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サムライエンパイアの夏~山紫水明にせせらぐ

#サムライエンパイア #お祭り2022 #夏休み

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●とある殿様の場合
「夏の涼? なら川に向かうがよろしかろう」
 サムライエンパイアのとある藩主は、そんな唐突な問いに迷わず答えた。
「ま、うちの藩が海なし藩と言う事もあるが、川は良いぞ。特に夏場は、山頂で凍っていた最後の雪も全て解ける頃でな。雪解け水が混じった川の水は、冷たく気持ちがいいぞ。沢の水で冷やした西瓜は格別である。食べ飽きたこんにゃくでも、川で冷やせばまあまあ美味くなる」
 山中を流れる渓流は、木々が天然の日傘となって水が温まる事はない。
 冷たい水が流れ続ける川は、天然の冷蔵庫だ。
「それに、海は塩辛いと聞いた。川の水なら、そんな事はないぞ」
「確かに川も良いよね。水に入っても、海みたいに身体がべたつく事もないし」
 話を伺っていたエルフも、藩主の言葉に相槌を打つ。

 夏の水辺と言えば海を連想する人も多いかもしれないが、海には海の、川には川の良さがあるものだ。

●川に行こう
「と言うわけで――サムライエンパイアの夏は川らしい」
 水を張った桶に足を付けて、作務衣姿のルシル・フューラー(新宿魚苑の鮫魔王・f03676)はだらーっとした様子で、だらーっとした声を上げている。
「転移先は、サムライエンパイアの内陸部のとある小藩の山中の川だよ」
 多秘邱とかこんにゃく騒ぎがあった所ではあるが、今回は何事もない。ただ、藩主の若殿お勧めの川遊びに興じる為だけに訪れる。
「ひとくちに川と言っても、支流によって色んな顔があるらしい。流れも比較的に穏やかで川幅も狭くなく泳ぎ易い場所や、流れが速く複雑な渓流、外から見た以上に底が深い場所もあったり、見た目以上に流れが急な場所もあるかもね」
 なにせ、正確な地図などない山奥だ。
 捜せば滝も見つかるかもしれない。
 支流の数も多いので、それぞれに好きな場所で川遊びに興じる事が出来るだろう。
「渓流釣りも良いんじゃないかな。今ならイワナがシーズンだと思うよー」
 他にもアユとかオイカワとかアマゴとか、夏が旬の川魚は釣り時だ。
 竿と仕掛けさえあれば、餌は現地で調達も出来る。
 上流に行けば行くほど山の中になる。樹々が多く、木陰も多い。
 例え水に入らなくても、川の縁に腰かけて足を水に付けてるだけでも、涼しいだろう。

 里で西瓜を買い、川で冷やすも良し。
 渓流で冷たい水に触れるも良し。
 釣り竿片手に沢に入るも良し。
 大きな滝に打たれるも良し。

 たまには、そんな日があってもいいだろう。


泰月
 泰月(たいげつ)です。

 今年は夏休みシナリオ出せました。

 海は多そうなのと、サムライエンパイアが少なそうなので、サムライエンパイアの山中の川に行きましょう。

 地理的な位置は、関東内陸部の何処かの山の中の川です。
 現代だと鶴舞う形な海なし県の何処かになる辺り。
 いわゆる渓流なイメージの川の中にも岩があって周りは森で、という場所や、流れが緩やかな場所、そこそこ大きな滝、等々、支流によって色々ある川です。
 川遊びでも、釣りでも、滝行でも、川の好きな場所でお好きにどうぞ。

 NGな事はあんまりないです。
 自然を汚さない、公序良俗に反しない、辺りはいつも通りです。

 あ、水着だとプレイングボーナスつくらしいです。
 イラスト有無は関係ないです。濡れてもいい服装、くらいもふわっと水着判定しときます。

 プレイング受付は7/25(月)8:30~でお願いします。
 再送の可能性はあります。人数次第。

 ではでは、よろしければご参加下さい。
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第1章 日常 『川遊びしよう!』

POW   :    水かけっこしたり泳いだり

SPD   :    静かに魚釣り

WIZ   :    飲み物や食べ物を川で冷やす

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

夜刀神・鏡介
魚釣りができると聞いて。装備一式を整え、水着姿で来訪
しかし、こうしていると昔を思い出すな
剣の修業で山籠りをさせられた時に、食料を得る為に懸命に釣りをした事も……いや、それは良いか
こんな事を考えてると山中からいきなり師匠が出てきそうだ
仮にそうなったら夏休みどころじゃない……って、そんな益体もない事を考えるのはやめよう
時間は有限だ。早いところ釣りに取り掛かるべきだな

手早く川虫を採取して、イワナがいそうな場所を見繕ってからキャスト
水着姿だし、良いポイントを狙うのに必要ならばどんどん川に踏み入っていこう

釣れたならばやはり、その場で締めて焼いて食べるのが鉄板かな
そちらの準備も万全だ


アスカ・ユークレース
アドリブ絡み歓迎

水着
トライアスリートの勝負服風
(安子絵師様のJC参照)

渓流で魚釣り。イワナやヤマメ、鮎をいっぱい釣り上げるわ
ひたすらに辛抱強く待って……
一瞬のチャンスを物にする!
なんだか狙撃の心得と似てますね?

釣った魚はシンプルに串に通して塩焼きが一番美味しいかしら



喉が渇いたら水流でキンキンに冷やしておいたラムネを一気飲み

ごくごく……ぷはーっ!
ふう……静かで癒されるわ……。川のせせらぎもまた良い感じにヒーリングミュージックになってるし……

また明日から頑張る気力を貰っていくわ

そうそう、ちゃんと後始末も忘れずにやらないとね?



●釣り人同士
 ザァザァと勢い良く流れる水を前にして、どう思うかは人それぞれだ。
「これは、良いぞ。釣れそうだ」
 釣りが出来ると聞いて来た夜刀神・鏡介(道を探す者・f28122)に取って、程々に豊富な水量は良い釣り場である事を示す条件の一つであった。
 あまりに水が多すぎると、魚の活動が鈍くなる事もある。
 程々が良いのは、釣りも同じというものだ。
「……でも、上流に行けばもっといい場所がありそうだな?」
 持参した釣り竿一式の他、鏡介はラッシュガードにサーフパンツの様な膝丈の水着と言う出で立ちである。川の中に入る事になっても、何ら問題はない。
 鏡介は、より釣れそうな場所を探し、川岸を歩き始めた。
 風雨で落ちたか、転がっている太い枝を押し退け、川岸から聳える岩は川の中に入って迂回する。
「こうしていると昔を思い出すな」
 中々に険しい渓流を歩く内に、ふと、鏡介の脳裏に在りし日の記憶が浮かんで来た。
 剣の修業をしていた頃に、川で釣りをしたことがあった。した事があったと言うか、ほぼ身一つで山籠もりさせられている最中だったので、食材を得るには釣りをするしかなかったのだ。
 生活が懸かっていた。
 こんな風に、のんびりと歩いて、良さそうな釣り場を探す余裕は――。
「……いや、それは良いか」
 鏡介は軽くかぶりを振って、浮かんで来た想い出を振り払う。
「こんな事を考えてると山中からいきなり師匠が出てきそうだからな」
 もしも仮に、そんな事になったら――夏休みどころじゃなくなる。
 そう思っただけで、鏡介の背筋に嫌なものが走った。師の気配を感じたと言うわけでもないのに。
「益体もない事を考えるのはやめよう。早いところ釣りに取り掛かるべきだな」
 時間は有限だ。
 鏡介は少し早足になって、上流へ進み出した。

 ヒュゥッ。
 釣り竿が風を切る独特な音が、川辺に響く。
 ――ポチャンッ。
 少し遅れて、アスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)の前に、小さな水音が響いた。
 何かが落ちた波紋が、水面に丸く広がりかけて川に流されていく。それを、アスカは川岸の岩の上から黙って見守っていた。
 手にした竹製の釣り竿からは、細い糸が伸びている。
「これが良いって勧められたけど、本当に良いわね、これ。軽くて扱い易い」
 それもその筈。余計な枝を落としただけの様な、簡単な竹竿ではない。部位により複数の竹を組み合わせて作られた品だ。それなりの職人の手によるものだろう。
 延べ竿と呼ばれる、釣り竿の先に釣り糸を結ぶタイプだ。リールをつけるタイプの竿と異なり、糸の長さが限定されるが、渓流の様な場所で使うには、竿も糸も長すぎない方がいい。
 それをアスカが実感するのは、もう少し後の事になる。
「釣れてる?」
 そこに、竿を振る音で気づいた鏡介が寄って来た。
「始めたばかりなので、まだなんとも」
 足音で気づいていたアスカは、水面から目を放さずに返す。
 丁度そこに、竹竿の先がクンクンッと連続で小さくしなった。
 アスカはハッと竿を構え直し、その様子を見た鏡介は無言で、静かに踵を返す。
 釣り人同士、釣り場は譲り合うものだ。

●手繰り寄せる糸
「おお……水冷たいな。こう言う所に……いたいた」
 場所を決めた鏡介は、迷わず川の中に入って、川底の大きな石をひっくり返す。
 石の裏には、数匹の小さな虫がいた。カワゲラの様な水生の幼虫は普段から魚たちの食べ物であり、釣りでも良い餌になる。
 餌を確保したら、竿の準備だ。鏡介が持参した振り出し式の竿は、伸ばすと大体3m半になる。竿を振るうスペースの限られる渓流釣りで良いとされる、3~4mの範囲内だ。
 リールを取り付け、伸ばした糸をガイドに遠し、先端に仕掛けを作る。釣り針に、先ほど捕まえたばかりの虫を通せば準備完了。
「あの岩場の陰……いそうだな」
 鏡介は濡れるのも構わず静かに川に入って行き、川の中から仕掛けを投げた。
 目を付けた場所の少し上流に落とし、流れを利用してイワナがいそうだと見繕った場所へ流していく。
 あとは、待つばかり。糸がたるまない様に調整しながら――。
「っ! きた!」
 ほとんど待つことなく、鏡介の手に軽い手応えが伝わってきた。
 瞬間、鏡介は釣り竿を立てて引き、完全に、魚を針に食いつかせる。竿の先がグンッと大きくしなって、リールがギュルギュルと回り、釣り糸がどんどん引っ張られていく。
「良い引きだ」
 いきなりの、大物の気配。
 幸先が良いと思いながら、鏡介はリールをゆっくりと巻き出した。
 魚の抵抗に糸が切れないよう注意しながら、先ずは離れるのを止める。そして引き寄せる。
 焦らずに少しずつリールを巻いて、強い抵抗を感じれば泳がせる。糸が動けば、合わせて釣り竿を右へ左へと動かし、岩に糸が当たらない様に自分も動く。
 糸を張り過ぎず、緩ませ過ぎず、魚が疲れるのを待つ。そうして、少しずつ、少しずつ、ゆっくりと魚をこちらに引き寄せていく。
 ――数分後。
 鏡介がタモ網に入れた魚の背中には、唐草模様の様な独特の模様が浮かんでいた。

●延べ竿で跳び釣る
 何度か竿の先が、クイ、クィと軽くしなる事はあったが、すぐに止まってしまう。
 そんな事が、アスカの前で何度か繰り返された。
(「焦りは禁物ね。ひたすらに辛抱強く待つ、と……」)
 減っていた餌を付け替えて、アスカは再び川に投げ入れると、糸が緩まない様に竿の角度を調整し、そこらの枝で作った台に立てかける。
 中々釣れないからと、竿を無闇に動かすのは良くない。
 魚が餌に近づいて、食いつくのを待って、針をかける。
(「一瞬のチャンスを物にする、なんだか狙撃の心得と似てるわね?」)
 実際、武士の中には釣りを『武芸の一種』とみる傾向があったと言う。じっと動かずに好機を待つ釣りは、精神の鍛練になるされていたと言うのだ。
 狙撃に似ているとアスカが感じたのも、近い所であろう。
「しかし……静かで癒されるわ……」
 そんな事を考えている内に、アスカの気はいつしか和らいでいた。
「川のせせらぎも、また良い感じにヒーリングミュージックになってるし……」
 水の音は、人の精神を落ち着かせるゆらぎの音であると言う。
 その落ち着きが、良かったのだろうか。
 急にアスカの釣り竿が大きくしなったのだ。
 グググググッ!
「っ!?」
 これまでにない引きに、アスカは弾かれた様に立って竿を振り上げる。
 ガンッとこれまでになかった強い感覚が、竿を通じて掌に伝わってきた。気を抜けば、釣り竿ごと持っていかれそうな程の引きに、アスカは前に出た。
 釣り糸の長さは有限である。これ以上、出す糸が無いのだから、足りない分は動くしかない。右へ左へと引っ張られるのに合わせて川の中に入り、岩から岩へ飛び移って行く。
 こうした動きは、短めの延べ竿の方がし易い。
(「この水着で正解だったわね。さすが私」)
 アスカの出で立ちは、最近繋がった別の世界のトライアスリートの勝負服に似た淡い黄色の水着。川の中に入ったり岩に飛び移れば、当然、水飛沫も飛んでくる。水着で正解だった。

 最初に大きく竿がしなってから、数分が経った。
 竿から伝わる引きの強さは弱くなってはいるが、魚はまだ諦めていない様だ。
「一気に引っこ抜けないかしら」
 アスカの、火力でゴリ押しする癖が顔を見せて来た。
「じれったいのよ!」
 今回は、火力ではなく、腕力。
 アスカはグイッと竿を大きく引き上げた。ググッと竿が大きくしなって、ポンッと急に軽くなる。力負けして川の中から引っ張り上げられた魚が、宙を舞って岩の上に落ちた。
「これは……ヤマメかしらね」

●それぞれの釣りの後
 鏡介はイワナを数匹釣った所で、釣竿を片付け始めた。
 そして、いそいそと岩を並べ、乾いた木の枝を探し、焚火の準備を始める。
 海のものであれ、川のものであれ、釣った魚を食べるなら釣り立てを頂くのが一番だろう。
 川魚は生食は危険もあるが、腸と鰓を取って火を通せば問題ない。
 下拵えを終えたイワナを、鏡介は焦がさない様にじっくりと焼き始めた。

「ぷはーっ!」
 ぷしゅっと小さな音が鳴った後、アスカの声が川原に上がった。
 動き回る内に、随分と喉が渇いていたようだ。
 川の中で冷やしておいたラムネの炭酸が、体に染み渡る。
「さて。もう少し釣りたいわね。また明日から頑張る気力を貰っていくわ」
 釣りの満足感を知ったアスカは、もう少し釣ろうと瓶を置いて立ち上がり――そこに、どこからか香ばしい匂いが漂って来た。丁度、上流では鏡介がイワナを焼き始めている。
(「釣ったあとは、シンプルに串に通して塩焼きが一番美味しいかしら?」)
 漂う匂いに釣られながらアスカは再び竿を手に、川に向かった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴島・類
川遊び!!
暑さに辟易していた所だ
飛びつきたい気分
ただ川に足浸し楽しむのも良いが…
釣りでもして、ゆっくり過ごしたい

竿を2本準備し、瓜江、灯環と連れ立って
さ、勤めばかりではなく
たまには夏休みに行こう

餌を調達後は、上流の方へ
灯環は元々森住みだったから
ここなら環境近いだろう
自分達が座る近くの樹にはなして
遊んでおいでと

僕は、相縁ではなした瓜江と
並んで魚釣りにと糸をたらし
釣果を目的と言うよりも、この待つ間の時間が贅沢だ

木々のざわめきに、鳥の声
しかも涼しいし
聞いていたら…戻って来た灯環が登って来て

はっ
うっかりうとうとしてしまった

と言うか瓜江の竿の方が食いつき良くないかい?
その静かな感じがよいのだろうかねえ



●避暑
 ――暑い。
 夏になってから、今年はもう何回、その言葉を口にしただろう。
 まだ夏は続くと言うのに、既に暑さに辟易しつつあった冴島・類(公孫樹・f13398)は、川遊びと言う言葉を聞いた時、一も二もなく飛びつきたくなった。
 泳ぎは得意とは言えない身だが、川に足を浸して冷たさを楽しむには問題ない。
「……いや、それも良いけど……」
 自然豊かな川に行くのだし、何より折角の夏休みだ。
 たまには、勤めばかりではなく、楽しみつつもゆっくり過ごしたい。
 そう考えた類が出した結論は――。
「釣りでもしようか」

●相縁のひと時
 ――トポトポチャポチャプ。
 器に水を注ぐ時にも似た水音が、鳴り続いている。
 鳥やセミの鳴き声もそこら中から聞こえて来るが、鳴き声ばかりで、姿は生い茂った山の樹々にすっかり隠されていた。
「うん、此処が良いかな」
 他に人影もなく、自然の音に包まれた渓流の上流で、類が足を止める。
 川原には、大人2人が並んで腰かけるのに充分な岩があり、周りは山の樹々に囲まれている。
 下流では聞こえていたセミの鳴き声も辺りにはなく、時折鳥の囀りが聞こえるくらいだ。
「ここなら、灯環も元々住んでいた森に環境近いんじゃないかな?」
 そう呟きながら、類は肩に乗っていたヤマネの『灯環』を手の甲に乗せ換え、近くの樹に放す。
「遊んでおいで」
 灯環は考え込むように、しばらくルイの手の甲に佇んでいたが、やがて『チチチチッ』と微かな鳴き声を上げて、樹の幹を駆け昇って行った。
「さて、僕たちはこれだ」
 灯環を見送った類は、背負っていた細長い包みを降ろし、その辺りに立てかける。
 包みの中は釣り竿だ。それも2本。
「ひとつは頼むよ、瓜江」
 片方の釣り竿を差し出したのは、濡羽色の髪を持つ鴉面を付けた類の半身『瓜江』。
 本来、瓜江は十指に繋いだ赤糸で操る絡繰人形だ。だが、類は決して断たれぬ縁の糸によって、十糸を使わずとも瓜江を遠隔操作する事が出来る。
 ――まるで、生きた人間の様に。
「さ、釣ろう」
 類は川岸の大きな岩に『瓜江』と並んで腰かけると、釣り糸の先の仕掛けを放り投げた。
 ぽちゃんっ。
 類の仕掛けが水に落ちた音が響いて、川に波紋が生まれる。
 ――ぽちゃんっ。
 少し遅れて、瓜江の仕掛も水音を立てた。
 どんな戦場でも、共に駆けられるであろうその業を、類は瓜江と一緒に釣りをする為に使ったのだ。

 川からピンッと伸びた釣り糸が、ピクリとも動かない。
 その先端は、片方は川の中に消えて、もう片方はそれぞれの釣り竿に繋がっている。糸が引かれれば、竿もしなる筈だ。だが、類の釣り竿は中々そうした動きが見られなかった。
 別に、それでもいい。
 類は釣果を目的にはしていなかった。
 目的は、この時間。
 ただ待っているだけの間。何に追われる事もない贅沢な時間。

 渓流の音、風に揺れる樹々のざわめきに、鳥の鳴き声。
(「水の音って、何か良い揺らぎの音なんだっけ。しかも、涼しいし……」)
 自然の織り成す音と、夏の暑さから解放された涼しさに包まれていると、川に浸けた足の先から、身体に溜まっていた熱や疲れが流れ出ていくようで。
 肩の力が抜けきった類の身体が、ゆらゆらと揺れる。
 段々と、類の瞼が下がって来て――チチチッ。
「はっ」
 小さな鳴き声と、背中を何かが駆け上がる感触が、うとうとしていた類の目を開かせる。
「灯環、戻ってきたのか」
 類が指先で撫でると、灯環はチチッと微かに鳴いて応えた。
 パシャンッ!
 そこに響く、流れとは違う水音。
 音の方を見れば、瓜江が釣り竿を巧みに操っていて、ぐんっと竿を引けば川魚が姿を現す。
「……瓜江の竿の方が食いつき良くないかい?」
 使っているのは、山裾の里で貰った同じ練り餌を丸めたものなのだが。
 類が竿を上げてみれば、針の先にあった団子だけなくなっている。
「瓜江の静かな感じがよいのだろうかねえ」
 などと呟く類だが、気づいていない事があった。
 うとうとしている間に、餌だけ持ってかれてたなんて、惜しい瞬間もあったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

千々波・漣音
【漣千】

川遊びか、涼しくていいんじゃね?
それに…(ちら
ちぃの水着が可愛すぎる件!(心の声

ちぃ、ところでお前泳げるのか?
オレ様は神格高い竜の水神だからな!
…って、果物買い込んで何するんだ?(荷物持ち

え、ちょ、果物流れて…!?
桃太郎かよ!(慌ててキャッチ

てかスイカといえば、一昨年の夏…
何故かちぃに西瓜で撲殺され
さらに近所の子達に砂浜に埋められた記憶
…嫌な予感しかしねェ

く、ここは先手必勝!
ちぃ、オレが西瓜切ってやるから…
…え?西瓜割り?
するんだ…

いや、何で西瓜の横に寝転がらなきゃ…誘導すればいいか
ちぃ、そのまま前に…え、何でこっちに!?だぁっ!
オレは西瓜じゃ…ぎゃあっ!

犯人はまた西瓜――
無念(ぱたり


尾白・千歳
【漣千】
川の水って冷たい?
果物とか冷やしたら、すっごく美味しくなるんじゃないかな?
メロン?桃?やっぱり西瓜かなぁ?
ふふふ、楽しみだな~

ん?大丈夫、私はいつでも泳げるから!…まだ泳いだことないけど
今日は泳がないよ?だって他にやることあるもん~!
(果物押し付け

…どうやって川で果物を冷やすのかな?
川に沈め…あぁっ!私のメロンが…っ!桃が…っ!
あ、滑っ…らなかった
おぉ~さっちゃん、ありがと~(拍手

じゃ、西瓜食べるために西瓜割りしなきゃね!
棒は私が見つけてきました(ドヤ
さっちゃんはここに横になって
私は目隠し…む、結べない(テキトー
準備オッケー!
せーのぉ!
よし、手応えありっ!(ガッツポ
あれ?どうしたの!?



●お買い物から始まる夏のとある日
「さっちゃん! 川に行こう!」
(「川遊びか、涼しくていいんじゃね?」)
 なーんて言い出した尾白・千歳(日日是好日・f28195)に手を引かれるままに、千々波・漣音(漣明神・f28184)は転移の光に飛び込んで、渓流を訪れ――ていなかった。

「メロン? 桃? やっぱり西瓜かなぁ?」
 渓流がある谷山の麓の里の八百屋の軒先で、尾白・千歳(日日是好日・f28195)が目を輝かせていた。
 大きな尾も、パタパタと楽し気に左右に揺れている。
「……って、これはどういうことだ?」
 その後ろでは、千々波・漣音(漣明神・f28184)が首を傾げていた。

 ――さっちゃん! 川に行こう!
 ――川遊びか、涼しくていいんじゃね?

 なんてやり取りがあってすぐ、千歳に手を引かれるままに転移の光に飛び込んだ筈だったのに。何故、買い物に付き合わされているのだろう。
 などと疑問を感じても、メロンと西瓜が入った籠を抱えてしまってからでは遅い。
 漣音に出来る事は、千歳の買い物が長引かないのを願うばかりである。
 幸い、それほどかからずに、千歳は満足気な顔で戻ってきた。
「こんなに果物買い込んで何するんだ?」
「え? だって川の水って冷たいんでしょ?」
 しれっと荷物に桃と杏を追加されながら漣音が尋ねると、千歳が意外そうな顔になる。
「果物とか冷やしたら、すっごく美味しくなるんじゃないかな?」
「ああ……それは確かに美味いだろうな」
 川の水で冷やした果物の美味しさは、漣音も知っている。
「ふふふ、楽しみだな~」
 だから千歳の目的を聞いて、頷けてしまった。頷いてしまった。
 それが、後にどんな結果となって自分の頭に降って来るのかも知らずに。

●101歳の2人によるティーンエイジャーみたいなアオナツの一幕
「ねえ、さっちゃん! ここ! ここ、どうかな!」
「あ……あぁ、良いんじゃ……ないか」
 耳をピコピコ、尻尾パタパタ。
 弾む気持ちが全く抑えきれずに渓流を指差す千歳に、漣音が疲れた様子で返す。
 山を登ったのは、30分ほどだっただろうか。
 そう険しい山道でもなかったが、西瓜やメロンと言った果物を落とさない様に運んでいれば、漣音が一人だけ疲れているのも無理もない話である。
 頑張れたのはひとえに、千歳と一緒だからであろう。
 特に今は、山道では安全のためにとつけさせていたパレオも外して、千歳は水着姿になっている。

(「――ちぃの水着が可愛すぎる件!」)

 身体の疲れに反して、漣音の心の声は力強かった。
 ひらひらとした飾りの多い、淡い黄色の水着。泳ぐには不向きそうではあるが、黄色い花の様にも見えるデザインは、千歳に良く似合っている。キツネと言うには大きな耳が出る造りの麦わら帽子との、相性もいい。
 あとはまあ、あまり日に焼けていない腕と脚が見えているのも、漣音的には気になる所かもしれない。
 ま、竜神だって一皮むけばこういう者もいるものである。
 その漣音も、膝丈の水着にパーカーを羽織り、似たような麦わら帽子を被っている。
「わぁ……! すごい、川の底が見える!」
 そんな漣音の青い恋心に気づいた風もなく、千歳は声を弾ませていきなり川に向かって駆け出――。
「って待った!」
 慌てて果物を置いて、漣音が手を伸ばした。
「どしたの、さっちゃん?」
「ちぃ、お前泳げるのか?」
 何故止められたのかわかっていなさそうな千歳に、漣音はズバリ尋ねた。
 今更な事ではあるが、聞いておくべきだった。
「ん? 大丈夫、私はいつでも泳げるから! ……まだ泳いだことないけど」
 時々、こうして根拠のない自信が飛び出して来るのが、千歳なのだから。
「それは、泳げると言えないだろ……」
「えー」
 溜息交じりに返って来た漣音の言葉に、千歳は不服そうに頬を膨らませる。
「いいもん。今日は泳がないから。だって他にやることあるもん~!」
 だがすぐに表情をぱっと変えると、千歳は漣音に持たせていた果物を手に取った。桃とメロンを手に、一歩、二歩と川の中に入って行き――止まった。
「……どうやって川で果物を冷やすのかな?」
 考えてなかったらしい。
(「どうするつもりなんだ?」)
「川に沈め……」
 漣音が見守る前で、千歳はメロンを桃を川の中に沈めようとする。
「あぁっ! 私のメロンが……っ! 桃が……っ!」
 だが、手が滑ったのか、あっと言う間に流れに持っていかれた。
「え、ちょ、果物流れて……!?」
 これには漣音も驚いた。まさか、こんなあっさり失敗するなんて。
「桃太郎かよ!」
 ザバザバと派手な水音を立てて川に駆け込んだ漣音の手に、流れて来たメロンと桃が収まる。
「おぉ~さっちゃん、ありがと~」
「ま、オレ様は神格高い竜の水神だからな!」
 目を丸くした千歳にパチパチと拍手を送られ、漣音の心はそこら辺の木よりも高くに昇ったそうな。

 結局、果物は川の石を並び替えて小さな堰を(ほとんど漣音が)作り、そこで冷やすことにした。
「……西瓜、か……」
 川の水にさらされる西瓜を眺めていると、漣音の脳裏に千歳とのとある思い出が蘇って来る。
 あれはそう、一昨年の夏の事――。
(「何故かちぃに西瓜で撲殺され、さらに近所の子達に砂浜に埋められた記憶が!」)
 所々記憶が飛んでる様な気もする漣音だが、そんな事があったのは間違いない。
 そして、西瓜、再び。
(「……嫌な予感しかしねェ」)
 かくなる上は、先手必勝。先に西瓜を切ってしまえば良いのだ。
「ちぃ、オレが西瓜切ってやるから……ちぃ?」
 だが勇んで漣音が立ち上がった時には、千歳の手には何やら太めな木の棒が握られていた。
「駄目だよ、さっちゃん。西瓜食べるためには、西瓜割りしなきゃね!」
「……え? 西瓜割り? ……するんだ?」
「するよ! 棒は私が見つけてきました!」
 ドヤァと得意げな千歳の表情に、漣音は先手必勝されてしまったのを悟る。
 こうなってはもう――なるようになるしかない。
「さっちゃんはここに横になって」
「いや、何で西瓜の横に寝転がらなきゃ……まあ、ここから誘導すればいいか」
 若干疑問に思いながらも、漣音は千歳に言われるがままに川の中に横たわる。
「目隠し……む、結べな……結べた!」
 ぶきっちょながらも自力で目隠しの布を巻いて結んで、千歳は木の棒を改めて両手で構える。
「準備オッケー!」
「よし、ちぃ。そのまま真っすぐだ」
 漣音の声に導かれ、千歳はゆっくりと前に――。
「ひゃぅっ!?」
 ――ばしゃーんっ!
 あまりにもあっさりと、見事に足を滑らせて転んだ。
「ちょ。大丈夫か、ちぃ!」
「大丈夫だよ、さっちゃん。水、冷たくて気持ちいいね!」
 心配する漣音の声に、千歳は笑って返す。
 だが――転んだことで、千歳の方向感覚はリセットされてしまっていた。
「こっちだったよね!」
 と、千歳が進み出した先は漣音の頭。
「……え、何でこっちに!? 違うぞ、ちぃ! 右、いや、左だ。こっちじゃな――」
「せーのぉ!」
「だぁっ!」
 慌てるあまり、精細を欠いた漣音の指示が届く筈もなく、千歳が思いきり振り下ろした木の棒の先端が、漣音の鼻先を掠める。
「あれ? 外れたかな? もういっかい――!」
「オレは西瓜じゃ……」
 千歳の手には、ぽかっと確かな手応えがあった。
「よし、手応えありっ!」
「ぎゃあっ!」
 棒を手放しぐっと拳を掲げる千歳に遅れて渓流に響く、漣音の悲鳴。
 千歳が二度目に振り下ろした棒は、西瓜に当たってはいたのだ。
 だが、西瓜が割れたのは、千歳の一撃で押し出された先にあった『漣音の頭』にぶつかって、さらに跳ね返って石に当たった瞬間であった。
「あれ? どうしたの!?」
 目隠しを取った千歳の目に映ったのは、砕けた西瓜と倒れた漣音。
 犯人はまた西瓜――漣音が西瓜の赤で石に書こうとした言葉は、しかし川の流れに消えていく。
「……無念」
「さっちゃん、疲れてるのかな? 水、気持ちいいもんね」
 倒れたままの漣音の頭に、ぽんぽんっと労う様に千歳の掌がのせられた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

結城・有栖
【黒猫】
こういう風景を見てると、何だか日本の夏って感じがしますね。
何だか懐かしい気分です。

「海も良いけど、川も良いもんダヨネ。
灯火は釣りをやるみたいダケド、私たちはどうするノ?」

水着も着ましたし、やってみたい事が有るんですよね。
まずは川の浅い場所に入っていきます。
…ちょっと冷たいですが気持ちいいですね。

魚の姿を確認したら【野生の勘】で察知して動きを【見切り】、【軽業】で素早く素手で捕まえてみます。
上手に捕れたら嬉しいですね。捕れたら灯火さんにも見せてあげます。

川遊びを楽しんだ後は、冷やした西瓜を食べます。
私も灯火さんの隣に座って涼みながら頂きますね。
オオカミさんも呼ぶので一緒に食べましょう。


夜久・灯火
【黒猫】
川で納涼かー。川の水もいい感じに冷たいし、涼むには丁度いいね。
折角だし、ボクは渓流釣りを楽しもうかな。有栖ちゃん達もよろしくね♪

今回は水着に着替えて参加するよ。
釣り竿を用意して、釣り針に餌を装着して渓流釣りを始めよう。
すぐには釣れないだろうし、風景を楽しみつつのんびりとやって行くよ。
釣った魚はクーラーボックスに入れて、後で調理しようかな。

有栖ちゃん達は素手で魚とりかな?実際に捕れたら凄いなぁ。

魚釣りを楽しんだら、川で冷やしておいたスイカを切って有栖ちゃんと一緒に食べるよ。
冷たい川のお陰でしっかり冷えてるねー。
折角だし、川の縁に腰を掛けて涼みながら頂こうかな。
風情があって楽しいね♪



●懐かしいと感じると言う事
 ザァザァと鳴り続ける、せせらぎと言うには少し大きな水音。そこにザワザワと木立が風に揺れる音と、水鳥の囀りや夏の虫の鳴き声が重なっている。
 山の樹々の隙間から差し込む程度の木漏れ陽を浴びて、川面は所々で眩しく輝いていた。
『海も良いけど、川も良いもんダヨネ』
 川の中で足取りを声を弾ませているのは、結城・有栖(狼の旅人・f34711)――ではなく、有栖に宿るオウガのオオカミさんである。いつもの様に、有栖の姿で実体化している。
「何だか懐かしい気分です」
「ああ、うん。そんな気分になるね」
 少し後ろで川原を歩いている有栖本人の漏らした呟きに、隣を歩く夜久・灯火(キマイラの電脳魔術士・f04331)が水を蹴りながら頷く。
『うん? 2人の故郷って、こういうとこナノ?』
 その声に顔を上げると、視線の先でオオカミさんが不思議そうにしていた。
 有栖と灯火は思わず顔を見合わせ、どう答えたものかと苦笑を浮かべる。
『でも有栖、故郷の事は良く覚えてないッテ』
「ですよ。ただ単に、こういう風景を見てると、何だか日本の夏って感じがするんです」
 確かに有栖は元居た世界の、故郷の記憶は朧気だ。
 けれどもノスタルジックと言うものは、必ずしも実在する風景や、見た事のある風景にのみ、生じる感情ではない。例え記憶になくとも、どこかで聞いた話や想像から描いた心象風景の類が、現実の風景と重なって生じる事もあるものだ。
「いわゆる、原風景ってやつかな」
『ふうん……?』
 それぞれの心の中に在る風景だと告げる灯火に、オオカミさんは曖昧な返事を返す。
 あまり伝わってない様子なのは、仕方がないと言うものだろう。有栖に宿るオウガとて、その心象全てまで共有しているわけではないだろうから。

●リアルフィッシング
 こういう場所に来たのだから、他では中々出来ない事をしたい。
 そう考えるのは、当然の事だ。
「折角川にいるんだし、渓流釣りを楽しもうかな」
 灯火が選んだのは、釣りであった。
 プロゲーマーでもある灯火だが、別にアウトドアが嫌いなわけでもないらしい。セパレートタイプの薄い色合いの水着姿で、釣り竿まで持参している。
 釣り針に付けるのは、麓の村で貰って来た練り餌だ。
「確か、こうやって……」
 ややたどたどしい手つきで練り餌を釣り針に取り付けると、灯火は川の中の岩の上で竿を振って、糸を放ち針を投げ入れた。
 ポチャンと音がして、仕掛けが流れて行く。
 あとは、魚が掛かるのを待つだけだ。
「川の水もいい感じに冷たいし、涼みながら風景を楽しみつつ、のんびりとやってみよう」
 どうせすぐには釣れないだろう。
 ――そう思っていたのが、いけなかったのだろうか。
「うん? 竿が動いた?」
 ものの十数秒で、灯火の釣り竿の先がクンッ、クンッと何度もしなり出したのだ。
「もしかして……?」
 半信半疑で灯火が竿をぐいっと引いてみると、グンッと竿がしなりが一気に大きくなり、リールがギュルギュルと勢い良く回って糸がどんどん出ていく。
 灯火の目も、ぐるぐる回り出していた。
「え? わ、かかった!?」
 驚きながらも、リールのハンドルを掴んで回そうとしてみる。
「っ」
 けれども灯火が思っていた以上の引きで、リールは殆ど回らなかった。
 魚の抵抗が強いのだろうけれど、その魚は何処にいるのだろう。糸の先が水に消えている所は判るが、その先の何処にいるのか――。
(「わかっていたつもりだけど、ゲームと全然違うね」)
 釣り竿を模したコントローラーを使う釣りゲームもある。プロゲーマーの灯火なら、そうしたゲームの経験もあるかもしれない。だが現実の釣りは、糸の張りや魚の体力を示すゲージなど、何処にもないのだ。
 どれだけ引っ張れば、糸が切れてしまうか。魚は何処にいて、どう動いているのか。
 糸の動きや、釣り竿から手に伝わる感覚で判断するしかない。
「でも、これはこれで……!」
 耳がピコピコ、ヒゲがヒクヒク。
 ふさふさの尾も、ぶわっと膨らんで右に左に揺れている。
 猫や狼の特徴が強く出ている部分以外にも、灯火の顔にはっきりと書いてあった。
 楽しい――と。

●掴もうと手を伸ばす
 灯火が魚と格闘しながらも、目を輝かせている頃。
『灯火は釣りをやるみたいダケド、私たちはどうするノ?』
「やってみたい事が有るんですよね」
 灯火から数mほど離れた所に、有栖とオオカミさんの姿があった。
「まず、オオカミさんはそこの岩の上にいてください」
『うン』
「あ、あとこれも持っててください」
『うン』
 有栖に言われるままに、オオカミさんは川の中の岩に飛び乗り、有栖が脱いだ蜘蛛の友人が仕立てた赤い上着を受け取る。
 黒のセパレートタイプの水着姿になった有栖は、そのまま川の中を進んで行った。
 岩の上のオオカミさんは、いつもの有栖と同じ服装なので、今日はどちらがどちらか、良く判る。
「……ちょっと冷たいですが気持ちいいですね」
 水の冷たさを感じながら、有栖は川のほぼ中央で足を止める。
「魚が見えたら教えてください。私が捕まえてみせます」
『捕まえるって……なにデ?』
「え? 勿論、素手ですよ」
『まさかの手掴みダヨ』
 灯火の釣りよりも、遥かに難易度の高い事に挑戦しようとする有栖に、オオカミさんが目を丸くする。
「上手に獲れたら、きっと嬉しいです」
 だが、目を輝かせている有栖の表情を見るに、止めても聞きそうになかった。
 何が有栖をそこまで駆り立てるのだろう。
 或いは――もしかしたら本当に、有栖の故郷に似ているのか。
『まあいいけど……』
 失敗しても問題ないことだしと、オオカミさんは有栖のやりたい様にさせてみる事にした。
 どうせ、今日のオオカミさんはいつもの烈風を放てる程の力が無いのだ。夏休みだからと、有栖が川で遊べる程度のエネルギーしか消費せずに創造されていない。いわゆる省エネ召喚。
 ここは大人しく、指揮に徹するとしよう。
『あ、魚いたヨ』
「わかりました!」
 オオカミさんの言葉に、有栖は表情をキリッと引き締め、タイミングを測って腕を振るう。
 しかし、有栖の手はバシャッと水音を立てただけで、空を切った。
 バシャッ! バシャッ!
 有栖の手が空を切り、水音だけが響くのが何度も続き――。
『有栖、そこに魚が――』
「そこです!」
 バシャンッ!
 オオカミさんが言い終わる前に、野生の勘で有栖が腕を振るう。
 何度も繰り返す内に、有栖は魚の動きを見切ってきていた。掴むのは難しいが、水を大きくかいて、水ごと打ち上げてしまえば良い。
『ワッ!? え? これ、魚?』
 打ち上げられた魚が、勢い余ってオオカミさんの顔に直撃していた。

●一緒に
「灯火さん。捕れましたよ」
「え。本当に素手で獲れたんだ。凄いなぁ」
 有栖とオオカミさんの手の中で、尾を掴まれてビチビチしている魚に灯火が目を丸くする。
 あの後、有栖は更にもう1匹、魚を素手で捕えていた。
「こっちも釣れたよ」
 灯火も負けてはいない。
 クーラーボックスの中には、3匹の川魚が入っていた。最初こそ苦戦していた様子だったが、リアルの釣りにも慣れたらしい。数で言えば、灯火の方が勝っている。
「ここに入れておいてよ。後で食べよう」
「わかりました」
 有栖が捕まえた魚も、灯火のクーラーボックスに入れる事にした。
 一般的に、川魚はあまり生で食べるのに食さないと言われている。
 どう食べるにせよ、下処理が大事だ。今この場で、出来ない事もないが――。
「川で冷やしておいたスイカを食べよう」
「そうしましょう」
『それがイイネ』
 麓で買って持って来たスイカがある。
 川の中に取りにいけば、流れる水でヒンヤリと冷たくなっていた。
「しっかり冷えてるねー」
「割りますよ」
 川原まで運んで、有栖が大鉈を振り下ろす。二つに割れたスイカの断面から、赤い果汁が滴り落ちた。
 半分を更に6つに。3人で分けられるよう、12等分に切り分ける。
 3人川岸に並んで、足を川に付けて涼みながら頂いたスイカは冷たく、とても甘かった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

菱川・彌三八
水辺の装いで涼みがてら、渓流を描きに
此の時節は涼を求めて滝や魚の絵がよう売れるのサ
木の板に紐を通して首から掛けりゃ、歩き乍ら絵が描けるってモンよ

先ずは浅い川
石っころに移る水の影と、光の環、其れに紛れる小魚の鱗

次に少し昇る
岩が大きくなってきゃあがった
遠くを小さく、岩を手前に大きく描く
釣り糸を垂らす、川に遊ぶ人々の姿
序でに釣れた川魚を描いておく

更に上流、木々が増えて来た
木陰とお天道さんの明暗差を出す為、岩肌を落ちる飛沫を白く

最後は滝
いやあ見事也
森を割くかの如くだな
滝行が居たら一緒に写しちまおう

画から涼と、人の営みを描くのが俺達サ
さあ、忘れぬ内に帰ェって整えにゃあ



●浮世を描く
 雅号は師弥、萬作、海棠庵。
 菱川・彌三八(彌栄・f12195)は浮世絵師である。

 着物の裾を絡げた出で立ちで、手製の首掛け画板をかけ、空いた手に筆を持ち、渓流の絵を描きに来た。
「こいつぁ、思ってた以上に良い景色じゃねぇか」
 訪れた渓流の涼しさに、彌三八はニヤリと笑みを浮かべる。
 旬。良く食材に使われる言葉だが、絵にも、旬がある。
 夏の此の時節は、人々は涼を求める。
 滝や魚の絵が良く売れる時節なのだ。
(「これだけの景色なら、売れそうな絵が描けるってモンよ」)
 まずは穏やかな下流の中で、彌三八はさっそく筆を執った。
 川は浅く、流れも穏やか。それ故に、川底の石の形までくっきりと見えている。
「さぁて、先ずは一枚」
 川底の石ころに映る水面の影、陽光を反射した水面に輝く光の環。其の光陰に紛れる小魚の鱗。
 彌三八は『藍』と『黄』の筆を使い分け、サラサラと浅瀬の一枚を描き上げると、彌三八は足早に上流へ向かっていった。

「岩が大きく……なってきゃあがった」
 一刻程、川を登った彌三八の前には、川の中に大きな岩が幾つも残っている渓流の姿があった。
 それらの岩が川の流れを妨げ、複雑な流れが生み出されている。
 彌三八は手近な岩に背を預け、此の岩が作る渓流の景色を描きにかかった。
 川そのものは遠くを細く、手前に幅を付けて描く。
 川の中の岩も、遠くのものを小さく、手前を大きく描く。
 所謂、遠近法。絵を生業とする者ならばまず身に着けている画法であろう。
 けれど彌三八は、そこから川で泳いで楽しむ人々や、川岸で竿を構えた釣り人を、序に竿の先に釣り上げられた魚までも描き加えていった。周りには、彌三八以外、誰もいないのに。

 或いは。
 さらに上流に登った先で、彌三八は山の樹々の色に包まれた渓流の中でも筆を執った。
 足元を流れる水は、下流に比べると随分と冷たくなっている。
 夏山の生い茂った緑に囲まれた渓流には、木漏れ日程度の陽光しか届いていない。故に、流れ込んだ雪解け水が、ほとんど温まる事無く流れているのだろう。
「此処で描くなら……木陰とお天道さんの明暗、だな」
 渓流を中心に、周りの樹々の鮮やかな緑と、その隙間から差し込む木漏れ日を描き、光を浴びる岩肌には、かかった水飛沫が雫と流れ落ちる様を描き加えた。

 岩肌を流れる水滴など、その場でそこまで精緻に見えていたわけではない。
 けれども、ここまで川を登って来る合間に、何度も見た。
 一つ前の絵の、描き加えた人々もそうだ。その時にはいなかった。けれども、彌三八が見て来た川の中の光景には、確かに川で泳ぐ子供や、釣りに興じる人々がいた。
 彌三八が描いているのは、ただ目の前の渓流の光景ではなく、渓流を登る中で目にしてきた『涼を感じた光景』を合わせたものである。

 ――画から涼と、人の営みを描くのが浮世絵師サ。

 ドドドドドドドッ!
 流れ落ちる水の轟音が、山の中に木霊している。
 下の滝壺に当たって砕けた水が飛沫となって、辺り一帯に心地の良い湿気と冷たさを齎していた。
「いやあ見事也。森を割くかの如くだな」
 関所の門よりも高くから流れ落ちる水に、彌三八は感心したように呟きながら、筆を取った。
「滝行が居たら一緒に写しちまいたいトコだが……ま、しゃーねェ」
 此処で一度も見てもいないものは、仕方がない。
 空想を混ぜるよりは、ありのままの涼を。
 彌三八はすっぱり気持ちを切り替えると、滝壺の周りを歩いて回り、様々な角度から滝を眺め、そしてやおら描き出した。
 見上げる程の高さから流れ落ちる水。岩壁から突き出ている幾つかの岩が、その流れを裂いても、滝壺に落ちる前にひとつに戻る姿。
 滝壺にぶつかって、濛々と巻き上がる水飛沫。そこに届いた木漏れ日が生み出す、虹。

 そこまで描いて仕上げた所で、彌三八は登りよりも急いで山を降り始めた。
「さあ、忘れぬ内に帰ェって整えにゃあ」
 彌三八が描いたのは、この場で出来る限りの範囲で、とつく。
 急ぎ足にもなろうと言うものである。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鹿村・トーゴ
お、川遊び?いーねェ
(肩に乗る相棒の鸚鵡ユキエが首傾げ)
『泳げないのに?』
得意で無い、てだけでちっとは泳げるぞ?
『ユキエは楽しくなーい』
えー
お前も水浴びできるじゃん
山の中の川なら絶対冷たくて気持ちいいって
オレがガキの頃遊んだお不動さん祀ってるあの山もそうだもん
ちっさい滝有ってさーその下のちっさい滝壺で泳いでよー
横の参道で弁当拡げたりしてなー
『魚とかとるの?』
ん?オレは取らない
『なんで?』
だって別にそこで食わねーし
記憶ではなんかちまこい魚しかいなくてよ
『ふーん?』

下帯にたっつけ袴と足袋
肩ぐらいの深さで水に出たり入ったりでユキエとはしゃいだり
お腹冷やさないようあがって途中うたた寝したり

アドリブ可



●鸚鵡は雑食性である
 トプトプ――或いはザプザプと。
 器に水を注ぐ様な音が絶え間なく続いている。
「綺麗な川じゃん。いーねェ」
 川底の藻の緑が見える程の透明度に、鹿村・トーゴ(鄙村の外忍・f14519)が声を弾ませる。
『泳げないのに?』
 水はたっぷりあるのに水を差す声は、トーゴの肩から聞こえた。
「得意で無い、てだけでちっとは泳げるぞ?」
『ユキエは楽しくなーい』
 トーゴの反論に、不満げな声とバサバサと羽搏きの音が返って来る。
「えー。お前も水浴びできるじゃん」
 相棒の白い鸚鵡、ユキエに返しながら、トーゴは川の中に足を入れた。
 川は思いの外深く、たっつけ袴の絞ったひざ下よりも上まで水に浸かってしまうが、川の水の冷たさが山登りで火照った身体には気持ちいい。
「冷てェ……試しに浴びてみろよ。山の中の川だぞ。絶対冷たくて気持ちいいって」
 目を細めながら告げるトーゴに、ユキエは水浴びを嫌がる様に肩の上から頭の上へ移動した。
「ん-、じゃあ、滝行ってみるか、滝」
『滝ってなーに?』
「水が上から落ちて来る場所だよ。もうちょい上流いけばあると思う」
 そう返すと、トーゴはユキエの返事を待たずに川をずんずん登り出した。
 足元は足袋を履いているので、川底の藻に滑る事もない。
「オレがガキの頃遊んだお不動さん祀ってるあの山にも、ちっさい滝有ってさー、その下のちっさい滝壺で泳いでよー。滝の周りって、何か涼しいから、横の参道で弁当拡げたりしてなー」
『ふーん?』
 記憶の中に残る懐かしい光景を語るトーゴに、しかしユキエから返って来るのは気のなさそうな声。
『魚とかとるの?』
 かと思えば、そんな事を訊ね返して来た。
「ん? オレは取らない」
『なんで?』
 あっさりと返してトーゴが首を横に振ったからか、ユキエは少し不満そうに肩に戻って来る。
 お腹すいたのだろうか。
「だって別にそこで食わねーし」
 そのつもりなどなかったものだから、トーゴは特に釣り道具など持って来ていない。まあ、忍びとして、山の中のあり合わせのもので道具を作る術も知らないわけではないが――。
「記憶では、なんかちまこい魚しかいなくてよ」
『ふーん?』
 あまり面白くなさそうなトーゴの言葉に、ユキエが再び気のなさそうな返事を返す。
 その直後だった。
 パシャンッと、トーゴ達の目の前で大きな水音が響いて、魚が川の中から跳ねたのは。水面の虫でも捕えようとしたのだろうか。
『ちまこい?』
「あれ?」
 首を傾げるトーゴの肩に、掴むユキエの爪が食い込む。
 遠目に見ても、魚は2~30cmはありそうだった。
『とらないの?』
「え、食いたいの?」
 ちょっと予想外なユキエの反応に、トーゴの目が丸くなった。

 ――ドドドドドドッ。
 流れ落ちる水の音が、滝壺に響いている。
 渓流を遡り見つけた滝の落差は、10mちょっとだろうか。滝としては、そこまで大きいものではない。もっと大きい滝は幾らでもある。だが、トーゴの記憶にあるものよりは大きい様に思える。
 それとも、記憶が薄れているだけで、お不動さんのあの山の滝も、このくらいだったのだろうか。
「……ふぃー」
 当のトーゴは滝壺の浅い所で、肩まで水に浸かっていた。
 その口から、声とも言えない吐息が漏れ出ている。まるで水風呂だ。
『雨の日みたいな空気ね』
 鸚鵡のユキエは、バサバサッと音を立てて滝壺の上を飛んでいた。滝の周り空気は飛沫立った水気とそれに伴うマイナスイオンを多く含んでおり、その空気を楽しんでいるようにも見える。
(「なんだかんだ言って、ユキエも気持ち良さそうだし来て良かったな。腹が冷える前に、もうちょっと立ったら一旦上がろうか」)
 などと考えていると、トーゴの額にユキエが飛び降りて来た。
『で、魚は?』
「ええ……」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ディフ・クライン
リュカf02586と
川辺に張ったテントの下
森の木漏れ日と清流って気持ちがいいよね
オレの住んでいるところの近くにも川があってさ
時折こんな風に川辺の木陰で過ごすのが好きだ
リュカも好きそうでよかった
旅行記好きだよね、リュカ
オレはサムライエンパイアの物怪録だよ
さっき来る時に買ったんだ
実体験だっていうんだけど、これがなかなか面白くてさ
リュカもあとで読む?

せせらぎと木々揺らす風の音が耳に心地いい
少ない会話も不快ではなく
オレたちらしい

西瓜?ああ、もう結構冷えたよね
うん、食べようか
割る?じゃあ棒かなに、か…

岩に叩きつけられる西瓜
飛び散る果汁

…いや、うん、ありがとう、頂く、んだけど
ちょっと豪快過ぎやしないかい…


リュカ・エンキアンサス
ディフお兄さんf05200と

テントを張って川の音でも聞きながら並んで読書する
川で西瓜とジュースを冷やしておこう
川っていいよね。涼しいし
川に来て敢えて本っていうのも贅沢でいい
読むのは旅行記にして…
うん、知らない世界の話を聞くのは好きだ
お兄さんは何を読むの?
物の怪かあ。読む
エンパイアとカクリヨの物の怪ってちょっと違うよね。機会があれば解剖して比べてみたい

ぼつぼつ会話をしながら没頭する
夕方くらいになるとお腹が空いてきて、
お兄さん、西瓜でも食べる?
わかった。割ってくる。西瓜は割るものなんだって
(冷やしていた西瓜を岩にがんっ
いい感じに分割できた。はい、どうぞ
?その棒、なんに使うの?
これで割る?またまた



●川原にくつろぎ空間を
 バッサバッサと、何か大きな布を振って広げる音が鳴っている。
 その音が止んでしばらくすると、トンテンカンと、何かを叩く小気味いい音が響いた。
「……」
 ディフ・クライン(雪月夜・f05200)が見守る前で、リュカ・エンキアンサス(蒼炎の旅人・f02586)が黙々とテントを組み立てている。
 広げたままの幕体を伸ばしながら、川原の砂利の隙間にペグを打ち込んで行く。
 それが終わると、リュカは細長い棒を手に、まだしぼんだままの幕体の中に潜り込んで行った。
 シュル――シュルシュル。
 リュカが中でポールを立てて固定したのだろう。ディフの見ている前で、ただの大きな布にしか見えなかった幕体が、山型に膨らんでいく。
(「手慣れてるなぁ」)
 ものの数分で立てられたテントに、ディフは胸中で呟いた。
 リュカが旅慣れているのはディフも知る所だが、改めてその技術を目の当たりにすると感心する。
(「感心……そう、オレは感心してるのか」)
「……どうしたの?」
 テントから出て来たリュカは、こちらをじっと見ているディフと目が合って小首を傾げた。
「手慣れてるなぁと思って」
「まあ、これワンポールテントだし」
 ディフの賛辞に、リュカは残りの張り綱を伸ばしながら返す。
 テントにも幾つか種類があるが、リュカが立てたのは中に支柱を入れて立てるワンポールテント。設営の手間が最も少ないタイプのテントである。
 その分、雨に弱いと言う難点もあるが、夏場の川原なら充分だ。
 ひとつテントを張り終えたリュカは、続けて2つ目のテントを張りにかかる。
(「オレの出る幕はなさそうだな」)
「リュカ。ジュースと西瓜、冷やして来るよ」
「ん、よろしく」
 此処は任せた方がいいだろうと、ディフは用意してきたジュースの瓶とスイカを持って川に向かう。
 流されない様に、軽く掘った川の中にスイカとジュースを置いて戻る。
「お帰り、お兄さん。出来たよ」
 適当な間隔を置いた2つのテント。その間に樹々を利用してヘキサタープを張って、伸ばした木陰にアウトドアチェアとサイドテーブル。
 ディフの頃には、リュカ監修のくつろぎ拠点が完成していた。

●贅沢な時間と物の怪談義
 コポコポと、コップに水をゆっくりと注いだ時に似た水音がゆっくりと続いている。
 リュカとディフが拠点に選んだ川辺の横の流れは緩やかで、せせらぎも静かなものであった。時折吹き抜ける風に木の葉が揺れるザァッとした音や、鳥の囀りの方が大きいくらいだ。
「……」
「……」
 耳に心地良い自然の音に包まれながら、リュカとディフは無言で本を読んでいた。
「……」
 パタンッと、読み終えた本を閉じて、ディフは視線を上げる。
 頭上で風に揺れている枝にある葉の明るい緑は、夏の色。隙間から差し込む陽光が、少し眩しい。
「オレの住んでいるところの近くにも川があってさ」
 視線を川に戻して、ディフはポツポツと口を開いた。
「時折、こんな風に川辺の木陰で過ごすのが好きなんだ。森の木漏れ日と清流って気持ちがいいよね」
「うん。川っていいよね。涼しいし」
 本から顔を上げないまま、リュカがディフに相槌を打つ。
 丁度、その手がページを捲った。見た所、あと数ページの様だ。確かにこれは、読んでしまいたい。
「川に来て敢えて本っていうのも、贅沢でいい」
 視線は本に落としたまま、リュカは話を続ける。
「確かに、なんとも贅沢な時間の使い方だ」
(「――でも、オレ達らしい」)
 リュカに返しながら、ディフは胸中で呟く。
 時折、気が向いたらこうして会話をし、喉が渇いたら川で冷やしている酢橘の果実水を取りに行く。あとは何も気にせずに、読書に耽る。
 こんな時間は、少ない会話と、それが途絶える時間が不快にならない間柄でなければ成り立たない。
 ディフが胸中で呟いた通り、この2人らしい、贅沢な時間の使い方だ。
「リュカも好きそうでよかった」
「うん」
 ディフの言葉に相槌を打ちながら、リュカも本をパタンと閉じた。
「リュカは何読んでるの?」
「旅行記」
 椅子から立ち上がり、固まっていた背中をググッと伸ばしながら、リュカは読み終えたばかりの本をディフに見せて来た。表紙だけで一目でわかる。こことは別の世界の旅行記だと。
「旅行記好きだよね、リュカ」
「うん、知らない世界の話を聞くのは好きだ」
 ディフが返して来た本を受け取り、リュカは次の本を取ろうとテントへ――。
「お兄さんは何を読むの?」
 テントへ向かおうとしたところで、ぐるんっと踵を返した。
「オレはサムライエンパイアの物怪録だよ。さっき来る時に買ったんだ」
 ディフが見せて来たのは、水墨画風の様に墨だけで妖怪が描かれた書物の表紙。
「物の怪かあ……」
「実体験だっていうんだけど、これがなかなか面白くてさ。リュカもあとで読」
「読む」
 ディフの一言に、リュカが若干食い気味に返して来た。
 さっき急に振り向いて来た時点で、ディフが何を読んでるか気になっていたのだろう。リュカは淡々としているようで、好奇心はむしろ強いくらいだ。
 そうして、2人は互いに読んでいた本を交換し、また読書に耽り出す。
「エンパイアとカクリヨの物の怪ってちょっと違うよね」
 しばらく読んだところで、リュカが本から顔を上げずにそんな事を口走る。
「確かに……言われてみるとそうだね」
 それを聞いたディフは、ふむ、と思案顔になった。
 恐らくは、物の怪、と言う言葉がとても広いのだろう。犬猫や鳥、魚や人間までひっくるめて、動物、と言うのと似たようなものではないか。
 ――と、ディフはそう考えたのだが。
「機会があれば解剖して比べてみたい」
「……えっ……?」
 リュカが表情を変えずにしれっと呟いた物騒な言葉。
 それが冗談なのか本気なのか。ディフはリュカの表情からは読み取れなかった。

●夕暮れスイカクラッシャー
 いつしか、空の色が変わり出していた。
 山の向こうに陽が沈みかけ、夕焼け前の明るい橙色が頭上に広がっている。
 クゥッとなったのは、どちらの腹の虫だったか。
「流石にお腹が空いてきたかも。お兄さん、西瓜でも食べる?」
「西瓜? ああ、もう結構冷えたよね」
 リュカの言葉で、ディフは川で冷やしたままの西瓜の存在を思い出した。
「うん、食べようか」
「わかった。割ってくる」
 ディフが頷くと、リュカは本を置いて椅子を立つなり、何も持たずに歩き出した。
「割る?」
「うん。西瓜は割るものなんだって」
「それはそうだけど、じゃあ、棒かなにか……」
 西瓜は割るもの。
 それは判る。切るか割るかしないで、どう食べると言うのだ。
 だが、リュカは何も持たずに行った。
 どうやってスイカを割る気なのだろう。
 若干の不安を覚えたディフは、さっと周りを見回し、手頃な木の棒を見つけると、それを拾って小走りにリュカの後を追いかけた。
「リュカ、これを使っ、て……」
 がんっ!
 駆けつけたディフの目の前で、リュカは西瓜を両手で持ちあげて、そこら辺の岩に叩きつけた。
 真っ赤な西瓜果汁が飛び散って、甘い香りがふわっと広がる。
「いい感じに分割できた」
 リュカは満足気に呟いて、半ば砕けるようにして割れた西瓜の大きな欠片を2つ持って来て。
「はい、どうぞ」
 そして、少し大きい方をディフに差し出して来た。
「……いや、うん、ありがとう、頂く、んだけど」
 西瓜を受け取りながら、ディフは困惑を隠しきれずにいた。
 まさか、リュカがこんな西瓜の割り方をするとは。
 リュカのシャツは飛び散った西瓜の果汁を浴びて、所々が薄い赤に染まっている。黒い西瓜の種もついていなければ、ちょっとお巡りさんと思われても仕方が無さそうな様子だ。
 だと言うのに、当のリュカは気にした風もなく、早速自分の分の西瓜にかぶりついている。
「ちょっと豪快過ぎやしないかい……」
「? だって西瓜は割るものだし」
 口の周りを紅くしたリュカは、ディフの言葉に首を傾げる。
 ディフが何を気にしているのか、このスイカクラッシャーには届いていなさそうだ。
「と言うか、お兄さん、その棒はなに? なんに使うの?」
「これは西瓜を割ろうと思って……」
「これで割る? またまた」
 しかも、拾って来た棒の事を訊き返されてしまった上に、冗談だろうと思われてしまう。
 いわゆる棒を使うスイカ割りを、リュカが知らないのはどうやら間違いないようだ。
(「リュカにスイカ割りを知って貰いたいね」)
 この夏か、いつになるかはわからないけれど。
 ディフが西瓜を食べながら、そんな決意を固める頃には、空の色は鮮やかなオレンジ色に染まっていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】黒のサーフパンツ&上着
スイカ食べたいなースイカ
スイカって海のイメージだけど、川に足を浸けながら
食べるスイカも乙なものだよね

というわけで里でスイカの調達
ここでいかに美味しいスイカをゲット出来るかが大事
美味しいスイカを見分ける方法ってあるのかな?
へぇ、色々あるんだねぇ
それじゃあ……これだっ

梓~頑張れ~日が暮れちゃうよ~
スイカを運ぶ梓を応援しながら軽い足取りで進んでいく
水の流れる音、虫の鳴く声、爽やかな風、どれもとっても心地いい
いつかこの山でキャンプするのもいいかもね、なんて

んーっ、本当に美味しいねぇ
しっかりとした甘みがあって、塩かけなくても十分いける
俺の直感のおかげだね


乱獅子・梓
【不死蝶】黒のサーフパンツ&上着
スイカか、そういえば今年の夏はまだ食べていないし良いかもな

聞いた話によると、大きくてずっしり重いもの、
縞模様の黒い部分が濃くハッキリしているもの、
ツルが緑色で周りが盛り上がっているもの、などが良いらしいな
まぁぶっちゃけ、最終的には直感でいいんじゃないか

ぐぬぬぬ、流石はスイカ、重い…!!
立派なスイカひと玉抱えながら綾を追いかける
というか何故俺が運んでいるんだ??
普段からでかい武器を振り回している綾の方が腕力ある気がする
解せぬと思いながら、可愛い仔竜達の応援を糧に進んでいく

苦労して運んだスイカは…美味い!
いやいや、俺が見分け方を教えてやったおかげだろう!



●スイカの理由
 流れる水の音がザァザァと鳴り続ける渓流。
「ぐぬぬぬ……!」
 そこに、納涼感があまり感じられない、歯を食いしばって頑張ってる感じの声が上がっていた。
「さ、流石は、スイカ、重……!」
 声の主は乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)である。梓はとても頑張っていた。それはそれは、大きなスイカを抱えているのだから。
 何故、梓がスイカを抱えて渓流を登っているのか。
「梓~頑張れ~」
 それは大体、呑気に応援している灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)のせいである。

 時間は少し遡る。
 山の麓の里。梓と綾が準備に訪れたそこは、同じ目的の他の猟兵達の姿もあった。
 見覚えのある顔もちらほらといる。そして――スイカを持っているのがとても多かった。
「スイカ食べたいなースイカ」
 それに気づいた綾が、露骨にスイカをねだり始める。
「スイカか……」
「スイカって海のイメージだけど、川に足を浸けながら食べるスイカも乙なものだよね? ね?」
 思案顔になった梓の心の財布の紐を緩めさせるべく、綾は更にスイカをプッシュした。
「この世界も、今が旬なんだよ。ほら」
 確かに、八百屋の店先には、スイカがゴロゴロと並んでいた。
「そういえば今年の夏はまだ食べていないし、良いかもな」
「さっすが梓。話がわかる!」
 梓がこくりと頷けば、綾の目がキラーンと輝いた。
「そうと決まれば、美味しいスイカを選ばないとだよね」
「今が旬なら、どれでも大体美味しいんじゃないか?」
「いやいや! ここでいかに美味しいスイカをゲット出来るかが、大事だよ」
 手近なスイカに梓が手を伸ばしかけるのを遮って、綾はじっとスイカを見回す。
 どれが一番美味しいのだろう。
 見た目の緑と黒の縞模様は、どれも同じ様に見える。
「美味しいスイカを見分ける方法って、あるのかな?」
「あー……聞いた話によると、確か、大きくてずっしり重いもの、縞模様の黒い部分が濃くハッキリしているもの、ツルが緑色で付け根が少しくぼんで周りが盛り上がっているもの、などが良いらしいな」
 首を傾げた綾に、梓は記憶を辿って指折り数えながら返す。
「へぇ、色々あるんだねぇ。それじゃあ……」
 綾は梓が挙げた項目を素直に信じて、再びスイカに視線を戻した。
 大きさはともかく、重さは持ってみなければわからない。とは言え、端から持ってみるのは無礼と思われるかもしれない。
 まず縞模様の薄いものを除外し、残ったもののツルの付け根に注目。
 付け根がくぼんでいるものに絞って、後はちょっと持ってみる。
「……これだっ」
 そして、綾は最も腕にずっしりとした立派なスイカに決めた。

●掘っていた墓穴
 それが今、梓が額に汗して運んでいるスイカである。
「というか何故俺が運んでいるんだ??」
 その疑問を、梓はもっと早くに抱くべきだった。
 いつからスイカを抱えているのかと言えば、八百屋を後にした時からだ。

 ――梓、スイカよろしくね。
 ――おう。

 そんな風に二つ返事で頷いてしまったのは、梓だ。
 それが、梓が堀った二つ目の墓穴である。一つ目は、もう少し前。
 美味しいスイカの見分け方の一つとして『大きくてずっしり重いもの』と綾に言ったのは、梓である。あの時は、自分が運ぶことになるなんて、思ってもみなかった。
 最初の原因は綾でも、重なった幾つかの要因の中には、梓が撒いてしまったものもある。
「梓~頑張れ~日が暮れちゃうよ~」
 まあ、綾が応援しながらも軽い足取りで先を行き続けている辺り、わかっててやってそうではある。
 綾とて、手ぶらではない。背中に梓が準備したナップザックを背負っている。同じものは、梓の背中にもあった。まあ中身は違うのだが。
 だから、スイカをどちらが運ぶかと言うのは、今この時、非常にウェイトの大きい問題なのである。
「普段からでかい武器を振り回している綾の方が、腕力ある気がするんだが……!」
 ハルバードや1対セットの大鎌を得物とする綾の方が、腕力は確実にある筈だ。多分きっと、ざっと3倍くらいある筈だ。
 梓の戦闘スタイルは、竜と共に戦うものが多い。腕力に頼るスタイルではない。
 その腕力は、既にスイカでちょっとプルプルしつつある辺りからも、推して知るべしと言うものだ。
(「解せぬ……!」)
 そう思っても、疲れているからか、梓にスイカ持ちを交代して貰ういい方法が浮かばない。
『キュー』
『ガウガゥ』
「ん。ありがとな」
 焔と零、心配そうに応援してくれている仔竜達の声援を糧に、梓はスイカを抱えたまま、先を行く綾を追って上流へと向かっていくしかなかった。

●苦労と言う名の調味料
 緩やかに続いた渓流を登り切った先で、急に川幅が広くなり流れが緩やかになっていた。
「おおー!」
 一変した光景に、綾が歓声を上げる。
 先ほどまでザァザァと聞こえていた水音は、チャプチャプトプンとした静かなものに変わっている。
 ――ミーン、ミーン、ミンミンミンミーーン。
 何処かそう遠くない所から、夏らしいセミの鳴き声が聞こえて来た。
 どこだろうと綾が巡らせた視線の先で、樹々が風に揺られてザワザワと葉擦れの音が鳴っている。
「心地いいね……」
 川のせせらぎや鳥の囀りと言った自然の音には、人の精神を落ち着かせるゆらぎがあると言う。
 そんな音に綾が包まれていると、ベシャッと大きな水音が響いた。
「……おや?」
 音の方に視線を向けると、梓が力尽きたように川の中に倒れ伏している。抱えていたスイカは、ちゃんと川の中に置いてある辺りは、流石と言うべきか。
「梓~、大丈夫?」
「誰のせいだ……誰の……」
 綾も川の中に座り込んで突いてみれば、梓は川の中で顔だけ上げて来た。
 2人とも、黒のサーフパンツに薄手のパーカーを羽織っている。濡れたところで問題ない服装だ。梓の疲れた体には川の水の冷たさが心地いい。

 梓が復活する頃には、スイカも川の水で良い感じに冷えた頃合いだった。
「それじゃ、割るよ~」
 川底を少し掘って安定させたスイカの前に立ち、綾が愛用のハルバードを構える。
 振り下ろされた斧刃が、スパッとスイカを真っ二つにした。
 ハンマー側の方がスイカ割り感は出ただろうが、スイカは割ると、どうしても無駄が出てしまう。こうして斬った方が、無駄なく美味しく頂ける。
 仔竜達に合わせて小さく切り分け、残りをざっくりと大きく切り分ける。
 そして綾と梓は、同時にスイカにかぶりついた。
 シャクっとした歯応えの後に、赤い果汁が零れだす。少し遅れて、スイカの甘味が口に広がった。
「苦労して運んだスイカは……美味い!」
 梓の声が川に響く。
 疲れた身体に、スイカの甘味が染み込んでいくようだ。
「んーっ、本当に美味しいねぇ」
『キュ』
『ガウガウ』
 綾も、仔竜達も満足気だ。
「しっかりとした甘みがあって、塩かけなくても十分いける。俺の直感のおかげだね」
「いやいや、俺が見分け方を教えてやったおかげだろう!」
 綾と梓の言い合う弾んだ声が、川に楽し気に響いていた。

●旅人の心得と、ちょっとした仕返し
 スイカを食べ終えた2人は、浅瀬を探して、川の中に横たわっていた。
「……」
「……」
 こうして無言で川の中に寝転んでいると、身体の脇と下を水が流れて行く、何とも言えない感触を全身で感じる事が出来る。
 決して、スイカで腹が重たくなっているわけではない。
 スイカの水分は、食べたその時は結構腹に溜まるものだけど。
「いつかこの山でキャンプするのもいいかもね」
「そうだな」
 何の気なしに呟いた綾に、梓が相槌を打った。
 自然豊かで、何より水が豊富だ。野営にも良い場所だろう。
「と言うか、いつかと言わなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
 梓の言葉に、綾が驚いた様に身を起こす。
「別に、一日で帰って来いとは言われてないだろう?」
 そう言えば、そうだった。
 一泊くらいしても、良いかもしれない。
「でも道具は――」
「俺が何の備えもしてないと思うか?」
 不思議そうな綾に、梓がニヤリとした笑みを返す。2人分のナップザックがあったのは、そういう事だ。
 最低限の野営の備えしておくのは、旅人の心得のようなものである。
「それじゃあ、ご飯は?」
「それは……綾、任せた」
「えっ!?」
 予想外の答えに、綾が目を丸くした。
「釣りでもクマ狩りでも、いいから……俺はスイカのダメージで、しばらく動けん……」
「待って、梓。急に力尽きないで? さっきまで起きてたよねぇ?」
 慌てる綾を他所に、梓は力尽きたふりを決め込んで、そっと目を閉じた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ガーネット・グレイローズ
雪解け水が流れる渓流か。涼しそうでいいじゃないか…
海のない国でも、こういう夏の楽しみ方があるのだね。
新しく仕立てたチャイナ水着に着替えて、
森林浴も兼ねて川の上流へ。
「おいで、マン太」
飼ってるオニイトマキエイのマン太を呼び出し、
魔法の絨毯のような彼の背に寝転んで
ふよふよと水面を滑空していくよ。
川にエイ?まあ細かいことはいいじゃないか。
水しぶきとひんやりした空気が心地よい…。
お気に入りのクラシック音楽をスマホから再生して、
曲に合わせてローズタクトを振るえば、
辺りにはたちまち花の香りが。
これが私流のリラックス方法だよ。
おや、向こうから人の声が聞こえるぞ。
ちょっとばかり川遊びを見物しにいこうかな。



●大人の休日
 川を、エイが泳いでいる。
 ――否。川の上を飛んでいる、と言うべきだろう。
 そのエイは実際、水の中には入っておらず、水面の少し上を滑っているのだ。
 ガーネット・グレイローズ(灰色の薔薇の血族・f01964)が別の世界で見つけて飼っている、オニイトマキエイのマン太である。
 当のガーネットはと言うと、マン太の上で、ゴロンと寝転がっていた。
 マン太の背に、2つに束ねたガーネットの赤髪が広がっている。
 別に自分の足で歩く事に、特に問題はないだろう。それなりに傾斜もあったが、自然の渓流だ。猟兵であるガーネットが、己の足で足で登れない筈がない。
 ましてや、ガーネットは今年、新しく仕立てた朱いチャイナドレス風の水着も着ているのだ。水に濡れる事を避ける理由もなさそうだ。
(「強いて理由を上げるなら、夏休みだから、かな」)
 誰に言うでもなく、ガーネットは胸中で独り言ちた。
 大人とて――大人だからこそ――たまには人目を気にせず、だらけたい時もある。

 渓流を登っていれば、せせらぎは絶えず聞こえている。
 けれどもその音は、川の表情によって変化する。最初の内は、チャップチャプトプトプと続いていた流れの音は、いつしか勢いを増して、ザァザァと、流れる水の音が絶え間なく続いていた。
 音が変わった頃から、霧の様に舞い上がる水飛沫が増えて、空気が湿気を帯びて冷えて来る。
(「涼しくて、良い場所じゃないか」)
 夏の山――そう聞いてガーネットが想像したよりも、ずっと涼しい空気だ。
 マン太の上から覗き込んでみれば、川の中には水で削れて丸くなった大岩が多くなり、その間を流れる水流の表面は、岩にぶつかった拍子に含んだ空気が混ざり、所々で白くなっている。
 そうでない部分は、川底の岩や水草、川の中の小魚まで見えるほど、澄んだ水が流れていた。
 その水面に向かって、ガーネットがマン太の上から腕を伸ばす。
「っ」
 指先に感じた冷たさに、ガーネットの肩が思わずゾクっと跳ねた。
「こんなに冷たいのか」
 時折飛んでくる水飛沫は、ひんやりと気持ちいいものだったが、触れた水はもっと冷たい。
 雪解け水が混ざっていると言うのも、頷ける。
「マン太」
 ガーネットは一旦マン太を止めさせると、川の中の岩の上に降りてみた。
 小休止。
 そこに腰かけ、水着に合わせた橙色のサンダルを脱いで、川に足を付けてみる。
「ん……」
 身体に溜まっていた熱が、石を通じて川に流れ出ていくようだ。
 少し深く足を入れてみれば、足先から伝わる川底の丸い石の感触も面白い。
 視線を向ければ、マン太も水が気持ちいいのか、落差の大きい所の前に漂って、大きく舞い上がる水飛沫を全身に浴びて、左右の鰭をひらひらとはためかせている。
「マン太、また頼むよ」
 しばしそのままでいてから、ガーネットは再びマン太を呼び寄せ、その少し湿った背中に横になった。
(「さてと」)
 ガーネットはマン太の上に寝そべったまま、愛用のスマホと細長い棒のようなものを取り出す。
「……これにするか」
 ポチポチとタッチパネルを操作し、ガーネットはスマホのプレイリストの中から、お気に入りのクラシック音楽を選んだ。確か、川をイメージした曲だった筈だ。
 ガーネットは続きの数曲をセットしたスマホを傍らに置いて|鮮やかな赤色のタクト《ローズタクト》を振るう。
 周りの空気が、ふわっとバラの香りに包まれた。

 川の水音と、お気に入りの音楽。
 全身を包むバラの香り。
 飛沫と空気で感じる冷たさ。
 聴覚、嗅覚、触覚。5感の内の3感で川の涼を感じながら、ガーネットは目を閉じ、マン太の上で揺られながら、川の上へと昇っていく。

「……ん?」
 微睡みかけていたガーネットの耳に、何かが聞こえて来た。
「おや、向こうから人の声が聞こえるぞ?」
 それも、何やら楽しそうな声だ。聞き覚えがあるような、ないような。
 ちょっとばかり川遊びを見物しにいこうかと、ガーネットはマン太の向かう先を変えさせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

木元・祭莉
アンちゃん(f16565)とー♪

わーい、コンニャクいるかな?
え、この国は蒟蒻が釣れるって聞いたよ?(デマ?)

今回は戦争じゃないからね。
村は暑かったケド、山は涼しいし、のんびり……
って、獲る気じゅうぶんだ!

アンちゃんが川魚の踊り掴みにチャレンジしてる間。
おいらはアメンボやタニシを追っかけて。あ、トンボ!
カブトムシいるかな、どうかな?(ばちゃばちゃ)

水の中にはゲンゴロウしかいなかったー。
蟹もいた。しっぽ挟まれたー♪(えがお)
ん、お魚焼くよね?(当然)
ついでにご飯も炊こー♪

色々冷しておいた!(川から西瓜を引っ張り上げ)
ルシル兄ちゃんもどうぞ!

川の傍は涼しいねー♪
なんだか……いい気持ち……(Zzz)


木元・杏
まつりん(祭莉・f16554)と

川。川といえば以前の戦争時に川流れしたね
あの時はマッスルだったけど今回は違う
水着の上に羽織った着物の裾を膝上まで上げて結び、腰には魚籠、狙うは川魚、準備おっけー

今回怪力は封印
だって魚はデリケート、優しく捕まえなきゃ美味しく頂けない
じっと水面を眺め…、ん、いた
そっと身をかがめ、狙いを定めて
わたしの(食への)情熱が勝つか、魚が勝つか、勝負

とおっ!

とりま10匹程つかみ取れるまで頑張る

まつりん、焼き魚にしよう
石で竈作り、下拵えして竹串に刺した魚を焼いていく
ご飯おっけー、すいかも割ろう

用意が出来たらお昼
ちゃぷちゃぷ足を水に浸して熱々のお魚をぱくり
ルシルもどうぞ

ん、至福



●流石の野生児
 ザァァァァァ――ッ。
 他の支流よりも幾らか激しい水音が響く渓流の中に、木元・杏(アルカイックドヤ顔・f16565)と木元・祭莉(まつりん♪@sanhurawaaaaaa・f16554)の姿があった。
 水流で丸くなった大岩が数m間隔で続き、時に、小さな滝と言っても差し支えなさそうな落差もある。
「川といえば、以前の戦争時にマッスルに川流れしたね」
「あったねー。一寸法師になって、アンちゃんに投げられたっけ」
 そんな中を、杏と祭莉は思い出話に花を咲かせながら、ひょいひょいと登っていく。
 足だけでなく手も上手く使って、慣れた様子で登っていく。
「今回は、戦争じゃないから、のんびり出来るね。村は暑かったケド、山は涼しいし」
「水も冷たくて、気持ちいい」
 川の中で立って深く息を吸い込む祭莉の後ろで、杏がパシャンと水音を立てる。
 勢い良く流れる水は冷たく、川の中の足がくっきりと見える透明度を誇る。日差しを隠してくれる樹々の間をさやさやと風が抜けていく。それでいて木漏れ日もあるので、暗すぎる事もない。
 夏の暑さを避けてのんびりするには、最適な環境だろう。
「これなら魚も元気な筈」
 ――魚を獲るのにも。
「アンちゃん、獲る気じゅうぶんだね」
「んむ」
 祭莉に頷く杏の姿は、新しい水着の上に着物を羽織っているのだが、その裾を膝上までたくし上げて結んでおり、腰には魚籠を括りつけている。
 その姿が、杏がここにいる動機を雄弁に物語っている。
 魚を獲りに来た――と。
 だが、それだけなのはどういう事なのだろうか。
 魚籠以外には、杏も祭莉も釣り竿や網の1つも持っていないのである。

「まつりん。ここがいい」
 川の中で、杏が足を止めた。そこから少し先の正面には、川のほぼ中央にある大岩。その大岩によって2つに分かたれた川の流れが、杏の少し前で、再び1つに戻っている。
 まさに、岩にせかるる滝川の合わさる場所である。
「狙うは川魚、準備おっけー」
 杏は音を立てないよう、その場で静かに屈みこんだ。
 相変わらず、釣り竿1つ持っていない。両手を空けておいて、軽く広げている。
 さては素手で獲る気だな。
「アンちゃん、この国は蒟蒻が釣れるって聞いたよ?」
「え? 困る……蒟蒻は滑る……」
 しれっと祭莉が吐いた嘘の情報に、杏が困り顔になった。
「でも、いい。わたしの(食への)情熱が勝つか、魚が勝つか、蒟蒻が勝つか、勝負」
「じゃ、おいら、もうちょっと上流の方にいるね」
「ん」
 臨戦態勢になった杏を残し、祭莉は素早く岩に登ると、ひょいひょいっと岩から岩へと跳び移って、上流に向かっていった。
「……」
 祭莉の背中がどんどん遠くなる間も、杏はピクリとも動かずにそこにいる。
「……、ん、いた」
 流れの中に見つけた魚の姿が近づいてきた瞬間、杏は川に向かって手を素早く振り下ろす。
 中々にハイレベルな怪力をお持ちの杏だが、この時ばかりはその力を封印していた。
 何故か。
 魚はデリケートな|生物《しょくざい》だから。
 身体を傷つけないように、優しく魚を捕まえなければ、あとで美味しく頂けない。
 だから、力を抑えていた。
 抑えていても。杏が腕を振るった勢いで、ザバァンッと水飛沫が上がり、川魚が空中に舞い上がる。

●マタギは見た
 あの日、おらは鹿でも狩ろうと思って、山に入ってたんだ。
 だけども中々見つからねから、水場で張ってりゃその内来ると思って、川に向かおうとした時だ。何か、凄えピンと張った空気を感じた。
 ああいう空気は、クマが近くにいると良く感じるもんだ。
 餌の豊富な時期だから、クマと遭遇する事は滅多にねえ。けれども、もしもって事もあるから、念の為見に行ったんだが、クマ、いねぇんだ。いるのは、若え娘っ子1人じゃねえか。
 まさかクマと人を間違えるなんてと見てたら、驚いたのなんのって。その娘っ子が、川に手を突っ込んだかと思うと、クマの一撃みてえに魚が舞ったんだからよぉ!

「とおっ!」
 杏の掛け声が響き、水飛沫が上がる。
 その度に、魚も宙に舞い上がり、杏は魚をそっと優しくキャッチして、魚籠にするりと落とす。
「これで、5匹目」
 杏が心に秘めた目標は、10匹ほどだ。まだやっと半分である。
 既に5匹。素手で5匹。それだけ捕まえたなら充分――と言えそうなものだが、祭莉の分もある。何より、杏の食への情熱は、10匹程度で満たされるものではない。
 通りすがりのマタギにクマが出たかと錯覚させたのも、その情熱故かもしれない。

●本能の成せる業
 一方、その頃――。
「アメンボいたー。やっぱり、ここのも赤くない」
 杏のいる場所から10数mほど上流では、祭莉が川の虫を追いかけていた。
 ちょうどその辺りが山の傾斜も緩やかになっている為か、川の流れも緩やかになっている。その為、水面をアメンボが滑り、川の中の岩にはタニシが付いている。完全に沈んでいる石をひっくり返せば、下からはカワゲラやヤゴが、さぁっと川の中に逃げていった。
 他にもカワエビと思しきものや、サワガニの姿も岩陰に見え隠れしている。
 魚が多いと言う事は、その餌になる生物も多いと言う事だ。
「あ! トンボ!」
 かと思えば、祭莉は川の上を飛び交うギンヤンマを見つけ、バシャバシャと水を蹴って駆けていく。
 周りを気にした風もない、祭莉のこの行動が、実は杏の助けになっていた。
 人間が川に入って、バチャバチャと動き回れば、その辺りにいる魚の取る行動は、大抵は岩陰などに身を潜めるか、その場から逃げるかだ。
 そして、後者の場合。
 流れに乗って逃げた先で待っているのは、杏である。祭莉の行動は、ある種の追い込み漁の様なものになっているのだ。
 その結果まで予想して、祭莉は川の中で音を立てて虫を追い、楽しんでいるのだろうか。
「カブトムシいるかな、どうかな? コンニャクいるかな?」
 水中にはいない昆虫や、どう探してもいるわけない蒟蒻を探す祭莉の姿からは、伺い知れなかった。
 と言うか、杏に言った蒟蒻が釣れると言う言葉、どうも祭莉も信じでいる様である。

●良く食べ、良く寝る
「まつりん、お待たせ」
「あ、お疲れ、アンちゃん。どうだった?」
 遊び疲れて川の中に腰を下ろしていた祭莉の下に、川を登って来た杏が現れる。
「獲れた?」
「11匹」
 予定よりも1匹多い結果に、杏はむふーっとした様子のどや顔を祭莉に向けた。
「まつりんは?」
「川の中にはゲンゴロウしかいなかったー。蟹もいた。しっぽ挟まれたー♪」
 杏に問い返された祭莉は、にぱっと笑って尻尾を見せた。
 まだ、尻尾を挟んだサワガニがそのままだった。しかも数匹いる。
「よし。魚と一緒に焼こう」
「ん、ついでにご飯も炊こー♪」
 ある意味、祭莉が釣ったサワガニも、食材に追加された。
 この2人(主に杏)に見つかった時点で、サワガニの運命は決まったようなものである。
 実際、知名度が低いと言うだけで、サワガニも小さいながら立派な食材である。寄生虫の問題こそあるが、それは川魚も同じ事だ。火を通せば食べられる。

 閑話休題。

 2人は川の中や川原の石を拾って竈を作り、森で樹々の枝を拾い集めて、サクッと焚火を熾す。
 杏が釣った川魚は、光の包丁モードの『灯る陽光』で腹部を裂いてワタとエラを処理し、軽く塩を振って、竹串に刺して焚火の周りに並べておく。
 ごはんは川の水で研いで、木の枝で物干し台の様なものを作り、焚火の上に吊るす。
 そして、サワガニは――。
「アンちゃん、蟹はどうするの?」
「こうする」
 祭莉が見ている前で、杏がサワガニを直に焚火に放り込んだ。
 雑に見えて、実は正解である。
 サワガニの食べ方の1つに素揚げが挙げられるが、揚げ物が出来る準備がないなら、素焼きもありだ。要は火を通すのが大事なのだから。
「後は焼けたらご飯おっけー。すいかも割ろう」
「冷しておいた!」
 流れない様に石で囲んで川で冷やしておいたスイカを、祭莉が杏の前のシートの上に持って来る。
「……」
 怪力解禁した杏の拳の一撃で、スイカは砕け散った。

 ちゃぷちゃぷと、緩やかな水音が2人の足元で鳴っている。
「川の傍は涼しいねー♪」
「んむ。はふっ……お魚も美味で、良き」
 魚と蟹が焼けて、ご飯も炊けた。2人は足湯の様に川に足だけ浸けるように川辺に座り、出来た料理に舌鼓を打っている。
 魚も蟹も焼きたての熱々だ。
 味付けはシンプルかつ最小限だが、その分、川魚の柔らかな白身の甘味が良く判る。
 竹串に付いたまま噛り付いても美味いし、骨からほぐした身をご飯に混ぜて食べるのも美味い。焦んがり焼かれた蟹は、そのまま殻ごとバリバリいける。
 2合のご飯と魚10匹、焼き沢蟹に、スイカ。
 これらが育ちざかり2人のお腹に消えるのに、あまり時間はかからなかった。そしてお腹が満たされれば、次に来るのは眠気である。
「なんだか……いい気持ち……」
「ん、至福」
 眠気に負けて川原にゴロンと横になった祭莉の隣で、杏もコクリコクリと、船を漕ぎ出していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シリン・カービン
緑濃き樹々の合間に見える、飛沫を上げる水の帯。
どうどうと音を立てて流れ落ちる大滝の、
その頂から眼下の淵を見つめる一人のエルフ。

伸びやかな肢体を僅かに包むのは黒の水着。
故郷の森であれば躊躇なく一糸纏わぬ姿にもなろうところだが、
思いの外気に入っているようである。
……近くには知人もいることだし。

「見つけました」
一声残して身を宙に踊らせる。
一条の緑矢となって滝が注ぐ淵へ。

碧、蒼、白、黄、紅、黒。
泡や枝葉など水流に閃く種々の色の中を文字通り水を蹴って進む。
目指すは滝が抉った水底の椀。

長きに渡り滝が磨いた水晶は、龍の眼のように澄んだ光を湛えると言う。
水面に顔を出して水晶を空に翳せば、
夏の光に煌めく龍眼晶。



●たぎつ水の底に眠るもの
 滝には、竜が住まうと言う。
 だから水に竜と書いて、滝と読む字が作られた――とも言われている。

 どうどうと――水音が、絶え間なく続いている。
 新緑と濃緑の入り混じった山の樹々の間と、山そのものの一部である岩壁の鉄黒の上を、空気を含んで白く染まった大漁の水が流れ落ちていく音が。
 そこは、この渓流の奥の奥。到達できる人の方が少ない秘境にして、渓流の中で五本の指の中に数えていいであろうろう大滝。
 その頂きに、シリン・カービン(緑の狩り人・f04146)の姿があった。
「……」
 シリンは川の中に立ち、眼下の大きな淵をじぃっと見下ろしている。
 流れ落ちた水が、水面で舞い上がって霧の様になっていて、その下には深い青が広がっていた。
 どれほどの深さがあるのか、上からでは見当もつかない――ように見える。
「あれは……」
 だが、シリンはその中に、何かを見つけたようだった。
 踵を返して川岸に向かうと、そこで腰のパレオを外して畳み、麦わら帽子を上から置いた。
 そうなるとシリンの伸びやかな肢体を覆うのは、僅かな――有り体に言ってしまえば布面積の少ない、黒の水着だけとなる。
(「……脱いでしまう……のは、勿体ないですね」)
 シリンの脳裏にそんな考えが過ったのは、もう随分前から周りに人の気配を感じていない事と、この場所の緑の多さが故郷の森を思わせたから。
 もし故郷の森であれば、シリンは躊躇なく一糸纏わぬ姿にもなろうところだが――勿体ないと言う言葉が胸中で出た辺り、思いの外この水着を気に入っているようである。風に飛ばされない様にと、麦わら帽子の上から石を重しに置いたのも、その表れだろう。
(「……近くには知人もいることだし」)
 ここまで登る間に、シリンは数人の知人の声を聞いたり、気配を感じていた。
 それも、シリンに水着まで脱ぐのを止めさせた。
 親しき中にも何とやら――と言うものである。

「さてと」
 そんな思考も川岸に置いて、シリンは川の中に戻っていく。
 流れに足を取られない様に注意しながら、滝の縁ギリギリまで歩いて行き――。
「間違いないですね。見つけました」
 そう呟くと、シリンは足元を蹴って跳んだ。

「|風に舞い、空に踊れ《シルフィード・ダンス》」

 宙に身を躍らせたまま告げれば、空中に風の足場が出来た。
 シリンはそれを蹴って、一条の矢の如き勢いで、滝が降り注ぐ深い淵――滝壺へ飛び込んでいく。
 目の前が、水面にぶつかりはじけた水霧の白に覆われる。
 直ぐに、水中の気泡の白に景色が変わり、さらに水を蹴って潜れば、気泡が消えて水の碧に覆われた。
 その中を、山の樹々から落ちた花や実の紅や黄が漂っている。
 深く、深く。
 シリンは水を蹴って更に潜っていく。
 光が遠くなり水が碧から蒼へ、更に蒼が濃く、暗くなり。やがて光が届かなくなって、周りが黒に包まれても、まだ手を伸ばせるのならば、潜っていく。
 目指すは、何年も、何十年も――或いはエルフの寿命以上に長い年月を流れ落ちた水が抉った水底の椀。
 暗闇の中で見えた氷の如き白亜の輝きに、シリンは手を伸ばした。

 水の流れは、岩をも削る。
 川の中にある石の多くは、流れで角が取れて丸くなるものだ。
 それは、鉱石であっても同じ事。
 最初からそこにあったのか、或いはどこからか川を流れ落ちて来たのか。
 滝壺の中で浮上する事なく、長きに渡り滝に磨かれた水晶は、龍の眼のように澄んだ光を湛える晶に成る事があると言う。
「――ぷぁっ! はっ……はっ……」
 川底を昇る流れに乗って滝壺の縁に顔を出したシリンは、肺が求めるままに、喘ぐように呼吸を繰り返す。
「はぁ……ふぅ……」
 やがて呼吸が落ち着いて来ると、シリンは滝壺の縁に腰かけ、片手を頭上に掲げる。
 翳したのは、滝壺の底で見つけた不思議な模様の入った丸い水晶。
 樹々の隙間から差し込む夏の陽光を浴びて、龍眼晶がシリンの掌中で輝いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年08月03日


挿絵イラスト