように薫るのだ。
嗅覚にではなく、恐らくは感情にこそ。
「なんとも」
静かに吐息をひとつ零して、雪音は気配を追う。
さくり、さくりと雪を踏み、夜の奥へ。
春の訪れと甘い香りというのならば。
懐かしく、ほろ苦い思い出があるのだ。
あれは寒く、冷たく、厳しい|強欲の海《グリードオーシャン》の事ではあれども。
確かに、その想いは面影となって別の世界を渡り歩いていても仕方あるまい。
願わくば――もう一度と、最期の吐息に重ねたあの夫婦。
最期に初恋にと向き合った彼女の鼓動を奪った感触を、雪音は今も憶えている。
「生きる限り……思う事はやめらない」
雪を踏みしめる音より、なお静かに。
唇より零れた声色を夜に響かせて、深緋の眸を緩やかに泳がせる。
ああ、と。
やはり、今やこの香りを纏うのは彼女ではなく――彼であるのかと、深い吐息を零しながら。
「何故」
そんな言葉をひとひら、柔らかな新雪の上におとして。
「貴方は彼女と、骸の海で抱き合わないのですか」
今も生きるからこそ、死んだ女の甘い香りを纏う男へと言葉を向ける。
「安寧に眠る。愛と共に。それで、よいのでは。強欲に今も全てをと欲するより――彼女の愛という至宝がありましょう」
そんなにも生きるぬくもりのほうが大事なのかと。
冬の情景、静まりかえった死の美しさ。
そんな色彩と気配を纏う雪音が、しずしずと男の名を呼んだ。
「――カルロス」
そうして、男はゆっくりと振り返る。
かつて強欲の海を支配していた、王たる男。
思えばこれも『鏡』のメガリスが産んだ分身なのか。だとすればなんという皮肉。
妻たるスイートメロディアは、増え続ける己が身を悼んだ。
ああ。ならばこそ。
「そうですか。あなたは、そうして『鏡』で分身することで――妻の身に起きたことを、自らにも。本物が消え失せても、偽物になっても、最愛なる妻の|全て《・・》を抱きしめたいのだと」
そう告げる雪音に独りの王、カルロスは声を響かせた。
「それを告げるのは妻のみで十分。ましてや、他の女に真意を語るなど、愛に反する」
――|最愛の君《あれ》が裏切らないように、私もまたと。
「それに、あれは死なない。死に果てる筈がない。故に、私は探し続けるとも。強欲に、王として、王妃を迎えに世界を渡る」
「……左様で」
「信じるものか。愛しき姫君が、我が妻が死んだなど。ならば、疑うものか。今もまだ、抱きしめて欲しいと願う我が妻が世の何処かに取り残されていると」
故に、最愛の甘い残り香をまき散らして、カルロスは今も独りでも進むのだ。
「……左様で。ならば」
ふわりと風が吹いた。
カルロスが世界にもたらすのは、愛という甘い香りだけではない。
世界を破滅させても妻を見つけるのだと今も動く。
そんなこと妻が求めていないかもしれないという可能性に気づけぬまま。
思えば、世界が滅んでいい。
悪が蔓延ってもなおと、メロディアは求めただろうか。
愛して欲しい。抱きしめて欲しい。真実、私だけを。それだけがメロディアの願いで、すれ違い。
すれ違って、世界を滅ぼすがカルロス。
なんという、愚かさか。
「ならば、私の約定を――今の貴方には果たしていないでしょうから」
するりと、握り絞められるは白い、白い、死をもたらす拳。
「彼女には、貴方もまた骸の海に送ると。そう誓いましたゆえ」
邪悪なものであれ、貴方は使い、縋り、妻を探す。
見つからないと解っていても、なお続ける、その愚かな|甘美さ《あい》を。
「――彼女が寂しくないよう、貴方も葬らせて頂きます」
ひとかけらとて。
カルロスはメロディアのもの。
故にと、瞬きよりも早く、音よりもなお速やかに。
雪音の繰り出す手刀は、カルロスの心臓を貫いていた。
「……貴方の死も、鼓動も。全ては奥方のものでしょう」
こうして、最愛が為に死ねる。終われる。
今、全てを尽くしたのだと語らい、最愛を抱きしめに骸の海へと旅立てる。
そのことにようやく赦しを得たように、カルロスの最期の貌は微笑んでいた。
やはり自らは白き死の情景なのだと。
救いを与えたい雪音は、睫のひとつ震わせることなく。
ただ瞼を閉じた。
幾つ、|愚かさ《これ》を繰り返すのだろう。
成功
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