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紅と胡蝶

#UDCアース #【Q】 #宿敵撃破

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#UDCアース
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#【Q】
#宿敵撃破


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●退魔の少組織
 この街には獣が棲んでいた。
 それは突如として現れ、少女だけを狙って殺し、煙のように消える。
 一般向けの報道では、それらの事件は謎の連続猟奇殺人とされているが、一部の組織の者だけは獣の正体と所業を知っていた。
 ――獣狩りの蝶。
 その組織は密かにそう呼ばれている。
 郊外の洋館に居を構えているのは、身寄りのない少年少女を引き取った女性。
 自らマダムと名乗る女主人は昔から蝶々収集が趣味で、館中に蝶の標本や絵を飾っているほどの好事家だ。
「いいですか、紋白に揚羽、紫燕」
 マダムは子供たちに不自由のない暮らしを送らせながら、或る教えを説いていた。
「わたくしたちは特別な力を持っています。この街に蔓延る獣を狩る力です」
「はいっ、マダム!」
「力を持つ者は、それを正しきことに使え、だよな!」
「力のないひとたちをひっそり守る。それが僕らの使命なんだよね」
 彼女や子供たちはシャーマンの力を持つものだ。
 獣狩りの蝶はその名の通り、蝶々型の霊体を召喚することで、街に現れる獣――即ちオブリビオンを退治する役目を担っていた。
 マダムは夜な夜な子供たちと共に街に繰り出し、獣を退治していたという。
 危険な任務ではあるが必ずいつもマダムが守ってくれていた。紋白と揚羽、紫燕の三人の子供たちもまた、この役目に誇りを感じていた。

 しかし、或る夜。
 蝶の館の女主人が猟奇殺人に巻き込まれて死んだ、というニュースが流れた。

●蝶々と赤頭巾
 薄暗い路地裏。漂う鉄の匂い。
 己の身から噴き出した血溜まりの中で、マダムは声の限り叫ぶ。
「皆、はやくお逃げなさい! この子にはわたくしたちでは敵わないわ!」
『……して、……は、……――の』
 彼女の傍には何かを呟く紅い少女が立っていた。
 肉切り包丁をマダムに突き立てた少女は人間ではない。確かに人の形はしているのだが、生気が感じられなかった。この赤い頭巾の少女は突然に現れ、彼女達がこれまで倒してきた獣とは段違いの速さと一閃で以て、一瞬でマダムの腹を貫いたのだ。
「嫌です、マダム! ああ、血があんなに!」
「しっかりしろ紋白。おい、紫燕。紋白を背負って走るぞ!」
「うん! ごめんなさいマダム……ごめんなさい……」
 逃げることを嫌がる紋白を連れ、揚羽と紫燕は紅い少女と倒れ伏すマダムに背を向けた。子供たちが路地裏から遠ざかっていくことに安堵の笑みを浮かべ、血塗れのマダムは最後の言葉を振り絞った。
「蝶の館に戻ったら、どなたか同じ力を持つ者を頼りなさい! いいですか、これは最期の教えです。どうか、どうか皆――……に、……て、」
 最後の言葉は子供たちに届かなかった。
『うるさい』
 その理由は紅い少女がマダムに再び刃を突き立てたからだ。
 次の瞬間、周囲に漂っていた霊体の蝶が消える。動かなくなった肉塊から包丁を抜いた少女は、先程から呟いていた言葉をもう一度繰り返す。
『どうして、私は助けて貰えなかったの』
 紅色の少女は無感情な声を紡ぎながら、ふらふらと歩き出した。
『蝶の館……』
 紅い少女は肉塊になった女の最後の言葉を思い出す。
 その背後から煙から成る獣達が現れ、まるで彼女に付き従うように連なっていった。

●無念と仇
 この世界には、UDC組織以外にも独自に怪物と戦う組織が存在する。
 そのひとつが『獣狩りの蝶』という集団だったのだと語り、ディイ・ディー(Six Sides・f21861)は今回の事件について語っていく。
 彼女達は死力を尽くして、街に現れる弱い獣型オブリビオンをやっと一体倒すという戦いを繰り広げていたらしい。なかには間に合わずに救えなかった者もいたが、獣狩りの蝶達は懸命に戦い続けた。
 だが、とうとう本当に強いUDCに遭遇してしまい――彼女達は全滅する。
 そのような未来が視えたという。
「獣狩りの蝶の拠点は街の外れにある蝶の館だ。マダムと呼ばれる女主人が蝶々の収集家だったからそんな名前になったらしい」
 マダムの本名は誰も知らず、本人が名を明かすことはなかった。彼女は引き取った子供たちにそれぞれ蝶々を連想させるコードネームを付け、とても可愛がっていたという。子供たちもまた、優しくて強いマダムを心から慕っていたようだ。
 だが、組織の主であったマダムは死んだ。

「マダムを殺した者は赤頭巾を被った少女だ」
 その正体は、これまで街に出没していた獣に食われて死んだ被食者達の無念が人の姿形を得た存在だ。彼女に個や意志というものはなく、ただオブリビオンとして、世界を破滅に導く邪神として顕現している。
「便宜上、紅子とでも呼ぼうか。紅子は獣狩りの蝶に執着し始めた」
 蝶と邪神が遭遇したのは偶然だったのだろう。
 しかし紅子はマダムが連れていた子供たちを『救われた者』と認識し、『救われなかった自分たち』と比べた。憎しみのような感覚を抱いた紅子は、蝶の館を探し出して子供たちを惨殺しようとしている。
「子供たちは三人。紋白に揚羽、紫燕だ。彼らは親代わりだったマダムを失って失意に暮れている。俺達UDC組織がコンタクトを取って保護しようとしたんだが……館を離れたくないの一点張りでな」
 数日後、館には紅子とその配下となったオブリビオンが現れる。
 このまま彼らが襲われる未来がわかっていて、放っておくわけにはいかない。
「だから、皆に頼みたい。どうか子供たちを救ってくれないか」
 そして、ディイは手筈を仲間に伝えていく。

「まずは蝶の館を訪問して、子供たちと交流をして欲しい」
 彼らが心をひらいてくれれば戦闘での共闘や、館の長期滞在を許してくれるだろう。つまり、館にて万全の状態で敵を迎え撃つことができる。
 子供たちはマダムの遺言を大切にしているので接触自体は簡単だ。しかしどの程度まで心をひらいてくれるかは向かった者次第。
「先に館に訪れる煙の狼は大した相手じゃない。お前らなら楽勝だし、子供たちも何とか対抗できる力を持ってるぜ。だが、問題は紅子だ」
 死んだ被食者達の無念の塊である赤頭巾の少女はおそろしく強い。
 されど、ディイの予知では三人の子供のうちの誰かが、紅子への特攻能力に覚醒したという情報が判明している。それが誰かまでは追えなかったが、もし能力持ちの子と交流を深めていれば、紅子との決戦で大いに力を発揮してくれるだろう。
「子供たちにとって、紅子は仇でもある。……紅子の元になったのが、獣狩りの蝶が助けられなかった少女たちの無念だってのは皮肉だが、事件はあの子たちのせいで起こったわけじゃねえ」
 そんなもの、ただの逆恨みだ。
 ディイは複雑そうな顔をした後、紅子は必ず倒すべき存在だと語った。
「頼んだぜ。未来ある子供たちのために。そして――亡くなったマダムのためにも」
 目を閉じたディイは黙祷する。
 世界と子供たちを守って翅を散らして逝った、ひとりの勇敢な女性のために。


犬塚ひなこ
 今回の世界は『UDCアース』!
 獣狩りの蝶という退魔の少組織の拠点が襲われる予知がありました。館に残された子供たちと共に戦い、オブリビオンを倒してください。

●第一章
 日常『蝶舞う館』
 蝶の館と呼ばれる郊外にある洋館に赴き、シャーマンの力を持つ子供たちと交流してください。雰囲気はOPやフラグメント画像のような形です。
 どの子が館のどの場所にいるのか、どんな心境や状態であるのかは一章の断章にて追記いたします。
 交流できるのはお一人様または一グループ様につき、ひとりとさせて頂きます。

 この章の交流具合や、心の開き方で後の戦いに影響が出ます。
 また、この組織の過去の話なども聞けることがあります。優しい言葉をかけたり、ときには怒らせたり泣かせたりしてしまうことも何かの切欠になるかもしれません。
 これが正解というものはないので、皆様なりの方法で交流してみてください。

●第二章
 集団戦『六零八『デビルズナンバーのろし』』
 元より街に出没していたオブリビオン。
 小組織の面々が全員でようやく一体を倒していたようです。今は邪神となった紅子に従う配下となり、大群で蝶の館に押し寄せてきます。
 猟兵にとってはいつもどおりの雑魚戦ですが、子供たちに戦いを教える形で立ち向かったり、オブリビオンの本当の危険を教えても構いません。

●第三章
 ボス戦『紅子』
 夜道や人の背後に、ふらりと現る赤頭巾。
 正体は獣に食われて死んだ被食者達の無念の塊が連なった邪神。人の姿をしていますが、憎しみ以外に人間らしい感情はありません。
 子供たちの誰がが持っている特攻能力が発動すれば、弱体化させることが可能です。発動するかどうかは一章や二章での交流と成果次第となります。
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第1章 日常 『蝶舞う館』

POW   :    蝶の舞う庭を散策する

SPD   :    蝶を眺めながらティータイム

WIZ   :    蝶の標本や調度品が飾られた館内を巡る

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●蝶の館
 郊外に佇む洋館風の屋敷。
 其処はまさに蝶の館と呼ぶに相応しい。
 ちりん、と鳴る蝶形のドアベルが響く玄関。通路を抜けた先のエントランスには蝶が舞う様が描かれた大きな絵画があり、客人を華やかに迎える。
 屋敷をぐるりと巡ることが出来る回廊は豪奢なつくりになっており、花と蝶の絵や装飾用の蝶籠が飾られていた。
 応接間やマダムの居室だった部屋や、コレクション室と呼ばれる場所にもそれぞれ、美麗な標本や蝶をモチーフにした調度品が美しく飾られている。
 二階部分は客室や子供たちの部屋があるらしく、屋敷の中央にはどの部屋の窓からも眺められる緑の庭園もある。
 その一角に作られた温室には、其処で育てられている蝶々達がふわりと飛んでいた。

 これまで、この館には住まう者達の笑顔や平穏に満ちていた。
 しかし現在、主人を失った館はしんと静まり返っている。既にマダムの葬儀も終わっており、あとは子供たちがどうするかという時期だ。
 獣狩りの蝶として戦いに出ていた少年と少女達。
 現在の彼らは館内に閉じこもり、それぞれに別の場所で過ごしているようだ。

🦋 🦋 🦋

 揚羽と呼ばれる十五歳の少年は、子供たちのリーダー格で兄貴分だ。
 責任感が強く、能力の使い方もいちばん上手かったので、マダムの後を継いで彼女を楽させてやるのが自分の役目だと考えていたらしい。
「マダムのかわりに俺が頑張らなきゃ……」
 彼はマダムの部屋で遺品の整理をしている。妹分と弟分の気持ちも分かっており、自分がしっかりしなければならないと考えているらしい。

 紋白は礼儀正しい十二歳の少女。
 元は明るい子だったが、マダムの死後はその元気さもなりを潜めている。
「……これから、どうすればいいのでしょう」
 彼女は現在、中庭にある硝子の温室で蝶々の世話をしている。苦しい気持ちは消えていないが、マダムが可愛がっていた蝶まで死なせまいと思っているようだ。

 紫燕は物静かな十歳の少年だ。
 最年少ではあるが、しっかりとした意思と気概を持っている。
「僕らの使命、か……」
 冷静な判断ができる反面、自分を抑え込んでいるところもある。彼もまた心に傷を負っているが、気を紛らわせるために廊下やコレクション室に並ぶ蝶々の絵画や標本の手入れをして回っている。

🦋 🦋 🦋

 子供たちの社会的な保護方法や、今後の学校や暮らしなどの生活関連については既にUDC組織が手配している。それゆえにこの場に訪れた猟兵達が、彼らの今後についての提案をする必要はない。
 その代わりに求められるのは彼らの心のケアや、人としてのあたたかな交流。
 または、能力者としての在り方を示すこと。
 子供たちはマダムの『同じ力を持つ者を頼れ』という教えをよく理解しようとしているため、会いに行っても無下にされることはない。
 しかし、彼らはまだ子供だ。
 そのうえ大好きだったマダムを亡くしたばかり。
 たとえ気丈に振る舞っていたとしても、心は不安定なままに違いない。基本的には優しく接した方が良いが、どのような言葉をかけるかは猟兵次第。
 また、無理に接触せずに美しい館内を見て回ってもいいだろう。
 館は皆の自慢でもあるので、向こうから声を掛けてくることもあるはず。

 遺された少女と少年達。
 蝶の子供たちの未来はこれから、どのように巡っていくのか。
 その道筋を繋げる役目を任されたのは、他でもない――この場に訪れた君たちだ。
 
アウレリア・ウィスタリア
◎うたをうたおう

ボクは紋白の元へ向かおう
蝶の舞う温室で歌を奏でよう
【空想音盤:追憶】

蝶と花弁が舞えばそれはとても素敵な光景でしょう
蝶は花に、花は蝶に
ひらひらと舞うひとときを彼女に

ボク…いえ、私は救われなかった者です
救われなかったけれど、生き延びてしまった者です

救われたアナタはマダムの願いに気付いているのでしょう

今、アナタが救おうとしている小さな命
その想いは正しいと私は思う
だからマダムが本当に願っていた希望もアナタなら気付ける

私は救われなかったから
私に向けられた「本当の願い」に気付くのにすごく手間取ってしまった
でも紋白なら他の皆にも伝えられるよ

ボクはアナタが立ち上がるまで
ここで歌を奏で続けるよ



●花と歌を
 蝶の館には静けさが満ちている。
 本来なら此処には穏やかな時が流れ、ときおり笑い声や楽しげな談笑の声が響いていたのだろう。しかし今は誰も笑っていない。否、笑える状況ではないのだ。
 アウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)は子供たちが残された屋敷に踏み入り、中庭の方を目指す。廊下に飾られた標本や絵を眺めながら、回廊を抜けた先には温室が見えた。
「あれが……蝶々の温室」
 アウレリアは其処で蝶の世話をしているという紋白の姿をみつけた。
 そっと扉を開いた彼女は、蝶の舞う温室で歌を奏ではじめる。そうすれば、周囲に舞う蝶々がその歌声に呼応してくれた気がした。
 温室内に整えられている花は美しく、其処に翅を広げていく様は幻想的だ。
「……誰ですか?」
 歌声に耳を澄ませた少女、紋白は静かに振り返った。
 アウレリアは敢えて答えることなく、暫し歌を紡いでいく。そうして、歌を終えたアウレリアは少女に語り掛けた。
「とても素敵な光景でしょう」
「ええ……」
 紋白は俯きながらも、アウレリアが奏でた歌を聞いていた。
 蝶は花に、花は蝶に。
 ひらひらと舞うひとときを彼女に、と思って紡いだ時間は気に入って貰えたようだ。何か用ですか、と問いかけた紋白は一歩だけ後ろに下がった。
 歓迎されていないわけではないが、どうすればいいか戸惑っているらしい。アウレリアはそうっと、彼女を怖がらせないように歩み寄りながら自分の言葉を告げていく。
「ボク……いえ、私は救われなかった者です」
「……?」
「救われなかったけれど、生き延びてしまった者です」
 アウレリアが語り始めたことを紋白は静かに聞いている。なにか思うところもあるのだろうが、少女はそれを上手く言い表せないようだ。親代わりだった女性を目の前で亡くしていることを思うと、それも致し方ないと思えた。
 それでも何も語らないままではいられない。たとえ彼女の心を刺激することになったとしても、このまま放ってはおけなかった。
「救われたアナタはマダムの願いに気付いているのでしょう」
「わかりません。私はただ、ここにいるだけ」
 アウレリアが問いかけると、紋白は首を横に振った。誰かが世話をしなければいずれ蝶々はこの温室で朽ち果てるだけ。だからここに来たのだと話した紋白はずっと俯いたままだった。
「今、アナタが救おうとしている小さな命。その想いは正しいと私は思う」
「……そうでしょうか」
 アウレリアは紋白の思いを決して否定しない。
 だが、少女自身は何を肯定していいかを見失っているようだ。
「だからマダムが本当に願っていた希望もアナタなら気付ける」
「マダムの願っていたことを、あなたは知っているんですか? あのとき、マダムは何かを言っていたんです。私達はそれを聞けなかった……。その思いを――!」
「それは……」
 アウレリアに向けられた眼差しは悲痛なものだった。その瞳には涙が浮かんでいる。しかし、すぐにはっとした紋白はアウレリアに頭を下げた。
「…………ごめんなさい」
 言い過ぎました、と謝った少女はどうやらマダムの最期の言葉を聞けなかったことをひどく気にしているらしい。
 アウレリアは首を横に振り、泣いても叫んでも良いのだと告げた。
「私は救われなかったから」
「そう、なんですか?」
「私に向けられた『本当の願い』に気付くのにすごく手間取ってしまった。でも紋白なら他の皆にも伝えられるよ」
 だって、もう他の命――蝶々のことまで考えて行動できているから。
 アウレリアが優しく告げると紋白は再び俯いた。されどそれは沈んでいるのではなく、何かを深く考えているという様子だ。
 急かさず、焦らせるようなことはしたくない。そう考えたアウレリアはもう一度、自分が紡げる限りの歌をうたいはじめた。
(――ボクはアナタが立ち上がるまで、ずっと歌うよ)
 子供たちが未来に向かって羽ばたけるように、傍に寄り添うこと。
 それが、今の自分の役目だから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

花厳・椿

硝子の中の温室から少女に声をかける

こんにちは…中に入ってもいいかしら?

許可をいただけたら足を踏み入れる

椿は蝶の化生
時に硝子細工のように繊細で
万華鏡のように千差万別な人の心を理解出来ているとは自分でも思えない

だけど

ここの蝶達はとても大事にされている
それだけはわかる
愛されていたのだと

綺麗…ね。それに、この子達はとても幸せそう

感じたまま、思ったままを素直に彼女に伝える

椿と言うの、貴女のお名前を聞いてもいいかしら?

きっとこの蝶を愛した人は
この少女も同じように愛したのだろう

これからはあなたがこの子達を育てるの?

そう…それならきっと
この子達はこれからも幸せね
あなたもこの子達と同じように愛されたのだから



●愛しき子へ
 ふわり、ひらりと舞う蝶。
 温室の硝子の向こう側には、俯いている少女の後ろ姿があった。
 中庭に訪れた花厳・椿(夢見鳥・f29557)は、何かを考え込んでいるらしい少女――紋白の背を見つめた。先程まで別の猟兵と何かを話していた少女の瞳は、ずっと地面ばかり映しているようだ。
 椿は敢えて扉をすべて開かず、静かにノックしてみる。
「こんにちは……中に入ってもいいかしら?」
「……はい、どうぞ」
 ノックに気付いた紋白が顔を上げ、微笑みを浮かべた。許可を貰ったことで温室に足を踏み入れた椿は、その笑顔がつくりものだということに気付く。
 無理をして笑っているようだが、紋白の心は此処にあらずといった様子だ。
 椿は暫し温室の様子を眺める。
 亜熱帯系の植物が育てられている温室内には綺麗な大胡麻斑が飛んでいた。片隅には蝶のための蜜皿も置いてあり、紋白がその手入れや交換をしているらしい。
 椿は蝶の化生だ。
 その存在と心は人に近いようでいて遠い。時に硝子細工のように繊細で、万華鏡のように千差万別な人の心は難しい。それを理解できているとは自分でも思えないゆえ、椿はどう声を掛けていいか少し迷っていた。
 しかし、温室の蝶を見ていると自然に言葉があふれてきた。
「ここの蝶達はとても大事にされているのね」
 それだけはわかる。
 椿がそっと言葉を落とすと、紋白が静かに双眸を細める。先程よりも微笑みが幾分か柔らかくなっていた気がした。
「はい、マダムがいつもお世話をしていました。私もよく、いっしょに……」
「愛されていたのね」
「…………」
 嘗てマダムに世話の方法を教えてもらったのだと語った紋白は曖昧な表情を見せたあと、こくりと首肯する。そうしていると椿の肩に一羽の蝶々が止まった。すると、紋白が少し驚いた顔をする。
「あ……外の人にはあまり寄ってこないことが多いのに。すごいです」
「綺麗ね。それに、この子達はとても幸せそう」
「この子の気持ちが分かるんですか?」
「何となくね」
 椿は片手を胸の前に掲げ、指先を伸ばしてみる。肩に止まっている蝶だけではなく、別の蝶々が指にふわりと舞い降りた。
 感じたまま、そして思ったままのことを素直に紋白に伝える椿。ふわふわと蝶々の翅が揺らめく中で二人の視線が重なった。
「あなたは……」
「椿と言うの、貴女のお名前を聞いてもいいかしら?」
「椿さんですね。私は紋白。本当の名前はあるけれど、ここでの私は紋白です」
 少女はこの名前がとても気に入っているという。亡きマダムも含め、戸籍上の名前はみんな持っているが、獣狩りの蝶としての名の方が馴染み深いらしい。
 よろしくね、と告げた椿は指先の蝶を見つめる。
 きっと、この蝶を愛した人はこの少女たちも同じように愛したのだろう。この屋敷の雰囲気から感じられるのはあたたかさだ。
 今はしんと静まり返っていても、此処に残されたものはたくさんあるはず。
「これからはあなたがこの子達を育てるの?」
「わかりません。私だけだとこの子達の命を繋げるかどうか、まだ……」
「お世話をする気持ちはあるということかしら」
「はい、放ってはおけないですから」
 椿がゆるりと問いかけると、紋白はしっかりと答えた。
 あらたな蛹から蝶が孵る環境を整えられるかは分からないが、せめて今の蝶が寿命を迎えるまでは世話をしたいらしい。
「そう……それならきっと、この子達はこれからも幸せね」
「どうして、そんな風に思うんですか……?」
 椿がはっきりと語ったことで、紋白は不思議そうな顔をする。指先を少女の方に向ければ、蝶々が椿から紋白の方に羽ばたいていった。
 そして、椿は淡く笑む。
「あなたも、この子達と同じように愛されたのだから」
 誰に、とは敢えて告げない。
 その先を話さずとも、少女も自ずと分かってくれるはずだと信じたから。
 暫し黙り込んだ紋白は俯き、零れ落ちた一筋の涙を拭った。ありがとうございます、とだけ紡がれた一言を聞き、椿は頷く。
 硝子の温室に舞う蝶々は少女達を見守るように、美しい翅を揺らめかせていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

メアリー・ベスレム

ごめんなさい
メアリ、ここの子達には別に興味ないわ
だって大切な人を失った悲しみとか力を持つ者の使命だとか
そんなの全然わからない
それじゃあまりに楽しくない
メアリが殺すのは楽しいから
オウガやヴァンパイア、それに人喰いの獣達
そういう奴らに復讐してやるのが何より楽しいからだもの!

だからむしろ、メアリが気になってるのはオブリビオンのほう
「獣に食われて死んだ被食者達」だなんて!
そんなの、まるで哀れなアリスのようじゃない?

だから誰に接触するでもなく、ふらりふらりと散策を
それでもし誰かと出逢ったなら
一つだけ疑問をぶつけてみるの

「ねえ、復讐したいとは思わないの?」って
それならメアリも楽しく手伝ってあげられるのに



●獣と少女と少年と
 ――ごめんなさい。
 蝶の館に入ってすぐ。誰に言うでもなく、まずは謝っておく。
 メアリー・ベスレム(WONDERLAND L/REAPER・f24749)がそうした理由は、自分の目的が子供たちの力になりたいという理由からなるものではないからだ。
「メアリ、ここの子達には別に興味ないのよね」
 事前に獣狩りの蝶という小組織のことは聞いてきている。
 此処に残された子供たちがどのような境遇にあるのか、どういった力を持っているのかもメアリーは知っていた。
 だが、だからといって進んで協力しにきたわけではない。
 大きな分類で語るならば、結果的に子供たちの助けになることではある。されどメアリーは彼らの心を癒すつもりも、無理に寄り添う考えもなかった。
 寧ろ、それを自覚しているゆえに潔い。
「だって、メアリは力になれないもの。大切な人を失った悲しみとか力を持つ者の使命だとか、そんなの全然わからないから」
 だからこそ興味はなかった。
 それに、自分の心を偽って近付くのではあまりに楽しくない。この館に敵が現れるというのならば倒すだけ。
 メアリは標本が飾られた廊下を歩きながら、何気なしに館内を見て回る。
 数日後、この屋敷にはオブリビオンが現れる。それが狼の姿をしたものだと聞いた以上、其方に気が向くというものだ。
 メアリーは或る標本の前で立ち止まり、過去を思い返す。
 アリスラビリンスで見たオウガや、ダークセイヴァーに蔓延るヴァンパイア。
 それに人喰いの獣達。
「ふふ、メアリが戦うのはそういう奴らに復讐してやるのが何より楽しいからだもの!」
 獣が訪れたならば容赦はしない。
 既に人を食っているというのなら何の遠慮も要らないだろう。
 そして、メアリーは此度の首魁であるオブリビオンについても考えを巡らせていく。それは邪神として顕現しているが、元は少女たちの念だったのだという。
「会うのが楽しみね」
 無念が集まって人の形を成した存在。
 そういうものだからこそ、メアリーは興味を持っている。紅い頭巾を被った少女が従える狼たち。そして、その狼たちが喰らったのが少女たち。紅い少女は助けられなかった自分と、マダムに助けられた子供を比べて憎悪を抱いた。
 ひとつずつの事柄が連なり、複雑に絡み合った現状はまる舞台劇のよう。
「――『獣に食われて死んだ被食者達』だなんて! そんなの、まるで哀れなアリスのようじゃない?」
 ふふ、と笑ったメアリーは蝶の館を巡っていく。
 特に誰に接触するでもなく、いずれ戦場となるこの場を確かめていくように。
 コレクション室を通り、応接間を抜け、回廊を進む。途中には様々な絵画や、美しく整えられた標本や虫籠があった。
 ふらりふらりと散策を続けていると、不意に誰かが近付いてきた。
「標本を見ているの?」
「ええ、何となくね」
 問いかけてきたのは三人の子供のうちのひとり、紫燕という少年だ。飾らないそのままの言葉を返したメアリーはふと、ひとつ疑問をぶつけてみようと思い至った。
「ねえ、復讐したいとは思わないの?」
「復讐? わからない、けど……マダムの仇にまた会えたとしたら――」
 紫燕は唇を噛み締め、俯く。
 それ以上の言葉は紡がれなかった。彼の言葉通り、まだ分からないのだろう。メアリーはその様子を然程気にすることもなく、もし復讐がしたいなら、と話す。
「それならメアリも楽しく手伝ってあげられるわ」
「……ん」
 その返事は曖昧だった。そして、紫燕は「ちょっと待ってて」と言って部屋に入っていった。暫くして戻ってきた少年は小さなブランケットをメアリーに渡す。
「はい、これ。夜は冷えるからどうぞ」
「どうしてこれを?」
「だって、おしりが寒そうな格好だから」
 不思議そうなメアリーに対して、紫燕は彼女の服装を示した。
 きっと純粋な厚意なのだろう。無下に断ることも出来ないと感じながら、メアリーはブランケットを受け取った。
 少年にとっての復讐。それがどう成されるかは、未だ誰も知らない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鎹・たから
【たかみゃ】◎

その関係が、己の幼い頃に重なった
人として生きることを教えてくれたあの人のこと

温室で紋白と
はじめまして、たからです
マダムが育てた蝶を見せてくれますか

未夜、素敵ですね
鮮やかな子も淡い子も
派手な柄の子も、控えめな柄の子も
皆いきいきとして

マダムとあなたがお世話をしていたから
この子達も元気なのでしょうね

目線はきっと殆ど同じ
彼女から視線を逸らさず

悲しいのも、不安な気持ちも
溢していいのですよ
大切な人を喪うのは
胸にぽっかり、穴が開くから

たからにも、経験があります
生まれて初めて
あたたかい食事とお布団を教えてくれた先生です

きっと彼女は
たからのお母さんだったのです

あなたにとってのマダムも
そうでしょう?


三岐・未夜
【たかみゃ】◎
紋白に逢うよ
あと折角だから蝶も見たい

ちゃんと自己紹介もしなきゃね
初めまして、紋白
僕は未夜、君たちと同じような力を持つ猟兵
うーん、君に話は聞きたいけど、その前にさ、蝶を見たいなって思って
丁寧に、大切に育てられてるものを見れば、マダムがどんなひとだったか僕らにもちょっとは感じ取れるかなって思ったんだ

……僕には、たからみたいに言えること少ないんだけどさ
僕、両親の命と引き換えに生き残ったけど、……両親の顔が思い出せなくなっちゃったから
紋白は、マダムのこと、いっぱい覚えてる?
なら、それを大事にして
色んなひとにマダムのこと、君たちのこと、話してあげて
それがきっと、故人が生きていた証になるから



●おかあさん
 人とは違う能力を持つ者。
 身寄りのない子供たちとマダムと呼ばれる養母。彼女は子供たちを愛し、子供たちもまたマダムを慕っていた。
 鎹・たから(雪氣硝・f01148)は、彼女達の関係を思う。
 細かな境遇や立場は違う。けれども、どうしても己の幼い頃と重なってしまう。
 人として生きることを教えてくれたあの人。
 あたたかな日々と、たくさんの記憶。そのことを思い出したたからは、三岐・未夜(迷い仔・f00134)と共に館の温室に向かっていた。
「あの中に紋白がいるんだね」
「はい、硝子の向こうに人影が見えます」
 逢うと決めた人物が確かに硝子の温室にいることを確かめ、二人は頷きを重ねた。
 透き通った壁の向こう側にはひらひらと舞う蝶々の姿もある。未夜はコンコンと扉をノックした後、そっと温室に入った。
「あなたたちは……?」
 二人の訪問に気付いた少女、紋白は振り返る。ちょうど温室の花の世話をしていた彼女のまわりには何羽もの蝶々が飛び交っていた。
「初めまして、紋白。僕は未夜」
「はじめまして、たからはたからです」
 礼儀正しく自己紹介をした未夜とたからは、ぺこりとお辞儀をする。紋白もはじめましてと挨拶を返して軽く頭を下げた。
 互いの第一印象は上々だ。
「僕らは君たちと同じような力を持つ猟兵なんだ」
「猟兵……霊使いの仲間、ですね。マダムが頼れと言った方々……」
 紋白は気丈に振る舞おうとしているが、その瞳の奥には寂しさや悲しさのような感情が潜められている。
 すぐに話を聞きたい気持ちもあったが、未夜とたからは蝶を見上げた。
「うーん、君に能力の話も聞きたいけど、その前にさ、蝶を見たいなって思って」
「マダムが育てた蝶を見せてくれますか」
「はい、どうぞ」
 温室の蝶を示したたから達に対し、紋白は快く頷く。
 硝子の室内を自由に飛び回っているのは白黒のまだら模様が特徴的な大胡麻斑と呼ばれている蝶々。蛹が金色になることでも知られている、美しい蝶の一種だ。他にも筋黒樺斑という橙色の蝶や、白帯揚羽という黒い蝶もいた。
「未夜、素敵ですね」
「そうだね、元気に飛べているのがいいな」
 鮮やかな子、淡い子。派手な柄の子も、控えめな柄の子も。
 どれもがみんな、いきいきとしているように思えた。二人が暫し温室内を眺めていると、蝶のための蜜皿を持ってきた紋白がふと問いかける。
「あの、どうして蝶々を見に来たんですか?」
「丁寧に、大切に育てられてるものを見れば、マダムがどんなひとだったか僕らにもちょっとは感じ取れるかなって思ったんだ」
「……そう、ですか」
「マダムとあなたがお世話をしていたから、この子達も元気なのでしょうね」
 未夜とたからの言葉を聞き、紋白は俯いた。
「そういう風に見えているなら嬉しいです。マダムが遺してくれた場所と、子達だから……私が守らないと、いけなくて……」
 その言葉は徐々に小さく、途切れがちになる。
 おそらく、この場所でマダムと過ごした日々のことを思い出しているのだろう。
 たからは同じ高さの目線を外すことなく、こくりと頷いてみせる。自分も先程、あの人のことを思い出していたから。記憶を手繰り、辿るのは悪いことではない。
 たからは紋白に寄り添い、優しく話していく。
「悲しいのも、不安な気持ちも、溢していいのですよ」
 大切な人を喪うこと。
 それはどんなに強いひとであっても、胸にぽっかりと穴が開くことだから。
「でも、でも……弱音を吐くと、どんどん涙が溢れてきちゃって……」
 それはいけないことの気がする、と紋白は小さく呟いた。しかし、たからはそんなことはないのだと首を横に振る。
「たからにも、経験があります」
 生まれて初めて、あたたかい食事とお布団を教えてくれた先生がいた。
 思い出は消えず、あのぬくもりは今でも覚えている。それほどに嬉しくて、尊くて、大切な日々だったから。
 たからは紋白の背をそっと撫でた。
 未夜も静かに歩み寄り、少女に言葉を掛けていった。
「……僕には、たからみたいに言えること少ないんだけどさ」
 未夜が話し始めたことで紋白が顔をあげる。
 じっと続きを待っている少女と未夜、たからの間に蝶々達がひらりと舞った。
「僕、両親の命と引き換えに生き残ったけど、……両親の顔が思い出せなくなっちゃったから。紋白は、マダムのこと、いっぱい覚えてる?」
「たくさん、覚えています。本当にたくさん――」
「なら、それを大事にして」
 悲しみに沈んで、記憶まで沈めてはいけないから、と未夜は語った。
 たからも先生の話を告げていく。血は繋がっていなくとも家族になれる。彼女が愛してくれたから。その心を受け取った子供もまた、愛を識る。
「きっと彼女は、たからのお母さんだったのです」
「おかあさん……」
「あなたにとってのマダムも、そうでしょう?」
「うん……うんっ……、おかあさん、マダムは私たちの大切な……! う、ぐすっ、うわあああんんっ、わあああ――!」
 たからの問いかけを聞き、紋白は堰を切ったように泣き出した。
 涙も悲しみも止めなくていい。
 それは、これほどに大切だったという証なのだから。たからは紋白の傍に付き添って、頭を撫でてやる。泣きじゃくる少女はきっと、この涙の後に強くなれるはず。
 少し時間はかかっても、きっと――。
 未夜は二人を見守り、静かな思いを告げてゆく。
「色んなひとにマダムのこと、君たちのこと、話してあげて」
「うん……」
「それがきっと、故人が生きていた証になるから」
 自分には語れる記憶がないから、そうすることは出来ないけれど。それでも、だからこそ伝えられる思いがある。
 未夜とたからは、涙を流す少女の傍にずっとついていた。
 その肩や周囲には此処で育てられている、たくさんの蝶々も寄り添っている。
 ――娘の傍にいてくれてありがとう。
 空耳のような、そんな声が聞こえた気がした。それははたして誰の意思だったのか。
 敢えて答えを出さない方がいいことだってある。
 たからと未夜は紋白と蝶々達を見つめてから、そうっと視線を交わした。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鳳凰院・ひりょ
アドリブ歓迎

俺は誰かと組んでの参加ではない
それ故にある程度自由に行動が出来る
子供達3人のうちで万一対応する人がいない子がいたら、その子へ話し掛けてみよう
三人ともそれぞれ心に抱えたものを持っているはず、力になってあげたい

もし3人ともフリーな子がいないのなら揚羽君へ話し掛けてみよう
リーダー役として気を張って、気負いすぎていないかちょっと心配な部分もあるから
対応する時には【優しさ】と【心配り】を忘れずに
俺自身はマダムと面識はないけれど、こんな素敵な館を管理していた人の事
素敵な方だったのだろう

子供達の事を最後まで大切に思っていただろうマダム
彼女の思いを俺も継ぎ、子供達と共に戦おう
力を合わせて乗り切ろう



●皆と共に
 猟兵達が蝶の館を訪れて暫く。
 綺麗な絵画や丁寧に作られた蝶々の標本が並ぶ廊下にて、鳳凰院・ひりょ(天然系精霊術使いの腹ぺこ聖者・f27864)は屋敷内部の様子を確かめていた。
 この館にはもう主はいない。
 残された子供たちは心に傷を負い、それぞれに過ごしている。
 まずは誰に会いに行くべきか。
 ひりょは考えを巡らせつつ、最初に中庭の温室を見てみる。其処には何人かの猟兵が訪れ、蝶々を眺めていた。彼処に居る紋白は仲間達が対話してくれるだろう。
 次にひりょが見つめたのは廊下の奥。
 誰かと話しているらしい紫燕が自室の方へぱたぱたと駆けていった。きっとそちらも大丈夫だと判断したひりょは、最後のひとりを思い浮かべる。
「三人ともそれぞれ心に抱えたものを持っているはずだけど……」
 揚羽君に会いに行こう、と決めたひりょはマダムの部屋がある方へ進んだ。
 皆の力になってあげたい。
 ひりょの思いは強く、胸の裡に巡っていた。
「揚羽君は……と、あれ?」
 マダムの部屋にいるはずの少年が廊下に出てきていることに気付き、ひりょは軽く首を傾げた。何かの箱を抱えている様子の揚羽が、不意によろめく。
「わっ……!」
「危ない!」
 急いで駆け寄ったひりょは、彼の手から取り落ちそうだった箱を彼ごと受け止めた。それによって揚羽は何とか体勢を立て直し、ほっとした様子を見せる。
「大丈夫だった?」
「お陰で何とか。何だか格好悪いところ、みせちゃったな」
「ううん、格好悪いことなんてないよ」
「……そっか。ありがとう」
 ひりょが問うと、揚羽はばつが悪そうにしていた。しかしひりょは首を横に振って優しく笑いかける。揚羽は瞳を幾度か瞬かせた後、そっと礼を告げた。
「それにしても、こんなにたくさん何を運んでたの?」
「マダムの部屋に置かれてた蝶々の標本だ。この子達も部屋の外に飾ってやりたいって、前にマダムが言ってたから」
 ひりょはそこで納得する。
 揚羽はマダムの遺品整理をしており、過去の言葉を思い返したことで幾つかの標本を運んでいた途中だったのだ。
「こっちの廊下に飾るってことでいいかな?」
「そうだけど、ええと……」
「手伝うよ。君が指示を出してくれたら俺がやっていくよ」
「でも、そこまでしてもらうのは悪いような」
「いいんだ、助け合いって大事だから。ね?」
「……わかった、お願いする」
 ひりょの言葉に頷いた揚羽は、向こうの廊下だといって先を示す。
 きっと揚羽はリーダー役として気を張り過ぎている。自分が何もかもをやらなければいけないと気負いすぎていないか心配な部分もあった。
 ひりょは彼の気持ちを慮り、優しく微笑むことと心配りを忘れずに対応していく。
 廊下にあらたな標本を飾りながら、ひりょはふと問う。
「この標本、マダムが集めたの?」
「そうだ、全て大事な子達だって言ってたぜ」
「この館は綺麗だね」
「へへ、そうだろ?」
 マダムや館の話をすると揚羽は嬉しそうに笑った。瞳の奥にある寂しさのようなものは消えていないようだが、本当にマダムが好きだったようだ。
 ひりょ自身はマダムとの面識はないが、ひとつだけ分かることがある。こんなに素敵な館を管理していた人のことだから、素敵な方だったのだろう、ということだ。
「大切な場所なんだね、ここは」
 感じたままのことを話したひりょは思う。
 子供たちのことを最後まで大切に思っていただろうマダム。彼女の思いを継ぐのは、彼らだけではなく自分もでありたい。
「共に戦おう。力を合わせて、これから来る危機を乗り切ろう」
「……ああ」
 ひりょの声に同意を示した少年は、拳を強く握った。
 そうして、館で過ごすひとときが流れていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓

マスタリング歓迎

_

お邪魔します、と礼儀を欠かさず静かに立ち入り
マダムの墓が敷地内にあるのなら
敬意と誠意、そして哀悼を込めて挨拶をしたい

かつて俺は奴隷の子ども達の一番歳上で
そしてその後拾われた孤児院でも長兄役だった
「俺が頑張らなければ」と
「俺が護れなければ」と
強く思ったのを今でも鮮明に思い出せる
だからこそ揚羽のことが尚更気になり
そっと優しく声をかける
彼の手伝いを申し出て
時折世間話を交えながら
マダムはどんな方だったんだ、と
ぽつぽつ話を出来たらと

静かに、穏やかに相槌を打ち
せめて俺の前では気負わず
己の心のままあれるようにと
労るように彼の背を撫で
彼が身を預けてくれたなら
そっと胸に抱きしめる



●背負うもの
 美しく整えられた屋敷。
 お邪魔しますと告げて扉を開くと、蝶番が軋む音が微かに響いた。
 丸越・梓(零の魔王・f31127)はエントランスを抜け、屋敷内を見て回った。本当ならば主か誰かが客人を出迎えるのだろうが、今は違う。
 主がいなくなってしまった家は酷く寂しく、空虚な雰囲気がした。
 住民はまだ此処にいるが、大切な人が亡くなったことでぽっかりと穴が空いてしまっているようだ。
 梓は中庭の様子を見遣ってから、回廊状になっている通路をゆっくりと進む。
 奥の方にはマダムの部屋があると聞いていた。
 そちらに向かいながら、梓は己の過去を思い返していく。
 かつて梓は奴隷の子どもたちの中でも一番の歳上で、その後に拾われた孤児院でも長兄役として振る舞ってきた。
 だからこそ常に思っていた。
 ――俺が頑張らなければ。
 ――俺が、護れなければ。
 強く、本当に強く思っていたことを今でも鮮明に思い出せる。当時はそれが当たり前で疑問に思うことはなかった。しかし、今思えば強迫観念にも近いものがあった。
 梓自身はそのことを後悔しているわけではない。
 そうであったと自覚できるほどに成長している。だが、だからこそ獣狩りの蝶の長兄役である揚羽のことが気になった。
 マダムの部屋で遺品の整理をしているという揚羽。
 彼のもとに訪れた梓は、軽く開いていたドアに手を当て、彼に気付いてもらえるようにノックしてみた。
 控えめな優しいノック音を聞いた少年は顔を上げる。
「あ……こんにちは。あんたも能力者の人だな」
「そうだ。何か手伝えることはないか?」
 同じ力を持つものを頼れ。マダムの遺言を守ろうとしている揚羽は、梓を快く受け入れた。梓は自己紹介を告げ、揚羽もそっと頭を下げる。
「散らかっていて悪いな。整理をしなきゃ、と思うんだけど……」
 必要なもの。残しておくもの。
 マダムが大切にしていたであろうものや、思い出の品。そういったものが多すぎてまだ整理しきれていないのだという。
 梓は出来ることからやろうと告げ、積み重なっている箱に手を伸ばす。
 ひとまず出してきたものを積んだのだろうが、危うく崩れそうになっていた。その様子からも揚羽の心が沈んでいることも見受けられる。性格は大雑把そうではないのだが、悲しみで細かなことに気を配れなくなっているらしい。
「まずは綺麗に並べていこうか」
「……そっか、そうだよな。ありがとう」
 梓は邪魔にならないように箱を並べつつ、揚羽と世間話を交えながら片付けを進めていった。その際、彼はマダムの話を振ってみる。
「マダムの墓は何処に?」
 梓が見た限り、敷地内には見当たらなかった。すると揚羽は街中の墓地に埋葬されていると告げる。
「マダムのお爺さんと同じお墓だよ。マダムもお爺さんに引き取られて、俺達みたいに育てて貰ったんだって」
「成程……」
 いつか墓所に出向いて、敬意と誠意、そして哀悼を込めて墓参りをしたい。梓がそのように告げると揚羽は静かに微笑んだ。
 しかし、やはり梓には分かる。彼は少し、否、かなり無理している。
「マダムはどんな方だったんだ」
「優しい人だった。俺達のことを何より一番に考えてくれてたんだ。マダムの料理は美味しかったし、悪いことをすると本気で叱ってくれて、それから――」
 ぽつり、ぽつりと揚羽は話をしていく。
 梓は静かに、かつ穏やかに相槌を打ちながら全てを聞いた。そして、梓はずっと感じていたことをそっと告げる。
「無理をして、全てを背負わなくてもいい」
「……っ」
 その瞬間、揚羽が言葉に詰まった。図星を指されて何も言えなくなったようだ。
 梓は此処まで自分で歩いてこれたが、揚羽はどうかわからない。責任感も大切だ。自ら課した重圧に押し潰されて動けなくなるならば、それはいけないことだろう。
 せめて自分の前では気負わず、己の心のままあれるように。
 梓はそれ以上は何も言わず、揚羽を労るように背を撫でてやった。
「――梓さん、俺……」
 揚羽もまた、多くは語らなかった。
 無言のままでありながらも彼が身を預けてくれたことを察し、梓はその身体をそっと抱きしめる。
 二人の間に言葉は要らなかった。
 思い遣り、労る気持ちは確かに通じているのだから――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーファス・グレンヴィル


紅い蝶の導きのまま、子どもと出会う
絡めるのなら誰とでも
妹が助けたいと思ったヤツを
オレは、誰であろうと助けるよ

なあ、お前さ、

──ああ、悪い悪い
安心しろ、追っ手じゃねえよ

ひらひらと手を振って
悪意がないことを示した
必要なら猟兵だとも知らせようか
世話焼き黒竜も子ども相手だからやる気だよ

誰かを喪う苦しみをオレは知らない
──喪いそうになったことはあるけどな

悔しいなら悔しいで良いんだ
怒っても良い、泣いたって構わない
どうせ此処にはオレとナイトしか居ねえ
不安なことは全部、吐き出せ

どうなりたいか、どうしたいか
お前のやりたいことが決まったら
その手助けを、オレはする
一から全部教えてやるよ

──だから、抱え込まずに頼れ



●使命と意志
 向かうのは紅い蝶が導く先。
 蝶々の絵画が飾られたエントランス、回廊に囲まれた小さな庭園を眺められる窓辺、標本が並んでいるコレクション室や応接間。
「次はそっちか、リリアン」
 ルーファス・グレンヴィル(常夜・f06629)は蝶々が飛ぶ後を追っていく。無邪気に館を見学しているようにも見える紅い蝶はときおり振り返るように留まってはルーファス達を待ち、次の部屋や廊下に進んでいた。
 ルーファスの肩に乗るナイトはきょろきょろと辺りを見渡している。どこもかしこも蝶だらけの館が物珍しいらしい。
 リリアンは暫し屋敷内を巡った後、回廊の方に羽ばたきはじめた。
 その先にはひとりの少年がいる。
 アイツか、と口にしたルーファスは蝶の後についていった。この館にいる中で一番幼い少年、紫燕。きっと彼が妹が助けたいと思った相手なのだろう。
 誰であろうと助ける。
 決意したルーファスは、先んじて紫燕の傍に寄っていったリリアンを瞳に映す。
「あれ、この子……うちの子じゃない」
 紫燕は紅い蝶に気付き、不思議そうな顔をした。最初は温室から出てきてしまった蝶だと思ったのだが、見たことがない子だったので戸惑ったのだろう。
「なあ、お前さ、」
「ひゃ!?」
 蝶々に気を取られている少年にルーファスが声を掛けると、驚いた声があがった。
「ああ、悪い悪い。安心しろ、追っ手だとか不審者じゃねえよ」
「う、うん……大丈夫。びっくりしただけ」
 ルーファスはひらひらと手を振ることで怪しい者ではないことを示す。紫燕も胸元を押さえ、平気だと答えた。
 悪意がないこと、猟兵であるということを伝えたルーファス。彼の前にナイトがぴょこんと飛び降りていく。世話焼き黒竜、もといナイトも子供を元気付けるためにやる気いっぱいのようだ。
「この子はお兄さんの蝶々?」
「妹だ。リリアンっていうんだ。ちなみにオレはルーファスで、こっちはナイト」
「蝶々が妹なの?」
 ルーファスが自己紹介をしていくと紫燕は不思議そうな顔をした。しかし、ルーファスが語ったことを信じていないわけではない。彼らが蝶の霊体を扱うシャーマンゆえか。魂が蝶の形を取ることを知っているようだ。
 誰かを喪う苦しみをルーファスは知らない。知っていても忘れているかだ。
(――喪いそうになったことはあるけどな)
 浮かんだ思いは言葉にせず、彼は紫燕に語りかけていく。
「額の手入れをしてたのか、偉いな」
「これしかすることがないから。えらくないよ」
「そんなことはねえよ。何かが出来るってのはそれだけで凄いことだ」
「でも……何も、出来なかった」
 すると紫燕が不意に俯き、ぽつりと呟いた。
 マダムがオブリビオンの犠牲になった夜を思い出してしまったのかもしれない。ナイトは紫燕の足元に近付き、ルーファスも少年の傍に歩み寄った。
「悔しいなら悔しいで良いんだ」
「え?」
 紫燕は言葉の意味と込められた思いが理解できていないようだった。ルーファスは紫燕の頭に手を置き、ゆっくりと語っていく。
「怒っても良い、泣いたって構わない。どうせ此処にはオレとナイトとリリアンしか居ねえ。不安なことは全部、吐き出せ」
「そんなこと出来ないよ……僕たちは、使命があって――」
「そうじゃねえだろ」
 紫燕は獣狩りとしての使命を大切に思おうとしている。だが、ルーファスは首を横に振ってみせた。
「お前自身がどうなりたいか、どうしたいかだ」
「…………」
 少年はルーファスを無言のままでじっと見た後、そっと屈み込んだ。ナイトを撫でた紫燕は、ありがとう、と一言だけ呟く。
 気持ちの整理をしているのだろうと気付いたルーファスは、頷きを返した。
「お前のやりたいことが決まったら、その手助けを、オレ達がする」
 戦い方も、考え方も一から全て教えてやる。
 そう語る彼の肩には紅い蝶々が止まっていた。顔をあげた紫燕はナイトを抱き上げながら、リリアンとルーファスに目を向ける。
「――だから、抱え込まずに頼れ」
「……わかった。蝶々を連れてる人なら、ううん、ルーファスとナイトたちなら信じられるよ。僕は――紋白と揚羽を守れるくらいに強くなりたい。決められた使命だとかじゃなく、家族が大切だから!」
 少年は此方を真っ直ぐに見つめ返した。
 瞳には先程よりも強い意志が感じられる。きっとこの少年は何処までも強くなれる。
 そんな予感を覚えながら、ルーファスは双眸を細めた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

千桜・エリシャ
◎【甘くない】

紋白さんのいらっしゃる温室へ参りましょうか

ちょ、ちょっとジンさん!?
うるさいですわ!蝶が逃げてしまうでしょう!

…ごめんなさいね?
私はエリシャよ
よろしくね
己の常夜蝶と温室の蝶を戯れさせて見せて
私の宿にも蝶が沢山いますのよ
桜の蜜で美しく育っていますわ
この子たちはどんなお花が好きなのかしら?

あら、本当
この蝶はうちにもいる子ですわ
ジンさんでも蝶の違いがわかりますのね?
もう、名前まで憶えていれば花丸をあげましたのに
蝶の話に花を咲かせて

まったく…曲がりなりにも救いを齎す聖者ですわね
私だってあなたを護れますから
どうか頼ってくださいまし

ふふ、可愛らしいこと
子どもがいたらこんな感じかしらね…なんて


ジン・エラー
◎【甘くない】

おうおうおうおうおォ~~~うそこなガキ。
ア?さっきから声かけてンだろォ~~~~が。
ふゥ~~~~ン、そンなに──ンゲッ!?
なァ~~~ンだよエリシャァ~~~~人がせっかくガキ仲良くしようとしてンのによォ~~~~~
そンでこっちはジン・エラー。滅多にお目にかかれねェ聖者サマだぜェ~~~

で、あァ~~……紋白。この蝶はなンだ?
オイエリシャァ~~~!コイツお前ンとこにもいるだろ。
名前なンざ覚えてねェ~~~よ!ウッヒャッヒヒ!!

ンン~~~?なァ~~に悩ンでンだかな。
いいじゃねェか、蝶を守ってンだろ?
素晴らしいことじゃねェか。

ッカァ~~~~クソガキがよォ~~~~~~~
余計なことまでグダグダグダグダ考えやがって
ガキはオトナが護ンだよ。
護るオトナは一人じゃねェ。
それでも納得いかねェ~~~ならァ……オレたちの後について来いよ。

足が竦むなら、目ェかッぽじってよォ~~~く見ときな。
この光を忘れンな。忘れられやしねェだろうが。

オイオイ、エリシャ。…本気かよ。
………そうか。



●花と蝶を包む光
 硝子張りの温室には様々な蝶々が飛び交っていた。
 蝶の館の中央にある庭園の片隅へ歩みを進め、千桜・エリシャ(春宵・f02565)とジン・エラー(我済和泥・f08098)は蝶と花を見つめた。
 温室の中にいる少女、紋白は蝶の世話をしているようだ。
 今は後ろ姿しか確認できず、その表情は見えない。エリシャは彼女へどのように声をかけようか考えていた。
「いきなり訪問して、蝶達まで驚かせてしまってもいけませんし……」
 エリシャが悩んでいる最中、ジンは温室の扉に手を掛けた。
 止める間もなく彼は遠慮なく、それはそれはもう――無遠慮とまで呼べるほどに大胆に少女の元に近付いていった。
「おうおうおうおうおォ~~~うそこなガキ」
「えっ、え?」
「ア? さっきから声かけてンだろォ~~~~が、挨拶はよ」
「あの、ええと……」
 ジンの声を聞いた紋白はびくっと身体を震わせる。ジンが怖かったというわけではなく単純に驚いただけのようだ。
 その瞳には困惑と戸惑いが見えている。
「ふゥ~~~~ン、そンなに――」
「ちょ、ちょっとジンさん!?」
「ンゲッ!?」
 その様子に気付いたエリシャが慌ててジンの元に駆け寄り、その口を塞いだ。後ろから手を回して完全に掌を回しているのでジンは全く喋れなくなってしまっている。
「うるさいですわ! 蝶が逃げてしまうでしょう!」
 めっ、と子供を嗜めるように注意したエリシャは、周囲の蝶を見渡した。
 ちなみにエリシャは駆け寄ると同時に素早く静かに扉を締めるという見事な動きで以て、蝶と温室を守っていた。
 エリシャの手を振り解いたジンは肩を竦め、少女と彼女を見比べる。
「なァ~~~ンだよエリシャァ~~~~人がせっかく、こうやってガキ仲良くしようとしてンのによォ~~~~~」
「仲良く……?」
 その言葉に疑問を呈したのは紋白だ。
 そうなるのも仕方がないと感じたエリシャはジンの隣に立ち、申し訳無さそうに紋白に頭を下げた。
「ごめんなさいね? 私はエリシャよ」
「そンでこっちはジン・エラー。滅多にお目にかかれねェ聖者サマだぜェ~~~」
「は、はい。エリシャさんと……ジンですね」
「おうおう~~~ガキィ~~~~~、なんでこっちだけ呼び捨てなん――」
「ジンさんは少し黙っていてくださいまし!」
 少女の判断はまあまあ正しいと感じつつ、エリシャはぴしゃりと告げる。このままでは話がなかなか進まないからだ。
 舌打ちが聞こえたがエリシャは何も気にしていない。
 よろしくね、と彼女が微笑むとやっと紋白も安心したらしい。こちらこそ、という返事が聞こえたことでエリシャも安堵した。
「私は紋白と呼ばれています。エリシャさんは……あなたも、蝶々?」
「私が?」
「はっ……いえ、すみません。蝶々みたいに見えてしまったので、つい」
「ふふ、あながち間違いではないかもしれませんわ」
 紋白はエリシャに蝶の気配を感じ取ったらしい。たおやかに微笑んだエリシャは己の常夜蝶を見せ、温室の蝶と戯れさせてみせた。
「わあ……」
「私の宿にも蝶が沢山いますのよ。桜の蜜で美しく育っていますわ」
「桜で? すごいです、エリシャさん」
 蝶々の美しさに目を奪われた紋白の瞳が微かに輝く。同じく蝶を育てる者としてエリシャと紋白の話は実によく合うようだ。
「この子たちはどんなお花が好きなのかしら?」
「蓬莱鏡や山丹花です。あとは――」
 それから暫し、二人の蝶談義が広がっていった。
 黙っていてという言いつけを暫し律儀に守っていたジンは、次第に暇を持て余す。温室内をぶらつきはじめたジンは頭上を飛んでいった蝶に目を向ける。
「で、あァ~~……紋白。この蝶はなンだ?」
「なんですかジン」
「ジンさん、どうかしましたの?」
 少女たちが振り返ったことで、ジンは頭上の蝶を指差した。ひらりと舞う蝶々はエリシャの方に羽ばたいていく。
「オイエリシャァ~~~! コイツお前ンとこにもいるだろ」
「あら、本当。確かにこの蝶はうちにもいる子ですわ。ジンさんでも蝶の違いがわかりますのね?」
「わかるが名前なンざ覚えてねェ~~~よ! ウッヒャッヒヒ!!」
 エリシャが頷くと、ジンは楽しげに笑いはじめた。彼っていつもああなんですか? と紋白がエリシャに問う。そうなんですの、という答えが帰ってきたことで紋白は複雑そうな顔をした。
「もう、名前まで憶えていれば花丸をあげましたのに」
「ジンの評価は三角くらいですね」
 乙女たちは蝶の話に花を咲かせ、すっかり仲良しになった様子。紋白も悲しみを一時だけ忘れ、話に夢中になっているようだ。
 しかし少女は時折、蝶を見ては悲しげな瞳をしている。
 ジンはそのことに聡く気が付いていた。彼はエリシャと紋白の間に割り込み、少女の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「ンン~~~? 取り繕ってるようだが、なァ~~に悩ンでンだかな」
「べ、別に悩んでいません!」
「いいじゃねェか、蝶を守ってンだろ? 素晴らしいことじゃねェか」
「そ……それは……本当に守りたかった人は、守れませんでしたから……」
 図星を指された紋白は戸惑いながら俯く。
 自虐的になるなよ、と告げたジンは大きく首を横に振った。
「ッカァ~~~~クソガキがよォ~~~~~~~。余計なことまでグダグダグダグダ考えやがって。ガキはオトナが護ンだよ。で、護るオトナは一人じゃねェ」
「あなたに何が分かるんですか!」
 ジンが語ったのは正論だ。
 少女も分かっているのだろうが、つい強い口調で反論してしまう。エリシャはその感情を理解しているので何も言わなかった。
 するとジンが指先を紋白に突きつける。
「わかるわからねェの話じゃないからなァ。それでも納得いかねェ~~~ならァ……オレたちの後について来いよ」
「……っ!」
 意外なことをジンに告げられたので紋白は言葉に詰まった。
 少女の様子を見つめ続けるジンは、そのまま己の力を発現させてゆく。
「もし足が竦むなら、目ェかッぽじってよォ~~~く見ときな。この光を忘れンな。忘れられやしねェだろうが」
 ――オレが救う。
 聖痕から燦然と輝く光が放たれ、心の闇すら払うかのように広がっていった。
 眩い光に目を細めたエリシャの口元には柔らかな笑みが宿っている。
「まったく……曲がりなりにも救いを齎す聖者ですわね」
「ジン、眩しいです……」
「気に入らなかったのか? んなこと言わせねぇけどなァ~~~~~~」
「いいえ、あたたかい光でした」
 それまで悲しみと困惑に染まっていた紋白の心が洗われたようだった。光が収まった後、エリシャは紋白を見つめる。
 桜色の眸は真っ直ぐに、愛らしい少女に向けられていた。
「私だってあなたを護れますから」
「エリシャさん……」
「どうか頼ってくださいまし」
「ありがとうございます。どうしてみんな、そんなに優しいのかな……」
 頭を下げた紋白は涙を堪えているようだ。ジンもエリシャさんも、此処に訪れた人たちもみんな、と語った少女の声には嬉しさが滲んでいた。
「ふふ、可愛らしいこと」
「そうかァ、可愛げってこんなモンなのか?」
 エリシャがふわりと笑む隣で、ジンが首を傾げる。そして、エリシャは紋白には聞こえない程度の小声でそうっと囁いた。
「子どもがいたらこんな感じかしらね……なんて」
「オイオイ、エリシャ。……本気かよ」
 その意味をすぐに理解したジンは涙を拭っている少女を見遣る。エリシャも同様に紋白を見守り、少し意味深に語った。
「きっと、この子のように可愛い子に育ちますわね」
「……そうか」
 ジンは急に静かになり、顔を上げた紋白がきょとんとした表情をした。くすくすと笑ったエリシャはジンにそっと寄り添う。
 こうして心の距離は近付いた。
 彼女達の周囲には、美しい蝶々たちが可憐に舞い続けていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟華歌


ヨルー!待ってよー!
あれ?あの狛犬は……まさか、一華?!
神域から抜け出してきちゃったのかな

きゅとご挨拶したヨルの後に続いて、少し緊張しながら挨拶をする
櫻達はまだ知らないみたい
内緒にするよ
……一華は僕が守ると密かに心に決める

わぁ、蝶々!綺麗だけど何処か寂しそうだ
僕にもカナンとフララがいるよ!
うん、ふたりとも僕を守ってくれる
だから僕も守るんだ

ふふー、君が紋白だね
僕も手伝うよ!

君は優しくて強い子だ
力の強さじゃなくて、心の強さ
ずっと街を獣から守っていたんでしょう?
蝶々たちも君がいてくれて喜んでるって感じる
今はとても辛いだろうけど…君にだって大好きな人から託された想いや願いがあるはずだよ

一華だって弱くないよ
でも彼が紡いだ言葉には胸が締めつけられる心地
だって、君の母親を殺したのは…

……僕は赦せなんて言えないけど
助けてあげて欲しい、とは思うな


じゃあ歌を歌おうか
少しでも紋白が笑ってくれたら嬉しいもの
きゅと踊るヨルは皆を応援してくれる
蝶舞う庭園で
マダムへの追悼を
そして紋白がまた立ち上がれるように


誘七・一華
🌺華歌


コマ、マコ!
綺麗な蝶々だ
こっそり神域を抜け出しできたけど
コマ、そんな警戒しなくても…マコ!
蝶々捕まえようとするな!可哀想だろ
ん?
子ペンギン?

あ!リルさん!
……カムイ様には秘密、な!

リルさんも蝶々がいるの?
黒い番の蝶々だな!リルさんのこと大切に守ってる…そんな気がする

この蝶々を育ててるのは君?
紋白っていうんだな
俺は一華だ!
宜しくと挨拶をして彼女の育てる蝶達の世話を手伝おうかと申し出る
ここの蝶々たちも幸せそうだ
大切に育てられてるんだってわかるよ
どの蝶も幸せそうだもんな!

ずっと戦ってたってきいた
紋白は強いな……俺は守られてるだけで
何も出来なくて悔しい

マダムのこと大好きだったんだろ?
(もしかしたら母親みたいな存在だったのかな
なんて思って)

……紋白は大切なひとを
マダムを殺したやつが憎い?
殺してしまいたい?
俺のかあさまも殺されたって聞いてるからさ
……でもよく分からなくて

きっとマダムは
紋白が笑って元気で幸せに生きてほしいって願うんだと思う

リルさんの歌をききながら紋白の育て守ってる蝶々達をみる



●蝶と想いの歌
 美しく清潔に整えられた蝶の館は仔ペンギンにとってはとても広い。
 ぺちぺちと走ってあちこちを見て回っていくヨルを追い掛け、リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)は尾鰭を揺らして泳いでいく。
「ヨルー! 待ってよー!」
 同じ頃、館内を駆けていく狛犬と少年がいた。
 回廊の反対側から現れたのは誘七・一華(牡丹一華・f13339)。少年は庭に出ていった狛犬を追い掛けていったらしく、声が外から響いてくる。
「コマ、マコ! 待てって!」
「あれ? あの狛犬は……まさか、一華?!」
 中庭の方に泳ぎ出たリルは声の方に目を向けた。
 神域から抜け出してきてしまったのだろう。蝶々を追いかける狛犬を呼ぶ少年に続くようにして、ヨルがぴょこんと跳んだ。
「コマ、そんな警戒しなくても……マコ! 蝶々を捕まえようとするな! 可哀想だろ……ん? 子ペンギン?」
「きゅ!」
 ヨルに気付いた一華が振り返ると愛らしい鳴き声が響いた。
 続けてリルが少年と狛犬達の方に近付き、少し緊張しながら挨拶をした。
「こんにちは、一華」
「あ! リルさん! 俺がここにいることはカムイ様には秘密、な!」
 自分が神域から出てきたことがバレたのだと察した一華は少し慌てる。しかしリルはこのことを告げるつもりはなかった。
「大丈夫だよ。櫻達はまだ知らないみたい」
 内緒にするよ、と話したリルは人差し指を口元に当ててみせる。
 こうして偶然にも出逢った以上、一華のことは自分が守る。密かに心に決めたリルは少年に微笑みを向けた。
 すると、庭園の片隅にある硝子の温室で何かがきらりと光った。
 陽の光が反射したのだと気付いたリルは、その中で舞う蝶々を瞳に映す。
「わぁ、蝶々! 綺麗だね」
 けれど何処か寂しそうだとも感じられた。リルが温室に泳ぎ寄っていくと、その傍に黒い幽世蝶が姿を現す。
 顔を上げた一華はリルと蝶々達を見比べた。
「リルさんの傍に蝶々がいるの?」
「そうさ、僕にもカナンとフララがいるよ!」
「黒い番の蝶々だな! 何だかリルさんのこと大切に守ってるような――」
 そんな気がする、と話した一華はカナンとフララを見上げていた。リルは嬉しくなり、花が咲くような笑みを深めた。
「うん、ふたりとも僕を守ってくれる。だから僕も守るんだ」
 行こう、と温室を示したリル。その視線の先には花の世話をしている少女がいた。この館に住む子供たちのひとりだ。
 静かに扉をひらいた一華は、まだ此方に気付いていない少女に問いを投げかける。
「この蝶々を育ててるのは君?」
「わっ!? お客様ですね、こんにちは。……びっくりしちゃいました」
「ふふー、君が紋白だね」
「はい、私が紋白ですが……あなたたちも能力者の方ですか?」
 少し驚いてしまったようだが、紋白は静かな笑みで迎えてくれた。既に何人かが彼女に接触したことで気持ちが徐々に前向きになっているようだ。
「紋白っていうんだな。俺は一華だ! こっちはコマとマコだ!」
「僕はリルで、この子はヨルだよ。僕達も手伝うよ!」
 一華達は自己紹介と挨拶を伝えた後、紋白が育てている蝶達の世話を手伝いたいと申し出た。その願いは快く受け入れられ、リル達は花の手入れをすることになる。
 そして暫し後。
 紋白に教えられた通り、一華は肥料を土に撒いていく。この温室に植えられた花はみんな蝶々が好むものらしい。
 一華は頭上に舞う蝶を眺め、楽しげに笑う。
「ここの蝶々たちも幸せそうだ。大切に育てられてるんだってわかるよ」
「そうですか?」
「だって、どの蝶も幸せそうだもんな!」
「……ふふ。一華くんにはそうみえているんですね。嬉しいです」
 紋白は笑みを湛え、一華と一緒に肥料を広げていった。その間にリルはヨルと一緒にぞうさんジョウロに水を汲んでくる。
 一華と話す紋白の心はすっかり和んでいた。きっと様々な言葉や思いを聞き、受け止めることで前に進む気持ちを抱いているのだろう。
「君は優しくて強い子だね」
「いえ、私の力は……」
 リルが声を掛けると、紋白は首を横に振った。
 対するリルは能力の話ではないと伝え、胸に手を当ててみせる。
「力の強さじゃなくて、心の強さだよ。だって今までみんなでずっと街を獣から守っていたんでしょう?」
「それは……はい、ずっと」
「蝶々たちも君がいてくれて喜んでるって感じるよ。今はとても辛いだろうけど……君にだって、大好きな人から託された想いや願いがあるはずだよ」
 紋白が頷いたことでリルは自分の思いを告げていく。
 ありがとうございます、と返した少女はリルに倣って自分の胸に手を置いた。一華はリル達の会話を聞き、思いを馳せる。
「ずっと戦ってたってきいた。紋白は強いな……。俺は守られてるだけで何も出来なくて悔しかったんだ」
「ううん、一華だって弱くないよ」
 ぽつりと呟いた一華に対して、リルは誰だって強さを持っているのだと話した。はっとした一華は、今は自分のことではなく紋白と話をしなければと考える。
「紋白、マダムのこと大好きだったんだろ?」
「うん、とっても。私達のおかあさんみたいな人でした」
「かあさま……。俺も――じゃなくて。紋白は大切なひとを……マダムを殺したやつが憎い? もし会ったら、殺してしまいたい?」
 一華は胸に浮かんだことを問いかけていった。
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「俺のかあさまも殺されたって聞いてるからさ。……でも、よく分からなくて」
 首を傾げた紋白に向け、一華は肩を竦める。
 リルはその間、何も言えなかった。少年が紡いだ言葉に胸が締めつけられる心地を覚えていたからだ。リルは彼の母を喰い殺した相手を知っている。
(――だって、君の母親を殺したのは……)
 赦せ、なんてことは言えない。
 もしその事実を一華が知ったらどうするかはリルには分からなかった。それでも、助けてあげて欲しいとは感じる。
 リルが二人を見守っていると紋白が口をひらいた。
「マダムが殺されたことは、すごく悔しいし悲しいです。でも……」
 憎くないと言えば嘘になる。
 仇討ちをしたくないわけでもない。だが、マダムがそんなことを望んでいないだろうことは知っている、と彼女は語る。
「マダムの最期の言葉は聞けませんでした。だけど、仇を取って欲しいと言っていたわけではないはずです。だって、私たちのマダムは……おかあさんは、あの紅い頭巾の子も救いたいから、立ち向かったんだもの」
 だから紋白たちがすべきことは赤頭巾を倒して救うこと。
 それは仇討ちとも呼べるだろうが、紋白にとってはそうではないようだ。
「そっか……。きっとマダムは、紋白たちが笑って元気で幸せに生きてほしいって願ってたんだと思う」
 自分なりの思いを言葉にした一華に向け、紋白が問いかける。
「一華くんはおかあさんが好き?」
「うん! かあさまはすごく綺麗で優しくて、俺のことを見守ってくれてるんだ!」
 招霊木矢を取り出した一華は、紋白に母の愛の証を示した。
 そっと笑んだ紋白は少年を真っ直ぐに見つめる。
「だったら、一華くんが誰かを殺すくらい憎しみを抱いちゃいけないです。あなたのお母さんだって、きっと……幸せを願ってくれてるはずですから!」
 少年と少女は頷きを重ねた。
 立場や境遇が違っても、母を大切に思う気持ちは一緒だ。
 リルはほっとした気持ちになり、紋白と一華の間にふわりと泳いでいった。
「やっぱり君は強いね。じゃあ、僕の歌を贈るよ」
 少しでも紋白が笑ってくれたら嬉しいから。きゅ、と鳴いたヨルもダンスを披露するつもりらしい。わあ、と声をあげて喜ぶ紋白は目を細めた。
 そして、蝶の舞う庭園に歌声が紡がれる。
 ――リルルリ、リルルリルルリ。
 それは水と黒耀にとける愛のうた。リルの傍で舞う幽世蝶たちも羽ばたくことで歌っているようだ。この場にいる誰もが今、母という存在を大切に想っている。
 一華は美しい人魚の歌を聞きながら、紋白の蝶々達を眺めた。
 リルをフララとカナンが守っているように、庭園の蝶にだってマダムが遺した思いが宿っているはず。ひらひらと紋白の周囲に集まってきた蝶の中に不思議な何かを感じながら、一華は耳を澄ませる。
 此処にマダムへの追悼を。
 そして、紋白たちがまた立ち上がれるように願って――。
 確かに此処にある愛のかたちを示すようにして、歌声が響き渡っていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸神櫻


蝶の館
美しい場所ね

カムイの周囲を飛ぶ言祝ぎの桜蝶を見て微笑む
私に扱えるのは、呪華の黒蝶だけだけれど…
マダムはここの子供達も蝶達のこともとても大切にしていたのね

ゆるり館を巡りながら揚羽の元へ
あなたが揚羽?
こんにちはと優しく、話しかけましょう
この子はだいぶ気を張っているように思うわ
その姿が何処か痛々しくも見えて

マダムはどんな事を教えてくれていたの?
なんて、遺品の整理を手伝いながら
問いかける
よく頑張っているのね
誰よりも責任感がつよくて、きっと無理をしている
まだ幼いのに泣けないのかしら

……カムイ、あの子たちはまだ蛹かしらね
神の雛のあなたのように
美しい蝶と咲くのでしょう──マダムの願いはきっと
あの子達が健やかに生きてくれることだと、思うのよ
助けられたものがあれば、そう出ないものもある
あの子達自身が彼女の育てた最愛の蝶であると

私にはここの蝶たちが、助けられなかったものの魂を運ぶもののようにも見えるわ
獣に喰われた犠牲者達の無念の塊

何だか……酷く胸が痛むけれど
喰らう側の私がそういうのは変かしら


朱赫七・カムイ
⛩神櫻


サヨ、此処が蝶の館だ
ひいらり、私の周りを舞うのは私の……桜姫がくれた桜蝶
導く様な羽ばたきについて進もう
……サヨの呪蝶だって、何度も私達を助けてくれているじゃないか

噫、まるで蝶のように育てていたのだね
悪しきから守ろうとしているその危害も立派なものだよ
カグラも関心している
マダムは立派な人だったんだね

母のような寄るべを失った子らが心配だ
此処は大切な彼らの居場所なのだから
守ろう
意思/遺志が壊されないように
遺された彼らも皆……

そなたがアゲハかい?
これはマダムの思い出の品かな
遺品整理を手伝うも、大切なものを壊してはいけないから慎重に行うよ
アゲハは皆の兄なのだね
守ろうとする姿が痛ましくも立派で私も応援したい
どんな術で戦っていたのかや、思い出も気になるけれど……彼のこころを傷つけないように
話題は慎重に選ぼう
大丈夫だ
私達だって、ついているよ

そなたはマダムの仇をとりたいかい?

全てが救えるわけではない
神であってもそうだ

サヨ
あの子達は美しい蝶になるだろう
幸いに生きて欲しい
だから守ろう
きみだって、そうだよ



●桜の導き
「サヨ、此処が蝶の館だ」
「この場所が……美しい館ね」
 扉をひらき、エントランスに続く廊下を進む。蝶が舞い飛ぶ絵画に迎え入れられた朱赫七・カムイ(厄する約倖・f30062)と誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は蝶の館の内部をゆっくりと見渡す。
 ひいらりと二人の周りを舞うのは、桜姫が授けてくれた桜蝶。
 櫻宵はカムイと自分の間を飛ぶ言祝ぎの桜蝶を長め、やわらかく微笑んだ。二人はひらひらと飛んでいく桜蝶についていく。
 歩を進める度に、この館がとても優しい場所だということが伝わってきた。
 掃除が行き届いた廊下。整えられた調度品の美しさ。此処に住む者や訪れる人々が心地よくいられるようにと考えられてのものだろう。
 そう感じられるのは、館の主が此処を大切だと思っていたからだ。蝶についていく最中、中庭にある硝子の温室が視界に入った。
 その中では別の猟兵が館の子と話している姿が見える。
「あら?」
「どうしたんだい、サヨ」
「いいえ、気のせいみたい」
 不意に櫻宵が首を傾げたのでカムイが問う。しかし、櫻宵も確信が持てなかったので何も答えられなかった。温室に居る猟兵が誰かに似ていると思ったのだが、温室の中の人影は死角に入ってしまったので判別が出来なかった。
 そのかわりに硝子の温室で育てられている蝶々が目に入る。
 蝶たちは元気で優雅に羽ばたいていた。今はこの館の子供が世話をしているようだが、元は主のマダムが育てていた蝶らしい。
「私に扱えるのは、呪華の黒蝶だけだけれど……マダムはここの子供達も蝶達のこともとても大切にしていたのね」
 蝶々の舞う姿を見るだけで、どれほど良い場所かも理解できた。カムイは少しばかり自虐的な櫻宵の言葉を聞き、首を横に振る。
「サヨの呪蝶だって、何度も私達を助けてくれているじゃないか」
「そうかしら。……そうね」
 ありがとう、と答えた櫻宵はカムイの優しさを感じ取った。此処で否定してしまってはカムイの思いを肯定していないということになる。
 素直に頷いた櫻宵が自分のことを考えてくれていると察し、カムイは淡く笑む。
 そうして、二人は桜蝶と共に屋敷を巡った。
 ふと顔を上げたカムイは三人の子供たちと女性が写っている写真立てを見つける。廊下の外に出されている机に置かれた写真からは、あたたかさが感じられた。
 蝶の標本も美しいが、写真もまた良きものに思える。
「噫、まるで蝶のように育てていたのだね。マダムは立派な人だったんだね」
 この屋敷の子供たちは大切にされていた。
 今は亡き人の心が伝わってくるかのようで、カムイは暫し写真を見つめる。
 悪しきものから守ろうとしていた、その気概も立派なものだ。カグラも感心しているらしく、静かに頷いていた。
 しかし、それが分かったからこそ寄る辺を失った子供たちが心配になる。
 血が繋がっていなくとも、マダムはきっと母として子供たちに接したのだろう。そして、此処は大切な彼らの居場所なのだから――。
「守ろう」
 意志と意思、遺志が壊されないように。
 遺された彼らも、この館も、志もすべて。
「ええ、勿論よ」
 カムイの思いを感じ取り、櫻宵は然と首肯する。すると其処に誰かが現れた。奥の部屋から出てきた少年は、揚羽と呼ばれている子だ。
「あなたが揚羽?」
「そなたがアゲハかい? これはマダムの思い出の品かな」
 こんにちは、と話しかけた櫻宵とカムイが問うと少年は頷きを返す。
「そうだ。……その机、邪魔だったか?」
「噫、これは部屋から一時的に出していたのかな」
 はたとした揚羽はカムイの前にある机を示す。どうやら部屋の整理をしている途中だったゆえに、写真立てが置かれた机がこんなところにあったらしい。
「邪魔なんかじゃないわ。運ぶなら手伝いましょうか?」
 櫻宵は少年に向けて微笑みを向ける。
「……あんた達は皆、手伝ってくれるんだな」
「皆?」
「ああ、悪い。ここに来る人たちは皆いいヤツだと思って」
 申し訳無さそうにしている揚羽は、既に何人かに遺品の整理などを手伝って貰っていたらしい。部屋内はその人達に任せてあり、今は机を別の場所に運ぶ途中だったという。
「力になりたいと思って此処に来たんだ」
「じゃあ、その……お願いしたい」
「この机を向こうに運んでいけばいいのね。案内して頂戴な」
 カムイの真っ直ぐな眼差しを受け、揚羽は静かに頭を下げた。櫻宵は写真立てが落ちないように大切に持ち上げる。
 カムイがすかさず重い机を持ち、二人は揚羽が案内する部屋に向かっていった。
 そして――。
「この場所に下ろすよ」
「これでいいかしら」
「ありがとう、カムイさん。櫻宵さん」
 互いに名前を告げあった三人は空き部屋だった場所に家具や小物を移動させていく。その最中、櫻宵が気付いたのは揚羽の様子だ。
 気丈に振る舞っており、猟兵達に対しても普通でいようとしているが、随分と気を張っているように思えた。おそらく間もなく訪れる戦いを意識しているのだろう。その姿が何処か痛々しく思え、櫻宵は僅かに瞳を伏せる。
「ねえ、マダムはどんな事を教えてくれていたの?」
 櫻宵は遺品の整理を手伝いながら先程の写真を示し、穏やかに微笑む女性を示した。
 揚羽は棚の引き出しの中を確かめつつ、ゆっくりと話していく。
「勉強や、力の使い方。それから――」
 特別な力を持つ者の心掛け。
 自分の身を守るための技や体術。
 家族や友達と喧嘩した時はどうするか。
「俺には、皆を守ってとよく言ってくれた。だから俺は紋白と紫燕を……」
 守らなきゃ、という言葉が小さく紡がれた。
「よく頑張っているのね」
「アゲハは皆の兄なのだね」
 櫻宵とカムイは少年の意思を認めている。だが、長兄の役割には重圧があることも確かだ。きっと彼は誰よりも責任感が強く、今も無理をしているようだ。
 二人が感じていることは同じであり、カムイと櫻宵は視線を交わす。
「……まだ幼いのに泣けないのかしら」
「きっとそうだろうね」
 少年には聞こえないように言葉を重ねた二人は、彼の背を見守った。大切なものを守ろうとする姿は痛ましくも立派だ。
 カムイの中にあった、応援したいという気持ちは更に強くなった。
「そなた達はどんな術で戦っていたのか、聞いていいかな」
「俺達の武器はこれだよ。カムイさんも蝶を連れているようだけど、その子は俺達の扱う蝶々とは少し違うのかな」
 カムイが訊ねると、揚羽は指先を軽く掲げる。其処に小さな光が宿ったかと思うと半透明の蝶々がひらひらと舞い始めた。
 それが霊体だと気付いた櫻宵は、硝子めいた透き通った翅を持つ蝶を瞳に映す。
「綺麗ね。マダムに教えて貰ったの?」
「ああ、俺達が霊を降ろして紡いだら蝶々の形を取る。こいつらの生への意思を束ねたり、散らしたりして敵を穿つんだ。マダムはもっとすごい霊力があったんだぜ」
 櫻宵に対して答えた揚羽の表情が一瞬だけ曇る。
 きっとマダムの死に際がフラッシュバックしたのだろう。カムイは彼のこころを傷つけないように、思い出を聞くことは止めておく。
 マダムですら敵わなかった相手が襲い来ると知って、少年も不安なのだろう。
「大丈夫だ。私達だって、ついているよ」
「そう、だな……助かるよ」
「そなたはマダムの仇をとりたいかい?」
「仇か。もしそう思ってるなら、俺はもうこの館に居ないかもな」
「アゲハ……」
 カムイは少年が此処にいる理由を察した。
 全てが救えるわけではないと少年は知っているのだ。神であってもそうなのだから、ちいさな人の子ならば余計に選び取らなければならない。
 きっと少年は復讐心よりも、家族を護ることを選んでいる。
 揚羽は微かに笑ってくれたが、心は少し戸惑っているようだった。櫻宵はカムイの隣に歩み寄り、子供たちのことを話す。
「……カムイ、あの子たちはまだ蛹かしらね」
 神の雛のあなたのように。
 櫻宵が少年を見る眼差しには、成長を見守る親のような雰囲気があった。
「サヨ、あの子達は美しい蝶になるだろう」
「そう、美しい蝶と咲くのでしょう――マダムの願いはきっと、あの子達が健やかに生きてくれることだと、思うのよ」
 助けられたものがあれば、助けられなかったものもある。
 あの子達自身が彼女の育てた最愛の蝶であるならば、必ず守護しなければならない。
「幸いに生きて欲しいね」
 カムイが密かな決意を抱く中、櫻宵は窓辺から見える庭に視線を移す。
「私にはここの蝶たちが、助けられなかったものの魂を運ぶもののようにも見えるわ」
 獣に喰われた犠牲者達の無念の塊もまた、蝶になるのだろうか。
 そう思うのと何だか酷く胸が痛む。喰らう側の自分がそのように感じるのは変かもしれないが、櫻宵の裡にも守護への思いが生まれていた。
「守りきるよ。きみだって、そうだよ。――サヨ」
 カムイは誰よりも一番に櫻宵を想っていることを示し、淡く微笑む。
 ひらり、ひらりと桜蝶は舞う。
 先へ繋がる道へと導くが如く。未来に、あたたかな彩を宿していくように――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜
◎◎◎

揚羽さんの元へ
最年長とはいえ彼もまだ子供なのに
弟妹の為に強くあろうとする姿が痛ましいので

年下の二人には言えない本音や感情をぶつけられる
そんな存在になれたらいいし、なれなくてもいい
男同士、腹を割って話をしましょう
色んな話が聞きたいし私の話も聞いて欲しいです
とりあえず、マダムの仇を取りたくないですか?
自分達の幸せの為に

大切な存在を失った哀しみは忘れられないでしょう
でも哀しみを思い出す度に、しかし仇は皆で取ったのだと
いつかマダムと再会したら胸を張って報告できると
あと強くて立派で格好良い大人のお兄様がいたなと
そう思って三人で泣き笑いできるように、そして幸せになって欲しいのです
大人とは無条件で子供の幸せを願うものなので

このハレルヤを手伝わせてあげますよ
凄まじく強い私の助力を得れば、あと私の戦い方から学びも得れば無敵です
本当に強いですとも
試しに腕相撲でもしてみますか?

…や、本当に私は強いんです
今の敗北は油断しただけで
貴方達のような特別な力?無いですけど
いや貴方から戦い方を教わる気は無いですけど



●蝶の名前
 額縁の中に展翅された蝶は美しい。
 留め針で止められた蝶々は死しても尚、生前と変わらぬ姿のままで飾られていた。蝶にすればこれは磔のようなものなのか。それとも、死後もこうして在り続けられることが喜ばしいのだろうか。
 その答えを夏目・晴夜(不夜狼・f00145)は持ち合わせてはいない。
「何をどう思うかなんて、其々ですからね」
 晴夜は蝶の館の回廊を歩きながら、ちいさな言葉を落とした。
 思いを巡らせたのは獣狩りの蝶に所属する子供たち。霊体を蝶にして戦うという特別な力を持っているゆえに、館に留められた蛹――もとい子供たち。戦いに身を投じることとなった運命を苦と捉えるのか、マダムと出逢えたことを幸福と感じるのか。
 そういった思いもやはり個人次第だ。
 立ち止まった晴夜は暫し、蝶々が留められた標本額を見上げた。
 アゲハチョウ、モンシロチョウ、ムラサキツバメ。
 黒と黄色の蝶に白い蝶、紫と黒の蝶々。他にも何羽かの蝶々が飾られている。それらはこの館に住まう子供たちをあらわすものなのだろうか。
 この中で誰に会いに行くか。既に晴夜の心は決まっていた。
 それは揚羽だ。
 最年長とはいえ、彼もまだ子供と呼べる年齢。ハレルヤはもう一年もすれば世間的にも立派な大人ですが、なんてことを考えつつ晴夜は歩みを進めていく。
 年上だからという責任感ゆえに弟や妹分の為に強くあろうとする姿は痛ましい。彼にはきっと、年下の二人には言えない本音などもあるのだろう。
 それならば、彼より年上の晴夜ならばそういった感情をぶつけられるのではないか。
「――というわけで」
 晴夜は揚羽がいる部屋を訪ね、思うままの言葉を向けた。
「男同士、腹を割って話をしましょう」
「え? あ、ああ……」
 あまりにもストレートな物言いに揚羽は一瞬だけ戸惑ったようだが、すぐに頷く。獣狩りの蝶の面々には悪しきモノが襲撃に来ることは告げてある。
 迎撃を行う必要がある今、大事なのは互いを知ることだ。他の猟兵が手伝ってくれたこともあり、マダムの部屋の整理は終わっているようだ。
 それならこっち、と揚羽が晴夜を誘ったのは二階の自室だ。勉強机と白いシーツが敷かれたベッド、サイドテーブルだけの簡易な部屋だが、綺麗に整えられている。
「狭いけど入ってくれ」
「お邪魔します。座るところはベッドかその小さな椅子しかないんですか?」
「そりゃ寝るか宿題するだけの部屋だし、適当に座ってくれ。嫌なら応接間でも――」
「大丈夫です。ハレルヤはどんなところでも寛げますからね」
 部屋に案内された晴夜はベッドの方に腰を下ろした。ふかふかですね、と小さく笑った晴夜は揚羽に目を向ける。少年もまた、その隣に座った。
 互いに軽く自己紹介を終えた二人は軽く息をつく。そうして、最初に話し出したのは揚羽の方だった。
「晴夜さん、さっき標本を見てただろ」
「ええ、あれは貴方達を示すものですか?」
「そうでもあるけど、そうじゃない。俺達のコードネームは新しく付けられるのもあるけど、代々受け継がれているから……俺は三代目の揚羽で、紋白は二代目」
 紫燕の名は初代であり、過去には黒挵や裏波という人員もいたらしい。今はいない彼らは子供たちが引き取られる前、マダムが若かった頃の構成員だったようだ。
 その話を聞いた晴夜はぴんときた。
「そうでしたか。でしたら、マダムという方は前代の『揚羽』だったのですね」
「正解。だから次の組織の主になるのは俺……っていっても、もうたった三人だけどさ。それでも、俺には責任があるんだ」
 少年が語った言葉には重みがあった。
 それゆえに揚羽はこれほどに責任感が強いように感じられたのだ。
「それで、腹を割って話すって?」
「はい。今のように色んな話が聞きたいし私の話も聞いて欲しいです。ハレルヤの武勇伝を話して私達の強さを教えても良いですし、勉強で何か分からないところがあれば教えることも……できるか……は、わかりませんがとりあえず」
「え、いや……勉強はいい」
 晴夜は冗談めかして揚羽に語りかけながらも、さりげなく本題に入った。
「マダムの仇を取りたくはないですか?」
「――!」
「自分達の幸せの為に、進みたいでしょう」
 単刀直入に問われた言葉に対して、揚羽は驚いた顔をする。晴夜は語らなかったが、その胸裏には純白の君を討ったときの光景が浮かんでいた。
 幼い頃のともだちを死に追いやった相手は、純白のリリィの存在と共に斬り伏せたことになる。それは紛れもない仇討ちであり、今の晴夜が先に進むことが出来る理由のひとつになっていた。
 ならば、この少年だって――と晴夜は考えていた。
「……仇の話、他のヤツにも聞かれた」
「大切な存在を失った哀しみは忘れられないでしょう」
「そりゃあ、マダムを亡くしたことはずっと覚えているしかない。これからもこの先も、俺が死ぬまで忘れないだろうな」
 揚羽は少しばかり俯き、自分の胸に掌を当てた。晴夜はその様子をそっと見つめながら、更に言葉を続けていく。
「哀しみを思い出す度に後悔するでしょう。私だってそうでしたから」
 もっと自分が強ければ。
 あのとき、自分が代わりに蹴られていれば。
 仇を討った今でも思い返すことがある。それでも悲しみに沈んでしまわないのはやはり、決着を付けたからだ。
 揚羽は晴夜の言葉を黙って聞いていた。
「しかし、仇を皆で取れば、いつかマダムと再会したら胸を張って報告できると思うのです。あと、強くて立派で格好良い大人のお兄様がいたな、なんて」
 そう思える。
 三人で戦って、勝って――泣き笑いできる未来が訪れるかもしれない。
 晴夜が思いの丈を語ると、揚羽は静かに笑った。
「そうだな、その通りだ。あの紅い頭巾の子を倒せば……いや、でも……」
 笑っていても心は泣いている。
 そう感じた晴夜は揚羽がぽつぽつと語り始めたことに耳を傾けた。
 揚羽達は知っている。
 誰かに教えられたのではなく魂を降ろして扱うシャーマンとしての本能的に感じ取った。あの赤頭巾の元となったものが、救われなかった魂の化身だということを。
「あの赤頭巾が言ってたこと、聞こえてたんだ」

 ――『どうして、私は助けて貰えなかったの』、と。

「それって、すべての獣を倒しきれなかった俺達のせいで、」
「違います」
 揚羽が責任を自分に転嫁しようとしたことに気付き、晴夜はその言葉を遮った。違うんです、ともう一度告げてから首を横に振った晴夜は真剣な目をしている。
「そう、なのかな……」
「いいですか。誰も貴方達に苦痛を感じて欲しいわけではありません。寧ろ幸せになって欲しいのです。きっと、マダムという方も――」
 晴夜の声に対し、揚羽は泣きそうな声で返答した。
「俺は……赤頭巾の言葉は聞こえたのに、マダムの最期の言葉は聞けなかった」
「その言葉のことなら、ハレルヤにも分かります」
「どうしてだ?」
 顔を上げて不思議そうな顔をしている少年に向け、晴夜は自信満々に答えた。
「大人とは無条件で子供の幸せを願うものなので」
「……っ」
 揚羽にとって、その言葉だけで十分だったらしい。言葉に詰まりながら、目元を擦った彼は晴夜の思いをしっかりと受け取った。
 ありがとう、という心からの言葉が聞こえたことで晴夜も満足そうに頷く。
「このハレルヤを手伝わせてあげますよ」
「晴夜さんにも、あの紅い頭巾の子に因縁があるのか?」
「さぁ、どうでしょうね。ともかく凄まじく強い私の助力を得れば最強になれます。あと私の戦い方から学びも得れば無敵でもありますね」
 晴夜は胸を張り、任せて欲しいと告げた。
 するとおかしそうに笑った揚羽が口元を緩め、問いかけてくる。
「本当かよ?」
「ええ、本当に強いですとも。試しに腕相撲でもしてみますか?」
「わかった。勝負だ!」
 その頃には揚羽の心は落ち着いていた。意気込んだ少年がサイドテーブルに腕をついた動きに合わせ、晴夜も構えを取る。
 だが――。
「よっしゃ、俺の勝ち!」
「えっ…………」
 腕相撲勝負はなんと揚羽の大勝利。少し固まった様子を見せた晴夜は暫し呆然と倒れた自分の腕を見ていたが、こほん、と咳払いをして気を取り直した。
「や、本当に私は強いんです。今の敗北は油断しただけで」
「へぇー? 強くて立派で格好良い大人のお兄様が油断だって?」
 揶揄うような笑みを向ける揚羽。冗談が言えるほどに晴夜に心を許し、懐いているようだ。彼に向け、晴夜は腕を差し出す。
「貴方達のような特別な力は無いですけど、いや貴方から戦い方を教わる気は無いですけど……とにかく! もう一度勝負です!」
「あはは! 望むところだ!」
 少年の部屋に、偽りや気負いのない明るい笑い声が響いた。

●戦う意味
 きっと、大切な人を失った悲しみは子供たちの裡に残り続けるだろう。
 それでも今日、この日から彼らの心は変わった。少しずつではあるが、子供たちが前を向くことが出来たのは猟兵達の思いや言葉があったからだ。
 猟兵達は彼らとたくさんの話をした。
 戦いへの意志や技術、戦術を見せることだって誰も厭わなかった。
 子供たちが敵を倒すことは仇討ちでもある。
 彼らも敵を倒すことを望んでいるのは間違いなかった。
 しかし、三人は憎しみに心を囚われてなどいない。煙狼と無念の魂を斃して救い、三人で一緒にこれからも強く生きていきたい。
 それこそが、猟兵達の思いを受けた子供たちが出した結論だ。

 そして――戦いの日が訪れる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『六零八『デビルズナンバーのろし』』

POW   :    悪魔の爪牙(デビルネイルファング)
【鋭い牙や爪】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD   :    悪魔の煙化(デビルヒューム)
自身の身体部位ひとつを【物理攻撃を無効化する煙】に変異させ、その特性を活かした様々な行動が可能となる。
WIZ   :    悪魔の煙幕(デビルスモーク)
【悪魔の爪牙】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【に何も見えなくなるほどに濃い煙幕を張り】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●狼煙の獣
 その日の空は妙に薄暗かった。
 空に掛かっているのは重くて厚い雲。まさに暗雲が立ち込めているというに相応しい空模様が続いている。蝶の館にもこの日は朝から不穏な空気が渦巻いていた。
 獣が襲撃に訪れると予知されたのは本日だ。
 猟兵と子供たちは館の門の前に陣取り、敵の到来を待っていた。

 時刻は既に夜。
 辺りは暗いが、煌々とした街灯が周囲を照らしている。館が郊外にぽつんと建てられているのは逆に好都合だった。ここで戦うのなら一般市民への被害は皆無だからだ。
 揚羽と紋白、紫燕は猟兵達と共に身構えている。
「……本当に獣が来るの?」
「ああ、そういう気配がするって猟兵の人たちも――いや、もう来てるぞ!」
 紫燕が問いかけ、揚羽が答えたとき。
 煙が周囲に渦巻き始めたかと思うと、それらは狼の形になっていった。館の門を取り囲むように出現していく獣達の数はかなり多い。
「いつもの、街に現れる獣です……! でも、あんなにいっぱい!」
 紋白は身体を強張らせた。
 無理もないだろう。獣狩りの蝶達はこの獣をこれまで全員で一体を相手取り、やっと勝利していた程度の実力しかない。
 しかし、この場には歴戦の猟兵達がいる。子供たちは呼吸を整え、身構え直した。
「紅い頭巾の子はいないみたいだね」
「どこかに隠れてるのか? 皆、俺達だけじゃアイツらを倒せない!」
「お願いします、私達に力を貸してください!」
 三人は狼煙の獣を見据え、猟兵達に呼びかける。彼らは決して無茶はせず、出来ることを懸命に行ってくれるだろう。
 紅子の気配は猟兵にも感知できていない。つまりはまだ訪れてはいないということなので、今は獣だけに集中すればいい。
 予知されていた赤頭巾への特攻能力が誰にあるかはまだわからない。本人たちにも自覚はないようだ。しかし、この戦いで能力の持ち主が判明するかもしれない。

 猟兵の役目は子供たちを誰も死なせず、すべての獣を倒すこと。
 護るための戦いが此処から始まる。
 
鎹・たから
【たかみゃ】◎

この数に、敵の本気を知る
こども達のいのちを
本気で奪いに来ているのだと

はい、未夜の言う通りです
なにより、あなた達もとても強い子なのですから
皆で協力して戦えば
決して負けたりしません

まず紋白にオーラの膜を張り
いざという時のダメージ回避
あなたを守るおまじないです【オーラ防御

未夜の弾幕の合間を縫うように
終雪で獣達を攻撃【念動力、2回攻撃
確実にとどめを刺すことを意識
味方の撃ちもらしを優先的に攻撃

声をかけあって連携重視で動きましょう
一人で突出しないよう言い含めながら
こども達や未夜に危険が迫れば身を挺して守ります【かばう

たからへの攻撃はダッシュし残像で躱し
接近する敵を連珠で殴ります【グラップル


三岐・未夜
【たかみゃ】◎

うっわ、いっぱい来た……
大丈夫だよ、紋白
僕、数が多いの得意だし、たからも強いから

煙相手なら水だよねぇ
【おびき寄せ、誘惑】で広範囲の敵を引き寄せるよ
UCで水を選択
【先制攻撃、操縦、誘導弾、属性攻撃、範囲攻撃、弾幕、全力魔法】で纏めて薙ぎ払うよ
見えなくても【第六感、見切り】でどうにかする
数が足りなければ【多重詠唱】で何度でも!
たからに庇われないように自力回避も頑張る

一応周りも見て、子供たちが危なそうなら積極的に声を掛けたり自分の近くに来て貰ったり出来たら良いかなぁ……
僕も最初の頃は戦場怖かったし、敵が多いと無理!って思ったもん
出来る限り、彼女たちの矜恃を邪魔しない範囲で手伝いたいなぁ



●対峙の刻
 煙のように現れ、煙の如く消える。
 現在、蝶館の前に出現しているものが此の街に蔓延っていた獣の正体だ。普段は一体ずつ現れ、路地裏で誰か一人だけを襲っていたらしいが――今は違う。
「うっわ、いっぱい来た……」
 未夜は周囲を見渡しながら敵の数を確かめていく。しかし、彼はすぐに数えることをやめた。何故なら、数え切れないほど敵がいると示すのが相応しかったからだ。
「なるほど」
 たからは静かに頷き、状況を判断する。
 これほどの数がいるということは敵も本気だということだ。言葉には決して出せないが、たからは確信した。
 ――いのちを、本気で奪いに来ている。
 おそらく煙狼達よりもより強大な存在が顕現したことで状況が変わったのだ。群れていなかった獣は統率され、少女型オブリビオンの手先となった。
 紅子という存在が、煙獣が喰い殺した者の集合体であることが皮肉でならない。
 未夜とたからの間に立っている紋白は気を張り詰めていた。
「これほどの数、見たことありません」
 怖気づいてはいないが、不安を隠せていない紋白の様子を見た二人は静かに笑む。
「大丈夫だよ、紋白。僕、数が多いの得意だし、たからも強いから」
「はい、未夜の言う通りです」
 猟兵にとって数は問題ではない。子供たちがそれに対抗できるかどうかが此度の課題であり、乗り越えるべきところだ。
 たからは子供たちが狙われ続けたときの懸念を抱いていたが、不安などはない。隣に未夜がいるから。それに――。
「なにより、あなた達もとても強い子なのですから」
 皆で協力して戦えば決して負けたりしない。そのことをまっすぐに信じているたからの言葉には嘘も偽りもなかった。
 行こう、と告げた未夜に頷きを返し、たからはオーラを巡らせる。
「これは?」
「あなたを守るおまじないです」
 紋白が不思議そうな顔をしたことで、たからはそっと告げた。皆で子供たちを守る気概は十分だが、いざというときの保険になる。
 未夜はたからの前に踏み出し、唸り声をあげる獣の姿を見遣った。
「煙相手なら水だよねぇ」
 瞬時に出方を判断した未夜はわざと目立つ形で駆ける。敵の群れの先頭まで躍り出た彼は手招くように片手を揺らめかせた。
 そうすることによって、多くの敵の気を引くことが彼の未夜の狙いだ。
 そして、未夜は自分を追ってきた獣に向けて水の破魔矢を解き放つ。差し向けた指先の方に向かって舞う水の矢は煙狼を貫いた。
 先制を取った未夜は更に破魔矢を増やし、広範囲に攻撃を仕掛けていった。その後方からはたからも仕掛けに掛かっている。
「煙でも凍える感覚はあるはずです」
 ほろびなさい、と告げたたからは掌を敵に向けた。
 刹那、未夜が解き放った矢の弾幕の合間を縫うように雪と霰の奔流が迸る。天から降り注ぐ氷雪は煙獣をその場に留め、次々と貫いていった。
 其処へ紋白が放つ霊体の蝶が加わる。力は弱くとも、蝶々の突撃はたからと未夜の確かな援護になっていた。
 だが、獣達は傷を負ってもなお此方に迫ってくる。
「紋白、もう少し後ろに」
「で、でもこれ以上さがったら……」
「僕も最初の頃は戦場が怖かったし、敵が多いと無理!って思ったもん。無理をして前にいるよりは引いた方がいいときもあるんだよ」
 敵の攻撃を受け止めた未夜は、悪魔の煙幕が広がっていく様に注意を向けた。わかりました、と紋白の声が聞こえたかと思うと周囲は濃い霧のような煙に包まれる。
「一緒にたからも行きます」
 たからは紋白と共に後方に下がり、視界の悪くなった戦場を見渡した。これでは何処から敵が飛び出してくるかはわからない。
「そちらですか」
 しかし、たからは一瞬だけ感じた敵意をしかと見極め、そちらの方向に鋭い雪撃を向けた。断末魔のような鳴き声が響いた瞬間、一体目の煙獣が地に伏して消えた。
 煙幕の中では未夜が矢を打ち放っている。敵は此方に目眩ましをしたつもりでいるようだが、未夜は冷静だ。
「見えなくたって、感じられるからね」
 勘と感覚で敵の方向を見極めた彼は更なる破魔矢を打ち出していった。たからも紋白に獣達の気配を出来る限り読むように伝え、雪で辺りを覆っていく。
 確実にとどめを刺し、子供たちには決して手を出させない。
「未夜、どこですか」
「こっちだよ、たから」
「私もこちらにいます!」
 声を掛け合い、煙幕の中での位置関係を把握したたから達は上手く連携していた。たからはもし未夜にも危険が及ぶなら身を挺して庇うつもりでいた。だが、未夜もそのことは分かっている。彼女の負担にならぬよう、自力で敵の動きを見ると決めていた未夜も懸命に戦い続けた。
 敵の攻撃は激しい。二体目、三体目とこちらも倒しているが、煙幕が実に厄介だ。
 たからは煙を掻き分け、自らも獣達を穿ちに掛かる。
 未夜はたから達の元に駆け、分断されぬように距離を保った。
「たから、思うんだけど」
「はい、きっと未夜と同じことを思っています」
 獣を相手取りながら背中合わせになった二人は意思を確かめ合う。敵を引き付けた未夜の動きは見事なものであり、かなりの獣が此方に向かってきていた。たからも果敢に戦い、敵の数を減らしているが、この近くに紋白を置いておくことは危険だ。
「紋白、向こうの方へ走っていけますか?」
「ここは僕達が引き受けるから、大丈夫」
「は、はいっ!」
 たからと未夜は紋白に煙幕の薄いところに向かって欲しいと願った。そちらには別の仲間がいるので心配はないと判断してのことだ。
「それじゃ全力でやろう、たから」
「未夜も無理はしないでください」
「平気だよ。たからと一緒だからね」
 二人は駆けていく紋白を見送り、互いに背を預けた。
 たからは迫ってきた敵を耀く彩の連珠で殴り、未夜は退魔の懐刀で煙を切り裂く。
 子供たちの希望と未来、矜持を守るため。
 彼女達の意志は何処までも強く、戦場に巡っていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鳳凰院・ひりょ

うん、自分達の力量を見極めて無謀な戦い方をしない
それは凄く大事な事だ
無謀な戦いは時に仲間を危険に曝す事もあるし
そういう意味で基礎の部分は3人とも大丈夫なようだ

出来る事を精一杯やる中で彼らの秘めた力も花開くかもしれない
俺は全力でバックアップをしよう

光と闇の疑似精霊、俺とこの子達に力を貸してくれ!
万一に備え、負傷した時には光の波動で傷を癒してあげよう
俺は子供達の近くに布陣し遠距離からは護符での【乱れ撃ち】を、接近戦では【破魔】付与の刀による【二回攻撃】で叩き切っていこう

子供達が狙われたら自分が身を挺し【かばう】

闇の疑似精霊は闇の波動をブラックホール状へ変化
敵の煙幕を全て吸い込み無効化狙う



●力量と守護の思い
 揚羽に紋白、紫燕。そして、猟兵。
 煙で出来た獣達の大群を前にして猟兵は身構え、三人の子供たちは自ずと後方に下がった。ひりょはその姿を見遣り、そっと頷いてみせる。
「うん、自分達の力量を見極めて無謀な戦い方をしない。大事なことだね」
 それは凄く重要なであり、子供たちの判断は実に正しい。
 きっと前線に立てないという悔しさもあるだろう。ひりょはそのことをよく分かっていたが、前に出させるようなことはしない。
 これは彼らの今後の戦い方を左右する場面でもあるからだ。
 無謀な戦いは時に仲間を危険に曝すこともある。怒りや悲しみなどの感情に任せて敵に突撃していくことを戦いとは呼ばない。
 しかし、そういった意味で基礎の部分は三人とも大丈夫なようだと感じた。
 ひりょは目の前にいる敵に視線を向け、鋭く身構える。今の自分がやるべきことは子供たちを守ること。それに加えて皆で出来ることを精一杯やっていくことも大切だ。
 この戦いの中で彼らの秘められた力も花開くかもしれない。
「俺は全力でバックアップをしよう」
「ああ、お願いするよ!」
 ひりょが決意の言葉を口にすると、揚羽が力強く願った。顔を合わせる前は彼が気負いすぎていないかと心配だったが、ひりょはそれが杞憂だったことを知っている。
 ひりょや他の仲間との交流で彼の心は落ち着いた。
 きっと希望は此処から繋がる。
 そう感じたひりょは、自らも全力を賭すことを決めていた。そして、其処に絶対死守の誓いが紡がれていく。
「光と闇の疑似精霊、俺とこの子達に力を貸してくれ!」
 瞬時に闇の波動が辺りに広がり、煙狼達を貫いていった。ひりょは光の波動を広げることで傷ついた仲間を癒すと同時に、万一に備えての心構えを持つ。
 もし子供たちの誰かが負傷した際には、絶対に大事に至らせないこと。戦いに勝ったとしても、誰かが倒れたり殺されてしまったら失敗も同然だ。
 ひりょは出来得る限り、子供たちの近くに陣取るように心掛けた。襲い来る獣の爪や牙は、煙の見た目であっても実体を伴っている。
 ひりょも揚羽たちも何とか避けているが、そうすることで敵の煙幕も広がった。
 身を躱し、子供らの様子も確かめながらひりょは獣達を闇の波動で穿っていく。更に広げた護符を解き放つことで獣の動きを牽制する。
 乱れ撃つ形で次々と放たれる護符は、敵の身を鋭く貫いていく。
「駄目だ、数が多いな」
 それでもひりょ達に近付いてくる敵は多かった。彼は破魔刀を抜き、刃を振るうことで対抗した。もし子供たちが狙われたならば、自分が身を挺して守る。
 誓いと決意を同時に抱いたひりょは果敢に刃を振るった。
 一瞬の隙を見極めた彼は闇の疑似精霊に次の行動を願う。
「今だ、一気に飲み込んでくれ!」
 闇の波動はまるでブラックホールのように広がり、変化していく。吸い込まれていく煙幕が晴れていくことにより、敵の姿がはっきりと見え始めた。
 其処へ仲間の攻撃が叩き込まれ、揚羽も霊体の蝶々を敵に叩きつけていく。
「ひりょさん、大丈夫か?」
「ああ、平気だよ。揚羽達も無理はしないように」
 揚羽とひりょは声を掛け合い、全力を揮っていった。きっと敵は何度でも煙を広げるだろう。それでも此方とて何度だって煙を払うのみ。
 ひりょの眼差しは強く、倒すべき敵に向け続けられていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

アウレリア・ウィスタリア
私は誰かを守りながら戦うのは苦手です
でも紋白たちが戦えるのなら話は別
みんな、あまり私から離れないでください

【空想音盤:葛藤】
私は歌うことしかできない
けど歌で癒すことができる

獣には狂気を
仲間たちには浄化を与え続けよう

ダメージを負って動きの鈍い敵がいれば
紋白たちに視線を送り誘導しよう

その子供たちを狙うなら
私自身を盾としよう
届かないのなら魔銃を撃ち放ち牽制しよう
数が多いのなら血糸も飛ばして子供たちを守ろう

少しぐらいの傷は私の歌ですぐに癒える
危険な攻撃を私が防いで
紋白たちの勝利を目指そう

ここはまだ通過点
やることを終えて紋白から直接聞きたい
何に気付けたのか
これからどうするのかを

アドリブ歓迎



●音の響き
 自分は誰かを守りながら戦うのが苦手だ。
 そのことを自覚しているアウレリアは、先陣を切って敵の群れに立ち向かう。
 しかし、それは無力な者を守る場合。紋白や揚羽、紫燕たちが戦えるのなら話は別であり、いくらでもやりようがある。
「みんな、あまり私たちから離れないでください」
 アウレリアは三人の子供たちに猟兵から離れないよう願い、白黒の翼を広げた。
 彼女の唇がひらかれ、其処から紡がれていくのは――。
「奏でよう、白と黒の幻想を。狂気と浄化の二重奏を」
 空想音盤:葛藤。
 響き始めていく声に反応した狼煙の獣がアウレリアを狙っていく。黒翼から放たれる狂気の波動が煙獣を貫いたが、相手も煙幕を広げることで視界を防いだ。
(私は歌うことしかできない。けれど――)
 この歌で敵を穿ち、守るべき人を癒すことができる。
 アウレリアは黒翼からの波動を放ち続けながら、獣に狂気を齎していった。そして、三人の子供や仲間たちには浄化を与えていく。
 狂気を受けた獣は牙を剥き出しにしながら、次々と襲い来る。
 アウレリアはしかと敵を見据え、他の仲間の動きも確かめていた。仲間からのダメージを負ったからか、他より動きの鈍い敵がいる。その様子に気付いたアウレリアは紋白たちに視線を送った。
 それは好機が訪れたという合図だ。
「いきますっ!」
 はっとした紋白は霊体の蝶を出現させ、アウレリアから広がる波動に合わせて力を解き放った。羽ばたく霊蝶が敵を穿っていく最中、アウレリアは更なる一手に出る。
 前に出た彼女は今にも迫って来そうだった獣の前に立ち、首を横に振った。
「進ませない。決して行かせません、から」
 子供たちを狙うなら己自身を盾としようと決めている。
 アウレリアは魔銃を構え、一気に撃ち放つことで敵への牽制とした。だが、やはり数は多過ぎる。他の猟兵も察知していた通り、この館にいる者の命を本気で奪い取りに来ているのだろう。
 油断も容赦もしてはいけないと察したアウレリアは、血糸を飛ばすことで子供たちを守り続けた。それで抜けてしまう敵がいても、この力があれば守りきれるはず。
「少しぐらいの傷は私の歌ですぐに癒えるから、恐れすぎないで」
 思いきり戦ってください、と子供たちに伝えたアウレリアは危険な攻撃を自分が防いでいき、紋白たちの補助になるよう動き続けた。
 目指すは勝利のみ。
 だが、ここはまだ通過点に過ぎない。それでもアウレリアは紋白に尋ねたいことがあった。敵の数が徐々に減ってきた最中、彼女は少女の名を呼ぶ。
「……紋白」
「はい、何でしょうか?」
「後で教えて欲しいことがあります」
「わかりました! まずはこの敵を倒してからですね……!」
 頷いた紋白は懸命に蝶を解き放っていく。
 アウレリアが聞きたいのは、何に気付けたのか。これからどうするのかということ。
 その願いは、皆が必ず生き残るという約束代わりにもなっていて――。
 そうして、戦いは更に続いてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓

マスタリング歓迎


揚羽達の前へ出る
絶対に護る
かすり傷一つつけさせやしない

然し、唯俺たちが庇護するだけではならないと
彼らは自らを、そして大切な家族を護る術を磨いていかねばならない
自分の意志で顔を上げるために、前へ進むために

「揚羽」
長兄役たる彼を呼ぶ
揚羽ら蝶達の攻撃は全て庇い弾きながら
どのような能力が得意か、何が不得意なのか
どのような戦法が得意で、得手を伸ばす最適解をこの戦闘の中で見出し指南する
恐れが、迷いがあるならその背を優しく撫でる
確固とした意思があるならそっと微笑み
彼と息を合わせ放つ一閃

──『悪魔』『黒い狼』
俺を罵るかつての故郷の人らの声が蘇る
刹那瞳を伏せ
然し
迷いを振り払う眼差しを真っ直ぐに



●兄として、人として
 牙と爪を向ける煙の獣たち。
 敵意と殺意、害意。そういったものしか持たぬ存在は蝶の館に住む者を狙い、勢いよく飛び掛かってきた。
 梓は敵の動きを察知すると同時に揚羽の前へ駆ける。
 振るわれた爪を自ら受け止めた梓の瞳には、確かな意志が宿っていた。
 ――絶対に護る。
 かすり傷ひとつ、僅かな痛みだって感じさせやしないと決めた梓は腕を振るい、煙獣を振り払った。後方に投げ飛ばされた狼は悲鳴めいた鳴き声をあげたが、すぐに体勢を立て直しているようだ。
 警戒は解かぬまま、梓は周囲の様子を見渡す。
 揚羽たちは後方に下がって霊蝶を飛ばしており、他の仲間と上手く連携していた。
 梓の役割は彼らの盾となること。
 しかし、ただ自分たちが庇護するだけでは一時凌ぎになるだけだ。この場の戦いは乗り越えられても、子供たちが自分で成し遂げなければ、更なる未来は続かないだろう。
 此処で守れても、いつか命を落とすような事態に繋がるかもしれない。
(彼らは自らを、そして――)
 大切な家族を護る術を磨いていかねばならない。そのための実戦が今という時なのかもしれない。梓は襲い来る敵に静かな感謝にも似た思いを抱いていた。
 狼たちに個や明確な意志はないようだ。
 彼らはオブリビオンとして顕現し、世界を破滅に導くために動く機械の如き存在でしかないことが感じ取れる。それゆえに倒すしかないものだと分かった。
 そして、これらを乗り越えれば少年や少女は確実に成長できる。
「俺は、繋げてみせる」
 子供たちが自分の意志で顔を上げるために。そして、前へ進むための路を。
 梓は自分にしか聞こえぬ声でそっと呟いた後、長兄役たる彼を呼ぶ。
「揚羽」
「ああ!」
 梓からの呼び掛けに対して揚羽は力強く答えた。梓は揚羽たちへの攻撃を全て庇うと心に決めながら、敵の一撃を弾きながら語っていく。
「いいか、よく聞いているといい」
 どのような能力が得意か、何が不得意なのか。
 それに加えてどのような戦法が得意で、得手を伸ばす最適解は何なのか。この戦闘の中で見出した梓は的確に指南していく。
 その内容は少年たちにしっかりと届いているようだ。
 揚羽はしかと受け入れているが、きっと恐れや迷いもあるはず。梓は敵陣から少年の元に駆け、その背を優しく撫でてやった。
「大丈夫だぜ、梓さん」
「そうか」
 すると揚羽は平気だと答え、強い眼差しを見せた。其処に確固たる意思があるのだと感じ取った梓は、そっと微笑む。
 次に放ったのは、彼と息を合わせて解放する一閃。神速の斬撃と蝶の一撃が重なり、煙の獣を打ち倒した。しかし、次の瞬間。
 ――悪魔、黒い狼。
 自分を罵るかつての故郷の人々の声が梓の脳裏に蘇った。
「梓さん?」
「……問題は、ない」
 心配そうな揚羽の声が聞こえたことで、一瞬だけ瞳を伏せた梓は思いを振り払う。
 梓は迷いを振り切り、真っ直ぐに敵を見据えた。
 戦いは順調だ。きっと――全ての獣を倒しきるまで、あと少し。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

メアリー・ベスレム

あーあ、残念
あの子たちとも同類(オトモダチ)になれると思ったのに
……なんて、ホントはきっとその方がいいんでしょうね

それで? なぁに、あなた達
煙に巻かれた紛い物
獣によく似た作り物
血を流さない煙の獣
これじゃ殺し甲斐がないったら!

子供たちへと敵が向かわないよう
わざと【誘惑】するよう身を晒し
【逃げ足】活かして立ち回る

ああ、だけれど
敵の爪牙は確かに身体を傷付けて
その苦痛はひどくアリスを苛むのに
反撃に振るう刃は空切るばかりで
「刃」ごたえなんてありゃしない!

わざと煙化した部分を狙い続ける【部位破壊】
敵の攻撃に【激痛耐性】耐え続け
無様に翻弄される【演技】からの【騙し討ち】
さあ、【雌伏の時】はもうお終い!



●雌伏雄飛の刃
「あーあ、残念」
 獣たちの襲撃を前にして、メアリーは肩を竦めていた。頬を膨らませたメアリーは蝶の館の子供たちを見遣る。
 しっかりと身構えている三人は誰も復讐心に囚われてはいない。
 もしあの中のひとりでも、メアリーと似た気持ちを抱いていたならば――。
「あの子たちともオトモダチになれると思ったのに」
 同類と書いて友達。
 メアリーの中にあった期待は消えてしまった。だが、同時に理解もしている。
「……なんて、ホントはきっとその方がいいんでしょうね」
 加害者としてのメアリ。被害者としてのアリス。
 この館の子供たちはアリス側に留まったというわけだ。しかし、この状況においてはそちらの方が正解なのだろう。
 メアリーは気を取り直し、煙の獣に目を向けた。
「それで? なぁに、あなた達」
 唸り声をあげているのは煙に巻かれた紛い物。形を保っていても、獣によく似た作りをしたただの煙にすぎない物。
「血を流さない煙の獣なのね。これじゃ殺し甲斐がないったら!」
 もう、と溜息にも似た言葉を吐き出したメアリーは一気に駆け出した。狩られる者のヴェールを翻した彼女は、敵を自分に引き付ける。
 それは敵が子供たちへ向かわないようにするための誘惑だ。兎を模したヴェールを追うようにして煙の獣がメアリーを狙う。
 メアリーは軽く振り返りながら、持ち前の逃げ足を活かしながら立ち回った。
 直接的に庇って守らずとも、こうして子供たちを守護できるからだ。次の瞬間、メアリーに爪が向けられ、肌に鋭い傷が刻まれた。
 メアリーはくるりと方向転換することで敢えて一撃を受ける。しかしただそれだけでは癪なので煙を蹴り上げ、肉切り包丁による反撃に移った。だが、刃からも足からも空を切るような感覚しかない。
「ああ、そうよね。煙なんだもの」
 敵の爪牙は確かに此方の身体を傷付けていて、その苦痛はひどくアリスを苛む。
 僅かな衝撃は与えているようだが、手応えらしいものはない。鋭い爪への反撃として振るい続けた刃は煙を散らすだけ。
「まったくもう、『刃』ごたえなんてありゃしない!」
 されど、メアリーはその手を緩めない。
 わざと煙化した部分を狙い続け、獣から与えられる痛みには果敢に耐えた。そうやって無様に翻弄される演技はまさに被食者そのもの。それゆえに獣たちも元の少女を襲うという習性に倣って、メアリーを狙い続けた。
 きっと獣達は彼女を食い殺せると勘違いしているだろう。
 しかし、此処からがメアリーの策が巡るときだ。十分に敵を引き付けたアリスは次の瞬間、メアリとなる。
「――さあ、雌伏の時はもうお終い!」
 メアリーは煙獣の首に目掛けて刃を振り下ろした。
 本来ならば擦り抜け、手応えも刃応えもないはずの一閃だ。されど苦痛に耐えきった彼女の一撃は全てを切り裂くものへと変わった。
 刹那、獣の首が地面に転がり落ちる。それだけには留まらず、尾に前足、胴体に肩と、少女は次々と獣の身体を断ち斬っていった。
「メアリーちゃん……すごい……」
 その姿を見つめていた紫燕は息を呑む。ひとつ道を違えていれば、少年もメアリーと同じになっていたのだろう。無論、其処に良し悪しはない。
 可能性のひとつを見た少年の視線に気付き、メアリーは振り返った。
「まだまだ、甘い復讐は続くわ」
 だって敵はいっぱいだもの、と軽く告げた少女は肉切り包丁を構える。その赤い瞳は獲物を狙う狼の如く、爛々と輝いていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

花厳・椿

まぁ、怖い
そんな爪と牙で切り刻まれたら
椿の翅が千切れてしまうわ
だから、その牙も爪も椿に届く前に折らせてもらうわね

「花よ命よ」
【部位破壊】で牙と爪を折り、【傷口を抉る】

紋白ちゃん
椿にはあなたの痛みも、あなたを愛した人が遺した言葉もわからないけど

それは彼女だけの痛み
愛され愛してた証拠
だから
椿では解らない
きっと触れてはいけない大切なもの

でも、一つだけ
紋白ちゃん
あなたが、彼女と同じ場所に立てば
もしかしたらその人が遺したかった言葉を解る日が来るかもしれないわ

椿がそうだから
愛した彼女の心が知りたくて
死んだ彼女の名を体を手に入れた
そうすれば彼女の心がわかる気がしたから

ねぇ、紋白ちゃん
あなたはどうしたい?



●蝶の軌跡
 響く唸り声と広がる煙。
 実体化した爪と牙を差し向け、襲い来る獣たち。椿は幾度か瞬きをして、ふいと瞳を逸した。獲物を襲うという本能しか感じ取れない獣は野蛮そのものだ。
「まぁ、怖い」
 椿は抑揚のない声で、ぽつりと言葉を落とす。
 もしあのような爪と牙で切り刻まれてしまったら、椿の翅が千切れてしまう。それはいやなの、と声にした椿は獣たちに眼差しを向け直した。
「だから、その牙も爪も椿に届く前に折らせてもらうわね」
 相手が害意しか持っていないのならば、此方も相応の対応をするだけ。
 椿は片手を翳し、白い蝶を顕現させてゆく。
 ――花よ命よ。
 勝って嬉しい花一匁、と緩やかで短い歌声を響かせた椿。戦場の煙を覆うように飛び立った白い蝶は獣たちを瞬く間に穿った。
 牙と爪を折り、他の仲間が付けた傷口を抉るようにして舞う蝶。
 その攻撃に合わせて紋白が霊体の透き通った蝶を重ねた。二種の蝶々が戦場を彩っていく最中、椿は少女を呼ぶ。
「紋白ちゃん」
「はいっ」
 声を掛けられたことで返事をした紋白は、どうかしたのかと椿に目を向けた。あのね、と話しはじめた椿は蝶の舞を迸らせながら静かに語っていく。
「椿にはあなたの痛みも、あなたを愛した人が遺した言葉もわからないけど」
「いいんです、分からなくて」
 すると紋白も攻撃を続けながら、頭を振った。人の心や思いはその人だけのもの。紋白がマダムの言葉について分からないように、抱いた気持ちや想いのすべてが誰かに分かって貰えるわけではない。そういって紋白は微笑んだ。
 椿も、『わからない』ということを理解している。
 それは彼女だけの痛みであり、愛されて愛していた証拠でもある。それゆえに、椿では解らない。きっと触れてはいけない、大切なものだから。
「でも、一つだけ」
「椿さん?」
 敵と戦いつつ、椿はもう一度だけ少女の名前を口にした。
「紋白ちゃん。あなたが、彼女と同じ場所に立てば――もしかしたらその人が遺したかった言葉を解る日が来るかもしれないわ」
「……そう、なのでしょうか」
 紋白は少しだけ戸惑った様子を見せる。まだマダムを失ったばかりの少女には遠い未来を思い描くことは出来ないようだ。
 それでも、きっといつかは。そう感じた椿は蝶を解き放っていく。
「椿がそうだから」
 愛した彼女の心が知りたくて、蝶の化生は死んだ彼女の名や体を手に入れた。
 そうすれば彼女の心がわかる気がしたから。
 彼女と同じ思いを感じて、心を感じて。共に生きていけると思った。だから、椿は椿として此処にいる。
「椿さんは、その子のことがそんなに大切だったんですね……」
 そういう形もあるのだと知った紋白は、暫し考え込む仕草を見せていた。
「ねぇ、紋白ちゃん。あなたはどうしたい?」
「私はまだわからないです。でも、もしマダムの心や思いを継げる人がいるなら……」
 椿が問うと、紋白はその役目は自分のものではないと首を横に振る。そして、少女は兄貴分の少年に目を向けた。
「それは――揚羽です」
「彼が?」
 椿は紋白と共に、他の猟兵と共に戦っている揚羽少年を見つめる。何故なら揚羽や紋白といったコードネームは代々継がれていくものだからだ。マダムは先代の揚羽であり、今の揚羽に意志が受け継がれているのだという。
 そうだったの、と口にして静かに目を細めた椿は納得する。
 きっと、もしかしたら――。
 蝶が舞い続ける戦場を瞳に映した椿は、未来の可能性を其処に見出した。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーファス・グレンヴィル


子供の前だから、と
火も点けずに咥えただけの煙草
ピンッと指先で弾け飛ばせば
肩の上の黒竜が、それを燃やした

さあ、オレと遊ぼうか!

紫燕にあんなふうに言った手前
ちゃんと格好良いところは見せねえとな
──あ? 笑ってんじゃねえ、ナイト

双子鉈を引き抜いて
ぐるぐると大きく得物を振り回す
鋭い牙や爪に怯む筈もない
多少の怪我や血は勲章だ

子供たちを狙う悪い狼は
吹っ飛ばしても構わないだろ?

戦い方なんて一々教えてやらねえから
その目で見て、その肌で感じて、学び取れ

お前の、お前らの力、見せてみろ
絶対、守ってやるからよ!



●心の炎
 煙草には火を付けず、ただ咥えるだけに留める。
 子供の前だからと気を遣ったルーファスから紫煙は上がっていなかった。
 しかし、周囲には薄い煙が幾筋も漂っている。その理由は煙を纏う獣たちが周囲に集まっているからだ。
 ルーファスは目を細め、煙草を指先で弾き飛ばす。
 そうすれば肩の上に乗っている黒竜が火を巡らせ、それを燃やした。戦場に小さな炎が燃え、一瞬で消える。
 灯火が消えた瞬間を合図代わりにして、ルーファスは双子鉈を引き抜いた。
「さあ、オレと遊ぼうか!」
 瞬時に駆けた彼は飛び掛かってきた煙獣に刃を振るう。手応えを感じることの出来ない煙の狼であっても、ルーファスの刃は実体化した爪を真正面から穿った。ナイトも黒炎を解き放つことで煙を焔で包み込む。
 更にルーファスは身を翻し、二体目の敵に刃を向けた。屋敷で話した少年、紫燕にあのように言った手前だ。
「ちゃんと格好良いところは見せねえとな」
 ふ、とルーファスが薄く笑うと少し上で笑っているような鳴き声が聞こえた。彼と同様に二体目の敵を狙っていたナイトの声だ。
「――あ? 笑ってんじゃねえ、ナイト」
 格好つけすぎだといいたげな視線が黒竜から返ってくる。その様子を紫燕が見ていたらしく、少し離れたところで少年の声があがった。
「ルーファス、ナイト。前は任せたよ」
 後方からの援護を行う紫燕は、ふたりの周囲に霊体の蝶を纏わせる。それは攻撃ではなく潜在能力を引き出す力を持つ癒しの蝶だ。
 ルーファスは力が漲ってくる感覚を抱き、ぐるぐると大きく得物を振り回す。
 そうすることで更に力を溜めた彼は更なる敵を薙ぎ倒すつもりだ。対する獣たちも牙を剥いているが、ルーファスが怯むことはない。
 鋭い牙に噛み付かれようと、爪で引き裂かれようとも戦い続ける気概がある。
「ルーファス、来るよ!」
「寧ろ多少の怪我や血は勲章だ」
「それでも心配だからね」
「オレより自分を――家族を守ってやれ。決めたんだろ?」
 紫燕からの声を受け、ルーファスは笑みを返した。館で話したときに聞いた言葉を思い返したルーファスは、揚羽や紋白の方を見遣る。
 そちらの方は仲間が上手くやってくれているようだ。後は紫燕が、あの守護や癒しの力を巡らせていけば誰も傷付くことはないだろう。
 ルーファスも彼らに被害が及ばぬよう、煙狼を断ち切っていく。
「子供たちを狙う悪い狼は吹っ飛ばしても構わないだろ?」
 一匹、また一匹と敵を薙ぎ倒していくルーファスと共にナイトが空を舞う。ふたりの戦い方と教えは己自身を示すこと。
 彼らは戦い方を一から教えるようなことはなく、その身を以て戦いを魅せていた。
「その目で見て、その肌で感じて、学び取れ」
「もちろんさ!」
 ルーファスの声と共に意志を感じ取った紫燕が強く答えた。其処に広がったのは硝子のような透明に透き通った霊蝶の群れ。
 援護特化の紫燕の力はルーファスとナイトに伝わっていった。揚羽と紋白が放つ其々の蝶も敵を穿ち、猟兵の力と重なることで敵を打ち倒す。
「そうだ。お前の、お前らの力、見せてみろ」
 子供たちに呼び掛けたルーファスの刃は止まることなく獣たちを蹴散らした。
 そして、彼は真っ直ぐな思いを宣言する。
「絶対、守ってやるからよ!」
 この先の未来を。
 家族で生き続けると決めた、兄弟たちの思いを繋げるために――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジン・エラー
◎【甘くない】

さァ~~~来たぜ来たぜ来やがったぜ紋白よォ~~~~~
ン~~じゃオレらが戦ってンのを目ェかっぽじってェ~~~……ア?
なンだよエリシャ。戦い方を教えるだァ~~~?だりィなァ~~~~~
お前もかよ。戦う気があンのか?本気でよ。
……ならやってみろ。エリシャに教わってなァ。

あ~~~ァ、退屈だなァ~~~オイ
まァ~~だかかりそうかァ?
チマチマチマチマ時間かかりすぎだぜ。
そォ~~~だなァ、オレからも一つ。
囮を立ててぶっ放すと楽だぜ。
ほォ~~ら、聖者サマは人気者だからなァ~~~~
オレごと巻き込むつもりでやってみろ。

参考にならねェ~~~って?
当たり前だろォ~~~~が!ウッヒャッヒッビャラハ!!!!


千桜・エリシャ
◎【甘くない】

ジンさん?
私たちが倒してしまっては意味がないでしょう?
そうね…私なりの戦い方を教えて差し上げますわ
大丈夫
か弱い乙女でも戦える方法よ

大勢の敵に囲まれときは
一体ずつ相手にする必要はなくてよ
桜吹雪で敵を包み込んで魅了して
あなた達の敵は私たちではなくて
あちらでしょう?
同士討ちさせてしまいましょう

ね?か弱い乙女でもできるでしょう?
あら、紋白さんならすぐに出来るようになりますわ!
蝶のように誘って惑わして
その美しさで魅了してしまえばいいんですもの
それに紋白さんは可愛いですから!ね?

ちょっとジンさん!?
紋白さんが打ち漏らした敵を斬り伏せて
あなたにしか出来ない無茶苦茶なことを教えないでくださる!?



●救いはこの手に
 獣の群れは蝶の館を襲撃している。
 押し寄せた大群に対抗するべく、猟兵と獣狩りの蝶たちは力を紡いでいた。
「さァ~~~来たぜ来たぜ来やがったぜ紋白よォ~~~~~」
「ジン、うるさいです! いま集中してるところですから!」
 身構えたジンの後方で紋白は霊体の蝶を呼び寄せている。言葉は厳しくとも、少女の声には信頼が宿っていた。
「ン~~じゃオレらが戦ってンのを目ェかっぽじってェ~~~」
「ジンさん?」
 さっそく先陣を切ろうとしたジンだが、その動きはエリシャによって制される。
「……ア? なンだよエリシャ」
「いけませんわ。私たちがすべてを倒してしまっては意味がないでしょう?」
「エリシャさん、私に構わず動いてくださって大丈夫ですよ」
 首を傾げたジンとは対照的に、エリシャは今後のことを見据えた行動をしようと考えている。紋白も不思議そうだったが、これはとても大事なことだ。
「いいえ、私なりの戦い方を教えて差し上げますわ」
「戦い方を教えるだァ~~~? だりィなァ~~~~~」
 ジンは面倒そうに軽く肩を竦めたが、エリシャは本気だ。此処で猟兵が獣たちを倒してしまっても問題はないのだが、これからの獣狩りの蝶の活動を思うならば、生き抜くための指南も必要となる。
「わかりました! お願いします、エリシャさん」
「お前もかよ。戦う気があンのか? 本気でよ」
「当たり前です。ジンみたいに面倒臭がりませんからっ!」
 意気込んでみせる紋白。少女に視線を向けたジンは胸を張ってみせた。当初は獣など一撃で蹴散らしてやるつもりだったが、暫し手を出さないといった様子だ。
「……ならやってみろ。エリシャに教わってなァ」
「大丈夫、か弱い乙女でも戦える方法よ」
 一歩後ろに下がったジンに代わり、エリシャが紋白の隣に歩み寄る。獣の軍勢は他の仲間が抑えてくれているので問題はなさそうだ。
 エリシャは指先を敵に差し向け、ふわりと笑む。
「大勢の敵に囲まれたときは一体ずつ相手にする必要はなくてよ」
「どうしてですか?」
 紋白が疑問を見せたのでエリシャは桜吹雪を舞わせていく。花弁は瞬く間に敵を包み込んで魅了していった。
 囚われたなら夢心地。傾世の桜花は煙に巻くようにして獣の周囲を巡る。
「あなた達の敵は私たちではなくて、あちらでしょう?」
 そして、囁くような甘い言葉が紡がれた。
 同士討ちさせてしまいましょう。そう語ったエリシャの言葉通りに、敵は混乱の渦に巻き込まれていく。
「あ~~~ァ、退屈だなァ~~~オイ。まァ~~だかかりそうかァ?」
「今やってます! 蝶たちで敵を惑わせて……こう、でしょうか!」
 ジンからの横槍が入りつつも、紋白はエリシャの力を真似る。
 舞う桜を追うようにして霊蝶が飛び、獣を翻弄していった。その様子を見守るエリシャは邪魔な敵を追い払いながら紋白に指導を続ける。
「いい調子ですわね。そのままこうして――ほら、見てくださいまし」
「い、今……私の蝶だけで敵を倒したんですか?」
「ね? か弱い乙女でもできるでしょう?」
「でも今のはまぐれかもしれないです……」
「あら、紋白さんならすぐに出来るようになりますわ!」
「本当ですか?」
「それに紋白さんは可愛いですから! ね?」
 蝶のように誘って惑わせて、その美しさで魅了してしまえばいい。まだ幼いが、エリシャは彼女が美しい女性に成長すると確信していた。
 そうでしょうか、と小さく呟いた紋白の頬が赤く染まる。優しい言葉と、頼もしさを感じるエリシャの声がとても心地よいようだ。場所や状況が別なら紋白がエリシャに魅了されていたかもしれない。
 その間、ジンは暇を持て余していた。
 今もエリシャと紋白が着実に敵を葬っているとはいえど普段と比べれば遅い。
「チマチマチマチマ時間かかりすぎだぜ」
 それまで腕組みをしていたジンは軽く伸びをすると、後方の煙獣を眺めた。
「そォ~~~だなァ、オレからも一つ。囮を立ててぶっ放すと楽だぜ。こう~~~~やってなァ~~~~!!」
「え……ジン、危ないです!」
「ちょっとジンさん!?」
 はっとした紋白とエリシャが止める間もなく、ジンは動き出す。相手は獲物が近付いてきたと感じたのか、ジンに群がり始めた。
「ほォ~~ら、聖者サマは人気者だからなァ~~~~」
 オレごと巻き込むつもりでやってみろ、と告げたジンは敵陣に突っ込んでいく。
「そんなこと出来ません!」
「もう、ジンさんったら。紋白さんはここに居て、蝶を飛ばしてください」
 慌てる紋白の前にエリシャが駆けていき、墨染の大太刀を抜いた。ジンの傍に参じた彼女は刃を振ることで敵を蹴散らす。
 ジンは宣言通りに囮となって敵を引き付けていき、周囲に聖者の光を広げた。
「すごい……ジンって強いんですね」
「だろォ~~~!! でも参考にならねェ~~~って? 当たり前だろォ~~~~が! ウッヒャッヒッビャラハ!!!!」
 霊蝶を放っている紋白の呟きを聞き、ジンは盛大に笑った。エリシャは墨染の刃で煙獣を散らしながら紋白とジンを交互に見遣る。
「あなたにしか出来ない無茶苦茶なことを教えないでくださる!?」
「心配ねェって、アイツならちゃんと学べるだろォ~~~」
「確かにそうですけれど……」
「子供の成長を見守るのも親の仕事だろ? 一時的でも面倒見てンだ」
「親……ってジンさん!?」
 敵陣の中、エリシャはいつになく真面目なジンの声を聞いた。思わず慌ててしまいそうになったが、何とか刃を握り直したエリシャはそっと頷く。
 戦いの最中で紋白がちいさく笑ったので、エリシャも静かに微笑んだ。
 そして、其処からも戦いは巡り――桜花と聖光と霊蝶は戦場を鮮やかに彩った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜
◎◎◎
こんな暗い夜分に来るとは不躾ですよねえ

それでは揚羽さん達は安全な位置から我々を手助けしつつ、
猟兵が戦う姿から新たな学びを存分に得て下さい
あ、ちなみにどの位置にいても安全ですよ
このハレルヤがいるのでね

『喰う幸福』の高速移動で敵の死角へ回り込み
呪詛の衝撃波を斬撃から放射して片っ端から仕留めて参ります
煙と化してない部位がわかれば蹴り付け、踏みつけ、串刺しにしてあげますよ

私の戦い方はマダムとは全く違うでしょうから
霊力を扱う戦術に活かせるかはわかりませんが
知見を広げる事は強さへと繋がるはずです
あと腕相撲では分かり辛かったハレルヤの真の強さをその目に焼き付けさせて、
あわよくば後で盛大に褒め称えて頂きたい

…これがマダム直伝の術ですか?
素晴らしい、私には無い力です…!
マダムの教えを基に自分だけの戦い方を模索し始めたら、
流石のハレルヤでも敵わなくなる時が来るのかも知れませんね
霊力を更に鍛えて高めるも、肉体を鍛えるも、手に馴染む武器を探すのもいい
三人で新たな一歩を踏み出せば、恐らくもっと強くなれますよ



●覚醒の蝶籠
 煙を纏い、その身体そのものも煙で出来た狼の群れ。
 唸り声を上げて飛び掛かってきた一体を軽くいなし、晴夜は刃を振り上げる。一瞬で霧散させられた獣は形を無くし、もう二度と元に戻ることはなかった。
「こんな暗い夜分に来るとは不躾ですよねえ」
「ああ、アイツらは夜にしか現れないんだ。でも、こんなにたくさんなんて――」
 晴夜が落とした言葉を拾い、揚羽は静かに答える。これまで獣狩りの蝶として狩ってきた敵は一体ずつしか現れなかったらしい。しかし今はこうして大群とも呼べる数が蝶の館に押し寄せてきている。
「心配はありません。こんなもの一捻りです」
「皆のこと信頼してるぜ」
 晴夜は揚羽たちへ、安全な位置から自分を手助けしつつ、猟兵が戦う姿から新たな学びを存分に得て欲しいと願った。頷いた揚羽は攻勢に入っていき、紋白や紫燕と共に連携を重ねていく。
「ちなみにどの位置にいても安全ですよ。このハレルヤがいるのでね」
 自信たっぷりに告げた晴夜は次の瞬間、側面に跳んだ。
 それは子供たちに向きそうになった攻撃を防ぎ、敵を切り伏せるためだ。刹那、煙狼の身が真っ二つに斬り裂かれた。
 言ったでしょう、と得意げに語った晴夜は悪食の刃に纏わりついた煙を振り払い、揚羽たちに笑いかける。
「さて、今ので大体わかりましたよ」
 相手が煙を纏うならば、此方も対抗してやればいい。暗色の怨念を刃と己に巡らせた晴夜は更に素早い動きで以て敵を斬り刻んでいく。
 敵の死角へ回り込んでは刀を振り下ろし、相手からの爪撃は受け止めるか躱すかでしっかりと衝撃を削いだ。
 近くに居ない敵であっても、晴夜が放つ衝撃波によって相手の傷が抉られていった。
「晴夜さん、そこだ!」
「片っ端から仕留めて参ります」
 後方から揚羽の声と共に霊体の蝶が迸り、晴夜の援護となって巡る。その調子です、と言葉を返した晴夜は煙獣を鋭く見つめた。
 敵はほとんどが煙で、刃がすり抜けることもある。
 されど、此方に攻撃ができるということは実体化している部分もあるということだ。晴夜は聡く観察を続け、煙化していない部位を見極めた。
 それは牙と爪。そして、その周辺。迫りくる敵の動きを読み、一気に蹴撃を入れた晴夜は勢いのままに相手を踏みつけた。
「串刺しにしてあげますよ」
 一瞬後には、晴夜の宣言通りに獣が真正面から貫かれる。
 これで何体目だったかはいちいち数えていないが、晴夜は揚羽と共に相当な数の敵を屠っていっていた。
「すげえ……腕相撲のときとぜんぜん違う」
 揚羽は晴夜や他の猟兵の戦いを見て、驚きと感心を抱いているようだ。晴夜は、ふふん、と得意そうに笑ってから次の一体に刃を差し向ける。
 自分の戦い方は、彼らがこれまでやってきた方法やマダムが使っていた戦法とは全く違うものだろう。だが、だからこそ子供たちの参考になるはず。
「霊力を扱う戦術に活かせるかはわかりませんが、知見を広げる事は強さへと繋がるはずです。目で見て盗むつもりでどうぞ!」
 実戦でしか学べないことや、感じ取れないことは多くある。
 逆に考えれば、こうやって力の弱いオブリビオンが最初に現れたのも好都合だ。晴夜は刃を切り返し、対峙している敵を中心とした衝撃は一気に散らした。
(あと、それから――)
 あの腕相撲では分かり辛かったハレルヤの真の強さをその目に焼き付けさせて、あわよくば後で盛大に褒め称えて頂きたい。敢えて言葉にはしなかったが、きっと揚羽たちは戦闘後に大いに晴夜を称賛するだろう。
 そのときが楽しみだと感じながら、晴夜が敵を屠っていっていると――。
「……何だろ、この感覚」
「どうかしましたか、揚羽さん」
 突然、揚羽が額を押さえて頭を振った。違和を覚えた晴夜は敵を軽くあしらい、ひといきに後方に下がる。
 先程まで霊蝶を放っていた揚羽から、不思議な光が零れ落ちていた。
「来てる。あの子だ。もう蝶の館に入ってる。裏口……庭……ああ、駄目だ」
「揚羽さん?」
 何かを呟いている揚羽は、あの子、と口にしている。
 今の状況でそれに該当するのは件の紅子しかいない。揚羽が彼女の存在を察知しているとしか思えず、晴夜は警戒を強めた。
「――!」
 その瞬間、揚羽から幾重もの光の筋が迸っていった。
 晴夜は瞬時に身構えたが、光が自分達に害を及ぼすものではないことを悟る。
「これがマダム直伝の術ですか?」
「違う。……これは、あの子の魂を捉えて、囚える力だ」
 揚羽の瞳はモルフォ蝶の翅の如く不思議に輝いていた。何かに覚醒したようにはっきりと言葉を紡いだ揚羽は天高く腕を掲げた。
 そして――。

『蝶の檻よ、広がれ。彼の獣を閉じ込める籠となれ』

 揚羽が詠唱のような言葉を紡いだとき、光の筋が館の周辺に散らばった。それは瞬く間に円柱状の鳥籠、或いは蟲籠――即ち、蝶籠の形を成す。
「成程……敵を結界に閉じ込める力。素晴らしい、私には無い力です……!」
 晴夜は揚羽こそが特別な力を秘めていた子供だと確信した。
 紅子、もとい自分達に敵意を持つ相手の索敵と感知能力。それに加えて光で出来た籠型の結界を張り巡らせることで敵を閉じ込め、決戦に挑む力。
 それこそが揚羽の能力だ。
「安心して、皆。俺たちは出ようと思えば出られる結界だから。だけど、あの子だけは逃さない。もうマダムのような犠牲者を出させるもんか」
 きっとこの結界はかなり強固なものだろう。閉じ込めて逃さない。それはつまり、他に誰にも被害を出さないという決意のあらわれでもある。
 少しばかりぞくりとした感覚を抱いた晴夜は、口元に深い笑みを湛えた。
「マダムの教えを基に自分だけの戦い方を模索し始めたら、流石のハレルヤでも敵わなくなる時が来るのかもしれませんね」
 この少年や、子供たちの成長が楽しみだ。
 霊力を更に鍛えて高めるもよし。肉体を鍛えるも、手に馴染む武器を探すのも悪くないはずだ。揚羽だけではなく、三人で新たな一歩を踏み出せばもっと強くなれる。
 兄のような目線で揚羽達を見守る晴夜は、更なる獣を切り裂いていった。
「ところで揚羽さん、もう館にあの子がいるのですね」
「そうだ、もう部屋の中にいるみたいだ」
「それならさっさとこの煙を散らして、急いで向かいましょうか」
「ああ!」
 まだ残っている煙狼を放置して向かうのは得策ではない。晴夜は仲間に合図を送り、一気にけりを付ける気持ちを固めた。
 全ての獣が倒れ伏すのも時間の問題だ。晴夜も館の中から血腥い匂いが漂ってきていることを察し、悪食の刃を鋭く振るい続けた。
「誰も殺させません。もう、誰も――」
 赤頭巾の少女に思いを馳せ、晴夜は怨念の衝撃波を解き放ってゆく。
 因縁と宿縁の戦いが巡るまで、あと僅か。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟華歌


来た……アレが紋白達が戦ってた獣だね
もちろんだよ!
君のことも…一華のことも僕は守るんだから!
ヨルは応援よろしくね!

いつもは後ろで歌ってる僕だけど今日は前に出る
櫻とカムイがいつも僕を守ってくれてるんだ
僕だって一華と紋白を守る
そう決意を重ねる

カナン!フララ、二人を守るようにオーラを
一華と紋白を庇うように前へ
カナン達に守りのオーラを張ってもらう

大丈夫だよ、紋白
怖いのはきっと一緒
怖いから強くなれるんだと思うよ
でも君は強い子だ
一華だってそうだよ

こうしてここに居て守るという意思がある
蝶達だって応援してくれてるよ!
この獣に誰も傷つけさせたらいけないんだ

君なら救えるよと鼓舞をする
紋白の力に重ねるように歌い紡ぐのは、白の魔法「穹音」

煙を割くように羽根を飛ばして、破魔を込めて敵を穿つ
一華の護符は長く使わせてはいけない
紋白の力がマダム…かあさんから教わったもののように
僕の力はねかあさんが僕にかけてくれた祝(呪)いを元にしてるんだ
受け継いだ意志が愛がここにある

煙を晴らそう
君が君の望み通りに救えるように


誘七・一華
🌺華歌


獣がこんなにたくさん!
木刀をしがみつくように抱きしめる
紋白達はこんなやつらとずっと戦ってたのかよ

改めて、強い心を持っているんだと感じる
誰かを守るために戦うってのはすごい勇気がいるんだ
だって、守れなかったら
し損じたら……自分のせいで
誰かが死んでしまうんだから

正直怖い
戦うのは苦手だ
でもそんなの言い訳なんだ
立ち向かわなきゃ何も出来ない
俺は俺にできることをする!
コマ!マコ!俺達もいくぞ

結界を張り守る
紋白!大丈夫だ
俺もリルさんもほかの皆も…マダムもついてるから!多いだけの獣なんて目じゃないぜ!
お前にはその力があるんだ!

命を守るための戦いっていうのはこういうものなんだ
強い言葉は自身への鼓舞も込め
しっかり前を見る

超えなきゃいけない試練なんだろう

七星七縛符、リルさん!紋白!
アイツらの攻撃を少しの間だけ打ち消すぜ
…これしか出来ないのが悔しい
精一杯のことはやってみせる
かあさまだって見守ってくれてるって感じる!
力を見せる時だ

きっと赤頭巾の子もどっかで見てる
掬われたいから
救われる為に
蝶に逢いにくるんだ


朱赫七・カムイ
⛩神櫻


あれが此度の厄災達か

…彼等が自身で試練を超える機会を奪ってしまうのではないのかと躊躇する気持ちは無い訳では無い
困難を超えていくひとの姿は魂は美しい
然し守りたいと思う

懸命に試練に立ち向かう彼等を
噫、そうだね巫女よ

ならば彼等が美しい蝶となれるよう守ろうか、サヨ
力を貸してと願われた故に
私達がするのはあくまで手伝い

子供達が己の力で獣を倒す
其れが叶うように守る

アゲハが見せてくれた力だって弱いものではなかった
皆を守る為とどまったアゲハの心の強さを信じている
蝶の羽ばたきは強かなもの

カグラ、結界を館と子供達へ
カラスは偵察を
いつ邪神が現れるとも分からない

祝縁ノ廻

幸福を約そう
君達の力が羽化できるように

早業で駆け斬り込む
うち漏らしはサヨが斬ってくれるだろう
捕縛し逃亡阻止、子供達へは向かわせない
危険を感じればすぐに庇う
サヨ、きみのこともだ

サヨの斬撃に重ねなぎ払い斬撃波を放ち切断を

互いに守りたい気持ちは同じ
決して孤独ではない
互いに思い支え助け合って生きている

三人の力と心が重なれば如何なる試練も越えられよう


誘名・櫻宵
🌸神櫻


あれが揚羽達が狩っていた獣ね
厄災の先駆けといったところかしら

随分と沢山集まってきたものね
まるで引き寄せられているようだわ

……カムイ、あなた
実はひとを励ますの苦手でしょう?
厄神─あなたは試練を齎す神で見守る存在
試練を超えるひとに倖を約す…そんな神様だからかしら

ふふ、カムイ
なら守ればいいと思うわ
あなたの心のままに
蛹達が美しい蝶となれるように
私達で全てを成すのでは無く、手を貸すの
その位は赦されるでしょう?神様

揚羽は皆を守りたいと
マダムの意志を継ぐのだと示したの
立派よね

勿論
運命に挑むものに弱いものなどいないの

私の事までなんて優しい神様
神を守るのも巫女の務めかしら

衝撃波と共になぎ払い
とろり
蠱惑し惑わせ惹き付け破魔の斬撃にて斬り祓う

揚羽、あなたも強いわね
助かったわ
なんて鼓舞しましょう
守る存在があるから強くなれるのは同じ

生命喰らう神罰を巡らせる重ねて瞬く

─喰華
存在をとかして咲かせて喰らってあげる
あなた達が喰らってきたもの達のように
煙も美しく咲かせる

羽化しようとする蝶を
潰させたりなんてさせない



●守り抜く意志
 煙の如き――否、煙の化け物。
 蝶の館に集った敵の集団を見渡し、カムイと櫻宵は双眸を鋭く細めた。
「あれが此度の厄災達か」
「揚羽達が狩っていた獣ね」
 二人は隣合わせになり、喰桜と屠桜を構える。櫻宵は相手が自分達の敵ではないと感じながらも、警戒を緩めないでいた。
「厄災の先駆けといったところかしら。随分と沢山集まってきたものね」
 まるで、子供たちに引き寄せられているように。
 櫻宵の傍らでカムイも敵の様子を窺っている。あのような下級のもの達は一太刀でも倒すことが出来るだろう。
 実際にそうしてしまうことは簡単だ。
「ねぇ、サヨ。私達は此処で手を出していいのだろうか」
 カムイが懸念しているのは、蝶の館の子供たちのこと。カムイと櫻宵、他の仲間達が前に出過ぎると、彼等が自身で試練を超える機会を奪ってしまうのではないか。そのように躊躇する気持ちが無い訳では無いのだが、如何せん敵の数が多い。
「……カムイ、あなた。実はひとを励ますの苦手でしょう?」
「噫、そうだね巫女よ」
 思い悩む様子を見せたカムイに対して、櫻宵は静かに笑む。
 厄神である彼は試練を齎す神であり、その姿を見守る存在。試練を超えるひとに倖を約す。そんな神様であるゆえに、試練の最中に力を与えることはできない。
「困難を超えていくひとの姿や魂は美しい。其処に私が入っていってはいけないんだ。然し、守りたいと思う」
 ――懸命に試練に立ち向かう彼等を。
 カムイの真っ直ぐな言葉を聞き、櫻宵は愛おしさを覚えた。それでこそ私の神様ね、と言葉にした櫻宵は思いを声にする。
「ふふ、カムイ。なら守ればいいと思うわ」
 どうか、あなたの心のままに。
 まだ蛹である子供たちが蝶として羽ばたけるように。
「そうか……。ならば彼等が美しい蝶となれるよう守ろうか、サヨ」
「ええ。私達で全てを成すのでは無く、手を貸すの。それは赦されるでしょう?」
 神様、と少し悪戯っぽく笑ってみせた櫻宵は煙獣達から揚羽や紋白、紫燕を護る形で布陣した。先程、彼等も力を貸して欲しいと言っていた。
 その声に応えることは悪いことではない。
 はっきりと願われた。故に自分達がするのは、あくまで手伝いの範疇。
「揚羽は皆を守りたいと、マダムの意志を継ぐのだと示したの。それは立派なことよ」
「噫、願いの先は未だ遠い。こんなところで潰えていい子らではないよ」
 いつか子供たちが己の力で獣を倒す。
 其れが叶うように守るのが今の自分の役目だとして、カムイと櫻宵は地を蹴った。向かい来る煙獣達は唸り声をあげ、此方に迫ってくる。
「勿論、運命に挑むものに弱いものなどいないの」
 そう、あの子も。
 一華だって同じだと信じ、櫻宵は刃を振り上げた。同じ戦場に立っている以上、リルや一華がいることだってもう分かっている。
 カムイも敢えて声は掛けていないが、彼等も一緒に護る気でいた。
 櫻宵が煙狼の身体を一閃した刹那、カムイも攻勢に出る。
「アゲハが見せてくれた力だって弱いものではなかったからね」
 復讐の為に外に出ることを止め、皆を守る為に此処に留まった少年の心の強さをカムイは信じている。
 蝶の羽ばたきは強かなものだ。
「カグラ、結界を館と子供達へ。カラスは偵察を」
 いつ邪神が現れるとも分からないから、と告げたカムイは神の祝縁と慈悲を巡らせていく。万が一にでも子供たちが傷付いてはいけない。
 此度の首魁との戦いを前にして、倒させることなどあってはいけないからだ。
 美しい祝桜の花嵐が戦場に広がる。
 幸福を約そう。子供たちの力が強くなり、自力で羽化できるように。
「護るよ。サヨ、きみのこともだ」
「私の事までなんて優しい神様ね。ならば神を守るのも巫女の務めかしら」
 櫻宵は嬉しさを抱き、衝撃波と共に煙狼を薙ぎ払った。
 そして、とろりと蠱惑して惑わせて惹き付ける。破魔の斬撃で以て敵を斬り祓った櫻宵は、後方で援護に回っていた揚羽に視線を送った。
 その瞬間、彼から光の筋が広がっていく。
「アゲハ?」
 カムイは何事が起こったのか分からず、少年の名前を呼んだ。すると――。

『蝶の檻よ、広がれ。彼の獣を閉じ込める籠となれ』

 他の猟兵と共に居た揚羽が詠唱のような言葉を紡ぎ、蝶籠めいた光の結界を作り出していった。先程までとは違う力が巡ったことで、櫻宵とカムイは確信する。
 予見されていた、特別な能力を持つ者とは揚羽のことだ。
 広がった光の籠は敵を内部に閉じ込める結界の役割を果たすものらしい。
 つまり、紅子という存在が察知され、この屋敷の敷地内に現れたということだ。カムイはカラスに偵察を願い、櫻宵も煙獣との決着を急ぐべきだと決めた。
「揚羽、あなたも強いわね」
「いいや、これは皆のおかげだよ。俺ひとりじゃこの力はきっと……」
「大丈夫だ。私達が支えるよ」
 櫻宵が揚羽を鼓舞し、カムイも力強く応えた。
 ひとりでは出来なかったこと。
 それは櫻宵にも心当たりがある。守る存在があるから強くなれるのはきっと同じ。
 そして、櫻宵は生命を喰らう神罰を巡らせることで周囲の敵を薙ぎ払った。カムイも早業で以て駆け、一気に斬り込む。
「もう紅い頭巾の子がこの蝶籠の中にいるなら……」
「この戦いに決着を付けなければね」
「行くわよ、カムイ!」
 ――存在をとかして咲かせて喰らってあげる。
 あなた達が喰らってきたもの達のように、と語った櫻宵は煙狼を見つめた。空を淀ませる煙であっても美しく咲かせる。
 蝶に捧げる花のように広がる桜花に合わせ、カムイが煙獣を切り裂いていく。
 討ち漏らしがあったとしても、櫻宵が斬ってとかしてくれる。絶対的な信頼を抱いたカムイは敵を捕縛しながら斬り倒していた。
 決戦が迫っている今、子供たちに攻撃は絶対に向かわせない。特に揚羽は敵を閉じ込める檻を形成し続けているのだから、集中を切らすようなことはいけないだろう。
「羽化しようとする蝶を潰させたりなんてさせない」
「決して孤独ではない。皆、互いに思い支え助け合って生きているのだから――」
 互いに守りたいと願う気持ちは同じ。
 三人の力と心が重なれば如何なる試練も越えられる。櫻宵とカムイは子供たちを見守り、刃を振るい続けた。

●母からの想い
 光の蝶籠が発動する少し前。
 館を取り囲む煙獣を前にして、一華とリルは強く身構えていた。唸り声をあげている獣に対し、リルは強い眼差しを向け返している。一華は兄に買って貰った桜木刀にしがみつくように抱きしめ、震えそうになる身体を支えた。
「獣がこんなにたくさん!」
「来た……アレが紋白達が戦ってた獣だね」
「はい、けれどこんなに多くの敵をみるのは初めてです」
 すると其処へ、二人の援護に回るために紋白が訪れる。到底、子供たちだけでは対抗しきれない数だ。力を貸してください、ともう一度告げた紋白に対して、リルはしっかりとした口調で答える。
「もちろんだよ! 君のことも……一華のことも僕は守るんだから!」
「きゅ!」
「ヨルは応援よろしくね!」
「きゅきゅー!」
 ヨルも紋白や一華を励まし、鼓舞するように元気な声をあげた。一華はヨルの応援を頼もしく感じながら、紋白の横顔を見遣る。
「紋白達はこんなやつらとずっと戦ってたのかよ」
「そうです。もっとも、私たち全員で力を合わせてやっとでしたが……」
 紋白は霊体の蝶々を解き放ちながら、猟兵の攻撃に合わせて動いていた。リルは後方の二人を護るようにして前に泳いでいき、前方に目を向ける。
 いつもは後ろで歌ってるリルだが、今日は違う。
 リルの視線の先には櫻宵とカムイがいた。きっと二人はリルと一華に気が付いているだろう。自分達は紋白を、二人は揚羽についているので少し離れているだけだ。
「櫻とカムイがいつも僕を守ってくれてるんだ。だから、僕だって!」
 一華と紋白を守る。
 先程以上の決意を重ねたリルは両手を大きく広げ、幽世蝶を呼んでいく。
「カナン! フララ!」
 蝶守のオーラを巡らせ、更に其処へ泡の守護を巡らせたリルは煙狼の攻撃を泡沫の力で受け止める気でいた。
 それだけではなく、白の魔法で打って出るつもりでもいる。
 その背を見つめていた一華は指が痛くなるほどに木刀を握り締めていた。リルも紋白も強い心を持っているのだと改めて感じる。
「誰かを守るために戦うってのはすごい勇気がいるのに――」
 だって、もし守れなかったら。
 一華はもしものことを考えてしまう。今回だって守れなかった少女の魂が重なって、紅子という存在になってしまったのだと聞いている。
「し損じたら……自分のせいで、誰かが死んでしまって……責任とか、重圧とか」
 一華の声は震えていた。
 助ける、護ると宣言してそれが叶わなかったら。そして、もしそれが誘七家に関わることだとしたら失敗は許されない。
 救えなかったり、成し遂げられなかったら心が押し潰されてしまう。
「一華くん、平気ですか?」
「……俺、正直怖いよ」
 紋白が一華の様子に気付き、そっと名前を呼んだ。大丈夫とは言えなかった一華は素直な思いを言葉にする。一華は戦うのが苦手だ。潜在的な力はあっても一体を相手取るだけで身が竦んでしまうだろう。
「大丈夫。無理しなくていいですよ」
「ううん。でも、そんなの言い訳なんだ」
「一華くん……」
 紋白はもっと後ろに下がっていても良いと言ってくれた。だが、それでは駄目だということも一華にはよく分かっている。
 拳を握り締めた一華は顔を上げ、紋白に宣言していく。
「立ち向かわなきゃ何も出来ないんだ。兄貴にも、カムイ様やリルさんにも守ってもらってばかりだから。そりゃあ俺は弱いけど……それでも俺は俺にできることをする!」
「はい、一緒に成し遂げましょう!」
 思いを真っ直ぐに受け止めた紋白は一華を認めてくれた。
 怖くてもいい。恐怖を抱いていてもいい。大切なのは自分が選んだことに真正面から向き合うこと。
「コマ! マコ! 俺達もいくぞ!」
 一華が結界を巡らせていき、リルも白の魔法による白い羽根を飛ばす。煙獣を貫いて斃していく最中に、リルは少女と少年に微笑みかけた。
「大丈夫だよ、紋白、一華。怖いのはきっと一緒」
 怖いから強くなれる。
 けれども、元から君達は強い子だ。
 リルは心からの思いを言葉にして、二人を励ます。その声をしかと受け止めた一華も自分と少女を鼓舞する強い思いを紡いでいく。
「紋白! 大丈夫だ。俺もリルさんもほかの皆も……マダムもついてるから!」
 ただ数が多いだけの獣なんて目じゃない、と一華が意気込む。
 この獣たちの爪や牙で傷つく者を生んではいけない。此処ですべて葬ってしまうことが未来を繋げるための道筋になる。
 リルと一華は紋白たちに思いを伝え、それぞれの力を振るう。
「こうしてここに居て守るという意思がある。蝶達だって応援してくれてるよ!」
「そうだ、お前にはその力があるんだ!」
 命を守るための戦いっていうのはこういうものであるはずだから。
 一華は自身に言い聞かせるようにして、しっかり前を見続けた。超えなければならない試練が今という時だ。
「はい……!」
「君なら救えるよ」
 紋白の強い返事と同時に霊蝶が宙に舞い上がった。リルは紋白の力に重ねるように歌い紡き、空中に魔力の五線譜を描く。
 音符の如く飛ぶ穹音の羽根は蝶々と重なりあい、煙を割くように飛翔した。破魔を込めた一閃によって穿たれた獣は地に伏しながら消える。
 しかし、敵は次々とリルたちに襲いかかろうとしていた。
 刹那、一華が護符を宙に放り投げた。
 ――七星七縛符。
「リルさん! 紋白! アイツらの攻撃を少しの間だけ打ち消すぜ」
 爪と牙が実体化することを封じた一華の補助は実に上手く巡った。されど寿命を力とするあの力は、長く使わせてはいけないものだ。
「これしか出来ないのが悔しいけど、俺だって精一杯のことはやってみせる!」
「ううん、そんなことない。一華の力だってたくさん役に立ってるよ」
 リルは即座に次の羽根を解き放ち、獣を一掃していった。
 そのとき、周囲に光の筋が広がる。それが揚羽のいる方から解き放たれたことで、紋白とリル、一華がはっとする。
「揚羽から不思議な力が……!」
「あれは結界?」
「すごいな、何だか分からないけどきらきら光ってるぜ!」
 三人は館の周囲を取り囲む蝶の結界――即ち、揚羽の特別な能力が発現していく様を見守った。きっと、あの力があれば何も怖くない。
「マダムの優しい力に似ています……」
「ふふ、そうなんだね。紋白達の力が、マダム……かあさんから教わったもののように、僕の力はかあさんが僕にかけてくれた祝いを元にしてるんだ」
 呪い或いはまじないとも呼べるけれど、其処には愛があった。
 受け継いだ意志や愛がここにある。
 リルの言葉を受け、一華は招霊木矢にそっと触れた。
「そうだ、かあさまだって見守ってくれてるって感じる! 俺たちは一緒だよ。かあさまが大好きだって気持ちは、力になる!」
 蝶籠の如き光が周囲を包み込む中、少年たちはひといきに煙獣を穿つ。
 そして――館を襲撃した獣はすべて倒された。

●蝶の光
「――兄貴! カムイ様!」
「あら、一華。ちゃんと切り抜けられたようね」
 煙獣を屠った直後、一華は櫻宵の元に駆け出していった。まだ気は抜けないが、どうしてか櫻宵の傍にいたくなったからだ。
 カムイはこっそり神域を抜け出した一華に静かな視線だけを送る。ごめんなさい、というばつの悪そうな眼差しが一華から戻ってきただけで今は十分だ。
「一華のことはリルが守ってくれていたのかい。頼もしいね、リルは」
「うん! 僕だって出来るんだよ」
 リルも櫻宵とカムイの元に泳ぎ寄り、誰も怪我はしていないと告げた。
 合流を果たした彼らはすぐに真剣な表情になる。偵察していたカラスが、やはり家の中に首魁のオブリビオンがいると報告したからだ。その存在が邪神に近しいものだからか、カグラの雰囲気が厳しいものになっている。
「行きましょうか、決戦の場に」
「噫、子供たちの為にも」
 櫻宵とカムイはカラスが導く方に並び駆け、其処にリルと一華も続いていく。
「煙を晴らそう。君が、君の望み通りに救えるように」
「赤頭巾の子も掬われて、救われたいんだ。急ごう!」
 そうに違いないと一華は感じていた。

 悲しき魂はきっと――救われる為に、蝶に逢いにきたのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『紅子』

POW   :    そのお腹の中、見せて
【肉切り包丁】による超高速かつ大威力の一撃を放つ。ただし、自身から30cm以内の対象にしか使えない。
SPD   :    猟師さんは来てくれないよ
攻撃が命中した対象に【獰猛な獣に身体を食い荒らされる幻覚】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【現実かと見紛う程の幻が全身にもたらす激痛】による追加攻撃を与え続ける。
WIZ   :    狼なんて大嫌い
自身の【赤い頭巾】を捨て【解体道具や被食者達の怨念が渦巻く悪霊の姿】に変身する。防御力10倍と欠損部位再生力を得るが、太陽光でダメージを受ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は夏目・晴夜です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●或る少女達の寓話
 その街には人食いのオオカミが棲んでいました。
 わるいオオカミが食い殺すのは、決まってうら若き少女だけ。
 人気のない路地裏や川辺、樹々が生い茂った林の中。街のそこかしこで見つかった少女はみんな、頭に赤頭巾を被ったような真紅の血で染められていました。
 獣に食い散らかされたような亡骸。
 まるで赤頭巾とオオカミだ。
 どこかの誰かが、犠牲者と捕食者のことをそのように呼びはじめました。

 かの有名な物語の中では、わるいオオカミに食べられた赤頭巾の少女は、猟師がオオカミのお腹を割くことで助け出されました。
 けれど、この街にはすべてを救うことができる猟師はいませんでした。
 誰も助けに来なかった。食べられてしまったらもう終わり。食われた少女たちの魂は、オオカミのお腹から自力で出てくるしかありませんでした。
 それが紅子という喰われた少女の概念です。
 紅子の裡に残っているのはオオカミと猟師と、助けられなかった自分たちという考えだけ。誰がオオカミで、誰が猟師で、誰が本当にわるいやつなのか。
 ヒトではなくなった彼女には、もう何もわかりません。

 助けなきゃ。だって、助けられなかったから。
 ほら、お腹を裂いて引きずり出そう。そこから食べられた誰か、私を、あたしを、ワタシを――みんなを助けてあげるために。
 紅子は今日も、他の誰かを助ける為に出会した人の腹を裂き続けます。
 ねえ、でも――。

『どうして、私は助けて貰えなかったの』

●紅と蝶
 猟兵と子供たちは館を襲撃した煙の獣達を全て葬った。
 その最中に、揚羽少年の身体から光が溢れ、館周辺を覆う蝶籠の結界を発現させた。
 それは標的を決して逃さぬ光の檻だ。
 もう誰も犠牲にしたくないという強い思いと守護の力を宿した蝶結界は、此処で戦いを終わらせるという意志の元に紡がれている。
 そして揚羽は、既に蝶の館内に件の少女、『紅子』が訪れていると察知した。
 裏口、中庭、回廊と暫し内部を彷徨っていたらしい紅子は、どうやら最奥の部屋に向かっていったようだ。床についた赤黒い血痕がそのことを物語っている。
「こっちだ、皆!」
「きっと赤頭巾はマダムの部屋にいます!」
「どうしてだよ、何でよりによってあの部屋に………!」
 揚羽と紋白、紫燕は猟兵を先導していく。気をつけて、と呼び掛けあう子供たちを護る形で猟兵達も続いていく。
 そして、両開きの扉を大きくひらいた揚羽は強く言い放つ。
「お前、どうしてこの館に……この部屋に来たんだ!」
『……誰?』
 部屋の壁に飾られた蝶の標本を見ていたらしい赤頭巾が振り向く。その姿を見た紋白が息を呑み、紫燕が口元を押さえた。
 先程から血痕や血腥い匂いがしていたが、其処には――。
『ここが、このヒトのお部屋でしょ? 匂いをたどってここまできたの』
 揚羽の問いに答えた紅子の片手には、人間の一部だったものが握られている。腹から引きずり出されたと称するに相応しいそれはおそらく、マダムの残骸だ。
 このヒト、と示されたものも人間の肋骨のようだ。
「う……」
「ああ、あ……」
 紋白と紫燕が信じられないといった様子で狼狽える。だが、揚羽だけは決して視線を逸らしていなかった。
「蝶の光よ、満ちてゆけ。此の魂を捕らえて――天に送るために!」
 詠唱が紡がれた瞬間、蝶籠めいた檻を織り成す光が紅子の周囲に顕現する。はっとした紋白と紫燕は身構え、周囲に霊体の蝶を舞わせた。
 それは檻を形成する揚羽の助力となって巡りはじめる。
『なあに? なんだかうまく動けなくなっているわ。でも……別に構わないわ。わるいオオカミのお腹を裂くことくらいはできそうだもの』
 紅子は首を傾げ、虚ろな瞳を此方に向けた。
 その声や眼差しからは彼女が正気ではないこととや、人間ですらないことが窺える。彼女に説得や言葉は届かないだろう。
 其処へ、三人の子供たちが震える声を絞り出した。
「皆さん……お願い、します。私たちはこの結界に集中します……!」
「僕たちがあの子の力を抑える。けれど、全部は抑えきれないだろうから……」
「俺らの代わりに、あの子を助けてやってくれ!」
 紋白と紫燕、揚羽は猟兵に強く願う。
 紅子を倒すことで、あの魂の嘆きや哀しみ、苦しみを鎮めてやって欲しい、と。

 光の蝶籠は紅子の力を弱めているようだ。
 三人が力を合わせることによって、敵の攻撃の威力は格段に落ちており、紅子がこの敷地内から逃げることもできなくなっている。
 子供たちは全力で結界を紡ぐことで、この戦いに真剣に向き合っている。ただし、彼らが倒れれば結界は崩れ、紅子は隙を見て逃走するだろう。
 そうさせぬように彼らを守りながら戦い、猟兵の誰かが紅子にとどめを刺すこと。
 それこそが猟兵に託された願いだ。

 紅と蝶。ふたつの思いと願いが今、此処で衝突していく。
 
鎹・たから
【たかみゃ】◎

大丈夫です、紋白
たから達が必ずあの子をすくいます
勿論、あなた達のことも

守られなかった彼女をすくう方法が
たったひとつしかないから

己にオーラの膜を張り【オーラ防御
まっすぐ紅子へと駆ける【ダッシュ

包丁を魔鍵で受け止めます
例え直撃を受けたとしても
こども達と未夜が居ます
絶対、退いたりしません

あなたを守れなくてごめんなさい
ひとりぼっちで泣いていたのに
たからは、その涙を拭うことができなかった

だから、今度こそ
たからはあなたをすくいます

刺し違えてでも
彼女の胸に魔鍵を突き刺す
決して痛みは要らない【優しさ、祈り

素早く彼女の腕に手刀を叩き込み
マダムの亡骸を手放させる【グラップル、早業

未夜、お願いします


三岐・未夜
【たかみゃ】◎

儚火、おいで
みんなのお母さんの一部を取り戻すんだ
……ちゃんと弔ってあげなきゃ

任せて、たから
たからが傷付く姿に歯を食いしばって、タイミングを合わせて儚火に乗って飛び出すよ
脱いだパーカーで落ちたマダムの遺体の一部を包んで、大切に抱きかかえ即座に退避
紅子が攻撃に移る前に【先制攻撃、祈り、破魔、生命力吸収】で撃ち抜くよ
痛みはないと思うよ、多分

(救われなかった子も、救われた子も、ひどいくらいの格差で世界にはありふれてる
でも、……それを嫌だって、みんな救いたいんだって泣く子も、居るんだよ)

距離を取ったら儚火を放つ
行って、儚火
僕のともだちを、たからを護って
僕は【第六感、見切り】で何とかするから



●救いの手
 世界は理不尽だ。世間は不公平だ。それに泣きたくなるほどに残酷だ。
 誰かが救われて、別の誰かは見捨てられる。
 何の苦労も知らずに明るく生きている子がいる。暗い闇の中で助けてとすら言葉にできなかった子もいる。
 光の外には闇がある。
 世界のすべてを救うことはきっと、誰にも出来ない。
 それでも。そうであっても、手が届く限りは助け続けたいと願う者がいる。
 此処に。この場所に。
 救われなかった少女の魂を見つめる者達が今、確かに存在している。

●マダムの欠片とこどもたち
 乾き切った血の跡が黒く変色している。
 漂っている腥い匂いは吐き気を催すほどのものだが、誰も俯いてなどいなかった。
「儚火、おいで」
 未夜は自分の傍に黒狐を呼び寄せ、紅子と呼ばれる少女の概念と向き合う。未夜の声に応えるようにして儚火の尻尾が揺れた。その先端は闇に灯る光であるかのように白く染まっている。
 身構える未夜の隣で、たからはそっとこども達に呼び掛けた。
「大丈夫です、紋白」
「はい……」
「たから達が必ずあの子をすくいます。揚羽に紫燕。勿論、あなた達のことも」
 肉切り包丁を持つ紅子を見つめるたからは、決して視線を逸らさなかった。紅い少女は何かを呟いている。此方とまともに会話をする気がないことは明白だ。
 その言葉は聞かずとも解っている。
 ――どうして、私は助けて貰えなかったの。
 繰り返される言葉はきっと、少女の魂が強く思うことなのだろう。
 たからは痛いほどに理解している。守られなかった彼女をすくう方法は、たったひとつしかないということを。
 未夜は少女もう片手にある肉片に視線を向けていた。
 確かに赤頭巾の物語では、少女は狼の腹を割くことで助けられた。だが、目の前の赤頭巾の少女がやったことはすべてが間違っている。
 何が正しくて、何がいけないのか。それすら判断できない存在なのだろう。
 未夜は一度だけ唇を噛み締め、強い思いを抱いた。
「みんなのお母さんの一部を取り戻すんだ。……ちゃんと弔ってあげなきゃ」
 未夜はたからに道を譲る。
 彼女が何をしようとしているのか。自分が何をすべきか解っているからだ。
 たからは己にオーラの膜を張り、小さく頷いた。
 そして次の瞬間、たからはまっすぐに紅子に向かって駆けた。未夜はその背を見守り、“そのとき”が来る瞬間を待つ姿勢だ。
『邪魔よ』
 当然、たからの軌道は紅子に読まれている。
 振り下ろされた包丁を魔鍵で受け止め、衝撃に耐えたたからは真正面から紅子に対峙することを決めていた。
 少女達の魂は自分以外のものを信じていない。
 しかし、たからには生まれた時は誰もが善良であると信じる祈りがあった。その具現とも云える魔鍵を駆使して、たからは紅子と渡り合っていく。
 振るわれる肉切り包丁は錆びているが、繰り出される斬撃は鋭い。
『あなたのお腹も割いてあげる』
「絶対、退いたりしません」
 あまりの速さに一瞬、手痛い直撃を受けそうになった。刃の一部が身体を切り裂いていたが、たからは動じない。背後にはこども達と未夜がいるからだ。
 振るい返す宿雪の魔鍵は決して紅子の身を傷付けない。怨みや悲嘆、嘆きの心だけを消し去っていく一閃は少女に向けられていた。
「あなたを守れなくてごめんなさい」
 たからが一撃を振るうごとに涙の粒がひと粒ずつ溢れていった。
 紅子はこども達にとっては倒すべき相手だ。それは変わることはない。しかし、たからもこども達も紅子を本当に憎んでなどいない。
「ひとりぼっちで泣いていたのに。たからは、その涙を拭うことができなかった」
 だから、今度こそ。
「たからはあなたをすくいます」
 静かに宣言したたからは、刺し違えてでも紅子を助ける気概でいる。
 あの胸に、彼女の心に魔鍵を突き刺せば――。ほんの少しでも、怨みの気持ちを晴らせるかもしれない。たとえ消せずとも、優しく白い雪で多い隠せるように。
 炎のような嘆きを、沈められるように。
 其処に決して痛みは要らない。
 そして、たからはもうひとつの目的を遂行するために動き出す。包丁が振り上げられた瞬間、たった一瞬だが紅子に隙が出来ることが分かっていた。
 それは肉を切らせて骨を断つが如く。
 たからは素早く距離を詰め、彼女の腕に手刀を叩き込んだ。それは刃を持っている方ではなく、マダムの亡骸を手にしている方に見事に命中した。たからが狙ったのはマダムの一部を手放させること。的確な一撃によって、骨や肉片が取り落ちた。
 その代わりにたからの肩に肉切り包丁の刃減り込む。鋭い痛みが走ったうえに紅子の力は削げていないが、今はこれでいい。
「未夜、お願いします」
「任せて、たから」
 身を引いたたからは未夜を呼び、彼もまた応えた。
 未夜もそれまでたからが傷付く姿に歯を食いしばっていただけではない。たからの狙いが悟られぬよう、タイミングを計っていた。
 儚火に乗った未夜は一気に飛び出し、脱いだパーカーを広げた。床に落ちたマダムの遺体の一部を即座に包み、大切に抱きかかえる。
 そのままひといきに退避した未夜は、無事にマダムを取り戻した。その光景を見た紋白の頬に大粒の涙が伝っていく。
「マダム、ああ、マダム……!」
「大丈夫。絶対にもう渡さないから」
 苦しいかもしれないけれど、と告げた未夜はパーカーをそっと差し出す。
 それを受け取ったのは紫燕だ。言葉はないが、少年は静かに頷く。こども達は強いと感じた未夜は痛みに耐えるたからの隣に陣取った。
 未夜は紅子が攻撃に移る前に、祈りと破魔を込めた一閃を解き放つ。紅子を撃ち抜いた未夜は真っ直ぐに告げてゆく。
「痛みはないと思うよ、多分」
『どうして、』
 返ってきた声は、やはり繰り返し呟かれていたあの言葉だった。
 少女の魂が抱く思いは一貫している。
 それほどに苦しく、辛い結末を迎えたからだろう。
(救われなかった子も、救われた子も、ひどいくらいの格差で世界にはありふれてる。でも、……それを嫌だって、みんな救いたいんだって泣く子も、居るんだよ)
 未夜の眼差しは戦い続けるたからに注がれている。そうして未夜は紅子と距離を取りながら、儚火を放った。
「行って、儚火。僕のともだちを、たからを護って」
「儚火も未夜も、ありがとうございます。戦いましょう、最後まで」
 たとえ、世界の全ては救えなくても。
 今ここにいる、こども達を。紅子も含めた、みんなをすくうために。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鳳凰院・ひりょ

WIZ

マダム…
貴方の育てた子供達は、この戦いで大きく成長をしたようですよ

子供達と共に、この戦いをここで終わらせてみせます

子供達に被害が及ばないよう、最悪の場合は【かばう】つもりで立ち位置に注意する
護符に【破魔】を付与し【乱れ撃ち】で弾幕を張る

変身した紅子にはこの攻撃は大したダメージを与えられないだろう
だが、それも織り込み済みだ
紅子を攻撃しつつ、その中の数枚を紅子の周囲へ放つ
今から放つUCの条件を揃える為だ

相手を囲うように護符が配置出来たら勝負に出る
光の疑似精霊、今こそ全力で行くぞ
エレメンタル・バースト!

相手の頭上に太陽光の塊を作り出し光線を雨の如く降り注がせる
食らえっ、シャイニング・レイン!



●捧ぐ誓い
 あの子を倒して欲しい――ではなく、助けて欲しい。
 本来なら憎き仇であるはずの紅子に向け、子供たちはそう願っていた。
 紅子を逃さないための蝶籠の結界維持に注力する揚羽と紋白、紫燕を見つめたひりょは確かな思いを感じていた。
「マダム……貴方の育てた子供達は、この戦いで大きく成長をしたようですよ」
 ひりょにとっては顔も本名も知らない相手だ。
 しかし、マダムの愛情はひりょも感じ取っていた。この館に訪れたときの印象。子供たちが真っ直ぐに育っているという事実。
 そして、三人には憎むよりも護ることを優先する心がある。
 それはきっと、マダムが遺した言葉のお陰でもあり、此処に訪れた猟兵との交流が功を奏したからでもあるのだろう。
「――マダム。子供達と共に、この戦いをここで終わらせてみせます」
 ひりょは自分も役に立ちたいと願い、宣言する。
 子供たちの周囲に舞っている蝶のうち、ある一羽がひらりとひりょの元に訪れた。まるでマダムが彼の言葉を受け入れてくれたかのようだった。
 不思議な感覚と共に心強さを覚え、ひりょは一気に行動に出る。
 まずは子供たちに被害が及ばないように位置取ること。最悪の場合は自らの身を犠牲にしてでも庇うつもりだ。
 そして、ひりょは護符に破魔の力を巡らせ、乱れ撃つ勢いで弾幕を張り巡らせた。
 すると此方に気付いた紅子が赤い頭巾を捨てる。その中から現れた解体道具を構えた紅子の顔が不意に変わった。
 被食者達の怨念が渦巻く悪霊の姿となった紅子は、ひりょに肉切り包丁を向ける。
『どうして助けてくれないの』
 恨み言しか紡がぬ悲しき少女の魂。その声はひりょの胸に痛みを齎す。ひりょは今の紅子に護符での攻撃は通じ難いと判断していた。
 だが、今はそれも織り込み済み。
 ひりょは紅子の攻撃を受け止めつつ、数枚の護符を紅子の周囲に放った。元より一撃で倒せるとは思っていないゆえ、しっかりとした準備を揃える為だ。
 護符は戦場を飛び交いながら相手を囲うように広がる。子供たちへの攻撃を自分が受けながら、ひりょは勝負に出ることを決めた、
「光の疑似精霊、今こそ全力で行くぞ。エレメンタル・バースト!」
 ――かの者に大いなる鉄槌を。
 ひりょは巡らせた力を解き放つべく己の手を振り下ろした。それを合図にして精霊の護符が光りはじめる。
 途端に相手の頭上に太陽光の塊が作り出され、降り注ぐ光線が雨の如く巡った。
「食らえっ、シャイニング・レイン!」
 少女が闇を抱えているのならば、この手で光を。
 最大火力で解放されたひりょの力は、目映い光の雨となって少女を包み込む。ゆらりと包丁を揺らした紅子はまだ力を残しているようだ。
 されどひりょは決して諦めず――最後を見届ける為に、護符の力を更に強めた。子供たちはその背を確りと見つめながら結界を維持し続けている。
 すべて救ってみせる。
 ひりょの決意は揺らがず、何よりも強い誓いとなって巡ってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

アウレリア・ウィスタリア
紋白たち、三人の想い
託されました

そして皮肉ですね
私も助けてもらえなかった
救われなかった者です
そして彼も救われなかったモノ
【空想音盤:終末】を発動

私の魔狼
苦しみの連鎖を飲み干してください

私は彼のために歌を奏でよう
彼が苦しみの連鎖を飲み干すまで
彼のために歌を奏で続けよう

故郷の村で私は虐げられ幽閉されていた
誰も私を助けてはくれなかった

そんな村の人たちを私は恨んでいるかもしれない
でもそれを他の誰かに押し付けようとは思わない

私のような人を増やしたくはない
だからここで終わりましょう

紅子、アナタはもう誰も救わなくて良い
もう誰も引き裂かなくて良い
もう何者にも怯えなくて良い

負の感情は全部
私の魔狼が飲み干すから

そして紋白は……ちゃんと自分で気付けましたか?
マダムの想い

気付けたのなら
今度はその想いをもっと多くの人に伝えましょう
マダムがそうしてきたように

アドリブ歓迎



●継がれた想い
 透明な蝶々が舞い、蝶籠めいた結界が目映く光り輝く。
 傷付けるのではなく護る為の力が館を包んでいることを確かめながら、アウレリアはそうっと頷いた。
「紋白たち、三人の想い――託されました」
 紅子を倒すことは変わらずとも、それは復讐のためではない。
 アウレリアは子供たちが選び取ったことを深く理解していた。人間としての感情を忘れてしまった少女の概念、紅子にはもう怨みや無念しか残っていない。
 どうして。
 何故、助けてもらえなかったの。
 そう言って肉切り包丁を振り回している紅子は悲しき存在だ。
「皮肉ですね」
 アウレリアは空想音盤を響かせる準備を整えながら、紅子を瞳に映し込む。彼女の言葉はよく解る気がした。何故なら――。
「私も助けてもらえなかった。救われなかった者です」
 そして、彼も救われなかったモノ。
 ――空想音盤:終末。
 彼と示されたのは災禍の狼『フローズヴィトニル』のことだ。アウレリアの腹部の刻印から現れた狼は、神さえ呑み込む牙を持ち、蒼い火焔の術を操る悪魔だ。
「私の魔狼。苦しみの連鎖を飲み干してください」
 アウレリアはフローズヴィトニルのために歌を奏でていく。
 紅子が救われなかったことに苦しんでいるのだとしたら、災禍の狼が苦しみの連鎖を飲み干すまで歌い続けるだけ。
 歌声が戦場に響き渡っていく中で、アウレリアは過去を思い返す。
 それは故郷の村でのこと。
 アウレリアは翼の色の所為で人々から虐げられ、ずっと幽閉されていた。
「誰も私を助けてはくれなかった。誰も、ひとりだって……」
 そんな村の人々を自分は恨んでいるのかもしれない、とアウレリアは感じている。怨嗟の感情を抱き続けることは決して悪いことばかりではない。
 そうすることで自分を保つ者もいれば、それを原動力としている者もいる。
 だが、それを他の誰かに押し付けようとは思わなかった。怨みのままに誰かを傷付けるようなことがあってもいけない。
 それに、もし恨みや無念から解放されるのならばその方がいいはずだ。
「私のような人を増やしたくはない。だからここで終わりましょう」
 アウレリアはフローズヴィトニルを紅子に向かわせ、歌の続きを紡いでいく。
 その周囲には紋白たちが放っている霊体の蝶々がふわふわと舞っていた。きっとアウレリアを補助してくれようとしているのだろう。
 災禍の狼が吼え、紅子が刃を振り下ろす。
 戦いは激しく巡り続けていた。そんな中で何となくではあるが、アウレリアは別の未来があった可能性にも気付いていた。これはもしかすればの話だが、今も懸命に戦う子供たちの誰かが深い憎悪と怨嗟を紅子に向けたかもしれない。
 だが、そうはならなかった。
 倒すしか道がないことを知っている子供たちは、紅子を救いたいと考えた。
 アウレリアもその意思を受け入れて、今こうして戦っている。それに、たとえ歪んでしまって間違っているとしても、紅子とて根本の思いは同じはずだ。
「紅子、アナタはもう誰も救わなくて良い」
 もう誰も引き裂かなくて良い。
 もう何者にも怯えなくて良い。
 彼女にとっての救いとはきっと、そのことを教えてやることだ。おそらく紅子は言葉だけで語っても理解しようとしないだろう。
 だからこそ、アウレリアは懸命に歌う。
 フローズヴィトニルだって同じだ。不吉というだけで捕らわれて、復讐者になった。
 彼のために、彼女のために。そして、蝶の館の子供たちのためにも。
(負の感情は全部、私の魔狼が飲み干すから)
 ――奏でよう、幻想の中の終末を。全てを喰らい尽くす魔狼と共に。
 蒼焔を纏う白狼は爪を振るい、紅子と渡り合っていく。しかし紅子も赤頭巾であるからなのか、狼には人一倍反応を見せた。
『そのお腹、引き裂いてあげる』
 振るわれた刃がフローズヴィトニルを貫いたことで、アウレリアにも衝撃が響いてくる。彼が感じている痛みが歌を介して伝わってきたのだろう。
『どうせ、お前も誰かを食べたのでしょう』
 災禍の狼に冷たい眼差しを向けた紅子の攻撃は容赦がない。
 違う。そうではない。彼は――と、反論したい気持ちもあったが、アウレリアは歌を止めてはいけないと判断した。
 アウレリアが紡ぐ声に応えるように、白狼は勇猛果敢に戦う。
 そうして、アウレリアは結界を張る補助を続けている紋白に問い掛けた。
「そして紋白は……ちゃんと自分で気付けましたか?」
「え……?」
「――マダムの想いを」
「……まだ、頭の中がぐちゃぐちゃです。だって、あの子がマダムを……マダムだったものを、持っていて……っ」
「落ち着いてください、紋白」
「身体はもう猟兵さんが取り返してくれたけど、マダムの想いって……?」
 紋白は三人の子供の中で一番、紅子が持っていたマダムの一部に反応していた。今は他の猟兵が無残な状態から隠してやり、取り戻されているが――。
 無理をしなくても大丈夫だと告げたアウレリアは紋白に優しく語りかけていく。
「もし気付けたのなら、今度はその想いをもっと多くの人に伝えましょう」
 マダムがそうしてきたように。
 アウレリアの言葉を受けた紋白は泣きそうだった顔を引き締め、静かに頷いた。激しい戦いが続いている以上、心の整理をすぐにつけるのは難しいだろう。
 しかし、きっとアウレリアの言葉は届いている。
 後は時間が必要なだけ。
 最後まで紋白達と一緒に戦うことを心に決めて、アウレリアは歌い続けた。フローズヴィトニルも彼女と共に在る。
 そして――全てを焼き払うが如き蒼い火焔が、戦場に迸った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーファス・グレンヴィル


へえ、蝶籠の結界な
さすが長兄と言うべきか
揚羽やるじゃねえか
紋白も紫燕も頑張ってるからな
オレらが助けるのは当たり前だろ?
なあ、と笑って話し掛ければ
黒竜は頷いて槍に変じた

くるくると得物を回して
赤ずきんが持つ肋骨を眺める
オレには"母親"の記憶なんてない
ナイトも教えてくれてない
だからマダムの大切さも
彼女のことを慕う気持ちも
これっぽっちも分からないけど

──思い出を穢してやるなよ

誰かをいとおしく感じる気持ちは
それを喪う哀しみは理解できる
ぎり、っと柄を持つ手に力込めて

ま、紅子にも同情はするけどな
だから倒すことで助けてやる
これが、お前への餞だ

さあ、ゆっくり眠りに就こうか
物語の結末はハッピーエンドが一番だろ!



●失いたくないもの
 蝶の館と戦場となった部屋を包み込む淡い光は優しいものだ。
「へえ、蝶籠の結界な」
 ルーファスは周囲に広がっている結界を見つめ、さすが長兄と言うべきだと感じた。発現したのは倒す力ではなく、皆を守り、魂を保護する力なのだろう。
「揚羽、やるじゃねえか」
「正直を言うと結構、疲れるんだけど、な……!」
 ルーファスの言葉を聞き、揚羽は唇を噛み締めた。蝶籠の光は静かに明滅している。しかし心配はないことをルーファスは知っていた。
 何故なら、紋白と紫燕が兄である揚羽をしっかりと支えているからだ。すると紫燕が口を開き、ルーファスに問いかける。
「どうして、そんなに力になってくれるの? こんなに危険なのに……!」
「お前らが頑張ってるからな。オレらが助けるのは当たり前だろ?」
 なあ、と笑ってルーファスが話し掛けると黒竜のナイトがこくりと頷いた。ナイトは子供たちに視線を送った後、瞬時に槍に変じる。
 ルーファスの手に収まった黒竜の槍からは気迫のようなものが感じられた。ナイトもまた、蝶の館の子供たちの力になり続けたいと意気込んでいるらしい。
 くるくると得物を回したルーファスは力を溜めた。
 次の瞬間には、彼は一気に紅子へ斬り掛かっていく。肉切り包丁が槍を弾こうとしたが、ルーファスは力押しで攻め込む。
 烈しい攻防が繰り広げられる中、ルーファスは紅子の足元を見遣った。
 既に先んじて行動した仲間の猟兵が、赤頭巾が持っていたマダムの身体の一部を取り戻している。だが、まだ肋骨の一部が其処に落ちていた。
「取り返すなら完璧に、ってな」
 骨を眺めたルーファスは、紅子を倒した後に必ず取り戻すと誓った。
 そうして、子供たちの母親代わりだったというマダムを思う。
 自分には母親の記憶などない。生い立ちは以前にナイトに教えてもらったが、まだ其処までは話されていないからだ。
 母親という概念は知っていても、ルーファスにはその本質が分からない。いつか思い出す時もあるのかもしれないが、今はそのときではないことも理解している。
 それゆえにルーファスには、子供たちが想うマダムの大切さも、彼女のことを慕う気持ちもこれっぽっちも分からないが――。
「思い出を穢してやるなよ」
 誰かとの大切な時間を奪われたくなかった、という気持ちだけは痛いほど解る。
 たとえば妹のこと。
 今、大切だと想う相手のこと。
 誰かをいとおしく感じる気持ちと、それを喪う哀しみは理解できるはずだ。ルーファスは竜槍の柄を握る手に力を込める。
 紅子からの攻撃は激しかったが、ルーファスは互角に渡り合っていた。
『どうして、私は助けて貰えなかったの』
「ま、お前にも同情はするけどな」
 紅子が紡いだ言葉にはたくさんの意味が込められている。少女を成す魂とて、元は被害者だったものたちだ。
「だから倒すことで助けてやる。これが、お前への餞だ」
 怨みと悲しみだけを抱いたまま存在するのはきっと苦しいだろう。
 はっきりと宣言したルーファスは戦いの終わりを目指し、鋭い一閃を放つ。其処へ紫燕が解き放った蝶の援護が広がっていった。
 心強さを感じながら、ルーファスは紅子と刃を交わしていく。
「さあ、ゆっくり眠りに就こうか」
 物語の結末。
 それは、ハッピーエンドが一番なのだから――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓

マスタリング歓迎
解釈お任せ
_

刹那瞳を閉じる
そして真っ直ぐ、紅子を見つめ

「──任された」

_

マダムの部屋を荒らさないよう極力配慮
揚羽らのことは勿論、庇い護れる者は積極的に守護する
俺自身がどれだけ負傷しようが全く構わない
誰かが傷つくほうことのほうが余程堪えた
…そう思うのは、揚羽を通して過去の己を視たからだろうか
然し彼らと過去の己は違う
マダムの愛した蝶の子どもたちは強い
実力だけでなく、心も

…俺は、『怪物』だ
でも周りと同じ『ひと』でありたかった
だからこそ常は必死に押し殺している、ヴァンパイアの血が混じる故か紅色に揺らいでしまう衝動に苦しみ
大切な人達を護れずに喪った己を憎悪し呪い続ける俺とは違う

この子達は強い
俺は唯、──…強がることが、昔から得意だっただけだ


紅子の攻撃は全て受け止める
彼女らを助ける事が出来なかった己を責めながら
紅子を形成す嘆きも苦しみも、悲しみも全て受け止めたい
この手に刀も銃も要らない
包丁握るその手にそっと触れ
彼女らの魂に寄り添い
願うは安息を



●何れ来る眠りの時を
 光の蝶籠から溢れ出すのは淡い光。
 それは何かを傷付けるものではなく、護る為の力として周囲に広がっている。梓はその光が巡った刹那、僅かな間だけ瞳を閉じた。
 頼んだ、という旨の子供たちの言葉を受けた梓は瞼をひらく。
 そして、真っ直ぐに紅子を見つめた。
「――任された」
 其処から、梓の眼差しは彼女だけに注がれていく。紅子というのは目の前にいる少女の本名ではない。便宜上だけの呼び方だ。要するに紅子という存在は何人もいる。この街で獣に襲われ、命を奪われてしまった少女達の総称だ。
 ひとりの姿をしていても魂は幾つも重なり合っている。おそらく、それゆえに彼女からは怨念や無念といった感情しか感じられないのだろう。
 梓は少女達の魂を思う。
 きっと、これからも生きていきたかっただろう。それぞれに夢や希望があり、死など望んでいない者ばかりだったはず。
『どうして、私は助けて貰えなかったの』
 そして、紅子は何度も繰り返している言葉を更に紡ぐ。
 梓は肉切り包丁を振り上げた紅子を見据え続け、一撃を受け止めに掛かった。
 その際、戦場となっているマダムの部屋を荒らさないように立ち回ることも忘れていない。揚羽に紋白、紫燕らのことは勿論、共に戦う仲間をも庇うつもりだ。
 護れる者は積極的に守護する。それが今の梓の決意であり、誰も傷つけさせないことが第一目標だ。されど、梓は自分がどれだけ負傷しようが全く構わない気概だった。
 誰かが傷つくことの方が余程、堪えるだろうから。
 だからこそ己の身は顧みない。
 ――そう思うのは、揚羽を通して過去の己を視たからだろうか。
 梓は迫りくる刃をその身で以て受け止め、痛みに耐える。揚羽も梓も同じところに集められた子供たちの長兄役だ。そういった共通点から、気持ちが通じているということは互いに分かっている。
 然し、と梓は頭を振る。彼らと過去の己は違うものだ。
 親近感は持っていいが、自分と子供たちを同じものとしてはいけない。そのことを強く自覚している梓は、果敢に紅子の攻撃を受け続けた。
「そうだ、憎しみでも何でも込めてくるといい」
 彼は決して紅子の一閃を避けない。痛みは蓄積していくが、梓は気力で堪えた。
 マダムの愛した蝶の子供たちは弱くない。
 これから実力も育っていくだろう。そして、それだけでなく心も強い。
「……俺は、『怪物』だ」
 ふとしたとき、梓から呟きが零れ落ちた。それを聞きつけた紅子が一瞬だけ不思議そうな顔をした後、何かを納得したような様子を見せる。
『あなたは、オオカミ?』
「……」
『だったら、そのお腹の中に誰かを喰ったのね』
 梓が問い掛けに答えないでいると、紅子は一人合点をした。違う、と梓が言えずにいたのは己にヴァンパイアの血が混じるがゆえ。
「でも周りと同じ『ひと』でありたかったさ」
『はやく助け出さなきゃ』
 梓と紅子の言葉は会話になっていない。梓はヴァンパイアめいた紅色に揺らいでしまう衝動を表に出すまいとして必死に押し殺している。紅子は梓がオオカミだと決めつけ、その腹にいるであろう居ない誰かを助けようと刃を振るった。
 すれ違い、噛み合わない思いは戦いの軌跡となって巡っていく。
「梓さん!」
「酷い傷……!」
「今、癒やしの蝶を向かわせるよ!」
「……大丈夫だ」
 後方から揚羽たちの声が聞こえたことで、梓は確りと答えた。
 彼らは違う。今も必死に守っている。大切な人達を護れずに、喪った己を憎悪し呪い続ける己とは異なる子たちだ。
 だから、未来を繋げたい。
「俺は唯……――強がることが、昔から得意だっただけだ」
 自分以外には聞こえない声を紡いだ梓は、もう一度だけ瞼を伏せた。すぐに紅子に向け直された視線は揺らがない。
 世界の全てに手を伸ばすことは出来ないと知っていても、彼女らを助けることが出来なかった己を責めながら梓は戦った。
 少女としての形を成すものすべてを。その嘆きも苦しみも、悲しみすらも全て受け止めたいと願う梓は思いを込めた行動で以てオブリビオンと相対する。
 斬り裂かれた傷は広がり、夥しい血が床に散った。
 だが、この手に刀も銃も要らない。
 梓は腹を深く貫かれながらも、紅子に肉薄した。そして、肉斬り包丁を握るその手にそっと触れた梓は静かに微笑む。
「もう、いいんだ」
 戦わなくても構わない。誰かを救おうとしなくていい。
 救われなかったことだけに囚われ続けることこそが、呪縛そのものだ。
 梓は血を吐き、苦しみながらも思いを伝え続けた。反撃がないと知った紅子は暫し無言だったが、暫くしてから梓の腹部から刃を抜く。
 その反動で更に血が零れ落ち、絨毯を紅く染めていった。
 紅子も梓も紅い色が広がっていく様を見下ろしている。しかし、そのとき――ふわりと何かが紅子の中から抜け落ちていった。
 ――そっか、もういいんだね。
 不意に何処かから声が聞こえた気がする。
 はたとした梓は気付く。今、オブリビオンから解き放たれたのは魂の一部だ。少女達とされるものの一人が昇天していったのだろう。
「そうだ、それでいい」
 それは紛れもなく、梓の力によるものだった。
 抜け落ちた魂は揚羽が形成する蝶籠の光とひとつになっていく。まだオブリビオンの紅子としての形は崩れていないが、ひとりの魂が確かに葬られた。
 紅子は何も言わなかったが、力が削がれたことは間違いない。
 つまり、梓は今――確かにひとりの少女を救った。
 対する梓の傷は深く、床に膝をついた状態から動けないでいる。それでも彼は、彼女らの魂に寄り添い続けようと決めていた。
 願うは安息。
 祈るのは、やさしい終わり。
 残りの魂も仲間が葬送してくれると信じた梓は胸元を押さえた。まだ、この血の疼きは抑えていられる。だから今はただ、願い続ける。
 君の――君たちの影が、光を受けて昇華されるように、と。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸迎櫻


よしよし
一華も頑張って偉いわ
立派な術だった
怪我はしていない?
嫌がるかしら…と思いながらも優しく頭を撫でる
…子の成長は早いものねと心の中で呟いて
コマの視線が少し気になる
いつも守ってくれてるのね
母の、愛…
私もこのままではいられない
…わかっているよ…サクヤ

大丈夫
リルもありがとう!
頼りにしてる
一華のこと暫し頼むわ

一華の前だもの
無様は晒せない
カムイ、一緒に来てくれる?
子供達も未来も皆守りましょう
美しい蝶が羽ばたけるように

…犠牲者たちの魂
私は喰らってきたものだから
あなたの言う
悪い狼より質が悪いやもしれないわね
食いちぎられる幻惑に、噫きっとあの時
喰らったもの達が感じだろう痛みをしる
覚える
触れる

──数多の明日を奪い、喰らい、その化身がこの身に宿る
カムイ…私はあの子を救いたいと手を伸ばしてもいいのかしら

リルもありがとう
私は化け物だからなんて開き直らない
人喰いの龍だからなんてもう逃げない
私は護龍なの
例え本性が、呪蛇でも

朱華
獣を薙ぎ浄化と破魔の桜と咲かせて
路を拓く
苦しみから開放されるよう祈りを込めて


誘七・一華
🌺迎櫻


兄貴……や、やめろよそんな!恥ずかしいだろ!
俺は何もしてないよ、リルさんや紋白達が…
安心した、ほっとした
撫でられるのが嬉しい
褒められるのも嬉しい
…もっと頑張ろう
か、カムイ様にはちゃんと謝る
カグラさまの結界はしっかりしてたぜ!
…同じ誘七だから解けただけ

マダムは紋白達のかあさまで、ちゃんとマダムの愛は受け継がれてたんだ
俺だって、ちゃんと…ぎゅっと矢を握る

兄貴……!
うん…リルさん…俺もやる!
破魔の結界を重ねて、紋白達に攻撃がいかないようにする
それから皆頑張れって鼓舞をして、式神で援護する
出来ることはするよ
戦う皆の姿を見て奮い立つ

紅子は可哀想だと思うよ
食べられて助けて貰えなくて
オオカミに食べられたままの赤ずきん…でも
だからって
ひとを狩っていいわけじゃない!
もう殺させなんてしないぜ!

祓詞!
俺だって皆を守るんだ!かあさま、見てて…俺だってかあさまの子なんだから、できる!
悪霊も怨念も穿ち留める

ここは紋白達のかあさまの、大切な場所なんだ
あいつらの心ごと守るんだ

紅子達だってゆっくり
眠れるようにさ


朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


サヨ、良かったね
イチカは立派に育っているよ
……流石はきみの息子かな
私の守るべき血筋の子だ
しっかり守るとも
何かを考え込むサヨの肩に触れる

…愛によって守られていて愛が力になったのだね
確かな力を感じるよ
アゲハ達も頑張っているね

リル、イチカに怒ってなんてないよ
大方カグラの結界が甘かったのだ
…同じ血筋だから?

アゲハらの力と想いがあってこそ救えるのだ
蝶籠に結界を重ねてくれ、カグラ
何時もより張り切っているね

勿論だよ
サヨ、共にいこう
絡まった怨念を解いて救えるように
間合いに入り込まぬよう注意し、早業で躱して
齎す不運で太刀筋をずらそう
リルの歌が勇気をくれ癒してくれる

…哀しみを憎悪を断つ─呪から解放するように
死した魂を慰めるよう呪を解くように放つ
修行の成果を見せてみよう

送桜ノ厄神

勿論だ、サヨ
手を伸ばしてもいいに決まってる
きみは守り手だ
優しくて強くて脆くて真面目で一生懸命な私の愛しい龍だよ
…ならば、喰らい奪い殺してしまったぶん以上に
救えばいい

私の桜が美しく咲いているように
そなたらが美しい蝶となれるように


リル・ルリ
🐟迎櫻


櫻!カムイ!!
合流出来て良かった!僕だって頑張ったんだから!
櫻と一華の様子にほっこりする
一華が紋白に尋ねた言葉を思い出して思わずにはいられない
…いつか、本当の家族としてわかりあってほしいって

僕がノア様をとうさんと呼べたのは最期の時だけだった
だから…櫻達にはそうなって欲しくないからさ

カムイ、一華をおこったらだめだよ

よし、一華!僕達も頑張るぞ!
紋白達だって皆守るんだから!
櫻とカムイはとっても強いよ
ヨルがきゅっと応援してくれる
カナンとフララに頼んで、水泡のオーラで包み込んで守るぞ!

浄化へ導く蠱惑を込めて歌うのは
「月の歌」
癒して、高めて駆け抜けていけるように
ひとつ残らず皆の心が魂に届くように

櫻が感じてる痛みはきっと
彼が本当の愛を知ったからこそなんだろう
怪我を治してから大丈夫と鼓舞をする
君は護龍だよ
神様だってついてる
厄を祓っておいで
全部しっかり救って祓って
そしたら
マダムと、あの子の魂達への鎮魂を歌おう

蝶々は綺麗に飛んでいる
猟師さんは来てくれなくても猟兵はきてるんだ!
もう痛くないし怖くない



●導く未来に灯す光
 激しい戦いが始まる少し前。
 時は遡り、煙獣達の襲撃を切り抜けた直後。
「櫻! カムイ!!」
 泳ぎ寄ってきたリルと駆けてきた一華を受け止め、櫻宵は束の間の安堵を抱く。
「まぁ、リル。よしよし、一華も頑張って偉いわ」
 立派な術だったこと、怪我はしていないかと確かめていく櫻宵は一華の頭を撫でた。嫌がられるかもしれないと思っていたが、今は素直に彼を褒めてやりたい。
「兄貴……や、やめろよそんな! 恥ずかしいだろ! それに俺は何もしてないよ、リルさんや紋白達が頑張ったんだ」
 口ではそう言いながらも一華は安心していた。
 撫でられるのが嬉しくて、褒められるのは更に嬉しい。もっと頑張ろうと密かに意気込む少年を見て、カムイが穏やかに笑む。
「サヨ、良かったね。イチカは立派に育っているよ」
「ええ……」
(「流石はきみの息子かな」)
 子の成長は早いと考える櫻宵の隣で、カムイは声を潜めた。己の守るべき血筋の子だと感じたカムイは、彼も櫻宵もしっかり守ると決めている。
 櫻宵の肩に触れたカムイの眼差しが優しいことを知り、リルもほっこりとした気持ちを抱いていた。
 その際、リルは一華が紋白に尋ねた言葉を思い出す。
 あのやり取りを隣で見ていた以上、リルは願わずにはいられない。
 いつか、本当の家族として。父と息子としてわかりあってほしい。
 何故ならリルが宿敵たる彼の人――ノア・カナン・ルーを、とうさんと呼べたのは最期の時だけだったから。あの最期も悪いばかりのものではなかった。
 それでも、彼が生きていたときにもっと呼べたら、という思いも過ぎる。
 だからこそ櫻宵達にはそうなって欲しくない。リルの心は切実だ。そうして、リルはそっとカムイに告げる。
「カムイ、一華をおこったらだめだよ」
「か、カムイ様……ごめんなさい」
「リル、イチカに怒ってなんてないよ。大方カグラの結界が甘かったのだ」
 申し訳なさそうに謝る一華に対し、カムイは首を横に振った。すると一華も、そうではないのだと返した。
「カグラさまの結界はしっかりしてたぜ! ……同じ誘七だから解けただけ」
「同じ血筋だから?」
 きっと一華にも誘七の強い力が眠っている。その片鱗が発現したのだと感じたが、今はそれを紐解くときではないだろう。
 その最中、櫻宵は一華の傍にいるコマの視線が少し気になっていた。
「いつも守ってくれてるのね」
 ――母の愛。
 その思いを感じ取った櫻宵は自分の中にもあるそれを懐う。
「私もこのままではいられない。……わかっているよ、サクヤ」
 狛犬にだけ聞こえる声で呟いた櫻宵は密やかな決意を秘めた。そうして、一行は既に内部に入り込んでいるという紅子の元に向かっていく。

 そして、現在。
 蝶の館の子供たちの母代わりだった人の残骸が、目の前のオブリビオンによって引き摺られてきていた。子供たちはそれぞれに苦痛を覚え、怯みそうにもなっていたが、それすら乗り越えて戦おうとしている。
 揚羽が紡いだ光の蝶籠は周囲に広がり、優しい守護の力になっていた。
「これは……愛によって守られていて愛が力になったのだね」
 確かな力を感じたカムイは揚羽達の願いに頷く。紅子を救って欲しいという彼らの意思は確かに受け取った。
「アゲハ達も頑張っているね。大丈夫、アゲハらの力と想いがあってこそ救えるのだ」
 カムイはカグラへ、蝶籠に結界を重ねて欲しいと伝える。
 相手は邪神であるが元は人の魂だ。カグラが何時もより張り切っていると察したカムイは、一華をそっと見遣った。
 少年もまた、子供たちの決意を受け止めている。
「マダムは紋白達のかあさまで、ちゃんとマダムの愛は受け継がれてたんだ。俺だって、ちゃんと……」
 強く招霊木矢を握った一華は母の愛の強さを思っていた。
 隣にいる櫻宵が、母親の愛情で縛られているとは知らず――。リルはそのことを静かに察していたが、やはり何も言えないでいた。
「よし、一華! 僕達も頑張るぞ! 紋白達だって皆守るんだから!」
 代わりに強く意気込んでみせたリルは櫻宵とカムイに目を向ける。二人とも強いことはリルが一番知っていた。
 ヨルがきゅっと応援してくれる最中、リルはカナンとフララに水泡のオーラを巡らせるように頼んでいった。これで守りは十分。
 櫻宵はリルに礼を告げ、一華のこと暫し頼むと伝えた。
「頼りにしてるわ、リル」
 他でもない一華の前である以上、櫻宵としても無様な姿は晒せない。櫻宵が抱く気力が伝わったのか、一華もリルの横に凛と立った。
「兄貴……! リルさん……俺もやる!」
 泡沫に破魔の結界を重ねた一華は、絶対に紋白達に攻撃が向かないように努める。
 皆頑張れ、と鼓舞していく少年は式神を周囲に舞わせた。援護ならば自分にだって出来ると実感した一華は、戦う皆の姿を見て己を奮い立たせていく。
 櫻宵も其処から一気に攻勢に出た。
「カムイ、一緒に来てくれる? 子供達も未来も皆守りましょう」
「勿論だよ。サヨ、共にいこう」
 美しい蝶が羽ばたけるように、と櫻宵が語りかけるとカムイは無論だと返す。紅子は怨念と無念の集合体だ。
 カムイは絡まった念を解いて救えるようにと願い、素早く立ち回っていく。
 間合いに入らぬよう躱し、自らが齎す不運で太刀筋を逸らしたカムイ。櫻宵も一閃を鋭く放つことで牽制とした。
 其処に響き渡るのはリルが紡いでいく月の歌だ。
 リルの歌が勇気をくれて、身を癒してくれる。そう感じたカムイは櫻宵と一緒に更なる攻撃に出ていった。
 幽玄の歌声に浄化へ導く蠱惑を込め、リルは歌い続ける。
 癒して、高めて、駆け抜けていけるように。ひとつ残らず皆の心が魂に届くように。
 リルの歌声は戦場に響いていく。
 その中で櫻宵は紅子に或る思いを感じていた。
「あの子達は……犠牲者たちの魂なのね」
 自分は喰らってきたものだから、彼女達が言うオオカミなのかもしれない。喰われた者を助け出すために腹を割くという紅子のターゲットは自分でもいいわけだ。しかし、だからといって引き裂かれるわけにはいかない。
「私はあなたの言う、悪い狼より質が悪いやもしれないわね」
『猟師さんは来てくれないよ』
 すると紅子は包丁を振り上げた。その瞬間に櫻宵に齎されたのは獰猛な獣に身体を食い荒らされる幻覚だ。
 痛みはないが、食いちぎられる幻惑が櫻宵を襲う。
(噫、きっとあの時――)
 櫻宵は身を以て、己が喰らったもの達が感じだろう痛みを知った。
 覚える。触れる。この幻覚は逆に櫻宵の糧となり、自らを省みる切欠となる。数多の明日を奪い、喰らい、その化身がこの身に宿っているからだ。
「サヨ、平気かい」
「ええ……」
 カムイは櫻宵を案じながら、祈りを籠めた朱砂の太刀を振るい上げた。それによって幻覚は消え去り、紅子の方にも余波が巡る。
 哀しみを、そして憎悪を断つ――呪から解放するが如く、死した魂を慰めるようにしてカムイは力を放っていった。これが修行の成果だとして神力を巡らせるカムイは、紅子を見つめていく。
 その間も幻覚の力は周囲を揺らがせていた。櫻宵は紅子の様子を確かめながら、震えそうになる声でカムイを呼ぶ。
「カムイ……私はあの子を救いたいと手を伸ばしてもいいのかしら」
「勿論だ、サヨ。手を伸ばしてもいいに決まってる」
 するとカムイは力強く頷いた。
 きみは守り手だから、と語っていくカムイは櫻宵の隣に然と立つ。
「優しくて強くて脆くて真面目で一生懸命な私の愛しい龍だよ」
「でも……」
「ならば、喰らい奪い殺してしまったぶん以上に救えばいい」
 僅かに俯いた櫻宵に向け、カムイはやさしい言葉を送った。リルも櫻宵が抱いている思いを想像していき、自分の胸元を押さえる。
 櫻宵が感じている痛みはきっと、彼が本当の愛を知ったからこそなのだろう。
 大丈夫、と伝えたリルは櫻宵を鼓舞してゆく。
「君は護龍だよ。神様だってついてる。だから、厄を祓っておいで」
 全部しっかり救って、祓っていける。
 そう語るリルの声が聞こえたことで、櫻宵は顔を上げた。
「リルもありがとう」
 己は化け物だから、なんて開き直ったりしない。人喰いの龍だからと考えて逃げたりなどもしたくない。
 ――私は護龍。例え本性が、呪蛇でも。
 櫻宵が言葉にしない思いを抱いたことを知り、カムイとリルは頷きを重ねた。
 リルは安堵を抱き、改めて歌を紡いでいく。
 歌い上げるのはマダムと、紅子の魂達へ捧げる鎮魂歌。
 一華は兄達の絆の深さを感じ取りながら、自らも紅子に眼差しを向けていた。
「紅子は可哀想だと思うよ」
 彼女達は食べられてしまって、助けて貰えなかった者達だ。オオカミに食べられたままの赤ずきんは歪んだ復讐を抱いている。
「でも、だからってひとを狩っていいわけじゃない! もう殺させなんてしないぜ!」
 一華は紅子が悲しい存在だと感じた。
 知らない誰かを助けるために、相手が誰であるかも分からずに腹を割く。それだけの存在に成り果てている子達だからだ、
 ――祓詞。
 一華が破魔矢を掲げると、鈴音が鳴り響いた。其処から鈴に宿る鬼姫の霊が現れたかと思うと光矢を構えた。
「俺だって皆を守るんだ! だから……かあさま、見てて。俺だってかあさまの子なんだから、できる!」
 真剣な眼差しを紅子に向ける一華は気付いていない。鬼姫が現れた瞬間に、傍からコマがいなくなっていたということに。
 だが、今はそれでいい。悪霊も怨念も穿ち、留めるのだとして力を放つ一華は真っ直ぐに紅子だけを瞳に映している。
 櫻宵は弟、もとい息子の成長を確かに感じつつ更に斬り込んでいく。
 幻の獣を薙ぎ、浄化と破魔の桜として咲かせていった櫻宵は果敢に路を拓いた。
 誰かを殺し続けなければならない。
 その苦しみから開放されるよう祈りを込めて、櫻宵はオブリビオンを穿った。桜獄大蛇に覚醒した瞳には光が宿っている。ただ喰らい尽くすだけの大蛇ではないのだと示すように、櫻宵はそうっと桜を舞わせていった。
(一華、見ていて。私は――)
 大切な子に胸を張れるように生きていく。
 自分を否定して、己から逃げているだけの過去には戻らない。カムイとリル、一華に視線を送った櫻宵は凛々しく立ち回っていった。
 カムイは絶えずその傍で、愛しき巫女であり伴侶でもある櫻宵に寄り添っている。
「私の桜が美しく咲いているように、力を尽くすよ」
 魂の澱みだけをすくいとり、癒やすようにしてカムイは刃を振るった。紅子の刃がカムイの太刀を受け止めて弾いたが、カムイは諦めない。
 何度でも、幾度だって挑むだけ。
 救いたいと願う子供たちの思いを背負い、己は此処にいるのだから。
「そして、そなたらが美しい蝶となれるように――」
「そうだ。ここは紋白達のかあさまの、大切な場所なんだ!」
 蝶籠を維持している揚羽や紋白、紫燕たち。あいつらの心ごと守るんだ、と決めた一華も式神を巡らせることで紅子の気を引く。
 先程、他の猟兵の力によってひとつの魂が紅子の身体から離れていった。
 少しずつ、僅かでも力が削げているのだと察した一華は目を細める。
「紅子達だってゆっくり眠れるようにさ」
 この力を存分に発揮する。
 たとえ疲れてしまっても決して膝は付かない。傍にはかあさまがいるから。
 一華の強い意志に呼応するかのように鬼姫が光の矢を解き放っていった。揺るぎない思いは今、此処にある。
 周囲を舞う光の蝶々を見渡すリルも、魂は昇華されるのだと感じていた。
 子供たちが紡いだ光の蝶は綺麗に美しく飛んでいる。カナンとフララはその光を導いていくように蝶籠の中を飛び回っていた。
 オオカミなんて大嫌い。猟師さんは来てくれない。
 紅子は先程、そんなことをぽつりと語っていた。しかし、リルはそんなことはないのだと首を振ってみせる。
「猟師さんは来てくれなくても猟兵はきてるんだ!」
 だから、もう痛くないし怖くない。君が誰かを助ける必要は、もうないから。
 月の歌は響き続ける。
 哀しき魂を葬送するため、静かに――とてもやさしく。
「カムイ、一華、リル! あの子達を助けるわよ」
「噫、サヨ。すくってみせよう」
「行けるぜ、兄貴!」
「大丈夫だよ。今から君達は助けてもらえるんだから!」
 櫻宵の呼び掛けにカムイと一華が応え、リルも紅子へと真っ直ぐに告げる。
 やがて桜花と神力、光の矢と歌声が重なった。少女の魂を貫いた力はまたひとつ、魂の欠片を浄化していく。
 紅子という存在からは少しずつ、魂が分離していた。
 羽撃く蝶は魂を包み込むように淡く光り、輝きを増す。戦いが佳境に入るのも間もなくだと感じ取りながら、一行はそれぞれに身構え直した。
 そして、救うための戦いは巡りゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

メアリー・ベスレム

ごきげんよう、哀れなアリス
奇遇ね、メアリもずうっと思っていたの
どうして誰も助けてくれないの? って

ああ、なんてナンセンスなのかしら!
苦痛も恥辱もみんな復讐のためにあったって言うのに!
助けられてしまったら台無しになってしまうじゃない?

だけれど残念。あなた達も復讐なんて望んでないみたい
助ける為にお腹を裂いて、助けを求めて問うばかり
そんな虚ろな表情浮かべ
愉しんでなんていやしない
今も変わらず哀れなアリス
獣になんてなれやしない!
だったら、せめてここで終わらせてあげなきゃね

【墓守の獣】で半獣半人の姿に変身
だけれどそれは本来の人狼じゃなくて黒妖犬の耳尻尾
「安らかな眠り」だなんてメアリにはわからないけれど
あの子達にはきっとこっちの方が相応しいと思うから

ああ、だけれどあの子達にはイヌもオオカミも変わらないかしら
獣として敵愾心を【誘惑】するよう惹き付けて
【野生の勘】で致命傷だけは避けながら反撃を
追加攻撃の激痛には【激痛耐性】耐えてみせる
確かにとっても痛いけれど、血も流れない幻だもの
復讐するには物足りない!



●復讐のかたち
 アリス、或いは紅子。
 それは救われなかった少女達の総称。
 血のように紅い頭巾を被って、人食いオオカミに喰われた誰かを救うために彷徨う女の子。その魂の集合体が此処にいる紅子という存在だ。
 メアリーは赤頭巾の少女を見つめ、軽くお辞儀をしてみせる。
「ごきげんよう、哀れなアリス」
『どうして、私は助けて貰えなかったの』
 対する紅子は会話になっていない言葉を返した。これまで彼女が何度も繰り返している嘆きの声を聞き、メアリーはくすりと笑う。
「奇遇ね、メアリもずうっと思っていたの」
『……何を?』
 すると紅子が僅かに此方に興味を示した。先程とは違う、意味のある問い掛けが向けられたことでメアリーは双眸を細める。
「それよ。どうして誰も助けてくれないの? って!」
『あなたも助けられなかった子なのね』
 そう、と呟いた紅子は肉切り包丁を軽く振った。その動作はまるでどのオオカミにやられたのかと問い掛け返しているかのようだ。
 そんな様子の紅子を、蝶の館の子供たちは助けたいと願っている。
 紅子に対して敢えて答えなかったメアリーは揚羽や紋白、紫燕をちらりと見遣った。
 今も懸命に蝶籠の結界を巡らせている彼らは、何かがひとつ違えば哀れなままのアリスになっていたかもしれない。
 しかし、今の彼らは真っ直ぐに現実を見つめている。
「ああ、なんてナンセンスなのかしら!」
 メアリーは軽く首を振り、己と彼らの間にあるものを思った。それは壁とも呼べるような感情の違いであり、意思が同じではないことを示すものだ。
 苦痛も恥辱もみんな復讐のためにあったというのに。
 目の前の少女が助けられてしまったら、すべてが台無しになってしまう。
 けれども、メアリーも紫燕達も互いの考えを忌み嫌っているわけではない。そういった思いや場合もあるのだと深く理解した上で共闘している。
 復讐は正当なものだ。
 怒りのままに少女を滅ぼすことも間違いではない。寧ろメアリーは彼等が復讐を行うことを肯定した。
 だが、そうではないことも分かっている。
 メアリーは子供たちから視線を巡らせ、紅子に眼差しを向け直した。
「だけれど、あなた達も復讐なんて望んでないみたい」
 紅子もまた、メアリーとは違う意思で動いている。
 復讐と呼ぶに等しい行動だが、知らない誰か――いるかもわからない者を助ける為にお腹を裂いて、助けを求めて問うばかり。
 そうして、自動的に目の前のものを壊すだけの存在に成り果てている。
「そんな虚ろな表情を浮かべてばかり、愉しんでなんていやしない。昔も今も変わらず哀れなアリスじゃない」
 被害者として死を迎えた少女達の魂は、今も未だ被害者として其処にいる。
 即ち、メアリーにとってのアリスのままだ。
『ねえ、どうして』
 猟師さんは来てくれないの、と呟いた紅子の影がゆらりと揺らめいた。
 その瞬間、メアリーの目の前に獰猛な獣達が現れる。それらは紅子が齎したオオカミの幻影だ。身体を食い荒らされる幻覚がメアリーに齎され、現実かと見紛うほどの激痛が走っていった。
 喰らい付かれる幻を振り払うようにして、メアリーは笑う。
「残念ね、獣になんてなれやしない!」
 ――だったら、せめてここで終わらせてあげなきゃ。
 ちいさく紡いだメアリーは幻の獣を見据え、己の力を巡らせた。痛みは激しいが、黒妖犬と同化した彼女にはそんなものどうだってよくなっている。
「今だけはメアリもあなたと同じ、犬になってあげる」
 半獣半人の姿に変身したメアリーは黒の耳と尻尾を揺らし、口の端を吊り上げる。
 刹那、墓守の獣が駆けた。
 黒い幻影を蹴散らすが如く地を蹴り、爪を振り上げたメアリーは一気に幻を割く。
「『安らかな眠り』だなんてメアリにはわからないけれど、」
 あの子達にはきっとこっちの方が相応しいと思うから。
 メアリーは自分なりの思いを以て、紅子の力を削り取っていく。すると紅子は虚ろな瞳を此方に向け、ぽつりと呟く。
『なんだ、あなたもオオカミだったんじゃない』
 紅い血を散らして悪い獣を穿っていくメアリーもまた、紅子にとっては倒すべき獣になったのかもしれない。
「そうね、あなたにはイヌもオオカミも変わらないかしら」
 メアリーは敢えて獰猛な獣として振る舞い、敵愾心を抱かせるようにオブリビオンを惹き付けていく。お腹を割くならこちら、と誘いながら身を翻していくメアリーは紅子と互角に渡り合っていた。
 その間にも、幻影の獣が襲いに来る。
 掠った爪が額を切り裂き、血が瞼や頬を伝って流れていく。他の獣に噛み付かれた腕を振り払い、激痛に耐えたメアリーは片目を静かに閉じた。
「こうした方がよく見えるわ」
 片方の瞼を閉じたまま、不敵に笑ったメアリーは紅子を見据える。確かに痛いが、これまでの相手は血も流れないただの幻。紅子自身に仕掛けていったメアリーは、一気に獣の爪を振り下ろした。
「復讐するには物足りない! だから、お返しよ!」
『――!』
 次の瞬間、爪に裂かれた紅子からひとつの魂が抜けていく。少女の魂の集合体である身体から一人が引き剥がされたらしい。
 揺らめいた魂の光は蝶の形を取り、周囲の結界にふわりと吸い込まれていく。
 その際、蝶から或る言葉が紡がれた。
『そうよ、どれだけ復讐をしても足りないの。わたしが欲しかったのは――』
 恨み続けても構わないのだと肯定してくれる、誰かの言葉。
 だから、もういい。
 メアリーの言葉と行動から、己が肯定されたと感じた魂は自ら紅子の身体から離れたのだろう。そうしてまたひとつ、オブリビオンの力が弱められた。
「それで満足したのなら、いいわ」
 消えていく魂を見上げたメアリーは少しだけ肩を竦める。
 メアリとしてはまだ足りないけれど、と口にした言葉は誰にも聞かれず消えてゆく。
 そして、メアリーは身構え直す。
 哀れなアリスとして存在する者の最期を見届け、見送るために。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジン・エラー
【甘くない】

黒幕にしちゃァ随分とカワイイ見た目してンじゃねェの、エェ~~~?
歳もまァ~~~~お前らと変わらねェぐらいだな。
ア?一緒にすンなって?
バァ~~~~~カ。ガキのナリしてりゃ変わらねェよ。
ただ────あァ~~~、そうだな。
お前らは弱ェ。
そンでもって、弱ェ癖に助けてくれと来たモンだ。
まして、アイツをねェ~~~。
腕も膝も震わせてよォ~~~~、ほら、しっかり構えろ。力は抜いてな。
そう気張りすぎンなと軽く叩いて

弱ェのに、立ち向かう気骨がある。
自分で立った勇気がある。
──だから、オレが救ってやるよ。

オイ紋白ォ~~~~~~!しっかり見てろ。
"助ける"なンて生半可なモンじゃねェ
"救ってやるよ"。
お前らも、アイツも。
しっかりその目に刻ンどけ。
そンで忘れンな。

オレたちの救いを。

示し合わせる所作も、掛け合う言葉も要らず。
凛然と桜鬼と隣立って

煌々燦然。蹂躙するは無慈悲の光。
遍く全てを救う光は、桜を伴って。
眩さと、慈愛を増す。


千桜・エリシャ
◎【甘くない】

こんなに幼い女の子が犠牲になっていたなんて…
いいえ、あなた達は悪くない
できる最善を尽くしたのですから
ちゃんと救えた方々がいることを忘れないで
それを誇りに思って
私たちも今できる最善を尽くしましょう

まったくジンさんったら口が悪いのですから
紋白さんにそっと耳打ちして
ね?ジンさんって格好いいでしょう?
見直したかしら?
ふふ、でも本人には秘密ね
私もがんばりますから
ちゃんと見ていてくださいまし

墨染の刃を抜き放ったならば
聖者の隣に立つ
言葉はいらない
だって、やることなんてわかりきってる
彼の光を伴って斬り込みましょう

死霊の蝶たちで惑わすように攻撃を相殺しつつ
桜の花弁を目眩ましに接近して切り合いましょう
悪い狼は此処にはいないの
皆、あなたのことを救おうとしているのよ
じわじわと魂を捕食するように生命力を吸収して
UCを封じてしまいましょう
紋白さんたちに攻撃が及びそうならば
和傘を開いてオーラ防御で護りましょう

奪うだけだった私が誰かを救うだなんて
笑われてしまうかしら
…それでもいいわ
あなたと一緒にいたいから



●救済と桜彩
 虚ろな紅い瞳には何も映っていない。
 恨み、無念、苦痛。そういった感情しか見えない空虚な表情をした少女。紅子と呼ばれるそれは、獣に襲われて命を落とした少女達の魂が集った怨念の塊のようなものだ。
「こんなに幼い女の子が犠牲になっていたなんて……」
「黒幕にしちゃァ随分とカワイイ見た目してンじゃねェの、エェ~~~?」
 エリシャは少女の様相に対して僅かに戸惑い、ジンは無遠慮にその姿をじろじろと見つめている。肉切り包丁と解体道具を持っている紅子は、ジン達からの視線に何の反応も見せない。どうして、と呟くだけだ。
「……救えなかった子は、たくさんいるんです」
 すると後方から紋白の声が聞こえた。
 獣狩りの蝶として活動していた時分、被害者を出してしまったことがある。保護が間に合わなかったり、駆け付けた時にはもう食い殺されていたこともあったという。
「歳もまァ~~~~お前らと変わらねェぐらいだな」
 ジンは紅子と紋白を交互に見比べ、成程な、と言葉にした。
「……」
「いいえ、あなた達は悪くない。できる最善を尽くしたのですから」
 無言の紋白に首を振り、エリシャは優しく語りかける。
 全てを救えていたら紅子という存在は生まれず、マダムもああならなかったのかもしれないと考えていたのだろう。しかし、そうではないことをエリシャは主張する。
「ちゃんと救えた方々がいることを忘れないで」
 それを誇りに思って欲しい。
 だからこそ自分達も今できる最善を尽くすのだと伝え、エリシャは子供たちを守る布陣についた。対するジンは片目を閉じ、オブリビオンとの間合いを計っている。
「あの子と私達は違います。……マダムに助けてもらえたから」
「ア? 一緒にすンなって? バァ~~~~~カ。ガキのナリしてりゃ変わらねェよ」
 紋白の言葉を聞きつけたジンはどちらも似たもの同士だと語った。
「見た目で決めないでくださいっ!」
「ただ――あァ~~~、そうだな。お前らは弱ェ」
「……!」
「ああ、確かにそうだ」
「落ち着いて紋白。僕達は結界に注力するよ」
 ジンが言葉にしたことに対して、三人の子供たちがそれぞれの反応を返す。光の蝶籠結界を途切れさせてはいけないとして、紋白は力を紡ぎ直していった。
 その姿を見遣り、ジンは更に言葉を続ける。
「そンでもって、弱ェ癖に助けてくれと来たモンだ」
「まったくジンさんったら口が悪いのですから」
 エリシャが少しだけ口を挟んだが、彼を止めることはしない。何故ならエリシャにはジンが何を言いたいか分かっているからだ。
 ジンは他の猟兵が紅子を相手取ってくれている間に、紋白の傍に歩み寄る。揚羽と紫燕は平静を取り戻しているが、紋白はまだ強がりの中に怯えを隠していた。
「まして、アイツをねェ~~~。腕も膝も震わせてよォ~~~~、ほら、しっかり構えろ。力は抜いてな。そう気張りすぎンな」
 そう言ってジンは紋白の肩を軽く叩いてやる。
「え……」
「いいか、弱いのは悪くねェ。それに弱ェのに、立ち向かう気骨がある」
「……ジン?」
 紋白は面食らった様子でジンをじっと見つめている。同時にそれまで張り詰めすぎていた彼女の雰囲気が若干、柔らかくなっていった。
「現に自分で立った勇気がある。だから、オレが救ってやるよ」
 そうして、ジンは子供たちの前に立つ。
 声は凛とした響きを宿しており、その背中からは決意が感じられた。ジンにいとおしげな眼差しを向けたエリシャはそっと紋白の傍につき、耳打ちをしていく。
「ね? ジンさんって格好いいでしょう?」
「ジンのくせに……ううん、ジンだからなのでしょうか」
 かっこいい、とぽつりと呟いた紋白はエリシャにぎこちない笑みを返した。少し無理をしていても笑えるようになったならそれでいい。ふわりとウェーブした少女の白い髪を撫でたエリシャは、大丈夫だと静かに伝えた。
「見直したかしら?」
「ああいう人だから、エリシャさんはジンが好きなんですね」
「ふふ、でも本人には秘密ね」
「はい、約束です」
 これまではどうしてエリシャが傍若無人に見える彼の傍にいるのか分からなかったけれど――今なら解る気がする、と話した紋白は頷く。
 微笑みを返したエリシャは此処で決着を付けることを誓った。
「私もがんばりますから、ちゃんと見ていてくださいまし」
「はい!」
「オイ紋白ォ~~~~~~! しっかり見てろ」
 其処にジンからの呼び掛けが響く。勿論です、と答えた紋白は結界の維持と援護の蝶を巡らせる準備に入っていた。
「『助ける』なンて生半可なモンじゃねェ。『救ってやる』よ」
 お前らも、アイツも。
 此処にいる全ての者に、届く光を。
 ジンは周囲を見渡し、紅子や猟兵、子供たちに宣言していく。
「しっかりその目に刻ンどけ。そンで忘れンな」
 ――オレたちの救いを。
 ジンの瞳がオブリビオンの少女を映した瞬間、彼が宿す聖痕から光が溢れた。燦然と輝く救いの光は周囲を目映く照らしていく。
 彼の隣には墨染の刃を抜き放ったエリシャが凛然とした構えを取っていた。
 桜鬼と聖者。双方の間に言葉は要らない。
 掛け声すら必要がないのは、これから互いが成すことが分かりきっているからだ。
 ジンの光が戦場を満たす最中、エリシャは眩さと共に斬り込みに駆けた。伴う死霊の蝶の動きで以て紅子を惑わせれば、一瞬の隙が出来る。
 紅子も二人の動きに対して幻影を作り出した。
 しかし、エリシャに飛び掛かろうとしていた幻獣はジンの光によって掻き消される。それでも紅子は二体目、三体目と獰猛な獣を解き放っていく。
 それは闇だ。
 獣に食い殺された少女が獣そのものを使うなど皮肉でしかない。先程に戦った煙の狼こそが仇だというのに、あのように従えてしまったことも狂気でしかなかった。
 されど、どんな形でも闇であるならばジンの力が作用する。
 エリシャは一度だけ瞳を伏せた後、幻影の獣の一閃を刃でいなした。
 その際にふわりと舞うのは美しい桜の花弁。花を目眩ましにして、ひといきに紅子に肉薄したエリシャは真正面から刃を振り下ろした。
 甲高い金属音が響き、肉切り包丁と墨染の刃が拮抗しあう。間近で鍔迫り合う紅子とエリシャは言葉を交わしていく。
『ほら、やっぱり猟師さんは来てくれない』
「そうでしょうね。だって、悪い狼は此処にはいないの」
『みんな、みんな助けてくれない』
「いいえ。皆、あなたのことを救おうとしているのよ」
『嘘よ。知ってる? オオカミって嘘つきなの』
 紅子は虚ろな瞳に憎悪を映していた。エリシャはその魂を解放するためにじわじわと捕食するように生命力を吸収してゆく。
 はっとした紅子は包丁を切り返し、エリシャから離れるように地を蹴った。
 だが、後退した少女の背後に光の蝶が現れる。紋白達の援護だと気付いたエリシャは双眸を緩やかに細めた。
 そして、エリシャもくるりと身を翻す。
 それと同時に花時雨の和傘を開けば、ジンが更なる光で戦場を満たした。桜花が舞い、聖なる輝きが少女の魂を包み込んでいる。
「ジン、エリシャさん! 私の力を使ってください!」
 そのとき、後ろから紋白の声が響いた。ひらりと舞い降りた霊体の蝶々がエリシャとジンの肩に止まる。光の粒となって二人の周りに解けて消えた蝶々は、対象の力を増す能力だったようだ。
 援護の力は僅かでも、エリシャ達にとっては心強いものとなった。
 紋白の眼差しは強い。
 ジンの言葉を真っ直ぐに受け、エリシャの戦いをしっかりと見ているからだ。
 自分達を信じてくれている子がいる。それだけではなく、すべてを託してくれていることが心をあたたかくしてくれた。
「奪うだけだった私が誰かを救うだなんて――」
「笑わねェよ、誰も」
 エリシャが不意に落とした呟きにジンが言葉を重ねた。笑われてしまうかしら、と紡ごうとしたエリシャの気持ちを察していたらしい。
 彼はお見通しだったのだと知り、エリシャはちいさく首肯した。
 たとえ彼以外の誰かに何を思われたって構わない。
「……それでもいいわ」
 あなたと一緒にいたいから。
 エリシャは華の蝶を嵐の如く舞わせ、死霊の蝶を解き放った。ジンの聖痕から放たれる光を浴びた蝶々達は紅子の周囲を優雅に飛ぶ。
 刃を黒に染めてきた闇すら消し飛ばすほどに、ジンの光は然と耀く。一瞬だけ視線を交わしたエリシャとジンは斬撃と聖光を巡らせていった。
 煌々と燦然と、闇を蹂躙するは無慈悲の光。其処に重ねられるのは桜の一閃。
「あなたの魂を斬り離してさしあげますわ」
 この昏い世界と憎悪から。
 エリシャが振り下ろした一撃によって、数多の桜が舞い上がる。
「――オレ達が、必ず救う」
 その瞳に、その心に焼き付けろ。
 真っ直ぐに紅子に告げたジン。遍く全てを救う光は、蝶と桜を伴って弾けた。光は眩さと共に慈愛の力を増していき、そして――。
 蝶の館に、救いに繋がる光の路が形作られた。
 隣同士、互いを想い合う二人は少女の魂がゆっくりと乖離していく様を見守った。
 光が齎す救いの結末。それは間もなく訪れる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜
◎◎◎
あれ
初対面ですよね?

それなのに既視感がある
幼い頃の僕に似ている
性別も見目も見事に正反対なのに
まるで自分自身と対峙しているように思えてならない

それはきっと、私も逃げ切れなければ貴女になっていたからでしょうね
喰われたか否かという些細な違いでこうも結末が変わるとは
嫌ですよねえ、運命とかいう得体の知れないやつは

三人を守る為の赤い蜘蛛の巣を張り巡らせ、目眩しも兼ねた花弁を一帯へ舞い散らせます
蝶が舞う世界の中で蜘蛛の異形になるなんて嫌われそうで嫌でしたが
三人を守る為なら、これ以上殺させない為なら止む無しです

この死を救いとして受け入れてくれるのならば
三人の生み出す蝶が導く方へ、真っ直ぐ昇って行って下さい
そうすれば狼なんて存在できない世界へ辿り着けるはずです

でも、狼が齎す二度目の死を受け入れられない魂がもしもいるならば
もしもどれ程の月日が経っても怨みが微塵も晴れないならば
いつか私の腹を割いて出てきてくれても構いませんよ
しかしその時は有無を言わさず、このハレルヤが責任持って地獄へ一緒に連れて行きます



●Rotkäppchen
 言いつけを守らなかった女の子は悪いオオカミに食べられてしまいます。
 駆け付けた猟師によってオオカミのお腹は割かれ、女の子は助け出されました。
 オオカミは退治されて、赤頭巾の物語はめでたしめでたしで終わったけれど――。
 ここに猟師さんは来てくれません。
 もうオオカミは死んでしまいました。
 食べられた女の子がどこにいるのかも分かりません。どうして誰も助けてはくれなかったのでしょうか。
 わたしたちのハッピーエンドは、どこにあるの?
 私を、わたしを、あたしを。

 ――誰か、たすけて。

●夜の蜘蛛と赤頭巾
 激しく続く戦いの最中。
 晴夜の身は今、骨と紅い蜘蛛の糸で構成された真の姿となっている。普段は凛々しく揺れている尾は隠れ、半身は蜘蛛の脚に変貌していた。
 糸が絡む手には悪食の刀が握られており、これまで幾度も斬撃が繰り出されていた。
 そんな中で、肉切り包丁を握る少女から妙な感覚が流れ込んでくる。
 叫びや懇願。そういった思いが重なる刃越しに伝わってきた気がした。それまで振るっていた刃を切り返した晴夜は紅子を見つめ、軽く首を傾げる。
「あれ、初対面ですよね?」
 獣に喰われた少女の魂の集合対である紅子。彼女と対面したのはこの場が初めてのはずだった。しかし、晴夜には既視感がある。
 ふと思えば、この蝶の館に来てからも妙な感覚があった。確かあれは揚羽と会話していたときのことだ。
 ――あの紅い頭巾の子に因縁があるのか?
 交わした会話の中で揚羽にそう聞かれたとき、晴夜は否定しなかった。何も因縁などないのだと答えてもよかったのだが、どうでしょうね、と曖昧に答えていたのだ。
 その言葉は無意識のものであり、何か含みを持たせていたわけではない。
 だが、晴夜は理解した。
 似ている。幼い頃の自分の姿と、紅子という存在が重なってしまう。
 喰われる運命にあったかもしれないこと。
 狼という存在に半ば囚われていること。
 性別も見た目も、髪の色までも見事に正反対であるというのに、まるで自分自身と対峙しているように思えてならなかった。
 過去からの確固たる因縁はないが、双方は似通った者同士だ。
 それゆえに晴夜もシンパシーめいた感情を抱いたのだろう。悪食の刃を構えた晴夜の脳裏に、不意に白百合の花が思い浮かんだ。
 血で紅く染まった花の色と、目の前の赤頭巾が纏う紅もまたよく似ていた。既視感、もとい親近感にも近い思いを抱く理由は晴夜にも分かっている。
 それは、きっと――。
「私も逃げ切れなければ貴女になっていたからでしょうね」
 もし、故郷でもある彼の街から逃げていなければ。誰もいなくなった街でたったひとりだけ食べ残されていたとしても、いずれは喰われていたかもしれない。
 晴夜はあり得たかもしれない可能性を考え、肩を竦めた。
「喰われたか否かという些細な違いでこうも結末が変わるとは」
 かたや人狼。かたや赤頭巾。
 正反対に伸びた路の先に進んだもの同士、辿ったのはあべこべな物語。
 生き延びた狼は褒められるために人を救い、戦う。
 助けられなかった赤頭巾は狂い、歪んだ正義のままに人を殺める。
 決められた物語の枠を越えた両者は今、こうして対峙している。晴夜と紅子の視線が交差した時、双方が一気に床を蹴った。
「嫌ですよねえ、運命とかいう得体の知れないやつは」
『オオカミ。あなたは悪いオオカミね』
 晴夜の言葉には答えず、紅子は彼の獣耳を見遣る。間違ってはいませんよ、と晴夜が返答したことで紅子の眼差しが強くなった。
 刹那、肉切り包丁と妖刀が真正面から衝突する。
 刃と刃が重なり、甲高い音が部屋に響き渡った。一瞬だけ刃が離れたかと思うと再びそれらが振り下ろされ、ぶつかりあう衝撃で火花が散る。
 晴夜の背には、結界を張り続ける三人の子供たちがいた。
 揚羽に紋白に紫燕。
 彼らに刃が向けられないように守り続けている晴夜は、これは好機だと感じた。自分が人狼であることで、紅子に倒すべきオオカミだと認識されたことは幸いだ。
 自分が動ける限りは相手の目を引き付けられる。
 他の仲間も子供たちを守ってくれているので随分とやりやすい。それに加えて、晴夜は三人を守る為に赤い蜘蛛の巣を張り巡らせていた。
 蜘蛛は蝶を捕食するものだが、今は違う。美しい羽撃きを護るべくして巡らされた糸には晴夜の思いが込められていた。
 寧ろ、絡め取るのはあの赤頭巾の方。
 魂が宛もなく現世を彷徨っているばかりなら、在るべき場所に戻してやるか、或いは捕らえてしまう方が良いに決まっている。
 晴夜は目眩しも兼ねた花弁を舞い散らせ、戦場に紅い軌跡を描いた。
 蓮の花が紅子の周囲に巡る中、子供たちが遣わせている霊体の蝶が舞う。綺麗な蝶が舞う世界の最中で、蜘蛛の異形になる選択は已むを得ないもの。
 やはり蜘蛛は蝶の天敵。嫌われそうでいやな気持ちもあった。しかし、三人を守る為なら――そして、これ以上の命を奪わせない為ならば躊躇ってはいられなかった。
「このハレルヤにも意地がありますので」
『ハレルヤ? 悪いオオカミに似つかわしくない名前ね』
 それとも悪い蜘蛛かしら、と口にした紅子は肉切り包丁を大きく掲げる。
 晴夜に向けられた刃は腹部目掛けて振り下ろされていく。
『そのお腹の中、見せて』
「残念ですが、割いても何もありませんよ」
 肉薄した紅子の一撃が晴夜を割こうとした。一閃を避けきることは出来なかったが腹部への直撃は避け、晴夜は即座に身を翻した。糸が斬り裂かれ、露出した骨伝いに重い衝撃が伝わってくる。
『……本当に、空っぽ』
 紅子は千切れた紅い糸と腹の骨を見遣った。
 晴夜の言葉が本当だったと知り、僅かに動揺しているようだ。どうして、と呟いた紅子は身構え直しながら首を横に振る。
『でも、猟師さんは来てくれないから――』
 その言葉が紡がれた途端、晴夜や他の猟兵に向けて幻惑の獣が解き放たれた。
 獰猛な獣が現れたかと思うと、それらは晴夜達の身体を食い荒らそうとしてくる。幻であるというのに、現実かと見紛うほどの激痛が走った。
 獣に齧られた幻覚を視せられている晴夜は、ああ、と小さな声を零す。
 喰われるのは、こんな気持ちなのだろうか。
 痛くて苦しくて、何故か冷たい。
 あの街の人々は恍惚としていたが、晴夜にとっては心地好いものではなかった。何より相手が獣だというのがよくない。それに捕食する側である狼や、蜘蛛が捕食される側に回るのもナンセンスだ。
 激痛が巡り続ける中、晴夜の頭に誰かの声が響いた。
 ――あなたを食べて良いのは、私だけ。
 聞き覚えのある声にはっとした晴夜は声を裡に押し込め、首を振る。
「まだ誰にも食べられませんよ、ハレルヤは」
 痛みと幻覚を振り払っていくかのように紅い百合が晴夜の周囲に咲き誇った。どうやら、他の猟兵もほぼ同時に幻覚を消し去ったようだ。
 幻惑が祓われたのだと気付いた紅子は唇を噛みしめる。
『狼なんて大嫌い』
 忌々しげに言葉を紡いだ紅子は、自身の赤い頭巾を脱ぎ捨てた。彼女の身体がゆらりと揺らめいたかと思うと、その姿が血塗れの少女のものになる。
 一瞬ごとに顔立ちが変わり、影が幾つも重なった。おそらくそれは紅子の身体を構成する少女達ひとりひとりのものだろう。
 まさにそれは被食者達の怨念が渦巻く悪霊。
 廻る戦いの中で一体ずつ、猟兵達が魂を削いでいるが――恨みや悲しみを募らせた魂はまだ多く、其処にいる。
「これがあなたの……いえ、あなた達の思いですか」
『悪いやつは、倒さなきゃ』
 力を増した紅子は晴夜に狙いを定め、解体道具を振り上げた。
 誰か助けて。
 誰も助けてくれない。
 叫びのような怨念と共に包丁が振るわれ、解体具が晴夜を捉えようとした。右腕を道具によって挟まれた晴夜の動きが阻まれる。しまった、と晴夜が感じた次の瞬間には、血を纏った肉切り包丁が振り下ろされていた。
 骨すら断つような鋭い衝撃が晴夜の身に響き、先程以上の激痛が巡る。
「晴夜さんッ!」
「駄目です、もう誰も……」
「殺させない!」
 痛みに耐えた晴夜の後方から子供たちの声が響いた。その瞬間、光を纏う蝶籠の結界が目映いほどに輝きはじめる。
 それは子供たちの――獣狩りの蝶の力が巡っていく兆しだった。

●紫燕の気持ち
「もういい、大丈夫だよ。君が誰かを助けなくてもいいんだ!」
 紫燕は少女の魂に向け、思いを叫ぶ。
 皆に力を与える援護の霊蝶を舞い飛ばした少年は、心を強く持った。復讐したいという気持ちは三人の中で紫燕が一番よく知っている。
 館の中でメアリーに問われたことが紫燕の裡に巡っていた。
 復讐がしたい。
 そういった気持ちも間違いではなく、否定されるばかりのことではないとメアリーがその身を以て示してくれた。だが、それだからこそ紫燕は気付くことが出来た。
 それにルーファスも言っていた。
 どうなりたいのか、どうしていきたいのか。
 自分で決めたら、手伝ってくれるのだと示してくれたのがルーファスだ。
「僕らの使命は最初から分かってた」
 マダムの教えも、猟兵達の気持ちも全部受け取って進む。猟兵から渡された血に濡れたパーカーを抱いている紫燕。彼は真っ直ぐに猟兵と紅子を見つめる。
 決意した紫燕が解き放った蝶は、優しい緑色の淡い光となって戦場に広がった。

●紋白の心
「助けられなくて、ごめんなさい。だけど今こそ……あなた達を助ける時です!」
 続けて紅子に呼び掛けたのは紋白。
 紋白はマダムの惨状にひどく心を痛めていたが、それゆえに少女の魂の痛みも深く理解していた。紋白は自分に声を掛けてくれた人々を思い、掌を強く握る。
 アウレリアはマダムの願いについて何度も語りかけてくれた。マダムの真の思いについて紋白は悩んでいたが、やっと分かってきた気がする。
 椿が言ってくれたのは、皆が同じようにマダムに愛されていたということ。どうしたいかと問い掛けてくれたことで考える余地を知った。
 たからも、彼女が自分達のお母さんだったことを改めて教えてくれた。もしひとりきりであったらマダムの後を追うことも考えていたかもしれない。
 しかし、未夜だってあのように話してくれた。故人が生きていた証は、自分達が生き続けることで示される、と。
 それだけではなく、たからと未夜はマダムの体も取り返してくれた。死を越えた残酷な仕打ちとして終わらなかったのは、二人が決死の覚悟で行動に移ってくれたからだ。
 それに――。
「私も、いつか誰かと……素敵な人と支えあえるようになりたいです」
 紋白はエリシャとジンを見て、遠い未来を思った。
 生き続けなければ成せないことがある。まずはきょうだい同士で手を取り合い、未来に進む。それを考えさせてくれたのがあの二人だ。
 蝶の温室で聞いたリルの歌は美しかった。蝶を見ることしか出来ていなかった紋白に真っ直ぐな瞳を向けてくれた一華の思いも嬉しい。紡いでくれた歌に心を解き解され、家族を思う心を改めて懐うことが出来た。少しでも誰かの力になれたことが紋白に自身と気力を齎してくれた。
「だから、私は……私達は、あなたを救って先に進みます!」
 紋白が巡らせた霊体の蝶は穏やかな青い光を放ち、戦場を彩っていく。

●揚羽の思い
「そうさ、現実には全てを救えるヒーローなんていない。だけど、それでも……!」
 とても苦しげに、それでいて力強い言葉を投げかけたのは揚羽だ。
 護りの蝶籠結界を発動させ続けている揚羽の疲弊は深い。しかし、傍についている紋白と紫燕の存在が揚羽を支えていた。
 それに、揚羽の心の内には館で話した人々の言葉や思いが巡っている。
 ひりょは真剣に思いを伝えてくれた。
 縁もゆかりもなかったはずの揚羽達やマダムのことを考え、自分もその思いを継ぎたいと願ってくれたのがひりょだ。
 共に戦ってくれること、寄り添うように心を預けてくれたこと。
 梓から受けた思いも揚羽にとっては心強いものだ。己の心のまま在れるようにと願ってくれた梓の心は揚羽にしっかりと伝わっている。労るように背を撫でてくれたあたたかさは、忘れられない。
「俺達はお前を救う! 傲慢だって言われても、そのままにはしておけないから!」
 揚羽は強く宣言した。
 櫻宵とカムイを見ていて思ったことがある。二人の絆は見ているだけでもよく伝わってきていた。絆を繋ぐことで強くなれるなら、自分もああなりたい、と。
 それに晴夜の言葉は特に胸に響いた。
 大人とは無条件で子供の幸せを願うもの。
 今はまだ子供でも、いつか大人になったらそうなりたいと思わせてくれた。
 揚羽が力を覚醒させられたのも、館に訪れてくれた人々が掛けてくれた言葉や思いのお陰だ。そうして今、救いたいと願う心は眩き光となった。

 凛とした赤い光となった蝶が宙に舞う。
 紫燕の緑の光、紋白の青い光、揚羽の赤い光。
 それぞれに三つの彩を宿した蝶々は優しく飛び、やがてひとつに重なり――マダムが嘗て扱っていたという白き蝶を思わせる光となる。
 そして、純白の輝きが戦場を満たした。

●白き蝶と紅き意思
 魂の蝶が織り成す光が真白に染まった。
 癒やしと補助、護りの効力が強くなったことで、晴夜は薄く笑む。あの光は哀しき運命を辿った少女達の救いとなる。そのように感じたからだ。
 死は救いでもあると誰かが言っていた。
 無論、晴夜とて全てが救済であるとは思っていない。現に目の前の魂は死が悲哀を呼び、あのような形になってしまっている。
 けれど、もしも――晴夜が齎すこの死を救いとして受け入れてくれるのならば。
 三人の生み出した光を示し、晴夜は紅子に語りかけた。
「蝶が導く方へ、真っ直ぐ昇って行って下さい」
 そうすればきっと、悪い狼など存在できない世界へ辿り着けるはず。既に魂の幾つかは紅子から分離していて、蝶の形をした霊となって蝶籠の外に出た。
 恨みを持ったまま魂になったものもいるようだが、それもまた個々の選択だ。
 己で選んだのならば、間違いではない。
 そのことを識っている晴夜は一気に紅子へと斬り掛かった。刃が蝶の光を受けて煌めき、純白を映す。それによって紅子の魂は徐々に分離していく。
 数多の魂が蝶の形に変わっていくそのとき、紅子がそっと口をひらいた。
『もう、何もしなくていいの?』
「救われていいんですよ。これだけの人があなたの為に集ったのですから」
『そう……』
 そうして、救いたいという思いを受けた魂は浄化されていく。
 だが、中にはそうではない魂もある。
 晴夜は背に咲く蓮の花を舞わせ、足元に赤い百合を咲かせていった。そして、彼は赫に染まる瞳を紅子の形を保っているものに向ける。
「分かっています。全ての感情が晴れるわけがないことも。ですから――」
 狼が齎す二度目の死を受け入れられない魂に向け、晴夜は手招きをした。紅子という形から離れられてないでいる魂は誘われるように晴夜に歩み寄る。
 肉切り包丁と解体道具は取り落とされていた。脱ぎ捨てられたままの赤頭巾も血溜まりの中に沈んでいる。
 その光景を見守る誰もが、紅子に戦う力が残っていないことを悟っていた。
 そして、紅子は晴夜の胸にそっと寄り掛かった。
 空洞の腹。骨だけの胸元。蝶を絡め取るような赤い蜘蛛の糸。晴夜の全てに身を委ねるようにして、紅子は目を閉じた。
「それでいい。もしも、どれ程の月日が経っても怨みが微塵も晴れないならば――いつか私の腹を割いて出てきてくれても構いませんよ」
『ありがとう……。私の恨みも、無念もまだ晴れないけれど、あなたとなら……』
 紅子はまるで兄や父に縋るかのように晴夜に身体を預けた。
「ええ、ハレルヤは懐が深いですからね」
『ハレルヤ。その名前は、どういう字を書くの?』
「字? 晴れた夜という文字ですよ」
 紅子から問われたことに首を傾げながら晴夜はそのままを告げる。すると紅子は目を閉じたまま語った。
『……私の闇を、暗い夜を晴らしてくれるヒト、ハレルヤ』
 あなたの名前を覚えておくから、と言葉にした紅子は、其処ではじめて――花が咲くようにふわりと笑った。
 やがて、蝶の形となった紅子は解け消えるように晴夜の腕の中に消えていく。
 救われた魂は光る蝶になって天に飛んでいった。
 まだ救われきっていない魂は晴夜が受け入れ、その身に宿らせる。紅い百合の花も蝶々を迎え入れるように静かに揺れていた。
 たとえ、この怨念の蝶が晴夜から離れずとも構わない。されどもしそうなったならば、有無を言わさず――。
「このハレルヤが責任持って地獄へ一緒に連れて行きますよ」
 狼でもあり、蜘蛛でもある己が。
 そういって晴夜は静かに口端をあげ、魂の蝶が宿った胸元に掌を添えた。
 魂は蜘蛛に囚われた蝶の如く。
 されど、晴夜自身は魂を喰らう心算はない。いつか深い夜のような無念が晴れて、蝶が羽撃く時が訪れるのかもしれないのだから。
 そうして、紅子と呼ばれた少女達の魂の概念はその場から消えた。
 助けて欲しいと願ったがゆえに、救われたもの。復讐の念を抱いたままで在り続けたもの。救いを求めて共存を選んだもの。
 その全てを護り、導くようにして白い蝶が光の鱗粉を散らしていく。
 それはまるで、懸命に戦った皆に捧げられる労いと慈愛のように降り注いでいった。

●想いと未来
 しんと静まり返った部屋に平穏が訪れる。
 所々に戦いの跡は見えたが、汚れた床以外に荒れた形跡はなかった。魂の蝶はゆっくりと消えていき、蝶籠の結界も淡い光となって収まっていく。
「終わった……のかな?」
「メアリ達の勝ちね。あの子達もそれぞれが好きな道を選んだみたい」
 警戒を解いたひりょが周囲を見渡すと、メアリーが頷く。魂の蝶となった紅子達の軌跡を見送るメアリー達は、これもまた終わりのひとつだと納得した。
 世界には数多の物語がある。
 その中のひとつに、赤頭巾が狼によって救われるものがあったっていいはず。
 アウレリアは紋白達の様子を気に掛け、梓も蝶の形になった魂は救われたのかを考えていく。きっと、救いとは唯一の事象を示すものではない。
「安息は得られただろうか」
 痛んでいた傷は蝶の癒やしによって治癒していた。
 浄化の道を受け入れるのも、復讐のために在り続けることを選ぶのも自由だ。
 息を切らせた紋白はその場にへたりこんでいた。アウレリアはその傍につき、大丈夫かと問いかける。
「よく頑張りました。少し休んでくださいね」
「ありがとうございます、アウレリアさん。それに皆さんも……」
 紋白は弱々しいながらも微笑み、こくりと頷いた。その姿を見守っているのはジンとエリシャだ。短い間であっても紋白と心を通わせた二人は、娘や妹のように彼女のことを大切に思っている。
「見てたか、紋白よォ~~~」
「勿論です。でも私達の力もジンに負けてませんでしたよ!」
「そうですわね。三人の光が重なった瞬間、マダムの姿が見えた気がしましたもの」
 ジンが双眸を細めたことで、紋白が強く言い返す。その様子を優しく見つめていたエリシャも、戦いの最中のことを思う。
 子供たちの蝶が放つ光が重なった時、確かに誰かの姿が見えた。紋白はほっとした様子を見せ、とても嬉しそうに目を細める。
「そっか……エリシャさん達にも見えていたんですね」
「マダムの力が感じられたのは、たからさんと未夜さんのお陰、かもね」
 すると、紫燕が最大の恩人達に目を向けた。少年の腕には未夜が脱いでマダムの遺骸を包んだパーカーが抱えられている。
 ルーファスはそんな紫燕の頭をぽんと撫でてやった。
「偉かったな」
 完全なハッピーエンドではないかもしれないが、それでもいい。皆が前を向いているということもまた良き終わりへの道だ。
 結末に至る過程は残酷ではあったが、たから達が大切なものを取り戻したことで子供たちに秘められていた完全な力が発現したのだろう。
「未夜、やりましたね」
「たからが居たからだよ。それに、皆も」
 未夜達は共に戦った仲間にも感謝を抱いた。リルと一華はたから達の視線を受け、そうっと頷きを重ねる。
「紅子達も自分の道を選んだんだな」
「うん、救いの道っていうのはひとつじゃないんだね」
 一華は紅子達の魂が解放されたことを喜び、リルも小さな歌を魂達に捧げた。その歌声を聞き、櫻宵とカムイも光の残滓を見つめる。
「母の愛は強いのね、本当に」
「噫。サヨへの愛だって――」
 カムイは櫻宵に何かを言いかけたが、それ以上の言葉は紡がなかった。今はマダムの愛の形を思おうと決めたカムイは、部屋の中を舞う白い魂の蝶に目を向ける。
 紫燕、紋白、そして揚羽。
 三人の周囲をふわふわと飛び、肩や頬に触れていった蝶々はきっとマダムの魂の化身とも呼べるものに違いない。
 元の人狼の姿に戻った晴夜は尾を軽く振り、揚羽の傍に歩み寄った。
 揚羽は力を使いすぎてくたくたになっていたが、その表情には力強さが感じられ、瞳の奥にも未来への想いが宿っているように見えた。
 彼はこれから、獣狩りの蝶として妹と弟を導いていくのだろう。
 現実世界では学校に進学、今後の働き方など難しいこともある。しかし、UDC組織や猟兵との縁が出来た今、子供たちが社会的に困ることもないだろう。組織も彼らが存続を望むのならば悪いようにはならないはずだ。
 前途が多難ではないとは言い切れないが、子供たちには未来がある。
 揚羽は晴夜や猟兵に礼を告げ、或ることを語り始めた。
「マダムが最期に遺してくれたこと、分かったよ」
「あの聞けなかった言葉ですか?」
「ああ、マダムは確かにこう言ってくれてた」
 自分達を危機から逃してくれた夜、マダムは最期の最後に強く呼び掛けていた。あの日には分からなかったが、魂が還ってきた今なら理解できる、と。
 なんと言っていたか教えてください、と晴夜が問うと揚羽は思いを噛み締めるようにして、マダムの言葉を声にした。

『どうか、どうか皆――幸せに、生きて』


●紅と胡蝶と狼と
 こうして、赤頭巾と狼の物語はひとつの終わりを迎えた。
 数多の魂と蝶は救われ、其々が共に往く未来が繋がる。此処から彼らが、或いは彼女達がどのように進んでいくかは、また別の物語となる。
 天国に導かれるのか、地獄に道連れとなるのか。
 現世を歩み続けるのか、幽世を目指していくのか。それもまた、その人や魂の選択次第で変わっていく。
 そんな中でひとつだけ変わらないことがある。
 それは猟兵達の力によって、子供たちに希望が与えられたということ。

 蝶々は舞う。
 未来を導き、美しく羽撃く翅には――無限の可能性が秘められている。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年11月20日
宿敵 『紅子』 を撃破!


挿絵イラスト