10
つよがり

#ダークセイヴァー #ダークセイヴァー上層 #第三層 #宿敵撃破

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#ダークセイヴァー
🔒
#ダークセイヴァー上層
🔒
#第三層
#宿敵撃破


0




●間引かれるならどうか、私から
 白く白く、透き通った躰――細い躰。
 娘は胎児のように姿勢を丸めて眠る。
 手足は強張り、表情は苦悶に歪む。

 ――足音。
 獣がやってくる、命喰らう狼が。
 その濃厚な死の気配に娘は目を覚まし、

「あああああ!!! ねぇ、ころして! あいつらを、ぜんぶぜんぶ!!」
「☓☓☓☓、☓☓☓☓、みんなしね。くず!」
「……ちがう」
「ちがう! ちがうでしょおおお!!!」
「お……おまえのせいだ! おまえが、ぜんぶ!! ぜんぶ、ぜんぶ……っ!!!」

 錯乱する娘。
 響き渡る罵声の嵐。

「しんじていたのに。あいしていたのに」
「居なくなった☓☓☓☓☓がわたしにお前なんか☓☓☓☓☓☓☓☓☓☓って、言って……」
「それから、あの日、☓☓☓☓☓がわたしに☓☓☓☓してきて……ああ、あ、……??」
「あああああああ!! しねしね! みんな!! 死んで、消えて、いなくなれ!」

 娘はこみ上げてくる不快感に堪えきれず何度も嘔吐き、喉を掻きむしり……その声はやがてすすり泣きに変わっていった。
 狼は、ただ黙ってそれを聞いていた。

「うそ……いまのは、全部うそ。だいじょうぶだよ。約束、ちゃんと、まもるから」

「だいじょうぶだよ? 浮かぶのは……もう、辛くて、苦しい、ことばかりだけど」

「わかる? それって、本当は私がとってもとっても幸せだったってことなんだ!」

 おぞましく変わり果てた記憶の死骸たちを抱きしめ、娘は泣きながら微笑む。

「……おとうさん、おかあさん。おじさんおばさん。野に咲く花、甘い果実……大切な、私の故郷……みんなと、生きて……」

「すきなひとが、いたの。私の瞳をきれいだねって、ほめてくれたひと」

 ボロボロと零れて絶えないしずくを湛えた瞳で、|菫にも似た紫《ヴァイオレット》の瞳で、娘は狼を見上げて尋ねる。

「ね、きれいでしょう? ……おねがい。きれいだと言って……おねがいよ」

 わずかに残されていた幸福な|記憶《思い出》。
 その存在を嘘ではないと確かめすがる娘に、狼は告げた。

「ぁア゛……オ゛前、ハ……美シィ……」

 酷くしゃがれた、不自然な声。人ではない獣の声帯から無理矢理に紡がれた音。

 同意を与えた理由は魂人の|幸福な記憶《永劫回帰》こそがその『再誕』に必要なものだったからか、それとも本心からそう思ったのかは――闇の種族と成り果てた狼にしか分からない。

「……ありがとう。ねぇ、おおかみさん。私は、まだ、がんばれる……がんばるから、どうか、約束を……」
「………………………………ア゛ァ……」

 そうして、少し落ち着いた様子の娘に、狼は背を向けた。
 狼が使いに出していた紋章の化身たちが帰還し、新たな生贄を連れてくる……けれど、娘がそれに気づくことは無かった。

 魂人の花嫁、あるいは花婿との新たなる門出――闇の種族が更なる強者へと生まれ変わる羽化の儀式が、再び始まろうとしていた。

●|グリモアベース《変遷する世界》にて
「そう……|闇の救世主《ダークセイヴァー》――明けない夜に光へと手を伸ばした……かつての希望だった、いのちが……」

 呟き、しばし瞑目する少女。
 その|闇の種族《オブリビオン》は、生前は全身に呪いの武具をまとい、|オブリビオン《ヴァンパイア》と戦う黒騎士だった。人狼病に冒され、異形と化し、時に正気を失いながら――その短い生涯を戦いに捧げた戦士だった。

「……敗北し、骸の海へと堕ちた人狼の騎士は、極めて強力なオブリビオン――闇の種族となって、第3層に顕現したようです」

 短命を約束され、呪いを受け入れながらも人類に尽くそうと戦ったその魂が、より強大な|オブリビオン《闇の種族》として生まれ変わったのは何の皮肉か。
 今は凶暴性に狂う怪物として闘争に明け暮れ、更なる強大な力を求めて魂人の『花嫁(花婿)』を欲しているのだという。
 未だ闇の種族としては未熟な蛹に過ぎない黒騎士は、彼ら彼女らを『永劫の生贄』として捧げ、より強力な闇の種族へと転生する『羽化』を行おうとしているのだ。

「依頼は、この闇の種族の討伐と、花嫁、あるいは花婿として囚われている魂人たちの救出になります」

 闇の種族は現時点でも非常に強力で、純粋に戦闘能力に優れたタイプのため、近接戦闘を得意とする猟兵であっても一瞬の油断が命取りの相手となるだろう。

「それでも、勝機はあって……皆さんが接敵するタイミング、儀式の最中なら、囚われた魂人たちを全員解放すれば、闇の種族は自滅してしまうようです」

 魂人たちは強制的に『永劫回帰』を使わされ、闇の種族の羽化中に幾度も訪れる『死の瞬間』を打ち消しているのだ。その命綱を失ったならば、闇の種族は羽化を果たせず、独り無様に消滅していくことになるという。

「だから、羽化の儀式中で全力を出せない黒騎士を抑えながら、その間に魂人たちを救出できれば……それで、倒せる、はずなんです……けど」

 戦場とは元来予測不可能なもので、『人の心』というものも、同じように予測できないものだった。
 すでに永劫回帰によって記憶を狂わされ、心が衰弱しきっている魂人が何を望みどう動くのかも、分からないのだ。

「……きっと危険な戦闘になるのは間違いなくて、こんなことを言うのは、おかしいのかもしれませんけれど……どうか、戦ってください。その手で……未来を摘み取るのではなく、切り開くために」

 光遮る夜を吹き散らそうとして、どうか未だ咲かぬ花のつぼみを足元で踏み拉くことが無いように、と。
 グリモア猟兵の少女は願いを添えて、依頼の説明を続ける。

「皆さんが第三層ではじめに降り立つ場所では、闇の種族の配下――『死合わせの紋章』の化身が、魂人をさらって連れて行こうとしています。紋章そのものが人に似た形を取った、知性を持って自律した紋章……うさぎっぽい、女の子の姿です」

 紋章は所謂『出来損ない』とされる肉塊のようなモノでも無視できない脅威であり、『番犬』や『禿鷹の目』などは猟兵を以てしても苦戦を強いられる相手。
 それが寄生型ではなく自律活動するほどの存在となったならば、例え見た目が幼い女の子の姿だったとしても、脅威度はそれに倣わず高いと見た方が良いだろう。

「寄生しなくても動けるようですが、憑依能力も持ってるみたいだし……仲間や、魂人の皆さんに憑依されてしまうとかなり大変かもです……」

 猟兵たちが物理的な破壊手段しか持たない場合、一方的に手出しできなくなる可能性もあり、何か対策を考えておいた方が良いかもしれない。

「魂人の方たちが操られていると、無理矢理に『永劫回帰』を使わされる可能性もあるから……気を付けてくださいね」

 魂人たちは必要とあらば猟兵たちに『永劫回帰』を使うことも躊躇わないようだが、それも可能な限り避けるべきだろう。

「あと|『死合わせのクローバー』モルテ《死合わせの紋章の化身》はその場にいる魂人たちの中でも、少年の姿をしたある魂人を連れていきたがっているようです」

 それは、闇の種族の求める基準なのか、迎える花嫁(あるいは花婿)に何らかの共通項があるのかもしれないが……ともあれ、狙いが集中しやすいことを利用すれば、うまく立ち回れるかもしれない。

「むずかしい依頼になると思いますが、どうか、よろしくお願いしますね」

 リアはそう言ってぺこりと頭を下げると、転送のためのグリモアを呼び出した。


常闇ノ海月
 お前が花嫁になるんだよぉお! 常闇ノ海月です。
 実はちょっとスケジュール無謀なタイミングなのですが、我慢が足らんくなったので出しちゃいます。ボチボチ気長に書いていく予定なので、宜しければ気長にお付き合いいただければ幸いです。

●一章(集団戦)
 知能と人格があって特殊能力強め、肉体強度も実は強めタイプの|紋章《ょぅι゛ょ》とのバトルです。見た目で舐めてかかるとぅゎょぅι゛ょっょぃされます(します)。
 場所、状況等の詳細は断章にてお知らせする予定です。

●二章(冒険)
 この世界で渇望されていたような、虹やオーロラに似た美しい光で満たされた輝く空が広かる大地を進みます。
 ただし、その光を浴びていると精神に異常をきたし、アバババババーってなったりします。メカや肉体そのものなど、物理的な部分も変調をきたすようです。
 一章で登場した魂人の少年が同行を希望しますが、対処は猟兵が決めてください。

●三章(ボス戦)
 非常に強力な闇の種族『|堕ちた人狼黒騎士《紅き魔眼石のベオニオ》』との戦いです。

 a.ベオニオと戦い時間を稼ぐ。
 b.魂人たちを解放する。
 c.それ以外。

 のいずれかを選択してプレイングをお願いします。

 シナリオギミック(魂人を解放すれば自滅)を使わず倒しに行く戦闘の場合、基本的に失敗判定以下とさせて頂きます。それでも自信がある方は遠慮なく挑んでみてください。
 このシナリオでは囚われた魂人たちには三章でも『モルテ』が憑依しているものとします。
 魂人たちの救出を試みる際、他の猟兵の行動も参照し、ベオニオがフリーになっていると判断できる状況ならマイナス判定させて頂きます。

 また、マスターページの【マスタリング・判定】をご一読頂ければご期待に添わない結果になり難いかと思います。

 超面倒くさくて厳しいシナリオですが、もし良かったら参加をお待ちしてます。
57




第1章 集団戦 『『死合わせのクローバー』モルテ』

POW   :    死が導く紋章
【紋章形態】になる。肉体は脆弱だが透明になり、任意の対象に憑依して【死合わせの紋章】を生やし、操作あるいは強化できる。
SPD   :    死合わせの群生地
レベルm半径内に【クロツメグサの群生地】を放ち、命中した敵から【寿命】を奪う。範囲内が暗闇なら威力3倍。
WIZ   :    死によって解放されるもの
【対象の記憶の中】から【闇色の四葉のクローバー】を召喚する。[闇色の四葉のクローバー]に触れた対象は、過去の【対象が交わした約束の重さ】をレベル倍に増幅される。

イラスト:灰色月夜

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●|幸福《しあわせ》な結末を目指して
 夜明けだ! これが夜明けの光だ!

 永く続く夜の果てにはじめて迎えた朝。
 すがすがしい光と清浄な空気が、長く辛い人生の中で擦り減り失っていった人間性を取り戻させていく。
 ここがどこかは分からないけれど、歩けばきっと人里にも辿り着けるだろう。

 ――ようやく、ようやく全てが報われる時が来たのだ……。
 この世界でならば、きっと――


 ………。
 ……。
 …



「うさ……なんかヤベーのがきたうさ」
「なんでまだアッチにいるのかね……?」
「わからんうさ。でも、ごしゅじんにもってくと、きっとよろこんでくれるうさ!」

 小さな集落で目ぼしい魂人が居ないか探していた|『死合わせのクローバー』モルテ《死合わせの紋章の化身》は、集落に向けゆっくりと歩いてくるその少年を一目見て、直感した。

 ――この少年ならば、ご主人に相応しい『花婿』になってくれるのでは、と。

 だから、ぼろをまといガリガリに痩せていて、一切の光が消え失せた、死人みたいな荒んだ目をしていた不気味な魂人の少年へと、モルテは臆することなく近づいて。

「ねぇねぇ、おにいさん! ちょっといいかな……モルテとおはな…………うさ?」
「…………ぁー……ぅー……」
「ありゃ……だいじょうぶうさ?」

 魂人たちの油断を誘う外見を利用した、いつもの手口で話しかけていくモルテ。
 でも、その少年は獣のように小さく唸るだけ。もうすでに、狂いきっていて、堕ちてしまう寸前なのかもしれない……。

「……これから、いいところにつれてってあげるうさ。そこで、あたらしいしあわせをみつけるうさ」
「ぅー……ぅぅー……!」

 モルテの姿が、魂人のように透明になっていく。古い約束から解き放ち、新たな主の下へ導いてあげることこそ、導きの紋章たるモルテの使命なのだ。
 その権能を行使するための『紋章形態』へと変化し、少年の器へと憑依するべく、紅葉のような小さな手を伸ばして――。

「……うさっ? ……???」

 のどにつかえるような苦しさが一瞬あって、それから枯れ木をへし折るような乾いた音が、どこか遠く遠くで響いた気がした。

「ぁっ……」

 それが、モルテ自身の脆く細い首が眼前の少年の骨ばった手でへし折られた音だと気付いた時にはもう、モルテの意識は再び骸の海へと沈んでいこうとしていた。
 赤い服に包まれた小さな体から力が抜け、とさりと倒れる。
 薄紅の髪の下では月のようにまん丸な目が、少年を見つめていて――その表情は、どこか困ったような、笑い顔のままだった。

「……しんせつなおにいさんだね。あたしたちのことなんて、いいのに」
「でも、いいよ。それなら、おにいさんのきがすむまで、つきあってあげるうさ」

 |仲間《モルテ》が脆弱な弱点を晒した一瞬を、肉食の獣のように見逃さず仕留めた少年。
 その周りを、多数のモルテたちが今度は油断なく取り囲んだ。

「らくになりたくなったら、いってね?」
「だいじょうぶうさ。くるしいのはずっとじゃないうさ」
「ぜんぶわすれて。あるべきばしょにかえるの。そしたら、そしたら、あたしたちは」

 ――きっと、こんどこそ、しあわせになれるから……。






===================
●マスターより
 お待たせしました。
 カオスの影響で文体がもとに戻らなくなりましたが、無理やり戻して進めます。

●状況
 峻厳な山々に囲まれた隠れ里のような集落で、30名程度の魂人たちが隠れるように暮らしていました。
 モルテはそこから何人かを厳選して連れて行こうとしていたようですが、そこへ件の少年が現れたので、大多数で対応中です。

 ですが、一部は花嫁(花婿)探しを継続中ですし、モルテのユーベルコードの性質的には集落の魂人たちへのフォローがあったほうが良いかもしれません。

●モルテ
 このシナリオでは、憑依能力は猟兵にも有効とします。一度憑依された場合は、意識はありますが、外部からの助けがなければ原則解除できません。
 章終了時点で憑依されていたキャラクターや魂人は、|人狼黒騎士《べオニオ》の元へと連れて行かれます。
 その場合、判定的には不利な結果を出させていただきますが、お好みでどうぞうさ。

●少年
 会話ができるかすら怪しい、壊れた精神状態ですが、ある意味安定しています。
 何をどうすればいいのかさっぱりだと思いますが、実は私もわかりません。()

 非推奨とされる行動はOPで提示していますので、そこさえ気をつけて頂ければなんやかんやで進むんじゃないかな……たぶん。

●プレイング受付
 随時受け付けますが、執筆はスローペースになる可能性が高いです。
 期限切れとなった場合は、再送いただければお返しできる可能性があります。

 では、皆さんの参加をお待ちしてます。
ルパート・ブラックスミス
青く燃える鉛の翼を展開
羽搏きによる熱風にUC【命を虚ろにせし亡撃】を込めた【呪詛】【属性攻撃】
一度浴びれば身動き、三度浴びれば敵UCを停止させる呪風で弱体化させる

少年や他の魂人たちに呪風を浴びせないと同時に注意が向かないよう【かばう】位置取りで
敵UCのクロツメグサや弱体化した敵へ、燃える鉛を付着させ【武器改造】を施した、意のままに飛ぶ短剣【誘導弾】での【制圧射撃】。【弾幕】【範囲攻撃】で【焼却】して回る

反応は期待できんが少年に言葉を投げる

自分は闇の種族へと化した黒騎士どうほうを討ちに往く。
堕ちた黒騎士狩るは黒騎士ブラックスミスの務め故。
お前はどうする。その壊れた心は、何を為さんとする?



●うさぎの導き
 全身を覆う黒騎士の鎧。裡に宿りし蒼炎は地獄にて燃え盛る其れに似ていた。

(――何だ?)

 死した主の魂を宿す黒騎士の鎧――|ルパート・ブラックスミス《独り歩きする黒騎士の鎧》の|心臓《こころ》なき流動鉛が循環する胸に、ざわつくような不快感がこみ上げる。

「うさ……なんかきたうさ……」
「あれは、りょうへいうさ!」
「はじめてみたうさ」
「わるいやつらうさ。きをつけるうさ」

 それがうさうさと姦しい目の前の小さな|モルテ《オブリビオン》たちによるものか、星一つない不気味な赤い空が鬱屈した気分にさせるのか――判然としなかったけれど。

「|彼ら《魂人たち》を連れていくことは、許さん」

 己の役目を果たすべく、魂人の少年と、それを囲む彼女たちの間に少年を庇うように割って入ったルパートへ。

「Σ うさっ? うさ……うすぁぁ……」
「じゃましないでほしいですうさ~」

 モルテたちからは自身への明確な敵意は感じ取れなかったが、困ったように眉を下げて、しょんぼりしながら抗議らしき言葉を吐いてくる。

(……似ているからか? 同族嫌悪、だとでもいうのか……?)

 より強力な『力』を求めた人の業。その結果として生み出された、呪い持つ鎧。
 数多の生命を犠牲としてその上に成り立つ黒騎士の鎧は、同じく数え切れぬほどの生命を捧げる『儀式』によって生まれる『紋章』の成りたちに類似していたが。

「ん? あぁ……おにいさんも、もうしんじゃってたんだね……?」
「なのに、まだしばりつけられているの」
「かわいそうに……うさぁ」
「………」

 その言動に虚実を織り交ぜられるほど老獪でもないのだろう。モルテたちの言葉は、ルパートには本心からのもののように聞こえた。
 だから、だろうか? 本来言葉少なな亡霊騎士が戯れに言葉を返してしまうのは。

「おにいさんは、しあわせでしたうさ?」
「……覚えていないんだ、何も」

 生前の肉体はおろか、己を己と定義する筈の記憶すら持たぬ亡霊騎士の返答に、モルテがぱぁと表情をほころばせた。
 |過去《きおく》を持たないということは、自由になったことの証明なのだ。

「!! じゃあじゃあ、モルテたちといっしょにくるうさ!!」
「それがいいうさ。りょうへいにもなれる|たましい《つよさ》なら、まちがいないうさ」
「あたらしいごしゅじんうさ?」
「うさ! うさぁああああ~♪」

 無邪気、なのだろうか。
 嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね喜びらしき感情を表現する様は人の幼子とそう変わりなく、不思議と交わす言葉に怒りが募るようなことも無い。
 では、この不快さは一体どこから湧いて出るというのか?

「行くと、どうなる?」
「ごしゅじんのはなむこになって、ふたりとも、|ずっとしあわせ《永遠に幸福》になれますうさ!」
「そしたらね。モルテもクロツメグサのゆびわをつくってあげますうさ~!!」

 名案とばかりに表情を明るくし、煮詰めたような金の瞳をキラキラとさせて、モルテたちが提案してくる。

「……悪いが、妻帯者でな」
「Σ うさっ……ウスァァ……」
「なんてことうさ」
「もう、だめうさ……」

 そう返すと、あからさまにしょんぼりしてしまうモルテたち。知らない内にダメージを受けているようだが、まんざら気のせいでもなさそうだ。

「……でもでも、だいじょうぶうさ!」
「モルテたちが、そんなふるいやくそくからは、かいほうしてあげますうさ~!」
「しがふたりをわかつまで……それなら」

 薄紅色した半透明な|うさぎ耳《ロップイヤー》を振って、少女たちがくるくると踊り、歌う。
 一面に敷き詰めたクロツメグサの花畑の中で――死合わせの咲き誇る群生地で。

 其れは、死者を新たなる主の下へ導く、『死合わせの紋章』のユーベルコード。
 ――この世に在る生命の|『時間』《寿命》を奪い、終焉へと誘う|死神《モルテ》たちの業。

●死合わせの群生地
(……痛みは、無い)

 奪われていく|寿命《いのち》――生きものが生きていられる、定められた時間。致命傷と呼ぶには至らない、緩やかな『死』への誘い。
 それは魂人たちの命綱でもある『永劫回帰』の権能をすり抜け、眠るように|終焉《終わり》を齎す業だった。

「みてみて! きれいうさ!」
「とっても、とっても、きれいうさ!!」

 咲き誇るクロツメグサの花畑で、モルテたちが無邪気にはしゃいでいた。

(……………あぁ……)

 悍ましくも、残酷で、美しい光景が広がっていた。そうしてルパートは、亡国の騎士は、己の裡からこみ上げる不快感の正体にようやく辿り着いた。

「たくさんのしあわせをあげますうさ」
「ひとつは|ゆめ《絶望》を」
「ひとつは|やさしさ《苦痛》を」
「ひとつは|あい《孤独》を」
「そして、|しあわせ《死合わせ》を」

 だから――。

「「|しんでしんでしんでしんでしんで《いきていきていきていきていきて》、|しんで《どうか》……|しんでしまいましょう?《あなただけは、どうか》」」
「|しんで《いきて》……しあわせになってね」

 子を眠りへと誘う子守歌のように、モルテたちは唄っていた。――どうか、あなたがしあわせになれますように、と。

 咲き誇るクロツメグサが、ルパートに残された時間を奪い去っていく。そうして誰かのいのちを奪った分だけ、|この子《モルテ》たちの|寿命《時間》は永らえるのだろう。
 その花の一輪一輪に籠められた|呪い《祈り》によって。闇色に染まりぬいた夥しい数の『|幸せ《記憶》』の残骸たちが、かつてそうして捧げられたように。

「……そうか、お前たちは」

 世界を『過去』で埋め尽くすように。
 悲劇を再生産するそのシステムの一部となった彼女たちは、とどのつまり、かつての|敗北者《護れなかった者》へと突き付けられた、護るべき者たちが辿っただろう逃れえぬ末路――その成れの果てなのだ。

(上質な紋章の素材。第四層には無かった|高級素材《魂人》を使った、か……)

 第四層での死の先の世界で、こころまでをもすり減らしながら。それでも命をつなごうとした、たましいたちの祈りは――黒く染まり、反転して。

 見渡す限りの一面を埋め尽くす『死合わせの群生地』は、いまや|埒外の存在《猟兵》たるルパートをも過去へ――骸の海へと引きずり込もうとしていた。
 生が死へと落ちていくその強制力は星の重力のように純粋で根源的だ。それでいて苦痛は一切なく、穏やかですらある。このまま座視していれば、きっと苦しまずに逝けるのだろう。
 それは、幸福な記憶を穢され、心を傷だらけにされながら殺された魂人たちに比べれば、幸せな終わり方なのかもしれない。

 けれど――。

●対岸の灯
「記憶も栄光も既になく」

 枯れ果て、尽きていく命脈。そのぽっかりと空いた虚ろに、一際強い輝きを放つ炎が在った。

「……だがなお遺る炎が在る」

 炎は、青く燃える鉛はやがて虚ろより溢れ、彷徨う鎧の背で翼を象った。オラトリオの如き――天使にも似た、蒼炎の翼。

「俺が縛られていると言ったな? 違う。それは違うんだ」
「うさ? なら、なんだっていうの?」 
「繋ぎ止めてくれていたのだ」
「……おなじことうさ?」

 この世界から零れ落ち、骸の海に沈み、蘇った亡霊たち。この小さな女の子たちはただ、今度こそはしあわせを、と願っているだけなのかもしれない。

「――我望むは命満ちる未来」

 けれどそれを野放しにすることは、現在を、そして未来を失うことと同義だった。

 だから。

「されど我示すは――命尽きる末路」

 蒼く燃ゆる鉛の翼が|羽搏《はばた》き、一陣の風を巻き起こした。その風は地獄の炎に炙られた熱風となって、モルテたちを襲った。

「うさっ!? やるき? うさ!!」
「あつ、あっついうさ!」
「うさ……うさぎをあつくしたりやいたりするのは、やめるうさ!」

 熱き風は|命を虚ろにせし亡撃《バイタルヴェイカントバイオレンス》のユーベルコードにより呪いを帯びて、モルテたちの肉体を蝕み自由を封じていく。

「ありゃ……?」
「うさ、ウスァァァ」

 小さな身体が傾ぎ、ぺたんと座り込む。運悪く直撃を浴びた|モルテ《紋章》たちの裡に宿る|祝福《呪い》をルパートの放った呪いが浸食し、せめぎ合う。

(……やはり、弱体化が精々か)

 呪いの風は一度浴びれば体の自由を、二度浴びれば力の根源を封じ、三度浴びれば|精神活動《思考力》に加えユーベルコードさえも封じる権能を宿すが、大半のモルテは大きく身動きを制限されてはいないようだ。
 元々紋章がオブリビオンとして蘇った|吸血鬼《支配者》を支配するために在ったことを考えれば、その|呪い《祝福》も相応に強力なのだろう。無差別に呪風を送れば効果は上がるかもしれないが、少年や魂人たちにまで累が及ぶ可能性は避けねばならなかった。

 けれど、それならばそれでやりようはあるのだ。

「解放してくれる、といったな?」

 鎧の裡に格納されていた『ブラックスミスの短剣』が次々に飛び出しては中空に浮かび、蒼く燃ゆる鉛がそれを覆う。

「ならば、俺も同じように返そう――その|禍《まが》った因果から解放されるように」

 ずらりと並んだ燃える刃はやがてルパートの意志に応え、軌道を修正しながら広い範囲へと雨のように降り注いだ。

「みんな、よけるうさ!」
「うさっ! ああ、もえちゃううさ……」

 燃える鉛と共に飛来した刃はモルテの|ユーベルコード《死合わせの群生地》に突き刺さり、そこに咲くクロツメグサを容易く焼き尽くしていった。

「しあわせがぁ……うさ」
「うさあぁあああああ……」

 粘性のある流動鉛の熱に当てられ、白煙を吐いて急速に萎れていくクロツメグサ。
 やがて引火し燃え尽きては、灰も残さず消えていくその花の姿に、モルテたちの悲鳴が重なった。同時に、奪われた|寿命《時間》が徐々に伽藍洞の鎧へと還ってくる。

「……自分は闇の種族へと化した|黒騎士《どうほう》を討ちに往く」

 ――堕ちた黒騎士狩るは黒騎士ブラックスミスの務め故……と。

 ルパートは背後で未だ呆けたように沈黙を守り続ける少年へと声をかけた。

 ついで、短剣とその炎上範囲を避けるモルテたちの逃げ場を無くすように呪風の羽ばたきを送れば、回避し損ねたモルテは力尽きたようにその場にへたり込んで。

「お前はどうする。その壊れた心は、何を為さんとする?」

 三度吹いた呪風がその躰を撫であげる。|精神活動《考えること》さえできなくなったうさぎの少女は、煮詰めたような金色の目を細めて、小さな手を必死に伸ばそうとしていた――その小さな躰を焼き尽くすべく飛来する、蒼い光へと。

「………ぁ、ぁ………」

 ブラックスミスの短剣に胸を貫かれ、蒼い炎に包まれて、声をあげることもなく崩れ落ちていくモルテ。
 反応はもとより期待していなかった魂人の少年が、小さく呻き声をあげて。

「コロ……ソウ……」
「……あぁ、そうだな」

 そうして、蚊の鳴くような声で囁いた。

「あたしたちのことは、いいのに……」
「……あまりたくさんこわされると、ごしゅじんがこまってしまいますうさ~」

 仲間が殺されても、困ったように笑うだけのモルテたちを油断なく見張りながら。

成功 🔵​🔵​🔴​

ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!

誰ー!誰なのー!
なんて楽しげに言ってみても答えは無さそう!

アハハハハハッ!
ああうさうさくんたち!ボクと遊ぶうさ!

●対策
[餓鬼球]くんたち!憑りついてるの吸い取ってぱくぱく食べちゃって!
●保険
不可視(任意対象以外の完全透過状態)の[白昼の霊球]くんたちにバリアになって紋章を弾いてもらうようお願いしておくよ!

●後は殴るます
【第六感】で相手の選択したコマンドを機微を感じ取り、バッチリUC『神撃』でカウンターをドーーーンッ!!
そうキミたちの弱点はさっき彼(彼女?)が見せてくれたからね!
しあわせになっちゃいな~!

キミありがとう!たすかったよ~!



●誰何
 遥か頭上。根のような、枝のような――あるいは血管のようなモノが、放射状に拡がり広大な天空を穢していた。その根幹たる不気味な大樹にも似た『何か』が天地を貫き聳え立つ世界。

「誰ー! 誰なのー!」

 そんな陰気な世界の空の下、場違いにも明るく楽しげな声が響く。返事が返ることも期待していない、|ロニ・グィー《神のバーバリアン》が誰何する声。
 地獄から迷い出た亡者のような|形《なり》をした魂人の少年。彼に向けられたのであろうその声に、やはり少年から答えが返ることはなかった、が――。

「モルテちゃんうさ!」
「かわいい、すてきなあんないうさぎ」
「しあわせのししゃ!」
「モルテちゃんですうさ~♪」

 能天気な問いには、能天気な答えが別方面から返されていた。うさぎ耳の女の子の姿をしたオブリビオン、|死合わせの紋章《死合わせのクローバー》の化身である『モルテ』たちだ。

「そういうおにいさんは、だあれ?」

 同じピンク色の髪、金色の瞳。
 自分と同じ特徴を持つロニに興味津々なのか、うさうさと寄ってきたモルテの一人が首をこてんと傾げ、可愛らしく尋ねる。

「ふっふーん! ボクはロニ、崇めてもいいよ? 神様だからね!」

 構ってくれる相手は割とウェルカムな、寂しがり屋でもあるロニがそう答えると。

「Σ うさっ……かみさまうさ?」
「りょうへいうさ。たぶん、うそうさ?」
「ふりょぉにだまされてはだめうさ!」
「でも、あがめていいっていってるよ?」
「……ちょっと、そうだんするうさ」

 うさぎたちは何だかより集まってうさうさと評定を始めてしまった。真剣な表情でうさうさと激論が交わされる。
 ひょっとして、かみさま、欲しかったのだろうか……。

「あ、ああ。……うん?」

 と、思わずうなずくロニだったけど、視線を少しずらすと鎧姿の猟兵と死闘を繰り広げているうさぎたちも居たりして、中々シュールな光景だ。

「さては……マイペースなんだね!」

 そういう問題でもないような……。
 しかしここだけ見ればモルテたちは放っておいても実害はなさそうにさえ見える――が、そこはやはり|オブリビオン《滅びへと向う者》。
 集落の中に行っていたモルテたちが接触したのであろう魂人の悲鳴が、ロニの耳にも届いてくるのだった。

●後悔
「オットー!? どうしたの、いかないで? ねぇ、行ってはだめよ……?」
「すまない、タリア、すまない……でも、僕はいかないと……約束したんだ」

 若い男女――夫婦だろうか。引き留めようとする娘を振り払って、青年が歩を進める。己が辿る末路を自覚した死の行進。

「きっとあの子も、待ってるだろうから……早く行ってあげないと」
「違う……ちがうチガウチガウ……!! |あの子《メイ》はきっとまだ無事でいるわ!」

 第四層で死に別れた子でも居たのだろうか。そして未だに再会出来ていないのかもしれない。二人の表情には悲壮と罪の意識が色濃く浮かんでいた。

「あぅ……ですぎがーすさまのところにうまれかわることもあるから……うさ」
「やべーことになってるかのうせいのほうがたかいかもです、うさ?」

 青年の足元にまとわりついて、『花婿候補』を連れて行こうとしているモルテたちが気の毒そうに告げて。

「でもでも、そんなきおくもぜんぶわすれちゃえば、らくになれますうさ!」
「うまれかわって、しあわせになれば、なんのもんだいもありませんうさ~」

 |終わり《終焉》から|はじまった《生まれた》彼女たちは無邪気な子どもの姿で、アカルイミライを語り。その小さな手のひらには『闇色の四つ葉のクローバー』が生まれる。
 それは魂人の『記憶』の中から生み出された『死によって解放されるもの』――数百倍の重力を以て対象を縛る|『約束』の象徴《ユーベルコード》だった。

「だから、おねえさんもモルテたちといっしょにいくうさ?」
「――ぅ、うぁ、あああああ……っ」

 四つ葉のクローバーに触れた、タリアと呼ばれた娘が蹲り、緋き苦痛の刻印――|心臓《こころ》なき生命を現世に縛り付ける|呪い《祝福》を押さえ苦しむ。

「ああ……! そうよ……たとえあの子が生きていたって、きっと今頃おなかを空かせて、さびしくて、こわくて……」
「……すまない……すまない」
「ないているわ! わたしたちが――」

 置いて逝ってしまった幼い命。未だ再会できぬ愛し子を想って、母は泣き崩れた。
 そんな悲しき魂人たちを慮るように、うさぎの女の子は手を差し伸べるのだ。

●餓鬼
「つれてってあげるうさ。もう、かなしくならなくてもよいばしょニャッ……!?」
「Σ うさぁっ!?」

 スゥ、と透明化していくモルテがタリアを抱くように重なろうとしたその時、飛来した球体がパッカーン、と良い音を立ててモルテの頭部に直撃していた。

「ああうさうさくんたち! そんなことよりボクと遊ぶうさ!」

 空気を読んで区切りのいいところまで待っていてあげたロニが、丁度いい(?)タイミングで餓鬼玉をぶつけたのだ。
 ギザギザの牙が生えた硬質な球体に直撃された頭を両手で抑えて、モルテが蹲る。

「うさ……うさぁああああん!!」
「Σ ああっ。モルテちゃんが」
「ないちゃったうさ……!」
「いじわるされたからうさ」
「おにいさんは、イジワルな|かみさま《高級素材》だったうさ……!」
「|ボク《神様》は素材じゃ無いうさ!」

 泣き出すモルテ。抗議の目を向けるのはロニを追って来たモルテたち。そんな彼女たちをロニはケラケラ笑いながら眺める。

(やっぱり、憑依のために透明化してる時は弱点なんだね~)

 それでもロニが脆い瞬間のモルテを一撃で屠らなかったのは、オットーと呼ばれている魂人の青年が恐らく憑依されている状態だったからだ。
 操られた彼に永劫回帰を使われてしまっては、いくら火力があってもオブリビオン退治は出来ない。それどころか魂人を徒に苦しめるだけの結果となってしまう。
 つまり、ただ単に目の前の敵を殴れば良いわけではなく、先に状況を整えることが必須という――グリモア猟兵も言っていた通り、なかなか骨の折れる依頼のようだ。

「き、君は……?」
「ボクは神様だよ、崇めてもいいよ!」
「!?!???」

 だから、混乱し呆気にとられるオットーに返事ともつかない返事を返し、

「餓鬼球くんたち! 憑りついてるの吸い取ってぱくぱく食べちゃって!」

 ロニが差し向けるのは無形のもの、光や心すら吸い込み、齧る凶暴な浮遊球体群。
 古き神の命を受け、餓鬼玉たちはギザギザの鋭い牙が並んだ口を大きく開く。そして魂人の裡に巣食った死合わせの紋章を吸い出し引き剥がそうとした――が。

「お? おお、粘るね……!」
「うさぁぁ~……」
「モルテちゃん、がんばるうさ!」

 吸引力が少し足りなかったのか、憑依したままのモルテ。周りのモルテたちもそれを見て応援しはじめる。

「じゃあ〜、これでどうだい!?」
「Σ ひゃあああ!! う、うさぎのおみみをひっぱるのは、やめるうさぁ~」

 いつしかオットーの頭部からにょきっとはみ出しパタパタと靡いていた耳を掴んで軽く引っ張ってみても、モルテは頑張ってオットーにしがみついたままだ。

「な、何なんだ君は! これは一体、どういう状況なんだ!?」

 繋がっているモルテの影響を受けてか辛そうな表情のオットーが、自らの頭部からはみ出したうさ耳をくいくい引っ張るロニに尋ねる。もっともな疑問であった。

「……ボクだって分からない! 神様にだって分からないことくらい……ある!」

 そうやって憑依したモルテとの攻防を繰り広げるロニへ、その他大勢のモルテたちも眺めるだけで居てくれるわけではなく、虎視眈々と隙を窺っていたようで。

「ひとのしあわせをじゃまする|かみさま《悪い子》は、こっちでおとなしくしてるうさ!」

 うさぎらしい、驚異的な跳躍とダッシュで間合いを詰めたモルテが、透明になりながらロニへの憑依を試みる。

「うっさああ、あぴゅっ。……きゅうっ」

 ――そして、ぺちんと弾かれてそのまま落下。後頭部から地面にダイブしてしまい、目を回していた。

 それは、ロニの周囲で主を守護するべく侍っていた『白昼の霊球』たちの仕業。
『任意対象以外を完全に透過』する特性を持つ霊球たちは光さえも透過する不可視の状態となって、ロニに憑依しようとする|紋章《モルテ》を弾いたのだ。

「Σ もっ、モルテちゃぁあああん!!」
「キミたち、全員モルテだよね? いい加減その呼び方、ややこしいよ!」

 必殺(?)の憑依が不発に終わったことでめちゃくちゃ動揺するモルテたちの隙を突き、ロニは『白昼の霊球』を自らの守護から一旦外してオットーへと向かわせた。
 憑依の解除を手伝わせるのだ。餓鬼玉だけでは吸引力が足りないのならば――

「アハハハハハッ! 引いて駄目なら、押して……齧っちゃいな~!」
「Σ ウサッ……うさぁああああっ!」

 オットーの体内にて固く結びついていた紋章へ、押し出すように『白昼の霊球』が衝突して。ついに堪えきれなくなったモルテが体から離れ、餓鬼玉に吸われて齧られる――と、同時に悲鳴をあげた。
 だが、モルテたちもただ黙ってやられているだけではない。キッ、と今までにない凛々しい表情になってロニを睨みつけ。

「うさぁ……かみさまが、おしごとのじゃまをするうさ……うすぁぁああ……」
「|ご主人《ベオニオさま》にいいつけるうさ!」

 深い悲しみを表現することで遺憾の意を表明し、また彼女たちの親玉に言いつけるぞという、恐ろしい口撃(?)を繰り出してきたのだった。

●幸福論
「はぁ〜……」

 ロニは呆れたようなため息を一つついて、モルテたちへと言い聞かせ始める。

「……ねぇ、うさうさ君たち。キミたちがその人たちを連れて行っても、彼らを幸せにはできないし……なれないよ」
「そんなことないうさ! ぜんぶわすれちゃえば、あたらしいしあわせを――」

 涙目でムキになるそんなモルテたちに向き直り、ロニはそっと尋ねた。

「だって、キミたちは今――幸せかい?」
「………」

 しん、と。
 あれほどうさうさと姦しかったモルテたちが、一斉に口を閉ざし静まり返った。
 誰かが応えてくれるのを期待するように、不安げにさまよう視線。
 けれどモルテたちは一様に口をつぐんで答えず――それこそが答えだった。

 与えられた役目を果たすべく懸命であろうとも、慕う主に尽くすことができるとしても、仲間たちと共に面白おかしく振舞っていたとしても。

「……ね、かみさま? みてみて! きれいうさ、かわいいおようふく……うさ」
「あかいおリボンに、けーぷもあるの」
「だからさむくないし、おなかだってすいていません」

 それでも。
 そうだというのに。

「おともだちも、いっぱいですうさ」
「まじゅうも、ゔぁんぱいあだって、もうこわくないの」
「そう、よかったねぇ」

 ロニがふんふんとうなずき聞いてあげていると、少し元気を取り戻したモルテが明るい調子で問いかけた。

「そうなのうさ! だからね、かみさま。|あたし《モルテ》たちは……しあわせなんだよね?」
「それは、キミたちの心が決めることだから。だれかに決めてもらうことは出来ないかな……それに」

 はるかな過去に神さまをやっていた記憶はすでになくとも、ロニは識っていた。
 人々が『それ』を欲するのが、どういったときであるのかを。

「キミたちは、どうして|神さま《縋るもの》が欲しいと思ったんだい?」
「………」

 モルテたちは押し黙ったまま、やはり何も答えることが出来なかった。
 それからややあって。
 歪んだ因果に囚われた|過去の残滓《かつての生命》は、それでもそんな場所に居続けるための理由を、ぽそりと呟いた。

「|ごしゅじん《ベオニオさま》がまってるうさ……」
「それが、キミたちが見つけた新しい居場所? それとも……縛り付ける鎖かな?」

 いずれにせよ、と。
 
「あっ……」
「もうそんなこと気にしなくたっていいから、しあわせになっちゃいな~!」

 萌え袖から現れた拳、13歳の男子相応の生白い細腕を振りかぶり、

「ドーーーンッ!!」

 背の低い、うさぎの女の子へと振り下ろした拳は不思議と神々しさを感じさせた。
 その拳の届く範囲はとても狭く、光の速度を超えるでもなく、時間や空間を思うがままに操ることもない。
 幾千万の軍を擁するでもなければ、自然の理に干渉するような権能もなく――それ故に、単純に、強力だった。

「あぁ……」

 直撃を受けた|死合わせの紋章《モルテ》が膝を折り跪く。まるで祈りを捧げるように。
 ロニにはその時彼女がどんな顔をして、何を思っているかは分からなかった。
 ふるふると震える小さな躰は、段々と透明に変化して、色を失くすと、脆いガラスのように砕け散ってしまったから。

「あとで彼……あるいは彼女? にありがとうって伝えないとね」

 そのままその場に残っていたモルテたちを引き続き【|神撃《ゴッドブロー》】で『しあわせ』にしてあげながら、独りごちる。
 モルテたちを相手に優位に立てたのは、ロニがすでに『観て』いたからだ。

 第五の貴族たちすら支配する側にある、優れた紋章。
 その弱点は、肉体の脆さは、魂人の手でさえ手折れるほどの瞬間に在り。

 ――そして。

「うさぁ……かみさま」
「ねぇ、|ごしゅじん《ベオニオさま》も……」
「……一応聞いてはおくけど、ボクは約束なんかしないからねー!」

 そうして古き暴風の神は、今はもうただただ単純な暴力を以て、|死にたがり《死合わせ》の、空っぽの残骸たちを骸の海へと還していくのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天日・叶恵(サポート)
私なりの、お狐さまの矜持としてささやかなお願いがあればついでで積極的に叶えたいです
例えば、探しものを見つけたり、忘れ物をこっそり届けたり、道をこっそり綺麗にしたり、といったものです
それ以外では、オブリビオン退治に必要であればできるだけ違法ではない範囲でお手伝いしたいと思いまーす

戦闘については、昔は銀誓館学園で能力者として戦っていたので心得はありますー
補助や妨害といった動きが得意ですねぇ
あとは、白燐蟲へ力を与えて体当たりしてもらったり…術扇で妖力を込めたマヒ効果の衝撃波を出したり、でしょうか?

他の猟兵に迷惑をかける行為はしません。
また、例え依頼の成功のためでも公序良俗に反する行為はしません。



●日の射さぬ世界
「ここもまた、異なる世界なのですね」

 骸の海に浮かぶ泡沫――36の世界。
 そのうちの一つ、銀色の雨が降る世界の出身である|天日・叶恵《小さな神社のお狐様》は奇縁により猟兵として機会を得て、これまでも幾つかの異世界を巡り歩いてきた。

「どの世界もたくさんの人がいて、ささやかなお願い事もいろいろありましたね」

 叶恵は『ささやかな願い』を叶えることをライフワークとするお狐さまだ。
 それはたとえばいつも通る道が、いつもより少しきれいだったり。
 諦めかけていた落とし物がふとした拍子に見つかったり。
 決して大事件ではないけれど。他人が聞けば『たかがそんなこと』と思うちっぽけな|幸運《しあわせ》かも知れないけれど。

 大それた願いを叶える力はなくとも、誰かが一日を気持ちよく過ごせたり、ささやかな幸福に微笑んでくれるようなことがあれば、お狐様はそれで満足だったのだ。
 もっと自分のために生きてはどうか、と心配されたことだってあるけれど……結局は叶恵がその生き方を大きく変えることは無かった。

(だって、自然と溢れる笑顔って素敵ですもの……)

 名は体を表すというのなら、かつて天にある日のようにありたいと願った妖狐は、皆と己の願いを叶える心を叶恵と名付けた少女は、まさにその名の通りの生き方を今でも体現しようとしているのだろう。
 そんな叶恵だからこそ、今まさに無限の地獄に堕ちようとしている者たちを見過ごすことは出来なかったのかもしれない。

「自分勝手なお願いは、だれかを悲しくさせてしまうものなのです。だから……ね、めっですよ?」
「うさぁ~……」

 おぼろに揺らめく幻想的な炎が、うさぎの耳を持つ女の子たちの意識を強く麻痺させ彼女たちを足止めしていた。
 叶恵は|幻楼火奥義《ゲンロウビオウギ》のユーベルコードによって、『死合わせの紋章』たるモルテたちが魂人たちに接触するのを妨げようとしていたのだ。

(集落の皆さんも異変にはもう気付いているみたいですから、時間さえ稼いであげれば逃げてくれそうですねー)

 攻撃的なアクションはとれていないが、魂人たちが無事であればそれで十分。モルテたちの目的を挫くには、防御や妨害を得手とする叶恵の能力は適していたのだ。

●たった一つの願い
「じゃましないでうさ」
「ごしゅじんを、みんなを、しあわせにしてあげたいのですうさ」

 跳ねては寄せるうさぎの女の子へと術扇を振るい、尚も抜けてくるモルテは白燐蟲の護りに委ねながら、叶恵は困ったように眉根を寄せて複雑な心持ちでいた。

「だって。だってね……いきているのは、くるしいことばかりですうさ」
「しんでしまえば、つらいこともかなしいことも、なくなったの」
「……だから、死ぬことが幸せ? 本気でそんな風に思っているのですか?」

 |オブリビオン《過去の残骸》の言葉を戯言と切り捨て、耳を閉ざすのは容易いが。
 そこには狂い果て、歪められた運命に囚われた『かつての生命』の記憶も確かに残されている気がして。

「死が幸福なんて、どうしてそんな悲しいことを言うのです? 生きていて、幸せだったことは何一つなかったのですか?」

 無価値な残骸と、無為な問答に過ぎない言葉を交わしてしまうのかもしれない。

「うさ……うさ~。ないですうさ……?」
「かなしいことも、くるしいことも、いたいこともなくて――」

 楽しかったことも、嬉しかったことも――幸せだった記憶ごと、失くして。
 それでも尚、魂の奥深くまで刻まれた壮絶な傷跡が、経験が、こう叫ぶのだ。

「でもね……はやく……はやく、はやくはやく! はやくしなないとだめなの!」

 おぼろげな炎に照らされ意識の自由を失ったモルテたちはどこか忘我の境地にいるようで、それでもある焦燥に搔き立てられているようだった。

「そうじゃないと、そうしないと……」

 魂人たちが操る『永劫回帰』というユーベルコードがあった。自身の幸福な記憶ひとつと引き換えに、死へと向かうだれかの命を繋ぎ止める力。
 そうして――この世界の人たちは、自らの幸福と引き換えにしても、心に深い傷を負ったとしても、大切なだれかに『生きて欲しい』と願って。

「あたしがしなないと、ぱぱとままがくるしいの! ずっとずっと、くるしいの!」
「だからしなないといけないの! はやく、はやくしなないといけないの!!」

 ――最後にはもう、ただ『生きたい』と願うことすら許されなかったのだろうか。
 死を求め死を振りまく理由を必死に訴えるモルテたちに、叶恵は表情を曇らせた。

「……そう。だからあなたたちは、もう、上手に笑えなくなってしまったんですね」
「うさぁ、うさぁああ……おねえさんにも、しあわせをあげますうさ……だから」

 よろよろと近づいてくるモルテが『闇色の四つ葉のクローバー』を差し出す。
 ほとんど無意識に触れた指先からモルテの|ユーベルコード《死によって解放されるもの》が流れ込んだ。直後に過去の己に課した『約束』が、ずしん、とまるで物理的な重さを持ったように叶恵の胸の奥の柔らかい部分へ圧し掛かるが。

「……ごめんね」
「うさぁ~……」

 自ら望んだ道を歩む叶恵がその重さに屈することは無かった。ただ、困ったように眉を寄せて微笑みを浮かべる。

「『これ』は私にとってとても大事な約束だから、どれだけ重くなっても、無くしたくないのですよ」

 未来を変えてしまおうだとか、世界を救おうだとか、そんな大それたものじゃなくたっていい。
 あたたかい場所で、何かに怯えずに安心して眠れること。
 おなかいっぱいでなくてもいい、生きていくだけの糧を得られること。
 大切な家族の傍に居られること。

 ――ただ、|呼吸をして《生きて》いくこと。

 そんなことさえも赦されず、過去の幸福さえ奪われ無残な姿に成り果てる世界。
 そんな場所で笑顔を増やすには、取り戻すには、どうすれば良いのだろう?

「困りましたねぇ……」

 闇の種族や禁獣を筆頭にオブリビオンの支配下にあるダークセイヴァー第三層。
 その空は薄暗く、天を仰いだとてそこに日は無く。目を凝らせども、根を張る不気味な赤光以外、見ることは叶わなかった。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
魂人を探すモルテを優先撃破
魂人に話しかけるのが手口らしい、探す際は目視に加え話し声も判断材料とする
標的の位置を察知したらユーベルコードを発動し現場へ走る

増大した速度で狙われた魂人に接近
魂人を抱え大きく後退し、クロツメグサの有効範囲から引き離したい
魂人が憑依された場合は当身で失神させて無力化、憑依解除も期待

エンチャントアタッチメントを装着した拳銃の射撃でクロツメグサの範囲外から攻撃
仕留めきれない時の足止めを兼ねて、氷の魔力を纏う弾丸による凍結も狙う

件の少年は囲まれないよう援護射撃を行う
モルテを倒して解放するつもりか…確かに、救われるべきは“紋章”達の方かもしれない
加勢する、名前くらいは言えるか?



●花守の獣
 そこは魂人たちの『隠れ里』だった。
 峻厳なる山々に囲まれた土地で、隠れるように暮らす人々。
 幼少のころから人の中で『人狼』として生きてきた|シキ・ジルモント《人狼のガンナー》には、だからこそおぼろげに理解できた。

(これは……オブリビオンに対する警戒だけではないのかもしれないな……)

 奇異の目、侮蔑、恐怖、悪意。
 満月の夜には狂ってしまう己。
 だから、シキは身を隠すのだ。人に見られないようにと、見つからないようにと。それは強き者たる猟兵となった今でも、変わらず恐ろしいものだったから。

(人を信じられないのか。裏切られたのか――)

 覚えのある感情に気付く。その場所は、シキの目にはまるで他者を拒絶しているように映った。
 集落の魂人たちが如何なる命運を生きて、この場所に隠れ潜むようになったのかをシキは知らない。
 けれど現在、彼は依頼を受けてこの場へと赴いた。
 闇の種族の討伐、そして魂人たちの『救出』こそが果たすべき『仕事』――なればこそ、|シキ《人狼》は忌避してやまない己の本性をも曝け出す。

「……魂人に話しかけるのが手口だったか」

 獲物を探す夜の狼のように、その瞳が妖しい輝きを放つ。【イクシードリミット】のユーベルコードが起動し、裡に抑えていた獣性が解放された証だ。
 そうして鋭敏な獣の感覚が伝えるのは、戦場の匂いと――音。
 意外にも未だ戦場に血生臭い匂いは無かったが、音は多い。

 猟兵とオブリビオンの戦闘によるもの。
『死合わせの紋章』モルテたちの姦しいお喋り。
 避難中と思われる、魂人たちの遠ざかる気配――そして、残された誰かとの話し声。

『これから、いいところにつれてってあげるうさ』
『ほんとうに?』
『もちろんうさ。うさぎはうそをつきませんうさ』

 オブリビオンにしては案外平和裏に交渉している声は、両方とも幼い少女のもの。何も知らない者が見たならば微笑ましい光景であったかもしれない。
 けれど、その小さな魔性に連れていかれた者の末路は悲惨だ。
 闇の種族の『羽化』の儀式のために『永劫の|花嫁《生贄》』として捧げられ、幸福だった記憶を欠片一つ残さずに|心の傷《トラウマ》へと変えられてしまうのだから。
 例え命が残っていたとしても、生きていく理由をすべて失ったなら、死にたい理由しか残らないなら。
 それはただ死ぬよりもよほど残酷で、辛いことになるだろう。

(だが、なぜ逃げなかった? 置いていかれたのか?)

 集落の魂人たちは既に憑依されていた者などの一部を除き、異変を察知して避難している様子が窺えた。魂人がモルテに憑依されればかなり面倒なことになってしまう為、その判断はある意味最もありがたい援護でもあるのだが。
 シキは地を這う一陣の風と化して声の発生源へと駆ける。するとほどなくして4体のモルテにまとわりつかれている魂人の少女の姿が見えた。
 少女に逃げる意思はないようで、そのためモルテたちもすぐに危害を加えるような気配はなかったが。

「なんかくる……うさ!」
「Σ あれは……おおかみさんうさ!」
「おおかみさんがきたうさか。なら……」
「なら、ここはモルテちゃんにまかせるうさ!」

 |シキ《猟兵》の接近に気付いて迎撃態勢に入る|モルテ《オブリビオン》たち。
 どうやら、一体が時間を稼いでいる間に他が少女を連れて行こうという算段か。

「いいえ。モルテちゃんにはまだはやいうさ!」
「あとでかならずおいつくうさ……だか」
「だからおおかみさんはモルテちゃんにまかせてさきにいくうさ!」
「Σ さっきから、それはモルテちゃんのセリフうさ~!!」

 いや、何かもめているようだ。
 だが、まとまらない意思決定を待ってあげる義理も無い。シキは増大した人狼の速度にあかせて集団の中心へと突っ込んでいく。

「う……うっさぁああああああ!!」
「おおかみさあああああんん!!!」

 結局意見は一致せず、なぜか全員で飛び掛かってくるモルテたち。
 シキはうさぎのように俊敏な跳躍を直前で減速しながら捌き、抱きつくように向かってくるモルテをぺちんペちんと叩き落としていく。
 ただ速度が速いだけではなしえなかっただろう、その反応速度も爆発的に増大した人狼が見る景色は、スローモーションのようにゆるやかに流れていった。

「うぴゅあ」
「きゅっ……ぷい……」

 べちゃっと地面に落下して、そのままコロコロ転がっていくモルテたち。

「え? え? ひゃぁっ」

 それを尻目にシキは魂人の少女を抱きかかえると、敵から距離をとるべく再び加速を開始した。
 魂人は全員が『永劫回帰』のユーベルコードを使いこなし、その能力も第四層の人々に比べれば強化されているとはいえ、非戦闘員が巻き込まれる状況は避けねばならない。

「だ、だれ? はなし……はなしてくださいっ!!」

 しかし、何の説明も無くさらわれるようにして運ばれる少女は、当然のように抵抗して腕の中で藻掻いた。落とさないように気を遣う間に、追いすがってくるモルテたち。

「おおかみさんまってええええええ!!!」
「おいてかないでぇええええうさあああああああああんん……!!!!!」
「……何だ?」

 ひょっとして、|人狼《おおかみ》が好きなのだろうか。なんだか|少女《獲物》の奪還というより、シキ目掛けて一生懸命ついて来ようとしているモルテたち。
 置いて行かれないように、はぐれてしまわないようにと紅葉のような手を伸ばす。
 その姿はまるで――

「……」

 けれどそれは、彼女たちの|ユーベルコード《死合わせの群生地》の射程から魂人を離脱させることを目指すシキには、看過できない行動。
 だから、シキは追いすがってくる小さなうさぎ耳の女の子へと冷たい銃口を向けた。
 躊躇なく発射される弾丸。
 動体への精密な射撃が困難な今、狙うのは体の中心――白銀の拳銃がその規模としては重い銃声を立て続けに響かせ、撃たれたモルテが弾かれたようにのけ反って倒れる。

「うさっ……ウスァァァ……」
「つめたいうさ! さむいうさ!」
「うさああああん!! おおかみさんが、つめたいうさぁああああ……!!!」
「うさ……うさぎにつめたくしたり、こおらせるのはやめるうさ!」

 それは、このうさぎにも似たオブリビオンの強力な武器の一つ、獣のように敏捷な機動力を封じ込める一手。『エンチャントアタッチメント』を装着した拳銃の弾丸は氷の魔力を纏ってモルテたちを『凍結』させ、その迅速な行動を阻害していた。

「モルテちゃん……いや、はなして。逃げたくないの、逃げてはいけないの!」
「落ち着け。敵では……ない」

 片腕に担ぐように抱えられながら、じたばたと暴れる少女。
 シキは説得の言葉にも耳を貸さない魂人にこそ窮すると、やむを得ず当て身を喰らわせ、ぐったりと脱力した軽い体を安全圏まで運んだ。
 そうして――。

「おおかみさん」
「……」
「うさぁ……おおかみさんも、つれてってあげますうさ!」

 シキは今、クロツメグサの咲き誇る群生地に立っていた。
 この身に宿る『いのち』とよばれるものが、器から零れ落ちていく感覚。
 生きていられる時間を、もうどれだけ失っただろうか。
 それは|死神《モルテ》のユーベルコードだけではない。自身の【イクシードリミット】の与える爆発的な能力の強化も、|寿命《いのち》を削るその引き換えに手にしたものだというのに。

「あの少年は……|お前たち《モルテ》を倒して、『解放』するつもりなのだろうか?」

 ぽつり、とこぼした言葉。
 命をも代償に強大な力を行使する|第六の猟兵《おおかみ》に、自慢の脚を封じられた|うさぎ《被捕食者》が敵う道理はなかった。
 氷の魔力に鎖され、寒さに震えて身を寄せ合う|モルテ《過去の残骸》へと、冷たい銃口を向ける。
 モルテはその煮詰めたような金の瞳を満月のようにまあるくさせて、言った。

「Σ うさっ?! そんなそんな! おきづかいなくですうさ!」
「あたしたちは、ごしゅじんの『うか』のおせわもしてあげないといけないの」
「そういう『おやくそく』なのです……うさ!」

 ダークセイヴァー上層を群れで徘徊する紋章の化身。
 少なくともこの群れには、シキへの敵意も悪意も無かった。
 ただ、狂った善意から魂人や|シキ《猟兵》を支配者の作り出した|機構《システム》に組み込もうと誘う。
 苦しい現在と過去を全て捨て去った死のその先にこそ、『本当の幸せ』が見つかるのだと。

「だから……だからね、おおかみさん。つめたくするのはもう、やめてほしいうさ」
「……確かに、救われるべきは“|紋章《お前》”たちの方かもしれないな」

 彼我の距離は近い――近くなければ銃弾が徹らなかったのだ。
 息遣いが届くほどの距離で、シキは立て続けに引き金を引く。

 拳銃にしては重い銃声が響いて。

「あぅっ」
「うさ、うさあぁ……」

 至近からの銃弾は薄い体を貫通して背中から抜けていった。
 朱が溢れるおなかを押さえてうずくまる小さな躰が、段々と透明に変化していく。
 きれいな洋服を彩る鮮やかだった赤も、まんまるな月のような瞳の黄色も無くなって。
 ――まるで、はじめから何もなかったかのように透明になって。
 そうして過去の残骸は、やがて脆いガラスのように、砕け散っていった。

「……加勢しにいかねば、な」

 けれど、戦いはまだ終わっていない。
 シキはほんの一瞬だけ瞑目し、立ち止まることなく再び走り出した。
 同僚と、モルテに狙われていた魂人の少年が未だ戦いを続ける――戦場へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

数宮・多喜(サポート)
『アタシの力が入用かい?』
一人称:アタシ
三人称:通常は「○○さん」、素が出ると「○○(呼び捨て)」

基本は宇宙カブによる機動力を生かして行動します。
誰を同乗させても構いません。
なお、屋内などのカブが同行できない場所では機動力が落ちます。

探索ではテレパスを活用して周囲を探ります。

情報収集および戦闘ではたとえ敵が相手だとしても、
『コミュ力』を活用してコンタクトを取ろうとします。
そうして相手の行動原理を理解してから、
はじめて次の行動に入ります。
行動指針は、「事件を解決する」です。

戦闘では『グラップル』による接近戦も行いますが、
基本的には電撃の『マヒ攻撃』や『衝撃波』による
『援護射撃』を行います。



●|永劫回帰《還る場所》
 明けることなき永遠の夜が続く常闇の世界。
 朝も昼も無くした世界に、どこか懐かしい原付バイクのエンジン音が響く。
 ほの昏い赤光の中で誰もが明りを持たず、灯る火の途絶えた暗い狭間の世界で。

「アタシの力が入用かい?」

 そう言ってニヒルな笑みを浮かべたのはワイルドな|イケメン《青年》――ではなく。
 UDCアース出身の逸凡人にして列記とした漢女たる|数宮・多喜《撃走サイキックライダー》だった。
 彼女がバイクを一旦停止させ、どうやら難儀している様子の同僚へと声をかけると。

「……逃げ遅れだ」

 気絶しているらしい魂人の少女を抱えていた同僚がそう言って、多喜へ少女を預ける。
 どこか気まずげな表情の同僚に多喜は率直な疑問をぶつけた。

「逃げ遅れ? で、何でこの子は気を失ってんの?」
「……当て身だ」
「なるほど。当て身。……いや、そういう事聞いてるんじゃなくて!」

 ふいと目を逸らした人狼を多喜が持ち前のコミュニケーション能力で問い詰めると、どうやらオブリビオンから逃げることを拒んで暴れたため、気絶させたという事らしい。
 逃げたくない、逃げてはいけないと叫んだ少女はもう少しで|死神《モルテ》に連れ去られるところだったのだ。
 ……或いは、それこそが彼女の願いだったのかもしれないが。

「はぁ……そうか。わかったよ。それじゃ、あたしはこの子を連れて避難してる魂人さんたちと合流して、その後はそのまま護衛につくってことでいいかい?」
「頼む」
「いいよ。せっかく助けてもまた何かあったら大変だしねぇ」

 己の|目的《願い》を果たすために、時には目前の敵を倒す以上に優先すべき事項があることを多喜は知っていた。
 だから、彼女はまず『知ること』を重視するのだ。
 たとえそれが敵であろうと、顧みる価値もない|過去《オブリビオン》であろうと、言葉を交わすのだ。
 暗闇の中、ただ闇雲に刃を振り回すのではなく、その力の振るい所を見極めるために。

「それにしても……嫌な感じの世界だ。出来れば、こんな風景は見たくなかったねぇ」
「……あぁ、そうだな」

 そうして周囲の状況を探ることも怠らない多喜は、前線からは離れ避難中の魂人の掩護へと就くことを決めた。
 戦場へと舞い戻っていく同僚を見送って、未だ目覚めない少女を落とさないように体に括りつけてから、宇宙カブを走らせる。

「軽いねぇ。……本当、やんなっちゃうよ」

 UDCアースは言うに及ばず、他の世界の平均に比べても特に痩せているだろう細い身体。
 見た目は年端もいかない少女だが、第三層にいるということはダークセイヴァー第四層で一度は死んだのだろう。
 そして今もまた、ただ生命を失う以上の危機にさらされ――どうしてか逃げることさえせずに、死神の誘いに手を伸ばそうとしていたのだという。
 そのやりきれなさがチクチクと胸を刺す痛みを感じながら、多喜はバイクを走らせた。

「人間を『やめる』ことなんて、本当に簡単なことなんだよな……」

 生と死と――未来と過去と。
 その境目の彼方と此方がふとした拍子で入れ替わってしまうこと。
 境界線を越えた向こう側からはもう二度と戻れないことも、多喜は知っていたから。

「……勿体ない話だよなぁ」

 自らが送った――そうせざるを得なかった親友の記憶が浮かべば、ふっと寂し気な微笑が浮かんでしまうのを止められなかった。
 たとえ今は胸が痛くとも、それは多喜にとっては大切な|記憶《思い出》だったから。

 ――ならば、その記憶すら不確かで、何らかの悪意によって捻じ曲げられるとしたら?

 一台のぼろいバイクとの出会いから星々をも巡る数奇な縁を得た猟兵は。
 思念の波を介して他者の|精神《こころ》にも触れうるテレパスは。
 |準《友》が変わり果てた理由を探し求める探究者は。
 すなわち『数宮・多喜』は、偶然にもそれを目の当たりにすることとなったのだ。

「ん……ここ、は……」
「ああ、気づいたかい」
「!? あ、あなたは……」
「猟兵……って言ってもわかんないか。|下の方《第四層》じゃ|闇の救世主《ダークセイヴァー》なんて呼ばれてもいるみたいだけど、まぁとにかく敵じゃないよ。お前さんたちを勝手に助けたかっただけ」

 多喜は背中で目覚めた少女の警戒を無理に解こうとはせず、自分の情報を与えることで思考させ、自ら判断して無害な相手だと判断してもらえるように誘導していく。
 そうして言葉を交わすうちに、何処かヤンキ―っぽく直截ながらも姉御肌な多喜の様子に、少女の警戒も徐々にほどけていった。

「まだ寝てても良かったんだけどね。お仲間のところまではもうすぐさ」
「仲間? ええと、わたしは……」

 ――けれど、|心的外傷《トラウマ》というのはそれを想起させる場面だけではなく、ふとした瞬間にも襲って来るものなのだ。

 ひゅ、と息をのむ音が耳元で聞こえた。
 びくり。背中に感じていた少女の細い体がこわばり、痙攣するように震えだす。
 その尋常ではない様子に気付いた多喜がバイクを止め様子を確認すると、少女は焦点の合わぬ目でガタガタと震え、呼吸さえ上手く出来ずに苦しんでいた。

(くそ、|侵入的想起《フラッシュバック》か……!)

 多喜の呼びかけにも反応は鈍く、口から漏れ出る言葉は要領を得ない。

「ごめんなさい。ごめんなさい」
「わたしも死のうと思っていたの。死にたかったの。ほんとうよ」
「ただ伝えないといけなかったからそれだけだから」

 その心は現在ではなく、過去に縛られ過去へと跳んでいるのだろう。
 落涙は堰を切って止まず、透明感のある魂人の顔は恐怖と後悔に歪んでいた。

 そうして、多喜は見た。
 或いは見るべきではなかったのかもしれない。それは他人の心の中を無断で覗くような真似だったから。
 けれどその時、彼女の思考を埋めていたのは目の前に顕れたその苦しみを少しでも和らげることだった。
 だから、多喜は――|テレパスたる猟兵《精神感応能力者》は、その心に触れてしまったのだ。

『母さんたちは……どうした?』

 大柄な男性の、押し殺した低い声。
 全身傷だらけの、逞しい姿をしたその男は少女の父親だった。
 そして、少女の記憶によれば男は|闇の救世主《レジスタンス》の勇敢な戦士でもあった。
 やがて少女の口から発せられた言葉に、男は泣いていた。

『馬鹿なことを言うな!! 馬鹿なことを……!!』

 ――その顔には怒りと失望がありありと浮かんでいた。
 少女の涙で濡れたほほに、硬く握られた拳が叩きつけられる。
 何度も、何度も――涙が零れるたびに。

『|お前だけが逃げたのか《×××××××××××》? |どうしてだ!?《××××!》 |お前はいつも自分のことばかり……《××××××××××××××××、×××……》!!』

 逞しい腕が伸びて、細い首にゴツゴツとした手がかかる。
 太い指が、喉へと食い込んでいく。
 息も出来ないほどに、強く強く。

『|お前なんて《×××》……|死んでしまえば《××××××××》』

 そうして、久方ぶりに感じた恐怖と絶望、後悔に塗れて気を失う少女に彼は告げた。

『……良かったのだ』

 ――と。

 それは銃後の守りを砕かれ、見せしめにと虐殺された村から命からがら生き延びて。
 まるで抜け殻のようになっていた少女が、ただ一人の家族と再会した時のその記憶。
 追手に怯え逃亡しながら隠れ住む敗残の生活の中、その父親も一月後には戦闘で負った深手が元で死んでしまった。
 ――その最後の最期の瞬間まで一人生き延びた彼女を恨み、呪いの言葉を吐きながら。

「しにたい。きえてしまいたい」

 細く、透き通った躰。
 その硝子のようなのどを震わせて発せられたのは、空虚な声だった。

「……そうかい」

 馬鹿なことを言うな、とは言えなかった。
 その痛みが、改竄された記憶による苦しみなのだと気付いていても。指摘した所で恐らく何の意味もないだろう。
 だから、多喜はただ少女のほほに優しく触れて、零れるその涙をぬぐってあげた。
 腕を回して、細い躰をきつく抱いてあげたのだ。
 そうすることで、|理由も知れない《忘れてしまった》安心感に包まれた少女が、気絶するように眠ってしまうまで――。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 冒険 『美しき地獄』

POW   :    異常や変調が起きても頑張って耐えながら進む

SPD   :    光を浴びすぎないように超スピードで駆け抜ける

WIZ   :    光を遮ったりかわしたりする工夫をしながら進む

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●花の名
「うさ……うさああぁああああんん!!!」
「あーほ! ばーかああああああっ!!!」
「りょうへいにいじわるされたって、ごしゅじんにいいつけてやるうさああああああああ!!」
「Σ モルテちゃんまってぇええ~~~!」

 猟兵たちの健闘により数を減らした『死合わせの紋章』モルテはついに逃走を始めた。
 主の『羽化』のために捧げる魂人を諦めたその逃げ足は、まさに脱兎のごとく素早い。
 
「ちょっとまってうさ! だれかつれていかないと、にんずうがたりないうさ……?」
「それは、しょうがないうさ……」
「だいじょうぶうさ! ヴィオラちゃんが|ダメになったら《約束を守れなかったら》、のこしてたほうをつかえばいいうさ!」
「Σ ……てんさいうさ!?」
「てんさいがあらわれたうさっ!!」
「さすがはモルテちゃんうさ!!」
「えへへ。かしこくてごめんうさぁ~!!」

 逃げ際まで姦しいうさぎの女の子たちは微妙にイラっとするやり取りをしながら、険しい斜面や断崖絶壁の悪路をものともせず姿を消してしまった。
 そのやりとりに、猟兵と共闘していた魂人の少年が、俄かにピクリと反応して。
 妙に落ち着いた、まるで外界への興味が消失しているような少年が、確かめるように口にする。

「ぶい……う゛ぃい……おぉ……」

 それは、人が人をその人として呼ぶために特に名付けた、『|誰か《いのち》』の名前だった。

●同行者
 それから状況が一段落して、危機が去った集落へと魂人たちが戻ってくる。
 幸いにも、集落の魂人たちは全員が無事だったようだ。

「助けて……くれたんですよね? ありがとうございます」

 微妙に疑問形でいぶかしまれているのは、魂人と接した猟兵の|人徳《神徳》故だろうか。
 オットーと名乗る魂人の青年によれば、彼らはこの後は集落の場所を移動するようだ。今は慌ただしく、その為の準備を進めている最中だった。

「|紋章《オブリビオン》に見つかった以上は……もうこの場所にはいられませんからね」

 やや気弱そうな|外見《優男》だが、一度は死を経験し地獄を見てきたのだろう魂人は、それでも『生きる』ことを諦めきってはいないようだった。
 ただ、まさに『救世主』でもあるはずの猟兵たちに向ける目には、警戒と懐疑の感情が浮かんでいたことに、聡い猟兵たちであれば気付いただろう。
 闇の種族の魔の手から彼らを救ったのだとしても、それは彼にとって事実の一面でしかないのだ。

「……すみません。死の『常識』すら覆った今、僕は目に見えるものさえ疑うようになった。目に見えないものを信じることなんて、尚更……」

 彼は『勇者』も『聖人』も信じない。
 時に善良な善意さえ牙を剥き、惨い『獣』へと姿を変えてしまうことを、すでに知っていたから。

「キミ、さっきはありがとう! たすかったよ~!」
「?」

 一方、モルテたちと戦っていた魂人の少年は、広場で並んでふかした芋を食べていた。
 魂人たちが、せめてものお礼にと猟兵たちへも食料を分けてくれたのだ。

「名前くらいは言えるか?」
「……」

 猟兵が尋ねても、興味がないのか名前が無いのか、少年はろくに返事も返さない。
 この少年については、集落の者たちに聞いても誰なのか分からないようだったが。

「ヴィオラ……」

 モルテたちが去り際に言い残したその名前を問うと、オットーが考え込む。
 その名前は、彼が生前に生きて――真綿で首を絞められるように追い詰められ悲惨な結末を迎えて滅んだ村で、共に生きた娘の名前だったという。

「別人かもしれないけれど。ヴィオラが居るのなら、もしかして|メイ《娘》もそこに……?」

 そうして、ほどなくしてすでに捕まっている魂人たちの救出と闇の種族の討伐に向かう猟兵たちへ、オットーもまた同行を申し出たのだった。

●|希望《いのり》
 鎖された夜を煽り、光のカーテンが揺れていた。
 それはゆらゆら揺れながら絶えず形を変えて、ある時は炎のように燃え上がり、明滅を繰り返し、またがらりと模様を変えていく。
 闇夜を撫で踊る、光のカーテンに包まれた世界。

「――綺麗だ」

 それは常闇の世界で渇望されていた、美しい光で満たされた空。
 その夜空を彩るオーロラは、まるで血のような――紅い、赤い光を放ち輝いていた。

 けれど、その夜空に踊る赤の光を浴びて、人は狂うのだ。
 人の精神だけではない。
 そこでは肉体も、機械さえも変調をきたし狂いだす世界。

 羽化儀式の途中である闇の種族を守るため。
 また、捕えた魂人たちが決して逃げられぬようにと設えられた罠でもあるのだろうか。
 猟兵たちは降り注ぐ危険な光の中を、迅速に駆け抜けなければいけなかった。

 深い闇に魅入られないように。
 ――心が狂わされてしまう前に。

「うさぁ! おさかなとれたうさぁ!」
「さっすがモルテちゃんうさ!」

 迅速に……可及的すみやかに……。

「いちごは、もうなってないねぇ」
「いちごがないならきのみをひろううさ!」
「Σ てんさいがいるうさ……!」

 ……ねぇ、キミたちなにしてんの?

「たましいびとさんたちの、ごはんをとってるのですうさ!」

 清流が流れ、そのほとりに木々が生い茂るそこでは、モルテたちが食料を調達しているようだ。
 猟兵たちの接近に気付いても、モルテたちは目の前のことに集中しすぎているためか、警戒する様子を見せない。

「みてみて! おさかなだって、もうじょうずにとれますうさぁあああああごぼおおおっ」
「Σ モルテちゃああああああんん!!」

 さすがの身体能力だが、張り切り過ぎたのか川で溺れそうになる小さなうさぎの女の子。
 藻掻きながら川下へと流されていくモルテを、仲間のモルテたちが追いかけていたり……。

「……」

 ――この状況、どうするべきだろうか?
 狂ってしまう前に先を急ぐべきなのは間違いない。
 羽化の儀式だって、もう既に始まっているかもしれない。

 だが――
 間違いなく強敵である紋章。容易くない相手だったが、出来れば『此処』で始末していくべきか?
 それとも……頭はあまりよくなさそうな相手だ。何かしらの情報を聞き出す手もあるかもしれない。
 堕ちた人狼騎士――『紅き魔眼石のベオニオ』は、まともにぶつかれば猟兵とて敗北必至の強力な|闇の種族《オブリビオン》なのだ。

 いずれにせよ、それが許されるのは僅かな時間のみだろうが……。






===================
●マスターより
 本ッ…………当にお待たせしましたorz
 10月は比較的時間にゆとりがありますので、進めさせていただきます。

 フラグメントは狂ってしまう光の中を進むものですが、小道具もいろいろ置いてみてます。
 興味を引くものがあったら突っついてみても良いかもしれませんね……罠かもですけどね!

●同行者1
 魂人の少年が同道します。
 追い払うことは可能ですが、放っておいても勝手に行こうとします。
 流石に猟兵程ではないですが、戦闘能力は魂人の中でも群を抜いているようです。 

●同行者2
 |条件《憑依者の解放》を満たしたので、魂人の青年オットーが同行を希望しています。
 強くはないですが、優しい性格と外見をしているので、他の魂人の警戒を解くなどの役には立つかもしれません。

 ちなみに、第四層で死に別れたままの娘を探していますが、此処には居ません(無慈悲)。
 実際は第三層のどこかで、リプレイ内でモルテが言及している通りになってます(悪魔)。

●備考
 拙作【飢餓の村】に搭乗した人物が何人か登場しています。
 大体が登場時にはもう死体になってますが。

 OPに登場した『ヴィオラ』は、滅びゆく村で惨劇のトリガーを引いちゃった娘です。
 猟師の娘で薬師だったため、ダークセイヴァーにしては知識人っぽい子でした。
 特に今回のシナリオで必要な情報は無いと思いますが、ご興味がございましたら参考にどうぞ。

●プレイング受付
 随時受け付けます。
 なるべく早めのお返しをと考えていますが、期限ぎりぎりか失効してしまう可能性も高いです。
 期限切れとなった場合は、再送いただければお返しできる可能性があります。

 また、この章から、この章のみの参加も歓迎いたします。
 それでは、|毒水《絶望》と分かっていても飲み干さずにはいられない|渇き《狂気》の中、それを飲み干し尚進めるのであれば――
 その結末を見届けることを望むのであれば、どうぞ進んで御覧なさい。
ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!

あるこ~あるこ~♪
うたいながら~あるこ~♪
そうこうやって歌いながら歩くことによって正気を保つんだよ!
保てるかな?
いやいやそうバカにしたものじゃあないよ
故郷の唄や、慣れ親しんだ音楽を思い浮かべることはそこに自分を繋ぎとめる錨になってくれるのさ
だからうたお~♪
ほら、みんなでキャンプファイアーを囲みながら歌う感じで!
ああ故郷や身の上話をするのなんてのもいいね!
みんなのお話聞かせてよ~

アハハハハハ!うさちゃんが流されてる~!
ほら助けてあげたんんだからキミたちのお話も聞かせてよ~
今日のおすすめスイーツとか!

さあ歩こう~♪惨劇の舞台まで~♪



●むかしばなし
 |極光《オーロラ》――それは地磁気と太陽風が織りなす、大気の発光現象。
 人々は古来よりその幻想的な光の舞いに神秘を見、現れた|徴《しるし》を吉兆とも凶兆ともしてきたのだ。

「地磁気はともかく、太陽風どこ……ここ? んもー! またインチキしてるんだね!」

 まったくまったくもうもう! と。
 神さまを差し置いて壮大な自然現象を演出してくる|闇の種族《オブリビオン》に憤るロニ。
 その赤い光のカーテンはかの者が作り出した、外と内とを隔てる境界――招かれざる侵入者の正気を奪い、狂気へと導くしるべだった。
 それは恐らく弱点を晒す事になる『羽化の儀式』の間の防備でもあり、捕えた魂人たちを決して外へ逃がさぬための『檻』でもあるのだろうが。

「赤いオーロラ、ねぇ」
「赤はどうしても血や――|吸血鬼《ヴァンパイア》を連想して、あまり好きにはなれませんね」
「そう? まぁ、キミたちは無理矢理に血を取られちゃってたみたいだから、仕方ないのかな」

 幼子のように先入観なしで受け入れられたなら、美しいとだけ思えるだろうに。
 同行者である魂人の青年オットーの零した感想に、ロニは率直に勿体ないなぁと感じてしまう。
 例えば、ブルーアルカディアのどこまでも続く青空も良いけれど、荒廃したアポカリプスヘルの曇天に射す陽光はかけがえのないものに映るけれど。
 この常夜の世界で生み出された偽りの極光もまた、いじらしくて――美しいと感じたのだ。

 それは誰もが求め、成し得なかった、理想の光。
 そうであれと願われた――かつての|祈り《希望》の残骸。

 だから、ロニはその残酷なまでに美しい世界で。

「あるこ~あるこ~♪ うたいながら~あるこ~♪」

 おうたを歌いながら歩く。
 ……ええと、緊張感どこに行った?

「こうやって歌いながら歩くことによって正気を保つんだよ!」

 そう、テクテク歩きながら、狂気に呑まれないようにと歌う神さま。
 しかし不信心で愚かな魂人は目先のことしか見えていないのか、懐疑的な目を向けてくる。

「……走った方が早いし良くないですか?」
「いやいやそうバカにしたものじゃあないよ」

 これが強力な放射線などであれば暴露している時間が短い方が良いのは確かだが、ユーベルコードに類する能力で精神に作用するのであれば、対処法もまた当然違ってくるのだ。
 此処がすでに戦場であるのならば、だからこそ冷静さや平常心を失えば待っているのは悲惨な結末になるだろう。
 だから、ロニは荒れ狂う海にも吞まれないようにとその魂を繋ぎ止める|縁《よすが》を探すのだ。

「そうだねぇ……故郷の唄や、慣れ親しんだ音楽を思い浮かべることは、そこに自分を繋ぎとめる錨にもなってくれるのさ。たとえ――」
「……たとえ?」
「狂気に呑まれても。自分を見失っても。敗北の水底に沈み――全てが過去に潰えたとしても」
「……」

 珍しく、ちょっとだけ真剣なトーンで語るピンク髪の少年に、オットーがゴクリと喉を鳴らす。

 ――かつて、芸能の源流は祭祀にあったという。
 日本神話で言えば天照大神が天の岩戸に隠れた際、天照大神を引き出し高天原に光を取り戻したのは、天鈿女命が舞った神懸かりの踊り故だった。
 豊穣を祈願する田楽や、神に捧げられる神楽もまたそうであるように、舞踊とは自らを形代として行う鎮魂の儀でもあるのだ。
 脳髄を揺らし、魂を震わせる芸能が神さえも呼び戻すというのなら、況や人の正気をば……である。

「だからうたお~♪」

 まぁ、この能天気な|ロニさん《神さま》がそこまで考えているわけではないが。

「ほら、みんなでキャンプファイアーを囲みながら歌う感じで!」
「き、キャンプファイアー?」

 って、囲んどる場合かー!
 というか、キャンプファイアーがそのまま通じたらオットーはUDCアース辺りからの『界渡り』の旅人疑惑が出そうだが……普通に首を傾げているだけだった。
 それにしてもこの神さま(?)、本当に大丈夫なのだろうか……信じてついて行っても良いものか?
 オットーの脳裏にそんな疑問が過った、その時。

「ああ故郷や身の上話をするのなんてのもいいね! みんなのお話聞かせてよ~」

 Σ めちゃくちゃ気が変わるやん……。
 常にうろちょろしていて落ち着きがないロニらしく、話題は何故かあっさり過去へと飛んだ。

「故郷、ですか……きっと良い村だった……と思うんですが」

 苦虫を嚙み潰したような表情になるオットー。
 第四層にかつて在った生まれ故郷は、魔獣による危機と重なった不作による飢餓の果て――狂ったかつての英雄によってこの世の地獄と化した。
 抵抗しようと試みるもいともあっさりと殺された為、オットーにはその後のことははっきりとは分からないが、伝え聞いた話から察するにきっと今はもう滅び去ったのだろう。

「かつては勇者とまで呼ばれた、立派な――勇敢な人間だったはずの村長が、何故あんな獣のようなことをしたのか……確かに僕らは、どの道もうダメだったのかもしれないけれど」
「そっか~。何だか、帰りたくなくなるようなお話だね!」
「帰りたくない? …………いや……いや、そうですね……でも……」

 確かに、いっそ忘れた方がマシかもしれない過去だ。
 けれど……
 考え込むような仕草で、オットーはしばし自らの記憶に尋ねていた。
 そして。

「旧友は……」
「ん~?」
「♪……|旧友は忘れていくものなのだろうか?《Should auld acquaintance be forgot, and never brought to mind ?》」

 やがて、その口を割って出たのは……たどたどしい、有り体に言えば下手くそな歌。

「|古き昔も心から消え果てるものなのだろうか……♪《Should auld acquaintance be forgot, and days of auld lang syne ?》」
「あー! それ、知ってる。あのあれ……閉店の時に流れるやつ……!」

 それは日本では『蛍の光』でお馴染みの、原曲はスコットランド民謡『Auld Lang Syne』だった。
 つまり、オットーはスコットランド人だった……? というわけでも無いようで。

「僕が生まれる前から村に伝わっていた歌です」
「そっか。それじゃ別の世界から迷い込んだ誰かが、伝えたのかもしれないねえ」

 それは或いは、グリモアが目覚める前に界を渡った|先達《猟兵》だったのかもしれない。
 意外なところで覚えのある歌を見つけて、一時過去に思いを馳せるロニたち。

 やがてその行く手には一筋の河が見えてきて――

「みてみて! おさかなだって、もうじょうずにとれますうさぁあああああごぼおおおっ」
「Σ モルテちゃああああああんん!!」

 そんな悲鳴と共に川上からドンブラコドンブラコ、とうさぎが流れてきました。
 モルテの危機に、仲間のモルテが勇敢にも川へ飛び込みます。

「まってて! 今たすけ……ごぼごぼごぼぉ」
「Σ モルテちゃああああああんん!!」

 そんな悲鳴と共に川上からドンブラコドンブラコ、とうさぎが流れてきました。
 モルテの危機に、仲間のモルテが勇敢にも川へ飛び込みます。 

「だいじょうぶ。今いくうさぁ……げほぉっ……たすけっ……」
「Σ モ(略)」
「「……」」

 溺れる仲間を助けようとして、連鎖的に川に嵌っては藻掻く、小さなうさぎの女の子たち。
 斬新でダイナミックな自殺を繰り広げるオブリビオンに、ロニは指をさしてケラケラ笑う。

「アハハハハハ! うさちゃんが流されてる~!」
「……」

 オットーからこの子|マジ《正気》か……もしかして、すでに狂……? みたいな目で見られたのにも構わず、ロニは溺れているモルテたちを『餓鬼玉』に命じて救いあげた。
 放っておけば勝手に数を減らしそうな勢いだったが――その時、気まぐれな神さまは見て見ぬふりをすることも、追い打ちを掛けることもしなかったのだ。

「げほ……っ、うぅぅ……うさぁ」
「あしが、みじかすぎたの……うさ」
「ほらほら、助けてあげたんだからキミたちのお話も聞かせてよ~」

 岸辺で打ち上げられた人魚みたいになっている3.5頭身に、さっそく恩を着せマウントを取る神さま。
 神どころか人としていろいろ間違ってる気がしないでもない……が、実際神話での神さまたちもだいたいこんな感じです(偏見)。

「ぇほっ……おはなし……うさ?」
「そうそう! たとえば……そうだね、今日のおすすめスイーツとか!」
「なんでそうなるですかっ!」

 今まで我慢していたオットーが思わずツッコミの手を入れるが。
 ――まったくまったく、人の子はそんな初歩的なこともわからないのだろうか?
 それとも……はぁ。やれやれ……どうやら彼もそろそろ狂気に蝕まれて来たのかもしれない(?)。

「すいーつはあんまりたべたことないうさ。……たべたことないうさ?」
「うさ???」
「のいちご、あまいよ……うさ?」

 一方、モルテたちは耳に付いた水を落としながら、不思議そうに首を傾げる。
 それから。

「うさぁ~……」

 ――さらさらと流れる川のほとりで耳をそばだて、目を凝らして無意識に何かを探す。
 かごいっぱいに集めた赤い粒が、まるで宝石みたいにキラキラ輝いていた……はずだ。
 あれは一体いつのことだったのだろう。
 おさかなが上手にとれなくて、水浸しになって呆気に取られていただれかさんを見て、思わず大笑いしてしまったのは……?

「ふ、……ぇほっ……けほっ……」
「……ふふん。ちなみにボクは黒ゴマ入りストロベリーパフェがおすすめ!」
「……」

 小さなうさぎの女の子はまだ飲み込んだ水が吐き出しきれないのか、蹲って何度も咳き込んでいた。
 ロニはそんな彼女たちにスイーツ談義でも容赦なくマウントを取りに行った。
 オットーはそんなロニを見て、何とも言えない顔で何にも言わなかった。

「さあ歩こう~♪ 惨劇の舞台まで~♪」

 そうして、助けたうさぎから特に有用な情報を得ることも無く、ロニは更に先へと進んでいく。
 ――血のように紅いと人の呼ぶ、美しい地獄にて、その場所で生まれた能天気な歌を道連れに。

成功 🔵​🔵​🔴​

リュカ・アプリコットティ(サポート)
時計ウサギの闇執事×冒険商人

〇口調:味方には「ボク、~さん、だね」
敵には冷徹に「僕、呼び捨て、です、ます」
〇性格:根は気が強く冷徹、普段は自己肯定感が低く内気で温厚。困ってる人を放っておけない。時折、ひどく冷静な一面を覗かせる。

〇行動:情報収集や探しものなら任せてっ!
魔法の手鏡に聞いて探索したり、少し緊張しちゃうけどお話するのも大好きだよ。あとボク、商人としてちょっと特殊な鉱物や宝石を取り扱ってて、魔術師と錬金術師になら顔も効くと思う。

自身を信じてくれているアリスに、顔向けできなくなるような行為は絶対にしません。あとはおまかせ、アドリブ歓迎。



●素敵な案内うさぎ
 急がなければ急がなければ。
 時よ止まれ、お前は美しい――などと嘯いてみても時間は待ってはくれないし。
 油断していると置いて行かれてしまったり、盗まれてしまうこともしばしばだ。
 だから|僕たち《時計ウサギ》はいつも時計ばかり見て、走り回っていないといけないのだ。

「……おかしくなりかけているのかな?」

 赤い光の帯がはためいて、降り注ぐ光が目の奥のその奥を射す感覚。
 常闇の暗い空を眩く彩るそれは狂気へと誘う『赤い光』の天体ショー。
 |極光《オーロラ》の輝きに目を奪われ足を止めてしまったなら、人は正気を保てなくなるのだという。

「たとえそうだとしても。ボクは、アリスに顔向けできなくなるようなことだけは……」

 そうしてリュカ・アプリコットティ(アンズの残り香・f38504)が軽い酩酊感にも似た感覚に酔いながら足早に進んでいくと、うさぎ耳のちいさな女の子――『死合わせの紋章』モルテたちが食料を集めている現場へと遭遇した。

「このきのこは、たべるとしあわせになれるきのこうさ」
「あたりだったらすぐにしあわせになれて、はずれでもちゃんとしあわせになれて」
「つまり、もうにどとおいしいきのこうさ!」

 いかにもハッピーになれそうなきのこをカゴいっぱいに集めて、きゃっきゃと浮かれているモルテたち。
 彼女たちはどうやら、捕らえてある魂人たちの食料を調達している最中のようだった。
 しかしいかにも毒キノコな気がするが、アレを本気で魂人に食べさせるつもりなのだろうか……。

「もう狂ってるの、かな……」

 狂ってない時計ウサギたるリュカは思う。
 秋の味覚だ。こんなところで僕はきのこよりスイーツが好きだから先を急ぐべきだと。
 もちろん冷静だし、狂ってなんかいない。ラドン(鉱石)も、そうだそうだといっています。

 けれど……ああ、けれど同時に彼女は気付いてしまったのだ。
 正気であったならば気にも留めなかっただろう。その、恐ろしい『真実』の片鱗に。
 彼女たちを見つけ、その声を聴いた瞬間、すでにその『鍵』を手にしてしまっていることに。
 
 ――ひょっとして、ひょっとしたら……ボクは。

「僕も……語尾にうさとかぴょんって付けた方が、アリスは喜ぶうさ?」

 別の意味で悶絶するかもしれません。
 どちらかといえばカッコカワイイ系のリュカは蒼いうさ耳をピコピコさせながら凛々しい表情で思案する――ボクはもちろん冷静だ、狂ってなんかないぴょん。人間はいつも我々を誤解しているだけ。

「だが……|うさか、ぴょんか、それが問題だ《To be, or not to be,―― that is the question.》」
「うさぁ~?」
「ちょっと待って、いまシミュレートしてみるよ」

 立ち止まって苦悩するリュカに気付いてモルテが不思議そうな顔で集まってくるが、今はもう、それどころでは無かった。
 この秘密を解き明かすこと以上に大事なことなんて、この世界にあるのだろうか? |その火《ロウソク》を消したら願いが叶う? 幸せはやってくるだろうか?

「なんでもない日おめでとううさ! 一緒にケーキはいかがぴょん?」
「Σ おめでとううさ!」
「うさぁ! めでたいうさ〜!」

 黒蒼と薄紅のうさ耳が楽し気に揺れて踊る。
 特別ではない、ありふれた日々を祝福しようと。

「なんでもない日、万歳!」

 そこはいずれアリスたちが帰るべき|世界《日常》。
 リュカは知っている。
 刺激的な冒険の旅の終わりには、アリスとの別れが待っていることを……そうであるべきことを。

 物語の結末は、『アリスはみにくい|オウガ《人食い》に食べられてしまいました。おしまい』などであってはいけないのだ。
 残酷な童話の如き『美しい地獄』の中でさえ、いつかは『自分の扉』を見つけ、故郷へ――なんでもない日へと帰っていく。
 その案内役たる|リュカ《時計ウサギ》は、アリスの笑顔を守るためなら何だってすると心に決めているのだから。

「そう。歌や詩、野に咲く花、甘い果実――何だって、大切に思えるなら宝物のように輝くものだね」

 リュカにとっての宝物は、言うまでも無い。
 アリスとの旅は楽しくて、夢中に過ごすうちに出生も過去も忘れてしまうほどに楽しくて。
 身を守る武器らしい武器も身にまとわないのは、かの『お嬢様お坊ちゃま』を威圧し怖がらせてしまわないように……という徹底ぶりだ。

「なんにもない日、うさ~?」
「ちがうよ。なんでもない日」
「なにがちがううさ?」
「それはね――」

 そうして、すらっとした長身のお姉さんうさぎは、3.5頭身のうさぎの女の子に話してあげた。

 それは君が、ボクが生まれなかった日。
 そのいのちが生まれた日でもなければ、もちろん死んだ日でもない。
 ただただ、それ以外の――『なんでもない日』こそが愛おしいのだと。

「そうだ。なんでもない日のお祝いに、美味しいキャンディはいかが?」
「Σ うさっ」

 リュカの両掌の魔法陣から|魅惑のアメ《ワタシヲオタベ》が生まれ、誘惑されればホイホイついていきそうな|モルテ《死合わせの紋章》の口へと飛び込んでいった。 
 それはアメが溶けきるまで逃れられない幸福感を与えることにより、動きを封じるユーベルコード。

「う、うさぁあああああ……!!!」
「うぴょおおぉああ」
「きゅっ……ぷい……」

 その効果は覿面で、感動してヘヴン状態になるモルテがいれば、ほぼ逝きかけているモルテもいた。
 今ならば、隙だらけのこのオブリビオンを始末してしまうことも容易いかもしれない。

「……ごめんね。ボクも、先を急がないとだから」

 けれど、飴玉一つ分の幸福に悶える小さなうさぎの女の子に結局剣を向けることもなく。リュカはまた先へ先へと足早に進み始めた。

 アリスたちの迷い込んだ迷宮で。
 小さな世界と世界を魔法のウサギ穴で繋ぎ、アリスを|扉《故郷》へと導く、かわいい素敵な案内うさぎ。
 自分の世界へと還っていったアリスのその未来は、きっとアリス次第なのだろうけど――

「……未来のことを考えられるっていうのは、それだけでも、幸せなことなのかもしれないね」

 そうして、リュカはもう振り返らずに進む。
 死に憑り付かれ、死を再生産する|紋章《システム》となった過去の残骸は――あのうさぎの女の子は、己が慕う|闇の種族《かつてのいのち》をどこへ連れて行こうとしているのだろうか。

 ――そんな埒も無いことを、狂いかけた頭の中で妙に冷静な『僕』が考えてしまいながら。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
外套をついてきた少年や魂人に貸しておく
物理的に光を遮り身を守ってもらう
無いよりはマシだろう

自分は狼獣人の姿に変じモルテに近付く
気は進まないが…好意を持つらしい“おおかみ”を強調する姿によるスムーズな対話を期待
会話の中で、お前達が尽くす程の“ご主人様”とはどんな人物だと尋ねてみる
能力の他、大切にする物事、どんな事に好悪を感じるか…何か情報があると良いが

それと、食料は沢山集めるべきと助言
この世界の飢えた住人なら幸せを感じる筈と理由をつけて
長居が出来ないなら倒し切る事は困難
せめて乱入されないよう足止めを試みる

用が済んだら光に耐えきれなくなる前に先へ進む
ユーベルコードで増大した行動速度も役立つだろうか



●足跡
 人狼は歩き続けていた。
 それは世界との対話だった。

 なぜ? なぜ?
 己が一体何をしたというのか?
 己だけが、どうしてこんな……

 たとえ一時満足のいく答えを得たとしても、新たな疑問がまた生まれる。
 なんのために? だれのために?
 ――答えを得る。また疑問が生まれる。

 こんなにも苦しい道を、どこまで進んでいけばいい?
 その道の果てには、何がある?
 ――答えを得る。また疑問が生まれる。

 自分は何かを間違えたのか?
 ならばどうすれば良かったのか。
 それとも、生まれたこと自体が間違っていたのか。

 この問いにもしも『正解』があるとして――それは『誰』にとっての正解なのか? 

「……っ」

 くらくら、と。
 血を失ってめまいを覚えるような感覚から、再浮上する意識。

 ……俺は今、何を考えていた?
 茫洋とした意識を掴みなおし、シキ・ジルモントは自らの裡にある問いを思い出す。
 自分は今、討伐すべき|闇の種族《オブリビオン》の攻略の糸口を求め思案していた……筈だ。

 それはどのような能力を持って、何を大切にするのだろう。
 何に好悪を感じるのか――或いはもはや感じないのだろうか?

「被っておけ。いくらかはマシなはずだ」

 天空で赤い光がはためくたび、目には映らぬ神秘が鋭い矢玉となって降り注ぐ。
 |精神《こころ》を狂わせる光だ。二度とは戻らぬように壊れ切ってしまったなら、それは死とどちらがマシなのだろう。
 埒もない考えがぐるぐると脳内を巡るのは、或いはすでにその影響を受けているからなのだろうか。
 シキは纏っていた外套を随行する魂人の少年に被せ、覆う。
 恐ろしいその光から覆い、隠すのだ。それはシキが知る内でも最も確実な方法の一つだった。 

「……」

 少年はシキを一度見て、外套を前で結んだ。
 それから、空を見上げて呟く。

「……アカイ」
「ああ、赤いな」
「アオクナイ」

 それきり、興味を失ったように前を向き進み始めた。
 赤色はお気に召さなかったのだろうか? みすぼらしい成りをした少年はおよそ情動らしきものを表に出さず、何を考えているかさっぱり分からない。

(……分からないことだらけだ)

 人狼の戦士が先の戦闘でその戦いぶりをみた印象もまた、底が知れないものだった。
 明らかに暴力に慣れている。
 殺すことにも慣れている。
 単純な暴力ではなく、壊し殺すための|武芸《マーシャルアーツ》の技を修めている。
 殺気を放つこと無く、それを容易く行うことができる――まるで農夫が麦の穂を刈り取るように。

 いくら地獄のような世界で生きた魂人とはいえ、見た目は精々十代前半と思しき少年にそんなことができるものなのだろうか?
 その幽鬼の如き姿は、いっそのこと実はオブリビオンであると言われれば納得してしまいそうだ。

 けれど、シキは知っている。
 言葉も、記憶も――それらはいずれも不確かなものであると。
 善良だったはずの人々も、言葉一つで容易く醜い|獣《けだもの》へと変わるように。
 信じた友でさえ……裏切り、牙を剥くように。

 悪意と嘲笑から身を守り、生き抜くためには、一層用心深くあらねばならない。
 ――かつて|スラム《貧民街》に暮らした|人狼《化け物》の少年は、そうあらねばならなかったのだ。
 だが、たとえそうだとしても、

「俺は、赤は……嫌いじゃないな」

 分からないことがあるというのは、そう悪くも無いのだということも、シキは既に知っていた。
 未知は絶えず訪れる。一番よく知るはずの自分の内側でさえ、新しく憶えることがある。
 そうして胸に灯った感情は、世界さえ変え得る原動力ともなってシキの身体を突き動かすのだ。

「……ソウ」

 少年はまた立ち止まり、シキの顔をじっと見つめた。
 そうしてシキもまた、少年を見た。
 まるで地獄の底で燃え盛るような青白い炎が、少年のその瞳の奥で揺れていた。

「アオイ、メ」
「……そうだな」

 まるでシキの瞳の色に初めて気づいたように、少年は呟いた。
 青白い炎がぐるぐると回り、一層激しく揺れ動く。まるで彼の感情を顕すように。
 少年にとっての大切な誰かが、或いは憎むべき何かが、青い瞳をしていたのだろうか。
 語ってくれないことには、何一つ分からないまま――或いは彼自身がそれを憶えているかさえ分からないまま、少年はまた進み始めた。

「全く。あまり無口なのも……困りものだな」

 あまり他人のことを言えたものでもないかもしれないけれど。
 進み続けていくならば、いずれ知る機会もあるかもしれない。今はまだその時では無いのだろう。

 そして、この場におけるシキの目的は明確だ。
 約束と信用を重んじる彼が、一度受けた|依頼《仕事》を違えることは無いのだから。

「……居るな」

 その目的のために有用な情報を持つかもしれない、標的の配下として侍る紋章の化身たち。
 死合わせへと導くうさぎの女の子――モルテたちの小さな身体がぴょこぴょこと動いている姿を、シキのその青い瞳は捕らえたのだった。

●いしを積む
「ばらんすが……うさ……」
「もうちょっとだけみぎ、うさ?」

 世界も、人の心も。|オブリビオン《世界の敵》の正体も。
 シキにはまだ分からないことだらけだ。
 無論、何も分からずとも刃は振るえる。
 その理由は単純明快だ。彼が猟兵たる証――|その刃《ユーベルコード》は既にこの手の中にあるからだ。

「……」

 けれど、それは……そうして目につく『敵』全てに刃を振りかざし力を振るうことは、それは自身の『選択』と呼べるのだろうか。
 少なくとも今、この場では、刃を抜き目の前の闘争のみに明け暮れることをシキは由としなかった。
 その行いは、たとえ正しかろうとも、彼の『現在の目的』とは両立しないことが明らかだったから。

「……何をしている」

 そうして言葉を発すると、口は大きく裂け、発達した牙が剥き出しになる。
 先端が尖った耳がピンと凛々しく立って、夜の獣のような瞳が鋭い光を放っていた。
 シキは今、人狼として銀の毛並みを持つ狼獣人の姿へと変じているのだ。

 この姿へと変じることに気は進まない。進む筈がない。嫌に決まっている。
 ……が、どうやら『おおかみさん』に好意を持つらしいこのモルテたちなら、“おおかみ”を強調する姿の方がスムーズな対話を期待できるかもしれない、と。

 嫌いな姿。
 疎んじている姿。
 疎んじられた容。

 一度は心を預けた者たちにつけられた傷が傷んだとしても、メリットがあるのならば実行するのだ。例えそれが不確かなものであっても構わない。痛みに耐えることなら、とうの昔に“慣れて”いるのだから。

「あ! おおかみさん……うさ!」
「あっ……あのー、あそんでいたわけではないよ……うさ?」
「うさぁ?」
「おおかみさんうさぁああ~♪」

 果たして、モルテは特に警戒した様子も無く|シキ《おおかみ》の接近を受け入れていた。
 それどころかうさぎの女の子がぴょんぴょんと嬉し気に跳ねて――

「Σ あーっ!!」

 がしゃん。ガラガラ。
 その拍子に積み上げていた石の塔が崩れて、一緒に遊んでいたと思しきモルテが悲鳴を上げる。
 どうやら、彼女たちはこの河原で石を積んで遊んで(?)いたようだ。

「あそんでたわけではないですうさ!」
「かに……かにをね」
「うさぁ……せっかくたかくしたのに。ウスァァァ……」

 どうやら、川でカニを捕まえようとしていたのか?
 しかし、途中から遊んでいたことには相違ないようだ。割とゆるゆるな職場なのだろうか。

「一つ、聞きたい。お前達が尽くす程の“ご主人様”とはどんな人物だ」

 崩れた石の塔を前にしょんぼりとしているモルテへと、シキが尋ねる。
 その問いに何かがピンときたのか、モルテたちはハッとしてシキを見上げた。

「おおかみさん?」
「……いや、りょうへいうさ?」
「もしかして、おおかみのおにいさん……」

 コソコソと身を寄せ合ってないしょ話を始めるモルテ。
 時折こちらをちらちらと窺う目は、先ほどのような緩さはなく、真剣そのもの。

 ……流石に不用意だったか? 探ろうとしたことが、露見したか?
 にわかに緊張を滲ませ、拳銃と短剣へとそっと指先を這わせる人狼を、モルテが取り囲む。

「えへへ、ええとね……」
「あのね。|ご主人《ベオニオさま》はね、おりょうりはにがてうさ」
「それと、めがひかってるけど~?」
「おしゃべりもあんまり……うさ」

 いや。意図は分からないが、どうやら情報をくれるようだ……。

「あと、ちょっとだけのろわれてますうさ」
「まれによくおかしくなって、あばれてますうさ」
「こわいうさぁあああ……」
「……」

 そうして黙って聞いていると、何だか主をディスりはじめたうさぎたち。
 シキは思わず胡乱な目を向ける。
 ……主、実は嫌われてるのだろうか?

「はっ! ええとええと」
「……まずいうさ」

 なにがまずい? 言ってみるうさ。
 ……妙な声が聞こえた。そろそろ此処に留まっていては危険かもしれない。
 その場を後にしようとするシキへ、モルテたちは尚も主のアピール(?)を続ける。

「とってもがんばりやさんですうさ」
「よわくても、つよくなったの!」

 猟兵をも圧倒しうる存在――闇の種族。
 それが……弱かったのか? いや、確かに弱かったはずだ。
 だからこそ、柔き|肉体《からだ》を鎧で覆い、鋼で鍛えた刃をとった。
 人が|オヴリビオン《ヴァンパイア》に抗するのであれば。呪いに蝕まれ、命を捧げたとて、ようよう必死の抵抗でしかない。
 だが……それは過去のことだ。その筈だ。

「あと、たたかうのがすき?」
「すき……なのかなぁ?」
「わかんないうさ……」

 凶暴性に狂う怪物として闘争に明け暮れているという話は、グリモア猟兵の説明にもあったものだ。
 ならばやはり、闘争を好むというのか?
 そんな考えは別のモルテに否定された。

「ちがううさ。たたかうのは、『しゅだん』にすぎないのですうさ……!」
「おおー……!」

 モルテたちが感心したようにどよめく。

「かつために、たたかったり、つよくなるのですうさ……どうですか~?」
「「いいですうさー!」」

 自慢げに胸を逸らすモルテに賛意を示し、盛り上がるモルテたち。
 ツッコミどころは数あれど、シキだけでなく魂人も随行している以上、そろそろ話も限界だろう。

「……話してくれたお礼に、一ついいことを教えてやる」
「うさ~?」

 シキは彼女たちに「食料は沢山集めるべき」と助言した。
 この貧しい世界の、飢えた住人ならきっとそれで幸せを感じる筈、と。
 彼らはいつもお腹いっぱいに食べることなんて出来やしないのだから。

「うさ? そうすると、|ご主人《ベオニオさま》もよろこびますうさ?」
「……」

 ああ、きっとそうだ。
 その簡単な一言が何故かどうしても言えずに、シキは眉根を寄せてぼそりと呟いた。

「……俺は、嬉しい」
「じゃあじゃあ、がんばりますうさ~!」
「かにさん、かにさん、かくごうさぁー!!」

 長居が出来ないなら倒し切る事は困難。ならばせめて乱入されないように、と。
 試みた足止めは首尾よく果たせたようだ。

「……」

 そうして眉根を寄せた表情のまま、シキは再び走り始めた。
 光に耐えきれなくなる前に、急がなければ。
 既に発動させていたユーベルコード【アンリーシュブラッド】の速力も助けとなるだろう。置き去りにするわけにもいかない、魂人の少年を抱きかかえながら力強く大地を蹴って駆ける。

「あっ……いいな」

 羨むようなそんな声が聞こえても、シキはもう振り返ったりはしなかった。
 人狼の鋭い聴覚がその呟きを拾って主へと届けても、止まることはもう無い。

「だっこしてもらうの、すき」
「だから、がんばるうさ~!!」

 どうしてか狼に懐く、そのうさぎたちの群れを率いる――かの|狼《同族》を、屠るために。

成功 🔵​🔵​🔴​

ルパート・ブラックスミス
UC【騎士示すべき克私無想】の【覇気】【狂気耐性】で光の影響を凌ぐ
独りなら速やかに飛ぶべきだが、魂人たちを置き去りというわけにもいかん
堂々悠然と歩を進む黒騎士の【存在感】をもって魂人たちを【鼓舞】しながら進軍する

魂人の少年には進みながら言葉を投げかけてみる
特に"ヴィオラ"という名への感情をより読み取れればいいが。

道中遭うモルテには「"ご主人様"は騎士であるのか」を問おう
もはやただの|"おおかみ"《オブリビオン》ならば、その毒牙から魂人たちを解放することに専念するが…まだその魂が黒騎士を覚えているならば、俺は総てを賭して彼奴に相対しよう
モルテたちよ。お前たちの|"ご主人様"《ベオニオ》は何者ぞ。



●騎士として
 歩むべき道をたがえ、狂い果てた|“おおかみ”《オブリビオン》。
 闘争に狂い、闘争の果てに掴む『勝利』を希求する、『堕ちた人狼黒騎士』。
 其れはどんな人物か、と尋ねたある猟兵の問いに、その従僕たる|モルテ《紋章》は答えて言った。

 それは「強く成った」のだと。

 紋章が知る|初め《昔》と|現在《いま》では、既に違っているのだ。
 それがもし羽化の儀式が行われた結果とすれば……一体、どれだけの魂人が犠牲となっただろうか。

 ――彼奴は、果たして黒騎士として相対するに相応しき者だろうか?
 ブラックスミスの『務め』を果たすに値する価値は残っているのか?

「強さか」

 侵入者を拒絶する、狂気齎す赤き|極光《オーロラ》。
 それはかの闇の種族がこの先で行っている『羽化の儀式』の最中に身を守る、鎧であり結界でもあった。更に強力な闇の種族へと『転生』する儀式の最中は、無防備な弱点を晒す瞬間でもあるのだ。

「こんなものが……」

 蒼炎は赤い光ばかりが射す空を見上げて呟いた。
 硬き鎧に覆われ|【騎士示すべき克私無想】《チェンジアップクルーエルカバレロ》を想う鉛の身体は覇気に溢れ、蝕む狂気を寄せ付けない。

 ――力と私情に溺れず、理性を放さず、為すべきを為せ。

 それはルパートに刻まれた理性と規範。
 ルパートが定義する騎士の理想論。

 その声に従い迷うことなく進む彼にとって、光は結界足りえない。そもそも魂人であっても踏破可能な以上、猟兵を拒むことなど出来るはずもないのだ。
 だからそれは、山羊に対するバラの棘のように、身を守るには無意味な|もの《悪意》でしかない。

(独りなら速やかに飛ぶべきだが)

 それでも、魂人たちを置き去りに進むわけにもいかず、ルパートは大地を歩む。
 堂々悠然と歩み進む『黒騎士』。その頼もしき存在感をもって魂人たちを鼓舞しながら進軍する。

「おとぎ話の黒い騎士……本物は初めて見ました」
「……そうか?」

 |常闇の世界《ダークセイヴァー》に生きながら黒騎士を知らずにいたならば、平和な暮らしを享受していたのかもしれない。
 そんな魂人の同行者、青年オットーは懐かしむように道すがら過去の――第四層の話を語っていた。
 彼の村にはおとぎ話の『黒い騎士』に憧れる少女がいたそうだ。木剣を振って村の子どもたちと『剣術ごっこ』に興じていた、少々やんちゃで男勝りなところのある美しい少女、リラ。

「花の名前なのだな」
「……花が好きな者は、多いですから」

 |リラ《ライラック》、|ヴィオラ《スミレ》ともに花の名を持つ娘たち。
 人里に咲く花も、荒野に咲く花も、その咲く姿と季節の巡りを人々は喜びと共に迎える。
 それは太陽の昇らぬこの世界でも変わらず――否、より一層大事に想うのかもしれない。

「して、あの少年は……本当に縁者ではないのか?」
「……むぅ」

 オットーとの会話の途中、幾度か視線を感じて見やれば、そこにはあの名も知れぬ魂人の少年が此方を窺っているような姿を見ることが出来た。そうして話が中断すると、興味を失ったように他所を向いてしまうのだが。

「貴殿の村の娘たちの名に、反応しているように見えるが?」
「見覚えは無い……無いです。強いて言えば、レヴィに似ているかもしれませんが……いくら何でも」

 彼らが暮らしていたのはそれほど大きくもない村だったから、同じ年頃の少年であれば知らないはずはないというオットー。強いて言えば面影が近い少年が居たようだが、オットーが知る彼は年齢ももっと幼かったし全くの別人に見えるそうだ。

「ふむ。そうか……」

 ルパートは進む道中、折を見て少年に幾度か話しかけてみることにした。

「名前はあるのか?」
「……」

 答えはない。
 もしかすると、ルパート自身がかつてそうであったように記憶自体が無いのかもしれない。

「その戦い方はだれに教わった?」
「……」

 興味を示さない。
 黒騎士であり、同時にブレイズキャリバーでもあるルパートは少年の身にも同種の――地獄に燃える蒼い炎が宿っていることには気づいていたが。
 見た目に不相応な戦闘の技術の出所は不明だ。

「ヴィオラのことを、知っているのか?」
「…………」

 答えはなかった。だがわずかに眉を寄せ、考えているようにも見える。
 答える意思がないのではなく、やはり言語化できる記憶自体が失われているのかもしれない。

「その名前は、貴殿にとって何を意味する」
「ワカラナイ……ワカラナイ……」
「……そうか」

 本人にすら説明できない以上、真相を知る術は今の所なさそうだ。
 失った――あるいは封をした記憶を思い出そうとしたためか、少年もやや具合が悪そうにしている。今はこれ以上は無理に事情を探ろうとしない方が良いかもしれない。
 ただ、

(元よりそのつもりはないが。『永劫回帰』を使わせることは避けた方が良さそうか)

 オットーならば、数度使用した所で直ちに生命に差し障ることは無いだろう。だが、少年が記憶に異常をきたしている理由がもしもそのユーベルコードの濫用によるものであれば、少年が抱えるトラウマは既に想像しがたいほどに根深く重たいモノとなっているのかもしれない。
 ――全てを『無かったこと』にしてしまうほどに。

●|誰彼《たそがれ》
「……だいじょうぶうさ?」
「……ぅ……?」
「……問題ない」

 なぜそこで|お前たち《オブリビオン》が心配して出てくるのか、と言いたくなる言葉を飲み込んで。
 ルパートは川辺で食料を調達していたらしい『死合わせの紋章』モルテたちと再び遭遇していた。

「だいじょうぶそうにみえませんうさ」
「……やっぱり、あたしがしあわせにしt……」
「それよりも……お前たちは、何をしている?」

 彼女たちが良からぬことを考えるその前に、と思考を逸らすことを試みるルパート。

「うさ! かいをとってましたうさ!」
「あたしたちだって、しじみをトゥルルって……がんばってんですうさ!!!」

 モルテたちはそこはかとなく暑苦しさを感じさせながら己の仕事ぶりを主張する。
 能力は高いし、仕事熱心なのは間違いなさそうだが……おつむの中は見た目相応なのかもしれない。
 猟兵であるルパートたちの侵入はイコール主の生命の危機なのだが、目の前の仕事に夢中な彼女たちはそれに気付いているのか居ないのか……恐らくは後者なのだろう。
 ならばと、この機に乗じてルパートはその従者に問うた。

「一つ、聞きたい。お前たちの"ご主人様"は――今も騎士であるのか」
「うさ?」

 もはやただの|"おおかみ"《オブリビオン》ならば、その毒牙から魂人たちを解放することに専念するべきかもしれない。
 だが……まだその魂が『黒騎士』を覚えているならば。

(――俺は総てを賭して彼奴に相対しよう)

 その問いは彼の闇の種族――|『堕ちた人狼騎士』《紅き魔眼石のベオニオ》の現在の在り様を測るべく発せられた。
 が、モルテたちには少し難しかったのか……あるいは、騎士の定義が分からないのか。
 そうして首を傾げる小さなうさぎの女の子に、ルパートが重ねて尋ねる。

「モルテたちよ。お前たちの|"ご主人様"《ベオニオ》は何者ぞ」
「うさ……|ご主人《ベオニオさま》は、ベオニオさまうさ?」
「うさぁ~???」
「おおかみさんうさ?」

 其れは何者か、というある種の哲学的な問いにモルテたちはやはり適切な答えを紡ぐことが出来なかった。
 なぞなぞを仕掛けたわけでは無いのだが……どう答えるのが『正解』か悩む様子のモルテたちからは、価値のある情報は聞けそうもない。

(こういう時には、口下手が仇になるな……)

 するとやや困った様子でいる黒騎士を見て、オットーが助力を申し出て。

「子どもの相手ならば、僕にもできますから」
「……うむ」

 優し気な青年はモルテたちの前にかがみ込んで話しかけた。

「ねえ。その……ベオニオさまのことは、好きかい?」
「うさー!!!」
「はいはいはい!!」
「……いや、挙手しなくても話していいからね?」

 なぜか手を上げて発表(?)したがるモルテたちの勢いを見るに、その答えは聞くまでもないものなのだろう。配下に慕われているのは間違いなさそうだ。

「|ご主人《ベオニオさま》のために、がんばるの」
「|しあわせになれる《クロツメグサの》ゆびわをつくって、かんむりだってあげるの……うさ!」
「……」

 そんな|こと《未来》を楽し気に語るうさぎ耳の小さな女の子たちに、ルパートは少し考えてから再び尋ねてみた。
 きっと、『騎士』であるという答えは返ってこないだろう。
 それでも一つの答えを知っておくことは出来るだろうから。

「では、お前たちにとって……いや。お前たちは、ベオニオを“どんな風に思っている”のだ?」

 それは彼女たちが|指輪《永遠》をつくってあげたい相手で。
 それは彼女たちが|冠《栄冠》を捧げたい相手なのだろう。
 そして――。

「ええとね、ええと……」
「う、うさぁ~」

 何だかもじもじくねくねしながら、恥ずかしそうに言いよどむモルテたち。
 それでもじっと答えを待っていると、やがて自分のたれた両耳をもみじのような両手でもって、顔を半分隠しながら、うさぎ耳の小さな女の子はこう言った。

「……あのね。おかあさんみたいだなって……おもうから……だいすきなの、うさ……」

 己の仕える主へとありったけの『しあわせ』を贈りたがる、|死合わせの紋章の化身《狂った支配者の道具》は、そう言ったのだ。
 ――胸の奥の奥の方にしまっていた大事な秘密を、そっと打ち明けるように。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『堕ちた人狼黒騎士『紅き魔眼石のベオニオ』』

POW   :    夜醒・黒風鎧装
レベル秒間、全身から【月が見える夜空を形成する異空間】を放出して全能力を倍増し、【漆黒の旋風】を纏い【凶暴で野性的な戦い方】で攻撃できる。月が出ていれば時間制限無し。
SPD   :    黒狼咆哮
レベルm半径内を【自身の激しい咆哮】で覆い、[自身の激しい咆哮]に触れた敵から【生命力】を吸収する。
WIZ   :    デストラクタ・スペル
対象のどこかに【鎧に備わる紅き魔眼石による呪印】を貼る。剥がされるまで、対象に【対象に貼りく呪印から発生する重力波】の引き寄せと【輝く紅き魔剣】の威力2倍攻撃が使える。

イラスト:koharia

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はルパート・ブラックスミスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●眠れる|花嫁《奴隷》
 猟兵たちが光の降り注ぐ大地を抜けて、闇の種族の『羽化の儀式』が行われている洞窟の奥へと進むと、穴倉の中に存在する広大な地下空間に辿り着いた。
 ドーム状の空間の底では、『常闇の燎原』で見たような『黒い炎』が燃え盛っていた。

 ごうごう、と。

 黒い炎は地を舐めるように巡り、廻る。
 時計のように円周上に配置された檻を、時計回りに順に巡っていく。
 この過酷を生き抜く足しにもならぬ、|要らないもの《幸福な記憶》など燃やしてしまえと。

「いやだ……こんなのやだよ……ああぁっ」
「なぜだ!? どうして俺を裏切った……」
「うそつき! うそつき! 守ってくれるって、言ったくせに……うそつきぃいいい!!!」
「ぼくは君が居てくれれば良かったのに。それだけで良かったのに。どうして……どうして……」

 見失った希望をくべろ。
 引き裂かれた愛をくべろ。
 守れなかった約束をくべろ。
 二度と還らぬ喜びをくべろ。

 ――絶望へ堕ちてしまえ、と。

 炎に包まれる度、魂人たちの悲痛な声が、虚しい怒りが、行くあてのない嘆きが木霊する。
 かつて幸福として刻まれたはずの記憶が、ひとつひとつ反転して|裏返って《永劫回帰して》いるのだ。

「やめて、もう、もう……やめてください」
「おねがいします。おねがいします。こんなこと、もうこれ以上は耐えられない……!!」

 |悲鳴《順番》が近づき、遠ざかり、また近づく。
 涙を流し懇願する声が、円の中心に向けて掛けられる。
 だが、そこに居る者がその声に応えることは無かった。

「……」

 聞こえているのかも定かではない。
 抜け殻のようになって眠る魂人の娘を抱きかかえ、それは立ち尽くしていた。
 花嫁のように白いドレスで着飾った魂人の娘。
 その胸は、呼吸の度にかすかに動いているから、恐らく生きてはいるのだろう。
 けれど、“それ”と同じようにこの空間に溢れる悲痛な叫びにも、憤りの声にも、ぴくりとも反応を示さず……目をさます気配はない。
 きっと、ひどく、ひどく疲れて――眠っているのだろう。

 それはやがて、そっと静かに娘を地面へ横たえると、来訪者――|第六の猟兵《イェーガー》たちへと向き直る。
 紅い瞳のように輝く魔石が埋め込まれた、呪われた鎧に包まれた姿。

 ――堕ちた人狼黒騎士『紅き魔眼石のベオニオ』。

 鎧は禍々しく変質し、肉体と同化し、その頭部は醜い獣の姿を晒していた。
 そして『羽化の儀式』を行う人狼黒騎士の胸部は今、まるで花が咲いたように“開いて”いた。
 鎧は破れめくれあがり、放射状に肉が裂けその『中身』を晒す。いのちの鼓動を打つ心臓はそこにはなく、ぽっかりと開いた孔の中には虚無が蟠る。

 ――戦え、戦え。

「ワカッテ……イル」

 ベオニオの全身から瘴気が溢れ出した。体を開き半身に構えて戦闘の態勢を取る。
 招かれざる侵入者を、進むべき道を阻む『敵』を、闘争の果てに屠るのだ。
 そして……今度こそ掴むのだ、“勝利”を。

「戦ィ……敵ヲ、倒ス」

 言葉も、記憶も、信じた正義さえ――翻る。
 何一つ確かなものなど無かったこの世界で。

「ソレダケ、ガ……」

 唯一の、疑いのない『真実』なのだから。
 醜く変わり果て、もはや隠す事も叶わなくなった嫌悪すべき姿。
 |獣《けだもの》の脳髄に響くこの声にさえ従っていれば、それで良いのだ。

 ――戦え、勝利セヨ。

 そうだ。その為に|不要物《要らないもの》は削ぎ落していく。
 何かを求めるというのは、何かを選び、何かを捨てるという事なのだから。

 呪われるだけでは足りなかった。
 化け物になっても足りなかった。
 生命を捧げても、足りなかった。
 もしかしたら選べたのかもしれない平穏を手放しても尚、足りなかった。

 ――勝利セヨ、勝利セヨ。
 ――サモナクバ……。

「ワカッテイル!! ワカッテ……イル」

 敗北の先に待つのが、何であるのかを。
 果ての無い虚無へと堕ちていく心臓の在りかが、有る筈の無い痛みをズキズキと訴える。
 ……だけどこれだって不要なものだから、捨ててしまえばもう何も感じなくなるだろう。
 ただ、力が必要なのだ。この世界で何かを望むならば、強大な力を示す以外に術はない。

 いずれにせよ、進む以外に道はないのだ。
 ――過酷な『世界』に、『運命』に打ち克つためには。







===================
●マスターより
 獣となって相食む『運命の奴隷』たち。
 昏き悪夢の世界で、か細い希望に縋るなど愚かしいこと。
 さぁ、その手を離してしまいましょう。そうすれば楽になれますよ……。

 ――ということで。
 3章、受け付け開始いたします。

●目的
 囚われた魂人の救出ならびに『|堕ちた人狼黒騎士《紅き魔眼石のベオニオ》』の討滅。

●プレイングについて
 マスターコメントにも書いてある通り、下記から行動を選択してください。

 a.ベオニオと戦い時間を稼ぐ。
 b.魂人たちを解放する。
 c.それ以外。

●障害1(ベオニオとの戦闘)
 非常に強力なオブリビオン、闇の種族である人狼黒騎士との戦闘です。
 純戦闘系のオブリビオンで、格上相手との死闘を経験し続けた戦闘技術に加え、人狼として研ぎ澄まされた感覚や身体能力など、純粋な能力値でも現在の猟兵を凌駕しています。
 弱点らしき弱点は正直なさそうですが、効果のあるキーワードなんかも設定してみてます。
 OP読めば書いてあるレベルなので、これかなと予想がついた方は試してみるのも一興かも。

 広範囲攻撃は当てやすいですが、戦場には要救助対象が存在することにご留意ください。
 地形的、敵との相性的にも、高い水準で白兵戦を行える猟兵以外には非推奨パートとなります。

●障害2(奴隷の檻と鎖)
 魂人たちは頑丈な檻に入れられ、さらに鎖で繋がれています。
 猟兵であれば破壊は可能ですが、中身を傷つけずに救出していくにはある程度時間がかかります。
 また、囚われた魂人たちには『モルテ』が憑依していますので、非実体に作用できるようなユーベルコードなどがあれば望ましいでしょう。
 こちらは、様子を見てあんまり手薄すぎるようでしたら、ある程度はサポートをお借りして補完するかもです。

 尚、モルテたちは戦闘には加わらず、ベオニオ討伐後には自動的に消滅します。

●味方
 魂人の青年オットーとブレイズキャリバーらしき少年が同行しています。

 オットーは猟兵が苦戦すれば『永劫回帰』を使ってサポートしてくれます。
 一応先に使わないよう断っておくことも可能ですが、むしろ有効利用した方が全体の被害はマシになる可能性が高いでしょう。死ぬような前提の行動も死なずに行えるのは、実は結構強いので。

 ブレイズキャリバーの少年はベオニオとの戦闘に参加します。
 邪魔にはならずむしろ戦力になる程度には立ち回りが強いので、基本的には気にしなくてOKです。

●魂人たち
 解放してあげられたら、『永劫回帰』を使ってサポートしてくれます。
 また、儀式の場からの脱出も自力で可能です。肉体的には割と元気みたいです。

●ヴィオラ
 永劫回帰を使いすぎたためか、今は眠っていて目覚めなくなっていますが……。
 ベオニオも彼女を傷つけるつもりはないのか、戦闘に巻き込まれる心配は少なそうです。
 現在進行形で削られている他の魂人に比べ優先度は低そうですね……。
 と、あからさまに罠っぽいことを言って誘導しつつ。

 では、醜い、醜いけだものを――“おおかみさん”を、いざ、|退治《誅伐》と参りましょう。
ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!

ボクにかかれば一瞬で約1680万通りの彼の倒し方を思い付くなど容易い事さ!
その結果…めんどくさいっ!

●のでc.!
●UC『神知』使用
働かない事に定評ある[叡智の球]くんに檻【切断】ビームしてもらいながら…
魂人くんたちにシーッと指を立て、叡智の球くんを介してうさちゃんに話しかる!

うさちゃん!みんなあっちで美味しいお菓子を食べてるよ!早くいかないと無くなっちゃううさよ!

うさちゃん!あっちの川でお友達が溺れてるうさ!はやく助けにいかないと大変うさ!

そんなんで騙されないって?
でも言葉に耳を傾けてしまったとき…すでに『心の扉』は開いてるんだよ!
って【催眠術】入門書に書いてあった!



●うさぎさらい
 醜く強い獣の肉体。それでも尚、吸血鬼に抗するには脆かった躰を硬き鎧に包んで。
 呪われし黒狼が咆哮をあげる。
 およそ人間が出すようなものではない、激しく苛烈な人狼のこえが大気を震わせる。

「怒ってる……さてはめちゃくちゃ怒ってるね!」

 怒り。それは己の領域を侵す侵入者への怒りか、羽化の儀式を妨げられた怒りか――大きく裂けた狼の顎から発せられた叫びは世界をも引き裂き、かみ殺すほどの激情が込められていた。
 そしてその怒りは現実、敵対する者――ロニ・グィーらの生命を蝕み奪い取っていく。

「何をそんなに怒っているのか知らないけどさぁ」

 しかし事ここに至ってもうごうごしながら、ロニは緊張感の欠片もない顔で言い放つ。

「ボクにかかれば一瞬で約1680万通りのキミの倒し方を思い付くなど容易い事さ!」

 そう。それがどれくらいたやすいかといえば、赤子の手をひねるほどTAYASUI!
 まぁ、実際、倒すだけならそれほど難しくは無いのだ。儀式を途中で失敗させれば闇の種族は必然的に滅びるのだから、魂人たちを“どうにか”してしまえばそれで終わる。彼らの救出が目的でもある猟兵には取れない手段でも、例えば他のオブリビオンなどであれば躊躇うことなく実行するだろう。

 勿論、|一般善良《よいこ》な猟兵であるロニはそれ以外の方法で1680万通りの――正確には16777216通りの勝ち筋を見つけたという。さすがは神様だ。
 ……。
 ……汝、神を疑うなかれっ!

 ロニのピンク色の脳内で様々な情報要因が駆け巡り、約1680万通りの勝ち筋から最適なルートを比較検討していく。その結果、やがて高度な演算を終えたロニはくわわっと目を見開き。

「……めんどくさいっ!」

 面倒くさくなった。

「うーん。|グリッチ《バグ技》を使えばいけると思うんだけど、やる気がでないんだよねぇ」

 それはピクセル単位の移動やフレーム単位のシビアなタイミング管理が求められる、神様の奥の手。
 上手くいけば壁に埋まったまま無敵状態になり一方的に攻撃し続けることが出来るが……その場合は全ての攻撃は壁からはみ出たお尻から出る(捏造)。
 傍から見れば壁尻に向かって延々と攻撃を続ける闇の種族と、気の遠くなるような時間、壁の中からお尻をふりふりし続けるロニという――手に汗握る激戦が繰り広げられることになってしまうだろう。

「ので! ……うさちゃんたちをさらってしまおう」

 かくして、結局は正攻法通りとらわれた魂人の救出に向かうロニ。

「いっけー! 働かないことに定評のある『叡智の球』くん……!」

 各種取り揃えております浮遊球体群の中で、今回は精神や機械、概念に干渉する力を持つ叡智の球を遣わした。その球体からビームを出して檻を切断させていく。

「うぅ……だ、だれ? だれでも良いから、たすけてください……」
「シーッ」

 けれど、檻と鎖を砕いても、彼ら彼女らはまだ完全に自由ではなかった。『死合わせの紋章』モルテがその体内に取り付いて、闇の種族へと永劫回帰を捧げさせているのだ。
 だから、ロニは魂人の口を閉じさせ、|神知《ゴッドノウズ》を起動。
 まずは“彼女たち”へと話しかける。

「うさちゃん!」
「うさ~?」
「みんなあっちで美味しいお菓子を食べてるよ!」
「Σ うさっ。おかしうさ……?」
「早くいかないと無くなっちゃううさよ!」

 そしてロニはモルテをお菓子で釣ろうとした。
 ……それはさすがにモルテちゃんをばかにしすぎうさぁあああああああああ!!!!!

「うさっ……うさぁああ……でもでもぉ、モルテちゃんいまはおしごとちゅううさ……」
「って、一応悩むんだね。それじゃ次」
「うさ? それじゃつぎっていったうさ?」
「……言ってないうさ。それよりうさちゃん! あっちの川でお友達が溺れてるうさ! はやく助けにいかないと大変うさ!」
「Σ うさぁあああ……!?」

 そんなお馬鹿な茶番劇を繰り広げるロニとモルテ。
 ベオニオはそちらをちらりと一瞥して――戦闘態勢をとる他の猟兵たちへと再び向き直った。
 どうやら、儀式の場から連れ出そうとすればどうなるか分からないが、こうして話している程度ならば狙われやすいということもないようだ。

「うさ……でも、ほんとううさ?」
「たぶん、うそうさ?」
「そううさ。かしこくてかわいいモルテちゃんが、かわくらいでおぼれるはずないうさ!」

 めちゃくちゃ集団で流されてましたよ……。
 だけど、目の前で見ているわけではないモルテたちにはいまいちピンと来ていない様子。
 どうやら自分の言葉を疑い出したモルテたちに、ロニはふっと笑って見せて。

「そんなんで騙されないって?」
「そううさ。うさぎをだましたり、おかしをくれないのはやめるうさ!」

 ロニはやれやれと首を振る。このうさぎはまだ分かっていないらしい……。
 ここは一つ、神様が教え導いてあげるしかないだろう。

「でも言葉に耳を傾けてしまったとき……すでに『心の扉』は開いてるんだよ!」
「Σ うさっ?」
「……って催眠術入門書に書いてあった!」

 そう。これは決してしょうもない茶番劇ではない。|【神知】《ユーベルコード》を用いた催眠誘導で、ロニはモルテの『心の扉』をノックしていたのだ。
 そして、それに答えてしまったモルテはすでにロニの術中にあった……てコト!?(あやふや)

「かみさま、そんなこといって……モルテちゃんをおっかけてきちゃったのは……もしかして」
「うん?」

 どういう原理か、魂人の頭から耳がぴょこんと飛び出る。
 そしてモルテは、モジモジしだした。
 
「もしかして……モルテちゃんのこと、すきになっちゃったうさ?」
「うぇ?」

 ちらちら、と。
 俯きながら、何だか朱色に染まった顔でロニの様子をうかがいお返事を待つモルテ。
 ――どうやら、扉は扉でも変な心の扉を開いてしまったようだ!

「でもでもぉ、こまりますうさぁ……。モルテちゃん、|ご主人《ベオニオさま》におつかえする、だいじなおしごとがありますうさ……」
「いや、ちょっとまって」
「かみさまのきもちには、こたえられませんうさぁぁ……」

 そして、訳がわからない間に何かフラれた?!

「こいばなうさ?」
「かみさまが、モルテちゃんにこくはくしたって……うさ」
「モルテちゃんかわいいからうさねぇ」

 興味津々に集まってくる野次うさぎたち。
 思わず何も言えずにいるロニへ、モルテのお説教(?)がはじまった。

「なんでだまってるうさ!?」
「かみさまは、モルテちゃんのきもちぜんっぜんわかってないうさ!」
「そううさ! おんなのこは、りんごがさんこあって……りんごおいしいうさ!」
「」

 神さまにだって分からないことくらいあるというのに、何か吊し上げられるロニ。

「うああ、たすけて、面倒くさいうさ!」

 そう言われても困るうさ……!

「まぁ、冗談はこれくらいにしておいて……キミたちも、そろそろ『しあわせ』になっちゃいなよ」
「Σ うさぁっ」
「Σ ぷろぽーずうさ!?」

 檻の中にいた魂人――に憑依したモルテたちが、たまらずにうさうさと盛り上がっていく。
 そして。

「すこやかなるときも、やめるときも、よろこびのときも」
「かなしみのときも、とめるときも、まずしいときも」
「あいし、うやまい、なぐさめあい、ともにたすけあい」

 結婚式ごっこらしきものをやりはじめたうさぎ耳の小さな女の子たち。

「そのいのちのあるかぎり、まごころをつくすことを……ちかいますうさ?」
「……はいはい、うさ」

 溺れる者を救おうとより深みにはまる者たち、大きな流れに浚われ流されていくばかりの過去の残骸へ、ロニは小さな手を差し伸べる。

 それは、導きであり、光であろうとした者たちの成れの果て。
 どうしようもなく狂いながら、此方彼方の“境界線”を越えた向こう側で、もがき続ける者たち。

 誓いを口にすることは簡単だった。
 変わらずに誰かを愛し、敬い、慰め――まごころをつくすことが簡単ではないとしても。

 その命のある限り……。
 けれど、彼女たちはもう『生きて』はいないのだから。

(さて。これである程度言うことは聞いてくれそうだけど)

 憑依の解除は出来ていないが、騙して連れ出すこともある程度可能そうな状況にはなった。
 後は、避難を開始して完了するまでの間、ベオニオを如何にして抑えておくか――

 戦いは、まだこれからなのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

ミヤビクロン・シフウミヤ
※途中参加失礼します。アドリブ歓迎
僕と同じく夜を象徴し、狼の名を持つUCの使い手である相手か。なら僕が行かないわけにはいかないよねぇ!っと意気込んだけど、今回の人格は別人格の1人…【紫音】だ。僕の身体がもつか、相手にダメージを与えるか勝負です。
まずはダブル・フェイク・ファクト・ムーンに触れて紫音を呼び出して入れ替わる。紫音は接近戦を好み笑顔で斬り殺す。痛みを受けようものなら更に喜び勇む。
とはいえ、今回は敵が格上の存在。まずは覚悟を決め切り札のESP ニューロンで侵食されつつ、更に激痛を激痛耐性で耐え反応速度を増強し、禍津之狼を発動し寿命を減らしながら更に限界突破して危険とわかりつつも高速移動で急接近し攻撃を見切りつつ回避しながら背後にまわり、愛刀の紫桜 夜雅に埋め込んでいる魔晶夜眼で電撃属性を付与されている紫桜 夜雅で後ろから首を斬りマヒさせる。その後、一歩下がり地面を踏みしめ首を禍津之狼の斬撃波を飛ばして斬り、高速移動で移動しながら隙を探して隙を見つけたら即、居合から斬撃波を放ち斬る。



●|妖狼《けもの》と|黒狼《けもの》
 その獣にとって夜空に浮かんで見えるものは月だけだった。
 それは|人狼《おおかみ》を狂わせる光を降り注ぐ、忌まわしき月。

 ならば獣にとって夜とは恐ろしいものだっただろうか?
 けれど、この世界では夜とは永劫に続く――明けることのないものだ。

「夜と狼、か……」

 家畜化された犬でさえそうであるように、夜行性の|獣《狼》は夜をその活動の舞台とする。
 そうして月を見上げてあげる|咆哮《遠吠え》が何の意味を持つのか、ミヤビクロン・シフウミヤ(多重人格の壊れかけてきてる妖狼・f04458)には知る由も無かったが。

「なら僕が行かないわけにはいかないよねぇ」

 それはそのようにあれと定められた|戦闘用実験体《ミヤビクロン》を象徴する重大な要素でもあった。
 だから、だろうか。彼女は惹きつけられるように、こうして強大なる闇の種族の『羽化の儀式』が行われている暗い洞穴――|怪物《ばけもの》の肚の中へと足を運んだのだ。

「じゃ、やるか……と、言いたいところだけど」

 小さく息を吐き漆黒の髪に添えられた|星と月の髪飾り《W・F・F・M》にそっと触れる。すると左右の瞳の色――緑と紫のオッドアイが反転し、纏う雰囲気がより好戦的で剣呑なものへと変わっていく。
 髪飾りに触れることをキーとして多重人格者であるミヤビクロンの副人格の一つへ人格が切り替わったのだ。近接戦闘を好み、笑顔で敵を斬り殺す戦闘狂――『紫音』へと。

(さて、僕の身体がもつか、それとも……)

 そうして使い手の生命を喰らい紫に輝く妖刀を携え、ミヤビクロン――紫音は笑う。
 |戦闘狂《バトルマニア》であればこそ、此度の相手が己よりも格上であることは自覚していた。
 敵は闇の種族――ダークセイヴァー第三層を支配する一際強大なオブリビオンだ。その力は猟兵を基準としても危険視される『第四の貴族』――吸血鬼を支配する紋章付きのオブリビオンでさえ従える。
 日々力を増しつつある猟兵とていまだ届かぬ力量故に、正面戦闘は推奨されていないような存在だ。

「まぁ」

 それでもなお挑むというのならば、命を落とすことも受け入れねばならない。
 戦いとは、元来|そういう《殺し殺される》ものなのだから。

「……覚悟はできてるさ」

 手加減や出し惜しみをして叶う相手ではないだろう。
 だから、戦闘の為に造られた生命は初手から切り札を切った。ESPバイオニューロン――肉体を侵食し、反応速度を増強する人造神経細胞を活性化させる。
 だが、それは戦闘能力の増強と引き換えに激痛を伴い、肉体を蝕む――自らを痛めつける能力でもあって。

「あ、く………ハハッ」

 激痛が残された生身を駆け巡り、紫音は薄く笑う。
 感覚は研ぎ澄まされ、その分だけ鋭い痛みを味わいながら。
 時の流れを常よりも遅く感じ、その分だけ長く苦痛に晒されながら。

「我が身に纏いし怨念よ、我が命を糧とし我に力を与え」

 ――禍々しき妖狼の如く地を疾走り、斬撃の咆哮を吠え、

 詠唱と共に|禍津之狼《マガツノオオカミ》のユーベルコードを起動し、自らの発する言葉の通り、獣の如く地を疾駆する。

「……敵を喰らいつくす」

 そうして妖刀『紫桜夜雅』に自らの生命を奪われ喰らわれながら、その牙を黒狼に突き立てるべく。
 怨念に囚われた|妖狼《けもの》は、闇の深奥に住まう|怪物《ばけもの》へとその牙を剥いたのだった。

●死合
「邪魔……ヲ……ス……ルナ……」

 酷くしゃがれた、不自然な声を喉の奥から絞り出し、ベオニオは接近する紫音へと警告した。

「邪魔? ……違う、お前が私の」

 紫音の視界を、風景が線を引いて後方へと流れていく。
 粘性を持つ糸が張り巡らされた不気味な壁面と天井。黒き呪炎と、閉じ込める檻の残骸、苦しみに悶える魂人たち。
 ――ひどく殺伐とした景色。

「行く手を、はばむ、敵――!」
「邪魔、ヲ……ァアア……ッ!」

 苦し気な呼吸。鎧ごと開いた胸の奥には鼓動を刻む心臓もなく、ぽっかりとした虚ろがあるのみ。
 明らかに本調子では無いのだろうその獣は、しかし――それでもなお、埒外に強かった。

 常ならざる高速で移動する権能を持つ『禍津之狼』の速力にてベオニオに食らいつこうとする紫音は、まずは初撃を躱して背後へ回り込もうとした、が――。

(………………?)

 その見切りの技によって為す筈だった回避は、その前に一瞬で敵を見失っていた。
 不意に切り替わった視界に映るのは昏い天井ばかりで、予想外の風景に戸惑い確かめようとしても何故だか身体はピクリとも応えてくれない。ただ景色だけが、少しずつ流れていき。

 くるり、くるくる……。
 ――世界が、廻っていた。

 天井から壁面、そして地面へと視界が移り変わる。
 トサリと音がして――紫音がそこで見たのは、首を失い胴を裂かれて倒れ伏す己の身体だった。

(……あぁ。……これ、が……)

 ――廻っていたのは世界ではなく、自分の方だった。
 ベオニオの魔剣によって跳ね飛ばされた己の首が回転し、宙を舞っていたのだ。

(これが、死……かぁ……)

 あまりにも呆気なく。
 血流を失った脳は熱に浮かされた病人のように夢現を彷徨い、薄れゆく意識はやがて圧倒的な虚無感、孤独感に包まれ暗黒の世界へと沈んで行く。

(せめて……せめて、もっと戦っていたかった)

 圧倒的強者との死合いとはいえ、未だ何も為せていないことを悔やみながら。
 視界は暗転し――

「……!?」

 呼吸と、激痛とが意識を再浮上させる。
 生きている。まだ……生きていた。
 一撃のもとに切り離された首も、引き裂かれた胴体さえも元通りに――恐らくは魂人の『永劫回帰』によって無効化されたのだ。

(……これで)

 圧倒的な相対速度によって交錯した両者――紫音とベオニオの距離は十数メートルほど開いていた。
 |戦闘用実験体《戦いの道具》は刹那の迷いすら抱かず、大地を強く踏みしめ切り返す。過大な負荷に関節が軋み、筋肉が断裂し骨までもが悲鳴を訴えようとも。殺した|紫音《獲物》を置いて次の犠牲者へ向う黒い狼へと、その背中めがけて神速で迫る。

(これで……まだ、戦える!!!)

 死を刻まれた感覚に鼓動は高鳴り、大量に放出された脳内物質は全身を貫く痛みすら忘れさせた。そうしてただ戦うためだけに研ぎ澄まされた生命は、己を喰らう妖刀を引っ提げ再び高みへと挑む。
 次の瞬間には再び命を失うかもしれないというのに、口元には薄っすらと笑みを張り付けたまま。
 それはまるで死の淵へ真っ逆さまに墜落していくような生き様で。

「……」

 迫る紫音にベオニオが振り返る。
 鎧の各所に誂えられた魔眼か、洞窟を覆う粘糸の効果かは分からないが、正面以外も知覚出来ているのだろう。重心を低く落とし、魔剣を下段に構えた闇の種族には驕りも隙も見当たらない。

(強い、な……)

 考えてみれば当然だったのかもしれない。
 闇の救済者として戦っていたというならば、猟兵足りえぬ身でありながら|ヴァンパイア《最上の不死者》と戦い続けてきたのだ。ベオニオの戦いぶりはむしろ格上――圧倒的強者との戦いに慣れた者のそれだった。
 研ぎ澄まされた技術と工夫で、己よりも速く、己よりも力強く、己よりも頑強で、己よりも神秘に富んだオブリビオンと渡り合って来た武人。それがいまや猟兵すら凌ぐ力を手にしてしまったのだ。
 ならば、単純な力で抗ったところで――否、あらゆる策を講じ、賭けに打ち勝ち、死線を潜り抜けてさえ、勝ち目などほとんど無いのかもしれない。

「だが、まだだ……!」

 戦闘の道具として造られた己は、まだその性能の全てを出し切ってはいない。
 紫音は駆けながら刹那の間にも愛刀を振り上げ、振り下ろし、横薙ぎに斬撃を放つ。それは禍津之狼の権能を帯びて衝撃波となり、空を切り裂いて遠間にあるベオニオへと迫った。
 その斬撃も全身を鎧で覆う闇の種族にどこまで通じるかは分からないが――。

(……やはり、躱す!)

 黒騎士は直撃を嫌って衝撃波を回避する。
 けれどその分だけ、迎撃の勢いは緩むのだ。それは到底隙と呼べるようなものでも無かったが。

 ――急制動。負荷に耐えかねた足の骨が軋み、不吉な音を響かせた。
 脳髄を焼き焦がす痛みにも構わず一歩後退し、またしても見失いかけたベオニオの姿を今度こそ捉える。
 地を這い地を舐めるように低い姿勢、滑り込むように近づく黒い鎧へと再び衝撃波を放つ――躱される。

「変わった技だ」

 彼我の距離が近づき、剣の間合いへ。
 紫音は笑う。
 ……まだ生きている。戦える。

 ――もっと、もっと。
 例え腕が落ち、足が無くなっても。
 目が潰れて骨が砕け、血が流れ尽くしても。
 戦って、たたかって、タタカッテ……

「……クハッ」

 血を吐きながら、どうしようもなく笑みが零れる。
 完全な紙一重で紫音の斬撃を見切り躱してみせたベオニオに。そうして魔剣の鉤に絡めとられた妖刀に。柔らかな腹の肉を穿ち、脊髄を砕いて背中から生えた黒狼の貫手に。
 ……それでも、まだ戦えるから。

「邪魔……だ」

 零れ落ちていく命、死への墜落の最中に。
 雷が――黒い電撃がその命を喰らい続ける紫の妖刀から迸った。柄頭にはめ込まれていた『魔晶夜眼』から溢れ出した黒い電撃は魔法金属を導体として伝わり、硬き鎧に護られた黒狼の身をも穿った。

「!? グ、ガァアアアアッ……」

 黒狼の身体がビクン、と跳ねる。
 力の差はあろうとも、どうやら無敵というわけではないようだ。
 それは追撃の好機と言えたが……紫音にも最早崩れ落ちていく躰を支える力すら残っていなかった。

(ま、だ……)

 妖刀とは反対の腕で、ほとんど無意識に握り込んだそれのスイッチを指先で押し込む。
 暗闇へと沈んで行く意識の最後に、夜空に向け無数の星々の輝きが伸びていくのが映った。
 光は刃となって赤い球体を穿ち、貫き――

 ――パリン。

 やがて瘴気を帯びたその魔眼石は小さく音を立てて、硝子のように砕け散ったのだった。

 その光景を最後に見届け、紫音の――ミヤビクロンの意識が暗転する。
 数秒遅れて永劫回帰の権能がその身に宿り致命の傷を消し去ろうとも、失った血液と肉体――脳への過負荷故か、倒れ伏した彼女が目覚めるには今しばらくの時を要したのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

数宮・多喜
【アドリブ改変・連携大歓迎】
【時間稼ぎ戦闘】

全く、やりにくいったらありゃしない!
どう見てもあのヨロイオオカミ、
まともな状態じゃあねェだろうがよ!
強さを得るために「強さを求めた理由」まで捨てちまいかねないのを、ほっとけるかってんだ!
倒すのは到底無理だとしてもな、ここは抑え込む!

とかく強力な攻撃を捌ききるには骨が折れるけど、やるしかねぇ。
『衝撃波』を放って攻撃をなるべく逸らしつつ、
『電撃』の『マヒ攻撃』で少しでも動きを鈍らせ。
攻撃をできる限り『見切り』、『カウンター』で【心徹す礫】を叩き込む!
ちったぁこっちの話も聞きやがれ!

"ヴィオラ"!しっかりしやがれ!
お前が堕ち切ったら娘を助けられないんだぞ!



●理由
 数宮・多喜(撃走サイキックライダー・f03004)とは、誰もが目を背ける暗がりの中にさえ“真相”を求める|生命《いきもの》だった。それは恐らく彼女が猟兵であろうとなかろうと変わらなかっただろう、多喜を形成する根源的な性質。
 それ故に猟兵として目覚めた後には相棒と共に星々を駆け、|超感覚《テレパシー》を操るサイキッカーと成ったのかもしれない。

(……全く、やりにくいったらありゃしない!)

 そんな多喜の目に映る『|人狼黒騎士《ヨロイオオカミ》』は、現在どうみても“まとも”な状態ではなかった。

「ワカッテ……イル。ワカッテ……ア゛ア゛アァ……ッ!!!」
「何が分かってるってんだよ」

 時折ボソボソと漏れ聞こえる独白は、何かを酷く恐れているようでもあって。そうしてその何かに急き立てられるように強さと勝利だけを求め狂う姿は、何故だか多喜にとって放っておけないもののように映ったのだ。

「何のために戦い、何のために敵を倒すのか……本当にわかってんのかよ!?」
「グゥ、ゥ…………ナ……ニ…………?」

 本来、物理的肉体的な強さなどあくまで目的を達成する|手段《道具》の一つに過ぎない。
 単純な個体戦闘能力が全ての願いを贖うというなら、地球上で最も繁栄していたのはヒトではなかっただろう。

(強さを得るために「強さを求めた理由」まで捨てちまいかねないのを、ほっとけるかってんだ!)

 そしてベオニオは――危険な儀式を行い、猟兵を呼び寄せ、命を危機に晒している、鎧をまとった獣は……まるで、強さと勝利のためだけにその他の一切を投げうとうとしているようにも見える。

「答えろよ。お前は何故、強くなりたいのか」
「……グゥ、ゥ……」
「何のために、何に打ち勝ちたいのか!」

 その理由を問う多喜の声に、ベオニオは怯むように後ずさった。
 左手で額を抑え、まるで酷く苦しんでいるような呻き声を漏らす。 

「ガァ、ア…………ィイ……ドウデモ…………イィ……!!」

 きっと己に尋ねても思い当たる記憶は既に無かったのだろう。胸に開いた孔の中、鼓動を刻むべき心臓と同じように、それはとうの昔に欠落してしまっているのだ。
 そうしてただ“獣”の声が命じるままに敵対者を屠る狼。
 人間が考える葦だと言うのなら、それは既にヒトの在り様ではない。己の進むべき道も、運命すらも他者に支配された――まるで|奴隷《道具》の在り様だ。

「チッ……どうでも良いなんて奴が、そんなボロボロになってまで踏ん張るかよ!」

 呪詛と瘴気に冒され毒々しく変色した躰、異形と化し鎧と同化しつつある肉体を引き摺って、勝利だけを希求する人狼黒騎士。闘争に狂うその魂は、もはや戦いの中でしか救われることは無いのかもしれない。

(倒すのは到底無理だとしてもな、ここは抑え込む!)

 それでも、多喜は知りたかった。
 その行動原理を、そうしてこの獣が――明けない夜に光へと手を伸ばした、かつての希望だったいのちが、闇へ堕ち狂気へと至ったその“理由”を。

(……そうじゃなきゃ、|解決《すっきり》しねェだろ)

 だから、彼女は今此処に在るのだ。
 猟兵をも容易く屠り得る闇の種族の、その羽化の儀式が行われる危険な巣の中へと踏み入って。
 自らが思考し、望んだ目的を叶えるために。
 
 それは、|数宮多喜《友を忘れぬ猟兵》が|数宮多喜《探究者》である故に――。

●忘却
「ダ……マレ…………ダ、マレェエエエエ!」
「悪いが、そいつぁ無理な相談だよ!」

 失われた記憶へと誘導された思考が、定められた縛めによって脳髄を締め上げる。吐き気を催すような苦痛に悶えながら、人狼黒騎士はまずその“原因”を取り除こうとした。

 ――夜醒・黒風鎧装。
 洞窟の粘糸に覆われた壁面が消え失せ、天蓋には夜空が広がっていく。
 ユーベルコードによる異空間が広がり、天上より赤い月が矮小な獣共の争いを見下ろす。

「グゥ……ギ、ィ……ギァァアアアアアアア……!!!」

 その忌々しい光に照らし出された黒騎士は漆黒の旋風を纏い、怒りの咆哮をあげた。

(……とかく強力な攻撃を捌ききるには骨が折れるけど、やるしかねぇ) 

 弾丸にも勝る速度で迫る鎧に覆われた騎士の突撃は、例えその剣にかからずとも身体の一部に触れただけで致命傷になりかねない。刺々しいスパイクのいずれの部位であっても、まともに受ければ多喜の肉体は容易く粉砕されてしまうだろう。

「だが、いくら強く……力が強くなったってなぁ……!」

 衝撃波を放って牽制、獣の本能のままに襲い掛かるベオニオに至近から経路上に置くようにした電撃を浴びせ、僅かな硬直の間に再び距離を取る。

「……頭を使わなきゃ、戦いってのは簡単には勝てないものなのさ」

 本来であればベオニオは衝撃波など強引に弾き、電撃を潜り抜けて多喜の脆い躰を両断してしまえたのだろう。
 けれどその動きが激情に囚われ単調ならば、|虚実《フェイント》を織り交ぜ、罠を張り、一時的に拮抗した状態さえ作り出せる。
 発射される射線、弾道が完全に予測できれば弾丸が当たらぬよう身を躱すことも可能なように、多喜はその高い水準にある情報収集能力故にベオニオの行動を具に観察し、野性的な本能に任せて戦う黒い旋風――月光に狂う人狼黒騎士からも“かろうじて”命を護り続けることが出来ていた。

 ……そう、“かろうじて”だが。
 ベオニオの繰り出す致死の攻撃は凌げたとしても、無尽蔵の体力から繰り出される暴風のような連続攻撃は、その身を包む黒き旋風の末端に触れただけでも鋭い鎌鼬に切り裂かれたような裂傷を多喜に刻んでいった。

「す……好き勝手に、暴れやがってェ……」

 見る間に血まみれとなった躰からとめどなく血が溢れ熱が零れ落ちていくのを感じながら、狂った獣となって多喜を黙らせようとするベオニオへと。

「……ちったぁこっちの話も聞きやがれ!」

 暴れ狂う旋風を引き付け、カウンターに|心徹す礫《サイキカル・バレット》を見舞う。必中距離まで接近を許した代償に視界が潰れ、ダメージが臓器まで達したのか血反吐を吐き散らしながら。
 そうして多喜は自らのユーベルコードの権能が礫と化したサイキックエナジーを媒介として、強制的に精神感応の|パス《経路》をベオニオへと繋いだその手ごたえを確かに感じ取って、

 そして――

●揺籃のうた
 そこは血で満たされた底なしの沼のようだった。
 どこまでも果てなく続く赤い泥濘。
 決して命育つことのない、不毛に凍える大地。

 そこには天を衝くほどに巨大な狼が居た。黒い鎧を纏い、幾重もの鎖で繋がれた禍々しい狼。
 北欧神話に謳われる|フェンリル《神喰らう獣》を彷彿とさせる姿。

(……心象風景、か? それにしても、これは……)

 およそ人の抱くものとも思えないほど荒み切った世界は、怨嗟と絶望の悲鳴で満ちていた。
 永劫の闇の中、穢れた因果に囚われた魂たちが叫ぶ。

 ――痛い、痛い。寒い、苦しい。
 どうして私が……。いやだ、いやだ。
 殺してやる! ちがう、殺してくれ――!

 透き通った躰の魂人たちが赤い血の沼で溺れ、抜け出せずに藻掻き苦しんでいた。
 狼が血の沼へ鼻先を突っ込み、その魂人たちを血の泥濘ごと呑み込み喰らっていく。

 ――呪われろ、永遠に苦しみ続けるように!
 死にたくない、死にたくない! たすけて……!
 嗚呼、生まれた意味は無かった。何も無かった、何も……!

 そうして魂人たちの断末魔の呪詛と絶望を取り込み、狼は更にその巨体を肥大化させていく。

(アレは生贄の魂人、か? ……だとしたら、もしかすると)

 埒外の存在たる多喜は血の沼の上空に浮かび、その存在を探す。
 あの儀式の場でベオニオが檻に囚わず、喰らうことを躊躇したのかもしれない存在――ヴィオラ。
 けれど、精神感応に長けた多喜の感覚を以てしてもそれらしき者の姿を見つけるには至らなかった。
 ただ、

(……何だ?)

 狼を繋ぐ一筋の鎖の先、ポツンと小さな籠の船のようなものが浮かんでいた。
 狼はまるで意識していないのか、多喜がそれに近づいてみても何の反応も示さない。

「こりゃ……ゆりかご、か?」

 赤子を寝かせあやすための道具にも似たそれに、確かめようと手を伸ばす。
 ――と、チクリとした痛みが指先に走った。
 見れば、てのひらに乗るほどに小さな人形じみた小人が、多喜の人差し指に力一杯噛みついていた。

「!? 痛っ………くないな、そんなに」
「―――~~~~ッ!!!!! 」

 大した痛痒も無く、噛みついてきた小人を反対の手で弄って観察する。
 小人はぶるぶると震えながら、必死に、まるで竜の逆鱗にでも触れたかのような暴れっぷりでジタバタと手足を振り回し、呼吸をするのも忘れて多喜に抵抗するのだが……それはいっそ抵抗されている多喜の方が悲しくなるほどに、何の意味も為さなかった。

「……そんなに暴れなくたって、別に何も盗りゃしないさ。だから離してくれ……っと、お?」

 その言葉が通じたかどうか、小人は急に力尽きたようにぐったりと脱力して、血の沼へ真っ逆さまに落下していく。多喜が慌てて手のひらで受け止め様子を確かめると、痩せっぽちの小人はどうやら酷く衰弱して、既に死にかけているようだった。

「ヴィオラ……じゃねぇな。それじゃ、コイツは……」

 小人には狼のような耳と、尻尾が生えていた。
 まごうことなき人狼の特徴――それは、堕ちた人狼黒騎士『紅き魔眼石のベオニオ』の欠片だった。

(……そうか。これが、お前さんにとっての“宝物”かい……?)

 小さく冷え切った身体を震わせ、浅い呼吸を繰り返すそれを、多喜はゆりかごの中へと帰してあげた。
 それこそがこの小さな人狼の欠片がかろうじて存在していられる場所であり、全てを失い狂い果てた狼にたった一つ残されていた“理由”なのだと、言葉を交わさずとも直感したのだ。

「………???」
「……ああ。何も盗りゃしないし、いじめたりもしないよ」

 ベオニオの欠片はゆりかごの端に背をもたれかけ、しばらくはじっと此方を見上げ様子を窺っていたが、やがて多喜に本当に害意が無いことに納得したのか、

「――……♪」

 蚊の鳴くようなか細い声で、歌い始めた。
 いつの間に持ち出したのかうさぎにも似た垂れた耳のぬいぐるみを抱いて、苦し気な呼吸の合間に、途切れ途切れのかすれた声で。

(……子守唄、か)

 なのにその声はどこまでもやさしく、子を想うあたたかさに満ちて紡がれていく。
 それはただ、安らかに……どうか、ただただ『安らかに眠れますように』という“願い”の結晶。

 怨嗟と絶望に溢れ、冷たく荒れ果てた心の中で、たった一かけらの胸をあたためる光に身を寄せて。
 それだけを守るために、血に塗れた地獄で足搔き続ける者は。
 けれどもう既に、何もかもがあまりにも手遅れで――。

(……)

 多喜がそれ以上にかけるべき言葉を見失い、沈黙が落ちた世界へ。

 ――そう、駄目だよ。ぼくの友達に『もっとしっかりしろ』なんていっちゃあ!

 ひどく、ひどく耳障りな不協和音が、ベオニオのか細い|願い《子守唄》を塗りつぶすようにして響き渡った。

「――……!!!」

 小さな悲鳴が聴こえて。
 多喜が覗き込んだゆりかごの中、ベオニオの欠片は青ざめ、震え、尋常ではない怯えようを見せる。

(――ああ、そうか……お前が……盗ったのか……だから、コイツはこんな風に……)

 猟兵が心ある者の心をつなぐユーベルコードをも使いこなすならば、オブリビオンにも同じことが出来ない道理はない。その“声の主”は心を読み取り、|記憶を改竄する《心を弄る》権能をも持つ|怪物《ばけもの》だった。

 ――ぼくの友達はもっとつよくなりたいって願ったんだ!
 だからぼくはとってもとーってもつよくなれるように、手伝ってあげる!
 つよくなって、護りたいって願ったよね! だったら、ぼくのことを護らせてあげるね!

 耳障りな笑い声が響いて、血の沼が激しく波を打つ。
 世界は罅割れ、消滅し、また新たに生まれ変わろうとしていた。

「クソ、……やめろ、その笑い声をやめろ!」

 崩壊していく世界から、多喜が――埒外の異物が弾き出されていく。
 一つの|“解”《真相》へと辿り着いた筈のその胸中には、けれど喜びなど微塵も湧いては来ずに。

「―――~~……」
「っ駄目だ! お前が堕ちきっちまったら……」

 死でさえ救いではなく、その|先《未来》もずっと上層に棲むオブリビオンの玩具とされる――そんな世界で。
 ならば、せめて……と抱いた願い。荒れ狂う血の波に飲まれ沈んでいく|ゆりかご《魂の願い》が。
 その場所を離れられずに、それでも必死に手を伸ばし何かを叫んだ小さな魂の欠片の、声にすらならない|叫び《過去》が。

 手の届かぬ“境界線”の向こう側で、泡のように弾け、消えていく。
 この残酷な世界にありふれたそんな現実が……|現在《いま》はただ、多喜の目にどうしようもなく悲しく映るのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!

やあこっちはどんな感じ?あっちはまあなんとか…
馬鹿話してる間に[叡智の球]くんがいい感じにしてくれたからいいタイミングがくればいい感じに誘導できると思うよ!(そこそこの成功だから多分)

●伏せ札めくり
『今こそ語らねばなるまい―――』
『今こそ語らなければなりません―――』

んー、ナレーションの出だしはどっちがいいかな?
UC『歪神』の世界で登場人物たちの過去解説をナレーションさんにしてもらおう!
過去が分かれば彼らに刺さるワードも分かる!趣旨にも沿っているね!

―――さあ、後はこの悲劇は終わらせるだけ

あ、劇の終わり際にうさちゃんたちには溺れウサギの過去のビジョンを見せて誘導するね



●檻の中
 ダークセイヴァー第四層。
 そこは|光《太陽》に見放されて久しい世界。
 天蓋を覆う夜は冷たく、暗く――絶望に慣れた世界では、もうだれも明りを持とうとはしない。

 そうして冷たく強張った大地には、虫けらのようにはいつくばって生きる獣たちが居た。
 地べたにうごめくその獣どもは翼を持たなければ、身を守る為の鋭い牙も、爪もない。
 その肉体は容易く壊れ、霧に変じることもできず、ごく単純な怪力さえ持ちえない。

 けれど、そんな風に血肉を食われる以外に存在価値のない、何のために生きているかも虚ろな賤しき獣たちにも、娯楽が無いわけではなかった。

 光が枯れた夜の下、冷めきった大地の上。
 ひとかけらのぬくみも宿らぬ、硬く冷たい檻の中。
 ひとりの幼い女の子が鎖に繋がれ、それは声を上げて泣いていた。
 
 ――たすけて。たすけて。

 痩せこけた獣たちが、青白い顔に引き攣った薄笑いを張り付けてそれを見ていた。
 ある者は檻の中に向かって石を投げ、更に勇敢ならば|すすり泣く子《恐ろしい怪物》を棒で叩いて|喚き散らす《正義を叫ぶ》。

 ばけものめ! ばけものめ!

 月光に狂いその凶悪な本性をあらわす怪物へ、正しく怒りを燃え上がらせる。

 けれどその獣たちは、檻の中に捕らわれている|幼子《ばけもの》にも良く似た姿をしていた。
 強いて両者の違いをあげるとするならば――それらにはふさふさの尻尾や、犬のような耳がないことくらいだった。



§



 強大なる闇の種族、堕ちた人狼黒騎士――紅き魔眼石のベオニオ。
 その新たなる“門出”に駆け付けた猟兵たちは、囚われた|魂人《花嫁》を解放し、闇の種族に更なる力を与える『|羽化の儀式《永遠の誓い》』を阻止する“略奪者”でもあった。

 その人さらい代表、ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)は見事その口先で魂人たちに憑依したモルテたちを口説き落としていた――

「あっ。なんでかみさままだいるうさぁああ……!!!💢💢💢」

 ……と思いきや。
 その関係はモルテ曰く女の子の気持ち(?)が分からなかったせいで、『あっ』という間に破局を迎えていた。
 だけど今はそんなことは重要では無いのだ。
 ロニは|モルテ《元カノ》にゲシゲシと蹴られながら、共にこの場に臨む猟兵へ声をかける。

「やあ! そっちはどんな感じ?」

 銀に輝くふさふさの尻尾を躍らせ、同じ色の狼耳をピンと立てて、義理堅い仲間の一人が何とかそれに言葉を返す。

「時間は……稼ぐ」
「わあ……大変そうだね! こっちはまあなんとか……」
「にかいこうどうなんて、ひきょううさぁああああ!!!💢💢💢」

 戦況は到底優勢とは言えず、時間を稼ごうとした猟兵が一人、また一人と血だまりに沈んでいく。魂人の青年オットーが永劫回帰を駆使しており、死者こそ出てはいないが、すでに戦闘不能に陥った者たちも居るようだ。
 そんな同僚達の死闘をまるで映画でも鑑賞するようにのんびりと眺め、モルテ(に憑依された魂人)たちに寄ってたかってゲシゲシ蹴られながら、ロニは魂人たちを救出するその大役を請け負うのだ。

「うそうさ! みんな、わるいかみさまにだまされてはだめですうさあ……!」
「いやいや、馬鹿話してる間に『叡智の球』くんがいい感じにしてくれたから、いいタイミングがくればいい感じに誘導できると思うよ!」

 いい感じに……とかめちゃくちゃふわふわしてる表現だけど、きっと大丈夫なのだ。
 一見、あまり何ともなってなさそうにも見えるが。歴戦の猟兵である|ロニ《神さま》がそういうのなら、きっとそうなのだ。

「多分、だけどね!」

 ………。
 だ……大丈夫……だいじょうぶ!

「うそうさ! ただのつよがりうさ!」
「ふ……だけど、それはつまり――?」
「Σ うさっ!?」

 バッチリ|表題《タイトル》回収したということ。
 ここまでの万象全てが、深謀遠慮たる神さまの計算通りに進んでいるという証左に他ならないのだ。

「やったね!」
「うさぁ……ウスァァアアア……」

 相変わらずと緊張感の無いそんなやり取りを繰り広げ。

「さて……今こそ語らねばなるまい―――」
「うさ……モルテちゃんのこころをもてあそんでおいて……いまさらなにをうさ💢」
「どうせ、かみさまは、モルテちゃんのからだだけがめあてだったのうさぁ……💢」
「……それ、キミたちの体じゃないじゃん」

 ほっぺたをふくらませ、いかにも「ぁたしぉこだょ」と主張してくるモルテたちに囲まれながら、ロニはその唇にそっと真実をのせて語る。
 ……語る?

「んや……やっぱり、今こそ語らなければなりません―――?」
「なにをいってるうさ! おなじいみうさ!💢」
「……んー、ナレーションの出だしはどっちがいいかな? と思って」
「そんなことよりもっとモルテちゃんのことをたいせつにかんがえたりするうさぁあ!!!💢💢💢」

 別れたいのか、まだ好きでいて欲しいのか、すごく情緒不安定なモルテたちにケリケリされながら。

「『歪神』の世界で登場人物たちの過去解説をナレーションさんにしてもらおう! と思うんだ!」
「……ナレーションさんってだれうさ?」

 ロニの目的はほんの少しの好奇心と、闇の種族攻略の糸口を探ること。
 過去が分かれば、その心を揺さぶり琴線に触れる言葉さえ見つかるかもしれない、と。

「うさ……よくわからないけど、なんだかやめておいたほうがいいとおもいますうさ……」
「なんでうさ? ボクは自由うさ!」

 そんなちょっとずるいことも考えながら起動した|歪神《ゴッド》が見る|記憶《世界》の中。

 赤い紅い色した空間に乱舞する無数の|ハート《心》、|ダイヤ《宝》、|スペード《剣》――そして|クローバー《幸福》と共に。

 ――すごい、すごいよ第四層のひと! 君は、さいごまでやりとげたんだね!

「……んげっ。何か、イヤな予感……?」
「だ、だからいったのですうさぁ……!」

 響いた声に、モルテたちが泣きそうになりながらロニにぴとっとくっついてくる。
 映画でも見るような軽い気持ちで覗こうとした過去で、現在のロニなど軽く凌いでしまうだろうその存在は“歓喜”の声をあげていた。

 ――どんなに過酷な運命にもまけずに、君は、君の希望をたくして……とうとうそれをまもりぬいたんだ!
 とっても、と~~~~っても、ほこらしいね!

 祝福するような言葉の中身とは裏腹にひどく耳障りで、正常な精神を蝕むようなその笑い声。
 そっと見上げれば、下半身に無数の高層ビルを生やした、数百メートルを超える巨体の邪神――

「……帰ろう!」
「うさ!」

 脱兎のごとく引き返そうとしたロニと、なぜかついて来ていたうさぎの女の子たちの行く手を、闇色のオーラが溢れて遮る。
 高潔なる光をも喰らい、穢し狂わせる|瘴気《闇色のオーラ》の発生源のその正体は……

 ――やぁ、猟兵のひと! ぼくが、ぼくこそが、ナレーションさんだよ!

 神さまの注文通りのナレーションさんだ。
 やったね!

「チェンジ! チェンジでっ!」

 で き ま せ ん!

「ふ……そういうことか。OK、完全にはあくした」
「うさぁ、うさぁああ……」
「――さあ、後はこの悲劇は終わらせるだけ」
「Σ かみさまげんじつとうひはやめるうさぁあああ……!」

 キメ顔でキリッと語るロニの首を、しがみついたモルテがガクガク揺さぶって。

 ――さぁ、ちょうどいい|目玉《素材》もとどいたし、君の遺した“宝物”のみらいをみとどけにいこうよ!

「……だから、|ボク《神さま》は素材じゃないってゔぁぁあああああああ!」

 きっと他のみんなとは違う、とっても|幸福《しあわせ》な人生がまっているよね……なんて。
 無邪気にも感動に巨体を震わせるソレは、抗議するロニのユーベルコードに介入して有無を言わさず歪神の時空を渡る。この場所に訪れた魂人たち全ての故郷――ダークセイヴァー第四層へと。

 ――たすけて。たすけて。

 |叫んだ《聴こえた》声は誰のものだったのか。

「く、クソゲーだぁああ……!」
「う、うぴゃぁああああ……!」

 きっと本筋とはあんまり関係ない場所で、何だか絶体絶命の危機に陥る神さまと死合せの紋章の化身たちであった。

●解放
 その後、どうにかしてナレーションさんの魔手から逃れたロニたちは、その勢いのままに洞穴からの脱出を図った。

「さぁ、うさちゃんたち、今うさ!」
「うさ……うさぁぁあああああああああああああああああん……!!!!」

 どうやらモルテたちもナレーションさんのことが苦手だったらしい。パニックに陥った彼女たちを丸め込むのは、ロニにとって赤ちゃんと手をつなぐくらい容易いことだった。

「ここで催眠術の入門書を流し読みした経験が生きたよね!」
「うさ? ……いまさいみんじゅつっていったうさ?」
「言ってないうさ」

 そうして何とか洞穴を抜け出たロニは、まん丸な金色の瞳で疑わしそうに見上げてくる3.5頭身にしれっと応えてから、あれ? と首を傾げる。ふと感じた違和感。何かが、何かがおかしい……

「!? き、キミたち……」
「うさぁ〜?」

 可愛らしく首を傾げる3.5頭身。
 …… 圧倒的 3 . 5 頭 身 ――…… !

「うさぎしかいない……っ」
「Σ うさっ!?」

 ……そう、モルテたちはいつの間にか魂人をキャストオフしてダッシュしてきてしまっていたのだ。

「そんなに慌てて逃げたかったのかあ」
「うさぁ~……」

 どうやらナレーションさんは不倶戴天の|天敵《猟兵》で心が分からない呼ばわりされているロニより嫌わ……苦手と思われているらしい。相手の心が読めるナレーションんさんでさえそうなのだから、女の子(?)の気持ちとはやはりなかなか不可解なものなのかもしれない。
 そうして、失敗したことに気付いたのかしょんぼりと俯くモルテが儀式の場に戻るなどと言い出さない内に、

「あっ。うさちゃん、ほらあっちの川でお友達が……って」

 ――たすけっ……ごぼごぼごぼぉ……。

「アハハハハハ! 本当にまたおぼれてる~!」
「う、うさぁぁ~~!!?」
「Σ モルテちゃああああああんん!!」

 またダイナミック自殺を繰り広げていたモルテたちの方へと誘導する。

 洞穴の内部では未だ激しい戦闘が続いているようだが、同時に魂人たちのものと思しき気配も近づいてきていた。
 冷たい檻と、夥しい数の生贄から生まれた紋章たち――その頸木から解き放たれ、脱出が始まったのだろう。
 あとはもう、自らの意思で、自分たちの足でも歩いていけるはずだ。

 だから、決着がつくまでのもう少しの間。
 ロニは何処へ注ぐともしれぬ川の流れに流され、溺れてもがくうさぎの女の子としばし戯れるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●ヴィオラ
 その日、今にも砕けてしまいそうな、硝子のような透明の躰を細い両手で抱きしめて。
 菫色の瞳をもつ娘は、かすかに微笑んでいた。

「おおかみさん。また、あいにきてくれたんだ……」
「……」
「そうなんだ。おおかみさんは、きっとわたしのことがだいすきなんだねぇ」
「……」
「ふふ。わたしは、しあわせものだなぁ……」

 娘を見下ろす獣は一言も発していない。
 だから、娘の――ヴィオラのその言葉は誰に向けたものでもない、滑稽な一人芝居。

「わたしも、おおかみさんのこと、すきよ」
「……」
「すきなひとがいるって、すてきなことね」
「…………」
「たとえ、もうすぐしんでしまうのだとしても……」 

 砕けかけの心を加害者に依存して辛うじて保つ、狂気の淵に立つ娘。
 人狼黒騎士にとって、それは『永劫の生贄』として捧げるに相応しい『花嫁』だった。

 永久の闇に捧げる生贄とは単なる血肉ではなく、そしてそれは誰の魂でも良いわけではない。
 犠牲となるのは自らにとって大切なもの、価値のあるもの――それが占める心の一部とも呼べる者。それを捨て去り魔へと捧げることで、古き弱き存在は新たなる|因果《ステージ》へと昇華するのだ。

「だけどね、おおかみさん。もし……もしも」

 かつてあった|思い出《しあわせ》を全て|心の傷《トラウマ》に変えられて。
 最後には自らを喰らう獣にさえ縋る愚かな娘は、かすかに微笑んだまま、一滴の涙を零す。

「わたしが、おおかみさんのことを、きらいになっても……」

 反転する記憶。
 一時の安息も許さず責め苛む悪夢に、開いたままの傷口から血は溢れ、心は弱り衰えてゆく。
 もはや己の心さえ信じるに足らない、過酷な世界で。

「きらいに、ならないで……」

 ベオニオがヴィオラを好いているなどというのは彼女の|妄想《思い込み》に過ぎないというのに。

「かわらずに、わたしをすきで、いてくれますか……?」

 それを問うべき人はきっと他に居るのだろう。
 たしかに愛していた筈の、愛されていた筈のひとたちが……今は、思い出すことさえ恐ろしい無惨な記憶に変わり果てていたとしても。
 けれど、いまヴィオラの目の前に居るのはベオニオただ一人だけだったから。

「わ、わたしが……おかしくなっちゃっても……くるって、しまっても……」
「っく……ばけものみたいに、もうっ、なにも……わからなくなってしまっても……っ」

 嗚咽を漏らし時折しゃくりあげながら、ヴィオラは人狼の黒騎士に――ベオニオに尋ねる。
 もうすぐ“そうなる”だろうことを悟り、狂いそうなほどの恐怖に震えながら、それでも好きだった相手に嫌われたくは無いのだと涙を流す。

「………」

 ベオニオには、かける言葉は見つからなかった。
 こんな時に何と答えるべきだったのか……何かを思い出そうとしても、みにくい獣の頭にはそんな幸福な記憶など残っていなければ――何かを考えることだってもう、マトモにできやしないのだから。

「……ねえ、あなたのねがいを、かなえてあげるわ」

 何も言わずに佇む黒い影へ、花の名の娘は柔らかく微笑んだ。
 だから、だからね……おおかみさん。

 どうか、わたしを――
 ずっと、わたしを――
シキ・ジルモント
行動選択:a
避難の間、時間を稼ぐ

ユーベルコード発動
間合いを詰め、狼の獣人の姿のままで交戦する
狙いは敵の意識を引き付ける事、近距離の間合いを保つ事で周囲への注意を逸したい
魂人への誤射を防ぐ為、また手数と攻撃速度を重視して、拳銃の使用は控える

爪を用いた格闘戦や蹴撃を組み合わせて近距離戦闘を挑む
懐に潜り込んで剣の間合いの内側へ入り込んだり、関節への打撃で体勢を崩して反撃を行う
咆哮を発した場合もカウンターで攻撃を繰り出し咆哮の妨害を試みる
生命力の吸収も焦らず継戦、時間稼ぎができれば良い

檻から出されている少女、ヴィオラの様子に注意を払う
永劫回帰による心の衰弱によって自らベオニオに手を貸す可能性すらある
ベオニオからの接触や戦闘への乱入を警戒、保護と共に行動妨害も視野に入れておく

少年の様子はどうだろう
ヴィオラに反応を示すなら引き合わせてみるか
彼が気にした“青い目の誰か”は魂人か、あるいは堕ちる以前の人狼騎士か…
…何にせよ、モルテの目論見通り“花婿”とされては困る
交戦時は出来るだけ共闘を行い孤立を防ごう



●|約束《誓い》
 猟兵たちが洞穴内の広い空間へと辿りついたその時。
 儀式の場の中心で横たわるその娘は、ピクリとも動かず、既に事切れているようにも見えた。

「彼女がヴィオラ……か?」

 だが、捕食者たる狼の感覚がそれを否定する。まだ、微かに息をしている。
 瘴気に満ちた空間でも人狼の感覚は人間の呼吸を捉え、彼女が深い眠りにあることを教えてくれる。

 檻に囚われてはいないその少女の様子を窺うのはシキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)だ。
 今は美しい銀の毛並みを持つ狼の獣人の姿をした、人狼の青年。

(……絶望の匂いだ)

 この常闇の世界では嗅ぎ慣れた匂いの一つ。
 すでに生き抜く意志をなくした者がまとうその匂いをした人間は、どの道長くは生きられはしない。

(だが、それだけではない、か……?)

 シキが彼女を注視したのは人道的な理由だけではない。
 永劫回帰による心の衰弱によって、自らベオニオに手を貸す可能性すらあることを危惧しての観察だったが……眠っている今ならば『保護』してしまえばその可能性も無くせるだろうか。

「メイは……僕の娘は、居ないようです。なら、ヴィオラは僕が連れ出します」

 しばらく囚われた魂人達の様子を確認してから彼女の下に向かおうとするのは魂人の青年オットー。
 永劫回帰のユーベルコードを操る彼ならば、ベオニオに襲われても即死だけは避けられる。
 ヴィオラを放置した場合は戦闘への巻き添えや、場合によっては最悪猟兵たちへの妨害に出ることもあり得る以上、断る理由はなかった。
 ただ、問題は。

「グルルゥ……」

 儀式の最中にある闇の種族――堕ちた人狼黒騎士『紅き魔眼石のベオニオ』。
 その儀式上たる洞穴内の天井や壁は不気味な粘性を持つ糸で覆われていて、この場所がかの闇の種族にとっての羽化の前段階――『繭』であることを主張している。
 ヴィオラや魂人たちは、このオブリビオンがより高い次元へと|羽ばたく《転生する》その為の『養分』でもあるのだ。それが天敵たる猟兵に連れ去られるのを黙って見過ごすはずもない。

 ――ォォ……ォォオオオ゛オ゛!!!

 呪われし黒い狼が咆哮する。
 仲間を呼ぶための遠吠えではない。激しい怒りに塗れた、喉が破れるような大きな|叫び《こえ》。
 それは闇の種族の領域に踏み込んだ猟兵やオットーたちから生命力を奪い、吸収していく。
 魂人たちは第四層の只人と比べれば遥かに強力な存在強度を持つに至ったとはいえ、相手は猟兵をも屠るとされる闇の種族。そのユーベルコードを浴び続ければどうなるかなど、語るまでも無く。

「くっ……」

 オットーはよろめいて、数歩進んだところで膝を折って蹲る。
 鼻孔や、耳からもどろりとした赤い液体が零れ落ちて――やがて一瞬で幻のように消え去ったが、それは『死』を打ち消す永劫回帰の権能によるものでしかなく、彼がすでに一度絶命したことを意味していた。

「ちぃっ」

 尚も激しい咆哮を上げ続けるその顎を閉じさせるべく、シキが駆けた。
 鋭く尖った爪が至近に閃けば、ベオニオは咆哮を中断したが、同時に鎧の各所に埋め込まれた紅き魔眼が銀狼の動きを捉える。そして、そこは既に黒騎士の間合いだった。

「ぐ、ぅ……」

 ベオニオの左腕が音を残して振るわれ、身を捻って躱そうとしたシキの脇腹を抉り、血に濡れた銀毛が散る。
 心から忌避する人狼の――狼の獣人の姿を晒し、無手でありながら鋭い爪に強力な牙、人狼の身体能力を以て高速の近接戦闘を可能としたシキだったが、

(迂闊に踏み込んでいれば、即死していたか……)

 只人に比べれば遥かに強靭なその人狼の毛皮も、ベオニオの鋭い爪は容易く引き裂いてしまった。
 端から時間を稼ぐことを優先して考えていなければ、今の攻防の間に既に腸をぶち撒けることになっていただろう力の差がそこには存在していた。
 それでも追撃がなかったのは、他の猟兵や例の魂人の少年が牽制していたためか。右手に構えた魔剣は未だ振るわれることなく、人狼黒騎士は重心を低く構え、思いのほか慎重な戦闘ぶりを見せていた。
 けれどそうして間合いを外せば再び響く咆哮に、猟兵さえもじわじわと生命力を奪われ、追い込まれていく。

(焦れるな……だが、)

 かと言って無理に仕掛ければ膾切りにされかねなかった。
 先の打ち合いの様子では同族相手にも容赦はないようだ。それに、敵も儀式の最中で弱ってはいるはずだが、シキ自身も魂人たちへの誤射や流れ弾をしないために拳銃を封じていた。つまり本来の戦闘スタイルではないのだ。格上の存在を相手に縛りプレイをしているようなものであり、不利は否めない。

「だが……“約束”は果たそう」

 この彼岸の昏い穴蔵から、囚われの魂人たちを逃がすための時間を稼ぐのだ。
 一度受けた依頼を違えることなく真摯に取り組むその姿勢は、シキの裏切りを嫌い信用や"約束”を重んじる性質故。例え負うには重き荷であったとて、一度約束した以上は彼が怖気づくことなど無い。
 その為に利用できるものは須らく利用し、爪の先で引っ掻くほどのささやかな反撃を繰り返す。
 そうしてサバイバル・ストラテジーの権能の下にベオニオの行動パターンと匂いの変化を覚え、僅かなりとも食い下がれる時間を引き伸ばしているのだ。代償として銀の毛並みを赤に染め上げながら。

「――る……ォ……ォオオ」
「ウルサイ」

 再び咆哮をあげるベオニオに魂人の少年が間合いを詰めた。
 防具はおろか武器すら持たない無手のまま、ぬるりと懐に迫る少年。その胸を鋭い爪が穿ち、いとも容易く背中まで突き破る。
 けれど、次の瞬間、即死したはずの少年は顔色一つ変えずにベオニオの至近距離にいた。死に至る一撃を“無かったこと”にしたのだ。代償として自身の幸福な記憶一つを心的外傷に変えながら。

「ガ、ァアア……ッ!?」
「……モッテ、ケ……」

 喉笛に喰らいつこうとした牙にも怯まず、少年は開かれた顎へと手刀を突き出した。牙が食い込み裂けた右腕から血が飛沫く。ベキベキと骨の砕ける音まで響かせ、蒼い炎を噴出しながらズタズタになった前腕部を押し込んでいく。
 その生死に無頓着な攻撃に仰け反りながらもベオニオが剣を振るえば、少年の体は容易く上下二つに分かれたが。

「なんて、無茶を……!!」

 振り返ったオットーが苦し気に顔を歪めながら、その死を無効化する。
 放っておけば延々と殺されかねない状態から脱却すべく、シキが回り込んで蹴撃を放つ。鎧越しの打撃はダメージにはならずともベオニオの体を僅かに後退させ、少年は肉が引き千切れる不気味な音を残しながらも何とか離脱した。

「グッ……ゥ……ガッ……ハァ……ッ」

 人狼黒騎士は激しく咳き込み、俄かに怯んだ様子を見せていた。
 喉の奥まで砕けた腕を突き入れられたのだ。少年の流した血か、それとも折れた骨が刺さったのか、赤い血を吐き出す姿はまるで血の海に溺れているかのよう。

(……手負いの獣、か)

 己と同じ人狼のその姿はシキから見ても凄絶なものだった。
 忌まわしい記憶と共に在る、醜い獣の姿。
 けれど戦いの最中にその姿から目を逸らすことなど出来ようも無く、嫌でも向き合う必要があった。

(お前は、その姿で)

 同じ人狼とはいえ、その生まれ育ちは様々だ。
 シキにとってその少年時代は到底幸福とはいい難いものだったが――どうしてだろうか、目の前のこの闇の種族にとっても、それは恐らく似たような境遇だったのだろうと思えてくるのだ。

 食べるものが無い。
 外にいる敵が怖い。
 仲間外れはいやだ。
 逃げたい。
 どこにも行けない。

 今よりも幼く、弱かった少年時代。
 どうにもできないことばかりだった。小さな手では己の身一つを守ることさえままならず、救いたかったものは無情にも指先から零れ落ちていった。たくさんのものを奪われ、失った。
 ならば、いまや全身を覆う鎧兜を帯びても、その醜い姿さえ隠しきれなくなった人狼は――

「……いや」

 強制的に思考を打ち切る。
 例えベオニオがどのような過去を生き、どのような理由で戦っていたとしても、負けるわけには……ましてやこの命をくれてやるわけにはいかないのだ。
 シキにはシキの守るべき“|約束《誓い》”があり、必ず――そう、必ず生きて帰るべき場所があるのだから。

 ――きっと幸せにしてみせる。
 僕たちはずっと一緒だ。
 君を守る。
 あなただけは、どうか生きて――。

 例えそれがかつて誰かの交わした約束を、守れなかった誓いを、葬り去ることになろうとも。
 その|過去《願い》が生まれくる未来をも喰らうというのなら、シキが手心を加えるようなことはないのだから。

「行け。あとは引き受ける」
「……タノム」

 失った片腕から蒼炎を噴出しながらもベオニオを牽制する少年をヴィオラの方へと促す。
 素っ気ない態度からはおよそ感情が読み取れないが、ベオニオの咆哮を止めるために身を賭した少年は、恐らくオットーが永劫回帰を使わなければ本人にはその余力も無くすでに死んでいた筈で。
 一見して分かり難いが、シキの感覚には肉体的強度の低いオットーにとって脅威となる黒狼の咆哮を潰しに行ったようにも――つまりは彼のことを守ろうとしていたようにも映ったのだ。

(やはり、彼らの村の関係者なのだろうか……)

 ヴィオラの下へと辿り着いたオットーは彼女を背負って少しずつ出口の方へと移動していく。
 少年は油断のない動きで二人を背に庇い、ベオニオを牽制し続ける。その決して大きくない姿には、けれど下手に手を出そうものならばタダでは済まさないという凄みがあって。その眼光もまた、手負いの獣のようでもあった。

 ――みんな、を……こどもたち……を、

 少年が無意識にかすかな呟きを零す。
 彼が気にしていた“青い目の誰か”が誰なのかは分からないが――彼には彼の過去があって、例えそれが今はもう忘却の彼方に在ろうとも、交わした|約束《誓い》があるのかもしれない。

(何にせよ、モルテの目論見通り“花婿”とされては困るからな……)

 光遮る夜を吹き散らそうとして、どうか未だ咲かぬ花のつぼみを足元で踏み拉くことが無いように、と。
 そんな願いを憶えていたのかは分からないが、魂人を誤って傷つけぬようにと銃を封印した|銃手《ガンナー》にも似た、不器用なやさしさを胸に一輪咲かせながら、かの魂人たちは生存への道を行く。

「ヴィ、ィ……ォ………ゴ、ホ……ッ」
「………行かせてやれ……代わりに相手はしてやろう」

 |ユーベルコード《サバイバル・ストラテジー》の権能によって少しずつ“慣れて”来たベオニオの行動パターンと匂い。
 どこまで持つかは分からずとも、今しばらくの時を稼ぐために対峙するシキは。

「………………………ア゛、ァ……」

 ベオニオが血を吐きながら小さく零した音に、その死が纏わりつく怪物の匂いに、どこか安堵の色が混じっていたことに気付く。
 現在も『羽化の儀式』によって死に続け、奈落へと堕ち続けている魂は、その最後に繋ぎ止めてくれたはずの命綱を手放してしまったというのに。

(死ぬときは独り、か……だが)

 この場で魂人たちが死を逃れ生き延びることは、闇の種族の終焉を意味する。
 だから、シキの目標は戦闘によってそれを屠ることでは無く、あくまでもその為の援護――彼ら彼女らを救い出し、そして自らも生きて戻るための戦い。

(……もしかしたら、お前にも)

 そうして、その白銀を赤で染め上げながら、好まぬ人狼の姿を晒して戦う猟兵の胸には。
 どうしてか、ふと|大切な人《すきなひと》の顔が――歩き続けた道の果てに見出した、その|心《魂》の帰りたい場所が浮かんだのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルパート・ブラックスミス
a
魂人の救出は少年やオットー、他の猟兵に一任
自身は真の姿を展開しベオニオを【挑発】、【決闘】に持ち込む

『戦い、勝利せよ』
黒騎士が己の魂に美しく掲げる|誇り《つよがり》だ。
だが……黒騎士でなくなったお前の美しさには最早ならんぞ。
来い、"おおかみ"。モルテたちの母たるベオニオ。

敵UCには抵抗せず逆に突撃
魔剣の一撃は黄金魔剣と、左腕を差し出し止める。(【怪力】【武器受け】【捨て身の一撃】)

【虚栄望む騎士の蛮行】での【略奪】【武器落とし】
腕に食い込んだ魔剣をカード化し吸収
呪印で救出活動を妨害されない為にも黄金魔剣を放し【グラップル】
魔剣と同じく魔眼石を触れた端からカード化し鎮圧して自滅までの【時間稼ぎ】をする

今の貴様が身に着けるべきは鎧に非ず、指輪と冠。
進むべきは勝利への|騎士道《シバルリー》でなく終焉への|花道《ウエディングアイル》。
お前こそが真にモルテの語るしあわせを享受するべきなのだ。

黒騎士ブラックスミスが、汝の黒騎士としての終焉を宣告する。
さらばだ。花嫁はやれんが、門出までは付き合おう。



●つよがり
 たとえ故国の記憶は失われていても、それを誰に教わらずとも。
 魂に刻まれた感覚が知らせる、それが自らの半身が生み出した呪物の一つであることを。
 蒼い炎、オラトリオの翼を背に、真の姿となったルパート・ブラックスミス(独り歩きする黒騎士の鎧・f10937)はその『黒騎士の鎧』を導として、『堕ちた人狼黒騎士』の下へと赴いたのだ。

 呪われた武具、殺した敵の魂を啜る鎧。
 異形の怪物と化しても吸血鬼を屠る者たち。
 今は滅びたとある強国にてその黒騎士の筆頭たる“ブラックスミス”――護国の英雄であり、呪いによって狂った同胞の粛清をも請け負う処刑人でもあった男が告げる。

「戦い、勝利せよ――それは黒騎士が己の魂に美しく掲げる|誇り《つよがり》だ」
「………ナンダ……ト……?」

 ベオニオが身に纏う強力な鎧、魔剣もその所縁の物で。
 直感的にそれを感じ取っているのか、どこか警戒する様子を見せながら人狼黒騎士が問い返す。

「だが……黒騎士でなくなった“お前の美しさ”には最早ならんぞ」
「……ザレゴト、ヲ………ザレゴトヲォォオ……ッ!!」
「? 何故、そうも激昂する」

 もとより挑発する予定ではあったが、ベオニオはルパートの言葉に予想外の動揺を見せ。
 デストラクタ・スペル――紅き魔眼石による呪印がルパートの鎧に生じ、両者の間に強力な重力を発生させる。
 ルパートは気負わず、逆らわずにその力に身を任せ、接近戦を強いる狼へと逆に突撃を敢行した。
 青の大翼を広げ、羽ばたきと共に宙を滑る黒騎士が黄金の魔剣を振り下ろし、それを絡めとるように人狼黒騎士が紅い魔剣を切り払う。
 硬質な金属音が響き渡り、ぶつかり合った剣と剣の間で火花が散った。

「……どうした? こんなものか」
「ゥルル……ォォオ゛……ッ!!!」

 衝突した両者の拮抗は刹那で崩れ――後退させられていたのは闇の種族たるベオニオの方だった。
 それでもいまや鎧と同化し剥き出しとなった右足の爪で強く地を噛み、瞬時に間合いを詰めてくる。
 重心を低く構え、一撃ではなく手数を生かした連撃。手足の爪だけでなく、全身を包む鎧をも含めた全身の凶器で。突き刺し、切り裂き、歪に肉を抉らんとして繰り出される嵐のような猛攻。

(この“ブラックスミス”の鎧を貫くか……)

 耳障りな音と共に、鋭い人狼の爪が鎧の防護を裂いて内部へと到達する。けれどそこに生身の肉体は無く、鎧内を循環する流動する鉛から蒼い炎が噴き出す。それに驚いたように跳び退るベオニオは、他の猟兵との戦いの際と比べて明らかに迫力で劣っていた。

 たしかに闇の種族たるその力はルパートを凌ぐほどに強く、油断ならない相手ではあるが――

「……その鎧は」
「――ッガァアアアアアアッ!!!!!!」

 呼びかけようとしたルパートの言葉を遮るように絶叫し、襲い掛かる人狼。
 だけどそれは弱みを隠す者がそうするような、弱い犬が吠えて威嚇するような必死さこそあれ、立ちはだかる敵を喰らいつくす狂気と覚悟が揺らいだ、力無いものでしかなかった。

(これならば……)

 黄金魔剣を意識したベオニオの|逆風《切り上げ》と打ち合い、絡めとるように巻き取ろうとした動きにあわせて――ルパートは自らの主武器から躊躇なく手を離す。

「――ッ!?」

 甲冑こそあれど無手となった状態から勢いを殺さずに、黄金魔剣を跳ね上げるために開いたベオニオの懐へ強く踏み込む。露出した足の甲を踏み抜き、そのまま低く体を沈めタックルを仕掛ける。
 羽化の儀式の最中にあるベオニオに致死性の攻撃を見舞うことに意味はなく、それは下手をすれば魂人の苦痛を増やすだけの悪手だったが、こうして動きを鈍らせ封じるのであれば有効な時間稼ぎたりえるのだ。

「ハ、ナ……セェエ………ッ!」

 引きずり倒されることなく踏ん張り後方へ下がるベオニオは、予想外の動きに動揺を深めながらも紅い魔剣を振るって纏わりつくルパートを斬り伏せようとした。だが、重心が崩れた状態から繰り出された太刀筋は致命とはなり得ず、差し込まれたルパートの左腕の半ばまでを断つに留まり。

「返してもらうぞ」

 |虚栄望む騎士の蛮行《ロトンリッタァローバー》の権能がルパートの本体たる黒騎士の鎧に宿れば、腕に食い込み噴き出す蒼い炎に包まれていた紅き魔剣は、何かが弾けるような高い音をいくつか残して消えてしまった。代わりに、一枚のカードがひらひらと落ちてルパートの掌に収まる。

(……妙なものに汚染されているな)

 特級の呪物、オブリビオン化した武具も数多く扱ってきたルパート――ブラックスミスをして思わず眉をひそめるような不快感。カードに納められた魔剣は闇の種族の武具に相応しく、凝縮された負の想念と邪悪なる狂気で満たされていた。
 あるいはそれを創り出したブラックスミスの系譜にある武器でなければ、ユーベルコードの権能も及ばなかったかもしれないが。

「剣も、甲冑もお前には相応しくないのだ」
「……マダ、ダ」

 一見して互いに無手となった両者ではあるが、いくつもの副武装を備え、カード化したベオニオの『紅き魔剣』をも扱うことが可能なルパートは、けれどそうはせずに再び組技を仕掛ける。
 人狼の爪と黒騎士の鎧がぶつかり、硬質な音を立てて装甲が軋む。異音を立てながら裂けていくそれに構わず、伸ばした手は『紅き魔眼石』に触れてこれを次々とカードへ変えていった。

 ――ひどいよ。せっかく、ぼくの守護者にしてあげようとしてたのに!

 その最中、取り込んだ武具からはひどく耳障りな声が聴こえた気がしたが、それはすぐに消えてしまった。
 後に残されたのは、魔剣と魔眼を失い大きく弱体化した人狼の黒騎士。

「……チ、カラ………ア、グゥゥ゛……ガハッ」

 片手で顔を抑え、呻き、血反吐を吐きながら後ずさる。
 その姿はこれ以上何かが奪われていくことを、ひどく怖れているように見えた。

(兜、……そうか。見られたくないのか……)

 醜く変わり果てた|怪物《ばけもの》の姿をした闇の種族は、大きく裂けた口から唸り声を響かせ威嚇するが、その姿にはもう、猟兵たちをも圧倒してみせたかつての恐ろしさは残っていない。

「その鎧は……お前の援けとなったか?」
「ゴ、……ハァ……ッ」

 ブラックスミスの、ルパートの妻が造り出したのであろう呪われた武具。
 けれど実のところ、ルパートにはかつての王国の記憶はなく、当然のようにベオニオがいつそれを手にして、どのように支配者たちと戦ってきたのかも分からないのだ。
 それでも現在のルパートに分かることと言えば、

「……来い、"おおかみ"。美しき|つよがり《誇り》を掲げ、明けない夜に光へと手を伸ばした――かつての希望」

 滅びゆく人類、家畜のような生を強いられる人々の中で、とかげは竜に、猫は獅子として振舞わねば届かぬ願いがあったこと。
 だから、黒騎士は呪われた武具を身にまとい、人は狂える獣にもなったのだ。
 そして、この“おおかみ”の本質は、あの小さな|モルテ《うさぎの女の子》たちの言葉を借りるならば。

「ベオニオ――母たる者よ」
「ォ……ォォオオオオオオオ……ッ!!!」

 虚ろな心臓の在りかを押さえ、手負いの狼が慟哭の咆哮をあげる。
 羽化の為に破れた胸の穴から肉が裂け、鎧の表面にまで亀裂が広がり全身へと走り始める。

 ――魂人たちの解放が進んだのだ。
 闇の種族はとうとう『羽化の儀式』に連続して訪れ続けるその『死の瞬間』を打ち消すことが出来なくなり始めていた。あとはただ放置していても、闇と魔の因果に呑まれ無様な滅びを迎えるだろう。

「今の貴様が身に着けるべきは鎧に非ず、指輪と冠……」

 けれど、かつて醜い醜い狼の子に――黒騎士の鎧で全身を覆い隠して人のそばに在ろうとした獣に、いつかだれかが――その“美しさ”を認める言葉をかけてあげたのだとしたら。

「……戯言……ヲ……」

 ――いいや。それでも、貴女は美しい。

 そんな言葉ひとつが、荒んだ獣にヒトの心を呼び覚ますことさえもあったのだろう。
 そうして、孤独な獣は自らの子をその腕に抱く母となったのかもしれない。けれどそれが故、結局は戦場を選ばざるを得なかったのだろう黒騎士は、

「マダ、ダ……マダ、」
「否。お前が進むべきは勝利への|騎士道《シバルリー》でなく終焉への|花道《ウエディングアイル》……お前こそが真にモルテの語るしあわせを享受するべきなのだ」

 その終焉の境界線を越えてなお、足搔き続けていた。
 二度目の死が今度こそ救済たりえるのかもしれないとして、獣には未だ死ねない理由があったから。
 けれど、それももう、終り。

「ぐ、がぅ……ギィ、アアアァァ……ッ!?」

 羽化の儀式に失敗した闇の種族を、儀式の場で魂人たちを焼いていた黒き炎が包み込む。
 濃縮された怨嗟と絶望、悪意に満ちた負の想念が、存在を維持できなかった成り損ないを喰らい尽くし、かつて捧げられた生贄たちと同じ永劫の地獄へと引きずり込んでいく――……その前に。

「黒騎士ブラックスミスが、汝の黒騎士としての終焉を宣告する」

 金色の魔剣は蒼い炎を帯びて、その胸の穴を貫いていた。
 呪われた鎧、抗い難い神々の業に翻弄された一人の女……その魂を縛る闇の因果をも斬り裂いて。

「………ぁ」
「さらばだ。花嫁はやれんが、門出までは付き合おう」

 対岸にて未だ燃え盛る火へと、眩しそうに目を細め。

「………あり、が……とぉ……」

 蚊の鳴くような声で最後の呼吸を吐いて、蒼い炎に包まれ光へと還っていった。
 そうして見送るルパートの目に映ったのは、もはや醜い獣ではなく。
 美しい、どこか儚げな人の娘が、ようやく重き荷を下し安らかな眠りにつく――そんな姿だった。

●未来
「やぁ、僕が分かるかい?」
「……」

 そうして全てが終わった後。
 崩れ去った洞穴の外で、魂人の青年オットーが目をさましたヴィオラへと尋ねる。
 ヴィオラはぼんやりとした目で周囲を確かめ、しばらくして何かを悟ったように小さく息を吐いて。

「村のパン職人の、オットーさん……」
「そう、そうそう!」
「おそろしくマズイパンを作って、大切な小麦を台無しにしてしまうオットーさん……」
「!?」
「どうしてそんなひどいことをするの? わたしは、かなしい……」

 真剣な顔でそんなことを宣い、ほろりと一滴の涙を零す。
 驚愕するオットー。
 ひどい冤罪をなすりつけられそうになった彼は、

「そういう君は、料理を習いたいと僕らのところで修行したことがあるね。ほんとうにどうしようもない、おぼえの悪い生徒だった……とお返しに言いたいところだけど、とても熱心で優秀だったことを……“僕は覚えて”いるよ」
「そう……それじゃ」

 どうしようもなく醜く歪められた記憶。
 けれど、彼ら彼女らはこれからまた知るのだろう。
 共に生きた――共に生きる人々が、どのような者であるのかを。

「それじゃ、楽しみね」

 それだけ呟いて再び眠りについたヴィオラは、消耗しているようではあったがどこか安心したような安らかな表情で規則正しい寝息を繰り返す。
 その痩せたほほに伝う滴のあとをそっと拭って、オットーは猟兵たちに深々と頭をたれた。

「ありがとうございます。この恩はいつか……返せると良いんですが」

 きっとどこより幸福な村で生まれ、育ったのだという彼は『永劫回帰』を多用した翳りも感じさせず、どこか迷いの晴れた柔和な表情で笑っていた。

「……そうだ。いつかまたお会いできた時は、良かったら僕のパンと妻の料理を召し上がって下さい」

 それはただの“つよがり”かもしれないが……笑えるならば、きっと。
 彼らにはまだ、この地獄のような世界でさえ、未来を生きていくだけの力が残されているのだろう。

  こうして、猟兵たちは救出した魂人を集落へと送り届け。
 昏く、冷たく、地獄のような――それでも尚、彼らが誰かと寄り添い共に生きる事を望んだ、|ダークセイヴァー第三層《美しき地獄》を後にしたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2023年01月19日
宿敵 『堕ちた人狼黒騎士『紅き魔眼石のベオニオ』』 を撃破!


挿絵イラスト