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洞穴から繋がる桃源郷の世界、仙界には不思議な場所がある。
年に数回も出現しない「水晶の郷」も、幻の秘境と呼ばれるその一つだ。
靉靆と棚引く霧に隠された道は、常に水郷に繋がっているという訳ではなく、その道がハッキリと見えるのは、寒さが厳しくなる冬の夜、数刻しかないという。
運良く道を進む事が出来たなら、その者は全てが青藍に輝く絶景を見られよう。
水晶の樹、水晶の結晶、夜穹より振る水晶の雫――。
月光を浴びて透徹と輝くそれらは、訪れた者の本来の姿を映すだけでなく、映した者の心の有様をも見せる、不思議な霊力を帯びているらしい。
而して今宵、霧は晴れる。
水晶の郷へと続く道が、其を求める者の前に真直ぐと示されるのだった。
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「封神武侠界における年末が、新年に備える大切な期間である事は知っているかな」
市井の人は年越しに向けて市場へ買い物に出掛け、役人は気忙しく挨拶に回り、そして誰もがハレの日の料理や飾り物を用意し、親しい者と宴を開いて浮かれ騒ぐ。
次なる年も素晴らしいものになるようにと、人々は準備を惜しまないのだと説明するは、枢囹院・帷(麗し白薔薇・f00445)。
師走の賑々しさを語った彼女は、ここで声色を穏やかにして言った。
「さて、君達は新しい年を迎える準備が出来ているかな。――そう、心の準備だ」
新年を迎えるに用意するのは、何もモノだけでは無い。
封神武侠界に生きる人々が年越しに心身を清めるように、猟兵も一年を振り返り、心の洗濯をすると良いと薦めた彼女は、幻の秘境のひとつ『水晶の郷』を紹介する。
「水晶の郷への道が、今宵、数刻だけ開かれる。皆は幻の秘境に行って、水晶の清らかな輝きを見て心穏やかに過ごしたり、自分を見つ直したり、のんびり過ごしてくると良い」
仙界の神気を宿した水晶には、不思議な力が宿っている。
清泉に踝まで濡らせば、その水面には己の真の姿や過去、隠していた内面まで映る事もあるらしく、時には哀しい思いをするかもしれないが、それも青藍に煌めく佳景が慰めてくれよう。
ここまで言った帷は、ぱちんと弾指してグリモアを召喚し、
「これからも進もうとするなら、立ち止まり、振り返る事も大切だろう」
と、柔らかな微笑を湛えて送り出すのだった。
夕狩こあら
オープニングをご覧下さりありがとうございます。
はじめまして、または、こんにちは。
夕狩(ユーカリ)こあらと申します。
こちらは、封神武侠界で新年を迎える準備をする日常シナリオ(難易度:普通)です。
●シナリオの舞台
封神武侠界、桃源郷(仙界)に数刻だけ出現する幻の秘境。
神仙の気に満ちた霊泉の付近には、足首が浸かる程の澄んだ水辺や、水晶の結晶、水晶の樹などが在り、清々しい気持ちにさせてくれます。
●シナリオ情報(一章構成です)
第一章『貴方だけの物語』(日常)
秘境にある水や水晶に映るのは姿だけでなく、人の過去や心も映すとか。
この一年、或いは自分が歩いて来た道を振り返り、新年に向けて心を浄めてはいかがでしょう。
●リプレイ描写について
フレンドと一緒に行動する場合、お相手のお名前(ID)や【グループ名】をお書き下さい。呼び名があると助かります。
また、このシナリオでは、枢囹院・帷(麗し白薔薇・f00445)をお話の聞き手役として指名できます。皆様の心のお洗濯をお手伝いさせて頂きます。
以上が猟兵が任務を遂行する為に提供できる情報です。
皆様の武運長久をお祈り申し上げます。
第1章 日常
『貴方だけの物語』
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POW : 天から降る雫を掬う
SPD : 水の地を歩む
WIZ : 水晶の樹に触れてみる
イラスト:オオミズアオ
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
ロリーナ・シャティ
(真の姿はダイヤモンドのクリスタリアン。現在は変質しグリーンダイヤ)
「…ぃ、たい…」
寒いって言えなかった
ちゃんと、着てきたつもりなのに(でもコートのボタンは掛け違え)
でも多分震えが止まらないのは寒いからじゃない
微かなアリスラビリンスの戦争の記憶
宝石の猟書家に仲間だって言われたこと
それがほんとか
ううん、言われたと思ったこと自体が真実か
此処なら知れる
「…判っちゃう」
何がどう怖いかもよくわからない
でももう逃げたくない
だから今の内に(持ってきた記録帳とガラスペンを握り靴を脱いで水に足を踏み入れ)
「っ…え、」
冷たさは一瞬で忘れた
水面に映ったイーナは髪が真っ直ぐ
それに
「色が…」
水晶みたいに目まで透明だった
冬の凍風が吹き颪し、水晶の樹がザッと葉音を立てる。
目には見えぬ風が青藍の湖面にさやかな波紋を広げるのを見た“麗しのイーナ”、いやロリーナ・シャティ(偽りのエルシー・f21339)は、灰掛かった淡青緑の艶髪を巻き上げられると同時、暴かれた項頸(うなじ)に凛冽に浴びた。
「……ぃ、たい……」
不意に、玻璃の震えるような透徹のテノールが零れる。
櫻脣を滑るなり眞白の息と變わった己の独言を聽いたロリーナは、繊手に寄せ合わせたコートの襟に首を竦め、そっと、長い睫を落とした。
「寒いって言えなかったよう……ちゃんと、着てきたつもりだったのに……」
蓋しコートのボタンは掛け違えた儘、忘れんぼさんは留め直しもせず歩き進む。
視線の先には、神氣に滿ちた霊泉が水鏡の如く煌めいているが、其處へ向かう途中にも水晶の樹林や水晶のクラスター(群生)が月光に耀いており、六角柱状の結晶体ひとつひとつがロリーナの姿影を映して搖らめく。
青光る鏡体に映る麗容のどれも身を縮めているのは、冷たい風の所爲だろうか。
いや、猶も爪先を進めるロリーナ自身が否定しよう。
「……震えが止まらないのは、多分、寒いからじゃないの……」
我が歩みと共にゆっくりと眦尻へ過ぎ去る影が、像が、漸う記憶を呼び覚ます。
其は迷宮災厄戰、アリスラビリンスの命運が懸かった闘爭の記憶で、この世界を攻めた猟書家なる者達の中には、クリスタリアンの最長老「プリンセス・エメラルド」なる者も居た、と――混濁しがちな記憶を洗い、心の襞を覗き始める。
「宝石の猟書家に“仲間だ”って言われたこと。それがほんとか……ううん、言われたと思ったこと自体が真實か……きっと、此處なら知れる。……判っちゃう」
非道な実験の影響により、記憶に歪みが生じているとは自覚している。
かの霊泉に踏み入れば、水鏡は「真の姿」を映し出すと云うが、何がどう怖いかもよくわからない、でももう逃げたくないと深呼吸したロリーナは、決然と靴を脱ぐと、記録帳とガラスペンを握って水面へ進んだ。
「今の内に……――、っ……え」
張り詰めたような冬天の凛冽も、風の冷たさも、一瞬で忘れる。
明鏡に映る佳人の髪は滝の如く眞直ぐに、月より降り注ぐ光すら艶々と滑らせている。
それだけでは無い。
「色が……」
トルマリンに似た緑瞳は水晶の如く透き徹り、その一縷と翳らぬ耀きはダイヤモンドか――現在は變質してグリーンダイヤとなっているが、昔日の瞳の色を映し出した霊泉は、麗人の真の姿がダイヤモンドのクリスタリアンである事を、美しく儚く示すのだった。
大成功
🔵🔵🔵
厳・範
久々に出身世界に帰って来たお爺。
半人半獣形態での参加。
ほう?噂には聞いていたが…。良い機会に恵まれた。UCは風景に加えるのも良いかと思ってな。
静謐で美しい。噂に違わぬ良き場所よ。
封神台が壊され、騒がしくなった今年。使令とする生き物たちにも被害が出て、契約し始めたのも今年だな。
さらに、この世界の外も知った。友人(故人)の幻影に背を押されて、他世界も訪れるようにもなったな…。
いずれ、世界存亡の戦争がここにも訪れるか…。
まったく。長年生きていて、こんなにも目まぐるしく状況変化するのは初めてだぞ?
他世界に訪れるのは…新鮮であったが。
うむ、こうして振り返るのも良い。わしが戦う理由の、再確認になる。
御年御千と幾つ、嘗ては武侠としても名を馳せたという厳・範(老當益壮・f32809)なれば、幻の祕境「水晶の郷」について噂には聽いていたろう。
瑞獣として英傑を守護すべく天地万里を駆け回ったのも昔日の事。風光明媚に誘われるのも良かろうと足を運んだ彼は、霧靄の晴れた先、青藍に輝く絶景に目を細めた。
「……成程、靜謐で美しい。噂に違わぬ良き場所よ」
品佳い鼻梁を掠める凛冽の氣が快い。
冬天に掲げる滿月も冱々として明るく、淸かな光の降り注ぐ下では、水晶の樹が晃々と耀き、足元に広がる水晶の群生も玲々瓏々、まるで咲うように煌いている。
「久々に故郷に戻ってはみたが、噫、良い機会に恵まれた」
自ず心が凪となる、これほどの靜穩も久々だろう。
獣の蹄が水晶を砕かぬよう、ゆっくり四つ脚を踏み進めた厳・範は、烱々たる金の瞳に佳景を映しつつ、不圖(ふと)、幾許の彩を添えようと指を動かした。
「蝴蝶(フーディェ)、此度は自由に舞うが佳い」
刻下、御爺の指先に光を灯すは美し蝴蝶。
常は契約に依りて仁獣を援く蝶らは、紺青や深緋、翠緑や薄桃の繊翅を躍らせながら、閃々(ヒラヒラ)と、瀲灔(チラチラ)と舞い、六角柱状の鏡面ひとつひとつに光彩を映していく。
「ほう、舞うも見事なものだ」
文人なら詩を詠んだかも知れぬが、生憎、筆より鎗や鞭が馴染む身。
吃々と竊笑しつつ、柔かく細む双眸を以て蝴蝶を愛でた彼は、使令とする他の生き物達も思い出しながら口を開いた。
「……何者かによって封神台が壊され、騒がしくなった今年。使令とする生き物たちにも被害が出て、契約し始めたのも今年だったな……」
豹貓、胡蜂、鯊魚……そして藏獒。
頼もしい者達を得たと瞳を巡らせば、彼等の姿影の他に別なる世界の景が見えるのは、水晶が我が記憶を映しているからだろう。
御爺は頷くように言を足して、
「然う、更に外の世界も知った。亡き友の幻影に背を押され、他の世界を訪れるようにもなったな……。かの世界の樣に、いずれ世界存亡の戰爭がここにも訪れるかもしれん」
数々の戰爭で邂逅した敵を思い出し、而して吐息ひとつ。
「まったく。長年生きていて、斯くも目まぐるしく状況變化するのは初めてだぞ? ――まぁ、他世界に訪れるのは……新鮮であったが」
翠眉を上げ下げして語る、表情の豊かさも水晶はくまなく映そう。
「うむ、こうして振り返るのも良い。わしが戰う理由の、再確認になる」
青藍の鏡越しに瑞貌を映した厳・範は、爽々しき快哉の咲みを見せるのだった。
大成功
🔵🔵🔵
劉・涼鈴
むぉー、幻の秘境だけあって空気が澄んでるね!
んで、ここに入れば過去の自分が見える、かー……お、映った映った
戦争とか依頼とかで戦ってるトコ! ふふー、大活躍だね!
ふむむむー……(水晶に映ったのと同じ動きをしている)……んむ!
やっぱり前の動きには粗が見える! そしてそれが分かるってことは、私はその時よりも強くなったってことだ!
型の稽古もいいけど、やっぱ実戦の経験値は大きいね!
過去と現在の動きを元に、強くなった未来を想像して型稽古! シュバババ!
大人モードを経験したおかげで、「大人の視点の高さ」も実感として理解できた!
だからもっと強くなれるぞ! うおー!
幻魔妖異の出現の報あらば、喜び勇んでブン殴りに行く劉・涼鈴(鉄拳公主・f08865)なれば、年に数回、然も数刻だけしか訪れられぬという祕境もゴキゲンに往こう。
少女は昏がりも何のその、霧の晴れた一本道をずんずん進む、進む。
「むぉー、幻の祕境だけあって空気が澄んでるね! 神仙の氣が邪を祓ってるのかな?」
淸々しい氣を胸いっぱいに吸い込んでは「しょ~しゅ~りき~♪」などと口遊びつつ、鬱蒼の森を抜けた涼鈴は、軈て全てが青藍に染まる世界「水晶の郷」に至り、まんまるの紅瞳を更に大きく円く、まるで皿の樣にして喫驚した。
「おおー! 絶景かな、絶景かな! キラキラのピカピカだー!!」
冬天より降り注ぐ月光を浴びて、煌々と光を放つ水晶たち。
水晶の樹林は凛冽の風に搖られてサラサラと葉音と立て、足元に広がる水晶は母岩より数多の柱状体を伸ばしてクラスター(群生)を成し、そのどれもが久方の來訪者を映して玲瓏と輝いている。
涼鈴は六角柱の表面其々が己を映すのを興味深げに眺めながら、郷の奥部にあるという湖水へ、不思議な像を見せるという霊泉へ欣々(いそいそ)と向かった。
「んで、ここに入れば過去の自分が見える、かー」
吹き颪す風がちょっぴり冷たいが、バトルブーツを脱ぎ、素足になる。
それから爪先をツンと、次いでちゃぷんと踝を淸冽の水に潜らせた可憐は、己を中心に幾重の波紋が広がっていくのを見守ると、軈て訪れる凪に瞳を凝らした。
「……お、映った映った」
水鏡に映れるは凝乎(ジッ)と覗き込む涼鈴ではなく、元気溌溂と動き回る涼鈴。
その型や技を見れば、どの戰爭、どの依頼での闘いだったか直ぐに思い出せよう。
「ふふー、どの世界でも大活躍だったね!」
うむうむと全肯定しつつ、水鏡に映れる己と同じ動きをして往時を振り返る涼鈴。
「ふむむむー……ここで劉家奥義・神獣撃! ……んむ!」
蓋し日々に成長する育ち盛りは、嘗ての動きを捺擦(なぞ)る事で違和感を覚えたか、むむ、と櫻脣を引き結び、大きな気付きを得た。
「やっぱり前の動きには粗が見える! そしてそれが分かるってことは、私はその時よりも強くなったってことだ! てれれれ、れってってー!」
いつの間にか技が磨かれていたと、聽き逃していたレベルアップの音を歌う涼鈴。
型の稽古も大事だが、矢張り実戰の経験値は大きいと胸を張った少女は、過去と現在の動きを元に、更には強くなった未来を想像して技を練り上げる。
先の蜃戰で大人モードを経験した事も、「大人の視点の高さ」を実感として理解できたのが収穫となったか、握れる拳にメキメキと力が漲ってくる。
「來年はもっともっと強くなれるぞ! うおー!! シュバババ!!」
冬天の月下、水晶の湖面に、熱心に稽古に励む少女が煌々と映るのだった。
大成功
🔵🔵🔵
ミンリーシャン・ズォートン
水晶の樹に触れ
額をあてれば
樹幹に映るのは齢10にも満たない幼い少女
暗い森の奥
小さな家の中で両親と幸せに暮らしていた私の姿
懐かしさや恋しさに心が囚われ始めた頃
映り変わる水晶の記憶
憧れの外へと抜け出し行き着いた薔薇の館
兄妹の吸血鬼に地下牢へと閉じ込められ
帰り道の目印にと木に結んでいたリボンを利用され両親が殺された
声が枯れるまで
心が止まるまで
牢で泣き続けていた愚かな私
苦しい
だけど映る記憶は止まらない
沢山の出逢いがあった
様々な世界を歩き続けた
そして貴方に出逢ったの
次々と映るのは愛しい彼と過ごした時間達
最愛の貴方と出逢う為に私は生きてきたのだと感じる
胸裡に浮かぶ貴方の腕の中の温もりを感じる為に帰路を急ぐ
薄く開いた櫻脣から零れる白氣を眦尻に送りつつ、霧の晴れた一本道を踏みゆく。
長らく旅をした身ならでは、慥かな足取りで祕境を訪れたミンリーシャン・ズォートン(戀し花冰・f06716)は、水晶のクラスターが六角柱面の其々に己を映すのを眺めつつ、爪先を眞直ぐ、冬天の風に枝葉を搖らす光の叢林へ向かった。
「――こんばんは、水晶の樹さん」
もの云わぬ生命にふわり咲み、白磁の繊指で優しく幹に触れる。
挨拶を交す代わり、我が身に映れる彼女の麗姿をキラリと搖らした樹木は、青藍に煌く睫を伏せつつ、そうっと額を宛てる佳人の心に触れると、漸う像を移し變えた。
「……これは……」
長い睫の間より見えるは、齢十にも滿たぬ幼い少女。
彼女が昏暗い森の奥、小さな家で兩親と幸せに暮らしていた自分とは、ミンリーシャン自身が思い出を呼び覚まそう。
佳人が懷しさと戀しさに心が囚われ始めた頃合いに像は映り變わり、別なる記憶を――消せない過去の痛みを突き付けてくる。
ひとつは、憧れの外へと抜け出し、行き着いた薔薇の館。
ひとつは、兄妹の吸血鬼によって閉じ込められた地下牢。
さいごは、帰り道の目印にと木に結んでいたリボンと、其を利用され殺された兩親。
「――……そう」
声が枯れるまで、心が止まるまで、牢で泣き続けていた愚かな己だって見える。
苦しい、痛いと叫ぶ胸に繊手を宛てて宥めるが、記憶は止まらず――水晶に似た涙雫がまた零れ落ちそうになる。あれからずっとそうだったように。
「でも、私は――」
あれから沢山の出逢いがあった。
小さな翼で空を翔ることは叶わずとも、この足で樣々な世界を歩き続けた。
数々の冒険で心の色を取り戻し、彩を豊かに、それから最愛の人に邂逅った。
「 」
長旅の涯てに巡り逢った竜の青年の名を紡げば、佳聲は金糸雀の如く玲瓏を帯びる。
目下、水晶の樹は愛しい彼と過ごした時間を次々に映し、其を瞶めるミンリーシャンに掛け替えのない幸福(しあわせ)と歓喜(よろこび)を広げていく。
「そう、私は最愛の貴方と出逢う爲に生きてきたんだって――」
云って、胸裡に浮かぶ彼を、腕の中の温もりを思い出す。
人の姿で生きる事を択んだ彼の腕は、泣けるほど優しく己を抱き包んで呉れると咲んだミンリーシャンは、そうっと水晶の樹から額を離すと、月が出る裡に帰路を急ぐ。
帰る場所は、勿論――。
大成功
🔵🔵🔵
夜刀神・鏡介
確かに今年も色々あったからな
来年に備える為にも、ちゃんと振り返りたいと思っていた所だ
そして、日常から離れた場所でそれを行えるなら。まさにお誂え向きって奴だろう
この水晶の郷へやってきた訳だが……なるほど、これは凄い
もしいつでも来れるのであれば、観光地として人が溢れてそうだ
さておき、今年の振り返りを済ませてしまうとしよう
まずは、軍学校の卒業かな。正直、発端は仕方なしにだったが……通って良かったかな
猟兵としては、友との思い出もあるし、大きな戦いもある
楽な事ばかりではなかったが……俺の血肉となっている、か
一瞬だけ水晶に映った人影は――今の俺とは違う姿だけれど
でも、迷わずに進んで行こう。ただ、前に
――今年は、いや、今年も色々あった。
幻魔妖異の出現を聽くたび、また世界の存亡の兆しあれば、直ぐに駆け付けて尽力した夜刀神・鏡介(道を探す者・f28122)は、今年も忙しなく動き回ったろう。唯だ、餘りに続々と事件が舞い込む爲、其のひとつひとつを丁寧に思い返す時間は無かった。
「丁度いい。来年に備える爲に、ちゃんと振り返りたいと思っていた處だ」
佳い機会を得たと言ちつつ、冬天の月下、淸冽の風が吹き抜ける中を歩く。
爽々と冱えわたる神仙の噫氣を肺に滿たしつつ、霧靄の晴れた一本道を進んだ鏡介は、軈て全てが青藍に煌めく「水晶の郷」の、目も覚める燦爛に迎えられた。
「……なるほど、これは凄い」
凛乎と引き結んだ佳脣より、不覚えず嘆聲が零れる。
颯ッと吹き颪す凍風に水晶の樹はキラキラと枝葉を搖らし、水晶の湖水はさやかに波紋を広げ、靜謐の中で囁くように光を揺蕩わせる――まるで異世界の絶景。
年に数回、数刻も見られぬ景色を黑彩の瞳に映した鏡介は、不圖(ふと)、足元に群生する水晶に身を屈め、幾許の詼謔を滑らせた。
「もし、此處がいつでも來られるのであれば、観光地として人が溢れてそうだ」
そうなっては非日常感は得られまいと、生まれたばかりの水晶を撫でる。
日常から離れた空間だからこそ、心穩やかに向き合えるのだと口角を持ち上げた彼は、
「まさにお誂え向きって奴だ」
と、再び立ち上がり、散策がてら今年を振り返る事にした。
而して漫ろ歩けば、無数の水晶の六角柱面ひとつひとつに、その色や耀きを瞶める彼の姿が搖れ動こう。その中に、學校指定の軍服を着る鏡介の姿が映るのは、軍學生だった頃の彼を、記憶を映しているからに違いない。
「噫、然うだ、軍學校を卒業したのは大きかった。正直、発端は仕方なしにだったが……それでも、通って良かったかな。修養が積めた事は間違いない」
今の身装に軍服の意匠が取り込まれているのも、其の證左(あかし)と思う。
學生の頃の素養が今に活かされているとは、猟兵としての活躍が示そう。
鏡介が白手袋をしたまま水晶の樹に触れれば、結晶体は数々の思い出を像として結び、友との交誼や、大きな戰いを乗り越えた時の記憶を呼び覚ました。
「決して樂な事ばかりではなかったが……俺の血肉となっている、か」
樣々な場面を映して煌めく水晶をそうっと撫でつつ、当時の思いを振り返り、其を見る今の心境をも探ってみる。
時に、一瞬だけ水晶に映った人影は――今の己とは違う姿の樣だが、鏡介は交睫ひとつして睫を持ち上げ、
「迷わずに進んで行こう。ただ、前に」
と、冱月を掲げる夜穹に向かって白い息を吐いた。
大成功
🔵🔵🔵