ジャンクヤードランナーズ
サイバーザナドゥ。それは、骸の海が雨と降る汚染された星。
ここに住まう者のいずれもが、汚染された過酷な環境に生身のままで耐えきれず、ある者は身体を機械化し、またある者は異形や異能を手に入れて、たくましく変化を受け入れて退廃しながらも繫栄していた。
湖の街シーザーランド。
強大な権力を持つ巨大企業群(メガコーポ)の一つ、『オリファン』の勢力圏であるというこの街には、深刻な薬物汚染が蔓延しているという。
かつては湖を臨む美しい街並みを誇っていた田舎町だったというシーザーランドだが、それはおよそ50年も昔の話。
国の政府すら傘下に収めるというメガコーポの参入は、人権や法律を無視した労働、そして汚染を推し進め、その影響はこの街にも波及し、野山は切り開かれ田畑は潰され、工業化の波は一挙に街々を発展させたが、骸の海による汚染と過酷を極める労働環境に堪え得る人々の機械化義体の発展と進歩の代償は、湖の景観すら無数の鉄屑の残骸で埋め尽くすまでに至っていた。
たった数十年で様変わりした街並み。悪化の一途をたどる治安。人々の心は荒廃し、薬物に手を出す若者が後を絶たなかった。
オリファンの提供する義体親和抗生薬『アクアヴィタエ』は、義肢などに生じる細胞拒絶反応や幻肢痛を緩和する効果があるが、依存性の高いものである。
それはあっという間に街々に広まり、義体化する者たちにとってなくてはならない存在にまでなっっていた。
そう、今や、政府関係者や警察ですら、この薬の与える恩恵から逃れられないでいる。
「う、くっ……はぁあ……ッ!」
警察官のジャネットは、一般家庭に生まれ、義体化手術にかこつけて手籠めにしようとした悪徳医師をとっちめた警察官の正義に憧れるままに進路を決め、その制服に袖を通す頃には全身の約30%を機械化していたが、正義感は微塵も薄れていないつもりであった。
だからこそ、アクアヴィタエの無針アンプルを首筋に撃った後に生じる、その得も言われぬ高揚が駆け巡るひと時を、罪と恥を覚えながら体を震わせ、熱い息を漏らして耐えるのだった。
恐ろしい薬物だ。
機械化した心肺が早鐘を打ち、触れれば冷たい筈の複合金属の両腕が肌のしなやかさを得たかのように鋭敏に信号を返してくる。
いつしか、自分のおぞましき肉体を愛でてくれるような男が現れても、こうも胸が躍る事はあるまいと、切ない思いを抱えるジャネットのその身からようやく興奮の熱が抜け始めると、近くで応援要請があった。
「こちらジャネット……流れ者、またですか……すぐに向かいます」
他所からの流れ者が問題を起こすのは、ここでは日常だ。
仕事を求めてやってくる者たちに与えられるのは、いまや瓦礫の山と化した湖のがらくた漁りだ。
貧困者たちの仕事はいつだって危険と隣り合わせであり、身体が資本であるから尚の事、あれに手を出すと持ち崩すのも早い。
ボロボロに疲れ果て、そこらに転がっているがらくたと何ら変わらないような錯覚すら覚えるその時に、アクアヴィタエの及ぼす高揚は、肉感的過ぎる。
その感覚が忘れられず、他者を襲ってでも薬物を求め、過剰摂取で気をやる者が、このところ増えている。
ジャネットに応援要請が来たということは、それも一人や二人ではないのだろう。
「私もいつか……ああなるのかな……」
乾いた呟きを飲み込まぬまま、ジャネットは現場へとバイクを走らせるのだった。
「先頃発見されたという、新しい世界サイバーザナドゥについては、みんな知ってるかな? まあ、なんというか、いい世界か悪い世界かで言えば、格別に治安が悪い」
グリモアベースはその一角、青灰色の板金コートにファーハットがトレードマークのリリィ・リリウムは、困ったように笑う。
今まで世界は数あれど、その環境と空気の悪さはピカイチだという。
「まあ、猟兵の君たちなら問題はないだろう。というわけで、仕事を持ってきたぞ。報酬も出る」
流れるように予知の話に移るリリィによれば、今回の舞台はシーザーランドという町で、元は湖であったという瓦礫の山で暴徒と化したオブリビオンを退治するという内容のようだ。
長年の開発発展によって出たごみなどによって、湖を埋め尽くし積み上がったがらくたの山では、この街の貧困層たちが集められ、再利用可能な半導体や結晶物質の採掘がされているという。
「どうってことはない話だろ。ただね、私達が派遣される案件ってことは、暴徒と化した連中はオブリビオンってことさ。なんでそうなったか、気にならないか?」
労働者、これに限らず、シーザーランドに巣食う『アクアヴィタエ』という薬物は、義体化によって生じるいわゆる生活痛や疲労を緩和するために格安でばら撒かれているらしいが、これはどうやら骸の海由来の物質をふくんでいるようで、多量に摂取しすぎればその身体は変質しオブリビオンと化してしまうようだ。
「そうなると、予知で見た女性警官だけじゃなく、鎮圧に向かった警察官だけで太刀打ちできるかどうか……というわけさ」
なんでそんなものが出回り、警察機関にまで蔓延しているのかはともかくとして、狂暴化した労働者たちは、薬の為なら殺人をも厭うまい。
そこで猟兵にお鉢が回ってきたという訳だが……。
「ああ、彼等の命に関しては、気にすることはない。その手の知識があればまだしも、見境なくなってしまえば、もはや手遅れだろう」
彼の世界の命は極めて軽い。とはいえ、情けをかける余地も無ではない筈だ。
ひょっとしたら、現地警察と協力して名目通りにお縄につける事も不可能ではないかもしれない。
「相手は元労働者だが、その中には他所から流れてきた者も居る。戦う術を持った者もいると考えられる。油断しないように。なにしろ、がらくたの山と言っても、彼等の方が現場を知っているわけだからな」
迷宮と化したかのようながらくたの山で彼等を追い詰めない事には、逮捕するにも討伐するにも手間がかかる。
「とにかく、手段は任せる。まあ、現地の警察やまともそうな労働者に道を聞いてみるというのも手だな。ひょっとして仲良くなったら、飯を奢ってくれるかもしれないぞ」
乾いたような笑いを浮かべつつ、リリィは一通りの説明を終えると、猟兵たちを送り出す準備を始めるのだった。
みろりじ
どうもこんばんは。流浪の文章書き、みろりじと申します。
サイバーパンク! と聞いて、いざやってみようかと思うと、なかなかそれっぽいものが思いつかなかったので、奇をてらわずまずは王道っぽいものをと思い、書いてみました。
ともあれ、新しい世界のシナリオですので、これはやらずにはいられない。
今回のお話は、冒険→集団戦→日常というフレームを使わせていただきました。
まだまだ出たばかりの世界ですので、フラグメントも似たり寄ったりかもしれませんが、自分なりの個性や世界観が、そこそこ気に入っていただければと思います。
でも、いきなり警察官がお薬キメてるシーンから出てくるのはどうなんだろう。
まあいいや。というわけで、今回も序章における断章のようなものは設けず、いつでもプレイングを受け付けております。
好きなタイミングでお送りくだされば、概ね送られた順に書いていこうと思います。
気分や成功率、合わせやすそうなプレイングやあとスケジュールの兼ね合いで相席となることもあるかもしれません。
また、お誘いあわせの場合は、合言葉のようなものを用意してくださると、合わせやすいですよ。
2章以降は、ちょこっとだけ断章を書きます。なるべくすぐに書きますが、それよりも前にプレイングを送っていただいても、まったく問題ありません。
それでは、皆さんと一緒に楽しいリプレイを作ってまいりましょう。
第1章 冒険
『スクラップ・ラビリンス』
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POW : 脆い壁や瓦礫の山を崩しながら進む
SPD : 狭い足場を器用に走り抜ける
WIZ : 現地の住民から安全なルートを聞き出す
イラスト:九印
👑7
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
メルティア・サーゲイト
まずは地形情報を把握する所からだなァ。ドールユニットで聞き込み調査……アクアヴィタエだっけ? なんか自動人形への殺意が芽生えそうな名前だなァ。敵に何かを教える事は無いだろうが、同じヤクをキメてる奴なら口も軽くなるってモンだろ? ついでに成分解析もしておくか。
まあ、私のドールユニットは消耗品だ。ネットワークに侵食する類も警戒してスタンドアローン化。最悪自分で処分してもいい。
その間に本体は光学迷彩で潜伏しつつ、新技でカメラドローンを飛ばして3次元で地形を把握する。ドンパチするには必須事項だぜ。面倒になって地形ごとふっ飛ばすにしてもな。
どこを見回しても、どこを向いても、何かしらのがらくたが目について、何かしらの瓦礫の音が聞こえてくる。
かつては美しい湖だったと言われても信じがたいようながらくたの山がうず高く、このサイバーザナドゥの世界に数多く存在するというダストエリアと呼ぶにふさわしい散らかり様には、数多の世界を駆けてきた猟兵とて呆れるものがあるかもしれない。
何かカビが生えた様な、重油が漏れた様な、怪しいガスか何かが生成されているような、とにかく普通に生きていく上では不快感を煽るに十分なニオイの、その約三倍程度の腐臭が漂っていた。
こんなところでがらくた漁りをやらされていたら、普通の人間はあっという間に鼻と肺がいかれてしまうことだろう。
それでも、最底辺の職につくしか道のない労働者たちは、この無限にも見えるがらくたの迷宮をさまよい、クライアントの求める資材を採掘する事に従事する。
表向きには、雇用にあぶれた者たちを救済する意味合いで、メガコーポの一つ『オリファン』が率先して慈善的に働き手を募っている事業の一つであるという。
ゴミの再利用、雇用の確保、景観の維持など、それらしい理由をつけては街の吹き溜まりのようなあちらこちらから働き手を運んでくるのだという。
「はーん、なんだァ、クスリばら撒いて私腹を肥やしてる悪徳企業っていうから、なんぼのモンかと思ってみりゃ、案外いいトコなんじゃねぇ?」
迷宮じみたがらくたの山の片隅に、力尽きたように事切れていた労働者が一人。
その傍らに立つのは、見目麗しい女性。あまりにも均整の取れたボディバランスを持つそのシルエットは、メルティア・サーゲイト(人形と鉄巨人のトリガーハッピー・f03470)その人……ではなく、具体的には彼女の有するドールユニットと呼ばれる女性型の遠隔ユニットの一体に過ぎない。
本体であるウォーマシンの武骨なボディは、ちょっと離れた場所に身を隠し、周囲をサーチしている。
今現在、積極的にがらくたの山を探索するドールユニットと同様に、本体背部のナノクラフトバインダーによって生成されたドローンを【CODE GUN SLAVE】によって偵察能力を強化した状態で周囲の探索に当たらせている。
おかげさまでこの遺体をいち早く見つけることができたのだが、誤解無きように言っておくと、見つけたときにはもう手遅れだったようだ。
そして、大体の現場の情報は、彼の電脳から情報を引き出したのであった。
とはいっても、既に意味消失した電脳に残っていたのは、記録媒体のみのデータであったため、あくまでも近況というか歴史的経緯のようなものしか出て来はしなかったが。
「おんやぁ、ついにそいつ、死んじまったか……」
そんなところへ、別の労働者が姿を現す。
身体のあちこちから鉄骨の見える、随分古いタイプに見えるサイボーグか、レプリカントか……。その接近は空撮しているので把握していたが、敵対する様子も感じられなかったので敢えて放置していた。
「言っとくが、来た時にはもう息をしてなかったぜ」
「ああわかっとる。今日逝っちまうのは、俺かそいつかと思ってたのよ。ここじゃあ、珍しくない」
担いでいたつるはしを降ろし、よっこいしょと大儀そうに遺体の前に屈み込むと、手を合わせてナンマンダブと念仏を唱え始めるサイボーグのおっさんに、妙な人情を感じてしまうメルティアは、ついでに彼からも何か聞き出せないかと考えていたが、彼が喪に服している時間を遮るのも忍びないとも思っていた。
ウォーマシンが持つにはいかにも贅肉的な思想であるが、これもまた交渉手段の一つであろう。
「……で、姉ちゃんは、新入りかい? そんな上等な身体で、こんなところに来るもんじゃあないよ」
「仕事は仕事だけど、別件さ」
ひとしきり祈った後、近くの瓦礫に腰かけてやや曲がったつるはしを杖のようにつくサイボーグおっさんは、なんかいきなり説教臭い雰囲気を醸し出していたが、それは気にせず、メルティアは遺体の傍らに無造作に転がっていたアンプルを拾い上げる。
透明なボトルの突っ込まれた粗悪な注入器は、最下層の労働者が持つには少々医学的なものである。
周囲から集めた情報から推察するに、その内容物は恐らく、この街『シーザーランド』に蔓延するアクアヴィタエという薬物に違いあるまい。
「……よそ者か。やめときなよ。よそから聞きつけて、そいつに手を出して身を持ち崩した奴を、もう何人も見てきた」
「アクアヴィタエだっけ? なんか自動人形への殺意が芽生えそうな名前だなァ」
「自動人形?」
メルティアが茶化すように言葉に出したのは、すごい記憶装置だったり生命の水だったり、オートマタを破壊するものだったりする水銀のような液体が出てくる漫画の話だが、どうやら彼には通用しなかったらしい。
それと同じものなら、サイボーグの身体がどうなってしまうのか、考えてしまうものだが……。
「こいつを摂取しすぎて、手が付けられなくなる暴れ者もでるんだってなァ」
「あぁ。そいつは、単なる義体用の抗生物質なんかじゃない。なんていうのかな。感覚を思い出させちまうんだな。肉体があった頃、素肌で感じていた頃を、強烈に、そしてそれがとても……」
「気持ちいい、ってか」
「あぁ……わすれられねえ程にな。考えてもみなよ。そいつを他の薬と併用した時の事をよ」
「……」
禿頭をぴしゃりと抑え込むように抱えながらうずくまるサイボーグおっさんを見やりつつ、彼もまた重度の中毒を抱えているのを予測しつつ、メルティアは手にしたアクアヴィタエをどうしたものか考える。
彼女にとっては、このドールユニットは使い捨てなので、迷うことはない。
ただ、義体の齟齬を無くすために、肉体があった頃の感覚を想起させるというこの薬物を服用した場合、このボディに何が起こるかわかったものではない。
念のためにドールユニットと本体であるゴーレムユニットの接続を一時遮断。スタンドアローン化してから、その成分を分析するべく、メルティアのドールは自らにアクアヴィタエを投与する。
「が、あ……」
ボディの表皮を構成する有機細胞が粟立つ感覚と共に、熱を帯びるような感覚。
感覚器官の寄越す信号が軒並み振り切れ、周辺から集まる環境情報が許容量を超える勢いで取得され始め、有機部品との整合性が120パーセントを超える数値を叩き出そうとしていた。
ボディの捜査情報、ボディのスペックに見合った活動様式。それらに沿って、何ら不自由ない、いわゆる別の肉体を動かす際の齟齬を完璧な計算変換によって担ってきた筈のドールユニットが、本来必要ない情報まで取得し始めてオーバーフローを起こし始めている。
感じる筈のない感覚。一言でそれを表現するならば、生きているという感覚。
熱く感じる呼気。風を感じ身震いすらする肌膚。あまりに肉感的過ぎる情報量は、まさしく誕生する喜びに満ちていた。
「……ぐはっ!?」
そしてその情報量を前に、ついには自ら強制的に自らの機能を停止させていたメルティアは、数分おいて再起動された。
「起きたかい、姉ちゃん。……まぁ、最初はみぃんな、そうなるのさ」
「看ててくれたのか……とんでもねー、バッドトリップだ」
おっさんの傍らでぶっ倒れていたメルティアは、ちりちりする目元を振り払うかのように立ち上がると、自身のボディになんら不自然な痕跡が残っていない事を確認した上で、空撮するドローンと動機を計る。
既に、あちこちで騒動を起こしている労働者たちが一か所に集結しつつある情報を入手していた。
「行くんだな。俺みたいな奴が言えた口じゃないが……終わらしてやってくれ」
「あんたも巻き込まれねぇようにな。最悪、地形がぶっ飛ぶほど、ドンパチやらかすかもしれねぇ」
「憶えとくよ」
彼女の忠告を冗談と思ったのか、おっさんは座り込んだまま動こうとしなかった。
それを不思議にも思わず、メルティアはまだ熱の残るドールユニットを歩かせる。
アクアヴィタエを帯びたボディは、この場で放棄して後程回収すべきかどうか……。
本体であるゴーレムユニットは、迷彩を解除しつつ現場に向かいながら考えるのだった。
大成功
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ユリウス・リウィウス
おいおい、この世界にも『天井』があるんじゃないだろうな?
まあ、地面の底でくそでかい絡繰人形とやり合うのに比べれば、何だってましさ。
とりあえず、鎮圧すればいいんだな? それだけなら簡単な話さ。
「恐怖を与える」死霊の霧を「範囲攻撃」で該当区域全体に散布。ただの騒ぎに便乗した愉快犯なら、これで黙る。そっちは警察の方で確保なり即決裁判なりしてくれ。
で、俺らの本命は、引き返せないところまでヤク中になったクソジャンキーどもってわけだ。死霊の霧がもたらす恐怖でも消えない狂気、さあ俺に見せてみろよ、なあ、おい。
警官、後で『アクアヴィタエ』のサンプルを分けてもらえないか? 分析してみたい。
硫黄とも、潮の匂いとも違う、鉄錆と重油のようなうらぶれた臭いであった。
古くは風光明媚とも称されたシーザーランドの象徴とも言うべき湖は、文明の早回しに遭ったかのように工業化の波に押し流されてきたがらくたに埋もれて、埋め立てられた。
後になって残ったのは、膨大なゴミの山であった。
どうしてわざわざ湖を埋めるような真似をしてしまったのか、その真相は定かではないが、急速な機械化を推し進める流れが、多くの資材と廃材を運び込み、その結果として棄てやすく手ごろな窪地として選んだ先というのが、ここだったという訳だ。
なるほど、流れ込み流れ出す水さえなければ、これほどごみを投棄するのに適した穴場もあるまい。
街々を臨む様な瓦礫の山のようにうず高くそびえるそれは、かつてそこが湖であった面影もないが、歴史を知る者の口伝か、いつまでもこのダストエリアの呼び名は湖なのである。
ダストエリアの道は険しく、積み上げられたがらくたは、どこを踏んだら崩れるかも知れない。
空を見上げれば不穏な雲行きは光化学スモッグでサイケデリックな色合いに染まり、立ち篭める空気は思い切り吸い込めばむせてしまいそうなほどひどいものだ。
周囲を見回せば、あちらにもこちらにも見覚えのある様な無いような、無機質な機械の残骸ばかり。
その手の知識に明るくはないユリウス・リウィウス(剣の墓標・f00045)は、歩きにくく過ごしにくい空気に、早くもうんざりし始めていた。
「おいおい、この世界にも『天井』があるんじゃないだろうな?」
今にも不健康そうな雨が降り出しそうな空模様を見上げれば、思いつくのは故郷のダークセイヴァーか、それとも空のない地下を選んだロボットの世界か。
ダークセイヴァーの話で言えば、それが明らかになったのはここ最近の話なので除外するとしても、ここ最近はどういうわけか空のある世界から地底に逃げ込んだ人類の為に、正気を失ったロボット乗りと生身で戦う依頼が多かった。
甲冑を着込んでいるとはいえ、その体格差、質量差は10倍では収まらないだろう。
特別に世界から選ばれた猟兵という生命の埒外と言えど、無茶な戦いにばかり身を投じてきた気がする。
それを考えれば、多少の悪環境など、大したことではないのかもしれない。
「まあ、地面の底でくそでかい絡繰人形とやり合うのに比べれば、何だってましさ」
泥にまみれて戦い抜いてきた黒騎士。多少のひどい行軍など、物ともしない。
たとえそれが文明の終焉じみたがらくたの山を歩くようなものでも。
えーと、どこをどう歩いたものか。
「しまったな。たかが瓦礫の山と思っていたが……目印くらいは付けておくべきだったな」
何しろ見慣れぬ機械群の残骸しか見当たらない。
それに、湖を埋め尽くすほどと言えど、小山程度に思っていたユリウスだったが、がらくたの山にいざ入ってみると、どうしても踏み入っていけない場所もあった。
あまりにも重そうな瓦礫。体重をかけたら崩れてしまいそうなもの。注意深く歩かねば足に絡みつきそうな配線など。
それらを避けて、ある程度歩きやすそうな道が、先人によって整理されている場所もあったが、ちょっとでも深く入ればそれらは未知と化していた。
くだらない洒落が頭をよぎるほど、ユリウスは自分自身に呆れていた。
なんと、道に迷ってしまっていたのだ。
「下山するだけなら簡単ではあるが、また登り直すのも面倒な範囲だ……さて」
焦った風もなく無精ひげをさすると、ふと人の気配に視線を巡らす。
これまでに逢った人物と言えば、いずれも瘦せ衰えた労働者であった。
治安の悪いと聞いていたこの場所では、風が吹いても倒れてしまいそうな労働者に、強気に道を尋ねるというのも酷な気がしたので、黙って山に入ったのだが、この体たらく。
しかし元気な足取りで近づいてくる気配は、どうやらこれまでの労働者とは違うらしい。
「そこの方……貴方は、労働者ではありませんね? 何か、身分を証明できるようなものをお持ちでしたら、提示してください」
どこか警戒した様子でユリウスに声をかけてきたのは、今までに逢った中では最も清潔そうな制服に身を包んだ女性であった。
金属の光沢をもつ両腕には、それぞれ黒光りする警棒と、そして警察手帳が握られていた。
その女性には見覚えがある。予知で見た……たしか、ジャネットという警察官だったか。
「生憎だが、見た通り流れ者でね。乱暴者が街に迷惑をかけるっていうんで、とっちめに来たんだが……やはり身分を証明できるものがあった方がいいかな」
「あ、……たしか、そんな話を聞いた様な……民間に協力を要請するなんて……あ、いえ、ご協力ありがとうございます!」
うーむ、と考え込むユリウスを他所に、ジャネットは恐縮した様子だった。
この世界の人間にとって、猟兵は善意の協力者という認識になりやすいのか。
ただ、文化の違う装いに、全部まるっと信用した様子でもなかった。
とはいえ状況は待ってくれない。
既に通報があって、薬物で気の触れた労働者が暴れているはずである。
それらが大人しくしている訳もなく、どこからか銃声と、それに続いて腹の底に響くような爆発音が轟いた。
「ッ、何てこと! こっちはハズレだったのね。ここからだと遠回りになっちゃう」
「なるほどな。しかし、騒がしくしてくれるのは有難い。これでやっと進む方向がわかったってもんだ」
周囲を見回せば、このがらくたの山もあちこちが騒がしくなってくる。
誰が起こしたか、その爆発音は、労働者たちの反逆心を煽ったらしく、一部の元気のいい労働者たちは、これ幸いと職務を放棄して浮足立っていた。
警察としては、いきなり採掘用のドリルやつるはしを向けてくる相手を捕えない訳にはいかず、それらは爆発に気が大きくなっているだけとも知れる。
つまりは、それくらい判断力のおかしくなる労働環境とも言えるのだが、これらはもちろん本命ではない。
「ヒャハァー! 女だァー!」
いきなり地面に埋まったトレーラーの扉が開いて、サイボーグの小男が工具を片手に襲い掛かってくる。
咄嗟に身構えるジャネットの前に、ユリウスが割って入って、手早くサイボーグの首根っこを押さえこんで地面にたたきつける。
「ふむ、こいつが目標ではないな……とりあえず、鎮圧すればいいんだな? それだけなら簡単な話さ」
労働者を抑え込みつつ、ユリウスは【死霊の霧】を発生させ、周囲にそれを蔓延させる。
肌寒さすら覚えるその霧は、虐殺された死者の怨念をはらんだ霧である。
死霊術士でもあるユリウスの術によって、その霧はぼんやりと亡霊のように立ち上り、あちらこちらで暴れる労働者たちに覆いかぶさっていく。
「ひ、ヒエッ! エクトプラズムじゃあっ! ついに、こんなもんまで見えるようになっちまったー!」
地を揺るがす爆発音に煽られただけの愉快犯に過ぎない者たちは、その霧に中てられて恐怖に身をすくませている内に、周辺の警察たちによって身柄を抑えられているようだった。
ユリウスに抑え込まれている小男も訳の分からない事を喚いているが、どうやら正気を取り戻したようだった。
どうでもいいが、この男もだいぶ精神的に参っているらしい。
「おい、お前はここに詳しいんだろうな?」
「へ、そそ、そりゃあ、少しばかりは……」
「俺はこのバカ騒ぎを引き起こしたクソジャンキーどもを追っている。どこに行ったかわかるよなぁ、おい?」
「へぇぇ!? 案内しろってんですかぁ?」
「断ってもいい。そいつは自由だ。だが、こいつらが、許すかなぁ?」
ぞわりぞわりと周囲に沸き立つ死霊の霧が、小男の恐怖を掻き立てる。
「み、道を教えるだけで、ご勘弁を……あっしは、巻き込まれたくねぇ……」
「おいおい、さっき目の色変えて襲い掛かってきた奴の言っていい言葉じゃないなぁ、そうだろ婦警さんよ」
「抜け道を御存じならば、不問にします。ご協力をお願いします」
話を振られたジャネットは、すぐに状況に乗って、特殊警棒の先端から高電圧のスパークをばちばちっと迸らせながら穏便に願い出る。
もはや選択肢は無いと悟った小男は、顔色を白黒させつつ、暴走者たちの居場所へ通じるルートを提示するのだった。
「そうだ、この事件が片付いたら、その『アクアヴィタエ』とやらを、わけてくれないか? 中身に興味がある」
「あれを、ですか……おススメはできませんが、この辺りの薬局にも売ってますよ」
薬物について尋ねると、警察官のジャネットが明らかに眉を顰めて嫌悪感を露にしたが、もっと驚いたのは、そこまでさせるような薬物を簡単に購入できるというところか。
なるほど、企業が牛耳るというこの街は、どこもかしこも腐っているというわけだ。
大成功
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ティエル・ティエリエル
むぅ、ここが新しい世界なんだね。
えいえいおー、この世界でもがんばるぞー☆
ふーむ、まずは情報収集だね!
まじめに働いて、疲れて休んでるような人に話しかけてみるよ!
ねぇねぇ、ここらへんで暴徒が暴れてるんだよね!?
ボクが懲らしめてくるから居場所とか教えてくれないかな!かな!
教えてくれたらお礼にボクが回復してあげるよ!
と【小さな妖精の輪舞】を使ってひらひらと舞えば疲れた労働者さんも元気になってくれるよね!
※アドリブや他の方との連携も大歓迎です
堂島・アキラ
アクタヴィタエ?聞いたことねえが見つけたら試しに一発キメてみるか。人生には常に新しい刺激が必要だからな。
要するにお薬の打ち過ぎでラリっちまってる奴らをなんとかすりゃいいんだな?
で、まずはそいつらがいる場所まで行かなきゃならねえと。単純な話じゃねえか。
連中がいる大体の方角さえ分かれば、あとはその方向に直進するだけだ。
障害物は【ザナドゥの死神】を使ってぶっ飛ばす。
連中に関する情報は居合わせた警官か労働者に聞くとするか。
オレがブルドーザーみてえにガレキの山持ち上げてる姿見たら素直に喋るだろ。
打ち捨てられ、自然に帰依しようとしているそれらは、鉄屑と化したかつての文明の利器どもであった。
自然とのたまうにはあまりにも、鉱物や植物由来の風合いからは異なる……それはもう悪臭であった。
かつては山々から流れ込む清水が美しい景観を象っていた窪地も、ここ50年の開発と工業化の波にすっかり押し流されて、観光客も少ない田舎の湖はあっさりとゴミ捨て場へと変じ、多大な粗大ごみの放られるダストエリアへと変貌していくのも早かった。
今では山と積み上がるがらくたが迷宮のように入り組んで、この中で採掘や資源の再利用に駆り出される最底辺の労働者たちの中には、帰還し損なって行方不明になってしまう者も少なくないという。
それが許される……というよりも、居なくなっても問題ない程度には木っ端労働者の扱いは劣悪であり、給金も雀の涙ほどだという。
それに、消えたり死んだり使い物にならなくなってしまっても、翌日には新たな労働者が、街の外や街の吹き溜まりから運ばれてくるというのだから、ここに捨てられるのはもはや機械だけではないのだろう。
「っかぁ~、しみったれた山に放り出されたもんだなぁ。ったくよー」
迷宮のように入り組んだ瓦礫の山の中を、がっしゃんがっしゃんと蹴りつけるように歩いていくのは、金髪碧眼の美少女……にしか見えないサイボーグであった。
可憐なその姿にしては、紡がれる悪態とそれに見合った歪み方をする口元は、なんとも気品とは程遠いものがある。
堂島・アキラ(Cyber×Kawaii・f36538)は、サイボーグである。
全身、もはや元の身体はどの部分なのか自分でもよく把握していないほど、その身体は自分好みに改良を加えていっている。
成人男性が頭をポンポンするのに手ごろな低身長。
華奢で儚く、そしてだからこそ長く見える手足。
夕闇に差し掛かるような飴色にも見える金髪と、宝石のような青い瞳。
決して中身が35のおっさんとは思えぬ、アリス症候群も真っ青な完璧な美少女であった。
彼が、いや彼女か? とにかく、彼が猟兵になった経緯はともかくとして、グリモア猟兵による呼びかけに応じ、オブリビオンと呼ばれる怪物退治に赴くなど、自由を愛するアキラにはあまり興味の湧くような話ではなかった。
表向きは、メガコーポの悪辣たる所業を見ていられぬ正義の戦士を気取ってはいるが、アキラ自身はあちこちで好き勝手暴れまわったおかげで、ちょっとしたお尋ね者にまでなっている。恐らく、どこかしらの企業の中にも、彼の名をブラックリストに連ねているところもあるだろう。
世界を股に掛ける厄介者……もとい、美少女たるサイボーグのアキラだが、シーザーランドなる片田舎には初めて足を運んだ。
オリファン……確か、正式にはオリファン・オリヴィエール・コンパニー。略してOOCという総合企業だったか。メガコーポにその名を連ねる大企業の一つで、人体改造に基づいた薬学やロボット工学などに強く、各方面の兵器開発にも明るいという、かなりヤバい会社と聞いているが、こんな片田舎にまでその勢力圏を伸ばしているとは……。
まあ、細かい事はどうでもいいや。
「要はあれだろ。お薬の打ち過ぎでラリっちまってる奴らをなんとかすりゃいいんだな?」
この事件、切っ掛けはこの田舎にばら撒かれたという『アクアヴィタエ』とかいうクスリが問題のようだ。
聞いたことがない薬の名前だが、命の水と銘打つからには、相当のブツなのだろう。
この世界の住人でもあるアキラにとって、新種の薬物は新たな刺激に他ならない。
ここで出会うのも何かの縁。密かに手に入れて、キメてみるのも、またいい刺激になる事だろう。
人生には常に新たな刺激が必要なのである。
「チッ、しかし、無秩序に積み過ぎだろ。だから迷うんだよクソ……面倒くせぇなぁ」
可愛らしい口元を窄めて汚い舌打ちを漏らしつつ、肩を回して人工筋肉の出力調整を行う。
踏んだら足が嵌りそうながらくたやら、今にも崩れそうなアレコレのせいで、迂闊に道を逸れるのも避けていたが、こうも面倒な道が続いてはイライラしてしょうがない。
力ずくで退けてしまおうかと考えていたアキラは、ふと視界の淵をよぎった輝きに目を奪われる。
なんだろう、まだ生きているがらくたがあったのか? いや、それにしては空を漂うそれの軌跡は、あまりにも有機的だった。
それはまるで、輝く鱗粉。
いや、まるでではなく、その輝きの軌跡をたどった先には、目を疑うような者が居たのだ。
「は、はわゎゎ……はああああっ……!!」
自らを美少女に作り変えてしまうほどの弩変態……もとい、ナルシストであるアキラは、当たり前のように美しいものを愛でる性質にある。
その美しさが天然に存在しないものならば、自らがなっていしまえばいいとすら思えるほどに。
だが、それは、まさに天然もの。
「むぅ、ここが新しい世界なんだね。うーん、ヒドイにおい!
でも、へこたれないぞ。えいえいおー、この世界でもがんばるぞー☆」
自らが光を放つかのように、輝く鱗粉を振り撒く小さな存在。それこそ、手に乗るかのようなサイズ感の少女が、ぐっと拳を突き上げる。
ティエル・ティエリエル(おてんば妖精姫・f01244)は、妖精の少女である。
幼いなりに、その腕っぷしで数々の世界を旅してきた彼女であるが、これほどの悪環境は、そうそうお目にかかれない。
しかし、仮にもお仕事でやってきている世界。手は抜けないのである。
差し当たって、この山の何処かで薬物の過剰摂取で暴徒と化してしまった者たちを探さねばならないが、周囲を見回してみると、それらしい危険そうな人物はいないようだ。
どうやら目的を同じくした猟兵の女の子が何やら珍しいものを見た様な目つきでティエルを見てくるが、多分無害だろう。
「本物……本物なのか、あれ……あれが天然の妖精。電子のあれこれじゃねぇのか。
な、なんて、純真無垢な美しさ。ヤバい。これぁ、やべぇ! い、いや、オレだってカワイイ!」
どうやら、何かしらのアイデンティティと激闘中らしい。しばらくそっとしておいた方がいいかもしれない。
となると、そこいらで疲れ切ってへこたれている労働者に話を聞いてみる他ないらしい。
よくよく見れば、真面目に働いていたらしいサイボーグの労働者の傍らには、粗末な工具やつるはしの他に、積み上げられた電子部品や貴重な結晶物質などがまとめられていた。
その様子から、労働者の誠実さを見出したティエルは、彼に話しかけてみることにした。
「ねぇねぇ、ちょっとお話してもいい?」
「へ? はぃ? あれ……ついに幻覚が見えるようになってきたのか……妖精さんが見える。俺の目、壊れちまったのか……?」
「ちゃんと見えてると思うなー。ほら、指の数かぞえて。いーち、にー、さーん」
「ハッ……本当に、妖精さんだ!? 一体どうして!?」
小さな手が声と共に指を揺らす様に、信じられないものを見る様な目を向けつつ、そのオイルに塗れた手を伸ばそうとするが、その指先はやや強い手つきで横合いから掴まれてしまう。
「おいおいおいおい、なに触ろうとしてんだぁ? これはお前、ほんと、ダメだぞ。普通は料金の発生する、アレだぞ。考えろ、お前。な?」
「ひっ、す、すいません……見たことが無かったもんで、つい」
見た目には美少女のアキラに手首を掴まれ、なんだかすごい剣幕で凄まれて、再ボークの青年はすっかり委縮してしまう。
まあでも、これで余計な混乱は避けられそうだと前向きに考え、ティエルは構わず話を進める。
「えーっと、ここらへんで暴徒が暴れてるんだよね!?
ボクが懲らしめてくるから居場所とか教えてくれないかな! かな!」
「え、暴徒っていうと……それは、クスリでおかしくなったあいつらの事かな……」
くるりん、と小さく飛んで輪を描くように鱗粉の軌跡を残すなんかあざとい仕草で尋ねるティエルに、ぽーっと見惚れそうになるサイボーグだったが、アキラのキッと睨みつける視線に思わず背筋を伸ばし、それらしい情報を口にし始める。
アクアヴィタエによる精神昂揚、それは、他の薬物、例えば筋力や脳内物質を増強したりするような薬物との併用により、より中毒性が深まるらしい。
薬の使用頻度を増して、ついに正気を失って乱暴者へとなり下がった者たちが、確かに労働者の中にいるのだという。
そんな彼らのたまり場にしている場所というのが……と、サイボーグの青年が指さそうとしたところ、ずずんと山が揺れる。
何かの爆発音が地を揺らし、空に粉塵が舞い、あちこちの不安定ながらくたがけたたましい音と共に崩れる。
「なるほどな。こりゃ確かに、乱暴者だ。ありがとよ。手間は省けちまったが」
「い、いやぁ……でも、迷わずに行けるかな……結構道が複雑で」
「あぁん? アタシを舐めんな。っへへ」
爆発の方向を確かに見届け、もはやそこに行くだけと決まれば、アキラの行動は実にシンプルだ。
【ザナドゥの死神】を発動させ、その身に闇を纏い強化されたアキラの人工筋肉は出力を上げて、目標地点に至るにとても邪魔な大型の瓦礫を軽々と持ち上げて見せた。
「どっせい! よぉし、このまま一直線だ。ぶち抜いていくぜ!」
さながらハイパワーのブルドーザーの如く、瓦礫を拾っては押しのけ、道を作るアキラをあんぐりと口をあけて見送るしかないサイボーグ青年だったが、疲労困憊のボディを動かす力は、その危険な姿を間近にしても動いてくれない。
そんな青年に、笑顔の妖精はぴっと顎に手を当て少し思案すると、その場でガラスのような翅を羽ばたかせ、鱗粉を振り撒く。
青年の回りを飛び回るティエルの翅から零れ落ちる鱗粉が不思議な光を伴い、その元気な舞が、青年の心と肉体を癒していく。
【小さな妖精の輪舞】は、ティエルの疲労を代償に、傷を癒す力がある。
「これは、お礼。お仕事頑張ってね☆」
星が散る様なウインクと共に悪戯っぽく微笑むと、今度こそ目を奪われた青年を残し、ティエルは騒音と共に邁進するアキラを追いかけるのだった。
大成功
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ジン・マキハラ
「サイバーザナドゥ、噂には聞いていたが汚染がこれ程酷いとはな......」
だがやる事は変わらない。オブリビオン絡みで有れば介入する理由としては充分だ。
UCを使用して永久機関の蒼炎でガラクタや壁を融解させて道を開通させる
「いかに複雑な迷路だとて壁を破って直線に開通させれば意味もあるまい」
開通した道を通って迷路を駆け抜ける。ガラクタなどが降ってきても蒼炎で自身の周囲に膜を貼り、接触する前に排除する。
「ここを抜ければ暴徒達のところだ。虐げられる苦しみは理解するが完全に手遅れになる前に制圧させてもらうぞ!」
見上げれば空は暗雲。
見渡す景色には、機械に留まらず、生活用品からどこぞの道路標識、車の残骸など、実に様々ながらくたが積み上がって、積み切れずに崩れたり……。
そんなこんなの積み重ねが、積もり積もって50と余年。
かつての景観を絵にした資料が嘘に思われる程度には様変わりした湖には、ゴミの山が出来上がっていた。
範囲にして数キロのゴミが、多くの労働者を迷宮に突き落とすまでに複雑化するというからには、このゴミ山を形成するに至った工業化の波とやらの凄まじきを感じずにはいられない。
文明の躍進と言えば耳障りはいいかもしれないが、発展は時の経過を速めるものである。
いくつもの道具が、文化が、生まれては廃れていく。必要とされていたものが、翌日にはゴミと捨てられる。
発展は同時に、ある種の衰退でもある。
その速度が増せば、不要なるものも同時に生まれていくという事にもなる。
捨てられ、積み上がった文明の亡骸たちを目の当たりにしながら歩むは、この世界とは別のところからやって来たサイボーグ。
幽鬼の如く、その金属のボディから青白い輝きを迸らせる姿は、何か亡霊じみたものを感じさせる。
「サイバーザナドゥ、噂には聞いていたが汚染がこれ程酷いとはな……」
ジン・マキハラ(ブレイズ・オブ・マキナ・f36251)は、不安定な足場にも体幹を崩すことなく歩いていたが、硬く踏み固められたがらくたの足場の一部に違和感を見出し、ふと屈み込んでそれを探る。
雑多なゴミの中に埋もれていたそれを引っ張り上げると、薄汚れた人形のようだった。
堅く踏みつけられたものの中では、ぬいぐるみはまだ弾力を保っていたようで、それが違和感の正体だったのだろう。
熊のようにも犬のようにも見えるが、どこか憎めない表情をした子供向けのそれは、手足がいくつか千切れ、綿が飛び出していて、とても痛々しい。
機械化の波がいきなり押し寄せたとて、この手のレトロな嗜好を盛り込んだものというのは変わらぬ価値を持ちそうなものだが……棄てられたというなら、それなりの理由があったのだろう。
ジンにその趣味は持ち合わせていないものの、手にしてしまってはおいそれと捨て直すのもかわいそうな気がする。
少しは面倒を見てやろうかとすぐ近くに、手押し式のポンプがむき出しになっているのを見つけた。
サイボーグ技術が全盛の世界にしてはレトロだし、棄てられているものなら、それはもうどこにも繋がっていないポンプなのかもしれないが、その排水口からは水が滴っているのを確認すれば、そういえばここが元は湖だったことを思い出す。
誰かが湖の水を利用するために、がらくたを修理してポンプとして使えるようにした設備なのかもしれない。
せっかくだし、ぬいぐるみを洗ってやるくらいはしてみるか。
気まぐれにそう思って、ポンプから水を引いてみるジンだったが……
「う……こいつもひどい水だな。ここの連中は、こんな水で手洗いなんかしてるのかね」
重油か、シンナーのような科学的な刺激臭を放つ黒っぽい水が吐き出されるのを見て、生気の失せた様なジンの顔にうっすらしわが寄る。
まさか飲料水にしちゃいまいが、これで洗ったらぬいぐるみがよけいにみすぼらしくなりそうなので、ついに水で洗うことを諦めて、ポンプの傍らに添えておくことにした。
まあ、利用する者がいるなら、多少は気持ちを軽くしてくれる役には立つだろうさ。
しかし、当初の目的を思い出すに、クスリでおかしくなって暴れまわっているっていう連中がいるにしては、ここはまだ静かすぎる気がする。
ひょっとして当てが外れたか。随分遠回りをして目的地を目指しているのかもしれない。
「もっと、わかりやすく暴れてほしいもんだな。……仕方ない」
まだ見ぬ暴徒とやらにやるせない思いをぶつけつつ、ふうと嘆息すると、ジンは思考を切り替えて誰でもいいから人を探す事にした。
この際、問題を起こしている暴徒でなくてもいい。ここの連中ならば、それっぽい奴の情報を握っていてもおかしくはないだろう。
『オ、オ、オォン……き、きくぅ~……』
「あいつで大丈夫か……」
そうしてすぐに見つかった労働者と思しきみすぼらしいサイボーグの男は、どうやら休憩の真っ最中だったようだ。
ボロボロの鉄骨を組んで雨よけのようにしたところにうずくまり、採掘用の工具もほっぽって、一人その身に薬物のアンプルを打ち込んで悦に浸っているところらしかった。
ほぼ全身を機械化しているというのに、赤く点灯する目元は爛々と輝き、表情を浮かべぬ鋼鉄の面持ちはどこかだらしなく虚空を眺めているようで、口元のパーツは半開きだった。
これが人間なら、涎を垂らしていたかもしれない。
どうやら、今まさに件の薬『アクアヴィタエ』を投与していたところのようだが、まともに話ができるかどうか怪しい。
しかし、背に腹は代えられまい。
「気持ちよくなってるとこ、すまないが──」
なるべく警戒されぬよう気を使って声をかけようとしたジンだったが、その直後にずずん! と、山全体が震動した。
どうやらどこかで誰かが爆薬を使ったらしい。戦いの中で生きてきたジンの感覚が、それを告げていた。
『ああー? 今日は、一段とキてんなぁ~。頭がぐわんぐわんするぜぇ~。お、お、お、で、あんちゃん、なんだってんだぁ?』
「……いや、なに。生きてるかどうか、聞いてみただけだ」
どうにも話ができそうにない状態と判断し、頭ぐわんぐわんしているサイボーグとの会話を早々に打ち切る。
あのなりでは、いつかスクラップと間違えられて回収されそうな勢いだが、まあこれ以上関わる必要もあるまい。
それに、爆発が起こるという事は、そこが目的地という事もある。話を聞く必要はもうない。
『うるへぇ~! オレァ、誰よりも、今この瞬間、生き生きしてるんだぜぇ~! ヒャッハッハッハァ!!』
「……幸せそうで何よりだ」
自分と同じサイボーグでも、随分と違う。やはりここは異世界なのだ。
この劣悪な環境に思うところが無いではないが、今はそんな事よりも、オブリビオンと化した暴徒をどうにかすることだ。
差し当たって、目的地はだいぶはっきりしたものの、そこへ真っ直ぐと瓦礫の上を歩いていくのは難しいようだ。
或は、猟兵としてでなくとも高水準らしいサイボーグのボディを持つジンの能力を以てすれば、危うげなくがらくたの上を飛んで跳ねて移動する事も不可能ではないかもしれないが、その結果崩れたがらくたが下の方にいる哀れな労働者や、駆けつけた警察官を巻き込まないとも限らない。
では、大人しくこの迷宮じみた道をマッピングしながら目的地を目指すのか。
そんな悠長なことをするつもりは無い。
「いかに複雑な迷路だとて壁を破って直線に開通させれば意味もあるまい」
立ちはだかる頑丈そうながらくたで構成された壁面を前に、ジンはその身の内に宿る蒼い炎を感じる。
彼を構成する機械の身体を突き動かす心臓は、地獄の炎を宿した永久機関であるという。
【終焉炎獄式永久機関:炉心起動】。その存在を感じ、自在に操ることで、その炎を用いて壁を円形に焼き切り、融解させる。
数万度をゆうに超える熱線が、ジンの周囲を膜の様に張り、歩む先から壁面を溶かしては切り開き、悠々と一直線に現場へと向かう。
鉄や半導体など、あらゆるものが一瞬にして焼けて蒸発し、焦げた様な臭いが通り過ぎるが、それは、この山を埋め尽くす腐臭に比べれば、幾分かマシに思えた。
「さあ、ここを抜ければ暴徒達のところだ。虐げられる苦しみは理解するが完全に手遅れになる前に制圧させてもらうぞ!」
大成功
🔵🔵🔵
ナイン・キーロ
警察が企業の私設組織に成り下がっているのなら、それはもう警察ではなく警備会社なのでは……僕は訝しんだ
なんていうのはともかく、ジャンキーの取り締まりならまさに僕のような警察官のお仕事だね!
とりあえず、スクラップヤードや労働者の情報が欲しいから、現地の警察から【事情聴取】してみようかな
最近転属になった応援だとかなんとか適当に話を合わせて、警官からお話を聞いちゃおうね
世界は違っても僕も警察官だし、話は合うでしょなんとかなるなる!
うまく話を聞けたら、この後のためにも無線の周波数や警察の戦力なんかも確認しておこっと
あとは、雑談でも何でもして同じ警察官同士仲良くなっておくよ
その銃いいね、どこの企業製――?
古びた鉄の錆びたような苦いニオイと共に、小さな波がさぷんさぷんと打ち付けるのが僅かに見える。
そこがかつては湖だったなどと、誰が信じるだろうか。
ほんのわずかに染み出すかのような波を除けば、そこに糸引くかのような油膜の、その何千倍もの質量に肥大化した瓦礫が積もりに積もり、数キロに及ぶ山を形成していた。
ダストエリアとするにしたって、もう少しましな場所を選べなかったのだろうか。
とはいえ、水が溜まっている以外は、この湖を成していた窪地はゴミを投棄するのにうってつけだったのだ。
工業化の波、というか多量の工業廃水から旧文化の粗大ごみから、ありとあらゆるゴミが投棄されて、積もりに積もって50年。それはもう、山ともなろう。
「うーわー……噂に聞いちゃいたけど、酷いところだ」
市街地から雪崩れ込むようにチカチカとランプを点灯させてダストエリアに入り込んでくる警察車両。
それらがたむろする場所へと、何食わぬ足取りで向かうのは、これもまた警察官の装いであった。
歩き姿さえ洗練されたサラブレッドのような規律の取れた姿勢で、それに相応しく綺麗に着込んだ制服。
肩の上に乗る顔立ちはシェパードの精悍さを持つキマイラの男。……いや、精悍と称すにはやや柔和な雰囲気を持っているが。
ナイン・キーロ(警察犬・f29299)は、猟兵であると同時に、腕利きの警察官である。
その犯罪検挙率は高く、警察官の質としては高いものがあるらしい。ただ……ちょっとだけ本人に問題があったりするのだが、とにかく腕は確かであった。
「ふーむ、だいぶ退廃的な世界と聞いていたけど、いい警察も揃ってるみたいじゃないか。この世界じゃ、大変そうだけどな」
軽く見てみた街並みの荒れっぷりからすれば、彼等が清く正しさを本当に推し進めているなら、これらの動員は欺瞞を覚えずにはいられない。
ただ、彼等のきびきびとした動きを見れば、現職の警官としては悪くないように感じる。
だから、彼等は下っ端で、そしてほんの一部の、本当に正義を信じている類の人たちなのだろう。
聞けば、彼ら警察ですら、この街を牛耳るメガコーポの言いなりだという。
現場に派遣される彼等よりももう少し偉い人たちは、警察官の色をしていないのかもしれない。
「警察が企業の私設組織に成り下がっているのなら、それはもう警察ではなく警備会社なのでは……?」
違うぞ、犬くん。警察組織を名乗れる者たちがそうなっているのが問題なのだ。
いや、訝しむナインも、それはわかっているはずだ。これはそう、皮肉だ。
そんなことを仮に彼等の前で口にしようものなら、せっかくやる気を出して現場に出てきている警察官のやる気を奪ってしまいかねない。
それにだ。今回取り締まらなければならないのは、薬物中毒者。つまりはジャンキーどもだ。
そういう類の相手なら、嫌というほどしてきた。
まさしく警察官のナインの腕の見せ所である。
ただ、警察官というなら、ここは完全に管轄外なのだが、細かい事は気にしてはいけない。
さて、ナインはひとまず、よく知らない土地で調査をしなくてはならない訳である。
行うべきことは、やはり警察らしく聞き込みだ。
「やあやあ、皆さん。ちょっと質問、いいかな?」
「む、今は立て込んで……なんだ、同業か。いや、見ない顔だな」
話しかけたのは現地警察のサイボーグ。がっしりとした体格に、ミラーグラスのようなアイカメラを搭載した何とも屈強そうな男であった。
「いやぁ、最近転属になったばかりで、現場の事はさっぱりでして」
「むむ、そうだったか。就いて早々が此処とは、ついてないな! ハハハッ」
「いやぁ、ハハハ……」
豪快に笑う警察サイボーグに愛想笑いを浮かべつつ、チョロそうだが大丈夫だろうかと不安を覚えながらも、ナインは彼から現場の情報や、取り締まり対象の事を聞き出す。
ナインは自身のその美形(犬視点)こそが聞き取り調査の武器と思っているが、実際は忠犬の如き辛抱強さからくる聞き上手が、あれこれと話を聞き出す要因となっているようだ。
実際問題、気障にも見える飄々としたスタンスは話しやすい雰囲気を作るのか、多少軟派な態度でも咎められすらしない。
制服がカッコイイから警察官を目指したというナインだが、彼の【事情聴取】は、実に堂に入ったものであった。
「……中は入り組んでて大変だぞ。足を踏み外せば穴にドボン! ってのもよく聞く。一応、地図があるから、持っておくんだ。まあ、道が変わってるかもしれんがな!」
「ふむふむ、で、今はどういう状況なんだい?」
「大まかに、二班に分かれて行動してるところさ。お薬でパーになっちまった連中はともかくとして、他の労働者は避難させなきゃならんからな。その誘導と、もう一班は、暴徒のとっちめに行く。こっちは荒事になるなぁ。まあ、しょっちゅうあるんだがな!」
「そりゃ、こんな世の中じゃねぇ!」
「はっはっは! まったくだ」
適当に太鼓持ちをしておけば、警察サイボーグの男は笑い飛ばしながらも、ごっついショットガンをパトカーのトランクから引っ張り出して、ずかずかとがらくたの山へと入っていく。
やる気のようだが、相手はオブリビオンと化した暴徒である。一般の警察では苦戦は免れまい。
その広い背を、ナインは肩を竦めて追いかける。
「おお、ついてきてくれるのかい? ご苦労、ご苦労。働き者は、俺ぁ好きだぜ!」
「僕も警察官だからね。おたくのような、お人好しが居なくなっちまったら、困る」
「おい、なんでお前さんは男なんだ? うっかりデートに誘いたくなっちまったぞ」
「おっと、いくら僕が美形だとしても、そいつはちょっと……でも、終わったら飯と言うのも、魅力的だ」
和やかに談笑しつつも、足場の悪いがらくたの山をかき分けて、ナインは警察官と共に進んでいく。
彼等に道案内を頼めば問題はなさそうだが……。
一抹の不安がないでもない。一応、はぐれたときの為に無線通信の周波数も聞き出しておきつつ、彼等の大まかな戦力も計算に入れておかねばなるまい。
「そういえば、凄い銃だね。相手はそんなにかい? どこの企業製?」
「ああ、そんなにさ。OOC製セミオートショットガン、ベルカント。巷で出回ってる例のお薬を作ってんのも、ここさ。嫌ンなるだろ?」
話しながら進む内に、ナインはすっかり現地警察とも仲良くなっていたが、それまで豪快に笑っていたサイボーグ警察の男が、しんみりと苦笑いを浮かべたところは、なんとも印象に残ってしまった。
オリファン・オリヴィエール・コンパニー。
薬と武器をばら撒いて、治安を劣悪に追い落としたメガコーポの存在は、あまり好きになれそうにない。
大成功
🔵🔵🔵
相馬・雷光
文明自体は上等っぽいけど、治安はぶっちぎりでヤバいわね
私もコンバットドラッグで霊力賦活とかやるけど、UDC組織のだから大丈夫……だと思う
ニンジャツールから取り出したワイヤーで【ロープワーク】して地形の【情報を収集】
排ガスで薄暗いから、黒い忍装束は【闇に紛れて】【目立たない】のに適してるわ
潜入装束で新人労働者に【変装】して聞き込み
最近ここに来たんですけどぉ、近道とか抜け道とか、そういうの教えてくれませんかぁ?
媚び媚びな感じで【誘惑】していい気にさせて……まぁ、お尻触られるくらいは、必要経費として割り切るわ
集めた情報から暴徒が通りそうなところに目星をつけて、小型の爆弾を設置しておく(物を隠す)
ここサイバーザナドゥの自然環境は、お世辞にもよろしくない。
骸の海が雨と降るとさえ言われているこの世界に、もはや生まれたままの状態で健康を維持するほうが至難であるという。
かつては自然の景観も残されていたシーザーランドの湖も、ここ数十年の都市化、工業化が進みに進み、ありとあらゆるものが捨てられ、置き去りにされて、今や湖は瓦礫の山と化している。
積み上げに積み上がったがらくたの山は、もはや容易に立ち入る事が困難であるほど迷宮化している。
ダストエリアと呼ばれ、忌避される所以は、ひとたび知識のない者が足を踏み入れれば、迷宮に迷い込んで帰ってこれなくなるか、さもなくばゴミに足を取られてそのまま埋もれてしまうとも言われている。
この悪環境。あちこちに立ち篭める得体の知れない異臭を放つガスや液体。
そして、空を覆い尽くす光化学スモッグの影響で視界も悪い。
誰もが好き好んで立ち入らぬがらくたの山だが、今度ばかりは騒がしい。
青に黄色に、警察のパトランプが誘導灯に群がる羽虫の如く、この荒地へと入り込んでくるではないか。
この山に入り込み、再利用可能な資源を採掘することを仕事としている最下層の労働者たちは、麓に付けられる警察車両に目を奪われるのだが、注視すべきはそこではない。
スモッグで薄暗い中を、音もなく伸びた鋼糸ワイヤーががらくたの鉄骨に絡みつき、ほんの一瞬だけ蜘蛛糸が光を反射するかのようにひらりと瞬く。
それを手繰るようにして、これもまた無音で素早く鉄骨の上に降り立つ影一つ。
しゅるりしゅるりと巻き取られる鉤縄をしまい込み、相馬・雷光(雷霆の降魔忍・f14459)は、薄闇に紛れて密かにがらくたの山を調べて回っていた。
敵情を密かに探るは忍びの技。そう、雷光は現代に脈々と受け継がれし忍者の一族であった。
軽量化と実用性を吟味し、かなりきわどく切れ込みの入れられた装束は、素早く動いても衣擦れ一つ立てず、ところどころに見え隠れする健康的な小麦色の肌は、別に見せるためにそうしているわけではないが、しなやかなその姿は気配を断っており、よほどの使い手が注視でもせぬ限りはその華やかさを目の当たりにすることはできまい。
「ふぅ、なんとかバレずにここまで上がって来たけど……これ以上は、瓦礫が不安定すぎる。楽できるのはここまでか」
周囲の情報を探りながら、道ならぬ道をその身体能力と忍具を用いてショートカットしてきたのだが、ここより先は、踏み固められたそれまでのがらくた共より脆い造りのようだ。
いや、積み上げただけの山に造りも何もないのだが。
鉤縄を渡しても、ロープワークで飛び移る前に崩れてしまう可能性の方が高い。
これ以降の探索は、地上を大人しく歩いていくしかないと判断した。
突き出た鉄骨の上で嘆息すると、マフラー越しに嫌な気分になる排ガスの匂いが入り込んでくる。
マスタードガスや粉塵の中でも咽頭や目鼻を傷めないよう訓練している忍者ならまだしも、常人ならばむせているか嘔吐しているかもしれない。
「まったく、文明自体は上等っぽいけど、治安はぶっちぎりでヤバいわね」
積み上がったがらくたは、正に文明と退廃の象徴と言えよう。
下を見れば、警官が乗り出しているのが見える。ほんのわずかだが、まだまだ正義は滅んでいないのがせめてもの救いか。
彼等が追っている者たちが、雷光たち猟兵の相手となるオブリビオン。正確には、オブリビオン化した労働者という話である。
聞けば、クスリの過剰摂取で暴徒と化したというが、この街に蔓延するドラッグとは、相当の危険物らしい。
サイボーグが抜け出せなくなるような、精神賦活剤。いや、抗生物質だったか。とにかく、薬物で身を持ち崩すというのは、今までにあまり聞かないオブリビオン……の気がする。
するりと鉄骨から降り、足場が確かなのを確認し、周囲に誰の目もない事を確認すると、雷光は手早く変装用の装束を着込んだ。
今回はここで働く労働者を装うため、そこそこよれよれに使い古し汚れたようなツナギと帽子を用意した。
それをいそいそと着込みつつ、ふと思い出す。
そういえば、雷光自身も戦いに身を置く上でドーピング用の薬物に手を出す事はある。
生命力や霊力と言った、対UDCには無くてはならぬ底力を引き出すためのそれは、ピンチをいくつも救ってきた。
極めて安全とは言い難いし、身体に反動があることも理解しているが、別に常用を余儀なくされているわけでもないし、たぶん、中毒でもない筈だ。
自身を納得させている内に、雷光の姿はあっという間にうらぶれた労働者の姿に変じていた。
長い髪をまとめ、顔も伏せ気味にすれば、もともと華奢で凹凸も目立たない体格にツナギ服とくれば、性別も曖昧に見える。
ただ一点、身を屈めようと腰やヒップラインが強調されると、本人は結構気にしているという安産型がはっきりとわかってしまうのだが。
まあそれはきっと、なんとかなる。いざとなれば、それすらも武器にしてしまえばいいのだ。
目的地は、だいたい見当がついている。ただ、今の装備では容易に近づくことができない。
普通に歩いていくにも道が入り組んでいて、いつまでかかるかわかったものではない。
だがそこは忍。現地に入り込んで、最短ルートを労働者から聞き出そうというのである。
「ん、ウンッ……あーっ、と」
小汚く見せた襟巻の奥で、せき込む素振りに見せかけつつ、雷光は密かに喉の調子を整える。
元気で張りのある強気の調子を出すわけにはいかない。
なるべく、甘く、鼻にかかるような、それでいてどこか儚げで頼り無げな雰囲気を出せればいいのだが、まぁ、この辺りにいるような労働者なら、ほとんど女性に免疫が無いのではないだろうか。
一丁、媚び媚びに仕掛けてみればどうか。
作戦を立てた雷光は、すぐ近くで見つけた労働者に声をかけてみる。
「あのぉ~、最近ここに来たんですけどぉ、近道とか抜け道とか、そういうの教えてくれませんかぁ?」
「ん、んんんっ? おや、おや、こんな場所に女の子とは珍しい」
可能な限り媚びっ媚びに甘えた声と口調で話しかけたのは、なにやら小太りのサイボーグおじさんだった。
太り気味の割に労働者として長いのか、その服装はくたびれ、顔半分がむき出しのロボットで、どこかやつれて見える。
ただ、声をかけてきた雷光が女の子だと気づくと、その目線が声をかけるため下ろした襟巻の向こうの素顔や、おへそまで見えそうなくらいジッパーを降ろしたツナギの隙間を高速で行き来するのが見て取れた。
このおじさん、やらしいな。
勝ち気な性格の雷光は、その時点で背筋が寒くなる様な怖気を覚えるのだが、まあたぶん、ちょろそうなので見られる程度なら我慢する事にした。
「えっとぉ、こっちの方面に行きたいんですぅ。そこでお仕事しないと、お給料出せないって言われてぇ~」
「ああ~、あっちかぁ……でも、あそこは今、危ないと思うなぁ。ちょっと乱暴者が根城にしてるからね。おじさんも手伝うから、こっちでノルマ上げちゃわない?」
「ええ~、でもぉ」
雷光を前にデレデレと鼻の下を伸ばすサイボーグおじさんは、いかにも気づかわしげではあるが、彼自身を信用する事はできない。
なにしろ、このおじさん、気安い。
ゆっくり案内するような素振りをしながら、ごく自然に肩に手を置いてくるし、狭い通路を通る時には、雷光の腰を引き寄せたりもしてくる。
いや、まぁ、この辺りはギリ、女の子だからと危ないところから守ろうとしていると考えられなくもない。
だがしかし、まったくいやがる素振りを見せない雷光に調子を良くしたのか、その手つきは徐々に下に、雷光の張りのあるお尻を撫でまわすような動きになっていくと、もはやそれはエスコートする紳士の領域を超えている。
「あのぉ~、おじさん?」
「あ、ああ!」
「こっちで道、合ってるんですか?」
「ああ、そっちね。うんうん、こっちこっち。大丈夫だよぉ」
遠回しに避けようと、会話を中断したりしてみたりするのだが、その瞬間はびくっと手を放すだけで、少しすればまた思い出したかのようにツナギ越しにお尻をこねくり回そうとしてくる。
気持ちのいい物ではないが、まあ、もっと過激なスキンシップを求められても、これ以上は打ちのめさねばならなくなるので、必要経費と考えるべきか。
そんなこんなで、ひたすらおじさんの苦労話を聞かされつつ、その間にずっとお尻を撫でられ続けた雷光だったが、いい加減、そろそろケツが腫れるんじゃないかと勘違いしそうになる頃、周囲から聞こえる工具を扱う騒音に混じって、銃器や怒号のような声も聞こえてくる。
なんだかんだで、おじさんも真面目に案内してくれていたのか。
目的地に近づいてきたらしい。
「おじさん」
「へ、はい?」
そろそろ案内はいらないな。
即断した雷光は、それまでの甘い態度を捨てて、はきはきとした口調で呼びつけ、おじさんが意表を突かれたところに【電光石火】の雷撃弾を、かなーり加減して撃ち付けた。
「あばばば!?」
「ごめんね。案内ありがと」
電撃を受けて昏倒するおじさんを脇に寄せると、雷光は変装を解いて、暴徒たちの領域に到達する。
静かに近づくことに成功した雷光は、彼等に見つかるよりも前に、通り道となり得る場所の幾つかに、目立たぬよう爆薬を仕込んでおくのだった。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『アナボリック・ジャイアント』
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POW : ギガンティック・オーバードーズ
【大量の違法薬物】を使用する事で、【体からガトリングガン】を生やした、自身の身長の3倍の【サイボーグ巨人】に変身する。
SPD : ガイデッド・ロケットアーム
【人工頭脳のコントロール】によって、自身の装備する【飛翔式ロケットアーム】を遠隔操作(限界距離はレベルの二乗m)しながら、自身も行動できる。
WIZ : ポリューション・アトモスフィア
自身の【肉体】から【気化した大量の違法薬物】を放出し、戦場内全ての【近接攻撃】を無力化する。ただし1日にレベル秒以上使用すると死ぬ。
イラスト:松宗ヨウ
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
『いぎぎぎ……き、効く……た、たまんねぇ! アクアヴィタエをやりながら、筋量増強剤、そんで補修用ナノマシン投与剤……! あああ、身体が、みなぎる! た、たまんねぇ!』
山の上に屯するサイボーグたちは、正気の域をはるかに超えていた。
サイボーグの機械部品との接続部に生じる痛みや違和感、幻肢痛のような苦痛を取り払い、細胞拒絶反応をも緩和するという、夢のような新薬『アクアヴィタエ』は、同時に強い継続性を齎す危険な薬品であった。
それを用いた者は、最初こそ、肉体に違和感を覚えない事に驚くかもしれないが、まさに命の水を吹き入れたかのような、機械の身体にまるで生身を感じるような感覚の鋭敏さを覚え、その水の効果が切れた瞬間の喪失感を知ってしまえば、再び服用せずにはいられなかった。
肌の温度を感じ、血の巡りを感じ、風の柔らかさを感じるという、アクアヴィタエの常識を超えたような感覚の拡張は、まさに快楽であった。
そしてそれは、他の薬物と併用する事で、更に症状を悪い方向に進めてしまう。
サイボーグのボディを補修するためのナノマシンと、筋量を増大させる薬物。それらをアクアヴィタエと同時に使用した時、彼等は神を見るというのだ。
その肉体は一回りも二回りも膨れ上がり、過剰に賦活された肉体の感覚と精神は、全能感と多幸感に包まれ、思い描いたものが機械としてその身から生じる。
例えば、ロケットとして飛び出す腕。
例えば、大型のガトリングキャノン。
想像と改変、肥大に伴う肉体の増強が、感覚となって、電脳あるいは生身の脳みそにフィードバックされる。
痛みと共に訪れる、身体がもう一度生まれるかのような、猛烈な快楽が、労働者たちの正気を軒並み吹き飛ばしてしまう。
『ふ、ふへへ、ふへへへ……き、きぼちい……こ、こいつで、気に入らない連中を吹き飛ばしたら、きっともっと……ふへへ、ふへへへっ!!』
焦点の合わない暴徒の手足から生えたガトリングガンが火を吹き、周囲の可燃性のガスに引火して爆炎を上げる。
スモッグで覆われた空に、焼け付くような炎が灯となって照らし上げる。
と、そこへ、警官たちが盾や警棒を手にやってくる。
円を描くような山の頂に、紺の制服に身を包んだ警察官と、薬物ですっかり肥大化した労働者あらため、アナボリック・ジャイアントたちが対峙する。
「君たちを拘束する! 抵抗をせずに武装を解除し、速やかに──」
『うるせぇー!! 俺たちに、命令するんじゃねぇ、このクソ経営者共がぁーッ!!』
呼びかけの最中に、労働者たちは怒りの声を上げてガトリングガンを乱射し始め、もはや説得どころではなかった。
彼等にはもう、警官すらも判別できない。
最早、相手をこの山から野放しにするわけにはいかないようだ。
堂島・アキラ
ヤク中ども完全にラリってやがるな。そんなに気持ちいいのかよ羨ましいなオイ。
負けてられねえな。オレもいっちょキメるとすっか!
は? なに? 目の前で堂々とクスリキメるなって? サツの癖に生意気に正論言いやがって。
あー、これはな、この時間に飲まないといけないクスリでな……って今はそんなこと言ってる場合じゃねえ!
クスリが効いてる間はこんなヤツら雑魚以下だ。
飛んでくる弾丸は止まって見えるしアイツらの動きは手に取るように分かる。
サブマシンガンで撃って撃って撃ちまくるぜ! マガジン全弾脳天ぶち込んでやるから覚悟しな!盛り上がっていくぜ!
「抵抗をやめなさい! 君たちに逃げ場はない!」
『うるせぇー!!』
痺れるような拡声器の声と、それを掻き消すかのようなガトリングの騒音とが重なって、がらくたの山に銃弾を撃ち付けられ煙が上がる。
腐敗しているとされる中でも数少ない良心の残った警察隊が、暴走した労働者たちを引き留めようと何度も声をかけるたび、完全にお薬のキマったアナボリック・ジャイアントたちはその腕から生えたガトリングの銃口を燃やすのだった。
警官隊は、彼等を止めねばならないのだが、思いのほか重装備と化した労働者を前に、周囲の割と頑丈ながらくたを遮蔽物にしてはいるものの、それ以上は近づけないでいた。
「なーんだ、もう始めちゃってんのか。どっせーい!」
そんな緊張感漂う拮抗状態の中、潰れた乗用車の残骸を放りながら、堂島アキラはようやっとがらくたの山の頂へと到達した。
通るのに邪魔だった車の残骸を手土産に放り、ざっと山頂に突き刺さったそれの上に腰かけると、いがみ合っていたそれぞれから視線をかっさらう。
『あ、あ、あ? な、なな、なんだァ、女の子だぁ? ひゃはっ、きゃわゆい、女の子らぁ~!! ええのう、ええのうー!』
視線を集めるアキラの姿は、見た目だけなら美少女である。
その姿は、娯楽にほとんど触れられなかった労働者たちの肥大した感覚には、さぞ輝いて見えた事だろう。
でもそいつ、中身男ですぜ!
つい今しがたいがみ合っていたことも忘れて、乱射していたガトリングガンを休ませるかのように、でれでれと鼻の下を伸ばす。
ただそれでも、彼等の顔つきは大きく根を張ったように浮き立つ神経が脈打って、締まりがない弛緩した顔でありながらも目つきは血走って瞳孔も開いているようだった。
まともな状態とは言い難い。
だが、それだけにぶん殴るのにも躊躇はない。こいつらをこのまま外に出しちゃイカンってのは同感だ。
「ヤク中ども完全にラリってやがるな。そんなに気持ちいいのかよ羨ましいな、オイ」
恍惚とリビドーのままに欲望を開放する彼らの姿に、羨ましいものを感じないわけではない。
何あろう、彼等の使用するアクアヴィタエの使い心地とやらはアキラも未知のものだからだ。
こんなものが合法的にばら撒かれているというのは、これまたおかしな話であるが、あちこち肥大化させてピクピク震えを生じさせるこれらの姿を、自分の美的感覚に当てはめると、ないわーと思う訳である。
自らを美しい少女の姿に作り変えてしまったアキラだが、逆に言えばそこが歯止めになってもいる。
自身を滅茶滅茶にしてしまうほどのクスリで、頭も体も滅茶滅茶に……というのにも興味が無くはないが、好き好んでこの身を壊すには、まだまだ惜しい。
「飛び方に美学が無いんだなぁ。ってなわけで、負けてられねぇな。オレもいっちょキメるとすっか!」
倒す対象であるオブリビオンが、自分に対して隙を晒しているこの状況を好機という他には無い。
本物の薬物過剰摂取を、ぶっ飛び具合を見せてやろうと言わんばかり、アキラはじゃらりと錠剤の詰まったピルケースを服の中から取り出した。
「こらこらこら、子供がいきなり、なにを服用しようとしている! 警察の真ん前で!」
「えっ!? あー……」
どうやら派手に登場し、堂々といけないお薬を披露しすぎたらしい。
矢面に立つアキラを見かねたのか、近づいてきた警察官の一人に、そのいかにも非合法っぽいお薬のケースを見咎められる。
思わず目を逸らしたアキラは、面倒くさそうな表情をなんとか空々しい愛想笑いで覆い隠し、それとは悟られぬほど小さく舌打ちを漏らす。
「ったく、サツの癖に、生意気に正論言いやがって……」
「んん? なんだ、その薬を見せなさい!」
まずい。この警察官、思った以上に真面目で善良なタイプである。
普段なら、ぶっ飛ばしたりするところだが、こんな目立つところでわざわざ敵を増やすのも建設的ではないし、仕事中に一般人をコロコロしてしまうのは、後で何を言われるかわかったものではない。
「あー、これはな。この時間に飲まなきゃいけないクスリで……いやほら、詰めた歯が疼くもんで、ホラ……って、そんなこと言ってる場合じゃねぇ!」
「うおぁ!?」
あれこれ言い訳をしてるうち、アキラは咄嗟に警察官を引き込むようにして、車の残骸の裏手に引っ込む。
すぐ後に、嵐のようにガトリングガンの銃弾が撃ち付けられる。
さすがにいくら何でものんびりしすぎた。相手がお薬でアホになってるとはいえ、目の前でピーチク騒がれてはやかましかったのだろう。
凄まじい騒音と共に、車の残骸が銃弾に晒され続けてぼろ雑巾のように拉げていき、その表面を赤熱化させていく。
長くはもつまい。
「このオレに、銃弾をくれるたぁ、いい度胸だ。やってやるぜ!」
「あ、こら、そんなにいっぱい!」
ここからが【お薬の時間】とばかり、アキラはピルケースから取り出したサイコドラッグを数錠まとめて口腔に放り込む。
一緒に隠れた警察官が止める間もない。〇リスクなんかより数万倍やばいお薬をキメたアキラの感覚は、速溶性の錠剤が体内に巡るほどに、倍々に増していく。
脳からだくだくと、普段から出てはいけない幸せ物質が、本来出てはいけないくらいにどっぱどぱと生成されて、それは圧倒的な自意識の加速を齎す。
ずぅん、と世界のあらゆるものが重力を増したかのような感覚。
けたたましい銃弾の着弾する音。何事かを喚く警察官の声。自身を形成する複合金属と人工筋肉で組み上げられた肉体。熱を帯びた自身の吐息。
強い空気の圧を覚える程、感覚が落っこちていくような錯覚は、周囲の環境を拾う自分自身の感覚の加速によって、周囲が遅く見えている状態だった。
ああ、なんて自分の肉体は重たいのだろう。気だるい感覚と共に、がらくたの地を踏みしめる感覚が、足裏を、足首を、膝を、大腿を、腰をと順番に伝ってくる。
全て実感し、思い通りに実行し、現実に実るその結果は、なんともかったるい。
車の残骸から飛び出して、暴走した労働者たちの方へと突っ走るアキラは、その向かう先に火を吹く銃口を見たが、早鐘を打つかのような心音にも聞こえるそれが発する銃弾の、なんと緩慢な事か。
「フィーバータイムだ! 楽しもうぜ、お互いよ!」
サブマシンガンを手に、猛然と飛び出すアキラの姿は、周囲からはどう見えただろう。
口径のまるで違うガトリングガンの弾雨の中を突っ切るには、少女の身体はあまりにも華奢で、手にする普及品のサブマシンガンはギャング御用達といえど、効果を発揮する距離に到達する前に粉微塵にされてしまうだろう。
だが現実は、多くの予想を裏切った。
人知を超えた反射神経は、それら銃弾の嵐を掻い潜って、一瞬にしてその射程の内側へと到達。
『え、え、あれぇ、あったんねぇ! ひゃはっ、ヒラヒラしててぜんっぜん、あったんねぇ! あれ?』
「おい、こっちだ。覚悟する時間をやるよ! そら!」
へらへらと笑いながらガトリングガンを乱射していたアナボリック・ジャイアントの肩の上に、いつの間にかアキラは上り詰めていて、そのマシンガンの銃口を頭に向けていた。
そして、視線が合ったのを見計らい、全弾打ち込む勢いで引き金を引く。
鉄火が血の華を作り、マズルフラッシュに照らされる少女の横顔は喜色に染まっていた。
肥大化した労働者の頭が潰れると、周囲から注目される間もなく、アキラは次なる獲物を求めて素早く飛び退いた。
「ハッハッハ! クスリが効いてる間は、こんな奴ら雑魚以下だ! さぁ、もっと盛り上がっていく、ぜ……あ」
凄まじく晴れやかな気分で戦場を飛び回るアキラだったが、脳に強い負荷のかかった状態は、そうそう長くは続かない。
テンションも最高潮! というところで、アキラの脳は強制的に意識を途切れさせ、周辺情報の取得をカットする。
派手にすっころんで滑っていく少女は、穏やかな寝息を立てた状態でガラクタの中に巻き込まれていき、後々のなってから引っ張り上げられるのだった。
大成功
🔵🔵🔵
ジン・マキハラ
暴徒達のあの暴れ具合、アクアヴィタエだけじゃなく他の薬物なんかも併用してる様だな。確かにアレは警官達では荷が重すぎる、加勢しなければ
今回の仕事は暴徒達の制圧だがまだオブリビオン化していないなら殺すべきではないだろう、薬物の影響をUCで断ち切る。薬物の効果が切れた事で感覚の変化で混乱しているところを剣の腹や蹴りなどで叩きのめして鎮圧する。
「お前達の境遇について何も感じない訳ではないがそれとこれでは話が違うのでな。悪いが暫く眠ってもらうぞ」
鎮圧した暴徒達は仕事縛り上げて警察に渡しまた暴徒を鎮圧しに向かう
この街の空は暗い。
いつからそうなったのか、もう誰も覚えてはいないかもしれないが、工業化に傾くにつれてこの空にはいつしか消えないスモッグが漂い、この街を青空が迎えたことを記憶している若者はもはやいないのかもしれない。
それほどまでに、この空は暗い。
ダストエリアのがらくたの山。その山頂から望むものもまた同じであろう。
だが、薬物の過剰摂取によって暴徒と化した労働者たちのその騒動に、どこからか吹き上がる可燃性のガスに火が付いた時、吹き上がる炎が雲を照らす。
いつしかも、暴力が全盛の時代はあった。その昔にまで先祖返りするかのように上がる炎は戦火のそれにとてもよく似ていた。
『ふひ、ひゃははは、燃えろ燃えろ! みぃんな、燃えちまえ~!! ヒャハハハッ』
多数の薬物の併用及び過剰摂取によって正気を失った労働者の身体は、はち切れんばかりに肥大化していた。
その意識も、肉体も、針で刺せば弾けてしまいそうなほど膨れ上がり、隆起する筋肉や金属。そしてその腕には銃器が生え、その銃口を燃やしてはあちらこちら狙うでもなく銃弾をまき散らしていた。
それはもはや、誰かを狙って撃つためのものではない。
憂さを晴らすために、あるいは見えない何かに対してただ銃弾を放つということにカタルシスがあるかのようですらあった。
「武器を捨てて、投降しなさい! 君たちは、完全に包囲されて──うわぁ!?」
山が揺れる程の爆発。
彼等に声をかけ続け、距離を縮めようとせまる警官隊の付近で、恐らくは燃料の残っていたがらくたが衝撃か火が回ることで爆ぜたのだ。
『ぎゃははは、吹き飛んだぜぇ! クソ経営者め。ぞろぞろと湧きやがって、覚悟しろよ、クソ!! ハハハハッ!!』
銃を乱射する労働者たちには、今や別の何かが見えているのだろう。
肉体も精神も、本来のものより肥大化して、制御が利いていないようだった。
立ち上る煙が、スモッグと見分けがつかないほどがらくたの山頂を包み込み、そしてその中からいつの間にか人影が生じる。
ちりちりと燃えるような薄い膜を球形に、青白い輝きを迸らせるその人影の周囲だけが煙を避けて通る。
やがて風が吹いて煙が張れれば、ジン・マキハラの暗く青い姿が労働者たちに対峙する。
「ひどい暴れようだ。さては、例のアクアヴィタエという薬だけではないな。これじゃあ確かに、警官達では荷が重すぎるな」
生気の感じられぬようにも見えるその瞳の奥に、火が灯る。
筋肉質に見えるそのサイボーグのボディを突き動かす永久機関。地獄の炎を燃やす炉が、目の前の敵。オブリビオンという性質に反応しているかのようだった。
いいや、と。討滅せんと首をもたげるかのように煮え立つ火の炉を、心中で宥める。
あれらは完全にオブリビオンというわけでもない。
そうせしめているのは、アクアヴィタエに用いられている骸の海由来の物質と見た。
記憶を失ったがゆえに、その名と使い方以外はほとんど覚えていない武骨な実体剣、クロックヘイズを引きずるように持ち上げると、切っ先がなぞる足元のがらくたを削り取るかのように火花が上がる。
「少しばかり、暴れ過ぎたな。大人しくしろ」
『あぁん? なんだぁ、おめぇは!? 薬でもやってんのかぁ?』
「お前達ほどじゃない。薬も過ぎれば、毒だぞ。吐かせてやろう……!」
重い金属音が、硝煙の匂いを伴ってジンに狙いをつけるのが見て取れた。
身体から植物のように生えたようなガトリングガンは、おそろしく狙いをつけづらそうに見えるが、弾数をばら撒くための銃器に、精密な射撃精度はそれほど重要ではない。
だが、雑は雑だ。咆哮を上げる竜のようなけたたましい駆動音と共に乱射されるガトリングの銃弾を、ジンは恐れない。
身を低く素早く踏み込むと、その身に帯びる覇気が剣を伝い、その刀身を輝かせる。
その残光を引く形で一閃、あっという間に懐まで入り込むと、不可視であるかのように思えたジンの切り上げは、その軌跡で以て暴徒を確かに切り伏せていた。
だが、その身には傷一つ付いていない。
【神威抜刀・蒼覇燈楼】は、その気で以て相手を傷つけずに、現象を断つ。
ジンが斬ったのは、労働者の肉体ではなく、その身に巣食うクスリの中のオブリビオン。即ち、アクアヴィタエによる薬効そのものを斬って破壊したのだ。
『お、お、お……い、いでぇ!? お、おれの身体……どうなっちまったんだぁ……?』
切られたはずの身体を撫でる労働者の顔には、わずかに理性の輝きが見て取れた。
天にも昇るほどの快楽、感覚の増幅から解き放たれたその身は、無茶な肉体の肥大化によって、激しい激痛を伴っていてもおかしくはない。
その顔が徐々に苦痛に歪んでいくのを、ジンは眉を寄せて嘆息する。
薬物で身を亡ぼすは自業自得。しかし、だからとて殺していい道理もない。
無言の前蹴りが、巨人と化した労働者の身体をくの字に折り曲げ、剣の腹で下がった頭部を強かに打ち据えれば、その巨体は地に沈み、昏倒して動かなくなった。
「お前達の境遇について何も感じない訳ではないがそれとこれでは話が違うのでな。悪いが暫く眠ってもらうぞ」
もう聞こえてはいない筈だが、倒れた労働者をその辺に落ちてた丈夫そうな金属ワイヤーで縛り上げると、ジンは周囲を見回し、警官達にそれを託すと、次なる暴徒の鎮圧へと向かうのであった。
大成功
🔵🔵🔵
ユリウス・リウィウス
この世界では人から直にオブリビオンへ堕ちるわけだな。すぐにも骸の海へ送ってやるよ。
「降霊」で亡霊騎士団喚起。「集団戦術」で戦わせる。亡者の群れというだけで、「恐怖を与える」ことが出来るだろう。
ゾンビは得物を持って前進。スケルトンの弓兵隊は、その援護だ。
ここは生きのいい亡者が多いからな。消し飛ぶそばから亡者を喚起していくぞ。
ゾンビは武器をなくしたら、相手に取りすがれ。スケルトンも遠慮なく弓を放て。
ゾンビは紡錘陣形で侵出し、薄く広く弧状に展開したスケルトンは満遍なく矢の雨を降らせろ。敵に連携は無い。確実に一人ずつ沈めていけよ。
数には数だ。あんなところに単身突っ込むほど馬鹿じゃない。
どうした、婦警?
相馬・雷光
感覚どころか物理的に拡張してんだけど
やっぱりまとも――ってのもおかしいけど――なドラッグじゃないみたいね
警官隊を狙うガトリングを雷撃弾で撃ち抜いて【武器落とし】
冒頭の女性警官に話しかけるわ
ハァイ、お友達
志は立派だけど、慈悲を垂れるのも相手を選ばないといけないわ
誰にでもってのはブッダやジーザスの仕事よ
私? 私はニンジャ、まぁ、賞金稼ぎみたいなもんね
五体満足は保証できないけど、手伝ってあげるからあとでハンバーガーでも奢ってちょうだい
雷撃弾の【弾幕】で【挑発】
爆弾を仕掛けたエリアに【おびき寄せる】
ほら、こっちこっち!
【爆破】で片足吹っ飛ばして、【帝釈天雷霆砲】で畳みかける!
感電させたわ! 確保して!
『うーららら!! 隠れてねぇで出てきやがれ、クソ経営者ァ! 俺たちをこんなゴミ山に追いやりやがって! もう、何年ここで過ごしてきたと思ってやがる!』
爆発音のようなけたたましいガトリングガンの騒音と共に、薬物によって完全にハイになってしまった労働者たちががなり立てていた。
粗大ごみが積もりに積もって50と余年。このがらくたの山のてっぺんは、まだ積めるスペースを用意するためにそうしているのか、円形に組まれており、ここだけは見晴らしがいい。
とはいえ、無造作にゴミが積まれているのは他と変わらないし、見晴らしがいいと言っても周囲に見えるのは分厚い光化学スモッグで閉ざされた暗い空と、その下で怪しく人工の光を漏らす街並みの遠景だけだ。
ここで働かざるを得なかった労働者たちの多くは、あの街から連れてこられた。
人格や人生に問題が生じて職にあぶれた者、過酷な環境に見合う身体を手に入れたはいいがその為に企業に借金をした者など……その境遇は数あれど、いずれも幸福な者など一人もいなかった。
その不満が、積もりに積もってクスリの勢いと共に噴出したのだろう。
『へへへ、ひゃはははっ! ゴミ溜めを浚うみてぇに追い立てた企業の犬どもめ。今度は、俺たちが狩る番だぜ! ハッハッハ!!』
「くぅ……抵抗をやめなさい! 銃を降ろして!」
態度も身体も大きく異常に肥大化したアナボリック・ジャイアントは、好き勝手に叫んでは銃を乱射し、それでも警察官たちは呼び掛け続ける。
或は、強硬手段に出る事もとっくに許可されているはずだし、彼等ダストエリアの労働者たちに人権はほぼ無いと言ってもいいという。
それでも労働者たちに呼び掛ける警官の一人、ジャネットは、なにも親切心から彼等に向かって声を投げかけているわけではない。
ただの説得に応じるような心根の優しさを期待する程、彼女はもう期待してなどいない。
それはほとんど虚勢と言ってよかった。
人数的に勝る警察官たちが、常に優位にあるかのように投降を呼びかけ続けるのは、少なからず彼等をこの場に押しとどめる効果があるからだ。
労働者たちは正気ではない。だが、正気でないにせよ、彼我の戦力差をおぼろげにも認識する筈だ。
シンプルに、勝てる相手かどうかを値踏みする。
辛抱強くコンタクトを取り続ける限りは、話し合いの余地を常にお互いに用意しているという解釈も通る筈である。
尤も、彼等の認識が予想以上にぶっ壊れているのは誤算であった。
彼等の認識では、ジャネット達は警察官ですらないようなのだ。
そして、予想外に怪物と化した労働者の凶弾が、困惑するジャネットの下へと到達しようとしていた。
「きゃっ!?」
しかし、そこに迫る筈のガトリングガンの弾雨は、突如として撒き上がった紫電の輝きが爆ぜて、その弾道を逸らしジャネットを守って見せた。
「やれやれ、撃ちながらじゃないと喋れんのか。機械を体に入れるのも考え物だな」
「いやー、それって、ちょっと誤解があるんじゃないかなぁ」
足元のがらくたを吹き飛ばす勢いで爆ぜた紫電。その雷迸る余韻と、もうもうと立ち上る粉塵の中から、人影が二つ。
「ふむ、よくわからんが、この世界では人から直にオブリビオンに落ちるわけだな」
「あれを見たら、まともとは思えないね。感覚を拡張するってお薬じゃなかったっけ? 感覚どころか、物理的に拡張してんだけど」
甲冑姿に二刀を携えたユリウス・リウィウスと、忍者の装束に身を包んだ相馬雷光の姿が粉塵を押しのけて姿を現すと、その様相は未来的というより退廃的なこの世界、この部隊であっても異彩を放っている。
「はぁ、やっぱりまた兵器相手か。統制は無いようだが、まぁなんにせよ、すぐにでも骸の海に送ってやろう」
「ああ、そうなのね。聴取の為に何人か引っ張っておくべきじゃないの?」
「……それは任せる」
「ちょっと、何面倒そうな顔してんの!」
行動方針で若干のすれ違いを見せる二名だが、オブリビオンを残しておくのに懸念があるらしいユリウスを説得する余裕はない。
かといって、雷光はむやみに殺す必要はないと考える。
実際どちらがいいのか。確保されたとて、彼等に更生の道があるとは限らず、企業の息のかかった警察組織に囲われるということは、そのまま闇に葬られる可能性もゼロではない。
まして、この世界の巨大企業というものは、オブリビオンすら使役するという。
正気を失った彼等が、あらぬことに利用されないとも限らない。
まったく、その裏を鑑みずに、正義の心のままに行動する警察官も居るというのに、なんと世知辛いことだろうか。
「まあ、好き勝手利用されないよう、派手目にぶっ壊してから捕まえればいいか」
雷光は、それ以上深くは考えない。いや、彼等が利用されるというなら、いっそのこと、その線で再び巨大企業の闇を探るチャンスと見るべきかもしれない。
ならばと、二人はそれぞれに戦う準備に出るのだった。
「【亡霊騎士団】喚起。死の顎に囚われ迷う怨念の塊どもよ、汝らの憎悪をもって偽りの生命に終焉を与えよ」
さっそくユーベルコードを発動させたユリウスは、死霊術士でもあるその能力によって幾重にも沈んだがらくたの底から、腐肉を纏ったゾンビや白骨を晒すスケルトンの騎士たちを呼び起こす。
人や文明の墓場とも言うべきこの山から出るアンデッドたちは異様に生きがいい。
「草木も眠る丑三つアワー……」
「余計なナレーションをいれるんじゃない」
ぞろぞろと湧き出るアンデッドの騎士団の姿に、若干ひきつったような表情を浮かべつつも雷光の口ぶりはまだまだ余裕がありそうだ。
しかし、おぞましいアンデッド集団の出現に最も怯えたのは、対峙する労働者たちだったらしい。
なにしろ、彼等はもはや正気ではない。
おぼろげに見えているそれらが、殊更に恐ろしいものに見えたのかもしれない。
『う、うわぁぁ!? なんだ、お、お前ら……死んだはずじゃあ!? く、くるなぁ!!』
それらが既に死んだ仲間たちにでも見えたのか、ガトリングガンを無茶苦茶に撃ちまくり、騎士団の纏うぼろぼろの装備ではガトリングガンの銃弾の前にはあっというまに崩れ去ってしまうのだが……。
打倒されるたびにそれらは地の底から新たに呼び起こされ、彼等を撃つガトリングガンですらも、
「はいはい、弾遊びはおしまいだよ!」
雷光の手にするブラスターから発射される雷撃弾によって、次々と破壊されてしまう。
「よし、相手は武器を失った。陣形を組んで一体ずつ押しつぶすぞ」
多少の兵は失おうとも突破するべき紡錘陣形を取る前衛ゾンビと、銃はなくともその肥大化した肉体で応戦しようとする労働者を牽制すべくスケルトン隊は弓を引く。
そちらはしばらくは、ユリウスの部隊に任せてもよさそうだ。
余裕の生まれた雷光は、そういえばと忘れそうになっていた警官隊の事を思い出していた。
「ハァイ、お友達。ジャネット=サンだよね?」
見覚えのある女性警官は、予知で見た姿、サイボーグ警察のジャネットだ。
彼女は、面識があるユリウスはともかくとして、唐突に表れた忍者に警戒の色を隠さなかった。
闇夜に暗躍する忍者……それは、この世界にも存在するという。噂だけは聞いたことがあるのだろう。
まあ、軽快されるのも無理はない。だが、手放しで歓迎されるよりかは、信用できる気もしたので、雷光は敢えて強気に微笑みを向ける。
「志は立派だけど、慈悲を垂れるのも相手を選ばないといけないわ。
誰にでもってのはブッダやジーザスの仕事よ」
「その口振り……やはり、ニンジャ、ゲイシャ……!?」
おや、若干言葉があやしいぞ。
と違和感を覚えるところだったが、やはり世界も違えば認識も異なるのか……?
「そ、私はニンジャ! ……まあ、賞金稼ぎみたいなもんね!」
「賞金稼ぎ……今は、その言葉を信じましょう。ニンジャガール!」
「オーケー! 五体満足は保証できないけど、手伝ってあげるからあとでハンバーガーでも奢ってちょうだい」
「了解しました。本館の知る限り、そこそこ食べれる場所を提供しましょう」
「! 下がって!」
話している内に、二人の近くにふらりと迷い込んだかのように暴徒と化した労働者が姿を現した。
ユリウスが打ち洩らしたのか……?
否、敢えて逃した。誘い込んだ。誘い出したのだ。
全滅を狙うような事を示唆しておきながら、雷光の言った聴取のための要員をわざわざこちらに寄越すよう、退路を作っておいたというのか。
いい性格をしている。
「おじさんたら、いい仕事してくれる……それ、もうちょいこっちこっち!」
『ヒエッ!?』
ジャネットを下がらせ、逃げ込んできた労働者へ向け、雷光のブラスターが閃光を発する。
労働者の足元で弾ける紫電が千鳥足を誘い、その足の向く先をついさっきしかけた爆弾の位置まで誘導する。
そして、爆弾のシーカーが発動すると、派手な爆発と共に労働者の片足が吹き飛ぶ。
その爆発で体ごと吹き飛ばされない頑丈さの方に驚く雷光だったが、もとよりその一撃で仕留められるとは思っていなかった。
止めの一撃とばかり、二挺に構えたヴァジュラブラスターがその出力を上昇させ、雷を迸らせる。
「因陀羅耶莎訶! 【帝釈天雷霆砲】!!」
光の柱が立つほどの雷撃砲。いや、一応、死に至るほどではない出力に留めた筈だが、まあそれでもサイボーグパーツはしばらくは使い物にならないほどにショートしていてもおかしくないだろう。
動きを封じるには十分すぎる。
「感電させたわ! 確保して!」
動きの止まった労働者に、警察官たちが群がった。
それはいいのだが、山の上に所狭しと展開するアンデッド軍団には、皆一様に距離を取っているように見えるのは、気のせいではないだろう。
「ん、どうした婦警?」
「いえ、見慣れぬもので……あんまり、こちらに視線を送らないよう、言っておいてくださいませんか」
「むう」
青ざめた顔つきで暴徒たちを取り締まる警察官たちを、ユリウスは難しそうな顔つきで唸るのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
結城・有栖
相手は労働者ですか…遠慮なくやって良いんですね?
「正気じゃないし、容赦はいらないと思うヨ。
後、変なお薬を吸わないように気をつけようネ。」
分かりました。では、行きましょう、オオカミさん。
まずはUCを発動して風のオーラを纏った嵐の王に変身しましょう。
【浄化】を乗せた風の【オーラ防御】を纏って薬物遮断します。
後は風の【属性攻撃、マヒ攻撃】を乗せた竜巻を飛ばして攻撃です。
マヒで動きを鈍らせ、弾丸も竜巻で絡め取って巻き上げてあげます。
飛んでくる攻撃は風でそらすか、【軽業】や飛翔を駆使して回避を優先です。
後、警察の方々を巻き込んだり、流れ弾が行かないように【野生の勘】で注意もしておきましょう。
メルティア・サーゲイト
「あー、君達は完全に包囲している。大人しく投降しなさい」
一応、警告だけする。
「はい、投降の受付は終了しました。やれ、ガンスレイヴ」
展開済みのガトリングガンドローンで全方位射撃を浴びせる。囮なンだがな。
ガトリングを生やすといい趣味だ。普段なら思う存分撃ち合いたい所なンだが、今回はちと別の事試したいンでな。
「ブレイクシンセサイズ」
バインダーを僅かに開き、化学物質を合成。
「ジーセット!」
合成薬物を両肘部のピストンに送り込み、
「ダブルシナプスストライクだッ!」
掌の噴出部からアクアヴィタエを中和する薬物を散布するぜ。その為の詳細なデータ捕りだったンでなァ。
ぼう、と燃え上がる瓦礫の山頂。
これだけ積もりに積もったがらくたの積み重なる事、およそ50と余年。
窪地として街々から出る大量のゴミを投棄し続けて、うず高く山と化したその山頂からの眺望、それは自然の産物にあらざる環境に相応しく、目の上には光化学スモッグの詰まった分厚く暗い雲が空を閉じ、遠くに工業化した街々のぎらりとした灯が漏れて見えるだけだ。
汚らしい山に似合いの、薄汚い眺望の中で、暴徒と化した労働者、アナボリック・ジャイアントはがなり立ててその身体からいくつも生やしたガトリングガンの銃口を燃やすように乱射する。
彼等は恐らく、戦いを生業とするような者ではないらしく、せっかくの兵器をむやみやたらに乱射し、銃身が焼け付くのも構わぬ様子である。
そもそも、狙いをつけてはいない。威嚇目的なのかもしれない。
けたたましい騒音と罵詈雑言。とてもじゃないが、聞けたものではない言葉を、怪しい呂律で叫ぶものだから、もう相手にするだけ無駄な様子にもしてしまいたくなる。
結城・有栖(狼の旅人・f34711)は、いつのまにかそこにいて、ひらけたがらくたの山頂の隅っこで、ちょこんと瓦礫に腰かけた状態で、頭髪をはねのける様に飛び出たオオカミ耳を両手でぺたこんっと抑え込んでいた。
旅するオウガブラッド、有栖のその耳には、ここの喧騒はあまりにもうるさい。
旅の装いに身を包んでいるとはいえ、これでも現代っ子である有栖にとって、喧騒は珍しくないものであった。しかし、それでも、大型機関銃を乱射しながら肥大化した自意識の赴くままに文句を垂れ流す精神異常者の姿は、異質に過ぎる。
おまけにがらくたのあちこちからは、重油のような錆びついた様な嫌な臭いもする。
ただいるだけでストレスの溜まりそうな環境である。
「相手は労働者ですか……遠慮なくやって良いんですね?」
早く仕事を済ませて帰りたくて仕方ない。などという愚痴は、表情の薄いクールな少女はおくびにも出さず、内なる友人に半ば確認を取る形で問いかける。
オウガブラッドである有栖は、その身の内に恐ろしい怪物オウガを宿している。
多くのオウガブラッドは、その獣を強靭な精神力で飼い慣らし、その狂気と共生するというが、なぜだか有栖の内に生じたオウガは、心穏やかである。
『正気じゃないし、容赦はいらないと思うヨ。
後、変なお薬を吸わないように気をつけようネ』
オオカミさんと称する内なる友人は、華奢で頼りなげに見える相棒の心に一押しをかけつつ、その野生の勘から沸き立つ懸念も話しておく。
「わかりました。では、行きましょう、オオカミさん」
相手はオブリビオンの性質を帯びた一般人と言ってもいい。とっくに後戻りできないというのなら、ここで禍根を断つも使命というもの。
それに、いい加減うるさいし。
撒き上がる炎を揺らす、山頂に吹き抜ける風がごうごうと強さを増し始め、瓦礫から足を降ろし歩き始める有栖のその身に付き従うかの如く吹き込んでくる気配が生まれ始めた頃、周囲にサーっと注意を引くようなホワイトノイズが走る。
「あーあー、君達は完全に包囲している。大人しく投降しなさい」
何かと思えば、先ほどからたまに呼び掛けている警察による呼びかけのようだった。
まだやっていたのか。
いや、これはこれで拮抗状態を作る上での戦略とも言えるし、逆に言えば警察が攻めあぐねているということでもあるのだが、先ほどまでの呼びかけと随分雰囲気が違っていた。
それに、文脈も少し気になる。
相手に向かって絶望的状況を伝える筈なのに、「されている」ではなく「している」というのは、まるで誰かが一人でそうしているかのようにも聞こえてしまう。
「はっ、見られてる……?」
有栖の動物的な勘が、山の周囲上空に展開しているドローンの不可視迷彩を看破する。
いつの間に? いや、いつから?
『ちきしょー、うるせーぞ! 悪いようにしないなんでいつも言ってきたじゃねぇか。それなのに、いつもいつも裏切ってきたのが、お前ら経営者だ!』
怒号で以て、銃弾と共に返答する労働者たち。その矛先は、警察官たちが身を潜めるがらくたの物陰ではなく、姿を現した鉄の巨人……いや、ウォーマシンである。
メルティア・サーゲイトのゴーレムユニット。その姿は武骨なパワードスーツを思わせるが、このがらくたの山を探索していた女性型のユニットは今はお休み(意味深)しており、このド直球な戦闘ロボットこそが彼女であった。
ガトリングガンの適当に撃っているような流れ弾がそのボディを掠めるのも構わず、その頭部に光るアイカメラを明滅させることで嘆息したかのような表現を漏らすと、
「はい、投降の受付は終了しました。やれ、ガンスレイヴ」
あっさりと説得を諦めて、周囲に展開していたドローンによる攻撃を開始する。
空を飛ばすために小型軽量化しているとはいえ、ドローンに搭載しているのもガトリングガン。
彼らほどハイパワーではないにしろ、あのうるさくて支離滅裂な薬物中毒者たちをしばらく黙らせるくらいには働いてくれるはずだ。
『アバーッ! な、なんだこいつらは!? くそぅ、本格的に俺たちを排除しようってわけか! 給料じゃなくて、その鉛の弾をくれるのか! コノヤロウー!!』
ドローンによる射撃を打ち込まれる労働者たちは、鬱陶しく飛び回るそれらを撃ち落さんとガトリングガンで応射するのだが、空中にいる相手を容易には撃ち落せず、それとわかれば、今度は体のあちこちから管を出現させ、なにやら奇妙な霧を吹き出し始めた。
「いけません……!」
その霧の正体をすぐには理解できなかった有栖だったが、全身の毛がざわざわと嫌な予感を検知して粟立つような悪寒があった。
遅れるように、それこそが、オオカミさんの予想していた変なお薬なのだと直感的に理解する。
労働者をおかしくしてしまった成分を含んだ、気化した薬物。
ならば、自分のやることは決まっている。
「参りましょう」
『いつでもいいヨー!』
オオカミさんの獣性。嵐の如き野生と同調し、有栖の表面へと顕現し、それは【嵐の王】としての姿をとる。
豚の家を吹いて飛ばすような、それはさながらドロシーの小屋を吹き飛ばすほどの大嵐。
しかし有栖という理性が、獣のように暴れまわる暴風をつかみ取り、我がものにすることで、吹き荒れる暴風は渦を巻いて上空へと至る。
霧と化す薬物全てを吸い取るという訳にはいかないが、現状で警察官などに薬物の影響が出てもらっても困る。
「よーし、ナイスだお嬢ちゃん! 待ってな。今、特効薬を用意するからよ」
突如、風向きが変わったことに面食らっていたメルティアだが、その風が労働者たちが噴霧し始めた薬物を留める動きとして制御している事に気づき、彼女は作業を急ぐ。
普段はトリガーハッピーな危ないウォーマシン。メルティアとしては、体中からガトリングを生やした頭のおかしい労働者と浅ましい銃撃戦と興じるのも好物であったが、いやいや、ただただ素人さんをハチの巣にするのも、なんか、ほら、あれだ。困る。
それに、使い捨てとはいえドールユニットがその身を犠牲にして入手してくれたアクアヴィタエのデータである。
利用しない手はない。
「ブレイクシンセサイズ」
背部のパーツ生成ユニットであるナノクラフトバインダーから化学物質を合成、それらは骸の雨由来の怪しいお薬に対抗する物質を作り上げる。
お薬にはお薬である。
「ジーセット!」
両肘のピストンが後退する。いざという時は空気圧などを利用してパンチ力を激増させる仕組みにもなるが、今回は合成薬物を注入する。
そしてそれが発射可能まで注入されると、【CODE SYNAPSE】は完成する。
「ダブルシナプスストライクだッ!」
こちらも噴射口から噴霧すると、吹き荒れる嵐の渦中にいる有栖へと指示を飛ばす。
「さあ、こいつを空気と混ぜ混ぜしてやるんだ! その為の詳細なデータ捕りだったンでなァ!」
「……! 血清を作ったんですね」
ウォーマシンのすることにいまいちピンと来ていなかった有栖だが、ようやく合点のいった様子で、メルティアの薬品を周囲に振り撒くべく、その風向きを変更する。
果たしてその効果は、すぐに表れる事となった。
労働者たちは、肉体の感覚を拡張し、筋量増大、サイボーグパーツの肥大化に伴い、激しい肉体の変化に快感すら覚えていた筈である。
そこへ、アクアヴィタエの効果が切れてしまえば、どうなるだろう。
『い、いででで!! あいででで、か、身体が、はちきれちゃう! あーいででで!!』
感覚の拡張を失い、ただの苦痛だけが残る労働者たちがのたうち回るのを、少し眺めていた有栖だが、そのままでは警察官たちも捕まえにくいだろうと考え、風の渦を作り出し、彼等を地面へ押し付ける事にした。
『あーででで、せ、背骨が折れるぅ~!!』
「……うるさいですね。ほんとうに」
びょうびょうと風が吹き荒れる中でも、情けなく声を上げる労働者たちのうめき声は聞こえるし、そして、どれだけ風を起こしても、この空は晴れそうになかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ナイン・キーロ
わーお……お薬で頭も体もぶっ飛び過ぎじゃないかな?
あんなのとまともにやり合うのは避けたいね、ここは【警察航空隊】の出番だ!
こんな入り組んだ場所でも上空のヘリからなら丸見えさ
ヘリに無線で相手の居場所を教えてもらいながら、現地の警察と連携して戦うよ
物陰からヘリに教えてもらった暴徒に忍び寄って、フラッシュバンを投擲
凄い音と光で怯んでいる隙をアサルトカービンで狙い撃ちだね
上空のヘリからは、誘導だけじゃなくて狙撃支援もしてもらうよ
防弾装備も撃ち抜ける強力な狙撃銃を持った腕利きのスナイパーが乗っているからね
複数のヘリの狙撃手から常に援護射撃を受けながら、確実に警官隊と一緒に狂ったジャンキーを制圧していくよ
ティエル・ティエリエル
こらー、変なお薬のんで暴れたらダメじゃないかー!
お仕事を頑張る警察官さんの代わりにボクが逮捕しちゃうよ!
ほっぷすてっぷじゃーんぷと背中の翅で飛び回りながら、
いけないお薬でお肌も敏感になってるみたいだからレイピアで突いて突いて突きまくってやるよ☆
違法薬物を放出し始めたら、急いでやっつけなきゃ死んじゃう!?
レイピアからドキドキ☆プリンセス・ハートのハート型ビームを発射して気絶させちゃうよ!
気を失ったら、死んじゃわないように【小さな妖精の輪舞】に回復しておいてあげるね
※アドリブや他の方との連携も大歓迎です
立ち篭める硝煙と、何やら嫌なガスの匂い。
ダストエリアに屹立と積み上がるがらくたの山を登るうちに臭いに慣れるかと思いきや、そんなわけもなく、特段そういった感覚の鋭い者にとって、このエリアはずっと慣れるものではないのだろう。
ここで一つトリビアだが、犬の嗅覚は常人の約10万倍だという。
そこまで行くと、一体どんなものを検知するのか興味深いところだが、精悍なシェパードの頭をもったナイン・キーロは、こんな劣悪な環境の中でも涼しげな表情を崩さない。
いつだって余裕綽々。
そう、たとえば、がらくたの山の上でお猿の大将を気取った薬物中毒者が、トランス状態で銃を乱射しているような状況でも、それは変わらない。
『ちきしょー、ふざけやがって! 散々使いつぶして、最後には俺たちをこんなところで始末しようってのかー!! そうはいかねぇぞー! ギャハハハッ!!』
喜色とも怒声ともつかぬ、とにかく高く肥大化してしまったテンションに押し流されるままに何事かを叫びながらガトリングガンをぶっぱなし、その銃弾が付近のがらくたを弾き飛ばす様を横目に、遮蔽物になりそうな瓦礫に身を潜める警官達に混じり込んでいるナインは、ふうと嘆息する。
「わーお……お薬で頭も体もぶっ飛び過ぎじゃないかな?
あんなのとまともにやり合うのは避けたいね」
「贅沢言うなルーキー。生憎と、うちの部署は人材不足なんだ」
薬物で暴れているにしろ、身体まで肥大化してあまつさえ身体からガトリングガンを生やす危ない労働者の姿には、さしもの凄腕警察犬ナインも呆れざるを得ない。
そんな超危ない相手に向かって、やる気満々のサイボーグ警察がショットガンを握りしめるのを見ると、その正義感は羨ましくすらあった。
ただし、そのまま突っ込んではむざむざ死にに行くようなものだ。
「まあまあ、応援は手配してあるんだ」
「なに言ってやがる。他はどうせ見て見ぬふり決め込んで──ん?」
今にも敵中に飛び込んでいきそうなヒロイックなサイボーグを宥めようとしていると、その視界の隅っこを通り抜けていくキラキラと光を含む軌跡があった。
果たしてそれを引くようにして労働者たちの真ん前に飛び出したのは、小さな妖精の姿をしていた。
「こらー、変なお薬のんで暴れたらダメじゃないかー!
お仕事を頑張る警察官さんの代わりにボクが逮捕しちゃうよ!」
自らも光を放つかのような、手乗りサイズの妖精さんことティエル・ティエリエルは、その幼い正義感を振りかざすかの如く、ちっさな手足を精一杯大きく見せる様にびしっとポーズを決めて、よく響く大声で言い放った。
巨人の如く肥大化した労働者たち、アナボリック・ジャイアントにしてみれば、その存在のなんと頼りない事か。
だがしかし、この闖入者の乱入により、渾沌とした場は一瞬だけ静寂に包まれる。
「おいおい、応援ってまさか、あのちっこいお嬢さんのことじゃないだろうな?」
「いやぁ、思ってたのとは違うけど……心強い味方には違いない。まあ、無謀なのは認めるよ」
サイボーグ警察に詰め寄られるも、ナインは涼しい顔を崩さないままそれを宥めつつ、自身はその脳裏に状況を利用できないか思案する。
お気楽警察を気取るナインとて、何も普通の少女がこんなところに迷い込んだなら心配もするし、その子を助ける為に身体を張る事だって吝かではない。
しかしながら、ティエルは年端も行かぬ少女には違いないが、ああ見えて腕っぷしはその辺で身を潜めている警官よりも立つのである。
『な、な、な、なんだあ、お前さんはァ……気が高ぶり過ぎて、妙なものまで見えるようになっちまったかぁ……!?』
サイボーグやレプリカントなどが大半を占めるこの世界に妖精の姿は珍しいようで、労働者もティエルの登場には目を丸くしていた。
そして身を隠している警察官たちは、大口を叩くティエルの姿にあわあわと心配そうな視線を送るのだが、そんなものはお構いなしに、隙を見せた労働者たちに向かい、スピードを上げて一直線に近づいていく。
踏み込み一閃。抜き放った風鳴りのレイピアの切っ先が、感覚的にも物理的にも拡張された労働者の肉体をさくさくっと突き刺していく。
『アッ、アッ! だめ、敏感になってるから、チクチクだめぇっ!!』
薬物の過剰摂取、複合投与によって、アナボリック・ジャイアントの肥大化した肉体は、本来なら激しい苦痛に苛まれていてもおかしくはない。しかし今は、アクアヴィタエによって感覚を何十倍にも拡張し、痛みをも快楽に変貌させてしまっている。
高速で飛び回るティエルにちくちくっと刺される痛みは、確かに本来ならば集中を欠くほどのものだろう。
今の労働者たちにとってのそれは、痛いような気持ちいいような……とにかく、気持ち悪い悲鳴を上げさせる程度には圧倒していた。
これだけでも、お薬って怖いわぁという状況になるのだが、刺されて身悶えする労働者たちは、反撃もままならぬままその形態を変化させていく。
身体のあちこち、主に機械化した部位から、何やら管のようなものが伸びて、ガス状の陽炎を生み始める。
それは臭いも味もしないものだったが、嫌なものを感じ、ティエルは思わず攻撃を中断して距離を取るしかなかった。
「……よし、今だ。航空隊、投光器を!」
ティエルと労働者たちに距離が開いたのを見計らうと、それまで静観していたナインは無線機に指示を飛ばす。
すると、あらかじめ応援を要請していた【警察航空隊】のヘリが上空からやってきて、強いライトを当て始めた。
それにより、周囲から労働者たちが陣取っていた位置は容易に捉えることができ、同時に光に照らされている労働者たちは周囲が見えにくくなる。
「照明弾!」
「な、なにっ!?」
続けてフラッシュバン。激しい光と音による非致死性スタングレネードを投げ込むと、遠くからでは甲高い破裂音と煙をまき散らしただけのような、しかし一瞬だけ強い光ががらくたの山で爆ぜた。
十分な距離があればこそであるが、その渦中にいた労働者たちには、目と耳を同時に強い刺激が襲い、ただでさえ薬物によるトランス状態は、すぐさま混乱を呼んだ。
『う、うぐわぁ!? み、みえねぇ……くそ、な、なにが……!?』
「確保ーっ!!」
「くっそ、なんでお前が音頭とってんだ!?」
大声で指示を飛ばすナインに対し、サイボーグ警察はどこか釈然といかぬ様子だったが、さすがに現場の警察の動きは迅速であった。
怯んだ労働者たちに向かい、畳みかける様に攻撃を仕掛け、連携し、素早く距離を詰めていく。
そして、航空隊もまた、アナボリック・ジャイアントの位置を特定しながら狙撃中による援護を加えるのだった。
「あ、待って、かくほ待ってー! この風、嫌な感じだよ! お薬が混じってるんだ!」
ただ一人、距離を詰めていく警察たちに向かい、ティエルは警告を放つ。
労働者たちの周囲に立ち篭める気化した薬物の脅威を、風を操る感覚で感じ取っていたのだろう。
「なんてことだ。じゃあ、一度昏倒させるしかないか……撃っちゃおう」
「よーし、撃っちゃおう! 死んじゃわない程度に!」
『ま、待って……ぎゃーす!!』
気化した薬物を振り撒いているならば、迂闊に近づけない。
困ったように鼻先を描くナインだったが、現場の人間は判断が速くなくてはならない。
ナインの構えるアサルトカービンと、ティエルの向けたレイピアから生じるドキドキ☆プリンセスハートによる気合のハート形ビームとが、オブリビオンめいた労働者を撃つ。
かくして、薬物の過剰摂取によって異形と化した労働者たちは、警察官との連携を伴って、無事に制圧するに至った。
中にはやり過ぎて命の危険もあった者も居たようだが、そこは抜かりなく、ティエルの翅から生まれる癒しの鱗粉、【小さな妖精の輪舞】の作用もあって、どうにか命を繋ぎとめたらしい。
ただ、急激な変化を経た肉体は、薬物が抜けると苦痛を伴ったという。
そればかりは、ユーベルコードを以てしてももとには戻せなかったらしい。
しかしながら、それは自業自得というもの。薬物さえ無ければ、これで彼等も不用意に暴れ出す事もできないだろう。
これにて騒動は終結し、猟兵たちと警察官は、ようやっとこのダストエリアの佇む瓦礫の山を下りることができるのであった。
時刻は既に夕刻過ぎ。ただでさえ暗いシーザーランドには、本物の暗闇が訪れる時刻であった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 日常
『ARグルメバー』
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POW : 色々な料理の再現を試してみる
SPD : より再現度の高い料理を探す
WIZ : 他世界の食べ物を再現してみる
イラスト:high松
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
事件は終わった。
労働者たちに多少の犠牲は出たものの、都市部にまで及ぶほど大きな被害には至らなかった。
暴徒鎮圧という名目上は解決を見たが、薬物の氾濫はもはやダストエリアに留まるものではない。
一般に広く普及、いや、蔓延しているアクアヴィタエによる暴走事件は、これからも後を絶たないだろう。
それをよく知って、身にも染みている警察官たちの面持ちは明るいものではなかったが、それでも大きな混乱が街を支配するには至っていない。
渾沌としてはいるものの、シーザーランドには危うげな平和が保たれているのだ。
そこに少なからず、治安という得難いものを危ういところで引き留めるべく、彼等は奮闘しているのだった。
一仕事終えた猟兵たちは、もうこの世界にひとまずの脅威は去ったと見て、帰る者も居るかもしれないが、そんな彼等の活躍にサイボーグ警察官の一人、ジャネットは声をかけずにはいられなかった。
この世界には、本当に珍しくなってしまった、善意の協力者。
彼等猟兵の協力なしに、今回の事件解決は、易々とはいかなかったろう。
少なくとも、正義の心をわずかにでも心に抱いた警察官たちに一人の被害も出さずにいられたのは、奇跡的とすら言える。
そして、どういう訳か、警察に協力する形となった猟兵たちには、金一封程度の報奨が約束されたというのだ。
そこに対し別の疑念が生じぬでもなかったジャネットだったが、その件も含め、猟兵たちを自分の知る割といいレストランに招待する事にしたのだった。
ARグルメバー。それは、立体印刷を応用した料理を提供するという。
高度に工業化の進んだサイバーザナドゥの食糧事情というのは、なかなかに味気ない。
住民のほぼすべてがサイボーグやレプリカントであるため、その食事の多くはペースト状にされた味気ないチューブであったり、携行にも便利な固形化されたブロック食糧であったりする。
食事は燃料補給。何をするにも効率的に、機能的に。そればかり追求したメニューは、吸収率や栄養価で言えば十分なものであるだろう。
だがそれだけだ。
しかしながら、どれだけ高度に発達し、効率化を推し進めていっても、人間はその感情のゆとりというものをなかなか捨てられない。
味気ない燃料補給を食事という文化と同率に見続けるには、まだまだ無機質ではないのだった。
では、サイボーグに適したミール食品やフレーバーペーストを、どのように味気ない燃料補給から前進させるのか。
その試みから生まれたのが、立体印刷を応用したARグルメであった。
栄養価だけはそれなりの生物用燃料を材料に、立体プリンタで形成し、着色し、味付けし、香料を塗布する。
それにより、旧来の文明にも登場したという料理を再現するARグルメは、とんでもない回り道の末に原点回帰したものであった。
魚のすり身で魚を形成して焼き上げるような、そのようなものである。
これさえ用いれば、本格的な料理の味を再現する事も可能である。
「ここにデータを入力して、過去のデータと照合することで、それらしいものを再現する事ができる筈です。安く、いろんな料理を味わえるので、自分は気に入っていますが……」
ややはにかんだ様子でジャネットは説明しつつ、自分も好みの料理を印刷する。
彼女の最近のお気に入りは、ウナギの中華っぽいジャンクフードらしい。
なんでも、古いバディムービーで見かけて嵌ったようだ。
猟兵たちは、物珍しいARグルメを堪能してもいいし、戦いの勝利を警官達と分かち合ってもいい。
また、過去のデータに存在しないような、新たな料理に挑戦してみるのも、面白いかもしれない。
ユリウス・リウィウス
一件落着だな。どうせ乗りかかった船だ。最後まで付き合わせてもらうさ。
あー、説明を聞くだに、無理矢理な代物を出す店ってわけだな。
まあいい。俺は持参したワインを開けよう。おまえら、本物のアルコールってやつを味わうといい。
それに併せて、ナッツやチーズや生ハムを注文。出してくれるんだろ、3Dプリンター様。
ジャネットだったか? 世話をかけさせた。警官隊の協力には感謝している。
まあ、難しい話は酔いどれの戯言だと思って聞いてくれればいい。
36の世界が浮かぶ骸の海と、現在を喰らう過去たるオブリビオン、それに抗う猟兵とグリモア。
さて、どれだけの人間が信じるかな?
ああ、模造品にしちゃこのチーズはなかなかいけるな。
薄暗い店内には、そこそこ人の入りがあった。
鉄筋コンクリートの店の風合いに因んだ空気づくりというよりかは、はなから照明にコストをかけない事を前提としたような、陰気な印象を受ける店構えだが、あちらこちらでたむろする者たちは、皆一様に穏やかであった。
暗く無機質で退廃的な街々の中でも、生きている人間は居て、決していいとは言えない治安の中でも、せめて飯くらいは肩を寄せ合って食ってもいい。
無論、サイボーグやレプリカントが大半を占めるサイバーザナドゥの住民は、それだけに食事に制限がある場合もある。
有機体をエネルギー変換するような、環境に適応しやすい消化器官を備えている者は稀だ。
食事を楽しむというにも、この世界にはある一定のハードルが存在するようだ。
人と機械。それぞれに、必要な栄養は異なる。また、それとは別に、食事を楽しむという文化もまた、人らしく生きるというためには不可欠である。
「事件は片付いて、一件落着。ってところまではよかったんだがな」
人の賑わうARグルメバーのカウンター席である。
もう戦う仕事は残っていないユリウス・リウィウスは、しかし常在戦場とばかり鎧姿のまま背の高い椅子に身体を預けつつ、光を帯びるコンソールとにらめっこしていた。
よくよく見渡せば、彼ほどクラシックではないにしろ、金属のプレートを張り付けたようなアーマーを着込んだ者たちは、ユリウス以外も結構いるようだ。
ブラスターを肩に下げ、機械のボディを誇らしげに、よくわからない四角い食料を不味そうに平らげて、仲間と共に談笑する。
それらの姿はこの街の治安の不安定さを物語っているようだったが、争い合う雰囲気が無いのが、どこか飯屋で騒動を起こすなという暗黙の了解じみたものを感じる。
それはいいのだが、ユリウスは、また一人戦場の最中にあった。
猟兵なのだから機械音痴という訳でもないはずだが、それほど高度な文明に傾倒しているわけでもないユリウスにとって、ARグルメのメニューを選ぶのはなかなかに難解であったらしい。
普通に、見慣れない装いの店主がやってきて、よそもんに出すものはないとか、そういう話をしてくるのかと思っていたのだが……。
依頼に参加したからには、乗り掛かった舟と最後までつき合おうと、地元警察に誘われるがままに店に来たはいいが、はて、ここからどうやってアイスミルクをダブルで注文したものか。
「おや、ミルクですか?」
「……いや、旅先の飲み屋ときたら、ついな。いやなに、飲み物ならこっちで用意したんだが」
タッチパネル型のコンソールに表示される写真付きのメニューを、だらーっと眺めていると、心配になったのか警察官のジャネットが隣から覗き込んできた。
頼めば出てくるかもしれないが、それよりも共に戦った仲間たちが集っているならと、ユリウスは持参したワインボトルを取り出す。
お客様、持ち込みはちょっと……と、こんなところで咎めるような者はいない。
「持ってきたんですか!? そういう物も、多分出すとは思いますけど……」
「あー、説明は適当に聞き流したんだが、どうも無理矢理なものを出すみたいじゃないか。
だが、せっかく苦労を分かち合ったんだ。お前ら、本物のアルコールを味わってみないか?」
「いや、でも、非番とはいえ、私達は一応、警察官で……」
にやっと悪そうな笑みを浮かべるユリウスに対し、ジャネットは手を振って遠慮と言うか、警察官としての矜持でもあるのか、厚意との狭間に揺れている風であった。
しかし、ぽんっとコルクを開けた傍から漂うアルコールと熟成されたフルーツの香りは、人工的な香料とは異なる芳香であった。
グラスにこぽぽっと注がれると、その香りも一入である。
粗末な設備で酷使されるやや曇ったグラスも、本物のワインを注がれていると聞くと、なにやら趣があるように見えてくるから不思議なものだ。
「……一杯だけですからね」
周りの警官達があまり頓着せずにワインの入ったグラスを受け取っていく中で、ジャネットも流されるようにしておずおずと手に取る。
なんだか、この街の人間が容易に薬に手を染める理由がわかった気がするが、それは敢えて言わないでおくことにした。
「しかし、そうだな。酒ばかりじゃ飲み疲れする。つまみはこっちで頼もうか。何かあるだろ。ナッツとか、チーズとか、生ハム……頼めば出てくるんだろ、3Dプリンター様よ」
「あ、私がやっておきますよ」
ジャネットが、グラスを手にしたまま手慣れた様子で、つまみになりそうな、いわゆる乾きものを幾つか注文する。
その様子を見るに、普段もそれほど変わらないメニューを頼んでいるのかもしれない。
警察官ゆえに、本物のアルコールを身体に入れることは控えているのかもしれないが、話に聞く限りARグルメならば、その手の成分を使わずにアルコール飲料に似せたものも再現可能なのだろう。
「うっ! ……飲み慣れないものですね」
「そうかな? そうかもな」
ワインに口をつけ、すぐにその顔に朱が差すのを見て、ユリウスは苦笑する。
どれだけ免疫があったとしても、ながくアルコールから離れた生活を送っていれば、たまに口にする果実酒一杯とて、ふらつくほどに回るものである。
ユリウスとて、厳しい行軍が明けて余暇を過ごす際に口にした酒は、やけに身体に染みるような感覚があったものだ。
それはきっと、ジャネットが真面目に警察官としての勤務に従事していた証と言ってもいいだろう。
それを懐かしくも思うユリウスのもとへ、注文していたつまみが届いた。
文化の違いか、アルミっぽい味気のないトレーに雑に盛られたナッツとチーズと、それと生ハムは、なんだかうっすら熱を帯びていた。
出来立てだからか?
味は……普通だ。正直なところ、これが本来の材料以外からできているのが信じられないくらいの味と匂いではあるのだが、薄くスライスされている生ハムが不自然なところでくっついていたりする精度の甘さをみれば、これが何か別のもので出来ていることが予想できる。
不思議だし、どこか不気味でもあるが……この乾いた味わいは、酒とよく合う。
「ジャネットだったか? 世話をかけさせた。警官隊の協力には感謝している」
「それは、こちらの言い分です。我々だけでは、どうなっていたか。こちらこそ、何とお礼を言っていいか」
グラスの淵を撫でながら、やや赤ら顔で自嘲するジャネットは、自らの非力を憂いているかのようでもあった。
あるいは、自分も同じ薬を常用していることも引け目に感じているのかもしれない。
猟兵の手助けもあったとはいえ、地元警察の手柄が皆無という訳でもあるまいに。
と言ったところで、彼女はそうそう納得すまい。
幾分かアルコールの匂いの帯びた息をつくと、ユリウスは少し思案する。
「ここで会ったのも、何かの縁だろう。この酔いどれの戯言でも聞いてくれるか?」
「そうですね! 興味があります。自分は、この街の外に出たことが無いですから」
別段、湿っぽい酒が嫌いなわけでもない。ただ、いい気分で酔いのまわり始めたユリウスは、その勢いで旅の話を少ししてみたくなったのだ。
36あるという世界の話。骸の海の話。現代を襲う、棄てられた過去と、それらに抗う猟兵。そして、グリモア。
創作か、眉唾と笑うかもしれない、突拍子もない世界の話。それらは、猟兵であるユリウスたちが体験した物語に他ならない。
ただ、地に足をつけて一つの世界に生きる者にとっては、容易に信じられるものではないかもしれない。
ただしこれは、あくまで酒の入った話。
信じる信じないは、彼ら次第だろう。
「今度は、ここの話も聞いてみたい」
「自分の苦労話でよければ……」
そうして、友人と肩を並べて語らう中であれば、人工の何かで構成された模造品のチーズとて、なかなかの味わいに思えた。
大成功
🔵🔵🔵
堂島・アキラ
『善意』の協力者、ねえ。この街の警官共はよそより腐っちゃいねえが、その分お人好しが過ぎるかもな。
マカロン、ショートケーキ、シュークリーム、エトセトラエトセトラ。
見た目は綺麗だがこんなもん食っちまえば一緒だっつーの。この世界のほどんどの住人がそう思うんじゃねえか?
昔の連中は変わりもんだぜ。……ま、オレも似たようなもんか。
しかしまさかこのオレがサツと一緒に飯食う事になるとはな。
だがこれも何かの縁だ。ジャネットだったか? 次オレが何かやからしても見逃してくれよ。
何かってそりゃあお前……企業のビル爆破したり? そんな感じだ。
屈強そうな荒くれや、道を外れたような商売女も数多く見られるようなARグルメバーの店内に、少女の姿は少しばかり浮いていた。
ただ、いくらかばかり他よりも可愛らしい少女の姿をしていても、彼女に声をかけるような者は一人もいないらしい。
何しろ、今現在、この店内にはちょっとした理由で警察官が多く詰めかけているのだ。
事件解決の打ち上げとしては、あまりにも荒くれが多いお店ではあるが、それでも町の治安を維持するという名目を律儀に守る警察官の存在は、煙たがられることはあっても多くの住人にとって良き存在である事はその態度から窺えた。
ここに限った話ではないが、巷に容易く犯罪が溢れかえるサイバーザナドゥに於いて、警察機構は腐っている。
軽犯罪に目くじらを立てる事は少ないし、大きなトラブルは警察とは無関係に遠慮願いたいというところなのだろう。
良くも悪くもここの住人は大志が無い。
そんな中、見た目だけは可憐な少女の姿をしているサイボーグ、堂島アキラは、この世界の人間でありながら、ちょっとだけ浮いている。
無論、この世界独自の雰囲気やそれに見合った所作などは置いておいて、単純にこういった店に馴染まない背格好をしているというだけだ。
サイボーグというものは、その身にかけた拘りが強ければ強いほど、見ただけでは素性がわからなくなるものである。
アキラの場合も御多聞には洩れず、中身は普通に男であり、自分の趣味で可愛らしい女の子のボディをしている、という以外は、重度の犯罪者でもある。
恐らく、彼女(彼?)の犯罪歴では、この店の中でも群を抜いているかもしれない。
「お、なんだ、可愛いのもあんじゃーん。しかし、片田舎だけあって、どいつもこいつも、垢抜けねーな。こんな美少女がいるってのに、声をかけてくる勇気もねえのか」
注文メニューのボードをつらつらと眺め、スイーツも再現可能な事を知ると、アキラは目を輝かせる。
可憐な装いとその仕草は、だいたい演技であって、自分が可愛いと思ったからそうしているに過ぎない。
実際問題、ボディの働きを維持するためになら、味や見た目にこだわる必要なんて皆無である。
「きっと、警察関係者に思われているんじゃないでしょうか。非番とはいっても、制服ですから」
ちらちらと視線は感じても、誰も近づいてこないのは、それはそれで煩わしいアキラだったが、変に絡まれても面倒くさい。
逆に、警察の制服が威光を保っている事に対して、アキラは内心で感心するのであった。
「ああ、もちろん。それでも絡んでくるようでしたら、自分にお任せください!
善意の協力者である皆さんを、もてなしている側ですから」
「善意の協力者、ねえ。この街の警官共はよそより腐っちゃいねえが、その分お人好しが過ぎるかもな」
適当に注文し終えて、ビニールの罅割れたやや座り心地の硬いシートに背を預けるアキラは、足をパタパタとさせつつその口元に意地悪そうな笑みを浮かべる。
自然な雰囲気で同席する警察官のサイボーグ、ジャネットは意気揚々と胸を張るが、彼女からすればアキラの素性は知るところではなく、事件解決に貢献した謎の美少女でしかない。
そいつおっさんですよ!
「たしかにそうかもしれません。でも、多くの人が環境から悪人に落ちるとするなら、我々警察官が善意を持ち続けなければ、そのような人々を永遠に救えないのではないかと思うのです」
「ロマンチストだな」
「お嫌いですか?」
「……ロマンは大好きさ」
街々の荒くれが、そうそう警察官を邪険にしない理由を、そこに見たような気がした。
ジャネットを含む現地警察官も、根っからの善人という訳では無いだろう。生まれや環境が少なからず住人の人生を歪め、その性質に悪心を抱くこともある。ここでは珍しくもない。
しかし、それでも正義を持ち続けるという意味では、方向性は違えど尊敬できるものもある。
自らの身体がロマンの塊であるアキラにもわからぬ話ではない。
元の自分の身体が思い出せぬほど馴染んだ、少女の細く白い指先を眺めていると、どうやら注文の品が仕上がったらしい。
武骨な金属トレーに乗ってやってきたのは、マカロン、ショートケーキ、シュークリームなどといった繊細で手の込んだスイーツと呼ばれるお菓子の数々。
「おお、よくできてる……なかなかの機材を入れてるじゃねえの。ま、見た目をどんな綺麗にしたって、食っちまえばおんなじだっつーのにな」
皮肉っぽく笑い、ふんわりと軽いマカロンを粗雑に口に放り込む。
新雪のさくっとほぐれる食感と、クリームのまったり甘い舌ざわり。火を入れたメレンゲのベタッとした質感すらも再現されているのは感心する事だが……。
正直なところ、アキラからすれば脳に入れるブドウ糖などの栄養素が取れれば、あとはサイボーグのボディに消化されエネルギー変換されるだけなので、余程のものであろうとも食べ物に頓着はしない。
ただ、この食感と香り、華やかな見た目は、割と楽しいかもしれない。
続けてさくさくっとマカロンを口に放るのは、ほとんど無意識だった。
「まったく、昔の連中は変わりモンだぜ。……ま、俺も似たようなもんか」
馬鹿にするような気分でパクついていたものが、気が付けば最後の一枚になっているのに気づいて、すっかり術中にはまっている事に笑いが漏れる。
オカルトな話だが、精神の年齢は少なからず肉体に引っ張られるという。
好きで少女の姿を象っているとはいえ、いつのまにか趣味までそちらに引っ張られていたのだろうか。
「お気に召しましたか?」
「さあな。……しかし、まさかこのオレがサツと一緒に飯食うことになるとはな」
「警察が嫌いなんですか? ……そういえば、貴女の顔を、どこかで見たような……」
神妙な面持ちで小首をかしげるジャネットに、アキラは自分がどういう立場の人間か隠すつもりは毛頭なかったが、この警官ならなんだかんだで見逃しそうな気すらしてくる。
「へっへ、ジャネットとかいったっけ? これも何かの縁だ。どこかでオレがやらかしても、見逃してくれよな」
「え、何かやるつもりなんですか! 警察官の前で、犯行宣言はダメですよ」
「何かってそりゃあお前……企業のビル爆破したり? そんな感じだ」
「うーん……無関係な人が巻き込まれない限りなら、見逃してしまうかもしれませんね。あ、でも、ホントにやっちゃダメですからね!」
「おいおい、マジかよ」
本気とも冗談ともつかないような、そんなやり取りをしつつ、アキラはどこかリラックスした気持ちでスイーツをぱくつくひと時を得たのであった。
大成功
🔵🔵🔵
相馬・雷光
ははぁ、なるほど?
UDCアースで言うところの大豆ミートの進化版みたいな感じかしら?
これでデータ入力っと……えーと、軽食、パン、ハンバーガー……あったあった、せっかくだしチーズも入れてっと……
うわ、ホントに3Dプリンタみたいに形成してる……
チーズバーガーを頬張りながらジャネットに話しかけるわ
事件解決したようで何よりね
でもまぁ、さっきも言ったけど、誰にでも慈悲を垂れるのは聖人のやること
ニンジャと警察官じゃ価値観は違うかもだけど、命あっての物種ってのは忘れないでよね
あ、そうそう、現場まで案内してくれたおじさんに、お礼にチキンナゲットでもお裾分けしようかな
薄暗いARグルメバーの店内には、怪しい光を放つ機器がいくつもあった。
割と人の入りのある店の中でも、見慣れないその機械だけが異彩を放っているようだった。
少なくとも、異世界からやって来た相馬雷光の価値観からすれば、ちょっと大きめの電子レンジの様にも見えるその機械は、あまり見かけない類のものであった。
UDCアースにおいても、3Dプリンターと言うものはあるし、最近ではようやく一般的にもなってきた。
ただそれらが用いられるのは、あくまでもポリウレタンをはじめとする樹脂による立体構成が主であり、食事に用いられるようなものは、それほど一般には出回っていないらしい。
技術的に不可能ではないはずだが、越えなければならない障害がまだまだ多そうである。
だからこそ、雷光にとってその未知の機械、文化と言うものには興味が尽きない。
「ははぁ、大豆ミートの進化版みたいな感じかしら?」
透過された特殊ガラス越しに形を取り始める商品を矯めつ眇めつ、また自分自身も食べてみたい欲求に駆られて、おっかなびっくりタッチパネル式のメニューをあれこれ探ってみるのだった。
流石は忍者と言うべきなのか、現代人でもある雷光の機械に対する順応は早いようだ。
「これでデータ入力っと……えーと、軽食、パン、ハンバーガー……あったあった、せっかくだしチーズも入れてっと……」
写真付きで分かりやすくガイドしてくれるシステムに則り、好みのトッピングを加えていくと、やはりこれにはそれだろう、とばかり黒くてぴりぴりするあの飲み物と芋や鶏肉を揚げた奴もついつい購入してしまう。
UDCアースでもありふれたメニューではあるのだが、習慣とは怖いものだ。
しかしこれらが、実物ではない何かで形成されるというのだが、実際は何が入っているのか、気にならないではない。
チェック項目には、義体率に関するものもあったことから、消化機能や必要栄養素に応じて素材を変えているのは間違いないとは思うのだが……。
深く考えるのはやめておこうか。
注文をし終えると、さっそく手近な機械が作動し始めるのが見えた。
幾何学的に動作する機械の先端から、色とりどりの何かが絞り出され、それは随分と薄い色というか、あんまり食欲のそそられない色味をしているが、形状はほどんど見覚えのある者に近くなってく。
「うわ、ホントに3Dプリンタみたいに形成してる……」
大丈夫かな。これ樹脂とかじゃないよね。POMとかだったら、歯がいかれると思うんだけど……。
見るからに美味しくなさそうなハンバーガーの具材が作り出されている光景を、ちょっと心配そうに眺める雷光だったが、それらに色味や香りを加えるための何かが噴霧されていくと、あっという間に本物と見分けがつかなくなった。
よほど注意深く観察せねば、それが模造品とはわかるまい。
そうして機械のマニピュレーターで手早く組み上げられれば、写真とほぼ同じ、見慣れたハンバーガーが完成する。
出来上がる工程を見ていた雷光ですら、元があの残念な色合いのアレとは思えぬほどの仕上がりであった。
「ほーう。ほほーう……ベーコンもこんがり、パテもこんがり。レタスシャキシャキ……よくできてる~」
形成され始めているときは割と引き気味だった雷光だったが、トレーに並べられたセットを目の当たりにすれば、それはもう見知った友人と変わらない。
今この瞬間、仕事で割といい感じにお腹の減った身体には、最高にハッピーなセットである。
だが、問題は味。いくら見た目を着飾ろうと、肝心の味が伴っていなくては、それこそ張りぼてだ。
あの無機質な何かから作られたものが、本当にあの味になっているのかどうか。
いや、論より証拠。
恐る恐る、などと悠長はことは言わぬ。好奇心に突き動かされるままに、雷光はバーガーにかぶりつく。
「んふっ……んー、おいし」
嚙み切るその一口で、雷光は満足を得る。
バンズの小麦の香りと柔らかさ。ケチャップソースの塩気と酸味。パティとベーコンはしっかり香ばしく肉汁も感じるし、野菜はシャキシャキと瑞々しい。
チーズのコクと香りも、ピクルスの甘酸っぱさも、え、これ本物と差し替えたんじゃないの? とすら思えてしまう。
決して高級ではない。しかし、満足を得るに十分な食べ応えが、ちゃんと返ってくる。
自分の味覚がお子様なら、まあそれでもいいやと思えるくらいには、至福のひと時である。
「楽しんでもらえてますか?」
「うんうん、約束通り、バーガー頂いてるわ」
一定の満足を得た雷光は、チーズバーガーを頬張ってもこもこになった口の中をコーラで流し込んで、話しかけてきたジャネットに笑顔で応じる。
ジャネットもジャネットで、自分の好きなものを印刷して食べているのに、それはそれで興味が湧いたが、今は事件解決をひとまずは喜ぼう。
「事件解決できて、何よりね」
「ええ、でも……労働者の方々には、犠牲が出てしまいました」
「自分から暴れた連中にまで、世話を焼くことはないと思う。さっきも言ったけど、そういうのは聖人君子がやるものよ」
「彼等もまた、護られるべき市民ですから……過分とはいえ、忘れぬようには思います」
「ふぅ、真面目ね。じゃあ、私のお節介も聞いて。ニンジャと警察官じゃ価値観は違うかもだけど、命あっての物種ってのは忘れないでよね」
力なく笑うジャネットは、こんな荒れた街には勿体ないくらいの正義漢なのだろう。
不器用にしか生きられないというのは、あの暴徒と化した労働者たちと、本質的には大差ない事なのかもしれない。
良し悪しは常に付きまとう。しかし、どうにも変われない彼女らしさというべきものを、雷光は気持ちよくも思うのだ。
だから、これから先に挫けそうなことはたくさんあるとは思いつつも、彼女を否定しはしない。
気骨を失わぬ人を、一人でも守れたことを、雷光は嬉しく思い。そういえばと、何か思い出したように手を付けていないナゲットを袋のまま手に取って席を立つ。
「どちらへ?」
「ちょっと忘れもの。義理にはうるさいのよ、ニンジャってのはさ」
店を後にする雷光は、そういえば道案内のついでに昏倒させてしまった、ちょっとエッチなおじさんのことを思い出していた。
下心があったとはいえ、彼にはちょっと悪かったかもしれない。
このナゲットは、ほんのちょっとしたお詫びの気持ちである。
大成功
🔵🔵🔵
メルティア・サーゲイト
ドールでお邪魔するぜ。
「4つだ。コレを4つくれ。2つと2つで4つだ」
サイバーパンクと言えばこの注文だろ? コレってのが何なのかよく分からないから適当に頼むぜ。
「あと、うどんも頼むぜ」
「ズルズルーッ! ズルッズルズルー!」
音を立てて食べるのもなんかお約束らしいな?
「……こりゃぁ、マズいな」
こういう物の分析はドールの得意分野だ。
「だが、今はこれが最高だ」
マズくていいんだよ。
「所で、いい職場は無いか? いやさ、私はもう本体から独立しててなァ……別に、戻れなくもないンだが、折角自我が出来たのに同期並列化するもの勿体ない気がしてなァ。本体ほどじゃねェが銃は得意だぜ」
サイバーパンクだろ?
随分長いこと、寝落ちしていたらしい。
メルティア・サーゲイトのドールユニットは、本体であるウォーマシン、ゴーレムユニットのナノクラフトバインダーによって作成された人型モジュールであるが、今回は仕事中に一時消息を絶っていた。
というのも、アクアヴィタエのデータを収集するために自ら投与して身体に変調をきたしてからと言うもの、マシン同士の同期によるウィルス感染を警戒した本体が接続を遮断し、ドールユニット自身もスタンドアローン化、及び変調をきたしたボディを保全するため強制停止していたのを、任務完了と共に再起動させたのだった。
目が覚めたときにはもう仕事はゴーレムユニットが終えており、日が暮れるまでの間、ドールユニットはがらくたの山に放置されっぱなしだったという。
現場から警察官たちが引き上げる際に回収されたのだが、思えばあんな治安のいい加減な場所で放置されて、よくも無事だったものだ。
だいたい、自分としては本体と一緒に現場へ向かって事態の収拾を図るつもりだったというのに、なんであそこで寝てなきゃならなかったのか。
いやいや、わかるよ。アクアヴィタエを投与したボディが、今回の暴徒たちと同様に身体に異常をきたして制御を離れないとも限らない。そんな危なっかしいものを連れて行ってもリスクしかないだろう。
しかし、しかしだ。こう苛立つような感覚は何なのだろうか。
それは紛れもなく、ゴーレムユニット本体とは異なる認識の齟齬であった。
というよりも、本体の制御を離れ、同期を行っていないメルティアは、既に本体の思惑を知らない。
コンタクトを取ろうと思えば、暗号通信なり可能なのかもしれないが、何故だかそれを行わず、こんな怪しい店にまでのこのこやってきてしまった。
まあ、ウォーマシンではそうそう飯は食えまい。
その点において、人かそれに準ずる規格に合わせた施設を利用するため作られたドールユニットには、食事からアレなやつまで、必要に応じた機能が備わっている。
頑丈な複合軽金属のフレームはともかくとして、身体を覆うのは人間の肌とそれほど質感の変わらない有機性物質であり、一目見ただけではそうそうサイボーグのような絡繰り人形とは思われまい。
「身体はもう、大丈夫ですか?」
「ああ、すっかりいいよ。今なら、なんでも入りそうだ」
どうやら自分を回収してくれたらしい警官が、気づかわしげに聞いてくる。
幸いと言っていいのか、メルティアの身体にはアクアヴィタエの後遺症のようなものも無く、全身の感覚が鋭敏になっていたあの昂ぶりも残っていない。
本体がこのドールを分解しないままでおいたのが謎でしょうがないが、再起動したおかげか体調はすこぶるいい。
むしろ、このボディの調子が良すぎて、空腹を感じる程であった。それもまた妙な話だが。
「じゃあ、何か食べていかれますか?」
「そうだなー。じゃあ、これを……4つだ。これを4つくれ」
「ええっ、そんなに食べられますか。2つでもお腹いっぱいになりますよ?」
「うん? 2つと2つで、4つだ」
謎の魚を使ったらしい丼ものを指さし、メルティアは妙な注文をする。
明らかに人気のなさそうな黒っぽい魚が二匹も乗った謎の丼もの。それを4つもというのは、お腹を壊してしまわないだろうか。
気のいい警察官はそれを危惧するが、メルティアはどうにも感情のわかりにくい明るい顔つきでそれを注文する。
「ま、まあ、他にも仲間はおりますし、食べ残してもまあ、何とかなりますかね……」
「そっか、あと、うどんも頼む」
「まだ食べるんですか?」
実は有名な映画の問答のようだが、警察官には伝わらなかったらしい。
それを気にするでもなく、とりあえずこんな世界だからこそやってみたかった。というのを、まんまとしてやったりといった様子で、実に満足げにシートにふんぞり返るのだった。
そうして待つこと1分強。まるでレンチンするくらいの手早さで、後に注文したはずのうどんが手始めに出来上がったらしい。
「なるほど、ヌードルね。うーん、それっぽいニオイだ」
飛び跳ねるかのような勢いでテーブルに向かい、フォークを手にすると、いただきますも言わずに湯気のあがる丼を引っ掴んで、熱さなんて関係ねぇっとばかりズルズルと音を立てて掻っ込む。
その食いっぷり、激しい啜りASMRには、さしもの警察官ズもドン引きである。
いくら美形に作られているとはいえ、まるで初めての料理にがっつくかのような野獣っぷりを見せられては、口も開いてしまうというものだった。
そうして、ごっごっと喉を鳴らしてスープも全部飲み干すと、どかっと丼をテーブルに置く。
「ふー……こりゃぁ、マズいな!」
「ええーっ、あんながっついてたのに!?」
「だが今は、この味が最高だな」
どこぞの機械嫌いの軍人のような言い分だが、はなっから味には期待するものではなかった。
どうせ模造品を提供するARグルメという話だ。本物がどういう物か、よく知らないけど。
それに、味はともかくとして、腹が膨れればそれなりの充足感が、容量的にも気分的にも満たしてくれる。
早くも周囲の警官達も、こいつ情緒不安定すぎるだろ……という空気を隠さなくなってきたが、メルティアはその辺りを察知しない。
「所で、いい職場は無いか? いやさ、私はもう本体から独立しててなァ……別に、戻れなくもないンだが、折角自我が出来たのに同期並列化するもの勿体ない気がしてなァ。本体ほどじゃねェが銃は得意だぜ」
腹の減りも落ち着いたところで、メルティアはとんでもない事を、さらっと言ってのける。
どうやら、使い捨て前提のドールユニットであるはずの彼女は、その身に異常どころか、別の何かに目覚めていたらしい。
ドールに転写されていた、メルティア本体の人格マトリクス、思考パターンは、恐らくは一分の狂いもなく本体と同期可能であるはずだった。
それをドールから拒否するという選択肢が生まれること自体が、異常行動であった。
これもアクアヴィタエによって疑似体験した、生まれ直したかのような感覚の影響だろうか。
だとすれば……同期して上書してしまうよりも、もう少しの間だけデータを取り続けてみるのもいいかもしれない。
「え、お仕事……無くされたんですか? 貴女ほどの腕利きなら、ここでは苦労しないとは思いますが……」
メルティアのカミングアウトに対し、警官は安易に自分たちの預かりとはしなかった。
警察機関は、現状では傀儡もいいところである。
現場の一部でこそ、まだまともに機能してはいるが、猟兵ほどの腕前を持つものの存在を、上や、果ては企業が便利に使わぬ筈もない。
ひとまずは身一つ。それを養える手法を学びながら、この世界で生きていく手段を模索することから始めるしかない。
本体から切り離されたこのボディが、果たしてどこまでもつかはわからないが、
「なんだか、楽しみになってきたぜ。これぞ、サイバーパンクってやつか」
やる気になったメルティアの目の前に、身体に悪そうな丼が4つ、ようやくやって来たところであった。
大成功
🔵🔵🔵
結城・有栖
ARグルメですか…。
効率を求めても、やっぱり美味しい料理は日々の癒やしなんですね。
折角ですし、試してみましょうか。
「まあ、報奨も貰ったしネ。それで、有栖は何を再現するノ?」
そうですね…では、アップルパイなんてどうでしょう?
林檎のコンポート、カスタードクリーム、そしてパイ生地のデータを合わせて再現します。
「あ、香り付けにシナモンも忘れずにネ。」
後はオオカミさんも呼び出して一緒にARアップルパイを食べてみます。
さて、お味はどんな感じでしょう。…中々美味しいですね。
「ちゃんと味も再現されてるネー。
疲れた後は、甘いものが美味しいヨネ。」
そうですね。
美味しい料理はやっぱり癒やしです。
薄暗いバーは、なんだか大人の雰囲気。
鉄骨むき出しの梁や柱に、壁はコンクリ打ちっぱなし。
申し訳程度の衝立に立てられているのは、なんと金網だ。
雰囲気のある店内には、やはり雰囲気のある客層というべきなのか。
てかてかと光沢のある金属の身体をしたサイボーグやレプリカントといったごっつい装いの、それも強面揃いで、お子様お断りといった印象であったが、それでも今夜ばかりは少しだけ大人しいらしい。
なんてったって、警察官の団体さんが来ているのだから、それはもう騒ぎを起こしたら即お縄というものだ。
なので、事件解決に貢献しお呼ばれした結城有栖もまた、あまり見かけない機材の数々に、おのぼりさんよろしくボーっと視線を巡らせていた。
『ねね、ARグルメってなーニ?』
年季の入ったビニール革のシートに腰かけると、有栖の内側に住まうオウガのオオカミさんが疑問を投げつけてくる。
「うーん、ARグルメですか……精進料理のようなものですかね。大豆でお肉を再現したり、こんにゃくをお刺身にしてみたり……それをもっともっと、実物に寄せたものみたいですよ」
『変わったもの作るネー』
「効率を求めても、やっぱり美味しい料理は日々の癒やしなんですね」
すぐ傍を通り過ぎていったサイボーグっぽいお兄さんは、どこかの武器商人の社長さんみたいなアーマーを着用しながら、持って歩いているのはシェイクとドーナツらしかった。
ああいう武骨なサイボーグでも、ブロック食糧みたいなものばかりだと辟易するんだろうか。
そういえば映画の中でも、あの社長はドーナツだのハンバーガーだの、常に色々食べていた気がする。
食べる事に限らず、欲求に広がりを見る事は、理性ある生き物の常なのだろう。
そうなると、有栖も試してみたくなるのだ。
お金の心配はいらない。協力した地元警察から金一封を頂いているし、それに今回は奢りという話だそうだ。
ただ、あの婦警さんの視線が泳いでいたので、自分の分はこっそりお会計しておこうと有栖は一人思うのであった。
『それで、有栖は何を再現するノ?』
「そうですね……アップルパイなんてどうでしょう?」
『アップルパイ! うんと酸っぱいリンゴがおいしいヨ!』
実を言うと、先ほどのアイアンマ……社長っぽいサイボーグの人を見かけたときから、口の中は甘いものを欲していた。
そうと決まれば話は早い。
時にはキャバリアも操る事もある有栖にとって、タッチパネルの写真付きカタログの操作は容易い。
ただ、既製品のアップルパイをそのまま注文するのは、なんだかありきたりというか……わざわざここで食べなくても、ファストフートにでも行けばいい話ではないか。
いや、もっと細かくデータを入力すれば、自分でカスタマイズも可能なようだ。
ここは腕の見せ所である。
「自分で生地を練らなくてもいいのは、便利ですね。パイ生地って、とても大変です」
実際に作るとなると、折生地というのは時間と労力を使う。何しろ、小麦粉の生地に冷たいバターを幾重にも織り込んでいく工程は、途中でバターが溶け出したらあのさっくりとした食感が台無しになってしまう。
林檎のコンポート、カスタードクリーム、そしてパイ生地。それぞれのデータを入力していくと、完成予想図が再現されていく。
どういう仕組みなんだろう。
『あ、香り付けにシナモンも忘れずにネ』
おっと、そうだった。甘ったるく、食べ疲れしてしまいかねないアップルパイに、シナモンの香りは重要だ。
流石はオオカミさん。細かい事にもよく気が付いてくれる。
どうしてそんなに食べることに対して、こだわりを持ち続けていられるのだろうか。
注文の決定ボタンを押してから、有栖はぼんやりと考える。
童話の中のオオカミさんは、とても獰猛で大食漢である。
食べる事へのこだわりを思えば、納得のいく話でもあるが、有栖の身に宿るオオカミさんが、仲良くなったウサギさんや愉快な仲間たちに牙を剥くことは無かったように思うし、貪欲な食肉欲求を抱いている節もない、筈だ。
でももし、仮にその代替行為として甘いものを欲しているのだとしたら……、
『あ、来たヨ。結構、よくできたんじゃないかナー?』
「……一緒に食べましょうか」
金属のトレーにのってシャコーンっと飛び出してきたのは、今しがた焼き上がったかのようなアップルパイであった。
ちゃんとクープの入ったその裂け目からは、テラテラと黄金色にきらめく林檎のコンポートが覗く。
有栖は考え事を中断し、ユーベルコードを用いてオオカミさんを具現化する。
黒い風のような何かがひょうっと形を成し、有栖とそっくりなオウガが形を取る。
そうして、いただきまーすっとほぼほぼ鏡写しのような形でアップルパイに噛り付くと、丁寧に折り重なった生地がさふっと崩れて、アツアツのリンゴフィリングとカスタードが溢れてくる。
「……なかなか美味しいですね」
『ちゃんと味も再現されてるネー。
疲れた後は、甘いものが美味しいヨネ』
いったいこれがアップルパイ以外の何で出来ているのかさっぱりわからないが、それでも、二人で食べるアップルパイは、甘酸っぱくて美味しい。
自分そっくりなオオカミさんが、自分よりもやや速いペースでもりもりアップルパイを食べていく姿は、素直に微笑ましく思う。
やっぱり食べる事が好きなのだろう。それは、自分も同じだ。
「そうですね。
美味しい料理は、やっぱり癒しです」
大成功
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ティエル・ティエリエル
ふぅ、なんとか無事に解決だね!
ようし、お小遣いをもらったからいっぱい豪遊しちゃうぞ☆
せっかくだから大好物のパンケーキを注文しちゃうおうっと♪
えーあーるってよくわからないけど美味しいのが出てくるといいな!
いっただっきまーすと口にするけど……なんだか味はびっみょう!?
仕方ないからみかんの花から取れたお気に入りのはちみつをかけて口直しだ♪
あっ、周りの人にも大判振る舞いしちゃうよ!
※アドリブや他の方との連携も大歓迎です
鉄骨むき出し、コンクリ打ちっぱなしのやや暗い店内は、人の入りがあっても、陰気な印象をぬぐえない。
ここが割と人気のあるARグルメバーと言われても、一言には信じがたい。
しかしそれも文化と言うもの。
実際問題、客の入りは良いようで、警察官が多数入り込んでいるのを鑑みても、一般のサイボーグやレプリカントの客層は、実に様々だ。
つまりは、肉体の改造度合い、生身の消化器官が残っている者や、最初から機械で出来た者ですら満足させるだけのものを提供できるという事でもあるのだろう。
かの警察官、ジャネットはなかなか穴場を知っていたらしい。
さて、そんなお店の中では、とある猟兵のつくテーブルが注目を浴びていた。
それは小さな妖精の姿をしていたためか、周囲からは新手のホログラムか何かと勘違いされていたりもしたのだが、どうやらそれは本物……というか、彼女こそが猟兵のティエル・ティエリエルであった。
環境汚染の著しいサイバーザナドゥの住人は、いずれも周辺環境に適応するべくその身体を機械化している場合が殆どである。
そのため、生身の人間やまして妖精の姿などは、本当に珍しいという。
そんな中で、警察官と肩を並べて、事件解決お疲れ様ーなどと、和やかに笑い合う姿は、ちょっとしたアトラクションだった。
「流石にちょっと、視線を感じますね……」
「うん? なにが?」
居心地悪そうな警察官と、注文用のタッチパネルを前に仁王立ちして腕組みするティエルは、周囲など気にしていない様子だった。
というか、謎のARグルメなるものに初挑戦するティエルは、そちらの方に興味が向いていて、周りなどどうでもよかった。
機械とはほとんど無縁の世界からやって来たティエルだが、小さな子供にして既にあちこちの文化を果敢に取り入れている。
最近では独自にロボットや飛空艇まで入手しているというのだから、若者の吸収力たるや凄まじいものである。
だからこそ、サイバーザナドゥのメカニズムなどお手の物……かと思いきや、何事も初めては存在するのである。
正直なところ、よくわからない。
せっかく、依頼協力の見返りとしてお小遣いをもらったのだ。どうせだから豪遊してしまいたいところなのだが……。
「あ、パンケーキ! これなら大好物だっ! よぅし、これに決めたッ♪」
写真付きで、一見さんにも優しいカタログの中からデータをロードし、さくっと即決、好物のパンケーキを注文する。
さてさて、何が出てくるものやら。
サイズ的には、常人向けなのは間違いないだろう。妖精のティエルにとっては、大皿いっぱいのパンケーキが拝めるはずだ。
身体が小さくっても全然気にしないのは、いっぱい食べられてお得なのもあるのである。
「えーあーるって、よくわからないけど美味しいのが出てくるといいな!」
「あ、あそこの箱の中で今作ってるのが、そうじゃないですか?」
「え、どこどこ……わー……うーん、ほんとに美味しくできるのかな?」
ジャネットに示されて、巨大な電子レンジ的な何かの中で、何やら生地にも見えるものが砂を積むようにパンケーキの造形を成していく様は、フライパンで焼き上げるものとはずいぶん違うように見える。
何かドロッとしたものを絞り出して積み上げては固めていくあれが、本当にふんわりしっとりの食感になるとは、どうにもイメージできないティエルは、耐熱ガラスごしにちょっぴり渋い顔をする。
だがしかし、食べてみなければ、真相はわからない。
そうして、やや待つこと1分強。武骨な金属トレーに乗せられてシャコーンと飛び出してきたそれは、写真と寸分たがわないパンケーキの姿をしていた。
先ほどまでのアレは何だったのだろう。焼き色や香り、美味しそうにとろけるバターまで本物とまるで違わないようにも見える。
うーん、でもちょっと匂いはわざとらしいような?
ははーん、さては市販のホットケーキミックスなんじゃないのぉ?
「ふんふん、いざ、じっしょく! いっただっきまーす!」
妖精の身の丈にはやや余るフォークを器用に構え、セルクルで巻いて丁寧に丁寧に焼き上げたかのように見せかけたうず高いパンケーキにその切っ先を突き入れ、切り分けて小さな口めいっぱいにねじ込んでいく。
ふかっ! とした熱気のこもった生地は、たしかにパンケーキのそれに違いない。
小麦と卵、ミルクの風味もちゃんとある。焼いた香ばしさにバターのコクが何とも言えない。
ただ、なんというか……何か、何かが足りない。
「んー、ん-むむむ……うーん、びっみょう!?」
「あれ、お気に召しませんでしたか?」
「ふっふーん、ボクはパンケーキにうるさいのだっ」
もっくもっくと飲み込んで、どうにも不満げなティエルが次に手を伸ばしたのは、小さなカップに注がれている、パンケーキについてきたシロップだった。
指先でそれをペロッと舐めてから、ふっとやや大人びた可愛らしくない顔つきになったティエルの目には、浅からぬ失望があった。
メープルシロップ。その香りも味わいも、既製品として申し分ない。
だが、所詮は紛いものよ。
良くも悪くも、万人に受け入れられるよう、最適化された過去のデータを再現したそれは、必要十分の域を出ない。
だが、本物を知っている拘りのフェアリー、ティエルが取り出したのは、愛用のはちみつ。
とある島国産のミカンの花のはちみつは、栄養満点である。
とろっとして爽やかな甘みの中に、ほんのり懐かしい香りのするはちみつをかければ、凡庸なパンケーキは本物にも見劣りしないものへと変貌するのだ。
「うん、うんっ! これこれー♪」
「そんなに!? そんなに、違いがあるのですか? ただの果糖液糖にしか見えませんが……」
「ふふーふ、みんなにも振舞っちゃうよ! えーあーるもいいけど、やっぱりこれじゃなきゃねー☆」
代替品ばかりで、本物に触れる機会がほとんどないジャネット含む警察官たちは、ティエルの持ち込んだはちみつに興味津々であった。
そして、その違い、味わいの奥深さに次々と魅了されていくのだった。
それはパンケーキのみならず、チーズを用いたあれこれ、果てはフライドポテトに至るまで、はちみつ効果はそれこそ、妖精の悪戯の様に伝播していくのだった。
どうでもいい話だが、砂糖……というか糖分には、決して少なくない常用性がある。
何事においても、食べ過ぎは体に毒である。
しかしながら、はちみつたっぷりのパンケーキを頬張るティエルは、実に幸せそうに顔を綻ばせるのであった。
大成功
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ナイン・キーロ
打ち上げってやつだね、世界規模で管轄が違うけど僕も同じ警官、喜んでご一緒させてもらうよ!
それにしても食事が立体印刷機から出てくるなんて実にSFな感じ
あの警官の彼女は、映画で見た中華っぽいジャンクフードがお気に入りなんだ
それなら、ヤンキーな映画によく出るこの箱に入った謎の中華料理なんかもどう?
あとは、警官のカロリー摂取といえば、ドーナツとコーヒーのセットだよ!
チューブやブロックの食事の方が効率的とか言うのは禁止で、食べてみてよ
おいしいでしょ、食べるのって楽しいよね!
お薬よりも楽しい事が世の中いっぱいあるんだからさ、それをみんなが見つけられればいいのにね
ちなみに僕は(公用車で)ドライブが好きだよ!
電灯の明かりが足りないんじゃないかというくらい、その店はちょっと暗めだった。
拘りの照明だとか、プライベートを尊重する間接照明だとか、そんなおしゃれでそうしているのではないであろうことは、鉄筋むき出しーの、コンクリ打ちっぱなしーの、間仕切りには金網を張っているという、店構えからして治安の悪い光景を目にすれば予想が付く。
ひょっとしてこの暗がりは、怪しい取引を円滑に進めるか、見て見ぬふりをするために用意されているのではないかとすら思えてくる。
それくらいには、ここシーザーランドの街々の中でも穴場的なスポットであるし、利用する客層は、どいつもこいつも人相が悪い。
そんなろくでもない雰囲気が、昨日餃子焼いたでしょくらいには臭ってきそうな雰囲気のARグルメバーなるお店だが、今夜ばかりは比較的おとなしめだという。
なにしろ、団体で詰めかけているのは、猟兵たちを含む警察官なのだ。
貸し切りじゃない辺りに世知辛さと、世間様にご迷惑をおかけしない、強権を安易に振りかざす事をしない人の好さのようなものを感じるが、この見た目の治安の悪さ相手にそんなことを気にしているかどうかは、甚だ疑問である。
「良し悪しはともかくとして、雰囲気満点のお店だね。打ち上げにはもってこいかもしれないな。花火が打ち上んなきゃいいけどね」
涼しげなシェパード顔のナイン・キーロは、その爽やかなわんこの横顔に似合わず、その口は軽い。
「なんだ、じゃあ帰るかい?」
「そんなまさか! 管轄が違うけど僕も同じ警官、喜んでご一緒させてもらうよ!」
呆れたような警官サイボーグに、ナインは肩を竦めて砕けた調子で席に着く。
せっかくねぎらってくれるというのだから、いい機会だ。この世界の文化についていろいろと触れてみるのも、新たな発見があるかもしれない。
何よりもこのお店の目玉であるARグルメとやら。料理が立体印刷機で作られるなんて、実にSFチックである。そこに対する興味は尽きない。
彼の知っている世界の技術では、せいぜい樹脂を固めて造形物をこさえる程度のもののはずで、素材はいくらか選ぶとしても、人の口に入る様なものを精巧に作るほどのものは、今のところ無かった筈だ。
もっと卓越した技術で言えば、壁をコンコンっと叩けばすぐさま料理が出てくるような、冗談みたいに進み過ぎた技術もあったが……あれは、色々と参考にならない。
そういった意味では、サイバーザナドゥにおける科学技術というものは、割と手が届きそうなものが多いのである。
高度に発達した科学技術は魔法と大差がない。それはすなわち、どのような技術を使っているのか想像だにできないとも言える。
だが、このARグルメというものは、難解な技術的ブレイクスルーを要しつつも、なんかできそうという部分にロマンを感じずにはいられない。
「ふーん、色々再現できるんだねぇ~……お、これは!」
タッチパネル式のカタログを好き勝手にあれこれと探っていると、嫌に見覚えのあるデザインのものにぶち当たる。
四角い白いカップのような入れ物に、針金で吊るすような取っ手。
古のバディムービーやドラマで見かけた、中華っぽいテイクアウトの箱であった。
ヤンキー警察でもあるナインにとって、それはなかなかに馴染み深い。
実は通販でも購入可能であるという謎の箱。本来は折り畳まれているのを広げて皿のようにするようだが、大体の利用者は箱のまま箸やらフォークを突っ込んでヌードルの様に食べている。
「おお、お前さんもそういうのが好きかい。恰好から入るのは、ジャネット嬢ちゃんと変わんねぇな」
「ははっ、彼女もいい趣味をしているよ。これを機に開拓してみちゃあどうだい?」
「よしてくれ! ウナギやラクダのコブは勘弁だぜ」
そう言って警官サイボーグがモリモリ食べているのは、ブロック状の味気なさそうな食糧である。
せっかくのARグルメバーだというのに、いかにも堅物が質実剛健を絵にしたかのような食事である。
だが、わずかな会話の中でも、ナインはふと違和感を覚える。
彼の口ぶりからすれば、例の謎の箱に入った中華料理の存在を、割と理解しているらしかった。
その言い回しを知ってるってことは、ちゃんとラッ〇ュアワー見てるんじゃないか。
だがしかし、いきなり中華を勧めるというのもなかなか偏見が強そうだ。
それに、警官が食べるものと言えば、セオリーは決まっている。
「ねえ先輩、お近づきの印に奢るからさ。僕のオススメ、食べてみない?」
「んん? ……うーむ、まあ、妙な民族料理とかじゃなければな」
少し渋る様に唸る警官サイボーグだが、今夜ばかりは打ち上げの席なのか、気が向いたらしい。
そうしてナインが注文したのは、彼としてはセオリーもセオリー。
武骨な銀色のトレーに乗っているというディストピア感さえ差っ引いてみれば、だいたい1分ちょっとで印刷完了したのは、砂糖のたっぷりかかったドーナツに、いかにもポットにたくさん作った内の一杯ですと言わんばかりのどこか安っぽいコーヒーであった。
「やっぱりこれだよね。警官のカロリー摂取といえば、ドーナツとコーヒーのセットだよ!」
「コーヒーだぁ? カフェインレスなんだろうな?」
「おおっ、なんかそれっぽい! いやいや、再現グルメなんだから、カフェインレスでしょ」
ヤンキーっぽいやり取りに、ナインは思わず目を輝かせる。
どうでもいいが、映画なんかに登場する太っちょの警官は、あんな体格なのにどうして今更カフェインだのカロリーだのを気にするんだろうか。
フィクションに疑問を投げかけたところで始まらないが、世の中傍目には手遅れに見えても、本人は諦めていないというケースが結構多いのである。
尤も、サイバーザナドゥに於いては、太ることがまず難しそうではあるが。
そんな益体もない事を考えている間に、ナインのおすすめしたメニューを、警官サイボーグは、胡散臭そうにもっちゃもっちゃと平らげていく。
「おいしいでしょ?」
「ん-、まあまあだ。たまにはいいかもしれねぇな」
「そうさ。たまに選んで色々手を伸ばしてみる。食べるって、楽しいよね」
軽薄っぽく、にへっと笑みを浮かべるナインにつられるように、ふっと笑みを浮かべつつコーヒーを流し込むサイボーグ警官。どうやらコーヒーの味わいが気に入ったのか、小首をかしげてもう一口と風味を楽しんでいるかのようだった。
「お薬よりも楽しい事が世の中いっぱいあるんだからさ、それをみんなが見つけられればいいのにね」
「お前さんは、楽しい事の方が多そうだな」
「ちなみに僕は、ドライブが好きだよ!」
ガス代の浮く公用車で、というのは言わないでおく。勤務時間を画期的な趣味の時間に変えてしまうライフハックについては、ちょっとばかし査定に響くので、他所とは言えおいそれと口には出せないのである。
「ドライブね。昔はこの辺りも……」
かつての古い片田舎の街並みを懐かしむ、サイボーグ警官の話は長くなりそうだったが、ドライブの話はナインも嫌いではない。
きっと、故郷で車を走らせているときも、彼の話を思い出したりするのだろう。
そんな、今はもう見る事のないシーザーランドの車窓の景色に思いを馳せつつ。
大成功
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