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殲神封神大戦⑰〜THE CHAOS.

#封神武侠界 #殲神封神大戦 #殲神封神大戦⑰ #渾沌氏『鴻鈞道人』

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#渾沌氏『鴻鈞道人』


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『渾沌の地』と呼ばれた目に広がる大地は、今、その名前にそぐわない一面の白を宿していた。
 それは拒絶の色か、既に何ものにも染まらぬ色か、それとも光色が全ての色を呑み込んだ果てに見せる、最も汚き色なのか。

 ただ、ひとつ分かるのは。
 次の瞬間には、白は黒に、青に、緑に。或いは、山にも、川にも、海にも成ろう。
 それは、現在までの誰かが、何かが踏みしめてきた、無限にも近しい『【過去にあった】何か』へと次々に変貌を遂げることのみ。


「そこには、一人の男が立っていた。否、男か女かも分からない。
 名を、渾沌氏『鴻鈞道人』――己を【骸の海】だと名乗る、敵だ」
 自ら口にしても理解が及びづらいとばかりに。相手を『敵』としか定義づけられないままに、一拍置いて、予知をしたグリモア猟兵レスティア・ヴァーユは言葉を続けた。

「口はなく。左眼のみの『それ』は、姿を変える。
 渾沌の地と同化し、その身に白い天使の翼を宿し、あるいは白のおぞましい触手を大地に這わせ、顔無き白牛の頭を得ては、殺戮する為だけに在る白刃に変化――変質、というべきだろうか。それらの姿に常に存在を変えながら襲ってくる。
 恐ろしいのは、それだけの変質を繰り返しながらも、その左眼には確かな意志と、明瞭な思考があるということだ。
 間違いなく強敵であり、大地と同化したそれは、現段階では滅ぼす事も叶わない。だが」
 倒せば撤退は狙えるであろう。そして、撤退させなければ、まず先へ進むことも侭ならない。
「相手は素早く、先手を取られることは間違いない。こちらのユーベルコードは発動の間も無いだろう。故に、最善の防御策を取って対処を……と言いたい、が」
 予知をしたグリモア猟兵は言葉を濁らせ、言いづらそうに眼を伏せた。

「敵の、攻撃手段の仔細が、分からない。
 あまりにも多様を極め……こちらでは認識し切れなかった。それは氷柱であるかも知れず、あるいは鋭い鋼鉄の刃であるかも知れない。
 恐らく敵は、発動するその瞬間まで、それを変質させし続けている。
 その為、もし飛来するもの一つを取ったとしても、それがどのようなものかまでは――すまない、本当に分からない」

 予知をした猟兵は沈痛な面持ちで俯き、そして己の言葉に、覚悟を決めた様子で顔を上げた。
「訳の分からない強敵の先制攻撃を凌ぎ、その上で反撃をなどと、それがどれだけの理不尽であるかは分かっている。
 だが。それでも……まずは無事で。そして勝利を掴んでほしい――健闘を祈る」

 自らを【骸の海】と名乗る存在。少なくとも今は滅ぼす事も出来ぬ敵を前に、猟兵達に与えられた情報はあまりにも少ないものだった。
 しかし、それでも尚。予知をしたグリモア猟兵は、場の全員の勝利を願い、深く猟兵達へと頭を下げた。


春待ち猫
 ご閲覧いただきまして誠に有難うございます。春待ち猫と申します。
 この度は、対「渾沌氏『鴻鈞道人』」戦。
 戦争シナリオのひとつと致しまして、少し特殊な戦闘となっております。

 敵「渾沌氏『鴻鈞道人』」は、先制攻撃でユーベルコードを仕掛けてきますが、ユーベルコードの詳細は【リプレイ執筆時点まで不明】です。
 その為、プレイングボーナスと致しまして、以下内容が発生致します。

 ○プレイングボーナス……鴻鈞道人の「詳細不明な先制攻撃」に対処する。

 ※難易度は「やや難」ですが詳細が不明のために、対応においてはかなりの強敵・難敵になるかと思われます。
 何とぞ思いつく限り、対応出来る手段をプレイングにお書き添えいただければ幸いです。

 ※オーバーロードにつきましては、マスターページをご覧いただき、ご了承をいただきました上でご利用の程を戴ければと思われます。

 ※またこの度、当シナリオにおきまして、PC様に演出上の多少の怪我が発生する可能性がございます。
 予め、PC様が怪我をしても全然構わないという場合に、当シナリオのご参加をご検討いただけば幸いです。

 プレイングは、タグ・マスターページ記載に記載させていただく受付開始期間より承らせていただきます。
 それでは、どうか宜しくお願い致します。
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第1章 ボス戦 『渾沌氏『鴻鈞道人』undefined』

POW   :    渾沌災炎 undefined inferno
【undefined】が命中した対象を燃やす。放たれた【undefined】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD   :    渾沌解放 undefined infinity
【undefined】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ   :    渾沌収束 undefined gravity
レベルm半径内の敵全てを、幾何学模様を描き複雑に飛翔する、レベル×10本の【undefined】で包囲攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

グラナト・ラガルティハ
混沌からあらゆる物が生まれると言う神話は幾つもある。混沌が骸の海を名乗るのならば。
すべてのオブリビオンを還す骸の海とは何だ。
混沌の全ては理解できぬ骸の海も罪深き刃の詳細も知らぬ。
私はただ戦を司る者。
そこに戦いがあるのならば私はそれを司ろう。
さぁ、混沌よ。戦が相手になろう。
神としての【封印を解く】

詳細が不明。ならば警戒するに越したことはない。
【結界術】【オーラ防御】を【破魔】で展開。
傷を負うことが避けられないのならば。
UC【我が血潮もまた炎】
吹き出した血は何よりも強い神の炎それを持って
混沌すら【焼却】する



●疑問を貫く権能を手に
「――混沌からあらゆる物が生まれると言う神話は幾つもある」
 グラナト・ラガルティハ(火炎纏う蠍の神・f16720)は、離れた所に立つ渾沌氏『鴻鈞道人』の話を再確認するように、己の思案を言葉に移した。
【世界の全ては、渾沌から始まった】――混沌ともされるそれは、全ての世界、東西限りなく散りばめられた神話という名の神代歴史に数多登場するものだ。
 しかし、今グラナトの目の前にいる存在が。
 渾沌氏――混沌と定義された存在が【骸の海】を名乗るという事は。

「――その混沌が、骸の海を名乗るのならば。
 すべてのオブリビオンを還す骸の海とは何だ」
 口に出されたグラナトの言葉は、問い掛けよりも純然たる疑問に近い。
 渾沌氏の左眼が僅か細められ、グラナトの存在を眇め見た。
(理解できぬか。ならば。
ここに渾沌、今この瞬間までの全ての過去を顕わにしてみせようか。
 もしかすれば、その内に。お前達が求める答えが何処ぞなりとも落ちているやも知れぬ)
 そう告げた渾沌氏『鴻鈞道人』は、しかしその続きに、猟兵達へ念波による嗤いを乗せた。

(だがお前達に、己自身が踏みしめて来た過去の全てを受け止め切れるか。
 星の回り、時計の巡り、生命の呼吸の数すらも含めたその過去を。
 受け止めれば、固定された器を持つ存在では正気では済まぬであろう。この【骸の海】を呑むなど愚の骨頂ではあるが)
 こちらを嘲りながらも滔々と、謳うように、もしくは相手のいない空気を震わす、独り言のように流れる思念による言葉達。
「――」
 グラナトは、それに冷静すぎる程の沈黙を置いた。
 ここに得られた情報は、あまりにも薄いもの。
 分かったことは、目の前の存在が【骸の海】を自称し、そして具体的な真偽を語らず。
 分かっている能力は、『滅ぼせない』という無限性。『再孵化』という、過去を顕わにする能力を所持するというのみ。
 ならば。今のグラナトの為すべきことは、ただひとつ。

「――混沌の全ては理解できぬ。骸の海も罪深き刃の詳細も知らぬ。
 私はただ『戦を司る者』――故に」
 この空間の何処までが、敵の領域かは分からない。
 だが、瞬間。それこそが、己の代弁であるかのように。炎をはらみ巻き込んだ轟風がグラナトを包み吹き荒れた。
「そこに戦いがあるのならば『私はそれを司ろう』。
 さぁ、混沌よ。――戦が、相手になろう」

 鴻鈞道人の左眼が僅か、存在を確認するように見開かれる。
 渾沌の地上にて、グラナトを取り巻いていた業火が、収束ではなく圧縮されるように一点に集中していく。
 まるで、炎の概念を喰らうように。狭間から現れた姿は、見目のみであれば殆ど変わる所はない。
 しかし、代わりに。先と圧倒的に異なるものは、露わにされた暴力にも近しい威の圧力。
 グラナトにとっては猟兵という日常の姿すらも、己の息を穏やかながらも潜める自身の有り様を抑えたものだ。
 それを取り払った今。グラナトは心弱きものが見ればただひれ伏す事しか出来ないであろう、超常に近しい雰囲気を纏ってその場に現れた。
 左腕に吸い込まれていった炎の先にあったもの――それは、戦と炎を司る『神』の概念。

(神、か。驕るなかれ。
 過去にならぬモノなど、存在していない事と等しく)
【骸の海】を名乗ったそれが、敵として相対した瞬間。
 鴻鈞道人として立つ、同化した渾沌の地の足元が蠢いた。次の間には、相手の身長よりも遥かに高い【呪詛と油で汚染された任意操作可能の濁流】が噴き上がり、すっと細い指を示した先にいるグラナトへと迫り来るように襲い掛かる。
「――っ!」
 攻撃手段の詳細が不明なればと、解かなかったグラナトの警戒は功を奏した。相手の行動が不明なればこそ、己に出来る最適解は限界まで絞られ限られるものだ。
 途方もない水量で叩き付けられる、自然界では救いようのないまでに水であったものが汚染された濁流。
 一般人が浴びれば即、窒息死するであろうそれに、グラナトは即座に自分を中心に結界を張って巻き込まれるのを防ぐ。
 そして透き通る薄朱色に染まる結界が、濁流の油から発火した概念上の黒炎に浸蝕される前に、グラナトは紺碧の指輪から得るエネルギーでその身を包み防御を固め、滲み出す呪詛を海色の護り刀の加護で相殺させた。
 しかし、それでも。結界を浸蝕する呪詛の音は鳴り止もうとしない。
 激しい濁流に呑まれるのを防ぎ、その役割は果たすものの、燃えながら溶かされようとしていく朱紅に粘り張り付くような呪詛と油に染め上げられた汚水には、グラナトは不快感を隠せない。
 グラナトが見る水とは、青は――『何よりも清廉』なもので在るが故に。

 数十秒――激しく続いた鴻鈞道人からの濁流の勢いが収まり、結界の外に地面が見え始めるのを確認する。更なる護りを固めるべきか、それとも己が身の防御のみで凌ぎきるか――しかし、どのみちこのまま攻め手に回らなければ、消耗の果てに力尽きるのみだと、人間で言う本能に近しい経験が告げている。
 現状において、もう他の選択肢がない。同じ濁流をもう一度受ければ、結界術は追い付かず、次は神として炎の権能を宿しておきながらも、己が身を相手の意のまま『過去の黒炎』で焼き尽くされることになるであろう。
 グラナトは、濁流が引き禍々しい汚水が僅かな凹凸に溜まり黒煙を上げるだけとなった地面に一目走らせると、既に熱と呪詛に浸蝕され役立たずとなっていた結界を解除し駆け出した。
 先の技を思えば、遠距離での攻防に勝ち目がないのは明らかだ。
 ならば、距離を詰め、異なる間合いの勝負に持ち込むしかない。
 たとえ――その先に。鴻鈞道人の眼前より呪詛水の溜まりから組み上げられた無数の槍が現れ高速で飛来し、グラナトのオーラ防御すらも貫通して、その身を呪詛と油で燃やしたとしても。

「ッ!!」
 全身に走る激痛。だが、グラナトは足を止めない。傷口に燃え続ける敵の炎は、身に着けていた神獣の毛皮が傷痕を灼き焦がす前に消し去った。
(灼けば血潮が流れることくらいは防げたものを)
 鴻鈞道人が念波に乗せて呟く。愚かなり、と。
 言葉通り、代わりに真赤の血が、グラナトの手を、脚を流れては激しく噴き上がる。
 血を失えば人体の動きは鈍くなるもの。しかし、全ては。
 炎を喰らう神獣の毛皮を所持していた、グラナトの思惑通り。

「傷を負うことが避けられないのならば」
 距離を詰め、同時に尚も、傷付けられ全身を染める神の血潮。
 しかし、その全てが、一瞬で燃え盛る炎へと変化する。
(――!)
 全身を包み込む赫々とした業火は、見る間に肩を貫かれ流れた赤に染まっていた左腕に一振りの剣を模る。

「『この場の戦を司る神』なれば――混沌すらも、焼却するのみ。
 ――戦の采配は、常にこの手に」
 戦神の意志を宿し振り下ろされた炎剣は、灼熱にも勝る劫火をもって。優勢であったはずの鴻鈞道人の身体を炎に晒し、その身を大きく灼き焦がした。

成功 🔵​🔵​🔴​

七那原・望
詳細は不明だけど物理的に殺せる相手なら……

自身を中心に全力魔法で結界を張って、スケルツァンドに騎乗して魔力を溜めて強化魔法でスピードを限界突破させつつ空中戦です。
敵は飛行できる前提で遠距離も想定して第六感と野生の勘で攻撃の種類、挙動、敵自身の動きを見切り超高速で飛び回って回避。
同時に周囲に多重詠唱でどんどん結界を張って敵の攻撃を妨害します。
余裕があれば自身の周囲の結界も多重に増やして爆発等にも対処。

ユニゾンに魔力を溜め、攻撃の隙間を縫って一気にリミッター解除、攻撃力重視クイックドロウ多重詠唱全力魔法Lux desireを乱れ撃ちします。

骸の海なら骸の海らしく何も為さずに世界の外に失せなさい!



●願望の花園より節理へ向けて

(成る程……)
 他の猟兵の攻撃により、渾沌氏『鴻鈞道人』の肩から胸にかけて激しい焦げ痕が刻まれた。
だが、鴻鈞道人はそれに何かを納得した様子で念波による呟きを残すのみ。
 次の瞬間。厚い生地の下にある泡を無理やり温めたかのような、鈍い空気の膨張音と共に、ひとつ。鴻鈞道人は己の身にベギッという一際激しい音を立て、己が傷痕から自身の上半身ほどもある巨大な一対の羽根を生み出した。
 それはまるで自身の傷を埋めるように、骨と肉を乱暴に砕き混ぜ込んだような音を立てて己の火傷を包み込むと、胸に牡牛を、或いは鳥を、狼の頭部を丸呑みしたかのような異形を型取り――白の中で全身の形をぐしゃぐしゃにしながら、最終的に鴻鈞道人は再び人の形を取り戻した。

「……これは」
 七那原・望(封印されし果実・f04836)は、まるで泥粘土細工のような敵の有り様に絶句せずにはいられなかった。今、対峙している存在は『人型』をしている。視覚を封印されて久しくも、他の感覚は確かにそう示している。
 だが『それだけ』だ。
 視覚が封じられた分、誤魔化しようがないほどに、それだけはひしと伝わってくる。

 相手は【骸の海】を自称している。その証拠はなく、聞き伝えられた能力だけでは真偽も分からない。
 ただ、途中で消えた焦げた臭いを望は嗅覚で感じ取っていた。変化途中の動物の異臭を受け、おぞましい異音も聴覚が確かに拾い上げていた。
 ――そこには『全ての過去の再孵化を行使する【骸の海】』を名乗るには、相応ではないかと思わせる醜怪さが確かに存在していた。

 しかし、数多い戦場を渡った猟兵として、望がそれを恐ろしいと思うことはない。
 猟兵として、情を持つことを許されなかった選択も幾つもしてきた。故に、今さら脅威に対して必要以上の萎縮も存在しない。
 だが、ほんの一瞬――『これを、本当に殺せるのか』その思いだけが、浮かぶ。

「詳細は不明だけど、物理的に殺せる相手なら……」
 呟いた先。目には見えない、しかし相手の足が大地と同化し不自然に蠢いているのが伝わって来る。
 本能が叫ぶ。もしそうならば、同化している渾沌の地全てが『敵の領域』であると。

 その考えに到った刹那。猟兵達を見渡していた鴻鈞道人の左眼が、望ただ一人を映し出した。
「っ!!」
 背筋に走る戦慄――咄嗟に、望が半ば反射的に純白の機巧、奏空・スケルツァンドに飛び乗り上空へ駆けるのと、鴻鈞道人の【大地より敵を追尾する、無数の茨に纏う雷】がその場を穿つのは、ほぼ同時だった。

 空へ。とにかく上空へ。
 敵の視線を確かに感じる。相手は地上より仰望し、天上のこちらを捕捉している。
 ならば考えもなく迂闊な方向転換などをすれば、待ち受けているものは、茨による最短距離での捕縛であろう。
「雷を伝播させる茨、ですか」
 目視以外の感覚で追尾してくるものの正体を判断しつつ、望は呟きながらも更に宙を駆ける。
 対策を練らねばならない。その為にも、望が力強く願いを謳い籠めれば、淡く光る黄金色の結界がスケルツァンドを中心に張り巡らされた。
 気配を窺う。鴻鈞道人に動く様子はない。
 代わりに、どこまでも伸びる茨が望に向かい追い掛けて来る。
「あちらも本体に動いてもらった方が、翻弄しやすかったのですが」
 迫る茨から散る雷の残滓を結界が弾く。敵は、飛翔出来ない訳ではないだろう。ただ、こうして空と地上で大きく距離が離れたとき、相手の捕捉には地上にいる方が有利な事を恐らく敵は知っているのだ。
 この茨の長さも無限ではないはずだ。どこかに限界はあるだろうと思いながらも、しかし逃げる為に距離を取り過ぎれば、今度はこちらの攻撃が敵に届かなくなるだろう。
「……」
 一度、角度を変えなくてはならない。それも、自ら敵に近づく為に。

 望は己の結界の強度を信じ、スケルツァンドの速度を臨界点まで跳ね上げた。
 そして、進行角度を切り替えると一気に鴻鈞道人へと迫る。
 茨と雷の強さが分からない以上、結界は一撃で叩き割られるかも知れない。だが――直感だけは。己の無事を確信している。
 覚悟を決め強い願いを形にしたそれは、こちらよりも早くに迫る茨の一撃を確かに弾き、雷すらも退けた。
「いけますね」
 本能的直感に従った行動を元に、望が得たものは確信。
 結界に罅が入ったものの、茨の強力な一撃だけならば凌げ破られる事はない。今はそれで十分だ。
 弾き飛ばされた茨は、瞬時に一本から数を増やした。それでも、一気に数十の数が無いところを思えば、茨は長さよりも数に限界があるのだろう。
(墜ちよ)
 響き渡る念波。望は掠めた茨より放たれた雷により、本来ならばあり得ない、結界に火が付き燃え広がるのを感じ取る。
 しかし、それを放置して、望は飛翔するスケルツァンドを追い掛ける茨の数本を速度で振り切り。同時に、挟撃で正面より迫った残りの茨の一筋を、敢えて己の結界に直撃させた。
(――)
 予測の外、鴻鈞道人の微かな驚きが念波に広がる。
茨を自分の結界諸共、張り付くように燃えていた炎を交えて粉々に打ち砕く。
 しかし、望はここまでの操縦を熟しながらの平行で、重ねるように歌い上げていた詠唱から、再度結界を己の周囲に張り巡らせた。

 隙を見つける都度、重ねるように結界を張ることで、攻撃を受けて燃え広がる一番外面の結界を自ら砕き、もしくは消失させつつ、新たなものを展開させていく。
 併せ、望は空間そのものにも鴻鈞道人を中心に、膜を張るように幾重にも巨大な光の結界を巡らせていった。
 空間そのものを阻害された茨は、スケルツァンドを追尾しようにもそれに阻まれ、ついには望を追い掛ける事さえ困難となる。
 其れは、望の意のままに巡らされた、迷宮にも等しい結界の壁。
 多重結界の構築――それは、紛れもない今の鴻鈞道人の攻撃を防ぎ切る、完全な勝ち筋の一つだった。

 僅かな隙間を縫い、辿り着いた茨の一筋すら、既に望には届かない。
 相手の得手を潰して、その上で勝利する――ずっと、本能で敵から逃げ惑うように見せながらも。
 望が高速で敵の上空を駆け抜けつつ炎と共に散らした数多の結界の破片は、まるで黄金に輝く勝利の流れ星のようだった。

(――小癪な)
 言葉短かに、鴻鈞道人の気配が変わる。
 それは、新たなる攻撃の予兆。全身が震える、何か異なる強力な攻撃の気配。
「わたしが、それをさせると思いますか?」
 この、せっかくの一撃へと到る道筋を、どうして潰すことが出来ようか。
 既に茨の届かない空域から。しかし尚警戒を怠ること無く領域を広げる望は、今も雷に燃え、茨が破壊する衝撃で、割られ続ける結界の音を聞く。
 油断など到底出来ない。望は、多重結界を維持しながらも、スケルツァンドで滑空しながら、一つの黄金に輝く果実を手に持ち胸に掲げた。
 真核・ユニゾン――それは、望の要であり総てでもある勝利の果実。
 願いを込めれば、まるで朝焼けの地平から覗く太陽のような閃光を放つ、本来あるべき所より掛け離れた奇蹟の象徴。

 ――一度。望の願いに応えるように、ユニゾンが一際眩しく輝いた。
「骸の海なら骸の海らしく何も為さずに世界の外に失せなさい!」
 今までの数多に巡らされた結界が、全てその攻撃の為のみに砕け散る。
 煌びやかな光が硝子のように舞い散る世界で、勝利の果実が無数の歪曲する光の奔流を撃ち放つ。
 それは、ユーベルコード【Lux desire(ルクス・デザイア)】――楽園より到る奇蹟を添え、撃ち放たれた一撃は、鴻鈞道人の立つ渾沌の地に巨大な無数のクレーターを生み出しながら降り注ぎ、その姿を光の中へと掻き消した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜刀神・鏡介
再孵化、骸の海……気になる事は多いが、余計な事を考えながら戦える相手じゃないな
全力で相手をする事だけを考えよう

神刀を抜いて、神気によって身体能力を強化
敵の攻撃が視認できるならそれを斬るか避けるなりで対処すればいいが、そう容易い相手じゃないだろうな。とはいえ、見られるだけで燃やされるって事はないか?
その辺りがどうでも、一箇所に留まるのは危険そうだ。常に移動しつつ、時々斬撃波を放って様子を窺う
敵の視線や身体の動きからの先読み、空間の歪みや、地面に違和感がないかなど観察と直感にも頼りつつ回避をする

先制攻撃を回避し、そして敵の攻撃を把握したなら素早く突貫。参の型【天火】の一閃を叩き込む



●剛刃一閃
 猟兵の攻撃が、渾沌の地に深く抉り混むクレーターを生み出しながら、眼前の敵を光の中へと呑み込んだ。普通の敵であれば塵芥も残さず消え去る、光迸るユーベルコードの洪水が降り注ぐ。
 これを受けて無事で済むとは思えない程に、鼓膜を震わせ響き渡る炸裂音。夜刀神・鏡介(道を探す者・f28122)は、その光景を油断せず凝視しながらも、敵――渾沌氏『鴻鈞道人』の存在について、ふと思案を巡らせた。

【再孵化】と称し、妲己を始め今まで猟兵が骸の海に送り返してきたオブリビオンを呼吸するように甦らせたその能力。果ては、それを執り行う己の存在を【骸の海】と自称した渾沌氏。
 確かにその力は、相手が骸の海の具現だと信じる要素の一つたり得るものではある。
 だが。鏡介がそれを丸呑みで信じるには、明らかな情報不足と違和感が先立った。
「気になる事は多いが――」
 判断を下すには、あまりにも情報が足りない、そう思った矢先。
 鏡介は視界を遮る光の滝の向こうに、消え去るどころか何ひとつ隠さない威圧感をそのままに顕わにした、確かな敵の存在を感じ取った。

「……余計な事を考えながら戦える相手じゃないな。
 全力で相手をする事だけを考えよう」
 鏡介は心を決めたように、日常では僅かな穏やかさすら差す射干玉の瞳を僅かに細め、己が手を腰の白鞘へと伸ばす。
 封じの白鞘――其れは、所有主である鏡介の生命を糧に封印を解き放つもの――命を削ろうとも斬るものが在る時のみに抜かれる鞘を、鏡介はそれを振るう事を厭わぬ勇気を共に、柄に手を掛け引き抜いた。
 鏡介の手に顕わとなったのは、刃に曇りも濁りも何一つ感じる事のない一振りの刀――神刀【無仭】。
 それは見る者に、等しく威を与えずにはいられない程の、神器と呼ぶに相応しい神代の一振り。所有主である鏡介の存在を軽く超え、その身に影響を与え続ける力を持った刀身は、先まで敵を包んでいた最後の光を、その鋭さの証明とするかのように刃区から鋒へと流れるように映し滑らせた。
 神刀の恩寵――もしくは重たい代価であろうか。無仭を手にした鏡介の身体に、炎が燃え盛るような熱を伴って途方もない程のエネルギーが流れ込んで来る。
 己の身体は軽く、これならば空までも駆けられるのではと錯覚する程の力を感じながら、改めて鏡介が正面を見やれば。
 光の奔流が停止した先、左眼のみが埋め込まれた貌無き敵――渾沌氏『鴻鈞道人』の姿があった。
 あれだけのユーベルコードを叩き付けられて、尚も存在している。普通のオブリビオンであれば、とうに決着がついていた一撃であろうに、揺らぎもなければ膝一つついてはいない。
(然も無きこと)
 心を見透かすように念波が届く。同時に鏡介の瞳に、鴻鈞道人の足元と渾沌の地との同化が一層深くなった様子が映し出された。
 大地を呑み、もしくは己が身体を呑まれるように。
渾沌の地と鴻鈞道人が、不気味なまでの流動と互いの質量の共有を繰り返す様は、醜悪の一言。

 敵と同化している渾沌の地は、見る間に無作為に色を変えながらもクレーター状に抉り取られた大地を復元させる。
 鴻鈞道人の身体も、まるで過去の写実のように、ただ色だけを純白にした無数の動物達の形を取りながら、最終的に人の姿に辿り着く。
 鏡介は思考を巡らす。この挙動を目にする限り、敵は人型を取った鴻鈞道人だけではない。
 考えるべきは、この大地そのものが、彼の領域ではないのかと。

 そして、鴻鈞道人の唯一の左眼が鏡介を捉えた。まるで、獲物を選定する眼差しで。

 鏡介は、神刀による身体強化を要に、弾けるようにその場を離れる。瞬間【大地より火噴き隆起する溶岩交じりの円錐岩】が、まさしく鏡介が立っていたその位置を貫いた。
 一秒、否その半秒遅ければ、間違いなく胴体もろとも串刺しとなっていたことだろう。
 思わず呑み込みかけた息。
 それでも、これが敵の攻撃ならば視認が出来る。ならば避ければ良いだけだと、心の何処かで警戒しつつも微かな安堵が零れた、瞬間。
「危なか――……ッ!?」
 思考より早く、戦闘経験に基づく直感が脳裏に叫んだ。
 再度、鏡介はその場を爆ぜるように跳び、今度は己の内に従い足を止めることなく、全力で渾沌の地を駆け巡る――しかし、風を切る速さで駆けているにも関わらず、背後からは轟音と共に大地が一瞬で破裂する音と、乾いて焼け焦げた熱が容赦なく近づいて来るのが察せられた。
 振り返り、確認するまでもない。渾沌の地は『鴻鈞道人そのもの』――疾駆の中、足をつく鏡介の一歩を追い掛け貫かんと、その意に従い、大地が割って先の円錐状の岩がこちらを狙って次々と生み出されているのだ。
「なるほど、これは……!」
 確かに視認は出来る。視線がぶつかるだけで、身体に火がつき灰になるものではないだけでも僥倖と呼ぶべきだろう。
 だが、この状況は、地上戦に特化している鏡介とは余りにも相性が悪かった。
 足を止めれば致命傷。しかし、焼け焦げた気配の漂う己の背後がどうなっているのかを確認しなければ、攻撃の一手にも移れない。
 覚悟を決めて、鴻鈞道人より大きく弧を描くように走り確認すれば、自身が駆けた軌跡には敵の能力によるものだろう、消える事のない溶岩と燃え盛る炎の川が出来ていた。
 このままでは――逃げれば逃げるほど、有利な足場が消えていく。

「そう容易い相手じゃないってことか――……っ!」
 刹那、今まで背後に迫っていた鋭い円錐岩が、不意を突き鏡介の正面に現れる。
 鏡介はそれを、脚を踏み切り直角に身を飛ばすことで回避すると、埃も立たない大地に足を滑らせ、無仭を真横に振るい払った。
 鏡介の放つ轟音と共に周囲の風を巻き込む斬撃波が、正面に現れた先の溶岩石ごと打ち砕き、鴻鈞道人に迫る。
 それは相手に直撃したかに見えて、その直前で見えない力によって弾き散り飛ばされた。
(この程度に、傷をつけられると思ったか)
 念波と共に告げられた、ダメージの出ない無意味にも見える行動ひとつ。しかし、鏡介はそこに勝機を見いだした。
 ――相手の気を引いている瞬間、その間だけは此方を狙う岩が、全く出現していない。

「それなら、いける……!」
 ――この場から離れよと直感が告げる。しかし、また追撃に移行されれば消耗戦を余儀なくされるだけだろう。
 チャンスは、今しかない。
 岩の予兆である、割れた大地が湧き出す熱に、身体の一部が灼けるが、今は痛みを気に掛けている余裕は無い。
 鏡介は再度、鴻鈞道人への斬撃波を放ち――それを目眩ましとして、全力で敵との距離を詰めるべく、後を追い駆け出した。
 敵の見えぬオーラが一瞬だけ罅入った光を奔らせ、鏡介の斬撃波を弾く。
 それは明らかに敵へと生まれた隙のひとつ。
「見えた!!」
 鏡介が、己が足に全力で踏み込みの一歩を刻み、敵を自分の間合いへ収め切る。

「『剛刃一閃――参の型【天火】(サンノカタ・アメノヒ)』」
 上段に構えた無仭に、ユーベルコードの果てなき力を込めて。
 神器が放つ威より、その瞬間に、時が止まったかのような静寂さすら感じられる刹那をもって。
 鏡介が斬り降ろした一撃は、鴻鈞道人の防御を容易く砕き、その一刀を以て、確かな手応えと共に敵の身体を斬り裂いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リゼ・フランメ
過去の海という恐ろしく、強大な存在であれ
渾沌そのものたる禍々しさを纏っていたとしても
私が諦めて道を譲る理由にはならいないわ

天焔にて渾沌に光の筋を

抗うが為に、主として奮うは私が信じる破魔の力
まだ無形であれ渾沌が宿す罪、邪を断じるのだと、私の想いが成す力を疑うことなく信じて

戦場全体に意識傾け、鴻鈞道人の先制攻撃の初動、その形の変化、持つ質を今まで積み上げた戦闘知識で見切り、早業で対応し軌道を読んで回避

ひらりと蝶のように身軽な動きも、どんな相手でも変わらない、私の今までの積み重ねなれば
ただ、私は私を信じるのみ

躱しきれないものは属性攻撃で相性の良い属性を選び、浄化を乗せた剣で斬り払い、深手を避け
凌げば反撃と、切り込むわ

渾沌、変貌する無形
過去にあった何かに移ろい
定まらぬ己
つまり
「あなたは信じる己が核というものが、信念と矜持が」
魂というものが虚ろ
想いが形作る何かを知らぬということ
心が願う熱量では負けないと剣へと破魔の力を凝縮し、渾沌を焼却する焔の一閃を

渾沌の中で輝け、私の炎
混濁を祓いて示せ、緋の祈り



●何よりも、想いの強さを知るが故

(――――――)
 念波に言葉にならない感情が響く。それは、怒りか、それとも屈辱か。
 口だけならば、否、思念に於いても。渾沌氏『鴻鈞道人』は、深い太刀傷と共に、言の葉一つ紡ぐ事なく無言でその場に立ち尽くしていた。
 傷口が深く蠢き、相手はまた人ならざる存在の姿を取りながらそれを再生していく。
 今まで与えた傷のどれもが深く相手の身を削って来たことは見間違えようもない。再生速度も落ちているように思える。しかし、猟兵がこの隙にユーベルコード発動の鱗片一つでも見せれば、相手は修復も放り出し、即座にこちらを封殺しに掛かるであろう。取れるのであれば、ついでに猟兵の命も奪わんとばかりに。
 そう、猟兵の命など、目の前の存在には『ついで』に過ぎないのだ。
 そのような、糸の一本が鋭く張り詰めた緊迫感だけが、この戦場を満たしている。敵が本気でこちらを戦闘不能にすること等はあまりにも容易く。だからこそ、この強大すぎる敵に確実に届く致命の一撃を与えるためには、尚更、相手がこちらの能力を低く見て放つであろう先手の、更にその先にある隙をつかねばならないのだと、猟兵達は改めて理解せざるを得ないのだ。

 リゼ・フランメ(断罪の焔蝶・f27058)は、鋭い赫熱の双眸にて相手を見つめていた。敵が再生に掛ける時間は、恐らく隙には当て嵌まらない。そもそも己の再生中に警戒していないわけがなく、むしろ攻撃を誘っている節すらある。故に、この渾沌の一番の隙は――人の型を取り戻し【骸の海】の権能とも自称する力と共に、その左眼が『猟兵などという弱き者達』を睨め付ける瞬間だと、リゼはこの戦闘に於いて理解していた。
 ならば己に出来ることは、警戒し、万全を期し、そして――相手を斬り臥せ、その先を切り拓くこと。

 人の形――本当は、そのようなものは最早どうでも良いのかも知れない――人型を取った鴻鈞道人の左眼が、生えるように本来の顔面位置へと収まり周囲を見渡した。

(こちらの修復の間に、襲ってきても良かったであろうに。ここに立つ者は余程に胆力がないと見える)
 念波が告げる、自身にも分かり切っているであろう安い挑発。
 だが、その『たかが一つ』を取ったとしても。背筋を這い、心の臓を鷲づかみにされるような、この禍々しさは、威圧感は一体何か。
 相手は、自称と言えどそれに等しいだけの力を行使する。その覇気は強い圧倒ではなく、まるで泥の中に相手を引きずり込むような、溢れんばかりの畏怖を連れてくる。
 しかし、だとしても。
 今こうして自分の前に立ち塞がり、その道を遮る以上――リゼの方から容易く身を退き道を譲る、そのような理由など、微塵たりとも存在してはいないのだ。

 遮る存在が、壁であるなら穿つまで。
 闇であるなら、己が光で斬り拓くのみ。

 リゼは、断罪刃ゼーレを眼前にてひとつ構える。刀身を包むように、一度朱紅に点った炎が神性すら思わせる力と共に、純白に近い色を宿した。
 その白は、天が行使する事を赦した色。
 敵はまだ、明瞭な形を取ってはいない。しかし、こうして向かえる未来を前に立ち塞がり、全てを過去で呑み込み奪わんとする罪は、決して許されることではないであろう。
 その咎を、計り知れない『邪を、断じる』――それは今リゼが持つ権能にも近しい概念の一つ。
 それを顕わに。同時に、己の胸に心に、意志に想いに一点の曇りも無い事を刻み込む為に、リゼはぜーレの柄を一度音を立てて握り直した。

(私を――【骸の海】を払えると思うてか。小娘)
 左眼しかない。だがその左眼は雄弁に思考と同等に嘲り嗤う。過去の具現は、虚無ではない。人の想いまでをも集積してきた概念は『無限に等しい過去の一部』から、その形を示し出しているのだ。
 猟兵は今を生きる未知数『それでも脅威ですらない』そう言外に口にして。

 そっと、骸の海――鴻鈞道人が己が右手を軽く持ち上げた。
 上げられた手のひらの上に、闇色の球体が浮かび上がる。
 映し出された黒は、恐らく骸の海の色。
 鴻鈞道人の手よりも僅かに余り、乗せるという表現の方が正しい物体の、闇色に、時折無限の虹色のオーロラを揺らめかせる様は場違いに美しく。
 しかし、瞬間。鴻鈞道人の手にあったものと同じものが、溢れるように生み出されると、戦闘場と成りうる渾沌の地のあちこちに勢い良くばら撒き散らされた。
 その内一つが、確かな動きでリゼに狙いを定め、勢い良く飛来してくる。
 爆弾か何かか、それならば爆発前に斬ってしまえば良いだけのこと――そう思い、剣を構えた刹那。
 リゼは迫るその威圧感に、今までに培った戦闘経験からの異質を感じ取る。
「……っ!」
 咄嗟、斬り捨てるよりも早く、リゼは急ぎ地面を転がるようにそれを回避した。
(かわしたか)
 敵の声が小さく響く。先の黒球はリゼの立ち位置に辿り着いた瞬間に粉々に弾け飛んだ。
 そして、その場にあった黒球は、痕跡が消えると同時に、散った場所にて一般人などが受ければ骨が粉々になるであろう程の加重力を発生させ、渾沌の地を罅入りへこませた。
 見れば、へこんだ窪みには炎の池が出来ている。重力により地面より上にあがることを許されないかのように低地を這いながらも、燃料なしに燃え続け、ついには丸い火玉となって中空へと浮かび、リゼの行動領域の邪魔をする。

「……重力と炎」
 その動きを以て、リゼが見切るように呟く。鴻鈞道人の左眼が僅かに細められた。
 鴻鈞道人の黒球の正体は【重力操作が任意可能な炎を伴う無数の呪術球】という、極めて厄介なもののようだった。
 今、目にした炎の形が重力の影響であるならば、加重と共に身動きが鈍り炎に灼かれ続けるか、低重力下では、中空に留まる炎は通常の立ち回りの障害物として立ち塞がることになるであろう。
 それが、今。一斉に渾沌の地へとばら撒かれている。そのどれもが中空に浮いており炎こそ上がっていないが、これは一面に地雷がばら撒かれたのと同義でしかない。
(過去から今に到るまで――一部の人間が『位高い』と賛美するであろう、その概念の剣は、果たしてこの身に届くであろうか)
 言う間にもひとつ、鴻鈞道人の手から黒球が浮かび上がり傍らに落とされる。
 どれだけの数があるかは分からない。だが、このまま増やされれば、そこに出来上がるのは炎噴く地雷で埋め尽くされた牢獄となるだろう。
「私は私の出来ることをするだけ。そこに」
『位も格も意味は無く、用も無いのだ』と――言葉を途切り、リゼはゼーレを伴い、躊躇いなく黒球の漂う空間に身を躍らせた。

 己が身をくるりと翻せば、その胸前に浮かんでいた黒球はぶつかることなく、リゼにとっての過去となる。爪先だけで軽く跳躍すれば、今までの戦闘経験から予測していた通り、足元近くの黒球が一斉に加重力でリゼの機動を妨害する前に、身体はまるで夢見る蝶が舞う如くその場を通り抜けていく。
 そのようなリゼの動きに、躊躇は一切存在しない。ただ己の経験だけを確信にも近く信じて、敵へと向かう。
 それは、信じ難い自殺行為にも近かったが、あまりにも自然に黒球を避け切るその身姿をみれば、今ある現実を不思議だと思う存在はいないであろう。
 リゼの背後を追うように重力場が発生し、炎が燃え火の粉が舞う。だが、それらはどれもリゼの捕捉には至らない。
 こうして、障害物は全て消え去った。後は、鴻鈞道人のみ。
 敵を己の射程に入れんと、リゼが飛び込む。
(全て避けきったか。ならば――至近ではどうであろう)

 それはあまりにも自然であった。
 ほんの今、創り出された黒の球がリゼの眼前に浮かび上がる。
「――!!」
 鴻鈞道人は自身が巻き込まれる事にすら躊躇いはなく、こちらに回避の余地は無い。一瞬で思考が駆け抜けていく。
 弾け飛ぶ前に無力化しなくてはならない。だが、重力の無力化は、そもそもその力の源は――この場にある『渾沌の地』。
 一秒の半分にも満たず。リゼはほぼ賭けにも近く【骸の海】と呼ばれる存在と一体化した渾沌の地の浄化を思って、その願いと共に剣に乗せて黒球を斬り払った。
 敵の能力として触れ燃えた炎は、敵にしか消すことは出来ない。本来はあり得ない、ゼーレの熱く澄んだものとは異なる歪な暗色が、炎となって剣に燃え上がる。
 煤や劣化よりも、その広がる炎は目に見える『浸蝕』の形。
 だが、重力による行動規制は避けられた。主にこちらの制止を狙っていたのが窺える鴻鈞道人の左眼だけが僅かな感情を映し込む。
 剣を持ち変える余裕は無い。その隙を狙って、リゼは鴻鈞道人へと斬り掛かった。
 鴻鈞道人の左腕が巨大な獅子へと変化し、その顎がリゼの剣を噛み折るように銜え込むが、ゼーレはそもそも『魂が宿す原罪を斬る』為に存在するもの。
 一見は、どちらが押し負けるかの力勝負に見えるが、勝負は、その概念により存在している獅子の口内を灼き、炎と煙に炙られ続ける相手の方が圧倒的な不利となる。
 リゼはその様に、更に身を寄せるように力を込めた。

 まみえれば、肌で感じるその『渾沌氏』の有り様。
「渾沌、変貌する無形……。
 過去にあった何かに移ろい、定まらぬ己」
 ――その姿が、あなた? 無言の問いが鴻鈞道人の眼を力と怒りの色に染める。

「つまり――
 あなたは信じる己が核というものが、信念と矜持が」

『魂というものが虚ろ』

 リゼが明瞭な言葉で告げると同時。その手にしていたゼーレが、刀身に煉獄を彷彿とさせる赫々とした炎を交えて爆発的な熱を宿した。
 浸蝕していた相手の炎すらも呑み込み、紅蓮に染まりきった炎は――彼女が心に宿す、想いの具現。
 それは、今眼前にて戦う、虚ろなるものには近寄る事すら侭ならぬであろう、魂の輝き。
「渾沌の中でこそ――」
 相手が【過去】と云う、今と未来全ての可能性以外を集めた集積体だとして。
 こちらが創り出す『心が願う未来と可能性を創り出す熱量』がそれに負けるはずがないのだと。
 示さねばならない。今を生きる存在として。

 渾沌の中で輝け、私の炎
 混濁を祓いて示せ、緋の祈り

 力の押し合いとなっていたはずの、ゼーレの太刀筋が消えた。
 それはリゼの心に呼応するように、まるで風に舞う花弁のような柔らかさに驚異的な速度を以て、獅子の頭部を微塵に斬り裂いた。
(――!?)
 そして、鴻鈞道人の腕が半ばもがれたように斬り裂かれた先。
 まだ残火として残る炎の太刀筋から、華咲くようにふわりと溢れ出た、すべてを焼き尽くす火焔の蝶の群れが一瞬にして寄り添い集まり、包むように鴻鈞道人の身体を劫火の中へと叩き込んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

地籠・凌牙
【地籠兄弟】アドリブ歓迎
『穢れを喰らう黒き竜性』で陵也から不運を喰らっておく。
最悪俺がボロボロになろうとあいつが無事ならそれでいい。

いいか陵也、俺がどんだけやられようが構うな。
何をしてくるかわからねえ以上、そうじゃなきゃ殺られちまう。
俺がお前の道を開くから、お前はあいつを仕留めてくれ。

不運を集めて【おびき寄せ】た俺に奴のUCが飛んでくるだろうが、陵也に飛ぶなら全部【かばう】。
【激痛耐性】と【継戦能力】、あと【気合い】でどんだけやられようが踏ん張ってやるさ。
こんなの、陵也が俺を庇って受けたもんに比べりゃ屁でもねえ……!
が、多分喰らいすぎて倒れるかもな……

まあ一段落したら陵也のUCで全快すんだけどな。
芝居なワケねえだろ、俺もあいつもそんな器用な奴じゃねえ。
ここまで心配かけた分全力で反撃に出るぜ、【カウンター】でオーバーロード、そして【指定UC】!
さっきまで散々ボコってくれやがったおかげで陵也の精神ダメージが相当だからな、相応に殴り返してやるよ!

……まあうん、素直に怒られるから安心してくれ。


地籠・陵也
【地籠兄弟】アドリブ歓迎
どこから攻撃がきてもいいように常に【結界術】と【オーラ防御】を展開しておく。

……凌牙?いきなり何を言い出すんだ。
いきなり不吉なことを言わないでくれ。
確かに何をしてくるかわからないが、お前が犠牲になるやり方なんて俺は認めないからな!

だが正体不明の攻撃にどこまで対応できるだろうか。
俺は凌牙程素早く動けるワケじゃないから、
せめて【多重詠唱】で重ねがけして防御を厚くしてやることしかできない。

ああ、ああ、嫌だ。絶対に嫌だ!ここで失うなんて絶対に嫌だ!!
もう誰も、何も、失ってたまるか……ッ!!
【高速詠唱】で無理やり間に合わせて【指定UC】を敵の攻撃が終わった直後に撃つ!

芝居?冗談じゃない。
本気で肝が冷える思いだった……今俺は最高に怒ってる。
よくも……よくも俺の大事な弟をいたぶってくれやがったなあてめえッ!!
オーバーロードして【浄化】と【破魔】の【全力魔法】【レーザー射撃】!
凌牙を援護しつつ追撃をかける!

それはそれとして凌牙。後で絶っっっっっっっっっっっ対覚えてろよ。



 この能力(チカラ)が、こうして役に立つ日が来るなんて思わなかったんだ。

 ああ、もう嫌だ嫌だ嫌だッ!!! 何も、何もかも!! もう失いたくないのに!!

 共に、未来を見据えたが故の言葉は、果たして、眼前の渾沌に届くだろうか。

●見据えるは、未来
 一面の渾沌の地。そこに流れるように染まる大地の色は、一見では奇麗であり。そして見続ければ、精神障害を起こし発狂に到りそうな原色が激しい目まぐるしい変化を見せていた。
 そのような最中。しばしの間、視界に広がる渾沌の地全てが白色で統一される。
 純白、それもまた四面を同色で染めた部屋に人間を閉じ込めれば精神崩壊を起こす色。
 ――今、渾沌の地の中央において。それらを具現化したような、もしくは『それも【事象の一つ】である』と象徴付けるかのように、一つの存在が立っていた。
 渾沌氏『鴻鈞道人』――自らを過去の体現【骸の海】であると名乗り、この渾沌の地と己の身体を同化させたモノ――。
 その存在は、無言だった。今は受けた傷を修復する為に、己の身体を鳥であったり、鰐であったり、河馬であったりと無数に変化させ、自身の肉体を変質させている。
 ただ、鴻鈞道人には口もなければ鼻もない。唯一、左眼だけが猟兵を見ていた。
 逸らす事無く見つめる姿。伝わるのは念波でもない。ただひとつ、不快感と共にこちらの存在を見下す気配のみ。

「攻撃手段として、何がどこから来るのかも分からないってか……。
 本当に、この間に攻撃出来りゃいいんだがな」
 呟く。今『敵が己の身体を修復している』という、相手の隙に見える行動は、実際にはそうではないのだと。実戦を数多経験してきた地籠・凌牙(黒き竜の報讐者・f26317)には良く分かる。
「確かに……向こうの再生時間が、こちらが生き残る為の時間というのも、もどかしいな」
 並び立ち、敵の様子を見つめる凌牙の双子の兄、地籠・陵也(心壊無穢の白き竜・f27047)も同意するように頷いた。
 敵の修復後、間違いなく喰らえばただでは済まない大技が来る――。仕掛けるならば、それを最小限の被害に抑え、相手に隙を作った後。しかし、それこそ相手が【骸の海】を名乗るのであれば、まず解放する力の為に人型であり続ける理由は殆ど無いのだ。
 ならば何故、この時間に攻撃してこないのか。
 鴻鈞道人に、己が人であることに意味が、意義が、それとも矜持があるのかまでは分からないが。
 そこから、ただひとつ分かる事、それは。鴻鈞道人が人型を保てるようになるまでの、この時間が、敵が猟兵達へと恵むかのように与えた猶予期間であることのみ。

 敵は、目の前に人型として整えられようとしている鴻鈞道人だけではない。この場と同化しているのであれば、この渾沌の地すらも相手の味方となるだろう。むしろ、渾沌が【骸の海】であるのならば、渾沌氏は【骸の海】の末端端末に過ぎない可能性すらある。
 その不明瞭さは、日常であるならば、凌牙が喚いて思考を放棄するには十分なものとも言えた。
 ――だが『今回は、為すべきことがある』――。凌牙は胸にある心構えの為、今はその日常の破れかぶれにも似た感情は捨て去った。

「この地そのものも、敵の影響を受けているのなら」
 攻撃は、どこから来るのかも分からない。
 陵也はそれに対応する為に、僅か長い瞬きで翠の瞳を閉じると同時、己の存在固有能力『穢れを清める白き竜性(ピュリフィケイト・ブランシュドラゴン)』に意識を向けた。
 それは【不運や呪いの原因になる穢れを浄化する】という存在定義。陵也が閉じていた双眸を開くと、己と凌牙に共有されるかのように、浄化を司る穏やかな光のヴェールが二人を包み込み、一瞬の閃光を伴い透明な結界を張り巡らせた。
「……」
 しかし、凌牙はそれを善しとしなかった。表情から、空気から陵也はその様子に首を傾げる。
 問い掛ける間もなく。同じ光を纏う陵也に向けて、凌牙は覚悟を決めた表情でその肩に手を置いた。
 瞬間、陵也に感じ取られたのはエネルギーの流転。双子の弟、凌牙が持つ『穢れを喰らう黒き竜性(ファウルネシヴォア・ネグロドラゴン)』――【対象の不運や呪いの原因になる穢れを喰らい、自身の力にする】能力は、陵也が一般的に所持する不幸の全てを喰らい尽くした。
 結果、凌牙は己への白き加護を消し去る代わりに、相対的に陵也の白光を伴うエネルギーを爆発的に増加させる。
「……凌牙?」
 相手の意図を確認する為の言葉が上手く辿れずに、陵也が目を見開けば、正面から己の意志を訴える凌牙の瞳とぶつかった。
 そこにあったものは、激しいまでの意志と強い信念。

「いいか陵也、俺がどんだけやられようが構うな。
 何をしてくるかわからねえ以上、そうじゃなきゃ殺られちまう。
 ――俺がお前の道を開くから、お前はあいつを仕留めてくれ」
『これから戦う陵也の不幸』それを受け止めることになる、穢れの全てを食い尽くした結果。自身にしか見えない黒色のオーラは既に深淵すらも明るく照らせそうな闇で覆われつつある。
 これが事実であるのならば。敵の正面を真っ向から受けた折に、恐らく結界は保たないであろう。これが敵の攻撃の結果得る『陵也の不幸』であるならば、二人が無事でいられる保証すらも無い。

 ならば、と。凌牙は陵也から背を向けた。視線の先には白の闇が蟠っているように見える。その足は、結界の一歩外へ。
「――! いきなり何を言い出すんだ。不吉なことを言わないでくれ!
 確かに何をしてくるかわからないが、お前が犠牲になるやり方なんて俺は認めないからな!」
 陵也の張った結界は、一度外に出ようものならば、その防御を固める為に外部からの侵入を全て遮断する。背後から響く悲鳴に近しい訴えを――凌牙は聞こえない振りをした。
 止めようと必死に伸ばされた陵也の手は、凌牙の身には届かなかった。

 ――最悪、俺がボロボロになろうとあいつが無事ならそれでいい――。

 結界の外の空気は、かつて無い程に見た目透明なだけの混濁を極めたものだった。
 思いの丈ひとつを持って、凌牙は陵也の結界の前に、己が更なる盾として立ち塞がる。
(………………)
 鴻鈞道人の念波が広がる。だが、それは度重なる身体への衝撃の果て、既に人の言葉ではなくなっていた。
 そして、姿が人らしいもの、に固定された渾沌氏――【事象感情全て満たした、ありとあらゆる過去の再現】から伝わるものは、凌牙に愚を指し示す嘲りの意志。
「――」
 しかし、凌牙は応えない。自分を守る為にここまでされて、それでも尚振り切るようにこの場に出て来た己が、容易に挑発に乗れる程の安い存在ではないことは、十分すぎる程に良く分かっていた事なのだから。
 鴻鈞道人の人間型の手に、無数の数多なる形をした西洋剣が現れる。それは、掲げれば敵の周囲に浮き上がるように一斉に数を増やし、その鋒を凌牙の後ろで己の弟を守るべく、急ぎ次の一手を考えていた陵也へと向けられた。
 瞬息の間に、その西洋剣が陵也の結界ごと打ち砕くことを疑わない左眼で、そちらを狙って、鴻鈞道人が鋭い刃を向け剣の群れを飛翔させる。
 しかし、その先に於いて――剣が刃によって包囲したものは、結界ではなく、中央に先んじて身を投げていた凌牙の姿だった。
(何……?)
 意図していなかった、意識が逸れた――そのような僅かな予測外に、初めてこのドラゴニアンの兄弟に向けて、念波を言の葉に乗せた鴻鈞道人が驚きの声を上げる。
「ああ『手でも滑った』んじゃないのか?
 そうでもなければ、陵也の分まで不幸を喰い漁った俺が【無傷な訳がない】もんなぁ!!」
(なるほど――逆説的な護り。児戯にも等しく。
 しかし、なれば。それだけ消えたいのであれば、お前もその四肢を斬り刻んでくれよう。ふたり、共にどこまでも沈むがよい)
 敵の攻撃の矛先が、陵也に代わり明瞭なものとして凌牙を捉える。刹那、浮かび上がっていた無数の剣の半数が幾何学の飛行法則を持ちながら、それでも風を孕んだ雨の如く、一斉に凌牙を巻き込み斬り裂いた。
「――ッ!?」
 それはまるで、掠めるだけでも己の身体を紙のように裂いていく。それは、己のドラゴニアンである竜の鱗すらも例外ではない。
 むしろ。それは『通常の皮膚と同じ柔らかさで、硬質と名高い竜の鱗を斬り刻んでいく』――。
(骸の海では、全ての過去が集積されてゆく――この【伝説の古代竜を屠り続けた数多の魔剣】――存分に、味わうがよい)
「チッ! 本当に厄介なモン出してくるな!」
 鴻鈞道人の周囲空間に漂う、様々な形を持った魔剣の一振りが心臓を狙い、凌牙が辛うじて大きく身体を捻る事で回避する。それを目にした陵也が思わず結界から飛び出そうと足を踏み出した。
「凌牙っ!!」
「来るんじゃねぇ! まだ半分以上ある!!」
 魔剣の攻撃は留まることを知らない。凌牙が引き付けきれなかった魔剣の数本が、庇い切れなかった陵也の結界へと突き刺さり幾重かの罅を走らせる。予想通り、この様なものを全て喰らえば結界が保てよう筈も無い。
 しかし、凌牙は自分が、ある程度以上の魔剣の引き付けに成功していると判断し、いっそ全ての剣を引き付けるべく更なる斬撃の中に身を置いた。
「こんなの、今まで陵也が俺を庇って受けたもんに比べりゃ屁でもねえ……!」
 凌牙を取り巻く魔剣による包囲網が更に狭まる。逃げ場など最早無いに等しく、それでも鮮血を噴き上げながら、凌牙はその場に尚も膝すらつくことなく、傍らに飛来した剣を己の黒竜の爪牙によって掴みへし折った。

 それらをずっと目にしていた陵也は、声にならない悲鳴を上げた。
 悲鳴を上げている場合ではない、分かっている。少なくとも己が凌牙よりも早く動けない以上、あの剣の乱撃が収まるまで、この結界から出ても、弟の行動を無為にし、そして足手まといにしかならない事も。
「――っ!」
 分かっているが故に、今己に出来る事は『凌牙へ向けられた剣を防ぐ盾を生み出すこと』それだけだと判断した。
 悲鳴の代わりに上げる呪文詠唱。恩師の形見の杖を震えるほどに力強く握り祈りながら、現れる十重二十重にも張られた、凌牙の身を包み護る白光のオーラ。
 しかし、剣の一撃はその無数を、一撃で粉々の光片へと変えていく。
「……あ、ぁ……!」
 呪文の端々、陵也から混乱と錯乱にも似た言葉の端が紡がれる。

 ――そして、悲劇は訪れた。
 現れたのは【刀身を炎に包み燃え盛る、竜狩りの剣】。
(飽いた。ここまでとしよう)
 その言葉は告死に近く。鴻鈞道人の念波と共に、飛翔していた剣はその包囲距離を潰し、凌牙に張られていた全結界を砕き切る。
 そして、竜を狩る事を概念として現れた炎の剣が――魔法障壁が間に合わず、立ち尽くすことしか出来ないでいた凌牙の胸元を、容赦なく貫いた。
 色を白に留めた渾沌の地を、明らかに尋常ではない量の赤が染め上げていく。
「ガ……っ、は……!」
 凌牙が、紅炎の剣を受けた勢いそのままに、ついに仰向けに倒れ込んだ。剣はその姿を直ぐに霧散させるが、凌牙に触れ燃え移った炎は、着実に滲む呪詛のようにゆっくりとその身を焼き炙っていく。
「ぁあ……りょう、が……
 あぁ、ああ――っ!」
 その一部始終を凝視していた陵也の瞳から焦点が消える。
 脳裏に浮かぶのは、まだ到底消しきれない炎に包まれた過去の光景。
 それに残された『唯一』すらも、奪われようとしている今への衝撃。

 凌牙についた火の回りは燻るように遅い。
 それは――まるで、鴻鈞道人が結界に身を置く陵也を戦場に引き出す時間を与えるかの如く。
 凌牙はまだ生きている、あと数秒の誤差かも知れなくとも。

「嫌だ――嫌だっ! ここで失うなんて絶対に嫌だッ!!!」
 呪文を唱え続け、陵也の擦れた喉から血が滲む。堪えきれない精神から、瞳より涙が溢れる。
 発狂にも近い叫びと共に、折れんばかりに恩師の杖を握り。
 陵也を取り巻く、結界は一斉に砕け散った。
(ようやく出て来たか)
 鴻鈞道人が呟くような念波を残し、もう用済みだと言わんばかりに、恐らくは一部を消す事で調整していた凌牙の炎を本来の有り様へと戻す――僅かな灼き火は明らかな、火炎へ。

「もう誰も、何も――失ってたまるか……ッ!!!」
 それは言葉になったのかも分からない。ただ、発動されたものは、意図することもなく、感情だけで成立させた、陵也の中で一番の高速省略化されたユーベルコード。
「『もう誰も、何も――失わせはしない!!』」
 それは、欠損に到った魂の叫び。過去に喪った家族、そして今唯一の弟すら奪われようとしている、この世界の摂理を覆しかねない祈りを以て。
 陵也を中心に【過去】に汚染されているはずの渾沌の地に、氷よりも澄み煌めく氷晶の花畑が見る間に次々と広がっていく。
(――罪深き刃、ユーベルコードか)
 その瞬間はっきりと、鴻鈞道人がその左眼を忌々しげな歪へとゆがませた。
 ユーベルコード【【昇華】再起を願いし氷晶花(ピュリフィケイト・ライムライフアナスタシス)】――同時に、水晶の花々が咲き開き放った浄化と癒しの光は、凌牙を包み込むと、その傷をあまりにも容易く癒し、あの裂傷も、胸を貫いた刃も火傷も、全てを消し去りその姿を完全な無傷へと癒しきった。
「あー、流石に燃えた服までは無理かー」
 倒れ伏していた姿から元気に跳ね上がり、凌牙が陵也の前に立つ。
 そして、自身ではなく己の服の焦げ痕に目を留め始めた凌牙に、鴻鈞道人が隠しもしない不快を念波に交えて問い掛けた。
(芝居か? この――【骸の海】を前にして)

「芝居なワケねえだろ、俺もこいつもそんな器用な奴じゃねえ。
 ――本当に、死ぬ覚悟くらい決めなきゃこんなこと出来る訳がない」
「……。冗談じゃない……本気で肝が冷える思いだった……
 ――凌牙。後で絶っっっっっっっっっっっ対覚えてろよ」
「……まあうん、素直に怒られるから安心してくれ」
 兄弟の言葉はほぼ同時。全ては勝利を紡ぎ出すという目的の為。そこに、芝居の要素が入り込む余地など、一体何処にあるだろう――。
 それの代わりを、埋めるものが在ったとしたら。それはあまりにも誠実な、互いを想う心のみ。
「さぁて。ここまで心配かけた分、全力で反撃に出るぜ!」
 高らかに謳うと同時に、轟と漆黒の風が凌牙を包む。
 相手への視線も塞ぎしばし。そして暴風の中から飛びだして来たのは、全身を艶やかな光すらも呑み込む闇の鱗で覆われた、竜の四肢を持つ凌牙の一撃だった。
(超越の力――! オーバーロードか!)
 完全に不意を打たれた鴻鈞道人の胸真横に一閃、竜爪に寄って抉り取られた傷が刻まれる。血は流れず、ただ、白の塊を削った痕が残るのみだが、それでも攻撃には意味があることは、他の猟兵の戦闘を見ても明らかなもの。
 一気に至近へと間合いを詰められた鴻鈞道人は、顔面の左眼を狙った凌牙の拳を辛うじてかわす。
「さっきまで散々ボコってくれやがったおかげで陵也の精神ダメージが相当だからな! 相応に殴り返してやるよ!」
 得意とする間合いから離れるつもりの一切無い凌牙の身に、己の身に纏う他者には見えない『穢れ』の概念が、瞬間、一斉に荊棘となって具現化されていく。
 ユーベルコード【【喰穢】叛逆凱歌の黒荊棘(ファウルネシヴォア・リベリオンアンセム)】は、凌牙の『復讐者』という概念に相応しく。茨棘を全身に纏う一撃は、己の兄が発狂寸前にまで受けたであろう精神ダメージを、攻撃性能として顕わにしたその高速を以て、鴻鈞道人の腕を、肩を、胸を貫いた。
 反撃として、鴻鈞道人の胴体が巨大な鰐へと変化する。その拳すら茨棘ごと呑み込もうとする一撃――しかしそれは、離れた所から撃ち放たれた、鋭く白い輝きによって、無惨なまでに口内から顔面ごと、変形した部分全てを灼き潰した。
(――!)
「今……俺は、最高に怒ってる。
 ――よくも……よくも俺の大事な弟をいたぶってくれやがったなあてめえッ!!」
 この狂うように過去が往来する地、渾沌の中において。陵也の叫びが響き渡った。
 声は渾沌の地の節理すらも叩き打ちのめすかのように。まるで呼応するかのようなタイミングで、空と呼べるであろう上部より閃光を放つ真白い光が陵也に降り注ぐ。
 ――超越の力、オーバーロード――光の中で、僅かに霞み見える姿は弟との見事な対比。身に纏う白の鱗は何処までも美しく光を輝き放っている。
 陵也は天上より降る光を己の魔力媒介である盾杖に収束させる。気配を察した凌牙が、相手を殴り続けていた至近を飛び退いた先。
 陵也は、その僅かな隙すら認めないとばかりに、膨大な光を掲げる全てを呑み込み尽くす、複数の属性を交えた魔力による高圧力と高熱量を伴った、一筋でありながら膨大なエネルギーの塊をレーザー砲として、鴻鈞道人へ渾身の力を込めて叩き付けた――。

(引き際、か)
 激しい光が退いた先――猟兵達の前に、鴻鈞道人の姿はなかった。
 姿を保つ力を無くしたのか、それとも現状にこれ以上の価値を見いだす必要を無くしたのか。
【骸の海】の思考は分からず。だが、それでも一般人ならば正気を失うであろう程の、因果律が狂った存在は、確かにその場から姿を消し、今まであった威圧も、存在感も全てを消失させていた。

「凌牙……」
 戦いは終わった。ゆっくりと俯いた陵也が、凌牙の元へと歩いてくる。
 本当に、この戦いは演技などではなかった。打ち合わせもしていない。ただ凌牙は、そして無意識に陵也も『互いに出来る事は把握していた』。
 今回は、それだけを信じた結果、得た勝利。
「ああ、うん……」
 直接的な意思疎通はしていない。
 こと、そのようなことを確信していたのは凌牙のみ。これは激昂した怒鳴り声であろうとも、説教を数時間と繰り返されたとしても、文句は一切言えないだろう。
「もちろん、ここまで独断で行動したんだ、素直に怒られる覚悟は出来――」
 真摯な顔で凌牙は告げる。
 ……真の姿ではない陵也であれば、それは凌牙の予測通り、言葉による怒りと説教で済んだかもしれない。
 しかし――今は、そうではなかった。

 凌牙は真の姿を解放するまで、少し遠くにあった己の兄を甘く見ていたのかも知れない。
 兄にしてみれば。『過去に、己の無力さを突き付けられた』その事実を抱えながら。
 勝利の為とはいえ、事前相談も無しに『目の前で、己の唯一の支えであった弟が、此方を庇って死に掛ける』この様な精神負荷を掛けられれば。
 それが、事前打ち合わせの演技であったならば。どれだけ良かったことだろう。

 ――バキィィッッ!!!
「――ッ?!!」
 言葉途中の凌牙の顔面に向けて、陵也の手加減の一切無い、真の姿による右拳が打ち据えられる。
 互いに真の姿であれば、ダメージは過度のものではなく。
 だが、快活であったとはいえ、兄は決して家族を、弟を殴るような存在ではなかった。
 凌牙は――それに。過去の一時より『復讐者として己を犠牲にすることを躊躇わなくなった』自分の起こした行動の意味を知る。
 家族の意味、兄弟の在り方。
 言っても、もう変わらない、変えられない事は、きっと兄にも分かっている事だろう。
 既に、この凌牙の在り様は変えられなくとも……それでも、おそらく陵也は普通に凌牙に説教をすることだろう。
 分かっていても、それは何よりも文字通り――。
 お互いは『ただひとつ』の存在なのだから。

「おーまーえーはーなぁーーーーっ!!!」
 そして激昂と共に始まった陵也の言葉に――凌牙は堪え兼ねるように思わず笑みを浮かべて噴き出した。
 僅かに残る叩かれた頬の痛みと共に、心から――その『唯一の兄』という存在の有難みを、何よりも大切に感じ取りながら。

 そうして――。
 渾沌の地。場に残されたのは、静寂のみ。
 猟兵達は激闘の果てに、左眼のみの奇怪『渾沌氏・鴻鈞道人』を撤退させる事に成功した。
 これが、今の猟兵達の精一杯だ。だが、この道は、確かな未来の勝利に繋がっていると、信じて。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年01月31日


挿絵イラスト