●その楽園の終焉は歓喜と炎に満ち満ちて
その地を指して、花と泉の楽園と魂人らは呼んでいた。
苦痛に満ちた下層での生と壮絶な死の末に彼らが辿り着いたのがその場所だ。かつて彼らが身も心も圧し削る様な日々の中、居るかも判りもせぬ神にひたすらに祈り縋って夢見続けた死後の楽園、それを具現化したかの様なその空間に死の眠りから醒めた刹那に身を置けば、そうと錯覚しても無理はない。
村の随所に湧き上がる無数の泉を水源に、村を縦横無尽に清らなせせらぎが流れゆく。約束されたその潤いを享受して青々として草木は茂り、零れんばかりに夏の鮮やかな花々が咲き乱れ、小鳥の交わす囀りを心地よく乾いた風が肌を撫でつつ攫ってゆく。
これは褒美だ。神の慈悲だ。
辛く悲しい生前を懸命に生き、報われぬまま死んだ己たちへの慰めだ。そうと思えばこの幸せがとわに続こうと彼らが思ったところで無理もない。剰え、己の愛して遺したものがこの場に早く至ればと、そう願ったとて罪はない。
その『死後の安寧』さえもが偽りであり、その支配者の胸三寸で易く奪われるものだ等とは、この世が斯くも残酷であろうとは、彼らが思考を持つ限り好んで求める真理たり得ぬ。
やがては花も緑も灰燼と化し、湧き上がる泉さえ干上がる程の劫火が或る日唐突にこの楽園を襲おう等と、誰も夢にも思うまい。
「あははははは!もっと、もっと燃えなさい、何もかも燃え落ちておしまいなさい!」
燃え盛り、赤々と熱を巻き上げる業火にその暗い金髪と黒衣の裾を遊ばせつ、刃を手にした女は高らかに笑うのだ。彼女が求めるのは手にした刃を濡らす鮮血だ。美酒などなくともその白い喉を潤してくれる様な、潤いに満ちた生肉だ。それは即ち命そのもの、生きた命を貪ることでしか得られぬ美味と快楽がある。
燃え盛るこの地に於いて炎に巻かれて導かれ、己の元へと辿り着く獲物はさぞかし活きが良いことだろう。
「私、自分で捌いてみるのも結構悪くはないと思っていてよ」
刃を握る手は包帯だらけ。それが雄弁に語る事実などただ一つ、それは即ちこの美食家が活きの良い獲物を常より扱い慣れているというばかり――
●焼き加減はミディアムレアで
「ダークセイヴァー上層での依頼だよ」
グリモアベースにてそう告げたグリモア猟兵の姿は、彼女をよく知る者ならばその違和に気付きもしたやもしれぬ。常よりもだいぶ幼く、常は隠している筈の紫の瞳を隠しもしていない。傍らに跪く騎士もまた兜の下に秘していた碧い瞳を猟兵たちの視線の前へと晒して居た。
「……何も言うな。たとえば、そうだな、予知にまで真の姿を解放せねばならぬほどに、敵が強いと言えば解るだろうか?」
何処までが嘘か誠か、子どもと女の半ばの齢の顔をして、紫の瞳が猟兵たちを見る。
「或る村が燃える。間際までその場こそが死後の楽園だなどと信じて疑わぬ哀れな命を火種に燃えて、皆が死ぬ」
常よりも高い声で、グリモア猟兵・ラファエラは告げた。
「この村をどうか救ってやって欲しい」
短く告げられたそれが無理難題であることを猟兵たちは知っている。
「闇の種族が来る前に、魂人たちに危機を伝えよ。可能性の片鱗を思い至らせる、その程度でも構わない。……それ程までに彼らは『楽園』を過信してしまっているのだよ」
その楽園そのものがいずれ焼け落ちることなどは、夢にも思うこともなく。
そう告げた幼い姿の女は何処か苦虫を嚙み潰す様な顔をしていた。
「その村が燃え上がる時の判断は全て貴公らに委ねよう。その場に赴かぬ私は何も決められる立場にはない」
己の言葉に質問も反論も許さないとでも告ぐかの様に、小さな手のひらが答えを待たず、常と変わらぬ黒い洋扇をただの一度だけ揺らしてみせた。薔薇の香と共に広がる黒き茨の形のグリモアが猟兵たちを嫋やかなせせらぎの下へ連れてゆく。
lulu
luluです。ご機嫌よう。
お肉はミディアムレアが好き!夏はBBQがしたくなりません?
●一章
此処こそが死後の楽園、漸く辿り着いた安寧の地。気がかりは遺す者ばかり。
平和に暮らす魂人たちにこの地が楽園ではない可能性を語って聞かせてやってください。
彼らの思い込みの強さゆえ、無意識にでも上手く何かを刷り込めたならば御の字と言った趣。
●二章
ボス戦。燃えろ、燃えろ、燃え落ちろ。
血の滴る様な活きの良い食材たちを、炎がこの場にいざなって連れて来てくれることでしょう?
超強敵です。プレイングとダイス次第では苦戦も出します。
領主の攻撃と炎に逃げ惑う魂人の救出を優先するか、彼らの犠牲を顧みず領主の撃破を狙うのか、受理予定の全てのプレイングを拝見してから執筆いたします。
(撃破に際して🔵が足りなければ救出の🔵で補ってそちらに運ぶ感じにいたしますので、お好みで。全員が撃破希望で🔵が足りない場合は存じません、ごめんなさい。)
●三章
無明の夜の逃避行。
楽園と信じたその地を追われた魂人らを上手く鼓舞して引き連れて、手近な村へと誘導を。
道中、危機がいっぱいです。
受付開始は各章断章投下以降で。
宜しくお願いいたします。
第1章 日常
『ふるさとはとおくにありて』
|
POW : 「あいつは無事さ。力をつけてオブリビオンを撃退したんだぜ!」
SPD : 「人間はそんなに馬鹿じゃない。新天地でうまく生き延びてるさ」
WIZ : 「大丈夫。みんなは気高き心を、互いに助け合う優しさを失っていないわ」
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●原産地:楽園
暗く深い森に抱かれる様にその村は在る。清らに流れる浅い水路と、白い木槿の咲いた生け垣のみに囲まれて、村の四方の門を開け放したままにしていることからして、外敵の脅威などとは無縁らしい。
家々は木造ながらも、広い窓や玄関を設けて意匠に拘る様子には下層には稀有な暮らしの余裕も見て取れる。石敷きの道と傍らの水路を隔てる様に誂られた花壇はよく手入れが行き届き、少しの距離を歩むごとに彩りを変える花々がある。
店の数は決して多くはないが、その品揃えも扱う品も悪くない。新鮮な肉や魚に、瑞々しい青果を揃えた店は勿論、服や雑貨を扱う店もあれば、菓子のみを売っている店までもある。香ばしいバターの香りを漂わせ、丁度焼き上がった何かの菓子を店主が店先に並べて居た。楽しげに行き交う魂人らの表情に翳はない。
空に、笑う様な三日月がある。どれだけ時を重ねても月が満ち欠けするのみで決して陽の光の差さぬ事実は、此の場も彼らも未だ明けぬ夜に囚われたままであることを雄弁に物語って居る筈だ。だがたとえ死後の世界が光に満ちた場所であるなどと生前に縋った教典が語って告げて居たところで、そんなことさえ些事である。多少首を傾げながらもそこには瞑目出来る程度に、この地は彼らが思い描いた楽園に近いどころか上回る。下層で虐げられながら貧しく惨めに生きて死ぬしかなかった彼らが想像すらも出来ずに居た程この地が豊かであるがゆえ。
村の広場の中央にある泉は滾々と湧き出る清水に傍らの百日紅の花弁を揺蕩わせ、細い月を浮かべて居た。その近くで幾人かの魂人らが集って歓談に興じて居る。
「あら、貴方たちは猟兵? 猟兵も死ぬものなのね」
猟兵達の姿を見るや懐っこく声をかけて来たのは、一人の魂人の少女だ。
「私ね、猟兵に殺して貰ったの。領主のせいで、両脚が腐り落ちる寸前だったんだもの」
言うなればそれは悪趣味な人形遊びであったと言う。舞踏会を模した場で、鋼糸で戒められながら取り続けさせられたピクチャーポーズは、彼女の脚を朽ちさせた。
「一緒に囚われていた妹は生きて助け出してもらったみたいけど、早くこっちに来れば良いのに」
無邪気に告げる彼女の微笑みは晴れやかで、その言葉が本心からのものであることを物語る。
「僕は婚約者に売られて殺されたんだけど」
あっけらかんと一人の青年が言う。曰く、大切な者と引き換えになら命を助けてやるだなどと言う領主の悪辣な取引に我が身可愛さで彼の恋人は乗ってしまった。
「でも、今は感謝して居るよ。だって死後の世界がこんなに幸せだなんて」
彼女も死んでこの場に来たら撚りを戻すのも吝かではないと冗談めかして笑うのだ。
「君たちもそう思うだろう?」
誰に聞いても同じ調子だ。この場所は死後の楽園。憂いもない。苦しみもない。気がかりがあるとするならば、遺した家族や愛する者のことばかり。彼らは元気にして居るだろうか、早く死してこの場に来れば良いのに。
哀れなる哉。愚かなる哉。人の身の上などを案じる場合ではないと言うのに、明けぬ夜よりも尚暗きこの蒙昧を猟兵達は照らしてやらねばならぬ。
この箱庭は楽園を騙る牧場だ。全て美食家の手のひらの上、安穏とした環境で贅沢な飼料で伸び伸び育った家畜らの肉はさぞかし旨かろう。
その残酷な真実を今はまだ幸せなままで居る迷える仔羊たちへと告げることにて。
【マスターより】
村人たちに真実を教えてください。
此処が死後の楽園であると疑わず信じ続けた者から次章以降で多分死にます。
エリー・マイヤー
まずは念動ハンマーで手頃な地形を叩き壊します。
破壊の音と衝撃で魂人さん達の注目を集めつつ、
心理的衝撃を与えて恐怖心を思い出させましょう。
そして2つだけ伝えます。
「アホみたいに強い敵がこの村に迫っていますので、逃げる準備を早急にお願いします」
「ここは楽園じゃありません。残念なことに、あなた方は別の地獄に生まれ変わっただけです」
ゴネる人がいたら、念動力で軽く痛めつけて黙らせます。
口論する時間が惜しいですし。
交渉とか説得とか、そんな得意でもありませんし。
…敵と同じことをしてるようで、やや複雑な気分ではありますが。
それにしても、楽園ですか。
本当にあるなら、私もそこに住んでみたいものですね。
●力は何より雄弁なれど
地震か、はたまた爆発か。魂人たちの殆どがそうも簡単な憶測さえも巡らせられぬ程、村を揺るがせたその衝撃は唐突で、且つ激甚なものだった。事実として魂人たちが耳にしたのは轟音であり、体感したのは激しい揺れだ。
何事かと家から顔を覗かせる者があり、屋外に居た者らは音のした方を見ながら不安げな囁きを交わす。村のはずれの地面がまるで隕石でも落ちたかとでも紛うほど、深く大きく抉れて居た。念動力を槌の様にして2,000トンをゆうに超える大質量を叩きつけるその一撃、残念ながら何軒か巻き込まれた家屋とてあったやもしれぬ。家人の無事を願うばかりだ。
「私の声が聞こえますか?」
抑揚はないがよく通る声で、地面を穿つ穴の傍らに佇む女、エリー・マイヤー(被造物・f29376)が呼びかける。魂人らの見る前で煙草を咥えてひと息をつく青髪の女へと、果たして何者だろうかと訝しむ様な視線が集う。
「結構です。私からお伝えすることは二つだけです」
深く味わう様にして紫煙を吐き出した後で、要件は短いものだとエリーは彼らにまず告げてやる。
「アホみたいに強い敵がこの村に迫っていますので、逃げる準備を早急にお願いします」
まさか、と怖々と様子を伺っていた者たちから猜疑とも驚愕ともつかぬ声が漏れる。
幾ら長らく外敵の脅威などない平和に呆けた村と言えども、今、脅威を目の当たりにしたばかり。本能に訴えかける様な衝撃的な光景は忘れかけていた恐怖心を呼び覚まし、魂人らの想像力を掻き立てるには十分だ。
だが、敵と言うならば、どうだろう。もしその様な存在がこの地に訪れるとしたら、であれば目の前のこの女とて味方であると言う保証はない。であれば、その言葉を易く信じて良いものか。
「でも、ここは死後の楽園だと言うのに――」
「それからもう一つ」
抗議しようとした魂人の女の言葉を遮ってエリーは断固言い放つ。
「ここは楽園じゃありません。残念なことに、あなた方は別の地獄に生まれ変わっただけです」
短い沈黙の後、俄かに辺りに満ちるのは低いざわめきだ。
「あの人は一体何を言ってるの?」
「きっとまだ此処に来たばかりで混乱してるんだよ」
「別の地獄だなんて、あんな場所より地獄がある筈もないのに……」
エリーの言葉は言うなれば信仰を否定に他ならぬ。ざわめきを解いてゆけば個々の言葉は概ね否定で、非難すらある。それらを野放しにしておけば猜疑はそれこそ瞬く間に燃え広がろう。埒が明かないと見て取ったエリーの答えはただ一つ。
唐突に、魂人らが一斉に黙り込む。その口を念動力に塞がれて、開こうとしても縫い付けたかの様に開けない。力に訴えるだなど敵と同じことをするかの様で、エリーが出来れば使いたくは手ではあるものの、無表情な女の顔にその複雑な心根は露ほども表れることはない。
「死にたくなければ私の言葉を肝に銘じておいてください」
強制的な沈黙の内に、いっそ冷徹なまでに冷静なエリーの言葉が響き渡った。それを耳にした魂人らがエリーの言葉に従うか否かは彼らが彼女を敵と捉えたか味方と捉えたか、それ次第。
新しい煙草に火を点けながらその場を後にしたエリーはせせらぎに沿う様に歩みを進める。傍らの花壇には花虎の尾が淡い紫の房を揺らして咲いていた。
見目には理想のこの場所は何処までも偽りの楽園だ。だがしかし、楽園などと言うものがもしも本当にあるならば住んでみたいと詮無い仮定で物思うエリーのほんの短い思索は、吐き出す煙と共に夜風に溶けて消えた。
成功
🔵🔵🔴
リーヴァルディ・カーライル
◎
…私もかつては犠牲になった人達へ安らかに眠れるように祈りを捧げていたから、
貴方達の気持ちは痛いほど分かるけど……蒙昧に耽る時間は終わりよ
…この地は貴方達が元いた故郷と地続きの世界。残念だけど、死後の楽園でも何でも無いわ
…生者の私が此処にいる事が、何よりの証拠だと思うけど…そうね
…ならば、貴方達もその眼で垣間見るが良い。この偽りの楽園の未来を…。
UCを発動して左眼の聖痕に魔力を溜め強化した「代行者の羈束・時間王の鏡」を発動
魂人達に楽園が美食家に焼かれ滅ぼされる残像を暗視させて説得を試みるわ
…今、貴方達が視た物はこれから起こりうる未来の可能性
…道は示したわ。信じるか否かは貴方達の好きにしなさい
●その楽園への妄信は檜扇の色で燃え上がり
死後の世界と言うものは何処までも安寧に満ちたものである。
そうと信じた時代が己にも確かにあったが故に、地獄の片隅に拵えられたこの偽りの楽園を見つめるリーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)の紫の瞳はやや翳る。吸血鬼の血を半ば引くその白い貌には目立つ感情の漣のひとつなけれども。
憂き世は何処までも残酷だ。殊にこのダークセイヴァーの世界に於いては、地獄と呼んでも差し支えなく、其処に生きる命など次の季節も覚束ぬ野の花よりも易く踏み躙られて儚く散るのだ。なればせめてその死後は幸いに満ちたものであれかし、人の心がそうと願うのも不思議はない。事実、リーヴァルディ自身もかつては左様な祈りを捧げて来た。
「貴方達の気持ちは痛いほど分かるけど……蒙昧に耽る時間は終わりよ」
新たなる仲間を温かく迎えようと集まった魂人たちへ、静謐な声が告げる。その意味を解さぬものが大半で、僅かな残りは蒙昧だなどと言う傲岸不遜な言葉に眉を顰めたものたちだ。
「……この地は貴方達が元いた故郷と地続きの世界」
その言葉を選んだ訳を、この世界の種明かしを、リーヴァルディは短い言葉で告げてやる。
「残念だけど、死後の楽園でも何でも無いわ」
彼女の言葉に息を呑んだものたちは未だ幾らか聡明な部類なのだろう。己らが信じた世の理へと否定を受けてその言葉に慄きを見せるのは、それが真実である可能性に何処かで思い至ればこそ。
「でも、俺たちは実際に一度死んだ筈だ」
真っ向から否定を返して噛みついたひとりの魂人の青年はその類ではないらしい。
「事実、生前とは別の存在になってる。こんな半透明の身体はしてなかったし、生前にいた場所はこんな場所じゃなくて……もっと、悲惨って言うか。同じ場所だなんて証拠があるか?」
「……生者の私が此処にいる事が、何よりの証拠だと思うけど……」
並みの理性を持つものになら、その一言で終いと言えばそれまでだ。しかし狂信は目を曇らせる。そうしてこの今リーヴァルディが相手取るのはその様な狂信めいた信仰だ。「この場所は楽園である」。それは今や彼らの信ずるこの世の理であり、何より彼らの願望がその否定を赦さない。
――たちの悪いカルトへの妄信を崩すには、荒療治とて致し方なし。
「……ならば、貴方達もその眼で垣間見るが良い。この偽りの楽園の未来を」
ダンピールの娘の左目が、紅く鮮烈に煌めいた。それが聖痕たるその眼へと溜め込んだ魔力を呼び覚ます兆しであることをこの場の誰も知りはせぬ。
「何……?」
青年の言葉に返るは、傍らの芙蓉の植木を燃え上がらせた業火であった。それだけでない。まるで檜扇の花を敷き詰めでもしたかの様に村一を紅蓮の炎が覆いて、燃えるものとて何もない筈の地面までもが燃え上がる。その中を逃げ惑う魂人らが炎に巻かれて、その髪の、手指の先から焼け焦げて、埋火ばかりをその身に宿した物も言わない炭と化すのを、己もまた逃げ惑いながら青年は見た。リーヴァルディの声を聴き、その瞳の煌めきを目にした他の誰もがまた然り。
「……今、貴方達が視た物はこれから起こりうる未来の可能性」
炎の中にありてその熱を冷ますかの様に冷静な声に呼び覚まされて、魂人らの意識は元の花と泉の楽園騙りの豊かな村に引き戻される。何ひとつ燃えてなどいない。そこに在るのは先までと同じ光景だ。
だが、その景色がこれまでと違って見えるのは何故であろうか。
「……道は示したわ。信じるか否かは貴方達の好きにしなさい」
信じようと、信じまいと、彼らが幻に視た光景はもう間もなくの内、訪れる。
成功
🔵🔵🔴
ジュジュ・ブランロジエ
◎
皆幸せそうだね
真実を告げるの辛いなぁ…
人目を引く手品ショーで人集め後に説得
聞いて!
これからここにオブリビオンが来るの
ここは火の海になる
心に留めておいて
いざって時に足が竦まないように
ちゃんと逃げられるように
『どんな時も心構えは大切!』
残念だけどここは楽園じゃなくてダークセイヴァー上層なんだ
まだ平和な世界にはなってない
皆はもう知ってるでしょ?
理不尽なことはいつも突然やってくるって
どうしてここが安全だと言い切れるの?
ここは楽園なんかじゃない!
貴方達を助けたいけど今の私達の力ではオブリビオンを倒すのは難しいんだ
だからお願い
私達と逃げる心構えをしておいて
会いたい人とまた会う為にも皆には生き延びてほしい
●束の間の夢など撒き餌、残酷な理ばかりがそこに在れども
「見て見て!種も仕掛けもありません!今日此処でしかお目にかけられない世にも奇妙な奇術の数々、御覧あれ!」
『これって全部本当は内緒なんだけどー、お近づきの証に特別にお披露目しちゃう!』
村の一角にちょっとした人だかりが出来ていた。黒山の、等とは言わぬ。集うのは皆その身を淡く透かした魂人の男女なればこそ。
その中心で彼らの視線を釘付けにして止まぬ奇術の数々を今披露するのは、いかにも旅芸人らしい重たげな革のトランクを足元に転がした白い装いの娘であった。結論から言うならば、彼女の言葉は全て嘘。彼女が手にした白兎頭のフランス人形『メボンゴ』が無数のトランプを吐き出す様も、その一枚を彼女が手に取って、燃え上がるそれがやがて大輪の薔薇へと姿を変えるのも、種と仕掛けに裏付けられたよくある手品に他ならぬ。
だが、そうした夢のある口上こそ旅芸人の真骨頂。殊に、娯楽などない下層を生きてろくに目も肥えぬままに死に、そうしてこの場に生まれ変わった魂人らにしてみれば、束の間とは言え不思議な夢を見る、その体験こそ得難くかけがえのないものともなろう。そうまで辛辣な言葉で思考はせずとも概ね似た様な理由にて、ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)は敢えて冒頭の言葉を告げて居た。
芸が終われば拍手喝采、旅芸人にはおひねりが要ることくらい辛うじて彼らも知っているらしい。かつて下層では持ち得なかった金額の貨幣も今なら易く投げられる、そうしてそれを為せることもまた喜びに他ならぬ。端々にそうと滲んだおひねりの雨に、ジュジュの胸は小さく疼く。
「聞いて!」
サーキュラースカートの裾を摘んだ丁重なカーテシーの後、唐突に告げる言葉はジュジュが自分でもわかるくらいに張り詰めたものだった。
「これからここにオブリビオンが来るの。ここは火の海になる」
端から水を打つ様に、喝采が鳴りを潜めて消える。代わりに降りるのは沈黙だ。
「心に留めておいて。いざって時に足が竦まないように、ちゃんと逃げられるように」
『どんな時も心構えは大切!』
噛みつく余地を与えぬかの様に、結論だけを告げるジュジュの言葉に誰も返事を寄越さぬ中で、メボンゴだけが助け船かの様に相槌を打つ。だが、沈黙を徐々に塗り替えるのは不穏なざわめきで、彼女らの言葉に対する猜疑であった。
「どういうこと?ここは死後の楽園だってあたしたちは聞かされてる」
それを明確に口に出したのは亜麻色の髪をした女だ。
「この場所にオブリビオンなんて来るはずがないじゃない?」
「残念だけどここは楽園じゃなくてダークセイヴァー上層なんだ。まだ平和な世界にはなってない」
返すその言葉など誰が信じよう。この場の彼らが信じたいのは平和な死後の世界ばかりだ。であれば正面切って否定するそんな言葉など、誰が望んで居るだろう。
集う者たちの間に満ちた反感を肌で察したジュジュは言葉を選び取る。
「皆はもう知ってるでしょ?理不尽なことはいつも突然やってくるって」
それは、誰もが知っている。不遇なれども慣れ親しんだ日常を懸命に生きたその内で彼らは命を奪われた。足元から這い上がる様にして実感を得るその事実を彼らが噛みしめる時に重ねて、
「ここは楽園なんかじゃない」
己の身を切る様な決意で口にした白薔薇の乙女の言葉は幾人の心に刺さったことだろう。先まで低くさざめいた疑念も反論ももはやない。あるのは再びの沈黙だ。
「私達と逃げる心構えをしておいて。皆には生き延びて欲しい」
死した身に今また生き延びるだなどと、本来であれば笑止千万。だが、それでも会いたいものが居る限り、彼らはこの場に在らねばならぬ。
既にその身に命があろうと、なかろうと。
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
◎
──同じだ、と思った
軍の介入により故郷から連れ去られ、やがて奴隷となり
同じく隷属させられていた幼い子ども達の手を引いて逃げ出し、
やがて孤児院に拾われたあの時の俺と、同じだと
小さな箱庭だった
決して豊かではなかったけれど
穏やかで優しい日常があった
このあたたかな日々が永遠に続いてほしいと無垢に願った
俺が、弟妹たちが
オブリビオンに捧げるための供物として生かされていただけだったなど
知る由もなく
婚約者に売られて死んだと言う男の言葉に思い出す顔がある
愛する彼を領主に売ってしまったと
墓前で泣きながら何度も何度も謝罪を口にした女性
確証はないけれど、もしあの人の婚約者なのだとしたら
彼女の悲哀も慟哭も後悔も知っているからこそ
彼の言葉に胸が痛む
…だが、何にせよこれも縁だ
彼も、彼女も護りたい
彼らの道は例えもう交わらなくとも
二人がまた前を向いて歩いて行けるように
「──この"楽園"に、永遠などない」
"真実"という禁断の果実を与える
『悪魔』の名に相応しく
●“楽園“はいつか見た箱庭とその末路まで似通いて
清いせせらぎに寄り添われ穏やかに時の流れる村の景色をその黒曜の瞳に映し、丸越・梓(零の魔王・f31127)が覚えた奇妙な既視感は何であっただろう。
華美さなどは決してない、他の世界に於いてであれば何処にでもある様な、見ようによってはいっそ質素でさえある村だ。だがそこに住まう人々は花を育てて愛でる心のゆとりを持っていて、隣人と微笑みを交わし合い、その日常を何処までも満ち足りたものとして幸せを見出している。此処が偽りの楽園であり、支配者の手で、その享楽の為だけに作り上げられた箱庭に過ぎぬと言う残酷な事実さえも含めて、梓はこの構図を知っている。
何もかも、何処までも、全てが全て似通っている。梓がかつて過ごして、呆気なく無残な末路を迎えたあの孤児院と。
梓もかつては地獄に居た。排他的で狂信に満ちたその村は軍の介入で解体されて、今は地図にも残らない。滅ぼしたのが人か吸血鬼の領主かの違いはあれど、ダークセイヴァーの下層にはよくある話の一つであろう。その混乱に乗じる様に奴隷商人の手に落ちたのは、己では身を護れよう筈もない梓と幼い子どもらだ。梓の人生に於いてはさして長いとも言えぬその時期の苦難と屈辱は、どう表せば良いだろう。人と奴隷の違いとは、所詮人権の有無である。そうと形容すれば足りようか。
ともあれ梓がその場から幼い子どもらの手を引いて逃げ出した先で行きついたのが、「この場所に似た」その孤児院だ。暮らしは豊かではない。むしろ、互いに知恵を絞って、切り詰めながらやり繰りをする様な日々である。だがしかし、それさえ楽しく思われる程、掛値も無しに穏やかで優しい日常もまたそこにある。殊に、地獄を味わって来た梓と、共に連れて来た子どもたちにはその日々は、その場所は、まるで楽園の様にも映ったのだ。
種を明かしてしまうなら、その孤児院そのものがオブリビオンへの供物を養い育てる為の箱庭なのだ。孤児院が襲撃されて、護らんとした子どもらの血に濡れて慟哭をするその日まで梓も他の誰一人も、その事実などよもや夢にも思わねど。
さて、その過去を踏まえるならば梓がこの場へと抱く既視感は必然で、そうであればこそ、この場の彼らが偽りの安寧を享受し続けることもまた然り。
「彼女も死んでこの場に至ったら、撚りを戻しても良いかな、なんて」
百日紅の咲く広場にて照れ隠しの様に笑って告げる魂人の青年を今目の前に、梓の抱く感慨は誰が思うより遥かに深い。
梓はおそらく、下層にて半ば滅ぼされた或る村で、この彼の婚約者に会っている。安っぽい真鍮に硝子玉ひとつ戴いたおもちゃの様な婚約指輪をその左手の薬指に光らせながら、墓前に泣き崩れていた女を知っている。ただ生きたいと言うだけの、生物としての純粋な本能故に領主に愛する者を売り、危難が去って正気に返った時には命の他に何も残らず、そうして泣いていた女だ。確証はないものの、彼女が売った愛する者こそ、目の前にいるこの彼であろう。
「でも、今は感謝しているよ」
彼女も早く死んで此処に来れば良いのに。無邪気にそんなことを口にする彼に掛けるに相応しい言葉が見当たらぬ。彼女の悲哀も慟哭も梓は全て知っている。その彼が今幸せで、恨みなどに囚われることもなく、彼女の幸せを願いさえする。――全て虚構の、砂上の楼閣の様な幸せの内に居ればこそ成し得るこの理想的な大団円を、これからこの手で壊すのだ。
だが、これも何かの縁であろう。この広大な地獄の内で、所縁ある者に巡り合うこと等きっと多くない。であれば、いかにか細いものと言えども縁を繋いだ彼らを護ることこそが猟兵としての梓の務めに他ならぬ。
幸せそうに翳もなく「新参者」へと語り続ける青年を、にこやかに彼に相槌を打つ魂人らを目の前に、梓は黙したまま、頷きの一つも強いて返すことなどしなかった。
媚びるだけ無駄だ。迎合する必要さえもない。この後に告げる言葉は既に決まり切ったものである。
「――この場所は“楽園”ではない。この“楽園”に、永遠などない」
会話の切れ目、梓が低くも静かに紡いだ言の葉に、魂人らが意図の読めない視線を向ける。
真理。真実。それは何時だって禁断の果実に他ならぬ。無知蒙昧な人の子にそれを賜うのはいつだって悪魔の役回りに他ならぬ。その王を、魔王の名前を背負う梓は責務として、既に死したるものと言えども人の子らへと告げてやらねばならぬのだ。
たとえ恨まれ、憎まれようと。
「この場所にじきに強大な闇の種族が訪れる。村は燃え上がり、崩れ落ちる。お前たちにはこの偽りの“楽園”を捨てる覚悟をして欲しい」
無垢に信じていた筈の理が真正面から否定をされる。それを受けた魂人らの内心は果たしていかなるものであろうか。先までの友好的な色を消し、奇異なものでも見るかの様に黒き魔王を目の端に見て、彼には聞こえぬ距離にて交わす囁きは何を告げ合うものであろうか。
だが、彼らが梓の言葉を信じるか否かはこの先の現実を何一つ変えることなどはない。
村の一角が赤々と燃え上がるのと、その場所に傍近く居た誰かの悲鳴が上がるのはほぼ同時。
燃えろ、燃えろ。この楽園には手間暇かけて丹精込めて育てた“肉”が居る。
さぁ、バーベキューの始まりだ。
成功
🔵🔵🔴
第2章 ボス戦
『鮮血好む美食家』
|
POW : 生で味わうのもよろしいもので?
噛み付きが命中した部位を捕食し、【生命エネルギー】を得る。
SPD : 抵抗せずに捌かれなさい?
【自身の血液】を代償に自身の装備武器の封印を解いて【殺戮捕食態】に変化させ、殺傷力を増す。
WIZ : さあ、食材を捌く時間です
自身の装備武器を【解体捕食モード】に変え、【如何なる部位をも切断する】能力と【鮮血と生命力を吸収する】能力を追加する。ただし強すぎる追加能力は寿命を削る。
イラスト:函田実烏
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠館野・敬輔」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●全ては至高の晩餐が為
外敵など持たぬが故にこの村の門は長く閉ざしたこともなく、その傍らに見張りさえない。だがしかし、有ったところで、この女を誰何などしたものであろうか。まるで古い友人でも訪ねて来たかの様に、鼻歌混じりに機嫌良く、その足取りは踊るかのよう。緩く波打つ金髪が肩に軽やかに揺れている。
門を潜ってその女が地を踏みしめた時、村の隅より炎が上がる。
木槿が、百日紅が、花虎の尾が、檜扇が。草木の緑が、泉の碧が、全て紅蓮に燃え上がる。まるで隈なく彼岸花でも敷き詰めたかの如く、此岸のものとも思われぬ、煉獄の炎が如き苛烈さで燃える劫火は水を注げど消えはせぬ。
生身を失くしてなお死せぬ魂人らも、彼らが住まう木造の家も、その火の前には宛らただの薪、滑稽なまでによく燃えるのだ。燃えるものさえ持たない筈の大地さえもが燃え広がって燃え崩れ、その末に燃え落ちてゆく。まだ生のある者も消し炭となった亡骸たちをも巻き添えに、燃えた端から崩れ果て、果たしていずこへ続くのか、底なき闇へと落ちてゆく。
恐慌の下にそれを目にして逃げ惑い、村の外を目指して目の前の門へと殺到した魂人らの首が、四肢が、最初から血塗れでもしていたかの様な真っ赤な刃に断ち切られては宙を舞う。彼らを待ち構える為にこそ、鮮血好む美食家はその場に佇んで居たのであろう。切り落とされた肉片を手にした籠へと手際よく収穫し、美食家は愉しげに歩を進める。炎が一層燃え広がった。頬を汚した誰かの返り血を拭う手の甲に舌を這わせて、それがさながら至高のソーシエの手になる逸品ででもあるかの如くに深く味わい、美食家は恍惚の笑みを浮かべる。
「さぁ、晩餐を始めましょう」
【マスターより】
強敵です。
村が崩落する前に、美食家の猛攻を掻い潜って一人でも多くの魂人を連れて逃げるか、美食家を討つかしてください。
前者の場合もプレイングやダイス、技能のレベルによっては目の前の全て救えるとは限りません。
後者はやや非推奨にて、この場合魂人の犠牲に糸目はつけぬものと見なして執筆いたします。
どっちつかずの場合にはどちらも成功難易度を一段階引き上げます。
ジュジュ・ブランロジエ
◎
希望を与えてから絶望に叩き落とすやり口大嫌い!
少しでも多くの人に届く様に叫んで呼びかけ
とにかく村の外へ逃げよう!
私についてきて!
UCで防御力重視の強化+水属性付与オーラ防御を私と私についてきた人達に継続してかける
水属性付与衝撃波で周りや行く先の炎を弱めつつ走る
敵遭遇時
メボンゴが出す衝撃波に風+土属性付与
砂嵐と石礫で目眩まし狙う
走って!と村人に指示
追撃されない様庇う位置取りを意識
予備動作に注意し武器の動きを見切りメボンゴで武器受けと同時に衝撃波2回攻撃
噛みつき防止になるべく距離を取る
もし接近されたらナイフで応戦
交戦は最小限
早業軽業等技能の全ては逃げる好機を得る為に
悔しいけど今は戦う時じゃない
●希望の水は煉獄の炎の前に霞と消えて
「希望を与えてから絶望に叩き落とすやり口大嫌い!」
「貴女が大嫌いだからと言って、それが何だと言うんです?」
生きとし生けるものどもの命とて気紛れな手のひらの上なのだ。たかだか猟兵如きの左様な個人の感情や好悪など、己たち強大な闇の種族の与り知った事であろうか。ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)が叫んで見せた言葉へと涼しく答える美食家の返す微笑みはいっそ憫笑めいていた。
「そんな主張に耳を傾けてあげる程に私たちは暇でも優しくもありません」
もしもこのダークセイヴァー上層にそんな輩が居るならば変わり者か自信過剰か、酔狂か。弱肉強食の文字通りのこの世界、まさに肉たちを目の前に、強者が情けをかける道理のあろう筈もない。
「それに、私は空腹なんですよねえ」
淡い侮蔑を孕んだその声に誘われ、炎が尚燃え上がる中、半狂乱でその中を逃げ惑う幾つもの影がある。此方の門へと退路を求めて駆けて来たものであろう。炎の中を引き返させるには間に合わぬ。
「私についてきて!」
ジュジュのその声は混迷の内にある魂人らにしてみれば、迷える仔羊たちへと正しき道を導き示す救世主のそれにも似よう。さぞかしついて行きたかろう、その御許へと辿り着くまでに、焔に舐められたその身が消し炭にならぬなら。何本の手が彼女へと向けて救いを求めて伸ばされ、それが叶わずに、彼方にて消し炭となりて崩れたことか。ジュジュとて見ているだけであった訳もない。その手指が放つのは星の幻想劇の名を持つ異能。星の光と舞い散る花のかたちで舞い注ぎ、水の飛沫を伴って魂人らの身へ注ぐ。注いだ水の煌めきに、炎に巻かれ追われる魂人らの瞳が定かに希望を宿した筈だった。
だが、泉をも乾上がらせ、大地さえをも燃やせしめるこの炎の前にして、ユーベルコードそのものならぬ、付け焼刃の魔力が成した水などは何の威力も価値も持たぬ。水が炎を打ち負かすなど、摂氏何度までの話だろうか? お前は真の炎を知らぬ、地獄の洗礼を知りもせぬ。まるで嘲笑うかの様に一層に燃え盛る炎はジュジュが招いた水を容易に蒸気と散らして見せた。護りの力を授かりながらも既に炎に食らいつかれた魂人らの身は焼け落ちるを待つばかり。
水の魔法が連れて来たのは、彼らが最期、目の前で希望ばかりをちらつかされては断たれたと言うただそれだけの残酷な終わりだ。皮肉にも、彼女自身が大嫌いだと宣った、ひとたび希望を与えておきながら絶望へと突き落とす、その悪趣味な筋書き通りに。
此処は地獄の釜の底。世界は残酷に突きつける。
誰も永劫回帰を用いぬのは、その間もなかった為だとせいぜい思いたいものだ。所詮偽りの楽園の、偽りの人の絆がそれを為すには価もしないだなどという残酷な理由ではなくて。
「走って!」
辛くも己の元へと至れた魂人らへとジュジュは声を張る。だがしかし、行く手を遮る炎に向けた水の魔法に対しても先の理は揺るぎなどせぬ。
「走って!!」
涙声にてジュジュは今一度声を張る。その先行きを阻むかの様に、緩やかながらも浮き足立った歩調にて遮る影がそこに在る。美食家だ。この場にて待てば炎に巻かれた獲物は自ずから此処に逃げ込んで来ることを彼女は知っている。
美食家が振り上げた刃物の行き先を見失ったのは、その身の周りに炎よりも高く巻き上がる砂嵐の為だ。四方から叩きつける様な石礫はかすり傷程度齎せど、大事はない。が、視界が悪い。煙幕の様な砂の嵐を抜け出ようと駆けたところで、殴りつける様な衝撃波に阻まれた。
「ちょっと。私のディナーのお肉が焼けすぎてしまうでしょう?」
嗚呼小賢しい、疎ましい。戯れに付き合うのはここまでだとでも言わんばかりに、美食家の足元より湧き立った赤黒い血の様な魔力が砂嵐を吹き散らす。晴れた視界にて美食家が認めたのは、今の目眩ましの間にジュジュが伴う魂人らを、炎の襲わぬ門の彼方に逃し、彼らを背にして此方を睨み据える姿だ。
「あらあら……結構小賢しいことなさるんですねえ」
言い終わりもせぬ内に黒衣の裾を翻し、美食家は地を蹴っていた。近接を阻もうとジュジュが『メボンゴ』から放つ衝撃波を、砂嵐を真正面から受けながら、間合いを詰めた美食家の鋭い犬歯が、身を護らんとナイフを抜いたジュジュの右腕を深く抉る。
「お詫びに貴女のお肉を頂こうかしら」
血濡れた唇が弧を描く。そのまま食い千切らんとばかりに、白いあぎとに力がこもる。ジュジュが振り払わんとして藻掻きながらも肉の裂けてゆく感触に諦観を覚えた刹那、美食家の身体が大きく後ろに引かれて仰け反った。
背後よりその身に蒼き鎖が絡みついている。
「晩餐の邪魔をするのは誰です?」
肩越しに振り向いた美食家の赤黒い瞳が次の獲物を映し出す。
成功
🔵🔵🔴
檪・朱希
◎
一人でも多く……助けたい。目が見えなくても、出来ることはある。
魂人達を助け、逃がすことを最優先に行動するよ。
雪に、UCで美食家の足止めをお願いしておく。
その間、私は少しでも魂人達を逃がすため、耳の良さを活かしながら魂人達を逃がしていくよ。
大丈夫、あなた達を助けるために私達が来たから。
そう優しく落ち着かせてから、逃がしていくよ。
……彼らを、殺させはしない。
私一人の力であなたを倒す、なんてことは出来ないけれど、邪魔をする程度なら出来る!
もし魂人を優先して攻撃しようものなら、蝶纏うオーラ防御と霊刀で身を賭してでも守る。
一人でも多く、守るんだ……! 私の力で!!
●炎さえ映すことなき暗闇で、少女は臆することぞなく
魂人らの阿鼻叫喚を檪・朱希(旋律の歌い手・f23468)は赤々と燃える炎すらない暗闇の中で聴いていた。この暗闇は主希にとっては生まれついてのものならぬ。彼女の色違いの瞳が光を失ったのは、猟兵となった後であり、その日よりまだ一度目の四季も廻らぬ。未だこの闇に慣れはせず、不安に駆られる瞬間もある。しかし猟兵として生きる為に出来る限りの適応はした。それは生まれつきいっそ過敏ですらある程に優れた聴覚を持つ朱希にとっては、人より多少は恵まれた道なれど、十五の齢を迎えるまでは馴染んだ光を失したことはやはりハンデと言うべきか。しかしそれでも、目が見えずとも出来ることがあると信じて、人を救う道があると願って、危険を推して朱希は今この場所にいる。
炎が巻き起こす熱波が白い頬を撫でるのを、鮮やかな赤を幾筋も交えた艶やかな黒髪がばたばたと乱暴な熱気に遊ばれるのを肌で感じつ、それ以上に彼女の両の耳朶が拾う無数の音は多くのことを告げて来る。風の上げる唸りからは炎の位置やその燃え上がる度合いや速さを。魂人らの悲鳴や足音からは、彼らの置かれた状況と逃げる動線を。事前に聴いていた話では、この村は四方に門があるという。彼らが向かう方向にそのいずれかがあるのであろう。であれば、朱希と違って両の目でこの世界を見渡せる彼女の守護霊は既にその場に居る筈だ。表向きには冷静沈着な顔をしていながらも絶対に朱希を護ると常より息巻いている彼ならば、朱希の心を護る為にも、彼女が護りたいと願う者たちを護る為力を尽くしてくれているのに違いない。事実、今、この空間に美食家からの攻撃はない。
「どうしてあいつに永劫回帰を使ってくれなかった!」
「そんな時間なかったから――」
「後にしなよ、火が近い!早く逃げないと!!」
「逃げる前に釈明させてからだ!」
朱希の耳に鬼気迫る魂人らの声が届く。先刻までは楽園だったこの場所は、だが、何処までも偽りの楽園に他ならぬ。平和な時分には善き隣人であり友であった筈の者たちも、己の命すら脅かされるこの局面、隣人の命の為に己が身や心の安寧を擲ってまで他者を助ける境地には至れなかったものらしい。楽園紛いの肥育場が化けの皮を剥がれたのとまた同様に、同時、其処に住まう者たちもまた虚栄の上に成り立っていた絆もどきの真の姿を見たというただそれだけの事である。炎が迫る今この時、人の絆の脆さや人の醜さを嘆く贅沢さえ彼らには赦されてなどないものの。
「落ち着いて。今は逃げるのが最優先だよ」
燃え盛る炎に煽られでもしたか如くに熱を増す来る魂人らの喧噪に、睨み合う様な寸分の切れ目を狙って朱希は声を上げていた。
「大丈夫、あなた達が誰も助けなくても良い」
反駁を寄越そうとした誰かの息遣いを読んで、それが来る前に言葉を重ねる。
「あなた達を助けるために私達が来たから」
目が見えずともよく解る。魂人らの不躾なまでの視線が朱希を向いている。彼らの困惑も必然だ。こんな小柄で華奢な少女に何が出来ると言うのであろう。まして、おそらく本人は気取られぬように振る舞っているつもりではあれども、彼女の双眸が世界を映していないことなどは、その瞳孔の先を火花が掠めんばかりに散ってさえ瞬きひとつせぬ様を眺めて居れば解るのだ。
だが、光を持たぬその身でこの場を訪れてこうまでも言う少女の言葉は、ヒトの情の薄さをあまりに身につまされたばかりの彼らにはあまりにもよく染み渡ろう。
「お願い、私について来て」
故に朱希のその言葉には誰からともなく従っていた。炎の燃える音を、それが巻き起こす熱風を、聴覚としてしか知れぬ筈の少女はいっそ不思議なまでにその先行きに寸分狂わぬ予想を立てて、安全な地を踏みしめる。彼女の後を追いながらうっかりとその足跡を踏み外す者が、精緻に辿れど間に合わなかった者が炎に巻かれれど、その全て救う術はない。ひとりの為に足を止めれば、全てを死なせることになりかねぬ。故に朱希は花の唇を嚙みしめて振り向くことは決してせぬ。
やがて辿り着いた村の外れの門にて朱希が耳にしたのは、蒼き鎖の軋む音。
『朱希、早く逃げろ!』
彼女の守護霊たる雪が今の今まで美食家をこの場に抑え込み、他の猟兵へ、魂人らへこうして時間をくれていた。だがその操る鎖さえ、圧倒的な力を前にもう持たぬ。雪が歯噛みし、高い音を立てて千々に砕け散る鎖の中で美食家が高く嗤うのを朱希は聴く。
陽の色を纏う白の蝶たちに身を護られながら、朱希は美食家の足音の駆ける先、一人の魂人の前へと身を躍らせた。一人でも多く守ろう。他の誰でもない、自分の力で。その覚悟の下、朱希はその身で刃を防ぐつもりでいたものの――音さえもなく美食家の行き足と刃を阻んで見せたのは、強い念動力が成す、かたちも持たぬ手であった。
成功
🔵🔵🔴
エリー・マイヤー
◎
念動ハンドで大量の見えない手を呼び出し、
敵の攻撃を妨害しつつ村人の逃走を手伝います。
逃げる村人の背中を押して補助したり
子供の手を引いて誘導したり
崩れた家から村人を救助したり
腰を抜かした人や歩けない怪我をした人を持ち上げて運んだり
跳躍した敵を叩いて落としたり
攻撃する敵の手を殴って逸らしたり
敵の足を掴んで移動を妨害したり
敵の口に手を突っ込んで噛みつきを防いだり
ついでに口の中に煙草を放り込んで咽させたり
…手がいくらあっても足りませんね。
犠牲者が出そうなら、最悪身を挺して庇うことも考慮に入れましょう。
まったく酷い過剰労働です。おのれラファエラよくもこんな依頼を。
いやまぁ、受けたのは私なんですけども。
●不可視の手らは神の御手に似、仔羊たちを導きて
「何ですこれは?」
美食家が振るう刃はそのまま行けば魂人の一人の首を刎ねている筈だった。予定が狂い、身を挺して庇おうとした猟兵の少女が飛び出して来たものの、それであるならば彼女の身へと深手を刻み、新鮮な血潮を迸らせてくれる、その筈だった。その刃がまるで見えざる手にでも掴まれたが如くに切っ先から軌道を逸らされて、果てに宙を斬るだけだ等とは流石に予想もしていない。
「先ほどから皆様揃って面妖な真似をなさるものですねえ」
見えぬその手を力任せにねじ伏せて、姿も持たず襲い来た別のひとつに組み付き、切り伏せながら、美食家は眉根を僅かに寄せて呟く。これらを操る術者はおそらく目の届く範囲に見当たらぬ。実体もない、可食部もない存在を相手取ることの何たる徒労よ、虚しさよ。そうこうしている内に先の猟兵も、彼女が連れた魂人らも炎を逃れて村の外へと逃げてしまっているのであるから全くやり切れぬ。
同刻、村の中ほどで魂人らが困惑していた。
「おい、押すなって……いや何だこれ?!」
「引っ張らないでよ!えっ?誰?」
「ママぁー!!」
迫る炎に恐怖を焚き付けられて支離滅裂に逃げ惑う中、突如、何の前触れもなく彼らを導くものがある。導くと言うには些か乱暴に、姿を見せぬ無数の手たちは彼らの手を引き、背中を押して、未だ火の手の上がらぬほうへと誘導をする。パニックに陥った群衆と言うものは、時に非合理な行動をするものであると、それを見守る術者たるエリー・マイヤー(被造物・f29376)はよくよく理解しているのだ。故にこうした力業とて多少は致し方ないものだ。ちなみにそうは言いつつも幼い子ども相手には念動力が成したこの手も心ばかりか少し優しいことは言い添える。
生者の生身の手でなければこそ、燃え落ちた軒や柱の下敷きになった者たちを助け出すのも、到底己の脚での歩行を望むべくもない怪我人を運んでやるのも、この手たちには造作もない。エリー自身は造られたものとは言えど血の通いてあるその両の手を、煙草を咥えて火をつける、そんな慣れ親しんだ挙動のみにしか使わねど。
念動力が成して呼び出す、目に映らぬ手は百有余。縦横無尽に村を駆け、放っておけばただ燃え果てるばかりであろう魂人らを救助する。助けた先で無為に抗い自ら炎に呑まれてゆくものも、燃える軒下から引っ張り出した火だるまの魂人がそのまま燃えて灰になるのも、今は構ってなど居られない。迷える子羊らの群を見渡し、統率する位置にエリーは陣取り、彼らをこの地獄の様な火の手から逃さなくてはならぬのだ。だが、その為に必要な手がいくつあっても足りはせぬ。
「人の家畜を逃すのは立派な窃盗ではありません?」
ほら来た、また必要な手が増えた。
エリーが逃さんとした魂人に襲い来る美食家の刃と牙と、それを為すべく跳躍した脚を念動力の手が阻む。悠然と紫煙をくゆらすエリーの姿を見て取り、術者と認め、焦れたように矛先を変えた美食家の牙が穿つのは、けれども見えざる手の一つだ。
「邪魔ですね。これ、無味乾燥すぎませんか?」
「すみません。お詫びに、煙草お好きです?」
念動力の別の手が、牙を立て直さんとした美食家の口に煙草を放り込もうとするのを、美食家は手にした刃で斬って防いだ。
「珍味は嫌いではないですが、せめてヒトが食べられるものを振る舞って頂きたいものですね」
「あぁ、貴方がヒトだと失念してました」
今、真っ直ぐに駆けてエリーとの距離を詰めつつ振り下ろす刃も、口の端に剥き出す牙も殺意は十全だ。エリーはそれらを念動力の手に防がせながら、それをも幾度目にかは食い破られて、もう本当に、手がいくつあっても足りる気がしない。これはもうブラック企業も真っ青の過重労働そのものだ。
――おのれラファエラ、よくもこんな依頼を。
エリーは内心、己がこの場に至る契機を築いたグリモア猟兵へとささやかな罵倒を向ける。後の帰還の転送時、彼女が煙草片手にうっかりそれに近しい苦言を口にしてしまい、機嫌を損ねたグリモア猟兵が帰りの転送をするだのしないだのと騒ぎ出すひと悶着が起きるのはまた別のお話である。
短くなった煙草を噛みしめつエリーが放った念動力にその身を傷つけ、嬲られながらも美食家は圧倒的な優位の下に退いてなどくれぬ。念動力が成す無数の手らを呼び集めて抗えど、その牙が今やエリーの喉元に届かんとしたその刹那、降って湧きでもしたかの様に美食家の鼻先を掠めて唸るは魔力結晶が成すひとふりの刃であった。
成功
🔵🔵🔴
リーヴァルディ・カーライル
…狼狽えるな。貴方達は遠からずこうなる事を知っていたはずよ
…その刃を手にすれば、炎の海の中でも問題無く飛翔する能力が得られるわ
…それで空から離脱しなさい。くれぐれも、奴に立ち向かおうとは思わないで
声が遠方まで届くよう喉に肉体改造術式を施しつつ超克を行いUCを発動
128本の魔刃に氷の精霊を降霊して装備者を魔氷のオーラで防御するよう武器改造を行い、
魂人達の足元に乱れ撃ちした魔刃を装備して空から逃げるように告げる
…返り血を舐めるなんて、美食家と宣うには少しばかり品が足りないんじゃない?
…それとも、そんな事も解せないほど、お前の周囲は程度が低いのかしらね?
…等々、自身は2本の魔刃を装備して大声で挑発を行い敵の注意を惹き付け、
積み重ねてきた戦闘知識と第六感から敵の攻撃軌道を暗視して見切り、
敵の攻撃を魔刃で滑らせて自身の体勢を崩し天地を逆転させながら受け流し、
空中機動能力により反転したままの状態で魔刃によるカウンターを行い、
限界突破した魔力を溜めた氷属性攻撃の斬撃波で敵を氷漬けにした隙に離脱を試みる
●魔氷纏いた結晶刃は宛ら蜘蛛の糸が如く
苛烈な紅炎に草木が、家々が、果ては泉や、燃えるものとて持たぬ地面すら燃え上がる。
偽りの楽園の崩壊を告げるその光景は先刻リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)の言葉を聞いていた者たちは既に目にしていた筈のものである。既に炎に呑まれた者らの末路まで彼女が幻の中に見せた光景と寸分違わずに、今、現実のものとして劫火はこの地を焼き焦がす。偽りと言えどこれまでの幸せのツケを払えと言わんばかりに、楽園の終わりは急転直下の煉獄だ。
「……狼狽えるな。貴方達は遠からずこうなる事を知っていた筈よ」
リーヴァルディは逃げ惑う魂人らへと告ぐ。その声を聴いただけでも判る程に冷静な彼女の言葉は、不思議なまでによく響く。彼女が自らの声帯に施した肉体改造術式により拡声されたその声はたとえ村の外れに居ようとも耳にすることが出来たであろう。
リーヴァルディが手元に展開した魔法陣より、神秘的な煌めきを纏って無数にばら撒かれた結晶の様な刃がある。それは目の届く範囲の魂人らの足元へ、或いは炎や建物に隔てられて此処からは見えぬ彼方へ、百二十八の刃の形を成した救済は遍くこの村にばら撒かれた。その一本が村の外れで別の猟兵と対峙していた美食家の鼻先を掠めたことはまた別のお話。
高い魔力が結晶を成したその刃を、魂人たちの中にも当初、敵の攻撃かと身構えた者もある。
「……その刃を手にすれば、炎の中でも問題なく飛翔する能力が得られるわ」
刃の届いた範囲にはリーヴァルディの声もよく届く。
「……それで空から離脱しなさい。くれぐれも、奴に立ち向かおうとは思わないで」
氷が如き冴えた煌めきを纏う薄青い魔力の刃。目の前にあるそれが天より垂れた一筋の蜘蛛の糸が如くに魂人らの目には映ったことだろう。そうしてそれは同じく地獄を逃れたい他の者らと我先にと争い奪い合わずとも、どうやら十分な数もある。触れれば冷ややかに魔氷のオーラを齎す刃は、確かにこの炎獄で魂人らの身を護ってくれるだろう。
躊躇うことなく偽りの楽園を捨て、火の手を逃れて空へと逃げてゆく彼らをリーヴァルディは紅の瞳で見送って――その最後尾を狙って閃く赤い刃を視認するより早く地を蹴って、二振りの黒き魔刃で跳ね除ける様に凶刃の軌道を逸らす。
「来ると思った」
身を翻して敵へと対峙しながら、リーヴァルディは双刀を構えた。
「あぁ、その声――この不思議な刃って貴女のものだったのですね」
楽し気に笑った美食家の手の中で砕かれた魔力の刃が欠片となって、燃える大地に零れ落ちる。
「……返り血を舐めるなんて、美食家と宣うには少しばかり品が足りないんじゃない?」
挑発する様なその言動に言葉を返してやることもなく、美食家がこの村へ至った時の所作を指し、リーヴァルディは吐き捨てる。
「……それとも、そんな事も解せないほど、お前の周囲は程度が低いのかしらね?」
彼女の問いに美食家は思案する様に顎に人差し指を当てた。
「私、美食家だなんて自分で名乗ったことがありましたっけ……」
心底不思議そうに首を傾げながら、美食家は呟く。
「それはさておき、初対面の相手にそんなに無闇矢鱈に喧嘩腰でいらっしゃることも、よく解らない憶測で誰かを非難することも――何だかお里が知れるから、お口を閉じていらした方がまだ少しでもお上品に見えますよ」
子どもへと諭すかの様に優しげに朗々と紡ぐ言葉は、まるで似つかわしくない程の殺意十全の刃と共に向けられた。だが、リーヴァルディにはそれで十分だ。返る言葉の内容等は何だって構わない。敵の注意が魂人らより此方に向いた、求めていたのはその事実。
美食家の手にある刃物の、肉を捌く為の長い刀身は既に十分に誰かの血に濡れて、紅蓮の炎を照り返さずとも赤い。その刃を二振りの黒刃が受けて、捌く。
「どいてくださいます? 私、これからディナーの予定でして――」
「自分が喰らう側だっていつまで思っていられるのかしらね?」
「貴女は喰らわれる側にもなりませんよ」
だって、美味しくなさそうですもん。弧を描いて嗤った唇が告げた言葉を、その双剣を払われながらリーヴァルディは聞いたか否か。派手に体勢を崩した様で居て、だが、その実いなしてみせたのは彼女の方だ。魔刃に滑らされた美食家の赤い刃も、それを持つ身も勢いのままに流れる。それでも焦りのひとつないのは、敵が尚不利な体勢なればこそ、――その体勢からよもや反撃を返されようなどと予想もしていなければこそ。
その胴を両断せんとばかりの勢いと裂帛の気合で振り抜かれた低い位置からの一閃を、咄嗟に身を捩って躱そうとした美食家の肩から血が溢れ、その血が滴る前に凍り付く。
「え……?」
傷口から這う様に広がる氷があった。動かそうとした肩が、腕が凍って、冷めた瞳で美食家を一瞥した後に踵を返して走り去るリーヴァルディの後を追おうとしながらも、氷に動きを妨げられて思う様には追いかけられぬ。
「私、寒いの嫌いなんですよねえ……!」
忌々しげな歯噛みと同時、美食家の四肢に纏わりついた氷へと罅が入った。折しも周囲に上がる炎に力付けられでもしたかの様に、罅がそのまま氷を走って煌めく欠片へと変える。行く手で長い銀の髪を揺らす少女の背中はまだ追いつける距離である。そうと見て取って駆け出そうとした美食家の行く手を力強く羽搏く黒き翼と白刃の一閃が遮った。
「バーベキューは中止だ、レディ」
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
◎
危ない、と咄嗟に手を伸ばすも寸で間に合わず
砕けそうなほど奥歯を噛み締めながら
尚も理性と冷静で支配した頭で思考する
己の為すべきことを見定める
これ以上一人も欠けることなくこの場から脱出させること
それが今、この場において俺の使命であると
他の猟兵らと連携を強く意識
穴を埋めるように臨機応変に対応
魂人らの避難を誰かが先導してくれるなら
俺はその殿を務める
「──ヨル!」
魂人と喚んだ己のヒポグリフに展開させるは厚いオーラ防御
逃げ遅れている人にはヨルへの指示と救助活動にて援護・救出を
魂人らが負った傷は逐一【彩無】にて治癒と再行動を
恐慌状態の彼らを落ち着かせる為、威厳と覇気を以て呼びかけ
そして彼らが絶望に飲まれぬよう鼓舞し続ける
美食家からの攻撃は全て庇い
出来うる限り刃にて受け流し
注意が此方に向くよう時折派手に居合を仕掛け
然し深追いは決してせず
魂人の避難と安全を第一に
ディナーの邪魔をしてしまったこと、非礼を詫びよう
然し
貴女が喰らっていいものは
何一つとして此処には無い
●はぐれた仔羊たちをこそ黒き魔王は慈しみ
危ない、と咄嗟に伸ばした黒手袋の手の先で焔が上がる。背後に爆ぜる様にして勢いを増した炎に気づけずにその身を焼かれた魂人は呆気ない程簡単に赤々とした火だるまとなる。炎を纏った四肢を支離滅裂に振り回す様は狂ったタランテラの終盤めいていきなりクライマックスだ。あまりの業火に、その身が消し炭になって頽れるまでの時間もまるで早送り。
届かなかった指先の向こうに丸越・梓(零の魔王・f31127)はそれを見ていた。梓がどれだけ研鑽を積めど、力をつけれども、救いたいと願う命がこの指先をすり抜ける。尚救おうとして戦地や被災地に立てば立つ程に、護るべき命の母数が増えてゆくのに比例して救えぬ数も増しながら、何時まで経っても決して慣れるものではない。慣れてはいけないとも、思う。至らなかった己への口惜しさに、砕けそうな程に強く奥歯を噛みしめながら、未練を断つ様に下ろす手に、硬く結んだ唇に動揺は露も滲ませぬ。ただ、心の内にのみ梓は短く祈りを捧ぐ。下層に遺した恋人が早くこの地に至ればと無邪気に笑って口にしていたあの彼は、最期に何を思っただろう。燃え落ちる楽園の成れの果てを見て、それを映した瞳さえ炎に焼き焦がされながら。
感傷に浸る暇などはない。これ以上誰一人として欠けることなく、失うことなく、この地に住まう者たちを救うことが梓の務めだ。肌を焼く様な熱気に満ちたこの地でさえも、梓の思考は冷静だ。誰か他の猟兵の異能であろう、魂人らが炎の届かぬ空を経て村の外へと逃れてゆく様を見止め、己が今この場にて為すべきことを見定める。飛翔の力を与えるあの魔力結晶の刃を手にした者たちは概ね問題がないだろう。逃げるその先は魔力の主に委ねて構わぬやもしれぬ。であれば、梓が務めるべきは逃げる魂人らを狙う敵の追撃の排除と、逃げ遅れた者の救助であろう。梓がその結論に至るのに、瞬きをする程の時すら要さない。
「――ヨル!」
吼える様に唸る熱風も、魂人らの狂騒も裂いて、その声は実によく通る。応える様に、今は赤く焦がされた常闇の夜空から舞い降りるのは真夜中の漆黒を艶やかな鱗に宿した梓の友だ。炎をその鱗に照り返しながら、夜の名を持つヒポグリフは黒き外套を翻し身を躍らせた主をその背に受けて、手綱を委ねて翼を広げる。熱波を薙いで、炎を掻い潜り、真黒きヒポグリフを駆って梓がまず集めたのは、先刻、別の猟兵がばら撒いた魔力結晶の刃であった。
「助けに来た。これを使えば空から逃げることが出来る」
恐慌のあまり座り込んでしまって動けぬ者を、狂乱ゆえに宛もなく自ずから火の手のある方へと駆け寄らんとする者を、倒れた家屋の下敷きとなって迫りくる火の手に怯える者を、梓は誰一人として見落とさぬ。それは宛ら羊飼いは見失った一匹の羊こそ慈しむであろうと説くいずれかの聖典の説話に然り。群れからはぐれて途方に暮れる仔羊たちを、この魔王こそが救って見せよう。歩けぬ者の傷を蝶の幻が光の鱗粉で撫でて消す。再び立ちて歩き出す彼にはそれは奇跡とも映ろう、だがこの残酷な世の中に奇跡などありはせぬ。
人の子の目には魔王が如くに映る梓とて生まれは人の身であれば、奇跡を用いること等能わない。怪我人の身体より消えたかに見えた傷はその実、余すところなく梓のその身に移し替えられて居るだけなのだ。しかし梓はその傷を、溢れ出す血を、その身を苛む苦痛の全てを黒き衣と頼もしい笑みの下に隠して、魂人らに向ける言葉も表情も威厳と覇気の満ちたものである。なればこそ、種も仕掛けも夢にも思わぬ魂人らにしてみれば、これこそが神の奇跡とも映るのだ。
いつの世に於いても奇跡だなどと言うものは、人の手が造り出すものだ。
「もう大丈夫だ。貴方たちは落ち着いてこの場から逃げることだけを考えて居れば良い」
そうして、見破られることなしにそれを為す者らはいつの世でだって救世主として崇め奉られるものである。それが今、魂人らの目の前に在る。周りは変わらず地獄であれど、地獄だからこそ、救いたり得るこの存在はまさに彼らの救世主に他ならぬ。その存在が大丈夫であると告げ、彼らの道を示すのだ。何の不安もありはせぬ。
心身の自由を取り戻した魂人らが魔力結晶の刃を手にしてこの煉獄を逃れる様を、炎の届かぬ距離まで護る様にして傍らにヒポグリフを羽せた梓の瞳が、眼下の一角を映す。離脱しようとする猟兵の背中へと美食家が暗い喜悦の滲む瞳を向けていた。
「バーベキューは中止だ、レディ」
日頃物静かな梓が声を張り上げたのは、注意を引く為、それだけだ。上空からの強襲にそれで気づいた美食家に刃の先が届かずとも、大した問題でなどない。
殿を務める者として、他の猟兵も魂人も危険に晒す訳には行かぬ。無論、己と共に陽動に出る友の身を軽んじている筈もなく、厚いオーラの護りを施して居ればこそこうして付き合って貰っている。
「あら、私とっても空腹なんですけど?」
「ディナーの邪魔をしてしまったこと、非礼を詫びよう」
獲物を求めた美食家の瞳が地を離れたばかりの一人の魂人を映すのを梓は見逃さず、振るわれた赤い刃の先へと躍らせたヒポグリフの爪と己の刀の峰とでそれを受けた。即座に跳ね除けてやらぬのは、女の身とも思われぬ膂力がそれを易くは許さぬことと、何より時間を稼ぐ為。刹那の膠着の内に美食家の視線が他を彷徨い、その先をまた梓の刃が妨げる。
「もう!詫びるなら私に食事をさせてくださいな」
「すまないが、貴女が喰らっていいものは何一つとして此処には無い」
此処にあるのは、彼らは、新鮮な肉などでない。懸命に生きようとする命なのだ。
「私が育てたお肉なんですよ? いい加減にしてくれないと私、流石に怒ります」
炎が熱した大気が揺らぐかの様な禍々しい気配が満ちた。それは美食家の足下に広がる影より這い上がり、彼女が手にした赤い刃に絡みつく様な闇の中、その刃が邪悪に光る。
対峙してはいけない。本能が梓に告げて居た。
「ヨル!」
呼び名ひとつで全てを解してた黒きヒポグリフは高く吼え、両の翼で風を切る。オーラの護りも黒く強靭な鱗さえをも断ち切る筈の凶刃の下を滑空して逃れ、その刃も火の手も決して届かぬ上空へと舞い上がる。
遥か眼下で燃え落ちてゆく嘗ての楽園を、梓もヨルも振り向かない。
成功
🔵🔵🔴
第3章 冒険
『無明の夜に安寧は無し』
|
POW : 彼らが遺して来た者たちの健在を伝え慰める
SPD : 嘘でも良いから希望を語る
WIZ : 世の不条理を共に嘆く
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●楽園を捨てて楽園を夢に見て
彼らが楽園を追われることになったのは、誰が悪魔に唆された訳でも、禁断の果実を口にした訳でもない。ただ、常闇のこの地獄、楽園などは最初から在りはしなかった。それだけだ。楽園を騙る牧場は紅蓮の劫火に焙られて、化けの皮が剝がれる如く地獄と化して燃え落ちた。哀れ、その火の手を逃れ損ねた幾らかの魂人らの命と共に。
楽園の真実を目の当たりにし、猟兵たちの尽力で命からがら逃げ出した魂人らが現実を受け入れようと受け入れまいと、事実は何も変わらない。焼け崩れた楽園もどきの跡地にはもう何人たりとも暮らし得ぬ、ただそれだけのお話だ。
魂人らがあの場所を死後の楽園と疑わず、外界も知らず過ごして来たには訳がある。互い存在を知らぬ程、他の集落が遠いのだ。陸の孤島とも呼ぶべき場所に彼らは住まい続けて居た。
鬱蒼と茂る暗い森も、それを抜けた先、彼方まで続く荒野もやはり人が住むことは能わない。何処か彼方より不気味に響く獣の遠吠えがそれを確りと裏付けていた。
猟兵たちが事前に知った話では、遥か北西に集落がある。その場所ならば、今までに比べて遥かに慎ましい暮らしなれども、彼らが細々と日々を生き、命を繋ぐくらいは叶うであろう。――辛うじて。
此処は明けぬ夜の第三層。荒野を往くだけで決死行。
幾ら猟兵を伴えど、斯くも険しい道行きは花と泉の楽園もどきのぬるま湯などに浸り切り、甘えた幻想に今なお縋る者どもに踏み越えられる道理などない。深い夜闇に息を殺して目を光らせる獣らが、彼らが来るのを、群れからはぐれ置き去りとされるのを、今か今かと待っている。
「もうあの村に帰らせて!」
「今更惨めな暮らしになんて戻りたくない」
「どうしてこんなことに――」
嘆きは無数。その絶望に囚われた者から落伍する。
所詮希望を抱いても踏み躙られるこの憂き世、今ばかりは彼らを鼓舞してやる為に希望を与えてやることは、果たして善か、それとも悪か。偽善か、はたまた必要悪か。
猟兵たちの出した答えは――
ジュジュ・ブランロジエ
◎
くじけないで
貴方達は生きてる
前に進もう!
もしもまた危険が迫ったら絶対に助けに来るよ
次はもっと上手くやる
今よりも強くなるから
猫人形10体が先行
魂人一人に1体が護衛
余りは周囲に配置し獣が近付く前に倒す
パレードみたいに楽しくね
あっ、疲れちゃった?
キャンディをどうぞ
『いっぱいあるよ!』
夜営時はミニバン召喚&タープ張って拠点に
仲間が料理を作ってたら手伝う
できれば魂人も一緒に
車に積んでた携帯食もあるよ
子供や女性優先で車の中で休んでもらう
見張りは猫人形
オーラ防御を薄めて広げ風や冷えから皆を守る
質素な暮らしでも生きてる限り幸せを見つけることはできる
新しい場所できっと楽しく暮らせるよ
『未来の可能性は無限大!』
リーヴァルディ・カーライル
◎
…まあ、お貴族様のような楽園暮しが一転、地獄の逃避行に早変わりだもの
…嘆きたくなる気持ちは分かるけど、貴方達は"彼ら"の前でもそんな泣き言を宣うのかしら?
瞬間的に吸血鬼化を行い増幅した自身の生命力を吸収して血の魔力を溜めUCを発動
前章で死した人達の霊魂を降霊した無数の亡霊蝶により魂人達を激励してもらい、生きる気力の回復を試みる
…あの業火の中で全ての魂人を救えた訳では無い。多くの人が死んでいったわ
…生き残った貴方達は死んでいった彼らの分まで生きて、幸せにならなければならない
…たとえそれが、どれほど辛くて苦しい道のりだったとしても…。
…今を変える事ができるのは、行動した者だけが持つ特権なのだから
丸越・梓
◎
……すまない、
帰らせてやることは出来ない
安寧の居場所を
護ってやれるだけの力が己にあったなら
彼らを苦しませることも、かの青年を始め死なせてしまうこともなかったのに
己の非力を、未熟さを責め
護れなかった尊き魂らへ、そしてその者たちと僅かでも共に過ごした彼らへ頭を下げる
かすり傷一つでも負っている者へ【彩無】にて手当てを施しながら
非難も罵倒も全て受け止める
俺への責は当然として
この現実は覆らぬとしても
彼らの行き場のない悲しみや怒り、絶望が少しでも晴れるのなら
…虫のいい話だとはわかっているが
その怒りを、彼らが生きるエネルギーに変えられるのであれば
傍らのヨルは俺の思いを全て汲み取り
常より鋭い眼光ながら、殺気立つこともなく
至極冷静にいる
彼らを護ったことに勿論後悔はない
助けたからには責任が生じる
今はまだ夜も明けぬ世なれども
それでも、俺たちがいつかこの世界に夜明けを齎してみせるから
「──どうか希望を捨てないでくれ」
その為に、俺たちは此処に在る。
●夜は明けねども希望は此処に
夜の荒野を往くそれは宛ら奇妙な葬列とでも形容すれば良かろうか。
魂人らの一団を、鼓笛隊の装いをした百をも超える猫人形たちが取り囲み、先導し、護衛していた。殊更にはしゃいだ様に軽やかに行き来する猫人形たちがマーチを奏でる笛も太鼓も、何処か無気力な面持ちで重く沈んだ足取りの魂人らの心にはどれ程響いているものか。だが誰も、賑やかな葬送行進曲だ等と言う皮肉のひとつ口にする気力とて最早ありもせぬ。
「くじけないで。貴方達は生きてる。前に進もう」
出発前にジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)が魂人らに掛けた言葉はその場では確かに彼らを勇気づけるに足るものだった。
「もしもまた危険が迫っても絶対に助けるよ。辿り着いた先で、ずっと先でだってきっとそうする。次はもっと上手くやる。今よりも強くなるから」
この道中もその先までもを約束して見せる彼女の言葉に励まされ、燃え落ちた楽園の傍らで立ち尽くすばかりであった彼らは漸く歩み始めたのだった。
だが、そんなものは所詮一時の昂揚だ。昂揚とすら呼べぬほどにその温度の低いものであるならば尚の事、長い道行きの内に疲労が募るに連れて当初の希望も決心も易く揺らいで消えてゆく。この先も続く苦しみの為に生きる道など、誰が好んで選ぼうか。弱気は易く伝播する。一度死した身なれど所詮人など何処までも心弱きものである。
「あっ、疲れちゃった?」
一団の後方、遅い歩調で前との距離が空いて来た少女へと、ジュジュは自らも歩調を落として隣に並び、優しく声を掛ける。
「たくさん歩いたもんね。キャンディをどうぞ」
「……ありがとう」
『いっぱいあるよ!』
ジュジュの腕の中でメボンゴが元気よく告げて、色とりどりの包みを少女に押し付ける。弱気の根源が身体の疲労から来るものならば、それを和らげるのが最善策だとジュジュは知っている。
遅れた少女の更に後ろ、最後尾には、今は翼を畳んで地を踏むヒポグリフを傍らに黒衣の男が殿を務めて居る。ジュジュがちらりと向けた視線に、男――丸越・梓(零の魔王・f31127)は無言で頷いた。いよいよとなればきっと彼か彼の相棒がこの少女を運んでくれるだろう。だが、それは決して今ではないのだ。楽園を追われてのこの逃避行、ただこの場のみを生き延びれば良いと言う類のものではない。逃れる先は楽園ならず、彼らが自ずから生きる覚悟を持たねばこの先にだって未来はない。
そうと心得て居るが故安易な救いの手を向けぬ梓の思惑をジュジュも察して、そこに異存は無論ない。彼が居る限り殿は露ほども心配が要らぬであろう。故に沢山携えたキャンディを他の魂人らにも分けてやるべく、前方の者らへと追いつく為に彼女は足を早めた。
十体ばかりの猫人形らが先導する前方を往くリーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)は多少冷めた目で彼らのことを眺めて居た。疲労を濃く滲ませた魂人らの様子に同情が無い筈も無い。だが、その生前を下層で終えたのならば夢の様な楽園という美味しい話などこの世にありはせぬことをもっと早くに思い至るべきだったのだ。ただひたすらに幸のない残酷な生を終えたが故に甘ったれた幻想に縋りたくもなったことを思えば、今の彼らの境遇を自業自得だなどと切って捨てる程にリーヴァルディとて冷酷ではないものの。
荒野に棲まう獣たちが、岩陰に、枯れた色をした草の茂みに息を殺して身を潜め、通り掛かった魂人らへと襲い掛かる。その度にリーヴァルディの二振りの黒刃に斬って捨てられ、魂人らの身へと牙を届かせることもない。
だが、暗闇の中で終わりも知れぬ長い道のりを歩き続けて来た身体の疲労と、常に命を脅かされることで張り詰め続けた心の疲弊は魂人らに確実に降り積もる。
「もう嫌だ!新天地になんて行きたくない!」
故に、やがて遂に耐えかねたかの様に一人の男が叫び出すのを、それが伝播するかの様に皆が俄かに騒ぎ出すのを、リーヴァルディは予想の範囲内のこととして冷静に聞いていた。
「もう無理。こんなの耐えられない」
「この先も地獄だって言うならもう頑張って生きたくない!」
「他の村になんて辿り着けなくて良い。もう休ませて……」
これまでの貴族の様な暮らしが一転、地獄の逃避行に早変わりしたこの現状、嘆きたくなる気持ちがまるで解らぬわけでもない。だがしかし嘆いたところで何も変わらず、足を止めることは、有り得べき未来を潰すだけでしかない。
「気持ちは分かるけど、貴方達は"彼ら"の前でもそんな泣き言を宣うのかしら?」
リーヴァルディの常は紫の瞳が、刹那、赤く煌めく。その煌めきを目にして怯えを見せたものも少なくはない。それは彼女の吸血鬼としての力を解き放つものであることを、下層で吸血鬼に殺された彼らには本能で判るのだろう。
朧げにその身を透かせた無数の蝶たちが、その身が纏う幽かな光で夜闇に浮かび上がった。リーヴァルディと魂人らの間を飛び交う蝶らが触媒となり、やがて淡い輪郭を滲ませながら降霊するのは魂人らの知る顔だ。魂人らがあの偽りの楽園で共に過ごして、今この決死行に姿が無い者たち。それは即ち。
「……あの業火の中で全ての人々を救えた訳では無い。多くの人が死んでいったわ」
姿ばかりは燃え落ちる前の生前のものなれど、炎に巻かれて死んだ者たちだ。誰の目も届かぬ場所で命を終えた者もあれば、生き延びた魂人らの目の前で断末魔を上げた顔もある。決死行に心の折れかけた魂人らと同様に彼らの顔もまた暗い。当然だろう。彼らが知んだと言う事実、看取った者があるとするなら、その誰かは理由はどうあれ永劫回帰を彼らの為には使ってくれなかったのだ。魂人の身であれば必ずそれを使える筈でありながら。
「……生き残った貴方達は死んでいった彼らの分まで生きて、幸せにならなければならない」
この場に呼ばれた亡霊たちから、未だ生ある者たちへの激励の言葉などはない。ただ、何処か恨めしげでさえある彼らの物言わぬ昏い瞳が、リーヴァルディの言葉に重みを添えていた。
魂人たちが誰からともなく、止めていた足で再び歩み始める。それがリーヴァルディの言葉に何かを思ってか、咎める様な亡霊たちの瞳から逃れる為かはいざ知らず、再び歩み始めたその事実をこそ良しとしてリーヴァルディは無言で見守る。未だ道のりは長く、辿り着いた先とて別な地獄もあろう。生きて幸せになるという、他の世界ならば当然とも思える言葉がいかに重たいものであるのか、告げた彼女自身もよくよく知っている。だが、今を変えることが出来るのは行動した者だけが持つ特権であると言うことも、同じ世界を生きて来た彼女だからこそよく解る。
いかな強行軍と言えども、休息は必要だ。陽が地表を温めることもない夜に沈んだこの世界、夜半ともなれば一層冷える。
「リーヴァルディさん、見張りは任せて少し休んで」
「……ありがとう。平気よ」
ジュジュが召喚したミニバンと、その傍らに張ったタープで、野営の拠点を築き上げた。全ての魂人らを収めることは出来ないものの、獣除けに焚火をたいて、ジュジュが広げたオーラの護りで風と冷えを遠ざけたその空間は快適とまでは呼べずとも今は十分な憩いの場たり得る。猫人形たちが周囲を隈なく見張りに当たり、彼らの安全を確保してもいる。
「ねえ、本当に新しい村になんて辿り着けるかな」
ジュジュが提供した携行食の食事を済ませ、人心地ついた様子の魂人の娘がぽつりと零す。
「……あなたたちが諦めなければ」
リーヴァルディが静かに返す言葉に、娘は小さく頷いた。
「昼間に貴方が言ったみたいに、ちゃんと幸せになれるかな」
手を尽くして勇気づけられ、それに応えて必死に己を鼓舞してみても、生きる覚悟を持とうとも、先のこと等解らない。その不安が、問うた言葉に満ちていた。
「大丈夫!質素な暮らしでも生きてる限り幸せを見つけることはできる」
間髪入れずにジュジュが答える。
「新しい場所できっと楽しく暮らせるよ」
『未来の可能性は無限大!』
メボンゴが楽しげに言葉を重ねた。見ようによっては無責任な言葉でもあろう。だが、良くも悪くも先のことなど知れぬのだ。その為に足を止めて投げ出してしまうくらいであれば、嘘になろうがこの場を切り抜けるだけの元気を与えた方が良い。夢を与える奇術師としてジュジュは常よりもおどけた調子でメボンゴを操りながら、娘へと語り掛け続ける。
焚火の温もりも少女らのお喋りからも少し離れた暗がりで梓はそれを聴いていた。
梓の纏う黒衣は相変わらず血で重く濡れている。彼の実力を以てすれば並みの戦闘で斯くも傷ばかり負うこともないものの、依頼を受ける度に梓はこの有様だ。先の村からの脱出で怪我をした者は勿論のこと、逃避行の内に転んで怪我を負った者、果ては靴が擦れて歩けぬだのと言う者の傷まで己の身へと引き受け治癒してやっている。
だが、それを受けての魂人らの無気力な礼の言葉は一層梓の心を抉って居た。
偽りと言えど、彼らの安寧の居場所を梓は護ることが出来なかった。彼らの隣人たちを護ることが出来なかった。間際まで笑顔であの場所を楽園であると信じて語ってくれたかの青年を、縁もゆかりもある身でありながら、手の届く距離でありながら、救うことも出来ぬまま目の前で死なせてしまった。全てが全て未熟さ故の、己の力が足りぬが故に招いた悲劇であって己の罪である。挙句、この地での故郷を失くした魂人たちをこうして危険と疲弊に満ちた決死行へと連れ出して、終わりも見えぬかの様な辛い旅路を強いている。
いっそ罵倒を向けられた方がどれだけ楽であっただろうか。罪には罰が伴うものだ。その懐の深さ故、梓は概ねいつだってそれに甘えた誰かから謂れもなしに咎められ、理不尽なまでの罰を受け続けて来た。だが、相手にもはやその気力さえ無いがゆえに裁かれることとてなしに、罰の一つも与えられない、それがこんなにも残酷なことである等と、今更思いもしなかった。己に厳しい丸越・梓と言う男にはある意味で取り分け酷な罰でもあろう。
たとえ罵倒をされたところで、事実は何も変わるものではない。楽園は崩れ、彼らの朋輩は死に、今は惨めな逃避行の最中だ。それに対して彼らとて思うところがあるだろう。怒りも悲しみも心の内に蟠って居ることだろう。せめてそれを何処かにぶつけることで和らげてやることが出来るなら、その矛先が己に向かうこととて梓は厭わない。発露させた怒りが生きる為の原動力となることとて望み得るのだ。だが、その覚悟をして居ながらも、誰もそれを為さぬことが、その気力さえ持たぬことが、そうしてそんな形ですらも彼らの役に立てぬ事実が、どうしようもなく梓へと突きつけるのだ――何と己は無力なことかと。
梓の傍らで行儀よく翼を閉じたヒポグリフが、低く下げた頭を梓の手に摺り寄せた。気位高いこの友が甘えることなどしないことを梓は誰より知っている。故にそれが己への気遣いであり、慰めであることもまた解る。軽く叩く様にしてその頭に触れてやってから、梓は歩みを進めた。
焚火の周りで休む魂人らの一団を離れたこの暗がりから、すすり泣く声を聴いた気がした。周りをジュジュの猫人形らが警戒しているが故に物理的な脅威はさほどないものの、他の彼らを離れてこの場を選んだその誰かの心の内を慮れば、梓には放っておくこと等出来なかった。
焚火の灯を逃れる様な暗がりで膝を抱えて泣いていたのは、成人するかしないかと言う年頃の少年だ。
「どうした」
「……帰りたい」
声をかけた梓の言葉に、涙声で返る答えはおよそ予想通りの短いものだ。
「……すまない。帰らせてやることは出来ない」
堰を切ったかの様な嗚咽に、梓は掛ける言葉を持ち得ない。震えるその肩を抱いてやりながら、彼が暫く泣くに任せて、ただ暫しの時を寄り添った。傍らで、黒きヒポグリフは常より鋭い眼を光らせながらも、全て心得たものの様に、落ち着いた居住まいで静かにそれを見つめている。
「……お隣のお姉さん、死んじゃった」
僅かに嗚咽の収まった少年がやがて口を開いた。
「護れなくてすまない」
「僕が永劫回帰を使うのが間に合わなかったから」
「俺が護るべきだった」
「……違うよ」
弱弱しくもきっぱりと否定を見せた彼の言葉に籠められたものを察して、梓はそれ以上の謝罪も引責の言葉も重ねることはしなかった。
「その人の為に祈っても構わないだろうか」
「……うん」
「ありがとう」
瞑目と共に僅かにおもてを伏せて、梓は護れなかった魂へと祈りを捧ぐ。そうして傍らにいる少年の、この先も生きて行かねばならぬこの場の魂人らの心の内にこの先僅かでも安寧がある様に、何の神にか解らねど、ただ心より希う。
彼らを護ったことに後悔はない。たとえこの先が地獄であれど、その果てまでも責任を持つ覚悟はとうに出来ている。今は夜の明けることのないこの世界なれども、いつか必ず夜明けを齎すと心の内に誓っている。
「――どうか希望を捨てないでくれ」
秘めた誓いに裏付けられた梓の静かな言葉へと、少年は未だ泣き濡れた頬のまま、ただ黙って頷いた。
夜は明けぬ。未だ明ける筈もない。だが、いずれ夜空を背にして彼方に人の営みの灯が見えた時、魂人らの間に満ちた安堵と淡い希望の芽とを、猟兵達は確かに見た。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
最終結果:成功
完成日:2022年08月28日
宿敵
『鮮血好む美食家』
を撃破!
|