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烟月

#サムライエンパイア #戦後 #【Q】 #宿敵撃破

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#【Q】
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●月に叢雲、焔に風
 秋が深まりゆく或る夜のこと。
 その里では年に一度の月見の祭がひらかれていた。
 村の通りでは月見のために用意された串団子や焼き団子の屋台が並び、大人には祝い酒、子供にはあめ湯もしくは冷やしあめの飲み物が振る舞われる。
 人々が向かうのは芒がそよぐ平野。
 風になびく穂は月光を受け、ささやかながらも美しく輝いていた。
 草木をさやさやと揺らす秋の風を受けながら、それぞれに月見を行うのがこの夜の楽しみ方だ。芒の野に好きなものを持ち寄って賑やかに宴会をする者もいれば、ひとり静かに月を眺める者もいる。
 夜が更けるまで月夜を楽しみ、これからの季節の豊穣を願う。
 今夜も例年と変わらぬ、平穏な日であるはずだったのだが――今年だけは違った。

 里の者達の殆どが帰路についた真夜中。
 芒の野に陽炎が揺らぎ、その中心から人ならざるものが現れた。
 赤の装飾が印象的な黒衣に身を包み、炎が燃え盛る火車を背負った女は、里の様子を見遣る。その傍には骨の獣が控えており、剥き出しの牙をかたかたと揺らしていた。
「おやおや、楽しそうな祭が行われていたようだ」
 天の月を軽く仰ぎ見た女――否、ばけものは薄く嗤った。
 一見は人のように見えるが、彼女は人や獣の死体を食らうとされる妖だ。情念と恨みの化身であるそれは、常に戦いや争いを求めている。そして、人の希望を感じ取ればそれを焼きに往くというおそろしい存在である。
「どれ、此度も燃やしてやろうか。この炎が里に広がればどんな混乱が起こるか……」
 楽しみだ、と語ったばけものは口の端をつりあげた。
 ばけものが巻き起こした炎によって芒に火が広がり、陽炎が天に昇る。女怪が再び見上げた月の周囲は奇妙に烟り、不穏に揺らめいていた。

●嘲笑う者
 嗤う火車、籃火。
 それが今回、サムライエンパイアの或る里に現れたオブリビオンの名だ。
「今夜、ちいさな里でお月見のお祭りが行われるんです。人々がこれからの季節へ抱く希望を察知した魑魅魍魎が、里を炎で焼く景色が視えました」
 ミカゲ・フユ(かげろう・f09424)は少し先の未来について話し、事件が起こる前に阻止して欲しいと願った。
 籃火は、古くは焼場に出没するされていた人や獣の亡骸を食うばけものだ。
 獣の骨は配下へと変え、気に入った人の皮は己が被る。そうして千変万化に姿を変え、生き続ける狡猾な炎の女怪が籃火だという。
「敵の今の姿もきっと、以前に食べられた娘さんの姿だと思います。今回もきっと里の人々を炎に巻いて追い詰めて、好きに食い荒らすつもりでしょう」
 ミカゲは首を横に振り、そんなことはさせていけないと語った。
 幸いにも敵が訪れるのは祭が終わった真夜中。猟兵達も月見に参加して、芒の野で待ち伏せれば里に炎が向かうことはない。
「戦いの場はススキの平原です。相手は戦乱が好きで、怨念を使って地獄のような幻影を見せてきたり、一時的に記憶を奪って味方同士で戦わせる檻をつくるそうです」
 そうするのはすべて、希望というものを焼き尽くしたいから。
 彼女が何故そのようなことをするのかは不明だが、決して見過ごせることではない。そうして、ミカゲはそっと微笑む。
「みなさん、良ければ里のお祭りに参加してみてください。村の人ではなくても飲み物やお団子は貰えるようですし、きっと歓迎してくれるはずです」
 穏やかな平和と仲間とのひととき。
 そういったものが大切だと話したミカゲは仲間達を見つめる。
 後の戦いは厳しくなるだろうが、日常という時間を過ごすことで敵の悪意を上回るほど希望を抱けるはずだ。実際に皆が楽しむことによって『ハレの霊力』が周囲に廻り、オブリビオンの力を弱体させるという効力もある。
「だからみなさん、思いっきりお月見を楽しんできてください」
 希望を絶望に焼かれないように。
 燃える炎を打ち砕き、無辜の人々の平穏な未来を繋げていくために――。


犬塚ひなこ
 今回の世界は『サムライエンパイア』!
 こちらは戦後シナリオなので二章構成となっています。

●第一章
 日常『お月見日和』
 お月見を楽しむ日常パートです。
 この章で敵は現れないので警戒は不要です。村人の避難もしなくていいので、心置きなくお月見を楽しんでください。
 村の通りで振る舞っているお団子やお酒、あめ湯・冷やしあめ(水飴+生姜の飲み物)を楽しんでもよし、持ち込んだ飲食物で宴会をしてもよし、秋の始まりをゆっくり楽しんでもよし。一章だけのご参加も歓迎なので、ご自由にお過ごしください。

●第二章
 ボス戦『『嗤う火車』籃火』
 真夜中になると現れる炎の女怪。戦場はススキの野原。
 皆様が迎え撃つことで里への被害が抑えられます。戦いになると敵は皆様が設定したユーベルコードに対応した攻撃を行います。

 POW:怨念の攻撃を受けた者に地獄を見せる炎を出す力。
 SPD:火車を輝かせ、骨獣達に連続猛攻撃を仕掛けさせる力。
 WIZ:味方同士を戦わせる炎の檻内を作り出す力。

 いずれもどのように切り抜けるかが見せ場です。地獄や骨獣、炎の檻を壊せば籃火にダメージを与えることが出来ます。困難を撃ち破る皆様の格好良いお姿を存分に見せて頂けると幸いです。
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第1章 日常 『お月見日和』

POW   :    月より団子。いっぱい食べよう。

SPD   :    月見に良い場所を探して陣取る。

WIZ   :    落ち着いた場所でゆっくり楽しむ。

イラスト:みささぎ かなめ

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

フリル・インレアン
ふわあ、お月見ですって
って、ふええアヒルさん何をするんですか?
私はお月見禁止ってどういうことですか?
お月様を見ると変身するって、そんな狼男さんじゃないんですから。
ふええ、似たようなものだって、そんなぁ。
(『朔桜の咲く夜に』より)
私だけお月様が見えないように背を向けて月見団子ってなんだか変ですよ。



●月は見えずとも
 今宵はこの村で年に一度の月見の日。
 月も太陽も毎日変わらずに巡るものだが、催しのときは不思議と特別に思える。
 村の通りを抜け、フリルはススキが揺れる野に訪れた。
 ふぇ、という声が零れ落ちたのは夜風を受けて揺れる穂がフリルの頬をくすぐったからだ。ススキは割と背が高く、今のフリルの視界を隠している。
「ふわあ、お月見ですって。はやく見晴らしのいいところに……」
 少し先に行けば、村人たちが月見を楽しむ広い場所に出るのだろう。しかし、フリルの傍には彼女を逆方向に引っ張るガジェットのアヒルさんがいる。
「って、ふええアヒルさん何をするんですか?」
 ぐいぐいとフリルを押す作戦に移ったアヒルさんは何だか必死だ。不思議に思ったフリルが聞いてみると、ガジェットはぶんぶんと首を横に振った。
「私はお月見禁止ってどういうことですか?」
 問いかけてみると、アヒルさんは懸命にフリルを説得しはじめる。
 どうやら以前に月見をした日のことを思い出しているようだ。あのときのフリルは流石のアヒルさんでも敵わなかった。
 平穏な月見の野であのような事態を起こさせたくないのだろう。
「お月様を見ると変身するって、そんな狼男さんじゃないんですから」
 アヒルさんの冗談だと勘違いしたフリルは、あの夜のことをまったく覚えていない。しかし相棒ガジェットがこれほどに言うのも不思議だ。そんなことを思いながら、フリルは話を聞いていく。
「ふええ、似たようなものだって、そんなぁ」
 涙目になったフリルには、或る意味で過酷な条件が付けられた。
 それは――。
「私だけお月様が見えないように背を向けて月見団子ってなんだか変ですよ」
 ふぇ、と肩を落としたフリルは月を見せて貰えていない。
 帽子も深く被り、微かな月光が地面を照らしている光景をが見えるだけだ。それでも、村で貰ってきた月見団子はとても美味しい。
 夜風が優しく吹き抜けていく。
 たまにはこんな時間もいいのかもしれないと感じつつ、フリルは団子を頬張った。
 そうして、お月見のひとときが巡り始める。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

篝・倫太郎
【華禱】
この後を考えたって、別に気にはしないけど
今日は酒は飲みませんー

あめ湯と冷やしあめ、どっちにしよっかな……
夜彦、夜彦はどっちにする?

んじゃ、俺は冷やしあめにしよ!
一口くれな!俺のもあげるから!

串団子も焼き団子も貰って
芒の野で月見

芒に月に……幻獣とは言え兎
絵になるよな?

なんて膝上のしょこら(黒兎)を撫でながら夜彦に笑いかければ

なんでその顔するの……
その、微笑ましいものを、愛らしいものを、見る顔するの止めて?
夜彦のほうが可愛いのにさぁ……(納得行かない顔)

むぅむぅしながらも大人しく
夜彦に餌付けされつつ月を堪能しよう

芒の野に月に兎……
そして、隣には最愛の花簪

なぁ、来年も一緒に月見しような、夜彦


月舘・夜彦
【華禱】
おや、月見酒はしないのですか?
しかしあめ湯や冷やしあめも美味しいですからね
私はあめ湯を頂こうと思います
夜は以前よりも冷えるようになりましたからね
はい、では別々のものにして楽しみましょう

お団子をお供に芒の野でお月見をしましょう
月はどんな季節でも見られるのに、秋の月はどうしてこんなに綺麗なのでしょうね
月に兎が似合うのも、また不思議なもので

その顔?そのような顔をしていたのでしょうか?
ふふ、平和ですねぇ……としみじみ思いまして

不満そうな相手を宥めながらお団子を差し出して食べさせる
何も味を付けていないお団子は小さく千切って、膝上で寛ぐ白い羽兎のましゅまろへ

はい、来年もその先もお月見しましょうね



●月下の戯れ
 村の通りを歩く影がふたつ。
 仲良く寄り添って芒の野の方に向かっていくのは、倫太郎と夜彦の二人だ。
「おや、月見酒はしないのですか?」
「今日は酒は飲みませんー」
 夜彦が問いかけると、倫太郎は首を振った。この後を考えたって別に気にはしないけれど、今夜は何だかそんな気分だからだ。
「しかしあめ湯や冷やしあめも美味しいですからね」
「あめ湯と冷やしあめ、どっちにしよっかな……。夜彦、夜彦はどっちにする?」
「私はあめ湯を頂こうと思います」
 次は倫太郎が尋ねる番だ。すると夜彦は温かい方の飲み物を選ぶと答えた。夜は以前よりも冷えるようになりましたからね、と静かに笑む夜彦の様子は穏やかだ。
「んじゃ、俺は冷やしあめにしよ!」
「はい、では別々のものにして楽しみましょう」
「後で一口くれな! 俺のもあげるから!」
「そうしましょうか」
 倫太郎と夜彦は賑わっている村の様子もそっと楽しみながら、最後に月見用の団子を貰いに向かった。
 この後に待っているのは、芒の野で月を見るひととき。
 さやさやと揺れる芒の穂は夜の空気をやわらかくしてくれているようだ。
 手近な場所に腰を下ろした二人は、隣同士で空を振り仰いだ。
「さあ、お団子をお供に芒の野でお月見をしましょう」
「芒に月に……幻獣とは言え兎。絵になるよな?」
 夜彦の呼び掛けに答えた倫太郎は、膝の上に乗せた黒兎のしょこらを撫でた。そうして夜彦に笑いかければ、彼が遠い目をしていることに気付く。
 先程からずっと月を見ているらしい夜彦は、視線を外すことなく口をひらいた。
「月はどんな季節でも見られるのに、秋の月はどうしてこんなに綺麗なのでしょうね」
 夜彦はしみじみと語る。
 月に兎が似合うのも、また不思議なものだと。
 倫太郎は暫しその横書を見つめていた。すると夜彦が不意に視線を落とし、倫太郎を見つめてきた。はっとした倫太郎はぽつりと言葉を落とす。
「なんでその顔するの……」
「その顔? 何かありましたか?」
 何か心配をかけただろうかと感じた夜彦は倫太郎を更に瞳に映した。
「その……」
「その?」
 彼が何を言いたいのか見当がつかず、夜彦は首を傾げる。倫太郎は言い淀みながらも頬を掻き、夜彦を見つめ返した。
「微笑ましいものを、愛らしいものを、見る顔するの止めて?」
「そのような顔をしていたのでしょうか」
「夜彦のほうが可愛いのにさぁ……」
 倫太郎は何だか納得がいかない顔をしている。しかし、そんな彼もまた夜彦にとっては好ましいものだ。
「ふふ、平和ですねぇ……としみじみ思いまして」
「むぅ……」
 倫太郎は不服そうな顔をし続けていたが、居心地が悪いわけではない。夜彦もそれが分かっており、不満そうな倫太郎を宥めながらお団子を差し出した。
 倫太郎はむぅむぅと唸りながらも、大人しく口をあける。
 そうして夜彦に餌付けされつつ、彼もまた月を堪能していった。
 その際に、夜彦は何も味を付けていない団子は小さく千切っていき、膝上で寛ぐ白羽兎のましゅまろへと渡していく。
 穏やかでのんびりとした時間が流れていた。
「芒の野に月に兎か……」
 そして、隣には最愛の花簪。
 もう一度、秋の風物詩を思い返した倫太郎は再び夜彦にも目を向ける。
「なぁ、来年も一緒に月見しような、夜彦」
「はい、勿論。来年もその先もお月見しましょうね」
 交わされたのは確かな約束。
 倫太郎と夜彦。しょこらとましゅまろ。共に触れ合う箇所は何だかあたたかい。
 彼らの月見の時間はとても心地よく、ゆったりと過ぎていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻

見事な月だね
サヨが酒を欲しがる事も予想通りであったがリルが速かった
そんな事を?
通りでヨルが震えているわけだ
…接吻魔であるのは─黙っておく

カグラも?サヨとカグラが酒に酔ってしまうのは中々に…今宵はやめておこう
カラスもカグラをとめている
皆で見る月をしかと記憶に刻んでおきたい

今日は冷やしあめを呑もう
之も美味しいだろう?
みたらし団子を食べながらサヨに笑みかける
カグラは機嫌が良いしカラスも団子を分けてもらったようだ
ヨルに感謝しないと

そうだね
倭国で見上げる月は特別だ
何時だってそう
私に団子を供えてくれるなんて嬉しいなと巫女に甘える

リル、もっと飲むかい?
…月も観ているよ

賑やかな月夜は楽しい
噫、次も一緒に


リル・ルリ
🐟迎櫻

真ん丸お月様だ!
にこにこしながら櫻からお酒を奪い取る
お酒は、駄目!
君は酔うと大変なんだから
ヨルのお腹を吸ったり僕の尾鰭を喰いちぎろうとしたり、ちうしようとしたりしただろ!
ヨルは怖がってるんだから!

…そうだろうとも!

カムイも甘やかしたら駄目なんだから!
今日は皆でお月様をみて皆の想い出にする
忘れちゃダメなんだ

ヨルはご機嫌にカグラにお団子をわけに行った
お醤油のお団子美味しいや
冷やしあめ、は初めて
飲めるのかなと思ったけど美味しくて
月を映して飲むなんておされだね!
僕気に入ったよ

カムイはちゃんと月を観てる?
ずっと櫻を見てる気がする

きゅきゅと踊るヨルは月の兎ならぬ月の子ペンギン
うん!また一緒に観よう


誘名・櫻宵
🌸迎櫻

お月見よー!お酒よーー!!
持ち込んだ月見酒は素早くリルに没収された
そんな…私がヨルのお腹を吸った挙句、リルの尾鰭に噛み付き加えて口付けしようとしたなんて!
全く記憶にないわ

カムイ!カグラだってお酒飲みたがってる
駄目なの?
そんな…カムイまで…私はキス魔じゃないのに…
今日の神様は厳しいわ!

ちびちび冷やしあめを飲んで月を愛でる
盃に月を映して飲み込めば月を飲む様でしょう

故郷で見上げる月は特別なの
リルは冷やしあめが気に入ったようね
カムイにはお酌の代わりにお団子あーんしてあげる

お月様踊りをするヨルは可愛いし
皆で食べるお団子は美味しい
穏やかな一時が愛おしい

それにしても月が綺麗ね
次もまた次も皆で観ましょ



●愛しき刻を、きみと
 秋の夜風が吹き抜けていく宵。
 夜空に昇った月を眺める時間はとても穏やかだ。
「見事な月だね」
「真ん丸お月様だ!」
 カムイとリルは空を見上げ、美しい月をそれぞれの瞳に映した。ヨルやカラス、カグラも月夜を楽しむ気持ちを持ち、秋の宵を過ごそうとしている。
 だが、その中でたったひとりだけ違う意味合いで盛り上がっている者がいた。
「お月見よー! お酒よーー!!」
 櫻宵だ。
 カムイがはたとする中、にこにこしたリルがさっと櫻宵の腕から酒瓶を奪い取る。それは実に慣れた様子だった。
「お酒は、駄目! 君は酔うと大変なんだから」
 首を横に振ったリルはヨルにお酒を渡す。きゅっと瓶を受け取ったヨルは芒の影に酒瓶を隠してしまった。その付近をカラスが守ることで酒は封印完了。
「そんな……」
「前にもヨルのお腹を吸ったり僕の尾鰭を喰いちぎろうとしたり、ちうしようとしたりしただろ! ヨルは怖がってるんだから!」
「そんな事を? 通りでヨルが震えているわけだ」
「私がヨルのお腹を吸った挙句、リルの尾鰭に噛み付き加えて口付けしようとしたなんて! 全く記憶にないわ!」
「そうだろうとも!」
 むう、と頬を膨らませたリルは任務を終えて戻ってきたヨルを抱き締める。もうあのようなことを繰り返させて堪るか、という強い意志が仔ペンギンを衝き動かしたらしい。
 櫻宵は何とかカムイを仲間に引き入れようと考え、後方のカグラを示す。
「カムイ! カグラだってお酒を飲みたがってるわ」
「カグラも?」
「カムイも甘やかしたら駄目なんだから!」
 見れば、先程からカグラもカラスとヨルに牽制されていた。リルの呼び掛けを聞き、カムイは嫌な予感を覚えてしまった。櫻宵達が酒に酔ってしまうのは中々に危険だ。そうして彼は酒を守る二羽に、そのままの調子で頑張って欲しいと告げる。
「駄目なの?」
「だめだよ、サヨ」
「カムイまで……私はキス魔じゃないのに……」
「サヨが接吻魔であるのは……うん」
 これ以上は黙っておこうと決めたカムイは、そっと自分の口許を押さえた。
「今日の神様は厳しいわ!」
 もう、とそっぽを向く櫻宵。
 今宵はやめておこう、とかれを宥めたカムイは月を示す。
「皆で見る月をしかと記憶に刻んでおきたいんだ。ほら、今日は冷やしあめを呑もう」
「そうだよ。今日は皆でお月様をみて皆の想い出にする。忘れちゃダメなんだ」
「それなら……仕方ないわ」
「之も美味しいだろう?」
 カムイはみたらし団子を食べながら櫻宵に微笑みを向けた。リルも櫻宵が諦めてくれたことにほっとしながら、二人に寄り添う。
 ヨルもぷるぷると震えて怯えるのを止め、ご機嫌な様子でカグラに団子をわけに向かった。カグラも酒は諦めてくれたらしく、とても機嫌が良い。カラスも団子をつついており、ヨルと仲良く過ごしている。
「お醤油のお団子美味しいや。こっちは冷やしあめ?」
「独特の風味が良いわね」
 櫻宵はちびちびと冷やしあめを飲みながら月を愛でる。リルも冷やしあめを一口飲んで気に入ったらしく、ふわりと笑った。
「ほんとだ、美味しい! 子ども用だからかな、僕でも飲めるみたい」
「こうするともっと素敵になるわ」
 櫻宵は盃に月を映し、一気にそれを飲み干す。こうすれば月を飲んでいるようだと語られたことでリルの瞳がきらきらと輝いた。
「月を映して飲むなんておされだね!」
「ふふ、良いでしょう。それに故郷で見上げる月は特別なの」
「そうだね、倭国で見上げる月は特別だ」
 何時だってそうだ、とカムイも櫻宵に同意する。櫻宵はカムイに腕を伸ばし、お酌の代わりに団子を差し出した。あーんしてあげる、と櫻宵がくれた団子の味は格別だ。
「私に団子を供えてくれるなんて嬉しいな」
 素直に巫女に甘えているカムイの様子は微笑ましい。リルはこうして二人が穏やかに過ごしていることが嬉しくて堪らない。
 その視線に気付いたカムイは、冷やしあめの瓶を軽く掲げてみせた。
「リル、もっと飲むかい?」
「飲む! それよりカムイはちゃんと月を観てる?」
 ずっと櫻宵を見ている気がするのだとリルが話すと、カムイの頬が少し赤く染まる。
「……月も観ているよ」
 いとしいきみの瞳に映った月を。
 カムイはみなまで言わなかったが、リルにはちゃんと分かっていた。確かに、桜霞の彩の中に映る月は何より美しい。
「ふふ、それならいいんだ」
 リルは笑みを深め、櫻宵の瞳に映り込んでいる月をそっと見つめた。
 いとしいと感じる気持ちはきっと同じ。
 そうして暫し甘くてやわらかな時間を過ごしていると、きゅきゅ、と楽しそうな鳴き声が聞こえてきた。
「あら、可愛いわねヨル。お月様に捧げる踊りかしら」
「月の兎ならぬ月の子ペンギンだね」
 櫻宵が笑むと、リルも微笑ましげな視線をヨルに向ける。皆で食べるお団子は美味しくて、穏やかなひとときが愛おしい。
 櫻宵がそう感じている最中、白の脇差から変じた白蛇がしゅるりと舌を出す。
 誰もそのことには気付かなかったが、ただひとりカムイだけが蛇の様子を見ていた。しかし、カムイはそれについては敢えて何も言わない。
「賑やかな月夜は楽しいものだね」
 今はただ、このひとときを楽しみたい。心から願ったカムイは月を振り仰ぐ。
 櫻宵も双眸をやわく細め、空を明るく彩る月を眺め続けた。
「月が綺麗ね」
 愛している、という意味にもたとえられる言葉が自然に紡がれる。櫻宵は胸を満たしていく気持ちを本当に大切だと感じながら、二人に語りかけた。
「次も、また次も、そのまた次も皆で観ましょ」
「噫、次も一緒に」
「うん! また一緒に観よう」
 カムイとリルも同じ思いを抱き、これから先のことを想う。
 まったくの不変であるものなどこの世に存在しない。時が巡れば何かが変わり、その流れはこれまでと違うものとなっていく。
 そのことは痛いほどに分かっているけれど、それでも――。
 きっと変わらぬものもあるのだと信じたくて、カムイ達は夜空を見上げ続ける。
 芒の穂は夜風を受け、月の光を浴びながら静かに揺れていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葬・祝
【赫月】◎

冷やし飴を貰って、良い場所を探して歩きましょう
くふふ、戦いが厳しいものなら、お酒は止めておいた方が無難でしょう?
冷やし飴、毎年の夏に良く作るんですよ
冷たくて甘い物が好きな割に、冷やしすぎると体調を崩すあの子にぴったりで

クロウが先に座ると徐にその手を掴んで退かす
クロウ、手、邪魔です
潜り込むように許可なく乗り上げたのは膝の上
何時も通り我がもの顔で、懐いた野良猫のような知らんぷりで胸に背を預ける
どうせ霊体ですから体重もありませんし、クロウの動きは阻害しませんからね

ぬくもりと、心音と、上から降る低い声が存外居心地が良くて、許されるから、子供扱いされるからと存分に特等席を満喫しているのは、秘密


杜鬼・クロウ
【赫月】◎
着流しは藍色と濃紺の二色縞
金刺繍の帯

月見酒とみたらし団子持って祝の元へ

英気を養いてェし暫く祭りを堪能しようぜ!
エ、酒飲みてェよ!俺は甘いモン苦手だし(口尖らし
ちぃっとぐらい、な?
戦いに赴く前に一服してイイ?

あァ…アイツの為に冷やし飴、作ってヤってるのか
甘やかしてるなァ、祝(笑う

野に座り風を感じる
煙草吸いながら月を見上げ
軽く酒を呷る

ン?…ハハ、祝の定位置はココだったか(よっぽどお気に召したようで
構わねェよ(煙草の火を消し膝の上の祝の髪を優しく梳いて

俺の誕生日に腕に結んでくれた赫月が柔く輝く
小さな倖せ
俺が護りたい尊い一時

(俺も、忘れねェよ
この先もずっと
お前が込めた願いと祈りはいつも傍に)



●倖いの証
 月見の夜は賑やかに、それでいて長閑な雰囲気に満ちていた。
 片手には村の通りで貰った冷やし飴。
 ゆったりとした歩みで芒の野を進んでいく祝は、腰を下ろすのに丁度いい場所を探していく。良さげな箇所を見つけた祝は連れの方に振り返り、彼を手招く。
 祝の視線の先には、藍色と濃紺の二色縞の着流しに金刺繍の帯を纏うクロウがいた。
「この辺りにしましょうか」
「そうするか」
 クロウの手には月見酒とみたらし団子がある。祝の元へ歩み寄ったクロウだったが、不意に酒が取り上げられた。
「くふふ、戦いが厳しいものなら、お酒は止めておいた方が無難でしょう?」
「エ、酒飲みてェよ! 俺は甘いモン苦手だし」
 唇を尖らせたクロウに対し、祝はゆっくりと首を横に振る。
「いいえ」
「えー……英気を養いてェし暫く祭りを堪能しようぜ!」
「今夜は此方で我慢してくださいな」
 何とか酒を取り返そうとするクロウに対し、祝は笑みを湛えたまま譲らない。
「ちぃっとぐらい、な? 戦いに赴く前に一服してイイ?」
「それくらいならいいでしょう」
 何とか譲歩できる線を探したクロウは安堵を抱く。そうして芒の野の最中、二人は暫し其処に立ったまま月を見上げた。
 穏やかな時間が流れる中で、祝は陶器の瓶を傾ける。
 ぴりりとしていながらも甘やかな喉越しの飲み物は馴染み深いものだ。
「冷やし飴、毎年の夏に良く作るんですよ」
「あァ……アイツの為に冷やし飴、作ってヤってるのか」
「冷たくて甘い物が好きな割に、冷やしすぎると体調を崩すあの子にぴったりで」
「甘やかしてるなァ、祝」
 祝に向けて笑ってみせたクロウは先に腰を下ろした。
 野に座り風を感じるのは心地よい。
 許可を得た煙草を吸いながら月を振り仰げば、紫煙が空にふわりと広がった。
 すると祝は彼が先に座ったことを確かめ、徐にその手を掴んで退かす。ン? と不思議そうな声があがっても構うことなく祝は遠慮なく告げていく。
「クロウ、手が邪魔です」
 そして、潜り込むように許可なく乗り上げたのは膝の上。
 いつも通りの我がもの顔で、懐いた野良猫のような知らんぷり。そのままクロウに胸に背を預けた祝は悪びれることなどない。
「……ハハ、祝の定位置はココだったか」
「どうせ霊体ですから体重もありませんし、クロウの動きは阻害しませんからね」
 よっぽどお気に召したようで、と感じたクロウは笑いながら軽く酒を呷る。
 先程に取り上げられていたものをいつの間にか取り戻していたのだ。あ、とちいさな声が祝からあがったが、無許可なのはお互い様。
「構わねェよ。だからこっちも構わねェだろ?」
 クロウは煙草の火を消し、膝の上の猫もとい祝の髪を優しく梳いてやった。
 感じるのはぬくもりと心音。
 少しくらいなら戦いの邪魔にもなるまいと判断しなおした祝は、頭の上から降る低い声に耳を傾けた。それは存外に居心地が良くて、許されるから。そして、望むままに子供扱いをしてくれるから。
 存分に特等席を満喫しているのは、祝なりの秘密で――。
 それから暫し静かな時が流れる。
 クロウは腕に視線を落とし、自分の誕生日に結んでくれた赫月を見つめる。柔く輝くそれは小さな倖せが此処にある証。
 護りたいと思う尊い一時がこの場にあるのだと感じながら、クロウは思いを巡らせる。
(俺も、忘れねェよ。この先もずっと――)
 お前が込めた願いと祈りはいつも傍に。
 夜空の月は何処までも穏やかに、とても優しいひかりを宿していた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】◎

お月見祭り!
みんな本当にお月さまが大好きなのね
ルーシーもモチロン、大、大好きだけれども!

あっちでお団子とか飲み物とか頂けるみたい
パパ!いってみよう?
手を繋ぎ通りに近づくと香ばしいにおい
焼き団子、おいしそうね……
パパのお顔をチラッと

冷やしあめってなあに?
飲んでみたいな
恐る恐る一口
ピリッと…でも、甘くておいしい!

熱々のお団子は袋に入れ腕に下げ
冷々の冷やしあめは手に
片手をあけてパパの手をとり
金の路へ

わああ、一面ススキがゆれて
金色の海みたい
ね、此処でお団子たべましょう

う?手を?
言われた通りに差し出すと…かわいい!
ふふ、黒ヒナさんはルーシーのお友だちだもの
食べたりしないわ?

うん。いただきます!


朧・ユェー
【月光】◎

お月見は素敵なお祭りですね。
お月様、えぇ、僕も大好きですね。

えぇ、行きましょう
祭りを楽しむ娘を優しく微笑んで
手を繋ぎ彼女の行きたい方へと歩む
香ばしい匂い
おや?彼女の視線に気づきふふっと笑って
お団子を二人分買う

冷やしあめは水飴と生生姜の飲み物で甘くて少しピリリとした味です。呑んでみますか?

袋に入れて持つ彼女に熱いですから気をつけて
再び手を繋ぎで

金の穂
素敵な光景
彼女の横へ座って
ルーシーちゃん手を出して
そっと雛団子を置いて
肩の乗ってた黒雛が僕食べられるとカタカタ震えている
ふふっ、これは白雛団子だから大丈夫ですよぉ
二人の言葉に安堵と嬉しさでぴぃぴぃと鳴いた

じゃ一緒に食べましょうか



●雛団子と月の夜
「お月見祭り!」
「お月見は素敵なお祭りですね」
 穏やかな宵の口、ルーシーがはしゃぎながら駆けていく。その後をゆっくりと歩みながら追うユェーはそっと頷き、賑わう村の中を見渡した。
「みんな本当にお月さまが大好きなのね」
「お月様、えぇ、僕も大好きですね」
「ルーシーもモチロン、大、大好きだけれども!」
 パパもはやく、と立ち止まって手を伸ばすルーシー。彼女に腕を伸ばし返したユェーは、その手をやさしく握り返した。
「あっちでお団子とか飲み物とか頂けるみたい。パパ! いってみよう?」
「えぇ、行きましょう」
 ささやかで長閑な祭りを楽しむ少女に優しい微笑みを向け、ユェーはその後についていく。握る手のぬくもりと、そっと引っ張る力加減がいとおしく思えた。
 二人は手を繋いだまま、通りを巡っていく。
 香ばしい香りに気が付いたルーシーは焼き団子の屋台に目を向けた。
「焼き団子、おいしそうね……」
 ちらりとユェーの顔を見上げたルーシーはおねだりモードに入っている。昔ならば遠慮していたのだろうが、彼相手ならばこうして甘えることも出来るようになった。
「おや? 貰っていきましょうか、お団子」
 ユェーも団子の良い香りを楽しみながら目を細める。彼女の視線の意味は言われなくとも分かっている。ふふっと声を出して笑ったユェーは二人分の団子を貰いに向かった。
 熱々のお団子は持参した袋に入れて腕に下げる。
 袋を持つルーシーを見たユェーは、熱いですから気をつけて、と告げた。大丈夫だと答えるルーシーは実に楽しげだ。
 その最中、ルーシーが不思議そうな声をあげる。
「冷やしあめってなあに?」
「水飴と生生姜の飲み物で甘くて少しピリリとした味です。呑んでみますか?」
「ジンジャーのお飲み物? うん、飲んでみたいな」
「それじゃあ少し待っていてくださいね」
 先程と同じようにユェーが店先に寄り、二人分の飲み物を貰ってきた。どうぞ、と手渡された冷やしあめを受け取ったルーシーは、恐る恐る一口だけ飲んでみる。
「ピリッと……でも、甘くておいしい!」
「お気に召したならよかった」
 ユェーは少女を見守り、行きましょう、と芒の野へ誘った。
 残りは向こうで味わおうと決めたルーシーもその後についていく。冷々の冷やしあめは手に、熱々の団子は腕に下げて。片手をあけて、しっかりとユェーの手を取ったルーシーは風に揺れる金の路へ進んでいった。
「わああ! 一面ススキがゆれて金色の海みたい!」
「金の穂、素敵な光景ですね」
「ね、此処でお団子たべましょう」
「そうしましょうか」
 ユェーは腰を下ろした彼女の横へ座り、月を振り仰いだ。傍で揺れる芒がほのかに煌めいて見えるのは月の光がとても美しいからだ。
 ルーシーも同じように月を眺めている。視線を下ろし、その横顔を暫し見つめていたユェーはそうっと彼女を呼んだ。
「ルーシーちゃん手を出して」
「う? 手を?」
 彼に言われた通りに掌を差し出すと――其処に雛団子が置かれた。どうやらユェーが事前に用意してきたものらしい。
「かわいい!」
 喜ぶ少女の傍ら、ユェーの肩に乗っていた黒雛は自分が食べられてしまうと思ったのか、急にカタカタと震え出した。
「ふふっ、これは白雛団子だから大丈夫ですよぉ」
「ふふ、黒ヒナさんはルーシーのお友だちだもの。食べたりしないわ?」
 ユェーとルーシーは同時に笑い、黒雛もほっとした様子を見せる。二人の言葉を聞き、安堵と嬉しさでぴぃぴぃと鳴いた黒雛はとても可愛らしい。
 和やかな雰囲気が満ちていく中で二人は更に笑みを深めた。
「じゃ一緒に食べましょうか」
「うん。いただきます!」
 明るく元気な声と楽しげな笑い声が響く芒の野。美味しい飲み物とお団子。可愛らしい声とやさしい時間。
 心地よい月夜のひとときはこうして、平和に流れていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時
💎🌈

折角だから浴衣できた!
確かに心結の浴衣可愛いよなー俺様は結構好きだぞ!
(2020の浴衣着用)

月見のお祭りか
楽しそうだよな、心結!
俺様も一緒に来たかったし気にすんな!

月見といや団子だよな!
そう言えばいっぱい食べ物あるみたいだし
色々貰って
何処かで場所取って月見つつ食べようぜ!

団子も美味そうだし冷やしあめやあめ湯も気になる!
心結は何か持ってきてたりするか?
俺様は持ち込んでないけど…あ、そりゃそうだよな!
あぁ、色々半分こにしちまおう!

だよなー
はっ、つまり…月より団子?

すげぇ
視ろよ心結
月がすっごい綺麗d…兎いるー!?
兎の心結と一緒にいるのも楽しいだろうが…折角なら俺様は今の心結と一緒が良いなぁ


音海・心結
💎🌈



んむむ
今年も着れて嬉しいような、複雑なような
でもでも、金魚の浴衣かわゆいのですっ(2020の浴衣着用)

ええ、とっても綺麗な場所
連れてきてくれてありがとうございます
一緒に来れて嬉しいですよーっ

……と、お礼は此処までにして
今日はいっぱい食べようと思います

へ?
みゆは何も持ってきてないですよっ
折角なら、振る舞ってくれたものを食べたいじゃないですかっ
半分こしていっぱい食べましょうね
どうせなら、色んなものを食べたいのですっ

ん~
花より団子とはまさしくこのこと
花ではなく月ですがっ

ん?
……ふわわ
お月様に兎さんがいるのです
みゆたちも兎さんになればお月様の元へゆけるのでしょうか
零時と一緒なら悪くないですね



●月と兎
 今宵の装いは浴衣。
 月見の祭をより一層楽しむため、零時と心結は和装姿で歩いていく。
「折角だから浴衣もいいよな!」
「んむむ。今年も着られて嬉しいような、複雑なような……」
 心結は金魚の浴衣を改めて見下ろしてから隣の零時と自分を見比べてみた。乙女心的な複雑な思いもあったが、気を取り直した心結は顔をあげる。
「でもでも、やっぱりこの浴衣はかわゆいのですっ」
「確かに心結の浴衣可愛いよなー。俺様は結構好きだぞ!」
 零時はいつも真っ直ぐに褒めてくれるので、心結も嬉しくなった。村の通りを抜けて、風に揺れる芒の野に到着した二人は空を眺める。
「ここが月見の祭り会場か。楽しそうだよな、心結!」
「ええ、とっても綺麗な場所です。連れてきてくれてありがとうございます。みゆ、零時と一緒に来れて嬉しいですよーっ」
「俺様も一緒に来たかったし気にすんな」
 零時と心結は笑みを重ねあい、月がよく見える場所に腰を下ろした。さやさやと穏やかに風を受けている芒は、月の光を受けてほのかに光っているように見える。
 きれいですねえ、と語った心結は笑みを深めた。
「……と、お礼は此処までにして、今日はいっぱい食べようと思います」
「月見といや団子だよな!」
 二人は村の方で振る舞っていた団子や飲み物を貰ってきていた。焼団子にみたらし、小豆餡の団子に冷やしあめ。
「大盤振る舞いでしたね。たくさん貰いすぎたでしょうか?」
「大丈夫、全部食えるさ! この団子も美味そうだし、冷やしあめもさっき飲んでみた分にはいい感じだったぜ」
「零時ったら味見をしてたのですね」
 零時はさっそくひとつめの団子に手を伸ばし、一気に頬張った。彼に倣って心結も小さめの団子をそっと口に運ぶ。その際に零時はふと問いかけた。
「心結は何か持ってきてたりするか? 俺様は持ち込んでないけど……」
「へ? みゆは何も持ってきてないですよっ。折角なら、振る舞ってくれたものを食べたいじゃないですかっ」
「あ、そりゃそうだよな!」
 心結のことなのでなにか用意しているのかと思っていた零時だが、返答を聞いてはっとした。今夜はこうして村の厚意に甘えるのが一番いいと気付いたからだ。
「だから、半分こしていっぱい食べましょうね」
「あぁ、色々半分こにしちまおう!」
「どうせなら、色んなものを食べたいのですっ」
「だよなー」
 二人は和気藹々とした様子で、貰ってきたものを味わっていく。どれも素朴な味わいかつ、作った人の思いが宿っていると感じられて美味しい。
 気付けば二人は月よりも団子に夢中になっていた。
「ん~、おいしいです」
「はっ、これって……月より団子?」
「花より団子とはまさしくこのこと。零時の言う通り、花ではなく月ですがっ」
 心結はおかしそうに口許を押さえており、零時も肩を揺らして笑った。楽しい時間が進んでいく中、二人は空を見上げる。
 夜が更けていったからか、月は先ほどよりも美しく見えた。
「すげぇ、視ろよ心結」
「ん? ……ふわわ。お月様に兎さんがいるのです」
「月がすっごい綺麗……兎いるー!?」
「そんなに驚くことはないのです、零時」
 大きな反応を見せた零時の姿がまたおかしく感じられて、心結はふわりと笑む。
 そうして心結は、ぽつりと思いを零した。
「みゆたちも兎さんになればお月様の元へゆけるのでしょうか」
「どうだろうなぁ。兎の心結と一緒にいるのも楽しいだろうが……折角なら俺様は今の心結と一緒が良いなぁ」
 心結と一緒に月を仰ぎながら、零時は両腕を頭の後ろで組んだ。
 彼にとっては何気ない一言だったのだろうが、心結としてはとても嬉しい言葉だ。
「今のみゆ……。そうですね、零時と一緒なら悪くないです」
 ふふりと微笑み続ける心結は双眸をそっと細めた。
 優しい月の光は隣同士で座る二人の姿を静かに照らしていて――それから暫し、ゆったりとした月見の時間が巡っていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

菱川・彌三八
月がいっち映えるなァ矢張り芒だな
昼の黄金色も眩しいが、夜の藍に一層引き立つ
此れで月見酒とくりゃあ…
…なんでェ、あるじゃねえか

後もあるなァわかっちゃいるが、なあに大えした事ねえさ
ハレの気がいるんだろう

先ずは一杯
お月さんを映して飲む酒ァ格別だな
どれ、もう一杯…

何処かでひとり楽しむも好いが、酒が入るとつい賑やかな方へ向いちまう
里の男衆も居るだろう
どうれ、俺も混ぜつくんな
絵の題材を探しに来たのさ

気分も好いし幾つか描いてやら
今宵は特別、男しかいねえなら…アレなアレとか…
おっと、他にゃ黙っててくんな

その後ァ空にも筆を走らせて、魚や蛙の墨絵を動かす
宴の余興にゃ丁度エエさ
すれに、酒が入りゃあ覚えちゃいめえ



●月酔噺
 夏は過ぎ去り、秋が深まっていく頃。
 芒の穂が揺れる野に月が浮かんでいた。彌三八は空を振り仰ぎ、芒にも目を向ける。
「月がいっち映えるなァ矢張り芒だな」
 昼間に陽を受けて黄金色に輝く様も眩いが、こうして夜の藍の下で揺らめく芒はより一層引き立つように見える。
「此れで月見酒とくりゃあ……なんでェ、あるじゃねえか」
 村の通りでは月見の夜の伴となる酒が振る舞われていた。猟兵である彌三八はこの後に危機が訪れることも判っているが、少しの酒ならば問題はない。
「なあに大えした事ねえさ。ちょいと貰ってくゼ」
 何より、後のことを考えるならばハレの気も必要だ。
 村人から陶器の酒瓶を受け取った彌三八は、芒の野へ歩んでいく。彼は月を眺めるに相応しい場所を見つけ、其処に腰を下ろした。
 盃に酒を移し、先ずは一杯。
 乾杯代わりに月へと腕を軽く掲げた彌三八は、盃の酒に口をつけた。
「お月さんを映して飲む酒ァ格別だな」
 どれもう一杯、と更に盃に酒を注ぐ前に、彌三八はふと思い立つ。徐に立ち上がった彼は里の男衆の声が聞こえて来る方に歩いていった。
 ひとりで楽しむのも乙で好いものだが、酒が入った今はつい賑わいに足が向く。
「どうれ、俺も混ぜつくんな」
「おう兄サン。来い来い、丁度いいモンが焼けたところさ!」
 気のいい男たちは心地よく酔っているらしく、彌三八を歓迎する。七輪で焼いた干物を差し出してきた男の輪の中に加わり、彌三八は双眸を細めた。
「里の者じゃないな。どっから来たんだい?」
「ちいとな、絵の題材を探しに来たのさ」
「なるほどな、絵描きなのかい」
「気分も好いし幾つか描いてやら。今宵は特別、男しかいねえなら……」
 彌三八は絵筆を取り出し、男衆にアレ的なアレの絵を披露していく。おお、と歓声があがったが、彼らは周囲を気にするようにすぐに声を潜めた。
「へへ……お前サン、良いヤツだな」
「おっと、他にゃ黙っててくんな」
「勿論よ! 女房にゃ言えねえなぁ、ソレのことは」
「はは! こいつはカミさんに頭が上がらねえんだ。この前もさァ――」
 其処から巡っていくのは他愛もない話。
「へェ、そりゃ傑作だ」
 彌三八は相槌を打ち、自らも話をしながら月夜のひとときを楽しんでいく。そうして彼は空にも筆を走らせ、魚や蛙の墨絵を動かしていった。
「宴の余興にゃ丁度エエだろ」
「いいぞ兄サン! もっとやってくれ!」
 完全に酔っている男達は手を叩き、彌三八に花や鳥の絵を描いて欲しいとねだる。きっと彼らは明日にはこのことを覚えていないだろうが――それでも、今という時が楽しいことに変わりはない。
 彌三八は男衆達との時間や酒、つまみを大いに味わい、ふとした思いを巡らせる。
 何気ない日常。
 此処にある平穏こそが、守るべきものなのだということを。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
騒ぐ胸もあるけれども
月を望めば穏やかで
少し冷たい風が吹けば
自ずと指が熱を求める

なんて、そんな口実で
月見酒を味わえるから
矢張り秋の季は良いな
容を和らげ、ふくと笑い
酒のみでは物足りないと
団子も頂けると嬉しいな

此度は後に仕事があるし
余り飲むのも良くないか
甘味で時折口塞ぎながら
ゆるやかに、酒精を楽しみ
杯に映した金色、を過ぎて
同じいろした芒野を見やり

揺れる金色を指先摘まみ
心地良くも、穏やかな里も
こうして広がる美しい景も
――それに添う、人たちも
灰燼と化すのは赦せないな

それに同意するようにして
鞄から羽ばたく、糸鴉の子
援護するぞと張り切る姿に
柔く指先突いて、収めつつ

ふふ、君は其処に居て?
僕がひとつ、頑張るから



●繋がれた糸
 この平穏な時の後に、焔が芒の野を覆う。
 そのことを考えれば胸が騒ぐが、ライラックは静かに心を鎮めた。空に浮かぶ月を望めば穏やかで、未だ危機は訪れていないことを教えてくれる。
 夏とは違う、秋の涼やかさを宿す風が吹き抜けていく。
 少しばかり冷たいと感じたライラックの指は、自ずと熱を求めているようで――。
 なんて、とそんな口実で振る舞いを受けた月見酒。
「矢張り秋の季は良いな」
 ライラックは芒が揺れる野に落ち着き、月を見上げていた。
 今日の伴はこの振る舞い酒。容を和らげ、ふくふくと笑った彼は、酒のあてとして貰ってきた団子に視線を落とす。
 程よく香ばしい焦げ目がついた焼団子は酒に実に合う。
 ゆっくりと、あまり酔いが回りすぎないように少しずつ酒を楽しむライラックは、ゆうるりと月を眺める。
 今を楽しむと決めたと云えど、此度は後に仕事が待っている。
「余り飲むのも良くないか」
 餡を纏わせた甘味団子でときおり口を塞ぎながら、ライラックは時間と共に酒精を味わっていく。杯に映した金色が揺らめき、きらきらと光っている。
 同じいろした芒の野を見遣ったライラックは風と踊る穂を暫し眺めた。
 ふと、揺れる金色を指先で摘まんでみる。そうすればまるで自分の指まで月の金に染め上げられたようで、何だか擽ったい。
 心地良さが広がっていく。
 穏やかなこの里は素晴らしいものだと思えた。
 少し遠くからは酒盛りをする里の人々の声が聞こえる。楽しげに手を叩き、ときには何かで盛り上がっている様子は聞いていて楽しい。
 こうして巡る美しい景色。
 そして、それに添う人たちも――。
「灰燼と化すのは赦せないな」
 ライラックの口許から零れ落ちた言葉には、真剣ないろが宿っていた。
 その声に同意するようにして彼の鞄から糸鴉の子が羽ばたく。その子は今、ライラックの思いを誰よりも強く感じ取っている。
 愉快な世界で紡がれた糸は歌う。援護するぞ、と気儘な羽が揺れるのは、この子が彼から委ねられたものだからだろうか。
 張り切る姿にライラックは柔く笑み、指先で糸鴉を突いた。
 そっと収められた糸鴉は鞄に戻される。
「ふふ、君は其処に居て? 僕がひとつ、頑張るから」
 ライラックは静かな、けれども熱く滾るような決意の思いを抱き、ふたたび空を振り仰いだ。月は等しく皆を見守っている。
 どうか、叶うならば――あの美しい光が焔で烟らぬように。
 言葉にしない思いが、月夜に紡がれた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ディフ・クライン
村で振る舞っているあめ湯を貰って
静かに月が見える場所へ

肩にいたneigeが手にしたあめ湯を不思議そうに嗅ぐから
口にしてみると、じんわり温まる、ような
オレは食べ物は全て魔力に変換してしまう構造だけれど
熱の無い身体を温めるような気がするから
「食べ物って不思議だね」
ゆっくり飲みつつ、空を見上げ

月見って、豊穣の祈りだったっけか
月に祈るってなんだか不思議だ
不思議だけど……嫌いじゃない
見上げた月
聞いた話だと、月には兎がいるらしいよ、ネージュ
疑いの目で見るネージュをぽんと撫で
探してみる?なんて
あれかな、と月を指差しては笑い

風が少し冷たくて
静かに目を閉じて寝転がってみる
月光が心地いいんだ
もう少しだけこうさせて



●季節を照らす月
 歩む先に見えたのは仄かな金色に光る芒の穂。
 ディフの片手には、村で振る舞われていたあめ湯が携えられている。穏やかな月夜の雰囲気を確かめた彼は、月がよく見える場所へ進んでいく。
 静かな空気は心地良い。
 ディフは芒の野の真ん中に腰を下ろし、頭上を振り仰いでみた。
 すると、その肩にいたネージュが不思議そうな様子を見せる。ディフが手にしているあめ湯に興味があるようだ。
「少し熱いかな」
 そうっと口にしてみると、じんわり温まるような感覚が身体に広がった。あめ湯の味わいは少しばかり冷え込む夜に丁度いいと感じられる。無論、この身がひとそのものだったら、の場合だが――。
 ディフの身体は食べ物は全て魔力に変換してしまう構造だ。けれどもこの飲み物は、熱の無い身体を温めるような気がする。
 味わいだけではなく、何かもっと別の思いのようなものが宿っているようだ。
「食べ物って不思議だね」
 ネージュに語りかけたディフはあめ湯をゆっくりと飲みつつ、空を見上げた。
 月は丸く、まるでお団子のようにも見える。
 きっと村の方で配られていたものを見てきたからだろう。面白い感覚だと感じたディフは、ふと思い返す。
「月見って、豊穣の祈りだったっけか」
 この先のことを月に祈る。
 なんだかそれもまた不思議で――それでいて、嫌いではない。
 見上げた月は煌々と輝き、芒や大地をやさしく照らし出している。ディフは指先でネージュの毛並みをくすぐり、双眸を緩めた。
「聞いた話だと、月には兎がいるらしいよ、ネージュ」
 本当に? と言いたげな疑いの目で見てくるネージュをぽんと撫でたディフは、少し悪戯っぽく笑ってみせる。
「探してみる?」
 なんてね、と冗談めかしつつも彼は月を指差した。
 その先にネージュも視線を向け、きょとんとした様子を見せる。
「あれかな、それともあっち?」
 月の模様をああでもないこうでもないと語って示し、ディフは月夜を楽しむ。ネージュも灰色の瞳に月を映し込み、興味深く空を見上げていた。
 遠くからは村人達の笑い声が聞こえる。
 誰も何も、この先に続く平穏を疑ってなどいなかった。太平の世を信じる人がいるというのはとても良いことだ。
「風が少し冷たいね」
 ディフは背を地面に預け、静かに目を閉じる。寝転がってみれば予想以上に気持ちがよく、暫しこのままでいたいと思えた。
 ネージュはディフの胸の上にちょこんと乗り、前足で軽く引っ掻いてくる。
「月光が心地いいんだ」
 だから、もう少しだけこうさせていて。
 願ったディフに同意を示すようにして、ネージュもくるりと丸まる。
 月から降り注ぐ光は変わらぬやさしさで以て、彼らを照らしていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
ごらんレディ、オスカー。今夜の月はたいへんにキレイらしい
あんなにまるくて明るい月を見たのは久々かもしれない
…いや、どうだったかな?忘れてしまったかも。あはは!

友と話しつつ、月見に参加させてもらおう
ごきげんよう、村人君。その冷やしあめの飲み物と団子を貰えるかな
ありがとう!なんだかとても美味しそうだねえ
この団子というもの、多分食べたコトがないんだ

団子を食べたコトがないひとが珍しいかい?
フフ、私はよその国から来た者だからね。この国の文化にあまり馴染みが無いんだ
ホラごらん、私の衣装だってキミから見たら珍しいでしょう

そんなカンジで、村人君とゆっくり話をしながら月見をするよ
これが異文化交流というヤツだね!



●王子と村人と月の夜
「ごらんレディ、オスカー」
 夜空に浮かぶ月を振り仰ぎ、エドガーは左腕を天に掲げた。
 頭の上にいるツバメと、その腕に宿るものに語りかけた彼は青の双眸を細める。
「今夜の月はたいへんにキレイらしい」
 その言葉通り、エドガーの瞳には金色の光が映り込んでいた。左腕をそっと下ろした彼は、ゆっくりと芒の野の方へ歩んでいく。
「あんなにまるくて明るい月を見たのは久々かもしれないね。……いや、どうだったかな? 忘れてしまったかも。オスカーは覚えている?」
 あはは、と笑ったエドガーは夜の空気を楽しんでいく。
 頭上のツバメは何かを言いたげだった。しかし、このような月夜の下で無粋なことはしないのがこのオスカーというツバメだ。
 エドガーも然程気にすることなく、賑やかな声がする方に進んでいった。
 自分達だけで月を見るのもいいが、王子としてこの世界の民の様子を知りたい。何より先程からいい香りがしているのでそれに興味もあった。
 見れば、芒の野の中央には団子を焼いている男と子供達が居た。酒と冷やしあめのつまみとして団子を味わおうとしているところらしい。
「ん? 旅人かい、アンタ」
「ごきげんよう、村人君。その冷やしあめの飲み物と団子を貰えるかな」
「おう、いいぜ! もうすぐ焼けるからこっちに座んな」
「ありがとう!」
 手招かれたエドガーは遠慮なく人々の輪に加わった。村人達は七輪を囲み、それぞれに好きな飲み物を手にしている。パチパチと音を立てて焼けていく団子からは香ばしい薫りが漂ってきていた。
「なんだかとても美味しそうだねえ」
「おう、そうだろうツバメの兄ちゃん」
「きらきらしてるねえ、きみ」
 子供達はエドガーに興味津々だ。ツバメの、と呼ばれたことも何だか面白くてエドガーは笑みを浮かべる。
「この団子というもの、多分食べたコトがないんだ」
「へ? 食ったことがないのかい」
「団子を食べたコトがないひとが珍しいかい?」
「兄ちゃん、びんぼーなひと?」
 驚く男衆と心配する少年。彼らに首を振ったエドガーはにこやかに答えた。
「フフ、私はよその国から来た者だからね。この国の文化にあまり馴染みが無いんだ。ホラごらん、私の衣装だってキミから見たら珍しいでしょう」
「成程、随分と遠くから来たんだな」
「旅芸人かと思ってた!」
「みせてみせてー!」
 頷く男達と、広げられたマントに目を向ける子供達。焼きたての串団子が手渡され、エドガーは和やかな気持ちを抱く。
 懐いた子供達は、村の外やエドガーの国の話をして欲しいとせがんできた。いいよ、と答えた彼はゆっくりと話をしながら、月の夜を大いに楽しむ。
 きっとこれが異文化交流というものだ。
 エドガーはレディ達と共に月を眺めながら、もう一度そっと瞳を緩めた。
 閑やかな平穏は確かに今、此処にある。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

城野・いばら

まぁ、お月さんのお祭り?
エンパイアのお祭りは初めてで
気になっちゃったの
それに、ちみもうりょ…
すこうし前に習った言葉も気懸りで
ね、いばらもまぜてくださいな

お月見は何をするのか尋ねれば
楽しみ方は沢山みたいで
きょろきょろ迷っちゃう
冷やしあめに嬉しそうな小さなアリスに
笑顔のお裾分け頂いて
薄さんの元へ赴けば
ふふ、此方も賑やかなお祭中のよう

チリリと響くお歌にさやさや揺れる穂の音
稔りを喜び未来を想うのは、植物達や虫さんだって
私も秋が大好きよ

素敵な合唱にご一緒させてもらいながら
ふわふわ芒にふぅと息吹き
皆が揺れるお手伝い

風さん風さん
種を運んでくださいな
そうしてね
また新しいお姿であいましょう
秋をうたいましょうね



●秋を謳う風
 今宵に巡るのは月を眺める、少し特別なお祭り。
「まぁ、お月さんのお祭り?」
 いばらにとって此の世界のお祭りは初めてのこと。他の世界のものと比べれば賑わいは控えめだが、里の者達にとって大事な催しだと聞いた。
 気になっちゃったの、と柔く微笑んだいばらは歩を進めていく。季節は違えど、いつかに蛍火を探した夜のことが思い起こされた。
「それに、ちみもうりょ……ちみ、もうりょうの気配があるなら――」
 これは少し前に習った言葉。いろんな怪物や妖怪という意味だと教えて貰った。
 魑魅魍魎が出るという話も気懸りで、いばらはこうして村に訪れた。通りには楽しげな雰囲気が満ちていて、いばらは近くを通り掛かった少年に声を掛けてみる。
「ね、いばらもまぜてくださいな」
「お姉さんは旅の人? いいよ、おいでよ!」
 少年は快く応え、いばらを手招きした。あっちでおいしいものが貰えるよ、と笑顔で語る彼は村に人が来てくれたことが嬉しいらしい。
「お月見って何をすればいいのかしら」
「お姉さんは月見をしたことがないの? えっとね、お前の好きに楽しめ! ってうちの父ちゃんがいってたよ」
 月を眺めてしみじみするのもいい。月見団子をめいっぱいに食べてもいい。少年の話に頷いたいばらは、作法やルールなどはないのだと理解した。
「楽しみ方は沢山みたいね」
 ありがとう、と少年に告げたいばらはきょろきょろと当たりを見渡した。迷っちゃうな、と楽しげに目を細めたいばらはまず、冷やしあめを貰いに行った。
 先程に嬉しそうな駆けていく小さなアリスを見つけたからだ。
 両親の元に向かう少女は笑顔を浮かべていた。嬉しさをお裾分けして貰えたように思えて、何だかとても心地よい。
 いばらは分けて貰った飲み物の瓶を片手に芒の野に歩んでいく。
 其処では秋の夜風を受けて揺れる穂が、さやさやと鳴っていた。
「ふふ、此方も賑やかなお祭中のよう」
 アリス達だけではなく、まるで芒たちも歌っているかのようだ。
 チリリと響く歌。揺れる穂の音。
 鈴虫の聲に耳を澄ませたいばらは季節の巡りを尊く感じた。
 稔りを喜び、未来を想う。それは植物や虫だって同じこと。此処には遍く全てに等しく降り注ぐ、やさしい月光もある。
「私も秋が大好きよ」
 鈴虫や芒の素敵な合唱を快く受け止めながら、いばらは芒に手を伸ばす。ふわふわの芒に、ふぅと息を吹いた彼女は皆が揺れる手伝いをしていった。
 そして、いばらは夜空を振り仰ぐ。
 この里の人々がこれからの豊穣や平穏を願うなら――。
「風さん風さん、種を運んでくださいな」
 そうしてね、また新しいお姿であいましょう。
 秋をうたいましょうね。
 季節の風に語りかけていくいばらは、花唇をそうっとひらいた。
 うたうのは、此処にいる皆のために。
 夜を駆けゆく風はいばらの頬を撫で、月が浮かぶ空に流れていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類
ようやっと
ようやく、見つけた
案内を聞いて震えた手も殺意も
抑え、本体と面と共に箱の奥

芒の揺れる音に風を感じ
小さな村の素朴で落ち着く風情
お祭りを楽しむ人たちの様子が微笑ましい
いいよるですね
今年の稲の具合はどうです?なんて声をかけ

振る舞い酒は、今夜はやることがあるし遠慮し
かわりに冷やし飴を一杯だけ
少し離れた場所で祭りの様子眺め
そよそよ、揺れる芒を照らす月光の金色に
訪れる相手の瞳を思い出すけれど

村の人や、楽んでる方々の笑顔見れば
そんなものとは違うとすぐわかる

この祭り途中に乱入される形じゃなくて、よかったねぇ
皆、わらってる
ぽつり箱で眠る相棒に声をかけ

明日への希望
気まぐれや戯れに焼かれていいものは
ひとつも



●辿る火途
 月夜を彩るのは、人々の想いと心。
 美しい芒の野を穢すのはなんびとたりとも赦されない。それが無慈悲に全てを灼く焔だというのならば尚更だ。
 類は夜空を見上げ、拳を握り締めた。
 遠くからは賑わう声が聞こえているが、今の彼はひとりで芒の野に佇んでいる。
「――ようやっと」
 ようやく見つけた。やっと、この腕をあの存在に伸ばせる。
 彼の妖の話を耳にしたことで一度は手が震えた。浮かんだ感覚と殺意は胸の裡に抑え、本体と面と共に箱の奥に仕舞い込んでいる。
 今の類の心は凪の海のように静かだ。されど奥底には焔より熱き志が沈んでいる。
 類は芒の揺れる音に耳を澄ませ、風を感じた。
 視線を巡らせれば、小さな村の様子が見える。此処からも平穏が続くと信じ、未来に希望を抱く人々の姿。それは素朴で落ち着く風情であり、微笑ましく思える。
 先程、類は祭を楽しむ人々に声を掛けてみた。
「いいよるですね」
「ああ、絶好の月見日和だ!」
「今年の稲の具合はどうです?」
「あの芒の穂みたいに頭を垂れてたよ」
 そういった遣り取りをしてから、勧められた振る舞い酒を気持ちだけ受け取った類は今、こうして月を見上げている。
 今夜はやることがある。そういって遠慮したかわりに一杯だけ貰った冷やし飴。
 逸ってしまう心を抑えているゆえ、今はそれを飲み干す気にはなれない。しかし類は陶器の瓶をそっと掲げた。
 揺れる水面には月が映っている。自分が飲むかわりに月に捧げよう。
 そんな思いを抱いた類は嘗ての自分を思い返す。
 この里はほんの少しだけ彼処に似ている気がした。社に祀られていた鏡だった頃の自分がいた、あの場所に。
 そう思ってしまったのは、此処に訪れる途中に大銀杏の木を見つけたからだ。
 あの頃は時折、お供え物を貰っていた。
 団子だったこともあれば、酒が備えられることもあった。社に手を合わせて何かを願う人もいた。嘗ての類は彼女や、彼らを見守っているだけだった。
 たくさんの人々に慈しみを抱いた。
 友になりたい子もいた。あの頃の自分は物でしかなかったから、言葉を交わすことも出来なかったけれども。とても大切だった。
 そうして、鏡は人の短い生の行く末を繰り返し見送ってきた。
 縁を重ねて見守る度に鏡は病んでいった。
 それでも其処に在ることが己の役目であるのだと信じていた。だが――。
 あの日、全てが炎に包まれた。
 社も樹も、何もかもが燃えて焼き尽くされた。紅蓮の中に焼け落ちるものを見たときの記憶が、今の類の胸裏に蘇った。
 頭を振った類は思考を今に引き戻す。
 燻るような感覚を振り払った彼は祭の様子を改めて眺めていく。
 そよそよと揺れる芒。やわらかな穂を照らす月光の金色にふと、これから訪れる相手の瞳を思い出す。
 押し込めたはずの感情が揺らぎ出した。
 されど未だ。まだ、そのときではない。思いを抑え込んだ類は息を吐く。もうあのときとは違う。繰り返させないと心に決めた類は芒を見つめる。
 金色が想起させるものは重くて昏い感情。
 だが、この村の人や楽しんでいる猟兵達の笑顔を見れば、月の光も芒の穂もそんなものとは違うとすぐにわかった。
「この祭り途中に乱入される形じゃなくて、よかったねぇ」
 ほら、皆がわらっている。
 類はぽつりと、背負った箱で眠る相棒に声をかけた。返事はないがそれでいい。
 この平穏を守るためなら、何だって。
 思いを巡らせた類の口許は、思考に反して弧を描いていた。
 類はもう一度だけ月と夜空を見上げた。雲ひとつない天に、烟る焔は似合わない。

 此処にあるのは明日への希望。
 嘗ての社に託されていたのも、未来への祈りや願い。

 気まぐれや戯れに焼かれていいものなど、ひとつもない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーファス・グレンヴィル


出身地はサムライエンパイア
コイツに確認したこともないけど
なんとなく、そう感じていた

ちらりと肩の上に座る黒竜を見る
呑気に欠伸している姿を目撃し
思わず口角が緩んでしまった

村の通りを歩いて見掛けた屋台
ひょいっと、二本の団子と冷やしあめ
全ての会計を通りすがりに済ませて
一本は相棒へと差し出した

もぐもぐと嬉しそうな様子
それを見て、また目を細める
お互いに過去の事は話さないし
オレから聞くことも今までなかった

でも、

天を仰げば月が笑ってる
ひらりひらりと赤い蝶が舞う
向かい合わないと、いけないと思った

小さな里の隅っこ
いつの間にか周りに人は居なかった

──なあ、ナイト、
お前、オレの過去知ってるだろ

それは断定、聞くまでもない
黒竜がいつものようにふざけないのは
オレの視線が月に向いていたからだろうか

守りたい者が居る
離したくない、渡したくない
一生一緒に居たいと、そう思える、
大切なヤツが、オレの心に居座ってるから

あとでお前が知ってること
全部オレに教えてくれよ
アイツの隣で笑いたいから

戦場で生き、戦場で死ぬ、
──ああ、だけど、



●変わりゆく世界
 澄んだ空気と空に浮かぶ月。
 秋風が頬を撫でていく夜の最中、里は長閑さと賑わいに満ちている。
 村の通りに訪れたルーファスとナイトは月を見上げていた。芒の野から眺める月は格別らしいが、この場所からでもよく見える。
「なかなかに賑わってるな」
 ルーファスは視線を巡らせ、村の通りを瞳に映した。
 少し離れたところからは里の人々の楽しげな声が響いてきている。ナイトは耳をぴんと高く立て、その声を何処か懐かしそうに聞いていた。
 黒炎竜の出身地はこの世界、サムライエンパイアなのだろう。
 本人もとい本竜に確認したことはないが、ルーファスは何となくそう感じていた。もし違うのであれば、ナイトがこの地に親しみを感じている理由がわからない。
 ルーファスは肩の上に座っている黒竜をちらりと見遣った。
 尾をぱたんと振りながら、呑気に欠伸しはじめたナイト。何だか随分と機嫌が良いらしい。その姿を目にしたルーファスの口許が思わず緩む。
 そうして、ふたりは村の通りを歩いていく。
 見掛けた屋台では、今宵のために焼き団子と飲み物を振る舞っていた。
「よ、そこの兄さん。月見団子はどうだい?」
「良いな、二人分頼む」
 貰うぜ、と声を掛けたルーファスは自分とナイトの分をひょいっと手に取った。二本の団子はナイトが爪で受け取り、冷やしあめはルーファスの手に収められる。
 一本ずつ焼き団子を持ったふたりはさっそく味わってみることにした。芒の野で食べるのもいいが、まずは焼きたてを一口。
 特に何の心配もなく、団子を頬張ったルーファスだったが――。
「……熱ッ」
 思わず口から串を離した彼は口許を押さえた。その様子を見ていたナイトが、ふーふーしないからだ、といった様子でルーファスを笑う。
 しかし、すっかり油断していたナイトも熱々の団子を一気に口にしてしまった。
「――!?」
 かなり熱かったらしく、ナイトがぴょこんと飛び上がる。人のことが言えた義理かと笑い返したルーファスは熱を持ったままの団子を冷ましていく。
「とんだ罠だったな、焼きたて団子」
 くく、と喉を鳴らしてルーファスが笑うとナイトもおかしげに瞳を細めた。
 そうして、二人が芒野原に到着した頃には団子の熱さも丁度いい具合になった。もぐもぐと嬉しそうな様子で団子を頬張るナイトはとても上機嫌だ。
 ルーファスはその様子を見て、また双眸を緩める。
「なあ、ナイト」
「?」
 適当な場所に腰を下ろしたルーファスは黒炎竜に声を掛けた。串に刺さった団子の最後のひとつを口にしていたナイトは不思議そうに首を傾げる。
 お互いに過去の事は話さず、聞くこともなかった。
 だが、いつまでもそのままではいけない気もする。これまでの数多の戦場を渡って来て、ただそれだけでいいと思っていた。
 でも、と天を仰いだルーファスは月の光を瞳に映す。
 月が笑っていた。
 そして、ふたりの傍にひらりひらりと赤い蝶が舞っている。今宵を機に、向かい合わないといけないと思った。
 小さな里の隅っこで周囲に人はいない。だから聞くなら今が一番相応しい。
「ナイト。お前、オレの過去知ってるだろ」
「!」
 びくっと身体を震わせたナイトに対してルーファスは断定的な口調で語りかけた。
 聞くまでもないことだからだ。黒竜がいつものようにおどけたり、ふざけたような態度を取らないのも確信を裏付けるものとなる。
 ナイトは暫し押し黙っていた。
 あの日、妹と会った時のナイトはごく自然に接していた。あのときからずっと思っていたことをやっと今、尋ねることが出来たのだ。
 ルーファスは決して返事を急かさず、視線を月に向けた。ナイトも同じようにじっと夜空を眺めていく。
 守りたい者が居る。離したくない、渡したくない。
 叶うならば一生、一緒に――傍に居たいと、そう思える相手が出来た。
「分かるだろ。大切なヤツが、オレの心に居座ってるからさ」
「…………」
 とん、と自分の胸を軽く叩いたルーファスをナイトが見つめている。月を見上げている彼の瞳に映っている光を眺めているのだろう。
「あとでお前が知ってること、全部オレに教えてくれよ」
 アイツの隣で笑いたいから。
 胸を張って、すぐ傍に立っていたいから。
 ルーファスの真っ直ぐな言葉を聞いたナイトは、わかった、と言うように頷く。たとえそれがどんなものであっても受け入れようと考え、ルーファスは静かに笑った。
 戦場で生き、戦場で死ぬ。
 これまではただ、それだけで良かった。
「――ああ、だけど、」
 不意に零れ落ちたルーファスの声。その続きは紡がれなかった。彼自身も敢えて口を閉じたまま空を仰ぎ続ける。
 きっと――その言葉の先と思いを誰よりも分かってくれているのは、相棒だ。
 柔らかな月光と戯れるように赤い蝶がふわりと翅を揺らした。
 月の夜のひとときは、穏やかに過ぎていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
ともえさん/f02927

円かな月を眺む時
きまって、あなたの姿を思うのよ
わたしにとって月とあなたは共に在るもの
此度も、あなたと見上げることが出来た

纏うのは黒地に白と赤の花々が咲く浴衣
あしらわれた金細工にちょっぴり背伸びをするよう
ふふ、ほんとうね
ステキな景色、うつくしい眺めだわ

紙面上では、見たことがあるかもしれないけれど
ともえさんの和装をはじめて見たわ
嗚呼、とてもお似合いよ。ともえさん
美丈夫の隣を往けて、光栄だわ

ひんやりとした風が肌を掠めたなら
涼やかな秋の訪れを感じるようだわ
わたしも、あめ湯をいただこうかしらね
やわいあたたかさを、共にいただきましょう

天上に浮かび上がる月を眺めながら
あなたの語らいへと心を傾ける
もちろん。たんと聴かせてちょうだいな
あなたを識ることが出来るのは、うれしいもの

月のひかりは在りのままの心を晒け出すよう
甘味を片手に、うんと語らいましょうか
わたしの話も聴いてくださる?

まだまだ、月の夜は長いもの


五条・巴
七結/f00421

見晴らしの良い平野にまあるいお月様
今日はお月見日和だね
今年誂えた白地に紫陽花の浴衣を纏い、足には慣れない手つきで塗った青緑のネイル
一段と気合の入った様子で七結と隣歩く
七結も変わらず素敵だよ。

肌寒くなったこの時期に暖かい飲み物があるのは嬉しいね
僕あめ湯っていうの、飲んだことないから飲んでみたいな
七結はなにか食べる?
べっこう色の飲み物を一口、じんわり奥から温まるよう
おいし、あめ湯って名の通り甘いや。

月の見やすい場所に行って腰を落ち着けたら僕の視界はお月様だけ
あのね、最近の僕の話、聞いてくれる?
月見を介して幾度となく対話を重ねてきた七結とだから話せること、僕のこと、お月様のこと。
相手をみないから言えることもあるんだ。

いっぱい話してお腹空いてきちゃった。ねえ、お団子も買って食べない?
今度は七結の話を聞かせて



●物語る月夜
 月は憧れ。月は希望。そして、望みでもある。
 見晴らしの良い平野に浮かんでいるのは、まあるいお月様。遠い空から此方を見下ろしている月を振り仰ぎ、巴と七結は笑みを重ねた。
「今日はお月見日和だね」
「ふふ、ほんとうね」
 巴が空を示すと、七結も瞳を細めて月を眺めた。
 夜の空気は涼やかで心地よい。それに、七結にはもうひとつ思うことがある。
「円かな月を眺む時はきまって、あなたの姿を思うのよ」
 そのように七結が語れば、巴は嬉しそうに微笑んでみせた。
 二人の今宵の装いは浴衣。折角の月夜を楽しむならば装いも和がいい。
 七結が纏うのは黒地に白と赤の花々が咲く浴衣。
 あしらわれた金細工にちょっぴり背伸びをするような気分を覚えながら、七結は巴に視線を向けた。
 巴の浴衣は今年に誂えたもの。
 白地に紫陽花が咲く生地。その色彩に合わせ、足には慣れない手つきで塗った青緑のネイルが煌めいている。
 七結と共に過ごすのだから、と一段と気合を入れた気持ちのあらわれだ。
「わたしにとって月とあなたは共に在るもの。此度も、あなたと見上げることが出来たことが嬉しいわ」
 偽りのない言葉を紡いでくれる七結の瞳は、月にも負けないくらい綺麗だ。
 比べるものではないと分かっているので、巴は敢えてそれを口にはしなかった。そうして、その代わりに広がる夜の空気を示す。
「情景も相まって、良い夜だね」
「ステキな景色、うつくしい眺めだわ」
「七結も変わらず素敵だよ」
 巴が真っ直ぐに褒めてくれるので、七結の口元に笑みが咲く。
 そうして、七結はじっと彼の浴衣を見つめ返した。彼が表紙や特集を飾る紙面上ではこういった装いも見たことがあるかもしれない。けれども、今のように間近で実際に目にすることはなかった。
「ともえさんの和装をはじめて見たわ」
「変かな?」
「嗚呼、とてもお似合いよ。ともえさん。美丈夫の隣を往けて、光栄だわ」
 七結がふわりと告げた言葉は心からのもの。
 ひんやりとした風が肌を掠めながら二人の間を吹き抜けていく。七結と巴は暫し、ゆったりと歩きつつ夜の心地を楽しんだ。
「涼やかな秋の訪れを感じるようだわ」
「肌寒くなったこの時期に暖かい飲み物があるのは嬉しいね」
「わたしも、あめ湯をいただこうかしらね」
 巴が軽く掲げたのは村の通りで振る舞っていた飲み物。どうぞ、と巴から渡されたあめ湯を受け取った七結は掌にあたたかさを感じた。
「いただきます」
「やわいあたたかさを、共にいただきましょう」
「あめ湯っていうの、飲んだことないから楽しみだな」
「ほんのすこしだけぴりりとするかしら。あとは飲んでみてのお楽しみね」
「ん……本当だ。おいし、あめ湯って名の通り甘いや」
 べっこう色の飲み物を一口味わえば、じんわりと奥から温まるような心地が巡った。七結もほんのりと湯気が立つあめ湯に口をつけ、同じ味わいを楽しむ。
 そっと見渡した里の通りは、村人や猟兵の声に溢れていた。
 駆けていく子供。焼団子を華麗に焼いて行く者。
 あめ湯の鍋をかき混ぜている老人や、それを楽しみに眺める少年。冷やしあめにしたものを両手に持って、道先で待つ娘に運んでやる親。
 行き交う猟兵も振る舞われる団子の相伴に預かっており、それぞれにこの夜を堪能しているようだった。
 巴は目を細め、その様子を瞳に映していく。
「七結はなにか食べる?」
「そうね、甘味がいいわ」
「それじゃあ貰っていこうか」
 巴は屋台の方に歩んでいき、黄粉と餡が絡められた団子を二人分貰った。楽しんでくれよ、と見送ってくれた男性に手を降った七結は更なる心地よさを感じる。
 そうして、二人は芒の野へ歩み出した。
 風を受けてさやさやと揺れる芒の穂は美しい。それも月光を受けて仄かな金色に染まっているからだろうか。
 揺らめく穂の色彩と、深い夜色の空が重なる様は秋ならでは。
 七結と巴は月がよく見える場所を探し、其処にそっと腰を落ち着ける。背の高い芒に周囲を囲まれているので、まるで世界が自分達と月だけになったようにも思えた。
 けれど、遠くや近くからは誰かの楽しげな声も聞こえる。
 それもまたこの秋景色を彩るひとつになっているかのようで快い。
 静かでありながらも賑やか。
 不思議な感覚をおぼえる情景と音は実に好いものだ。
 浴衣の裾が秋風に揺れている。頭上を振り仰げば、巴の視界はお月様だけになった。そのまま月を眺めながら、巴は七結に問いかけてみた。
「最近の僕の話、聞いてくれる?」
「もちろん。たんと聴かせてちょうだいな」
 七結も巴に倣って空を仰ぎ、こくりと頷く。
 天上に浮かび上がる月はただ静かに地上を見守っている。自分もあのようになれたら、と感じた七結は語られていく巴の話に耳を傾けた。
「あのね――」
 語らうのは自分のこと。お月様のこと。
 それは月見を介して、幾度となく対話を重ねてきた七結とだからこそ話せること。
 巴はあめ湯を味わいながらゆっくりと様々なことを語っていった。耳だけではなく、心も傾けた七結は静かに彼の声を聞いていく。
「七結はたくさんのことを聞いてくれるね」
「あなたを識ることが出来るのは、うれしいもの」
 巴の視線は今も月に向けられている。
 照れくさいわけでも、彼女を見たくないわけでもない。けれども相手をみないから言えることもある。
 それから、七結と巴はじっくりと語りあった。
 月へ行ったはずの人のこと。
 誓いを抱いたあの日から、今までのこと。
 いらないものや捨てたいものがあっても、自分は何も捨てられないこと。欲張りのままでもこうして、生きていこうと考えていること。
 巴は様々なことを話していく。
 七結はあめ湯の水面に映る月を見下ろしていた。
 緩やかに水面を傾ければ、丸い月が揺らぐ。ひとつずつの言葉を確かに聞きながら、七結は月に響く声を受け止めた。
 月のひかりは変わらず、地上に降り注いでいる。
 月光は在りのままの心を晒け出すようで何だか不思議だ。それでも心地よさはずっと同じで、二人は共に和やかなひとときを過ごしていく。
「いっぱい話してお腹空いてきちゃった。ねえ、そろそろお団子も食べない?」
「ええ、いただきましょう」
 気付けば団子を食べることも忘れて、巴はたくさんのことを話した。ふふ、とちいさく笑った七結は首肯する。
「甘味を片手に、今宵はうんと語らいましょうか」
「わ、おいしい」
 餡団子を口にした巴は頬を綻ばせた。この里の人々のあたたかな気持ちと、月を想う心が伝わってくるかのようだ。
 七結も黄粉団子をそうっと食みながら、甘やかな気分を味わってゆく。
「ねえ、わたしの話も聴いてくださる?」
「うん、今度は七結の話を聞かせて」
 眼差しは月へ。心はきみへ。
 語らいの時間をやさしく見守り続けてくれる月光はとても好いものに思えた。
 さあ、次は何を話そうか。
 七結は考えを巡らせ、先程の巴に倣って月に目を向けた。
 巡りと縁を迎えた蝶々との出逢いの話。大切だと思うひと達と館で過ごした日々の語らいや、あの印象的な出来事や思い出話をしてもいい。
 ひょんなことから学園に通うことになった話でもいいし、とても嬉しかった夢の話でも――きっと、巴は何だって優しく聞いてくれるはず。
 まだまだ夜は長い。
 今宵は夜が更けるまで。そして、またいつかの月夜が巡ったときも、共に。二人が紡ぐ声はやわらかに、月の下に響いていく。
 
 そうして、月夜の情景は深く巡っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『『嗤う火車』籃火』

POW   :    相対
自身に【喰った生き物達の怨念】をまとい、高速移動と【受けた者の胸に抱く地獄を見せる炎】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD   :    回天
自身の【操る火車】が輝く間、【負傷した配下の骨獣達】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ   :    影炎
攻撃が命中した対象に【記憶を奪い味方を敵と見做す呪い】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【レベルm半径を覆う炎の檻内にいる猟兵同士】による追加攻撃を与え続ける。

イラスト:mura

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は冴島・類です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●月夜の機
 美しい月を眺める時間は和やかに過ぎていく。
 誰もこの後に悲劇が巡ろうとしていることには気付かぬまま、穏やかに。
 時刻は真夜中。
 里の人々がそれぞれに帰路についていく中、猟兵達は暫しその場に残った。月は変わらず静かなままだが、徐々に不穏な空気が満ちてきている。

 不意に芒の野に陽炎が揺らいだ。
 音もなく現れたのは火車を背負う女性の影。それこそが此度の敵、籃火だ。
「おやおや、楽しそうな――……ん? まだ此処に人がいるのか」
 里の方を見ていた籃火は周囲の気配に気付く。
 誰もいないと思ったのに、と呟いた彼女は警戒を強めた。待ち構えていた猟兵達がただものではないことを感じ取ったのだろう。
「邪魔をする気ならば、先にお前達を焼いてしまおうか」
 予定とは違ったが、と口にした籃火は周囲をぐるりと見渡した。
 生気のない白い肌は月の光を受けていた。それが更に怪しさを増している。見目麗しい姿をしているが、それはこの妖の本来の姿ではない。
 鋭く覗く牙や爛々と光る瞳こそ化生のようであっても、その身体は仮初め。かつて妖が気に入った娘の皮を被っているだけに過ぎない。
 籃火の周囲に色濃い炎が巡ってゆく。
 その傍には骨とされ、付き従わされている獣達もいる。理性すらなく、今にも此方に飛び掛かってきそうな骨獣達を視線で抑えながら、籃火は辺りを見渡した。
「これは……ハレの気か。これで私を抑えようとでも?」
 くくく、と見た目に不釣り合いな笑い声をあげた籃火は猟兵達を見据える。
 無駄だと言わんばかりの態度だが、猟兵達が此処で過ごすことで紡いだハレの力は確かに妖の力を削いでいるようだ。

 籃火は嗤う。
 その火車はこれまで幾つもの里や村、野を焼いては人を苦しめてきた。
 従わされている骨獣達の意思も、今まで為す術もなく燃やされ、喰らわれてきた人々の無念も、あの火車にすべて閉じ込められているのだろう。
 今こそ、あの妖を屠るべきときだ。
 こんなに美しい月夜を烟らせる炎など、此処には必要ないのだから――。
 
月舘・夜彦
【華禱】
里を焼くだけでなく殺めた者の肉体さえも利用するとは
……ですが、これ以上犠牲を出させはしません
過去の者を救えなくとも、この先の者は救えるのですから

火車だけではなく配下にも警戒
呼び出した怨念には刃を破魔の付与して攻撃を行う
配下へはなぎ払いを使い、炎は衝撃波にて払う
物理的な攻撃は残像による回避から反撃

その体は本来の物に非ず、何度も変えていることでしょう
里は、村はどれだけ
自分の感じたままに問う
己を奮い立たせる為、そして刃になる

火車の話から倫太郎の鎖を合図に納刀
駆け出して素早く接近し、早業の抜刀術『咎花』
発動時も2回攻撃にて追撃

罪の意識はなくとも咎は残る
……彼等の痛みとは比べ物にはなりませんがね


篝・倫太郎
【華禱】
これまでに幾つもの里を焼いてきたんだろうなァ、あんた

今、あんたが借りてるガワの……
その娘は助けてくれと言わなかったか?
止めてくれと泣き叫ばなかったか?

これまでの行動を挑発を用いて妖の口から語らせる
夜彦の一撃を確実にする為に

俺自身は妖が過去の行動を語った時点で禍祓ノ鎖を使用
妖も骨獣も纏めて鎖を当ててやる
拘束出来なくても、一瞬でも動きが鈍ったらそれでいい
夜彦にはその一瞬で充分だから

夜彦、任せるぜ!

敵の攻撃は見切りと残像で回避
回避不能時はオーラ防御で防いで凌ぐ
夜彦に攻撃が向かう場合もオーラ防御を展開しつつ確実に庇う

……こんな月が綺麗な夜に悲鳴も惨劇も似合わねぇからな
無粋なんだよ、あんた……



●悪しき存在
 月夜が曇るような昏い空気が辺りに満ちている。
「これまでに幾つもの里を焼いてきたんだろうなァ、あんた」
 倫太郎は現れた敵を見据え、鋭い眼差しを向けた。夜彦も構えを取り、倫太郎と同様に嗤う火車のばけものを瞳に映す。
 里を焼くだけでなく、殺めた者の肉体を利用するとは言語道断。だが、夜彦は決して相手を許さないと決めている。
「……これ以上犠牲を出させはしません」
 既に死を迎えてしまった過去の者は救えなくとも、この先の者――即ち、今を生きている人々は救える。
 倫太郎は夜彦に頷き、籃火に語りかけた。
「今、あんたが借りてるガワの……その娘は助けてくれと言わなかったか? 止めてくれと泣き叫ばなかったか?」
「さあねぇ」
 その問いかけに対して、返ってきたのは短い言葉。
 倫太郎の狙いは、これまでに相手が行ってきた行動を自ら語らせること。挑発になるかと思ったが、敵はそんなことなど気にしていない様子だ。寧ろ興味などないといった様子で詳しい話を語る気配はない。
「どの皮も同じようなことを言っていたから、いちいち覚えていないな」
 おそらくどこで何があったということを記憶していないのだろう。
 彼女の中にあるのは人々が苦しむ光景を見たいという衝動だけ。人間の見た目をしていてもヒトではないのだから、人の道理は求められない。
 しかし、それは夜彦の一撃を確実にする為の揺動でもある。
 夜彦は火車の妖だけではなく配下に対しても警戒を強めていた。だが、次に敵から放たれたのは怨念を纏った一撃だ。
 呼び出された怨念に対して夜彦は刃を構え直す。其処に破魔の付与していった夜彦は攻撃を行おうとした。
 此方には骨の配下は来ない。されど、解き放たれた炎は夜彦を襲った。
「……!」
 夜彦の目の前に地獄のような光景が広がる。
 それを衝撃波で薙ぎ払おうとした夜彦は、残像を纏いながら回避しようとした。しかしそれは何処までもついてくる幻だ。炎は夜彦を包み込み、胸に抱く地獄を見せ続ける。その幻は夜彦にしか見えず、振り払うには重すぎるものだ。
 それでも彼は刃を振るうことを止めなかった。
 倫太郎は夜彦が何かを見ているのだと感じながら、自らを穿った炎を払った。
「くそ、こんなもの……!」
 目の前の妖が過去について語らずとも、倫太郎は相手を認める気はない。禍祓ノ鎖の力を解放した倫太郎は妖や骨獣を纏めて縛ろうと狙った。
 倫太郎の周囲にも地獄めいた幻の光景が広がり、炎が身を焼いている。
「この鎖を当ててやる」
 災禍を祓う、鎖を此処に。
 宣言した倫太郎は幻を無視した。たとえ拘束が出来なくとも、相手の一瞬でも動きが鈍るならばそれでいい。
 ――夜彦にはその一瞬で充分だから。
 自分とは違う地獄を視せられているとしても、彼ならやってくれる。
「夜彦、任せるぜ!」
 信頼の思いを抱いた倫太郎が呼び掛けた、次の瞬間。
 夜彦が地面を蹴り上げて跳躍した。
「その身に、知らしめよ」
 抜刀術、咎花。
 刀による斬撃が籃火を切り裂いた。
 夜彦の眼差しは地獄の焔ではなく、嗤う火車に向けられている。その体は本来の物に非ず、何度も変えていることなのだろう。
「里は、村はどれだけ」
「……ふふ」
 自分の感じたままに問うた夜彦に対して、籃火は不敵に笑ってみせるだけ。
 その言葉は夜彦が己を奮い立たせる為のもの。許せないと感じている思いはそのまま、刃に込める力に変わっていく。
 倫太郎は敵の攻撃を次は見切ると決め、夜彦と同じ用に残像を纏った。
 出来る限りの回避を行いつつ、それが不可能なときはオーラの防御を巡らせることで炎を防ぎながら凌ぐ。もしまた夜彦に攻撃が向かうならば、展開したオーラを纏った倫太郎が庇いに行く心算だ。
 夜彦は更に籃火との距離を詰め、倫太郎の鎖が迸った瞬間を狙う。
 納刀した夜彦は素早く敵の横合いに回り込み、早業で以て再び抜刀した。その際、彼は二連撃を与える機会を狙い続ける。
「何も語らぬ貴方に罪の意識はなくとも、咎は残っているでしょう」
「おや、この炎を耐えるとはなかなかやるようだ」
 夜彦の攻撃を受け止めたばけものは、更に口許を緩めた。反撃の炎が夜彦と倫太郎を包み込むが、二人は怯まない。
 どんな地獄が見せられようとも、敵だけは絶対に見失わないと決めていた。
「……こんな月が綺麗な夜に悲鳴も惨劇も似合わねぇからな」
「ええ。今与えた力も彼等の痛みとは比べ物にはなりませんがね」
 月夜の光景を示した倫太郎は里を守りきると告げた。
 夜彦も刃を振るい続けながら、標的に棘を生やしていく。そして、倫太郎も禍祓ノ鎖を解き放っていき――。
「無粋なんだよ、あんた……」
 彼の言葉が紡がれていく最中、斬撃と破魔の棘鎖が激しく迸った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
やあ、籃火君。ごきげんよう
待っていた、と言うとなんだかロマンチックになってしまうね
しかしね、キミが私達の前に姿を現すのを待ち構えていたんだよ

キミがココから先に進むことはない
籃火君の悪しき旅はこのススキの野原までだ
…終わらせるのは私じゃなくて、きっと“かれ”だけれど
王子として、友人として。力になるとも

そういうワケで、私は籃火君に焼かれるつもりは無いんだ
その骨の獣たちも、死後も操られて哀れだ
眠らせてあげよう

“Eの誓約”
連撃には連撃で対抗するまでさ
私も《早業》には多少自信があるんだ
傷を受けても《激痛耐性》もあるし怯まない
いくらか消耗のある技だけれど、構わないさ

ハレの力、すこしは思い知ってくれたかな?



●ハレとケと妖
 妖のひとつ、火車。
 それは葬式や墓場から死体を奪う妖怪とされ、一説では猫妖が正体だともされる。しかし今、エドガーの目の前にいるばけものは猫のように可愛らしいものではない。
「やあ、籃火君。ごきげんよう」
 エドガーはレイピアを華麗に鞘から抜き放ち、軽く一礼してみせる。
 対する籃火は興味がなさそうにエドガーを一瞥した後、月色の双眸を鋭く細めた。
「どいつもこいつも、何か用かい」
「キミを待っていた――と言うとなんだかロマンチックになってしまうね」
「私はお前など必要としていない」
 退け、と言わんばかりに籃火はエドガーに向けてひらひらと手を振る。だが、里を背にしたエドガーは一歩も動かない。
「それは残念だな。しかしね、キミが私達の前に姿を現すのを待ち構えていたんだよ」
 この出会いは逢瀬でも何でもない。
 妖を打ち倒すために此処に集ったのだと語ったエドガーは、レイピアの切っ先を籃火から逸らさずにいる。
「キミがココから先に進むことはない」
「……ほう」
「籃火君の悪しき旅はこのススキの野原が終着点だ」
 エドガーは凛とした眼差しを籃火に向け続け、はっきりと宣言した。
 ――終わらせるのは私じゃなくて、きっと“かれ”だけれど。
 思いは敢えて言葉にせず、エドガーは友人を思う。こうして自分が先に立ち、籃火の周囲に控える骨獣達を抑える。そうすればきっと、かれが怨敵に向かう道が拓けるはず。
「王子として、友人として。力になるとも」
 ねえ、とかれの方に軽く視線を向けたエドガーは静かに微笑んだ。そして、エドガーは一気に籃火に斬り掛かる。
「そういうワケで、私は籃火君に焼かれるつもりは無いんだ」
「いいや、それならば逆に燃やしてやりたくなる。お前達、行け」
 突き放った一閃は避けられ、籃火の傍に居た骨獣がエドガーに向かって飛び掛かってきた。されどエドガーの狙いは元より獣達の方だ。
 身を翻し、芒の影に駆けた彼は敵を引き付けながら勢いよく振り返る。
「やあ、骨の獣くんたち。そんな姿になってまで操られて哀れだね。大丈夫さ、すぐに眠らせてあげよう」
 エドガーは一度だけ目を閉じることで黙祷代わりとする。
 すぐに瞼をひらいた彼は己に宿る力を解放した。自身の背に負うのは消えぬ聖痕。真夜中の闇を照らすような光が現れた瞬間、エドガーの刃が骨を貫く。
 相手の動きも素早いが、エドガーはそれを上回る速さで獣達を砕いた。
 足を切り裂かれた骨獣が地に伏す。
 次の瞬間、別の獣の爪が彼の身を裂いた。だが、エドガーは止まらない。
「私も速さには多少自信があるんだ」
 この聖痕の力は敵以外には振るわないと決めていた。それゆえに消耗も生まれる力だが、今は友のために戦う時。どんな痛みも苦しみも厭わない。
 それに――。
 エドガーにはこの場所を守りたい理由があった。異文化交流をした里の人々の姿や声はまだ思い出せる。僅かな間ではあるが、彼らとの時間は大切に思えた。
 周囲の骨獣すべてを突き崩したエドガーは籃火に目を向ける。
「ハレの力、すこしは思い知ってくれたかな?」
 悪しき行いは赦さない。
 強く告げたエドガーの瞳には、乾いた音を立てて回る火車が映っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
灯す火、翳す火
温もりを感じるものは
とても心地良くあれど
貴方の齎す火と来たら
裡の凍えるばかりだね

揺らぐ陽炎に眸眇めれば
鞄で暴れる糸鴉に気付き
此度の君は頑張り屋だな
であれば、――あ、そうだ
肩上で応援をしてくれる?

勇敢な君に代わる翼持つ
君と似た子を喚ぶとしよう
燈籠に温かな火を灯して
影の小夜啼鳥を指先招き
《浄化》のまじないも添え
五線譜と共に籃火へ放ち

炎操る身、火車、骨獣達を
絡め取り、妨害を試み乍ら
場に被害の至らぬように
《オーラ防御》で炎薙いで
傷付き惑う子が居るならば
治癒と浄化で、援護を担う

“一糸”報いる事が叶うなら
誰かの刃が届くならば、良い

――援護しようね、ふたりで
肩跳ねる子に、強かに笑って



●生者の唄
 灯す火、翳す火。
 炎と一言でいっても様々なものがある。提灯や灯籠、街灯や電灯。焚き火もあれば、篝火や照明。火や灯は常に人と共にあるものだ。
 温もりを感じる火であれば、とても心地良く感じるが――。
「貴方の齎す火と来たら裡の凍えるばかりだね」
「だからどうした?」
 ライラックは籃火に向け、否定の意志を示した。この場を焼き尽くさんとして現れた火車に灯る炎はやさしいものなどではない。
 揺らぐ陽炎に眸を眇めたライラックは籃火から決して目を逸らさなかった。そんな中、ライラックは鞄で暴れる糸鴉に気付く。
「此度の君は頑張り屋だな」
 其処に居て、と告げたのだがどうしても外に出たいらしい。そういえば糸鴉が了承したような素振りは見せなかった。
「であれば、――あ、そうだ。応援をしてくれる?」
 ライラックは糸鴉をそっと肩の上に乗せ、戦闘態勢を整える。
 そうしている間にも敵が放つ影炎が迫ってきた。はたとしたライラックは勇敢な子に代わる翼を持つ、よく似た子を喚んでいった。
 燈籠に温かな火を灯せば、影の小夜啼鳥が指先に招かれる。
 其処に浄化のまじないを添えていったライラックは、紡ぎあげた五線譜と共にそれを籃火へと放っていく。
 炎を操る身。火車、骨獣達。
 相手のすべてを絡め取らんとして、妨害を試みていくライラックは敢えて周囲の仲間から距離を取っていった。そうした理由は味方を敵と見做す呪いに掛かったとしても、誰も傷付けないため。
 そして、炎がこの場に被害をもたらさないようにするためでもある。
 猟兵ならば野原が傷付かぬように戦うが、オブリビオンはそんなことなど微塵も考えやしない。芒に火が燃え移ればどのようなことになるかは想像に難くない。
 害が至らぬよう、オーラを紡いだライラックは炎を薙ぐ。
 もし自分以外に傷付き、記憶に惑う仲間が居るならば治癒と浄化で以て援護を担うつもりでいる。無論、ライラック自身も炎の檻に対抗していた。
(――ただ、一糸でも)
 もし報いることが叶うなら、あの焔を貫きたい。
 ライラックは檻の妖力に耐えながら、想像を巡らせた。敵のあの口振りは、多くの里や村、人を灼いてきたという証だ。
 それゆえに此処で全てを終わらせなければならない。
 炎が悲しみや苦しみを生む未来など誰も望んでいない。過去にあったであろう惨事を繰り返させることもいけないだろう。
 自分の、或いは誰かの刃が届くならば、それで良い。それにきっとこの戦いに終幕を下ろすのは“彼”であるはず。
「――援護しようね、ふたりで」
 肩で跳ねる糸鴉に向けて、ライラックは強かに笑ってみせた。
 そして、耀く五線譜に合わせて小夜啼鳥が鳴く。嘴が囀る唄は焔が満ちる戦場にうつくしい響きを重ねていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ディフ・クライン
こんな燃えやすい地で焔だなんて無粋だね
此処には貴女が燃やしていいものなど何もありはしない

おいで、neige
此処には焔も氷も似合いはしないけれど、全部燃やしてしまうよりはマシさ
何より友が、類がその本懐を遂げる為
その為の道筋を描いてみせるさ

彼女の攻撃な呪いだというのなら
この身に備わる呪詛への耐性で出来うる限り耐えてみせる
その間に、ネージュ。厳冬の雪精。最果ての雪姫
樹氷を作ろう
最果ての冷気で焔すら凍らせて
焔の檻など作らせない

もしもオレが呪いに耐えられそうにないのなら
ネージュ
オレも樹氷にしておくれ
あとで溶かしてくれたらいいから
この手で友を傷つけたくない
頼んだよ

……いっておいで。類
貴方自身の願いの為に



●友の為に
 激しい炎が巡り、心を囚える檻を形成していく。
 周囲が焔に包まれていく様を瞳に映しながらディフは熱に耐えた。見据えた先では火車が嗤うように回っており、籃火が双眸を細めている。
「こんな燃えやすい地で焔だなんて無粋だね」
「そら、焼き尽くされてしまえ」
「此処には貴女が燃やしていいものなど何もありはしない」
 籃火の声に首を振り、ディフは鋭く言い放った。相手は猟兵ごと里を焼くつもりらしいが、そんなことは絶対に成し遂げさせない。
 敵は此方を軽く捻り潰せるとでも思っているのだろうが、此方にも策があった。
 ディフは強い決意を抱きながら、片腕を静かに掲げていく。
「おいで、ネージュ」
 その声に応じた厳冬の雪精が炎に対抗する様子を見せた。
 此処には焔も氷も似合いはしない。けれども、秋の美しさを湛えるこの場所が全て燃やされてしまうよりは、幾分もマシになるはず。
 そして――何より友が、類がその本懐を遂げる為ならば。
「その為の道筋を描いてみせるさ」
 凛と宣言したディフの指先が籃火に向けられた刹那、最果ての雪姫が周囲に樹氷を創り上げてゆく。
 その間にも炎の檻はディフを捉えんとして迫ってきた。
 敵の焔が呪いだというのならば、何としてでも耐えきると心に決める。ディフはその身に備わる呪詛に対する力で以て、出来得る限り惑いから逃れる気概だ。
「――ネージュ」
 厳冬の精をもう一度呼んだディフは、最果ての冷気を深く巡らせた。解き放たれ続ける焔すら凍らせていけば檻の効力は広がらない。
 それでも籃火の力は強く、記憶が剥がされそうになっていた。完全に失うまでにはならないだろうが、ディフの脳裏から大切なことが零れ落ちそうになる。
 ディフは何とか耐えながら、ネージュに呼び掛けた。
「もしもオレが呪いに耐えられそうにないのなら、ネージュ。お願いだ、オレも樹氷にしておくれ」
 囁かれた言葉を聞き、雪精は主を静かに見上げる。
 人形である自分ならば後で溶かしてくれれば助かるだろうから。そのように願ったディフの覚悟は相当なものだ。
 ディフにとっては動けなくなることよりも、炎に焼かれるよりも辛いことがある。それはこの手で友を傷つけたくないということ。
「頼んだよ」
 ネージュはディフの願いに頷く。
 だが、雪精は知っている。ディフの意志は強く、呪いに心までは侵されないということを。だからこそネージュは炎の檻にだけ樹氷の力を差し向けていく。
 ディフも檻の焔に囚われないよう立ち回りながら、大切な友人に瞳を向けた。
「……いっておいで、類」
 今のディフが抱く思いはただひとつ。
 どうか、貴方自身の願いの為に――悔いなき決着を、此処で。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーファス・グレンヴィル


これが、地獄か

黒炎の槍を持つ手に力が入る
ぎろりと敵を睨み付ければ
ハッと鼻で、嗤った

さっきの月見で、
ナイトに聞いたまんまの光景じゃねえか

燃える家屋、逃げ惑う人々
その中、ひとりで笑う赤い鬼

オレの故郷もサムライエンパイアだった
ナイトとの縁は、偶然でも運命でもなくて
あいつと出会った、その場所こそが
──オレ"が"滅ぼした故郷だった

そりゃ、オレには言えねえ訳だ
双眸を細めて、槍を見詰める
本当の出会いを覚えてはないけど
ずっとオレを支えてくれていた

だから、
これは地獄なんかじゃねえ

ブンッと勢い良く槍を回して
地獄を見せる辺りの炎を振り払う

ここから、始めるんだ
何もかもちゃんと知っていくんだよ!



●過去は遠く、未来はその手に
 其処には地獄が見えた。
 先程まで芒の野だったはずの場所は今、燃え盛る炎が広がる地と化している。
 あの地が燃やされたのではないことはよく分かっていた。何故なら、其処にもう芒などはなく――ルーファスが見ているのは、まったく別の景色だったからからだ。
「これが、地獄か」
 ルーファスは黒炎の槍を強く握る。柄を持つ手に力が入ったのは、自分が敵の術中に嵌っていると自覚しているゆえ。
 地獄の光景の中にも嗤う火車の姿はある。
 籃火は何も語らないが、ルーファスの様子を窺っているようだ。その口許が愉悦に歪められていることに気付いた彼は、ぎろりと敵を睨み付けた。
「……ハッ、くだらねぇ」
 鼻で嗤い返してやったルーファスは、地獄の光景に驚いていない。先程の月見の中でナイトから聞いたままの光景が広がっていたからだ。
 燃える家屋が崩れ落ちる。
 逃げ惑う人々が悲鳴を上げて逃げていった。炎は勢いを増し、熱が陽炎を作り出しながら天に昇っていく。
 炎よりも赤い血が地に染み込み、黒く染まっていた。
 まさに凄惨と呼ぶしかない惨状だ。その中でたったひとり、怯えも恐れもせずに笑う赤い鬼の姿がある。
 これは過去の光景であり、地獄そのものだ。
 そして、ルーファスがこれまで封じ込めていた記憶でもある。
「そうだ、オレの故郷も此処だった」
 サムライエンパイアと呼ばれるこの世界で産まれ、生きていた。それゆえにナイトとの縁はただの偶然でも運命でもなく、必然だ。
「こいつと出会った、その場所こそが――オレ“が”滅ぼした故郷だった」
 自分が。己が。
 紛れもない、過去のオレが。
 忘れていたのは封じていたから。ナイトがこれまで一言も語ろうとしなかったのは、ルーファスの根幹に関わることだったからだ。
「そりゃ、オレには言えねえ訳だ」
 ルーファスは双眸を細め、手の中の槍を見つめた。
 本当の出会いを覚えてはない。けれどもナイトはルーファスを支えてくれていた。
 あの光景を知っていても、自分の所業を分かっていても、ずっと。
「だから、」
 ルーファスは黒炎槍を大きく振るい、地獄の幻に向けて宣言してやろうと決めた。あの場所を滅ぼしたことは事実だ。炎が命を奪ったことも変えられない。
 それでも、いま此処で生きているから。思い出したことで変わりゆくものがある。
「これは地獄なんかじゃねえ!」
 次の瞬間、強い言葉と共に幻が打ち砕かれた。
 勢いよく回された槍からも意思が伝わってくる。一気に前に踏み込んだルーファスは地獄を見せるの炎を薙ぎ払った。
 そのまま籃火まで迫らんとして疾く駆けたルーファス。
 彼の裡には、新たな思いが生まれている。
「ここから、始めるんだ。何もかもちゃんと知っていくんだよ!」
 そして、共に未来へ。
 未来までは焼かせないと心に決めたルーファスの一閃は鋭く迸っていった。全てを認めて抱えていくと決めた思いもまた、焔の如く巡りゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

葬・祝
【赫月】◎
流血可

元の娘も早く土に還りたいでしょうからね

クロウから向けられた刃に思わず判断が鈍る
あの子以外の全てに刃や敵意を向けられるなど、今まで当たり前だったのに
驚くことではなかったのに
……クロウ?
向けられた敵意に、どうしてか、何かが痛い
怪我もしていないのに
UCで剣戟を捌くにも限度がある
反射で溢れ掛けた瘴気を抑え込んだ途端、刃が身を斬り裂いて、身体を侵す猛毒
重さのない身体は簡単に吹き飛ぶ
痛い
それでも、攻撃は出来ない
したくない
戸惑い、躊躇い
血の代わりに霊体の粒子が赤く散って行く
霊体になっても毒が効くなんて笑い話だ

【祈り】は鈴の音と、己が与えた神威が確かに伝えた
腕に、抱えられたような気が、した
暗転


杜鬼・クロウ
【赫月】◎
服は一章同様

密やかな宴は終い
月と敵が嗤う度に色無き風が吹く

見目麗しいがドス黒さは隠せてねェよ(従えた骨獣達見て
おいたした分、きっちり報いは受けて貰うぜ

意思を力に
焔を玄夜叉に出力させ敵を灼く
敵の攻撃は剣で武器受けするが命中。呪い付与
呪詛の耐性は高め故、一時的発症
祝へ怒涛の剣戟で圧倒
殺意込めて祝にUC使用

な、に…?!他にも援軍?卑劣極まりねェなァ
ちィ…邪魔立てするなや!

(待て、おかしい
あれは)

空白の記憶
朧げな貌
煩い
頭痛がする
腕の赫月と祝を交互に見比べ
自ら呪い跳ね除け
祝に傷を負わせた不甲斐なさで唇噛み締めすぎて血流す
優しく抱え自分の後ろに

祝ッ…!何で抵抗しなかっ…
っのクソが…!

敵の火車狙う



●炎の檻にて
 密やかな月の宴はもう終い。
 秋の夜風を受けた祝とクロウは敵を見据えた。
 月光は薄く、渦巻く炎に押されて見えなくなっていく。敵が嗤う度に色無き風が吹くかのようで、クロウは双眸を鋭く細めた。
「見目麗しいがドス黒さは隠せてねェよ」
 嗤う火車たる籃火が従えている骨の獣達を見遣り、クロウは頭を振る。敵はおそらく、数多の里や人、獣達を焼いてきた妖だ。
「おいたした分、きっちり報いは受けて貰うぜ」
「元の娘も早く土に還りたいでしょうからね」
 クロウが宣言すると共に、祝も籃火を軽く見つめた。あの姿は偽りであり、元は生きていた人間のものだ。いつまでも勝手に使わせておくわけにはいかない。
 そして、クロウは意思を力にしてゆく。
 焔を玄夜叉に纏わせ、斬り掛かったクロウは相手を灼く心算で立ち向かった。敵はにぃ、と嗤うと同時に影炎を解き放つ。
 その攻撃を剣で受け止めたクロウは炎を浴びることになった。その瞬間、クロウの視線が祝に向く。
「な、に……!? 他にも援軍? 卑劣極まりねェなァ」
「……クロウ?」
 首を傾げる間もなく、クロウは祝へと怒涛の剣戟を叩き込んだ。圧倒されるような勢いの刃は祝の身を容赦なく貫く。
 それは敵が放った炎の檻の効果だ。クロウは今、祝を敵だと思い込まされていた。
 沈丁花の花弁のように素早く斬り裂く剣閃には殺意が込められている。祝はクロウから向けられた刃を避けることは出来なかった。
 一瞬のことに判断が鈍ったのもあるが、身体以上に胸が痛んだからだ。
 沈丁花の甘い香が漂う。
 切り裂かれ、貫かれた祝の身体から止め処なく血――もとい、血液めいた霊体の粒子が流れ出した。
 クロウの攻撃は止まらず、炎の檻の中で一方的な斬撃が繰り出され続ける。
(どうして)
 ――あの子以外の全てに刃や敵意を向けられるなど、今まで当たり前だったのに。
 驚くことなど、ではなかったのに。
 祝は抵抗することなく、その刃を受け続けた。
 向けられた敵意が、どうしてか苦しい。身体以上に何かが痛い。こんな怪我など何ともないというのに、どうして――。
 いけない、と感じた祝はクロウの剣戟を捌こうとした。
「ちィ、邪魔立てするなや!」
 されどクロウは敵に全力を振るっていると思っているのだ。その力が緩められることはなく、祝の抵抗にも限度がある。
 それと同時に籃火が放つ炎が祝の身を穿った。
 反射で瘴気が溢れ掛ける。クロウには瘴気を向けてはいけないと抑え込んだ途端、彼の刃が身を深く斬り裂いた。
 身体を侵す猛毒が祝の動きを止める。重さのない身体が簡単に吹き飛んでしまうほどに、クロウの斬撃は激しかった。
 これをいつも敵に向けているのだから、クロウが強いことが実感できる。
 ああ、痛い。
 それでも攻撃は出来ない。したくない、と強く思った祝は無抵抗を貫いた。
 戸惑い、躊躇い、困惑。粒子が赤く散っていき、力が抜ける。
(霊体になっても毒が効くなんて笑い話だ)
 自分の身の心配よりも、どうしてかそんな思いが浮かんだ。ユーベルコードという力の怖ろしさを改めて知った祝の身体がぐらりと揺れる。
 そのとき、クロウがはたとした。
(待て、おかしい。あれは――)
 空白の記憶が巡る。
 朧げな貌が見えたことで、煩い、とクロウは呟いた。
 何故か頭痛がする。そうして彼は気が付いた。自分は焔に惑わされていたのだと。
 腕の赫月と祝を交互に見比べたクロウは奥歯を噛み締め、全力で呪いを跳ね除けた。祝に傷を負わせたのは自分だ。
 不甲斐なさと後悔が浮かび、クロウは唇を噛み締める。血が流れるほどに強い思いを抱いた彼は、一閃を籃火の火車に向けて放った。
 くく、と此方を嘲笑う声がする。
 そのときにはもう祝の意識は遠のきはじめていた。
 しかし、祈りは鈴の音と、己が与えた神威で確かに伝えたはずだ。
 ならばもういい。全てが元に戻り、収まっていくはずだから。血塗れの祝は掠れた声で彼の名前を呼ぼうとする。
「……くろ――」
 されど、その声は途中で途切れてしまった。
「祝ッ……! 何で抵抗しなかった……! っのクソが……! 祝!」
 遠くからクロウの声が聞こえる。
 何度も何度も名前を呼ばれている気がするが、全てが彼方のことのよう。そして、自分が彼の腕に抱えられたような気がして――祝の意識は、其処で暗転した。

 攻防は続き、いずれはオブリビオンも倒されるだろう。
 この戦いが終わった後、彼らが何を語らい、何を思うのか。
 それは未来の二人だけしか知らぬことだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
【月光】◎

ルーシーちゃん、危ないと叫ぶのも束の間
火の檻が二人を囲む

頭がぼんやりとする
小さな、子供?君は…
何故、手を繋いでいるのだろうか?
知り合い?でも敵意を感じる
こんな小さな子に何故??
違和感を感じながら、小さな手が離れていく
温かさが離れて、何処か淋しさを感じた?

ルーシー?懐かしい?聴いたことのある名前
僕はユェーだよ
敵なのに挨拶をする、不思議な光景

敵?やっぱり変だ
小さな子の敵もいくつも見た
でも、彼女の蒼い瞳の奥優しくキラキラと輝いてみえる
それにこの子に対して全く敵対心が無い

蝶が舞う
彼女と僕に。親子の蝶
親子?
嗚呼、何故忘れていたんだ
こんなにも大切な子なのに

離れてそうになる小さな手を再び握る
ルーシーちゃん、僕の娘
駄目だよ、離れちゃねぇ
ルーシーちゃんも思い出してくれたんだね
ありがとう、おかえり

ふふっ、本当に悪趣味な檻ですね
大喰
地獄も獣もそして貴女も喰べてしまいましょう
本当の地獄を教えてあげますねぇ


ルーシー・ブルーベル
【月光】◎

火の檻が肌を焦がすよう
頭の中が煙がかっているのは熱気のせい?

どうしてわたしはこのひとと手を繋いでいるのだろう
何かが「敵だ」と五月蠅く囁く
この人を倒せと
何故と思いながら
大きな手から自分の指を引き抜いて、距離をとる
嗚呼、月明りがやけに眩しい
温みから離れた指がひどく寒いの

ごきげんよう
ルーシーは、ルーシーというの
あなたのお名前は?
ユェー、……さん
あたたかい、なぜ?

舞う青の花弁越しにあなたを見遣る
この光景は見覚えがある
こうして向かい合うのじゃなく、隣で
或いはその背を、幾度も

月色蝶がひらり舞う
なあに、クー?…この幽世蝶とはどうやって出会ったのだっけ
蒼と月色の親子蝶が訴えている
大切な約束があったはずだと
お月さまみたいな人と目と合わせてした

あなたを
……ゆぇパパを忘れないと!

ごめんなさい
大切なパパなのに、わたし
思わず後ずさった手が包まれて
うん、もう離れない
ただいま!

悪趣味な檻は壊してしまいましょう
青花、今度こそ
屠るべきものを見誤ったりしない
籃火さんの身体にされた娘さん
あなたも解き放たれますように



●親子の蝶
 二人を囲もうとしているのは炎の檻。
 陽炎が揺らぎ、熱が肌を焼いて焦がすような感覚を齎してくる。
「これは何……?」
 ルーシーは夜空に立ち昇る黒い煙を見つめながら、どこかぼんやりした思いを抱いていた。頭の中が霞掛かっているように思えるのは熱気のせいだろうか。
 その瞬間、激しく揺らめいた炎がルーシーとユェーを包み込んだ。
「ルーシーちゃん、危な――」
 ユェーは叫ぼうとしたが、燃え盛る炎に声が掻き消されてしまう。焔の檻が二人を完全に囲んだ刹那、意識と記憶が火に食われた。
 はっとしたルーシーは隣の人物を見上げる。
(――どうして)
 わたしはこのひとと手を繋いでいるのだろう、と感じた瞬間、ルーシーはユェーから手を離した。瞬時に抱いたのは警戒心と敵意。
 この炎の檻は互いの記憶を奪い、同士討ちをさせる力を持っている。
 敵だ。
 五月蠅く囁くような声がルーシーの中に響いていた。
 この人を倒せ。
 そんな思いが胸の内を支配していく。
 何故、どうしてという思いも強いが、その疑問を晴らす思いすら炎に飲まれている。
 大きな手から自分の指を引き抜いたとき、少しだけずきりと胸が痛んだ。だが、何をされるかわからない以上は距離を取るしかなかった。
(嗚呼、月明りがやけに眩しい)
 あたたかさから離れた指がひどく寒くて、月は冴え冴えとしている。ルーシーが戸惑っている最中、ユェーは片手で頭を押さえていた。
 頭がぼんやりとしていて、今まで何をしていたのかも不明瞭だ。
「小さな、子供?」
 何故か手を繋いでいた幼い少女が指を引き抜き、離れていった。どうしてこれまで共にいたのか、何故この場所にいるのか。記憶が曖昧だ。
「君は……?」
 知り合いではない気がした。何故なら相手から敵意を感じたからだ。
 そう感じるのは炎の檻の効果だと気付けぬまま、ユェーはルーシーを見つめた。
(こんな小さな子に何故??)
 違和感ばかりが巡ったが、ユェーは少女を引き止めることはしなかった。手と共にあたたかさ離れていくことに何処か寂しさを感じたが、その理由も奪い去られている。
 君は、という声を聞いたルーシーは警戒を解かぬまま青年に告げていく。
「ごきげんよう」
「えぇ、こんばんは」
 まるで初対面のように挨拶を交わした二人の瞳に、これまであった親しみの感情はまったくない。ルーシーはいつでも攻撃できるように注意を払いながら名を告げた。
「ルーシーは、ルーシーというの。あなたのお名前は?」
「ルーシー? 僕はユェーだよ」
 敵だと認識させられてる者同士の視線が重なる。
 ユェーは少女の名前を懐かしいと感じていた。そして、何処かで聴いたことのある名前だとも思った。さほど珍しい名前ではないからだろうか。だが、それだけではない不思議な感覚が消えてくれなかった。
 敵であるというのに、挨拶を交わすという妙な遣り取りをしてしまった。ルーシーも奇妙な気持ちを覚えながら、青年の名を口にする。
「ユェー、……さん」
(あたたかい名前。――なぜ?)
 浮かんだ思いは口にせず、ルーシーは青年を見つめ続けた。
「ルーシー……ちゃん」
(敵? やっぱり変だ。今まで小さな子の敵もいくつも見たけれど――)
 ユェーも少女を見つめ返す。
 彼女の蒼い瞳の奥は優しくて、きらきらと輝いてみえる。それにユェーには少女に対しての敵意はなかった。敵だと思っているのに奇妙だ。
 しかし、ルーシーにとってはいつ攻撃されるかなどわからない。先手を打つべきだと感じたルーシーは釣鐘水仙の花を広げ、周囲を青で満たしていった。
 途端に青の花弁が舞い、ルーシーはその影越しに青年の姿を見遣る。
「……あれ?」
 どうしてか、この光景は見覚えがあるように思えた。しかしこうして向かい合うのではなく、隣で花を広げていたはずだ。
 或いはその背を、幾度も。これまで何度も。
 記憶にないはずだというのに、ルーシーの身体はそういった感覚をおぼえていた。
 されど、花は彼を襲っていく。
 その最中でユェーは少し戸惑っていた。舞う花もあの少女も暴食グールの力を解き放てばすぐに喰らってしまえるだろう。本当に敵であるならば、何も気にせずに暴食の餌食にしてしまえばいいのだが――。
 されど、身体がそうすることを拒否しているようだ。花はユェーの身を傷付けていったが、彼は抵抗らしい抵抗をみせなかった。
「どうして何もしないの? ルーシーが、あなたを倒そうとしているのに」
「君は……いや、君には……」
 ルーシーが問いかけると同時に、花の勢いが弱まっていく。攻撃を続けているルーシーの裡にも違和感と拒否感が生まれており、その感情はどんどん強くなっていた。
 そのとき、月色蝶がひらりと舞う。
「なあに、クー?」
 その蝶の名前を無意識に呼んだとき、ルーシーの中に疑問が浮かんだ。
(……この幽世蝶とはどうやって出会ったのだっけ)
 それと同時に蒼の蝶がユェーの近くに舞ってくる。月彩と蒼花の蝶は親子のようにひらひらと近付き、二人の間を飛んでいた。
「親子の蝶……?」
「蒼と月色の……親と、子……?」
 蝶達は何かを訴えているようだ。ユェーとルーシーはぴたりと止まり、蝶々を暫し見つめることしか出来なくなってしまった。炎の檻は今も絶えず燃えているが、そんなことなど気にならなくなっていく。
 大切な約束があったはず、とルーシーは思い至った。
 お月さまみたいな人。そう感じた彼と目と合わせた少女の心に光が広がっていく。同時にユェーも事実を思い出していた。
「この子達は……僕と彼女の、いや――君の」
 何故に忘れていたんだ、とユェーが呟いた。こんなにも大切な子なのに、これほどに強く心に居続けていた子だというのに。
 蝶が高く舞う。
 その瞬間、ルーシーとユェーの心に本当の記憶が蘇った。炎に食われていた感情と記憶を奪い返した二人は互いのもとに駆け寄っていく。
「決めてたのに。あなたを……ゆぇパパを忘れないと!」
「ルーシーちゃん、僕の娘」
「ごめんなさい。大切なパパなのに、わたし……」
 ルーシーは自分にその手を握る資格がないと感じ、思わず後ずさった。しかし、すぐに追い掛けてきたユェーが少女の腕を掴んだ。
「駄目だよ、離れちゃねぇ」
 小さな手を握り、そっと包み込む。
 そのぬくもりを感じ取ったルーシーは後退することを止めた。涙が出そうになったが、何とか堪えた少女は彼の手を握り返す。
「うん、もう離れない」
「ルーシーちゃんも思い出してくれたんだね。ありがとう、おかえり」
「ただいま!」
 ルーシーは自分からユェーの胸に飛び込み、彼も大切な少女を抱き締め返した。本当の敵を改めて認識した二人は炎の檻の向こう側を見据える。
 訪れたときと同じように手を繋いだ二人は、嗤う火車をしかと瞳に映した。
「悪趣味な檻は壊してしまいましょう」
 ――青花、今度こそ。
 ルーシーが釣鐘水仙の花を檻に向けて放った。
「ふふっ、本当に悪趣味な檻ですね」
 ユェーもその言葉に同意を示し、大喰の力を発動させてゆく。
 もう屠るべきものを見誤ったりなどしない。強く誓ったルーシーの花は檻の焔を打ち消すようにして迸る。
 そして、ユェーも果敢に打って出た。
「地獄も獣も貴女も喰べてしまいましょう。本当の地獄を教えてあげますねぇ」
 微笑むユェーは微塵も油断しないことを心に決め、暴食グールの無数の口や手を用いたで包囲攻撃を繰り出していった。
 ルーシーはユェーの援護を行いながら、籃火を強く見つめる。
「あなたも解き放たれますように」
 願いは強く、想いは確かに此処にある。
 彼女達を包み込む炎の檻は完全に壊されていく。戦いの結末を見届けると決めた二人は、其処からも全力を揮っていった。
 互いに握り合った手を離すことなく――ずっと、共にいると誓って。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟迎櫻


たくさん食べてお月見を楽しんだから眠くなって来ちゃったよ……
はっ!!
お酒はダメ!
ヨル、よくやったぞ!

もう!僕だってぴんぴんに起きてるんだから!
うん、任せてカムイ
僕は歌で君達を守るよ

そうだよ、ここは大事な櫻の故郷の世界だもの
黒焦げになんてさせないよ
……それに今日はこんなに、月が綺麗な日和なんだからさ!
綺麗な月をみた大切な想い出だって黒焦げにさせないんだ

並ぶ二人が嬉しそうで、良かったと心から思う
僕の知らない過去があっても
それでも二人は僕を置いていったりしないもの
気合いをいれて、鼓舞を込めて歌を歌うぞ!
ヨルは安全なところで応援しててね

水のオーラを巡らせて、櫻とカムイを守っていくよ!

ハッとして声を上げる
あっ……カムイ!!いけない!
咄嗟に歌うのは「薇の歌」──大丈夫だ
そんなことは無かったのだと、歌い巻き戻してあげる
カムイが、櫻を斬るなんて駄目なんだから!
ふふ、そうだよ
カムイは厄を捕まえられる
僕は信じているよ!櫻のことも、カムイのことも

重なる歌と斬撃と桜

ふふー、僕らは負けないよ!
何にもね!


誘名・櫻宵
🌸迎櫻


ハレの日……神様には心地いいものなのね
あら……リルったら眠そうね
大丈夫かしら?…今のうちにそっと芒の影に隠された酒に手を──ヨルがピンピンだわ!カラスまで!
じ、冗談よ!
……え?帰ったらお酒いいの?
流石、私の神様だわ!

うふふ、リルの目が覚めたところで行くわよ!
お嬢さんは火遊びがお好きなのかしら?
でもね、いけないわ
私の故郷でおいたは赦さない
それに私……火は好かぬのよ
花も何もかも、燃やしてしまうから

妖狩りなんて、懐かしい響きね
全てが変わっていようとも並び立つ喜びは変わらない
リルの歌に心が鼓舞されるわ
カムイがつけた傷を抉るように斬り
衝撃波と共に炎を散らす
私を守る神の心が擽ったいわ
生命を食らって桜と咲かせる神罰を吹き荒らしましょ

ひゃ、カムイったら
見切り躱せば彼の心を傷つけずにすむかしら
気にしないで
私は平気
浄化の桜吹雪と破魔を巡らせ屠桜を振るう

炎の中
見える地獄なんていつも同じ
愛しきを喰い殺す──呪の、

…共に斬り果たしましょう
踏み込み放つは絶華
地獄の炎ごと、否定するよう断つ
負けないわ
私だって


朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


ハレの気というものは心地がいいものだ
神力が補われるようでもあるよ
ひとの祈りとは強いものだね

おや……ヨルは抜け目ない
残念だったね、サヨ
酒は帰ってからだ

リル、歌えそうかい?
噫、守りは任せたよ…頼りにしている

倭国での妖狩りだ
斯様なハレの日に火遊びとは感心しないな
従う御魂の軋みがきこえるようだ
その厄災は約されない
火車に囚われた御魂、厄を掬ってみせよう
サヨは火が嫌いであったね

カグラ、結界でサヨとリルを守っておくれ
早業で駆け先制攻撃を
斬撃波と共になぎ払い、焔を斬り裂き散らしてみせる
巡る神罰は不運の連鎖を呼ぶ呪詛だ
捕縛し動きを鈍らせ、サヨと太刀筋を合わせ断ち切ろう

ふと、何かを奪われる感覚と──桜、

──!
リルの声、更にカラスにつつかれハッとする
私は、今サヨを……斬ろうと?
何より大切なきみを、また──
この呪は私へ齎された厄なのだろう
ならばその全て
捉えてみせるよ

噫、リル
そなたの力もしかと受け取っているよ
何時だって支えられているとも

禍神ノ鉄槌──災を打ち消す歌に重ねて
一息に踏み込み、此度の厄を切断する



●月夜に桜と歌声を
 時は少し遡り、炎妖が現れる少し前。
 ふぁ、と欠伸をしたリルは月をのんびりと眺めていた。
「たくさん食べてお月見を楽しんだから眠くなって来ちゃったよ……」
 目を擦りながら眠らないように頑張るリルの隣で、カムイも心地よさそうに瞳を細めている。この辺りにはハレの気が満ちているからだろう。カムイは神力が補われていく心地を感じながら、里に目を向けた。
 豊穣を願う者。皆が健やかにいられるよう祈った者。
 月に向けられた思いは尊く、かけがえのないものだと思えた。
「ひとの祈りとは強いものだね」
「ハレの気、神様には心地いいものなのね。あら……リルったら眠そうね」
 リルの様子に気付いた櫻宵がちいさく微笑む。大丈夫かしら、とリルの心配をしつつ櫻宵はある案を思いついていた。
 今のうちにそっと芒の影に隠された酒に手を伸ばして――と、動き出そうとしたが、その動きはヨルが読んでいた。
「きゅ!!!」
「はっ!! お酒はダメだよ、櫻! ヨル、よくやったぞ!」
「おや……ヨルは抜け目ない。カラスも素早いね」
 仔ペンギンの声で目を覚ましたリルが、さっと泳いでいく。カムイもヨルと同時に酒を守りにいったカラスの姿に感心する。ちなみにカグラも櫻宵と一緒に酒に手を出しそうだったのだが、カラスに牽制されたことで「私はまだ何もしていない」という体でそっぽを向いていた。
「カラスまで! カグラも裏切っ……じ、冗談よ!」
 自分の状況が不利だと悟った櫻宵も、ふいっと明後日の方に目を向ける。カムイはそんな巫女も可愛いと感じつつ、静かに微笑んだ。
「残念だったね、サヨ。酒は帰ってからだ」
「……え? 帰ったらお酒いいの? 流石、私の神様だわ!」
「カムイったら甘いんだから。絶対にあとでちうされるよ! でも……あんな敵と戦った後のご褒美はきっといるよね」
 いつも通りの遣り取りを交わしながらも、リル達は敵の到来に気付いていた。
 静かに頷いた櫻宵とカムイも、芒の向こう側に現れた影を見据える。周囲の仲間達も同様に身構え――そして、戦いが始まった。

 烟る炎煙。微かな笑い声。
 嗤う火車、籃火と呼ばれているオブリビオンが姿を現した。此方の気配に気付いた相手は即座に攻撃を仕掛け、他の猟兵達も対抗していく。
 櫻宵はカムイと共に前に出ながら、後方のリルに呼びかける。
「うふふ、リルの目が覚めたところで行くわよ!」
「もう! 僕だってヨルみたいにぴんぴんに起きてるんだから!」
「リル、歌えそうかい?」
「うん、任せてカムイ。僕は歌で君達を守るよ。だからいつも通りにいこう!」
「噫、守りは任せたよ。頼りにしているからね」
 戦いへの意思を確かめあった三人はそれぞれに思いを固め、前後に陣取る。静かに嗤った籃火の口許は歪められていた。
 おそらく此方の縁を引き裂く算段でもしているのだろう。刹那、櫻宵に向けて怨念の宿った炎が解き放たれた。
 身を反らすことで炎を避けた櫻宵は、刃の切っ先を敵に向ける。
「お嬢さんは火遊びがお好きなのかしら?」
「遊びか……くく、そうかもしれないな」
「斯様なハレの日に火遊びとは感心しないな」
 櫻宵の言葉に対して籃火が答えると、カムイが首を横に振った。人や里を焼くことを遊びだと肯定する妖に容赦などしてはいけない。相手はそういった力を持って生まれただけではなく、他を害を成すことを自ら選んだ存在だ。
 ゆえに屠るべきだと感じたカムイも、櫻宵と同様に刃を差し向けた。
 櫻宵もそっと頭を振る。
「でもね、いけないわ。私の故郷でおいたは赦さない」
「そうだよ、ここは大事な櫻の故郷の世界だもの。黒焦げになんてさせないよ!」
 リルも櫻宵に続いて思いを言葉にした。
 月と里、此処で過ごした時間。それらを思ったリルは指先を敵に突きつける。
「……それに今日はこんなに、月が綺麗な日和なんだからさ! 綺麗な月をみた大切な想い出だって黒焦げにさせたりしない!」
「ほう、ならば抗ってみるがいい。今まで誰もこの炎には勝てなかったがな」
 対する籃火は嘲笑を浮かべた。
 それは此方への宣戦布告のようなものなのだろう。櫻宵は反撃として不可視の剣戟を放ち、炎を断ち切る。それと同時に櫻宵は斬り伏せられて散る焔を見遣った。
「それに私……火は好かぬのよ」
 花も何もかも、燃やしてしまうから。
「サヨは火が嫌いであったね」
 櫻宵の思いを感じ取り、カムイも一気に駆けた。
 散りゆく怨念の炎からは人や獣の無念が感じられる。籃火の傍に控えている骨の獣もきっと、魂ごと操られているのだろう。
「従う御魂の軋みがきこえるようだ。その厄災は約されないよ」
 火車に囚われた御魂は厄となるだけ。其処から掬ってみせようと心に決めたカムイは刃を振り上げた。凛と響く鈴音が戦場と化した芒の野に響く。
「倭国での妖狩りだ」
「妖狩りなんて、懐かしい響きね」
 遥か過去の記憶が手繰り寄せられるような感覚を抱き、カムイと櫻宵はひといきに刃を振り下ろした。重ねられる斬撃を受けた籃火は僅かによろめいたが、まだ余裕の表情を浮かべている。
 されど櫻宵とカムイは果敢に立ち向かっていた。
 過去から全てが変わっていようとも、並び立つ喜びは変わらない。
 その背を見守るリルは泡沫と水の力を巡らせ、二人の守りを固める。並び戦う二人が嬉しそうで、本当に良かった。
 心から思うリルにはもう不安などない。たとえ自分の知らない過去があっても、二人は自分を置いていったりなどしない。そのことを確かに信じているからだ。
 リルは気合いを入れ、薇の歌を紡ぎあげていく。
 懸命に斬り込む二人への鼓舞を込めて、歌いあげるリルに合わせてヨルも応援を続けていた。カラスとカグラも側に付き、戦いを見据えている。
 櫻宵はリルの歌を聞き、心強さを抱いた。
 カムイが刻んだ傷を抉るように敵を斬り裂き、衝撃波と共に相手の炎を散らす。カムイも結界を巡らせていき、愛しい巫女と人魚を守っていく。
 その心が擽ったいと感じた櫻宵は双眸を細めた。炎に宿る怨念ごと生命を食らった櫻宵は、桜を咲かせゆく神罰を吹き荒らす。
 カムイも斬撃波を重ね、櫻宵と共に炎を薙ぎ払った。どんな焔が向かい来ようとも斬り裂き、散らしてみせると決めている。
 放つ神罰は不運の連鎖を呼ぶ呪詛となり、嗤う火車に迫っていった。
 だが、籃火は未だ本気を出していないように思える。戦いが巡る最中、はっとしたリルは敵の動きに違和を覚えた。
「櫻、カムイ! 気をつけて、何か来るよ!」
 リルが呼びかけた刹那、影炎がカムイ達に迫る。櫻宵は咄嗟にリルを守って炎を弾き返した。しかし、櫻宵を庇う形で前に出たカムイは直撃を受ける。
 ふと何かを奪われる感覚と一緒に、桜が散ったような気がした。炎の檻に囚われたカムイには今、幻と困惑が齎されている。
「私は……? そうだ、サヨ!」
 カムイは振り返り、櫻宵が居た場所に目を向けた。其処には巫女ではなく、炎の化け物のような影がある。先程に桜が散った原因――櫻宵を攫ったのは、あの影か。
 そう判断したカムイは刀の柄を強く握り締める。
「よくも、私の巫女を……櫻宵を!」
 カムイの様子がおかしい。
 幻想を視せられているのだと察した櫻宵は、此方に刃を向けたカムイを見つめる。その瞬間、カムイの喰桜が櫻宵に向けて振り下ろされた。
「ひゃ、カムイったら」
 櫻宵は咄嗟に後方に下がることで一撃を避ける。彼が敵の影炎に惑わされていることはひと目で分かったので慌てはしない。
 このまま斬撃を見切り続け、躱せば彼の心は傷つけずに済むだろう。
「櫻!」
「気にしないで、私は平気よ」
「私の櫻宵を返せ。何よりも大切なものを奪われたら、私は――!」
 リルが呼び掛け、櫻宵は大丈夫だと答える。其処へ惑わされたままのカムイが刃を振るおうとしていた。このままでは櫻宵が避け切れないと察したリルは声の限り叫ぶ。
「カムイ! いけない!!」
「私は此処にいるわ、カムイ!」
 リルは急いで歌を紡ぎ、櫻宵は浄化の桜吹雪を巡らせながら、屠桜で刃を受けた。其処に素早く飛んできたカラスがカムイの頭を突く。
「――!」
 リルと櫻宵の声と、鋭い衝撃を感じたカムイは正気に戻る。それまで炎の靄だと思っていたものが櫻宵本人であることを知り、彼は愕然とした。
「私は、今サヨを……斬ろうと? 何より大切なきみを、また――」
 蘇ったのは昔の自分のこと。
 愛の呪や落とした約束に縛られ、己を見失っていた時の感覚。カラスは俯いて何も言わないが、カムイにもよく分かっていた。
「大丈夫よ、カムイ。私は……きゃあ!」
「そうさ、僕たちは君を――わあ!」
 二人がカムイへの思いと言葉をかけようとした時、敵から新たな炎が齎された。おそらくは一人を幻に誘って仲間割れをさせている間に地獄の炎を放つことがオブリビオンの狙いだったのだろう。
 櫻宵には地獄が視せられ、リルの周囲にも炎の檻が現れた。
 しかし、リルはすぐに薇の歌を響かせていく。元よりこの歌は誰かを傷つけるような力は持っておらず、リルに敵意がなければ巡らない力だ。
「――大丈夫だよ」
 そんなことは無かったのだと歌い、炎の檻を巻き戻したリルは二人を信じた。カムイが櫻宵を斬るなんてことはもう絶対に起こらせない。
 カムイも炎に耐え、己の意思を強く持つ。
「そうか……この呪は私へ齎された厄なのだろう。けれど、それならば――その全てを捉えてみせるよ」
「ふふ、そうだよ。カムイは厄を捕まえられるんだ!」
 立ち直ったカムイは悔いはすれど、其処で膝をつくことはなかった。嘗てと今。それらは同じ部分もあるが、変わった所もある。
 迷わない。挫けない。己を恥じるのではなく、要因となったものを断つ。それに――櫻宵とて強くなっていることを、リルもカムイも知っていた。
 櫻宵は周囲で燃え盛る炎の中に地獄のような光景を視せられている。
「そうよ、これが私の地獄なの」
 愛しきを喰い殺す――呪の姿。
 今もこの身に宿り続ける、未だ逃れられぬもの。
 見える地獄なんていつも同じ。血のように赤い桜が舞う景色。櫻宵にしか見えていないものだが、それゆえに物怖じなどしなかった。
「櫻!」
「サヨ!」
「ええ、こんなもの薙ぎ払ってやるわ!」
 リルとカムイの声を受け、櫻宵は屠桜を横薙ぎに揮った。桜を吹雪かせる斬撃は地獄の炎を斬り祓う。リルは安堵の笑みをみせ、更に歌を紡ぎあげた。
 重なる歌と斬撃と桜。
「噫、リル。そなたの力もしかと受け取っているよ」
 いつだって支えられているのだと実感したカムイも、櫻宵に纏わりつこうとする炎を薙ぎ払っていく。その姿は凛々しく真剣だ。
 櫻宵には分かっている。彼が自分を誰よりも大切に思っているからこそ、先程はあれほどに鋭い刃を向けてきたのだ、と。
 それゆえうに敵のやり方は卑怯だ。思いが強ければ強いほど惑わされ、大切なものを襲うという事態を引き起こしているからだ。
 しかし、リルは皆がそれを乗り越えたと感じている。
「ふふー、僕らは負けないよ! 何にもね!」
「ええ……。共に斬り果たしましょう。負けないわ、私だって」
「悪しき根源を絶ち斬ろう。もう誰も、燃やさせはしない」
 リルの歌声を背に、櫻宵とカムイが夫婦刀を同時に振り上げた。踏み込んだ櫻宵が放つのは絶華の一閃。
 地獄の炎ごと否定するよう断つ一撃に合わせ、カムイが禍神ノ鉄槌を解き放った。
 災という文字には火という字がある。今も火が里を包み込まんとしていた。それならば、この炎を打ち消せば平穏も取り戻せるはず。
 此度の厄は、此処で斬り伏せる。響き渡る歌と共に、月光を受けた刃が煌めく。

 守るべき人や世界のために。そして、大切な者のためにも。
 歌と刃は戦いの終幕を導き――聲と剣戟は、月の夜に響き渡っていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

菱川・彌三八
火車たァどんな鬼婆かと思や、此れは此れは
あゝ、皮ァ被ってやがるんだったな
したが、夫れァ憧憬かい

先に鳳凰を宿しておく
生憎焔と性は合う方さ

己の内の地獄は幾度も目にした
地に足着いちゃいるが、天地もねェ紅の一色
人の声と風の音、水の滴りが聴こえるだけの処
誰もいねえ代わりに、只管に己に責められるのサ
此度身に迫るなァ諦念、遁走、無情の念
此処じゃ気の持ちたァ無関係に、追われるが如く歩かされる
何もかも、如何なろうが知った事かと、そねえな想いが喉を潰す
然し地獄と云うが、不思議と苦痛はねェのサ
只、緩やかにいかれっちまうだけ

だが、抜ける術も心得てら
飲まれず、飲み込みゃあ良い
善くも悪くも手前ェで決める、責める想ひに蹴りを付ける
腹が決まれば足が止まる
後ァ此の地獄を掃うだけ
さァさ、四方に広がる丹を、鳳凰の朱で塗りつぶしちやろう

戻ると同時、芒が原を駆ける
速さじゃ負けねえ、其の侭気に入りの面ァしこたま殴ってやるよ
現世の悪鬼にゃ地獄も荷が重いとよ



●地獄變想図
 炎を纏う輪から赫が巡る。
 立ち昇る煙と陽炎めいた熱気が、戦場となった芒の野を揺らしていた。
「火車たァどんな鬼婆かと思や、此れは此れは」
 彌三八は見目美しい女を瞳に映す。籃火と呼ばれている妖の目は、月のような色を宿している。その白磁のような肌も一見は綺麗だと思えるが――。
「あゝ、皮ァ被ってやがるんだったな」
「この皮は特に美しかった。素晴らしいだろう?」
「……そうかい」
 此方の言葉を聞いた敵が薄く笑う。対する彌三八は肩を竦めるだけに留め、それ以上の返答を拒否した。
 あの美しさの裏には死の匂いが隠されている。
 色白の肌もよくみれば死人のそれだ。歪められた口元は賤しさを感じさせるもので、元の女性とは似ても似つかぬ所作であるはず。
 睨め付けるような視線が絡みつく。
 警戒を強めた彌三八は絵筆を構え、自らに鳳凰の刺青を宿した。
 刹那、彌三八の周囲に怨念の炎が解き放たれる。籃火の素早い動きに目を見張りながらも彌三八はしかと焔を受け止めた。
 避ける選択もあったが、すべてを躱すことは至難だろう。それゆえに敢えて受け、衝撃をいなすことを選んだのだ。
「地獄を見せてやろう。お前が忌避する恐怖はなんだ?」
 妖は不敵な視線を向けると、彌三八に問い掛けた。瞬く間に激しい炎が巡り、周囲を取り囲んでいく。
 それと同時に辺りの景色が歪み、彼が裡に抱くものが幻想として顕現していった。
「生憎、焔と性は合う方で……したが、夫れァ憧憬かい」
 広がる幻と共に芒の光景が消える。
 否、そのように思えているのは彌三八のみ。他の者からすれば彌三八は戦場に立っているように見えるのだろうが彼の目には今、幻が映っている。
 其処は一面の紅。
 天も地もなく、ただ紅い色だけが広がっている不可思議な空間だ。
 己の内の地獄。これは幾度も目にした光景だった。彌三八は一歩を踏み出し、地に足がついていることを確かめた。
 だが、此処には紅色以外には何も形あるものはない。地を踏み外すことも空に落ちることもないが、何処まで行っても一色しかないだろう。
 代わりに音だけは聞こえる。
 何かを話している人の声。吹き抜けていく風の音。滴り落ちる水の音。
 ただそれだけかそこかしこから聴こえるだけの処こそが、彌三八にとっての地獄。
 自分だけが人の輪に入れない。
 風にも、水にも触れられない。
 確かに近くに誰かがいる。空気も水も何処かにある。それでいて、己だけが取り残されている。或いは切り離されているのか。
「何度目だ」
 溜息をついた彌三八は幾度も認識した地獄の情景を見渡した。
 先程まで自分がどちらを向いていたかすらわからなくなる程の一面の紅だ。
 誰もいない。先程まで聞こえていた声は次第に自分のものになっていく。その代わりだろうか、己以外のことが考えられなくなった。
 自分の声は次第に厳しくなっていく。
 只管に己に責められるという無間地獄にも似た状況が巡る。
 此度、身に迫るもの。
 それは諦念、遁走、無情の念の数々。
 気付けば彌三八は前に歩き出していた。抱く思いや感覚とは無関係に、何かに追われるが如く進むしかない。
 先程までの戦いのことは覚えており、危険が迫っていることも理解していた。
 だが、今の彌三八の裡に募るのは強い諦観。
 何が如何あれどもそのままでいい。言い換えれば、何もかも如何なろうが――。
「知った事か」
 零れ落ちた想いが喉を潰して、思考まで満たしていく。
 はたとした彌三八は静かに顔を上げた。紅の中で風の音が聞こえる。同時に微かに聞こえたのは、鳥が羽ばたく音だろうか。
 自分からは何もかもが遠い。
 取り残されていくかの如き感覚もあるが、それすら如何だって構わなかった。
 地獄とは云うが不思議と苦痛はない。
 此処に身を置き続ければ、ただ緩やかにいかれていくだけ。そういった終わりも或る意味では悪くないのだろう。
 然し、彌三八は知っている。
「こう何度も見てンだ、抜ける術も心得てら」
 彌三八は天を仰いだ。
 其処にはやはり紅色しかないが、今の自分が向いている方が上だ。飲み込まれるとしたら地の底。即ち下層だろう。
 人の世は常に上か下かで表される。つまり、下とは地獄。
 されど其処に落ちたくはない。それならば飲まれず、飲み込んでやればいい。
 今も心を苛む己の声は聞こえ続けていたが、其れは今の自分の声ではない。
「いいか、善くも悪くも手前ェで決める」
 此処で――この場所で、責める想ひにけりを付ける。
 彌三八が腹を決めた瞬間、それまで無意識に歩いていた足が止まった。身体に刻んだ鳳凰の力が巡っていく感覚が戻る。
 これで大丈夫だと感じた彌三八はいつしか手にしていた絵筆を強く握った。
 炎の紅は要らない。
「後ァ此の地獄を掃うだけ。さァさ、篤とご覧あれってな!」
 四方に広がる丹は、鳳凰の朱で塗り潰してやればいい。
 掲げられた筆が翼を描いた瞬間、紅の光景は元の芒の野に戻っていった。彌三八自身は其処から動いてもいなければ、時間が経ったわけでもないようだ。
「へぇ、抜け出したか」
 籃火は彌三八を見て感心した様子を見せる。
 きっと今の地獄を見た時間はたった一瞬だったのだろう。彌三八は戻ると同時に、芒が原を駆け抜けた。
 鳳凰の力で戦場を舞うように翔けた彌三八は、籃火に狙いを定める。
「速さじゃ負けねえ」
「なっ……地獄を見せたのに、お前は未だそんな力を、」
「其の侭気に入りの面ァしこたま殴ってやるよ」
 驚きを見せた籃火。その言葉を遮った彌三八は拳を振り上げた。其処から繰り出される連撃は炎を貫き、妖の力を削り取っていく。
 体勢を整える為に下がった籃火を見遣り、彌三八は口端を軽く上げた。
 あの光景は確かに己の裡にあるものだ。何もかも如何だっていい、在るが儘が常だと諦め、全てを受け入れてしまう選択だって確かにある。
 されど――。
「現世の悪鬼にゃ地獄も荷が重いとよ」
 無情に囚われようとも、逃げたくなったとしても、今を生きる。
 心に決めた想ひがあればこそ、立っていられる。自らの意思で歩き、駆けていくことが出来る今を思いながら、彌三八は拳を握り締めた。
 戦いは屹度、間もなく終わりを迎える。
 最後を見届ける意志を抱いた彌三八は、真っ直ぐに前を見つめた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

城野・いばら

火なんか恐くないの
恐いのは、この穏やかな地が災いに飲まれてしまう事
どうしてこんな事するの?

答えが返っても、肯定はできない
痛みを得難いこの体では
囚われたコ達の苦しみも、きっと全てはわからないの
地獄と言うのも…

だから火中に現れたのは放たれた邪念の容で
悪意の刃を翳し、傷付け憎しみ合う
いばらのしらない、アリス達の姿
どうしてと
戸惑い、凍ったよに動けなくなる

ごめんね
私にはあなた達の過去は変えられない
けれど
少しでも心を癒してあげれたらと
【子守歌】を贈るわ
自己満足でも構わないの
いばらは笑顔が好き
その切欠になれたら
そう想う事で胸がぽかぽかになるから

好きを沢山想い描いて
地獄の炎を耐え続ければ
アナタの視線をお誘いできるかな
素早いアナタを摑まえるのは難しいから
戦ぐ穂達の中へ、地形の利用で
不思議な薔薇の挿し木を密かに伸ばし巡らせ機会を窺う

一度でも捉えたら、離さない
白薔薇で満たした茨で捕縛して
ね、アナタにも香りをさしあげる

風さん風さん
届けてくれる?
いばらのうたを、香りを
絶望と戦う、みんなに



●白き花の想い
 燃え盛る炎。廻る火車。迸る焔。
 一瞬で里を焼いてしまえる程の力が目の前で巡り、熱気が周囲を包み込んでいく。
 白薔薇であるいばらにとって、痛みは感じ難いといっても炎は大敵。されど今の彼女は猟兵として焔に対抗できる力を持っている。
「火なんか恐くないの」
 襲い来る炎を振り払い、いばらは籃火を見つめた。
 火車妖は薄く笑いながら邪魔な猟兵達を蹴散らそうとしているようだ。
 炎は猟兵だけに差し向けられており、美しい芒の野には広がっていない。だからこの炎に恐怖はない。しかし、今のいばらにはおそろしいことがある。
 恐いのは――いずれ火が巡り、この穏やかな地が災いに飲まれてしまうこと。
 敵の口振りからするに、こういったことは何度も行われてきたはずだ。
「どうしてこんな事するの?」
 焔に対抗しながら、いばらは籃火に問い掛ける。周囲を見渡すと地獄の炎や焔の檻に囚われた人々がいた。誰もが苦しみや幻に捕まり、抵抗している。
 ただ里を焼くだけでは飽き足らず、人間や獣を利用して尊厳を踏み躙る行為を繰り返す籃火。あの妖がどのような理由でそうしているのか知りたかった。
 すると籃火は嘲笑を浮かべる。
「どうして? 愉しいからに決まっているだろう」
 美しい見目からは想像できないほどの歪んだ笑みと、鋭い視線がいばらを貫く。
 愉快であるから。
 ただそれだけの理由でこの妖は人の命を奪うのか。無論、相手が本当のことだけを語っているとは限らない。愉しいという以外にも意味はあるのかもしれず、本音は隠されているのかもしれない。
 だが、いばらはその返答も理由のひとつであると感じ取っていた。
 籃火が浮かべている表情は心からのものだ。人が苦しむ様や、抵抗する様子を見て悦んでいることが分かる。
「そんなの、いけないことよ」
「お前達の常識の上での話だろう。私には関係がない倫理観だ」
「それは……いえ、それでも駄目なの」
 いばらに向けてもっともらしい言葉が返されたが、そんなものは屁理屈だ。自分の快楽や望みの為に、無辜の命を奪うことなど許してはおけない。
 彼女からどんな答えが返ってきても、肯定することなど不可能だ。それゆえに相手は相容れない存在だと感じた。
 いばらは籃火が放った炎に目を向け、身を翻した。これまでは迫る焔を躱すことが出来ていたが、すべてを避けきることは出来ない。
 いばらは咄嗟に受け身を取り、炎をその身で受け止めた。
 それは怨念。即ち、囚われた者達の苦しみの塊だ。痛みを得難い身体であるゆえに、きっとその全てはわからない。
 この炎が齎すという地獄というものも、いばらにはきっと理解し難い。
 その心を焔が読んだのか、火中には妙な光景が現れた。
 それは邪念の容としての役目を果たすが如く、地獄のような景色を作り出していく。
「あれはアリス達……?」
 いばらの瞳に映ったのは少女や少年など、幾つもの影。
 彼らは悪意の刃を翳し、傷付け憎しみあっている。周囲の景色は燃え盛る炎の領域になっており、大好きなお日様はおろか月や星などの影も形もない。
 同じくらいに好きだったアリス達の笑顔も、何処にもなくて――。
「みんな、いばらのしらない、アリス……」
 その姿は憎悪や嫉妬、悪意に満ちていた。ふわりと花が咲くように微笑んでいる子は誰もいない。ただ血が流れ、誰かが地に伏し、新たな争いや諍いが始まるだけの光景。
「――どうして」
 疑問の声がいばらの花唇から零れ落ちる。
 偽物だと分かっていた。ただの幻であり、自分にしか見えていない幻想だ。それでもいばらの心は戸惑い、その身は凍ったように動けなくなる。
 きっと、世界の何処かではこういった光景もあったのだろう。オウガやオブリビオンに操られていたか、自ら絶望してそうすることを選んだのかは分からないが、確かに存在していたはず。
 アリス達はいばらの目の前で命を奪いあう。
 これが、籃火の語った楽しいことなのだろうか。いばらの心は掻き乱され、正常な思考が奪われていく。
 手を伸ばしてみても、幻のアリス達には触れられなかった。
「ごめんね、私にはあなた達の過去は変えられない」
 悲しげな瞳を少年や少女の幻に向けたいばらは、両掌を胸の前で組む。悲しみは消えず、苦しい思いをどうにかすることは出来ない。けれど、と言葉を紡いだいばらは思う。
 ほんの少しでも、心を癒してあげられたら。
 静かに謳いあげられていくのは――茨の子守歌。
 たとえ地獄の底にいたとしても、歌を贈ることは止められない。これがただの自己満足であって構わない。
「いばらは笑顔が好き。だからね、その切欠になれたら――」
 そう想うことで救いたい。
 嫌いではなくて、好きを想い描いていく。
 そうすれば胸がぽかぽかとあたたかくなって、気分が良くなっていくから。目の前で繰り広げられる悲しみの連鎖を断ち切るようにして、いばらは歌い続ける。
 やわらかなお日様のひかり。導いてくれる夢路の蝶。
 夢を紡ぐ紡錘に百合装飾の鏡。それから、これまでに出逢ってきた人達。
 大好きの気持ちを込めて、いばらは地獄の炎に耐え続ける。そして、この光景を見ているであろう籃火に意識を向けた。
 幻は消え去り、芒の穂が揺れる景色が見えている。
(アナタの視線をお誘いできるかしら)
 炎と共に疾く動く籃火を捉えるのはきっと難しい。そのように判断したいばらは戦ぐ穂達の中へ駆けた。
 不思議な薔薇の挿し木を密かに伸ばし、周囲に巡らせたいばらは攻撃の機会を窺う。
 たったひと枝。僅かな一瞬でもいい。
 一度でも捉えたら、絶対に離さない。
「……ん?」
「捕まえたわ」
 籃火の訝しげな声が聞こえた刹那、いばらは白薔薇で満たした茨を解き放った。絡め取られた火車に荊棘が伝い、敵の身を縛り上げていく。
「ね、アナタにも香りをさしあげる」
 それはとっても甘やかで、ときに危険な花の薫り。
 いばらはそのまま力を巡らせ続け、花や茨が火車の炎に燃やされることにも構わずに籃火の動きを制限し続けた。
 そうして、次にいばらが眼差しを向けたのは彼の人の方。
「風さん風さん、届けてくれる?」
 いばらのうたを、香りを。絶望と戦う、みんなに。
 そして、彼に。
 秋の夜風が花の香りを運ぶ。この戦いに決着を付けるのは彼しかいない。
 月は冴え冴えと、芒野原を照らしていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類


随分ご機嫌ですね
どうせ、あの夜を覚えていないだろう
興奮に燻る月色に笑いかけ
させません

刀に破魔の力降ろし
眠る相棒へ
少しだけ力を貸しておくれと魔力借り

月見の間に見た友や仲間の姿
此処で倒し切る為に、頼もしいのに
ばつの悪さや、怖さもあって

怨念纏い駆ける相手の動きは、最低限見切りで軌道を読み
自分も味方も配下に囲まれぬよう、数は薙ぎ払いで崩す
炎の攻撃は、避けきれぬ分は踏み込み
一気に距離を詰めたい

目の前に、嘗てが赤色と共に広がったら
血が一気に沸騰する感覚
この火で止める脚はない
真の姿へ転じ、呪炎を喚び
逆に、籃火を火車ごと地に縛り付ける

そんなに地獄を見たいなら
好きなだけ見るといい
君を呼んでる

果たして、無念を
助けて
許さない
鼓動の度に確かに体に響き鳴る声

せめて間際ぐらい、跪け
その火の前に助けを請うた
戯れに殺した全てに、詫びて逝け

首落とすため抜いた刀身に
瞳まで罅至り笑っている姿が写る
途端
風に乗り聞こえる誰かの声や音に、思考が冴え

これじゃ…程遠いね

焼きついた呪いのかわりに
魔断ち終わらせる祈り乗せ、一閃を
左様なら



●宿怨の火
 捜していた。
 あの日からずっと、追い求めていた。
 燃えた大銀杏、壊れた社。朽ちた人々。叶えられなかった願い。
 決して忘れないあの日の光景。気付けば全て手遅れだったから、何度も悔いた。

 然し、今――此処で果たせる。
 何度も繰り返し視た過去の哀しみ。戻らぬ嘆きの代わりに、今こそ。

●炎は燃ゆる
 罅割れた鏡。それが類という存在だ。
 罅と共にある身体の奥、内から響いた軋むような感覚が類の中を駆け巡っていく。
 黒ずみ、亀裂が入り、曇った鏡。碌に何かを映さないものが、今の己だと類は自覚している。されど今の類の瞳には、敵の姿が確りと映り込んでいた。
「随分ご機嫌ですね」
 嗤う火車、籃火。対峙している者に語りかけた類は瞬きすらせず、敵を見据える。
「そのように見えるか?」
 対する籃火は曖昧な言葉を返し、口端を歪ませた。嗤うと称するに相応しい笑みを湛えた妖は、既に類や猟兵達に地獄の炎や焔の檻、骨の獣達を嗾けていた。
 此処に炎を。
 燃え盛る焔で、人々の営みに終わりを。
 当たり前のように命を奪い、気に入った者の姿形まで掠め取る存在。それが火車というものなのだと解った。
「どうせ、あの夜を覚えていないだろう」
 仇討ちだ、怨恨があると語っても、まともに相手はされないとも分かっていた。
 代わりに類は自分が今の形に成った日を思う。罅と自分。この形を得たのは、社と村が燃やされてからのことだ。
 人々が為す術もなく焼かれていく。あの日の光景を思うと心が痛い。
 されど類はそのような素振りを全く見せなかった。興奮に燻る月色に笑いかけた彼は、怨念の炎を枯れ尾花の刃で切り裂く。
 揺れる銀杏色の組紐飾り。それはまだものであった頃に供えられた大切な品。忘れないという誓いを宿した心の証だ。
「させません」
 炎の残滓が身体を掠めていった。此処ではない何処か、或いは社が在ったあの場所で起こった悲劇の念や、殺された人々の無念が身体に伝わってくる。
 吹き荒れる夜風を受けた芒が揺れ動く最中、類は刀に破魔の力を降ろした。
 匣で眠っているままの相棒に向け、少しだけ力を貸しておくれ、と告げれば静かに魔力が満ちていく。
 ――果たすまで、共に行こうよ。
 あの日の言葉は嘘ではない。この地で果たすべきことがあるから、こうして壊れた瓜江も共に連れてきたのだ。隣に姿はなくとも一緒に戦っている。類は巡る魔力をその身に受け、刃を逆手に構え直した。
 月見の間、そして今も。友や仲間の姿が見える。
 きっと独りではあの妖を斃しきれない。此処で決着を付ける為に居てくれる皆のことが頼もしいのに、ばつの悪さや怖さもあった。
 この躰に宿る罅を晒すことになり、この感情までも曝け出しそうだからだ。
「あの夜……? そうか、お前はいつぞやの燃え残りか」
 類が刃で怨念の炎を切り払った時、籃火がふとした言葉を紡いだ。おそらく類から向けられる思いの正体を探っていたのだろう。
 訝しげな表情を差し向けた類は、警戒を解かぬまま問い掛けた。
「覚えているんですか?」
「さあな、いちいち記憶しているわけがないだろう。だが、お前からは微かに私の炎の匂いがする。それが燃え残った証拠になるだろう?」
 不敵に口元を歪めた籃火は地を蹴った。これまで喰った者達の怨念を纏い、駆ける相手の動きは疾い。対する類は軌道を読むことで直撃を避けた。
 同時に回天する火車に従った骨の獣達が、類や猟兵達に襲い掛かってくる。
 類は身を撚り、骨獣の背を刃で断ち切った。獣達も籃火の犠牲になったもの達だが、いつまでも無念のまま生かしておく方が哀れだ。
 ゆえに容赦なく獣を薙ぎ払った類は、籃火との距離を縮めていく。その間にも籃火の放つ焔の放射が類の身に迫ってきていた。
「この身体に、その炎の残滓が――?」
「くく……炎に飲まれたのはお前の同胞か仲間か、友かは知らぬが……独り遺されたことが無念か。それとも口惜しいか。お前も同様に喰らってやっても良いぞ」
「戯言を言わないでください」
 類は籃火からの言葉に首を振り、そんなことは真っ平御免だと答える。
 炎が避けきれぬと察した類は一気に踏み込む。目の前に迫った焔は類を包み込み、地獄と呼べる幻想の景色を齎していった。
 嘗ての記憶が、赤色と共に視界に広がっていく。
 社が燃えている。
 祀られた鏡を拝み、願いを掛けた人々が炎に包まれていた。
 人々はどうすることも出来ずに叫んでいる。
 まだやりたかったことがある。やっと叶えられる望みがあった。約束したことがあったのに。あの人にもう一度会いたかった。
 苦しい、助けて、誰か。
 ――神様。
 その呼びかけに、類は応えることが出来なかった。燃え盛る大銀杏から煙が上がり、天に昇っていく様を見つめることしか叶わない。
 あの日にはなかったはずの血が一気に沸騰する感覚が巡る。
 地獄の光景が幻であり、これが過去に終わった惨状なのだと分かっていても心が震えた。だが、それでもこの火で止める脚はない。
 幻が巡ったのは一瞬のこと。
 されど類には永遠にも思えるほどの長い時間に思えた。
 身体は今も燃やされている。しかし、痛かったのは――本当に苦しんだのは、こんな罅だけではすまなかった彼らの方だ。
(僕は、動けて、今を生きてる。彼らの、彼女が、生きたかった今を)
 身体に走る罅が軋んでいた。
 しかしこれは力至らなかった結果の跡。生かされた自分には必要だった跡でもあるのだと、いつかの時に友に話した記憶が蘇っていく。
 終わらせてしまった人達。
 今も覚えている懐かしい顔が浮かんでは消える。
 願い、無念、望み。そういった声に向き合わざるを得ない、炎の幻は巡り続けた。
 類には常々思うことがある。
 願いを叶えるということは、鏡だった頃の自分には成せなかった。しかし、ああして思いを託されたからこそ、この手足を貰えたのではないか。
 痛みに足を止める為ではなく、行わなければならないことを成す為に。
 ――かみさま。
 不意に地獄の炎の中から聞き馴染みのある声が聞こえた。きっと彼女についての記憶が齎した幻聴のようなものだ。
(違うよ。ずっと、かみさまになれなかった)
 求められるものになれたことはただの一度もなかったのに。黒い想いばかりが出てきて、闇に塗り潰されてしまいそうになる。
 曇った鏡が何も映さないのにも、きっと理由があるはずで――。
 地獄は類を深い闇に沈めようとしている。
 この焔に負けてしまいたくない。押し潰されて、割れてしまう未来など望まない。
 類は強い思いを抱く。
 自分の作られた意味を。この形になった理由を。
 それは応えられなかった声に、応える為のものであるはずだから。最後に願われたことを果たすための形が、今だ。
 刹那、地獄の炎が大きく揺らぐ。
「まだ、終わってないというなら。此処で果たすだけ」
 類は炎の熱さに耐えながら己の中にある力を巡らせた。
 衣服は炎によって燃やされていき、身体や腕に入った罅があらわになっていく。そして、炎の奔流を抜けた類は、真の姿に転じた。
 髪は黒く染まり、その躰には蒼白い彩を宿す呪炎が纏わりついている。紅く燃ゆる籃火の焔に対し、静かな彩を宿した類の蒼焔。
 痛みも地獄も、過去すら振り切るつもりで類は更なる呪炎を喚んだ。
「私より速いだと!?」
「このくらいで驚いていては身が持ちませんよ」
 類は籃火の眼前まで一瞬で迫り、罅から噴出する炎を叩きつける。対する籃火も炎による反撃を放ったが、類には響かなかった。
 類は呪を振り撒き、その力で火車ごと籃火を地に縛り付ける。
 今も視界の端にあの過去の光景がちらついていた。だが、今視るべきは嘗ての出来事ではなく、対峙する敵のみ。
「そんなに地獄を見たいなら、好きなだけ見るといい」
 冷たく言い放った類は呪炎を重ねた。籃火の身を穿つ一閃は激しく迸り、火車を焼き焦がしている。
 籃火は未だ不敵な笑みを浮かべたままだ。
「お前の地獄もなかなかだった。くく……気に入った。少しばかり話してやろう」
 籃火は類や猟兵に炎を放ち返しながら、或ることを語る。
 それは里や村、人々を燃やす理由。
「人間は愚かだ。生きている以上、襲い来る苦しみに耐え切れぬ精神しかない」
「何を……!」
 類は鋭い眼差しを向け、愚かだと嘲笑う籃火を睨みつけた。
 その間にも炎と炎が激しく衝突しあう。血のような紅と冴え冴えとした蒼。ふたつの炎は拮抗しあうように迸った。
「いいか、人が勝手に語る地の底にあるという地獄など存在しない。地獄とは今この時、いや……この世のことなのだから」
 籃火は炎の檻に囚われた者や、地獄を視せられている者達を示した。
 その誰もが、過去そのものや未来への懸念、対峙した相手を忌むべきものだとして苦しんでいる。見たこともない想像上の地獄を視ている者は誰もいなかった。
「それは……」
「だから私が奪ってやっている。この世の地獄を終わらせてやっているんだ」
 籃火は自分こそが正しいと言うように語る。
 類が僅かに言い淀んでいると、籃火は更に言葉を続けた。
「だが、この美しい皮や骨を一緒に失くすのは惜しい。中身は愚かなものでも、外見に罪はない。ゆえに朽ちるまで使い続けてやるのが、私なりの弔いだ」
「弔い? ……惜しい?」
 籃火の言葉を耳にした類の表情が曇る。
 すると籃火は類を見つめ、品定めをするが如く目を細めた。
「そうだ、お前の姿も良いものだな。この皮の次に使ってやっても――」
「巫山戯るな」
 相手の言葉は類の鋭い一言によって遮られる。罅が軋み、広がっていくような感覚が巡ったが類はそんなことに構いなどしなかった。
 この心の奥で、何かが燃えている。
 ひとの願いに応える為に与えられたかたちが歪もうとしていた。
 罅は頬にまで走り、鏡本体までもが軋み続ける。
 この心を願いに乗せてはならないと思っていたが、ただの綺麗事だけでは駄目だと感じた。今の自分が安寧に溺れて良い訳がない。
 いつかの時に感じた思いが再び、類の裡に巡っていく。
(そも、僕のさいわいを認めるかみなどいないから。僕は、ひとのさいわいを――)
 叶える。今こそ果たさなければならない。
 毎夜、夢の代わりに繰り返す焦げついた記憶。それはきっと、あの火車と炎が存在する限りずっと続いていく。
 助けてくれ、救ってくれと叫ぶ声を止めるには、この焔を祓うしかない。
「ほら、地獄が君を呼んでる」
 この世がそうだというならば、火車妖の為の地獄もあるはずだ。それを齎すのは自分なのだと感じ取り、類は握った刀身を敵に向け続ける。
 果たして、無念を。
 助けて。
 許さない。
 この身体が鼓動を刻む度に、響き鳴る声が木霊している。わかっています、と自分だけに聞こえる声で呟いた類は籃火に鋭い斬撃を刻んでいった。
 短い悲鳴が籃火からあがる。
 それと同時に、仲間達からの追撃が叩き込まれていく。花の香が類の鼻先を擽ったかと思うと、鳳凰が齎す風が巡った。薔薇を思わせる剣戟が籃火を貫き、樹氷の力や耀く五線譜に合わせて鳴く小夜啼鳥。そして、多くの斬撃が敵を貫く。
 類は止まらない。あと少し。もう少しで籃火の力は削りきれるはずだ。烈しい呪焔に呼応するように類の心も燃え滾っていた。
 成すべきことを果たすべく重ねた刃。天と地に舞う其々の炎。
 火車の廻りは徐々に鈍くなり、籃火の動きが制されていく。
「せめて間際ぐらい、跪け」
 その火の前に助けを請うた人の為に。戯れに殺した全てに、詫びて――逝け。
 類達の猛攻によって、籃火は地面に引き倒された。
 その敵の首を落とすため、類が抜いた刀身が月明かりを受けて鈍く光る。振り下ろそうとした刃に映っていたのは罅割れた自分の姿。
 瞳まで罅が至り、口元には笑みが宿っていた。
 その瞬間。
 類、と自分を呼ぶ声が夜風に乗って届く。
 はたとした類が動きを止めたことで、籃火は身を捩って体勢を立て直してしまった。
「く……!」
 籃火は不利を悟ってか、此方から距離を取る。
 だが、それで良かった。
 燃え盛る炎とは裏腹に、徐々に類の心は穏やかに凪いでいく。風に乗って聞こえた声や音、皆の思いが思考を冴えさせてくれた。
「これじゃ……程遠いね」
 そうだ、以前に決めていたではないか。
 振るう刃と炎、果たすべきことに己の思いは決して乗せない、と。
 地獄を視た所為か、己まで呪に侵され掛けていた。そう気付いた類は刃を構え直す。
 焼きついた呪い。静まっていく炎。
 その代わりに類が紡いでいくのは魔を断ち終わらせる祈り。髪を撫ぜるように風が吹き抜けていく。
 この刃に乗せるのは過去の因縁を断ち斬り、未来に繋ぐ思い。
 過ぎ去ったことは取り戻せない。作り直すことも出来ない。痛いほどに理解している類は、この里にも銀杏の樹が在ったことは偶然ではないと感じていた。
 あの樹を燃やさせない。此処に住む人々の命を奪わせない。
 この時、この瞬間。
 今という平穏を繋げていくことこそが、己なりの願いの叶え方だ。
 刹那、火車の炎が大きく揺らめいた。既に全ての炎の檻は壊されており、骨獣は地に伏して砕けて散っている。もはや籃火を護るものは何もない。
「そんな……私の炎が、消えていく――?」
 籃火はよろめき、地に膝をついた。
 類はその姿を静かに瞳に映し続けている。周囲には蒼き炎が収束していく。
 過去を滅する内に受けた呪いは、願いの数以上になった。己の身を蝕む地獄は屹度消えない。この世こそが地獄だと云う籃火の言葉をそのまま受け取るならば、消させてはいけないものなのだろう。
 類は真っ直ぐに籃火を見つめ、芒の野を強く蹴りあげた。
 その姿を、背を、仲間達が見守っている。最期を与えるのは彼の役目であると誰もが感じ取り、信じていたからだ。
 そして――。
「左様なら」
 全てを終わらせる一閃と共に紡いだのは、たった一言。
 過ぎ去れ、呪いよ。
 此処に刻むのは願われ続けた無念の成就。故に、此処で終わらせる。
 落とされた刃は首を切り裂き、焔妖の命を絶った。

●焔と罅
 刹那、炎が消える。
 戦いに終幕を齎せたのだと気付いた類は、倒れ込んだ籃火の身体を無意識に受け止めていた。それは姿形を妖に使われていた彼女への気遣いだったのかもしれない。
 抱き留めた瞬間、何処かから不思議な声が聞こえた。
 ――ありがとう。
 一瞬、それが何や誰に対しての礼だったのか分からなかった。されど声は幾つも、たくさん聞こえ始めた。きっと火車に囚われていた魂の聲だったのだろう。
 願いが叶い、無念が晴らされた。
 どうしてか類はそのように感じていた。
 やがて声が収まった時、籃火だった者の身体は瞬く間に消え去る。
 その代わりに、それは小さな猫の姿になった。そういえば火車という妖怪の正体は猫妖であることが多いと聞いたことがある。
 息絶えた猫を地面に下ろした類は、その身が灰になって消滅する様を見送った。
「この世こそが、地獄か……」
 猫妖も遠い過去に苦しみを味わったのだろうか。だが、だからといって人の命や地獄を喰らっていい理由にはならない。
「そうかもしれないけれど。でも――」
 頭を振った類は、妖の退治は正しい行いだったと強く思う。
 類は大きく罅割れた頬と目元に触れ、静かに瞼を閉じる。さようなら、と告げた言葉には屹度たくさんの意味と別れの心が込められていた。
 縛られた過去へ。囚われていた魂へ。そして、怒りと無念の炎に。
 罅割れた鏡は元には戻らない。
 欠けも痛みも、二度と癒やされないものがあることは間違いない。それでも、今を生きている。これから生き続ける理由もある。
 そっと瞼をひらいた類は遠い記憶と過去を懐いながら、天を仰いだ。
 烟る煙はもう何処にも見えず、空には雲ひとつない。煌々と美しく輝く月を映し、類は暫し思いを巡らせた。
「――成し遂げて、果たしたよ」
 零れ落ちた言の葉を聞いていたのは、今も傍で眠る彼の相棒だけ。
 やがて、月の夜は更けていき――。

 今夜も、明日も明後日もそのまた次の日も、この地の平穏は続く。
 救えたもの、救えなかったもの、叶えたかった思いや果たすことが出来た願い。この世界はどんなものも等しく包み込む。
 そうして今日もまた、未来が紡がれていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年10月25日
宿敵 『『嗤う火車』籃火』 を撃破!


挿絵イラスト