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インビジブル

#アポカリプスヘル #【Q】 #時間質量論 #戦後 #マイ宿敵

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 もう何年も前の話になるが、或る博士の研究所で、ひとりの少女が殺された。
 時は戻らない。すべてはそこで始まり、すべてはそこで、終わったはずだった。

●invisible
 一度は止まった筈の鼓動が煩く鳴っていた。過去の怪物と化した軀に、体温がある事がおぞましかった。
 山中に聳える奇妙な建造物が、時間とともにすっかり崩れゆき、面影を残らず流し去ってくれていたら、どれほど呼吸が楽であったか。
 時は気まぐれに牙を剥き、背を向けるものだ。硝子につつまれた匣のような研究所は、年月と戦乱を経てなかば崩壊し、自然に飲まれながらも、かつての状景を色濃く遺していた。
 門をくぐり、玄関を抜け、ホールに出て、風が吹き抜ける廊下を通り――『彼』は、すべてが終わってしまったあの場所へ向かう。
 いまだ衰えぬ威容の放つ光が、水晶体を通過して瞳の奥を貫く痛みは耐え難く、できることなら目を閉ざして逃げ出したいとすら思った。
 しかし、これは受諾した『命令』であり、他ならぬ己が望んだ『希望』――そして『絶望』の、収束点でもある。二度も悪魔に魂を売ったのだ、地獄からの逃亡はもう許されぬだろう。

 何が悪かった。あの時、どうしていれば。
 ひとは未だ思考の迷宮を彷徨い続けることを強いられ、後悔の引力は我々の手を掴んで離さない。悔恨が時のすがたを借りた透明な死神ならば、御するにはもはや、時を制する以外の手段はありえない。
 時を操る。以前の己なら、そんなものは夢物語だと切って捨てただろう。
 しかし世界は神の手を以って悪夢に飲まれ、夢想は歪んだ現実として、その顕在を証明するに至った。
 時間質量論。
 フィールド・オブ・ナインが一柱、マザー・コンピュータが求めたもの。
 無限の思索……これが実現するのならば、或いは――ここに蓄積されたデータは、誰にも渡すわけにはいかない。これよりすべての侵入者を拒絶し、排除する。

 割れたサンルームの天窓から光がさして、赤黒い床を照らした。
 春のせいか。あの娘のせいか。なんだか、無性に眠くなってきた。
 問題ない。もはや自分以外の何者も、ここには立ち入れないだろうから――。

●Q
「……集まってもらって悪いな。今日は、あんた達に解決を頼まないといけない案件がある」
 柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)の口ぶりはどうにも重い。
 マザー・コンピュータが遺した『時間質量論』に関する膨大な追加データが、世界に点在する『隠された研究所』に眠っていることは、既に周知されている。
 今回またひとつ、日本国内に研究所が発見されたので、そこへ向かってほしいとはとりは言うのだが。
「ここの警備を任されているのは、ドクター・オロチ配下の強力なオブリビオンだ。マザコンが使っていた『増殖無限戦闘機械都市』を操れるほか、自身も厄介な能力を持っている。
 加えて、研究所内にも妙な仕掛けがある……具体的に言うと、探索しているうちに『ここに来た目的を忘れてしまう』というものだ」

 研究所の内部はそう複雑ではなく、点々と続く痕跡を辿ってさえいけば、オブリビオンの元へ辿り着くことはできる。
 ただ、忘れてしまうのだ。
 オブリビオンを倒しにきたことも、時間質量論のデータを回収しにきたことも、はとりから何らかの依頼を受けたことすら忘れ――『何故ここにいるのか』が、突然わからなくなるのだ。おそらくは、敵の特性に起因するものだろう。
「目的を忘れても任務を遂行できる工夫や強い意志、忘却の原因そのものを解析する能力……今回は、そういった対策が必須になると思う。難しい仕事になるが……どうか、敗けないでくれ」
 敵は無限の思索を求め、時間質量論に執心している男だという。激戦となるだろう。

 無限の思索。それは知を追い求めるものにとって、魅力的かもしれない。
 だが、叶ったところで、永遠に独りきりだろうがと。
 はとりは――冷えきった息をながく、細く、吐きだすのだった。


蜩ひかり
 蜩です。
 よろしくお願いいたします。

●プレイングについて
 受付状況はタグでご確認ください。
 締切は様子を見て決定しますが、今回はソロ推奨です。
 進行もゆっくりかもしれません、恐れ入りますがご了承ください。
 MSページも一度ご確認いただけますと幸いです。

●一章
 研究所の内部に仕掛けられた罠を突破します。
 痕跡を辿っていく途中『突然ここに来た目的を忘れる』という現象が起こりますので、なんらかの対処をお願いいたします。

●二章
 ドクター・オロチ配下とのボス戦になります。
 道中ここに来た目的を忘れてしまった方は、意味がわからないまま強敵と対峙することになりますが、判定上の有利不利はありません。
 どちらの方がキャラクターさん的に面白そうかでご判断ください。

 以上です。
 皆様のプレイングをお待ちしております。
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第1章 冒険 『点々と続く痕跡』

POW   :    障害物は力で押しのけ、ただひたすら痕跡を辿る

SPD   :    手がかりが何らかの弾みで失われぬよう急いで辿る

WIZ   :    方向と周辺の地形から痕跡の向かう先を読み、ショートカットする

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●1
 人類がまだ文明と正義を手にしていた時代、この地は学園都市として栄えていたという。
 整備された駅前の街並みからすこし足をのばせば、豊かな山があり、水の流れがあり、研究者たちにとっては好ましい環境だった。いまも、当時の遺産の一部は人類の拠点として活用されているが、昔から地元で暮らす人々もけして近づかない場所がある。
 それが、山中にぽつんと佇んでいるという、かの研究所だ。
 理由は単純であった。かつて、そこで悲劇的な殺人事件が起きたから――。

 きみたちは研究所の前に立つ。表札に『――川研究所』と書かれているのが読み取れるが、文字の一部は剥げてしまっていて、正式な名称までは知ることができなかった。
 ほとんど全面が硝子張りの壁は、無法者のレイダーたちに破壊されたのか、ところどころが無惨に割られている。くだけた玻璃のかけらが、土や廊下のうえに散り、光を反射してきらきらと輝いていた。つる草などの雑草や、苔が建物全体を覆いつくし、あたりには野生の花が揺れている。
 うつくしくも異様なその佇まいは、研究所というより、もはや遺跡と表現したほうがしっくり来るかもしれなかった。

 もはや誰も近づかなくなったこの無人の研究所は、時間質量論のデータをひそかに隠しておく場所として適していたのだろう。敵は、この建物のどこかで、それを守っている。
 研究所内に足を踏み入れれば、ふたつの目立つ痕跡が見つかるだろう。
 そのひとつは――血痕。
 そのひとつは――押し花や松ぼっくりなどの手芸作品。
 道はふたつに分かれているが、どちらを辿っても、たどり着く場所はおなじだ。

 ただ、きみたちは、その途中でここに来た目的を忘れる。
 ほんの一秒前に何をしていたのかさえ、急にわからなくなる。
 底のない穴のうえに、ぽんとほうり出されたような心地になるだろう。
 世界から切り離され、透明になってしまったような不安を覚えるだろう。
 どんなものでもいい。手繰れるよすがを見つけるといい。
 あなたの時は流れ、ここにいるのだから。
 
天城・潤
ドクター・オロチの姿を想起すると
危機感と嫌悪を感じます。
目論見の破壊と守護者の殲滅を必ず。

剣を抜き即応態勢で血痕をたどります。
ガラスを踏むと音もしますし気を付けて。

と―
自分が散り遠ざかる感覚が襲い
思考がほどかれ自己を見失い
完全に途方に暮れるでしょう
猟兵になっても何も為す事なく
ただ生きていただけの
己に戻るかも知れません
でも―

目的を忘れても、銘持つ剣が
柄を握る手の贈られた手袋が
思い出させてくれます。
『如何なる時も護れ』と。
此処が何処であれ抜身の剣を持ち在るなら
それは何かと戦い討つことで何かを護るため。
足元を見れば奥へ続く血痕。
これを辿り探索していたのは明らかです。

歩みを進めます。
決して逃げません。



●2
 脳が露出したような顔。血液を想起させる真っ赤な服。あの、耳ざわりな喋り方――その姿を網膜に想起すると、胸の奥がざわざわと蠢き、悪心にも似た不快感を覚える。
 生物としての危機感と、ひととしての嫌悪だ。
 天城・潤(未だ御しきれぬ力持て征く・f08073)にとって、ドクター・オロチとは、けして看過できぬ存在だった。銀の雨が降る異世界をはじめて目にしたときの、あの、世界がひっくり返るような感覚。おそらくこの感情は、それと密接に結びついているのだろう。

 ――彼の目論見は看過できません。守護者の殲滅を、この手で必ず。

 グリモア猟兵からの警告を胸に、何が起きても即応できるよう、愛用の脇差を構えたまま床の血痕を辿る。一見、無造作に撒かれた足元の硝子さえ、仕掛けの一部かもしれないのだ。
 硝子は、踏むと音が鳴ってしまう。侵入者の存在を知らせる罠として、充分機能する可能性がある。潤はその可能性まで深慮し、慎重に歩みを進めた。
 と――。
 
 ふっ、と、己を構成する記憶と細胞が散り散りになり、質量を失って、ふわりと宙に浮くような感覚が襲う。これが例の、と一瞬考えた直後には、その思考さえほどける。
 ただでさえ曖昧な出自も、ようやく手にしかけた信念も、たいせつに抱いてきた言葉も、すべてが指の先から離れ、遠ざかっていく恐怖。恐怖さえ分解されたあとに、残ったものは。
「……ここは……?」
 なにも持たず、なにも見いだせず、なにも為すべきこともなく。
 ただ義務的に呼吸を繰り返す、ひとの名前と器を与えられただけの、まっさらな青年だ。
 名は――天城潤。その名と、己が猟兵であることだけを思い出した彼は、途方に暮れ天井を仰いだ。割れた天井からさしこむ自然光が、銀の髪をむなしく照らしていた。

 いったい何故ここにいるのだろう。そもそも、ここは何処なのだろう。不安にかられる潤の手のなかに、たしかな手応えがあった。
 ――何故、剣を握っているのでしょうか?
 疑問がうかぶと同時に、目線は自然と、剣の柄を握る己の手にむかう。
 使い慣れた術手袋だ。武器に蒼い火を纏わせる手袋。その蒼炎は魔を祓い、敵のみを焼き尽くす――憧れの人物からの贈り物であった事も、ちゃんと思えている。
 手袋に意識をむければ、脇差に打たれた銘も目に入る。
 黒蒼刃。
 『如何なる時も護れ』……潤がなにより拠り所としてきた、その信念とともに、あざやかに浮かびあがる。
 空になりかけた器に、強き意志と矜持を満たし、四散した己を繋ぎなおす。何処であれ、抜身の剣を持ち、此処に在るならは、きっと何かと戦い、討つことで何かを護るために来たのだ。
 母の薫陶を思い出し、片頬を叩く。すっかり力が抜けていた顔に、つとめて柔和な笑みをうかべる。いつも通り――天城潤は、確かにここにいる。
 落ち着きを取り戻し、あらためて周囲を観察すれば、足元に残る血痕が目についた。自分が怪我をしたわけではなさそうだ。これを辿り、廃墟を探索していた事は明らかだと潤は感じた。
 点々と続く血痕の先に、傷ついた誰かがいるかもしれないと思えば、もう前に進むことを躊躇う理由などなかった。

 この先に待つ『何か』が、どれほど恐ろしいものだとしても、歩みを止めない。
 決して、背を向けて逃げだすことなどするものか。
 いつか、誰かに託された記憶が、なにを囁こうとも――いや。
 囁くからこそ、潤は護るために進むのだ。この力と、生まれはじめた誇りを胸に。

成功 🔵​🔵​🔴​

御園・桜花
「怪我をした方が居る、と言うことでしょうか…」
血痕が古いものか新しいものかまず確認

新しいものなら急いで、古いものなら注意してその痕を辿る

「…あら?」
何をしていたか忘れてしまったら、まず立ち止まる
その場でゆっくり周囲を見回す

「何方か怪我をした方が居る、と言う事ですよね…手当てに向かわないと」
血痕を見つけたらしゃがみこんで自分の足跡がどちらに残っているか確認
足跡が残っていない方の血痕を辿り進み始める

私達は癒す為に存在する
癒される必要があるものが待っているなら
万難を排して其処に行かなければ
命を
魂を
癒してその方が又歩み出せるように


「…時間質量論も、きっとその為にありました。だから私は、其を探すのです」



●3
 桜の精たる御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)にとって、ひとの命や魂というものは、なにより尊ぶべきものであったことだろう。だから、床のうえに点々と散った血痕を見たとき、一番に考えるのは、いまこの瞬間、だれかに危害が及んでいないかということだ。
「怪我をした方が居る、と言うことでしょうか……」
 この世界は故郷よりはるかに治安が悪いし、心配だ。桜花は表情をひきしめ、その場にしゃがみこみ、床の血痕を指でなぞった。どうやら、血は乾ききってはいるようだが、比較的最近つけられたもののようだった。
「一先ずは安心、でしょうか。けれど、理由が分からない以上、注意するに越した事はありませんね」
 治療の手段も準備してきたし、血痕が真新しいものであれば、危険も顧みず急いで進む覚悟であった。
 が、これはどうも、なんらかの意図をもって仕掛けられたものである可能性のほうが高いと見た。
 桜花はすぐれた第六感をとぎ澄まし、周囲の変化に注意しながら、痕跡をたどって廊下を進んでゆく。
 と――。

 一瞬、なにかにぶつかったような、強い違和感があった。
「……あら?」
 桜花はその場で立ち止まった。いったい、私は今まで何をしていたのだろう?
 桜の葉を思わせる瞳をきょとんと開き、ゆっくりと周囲を見回してみれば、そこは桜花の記憶のなかにはない場所だった。
 なにかの研究所のように思えたが、機能しているようには見えなかった。すくなくとも、自分の故郷ではなさそうである――確実なことはそれくらいしか分からない。
「これは……一体どういう事なのでしょう」
 首を傾げつつ、更に周囲を注意深く観察すると、床のうえに残された血痕が目についた。
 先ほど取ったばかりの行動もすっかり忘れ、血痕が古いか新しいかを、桜花は再度確認する。乾ききっている事をたしかめる所まで、録画した映像を再生するように、おなじことを繰り返す。
 些か奇妙な感覚を覚えはしたが、彼女にとって、それはさして重要なことではなかった。
「何方か怪我をした方が居る、と言う事ですよね……手当てに向かわないと」
 無意識にこぼれた己の呟きを聞きとり、桜花はその場にしゃがみこむ。
 自分の足跡がどちらに残っているかを調べれば、どちらから入って来たかを判別することは可能だ。奥へとつづく血痕を辿り、桜花は踵を鳴らして進みはじめる。

 いかなければ。
 癒しを求めるものが、癒される必要があるものが、きっとこの先に待っている。
 血痕が乾いていることは確かめたにもかかわらず、その衝動が桜花を突き動かすのだ。不思議なことに。
 私達は、癒す為に存在する――たとえうまれた世界が異なろうと、幻朧桜が彼女に与えた使命と慈愛は、花びらのように万物へ降りそそぎ、命を、魂をいつくしむためにある。
 たとえこの先に万難が待ち受けていたとしても、排し、退け、示された道を歩むのだ。桜花の進む一歩一歩は、痛みをかかえた誰かが、ふたたび歩み出すための道をつくる。
 魂に刻んできたいままでの歩みが、桜花の想いを確かなものにする。
 恐れるものなどなにもなかった。
 しいて言えば、止まっているあいだに命が失われることが、いちばん恐ろしいではないか。

「……時間質量論も、きっとその為にありました。だから私は、其を探すのです」
 なぜ、今その話を思いだしたのだろう。桜花はふたたび首を傾げる――その言葉を囁かせたのはきっと、彼女の魂であったろう。

成功 🔵​🔵​🔴​

臥待・夏報
…………?
何だろう此処は
学校、もしくは研究施設の……廃墟には違いがないけど
あ、やばいな、何も思い出せない

と言っても推論を立てるのは簡単だ
『臥待夏報が放り込まれているってことは、何らかの調査任務だろう』
単に最も可能性が高いパターンを想定しながら行動するだけ
回収できるものは回収し、情報収集しながら進むよ

『血痕の遺った道はどう考えても危険だろう』
常識的な他者の記憶が囁く
『押し花かわいいな〜』
非常識な他者の記憶は……どっちに従っても同じ道じゃん
正直村と嘘吐き村かな?

記憶が飛ぶこと自体にとっくに慣れてしまった
次点の可能性として……
ここは精神療養施設で、僕が幻覚を視てるパターンもありうるな
だったら嫌だなあ



●4
「…………?」
 はた、と立ち止まる。
 深酒が過ぎて昨夜の記憶が飛ぶ。ありがちだが、どうもそのような感じではない。
 それなら、もっと身体も泥のように重い筈だ。『何だろう此処は』とは考えつつ、臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は、とりあえず日頃の生活習慣等々を、ちょっとだけ反省してみるのだった。
「あ、やばいな、何も思い出せない。おいおい、まだそんな歳じゃないぞ……」
 薬の副作用という可能性も考えられなくはないし、まさかの若年性痴呆症かもしれない。もしくは、記憶消去銃の誤作動……非常に困るが、いちばん穏便かもしれない。
 しかし、なにより可能性が高いのは『いつもの』だ。もう慣れている。
 夏報はある意味冷静であった。なにしろ、とつぜん記憶が飛ぶ原因が、一瞬でこれだけ浮かんでしまうのだから。

 視覚から得られた情報を整理しよう。
 やけに硝子の面積が多く、全体的に白っぽい壁。長い廊下、それに連なるいくつかの部屋……しかし、ずいぶん傷みが激しいように見えるし、人の気配もない。
 学校、もしくは研究施設の廃墟にいる。そう結論づけた。
 論理的思考力が鈍っていないことにひとまず安堵したが、置かれた状況は変わらない。と言っても、ここまで来たら推論を立てるのも容易だ。
 おそらく、もっとも可能性が高いパターン――つまり『臥待夏報が放り込まれているってことは、何らかの調査任務だろう』。
 邪神案件ならば、いま陥っている状況も、さほどおかしな事とは思わない。ならば、求められた仕事を、機械のようにこなすだけだ。いつものこと。
 掃いて捨てたい社会性とかいうやつだけが、『夏報さん』を担保してくれる。
 ……夏報さんは進むことにした。いい大人らしく、生理的な嫌悪には蓋をして。

 この案件(仮)がなんらかの調査任務だとして、気になるのはやはり、床に残されたあからさますぎる痕跡だ。
 だれかの血痕と、だれかに創られたもの。どちらも怪しすぎることには変わりなく、正直、どちらも進んで選びたくはない。
 こういう時は――第三者に判断を丸投げするに限る。ふたつの主張を足して、割って、希釈して、責任から早足で逃れるのだ。

『血痕の遺った道はどう考えても危険だろう』
 自称しがないエージェントの夏報さんが、皮膚の下でそう囁いている。
『押し花かわいいな〜』
 UFOキャッチャーであり金を溶かすタイプの夏報さんが、皮膚の下でそう囁いている。
 きっとどちらも夏報さんで、どちらも僕じゃないんだろう。けれど、だれかの記憶なんかに耳を貸してみたって、どうせ多数派になんか入れやしないんだろう。
 ――記憶が飛ぶ前の僕はどっちを選んだのかな。
 ふと気になって、来た道と思われるほうへ目を向けてみる。
 ああ、なんだ、そうだったか。……やっぱり。
 夏報さんの足跡は、どちらも選ぶことなく、ふたつの手がかりの間をふらふらしていた。今とおなじように。
「……どっちに従っても同じ道じゃん」
 なぜかポケットに突っこんであった松ぼっくりが、なんの証拠能力を持つのだろう。
 ひょっとしたらここは精神療養施設で、今見ているすべては幻覚なのかもしれない。
 世界観がそれっぽい。だったら嫌だなあ――まだ新たなパターンを思いつくことも嫌だ。
 しんみり笑ってみせたって、いまは、無力化したい感傷も行方不明だ。

 正直村と嘘吐き村の話を、ふと思いだす。
 あなたの住んでいる村は、どちらですか――訊かれているのは僕だったような気もするし、これから問うべき何かのような気も、した。

成功 🔵​🔵​🔴​

サイモン・マーチバンク
わ、意外と綺麗というかなんというか
むしろ植物なんかがいい感じに残ってるの、綺麗な筈なのに不気味ですね
かといってやることはシンプルなので罠などに気をつけていきましょう
あえて血痕のある道を進んでいきますね

…………あれ?
えーっと、ここどこ?
頭がふわっとしたら立ち止まり考えます
この空気はアポヘル……かそれに近しいタイプの場所
周囲に人の気配はなし
見えるのは血痕のみ
なんかヤバい場所に入ってる感じでしょうかー……

でも大丈夫
俺が一人でこういう世界、こういう場所に立ってるなら考えられるパターンは二つ
「何かを奪いに来た」か「何かを殺しに来た」です
一番奥まではとりあえず進みましょう
神隠しに遭った時を思い出しますねぇ



●5
 廃墟化した研究所、と聞き、なんとなくもっと陰鬱な場所を想像していた。
 敷地に足を踏み入れたサイモン・マーチバンク(三月ウサギは月を打つ・f36286)は、驚きとともにその威容を見あげる。
「わ、意外と綺麗というか、なんというか……」
 続ける言葉に詰まる。素直に綺麗だと評することができない、形容し難い不気味さを感じてしまうのだ。元来臆病な気質である兎の悪魔は、この景色にどことなく、作為的なものを見出してしまう。
「うーん。この。植物がなんかいい感じに残ってるのとか、イヤですねー……」
 おりしも桜が散り、蒲公英が咲く季節だ。春の陽ざしがあたたかく、のんびり昼寝でもしたくなるような心地――なにかがサイモンの肩に触れ、おもわず飛び退く。
 ……野生の蝶だった。
 かのドクター・オロチの配下がここで眠っているというのだから、怖気も感じるというものだ。しかし、これも仕事。報酬にも期待できるはず、たぶん。
「しゃんとしましょう」
 やる事はシンプル。『盗み出す』――盗賊の得意分野だ。
 情けない半笑いをうかべていた顔を引きしめ、しかし愛用の杵はしっかり両の手で握りしめたまま、サイモンは研究所の玄関をくぐった。

 どうして血痕のあるほうを選んでしまったのだろう。
「ひぃ……」
 するどい聴覚が妙な物音(ただの環境音なのだが)を拾うたび、挙動不審にあたりを見回しながら、サイモンは一歩一歩慎重に進んでいた。まるでお化け屋敷だ。
 どうして――だが、敢えて危険がありそうなこちらを追跡しよう、と決めたのは自分自身だ。このいまにも腰が抜けそうな青年には、意外とそういう一面がある。
 悪を美徳とする価値観に生まれ、つねに生死を天秤にかけられる世界で育った。生き残るため、時には勝負に出なければならない場面があ――。
 ――――。

「…………あれ?」
 えーっと。
「ここどこ?」
 一瞬前までなにを考えていたのか忘れた。
 いや、それどころではない。立ち止まり、あたりを見回す。どうも頭のなかがふわっとして、変だ。いつ、なぜ、どうやってここに来たのか、まったく覚えていないのだ。
「……えぇ。えぇーっ。う、うーん……この空気は……アポヘル……?」
 退廃的な景色は馴染み深いものである気がした。だが、それっぽい、という事しかわからない。
 耳をすましても人の気配はなく、ふと足元へ目を向ければ、誰のものかわからない血痕……ここには、生者も死者も存在しないのか?
 こんな感覚には覚えがあるといえば、ある。
 生まれ故郷で神隠しに遭い、気づいたら見知らぬ世界が滅びかけていて、わけもわからずゾンビを殴り倒していた頃があった。
 考えれば考えるほど、絶望的な想像が脳内をかけ巡り、サイモンはおもわず涙目になりかけた。
「これって、なんかヤバい場所に入ってる感じでしょうかー……一人で」
 まさか、二度目の神隠し? 杵を握る手にも力がはいる。
 ……杵?
 ああ。そうか。
 いちど落ち着いて深呼吸をする。うん、大丈夫。そうだ、きっと仕事をしに来たにちがいない。
 考えろ。
 俺が一人でこういう世界、こういう場所に立ってるなら、どんなパターンが想定できる?
 無重力に投げ出された思考が着地する。出した答えに、ぐっと息を呑む。
「……決まってます。『何かを奪いに来た』か『何かを殺しに来た』です」
 二つに一つだ。もしくは、その両方。

 声に出して己の信念を定義すれば、なけなしの勇気が奮い立つ。
 なにが待つのかわからないが、一番奥までは進んでみよう。
 なにも無ければ良し。思ったとおりなら――此度も遂行するだけだ。生きるために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
血痕を辿るわ
後は出来るだけお腹を空かせて行きまマショ
そうすれば血痕の先への興味が勝るでしょうから

遺跡じみたこの景観は嫌いじゃナイわ
眺めつ壁に触れたり蔦の葉でもちぎって行けば
方角を見失う事はナイ
――ソレで、ナンで歩いてたんだっけ?

不意に湧いた疑問に足を止め周囲を見る
自分の手を見、名を思いだし……そう、あの人との繋がりである大事な名前
ってコトは。コレは全部無くしたあの時とは違う

そこに気付けば何らかの影響下にあるのは分かるわ
大方オシゴトの途中カシラ
今一度よく見渡せば、向かっていたであろう方向に続く血痕
……お腹が空いちゃったわネ
戻るより進んだ方が面白そうだし
きっと「食事」にもありつけるデショ



●6
 あぁ、お腹がすいた。昨晩からなにも食べずにいるのは一苦労だった。
(ヨモギは……やっぱり草餅よネ。フキは毒があるカラ、下処理をしっかりして食べないと……)
 このコノハ・ライゼ(空々・f03130)を名乗るだれかは、元来食欲の権化なのだ。
 あたりに生えた春の野草を、食べられるか、食べられないかで見分けていることに気づき、理性を取り戻す。ここでつまみ食いなどに走っては台無しだ。
 食への渇望が――とりわけ『狩り』の対象が血を滴らせる動物であるならば、食欲こそが、あのひとの模造品に過ぎない己の核になってくれるだろう。そう考え、食事を抜いてきた。
 ――皮肉ネ。
 これほどまでに、食に執着する理由。
 その根底にある原体験を辿れば、食欲こそが己を『コノハ』たらしめているだなんて、ほんとうにひどい話だった。

 コノハは廊下の血痕を辿る。このにおいは、――。
 しかし薫りは薄い。そう新鮮なものではないらしく、すこし残念だ。
 硝子張りの箱のような研究所は、造りものじみてうつくしい。けれど、さみしい景色だと思った。おもわず壁に触れ、しばし静寂に耳を傾けてみる。
 鳥の声、風の音、かすかな水のせせらぎ。この遺跡じみた空間はどこか心地よい。
「っと、観光に来たワケじゃナイのよネ」
 壁をはう蔦の葉を手でちぎり、目印代わりにしながら奥へと進む。
 それにしてもお腹がすいた。いつになったら食事にありつけるのだろう。そうだ、コレ、少しぐらいならかじっても別にイイんじゃナイかしら――。
 ――――。

「アラ? ナンで歩いてたんだっけ? ……っていうか、ココ、ドコ?」
 不意にわいてきた疑問。歩みを止め、あたりを見回す。
 なぜか蔦の葉を口に入れようとしている自分が硝子に映っている。急いで葉を捨てた。
 ここが何処かはわからないが、草を食べようとしていた理由ならすぐにわかった。
 ……飢えているのだ。
 食べるものがなくて?
 この飢えは、この乾きは、記憶の底に焼きついている。すべてを無くしてしまったあの時と、同じだ――なにもかもが掌から零れ落ちていくような感覚。心がざわつき、己の両手を見る。
 そこには『空』があった。
 きょうの空の色へ気儘に染まる、自分の指先だ。……自分。自分の、名前は。
「……コノハ・ライゼ……」
 いとおしむように、その名を呼ぶ。
 空白の器に与えてもらった、大事な、大事な名前だ。
 なによりたいせつな、あのひととの繋がりが途切れていないことに安堵し、すこしの罪の味と共に、その後の『オレ』の記憶を、ひとつひとつ辿っていく。
 なぜだか前後のことだけが思い出せなかったが、『コノハ』が積み重ねた日々の存在を確かめれば、おそらく何らかの力の影響下にあるのだと予測することは容易だった。
「オシゴトの途中カシラ。また厄介なヤツを引き受けてくれちゃって」
 硝子に映る『コノハ』へウインクしてみせれば、いつも通りのお調子者がそこにいた。
 いまなら興味を示してしまったらしい原因もわかる。この空腹感。向かっていたであろう方向に、点々とつづく血痕。
 ――忘れるはずがない。これは、人間の血のにおいだ。

「……お腹が空いちゃったわネ」
 ヒトは喰わないようにしている。そのはずだ。だが、戻るより進んだ方が面白いにちがいない。腹の虫がそう訴えている。この獣が喰らうのは、なにも肉だけとは限らない。
 感情というスパイスもまた、至高の『食事』体験には欠かせないものだ。彼は――その甘美な味を、とっくに知ってしまっていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
――たった今、突然意識が生まれたような不思議な気分
これは、『昨日』の『私』が感じたであろうと想像していた感覚
……いや、少し違う気がする
昨日のことは思い出せる
腕時計の日付とも齟齬はない
で、あるならば

辺りを観察する
探偵にできることは、間違い探しくらいだ
廃墟というよりはもはや遺跡といえる建物の中
なんとか風化せずにいる遺物が表すのは日本語
懐には拳銃も携えている
で、あるならば

UDCか他の世界かまではわからないけど……仕事中で、何かによって記憶を失った
帰り道すらわからないなら、先に進もう
痕跡は、床に残されている

……二人を呼び出せば、呼び出せれば
『私』が『今日』だと確信できるけど
試す気には、なれなかったんだ



●7
 その感覚はたとえば朝、めずらしく悪夢にうなされることなく、すっきりと目が醒めてしまった時の気分に似ていた。
 昨夜の月と今朝の太陽は、眠るものたちの意識のそとで、本来ながい時間をかけて、空の番を交代しているのだろう。
 けれど、なにごともなく目覚めた朝、あんなに孤独だった夜は一瞬にして消えている。そのとき、ひとはたった今とつぜん意識が生まれたような、不思議な浮遊感を味わう。
 だが、慧は――風見・ケイ(星屑の夢・f14457)は、そんな普遍的な体験よりもっとずっと不可解で、しかし彼女にとっては身近なところに、ひとつの因果を抱き続けている。

 ――『昨日』の『私』は、いつもこんな感覚に陥っていたのかな。

 だれかの手を握るには、ほかのだれかの手を離さなければならなかったから、『私たち』はいつも流星のように産み出されては燃え尽き、消えていった。ほかならぬケイ自身が殺めてきた過去たちが、いま報復に来たというのなら、心臓をいくつ捧げれば満足してもらえるのだろう。
 或いは、まさか、今ここにいる『私』自身が――。
(……いや、少し違う気がする)
 浮かんでしまった絶望的な可能性を否定するために、昨日の出来事を振り返り、左手の腕時計を確認する。
 もしも今のケイが『昨日』にされてしまった『今日』ならば、昨日の記憶と、腕時計のさす日付はかみ合わないはずだ。
 直視する瞬間によぎる心細さを、最低限の覚悟で殺して――ケイは、現実を受け止めようとした。

(記憶と、齟齬はない……)
 ほっとして良いのだろうか。複雑な気持ちだった。

 ……で、あるならば。
 私立探偵の端くれである自分にできることは、間違い探しもとい推理くらいだ。普段はもっぱら猫探しにしか用いられない能力だが、専門分野のはず。
 まずはWhereから考える――ここは何処だろう?
 廃墟というには些か綺麗すぎる、文明の遺物めいた建物に見える。なにかの研究所だろうか。
 壁に注目してみれば、扉の横にプレートが幾つか残っていた。第○研究室、××保管室……そんな言葉がうっすらと書かれているのが読み取れる。おそらく日本国内だろう。
 次に、Whyだ。なぜここに来たのか。
 これは懐を探ればわかる。思った通り、使い慣れた拳銃の手応えがあった。
 もし日常の延長や、趣味で訪れたならば、こんな物騒なものは必要ないはずだ。で、あるならば――手がかりは5W1Wもいらない。猫を探すより簡単なホワイダニットだ。

(UDCか、他の世界かまではわからないけど……仕事中で、何かによって記憶を失った。そんな所でしょう)
 それにしては、ほかの猟兵の気配すら感じられないのは気にはなったけれど――なんらかの理由で、単身死地に乗りこんでいく自分を想像し、なくはないかな、と苦笑した。
 この先になにがあるのかはわからない。けれど引き返す道もわからないのだから、ちょっと前の『私』がたぶんそう決めたように、先に進むだけだ。
 幸いなことに、床に残された不自然な痕跡がある。元警察官としては血痕を辿るべきなのだが。
「……押し花、可愛いな」
 ケイは手作りの栞を拾いあげた。なんとなく、だれかと繋がっているような気がしたから。

 螢。荊。
 おなじケイであって、慧でないふたりは、すべて了承してここに来たのだろうか。
 二人を呼び出せば……いや、呼び出せれば、『私』が『今日』だと確信できるけれど。
 試す気には、なれなかったんだ――正解を知るのが怖かったから。
 ひとりきりの宇宙に取り残されるのは、もう厭だったから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ココ・クラウン
――ここは
僕……ど…どうしよう、怖い。誰か…

あ…レイヴン!良かったぁ
剣を持ったきみが一緒ということは、お散歩中じゃないね
落ち着いて考えよう

ケガは…無いけど、お仕事の内容がわからない
つまり目標か敵を見失ってる
仮に僕を誘い込むならこんなことするかな
…拒まれてる?

それにこのメモは僕の字だ
『時間 データ回収 ←忘れる!』
…急いで書いたのかなぁ
でもわかってきたよ
あの理論の資料に、警備や罠が無いわけない
敵は見えないモノ…時や記憶を少しだけ操れるのかな?

憶えてることもある
猟兵は未来のために過去と戦ってる
引き返したら、ただそうしたという過去を生むだけ
怖くても進まなきゃ

血痕が続いてる
レイヴン。僕はもう大丈夫だよ



●8
 きらきらと輝いていたちいさな冠が、蝋燭を吹き消したようにふっと灯りを曇らせる。
「――ここは」
 どこだろう?
 不意にうかんできた疑問。ココ・クラウン(C・f36038)は、きょろきょろとあたりを見回した。気づいたら、あまり見覚えのない建物のなかに立っていた。
 豊かな緑と星のきらめきに満たされた故郷の景色とは、すこし似ているようで違っていたし、最近通いはじめたアルダワ魔法学園の校舎とも、今まで見たほかの世界とも違う。
 もっと無機質で、退廃的で、暴力的で……なにより、孤独な感じがする。怖い。
 そんな場所にひとりぼっち――猟兵になって間もないココには心細い状況だ。
「僕……ど…どうしよう、怖い。誰か……誰か助けて!」
 おもわず上げた声にも反応は返ってこない。本当に誰もいないのだろうか。ココがいよいよ泣きだしそうになったとき、黒い人影が近くの部屋から駆けつけてきた。
 人影――黒衣の騎士がココの前に進み出て、すっと片膝をつき、主への忠誠を示す。彼がいてくれた事に、その名を思い出せたことに、ひどく安堵した。
「あ……レイヴン! 良かったぁ……」
 魔導人形のレイヴンだ。精巧につくられた人の腕で、しっかりと剣を握っている。冠に戻りはじめた輝きは、ココが彼に寄せる信頼の証だった。

 動揺する心を落ちつかせ、これがなにを意味するのか考えてみる。
「きみが剣を持っているということは、お散歩中じゃないよね。僕はきみと一緒に、なにかのお仕事をしに来たのかな……でも、どんなお仕事なのか覚えていないんだ」
 レイヴンはなにも答えないし、表情も変わらないが、あらゆる危険からココを守護するように、隣に寄り添ってくれている。怪我がないのも、彼のおかげかもしれない。
 それだけで心強く、ココの思考も冴えてくる。経験は、いままで読んできたたくさんの書物が補ってくれる。
「僕は、目標か敵を見失ってる……ねえレイヴン、仮に僕を誘い込むならこんなことするかな。もしかして……拒まれてる?」
 うっすらと見えてきたその道は、見事にことの本質を捉えていた。
 ここの『主』は、猟兵たちの侵入を拒んでいるのだ。ほかになにか手がかりはないだろうか――そう思っていると、レイヴンがすっと一枚のメモをさしだしてきた。
「? あっ、これ、僕の字だ……!」
 書かれていた内容は『時間 データ回収 ←忘れる!』というもの。
 よほど急いで書いたのか、字は乱れているし内容も簡潔だ。だが、幼くも聡明な王子は意図を読み取り、いま起きていることをほとんど正確に理解した。
 このメモはあらかじめ自分がレイヴンに預けたもので、請け負っていた任務はおそらく『時間質量論の回収』――これを警備する敵がいるのなら、時や記憶を操ることができてもおかしくない。
「……そうか。わかってきたよ」
 ――ココはいま、見えざる敵の見えざる罠にかかっているのだ。

 手繰り寄せた真相は、ココのちいさな身体をふるりと震わせる。だが、もう冠が曇ることはない。
 たいせつなことを憶えているから。僕たち猟兵は、未来のために過去と戦ってること。
 そんな姿に憧れ、ココは穏やかで平穏な森の外へ、足を踏み出したのだ。
 臆病に負けて引き返せば、ただ『そうした』という過去を生むだけ。楔のように記憶へ喰いこんだ過去は、振り絞った勇気を蝕んでしまうから――怖くても、進まなきゃ。
「レイヴン。僕はもう大丈夫だよ。『今』を守りに行こう」
 あえて血痕のほうに足を踏みだすと、王冠が星のように輝いた。黒騎士は、王子の背を護るようにあとを追う。
 この尊い勇気が、眩い未来が、閉じて拒むだけの過去に挫かれることないように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルゥ・グレイス
アドリブ歓迎。

[通告、記憶同一性に欠落を確認。カウンターシステムリーディング。【永久の九月も過ぎゆきて】起動]

その声が聞こえてから、自分の記憶を思い出す。より正確には覚えていた頃まで逆行する。

無限の思索、ね。
魅力的か、と問われれば是と答える。永遠に世界の真理まで思索を重ねることが、苦行にならないことが研究者の性だ。
けれど。
「結局、人類全てが、その文明が一歩一歩未来へ進んていく方がずっと効率的なんだよ」
この思索も何度目かなのだろうか?

血痕…と松ぼっくり?
痕跡にアナライズ。
血痕は比較的新しい?なら。

特に悩まず、道を選ぶ。
そしてまた記憶が飛んでーー。
[通告]記憶同一性に欠落を確認。カウンターシステ…



●9
[通告、記憶同一性に欠落を確認。カウンターシステムリーディング。【永久の九月も過ぎゆきて】起動。遺失情報再定義、時間逆行開始――]

 声がする。脳内に直接響き渡るような、無機質な声だ。
 ルゥ・グレイス(終末図書館所属研究員・f30247)が、そのメッセージの意味を理解すると同時に、彼のまわりの時は限定的に巻き戻りはじめる。
 この研究所に来たこと、グリモア猟兵に転送されたこと、目的が時間質量論の回収と、ドクター・オロチ配下の撃破にあること……依頼を受けたこと。
 ――すべて思い出した。成功だ。
 忘れてしまったことにさえ気づかないうちに、ルゥの記憶は『覚えていた頃』まで逆行した。

 彼は、この終末世界に適合すべく量産されたフラスコチャイルドの一体であると同時に、時間質量論幾何学の研究者でもあった。
 蓄積された知識はいまや時間質量論を応用し、時を操作する技術を限定的に行使するまでに至っている。そんなルゥにとって、あらかじめ対応策を構築することはそう難しくはなかった。
 危険な任務であると言われていた。ほかのグレイスコーズが無期限凍結中である今、かつてはただの一個体であったルゥの『破壊』は、大きな損失をもたらすかもしれない。
 なら、なぜここに来たのか。その答えも、自問するまでもなくわかっていた。ルゥは、銀の眸を静かに伏せる。
「無限の思索、ね。確かに魅力的だ」

 己を含め、なんらかの研究者であれば、多くがその質問に『是』と答えるであろう。
 個々の生命に与えられた限りある時は、世界の真理という難題に解を与えるには、到底足りない。明日にも滅びそうな世界で生きるものの時間は、尚更短い。
 たとえ閉ざされた時のなかで、永遠の孤独をかかえようとも、思索を重ねることを苦行と感じることはできない。
 何者の介入も受けず、思考の殻に閉じこもる時間。それはむしろ、至福の時であるのだ――ルゥはこれを『研究者の性である』と捉えている。
(……けれど)
 明日終わるかもしれないこの世界。
 今なお世を支配する過去の怪物に対し、知識という武器で決死の抵抗を試みるルゥという『人間』は、非人間的な『研究者』の性へ反論を投げかける。
「結局、人類全てが、その文明が一歩一歩未来へ進んていく方がずっと効率的なんだよ」
 時が限りあるものだから、ルゥ達はすべてを投げ打つ覚悟で研究に身を捧げ、新たな世代へと進む同志たちに託していくのだ。
 繋いだバトンが、人類の未来をより良くすると信じて――この思索も何度目かなのだろうか?
 歩きながらあれこれ考えるのも、研究者の悪い癖だ。ルゥは意識的に思考を中断し、足元の痕跡へ目を向ける。
「血痕……と、松ぼっくり?」
 視覚から得られた情報を魔術回路に通し、痕跡をアナライズすると、血痕は比較的新しいものであることがわかった。松ぼっくり等に関しては、血痕よりもかなり古い年代のものであるようだ。
(意図を掴むにはまだ情報が不足しているか。なら)

 特に悩まず、ルゥは一歩を踏みだす。
 何かにぶつかったような感覚があったのは一瞬。
 [通告]記憶同一性に欠落を確認。カウンターシステ…

 ――声がする。脳内に直接響き渡るような、無機質な声だ。
 ひととおり同じ思考プロセスを終えたルゥは、また歩きだす。
 [通告]記憶同一性に欠落を確認。カウンターシステ…
 [通告]記憶同一性に欠落を確認。カウンターシステ…

 なんどでも言う。だから、なんど記憶を消されようとルゥは進む。
「……一歩一歩、未来へ進んでいく。それが大事なんだ」
 彼の導いた解は、着実に敵を――滅びの研究者を追い詰めようとしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鈴乃宮・影華
指定UC起動
戦闘力の無い蟲達には手芸作品の痕跡を辿る偵察(危険度少なそう)を依頼
私自身は一つ仕掛けをした上で血痕の先(見るからに危なそう)へ



「……?」
何してるの私?
手には何かカードを握りしめて――なんかカードにメモ貼ってある
『耳飾りを見ろ』?
この赤眼の銀蝶が何を……


――そうだ、赤眼の『彼女』がくれた、お揃いの
――私と同じで、力を失って
だから新たな力に目覚めたあの日、「覚悟」を決めた――彼女の分まで、私が戦うと


このイグニッションカード、制服、そして足跡の向き
私は此処へ、この先へ戦いに来たんだ
「――起動(イグニッション)」
彼女が教えてくれた長剣を手に、進もう


※蟲達の行動はお任せします



●10
「彼の力を以て世界に請う――来て、私の仲間達!」
 風の止んだ廃墟のなか、ながい黒髪がふわりと舞う。その隙間から、ちいさな何かがざわざわと、滲みだすようにはい出る不気味な気配がした。
 何かが、いる。
 しかし、そのすがたは透明で、何者にも視認することができない。飛翔しているようだが、羽音すら確認できない。鈴乃宮・影華(暗がりにて咲く影の華・f35699)ただひとりだけが、その存在を確信していたことだろう。
「あなたたちは戦闘力がないんでしたね。手芸作品の痕跡を調べてみてくれます?」
 友たる黒燐蟲たちは、彼女の頼みを受けて、音もなく飛び立つ。
 見るからに危険そうな血痕を辿るのは、影華の役目だ。その手には、使いこんだイグニッションカードを握りしめて。

 黒燐蟲――かつて、銀の雨が降る世界で活躍した能力者の一部が使役した、呪いの力を秘めた蟲だ。当時その群れを体内で飼い慣らし、使役することで戦っていた影華も、いまや二十五歳になっていた。
 一度は力を失ったこともあったが、黒燐蟲たちはいま、ふたたび影華へ力を与えてくれている。
 不可視の蟲たちが押し花の栞や、どんぐりのブローチを運んでくるので、一見すると、栞やブローチがひとりでに宙を舞っているように見える。
「不思議な感じですね」
 手芸作品はほんとうに素朴な手作り品といった雰囲気で、特段変わったところはなさそうだ。影華はそれらを預かりつつ、血痕を追って廊下を進んだ。
 と――。

「……?」
 何してるの、私?
 忘却の瞬間は唐突にやってきた。手に何か、カードのようなものを強く握りしめている。目をやれば、メモが貼ってあるのが見えた。
「えーっと……『耳飾りを見ろ』?」
 耳に手をふれると、ひんやりとした金属の感触があった。外して、手にとってみる。
 ガーネットだろうか。赤い宝石でできた眼と、こまやかな細工が視線をひく。
 この赤眼の銀蝶が何を――そう、ぼんやりと考えたとき。
 赤い眼の『彼女』の姿が、影華の記憶のなかで、あざやかに浮かびあがった。

 ――そうだ、これは『彼女』がくれた、お揃いの――。

 影華が神将、と呼ぶ、たいせつな学友。おなじ黒燐蟲使いとして生きてきたが――私とおなじで、力を失ってしまった。
 だから、新たな力……世界を変えるユーベルコードに目覚めたあの日、影華は『覚悟』を決めたのだ――彼女の分まで、私が戦うと。

(そうだ、これは私達の青春が詰まったイグニッションカード。これは、あの頃着ていた銀誓館の制服……)
 ふわりと、顔の横をなにかが横切る。すがたは見えないけれど、蝶だ、と思った。私の、私達の黒燐蟲。
 黒燐蟲が導く先には、影華がつけたと思わしき足跡があった。これを見ろ、と示してくれているのだろう。イグニッションカード、制服、そして蟲たちが示す足跡の向き。
 靄がかかったような感覚のなかで、影華の歩んできた長い道のりが、力強く浮かびあがってくる。

 確信できる。
 死と隣り合わせの、この懐かしい感覚は。
「――起動(イグニッション)」
 私は此処へ、この先へ、戦いに来たんだ。

 顕れるのは、彼女から教えられ、受け継いだ力の証。彼女の武器を模した長剣を、誇りのように抱き、『魔剣士』影華は新たな一歩を踏みだす――どこかの誰かの日常を護るために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
痕跡は血痕の方を追う
視認できる分だけでなく、僅かでも血の匂いが残っていれば辿って先へ進めるかもしれない
種族柄、ヒトより少し鼻が利くからな
自身が持つ人狼の特徴はあまり好んではいないが、仕事に役立つのなら使わない手は無い

…仕事?
どんな仕事だっただろう
何の為にここに来たのだったか
とても大切な事だったような気がするが、全く思い出せない

困惑が焦りへと変わり…落ち着け、心を乱せば隙になる
いつものように、深い呼吸を意識して焦る気持ちを落ち着かせようと
…ああそうだ、これは師に教えられた方法だった
全て忘れてはいない、残っているものもある
そう思い至ることが出来れば、いくらか冷静さも取り戻せる

何も分からない現状では、手掛かりは付近の血痕くらいだろうか
血の匂いは忌避感よりも獲物や目標への手掛かりという印象が大きい、これまでの経験と直感を信じることにする
姿勢が低く嗅覚もより鋭い狼の姿に変身し先へ進む
…この姿も好まないが血痕は追い易い
困難を乗り越える為に使えるものは何でも使う
そうして生きてきた事も、確かに覚えている



●11
 みずからを蝕むこの病が無ければ、と、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)が考えたことは一度や二度ではない。
 過去に犯した罪を、なにかの折につけて思い出すたび、途方もない憎悪と無力感にさいなまれながら、いくつもの夜を乗り越えてきた。
 種族柄、ヒトより多少は鼻が利くから――そう意味をつけることにすら、若干の自虐めいた思いを抱かないでもないが、仕事の役にぐらいは立ってもらわないと、人狼病などに罹っている理由が見当たらないのだ。
 使わない手はない。
 ひびわれた硝子窓には、銀の獣耳と尾を持つ、どこか物憂げな長身の青年が映っていた。硝子のなかの青年は、反射的に眉間に皺をよせる。
 それが他ならぬ己のすがたであることは、いまだ受け入れがたくも、もはやシキには疑いようもないのだった。

 視覚よりも信頼を置けるのが狼の嗅覚だ。シキは鼻をひくつかせ、わずかな血のにおいを嗅ぎ取ろうと試みた。ヒトよりもはるかに優れた嗅覚は、視認できる範囲を超えて、辿るべき道筋を導き出す。
(……これは……激しい出血の痕跡)
 いま、シキがいる地点よりかなり離れた場所で、相当量の出血があったようだ。
 おもわず身構えるが、どうやらその血はあたらしいものではないような気がする。かなり古く、シキでなければ気づかないかもしれないような、かすかな残り香があるだけだ。
 その血だまりは確かに、いま足元にある血痕を辿っていった先にあるように思われたが、こちらのほうが新しくつけられたもののようであった。
 不可解だ――なにが起こっているのか分からないが、シキは危険を顧みることなく、むしろ早足で歩みを進めた。万が一にも怪我をしている一般人がいるかもしれないと思えば、シキにはそれ以外の選択肢など考える余地がなかった。
 忌まわしい人狼の力を使ってでも、与えられた任は全うし、関わったすべての者へ、真摯に向き合う。それが彼の仕事のやり方だ。仕事……そう、仕事――。

「……仕事?」
 不意に、はっと我に返ったように、シキは歩みを止める。
 仕事。
 一瞬前まで、たしかにその単語を思い浮かべていたのだが、その『仕事』がどんな仕事だったのか、まったく思い出せないのだ。
 大なり小なり記憶に欠陥をかかえる猟兵は少なくないが、こと人一倍責任感の強いシキに関しては、たいせつな仕事の内容をすっかり忘れてしまうなど、普段ならあり得ない。
 何の為にここに来たのだったか――額に手をあて、ほんとうに記憶にないのか自問するも、やはり答えが変わることはなさそうだった。
 仕事……その単語だけはかろうじて覚えているから、仕事だったのだろう。
 思い出そうと努力をすればするほど、忘れてしまった内容がとてもたいせつなことだったような気がしてきて、困惑がしだいに焦りへと変わり始める。
(満月の夜でさえこんな事は無かった。人狼病の症状としても聞いた事がない。この状態で任を全うできるのか?)
 まるで透明になってしまったように、己の記憶がつかめない。
 その間に何かまた、取り返しのつかないことをしてしまってはいないだろうか。疑心暗鬼に陥り、思考の迷宮に囚われかけたが――。

(……落ち着け、心を乱せば隙になる)
 鼻から腹へ溜め込むように深く息を吸い、ゆっくりと、ながい時間をかけて口から吐く。
 それは意識して出た動作ではなく、普段からシキが心がけ、習慣にしているしぐさだった。
 気持ちが焦った時、落ち着きを取り戻し、冷静になるためのルーティーン。
 身体が自然とその行動をなぞった時、ぱっともやが晴れ、霞がかった思考に光がさした。
 ――ああ、そうだ、これは――。

 悼むような想いで眸を伏せ、愛用のハンドガンに触れる。
(焦る気を落ち着ける時の呼吸法。これは、師に教えられた方法だった)
 師から受け継いだものも、志も、ここにしっかりと残っていた。
 すべて忘れてしまったわけではなかった。
 これさえ残されていれば、俺は戦える――そう感じる拠り所の存在に思い至れば、完全に不安を拭えたわけではなくとも、冷静であろうと努める気力が湧いてくるのを感じた。
(何も分からない……現状では、手掛かりは足元の血痕くらいだろうか)
 困惑につつまれている間は、まるで姿を消したように見失っていた手がかりが、ふたたび道に浮き上がってくる。
 猟兵として、シキが積み重ねてきた経験と直感が『これを追うべきだ』と背を押してくるような感覚をおぼえた。
(血は確かに忌避感を与えるものではあるが、獲物や目標への手掛かりという印象の方が大きい。ならば……)
 『仕事』のためならば、この力を――人狼の力を使わない手はない。
 それは奇しくも、記憶を失う前のシキが考えていたこととおなじであった。

 人のすがたから、四つ足の獣へ。うつくしい銀の毛並みを持つ狼は、姿勢を低く保ち、両の耳をぴんと立てながら、血のにおいを辿って奥へと進む。
(……妙だな)
 外からの音は聞こえる。だが、研究所の内部がどうにも静かすぎる。仕事というからには、単独で調査しているということは考えづらいのだが、他の猟兵は来ていないのだろうか――?
 妙なことは他にもある。シキは血痕をたどって進もうとした。だが『そこに何かあるような感じ』がして、回り道を選ぶことがたびたびあった。
 おそらく、獣の五感と直感が危険を告げているのだろう。進めば先程のようなことになるにちがいないし、それは極力避けねばならない。

 普段は己を苦しめている人狼病が、いつ周りを傷つけるかわからないこの力がいま、困難な道を乗り越え、切り拓くための手段となっている――そのことに複雑な思いは、なくもない。
 だが、シキは、使えるものは何でも使う。
 生きるため。誰かを生かすため。そうして生きてきた事も、確かに覚えている――一等星のように駆ける銀の狼の背を押すのは、きっと、師の手でもあったことだろう。

 ……もうすぐだ。もうすぐ、かれらは終点にたどり着く――。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『🌗『匣庭の主』』

POW   :    永遠
非戦闘行為に没頭している間、自身の【周囲の時の流れ】が【止まり】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。
SPD   :    断絶
自身と武装を【光学迷彩バリア】で覆い、視聴嗅覚での感知を不可能にする。また、[光学迷彩バリア]に触れた敵からは【ここを訪れた理由に関する記憶】を奪う。
WIZ   :    満願
【他者を拒絶する意志】から、対象の【この世の全てが滅べばいい】という願いを叶える【大量殺人プログラム】を創造する。[大量殺人プログラム]をうまく使わないと願いは叶わない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠柊・はとりです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●12
 きみたちは記憶を失っても、歩きながら気づいていたことだろう。
 おそらく、この施設の中心部に誘導されているようだと――そして、そこがどんな名称で呼ばれる場所であるかも、これまで生きてきた記憶のなかから、見つけることが叶っただろう。
 施設の中心には広い中庭があり、サンルームがあった。
 規則正しく並んだフラワースタンドのうえには、土埃をかぶった植木鉢が放置されており、かつてそこが温室として使われていたことがわかる。
 しかし、なにより目を惹くのは、サンルームの床にこびりついた赤黒い血だまりのあとだ。これは相当古い痕跡のようだが、きみたちの追ってきた『比較的新しい血痕』は、ここに繋がっていた。
『……そうか。やはり、彼女は僕を許さないんだろうな』
 なにものかの声がする。
 若い男の声だ。奇妙なことに、中庭にはきみたち以外に誰かいるようには見えなかった。男の声は、なかば諦めたような声音で、こう続ける。
 もう何年も前の話になるが、ここでひとりの少女が殺された。いや――。

『間違って殺した。標的は別の人間だった。僕が彼女を殺してしまったんだ』

 ※

 かつて研究に身を投じ、取り返しのつかない過ちを犯したこの場所の警備を命じられた時、過去もやはり過去の罪からは逃れえないのだと痛感したものだ。
 無限の思索に身を投じ、時から、空間から、己を断絶することで、己以外のすべてが透明となる世界。
 時間質量論の全容を理解し、今は亡き彼女への償いとするまで、けして出られない永遠の牢獄に、自身を放り込むこと。
 それこそが、彼の望んだ自罰であり、探求者としての欲望であり、無意識的な破滅願望でもあった。

 ――きみたちは、誰に何の話をされているのか、理解できなかったことだろう。
 男は一瞬だけ姿をあらわした。偏屈そうではあったが、普通の青年に見えた。
 多くを語ることはなかった。彼はただ、侵入者を『排除』するためのプログラムを起動する。
 それは、姿なき戦闘機械。無限に増殖するかれらは、相手にしていてもきりがないだろう。
 ただ、幾人かが手にしていた手芸作品を見た時、青年は戸惑ったようだった。
『……それも、血痕も、僕が撒いたものじゃない。どうして君が持っている?
 それは、僕が殺したあの娘が作っていたもので……血も、おそらく彼女の……やめよう。僕の邪魔をしないでほしい。……言う事はそれだけだ』

 怪物となっても正気を保っていることを、彼は疎ましく思ったものだが。
 彼は――『匣庭の主』は、正気ではない。きみたち猟兵の前に立ちはだかる、過去である。

●補足
・一章で皆さんを襲っていたのはユーベルコード『断絶』の力です。施設内には見えない壁が仕掛けられていました。
・一章で特別な対策をしていない限り、『ここを訪れた理由に関する記憶』は失われたままです。
・敵の使用するユーベルコードは、皆さんのユーベルコードのPOW/SPD/WIZに対応したものになります。本体の透明化はSPDを選択した時のみ有効になります。
・【増殖無限戦闘機械都市】(戦場を「無限に増殖する戦闘機械」で埋め尽くす。これは戦場に存在する敵全員を自動的に攻撃し続ける)の能力はどれを選んでも発動します。
・WIZで対抗する場合、増殖無限戦闘機械は研究所の外に出て、人類の拠点を攻撃しようとします。
・戦闘重視、心情重視、敵と対話を試みるなど、プレイングは何でもご自由にどうぞ。

※プレイングをすべて拝見してから構成を考えますので、再送が発生する可能性が高いです。
 恐れ入りますが、お付き合いいただける方はよろしくお願いいたします。
 
●補足(追記)
・参加者の皆さんは実はすぐ近くにいるかもしれませんが、『断絶』の影響で、通常の方法ではほかの仲間の存在を感知することができません。
 連携などが発生するかはプレイング内容次第ですが、基本はソロで戦うことをご想定ください。
御園・桜花
UC「幻朧桜召喚・桜嵐」
戦場全体に桜吹雪を巻き起こす
実体がある以上敵の居る場所で桜吹雪の流れが阻害され敵に桜の花弁が纏わりつき、幸運にも皆に敵の位置が分かるようになる
敵は不運にも位置ばれと視界不良を起こし、より皆の攻撃が当たりやすくなる
また桜吹雪自体に敵の生命力低下と味方の生命力回復効果があるので無限増殖都市に対抗する味方の役にも立つ

敵の位置に目星をつけたら高速・多重詠唱で桜鋼扇に雷撃と浄化の能力付与し接敵
敵をぶん殴る
敵の攻撃は第六感で躱す

「此処で後悔しているだけではその方に会えません。その方の転生を望むか貴方も転生を目指すべきです…此処が異世界であろうと無かろうと!願いこそが始まりです!」


天城・潤
声は聞こえました。
辿ったこの紅い血が誰のものなのかを
僕は知りません。
ですが

「戦うべきは貴方です」
オブリビオンを倒すのだと。
「如何なる時も護る為に」

僕の取れる戦法は多くありません。
でも、怖気づく事はありません。

UC黒蒼刃鏖殺詠唱

未だ以て誰も見えない空間に刃を伸ばし
「見えないだけで、斬る事は出来ますね」
この猟兵ならではの力で、無限機械も見えない貴方も
斬ってみせましょう。
憧れる方より贈られた手袋の回転動力炉も回し
二本の剣に蒼い炎を纏えば、こうして。
「僕の刃で死を紡がれるのは…存在してはならないモノだけ」

忘れようが見えなかろうが。
護る為の刃は鈍りません。
手ごたえが無くなる最後の一閃まで、戦い続けます。



●13
 『……そうか。やはり、彼女は僕を許さないんだろうな』
 なにものかの声がする。
 若い男の声だ。天城・潤の記憶にある限り、どうにも聞き覚えがない声だった。
 長剣を手に周囲を警戒しながら、中庭へ足を踏み入れた潤は、素早くあたりの様子を確認する。
 ここまで追ってきた血痕は、サンルームのなかに続いていたが、怪我をした誰かがいるということはなさそうだった。ひとまず安心するも、当然のように疑問がうかんでくる。
(では、この紅い血はいったい誰の……?)
 程なくして、答えらしきものが返ってくる。

『僕が彼女を殺してしまったんだ』
(彼女?)

 いったい誰のことを指しているのか、潤にはわからなかった。だが、男が――『匣庭の主』が姿を見せたときは、本能的に敵だと理解した。猟兵には、そういう力があると聞いたことがある。
 警戒は解かぬまま、潤は『主』に問いかける。
「彼女とは誰の事を指しているのですか」
『翁川三枝子』
 『主』は短くそう答えたが、やはり潤の記憶にはない名だった。この状況に対する不可解さは残るものの、もう潤が狼狽える事はない。
「その方が誰なのか、貴方とどんな関係にあったのか、僕は知りません。……ですが、」
 黒蒼刃と反対の手に護剣を握り、集中力をとぎすます。回避できぬ衝突の気配を察したか、敵はふたたび姿をくらませた。
 視聴嗅覚、そのすべてを以ってしても、居所を捉えることができない透明な障壁のなかに敵はいる。更に、透明な戦闘機械から放たれた銃撃が潤を撃ち抜いた。しかし、いまの潤には、それらの存在を認識することすら困難だ。

 ――僕の取れる戦法はそう多くありません。でも――。

「戦うべきは貴方です」
 覚悟は決まっている。この正体不明のオブリビオンを倒すのだ。
「如何なる時も護る為に」
 怖れることなどない。長剣に刻まれた銘が、朧げな自己を支える要となる。
「……この刃に触れるものに、死を」

 詠唱を口にすれば、潤の決意へ呼応するように、黒蒼刃は長い刀身をさらに伸長させてみせた。破壊力も増した刃を手当たり次第に振るえば、確かになにかを斬った手応えが返ってくる。
「機械でしょうか。見えないだけで、斬る事は出来ますね」
 挑発めいた言葉を口にすれば、報復のように手足を撃ち抜かれた。
 それでも、いまだ誰も見えない空間へ、潤はにこりと微笑みかけてみせるのだ。
 余裕はない。だが、信念があるから斃れない。弾丸の軌道から兵器の位置を予測し、渾身の力をこめ黒蒼刃を振るう。剣先から生じた斬撃波が、なにかに遮断されて消えたのを、潤は見逃さなかった。
「そこですね。この猟兵ならではの力で、無限機械も見えない貴方も斬ってみせましょう!」
 先程も心を支えてくれた、憧れの人――彼の胸を借りるような気で、術手袋の回転動力炉をまわす。『護』るための二刀が、静かに激る潤の信念を宿し、青い炎を纏って燃えあがる。

 ――走った。
 見えない壁が見えているかのように、潤は走った。
「僕の刃で死を紡がれるのは……存在してはならないモノだけ」

 『何者か』がいる筈のそこへ、黒蒼刃と護剣を振りおろす。手応えがある。蒼炎が飛び散り、そのたびに己の記憶も散り散りになりそうになる。だが、ふたつの剣に込められた強き思いが、何度でも潤をつなぎ止めるのだ。
 潤はひたすら、バリアに剣を振るい続け――増殖機械群は、そんな彼を容赦なく撃ち抜く。出血で意識が遠のきかけてきた、その時だ。
 ひらりと、桜が舞うのが見えた。
 振り返れば、この中庭にはなかったはずの桜の大樹が見える。幻覚だろうか、潤はそう思った。
「禍福は糾える縄の如し、と言いますでしょう? 今日、此の地で幻朧桜が巡らすのは……貴方達と私達の命と運。そして、道ですの。其方にいらしたのですね」
「貴方は……」
「御園・桜花と申します。多分ですが、あなたと同じ志を持って此処に来た猟兵ですよ。『幸運にも』、私達は互いの存在を認識できるようになったようですね」
 桜花が手にした桜鋼扇をひらりと翻せば、召喚された幻朧桜が風にあおられ、戦場全体に薄桃色の花びらを振りまく。桜の花びらを浴びると、不思議と潤の負傷が回復していった。身体の底から生命力が溢れてくるような感覚だ。
 加えてあたりを見回せば、桜吹雪の流れが不自然に止まっていたり、なにもないように見えるところに花びらがまとわりついていたりと、不可思議な現象が起こっている。
 桜花は、場違いなほどににっこりと微笑んでみせた。
「あら、『不運』でしたね。これで敵の位置が把握できるようになりました」
「援護助かります。排除は任せてください」
 潤はすかさず黒蒼刃を振るい、増殖機械群を次々に一刀両断していく。その間にも、潤の猛攻で崩壊したバリアの隙間から桜吹雪が侵襲し、『不運にも』敵が操る端末の内部へと入りこんでいく。

 光学迷彩バリアを制御するプログラムがエラーを吐き、記憶を奪う断絶の壁が消滅する。『匣庭の主』は、完全に無防備な状態となった。
 エラーを解除しようとキーボードを叩き続ける『主』。一方、桜花は高速で魔力を増幅する呪文を唱え、桜鋼扇に雷撃と浄化の能力を付与する。
 『主』が気づく前に素早く接敵し、意外に重さのあるその鉄扇を振りあげ――敵の頭を、思い切りぶん殴った。
『ぐっ……!』
 桜鋼扇を通して、『主』の身体に電流が走る。三枝子……翁川、三枝子……先ほど呟いていた、ここで血を流し、彼が殺めたという、その少女の記憶が想起される。
『三枝子……許してくれ、三枝子……』
「三枝子……?」
 増殖する機械群に対処しながら、潤ははじめてその名を聞いたように首を傾げた。桜花は毅然として言い放つ。
「此処で後悔しているだけではその方に会えません。その方の転生を望むか、貴方も転生を目指すべきです……此処が異世界であろうと無かろうと! 願いこそが始まりです!」

 ――願い。そう、願いだ。
 桜花は、桜鋼扇に『あらゆる痛みを癒したい』という願いを託し。
 潤は、黒蒼刃と護剣に『如何なる時も護りたい』という願いを託す。

 何度忘れようが、なにも見えなかろうか、苦しむ誰かを守りたいという信念が託された、ふたりの刃は鈍ることも、曇ることもない。どれほど隠そうとしても、かれらの想いは、望まれぬ断絶を打ち砕く。
 桜鋼扇から放たれた雷撃が『主』を打ちすえ、潤の刃が桜吹雪を切り裂いて閃く。蒼き炎を軌跡と残して駆ける護りの剣は、何度でも、何度でも振るわれる。
 手応えがなくなる、最後の一閃まで――桜にまみれた敵のもとへ踏み込み、潤は直刀をひと薙ぎする。
 魔をのみ滅ぼす炎は、魂を導く花を燃やさず、過去に囚われた青年の肉体と心を焦がしていった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

サイモン・マーチバンク
えっと
詳しいことは分かりませんが、青年からはオブリビオンの匂いがしました
だから俺は彼を殺しに来たんだと思います
……戦いましょう

とりあえず迫る機械類をムーンストライクで叩き潰しつつ、彼に声をかけてみます
血痕も手芸作品も俺達を導くように落ちていました
それはあなたが無意識に置いていたか……『彼女』が俺達を導いてくれたんじゃないかなって

その人、あなたのことを許してないんじゃないんだと思います
このままずっとあなたが一人で苦しむのを止めてほしいんじゃないかなって思います
だから……俺は力ずくで止めますよ!

少しでも相手の意識がこちらに向くか乱れれば、時間の流れにも綻びができるはず
そこを狙って全力のUCです!



●14
「あれ? ……えっと」
 サイモン・マーチバンクは、はっとして顔をあげる。
 確かさっき『言う事はそれだけだ』という台詞を耳にしたのだが、編集された動画のように、いきなりシーンを飛ばされてしまったような、不自然な感覚をおぼえたのだ。
『三枝子……許してくれ、三枝子……』
(三枝子?)
 青年は――『匣庭の主』は、だれかの名前を呼びながら、頭を押さえうずくまっている。
 サイモンは鼻をひくつかせた。彼が喋っているあいだ、一瞬感じたオブリビオンの匂いが、確かにただよっている。ひりつくような殺気が鼻腔を刺し、サイモンの肌を粟立たせる。
(この気配、只のオブリビオンではなさそうですね)
 なぜ自分がここにいるのかは、相変わらずはっきりしないが、今度は記憶がなくなっているという事はなさそうだ。
(……俺は、彼を殺しに来たんでしょう)
 もしもなにかを奪って帰る必要があるとしても、この青年を倒さない限り不可能だろう。先ほどから体験している不可思議な現象を顧みるに、逃げるほうがかえってリスクも高そうだ。
(この状況が俺の選んだ事でも、たまたま巻き込まれてしまった何かでも)
 時は戻らない。
 生来の臆病を殺し、覚悟を決めて表情を引きしめる。
「……戦いましょう。生きるために」

 『主』はまだ地面に蹲っている。先手必勝とばかりにサイモンが駆け込めば、その足を潰すように機銃が掃射された。しかし、サイモンを狙う戦闘機械の姿が彼には見えない。
 いったいどこから?
 一瞬、またパニックになりかけたが、頭をふるい、冷静に思考を回す。どこから何に攻撃されているかわからないなら、とりあえずすべて殴るしかない――!
「えぇーい、月まで飛んでけ!」
 片足を軸にして体重を乗せ、ムーンストライクと銘打たれた杵を、ハンマーのようにぐるんとぶん回す。サイモンの付近に潜んでいた戦闘機械は、ロケット噴射が生む衝撃波ですべて吹き飛び、叩き落とされて攻撃能力を失った。
 が――。
(……あれ?)
 まただ。世界がスローモーションに飲まれていく感覚。
 持ち直したらしい『主』が、一心不乱に何かのプログラムを端末に打ち込んでいるのが見える。
 静止した世界のなかで、増殖した戦闘機械が、サイモンに不可視の弾丸を放つ。
 噴き出す己の血さえ、無重力空間に投げ出された水のようだ。
 死ぬ、死ぬ、死ぬ――差し迫った恐怖を押しのけ、サイモンは口を動かそうとした。
 どうしても伝えたいことがあったのだ。
 血痕も、手芸作品も、サイモンをここへ導くように落ちていた。それはどうしてか。青年自身に覚えがないのならば、それはきっと、『彼女』が――。

「……三枝子」

 その名を口にした瞬間、硬直した時がほどけた。
 やはり『三枝子』は『彼女』の名なのだ。サイモンは強く足を踏みだし、兎の脚力で宙を飛ぶように駆ける。
「さっき『許してくれ』って言いましたよね。その人、あなたのことを許してないんじゃないんだと思います」
『よしてくれ。そんな筈ない』
「このままずっと、あなたが一人で苦しむのを止めてほしいんじゃないかなって思います」
『僕は彼女の未来を奪った。許されていい訳がない!』
「俺は思います。『彼女』が、三枝子さんが、俺を導いてくれたんじゃないかなって。
 だったら……俺はきっと、あなたを縛る『過去』を盗むために、ここに来たんです。力ずくで止めますよ!」

 視線をまっすぐ前へ向け、『主』の眼を見る。
 目が合った。意識がこちらへ向いている証拠。今だ。時を盗みだす。
 出力を全開にし、ロケット弾のように敵へ突っ込んだサイモンは、全力で杵を振り下ろした。杵は敵の身体を叩き打ち、サンルームの壁に衝突させる。硝子が派手に崩れる音がした。
 三枝子――名しか知らぬ少女の声なき依頼を、兎の耳は確かに聞いた。
 死者は還るべき場所へ。盗品は返すべき場所へ。
 ただひとつ変わらぬ信念で弱気を退け、悪魔の盗賊は戦場を跳ねる。きっとここに、かえさねばならぬものがあるから。

成功 🔵​🔵​🔴​

ココ・クラウン
胸がぎゅっと痛い
怖い気持ちと…彼から感じた絶望で

―それでもまだ苦しみ足りないの?
語りかける暇もなく、機械の侵攻方向で彼の狂気を知る
外には絶望に負けず生きる人たちがいる
僕がここにいる理由 もう忘れない

命じるより先にUCが機械に襲いかかり、出口を埋めてくれる
彼ら生木は頑丈で燃えにくい。簡単には逃れられないよ
この隙を無駄にしない
レイヴン、前へ!
動力源の魔導蒸気エンジン【リミッター解除】
僕の風【属性攻撃】魔法が道を切り開くから、
きみの全出力【ジャンプ+切断】で滅びの願いを断ち切って!

あの血痕…僕たちは拒まれると同時に導かれてたのかな?
そうだといいな、と思う
この戦いが、彼の解放が、血の主の願いだったらと



●15
 青年の語る言葉を聞いて、ココ・クラウンのちいさな胸は、ぎゅっとしめつけられたように痛んだ。
 たびたび姿を消してしまう相手。過去のココが託してくれたメモが正しいならば、彼は時間質量論を守備している強敵のはずだ。
 ――怖い。でも……。
 戴いた冠をふたたび曇らせるのは、恐怖心ばかりではなかった。
 うつくしい森が育んだ、優しいこころを持つ幼い王子は、彼から――『匣庭の主』の言葉から汲みとった絶望を、まるで己の痛みのように感じ、傷ついているのだった。

 ――それでも、まだ苦しみ足りないの?

 口をひらきかけた瞬間、増殖戦闘機械から放たれた弾丸が、ココのやわらかな頬をかすめた。
「っ!」
 何が起きたのか咄嗟には理解できず、向けられた殺意におもわず足がすくむ。
 レイヴンが進み出て盾となり、ココを戦闘機械の攻撃から守る。鎧に鉛玉が当たる金属音は、おとぎ話にはふさわしくない、野蛮な戦場の唄だ。
「レイヴン。何かがいるの……?」
『大量殺人プログラムを起動した。【増殖無限戦闘機械都市】はすべてを破壊する』
「! 駄目だよ、そんなの!」
 なにかが上空へ飛び立つ音がする。ココは、反射的におおきな声をあげていた。
 世界について学んだ知識を思い出す。時間質量論がうまれた、この世界――ココの故郷にはあたりまえに存在していた、穏やかな日々が、緑あふれる大地がうばわれた、荒廃した地球。
(それでも……絶望に負けず、生きている人たちがいるって聞いたよ)
 この世界の人々はなんと強いのだろう。猟兵でなくても、誰もがココの憧れる『守る力』を胸に抱き、懸命に日々を生きているのだ。
 そんな世界が狂気に飲まれるなんて、悲しい。とても我慢できない。

 僕がここにいる理由――もう、忘れない。
 頬から滴る血が、恵みの雫のように、ひび割れた地面を濡らす。
 王冠がひときわ強く翠にかがやいて、枯れた土から、生命の息吹があふれだした。

『……魔法か。鬱陶しい』
 ココの足元からのびた木の根の大群は、この黙示録の黄昏を生きる人々の意志と呼応するように、力強く天をめざし、強固に、複雑にからみあって、中庭を覆う檻を形成する。
 目にみえない機械といえど、実体がある以上、網目より大きなものは通ることができない。戦闘機械たちは火炎放射を試みるも、水分をたくわえた生木は頑丈で、なかなか思惑通りにはいかないようだ。
 苛立った様子で端末にコマンドを打ち込む『匣庭の主』を見すえ、片手には魔法学園の教科書を。
 ココはマントを翻し、指をさして騎士に命令をくだす。
「隙ができたね。レイヴン、前へ!」
 まずはレイヴンの動力源である、魔導蒸気エンジンのリミッターを解除。これはいつもの通りにできた。
 問題は次だ。上手くできるだろうか――びっしりと書きこみが入った紙面をめくり、風属性魔法の頁をひらく。魔法はまだまだ修行中で、お世辞にも熟達しているとはいえない。
 機械のプロペラ音が向かってくる。上手くできるか不安で、また王冠の灯りがしぼみかけたとき――ふと、ここまで追ってきた血痕が目にはいった。
(あの血痕は……もしかして)
 先ほど、敵が『この血は彼女のものだ』と言っていたことを思いだす。
 記憶の消失は拒むためにあった。だが、同時に、ココがこの血痕に導かれてきたことも事実なのだ。

 ――どうか、彼を止めて。
 そして、この場所から解放してあげて、と。
 そう願う声が、聞こえた気がしたから。

「……っ。黙示録の風たちよ、運命を解き放つ力を此処に!」
 そうだといいな、と思う。
 これは、ココが勝手に感じている願いだ。祈りだ。
 なにも確証はないけれど――風は、吹いた。
 教科書から勢いよく飛びだした翠の風は、世界を壊すプログラムを破壊し、守護者たちへの追い風となる。まるで、だれかの意志を宿したように、強く吹く。
「今だ。レイヴン! 君の全出力で、滅びの願いを断ち切ってっ!」
 未来の王より勅命を受けた騎士は、蒸気を噴きだし高く跳躍する。
 鉛色の眸が見下ろす先には、檻に囚われた青年の姿がある――哀しき罪を斬り裂く剣が、キーボードを叩き続けるその背に打ち下ろされた。

成功 🔵​🔵​🔴​

鈴乃宮・影華
うーん……戦いに来たのはわかったんですが
運命予報士から受けたはずの説明、内容が未だに思い出せません
あの一瞬見えた青年が討伐対象なんでしょうけども……
でも一つわかりました
蟲達が拾って来たこの栞やブローチは、私が追って来た血痕は
「かつて貴方を想った人が、私達を導いて下さったんでしょう――貴方に、もう終わっていいのだと伝える為に」
許す云々はわかりませんが、その無限の思索は止めてほしいんだと思いますよ、きっとね

見えなくとも、聞こえなくとも、この中庭の何処かに必ず彼は存在する
まぁ、この剣が届く距離ではないんでしょうけども
「いーですけどね、私の剣の腕前はそこそこ止まりでしたし」
なにせ優しい『彼女』が曖昧に笑うだけでしたから……
そんな訳で『大蘭華』を用いて指定UC起動
「いいよ、皆――全部喰べちゃって」
指定する敵はさっきの彼と【私を排除する意図で動く存在】全て
この世に存在するモノならば、黒燐蟲の餌食にできぬはずが無いですから
飛んでくる銃弾とかは『赫左』等で防御し、友人が教えてくれた斬撃波で仕返しです



●16
 どうにも奇妙な出来事が続いていた。
 運命予報士……ああ、この多重化した世界のなかでは、かれらのような予知能力を持つ仲間は『グリモア猟兵』と呼ばれているのだったか。そこまで思い出して、鈴乃宮・影華はますます今の状況に困惑を感じる。
「うーん……戦いに来たのはわかったんですが。受けたはずの説明や、内容が未だに思い出せないんですよね」
 自分が猟兵となったことや、グリモア猟兵がなんであるかは覚えているのに、『いつ誰からどんな依頼を受けたのか』が、まったく思い出せない。せめて、依頼主の顔ぐらいは覚えていても良さそうなものだが――。

「……あれっ?」
 今度は、いきなり時間が早送りされたような感覚に陥る。先ほど一瞬見えた、討伐対象と思わしき青年が、すくなくない血をながして、地面に伏していたのだ。
 ざっと周辺を見回しても、味方の猟兵がいる気配は感じられないように思われた。
(ひょっとしたら、私には見えてないだけで、他にも誰かいるんでしょうか)
 影華の知識量をもってしても断言はできず、その『視えない味方』をあてにすることはできない。けれど、おそらく、一つだけ――確実にわかったことがある。
 『匣庭の主』を名乗る青年は、己の負傷にもさほど関心がない様子で、なんらかのプログラムを実行するためのコマンドを、端末に打ちこみ続けている。
 彼がまた姿を消してしまう前に、影華は一歩前に歩み出た。
「貴方に聞きたいことがあります」
『それは……』
 青年はタイピングを続けながらも、影華の掌に乗せられたものに目線を向けた。道中で、影華の黒燐蟲たちが拾ってきた、押し花の栞とどんぐりのブローチだ。先ほど見せたときも動揺しているようなそぶりだったので、気になったのだ。

「これを作った彼女とはどんな関係で?」
『別に。ただの……同居人だよ。この研究所の所長の孫娘だった』
 同居人。微妙な言い回しだ。
 まるで『友達』や『大切な人』と表現するのを、避けたがっているような――影華はそんな印象を受けた。
「私が追ってきた血を流したのも、その『同居人』の人だったそうですね。なんと言いますか……気の毒なことです」
『……気休めは必要ない。君には関係のないことだ』
「うーん、ここまで来ちゃったら、私もう無関係とは言えないんですよね。だって、彼女に導かれてきたわけですから」
『導かれてきた? 何を言っている。彼女は死んだ。僕がこの目で確かめたんだ……変えようのない過去だ。時間質量論を解明しない限りは……』

 聞く耳など持つまいとばかりに、青年は端末のモニターへ目線をうつす。影華はふたたび、先程の耳飾りに触れてみた。
 ――こんな時『彼女』ならどうする?
 ――もしも私が、この青年のようになっている『彼女』を見たらどう思う?
 迷うまでもなく、答えは簡単に出せるものだった。
「亡くなられたとしても、かつて貴方を想ったその人の意志が、私達を導いて下さったんでしょう――時を遡ってきたんですよ。貴方に、もう終わっていいのだと伝える為に」
 その『同居人』が、彼の過ちを許しているのかどうかはわからない。けれど、その無限の思索に己を閉じ込め、罰し続けることは、きっと止めてほしがっているのだと思う。
 影華なら、たいせつなひとがそんな風に自分を追い詰めていたら、どんな手を使っても止めようとするだろう。
 だから、自分は意味もわからず、今ここに立っているのかもしれない。
 死と隣り合わせの戦いに身を投じてまで、この青年の暴走を止めようとしているのかもしれない。

『僕を……想って……? そんな解釈が出来るのは、君が他人だからだ。仮にそうだとしたら、余計に……』
 救われない。そう言い残し、『匣庭の主』は姿を消した。
 いや、そう見えるだけだ。見えなくとも、聞こえなくとも、この中庭のどこかに必ず彼は存在する――影華はそう確信を持っていた。ただ、近接攻撃が届くような距離にはいないだろう。
「いーですけどね、私の剣の腕前はそこそこ止まりでしたし」
 抱いてきた長剣を納め、苦笑する。剣は心の支えにはなれど、影華には極めることができないようだ。
 『彼女』に手ほどきを受けた時のことを思い返す。優しい『彼女』は、不慣れな影華にも根気強く付き合ってくれた。だが、影華の素振りを見る時の『彼女』は、終始曖昧な微笑みをうかべていた気がする。
 長い付き合いになると、その意味するところも、自然と理解できてしまうというものだ。
 嬉しいような悲しいような、複雑な感覚だった。

 ――この青年と『同居人』の彼女も、そんな関係だったのでしょうか?
 そう想いを巡らせるのも一瞬。やはり、私の一番の相棒はこの子たち以外にはありえない――楽器ケースを模した詠唱ライフルを抱え、銃口を天に掲げる。
「いいよ、皆――全部喰べちゃって」

 銃口から闇が飛びたつ。夕立のように、黒い雨がざあっと中庭全体に降りそそぐ。黒燐蟲だ――かれらは、影華を排除しようと動く存在すべてを、蝗のように喰らいつくす。
 対象が生命体であろうと、機械だろうと、過去だろうと関係ない。この世に存在する限り、かれらの餌食にできないものはない。影華の深い信頼に応えるように、黒燐蟲たちは無限増殖機械に飛びかかっていった。
「この子たちも無限に増殖しますよ。さて、どうします?」
 答えは聞こえないが、沈黙を貫いてもどのみち無駄だ。ここを訪れた目的など、影華の意志にのみ寄り添う黒燐蟲たちには関係ないのだから。
 頭部を楽器ケースで守る一方、左腕の真っ赤な籠手は盾代わりにし、銃弾から胸部を保護する。なにかの気配を感じた場所は火炎放射で焼き払う。そうしているうちに、黒燐蟲たちが光学迷彩バリアを喰らいつくした。今なら敵の居場所が丸わかりだ。

 ――力を貸して。

 『彼女』に比べたら拙い腕かもしれないが。
 彼を断ち切るには、この一手がふさわしい気がした。
 今もふたりの縁を繋ぎつづける長剣を構え、あの曖昧な笑みを思い返しながら――剣を振るっていた彼女の姿を、己と重ね、渾身の力で空を斬る。
 迸る力の奔流が黒い斬撃の波となり、地面を削りながら敵へ襲いかかる。今度彼女に会えたらもう一度、手並みを見てもらおうか。そう思った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
ここに来た理由は分からないまま
それでも声の主がこの場の主のような存在で、戦闘機械を操っている敵対者だとは理解出来た
先の話に出てきた“彼女”について、悔いているのだという事も

戸惑いながらも、向かってくる戦闘機械は身を守る為に射撃で迎え撃つ
記憶が欠けても戦い方は忘れていない筈だ

ユーベルコードを発動し、更に真の姿を解放する(月光に似た淡い光を纏う。犬歯が牙のように変化、瞳は夜の獣のように鋭く光る)
視覚と嗅覚で駄目なら、声や物音を拾う聴覚に頼る
真の姿とユーベルコードの二重の強化で機械を躱しつつ、男の位置を把握したい

発見したら位置を捉えつつ彼に言葉をかける
「いつまでそうしているつもりだ」と

残った痕跡があんたの意図した物ではないのだとしたら
そんなものを用意出来るのは本人しかいない
過去に殺したと言っていた“彼女”の意思だ

彼女が許しているのか否か、今となっては知る由もないが
どちらにしろ俺には、あんたを止めてくれと言っているように思えてならない
…だから、止める
記憶は欠けているが、今はそれを戦う理由としよう



●17
 乾いた血のにおいを追って、終点にたどり着いたものの、ここに着た理由はあいかわらず分からないままだ。シキ・ジルモントはそこでいったん変身を解除し、中庭のすみずみを注視する。
 奇妙だ。古い血のにおいの出所は、サンルームの床を赤黒く染めている血の跡だとわかったが、それ以外に誰かがいるような匂いはしないし、気配もない。
 それでいて、誰かわからない男が話す声だけが、脳内にこだまするように聞こえてくる。

 『誰かがいる』とはっきり理解できたのは、その青年を視認した瞬間だった。
「……あんたがこの場の主か」
『主……ね。妙な感じだが、まあそう言われればそうだろう。呼び方はどうでも構わない。時は止まり、君も僕も永遠になる』
 そう告げると、青年は――『匣庭の主』はふたたび姿を消した。シキの耳が、鼻が、機械の駆動音や鉄臭さを敏感に感じ取り、彼に身の危険を訴えた。この男は敵対者だ――!
 足元に機銃掃射が放たれた。
 見えない敵の存在に思い至るや、シキは急いでハンドガンを構え、不審な物音の発生源を己に近い順から早撃ちにしていく。
 視認できない対象は、ガンナーにとっては非常に厄介な相手だ。的が視えないと急所も撃ちようがない。照準器を当ててみても光は通過していき、なにもないように思える。
 そこに本当に敵がいるのかは、なかば賭けだったが、どうやら何かに当たりはしたらしい。高い金属音がしたかと思うと、球の軌道が不自然に空中で止まり、地面に落ちた。
(透明な戦闘機械の類……? 恐らく、あの青年が操っているのか)
 前後の記憶は未だはっきりしないが、身体がほとんど勝手に動いてくれる事には内心安堵する。万が一にも、戦い方まで忘れてしまっていたら――それはシキにとって、命を落とすことよりも、恐ろしく、哀しい喪失になりえたかもしれない。

 ひとまず庭石などの遮蔽物に身を隠し、遠距離攻撃をブロックしながら、着実に敵を撃ち抜いていく。しかし、やはり妙だ。敵の数が減っている気がしない。
(大元を叩かなければ止まらない攻撃なのかもしれない)
 戦闘を続行している最中も、シキは先の話に出てきた『彼女』のことが気になっていた。
 彼の話ぶりからは、痛いほどの悔恨が伝わってきた。彼の背負った罪は、どこかシキ自身が歩んできた過去とも重なるからこそ、五感以外で感じ入るところがあった。
(何故、俺がここに呼ばれたのか……その意味が存在するとしたら)
 なにも確証はないが、放ってはおけない。忌むべき力を解放してでも、いまだ隠れているあの青年を、この場に引きずりだしてやるべきだ。

 満月の夜は嫌いだ。
 抑えている獣の本能が暴走し、血を求め、だれかを傷つけるだけの怪物になんてなりたくない。
 だが――『超克』したシキの身体は、人でありながら限りなく獣へ近づき、己の凶暴性を解放する月のひかりを、心の裡に纏うのだ。
 つめたい月明かりを帯びた肉体はヒトの限界を超え、狼の牙のような犬歯が突き出た口もとは穏やかでない。獲物へ噛みついてしまわぬように、必死で歯を食いしばるような形相を浮かべざるをえない。そのなかでひときわ青く、鋭くかがやく瞳は、ひとり孤独に夜をさまよう獣のようだ。
 身体が熱い。
 人狼病が己のいのちを蝕む感覚に侵されながらも、人間という檻から解き放たれたシキの意識は明瞭で、身体も憎らしいほどに速く動いた。
 聴覚を研ぎ澄ます。戦闘機械の微細な駆動音や、かき消された銃声まで、スロー再生をかけられたようによく聞こえる。耳障りなほど煩い――この状態が長く続くのは、精神的にも良くないだろう。
 だが、たしかに、時は止まるのだと思った。
 銃を用いるまでもなく敵に接近し、ナイフで直接戦闘機械を解体し、シキは殖えるよりも速く敵機体を刈り取っていく。
 血も涙もなく、煮ても焼いても喰えない相手であったのは、シキにとって幸運かもしれなかった。

 かすかに――ほんのかすかに、キーボードを叩く音が聞こえる。
 『匣庭の主』は、そこにいるのだろう。あちらの言葉がシキに届くことはなくとも、こちらの発した言葉ならば届くはずだ。
「いつまでそうしているつもりだ」
 どんなに巧く隠れたつもりでも、居場所などお見通しだ、と。
 シキは、透明な壁のむこうを鋭く射抜くような視線とともに、『シロガネ』の銃口をちきりと向けた。
 ――。

「残った痕跡があんたの意図した物ではないのだとしたら、そんなものを用意出来るのは本人しかいない。過去に殺したと言っていた『彼女』の意思だ」
 世界を断絶する壁の向こうから、声が聞こえる。
 獣めいた容貌の男が、まるで此方が視えているかのように己を見据え、語りかけてくる。
 『彼女』が――翁川三枝子の意志が、過去から干渉してきていると?
 ほかの猟兵たちも似たようなことを言っていた。だが、そんなことがありえるのか――?
「彼女が許しているのか否か、今となっては知る由もないが。どちらにしろ俺には、あんたを止めてくれと言っているように思えてならない」
 思いのほかしずかに響く狼男の声が、耳から離れない。三枝子……僕は間違っているのか?
 煩い、煩い、煩い――ヘッドフォンを装着し、これ以上余計なノイズが入らないようにする。
『……駄目だ。それじゃ駄目なんだ。僕が僕を許せない』
 この声は、耳聡い狼男には聞こえてしまっただろうか。どうでもいい……壊れろ。

 戦闘機械がいっせいに襲いかかってくる。だが、シキの狙いがぶれることはない。
「……そうか。なら……俺が止める」
 ひとつ深呼吸をする。
 師から教わったように、受け継いだハンドガンの引き金を引く。
 誰も望まぬ自罰。己を憎悪しながらも生き続ける苦しみ。その重みを知るからこそ、シキはいま、なにも知らずともこの青年と戦わねばならぬと思うのだ。

一斉掃射の轟音が、シキの鼓膜を破らんばかりに響いた。降りそそぐ弾丸のなかで、たったひとつだけ、時を遡るように逆方向へ飛ぶ弾丸があった。
 『匣庭の主』はまさか、その弾丸が――シキが放った一発の弾丸が、障壁を叩き割って己を貫くことになろうとは思わなかったろう。
 真新しい血のにおいがひろがる。想いを重ねた一撃は、一方的な断絶を許さなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
ナルホド、やっぱりお仕事で間違いなかったわねぇ
で……ふふ。確かに美味しそうな「食事」だコト

範囲攻撃で周囲にオーラ防御を張り巡らせ攻撃に備えるわ
完全に防げなくとも不意の攻撃をくらうのは避けれる

ナンのお話か知らないケド
ココで人が死に、ナニカがココへ導いた……ソンなコトより邪魔されたくないナニカを、アンタは隠してるって訳ネ
イイわ、アンタも美味しそうではあるけれど
折角のおもてなしだもの、存分に味わせてもらおうじゃナイ

【彩儡】で姿を変える
おそらく殺されたヒト辺りでしょう、どんな関係か知らないケド
増した戦闘能力でオーラ防御を強化しておくわねぇ

さて、許されないと思っているなら、その逆をいきましょうか
どうか拒まないでと手を伸ばし動揺を誘う
一瞬でも、できればしっかりと
体に触れる事ができたなら、その影から影へ「くーちゃん」を忍ばせ、捕食し生命力を頂くわ
喰らい付かれたなら戦わずにいる事は難しいデショ?

上手く何らかの情報を拾えたら
自分自身の記憶や情報と照らし合わせ目的を推察しようかしら



●18
 ふふ、と、おもわず喉の奥から笑いがこみ上げる。
 コノハ・ライゼにとってはもはや、この状況も恐るるに足らないものだった。詳細は不明な状況だが、きっとみずからが『美味しい仕事』だと思って引き受け、こうなったに違いない。オブリビオンと思わしき青年の声を聞いたコノハは、その予感を確かなものにする。
「……ナルホド。確かに美味しそうな『食事』だコト」
 舌なめずりなどしては品がない。喜悦をたたえた捕食者の笑みは、あくまで密やかに。
 青年の語る断片的な言葉を聞けば聞くほど、感情を抑えた声の底に、複雑な情念を感じとることができた。
 それが、ここまで抱えてきた空腹を満たしてくれる、上質な食材たることを願うばかりだ。

『……食事? 君は人間を喰うのか。この世界の人間でもそんな事はするまいに』
「あらヤダ。獲って喰ったりはしないカラ、安心して頂戴。オレが探してるのはもっと美味しいモノ」
 青年は――『匣庭の主』は、どうにも意図の汲めないコノハの発言を警戒してか、怪訝そうに眉根をよせる。
 さて、この青年は狩りの対象だろうけれど、何をしてくるのかわからない。相手を煙に巻いている間にも、コノハは己の影に潜ませた管狐『くーちゃん』へ指令を送り、自身の周囲に結界を張る。
 不可視の戦闘機械がコノハに忍び寄るも、結界を越えようとする敵は、管狐が放つ黒い稲妻によって撃墜された。爆発音がし、火薬のにおいが辺りにひろがる。
 何かがいる――そう意識した瞬間、

「……?」
 急に場面が切り替わった、ように思えた。
 飛ばされた時間のあいだに何があったのか、敵は銃弾や斬撃を受け、傷ついている。
 つい先ほど――あくまでコノハの時間感覚では、だが――冷ややかに会話をしていた時の余裕も、あまり無くなっているように思われた。
 コノハ自身はというと、事前に防壁を張っていたのがうまく機能したらしい。銃撃か何かで多少かすり傷を負った程度で済んでいた。
『来るな!』
 『匣庭の主』はコノハの方を見ていない。彼の視線は、ほかの誰かにむかっているように思えたが、中庭には自分と彼以外誰もいないように思える。奇妙な仕事だ、と改めて感じた。
「……ナンのお話か知らないケド、ココで人が死に、ナニカがココへ導いた……ソンなコトより邪魔されたくないナニカを、アンタは隠してるって訳ネ」
『…………』
 『主』の視線がコノハのほうへ向く。さすがに時間質量論のことをおいそれと話してやる気はないらしい。冷静さを取りもどした彼は、ふたたび時間を止めるプログラムを起動すべく、端末に実行コマンドを打ち込みはじめた。
「話したくないってコト、カシラ。随分なおもてなしネ? イイわ、アンタも美味しそうではあるけれど……もっと存分に味わせてもらおうじゃナイ」

 塩味が濃すぎる対応には、くちびるに指をあてて、内緒の仕草をひとつ。
 こうすれば、みずからの不確かさだって有効な武器となりうる。
 万物の彩をとりこむ影と化したコノハは、見るものによって異なる姿をもつ『誰か』に変身する。
 つまり、この『匣庭の主』が見るのは、おそらく――。

 キーボードの打鍵が止まった。
『三枝、子……?』
 コノハは知らぬことだが、『主』がいま見ているのは、翁川三枝子という名の少女であった。
 コノハの予想通り、彼が殺してしまったと嘆いた『彼女』。
 かつての『同居人』であり、彼の破滅的な自罰行為を止めるべく、過去からこの場に干渉していると、ほかの猟兵が予想していた少女だ。
 コノハは変化した己の両手を見る。ひどく痩せていて、しろく、細い手だった。どうやらパジャマを着ているらしい。顔はわからないが、例えるなら薬膳粥のような娘だ。
『三枝子……本当に三枝子なのか?
 僕は、時間質量論を解明したのか? いや、まだこの理論には不明点が山程ある……答えてくれ三枝子、それでも君は、僕を止めに来たっていうのか。過去の怪物と化してまで』
(時間質量論……ナルホドねぇ。
 記憶の混濁や、限定的な時間転移が起きてるのも、だとしたら納得だわ。確か、マザー・コンピュータがそんな技を使ってたって記録があったハズ)
 敵は動揺して口をすべらせた。時間質量論のデータ回収依頼、それが今回の仕事内容だろう。だとすると、この青年の正体はデータの番人か。
 断片的にだが、『彼女』との関係性も理解できた。
 念のために防御能力を強化しておいたが、『主』の受け答えを聞く限り、コノハがこの姿でいれば、攻撃される可能性は限りなく低そうだ。
 ――材料は揃った。ここまで理解できたなら、あとは最大の目的を果たすのみだ。

 さて――戦う前に、彼は『彼女は僕を許さない』と言っていた。
 許されないと思っているならば、その逆をいきましょうか――『コノハ』である空白は、今だけ『三枝子』の影をなぞり、青年へ近づいて手をさしのべる。
「『どうか拒まないで』」
 ――一瞬、自分の声とは思えないような、細くも明朗な声が重なった気がした。
(コレは……『三枝子ちゃん』の声、なのカシラ)
「『ねえジョーくん、聞いてるの?』」
(ジョー……?)
 ジョー、という名を聞いて、『匣庭の主』はあきらかに狼狽した様子を見せた。
『三枝子……!?』
 自分の口から出た言葉に、コノハ自身も驚いた。
 この青年の名前など知らない。きっと忘れてしまったのだろうとコノハは考えたが、これまでに一度も聞いたことがないはずだった。

 彼がかかえているものを、ただ捕食するだけならば、触れるのはほんの一瞬でいい。
 けれど――しっかりと、その手を取りたいと、コノハは思った。赦しを拒まないで欲しいと、ほんとうに、そう願ったのだ。
(どうか、)
 端末のキーボードに添えられた手に、みずからの手を重ねる。『三枝子』の掌だが、コノハの掌でもあった。
 三枝子が『ジョーくん』と呼んだ青年は、どうしたらいいのかわからないといった様子で、『三枝子』の姿から目をそらす。
 匣のように閉ざされた庭のなかで、太陽に照らされたふたりの影が重なる。

 戦いとは呼び難いほどにしんとした空気のなか、狩りは遂行された。
 コノハの影に潜んだ『くーちゃん』が、青年の影へわらわらと群がり、生命力をうばっていく。
 コノハの眼にうつるものと、青年の眼にうつるものと、本当に起きていることは、すべてが異なっていただろう。地面に目をむければ、黒い管狐が、青年の影をすっかり喰らい尽くしてしまうところが見えただろう。
 それでも、過去の魔物はまだ斃れずにそこにいる。
 握りこんだ掌を、離せずにいるのはきっと、慣れない味がするからだ。
 きっとこの、不思議な味が――忘れてしまった『かなしい』の味なのかもしれない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報
●真の姿

どうして『僕』が此処に居るのか皆目解らんが
あの女がまた軽率に行動したんだろうな……

で、別にいいんじゃないか?
それがお前の願いなら
人類なんて滅ぼしてしまえば
ただ……大量殺人プログラムってのはそのまますぎるだろ
もっと神話とかにちなんで名付けろよ
僕だって所詮他人だから、そんな正直な感想しか言えないぞ

ナントカ都市の攻撃には落ちてる瓦礫や残骸を用いた暴力で対抗
どうせ長くは保たんだろうし――【2012/8/19】

後悔って何だか知ってるか?
過去の自分から未来の自分へと向けられる軽蔑だよ
この怪物《アルバム》はそれに炎の形を与えるだけ
つまりお前を殺すのは、僕ではなくお前自身って訳だ
なあ、紙切れには何が写って視える?

外へと向かう攻撃には特に対処は行わない
そんなのは世界を救う余裕がある奴専用の偽善だろ
……此処に居る筈の人間に、確実に言えることはあるがな

お前の後悔が『殺してしまった後悔』なら
誰かを殺せば殺すほど呪詛の炎は火力を増すぞ
その上で、もう一度訊く

別にいいんじゃないか?
人類なんて、滅ぼしてしまえば


風見・ケイ
この押し花が誰の意思か
それは探偵の私にもわかりませんが
私が此処に来た理由には辿り着けたようです

(石化した手足の罅が皮膚にまで広がり、身に纏う殻がすべて剥がれ落ちる)

無限の後悔に身を投じ、時から己を断絶することで、己を永遠の夜に放り込んだ……つもりだったけど
暗闇を照らしてくれた星に惹かれて、手を伸ばして、掴めなくて……落としてしまって
結局また、一人ぼっちの夜に引き籠って
……そのままの私だったら、君の邪魔をする気にはならなかったかもね

(――一番星を、見つけてしまったから)

かわいい押し花にはそぐわないその子たちをなんとかしないとね
(押し花を持った手を胸にあてる)
もしかしたら、こんな眠れぬ夜の鼓動を君も感じていたんじゃないかな

君が書きかえた『プログラム』を吸い込んで、機械たちの動きを止めて
うーん……こんな感じかな? 
私がテキトーに弄った『プログラム』を吐き出せば(同士討ちする戦闘機械)……そう上手くはいかないね
情報の授業はさっぱりだったからなあ



●19
「この押し花が誰の意思か……それは探偵の私にもわかりませんが、此処に来た理由には辿り着けたようです」
 風見・ケイの半身には宇宙がひろがっている。手足の先で昨日と今日を隔てている明暗の境界線は、皮膚を徐々に侵食していき、『私』を形づくろうと懸命に瞬いている星のかけらへ、容赦なくひびを入れていった。
 卵から雛鳥が孵る時のように、大人の『ケイ』の表層が剥がれ、きらめきながらぼろぼろと崩れゆくさまは、ある種グロテスクであったし、それゆえ神秘的でうつくしくもあった。殻がすべて剥がれ落ちたそのなかには、胎児のように丸まった少女の姿があった。
 少女はぱちりと瞳をひらく。赤でも青でもない、境界線の紫の瞳をした、制服姿の少女だ。
「はじめまして」
 彼女が、ほんとうの風見ケイ――銀河鉄道に乗れなかった少女はいま、星そのものになり、生かされながら生きている。

 ※

 その一方で、この中庭にはもうひとり、別の少女が産まれようとしていた。
 じっとりと湿った土から、きつい灯油の臭いが立ちのぼっている。そこは、ついさっきまで臥待・夏報が立っていたはずの場所だった。例えるなら、人がこつぜんと消え、血痕だけが残された不可解な殺人現場に似ている。
「どうして『僕』が此処に居るのか皆目解らんが」
 火の気などなかったはずなのに、突然火柱があがった。その中から現れたのは、セーラー服に黒縁眼鏡の陰気な少女だ。
 何もかもに苛立ち、何もかも燃やしてやろうかと言わんばかりの眼をした少女は、嫌悪感をあらわに言い放つ。
「あの女がまた軽率に行動したんだろうな……」
 少女が『あの女』と呼び、忌み嫌うのは、所謂『夏報さん』だ。
 嘘吐きにも正直にも振りきれないまま、なんとなく大人みたいなことをしている、しけた女。
 あんなのは、臥待夏報じゃない――『夏報さん』よりずっと大人びた口調で喋るこの少女が、ほんとうの臥待夏報だ。
 2012年8月19日。あの日から少女はずっと、死ねないままで死に続けている。

 ※

 少女たちは断絶されている。互いの居場所はおろか、存在もわからないまま、この中庭で、それぞれに敵と対峙していた。
 二人がつい先ほど青年の声を聞いてから、実はかなりの時間が経過している。もっとも、ケイと夏報は、ほかの猟兵たちがそのあいだ彼に何をしたのかを把握できてはいなかった。
 青年は――『匣庭の主』は、ほんの一瞬の間に、ものすごく疲労してしまったように見えた。傷はさほど目立たないが、まるで生命力を根こそぎ喰らい尽くされたようだ。
『……猟兵か。来るな。これ以上邪魔をするなら、研究所の外の人間を殺す大量殺人プログラムを起動する』
それは大半の善良な猟兵にとって、看過できぬ脅し文句になると『主』は考えたのだろう。
 だが、夏報は蔑むような眼をしたまま、ろくでもない大人の駆け引きを突っぱねるだけだ。
「別にいいんじゃないか? それがお前の願いなら、人類なんて滅ぼしてしまえば」
 夏報の返事は予想外のものだったらしく、変化に乏しい『主』の表情筋が、すこしだけ驚きの色を見せる。
『君はどうすれば相手が困るのかを識っているようだ。もし同じことを言われたら、僕もそう答えるだろうな』
 そう返すと、『主』はノートパソコンのエンターキーを押した。
 世界を滅ぼすプログラムが起動する。嵐のように数字と英語を吐き出し続ける画面を、夏報はただつっ立って、外野から眺めているだけだ。

「ただ……」
 こんな時、あの女なら、当たり障りのない嘘で茶を濁すのだろう。
 僕は。
 僕は。フシマチカホは。
「大量殺人プログラムってのはそのまますぎるだろ。もっと神話とかにちなんで名付けろよ」
 ――たとえ世界が滅ぶとしても、正直の火種を撒き散らして、ぜんぶ滅茶苦茶にしてしまいたかった。

 対する『箱庭の主』は、というと――存外に人間らしい所作で――はぁ、とため息をついた。
『君みたいな年頃の子は神話からの引用が大好きだな。正式名称はある。
昔、君と同じようなことを言うような子がいたからね……この攻撃型ドローンがプレゲトーン、光学迷彩シールドはレーテー。説明しても君には視えないだろうが』
「性格の悪さじゃお前も僕といい勝負だよ。そもそもこのプログラムは何だ?」
『NoA。もとは試作型無人偽神兵器の遠隔操作プログラムだった。くそ、コキュートスさえ応答してくれれば……いや、しかし、あれはやはり……』
 コキュートス。ここでその名が出てきたことに、夏報は一瞬引っかかりを覚えたが、まぁ僕には無関係だと考え直す。あの女の記憶の片隅にあるかもしれないだけの文字列だ。
「お前のナントカ攻撃の正体は、その試作型偽神兵器ってわけか。なら暴力で対抗するだけだ」
 夏報は中庭の片隅で錆びていた脚立を拾いあげると、特になにも考えず振り回した。どうせ所在が分からないなら、点より面で攻撃したほうが効果的だ。
 ときどき、ガン、ガンと、なにか(おそらく攻撃型ドローン『プレゲトーン』とかいうやつだ)に脚立が当たっているような音はするものの、敵の抵抗はそれ以上に激しく、不可視の弾丸が夏報の手足を貫く。
 やはり、この戦法では長くは持たない――夏報は早々に脚立を捨て、代わりに色褪せたアルバムを手にした。過ぎ去った日々の写真をそこから剥がしとり、『主』に投げつける。
「後悔って何だか知ってるか? 過去の自分から未来の自分へと向けられる軽蔑だよ」
 いまここにいる夏報が、未来の『夏報さん』に絶望し、拒絶している。
 その感情が時を超え、現在進行形の後悔になる。
 だが、己を裏切った過去さえなければ、この病はなにものも害すことができない。
 ボタンひとつで滅ばないような世界なら、少女がかける『呪い』なんて、無力なはずなのだ。
「この怪物《アルバム》は、それに炎の形を与えるだけ――つまりお前を殺すのは、僕ではなくお前自身って訳だ」
 ――2012/8/19。なあ、その紙切れには何が写って視える?

 『匣庭の主』は――とくに苦しみ悶えるような様子もなく、燃えさかる写真を手にとり、眺めていた。この青年にとっては、後悔と諦念は癒着し、統一された概念なのだろう。
『生意気な子供の質疑応答にこれ以上答える義務があると思うかい』
 返ってきた返事はそれだった。ドローンが外へ飛んでいっているようだが、正直どうでもいい。
 縁もゆかりもない世界を救ってる余裕なんかない。そうして見せてやった偽善は、往々にしてろくな結果を招かない。
 ただ……此処に居る人間に、確実に言えることはある。
 歯噛みした。結局また僕は、利口に黙っていることができない。

 ※

「なんだか暑くなってきたね。君は……どうして燃えているのかな」
 ケイは、『匣庭の主』が燃えさかる炎につつまれ、焼かれるようすを不思議そうに見ていた。
『さてね。後悔しているから……らしい』
 その一言を聞いて、もしかして、と思う。
 彼が身体から剥がし、投げ捨てた写真の数枚を拾いあげ、眺めてみる。
 焼け焦げた写真には、在りし日の青年が機械工学の研究に勤しむ姿や、ケイと同年代ぐらいの少女――誤って殺してしまったという彼女だろう――と共に庭を散策する様子や、スーツの上に白衣を着た偉そうな老人と口論する場面が写っている。まだ真新しい建物の表札に書かれている文字は『翁川研究所』だ。
 燃えさかる写真を武器にする人間は、ひとりしか知らない。
 『もしかして』が、確信に変わった。そのひとがきっと、いま――ケイの傍にいる。
「栞や松ぼっくりを作ったのは、写真の中の女の子?」
『…………』
 この沈黙は肯定だろう。楽しそうな少女の表情を見ると、きゅっと胸が締まるような心地がした。空にたちのぼった煙が、透明な戦闘機械の存在を浮かびあがらせる。どうやら彼らは外へ出るつもりらしい。
「かわいい押し花にはそぐわないその子たちをなんとかしないとね」
 きっと、写真の少女もこんな結末は望んでいないと思った。押し花の栞を持った左手を胸にあてれば、鉛の心臓が痛むかわりに、どくん、どくんと、生命の鼓動を刻みはじめる。
 眠れぬ夜、静寂のなか、己の心臓の鼓動だけがいやに強く響き、孤独に追われていることを意識する時間があるだろう。
 もしかしたら、こんな眠れぬ夜の鼓動を君も感じていたんじゃないかな――子守唄のように囁いたケイの瞳が、プリズムのような光を散らす。
 星々がかがやく右腕。その掌にあいた穴は、ちいさなブラックホールだ。あらゆるものを吸い込むその右腕を、ケイは空へかかげた。

 ※

「思い出に謝れ! 思い出に謝れ! 思い出に謝れよ!!」
 夏報は叫んでいた。抱えこんだ二律背反が胸を焦がすから、誰かのために怒ることをやめられない。
「お前の後悔が『殺してしまった後悔』なら、誰かを殺せば殺すほど呪詛の炎は火力を増すぞ」
 正直で人を傷つける餓鬼も、嘘ばかりつく凡愚な大人も、いつか全員揃って焼け死ねばいい。
 その上で、もう一度訊く。
「別にいいんじゃないか? 人類なんて、滅ぼしてしまえば」
 そうだ、滅ぼしてしまえよ。頭数の中には、当然――僕自身も含まれている。

 『匣庭の主』は――手元に残った最後の写真を、炭になって燃え尽きる寸前まで眺めると、ぐしゃりと握りつぶした。
『後悔してるさ。三枝子を殺した事は。それ以外のすべてには失望している。君と同じだ』
 握りつぶされた写真が、突然爆発的な炎を噴き出して燃え上がった。
 呪詛の炎は広範囲に燃え広がり、『主』も、夏報も、そのなかに飲み込まれる。炎は中庭を仕切っていた断絶の壁をも焼き、ひびを入れ、ちいさな穴を開けた。
 役に立たない呪いだ。軽蔑も、後悔も、今度こそ残らず焼き尽くしてみてくれよ。
 どうせ叶わぬだろうとは、解っているけれど。

 ※

「あ」
 鉛の心臓が、とくん、と鼓動を刻む。
 ――見つけた。私の、一番星。

 ※

 ケイは、障壁にあいた穴から左手を差し入れて、そこから見えるセーラー服の少女に呼びかけた。
「夏報さん、みっけ」
「……風見、くん」
 ケイの手には、押し花の栞が握られていた。見覚えがあるが、どこで見たのか思い出せない。
 思いがけない救世主の出現で固まっている夏報の手をつかみ、ケイは右腕に星屑のエネルギーを集める。障壁が、無限増殖戦闘機械が、呪詛の炎が、すべて掌の穴に吸いこまれていく。
 『匣庭の主』は、はっと我に返って端末へ向き直る。何者かがネットワークへ介入し、プログラムが吸い出されている。青年は慌ててシステムの復旧に取りかかったが、画面はエラーコードまみれだ。
「うーん……こんな感じかな?」
『馬鹿な……ありえない……!』
 毒気を抜かれたようにぽかんとしている夏報の手を握ったまま、ケイは掌の穴のなかで『テキトー』に弄ったプログラムを吐き出し、戦闘機械たちにめちゃくちゃな挙動をさせる。
 同士討ちをするもの、『主』を狙うもの、勝手に光学迷彩を解除してしまうもの、ただ意味もなくそこらを飛び回るだけのもの……ついさっきまで滅びそうだった世界は、愉快な近未来になってしまった。
「……上手くいかないね。情報の授業はさっぱりだったからなあ」
「この前家庭科もさっぱりって言ってなかったか? 何の授業なら真面目に聞くんだよ」
「うーん、言ったかも。夏報さんの好きな科目はなに? 帰れたら教えてほしいな」
 世界が滅んだら聞けないところだったねと、いつもよりちいさなケイは、やんわり笑んでみせた。夏報が戦闘機械との戦いで負った細かい傷は、いつの間にか消失していた。
 ああ――あの傷も、彼女の宇宙へ吸いこまれて、星になってしまったのだと気づく。
 そして、たぶんもう、二度と返してもらえないであろうことにも。

「ねえ、オブリビオンの君。ううん……ジョーさんだよね。柳穣さん」
『……何処で僕の名前を聞いた』
「写真。ネームプレートに書いてあったよ。君の気持ち、私にはわかる気がするんだ」
 無限の後悔に身を投じ、時から己を断絶することで、己を永遠の夜に放り込んだつもりだった。
 暗闇を照らしてくれた星に惹かれて、手を伸ばしてみたけれど――掴めなかった。あのひとは流星になった。強烈なきらめきだけを残して、落ちていってしまった。
 私のせいだった。たいせつだったと、気づくのが遅すぎた。この『柳穣』という名の青年にとっても、あの写真の少女がそういう存在であったことは、想像に難くない。
 ケイの心はふたたび割れそうになって、結局また、一人ぼっちの夜に引き籠っていた。
 孤独のおそろしさに負けて、消えたくなる日もあったし、酒を呑んで記憶を飛ばした日もあったけれど。
「……そのままの私だったら、君の邪魔をする気にはならなかったかもね」

 私たちはとても似ている。けれど、すこしずつ違っている。
 今は――ここで死にたくない。帰りたい。
 ……一番星を、見つけてしまったから。

 繋いだままの左手の先で、眼鏡をかけた仏頂面の夏報は、あいかわらず仏頂面をしていた。
 卑怯だ。そんなことを言われたら、もう僕はなにも言い返せないじゃないか。
 これがなんの仕事だったかなんて興味ない。
 世界なんか、試しにひとつぐらい滅んでみたらいい。
 ただ。いざとなったら、あの女はどうせ選べやしないんだろうけれど。
「君もいつか、長い夜を越えて、一番星に出会えますように」
 ――この瞬間、君が世界から消えてしまうのだけは、いやだと思ったんだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


●20――past day
「ジョーくん、おじいちゃんと何かあったの?」

 三枝子にそう問われて、ぎくりとした。
 産まれてこのかたほとんど研究所の外に出たことがないという、この信じられないほど世間知らずの小娘に、ぎすぎすした空気を感じとる心の機微があるとは、正直思っていなかったのだ。
「見て、タチツボスミレ」
 三枝子は研究所の庭に生えていた花を摘むと、嬉しそうに僕へ見せてきた。この前おじいちゃんが教えてくれたから覚えたんだよ、と、妙に胸を張って主張する。
 パジャマを着たままのからだは細く、この花のようにたやすく手折られてしまいそうだったが、三枝子は――すくなくとも傍目には――元気そうに見えた。つとめてそう振る舞っているというわけでもなさそうだった。
 己をしずかに蝕んでいる病魔が、いつか牙をむいて襲いかかる日を、彼女は恐れていないように見えた。むしろ、その話題に触れることを恐れているのは、僕のほうだった。

「違うな。それはニオイタチツボスミレだ。天ぷらにすると食べられる」
「もー、ジョーくんまたそんな細かいこと言う! でも食べられるの? ううう、悔しいけど、ちょっと気になるかも……ハマダさんに頼んだら揚げてもらえるかなぁ」
「……本気か? 見つかったらまた翁川博士に怒られるぞ。僕もハマダさんも一緒に」
「おじいちゃん? 平気平気! この時間はどうせ研究室から出てこないし、こーっそり食べちゃえば大丈夫だって。ハマダさんだってそんなにお喋りじゃないし」
 ハマダさんは、この研究所に住み込みで働いている家政婦のおばさんだ。三枝子はそう言うが、たまに来客があると、ハマダさんは情報漏洩マシンガンと化す。
 世間から隔絶された場所に住んでいるから、フラストレーションが溜まっているのだろう。翁川家にまつわる他愛のない機密情報を、客相手にしゃべり倒しているのを、僕は何回か見たことがある。
「駄目だ。ハマダさんは信用できない」
「ジョーくんはさあ、みんな『信用できない』って言うよね。誰も信用してないと、誰にも信用してもらえないんだよー」
「…………」
 図星だった。僕は、この研究所内で孤立している。
 だから、翁川博士とのことも、誰にも相談できずにいる。

「ジョーくん」
「何」
「私のことも信用できない?」
「……いや、」

 反射的に目線をそらしてしまった。
 三枝子が、あまりにも僕をまっすぐ見つめてくるものだから。
「ふーん。もういいよ! ジョーくんなんか一生ひとりぼっちだもん」
「構わない。他人と関わるのなんか時間の無駄だ」
「でも、私と遊んでくれるじゃん」
「それは……君が無理矢理引っ張り出そうとするから」
「スミレの天ぷら、食べてくれるじゃん」
「まだ作るとも食べるとも言ってない」
「それで、ジョーくんは一緒に怒られてくれるんでしょ。ほーら時間の無駄じゃん」
 ――――。

「怒られる事を前提にするな。ばれないようにやれ」
 三枝子はえへへ、と、悪びれる様子もなく笑う。
 あと五年と持たずに死ぬとはとても思えない。
 それでも。
 三枝子。君には――君にだけは、僕らの計画を知られるわけにはいかなかったんだ。

 やはり、あの計画は闇に葬られるべきだ。ハマダさんを探して、いそいそと厨房へ向かう三枝子の後ろ姿を追いながら、僕は博士の研究を破壊する手段について思考を巡らせていた。
 僕が手をひいたとしても、翁川博士が諦めるとは思えない。第一、僕はたいして研究の役にも立っていない。さっきだってそうだ、博士に進捗の乏しさを知られ、罵倒されたばかりじゃないか。三枝子は、あの偉大な祖父の、おそろしい本性を知らない。
 博士の過保護は、三枝子の限りある時間を奪いつづけている。その傲慢はやがて、この研究所に彼女を閉じこめたまま、短い一生を終わらせる毒となりうるだろう。
 まちがいだろうか。まちがいかもしれない。自分でも解っているつもりだ。
 ただ僕は、山に咲く野草が世界のすべてだと信じたまま、儚い生を散らすだろう彼女を、あの男の作った硝子の匣庭から解放してやりたいと、そう思ってしまっている。
 ……理解し難い感情だった。

 早く。
 早く、翁川博士をなんとかしなければ――『あれ』を止められるのは、僕だけだ。
 誰の協力も仰ぐことはできない。
 僕らはもう、手段を選んではいられない局面まできている。
 
ルゥ・グレイス
アド歓

偽神細胞、投与開始、固有時間制御開始。

本来細胞を投与した後は数分で肉体が使い物にならなくなる。
ただしそれは通常の時間流であればの話であり…時間が止まった今そのタイムリミットは考える必要がなくなった。

細胞で加速した思考回路で彼に対話を試みる。
内容は時間質量の事、研究者の性のこと、それからあの手芸作品の事。
時間にして1秒に満たない長い長い時間を経て互いの共通点と相違を話し合ってみる
きっと最後には相容れない運命なのだろう。
けれど、時間質量論のその全容を明かすことが彼の言う「彼女」への贖罪になるなら。僕ら研究者の業を果たすことになるなら。
「此処から先は僕らが受け継ぎます」

長い一秒が終われば後は一直線。
最速で彼を倒す必要がある。
拳銃を握り直し、自分のタイムリミットを再確認する。
けれどその前に彼が『彼女』に出逢えたら。
その時は。
研究者の業を継いで、また研究を始めなければならない
そして僕さえ過去になったいつか、誰かが時の全容を明かしたとき、過去の骸の中でまた話せる機会をほんの少しだけ願っている。



●21
 大量殺人プログラム、仮称『NoA』は猟兵たちの攻撃によって崩壊し、もはや使い物にならなかった。世界の意志は『匣庭の主』こと、柳・穣と心中する未来を拒んだのだ。
 修復を諦めた穣は、最後に中庭へ残った猟兵――ルゥ・グレイスを投げやりに一瞥する。
「時間質量論のデータを渡して下さい」
『……驚いたな。レーテーの効果が作用していないのか』
「あなたの仕掛けた罠の正体は、触れた者の記憶を奪う透明な障壁だ。
 この中庭へ続く進路上の至る所に仕掛けられていたのだろう。
 あのシステムの名称が『レーテー』……意味する所は忘却と隠匿だったかな。成程。確かに途中、何かに激突したような感覚がありました。何回か」
『見破った所で、君達にデータを渡す事はできない。時間質量論はオブリビオンが管理する。これは恐らく、僕らの存続に関わる重大な機密だ』
 この障壁を乗り越えてきた、おそるべき猟兵達をここで足止めするためならば、己が永遠と一体化して楔となっても構うまい。むしろそれが望ましい、穣はそう考えているようだった。
 ルゥの存在を意識から抹消し、ふたたび手元のノートパソコンだけに意識を集中する。時間質量論のデータは、このなかに眠っている。
 猟兵も、己が殺した少女……『翁川三枝子』の意志らしきものも、あらゆるものが干渉しえない時の停滞に閉じこもることだけが、穣のとれる最後の防衛手段だった。
 時間質量論の解明。それだけに没頭できれば、少なくともこの地の死守だけはまだ可能だと、思っていた。

 しかし。
 ルゥの行動は『箱庭の主』が描いた計画を、ことごとく超える。
「偽神細胞、投与開始、固有時間制御開始」
 ルゥは白衣のポケットから注射器を取り出すと、己の腕に突き刺し、なにかを投与した。偽神細胞構造体だ――かつてデミウルゴスとの戦いで使われた手段に似ている。
 偽神細胞は、一時的に限界を超えた力の増幅をもたらすが、激しい拒絶反応を引き起こし、数分で肉体が使い物にならなくなる。ルゥの場合は魔術回路燃焼率が異常上昇し、精神が汚染され、やがて自我崩壊に至る。
(ただし、それは通常の時間流であればの話だ)
 時間が止まるとどうなるか。
 答えは簡単だ――崩壊までのタイムリミットがなくなる。

 頭が灼けるように熱い。復脳型電脳電算機が、偽神細胞の影響でオーバーヒートを起こしているのだろう。だが、ヒトが少々熱を出した時、かえって頭が冴えるように、ルゥの思考は加速し、停止した時のなかで、穣へと干渉することを可能にする。
【成功ですね。僕と話をしませんか。時間は無限にあります】
 長らく使用していなかったビデオ会議ツールが突然起動した。パソコンのモニター上に表示されたルゥが話しかけてくるのを見て、穣は驚きを隠せなかった。
『今度はどんな手を使った。時は止まっているし、君の本体はあそこにいる。何故僕に話しかける事ができる』
【僕は……いや、僕も、独自に時間質量論の研究をしています。それゆえに、僕らがこの場で意見交換を行う事は有意義かと。どうやって干渉しているのかの情報も必要なら提供しますよ】
『時間質量論の応用技術なのか? それは……興味深いな』
 明らかに聞きたがっている反応だ。やはり彼も根っからの研究者だ、ルゥはそう思った。
 それから、お互いの持つ仮説や、現在行使できる時間制御技術について、多少の意見交換を行う。
 議論は長時間に渡った。だが、パソコン上に表示される時計は、まったく進んでいない。
『君は変な奴だな。敵味方の垣根を超え、ただ時間質量論について話し合う為に来たのか?』
【お互い様です。研究者とは、総じて変人と呼ばれる宿命でしょう。
 あなたも、僕も、マザーも、誰もが無限の思索を夢見て、禁忌の思想に手を伸ばそうとする。その点には深く共感を覚えます】
『まぁ僕一人で解明できる事などたかが知れてるさ。
 ……取引をしないか? 君はグリモアベースに加担するのをやめ、僕はドクターオロチを裏切り、このままここで時間質量論について共同研究を行う。
 解析が進み、この時間停止プログラムが局地的なものでなくなれば、僕ら二人が誰よりも速く、世界の謎を解く事ができる……』
 ルゥはしずかに瞳を伏せた。
 確かに、彼の思想にはいくつかの共通点を見出す事ができる。しかし、決定的に相容れない点があるのだ。
【残念ですが、断る以外の選択肢はありません。あなたのやり方は非効率だ。
 誰が時間質量論を解明するのか、それはさして重要だとは思いません。全ての人類が同じ時を生き、協力して、一歩一歩未来へ進む事が、真理へと繋がる最善の道だと考えます。
 ……ヒトは、時が停滞を許さずに進むからこそ、あらゆる絶望を超克する事が可能な生き物です。僕はそう思う】
 現実時間にして一秒に満たない、長い長い時間の終わりだった。
 交渉が決裂し、空気がひりつくのを肌で感じる。時が動く。ルゥは拳銃を握り直した。
 体感では、かなり長時間話していた。一瞬で勝負をつけなければ――壊れる。
 ビデオ会議が強制終了し、現実のルゥが『匣庭の主』へ銃口を向ける。
「此処から先は僕らが受け継ぎます」
 中庭に銃声が響く。

 ※

『ジョーくん? やっと止まってくれた。時間止めるとか言ってないで帰ろうよ』
『三枝、子……? 帰る? 何処へ?』
『骸の海。ジョーくん、私以外友達いないんだから、私がいない所に行っちゃダメ』
『……。血痕も、押し花や松ぼっくりも、本当に君が撒いたのか?』
『そうだと思う。誰かジョーくんを止めてー、って思ってたらね、出てきたの』
『君は……僕を恨んでいないのか?』
『恨む? なんで?』
『なんでって……君を殺したのは僕なんだぞ!』
『……ええっ!? そうなの!? 私、殺されてたの!?』
『あ、ああ。故意ではなく、事故だが……まさか、三枝子、君は……知らなかったのか?』
『うん……だってさ、死ぬ時に、あ、死んだな。とか思ってる時間、ないじゃん……。
 その後のことだって、私、死んでるんだから分かるわけないよ。過去になるってさ、そういうことだよ。
 え……事故? なにそれ!? 何があったのかちゃんと話してよ、ジョーくん!』

 ……なんだよそれ。馬鹿みたいだ。
 あんなに時間について研究したのに、僕は――。

 ※

 ルゥの弾丸は『匣庭の主』柳穣の額を貫いていた。即死だったろう。
 肩で息をしながら、ルゥは、彼が最後まで手放さなかったノートパソコンを拾いあげる。
 彼が最期に交わしたと思われるチャットのログが、画面に表示されていた。相手のユーザー名は『三枝子』となっている。その内容を読んだルゥは――。
(出逢えたのか。時を超えて『彼女』に……)
 彼女に導かれた猟兵たちの言葉や行動、ルゥが提供した情報や技術、穣が続けてきた研究の成果――すべてが重なり、ふたりは最期にほんの一瞬、繋がることができたのかもしれない。
 時間質量論の全容は、まだ分からない事だらけだし、ログを見る限り『三枝子』が『ジョーくん』を許したのかどうかには、多少の疑問が残る。
 けれど、時間質量論の謎を解き明かすことが、『三枝子』への贖罪になるなら。
 そして、僕ら研究者の業を果たすことになるなら――また、すぐにでも研究を始めなければならない。彼の遺した研究結果が凝縮されたノートパソコンを、ルゥは大事に抱えた。
 永遠は停滞だ。過去は消費し、未来へ託す。
 それこそが、ルゥの理想とする探求。業を継いでいく覚悟と、信念だ。

 穣の死体が消えていく。そういえば、あの手芸作品のことを聞きそびれたとふと考える。
【新着メッセージがあります】
 その時、通知がきて、チャットが動いた。
【追記! あの松ぼっくりもお花も、ジョーくんと一緒に庭で拾って、私が作ったんだよ】
【ありがとう! あなたと話してる時のジョーくん、すごく楽しそうだったの】
 それきり、『三枝子』からメッセージが届くことはなかった。

 ルゥは、激戦でところどころ焼け焦げた中庭を見回す。誰もいない。
(……『三枝子』、か)
 手がかりは数あれど、結局、彼女自身に出逢った猟兵は誰もいなかった。
 彼女もまた、インビジブル――透明人間だったのだ。その存在を示す確固たる証拠は、この匣庭のどこにもないけれど。
 ルゥは『柳穣』のアカウントを借りて、『三枝子』に、こう返信を送った。

【僕さえ過去になったいつか、誰かが時の全容を明かしたとき】
【過去の骸の中で、またあなたたちと話せる機会を、ほんの少しだけ願っている。】

大成功 🔵​🔵​🔵​


●補遺
https://tw6.jp/club/thread?thread_id=112903&mode=last50

最終結果:成功

完成日:2022年04月29日


挿絵イラスト