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魂は電子の繭にて護られる

#サイバーザナドゥ #WACK

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#サイバーザナドゥ
#WACK


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●スコッチ・クローゼ老の1年
 ――思えばこの日、既に芽生えていたのだろう。
 1年前、私、スコッチ・クローゼの妻のエリスが亡くなった。まだ60になったばかりであった。
 葬儀は家族のみで済ました。
『電脳葬』などは馴染みのない話だし、何より妻も私も広く知らせる相手がいない。

 葬儀といっても、火葬場で塵となるまで焼き辛うじて残る骨の欠片を渡され仕舞い。墓なぞ贅沢品も良い所だ。
「お爺ちゃん……大丈夫?」
 肩までの榛色のクセ髪を揺らし孫娘アリカが心配そうに私を窺ってくる。
 この子は不肖の娘が産み落とした父親知らずの娘だ。
 ……ああ、このような言い方はいけない。だから人から誤解を受けるのだとよく妻に叱られたものだ。

 私と妻はこの孫娘を、それはもう深く愛し慈しみ育てあげた。

 19年前、アイドルになるとほざき出て行った娘が「堕胎の金を都合して欲しい」とおめおめと顔を出した際に、懇々と言い聞かせ産ませたのがアリカだ。
 娘は産後に体が回復したら当てつけのように姿を消し、私とはそれっきり。
 妻は娘も案じていた。だからか自分に何かあったら連絡が行くようにしていたよう。それがこの歓迎されない再会を招いた。

“火葬場にただ1人で黒いヴェールで顔を隠した女が現れる”

 ヴェールは暗く重い、父である私にも娘であるアリカにも見向きもしない。
 年は37になろうかといったところ、だが未だに芸能界などというヤクザな業界にいるからか、年不相応にやせこけた手足はまるで鶏ガラだ、みっともない!
「ふんっ。アリカ、さぁおいで」
 憤懣を咳払いで隠しアリカの背を押す。
 だがアリカは、生まれてはじめて逢う『母親』に視線を奪われた。
 厭な予感がした――そしてこういう時は必ずと言っていい程に的中するものなのだ。
「…………ママ?」
 アリカは、ぼんやりとした口ぶりでぽろりと決定的な台詞を零す。
「うそ。ママは、あの“ノンノ”なの? まさか……“ノンノ”ってあたしと二歳差の筈なのに…………?」
 と。
 娘と母のつながりが探り当てた真実と、世間で知られる“アイドル女優ノンノ”のギャップにアリカは混乱しながらも、出生の一端を知ってしまったのだ――。

◆◆◆
 葬儀の後で、アリカはどうやってかはわからぬが“ノンノ”に逢いに行った。だが邂逅は明るいハッピーエンドとはいかなかったよう。あの|クソ娘《“ノンノ”》なら然もありなん。
 アリカは学生の頃から電脳関連の知識に長ける非常に聡明な孫娘であった。だが葬儀の後はますます「プログラミング」とやらに打ち込むようになってしまった。

「愛する人とは永遠に一緒にいたい、いなくなって欲しくない」
「あたしはお婆ちゃんに逢いたい。でも日記から人格をトレースして再現しても、それはお婆ちゃんじゃない……ただAIがお婆ちゃんのフリをしてるだけ」
「――だから、生きてる内になんとかしないと」

 年老いれば人は死ぬ。そう語るとただ寂しそうな顔をするだけ。いつしかアリカとの会話も減った。
 あっという間に月日が経ち、今から半年ほど前のことだ。
 外から戻ったアリカは、目を輝かせて私にこう告げた。
「お爺ちゃん! あたし、お金をもらって研究できるよ!」
「心配いらないよ。あのWACKの傘下でAIの研究をしてるとこなんだから」
 WACK♪ WACK♪ WACKにおいで~♪ と戯けて口ずさむCMソングに私は顔を顰めた。
 確かその曲はあの|バカ娘《“ノンノ”》もCMに出て口ずさんでいたものだ。
 サイバーザナドゥの中規模メガコーポ”Wonder Amusement Capture Kingdom”の頭文字で|WACK《ワック》。
 ゲームセンターなどのアミューズメントから遊園地などのエンターテイメント……まぁきな臭い噂もありはするが。
 無論私は止めた。だがアリカは聞きもせずに「守秘義務があるから、会社の寮に入る」と告げて、4ヶ月前に私の前からいなくなった。

 ――最初は週に一度の通信も、途絶えがちになった。
 ――声が聞けても、内容のない物言い。今思えば監視がついていたのかもしれない。

 そして、3日前。
 唐突に「アリカが勤務していた会社の者」を名乗る男が我が家に現れて、アリカの死亡を告げて去っていった。
 遺体はない。
 葬儀も出来ない。
 アリカの連絡先につないでも誰も出ない。
 ……到底納得など出来ない。何がどうしてどうなってアリカは死んでしまったのだ?!
 妻もアリカもいない今、私にはなにもない――。
「WACK♪ WACK♪ WACKにおいで~♪」
 空々しく口ずさみながら、私は手近なWACKの会社へ向かう。私にはアリカの死の真実を知る権利がある。
 ――せめて、アリカの体を返してくれ。


●グリモアベースにて
「この後、スコッチ・クローゼ殿は会社の警備員に突き飛ばされ打ち所悪く死んでしまうのじゃ」
 何時もと違い漆黒のスーツを身につけた久礼・紫草(死草・f02788)は、髭の元の唇をへの字に曲げた。
「果たして本当に“打ち所が悪かった”のかはわからぬわい」
 暗に口封じの可能性も示しつつ、翁は容を持ちあげる。
「無論、此はあくまで予知よ。うぬらが介入すればスコッチ殿の命は助かる。じゃがのぅ、それで別れてしもうては、同じ事を繰り返すだけじゃ」
 失うものもないとヤケになっているこの年頃の男は何かと捨て鉢になると翁は皮肉に喉を鳴らす。
 思い留まらせるには、スコッチが知りたい『孫娘アリカの死の真実』を解きほぐし伝えてやらねばなるまい。
 何より、とここで紫草は区切り、確かめるように見据えてくる。
「儂が予知を視てしもうたということは、|彼奴らめ《オブリビオン》が関わっておる。隠れん坊の上手い奴らを殺す格好の機会とも言えよう」

 腕を組み一息。
 紫草は事件介入への道筋を幾つか説明する。

「まずはスコッチ殿を止め、彼よりアリカ嬢の事を聞き出す――本来ならば1人が抱えきれる事情でもないわい。そなたらが寄り添い真心を尽くせば、心を開き話してくれるじゃろう」
 住居も然程離れていない為、話の持っていき方次第でアリカの部屋を調べることができるかもしれない。

「他にあたれるとすれば“ノンノ”とか言うスコッチ殿の娘かつアリカ嬢の母じゃがのう……直接逢いに行くには骨が折れそうじゃな。何らかの言いくるめや工作が必要であろうよ」
 電脳には縁遠い老猟兵は“ノンノ”のことでわかる情報を書面にて渡す(断章を参照願います)
「なんじゃいのぅ……」
 紫草はぺたぺたと嗄れた己の頬を撫でる。
「|この世界《サイバーザナドゥ》では、化粧が“でんのう”とやらで出来るそうじゃな。がめんの中のみで触れぬらしい」
 珍妙なことよと〆て、翁は大きく息を吐いた。
「まずはスコッチ殿に|逢《お》うてくれ。様々な話を聞けば、自ずと調べる先も決まってこようぞ」
 サイバー・ザナドゥへの道を開き、人生の殆どを戦場で過ごした老兵は目を閉じる。
「儂には妻も子も孫もおらぬ。故に想像するしか叶わぬが……波乱の人生の中で得た孫は宝であったことじゃろう。それが死んだと謂われたのじゃ、心痛は如何ばかりか。どうかスコッチ殿を支え、この事件を解き明かしてやってくれい」


一縷野望
 オープニングをご覧いただきありがとうございます
 サイバー・ザナドゥにて「事件を解き明かす」依頼をお届けします

>プレイング受付、採用人数 他
 10/8(土)から。締め切りは別途広報します
 採用は最大10名までが目安です

 基本は採用は【先着有利】ですが、物語の進み方他で不採用となることもあります
 最初の1~2名を除きオーバーロードの採用を優先します(下記「1章目の序盤の流れ」必読)
 2章目は1章目採用した方が最優先となります
 同行は2名様まで。冒頭に【チーム名】をお願いします

>1章目の序盤の流れ
※フラグメントに囚われず行動いただければと思います!

【1】
 まず「スコッチ氏を宥めて話を聞く」プレイングを最大2名まで採用します
 こちらは極力はやくに返却します
 この選択肢だけは【オーバーロードありなしで採用率は変りません】
 このリプレイの後で調査可能の項目が増えます

※最初の時点での「スコッチ氏」以外のプレイングは、ピンポイントに貫かない限りは採用されにくいです

【2】
 スコッチ氏リプレイ以降は【オーバーロードの方の採用を優先します】

>注意点(重要! 必読願います)
【1】
 自分の意図した結果と違う調査結果が描写されるリプレイとなるのが嫌な方は【冒頭に×】をお願いします。オーバーロードありなし問わず、採用せずに返金します

 このシナリオは「最初から黒幕」が設定されてますし途中で変更されることはありません。またリプレイ返却が少ない時点で「黒幕を完全に当てる」のは不可能です
 ですので「犯人に直接関係ない選択肢」も存在しています
 当方は「犯人ではない」という情報も重要だと考えますし、調査シーンはPC様を最大限尊重し「らしく」描写することに尽力いたします
 ですが「こいつが犯人だ」などに対して「違う」とお返しすること他が発生します。それが嫌な方は【×】をお願いします

【2】
 調査項目が他の方と被ったオーバーロードの方で「別の事を調べ、解決につながる結果を得た」とお返しすることもあります
 それが嫌な方は【冒頭に▲】をお願いします、やはり採用せずに返金します

 以上です。それでは皆様のプレイングを心よりお待ちしております
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第1章 日常 『ある晴れた日に』

POW   :    目についたジャンク屋や酒場を覗いてみる

SPD   :    手製の針金アートや手作り品で露店商の真似事をする

WIZ   :    古びたタウン誌やネット情報駆使して行きたい店を探してみる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


【オープニング補足情報】
>“ノンノ”
 公称21歳の女優
 3年前に頭角を現わしだした若き演技の天才
 円熟した演技力でどのような性格も演じきる
 ドラマやメガコーポのCMにも顔を出す
 リアルに姿を現わすことがないため、ヴァーチャルのみの存在とも噂されている。
 だが、スコッチの娘であり母の葬儀にも現れているため『1年前の時点』では人間の肉体を有していた
 実年齢は37歳。駆け出しアイドルであった18歳でアリカを身ごもり出産している。

以上は転送前に紫草より伝えられます
ヤーガリ・セサル
死者の蘇生は死霊術師の技。しかし電脳のこの世界では、死霊術師の出番はないようで。
魂の安寧を願う僧侶もまあ、居場所がなさそうですが。

行く先はスコッチさんの所です。
まずは食材を買い込んで移動。
ハッキングでまっとうな調査員の身分を偽造。
「実は、私はある保険会社からアリカの調査を依頼されている者です」と偽の経歴を説明。
その上心配している隣人に、家事や話し相手役も頼まれた、と付け加えましょう。アリカの話は無理に聞かず、徐々に会話内で誘導。
家事をしながら、UC:聖宴のベルを使用し、情報収集で先に調べておいた好物を作成。
結局舌を柔らかくするのは、美味しいご飯ですからね。

話を傾聴し、ある程度心を開いてくれたら
「「法と善なるもの全て」にかけてアリカの死の真実を調べぬく」誓いを立て、
彼女のコンピューターなどの調査の許可を頼む。

電脳魔術師のハッキングをご覧あれ。日記やプログラムやなにかは一見消去されてそうですが、正確にデータを消すにはディスクの物理破壊くらいやらないといけないわけで……何かあるといいですねえ。


カルマ・ヴィローシャナ
アドリブ連携お任せ

愛する孫娘の不審な死
それを知ろうとするお爺さんに魔の手
おのれメガコーポ、やはり許す訳にはいかないわね

念の為|光学迷彩を施した遮導《戦闘用ドローン》を飛ばし
周囲に敵の姿が無いか警戒するわ
その上で存在感を出してスコッチさんを引き留める
ドーモ、スコッチ=サン。カルマちゃんだよ!

アッハイ……まあ、そんな怖い顔しないで

アリカちゃん、WAKCの天才プログラマーでしょ
ハッキングした情報を詳らかにして見せる
|お母さん《ノンノ》もだけど、可愛いわよね
や、そういう趣味じゃないよ。そう思っただけ

どういう子だったの、アリカちゃんは?

お孫さんの真実を確かめたいって気持ちは分かるけど
メガコーポに真っ直ぐ向かっちゃ駄目
|社会《シャバ》のルールは通用しないんだから、何されるか分からないわ
――私みたいに

制御用の|T911《電脳刺青》を見せて一言
これが無いと私は破裂しちゃうんだって
だから、こういうことする奴らを許せないから|猟兵《ボランティア》してるの
スコッチさん……あなたの願い、叶えさせてくれないかな?




 蒼い光条がちらつく世界はヤーガリ・セサル(鼠喰らい・f36474)に取っては庭のようなもの。A&Wの出だが、今や左手に魔導書仕込むまでに染まっている。
 サイバーアームを組み仁王立ちする店主の前に並ぶのは、真空パックされた紅色の塊に彩度が高すぎる野菜? の数々。
「お好きなのはとろとろに煮込んだシチュー……と」
 ふむふむと食材を手に取り籠に入れる脇を、バブルガムピンクの鮮やかな髪を靡かせた娘が過ぎていった。
「……あー、やっぱりね。おかしいと思ったわ。ただの警備員に突き飛ばされて死んじゃうなんて」
 カルマ・ヴィローシャナ(波羅破螺都計ヴォイドエクスプロージョン・f36625)は、先に走らせた『遮導』からの通信画像に眉を顰めた。
“たまたま”スコッチ氏自宅そばのWACK支社の警備員がジェノサイドボールの元闘士だった。しかも“たまたま”金属で厳重にコーティングされた箱が配送業者に届けられたまま放置されていた。
 ――軽く突き飛ばしたら運悪く箱に頭をぶつけて死んじゃいましたぁもないもんだ。
 更に更にカルマちゃんは知っている。
 警備員はイカサマ賭博がバレてジェノサイドボールを追われたことを。真実は癒着先のメガコーポが不正を隠す為に全て押しつけてのクビ切り。
 それを|WACK社《別のメガコーポ》が拾ってリサイクル、ああ今日もこの世界は順調に腐敗している。
 愛する孫娘の不審な死、それを知ろうとするお爺さんに魔の手――おのれメガコーポ、やはり許す訳にはいかない。
 肩を怒らせて矍鑠とした足取りの老人を捕捉。にくきゅう加速ブーストで瞬く間に並び、おててにきにぎでカルマは話しかける。
「ドーモ、スコッチ=サン。カルマちゃんだよ!」
 あと3分も歩けば敵のテリトリー、つまりここで止めるのが老人を死亡フラグを折るには必須。
 猫のようにきゅいっと目を閉じスマイル、キトゥンch♪で最初に見せる目一杯の笑顔だ、素通りなんてさせない。
「……なんだ、お前は」
 レトロタイプのご老人は電脳の申し子といった風体のカルマを胡乱げに睨み返した。
「アッハイ……まあ、そんな怖い顔しないで」
 思った以上の敵愾心と警戒心、だが足は止めてくれた。
 カルマは宙の電子映像にアリカのバストアップを浮かべてついっと指でなぞる。
「アリカちゃん、WAKCの天才プログラマーでしょ」
 それぐらいの|情報収集《ハッキング》朝飯前。
 でも逆に食事を済ませて腰を据えて掛からねば分らぬ事がある。WACKの支社にアリカの登録はあったのだが、他のデータがのっぺらぼう。
「!」
 スコッチは板のように目を見開くとカルマへくってかかった。
「アリカを知っているのか! 私の名も知っていたな?! お前は何者だ? あぁ何者でもいい、私の命ぐらいはくれてやる。だから教えてくれ、アリカは何をしていたんだッ」
「ダメよ、命を粗末にしないで! お孫さんの真実を確かめたいって気持ちは分かるけど、メガコーポに真っ直ぐ向かっちゃ駄目。|社会《シャバ》のルールは通用しないんだから、何されるか分からないわ」
 ――私みたいに。
 最後の言葉は唇で丸め、カルマは考えを巡らせる。猟兵だと明かしたものかと唇を舐めたなら、静かで何処か乾いた声が割り入ってきた。
「……その方はとても信頼できる方ですよ。だが調べる方の人です、私と同じく」
 血色の悪い容でおっとりと微笑んで、紙袋を抱えたヤーガリは「これは失礼しました」と頭を下げて名前と身分を名乗る。
「実は私、ある保険会社からアリカさんについての調査を依頼されている者です」
 偽造済みの社員証を見せれば、スコッチはやや落ち着いたようだ。
「……私はアリカに保険なんぞかけてはおらんぞ」
「守秘義務があり受け取り主のお話出来ません、申し訳ありません。ですが、今回のアリカさんの件は不可解な事が多すぎてですね……」
 ちらと沈んだ赤の瞳が綺羅の翡翠へ目配せされる。
「そうなのよ。嫌な話だけど、こういうことはよくあってね。私はそういうメガコーポの悪事を暴いて白日の下に晒しているの」
 ライブストリーマーとしての演技を完全に外し、カルマも真面目な面持ちで頷き話をあわせた。
「はい、私の仕事でもよくお世話になっておりますよ」
「そう、持ちつ持たれつ。私は卑怯に命を握りつぶす奴らが許せないの」
 2人を見比べるスコッチの双眸から疑いがほぼ消えた。
 人嫌いとはいえ、このサイバー・ザナドゥで年を取ったのだ、様々な人間と接してはいる。
 ――派手な娘は、本当のことを言っている。非常に性根が真っ直ぐだ。
 ――もう1人からも、悪意は全く感じない。隠しごとはあろうが人を救いたい者の目をしている。
 ああ、彼らなら吐き出してもいいだろうか、この赦しがたい理不尽を。
「……」
 気が抜けたなら老人の腹がぐぅと鳴く。皺で囲まれた瞳は食材で一杯の紙袋に吸い寄せられた。
「あぁこれですか? 実は先にご自宅に窺ったのですがすれ違ってしまいまして……ご近所の方がスコッチさんを随分と心配されていて、家事や話相手を頼まれたのですよ」
「……材料から察するに、シチューを作るとみたわ」
「はい、当たりです。とろっとろに煮込んでミルクとケチャップで味付けしようかと」
 この世界、ミルクと言っても牛さんが出す訳じゃあない人工物なわけだけど。
「それオイシイ奴ね、私もお手伝いしていいかしら?」
「勿論です。台所をお借りしてよろしいですよね? スコッチさん」
 違った笑い方の2人は、優しく柔らかくも他の選択肢を与えぬ物言いで、クローゼ家の方向へ歩き出した。スコッチはため息をつきつつも安堵の表情で2人を追いかける。


 妻を失い1年、娘が家を出て4ヶ月――集合住宅の中にある老人の住処は、埃っぽい香りに満ちていた。
 リビングのソファには毛布がのっており、そこで寝起きしているのがわかる。
 ゴミを纏めて捨てることは怠らずにいたが、ここ数日はそうもいかずのようで散らかっている。
「カルマちゃん、ゴミ捨ててくるね~」
 明るさを吹き込むように実況中の口調を交え、カルマは窓をあけテキパキとゴミをまとめた。
「台所をお借りしますよ」
 予め切った材料が売っているのは故郷にはない便利さだ。ヤーガリは鍋に材料を入れ、素早く煮込みに入る。

 ――もー、おじーちゃんお布団干しちゃうよ!
 ――待ってて、今日はお婆ちゃん印のシチューだよ★

「アリカ……」
 2度ともたらされぬと諦めていた賑やかさに胸が突き動かされる。
 スコッチ老は一番最初にカルマが拭き上げたガラステーブルに突っ伏し、声を殺し泣いた。

 ――結局舌を柔らかくするのは、美味しい食事だ。
 腹が満ちるにつれ、スコッチ老人はぽつりぽつりと今日に到るまでの話を零す。
 ヤーガリもカルマもまずは相槌に留めスコッチの話の傾聴に徹した。
 スコッチ、妻エリス、孫のアリカ。
 妻と孫は明朗な性格が良く似ており、特にエリスは相手の望む人生をと支援するタイプ。それはスコッチの「幸せな人生はこうあるべきだ」と型にはめがちな考えと時にぶつかりあいながら、バランスのよい家族を形成していたようだ。
(「成程……だから“ノンノ”は母親のエリスさんとはずっと連絡を取っていたわけですね」)
 その連絡方法でアリカは芸能人の“ノンノ”にコンタクトを取り逢いに行った。ツテが生きていれば猟兵達も利用できる筈だと、ヤーガリは算段する。
「そう……2人暮らしになってからは、アリカさんと支え合って過ごしてたのね」
「ああ、なのに、なのに……何故家を出てあんな仕事についてしまったんだ。ゲームセンターで知り合った奴から紹介されたなどと……!」
「ゲームセンター? アリカさんはどんなゲームが好きだったの?」
 徒歩圏内にWACK系列の小規模なゲームセンター『spirit spark!』があるのは調査済み。カルマは速攻でゲームセンターの監視カメラや顧客管理リストにハッキングをかける。
「なんじゃ、電脳空間で殴り合う奴だ。まったく……女の子だというのに……!」
 くどくどとしたお説教を聞き流しつつ、カルマはゲームを特定、ハイスコアネームからアリカとよく対戦していた数名をピックアップする。
「誘ったのは男性ですか女性ですか? アリカさんは随分と聡明な方とお見受けします。流石にいかがわしい者の誘いにはのらないのでは……」
 ヤーガリの問いかけに、スコッチは眉ねをつまみ忌々しげにこう告げた。
「アリカはいつものようにややっこしい電脳だかの話をしおってな……あぁそういうのが通じるとものすごく喜んでいた。若い男だが、その……色恋沙汰には繋がらなかったようで……」
 若い娘だからそういう話が合った方が良いはずだが、いつまでも嫁に行かずにいて欲しいなどという、頑固親父のテンプレートなぼやきをヤーガリはにこにこと聞いた。
 その隣では、カルマがアリカを誘った相手を特定する。
 ――スコアネームは『テーズ』
 ざらついた監視カメラの映像には、緑髪に白衣の痩せた青年がそのスコアネームを打ち込む様子が映っている。
「そうじゃ! あっちの男を問い詰めれば真相がわかるかもしれん!」
 興奮し血管を浮き立たさせるスコッチ老を、まぁまぁとヤーガリが座らせた。
 カルマはゲームセンターへの介入を切ると、すんなりとした腕を目の前に晒す。
「さっきも言った通り、|社会《シャバ》のルールは通用しないんだから、何されるか分からないわ――私みたいに」
 電脳刺青はカルマを蝕むが同時に体液を骸の海と置換された彼女の生命線だ。
「これが無いと私は破裂しちゃうんだって……スコッチさんには、そんな目に遭って欲しくないの。アリカさんだって、絶対に望んでない筈よ」
 ごくりと喉を鳴らし、怯えが顔に広がった。直後、己の無力さに顔を覆うスコッチへ、今まで傾聴に徹していたヤーガリは一言。
「『法と善なるもの全て』にかけて……」
 と。
 スコッチの双眸には、貶められながらも決して清浄さを失わぬ|ヤーガリ《神に使えし者》の姿が刻まれる。
 濁り色の眼差しに善への尽力と自己犠牲を灯し、ヤーガリは再び唇を動かす。
「『法と善なるもの全て』にかけて、私は「アリカの死の真実を調べぬく」ことを誓います」
「……私は猟兵である自身に誓うわ。こういうことする奴らを許せないもの」
 カルマの|猟兵《ボランティア》も、ヤーガリの自己犠牲も本質は同じだ――力なく踏みにじられるのを見過ごさない、真実をあらたかに。
「だから、スコッチさん……あなたの願い、叶えさせてくれないかな?」
「お願いです。アリカさんのコンピューターの調査の許可をいただけませんか?」
 掌を剥がし顔をあげたスコッチは確りと頷き立ち上がった。
「こちらです、ああどうかアリカの死を解き明かし、できれば遺体を我が元に返してください。全て、あなたたちを信じ託します」


 アリカの部屋は、デスクトップコンピューターを中心に様々なコードが張り巡らされていた。
 格闘ゲームのフィギュアが飾られていたりの本棚の下にはベッド。こちらは女性らしいふんわりとした色使いをしている。
「さてさて、電脳魔術師のハッキングをご覧あれ……」
 左手の電子魔導書のページがばらばらとめくれる様を、カルマはへぇと楽しげに見つめる。
「|こっち《電脳》がイケる人だとは思わなかったわ」
 深いところはヤーガリに任せ、カルマは表層を探る。
「う~ん……っと、やっぱりね。侵入経路は消されてるけどデータ破壊の介入はされてる」
 洗ったように真っ白にされている違和感に唇を曲げる。
「まぁでもここに乗り込んで物理的破壊をされなかったのは幸いですよ……あぁ、サポートありがたいです」
 ヤーガリとカルマの力業に近い電脳操作にて、幾つかの情報がサルベージされた――。

===========
【取得情報】
・アリカの祖母が娘“ノンノ”に連絡していたシークレットのメールアドレス
(アリカもこのアドレスから半年ほど前に“ノンノ”に逢いに行ったようだ。何度かやりとりをした形跡がある)

・『|AI社《アコースティック・インテリジェンス》』という単語を取得。WACK系列に該当会社名義1件あり。
(社長のエイジア・ハフスマンは別のコーポレイションから4年前にヘッドハンティングされてWACK社へ。すぐにAI社の社長となる)
===========

 まずはこんな所だろうかと2人は一息ついた。
 ようやくとっかかりが顔を出した――仲間と分担し、調査を進めよう。


===========
【マスターより:以後の調査項目】
 2人の猟兵が頑張って調査してくれた為、全ての選択肢が開示されました
 全て調べ尽くさなくてもストーリーは進みますが、網羅するとよりよいエンディングを勝ち取れるでしょう

※1項目2名までの予定。採用確定した項目は随時タグでお知らせします
※採用人数はここから更に10名まで
※オーバーロードの採用を優先します
※以降のリプレイはややスローペースでの納品となります


【1】ゲームセンター『spirit spark!』へ行き『テーズ』と接触する

【2】アリカの祖母のツテを使い“ノンノ”へ接触する

【3】AI社へ向かう
(この章で社長には会えません。しかし上手く振る舞えば会社の人間から話が聞けるかもしれません)

【4】出て来た単語から様々な噂話や情報を集める
(別視点からの情報が得られるかもしれません)

【5】更に老人から話を聞く、アリカの部屋・パソコンを更に調べる

【6】その他。【5】までの選択肢以外の行動
(オープニングやこれまでのリプレイから、やってみたいことや調べてみたいことをどうぞ。思わぬ所から情報が出るかもしれません)

以上です
それでは皆様のプレイングをお待ちしております

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​


***
【リプレイ追加情報】
アリカの日記のほんの一部ではあるがサルベージに成功

「|“ノンノ”《ママ》は、お爺ちゃんそっくり。さすが親子だって思った」
リューイン・ランサード
【5】

この世界ってすごくサツバツとしてますよね<汗>。
でも真面目に頑張っている人が報われなくて、悪党が笑っているのは嫌なので頑張ります。

スコッチさんに礼儀正しく挨拶し、既に来た猟兵さんと同じくアリカさんの死の真実を頑張って調査しますと約束。
スコッチさんの許可を得てUC:式神具現を使い、第六感・失せ物探しと併せてアリカさんの部屋を隅々まで調べます。
URLやパスワードとか書いた紙などのような手掛かりが見つかると良いなあ(PCについては一般人レベル)。

そしてアリカさんやエリスさんについて、ちょっとした日々のエピソード中心に話を聞きます。
情報よりも『どのように生きてきたか』を知りたいと思いましたので。




 |ここ《サイバーザナドゥ》はサツバツとした世界だ。そんな中で彼らのような家族が悪党に踏みにじられるのは嫌だ。
 その義憤を内に秘めるリューイン・ランサード(波濤踏破せし若龍でもヘタレ・f13950)からの「アリカの死亡調査の申し出」をスコッチは微塵も疑わず家にあげる。

 リビングに入りすぐに写真立てに興味が向く。
 紙ではない電子データに映るのは、髪を右に流し纏めたにこやかな老婦人と甘えるように頭を寄せる眼鏡の少女だ。
「近くで見てもいいですか?」
「ああ、これは5年前に撮った写真だな」
 少女の髪と顔立ちは老婦人譲り、そこに理知的な眼差しを足した感じだ。
「アリカは昔から賢い子だった。嫁のもらい手がくなるんじゃないかと思うぐらいにな」
 スコッチが話し始めたので写真立てを持ったままソファに戻る。そのソファは年数浅めでとても座り心地が良い。
「その度にエリスは……妻は『本人がやりたい事を応援するべきよ』と言いおった。だから娘も家を出て行ったんだろうよ」
 履き捨てが似合いそうな台詞だが何処か慈愛に満ちている。
「とても仲が良いご家族だったのですね。そしてアリカさんのお母さんも、お互いに常に気にかけてらした」
「あんな我儘娘、もう数十年口も聞いていないから声すら忘れたわ」
 だがソファをはじめとした調度品は上質なもので。
(「女優のお母さんからのプレゼント、ですよね。ちゃんと使われてるし、悪いばかりの関係じゃなかったんじゃないでしょうか……」)
 折角だからもっとアリカの事を聞きたい。
 そう、水を向け語られた内容は妻を亡くした時の事に偏りがちで、如何にこの男が妻の死を嘆いたかわかろうもの。
 彼は、恥じ入るようにアリカに常に励まされていたと締めくくった。
 そのエピソードは空回りしつつも祖父を心配する孫と、不器用故に素直に喜べずとも孫を心の支えとしていた老人の姿を裏付ける。
「アリカさんは、優しいお孫さんだったんですね」
 笑みかけてから、ふぅっとリューインは違和感を抱いた。
 そんな孫娘が、何故家を離れて祖父を孤独に陥らせてしまったのか?
 推測ではあるが――。
 ひとつ、会社から戻れず監視がつくとは思っていなかった。
 ふたつ、祖父をひとりにしてでもAI社で得たいものがあった。
(「優しいお孫さんが、意気消沈するお爺さまより優先することってなんでしょう……」)
 ――もしかしたら“将来的に祖父の大きな励みとなるもの”ではなかろうか?
 例えば……亡くなった人を蘇らせる技術、とか?
 夢物語のような予想は、この後部屋で発見した“日記”を読めぱあながち外れていないのではとも思わせる。

「愛する人とは永遠に一緒にいたい、いなくなって欲しくない」
「あたしはお婆ちゃんに逢いたい。でも日記から人格をトレースして再現しても、それはお婆ちゃんじゃない……ただAIがお婆ちゃんのフリをしてるだけ」
「――だから、生きてる内になんとかしないと」

大成功 🔵​🔵​🔵​

涼風・穹
【5】
取り合えず身分は探偵でとある筋からの依頼でノンノを調べている
その過程で娘について知った
詳細は守秘義務で話せないが、娘についての指示は受けていないし有益な情報があれば此方も分かった事を伝える…という体でスコッチ氏に接触します
婆様や娘、孫について話を振ってみます
ついでにアリカの父親についても聞けるなら聞いておきます
不義の子でも父親についてDNA鑑定なりで調べようとはしただろうしな
まあ愚痴を聞かされるだけかもしれませんがそれはそれで
何が糸口になるかなんて分からないしな
それにこの堅物爺様の話は主観に満ち過ぎていて余り参考にはならないかもしれないけど、この爺様も関係者には違いないしどこかから念のためにと消される可能性も否定は出来ないしな
……放っておいて爺様自身に妙な暴発をされても問題だというのもあるけどな…

ついでに余裕があればアリカの部屋と、スコッチ氏の家宅を調べておきます
対象を監視するならパソコンへのハッキングやバックドアだけじゃなく、盗聴器や監視カメラの類を仕掛けていないとも限らないしな




「さて、と」
 涼風・穹(人間の探索者・f02404)はスカーレット・タイフーン・エクセレントガンマを横付けすると、スコッチ宅のインターフォンを押した。

「探偵? あんたは猟兵の人らとは別口なのか」
 名刺と若者の顔を見比べてスコッチは片眉を持ち上げた。
「守秘義務で詳しくは話せませんが……協力態勢を取る可能性は高いですね」
 胡乱げな眼差しを前に礼儀を正し丁寧な口調を心がける。
「ここがノンノさんの生家で、つい最近に彼女の娘さんが亡くなられたと聞き及んでます……この度はご愁傷様でした」
 未だ玄関からあげられないことに穹はもう一押し必要かと悟る。
「依頼主の事は話せません。ただ孫娘を亡くしたあなたの事を心配されていましたよ、スコッチさんに何かあれば力になるようにも言われてます」
「“ノンノ”を、ミリアの事を疑う誰かがか?」
「ミリアさん、というのが“ノンノ”の本名なのですね」
 実は既に仲間と共に“ノンノ”の過去は洗ったが痕跡は綺麗に消され出てこなかったから、この情報は有益だ。
(「やはり直接聞くのが正解だったな」)
 エリスのメールアドレスから“ノンノ”に接触を試みるメンバーへ早速の土産ができた。
「ミリアさんの事をお聞かせ願えませんか? どのようなお嬢さんだったのか、アイドルの夢を追いかけて家を出られる前からを窺いたいのです」
 苦虫を噛みつぶしたような顔をされたので、穹はわざとばつが悪そうに俯いた。
「思い出したくもないことでしょうか……けれど、恐らくはあなたを護る為に必要な事だと……」
「――ミリアを疑っているのか」
 画然とした物言いは怒りで尖る。
 その時点で、スコッチが娘ミリアのことを本心では憎んでいないのだとわかる。
「どうでしょうか。依頼主からは調べるように言われました。そして俺自身は疑いも信頼もしていません。何故ならミリアさんの事は何一つ知らないからです」
 慎重に言葉を選び穹はスコッチを見据える。
「ただお孫さんが亡くなられて終わりとはあなたも思ってはいないでしょう? アリカさんについては有益な情報があればあなたにお話をします。ミリアさんのことを教えてはいただけないですか?」
 スコッチは嘆息を漏らすと顎を持ちあげ穹を室内へと誘った。

 穹の腰掛ける前に無造作に置かれたのは驚くことに紙製のアルバムであった。
「電子データなんぞ弄り方もわからん。だから高くついたが現像してもらったんだ」
 許可をもらい手に取ったアルバムは長く開かれていないからかビニルが張り付き開けるのに一苦労した。
 1ページ目。色が抜けた写真は、病院のベッドに寝かされた赤子。几帳面な文字のメモが添えられている。
 誕生日は38年前、時刻まで几帳面に記されている。
「…………妻は当時生死の境を彷徨っておった。ミリアは難産でな」
「!」
 息を飲む穹へ、スコッチは少し口元を緩める。
「二度と子供は産めなくなったが、幸いにも一命を取り留めつい最近まで生きてくれたよ」
 泣くのを隠す為、スコッチはくしゃりと顔を顰める。
「……だから、ミリアさんがお子さんを身ごもられた時に、産むようにと仰ったんですね」
「ああ。私も妻も宿った命を殺すなど、到底認められなかった」
 ぱたり、ぱたり。
 アルバムを繰る度に、赤子は少女となり、やがて美しい女と至る。姿は一目で“ノンノ”とはわからぬぐらいには別人だ。
「あれもこれもと身体をすげ替えおって、もう産まれながらのものなぞ残っておらんわ」
 吐き捨てる声は娘へではなく、娘を狂わせた芸能界への憎しみに満ちている。
 安定した|人生《幸せ》を求めたが、当の娘は反発し憧れた世界へ飛び出してしまった。それを未だに悔やんでいるのだろう。
「ミリアは母親の涙を見て産むことを承諾したが、アリカを産み捨てるようにして家を出て行きおったわ! 何がいいのだ、あんな穢い世界!」
 そこに至る愚痴に耳を傾けながらも、ミリアが“ノンノ”になりたかった気持ちも穹は察する。
 この父親スコッチは、余りに価値観に幅がなさ過ぎる。これは息苦しい。
(「“ノンノ”の役者としての多才さを見れば、父親と折り合えなかったのがわかるな……」)
 ミリアは両親の望む“幸せ”に収まれる性質ではなかったのだ。
 顔を合わせれば「家に戻れ、結婚しマトモな人生を歩め」しか言わない父と疎遠になるのは致し方ないこと。
 だがスコッチ曰わくの“産み捨てた”|娘《アリカ》への思い入れがあったのは贈り物を重ねたことから確かだ。
 物を贈ることでしか愛情を示せなかった不器用さ、和解に言葉を尽くさぬ頑固さは、父娘双方そっくりだ。
(「残されたのが価値観の噛み合わない父親と娘だけってのが皮肉な話だな」)
 堅物な爺様の愚痴に辛抱強くつきあいながら、穹はじわじわと紙縒りをより合わせるように確信へと近づいていく。
「……アリカさんの父親をご存じで?」
 DNA鑑定ぐらいはしたのではなかろうかという穹の予想は見事に潰えた。
「当時つきあっておった青二才が相手だとか」
 苛つくように己の髪を掴み老人は吐き捨てる。
 ……別れようとしたミリアに逆上し、無理矢理に“為した”
 …………だから|ミリア《ノンノ》は堕胎し“なかったこと”にしたいと嘆いた。
「真面目に働くこともせず、いつか会社を興すなどと絵空事を吐くような男に逃げられて……それでもしがみつきたいのか、|あんな場所《芸能界》に。役者がなんぼのものだ、親からもらった身体を取り替えてまで……」
 ここまで拗らせてしまった父親の愛をかけ直してやれる方策は残念ながら浮かばない。
 が。
「……俺は、話を聞いて思ったよ。“ノンノ”……いいや、ミリアは悪側ではなさそうだってな。爺様と似て頑固で仕事には真っ直ぐ、そして家族思いだ」
 身体を綺麗に付け替えた所で|中身《演技》が伴わないのなら“ノンノ”という絶対的な魅力を放つ役者たり得ない。
「何を言う、あんな娘ッ!」
 愚痴がいつしか娘を憂い想う言葉になった老人へ苦笑すると、穹は家宅の捜査を請うた。
 先の猟兵から「命を狙われている」と示唆されていたスコッチは、目の前でならと許可を出す。
「ああ、やましいことは何もしない、しっかりと見ててくれよ」
 まずは目立つところでの隠しカメラや盗聴器を探す。
「最近、家の中に他人を入れたかい?」
「最近……?」
「猟兵は数えなくていい。そうだな、アリカさんがWACKに行ってからでもいい」
「半年ほど前に電脳機器の点検はあったが……」
 通信機器の傍で作業をしていたと聞き穹が穹調べたら、案の定“余計な物”がついていた。
「ネットワークを通じてこの家の状況は筒抜け……つまり敵サンは猟兵が乗り込んできたのも把握済みってことか」
 だが悲観することは全くない。敵がスコッチを消す前に猟兵が介入できている。現状は最良のルートを辿っている。
 穹はくまなく家捜しをしつつ、端末で仲間へ情報を共有した――。
「……俺はしばらくこの家で爺様の護衛にあたる。あとは“ノンノ”の本名がわかった。ミリア・クローゼ、実年齢は38歳ぐらいだ」
 ――調査が更に進んだら、改めて猟兵がこの老人を連れるか護衛につく必要があるかもしれない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夕鶴・朔夜
世界は腐敗しているね
なんとも落ち着くことだ(くすくす)

アリカが何を試みたのかだよね
死者の蘇生か、愛する人との永遠あたりかな

【2】
エリスのアドレスからアクセス
ノンノにメール

初めまして
過去に何度かエリスさんにお世話になった者で、アリカさんの知り合いです
突然重い話で申し訳ありませんが、アリカさんが亡くなりました
スコッチさんが傷心状態で身辺整頓を僕を含めた知り合いに頼んでいる状態なので代わりにお知らせします
突然の事で動揺されたと思いますし…とても大変な生活を送られてると思います
個人的には僕はあなたの力になりたいと思いました。お目通り願えませんか

優しく愚かな青年を演じ
お金の融通くらいならしてもいい
お返事貰えたら苦労話とか耳を傾ける
アリカさんの生前の情報とかはお部屋の中を調べた感じでそれらしく答え
死因は分からないから知りたいと答え
何か知らないか探りを入れ
どんな再会になったかは聞いていきたい

ド屑相手なら笑いを堪えつつ演技に集中
素直じゃない苦労人なら願いを叶えよう
アリカはノンノに何を言われたんだろうね


文月・統哉
【2】

■事前調査
若き演技の天才ノンノ
そこへ至る為に彼女はどれ程の犠牲を払ったのだろう
全てを経験とし演技力へと昇華したのなら、成程彼女の力は本物だ
もしそうなら、WACKはノンノという商品を手放したくはないだろう
例え肉体が限界を迎えても

アリカは『生きてる内に何とかしたい』と言っていた
その研究も身体の在処も無関係とは思えなくて

芸能事務所や芸能情報サイトを【ハッキング・情報収集】
ノンノの体調に関する事や
ノンノになる前の事を調べておく

似た者親子か
距離を置くのもまた愛情だったのかもしれない
そう思う程にこの世界は…

■ノンノへ接触
スーツ姿でスコッチ氏の代理人として接触
ノンノのリアルな肉体状態を確認しつつ
丁寧に挨拶して話を進める

アリカさんの死を告げられて
スコッチさんはとてもショックを受けています
残された肉親はもう貴女だけ
彼に会って下さいませんか?

『メガコーポ式交渉術』で【演技】の仮面を剥がして
隠した心の奥を【読心術・コミュ力】で【見切り】ながら
なるべく優しく穏やかに【情報収集】を行いたい

※アドリブ連携歓迎




「似た者親子か。距離を置くのもまた愛情だったのかもしれない。そう思う程にこの世界は……」
 文月・統哉(着ぐるみ探偵・f08510)の台詞を継いだのは、同じく“ノンノ”への接触を望む夕鶴・朔夜(嘘の箱庭・f34017)である。
「世界は腐敗しているね」
 ――なんとも落ち着くことだ、という続きは唇の内側だけで転がして朔夜はアリカの端末を立ち上げた。
「さてさて……『初めまして。過去に何度かエリスさんにお世話になった者で、アリカさんの知り合いです。突然重い話で申し訳ありませんが、アリカさんが亡くなりました……』と」
 必要とは言え、メールには澱みのない嘘が並ぶ。
 躊躇いなく嘘をつき矛盾は即座に辻褄合わせ、朔夜がよく取る手段だ。
 一方の統哉は携帯端末に触れ、現在閲覧できる“ノンノ”の情報を浚いあげる。

“若き演技の天才“ノンノ”

 統哉が引き出した情報はまさにそんな見出しのオンパレード。不意に、別の画面から心弾むメロディが流れ出す。
『WAKC! DreamTime!』
 3年前の“ノンノ”がデビューしたCMだ。
 目元がバグって見えない処理を施された娘が破顔の口元で手を振る。隠された瞳に視聴者は当時様々な幻想を見た。
“絶世の美少女に違いない”
“いいや整形美人だろう”
“瞳が不細工だったりして”……エトセトラ。
 憶測で飾り立てられた女は、数ヶ月後にある有名俳優の相手役に抜擢される。
「“ノンノ”、15歳差俳優の相手役として堂々たる演技を魅せる……か」
 絶賛文句は皆「新人とは思えぬ」という驚嘆に満ちていた。その評価は“ノンノ”が38歳全ての人生経験を全て演技力へと昇華したように思えた。
(「アリカは『生きてる内に何とかしたい』と残していた」)
 祖母の死を嘆いた上でこの物言いが該当するとしたら、祖父のスコッチと母親の“ノンノ”だ。
「体調不良の情報はなし、か。ただここ3ヶ月は、共演者ありの露出がほぼなくなっているのが引っかかるな」
 生放送でない限りはこう言ったものは事前に撮りだめてから放送される、実際はもっと前から人前に出られぬ状況に陥っている可能性もありえる。
 統哉の呟きに、脇から朔夜が虚空に浮かぶ電脳画面を覗き込んできた。
「色々怪しいって顔をしているね」
 斜め下では小さな3Dの“ノンノ”がくるりくるりと踊りながら風邪薬のCMソングにあわせて身体を揺らす。
「最近の露出の減り方で体調を気にする記事がでてもおかしくないが皆無だ。事務所へもハッキングをかけたが……ダメだ、出てこないな」
 体調不良は事実無根なのか、或いは“おいそれとは見せられない事実”なのか。
「ふむふむ……確かに。ここ3ヶ月は“ヴァーチャルキャラ”でも出来そうな中継や単独撮影で済むような仕事ばかりだね。これは実際に逢って確かめるのがよさそうだ」
 そんな時、2人の端末が同時に着信を告げた。
「……穹からだ。ああ、これは助かるな」
 統哉の硬い表情がほぐれる。

『“ノンノ”の本名はミリア・クローゼ。実年齢は38歳。スコッチ氏より許可をいただいたので、若い頃の画像データも添付した。参考にしてくれ』

 ――結果から記す。
 統哉と朔夜の2人掛かりで検索したにもかかわらず『ミリア』が芸能活動をしていた痕跡は、何一つ見つけられなかった。
 彼女がアイドルに憧れて家出をしたのは20年近く昔のことだ。電脳の海に|一度《ひとたび》書かれた情報はそうそう簡単には消せないものなのだが……。
「これは……」
「逆にとっても怪しいね。“ない”ということが却って饒舌に真実を語ってる」
 冷ややかな朔夜の声に、統哉も完全に同意だと深く頷いた。
「ここまで執拗に痕跡を消去できるのは“ノンノ”本人か事務所だろうな。ここから先は本人に逢って確認したい」
「OKOK。じゃあ、お逢いする手はずを整えようではないか」
 芝居がかった口ぶりで、朔夜はぽんっとキーを押す。エリスと“ノンノ”のホットラインにメールが送信された。

 ――さて、接触までの幾つかのやりとりはあったが、朔夜は難なくこなしたので割愛させていただき、ここからは実際の邂逅を記すとする。


 指定されたホテルの一室は、電脳装飾が空中に張り巡らされていた。朔夜が踏み行った騙し空間の先で、若い見目の女がソファから立ち上がる。
「よく来て下さったわね」
(「本当の姿を見せる気はないようだね。まぁそれもそうか」)
 警戒しない方がおかしい。
 つまりだ、どんな方法でもいい“警戒をひっぺ剥がして”統哉へと引き継ぐのが自分の役目。
(「これは、僕と彼女の演技勝負だな」)
 朔夜は自分の中でも一番柔らかな声音で用意した身分を名乗り続けた。
「……エリスさん、そしてなによりアリカさんには本当によくして頂きました。仕事を失った私が立て直せたのは全てあなたのお母様とお嬢さんのお陰です」
 朔夜はかき集めたエリスとアリカの情報から、ありもしない感動のエピソードを鼻を啜りながら並べ立てる。
「“ノンノ”さんはアリカさんが亡くなったとご存じだったのでしょうか? 随分と落ち着いてらして……」
「冷血女に見えるかしら?」
「……いいえ」
 朔夜は掌を翳し電脳画面に触れ、かきわけるようにな仕草で進みでた。
「声が湿って震えていらっしゃる。努めて冷静に振る舞い、私から色々聞き出そうとされているのかなと」
 失礼でしょうかと俯くも歩みは止めない。嘆息の息が掛かるすぐ傍まで近づけば、甘く爽やかな香水が薫った。香りこそ若いが濃度が高い、何かを必死に隠すように。
「ねぇ、本当にアリカは死んだの?」
「遺体は未だスコッチさんの元に戻っておりません」
 一拍おいて、朔夜は大きな賭けに出る。

「――私は、アリカさんを愛しています」

 同じ年の頃の娘に“なにやら事業に手を出している”男が懸想を抱いている――20年前のあなたと同じだ。さぁ、どうでる?
「……ッ!」
 立ち上がった“ノンノ”は若い娘が出来る筈もない焦燥と娘へ寄せる心配を滲ませた。
「愛しているんです……こんな形でお母様に逢うことになるだなんて…………」
 すぅと涙を頬に伝わせる朔夜は腹の中では賭けに勝ったと大笑い。
 間違いない。“ノンノ”には母親としての情がある。娘が騙されやしないかと必死に目の前の男を見極めようとしているのだ。
 その母親は、ほんの少し歩いただけで息があがっている。体調はすこぶる悪い様子。
 ……そんな母親は、アリカに本当の姿をさらしたのだろうか? そうしてなんと言ったのか……??
 知りたい、知りたい、嗚呼知りたい!
「……アリカさんは、あなたをとても心配していました」
「あなたはアリカとどこまでの関係なの?」

 ――ここまで揺さぶり“母親”を引きずり出せたなら充分だろう。

「片想いですよ、ははは……ああ失礼」
“ノンノ”の手を取りソファへと座らせてから入り口を示す。
「もう1人逢いたい者がいるとお伝えしたでしょう? 私の親友で医者の卵です。どうか鍵をあけてはいただけませんか? アリカさんからあなたの健康状態の相談を受けていたんですよ」
「……」
 女は観念したように指で弾く動作をする。するとキーの外れる音が響き、直後ドアが開き統哉が入って来た。
 医者を演じることも打ち合わせ済みだし、中のやりとりも把握している。
「はじめまして。俺はスコッチさんから正式に代理人を頼まれました、文月統哉と言います」
 礼儀正しい挨拶の後で、断わりを入れ“ノンノ”の手を取った。見目は健康的な若い娘、だが握った腕はまるで枯れ木だ。
「どうか電脳を解いて診せてはいただけないでしょうか」
 だが“ノンノ”は“ノンノ”の儘でこう返す。
「……もう覚悟は出来ているの。アリカにもそう言ったわ、だからAI社に関わるのは止めなさいって」
 やはりAI社には裏があるとこの女は知っていたのだ。
「そんな頭ごなしな言い方をしたら逆らうに決まっています。子供とはそういうものですよ」
 自分の言葉に気色ばむ女に朔夜は小さく苦笑を漏らす。ああ成程、アリカが“そっくり”と言ったところはこういう点か。
 相手に良かれと思ったら、自分の考えに従わせようとする。
(「相手が子供だから、と。愛情の深さも含めて、スコッチとミリアは親として同じ行動をしているんだ」)
 統哉もまた理解を深めていた。
「アリカさんの死を告げられてスコッチさんはとてもショックを受けています」
“ノンノ”という母親のパーソナリティは大凡把握できた。なので統哉は打ってでることにする。
「残された肉親はもう貴女だけ、彼に会って下さいませんか?」
 流れとしては非常に真っ当な“要求”だ、内容の理解は出来る筈。さて、この“要求”を彼女は受けるか受けないか。
「父はそんなに消沈しているの?」
「はい。自棄になりそうな所を、信頼できる者がついて留めている状態です」
「…………」
 ユーベルコードの臭いを気取り朔夜は口を挟まず状況を見守った。
「父さん……」
「逢って下さいますか?」
「ダメよ。私が逢いに行ったって気を荒立てるだけよ」
 刹那、この女の中から『冷静な判断力』が失われる。
「ああ、アリカ、莫迦な子。だから止めなさいと言ったのに!」
 ――この女は、もう“言って良いことと黙らなければいけないこと”の判断がつかない。

「AI社の社長は悪魔。私を売り込む代わりに、ありとあらゆる若さを保つ薬を投与するような奴なんだから……!」

 だから、隠し通そうとしていた決定的な言葉をこんなに容易く吐いてしまう!
 急速に高まる緊張感に統哉は息を飲み、朔夜は胸を躍らせた。
「ミリアさん、医者には掛かっているんですか?」
「薬の投与と同時に健康診断を受けてるわ。でも、どんどん私の身体がおかしくなっているって事ぐらいわかってる!」
「ならばどうして! ……失礼しました。何故あなたはそのような非人道的な人体実験を受け入れ続けるのですか?」
 此方まで判断力を失ってはならない、事件解決後は速やかに正しい医療につなげるのだ――と、己を律し統哉は話し続ける。
「そんなの決まってるじゃないの! 私を“ノンノ”にしてくれるからよッ! 長年の夢だったのよ、女優として成功することが! それに全てを賭けてきたんだから!」
「……」
 統哉は瞳を見開き押し黙った。
(「判断力のない子供ならまだしも、分別のついた四十前の女性の言葉とは思えない」)
 幾ら冷静ではなないとはいえ、なんと幼い思考回路だろう。
「……それは家族より大切な夢だったんですか?」
「あなたも娘を捨てた人でなしとでも言いたいの? パパみたいに。話にならないわ、出て行ってッ」
 怒りの儘に統哉の腕をつかんで立たせようとするが、逆にふらりと蹌踉け抱き留められた。
「私は自己中心的な最低の人間よ……よく言われたからわかってるわ。でもアリカを愛してるの……どうして死んじゃったのよ、順番が逆じゃないの……アリカぁああ……ッ」
 感情の高ぶりで一瞬ちらつく電脳の向こう側、痩せこけ老婆のような女が息子程年の離れた統哉の腕にしがみついて泣きじゃくる。
「アリカ……アリカぁああ、嘘よ……死んでしまったなんて嘘だわぁああああッ!!!」
「…………」
 この涙は演技ではない。
 娘の死が漸く実感を伴って女に襲いかかったのだ。益体もなく感情の赴くままの号泣を前に、2人の猟兵は妙な納得感を憶えていた。
 この女は、幼さ故に愚直なまでに夢と描いた“ノンノ”になれた。感情も豊かだからこそ、ありとあらゆる状況に置かれた人間を演じきれたのだ。
 むしろ、一般から著しくかけ離れた未熟な精神構造は、天才である代償なのかもしれない。
「……ミリアさん。あなたは娘さんを、ご家族を愛されているのですね。傷つけるような質問をして本当に申し訳なかったです」
 一方統哉は優しく背中をさすり真摯な謝罪を口にする。
(「精神構造が子供であるが故に、自身の命を擲つ深刻さに気づけなかったのか」)
 アリカを身ごもった際の「堕胎してなかったことにしたい」も、悪辣な身勝手さというよりは重大な選択に耐えきれなかったのだろう。
 当然のことながら親になる責任も持てず、母のエリスは全てを理解した上で好きにさせ、父のスコッチは子供じみた娘が心配で極端に縛り手元に置こうとしたのだろう。
(「娘のアリカは頭がいい、そしてミリアも“ノンノ”という実力のある女優となれる程だからてっきり……」)
 もはや答えは明白かもしれぬが、統哉は落ち着いた彼女へ『アリカを生む前に芸能界にいた痕跡を消したか?』も確認する。
「いいえ。何故そんなことをしなくてはいけないの? もう昔とは全然顔は違うのよ」
 童女のように逆に問われ、統哉は頷きを返すのみであった。


 帰路、統哉の横顔には深い疲労感が滲む。
「泣かせてしまったことを落ち込んでるのかな? けれどあの確認は必要だったよ」
 統哉は終始心遣いを忘れずに話しているように見えたと朔夜はフォローを入れる。
「ああ、必要なことだった。けれど子供を泣かせたような後味の悪さは中々に胸にくるな。だが、切り替えないとな」
 ――あの後、アリカとの会話ま内容も確認した。もはや仮面の禿げた“ノンノ”は素直に応じてくれた、くれたのだが……。
「理由を話さずAI社に入るのはやめろの一点張りじゃ、アリカも聞きわけはしないよ。ましてや母親の健康状態がああだとねぇ」
 母親が駄々っ子で娘の方が宥める大人なのは火を見るより明らか、朔夜はあの場で出来なかった肩竦めを存分にしてみせる。
「……むしろ母親がAI社に脅されていると考えて、内部から調べるのも兼ねて入社した可能性までありそうだな」
 アリカの利発さがより浮き彫りになる。
「そしてAI社が“昔のミリア”を知っていて、痕跡を消去した可能性は高い」
「やはり解せない所だね。“ノンノ”とミリアの外見は全く違う。消すことで知っている人間からは却って痕跡が目立つまであるのにね」
「若返りの研究の有無も仲間に調べてはもらいたい所だが……ミリアは騙されているとしか思えない。緩やかに毒を盛られているように感じたんだ」
 統哉の第六感がそう告げている。
「ふぅむ。だとしたら――ミリア・クローゼを殺したい人がAI社の中にいるのかもしれないね。ネットの過去情報の消去も“後から尻尾を掴まれないように”だとしたら筋が通る」
「俺もそう思うよ。けれどだったら“ノンノ”にする前に殺せばいい、それが出来たはずなんだ」
 何故そうしなかったのか?
 効率を考えれば明らかにおかしいのだが、効率を無視して拘りを見せる事例を統哉はよく知っている――そう、猟奇探偵ならば幾らでも触れたことがある“事件”の犯人にそうした振る舞いが散見される。
「犯人は、ミリアを女優にしたかった……女優にしてから殺したい……のだろうか……」
「支援者の欲望がねじ曲がった形で現れたのか、それとも夢を叶えてから絶望に突き落としたいのか」
 隣で足を止める朔夜はどこか面白そうに唇の端を持ちあげている。
「動機の面を考えると、かつてミリアが夢を選んだせいで煮え湯を飲まされた人物」
 ――何にしても“ノンノ”がミリアだった頃を知り関わった人間がAI社に1枚噛んでる可能性が高い。更には“ノンノ”はアリカ殺しの犯人ではない、この確定は大きい。
 大きく前に進んだ調査結果を共有し、2人は足を進める。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御鏡・幸四郎
【4】

大切な人といつまでも一緒にいたいという想いは、よくわかる。
痛いほど。

『――だから、生きてる内になんとかしないと』
アリカのこの言葉が引っかかる。
言い換えれば、生きている内になんとか出来れば、
愛する者と一緒にいられる、と言うことなのだから。

例えば、その人の人格そのものを電脳化出来れば、
電脳空間ではいつまでも会うことが出来る。
よりリアルな|電脳化粧《スキン》がついていれば、
本物と見間違うばかりかもしれない。

エイジア・ハフスマンがAI社の社長に就任したのが4年前。
ノンノのデビューが3年前。
やせこけた中年女性をアイドルに仕立て上げたのは、
恐らくハフスマンの計画。

目的はまだ不明だが、いつまでも若くいられる手段があるのなら、
需要は引く手数多だろう。
ノンノは広告塔なのでは?

WACK社に来る前のハフスマンの経歴を洗う。
表に流れている情報だけでなく情報屋に接触してより深く探れば、
計画の尻尾が掴めるかもしれない。

アリカがなぜ死ななければならなかったのかはまだわからない。
……彼女は本当に死んだのだろうか?


ディル・ウェッジウイッター
【4】アドリブ連携可

彼女が存命なのが一番ですが…あるかも分からない希望を持たせるのはとても酷な事
ここはスコッチさんの願いを叶えるべく尽力いたします


別都市から来たばかりの流れ者、という事にしてWACK、AI社について話を聞いてみます

AI社の近くで働いてる人に声をかけお茶にお誘いします
紅茶に警戒されるかもしれませんが、エナジードリンクとはまた違う気分転換の飲料であること、危ない物は入っていない事についてはちゃんと説明しますね
茶葉の製造元?|故郷《シルバーレイン》の物ですがそれは秘密という事で

雑談を進めて警戒を解けたらばさりげなくWACKとAI社についてへの話題を誘導して情報収集します
彼らから見た会社や社員の評判はもちろん、きな臭い噂とやらも気になりますのでそちらも確認したいですね




 ディル・ウェッジウイッター(人間のティーソムリエ・f37834)は、勝手の違うザナドゥの菓子売り場にて首を捻る。
 茶には心を緩める力がある、その魔法を増す為に茶菓子もと考えたのだが……。
「口の中で弾けるキャンディ」
 極彩色のパッケージには負けない派手な装いのトゲトゲが詰まっている。
「ふむ、余裕がある時ならばこのエキセントリックな茶菓子に合うお茶を考えるのも面白そうですが……」
『気をつけて食べないと怪我するよ、うちじゃあ責任持たないからね』
 流れ者めいた青年へ親切で言ってやったとえらそうな店主に、ディルは首を縮める。
「お茶菓子をお探しですか?」
 若きティソムリエは落ち着きある男性の声に瞬き振り返った。
 声の主、御鏡・幸四郎(菓子職人は推理する・f35892)は、柔和な表情で肩に提げた布袋をなぞり小さく会釈し続ける。
「実は私、お茶を買いに来たんです」
 ふわり、バニラと焼けたバターの甘い香りにディルもつられて頬を緩めた。
「それは行幸ですね。お茶には多少憶えがありますので」
 互いに猟兵だとわかりあう、だがその手前にあるのは『腕の良い職人』という信頼だ。

 自然と2人の足はスコッチ家へ向いた。頑張る仲間と、何より家族を亡くした老人は見過ごせない。猟兵とは得てしてお節介なものなのだ。
「成程。道すがらのお声がけでしたら、軽くつまめる小さな焼き菓子がよさそうですね。バターを効かせたガレットやクッキーを焼いてきたんですよ」
「疲れを癒やすならミルクティを合わせるのがよさそうですね。でもストレートでサッパリと味わっていただくのも……そうそう、カフェスタンドの時間借りは既に済んでます」
 若き猟兵の手回しの良さに目を見張りつつ、幸四郎は切出す。
「宜しければ暫くご一緒させてはいただけないですか?」
 AI社絡みの噂話は是非聞いておきたい所。
「ええ、願ったり叶ったりです」
 そんな2人はスコッチ宅の前で足を止める。
 ――短く吐いた息は、まずは浅黒い肌の青年から。
「|彼女《アリカさん》が存命なのが一番ですが……あるかも分からない希望を持たせるのはとても酷な事です」
 そうですね、と瞼をおろす幸四郎が共感するのはアリカの抱いた願い。
「大切な人といつまでも一緒にいたいという想いは、よくわかります。痛いほど」
 胸に宛がう拳の奥には、少年時代に姉を亡くした哀しみが眠る。一緒にいたいたという|想い《願い》を、姉と弟は霊媒の奇蹟でもって叶えた。アリカは電脳の力を借りて叶えようとした、同じ願いの臭いがする。
「……願いを叶えることに囚われ過ぎて、ご自身を顧みないかったのでしょうか」
 独りごちるディルは、それでもまだアリカの生存という奇蹟を胸に秘めている。

 ――ティソムリエと菓子職人の2人は、多くを語らずにスコッチと調査や護衛で留まる仲間達への労いの場を整えて辞した。
 家を猟兵達の集合場所とすることもスコッチ老は許可してくれた。
「煩いぐらいが気が紛れるな」
 と。


 ランチタイム、ビジネス街の真ん中に突如現れたティスタンド。最初に足を止めた2人を、にこやかかつ有無を言わさぬ勢いで引き入れる。
(「まずのとっかかりはこのお嬢さん方からいきましょうか」)
 幸四郎は、持ち込んだ上等な小皿に見目良くクッキーとエディブルフラワーを散らし給仕する。
『わ、綺麗』
『なにこれ、天然物?』
 一気に沸き上がるテーブルの傍らではディルが絶妙な時間で蒸らしたストレートティをやや高い位置でポットを傾け注ぎ淹れる。
 たち上る高貴な香りに瞳をまるくするお嬢さん方へ、丁重な辞儀で勧めた。
「おまたせしました。エナジードリンクとはまた違った心の元気が出る飲み物ですよ。勿論、危険がないことはこの身に誓います」
『わかる。むしろ安全すぎて高いお金とられないって恐いぐらい』
『なんでタダなんですか?』
「実は我々は、まさにこういったティスタンドの出店を計画しておりまして……」
 立て板に水と語り出したディルに続きを幸四郎が引き取る。
「なにぶんこの世界には不案内なので、まずは腕試しを兼ねてゲリラ宣伝を仕掛けてみたんです」
 全てが全てネオンカラーの電脳広告に白手袋の指を翳し、ディルはやや困ったように瞳を弓へ曲げる。
「この世界のコマーシャルは派手ですよね。少し勉強してきたのですが……この辺りですと、WACK傘下のAI社が有名ですよね」
『“ノンノ”のAI社でしょ? みんな“ノンノ”になれるって言うけどねー』
「みんな“ノンノ”に、ですか?」
 ディルは背筋がゾクリと粟立つも、目の前の2人はライトな空気でスコーンを割り、紅茶に口をつけている。
『|電脳化粧《スキン》でいつまでも艶やか綺麗にって。WACKのゲーセンで疑似恋愛ゲームの筐体があったけどー』
『あれ試したの? ワンゲームでお高いランチのお値段する奴じゃん』
『話のタネにねー。でもさーあ……』
 くるくると疲れた肌を撫でまわし女は肩を竦める。
『ムリムリムリ! “ノンノ”ちゃんのお肌と30女を比べちゃいけないってば』
“ノンノ”の実年齢を知る2人の猟兵は苦笑をそっと隠す。
(「やはりAI社は“ノンノ”を広告塔にしているのですね」)
 無茶な若返り薬を投与していると知るが故に、幸四郎の内心は穏やかではない。
 使用者の心身を害する技術を広めようとしている危惧を隠し、ゲームについての質問を重ねる。
 結果からいうと、遊んだユーザーに健康被害は出ていない。彼女の話や、未だアングラネットで調査を続ける仲間の裏付けだ、信頼できる。
『テストプレイでバージョン違いのを3回ぐらいは見かけたけど……あれぐらいの技術なら他でもあるよねえ』
『テストプレイをイチイチやってるんだ』
『ついねー……実は攻略キャラがイケメンでさー』
 盛り上がり出した彼女達へ、幸四郎は「ごゆっくり」とバックヤードへ。一方のディルは、話の切れ目に再び質問をさしこんだ。
「すると、AI社はゲーム開発が主の電脳技術会社なんでしょうか? 上辺を浚っただけではどういう会社か見当もつかなくて……」
 ガレットを頬張った女は「おいしい!」と感嘆した後にこう返す。
『“ノンノ”専門企業って感じですよね、|AI社《あそこ》。それで相当儲けてそう』
「最初からですか?」
『ええ。“ノンノ”のデビュー時から求人でてないですし、WACK傘下だしキャリアアップ狙ってチェックしてたけど』
「あー、ようやくわかりました。AI社とは芸能プロダクションなんですね」
 腑に落ちたと頷き、あたためたミルクと濃いめに出した紅茶をついだ。
『でも“ノンノ”以外が所属してるの聞いたことないよね、まさに専用』
『WACK傘下の芸能プロもあるよね。“ノンノ”と共演してるのそこの俳優が多いし』
『だけどやっぱり、ゲームの開発もしてそうだよね。なんか理系っていうかヲタクっぽい? 社員さんが出入りしてるのは見かけますし』

 外からは実体がわからない。
 ――わからないようにカモフラージュしているのがAI社、なのだろうか?
(「それとも、大した実体がないのでしょうか?」)
 そこは実際に潜入する仲間に解き明かしてもらうのがよさそうだ。
 情報共有で潜入チームの2人がバックヤードに入るのを確認し、ディルは今暫く給仕に徹することにする。


「3年……いえ、4年かけて大した結果の出せていないんですね。こんなに長期間成果なしで見逃してもらえるものなんでしょうかね」
 なんだろうか、この強烈な違和感は――メガコーポの癖に随分と甘いことで。
「すごくチグハグですね」
 バックヤードに戻ったディルの独り言に幸四郎がハッと息を飲んだ。
「幸四郎さん、随分とお疲れのようです、大丈夫ですか?」
 甘さに潰されぬ濃いセイロンティ、角砂糖はお好きにと瓶ごと置いた。
「……大丈夫です。裏の情報屋からAI社の社長関連のことを色々聞けました。あと……」
 砂糖はひとつ。
 馴染みあるシルバーレイン世界の口当たりに漏れた吐息、今度は安堵が強い。
「スッキリしました。紅茶はもちろんのこと、先ほどのディルさんの言葉でピースが嵌まりました。そう“チグハグ”なんです」
 幸四郎の手招きにディルは隣に腰掛けてタブレットに視線を落す。表示されているのは、AI社の社長『エイジア・ハフスマン』の経歴データだ。
 幸四郎は必要部分を指さしかいつまむ。
「42歳男性。前職のS社はWACKと対立関係にあります。今回S社は無関係ですね、裏は取れてます」
「……社内で権力争いに敗れて……が、15年前ってこれまた随分と古い話ですね」
 会社の有力者の娘との結婚話が進んだが、過去の女性関係でのイザコザを表沙汰にされて破談になったとある。
 AI社のホームページでエイジア社長の外見は確認できる。
 カジュアルながら仕立ての良い服を身につけ、癖のある髪を伸ばし肩の所で束ねた優男。
「ふむ。同時に部下の女性も会社を移っているのですね」
「ええ、パティ・ホークさん、38歳の女性です」
 細身の眼鏡が似合う如何にも有能そうな顔つきをした女だ。
「エイジア氏は、残念ながらヘッドハンティングされる程に優秀な成果を出してません。ただ、S社に入る前には芸能界にいたそうです」
「! 元芸能人ですか。時期的には“ノンノ”がアリカさんを身ごもった辺り……」
「ええ、売れないバンドマンだったそうですよ」
 果たしてそんな古く大したものでもないコネを、芸能プロダクションも傘下に持つWACK社が欲しがるだろうか?
「その後“女性問題”を起こした挙げ句に失踪し芸能界からも消えました」
 陰鬱さをもはや隠さぬ幸四郎を見て、ディルは言わんとすることをじわじわと察し苦虫を噛みつぶす。
「エイジア氏の若い頃の写真はありませんか? ……あぁやっぱり消されてますよね。“ノンノ”さん……ミリアさんみたいに」
 エイジアにとっては消したい過去だろう。
 ましてや“ノンノ”への非人道的な投薬実験を考えるに、つながりは悟られたくないに違いない。
「それがですね……表向きは消されていますけれど、大昔に遺棄されたファンサイトが残っていたりするんです」
 この消去の片手落ちさもまたチグハグだ。
 流石ファンサイトと言うべきか、比較的鮮明な画像が残っている。それは――癖のある榛色の髪と深いえくぼができる笑い方の青年のポートレイト。
 幸四郎はアリカの写真も隣に置いた。直後、ディルの息が飲まれる。
「癖毛と、笑い方がそっくりです」
「ええ、まるで親子。そう言っていいぐらいには似ています」
 裏側にある感情に、ディルの表情も陰鬱に落ちる。

 ――AI社、いいや、社長のエイジアの目的が“ノンノ”を死に至らしめることだとしたら?
 ――だから“ノンノ”という奇蹟の女優を作るのを理由に、命の危険がある薬物投与を続けている。その他のさしたる成果をエイジア社長は求めていないのではなかろうか?

「アリカさんに愛情があるわけは……ないですよね」
「愛情があれば“ノンノ”さんを死に至らしめるような真似はしないでしょうから」
 アリカの生存の望みが絶たれたように思えて2人は俯いた。
「あれ? でも待ってください。WACK社はなんの得があるんでしょうか?」
 ディルの問いに幸四郎も同感だと頷いた。
「“ノンノ”の才能は素晴らしいのは事実です。彼女につながるルート欲しさにエイジアを引き入れたのは確かだと思います」
「けれどこのような状況だと遠からず“ノンノ”は死亡する。使い捨てるつもりなんでしょうか」
 煮詰まった2人の打開となったのは、シンクで食器洗いをしていた仲間の台詞だ。

「――やっぱり、私が心当たりのある人物が絡んでいるのかもしれません」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アスカ・ユークレース
【3】アドリブ連携歓迎

事件や事故死の場合にご家族へのショックを考慮し遺体と面会させない、というのは聞きますが……死について一切を伏せられている、というのは引っ掛かりますね……
会社自体もどうもきな臭い噂が絶えないようですし……この辺りはメガコーポのデフォルメですが

清掃員に変装しAI社に潜入
アリカの死の真相について私は社員間の人間関係や内情……アリカ自身の研究内容を探ってみましょう

社内の監視カメラをハッキングし情報収集、証拠になりうるものは撮影し即座に転送&印刷、元データを消されても良いようにバックアップを取っておきましょう
私自身も目立たないように清掃作業に従事しつつ噂話に聞き耳を立てます


それから、個人的なことなのですけど……生身の人間と|バーチャルのみの存在《バーチャルキャラクター》の二つの可能性を持つ人物、というのにも引っ掛かりを感じるというか、似たような事しようとしてた奴に心当たりがあるのですよね……


大町・詩乃
アドリブ・連携歓迎です。

【3】AI社へ向かう。

奥が深そうな案件で、スコッチさんの願いを叶えてあげたいですが、予断は禁物な感じがします。

ですのでまずはAI社に赴いて調査してみましょう。
この世界は初めてですが、笛や琴といった和楽器の演奏には自信があるのでアコースティック(聴覚や音響)という観点をとっかかりにしてみます。
ノンノさんともつながり有るかな?

という事でこの世界のネットでAI社について一通り調べた上で、演奏者兼踊り手として売り込みを掛ける方向で訪問してみます。
(服装は会社訪問ですのでスーツ姿で。)

《慈眼乃光》とコミュ力・幸運で応対した方の気持ちを掴んで、色々と情報収集してみます。
会社が現在行っている事、これから展開しようと思っている事。
WACK傘下の会社ですからアミューズメントやエンターテイメント関連が中心でしょうが、話の中で第六感に引っ掛かる内容が有ればツッコんでみて、反応を読心術で読み解いてみましょう。

最初の訪問ですので怪しまれたり煙たがられないように、次に繋がるような形にします。




「――やっぱり、私が心当たりのある人物が絡んでいるのかもしれません」
 そう呟いたのは、アスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)だ。

 電脳仕掛けの腕を拭い、情報をもたらしてくれた青年2人へと向き直る。
「今回、私がこの事件に赴いたのは個人的なことも絡んでいるんです。関係があるかはまだわからないのですが……」
「聞かせてくださいますか? 今はあらゆる可能性に当たりたいです」
 大町・詩乃(阿斯訶備媛アシカビヒメ・f17458)は皿を拭く手を止めずにアスカを促す。
「はい。生身の人間と|バーチャルのみの存在《バーチャルキャラクター》の二つの可能性を持つ人物、というのにも引っ掛かりを感じるというか、似たような事しようとしてた奴に心当たりがあるのですよね……」
 それはまさに“ノンノ”で具現化されようとしていたことでもある。
『――だから、生きてる内になんとかしないと』
 またこれは、アリカが残した言葉だ。
 生きてる内ならなんとかなるとでも言いたげだ。
「それは、アリカさんが目指したことにも重なるのでは?」
 との幸四郎へアスカは頷いた。
「ええ、その人物が関わっているとしたら、アリカさんに影響を与えた、ないしは与えられた可能性があります。少なくとも、奴はアリカさんに興味を持つ筈です」
「黒幕の興味が“ノンノ”さんからアリカさんに移ったとしたら“ちぐはぐ”になってもおかしくない、かもしれません」
 詩乃の言にもアスカは同意を示した。
「奴は非常に先鋭的な考え方をしています。それでいて無駄が多い」
 感覚の儘に喋りすぎているかとの戸惑いも、若きティソムリエが注いでくれた芳しい紅茶の香りがふんわりとかき消してくれた。
「電脳か人か曖昧な彼は、意識を拡散させて様々なプロジェクトを摘まみ食いしているといった話も聞いたこともあります」
「まさに、下手な鉄砲も数を打てば当たる、ですか」
 そう例えたディルの苦笑いへもアスカは頷いてみせる。
「はい。関心を持ったものに手をつけてしばらくは因縁のある人物……この場合はエイジア氏に任せきり。興味深いものに育ったら自ら関わりにいく……と、私の知る奴であればやりそうだなと」
 チグハグなのは、WACK社への利益より自身の探究心を優先しているから。自由にやらせると言えば聞こえがいいが何処か場当たり的。
「全ては私の予想で見当違いかもしれません。でも、AI社の社長のエイジアさんが黒幕とは考え難いです」
「そうですね。それと……」
 作業の為に束ねた髪をほどいた詩乃は、ハンドクリームをくるくると指で広げる。
「“ノンノ”さんの売り出し戦略自体は巧みですよね。エイジアさんが“ノンノ”さんへの恩讐に囚われている、黒幕がアスカさんの心当たりの人物、この2点をから察するに、それとは別に実務的な部分を担う第三の人間がいそうですね」
 菓子職人とティソムリエの視線が絡む。二人の意見は同じだ――エイジアと共にS社からAI社にヘッドハンティングされた女パティ・ホーク。


 奴……ウィリアム・ダイオプテーズが関わっていると決め打ちするのはまだ時期尚早。一旦はそれらを遠ざけて、アスカは事件のアウトラインをなぞり直す。
(「事件や事故死の場合にご家族へのショックを考慮し遺体と面会させない、というのは聞きますが……死について一切を伏せられている、というのは引っ掛かりますね……」)
 思考と行動は別だ。
 アスカはAI社の裏口の受付で淀みなく偽造身分IDを見せ潜入開始。
『あれ、いつもの清掃のオバチャンは?』
「すみません、風邪でおやすみです。それで非番の私に急遽声が掛かりまして」
 印象的なオッドアイは左を蒼に変えて揃え、そばかす面のとっぽい娘に変装済み。潜入を難なくクリアする。

 地上3階建てビルで掃除は2階まで。フロア自体はさほど部屋数もなく一人でこなせる範囲だ。
(「研究施設は別にあるのでしょうか? それともリモートワーク?」)
 いいや、薬剤の調合や投与実験を一個人の自宅で行うとは考えにくいか。
 ……そんなことを考えつつ、モップなどの掃除道具を携えて1階の表玄関へ。
(「ヲタクっぽい人が出入りしてるって言うし、電脳開発はこのビルでしてそうですよね」)
 なんてことを考えつつ、フロアガイドの看板を横目に引っかける。大凡の作りとして、2階が開発室で3階が社長室と来客応接のスペースだ。
 受付嬢が内線で話すのが聞こえてきた。
『……はい、パティ次長。面接希望の方がいらっしゃるのは15時の予定です。はい、まずは見学を希望されております。いえ、■プロダクションではなく当社のです』
 来客は詩乃だろう。アスカは用心深く社内通信に盗聴を仕掛ける――。

『芸能関係志願の人ならうちより直接プロダクションにふった方がいいでしょうにね』
 疲れたようなパティ室長の物言いに受付嬢からも苦笑いが零れる。
『“ノンノ”のプロジェクタールームに案内して、いつものように開発部のホイさんに説明してもらいます』
『そうね、ホイ主任の専門的な話であしらってもらうとしましょうか。まったく、コネを効かせてうちの見学をゴリ押しだなんて……こちらも暇じゃないのよ』

(「電脳開発の部門はこのビルにありそうですね。そこにアリカさんが所属してた可能性が高い」)
 アスカは脳内電脳の操作でホイ部長とパティ室長の情報を詩乃へと流す。この二人との接触は彼女に任せよう。

 すぃーっとモップを滑らせながら1階の構造チェック。
 地下へ降りるルートを視覚とハッキング双方から探ったが、ナシ。
 直後、アスカの網膜に『薬剤研究セクション』がヒットする。他のWACK系列会社の製薬会社の研究施設で“ノンノ”への投与なども行われているようだ。
 1階の他の施設は休憩室と喫煙ルーム。
 そして社員用ロッカールームがある。個人端末はここへしまい、社内への持ち込みは禁し。情報漏洩防止の観点では至極正しい。

 2階は左右でセクションが別れている。
 右が電脳技術開発の仕事場。左が“ノンノ”を中心に添えた電脳技術の宣伝広報関連のスペースだ。
(「けっこう忙しそうですね」)
 入室し邪魔にならぬよう床掃除。それぞれの端末と向き合う社員に話しかけるのは憚られた。
 さて、アリカが死んだのはほんの数日前。使用していた席に痕跡が残っていて然るべきだが、ない。
(「同僚が亡くなったというのに、皆変わりがないですね…………あ」)
 社員の一人が席を立った。
「ヤニ休憩入りまーす」
「いってらっしゃい」
 チャンスだ。
 アスカは手早く掃除を済ますとチャラめの男の後を追う。

 煙草を吹かす男がロッカーから持ち出したスマートフォンでのやりとりをさっそく傍受する。中身は恋人との待ち合わせ連絡だ。
(「……過去の履歴も見た限り、社外の家族や知人との連絡は制限されていないようですね」)
 明らかにアリカへの監視態勢だけが異なっている。
 意を決したアスカは喫煙室へ、床掃除をしつつ彼へ声をかけた。
「――え? アリカ・クローゼ、さん」
「はい。4ヶ月ほど前にこちらに入社した私の友達なんですけど。年は私と同じぐらいで、癖毛で、眼鏡をかけていてー……」
 思い出すように視線を彷徨わせる男をアスカは用心深く観察する。
「そういやいたかも? けど1週間もしない内に別の部署に移ったよ。なんか上の人と別プロジェクトに関わるからってさー」
「別プロジェクト? ゲームのAI開発や|電脳化粧《スキン》開発じゃない奴ですか?」
「そそ。でも詳しくは知らね。なんで?」
 そんなことを聞くのかと疑う彼の眼は自然だ。悪しき洗脳や隠しごとの気配はない。また死亡した話も出てこないから、アリカの死は表沙汰にされていないこともわかった。
「……実は彼女と連絡が取れなくなったんです。仕事上、機密が多いからとかなんとか……会社の寮に入ったのまでは聞いたんですけど……」
「えぇ? 寮なんてないよ、うち」
「! そうなんですか?」
 つまり、アリカだけ“特別扱い”をされて別所に移された。そして――“死亡”した。
「……あっと、ごめん、時間だわ」
「いえ、こちらこそ休憩時間をいただいてしまってすみません。最後に、アリカさんってどんな印象でしたか?」
 振り返った男はうぅんと唸る。
「――俺達とは別のところを見てる感じ、かなぁ。魂とかそれこそゲームにしかでてこないじゃん。リアルで言う人初めて見たわ」

 その後、アスカはアリカが移った部署を中心に社内データにハッキングを掛けて洗い出しを試みる。しかしAI社の社内コンピューターにその内容は残されていなかった。
(「成程、寧ろこれは|奴《ウィリアム》の関与の可能性があがりましたね」)
 電脳はウィリアム・ダイオプテーズの庭である。電子の海ならば何処へでも彼は機密スペースを用意できる。
 異端かつ天才的な頭脳をコーポレーションが重宝する可能性もまた大いにある。 
(「けれど、人の心は奴が考える程単純ではないです。絶対にとっかかりはある筈です」)


「はい。本日はお忙しい中にお時間をいただきありがとうございます」
 ティスタンドでのエプロン姿とは打って変わり、きちりとスーツを着こなした詩乃は受付嬢に礼儀正しく頭を下げる。
 AI社社長のエイジアは20年以上前のバンドマン。
 現“ノンノ”であるミリアの駆け出し女優としてのデータは全て消されているのにも関わらず、エイジアの“ファンサイトの廃墟”は残っている。
 ……実務を担当した“誰か”がわざと残した可能性が、ある。
(「怪しまれて今後の調査がしづらくなるのは避けたいですし。これは確信を得てから、それでも賭けにはなってしまうのですが……」)
 詩乃がぎゅっと握りしめる端末の中にあるのは、切り札の動画だ。

“ノンノ”関係の案内をしてくれた開発主任のホイ氏からの追加情報としては、開発部はアリアへの薬物投与などの暗部に関わっていない点のみ。他は先ほどの男性社員からの情報と大差ないので割愛する。

 さて、形式上であれ『面接』ということで、詩乃はパティ次長の元へと通された。
『私はAI社次長のパティ・ホークです』
 双方挨拶の後、詩乃は瞳に宿す暖かな光の儘に真摯に受け答えし、まずはパティの人となりを見極める。
 そんな時、アスカより重要な情報がもたらされた――“ノンノの過去情報の削除をはじめ情報統制は、パティのIDで行われている”と。
 ならば賭けに出よう。
 今までパティと話した限り、悪徳に染まりきっているようには思えない。根拠? 人を見てきた神様の勘だ。
「“ノンノ”さんの演技、あれは未加工の声ですよね」
『流石、耳がよろしくていらっしゃるのね』
「お褒めにあずかり光栄です。加工をすればより精密で整ったものが出来るという考えも最もなのですが、生の歌声で勝負したいと考えておりまして」
『それが当社の見学をお考えになった動機かしら? けれどごめんなさい、うちは“ノンノ”で手一杯でね。あなたにあったプロダクションを紹介出来ればと考えているわ」
「ありがとうこざいます」
 静々と頭を下げてから、詩乃はこう継いだ。
「電脳の良さはデータと言う形に遺せること。遙か未来の“本来は聞けないはずの人々”へもその音楽は届きます」

 ――社長のエイジアがバンドマンとして活動していた頃、パティは十代後半だ。
 ――疑問は、何故パティはエイジアをここまで支えついてきているのか。エイジアのどこに惹かれているのか。

「実は、デモンストレーションで楽器演奏の動画を持ってきています。ある古い曲なのですが、感銘を受けまして。動画に合わせて私の生の歌声を聞いていただきたいのです」
 流れるようにパティの前にタブレットの端末を置いて動画を再生する。
 現れたのは、和楽器の笛に唇を宛がい吹き鳴らす詩乃の姿だ。
 だが音色は、落ち着いた和の佇まいからは大凡想像出来ぬ、激しく心を昂ぶらせるドラムめいたもの。
「!」
 まず、パティはそのギャップに目を見開いた。食い入るように見すえる画面では、メロディの高ぶりに合わせ上体を揺らし一心に演奏する詩乃がいる。
「!! 待って、この曲もしかして……」
「♪ああ ああ あいつら何もわかっちゃいない」
 息を飲むパティの耳を詩乃の澄んだ鈴転がしの歌声が震わせた。
 ――歌詞は正直荒削りでつたない。そこいらにいる、若さを持てあまし社会に不満を溜め込んだ凡人が連ねがちな在り来たりなものだ。
 ――だからこそ、当時のある若い娘には届いたのではなかろうか。
 メロディに対して走りがちな歌い方。普段の詩乃ならばもっと音との調和をと考える、その方が数多が聞いて心地よい安らぎの歌となるから。けれどパティが“あのファンサイトを作った、ないしは愛した一人”なのならば、胸を打つのはこの歌い方しかない!
 ドン、ドドン!
 ドン、ドドドドンッ!
 ドラムを叩くように踏みならし、詩乃はサビをがなりつけた。
「♪WOWWowowow! おまえのほんとはどこなんだ! おまえはどうしたいんだぁよッ!!」
 ここで、唐突に、終わる。
 完成させず無責任な歌詞だと詩乃は思う。そう、歌詞を編んだエイジアそのものだ。彼は恋人を妊娠させた挙げ句に失踪し、バンドも投げ捨てた。
 けれど当時の少女パティはこの未完成さを「委ねてもらえた」仲間意識ととったのだろう。感じ入る表情には懐旧と愛しみが色濃い。
「パティさん。私が御社での面接を選んだのは、この曲を書かれた方が社長をされているからです」
 |彼《エイジア》の心は果たして腐っているのか?
「パティさんにとって、彼はカリスマだったのでしょう。今も――エイジアさんはあなたの中で輝いていますか?」
 そしてパティさん、あなたは?
「……」
 動揺で肩を震わせたパティだが、すぐに取り繕うように首を振った。

「パティさん――“あなたのほんとはどこなんだ?”」

 メロディに乗せて|彼《エイジア》の声で繰り返し聞いた問いかけにパティは天井を振り仰いだ。
「面接の時間は終わりよ。片付けてくださるかしら? お疲れ様でした」
「………………」
 届かなかったか。
 けれど諦めたくないと重ねる言葉を考える詩乃は、パティが懐を探るのを見て一旦黙る。
「紹介先の芸能プロダクションの連絡先を書いておくわね。AI社のパティの紹介だと言えば悪いようにはならないから。本当なら私が直接連絡して繋ぎを取るべきなんでしょうけれど、ごめんなさい、多忙の身で」
 ペンを走らせる声は下手くそな演技でうわずっている。
「はい、これよ。じゃあ、もう帰って。お疲れ様でした」
 差し出された名刺を受け取る素振りでちらと裏のメモ書きに目を走らせる。
「本日はお忙しい中、お時間をいただき本当にありがとうございました」
 詩乃は多忙なビジネスウーマンへ謝辞を込め頭を垂れた。
「いただいたお心遣いは決して無駄にはしません。必ずこちらに連絡をして、明るい未来へとつなげます」

 ――裏書きにはこうあった。
“本日夜22時、このアクセスポイントにダイブして。そこで全てを話す”
“できるなら猟兵を連れてきて”

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


【誤字修正です】
“ノンノ”関係の案内をしてくれた開発主任のホイ氏からの追加情報としては、開発部はアリアへの薬物投与などの暗部に関わっていない点のみ。

“ノンノ”関係の案内をしてくれた開発主任のホイ氏からの追加情報としては、開発部は“ノンノ”への薬物投与などの暗部に関わっていない点のみ。

(アリア → “ノンノ” の誤字です)

申し訳ありません
ベティ・チェン
【1】
「テーズって、キミ?対戦したいな。負けたら、色々おごるから」
テーズに対戦挑む
動体視力と素早さでの対応だけでゲームに挑む

数ゲームしたらジュース飲みつつ飯に誘う
「キミともっと話したいんだ。キミの好きなご飯おごるからさ、もっと話せるとこに行きたいな。キミのヤサでもいい。どお?」

「死んだ人間ってさあ、クジラみたいだと思わない?」

「脳みそは兵器に転売できるし内臓は大金持ちに売れる。皮膚と髪は美容オバケが買うし、他の残りも製薬会社と医療機関で実験に使える」

「キミはアリカのダチだったんだろ?それでその紹介料は安すぎると思わない?」

「アリカは賢いバカだった。ダチのキミは?」

「ボクのダチはアリカの祖父の方。スコちんが死体も帰らないって泣くからさあ」

「アリカはWACKの他にもヤバいトコに連絡とってる。WACKで騙されて体なんか要らねって思って移すついでに売っぱらったのか、事故で死んだついでなのか」

「これはキミがアリカと遊べる最後の機会だ。死人に金は要らない。アリカの持つべき金を、取り返さないか」




 ――時刻は仲間がティスタンドを立てた昼下がり、ベティ・チェン(迷子の犬ッコロホームレスニンジャ・f36698)は『spirit spark!』と電光がギラつく看板の下を潜った。
 ひょいひょいおどるツインテールは月夜のウサギ。弾むように地下への階段を駆け下りて、出迎えたゲーム筐体らを品定め。
(「客寄せの最新機種は入り口の目立つトコにあったけど『テーズ』っぽいのはいなかったな」)
 仲間のハッキングで入手した画像は不鮮明だが、痩せて緑髪に白衣と目印はふんだんにある。まぁ白衣は着てないかもしれないけれど。
(「変装してここにくる必要なんてなさそう。警戒するぐらいなら来なければいいんだし」)
 ゲームは所詮電脳空間で、だからかやけに薄暗い照明の地下1階は何処か不健全なスペースに思えた。
「あ、みつけた」
 VRヘッドセットをつけた猫背白衣の男の元へと近づくと、
『挑戦者求む!』
 キィンと刃の擦れ合う効果音に合わせ、渋い男のゲーム音声が鼓膜を震わせる。
「……へぇ、こっちの声も飛ばせるんだ」
 ベティはにぃと唇の端を持ちあげると、向かい合わせの同筐体のプレイスペースでVRを装着した。
 コインを入れてコントローラーを握った腕を突き出せば、ベティの意識は電脳空間へ! 鎧を身に纏ったテーズの前にある意味いつもと変らぬ狼ニンジャが降り立った。
『テーズって、キミ? 負けたら、色々おごるから、相手してよ』
 先手必勝! 前転移動で顔が浮いた刹那にクナイを投擲だ!
『! へぇ……』
 窺えるのは鎧甲冑からはみ出した緑の癖毛のみだが、漏れる声は楽しげだ。
 テーズの構えた盾が3枚に分裂しその身を覆う。と、同時にフィギュアスケーターの如くしゃがんで足払いが繰り出された。
 人の動きと格闘ゲームの融合が魅せるデタラメな動きも、動物めいたベティの天性の動体視力の前では止って見える。
『とぉ! ……ッて、わ! なんかキックがでた?!』
 後退しただけのつもりがサマーソルトキック! 声は喫驚、しかしベティの流麗な動きはテーズの盾を蹴りあげ防御を崩す。
『操作知らなくてこれかよ』
 グンッとテーズが突き出した大剣がずしりと重くなった。刀身にのっかったベティが、更に踏み切り天蓋へ。
『いただき!』
『せめて相殺!』
 テーズはゲージMAX使用の超必殺技をぶっ放す。対するベティはタイミングこそ勝っていたが操作知らずの通常技。
『! あれ? なんだこれ、目の前真っ赤だよっ?!』
 どぉおおん! と一角を振るわせる轟音が響き渡る。同時にベティの筐体が演出で激しく振動した。
“ユー・ルーズ”なんて棒読みの負け宣告。
 ヘッドセットを外したら、向こう側の筐体から白い袖に包まれた腕がゆらゆら。瞬く間に画面では甲冑男がCPUニンジャに斬り伏せられてゲームオーバーになった。
「まだやれただろ、良かったのか?」
「おごり飯優先」
 テーズは不器用なウインクをしてみせると、まじまじとベティを見下ろす。
「すごいな。素の運動神経だろ?」
 白衣のポケットに両手を突っ込んで猫背で歩き出す。
「ありがとう。でも操作が全然わかんなくてやられちゃった。約束通りおごるよ、キミの好きなご飯」
「おごりなんて気前いいな、初めて逢ったのに」
「ゲーム上手い人がいるって噂を聞いて、あとその格好。白衣ってなんか格好いいね」
「へぇ。憧れちゃうかい?」
 手袋の指で前開きの白衣をつまんで持ちあげる。戯けた仕草にベティはややあどけなさを前面に出して頷いた。
「ああ、憧れる。キミと話したいんだ。もっと話せるとこに行きたいな。キミのヤサでもいい。どお?」
「ヤサはちょっと遠いなー」
 エレベーターの前に立ち顎を撫でるテーズは上行きのボタンを押し込む。
「このゲーセンの最上階がダラダラに最適なソファありの個室カラオケ。ま、俺は歌うのは嫌いだけど?」
「のった、そこにしよう」
 歯を見せて答えるベティの三角の耳を、チーン★と軽快な電子音が震わせる。


 個室空間にはふかふかの長いソファと椅子形ソファが2つ。
 もしベティがUDCやシルバーレインを知っているなら漫画喫茶に近いと思うだろう。
 テーブルを彩るのは取り放題のジャンクフード。手元にはセルフサービスの粉を水で溶いた安っぽいジュース。
 最初はテーズがベティの身体能力について根掘り葉掘り。隙あらば調べさせろと言わんばかりの勢いだ。
「なんでって、まぁその、必死に日々をまわしてたらこうなってた」
 たまに無機質に輝く眼は微かに残るフラスコ越しに眺めてきた誰かと重なる。気のせいかも知れないけれど、何分記憶が混濁してるものだから。
 ベティに確かなものがないと悟ったテーズの双眸が好奇心の光をなくした。
「ねえ」
 テーブルにあがる勢いで両手をついて身を乗り出すと、ソファにだらしなく横たわるテーズの横顔を覗き込む。
「死んだ人間ってさあ、クジラみたいだと思わない?」
「ははん?」
 例示がそそったか、テーズはベティの耳の先っぽをちょいっとつつき先を促す。
「脳みそは兵器に転売できるし内臓は大金持ちに売れる。皮膚と髪は美容オバケが買うし、他の残りも製薬会社と医療機関で実験に使える」
「キミのこの耳も、獣好きに売れそうだね」
「だめ、お安くないんだから。アリカみたいに」
 ぺたんと掌で耳を覆い護ると、琥珀のジト目でテーズを捕らえる。
「キミはアリカのダチだったんだろ? アリカは賢いバカだった」
「その言いぐさ、キミの方こそアリカの友達だったんだろ」
 まぁねえ、といい加減な温度で返し、ベティはテーズの表情の変化を追う。だがこの研究者然とした男は、薄笑いを漂わせるのみでかわりやしない。
「……賢いから、WACKのイイトコ会社に行っちゃった。キミは幾ら紹介料をもらったの?」
「はてさて、もらったかなぁ」
 顎を撫でしたり顔のテーズは惚けた素振り。
「足元みられてんね」
 子供じみたふくれっ面をしてみせると、テーズはおやと片眉を持ち上げる。そうして少しだけ優しく表情を崩した。
「別に欲しいのは金じゃない」
「なんで? お金は大事だよ。何をするのだってお金が掛かる」
「そうだね。食べたり、飲んだり、部屋代だって、服だってタダじゃぁない。キミは正しいな」
 心が籠もっていやしないなとベティには感じられた。日々の衣食住を得るために必死だから、余計にカンに障ったのもある。
「テーズは、ボクが“正しくない”と思ってるんだろ。これは冴えたやり方じゃあないんだって」
「いやいや。キミのように素晴らしい身体能力を持っているのなら、それをポイッてしちまうのは誠に惜しい」
 転げ落ちたナゲットをぽいっとゴミ箱に投げ捨てて、テーズは気怠げにフォークをテーブルに置いた。なにかと台詞と行動が真逆の男だ。わざとなのだろうか?
「アリカはくじらかね? それが“ダチ”のキミは気に入らないっと」
「……ボクのダチはアリカの祖父の方。スコちんが死体も帰らないって泣くからさあ」
 ねぇ、とベティはテーズの袖を引く。
 子供のような仕草に包まれているのは、決して逃がさないと獰猛な|追跡者《狼》。
「アリカは、WACKで騙されて体なんか要らねって思って移すついでに売っぱらったのか、事故で死んだついでなのか……」
 ギラと輝く双眸は月の色、それは奇しくもテーズとお揃いだ。
「……キミは友達甲斐がない子だねえ」
 テーズは、つんっと腕を上に持ちあげ袖から狼の爪を払った。
「……ッ」
 払われて、しまった。
(「この男は獣を畏れない。それを無謀と感じさせない」)
 ベティは、この年格好でアンダーグラウンドにて酸いも甘いも噛み分けてきた。猟兵という強みに重ね、そんじょそこらの小娘ではないしたたかさと用心深さを身につけている。
 ああ、警笛が鳴り止まない。この男は、危険だ。
「アリカじゃなくて|スコちん《おじいちゃん》とお友達なんだっけ?」
 ソファに身を起こし首を傾けトントンと肩を叩く。そんなくたびれた二十代の男は、見すえてくる娘へと手袋に包まれた指を差し出した。
「……キミね、とても興味深いよ。この俺に“ああ、衣食住の手間が掛かる肉体もいいもんだ”って思わせたんだから。素晴らしい動体視力に、リアルだからこその身のこなし……まだまだ、電脳には持ち込みきれてない、悔しいことにね」
 物質的な重みはないが、ずしりとした感触を掌に与えられた気がして、ベティは奥歯を噛みしめ反射的に目を閉じた。
 浅黒い瞼を抜けた電脳の輝きは、くるりくるりと危険な輝きで巡る、巡る。

「キミが俺のくじらになってくれるなら、どんな願いも叶えてやるよ。勇気が出たらそのデータに記した所へおいで」

 アリカとの友情を煽り「彼女の金を取り返しに行こう」と誘うつもりだったのだが、どうやら“本物”を引き当ててしまったらしい。
 ――その実、“本物”を引きずり出してしまったのは、ベティの素晴らしき身体能力あってのことなのだが。
「じゃあね、おごり飯ゴチソーサマ」
 バタン、と、背中で閉じるドアの音を合図に、ベティは全身から力を抜いた。
「ボクがくじら、ね。虎穴に入らずんば虎児を得ずって言うけれど、バラされちまうのはごめんだな」
 はてさて、どうしたものか。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『正体不明の非公開コミュニティ』

POW   :    参加しているユーザーを調べる

SPD   :    共有されている話題やデータを調べる

WIZ   :    コミュニティの活動目的を調べる

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


【マスターより】
2章目の受付は、10日の午前8時31分~を予定しております
8日の夜頃に『断章と2章目でできる行動の提示、1章目のまとめ』も行います

お待たせして申し訳ありません
●スコッチ邸にて『情報整理と今後の計画』
 ――あらゆる手をつくし外部からの盗聴・ハッキング他を遮断して、猟兵らし膝を詰め今後の算段を立てる。
 だが室内は、ディル・ウェッジウイッター(人間のティーソムリエ・f37834)の注ぐ紅茶の湯気と香りに満たされ案外リラックスしている。
「あぁ、落ち着きますね。ありがとうございます。ずっとこちらに詰めていたものですから……」
 ヤーガリ・セサル(鼠喰らい・f36474)は暖を取るようにティカップを包む。
「いいえ。カルマさんと情報収集のバックアップをありがとうございます」
 御鏡・幸四郎(菓子職人は推理する・f35892)は謝辞と共にクッキーを盛った皿を中央に置いた。
「いただきまぁす! んー、おいひー! 色々なことがわかったよねー。黒幕候補とか」
 サクサクとクッキーをかじるカルマ・ヴィローシャナ(波羅破螺都計ヴォイドエクスプロージョン・f36625)は、エメラルドの瞳をベティ・チェン(迷子の犬ッコロホームレスニンジャ・f36698)へと向けた。
「うん、ボクが逢った緑のもじゃ髪は、ただならぬ気配を出してたよ。オブリビオンじゃ、ないかな」
 カロリー確保大事。
 サクサクとどこかリスのように狼娘はクッキーをかじる。
「ベティさん、そいつの外見なんですが」
 アスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)がパチンと指を弾く。現れた電脳グラフィックにベティはこくりと頷いた。
「うん。片目の眼鏡はしてなかったし、手は隠してたメカかはわからないけど、そいつだ」
「やっぱり……この男はオブリビオンです」
 アスカは瞳を眇めると
「名前はウィリアム・ダイオプテーズ。元は肉体を持つ人間でしたが、自身や他者を電子データに変換して無限の力を得たい……いえ、ただ知的好奇心を満たしたい、その為には手段を選ばず倫理観もなにもない男です」
「じゃあボクは解体されたり実験されたりするのかな。そういう目つきだった」
 実際に呼び出されてるんだ、とベティは肩を竦めた。
「成程。テーズことウィリアムがクローゼ一家を利用して今回の計画を進めているのか」
 文月・統哉(着ぐるみ探偵・f08510)は顎を撫で、ディルと幸四郎の方へ目を向ける。
「一家とは言い得て妙ですね。AI社の社長『エイジア・ハフスマン』は、アリカ・クローゼさんの父親の可能性がありますから」
「その方が筋が通ってしまうんですよね。失礼ながら、既に若くはないミリアさんを見出して“ノンノ”に仕立て上げた流れも含めて」
 幸四郎とディルの弁に対し、夕鶴・朔夜(嘘の箱庭・f34017)は神妙な顔つきで頷いた。
「“ノンノ”は子供のように純粋だったからねえ……まさか嘗ての恋人が自分を利用している、いいや――」
 浮かびかけた皮肉笑いを堪え続ける。
「殺そうとまでしている、だなんて思いも寄らないだろうね。そんな女性だったよ」
 続きを引き取るトウヤはやるせなさを浮かべ
「ああ。“ノンノ”の精神性は実際の年齢とは非常にアンバランスだ。幼い子供のように騙されやすく、責任を取ることにも向き合えない……けれど、アリカの死を嘆き悲しむ姿は母親だった。“ノンノ”が一連の事件の被害者側だ」
 リューイン・ランサード(波濤踏破せし若龍でもヘタレ・f13950)は仲間からの情報に俯き消沈を浮かべる。
「スコッチさん、娘さん……“ノンノ”さんへ意地は張ってますけど家族の愛情はあるんです。きっと“ノンノ”さん側もそうだと思います。なんとか救い出したいですね」
「そうだな」
 涼風・穹(人間の探索者・f02404)は、スコッチの棲まうこの家に強固なセキュリティを仕掛けたと述べた。
「お二人さんの協力で、電脳も物理もすげえ強固なのができたぜ。家だけじゃない、周辺から爆破みたいな物理的なものを仕掛けるのも無理ってやつ」
「カルマちゃん、がんばったよー。ふふー“イェーガーが出入りしてる”ってのも大々的にぶちかましといたから、数日は近づけないでしょ」
「藪をつついて蛇を出すのは愚策、ですね」
 ヤーガリも一役買ったと上品に楽しげに微笑んだ。
「スコッチさんの安全が確保出来たのはなによりです。そうすると……今危険なのは私がパティさんですね」
 パティからもらった名刺を皆に見えるように、大町・詩乃(阿斯訶備媛アシカビヒメ・f17458)は裏返して置いた。

“本日夜22時、このアクセスポイントにダイブして。そこで全てを話す”
“できるなら猟兵を連れてきて”

「こちらはベティさんとは違い電脳空間でのお誘いです」
「パティと……できればAI社の社長エイジアの“実際の居場所”も把握しておきたいな。護衛をつけた方がいいと思う」
 これはトウヤの探偵の勘だ。
「そうですね。逢うのは電脳空間にしても、何かあった時にすぐに飛び込める場所には居たいところです」
 詩乃は“電脳”を自在に操り時間もあった仲間の面々へ期待と信頼の籠もった視線を向けた。
「エイジア氏の自宅は判明しています。夕食はいつもケータリングで済ますようなので、配達員に偽装していくことは出来ますね」
 と、ヤーガリ。
「パティさんちも押さえてあるよ。ちょっと寒いけど、ベランダに潜んで電脳空間にアクセスOK」
 カルマが人差し指をたてて揺らすと、全てのデータが皆の端末にインストールされた。
「お見事ですね! これなら短時間であれば、ウィリアムの電脳の目をかいくぐって行動できる筈です!」
 感心するように頷いたアスカは、皆が見せる電子データを確認し太鼓判を押した。

 ――さて、イェーガー諸君。ここからは攻めのターンだ。


****
【マスターより】
 1章目の運営に多大なるお時間をいただき、本当に申し訳ありませんでした
 2章目はそのようなことがないように体調管理含め充分気をつけます
 具体的にはプレイング締め切りから1週間~10日ぐらいの日数での返却の予定です
(体調不良で遅れる際は、タグやTwitterでお知らせします)

※オーバーロードでない方は2回~3回の再送が発生する可能性が高いです
※オーバーロードありの方の方がプレイングの文字数の分出番が多めになる予定です
※リプレイの文字数は通常の分量になる予定です(1章目は情報があるため多目でした)

※上の断章をざっとお目通しいただければ2章目のプレイングはかけられるようにしてあります


>プレイング募集期間
12日 朝8時31分 ~15日 夜23時59分 まで
1章目ご参加の方は、全員採用します

>1章目の行動で生じたボーナス
 スコッチ氏と“ノンノ”の身は安全です、猟兵の護衛は不要です
 2章目で死亡や怪我をすることはありません


>出来ること
 以下からひとつを選んで行動をお願いします
(ご参加される方がどの選択肢を選んでも成功度達成で3章目に進みます)

1.電脳空間でパティに逢いに行く
 彼女の住居のベランダ(他、護衛できる場所の申告OK)からアクセスできます。端末他道具の調達は不要です

2.AI社の社長エイジア氏との接触
 住居は判明しています
 MSからの侵入方法の提示は『夕食の配達に来た人員に変装して入る』ですが、他のやり方があるなら提案していただいてOKです
 エイジアはただの人間ですので、如何様にも

3.テーズとの接触
 こちらは特殊選択肢です
 誘いを受けたベティ・チェンさん以外は、何らかの工夫がなければ同席できません
 流れ次第では【3章目がダメージを負った状態のスタート】となるかもしれません(死亡やシナリオからの離脱は発生しません)

※1~3共通
・接触した人物に聞きたいこと
・他、その場でやりたいこと

以上の記載をお願いします

4.その他の行動
 なにかあればどうぞ
 ただし、スコッチと“ノンノ”からの情報は出尽くしている&襲撃の可能性もないため、来ていただいても雰囲気リプレイになると思います

※今回もご参加いただいている項目をタグでお知らせします
※1~3、どれか1つの選択肢に偏っても成功度達成できれば3章目には進みます

 以上です
 ご参加お待ちしております
夕鶴・朔夜
2
住居の近くに隠れて待機
事前にエイジアの使う電脳世界のチェックしておく
ハッキングをして中の様子やシステムを探る
ミリアに施した毒の詳細やアリカの手がかりや残したものを探る
必要あらば電脳世界に侵入
エイジアのテリトリーもテーズの庭なのかな
黒幕に気づかれて皆の計画が壊れそうだったり、危険とメリットが釣り合ってなければ迷わず退く(皆の邪魔しない厳守)
囮になる事や自分への負傷自体は問題なし

夕食配達員係は他の人に任せるつもり
誰もいなければ変装して僕が入るよ
近くに潜んで危険人物が居ないかの確認と安全確保
男手や手助けが必要ならいつでも如何様にも

ミリアへの心情を吐露してほしいところ
苦しめて殺したい?
それとも自分の手で自分を捨てた動機の夢を叶えて幸せになったところをどん底に落としたい?
アリカをどこにやったのか教えてくれませんか
アリカは緑髪の男に唆されてこの会社に入ってきました
あなたもその男に、愉快犯に良いように利用されているんです
復習を果たした先はきっと使い捨てされてしまいます
彼の興味が貴方から外れてません?


文月・統哉
【2】
ケータリングのスタッフとしてエイジア氏に接触
仲間と連携し、怪しまれぬ様に室内へ、彼のテリトリーへと入り込む

[料理・心配り・演技・パフォーマンス]の技能を活用し
事前に調べた彼の好みに合わせた料理とお酒を用意しよう

キッチンで料理しながら密かに端末へ[ハッキング]
セキュリティ状況を確認し、盗聴と外部からの攻撃に備えておく
エイジア氏に危険が及べば庇い護る
口封じなんてさせるものか

[コミュ力・読心術]で彼の自尊心を擽りながら
警戒心を弱めて距離を詰めていく
心を緩め、口の滑りも良くした上で
頃合いを見て『メガコーポ式交渉術』使用
「料理に合わせてこちらのワインもいかがですか?」
なるべく自然な流れを装いながら
事件の真相について[情報収集]を行おう

ノンノの話題からアカリについて話を移していく
非道への怒りは一旦置いて
冷静に情報を分析しながら笑顔で話を促し
アカリの生存を願いつつ、その肉体と精神の在処を確認する
そして、オブリビオンではない彼は、何を思い犯行に関与してきたのだろうか
――あなたのほんとはどこなんだ?


ディル・ウェッジウイッター
【2】アドリブ連携可
エイジアさんは会社の社長、お宅のセキュリティはしっかりしている事でしょう。ここは正当法でお邪魔するとしましょう

こんにちは、イェーガーバックスです。ご注文の品をお届けに上がりました

お宅にお邪魔できたらばあとはコチラの物
失礼にならないようエイジア氏と周囲を観察。敵意の有無や異変等を確認します
他の猟兵との兼ね合いもありますが、もしスムーズにお話できそうにない場合はお話合いの場の準備をいたしますね

―さて、エイジア氏は少々「お疲れ」のご様子
疲れを取るにはやはり睡眠が一番ですね。そう言った方のためのサービスも用意がありますので、少々眠っていただきましょう

とUCで彼と猟兵以外の誰かがいたら眠らせ、無力化
彼の目が覚めた後は皆様で|ご歓談《詰めて》いただければ

…ああそうです。折角です私も一つお伺いします
最近AI社の若く有能な社員がお亡くなりになられたとか。ご遺族の方がせめて生きていた証をと大層悲しまれておりましたが―彼女は今どちらに?


ヤーガリ・セサル
【1】
「「法と善なるもの全て」にかけてアリカの死の真実を調べぬく」
これが我が誓い。
アリカの死の真相を突き止め、遺体を取り戻すならば、次に押さえるはAI社のエイジア。
UC「影の精兵」、指定はハッキング。多重のハッキングを行い状況掌握。プログラミングも併用して、この会談に対しての襲撃対策のプログラムを組み上げて仕込んでおきましょう。防壁から反撃、偽装、何でもやりますよ。
あたしは電脳から彼に接触しましょう。彼の家のシステムを掌握、どうあがいても出れないように、出さないようにしましょう。
監視カメラ伝いに、襲ってきた相手がいるなら電脳攻撃。一人は確保しましょう。

あたしは知りたい。
力ある者に蹂躙された二人の女について。
エイジアさん。
アリカの死と遺体。「ノンノ」について知ることすべてをお話しなさい。
あなたの生死は、あたしの指先ひとつにかかっているのですよ。特製ウィルスで狂死したいならばさておき。

最後に。「お薬」の製法と正体を教えてもらえません?
あたし、こう見えて錬金の技や医学も、嗜んでおりまして、ね?


御鏡・幸四郎
【2】

ケータリングの配達員に変装してエイジア氏の自宅へ。
今日のオーダーについては電脳組に調べてもらってありますので、
店名、メニュー共に受け答えは問題ありません。
本当のオーダーのキャンセルも済ませてもらいました。

「毎度ご利用ありがとうございます」
ドアが開いたら素早く部屋に入り、エイジアを拘束します。
「聞きたいことがあります」
素直に話せばよし。話してくれないのであれば。
「ようこそ、お茶会へ」
持参した保温ボトルを開け、UC発動。
お茶とお菓子を並べながら、
「お茶会はお話を聞いてからですよ」

聞きたいことは、アリカの生死と行方。
テーズについても知っている限りのことを。

終始穏やかに話しますが、視線は冷たいです。




 AI社長様ともなれば、暮らし向きも豪勢である。
 会社から徒歩数分の高層マンションをはじめ4室、それに加えて少し郊外と海沿いに別荘が3軒。
「これはまた、貧富の差をまざまざと見せつけられますねえ」
 ぱたんと魔道書を閉じて、ヤーガリ・セサル(鼠喰らい・f36474)は苦笑い。薄暗がりの白頬には、先ほどまで編んでいた電子魔術の光の残滓がちらついている。
 ヤーガリを含めた5名が向かうのは高層マンションのひとつだ。内3名はコートの内側に同会社の制服を着込んでいる。
「おや、エイジア氏からの返事ですね。いやぁ、大喜びだ」
 くくくと夕鶴・朔夜(嘘の箱庭・f34017)は忍び笑いで電子バイザーを外した。

“あなたは本日ゲリラ開催の特別キャンペーンに当選しました! コックがご自宅にて腕を振るいます。特上のお茶とスイーツで週末の優雅な夜のお手伝い!”

 なぁんて連絡を電脳偽装して投げ込んだのは、ケータリングスタッフに名乗り出た3人を見ての思いつきだ。
 届けるついでに押し入り強行を考えていた御鏡・幸四郎(菓子職人は推理する・f35892)は瞳をまるくしている。
「まずは拘束と考えたのですが、手荒すぎますかね?」
「手っ取り早さならそれが一番だと思う。ただそれで口が硬くなる危惧もある」
 そう返す文月・統哉(着ぐるみ探偵・f08510)の隣で、ディル・ウェッジウイッター(人間のティーソムリエ・f37834)が微笑み言葉を添えた。
「私は調理の手伝いができればと思っています、幸四郎さんもそちらがお得意なのでは?」
「それはそうですけれど。胸が悪くなるような男のようなので、心をゆめるお茶会は業腹だなと。自白強要の強制お茶会のつもりだったんですよ」
 幸四郎の言に、ディルはますます笑みを深くする。
「私もリラクゼーションで眠らせてからは手加減なしのつもりです」
「おやおや恐い恐い」
 なんて眉を萎めるヤーガリも特上の毒を隠し込んでいるのだが。
「折角腕の良い職人が2人もいるんだ。豪勢なディナーをご馳走してやるのも悪くない」
 統哉が事前に調べあげたエイジア氏の嗜好は断然肉、血も滴るレアがいい。酒は高級なだけのワインがずらり。
「あら、既にエイジアさんの所へ訪れている人が……風俗サービスの女性ですか」
「実は襲撃者でしたで先手を打たれたら拙いな」
 マンションは目の前だ、そろそろ相談は切り上げて実行に移るべきかとの統哉に幸四郎とディルも頷きあう。
「……み、つ、け、たっと」
 気軽にクラックし素性を洗い出した朔夜は口早に。
「彼女、エイジア氏がもう何度も指名してるお気に入りさんだ。そろそろ愛人にって皮算用してるかも」
「あたしなら、その女に金を握らせて口封じって考えますけどね」
 ヤーガリと朔夜は含み笑い。
「今日がその日かもしれませんね」
 コートを脱いだ幸四郎冷たく言い放つと、統哉から荷物を分け持ち前へ。
「どちらにしても彼女にはおやすみしていただきましょう」
「そうだな、無用な被害は出したくない」
 統哉は偽装処理済みの職員IDカードでエントランスの管理ブースをクリア、いよいよ潜入である。


「こんばんは、イェーガーバックスです。ご注文の品をお届けに上がりました」
 ヤーガリと朔夜がモニタリングする中では、ディルの明るい挨拶を皮切りにあがりこむ3人が映し出される。
 電脳世界では隣同士のヤーガリと朔夜だが、リアルではマンションの非常階段とベランダに別れ外部からの襲撃に備えている。

 ――それでは室内に場面を移すとしよう。

「このたびは弊社の特別キャンペーンにご当選おめでとうございます。腕を振るわせていただきますのでどうぞよろしくお願いします!」
 爽やか好青年、きらりと輝く歯を見せ統哉は深々と頭下げた。
『ああ、二人分豪勢に頼むよ』
 やや年齢不詳の中年男は、仕立ての良い室内着で品性のなさを隠しもせずに女の肩を抱く。
『良かったら朝食も作っていってくれよ。女の子が好きそうなのをね』
 男にしては濃いめの睫を瞬かせての厚かましいオーダーも、統哉は「はい、畏まりました!」と二つ返事だ。
「調理の間、まずはこちらでおくつろぎください」
 先ほどまでの悪感情は洗ったように引っ込めて、幸四郎は昼間の試食で用意した中から格子模様のケーキと和茶を勧める。
『マジ?! これ合成食材じゃないし!』
『そんなに気に入ったなら僕の分もあげるよ』
『シャチョー、やっさしー』
 甘ったるい会話を聞きながら幸四郎は砂糖を勧める。後で姉に話を聞いてもらいたいなと浮かぶぐらいにはストレスマシマシ、だが女性のことはきちりと見極める。
(「我々の来訪へも屈託なく喜んでいるだけ……これはシロですね」)
 一瞬だけ親指と人差し指で○を作り仲間へ知らせた。
 ――キッチンからは焼けるニンニクの良い香り。
 統哉はコックとしてパーフェクトに手を動かしつつ、極小ガジェットに仕込んだ端末でハッキング開始。全てリアルタイムでヤーガリと朔夜の電脳へ共有の手はずだ。
“盗聴器を発見した。どこからの盗聴かだけ押さえてくれるか。こちらでは襲撃はあるものとして対応するよ”
(「口封じなんてさせるものか」) 
 電脳班2人の心強い「了解」を耳に、ぐつぐつと湧く大鍋を統哉は睨む。
 再び室内――。
 稼いでもらった時間でディルはリラクゼーションの準備をしながら室内を確認する。
(「週末の遊楽用なんですね……使用感のないものが多い」)
 盗聴されてもいることだし、眠らせてから確りと確認したい。その上でディルは無邪気にケーキを食べてはしゃぐ派手な女へ視線を向けた。
(「彼女も死なせたくない。だとしたら眠った後も視界内は必須ですね」)
『美味しかったぁ』
「お口にあってなによりです。すみません、お料理ができるまでもう少し掛かるようですし、ゆっくりおやすみになってお待ちください」
 ケーキ皿を引く幸四郎に入れ替わりディルがにこやかに跪く。
「エイジア様は随分お疲れのようですね、ソファへどうぞ」
『まぁ社長ともなると気苦労が多くてね』
 中身のない自慢話を『へーさすがーすごーい』と如才なく相槌を打つ女のお陰で場がもつこともつこと!
「疲れを取るにはやはり睡眠が一番ですね。そう言った方のためのサービスも用意がありますので」
 ソファで寛ぐ2人の後ろ側からディルは古びたティーポットの蓋をそっと開いた――ヤマネがくるりと愛らしい瞳を瞬かせたなら、深い眠りにおやすみ3秒★

 ――ここからの猟兵達の動きは鋭くも激しいものであった。

「料理の仕上げは私に任せて、統哉さんは調査をどうぞ」
「助かる」
 キッチンに駆け込んできた幸四郎は統哉とバトンタッチ。
 フライパンに肉をのせ、同時に鍋の火をとろ火に絞る。開いたボウルなどは即座に袋に回収して片付けも進めておく。流石店を切り盛りするプロだ、手際が良い。
 統哉がリビングに駆け込むとディルが階段下にタオルケットをしつらえて女を寝かすのが目に止る。
「このリビングは私が詳しく調べます」
「頼む、寝室と書斎のチェックは俺がやる」
 統哉はそのまま書斎へと入る。
 ふみいったらセンサーで灯りがついた。だがこちらも電脳パッドが置かれるのみの質素な部屋だ。
“端末からの情報は僕が精査済みだよ”
“共有頼む”
 朔夜からの電信に頷き答え、統哉は部屋の中での不審物がないを確認。同時に外部からの侵入経路になりそうな所を電脳チームの2人にガジェットから共有する。
“なるほど。侵入はベランダから寝室へのルートが濃厚ですね。とはいえ正面玄関の管理はハッキングで潰せば騒ぎを起こさず入れる”
“僕たちのようにね”
 面白がるような朔夜にヤーガリも引き絞った口元を緩めた。
“お上手なんだから……ふふっ、あたしは引き続き玄関の警護を続けますよ”

 ――創作の結果、書斎と寝室の空気清浄機、リビング天井にしつらえたスピーカーの影に、毒針射出装置を発見。それぞれ外部ネットから操作可能なものだ。
“疑似情報を流しましたので無効化してOKです”
 ヤーガリの合図の後、速やかに危険物を処分する。その間に朔夜は情報共有。
“うん、彼に家族への愛着はないね。SNSの裏アカウントらしきものも見れたけど、まぁそうね……腐ってるよ”
 まず、アリカや“ノンノ”ことミリアへの愛着を示す記述は一切なかった。
 裏アカウントは残骸をあわせれば時期にあわせて複数発見済み。ただしバンド時代のものは古すぎてなかった。
 つぶさに読んではいないが、中身は大凡他罰的な愚痴に終始している。
 中でも、ウィリアムの接触を受けた辺りから、ミリアへの見当外れな悪口が増えている。人生が上手くいかなくなったのはあの女のせいだ、とか。
“あとはー……パティさんとは肉体関係があるね。隠しカメラで撮ったのかな、下劣な動画が出てきたよ”
 消しておきました、と、ヤーガリが割り込みをかける。
“どうせこの男はあたしたちに下るんですよ。四の五の言わせやしません”
「それがいいでしょうね。それで、アリカさんの生死についてや薬のことはなにか残していませんでしたか?」
 食卓にサラダから並べつつ幸四郎の容はすっかりと顰められている。
“やけにガードが堅いデータがひとつあります。皆さんの聴取の間もクラックを続けますが……”
 ヤーガリの電脳魔術でも手こずるということは、プログラミングの主はオブリビオンだろう。
「つまりそのデータが当たりということか。こちらでも直接対話して引きだしてみる」
 統哉の目配せでディルはリビングに寝かせた男の肩を叩く――。
「Mr.エイジア。お目覚めの時間ですよ」


 女は疲れがたまっているようだからと適当に言いくるめて、エイジアだけを食卓に着かせた。
 統哉とディル、そして幸四郎は社長の傍に付き従って、甲斐甲斐しくサーヴする。
 あれやこれやと料理の説明をすれば、エイジアは知った口ぶりでうんちくを披露する。それには先ほどの女から学んだ『流石です、素晴らしいです』の切り返しで完璧だ。
(「ひとまず“お茶会”なしで進めてよさそうですね」)
 幸四郎は一歩引くと2人へ目配せ。
「料理に合わせてこちらのワインもいかがですか?」
 斬り込むのは人心読みに強い統哉だ。
「天下のAI社の社長ともなると舌は肥えてらっしゃるでしょうけど」
 まろやかな液体を注ぎ、その舌が軽くなるように促す。
『ああ、いただこう』

 ――かかった。
 以後、エイジアからは論理的な思考力が奪われる。

 擬似的な友情めいたものが出て来た所で、統哉はデレデレと頭を掻いて“ノンノ”への熱を語りだした。
「あんな美人が奥さんだったら、毎日が薔薇色だろうなァ。いえ、まだ恋人すらいないんですけれどね」
「お嬢さんが生まれたらきっと可愛くて仕方ないでしょうね」
「そうですね。“ノンノ”さんの娘さんなんですから……」
 幸四郎とディルも愉しげに話題に乗った。エイジアがすっぱい顔をしたのにも気づかぬフリで、“ノンノ”と娘のことを褒めそやす。
(「なんなんだ! 子供子供とやかましい」)
 ますます不機嫌に眉を下げるエイジアは、がしゃんっとナイフとフォークを叩きつけるように置いた。
 おや、と、3人はオーバーアクション気味に身を引く。
「エイジア様、なにか料理に不手際でも御座いましたか?」
『料理が不味くなるような話ばかりしやがって!』
 あぁ、と統哉は申し訳なさそうに瞳を窄める。
「……あの、お話というと“ノンノ”さんのお子さんのこと、ぐらいしか思い当たらないのですが……」
 さて、エイジアが論理的な思考力を有していれば、話題が自分のことではないとわかる。一介のケータリングスタッフがエイジアと“ノンノ”の関係なんぞ知っている筈がないのだから。
 ――だが生憎と統哉のUCにより彼の思考力は奪われ切っている。
『鶏ガラ婆のガキなんざカワイイもんかよ。あのガキ、俺とあいつのクソみたいな部分しか似てないそばかす面の不細工さ。抱きたくなるような色気もない、そうさ華がないんだよ』
 3人の……いいや、ヤーガリを含めた4人の容に怒りの朱が一瞬奔る。だがそれぞれに自重して引っ込めた。
「それは、アカリさんのことですよね。あなたの娘さんの」
 唇を噛みしめる統哉の脇からディルが汚れた皿をカートへ乗せていく。
「最近AI社の若く有能な社員がお亡くなりになられたとか」
 顔も見ずに淡々とした所作のディルの問いかけ。統哉と幸四郎は相手の顔色を注視する。
『ああ、なんだお前ら。なんで“アリカが死んだ”なんて知ってるんだ。あのジジイの知り合いかぁ?!』
 不貞不貞しく足を組みエイジアは食事途中にも関わらず煙草を咥えた。申し訳なさが感じられない。
(「今から締め上げてやりたいですね」)
 家族の情を欠片も持ち合わせていないと目の当たりにした時点で、家族愛に充ち満ちた幸四郎からはお義理の微笑みも消え失せた。残るのは冷たい視線だけだ。
 そうか、と統哉はここで悟る。
 この男には良心なぞ殆どない。論理的思考を奪った結果、情のない外道さが剥き出しになっている。
「――あなたのほんとはどこなんだ?」
 それでも、嘗て男が叫んだ言の葉をぶつけずには居られなかった。
『……ッ! 嫌なこと言いやがって』
「いまのあなたはほんとに望んだ形なのか? あの歌は大人の操り人形になりたくないって歌だろ?」
『青臭いガキな俺にゃあ反吐が出るね! 世の中、勝ち組と負け組ってあるんだよ。|あいつ《過去の俺》は負け組で|私《今の俺》は勝ち組なのさ』
「……それが、あなたのほんとか」
 失望に満ちた場の空気にエイジアだけが気づけていない。そんな中でディルは嘆息と共に質問を吐き出した。
「ご遺族の方がせめて生きていた証をと大層悲しまれておりましたが――|彼女《アリカさん》は今どちらに?」
『あァ?』
 威嚇めいた声をあげて、不作法に葉巻の灰を料理の上にはたき落とす。
『あのガキは実験に入れ込んで勝手に死んだぜ。これもテーズ様が言ってくれた契約通りさぁ!』
 そして猟兵らがなにか言う前にポケットに手を突っ込む、どうやら端末を操作しているようだ。
『はははっ! ここまで聞いて帰すと思うか? 死ねッ』
 ――だが、なにも、起こらなかった。
 否。
 がしゃん、と、ベランダ側のガラスが割れる音が耳を劈き、ごんごろと肉の転がる鈍い音が続く。
「あなたはもう使い捨ての段階に入っているのではないかな? ほら、こんなにも殺し屋が差し向けられているよ」
 窓を蹴り割ってから気絶させた殺し屋3人を投げ込む優しさ装備。朔夜は浪々と笑いガラスを踏みしめ近づいていく。
 がたんっと椅子から立ち後ずさるエイジアは、ビクンッ! と引きつけをおこし膝から崩れた。
“あの毒針攻撃装置は、あなたを殺す為ではなくて、あなた“が”殺す為に仕掛けたんですね――もう無効化しましたけど”
 脳裏に直接響く声はヤーガリのもの。電脳を介してエイジアに埋め込まれたパーツへアクセスしているのだ。
“あなた、電脳の防壁はあってなきが如しですね”
 襲撃者は残らず灼いて、内ひとりは確保してある。どうせテーズの手の者だ、精査すればそこから彼の元に辿り着けるに違いない。
「?! テーズ様がAI社の防壁は完璧で俺にも与えてあると……」
“まったくありませんでしたよ、防壁なんて”
「やはり既に切り捨て対象なんだろうねぇ」
 朔夜はくつくつと喉を鳴らしてから、けろりと引っ込めて気の毒な目をしてみせる。
「エイジアさん」
 オールスターそろい踏み。もはや精神的に気遣う必要は皆無かと統哉は瞳を窄めた。
「あなたが荷担した犯罪のことを洗いざらい吐いてもらう」


「ようこそ、お茶会へ」
 幸四郎がポットより淹れたお茶は以後エイジアをこの場に縛り付け続けるのだ。
「甘い物はお嫌いですか? ではこのケークサレをどうぞ」
 ベーコンとオリーブのパウンドケーキを二切れ置いて、あとは食べ残しを手早く片付けていく。
「テーズについても色々お伺いしたいところですが……まずはアリカさんの生死と行方についてです」
 と、先ほどのディルの問いかけに重ねて畳みかけた。
(「『法と善なるもの全て』にかけてアリカの死の真実を調べぬく」――これが我が誓い」)
 それはヤーガリと、
(「もう本当に望めないのか、アリカの生存は……」)
 統哉の最も知りたい点でもある。
 だがエイジアは『既に死んだ筈だ』と繰り返すのみ、埒が明かないと場が冷えたタイミングで切り口を変えたのは朔夜だ。
「ねぇ、ミリアを苦しめて殺したい? それとも自分の手で自分を捨てた動機の夢を叶えて幸せになったところをどん底に落としたい?」
 えげつない問いかけに、エイジアは一瞬目を剥いた。
『………………どちらもだ』
 立つことすら赦されないテーブルにて腕を振るわせヤケクソのように告白をする。
『俺の人生を最初に壊した女を、俺が掴めなかった夢の頂点に立ったところを叩き落として惨めに苦しめて殺したい……』
「……AI社の優秀な社員ことただひとりの娘さんであるアリカさん、彼女のことも同じように憎んでらっしゃるのですか?」
 ディルの問いは濡れたようにやるせなさを帯びた。
『あぁ、あのガキがデキたのがそもそもの間違いなんだよ……子供さえ出来なければスキャンダルにゃあならなかったんだ』
 余りに身勝手な物言いはリアルとサイバーの空気を凍てつかせた。
 なんて、救いがたい男なのだ。
“エイジアさん、あたしは知りたい。力ある者に蹂躙された二人の女について”
 ヤーガリは電脳空間にて仲間達に見せるように魔道書の表紙を引っ掻いた。刹那、エイジアがげぼりと噎せて先ほど飲んだワインを胃液と共に吐き出したではないか!
“身をもって知ったでしょう? エイジアさん、あなたの生死は、あたしの指先ひとつにかかっているのですよ。特製ウィルスで狂死したいならばさておき”
 臭い体液にまみれガクガクと壊れたオモチャのように震える男へ、ヤーガリは最後の宣告を下す。
“アリカの死と遺体。「ノンノ」について知ることすべてをお話しなさい”
『だからガキは死んだんだ! 俺の血なんか残しちゃいけないんだぁ!』
 絶叫。
 子供めいた地団駄に、猟兵たちを呆れの感情が包む。
“それじゃあ“お薬”の製法と正体を教えてもらえません? あたし、こう見えて錬金の技や医学も、嗜んでおりまして、ね?”
 ヤーガリが本の軽く毒を流した時点で降伏を示すように両手をあげた。
 そして、スケープゴートは全てを告白する。

 ――エイジアという男は、幼少期に親からの精神的虐待を受けて育った。それがトラウマとなり、自身の血のつながりを異常に嫌うようになった。
 つまらない前書きだ。そんな事情で罪が許されるはずもない、あぁもっともだ。
 だが彼の、娘アリカに対する異常なまでの冷たさの理由づけにはなるだろう。
 彼は自分が愚かさで失態を犯す度に、自分の血を引き継いだ娘を産んだ“ノンノ”を心で罵った。まるで子供が胎内に生じたからこそ運を奪われたのだ、とでも言いたげに繰り返し繰り返し。
 自分に憧れていたパティの言葉も励ましにならず。むしろ金と性を搾取したゲスは、テーズことウィリアムに目をつけられた。
 彼は“ノンノ”……いいや、アリカの釣り上げに利用されただけの餌だ。
 報酬は、溢れんばかりの金と承認欲求を満たす社長の座。
 代償は――身の破滅。
『実務は全てパティに任せてある。報告書類はこのIDでアクセスできる』
 最後までヤーガリ、そしてサポートした統哉と朔夜が手こずったデータを開く鍵を曝け出し、エイジアは汚れた顔をタオルで拭う。こんな吐瀉物以下の男でも、臭いにおいはたまらないのだろう。
 データを開くと、几帳面なパティらしい報告が幾つも飛び出してきた。わかりやすいタグづけで、一度読めば概要が理解できる。
 それとは別に薬に関してのデータもあった。誰がまとめたかは無記入で、少なくともパティではない。
「研究所も、つながりある関連企業も、片っ端から記載されていますね」
「WACKからすると尻尾切り程度かもしれませんけれど、それでもないよりマシでしょう」
 ディルと幸四郎に頷いて、統哉は素早く全てのデータを証拠として応酬する。朔夜が「これは」と声をあげるのにつられ、他の面々も気づく。
「……つい先ほどの日付で更新されてるね。恐らく襲撃で貴方を殺して、巨悪の薬をばらまいた社長として責任を取らせるつもりだったようだよ。彼の興味は完全に貴方から外れているよ」
 更に朔夜はマスコミへのたれ込みを出来うる限り止めていく。
「告発は後始末として俺たちの手で行いたいからな」
 敵側の流れにのるのは業腹だと統哉は低く頷いた。
“薬の製法は……この世界の医学薬学が軸ですね。ああけれど……”
 ヤーガリは唸り声をあげる。
 試行錯誤の中で、通常では起こりえないブレイクスルーが幾つか見られる。その中にはどこか錬金術めいた知識が入っていたりもするのだ。
 生み出したのは|天才《オブリビオン》だ。精製方法の情報を消去し、生み出した天才を骸の海に帰せば、模倣することは永久にできなくなる。
 だがヤーガリの顔は浮かない。統哉の気遣う眼差しに苦笑して。
「いえ……これ、出発点は重病から逃れ生き延びたくて作られたお薬ですね。それが見てくれだけを飾って命をボロボロにするって……皮肉なものです」
「そうだな。気を取り直して、アリカの情報を見てみよう。エイジアは『死んだ』と言っているが、遺体が戻らないことを含めて何一つ解決していないからな」
 ――それは、ひとつの希望でもある。
 そして、パティのわかりやすい報告に手分けして目を通しそれぞれが同じ結論に達した。

 パティはアリカに対してなんらかの隠ぺい工作を行っているようだ。

 社長のエイジア、そしてパティのIDから辿ったウィリアムへの報告上では、アリカは死亡した遺体も処理したとなっている。
 とはいえ、遺体偽装までは行われていないので、節穴のエイジアはともかくウィリアムは見抜いている頃だろう。
 その上でスコッチ老には「遺体は返せない」と連絡がなされていて、今回の騒ぎが表面化した切っ掛けにもなった。
 何故このようなチグハグなことを行っているのか。 
「ここでは確定できなかったが、アリカは生きているかもしれないな」
 願うような統哉の声にヤーガリが笑みを零す。
「だと嬉しいですね。あぁ、スコッチさんがです」


「さて、と。貴方はどうしますか? Mr.エイジア。ここで我々が帰ったら、まぁ確実に消されるでしょうね」
 片付けをはじめた仲間を背に、すっかり死に体になっているエイジアへ最後までつきあってやるのは朔夜だ。
 この歪んだ破綻者をみんな死なせる気はないのだけれど、話をするのには吐き気を催すと言ったところ。ならばと喜んで請け負った、彼はそんな男なのだ。
「僕たちに投降してくださるのであれば、本件の片がつくまでは身の安全は保障します。どの道AI社の巨悪は暴かれ貴方は責任を問われるのだけれども。テーズ氏が黒幕なんだと心象を少しでもマシにすることに賭けるのも悪くはないのでは?」
 中身のないスカスカのキャンディみたいな申し出にも関わらず、エイジアは首を縦にゆらした。


 ――…………。
『ん……うぅん…………』
 商売女・レイラが身じろぎしたら、琥珀と漆黒それぞれの双眸が気遣わしげに見つめ返してきた。
「ああ、良かったです。よっぽどお疲れなのですね。ぐっすりと眠られていましたよ」
 琥珀のディルは、ほっとしたように頬を緩めマグカップを差し出した。
「目覚めのミルクティです。と言っても、もう夜なのでカフェインは控えめで、落ち着く甘さで仕立てました」
『あ、ありがとう。わぁああ、良い香り……ふぅ、て、シャチョーは?』
「それが、実はですね……」
 困ったように切れ長の瞳を瞬かせ幸四郎は体をずらす。そこには朔夜が蹴り割ったガラス窓がある。わざと確認させたのだ。
『?!』
「実はあなたが眠っている間に襲撃されました。エイジアさんは恨みを買っていらっしゃったようです」
『え、ええ、死んだの? あいつ?! ……ってアンタ達なんで平然としてるの?』
 矢継ぎ早の質問にも「どうか落ち着いてくださいね」とクッキーを差し出す幸四郎。その上で2人してこう告げるのだ。
「「実は我々は|猟兵《イェーガー》です」」
 ぽかんと口をあいた女へ、念のため事件解決まではこちらの用意したセーフハウスで身を隠して欲しいこと、また詳細を知るとますます身が危ういと告げた。
「もちろん、お好きなだけ手製のスイーツを用意しております。食事もよろしければ。ずっと眠られていてお腹をすかせてらっしゃいますよね」
 くぅと鳴るお腹を押さえレイラは頬を赤らめる。
「私がいる時は紅茶をお淹れします。留守中も水出しアイスティを沢山ストックしておきますね、甘みがでて美味しいですよ」
『行く! 今すぐつれてって!』
 ――そんな魅力的な申し出を蹴れる人なんているわけがない!

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

大町・詩乃
【1】で

サイバー巫女クノイチスーツを着用してパティさんのベランダに入らせて頂き(迷彩)、行動を共にする猟兵さんとアクセスします。
(カルマさん準備ありがとうございます♪)

パティさんに会えば、ぺこりと頭を下げて「よろしくお願いいたします。」と挨拶し、同行の猟兵さんを紹介。

まずはパティさんのお話を虚心坦懐に耳を傾けます。
その上でアリカさんとノンノさんについて尋ねてみます。

パティさんにはわだかまりや罪悪感や怒りが有ると思いますが、《慈眼乃光》で優しく見つめて、彼女の全てを受け入れます。
他の皆さんから得た情報もありますが、知ったかぶりはしないようにする。
(パティさんだけでなく、電脳世界のアクセスポイント全てを友好的になるように。)

話が終わった後、パティさんに「大丈夫です。貴女も他の方もまだやり直せますよ。」と笑顔を向けます。
(だって今回の事件で本当の意味で失われた人はまだいない筈だから。)

ウィリアムが妨害してきたらハッキングで時間稼ぎしつつ、パティさんと一緒に現実世界に戻って、彼女を護りますよ。


リューイン・ランサード
電脳はよく判りませんので、ここは一番危険そうなパティさんを物理的に護る方向で行動。

結界術で姿を隠し、翼を使ってパティさんの住居の屋上に移動して周囲を見渡せるように。
申し訳ないですが、UC:式神具現でパティさんの住居周辺および住居内部を捜索、怪しい人物や装置の有無を確認します。
あと狙撃の危険性もあるので、パティさんの住居を狙撃できそうなポイントを仙術による千里眼で全て把握します。
得た情報は全て仙術の精神感伝術(≒テレパシー)で近辺の仲間に伝えます。

必要に応じてフローティングビームシールド移動させての盾受け・かばうでパティさんを狙撃から護ったり、結界術・高速詠唱で爆発物から保護したりと対応する。


カルマ・ヴィローシャナ
1.
よーしよし、あんまり難しい話はワザマエの皆に任せよう
私はパティに会う皆に着いていき周辺の護衛を
住居のベランダに|遮導《ドローン》を|迷彩《ステルス》で展開し
何なら猟兵の撤退用アクセスポイントにしちゃってもいい
サーバはカルマちゃんの中にあるから即席の|電脳防壁《バリケード》くらいにはなる筈

んで、ジッサイ何があったのかしらね
ドーモ、パティ=サン
カルマちゃんだよ。よろしくにゃん♪
カルマちゃんも配信とかやってるから機材や道具について聞きたいなぁ
特に……『ノンノ』って一体何なの?
いつ、誰が、何処で、何の為に……
そして、どうしてこんな事になったのか

大丈夫よ。今なら取り戻せるかもしれないでしょ、多少はね




 エイジア宅にケータリング「イェーガーバックス」が迎え入れられたのとほぼ同時刻――。

 富裕層が好むベイエリアの高層マンションの最上階にパティ・ホークの住まいはある。
「警備員の常駐にセキュリティも確りと見えますが……」
 周囲に視線を配する大町・詩乃(|阿斯訶備媛《アシカビヒメ》・f17458)に対し、片目を閉じるカルマ・ヴィローシャナ(|波羅破螺都計《ヴォイドエクスプロージョン》・f36625)
「どいつもこいつも誰かの息が掛かってないなんて、そんなぬるい話はこのザナドゥにはないない」
 パティがウィリアムの監視下にあるのは想定内だ。
「ごめんなさい。やっぱり電脳はちんぷんかんぷんです」
 リューイン・ランサード(|波濤踏破せし若龍《でもヘタレ》・f13950)は道中ずっとずっと式神とのリンクを続けていた。
「先に飛ばした式神からの報告では、住居周辺に襲撃を企む不審人物や怪しいアジトは見られません。狙撃ポイントにも誰もいません。ですが油断せず、屋上からしっかりと見張ります」
 プライバシーの侵害は申し訳ないなと思いつつ、パティが物理的に襲われては元も子もないと遂行した。
「はい。ネット上での護衛、そしてパティさんからお話を伺う役目はお任せください」
「僕も気を引き締めてがんばります!」
 リューインは一足飛びで遙か上空へ至る。2人もパティのベランダを目指し行動開始だ。


 パティの指定したサイバーポイントは場末の小さなライブハウス風のBarだ。
 小さな舞台では、若々しいバンドマン達がギターをかき鳴らし青臭い感情を吐き出している。|観客《モブ》はそれらに振り返りもせずに思い思いにお喋りに夢中だ。カルマは即座に背景アバターを支配下に置いて外部からの乗っ取りを阻む。
「パティさん……ですか?」
 女学生の制服に身を包みべっこうの眼鏡をかけたそばかす面の少女を前に詩乃は驚きで目を丸くした。
『はい、年甲斐もなく恥ずかしいですが、お話するにはピッタリかなと』
 心なしか昼間より砕けた物言いに、詩乃は微笑み「いいえ、素敵です」と首を横にゆらした。パティを安心させる為に詩乃のアバターは昼間に似せてある。
「ドーモ、パティ=サン。カルマちゃんも配信とかやってるから機材や道具について聞きたいなぁ」
 いつもの姿のアバターは戯けて、だがベランダの彼女は高速電算を走らせ|遮導《ドローン》を|迷彩《ステルス》で展開し続けている。
『! あなたが|猟兵《イェーガー》の……』
「ふふー、実はその詩乃ちゃんも|猟兵《イェーガー》なのだー」
 まぁと目を丸くするパティへ、詩乃は改めて微笑み、
「はい。猟兵としてあからさまに接触するとパティさんを危険に晒してしまうかと思って、騙してしまったようでごめんなさい。既にパティさんのお住まいのマンションの外側にも護衛もつけています。どうかご安心を」
「ところで、あのバンドマンはエイジアさんじゃないんですね」
 一心不乱に頭を振って歌う男は目元の作りが雑だ、いいやパティ以外のアバターは全てモブらしくそうなっている。
『……もう私も“彼”も、この場には相応しくないですから』
 寂しげに瞼をおろす様子はアバター通りの二十歳前の娘が出来る仕草では、なかった。

 ――パティは終始淡々と落ち着いた口ぶりでいて饒舌に語る。問いかけへも隠し立てせず答えてくれた。
 時間がないと承知しているからだろう、エイジアへの憧れ思いの丈はあっさりとだけ。けれどもわざわざ夢中になった頃のアバターで来ている時点で思い入れは充分に伝わってくる。
 本人が芸能界から消えてなおファンサイトを維持し続けた、そんな憧れのボーカリストが同じ会社にいると気づいたのは、彼と有力者の婚約が流れた時だった。
 勇気を出してファンだと打ち明けたパティを、端的に言うとエイジアは食いものにした。金をせびり、仕事の成果は取り上げ自分のものにした(まぁこれはすぐに上層部に見抜かれたようだが)
 パティはこの関係が未来につながるものではないとわかっていた上で、エイジアと離れられなかった。
『今は、私が彼を独り占めしているってね。私ってバカな女』
 自分を突き放すように言い放つとパティは天井を見上げた。
 ヘッドハンティングの調査結果は相違ないとパティは頷く。その後の話で、彼女は画然と言い切った。
『……私は、嫉妬した。アリカという存在に』
“ノンノ”ではなくアカリに拘るのか、とカルマは内心思う。
 強ばる頬でぐっと奥歯を噛みしめる。そんなパティへ詩乃は優しい眼差しを注いだ。
『私は、彼の子供を産ませてもらえなかったのに……! ひとりでも育てるって言っても赦してくれなかった。だから子供を産めた女が、そして子供そのものが憎くて憎くて……』
 人は時に苛烈な感情に煽られて他者を害する。だが詩乃はそのような過ちも責めずにまずは受け入れる。
『……』
“ノンノ”となる女への嫉妬。
 死へとつながるとわかった上で“ノンノ”へ若返り術を施したのも認めた。その時は、アバターらしからぬ過呼吸な息づかいが場に満ちた。
“ノンノ”は愚かで、なんでこんな女がと憎しみが募ったとまで曝け出した上で、質問がアリカに及ぶと一転してパティは恥じ入るように俯いた。
『……実際にお逢いしたアリカさんは純粋でどこまでも眩しかったの。お婆さまの死で心を壊しそうになったお爺さまをとても気遣っていたわ。そして母の肉体が限界を迎えたとしても、心を電脳世界に残せれば、生きていることと同じだって――』
 きらきらしていたの。
 と、少女のパティの瞳もまた純粋な輝きを帯びだした。
「あなたは、素晴らしいものを素直に褒めてくれますね。心にお水をくださる方。近づく為の面接でしたけれど、嘔をお褒めいただけたことは嬉しかったんです。きっとアリカさんも、あなたと言葉を交わして奮起されたのだと思います」
 ――詩乃は信じたいと思っている。今回の事件で“本当の意味で失われた人がいないのだ”と。
 ――カルマはまだ取り戻せるものがあるのでしょ、多少、とクールだ。
『そう、きらきらしていたの。だから私、あの子が“自分を実験体にする”と言った時も止めたわ。死なせたくなくって……』
 ウィリアムが誘導して危険な実験に手を出させたと窺い知れる。
『実験には立ち会えるよう手をまわしたわ。研究の詳しいことや仕組みはわからない。ただ実験を進めたら、アリカさんが突然意識を失ったのよ。テーズという上の研究員から、肉体を処分するように言われて。まだ死んでいないのによ?!』
 信じられない指示だと怒れる時点でパティの倫理観はエイジアより遙かにまともだ。
『逆らうのも恐くて『データとして必要ないのか聞いたら』――“肉体を殺しても電脳のアリカが存在しているのならば、実験は成功だ”って』
 沈黙が訪れた。
 祈るように信頼を向ける詩乃の眼差しの前で、パティはこうハッキリと呟いた。
『殺せるわけ、ないでしょう?』
 と。
 だが直後、突如脳内に“WARNING”コールが響く、リューインの精神感応だ!
“玄関にて接敵します!”
 直後、パティの部屋の玄関ドアが激しい音をたてて振動した。
 アバターのパティは立ち尽くし、ベランダからガラスを隔てた向こうからは女の小さな悲鳴が響いた――。


 玄関に突如現れた娘が、同じく瞬間的にドアを背にし現れたリューインの掌底打ちで吹き飛ばされる。
「……ッ、オブリビオン?! 違う? でも人間じゃない……」
 心優しき青年は人を殺すわけにはいかないと直前まで埒外の力を乗せる気はなかった。しかも眼前で襲撃者は写真で見たアリカに瓜二つなのだ!
 猟兵としての勘が囁いた。
 この者をパティに接触させてはならない。
 これは、普通の人間ではないのだ、と。
『―…………__、あ、あぁ』
 アリカの姿をしたそれがチラチラと瞬いたかと思うと、組あわせた拳をリューインごとドア目掛けて振り下ろす。
「させません」
 リューインは即座にフローティングビームシールドを収束させて拳を受ける。同時に分散させた一方をドアの向こう側のパティを覆うように展開した。
 ごづりとシールドを抜け鉄ドアにピンホールが穿つ。そこから致死性のビームが抜けていくも、リューインの盾が見事に迎撃した。
 蝶番が割れて内側に倒れたドアを踏みしめリューインが室内に躍り込む。
「大丈夫、絶対に護りますから! 僕の後ろにいてください」
 と、背後にパティを庇い光盾を敵へと覆い被せ追い払わんとする。
「彼女には手をふれさせません!!」
 リューインの声が内側からする。
「ごめんなさい、パティさん。後で弁償しますから」
 詩乃は迷うことなく窓を蹴破り転がりこむとパティの腕を強く引く。
「パティさんの電子データ含めてこっちのサーバーへ移動完了。Barから完全に切り離すよ」
 カルマの声が部屋を打つ、同時に詩乃はパティを抱きかかえベランダへ逃れた。
「はい、敵はまかせて行ってください!」
 リューインは室内に入りかけた敵へタックルして廊下の壁へと追い出した。
『―………………ちッ!』
 直後、男の舌打ちめいた音と共にアカリの姿をした敵は消え失せた。猟兵達はパティを護りきれたのだ!


 猟兵が新たに確保したセーフルームにて、パティは名刺の裏に走り書きした地図と鍵を詩乃へと手渡した。
「私が準備した療養ルームです。ここに意識不明のアリカさんが居ます。信頼出来る医師の指示の元で生命維持がされています。ネットにもリアルにも住所のデータは残していません」
 実は日々身の危険を感じていたとパティは添えた。
「良かったです。猟兵の私達につながって」
「はい! アリカさんの意識は戻るかわかりません。それでも、全てが片付いてなお目覚めないのだとしてもお爺様に逢わせてあげて欲しいんです」
 だからスコッチ老には“死体を返せない”と伝えた。だって死体なんてないのだから。妙に律儀なパティを好ましいと猟兵たちはそれぞれの笑顔を見せる。
「勿論です」
 ――希望はあった。
 リューインが戦ったアリカに似た襲撃者に更なる鍵があるに違いない。絶対に取り戻すと皆で心に誓うのである。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

涼風・穹
【4】

何と言うか、複数の人間の思惑が妙な具合に絡まり合っていてややこしくなりすぎていて全体像を見るには|情報《ピース》が足りないな…
……ウィリアムにせよAI社にせよ結構な額の金を使っているしWACKも絡んでいるだろうけど、メガコーポ相手に話を聞くのは無理があるしな…

そんな訳でWACKのライバル企業の|アルバイト《シャドウランナー》募集を探してみます
誘拐や殺しは勘弁だけど、お使いとか何かを頂くような|仕事《ラン》ならやるぜ
《起動》は物の移動に便利だし必要なら予め格納しておいた『スカーレット・タイフーン・エクセレントガンマ』や『ズィルバーンヤークトフント』もいつでも出せるしな
直接的にWACKからデータを抜き取るとか何かを頂くならそれなりの手筈を整えてくれるならお零れ目当てで参加するのもいいし、関係ない|仕事《ラン》でも報酬に情報を求められるならそれはそれで
他社の不利益を期待して色々教えてくれるかもしれないしな
この世界ではなく俺自身の倫理観として怪我人や不幸を量産したりはしないのは勿論だけどな




 ――涼風・穹(人間の探索者・f02404)の行動時間は非常に長い。
 3人の主要人物に逢う気がないため作戦会議の途中には席を立った。そして他の面々が主要人物との邂逅に片を付けるまで、彼がなにをしていたかと言うと……。
「誘拐や殺しは勘弁だけど、お使いとか何かを頂くような|仕事《ラン》ならなんでもやるぜ」
 1日限り猟兵印の|運び屋《ランナー》である!

 仲間が貼った電脳防壁は堅い。故に仕事検索はスコッチ邸にて。ここでなるべく多くの仕事を入れてしまう算段だ。
「複数の人間の思惑が妙な具合に絡まり合っていてややこしくなりすぎてるからな、全体像を見通せる|情報《ピース》を集めたい所だぜ」
 探すのはWACKのライバル企業の|アルバイト《シャドウランナー》募集だ。サイバーザナドゥではなく穹自身の倫理観に反しない仕事となると、ネットの上層に浮いているのが丁度良い。
「おっと運が良いな、エイジアとパティが居た“S社”からの仕事がある」
 今回は“1足りた”なーんて。
「なにかわかり次第共有する、だから他は任せたぜ」
 と言い置いて飛び出した穹は、深紅の相棒のエンジン起動、滑るようにS社へと繰り出した。


 何も知らないシャドウランナーが爆発物などを運ばされる、なんてドジは無論踏むわけがない。仕事自体はスピード重視の企業間の運搬。
 だが穹の『どのような形体のものも《起動》を使用すれば質量関係なく運べる』点が客先には非常に都合が良かった。
『ははーん、キミはイェーガーかい。で、そんな安い値段で請け負ってくれるってことは、金以外のもんを寄越せって魂胆でしょ?』
「話が早くて助かるぜ」
 手始めに運搬アルバイトを10件ほどまとめて引き受け済ませた。
《起動》のUCの積載容量は無尽蔵。スピードはスカーレット・タイフーン・エクセレントガンマにお任せだ。

 エイジアとパティが居たS社で集めた噂話も、先述の彼らの話を裏付けるものであった。
 まずエイジア。
 バンドマンから女を孕ませた逃げた男がこんな大きな会社に入れたのは、縁故採用だから。
 だが、ビジネスパーソン以外……どころかS社関連以外に働きたいと口にする親族にはありとあらゆるモラルハラスメントがなされる程には狂っているらしい。
(「芸能界でのチャンスも潰されていたらしいってのは気の毒だな」)
 確かに社内の権力者の娘との婚約破棄が転落の第一歩ではあったのだが、子供はいらないと口走り仲が破綻したのも大きいという噂話もあった。それもエイジアの告白に合致する。
 一方パティ。
 わかりやすくクズ男に騙された有能な女性社員、それ以上でもそれ以下でもない。

 お次の届け先は芸能プロダクションから撮影現場。
『すごいわぁ、なんでも入っちゃうの? |猟兵《イェーガー》って魔法使いみたいね』
 地下アイドル歌手……の、替え玉だ。なんと本人が男と逃げて現在捜索中、アイドル候補で芽が出ない娘で良く似た子に電脳メイクを乗っけて電波にのせるらしい。
「なぁ、こんなんじゃ偽物だってバレるんじゃないのか? もっとさ“ノンノ”みたいにがらっとやっちゃわないの?」
 彼女を収納した後で、軽口めいた調子で探りを入れる。
『おいおいおい、充分似てるぞ。更に電波にのっけてリアルタイムで修正するんだよ。バレるもんか!』
「それならその辺の若いスタッフとかで間に合うんじゃないの?」
『ムリムリムリ! ダンスできない! そこを弄ったらもうそれバーチャルでいいから!』
 成程、“ノンノ”の演技力はミリアが持ち合わせているものだからな、と、穹は腑に落ちる。
 電脳修正界隈の話はその後も聞けたわけだが、結論から言うと“ノンノ”は無茶な電脳装飾をやりすぎている。モデルの命を度外視するなら、どこまで盛れるかの実験ができる。


 ふうっと、全ての仕事を終えてすっかり夜の帳が落ちた天蓋を見上げる。
 エイジアの“ノンノ”計画は、ミリアの殺害こそが目的だ。そこはもう曇りがない。
「どんなに不利な立場でも役者として成功する才能ある女と、実家に潰される程度の才能しかない男か――」
 そこも嫉妬の根っこに穹からは思えた。

 最後にふらりとアリカとテーズが出逢ったゲームセンターに顔を出してみた。
 適当に屋台飯を奢ってやりながら店主とくだらない話をする。
 既出の情報ばかりだったのだが、ひとつだけ穹の印象に残ったものがあった。

「テーズは、寂しがり屋のくせに人を見下して遠ざける難儀な奴さ。でも、アリカのことだけはめちゃくちゃ気に入ってたみたいだな――“今度こそフラれたくないから”っつってたし」

大成功 🔵​🔵​🔵​

アスカ・ユークレース
3.テーズとの接触
常に警戒、必要以上の接触は避ける

……相変わらず可哀想な男、どんなに綺麗でも翠銅鉱は翠玉にはなれないのにね

久しぶりに一度その面拝んで置くのも悪くはないですね
決戦となればゆっくり話す余裕もないでしょうし


Ms.ユークレースが会いたがっていると伝えれば接触は可能なはず
彼の私への執着は少々アレでしたから
関係?マウスと研究者もしくは|中古品《私》の次の持ち主……といったところですね
……かつて私の|記憶《メモリ》を奪い改竄した張本人でもありますね
何のために?データが欲しかったのでしょう
電子生命体の思考ルーティン解明のために……

あ、今更どうこうするつもりはないですよ、歩んだ道はもう離れすぎている
それに……盲目的になれるほどまっさらでもないですしね


ま、色々と因縁はありますが。
ある意味あれも被害者です、病に犯され刻々と動かなくなる生身に怯え不老不死の夢に取り憑かれた……


ベティ・チェン

自分の素性に絡め研究内容を聞き出す

「死んだクジラは、妄執だけじゃ使えない。冷凍技術が未発達だった時代、マグロのトロはすぐ腐るから棄てられた。キミの技術と願いは、相応に釣り合っているのかな?」

「キミの解体スキルを磨くためだけに、肉塊にされる気はないってこと。キミが何を目指してるか、キミの遥か先を行ってる先人に何を思うか。その先人をどうしたいか。ボクがクジラになるかはそれ次第、だね」

「ボクは2度生まれて、ゴミ棄て場で目を覚ました。キミが研究者なら、それで想像出来るだろ。キミの答えが聞きたいな」

「隠れ里で生まれて勉強なんてしたことがないボクが、普通にここで生活できる。死んだ記憶はないけど、フラスコから外を見た記憶がある。ボクは多分、1人目じゃない。…オリジナル程度の身体能力があっても、頭脳かスキルが要求を満たさなくて棄てられた失敗作だ」

「ばらせばボクの臓器や骨に、そいつのサインはあるかもしれない。キミの研究は妄執は。そいつに追い付き、追い越し、そいつを破滅させられるかい?」
分身して微笑む




 ――場所特定を避ける為だろう。指定されたアドレスから更に幾度か物理的な移動を強いられて、漸く辿り着いたのは彼の白衣のように薄汚れた『白』い電子空間だ。
 視界を灼く暴力的な目映さはない、だからって優しい風合いで落ち着くわけでもない。居心地の良くない無機質さは電脳空間らしい。
 ベティ・チェン(迷子の犬ッコロホームレスニンジャ・f36698)はリアルでは緊張をほぐすように指を揉んで、先ほどのカラオケボックスとなんだか大差ないなと電脳空間の感想をまず零す。
「くるの?」
 ベティは傍らのアスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)に顔を向ける。
「最初はあなたとの話を様子見をします、今の彼を把握する為に」
 彼は絶対にアスカとの面会を拒まない、絶対に。だから焦る必要はないのだ。
「わかった」
 ベティはあくまでベティだ。
 その素性を話のタネにして、彼から探り出せるものをつまみ上げよう。
 ……恐らくだけど、彼は急にオブリビオンの本性をむき出しにして襲いかかったりはしないと思うのだ。するなら先ほどとっくに――くじらの竜田揚げにされている。
『来るとは思わなかったよ』
「嘘だ」
 ははっと笑って虚空に腰掛け足を組む。するとテーズ――ベティは敢えてこう呼ぶ――彼の腰につるつるの堅そうな椅子が現れた。
『キミは立っててよ。その均整の取れたプロポーションを眺めていたい』
「どうぞ存分に。極力ボクのリアルに近づけたアバターにしてあるから」
 べたべたと触りもせずに惚けた視線だけで計上しているのが却ってくすぐったい。
「ねえ」
 さぁ、口火を切って。
 ボクから手札を見せてあげる。
「死んだクジラは、妄執だけじゃ使えない。冷凍技術が未発達だった時代、マグロのトロはすぐ腐るから棄てられた」
『腐っちまうのはむしろ贅沢だな』
 魔法使いめいた指先遊び、テーズの手元には先ほどのボックスで食べた無味乾燥な料理が現れる。
『電脳の中じゃあ腐らないけど、リアルの料理だってスカスカ。エキスなんて表現で入れたフリしてるだけだ」
「栄養はあるの?」
『さぁ』
「じゃあ、キミの技術と願いは? 相応に釣り合っているのかな? ボクはね、キミの解体スキルを磨くためだけに、肉塊にされる気はないってこと」
 ふぅんとテーズは不健康な容にのっかった鼻を鳴らす。
『言葉遊びは好きさ』
 テーズは彼女の肉体能力が気に入ったのはあるが、内実をかっさばきにくる思い切りが刺さったのもある。
『俺を解体しようとしてるんだ、はははは』
「有り体に言ってそうだよ。キミが何を目指してるか、キミの遥か先を行ってる先人に何を思うか。その先人をどうしたいか。ボクがクジラになるかはそれ次第、だね」
 テーズは体ごとベティに向き合い問いかける。
『クジラになる気はあるんだね』
「気がないならくるなって言ったのはそっちだよ」
 お互いに笑い合ってから、テーズは手元で指をぴたりとくっつける。
 電子でベティの体組成を不作法に暴きひとり頷く。
『すごいな……どうやってるんだ、これ……』
「質問に答えてくれないの? まぁいいよ、先に教えてあげる。ボクは2度生まれて、ゴミ棄て場で目を覚ました。キミが研究者なら、それで想像出来るだろ。キミの答えが聞きたいな」
 ベティは、最初に生きた隠れ里では勉強なんてしたことがない。けれど普通にサイバーザナドゥで生活が出来る。
「ボクは、経験をしていない。けれど出来ることは存外多いんだ」
『それは天啓のようにキミにもたらされるのかな? ひらめき、もしくはそれこそ神めいたものが脳裏に存在してるのか』
 いいや、そのどちらでもないとベティは首を振る。
「灼きついているんだよ。その時になったら“出来る”――ボクは多分、1人目じゃない。死んだ記憶はないけど、フラスコから外を見た記憶がある」
 結局はテーズを喋らせことも叶わずに、自身が解体されていくのか。それは悔しいとちゃあんと隙を窺っている。
「……オリジナル程度の身体能力があっても、頭脳かスキルが要求を満たさなくて棄てられた失敗作だ」
 こうやって口にしたら、それは事実としてボクを象るパーツとなる。曖昧はもう赦されない。
 でもパティの瞳はくるりと輝いていた。そう、目の前の男の瞳と同じくだ。
『成程成程』
 特異な出自をかぎ取って、テーズはすいっと顔を近づける。
『キミのオリジナルはどこなんだい? 生きてるの? 死んでるの?」
 今まで触れようともしなかった男が、ベティの腕を握りしめて食い入るように視線をあわせてきた。その顔はまるで飢えて舌と涎を垂らす獣だ。
『なぁ、なぁなぁ、死んでるのか? 死んでいてもキミはオリジナル? オリジナルと同じ形の心を持ちオリジナルと同じ思考をするのかい? オリジナルの影を感じることは? ……先の例ではないけれど、神としてキミに君臨してはいないのか?』
 矢継ぎ早な質問の洪水を浴びせられて、パティはそのひとつひとつの答えを考えて懸命に答えようとした。
 だがその前に、テーズは緑の髪を掻きむしってから消沈する。
『ダメだ……神として君臨すると、オリジナルとキミは別人ということになる。それじゃあダメなんだ』
「…………キミは、キミとして生きていたいんだね」
 もうテーズが“クジラ”としては自分から興味を佚したのだとパティは理解した。
 だから、ばらした自分の臓器や骨に、そいつのサインはあるかもしれないという誘いは飲み下した。
 ――解体は完了したのだ。
 同時に、パティもまた彼を知る。
 喉から手が出るほどの生への渇望。それを叶える為の探求に耽り続けている。そうして|この世界ではあり得ない英知《錬金術》に辿り着いたのは、ヤーガリの調査結果と照らし合わせれば浮かび上がることなのだ。
「アリカもそうやって解体したんだね」
『……あいつは勇気ある女だ。実験の為に己の肉体を手放すことを躊躇わなかった』
「でもそれは“帰ってくる気があった”んじゃないの? そもそもが生きてるスコちゃんが好きで、スコちゃんの『死んだ奥さんに逢いたい』って願いを叶えようとしてやったんでしょう? 死者復活が荒唐無稽で無理ならまで生きてる“アリア”には間に合うように……これは自分が生きてる前提の筈だよ」

「この男は、他者の都合なんて考える男ではありませんよ。己だけしか見えない心なしです」

 嘔めいたヴォイスと共に白の空間に突如電子の像が編まれた。
 しっとりとした絹の黒髪、澄み切った白群の瞳はまろやかにもう一方の銀は無機質に全く違うのに奇跡的な造詣でつりあう、美貌の電子精霊の顕現。
『あぁ……!』
 低温動物めいた男がパッと瞳を見開いた。まるで焦がれた初恋相手を前にしたように血の気のない頬を精一杯に染めあげて、持ちあげたサイバーアームの指先をかしゃかしゃと振るわせる。
『お久しぶりですね、Ms.ユークレース』
 明らかな興奮を取り繕うように静め、テーズ……いいや、ウィリアムは口元をつりあげる。そんな親しげな呼びかけを、アスカは片眉をあげるだけで応えた。
「……相変わらず可哀想な男、どんなに綺麗でも翠銅鉱は翠玉にはなれないのにね」
 容易く剥がれ割れていく存在を、骸の海から掬い上げて形にしたところでそれは泡沫、けれど本人だけが気づいていない。
『ははぁ、相変わらず皮肉も上手に言いいますね。流石ですよ、Ms.ユークレース』
 惚けたように片眉を持ち上げている彼は、アスカの先ほどの揶揄に似せようとでもしているのか? 人のリアルに似せようとするのは常に電子の側の筈なのに。
(「話し方が変わってる。やはりアスカは“特別”なんだね」)
 ベティは会話から一歩引き背景へと溶け込む。これはこれで興味深い。
「真似をしても私にはなれませんよ」
『キミは翠玉というよりは青玉だ。しなやかで割れもしない、そして……』
「私は“ユークレース”です。もう私の事は散々に暴かれています、それでも知ったふりをされるのは不愉快です」
 アスカはうんざりとした風情で唇を歪めた。
 彼との関係は、アスカの視点からすると『マウスと研究者』だ。
(「もしくは|中古品《私》の次の持ち主……」)
 10体の為の試作機は一時期この男に所持されることとなった。けれども“この男の為のアスカ”となった気はない。
『あなたは私の手の中にあったでしょう、ほら』
 白衣の腕が抱きかかえるような形にされると、その中央にふわりと蒼い宝石が浮かび上がる。アスカはそれを憤懣やるせない目つきで睨む。
「かつて私から泥棒同然に奪った|記憶《メモリ》の改竄前がそれですか?」
 電子生命体の思考ルーティン解明のためだろうか、当時もアスカの“|都合《気持ち》”なんか全て無視して奴はメモリを奪い改竄したのだ。
『返してあげましょうか? あの時点の“あなた”に戻れますよ。セーブポイントにすぐ戻れる、それが電脳の良さだ。やり直しが効くんです』
「でもあなたが求めているのは、変わりゆき成長しながらも永劫に生きる“ひと”でしょう?」
 そう答え、アスカはしなやかな鎖めいた電子防壁で差し出された宝石を払った。
「そして私もあれから随分と年輪を重ねました。だからもう戻らないし、あなたが嘗てしたことを今更どうこうするつもりはないです」
 斜め下に俯くアスカはため息に一匙の哀愁をさらりと振りかけて、ぽつり。
「歩んだ道はもう離れすぎている」
『……』
「それに……盲目的になれるほどまっさらでもないですしね」
『だから魅力的なのですよ。真っ白なものを作っても仕方がない』
 ベティをわざわざ見たのは当てこする為だ。それに対し電子ニンジャは肩を竦めるに留める。
『私が望むのは、私だ。私の姿をして私の思考を持ち、かつ、蝕まれ痛みを発する役立たずの肉体から自由にしてくれる、そんな“技術”です』
「“ノンノ”へ施した若返りの施術は」
『大失敗でしたよ。結果として私の肉体の毀損が進んだだけだった』

 ――アスカは一瞬強い憐れみを浮かべた。
 この男、やはり自身が既に朽ち果てていて、今はオブリビオンとして存在しているのだと認識できていない。
 オブリビオンの肉体が、あれしきで傷むわけがないだろう。
 もう男は、己の現実すら見えていないのだ――。

「アリカさんの望む夢と綺麗に合致しますね。そして彼女の方がより先に進んだ研究を完成させたのでしょう、悔しかったですか?」
 ウィリアムは子供のようにニヤニヤ笑いを見せた後でこう叫んだ。
「ワクワクしたよぉ!」
 と。
「夢が叶えばいい、夢を叶えるのが自分でなくてもいいってことかな、テーズ」
『アリカの理論は未熟だった。けれど俺が突き詰めても辿り着けなかったブレイクスルーを起こしてくれたんだ。まぁ謂わば2人の共同作だね……けれど、まだ完成していない』
 翳した指の先に巨大なモニタを召喚し、2人の視界に入れる。
 そこには何処かの高級マンションの入り口が映りこんでいた。
『まぁね、キミら猟兵が動き出したんだ。もう動かすしかない』
 そこには電子データの“アリカ”めいたものが現れる。輝くビームシールドで迎え撃つはパティの護衛についた仲間のリューインだ。

『―…………__、あ、あぁ』
 アリカの姿をしたそれがチラチラと瞬いたかと思うと、組あわせた拳をリューインごとドア目掛けて振り下ろす。
 モニタの中にいるそれは、力はあるものの人間らしい理知や感情を何一つ持ち合わせていないようにしか見えない。

 ウィリアムは大仰な所作で顔を覆って|頭《かぶり》をふった。
『やはりやはり、未完成も良いところだ! しかも想定よりずっとガラクタですね』
 すっと瞳を眇め、モニタに映し出された“アリカ”が撃退されるのに舌打ち。
『やっぱり、アリカの肉体が存在しているからだ。だから“魂”は未だそちらに確保されていて、“アリカ”は完璧にはなれない』
 まるで対戦格闘ゲームでボタンとレバーが壊れて苛つくような、自分のせいではないと言いたげな非道く他罰的で醜い怒りを発露させる。
『|パティ《あの女》を殺してアリカの居場所を突き止めようとしたが……』
 物言いすら一定しない情緒不安定な男を一瞥し、アスカは画然と言い切る。
「――させるわけがないでしょう?」
 アスカがぎゅっと一度だけ双眸を閉じると、手で畳むようにして『白』の電子空間が消える。
 そうして現れたのは『灰色』だ。
 モニターが虚空に浮かぶ埃っぽい部屋の中、椅子に腰掛けるくたびれた研究者と相対するのは2人の猟兵。
「エイジアさんを襲ったのは早計でしたね。私の仲間が既にここを探り当ててすぐにでも現れる筈です」
 ――総力戦はもはや眼前に迫っているのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『ウィリアム・ダイオプテーズ』

POW   :    simlacrum
【自身の生身の肉体】を代償に自身の装備武器の封印を解いて【肉体を電脳空間に適合した状態】に変化させ、殺傷力を増す。
SPD   :    その技、貰ったぞ!
対象のユーベルコードを防御すると、それを【自身の電脳にダウンロードし】、1度だけ借用できる。戦闘終了後解除される。
WIZ   :    上書きは得意なんでね……!
戦場内に【電撃ビーム】を放ち、命中した対象全員の行動を自在に操れる。ただし、13秒ごとに自身の寿命を削る。

イラスト:武田ロビ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はアスカ・ユークレースです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 仲間達がエイジアやパティ、他の保護をしている間にも、ヤーガリと統哉の手でウィリアムの元への道が切り開かれている。
「アリカの“死”が真実とならぬよう力を尽くしたいものですよ」
「そうだな。うん、アリカが生きているのは何よりも良かったと思う。ただどこまで“魂”が電子化されているのか。その状態でウィリアムの支配下にあるのは気がかりだ」
 愛情はあるも精神的に余りに未成熟で子供のような母親と、やはり大人になりきれずに自分の行動に何一つ責任が持てなかった父親――どちらにも逢った統哉だからこそ複雑な綾を抱いている。
 とはいえ、アリカを育てたのはスコッチとその妻だ。正しくなくても正しくあろうと努力することができない、そんな良心から離れて育ったのはアリカにとって幸運だったのかもしれない。
 電脳のアリカとの対話は可能なのだろうか? その辺は未知数だが――。
「――アスカさんとベティさんが乗り込んでいる場所も判明しました。すぐ近くですね。ウィリアムは行動範囲が狭いのかもしれません」
 ゲームセンター以外は引きこもり。オブリビオンになってなお、生前の体調不良が染みついているのだろうなとヤーガリはなんだか同病相憐れむの気持ちになる。
「アリカの“魂”を無事に連れ帰ろう、必ず」
 決戦の場に向かうと次々届く連絡を前に、統哉は身を引き締める。


 電脳ホログラムにて浮かぶそばかす面の娘に対し、ウィリアムはもはや忌ま忌ましさを隠さずにいる。
「アリカ、アリカ。スコちゃん……お爺ちゃんが心配してたよ」
 仲間達が近づいている連絡を受けながら、ベティは時間を稼ぐ……否、“アリカ”を助けるとっかかりを探す為に話しかけた。
『……あ、あ……、テーズ、テーズ』
 偽名を呼び募る“アリカ”へ、アスカは真っ直ぐに目を向けた。
「テーズさん……とは、共同研究者なのですか?」
『……ともだち、かな。テーズ、凄い。理論、完成近くて……。実験、賭ける価値……あった。電子化の実験…………』
 不完全ながら応える“アリカ”とウィリアムを見比べる。
“アリカ”を見ようともしないウィリアムに対して、サイバーホログラムのアリカの口元が持ち上がる。
『…………テーズ、間に合わせる……よ。キミと……またいっぱい、研究の話、しよー…………テーズ。あたしが、生きてるなら……成こ…………』
 ベティは小さく瞬いた。
(「そうか。アリカもまたテーズに友情を感じてはいるんだ」)
 周囲の心配も気に掛けず、引きこもりの元で研究に夢中になる程には。
 ――興味の方向性が似ていて、知能のレベルも比類するなら、それは確かに良き友達になるだろう。
『そうだな』
 漸くウィリアムに喜色がほんのり塗される。
『やはり、アリカ、キミを手放すわけにはいかないね』
 ――もしかしたらそれは、ウィリアムにとっても?
『Ms.ユークレース、あなたもアリカも私にはどちらも必要だ』
 そうして嘗ての|執着の行き先《Ms.ユークレース》を見据え、エメラルドグリーンの癖毛の元でぎらつかせる。
『私は私を諦めたくはありませんからね』
「……まるでアニメのヒーローみたいな物言いをするのね」
 ますます憐れだ。
 仲間達の足音を聞きながら2人は戦闘に備える――。


******
【マスターより】
長くお時間をいただいた運営で大変申し訳ありませんでした
3章は【5月3日中の完結】で進めます
そのためプレイング受付時期がタイトになります、申し訳ないです
また、情報収集シーンではないので、過去章より控えめの文字数となります

>プレイング受付期間
現時点から 30日の午前中いっぱい(11:59のタイムスタンプ)まで
※過去章にいらしていただいている方は全員採用します

上を過ぎた方はできる範囲での採用となります、ご了承ください
29日中にいただける分には助かります
オーバーロード以外の方は、極力再送とならぬようはやめのお返しを心がけます

>戦闘特記事項
【“アリカ”について】
戦闘時はウィリアムの傍にいます
ウィリアムに友情を感じているのでそれに類することを口にします
対話可能です

ウィリアムを倒せれば、電子データから肉体へと連れ戻すことができます
ただその後の回復は戦闘時の対話がある程度は影響するので、言ってあげたいことがあれば声をかけてみるといいでしょう
(声かけなしだと後日談で「命に別状はないが、まだ意識がもうろうとしているようだ」との描写になる予定です)

※ウィリアムは積極的に“アリカ”を消滅させるような行為はしませんので無理をして庇う必要はありません


>オーバーロードありなしについて
・オーバーロードなし
戦闘リプレイとしてはやめに納品いたします
後日談では、お名前と一言の登場はできるのでなにかあればどうぞ(オーバーロードの方のリプレイでの納品となります、ご了承ください)

・オーバーロードあり
戦闘リプレイと後日談でNPCとの対話が可能です
戦闘と事後の割合は半々、プレイングの分量をある程度は反映します

※事後に会えるNPC(オーバーロードありなし共通です)
・スコッチ老
・アリカ(もし意識が戻らぬ場合は思いを馳せる形になります)
・“ノンノ”
・パティ
・エイジア

【注意点】
・複数人一緒にあうのは可能ですが、エイジアが逢えるNPCはパティと“ノンノ”だけです
・他のプレイングとの兼ね合いで、逢う人数が増えたシーンとなる可能性があります。どうしても自分だけのシーンが欲しい方は冒頭に×記号をお願いします
・エイジアの今後は、プレイングで指定がなければ「猟兵達の手で悪事が明るみに出てサイバーザナドゥらしく裁かれた」となります
カルマ・ヴィローシャナ
ドーモ、ウィリアム=サン。カルマちゃんです
これで終わりよ。カクゴしてもらうわ!

肉体の電脳化ね、|義体《ザナドゥ》を内側から|破壊《クラッキング》するつもりでしょうけど……そうはさせない
電脳空間を介して|攻撃《ハッキング》してくるなら|迎撃《カラテ》あるのみ!
私の体内にあるサーバ『ヴォイドゲートXX』の構成要素は骸の海
それ自体の情報量を防壁にすれば本体を攻撃する事は難しいでしょ?
更に練り上げた|フォトン・《内なる》カラテ――業斗終焉拳をぶつけて抵抗!
骸の海を逆流させて操ってあげる! イヤーッ!!
これで動きを抑える事が出来る筈! さあ皆チャンスよ!

諸々終わったら出来る範囲でタレコミしちゃおうかしら


ディル・ウェッジウイッター
アドリブ連携可

アリカさんがご無事で何よりです
貴女の成す事はこの世界で大きな変化をもたらすのかもしれません
とはいえまだ生身で向き合ってお話しする相手がいらっしゃいますでしょう。後始末は大変ですがまずは一度現実にお戻りくださいな



相手が使った技を防御できればその技を借用する。なるほどそれは大層素晴らしい技術で
私はただお茶を淹れて友人を招いているだけ。防御も何もあった物ではないかと。真似できてもMrウィリアム、今までにお茶をお淹れしたことは?

ーー今回は電脳世界でいつもとはお茶会となっております。どうぞ心ゆくまでお楽しみください



後日お会いできるのならばスコッチさんとアリカさんにお茶のお誘いできれば




 ウィリアムは、電脳とリアルが曖昧な男だ。故に現実空間で呼吸し生きる者の組成にすら介入お呼び破壊が可能だ。
「ドーモ、ウィリアム=サン。カルマちゃんです」
 ルート確保直後、虚空よりカルマ・ヴィローシャナ(|波羅破螺都計《ヴォイドエクスプロージョン》・f36625)が現れる。
「これで終わりよ。カクゴしてもらうわ!」
 サイバーアームが燐光を纏った時点でカルマは空中の透明なキーに指を滑らせる。
(「肉体の電脳化ね、|義体《ザナドゥ》を内側から|破壊《クラッキング》するつもりでしょうけど……そうはさせない」)
 この場の全てが支配下に置かれる前に、カルマは体内サーバ『ヴォイドゲートXX』を解放する。
『……なっ』
 膨大な|情報《データ》を構成するのは骸の海。生半可な電脳情報なんぞただの餌、蝕むように食いつぶすのみだ。
『これは……私は、|これ《骸の海》が嫌いです、くるな……ッ』
 オブリビオンであることから逃げている男は肩に爪を立てる。破れた肌から流れる血に未だ人であるのだと思い込んで笑うのだ。
『テーズ_……どう、したの?』
 不安げに瞬く“アリカ”の電影の元に、白いティカップが差し出される。
「アリカさん、ご無事で何よりです――という言葉を未来の事実とする為に参りました」
 ディル・ウェッジウイッター(人間のティーソムリエ・f37834)は優雅な所作でティポットを持ちあげて琥珀の水を踊らせる。芳しい茶香は2人には届かないだろう、残念ながら。
「貴女の成す事はこの世界で大きな変化をもたらすのかもしれません」
 テーブルクロスの上で入るお茶は5つ。
“アリカ”はぼんやりと“人の行い”を眺め、なにかを思い出したように姿を燻らせた。
「……とはいえまだ生身で向き合ってお話しする相手がいらっしゃいますでしょう。このお茶を味わっていただくことも叶わなくて残念に思う者もここにおります」
『な、まみ……生きる、こと……_■??』
「そうですよ。後始末は大変ですがまずは一度現実にお戻りくださいな」
 物欲しげに紅茶を見つめるそばかすの上の榛の瞳、今はそれで充分だ。
『何しに来たんだ』
 優雅な闖入者の傍らに|ワープ《跳躍》してきたウィリアムが気怠げに拳を振りかぶる。
「――乱暴はご遠慮願います。今回は電脳世界でいつもとはお茶会となっております。どうぞ心ゆくまでお楽しみください」
 白い執事手袋の人差し指が口元へ。そして反対の手は銀のトレイを翳し暴力を堰き止めた。
「なるほどそれは大層素晴らしい技術で……」
 伏目の瞼が電子で灼かれる前に“何者か”が同じ構えの殴打を見舞った。
 ちり、と、ウィリアムの頬が解れた。まさにディルに及ぼそうとしていた攻撃そっくりに。
『……?』
 回し蹴りも銀のトレイで止めたティソムリエを越えて、紅茶を嗜む別のゴーストが回し蹴りで敵を追い払う。
「私はただお茶を淹れて友人を招いているだけ。防御も何もあった物ではないかと。真似できてもMrウィリアム、今までにお茶をお淹れしたことは?」
 物言いたげな胡乱の双眸へも気障に肩を竦めるだけで。|お客様《ゴースト》が紅茶を飲み干したのでお代わりをそそぐ。
『随分とお上品なことをしてくれるね』
「お気に召しませんか?」
『もってまわった水分補給なんて面倒極まりない』
 掴みかかろうとした手首は、先読みに勝るカルマに捉えられる。
「そこにくるのは想定済みよ」
 電脳空間を介して|攻撃《ハッキング》してくるなら|迎撃《カラテ》あるのみ!
 カルマに握られたそばから組成が四角く剥がれて崩れていく。遡り迸る骸の海にウィリアムは苦しげに眉根を寄せた。
『だから止めてくださいッ! その|海《データ》は良くないんだッ』
 悲鳴の傍らで純白のクロスがディルの指先で精密に引き出された。中空を舞うティカップへ反射的に向いた頭を、カルマは容赦も遠慮もなく鷲づかみ。
「よそ見してる隙なんてあるのかしら、イヤーッ!」
 引き倒し膝蹴り、ふわりと浮いた所を格闘ゲームの連続技のように素早くフックに裏拳、仕上げは回し蹴り!
 |フォトン・《内なる》カラテ――業斗終焉拳にて、ウィリアムの電子データ部分を骸の海で塗りつぶす!
『く……ッ』
 踏鞴を踏んで後ずさる彼へと追いすがり、カルマはちり、ちり、と空間に身を散らす。
「これで動きを抑える事が出来る筈! さあ皆チャンスよ!」
 存在は確固と。
 リアルに足場を持つ仲間に対してウィリアムが持つアドバンテージをカルマは今完全に奪い取った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御鏡・幸四郎
ウィリアムの結末はご縁のある方にお任せします。
私はアリカさんの魂を取り戻すために戦いましょう。

大切な人といつまでも一緒にいたいという想いはわかります。
心の電脳化も一つの手段でしょう。
ですが、肉体が無いと出来ないこともあります。

「アリカさん。お食事をしませんか。
あなたと、お母様と、お爺様の三人で」
お婆様のシチュー。
皆で食卓を囲んで思い出の味を嚙みしめて欲しい。
これが最後になるかもしれないからと、
アリカさんに肉体への帰還を呼びかけます。

テーズが格闘ゲームに秀でていても、
動きがパターン化されるのであれば攻撃は読めるはず。
あえて格闘ゲームの様に振る舞い、
UCの一撃をスカしてカウンターを決めます。

事後はエイジアの処へ。彼にディナー最後の一品を。
給仕するのはまだ優しさがあった頃の母の料理。
彼が腐ってしまう前、幸せもあった頃の記憶を揺さぶります。

犯した罪の責任は取らなければならない。
あのままでは彼は罪を悔いることは無いでしょう。
まともな感性を揺り起こし、自身の罪を認識させます。
私は、残酷でしょうか。


夕鶴・朔夜
電脳世界の中に存在するって研究自体は僕もやった事あるから、こういうの僕は嫌いじゃないよ?
だけど、周りを破滅させすぎると出る杭は打たれるから、もう骸の海にお帰りよ

戦闘はわくわく
悟られないように

周りの動きや視線や戦い方をよく見て、補えるよう動く
大量の暗器で刃の舞を浴びせよう
猟兵とアリカに当たらぬよう注意
投擲で暗器を投げ
遊び心も忘れない
至近距離に来たら蹴り技か魔鍵で対応

アリカ
スコッチさんとミリアさんが待ってるよ
お祖母様を生かしたいのは分かる
でも自分の身は大事にして欲しい
君は、2人が危険な身になってたら心配して手を差し伸べるだろう?
あのふたりだって同じだよ

スコッチとミリアの願いを叶えたくなったよ
君が望むなら電子の研究は手伝うよ


会うのはミリアとスコッチとアリカ
ミリア。僕とアリカはほぼ初対面だよ
演技対決は僕の勝ちだね
嘘はバラしておく
今後のアリカのためにもね
寧ろ黒幕と友達って事実の方が卒倒しそうだよね

話が纏まった直後にお暇
気づいたらいない

……思ったより後味悪くなかったから、あの子でも良かったかもね


アスカ・ユークレース
アドリブ絡み歓迎


お二方、何か思い違いをされてるようですが……私、普通に死ぬときは死にますよ?
肉体だって痛覚きちんとありますし、そもそも限界が来れば劣化したり崩壊します
電脳の|魂《データ》も消されてしまえばおしまい
死に戻りの能力は使いすぎれば廃人となり戻れない
意外と不便なんですこの体
それでもなりたいですか?



(手袋を外して左手の薬指を見せる)
さて、そろそろいい加減現実見たらどうなのウィリアム?貴方もう死んでるのよ?


誘導弾の弾幕で範囲攻撃
慣れてきた頃を見計らい一点に集中させた鎧砕きの貫通攻撃で不意打ち

彼の攻撃はドローンを囮にして地形や遮蔽物を利用し回避
操られたところで攻撃力はほぼないしそもそも最初の電撃で壊れる可能性もあるもの

最後のトドメは特に拘りはないけど……
もしやるならば選択UCで一瞬で終わらせる
さようならウィル

アリカさん、お爺様と、ミリアさんとで、沢山話をしてください
どんな話でも良いです
小さな頃の話、芸能界での話……
貴方達家族に必要なのは会話です

さ、早く帰りましょうか


リューイン・ランサード
アリカさんの魂を奪還します。

UC:竜神人化を使用。
強化したフローティングビームシールドで自分も仲間も護る。

アリカさんに
「僕にも愛する人がいますから、永遠に一緒にいたいという気持ちはあります。」
と語り掛ける。

「相手も『死んでしまっても──いいえ、なんど生まれ変わっても、わたしとリューさんは一緒(少しヤンデレ風)。』と言ってくれました。
つまりテーズが提示した電脳化以外にも、やり方はあるんですよ。」
「アリカさんは今回の事でたくさん知識を得ました。ここで一度家に戻り、スコッチさん・ミリアさんと話し合いましょう。
僕も魔術の知識を与える事はできますから。」
と可能性を示してアリカさんの心を動かす。

ウィリアムの攻撃は第六感・瞬間思考力で読み、ビームシールド盾受けで自他共にかばう。
オーラ防御も展開。

仙術で分身を多数作って幻惑し、室内を縦横に移動。
右手のエーテルソードと左手の流水剣に光の属性攻撃を宿しての2回攻撃・鎧無視攻撃でウィリアムを斬る!

後日、アリカさんに彼女の転生話や自分の魔術の知識を話してみます。


大町・詩乃
永遠の命を持ち、幸せに楽しく生きている。
そんな私が説得しても「お前が言うな」と言い返されたら反論できない💦
どうしよう…
とスコッチさんの家の片隅にてIC状態で悩む詩乃。

これは人が長い時間を掛けて悩み考え、自分なりの結論を見つけないといけない命題。
私が答えを与えられるようなものではない…。
という訳で少し遅れて現場に到着。

アリカさんには「貴女のやり方を否定するつもりはありません。
でも、これはとても難しい話です。
ミリアさんの身体を治す事はできますから、目の前の答えに飛びつく事は止めて、もう少し生身の身体でスコッチさんやミリアさんと一緒に生きてみませんか?」と提案します。

ウィリアムの攻撃は結界術・高速詠唱で作った防御壁やオーラ防御を纏った天耀鏡の盾受けで防ぎ、《霊刃・禍断旋》で雷月を刺してウィリアムの魂を貫く。

事後では、パティさんとアリカさんに話した上で、《霊刃・禍断旋》で雷月を”ノンノ”(ミリア)さんに刺し、身体に蓄積された毒を消し去ります。
これでアリカさんに考える時間を与える事はできるかな?


ヤーガリ・セサル
電脳魔術はあたしの得意とするところ。そして対話は聖職者の必須技能。
王子様にはかなり貧相ですが、呪いを解く魔法使い役ならば、まあ適切でしょう。
ハッキングでウィリアムから"アリカ"さんに対するコントロール権を奪取。
「あなたへの言葉」で電脳世界にダイブして直接話しかけます。

ねえ、アリカさん。
あなたの友情を否定はしません。ですが……彼はオブリビオンです。死者です。
死んだままでは、先に進むことはできないんです。
だから、先に進むためにあたし達の手を信じて取って下さい。
大丈夫です。見も知らぬスコッチさんの為に一肌脱いだ馬鹿たちですから。あなたを絶望させはしません。

それはさておき、エイジアさん。人の魂を利欲の為に利用したのは良くないですねえ。
あたし、小悪党を生きたまま貪るのが好きなんですよ。冗談じゃないです。あたしはいつでも真面目ですよ。

というわけで真の姿で全ての血を吸いつくしてやりましょうか。
怖いでしょう、当然の報いです。何なら足の一本でも喰らってやりますよ。蛇は鼠を食べるものですから、ね。


文月・統哉
■戦闘
仲間と連携
ガジェットショータイムで
意志の力に比例して自己強化出来る着ぐるみ装備を召喚
高い防御力で仲間を庇い護り戦う

このUCは召喚用で防御出来ないからコピー出来ず
出来ても使い方を理解しなければ効果は低い

■アリカさんへ
スコッチさんもミリアさんも貴女をとても心配している
危険を顧みず捜索する程に
訃報に取り乱し泣きじゃくる程に

でも電脳の貴女が貴女であると誰が証明できるのか
一方で肉体の貴女は確かに貴女だ
貴女が肉体の死を彼らの為に選んだと知れば
彼らはきっと耐えられない
彼らに絶望を与える事が貴女の望む未来だとでも?
今ならまだ間に合う
どうか戻って安心させてあげて

■事後
スコッチさんミリアさんと共にアリカさんの目覚めを待つ
似た者家族だと思う
意地っ張りだけど想いは深い
でも別個の人間、価値観に違いがあるのも当然で
意地を張らずに想いを伝え合える様にサポートしたい

可能なら別にエイジアとも話を
血の繋がりへの異常な嫌悪は、渇望の裏返しにも見える
彼は裁かれるべきだと思えばこそ
何故そこに至ったか、知るべきだとも思うから


涼風・穹
魂のデータ化か…
肉体と魂の関係性やらもうオカルトの領域のような気もするけど、まさに「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」というやつだな

戦闘中に余裕があればアリカにはこれまでの顛末を伝えます
ある程度は知っているのかもしれないけど、目の前で友情を感じている相手を攻撃するなら事情を知る権利位はあるだろう
電子化されているならこれまでに調べた情報を纏めたメモリーカードを端末に挿せば事足りるかな?

なんというか結局最後には物理で殴るに行きつくのか…
《贋作者》は後出し優位だしコピーされてもそれはそれで

【事後】
約束は約束なのでスコッチの爺様にミリアとアリカについての顛末は報告
無意味に傷付ける趣味は無いから配慮はするけどな
……しかしどうなるのかねこの家族は…?
嫌い合っている訳ではないのにまるでハリネズミ同士が近付き過ぎて意図せずにお互いに針で傷付け合ってしまってでもいるみたいだけど、それでも家族だからこそ離れられないような…
……まあ家族だからこそ他人が口を挿むのも野暮なのかもしれないけどな…


ベティ・チェン
「…金持ちはみんな、大変だ」
少し笑う

「明日死ぬかも知れないスラムの人間は、どうやってマッポを出し抜くか、今日の食い扶持をどうするかだけで一杯だ。ああでも、すぐ死ぬから苦痛の起きやすい肉体を捨ててサイバーに走るのか。何だ、キミ達もスラムの人間の延長か」
(なら、ボクの言葉も多少は届くか)

十人に分身
八人一斉に敵に当たらせ自分ともう1人でアリカ庇い少しずつ戦闘領域から引き剥がす

「アリカ、キミはテーゼのトモダチだけど。テーゼのカルマに付き合って消滅するのは、キミのママや祖父の為に生きるより大事なことかい?」

「テーゼは研究の邪魔になると思ったヤツを殺し続けてここまで来た。キミはママや祖父が殺されて平然として居られるかい?ママやスコッチの仇を取りに来た人間が、代わりにキミが殺されて満足すると思うかい?」
「キミがダチだって言うなら。代わるんじゃなくて、見届けろ」

「キミを電脳で生かすにはプログラムとサーバーが不足過ぎる。キミは随分削れたよ。言葉が不明瞭な事にも気付けない。実験は失敗だ。1度身体に帰りなよ」




 ディルの紅茶で人間にゆり戻った“アリカ”を見出して、御鏡・幸四郎(菓子職人は推理する・f35892)はすかさず近づいていく。人だから、肉体があるから出来ることを示し思いいれて欲しい。
 それは骸になりても傍らにいてくれた姉がいる幸四郎らしい発想だ。姉と見た夕焼けや、菓子作りの腕前磨く様を見守ってくれる幸せが根っこだ。
 話しかけようとしたら、先客がいた。
「アリカ、状況がわからなさ過ぎて実は混乱してるんじゃないか?」
 カルマの押さえ込みに目礼し“アリカ”を背に庇い風牙を振るい凌ぐのは涼風・穹(人間の探索者・f02404)だ。
『■_……どうして、テーズ、戦って……?』
「だよなぁ」
 ウィリアムの支配を示すように緑がかった靄に包まれる電影“アリカ”は、光のない瞳をふらふらと彷徨わせている。
“アリカ”には現実を把握するデータが足りなさすぎる。戸惑いが濃いのも然もありなん。目の前で友情を感じている相手を攻撃されている理由は知って然るべきだと穹は思う。
 アリカが提唱し実験した理論はオカルトの領域に触れながらも、本人のメンタリティはほんの些細な人間なのだから。
「さて、どうして顛末を伝えたものか」
「敵は引き受ける」
 直後、文月・統哉(着ぐるみ探偵・f08510)の全身が光に包まれたかと思うと、頭に三角おみみに三白眼なふっかりとしたフォルムに変わった。
 ウィリアムの振り下ろしパンチを掬い上げ開いた胴体にそのまま頭突き。装着者の統哉への痛みは完全ブロック、更にどんなにボコられても決して破れない頑丈さ。
「UCでの召喚はあくまで俺に対してだ。つまりお前は防御出来ない、だからコピーも出来ない」
 穹がメモリーカードを手に端末に向かうのを追わせない! したりっと猫ダッシュで回り込み通せんぼだ!
『ふん、コピーは出来なくても解析は可能だよ』
 統哉のタックルで締め上げられながらもウィリアムは猫耳を掴み情報読み取りを開始する。
『なん、だ? これは? どうしてこんなにノイズが多いんだ? そもそも何故猫の形をしてる? 愛玩動物のくせにその目つきの悪さの意味はなんだ?』
「クロネコはこのクロネコであるから最大限の力を発揮するんだ――俺は|使い方を理解しているからな《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》」
 じゃーにゃんすーぷれっくす!
 どしんと頭から投げ飛ばされた所へ幸四郎の鋭い回し蹴りが食い込んだ。
『ッ……浮かしからの連続攻撃狙いと言ったところかな?』
「格闘ゲームのパターンだとそうですね」
 奇妙な浮遊感の中で笑うウィリアムを見て、幸四郎は学生時代に流行ったゲームになぞらえ懐旧を憶える。
『ということは追い打ちしてこないんだな。残念、折角のチャンスだったのに、ね!』
 大ぶりな踵落としが空間を斬った。ひゅんっと、幸四郎の切りそろえた髪が持ちあがり頬にカミソリ傷めいた筋が三つ刻まれるがこんなものは|ガードの上から必殺技をくらったに過ぎない《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》。
 着地の前の躰をあっさり抱え裏拳突き上げてから蹴打の嵐。空中をじりじりと後ろにブレながらもダメージが蓄積されていく。
「カウンター狙いは、焦れた方が負けです」
 アッパーカットで吹っ飛んだ躰はジャンピングクロネコがキャッチ。
「必殺! 竜巻スクリュードライバー!」
 ドンッ! 背骨折りの音が場を揺さぶった。
「派手だなー」
 のほほんと見上げる穹の《贋作者》は、身を起こしたウィリアムから起き上がり直の蹴り上げ技を食らうが、さっくりコピーして倍返し。
「……と、どうだ? スコッチやミリアが今どうしてるか、パティが昏睡したあんたを保護してるってことがわかったと思うんだが」
『――………………__……、うぅ、う、う』
 頭を抱えるホログラムの元へクロネコ姿の統哉と幸四郎も駆けつける。
「一気に知って混乱してるよな。まぁこいつらの話を聞いて落ち着いてくれ」
 入れ替わり穹が敵の押さえ込みに向かった。
『……テーズ、__テーズ……』
 ずっと|テーズ《ウィリアム》と共にいた“アリカ”は認識が彼に染まっているようだ。まずは家族への愛着を思い出させよう。
「アリカさん。あなは生きていますよ。電脳だけではなく肉体も」
 幸四郎は優しい眼差しで手を取った。
「スコッチさんもミリアさんも貴女が死んだと伝えられ悲嘆に暮れている。スコッチさんは危険を顧みず捜索し、ミリアさんは取り乱し泣きじゃくっていたよ」
 肩を支えるようにクロネコにくきゅうの手が添えられた。
『…………研究、完成……させな、いと。ママと、テーズに……でも、テーズ……?』
 “アリカ”の気配が強くなる度に、なんだかカチャカチャとキーボードを叩くような音がしている。人としての名残を見せているのか。
「大切な人といつまでも一緒にいたいという想いはわかります。心の電脳化も一つの手段でしょう」
「でも電脳の貴女が貴女であると誰が証明できるのか」
 幸四郎と統哉の切り出し方は正反対に見えてまったく同じ方向を示している。
「一方で肉体の貴女は確かに貴女だ」
「その“アリカさんである肉体”が無いと出来ないこともありますよね?」
 ――そもそものアリカの研究の始まりは、スコッチの嘆きを救う為でもうすぐ死を迎える母を電脳世界に生かす為だった。“アリカ”は、途絶え途絶えながら、単語を零しそのような認識を表にしては、また崩れる。
「貴女が肉体の死を彼らの為に選んだと知れば彼らはきっと耐えられない、彼らに絶望を与える事が貴女の望む未来だとでも?」
『__ちが……でも、テーズ……完成…………あぁ、あ、なんで……こんな……』
「アリカさん。肉体に戻ってお食事をしませんか。あなたと、お母様と、お爺様の三人で」
 お婆さまのシチューのレシピを教えてくださいと、幸四郎。ミリアの命を考えたらこれが最後になるかもしれないと胸に抱いて。
「今ならまだ間に合う。どうか戻って安心させてあげて」
『――』
 電脳“アリカ”は、アリカとして家族を愛していた頃を思い出しつつある――。


 ――続々と仲間が戦場にて戦う報告が入る中で、大町・詩乃(|阿斯訶備媛《アシカビヒメ》・f17458)はスコッチ邸の片隅で膝を抱えしゃがみ込む。
(「永遠の命を持ち、幸せに楽しく生きている。そんな私が説得しても「お前が言うな」と言い返されたら反論できない」)
 汗ばむ手をにぎにぎ。
 人を慕い慕われる、まるで人のように笑い泣きする“神様”は、人が決して逃れること叶わない死についてなんと説けばいいのか。
(「私は神。けれど万物全てを与えられるわけではない――いいえ寧ろ、これは人が長い時間を掛けて悩み考え、自分なりの結論を見つけないといけない命題」)
 人はいつでも彼らなりに頭をあげて運命に向き合っている。
 そうだ。説くのではなく、|私《神》の出来る“奇蹟”で幸せの欠片を手渡そう!


 これはアリカの魂の奪還戦だ。
 リューイン・ランサード(|波濤踏破せし若龍・《でもヘタレ》f13950)の瞼が持ち上がった刹那、背の翼は金色に変り|竜神《本質》を顕現させる。
『厄介だね。手駒になってもらおうか』
 鈍色の腕を撫で上げて指さし。放たれた光束がリューインを射貫いたかと思ったその時、竜神は拡散する。
「そんな姑息な手には掛かりませんよ」
「正々堂々と戦いましょう」
「こっちですよ」
 ――本当に|拡散《分身》した。
 3体のリューインは素早い余り周囲の空間を灼いた。過剰な熱は彼自身の髪を焦すも意に介さずに光と流水の刃で次々と斬りかかっていく。
『なにが正々堂々だ、そちらこそチートじゃないか』
「お互い様だろ? 洗脳ビームだなんてタチが悪いったらないね」
 いつの間にか後ろにいたのは冷貌の青年、夕鶴・朔夜(嘘の箱庭・f34017)だ。楽しげにゆれる視線の先は仕事済み。ウィリアムが放った洗脳ビームが虚空に縫い止められているのだ。
「電脳世界の中に存在するって研究自体は僕もやった事あるから、こういうの僕は嫌いじゃないよ?」
 ウィリアムが光線を放つだけ、朔夜の手元が瞬間的にブレる。直後、思いも寄らぬ場所にてビームは縫われ止る。
「! させませんっ!」
 頭に血が登って繰り出した鉤爪攻撃は、リューインの盾で止められた。
「アリカさんも返していただきます」
 決意と共に荘厳なる翼が眩く輝きを放つ。
 一、
 四、
 九、
 ……無限。
 数多の方向からリューインがウィリアムを粉々に斬り刻んでいく。
「どうも、助かったよ」
 姿を再生したウィリアムの背後へと回り込み、朔夜が振り上げたつま先には毒の針。
「周りを破滅させすぎると出る杭は打たれるから、もう骸の海にお帰りよ」
 首筋を突き刺せば、がくりと1回痙攣してから振り返る。
『……それはごめん被る。というか、思い出させないでくれ』

 統哉と幸四郎、そして穹が惹きつけてくれた隙に、リューインと朔夜は“アリカ”の元へ。未だウィリアムの支配下にあると示すように、その姿は翠銅鉱色の包まれている。
「僕にも愛する人がいますから、永遠に一緒にいたいという気持ちはあります」
 リューインは顔を赤らめて俯く。
「相手も『死んでしまっても──いいえ、なんど生まれ変わっても、わたしとリューさんは一緒』と言ってくれました」
『うまれ_変り……死んでも…………存在_』
「そう、亡くなっているお祖母様を生かしたいのは分かる。でも自分の身は大事にして欲しい」
 自己犠牲に走りがちのあの子を脳裏に描き、朔夜は自分とは違う人の良い人種へ口火を切った。
「君は、ふたりが危険な身になってたら心配して手を差し伸べるだろう? あのふたりだって同じだよ」
『……あたし_大事に、できて……ない???』
 意外なことを言われたように眼鏡越しの瞳がまんまるになった。
『“アリカ”! そんなことは些事だ。惑わされるなよ』
「いいえ、大切なことです」
 洗脳光線は形為すことすら出来ず輝きの盾にて潰される。そしてリューインは生まれ変わりや魔術などの電脳化以外の可能性を示し締めくくる。
「アリカさんは今回の事でたくさん知識を得ました。ここで一度家に戻り、スコッチさん・ミリアさんと話し合いましょう」
「それはいい。僕もね、君達“本物家族”に興味が湧いて仕方がないんだ。君だけじゃない、スコッチとミリアの願いを叶えたくなるぐらいにはね」
 ……仲間の気配を察して、朔夜はウィリアムという犬にオモチャを与えるようにナイフを投げておく。
「君が望むなら電子の研究は手伝うよ」
 予想通り駆け込んできた詩乃は、招聘した天耀鏡にてウィリアムのビームを阻む。そして遅れを取り戻すように返す刀で斬り進む。
「遅れてごめんなさい!」
 双眸はウィリアムの背後で戸惑う“アリカ”へ向けた。
「貴女のやり方を否定するつもりはありません。でも、これはとても難しい話です」
 死を堰き止めて永遠の命に焦がれる気持ちに、傍らにいる二人は彼ららしく語っていた。
 好奇心であれ挑戦者として形質が似通う朔夜、
 死してなお再び愛する人との邂逅を果たしたと奇蹟めいた希望を語るリューイン。
 ……詩乃は一度だけ唇をもごもごとさせた後で、いつものように自分が出来ることを発する。
「ミリアさんの身体を治す事はできますから、目の前の答えに飛びつく事は止めて、もう少し生身の身体でスコッチさんやミリアさんと一緒に生きてみませんか?」
 ひゅうっと朔夜が口笛を吹いた。リューインは「そんなことが出来るんですか?!」と驚いてに聞き返してくる。
『?!!! __どう、いう、こと?』
“アリカ”の反応はそのどちらも足した感じである。
「それは電脳の毒だけを……ッ!」
 説明をはじめた詩乃を襲うウィリアムの回し蹴りは、いち早く察知したリューインのビームシールドが抑え込む。
「「「「僕がお相手しますよ。ひとりも倒せてないから、まだまだ沢山居ますよ」」」」
 壁に直角立ちリューイン、中で羽ばたくリューイン……方々からの声にウィリアムは頭を掻きむしった!
『分身技は当たり判定が曖昧で面倒なんだッ』
 更に暴れる前にけん制。
 幾何学の軌跡を艶やかに散らし、朔夜のナイフがランダムに見せ掛けて精密に緑髪の男を刺し貫いていく。
「あっはっは、ねぇアリカ、死がひっくり返っちゃったね」
 詩乃の提案はアリカのモチベーションを著しく高める必殺の技だ、だから……。
「どうだい? じっくり話が聞きたいだろう? それは戻ってきたらのご褒美だ」
『……聞き_たい……ママ、ママを……助け____て……』
 ほら、効果覿面。


『……』
“アリカ”が家族への思い入れを取り戻す様に対し、翠銅鉱の男は口を半端に開いた所で動きを止めていた。それはなんだかCPUのスペックが足りずに動画が不自然に固まったようだとアスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)は感じる。
 それもそうか。
 この男は進化の最先端を目指しているつもりで、既に亡くなってしまったモノに縋り付いているだけ。
『本当に皮肉な話ですよ、Ms.ユークレース』
 ネジを巻くと必ず思っていたのと反対になる。
 例えば、生きる為にと見出した方法論は見目だけ若返り残っているはずの寿命を蝕んだり。
 ウィリアムは瞬間で動いたように振り返る。が、その実処理落ちしてるだけだ。
「お気の毒様、とは言いませんよ」
 嘆息混じりにアスカは左の手袋を掴みそこで手を止めた。男が縋り付くように右手を差し伸べたからだ。
「……そうやってまた私を無理矢理に上書きしたいのですか?」
 ビームはあっさりちらされた。
「……金持ちはみんな、大変だ。金があるから選択肢が多すぎる。更にキミ達にはなんとか出来そうだと夢が見れる頭脳もある」
 散らしたベティ・チェン(|迷子の犬ッコロ《ホームレスニンジャ》・f36698)は、自らの人生もこんな風に翻弄されるばっかりだと笑う。
「明日死ぬかも知れないスラムの人間は、どうやってマッポを出し抜くか、今日の食い扶持をどうするかだけで一杯だ」
 手元のスイッチでフォトンを出したり消したり、弄べるのなんてこれぐらいだ。
「ああでも、すぐ死ぬから苦痛の起きやすい肉体を捨ててサイバーに走るのか。何だ、キミ達もスラムの人間の延長か」
 跳躍。
 頂点に達する前にサイバーニンジャの躰が薔薇の花束めいた華やかさで十に別たれる。
『……ッ、どれが本物だ?』
「ボクの身体能力のデータを把握済みだろ? だったらわかるはずだ、全部本物だって」
 風車のようにバク転し“アリカ”の元へ下がるのが一人、どこから共なく現れたこれが意志を統括するベティ本体。あとの8人は次々とウィリアムへと襲いかかる。
『なぁるほどっね』
 8の猛攻を転がり避けて、時に蹴打で相打ちしながらウィリアムは唇を歪めた。
『8人の王子様か。随分とおモテのようだね、Ms.ユークレース』
「漸く喋り方が戻りましたね、ウィリアム。あなた、記憶の混同が激し過ぎますよ。誰もあなたの記憶を消したりなんてしていないのに」
 言われっぱなしは好きじゃあないと言い返そうとした男は、完全にフリーズする。

「――本当に耄碌が激しいですよ。あたしがずっとハッキングを仕掛けてたことに気づかないなんて」

 灰色のくすんだ空間にヤーガリ・セサル(鼠喰らい・f36474)の潜め声が滲み出る。
「これで完全掌握です……“アリカ”さんは返していただきますよ!」
 直後、バチンッ! と、ウィリアムの頭部が弾けた。
『ぐっ』
 モノクル型ディスプレイが火花を噴いて砕け散った。
 同時に“アリカ”の電影から翠銅鉱の靄が完全に取り払われた。リアルと同じ榛色の髪のそばかす少女は、薄い電影の儘で眼鏡越しの瞳を瞬かせる。
『_■、なに、なにが起きたの? …………あぁ、やぁ……』
「アリカ、平気?」
 口元を覆う“アリカ”を本体のベティが抱き支える。
「おっと、急にウィリアムの支配が外れて一気に情報が入りすぎましたか。申し訳ありません、今絞りますから」
“アリカ”の電脳視界に直接現れた上で、聖職者ヤーガリは魔道書のページを慌てて捲る。
『く……返せ』
 そんなウィリアムを阻んだのは、アスカによる物理の砲弾だ。
『目移りして嫉妬したのかな、Ms.ユークレース』
 とたんに膿んだような双眸で彼女へと腕を伸べる男は「寝言は寝てどうぞ」と切って捨てる。
『良いんだよ、嫉妬しているならそう言ってくれて』
 口説き文句のつもりの洗脳ビームはニンジャの黒刃がなます斬り。アスカを掠めもしない。
『ふんっ。その技はもうコピーできているんだよ』
 むすくれた白衣の男が増えた。
「この技は全てに命があって、一は全。キミお得意の使い捨ては命を縮めるから気をつけて。あと、アスカの元にひとりは置いておきなよ。後悔しないようにね」
「ご忠告に感謝だ! ふふ、いいねいいね! お前、ゲームでは本気を出してなかったろ!」
 空中乱舞を武器で受け回し蹴り。ヤーガリはこの場を安全地帯にかきかえる。
「本当に、あなたはずっと夢を見ているのでしょうね、ウィリアム。そうそう、この際です、アリカさん、あなたも聞いておいてください。思考能力が随分と戻ったのでしょうから」
 砲台を電子データに拡散させてから、アスカは続けた。
「お二方、何か思い違いをされてるようですが……私、普通に死ぬときは死にますよ? 肉体だって痛覚きちんとありますし、そもそも限界が来れば劣化したり崩壊します」
 あの様にと指さした先では、斬り伏せられた分身の4体が虫の息となっている。
『減っても増やせば良いだけさ。まとめて相手をしてやるよ、さながら横スクロールの格闘アクションのようにね』
 場は総力戦だ。
 リューインの盾と詩乃の天耀鏡が攻撃を弾き、朔夜のナイフが他の仲間達の戦場へ誘うように踊る。
「ベティさんの忠告は無視ですか」
『|魂《データ》さえあればボディなんて幾らでも作り直せばいい。こんな風に』
 そう口にしながらも分身を増やすウィリアム。だがヤーガリやアスカの電子の瞳からは彼の|魂《データ》が摩耗しているのは一目瞭然だ。
 宗教家のヤーガリは、まったく別の宗教も知識として持っている。どれかには輪廻転生なんてのがあった。やはり生まれかわった魂には某かの負荷が掛かっているのだろうか。
「電脳の|魂《データ》も消されてしまえばおしまい」
 生身の人が命を奪われるよりもずっと容易く消去されてしまうと、アスカは暗に滲ませる。オッドアイに澱みはない、だが嘗て目の前の男は執着を口ずさみながらアスカを消した。
「死に戻りの能力は使いすぎれば廃人となり戻れない。意外と不便なんですこの体。それでもなりたいですか?」
 でも――と、声をあげたのは、意外にもウィリアムではなく“アリカ”だ。
『遺したいよ、|魂《データ》を。それは死者の写真や録音した思い出とは違う。ちゃんと反応してくれるんだよ? テーズはもう死んでるの、かな……?』
 ヤーガリはここで漸くユーベルコードを起動した。
 目の前で誰かの手を取り救済を試みるように、アリカの脳裏に直接語りかける。
「ねえ、アリカさん。あなたの友情を否定はしません。ですが……彼はオブリビオンです。死者です」
『でも、あんなに反応する今なら、まだ……』
「アリカ、キミはテーゼのトモダチだけど。テーゼのカルマに付き合って消滅するのは、キミのママや祖父の為に生きるより大事なことかい?」
 ベティは削られた分身の痛みを噛み殺しながら話す。
『……』
 もう死んでしまった祖母、まだ辛うじて生きている母、年老いてはいるが元気な祖父、比べて一番手遅れに近いのはテーズ――アリカからはそう見える。
(「呪いを解く魔法使いの役割はもう果たせたと言っても、ここで下がれませんよねえ」)
 然りとて王子様には相応しくもないしなと、ヤーガリはベティの言葉を待つ。そのベティは、わざと露悪的に舌打ちをしてみせた。
「テーズは研究の邪魔になると思ったヤツを殺し続けてここまで来た。キミはママや祖父が殺されて平然として居られるかい?」
『……!』
「そうですよ、アリカさん。彼は、あなたの肉体の死を求めています。それはより正確な状況での結果を確認する為。思い出してください、アリカさん。そもそもあなたは本当に肉体を棄てて電脳存在になりたかったのですか?」
 ヤーガリの言葉は、穹がインストールしてくれた情報にも合致する。
『テーズは、あたしを殺したい……』
 嘗ての当事者であったアスカは、煙幕で攻撃を逸らしながら確りと頷いた。
「死んだままでは、先に進むことはできないんです。あの人のように」
 身じろぎする“アリカ”へと注ぐヤーガリの眼差しは思いやりに満ちあふれている。
「だから、先に進むためにあたし達の手を信じて取って下さい」
「そうだ。ママやスコッチの仇を取りに来た人間が、代わりにキミが殺されて満足すると思うかい?」
 ベティはぎゅっとアリカの手に熱を握り残すと、戦場へ。分身が全て倒れてしまったから。
『危ないよ!』
「死なないよ、ボクはねっ。だからキミがテーズのダチだって言うなら。代わるんじゃなくて、見届けろ」
 そう吼え猛り、ウィリアムの分身を背中から刺し貫いた。
 ヒヤヒヤしますねと、緩めるようにヤーガリは胸を撫でおろす。
「ああやって、見も知らぬスコッチさんの為に一肌脱いだ馬鹿たちですから。あなたを絶望させはしません」
 さぁ、と。
 差し出されたのはヤーガリの掌。けれどそこには、更に10名の気持ちが籠められている。

「「「「「「「「「「「――おかえりと言わせて“ください”、アリカ“さん”」」」」」」」」」」」

『テーズ……ごめん……でも、あたしは死にたくない。おじーちゃんやママの為に、この研究ははじめたんだから……』
 アリカは電子の涙を拭い散らすと両手でヤーガリの手を握りしめ、精一杯に笑って見せた。

『ただいま!』

 呪いが解けるように“アリカ”の電子データがこの場から拡散していく。
 念のためヤーガリとカルマは高速電算でバックアップを取るが、それも杞憂だとわかっている――彼女は肉体へと帰還を果たしたのだ。


 ――。
 ――…………。
「キミを電脳で生かすにはプログラムとサーバーが不足過ぎる。キミは随分削れたよ。言葉が不明瞭な事にも気付けない。実験は失敗だ。1度身体に帰りなよ」
 ベティの手により最後の分身が斬り裂かれた。残るはアスカの目の前に立つ本体だけだ。
『ねぇ、Ms.ユークレース。ここにいてくれるのは、まだ大切に想ってくれているからだろう?』
 口元を戦慄かせる男の残った左目は寂寞と期待で潤んでいる。後者にはほとほと呆れ果ててしまうと、アスカは隠しもせずにため息をついた。
「さて、そろそろいい加減現実見たらどうなのウィリアム?」
 戦いの最中に、何度も外そうとしては止めた左の手袋をするりと引き抜いた。
 薬指に銀の輝き。
 縁を紡ぎ|続ける《﹅﹅﹅》蔦を刻む指輪。当然ながら|愛しい人《一一》とのつながりを顕わしている。
 アスカは、未来を生き続ける。これからも。
 けれど、
「貴方もう死んでるのよ?」
 |ウィリアム《オブリビオン》にはどう足掻いても無理なんだ。
『そんな惨いこと言わないでくれ、Ms.ユークレース』
 ……この期に及んで、ウィリアムは躊躇いなくアスカに洗脳を施して意のままにしようと、した。
 そういう男だとの諦めと共にアスカはその光線を胸に受け入れ…………
『この至近距離だ。流石に外さないよ。あぁあぁ、やはりMs.ユークレース、キミだけが必要だ。まずは最初にそのガラクタは薬指ごと食べてあげようか。そして|とびきりの愛を注いで愛して愛し愛しまくって愛して《解体し、暴き、晒し、消して、好きにして》あげるからね』

 ――る、わけがない!

 ぱしゃんっと、水風船めいた音をたてて弾けたのはアスカに擬態させたドローンだ。本物は再び貼った煙幕に潜み息を殺している。
「……」
 もう、言い尽くした筈。
 そして彼は決して変わることがなかった。
 当然か。先ほど自分も言ったではないか――もう死んでいるって。
「……」
 構えたライフルを一旦おろしアスカは敢えてその姿を現わす。潜伏という有利さを捨てて向こうから再び狙える場所に身を晒したのだ。
「さようならウィル」
 けれど、引き金を弾くのは一瞬だ。
 ……不利な状況の方が即死の可能性があがるユーベルコードだからとの合理的判断と、別れの言葉で締めくくりたかったという情緒的判断の狭間で、アスカは自分を執着点にした男がこの世界から消滅するのをただただ眺めて受け入れていく。
 終わったのだ。
 
「ちゃんと家族とお話しなさいって、アリカさんに言い忘れていましたね」
 けれどさしたる問題ではないとアスカは口元を緩めた。
 目覚めたアリカに言えばいい、自分と彼女には「また今度」がちゃんとあるのだから。


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 ――戦闘直後。
 穹はスカーレット・タイフーン・エクセレントガンマを駆りスコッチ老が1人待つ部屋へ急ぐ。
(「さてさて、顛末をどう話したもんかな……」)
 アリカの生還は確定、ミリアはあとどれぐらい命が持つかあやしいがまだ生きている。
 知りもしない|エイジア《アリカの父》のことは話さなくてもいいだろう。穹に無意味に人を傷つける趣味は無い。低級が過ぎる人間は関わる相手を不幸で不愉快にする可能性が高い。
 髪を浚う夜風の心地よい冷たさも頭まではスッキリさせてくれないがそろそろ腹を決めないと、集合住宅の群れが見えてきたから。

「おお、おお、おお……そう、か。アリカが生きている……とな」
 結果から言うと穹の思い悩みは杞憂であった。
 死んだと絶望していた最愛の孫娘が生きている、その事実だけで老人は血管の浮いた掌で顔を覆い男泣きにくれた。
「今、仲間が病院収容の手続きを取ってる。その内連絡がくる筈だ」
 まだ保険屋のふりをしているヤーガリの名を出しておいた。
「アリカ、うぅう……アリカぁ……」
 祖父と孫娘は、なんだかんだと言って上手くいきそうだが、ミリアはどうだろうなぁと穹は口元をへの字に曲げる。
(「スコッチとミリアはまるでハリネズミだな。近づけば意図せずにお互いを針で傷つけ合ってしまいそうだ」)
 女優として生きたいのはいいが思考と判断力が幼すぎる娘と、自分の常識から外れるものには頑なになってしまう老父――緩衝材になっていた母であり妻はもういないときた。
(「アリカがその役割を果たせるかというと、どうなんだろうな……」)
 母譲りな無鉄砲さは思い切りの良さというアリカの美点でもある。なにより彼女は若い、老人が制限をつけてしまえばまた反発するだろう。
「あー……」
 穹はアドバイスを告げようと開いた口が、意味なす台詞を吐かない時点で苦笑い。
 家族だからこそ離れられない……けどまあ家族だからこそ、他人が口を挿むのも野暮だろう。

 スコッチが落ち着いたタイミングで穹は家を出た。
「調べてくれたデータはタレコミもで使わせてもらってるよ。あとおじいちゃんのガードも継続中……おりょ? 顔がこんなになってるよ、どしたの?」
 顔をくしゃっとしたアバターを被るカルマへ、穹は漸く肩の力を抜いて相好を崩した。
「あのじいさんじゃなくて俺の方が難しい顔になってたか、折角の一件落着だってのに」
 ――まぁなんとかなるだろう、彼らは“家族”なんだから。


 穹がスコッチに報告に行っている間、猟兵らは手分けしてアリカの転院などの手続きを済ました。

 日を改めて、朔夜は車椅子を押しながら病院へ向かう。
「ねえ、ミリア。アリカとスコッチ氏に逢わせる前に言っておかねばならないことがあるんだ」
 ミリアは、だぼっとしたワンピースにショールをかけて、極力痩せさばらえた体を見せぬようにしている。
「実はね。僕とアリカはほぼ初対面だよ」
「! なッ……あなた、アリカを好きになったって……」
「あれは嘘。ミリアとお喋りした時はまだ出会ってもいなかったし、その後だって電脳の彼女と少し話しただけだよ」
 驚愕で口をぽかんと開く“ノンノ”なんてものを見れた時点でしてやったり、朔夜はくくくと喉を鳴らす。
「演技対決は僕の勝ちだね」
「次は負けないわ、絶対に」
 肩を竦め、辿り着いたアリカの病室をノック。
「どうぞ。スコッチさんも先にいらしてます」
 リューインの声に出迎えられて入室したならば、緊張気味のスコッチ老と目が合った。
「……ミリア、なのか」
 枯れ草のような躰を晒す娘を前にさしものスコッチも言葉を失う。
「私、後悔なんてしてないから」
 一方のミリアは気まずげに目を逸らした後で、再び父親を見据えて挨拶の前の一言がこれだ。
「な……ッ」
 ワナワナと唇を戦慄かせるスコッチと意地っ張りの娘の間にアスカが割り込んだ。
「はいはい、喧嘩も会話の内ではありますけれど、あなたたち家族に必要なのはそれじゃあないでしょう」
「言いたいことが沢山あるとは思いますが、まずは落ち着いてくださいね」
 リューインも宥めに入りスコッチに座るように勧めた。
「ふんっ! そんなになりおってもまだ言うかッ、このバカ娘がっ!」
 ぷいっとそっぽを向くスコッチと膨れるミリア。2人を見比べた後に統哉はミリアと視線をあわせるようにしゃがんだ。
「ミリアさん。あなたはどのような役柄も演じきれる素晴らしい女優だ」
「なによ、こんな時にお世辞?」
「この男は浮ついた嘘をつくような男ではないよ」
 朔夜の口添えにミリアは尖らせたままで口を結んだ。
「ミリアさん。あなたとお父さんは価値観は全く違う。けれども、あなたは様々な役を演じきれる。それは様々な性格の人間の気持ちがわかるからじゃないかな?」
 ふくれっ面をほどいたミリアへ、統哉は再び話し出す。
「だから今、スコッチさんが、あなたの父親がなにを考えていてどんな気持ちなのか――どうだろうか、わかったりしないだろうか?」
「…………」
 役者スイッチを入れられてミリアは沈思黙考。それは然程長くは無くて、はたりとマスカラで飾った睫をしばたかせる。
「――“心配、そして娘をここまで弱らせるまで放置した自分に怒鳴ってやりたい。けれどやっぱり、大人の娘が莫迦なことをしたと……哀しい”」
 そこまで言い当てたところでしゅんっとなり「ごめんなさい」ともごもご。素直に謝った娘をスコッチは信じられないものをみるように目を見開いた。
「あ、アリカが目を覚ましたよ」
 またごねる前にタイミング良く目覚めてくれて良かったとは、ずっと見守っていたベティの本音である。
「……う、うぅん…………ん?」
 そばかす面の娘が瞼を持ちあげた。視界に飛び込んできたのは、くりっとした瞳を輝かせ人懐っこい犬のようなオーラを醸し出すベティだ。オーラは意図してか天然かはベティのみぞ知るだが、この場の空気を緩めるには丁度良い。
「よかった、目が覚めて。どう? 痛いところとかない?」
「……き、みは……うぅ」
 上半身を起こそうとしたら夥しい目眩がアリカに襲いかかる。不安げに身を乗り出す祖父と車椅子から立とうとする母。
「あ……あれ……? ママ、と、おじいちゃん………??? ここ、どこ……パティは? テーズは?」
「アリカさん。もしかして電脳実験の後からは憶えてらっしゃらないんですか?」
 リューインの呼びかけにも頭を抱えて唸るのみ。
「だ、大丈夫なのか、アリカは」
「アリカ……」
 おろおろする2人は背後で開いたドアに振り返る。そこには医者を伴ったアスカが立っていた。
「飲み物でも買いに行こうよ」
 父と娘の頭を冷やすのも兼ねて、とは言わず。ベティの促しに診察中は全員外へ。


 丁度その頃、詩乃は保護下にあるパティと逢っていた。
 パティは洗いざらい情報提供をするという司法取引が成立したので罪はごく軽くで済む。他のメガコーポは猟兵案件に下手に触れるのは悪手と判断した。だから関係者の身の安全は保障されている。
「無事に解決して良かったです」
「本当に何から何までありがとうございました」
 深々と頭を下げるパティは、今日アリカの意識が戻させるという話に胸を撫で下ろした。
「ご一緒されますか?」
「いえ、まずは家族水入らずで。その後、アリカさんが逢ってくれるなら日を改めて行けたらな、と」
「逢ってくださいますよ。パティさんに命を救われたんですから」
 アリカは死にたいわけではなかったのだとは伝え済み。
 ひとしきりの歓談後、病院とセーフルームの分かれ道で詩乃はあることについてパティの許可を得たいと切り出す。
「それはミリアさんに危険はないのですよね?」
「もちろんです。ただ見た目が物騒ではあるので、勿論アリカさんにも許可を取ります」
「猟兵の皆さん、詩乃さんのことは信頼しています。だから良いようにしてあげてください」


「頭が冷えたようなら病室に戻ろうか」
 未だ気まずげではあるが、なんとか再会の挨拶まではこなした父娘に対し、ベティは屈託なく提案する。
「あぁそうだ。アリカさんってなにがお好きですか? お医者様が差し入れしてもいいと仰っていたので」
 ケミカルなテキストの自販機を眺め、リューインが問いかける。
「ジンジャエールだ」
「あまーいチャイよ」
 祖父と母で答えが違った。またいがみ合いになりかねないのにはいはいと呆れたようにアスカは手を叩く。
「どちらも好きなんですよね、アリカさんは」
 電影の指先でそれぞれの手の甲に触れて、アスカはオッドアイを眇め労るように続けた。
「お爺様と、ミリアさんとで、沢山話をしてください。きっとアリカさんだって話したいはずです」
「じゃあ二つ買って……」
「あぁ、チャイは私が淹れますよ」
 そこにティセットを乗せたワゴンを押すディルが現れる。
「スパイスを効かせたミルクたっぷりで甘く……ですね。お二方はどのような紅茶がお好きですか? 如何様にも淹れますよ」
 ティソムリエ強し! すっかりと毒気を抜かれた2人にベティをはじめ猟兵達は忍び笑い。
 見えてきた病室の前にはパティと別れた詩乃がいて、にこやかに手をふる。ここで、こほんと咳払いしてアスカは最後の一押し。
「どんな話でも良いです。それこそ今みたいなすきな物の話、小さな頃の話、芸能界での話……貴方達家族に必要なのは会話です」
 もっともすぎる指摘にそっぽを向く、そんな彼らを見て朔夜は踵を返した。
 もうあの家族は大丈夫だろう。
(「……思ったより後味悪くなかったから、あの子でも良かったかもね」)
 人が良い金色の電脳ガールとなんだかむしょうに話がしたくなる。

 ――ディル特製のスパイシィなミルクティは、甘く心をほどいていく。
「あー、眼鏡ないからボケボケ。知らない顔もいっぱいだし。でもなんか見たことあるの、不思議な感覚だよ。これって電脳の記憶が残ってるってことかなぁ……脳味噌分解してちゃんと分析したい」
 おはよう第一声からのこれに、目を剥く祖父と子供っぽく唇を尖らせる母親。
「アリカが痛いのはダメよ」
「あ、ママ。どう、体は……?」
 逆に気遣われた。
「はい、アリカさん。ジンジャエールは冷蔵庫に入れておきますね」
 にこやかに空気を読んだリューイン。
「うん、ありがと。今はこのおにーさんが淹れてくれるあったかいのがいい。沁みるぅー」
 これで勝ったって顔をするミリアだ。子供っぽさ極まれり。けれど荒れて泣き喚いた彼女に比べると幸せそうで、統哉の胸はふんわりと羽が生えたよう。
「それぞれが家族の健康を願ってるって、もうわかったんじゃないかな」
「あたし、わかってたー! だから電脳理論を……」
「それで死にかけてどうするんじゃ、アリカ!」
「短時間の実験のつもりだったんだけど、テーズがやらかしたんだものー」

 ――猟兵から“事実”として説明された、テーズことウィリアムはオブリビオンで、自らの延命を願いアリカの理論に目をつけたのだと。
 覚醒からしばらく経って、頭の中に電脳データだった頃の欠片がちらりほらり。浮かぶように羅列のパーツを組あわせたら、大凡のことは理解できた。

「対等に話せた|友達《テーズ》と二度と会えないのは寂しい? 死んだからってイイ奴にしすぎてない?」
 探るような琥珀の双眸に、アリカは首を竦めて。
「キミが言ってくれたことはちゃんと憶えてるよ。テーズは邪魔者を殺してきたって。あたしの“肉体”も」
「生きている健康な体への嫉妬も存分にあったろうけどね」
 インテリ引きこもりの彼は、ゲームの中ではあんなにもアグレッシブだった。しなやかな肉体への憧れは本物だったと――|クジラ《ベティ》は寂寞色の双眸を思い出すのだ。
「――」
 執着を受けていたアスカはなにか口を差し挟もうとして止めた。|彼《ウィリアム》のことはもうお仕舞いにしておこう。
「死で別たれて逢えなくなることはとても寂しいですよね」
 切なげな表情から気持ちを悟ったリューインも同じように俯いた。
「けれど――もう一度生まれ変わる、そんな奇蹟もあるんですよ。戦っている時にもお話したんですけれど」
「改めて確りと聞きたいー!」
 知的好奇心に瞳を煌めかすアリカへ、リューインは愛する人の数奇な運命を語り聞かせた。
「相手も『死んでしまっても──いいえ、なんど生まれ変わっても、わたしとリューさんは一緒』って……」
 戦闘時は必死の説得だったから照れずに言えたけど、改めてこの状況で口にしたら顔から火が出るようだ。
「へぇ、嬉しいこと言ってもらえてるね」
「…………は、はい」
 深い愛は病みがちだがそれすらも愛おしくて掛け替えのない想いだ。
 ほんわりと花咲くように破顔する羅刹の彼女を浮かべたら、今すぐにでも逢いたくなってしまってる。
 ――さて。
 祖父と母は時に険悪になりつつ。最初に崩して本音を見せたのは意外にもスコッチ老であった。
「まったくもう。なんだって娘も孫もこんなに向こう見ずで自分の命に無頓着なんだ! 勘弁してくれ、私より先に死にに逝くようなことはごめんなんだ……」
 肩を縮めて震える声を吐き出す背中は、記憶より随分と小さくなってしまった。ミリアは哀愁をたえた腕を伸ばして老人の背中をさする。
「……でもパパ、命より大事なやりたいことってあるのよ」
「!」
 まるで瞬間湯沸かし器だ。気を揉む統哉とアスカだが、アリカがころころと笑っているのに気づき口元を緩めた。
「そっくりな父親と娘だな」
「だよね。でも近くに居て喧嘩してくれるのは嬉しいなー」
 そうだ、ずっと離れ離れだったのだから。
「なら、それを言えばいいんじゃないか?」
 統哉の提案に驚く辺りアリカも言いたいことを飲み下しがちだったのだろう。
「先ほども言いましたが、あなたたちには圧倒的に対話が足りていませんから」
 アスカの台詞に続きベティが「アリカが聞いて欲しいことがあるってー」と退路を断った。
 言い合っていた母と祖父へ、アリカは布団を握りしめてぽつりぽつり。
「ねえ、一緒に暮らそうよ、3人で。そうやって喧嘩してもいい、いっぱい話がしたいんだ」
 アリカの精一杯の申し出に顔を見合わせた2人は即座に否を口にしようとして、ぐっと堪えて下を向く。
「……アリカがそう、言うなら…………いい、わよ……?」
「ふん、どうせミリアには世話が必要だろう。他所様の手を煩わすぐらいなら親の私が面倒を見た方がいい」
 はぁっとアリカはわざとらしく大きなため息をついて見せた。
「もう、素直じゃないんだから。ホントそっくり親子だね」
「「!!」」
 なんて戯けながら、この聡い娘は全て受け入れているのだ――限りある命、祖父は年を取っているし母は健康を損ねている、だから刻限はすぐかもしれないと。
「あぁそれなんですけれど……」
 消沈を感じ取った詩乃は、リューインの魔術への好感触を示した今だと切出した。
 ――《霊刃・禍断旋》で雷月を”ノンノ”(ミリア)さんに刺して、蓄積された電脳の毒だけを取り払いたい、と。
「へぇ、そんなことできるんだー。さっきリューインくんが言ってた“魔術”の仲間?」
 急に話をふられ驚いたリューインは首を傾ける。
「猟兵の力、とひとくくりには出来ますけれど、神様の奇蹟、かな」
「ええ。アリカさんに考える時間を差し上げたくて。ただどうしても見た目が……」
「いいよ、やって。見てみたい! それでママの寿命が伸びるなら万々歳だし!」
「「え?」」
 嬉々としたアリカの声に、なんのことやらと振り返る当事者の|ミリア《“ノンノ”》とスコッチ老である。

 ――神の奇跡をもたらす、そのやり方の説得にちょっと一苦労はするのだけれども、この後無事に“ノンノ”の身からは電脳毒が斬り払われた。

 ミリアもそのままアリカと同室で入院することになった。
 ベッドを近くにくっつけて母と手をつなぎ「存分に話す」とのアリカの破顔は翳り無く明るかった。
 スコッチは、娘の為の入院準備が手間だと口では毒づきながらも、ごしごしと手の甲で目元を擦り病室を出て行った。
 時にぶつかりあいながらも寄り添って生きていく未来が描けた猟兵達は、安堵と共に病室を後にする……。


 此度の黒幕は骸の海へと還った。
 では表に|お出し《﹅﹅﹅》|する生け贄《スケープゴート》はというと、猟兵の管理下のセーフルームに留め置かれている。自殺防止の為、食料は差し入れのみ、キッチンもなにもない部屋だ。体の良い監禁だが、WACKからすれば首ちょんぱしてしまいたくてしょうがない人物だ。
 もはや彼に名誉はない。ただ死にたくないから大人しく囚われているだけだ。
「元より名誉を保てる行動なんて一切していなかったわけですが」
 様子を窺いに訪れた素振りのヤーガリは、ここに来るまで足音ひとつ立てなかった。
「……私の命は保障すると言った筈だ」
「それが猟兵の総意だとでもお思いですか」
 随分とご機嫌な頭をしていますね、と、悪びれなく言い放ち黒手袋の指でカサカサとテーブルを引っ掻く。
 耳障りだ。
 そりゃあそうだ、わざとやっているのだから。
 不快さに、すっかり精神も肉体も疲弊している男は派手にぜーはーと息を荒げ突っ伏していく。
「それはさておき、エイジアさん。人の魂を利欲の為に利用したのは良くないですねえ」
「あぁ? 魂だぁ? 何寝ぼけたことを言ってるんだ。お前もあのガキと同じ類いのアレな奴かぁ? はははは! 俺は貴重な証人だ。せいぜい死なせないように丁重に扱えよ? |猟兵《イェーガー》様よ」
 ヤーガリは眉を持ちあげて大仰に首を持ちあげる。
 どこまでも小悪党だ、この男は。無計画に生きて、人の心を幾つも踏みにじって……そして何故か彼自身も幸せにはなれない。
 なんてしょうもない人生。
 もう、いらないだろ。
 そう処断する自身を、ヤーガリは何様かと嘲笑する。
 ――ああ、惨めに生きさらばえる様は、この男と大差が無い。ただ食いものにするのが魂か血かって違いだけ。血は、決して人からは頂きたくはないものだが、|エイジア《鼠》ならいいだろう。
 ヤーガリは痩せた指を得物の手首にかけた、唇は裂けあがり牙も吸血鬼だか蛇なんだか。それでもまだ異形には解けきっていないというのに、生き穢さだけは天下一品のエイジアは命の危機を察知する。
「? な、なんだ……? お前、何を……ははは、冗談だろ?」
「冗談じゃないです。あたしはいつでも真面目ですよ」
 くわりと口をあいて濁った息と軽妙な声を吐く。
 絶望を確定させる台詞を口にせんとした刹那、鼻孔が心を鷲づかみにして留めた――“本当に美味しい料理”の臭いを嗅いでしまったのだ。
 ――もう望むべくもない、暖かなシチューの香り。
 すんっと鼻を鳴らし手の甲で唇を隠した。そんな|溢れかけ《﹅﹅﹅﹅》のヤーガリの背後からワゴンを押し現れたのは、真っ白なコックスーツ姿の幸四郎である。
「こんばんは、エイジアさん。本日のお食事をお持ちしましたよ。最初で最後の一品です」
 シチュー鍋からよそわれたのは、人工肉がごろりと浮かぶブラウンの海。だが人工品は実に肉だけ、あとはこの世界で手に入るだけの天然の野菜をかき集めて煮込まれている。
「さぁ、どうぞ」
 幸四郎にたゆたうのは100%の善意ではない。
 むしろ、全てを剥き出しに仕掛けたヤーガリの方が正直だ。
 エイジアは痩せて飛び出た瞳をぎょろつかせ、ヤーガリと幸四郎を見比べた。媚びたような助けを求めるような、それでいてとても狡賢い鼠のような視線だ。
「……折角だから召し上がられては? エイジアさん」
 ヤーガリはそれだけ言って部屋を出る。その方が安心して食べられるだろうから、と。
「いただき、ます」
 音もなく啜るエイジアは、ああ、と落ちくぼんだ目を瞬かせる。
「……嫌なものを再現してくれるな」
「あなたの育った地方の隠し味など、私も随分と勉強させていただけました。ありがとうございます」
 幸四郎は事件解決の後、エイジアの情報をかき集めた。
 幼少期は詰め込みに次ぐ詰め込み教育を施され――正直に言うと、地頭の宜しくなかったエイジアにとっては地獄でしかなかった。
 母親はよい食材を食べて頭が良くなりますようにと想いを込めてこのシチューを作った。身勝手な押しつけではあるのだが、そこに愛はある。
「本当に僅かではあったかもしれませんが、あなたは息子として気に掛けられていました。けれどあなたは? 人の親として、どうでしたか?」
 エイジアは、犯した罪の責任は取らなければならないが、今のままであれば悔いることもなくただ自分の不運を毒づくだけだろう。
「……いい臭いがしたと思ったら、手の込んだシチューだな」
 やはりエイジアを気に掛けていた統哉は踏み込むなり鼻をひくつかせる。
「味覚の記憶は思うよりずっと鮮明なんです。特別な思い出があったなら結びついていたりもする」
 目頭を押さえ咳き込みながらもエイジアはシチューを口に運ぶのを止められない。
「やっぱあいつらが、父さんも爺さんも母さんも、みんなが……憎いよ…………わかってっ、ほしっ……ッ」
 お金も、教育も、確かに手は掛けてもらっていた。期待を裏切りバンドマンとして飛び出した、それ自体は後悔していない。むしろその生き方を認めて欲しかった。手をまわして仕事の芽を摘まないで欲しかった……。
「……」
 スプーンを握りしめて涙を零し続けるエイジアを見つめる幸四郎は瞼を伏せた。そうして傍らの統哉にだけ聞こえるように。
「…………私は、残酷でしょうか」
「いいや。漸く彼は己の渇望に気づけたんだ」
 統哉は首を横に揺するとエイジアの元へと歩を進めた。

「おや、帰られてなかったんですね」
 あとは任せて欲しいと言われた幸四郎は、ドアの真ん前で風に吹かれていたヤーガリがまだいたことに驚く。
「いえね、ひとつだけ言っておきたかったんですよ。“あんな本物のご馳走を出されたら、つまらないものを口にする気も失せる”って」
 これは、懺悔……なのだろうか? と、ヤーガリは首を捻ってから埒もないと苦笑い。
「……」
 言外の意図を悟った幸四郎は、ふっと容を傾けてこうとだけ。
「聞かなかったことにしておきますね」

 エイジアの隣に腰掛けた統哉は、幼少期に届かなかったエイジアの切望にずっと耳を傾け続けた。
「名前も大々的にでちまうだろう。実家には帰れないな……ああ、ああ…………もう、死んでしまいたい」
 この嘆きこそが、エイジアが真っ当さの扉にふれた証。
「月並みだが、生きて罪を償うべきなんだ、あなたは……」
 ああ、漸くこんな月並みでとても大切な話が出来る――統哉は感慨に耽りながらエイジアに寄り添うのだ。


 AI社は違法薬物でモデルの身体を著しく毀損した悪事を表にされた。
 マスコミはこぞってAI社の社長エイジアを叩き、彼は数多の罪に問われることとなる。
 ……随分と殊勝な振る舞いで罪を認めており、彼を知る人間は大層意外に思った、これは蛇足か。
 同時期、このサイバーザナドゥの一角から“ノンノ”という女優が消えた。
 あれほど人気があり誰もが崇拝めいた色で唱えた名は、もう囁かれない。
 それは、ある家族の再生を意味をする。
 ――知っているのは、|猟兵《イェーガー》だけだ。


-終-

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2023年05月04日
宿敵 『ウィリアム・ダイオプテーズ』 を撃破!


挿絵イラスト