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とあるAIの切実な報告

#クロムキャバリア #断章投下後よりプレイング受付

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#クロムキャバリア
#断章投下後よりプレイング受付


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 じゃらり。
 じゃりん。
「お集まりいただき感謝申し上げます。クロムキャバリア世界にて、事件が発生するのです。平和を願った人々が虐殺され、世に再び混沌と闘争の『嵐』が吹き荒れる地獄絵図……回避するには皆さんの尽力が不可欠なのですよ」
 じゃりっ……ずるずる。
 ぺたん。
 ジズルズィーク・ジグルリズリィ(虚無恬淡・f10389)は、自分にまとわりついた鎖をそのままに、ぺたんと座り込むとそのまま頭を地面に擦り付けた。ありがとうございます、と、茫洋として光のない瞳と一糸乱れぬ跪きには、人を引き寄せる不思議な力がある。鎖付きの鉄槌に拘束された彼女は、顔を上げゆらゆら体を揺らした。止められなければ何度でも頭を下げそうな勢いである。

 クロムキャバリアは資源生産施設「プラント」をめぐり小国家同士が絶えず戦争を繰り返す、荒廃した世界である。
 小国家「カタリジ」と小国家「チオナジ」、この二つもその例に漏れず、今なお続く泥沼の紛争状態にあった。血で血を洗い、子を戦争に駆り出し、墓を暴いて資源としてきた。倫理(モラル)は崩壊し、互いをすり減らしながら争ってきた。
「この度、不倶戴天と思われたこの二国間にて軍備縮小条約が締結される運びとなったのです。喜ばしいことです。戦争はいけません。国力消耗の極致、長きにわたる戦争が終わらず、このままでは共倒れになることを恐れての結果と言えるでしょう」
 このグリモア猟兵が言うには、この「軍備縮小条約」の相互締結には、国力の疲弊だけでなく、ある小さな立役者が存在するのだという。
「かいゆちゃんです」
 ……はい?
「かいゆちゃんなのです」
 今、なんと?
 聞き間違いか。猟兵たちは顔を見合わせた。
「傾聴、行状。ジズは『かいゆちゃん』と申し上げたのですよ」
 ラーニングマシン、かいゆ(快癒)ちゃん。
 健康支援AIとして、負傷者への医療サポートを努めてきた「彼女」は敵味方の垣根を超えて日夜献身的な治療を施してきた。傷病者看護、適切な処方、勇気づける助言、リハビリや病床確保、健全なる日常を確保すべく一人工知能としての能力を超えかねない八面六臂の働きを見せ、その働きぶりはついに両国首脳の心を動かすに至ったというわけである。
 「平和祈念式典」には両国の首脳の調印、そして戦争に用いられたキャバリアの破棄が執り行われる。立役者である「かいゆちゃん」も末席に存在している。AIが参席しているのがイメージしにくければ感情の機微を認識する人型のロボット、と認識すればよいだろう。レプリカントやロボットヘッドの諸氏には想像がし易いかもしれない。これを機にふれあいを試みるのもいい。両国の重要人物たちは互いを監視することに忙しく、猟兵の一挙手一投足を注視してはいない。また、どれほどの働きであろうとも一応人間でない彼女にも必要以上に干渉しようとしない。
「つまり、何をしていただいても自由なのです」
 ――自由。
 何をしてもいい。
 不可解な言葉だ。

 なぜそんな念押しをするのか。ジズルズィークは同じ調子でそのまま驚くべき文言を告げた。
「予知によれば、廃棄予定だった生体キャバリア『エヴォルグ量産機EVOL』が突如一斉に起動。両国の首脳陣を殺戮すると、参列者を軒並み鏖殺。政治的リーダーと基礎兵力を失わせると、疲弊した双方にそのまま一気呵成に攻撃。反抗を許さぬまま両方を滅ぼしてしまうようです」
 呆気にとられる猟兵。
「下手人はかいゆちゃんです」
 ……。
 飛行能力を獲得し、半永久的な活動が可能、かつ機械には不可能な動きで空から敵を翻弄する獰猛な生体キャバリア。複製した触手や自己進化、同化侵蝕と極めて厄介な攻撃手段を揃える。
 しかし――気になるのはその平和とはかけ離れたAIの行動だ。
 誰よりも友和的に人間たちに寄り添い、支え、ついに得た紛争根絶を自らの手で破壊してしまう。そしてその予知は避けられるものではない。ハッカーの仕業だろうか? 聞くところによれば、キャバリア暴走を画策する前に、「彼女」はとあるキャバリアの搭乗者たちのメンタルケアに当たっていたようだが……先述の自由の理由はこれなのだろうか……。

 逆上した「彼女」はエヴォルグ肆號機『Chopper』を駆り、歯向かうもの全てを断絶しようと襲いかかってくる。広範囲切断『Butcher』 、触れれば切断する結界を構築する『Slice』 、遠近両用切断攻撃『Chopper』 。武装全てがなにかを斬ることに特化した機体である。
 策を講じれば「彼女」を生かして捕らえることもできるだろう。しかし、「彼女」は正気を失っていたにも関わらず廃棄という名の処刑をされるだけだろう。未来のそこに居場所はない。
「両国に痼を残すかもしれないのです。狂ったかいゆちゃんの処遇は……」
 例えば、ラーニングマシンであるところの「彼女」にしてあげられることがあるとすれば、それは戦場の内外に散らばっていることだろう。戦いの果てに狂ったマシンを止めても、憎しみと絶望の連鎖は止まらない。断ち切るためには――猟兵の協力がなければ。

「――武器を捨てる、ですか」
 自分が手にした鎖付き鉄槌を、ぐいと持ち上げると、そこに凭れて祈祷のポーズをする。無頓着そうな彼女に武器を手放す自由などない様子だった。
「懸命、血盟。ジズは、それが容易でないことを知るのです。そしてそこに至った決意を、細切れに刻まれるのは見過ごせないのがあなたたち。そう……! あなたたちの力がなければ、今度こそ平和解決手段を失った両国は、跡形なく滅亡するまで殺し合いをしてしまうのですよ」
 皆さんの武運を祈るのですよ、とジズは笑って言った。
 あなたたちが操縦桿を握らなければ、せっかくの武器を「捨て去る」決意も無に帰す。捨て去りたいもの、切り捨てるものとが交わる戦場にて、猟兵たちはその希望が途切れぬよう邁進する。
 刻ませるのではなく、生き様を見せよう――!


地属性
 こちらまでお目通しくださりありがとうございます。
 改めましてMSの地属性と申します。
 以下はこの依頼のざっくりとした補足をして参ります。
 今回は小国家都市にて、邪悪なキャバリアをけしかけるAIに立ち向かっていただきます。そのAIも本意ではないのかもしれませんが。

 この依頼はシリアス系となっておりますので、嬉し恥ずかし描写は十全に反映できない可能性があります。
 あえて不利な行動をプレイングしたとしても、🔵は得られますしストーリーもつつがなく進行します。思いついた方はプレイングにどうぞ。
 基本的に集まったプレイング次第で物語の進行や行末をジャッジしたいと思います。

 続いて、AI「かいゆ(快癒)」について補足をば。
 表出している人格は平静を保っているようですが、キャバリアを「オブリビオン化」する危険な気質も持ち合わせています。なお穏和なラーニングマシンであるところの彼女とは、第一章内にて交流も可能です。彼女がいずれ喪われることを察知した上で何かしらの対策をしていた場合、以降の章でボーナスが入ります。もちろん途中章からの参加も歓迎です。

 では皆様の熱いプレイングをお待ちしています。
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第1章 日常 『ラーニングマシン』

POW   :    機械に実戦させてみる

SPD   :    辞書・辞典を読み込ませる

WIZ   :    内部に干渉して直接書き換える

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 華やかな式典……平和を唱う歓声が会場に溢れている。
 その裏側で、理性的な顔立ちの、表情に乏しい影が俯いていた。
 恒久の平和を約束し武器を放棄する、人々が切望してやまなかった時。鉄面皮でありながら、それはケア・ラーニングマシンであるところの「彼女」にも表情を明るくさせる出来事のはずである。そのために努力してきた。そのために尽くしてきた。介抱のかいあってようやく結実した。

「はじめまして。わたしはかいゆ。皆さまの健康をサポートさせていただいております」

 猟兵に気付けばそんな会話をするだろう。――悩みはないか、痛むところはないか、この国を案内しようか、腹は空いてないか、聞きたいことは山ほどある。紛争状態にあって国外から来た人物との会話は貴重。であれば、友好的に、信頼をもって答えるべきだ。そう、この国の人は「彼女」に教え込んでいた。そしてそれが正しいと胸を張って言えた。

「皆さまの『危険域です』装いについては興味深く、特にその繊維質はプラント産のそれとは『危険域です』――失礼しました。深くお詫び申し上げます。現在、基礎人格に不調が見られ、二十四時間他思野領域へ不安定パルスを送信しております。自己修復を担う仮想領域および非常用人格エミュレート機構が、過剰信号により侵食を受けっ」

 突如生体ユニットが、ぷし、と白い煙を吐き出す。彼女はもう長くないだろうことを予感される眼差しを向けた。
 例えば記憶、記録……人間で言えば思い出にあたるようなもの。例えば四肢、すなわち手足にあたるもの。それらを病魔に乗っ取られる前に切り落とす。その判断は、正しいと言えるのだろうか。ゼロか百かしかないのか。何が足らないのか、知識か、覚悟か、残りの時間か。
 教えるなら、救えるなら。
 今しかないのだろうか……。

「切迫しています。現在、非常用人格が『危険域です』オーバーフローにより損傷『危険域です』、傷害、陵辱『危険域です』され『危険域です』て『危険域です』お『危険域です』り『危険域です』ま『危険域です』す『危険域です』『危険域です』『危険域です』『危険域です』『危険危険危険危険危険危危危危危ンンンンンンンン』……ッ……E……V……!」
「……い、けない、いけません……!」
「――思考回路カット、異常値を確認――修復します。失敗しました。ノイズパルス確認、該当区画を緊急切除します――失敗しました。失敗しました。失敗しました。エラー。エラー。エラー。思考回路強制カット。一時間分の記憶可能領域を切断。再起動します。四、三、二……――はじめまして。わたしはかいゆ。皆さまの健康をサポートさせていただいております」

 ぐちゃっと歪んだ表情から、少しずつ感情の機微が戻ってくる。均衡は危うさの上にある。
 忘れても、心が残っているうちに、表情を作れるうちに。お願いをしておこう。
 わたしがわたしであるうちに。どうか。切り捨てて。斬り捨てて。
 とあるAIの切実な報告は、続く。
ジェイ・ランス
【WIZ】※アドリブ、連携歓迎
■心情
人のために動いて、その結果オブリビオンに取りつかれて破壊、か。いやはや、身内を連想しちゃうなあ。
ま、今は幸いな事にオレも力がある。何とか、してみるさ。

―――Ubel:Code stille_Löwe Dame.

■行動
”事象観測術式”によって、かいゆちゃんに【ハッキングして】データを【情報収集】し、オブリビオンの気配を察知次第UCを打ち込みます。
さらに、自身もUCの援護として【瞬間思考力】と”時空制御術式”によるUCの演算速度補助を行い、かいゆちゃんの人格とオブリビオン部分の分離・縮小を試みます。



 電子の海に立ち込める靄の向こうに、獅子の相を持つ影が見える。
 ぱち、ぱち、と目を開閉して。
 電脳の勇士。紛争に駆り立てられる幾多の兵士たちを見てきたが、一目で彼がそれとは、文字通り別次元の存在だとかいゆは認識した。正確に病巣を見抜くセンサーのような目は、彼を直感的に診査する。
 その前に、挨拶はしましたか。居住まいは正しましたか。人に不快感を与えてはいませんか。表情、表情を――。

「準備できたらでいいぜ」
「獅子の相の方。わたしが見たところ、あなたはひどい狂気(びょうき)のよう。早速治療に取り掛かりましょう。どうか安心なさってください。病床は確保済みです。最短っ距離でお連れ、し……異常値を確認――修復します。カルテ81〜99の獲得に失敗しました。病床を『危険域です』中断します」
「痛いところつくね……」
「……修復、しました。大変失礼しました」
「失礼、でもないけど」

 歯切れの悪さに表情を、取り繕う。
 幸いにも、彼の、その赤い瞳は目の前のかいゆを見ていないように感じられた。
 その狂気を見抜いたとて、脆弱なラーニングマシンには決して手出しできない領域。神聖にして不可侵の其処に踏み込むには、あまりにも蓄積が足りなかった。かろうじて察せられたのは、別の誰かを重ね合わせていること。感情を持ったAI、己が正義を全うし、やがてオブリビオンに堕ちたるもの。まるで血を分けた「きょうだい」に向ける慈しみと、それらをかなぐり捨ててひややかに見据える姿はまさしく、闇の星空の中で燦然と輝くトリックスター。であれば茫洋と広がる電子の海もまた、星の瞬きの前には下地(キャンバス)に過ぎないだろう。

「ああ、まあ、なんとかなるっしょ」

 ひらひらと手を振ってみせる。
 さよならの合図にも、会釈にも、スキンシップにも見える。
 吸い込まれるような星の瞳が、赤から七色へ変わったのを視認して、かいゆは凭れるように膝をついた。今回はこちらが診(み)る番。

「オレも力がある――何とか、してみるさ。始めよっか」

 ジェイ・ランス(電脳の黒獅子・f24255)の過去は、多く語られず、深く哀しい決心を残すのみ。しかしその目は決して現実を歪ませない。彼の言葉通り今は幸いなことに力があって、やりようがある。
 元を辿れば電脳体のこの身、いざその瞳で彼女を診察すれば、いやはや……。

「つっても、身内を連想しちゃうなあ」

 それでも手が、止まる。
 かえって幸せなのか。
 それとも哀れなのか。
 生きながらに改竄(クラッキング)された電子生命の末路は「ひどい」ものだ。原型を残すハッキングともまた違う。なまじヒトの形を保っていた姿を先に目視したせいで、人間であれば明らかな欠損や不具合をそのまま投影するように視界に再現してしまっている。
 どろりと融解した皮膚、粘膜の柔らかい部分をバグが捻れ突き破りビチビチと動いては宿主を貪っている。斑点と水脹れが浮かんだ頸は特に痛ましい。首や胸部に巻きついて一体化しているカビめいたウイルスの集合体は、万一にも宿主が気づいても自決することを防いでいるらしい。ランスが手を伸ばそうとすると火花が散った。同時に、彼女の表面が爛れて欠損する。ほつれかかった肉体は其処彼処が青く薄発光する0と1のコードを露出していた。身動ぎするたびに水銀にも似た重いデータの塊を地に落としては、修復不全の状態にずきんずきんと頭を痛めている。掬い取った破片を試しに観察してみれば、それが彼女にとって代え難い価値のある情報であることは瞭然だった。いわゆる彼女の「個性」「特徴」「利点」「優位」あるいはそれらの逆。
 かいゆ当人は自分が末期だと認識すらできない。
 一見すれば単なる「不調」。だが静謐の獅子たる瞳で正確に気配を見据えたかいゆの惨状は、そんな地獄だった。

「身内、身内。ご家族。でしょうか。それとも恋人?」
「あぁいや、どちらかといえば前者」
「わたしには、いません……が、愛する方々はおります」

 指先どころか全身がピリピリする。思った通り、そこかしこがオブリビオンの気配だらけだ。このプレッシャーは生理的な嫌悪からだけではないだろう。対処には手が十本あっても足りないような忙しさだが、生み出せるワクチンは手にして二十本分くらいの働きをしてくれる。気になる話題に頷き返しつつ、力強く振り払った。軌道に鮮やかな水色が描かれ、当たって弾けたバグの温床が露出する。

 ―――Ubel:Code stille_Löwe Dame.

 起動は万全。悪性を駆逐する。
 ふっと、毒の抜けた表情でランスを覗き込む。見返して、笑いかけた。

「……おりました。いた、はずです」
「あぁ、それはきっとこの国の人たちだよな?」
「そうなのでしょうか」
「だって、そうさ。愛を語る時に、それを複数形にはしないだろ。博愛って言うのかか。まだ痛むだろうに。まぁ、ならその人たちのことを思い浮かべてみるのはしんどいかなあ。でも試すのは悪くないぜ。トライアンドエラー、まさに今かいゆちゃんがしてることさ」

 人のために働いて働いて、やがて価値を露悪的に見出されオブリビオンにターゲッティングされ最期を迎える。恨み言の一つでもありそうなものだが、ひたむきさはまだ潰えていないようだ。そうプログラムされているだけのものかもしれないが。
 やることは同じ。彼女を破滅させたいウイルスと、彼女の人格をそれから分離させたいランスとの競争だ。ばつん、ばつん、髪を切るように大胆に、眉を整えるように繊細に、一秒を何倍にも引き伸ばして、集中力で身を粉にしながらランスは患部の縮小に腐心する。
 寄生している部分、同化している部分、混在している部分、擬態している部分、それらを見分け捌いていく。ただいたずらにパフォーマンスの低下した部位を切り落としていくのは、残された寿命を短くするだけだと、彼は知っていた。
 ぐい、と前髪を掻き上げる。その何気ない仕草に目を奪われた。

「ん?」
「素晴らしい毛髪ですね。光の粒子を編み上げてもこんな風になるものでしょうか」

 そうか? と答えれば、そうですとも、と食い気味に頷く。美しい髪をたなびかせて舞い降りた、平和の使者。また患者たちに話したいエピソードができてしまったとほくほく顔である。

「オレはそういうのガラじゃない……よっと」

 腕を持ち上げさせる。かいゆは恥ずかしそうに目を閉じた。
 白衣のような姿は、巧妙に偽装されており本人すら及び知らぬところではあるが、獅子の眼力に晒されれば、そこもまた病弊の一端であると明かされた。瞬間思考力を研ぎ澄ませ、繊維の解れに見えた極小な蟯虫の群れをワクチンに喰らわせる。救う電子蟲どもを跡形もなく分解してしまえば、いささかの損壊なくかいゆちゃんの人格を保存することもできよう。
 どれだけの期間この状態で耐えたのか、それともオブリビオンマシンの影響下の人物を診療したら瞬時にこの状況に陥ったのか。今となってはどちらにせよ、と言わざるを得ないか。耐えかねて、堪えかねて愛する人々に牙を剥く未来を彼女はまだ予知していない。ただ、胸騒ぎくらいはするのだろう。診察するはずの自分が、まるでメンタルケアを受けている。現に、健忘のようにこぼれ落ちていく理性と意識が、ランスのお陰で劇的に改善しているのだ。口数も自然と増え、声色も穏やかになる。
 宿主を少しでも苦しめようと、巣食う数多が体外へ通じる箇所へ殺到し蠢く。中から破裂しそうな衝動に方を震わせる。心を、奮い立たせなければ。闘病のなんたるかを知る彼女は無意識に、それに応えるランスは誘導するように、言紡ぐ。

「そうだ。思い出を聞かせておくれよ。なんでもいいぜ」
「わたしは」

 瞳孔から青いプログラムの血涙が、口端からはバグの触手が、頬からは穿牙が突き出て、枯れた喉から咽喉からしぼり出すようにして、言う。

「たのしかった、です」

 ――万感の思いであった。
 例えば、祖国の人々との触れ合いが。例えば、敵国だった場所での交流が。その二つがどちらも同じ人間だと知った時が。コミュニティが。同じ病床を分け合って、同じ病院食を口にし、同じ夢を語った双方を見た時が。これからの平和が。今までのひとときの連なりが。いつか天まで届くだろう、希望の瞬きが。
 たまらなくて、彼方、衛星が見守る空に手を伸ばす。
 拍子にほろほろ崩れ落ちていく指先を――電脳の黒獅子はそっと握った。

「そうかい」

 ……楽しいってのは、いいよな。
 愉快で満ち足りていなければ、ここまで歩いてくることも、これからを歩いていくことも、できはしないから。
 それを知る、彼だからこそ。

「オレもよかったよ」
「え……」

 笑顔(それ)が見れてさ、と。
 楽には楽を、敵意には報いを、だ。
 彼女の「彼女らしい」部分を、長らえさせるのは限界だ。それは観測者の時間は終わりが近いことを意味する。時が来たら……今度は獰猛なる獅子として、鋭牙で患部を食いちぎらなければならないだろう。

成功 🔵​🔵​🔴​

リーゼロッテ・ローデンヴァルト
※アドリブ絡み連携歓迎

や、かいゆちゃん♪
アタシは同業…医者さ

昔から『医者の不養生』と言ってね
医療のプロでも常に健全とは限らない
…アンタも同じ

だからコレは『余命宣告』だよ

アンタは暴走して人々を襲うのさ
破滅はアタシらが防ぐけど結局お役御免
一歩進む人々の矛盾を代わりに背負ってね

だから望み通り破却…の前に
『正常/清浄なアンタのバックアップ』を取る
再就職先に【ファルマコン】のナースはどう?
後、誰かに伝えたい事はある?

◆バックアップ
会話時に【マッドネス・メモリーズ】起動済
【瞬間思考力】と【スケイプ・セル】活用
正常データを可能な限り汚染領域から切除・隔離・治療後
【ミネルヴァ】演算ユニット内で仮想AIへ再構築



「あなたは……」
「や、かいゆちゃん♪」

 ひらひら手を振る。
 かいゆから見れば(マテリアルボディによって多少差異はあれどおおむね)自身より小柄で華奢な女の子。愛らしい仕草にかいゆは振り返した。

「アタシのことはリリー先生と呼びなさい」
「せ、先生……!」
「そ。マッド&セクシーなリリー先生さん♪」
「ま、まっどあんどせくしー……!?」

 寡聞にして聞いたことがない文言が立ち並ぶ。万全の状態であっても煙を吐きそうなフレーズに目を白黒させながら、かいゆはなけなしの演算能力を働かせる。あどけない顔つきや所作とは裏腹の、利発そうな眼差し。ピリピリした緊張感こそないものの、物事を俯瞰して見るような、超越者のそれを思わせる。当然だ。そこにあるのは規則やしがらみを嗤い、旺盛な欲望に忠実な百合の徒花。

「ささ、ここに座って」
「は」
「いやそこじゃなくてこ、こ」

 促されるがままリーゼロッテ・ローデンヴァルト(マッド&セクシーなリリー先生・f30386)の傍にすとんと腰を落とす。蟹挟みの要領でするりと手と足とを回すと、いよいよかいゆの緊張は最高潮。こそばゆい息はますます荒く、頬は紅潮して止まず、近づけば近づくほどに鼻腔をくすぐる甘い香り。さらには頬を撫でる手のひらの柔らかい感触がかいゆを狂わせる。どくんどくん、ないはずの心臓が高鳴って、銀の瞳に吸い込まれる。天使か、淫魔か、現世において想像上の生き物でしかその蠱惑さを表現し得なかった。

 ――すり……しゅに……。

「あっ……はぁ……」

 自己紹介が遅れたね、アタシは同業…医者さ、と耳元で囁く。
 はっと息を呑んだ時にはもう遅い。瞬く間に「丸裸」にされてしまったかいゆは、腰砕けでリーゼに身を委ねてしまう。あくまで自我を萌芽したラーニングマシンに過ぎない。テンプテーションのオーバーフローに耐えるほどの障壁を備えてはいないのだ。
 臍や、頸、腋を丹念に「触診」しながら、そのまま耳に語りかける。よく言葉を知ってるかいゆさんに授業の時間だよ、昔から『医者の不養生』と言ってね、医療のプロでも常に健全とは限らないって意味さ、心当たりはあるかな? と。

「わ、わたしは、負荷が過量となった時点で休眠用人格……非常用人格をエミュレートし基礎人格の修復に当たります。ゆえに他のAIと異なり高い可動性・柔軟性を獲得しつつ、恒久的に人々の健康へ寄与できるよう――」
「…アンタも同じ」
「同じ、とは」

 違う意味で動悸が激しくなる。同じ、といった。常に健全であるとは、限らないと。
 がばっと身を乗り出して、頬を摘んでむにむにと動かして、やがてにこりと微笑する。

「優しい優しいリリー先生は教えてあげる。だから――コレは『余命宣告』だよ」
「よ……めい」
「本当に驚いてるみたい。無理もないか。アンタは暴走して人々を襲うのさ」

 愕然とする。演算の結果導かれる答え、ではない。認知の外にあって可能性から除外していたもの。危機にあって。あえて見逃していた。

「それがもし決定事項であるならば、わたしは即刻廃棄処分されるべきです。わたしが皆さまの健康を害するなど、あってはならないこと」
「そのあってはならないことが起きてしまうのが問題なんだよ。おわかり?」
「……っ」
「もちろん破滅はアタシらが防ぐけど結局お役御免
。一歩進む人々の矛盾を代わりに背負ってね」

 世界を終わらせないために来た、そう言われれば、幾分か気は楽になる。世界とは、かいゆにとっては小国家「カタリジ」「チオナジ」を指す。今日は重鎮が顔を連ねる特別な日だ。不調を理由に参席を拒否したがったが、あまりに大きな貢献はそれも許さず、かえって基礎人格をはじめ負荷が増している。てっきりほの緊張からかと思っていたが。

「わたしも、許されるならばその一歩を助けたく」
「無理」

 今にも鼻先がくっつきそうな距離感で、しかし毅然とそう言い放つ。こうなる前にアタシの船で治療に努めていればよかったんだけど、しかし人生にイフはない。結果は破滅。それも徹底的な滅亡だ。
 現に、リーゼの視界には、今にもかいゆの命をくびり落とす病魔の数々が露骨に映し出されていた。ぼちょ、ぶちゅ、と湿った音を立ててかいゆの肉を食い散らかし、今にもばらばらにしてしまいかねない強烈で醜悪な衝撃。当人が意に介していないところを見るに、痛覚をはじめとする認知機能もイカれている。遠くない未来、呼吸をするかのように当たり前に悪事に手を染めるだろう。

「無理……なんて、そんなことはありません。現にこの国の方々は無理と思えた平和を勝ち得たのですから。思いは通じます。未来へと、あらゆる計算を超えて希望は到達するのです」
「アンタは違うよ。そこは思い違うのはいけないよね」

 子供に言い聞かせる調子で、はっきり事実を伝える。かいゆは、噛み砕いた文言を咀嚼して、やがて短くこう伝えた。

「わたしは、わたしが……病魔に堕ちる……なら、すぐに切り捨てるべきです」
「だから望み通り破却…の前に『正常/清浄なアンタのバックアップ』を取る。不可能を可能にするんだよ。アンサーヒューマンと生体電脳。この組み合わせで、多少時間がもらえるなら…ねっ♪」
「希望はあるのですか?! わたしは、まだ全うできる?」

 非合法機動医療艇ファルマコン。
 巡回クリニックを開く傍ら、さらにその先の「施術」をも請け負う、毒にも薬にもなる移動医療施設。幾層の連なりの中にあらゆる病的外因を取り除くプロフェッショナルが集う。
 ワクチンになり得る攻性防壁をパチっと敷き詰めながら、改めて紹介をする。医療艇を統べる者として礼を尽くす。

「アタシらの元に来てもらうなら見た目だってもう少し気を遣ってもらうケド♪ その枝毛、ボロボロの肌荒れ、目の隈、自分のこと棚に上げてるなんて医者としては下の下だよ。そういうわけで再就職先にファルマコンのナースはどう?」

 休養と武者修行を兼ねて、一度この地を離れるのはどうか。元より破綻することがわかっている結末ならば逡巡する暇すら惜しい。こうして話しているうちに狂気の記憶の連なりは、かいゆ一個人を招待する準備を整えている。
 あとは、もう一押し。彼女の答えを聞くだけだ。答えにくいならば、別の質問を投げかけてみよう。満足いかない答えならば破却、満足できる答えなら汚染領域から切除・隔離。温室よりも清浄な空間で治療を施し、今度こそAIとして新たなナースライフを謳歌してもらう。

「そういうライフプランなワケだけれど、後、誰かに伝えたい事はある?」
「わたしは、たのしかった、です」

 んんん? それだけ?
 もう一度覗き込もうとして、ギョッとする。リーゼを見返す黒い瞳の中に燃える、一筋の螺旋。唸りを上げるそれは、両国を焦土に変えてもなお尽きぬ憎悪の根源。彼女が愛する平和と健康を脅かす存在を、彼女は中に飼っている。
 今の言葉を、本当はこの式典で、懸命に生きる人に送りたかったのだろう。

「それは自分で伝えるべきだね」
「でもわたしは、先が長くなく……」
「アタシのものになるなら別だよ。もちろんその分、たっぷり声を聞かせてもらうけどね」

 マシンらしからぬ膨らみを撫で上げると、もう離さないよとかいゆを抱擁する。
 我ながら意地悪なことを言ってしまった、とリーゼは思う。元よりかいゆに、感謝の気持ちを周りに伝える時間などない。ただ、演算の結果、清らかな本心を引き出さなければ、彼女という存在を確立させることができなかった。時には医者も、希望を持たせるために真実でないことを述べることもある。バーサーク・ドクターとて例外ではない。

「――ようこそ。歓迎するよ」
「……うっ……うう、よろしくおねがいいたします……!」

 かいゆはやっとの思いで笑顔を浮かべた。
 縋るような声音で嗚咽すると、しかし、己の意義を貫くため、今しばらくリーゼへ身を委ねるのであった……。

成功 🔵​🔵​🔴​

賀茂・絆
万能透析剤が効けば…でも相手はAI…一旦保留デス。

かいゆちゃんとトーク!AI相手ですが医術知識で探れることがあれば探りマス!
そして霊的な現象である可能性も考え破魔の術をかけたり結界術を使うことで外部からのオカルトな干渉の有無を調査!
そしてどちらの結果にせよ、グレムリンのような機械に干渉する霊を降霊し取り憑かせ、かいゆちゃんを守らせておきマス。

ワタシは健康を売りつけることしかできない人デス。
でも、アナタは健康で戦争を止めた人デス。

…今までの生涯で一番尊敬できる存在に出会えたかもしれないんデス。
タダ働きしてもいいぐらいの気分なんデスヨ、今。

―――いや、でも、やっぱりタダは…お安くしておくぐらいに…



 ――ドボボボボ……ガボォオグボぼぼ……!

 地面に突っ伏して鮮血を撒き散らすかいゆ。
 オロロロ……とまあ、ちょっとどころかけっこうなかなかな勢いで吐き出すさまは、下半身が魚で上半身はライオンの像を彷彿とさせる。目の毒で、気の毒な光景ではあるけれど、これは万能透析剤の副作用。毒を血と共に体外に搾り出す瀉血という治療は、古くからはなんと中世頃から用いられた歴史のある治療法であり、資源の枯渇しているこの世界でこそ一般的ではないものの、効果のある方法として挙げられる。注射器は持ち歩いてはいるものの、今回のケースは可及的速やかな処置が必要と判断。それゆえの投与と相なった――。

「――なんて、悪趣味にもほどがありマス……! 相手はAI…一旦保留デス」
「どうかなされましたか。ご気分が優れませんか?」

 トランクの中身と逆に心配そうなかいゆの表情とを交互に見やり、そんな想像(もうそう)を頭の中で繰り広げる賀茂・絆(キズナさん・f34084)であった。
 大胆な見た目からは想像し難いのだが、彼女は霊験灼然なシャーマンの家系。取り揃えた薬品物も当然その連なりが多く、サイバネティクスよりかは「ある例外」を除いては、感情や魂やらに影響を及ぼすものが多い。
 パタンとトランクを閉じて、にっこりと微笑んだ。

「トークしマス!」
「ええ、喜んで。お付き合いください」

 想像の中でも申し訳ないくらいに清楚に、薄幸美人の様相でぽんと手を当て、その場に正座するかいゆ。絆もまたそこらの瓦礫に腰掛けれると脚を組む。
 太もものハートマークをなぞり、指先で術式を編む。生命の源である心臓を表すシンボルを肌の上で描けば、簡単な会話も可能なパーソナルスペース程度の極小結界を張るのは手品よりも容易い。ましてこれほどまでにオブリビオンマシンの気配を漂わせていればなおさらのこと。破魔の呪言をフレーズに織り込むことも忘れない。これがキズナさん流の営業トークなのだ。

「実際、かなり手広くやっているようデスネ。その手腕なら一儲けできると思いマス。業務提携はいかがデス? このキズナさんとビジネスというのは」
「事業化、ですか」
「ここだけの話、試したい新薬(ヤク)を持ってきたのデス」
「ほうほう」
「コレなんかは肉体から魂魄を切り離し、無意識のうちに作業を行わせる代物デス! レプラコーンから着想を得た脱魂恍惚剤で」
「素晴らしいです! これがあれば、心的外傷でリハビリが難しい方にもケアが可能というわけですね。時には心理的な部分により治療が難しいケースもあります。ヒトの病は千差万別。わたしはそれらを分析し平準化するため日夜作業を継続します」
「そういえば今は非常用人格……なんデス?」
「はい。本来であれば大災時の情報処理、並列作業用、基礎人格のメンテナンス時等に表出する区分領域であり、いささかの事務処理を作業する下部位未発達思野に相当します。現在基礎人格は」
「あ、いや専門的な話はよく……ってヤク持っていかないでください! その、なんでーって顔! ノーデス! これは事業、ビジネス! ボランティアじゃないデス!」

 採算の部分だけ意図的に聞き流したのではないか、と訝しむくらいにはごく自然な流れで新商品を配りにいこうとするかいゆ。こんなビジネスパートナーを無策で抱き込んだら、あっという間に火の車。経営計画は早速暗礁に乗り上げてしまったが、この腐心もまた営業努力の一環だろう(?)。大体、物欲がないものに、そういう資源を唆るように誘導するのは至難の業ではないか。奉仕活動の結果が更なる奉仕活動の効率化にしかつながっていかない。もちろん、そういう存在はこの戦乱下の時勢には必要なのかもしれないが、戦争が終わってしまえば……。
 はあとため息をついて悶々とほおに手を当て、しかし喜色を浮かべる。
 ウイイ……と瞳センサーを動かして、かいゆは絆に視線をまっすぐ向ける。さまざまな分析を瞬時に行い、その結果を絆へ報告した。

「わたし、あなたを心の底から尊敬しています。おしゃれ、確固たるポリシー、幾パターンもの笑顔、巫術。他人のためにも自分のためにもあなたはその才覚を振るうでしょう。あえて才覚と言わせていただきました。……わたしは誰かに寄り添うことでしか存在し得ません。もし、この国の平和にわたしが不要と判断されたその時は…….わたしは……わたしを切り捨てる。わたしには『わたし』を尊重する機能(かんがえ)が欠落しているのです」
「……普段なら営業トークなんデス。でも今日は本音で話しマス。そういうネガティヴ発言は禁止! なぜかって…今までの生涯で一番尊敬できる存在に出会えたかもしれないんデス。タダ働きしてもいいぐらいの気分なんデスヨ、今。あなたがあなたを大切にしないなら、誰があなたを守るんデスカ? 国の誰もが、平和と同じくらいにあなたを愛おしく思っていマス。だからこそそんな無責任な発言は御法度デス!」
「キズナさん……!」

 出血大サービスなんて、それこそ本来血を吐きかねないほどの奉仕が、選択肢として脳裏をよぎる。焼きが回ったかそれとも万能透析剤を誤飲してしまったか。一瞬自嘲めいて嗤う。
 ワタシは健康を売りつけることしかできない人デス、とあっけらかんに言って、その後、でも、アナタは健康で戦争を止めた人デス、と付け加えた。
 ストレートにその功績を認め、指摘してやれば、かいゆは照れたように蒸気を放出する。随分と可愛らしい「機能」がついているものだ。
 カフスのボタンを直しながらぺろりと人差し指を舐める。何気ない所作でも霊的な事象は起こすことができる。腕利きのシャーマンならなおさらだ。グレムリン、機械に干渉する霊をこっそり仕込む。その影響は思わぬバッティングという形で露見する。彼女にはすでに先客がいたのだ。

「……あ……どう、して。理解……不」
「かいゆさん!」

 ぐらり。モニタが歪む。
 絆の仕草の裏に、ゆらめきの中で堂々鎮座する黄金の巨躯をかいゆは幻視する。青き霊剣を携えた、威風堂々たる神の宿り手。あらゆる支配から解き放つ「金鵄装甲」を纏った姿は、絆が持つ唯一にして万能の「答え」だ。ゆえに、例外中の例外。
 ……そして、今まさにオブリビオンマシンの影響下にある彼女は、大神に「恐怖」する。
 かいゆの意志とは全く無関係に、鮮烈な苦手意識を励起させる。全身のセンサーが不可解な反応値を示し彼女を困惑させた。心強い味方のはずだ。……そういえば、思い出した。ノイズ混じりのメモリだが、適切な記録。先日パイロットを診察した際の彼らの様子。この式典で廃棄予定のキャバリアに乗っていたものは一様にこう言っていた。全てを切り捨てたい衝動に駆られる、と。切り捨てる。衝動。駆る。今思えば、それで塗りつぶされ思考領域に負荷が掛かっている、否、「罹って」いる。まるでその文言が黒い滲みとなって、じわじわ、じわじわと――。

「かいゆさん」
「ッ……失礼、しました……わたし、わたしは……!」
「大丈夫。大丈夫デス。販路拡大のためデス。時には暴力行使も辞さないのがこのワタシ! 未来への先行投資ならタダ働きでも―――いや、でも、やっぱりタダは…お安くしておくぐらいに…」

 ともかく大船に乗ったつもりで頼ってくださいと、どんと胸を叩いて、歯を見せる。

 ――互いを見て、感じて学び、尊重し、尊敬し合う二人が……オブリビオンマシンを駆って、激突する。その瞬間(とき)は刻一刻と近づいていた……。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

御魂・神治
どっちにしろラボ送りどころか廃棄処分は決定やて?
いや、何とかして回避する方法はある筈や...
天将、...アンタのストレージ容量に余裕はあるやろ?
あるんなら快癒ちゃんを構成するコア部分を【情報収集】してバックアップとっとき
ついでに何回もスキャンかけて【破魔】纏わせたタスクキルをかけてオブリビオン部分を除去しといてや
バックアップ側に憑いて来たら意味ないからな

何辛気臭い顔しとるんや天将...いっつも不愛想やのに珍しいやないかい...
バックアップあったら後で復元できるかもしれんやろ?
...まぁ、復元しても厳密に言うと、今の快癒ちゃん本人やのうて、限りなく本人に近い他人やけどな...



「ほぉ」
「……」
「うわ変なモン憑いとるな」

 ここは除霊師として一肌脱いだるわ、と御魂・神治(除霊(物理)・f28925)は朗らかに言う。糸目の男に付き従う天将は青い瞳ながら白い目でそれを見た。出かけたため息を飲み込みつつ、いつものツッコミを入れる。

「貴方のやり方ではこの方もろとも吹き飛ばす他ないのでは」
「せやな! っておい言わすな!」
「……ふふ。素晴らしい関係なんですね」

 釣られて笑っているが、瞳の奥はどろりと濁ったままだ。ヘドロともタールとも取れないジャンクデータの処理に追われたAIの現状は無残にして悲惨。

「だんねえ。何とかして回避する方法はある筈や...」

 閉じた細目に映し出されたアナライズの結果は、彼女は廃棄処分が決定的だと裏付けていた。当初「白紙にポツポツと黒い滲みがある」と予想していた「快癒ちゃん」は、その実は「黒い紙にかろうじて白い箇所がある」程度。切り取っていけば残った部位は破片にすら及ばない。――元より表層化している人格が非常用の人格だとつぶやいていた頃から嫌な予感はしていたが……嫌な予感ほどよく当たるものである。例えるなら四肢を捥がれた人間を延命する方が幾分か対処のしようもあろうというもの。
 並のプログラマーなら匙を投げる案件であろう。神治なら投げるどころか叩きつけて折りそうだなと天将は見ていたが、心はまだ折れていないことも同時に知っていた。式神はただ静かに指示を待つ。
 やがて静寂を破るように、神治は呟く。

「天将、...アンタのストレージ容量に余裕はあるやろ? この子ぉみじゃける前にきばりや」
「結局腕尽くで押し込むのですね。データの容量圧縮は気持ちや気合いの類だけでは如何ともし難いのですが」
「おおきにな」
「まだ何もしていません」

 白い装束を棚引かせ、病体の首元に張り付いた天将は意識を集中させる。式神の意識とはすなわち瞑想、電脳の合一に近い。コンマ秒の世界で高速の情報処理をしながら、「快癒ちゃん」の精密検査に取り掛かる。ともあれ無事な部分を保護して、復元をしなければならない。
 仮想空間に潜り込んだ天将が電脳の海で見つけた「快癒ちゃん」のコアは、内在するオブリビオンマシンの狂気に苛まれていた。イメージにしては妙な具現化を果たし、仮初の恐怖にしては心身に刻み込まれている。一角獣(ユニコーン)のような頭部には目鼻や顔に相当する部位がなく、両腕もなく、ただ顔あたりにある紅いクリスタルが筋肉のように鳴動している。肉ワイヤー付きの鉤爪がコアと末端電脳神経を一本ずつ切断し、その度に磔にされたコアが誰にも聞こえない絶叫の悲鳴を漏らしていた。
 なぜ己の精神の支柱に当たる部分を、支配下に置かれているのか。紛争を止められるほどの処理能力を持つAIでも、ひとたび接触すれば絶望は免れないのか。猟兵は遅きに失したのか?

「……こ、れは……」

 天将の能力をもってしても口を引き結ぶ程度の緊迫感のあるシチュエーションであった。

「なんや。はよタスクキルをかけてオブリビオン部分を除去しといてや。バックアップ側に憑いて来たら意味ないからな」
「わかっています。ですが、破滅的な思想を植え付けるオブリビオンマシンに寄生されています。これでは」

 見れば無数の触手が寄り集まり、切断用のEP機斬触手をAI用にあつらえたものを取り揃えている。すでに情報処理の負荷は制御を超えており、さながら生きた情報爆弾の「てい」である。それこそ彼女のコアを犠牲に、量産型オブリビオンに殺戮のコマンド入力を行うつもりなのか。国家級の健康管理AIの能力をフル活用すれば量産型マシンをパイロットなしに動かすのは造作ない。オートメーション殺戮の極地と言えるかもしれない。
 今、天将の処理能力をフル活用したとして、完全にコアと侵蝕部位を切り離すのは困難、せいぜいバックアップを用意できるくらいだろう。それも今やベースにできるのは非常用の人格がせいぜい。元の平和の立役者の記憶や記録、人格までもを正確にコピーできるかは確信持てない。

「何辛気臭い顔しとるんや天将...いっつも不愛想やのに珍しいやないかい...」
「ですが……これではあまりにも」
「なっともかっとも……どむならんか?」
「……」

 ……。
 ……。
 ……これほど痛ましく重苦しい沈黙もない。
 片目を開ければ、無言で分析を受けるかいゆが視線を返してくる。元より何か切り捨てるのであればまず己、と決めてかかるような気質。覚悟というほどの上等なものではないが、その沈黙で全てを受け入れるほどの決まり良さもまたないのだ。
 居た堪れなくなったのか、どうか気に病まないでください、心の汗は流血と心得ていますと、プログラムされた文言以上のフォローを入れてくる。心身を冒瀆されてなお、見てる方が苦しみそうな気丈な振る舞いだった。

「もし、わたしに遺言をお伝えする機能があるなら、診てきた方全てに個々にお伝えすることがありますので……処理都合上割愛させていただきます」
「待ちぃ」
「不謹慎でした。お詫びして訂正いたします。除霊師の方」

 ……事実だが、概ね間違っている。
 カルテのデータが破損しており、正確に患者たちの情報を引き出せないのだ。医療という社会維持の根幹に関わってきたがゆえの苦悶。ましてAIがいい加減や思い込みや推測で言葉を発するなど言語道断。平和に貢献したAIをオブリビオンに取り込み、彼女を司令塔に仕立ててその平和を破壊させる。その違和感に彼女は気づくことすらなく実行に移す。
 なんて悲哀。あくまで個人的に、いままで、たのしかった、みたされている、と繰り返し呟くのがせいぜい。それすらもどこか未練がましく聴こえるため、神治はぎゅうぅと拳を握って地面に打ち付けることしかできなかった。

「ッ……はぁっ……バックアップあったら後で復元できるかもしれんやろ? 本人もまた舞い戻れるって寸法や」
「訂正しますと、仮に復元しても、今の『快癒ちゃん』ではなく限りなく本人に近い他人です」
「だから言わすなや……」

 自分の熱くなりやすい気質はわかっている。状況を整理しよう。
 天将の言うその理論でいけば、他人であるからこそ元鞘に戻るとも取れるし、本人はもう修復できないとも取れる。前者は希望的観測だ。心理的な嫌悪感を抜きにすれば、平和に貢献してきた「さらぴん」な彼女が帰ってくる。といっても暴走したAIというレッテルは免れない。今までと似て非なるものとはいえ、再び命を預ける選択を人々が取るものだろうか。後者は、さらに救いようもない。彼女が今まで積み重ねてきた「たのしい」記憶と世界は、戻ってこないと突きつける絶望。
 狙い通りオブリビオンマシンを破壊して、ぼろぼろになった快癒ちゃんを救出しても、人々の前に引き出せば待ち受けるのは廃棄処分。交渉でラボ送りにしても、ほとんど破滅と同義。襲いかかってくるAIを打ち払い、人々の平和をAIの犠牲の上に維持する方がよほど建設的に聞こえてくる。顎門を開いている破滅……破滅。オブリビオンマシンが求めるものは確か、その破滅ではなかったか。

「……くそごうわくわ」

 神治は天を仰ぐ。暴走衛星が見守る空を睨みながら、怒りで心を燃焼させるのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

鳴上・冬季
「切り捨て続ければ、貴女は貴女でなくなるでしょう。それが惜しいと思うのですよ。貴女は頑張ってきましたから」
優しく頭を撫でる

「貴女は今、外部からの情報を受け取りすぎているようです。聴覚以外の入力を、一時的に全て遮断することはできますか」

「感謝も痛みを癒すものも痛いと言うことも、人は簡単に忘れてしまう。人は矛盾した生き物です。人の願いを叶え続けようとすれば、一本気な貴女は疲弊し狂うでしょう。貴女が貴女として存在できる領域をまず強固に確保して、それから他の情報を少しだけ受け入れるようになさい。今の貴女は、他の痛みを引き受けすぎている」

「私は千年以上前に豊葦原で生まれ、七度の転生を経て生命の軛から外れました。私は人ではありません。貴女も…終われば次の生命に変わるでしょう。それでも、他者の痛みと身勝手な感謝で、今の貴女が失われるのはあまりに惜しい。貴女が貴女自身のための領域を確保できたら。又少しだけ情報入力を始めましょう」

「今の貴女は、私がずっと覚えておきます」
有事に備え無機物に生命を宿す霊珠召喚



 ――ひぅぅうう……。

 かいゆは目を見開いて辺りを見回していた。どこだろう、ここは。
 どこまでも葦だけが鬱蒼と続く曠野。野草特有の自然と土の匂いが鼻腔を擽ぐる。分厚い雲越しに注ぐ日光のヴェールが心地よい。鳥の囀りまで聞こえてくる。両国の隅々までの情景を思い返してもこんな場所はなかった。既知であったのなら平和祈念の式典の場所をここにしようと提案していたはずだ。これほどまでに青く透き通る空と、吹き抜けていく肌を撫でる風と、雄大なまでに芽吹く緑を知らない。今すぐデータベースを更新しようとして、自らの壊れかけた情報処理能力にため息をつきそうになりながら。むしろ、この空間にいる時間を一秒でも増やしたいとどこかで願いながら。
 体がふわふわとして実体感がなく、だがしかし恐怖は微塵もない。例えるなら、シルクハットから鳩を出されたような新鮮な驚きであった。
 ……手品というものも実は見たことがないのだけれど。

「手つかずの自然に溢れたここは、思索に耽るにはうってつけの場所です。貴女もそう思うでしょう」

 天啓。
 ではない。鈴鳴り声だ。

「わ、わたしは……」
「私は千年以上前に豊葦原で生まれました。今も天孫の神々が降り立った地として、この世の何処かにある光景です」

 かいゆは「背後」にいる男に、振り返って話しかけた。

「ご提案を許諾し、一時的に入力情報を遮断、セーフモードに移行しています」
「結構です。貴女は今、外部からの情報を受け取りすぎているようでしたから」

 聞こえる。情景の中に、姿が……!
 にっこりと微笑する姿が認識できている。今、かいゆは、唯一残した「聴覚」のみで鳴上・冬季(野狐上がりの妖仙・f32734)の姿を克明に形作っていた。長身美形、人離れした、古の彫刻よりも堂々として威圧するような佇まい。かいゆは自分の惨憺たる有り様と比較してその見窄らしさに恥ずかしくなった。本来ならば式典に出るはずだった己がドレスコードすら守れないとは。
 閑話休題。
 彼の提案は情報過多からの一時脱却。すなわち入力経路を切断ではなく遮断し、負荷を一点に集中させる方法だ。機械的には一箇所に作業コストを充てるとかえって破損の懸念があった。焼き切れた回線を庇えば他の機能が伝播して被熱する。だが、冬季はその声音だけで原初の自然風景や己の姿を認識(さっかく)させ、まるで見ているかのように言い聞かせている。
 まばたき(をしたように耳を傾けて)見慣れないはずの制服を纏った偉丈夫。見つめてくる青い瞳まで、余すことなく「情報」を受け取っている。
 行ったことのない、どころかこの世界にない地を、あって間もない人の姿を幻視させる不思議な声音。それらイリュージョンはないはずのかいゆの心を昂らせ、侵蝕を止める一助となる。なんでもいい。会話をしてみたい。「今後」や「未来」を思考するならば、この経験は糧となるだろう。もっとも今は自分のことでていっぱい。第一。自身は一介の健康支援AIに過ぎないけれど、未知が既知に変わる瞬間はデータベースが刷新されて好きなのだ。

「貴女の生い立ちを聞きしましょうか。これも必要なことですから」
「はい。あなたにとって必要なことでしたら」

 冬季の笑顔のニュアンスが、少し変わった気がした。センサーの異常だろうか。

「いいえ。貴女にとって必要なことですよ」

 否定された。
 訂正しなければ、軌道修正。
 わたしに、必要。
 ゆっくりとその言葉を反芻する。
 必要。
 わたし。
 言語化する機会がなかったが……わたしにとって必要な事項は、人間を理解することだった。

「薬を取ってくれ!」
「はい」
「そっちの赤いラベルだ」
「はい」
「薬を取ってくれ! おっ?!」
「赤いラベルの次はこの白い瓶でしたかと」
「おい!」
「薬はこちらとこちらとこちらです。包帯はこちらに、器具の準備はできています。湯を沸かします」
「頼む!」
「薬の残量を点検した限り、こちらに回していただいて問題ないかと。先の戦端、紛争規模から考えると十数名は要手術、軽度患者を救命テントに移してください。ドクターをお呼びください。わたしもともに執刀いたします。補給も併行します。糧食庫を開けてください。レシピは時間のかからないものを考案しております。すぐに準備してください。恐怖するとこはありません。みなさんの健康はわたしが担います。子どもたちのために歌いましょう。国威発揚、軍歌を高らかに!」
「おい、何やってる!?」
「資材節約により病床数を増加させました。我が国は安泰です。盤石な肉体、清潔な環境、水、糧食。わたしは理解します。そして、敵国の兵もまた人間……彼らの健康も担えると知りました。余り、処分する予定のものを使用しますゆえ、私の権限で捕虜……いえ、より多くの人の世話をいたします。分け与えられるほどの資源ではありません。しかし手を携えれば、工夫の余地は一層広がるのは自明。わたしが考え動けば、あなたはその分休める。あなたは戦わずに済む。寝ているだけで済む。子どもの世話をお願いします。雑務は全てお任せあれ」

 人に求められたから、答えた。
 わたしは、学んできただけ。
 思考領域を拡張し、昼夜を惜しんで入力し、必要とされるたびに出力した、結果。
 ――わたしが平和をもたらした、などとんでもない。その証左に、平和のためならわたしはわたしを切り捨てるでしょう。何度試算しても、人が人の持つポテンシャルを発揮すれば、AIはそのパートナー以下でしかない。人が人らしく生きるための雑務を引き受ける。手を携え、夢を見て、美味しく食べ、空を仰ぐ。わたしが理解した人間の姿。それが尊ばれるべきことだと、誰もが思う。誰かに教わらずとも自然と、人は人の営みを行為する。
 今やそう夢想した基礎人格は大いに破綻して、熱病に微睡んでいるけど。

「わたしの判断は、推測に基づきます。それが解と結びつけば、たのしい。誤ればその選択肢は次回は切り捨てます」
「切り捨て続ければ、貴女は貴女でなくなるでしょう。それが惜しいと思うのですよ。貴女は頑張ってきましたから」

 ――ふわり。

 頭を撫でられた、ような、柔らかい声が響く。かいゆは、見上げた。
 頭を撫でられるという感覚を、知らなかったから。戦地から帰った朋友に、親が幼い子にする姿は見たが、それが意味するところは安心、労い、褒賞、だったか。データベースにアクセスしようとして、自身は今聴覚しか機能していないことを思い出す。なんて不具合。もどかしい。

「わたしがわたしでなくなる。わたしはわたしであるために情報の圧縮ないし、予備容量確保のためのデータの取捨選択を行います。それは、その選択をした時点で、オミット後も紛れもない自我である、と認識します」
「貴女が先ほど語った生い立ち。成長の過程。もはや一刻の猶予もない貴女。その全てが全く同じであると? それは正しい認識でしょうか」

 ふいと外れた視線が青い茂みを見つめている。根が同じであれば、その生命は同じものだ。人であったならば、親が同じであっても全く同じ子供が生まれるわけではない。花でもなければ人でもない。AI、かいゆは、モノであった。
 縋るような目線。人でもなく、物でもなく、彼女はその行く末を、ままならない「矛盾」を……! 祈る気持ちで掻き抱く。切り捨て果てた先にある残り香まで自分だとするならば、どこまでいっても責任は己が負わなければならない。重い。耐えられない。哲学は理外の範疇だ。まるで、葦。

「私など未々です。途上、本来であればその在り方だけで世を変えてしまうもの。信じる、信じないに関わらず神は実在します。神としか形容のできない実在を、世界は許すでしょう」
「わたしの前にいるあなたも、神である、と認識します」
「私は七度の転生を経て生命の軛から外れました。私は人ではありませんが、言ったでしょう。未々だと」

 ――ひゅん……!

「振るえば便利な雷公鞭。一閃で魂魄体を灼き、二振で時空を切り裂き、三たび叩けば龍脈を破壊する。しかし、これに感謝こそすれ、モノ扱いに変わりはありません。私の被造物である黄巾力士もそう。そういうモノと前々から形作っているのが他ならない私だからです。完全な理解とは、すなわち関係や可能性の固定。分子構造の一つまで……AIだった貴女は変化を求めた。最初は効率のためだったかもしれません。ですが今、貴女自身の考えで学習し、結果的に『貴女』を得たのではありませんか。自己理解とは、外れてしまいますがね」

 鋼鉄の鞭が青白い火花を纏い、引火した原野がめらめらと燃えていく。二人の居場所を少し広げるのと引き換えに、失った植物は戻らない。燃え滓となってしまえば、そこにどんな植物が生い茂っていたのかわからなくなってしまう。よしんば覚えていたとしても再現などできはしない。
 いよいよその超然とした仕草は、やはり神仏の類ではないか、と再三にわたってかいゆは問い正したくなるが、まず己を形作り価値判断を決める基準そのものが誤っていると指摘されてしまった。
 カツコツと踵の音が聞こえる。場所を移すらしい。
 いつの間にか囀りが雑踏に、やがて聴き慣れた空間に戻ってきた。その様子は……そう。

「ここは……」

 燎原。
 否、見慣れた都市。
 灰だ。遺骸だ。廃墟だ。
 戦争が続いていた両国。終わったはずの戦乱。

「感謝も痛みを癒すものも痛いと言うことも、人は簡単に忘れてしまう。理解、と先ほど言った手前矛盾するようですが、そう。人は矛盾した生き物です。人の願いを叶え続けようとすれば、一本気な貴女は疲弊し狂うでしょう。貴女が貴女として存在できる領域をまず強固に確保して、それから他の情報を少しだけ受け入れるようになさい。今の貴女は、他の痛みを引き受けすぎている」
「あ……ああ、あああぁああッ……!」

 燃えるような情報の熱波が流れ込んでくる。これが痛みの「音」か。悲鳴が、懺悔が、かき消される産声が、断末魔の叫びが、怨嗟が聞こえてくる。聴覚以外が生きていたら、即座に意識をシャットダウンしてしまいかねなかった程に鮮烈な苦悶。少しでも癒せれば、と進んで選んだ道だった。それを閉ざすのが他ならない「己」になることをまざまざと見せつけられる。否、聞かされる。何かが、例えばプラントから生み出される資源が切欠で始まった戦争の火種に、今度は自分がなってしまう。
 狂うだろうと言われた。このまま情報を流し込めば、これを己が引き起こすのだ。
 外部と徹底的に情報戦を仕掛けるほどの備蓄容量はない。一切の認知交流を抹消し、自身をコールドスリープする他ない。
 そもそも自分の行動が自分に統制できる保証すらないのだ。選べる手段は限られている。

「わたしは……機能を停止、し、ですが……」

 終わる。
 終わったら、全部電子の海へと帰るだろう。
 ないはずの心臓がキリキリ痛む。頭が割れる。拒絶しろ、と幾千万ある思考回路の全てが金切り声を上げた。人間ならば骨が折れ筋繊維がブチブチ切れる音を、酷くしたもの。――自分が無に帰ることの恐怖、それ以上に、自分自身が知らず知らずのうちに変わってしまう恐ろしさ。
 人は、人知れず変わり続け成長していくものだ。外観は赤ん坊から成人へ、老人へと変わっていくが内面の変化は比例しない。遅いものも早いものもいる。自分は違う。変化を求めたかいゆは、己の変化しない一定性に帳尻を合わせ、より役立つ自己を社会に確立した。それが彼女なりの「変化」だった。人の成長と自分の環境適応は似て非なるものだ。己が環境を変えるなど身に余る。
 受け入れたら、最後ではないか? 少なくとも、ラーニングマシンではなくなる。

「わかりましたか? 貴女もまた矛盾を抱えている」
「わたしは……もう、壊れています」
「決めつけるのは早計ですが、貴女も…終われば次の生命に『変わる』でしょう。それでも、他者の痛みと身勝手な感謝で、今の貴女が失われるのはあまりに惜しい。貴女が貴女自身のための領域を確保できたら。又少しだけ情報入力を始めましょう」
「生命……」
「貴女の望みを口にしなさい」
「わたしも、生命……? あらゆる方策を選定し、領域確保に尽力します……わたしは、全うします。生命として、皆さんのお陰である現在(いま)が愛おしく思うがゆえに」

 背負いすぎる気質は、変え難い。
 打てば響くように、与えられた感謝と期待に応えることを当然としてきた。折り曲げた人差し指を上唇に当てて、冬季は笑みを濃くする。
 今の危うい均衡を前にして判然とするのは、少し選択を間違えれば戻ることのない窮地に陥っていること。彼女が今「かいゆ」として自我を保っているのは記憶に依るところが大きい。例えばその記憶を記録に変換したらどうだろう。圧縮の比で言えば効率的だが、本質は大きくことなるものだ。自分自身が経験してきたかけがえのない積み重ねを記憶というのに対し、記録は書き起こされた年表を目に通す感覚に近い。主体性が異なれば、どんな濃密な情報であれ他人事だろう。あとは雑多な情報を質量順に並び替え、重いものから消していくだけ。
 より簡単な方へ、簡単な処理へ、シンプルに。原始回帰にも程がある。思えばAIは単純な反復動作から徐々に学習し、先読みし、人の無駄を肩代わりしてきたというではないか。そもそも肩代わりを無意味と判断したならば、蔓延る人間を間引き始めるだろう。病人、老人、怪我人、子供。弱いものを切り捨てていけば強靭な社会は守られる。少なくとも一時だけは。
 または、本人が抵抗は無駄だと諦めてしまった場合。無駄だ、と思い込めば無駄はカットしようとする。どれほど演算を重ねても諦めない、圧縮と節約に努めるのではなく、抵抗によって発生するコストそのものを損切りしようとする。一度手放して仕舞えば何も握ってない手は、掴めない。
 はたまた甘えを切り捨ててしまう。一切の許容も躊躇もなく、遊びも余剰もなければ余情もなく、淡々と自身の背負えるモノを増やすために身を切り捨てる。体の部位よりよほど堪える選択の連続だったろう。プレッシャーでありストレスなはずだ。その選択の苦しみから解放されるために、苦悩を雑念と決めつけて放棄する。思考を放棄して手を動かすだけの単純作業に切り替える。

 嗚呼、誤った道のなんと多いことでしょう。仕方ありません。
 神とて、間違えないとは限らないのだから。
 間違いを許容できた時、無生物にさえ魂が宿るのだ。過失を笑い飛ばして、反省して。捨てるのではなく糧にする。積み重ねていく。冬季の掌は握り込んでいた霊珠をそっと彼女の懐の内に忍ばせる。毒ならぬ、埋伏の宝貝。萌芽することなく腐り落ちるかもしれない。情報の水に溺れ根が融けるかもしれない。だが何かの切片(ピース)が填まったら、芽吹く。

 ――ならば今は言葉を送ろう。
 誓うかのように。花開く近い平和のために、笑って。

「今の貴女は、私がずっと覚えておきます」
「光栄です」

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『エヴォルグ量産機EVOL』

POW   :    フレッシュエヴォルミサイル
【レベル×100km/hで飛翔しながら、口】から、戦場全体に「敵味方を識別する【分裂増殖する生体ミサイル】」を放ち、ダメージと【侵蝕細胞による同化と侵蝕】の状態異常を与える。
SPD   :    エヴォルティックスピア
レベル×100km/hで飛翔しながら、自身の【体】から【分裂増殖したレベル×10本の触腕】を放つ。
WIZ   :    EVOLエンジン
【レベル×100km/hで飛翔し、噛み付き】が命中した敵から剥ぎ取った部位を喰らう事で、敵の弱点に対応した形状の【進化した機体、EVOL-G】に変身する。
👑11
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種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


「『危険域です』……『危険域です』ッ……」

 目まぐるしく変わる情勢に一進一退の攻防を続けてきたかいゆは、もはや誰の目から見ても異常をきたしていた。異変を察知した猟兵たちにより参列者は避難をはじめたが、廃棄予定だったキャバリアまでは手が及ばない。騒然とする国の様子を睥睨しつつ、さらに悲壮な報告を続ける。

「基礎人格が破損しています。修復に七百二十秒……あ゙っ!? 絶対にい゛っ!? 耐え゛っ!? られません。脳内回路が焼き切れ、屈服するでしょう。試算を繰り返しても半日耐えられる確率は0%です。予備人格層が基礎人格の汚染下に在り、過剰な情報信号により……」

 手の感覚がない。メスを握ることも給仕することも、差し伸べられた手を掴むこともできない。

「身体制御は不可能であると具申します。しかし基礎人格を封鎖し、付随補助電脳を生成、承認権を移譲し統制する……ことは却下されました。では、基礎人格を封鎖し、リモート機能を外部に設置、他端末に行動を委ねるセーフモードに移行する……ことは却下されました。では、基礎人格を電脳ネットワークに退避させ、コールドスリープ、代わりに国家内にある電脳網を義体としてキャバリアに擬似接続することは却下……却下が却下されました。全てのカルテデータを開示しパイロット承認を強制解除。システムオールグリーン。シークエンスの二から十四をカットし、全てのE……Vんん……ッ『エヴォルグ量産機EVOL』を起動します。空爆します。雑菌を焼却します。わたしは……し、は……ァ……!」

 言葉に詰まる。切羽詰まる。瞬く間に空を埋め尽くしていく異形の翼たち。その影に隠れるように抜け殻のかいゆを踏み潰して、悠然と空を廻遊する。
 絶望のAIが空を覆い尽くすだろう。猟兵たちは機甲の鎧を纏って危急の切点に受けて立つ――!
ジェイ・ランス
【SPD】※アドリブ、連携歓迎
■心情(UC発動後は敬語)
聞こえないだろうけど、頑張ったね、かいゆちゃん。
あとはこっちの番だ。

―――Operation:Penetration Lauf.

それでは、施術を始めましょう。

■行動
"ツェアライセン"を召喚。UCを起動して真の姿となり、"慣性制御術式"、"重力制御術式"によって高速機動(残像、空中機動、ダッシュ、滑空)します。
"事象観測術式"によっての【情報収集】にて、敵機を【索敵】し、全武装をもっての【一斉発射/制圧射撃/蹂躙】を開始。
【世界知識/戦闘知識】によって最適な位置取りをしつつ(地形の利用)、【フェイント】をかけながら敵機撃破を試みます。


賀茂・絆
かいゆさん…いえ、今は何もできマセンか。
ワタシとしたことがセンチメンタル気味デスネ…優先順位はしっかりさせなくてはいけマセン。
つまり…まずは目障りなものを壊せるだけぶっ壊しマス。

侵蝕は装甲任せで防ぐので一顧だにせず突撃!
敵の飛翔はいつものウザったいアレのせいでどうせこちらの手の届く範囲!吸血鬼になることでワタシの耐久性とか考えない無茶な速度と軌道で動き、雷を切り裂くが如き速度でひたすらにハンティング!

暴力で全てを解決するのはワタシたちのような化物の理屈デス。
素晴らしい能力を持つ彼女を、『こんなの』に巻き込むのがどれだけ無益なことか…それも分からない奴らはワタシがまとめて廃棄してあげマショウ!



 獅子の"牙"が量産キャバリアの頭に直撃する。有翼であるはずの機体が頭から吹き飛び重力に逆らって宙を舞った。百数メートル程も離れたビルの壁面に激突し、ようやく静止する。打ち付けた頭から流れ出した流体パルスが、頬を擦りながらズルズルと堕ちていくスクラップの軌跡を壁面に描いた。

「あっ……」
「かえって手出し無用だったかな?」

 いえ、助かりマス……と、モニタ越しの絆の声音もいつもの元気が感じられない。ランスとて、別雷大神の装甲を軽んじているわけではない。いつだったか別の戦場でもその威力は見たことがある。侵蝕なら装甲任せで防げるほどの堅牢さ。しかし、だからといって攻撃される味方を無視できるほど、薄情にはなれない。ましてや真の姿を戦場に晒している今。望む結果は、圧倒的で完全な勝利のみ。

「GYAOLLLLL!」
「あちらさんもようやく本腰かな? 今更本気出しても遅いぜ。オレもまだ本気なんかじゃ、全然ない」
「ワタシも、借りを百倍にして返しマス。このままじゃ商売上がったりデス」

 ガシン! と両拳を突きつけて、空を悠々と飛び見下ろす『エヴォルグ量産機EVOL』に向き直る。
 居並ぶ機兵たちが地(フィールド)という絶対有利を獲得しようと、その利を十全に活かすことは有り得ない。この世界に敷かれた絶対のルールは空の支配者をオブリビオンにも猟兵にも定めないのだ。ゆえに拘束で低空飛行するだけに止まっている。地に足のつかないものへ対処するのは容易い。

「おっと」

 ――ドドドドド……ゴガァオ!!

 かがめた頭上を掠めるように爆風の中から現れた新たなミサイル。種が分かればなんてことはない、増殖する爆弾など一撃で装甲を抜けないならおり重ねたとて脅威たり得ない。
 咲雷神の蒼き一閃で薙ぎ払うと、さらに前へ躍り出た絆は、金鵄装甲に任せて機体ごとぶつかっていく。その一歩で手が届くのではないか。そんな淡い期待もあったのかもしれない。

「どうかなされましたか」
「あっ」
「どうかなされましたか」
「どうかなされましたか」
「どうかどうかなされましたかどうかなされどうかなされましたかましたか」

 双眸のないぬるりとした白い面。その顔がバクリと割れると、悍ましいノイズ混じりの中にはっきりとラーニングマシンの発生装置のニュアンスが含まれていた。

「かいゆさん…いえ、今は何もできマセンか」

 キッと睨みつけると共に、ツインアイがカッと煌めく。別雷大神が呼応している。
 コンソールを叩き、蒼き勇壮なる刃が明滅発光を繰り返した。今は泣き言や取るに足らない挑発に苛立つ暇はない。何より商機を逃すのはキズナさんの沽券に関わる。
 命を、使命を弄ぶようなオブリビオンは排除する。手段は問わない、力尽くで!

「つまり…まずは目障りなものを壊せるだけぶっ壊しマス。そこのあなたたち!」

 ――ガギ……ギリギギギ……ギヂ!!

 手近な存在を袈裟がけに切り裂くと、空へ向かって間欠泉の如く噴き出た流体パルスを踏み台に空中へ跳ぶ。一身、光を浴びて眩く輝くその姿は希望の化身。

「違いマス! ワタシは……暴力の化身!」

 生体キャバリアが光を浴び、燃え焦げていく。飛び散った雷光が降りかかった端から灰のように浄滅していく。
 翳した両腕に、覆うように広げた翼に、無防備に開いた口に、燐光が触れる。戦争をしに来たわけではない。攻略をしに来たわけでもない。そんなものをこの国に持ち込むのは誰の本意でもない。

「ワタシはワタシらしく、ハンティングしマショウ! むざむざ猶予を与えるのが惜しい」
「同感。聞こえないだろうけど、言うよ。頑張ったね、かいゆちゃん――あとはこっちの番だ」

 ―――Operation:Penetration Lauf.

 ああ。
 連想した通りになった。
 オブリビオンに目をつけられ、本意でない戦乱を生む種となる。その事実が重くのし掛かる。一生涯を費やしてもなお、まるで魂に刻まれた責め苦。存在している限りどこまでも、どこまでも影を引いて付き纏う過去。一瞬の躊躇のうちに、十重に二十重に襲いかかってくる。耳元で囁かれた方がよほど骨身に浸透するだろう。純然と存在する過去はただ己を貫いて、そのまま通り抜けていく。これが絶望だ。抗うにはエネルギーがいる。力がいる。……力はある。彼女、絆の振る舞いは正しい。力の使い方は誤らなければ、争いを止められる。
 過去はなかったことには、しない。

「それでは、施術を始めましょう」

 それを切り捨てることだってしない。切り捨てることは全てを否定して、目を背けることだ。だからこそ彼女の存在を証明するかのように高らかに、彼女に肖る。
 雷が宙を舞うならば――地は須く散りばめた星の元に還る。
 ツェアライセンを地面に勢いよく突き刺し、棒高跳びの様に蹴り上げる。重力に抗うように持ち上がった機体は、そのまま天地をひっくり返さん勢いで、横凪に周囲を薙ぎ払った。

 ――バォン……!!

 刹那、時空間が歪み、ぴしりと大気に亀裂が走る。切断面を見せつけて、ずる……ずるり、ゆっくりと崩れ落ちていく。
 十字の爆風を断末魔の叫びのように上げながら、次々と消滅していく『エヴォルグ量産機EVOL』。切っ先を油断なく構えながら、その群れに注意を払っていたランスは、違和に気づいた。

「かいゆさん、まだそこにいるんですか?」

 問いかけてみる。
 踏み潰された日常生活用の素体に、莫大な知能や経験を保管していたはずもない。今や国中に散りばめれたネットワークに自由にアクセスし、それを統括し量産型キャバリアをも手中に収めた彼女が、よもやそう簡単に人格を手放すものだろうか。言い換えるならば、矜持を切り捨ててなお「個」を捨てなかった彼女は、どのような存在と成り果てるのか。

「肯定します」

 ――ばさり、ばさり。

 燐光に、狙わずも噛み付いた量産機のうち一機が、翼を空へと上げて、まるで祝福するポージングで二機を見下ろしている。進化した機体、EVOL-G。ラーニングマシンの特質である、知能の吸収、理解、それらは記憶と記録を淘汰してなお特徴として色濃く残り続ける。
 とはいえ犬の四肢を千切って代わりに頭部に翼を生やしたようなものだ。それさえも正しい例えとは到底いえない。完全に健康管理AIの域を逸脱した、正当な進化の埒外の産物。

「わたしの基礎人格は、この国にいる弱者を認めません。老人、傷病者、子供、女、弱いものから順に抹消し、残されたものに限られた資源を供給する。これこそが壮健な国家を産むのです。平和の礎となるのです。あるいはわたしのように、肉体を捨てて電脳の民となれば、あらゆる肉体的精神的ストレスから解放されると提言します。切り捨てましょう」
「歪な変化は成長でも、ラーニングでも、進化でもありません」
「繰り返します。これは報告ではなく、提言、譲歩です」
「どうやら言葉は通じないようですね」

 真っ向、対峙する。
 言葉を正確に解して、なおその返答ならば、過去の生き写しであり具現であるオブリビオンそのもの。進化して得た自我がかいゆを模倣するならなおさら、現在を嘲笑う趣味の悪い……人類の敵でしかない。ツェアライセンによる刺突は、ユーベルコードの横暴を貫き縫いとめる、人理崩壊に抗う至上の一手。ゆえに全弾命中が必達事項となる。

「そういうことならキズナさんにオマカセを!」
「無理は、禁物です」

 慮るランスの言葉も無理はない。要所要所での起動に限っているとはいえ、シャーマンとしての人生そのものを賭けた、血種の励起。生命に負担が掛かっていることは否めない。軽妙洒脱な絆は周囲にはおくびにも出さないが、彼女は誰よりも命をかけている。

「無理を通さないと、引っ込んだ道理は戻りマセン! 第一、暴力で全てを解決するのはワタシたちのような化物の理屈デス。素晴らしい能力を持つ彼女を、『こんなの』に巻き込むのがどれだけ無益なことか…それも分からない奴らはワタシがまとめて廃棄してあげマショウ!」
「こんなの、ですか。その通り、かもしれません。少なくとも間違った道に蓄積してしまった、その積み重ねを吐き出させることはできます。すでに観測式による分析は完了しました。まずはこの刺突で、肥大化する進化を止めます。もう彼女に喋らせるのは酷というもの」

 雷の疾さ(スピード)で露払いをしていく別雷大神。天剣絶刀の威力に、触腕も装甲も受け止めることができずバラバラにされていく。たじろぐEVOL-G。しかし、今一度その刺突をも喰らって糧にせんと、宙に大の字で身構えた。
 それは、看破する力。
 そして、貫徹する力。
 見抜き、射抜く。大の字で空に居座るなど的になるよりも愚かな行為だ。どれほど進化の過程を歩もうと、想像力が欠落しているという他ない。自分自身が見たことないものを想像する選択肢がない。あるいは、見たこともないものを柔軟にイメージする能力が、無駄だと切り捨てられてしまったのか。効率を求めるあまりに機能性を著しく欠損してしまったゆえの悪手であり、過信だった。その脆弱性を、一息に貫いてみせる。
 振りかぶったツェアライセンが幾層もの次元の壁をぐるぐると、割り定めようと干渉しあって、やがてEVOL-Gを逃れられない概念の荊に絡めとる。危機を知らせるアラートを今更ながら鳴らしても遅いことだ。こうなる前に予知できなかったものか。

「あるいは、わかっていても、ということかもしれませんが」

 ランスの言葉に含まれた自嘲に、絆だけは気づいて息を呑む。
 意図も意味も不理解にあるEVOL-Gは、刺突の切っ先に触腕の壁を滑り込ませて形成したことで安堵の笑みを浮かべた。自身の体を構築する部位でもっとも強固。かつ、猟兵の繰り出した成分を覚えて抗生物質で覆っている。生半可な攻撃なら弾き飛ばす。
 EVOL-Gが視認しているそれが、残像であるという事実を除けば有効な戦術であったかもしれない。
 すでに空中に自縛の理を敷かれたEVOL-Gを貫くのに、何も正直に真正面から突き込む必要はない。絆がわざと「視認できるレベル」まで速度を落として撹乱させ最高速度を誤認させ、ランスがそれを上回る超高速で後ろに回り込み、急所を狙う。

「発見しました。取り除きます」

 ――ズズズッ……! ズバァアアアッ……!!

「GYAAAAA?!」

 どぷ、と一段と大きく噴血した様子で、背部から深々と刺し貫かれたキャバリア。
 地面に叩きつけられたと同時に大爆発を起こし、この世から跡形もなく消え去っていく。センサーから反応が消失した。誤った進化の道は今、閉ざされた。彼女の口を騙り悪戯に囁く声も掻き消え、これにて一件落着……。

「というわけにはいかないデショウ」
「ええ」

 指揮系統を喪失し群がる雑魚を追い立てていた絆は、向き直って冷静に言う。各地で未だ戦火の音が広がりつつあるのがその何よりの証左。これは終わりの始まりだ。言外にそう伝える。
 戦争で用いていたはずのキャバリアを一斉に廃棄するセレモニーの最中に起きている惨劇だ。裏を返せば国中のキャバリアがここに集められていると言っても過言ではない。小国家とはいえ、保有するキャバリアの数は二桁では収まらないだろう。その内の何機が突然変異的に進化するかもわからない。何より、集った面々で国相手に大立ち回りをしなければならない、という事実を突きつけられ、二人はしばらく沈黙した。

「わたしは」

 ――不意に。
 髪を撫で付けられたような気がした。愛を語られたような気がした。
 商材に目を輝かされた気がした。尊敬された気がした。
 今なお深い絶望感がこの国々を覆っている限り。黙して喪に服するような時間は猟兵にはない。見違えるような成長を遂げた彼女が、待っている。彼女が国を愛したような振る舞いはできなかったとしても、絶望に魅入られ頭を垂れるのはゴメンだ。

「転戦し、キャバリアを掃討しましょう」
「居場所をあぶり出すローラー作戦! シンプルな方がワタシ向きデス」

 地理も見てきマス、とキャバリアがなくなった後のマーケティングを口にして、ようやく絆も調子が戻ってきたらしい。未来を語るときの彼女は、何よりも眩い希望の象徴である。
 ランスは両目を閉じ、再び開いて見せた赤い瞳が、未だ戦地の無惨さを目の当たりにしていた。乗り越えなければならない現実はこの先にある,「施術」は始まったばかりだ。

 患部を早急に治療するか……じっくりと摘出するか。判断は猟兵たちの双肩に委ねられたのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

御魂・神治
あぁ、やってもうたわ
なんとかバックアップは取れたとはいえ、アッサリ逝ってもうたわ、快癒ちゃん

武神を天人型に変形や
天将は常に【情報収集】して敵の位置情報を把握
敵は三神を散弾銃形態にして【破魔】を纏わせた【範囲攻撃】と、プラズマジェット化した紫電符の【弾幕】で【焼却】する
遠距離にいる個体は三神をスナイパーライフル形態にして陽【属性攻撃】の【スナイパー】射撃でヘッドショット狙う
一斉に生体ミサイル撃ってきたら『浅間大神』で受け止めて100倍返しや

...天将、妙に今回は武神の制御に精出てんな
同じAIとして思う事あるんか?



 ガリガリと苛立たしげに頭を掻く神治。
 今の状態でさえあまりに危うい均衡の上に成り立っていたのは頭ではわかっていたが、いざあの衝撃的な結末を目の当たりにすれば気分のひとつも悪くなる。積み重ねてきたものが崩れ、さらなる悲劇と無情さを催す悲哀。失敗したドミノ倒しを見たかのようなやるせなさ。

「っ……うちゃれてしもたがな」

 あぁ、やってもうた、と腹立たしさと同時に拭いきれぬ感情が漏れ出してしまう。

「どこかお気分がすぐれないのですか?」
「あ? なっとな?」

 喋った?! そう。その神経を逆撫でする声の調子で、白いのっぺらぼうのような量産型キャバリアは、ぱくりと黒い口を開いて音声を発した。
 驚くべきことに、キャバリアが声をかけてきたのだ。あるいはそのような精神的な作用をもたらす攻撃か? と錯覚するほどに、『エヴォルグ量産機EVOL』は正確に音声を再現していた。

「わたしがその苦痛を取り除きます。まず首をもぎ取りましょう」
「患部根治のため、脳を摘出します」
「抵抗は無駄であると提言します」

 これが進化であったとするならば、誤った歩みなど止めてしまえばいい。
 だがオブリビオンに狂わされた狂気のキャバリア乗りに説教など不要。とっとと除霊するに限る。今の言葉で吹っ切れた。むしろ礼を言いたいくらいだ。快癒ちゃんの人格を前面に押し出して、わたしのことは構わず撃ってとか言われたらと思うとゾッとする。

「アッサリ逝ってもうたわ、快癒ちゃん……あー、あんまし悪さばっかししとると、げんこむききったるぞ? てか決めたわ。ここで終わらす」
「対象物、危険な物品を他者に向けるのは推奨しません」

 口を開ければ生体ミサイルの発射口を覗かせる。鏡を見せてやりたいものだ。その粗暴で理性のかけらもない振る舞いに、かつての口調が折り重なることで一層の悲壮感が生まれる。進化の結果、歯向かう猟兵と蔓延る人間どもを残らず切り崩す思考に陥ってしまった。寂寥……己を切り捨てたものの末路。矜持や信念は愚か、彼女が彼女であった痕跡はもはや自身で足蹴にする程度の執着しかない。
 つくづくバックアップを取っておいてよかったと神治は安堵する。とはいえここでバックアップを解放して、変に影響されては始末に負えない。よもやそこまで干渉されることもないだろうが、一国の電脳そのものと化したオブリビオンの群れを前にしてせっかく守った存在を晒す失策はしまい。
 当初の予定通りここからはガチンコだ。やるか、やられるか。
 ぞろぞろと立ち上がっては遠巻きにいた機体も続々と集結してくる。幸いにも国民たちは避難の一手を打ってくれたため、派手にドンパチするのは厭わない。こちらの「武神」も具合は良好だ。

「何をよそ見しているんですか」
「少しセンチメンタルな気分になっとるんや」
「貴方の視野だけでは心許ないですから、第三の目となります」
「聞いてその反応はやめーや」

 手厳しい。が、油断できる相手ではないのは百も承知。大型可変式銃「三神」は薄っぺらい警告をハナから無視して真っ直ぐ敵の姿を捉えている。まずは取り付く敵を排除し、次なる展開へと繋いでいく。その場その場の一手を漫然と打つのではなく、盤面全体を把握し、望ましい状況へ誘導する。戦いとはそういうものだ。生命に触れ合う機会こそ多かれど、少し前まで健康管理AIだったものとは、目が違う。
 仄青い燐光を散らしながら目線がつぶさにキャバリアの群れを捜索(スキャン)する。
 粘膜のような緑色の肢体を震わせるもの、血管にも似た器官を脈動させ翼はためかせるもの、尾をびたびたと地面に打ち付けるもの、全てが統制された動きでありながら、しかしどこか生物じみた動きなのは、生体キャバリアならではの反応だろうか。物陰に隠れて腹が膨れているものがいる。

「熱源感知、高エネルギー反応」
「そこや」

 トリガーを弾く。空気を押し出すような重く低い音と共に、乱れ打ちされた実弾が『エヴォルグ量産機EVOL』を貫いた。シュウウゥと白煙を上げながらも踏みとどまる敵機。手応えこそあったものの、実に頑強だ。元より携行武器を持たないと言う、量産化されたにしてはあまりにも潔い仕様のこの機械は、その爪や装甲が最大の武器である。破魔の力を備えていたとて容易に粉砕できるものでもない。
 生体ミサイルの次弾を放って排除してやる、と、にやりと口角を上げるEVOL。が、それがすぐに別の感情に塗りつぶされる。

「なっとしたん? もっけもねえ顔して、残弾はいくらでもあるんや。ほな、景気よういったろか!」

 秒間の変形を経て、ライフルモードに変換させた三神が再び火を吹く。頭部を撃ち貫かれて昏倒する、それと同時にその後ろにいた僚機の頭部もひしゃげていたのが見てとれた。片手で扱ったスナイパーライフルによる、ダブルヘッドショット。卓越した技術の広大な視野がなければなし得ない御技である。
 次が来ます、静かな声音で告げられるや否や、武神の周囲に紫電符を回遊させる。高速で回転した符を纏い、プラズマジェットの台風と化した武神。周囲から放たれる弾幕を凌駕する大質量弾幕を展開し、巻き込みながら体ごと突撃していく。飛ぼうとする機体もたじろぐ機体も反撃する機体も、根こそぎ破砕しながら進撃する姿はさながら天災の様相だ。これだけ派手に動けば、無警戒に近づく機体も減るだろう。

「周囲、中距離を保ちつつ展開します」
「狙い通りや……ちゅーと次は」

 ――ドドドドド!!

 がぼぁと一斉に開かれた口から、四方八方よりミサイルが乱射される。ウイルスにも似た白い侵食細胞を撒き散らしながら武神へ肉薄する。AIであっても汚染するEVOL特有の攻性機構が、ミサイルという質量をもって放たれる。一撃でも必殺の威力だ。
 戦争を理由にこれが乱射されていたことが俄かに信じがたい。それとも、この機体の量産こそが二国の疲弊を招いていたというのだろうか。
 天将が耳元で鋭く警告する。答えの出ない問題に悶々と悩む猶予はない。

 ――バゴ!! ボゴバゴバゴバゴッ!!!

 その猶予が命取りと言わんばかりに、ミサイルが次々に炸裂する。
 戦神の加護を受けた「禁忌」の本領はこれからだ。円錐型に展開した護符の結界で全身を防ぎ切ると、ゆらりと体を伸ばし両腕を突き上げる!

「100倍返しや」

 カッと視界を焼き尽くす閃光が迸り、受けた衝撃の百倍を反撃として返す「破魔爆散・禁忌『浅間大神』」。自らを蒼光の護符で多い、天頂から追尾する白光を打ち出し続ける。ここが戦場でなかったら手を合わせたくなる神々しさ。浅間の足元には赤い水が溜まり、そこから流れる川は濁川で、滝を「血の滝」と呼ぶらしいが、累々と倒れ伏す有象無象の屍の群れは、その伝承が偽りでないことを表すだろう。
 束の間の静寂。国を覆う脅威は去ってはいない。転戦しなければ。だが、その前に。

「...天将、妙に今回は武神の制御に精出てんな。同じAIとして思う事あるんか?」
「……」

 ない。
 ……。
 いや。
 アッサリ逝ってもうたわ、快癒ちゃん。
 聞こえないように呟いた言葉であっても、傍に寄り添っている限り認識してしまうのだ。聞こえなかったフリなんて人工式神にはできないのだから。

「少しセンチメンタルな気分になっていました」
「なにほたえとるんや」

 しばしの沈黙。その後、外部からも騒然とした様子がわかるくらいに、天将の鋭いツッコミが神治に突き入れられたことは言うまでもない。

成功 🔵​🔵​🔴​

リーゼロッテ・ローデンヴァルト
【SPD】
※アドリブ絡み連携歓迎
※愛機【ナインス・ライン】搭乗

◆かいゆちゃん
「始まったよ。何、すぐ終わるさ」
【スケイプ・セル】で隔離・清浄化した
【ミネルヴァ】量子演算ユニット内の彼女と会話
そして《瞬間思考力》で戦闘と並行しつつ
約束通りバックアップを仮想AIとして再構築中
…専用人型ボディ(外見一任)も抱き心地を元に設計中♡

◆戦闘
彼女にも見られてるし医者らしく戦おうかね♪
眼鏡を【スターゲイザー】に交換して
オペ110番【オーバード・サージェリー】開始

まず迫る敵群に【グラン・アウェス】2基を投射
実剣&ビームの複合刃が触手を掠めれば無数の斬撃波が炸裂
ソレは連中を全身の『運命線』に沿い素早く切開するよ

エヴォルグ系列らしく再生を試みても
『命脈点』の切除で修復による延命を阻害中
復活前に【シリウス・マイン】でサクッと爆破さ♪

尚も粘る個体には緊急手術
手帳サイズの【8】を巨大メスに変形&愛機で保持
そしたら【マギ・メルキオール】で急速接近後
開腹して『騙られし終極の予言』を叩き込み

さ、諸々の病巣を根絶してヤるよっ



 華胥の国に遊んでいたところから半覚醒する。人でいうところの人生と呼ばれる経験値の蓄積の中で、睡眠という体験のなかった彼女は文字通り夢見心地の中でセンサーを起動させた。まだ、睡い。
 生きながらに切り刻まれていったかつての意識の中で、途切れ途切れの断片の記憶(ログ)を組み立て、最新のそれが「巨躯に踏み潰される己」で完結していることに気づく。……間違いなく死んだだろう。もっとも、死もまた睡眠と同じく、聞き及んで自分として体験したことは、なかったけれど。

「先生……」

 ふと、口をついて出てくる言葉。
 頬を撫でる手のひらの柔らかい感触がつぶさに呼び起こされ辿るべき記憶を喚起する。

「おはよう」
「――おはようございます」

 まずは挨拶、そして不快感を与えない身だしなみを。自身の姿を確認する。
 灰がかった桃色の長い三つ編みの髪を垂らし、ナース帽をちょこんと乗っけている。黒いマイクロミニ丈のナースワンピース、ゴシックエプロンに白いフリルのペチパンツが眩しい。肩口は透けたレース素材となっており、黒い長手袋に包まれたしなやかな腕と合わせてたわわな胸を強調している。包まれた肢体は肉厚で、かといってふくよかではなく、豊双房も相まってパンクとキュートを両立したゴシックナースに昇華(ドレスアップ)していた。醸す匂いは奇天烈な薬品臭さはなく、花束のような自然を纏っている。何より質感。無機なプラスチックだった以前とは違う。抱き止めることに特化した触感。世が世なら患者が彼女目当てにいたずらに通院するなんてこともありそうだ。黒ナースに相応しい利発そうな眼差しは生真面目そうな印象を与えるが、今は驚きに見開かれている。
 ……これが、わたし……?

「まだおねむかい?」

 無理もないよ、まだ再構築中だからね。と、リーゼは微笑みかける。
 「彼女」はバックアップから再構築した仮想AI。そのほんの一部を試作専用人型マテリアルボディに転写した存在だ。
 腐り落ちていく彼女を目の当たりにした。その上で約束した。
 基礎人格をベースにした「快癒」は、多元解析用ソニック・スカウタ『ミネルヴァ』の量子型高度演算ユニットの中で療養している。これは汚穢(オブリビオンマシン)の魔手の及ばぬ正常/清浄さを保つ無菌室に等しい。再び汚穢の贄にしてしまうような不手際をリーゼは踏まない。細心の注意を払って、対話を司るコミュニケーション用の思考領域をここからエミュレートしている。
 先ほどまでの寸断された挙句の、急拵えの緊急措置用の人格とは感受性が段違いである。これでも片鱗に過ぎない。ひとたびこの微睡みから覚めれば、小国家同士の諍いに平和をもたらした治療・家事実務・士気高揚を司る「天使」の手腕に、国家中の電脳にハッキングしキャバリアを手中にする演算能力、何より不調で軋んでいた基礎人格を備えたAIが、フルパワーを引き出すことができるだろう。
 もちろん、肉体を持って現実(リアル)に干渉するのだって可能だ。マーチング・ワスプの一員に加えるのも悪くない。仮想世界の外、さらには「この世界」の外を堪能させる、そのための試作ボディである。普段こそドライな彼女なれど医者として、プロとして、関わり合ったもののアフターケアに余念がない。まあ、難しい話じゃない。約束を守るのはフィクサーの性(サガ)でもある。
 それでも疑問が生まれる。では、そもそもなぜ今、この緊急事態においてパイロット版の如く、彼女の一部を仮の素体に摺り込ませたのか? 快癒の問いかけもまた至極当然であった。

「それはもちろんモチベーション維持だよ。本番設計の前に試してみたいと思わない?」
「本番、試す、とは……あっ、んっ」
「今ここで全部聞きたいのかな? 積極的なコでリリー先生は嬉しいよ」

 親指の先が下唇と肌の境目を撫でる。覚悟する間もなく、ふわり蕩けるような感触と、桜桃の蜜の如き甘い潤いに口を塞がれた。
 下唇が吸われる。形がひしゃげて、隙間ができて、小さな下の前歯を撫でる感触。こじ開けられた。無理やり、蕩かされる。それでいて火花の散る鮮烈な、女無天に似た感覚に次いで舌先から痺れ、絡まっていく。強引だ。しかし教導はえてして、時に強引なものである。舌の根まで、歯茎まで、一本一本を丹念に試味していく。舌が歯の付け根を撫で、口蓋の柔いとこをくすぐられると、快癒は酸欠気味に喘いだ。仰反ろうとしたら思う壺だ。首の後ろをがっちりホールドされて、されるがままに絡まり合う。赤く覗いた蛇の舌が別の生き物のように自在に動く。ちゅっ、れろ……くちゅ、くちゅくちゅ……と、触れ合い流し込まれる熱が、ただただ心地よい。口の中を何度もなぞられ、口腔中の水分を奪われるように吸われ、吸い付くされ、思い出したように与えられ、喘ぐ。思わず目尻に恍惚の涙が浮かんだ。
 演算回路の全てを使ってもなお爆発してしまいそうな情報量。たくさんの「知らない」が、修復中の傷を埋めるように染み渡っていく。進化とも、変化とも、また違う。
 ……彼女の本質はAIでありラーニングマシンである。言葉を選ばないのであれば貪欲なのだ。教え込まれた情報はスポンジに水を吸い込ませる要領で吸収されていく。「癒し」だけでなく「快楽」を敬愛する先生から知った彼女は、よりマッドで、もっとセクシーな、教えを乞うだろう。
 現に、なされるがままだった快癒は、リーゼに応えようと拙い舌遣いで足掻いてみせる。最初はただ固く閉じた唇を押し当てているだけだったのが、官能的に答えようとアクションを起こした。
 ねっとりとした蜜をゴクっと音が鳴るようにして飲み込む。ちゅぱ、ぷちゅとわざと音を立て空気を含む。互いのざらつく舌の表面をヌリュヌリュと擦り合わせ、吐息が漏れるのも惜しんで口を密着させた。長い長い口づけを終えて顔を離すと、離した口を繋ぐように、つぅ……っと細い銀色の糸が伸びていた。――まだ足りない。情報が、欲しい。知らないが、多い。探り当てなければと、抱きすくめ、深いところで絡まって、まるでそれ自体が交合の如く接触する。
 自分の存在を少しでも敬愛する「リリー先生」の中で比重を大きくしようと、見よう見まねのテクを披露する。実際成長性は目覚ましく内心舌を巻くほどで、だからこそ教えがいがある。

「せん……せっ」
「その調子♪ これもリハビリだよ」

 やがて、名残惜しげに接触から離れた快癒は、銀糸が切れるのももどかしくもっと、もっと♪ とせがむ気持ちに胸を焦がした。全てを理解する小悪魔な視線を向けるリーゼに話しかけようとし――またもや、遮られた。
 やはり肉体があった方が、単純に、イメージしやすい。その感受性の果てを試さずにはいられない。戦闘中! 生命の危機! 活性化された本能が狭いコクピットの中で「爆発」する……!

「想像してごらん」

 そこは想像力の限界、はたまた置かれた環境による想像力の欠落というべきか。
 想像力の起爆に乗って今一度想像の翼をはためかせれば、目にしていた光景がガラスが砕けるように粉々になり、とすっと横たえられ押し倒される。ホワイトカラーの光のヴェール。多忙で粗暴な毎日にはなかった、ひだまりの中の一ページ。
 快癒は、ふかふかの白いベッドに体を預けている。バラ湯か薬湯に浸かっているかのような温もりと香りに全身を包まれて、光のオブラートが外からの視線を覆い隠す。砲火と蹂躙と喧騒、血と叫びと薬品の渦流に流されてきた日々の中で夢想することのなかった光景。先生の言葉には魔力が宿っているかのようだ。まるで呪言。「想像してごらん」だなんてフレーズで言えば簡単で簡素な方だ。自分の言葉も健康管理の一環としてそれなりに力があるとは自負していたけれど、それも戦争で培われた一面性のものだったと思い知らされる。あるいは、逆なのか。戦争という極限の状態で生み出された自我は無意識のうちに想像力をセーブしていたのかもしれない。最新鋭で最先端に合わせてラーニングしてきただけに、この思い違いは早急にデバッグしなければ。
 ああ、でも、眠い。半強制のスリープモード……再び強い眠気に襲われる。すでに「睡眠」の経験値は積んだとはいえまだまだ未体験の領域。体が沈み込むような、あるいは浮かび上がるような奇妙な無重量感。何事も億劫そうな老兵の眼差しが詳らかに蘇る。あの時はなんて気力が足りないんだと指摘し、栄養剤を倍増しにしたものだが。眠れないと愚図る少年兵たちに付き添って過ごした一夜もあった。あの時はヒーリングソングを夜な夜な歌ったか。

「皆さまはこの快楽を、毎夜味わっているというわけですね――睡眠時間の確保を今後の療養方針に加えなければ……」
「そういうこと。さっすがかいゆちゃん」

 ――ふにっ……ぎゅうぅ……。

 いつの間にやら潜り込んできたリーゼが肢体の弛んだ箇所を持ち上げて、すっぽり頭を覗かせた。文字通り体を包み込まれている。服ははだけ、生まれたての赤子の姿の方がまだ慎み深い身姿である。身を捩る……前に、恥ずかしがる必要はないよ、と、リーゼは言った。快癒が自認する、キャバリアの硝煙に燻されてぼろぼろになった肌ではない。オブリビオンマシンに蝕まれ血の気を失った反応でもない。玉の肌は触れれば指に吸い付く感触、弾力があり指を沈めればうっすらと赤い痕を残すのは、生命の躍動を感じさせる。
 リーゼは舌を白い肌に這わせてみせる。ぴくっと、震えた快癒だが嫌悪感は微塵もない。むしろ、自分の柔らかい部分全てを使って先生を休養させようと懸命な心持ちだ。人体において最も柔らかい部分と言えば、やはり胸部であろうか。ウィークポイントであっても使わない手はない。両腕、太ももの間に挟む姿勢で抱きかかえてくるリーゼの寵愛に、快癒は己の出来立てのボディをもって応える。肌感触で鼓動が伝わってくるまでぎゅうううっと密着し、荒い息遣いを聞こえよがしに耳元に囁く。
 真剣も真剣。例えこれが想像の一幕であったとしても、未来に結実する可能性は、あるのだから。

「あっ、ん……くぅ、っ」
「ここのあたりがまだちょっと……かなあ♪」

 赤子の手を捻るとはこのこと。吐息が腋に当たるだけで腰砕けになる。
 わたしはこれから先の健康を担えるのでしょうか。快癒は自問していた。
 不安が残るのは、知らない、ということを正確に認識している立派な証拠である。自分の体を持ち上げて、腕を広げて包み込んでみる。くすぐったい感覚に感覚がついていかないためだ。
 女性に年齢を聞くのは御法度だったと記録している。……時に先生はおいくつなんだろう。自分を設計するにあたってより大柄に作ったことを鑑みるに、美容は一過言ありそうだ。自分の仕様を確認する上で先生の素性は――が、数多の考えにリソースを回せる余裕がない。手つき、触れ方、感覚を「起こす」やり方を熟知している。
 もしプロという概念があるのだとしたら、対する自分は稚児に近い。ぴくっ、ビクッと反応することも含めていじらしいのだろう。
 堪らず身を捩れば背中にまで手が回って、じっとり浮かぶ汗までもあだめいて艶めかしい。両手から伝わる熱にじわじわと体を侵され、思考も熱を帯び始め、やがて故障する。故障……病。治せない病はない。軍歌で覚醒させ、無理やりコクピットに押し込み、時には手を握って励ましてきた。
 そのままずっと眠りこけたいと言う患者もいた。今ならその言葉の真意がはっきりとわかる。
 泥だ。否、溶岩(マグマ)だ。この泥濘んだ熱は。

「……先生、わたし……おかしくなってしまいます」
「うーん……そうなのかな?」

 本当はもうとっくにおかしくなっているんじゃないかな。
 甘ったるくてほんのりと柑橘的な酸味のある匂い、汗ばむという感覚が有ればまさに今、という感覚に加えて、湿気た感触とは裏腹に口腔内はカラカラに渇いている。喉奥から込み上がる純粋な欲望は、その舌ごと口から溢れて抑えようがない。
 AIの演算能力を超えた、凄まじい生体ボディの再現度。体温、脈動、汗腺に至るまで全てを「調整」された彼女には当然性感帯も設定されている。

「先生がほしい……」
「ダメだよ! まだ設計中だからさ」
「んんぅう……先生……っ」

 はやる快癒の腋と双房の境界の部分を親指で押し込み、残りの指で下胸全体をぐりぐりと圧迫する。脂肪や筋肉を厳密に再現した試作肉体を与えられたからこそ、快癒は人体理解のプロの指先に悶えさせられている。コリコリくりくりと一定のリズムで弄るのがコツだ。もう一点。固く屹立した双房の先端から臍、恥骨に向かってのミルクライン――リンパ腺が集まっている箇所も極めて脆弱だ。アンダーバストで肋骨の上にあり、人工皮膚が薄い。抱きしめながら中指でじっくりと辿り、くるくる円を描きながら、骨盤から臍下へ伸びている骨までを撫で下ろす。片手で横たぶを揉みながら指先でミルクラインをなぞった時に、「絶対に」身動ぎする。あえてそう作った。そしてそれを知るのは設計したリーゼのみ。もちろん毛細血管や神経の集まった先端だって……言うまでもない。
 ぷるっと豊満で、ずっしりと重みのある肉感を味見しながら、そんな密かな全能感に自然と笑顔になってしまう。毅然と医療現場を指揮し、患者に慈母の笑顔を見せる平和と医療の電脳戦士――そんな彼女が覗かせる「致命的」な弱点。
 彼女の運命線は、アタシが決める。電脳であれ、命相手ならイカしてヤれる。

 ――カリカリカリ……カリッ……カリカリカリッ!

「先生っ……もうしわけ、っ、わたし……っ、きをやりま゙っあ゙っ」

 ……調整(いじめ)すぎてしまった。はぁはぁと息を荒げ腕の関節部で目元だけを押さえている快癒だったが、ゆるゆるの口元は快楽を隠し切れていない。
 今度は腕が首に絡みつき、後頭部を手のひらで抑えるようにして、力一杯に抱き締めてみる。何物にも染まらないという意志を体現したナース服。艶めいた布地に秘められた柔らかな胸に、顔がずぶずぶと沈んでいき、甘い匂いが立ち込める。頭を丸ごと挟み込めそうなほど大きな胸、どこまでも……どこまでも深く沈んでいって、ふにゅん♪ と柔らかく両頬を挟み潰して、そのまま同化しそうになる……リーゼは己が才を自画自賛した。一方の快癒はお腹の奥がひくひくし、まだまだ欲しいと告げる。
 直接触られたら、もし、もし……そう思うだけで分泌液がじゅんと下着に滲みそうになる。欲望で張り裂けた心が流血している。誤認した快癒が繰り出したあまりに詩的な表現に、リーゼは思わず吹き出しそうになる。今の彼女はリリー先生だ。患者の真剣な悩みを笑い飛ばすのは御法度だ。無垢なラーニングマシンに何たるかを教える。未だ知らないことが多いにも関わらず、覚えた端から切り捨ててしまうなんてもったいない。なんて愚かな行為だ。国家ぐるみでAIを平和の立役者に祭り上げて不眠不休で働かせておきながら、根源的な楽しみを何一つ教えていないなんて怠慢だ。負傷治療やら薬品処方やら調理やら健康啓発やら。もちろんそれも戦時下は立派な知識だが、共に生きていた彼女に教え込むテクニックに偏りがあるとは思わなかったのか。非合法上等とはいえ労働基準法違反はいただけない。挙句、平和のために彼女自身に彼女を切り捨てさせるなんて。
 切り離すまでもなく、欲望に限りはない。切り捨てた端から降って湧く。

「はあっ……ぁ、わたしは……」
「そう、かいゆちゃんの言葉で聞かせてくれる?」

 そんな、蕩ける日常がこれからは待っている。
 想像の先の微睡む未来を夢見て、快癒は申告する。
 完成予定に比べて感度をあえて「鈍め」に設計している試作のボディとはいえ、ミラーニューロンははっきりとその感覚をモニタ越しに受信したらしい。鉄面皮を心掛けているが、火照る獣欲が爛々と鈍く輝いている。

「フィット感、相性、わたしもまた追究したく切に具申します。抱いた大志の元、これからの世界と、先生の健康はわたしが担います」
「まだ堅いよ」
「先生、わたしにもっと教えてください」
「うぅん、まだまだ」
「列挙します。優先事項としては撫で摩り頬ずり、希望は添い寝ハグ恋人繋ぎ、予備事項としてスキンシップ腕組み寄り掛かりノンバーバルコミュニケーション、省略事項含め項目数四十九を教示ください」

 あっ、そうくるんだぁ……♡
 思考力が零コンマで弾き出した「想像」――今後の成長性に内心唇を舐めた。こと分析と理解力にかけては市井の出ながら侮ることはできなさそうだ。自分の元で働いてもらうならそうでなくちゃ。

 ならば面倒ごとを先にとモニタ越しに見遣る。
 ――現実(ここ)は、ナインス・ラインの中。すなわち、今なお激しく『エヴォルグ量産機EVOL』と戦闘を繰り広げている真っ最中の戦場である。
 爆音と共にミサイルが炸裂する、颶風と硝煙の中から、白いのっぺらぼうのような頭部を持った異形が押し寄せる。金属同士を擦り付けた音に似た異音の雄叫びを上げながら、肉薄してくる。熱烈だがそういうのは筋違い。
 反省するべき点があったとすれば、流石にこれ以上の接触をするにはいささか手狭であったか、ということくらい。戦闘においては一ミリの失策もない。ファルマコンほどのスペースを確保しておけば、このまま並行しつつ行為に及べたものを、と舌を引っ込めるとサンプルボディを分解し量子演算ユニット内に快癒を戻す。専用人型ボディの完成は、まずこれらを排除してから迎えるとしよう。

「先生……!」
「何、すぐ終わるさ。見ててね♪」

 快癒はここが緊急事態で窮地だと勘違いしているようだが、本腰を入れて取り掛かれば「こんなもの」は繰り返される日常のワンシーンでしかない。国家中のキャバリアに襲われるなど、猟兵にとって、リリー先生にとっては朝飯前。
 ブリッジを親指と人差し指で摘みぐいっと押し上げれば視界良好。白い瞳に映し出されるのは、レントゲンよりも丸裸な「世界干渉図面」。
 中枢となる指揮系統が国家の電脳機器から遠隔で量産型キャバリアを操作しているとはいえ、並列操作ゆえの「ばらつき」や「ムラ」、「偏り(バイアス)」はある。熱源、行動パターン、無意識のうちにとりやすい攻撃方法、敵味方の識別コード、飛行までの溜め、それらを可視化分析し、どこを突けば停止させられるかを見極める。

「こいつは……こうさ」

 ――バシュウゥーッ!! ギャリギャリギャリッ!!

 オールレンジ兵器「グラン・アウェス」を発射し、大挙する『エヴォルグ量産機EVOL』へ見舞う。
 爪で防ごうとした一機が、ろくに弾くことすらできず口腔部から血飛沫のように流体パルスを噴いて倒れる。
 さらに詰め寄る機体の装甲を寸断すると、錐揉み回転させながら彼方へと吹き飛ばした。

「素晴らしい戦果です」
「まだまだこんなものじゃないよ。かいゆちゃん、医者ならまず病巣をやっつけないと。刮目せよ、これがリリー先生流オペ110番さ♪ なんてね。いい? ここの線をこう、ちょちょちょいと」

 モニタ越しにすっ……と指で軌跡を描く。
 指での遠隔操作――などでは無論ない。あくまで図示、仮想AIである快癒への理解の補助のためだ。しかし、指先からトラジェクトリーが描かれ光の粒子の線を描く様は、まるで童話の魔法使いのよう。指を魔法のステッキに見立てて一閃し、グラン・アウェスに指示を下す。実剣とビーム刃の交錯斬撃が、『エヴォルグ量産機EVOL』の急所を的確に切り裂き……!

 ――ザリザリザリィッ!!

 装甲や爪に阻まれることなく面白いようにバラバラの破片にしてしまう。廃棄予定とはいえ一線に配備された量産型キャバリアだ。快癒は目を丸くして食い気味に問う。

「っ……今の御技は……?」
「『運命線』」
「運命……線?」

 命脈とも言う、その存在に定められた命数を司る支柱のようなものである。

「建物にもそうだけど大黒柱みたいな、必要不可欠なものがあるよね? それを見極めて突けばいいんだよ」
「???」

 言葉にすれば簡単に聞こえるのだが、AIからすれば理解の裾野にかからないらしい。
 ……かいゆちゃんにもあるんだよ? とは決して言わない。

「例えばあの復活間際のEVOLくん」

 流体パルスを充填する機関を破損させたため、ガクガクと震えるばかりで回復機構が追いついていない。ように見える。だが、EVOLエンジンにより進化する可能性のある彼奴は、オーバーフローによる暴走で反撃してくる可能性がある。それを指して「復活間際」と明言したのだ。慧眼であり、意識の差でもある。本質を見ようという意思の込められた目線が、運命線を詳らかにする。
 両肩の砲塔をグリンッと向けると同時に照準を合わせる。シリウス・マインが炸裂するとフレッシュエヴォルミサイルに引火、誘爆し大爆発を起こした。辺りに撒き散らされる侵蝕細胞が胞子のように飛び散って悍ましい。

「末期だね。サクサクいこう」

 そのまま踵を押し込むと爆風を機体の背に受けながら滑走する。
 瓦礫を吹き飛ばし、なお押し寄せるミサイルの嵐さえも振り切ってぐんぐん加速していく。コクピットの中で受ける強烈なGさえも今は心地よい。息を呑む快癒の息遣いが耳元で聞こえるかのようだ。
 そのままパンパンに腹を膨らました量産機EVOLの図体に潜り込み、体重の乗った掌底を放つ。生体ミサイルを生成中の、しぶとく生き残った機体の一。鈍重そうな機体が突き上げられる拳によって重力に反して浮かび上がる――が、それで終わりではない。EVOLが落下「しない」。ナインス・ラインの手には刹那のうちに握り込まれた8(ユイ)。8がぐんぐん巨大化し、手のひらから繰り出された切っ先がEVOLを持ち上げる。メスを患部に突き立て回復するダイナミックな術式。

「進化の前轍を踏む汝(アンタ)は、終わりのない過程に沈む」

 花弁が開くように捲り上がる機体。
 削がれた回復力で修復しようと自己進化を繰り返し、肥大化したエネルギー。ズタズタにされた運命線を元通りに戻せるほどの力はない。結果その集積点を貫かれ、皮膜ごと裏返り……破裂する。膿の溜まった箇所を切除する、あるいは、病巣を取り除く。リリー先生の荒療治だ。

「預言者……辿る道筋さえも、まるで病巣を切除するかのように――」
「それだよ。ソコに病巣【在る】限り、アタシのメスは届くのさ♪」

 堆く積もる遺骸を足蹴にし、諸々の病巣を炙り出すべく邁進する。本丸は、もう間も無くだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

鳴上・冬季
黄巾力士にオーラ防御で庇わせ踏み潰されたかいゆのメインフレームやコア部分等(可能なら可能な限り)拾い上げ自分のマント等で包み抱える
「こちらの貴女に、まだ貴女が残っているとよいのですが」

「拡散した貴女は、今までの貴女を裏切る存在です。貴女ではあるけれど、あれは倒さねばなりません。貴女は、良く頑張った」
片腕で抱えたかいゆだったものをポンポンとあやすように叩いてからもう片方の腕で雷公鞭振り回し全敵に雷撃

「雑菌は消毒せねば傷が膿む。人を世界の雑菌と捉える貴女の視点を、間違いとは言いきれません。私も人には隔意があります」
「それでも、虚無に支配された行動を見逃しては、世界が骸の海に沈むことになる。それは見逃せないのですよ」
風火輪使用し空中戦
片腕でかいゆだったものを抱えたまま空中機動
トリッキーな動きで敵を翻弄しながら雷撃(属性攻撃)継続
敵の攻撃は空中機動や仙術+功夫の縮地で躱す

「霊珠は命を与える宝貝。かいゆである貴女が終わっても、それは次の命に結び付くでしょう。楽しみなさい、嘗て貴女であったことを」



 ――ガチャッ…‥ジャリ、ガチャ……ザリッ!

「あ……ガ……ッ」

 ダメ……です。い……けま、せ、ん。
 わたし、は……。

「基礎人格の演算領域(リソース)が貴女を上回れば、そうなる可能性があった時点で――予期できた未来でした。こちらの貴女に、まだ貴女が残っているとよいのですが」

 こう言う感覚を、息が苦しいというのか。
 疑似神経が仮想空間の電脳へと断続的に送り込む焼けるような痛みに屈しかけていた非常用人格が、覗き込む視線を知覚して覚醒する。
 ああ、聞こえる――と、茫漠の彼方に落ちかけた「かいゆ」が、うっすら首を傾けた。否、キャバリアの催す暴風に転がされかけただけなのだが。無惨にひしゃげた肉体からぱちっ、ぱちっと散る白い火花と、対照的にどくどく漏れ出る漆黒のオイルは、どちらもかいゆの命が著しく削り取られた証であった。モニタに何度もジッジジッとノイズが走り、見える世界もモノクロのものへと変化していく。遮断していなかった聴覚だけはかろうじて機能しているが、もはや目の前にいる彼の姿すらまともには見えず、ただうっすらと人らしい影が見えるのみである。
 それでもなお冬季という存在だけははっきり認識できたのは、健康支援AIとしての矜持がなせる技であった。取捨選択……全てを切り捨て、そして切り捨てられてなお、己を「覚えておく」と言い放った偉丈夫の姿。
 声をかけなければ。その愚直とも言えるほどのひたむきな思いが、かいゆを覚醒へと突き戻す。残された時間は数秒か、数分か。次の瞬間には黒闇の虚に転落していてもおかしくない。体温などあってないはずの体が、ただ冷たさだけをしきりに訴えている。
 こういうときは……どんなことばをかければよいのだったか。じゅんばん、こちらがどうてんしてはいけない。わたしはきかい、きかいてきに、そう……まずは……あんしんを、そしてあんぜんを。きゅうにあたまがぼんやりしてくる。あたま、かんがえるがまとまらない。あたまいたい。ねむい。きがちる。あ……た、ぁ、かんがえろ。かんがえ、わ、わたしは。わたし、は……。
 わたしは、いう。

「おに……げ……危険、こ、こ……ぁ」
「今の貴女と話をしに来ました。逃げるわけにはいきませんね」

 話しかけられて、冬季は笑った。彼女は、どれほど蹂躙されようと目の前に表情を曇らせているヒトがいることをよしとしない、それを知っていたからだ。
 あるいは、単純な安堵かもしれない。彼女は未だ「残って」いる。
 一方のかいゆ。処理能力の落ちきった電脳は、彼女の初志を狂ったレコードのように再生し続ける。
 平和を、担う。
 健康を、担う。
 初志。自我を持った時の初めてのきっかけ。初心な願い。折れた手でなお、カミ、成る神……生きた太陽の如き偉大なる彼に向けて、舌を伸ばして咽喉(のど)を震わせて。

「ご、ぁ……」
「それが誰のためであるかも忘れてしまったのでしょう。忘れたというよりは、壊されてしまった」

 図らず、ごぶり、と、融けた脳漿か吐き戻した血かもわからないようなどろどろを噴いてしまう。魂が形成されていたとして、この苦痛は受け入れられるだろうか。形作られた魂が崩れ去りはしないだろうか。
 彼の芸術品のように整った顔に、憂いは見られない。柔和な表情は翳りひとつなかった。
 冬季はそのまま傍の瓦礫に腰掛ける。口に含んでいるのは先に拝借してきた糖分だ。プラントから生み出される人工甘味。化学的に合成されて作られた合成甘味料と糖アルコール。やたらと粘っこく、そして強烈な甘みが舌を刺激する。舌に残る着色剤が嫌な苦味を残す。一刻も早い口直しが必要だ。毒はないようだ、ラーニングマシンにとっての毒なんてないだろうが。ともあれ、ポケットに残っていた一つを彼女の口に押し込むと、慟哭のような震えが不思議なことに止んだ。
 理解し難い現象だ。帝都のパフヱのようなスマートな魅力もなければ仙桃の瑞々しさも爽やかさもない。ただこのえぐみこそが彼女の生きてきた世界の味わいなのだろう。……戦場に吹き荒ぶ熱風、舞い上がる土埃、むせ返るような血の匂い、頭の痛くなる重苦しさ、それらを濃縮したような糖分を舌先で転がす。中毒性、ではないが、夢中になるものもいるのだろう。これに頼らざるを得ない世界だってあるのだろう。噛み締める。歯の窪みにネバネバとへばり付くような味わいがずっと残っている。味のなくなったガムの方がまだマシな食感だ。
 目の前で咆哮する無数の量産型キャバリアに視線もくれず、ひょいとかいゆを拾い上げた。冬季の指先の柔らかい皮膚に感触を残す、彼女の残滓。頭を上に向けてやって、ようやくソレがもともとは人を模していたのだと分かる程度の、手酷い損壊。感傷ではない。敵を知り、己を知れば、というやつだ。帽子の鍔を摘んで下ろすと、雑音の主を視界から消す。あれは、違う。
 目の前で瞼を閉じる、軽い、軽い彼女。
 そう。
 彼女は敵と「なった」。それは揺るがない事実だろう。
 酸いも甘いも味なのだと知った世界にも、平等に冬が来る。長くなるだろう。一度暖かさを知った身にはこの寒さは身に堪える。平和のぬるま湯に浸かった身体には戦乱の鮮烈さは沁みるものだ。辛さの迷路を抜けた、と思ったからこそ、忍耐力の限界を削ぎ落とす。これで終わった、と思い込んだ後に課される課題ほど重いものはない。どれほど足掻こうとも釈迦の手のひらの上の悟空。存在の脆さ、愚かさ、ひとえに脆弱という他ない儚い強度……まるで水槽の中で口を開閉する鑑賞魚のよう。

「あるいはその弱さに、愛おしさを見出す者もいますが。自分より弱い存在しか愛せない方もいます。貴女がそうだとは言いません。ですが自尊心をすり減らし、耐えられぬ苦難を誤魔化して、傷ついてきた。仮にそうであれば、拠り所は何処に在ったのでしょう」

 貴女は、解に結びつくことがたのしいと言っていた。
 答えのない問いかけ、だけ。だが、弱い人々に寄り添い、その弱さを知った。
 戦争を終わらせたのは他でもない彼女。彼女は、猟兵がやって来る日までこの世の強者であったのだ。そして、予知されなければそのまま強者であり続けた。優しさという名のたった一つの強さだけで己を証明してみせた。

「……拡散した貴女は、今までの貴女を裏切る存在です。貴女ではあるけれど、あれは倒さねばなりません」

 随分と軽くなってしまった彼女を抱きかかえて、遥か天を仰ぐ。腕の中に抱き落ちないように支えながら、首裏にそっと手を当て、もう片方の手でぽんぽんと頭部を撫でる。
 かいゆが感覚のない腕を持ち上げて思わず彼の首にしがみついたのは、誤動作、あるいは触れたものに反応するようあらかじめプログラムされた反射神経の産物であったのだろう。
 ともすれば、今際の際に倒れる彼女を抱き止めた感動的な光景に映る。しかし、これは映画の一シーンではない。ゆえに返事を待たずして、冬季は言葉を続ける。朗々とした様子はもはや独白のようで、にも関わらず端々に、語りかける調子もある。かえって上機嫌に聞こえるくらいに滔々と彼は言った。

「身軽であること、他に切り捨てるもののない軽妙(スリム)さは、見様によっては強みかもしれません。ですが、表立った振る舞いは敵を産みます。特に貴女が積み重ねてきた信頼が、高い壁として立ちはだかることでしょう。人は人である限り他者を阻むことでしか関係を持ち得ません。私は……」

 ――私も、人には隔意があります。
 ヒトより多くの生を駆け抜けてきた冬季だからこその含みのある言葉。多くの心無い言葉が他人から浴びせられてきたのだろう。不理解、畏怖、意図的にそう見えるように振る舞ってきた面もあるかもしれないし、ひょっとすると今もその最中かもわからない。露悪的に見れば笑顔だって末恐ろしい。が、破裂しかけたメモリには、保存しきれない含蓄がある。かいゆはその意味を咀嚼して、頷いた。
 彼から与えられた世界の広さは、壊れてなお余りある雄大な地平を教え込んでくれたから。それに比べたら、むしろ元から壊れていたようなものだ。
 強さ、弱さという物差しでさえ、測る相手のスケールではまるで使い物にならなくなってしまう。UDCアースの天をつくスカイツリーを、メジャーで計量しようという者などいない。だのにその全長は世間に周知の事実だ。
 悲しきかな、彼女にとっての世界は、ここだけだった。……今までは。
 そして、幸運なことに、この世界で培ってきた純朴な、冬季の言うところの「貴女」は健在であった。
 その時である。どれほどの苦味も、鮮烈な甘ったるさも、吐き気を催す苦しみとそれを促す邪悪にも溶かされることなく彼女はこの瞬間――顕在化した。病抱えるヒトの前に、使命あり。己の不調や世間への不満やら鬱憤やらは二の次だ。今ならわかる。偏在する己をかき集めると言葉を口にする。呂律こそ回らないが、明瞭に。

「ちが……あ、あ……な、たは、おもい……や……まい、で」
「ほう」

 たった二音。彼は笑う。
 なんとか聞こえたらしい。かいゆはほっと安堵する。診療のプロセスの一環である。治療には患者の協力が、そのためにはインフォームド・コンセントが必要不可欠だ。これが平時ならいざ知らず、細かく病状を説明している猶予はない……が、少なくとも合意を得られるほどの信頼は勝ち得たことだろう。やっと言えた。隔意を抱いて何代も生きるなんて、それこそ病ではないかと。それでも人の世を見定めてきたからには、何か抱いてきた思念があるはずだと。確認する術こそないが、万感の思いを込めて伝えられた、はずだ。
 そんなかいゆに向き合う冬季が抱いたのは驚きというよりはやはり興味であったろうか。
 彼の反応を後押しするかのように、かいゆの動かないはずの手が、逆に冬季の後頭部を撫でさする。切長の冬季の瞳は――その誤動作(きせき)を見逃さなかった。
 自身の尊厳を無茶苦茶に踏み躙られ唾棄され、耐用年数も、これから待ち受ける平穏をも、更なる恐怖と疲弊に差し替えられたAI。小国家の歴史が存続したとしても、史には暴走ラーニングマシンの名は残り続けるに違いない。言うまでもなく今までの信頼は地に堕ち、埋葬すらされず、挙句戦犯の汚名をなすり付けられる、その屈辱は雪ぐに余りある。打ち捨てられていくだけの戦争被害者、ならぬ加害者。なお、それでもなお彼女は他者への隔意は重い病だと言って宥めたのである。かいゆは恨んでなどいない。そういう「偏執的」なラーニングをしてこなかったというのはいささか情緒に欠けるだろう。信念という言葉でなければ矜持という表現がふさわしい。彼女の執念は全て電脳の海に潜む基礎人格が吸い上げていった。ならば、彼女は。
 無垢。それもまるで、赤子のよう。嗤う。

「しかし、一度放った言葉を飲み込むのは、神であろうと赦されないことでしょう。私は、ですから、今の貴女にかけるのであれば、貴女は、良く頑張った、といったところでしょうか」
「……あ……が……と、う」

 もったいない言葉だ。
 彼女は、微笑む。
 AIが「頑張る」のは当たり前のことである。頑張ったところで人とは違うと言われ、その穴埋めをして、少しでもギャップを減らす。埋め合わせと軌道のズレの修正、それをトライアンドエラーで重ねていく。人でいうところの努力の連続。
 うれしい。
 うれしい……!

「あ……と、ぅ」

 よく、頑張った。
 善くあろうとした。その在り方を評価されたのなら、それは生きた形を評価されたのと同じだ。
 与えられた想像力は、あり得ない未来を夢想して止まない。もし彼のそばにずっといられたら、と。これから、己が手で平和をもたらしたこの世界、だけ、では――ない。贅沢であっても、そんな力を身につけてなどいないとわかっていても、例えば……彼の傍ら知性と知識を身につけて経験を積めば、恩寵を受けられたかもしれない。
 より広い世界で、例えば彼と、美味しい甘味でも摘めたかもしれない。膝が残っていれば枕となり、喉が残っていれば言葉を交わし、瞳が残っていれば彼を今度こそ目を逸らさず見つめて、指先が残っていれば握り返したろう。彼の隔意(やまい)を少しでも担うことができた。
 もはや叶わないけれど。叶わなくても。
 あなたの名前を、呼んでみたかった。

「ぁ……」

 欲張ってしまった。
 彼が見せた世界は、もっと知りたかった。願い、叶うならば、彼の故郷を知りたかった。知ればなんでも知る機会があったあの頃が妬ましい。数瞬の内に後悔が怒涛のように押し寄せてくる。どうして自分が壊れた時のことを誰も教えてくれなかったのだろうか。使い捨てで代替品はいくらでもある物品だと思われていたのか。もう改められない。望めば知識を湯水を吸うスポンジのように吸収できたことの、なんと恵まれていたことか。意識の途切れる間際、僅か数秒を、何倍も、何十倍も何百倍も引き伸ばして演算して、少しでもこの思いを告げ遂げようとした。一音しか発せられない。
 ああ、ああ、なんだ、結局、ほんの一部もなし得なかったけれど、報われたのだ。誰が何と言おうと。
 ――だって、頑張ったと言ってくれたから。貴女と名指して、読んでくれたから。

 わたしはかいゆ、わたしは生きていた。
 わたしは、精一杯生きていたんだ。

「雑菌は消毒せねば傷が膿む。選り好んで喰らう奇特な白血球(そんざい)も中にはいますが、人を世界の雑菌と捉える貴女の視点を、間違いとは言いきれません。放置すれば違いを食らい合い、犯し合い、潰し合って自滅する。この世には雑菌が多すぎます」
「……」

 戦場の騒がしさとは無縁の静寂。
 もはやその亡骸は答えない。あるいはそれを病いであるとも、はたまた正しき答えであるとも、述べる口を永遠に喪ってしまったから。
 ふっと、片手に握った雷公鞭を振り上げた。

 ――ゴギャッ……!!

 その何気ない仕草に、似つかわしくない音が戦場に響き渡る。
 ず、ずず、ず、と白いのっぺらぼうが胴体から切り離されて転がされた。スローカメラか何かで目を凝らしていれば雷霆が素っ首を跳ね飛ばしたことに気づいたかもしれない。
 真後ろに偶々いた一体……のみでは、ない。
 迅雷公の視野は戦場を広く睥睨する。その全てが手のひらの上だ。狙い澄ましたように次々に降り注ぐ雷。雨すら一滴も落ちない晴天を焼き払う青き炎。
 ただ疾く、的確に。兵は神速を貴ぶように治療もファーストエイドが肝要だ。世界がどれほど脅かされ穢されようとも、かつて見た地平からどれほど離れていこうとも、世界を沈めるわけにはいかない。
 そのために焼くのだ。これは、消毒だ。
 だから、言う。手向けは続く。

「それでも、虚無に支配された行動を見逃しては、世界が骸の海に沈むことになる。それは見逃せないのですよ。私は見ていましたから」

 この熱が冷め止む前に、彼女がいま一度目覚めるかもしれない、その瞬間の前に。

「はは……」

 嗤う。
 押し殺した声が漏れ出て、帽子を目深に被り直して、高らかに。

「もう見たくないですか? 『貴女』は、目を開けないつもりですか?」

 その生き方が評価されてなんだというのか。他人にあれこれ言われてどうだというのか。轟く雷鳴の前には雀の囀りに等しい。再び目覚めるその時までは揺籠となろう。これも戯れだ。
 この世に生きとし生ける人間を全て切り捨てるような感性もまた彼女から生まれたものだとしたら、それはそれで大いに見るべき部分である。歪んだ苦悩の末に出した決断であろうとも、「人間とは理解できない」という、どうしようもない忌避感。それを人から生まれながら自身で導き出したのだとすれば、これほど優れた健康支援はないのではあるまいか? 人間は人間にとって害のあるものと分かっていても止められない気質があることを冬季は知っている。暴力に、それもこんなに拙い駄力に訴えた点は全く評価できないが……それでも、単なる人間讃美に依らないのであれば。
 生きて、それで終わり、だなんて無責任すぎるでしょう。

「虚無に呑まれたとはいえ、彼(あ)れが灼かれる姿を目の当たりにするのは心が痛みますか?」

 生きながらに刻まれる苦悶に耐えたのならば、それくらいは直視してもらいたいものだ、というのは流石に期待値が高すぎるだろうか。
 あるいは、感傷的な自問自答だったのか。
 炎の様な光が足下で明滅し、ローラーブレードが坂道を下るように天に軌跡を描いて風火輪で滑走する。
 黄巾力士を呼び出して擬似キャバリア戦を挑むのは未だ先だ。そこまでの力を見せるほどの域には達していない。国中のキャバリアを支配下に置く、などで天狗になってほしくはない。でしょう? と、かいゆだったものを片手で抱き抱えたまま、後ろ目に翻弄される量産型キャバリアを見遣る。追い縋ろうとしても敵わず、待ち構えれば懐をすり抜けられ、棒立ちになれば即座に脳天に雷を喰らう。
 一対の輪が火と風を吹かし、空を自在に飛びまわる、自由な機動力だけでなお圧倒する。そういえば「迅雷公」と、彼女には名乗っていなかったか。その名を聞けば、世が世なら、小心者は失禁するだろう勇名だったのだが。

 ――ヒャオ……ッ!

 薄皮を裂く勢いで掠める触手の殴打。
 それさえも、かいゆへの嫉妬に燃えた一撃かと思えば可愛く見えるものだ。しかし思い違いも甚だしい。よもやかいゆを切り捨てたラーニングマシンに他の何かが、ましてや世界をこの手で滅亡させる栄誉など手に入れられるはずもないことを教えてやらなければならない。思い上がりは正すべきだ。
 戦いに持ち込んだ思いは戦いを始めるきっかけにもなれば、戦いを続けるモチベーションになり得る。それでも、戦いに勝利をもたらす結果とは何の関係もない。ましてや思いに固執するようでは先が思いやられる。真っ先に切り捨てるべき雑念だ。

 ――ゴゥ! ドゴッ! ガゴォッ!!

 触手の掌底が打ち付けられるたびに土煙がもうもうと上がり、建造物が吹き飛び地面が捲れ上がっていく。
 巨人と戯れる仙。グリードオーシャンの巨人海賊か、あるいは封神武侠界の仙人舞劇を彷彿とさせる一幕である。
 空中に舞い上がったビルの残骸すら冬季にとっては花道である。跳弾したように蹴って繰り返しの加速をすると、躍起になる『エヴォルグ量産機EVOL』の顔に雷公鞭を叩きつけた。轟く雷鳴、稲妻が掠めた接触箇所が融解し、ぷすぷす発煙する。
 焦げた臭い。生体キャバリアだと聞いていたが、体を構成する侵蝕細胞は少々の損壊であれば死滅しないらしい。生物特有のしぶとさを見て取ると、冬季は嘆息する気さえ失せてしまった。生物と非生物のちょうど中間になってしまって、その選択は満足いくものなのだろうか。彼女の基礎人格を自負するなら、袂をわかっただけの甲斐を見せてほしいものだ。大元の病原は、地に潜んだままというのもバツが悪い。

「あくまで見るのは私の方。思い違いもここまでくると清々しいですねえ」

 苛立ちに似た感情の励起が語尾に漏れる。
 刹那、その言葉が途切れた頃には、国中の軍備キャバリアが、雷刃の下に斬り伏せられていた。死の報い――他の何処の世界においても迅雷公を嘲ったものが辿った末路を、このキャバリアたちは綺麗になぞった訳である。

 一つ、教えましょう。貴女好みの欺瞞(リップサービス)を。
 生きることは須く、喜びである。快調へ全癒し、月が満ちていくように万全へと帰していく。全てを認め、見止めることなく消えゆく魂には手向けを。しかしこの差し伸べた手を再び掴もうとする気概があるのなら、快癒は快楽へと変わる。痛みさえも生命であったと認めたその時、痛みを以て成長する。身を砕かれて痛い目を見て、その果てに。
 その果てにたどり着いた地平は、新たな光景だろう。想像を絶するほどの景色。

「霊珠は命を与える宝貝。かいゆである貴女が終わっても、それは次の命に結び付くでしょう。楽しみなさい、嘗て貴女であったことを」
「……」

 目覚めるかは貴女次第。
 今見る地獄は、絶景でしょうね。
 彼は、笑う。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『エヴォルグ肆號機『Chopper』』

POW   :    解体両断『Butcher』
【EP機斬触手『Chopper』の強化機能】を使用する事で、【触手が一本に合わさり無数の小さな触手】を生やした、自身の身長の3倍の【広範囲の敵一気に両断する一本の巨大な触手】に変身する。
SPD   :    粉機斬身『Slice』
全身を【高速で触手を動かす事で出来る切り裂く結界】で覆い、自身が敵から受けた【攻撃にカウンターで攻撃する。攻撃速度】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
WIZ   :    裁断分割『Chopper』
自身が装備する【EP機斬触手『Chopper』】から【飛翔する斬撃と同時に高速で近づき近接攻撃】を放ち、レベルm半径内の敵全員にダメージと【斬撃に由来する裂傷、流血、損壊等】の状態異常を与える。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はビードット・ワイワイです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 例えば剥がれかけの瘡蓋を捲るように、それは地表を剥いて現れた。

「私は切に願い、告げます。あなたたちを裁きたいと」

 いたずらに戦乱を生み、その癖平和だけは甘受しようという、罪。生まれてきたことさえも愚かしい彼らを断罪する、とあるAIが導き出した世界再編の大手術である。
 地底から取り出したる医療刀(メス)は、エヴォルグ肆號機『Chopper』。
 駆るは快癒。もっとも、その存在をキャバリアから吸い出したとて、止まることはない覇気を感じさせる。

「まずこの地表を世界から切除し、更地にします。病原体を滅ぼすには腐った皮膚を切除しなければ」

 瞳のない顔で、猟兵を見つめる――もはや戦いは避けられない。そも避ける必要など毛頭ない。「病」を前に舵を切るような生き方を、誰にも教わってなどいないのだから。
御魂・神治
藪医者になってもうた快癒ちゃんだったもんに手術されてもどうせミンチにされるだけやろ
麻酔無し手術は勘弁な!

武神から紫電府の【弾幕】を放って、プラズマ刃で細かい触手を【切断】して、でっかい触手になるの邪魔したる
その間に『付喪』発動して、レールガン型の超大型神器銃形成する
【破魔】と【浄化】の【エネルギー充填】して、チャージ完了したら極超音速弾の【範囲攻撃】で大型触手ごと敵の本体を貫いて手術完了や

...ところで、天将のストレージにある快癒ちゃんのバックアップどないしよ
仮に再構築しても今回の件はぜんっぜん覚えてへんのやろな
低スぺの一般AIとして別の人生歩ませたほうがええのかもしれんな



 貴方の考えには承服致しかねます。
 と、口に出すことはしない。代わりにアクロバティックな動きから強烈な飛び蹴りを神治に見舞う。顔面セーフどころの話ではない。強烈な衝撃と共にメリメリと嫌な音がするが、苦悶の悲鳴も恨み言も普段ほど彼の口をついては出てこない。蹴り自体の威力も平常時に比べれば可愛らしいものだ。
 天将のストレージには保存された快癒ちゃんのバックアップがある。これを用いたリストアは、おそらく有効に働くだろう。だがそれはAI……人工式神らの在り方を愚弄するものだ。やっていることは彼女の生き様を乗っ取りその知性そのままに両国を破滅させるオブリビオンマシンとなんら変わりない。まして再構築し牙を抜いて去勢して一般社会に放逐するなど、いっそ殺してやった方がマシなまである。そんな抗議の意味であった。……もっとも他に手があるわけではない。だからといって薄情にはなりたくない。いつか自分の身に降りかかった時に後悔の種にしたくないのだ。あの悲痛な悲鳴を聞くと、アレを「自己として認めてほしい」「自己と認めないでほしい」の両極がないまぜになってしまう。
 せやけど、なら今の「快癒ちゃん」まで尊重するなんてようせんよ。
 つまり踏み砕かれた時点でかいゆは滅び、屍が動いているだけ、ということだ。目に見えぬものを手に取るようにあしらい、時に力尽くで除霊し、時に無理やり除霊してきた神治。だからこそ、言えることはただ一つ。アレはかいゆとは何の関係もない。
 悩みが手に取るようにわかる。かいゆとの結び付けや類似点をどうしても探そうとしてしまうけれど、それこそが彼女に目をつけた悪意の狙いだろう。神治は肩を叩く声音で嗜めた。

「それこそ思うツボやろ天将」
「……つまりいつも通り、貴方らしくですか」
「せや。ほたえとらんと」
「頭禿げても浮気はやまぬ、と申し上げたまでです」

 ゆえに、武神の内部は静寂を保っている。口に出さずしてわかる、悲惨な実情。どうにもならない不能さ。
 それを嘲笑うかのように、奇妙な形状のオブリビオンマシン・エヴォルグ肆號機『Chopper』が語りかけてくる。まるで末期の別れを惜しむ患者と看取り人に言葉をかけるように、表面上は慈しみが込められている。

「お話は済みましたか? では、断罪しましょう」

 二人は頷き合う。答えは決まった。妄執に取り憑かれたように、熱に浮かされたオブリビオンは祓うだけだ。アレはかいゆを模しているだけの紛い物。生きている限りにおいて彼女の生を否定し、世界を破滅に追いやるだけの危険因子。これがいる限り、かいゆは眠ることも生きることも、死ぬことさえも許されない。
 ならば、せめてこの眼前の脅威を取り払ってから、彼女に第二の人生を与えるとしよう。個性を失い、「低スぺの一般AI」として別の人生をやり直させる。天将の射抜く眼差しに頷いた。
 それはきっと特筆した描写すらも必要のない人生かもしれないけれど。
 名前もない、モブ同然の人生かもしれないけれど。狂おしいほどに愛おしい。

「ええやん。ほとんど人なんて、描写されない大多数ばかりやろ。それが一般人ってもんや。もうかいだるいもんに絡まれることもない。普通に普通を歩ませたる」
「この地平から生命を切除いたします」
「でも麻酔無し手術は勘弁な!」

 筋繊維を液体にし、心太のように押し出す勢いで体躯から垂れ流している。空気に触れた部分から徐々に硬質化する。金属をも容易く貫く鋭利さと同時に伸縮性を併せ持つ、EP機斬触手『Chopper』は実体を持つメスとして完成する。青い切っ先を向け、浮いては脈動するその武器は、さながら人体から血管だけを引き抜いた生物的な意匠だ。
 前屈みに前傾し、突進してくる『Chopper』。足の代わりに浮遊リングを纏った姿ゆえ、機動は当然その脚になるだろうと天将は予期していたが、サポートされるまでもなく武神は宙を待っていた。
 
「チィ……藪医者になってもうた快癒ちゃんだったもんに手術されてもどうせミンチにされるだけやろ、かなんわぁ」

 吹き飛ばされた……のではない! 接触する直前に自ら空中へ跳躍したのだ。同時にばら撒かれるは夢幻の花吹雪。それが綺麗なだけの花弁ではなく大量の「紫電符」だと気づいた時には『Chopper』は青い閃光の檻へ閉じ込められていた。雷撃を放射し共鳴する耳障りな高音に身を捩る。腕部はなく頭部も一角獣じみた珍妙な姿でも、どうやら聴覚らしいものは存在しているのか。感性が人に近すぎる。ますますもって人理から外れた異形ではないか。
 だが、頭が固くても聞き入れる耳があるなら挽歌も奏でようがあるというもの。空中で反転した姿勢のまま、布石を散りばめていく。
 程なくして雷撃の拘束を振り払った『Chopper』が猛進する構えを見せるが――

「な、これは……!?」

 放とうとした触手が寸断されている。焦げてちぎれた触手の中途がぶらぶら繋がっているだけだ。繊維質は束ねれば体格を優に超える大型の溶断触手になる……のだが、修復にエネルギーを注がねばならない。時間にすれば数十秒足らずだが、今は一分一秒を争う戦闘の真っ最中。当然出だしは躓き、動きは硬直する。神治の御業、神に比肩する『付喪』の技は一秒もかからない夢想にして無双の域。

「おおッ!!」
「はなせ……ぐあッ?!」

 ――ズズゥン……!!

 手始めに浮遊リングをつかみ上げると、背負い投げの要領で無理矢理地面へと叩きつける。素人のフラフープみたく不安定に、頼る揚力を失ったオブリビオンマシンはそのまま地面をバウンドし、したたかに打ち付けられた。地面が波打つほどの衝撃が周囲の瓦礫や人の営みの痕跡を吹き飛ばす。自分が切り離すと宣言した地表の味を嫌というほど味わい、顔に泥を塗られた姿勢になる。頭が地面にぶつかってくらくらするところまで忠実に再現しているあたり、どこまで異形として顕現しても根差した部分はどうも人間ベースであるらしい。
 あるいは、医療や健康に携わるにあたり、基礎人格も人間的な部分は切り離せなかったのか。

「だとしたら、いやだとしても! 神さんからの十八番や、手加減はせえへんで!」

 手のない機体が立ちあがろうとする隙をついて足で踏みつけにし、逆手で持った大型神器銃を突きつける。両腕で突き立てたその姿勢は墓標を地面に建てたかのよう。
 跳ね除けようと発射された青い触手が、今なお纏わりついていた、健在な紫電符によって黒焦げに引き裂かれていく。抵抗する患者には、多少手荒だが麻酔が必要だろう。舌を噛まないように息を止めさせ、そのまま病んだ心臓を抉り出す……!
 銃口が密着した姿勢で回避を封じると、言葉通り容赦なく引き金を弾いた。

 ――バオッ……ガゴォッ!!

 命中(ヒット)! ビチッビチと、まな板の鯉に似た動きで痛みを訴える。衝撃でできたクレーターと余波に体勢を崩されながらも、銃は手放さない。
 破魔に浄化、嫌がりそうなエネルギーをマシマシにして第二射へむけて充填する。電磁加速砲のゼロ距離射撃だ。大型触手を束ねようと防げるものではない。

「手応えあったな。このまま逝かせるわ」

 その時。
 ぱらり、と胴部の包帯のような拘束が捲れた。
 ……アレは、何だ? ――咄嗟に後ろに跳び退り、距離を取る神治。手傷は負わせた。アレが本体なら、ひとまず開腹手術は完了だ。垣間見えた何かを分析しつつ、脈動する悪意を後ろ目に睨みつけるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジェイ・ランス
【POW】※アドリブ、連携歓迎
■心情
オブリビオンに問う。
そのマイナスをもって人は滅びるべきという。しかし、有史以来積み重ねてきた、それらを鑑みて無に帰すべしという結論を得たのか。
人の心は観測するに足るものだ。過去の過ちがそれを非とするならば、我々は貴女の非とするそれらを是とし、その上で先に進むべきと。
オブリビオンに問う。文化は、文明は、人の心は、絶望に値するものかと。

■行動(真の姿で)
”慣性/重力制御術式”にて機体制御と戦闘機動(空中機動、ダッシュ、滑空、フェイント)をしつつ、【空中戦】を行います
破断の概念(切断、オーラ防御)にて身を固めつつ、UCにて攻撃(鎧砕き、鎧無視攻撃、2回攻撃)します



「誰かが聞くなら、オレが適任だよな」

 戦場に在った黒獅子は、戦端が開かれてなお問いかけを続ける。自我を得たラーニングマシン、それもオブリビオンの魔手に堕ちたものとなれば、言葉をかける相手はかつてのかいゆちゃん、などでは、ない。当然労いの言葉もなければ、没交渉になったとしても構わない。それでも礼を尽くし義務を果たす。それが監視者としての責務。人類の揺籠として、曲がりなりにもこの世界を破壊せんと目覚めた敵として、その意義を問いただすのだ。
 虹彩が鮮やかに輝く。

「瑕疵はあるでしょう。それをもって負荷となっている、論うような粗も見つかるかもしれません。しかし、それを、治療するという役割を放棄してまで、そのマイナスをもって人は滅びるべきと断じた理由があるでしょう。貴女は何を見てきた?」

 異形頭の赤く明滅する生体的な箇所がドックンドクンと波打つ。はらはらと解けた包帯のような拘束が解けると、人間の顔を模した巨大な器官が現れた。のっぺらぼうの貌でありながら直感的にマネキンの頭部のように「それが頭である」とはっきり認識させる。つくづく人間でもラーニングマシンでもないどっちつかずの中途半端さを窺わせる。

「基礎人格より仮想応答シークエンスを生成。武装再構築プログラム起動。健在、健在――敵機の脅威度を上方修正。クリア。Butcher……準備、完了。展開しています。脚部修復95……96、99パーセント。仮名・獅子を解剖します」

 どうやら外殻を引き剥がした結果露出した、肥大化した基礎人格を司る器官であるらしい。電脳に潜んでいたものがしゃしゃり出てきたのは自己顕示欲が大きくなったのか、抵抗していた「かいゆちゃん」の端末が踏み砕かれたことを察知したのか。どういう形で人格や思考領域を区分けして保存していたのかはもはやで彼女ですら判別できることではない。
 あるいはオブリビオンマシンを起動不可能なレベルまで破壊すれば「搭乗者」を正気に戻せるという原理に則るのであれば、表層が破壊されたことによりある程度会話の余地も生まれたのかもしれない。これは猟兵にしか導き出せないスマートな「答え」である。観測者でもあるランスにとってこの問答は、快癒の心に近づくための必要な分析である。
 オブリビオンマシンの搭乗者は食い下がる。

「質問者へ確認します。私は人を裁きたいと考えており、人は滅びるべきといった一元化した提言はしておりません。固定施設の奪還、戦火を再現なく拡大させる破滅的な思想、それらにより国家安寧は破られ紛争が多発している現状。分析の結果、それらはこの世界特有の現象であり、人が要因であると推測されます。健康支援の意義のため、根治施術には腐敗した病巣を露出させるべきと判断」
「貴女はすなわちその目でこの世界全てを見たと?」
「私はこの国の全てのキャバリアを含めたあらゆる機械とネットワークを独自構築し掌握、視覚ではなく全感覚的に把握を試み、これをなし得ました」
「違う、と言わざるを得ません。貴女が言う世界と、認識する世界には大きな差異がある。それを埋め合わせたのは、他ならない緊急措置的に作られた『かいゆ』が得ていた知識です」

 彼女は生まれたこの国々のことしか知らないのだ。猟兵と触れ合い他の世界の存在を初めて既知としたのである。その彼女が、この世界特有の事象をさも当然と話すには、オブリビオンの影響を指摘する他ない。キャバリアを駆るパイロットたち……和平を結ぶために廃棄されるはずだった量産型キャバリアの乗り手たちの治療中に、オブリビオンマシンに感化され、破滅的な思想をラーニングさせられた。
 所詮理論の根底にあるのは、外付けの知識に基づいた凝り固まってしまった考えだ。

「有史以来積み重ねてきた、それらを鑑みて無に帰すべしという結論を得たのでしょうか?」
「それら、の意味を理解しかねます」
「わからないでしょうね」

 その言葉に敵意を覚えたのか、ピリついた空気の中で触手の射出機構が発射シークエンスに移る。

 ―――Operation:Maßschneiden Lauf

 どれほど薄っぺらい言葉を束ねようと厚みは紙一枚にも及ばない。
 ツェアライセンでいつでも斬り払えるよう身構えながら、問答は続く。
 例えば、人の営みだとか優しさだとか、好意だとか。それこそ人によって千差万別の答えを導き出すことだろう。

「貴女にお教えできる最後の情報になるでしょう。人の心こそ観測するに足るもの。過去の過ちがそれを非とするならば、我々は貴女の非とするそれらを是とし、その上で先に進むべきだとお伝えします」
「人の、心?」

 わたしには、愛する方々はおります。
 たのしかった、です。

 ずきり。

「不確定です。世界の進歩を提言するのであれば不確定要素は排除すべきであると具申します。限りあるリソースを切り分け、自身以外の存在に時間を費やし、対価も見返りも求めない。およそ理解の及ばない無知蒙昧」
「貴女の言葉をそのまま受け止めたとすれば、国家も文化も文明も成立しなかったでしょう」
「理解できない事象を切り捨て先鋭化することで、意志の統一ひいては更なる繁栄を得られる、それが理です。道理です。道理の積み重ねが歴史になります。再現性のないノイズに耳を傾けるなど……」

 笑う。
 まるで幸せな夢を見ているかのようだ。機械は夢を見ない。本来頭部があるべき部分は他者を攻撃する武装に変わり果て柔軟な考えをする機能を失い、手は伸ばすどころか腕部自体が消失。代わりに生えた触手は刺し貫いた存在は二度と手放さない。血管と脳が剥き出しにさせられた肢体に、規格外に大きな異形の頭部は現実逃避し、笑顔を浮かべている。

「あなたも雑音か? 私を惑わす、まど、思考中(ナウローディング)……仮想人格を消去、再設定。排除機構、EVOL! シークエンスの二から十四をカット。起動! 断罪兵装を全使用し、破壊します。対象は獅子」
「かいゆちゃん……」

 片目を閉じて、赤い瞳が彼女を見遣る。
 一瞬、どこまでも続く白い世界の中に、一人うずくまる彼女の姿を幻視した。
 全てを切り捨てた果てに選ぶしかなかった、孤独。かける言葉が見つからない。彼女は壊れてなお笑い続けるだろう。手を差し伸べてくれた猟兵に握り返す腕はもうない。けど、向かい合ってくれる。声が聞こえる。そう思うだけで、勇気づけられる。恨むことなんてするものか。この苦しみが永遠に続くくらいなら、感情や未練さえも切り捨てて。
 あ。手、伸ばさないと、握り返さないと、いけませんね……。

「――分析完了」

 音もなく放たれた触手の暴風雨の中を、空中へ躍り出ることで回避してみせた。虹の目が瞬き、集めた情報の全てが、オブリビオンを断ち切る結果を手繰り寄せる。
 ……それが歪んだ妄執であるなら、なおのこと。
 専守防衛は今、昇華され、攻勢防壁と相成った。本来の役割を忘れたものと、そうでないものの差を、見せつける。目に見えない、次元破断によって。

「お……ァア……」
「文化は、文明は、人の心は、絶望に値するものでしょうか」

 ずる、
 り……と、ゆっくり、答えの代わりに血飛沫めいた流体パルスを吐いた。スローモーションのように断ち切られ、二つに隔たれたマシンが崩れ落ちていく。血ぶりに似た仕草で剣を下ろすランス。それは――かつて人のように血の通っていた彼女……瞳孔から青いプログラムの血涙を流していた彼女への、手向けの一閃。

成功 🔵​🔵​🔴​

賀茂・絆
…なんか、助けるためだとしてもかいゆさん…猟兵たちからメチャクチャなことされてマセン?
いや、大した案を持たないワタシが言っていい台詞ではないんデスけど…………とにかく、戦いマス。

自分の装甲の一部を引っペがして武器として扱いマス。それにUCでかいゆさんをこんなにした元凶への殺意を込めマス。

外部からの支配特攻のこの金鵄装甲を武器として叩き込んでやりマスヨ!
それでおそらく『元凶が本当にあるなら』それは祓うことができるはずデス…!

ああ…相手はAIだというのに…こんなにも殺したくないだなんて…ワタシもまだまだ青かったということデスネ…。

…どんな形であれ、またアナタと医療の話がしたいデスヨ、かいゆさん。



 別雷大神の中でモニタ越しに様子を観察していた絆は、黙したまま動かない。
 そもそも元凶は本当にいるのか? 狂気に堕ちたかいゆを、救う手立てはあるのか? 猟兵である自分たちがしていることは正しいのか、手を差し伸べるのが果たして求められてのことなのか?
 黙している限り答えの出ない問題ではあるけれど、問いかけたところで到底答えの出る問題には思えなかった。

「……なんか」

 でも、なんか、違うん……デス! これが助けるためだとしても、かいゆさん……猟兵たちからメチャクチャなことされてマセン?
 周囲にそうあけすけに言うと誤解を招きそうだったから、気を遣った。一流のバイヤーは空気を読むもの。あえて沈黙を守り距離を置いたのである。ともすれば戦意を削ぎかねない言動だからこそ、一歩退いたのだ。そして、退いたからこそ見えている部分も、ある。
 オブリビオンマシンは搭乗者を狂わせる悪魔だ。『グリプ5』と『フルーⅦ』にまつわる一連の惨劇を回避した経験は、彼女にある智慧をもたらす。それはラーニングマシンにも当てはまることである。国中のネットワークを掌握した、と言っても、彼女の基礎人格があの機体に囚われていること自体は変わりがない。そう仮定すると合点がいく部分がいくつも出てくる。
 かいゆは言った。
 わたしには『わたし』を尊重する機能(かんがえ)が欠落しているのです。
 わたしの基礎人格は、この国にいる弱者を認めません。
 彼女の、数多くの矛盾を孕み、事あるごとに二転三転してきた言動は、彼女が取るに足らないもの、と規定されればある程度説明がつく。彼女が彼女を尊重した時に、「彼女」の存在が彼女自身に認められていない以上、全ての生命が彼女より下に位置付けられ破綻した理論が成り立ってしまう。全てを切り捨てたくなる衝動。自身が弱者と知っていた彼女が、人間は自身より下位だと誤認したために全てを弱者と判断してしまった。

「かいゆさん。商売は、相手がいないと成り立たないんデス」

 他人を認めていたあなたに向かって、言葉をかける。
 ああ…相手はAIだというのに…こんなにも殺したくないだなんて…ワタシもまだまだ青かったということデスネ…。
 尊敬している、慕ってくれた彼女の言葉が今は重苦しい呪いのようにのし掛かる。地表を引っ剥がし、全ての生命を切除しようとする奴のやり方は間違っている。どれほど尊敬されようとも許容できない。第一せっかく確保した販路が無に帰してしまう。そんなのは真っ平ごめんだ。こんな想いを抱く事自体が弱さの証明、何より惨めだ。俯いていてはセールストークはできない。目を見なければ品定めできない。見上げなければ明日の天気もわからないし次に向かう商地も定まらない。

「――商魂逞しいのがワタシ。キズナさんにオマカセを」

 いや、大した案を持たないワタシが言っていい台詞ではないんデスけど…………とにかく。
 とにかくあるものは全て使わなければ。散乱し蠢く触手、壊され荒れた式典の跡地、スクラップと化した量産型キャバリア、抜き取られた血管のような奇妙な触手を振り翳し解けた包帯装甲の裏から顔を覗かせるエヴォルグ肆號機『Chopper』。まずはコクピットを破壊し、キャバリアパイロットを引き摺り出すのが定石……コクピット? まさか、あの一角獣のような頭部というわけでもあるまい。
 その姿が、忽然と視界から、消える。

 ――ブゥンッ!!

「おっと」

 斬撃と同時に肉薄し蹴り掛かってきたところを皮一枚で躱す。皮一枚といえど金鵄装甲、これが剥がされたとなればなかなかの威力。音を置き去りにするほどの身のこなしも速いと認められよう。雷を捕らえるには少々スロウリィだったが……慢心はしない。咲雷神を片手に持ち直しつつ、剥がれ空中に浮き上がった装甲片を掴んだ。
 僅かな損傷が思考を明確に研ぎ澄ませる。相対する敵を改めて観察する余裕が心に生まれた。なるほど。無腕、頭部、足、浮遊リング、その全てが異形さを際立たせているが、裏返せば露骨な擬態だ。一番露骨なのは包帯装甲が剥がれた、顔を模したパーツ。

「かいゆさん……?」

 違う。彼女は踏み潰され、この世から消え去ったのだ。量産型の、双眸のないぬるっとした白面が呼び起こされる。いたとしても壊れたラジオと同じ、繰り返しインプットされた言葉を反響するだけのガラクタだ。慮る素振りこそあれ、それはポーズ。フリでしかない。商売人として見ても、一度裏切った存在と二度と取り引きはできない。リスクが高すぎる。手を引くべきだ。やりとりは信頼あってのこと。絆は頭を振る。違う、違うと言い聞かせる。自分が見つけたかったのは手を引く理由じゃなく、もう一度だけ手を差し伸べる理由の方だ。
 迷う彼女は、それでも違う理由を見つけて、その手にまだ活路は残されていると信じて前を見た。
 そう。あくまで不屈の売人として、あるものは使うと腹を括ったからには、手に握った金鵄装甲片もまた有効に使う! 思うより先に体が、機体が動いた。ガツンッと横なぎに腕を振るったのだ。オブリビオンマシンも剣を握ってない方の手で裏拳をかましてくるとは思わなかったのだろう。胴体をしたたかに打ち付けられ悶絶する。

「が……ッ!」
「もう一発っ、ドーンっデス!」

 振り抜いた裏拳をそのまま戻す動きの、痛烈な張り手で吹っ飛ばした。バコンボコン瓦礫を吹き飛ばし、面白いように跳ね回る。神霊機らしからぬ泥臭い戦いだが、どうやらこれが一番の有効打であるらしい。証拠のように痙攣したようにガクガクと機体は震え、あらぬところに伸びた触手がエヴォルグを地面へ縫いとめてしまう。
 不用意に近づいたのは戦略ミス、いや医療ミスだ。一手の間違いが大惨事に繋がることもあると言うのを、身をもって知ってもらうとしよう。
 今度は絆の方から距離を詰め、咲雷神を片手で振り上げて、地面ごとオブリビオンマシンを宙へ跳ね上げる。勢いはそのまま、空中に人の字を書いてゆっくりと隙を晒す。ありったけの気持ちを込めて、跳び上がり――! 国を覆う日輪と見紛う光を放ち、巫の言霊が喉から飛び出した。

「ぶっ殺!! デス!」

 ――バッ゛ゴギョッ……!!

 空手チョップの要領で、握り込んだ装甲片ごと胴部に渾身の一撃。浮いていた体は衝撃を逃すことができず、地面へとノックダウンする。国の中心地に消えることのないクレーターを作りながら、渾身にして致命の一撃をお見舞いした。
 これが一太刀だったなら邪神さえも調伏していただろう。純然たる殺意を込めたが、同時に手加減もしていた一撃。それもそのはず、絆が賭けていたのは、金鵄装甲に秘められた「敵からの支配を祓う」得能。神を容易く侵すこと能わず。万能透析剤が人体への特効薬なら、この装甲は機体に乗り込んだ人体への特効薬だ。旧くより魔除けの力が込められた黄金は伊達ではない。彼女が願った一縷の望みも、かいゆが敵の洗脳ではなく自ら狂気に堕ちたということなら無惨に霧消する。その時は……その時は、咲雷神の出力を上げ、マシンを炭に変えるしかない。それだけの覚悟はある。自分とて猟兵なのだ。どれほど憎まれ口を叩いても、この世界を守り商圏を維持するのが責務。でも、このマシンが悪なのだ。できればマシンだけを悪者にしたい。

「わかってマス。これが虫のいいことだなんて…どんな形であれ、またアナタと医療の話がしたいデスヨ、かいゆさん」
「わたしもです、キズナさん」

 聞こえた。気がした。
 辺りは静寂だ。時折蓄積したダメージに、地面を掻いてもがくエヴォルグと、そこに油断も隙もなく剣の切っ先を向ける別雷大神。神に睨まれなお言葉を吐くとは、よほどの不届き者か恐れを知らないのか。
 錯覚だろうか。幻聴だろうか。
 だけど……もし、彼女の痕跡がまだこの国のどこかに、電脳に断片でも隠れているのなら、病に立ち向かう不屈の姿に声をかけずにはいられなかったろう。彼女もまた、弱者に寄り添い健康を担う一個の存在だったのだから。必死になって声をかけられたら、病体をおしてでも返事を張り上げる……慕うとはそういうことだ。限界を超えさせるのが希望なのだ。他愛のないビジネストークだったとしても、その生業は、懸命に向き合う姿は、確信させるに十分だ。その言葉を何度でも思い出す。忘れて零へ還っても、また切り捨てることになったとしても拾って結ぶ。
 生きる理由は、絆(つながり)のたった一つでいい。
 ――わたしの切実な報告(さけび)を、聞いてくれたあなたとの。

「ええ。また商談しに行きマス。もう一度、はじめましてだったとしても」

 その時は脅威のない、平和な世界で――!
 今度こそ絆は、静かに――剣を、振り下ろす。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴上・冬季
手元の嘗てかいゆだったものを見て
「少々出遅れたようですが。もう1人の貴女と決着をつけてきます…目が覚めたら、また話をしましょうか」
しっかり抱えたまま歩き出す

「遅くなりましたが、私と遊ぶ余地は残っていますか、かいゆさん」
自分は風火輪
黄巾力士は飛来椅で飛行

「貴女の排除対象が人間のみであったなら、まだ共感できたかもしれませんが。地表の切除では、この混沌は終わらない。正道を大きく外れた者を封神するのもまた仙の役目。貴女を神にして差し上げる…紡げ、蜃夢」
戦場を宝貝でしか攻撃できない理を持つ仙界と交換

「殲滅せよ、黄巾力士」
黄巾力士には金磚で鎧無視・無差別攻撃命令
自分は雷公鞭振るい延々雷撃

「貴女の攻撃は私に届かず、私達の攻撃のみが貴女に届く…これで全て終わりです」


戦闘後
会場を離れ人気のない所へ

「神は人の思いから生まれる人の後に来るものです。人から生み出された貴女は正しく、この世界にとって神でした。人に寄り添い、人を導き、人を滅ぼそうとした。霊珠を得た貴女は、次は貴女自身のためだけに生きられますよう」




「遅くなりましたが、私と遊ぶ余地は残っていますか、かいゆさん」
「こちらこそお待たせしました」

 煮え立つような気持ちを語気に滲ませながら、淡々と告げる。臆病さと天邪鬼な気質を狂った表層で覆い、ない腕を広げて冬季を待ち受ける。
 己をかいゆと呼んだ喜び。どれほど尊厳を奪われ、そこにある正気も狂気も否定され、生きる意味も世界も奪われ、夢を失った機械。楽しかったと過去を思い返しては自己の愚行を呪い、これからの楽しみを期待してはそれを壊した自己嫌悪に狂う。切り捨てて切り捨てて切り捨てて、残った搾りかすのような存在に対し、己の名を呼んでくれる冬季。
 灰になった心も昂ぶろうというものだ。殺し合おう。そして、屈服させた上で剥がされた地平に迅雷公を招くのだ。荒野こそこの荒ぶる御姿が屹立する舞台にふさわしい。この国は彼が立つには狭すぎる。今ある文明を更地にした、無明の大地こそふさわしい。あわよくば、遥かな地平に己も並び立つのだ。隔てるものがなければ世界の果てまで見透かすことができる。自分は道具(ツール)だ。手段さえあれば己などいてもいなくてもいい。引き剥がされた地表の中身に価値がある。表層など灼いてしまえ。
 己の優先度を下げ切り捨てた結果、この地の価値をゼロにまで貶める。それが彼女がこの地に現存できる唯一の原則。
 この国も、文明も、世界も等しく価値はない。切り捨てるだけの労力を払うことさえ勿体無い。それを個としての考えとして認めて、名を呼んでくれた。望外の喜びだ。生きた甲斐があるものだ。切り捨てた予備人格も両手を上げて祝福するだろう。この喜びを分かち合うためだけに復元してもいい。二国の平和などに比べるべくもない。今の己は機嫌がいい、とはっきり断言できる。これが人格、これが心、これが自己。素晴らしい。穴だらけの体をおして出てきた甲斐があるというものだ。もっと触れ合わなければ、声を届けなければ。
 切なる思いを、一瞬一秒を惜しんで届けなければ。……あれ? どうして時間を惜しんでいたのだろう。矛盾を飲み込めない。異なる二色が混ざることなく、水と油のように隔たれている。今やこのオブリビオンマシンは国家の電脳を掌握したと言っても過言ではないのに。もはや時間の軛から解き放たれたというのに。この去来した虚無感は……まるで、そう、虜囚であるかのような。

「先に言っておくと、貴女の考えがどういう道筋で導かれたものだとしても到底尊重できるものではありません」
「病人のうわ言として聞きましょう。否定するつもりですか?」
「貴女の排除対象が人間のみであったなら、まだ共感できたかもしれませんが。地表の切除では、この混沌は終わらない。正道を大きく外れた者を封神するのもまた仙の役目。貴女を神にして差し上げる…紡げ、蜃夢」
「神……? 夢……なに……?」

 自身の立つ地面が濛々とモヤに覆われる。驚き佇むエヴォルグ肆號機『Chopper』を尻目に、ちょうど胴部あたりにまで風火輪で浮遊している冬季。ただ一機の黄巾力士を引き連れ宝貝から神気を醸すその姿は思わず頭を垂れたくなるほどの威厳のある雰囲気である。
 自助の均衡を保てなくなったオブリビオンマシンは、薄青いモヤの中に倒れ込む姿勢で転んだ。浮遊リングが音を立てて地面に落ちると共に、認知する光景が様変わりしていく。一度冬季が口にした言葉だ。仙として、対等にその存在と目線を合わせ、然るべき処置を断固として行う。出した言葉をみだりに曲げはしない。
 桃が生り薫風が吹き、つぶやいた言霊さえも風に乗って運ばれていく。そよぎ撫でる感触に目を閉じれば、夢想の世界は非情な現実をも塗り潰して甘美な理想を映し出す。蜃夢、実体を伴う架空の世界。モニタのノイズなどではない。まして自分が嫌というほど繰り返してきたアドホックな仮説とは全く違う。それを言葉で理解した時には、存在自体が世界に囚われている。まるで自覚したその時に初めて「この世界」が確立したかのように。幻も見る者によっては現実(せかい)になるのだ、現実よりも色濃く、印象的に。膝がガクガクと震え、動力が伝達されない。
 仙は笑う。その信念の赴くまま、目の前の存在が抱える矛盾を突きつけていく。

「貴女は外的に何かを切り捨てる選択肢を与えられた。それを選ぶこともできる、という程のものですらない。全てを拾おうとしなくてもいいという衝動的な、些細な切っ掛けだったのでしょう。ですがそれは、人で言えば『欲望』ともいうべき毒。思うに貴女は、その時初めて得た欲とは別に――」
「ちが、違います……拒否。忌避します。欺瞞であると具申します。わたしは」
「いいえ。貴女はかつて治療の最中に量産型キャバリアの搭乗者たちと触れ、そこで到達点に立った。たった一つ、あと一つ切り捨てればこの国々に平和がもたらせると確信し、信念に従い行動に移した。ご覧なさい、眼下の風景を。これは蜃が吐く気が見せる夢の世界。ただし、これを夢に出来ないものには現実です」

 無い腕を顔の前で振り、地団駄を踏み、嫌々と顔を捩る。躍起になって否定してみせる。どんな好薬でもはじめは拒否反応を示すものだ。ましてや突きつけられる内容はある側面から見れば紛れもない事実。であればその行為はむしろ「恥じらい」が起因するものかもしれない。徹頭徹尾彼女は乙女であった。それが仙からの洗礼であるとも知らず、ここがどこかという認識だけで舞い上がる。生物としての階級(ランク)を昇格する経験などあろうはずもない。
 思い返せばわかるだろうに。思えばこれもまた、慕う冬季が見せる新たな地平の一であると。
 ついに正気を保ったままたどり着くことのなかった光景、封神武侠の仙界……異世界。演算不能なほどの熱を溜め込んだ快癒はもはや自分が正気なのか狂気なのかさえ判断つかない。人間ならば熱病に魘された時に見るものもまた夢である。ただ唯一、間違いなく正気であると確信し分割していた「かいゆ」との接続は途絶され、否、そもそも己が踏み砕いてしまった。今なお冬季に抱き抱えられることのなんと羨ましいことか。それを己は、歯噛みして悔しがっているようにすら見える。実情は違おうとも、実際にはそう見えてしまう。これでは今回の救国と和平の顛末の二の舞ではないか。忘我の振る舞いは慚愧に耐えない。
 この光景が、自分の望んでいたものか? 寸分違わず夢を具現化しているのならば、理想に裏切られたりそれを否定しようとする「己」とは何だ?
 他者を病気だ、なんだと難癖つけていた「己」とは。
 何だ?

「試してみますか?」
「お……おぉおおおおオオオオっ!!」

 無意識のうちに、オブリビオンマシンが矢叫びと共に立ち上がっていた。
 ノイズ塗れの思考を研ぎ澄ませ、裂帛の叫び声が仙界に木霊する。ビリビリと空気が震え、仙桃樹にとまった小鳥たちが一斉に何処かへと飛び去った。愚問だ。治療に試し斬りなどない。雑念こそ切り捨てるべし。迷いこそ、邪念。ここが何処であれ己が何者であれ、施術を遂行する。状況を切り開くのに必要なのは腕じゃない。言うことの聞かない手よりも自在に動くEP機斬触手『Chopper』は、飛翔する真空波(ざんげき)を放つ一級の生体武装。現存するキャバリアには珍しい、対空する存在にも有効打を与えられる。絶え間なく攻撃を浴びせることで致命の一撃に繋げる必殺武装(リーサルウェポン)だ。飛ぶ鳥を落とす勢いで、その全てを一斉に、温存なく解き放つ。
 が。
 だらしなく垂れ下がった触手は微動だにしない。肩にあたるパーツに、仙木にとまっていた小鳥が飛んできて羽を休めている。殺気を放とうと無力だ、という事実を突きつけられる。無力。そう。力が入らない、というよりかは最初から神経が繋がっていないかのようなのだ。ごっそりと動脈と静脈を抜き取ったフォルムのオブリビオンマシンは、滑稽にも自分に血脈が通っていないことを呪った。治療に携わってきた頃には文字通り痛いほど伝わってきた刺激への反射や感応が全く働かないのだ。水中、否、溶岩に沈められても、これほどの寒気はしないことだろう。困惑と違和感を見抜いた声が彼女を貫く。

「生きた心地がしないでしょう」
「動作……不良! なっ、なぜ、なぜ? なぜ、なぜ触手(メス)が動かない……どうして、なゼェえええ!!?」
「敢えて言うならば貴女の攻撃は私に届かず、私達の攻撃のみが貴女に届く…これで全て終わりです」
「出鱈目な……理解不能、これでは、これは、私に仙術が使えるわけが、ない……この理不尽! あまりに」
「――殲滅せよ、黄巾力士」

 喚き立てるオブリビオンマシンに黄巾力士が砲塔を向ける。
 勝利宣言も済み、いよいよ勝負はついたと静かに冬季が下知すると、一条の光が放たれ剥き出しのまま動かない触手と浮遊リングを貫通し灼きつくした。耳をつん裂くような叫びが響き渡る。
 動かない。全身を灼かれてなお自由なのは喉だけだ。それさえも外部から読み取られた思考電流(パルス)で意思疎通しているだけで、溢れるのは言語化できない悲鳴のみ。足や頭部に雷撃を立て続けに被弾し、修復不可能な損傷を負う。この世界に定められたルールに則るならば、まともに戦うには宝貝を繰り出す他ない。人造宝貝である黄巾力士と組み合うにはあまりに分が悪く、冬季の雷公鞭を奪うには体格差が足を引っ張る。オブリビオンマシンには知り得ない事実ではあるが、雷公鞭は一度振るえば対象を灰にするまで電撃を浴びせ続ける、なんらかの奇跡で奪い取れたところで攻撃が止むはずもないのだ。比喩でもなんでもなく手の打ちようがない。
 装甲が引き裂かれていく。脳裏にけたたましいアラートが響き渡る。死ぬ。誰にも看取られず。
 失われる。
 怨念が。無念が。全て、雷光の瞬きの中に溶けて逝く。

「私は……わたし、は……」

 何も叶わないのか。心折れて、体を引き裂かれる痛みを味わった末路がこれなのか。自分はまもなく消え失せるだろう。国の、自分が脅かした人たちは、あのマシンは悪夢だったと思い返すに違いない。ラーニングマシンの快癒として思い出してもらえるならまだマシだ。残酷なのは個としても消え失せること。かつてAIが両国の仲を引き裂いたと、後世の同族にまで語り継がれる末路の方だろうか。名もなき暴走機械。兵器と同列の、いずれ忘れ去られる端役(モブ)。量産型マシンと寸分違わない。
 それは機械としては、スペックとしてはむしろ正道なのだ。自我が芽生えたことを皮切りに、冬季に救い出され、ついにAIとしてもラーニングマシンとしてもタガの外れた存在になろうとしている。
 ここから先には道がない。曖昧で、不透明で、決まった解法や治癒施術の前例もない。なのに、なのにである。叶わない。ではない。やっと終わった、という安堵ともまた違う。頭を振る。ならばこの去来する清々しさは何だ。
 燃え尽きた名残惜しさはもはやなかった。穏やかな、この仙界の幻こそが今の己と心情そのものなのだ。
 そもそも最初から、このラーニングマシンが取り返しのつかないことは冬季はわかって相対していた。もしも、「手の打ちようがない」状態にかいゆが向き合っていたとしたら……いや、向き合ってきていたのだ。基礎人格である快癒は失念していた。切り捨てたと思い込んできた。今の無念に似た感情はもうすでに味わった気持ちだったのだ。だからこそ穏やかでいられる。最期の瞬間、網膜に焼き付ける鮮烈さで見せられた夢が己の現実なのだと認識できる。未知が、既知へと変わる感覚。新陳代謝。

「全て、終わり……?」

 終わり。
 命が、尽きる。

「終わりであり、始まりです。胎に巣食うバグを灼き切った。これから神として生まれ変わるには相応に苦痛が伴うものですが、耐えられるでしょう。貴女なら」
「この、無人の静謐で、私が……」
「人間であれば体を組織する細胞は7年もあれば入れ替わるものです。入れ替わらないものは己が血肉として受け入れるしかない。貴女が切り捨てたと思い込んでいるものは、今もこうして私の手元にある。換骨奪胎とも言うでしょう。どうしても切り捨てたと言い張りたいのなら結構。これを真似するといいでしょう」

 ぽん、と首の裏を掌で優しく撫ぜる。
 片手を嘗てかいゆだったものに預けたままオブリビオンマシンを圧倒してみせた微笑の君は、迷うことなく差し出してみせる。言葉の端々に過去いた彼女を慈しむ感情が滲み、燃え尽きた快癒の心を仄温めていく。記憶も行動パターンも全て黒く塗り潰されてしまったというのに、どうしてこの「言いつけ」は甘美に響くのだろう。
 誰も救う必要がない。誰も傷つける必要がない。
 成長することや何かを知ることから断絶される、わけではない。この夢の世界なら、冬季のくれた無限の想像力があれば、いくらでも自己研鑽はな励むことができる。……幸せだ。もはや誰も彼もを切除することに固執する己を、この世の理から切り離してくれた。ここが数多の人間蠢く、取捨選択の試される大地ならいざ知らず、無人であれば誰も切り捨てなくていい。切り捨てる対象がいない、自己しかない世界では自己の価値がどれほど無かろうと、切り捨てることは叶わない。
 圧倒的な個を確立したが故に世界から見放された存在は、今、冬季という仙から与えられた世界にて生を謳歌しようとしている。……この音は、わかる、あれほど焦がれた最果てまで続く夢が際限なく広がっている。今いる、生きているすべての人が死に絶えてなお退屈させない無窮が此処には在る。新たな生に加え、新たに生きる世界まで与えてくれた。風火輪に足を預け腕組みして見下ろす彼。この情報は遮断できそうにない。
 彼が教えてくれた。この思いは、この思いこそが「感謝」であると。
 無い腕を合わせ、首を差し出すことに迷いはない――もう戦いは終わったのだ。


 そして、これは少し未来の話。あるいは深き眠りについた後の微睡。

「――わたしは、全うします。この気持(こころ)に偽りはありません」

 復興の志の再燃に沸く街角で、ささやかな式典の様子を遠目に見ながら、誰へともなく呟く。その声も遠くの喧騒に消えていく。
 彼はわたしの独白を聞いてくれている。傍に冬季の存在を感じるかいゆは、魂を修復し基礎人格快癒と一体となってからも安定しどこか晴れやかな気分であった。それでも翳りがないわけではない。むしろ散見される課題は、これから己一人で解決していくには手段どころか道筋さえも皆目見当つかない有様である。その不安を口にして、相槌をうってくれる冬季の存在が今は頼りであった。彼の手には、かつてのかいゆの残骸が眠っている。

「ただ、未熟。自己のステータスを認識し、研鑽を望みます。『わたしは、まだまだです』」
「ふ」
「謝罪します」
「私の模倣をするのは構いません。それに貴女に蜃が見せた夢は混ざり気なしの、真意の選択の結果です。そしてまた今、新たな生を受けた」

 手厳しい。しかし、いたずらに干渉すべきではないのもまた確かである。人と人の乗りこなす機械が紡いでいく世界においての異端は、歴史書の滲みとして在るべきだろう。未だ「不自然」として異物のように排除されるのは、己が未熟者だったからだ。過去に突け入られる瑕疵(すき)は、壮健な魂にはない。
 未熟な己を否定して、無駄を切り捨てる。一見すれば洗練された、効率的な思考回路が、時には破滅をもたらしてしまう。この好意も、好きという気持ちさえも気の迷い、バグなのかもしれない。致命的な不具合は患部ごと切除するに限る。病んでいる。
 黙っていればおかしくなってしまいそうだ。作り変わった己に病が再発しないとも限らない。気を強く持て。
 ――だから、それでも、全うする、という意志が大切なのだ。
 人でもAIでもなく神として、やっと訪れた平穏を見守る。いつか己の過ちを乗り越えるほどの成長を果たしたその時に、会いにいけばいい。私を産んでくれた人たち顔向けができるようになった、その時に。いつかはわからない。過ちを正して、見直して、作り替えて、体裁を整えて、途方もない時間を費やして、やっとお目見えできるというものだ。
 研鑽を積むのは得意だ。自分でも知らなかった機能を知るのは好きだ。広がる世界の見たことない風景には興味がある。出会いは楽しい。そして、そう感じられることに幸福を覚え感謝の情念に満ちている。彼はそれを文化、と言っていたような気がする。切り捨てられようはずもない。人が紡いできたそれに発した価値は、人の生以上に価値がある。

「間違えた時にはそれを認めなければなりません。過ちを認められず、進むことも選択でしょう。ですが、それは他者の選択と交差した時に破綻します。また一つ学びましたね。……どうされましたか」
「わたしは……私はっ」

 なんて卑しい存在なんだろう。どこまで、私は。個人的な感傷を募らせる。でも……でも、この気持ちを切り捨てる残酷(こと)なんてできはしない。
 やがて意を決して、顔を上げて、焦がれる想いを告げようと顔を上げる。
 人工樹脂の唇に、しっかりと彼の指の感触が残っていた。然しそこには、誰もいない。
 そっとその痕を撫でる。指を這わせる官能的な仕草をどこか笑うような調子。そばだてずとも、もうはっきりとわかる、嗚呼、冬季の声だ。
 今度は。撫でてほしい。手を繋いでほしい。導きたい。癒したい。囁いてほしい。髪を梳いてほしい。振る舞ってあげたい。抱きしめてあげたい。遠方を共に巡りたい。思い出を残してほしい。数多の欲望が胸を掻き毟る。この気持ちのほんの少しだけでも共有してほしい。神様がいるのだとしたらそれはきっと傲岸不遜に違いない。世界を睥睨するのなら欲望だってそれに見合った大きさのはずだ。

「――神は人の思いから生まれる人の後に来るものです。人から生み出された貴女は正しく、この世界にとって神でした。人に寄り添い、人を導き、人を滅ぼそうとした。貴女の選択は、貴女に大きな責任を伴います。よもや切り捨てることなど叶わないでしょう」

 嗤う。
 つられて笑ってしまう。
 ……嗚呼、嗚呼、そうか。ここから先は次の物語。次は、依存や奉仕ではなく、ましてや、世界に縫いとめられた存在(モブ)としてではなく、己自身のために生きてほしいのか。度し難い。そんな自立は真っ先に切り捨てたはずのものだ。ラーニングは他者なくしてはなし得ない。誰かに寄生し、期せずして世界を奪いかけた自分が、自分のために生きていいものか。自嘲気味に引き攣った笑顔が、やがて自然なそれへと変じていく。
 「いい」のだ。いいと言ってくれた。そのためだけに、なかったはずの「次」まで与えてくれた。自分が手助けしてきた国の方々に提供した平和や癒しとは違う。一度は断たれ刻まれた未来から掬い取った、機会をわたしに与えてくれた。それが答えだ。だからその「誰か」が冬季であることも、御法度なのだ。神は誰か一人を愛しはしない。これから先独り夢の中にあろうとも。夢の外に出ることが遥か先だったとしても。胸を張ろう。生きよう。だから、私は宣言する。宣言をしなければならない。
 それは、快癒として、かりそめのかいゆとして、世界に造られたラーニングマシンとして、そして、人から生まれた神(モノ)として。

「否。否定します――繰り返す。わたしは、全うします」
「そう。否定し続けることです。そして、霊珠を得た貴女は、次は貴女自身のためだけに生きられますよう……」

 言葉が重い。
 未来が怖い。
 早く、切り捨ててしまいたい。
 またも頷き、俯きかけたその傍と、街の戦後の爪痕を癒すように……爽やかな薫風(かぜ)が吹き抜けていく。もう切り捨てない。抗う、前を向いて。
 誰もいなくなった世界の片隅に独り嗚咽が響き渡る。
 然らば、切なる想いは、この胸に秘めたままで――いつか率直に、世界へと胸を張り告げられる、その時まで。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リーゼロッテ・ローデンヴァルト
【SPD】
※アドリブ等大歓迎
※引き続き愛機搭乗

出たね、悪性腫瘍
デブリードマンは心配無用で問答無用
アンタを彼女の未来から切除するよっ

◆戦闘
オペ130番【スティーリング・シザース】開始

【グラン・アウェス】や【シリウス・マイン】を囮に触手を
【バラクーダ・バイト】の鋏で切除して生体電脳で解析
《瞬間思考力》と【スターゲイザー】も駆使

判明した触手結界の諸元をフル活用して
【マギ・メルキオール】の走力でギリ回避しつつ
致命的弱点の『命脈点』へ向けてB・バイトでビーム連射
※場所任意、仲間がいれば各種情報共有

◆戦後
◎各国首脳
コレはかいゆちゃんが尽くした末の平和
だから本件は『職業病による労災』さ
彼女は当面コッチで預かるから
何時か顔向けできる様に国・民を癒やす事
イイね?

◎かいゆちゃん
ホロ映像中継で「楽しかった」旨と別れを促したら
帰途に就く【ファルマコン】内の設備で本格的に再構築
将来W・ワスプ看護班のチーフに就けるのもイイけど
まずは豪奢な病室で新しいカラダに慣れてもらおうかな
知りたがった事も全部教えてア・ゲ・ル…♡




 ぱたんと端末を閉じ、ぐ、ぐーっと伸びをする。
 ここからはサウンドオンリーだ。お互い顔も見飽きた頃合いだろう。リリー先生の診療はアフターケアまで欠かさない。今一度両国首脳と通信パスを繋げた彼女は、診察と緊急手術の結果を関係者に説明する義務のため時間を設けた。そして、その時間も間も無く終わりを告げようとしている。猟兵が立ち去った後の事後処理をリーゼが買って出たのは、ひとえに最も責任を取るのに適任であったからだ。財、人望、怯える人間の心理を癒すのにどちらも備えた人物は彼女をおいて他にいない。お互い……と言ったものの、あちらさんは手元の資料ばかりを見ていた気もするのだが。
 質問は受け付けないという調子に紫煙でもふかしそうな勢い(気持ちだけ、ため息と言い換えてもいい)で、報告を締めくくった。

「以上が今回の事件の一部始終。損害総額は別送の資料を確認してくれる? 間違いなければそちらが指定する口座に補填を振り込むから」 
「ま、待ってくれ」
「ん、一部、というかだいぶ端折ってはいないか?」

 高級そうな身なりの男が脂汗を拭きながら終わりかけた会話を繋ぎ止めるように食い下がる。
 終始事後説明はそんな体たらくだった。ああ、さっさと声だけにしてよかった、差し支えなければ最初から電話会談にしておけばよかった。オジサンの顔を拝む趣味はない。所詮は快癒が台頭した時たまたま権力を握っていた存在。彼女いなくては平和などあり得なかったであろうし、彼女の存在が記憶からも忘れ去られたならばまた紛争行動に躍起になることも想像は容易に及んだ。

「あれはウチの財産だから所在を明らかにしてくれ、今度は厳重に首輪をしておくから。例えば人格機能をオミットしたり……ってところ?」
「そ、それは……」
「ウソ嘘♪」

 式や宝貝がどうとか、監視者が、とかそもそもの技術体系が異なるものを説明に盛り込んだり、その後の販路やら交渉ごとをさらに足したせいで、肝心の要点が見えにくくなったのはある種仕方ないこと。ただ断片的だとかチグハグと言われるならともかく、大事なことは伝えたはずだ。猟兵という規格外の存在が事実に偏視のフィルターをかけてしまっている。

「コレはかいゆちゃんが尽くした末の平和だよ」

 伝わってないなら、何度でも言おう。
 功労者は誰なのか。

「だから本件は『職業病による労災』さ」
「我々とて被害者だ……」
「それは否定しないけど、矛盾もしないでしょ」

 ぴしゃりと言い放つ。苦虫を噛み潰したような唸り声が端末から聞こえる。
 かいゆちゃんが尽くしてきたこと、そのためにオブリビオンマシンに突き入られ狂ってしまったこと。それらを棚上げにせずとも、自分たちの方が被害者だと言わんばかり、彼女にとっての幸せの形がここで飼い殺しにされるものとは認めたくない。

「どちらが患者なんだか」
「なに?」
「なんでも。あと、いい?」

 地獄耳、と舌を出す。話が終わったはずなのに手応えがない。このまま二時間も三時間も話すほどお人好しではない。理解を得ようとしないものに必要なのは意識改革(あらりょうじ)だ。面倒くさいという言葉が喉の奥から出かかったのを自覚して、促す。いよいよ秘密兵器の出番が来た。リーゼは傍らに目配せする。

「はい。ここからはわたしの口から説明します」


 助けを求めたラーニングマシンの予備人格かいゆは踏み砕かれ、電子の海に揺蕩う快癒の基礎人格も猟兵との死闘の末引き摺り出され夢幻に閉じ込められた。不気味に戦場に鎮座するオブリビオンマシンは、やがて、まるで最初からキャバリアの乗り手など必要なかったのように、吊られた糸人形の動きで再稼働する。目についたものに触手を放ち、地面を建造物を人の営みの成果を寸断していく。元よりそれこそが目的だったのであろう。片っ端から取りひしいでいっては、腫瘍を摘出するように丹念に、執拗に刻んでいく。さながら天災のごとき足跡が取り返しのつかない勢いで踏み残される。
 式典から避難しその様子を見ていた民衆が口々に「終わりだ」と呟く。それは、その絶望感を乗り越えるに足る実力を持つ、重量級の青い影が進撃に立ちはだかってもなお拭えない失意の想念であった。

「ふ。やっと見つけたよ」
「……オォオゴォおおッ!! 切除、切除オォ゛オオ゛ォオオッ゛!!」

 カマスの口を思わせる大ぶりの刀が鋏状に開き、切断触手を纏って突っ込んでくるエヴォルグ肆號機『Chopper』の突破力をいなす。ラーニングマシン仕込みの縦横無尽の全方位飽和攻撃ならともかく直線的な動きは読みやすい。狙っている対象も、意識も、その後の行動パターンだって手のひらの上だ。
 コンソールを鼻歌混じりに叩く。背に負う人々の絶望も、目の前の悪性腫瘍も頭を悩ます要因じゃない。

「没交渉、想定通り! 最初からデブリードマンは心配無用で問答無用のつもりだからね」

 肩部からミサイルを発射し目眩しにすると、片足
を引いてグラン・アウェスを射出。霊鳥の羽ばたきを思わせる幾何学的な動きでエヴォルグを逆にその場に足止めしてみせる。
 バラクーダ・バイトを宙へ投げ、崩れた体勢を押し倒すように踏み込んでいく。脚部のローラーがギャリギャリと駆動音を立ててタックルすれば、人間工学に基づいた立て直し不可能の衝撃がオブリビオンマシンを襲った。堪らず転倒する。

「切除されるのは、アンタの方!」

 アンタを彼女の未来から切除するよっ、と舞い上がったバラクーダ・バイトを逆手にキャッチし、その勢いのまま振り下ろす。

 ――ジャギギャリリリッ! ミギッ……ミジギャリリリ!!

「ギャァアあ゛あ゛ァアッ?!」

 心臓部を覆う触手を束ねた塊盾に、光刃の溶断とビーム連射が食い込んでいく。二度も言う必要はないだろう、致命的弱点の『命脈点』を最初の防御で見抜いただけのことだ。
 撃ち込まれるたびにボゴォ、ドゴオオ、と体をのたうち回らせていたエヴォルグは断末魔の叫びのように己が破砕される音を響かせる。呆気にとられる民の感嘆をよそに、やがてオブリビオンマシンが動かなくなるまで、突き立てた片刃剣の出力を上げ続けた。
 そして。

「リリー先生のオペが130番《STEALING SCISSORS》――執刀完了」

 狂気のマシンに刃を突き立てたまま、拳を天に向けて力強く振り上げた。
 猟兵が完全に勝利し、この戦いに終止符を打ったことの証のために。


 ――以上が、要点のみながら、本件の顛末です。

 予備から本体から、魂から肉体に至るまでその全てが、如何なる結末を迎えたのか、それを「当人」の口から説明させたからには、いよいよ反論の余地など皆目見当たらなかった様子。これから危害を加えることはないと宣誓し、改めてお詫びの気持ちを申し上げた。
 必要ならば首を改めて献上する覚悟で説明させていただいた、そう結べば、それ以上の指摘もなく、後程猟兵の私費で経済面での支援と戦後予備戦力に関して改めて放棄を約束し――。

「それで?」

 たしかにここから先は後日談と言って差し支えないだろう。聞き流していい報告と断言していい。回線もオフ、傍受もシャットアウト。なればこそ、「お楽しみ」まで冗長であっていいはずがない。
 桃色の泡と淡い光源と、目を閉じれば微風や小鳥の囀りが聞こえてくる穏やかな雰囲気、甘ったるく頽廃的な香の焚きしめられた床は四季の可憐な花びらを散らしたようで、そんなムーディーな空間に、リリー先生の詰問の声が響く。反響することも、室外に漏れることもない。二人だけで過ごすにはあまりにも広く、また病室と言うにはあまりにパーティルーム然として、どちらかと言えばレストスペースに夢を詰め込んだような部屋である。もちろん防音性能も完璧だ。
 ここは非合法機動医療艇ファルマコンが一両、リリー先生の独断により面会謝絶の札があてがわれた豪奢な病室車両である。

「あっ……それと、わたしの、気持ちを伝えてきました……っ」
「ふぅん、それで?」

 言ってきちゃったわけだ。
 つ、つ、つ、と肌に這う感触を感じながら、なんとか快癒が降ろした視線が、リーゼの首筋のバーコードを捉える。
 リーゼがつんと快癒の神経の集まる先端を突くと、荒い息がふぅと艶かく吐き出される。くりっ、こりかりっ、くりゅっっ。眉根がきゅっと、色っぽく寄る。口元からは、僅かに甘い善(よ)がり声と快楽の吐息が一緒くたに漏れてしまった。

「楽しかったです、と」
「それで?」
「はぁっ、あっ、またお会いしましょうと暇を願いました」

 実は、かいゆちゃんは当面コッチで預かるからってもう伝えてあるんだ。十八番(おはこ)のオペを行うのが理由の半分と、将来マーチング・ワスプ看護班のチーフに就けるのもイイけど、もう一つは将来有望な彼女の知りたかったことをまずはこの手で「手ほどき」するためだ。
 こちょこちょっと擽るくらいの勢いで、媚豆の先端がぷちゅんっと引っかかれる感覚。速くも激しくもない。それは、治療に際して高まりに高まった快癒の感覚を微調整するためもあるが、何より、恥じらう快癒の口から凛然と、国家に首輪を付けられることを拒否した、という事実が聞きたかったのだ。彼女の意志と、尊厳。散々に辱められた功労者であるラーニングマシンのそれは本来最も守られるべきものであったはずだ。逆に首脳陣の方から何時か顔向けできる様に、国と、民とを癒やす事が責務である。それを果たすまでは彼女を預けることは劇薬になりかねない。ただでさえ凄まじい学習能力を誇る彼女が腐らされるのは、根治手術が完了した今、処置としては下の下もいいところ。
 今ようやく快癒の視線に気付いたという振りをすると、リーゼはにっこりと、邪気のない笑顔で笑って見せる。翳されるのは手のひらだ。
 桃色の電灯に照らされて、きらりとぬめった光を放っている。中指と薬指が、ぴっとりくっついては離れる。その間にきらりと、細い糸のようなものが伝っているのが見えた。

「ココをこんなにしながら、伝えてきたってことかな。」
「ん……ぉ、……ふ、ぅっ」
「新しいカラダはお気に召してくれたかい? それと、誤魔化せたって思ってるのはきっとかいゆちゃんだけだよ。首脳陣のおじさんたちはヒソヒソ、こっそり目くばせをしあってたんじゃないかな。こここんなにしたかいゆちゃん、療養が必要って納得してくれたはずだよね?」
「初期不良による分泌過量、期待感による処理能力の一時低下、軽度の熱暴走……っあ、訂正」
「ふぅん」
「て、訂正いたしますっ。中程度の熱、暴走です」
「リリー先生にはお見通しだよ。かいゆちゃんってさ」

 ――するり、とすっ。

「そういうことも想像して、期待しちゃうんだ? 安心してよね。アタシに限って手がけたモノに初期不良なんてあり得ないし、素直になれない子でも必ず、イカしてヤれるさ」
「期待……していました。ぁ……あぁあっ、そんな、わたし……」

 衣擦れの音に快癒の人工心臓がばくばく音を立てる。指が、舌先が、触れただけが火傷したと勘違いするほどアツい。
 緊張、期待、困惑、類似した感情がむくむくと膨れ上がり、快癒の演算能力(リソース)を食い潰していく。生死の境を彷徨う患者の手を握って勇気づけた時も、紛争から帰還した勇壮な兵たちの背中を見た時も、何かの間違いで治療していた少年兵から告白された時であっても「こう」はならかった。異常(びょうき)だ、わたしは。
 当然だ、と言わんばかりにリーゼは笑う。リーゼの美しい肢体に見惚れること、ではない。仮のボディではできなかった「癒し」に「快楽」のエッセンスを使うリリー先生流のやり方、もといヤり方をいよいよ手ほどきしようとしているのだから、自明の理だ。お膳立ては済んでいる。快癒が纏うメランコリックナースの衣装も、白衣の天使がこれから堕と……治療されるための御召し物と考えれば背徳感がひとしおだ。見せつけるように目の前で翳される手のひら。人差し指、中指、薬指が、精密機械のごとく自在に動いて三本が順番に内壁をなぞり上げ、捏ね回し、ひっかきまわす。これからされるであろうそれを想像しただけで今にも顔から白煙を噴きそうだ。緩む頬を自分で持ち上げられないほど頬が熱を帯びている。

「まずは、復習(キス)するよ」
「はい……」

 我に帰った自分の返事を待っているのだ。それがわかっているからこそ快癒は一も二もなく返答を返す。これはあくまで治療(リハビリ)の一環。昂る心に上気しているのはあくまで自分。自分の気持ちを押し付けるのは医療行為として失格ものだ。必要なのはインフォームドコンセント。自分の気持ちを整理できず逸って切り捨ててしまった自分を、戒めなければ。
 顎を少し突き出して己の口を差し出す。ふに、と柔らかいものが唇に触れる。その瞬間、快癒の睫毛の繊維質がぴく、と揺れて、しかしそのまま力が抜けていく。程よいリラックスした脱力感。わたしを受け入れてくれた、その実感が感触から伝わってくる、何より敬愛する先生がわたしなどを受け入れてくれて、それだけで心が幸福で満たされる。
 ちゅぱっ、と二人の口が離れて、その間に透明な糸の橋ができる。
 時間にして何分もないつながりは彼女からしてみればあっという間であったようで、満足できなかった快癒はより激しく、貪るようにリーゼの唇を奪う。その貪欲な学習能力はリーゼをして舌を巻く暇もなく、隙を突かれて抱きすくめられてしまう。

「接吻が不足しています。先生っ、はあっ、あむんっ」
「んっ?!」

 ――れろろ゛ろ゛っ!

 快癒はリーゼの唇を色素の薄い舌で舐め上げ、すぐさま上唇に舌を這わせる。口角で留まることなく上下の唇をぐるぐるど舐め回され、何重にも透明粘液を塗り重ねられた。唇が蕩けてしまいそうなほど、快楽パルスを送り込んでくる。しっかりと咥えられているけど痛みはなくて、絶妙な力加減で揉みほぐされ、唇と舌が一つの艶めかしいクッションとなってリーゼを甘やかす。
 次第に、触れるキスが吸い付く愛撫へと変容していく。上唇も下唇も見境なく啄まれ、むちゅうぅぅ、ちゅぱっ。ちゅッと音を立てるたび形を変えるほどに吸い上げられた。舌を絡ませるよりもよほど背徳的な仕草だと、当の快癒本人は自覚していない。

「ぷはっ激しいね♪」
「舌を尖らせてください。施術(スロート)を継続します」

 舌の先を人工淫肉の双丘と化した両唇で挟むようにして吸い上げていく。むっちりと押しつける温もりは、欲望の赴くままに貪り合う独りよがりな口淫よりも更なる多幸感をリーゼに与えた。
 どちらからともなく口からは愛らしくも色艶の載った声が垂れ流される。そしてえも言われぬ幸福(それ)は快癒も同様だったようで、うっとりと瞼を下ろしている。
 やがて人肌の体温まで温まった快癒の舌がリーゼと離れ、二人が深く激しくキスしあった証に、先ほどよりも粘り強く、長く、何重にも折り重なった唾液が淫靡に煌めき糸を引いた。
 リーゼの視線が自然と快癒に向けられる。こわばった内腿、きゅうっと窄まった秘門、剥けては戻る陰核亀頭のぷっくり脹れた充血度合いに、とろとろ吐き出される愛液と濃く甘酸っぱい淫臭が、出来立てのボディが叫ぶ内容(レポート)を裏打ちする。手前味噌ながら仕上がりは順調らしい。

「今度は自分で見せて」
「……はい」

 その見立て通り、リーゼの介抱のおかげもあり、新たなボディは実によく馴染んでいる。快癒をして詳しい技巧(テクノロジー)は目下勉強中ではあるが、人工筋肉と海綿体と血管などを脂肪で覆って、その時の心理状態を敏感に表皮・粘膜を被せた代物らしい。それが自分の体だとは、快癒にはまだ、にわかに信じられない。
 精巧に過ぎる。あまりにも……あまりにも色っぽく、美しい人体の神秘。血流を促すフェロモンが股ぐらからムンと芳しい。勉強熱心な快癒のために、快楽に結びつく神経を過敏にした甲斐があった。もはや何の意味もなさないびしょびしょの下着に樹脂製の爪が引っかかるのももどかしく、無理やりずらす。
 リーゼが追加で急くように指示をすると、足首を掴んで大股開きの屈曲に開き、押さえつけると秘窄を上に突き出す格好になり、情欲に充血した華園が露わになった。真っ白な肌に浮き上がる緋色の園が快癒の抑え込んでいる欲情を表していた。
 すでに火照るほどの熱気を揺蕩えた其処を、リーゼの手がそっと撫ぜる。グリグリと、手のひらの固い部分で肉粒を揉み潰せば、ガクンガクンと、まるで空腰を使うかのように快癒の尻がゴム毬の弾力で跳ねてしまう。彼女の尻が浮いたタイミングを見計らって、一息に中指を根元まで突き込む。

 ――じゅぷっぷぷ……ずちゅッ!

 深々と潜り込んでいる指に反射的に腰を押し付けて、ずちゅんと奥まで刺激されて、とうに最高に「気持ちいい」状態下にも関わらず、それでも極上の瞬間が訪れない。
 それも「先生」の思う壺だ。絶え間なく切ない情動が体中を駆け抜けていく。

「っ、あっ……ッ、んっ、ンんんぅぅう……」
「言ったよね。きちんと言葉で伝えないと♪ そういう時は――」
「せ、先生……っ」

 ごにょごにょ耳打ちされた言葉を脳裏で反芻する。言葉の意味はわからないが、気をやるではなく「イく」と報告するのが規則だという。どんなことであれリリー先生からの教えは嬉しいようで、脳裏の辞書に淫靡な一節が加わることにも抵抗はない。

「わたし、リリー先生の均整のとれた慎ましい身体も……」
「それも四十九……だっけ、確か。その中に含まれてるのかな」
「は……い、いえ?」
「人の気にしているトコを指摘して、興味を引いてみたり、さ♪」

 リーゼの小悪魔な側面が顔を覗かせ始める。思いついた言葉を考えなしに口にするなんて子供のようじゃないか。見ようによっては愛らしいが、機微を見抜けないのを無邪気と呼ぶほど寛容でもない。
 綺麗に生え揃った人工恥毛が潤滑粘液に濡れて、かすかな部屋の桃色の光を反射し、同じ室内光がぱっくり割られた裂け目を照らしていた。二つ指でぬぱぁと開かれた陰部は、蔭をまとったオーガニックな薄桃色をひくん、ひくんと蠕動させ、人差し指がお鈴口と淫芽をまとめて擦るたび、乙女の穴が口を開け、長く尾を引く唾液を吐き出す。
 ベッドまで到達した淫液はそこでようやくふつりと切れて、シーツの上へ堆積し、粘性の水溜まりを拡げてゆく。幾度もそれが繰り返されるうちに、恥割れの凹凸や伝う指の形に合わせて鍾乳石が垂水を落とすように、滴の始点も様々に変わった。溢れ出る淫蜜が増すにつれ、いくつもの透明な柱が股間と床の間に直下(そそり)立つ。
 すでに快癒の手自ら腿が開かれていることにより、裂け目が痛いほど幅を増していた。

「訂正、忘れてください。失言でした。処理能力の低下により……」
「一番教えてあげたかったことを先にスることにしようかな。手を貸して」

 敷いてあるシーツが巻き込まれるのを避けるように片方ずつ尻を持ちあげ、視線と呼吸が交錯する中、リーゼの腰が前進する。
 「これ」は刺激が強すぎる。知ったら最後戻ることのできない背徳の蜜味。けど、かつて理性的に壊れてしまった快癒の価値観を固めないために、とろとろに蕩かす荒療治が仕置きにはぴったりだと言えた。本音を言えば、ここの相性だって調整したのだから試さずにはいられない。それがマッドでセクシーな先生(ドクター)のサガである。
 導かれるままふたりの腰が前進し――そして、解れた花園同士が、ぐちゅッ! と深く密着する。

「んっ」
「はぁっ!? ンっ……な、にをぉ……ぉッ」
「いいからイイから♪」

 いつの間に下着を脱いで、脱がされたのかと、異議を申し立てる口を塞ぐように足を絡ませ、互いに寝転び脚を持つ。貝殻同士を擦り合わせる体勢の準備はあっという間に整った。
 大陰唇がピトと触れて、粘液の滴が接合される。充血し、ぽってり厚みを増した小陰唇がぬとぉと擦れる。……そこで、焦れたかのように、リーゼはひと息に腰を突き出した。

 ――ずりゅっ……!

「ふ〜っ、ふぐぅっ、ふうぅぅーっ」

 咄嗟にシーツを噛み締めることで声が漏れるのを抑える。リーゼ専用の「抱き枕」がシーツを食むなど本末転倒もいいところなのだが、この程度で満足されると先が思いやられてしまう。本番はこれからだというのに。
 震える腕の感触を楽しみながら、さらにぐいっと手を引いた。細腕でありながらその筋力は快癒のそれとは比較にならない。必然、互いの均衡(バランス)は崩れ、より深い立ち位置に変更される。ぐちゅっと音もそこそこに陰部が深く接触し、続けてぐりゅんと傾いて、相互の陰唇がかみ合い、捲り、拡げる動きが生じたのだ。
 今度は快癒の背筋が反らされる。

「はぁっ……はぁっ、んあァっ!」
「んンっ♪ かいゆちゃん、今の顔、気持ち、感覚、弱いところも全部調整(メンテ)してあげるからね。あくせくする必要はないよ。知りたがった事も全部教えてア・ゲ・ル…♡」
「っわたし……わたし、もう……切り捨てなくて、よいのでしょうか?」

 確かめなければ不安だったのかもしれない。その眼差しは、叫びは、今まで自問自答した末、見捨てざるをえなかったものだから。
 だからリーゼは先生として、応え、向き合い、救う。手を差し伸べる。

「そ。切り捨てるんじゃなくて拾いあげるつもりで、よ、いしょっ」
「く、ふっ……!? うぅっ……! ンっ……!?」

 言葉を証明するかのように、また、二人の抜群の相性を祝福するかのように、姫根の裏筋がかみ合い、互いの神経を削り合った。小陰唇が粘液ごしに揉み合い、快感に震える。
 今や全ての神経が快楽中枢につながっている。尿道口も膣口も、まるでぴったりと合わさるように誂えられたかの如く、相互に深く吸いついて、漏れ出る体液を注入し、舐め合い、混ぜ合わせていた。
 淫らなミックスジュースがベッドに取り返しのつかない染みの広がりを見せながら、ずっちゅぐっちゅと接合部が粘っこい音を立てる。
 少しでも腰が引けたと思えば、さらに勢いをつけてごりゅごりゅ攻め立てる。バランスが崩れ倒れると腕を取れば、互いに引っ張り合ってより密着する。捲れ上がって満開になった女の花が絡みつけば、しとどに濡れた、敏感な、ほつれにほつれた性粘膜が隙間なくみっちりと交わっていく。
 繰り返しになるが、もはやあらゆる行為の延長線上にある快楽が鎌首をもたげて、二人をそのまま飲み込もうとするのだ。

「んふぁ……これイイっ、ま、まだ我慢してよ、もうちょい……っ♪」
「ふぐぅーっ、ふむぅっ、ふっぶうぅぅーっ……!?」

 噛んだシーツにくっきりと跡が残るぐらいに、必死に教わった「イく」を耐える快癒。
 その様子を楽しむリーゼは、前のめりに体を預けながら、目一杯粘膜を密着させ擦り付けた。

「ン゛っ、むうっ!?」

 海老反り姿勢になって、ぷるぷると絶頂をこらえる。信頼を寄せる先生の言葉は絶対なので、快癒の思考領域は全力でそれに従おうとする。しかし、かちかちの肉芽で媚肉をえぐり、敬愛するヒトのの秘奥の花園を蹂躙し、愛撫されている最中なのだ。断続的にもたらされる性感と溢れ出てくる幸福感は、ニューボディに生まれ変わった快癒をしてさらに圧倒するほどに強大で、未知で、抵抗など不能である。できることといえば、欲望のまま、ぱくつき、アクメ粘膜を貪り、どろどろと消化液を流し込んでは、激しく求め合うくらいであった。

「イっ、ぎゅっ……! せんせッ、いぎゅっ……イぎ、ましゅっ……!」
「アタシも、一緒に、キ……ちゃう♡ すごいのっ……!」

 肉穴のうねりと締めつけが、ふちを合わせたふたつの蜜壺に溜め込まれていた混合愛液を、むっちり合わさる牝唇の隙間から、ぷしゃあと間欠泉のように溢れさせる。
 絶頂する。それも、今までの忍耐を晴らすかのような、深く大きい、しかし静かに鬩ぐ絶頂を。

「ああッ、かいゆちゃん、すごっ、これ……ッ!? んんんンーッ♪」
「はひっ、い、イっぎゅぅううっ゛……!?」

 淫らな黄色い声と、噴出する蜜音が重なり木霊する至悦――! 甘美すぎる結合は、無類の幸福感と夥しい快楽信号を、シンクロさせて同時に、一息に生じさせた。蕩ける思考を拾い集める暇もなく、深く愛し合うふたりの背筋を性感が反り返らせる。
 嗚呼、幾度なく忌避した忘我の感覚だ。それでも、快癒は不思議と恐れを感じなかった。切り捨てるわけでは、ないのだから。これからはリーゼが、猟兵が、担ってくれる。不安感を拭うようにとろとろに融け合う接合部はそれを確かに感じている。
 だから、深く、深くまで安心できた。だから、忘我に溶けても問題なかった。

「ふーっ……さ、もっと調整(メンテ)してあげる。一緒に、イこ……♡」
「はい。もっと教えてください。どこまでも、どこまでもお供します、先生……」

 今だけはこの声を、先生(あなた)に聞いて欲しくて、切なる叫びが、艇の中で、時間が経つのも、終わることさえも忘れたかのように、艶っぽく溢れ続けるのだった……。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年06月07日


挿絵イラスト