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涙のあとに

#サムライエンパイア #猟書家の侵攻 #猟書家 #大天使ロロサエル #陰陽師 #安倍晴明 #魔軍転生 #黄泉の本坪鈴

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●天使来たりて鈴が鳴る
 闇色の、小さな獣めいたものが紅色の鈴を抱えるようにして浮いていた。
 小動物が鈴と戯れているような様は愛らしい。鈴の音も、どうしてか心に染み込むような響きを孕んでいる。獣のようなそれは鈴と自身の手をじいと見つめ――『ふむ』――成人男性特有の声を紡いだ。
『此度の憑装先は、随分と小柄なのですね』
「興が乗りませんか、安倍晴明? 私は、貴方を憑装させた『黄泉の本坪鈴』に強い興味を覚えていますが」
 静かな眼差しにうっすらと微笑を添えた男に、言葉をこぼしたものとは別の個体が『いいえ』と返し、やや跳ねるように鈴と共に上下した。りんっと音が弾んだ後、また別の個体がつぶらな目を瞬かせながら言う。
『大天使ロロサエル。此れは、只の感想に過ぎませぬ』
『先の言葉に、好も悪も存在しないのです』
 感想。
 それ以上でも以下でもないと告げた黄泉の本坪鈴――安倍晴明“達”に囲まれながら、大天使ロロサエルは緩やかに微笑を深め、満足気に頷いた。
「それは何よりです。では、始めましょうか」
 微笑が向いた先には京の都があった。今の時期ならば、鮮やかに染まった紫陽花が都の風景と共に楽しめるのだろう。
 水無月の風物詩たるその花は、様々な術を修めた陰陽師達の心にも何かしらの彩を届けているだろうか。それはどのような彩だろう。どのような記憶と、結びついているだろう。
「先祖代々オブリビオンと戦い続けてきたという陰陽師達は、貴方によって開かれたものへ如何にして抗い、都を護るのでしょう。……ああ。それとも、折れるのでしょうか?」

 私は、そこに強い興味を覚えるのです。

●涙のあとに
 黄泉の門より放たれる炎。
 無数の人魂。
 響く鈴の音。
 大天使ロロサエルによって大量複製・召喚された安倍晴明。その魂の憑装先である『黄泉の本坪鈴』のユーベルコードは、記憶や魂に刻まれた“傷”を映し取り、それに纏わる全てを呼び起こすものとなった。
「トラウマ強制再現ユーベルコードよ。克服してようがしてなかろうがお構いなし。トラウマの原因も、その時自分の中にあった感情も、何もかもを当時のまんまで再現してくれちゃうわ」
 その時のショックで忘れていたものであったとしても。
 それを安倍晴明が憑装している『黄泉の本坪鈴』ごと乗り越え、大天使ロロサエルを撃破してほしい。そう告げた藤代・夏夜(Silver ray・f14088)は、「ごめんなさいね」と微笑んだ。
「色々と辛い戦いになるってわかってて頼んでるわ」
 しかし、クルセイダーの狙いである江戸幕府の転覆も、大天使ロロサエルによる都の蹂躙も、叶えさせてはいけない。それを止められるのは猟兵だけであり――戦い続けてきた猟兵だからこそ超えられる筈だ。
「京の都には陰陽師達がいるわ。彼らもユーベルコードの効果を受けるだろうし、敵との力量差もあるけど、無力じゃない。みんなを助けてくれる筈よ」
 彼らは皆、勉学と修行に励み陰陽術を修めた者ばかりだ。
 決定打を放てなくとも、その場に踏み止まる強さと“都を護る”という誇りを見せてくれるだろう。
「『黄泉の本坪鈴』を全滅させれば、トラウマ強制再現ユーベルコードは無くなるわ。その後すぐに大天使ロロサエルと戦う事になるけど、頑張ってね」

 こういうのじゃなかったら、のんびり紫陽花が楽しめるんだけど。

 残念そうに呟いた夏夜曰く、戦場となるそこは紫陽花に挟まれた閑静な通り。
 葉も紫陽花も早朝の霧雨に濡れ、その色を鮮やかにしていたという。


東間
 サムライエンパイアでの戦いをご案内に来ました。
 東間(あずま)です。

●受付期間
 タグや個人ページ、ツイッター(https://twitter.com/azu_ma_tw)でお知らせ。プレイング送信前にご確認下さい。

●プレイングボーナス:陰陽師と協力する
 こちら全章共通です。
 彼らは戦力としては不足ですが、結界で敵の動きを鈍らせる事が可能です。
 プレイングボーナスに割ける字数があまりない場合は、プレイング冒頭に ☆ を入れて下さい。いい感じにサポートしてくれます。

●一章『黄泉の本坪鈴』戦
 『超・魔軍転生』で能力が大幅にパワーアップ。
 各UCに以下の効果がプラスされています。

 POW→炎に恐怖の記憶や姿形が反映される。
 SPD→人魂の炎が絶望を呼び起こす。
 WIZ→後悔の念が非常に強められる。

 今も恐れているもの、乗り越えたもの、忘れていたもの問わず、当時の痛みや苦しみといったものも甦り、皆さんを苦しめます。
 何が現れるのか、裡にどのようなものが甦るのか、それらをどのようにして超えていくのか。こちらをメインとしたプレイングがおすすめです。

 「楽しみにとっておいた物を食べられた」「憧れの人からの告白と思ったら友人宛てだった」な内容でも大丈夫です。トラウマは人それぞれ、傷の形もそれぞれという事で。

●二章『大天使ロロサエル』戦
 こちらは純戦。
 一章のようなトラウマ強制再現はありません。

●グループ参加:二人まで
 プレイング冒頭に【グループ名】、そして【送信日の統一】をお願いします。
 送信タイミングは別々で大丈夫です(【】は不要)
 日付を跨ぎそうな場合は翌8:31以降だと失効日が延びますので、出来ればそのタイミングでお願い致します。

 グループ内でオーバーロード使用が揃っていない場合、届いたプレイング数によっては採用が難しくなる可能性があります。ご注意下さい。

 以上です。皆様のご参加、お待ちしております。
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第1章 集団戦 『黄泉の本坪鈴』

POW   :    黄泉の門
【黄泉の門が開き飛び出してくる炎 】が命中した対象を燃やす。放たれた【地獄の】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD   :    人魂の炎
レベル×1個の【人魂 】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
WIZ   :    後悔の念
【本坪鈴本体 】から【後悔の念を強制的に呼び起こす念】を放ち、【自身が一番後悔している過去の幻を見せる事】により対象の動きを一時的に封じる。

イラスト:marou

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●溢れゆくもの
 風が吹く度に肌がしっとりと水気を帯びていく気がした。
 空気には濡れた土や緑の匂いが混じっている。
 息を吸うと普段より若干息苦しいように思えた。
 何もかもが濡れている。それもこれも早朝に降った霧雨のせいだ。
 しかしそれは毎年恒例の事。この時期を迎えるより前に剪定された紫陽花が葉と共に再び顔を出して色づき始めれば、こうなるのだ。これが過ぎれば夏が来ると先の話に花を咲かせもする。蝸牛を見かけ、詩を詠む者もいる。


 それが当たり前なのだ。
 それが、この都の日常なのだ。


 荒れる呼吸音がしていた。
 ううう、と、口の中に嗚咽を閉じ込める音も。
 ああ、と悲鳴を上げた後、すまぬと繰り返す声も。

 目からぼたぼたと雫を流しながら。
 歯を食いしばって。
 震える体をその場に押し留めて。
 そうやって彼らは宙に浮く魑魅魍魎から目を逸らさず、印を結び、結界を張る。

 此処より先には通さぬ
 我ら都を護るもの
 江戸幕府の世を砕く事、叶わぬと知れ

 陰陽師達が発した決意に溢れる動揺。恐怖。震え。
 それを前に、闇を浮かべた浅葱色の目がゆるりと細められた。
『左様でございますか。ですが、残念ながらわたくしめには関係のない事なのです。さあさ、皆様の裡に眠る傷を更に開いてゆきましょうぞ』
 
琴平・琴子


この息苦しさは、何?
炎の煙たさ?違う
喘息の苦しさ?似てるけど違う

炎の中の暗い影から姿が見える

私を怖がらせて、脅かして
畏怖に染まる顔を見て笑う人

其処に居るわけないのに
怖がる私を見下ろして笑ってる
手にしたカメラで表情を撮るつもりなのでしょう?
そのカメラの角で人を殴ってより一層恐怖を与えようとしているのでしょう?

――自分よりも小さくて力でどうにか出来そうな弱きものを虐げるのが好きですものね、貴方は

今でも怖いし、近寄りたくない
けれども今の私はあの時の小さな私じゃない
貴方に対抗できる力がある

陰陽師さん達が張ってくれた結界でも尚ゆっくりと近づいてくる足
――ああ嫌、近寄らないで
穢れたその手を伸ばさないで
卑しい笑みを見せないで

私はもう、貴方には負けたりなんかしない

棘で足を縫い付けて貫通させる
炎で燃えてしまうかもしれないけれども
それでもその炎で燃やせるのならそれでも良い

貴方の体を貫いて倒れるのが先か
貴方の体が燃えて消えるのが先か

いったいどちらが先なのでしょうね?
崩れゆく貴方
視界には絶対に入れてやらない



『――おや』
 こちらの姿を認め、そう言った妖がいた。
 それが数多いるうちのどれだったのか、愉しむように笑われた気がしたのは気のせいだったのか。琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)がそれらを判別するよりも先に、濡れた空気へと滲み溢れるようにして現れた門がその口を開く。
 縦に真っ直ぐ走った炎の色と輝きは一瞬で炎の波となって溢れ出た。
「お気を付け下さい!」
 そう言ってくれた陰陽師の、真っ青になった顔が炎で遮られた。
 そして覚えた息苦しさに、琴子の表情が歪む。
 炎が煙たいから?
 喘息の発作?
 後者の息苦しさとは似ていたが、この息苦しさはそれらとは違っていた。
 じゃあどうして。
 生まれた疑問は真っ直ぐな心と共に、自身を燃やし尽くそうとする炎を映す。――その、溢れる紅蓮の中。暗い影がまあるい瞳に映った。
(「違う」)
 あの影を、姿を知っている。
 けれど、違う。其処に居るわけがない。
(「笑ってる」)
 なのに炎の中に居る姿はあの日あの時と同じだ。そっくりそのまま、其処に居た。
「手にしたカメラで表情を撮るつもりなのでしょう? そのカメラの角で人を殴ってより一層恐怖を与えようとしているのでしょう? ――自分よりも小さくて力でどうにか出来そうな弱きものを虐げるのが好きですものね、貴方は」
 自分よりも強い者を嫌い、好むものは自分よりも遥かに小さく弱い存在。その象徴ともいえる子供に暴力をふるい、それを見た琴子を怖がらせ、脅かし、そして畏怖に染まる顔を見下ろして笑う。あの人は、そういう人間だ。
 そんな風に分析し言葉に出来る今でも、あの人が怖い。近寄りたくない。
 あの姿が欲求のまま他人にふるった暴力と悪意は、琴子の裡に真っ黒な影を落としていた。

「けれども今の私はあの時の小さな私じゃない。貴方に対抗できる力がある」

 男の姿が一瞬歪んだ。
 それでも勢いを増そうと躍る炎を、大地より迸った光の柱が囲い込んだ。陰陽師達の結界は傷映した炎の歩みを阻み――だが、それでも尚、男はゆっくりと近付いてくる。あの日あの時のまま。カメラを片手に、人の傷つく顔を見る為に。

“はい、笑って笑って”
 ――ああ嫌、近寄らないで
“ねえ、笑ってよ”
 穢れたその手を伸ばさないで
“笑えって言ってるだろ”
 卑しい笑みを見せないで

「私はもう、貴方には負けたりなんかしない」
 新緑の眼差しが男を射抜く、共に芽吹いた棘が男の両足を地面に縫い付け、貫通する。
 このままだと炎で燃えてしまうだろうか。しかしガクリと傾きかけたあの姿を炎で燃やせるのなら、それでも良いと思った。
 棘は、灼熱に縁取られたそこから黒く変わり始めている。
「貴方の体を貫いて倒れるのが先か。貴方の体が燃えて消えるのが先か。いったいどちらが先なのでしょうね?」
 そう問いかけた琴子の目が男に向く事はない。
 崩れていく姿は少女の視界の外。鮮やかな緑に映る事を許されたのは、強さ見せた少女へと笑む陰陽師達と紫陽花だけだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティア・メル
【波音】 アドリブ歓迎 ⭐︎

トラウマを呼び起こす相手、かあ
―――刹くん
なんで告白なんてしちゃったんだろう
振り払われた手の痛みが
お前みたいな泣き虫嫌いだって言葉が
刃物みたいに突き刺さる

痛い、痛い
胸元をぎゅっと握って堪える
震えそうな唇を開いて
眼差しはひたすらに前へ

隣にある温もりに安堵して
クロウくん、だいじょうぶ
彼を安心させるように笑う
クロウくんも戦ってる
ぼくばかり泣いていられない

もう、弱いだけのぼくでいるのはやめたんだから
んふふ、クロウくんがくれた強さだよ
でも、何度でもぼくが君の弱さになるから
強い君の弱さになりたい
瞼を閉じて

クロウくん、ぼくが傍にいるよ
指先を絡め握って
鼓舞を込めて歌おうか


杜鬼・クロウ
【波音】
悔恨を抱いたコトがねェと言えば嘘だ
己が信ずる途には犠牲があった(故郷にいた悪鬼に民が目の前で虐殺。依頼や戦争では数多救えず)
己が正義と貫いた剣が誰かの正しさとは限らない
それでも
主の教えと伴に世の安寧をと願った創造主の遺志を継ぐ
俺が人の器を得た理由
為すべきコトは変わらねェ
その為に在る

俺はもうその先の先にいる

UC使用
猛毒付与
先にトラウマを祓いティアの許へ

お前が嘗て愛した人がどんな奴であれ
過去は消えない(彼女の手に自分の掌乗せ
泣いたって構やしねェ
それもお前の一部なら
俺の弱さになってもらうには強くなりすぎたよ(小さく笑う。時は動く
…来い、ティア

視ている世界に
護るべき世界に
お前もいる
お前が、いる



 安倍晴明が憑装した『黄泉の本坪鈴』のユーベルコードは、裡に眠る傷を開く。
 恐怖の記憶や姿形を映す、黄泉の門より放たれる炎。
 絶望を呼び起こす無数の人魂。
 響く鈴の音は抱いていた後悔をより鮮烈に。
 そして杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)の鼓膜を震わせた音は、そのまま一気に心の深くまで侵食し、霧雨の名残が強く在った筈の世界に虐殺の日を蘇らせた。
 鬼が吼え、悲鳴が響く。
 過去の残滓が、今を喰らう。
(「……あァ、そうだな。悔恨を抱いたコトがねェと言えば嘘だ」)
 クロウが信じた途には犠牲が在った。
 故郷に居た悪鬼により民は目の前で虐殺され、猟兵として赴いた数々の依頼や戦争においても、救えずに終わった命は数多存在した。
 己が正義を胸に抱いていたが、そうして“正義と貫いた剣が誰かの正しさとは限らない”と何度突きつけられただろう。
(「それでも」)
 クロウは大魔剣の柄を握りしめた。これまで何度も手にした重みだ。
「俺が人の器を得た理由。為すべきコトは変わらねェ」
 “主の教えと伴に世の安寧を”。そう願った創造主の遺志を継ぐ。
(「俺は、その為に在る」)
 継いだものを、途半ばで終わりになどしない。
 そして己はもう、その先の先に居る。
「邪魔だ。退いてな」
 黒き剣閃が翔ける。花弁が舞ったような錯覚の後、優美に芽吹いた甘い香が紅鈴抱えた妖達を包み込んだ。一度距離をと浮き上がった妖達は陰陽師達の結界が阻み、鈴の音がやかましく響き渡る。


 音が、したようだった。
 けれど近くに感じられたその音は不思議と遠ざかり、夢か幻のよう。
 その代わり、ティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)の目にかつての現実が映り込む。
「――殺くん」
 口にして後悔した。向けられる眼差しが、ただただ鋭かったからだ。
(「なんで告白なんてしちゃったんだろう」)
 告白なんてしなきゃよかったのかな。
 告白なんてしなければ、今みたいに睨まれなくて――、

“お前みたいな泣き虫嫌いだ”

(「痛い」)
 振り払われた手の痛みが薄れない。告げられ示された拒絶は、世界中のどんな刃物よりも鋭い刃のようだ。突き刺さって出来た傷はその形のまま。胸の奥深くに冷たく残って、抜ける事がない。
(「痛い」)
 こうすればちょっとは痛くなくなるのかな。
 胸元をぎゅっと握ってみる。――痛い。
(「でも殺くんは泣き虫嫌いだって、だから、」)
 ティアは堪え続けた。効果が無くとも胸元はぎゅっと握ったまま。震えそうな唇を開き、未だに強い拒絶を浮かべる視線を受けようとも、自身の眼差しはひたすらに前へと向け――、
「お前が嘗て愛した人がどんな奴であれ、過去は消えない」
 ふわりと手に重ねられた温もりと、すっかり耳に馴染んだ声。前へ向けていた眼差しが、緩やかに隣の温もりへと移る。
「クロウ、くん」
「泣いたって構やしねェ。それもお前の一部なら」
 向けられる肯定の言葉と隣に在る温もりがティアの裡に染み込んでいく。胸元を握っていた指先から力が抜け、とけて消えゆくものと入れ替わるように、安堵感がティアの胸を満たしていった。
「クロウくん、だいじょうぶ」
 浮かべた笑顔は“本当にだいじょうぶだから安心してね”という言葉の代わり。
(「だってクロウくんも戦っている」)
 自分ばかり泣いていられない。
 それに――、
「もう、弱いだけのぼくでいるのはやめたんだから」
「へェ?」
「んふふ、クロウくんがくれた強さだよ。でも、何度でもぼくが君の弱さになるから」

 強い君の弱さになりたい

 告げたそれは願いか、欲か。
 瞼を閉じたティアが浮かべる表情にクロウは小さく息を吐く。

 俺の弱さになってもらうには強くなりすぎたよ

 そう言って浮かべた笑みの小ささは、笑った本人もティアも知らぬもの。けれど。
「……来い、ティア」
「クロウくん、ぼくが傍にいるよ」
 約束交わして指先を絡めるような音色で紡いだ声は、為すべき事を為すのだと前を見るクロウへ贈る鼓舞を宿した歌声となり、陰陽師達の結界と重なりながら妖達をとろりと包み込んでいく。
 漆黒と共に紅が落ち、沙羅双樹の花弁が降る。
 ひらひらと躍る花弁は紫陽花の彩と共にクロウの視界に映っていた。
 それはクロウが視ている世界であり、護るべき世界だった。
(「そこにお前もいる。お前が、いる」)
 時は動く。
 過去を刻みながら、先へ、先へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

馬県・義透

四人で一人の複合型悪霊。生前は戦友

第三『侵す者』武の天才
一人称:わし 豪快古風
武器:黒燭炎

京の都は、悪霊的には苦手なのだが、そう言っている暇はなし

後悔な。『最愛の妻・陽織を、先に死なせてしまったこと』よ
故郷はオブリビオンによって壊滅しておるから、訪れる死は変わらぬ。が、順番はな…。わしの目の前で、陽織は腸を食われた
それこそが、尽きぬ後悔というやつよ

ただ、その陽織本人が気にしてないことも知っておるのだ
まぼろし橋で会ったとき、なーにも文句いわず。むしろ『こっちきたら容赦しない』とな
いつもの元気なお転婆な姿で、背を押してくれたのだ

そうなったら、凹んでおるわけにはいかぬよ
炎の狼たちよ、敵を焼くがよい



 京の都に猟書家・大天使ロロサエルの脅威が迫っている。
 それを聞いた馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)が覚えたものは、京の都というものに対する苦手意識だった。
(「……が、そう言っている暇はなし」)
 故に義透は――第三『侵す者』は、他の猟兵と共にサムライエンパイアの世界へと転移した。名高き陰陽師の魂を憑装した妖達がどのような術を使うのかも心得た上で。
『貴方様とお会いするのは初めてでありましょうか? それとも既に何処かで?』
 小さく愛らしい姿をした妖が男の声で喋り、抱えている紅鈴と共に揺れる。
 響く鈴の音は妖の数だけ重なり、圧を増し、音を含んで空気諸共たわむようだった。耳に触れ、鼓膜に伝い、そこから肉体の全てへと至っていく。
 そうして鈴の音は、瞬きを一回挟んだ義透の視界に女の死体を現した。
 倒れている女の腹部に見える酷い痕跡。そこから溢れて周囲を濡らす血の紅。義透の裡から綺麗に抜き取られた後悔が、今この瞬間に貼り付けられている。
「陽織」
 最愛の妻の名を口にしても返事はない。殺されて死んだ女の指先は唇と同様ぴくりとも動かず、最期を迎えた時のまま、そこに在った。
 故郷はオブリビオンによって壊滅している為、妻に訪れる死は変わらない。
 それはわかっている。
(「が、順番はな……」)
 最愛の妻・陽織は己の目の前で腸を食われ、死んだのだ。
 妻を守れなかった。先に死なせた。それこそが義透の尽きぬ後悔であり――そして、先に逝かせてしまった妻本人とまぼろし橋で邂逅した際、気にしてないと知った事実でもあった。
(「なーにも文句いわず。むしろ『こっちきたら容赦しない』とな」)
 痛かっただろうに。苦しかっただろうに。
 だが妻は整然と変わらぬ元気なお転婆な姿で背を押してくれた。
「そうなったら、凹んでおるわけにはいかぬよ」
 その瞬間、幻が一気に輪郭を崩し滲んで消える。
 死体が消えたその先、空中に数多浮かぶ妖達が一斉にざわついた。揃って広がり始めるも陰陽師達の結界がそれを阻み、動きの鈍った獲物の様に獣達が舌なめずりをする。
「炎の狼たちよ、敵を焼くがよい」
 命令と共に紅輝の魔断狼が駆ける。燃え盛る獣の四肢は妖を容赦なく狩っていき――りいんりいんと届いた鈴の音は、悲鳴の代わりにしかなれぬ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふええ、炎に恐怖ノ記憶や姿形が写し出されるって、どういうことでしょうかね、アヒルさん。
ふえ?アヒルさんどうしたんですか?
まさか、アヒルさんに恐怖の記憶を見せているのでは、私よりアヒルさんを狙うなんて、悔しいですけど正解です、さすが晴明さんですか。
アヒルさん、何を見せられているのですか?
ふえ、北京ダックって、過去の記憶というより未来の姿では?
ふええ、そんな状態でも私の事を突けるんですね。
あの、アヒルさん、アヒルさんはガジェットですから、どんなに焼いても北京ダックにはなりませんよ。
お洗濯の魔法で炎を落としてあげますから、あの鈴さん達を倒してきて下さい。



『おや、おや。そちらの御方』
「ふえっ?」
 妖の口から飛び出した“男の人の声”。見た目とのギャップ、そして話しかけられた事にフリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)はびくっと肩を跳ねさせた。
 見た目は愛らしい妖だがオブリビオンであり、更に中身は安倍晴明だ。一体何の用ですかとびくびくするフリルの足元では、アヒルさんが堂々としながら警戒を怠らない。
『貴方様の傷はまだ開かれておられぬ様子。ならばそこに触れましょうぞ、開きましょうぞ』
「ふええ……!」
「お気を付け下さい、どの技も精神に強い作用を……!」
 陰陽師の言葉に、フリルは現れた黄泉の門を見てごくりとつばを飲んだ。ぎい、と開いたそこから灼熱の輝きが溢れ、こぼれるようにして飛び出してくる。
「た、確か、炎に恐怖の記憶や姿形が映し出されるって……」
 それはどういう事だろう。それに自分の目に映る炎は炎だけのまま。
 アヒルさんならわかるだろうかとフリルはアヒルさんを呼び――炎を見たままぴくりとも動かない様にハッとする。
(「まさか、アヒルさんに恐怖の記憶を見せているのでは?」)
 自分よりアヒルさんを狙うとは。悔しいが正解だ。
 戦場でもアヒルさんはタフであり、その上なかなか手強い。フリルはさすが晴明さんですかと感心――しかけ、首を振ってアヒルさんを抱き上げる。アヒルさんを早く助けなくては、自分もアヒルさんも危ない――!
「アヒルさん、何を見せられているのですか?」
『ガァ、ガァ……!』
 アヒルさんが凝視したままの炎を翼で指し訴えたものに、フリルは目を丸くした。自分には燃え盛る炎のままだが――あそこに、北京ダックになったアヒルさんがいるという。
「……それって過去の記憶というより未来の姿では?」
『グワワーッ!』
「ふええ、そんな状態でも私の事を突けるんですね……! うう、でもアヒルさん。アヒルさんはガジェットですから、どんなに焼いても北京ダックにはなりませんよ」
『……グワッ!?』
 強い恐怖は正常な思考を奪う。あのアヒルさんでも、呑まれてしまうほど。起きた事は恐ろしく厄介で――だが、フリルはこういう時どうするのが一番か知っていた。
 編んだユーベルコードを炎へと向ける。煌々と燃え盛っていた炎はたちまちシャボン玉の如く弾けて、炎溢れるそこに穴を開けた。その範囲がどんどん広がっていく。
「お洗濯の魔法で炎を落としてあげますから、あの鈴さん達を倒してきて下さい」

 自分はサポートに。
 攻撃はアヒルさんに。

 フリルの選択は、これまでずっと一緒にいたからこそ迷わず選んだ最適解。

大成功 🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
(決死の覚悟で食いしばりながら、嗚咽や苦悶を堪えながら――
護りたいものの為に立つ彼らを知れば、踏み込まずにはいられなかった

――俺は、嘗て護りきれなかったものがあるだけに

踏み込めばその記憶が抉られるであろうと判ってても)

(ーー頭が痛い
雨か血か涙かもわからない程、身も心もぐちゃぐちゃになった日――恩師を失った日
何度乗り越えても、何度も見せつけられる絶望の記憶

――それを静かに受け止めて、一本、踏み出す

彼らに、俺と同じ轍は踏ませやしない
こんな絶望はもう御免だ)

――結界アリガトな
もうちょっとだけ辛抱してくれ

立ち込める暗雲は、必ず吹き飛ばしてみせるから



 裡に抱えていた傷を暴かれ、突きつけられる。
 それがどれほどの苦しみを伴うかは本人にしかわからない。親しい者ならば深く感じ取れるのだろう。だが、他人であり、彼ら陰陽師と親交のない呉羽・伊織(翳・f03578)にわかる事と言えば、己の目に映ったものと耳で聞いたものだけだ。
 涙に濡れ赤くなっている目。
 食いしばっても抑えきれない荒い呼吸。
 誰かへの言葉が混じった嗚咽と、苦悶。
 護りたいものの為、自身が抱えていた傷を開かれる痛みを堪えながら立つ姿は、この場へ踏み込むのに十分過ぎるものだった。彼らの過去を知らずとも、現在の彼らを知った今、伊織の足を止めるものはどこにもない。
(「――俺は、――……いや、俺も、か」)
 嘗て護りきれなかったものがある己もまた、此処に踏み込んだ以上その記憶が抉られる。
 そう判っていても伊織は前へ進み、漂う妖の群れを冷たく捉えた。
「来いよ」
 静かに紡いだ一言へと安倍晴明である妖が応じる。無数の人魂が空中に灯り明るくなったその下で、妖が目を細める中で、伊織は顔を顰めた。
(「――頭が痛い」)
 あの日と同じだ。
 雨か血か涙かすら判らないほど心身がぐちゃぐちゃになったあの日――恩師を失ったあの瞬間、あの日覚えた絶望が『呉羽・伊織』という器の全てを埋め始める。
 目の前で薄れていく光。掌から消えていく熱。そのくせ鮮やかな紅だけはそのままで、雫に混ざって広がって、止まる事を知りもしない。
 どれだけ掴もうとしても掬い上げようとしても、どうしようもなく命がこぼれ落ちていったあの日を何度も乗り越えた。その度に、深く刻まれた絶望の記憶を見せつけられた。
 過ぎた時の分だけ何を失ったかを思い知らされて――そして伊織は、己から溢れて呑み込みそうだったそれを静かに受け止めた。
 一歩踏み出した足の下で小石が音を立てる。
 前を見る瞳に、陰陽師達が映る。
 新たに結ばれた印。天へと昇る清らかな光。その内側に閉じ込められた妖の数はまあまあのものだが、印を結んだままの指を見やれば、力強く結ばれているだけではない震えが見て取れた。未だその裡を暴かれているのだ。
(「彼らに、俺と同じ轍は踏ませやしない。こんな絶望はもう御免だ」)
 護ろうとしている都を護れずに失うという可能性は、今、此処で覆す。
「――結界アリガトな。もうちょっとだけ辛抱してくれ」
 飄々と軽やかな笑みと共に言って自身に宿すものに意識を向ける。存在感を増したそれがどういうものか、陰陽師たる彼らは感じ取っただろう。
「ご安心を。何刻でも堪えてみせます」
 しかし返ってきたのは、成し遂げる意思しか感じられぬ言葉と笑み。
 伊織は一瞬目を丸くし、ふはっと吹き出した。
 何刻でも? そんなに時間はかからない。かけるものか。
 心曇らす暗雲は必ず吹き飛ばし、いっとうの晴れを届けよう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

千家・菊里
(すっきりしない空模様
湿気でしょんぼりした尻尾

嗚呼、そういえばこんな日は、少しばかり悲しい事があった様な――

もやつく視界と思考が
不意に鮮明な過去に至る

――しまった、と思った

この手は、届かない
悔いたとて、もう遅い

これは――)

雨天限定の紫陽花甘味を求めに出た筈が、途中で他の甘味に浮気し寄り道してしまったばかりに…
目の前で売り切れてしまった時の…

(と、思い出した所ではっと顔上げ)
あっ
でも今年は更に豪華になって帰って来たと聞きました

また時間を食って甘味が食えないでは笑えない
早く片さねば
(全くくよくよしない精神)

それに同郷の同胞方の覚悟の手前――応えぬ訳にはいかぬというもの

その涙、晴らしてみせましょう



 早朝に一帯を濡らした霧雨の名残は頭上にも未だ残っているようだ。
 すっきりしない空模様は薄墨に浸されたようで、満ちる湿気は千家・菊里(隠逸花・f02716)の尻尾をしょんぼりとさせる。
(「嗚呼、そういえばこんな日は、少しばかり悲しい事があった様な――」)
 あれは確か、と記憶を辿るその視界がもやついた。思考もなぜだか輪郭を朧気にしていく。
 こうなる直前、鈴の音を聞いたような。
 菊里の中で幽かに浮かんだ思考はすぐに薄れ、空と同じくすっきりしない。すると不意に全てが鮮明になった。空模様と湿気は遙か彼方。菊里の心身は――過去に至る。
 その瞬間、菊里はハッと息を呑んだ。
(「――しまった」)
 思わず握った拳は空気しか掴めていない。
 この手は、届かないのだ。どれだけ悔いても、もう遅いのだ。
 溢れる後悔は嵩を増し、菊里の尻尾だけでなく狐耳もしょんぼりとさせていった。常ならば穏やかに、そして涼し気な微笑を浮かべている紅色の眼差しも、悲しみと切なさを滲ませている。
 菊里は目の前に広がるものをそっと見た。
 趣深い店構え。まばらな人影。落ち着いた空気。
 己の願いが達成されていたなら、こうはなっていない筈の光景――そう、これは何もかもが遅かった過ぎし日の記憶、己に刻まれた強い後悔だ。過去とわかっていても、あまりの悲しみに“本日分は完売致しました”の張り紙を見つめる事しか出来ない。
 嗚呼。なぜ、なぜこうなってしまったのだろう。
 ――いいや。本当はわかっている。全て己が悪いのだ。
「雨天限定の紫陽花甘味を求めに出た筈が、途中で他の甘味に浮気し寄り道してしまったばかりに……」
 目の前で紫陽花甘味が売り切れてしまった時の後悔が、菊里の心を強く苛む。
 雨模様の道中に見つけた出逢い、他の甘味ではなく此方へと真っ直ぐ向かっていたなら、己は雨天限定の紫陽花甘味をこの手に迎え、大切に有り難く味わえた筈なのだ。他の甘味は本命を味わった後にしていれば――。
「あっ。でも今年は更に豪華になって帰って来たと聞きました」
 しょぼくれていた耳と尻尾に活力が戻る。
 己の方を見て首を傾げる陰陽師達が目に入った菊里は、今しがた絶望を曇天の彼方へ吹き飛ばせた理由――今年の雨天限定甘味への想いを新たに、柔らかに微笑み返した。
(「また時間を食って甘味が食えないでは笑えない。早く片さねば」)
 くよくよするという文字は菊里の精神に存在しない。
 それに、同郷同胞である陰陽師達の覚悟の手前、彼らが見せたものへ応えぬわけにはいかぬというもの。
 ゆるりと目の前を撫で、現れた狐火がその数を鮮やかに増し宙を翔けた。自由自在の軌跡は陰陽師達から感嘆の声をこぼさせて、頬濡らす涙も晴らしていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

津嶋・かなで
藍夜さん(f35359)

思い出したのは小学三年生の記憶
双子のきょうだいが川に落ちた時のこと
あれは僕のせいだ

知らない大人が僕をつけ回してて
橋から突き落とされて
でもそれは、みやこが間違えられただけで

狙いは、僕だった

ごめ、ごめん、みやこ
僕、やっぱり、お前を助けられなくて
ずっと
一緒だったのに

ぼろぼろと零れる涙

手を繋いでくれたのは
骨になっても傍に居るきみ

傍に居て、涙を拭ってくれるのは
最愛のひと

らんや、さん

…ごめん、大丈夫、じゃないけど
できる、やれるよ

みやこには絵本による光線攻撃を指示
二人の援護の中を駆け抜け接敵
敵には麻痺を、陰陽師達には隠密を【天候操作、範囲攻撃

僕の記憶を覗いていいのは
藍夜さんだけなんだ


御簾森・藍夜
かなで(f35292)

俺の悲しみは俺が誰より覚えている
雨のように降った祖父の血に止まない雨の中の葬式

でも、俺はそれに傘を差せる
俺の隣には最愛のお前が居るから

だから

俺はこんな昔ばっかり見ている俺を殴る【グラップルで自分をぶん殴る
くっそ痛いなふざけるなよお前らの所為だ

……かなで
かなで、起きなさい

お前の兄弟は、お前の隣に居るだろう

見間違えるな
そして(傘で黄泉の本坪鈴を振り払い、無理矢理でも立たせ
俺を忘れるな。俺は此処に居る(手袋を取り素手で指を絡めて手を繋いで涙を吸い

この悪趣味な催しは殺す
久方ぶりに随分と気分が悪い

UCを使いながらかなでの援護を
外すわけないだろう全て撃ち落とす【援護射撃、スナイパー



 津嶋・かなで(幻実アンファンス・f35292)の脳裏に、突如幼き日の記憶が蘇った。
 銀誓館学園の制服に袖を通すよりもずっと前。小学三年生だったかなでには双子のきょうだいが居た。その双子のきょうだいが、川に呑まれた。
「あれは僕のせいだ」
 掠れた声で認めても、かなでの心は全く軽くならなかった。強く降る雨にうたれずぶ濡れになったように、何もかもが重たくて苦しくてたまらない。けれど一番苦しかったのは――、
「……」
 たった三文字。きょうだいの名を呼ぶ事が出来ない。
 隣りに居る、幼いままのきょうだいを見られない。
 だって自分のせいだ。知らない大人が自分をつけ回していて、橋から突き落とした。だが突き落とされて川に落ちた子供は『かなで』ではない、『みやこ』だ。なぜ。間違えられたから。

 それだけの理由でみやこは死んだ。

「狙いは、僕だったのに」
 くい。
 学生服を引かれても自分より背が低い――幼いままのみやこを見られない。あの頃のままの背丈。通っていた小学校の制服。骨の、体。面と向かって何を何て言えばいい?
「ごめ、ごめん、みやこ。僕、やっぱり、お前を助けられなくて」
 いつも傍にいた。一緒だった。それなのに――。



 雫が降り続いている。
 あの日と同じだ。
 御簾森・藍夜(雨の濫觴・f35359)の裡に今も雨音と共に残る、葬式の日と。
(「雨のように降った血だった」)
 ゴーストに襲われた祖父からは、人体からこんなにも流れるのかというほどの血が降った。
 その光景は藍夜の裡に晴れない雨を生み、祖父を送り出す葬式の日に降った雨で流れも薄れもしない。あの日の悲しみは藍夜が誰よりも覚えている。
(「でも、俺はそれに傘を差せる」)
 差せるように、なった。
 最愛の存在が隣に居るからだ。
 けれど今、隣からは啜り泣く音と、ごめんと震える声が繰り返されている。鮮やかな碧色はきっと、ぼろぼろと雫を溢れさせているのだろう。
 だが、今自分の世界にはざあざあと降る別れの日ばかりが映っていて――それを罵りたいほどに自分が腹立たしい。

 だから藍夜は18だった頃の昔ばかり見ている自分を殴った。

「くっそ痛いなふざけるなよお前らの所為だ」
 後悔している。覚えている。
 だが今の自分は雨から身を守れる。

 だから藍夜は手を伸ばす。
 差した傘は自分だけでなく、隣に居る最愛にも。



「……かなで。かなで、起きなさい」
 お前の兄弟は、お前の隣に居るだろう。
 そこでかなでは漸くきょうだいを見る事が出来た。
 手を繋ぎ、自分を見上げる小学三年生のままのみやこ。骨になっても、骨だけの手を繋いでくれたきみ。みやこ、と弱々しい声で呼ぶと、繋いだ手を軽く左右に振られた。途端、視界が更にぼやけ、その中に浮かぶ沢山の漆黒と紅が動いたけれど。
「見間違えるな」
 その色が何かで一斉に薙ぎ払われた直後、力強く腕を握られた。
「俺を忘れるな。俺は此処に居る」
 もう片方の手にも温もりが繋げられ、すぐ近くの声と共に視界をぼやけさせていた雫が優しく消えていく。目元に一瞬灯った熱にかなでは瞬きを繰り返し、自分を見つめる漆黒に心を震わせた。
「らんや、さん」
 傍に居る。涙が流れるなら拭うし、何度でも傘を差す。
 藍夜が、そしてみやこが示すものに、かなでは再び溢れかけたものをぐっと飲み込んでうなずいた。
「……ごめん、大丈夫、じゃないけど。できる、やれるよ」
「わかった。よし、この悪趣味な催しは殺す。久方ぶりに随分と気分が悪い」
 みやこも“怒った”と言いたげに拳を握る。その手へとかなでが持たせた絵本は機嫌を治す為ではなく、自分達の記憶を弄んだ事への代償を払わせる為。
 開かれた絵本から光線が迸り、直撃を運良く喰らわなかった妖がさあっと広がった。だが宙を翔けた先、藍夜の“全て撃ち落とす”という意思宿した銃口に捉えられた者から狙撃されていく。
 光線と見えぬ銃弾の軌跡は駆けるかなでを守る傘へ。
 駆けるかなでが放つ銀色の雫は陰陽師達を守る雨へ。
 同じ銀の輝きは妖にも向かったが、浴びた者から鈴と共に落下し、光線や不可視の弾がそこを射抜くだけでなく陰陽師達の結界に囚われ、次々と数を減らしていく。からんころんと鈴の音が響くも、それは鼓膜を震わせる程度にまで落ちていた。
『ああまさか、斯様にも早く防がれるとは』
「当たり前だろう。僕の記憶を覗いていいのは、藍夜さんだけなんだ」

 傘の差し方を知る人以外、心の傷は覗いていいものじゃないんだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

楊・暁


幼少から金毛九尾様の為に闘う駒だった

成果が上げられず上官に誹られた時
吉祥の象徴・太平を呼ぶ黒狐だから攫われてきた身と知った

闘いの度に減る駒達
いつかは俺も死ぬんだろう

だから日本の稲荷神社を使って
巨大情報網を築く作戦への参加は嬉しかった
日本に行ける
日本で死ねる

京都で手下として喚んだ地縛霊の少女4人
片言の言葉
けど花みてぇな微笑はどこか温かかった
作戦が終われば消える存在
だからって俺を庇って散る事はなかった
俺が強ければ還してやれた

あの時と似た土地と刻
雨と花の匂いが記憶を呼ぶ

学園に保護された後も懺悔と後悔ばかり
無価値な俺だけが無様に生き続け
そうして無為に過ごした十数年後に
症候群に罹って当時の姿に戻ったのは何の奇縁だろう

やり直したい
非力さに唇を噛む事のないように

強くうたかたの花(装備1)握る
…もう、立ち止まらねぇって決めたんだ
落ち着き、意を決してUC発動
花の治癒に少女達の微笑み重ね
背を押して貰い乍ら
敵睨み炎喰らう勢いで雪のカウンター

なぁ、安倍晴明なら知ってんだろ?
五行相剋…火は水には勝てねぇってな!



 自分というものを振り返る時、楊・暁(うたかたの花・f36185)がまず思い浮かべる文字は“駒”だ。幼い頃より、そういう風に扱われた為だった。
 金毛九尾。強大な存在の為に闘う駒として在った暁は、ある日、成果を上げられず上官に誹られた。役目を持ちながら何も成せなかった駒に、弱者を甚振れるという傲慢故か何なのか、今となってはわからないが上官は口を滑らせた。

“吉祥の象徴・太平を呼ぶ黒狐だからと、海を越え連れてきたというのに――”

 自分は攫われてきた身だった。そう知った暁の周りには他の駒がいたが、闘いの度にその数は減っていた。
 ああ、いつかは俺も金毛九尾様の駒として死ぬんだろう。
 自身の行末を薄っすらと捉えて生きる日を幾度か繰り返し――日本での任務に就く事となった。役目は、日本各地の稲荷神社を使って巨大情報網を築く事。暁の心は高鳴った。
 日本に行ける。
 日本で死ねる。
 あまりよく知らない故郷ではあるが、日本で最期を迎えられるのだ。自分もいつか死ぬなら大陸より故郷・日本での方がいい。
 そして赴いた京都の地で、そこに染み付いていた地縛霊少女4人を手下として喚んだ。
 彼女達が話す言葉は片言ばかり。だがどの少女も花のような微笑を浮かべ、どこか温かかった事を覚えている。だが、作戦が終われば役目は済んだとして消える存在だ。自分が喚んだものである彼女達も、駒といえる存在だったろう。
(「だからって俺を庇って散る事はなかった」)
 喚んだだけの、それだけの繋がりしかない。そこまでする必要はない。なのに少女達は自分を庇い、結果、消滅した。
(「俺が強ければ還してやれた」)
 あの時と似た土地と刻が目に映る。雨と花の匂いが、鼻をくすぐる。
 捨てられず抱えていた記憶が今へと呼び起こされ、そこに重なる炎の音と色、熱が夢と現の境を燃やして過去と混ぜていく。
(「あの後も、無価値な俺だけが無様に生き続けた」)
 大陸妖狐は銀誓館学園へ加わる事となり、暁も他の大陸妖狐と同様に保護された。だが、暁の裡には還る事もさせてやれず散った存在への懺悔と後悔ばかりが育っていた。
 そんな日々に意味は生じず、そうしてただただ無為に過ごした十数年後。暁は運命の糸症候群に罹った。鏡や硝子に映る当時の姿は奇縁としか言いようがなく、その姿を見る度、片言で向けられた言葉や花のような微笑が蘇る。
(「やり直したい」)
 非力さに唇を噛む事のないように。
 だがそれは叶わぬ願いと知っている。散った花々は蘇らない。
 蘇芳、萌葱、桔梗、浅葱――祈りと誓い込めた花を手に心を落ち着け、息を吸う。
「……もう、立ち止まらねぇって決めたんだ」
 決意と共に起こした風が木々や紫陽花をさざめかせ、地面に転がっていた小石が細やかな粒と共に舞い上がった。その一つ一つにくっつく者の姿を見たのだろう。降り始めた季節外れの雪の中、安倍晴明宿る妖達が目を瞠り、現した人魂を壁にして上空へ逃げようとした。
「逃すな!」
 一人の陰陽師が上げた声を合図に光の柱が立ち上る。天高くまで走る輝きを称えるように、小石らにくっついていた者――小妖怪達が手を叩き花弁を降らせたなら、そこから伝わる力は陰陽師達を優しく包み込んだ。
 その温もりが暁の裡に刻まれていた少女らの微笑と重なり、柔らかな温もりに背を押された気がした。
 迫る炎の熱が全身に注がれるが恐れは全くない。
 暁はそのまま炎の壁を喰い破るようにして雪の濁流を叩き込む。
「なぁ、安倍晴明なら知ってんだろ? 五行相剋……火は水には勝てねぇってな!」
『く――ふふ! ええ、ええ、よく存じておりますとも!』
 口惜しさ滲む声と共に鈴が鳴る。
 だが花の温もりを刻んだ暁に、その音色はもう届かない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

城野・いばら

関係がないのならお引き取りを
そんなに可愛く揺れてもダメよ
いばら怒っているのだから

鈴さんを揺らすお邪魔をしたら、アリス達の助けになれる?
【Gift】でこの地に守りの茨の生垣を
しっとり柔らかな土さんは芽吹き易そう
地形の利用をして
紫陽花さん達の間にもにょきっとお邪魔を
そうしたらね、いばら達が皆を護れるから

溢れて止まらまいもの
もう知ってるわ
はじまりのアリスに誘われ飛び込んだ涙の海で
たっぷり味わったもの

*バラバラになったいばら達と国
真っ赤に染まって動かないアリス
助けてあげられなかった後悔が見せる、悲しい幻

でも、ダメよ
何度見せても答えは変わらないわ
苦しくても、いとおしいの
アリスとの思い出だもの嫌ったりしない

それにね、後悔を重ねない為に
いま此処にいるのだから
…さぁ、バラさん達!
鈴音を奏でようとするコを積極的に捕縛して
骸の海に帰ってもらおう

アリス達の悲しい、苦しいキモチが少しでも和らぐように
【小さなうたごえ】の皆も手伝ってね
明るい合唱で、折れない意志で
沈む心に、意地悪な魑魅魍魎さんに陽の気を届けよう



 京の都の蹂躙。その手始めにと断りなく触れたものに対する発言に、城野・いばら(白夜の揺籃・f20406)の双眸がぱちりと瞬いた。
「関係がないのならお引き取りを」
 わざとひどいことする子は嫌いと示すいばらに、鈴を抱えた妖達が緩やかに目を細めてゆらりゆらり。鈴がからりと音を立てる程度に揺れてみせた。
『そう明確に言われますと、流石の私も胸が痛みまする』
「そんなに可愛く揺れてもダメよ。いばら怒っているのだから」
 嬉しい時ふくふくと満ちる頬は、他者を思わぬ行為にぷくりと膨らんだ。
 それを見た妖達がまた揺れる。傾いた拍子に起きたからんという音は繰り返される動きで層を増し、波紋のように広がった。そのさなか苦しげに呻いた陰陽師へ思わず振り返ったいばらは、彼らが返した笑顔の痛々しさに胸を押さえる。
(「鈴さんを揺らすお邪魔をしたら、アリス達の助けになれる?」)
 出会ったばかりの彼らの裡、今より前に出来た傷へ無断で触れて傷口をひどくするのなら、それが出来ないように通せんぼをしてしまおう。素早く目を向けた先には、朝の霧雨の名残をしっとり残す大地が在る。
(「あの土さん、しっとり柔らかで芽吹き易そう。どんな住み心地かしら?」)
 つい気になりながら芽吹かせた茨は、土の心地良さを示すようにぐんぐんと伸び蕾をつけ、可憐な花を咲かせた。
 あっという間に出来上がった茨の生垣は妖の動きを阻みながら身に宿す棘でチクリ。
 先に住んでいた紫陽花へにょきっとお邪魔しますのご挨拶――の合間も、ひゅるんと伸びた茨が陰陽師に近付こうとしていた妖をぺしんっと叩いて捕まえて、他の茨へ華麗にパス。
 濡れた土や緑の匂いに混じる薔薇の香りも、妖達を翻弄する茨とはまた違う形で陰陽師達の心に映っていく。いばら達の護りは花開くように広がり――それでも鈴の音はいばらの裡にまで染み込んだ。
(「けれど、いばらはもう知ってるわ」)
 バラバラになった自分達と不思議の国。
 真っ赤に染まったきり動かないアリス。
 どんどん白くなっていく肌の上を、赤色がとろりと流れ――はじまりのアリスに誘われ飛び込んだ先、涙の海でたっぷりと味わったものが、記憶という傷口を扉に裡から溢れて止まらない。ああ、頭の先まで悲しみに埋められてしまいそう。
「でも、ダメよ。何度見せても答えは変わらないわ」
 あの日の幻に告げ、指先を胸元に添える。白薔薇咲かす棘の生垣だった自分が人の姿になったのは、悲しみと後悔でいっぱいのあの時だけれど。
「苦しくても、いとおしいの。アリスとの思い出だもの、嫌ったりしないのよ。それにね」
 くすりと笑みをこぼしたいばらの顔に、むん、とやる気溢れる彩が浮かぶ。
「いばら、後悔を重ねない為に、いま此処にいるの。……さぁ、バラさん達!」
 一際明るく響かせた声に無数の薔薇が応える。しゅんっと翔けるように伸びた茨は鈴ごと妖を捕まえ、ぶんぶんぶぶんっ、からの、ぐるぐるぎゅうっ。
 一つ二つと還されて、小さな蝶々や花弁もランララと明るい合唱を重ねていく。印を結び直した陰陽師達の表情は共に明るさを増し、響いて広がる陽の気は、沈む心だけでなく意地悪な魍魎にも届いていった。
 空は未だ灰色、生憎の曇り空。
 ――けれど。天使の梯子が架かるまでそう時間はかからないだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

明空・橙吾


これは良くないね
護る勇気の代償にはあまりに酷い
それに僕は傷には弱いんだ、困ったなぁ


鈴の念が広がれば
次々見えるのは嘗て自分が保護し、育て、手放し置いてきた子供達
ああ、ああ、後悔なんて
この子達を戦いの路へ送り出す他なかったのかと
一時たりとも思わなかった事はない
誰へも等しく悔いているから、幻へ手を伸ばす事もできやしない
そう、子供達に関しては

嘆く自分の足元へ
いつの間にか散らばる車の残骸、人の血
――さすが、よく分かってらっしゃる
あの時「能力」を使い家族を助けたりせず
こうして見殺しにしていれば良かったと、それこそが僕の後悔だと
そう言うのだね
……残念ながら、それは少々解釈違いだ

確かに、何もしなければ傷付かなかった
けれどその後の多くの笑顔も見る事はなく、彼らが護った世界も知る事はなかった
だから僕の傷など、本当に些細な事なんだ
それより傷付く誰かを見る方が、ずっと辛いのだよ


十分に敵の油断を誘い
範囲攻撃で宙を撫でるように【連呪】を撒く
見えぬ傷がお好きなようだから
これはほんのお返しさ



 痛みや悲しみに乱れる心を何とか律しながら立ち続ける。その姿に、穏やかだった明空・橙吾(かけら・f35428)の笑みが僅かに翳った。
「これは良くないね。護る勇気の代償にはあまりに酷い」
『ほほ』
 こちらを捉えた妖から随分と優雅な笑い声を返された。小動物めいたその身には平安時代に名を轟かせたかの有名な――と全く同じかは判断に迷うが、安倍晴明の魂が宿っている。ならば自分の裡も容赦なく暴かれるのだろう。
「僕は傷には弱いんだ、困ったなぁ」
 触れられるものへの思考が灯色の目に浮かんだ時、りいん、と鈴の音が響いた。輪を描くように広がった音は難なく橙吾の裡に至り、ああ、と幽かな声をこぼさせる。
 一人、二人、三人、四人――次々現れた子供達は皆、赤の他人。かつて自分が保護し、手元で育て、手放し、置いてきた子供達。記憶の中に残る姿のまま現れたあの子達を、自分はどこへ送り出したか、よく覚えている。
 だからこそ――ああ、ああ。
(「後悔、なんて」)
 その二文字で足りるだろうか。収まるだろうか。
 その言葉以上に適した言葉は、どこかに在るだろうか。
 だって――あの子も、あの子も。皆、自分が戦いの路へ送り出したのだ。
 保護して育てた後に手放す事は一般的にあるだろう。鳥だって巣立つのだ。だとしても、“ああする他なかったのか?”と、一時たりとも思わなかった事はない。空の色が無限に在るように、あの子達も、自分が送り出さなければ戦い以外の未来を過ごせた筈だ。
 抱えたままの後悔は特定の誰かではなく全ての子へと平等に。
 ――だからこそ、幻へと手を伸ばす事すら出来やしない。
 嘆く心のまま視線は下へ。そうして気付いた。別の後悔が散らばっている。
 ひしゃげたドア。ガラスの破片。血濡れたパーツと地面。車の残骸。人の血。ああ、よく覚えている。
「――さすが、よく分かってらっしゃる。『能力』を使い家族を助けたりせず、こうして見殺しにしていれば良かったと、それこそが僕の後悔だと。そう言うのだね」
 りいんりいんと木霊する鈴の音に、橙吾は「そう」と頷くような一言をこぼした。緩やかに目を閉じれば世界は真っ暗。後悔は一つも映らないけれど。
「……残念ながら、それは少々解釈違いだ」
 笑って目を開け、相変わらずそこに在る後悔達を順番に映していった。
「確かに、何もしなければ傷付かなかった。けれどその後の多くの笑顔も見る事はなく、彼らが護った世界も知る事はなかった」
 それは――多分、自分が空の彩を知らないまま生きるようなものだ。
 だからと橙吾は笑う。もしもの未来を望まなかったわけではないけれど。
「僕の傷など、本当に些細な事なんだ。それより傷付く誰かを見る方が、ずっと辛いのだよ」
 言葉の終わりと共に後悔の輪郭が滲み始めた。あの子達も、車の残骸も人の血も完全に消えていく。橙吾は最後の欠片ひとつまで見送って――祟り縄で妖達を容赦なく叩きつけた。
 響きかけた鈴音が乱れてすぐ、柱状に光が昇って取り囲む。音も動きも鈍くなった様に橙吾は陰陽師達へと笑って会釈をし、妖達を襲い始めた不幸を緩やかに眺める。
「見えぬ傷がお好きなようだから。これはほんのお返しさ」
 小石。枝。突風で飛来したそれが次々刺さり身を貫いている。
 傷を暴いた事へのお返しと考えれば――そう。やはりこれは、ほんの些細なものだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類
踏み留まる陰陽師さん達の姿、頭が下がる気持ちだ
火放つ鈴の気を逸らす為
瓜江にて、フェイントと残像交えた蹴りでの攻撃を仕掛け

その隙に加勢に来ました
その景色は、確かに在ったかもしれない
けど、今ではない
破魔の力込め、眠りは指定せぬ夢幻を放ち
彼らの胸で燃える鈴が放つものより
強く、熱いはずの奮い立つ理由となるものを写し
絶望や恐怖を拭う力に
僅かでもましになったら、結界による守りだけ任せ攻勢に

なるべくは、攻撃見切り回避し
鈴狙い割りに行くけれど…

念に、焼け野原の景色が、呼ばれて
息が詰まり、左胸が、痛い
あのとき、もっと

けど、瞬間隣の瓜江の頭突きを自らに
たらればと後悔なんて、それこそ何度したと思ってるんだ
止まりそうな足を、止めない気付にし

熱さも、悔いも全て飲み顔をあげる
傷を隠して厭う気はない
本当に恐ろしいのは、取り返しがつかないのは
足が、手があるのに
痛みに止まって、更に沢山の彼らの明日が無くなること

研ぎ澄まし、刀を持つ手に破魔の祈りを
悪趣味に開いて踏み荒らすな



 一度触れて暴いた傷のより奥深くを求めるように、火が躍り、鈴が鳴る。それでも陰陽師達は印を組んだ指をほどかず、二本の足を動かし逃げるという選択をしない。
『その気概、お見事と言うべきでしょうか。ですが、かの大天使が京の都へと抱く興味、その深さ削ぐ事は何人にも叶わないのでございます』
 この先に待つものを愉しむように妖達が目を細める。響く鈴の音と翔ける火は陰陽師達をすっぽりと包むように広がり、大きく開かれた獣の顎のよう。
(「それでも、あなた達は踏み留まるのでしょう」)
 双眸に映るものは覚えた予感そのままの姿。
 ――頭が下がる気持ちだ。冴島・類(公孫樹・f13398)は双眸を柔く細め、鈴が強く鳴こうとした寸前、指と瓜江を繋ぐ赤糸を躍らせた。
 翔けていた火の彩が黒を照らしたが、それは一瞬。映った彩はその場に残った瓜江の名残と共に消え、直後、響いていた音色は妖もろとも地面へと派手に転がった。その音が蹴撃と共に数度響く中、類は陰陽師達の傍に立つ。
「加勢に来ました」
 裡に残る傷から呼び起こされたもの、広がる景色は確かに在ったものなのだろう。
 だが、今ではない。
 全ては過ぎた時の中、記憶の海に残るもの。
「こ、これは……」
 類の掌から溢れた煌めきに一人が感嘆の声をこぼす。不思議と温かなそれは撚り集まりながら形を変え――それが何なのか解った瞬間、陰陽師達の瞳に光が舞った。
 快活な笑みを浮かべる侍女らしき女。
 陰陽術の本を真剣に読んでいる、まだ10代だろう少年。
 ちぎれんばかりに尾を振ってくるくる走り回る犬。
 人々が行き交う大通り。
 高所から捉えた、京の都全体の姿。
(「ああ、これがあなた達の――」)
 鈴音や地獄の火が現すものよりも、彼らの心を強く熱く震わせ、奮い立つ“理由”。
 すぐさま重ねられた結界。眼差しに宿った力強さ。それを見た類は彼らの決意に続くべく、瓜江と共に攻勢へ回った。
 紅の糸が閃いては瓜江の拳と蹴りが妖の鈴を捉えて砕き、ならば操り手をと己に向かってきた妖達を類は跳ね回るように躱し、すれ違いざま肘や拳で鈴を割っていく。
 その刹那、りいんと響いた音色が一気に染み込んできた。見えぬ波紋が広がり、裡にあるものへ断りなく触れる。
 あ、と思った瞬間広がった焼け野原。多くを失った景色に息が詰まる。左胸が、痛い。
(「あのとき、もっと」)
 社と、数多の縁を失ったあのときの景色、鮮やかに広がる後悔に足を取られそうになる。
 十指の糸も鈍く――なりかけたそれを、類は力強く操った。
 瓜江が向かう先は敵ではなく己へと。そうして頭突きを降らせた瞬間、視界いっぱいに真っ白な星が炸裂し、ぐわんぐわんと頭の中が揺らぐが構わない。
「たらればと後悔なんて、それこそ何度したと思ってるんだ」
 止まりそうな足は、止めない気付に。
 あのとき覚えた熱さも悔いも全てを飲んで顔を上げる。広がる焼け野原が若葉色と女郎花色に映り、そこに重なって舞う妖をしっかりと捉えた。
(「本当に恐ろしいのは、取り返しがつかないのは……足が、手があるのに、痛みに止まって、更に沢山の彼らの明日が無くなること」)
 あのとき無かったものが、今は在る。まだ守れる縁は――きっと無限だ。
 心研ぎ澄ませ、刀持つ手に祈りを注ぐ。赤糸を躍らせ瓜江と共に駆けながら、願うはひとつ。
「これ以上、悪趣味に開いて踏み荒らすな」
 揮った刀の軌跡は輝くように浮かび――妖が鈴ごと霞となって消えたその向こう。
 鈍い灰色だった空は、静かに明るさを増していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『大天使ロロサエル』

POW   :    月閃乱撃
【日本刀による隙無き連撃】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
SPD   :    月呪審判
【三日月の如き刃】【朧月の如き羽】【月蝕の如き呪言】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
WIZ   :    月焔邪視
【魔眼や呪言】を向けた対象に、【精神や身体の内側から蝕む焔】でダメージを与える。命中率が高い。

イラスト:秋城結花

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠筧・清史郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●大天使は語る
「黄泉の本坪鈴――安倍晴明は、全て討たれましたか」
 あれだけ響いていた鈴の音も、紫陽花を照らしていた火も、全て消えた。
 それを大天使ロロサエルは嘆くでも焦るのでもなく、在るがまま受け止め、見下ろしていた。
 ロロサエルが空から地上へと降りていく中、白から黒へと変わる翼が空気を大きく撫で、音を立てる。羽ばたく音は数度。ロロサエルの足が地上に触れるまで、猟兵達は一言も発しなかった。
 その様を――敵を迎える姿勢を一切崩さない様子に、ロロサエルの微笑が幽かに深められる。
「貴方達の抗う様は、各々から現れたものと同様、大変興味深いものでした」
 裡に刻まれたままの傷。その姿、形、景色。
 呼び起こされた感情。それによる呼吸、声、表情の変化。
 陰陽師達は時に猟兵に助けられながら己を苛む傷を前に立ち続け、猟兵達もまた、現れた傷と向き合い、呑まれる事なく前へ進んでみせた。
 一人一人違う存在である為に同じ傷は存在せず、抗える理由も、超えていく様も違う。空より眺める戦場には、得るものばかりが在ったとロロサエルは微笑んだ。
「故に、私は貴方達に強い興味を覚えてしまうのです」
 苛まれながらも堪え続けた陰陽師達。
 抗い、受け止め、超えてみせた猟兵達。
 そこに宿る力は如何程のものか。
「さあ、始めましょう。勝利した者は生き、敗北した者は死ぬ。――私は敗者になったとしても一時還るのみですが、勝者となった際は、そうですね。先程の続きをする、というのも興味深いものです」
 守護者を失った都がどうなるのか。
 それを見て心は折れないのか、増えた傷に堪えられるのか。
 静かな声と慈しむような眼差しに邪気はない。抜き身の刀と本を手に、己が為す事とその過程で発生する全てへの興味だけを浮かべていた。
 
馬県・義透
引き続き『侵す者』にて
武器持ち替え:四天刀鍵

ふん。それはわしを…『わしら』を死なせる自信があるということかの?
はは、それが叶わぬ相手がいることを、証明しよう。

陰陽師たちよ、動きを鈍らせる結界を。呪言からその身を守るのも忘れずにな?
そして、早業で【四悪霊・『回』】を使用。魔眼を向ける相手をわしに固定すべく、四天刀鍵による斬りかかる近接攻撃主体に。

ま、確かにこの焔も『炎担当』たるわしは気になっとったんだが。ははは、今のわしには強化にしかならぬよ!
生命力も吸収するからの、本当に簡単には倒れぬよ。

ふむ…意趣返しにこの武器にある『心のみを攻撃する』特性も、一撃だけ使ってみようか。
初めて使ったぞ。



 炎纏う黒槍から、鍵めいた刃紋を浮かび上がらせる打刀へ。
 得物を持ち替えた馬県・義透は、ロロサエルの言葉に僅かばかり首を傾げた。
「ふん。それはわしを……『わしら』を死なせる自信があるということかの? はは、それが叶わぬ相手がいることを、証明しよう」
「証明、ですか」
 ロロサエルがにこりと微笑む。
 心の傷が暴かれた者はどうなるのか。どうするのか。それを顔色一つ変えず見続けていた男にとって、敵である義透が発した“証明”は好奇心を刺激したらしい。
 刀の切っ先は下に向けたまま、静かな微笑を成す眼差しにゆらりと輝きが宿った。そこに油断出来ぬものを感じた義透は、ロロサエルの微笑を受け止めながらゆっくり歩き、固唾を呑んで見つめていた陰陽師達を背後に庇うように立つと、堂々落ち着いた様子で得物を構えた。
「陰陽師たちよ、動きを鈍らせる結界を。呪言からその身を守るのも忘れずにな?」
「はっ!」
 力強い返事と共に指が印を結ぶ。
 義透の動きは、彼らが結界が編むより速かった。地を蹴ると同時に全身を濃厚な呪詛で覆い尽くす。
 結界に包まれながらも、双眸に宿した輝きを一層濃くしたロロサエルは繰り出されるものを楽しみに待つような笑みを浮かべ――そこに豪速で迫った打刀の影が、ロロサエルが片手で握る刀でしっかりと受け止められる。
「良い腕ですね」
 眼前で弾けた火花を気にもせず、微笑に賛辞を重ねた唇が何事かを紡ぐ。意味不明の言語となって響いたそこに在るものは、輝く魔眼と共に義透を裡より蝕む焔と――なる、筈だった。
「興味深い体……いえ、ユーベルコードですか」
「ははは、今のわしには強化にしかならぬよ! ……だが、ふむ。そうだな」
 炎担う者として気になっていた焔を全て自身の強化へと変えながら義透は笑い、速度を増した動きでロロサエルの刀を弾き、すかさず一撃見舞う。だがそれは不思議とロロサエルの肉体を一切傷つけておらず――だが、翼持つ男の裡を確実に斬っていた。
 穏やかな微笑が僅かに固まり、再び笑みを浮かべる。
「心を攻撃されるとは、こういう心地ですか」
「その通りだ」
 それは意趣返しの一撃。揮う武器の特性を生かした技。だが、己は目の前の男とは違う。義透は初めて使ったそれを一撃のみに留め、次なる一撃を――今度は肉体に至る斬撃を見舞った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふええ、熱いです。
身体の内側から焼かれるって、こんなに苦しいんですね。
アヒルさん、助けてください。
ふえ?たまには焼かれる鳥の気持ちを味わうのもいいことだって、アヒルさん酷いですよ。
身体の内側から焼くなんて生焼け防止でいいって、なんで敵さんを褒めてるんですか?
もう、こうなったら恋?物語です。
雨を降らせて視界を悪くすれば攻撃は届かないですよね。

それより、アヒルさん、北京ダックやローストチキンにされる鳥さんの気持ちを味わえって、そもそもアヒルさんだってこうして無事でいるんですから、焼かれたことはないじゃないですか。
そういえば、そうだったって、アヒルさーん!!



「ふええ、今の凄かったですねアヒルさ――え?」
 両手をぎゅっと拳にして戦いを見守っていたフリルは、視界の中で大きく動いたロロサエルへと視線を吸い寄せられていた。結果、妖しい輝きと力を宿した優しい眼差しを思い切り受け止めてしまう。
 あ、と思った瞬間、体の感覚が無くなった。
 一瞬の喪失の後、フリルを襲ったのは信じられないほどの熱だ。悲鳴を上げてもちっとも楽にならない。ますます熱く、痛みが増していく。
(「身体の内側から焼かれるって、こんなに苦しいんですね」)
 けれど、アヒルさんの助けがあれば、この状況から脱する事が出来る筈。
 フリルは内側から蝕まれる感覚を何とか堪えながら、アヒルさんへ助けを求め――たのだが、グワグワ鳴いたアヒルさんにぷいっと顔を背けられてしまった。
「ふえ? たまには焼かれる鳥の気持ちを味わうのもいいことだって、アヒルさん酷いですよ」
『グワグワ、グワッ』
「身体の内側から焼くなんて生焼け防止でいいって、なんで敵さんを褒めてるんですか?」
「……ふむ。貴方の家鴨は、なかなか興味深い絡繰りですね」
「ふえっ」
 ロロサエルがゆっくりとこちらへ近付いてきている。
 またあの魔眼や呪言を向けられてしまったら、焼かれ過ぎて一瞬で黒焦げになってしまうのでは? フリルは必死に考え――閃いた。
「もう、こうなったら……!」
 何をどうして状況を脱するのか。そこもロロサエルの興味を引いたのだろう。男は何もせず少女の挙動を見守り――ふいに瞼を叩いた一粒に、反射的に瞬きをした。
「これは」
 言いかけた言葉を裏付けるものが次々に落ちる。ぱたぱたと聞こえ始めた音は音の間を縫うように数を増し、ざあざあと大きな音に変わりながら一帯を呑み込んだ。
 大雨だ。陰陽師達は自らにも結界を張り大雨を凌ぎ、ロロサエルは――随分と体が重くなったようだ。それをも楽しんでいそうだが、凄まじい大雨で表情すら見えない。
「雨を降らせて視界を悪くすれば攻撃は届かないですよね。それより、アヒルさん」
『グワ?』
「北京ダックやローストチキンにされる鳥さんの気持ちを味わえって、そもそもアヒルさんだってこうして無事でいるんですから、焼かれたことはないじゃないですか」
『…………グワッ!?』
「そういえば、そうだったって、アヒルさーん!!」

大成功 🔵​🔵​🔵​

御簾森・藍夜
かなで(f35292)

笑わせるなよ青二才
やり直しがきくだと?数も機会も逃し続けた癖に

お前が興味の有る無しで物を決めるなら――……折角だ、お前が死ぬ前にその土俵に上がってやってもいい。
が、

俺のかなでの記憶を覗いて価値をつけるとは許し難い
かつ面白がるなど、興味を持つなど……言語道断だ。死ね

―ーそれこそ“数ある中の死”だろう?忘れるなよ、次会っても必ず殺す
俺がお前を撃ち落とそう、何度でも


立ち回りはかなでを守るように【かばう
気丈に振る舞っているが心配だから手は繋いだまま離さない

貴様は俺の腕一本で事足りる


UCは彼の心臓に梟葬で【スナイパー
逃れようとする、又かなでを狙うなら【誘導弾で【カウンター

撃ち落とす


津嶋・かなで
藍夜さん(f35359)

興味深い、なんて
軽々しく言わないでほしい
かたわれの死を、僕の後悔を
観察対象にしやがって

怒りと悔しさで震えた身体をかばってくれる背中が
僕なんかよりずっと怒っているのがわかった

藍夜さん、大丈夫だよ
僕はもう平気だから

それよりも、あいつをさっさと穴だらけにするほうが
気持ちもかなりすっきりするよ!
そうだろ、みやこ

頷く骨の子には絵本の光線による支援を頼む
藍夜さんの長身にまぎれる形で金の鈎を伸ばして捕縛を狙う
これなら、彼も当てやすいから

銃撃音がしたと同時、UCで連撃を【切り込み、切断
――僕達を、馬鹿にするな!

お望みなら何度だって殺してやる
僕は大嫌いな相手のことは、一生嫌いなんだから



 紫陽花咲く道だけを呑んでいた大雨が、止む。
 雫に濡れて一層鮮やかさを増した紫陽花は見事なものだった。
 ――ただ。その鮮やかさは、津嶋・かなでの裡から湧き上がる苛烈な怒りを上回る事が出来ずにいる。
「興味深い、なんて。軽々しく言わないでほしい」
「そうですか」
 ロロサエルの返答は、かなでの言葉をそのまま受け止めただけだった。相手が何と言ったのか。それだけを、結果としてそのまま受け入れていた。そこに嘲笑や憐憫はない。
 万が一、謝罪の言葉が向けられれば怒りは一層燃え上がったろう。だが、実際口にした言葉もまた、かなでの怒りを鎮める雨になりはしなかった。
 かたわれの死。決して消えない、自分の後悔。
 ――それを、観察対象にしたのだ。今、この瞬間も。
 ぐつぐつと目の奥が熱くなりかけた時、見慣れた背中が視界を塞いだ。生まれかけていたマグマが優しく冷やされていく。まるで、海のようだった。
「笑わせるなよ青二才」
 そう告げた御簾森・藍夜の裡にも烈しい怒りが宿っていた。
 青二才と言った事。向けた言葉。全てが大天使を冠する男の興味を刺激し満たすものとなっているのを感じる。藍夜は大切な人を背に庇いながら、薄れぬ微笑へと突き刺すような視線と殺気を向け続けた。
「やり直しがきくだと? 数も機会も逃し続けた癖に。お前が興味の有る無しで物を決めるなら――……折角だ、お前が死ぬ前にその土俵に上がってやってもいい。が、」
「“が”。何でしょう?」
「俺のかなでの記憶を覗いて価値をつけるとは許し難い」
 かつ、面白がるなど。
 興味を持つなど。
 握り締めた拳が、きつく擦れた黒の革手袋が音を立てた。
「……言語道断だ。死ね」
「死、ですか」
「――それこそ“数ある中の死”だろう? 忘れるなよ、次会っても必ず殺す。俺がお前を撃ち落とそう、何度でも」
 大切な人の大切なものに触れられたからこそ、藍夜は絶えず湧き上がる殺気と怒りを一切隠さない。どんな表情をしているかは庇われているかなでには見えないが――自分なんかよりずっと怒っている人の背中に透き通った掌を添えた。
「藍夜さん、大丈夫だよ。僕はもう平気だから」
「だが、かなで」
 まだ言い足りない様子の藍夜に、かなでの普段は鋭い瞳がほんのりと和らいだ。
 大丈夫だよ。同じ言葉を繰り返した後、澄んだ碧の瞳が鋭くなっていく。
「それよりも、あいつをさっさと穴だらけにするほうが気持ちもかなりすっきりするよ! そうだろ、みやこ」
 同じ男を見つめるかたわれへ言い、絵本を抱えるみやこの肩に自分の手を乗せる。
 しっかり前を見る二人に藍夜の表情も一瞬和らいで――その目がロロサエルを映した瞬間、苛烈なものへと戻った。
 対するロロサエルは微笑を深めている。三人を見つめる目は相変わらず慈しむような柔らかさ。しかし、そこに宿る柔らかさは興味故のものだ。
 傷を暴かれ怒りを露わにした者は、次にどのような行動を取るのか。己の攻撃に、どう動くのか。それを求めるロロサエルの足が地を蹴り、大きな翼が思い切り空気を叩く。加速を乗せて放たれた連撃は刀が描いた軌跡のまま、月が閃くような鋭さを孕んで一気に広がった。
 それがたった一撃、いや、ほんの少しでもかなでに掠るなど藍夜は嫌だった。
 気丈に振る舞うその裡は傷を暴かれたばかり。やり返すとハッキリ告げたのをすぐ傍で見ていたが――大切だからこそ心配で、愛しいからこそ藍夜はかなでと手を繋いだまま駆ける。
「随分と仲が良いのですね」
「ああそうだ。それに、貴様は俺の腕一本で事足りる」
 二人を呑み込もうとした連撃にみやこが力いっぱい放った光線が激突した。強烈な輝きはロロサエルの動きを一瞬止め、輝きが薄れかけたそこに新たな光が次々と刺さっていく。
「穴だらけにするって言っただろ!」
 彩るように在った金鈎を放ったかなでの硝子腕の中で、何かが虹めいた輝きを孕んで揺れた。それが何か気になったのだろう。ロロサエルの視線がぴたりとかなでの硝子腕に注がれて――それを藍夜は自身で遮り、銃口を向ける。
 怒りは薄れないが、だからこそ照準はぴたりと定められた。
 ぶれる事なく向けた先は刀と本を手にした天使翼を持つ男の――心の臓。
「撃ち落とす」
 言葉の後を銃声が繋ぎ、轟いた音色の上を二人分の足音が駆け抜ける。
「――僕達を、馬鹿にするな!」
 かなでとみやこ、二人が手にする長剣と七支刀は駆ける勢いをそのまま刃に乗せ、纏う衣や翼ごとロロサエルを斬った。スピードをすぐに殺せない分は藍夜が二人を腕に抱え、思い切り地面を踏みしめ受け止める。
 ざりざりと抉られた地面に残る三人分の筋を、ロロサエルの目がゆっくりと追う。相変わらず微笑んでいるが、刀握る右手は心臓を押さえていた。――この戦いで還してもいずれ戻ってくるのだろう。だが、構わない。
「お望みなら何度だって殺してやる。僕は大嫌いな相手のことは、一生嫌いなんだから」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子


悪趣味ですね
あれは見世物でも何でもなく
面白いものでもないでしょう
でも興味深いと仰るのなら
それを今味わってみては如何?

ラムプを前へ差出し揺らして呼ぶのは暗闇の中に潜む狂気達
――此れがあの時私が感じ、恐れていたものの中のひとつ
今でもあの人は嫌い、だけどもその次に怖い物は此れ

だけどもこの子達は唯脅かしたいわけでも傷つけたい訳じゃない
恐れるものと同様に恐れているだけ
それを理解した今なら此れはとても強い味方

さあさいらっしゃいあなた達
真白の刃も羽も、全て尖った爪で汚して押し潰してしまいなさい
呪いの言葉は届かない
狂気に届く耳は無いのだから

私の言葉は届くのかって?
さあ?
光に導かれてるだけだと思いますよ



 一滴。二滴。
 大天使ロロサエルの足元に落ちた雫が鮮やかな赤色をした点を刻む。
「成る程。“これが”、裡に宿す傷を越えた貴方達の力なのですね」
 血が腕を伝い滴り落ちる感覚が気になったのか、ロロサエルが腕を軽く振った。しかしその表情は紫陽花咲く道に降り立った時から変わらない。
(「そういうひとなんでしょうね」)
 琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は相対する天使を見やってから、「悪趣味ですね」と告げた。ハッキリ言われたそれにロロサエルは気分を害した様子もなく、刀と本を手に、己を真っ直ぐ見る琴子へと笑みを向ける。
「そうでしょうか。“知りたい”という欲求は誰しもが持つものでは?」
「かもしれません。けれどあれは見世物でも何でもなく、面白いものでもないでしょう。でも」
 風が吹いた。
 ふわりとそよいだ黒髪の下、鮮やかな翠が静かな光を孕む。
「興味深いと仰るのなら、それを今味わってみては如何?」
「……」
 ロロサエルの微笑が深まった。興味深いと語る微笑みに琴子は真顔のまま、手にしたラムプを前へと差し出す。軽く前へと揺らせば、いつか通った暗闇の軌跡がラムプの中で輝石の形を成し、からんと音を立てた。
 そこに灯ったものが音もなく溢れ出す。黒く、暗く、形など見えなくて。無い筈だ。居ない筈だ。なのに、“居る”と感じさせるものに名をつけるのなら、それはきっと“狂気”だろう。
(「――此れがあの時私が感じ、恐れていたものの中のひとつ」)
 今でもあの人は嫌いだが、その次に怖いと思うものが“此れ”だった。
(「だけども、この子達は唯脅かしたいわけでも傷つけたい訳じゃない。恐れるものと同様に恐れているだけ」)
 それを理解した今、琴子の瞳に恐れが灯る事はない。
 ――此れは、とても強い味方だ。
「さあさいらっしゃいあなた達。真白の刃も羽も、全て尖った爪で汚して押し潰してしまいなさい」
 一斉に駆けたものを見てロロサエルがくすりと笑い、唇を動かす。ほんの一拍で広がったそれは心身を蝕む呪言であったが、彼らは平気で天使に飛びかかった。
「届きませんよ、そんなもの。だって、狂気に届く耳は無いでしょう?」
「貴方の言葉は届くのでは?」
 天使を地に沈めんとする勢いに男はやはり笑ったまま。刀を揮いながらの言葉に、琴子は涼し気な表情で「さあ?」と小首を傾げた。
「光に導かれてるだけだと思いますよ」
 だってこの子達は、いつでも暗闇から此方を見ているのだもの。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類
底にある余裕、笑みを見ていると…

心の波沈め陰陽師さん達へ
引き続き守りを、遠距離攻撃の時は留意してと頼み
連綿と重ねた守護の術
慢心している相手に破られませんとも!

近接の術を彼らに向けさせぬよう
薙ぎ払いで気を引き

興味本位で実験はご遠慮をいただけますか
人の命も都も
貴方のように次、が在るわけじゃない

近づく為の起点として瓜江と駆け
刀と瓜江での攻勢を前面に印象付け
攻撃の軌道読み刀と羽は見切れるよう努め
瓜江をフェイントに時差で再度なぎ払いを…と見せ
此方の隙を見せ誘いたい

かかれば、それを受け止め
糸車で意識外の位置から返せたら

2度と同じものを、生み出せぬのに
興味で壊されては堪らぬ
左様なら
出来ればもう来ないで下さい



 傷を受けても尚、大天使ロロサエルの微笑は抱く興味の濃さと同様、変わらない。
 底にある余裕の現れともいえるあの笑みを見ていると――、
「……」
 冴島・類は“そこ”から一度気持ちを切り離した。
 心の波を鎮めれば、若葉と女郎花の双眸はいつも通り。瓜江と共にロロサエルを捉えながら、じり、じりと間合いを詰めていく。
「皆さんは引き続き守りを。遠距離攻撃の時は留意して下さい」
「心得ました」
 ――力量は、どうしても劣ってしまうけれど。
 そんな不安を思わずこぼした一人に類は朗らかに笑いかけた。
 彼ら陰陽師という存在、そして連綿と重ねた守護の術があったからこそ、今日という日までこの都は存在してきた。そして、これからも。
「慢心している相手に皆さんの術は破られませんとも!」
「は、はいっ!」
 響いた返事の気持ち良さに類はまた笑い――ざり、と聞こえた足音を手にした刀で薙ぎ払う。広げられた翼、ふわり遠のいた天使の男へ向ける眼差しは一気に冷たくなっていた。
「興味本位で実験はご遠慮をいただけますか」
「ですが湧き上がった興味は消せません。己の裡に生まれたものを、どうして偽れますか?」
「――人の命も都も、貴方のように次、が在るわけじゃない」
 ロロサエルの返答に類も己の言葉で返し、瓜江と駆ける。相手の間合いに入る直前で刀を揮い、瓜江の蹴りが鋭く、重く、叩き込まれていく。
 入れ替わり立ち替わり一撃を見舞いながら、連携の間、僅かな一瞬を縫うように繰り出される斬撃の軌跡と背の翼の動きは意識のうちに留め置いて。そうして立ち回りながら、刀と呪言が陰陽師達へと向かう暇を――その意識も、与えない。
 そうまでして他者を守る在り方が天使の興味を引き続ける。
 類は瓜江が仕掛ける、と見せかけ、僅かな時差で再度薙ぎ払おうとした。その動きを三つのユーベルコードが捉えた瞬間「危ない」と叫んだのは陰陽師の誰かだ。それは類の身を案じての事だが、何よりも、その瞬間の類があまりにも無防備に見えたからだろう。
 しかしそれこそが最適の防御であり、意識外に居た瓜江からそっくりそのまま返すという形となってロロサエルを襲った。
 素早く構えられた刀、防御の姿勢を、三つのユーベルコードは一切構う事がない。刀に罅を入れ、翼と体のあちこちを痛めつけた。呪言はその身を確実に蝕み、力を削いでいく。
 同じものは二度と生み出せない。
 それは生命の在る無しに関わらず、絶対だ。
 ――それを痛みと共に知るからこそ、類は手にした刀で興味を行動理由とする天使を貫いた。
「左様なら。出来ればもう来ないで下さい」
 この天使が抱く“興味”が齎すものは、あまりにも腹立たしい。

大成功 🔵​🔵​🔵​

城野・いばら

知りたいって気持ちは、否定しないわ
いばらもアリス達と出会って
色んなキモチを知れたもの
でもね、物語のページを捲るよに
その為に、誰かを傷付ける何ていけないの

お気に入りの蝶柄のリボンに触れ
心落ち着け、呪詛耐性の力も借りて
ぷんぷんを、むん!に
呪いに対抗できるよう【白夜の魔女】に成るわ
茨達を追尾させ、視線を其方にお誘いしてお邪魔虫
アナタの炎など恐くないの
私がイヤなのは此処で止めれずに、
この地が災いに飲まれてしまうコト

ヒトの容をしていても、いばらは茨
焔で蝕まれても
体内を巡る茨に水の魔法を付与し活性化させて鎮火
呪詛・激痛耐性で耐える間も追尾の手は止めない
一度、捉えたなら離さないわ
捕縛し生命力吸収して、アナタを還す一手に

アナタが知りたいのは、力だけ?
それで本当に満たされるの
さびしくはないの

陰陽師のアリス達は、呪いが往かないよう
どうかムリ無い範囲でと
浄化を籠めた魔法の風を縒り起こし、呪いを範囲攻撃
皆の頑張りはさっき教えてもらったから
明るいお顔を咲かせてくれたら、
ね、私もっと頑張れるわ
護りたいキモチを力に



 翼の動きはぎこちなくなり、耳をすませば呼吸乱れる音も拾えるだろう。
 黒へと染まる白翼に交じる血の赤も濃さを増しており、城野・いばらは天使翼からロロサエル本人へと視線を移した。目が合えば静かに微笑まれ、相変わらずの様子へ困ったように笑い返す。
「知りたいって気持ちは、否定しないわ。いばらもアリス達と出会って、色んなキモチを知れたもの」
 嬉しい、楽しい、幸せ――寂しい、悲しい。
 胸の中を満たすキモチ達には沢山の名前がある。
「でもね」
 柔らかな笑顔が、花緑青の双眸に浮かぶものが、厳しいものへと変わった。
「物語のページを捲るよに、その為に、誰かを傷付けるなんていけないの」
 一人一人が持つ傷の深さと形、そこから生まれる痛みや苦しみ、悲しみがどれ程のものかも考えず、興味を満たす為だけに――など、決して。
 お気に入りのリボンへ触れれば、柔らかな陽色に舞う蝶が翅を動かしたかのよう。
 好きの気持ちと共に心を落ち着ければ、恐ろしい力への抵抗力もぐんと増した。
 心の中で膨らんでいた“ぷんぷん”は、“むん!”へ。
 取り出した薔薇の挿し木も、いばらの心に力強く寄り添って――ひとつになった姿に、ロロサエルが「ほう」と呟き、微笑んだ。
「合体ですか。強度を増したように見えますが……さて」
 感心と興味を浮かべたロロサエルが地を蹴り、駆ける。その瞬間、天使の後を茨が凄まじい勢いで追い始めた。蛇のように持ち上がった先端は男の頭上から雪崩込み、躱されても他の茨が翼を貫いて素早く引き抜かれる。
 広く動き回れぬようにと陰陽師達の結界も編まれれば、ロロサエルが迫る茨を斬り払い、いばらと茨を魔眼で射抜く。灯って一気に裡を駆けた灼熱は耐えるのも一苦労だ。しかし。
「アナタの炎など恐くないの。私がイヤなのは此処で止めれずに、この地が災いに飲まれてしまうコト」
 あの時とは違う。
 そして。
「ヒトの容をしていても、いばらは茨。だからこんな事だってできちゃうのよ」
 囁き笑って体内巡る茨全てに水魔法かけてしまえば、焔の熱と痛みはひりひりと少し痛むだけ。残る分を耐える間も茨は天使を執拗に追い――とうとう翼を絡め取る。
 天使の男が体を捻って茨を斬り落とそうとするも、込めた力は生命力と共に吸い上げられ、もがく事しか出来ない。それでも天使は未だに微笑むものだから、いばらの眉は自然と下がった。
「アナタが知りたいのは、力だけ? それで本当に満たされるの、さびしくはないの」
「さびしい? なぜです?」
 知りたいと思うものを知れば満たされる。それは幸いではないのか。
 ロロサエルの言葉にいばらは緩く首を振り、より強く戒めた。
「そうだわ。陰陽師のアリス達、どうか、ムリ無い範囲で。ね、お願いよ?」
「感謝致します。……貴方様も」
「まあ。ふふ、大丈夫よ。でも、ありがとう」
 受け取った優しさを大事に抱えて起こすは浄化齎す魔法の風だ。
 皆の頑張りはさっき教えてもらった。彼らが明るい顔を咲かせてくれたら自分は――そう。今、浮かべているような顔を見れば――、
(「私もっと頑張れるわ」)
 護りたい。
 彼らと同じそのキモチが、きらきらな力を芽吹かせる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

楊・暁


闘いにはまだ慣れねぇし
京都で負けた時の記憶が過ぎると、足も竦みそうになる
けど、あいつら(四つ花)の為にも、前に進むって決めたんだ
覚悟なんざ、とうに決まってる

多少距離を取って間合いを計りながらオーラ防御を纏い
集中力を高めて聞き耳を立てる
雪の下の動物の動きだって分かる狐の聴力、舐めんなよ
微かな鐔鳴りも、羽音も、唇の動きも
一挙一動初音を捕らえて先制してやる

先読み&捉え辛いよう
フェイントかけつつ軽業で機敏に動いて残像を残し
攻撃は回避、無理なら受け流し
隙あらば間合いに入って足払いし、即ヒット&アウェイ
全部食らったら不味いのは重々承知
だからこそ、一撃だって受けてやるもんか

まるで学者だな
さしずめ俺達はモルモットか?
そんなに知りたきゃ、自分自身で体験してみろよ
高速詠唱でUC発動
散々言ってた本人がどんだけ堪えられるのか、抗えるのか
陰陽師達は回復の絶陣へ

人の心は玩具じゃねぇ
お前の興味本位で介入すんな…!

まだ討ててなければ、愛刀・一刃赤心に全ての力を込めて
一気に切り込み鎧無視攻撃
続きなんか、させてやるかよ!



 ひゅ、と白銀の軌跡が浮かぶ。
 大天使ロロサエルを捕らえていた茨がぼとぼとと地に落ちていく。
 力を振り絞って茨を斬り、緑の戒めから脱した男の足は地面を軽やかに踏むのではなく、乱暴に蹴っていた。所作に気を配れるだけの力が残っていないのだろう。翼に挿す赤色の範囲もだいぶ増している。
 すかさず仕掛けようとした暁だが愛刀の柄に手をかけたままピタリと静止した。ロロサエルがほぼ同時に構えたのだ。そのまま微動だにしない暁だが、心臓はどくどくと脈打っている。
 ――緊張?
 ――ああ、そうだ。
 闘いには未だに慣れない上、京都で負けた時の記憶が過ると足も竦みそうになる。
(「けど、あいつらの為にも、前に進むって決めたんだ。覚悟なんざ、とうに決まってる」)
 あの日亡くした四つ花がくれた温もりに恥じぬよう。
 目はロロサエルから離さず、手は刀に。ざりざりと地面を擦る足は、適切な間合いを捉えた瞬間距離を詰めなくなる。
 向こうも同じようにこちらを見ていると感じれば、狐耳や尾の黒毛がざわりと立ち上がった。傷を負わされ追い詰められ、それでも笑って――己の興味を満たす為、一撃を見舞うに相応しい時を探っている。
(「受けて立ってやる。雪の下の動物の動きだって分かる狐の聴力、舐めんなよ」)
 何一つ見逃さぬよう全てをロロサエルへと集中させる。霧雨に濡れた紫陽花や土の匂いまでも消え――そのまま互いを見ていた時間はどれくらいだったか。ふいに、音がした。
 それが鍔鳴りの音と理解するより速く暁の全身は動いていた。思考もすぐさま体に追いつく。
 暁は無鉄砲に斬りかかったと見せかけ、そこに残像を置いて横に飛んだ。目の前で輝いた三日月刃が地面を深く鋭く斬ったなら、そこから一気に飛翔する勢いで暁に迫る刃を刀で受け――唇が動いたのを見た瞬間、ロロサエルの足を思い切り払う。
 全て喰らえばユーベルコードを封じられる。
 そうなればこちらは決め手に欠け、非常に不味い。
 暁はそれを重々承知しているからこそ、一撃も受けまいという覚悟が全身から溢れていた。
 ふと、ロロサエルが笑った。
「戦士としてまだ若いようですが、動きは見事なものですね……猟兵だからではなく、“貴方だから”、と捉えるべきでしょうか」
「――まるで学者だな。さしずめ俺達はモルモットか?」
 ロロサエルが起こした事も、今の言葉も。全て全て、ロロサエルの興味に繋がっている。
 ふ、と笑ったロロサエルの翼が大きく開かれた。それだけでなく、良くない気配も現れ始める。羽、呪言。どっちだと考える暇はない。――それ以前に、暁はもう迷わない。
「そんなに知りたきゃ、自分自身で体験してみろよ」
 一瞬で展開した十の絶陣。僅かに遅れて、しかし敵を捕らうには良いタイミングで結界重ねた陰陽師達を回復の絶陣へ飛ばし、ロロサエルは、本人が散々口にしたものが体験出来る絶陣へ。
「人の心は玩具じゃねぇ。お前の興味本位で介入すんな……!」
 決して抜け出せぬよう力注いだ陣の中は、己が何をしたか身を以って体験出来る世界。


 ああ、何という
 何も、何も無い
 私を満たすものが、何も

 ああ、そうか
 これが私の――……


 己が苦痛と思うもの。心身を侵される感覚。
 発見と驚愕を伝える声は静かに薄れ、消えていく。
 そうして役目を終えた絶陣も消えた後、僅かに残っていた血濡れの羽が静かに射し込んだ光の中に溶けていった。


 鈍色の空を作っていた雲は、光を孕み白く輝いている。
 あれなら数分と経たず青空と太陽が覗き、霧雨の名残は綺麗になくなって――涙のあとも、温かく照らされるだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年07月23日


挿絵イラスト