アウローラの夢旅行
●夢の旅
瞬く星々の元、魔法の光に彩られた中に浮かぶのは色とりどりの気球達。
鮮やかな色、愛らしい模様。――各々魅力溢れるそれらが浮かびあがる様は美しくも幻想的で、夢のような世界。
遠く遠く広がる空が見られるのは気球からならでは。
――ほら、暗い夜空が段々と白み。朝が近付いてくる。
●夢気球に咲く花
「皆さん、気球と云う乗り物に乗ったことはありますか?」
ふわりと浮かべた笑みと共に、楽しそうに苺色の瞳を輝かせラナ・スピラエア(苺色の魔法・f06644)は猟兵へと唇を開いた。
――気球。それは空気により空の旅を楽しめる乗り物。猟兵の訪れる世界によっては存在しないだろうけれど、今回案内するアルダワ世界では一部地域で用いられている。
そんな気球を楽しめる地で。事件があるのだとラナは語った。
今回ラナが案内するのは、広いアルダワ世界でも商業が盛んな地域。その中でも岩に囲まれた其の街は名を『バロン』と云う崖の中で栄えた地だ。
だからなのだろうか。気球と云う文化が発展し、船の変わりに商業に用いたり、観光の目玉として扱われたりしているらしい。街の中央で浮かび上がる気球は常にかなりの数で、色とりどりの気球を眺めているだけでも楽しいだろう。
その気球を眺めながら、カフェでお茶をするのがこの地の楽しみ方。今ならば気球に混ざり花火が上がっており、気球と共に花が咲き誇る。
「その花火は魔法の花火で、気球の直ぐ傍でも安全なんです。しかも、気球の中から自分で花火を上げられるそうですよ!」
カフェで静かに眺めながら夜が明けるのを待つのも勿論楽しいが、気球の中から空を楽しむのも勿論醍醐味。上がる高度に白い息を零しながら、己の花火を打ち上げるのだ。
花火を打ち上げる装置は杖や魔法石と云った此の地独特の技術によるもの。色も形も様々で、きっと自分の気に入る花が出来るだろう。――中には、作り出した人により変化する花火もあるらしい。
――けれど、勿論この話は観光が目的ではない。きちんと、お仕事もある。
「この崖の上、ですかね。人が普段は寄り付かない場所にオブリビオンがいるみたいで」
放っておけば勿論事件が起きるだろう。だから夜が明けて視界が通るようになった頃に、敵の元へと向かい倒すのが猟兵としてのお仕事。美しき万華鏡に関する敵のようだが、猟兵達ならば苦労することは無いだろう。
「戦闘前に、折角だからまずは楽しんで下さい。時間は夜から明け方に掛けて。一日中気球は動いていますけど、一番綺麗な景色を見られるのがこの時間らしいです」
そう、空から眺める景色なのだから――やはり拝みたいのは日の出だろう。崖に囲まれている為街の中では見ることは出来ないが、だからこそ気球の中から眺める需要がある。
星が瞬き、花火の彩が弾ける中空を舞い。段々と白みゆく遠く遠く続く空の先に――待つのは世界を照らす光の筋。
白い息の満ちる冬空の寒さも忘れる程、それは美しくも神々しい世界。
「気球の旅は『夢の世界』とも言われるんですって。きっと、言葉通り綺麗で楽しい時間になりますよ」
知らない世界が気になって仕方が無いと言わんばかりに、瞳を楽しそうに輝かせるラナ。そのまま楽しんで下さいねと微笑むと、グリモアを輝かせ猟兵達を送り出す。
色とりどりの花も、明けゆく空も、冬の空気も。きっと素敵な瞬間だから。
――アナタの観る世界はどんな色?
――さあ、夢のような世界へとご案内。
公塚杏
こんにちは、公塚杏(きみづか・あんず)です。
『アルダワ魔法学園』でのお話をお届け致します。
●シナリオの流れ
・1章 日常(魔法の花火)
・2章 ボス戦(至極の刹那)
●舞台『バロン』
岩に囲まれた、崖の中に出来た商業地域。
主な交通手段は気球で、観光の一環としても使われています。
時間は夜ですが魔法光によりライトアップされたり、花火が上がっていたりとまるでお祭りの一夜のように賑やかな場所です。
●1章について
以下の行動が可能です。
どちらかの選択をお願いします。
(1)気球に乗る。
アルダワ世界の技術で誰でも安全で快適な乗り心地。
空の旅と花火を直ぐ傍で眺めることが出来ます。気球のデザインは様々なのでお気に入りのものがあると思います。
こちらでは魔法の花火を上げることが出来ます。
魔法のステッキや魔法石から放たれる花火は、直ぐ傍を通っても危険はありません。
普通の花火は勿論、魔法なので少し変わった花火を見ることも出来ます。(ご自由にご指定下さい)
(2)気球を眺める。
テラスのような外に用意されたカフェ。
浮かび上がる色とりどりの気球や花火を眺めながら食事やお茶を楽しめます。
気球を乗せたレアチーズケーキが目玉商品。(上に乗った気球に模した風船を割るとベリーソースが零れます)飲み物は交易で手に入れた新鮮なスパイスを使ったチャイがお勧め。
カフェにありそうなメニューなら何でもあるのでお好きにご指定下さい。
●2章について
万華鏡のような世界に閉じ込められます。
一歩歩くごとに移り変わる世界は特に危険は無いので、不思議な世界を楽しんでください。
攻撃をすれば硝子が割れるように世界は砕けます。
●その他
・全体的にお遊びです。
・どちらかだけのご参加も大丈夫です。
・同伴者がいる場合、プレイング内に【お相手の名前とID】を。グループの場合は【グループ名】をそれぞれお書きください。記載無い場合ご一緒出来ない可能性があります。
・受付や締め切り等の連絡は、マスターページにて随時行います。受付前に頂きましたプレイングは、基本的にはお返しさせて頂きますのでご注意下さい。
以上。
皆様のご参加、心よりお待ちしております。
第1章 日常
『魔法の花火』
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POW : 力いっぱい大輪の花を咲かせる
SPD : 複雑な模様の花火を作る
WIZ : 小さな花火をたくさん生み出す
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●崖中の街に咲き浮かぶ花
崖の中に栄えた地、バロン。
広い円形の地の家々はまるで石が積み上がるかのように高く、崖越しに作られたバルコニーからは様々な高さで街の姿を一望できる。
見える景色は街の姿と空の様子のみの閉じられた世界。
けれど地から、空から浮かぶ色とりどりの彩――気球により其処は見た目よりも外との交流はしっかりとあり、決して閉じられた世界では無い。むしろ不思議な街造りに多くの観光客が訪れ、人々で溢れている。
交易も盛んな為美味しいものにも溢れ、アルダワ世界らしく数多の魔法も入り乱れる不思議な情景はまるで絵本の世界のように美しい。
浮かぶ気球の色は人の数だけ数多で、崖の中と云う寂しい世界を彩り。共に上がる花火の色と音が世界を賑やかにしている。
この地特有の気球の旅を楽しむ者も、数多の地の美味を集めた食を楽しむ者も。どちらも十分心満ちるひと時になるだろう。
まだまだ冷たい風が吹く冬の頃。
けれど、だからこそ澄んだ空気の先に広がる星空も、そして夜明けの光も。
美しい光と温かさを宿している。
ミンリーシャン・ズォートン
椋(f19197)と(1)へ
私、椋とかくれんぼしたいな
そう言って指差したのはこれから赴く空を映すような星屑の気球
誰からも見つかる事のない空の旅へ
バスケットから頭を出し下を見ればその高さにドキドキしちゃうけれど
椋が一緒だから大丈夫
魔法の杖を手に光りの花を咲かせてみせた彼を見て
え!?
一回で成功しちゃったの?
驚きつつも拍手して
すごいねと伝え
う、うん……!
私も見様見真似で杖を振ると彼よりも更に小さな花――
気落ちしたのは一瞬
小さな光は二人の周りをくるくるとまわり、気球、星空へと順に弧を描いて消えていった
星空を魔法の花火でたくさん遊んで
僅かに訪れた眠気に目を擦りつつ黎明を迎えれば
ぐぅ、お腹から音が鳴った
杣友・椋
リィ(ミンリーシャン/f06716)と(1)
選んだのは星々を鏤めた宵色の気球
夜空に導かれるように浮かび上がり
地上が次第に遠くなっていく
怖くないか? なんて傍らの彼女に尋ねて
――俺も。おまえが居るから大丈夫
魔法は得意じゃねえんだけど――
杖を片手に、街で教わった呪文を口遊めば
ぽん。ささやかな光の花が咲く
……なんか小さくねえ?
煌き散っていく其れを不満げに見つめ
ほら、リィもやってみろよ
彼女に似て一際小さな花が咲いたと思えば
光の尾を連れくるくると駆けていく其れ
追って頭上を仰げば
あまた瞬く満天の星光
緩く明るみを帯びる空
透き通る払暁の空気を吸い込む
不意に鼓膜を揺らす音にくつくつと笑い
後で一緒に朝飯食おうな
●
かくれんぼしたいな。
甘い紡ぎと共にミンリーシャン・ズォートン(戀し花冰・f06716)が指差したのは、これから赴く空を映したかのような星屑瞬く宵色気球。ふわりと浮かび上がれば広い空の下、二人だけの特別な空間へと変わっていく。
その浮遊感と段々と離れていく地上に、ミンリーシャンは高鳴る胸を隠せずに、大きな青い瞳を幾度と瞬く。そんな、彼女の仕草を愛らしいと思いつつ。
「怖くないか?」
そっと杣友・椋(悠久の燈・f19197)が問い掛けてみれば、彼女は視線を彼の瞳へと移すと、頬を染めながらふわりと微笑み。
「椋が一緒だから大丈夫」
紡がれるその甘い言葉は、何と心地良いことだろう。
思わず息を深く深く吐き出せば、ふわりと立ち上がる白。そのまま彼女へと寄り添い、椋は一つ言葉を返す。――俺も。おまえが居るから大丈夫。
重なる言葉に微笑み合って、そっと手を繋ぎ温もりを分け合う。段々と高度が上がっていく中、辺りに咲く花に導かれるように二人が杖を構えたのはほぼ同時。
「魔法は得意じゃねえんだけど――」
くるくると杖を振り、先程街で教わった呪文を唇から零せば――椋の手にした杖から上がるのは、ささやかながら眩い光の花。
「え!? 一回で成功しちゃったの?」
彼の作り出したその美しき花を瞳に映し、ぱらぱらと散りゆく様を見守りながらミンリーシャンは驚きを露わにした。自分はまだ出来ていないのに、椋はすごいねと拍手を送って貰えれば勿論悪い気はしないけれど。
「……なんか小さくねえ?」
いくら魔法と云えど、あちらこちらから浮かぶ花火と比べても随分と小さな花だった為、椋は少し不満げに唇を尖らせる。不思議そうに杖を振りながら、優しい眼差しをミンリーシャンへと向けると。
「ほら、リィもやってみろよ」
「う、うん……!」
促された言葉にこくりと頷き、きゅっと杖を握ったままミンリーシャンは深呼吸をして気持ちを整えて――街で教わった通りに、そして椋と同じように、見様見真似で杖を振り、呪文を唱えれば上がる花。
「……小さい」
しかし花火の音も咲く花も、先程の椋よりも更に小さな小さな花で。思わずミンリーシャンは分かりやすくがっかりした様子で溜息を零す。一際小さな花は彼女のようで愛らしいと椋が想っていれば、頭上へと上がる筈の花火は軌道を変えていく。
「リィ」
見ろ、と椋が紡ぎミンリーシャンが顔を上げれば、その花火はくるくると二人の周りを瞬きながら駆けていき、気球、星空へと順に弧を描きそのまま消えていった。
二人を包む込むような優しい光の軌道は一際愛らしく感じ、二人は瞳を交わし合うと自然と笑みを零す。瞬く光に導かれるように、視線を上げれば瞬く満点の星々。花火と街中の灯りで美しき星々は見えにくかった筈なのに、こんなにもはっきりと分かる程にいつの間にか地上から離れていたのだ。
ふうっと零れる息は空を上がる程に白さを増している。
幾度と花火を作り出せば広い宵世界に星以上の眩さが生まれ、儚く消えていく。
その美しい光景を共に見られることが嬉しくて、ついつい夢中になっていれば――段々と世界が闇から薄い光を帯びてくる。
花火ではしゃぎ過ぎたのか、ミンリーシャンは小さく欠伸を零しながら目を擦った。けれど、折角の貴重な機会。うっかり寝てしまわないようにと首を振り、段々と白みゆく世界を二人は寄り添い、温もりを感じながら迎える。
先程の宵闇と同じ世界とは思えぬ眩さと透き通る空気に、深く深く椋は息を吸う。あんなにも深かった夜が明ければ、空気すらも変わったようで不思議なもの。
――ぐぅ。
明けゆく空に身を委ねていれば、不意に傍らから聴こえる小さな音。
「後で一緒に朝飯食おうな」
くつくつと笑いながら零された彼の言葉に。ミンリーシャンは頬を朱色に染めながら静かに頷きを返した。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
尭海・有珠
【星巡】
レンと一緒に気球に乗って日の出を見に。
二人で選ぶなら星をモチーフにした気球だろう
この時間だし眠くはあるんだが
「寒すぎてちょっとだけ目が覚め…いや眠気と寒さで凍死しそう」
レン、少し体温を分けてくれ
持ち込んだブランケットで二人で包まり、一緒に温まろうな
「うーん、尻尾がいつも以上に温かく感じる」
くすぐったさに笑いつつ体重を預け
お言葉に甘えて存分に堪能させて貰おう
眠気と寒さに抗いながら飛ばす花火は
空に昇る星のように。暁の色の空に向かう銀と金の光の天の川
白む空を眩い光を見れば、私とて目も覚める
星の見える夜空も好きだが、やはり日の出も良いものだな
曙光は…未来を願えるよう、心が少し晴れる気がするから
飛砂・煉月
【星巡】
有珠と向かうのは夜空の旅
今日はオレ達も星になって星巡りをしよう
…って事で気球は星モチーフがイイな~
んー、確かに此れは寒いかも
だからね
幾らでもあげる
オレ温かいよ?とキミにならと黒狼の尻尾と耳を晒し
尻尾で腰を抱き
寄り添い耳が有珠を柔く撫ぜる心地
同じブランケットで包まり
――もふもふしてもいーよ?
キミを抱いてもあり余る尻尾は揺れて誘う
気球の旅は夢の世界だったっけ?
オレが飛ばす花火は有珠の天の川に寄り添う星屑たくさん
夜を超え、白焼ける朝をオレ達に頂戴
…日の出も好きだよ
時間が巡ってると感じられるし
また新しい『今日』が来たって思うから
何度だって
有珠となら|朝《未来》を招き迎えたいよ
夢じゃない、現でさ
●
今日はオレ達も星になって星巡りをしよう――。
飛砂・煉月(|渇望《欲しい》・f00719)のその言葉に導かれるように、二人が選んだのは星の模様が描かれた気球。ふわりとした不思議な浮遊感と共に、高度を上げながらも揺れが少ないのはアルダワならではの技術があるのだろう。
ひゅうっと風が通り過ぎ、露出した肌を撫でれば尭海・有珠(殲蒼・f06286)の白い肌がぴりりと痛む。――夜中から明け方のこの時間、普段なら寝ているところだけれど。
「寒すぎてちょっとだけ目が覚め……いや眠気と寒さで凍死しそう」
ぱちぱちと海を映した瞳を緩やかに瞬いて、有珠は身体を震わせた。細い身体故普通の人より寒さを感じやすいのだろう。だから――体温を分けてくれと、彼女は煉月に向け紡ぐと持参したふかふかのブランケットを手に手招いた。
「んー、確かに此れは寒いかも」
通り過ぎた冷たい夜風に鼻が冷えていて、少し赤くなった鼻先を掻く煉月。
そう、だから――幾らでもあげたいと想うのだ。それは勿論、キミだから。
「オレ温かいよ?」
ふわりと揺れる黒狼の尻尾と耳。ブランケットに潜り込みながらふわふわの尾で有珠の腰を包み込めば、その心地良い肌触りと温もりに有珠の頬がほっと和らぐ。
「うーん、尻尾がいつも以上に温かく感じる」
その心地良さも、温度も。何時もよりも鮮明に感じるのは、此処が凍て付く世界だから。春は近付いているけれど、まだまだ冬なのだと改めて感じる。
そっと身体を寄せ合えば伝う体温はより鮮明で。ぴくりと煉月が黒耳を揺らせば、有珠の肌を撫でつい彼女はくすぐったさに笑みを零してしまう。
――もふもふしてもいーよ?
近い距離で。同じブランケットの中で互いの熱を感じて。このひと時を堪能していれば、紡がれる煉月の言葉。彼女だから許したい、その想いを込め真っ直ぐに彼が有珠を見つめれば、そっと口許の花弁を和らげ有珠は尾へと、耳へと手を伸ばす。
包み込まれる柔らからさも、その温もりも。細い手で触れればより心地良く感じるけれど、心地良いのは煉月も同じで。ついつい揺れる尾はまるでキミを誘っているかのよう。
寒さに途切れそうになっていた意識は、煉月の心地良さに微睡む心地へ変わる。けれど眠気には抗いきれず、未だ瞳を眠そうに瞬く有珠。その眠気を取り払おうと、街で貰っていた魔法の杖を取り出し――ひとつ振れば杖先から空へと上がるのは、暁の色の空に向かう銀と金の光の天の川。空に昇る星のように、キラキラと輝き夜と朝の狭間を彩った。
「気球の旅は夢の世界だったっけ?」
その美しさにふうっと白い息を上げながら煉月は紡ぎ――倣うように魔法の杖を振れば、同じように花火の光が上がっていく。真っ直ぐに昇る光は、有珠の上げた天の川へと辿り着くと弾けるように広がり、キラキラと輝いた。
それはまるで――天の川に寄り添う沢山の星屑のよう。
その輝きを赤と青の瞳に映せば、花火に負けじとキラキラと輝いていて。互いの顔を見てその煌めきに、自然と笑みを零し合う。
所々から上がる花火の彩は鮮やかで、眩いけれど。段々と空は漆黒から光を帯びていく。もうすぐ訪れるのは、世界の目覚め。
(「夜を超え、白焼ける朝をオレ達に頂戴」)
仄かな光に瞳を細め、煉月は心にそう想う。祈るように紡いだ時――世界を照らす光が強まり、闇から世界の色が一変した。
「星の見える夜空も好きだが、やはり日の出も良いものだな」
――曙光は……未来を願えるよう、心が少し晴れる気がするから。
光を真っ直ぐに見つめながら語る彼女。闇の中ではよく見えなかった彼女のその横顔を見ながら、煉月は頷き己も日の出が好きだと紡ぐ。
そう、時間が巡っていると感じられるし――また新しい『今日』が来たと思うから。
「何度だって、有珠となら――」
朝を、未来を招き迎えたいと煉月は語る。
夢では無い。現の世で。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
朱赫七・カムイ
⛩神櫻
(1)
あの風船のようなもので飛ぶとは面妖な
サヨは気球に乗ったことはあるかい?
初めてか…同じだね
きみと共に初めての景色をみられるのは嬉しいな
穹を飛ぶのとはまた違った良さがあるね
浮かび上がる感覚が楽しく前に進むでなく上に進む感覚も新鮮だ
どんどん高くなっていく……穹の揺籃に揺られるようで楽しいね、サヨ
私の巫女が満開に歓びを咲かせる姿は
何より美しく愛おしいのだ
噫、準備はできているよ
お揃いの桜枝の杖を構える
一緒に花火を咲かせようか
咲かせるのは勿論、桜──赫い桜
赫桜は私にだけ与えられた特別な桜だ
サヨ!春が目覚め咲いたね
梅に桜に重ねた花模様
重ねるのは笑みも同じ
きみと過ごす今日という日がまた
宝物になった
誘名・櫻宵
🌸神櫻
(1)
私、この桜柄のがいいわ!
気球は初めてよ!
カムイと同じ、初めてね
そんな事でも無邪気に喜んでくれる私の神様のかぁいらしいこと
私はあまり飛ぶのが上手くないから……
のんびり籠の中のから空を楽しめるのって嬉しいわね
ほらほら見て!こんなに高くに来たわ!
じゃあ早速、お楽しみの花火を打ち上げましょうか
桜の枝のような杖をふれば……
ほら!咲いたわ!
ひと足早い穹の春告……梅の花に、続いて咲くのは桜よ!ひらひら、花弁が舞うように
散っては咲いて巡るように咲かせてみせる
カムイはどんな花を?
綺麗な赫桜だこと
あなたと私の花の火を重ねて、咲かせる
花火は私達にとって特別なものだから
今日という日だってまた
特別になるの
●
「あの風船のようなもので飛ぶとは面妖な」
誘名・櫻宵(咲樂咲麗・f02768)の選んだ桜が散る美しい気球を前に、朱赫七・カムイ(禍福ノ禍津・f30062)は心底驚いたように息と言葉を零す。
「サヨは気球に乗ったことはあるかい?」
「気球は初めてよ! カムイと同じ、初めてね」
彼等の世界には存在しない気球は、アルダワ世界の確かな知識と魔法の産物。少しだけ不安に思いながらも、互いに『初めて』だと知れば嬉しさが湧き上がる。
だって――きみと共に初めての景色を見られることが嬉しいから。
そんな些細なことでも無邪気に喜んでいるカムイの姿に、櫻宵の口許は自然と綻んでしまう。それにカムイは空を飛べるけれど、櫻宵は上手では無いから――こうして彼と共に、籠の中から空を楽しめるのが嬉しくて、楽しみで。自然と手を取り合い、軽い足取りで空への一歩を踏み出した。
灯す火の熱で気球が浮かび上がれば、徐々に地が離れ人々が遠くなる。高さのある建物を通り過ぎ、段々と空へと近付いて行く。
籠から地を見下ろし、空を見上げ。驚いたようにカムイは吐息を零した。――浮かび上がる感覚は楽しくも不思議で、前では無く上に進む感覚も新鮮だから。
「ほらほら見て! こんなに高くに来たわ!」
ついには街を囲う崖の天辺が見えようとしていると、櫻宵が指差せば彼の爪紅が花火の光に煌めいた。この高さまでは街を彩る魔法光も届かないようで、闇の中彼等を染めるのは打ちあがる花火と、辺りに灯る気球のみ。
「……穹の揺籃に揺られるようで楽しいね、サヨ」
満開の桜のように綻び、歓びを咲かせる櫻宵の姿が美しく、愛おしく。互いに笑みを零しながら――手にしたのは、街で受け取った魔法の杖。馴染み無い筈なのに桜の枝のようなそれはどこか手にしっくりときて、少し不思議そうに微笑むカムイの横で、迷うことなく櫻宵は呪文と共に杖を一振り。
「ほら! 咲いたわ!」
杖から光の柱が打ちあがったかと思えば、夜空に咲くのは梅の花、続き桜の花。満開の花が咲き光の粒が散りゆけば、まるで花弁が舞うかのようで――次々と花を打ち上げれば、散って咲く花の姿を魅せるよう。
その花の美しさに一瞬だけ見惚れたけれど。直ぐにカムイが後を追うように花火を打ち上げれば――彼が咲かせたのは、赫い桜。
そう、赫桜はカムイにだけ与えられた、特別な桜。だからこそ櫻宵の花と共に並び、咲かせたいと思ったのだ。
「サヨ! 春が目覚め咲いたね」
櫻宵の作り出す淡い春色の梅と桜の花に混じる、彼だけの赫の桜。散りゆく花弁が混ざり合い、夜空へと降り注げば櫻宵とカムイを美しく照らし儚く消えていく。互いの照らされた顔が美しくも神秘的で、交わる瞳に光を映しながら自然と互いに笑みを重ねていた。
夜空に咲かせる花も、笑みも、重なればそれはなんと幸せなことだろう。
そう、だって――。
「花火は私達にとって特別なものだから」
花火の音に隠れるような小さな声で、ぽつりと櫻宵は紡いだ。
ふわりと浮かび上がる白い吐息は声の音に合わせてほんの僅かな量で、一瞬で寒空へと消えていく。けれど、傍らに立つカムイにはしっかりと届いていたようで、息を呑んだ後彼は同意を示すように、そっと杖を持たぬ手を櫻宵の手へと絡める。
伝う温もりは春を待つ冬の夜空でも暖かい。
「今日という日だってまた、特別になるの」
夜風に揺れる桜鼠と銀朱の髪。その色が混ざり合う中櫻宵が紡げば、静かにカムイは笑みと頷きを返し、櫻宵だけに聴こえる音で紡ぐ。
「きみと過ごす今日という日がまた、宝物になった」
遠く遠く、朝を待つ夜の中。
咲き誇る花光と共に、君と共に居る時間こそが、一番――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヴァルダ・イシルドゥア
ディフさん(f05200)と【1】
真冬の空は遠く高く
悴む耳の先をてのひらで暖めながら、澄んだ空気を肺に満たす
アイナノアの背に乗るときはもっともっと厚着をしないといけないけれど
こうして地上と同じようにしていられるなんて不思議です
ディフさんも、ほら
ちゃんと首に巻かないとかぜをひいてしまいますよ
寒さを感じないあなたに、ついそうしてしまうのは
本当に嬉しそうに綻んでくれるその姿がかわいらしいから
口にはしない、わたしだけの秘密
魔法の杖を扱えるなんて、絵本の中の魔女になった気分です
人々を怖がらせるようなものではなくて……ふふ!
笑顔ばかりを咲かせられるような魔女でありたいです
魔女と恐れられた日は今は遠い
明けゆく空を仰いで、とん、と指先で杖を小突いたなら
打ち上がるは真白の雪花
あなたを映す、なにものでもないいろ
並び咲く二つの花に気恥ずかしげにはにかんで
何度でも。あなたが、わたしが、この世界に生きていることを伝えたい
宵を、夢を恐れたあなたの手を柔く取って
ずっと。……ディフさんの夜を、ヴァルダがお守りいたします
ディフ・クライン
ヴァルダ(f00048)と
初めての気球
ふわふわとした足元はやや落ち着かないが
貴女と共に感じる初めてならば心も湧き立つ
冬の空ともなればよく冷える
上着を貸そうかと思案した矢先
冬の加護があるから寒さには強いけれど
風邪の心配をされるなんて心配でくすぐったくて
オレにそんな心配をするのはヴァルダだけだな
わかった……これでいい?
ただ肩にかけていたストールを緩く首に巻いて
寒かったら貸すよなんて言いながら笑った
おや、心配せずともヴァルダならなれると思うけれどね
貴女が望むのなら、どんな貴女にだってなれるさ
これは、その第一歩ってところかな
暁天に向けた杖
貴女が咲かす大輪に随分見覚えがあったから
柔く目を細めて微笑んで
ならばとオレが咲かすのは橙の大輪
貴女の瞳によく似た
温かなともしびの色
共に並ぶ色と貴女の笑みが嬉しい
夜明けは好きなんだ
嘗ては眠りたくなくて抗った夜が明ければ安堵した
今は、貴女がオレに齎してくれた夜明けが
泣きたくなる程に優しくて
……うん
ありがとう、ヴァルダ
貴女の温かな手を握り返して
柔くいとおしげに微笑んだ
●
ほうっと吐息を零せば、寒さの分だけ白が濃い。
空へと浮かび上がる心地はどこか不思議で、流れる風が露出した肌――特に人よりも長い耳を冷やし、ヴァルダ・イシルドゥア(燈花・f00048)はそっと掌を当て温めた。
深く深く息を吸い込めば澄んだ空気が肺を満たし、今まで経験したことの無い感覚で。そしてそれは、傍らで街を見下ろすディフ・クライン(雪月夜・f05200)も同じ。
此処は彼の生まれ育ったアルダワ世界ではあるけれど、気球に乗るのは初めてのこと。浮かび上がる感覚は落ち着かないけれど、愛しい君と一緒ならば尚心が湧き立つ。
「アイナノアの背に乗るときはもっともっと厚着をしないといけないけれど。こうして地上と同じようにしていられるなんて不思議です」
少しだけ楽しそうに、瞳を細めるディフの姿に微笑んで。ほうっと吐息を零しながら無邪気に語るヴァルダ。その言葉は楽しそうな色だけれど、変わらず耳を温める彼女の姿にディフは上着を貸したほうが良いかと、手をストールへと当てたけれど。
「ディフさんも、ほら。ちゃんと首に巻かないとかぜをひいてしまいますよ」
思案した矢先、笑顔で彼女に注意をされてはくすぐったくて笑みを零してしまう。
ディフ自身は冬の加護があるから、寒さには強い。けれど風邪の心配をされることなんて今まで無かったから――何故だろう、こんなにも温かいと想うのは。
「わかった……これでいい?」
笑みを零して、彼女の心配を払うように肩に掛けていたストールを緩く首に巻く。彼のその姿に嬉しそうに微笑んだヴァルダへ、寒かったら貸すよと彼が囁けば頷きを返す。
ヴァルダだって彼が寒さに強いことは分かっている。けれども、ついつい心配してしまうのは――本当に嬉しそうに、綻んでくれるその姿が可愛らしいと想うから。
(「口にはしない、わたしだけの秘密」)
少し俯き、唇をきゅっと蕾のように閉じて。
心に仕舞うように、胸元で手を重ねるヴァルダ。そんな彼女の心までは読めないけれど、花火に照らされるその横顔が美しくてついディフは瞳を細め見惚れていた。
直ぐ傍でひとつの花が咲いた時。ヴァルダは顔を上げると、先程街で受け取った魔法の杖を手に構える。気付けば街は随分と遠くなり、街から上がる魔法光も薄くなってきて花火の色が綺麗だろう。闇に染まっていた空は遠くの方で仄かに光を宿している。
「魔法の杖を扱えるなんて、絵本の中の魔女になった気分です」
人々を怖がらせるようなものでは無く――笑顔ばかりを咲かせられるような、魔女でありたいとヴァルダは強く強く想う。
「おや、心配せずともヴァルダならなれると思うけれどね」
そう、貴女が望むのなら、どんな貴女にだってなれるとディフは信じている。――そして、その姿を見ることが出来るのも楽しみなのだ。
彼の言葉に、そして心からの笑みに。ヴァルダは息を深く深く吸い込んだ。
魔女と恐れられた日は今は遠い。
そして今はこうして、直ぐ傍に立ち、寄り添ってくれる人がいる。
「これは、その第一歩ってところかな」
じわりと心に温もりが広がったのを感じ、杖を両手で握りしめれば。ディフも己の杖を手に、揺らしながらヴァルダへと微笑みかける。――彼の温かさに、その言葉に静かに頷いて。ヴァルダはその一歩を踏み出す為に杖を構える。
闇に染まっていた空は段々と光を帯び、白み始めている。
明け切ってはいない、けれど闇でも無い狭間の空へと。呪文を唱えたヴァルダの杖先から打ち上がり咲き誇るのは――真白の雪花。
闇と青と朱と。複雑なグラデーション空に咲き誇るその眩さに、ディフは深く深く息を飲んだ。その理由は、その大輪の花に随分と見覚えがあったから。
――人によっては違う花を咲かせられる。
そう語られていたことを思い出し、ディフは柔らかく笑みを零した。
これはあなたを映す、なにものでもないいろ。
想いは伝わったかと、ちらりとこちらを見るヴァルダの眼差しが愛らしく、綺麗で。ディフはこくりと頷くと、自身も杖を構え明けゆく空へと花を咲かせる。
それは、橙の大輪。
貴女の瞳によく似た、温かなともしびの色。
白と、橙と。冬の空に咲くその色は鮮やかで、温かくて、眩しくて。並び咲く二つの花が二人を照らせば、ヴァルダは少しだけ気恥ずかしそうに頬を染めはにかんだ。
二つの色に染まった彼女のその笑みが嬉しくて、ディフも微笑みを返す。
明けゆく空は更に温もりに染まり、世界の始まりを告げていく。
その眩さにディフは瞳を細めると――ひとつ息を吐いて、言葉を零す。
「夜明けは好きなんだ」
冬の風に流されてしまうような、声。
そう、かつての彼は人形として存在する為、眠りたくなくて抗っていた。窓から覗く世界が闇に包まれている時間はどれ程長く感じただろう。うっすらと外が明るくなり、陽が昇る瞬間に幾度安堵したことだろう。
あの時の感覚は未だ彼の根元に残っている。その想いを感じ取ったのか、ヴァルダは唇を震わせて――そっと彼の。宵を、夢を恐れた彼の手を柔く取った。
「ずっと。……ディフさんの夜を、ヴァルダがお守りいたします」
何度でも。あなたが、わたしが、この世界に生きていることを伝えたいと想うから。
――その温もりに、真っ直ぐに見つめる彼女の温かな瞳に。ディフは瞳を見開き、軽く開いた唇から息を零す。白く昇る息は風に消えていくけれど、繋いだ手の温もりは離れることは無い。明けゆく空に映るその瞳は、何時だって傍にあるのだと改めて感じる。
そう、あの時とは違う。
今は彼女が――貴女がオレにもたらしてくれた夜明けがある。
瞳が滲み、視界が揺れる。そのまま彼は涙を堪えるかのように笑むと、繋いだ手を優しく握り返す。伝わる温もりに、彼女の存在を感じると。
「……うん。ありがとう、ヴァルダ」
紡ぎと共に零れるのは柔く、いとおしげな微笑み。
朝焼けに染まる世界で零れた笑顔は、二人の世界を照らす色。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
楊・暁
【朱雨】(1)
藍夜が選んだコートの狐耳型フード被りマフラーも
大抵24時頃には寝落ちるけど今日は寝だめ済
気球は青と赤…俺達の色の柄
夜明け前に飛行
繋いだ手が安心する
ははっ…藍夜、すげぇぞ!街があんなに小せぇ…!
初気球にはしゃぎ身を乗り出し籠が揺れ
ひゃっ…!(イカ耳&尻尾立て
う…ごめん
大人しくコートの裡へ
白む世界に言葉もなく
何故か込み上げた涙堪え
…俺、夜明けって好きじゃなかった
夜が明けたら、また戦場に行くか…人殺しの為の鍛錬を続けるだけ
夜通し戦って夜が明けたこともあったな
あの時は…ああまだこの生は続くのか、って落胆した
…でも、本当は…こんなに綺麗だったんだな
心が澄んで…何か期待したくなるような
藍夜の話を聞き
俺も涙溜め乍ら見上げ、微笑み手を握り返し
うん…俺はここにいる
お前の隣に、ずっと
…俺…藍夜と逢えて本当に幸せだ
お前がいてくれるから…俺は俺を好きになれる
夜明けを、綺麗だと思える
ふふ…それなら俺だって
藍夜の…二人の明日のために
願うだけじゃなく、手を伸ばす
最後に藍夜と選んだ
花弁の雨降る花火を飛ばす
御簾森・藍夜
【朱雨】(1)
心音に防寒をしっかりと
俺も勿論
気球は心音が選んだのにしよう
でも青だけも赤だけもダメ
夜明け前の空は夜の内で最も暗い
だから心音の手を離さないように、不安にさせないようにしっかり握って
ん?あぁそうだな、綺麗だ…
こういうのを“宝石みたい”と言うんだろうな
あっ、
ったく、危ないだろう?
…あんまり危ないと|ここ《コートの裡》に入れるぞ、心音
自由行動禁止の刑
―朝が来るぞ、心音
…―
綺麗だ、だが言えない
ただ心音の手を握って、心だけ伝えて
きれ―…いや、
一番美しいのは潤んだ|俺の朝《暁の瞳》なんだ
心音の話に耳を傾けて、
俺は―…“誰もいない朝”が嫌だった
祖父さんも誰もいない、たった一人の朝
冬とは違う冷たさで…
俺は、心音―お前と朝が迎えられて嬉しい(泣きそうな顔で
嬉しいんだ、|ちゃんとお前も俺も居る朝《・・・・・・・・・・・・》で
この続きを
俺はお前と朝の続きに居たい
居られるように頑張るんだ
俺はお前の朝を守る
この幸せが、続くように…
他でもないお前の明日のために
薄赤い花弁の雨が降る花火を二人で上げよう
●
凍て付く風から守るように被るのは、黒の狐耳をすっぽりと覆うフード。
夜風に巻いたマフラーを揺らし、楊・暁(うたかたの花・f36185)は寒さに鼻を赤くしながら息を吐く。
赤と青の縞模様の気球は、二人を表す色合い。そんな気球に乗っての空の旅は、夜明け前と云う一日で最も暗い夜の時間。――だから、しっかりと暁の手を御簾森・藍夜(雨の濫觴・f35359)が包み込むように握れば、暁は安堵したように微笑んでいた。
「ははっ……藍夜、すげぇぞ! 街があんなに小せぇ……!」
段々と遠くなる街や人々の姿に、身を乗り出し興奮を露わにする暁。その姿は年相応に見えるけれど、実際は成人済みなのは今この時は忘れておこう。
何せ、気球は暁にとっては初めての経験。僅かに染まる表情と輝く暁の瞳。そして何よりも感情を露わにする大きな尾の揺れに、藍夜は微笑むと彼と同じく視線を下に。
「ん? あぁそうだな、綺麗だ……。こういうのを『宝石みたい』と言うんだろうな」
其処に広がるのは街の灯り。夜故に街に光が灯された景色はキラキラと煌めいていて、正に宝石のように美しい。ほうっと零れる溜息と共に白い息が上がったのを視線で追った時、気球がガタリと傾いた。
「ひゃっ……!」
身を乗り出し過ぎた為不安定になった事に、ぴんっと狐耳を水平に伏せ、尾を立てる暁。慌てて藍夜が長い手を伸ばし彼を抱えれば、何とか落ちずに気球は水平へ。
「ったく、危ないだろう?」
驚きに少しだけドキドキと心臓を鳴らしながら、けれど努めて平静に藍夜は語る。あんまり危ないとここに入れると、己のコートの指差せば。暁はぺたりと耳を垂らし、大人しく藍夜のコートの中へと小さな身体を滑り込ませた。
自由行動禁止の刑――なんて藍夜は言うけれど。包まれる温もりは心地良くて、寒さからだけでなく心も満ちる。
何時もならば寝ている時間。今日は寝だめしてきたけれど、その温もりにほんの少しだけ瞼が重くなってきていた時。
「――朝が来るぞ、心音」
そっと囁かれた言葉に、暁は顔を上げた。
闇に染まっていた空は何時しか光を帯び白み始め、世界が始まる。
「っ……」
そのあまりの眩さに、暁は瞳を見開き、息を飲み――そのまま滲んだ視界に気付き、慌てて己の目を擦り涙を堪える。彼のその行動に、藍夜は綺麗だと素直に零せずにいた。ただ暁の手を握り、心だけを伝えようと。
その手の温もりに、彼の想いを確かに感じながら――暁は、心の内を零し出す。
「……俺、夜明けって好きじゃなかった」
明ける空は、彼にとっては良い思い出では無い。一日の始まりを、ワクワクしながら待つような普通の暮らしはしてきていない。
夜が明けたら、また戦場に行くか人殺しの為の鍛錬を続けるだけ。夜通し戦い、そのまま夜が明ける日だってあった。あの時の彼にとって夜明けとは、まだこの生は続くのかと、落胆する色だった。
でも、今見えるこの夜明けは――。
「本当は……こんなに綺麗だったんだな。心が澄んで……何か期待したくなるような」
震える声で零す言葉は、24年生きてきた青年にとって初めての気付きの証。
そんな彼の堪え切れずに潤む瞳を見て――藍夜は、気付き息を飲む。
一番美しいのは、潤んだ俺の朝なのだと。
そして、夜明けに対する嫌悪の気持ちは、同じでは無くとも少しは重なるだろうか。だって、藍夜も『誰もいない朝』が嫌だったから。
「祖父さんも誰もいない、たった一人の朝。冬とは違う冷たさで……」
寒い気がするのは、空気か心か。段々と世界が温もりに包まれるからこそ、冷たさをより感じる気がした。あの日の冷たさを今も覚えている。だけど――。
「俺は、心音――お前と朝が迎えられて嬉しい」
コートの中の温もりを感じながら、藍夜はくしゃりと泣きそうな顔で紡ぐ。
あんなにも記憶に残る夜明けは冷たかったのに、今はこんなにも温かいと分かったから。ちゃんとお前も俺も居る朝が、嬉しいと想うから。
彼の言葉に。その泣きそうな顔に。暁は先程よりも瞳に涙を溜め、けれど拭うことなく真っ直ぐに見上げながら、握り続けた手を握り返す。
「うん……俺はここにいる。お前の隣に、ずっと」
その誓いの意志を彼へと伝えるかのように、強く強く握れば藍夜も握り返してくれる。
世界が染まることで夜の冷たさは少しずつ温まり、世界に命を宿していく。けれど、今彼等を温めているのは夜明けの光では無い、互いの存在。
「……俺……藍夜と逢えて本当に幸せだ」
お前がいてくれるから、俺は俺を好きになれる。
夜明けを、綺麗だと思える。
今改めて、そう想ったと暁は紡ぐ。その言葉に藍夜は微笑むと、願いを唇から零した。
俺はお前と朝の続きに居たい。
居られるように頑張るんだ。
俺はお前の朝を守る。
「この幸せが、続くように……他でもないお前の明日のために」
願いから、誓いへと変わるその言葉は暁の耳をくすぐったそうにぴくりと揺らし。心にじわりと広がり、温もりを宿していく。
嬉しい言葉。嬉しい気付き。嬉しい温もり。
その全てを与えてくれる彼の為に、暁だって――。
「ふふ……それなら俺だって。藍夜の……二人の明日のために」
願うだけでなく、手を伸ばそうと想うのだ。
互いを想い微笑み合えば、すっかり夜は明けていたけれど。思い出したように彼等は街で貰った魔法の杖を取り出し、そっと天に向けて杖先を向ける。
弾けるような大きな音。
冬の澄んだ空に、薄赤い大輪の花が一瞬咲き誇ったかと思えば――花は直ぐに花弁へと変わり、はらはらと光の花弁となり朝の世界と二人へと降り注ぐ。
それは二人で選んだ魔法の花火。
そっと頬へと光が落ちれば、仄かな温もりが心地良い。
掌で藍夜が受け止めれば、一瞬だけ灯り雪が融けるように花弁は消えていった。
時は巡り、再び夜明けはやってくる。
けれど、もう――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
【月光】
すごい
気球というのね
ルーシー、ちゃんと見るのは初めて
ねね、ゆぇパパ!いっしょに乗りたい
ヒマワリ柄があるといいなって思うのだけど……
一緒にキョロキョロ
あった!
うん、これが良いわ!
本当に飛んでいる……!
みるみる内に地面が遠くなって
下を覗き込むと、……ひええ
パパが支えてくれるなら安心ね!
これが花火かしら?
上や横から見る花火は何だかフシギ
どこから見てもまん丸なのね
ふふー、ちょっと黒ヒナさんみたい
う?それは何?
わ、黒ヒナさんとララだわ!
何てステキな花火
ルーシーもやっていい?
白い桔梗や秋桜みたいな花火を咲かせるわ!
澄んだ空気は少し冷える
だからパパにぎゅってくっつきましょう
パパも冷えてはダメよ?
ルーシーはパパより体温高いみたいだし
おすそ分けして、
同じ温かさになれたらいいなって思うの
抱きしめ返してくれたのが嬉しくて
つい頭も寄せてしまう
寒くない、温かいわ!
何より満ちて、幸せ
あ、パパ!夜明けみたい
地平線から差し込む光は路のよう
ええ、地面からとは全然違う景色ね!
いいの?また見たいわ!
何度だって、一緒に
朧・ユェー
【月光】
夜に気球の旅とはとても素敵ですね
僕もあまり見た事ないですが
気球とても大きいですねぇ
えぇ、一緒に乗りましょうか?
向日葵柄ですか、あるでしょうか?とキョロキョロと探して
ありました、向日葵柄とは珍しいですね
この気球で良いですか?
ひょいと彼女を抱き上げてそっと乗り場へと乗せる
その隣に自分も乗り込んで
火が強くなり、気球が上がる
ふふっ、本当に飛んでますねぇ
おやおや、危ないですよね
覗き込む彼女が落ちない様に両手で支えて
花火が上がる
気球で見る花火はとても近いですねぇ
とても大きく見えますね
確かに丸くて黒雛みたいですね
そう言えば魔法の花火
ほら、見てください
黒雛やララちゃんの花火ですよ
ルーシーちゃんも?
白い桔梗と秋桜ですか、とても綺麗で可愛いですね
とても嬉しそうに笑って
夜の空ですから寒くなりしたね
ルーシーちゃんの身体が冷えてしまいます
ぎゅっと抱きつく娘を抱きしめて
体温のおっそわけ
えぇ、幸せな温もりですね
夜明けも気球から見るのは素敵ですね
また一緒に見ましょう
●
街中を浮かぶ色とりどりの風船のような乗り物は、魔法の光に照らされ鮮やかで。
「すごい、気球というのね」
その眩さに、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)はぱちぱちと青い左目を瞬いた。浮かぶ数々の気球も勿論だけど、今目の前に並ぶ乗る人を待つ新たな気球達を見上げれば、思っていたよりも随分と大きい。
初めて見るその大きさについ口を開けて見ていれば、そんな彼女の姿に朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は小さく笑い、自分もあまり見たことが無いと並び見上げた。
「夜に気球の旅とはとても素敵ですね」
魔法光に照らされ閉ざされた街の中を浮かぶ様も、瞬く星々の元浮かぶ様も、どこか夢のような景色で――瞳を細めた彼に向け、一緒に乗りたいとルーシーがねだれば、勿論優しい父からは頷きが返ってくる。
「ヒマワリ柄があるといいなって思うのだけど……」
そのまま仲良く手を繋いで、気球の待機所を歩き出す二人。虹色に星模様にチェック柄に――色とりどりの模様は気球の数だけ様々で、お目当ての物はあるかと宝探し気分。
「あ! あった!」
仲良くきょろきょろと顔を動かし探していれば、跳ねるようなルーシーの声が。彼女の指差す先には、まるで此処だよ、と告げるかのように魔法光に照らされた向日葵柄。
「この気球で良いですか?」
「うん、これが良いわ!」
一緒に駆け寄りユェーが問い掛ければ、大きく頷きを返すルーシー。
大輪の向日葵が咲き誇る気球は――まるであの日の向日葵畑のように思えた。
小さな彼女が危なくないように、ひょいっと抱き上げ優しく乗り場へと。直ぐに隣にユェーが乗り込んだのを合図に火は灯され――勢いは一瞬で強くなり宙を浮かぶ。
「本当に飛んでいる……!」
縦に上がっていく浮遊感が不思議で、みるみる地面が遠くなっていくのを身を乗り出しルーシーは覗き込むが――思ったよりも速度が早く、小さな悲鳴を上げればユェーが落ちないようにと両手で支えてくれる。
触れる大きな手の温もりが心地良く、彼が居ると思えば地から離れても怖くは無い。先程までの強張っていた表情が一瞬で緩んだ時、その笑顔を照らしたのは打ちあがる花火。
音が響き、眩い色に照らされるルーシーの顔。
あちらこちらから上がる花火は直ぐ横で爆ぜても大丈夫な魔法製。こんなにも近距離で見たのは初めてのことで、ルーシーは驚きを露わに瞳を見開く。
「どこから見てもまん丸なのね。ふふー、ちょっと黒ヒナさんみたい」
「確かに丸くて黒雛みたいですね」
初めて見る角度で咲く花を見れば、思い出すのは大好きなまん丸な子。口許に手を当てて笑う彼女の笑顔に心が温かくなれば、吹く風の冷たさも忘れてしまう。
「そう言えば……」
彼女の咲き誇るような笑顔を見て思いだした。眼鏡の奥のお月様の瞳をひとつ瞬いて、ユェーは街にて受け取った杖を懐から出すと――天へと手を伸ばし、とんっと人差し指で叩き杖を振る。すると杖先から光が上がり、星瞬く夜空へと光が咲く。
「ほら、見てください」
ユェーが声を掛ければ数多の花火から視線を動かし、ルーシーの左目に映るのは父の上げた特別な花火。それは花では無く、話の主役の黒雛と、初めてのお友達であるララの形を夜空に浮かべた。
「わ、黒ヒナさんとララだわ!」
嬉しそうに頬を染め、キラキラと瞳を輝かせるルーシー。それは花火が映っているだけかもしれないけれど、彼女の心が一際煌めいたのは本当の事。
魔法の花火なのだから、こんなことも出来るのだと。杖を手に笑う父を見て、自分もやってみても良いかと小さな手を伸ばす。彼女のお願いに頷きを返し、ユェーは手にしていた杖を小さな手に握らせた。
ユェーにとっては細い杖だったけれど、少女が持てば少し大きく見える。抜けないようにときゅっと握り、ルーシーが杖を一振りすれば――。
「白い桔梗と秋桜ですか、とても綺麗で可愛いですね」
光の先に咲き誇るのは、桔梗と秋桜。花弁の一つまで見事に表されたそれらは、不思議なことに光の花弁となり二人へと降り注ぐ。熱くは無い心地良い温もりが頬に触れれば、二人は瞳を交わし幸せそうに微笑んだ。
花火を楽しんでいれば、随分と高く飛んでいて。夜も更けて外気は冷たい。露出した肌は凍るように冷たく、鼻もすっかり赤くなってしまっている。
「くしゅっ」
「夜の空ですから寒くなりましたね」
小さなくしゃみをする娘の姿に、辺りの空気の変化を改めて感じるユェー。大切な娘の身体が冷えてしまう事が心配で――どうしようかと考えた時、きゅうっと小さな身体がユェーの身体に抱き着いた。
「パパも冷えてはダメよ?」
そのまま見上げて紡ぐ少女。子供であるルーシーは、ユェーよりも体温が高い。だからこうして熱をおすそ分けして、同じ温かさになれたらと想うのだ。
触れ合う箇所が温かいのは、体温だけで無くその優しさのお陰か。
心が温かくなれば身体も温かくなり――ユェーはそのまま、大きな腕を伸ばし少女の身体を抱き締め返す。包まれる温もりが、大好きな腕が、何よりも心地良くて、嬉しくて。
「寒くない、温かいわ!」
「えぇ、幸せな温もりですね」
風に揺れる金の髪を寄せて笑みを零せば、同じ高さにあるユェーの顔も綻んでいた。
そうして温もりを互いに共有しつつ、暫し風に揺れれば訪れるのは――。
「あ、パパ! 夜明けみたい」
お星様と花火だけの光から、薄らと広がるのは光の筋。白みゆく空をその瞳に映し、少女は世界の始まりを体験する。
遠い遠い地平線から差し込む光はまるで路のようにも見えて――。
「夜明けも気球から見るのは素敵ですね」
「ええ、地面からとは全然違う景色ね!」
今まで見てきた世界とは、全く違った遠く広がる世界は正に夢の旅。冷たい空気も透き通るようで、広い世界を流れているのだと感じるから不思議なもの。
きゅっと互いの身体に回した腕に力を込めて、言葉にせずとも感動を伝える親子。
「また一緒に見ましょう」
優しく彼女へと紡げば、少女は光から視線をユェーへと向け。輝く瞳と笑顔を零す。
「いいの? また見たいわ!」
そう、何度だって一緒に。
毎日訪れる、夜明けの空を――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
蓮見・双良
【空環】
彼女はいつも自分をつまらないもののように言う
けれど本当は大切にされたいという切望が垣間見えるから、どうにも気になってしまう
そんなことありませんよ
僕も、早起きした時に目にすることはあっても
それ自体を目的としたことはありませんでした
なので新鮮ですし…杜環子さんは色々なことに気づかせてくれますから
此処では、今日は、何に気づけるんだろう
純粋に楽しみ
歓ぶ彼女を見て
…そうか。僕は、この景色を…何かを見て美しいと感じることを忘れていた
いつからか形骸化してしまっていた日常
それを教えてくれた朝日は、彼女は
…綺麗ですね、とても
眩しい程に
僕も同じですよ
知識としてはありましたが、意識したことはなかった
知っているつもりで、何も知らなかったんです
なら、知らない者同士
これからも知っていきませんか
本当はそこにあるはずの、素敵なものを…沢山
そうですね
あなたとなら、見落としてきた色んな素敵なものに気づけそうです
彼女の選んだ花火は万華鏡の煌めきのようで
もうひとつ、綺麗なものに気づく
それはあなたが見せてくれる、世界の彩
壽春・杜環子
【空環】
綺麗なものを見に行こうと思ったのよ?
ただ改めて朝を見るなんて経験、あまり無かったものだから…
ねぇ?こんなところにわたくしと一緒で、蓮見くん貴方つまらなくなぁい?
んもう、そんな人が喜ぶことばっかり!上手なんだから!
“万華鏡では光を見られない”
ほら、光をたくさんにしてしまうでしょ?だから駄目なの
でもすごいのね…人の身体はそれが叶う
ふふ…うふふっ魔法みたいだと思いませんこと?
本当に奇跡みたい、
楽しいわ。とっても楽しい
…ねぇ、蓮見くん?
貴方はどう?こんなもの見慣れてしまった?それとも新鮮に映る?(朝日を背に
|貴方達《人間》の身近には美しいものがあったのね
知っていたわ?でも―知っていたのに素敵なの
知っていたのに美しい
わたくしは存外|つもり《・・・》の真似事ばかりなのかしら
この肉は借り物か授かり物かは分からないけれど
こうも素晴らしいものが見られるなら、きっと…
物好きな子だこと…
でも楽しそう
ふふ、なら素敵なものいーっぱい見て自慢できるくらいになりたいわ!
こんな風に!
上げた花火は万華鏡のような
●
綺麗なものを見に行こうと思ったのよ?
ただ改めて朝を見るなんて経験、あまり無かったものだから……。
「ねぇ? こんなところにわたくしと一緒で、蓮見くん貴方つまらなくなぁい?」
更ける夜空の旅を楽しんだ果て。
うっすらと広がる白き世界は、太陽が姿を現す世界の始まりの時間。
遠く遠く空の広がる上空にて、遠い世界を瞳に映しながら壽春・杜環子(懷廻万華鏡・f33637)はぽつりぽつりと緩やかに語る。
最後に問う時、くるりと顔を向けられれば。蓮見・双良(夏暁・f35515)は静かに笑みを零しふるりと首を振る。
「そんなことありませんよ」
彼女はいつも、自分をつまらないもののように言う。
けれど本当は大切にされたいと云う切望が垣間見えるから、どうにも気になってしまうのだ。――其れは、双良の根の部分が関係しているのかもしれない。
「僕も、早起きした時に目にすることはあっても、それ自体を目的としたことはありませんでした。なので新鮮ですし……杜環子さんは色々なことに気づかせてくれますから」
心で想っていることは言葉にはせず、ただ素直に己のことを語る。それは勿論嘘では無いのだけれど、彼の言葉に杜環子は少し頬を染め。
「んもう、そんな人が喜ぶことばっかり! 上手なんだから!」
笑みと共に、染まった頬を隠すかのように手を当て紡ぐ。そんな彼女の言葉に、そっと双良の浮かべた笑みは光の中でも見えているだろうか。
――此処では、今日は、何に気づけるんだろう。
ふうっと息を零せば、白い息が遠く遠く広がっていく。少しだけ長い髪が揺らしながら、純粋に楽しみだと想う気持ちが溢れるように口許に笑みが咲く。
先程までの闇に眼が慣れていたのだろうか。遠くの果てまで見渡すことの出来る気球での夢の旅はあまりにも眩しくて、杜環子は幾度と藍色の瞳を瞬く。
――万華鏡では光を見られない。
花弁のような唇から零れたその言葉は、風に乗り双良の耳へと届いた。
雲と共に世界を照らす朝日へと瞳を向けていた双良は、彼女の言葉に聞き返すように言葉を零し、そっと視線を向ける。交わる藍と青。ひとつ、ふたつと呼吸を零し、白い息を零した後に、杜環子はくすりと小さな笑い声を零した。
「ほら、光をたくさんにしてしまうでしょ? だから駄目なの」
穏やかに笑みつつ、語る彼女は万華鏡。今でこそ人の身を宿しているけれど、生まれも育ちも、そして過ごしてきた年月も、人間である双良とは違う。
だから、改めて彼女の口からそういった事を聞けば、驚いたように息を飲む。
そう、万華鏡の身では出来なかった。けれど――。
「でもすごいのね……人の身体はそれが叶う。ふふ……うふふっ魔法みたいだと思いませんこと?」
感嘆の吐息を零し、うっとりと瞳を細め。そのまま上品に笑い声を零す彼女の仕草も、その小鳥のような声も、とても楽しそうで。本当に奇跡みたいだと。とても楽しいと語る彼女は、実年齢の割に随分と無邪気に見えた。
その姿に、その露わにする感情に。双良は静かに、瞳を瞬く。
(「……そうか。僕は、この景色を……何かを見て美しいと感じることを忘れていた」)
それは、先程双良が楽しみにしていた『気付き』の一つ。
普通の人よりは様々な経験をしてきたと思う。むしろ数多の刺激を受けた分だけ、いつからか日常は形骸化してしまっていた。
それを教えてくれた朝日は、彼女は――。
「……綺麗ですね、とても」
あまりに眩しく青い瞳を細めれば。彼の瞳に映るのは、ただただ光の白さだけ。
ひゅるりと吹く風は、高度ゆえに強いもので。彼の呟きは杜環子には聞こえていただろうか。強く触れる眩さから視線を双良へと向け、その名を呼ぶ。
「……ねぇ、蓮見くん? 貴方はどう? こんなもの見慣れてしまった? それとも新鮮に映る?」
眩い程の朝日を背に、優雅な笑みで問い掛ける杜環子。朝日に照らされる杜環子の姿を一際眩く感じながら、暫し考えると双良は静かに言葉にして零し出す。
「僕も同じですよ。知識としてはありましたが、意識したことはなかった」
そう、知っているつもりで、何も知らなかった。
ふるりと首を振り、語る双良の姿も声色も穏やかなもの。重ねるように杜環子も穏やかに微笑むと、改めて光の世界を見て、また双良へと視線を向ける。
貴方達人間の身近には美しいものがあったのだ。そう、それは――知っていたわ? でも、知っていたのに素敵なの。知っていたのに美しい。
「わたくしは存外『つもり』の真似事ばかりなのかしら」
はたと気付いたようにぱちぱちと瞳を瞬き、袖で口許を隠す杜環子。
『今』はまだ、真似事なのかもしれない。この身体は、この肉は借り物か授かり物かは分からないけれど、こうも素晴らしいものが見られるのなら、きっと……。
「なら、知らない者同士。これからも知っていきませんか」
瞳を伏せ、耽るように杜環子が息を吐けば。その吐息に合わせるように、双良が言葉を零した。瞳を見開き、顔を上げ、彼の青の瞳を見つめれば、更に唇を開き彼は――。
「本当はそこにあるはずの、素敵なものを……沢山」
まだ気付かぬ彼女へ。忘れてしまった自分と共に探そうと、笑みとと共に誘いを述べる。そんな彼に、杜環子は驚きながらも物好きな子だと思ってしまう。
けれど、胸に湧き上がるこの感覚は――楽しそう、と云うことだろう。
「ふふ、なら素敵なものいーっぱい見て自慢できるくらいになりたいわ! こんな風に!」
「そうですね。あなたとなら、見落としてきた色んな素敵なものに気づけそうです」
両手を広げ、世界の始まりたる広大な朝を差して杜環子は語る。そんな彼女の姿に頷き、双良が言葉を返せば――彼女は帯に挿していたいた杖を手に取ると、すっかり夜の明けた空へと掲げた。
光が昇り、音と共に弾ければ。青の空の広がるのは、万華鏡のように移り変わる光。
「……っ」
煌めきに目を奪われ、息を飲み――もうひとつ、綺麗なものに彼は気付く。
(「あなたが見せてくれる、世界の彩」)
心に想い光を見上げれば、双良の青の瞳もまた万華鏡のように煌めいているのだけれど。その煌めきに気付いたのは杜環子だけ。
彼女は一人静かに、笑みを零し自分も万華鏡の煌めく空を見上げた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『至極の刹那』
|
POW : 硝子は刺さると、痛いんだ
命中した【硝子】の【破片】が【トラバサミ】に変形し、対象に突き刺さって抜けなくなる。
SPD : 眩んだ先は、白一色
【色彩の反射光】を向けた対象に、【数秒間視覚を失う眩しさ】でダメージを与える。命中率が高い。
WIZ : 夢幻の世界へ、ようこそ
【刻々と移り征く万華鏡が生み出す模様】を披露した指定の全対象に【ずっと見て居たいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
イラスト:kawa
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「メルヒェン・クンスト」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●巡り巡る万華鏡世界
夜が明ければ世界は光に染まり、今日と云う一日が誕生する。
気球でも空の旅を楽しんだ後、再び地上へと降りる前――街を囲う崖の上にて、煌めく何かが存在していた。朝の光が注がれる今、その周囲はキラキラと光の色を変えていく。
その光こそが、此の地を脅かすオブリビオン。
或る万華鏡作家が、今際の時に培った技術を用いて作り上げた機械人形だと語られる。その動作は人そのもので、美貌は人とはかけ離れた人形らしい美しさ。
生の息吹を感じながら、人形としての永遠の美しさを持つ彼は正に知の結晶。
『キミは、ボクの煌めきを見てくれるかい?』
気球を見つけ、どこか遠くを見る眼差しで彼は語る。
そして彼が手を翳した時――周囲の世界は朝焼けの世界から、キラキラと眩い程に色の煌めく世界へと変わっていた。
硝子が幾何学模様を描いたかのような、不思議な空間。狭いようだけれど、手を伸ばしても何も触れない。大きさが分からなければ、先も見えない分からない。そんな不思議な空間は、一歩踏み出せば壁の模様が変わっていく。
そう、それはまるで――万華鏡をくるくると回すかのように。
きっとこれは、彼の作品の一部なのだろう。
万華鏡作家に作られた、万華鏡に魅せられた機械人形。
それならば、此の世界を。彼の芸術を楽しんでも悪いことにはならないだろう。
尭海・有珠
【星巡】
手を引かれる侭に降り立つ
万華鏡の中の様な光の世界
生きた証、の言葉に頷いてみせる
永遠に与え続けられる存在、美しき生きた証
けれど『彼』は…何処にも行けないようにも見えて
楽しく眩く美しいと思うのに
緩やかな足取りでさえ、瞬く世界に軽く眩暈を覚えるから
握られた手を導にする様にレンの背を追う
自分が何処に立っているのか分からなくならぬように、
遺ってしまった自分を振り返らぬように
振り返る君に「そうだな」と笑みを返せるのは
君が楽しいと感じて、君が笑っているから
そんな君と繋いだ手に安堵を覚えるから
それに不思議と私を映す君の瞳はきらきらしてて
「嬉し気な君の貌は私の心に光をくれてる」
それだけは君に届く音にして
飛砂・煉月
【星巡】
生の息吹と永遠…オレからは一番遠い
残りの命を思えば少し羨ましく思った――のか
でも何処にも行けないのは…
地に足つく頃には耳と尾は仕舞いキミの手を攫う
一歩踏み出せば
有珠、万華鏡みたいだと先程の羨望は埋めて笑む
キラキラの硝子の世界
作品なら誰かに見て欲しいよね
自分の生きた証だろうから
くるくる変わる美しい世界
眩しい…少し、視界が眩んでも
絆いでる手を軸とするから
自然と握る手に力がこもる気がした
大丈夫と伝える様に一歩先を歩こう
楽しいねって紡げば
有珠が咲ってくれるから
本当の楽しいに出来るんだ
…キミはいつだって
星空や朝焼けより綺麗だと
云わなくても映す眸が語っちゃうのかもね
届く音にはへらりと綻ぶ、嬉しくて
●
(「生の息吹と永遠……オレからは一番遠い」)
きゅっと唇を結ぶ飛砂・煉月。何時もは楽しげに煌めくその瞳も、今ばかりは少し曇っているよう。目の前に見える青年は、あんなにも輝いているのにどうしてだろう。
残りの命を思えば少し羨ましく思った――のか。
(「でも何処にも行けないのは……」)
先程まで揺れていた耳と尾はすっかり消えて。風に揺れるのは尾のように少し伸ばした漆黒の髪。胸元で握っていた手は宙を泳ぎ、そのまま傍らの温もりへ。そっとエスコートするように細い温もりを引けば、彼女――尭海・有珠は笑みを返した。
一面に見える輝きに包まれた幻想空間。
あの広き空の夢世界から何時の間に導かれたのだろう。あの美しき青年の姿も見えぬこの空間で、二人は並び立ち――そのまま同時に、足を踏み出す。
地も、天も、壁も。全てがキラキラと輝く花模様は別の花へと移り変わる。
「有珠、万華鏡みたいだ」
その様に煉月はほうっと溜息を零し、煌めきを映した赤い瞳を輝かせた。――その言葉と共に零れた笑みは、先程までの羨望混じる表情とは違う、何時もの彼の姿。
キラキラと輝く世界は美しく、普段ならば小さな瞳の中でしか見ることが出来ない。そんな世界を身体中で体験出来ることはとても貴重で、彼の自慢の作品なのだろう。
そう、作品ならば――誰かに見て欲しい。
「自分の生きた証だろうから」
そっと瞳を細め、紡ぐ彼。その言葉に有珠は世界に向けていた瞳を煉月へと向け、こくりと静かに頷きを返した。
彼の人形は、永遠を与え続けられる存在、美しき生きた証。
(「けれど『彼』は……何処にも行けないようにも見えて」)
どこか遠くを見るようなあの瞳。
有珠を見ているようで見ていない眼差しを思い出し、きゅっと胸が締め付けられる。
その間も煉月に手を引かれ、歩む世界は次々と移り変わる。
くるり、くるり。
光と硝子により生まれる万華鏡模様は、朝焼けよりもずっとずっと眩しくて、楽しくて、美しい。けれどもあまりにも眩いのか、緩やかな足取りでさえ軽く眩暈を覚え有珠は海を映した瞳を無意識に細める。
「眩しい……」
その時、煉月の唇から小さく零れる声。
彼の瞳を細められている様を見て、同じなのだと思えば有珠は小さく笑みを零す。
互いにきゅっと手を握る力を込めたのは、自分が何処に立っているのか分からなくならないように。繋いだ手を軸とすれば、自分も相手も、見失わずに済む。
繋いだ温もりで、君が分かる。
繋いだ先の背中で、君を追い掛ける。
――それは、遺ってしまった自分を振り返らぬようだと有珠はこそりと思った。
とんっと煉月が軽い足取りで歩めば、次々と変わる世界は永遠に続くのだろうか。顔を上げ、彼の背中を真っ直ぐに有珠が見ていれば。
「楽しいね」
くるりと彼が振り返り、無邪気な笑顔でそう告げる。
その言葉も、彼の笑顔も。此の世界の煌めき以上に輝いて見えて――。
「そうだな」
静かに笑みを口許に咲かせて、有珠は返す。
君が楽しいと感じて、君が笑っているから。そんな君と繋いだ手に安堵を覚えるから。
だから笑みが零れるのだ。
そしてその笑みを見れば、煉月の瞳はさらに輝く。――君が笑ってくれるから、本当の楽しいに出来るのだと。そう想ったのは言葉にはせず、自分の胸の中にだけ。
万華鏡の世界に佇むキミはとても美しい。
そう、何時だって――星空や朝焼けより綺麗だと想っている。
だけどそれは言葉にはしない。けれど、言わなくとも映す眸が語っているかもしれない。だって、有珠を見る煉月の瞳はこんなにも真っ直ぐで、煌めいているのだから。
嬉しそうに笑う煉月の眼差しをじっと見れば、自分の姿が彼の赤に映り込んでいる。
「嬉し気な君の貌は私の心に光をくれてる」
煌めきを、有珠も感じたのだろう。穏やかに笑んで、言葉を零せばそれはしっかりと煉月の耳へと届き、心と共にくすぐっていく。
だから、だろうか。煉月が彼女の言葉に、へらりと綻んでしまったのは。
大成功
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ミンリーシャン・ズォートン
椋(f19197)
声の主の姿を認め束の間に訪れた鏡の世界
驚いて
でも綺麗で
煌めきを瞳に映し
忙しなく視線を動かし彼の名を呼ぶ
高揚を抑えられず手を伸ばしたけど触れられない
距離も解らぬ幻に僅かに怖さを感じた
でも――
ぎゅ。
手を繋げば温かい
貴方が居れば
何も怖くはない
二人で万華鏡の世界を巡り
名残り惜しいけど
椋――
貴方無しで生きる術を知らないの。
だから、私と一緒に居てくれる?
二人の家に帰りたい
光の花弁を風に乗せ
声の主と対面したら
美しい世界へ招待してくれた礼を伝えて
此処は貴方が居るべき場所でも帰りたい場所でも無いような気がしています
貴方が帰りたい場所は何処ですか?
何にも縛られる事無く貴方の居場所に帰れますように
杣友・椋
ミンリーシャン(f06716)と
周囲を取り巻く目映い世界
彼女を守れるよう身構えるけれど
この空間に悪意めいたものは感じない
不安げに俺の名を呼ぶ彼女へ
確と手を握り返す
――俺は、此処に居る
二人で巡る美しい世界
歩むたび彩りを変える其れは、
眼前に二度と同じ景色を見せないだろう
幼い頃に夢中で覗き込んだ万華鏡を想起した
俺の心は彼女と同じ
リィが居なければ、俺も居ない
いつだって一緒だ
彼女の花弁と共に放つ彗星
刹那、世界が罅割れる
主に会えたなら
珍しいものを見せてくれた礼くらい言ってもいい
それと――
此処はおまえの立ち処には相応しくないんじゃねえの
正しさなんてその人次第だけど
おまえも、本当の栖を見つけられるといいな
●
朝焼けの世界に佇む美しき青年の姿――それを捉えたと思ったのも束の間、気付けば世界は煌めく硝子に包まれていた。
「え……?」
そのあまりの眩さに青い瞳を幾度と瞬き。ミンリーシャン・ズォートンは驚きを露わにしつつ、世界を見回す。不安故にきゅっと胸元で握る両手は、気付けば助けを求めるように伸ばしていたけれど――眩さ故に距離が分からないのか、ただ宙を泳ぐだけ。
直ぐそこに、直ぐ目の前に彼の背が見える。
「椋、椋」
その温もりに触れられなくて、不安げに幾度と名前を呼べば――杣友・椋はくるりと振り返り、そっと彼女の手を取り包み込んだ。
「――俺は、此処に居る」
そっと優しく手を引いて、距離を詰めれば彼の声が耳元で聴こえる。その声に、温もりに、ミンリーシャンの不安は溶けるように消えていった。
――貴方が居れば、何も怖くはない。
そっと瞳を閉じて、自然と口許に咲く笑みは安堵の証。彼女のその和らいだ表情を見れば、椋も静かに笑みを零していた。
此の眩い世界。踏み込んだ時は身構えたけれど、悪意めいたものは感じない。だから椋はミンリーシャンの手を引いて、そっと足を踏み出す。
一歩、一歩。
踏み出すごとに硝子世界は姿を変える。
くるり、くるり――彩り変わるそれは、二度と同じ景色を見せないだろうと椋は想う。
そう、それはまるで。幼い頃に夢中で覗き込んだ万華鏡のよう。
片目の中だけで広がっていたあの世界が、こうして囲うように現れればなんと不思議な心地だろう。地も天も壁も包み込まれれば、時間の感覚が狂ってしまう。
――まだまだ名残惜しい。けれど、いつまでも夢に閉じこもっている訳にはいかない。
「椋――貴方無しで生きる術を知らないの」
きゅっと繋ぐ手の力を強めて、ミンリーシャンは少しだけ前を歩む彼へと言葉を掛ける。彼女の言葉に、伝わる熱に、椋が振り返ると青と緑が交差する。
じっと見つめ、そのまま彼女は言葉を零す。――だから、私と一緒に居てくれる?
紡がれる言葉は、何と甘く心地良いものだろう。そして、彼女のその想いは椋も同じ。
そう、リィが居なければ、俺も居ない。
「いつだって一緒だ」
瞳を交わしたまま、共する想いを伝えるように彼もまた繋ぐ手に力を返す。――力強くも決して痛くはない温かい心地に、ミンリーシャンは綻ぶように微笑むと。黄金色に輝く金木犀の花びらを、硝子の世界へと広げた。
ふんわりと香るは金木犀の秋の香り。その香りに乗せるように、椋もまた贋作彗星を此の世界へと向かい放つ。
――二人の家に帰りたい。
世界が割れる音に紛れて、彼女の言葉が椋の耳へと届いていた。
視界に広がる眩い光は消え、映り変わる花模様も消えている。後に広がる新しき一日の光のあまりの力強さに、二人は身を寄せ合いきゅうっと強く瞳を瞑った。
そんな彼等の姿を捉え、青年人形はただ優雅に微笑み問う。
『ボクの作品はいかがだったかな?』
抑揚の無い音は彼の人形らしさを強めている。作家らしく求められたコメントに、二人は礼を述べた。――美しくも珍しい世界への招待に。
けれど――。
「此処はおまえの立ち処には相応しくないんじゃねえの」
細い瞳でじっと彼を見据え、椋は零す。彼のその言葉に人形は、かくりと歪な動きで首を傾げる。――そんな動きを見て、ミンリーシャンは一歩進み出て、一つ問う。
「貴方が帰りたい場所は何処ですか?」
『ボク、は……』
真っ直ぐに語られる言葉に、人形は答えを出せずにいた。無機質な掌を見つめ、ぼんやりと虚ろな瞳で世界を見る。
正しさなんてものは、その人次第だと椋は想う。
けれど、誰も訪れることの無い崖の上で。ただ佇んでいるのは違う気がするから。
「おまえも、本当の栖を見つけられるといいな」
「何にも縛られる事無く貴方の居場所に帰れますように」
祈るように語られる二人の言葉。
同時に生まれる世界を壊した花弁と贋作彗星が此の世界を舞う。
その景色を見て――彼の人形が笑った気がしたのは、その美しさにだろうか。
大成功
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朧・ユェー
【月光】
先程気球に乗っていたのに世界が変わる
おや、硝子でしょうか?
キラキラと美しい
危ないだろうかと警戒したが大丈夫みたいですし
ルーシーちゃんも楽しそうなので暫く様子を見ましょう
お散歩ですね
ルーシーちゃんがその場でジャンプとステップして
硝子が割れないか心配しオロオロ
彼女が踏み込む度に色が変わる
大丈夫そうだとホッとして
えぇ、とっても綺麗ですねぇ
僕も?
娘と僕では大きさが違うのですが
危なくなったら彼女を安全な場所へ
ひょいひょいと片足をステップすると
色が変わると共に、雪の結晶の形から小さな華を咲かせる
色だけでは無く模様もさまざま
はい、では一緒に
白から黄色の彩が変わると同時に
何も無い世界から黄色の華、向日葵の様な華模様が咲く
ふふっ、素敵な世界ですね
以前の僕なら興味無く
すぐ壊して世界から抜け様としていた
キラキラした世界は僕には眩しい世界
キラキラと輝く様に喜ぶ娘
この子が輝く世界なら悪くない
僕も幸せです
万華鏡の様にくるくると変わる娘
苦しみも悲しみも、そして楽しい事も
君と一緒ならどんな場所でも幸せな場所
ルーシー・ブルーベル
【月光】
唐突に切り替わった世界
ビックリしたけれど……ゆぇパパが居るし
それに、とてもうつくしいわ
おさんぽしてみましょう、パパ
えいやとジャンプ、ステップ
雪の結晶のような青から、ポピーの様な橙へ
わわ、キレイね
パパもやってみて?うん、パパも!
ルーシー、さっき思い切りジャンプしていたけれど大丈夫だったわ
危なくなってもルーシーが居るし
パパがステップする度に舞う小さな華
すごい、凄い!
本当、毎回お華の形が違うのね
手を繋いで
今度はいっしょに!
せぇの、で同時に一歩をふみ出して
白から黄色へ、極彩色へ
ふふー、楽しいね
かつて白だけの世界を望んだパパが
色彩に囲まれて、
それからもし、自惚れじゃなかったら
少しでも楽しんで下さってる姿を見ると
何度だって手を引いて
キラキラの中にお連れしたいって
あら、それならパパも居てくれなきゃ!
目に映る世界が彩られて
心だって色づいていく
パパといっしょなら特に!
くるくる万華鏡のように
楽しい、幸せ、そんな気持ちが花咲くの
一度として同じ華はないから
何度も、ずうっとでもいっしょに居たくなるのね
●
遠く広がる朝焼け空の世界から、突如切り替わった煌めきの世界。
気球で漂う浮遊感が無くなり、気付けば親子二人足を着けて立っていた。――けれど、着いているのは地では無い、キラキラと煌めく硝子の世界。
「おや、硝子でしょうか?」
眼鏡の奥の金の瞳を瞬いて、朧・ユェーは言葉の色は何時ものように穏やかに語る。突如変わった世界に身構えたりもしたが、どうやら此処はただの異空間のよう。閉じ込められはしたけれど、害は及ばないと直ぐに察し小さく息を零し辺りの景色を見る。
朝日よりも強い、光に囲まれた世界。キラキラ輝くそれは硝子細工で出来た模様で、色とりどりの花模様。その美しさに、ルーシー・ブルーベルは見惚れるように視線を上げたまま。彼女の大きな青い瞳に煌めきが落ちれば、硝子に負けじと輝いていた。
じっと天を、地を、壁を。ぐるぐると見回して見惚れる少女が楽しそうで、ついついユェーは微笑みながら静かに様子を見守ってしまう。そのままくるりと、世界から視線をユェーへとルーシーが向けたかと思えば。
「おさんぽしてみましょう、パパ」
弾む声で高らかに告げると、彼女は恐れることなく一歩踏み出す。
えいやとジャンプをすれば、花模様は雪結晶のような青色へ。軽やかにステップを踏めばポピーのような橙色へ。次々と色も模様も変化すれば、世界は随分と違って見える。
「わわ、キレイね」
「えぇ、とっても綺麗ですねぇ」
あまりに弾みのついた彼女の動きに、硝子で出来た世界が壊れないかと心配で仕方が無く、つい伸ばしてしまった腕。けれど異空間である此処は意外と頑丈だと云う事が分かり、少女が振り向く前にユェーはそっと腕を下ろしていた。
踏む度に変わる世界は何と美しいのだろう。――その美しい世界の中、楽しげに歩む少女の二つの髪が揺れる様を見守りながら、穏やかに微笑んでいれば。
「パパもやってみて?」
「僕も?」
くるりとまた振り返ったかと思えば、手招きしながらルーシーが誘う。その言葉に瞳を瞬き、つい言葉を返してしまえば――さっき思い切りジャンプをしても大丈夫だったと、不安に感じていると思い彼女は語る。「危なくなってもルーシーが居る」と云う言葉は頼もしいけれど、だからこそユェーにとっては不安なのだ。
此の世界は未だ未知のもの。本当に安全かは分からないし、ルーシーとユェーでは大きさが違えば重さも全く違う。けれど――。
(「危なくなったら彼女を安全な場所へ……」)
いざとなったら必ず守ろうと、改めて心に誓い掌を握り締めると。ユェーはひょいっと軽い足取りで、あまり体重を掛けないよう注意をしながらステップを踏む。すると世界は橙色から薄い水色の雪の結晶。そして春のように温かな桜色の小さな花が芽吹く。
「すごい、凄い! 本当、毎回お華の形が違うのね」
その移り変わる景色を見て、ルーシーは嬉しそうに声を上げその場で軽く跳ねた。そんな彼女の元へと追い付くと、二人は自然と手を伸ばしきゅっと繋ぎ合う。
「今度はいっしょに!」
「はい、では一緒に」
繋ぎ合った手の先、青と金の瞳を交わして。にっこり笑顔で一緒に足を踏み出せば――移り変わる世界は白から黄色へ、極彩色へ。
それは、何も無い世界から黄色の華――向日葵のような花模様が咲いていた。
「わあ……!」
温かくて大好きな色と花に囲まれて、嬉しそうに声を上げるルーシー。そんな娘の姿を見れば、ユェーの心も温かくなる。
「ふふっ、素敵な世界ですね」
「ふふー、楽しいね」
向日葵から互いに視線を移し、笑い合うのは何度目だろう。何度だって楽しいことや綺麗なことを共有して、一緒に楽しみたいと想うのだ。
此処は、美しき世界。
きっと不思議な力によって作られた、異空間。
かつてのユェーならば、この美しさには興味が無く。直ぐに壊して世界から抜けようとしただろう。――だって、キラキラした世界はユェーには眩しい世界だから。
けれど、今は違う。キラキラと輝く様に、喜ぶ愛おしい娘が居るから。
「この子が輝く世界なら悪くない」
小さく微笑み零れた言葉。――それは心で想った筈なのに、言葉にしてしまっていた。降り注ぐ父の声にぱちりと瞳を瞬いて、顔を上げればルーシーは頬を染めて唇を開く。
「あら、それならパパも居てくれなきゃ!」
目に映る世界が彩られて、心だって色付いていくけれど――それは、大好きなパパと一緒だから、尚強く心が染まっていくのだ。
かつて白だけの世界を望んだパパが、色彩に囲まれて。そして自惚れで無ければ今、少しでも楽しんでくれているように見える。ほんの少しでも、彼の世界を広げることが出来ている。それならば何度だって手を引いて、キラキラの中へ連れて行きたいと想うのだ。
「パパといっしょなら特に! くるくる万華鏡のように。楽しい、幸せ、そんな気持ちが花咲くの」
パパが喜んでくれるから、ルーシーは幸せになれる。
そしてそれはユェーも同じ。万華鏡のようにくるくると変わる愛しい娘。苦しみも悲しも、そして楽しいことも。君と一緒ならどんな場所でも幸せな場所だと、想うから。
「僕も幸せです」
そっと微笑み、繋いだ手を確かめるように握ればルーシーも笑みを返す。
とんっと再び足を踏み出せば、向日葵の景色は青の花へと変わりゆく。
光に満ちた空間で、映り変わる花は硝子で出来た儚いもの。けれどその美しさは永久に心に残るのだろう。
「一度として同じ華はないから。何度も、ずうっとでもいっしょに居たくなるのね」
次はどんな花が咲くだろう。ワクワクした心地を隠せない声でルーシーが紡げば、頷きと共にユェーは笑いを返す。
――君と一緒ならどんな場所でも幸せな場所。
だから、あともう少しだけ――此の世界を壊すのは待っていて。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
蓮見・双良
【空環】
眩い光に一瞬眩みかけるも
彼女の姿に意識が惹かれ
光すら霞む程に
…杜環子さんは…此処以上に綺麗なんでしょうね
笑顔なのに泣きそうな彼女
出逢った時からいつも
外から見ていたものを内から見るって…不思議な気持ちです
見入るのは敵の力か
本来の彼女もこんな風に燦めいているのかと思うからか
彼女の手を取ってから"取った事"に内心驚く
いつもなら不用意に触れない
気を許さない
"蓮見双良"像の瓦解に繋がりかねないから
なのに
―ああ、そうか
気づいた答えはシンプルで
…謝る事なんてありませんよ
それに…僕は元より、あなたしか見ていません
また、我慢してますね?
本当は泣きたいのに
誤魔化しも否定も通じません
僕はあなただけを見てきたんですから
最初は興味
色んな事に気づかせてくれる人
でも彼女の憂いと我慢を知ったら
放っておけない人に
此処も綺麗ですが
そろそろ終わりにしましょうUC
彼には優しい夢を
今度は自ら手を取り眸覗き
泣きたい時は泣いて良いんです
でも…その後は笑顔が見たい
言ったでしょう?約束するって
嫌です
僕はあなたを忘れません、絶対に
壽春・杜環子
【空環】
置いて行かれることは―寂しいわね
とても、とても
なぁんにもない空っぽなはずの|ここ《胸》がこんなにも痛い
きっとこれは“泣いてしまいそう”ね?|蓮見くん《人間の貴方》
この世界は、よぉく知っていますとも
ふふ、ふふふ
廻る世界に同じの無い世界の綾織り
|わたくし《万華鏡》とは作家が異なりますもの、少し違うの
…―おいで、迷子はダメ
だって貴方は人だもの
…ほら、手ぇ繋ぎましょ
目移りはダメ
興味の持ち過ぎも好奇心も…今だけ全て|わたくし《万華鏡》にちょうだい?
だいじょうぶ
だいじょうぶ
ちゃんとわたくしが、おうちに帰し―…ます、から…ね
あ、れ?…―っ?!
わたくし…!やだわ、ごめんなさい
ごめんなさい、わたし―!
(懐かしいいつか
(別れ惜しんだ瞬間
(どこにも行かないで
(置いて行かないで
…(ぎゅ、と蓮見くんの手を握り
(言いかけ呑み、ただ握り、ぱっと離し
ごめんなさい、びっくりさせてしまいました
―さて、この素敵な景色は全てお返ししましょUC
っ、知りません!そんな約束…!
しない
してない、そんな
忘れてと言ったでしょう…!
●
「置いて行かれることは――寂しいわね」
とても、とても。
そっと胸元に手を当て壽春・杜環子は紡ぐ。瞳を閉じて、紡ぐ人形の心を想えば――どうしてだろう、胸がこんなにも痛い。
「きっとこれは『泣いてしまいそう』ね?」
蓮見くん――名を呼ばれ、蓮見・双良はぱちぱちと瞳を瞬いた。眩い光の先に待っていたのは煌めく硝子細工の世界。花咲き誇る異空間の中、優雅に微笑みながら名を呼ぶ杜環子の姿に、眩しそうに瞳を細める。
此処は、彼の作品。人形たる彼が後世に残したい芸術。
それは『陶器万華鏡』である杜環子にとってはよく知る世界。
「……杜環子さんは……此処以上に綺麗なんでしょうね」
煌めく世界に佇む彼女の姿を暫し見つめた後、双良の唇から不意に言葉が零れていた。彼のその眼差しと零れた音に杜環子は微笑むけれど。
「わたくしとは作家が異なりますもの、少し違うの」
優雅な微笑みのまま、ふるりと首を振る。
万華鏡――廻る世界に同じの無い世界の綾織り。『彼の作る作品』と『杜環子』は似ているけれど同じではない。作り手や素材によって全く別の姿を魅せるものだから。
朝の日と違う光に満ちた世界。
その中で佇む杜環子の表情は笑顔だけれど、どこか泣きそうにも見える。――それは今だけではない。出逢った時からいつもそうだと、双良の胸がちくりと小さく痛んだ。
痛みを覚えたまま一歩踏み出せば、移り変わる花模様はまた強く煌めいて――。
「外から見ていたものを内から見るって……不思議な気持ちです」
普段ならば片目を通してのみ見える狭い世界が展開していく様を、どこか感心したように息を吐く。――それは、敵の魅せる世界か。それとも、本来の彼女もこんな風に燦めいているのかと思うからか。
「……――おいで、迷子はダメ」
零れた息は小さい音だったから聴こえなかっただろう。けれど遠くを見る双良の手を杜環子が取れば、彼はほんの少しだけ驚いたように瞳を見開く。
此処は万華鏡の世界。杜環子は万華鏡。――けれど、貴方は人。
だから、だろうか。目移りはダメだと紡いでしまうのは。
「興味の持ち過ぎも好奇心も……今だけ全てわたくしにちょうだい?」
だいじょうぶ
だいじょうぶ
ちゃんとわたくしが、おうちに帰し――……ます、から……ね。
「あ、れ? ……――っ?! わたくし……! やだわ、ごめんなさい」
双良の手を取り紡ぐ彼女はどこか遠くを見るよう。直ぐにその瞳に意志の光が宿ったかと思えば、繋いだ手を彼女は離し、ごめんなさいと幾度と紡ぐ。
己の心を落ち着かせるように、胸元に片手を当てながら。先程まで繋いでいた掌の熱を冷ますかのように片手は宙を泳がせて。――そんな彼女の姿を見て、双良は思わず己の手を伸ばし、再び手と手を繋いでいた。
(「ぇ……?」)
その咄嗟の行動に、杜環子以上に双良は驚く。
何時もの彼ならば不用意に触れない。気を許さない。『蓮見双良』像の瓦解に繋がりかねないから。なのに、今は――。
(「――ああ、そうか」)
生まれる疑問とほぼ同時。導き出された答えは、とてもシンプルなもの。
そのまま彼はそっと繋いだ手に力を込めると、未だ戸惑う彼女を引き寄せる。小さな身体で見上げるその藍色の瞳を見て、真っ直ぐに言葉を零すのだ。
「……謝る事なんてありませんよ。それに……僕は元より、あなたしか見ていません」
交わる青。
繋いだ掌から伝わる人の温もりに、杜環子は瞳を見開いた。
懐かしいいつか。別れを惜しんだあの瞬間を想い出す。
――どこにも行かないで。
――置いて行かないで。
心が混ざるようにざわつく心地。その心を言葉にしようとして――呑み込んで。そのまま繋いだ彼の手を、きゅっと強く握り返していたのは意識的には無意識か。
ただ、確かに彼の手は温かかった。
「また、我慢してますね?」
手を繋いだまま俯く彼女の顔色を見て、双良は心配そうに問い掛ける。――彼女が、本当は泣きたいことは分かっている。誤魔化しも否定も双良には通じない。だって僕は、あなただけを見てきたのだから。
そう、最初はただの興味だった。
色んな事に気付かせてくれる人。それだけだったのに――彼女の憂いと我慢を知ってしまえば、放っておけない人になっていた。
「ごめんなさい、びっくりさせてしまいました」
ひとつ、ふたつと深呼吸をして心を落ち着けて。杜環子が謝罪をすれば双良を穏やかに首を振る。煌めく此の世界は、彼女に少しだけでも触れられた気がするけれど――此処は何時までも閉じ籠っていられる、優しい夢ではないと分かるから。彼等は互いに頷き合うと、ナイトメアと小魔鏡を呼び出す。
走る白馬と永久に続く世界を鏡が映せば、世界はぴしりと亀裂が走り――そのまま音を立て世界が崩れ落ちていく。
眩い光も。煌めく宝石で出来た花も崩れていき。現れるのは眩い程の朝の光と、凍て付く程の冷たい空気。――そして、冷たいからこそ繋いだ手の温もりがよく分かる。
一時離した手を、今度は双良自身の意志で伸ばし繋いだ。触れる温もりに驚き、こちらを見る藍色の瞳を覗き込み彼は唇を開く。
「泣きたい時は泣いて良いんです。でも……その後は笑顔が見たい。言ったでしょう? 約束するって」
「っ、知りません! そんな約束……!」
直ぐ傍で注がれる視線と彼の言葉に、杜環子の白い肌が薔薇色に染まる。知らない、していないと繰り返しながら――最後に紡ぐ「忘れてと言ったでしょう」は、認めているも同然で。ついつい双良は小さな笑い声を零してしまう。
だって――。
「嫌です。僕はあなたを忘れません、絶対に」
どんな些細なことだって、貴女のことを忘れる事なんて出来ないから。
大成功
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ディフ・クライン
ヴァルダ(f00048)と
美しき万華鏡の世界に立ち止まる
人形の眼差しと言葉が焼き付いて離れない
……ああ、綺麗だね
告げはすれども浮かぬ顔
自分の煌めきを見てくれるかと問う顔が
どうしてか寂し気に見えて
まるで最期にこの美しさを記憶してくれる人を探していたみたいに
…考えすぎだ、でも
重ねてしまうんだ、どうしても
この体も母の遺作だから
オレたち|クラインシリーズ《兄弟》は誰も母の望むものになれずに拒絶されたけど
……少し考えてしまうんだ
あの時ヴァルダと出会えていなかったら
あそこに立っていた人形はオレだったかもしれないって
母の作ったこの体最大の汚点であるこの自我が消える瞬間に
母さんが望む姿になれたと
綺麗になれたでしょうと
微笑みながら泣いて消える自分が見えた気がした
そんなことまで彼女には言えないけれど
手を握っても良いだろうか
彼にも心があるのかな
あまりに美しくて特別な、彼の世界
きっと、壊してしまえば彼は悲しむんだろう
躊躇ってしまう手
それでも、やらねばならぬと解るから
……ああ、そうだね
せめて忘れずに
優しい夜明けを
ヴァルダ・イシルドゥア
ディフさん(f05200)と
遺作。それは血の繋がりよりも濃い
一人の作家の人生そのものとも呼べる存在
すがたかたちは違えども
災魔と成り果てた兄を自らの手で見送った、あなた
|ディフ・クライン《五番目》として生まれ
自我とこころを得て、ひとりのひととして歩み出した、あなた
そんなあなたが、彼の存在に何も感じない筈がない
『大丈夫』と微笑むあなたはもういない
ただひとり、冬の檻に閉じ籠って泣いていたあなたに
何度でも手を差し伸べると、この胸に誓ったから
心があるからこそ、彼は災魔と成ったのでしょう
けれど。だからこそ、見送らなければならない
それをわたしたちが一番理解しているはず
ためらうあなたの手をそっと取り
そばにいると伝えるように微笑んだ
大丈夫。
今あるこの景色も、わたしたちが継いでいくんです
忘れないこと。語り継いでいくこと
或る万華鏡作家の最高傑作
彼と、彼を生み出した作家さまが描いた煌めきを
――ねえ、そうでしょう
振り仰ぐ先、憂いた眼差しを浮かべる彼へと手を翳す
夢の終わりは、何時だって優しい夜明けであってほしいから
●
朝焼けから一変。美しき硝子の花に囲まれた空間へと世界は移り変わる。乗っていた気球は何時の間にやら消えていて、ディフ・クライン(雪月夜・f05200)とヴァルダ・イシルドゥア(燈花・f00048)は硝子世界に立っていた。
軽く足を動かせば、コツンと固く高い音が響く。
繊細な硝子の音色。けれど簡単には壊せない、魔法の欠片。
「……ああ、綺麗だね」
その美しき音色に耳を傾けながら、唇からディフは素直な感想を零すけれど――彼の脳裏には、先程朝焼けの元でこちらを見ていた、一人の人形の眼差しと言葉が離れない。
――キミは、ボクの煌めきを見てくれるかい?
問われた言葉。
有無を言わさず閉じ込められた此の空間が、彼の語った『煌めき』なのだろうか。その世界は確かに美しいのだけれど――どうしてだろうか、あの時の彼がとても寂しげに見えたのは。まるで、最期にこの美しさを記憶してくれる人を探しているみたいで。
(「……考えすぎだ、でも」)
瞳を瞼で隠し、ふるりと首を振り否定をするディフ。
でも、どうしても重ねてしまうのだ。――彼自身も人形で、母の遺作だから。
ディフが生まれるまで、母はいくつもの人形を作った。クラインシリーズと名付けられたそれらは、ディフにとっては兄弟のようなもの。――そんな彼等は誰一人として、母の望むものにはなれずに拒絶された。
今は、大丈夫だけれども。もしも、あの時ヴァルダと出逢っていなかったら――。
(「あそこに立っていた人形はオレだったかもしれない」)
唇を強く結び、ぎゅっと両の掌を握り締め。ディフの心は強くざわついている。
そんな、俯き葛藤する彼の姿に。ヴァルダは心配そうに手を伸ばすけれど――彼へと触れられないでいた。
目の前の愛しい彼も遺作であることは知っている。それは血の繋がりよりも濃い、一人の作家の人生そのものとも呼べる存在だと、ヴァルダは想う。
すがたかたちは違えども、災魔と成り果てた兄を自らの手で見送った彼。五番目として生まれ、ディフ・クラインと名付けられた彼は母にとってはエラーである自我とこころを持っていた。一時はそれらを失くそうとしたけれど、今は再びそれらを手にし、大切に包み込みながらゆっくりと、ひとりのひととして歩み出した彼。
(「そんなあなたが、彼の存在に何も感じない筈がない」)
何時もは暖かな橙色の瞳を心配そうに細め、不安に影を宿すヴァルダ。
でも、『大丈夫』と微笑むあなたはもういない。ただひとり、冬の檻に閉じ籠って泣いていたあなたに、何度でも手を差し伸べると、此の胸に誓ったから――ヴァルダは迷うように浮いていた手を伸ばすと、静かにディフの手を取った。
触れた手は驚くほど冷たい。
そう、それはまるで無機物であるかのように。
不意に訪れた温もりに、その柔らかさに。ディフは顔を上げると、ヴァルダの姿をその青い瞳に映す。眩い硝子世界の中、佇むヴァルダは息を飲む程に美しく、こちらを真っ直ぐに見る眼差しは気の弱かった昔とは違う、とても強いもの。
――それは、彼女の誓いの強さを感じさせる程。
その強さに触れれば、ディフの心はどこかほっと軽くなった気がした。人形の眼差しを見た瞬間から、ディフの心に渦巻く心。その心こそが、母にとってはこの体最大の汚点。その自我が消える瞬間に、母さんが望む姿になれたと、綺麗になれたでしょうと微笑みながら泣いている自分が見えた気がしたけれど――彼女に、そんなことは伝えられない。
だからこそ思わず手を強く握り返せば、彼女の温もりを強く感じ安堵する。
「彼にも心があるのかな」
ほっと息を零した後、ぽつりと零れるディフの言葉。
此の世界は、あまりにも美しくて特別な、彼の世界だ。作家の最後の作品としてこの世に残り、新たな作品を作り出し人々に披露する。それは彼自身も、そして彼を作った製作者の全てを表す大切なものだと強く強く分かる。だから、壊してしまえば彼は悲しむのだろうとディフは考える。
握る手が震えていることが、ヴァルダは気付いた。愛しい彼が彼の人形と己を重ねていることも、其れ故に戸惑っていることも――そして今、彼を支えられるのは自分だけだと云う事も、痛い程分かっている。
「心があるからこそ、彼は災魔と成ったのでしょう。けれど。だからこそ、見送らなければならない」
だから、彼の手を優しく包み込みながら、ヴァルダは『猟兵』としての責務を想いながらも、ディフと寂しい人形の気持ちに寄り添いながら言葉を紡ぐ。――そう、それを一番理解しているのは、私達な筈だから。
彼女の言葉にディフは真っ直ぐにヴァルダの瞳を見た。
此の世界に踏み入れて、初めてしっかりと視線が交わった気がする。揺れていた彼の青い瞳は今はしっかりとヴァルダだけを見る。
――そばにいるよ。
そう伝えたくて、彼の震える手を包み込めば。先程までの冷たさとは打って変わり、徐々に熱を帯びていることが分かる。
「大丈夫。今あるこの景色も、わたしたちが継いでいくんです」
忘れない事。語り継いでいく事。
或る万華鏡作家の最高傑作。彼と、彼を生み出した作家が描いた煌めきを。
「――ねえ、そうでしょう」
温かな微笑で問い掛ければ、そのあまりの眩さにディフは瞳を幾度か瞬いた。嗚呼、どうしてだろう。彼女が言葉を紡げばざわめいた心は落ち着いて、けれど無では無く温かな心が満ちるのだ。
「……ああ、そうだね」
きゅっと手を握り返す力は、先程までの迷いや悲しみに満ちたものでは無い。ヴァルダの隣に立つ為の、彼女と共に歩む為の包み込む温かさ。
まだ憂いた眼差しを彼は浮かべているけれど、あと一歩を踏み出す為にヴァルダは彼へと手を翳す。その仕草にディフは柔らかく笑むと、手を繋いだまま視線を硝子細工へと。
「せめて忘れずに、優しい夜明けを」
紡ぐと同時に世界を包み込む凍て付く力。硝子世界にひびが入ったかと思えば、瑞香の花雨が硝子に負けぬ美しき光を放ち世界が砕け散っていく。
開けた視界。遠く遠く広がる空の元、佇む彼は変わらず美しい。
彼をその瞳で捉え、祈るように彼等は呪文を紡ぐ。
――そう、夢の終わりは。何時だって優しい夜明けであってほしいから。
●最期のコトバ
朝焼けの元、煌めきを抱く彼は数多の傷を受けその場で膝をつく。
『ボクの……、ボクの作品はどうだったかな?』
マントのように纏っていた硝子は音を立てながら地に落ちて、まるで崩れゆくよう。傷を受けた腕や足は血など流れないことから、彼が『人間』では無いことが分かる。
『気に入ってくれたかい? 喜んでくれたかい?』
痛みを感じることも無いのだろう。ただ、彼は満足に動かせない身体のまま、ただただ猟兵へと問い掛ける。それは彼が製作者として、人に見て欲しいと云う想いから。
それが彼自身の想いかは分からない。
全ての技術を注ぎ込んだ、製作者本人の想いを宿しての言葉かもしれない。
けれど――倒れる間際まで彼は、純粋に己の作り上げた万華鏡のことを気にしていた。
『どう、か……』
ガシャリと無機質な音を立て、その場に崩れ果てる機械人形。
意識の途切れるその瞬間、彼へと伝えたい言葉はきっと人によって違うだろう。どこか遠くを見る赤い瞳が閉じる前に、アナタが伝える言葉は。
――――。
ゆるゆると閉じゆく瞼。
隠れていく赤い瞳。
その機械が浮かべる表情は、どこか柔らかい気がするのは気のせいだろうか。
――嗚呼、朝が生まれる。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵