●その血脈に毒と狂気は連綿と
失敗した。
女主人はその生前、最期の最期までただその一事だけを悔いていた。
――娘の育て方を、間違えた。
貴い一族の血を繋ぎ、それをより良きものとして残し栄えさせることだけに彼女の血族は心を傾けて来た。彼女を含め一族の多くは尊ぶあまりに濃くなりすぎたその血ゆえ気性にはかなりの難を抱えていたが。
恋を捨てた。愛を投げ出した。自分の人生を捧げて来た。
そうしてとびきりの「良血」であった娘を時の権力に嫁がせて一族の行く末は安泰となる、筈だった。なのに、あの出来損ないはしくじって、一族にまで累は及んだ。青き貴き血の一族は粛清されて断頭台の露と消えた。
諦められない。諦めきれない。あんなにも何もかもを差し出して来たと言うのに、嗚呼、度し難い。許し難い。あの出来損ないめ。
――お前が母親として出来損ないだったのではなくて?
僅かでも弱気になれば脳裏には己の母の酷薄な声が響くのだ。違う、違う違う!叫び出したいと思うのに、結果はこれだ。言い返せよう筈もない。
次などがあるかないかもわからぬが、次こそはもっと上手くやろう。血統が良くともあの顛末に至るなら、血筋はもはや関係がない。ゆえに骸の海より蘇ってからと言うものの、身分も身元も歳も問わずに少女たちを攫って来ては己の「娘」として育て、理想の形を模索して来た。
そうしてまた、失敗した。失望した。何回も、何十回も。
果てに彼女が辿り着いた結論は酷くシンプルなものである。意思など持たせて動かせるから駄目なのだ。いくら言って聞かせて躾けたところで、彼女らに意思がある限り最後には此方の制御は及ばない。
あんなにも愛したのに、慈しんだのに。そのやり方は自覚なく酷く歪なものであれ、それでも確かに、手間もお金も注ぎ込んで来た。
殺すのは易い。だが口惜しい。失敗作の「娘」たちにはせめて自分の役に立って貰おう。女主人は思うのだ。あの出来損ないにはそれさえも出来なかったのだからまだましだ。同じ失敗であれその産物が僅かでも役に立つならあの時よりも救いがある。
嗚呼でも、せめてもう一人、もう一度だけ。次こそは上手く行くかもしれない。諦めのつかぬまま、失敗作が増えてゆく。
だから今宵も連れて来られた新しい「娘」を前に女主人は静かに告げるのだ。
「――これ以上私を失望させないで頂戴」
何度も口にして来た言葉だ。何度も耳にして来た言葉だ。
鮮血を注いだワイングラスを片手に黒い洋扇を揺らす女主人の白く嫋やかなその手には、棘鞭を舌の様に覗かせながら、満月にも似た異形めく眼球が瞳を光らせていた。
●毒母
「地下世界たるダークセイヴァーにも月は在る。かの世界にて、月光城と呼ばれる城塞が散見される話は既に聞いているかね」
グリモアベースに集まった猟兵達へと、ラファエラ・エヴァンジェリスタは訊いた。傍らにて片膝をついて控える己の騎士の伏せたおもてを眺めつつ、もう片手にて揺らす黒い洋扇は何処か忙しなく落ち着かない。
月光城。地下にありながら空に輝く月の満ち欠けに呼応して光を放つその城は、強大な城主の力の下に『第五の貴族』の干渉すら阻む。その周囲の一帯にまさに君臨すると言って差し支えない、人類側からしてみれば危険な存在だ。
「その一つを調査して来て欲しいのだが、城の主も配下のオブリビオンも強化されている。城の主は『月の眼の紋章』という紋章をその身に宿しーーその能力は本来の66倍にも及ぶという」
桁ひとつおかしいのではないかというその力。
第五の貴族も手出しが出来ぬ筈よなぁ。扇を揺らし続けながら、女は肩を竦めて見せる。
「無論、そのままでは勝ち目はない。だが、強化の根源は城の人間画廊(ギャラリア)と呼ばれる場所に囚われた人間たちの生命力だと予知にて知れた。半数ばかり解放すれば強化は解けようーー人間たちの生死は問わぬし、全てを助けられずとも構わない」
随分弱気な物言いに勘の良いものは察しただろう、既に助けられる状態の者ばかりではないのだと。それが伝わっていようといまいと、女は気にせず喋り続けるのだが。
「まずは城内で配下のオブリビオンを斃し、主の玄室へと続く人間画廊で人間たちの救出を。ただ、いずれの場にも罠がある」
仔細は見るのが早かろう。
敵味方さえも区別なく、ただただ悪意に満ちた罠が人間画廊へ立ち入らんとする者たちを阻むのだ。
「主の紋章の恩恵であろうかね、配下のオブリビオン達も相当強い。罠を逆に利用してやるくらいでなければ貴公らとて苦戦するやもしれぬ」
気をつけて行って来ておくれ、と、女は決まりきった文句を口にし扇を止めて、ふと、一言を言い添える。
「そうそう、人間画廊に囚われている人間達だが、主に歳若い女や少女だ。城主は「娘」だのと称しているらしい」
酷い毒親もあったものよなぁ?
乾いた声で笑って女は扇を翻す。傍らの騎士がおもてを上げて、白銀の兜の奥より猟兵達を見つめていた。
薔薇が香り、黒い茨のグリモアが広がって、猟兵達を明けぬ月夜へ連れてゆく。
lulu
ご無沙汰しております。luluです。
毒親もまた被害者なのかもしれません。
執筆遅め、再送の可能性ありとなります旨を予めお許しください。
●1章
強力なオブリビオンとの集団戦。
罠への対処なき場合苦戦判定が有り得ます。
【プレイングボーナス:罠を回避し、利用すること】
●2章
救出劇。
嗚呼、お労しい。介錯もまた慈悲であるかもしれません。
命を諦め切れぬならダイスと言う名の神へとお祈りくださいませ。
前章の罠は健在です。
●3章
ボス戦。「娘」の命と引き換えにした月の眼の紋章の威力やいかに。
募集期限はタグでの告知、オーバーロードその他に関するコメントはマスターページに載せております。
第1章 集団戦
『闇に誓いし騎士』
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POW : 生ける破城鎚
単純で重い【怪物じみた馬の脚力を載せたランスチャージ】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD : 屠殺旋風
自身の【兜の奥の邪悪なる瞳】が輝く間、【鈍器として振るわれる巨大な突撃槍】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ : 闇の恩寵
全身を【漆黒の霞】で覆い、自身が敵から受けた【負傷】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●月光城忌譚
月影もさやけき夜のただ中に、その古城は眠る様に佇んでいた。
天を突く様な尖塔の先、今宵は満ちた月がある。その光を宿すかの様に淡く光を放つ城の威容はいっそ幻想的であると称して差し支えないだろう。
平地に造られておきながらこの城には城壁がない。濠もない。鋭い逆棘を備えた黒鉄の城門も猟兵たちの手に従って随分易く開かれた。手入れの届いた庭を抜け、城に至る道は平坦だ。
物々しくも無粋な護りはこの城には必要のないものだ。不遜にも踏み込んで来た者たちを迎え討つ罠は城の内にこそ張り巡らされているのだから。
天井から伸びた鎖の先にて無軌道な振り子の様に揺れる人の身の丈ほどの斧の刃に、槍が飛び出して来る床や壁、突如落ちてくるギロチンの刃。片や、足元の床とて落ちる。落ちた先にて待つのは此方を向いて聳える剣の群れである。
暗がりでは視認するのが難しい細く鋭い鋼糸が張り巡らされた区画もあれば、矢が雨と注ぐ区画とてある。悪意は無数の形を成して、そうしてそのどれもが一時に襲い来る可能性とて否めない。
猟兵達が足を踏み入れた大広間、シャンデリアが無数に広げた腕の先にて絶えて消えそうな灯が薄明かりを投げていた。嘗ての栄華を偲ばせて壁を覆った割れた鏡は曖昧にそれを暈して返すのみ。
光の及ばぬ影の向こうで、馬たちが荒く嘶く声がする。鉄蹄が大理石の床を蹴る。
名残の様に黒き影を引き、今、暗がりよりいでて怪物じみた馬を駆るのは闇に誓いし騎士たちだ。闇に誓い、闇を纏い、闇にこそ生きる精鋭たち。
猟兵達へと向いた鋭い槍先を、天井より揺れる大斧の刃が掠めて行った。
互い向かい合ういずれかがあともう一歩を踏み出したなら、戦いの火蓋が切って落とされる。
朱酉・逢真
心情)母の心子知らずとはよく聞くハナシ、されど母とて子心知らず。なれば闇伝い届いた声は、起きうるべくして起こった過去か。悲劇と呼ぶ者も居よう、喜劇と嗤う者も居よう。然れどこれらは劇あらず現、なれば残るは観客にあらず。サテ・見届けに行くとしよう。喜びも悲しみもすべては過去、"いま"にあっちゃアならンでな。
行動)透過した宿(*カラダ)で通り抜けよう。もちろん、罠の上をな。相手が見とがめて襲ってきたら、そのまま罠に真っ逆さまさ。俺は歩くだけさ。地面さえ踏みしめずにな…ひ、ひ。
●闇に誓いし存在は闇の底より神を呪いて
栄華の名残を匂わす鏡の間を朱の瞳が見つめていた。敵は闇に息を潜めて、無数の罠も今は静かだ。天井から刃を揺らす鎖の軋む音だけが在る。薄闇に身を置いてそれを眺めるのは朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)。これほどに暗がりに馴染む男も他にあるまい。
(母のココロ子知らず、か)
よく聞く話だ。母がその子に何を思って何を言って聞かせたところで結局は別の「個」である以上、本当のところは伝わらぬ。だがその逆もまた然り、母とて子の心の全てを知るものではないのだ。だが知ったとて如何であろうか。知ればこそ赦せたものか、赦せぬものか。
畢竟それは悲劇であったか、はたまた喜劇であったのか。劇であるなら決めるのは観衆である第三者、そのいずれかの声高い方へと決しよう。然れど伝え聞くところによるならばそれは劇ならず過去に起きた現であって、演者は役者ならぬ生身の人の子らである。観客もなければ批評家もおらず、決めるのは当人達に他ならぬ。ゆえにその結末をこの神が見届けてやろう。それが悲劇であれ喜劇であれ本来は遥か過去へと置いて来るべき結末だ、「今」へと浮かび上がらんとするならば見届けた上で静かに丁寧に過去へ沈め直してやるのが筋である。
唐突に逢真の背後より湧き出でた気配がひとつ。異形めいた馬が嘶く。馬上の騎士の兜の奥の瞳は伺い知れないが、刺さる様な視線は敵意十分だ。
サテ、と逢真は思案する。馬と見て脳裏を過るは己の可愛い眷属たちだが、そのいずれかを喚んでやるまでもないだろう。幸い此処には便利な舞台装置が山とある。
思案の間さえやらぬと言う様に、馬上より逢真へと振り下ろされる鉄塊めいた槍がある。得物の重さは勿論のこと、騎士の力も怪物じみた馬の脚力をも乗せた重い一撃が振り抜かれ、大理石の床を派手に砕いた。本来はそれでこの戦いは終いの筈だ。だがしかしその暴威をまともに受けた筈の逢真は平然とその場に立ちて在る。透く様に白いその肌が文字通り淡く「透けていた」。
【幾何の幻蛇(ダオロス)】。その異能は病毒の神がこの浮き世に顕現するに際して用いる仮初の姿、「宿」たる朱酉・逢真の体を透過して万物の干渉を寄せつけぬ。
たじろぐ騎士に視線も向けず逢真が気ままに歩みを向ける先、振り子の様に揺れて宙を斬る斧がある。心臓の高さを狙って壁から飛び出す槍や、降り注ぐ矢の雨も本来はそこにある。それらをこの場に設けた者の悪意がいかに強かろうとも、この神の身には届かない。発動さえもせぬままだ。いかな罠とて神の御幸を妨げぬ。
床さえも踏みしめぬまま逢真は悠々と回廊を目指す。それを見咎めた騎士達が馬を駆る。逢真の足取りを見てその道に罠が不在と錯覚したか。目に見える脅威たる揺れる刃は流石に避けつつも、湧いて出た様な槍に貫かれ、降り注いだ矢に射落とされ、逢真へと追い縋る者は勝手に数を減らしてゆく。
逃げもせず焦りとてなく緩やかな足取りで歩む逢真の背後へと辛くも迫った騎士の足元で床が開いた。悲鳴じみた嘶きを上げて宙を掻いた馬諸共に騎士が四角く口を開けた闇へと落ちて行く。その底で待ち受けるのは剣の山、刃の抱擁はさぞかし冷たく深かろう。
「……ひと思いに楽になれてりゃ良いンだが」
天気の話でもする様などうでも良さで呟いて、ひ、ひと逢真は低く笑う。ここに至るまで逢真は歩いていただけだ。敵が勝手に敵方の罠で自滅した。だがしかし、或いはそれはこの神なりの慈悲であったやもしれぬ。逢真の身に触れたものはその病毒に蝕まれ腐り落ちるのだ。殊に命はよく腐る。それが過去に沈んだものであれ、仮初と言えど今に形を持つ以上例外などは有り得ない。
果たして罠にかかるのと生きながら腐り果てるのと、どちらが楽であっただろうか。
逢真が振り向きもせぬ闇の底からは未だ絶命し切れない人馬の呻く声がする。
大成功
🔵🔵🔵
マリアベラ・ロゼグイーダ
◎
まぁまぁ…月光城に住まう噂の女主人様にご挨拶をとお伺いしたけど素敵なをおもてなし、大変嬉しく存じますわ
ならばこちらも相応の礼儀を持ってお返ししないと失礼に値するわね
罠が散りばめられているのね
第六感も利用しつつ慎重に回避して…いえ、折角だから罠を利用するわ
床に仕掛けられた罠を把握できたら単独行動する騎士を挑発してその罠へ誘い込む。攻撃は見切りを駆使してギリギリで避け、反撃はそこそこにあくまで誘い込むことを重視
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ
罠は作動すれば接地している馬に大きな被害が行くでしょうし、騎士の注意がそちらへ行っている隙に上の騎士に近づいて首を狩りましょう
●その導きは闇を裂き、闇へと堕ちた者たちを屠りて尚も煌めいて
「まぁまぁ……」
金絲雀よりも澄んだ声は斯様に澱んだ暗がりに似つかわしくない賜物ながら、滲み出る呆れの色は流石に隠せない。マリアベラ・ロゼグイーダ(薔薇兎・f19500)は細い指先を口元に当て、その先に継ぐ言葉を思案する。
ダークセイヴァーの月光城、噂にはよく聞き知った存在だ。その女主人にご挨拶でもと訪れてみれば何たることか。
何もウェルカムケーキと淹れたての紅茶でもてなされることなど期待していた筈もないのだが、それにしたって随分と鉄錆臭いもてなし方もあるものだ。闇の奥より此方を睨む人馬の瞳は数知れず、ご大層な人員を割いてくれているであろうことは想像に難くない。実に有り難くないことに。
ゆえに、見通せぬ闇の彼方へと、澄ました声にてマリアベラは告げてやる。
「素敵なおもてなし、大変嬉しく存じますわ」
斯くも礼儀を尽くしてみせたところで返る言葉などありはせぬ。闇より返る敵意が濃さを増すだけだ。なればこそ此方も相応の形で返さねば礼を失すると言うものである。彼女の慕う兄とてこの場に居たならばきっと同じ判断に至るだろう。
行く手には振り子の様な刃が揺れている。マリアベラの軽やかな身のこなしをもってするならば躱して駆け抜けることは易けれど、しかしあれらは所詮陽動の様なものであろう。こうした場では目に見えぬものの方がよほど悪辣であると相場は決まり切っている。
円らな瞳の元来のあどけなさを誤魔化すかの様に気持ちばかり濃く跳ね上げたアイラインの下で、翠眼が薄闇の奥を見据える。見目にはそうとは判らぬ程度に精巧ながらも、あまりにも広く何の変哲もない様な床、周りに何もないくせに褪せた血飛沫を浴びた壁などダウトだろう。それは勘だが、数多の戦地を生き延びて来た兎の勘は違わない。
ふと、先の先まで細い鋼糸が張り巡らされた一帯が目に留まる。『導く者』の名に恥じぬ切れ味の白銀の刃にてそれらを断ちながら駆け出す脚は速かった。
「さて、何方がエスコートしてくださるかしら」
敢えてその狭い道を駆け抜けて、優美なる薔薇の兎は長い耳を揺らしつ、闇より出ずる者たちへ挑発を向けてやる。
「それとも、私がエスコートして差し上げるべきかしら?」
鋼糸を断てども罠は尽きず。背後に襲い来る気配たちへと牙を剥く無数の罠をマリアベラは振り向かぬ。安全な場だけを見極め選んだ彼女の足取りをそのままに過たず辿り追いかけて来た者は僅かに一騎。敢えて追いつかれるぎりぎりまでも引き付けて、マリアベラは足を止めた。
真直ぐに落ちて来たギロチンの刃が馬の首を落とした。突如眼前に上がる血飛沫に馬上の騎士には俄には何が起きたか判るまい。その濃密な血襖の先、身を翻して剣を構えたマリアベラの刃が己の首の高さで待つことも。
此処までを駆けて来た勢いのまま、首を失くしても馬は止まれぬ。その勢いを借りるようにして白銀の刃が騎手の首を断つ。
「もう少し穏便なおもてなしの方が私は好きよ」
白い頬へと散った返り血を指先で拭い、抜き身の剣を携えたままマリアベラは踵を返す。
この先に人間画廊があるのだろうか。
闇の向こうはまた闇だ。
大成功
🔵🔵🔵
フォルク・リア
◎
罠と敵を観察し
「踏み入れた者を区別なく殺戮する。
闇の中の敵も罠の一部、と言ったところか。」
死を恐れないどころではない。
既に死を越えた存在と思って差し支えないか。
シャイントリガーを発動。
闇の中に狙いもつけず光線を一筋放ち、それと共に直進。
【残像】を残し敵の攻撃を躱し
フレイムテイルに灯した炎で罠を【見切り】
落ちる床に敢えて踏み込み敵を道連れにしつつ
自らは龍翼の翔靴で跳躍して逃れ
罠のギロチンや槍はスカイロッドの風弾や空圧を操り
無理矢理軌道を変え敵に飛ばす。
敵が傷を負った隙を逃さず
シャイントリガーの熱線で霞ごと焼き払う。
「如何に行く手を阻もうと行かせて貰う。
先に待つのがこれ以上の困難だとしても。」
●無明を照らす光は慈悲ならず
この場の罠はどうやら無機物ばかりではないらしい。
白いフードを縁取る金飾の下から闇の奥を見据えて、フォルク・リア(黄泉への導・f05375)は冷静に戦地を観察した末に静かにそうと結論付けた。
闇の向こうで姿の見えぬ馬が嘶く。鉄の蹄が床を掻く。馬上の騎士達は息を潜めれどやはり殺意は十全らしい、総毛立つ様な視線が肌を撫でて来る。この場に於いては闇に潜んだ敵そのものが罠であるとも言うべきか。
(死を恐れないどころではない。既に死を超えた存在と言って差し支えないか)
意思など持たぬ罠たちは敵も味方も区別はしない。生身でその中に躍り出てその一端を担うなら、彼らも覚悟は済ませているのであろう。
であれば、引導を渡してやろう。別に泣いて喚かれようと成すことは何も変わらぬが、覚悟が出来ているならば話は早い。
フォルクが闇へと向けるのは魔本が姿を変えた黒手袋に覆われた指先である。
光あれ、と締め括るその詠唱。いずれかの世の聖典で何処ぞの神はまず最初に光を成したのだと言う。闇と光は表裏なれば、神も見捨てたこの暗がりに、彼こそが眩き光を齎そう。
【シャイントリガー】。
一条の光が闇を駆け抜けたのは瞬時のこと。なれどその異能が齎す光量も熱線も太陽光にも比肩する。
昼の日中と同じ明るさで照らし出された大広間にて、光は闇に息づく者たちを焼き焦がしながら、刹那、全て等しく曝け出す。闇に慣れた目を焼く眩さに面食らった騎士達に見ることなどは能わぬだろう。唯、フードの下に秘されたフォルクの瞳だけが敵の姿も罠の所在もしかと映して記憶していた。
手首を返した黒手袋は、その手のひらにひとひらの炎を浮かべ、今また再び降りた無明を照らす。それは己が道行きを照らす為の灯火ならず。言うなれば、敵を誘き寄せる為の誘蛾灯。
ーー黄泉への導、此処に在り。
闇に浮かび上がる白い横顔の、端正な口元には薄い笑みがある。灯を目印に襲いかかった蹄が槍が、踏みしだき、穿ったそれは残像だ。戸惑う騎士らを返しとばかりに迎え撃つのは、仕掛けられていた罠たちである。少し先に立つフォルクへと注いだ筈の矢も剣も、落ちてきたギロチンの刃さえ、風の魔杖の導くままに弾かれた様に軌道を変えて騎士達の身を襲う。ならばと流すその血を代償に黒き霞を纏って彼らが力を増したところで、苛烈な陽光にも似た熱線がその霞さえ散らし焼き焦がす。
罠も熱線も逃れた一騎が踵を返したフォルクを追った。瞬間、フォルクの革のブーツが踏み締めた床が沈んだ。躍り掛かった騎兵諸共、床の落ちた足元に四角く開いた闇へと二人飲まれてーー否、フォルクは風の力を宿した靴にその身を支えられ、中空に佇んだまま。その真後ろを墜ちて行く騎士の兜の奥の瞳は如何な驚愕を浮かべたことか。
鉄のぶつかり合う音と、生身が鋭い刃に刺し貫かれる湿った音がした。闇の縁へと血が撥ねる。眼下に広がる筈の血の海をフォルクは見ないまま告げた。
「如何に行く手を阻もうと行かせて貰う。ーー先に待つのがこれ以上の困難だとしても」
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
◎
恐るるに足らず
罠に掛かっても尚、俺が抜け出す方が速い
強引に突破して囚われた人達への元へ早く駆け付けたいのだが──
「……そう上手くいく筈もあるまいな」
聴こえる禍々しき蹄の音
重い鎧の音
──片脚を引き、居合の態勢を取る
勝負と行こう
振り子のように揺れる巨斧も
雨の様に降り注ぐ矢も
槍やギロチン、落ちる床でさえ己の武器とする
空を駆るよう足場にし、時には斬り砕き隠れ蓑にし
躊躇いもなく果敢に攻め込み、間合いへ
騎士が視認した時にはもう遅い
喚び放たれた夜が、この一閃に更なる加速を与え
然し戦場にて相対する相手として敬意を以て、討つ
──立ち止まってはいられない
俺は進まねばならない
苦しむ誰かが、涙を零す誰かがいるのなら
●闇に沈めど忠義の志士に黒き魔王は名誉の戦死を賜りて
恐るるに足らず。
月光城に足を踏み入れたのは百戦錬磨の猟兵揃いと言えど、この場に潜む無数の罠をその一言にて片付けた者はこの男、丸越・梓(零の魔王・f31127)の他にない。
振り子の様に単調に揺れる鉄塊の様な巨大な斧は見切るは易く、その足下より飛び出す剣も降る雨の矢も、梓が翻す外套の裾先にすら触れることもない。いっそ試しに罠にかかってやったところで、抜け出すことは造作もなかろう。とは言えこの先に囚われた人間たちが居るならば今は寸暇が惜しい。ゆえに薄闇に於いてなお一際に沈む闇を纏った魔王は駆ける。
耳に障る重い金属の音がする。騎士が、その騎馬が纏う甲冑の立てた音だと目にする前から知れていた。桜の名を持つ愛刀の鯉口を切り、片脚を引いて居合の姿勢で振り向きながら梓は闇に誓いし騎士たちに告ぐ。
「勝負と行こう」
刃を鞘から抜かずとも構えた刀の角度や足先の向き、その存在がこの場の空気を張り詰めさせるかの様な隙の無さ。その手腕なら無言で先制を為すことも出来たであろうに堂々と告げてみせた魔王に、最も近く対峙した騎士は剣を手にしていたならば捧げた筈の剣礼代わりに黙礼のみを返して槍を構えた。
天井より釣られて揺れる巨大な斧の刃が二人の間を過る。だがそれが過ぎ去らぬまま、地を蹴ったのは梓の方だ。空を駆ける様な足取りが踏むのは巨斧の上。
抜刀。刹那、夜が降りる。
【侯爵(マルキオ)】。
この場を満たす薄闇などはまるで仮初めの闇のよう。対して降りた色も質量さえも持つかの様な深き夜は魔王が支配する領域だ。
梓の刃が冴えを増す。重力さえも思わせぬ軽やかな身のこなしのくせをして、馬上の騎士さえ見下ろす大上段からの一閃は何故鋼鉄の鎧さえ断ち切る程に重いのか。馬上から崩れ落ちた一騎を前に、他の騎士とて黙っておらぬ。騎士道などはこれまでだ。相手が遥かな格上と目に見えて知れている以上、左様な儀礼は命取り。梓が地を踏みしめるのも待たぬまま、四方よりその身を狙う矛先に、高く振り上げた異形めいた馬の蹄に、けれども喚び放たれた夜に力を増した魔王の刀捌きが遅れを取ろう筈もない。誇りをかなぐり捨てたかの様な多勢に無勢、だが互い戦場に立つ身であれば魔王はそれさえ赦してやろう。その上で、敬意を持って討ってみせよう。
ひとところに人馬が集えば必然、牙を剥く罠も数を増す。壁から床から湧き出た槍や剣、最悪を狙って落ちて来る刃、或いは最初からその場にて息を潜めていた鋼糸。それらが慈悲なく騎士らへと向く。
罠にかかって捨ておけばいずれ死を待つばかりのその誰にも梓は敢えて刃を振るい、終止符を打つ。味方の罠に斃れたなどと彼らの誇りが許すまい。だがしかし、敵の刃に斃れるならば、誰も彼もが名誉の戦死。
「お前たちの忠義は俺が見届けた」
やがて臥して動かぬ屍たちを背に梓は刀を鞘に納めて言い放つ。決して歩みは止めぬまま。
屍山血河を敷いてでも梓は征かねばならぬのだ。この先に、苦しむ誰かが、涙を流す誰かが居るのなら。
大成功
🔵🔵🔵
ダリル・ブラント
◎
おやおや
爪先に落ちた剣に溜息を落とし
とんだおもてなしがあったものですね
『第六感』で罠の場所を察知して
『見切り』と『軽業』で罠をかわす
ああ、怖い、怖い
私はトランプ兵では無いのですから首を落とされるのは御免です
こんなに罠が多い上に
困りましたねぇ
勇ましい騎士の姿に溜息はますます深く
楽しいおもてなしにはこちらも礼を尽くさねばいけませんね
「Hedgehog dream」
『吸血』と『生命力吸収』の針を持つ鼠を呼ぶ
窮鼠猫を噛むと言うでしょう?
追い込まれれば鼠でも牙を剥くのですよ
まぁ、彼らは牙というより針ですが
では、楽しいクロッケーの時間を始めましょうか
白も黒も赤く染め上げませんと
首を刎ねられてしまいます故
●鼠たちの狂騒曲
「おやおや」
ダリル・ブラント(泡沫の夢・f19757)は小さく溜息を落とす。鼠の耳が拾った微かな風切音にふと立ち止まった爪先を掠める様に剣が落ちて来た後のことだ。
輝きをとうになくしているとは言えど此処はかつての鏡の間、せめてもう少し優雅なもてなし方をされて良さそうなものである。たとえ舞踏会のただ中であれ、その色味が些か派手ではあれどもダリルの仕立ての良いスーツ姿はドレスコードを大きく破る様な非礼はない筈だ。
「とんだおもてなしがあったものですね」
なのにどうして数歩を歩んだ先で今度は首を腹を狙う高さで飛び出して来た槍を躱して一人でシャッセ・ロールにオーバースウェイ等披露してやらねばならぬのか、この場はあまりにも悪意と不条理に満ちている。トランプ兵ではなく眠り鼠たるこの身は首を落とされる訳には行かず、ゆえに苦言のひとつ呈したところで罰は当たるまい。無数の罠に踊らされ、せめて洒脱なダンスパートナーの一人居たならば未だ納得も行こうものをーー否、相手ならば無数に居た。行手を阻む様にして立ちはだかる闇に誓いし騎士達が。
「困りましたねえ」
人馬共に重装備、ワルツの相手に手を挙げるには物騒なその装いに眠り鼠の溜息は濃さを増すばかり。しかし趣向はさておきこうしてもてなしを受けたからには、こちらも礼を尽くさねば。
「この身は一つきりですので、皆様とワルツをご一緒する訳にも行かずーーそうです、楽しいクロッケーなどいかがでしょうか」
【Hedgehog dream (ハリネズミノマドロミ)】。
八十を超える針鼠達が喚び出され、縦横無尽に広間を駆ける。
眠り鼠が折角小粋なクロッケーの誘いを向けてやったと言うのに騎士達が下馬してくれよう筈もなく、突如現れた針鼠達をボール代わりに向こうは勝手にポロに興じる有様だ。ボールを追うのみならずよもや追われることになろうとは、剰えそのボールが棘を持ち宙を翔け、血と生命力を啜り上げて来るのではマレット代わりに振るう槍にも力が入ろう。随分と命懸けの遊戯もあったものである。
「窮鼠猫を噛むと言うでしょう? 追い詰められれば鼠でも牙を剥くのですよ」
とは言え鼠らは牙など持たぬ。その身を固い針で鎧って体当たるのは、噛むより厄介かもしれないが。
針鼠たちが齎す狂騒の中、ダリルは人間画廊を目指して歩み出す。白も黒もない。全てを赤く染め上げなければ女王のご不興を買ってしまうのだ、それではそれこそ首が飛ぶ。とは言え敵も人馬共に鎧を纏う、それも紋章を持つ主人より強化を受けた存在なれば、針鼠達が押され出すのも時間の問題だろう。尚も向けられる槍を、仕掛けられた罠を掻い潜り、眠り鼠は暗がりの先へと急ぐ。
大成功
🔵🔵🔵
ジュジュ・ブランロジエ
○
怖い!
でも女の子達を助けるためにも早く突破しないと!
違和感を察知できるよう気を配り第六感を研ぎ澄ませつつ駆ける
まずは逃げの一手!
振り子の刃のタイミングを見切り早業で避け
罠に利用し敵との距離を稼ぐ
罠がある所は造りが少し違うから風の流れが変わるかも
水と風属性の魔法でメボンゴの手から霧吹きみたいに細かい水を出し風の動きを読み易くする
風が上に流れている所の床は踏まない
下に落とし穴ある
流れが他と違って不規則になってる通路は壁に仕掛けがあるよね
床踏んだら槍が出てくる罠かな
魔法の傘で床を踏まぬ様浮遊
風属性衝撃波を推力にして素早く罠エリアを抜ける
保険でオーラ防御も
こっちだよ!と敵を呼び罠に
嘘っ、まだ動けるの!?と動揺
てっきり倒したと思って対応が遅れ咄嗟にナイフ握るが
これ、太刀打ちできる!?
無自覚の内にUCが発動
黒きオブリビオンの声や気配は認識できない
それでもなんだか心強い気持ちになる
ナイフを振るい斬撃
ナイフってこんなに斬れたっけ?
『今日は切れ味鋭〜い!』
私が強くなったのかもと笑い
…うん、もう怖くない!
●夜霧の向こうで闇には闇を
『大丈夫だよ!怖くないよ!』
ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)の腕の中の白兎頭の人形が殊更明るい声を上げる。
そうして無意識に己を鼓舞せねばならぬほど、正直に言えばジュジュは怖いのだ。歴戦の猟兵である一方で、その肩書きを剥がしてみればジュジュとて一人のか弱い少女に過ぎぬ。悪意が形を成した様な罠の数々も、殺意を滾らせた敵も、正体も所在も知れぬとあれば尚更恐ろしい。
怯えは気取られるものである。
捕食者達はいつだって怯えを見せたものへと襲い来る。恐怖に足を竦ませた者ほど易く狩れると本能で知っているがゆえ。それはこの場の闇に潜んだ強化オブリビオンとて同じこと。
なれば尚更立ち止まるまい。ジュジュは恐怖を殺すことこそ出来ずとも、ここまで死線を潜った分だけ上手く飼い慣らす術は知っている。何よりもこの先に囚われた少女達を救わねばならぬ、その使命感に背を押され、背後に聞いた馬の嘶きを振り向かないで走り出す。
恐怖ゆえに人は考えて、その勘を研ぎ澄ますものだ。振り子の様に迫る刃の先をジュジュが軽業の如き身軽さで紙一重で駆け抜けたなら、刃は追い縋る騎士達を妨げて刹那の時間を稼いでくれる。
その刹那をも駆けながら、彼女が腕に抱く白兎の手のひらより霧の如き細かな水魔法が前途へと放たれた。薄闇に朧に漂う夜霧の如き水滴は微かに残るシャンデリアの灯に茫と浮かんで、空気の流れをしてその目に見せしめる。風のない筈のこの場所で気流が揺れるのであれば、壁か床かに隙間があろう。そうと見て取ったジュジュは周り込む様に横合いから襲い来た騎士の眼前で敢えて怪しい床を踏む。床より生えた剣山が鎧に護られぬ腹の下から馬体を貫く傍らで、奥へと向かう床も怪しい。しかし背後より別の一騎ともう距離がない。罠があると感じ取られた床を駆けるフリをして大きく跳んで、白い日傘を開いてジュジュが宙へと逃れて振り向けば、勢い込んで駆けて来た数騎の人馬が槍と剣の餌食になったところであった。
風の魔力を授けた日傘で、栗色の髪を揺らしてジュジュは中空をゆく。だが待ち構えていたかの様に高く張り巡らされた鋼糸が行く手を阻むのだ。とは言えジュジュとてまるで備えがない筈もなし。用心の為に施していたオーラの護りで鋼糸が白き柔肌に届くを防ぎ、ふと、傘を閉じて地に降りる。ただの勘なれど正解だ。半歩先へと狙い澄ました様にしてギロチンの刃が落ちて来た。
振り子の刃の揺れる他には音もない空白の後、少女の背後に殺気が湧き立ったのは突然だ。兜の奥に赤い瞳を光らせて、闇に誓いし騎士がその槍を構えて斯くも間近に迫るのをジュジュの翠の瞳は動揺の内に映し出す。
薄闇の向こう、穂先を揃えて壁より飛び出した無数の槍に縫い止められた騎馬がある。罠にかかって動けぬだろうと踏んだその一騎、けれども騎手は纏う鎧ゆえに急所は逸れていたのであろう。
主君の紋章の齎す強化に加え異能にて速度を増した槍先は神速と呼ぶに等しく、身を護ろうにもジュジュが手にしたナイフの刃渡りでは届くまい。そうと知りながらせめてもの抵抗に振るうナイフの健気なことよ。
振り下ろされた槍が、斬れた。確かにジュジュが刃を振るった軌跡の先のことではある。けれどもその刃渡りは、鋭く重い刃で両断したかの様な太刀筋は、ナイフが成したとは思えない。
兜の下の騎士の瞳がジュジュの背中へと向いたことには彼女は気付かない。彼女の背後にて奢侈な黒が間合いの長い刃を携えて、その唇に弧を描く。
その禍々しき存在は明らかにオブリビオンであり、深き闇そのものである。何故それが猟兵等に加護を齎しているのであろう。理解の及ばぬ苛立たしさを向けるかの様にして切られた槍の穂先を残した一端を握りしめ、騎士はなお少女へと殺意を向ける。
【花盗人に断罪を(シケイシッコウ)】。ジュジュの意識とは別に発動したその異能、彼女にはその発動した事実さえも知り得ない。
ジュジュが振るうナイフの刃が本来は到底届かぬ筈の間合いの敵を斬って断つ。
『今日は切れ味鋭〜い!』
「私、もしかして強くなったのかも!」
加護などと呼べた代物では決してない。今、ジュジュの為に刃を振るう存在は彼女を護るつもりでありながら、彼女の命を削りながらしか顕現することは能わない。その存在を露も認識出来ぬのに、彼女が覚えた心強さは何であろうか。
「もう怖くない!」
闇より踊り出る敵も罠をも含めてジュジュへと仇なすものたちを斬り伏せてその道行きの安全を確保した後で、彼女の背後に寄り添う黒は静かに歩みを止めた。胸に手を当て、遠ざかる少女の背中へと深き一礼を捧げて闇へと溶けてゆく。
何かに気付いたかの様に耳を立てた白兎がジュジュの肩越しに振り向いた時、血濡れの鎧や壊れた罠が散らばる闇に立ち動くものはもはやなく、不気味なまでの静謐が横たわっている。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『大量の怪我人や病人を救え』
|
POW : ●『運搬する』:怪我人や病人を、または薬や道具などを運搬する。
SPD : ●『処置する』:瞬時に症状を見極め、自分の持つ技量で適切に処置する。
WIZ : ●『祈祷や儀式をする』:自分の魔術的な知識で治癒の祈祷や儀式を行う。
👑7
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●その身が朽ちれど踊り明かせよ
扉を開けた瞬間に、腐り爛れた果実の様な甘い匂いが満ちていた。それが腐臭を誤魔化す様に濃く振り撒いた香水の香であると後に猟兵たちは知ることになる。
この月光城の舞踏会は、鏡の間の奥で開かれていたらしい。
女主人の人間画廊(ギャラリア)は、画廊と言うより等身大のドールハウスとでも称した方が近かろう。そこにタイトルを冠するならば、ワルツのさなかに時が止まった舞踏会場。夜会に相応しく贅を尽くした装いで着飾らせられた娘たちはいずれもさながらマネキンか何かの様にポーズを取らされ「展示」されている。回廊の片隅にはご大層なオーケストラだ。クラヴィーアに向かう者、菅弦楽器を持たされた者。
いずれも身動きが出来ぬのは操り糸めく細い鋼糸がその身を戒めている為だ。無理に足掻けば肌を破り、骨にまで至る傷を成す。そのくせ骨を断つには至らぬがゆえ、四肢が腐れど力尽きれどその場に頽れることさえ許されぬ。鋼糸が抉る四肢の傷から、高くライズしたままの足の先から朽ちてゆく。力尽きても踊り続けよ、踊り明かせよ、夜は明けぬ。
娘たちがこの場所に連れて来られた時期はまちまちらしく、傷の程度もそれぞれだ。既に事切れたものたちを除いたならば、その傷の酷く重いものとて、壊死した四肢のひとつふたつを切り落としたなら辛うじて命を繋ぐことは叶うだろう。しかし過酷なこの世界、齢からして短くはないやもしれぬその余生、その身で生きて行くことは果たして幸せであるのだろうか。この場で一命を取り留めたところで元より生活の苦しい村に帰された暁に、愛すべき隣人たちより厄介者の扱いを受けて終生暮らして行くことなどは。
「助けて!もう死なせて……!」
「お願い……楽にして……」
縋る様に猟兵達へと訴えかける声がある。此処とは異なる世であれば応えて介錯してやることが慈悲になる場合とてあるやもしれぬ。
だがしかし、猟兵達は知っている。
折しも最近彼らに知れた、この世界の酷く不条理で残酷なその真理。この常闇の世に於いて、どれだけ願えど死などは救いたり得ない。死んだその先に待つものは苦痛に満ちた次の生である。
幸いなるかな、哀れなこの娘らはその真実を未だ知らぬ。教え諭して宥めてやるのも、黙して伝えず束の間の安息の夢を見せてやるのも君次第。地獄に生かすか、地獄に送るか。さて、救いとは何であろうか。
ただ客観的な事実のみを言うならば、猟兵達がその職務として使命を果たす為だけならば、この場の者の半数を逃すか殺すかすればそれだけで事足りる。
地獄を齎す覚悟の出来た者から、地獄の門を潜るが良い。
【マスターコメント】
人間回廊(ギャラリア)に囚われた女性たちを解放してください。
逃すも殺すも「解放」です。逃す場合には全ての戦闘終了後に脱出させますがゆえ、逃亡時の配慮や策はプレイングには不要です。
囚われている人間の50%以上を「解放」した場合、三章に於ける月光城の女主人の紋章はその効力を失います。
マリアベラ・ロゼグイーダ
◎
グリモアベースで聞いてはいたけど、ここの主人はイイ趣味してらっしゃるわね
生きるのも殺すのもできるけど、勝手に私が決めてあの世で勝手に恨まれても困るもの
選んでちょうだい、お嬢様
あるかもしれない幸せを夢見て生きてから地獄へ行くか、ここより先の辛い地獄へ行くかを
知恵か手に職あればどうにか生きていけるでしょう。人生は分からないもの、もしかしたら幸せになるかもね
辛い地獄なんてない、本当はあるかもしれない永遠の安息を望むのも
決めるのはあなた
生きたいのなら何が何でもこの城から出してあげる
死にたいならここで首を落としてあげる
都合よくあなたを救える白馬の王子様なんてここにいないのよ、悲しいけどね
●夢物語に訣別を
人間画廊の名からしてその空間の悪趣味なことは知れていた。加えてグリモアベースで聞いた話を加味すれば、この城の女主人の趣味はなかなかのものである。
鏡の間の奥で開かれる舞踏会。少女から年若い女達まで女主人が「娘」と呼ぶそれらを人形の様にして展示したその場は事実、前情報を踏まえた上でマリアベラ・ロゼグイーダ(薔薇兎・f19500)をして「イイ趣味」と言わせしめる悪辣さであった。
片隅に楽団らしき一団を備えながらもこの場を満たす音などは苦悶に満ちた呻きだの発狂した者たちの譫言だのしかありはしない。
それらが一斉に塗り替えられたのは華燭に白く浮かび上がるこの薔薇兎の姿を娘らが見咎めてより。傷の浅い者たちが助けを乞い願う傍らで、もう到底五体満足での帰郷等望めぬ者は殺して欲しいと叫ぶのだ。
白い兎耳にてその一切を聞き届けたマリアベラは淑やかな足取りで手近な一人の少女の元へ歩みを寄せる。
「お願い、死なせて」
爪先立ってのシャッセの途中に止めた足の先から朽ち果てた少女の両脚は一目で手遅れと解る有り様で、もう治癒を望むべくもなかろう。それを見てマリアベラは静かに彼女に語りかけるのだ。
「この世界では死は救いではないと聞いているわ」
そうして話して聞かせてやるのはこのダークセイヴァーの理だ。この地で死した魂たちに安寧などは望むべくもなく、上層に生まれ変わったその先で待つのは新たな苦痛に満ちた生と死だ。
ーー逃げ場などない。
「どうしてそれを話したの?」
話を終えた白兎の言葉に少女は絶望を滲ませた蒼い瞳を瞠って問うた。
「何かの選択をする時には正しい情報が必要だと思わない? 私が勝手に決めて後で恨まれても困るもの」
「どうして夢を見せてくれないの?」
「あら、夢なんて見たかったの? 」
どう転ぼうとも為すのは現実の選択であるべきこの局面で、夢などと如何にも危うい逃避である。だが、逃げ出したくもなる心理は解る。ゆえにマリアベラは言葉を重ねた。
「今のこの世でだって、知恵か、手に職さえあればどうにか生きていけるでしょう。人生は分からないもの、もしかしたら幸せになれるかもね」
半ば突き放す様にして花の唇が告げるのは随分シビアな話であった。だが、夢ならば斯様に耳の痛くなる様な条件などは付かぬもの。裏を返せばその条件さえ満たすなら現実たり得るやもしれぬという一条の希望もそこにある。
「でもその一方で、死の先に辛い地獄なんてない、本当はあるかもしれない永遠の安息を望むのも自由よ。ーー決めるのはあなた。死にたいなら首を落としてあげる」
その手に携えた銀の刃の煌めきが、彼女の言葉が決して嘘やハッタリではないことを告げていた。
示された二つの選択肢。先まではその片方は少女が棄てていたものだ。
暗く澱んだこの場所に都合良く全てを叶える白馬の王子様など居はしない。見目には己とさして歳も変わらぬ、か弱き白兎さえもがこうしてか細きその手に剣を取らねばならぬ事実が告げている。
「……生きたい」
やがて長き沈黙の後に絞り出す様に少女が告げる。
「わかったわ」
導きの名を授かる白刃が彼女を戒める鋼糸を断ち切った。
舞踏は終わりだ。夢物語にも決別しよう。
その足には硝子の靴など二度と履けまい。王子様とて迎えに来ない。それどころか立ち歩くことさえ儘ならず、だが這ってでも生きるとひとたび決めたのならば、せめてその新しい門出までは導こう。ーーその先のことは知らねども。
「少しだけ此処で待っていて。何が何でもこの城から出してあげる」
倒れ込みそうになる少女のその身を抱きとめて、そっと床へと横たえてやりながらマリアベラは確かに誓う。
その様を見て他の娘たちから上がる声は様々だ。マリアベラは彼女達へと振り向いて問う。
「あなたたちはどうする?」
選ぶのはあくまで彼女達。返る答えが如何なものでも薔薇の兎は意に沿って、行き先を決めた者から導こう。
成功
🔵🔵🔴
朱酉・逢真
心情)救いは俺の担当じゃアない。生きてるいのちを刈り取りもしない。権利もない。だが《過去》が《いま》に手を出すのもルール違反。だからこれくらいはしてやろう。選択肢をあげよう。自分たちで選ぶがいい。選択こそはいのちの権利だ。
行動)死にたい者らに死後どうなるかを説明し、その上で"望み"を聞こう。彼女らの関係者、この場の全員+猟兵+上層の魂人か。その多くが同調するならば、軽い奇跡くらいは起きるだろうさ。例えば、魂ごと消滅する完全な死。もしくはもう一度この階層で生まれるか。そのどっちかくらいなら、きっと叶う。いずれにせよこの場では死ぬ。望むならば苦痛なく、一瞬で終わらせよう。神を利用したまえよ、人間。
●その行く末は神のみぞ知る
神と呼ばれる存在も多岐に亘るとこの世界の人間達は知っている。力なき彼らは神に祈りを捧げる一方で、たとえば彼らを苦しめる異端の神々だって神なのだ。
今日のこの場所に降臨したのは随分と中立的な「神」である。その元来の性質は厄神ながら、この場に生ける彼女らは今日のところは彼のその職務に於いて狩るべきいのちに含まれぬのだーー幸か不幸か。そうして彼は己の領分に明確に線を引いていて、救いなどは受け持たぬ。たとえどれだけ希われたとて、如何ばかりそれが容易いこととていのちを刈り取ることはせぬ。神は理を犯さない。
だが、《過去》が《今》に手を出すこともまた彼に言わせれば明確なルール違反そのものだ。ゆえに。
「選択肢をあげよう」
救わぬ神たる朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)は救いを求める一人の娘に告げる。
楽団の一人として展示されたその娘は左の肩にバイオリンを載せ、上げ弓の終わりのままに鋼糸で固定された右腕はかつて随分と抗ったのか、それとももはや上げていることが叶わぬがゆえに重力がそう成したのか、骨に至るまで断たれた先は既に手遅れの有様だ。
「村では機織りをしていたの。でも、この手ではもう……」
死を希う訳を娘は語り、逢真の返事が先の言葉だ。選択こそはいのちの権利。それが悔いなく為される様に、公正明大なこの神は告げてやる。
「残念な報せだが、このダークセイヴァーには上層がある」
猟兵たちにも近日知れた情報だ。この地で死んだ魂は彼らの多くが縋る信仰で語られる天の国になど召されない。かと言って地獄などもない。死後にあるのは上層での新たな生と新たな苦痛。そうだ、言うなればこの世が地獄。生きれど死ねどその地獄から逃れられない命運を知って尚、選ぶのか。
「だが、その上で尚救いの死を望むなら、まるで方法がない訳じゃアない」
残酷な真実に息を詰めた娘へと、逢真の言葉は何処までも柔らかく穏やかである。
「例えば、魂ごと消滅する完全な死。もしくはもう一度この階層で生まれるか。そのどっちかくらいなら、きっと叶う。いずれにせよこの場では死ぬ。望むならば苦痛なく、一瞬で終わらせよう」
その条件はただひとつ。彼女に関わる者たちが彼女の願いに賛同すること、それだけだ。その賛同に応じた範囲で奇跡は、成る。
僅かな逡巡の後に少女は口を開く。
「それを試してみてもいい?」
「《いのち》がそう望むとあれば」
優男の姿を成した神の白い貌は常と変わらぬ笑みを湛えるばかりでありながら、この少女には今それが如何許り慈悲深く見えたことだろう。
ーーその同刻。ダークセイヴァーの或る村で、家事をしていた彼女の母親は、痩せた畑を耕していた父親は、子守りをしていた妹は、その背で微睡む弟は、仲の良い友人たちは、脳裏にひとつの問いを投げ掛けられていた。果たしてそれにどう答えたか、或いは問いを向けられたことさえ彼らはすぐに忘れてしまう。その答えが彼方の少女の願いを叶えるか否か、命運を決する鍵となることも、そこに己らが関与したことさえ彼らは知らぬまま、きっと今日を明日を生きてゆく。少女に関与した者で命なき者は上層で魂人として暮らす中、同じ様にその問いを受けただろう。この場にて奔走している猟兵達もまた然り。
全ての答えが出揃った時、逢真の目の前にあるのは眠るようにして息を引き取った少女の骸ひとつであった。
【神の為事(アンチ・メサイア)】。
救いを齎さぬ筈の神の御業へと、周囲の娘たちが熱に浮かされたかの様な視線を注いでいた。次は私にと誰からともなく声が湧く。鋼糸に戒められたままの者も、いずれかの猟兵によりその戒めを解かれたさえ者も、まるで救世主に縋る様にしてこの厄神に縋るのだ。
「良いとも。神を利用したまえよ、人間」
ーー果たして奇跡は起きたのか。彼女らの魂の行先はこの神のみぞ知る。
成功
🔵🔵🔴
ダリル・ブラント
◎
全てを救える等と大それた事は思わない
そもそも最も大事な人さえ取りこぼしたこの身に何が出来よう
この場に漂う腐臭とそれをかき消す滑稽な香水の薫り
どれだけ取り繕うとも
本性は隠せやしない
屋敷の主も己も
「Who Stole the Tarts?」
「生命力吸収」を付与した白い花弁で彼女達を包み送る
無垢なる白薔薇が彼女達の眠りをせめて穏やかなものにしてくれるよう
頭の何処かで彼女の声が聞こえた
「ねぇ、白い薔薇の花言葉って知ってる?」
愛しい最初のアリス
「心にも無い恋よ」
お似合いね、と貴女は笑った
貴女は知っていたのだろうか
枯れた白薔薇の花言葉は「命枯れるまで愛を誓う」
私が命枯れるまで貴女を想い続ける様になる事を
●その花言葉は呪縛のように
舞踏会を模した空間に、鼻腔に絡み付く様な甘ったるい香水の匂いが満ちていた。隠し切れよう筈もない腐臭と相俟って、爛熟し朽ち崩れてゆく果実の様なその匂い。
ダリル・ブラント(泡沫の夢・f19757)は自嘲する。どれだけ表を取り繕おうとも歪な本性は隠し切れよう筈もない。なのに諦めがつかぬ様にして取り繕おうとするところまでも良く似て何と滑稽なことであろうか。この城の主人も、己自身も。
目の前に広がる光景はそれこそ優美な地獄とでも呼ぶべきであろうか。囚われた少女たちの内、猟兵たちの訪れに素直に助けを求めるものと、死を求めるものとがおよそ半々と言ったところで、後者は自覚する通り傍目にも無事の帰還には手遅れだろう。聞き及んでいた通りのその展開に今更何の動揺もない。
そも、全てを救えるという幻想等ダリルは端から抱いていないのだ。殊にこの世界の命は安い。手のひらに大切に掬った水が幾ら気をつけても零れ落ちてゆくかの様に、救おうとして救えるものでは決してない。そも、最も大切な人さえも取りこぼしたこの手には尚のこと荷が重いのだ。大切なたったひとつを救えなかったこの手が今更何を救えると言うのだろうか。
故にその詠唱に躊躇いはない。
「Who Stole the Tarts?」
誰も皆どうか静粛に。女王の裁きの時が来る。
ダリル自身も口を噤んで、その沈黙に誘われて舞い散る白薔薇の花弁は娘たちの待ち焦がれた死を連れて来る。甘ったるい香を塗り替える様な生花の薫りも、刃の鋭さを持ちながらしとりと夜露に濡れたかの様なその肌触りも、彼女らの眠りが穏やかなものである様に願いと祈りを込めて、静かに生命を吸い上げてゆく。白き薔薇の刃の下、誰にも等しく覚めぬ微睡みが舞い降りる。
その異能の射程圏内、さて、皆が皆本当に死を望む者ばかりであっただろうか?白き花弁を赤に染めつつ、死人に口なし。答えは永遠に闇の中。ただ、その花弁が赤に塗り替えられてゆくほどに苦悶の声はなりを潜めて、静寂がこの場へと歩み寄る。
「ねぇ、白い薔薇の花言葉って知ってる?」
笑みを孕んだかの様な無邪気な声が問うたのはダリルの脳裡のことである。
咲き誇っては舞い散る白き薔薇たちを眺める内に、平時は胸の内へと沈めた筈の過去へと彼の意識は向いていたらしい。だが忘れたこと等はない。忘れられたならどれだけこの身は心安らかにこの生を送ることが出来ただろうかと思うほど。
それは唯一無二の存在、ダリルの愛しき最初のアリス。唯一愛し、今も愛する存在にして、救えなかった美しいひと。
「心にも無い恋よ」
脳裡でアリスが楽しげに答えを告げる。あの日ダリルが捧げた白薔薇の花を受け取りながら、彼女は笑った。数多ある白薔薇の花言葉の内、その花言葉を夢にも思わず面食らうダリルを前に、お似合いね、と言葉を重ねてみせたのだ。見目には恋多くも見えるであろうこの眠り鼠を指してどうせ軽率な恋であろうと揶揄するかの様に。
嗚呼、無垢なファム・ファタールの残酷なこと。どうせ本当のところ、彼女は知っていたのだ、ダリルの心が真であることなどは。猫が捕らえた鼠を戯れにいたぶって遊ぶかの様に、その反応を見て愉しんでいたのだろう。その無邪気さ故の残酷ささえ何かの裏返しの様に何処か脆くて危うくて、故にダリルは愛していた。
だが、彼女は知っていたのだろうか。やがて瑞々しさを失くして枯れた白薔薇の花言葉は「命枯れるまで愛を誓う」。ダリルが命枯れるまで彼女を愛し続けることになるなどと、あの時彼女はよもや夢にも思わなかっただろう。故に今のこの事実を知ったなら彼女は一体どのようなーー嗚呼、ダリルには想像もつかない。だって、彼女にも想像が出来ぬ筈なのだ。幾ら彼女とてそこまでは残酷になれぬ筈だから。
静寂の降りた舞踏会場の一角に、瑞々しい白薔薇の花弁がはらりと舞っていた。
成功
🔵🔵🔴
ジュジュ・ブランロジエ
◎
なんて酷いことを!
更なる痛みを与えない様に体を支えつつ慎重に鋼糸を切り解放後UCで治療
これを繰り返す
死を望む子には
死んでも終わりじゃないの
と上層と魂人について伝える
上層でも苦しむことがわかってるのに黙って死なせる訳にはいかないよ
残酷でも真実は真実
生きることを諦めないで
私達猟兵が必ずオブリビオンを倒すよ
平和な世界にする
だから待ってて
私達、結構強いんだよ
ここに来るまでに闇の騎士をいっぱいやっつけたんだよ
貴女をこんな目にあわせた元凶も倒すよ
だからお願い
四肢を失う子はもしかしたら魂人になる方がマシかもしれない
死が救いって今なら少しわかる
生きてほしいって思う私は無慈悲かも
それでも私には殺せない
ごめんね
●たとえ待つのが絶望であれ、その手が命を断つは能わず
自らの生まれ育ったこの世界が残酷であることを、ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)は誰より知っている。
だがこの光景を目にしては、己の認識さえも未だ温かったのかと思わざるを得ぬ。見目には絢爛な舞踏会、けれどもそれは上辺ばかり。踊る者達も妙なる楽の音を奏でる筈の者達も、濃い香水でその腐臭を誤魔化されながら、華やかな衣装の下でその身を朽ちさせてゆく。白兎頭の人形を抱きしめるのとは反対の手で、己を保つよすがの様に握りしめた拳の内で掌に爪を立てながら、ジュジュが辛うじて絞り出す声はか細く震えるものである。
「なんて酷いことを……!」
声にでも出さねば耐えられそうになかった。だが、ひとたび己を律したならば、その後の動きは早い。ナイフを抜いてから、手近な娘の身を支えつつ、彼女を戒める鋼糸を断ち切るまでの一連はまるで流れる様に鮮やかだ。
華麗で大胆なコントラチェックの姿勢のままに長いこと戒められていた娘はジュジュの手で丁重に石の床へとその身を横たえられながら、縋る様な瞳で彼女を見つめていた。無理やりに逸らし続けた腰より下の肢体はもはや動かずに、その体を支えていた両の手も手首より先は断たれて朽ちて辛うじて骨ばかりが繋いでいる。
柔らかな光に満ちたユーベルコードによる治癒を施されるその間、娘の瞳がその両の手に向けられていることに、ジュジュは気づかずに居たかった。確かに彼女の異能は傷を癒した。だがそれだけに、既に血の通わないその部位はその対象外であり、異能を以てして尚手遅れなのだとまざまざとこの娘へと突きつける。
「此処で待ってて。後で助けに来るよ」
「嫌!行かないで!」
殊更に明るい声で言って聞かせて立ち上がろうとしたジュジュに、悲痛なまでの声で娘が訴える。
「絶対戻って来るからーー」
「お願い、もう殺して!楽にして!」
はぐらかそうとした、自覚はある。それをまるで見透かしたようにして返る言葉はジュジュが最も恐れていたその一言だ。
極度の興奮に瞳孔を絞った鳶色の瞳がジュジュの翠の瞳を見つめている。
「生きることを諦めないで。私達猟兵が必ずオブリビオンを倒すよ」
死が終わりたらぬこの世の理を語って聞かせ、尚腑に落ちぬ様子の娘へジュジュは言葉を重ねる。こう見えて腕に覚えはある方だ。事実、ここに至るまでにも強敵たちを退けて来た。励ます様に語って聞かせるジュジュの言葉は、常より饒舌なものである。その言葉のどれひとつを取っても説得の決定打とはなり得ぬことをまるで己が自覚しているかの様に。
「平和な世界にする。貴女をこんな目に遭わせた元凶も倒すよ」
だが今両の腕を失くしたことと引き換えに痛みから解放された娘の思考は冷静だ。
「それって何の意味があるの?平和な世界って?そんなのいつまで待てば良いの?」
「ねえ、お願いーー」
お願い。そうとしかジュジュにはもはや言いようがない。
「別に平和じゃなくて良い、復讐なんてどうでも良い!元通りの生活に戻りたい!」
他方、娘にはジュジュの願いを聞き入れる余裕などあろう筈もない。
「それが出来ないなら死なせてよ!」
血を吐くばかりの訴えに、ジュジュは心臓を鷲掴みにされた心地がした。
この過酷な世界において、五体満足であってさえ幸せな天寿を全うすることがいかに難しいことか等、改めて考えずとも知れている。その中で両腕を失くした彼女が生きて行くことの艱難たるや、話に聞いた魂人として上層に生まれ変わる方がまだ幸せなのではと、弱気が脳裏を掠めて行った。
同時、脳裏にて微笑うものがある。下がり眉の白い面でいつか不敵に宣った存在だ。死は救いだ、と。あの時は理解不能な妄言であると一笑に付したそれを今更噛み締めることになろうとは。
死が慈悲であり救いなれば、生きて欲しいと願うのはエゴであり、残酷なことやも知れぬ。だがジュジュの答えは翻らない。
「ーーごめんね。それでも私には殺せない」
踵を返してジュジュは虚構の舞踏会場を駆けてゆく。戒めを解く白刃は、治癒を齎す煌めきは、果たして誰を救うのか。
成功
🔵🔵🔴
丸越・梓
○
NG:叱る
_
未来はまだ、決まっていない
鋼糸を断つ
蝶が舞う
その身体を抱きとめる
「──大丈夫」
助けに来た。
娘達の傷を躊躇いもなく己に移していく
一人でも多く迅速に救助する為に
命を奪う事は決してしない
例えこの先に待つのは地獄であろうとも
己らの人生を、どうするか決めるのは彼女達自身
…俺自身、諦めたくないのもあった
未来なんて誰にも解らないのだから
既に事切れてしまった遺体を丁寧に下ろし、横たえ
せめて天国で苦しむ事のないよう、傷を全て貰い受け
……間に合わなくてすまない、と唇を噛み
どれだけ痛く恐ろしい思いをしたのだろうかと想像しただけで胸が潰れそうだ
冷たくなった娘の頬に残る涙の跡を優しく拭い
外套をそっと被せ、安息を祈る
例え衣服の黒を重くしようとも
己へ移した傷は全て隠し
一欠片とも苦痛を面に出す事はない
呻き声の代わりに発するは娘達への労りと鼓舞を
今までよく頑張ったと
生を諦めるにはまだ早いと
その背を支え
彼女達がまた、顔を上げて"再行動"出来るように
●往けど退けども暗がりの中、果てに彼女を待つものは
華燭の照らす薄闇に銀の閃光が迸る。何が起きたか解らぬままに戒めを解かれ、重力に引き摺られるがままの娘の瞳の先を蝶がひらりと舞っていた。崩れ落ちそうなその身を黒い外套に包まれた腕が抱き留める。
「ーー大丈夫」
その声の優しさと温かさ。手足の痛みさえ消えてゆく様な感覚の中、その絶対的な安堵を彼女はどう表して良いか解らない。言葉も返せず両目から涙を零して声もなく啜り泣く娘の背を撫でて、丸越・梓(零の魔王・f31127)は暫し彼女が泣くに任せていた。彼女の四肢を苛んでいた傷は今、文字通り移し替えたようにして魔王のその身に刻まれている。【彩無(カランコエ)】、人を救う存在でありながら神聖などとは程遠いこの男が唯一他人を癒す術がその御業。
「今まで良く頑張った」
黒い外套を血に濡らしつつ、梓は怜悧な面差しにその痛みなどは露も見せずに、ただ娘の背を撫でてから次の救出対象へと歩みを向ける。彼女の恐怖を思えばもう暫し寄り添ってやりたくもなるが、同様に救わねばならぬ者達がこの場にあまりに多いのだ。
助けを願う娘達を端から救い、その戒めを解いてゆく。そうして救えば救うほどその身に刻む傷の数が、流す血の量が増してゆくのに、梓は彼女らの身を案じ、彼女らが前を向く為の言葉だけを掛け続ける。もう十分に痛く恐ろしい思いをして来た筈の彼女らに余計な気遣いなどはさせまい、故に己の身は顧みぬーー丸越・梓とはそういう男だ。人並外れた強靭なその精神で、人の理解の及ばぬまでの献身と自己犠牲とを成し遂げる。
この場には声なきものとて囚われている。鋼糸に吊るされたまま既に事切れた亡骸だ。手遅れではありながら、梓はそれをも等しく救わんとする。生あるものと同様に丁寧にその身を下ろして床に横たえてやる。開いたままに硬直した瞼を何とか閉ざし、とうに乾いた涙の跡を拭った後で、苦悶に満ちたその死顔を覆い隠すかの様に己の外套を掛けてやってから短い黙祷を捧ぐのだ。
ーー間に合わなくてすまない。
どれだけ苦しい思いをしただろうかと思いを馳せれば、他者への共感力の高いこの男には胸が潰れそうな心地さえする。せめてもと彼女の安息を祈れば共に去来するのは己の力不足への悔恨だ。もう何度こうして祈りを捧げただろう。何よりも、もしもう少し早くこの場に辿り着けたなら、ひとつの命を救えたろうか。それは梓がこれまでに何度も繰り返してきた自問のひとつ。看取ることさえ出来ぬまま失われた命の名残を前に、その最期、せめてその場に、傍らに己が居ればとーーかつて己の力なきことを嘆いて悔いた頃と同じ痛みと苦々しさが、もう十全な力を身につけたこの今もどうしてついて回るのだろう。
しかし、否、仕方あるまい。幾ら力を得てみたところでひとたび犯した罪は罪。それは弱さがゆえなどと言う傍目には致し方ない類のものとて、この先永劫消えることなどおろか、逃れることとて出来はせぬ。ーー終生背負ってゆく他にない。
「ねえ」
今、梓の背よりかけられた消え入る様な声がある。
「貴方、助けに来てくれた人? 私のことも助けてくれる?」
随分と衰弱した二十歳絡みの娘が梓に問いかける。絡み縺れても豊かな金髪はかつては艶やかだったのだろう、痩せ衰えた相貌と共に今は痛ましさしか齎さぬものの。
右脚を伸びやかに投げ出すままに片脚立たされたその仕草、さながらルドルフロンデの最中か。その身を委ねた左脚も、不自然な体勢で固定され鋼糸の食い込む右脚も、膝の辺りから朽ちて爛れて目も当てられぬ。
梓の振るう刃が鋼糸を断って彼女に自由を与えても、もはや立ち歩けぬ両の脚ではその身を支えることは能わず、必然、梓が抱き留める。周りを蝶の幻が淡い軌跡を描きながら舞い飛んで、娘の傷を梓へと転移させてゆく。黒衣を脱ぎ去った今、糊の良く利いた白いカラーシャツにじとりと紅が増してゆくのは娘の目にも確りと映ろう。
だがしかし、無情なるかな。癒され塞がれた娘の傷はその両の膝近く。その先の壊死した脚などはもはや血も巡らずに、彼女の一部たり得ない。既にただの物体であるその存在は今なお血の通っていた傷口の治癒と共に離断され、湿った音と共に床に転がるのだ。梓と娘と、二人の見守る目の前で。
「……ありがとう。でももう良いや。殺してくれない?」
痛みから解放されたが故であろうか、梓の腕の中の娘は随分と穏やかな口調でそう告げた。それはこの場に於いて遅かれ早かれ誰かから投げかけられる類の願いであった。故にこの地を踏んだその時より梓の答えは決まっている。
「断る」
「どうして?」
「生を諦めるにはまだ早い」
「どう見ても手遅れじゃない? もしこのまま村に帰されたらどう自殺したら良いかって、私今考えてるんだもん」
娘はあっけらかんと言って、笑う。その不穏な発言に返す言葉を選んで梓が見せた刹那の逡巡に、重ねる様に彼女は続ける。
「ねえ、貴方は献身的な人だよね。皆の傷を全部貰ってくれてるんでしょ」
無事の指先で労る様に血染めのシャツへと触れながら、娘は口元に曖昧な弧を描く。
「でもね、私の代わりに両足がなくなるとしたら、それはどう?」
彼女の問いは決して悪意の類ではない。ただ、絶望のやり場がないのであろう。そうと解るが故に梓は彼女の言葉に対し、彼女が期待する様な困惑も、説き伏せる様な言葉も返すことはせぬ。
「未来はまだ、決まっていない」
「どうしてそう思えるの?」
毅然とした魔王の言葉に娘は瞳を瞬いた。壁に背を預ける様にしてその身をそっと床に下ろしてやってから、梓は彼女を瞳を真直ぐに見つめて、一言、告げるのだ。
「俺が諦めたくないからだ」
「ーー諦めるのだって自由だよ」
返す言葉が実感を失くして何処か遠吠えのよう。真白いシャツを血で染めながら凛と背筋を伸ばした梓の後ろ姿を何処までも娘の瞳が追っていた。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『純血の黒薔薇・ミカエラ』
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POW : 囀るな。跪け。誰がおもてを上げて良いと言ったの
【視線や声】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。
SPD : わたくしのドレスが汚れてしまったわ。役立たず!
戦闘力のない【一般人である侍女たち】を召喚する。自身が活躍や苦戦をする度、【吸血や生命力吸収をすること】によって武器や防具がパワーアップする。
WIZ : ……待っていたのよ。我が騎士よ
自身が戦闘で瀕死になると【黒馬に跨る黒き鎧の騎士の亡霊】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠ラファエラ・エヴァンジェリスタ」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●誰が心をして嘆かせしめ
月の美しい夜だった。だから二人で月が落ちるのを待ったのだ。闇に紛れて逃げ延びなくてはならぬから。
「貴女を攫う。これは俺が勝手にすることだ」
待ち望んでいた以上の言葉であった。血の掛け合わせだけで定められ、当事者の心などよそにした婚儀はひと月後。憔悴し切ったこの頭では、それが相談や提案であれば首を縦には振れないと彼は解っていたのだろう。
「ーー貴方とならば何処までも」
更けてゆく夜に紛れる様に騎士団長は夜闇に溶ける青鹿毛を駆る。手綱を握るその腕の中に護る様にして抱きしめられながら、先の見えない闇の中でも、今なら何処までも行けるような気がした。
何処までだって、何処にだってーーでも、そんなものは幻想だ。背後より雨とばかりに矢が射掛けられたのはその間もなくのことだから。
後肢を射たれた馬が荒れ狂う。何が起きたか分からなかった。崩れる様に倒れ伏す馬上、後ろから無遠慮に凭れかかって来た重さは、嗚呼、でも、もうそれだけで彼に命がないと分かってしまうのだ。背中を、髪を重く濡らして滴り落ちて来た温い血潮を目にするまでもなく。
その重みに身を起こすことも出来ず居る内に、やがて冷たい声が降り注ぐ。
「これ以上私を失望させないで頂戴」
ーー嗚呼、お母様。
忌々しくて、憎らしくて、嫌いで嫌いで仕方がなかったその台詞。
それを死後にまでこんなにも己が繰り返すことになるなんて。
●
「嗚呼、驚いた。こんなところまで来たの」
身を震わせる少女たちに囲まれながら、背筋を伸ばした黒衣の女主人は静かに告げた。白いおもてを隠す様にして広げた黒い洋扇の向こうから、紫の瞳が猟兵達を見つめている。
「ねえ、教えてくれる。私の騎士たち……はきっともう駄目なのでしょう。でも、娘たちはどうなったのかしら」
紋章の力が失せていることは女主人とて判っているのだろう。故に人間画廊が既に機能を失ったことも知れていよう。だが、その先の彼女らの生死は預かり知らぬこと。
猟兵たちの返した沈黙に、女主人の眉目が曇る。
「……嫌だわ」
静かに扇を揺らしながら、その声音には隠し切れない苛立ちが滲んだ。
たおやかな左の手に寄生する様に、満月にも眼球にも似た禍々しき紋章が有る。既に力を無くしながらも、その眼から舌の様に覗く棘鞭は健在だ。
「どうして殺してしまったの?またやり直しなのね。また怒られてしまうじゃない。私は悪くないのに、言われた通りにしてきたのに、いつだって、そうよ、いつもいつもーー!」
黒い茨の形の闇がその足下の影より湧き出でる。その怒気に咄嗟に身を竦ませた少女達を見やっては、反対に女主人は平静を取り戻す。そうして一度深く息を吐いてから、冷ややかに彼女らに告げるのだ。
「これ以上私を失望させないで頂戴」
【マスターコメント】
ボス戦です。通常攻撃は攻守共に闇属性魔法、武器は魔力を纏った黒い扇と黒い茨。
攻撃には月の眼の紋章から生えた棘鞭が加わりますのでご対処を。
ユーベルコードはWIZは瀕死時以外はPOWでの反撃となります。
ジュジュ・ブランロジエ
◎
真の姿を解放
少女達を救える確率を上げたい
攻守全てに光属性付与
かつて娘だった時に自分がされて嫌だったことをどうして繰り返すの?
もう貴女を怒る母親はどこにもいないのに
風刃で攻撃
血が流れれば痛いでしょ
皆そうだよ
流れる血や痛みに貴賤はない
囚われた娘達だって痛かったんだよ
棘鞭はオーラ防御で対処
少女達にもオーラ防御を
隙を見て逃げてほしいけど怯えて足が竦むよね
ナイフ投擲等で敵が少女達から離れる様に誘導しつつ少女を庇う立ち位置へ
これ以上誰かが傷付くのは嫌
皆を助けたい
その為にできることをやるしかないんだ
殺して救うことは私にはできないから
できる限り多くの人を生かす
正しくなくてもエゴだとしてもそれが私の選んだ道
●黒と白
腕の多い燭台が四方の壁で灯を揺らす。そうして照らされてありながらこの場はどこまでも薄暗く、その本質は闇である。
その中にあって、白と新緑の翠を纏うジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)はその揺らす髪やドレスワンピースの裾先に至るまで光輝に満ちていた。
此処に至るまで数多の悲劇を映しては涙に濡れて来た春の翠の瞳は今は毅然と眦を上げ、全ての元凶たる女主人を睨み据えていた。
「かつて自分がされて嫌だったことをどうして繰り返すの?」
ジュジュの問いに女主人は答えない。己の周囲、身を震わせる少女たちを黒き茨で手脚を捉えて肉壁として配置しながら、その向こう、此方に左の半身ばかりを向けて佇んで、瞳を向けるは一瞬だ。それさえもすぐに逸らして、答える価値もないと言わんばかりに顔ごと背けて扇を揺らす。気のない素振りと裏腹にその左手の月の眼の紋章から伸びた棘鞭をジュジュがオーラの護りで防ぐのも、その目の端で見詰めているのかいないのか。
「もう貴女を怒る母親はどこにもいないのに」
母親、の言葉に女主人の眉目が曇る。
「……おまえ、ずいぶんな馬鹿か幸せ者なのでしょうね」
相変わらず顔も向けぬまま細い眉を下げて女主人は嗤う。引き攣る様な口元の笑みをやはり隠す様に黒い扇で覆いながらも、乾いた笑い声は堰き止めようもない。
気怠く翻した扇が差し向けた闇の茨の群れを掻い潜りジュジュは駆ける。駆けながら声高く叫ぶのだ。
「さあ、踊って!」
それは先の悪夢の舞踏への意趣返し。終わらぬワルツを踊り続けた娘らの代わり、今度は己こそが踊るが良い。俄に吹きつけた突風は、巻き上げる様な旋風となる。【風刃(ウィンディーダンス)】。透き通る風の刃は敵と味方を区別する。この場へと立ち並ばせられて身を竦ませる少女達の肌を励ます様に優しく撫でて過ぎてゆく一方で、敵たるオブリビオンには容赦ない。
ダンスの誘いはお断りだと言わんばかりに、気怠く煽いだ黒き扇面が刷く様に薄闇を宙に広げる。その薄闇を風が裂く。陽の光も血の気も知らぬ肌を無数の風の刃が切り裂いた。尚吹き荒れる風刃が血霧を巻き上げる様を紫の瞳が呆然と見届ける。その刃の鋭きが故に痛みは遅れて訪れる。
「……これは」
誰の血?
血潮が濡らした黒手袋を眺め、女主人が呆然と呟く言葉は半ばで消えた。事実を認めてその手の震えの収まらぬまま、憎悪を宿した黒き薔薇の瞳が白薔薇の少女を睨め付ける。
「嗚呼、あぁ、おまえ……おまえ!下賤の小娘風情が!おまえごときがこの身によくも……!」
「流れる血に貴賎なんてない!」
女主人の怒りがそのまま形をなしたかの様な数と苛烈さで襲い来る闇の茨を淡く輝くオーラの護りで防ぎ、光纏うナイフで逸らし、ジュジュはサーキュラースカートの裾を咲かせつ間合いを詰めるのだ。
「血が流れれば痛いでしょ?皆そうだよ!人間画廊に囚われた娘たちだって痛かったんだよ!」
「知らないわ!」
黒き茨は周囲の少女たちをも襲う。彼女らの血と命とを吸い上げた茨は蔦も棘もその数を増し、影の黒薔薇を咲き狂わせてひときわ猛る。その中を月の眼の紋章より生えた棘鞭がしなる。
「この血の一滴の為にわたくしがどれだけ……!」
「知らないよ!他人の命を奪ってまで追い求めないといけないものなんてこの世にない!」
少女達を護り、致命傷を負わせぬ様にとジュジュがオーラの加護を向ければ、手薄になった己の身には茨の棘が、紋章の棘鞭が定かに届いてその白い肌を刻むのに、彼女は退かぬ。まして、少女らを襲う害意の前へと身を躍らせる。これ以上誰かの傷つく様など見たくない。殺して救うことは出来ぬが故に、せめて己の出来る限り、手の届く限りの誰かを生かし救おう。先の地獄を経て心に決めたその決意が今、彼女を突き動かす。
その様を冷めた紫の瞳が見つめていた。
互いの息の触れる程の間合いで銀のナイフが閃いて、棘鞭が唸る。
「く、ふっ……あははははははは!」
互いを隔てるかの様に噴き上げた血飛沫の向こう、女主人が高く笑った。
ジュジュのナイフの切先に肩口から刻まれた深傷を片手で押さえながら、女主人は笑って笑って笑い続ける。その足の蹌踉めくに任せて後退り、手近な少女を棘鞭で捕らえて盾としながら、扇を揺らすだけの余裕を取り戻し、変わらずおもてを向けぬままジュジュへと告げるのだ。
「良いことを教えてあげる。半端な覚悟や感傷で他人に肩入れするだけ、苦しむのはおまえの方よ」
その誰かを必ずも、救えるだなんて限らない。そうと知らしめる様に盾とした少女の喉元に棘鞭を巻きつけながら、此方を向かぬ瞳の瞳孔が開いているのをジュジュは見た。
「それでもこれが私の選んだ道だから」
正しくなくとも、エゴだとしても。その後段を声に出さぬのは、既に気取られている気がしたからか、或いはせめてもの矜持であったのか。頬を汚した血を拭い、光纏う刃を構え直して、白薔薇のおとめは真っ直ぐに敵を見据えた。
成功
🔵🔵🔴
ダリル・ブラント
🔴
◎
貴女は一体、誰の為にこんな事を
享楽の為でもなく
貴女に命ずる者もいないのに
何が貴女をここまで駆り立てるのでしょう
失礼、私のような者が立ち入るべきではございませんね
「life what is it but a dream?」
されど、夢見るレディ
僭越ながらその悪夢砕かせていただきます
見切りと軽業で茨鞭を避けながら
彼女へ近づき生命力吸収を宿したダガーで切り裂く
申し訳ありませんが、私が命を受けるのは一人だけ
こうべを垂れるのも
跪くのも唯一人
私は彼女だけの騎士
この鎧を纏ったからには無様な姿を晒す事は許されない
彼女が許す筈がない
だから
この身が砕けようとも膝をつかない
この身体動くまで刃を突き立てましょう
●夢も現も呪縛のうちに
陽を知らぬ世でも夜は更ける。石壁に深紅のスワッグとカーテンが縁取る偽窓の向こう、偽りの風景もまた永遠に明けることのない夜半だ。
ダリル・ブラント(泡沫の夢・f19757)がその場に足を踏み入れた時、女主人は緩やかに揺らす扇の向こうで視線を向けもしなかった。
部屋の隅に怯えた様子の少女達が身を寄せ合っている。一歩間違えば彼女らも、あの悪夢の舞踏会に居たのであろうか。ダリルが慈悲を騙る白き薔薇の刃で眠らせた内の一人がそのどれかだったとて不思議はない。そうであったとてダリルには区別もつかず、何の感慨が増すものでもないが。
「貴女は一体、誰の為にあんなことを」
それを差し置いても悪事は悪事。酸鼻を極めた悪虐なワルツは、まるで目的が解らない。吸血鬼達の悪趣味は聞き知れど、それをこの女主人が別段愉しんでいる様にも見えぬのが尚不可解だ。
女主人は何処か咎める様な趣のその言葉より、眠り鼠の耳と尾を目にして深く眉根を寄せる。
「享楽の為でなく、貴女に命ずる者もいないのに、何が貴女を此処まで駆り立てるのでしょう」
ダリルの重ねた問いに返事はなく、紋章を埋め込んだ細い手は折目正しいリズムにて黒い扇を揺らすばかり。落ちた短い沈黙に、やがて溜息で終止符を打つのは女主人だ。
「……けものの話す言葉って、わたくしにはよくわからないわ」
「失礼、私のような者が立ち入るべきではございませんね」
聞こえよがしな独り言の様にして口にしたのは、答えるにも価せぬと言わんばかりの拒絶である。この話はこれで終わりだと。深く詮索する謂れもないダリルが引くと同時に湧き立つ闇が無数の茨のかたちを成して彼へと向いた。茨の群れに紛れる様に月の眼の紋章より棘鞭が伸びる。風を切る茨を、棘鞭の軌道をダリルは見切って、床を蹴る。刹那、その身を光が包む。
【Life,whatisitbutadream ?(ゲンジツハユメデナクテハナンダロウカ)】。
光の粒子が収束する様にして、やがてその身を覆うのは光輝く白金の騎士鎧。なんと柄にもない装いか。それは誰よりダリルが知っている。
ダリルにとってたった一人の最初のアリス、白薔薇の似合う彼女の傍に立つに相応しいものとしてダリルが思い描いた姿がそれだった。無垢な少女らしい驕慢さと残酷さ、そのくせ何処までも可憐なおとめ。世を統べる女王の様に我儘で世を知らぬ姫君の様に奔放だ。
御伽噺の様な凛々しき騎士ならば彼女の傍に在ることを許されるだろうかとダリルは思料してーーだが、騎士は何処までも所詮騎士である。元来、姫君の傍らに並び立つのは王子の筈だ。しかし、かのアリスに対して我知らず崇敬にも似た憧憬を抱くダリルには、たとえ想像の中でさえ王子としての己の姿を描けない。跪いて剣を捧ぐ騎士くらいが関の山だと、自覚もなしの自嘲混じりの産物が、この姿。
「命ず。跪いて頭を垂れよ」
重い筈の鎧を纏うくせをしてそれを感じさせぬこの鼠の足捌きと身のこなし。逃れ得ぬと察したらしい女主人が異能を帯びた命令を声高に告ぐ。ダリルの返事などわかり切った唯ひとつ。
「断ります」
ダリルが跪くべき相手は最初のアリスただひとり。故にこの場にて膝を折ること等はせぬ、出来ぬ。命令に叛く不敬は許さぬとばかり、いつからそこに生え出たものか、ダリルのその身に黒き茨が絡みつく。それをも意に介さぬ様にダリルはダガーを振るうのだ。
「嫌ね。女に手をあげるだなんて、随分と野蛮な騎士もあったものだわ」
闇を纏わせた洋扇で防がんとした刃を防ぎ損ねてその右腕に受けながら、女主人が吐き捨てる。
「失礼、レディ。ですが私は唯一人の為の騎士でございますゆえに」
「あら、そうでない騎士がいるとでも思っているの?」
翻す扇が薫り立つ様な闇を連れてきて、それでも光り輝く鎧には傷の一つも齎さぬ。
「こんな場所で無駄に傷ついて、おまえの主君は喜ぶかしら?」
他方、命令に背いた罰だと言わんばかりに異能が齎す闇の茨は苛烈にその身を切り裂き締め上げるのに、ダリルは呻きの一つ漏らさず、振るう刃を鈍らすこともない。
ひとたびこの鎧を纏う以上は如何な無様も許されぬ。そんなもの彼女が許そう筈もない。
「主君に先立つ騎士ほど不孝なものもーー……」
苛立つ様に女主人が口にするその先を、ダガーを振り抜きながらダリルは口元に笑みさえ湛えて遮った。
「そうだとしたら私は騎士の鑑でしょう」
返す言葉の自嘲の深さよ。
王子様などにはなれぬ眠り鼠はせめて騎士たらんと努めて、しかし、既に主君亡き身でもある。何よりも守るべき主君を死なせた騎士などに如何程の価値があるだろう。故にこの先捧ぐ相手も持たずに振るう刃はきっと罪滅ぼしでしかない。
「死ぬまで貴方を愛し続ける」、枯れた白薔薇の花言葉。枯れたところで花は花、朽ち果てようとも愛を捧げた相手を亡くそうとも、散ることも消えることも出来ぬのだ。その余生こそが贖罪であると言わんばかりに、艶をなくし香をなくし、尚在り続ける他にない。
「僭越ながら、悪夢は終わりにいたしましょう」
ーー何が現で、何が夢か、もはやダリル自身にもわからねど。
成功
🔵🔵🔴
丸越・梓
○
必須:会話の際の一人称「私」、敬語
NG:相手を傷付ける
UC演出お任せ
_
討ちに来たのではない
解放しに来た
尚も母親の"糸"に絡めとられているこの貴婦人を
このように血に塗れた姿でご婦人の前に参上するなど
非礼をお詫び申し上げる
然しこの傷は娘たちの痛みであり涙であり
『お見苦しく申し訳ない』などとは絶対に口にしない
高貴なるお方とお見受けし
それだけではない
その雰囲気が、グリモア猟兵たる彼女をどこか髣髴とさせた
故に敬意と最大限の礼儀を以て接する
かつては貴族の屋敷にて従事していた身
振る舞い方は充分に心得ていた
もう、貴女を怒る人は何処にもいない
いかな攻撃を受けようと全て耐え
尚も凛と真っ直ぐに
刃も銃口も決して向けない
あくまで推測でしかないが…恩人の母君に、向ける蛮刃は持ち合わせていない
──此の黒薔薇の貴婦人の
その心に敬意を
彼女の愛した者へ安息の祈りを
俺が為すべきことは
此の呪縛を断ち切り
彼女を愛する者と共に眠らせること
その願いを込めて語りかける
●猟兵よ、慈悲をかたるなら剣を抜け
「斯様な装いで拝謁の機会を賜る非礼をお許しください」
丁重に腰を折り、面を伏せて告げる男を紫の瞳が怪訝そうに見つめていた。
あくまで振る舞いだけを見るならばその男が己の家臣の一人だと言われても女主人は疑わなかったやもしれぬ。だが、実際のところはそんなことはあり得ない。見目の良い者だけを揃えさせている自負はあるものの、この男であればその中に於いて尚目を引いたことであろうし、何より、斯くも恭しく礼儀正しくありながらこの威厳と風格は何であろうか。
そもそもこれは猟兵である。
「……そう」
いずれにしても不思議と敵意が読み取れぬ。女主人は遠く間合いをおいたまま、規則正しく扇を揺らす。
「皮肉ね、今のわたくしも似たようなものよ」
やがて、血塗れの己の身を揶揄して黒い扇の向こうで短く笑うのだ。
実際、今の丸越・梓(零の魔王・f31127)の装いが貴人に拝謁を賜うに相応しいとは言い難いことは確かだ。常ならば纏う黒の上着は先の虚構の舞踏会場で死した娘にかけて来た。折り目正しく清潔なシャツは元の白さゆえに滲む血を一層鮮やかに目立たせる。
だが反面、指先の所作までも気品に満ちたボウ・アンド・スクレープはあまりに完璧そのものであり、梓の纏う品格は装いを補って余りある。故に女主人もその非礼を咎めることはせぬのだろうか。
「それしたってずいぶんだわ。余程暴れて来たのかしら」
重く血濡れてありながらその衣服には些かの損傷もないことに、戦いに疎い女主人は気付かぬらしい。或いは気づいたところでまさか梓が異能にてわざわざ他人の傷を移した等とは思いもよらぬことだろう。猟兵にもオブリビオンにも、癒しの力を持つものは多くある。しかし斯くも痛ましい治癒の術などそうあるまい。仮にこの術を他の誰かが修めて居たとて、梓の様に躊躇いもなく用いることは能わぬだろうし、それを望みもせぬだろう。
「申し訳ございません」
汚れた装いの非礼は詫びても、この傷そのものを梓は恥じぬ。梓がその身に刻んだ傷は、「娘」らの痛みであり涙である。慎ましくも幸せになれたかもしれない彼女らの人生を奪い狂わせたその傷を見苦しい等とはゆめゆめ言うまい、思うまい。
「僭越ながらいっとき私の言葉へと耳を傾けて頂けますか」
梓がこの今恭しく頭を垂れるのは、何も貴人を前にするに際しての染み付いた習慣のみによるものでない。確かに過去に貴族に仕え、彼らの歓心を買うに足る礼儀作法も十分に心得ている自負はある。それこそ、貴族も斯くやと言うほどの品良い所作振る舞いとてこの通り。強いて言うなれば、先刻の娘の豊かな金髪に何処かしらかつて仕えた主人を思い起こした、それが今脳裡の片隅にあることも否めない。無論梓の主君たる少女の絹の御髪の煌めきはあれなど比ぶべくもない、世にも比肩なきほどの貴きものではあれど。
だが、それよりも、対峙する月光城の女主人の佇まいは彼の恩人に何処か似ていた。その恩人、黒き洋扇を翻し彼をこの場に送り出したグリモア猟兵にしてみても、嘲る様な一言のほかに何ひとつとして私情は口にせずとも、その違和感を見過ごす梓ではないのだ。感情を誤魔化して言葉を飲み込む人間の特有の間と表情を刑事でもある梓はよくよく知っている。
あるのは全て状況証拠だ。確証はない。だがこの過去たる存在がもし恩人の母君であるならば、傷つけることは躊躇われた。
ゆえに梓は武器を取らずに対話を選ぶ。
「どうか終わりにいたしましょう。もう、貴方を叱るお方は何処にもおりません」
「ーーおまえたちはそんなことばかり言うのね」
「ですが、事実です」
女主人の恐れる存在はこの地上にもはやない。全て断頭台の露である。
だが、その上で呪縛は消えぬ。
心を深く抉った傷はいつまでも癒えることはなく、それは梓が誰よりも知っている。
刷り込まれた「母としての」歪んだ責務を狂った形で果たさんとする彼女は未だその母親からの"糸"に絡め取られている。己の意思では抗えず、弱り果てても心が折れても、雁字搦めで何処にも行けぬ。先の舞踏会場で娘たちを戒めていた鋼糸こそその心の闇の具現であろう。
「もうご自身を責められることも、終わりの見えない試行錯誤を繰り返されることもありません」
「終わりのない? 終わらせたいの、わたくしは」
「僭越ながら、私が終わらせてご覧に入れましょう」
「どうやって?」
問うてから女主人はふと気付く。何故己がこうして猟兵などの言葉に耳を傾け、言葉を交わしているのだろう。
話す内に悪意を削がれてゆく様なその感覚は、不快ではないが違和を拭えぬ。いつ以来であるかと言う様な、不思議と凪いだ気持ちと共に。
ひらり、光を散らして彼女の視界の端に舞い飛ぶ蝶の幻影がある。
「……おまえ、一体何をしてくれた?」
【君影(キミカゲ)】。
梓が丁重に最初の言葉をかけたあの瞬間からその異能は静かにこの場に満ちていた。舞い飛ぶ蝶の幻、その鱗粉が静かに絡みつき齎すものは過去たる存在への安寧だ。その存在の、オブリビオンたる根源を断つ異能。
言うなれば最初からその術中。女主人にしてみればなんと小癪なことであろうか。眉を顰めて、翻す扇はその身を守る様に闇を刷く。
「おまえ、ずいぶんな役者なのね。褒めてあげるわ」
「敬意は誠です。私は貴女を討ちに来たのではありません。その呪縛から解放しに参りました」
敵にすら敬意を惜しまず、深い慈愛を以て向かい合う。それこそがこの男の常であり、本質だ。
だがしかし気位高い女主人にはどうやらお気に召さぬらしい。
「猟兵風情がわたくしに情けでもかけたつもりでいるの? 命令よ」
ぴしゃりと閉じた洋扇の先が梓を指した。
「"剣を抜け"」
女主人の「命令」はそのまま異能の発動である。己の意に沿わぬものを痛めつけ、その命令が易ければ易い程、それにさえ従わぬ不遜の輩に罰は重くなる。
至極簡単な命令だ。猟兵なればオブリビオンを前にして躊躇う理由もありはせぬ。しかし梓は腰に帯びた刀に手を触れることさえしない。命令に背けば罰がある。女主人の異能によって生じた黒い茨がその身に絡みつき、血染めのシャツを一層重く濡らして、足元に夥しい血溜まりを広げて行くと言うのに、梓は刻まれる痛みにも声のひとつも漏らさない。毅然と顔を上げたまま女主人を見詰めていた。
戸惑うは命じた女主人の方である。
「何をしているの? そのまま死ぬ気?」
「ご命令にはお応え出来かねます」
「早くなさい、おまえは猟兵なのでしょう!」
「恩人の母君に向ける蛮刃は持ち合わせていません」
「恩人……?」
聞き返しかけて、女主人は言葉を呑んだ。真に自分が母などと呼ばれる関係にある娘はただひとり。
「あぁ、嗚呼!あの出来損ないが未だわたくしの邪魔をするの」
「貴女の御息女は出来損ない等ではありません」
「正気なの?」
「ゆえに貴女は最初から失敗などはなさっていません」
何処までも彼女を肯定し、擁護する様な梓の言葉に返るのは沈黙だ。その間にも黒き茨は鎮まらぬ。血を流しながらも梓の黒耀の瞳は凛と光を失わぬまま、女主人を映していた。
「貴女の愛したお方が、貴女の心が安らかである様に、ただそれだけをお祈り申し上げます」
「……出て行って」
今またおもてを隠す様にして開いた黒い扇の向こうで涙声がある。
「ここから出て行け!今すぐに!」
扇の此方、その濃さと数を増し苛烈に暴れる闇の茨と、棘鞭がある。それらが胡蝶の幻を散らし追い立てて、梓の身にも新しく傷を刻むのに、梓は避けも防ぎもしない。
「あれが失敗でないのなら何だというの!上手く行ってこの末路だと? 馬鹿みたいよ、嗚呼、私が馬鹿なのかしら!どうして何もかも上手くいかないの!」
叫ぶ言葉の悲痛さをそのまま刻みつけて来る様な棘を防ぐのは梓には憚られたがゆえに。
「ーーどうかもうお休みください」
半ば慈悲であり半ば懇願でもあるその言葉、女主人は背を向けてその表情を見せもせぬままに叫ぶのだ。
「嫌よ!」
闇の茨を縫う様に、光を纏う蝶たちが薄闇にひらりひらりと舞っていた。
大成功
🔵🔵🔵
マリアベラ・ロゼグイーダ
あら、なんだかあなた、彼女に似てるような…気のせいかしら
改めましてお初にお目にかかります、女主人様
心を尽くした素晴らしいおもてなし、大変楽しませていただきましたわ
娘?ああ、彼女たちならまだ生きている子もいるからあとで城の外へ連れて行くわ
…置いていけ?面白いお方。何故あなたの言う事を聞く必要があるとお思いなの?
自慢じゃないけれど私は言う事を聞かない手のかかる兎だと、現在進行形で他人はおろか親兄弟を泣かせてるのよ
初めて会った方のそんな言葉に傅くわけないじゃない
あの子たちは這いずり回ることになろうと生きたいと言った。なら私はその手助けをするわ
そう、私は私のやりたい事をやるだけよ。邪魔しないでちょうだい
戦闘は小細工なしの真っ向勝負よ
相手のユーベルコードによるダメージは技能でカバー
あとはこの剣の魔力をギリギリまで詰め込んだ全力の一撃で吹き飛ばしてあげる
さようならお姫様。黒馬の騎士に抱かれて、素敵な夢を見てくださいな
●自由と不自由、水と油と
優美なアーチを描いた高い天井に、軽やかな靴音はよく響く。
その矜持から寄り掛かる様な無様は見せずとも、壁に手を触れ足元のふらつきを隠す女主人と対象的に、細いヒールで軽快に床を鳴らして現れたのは、陽も差さず雨も降らないこの場に於いて白い傘を携えた兎耳の少女であった。
「あら、なんだかあなた、彼女に似てるような……気のせいかしら」
女主人の姿を目にするや思わずと言った風情で口にした彼女の言葉に、女主人は答えない。「彼女」が誰を指すものか、先の猟兵とのやり取りで女主人は勘づいている。さぞかし忌まわしかろうとも。その上で、マリアベラの頭上の兎耳をちらと目にしては、強いて言葉を返さぬという判断に至ったらしい。それをも意に介することなく、マリアベラ・ロゼグイーダ(薔薇兎・f19500)はマイペースに言葉を継いだ。
「何はともあれ心を尽くした素晴らしいおもてなし、大変楽しませていただきましたわ」
その形の良い唇で愛想良い笑みを象って、惜しげもなしにその脚線美を晒け出す脚の片方を斜めに引いて優雅なカーテシー。マリアベラの卒のないその礼儀作法さえ、遮る様な扇の向こうで顔を背けた女主人の瞳には映らない。
「帰れ。わたくしはけものに招待状を出した覚えも、拝謁を許した覚えもないわ」
「素敵な人間画廊(ギャラリア)もしっかりと楽しませていただきましてよ」
朗らかな口ぶりと対照的なまでに、マリアベラの瞳は笑っていない。女主人がそれを知るのはその挑発を流し損ねて、扇を越してつい流し目を向けた後のこと。
「……おまえ、わたくしの娘たちを殺したの?」
傾けた扇の影にて平静を装い言葉を紡ぎながらも、息を詰める様な気配がそこにある。
「娘?ああ、彼女たちならまだ生きている子もいるわよ」
マリアベラは何ら気負わず飾らぬ言葉で返してみせた。
事実、生きている者も死んだ者も居る。生きたものとて誰しもが五体満足ばかりであるとは言えず、この先の長くも短くもない人生で今日のこの夜の選択を悔いて自ら命を断つ道を選ぶ可能性も皆無ではない。だが少なくとも、今日のところは彼女らは当面生きることを選んで見せたのだ。
で、あれば。愛しきアリス達に向けると同様のある種の責任と親愛をこの薔薇兎が抱くのは何ら不思議な話でもない。懸命に生きるか弱き存在はいつだって愛しく可愛らしいものである。
「死なせない。あとで城の外へ連れて行くわ」
「嫌よ」
マリアベラの言葉に噛み付く様に言葉短かに女主人が返す。
「おまえにそんな権利はなくてよ」
「面白いお方。それを言うならあなたもそうよ。何故あなたの言う事を聞く必要があるとお思いなの?」
言葉は返らぬ。女主人のその茫然は己の言葉は尊重されてしかるべきだと言わんばかりの傲慢だ。その傲慢を打ち砕くとも言わんばかりに、マリアベラは言葉を重ねる。
「自慢じゃないけれど私は言う事を聞かない手のかかる兎だと、現在進行形で他人はおろか親兄弟を泣かせてるのよ」
自慢ではないが、恥じもせぬ。
「おまえの家族が気の毒で眩暈がするわ」
やや引き気味に、心からの嫌悪を込めて女主人が呟いた。
果たしてその言葉はマリアベラの心を寸分も抉ることはない。何故ならば当の親兄弟は泣かされながらも彼女のすることを否定せず、広い心で受け入れてくれている。特に兄なんて些か甘過ぎるほどにマリアベラには甘いのだ。彼女自身もそれを理解し、己が自由で居る姿こそ彼らの幸せであろうと半ば勝手な解釈で何の遠慮もせぬのだが、概ねそれは正解だ。もしマリアベラがしおらしく人の顔色を伺いなんてし始めた日には、それこそ何があったかと上を下への大騒ぎだろう。
その意味で、周囲より適切な愛を注がれて育まれた自己肯定感の高さゆえにこそ自由人たるこの少女は、女主人からしてみれば何と対極の眩しくも妬ましい存在であるだろう。本人は死んでも認めることなどなかろうが。
「あの子たちは這いずり回ることになろうと生きたいと言った。なら私はその手助けをするわ」
「這いずり回る?」
女主人が心底怪訝そうに鸚鵡返した。扇を揺らす手が止まっている。
「なぜそうなるの?」
「何故って……」
真面目に答えかけ、マリアベラは言葉を止めた。
先の舞台に、宛ら人形のようにして「展示」されていた娘たち。自ら立ち歩くことも許されず、求められずに、唯、形だけを保った四肢の仕草を整えられて「そこに在る」。その四肢が既に朽ちていようとも女主人は気にも留めずに、或いは気づきもせずに、存在だけに執着をして居たのではなかろうか。漂う腐臭に扇を揺らして眉を顰めて、香水を撒かせて誤魔化させながら。
だが、このオブリビオンが己のした仕打ちの意味も理解していないのであればそれはそれ。マリアベラの思考は何処までも合理的である。アリスラビリンスなどといういとも容易く罪人の首が飛ぶ世界ではあれ、小国と言えども主権も司法も備えては卑しくも法治国家を名乗る王国の生まれ育ちの故であろうか。加えて彼女の親兄弟は限りなくその頂点に在る。ゆえにマリアベラも帝王学らしきものは多少は齧って居るのだ。
だが、その国に於いてでもこうした過去たる存在は人間の罪人などとは端から質が異なる。罪の自覚などさせたところで、悔恨の念を呼んだところで、償うだけの時間的猶予が与えられる訳でもない。ーーマリアベラはあの国で、オウガ、即ちオブリビオンをただ狩り続けて来たのだから。
「いえ、良いわ。話すだけ無駄でしょう。私は私のやりたい事をやるだけよ。邪魔しないでちょうだい」
「それはわたくしの台詞よ。勝手にひとの城に上がりこんで来て荒らし回って何なのかしら?野蛮にもほどがある」
水と油である上に互い気の強い女同士、会話は何処までも平行線だ。
提げた白い日傘の柄にマリアベラが右手をかけるのとほぼ同時、闇を纏った洋扇で宙を撫で女主人が高らかに告げる。
「けものは嫌いよ。“近寄らないで“」
「だから、あなたの言葉は聞かないってば」
わからない人ねと言わんばかりに零しつつ、命令に反して間合いを詰めるマリアベラの身に女主人のユーベルコードの黒き茨が絡みつき、白磁の様な肌を抉った。一歩、言葉に背くごとに棘は鋭く肌を穿てど、だが痛みごときに怯むマリアベラではない。同時、畳み掛ける様にその身を狙う棘鞭を白い傘にて受け流し、黒い扇が誘う無数の闇の茨を傘のひとつで捌き切る。その間にも薔薇の兎の俊足は己の得物の届く範囲まで距離を詰めるのに時を要さぬ。
「本当に野蛮で嫌になる」
「あら、結構な褒め言葉だわ」
マリアベラがその細い指先に握って居た筈の傘が今、白銀の刃眩き剣へと姿を変えている。振り上げるそれが光を纏うのを女主人は忌々しげに見やって吐き捨てて、マリアベラが受け流す。交わす白刃と闇を纏って防ぐ黒扇、けれども刃は一閃ごとに光を増してゆき、ついにその煌めきは光の導きたる剣の先から光線となって放たれる。
【光導くもの(オゥス・クラウ・ソラス)】。
「けだものめーー……!」
その光線を防がんと、扇を翳して広げた闇を己が身の前に張り巡らせながら、女主人の頬が引き攣る。それさえ消し飛ばさんばかりに、纏うその闇ごと眩い光の暴威が呑んでゆく。
「さようなら、お姫様。黒衣の騎士に抱かれて素敵な夢を見てくださいな」
やがて光が収まる頃に、その一撃の威力のあまりに重厚な壁も撃ち抜かれ、崩落した天井の瓦礫さえ横たわっている景色へとマリアベラはせめてもの情けとしての言葉をかけた。
だが、その瓦礫の陰より、ゆらり立ち上がる影がある。
「ーーおまえの言葉を返してあげる」
猟兵の前に膝をついた等という屈辱をどうやら彼女は許せない。
もはやずたずたの襤褸布の様な黒いドレス。顔にほつれかかる髪をかき上げて、今、開く扇は無惨に破れていながらも、血濡れた唇は弧を描く。
「なぜ、わたくしがおまえの言葉を聞くと思ったの」
大成功
🔵🔵🔵
朱酉・逢真
心情)(影茨を見て) ああ、そォいう。
サテお嬢さん。さぞや頑張ったろう。いつだって全力で。ココロを押し潰し削りながら。死ぬ方がよっぽど楽な生を過ごしたンだ。偉かったねェ。よく頑張ったなァ。俺ァ善悪とかようよう知らンで、悪くないたァ言えンがね。…マ・その辺の糾弾は他のおヒトらがしてくれッだろ。
行動)なァお嬢さん。瀕死のお嬢さん。お前さんとて"いのち"の内、ならば俺は等しく慈しもう。お嬢さん。生きている間、一度も選べなかったお嬢さん。選択肢をあげよう。ご覧、名月も沈む深き闇夜だ。ご覧、お前さんはいまだ若い。ご覧、お前さんの騎士が来る。いまここに再現しよう。お前さんの魂に入った亀裂を映そう。騎士と共に逃げてご覧! すぐ失望するってンなら、いっそとことんさせっちまえよ。支配から逃れるがいい。出来ないと思うかい? また矢が降ってきて、お前さんの騎士と未来を殺めてしまうと? いつものように諦めるかね。俺はそれでもいいンだが――騎士団長どのは、そうは思ってないようだぜ。
●光ある処に闇もあり、夜明けの前こそ最も暗く
灯を映すほどに艶やかな市松模様の石床に、誰のものとも判らない血溜まりが随所に落ちている。なれどこの今、破れた扇を片手に肩で息をしながらも殊更に背筋を伸ばして佇む女主人が誰よりもこの地に血を零していることは間違いあるまい。放っておいてもいずれこのまま絶える命だ。
高い天井に、ゆったりとした拍手が嫌によく響く。
音の出処、華燭の投げる灯も届かぬ部屋の隅の暗がりに佇むは、モノクロと称して差し支えない程に生気も精彩も持たぬ男だ。洒脱な洋装の肩に羽織った正絹の着物の色柄は鮮やかなれど、彼自身を言うなれば涼しい目元の朱い瞳ばかりがその容貌に毒々しいまでも鮮明に、唯一の色を添えて居る。
「この無様さを嗤いにでも来たの?」
女主人が自ずから思わずそうも問いたくなる程に、その男ーー朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)が明確に他の猟兵たちと異なる点が一つ在る。汚れ一つないその姿はおおよそ戦地に立つ者の姿とは思い難いほど、女主人をして高みの見物でも決めて居るのかと勘繰らせ苛立たせしめる程に、誰の返り血も浴びて居ない。
必然だった。
罠の蔓延る鏡の間では、騎士たちの誰一人とも刃を交わすことぞなく逢真はただゆったりと歩いてその場を過ぎただけ。ーー階段の登り下りさえ儘ならぬその身には戦いなどの出来よう筈もない。
そうして、娘たちの囚われた画廊に於いては彼女ら自身に選択を委ね、その願いを叶え得る仕組みを与えてやっただけ。ーー神は、いのちを摘み取らぬ。
故に、いずれの場に於いても逢真自身が流させた血はただの一滴もありはせぬ。騎士たちは自ら罠に掛かって死んで、娘らは自らが希う安寧にその身を委ねただけなのだ。
この場に至る道中を全くの無血で歩んだ神は、緩やかに否定を示して手を振った。
「イヤ、違うよ」
よく整うがゆえに人くさい個性などは持たぬその貌の、薄い唇は常と変わらず浅い弧を貼り付けたままに告げるのだ。
(ーーああ、そォいう)
そうしてその微笑みの傍らで、女主人の足下の影より湧き立つ黒き茨を目にとめて、逢真は冷静にひとつの事実に思い至る。この世界、この夜に至る前に定かに目にしたその影茨、それを操る女主人の何処かしら見覚えのあるその面差し、それが示唆する事実はおそらく一つだろう。
だが、逢真にとってはさして重要なことではない。神はあらゆるいのちに対して贔屓などはせぬ。
ゆえに、その認識の如何如きで掛ける言葉は変わらない。
「サテお嬢さん。さぞや頑張ったろう。いつだって全力で」
「え……」
女主人の戸惑いは今更、己より年下と映る男からの呼称に対するものなどでは無論ない。およそ敵の口にのぼるものとも思われぬ労いに対するものに他ならぬ。
逢真は善悪を司る神などでない。何処までも中立であり、だがしかし神とて自我も意思もある。ゆえにただ今は己の領分を侵さぬ限り、「個」としての意思のままにその口を開くのだ。善悪という観点で論じるならば決して悪くないとは言い難い彼女を糾弾することは他の猟兵たちへと委ねるとしてーー否、こうして向かい合う今も足下に血溜まりを広げてゆく様を見るならば、既に十分に糾弾を受けた後やも知れないが。
「ココロを押し潰し削りながら。死ぬ方がよっぽど楽な生を過ごしたンだ」
生ある頃にはおよそ耳にもしなかっただろう労る様な言の葉たちは、女主人の険しく寄せた眉根を緩め、敵意を困惑に塗り替えてゆく。
緩やかに歩みを進める男から、女主人は不思議と距離を取ろうとも思い至れぬ。それは彼が纏う神威に無自覚の畏怖を覚えてか、困惑が勝ったものかはわからねど。
「……何が言いたいの?」
「偉かったねェ。よく頑張ったなァ」
「……。」
それは人の子に望むべくもない寛容さ。
先の虚構の舞踏会。あの場に猟兵達が訪れるまでにどれだけのいのちが絶えて、或いは彼らが訪れてから、どれだけのいのちが慈悲の死を乞うて選んだか。死ねぬいのちはこの先で如何な地獄を生きるだろうか。その惨劇を起こした首魁を前にして、断罪することこそが元来猟兵の務めやも知れぬ。
だが猟兵である以上に逢真は神なのだ。目の前のこれが《過去》であれこれもまたひとつのいのちなら、逢真が慈しむべき相手のうちだ。
「黙れ!何様のつもりなの!同情なんて要らないわーー……!」
動揺を隠し切れずに叫ぶにも等しく告げた女主人は、けれども無惨に破れて骨の覗いた扇ではもはや涙を溜めた瞳も隠すべくもない。
「そうサ、懸命に生きたいのちに同情なンて不要だろうとも」
懸命に強がるその心の襞をも読み解く様にしてこの神は告げてやる。
だからこれは、一柱の「救わぬ」神がその領分を侵さぬ限りの、心ばかりの餞であり慈悲である。
「お嬢さん。生きてる間一度も選べなかったお嬢さん」
呼びかける声は何処までも慈悲深く、親愛に満ちて柔らかだ。扇を構えた女主人のその手を止めるくらいには。
「選択肢をあげよう」
先刻、かの娘らにもそれは下賜した。神は何処までも平等であり公平だ。
緩く宙を撫でた生白い指先が連れて来たのは彼らしくもない眩き光。
「嫌だ、退がれーー……ッ」
身を護る様に扇を向けた女主人はその異能を発動すべく不遜にも神に「命令」を告げようとした。その意に反して傍らに湧き立つ闇が勇ましき黒馬とその背にて黒き鎧を纏う騎士の姿を成すを、驚愕に見開いた紫の瞳が映す。
「何故ーー」
「いまここに再現しよう。お前さんの魂に入った亀裂を映そう」
【凶星の異面(カウケト)】。昼夜即ち闇と光は対極の様で表裏でもある。その双方を司る女神の権能は、その光が眩ければ眩い程に落とす影と闇もまた深かろう。
その異能が染めた視界が暗いのか、眩いのか、それさえもはや判らない。
拒む様に閉じた女主人の瞼を再び開かせて、思考を、場面を切り替えさせるのは高らかな馬の嘶きである。
いつの間に己は馬上になど居たのであろう。何故、生娘の頃に来ていた様な、襟の高い長袖の野暮な紺色のドレスなぞを纏って、この肩に揺らす髪さえようやく背の半ばを過ぎたばかりでーー
「騎士と共に逃げてご覧!」
神たる男の声が響く。
己を護る様にして背後より手綱を握る腕がある。青鹿毛が艶やかな鬣を靡かす逞しき頸と立てた両耳のその向こう、眼前に広がるのは先も知れない闇夜であった。名月と呼ぶに相応しき月さえも二人して願ったとおりに彼方に沈み、ーー女主人は理解する。
嗚呼、これは、「あの夜」だ。 であれば、嫌だ、だってこの先はーー……
「支配から逃れるがいい。出来ないと思うかい?」
だって、逃れられぬままこの身は生を終えたのだ。
「また矢が降ってきて、お前さんの騎士と未来を殺めてしまうと? 」
だって、一度は夢を見て、現実は悪夢の様な末路に至るのだ。
「いつものように諦めるかね」
だって、それしか知らない、わからない。
「俺はそれでもいいンだが――騎士団長どのは、そうは思ってないようだぜ」
楽しげに、いかにも他人事の様に、突き放す様なその言葉の慈悲の深さを、女主人よりも冷静に読んで居る者が傍らにある。
「ミカエラ!」
「あーー」
弱気を見透かすかの様に叱咤する様に背後より名を呼ばれ、娘の姿に時を戻した女主人は我に返る。だが、忌まわしく懐かしいこの夜に於いて、この先に未来などはありはせぬ。
「ねえ、戻りましょう!お母様がお怒りになるわ!わたしは失望されてしまうし、貴方はーー」
訴える様に不安げに振り仰いだ彼女の視線を受け止めるのは長い銀の前髪越しの赤い瞳だ。
「何、しくじれば次は心中でもするか」
「すぐ失望するってンなら、いっそとことんさせっちまえよ」
己の信じる騎士が笑って、この場の全てを支配出来よう筈の神が告ぐのだ。なればこの今、何をか恐るるに足らん。
風を切る音を聞いた、気がした。馬の蹄が大きく地を蹴った。
「ーーわたし、もう二度と誰の支配も受けないわ」
毅然と告げた声と共に、今、背後より降り注ぐ矢の雨を、夜闇より尚黒き茨が迎え撃つ。撃ち損じた矢たちが無数の放物線を描く終点とて、跳んだ青鹿毛の後肢の先にも幾らも遠く届かない。
誰もが語る神の存在を女主人はその生前に信じなかった。だって世の中は残酷だ。ゆえに救いを求めたところで無駄なこと。その暁に、救わぬ筈の神が救いたり得たこの皮肉、彼女は終ぞ解るまい。ーー今の彼女にとってはかの神のみが救いの神なればこそ。
もう会うこともないだろう誰かが甲高く喚き立てる声は気づけば遥かな背後に置いて来た。
駈歩の蹄の音だけがワルツには軽快過ぎる三拍子を刻み続ける。
「ねえ、何処に行くの?」
「気になるか」
「……いいえ。良いわ」
青鹿毛の駆けて馳けて駈けた先、開ける景色が如何なるものであろうとも、そうだ、己が告げたのだから。
「ーー貴方とならば何処までも」
ーーたとえ二人の行く末が無明の闇であろうとも。
全ては女主人とその騎士ばかりが夢に見た、束の間の幻の出来事だ。現には何も齎さず、だがその歪み罅割れた魂の内におき、定かな軌跡を残しただろう。
目を閉じて穏やかに微笑む女主人は仰向けに倒れ込みながら、それを抱き止めようとした騎士もまた、溶ける様に散る様にして闇に還るのだ。散りゆく刹那に逢真を向いた騎士の兜の奥の瞳は敵意も持たず、もはやさしたる猶予なきその最期まで低く頭を垂れることにてただその謝意を告げて来た。
「なァに、全てはいのちが選んだことサ」
礼を言われるようなことなどは何もしていない。暗がりの神はその端正な白い貌に薄い微笑を浮かべたままに言外に告げてやる。
後に残るのは床に転がる月の眼の紋章ただひとつ。薄闇に立ち残るは薄く細い男の姿ただひとつ。長くを歩けぬ身が緩やかに歩を進め、病疫を纏う白き指先が慈しむ様に紋章を拾い上げるのだ。これとていのちの名残のひとつ、ならばグリモアベースに届けてやるも悪くない。ーーこの存在がそれまで瘴気に侵され尚も朽ちずに在るならば、という条件は付随するものの。
少し、疲れた。思えば城の入口から此処まで随分歩いて来たものだ。この神の権能は絶大なれど、それを現界させるこの「宿」は己の瘴気に蝕まれるかのようにして、何度取り替ええてもどれも何処までも虚弱であった。その痩躯を引き摺る様にして病疫の神は来た道を逆さに辿る。逆さごとには、慣れている。
もう月さえも落ちた夜半、夜明けの前が一番暗い。斯くして猟兵達の冒険譚は斯様に終わりを告げる。
ーー悪の華は月下に咲きて、闇に散る。
大成功
🔵🔵🔵
最終結果:成功
完成日:2022年03月18日
宿敵
『純血の黒薔薇・ミカエラ』
を撃破!
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