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銀河帝国攻略戦⑬~心の闇を弄ぶもの

#スペースシップワールド #戦争 #銀河帝国攻略戦

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「銀河帝国攻略戦への参戦に感謝します。リムは現在の戦況を報告します」
 グリモアベースに集った猟塀たちの前で、リミティア・スカイクラッド(人間の精霊術士・f08099)は淡々とした口調で語りだした。
「帝国大要塞『エンペラーズマインド』の攻略は順調です。中枢であるコアマシンルームへの到達及び破壊もそう遠くはないでしょう」
 ですが、と彼女は続ける。
「それとは別に一つ、懸念事項があります。銀河帝国執政官兼科学技術総監、ドクター・オロチについてです」
 猟兵たちの予兆にも姿を現した異形のオブリビオン、ドクター・オロチ。見るからに異質かつ異形の容貌を持つ謎のオブリビオンだが、その肩書きからしても尋常の存在ではないだろう。
 彼(?)の搭乗する『実験戦艦ガルベリオン』は、強力なジャミングによってその居場所を隠蔽されている。
 銀河皇帝――オブリビオン・フォーミュラが倒れれば新たなオブリビオンの出現は無くなるが、銀河帝国の残党が消滅するわけではない。このままドクター・オロチを見逃せば、戦後に新たな暗躍を始めるかもしれない。
「未来の禍根は可能な限り摘み取るべきでしょう。リムは『ガルベリオン』発見に向けた作戦を提示します」

 前述の通り、ドクター・オロチの乗艦『ガルベリオン』の所在は隠蔽されている。
 しかし、オロチは自身が指揮する艦艇を『エンペラーズマインド』周辺に派遣しており、その派遣艦の一部は『解放軍』との戦闘によって大破、その残骸を晒している。
「この派遣艦艇の残骸の周辺に、『ガルベリオン』の所在を秘匿する『ジャミング装置』が存在する事が判明しました」
 宙域内に多数設置されたこのジャミング装置を破壊できれば、ガルベリオンの隠蔽は剥がれ、その所在を発見することができる。
「ただし、これは簡単なことではありません。ジャミング装置に近づけば、装置に搭載された防衛機能が発動します」
 その"防衛機能"とは、物理的なものではない。
 それは『近づいた対象のトラウマとなる事件などを再現し、対象の心を怯ませる』という、精神に対する攻撃だ。
 もしもトラウマに怯んでしまえば、衝動的にジャミング装置のある場所から離れてしまい、装置を破壊できる距離まで近付くことさえできない。
 ――これを仕掛けたであろうドクター・オロチの性質が垣間見える、悪辣な罠である。
「ジャミング装置の破壊には、悪夢として再現される己のトラウマに耐え切る、逃げ切る――あるいは克服する、精神の力が必要です」
 己の心の闇に、己一人の力で立ち向かい、勝利すること。それがジャミング装置を攻略する条件なのだ。

 ガルベリオンの調査を実行できるタイミングは限られている。『エンペラーズマインド』が陥落すれば、それ以上の調査続行は不可能になるだろう。
「今、この瞬間こそが、ドクター・オロチの尻尾を掴む最初で最大、そして最後の好機です。皆様であればこの好機を物にすることができるでしょう。リムは確信しています」
 たとえ、どのような辛い心の傷を抱えていようとも、猟兵ならばきっと乗り越えられると。
 静かな、そして真っ直ぐな眼差しを猟兵たちに向けながら、リミティアは告げる。
「作戦説明は以上です。リムは武運を祈っています」



 こんにちは、戌です。
 本シナリオの攻略対象は「⑬『ガルベリオン』を発見せよ」になります。
 今回のプレイングに関して以下の注意事項があります。どうかご一読ください。

 このシナリオでは、ドクター・オロチの精神攻撃を乗り越えて、ジャミング装置を破壊します。
 ⑪を制圧する前に、充分な数のジャミング装置を破壊できなかった場合、この戦争で『⑬⑱⑲㉒㉖』を制圧する事が不可能になります。
 プレイングでは『克服すべき過去』を説明した上で、それをどのように乗り越えるかを明記してください。
『克服すべき過去』の内容が、ドクター・オロチの精神攻撃に相応しい詳細で悪辣な内容である程、採用されやすくなります。
 勿論、乗り越える事が出来なければ失敗判定になるので、バランス良く配分してください。

 このシナリオには連携要素は無く、個別のリプレイとして返却されます(1人につき、ジャミング装置を1つ破壊できます)。
 『克服すべき過去』が共通する(兄弟姉妹恋人その他)場合に関しては、プレイング次第で、同時解決も可能かもしれません。

 それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
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第1章 冒険 『ジャミング装置を破壊せよ』

POW   :    強い意志で、精神攻撃に耐えきって、ジャミング装置を破壊する

SPD   :    精神攻撃から逃げきって脱出、ジャミング装置を破壊する

WIZ   :    精神攻撃に対する解決策を思いつき、ジャミング装置を破壊する

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 宇宙空間を漂いながら『ガルベリオン』の所在を覆い隠すジャミング装置。
 それは人間の脳に無数のアンテナを刺したような、ひどく悪趣味な外見をしていた。

 宙域を探索する猟兵たちにとって、装置の発見はそれほど難しいものではない。
 本番は発見した後――外敵の接近に反応したジャミング装置が、その防衛機能を作動させる。
 猟兵たちは覚悟を決めて、装置が生み出す悪夢の世界に取り込まれていく――。
ナハト・ダァト
『克服すべき過去』
かつて囚われていた
古い都の牢屋の風景
平和を築くための生贄たる聖者の素質を持つものとして、
誰にも知られることなく生涯を終える筈であった

既に記憶の中には無く
初めてかいま見る風景にとまどう

【WIZ】判定
仲間から集めていた、医者として周囲から頼りにされる事への希望
今まで治癒した患者からのお礼を、六ノ叡智で呼応させてトラウマに抵抗
克服をはかる

折れてはいけなイ
医者である私ハ、命を救う為に諦めズ病に立ち向かうことが使命なのだかラ

さようなラ、私ノ知らない過去
先へ進むヨ



●ナハト・ダァトの悪夢
 気が付けばナハトは、薄暗い牢屋の中にいた。
 苔生した石壁と、冷たい鉄扉に囲われた部屋。唯一の外界とのつながりは格子がはまった小さな窓がひとつ。

 ここは何処だろうか。記憶にない風景にナハトは戸惑う。
 いや、そもそも自分は今まで何をしていた? 靄がかかったような思考の中で、せめて状況を把握しようと彼は窓から外の様子を覗う。

 小さな窓の向こう側に見えたのは、古い都の町並みと、行き交う人々の姿だった。
 友達とはしゃいで遊ぶ子供がいる。井戸端の会話に花を咲かせる御婦人方がいる。息子を肩車する父親がいる。酒場で吟遊詩人はリュートを弾き、酔客たちの歓声が上がる。
 誰もがみな、幸せそうな笑顔を浮かべている。
 そして誰一人として、牢屋に囚われたナハトの存在に気が付かない。

 例えるならばそれはそう――テレビの画面を眺めているような感覚に近い。
 画面の向こう側から誰かが手を伸ばしてくることはない。
 そして、どんなに手を伸ばしても画面の向こう側の世界に行くことはできない。

 それでもナハトは手を伸ばそうとした。
 容易いことだ、彼にとっては。どんな小さな隙間からでも、少し形を変えれば外に出られる。
 しかし、ナハトがそれを試みようとした瞬間、窓に映る「画面」が切り替わる。

 子供たちは泣き叫び、御婦人方は悲鳴を上げ、親子は無惨な屍を晒し、酒場には音楽と笑い声ではなく、暴力と怒号が吹き荒れる。
 驚いたナハトが窓から体を引っ込めると、外の風景はまた、元通りの平和な町並みへと変わる。

 お前はそこを出てはいけない。誰かにそう言われた気がした。
 お前さえそこにいれば、外の世界は平和なのだと。お前がそこを出てしまえば、外の世界は「こう」なるのだと。

 平和を築くための生贄――それが己に課された役割であることを、おぼろげにナハトは理解した。
 嗚呼、それは素晴らしいことではないのか? 異形のこの身を捧げることが、人々の救いになるのなら。
 誰にも知られないまま、この牢屋で朽ち果てることが正解なのでは――?

「――違ウ」
 悪夢に取り込まれかけたナハトの体から、光が溢れる。
 "今"の彼は知っている。周囲から頼りにされる事への希望を。その手で治療した患者からの感謝の言葉を。
 それは、この牢屋に居たままでは決して手に触れられなかったものだ。

「折れてはいけなイ」
 真綿で絞めるような悪夢の侵蝕にナハトは抵抗する。
「医者である私ハ、命を救う為に諦めズ病に立ち向かうことが使命なのだかラ」
 ここを出ることで失われる平和があるのなら。起こる悲劇があるのなら。
 その手で悲劇を食い止め、平和を取り戻すために活動するのが、ナハト・ダァトという存在だ。

 ナハトの輝きに呑まれ、牢屋の風景が消えていく。窓から見えていた偽りの平和の光景も。
「さようなラ、私ノ知らない過去」
 この世界は恐らく、ナハトの忘れていたトラウマを装置が汲み上げ、悪夢として再構成したものだ。
 そんな悪趣味な過去の残滓に、彼の足を止められはしない。
「先へ進むヨ」
 一歩踏み出した瞬間、悪夢の世界は完全に崩壊し。
 目の前に無防備な姿を晒しているジャミング装置を、ナハトは瞬時に破壊した。

成功 🔵​🔵​🔴​

トリテレイア・ゼロナイン
防衛機構が働き、私の前に「私」が姿を現した

騎士と名乗りながらその身に銃器を隠し持ち、UCの隠し腕でだまし討ち、焼夷弾で戦場を燃やし、ベルセルクトリガーで暴れまわる「私」が
これまでの任務で機械としての判断で「手遅れ」と少なくない命を見捨てた「私」が
任務の調査のため、力なき人々に嘘や虚言を弄し、情報を得た「私が」

お前は所詮紛い物だと示すように、戦闘マシンとして襲い掛かってくる

……ですが私は決めたのです。御伽噺の騎士にはなれずとも、持てる全ての力を振るい、彼らのように力なき人々を救うと。この鋼の身に誓ったのです。

「私」達の全てを、剣と盾で打ち払い、ジャミング装置を破壊しましょう
これが私の騎士道です!



●トリテレイア・ゼロナインの悪夢
 防衛機能が作り出す悪夢に取り込まれたトリテレイアの前に立ちはだかったのは「トリテレイア」――すなわち彼自身だった。
『騎士としてお相手しましょう』
 声も、姿形も、装備も、まったくトリテレイアと同一のそれは、彼に儀礼用の長剣を突き付け――直後、全身に格納した銃器で一斉射撃を行う。
 動揺したトリテレイアは身構える間もなく機銃掃射を浴びる。その隙を突いて「トリテレイア」は剣を放り捨てて襲い掛かってくる。
 騎士としての儀礼も品格もない――ただただ純粋な戦闘マシンとして。

 鋼の拳で殴りかかってくる「トリテレイア」の一撃を、トリテレイアは大型シールドを構え受け止める。
 だがその直後、真横から伸びた「トリテレイア」の隠し腕がシールドの防御をくぐりぬけ、トリテレイアを殴打する。
 騎士らしからぬ不意打ちと騙まし討ちの連続。騎士道を重んじる者ならば敬遠するであろう類の戦術。
 しかしトリテレイアには分かってしまう。それが至極効率的な戦術であることが。

 殴り倒され、土にまみれたトリテレイアが起き上がると、悪夢の景色はどこかの町並みに変わっていた。
 そこでは「トリテレイア」がオブリビオンとの戦闘を繰り広げている。周囲への被害もお構いなしに、「トリテレイア」は焼夷弾で町を焼き、ベルセルクトリガーで無差別に暴れまわる。
「やめなさい!」
 止めようとするトリテレイアの肩を、また別の「トリテレイア」が掴む。
『なぜ止めるのですか。これが最も効率的な戦術の筈です』
 冷静で冷徹なマシンとしての判断を口にする「トリテレイア」は、炎に巻かれのたうち回る民間人を目にしても、淡々と。
『あれはもう手遅れです。任務遂行のための仕方ない犠牲でしょう』
 無情にして無慈悲な判断。だがそれを責める言葉をトリテレイアは思いつかない。
 他ならぬトリテレイア自身が、そうした判断を時に下し、任務を優先してきたのだから。

「それでも……っ!」
 腕を振りほどいたトリテレイアが駆け出すと、また周囲の景色が変わる。
 過去に見覚えのある小さな村で、「トリテレイア」が村の若者を相手に情報収集を行っている。
『ご安心ください。私はあなた方に危害を加えません。私はあなた方の力になるためにこの村に参上しました。ですので、お話を聞かせてもらえませんか』
 剣と盾を帯び、遍歴の騎士を名乗って力なき人々の信用を得ようとする「トリテレイア」。
 その巨体に騎士道からは程遠い武器を隠し持ち、己が戦闘マシンであることを偽りながら、欺瞞の言葉を連ね立てる。

 三度景色が変わる。今度は見渡す限りの暗黒に。トリテレイアと「トリテレイア」達だけが存在する空間に。
 無言で、しかし何かを訴えるような眼差しで銃口を向ける「トリテレイア」達。
 もう、トリテレイアも分かっていた――彼らはトリテレイアの騎士道を糾弾する者。お前は所詮紛い物の騎士だと示す、トリテレイア自身の心の闇が生んだ影。

 戦闘マシンとしての本性を曝け出す「トリテレイア」達を前に、トリテレイアが取った行動は。
「……格納銃器強制排除」
 ガシャン、と音を立てて。彼の全身に仕込まれた銃器が足元に落ちた。
 銃口を向けられている状況で、自らの銃を捨てる。合理性の欠片もないその行動に「トリテレイア」達が動揺する。
「リミット解除、超過駆動開始」
 動力機関が唸りを上げて、限界を超えた力がトリテレイアの全身に漲る。
 残った武装はその手に握った剣と盾のみ。そう、この姿こそがトリテレイアの答え。

「確かに私は紛い物かもしれません……ですが私は決めたのです。御伽噺の騎士にはなれずとも、持てる全ての力を振るい、彼らのように力なき人々を救うと。この鋼の身に誓ったのです」

 その誓いは。救うべき人々の命は。憧れに手が届かない己の劣等感よりも軽いのか?
 否。断じて否。ならば此処で立ち止まっている暇は無い筈だ――誓いを守れずして何が騎士か!!!!

『私は所詮兵器。命令に従い、ただ戦う一塊の鉄刃(スティールエッジ)となり、稼働停止の瞬間まで、己が責務を全うするのみ――』
「かつての"私"は、そうだったのかもしれません。ですが今は違います」
 一斉に放たれた「トリテレイア」達の銃撃を、機械騎士と化したトリテレイアはその盾で受け止め。
「これが私の騎士道です!」
 振るわれた剣の一閃は、悪夢のウォーマシンと同時に、ジャミング装置を真っ二つに破壊した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

春霞・遙
過去の傷を掘り返してえぐるなんて、ほんっといやらしい攻撃。

一番つらい思い出として思いつくのはまだ小児科医になりたての頃立ち会ったお産とその後の一週間でしょうか。ぐったりとした状態で生まれたその子は生まれてから一度も産声も上げず、母に触れてもらう余裕もなくNICUへ運ばれて呼吸の管と点滴を入れられて。
原因もわからず延命以上の治療ができずに少しずつ弱っていく命に、お父さんとお母さんに抱っこしてもらって最後の夜を家族で過ごさせてあげることしかできなかった。

看取った時の両親の「頑張ったね」という震える声は今でも思い出すと胸が痛いけど、この経験を忘れずこの先出会う命を救うと決めたんです。私はもう大丈夫。



●春霞・遙の悪夢
 医師である遙の目の前に広がったのは、よく見慣れた病院の光景だった。
 それが何時の光景なのか、彼女ははっきりと覚えている。それはまだ自分が小児科医になりたての頃――最もつらい過去の記憶のひとつだ。

 その日、小児科はさながら戦場だった。
 胎児の容態が急変し、急いで分娩室に運び込まれる妊婦。
 遙の目の前で生まれ落ちたその赤子は、生まれてから一度も産声を上げなかった。
 母に触れてもらう余裕もなくNICU(新生児集中治療室)に運び込まれ、呼吸の管と点滴を入れられて、ようやくその赤子は命脈を保っていた。

 誰もが赤子の命を救おうと必死だった。しかしその方法が分からない。
 日に日に弱っていく赤子を前にしながら、その治療法はおろか原因すら不明という現実。
 遙も必死になってあらゆる医学書や資料をひっくり返し、寝る間も惜しんで原因を究明しようとした。
 だが、現実は無情だった。彼女たちにできたのは、儚い命の灯火が消えるまでの時間を、ほんの少し先延ばしにすることだけ。

 一週間後、赤子は両親の元に戻された。
 治療法が見つかったからではない――これ以上の延命は不可能と判断され、せめて最後の夜を家族と過ごさせてあげるためだった。

 赤子の父と母は、交互にそうっと赤子を抱っこしながら、その頭を優しく撫でる。
 遙には、それを黙って見ていることしかできなかった。
 不意に、赤子の両親が顔を上げ、涙で歪んだ恐ろしい形相で遙を睨む。

「どうしてこの子を助けてくれなかったの」
「なんで、この子が死ななくちゃいけないんだ」
「この子を救う方法は本当に無かったの?」
「もっと他にできることは無かったのか?」

 浴びせられる糾弾。胸を抉るような絶望と悲嘆の言葉が遙に浴びせられる。
 ――けれど、遙は。
「……違う」
 怯まない。これは装置によって歪められた光景。過去の記憶に、遙自身のトラウマや後悔を混ぜ合わせて作られた悪夢。
 あの日、赤子の両親はそんな事は言わなかった。本心では医師たちへの怒りや絶望も渦巻いていたかもしれない。
 だが、それよりもまず、あの両親が口にした言葉は。それをかける相手は。


「頑張ったね」


 たった一週間の命を、それでも精一杯に生きた愛しき我が子を看取りながら告げる、優しく、暖かな言葉。
 その声は震えていた。どんな罵倒よりも深く深く、遙の胸を打つ一言だった。

 今でも思い出すたびに、あの時の胸の痛みが蘇る。
 だからこそ遙は忘れはしない。この経験を、この無念を。何よりも、この先出会う命を救うと決めた、自らの決意を。
「私はもう大丈夫」
 悪趣味な悪夢などに惑わされはしない。その身から放たれる光が、空間を切り裂いていく。
 過去の傷を受け入れて、遙は前へと進む。

成功 🔵​🔵​🔴​

バルディート・ラーガ
……ふと気づくと、跪かされた体勢で拘束されていた。
脚は丸太に縛られ、頭は下に向けて抑えつけられ、尻尾は何人もの足で踏みつけられ。腕は捕らえられて横に伸ばされている。微かに覚えのある光景。
肩口に大きな刃が当てられる。ひんやりとした感触。自分の口が何かを叫んでいるが、何故か自分で聞き取ることはできない。……

……腕を。取られた、つっても。戦えねえワケじゃあ、ねえンだよなア。
現に俺は今だって戦ってンだよ。無えなら、無いなりの姿でよオ!
(過去の記憶を必死で振り払うように【九つ蛇の貪欲者】で大蛇に変化、装置を破壊します)



●バルディート・ラーガの悪夢
 悪夢に囚われたバルディートはふと気づくと、跪かされた体勢で拘束されていた。
 脚は丸太に縛られ、頭は下に向けて抑えつけられ、尻尾は何人もの足で踏みつけられ。
 完全に身動きできぬよう封じられた状態で、彼の腕は捕らえられて横に伸ばされている。

 この光景に、バルディートは微かな覚えがあった。
 何故こうなったのかははっきりと思い出せない。しかし、これからどうなるのかは覚えている。
 その記憶を肯定するように、肩から伝わるひんやりとした感触。肩口に当てられる大きな刃。
「――!! ――――!!!!」
 自分の口が何かを叫んでいるが、何故か自分で聞き取ることはできない。
 そして、誰かがその叫びに耳を貸すこともなく。無情にも刃は振り下ろされる。

 激痛。
 鮮血。
 絶叫。

 ――それはバルディート・ラーガが「蛇」となった日の記憶。
 腕を失った彼はその日より影を這いずる者となり、日陰を彷徨ってきた。
 喪失の過去の痛みが悪夢となって、バルディートの心を折り砕こうとする。

 だが。
「……腕を。取られた、つっても。戦えねえワケじゃあ、ねえンだよなア」
 這い蹲るバルディートの腕の断面から、血ではなく、黒い炎が迸る。
 ブレイズキャリバーたる彼が操る地獄の炎。その熱量が、悪夢の世界を焼く。
「現に俺は今だって戦ってンだよ。無えなら、無いなりの姿でよオ!」
 咆哮するバルディードの姿が変化していく。腕を失った竜から、九つの首持つ大蛇へと。
 竜にも劣らぬその威容を見せ付けるように奮い立たせ、自身を捕らえる手足を払いのける。

 たとえ腕を落とされようと、魂まで過去に落としてきたつもりはない。
 這いずってでも前に進む。それが今日までバルディートが歩んできた軌跡。

 ――この日、バルディート・ラーガは「蛇」となった。
 それは、もう二度と何者にも捕らえられない者となった証。

「グ……シュウルルル……シャアアアアアアッ!!!!」
 黒蛇の九つ頭から一斉に放たれた業火は、悪夢の世界を跡形も無く焼き尽くし。
 それと諸共に、ジャミング装置を宇宙の塵と消し飛ばしたのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

イヴ・シュプリーム
【WIZ】
心情:……過去……ね……確かに昔の事を思い出すことはあるわ……
だけど……過去は教訓ではあるけど……枷ではないのよ……
それに……精神操作は……むしろ私の得意分野よ……

(過去:イヴの魔法の所有権を巡り、惑星環境を崩壊させるほどの戦争が勃発。戦後に難民から戦争責任について弾劾され、イヴは長期間封印されることになりました)

戦術:UC【囚ワレル心身】を自身を対象に使用。精神攻撃の制御を行います。また、直接は使用しませんがUC【楽園ヘノ道標】使用時の経験を活かし、精神的苦痛への耐性を高めます。

「人の心を読んでいると……様々な闇に直面するわ……だから……これぐらいは……」

(アドリブ歓迎です)



●イヴ・シュプリームの悪夢
「……過去……ね……確かに昔の事を思い出すことはあるわ……」
 そう呟くイヴの目の前で繰り広げられているのは、かつての故郷の記憶の再現。
 砲弾と魔導レーザーが飛び交い、悲鳴と断末魔の叫びに満ちた、泥沼の戦場の光景だった。

 かつて、この惑星の人々の手によってイヴは創造された。『魔導科学の集大成』として。
 その肩書きに相応しいだけの力をイヴは有していた。否――それ以上の力を。
『彼女の力は危険すぎる』
『封印するべきではないか?』
『否。彼女の力は平和裏に活用するべきだ』
『もし彼女が暴走すれば、その責任は誰が取る?』
 惑星の権力者たちの議論は紛糾したが、その論点はひとつに収束される。
 すなわち、誰がイヴと、その魔法の力の所有権を有するかに。

 落とし所の見つからない議論が、対話から暴力に変わるまで、さしたる時間はかからなかった。
 たった一人の人造人間を巡る、惑星規模の戦争の勃発。
 一度始まってしまった戦いがエスカレートするのは容易く、国家間の因縁や利害など、様々な要因が暴力の連鎖を加速させる。
 遂には、都市ひとつを消し飛ばす大量破壊兵器や、条約無視の非人道兵器や気象兵器までもが投入されることになった。

 ――やがて戦争は終わり。戦いに参加したすべての人類は敗者となった。
 惑星環境は崩壊し、もはや人が住める状態ではなかった。
 人々は争うように移民船に乗って宇宙へと脱出し、乗り遅れた人々は難民となって荒野に溢れた。

 未来を失った人々は、何故こんなことになってしまったのかと嘆く。
 この戦争の責任の所在はどこにあるのか、責められるべきは誰なのかと。
『――お前のせいだ』
『お前がいなければ、こんな戦いは起こらなかった』
『お前さえ生まれてこなければ、この星はずっと平和だった!』
 人々はイヴを糾弾する。希望を失った人々にとって、彼女は都合の良い怒りの矛先だったのだ。
 かくしてイヴは封印された。滅びの責任のすべてを押し付けられ、冷凍睡眠カプセルの中に押し込まれて。

 悪夢の世界でその記憶を追体験させられるイヴは、睡魔にも似た悪夢の侵蝕に抵抗する。
「過去は教訓ではあるけど……枷ではないのよ……それに……精神操作は……むしろ私の得意分野よ……」
 イヴは自分自身に不可視の精神感応波を放つと、自らの感情を制御し、装置の精神攻撃に耐える。
「人の心を読んでいると……様々な闇に直面するわ……だから……これぐらいは……」
 心を操る術を知る少女は、それに耐える術もまた知っている。
 闇に包まれた世界に、やがて一条の光が差した。

「……こんな機械に……踊らされる趣味はないわ……」
 現実へと帰還したイヴは、魔導のエネルギーを一点に収束させ。
 放たれた叡智の光が、ジャミング装置を撃ち貫いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

勘解由小路・津雲
■克服すべき過去 ヤドリガミ本体の元持ち主は、退魔師(陰陽師)であり、その命のすべてを術に変え、戦いの中に散った。道具にすぎなかった当時「私」はどうすることもできなかった。精神攻撃は元持ち主を見せる。惨たらしく傷つき、何度も倒れ、血を吐き、しかし「私」はそれを救うことが出来ない。あるいは、死んだ元持ち主(あの人)がオブリビオン化して襲ってくる。

■どう乗り越えるか 「おいあんた、大丈夫か……! いや、これは幻影か」「オブリビオンだと……馬鹿な!」最初は何も出来ないが、退魔師を継ぐと決めた。あの人が「魔」へと堕すなら、それを倒すのが、「私」の、いや「おれ」の使命なのだ! あの人すら倒し、先に進む。



●勘解由小路・津雲の悪夢
「ここは……」
 津雲の視界に飛び込んできたのは、見覚えのある戦場だった。
 忘れもしない。この場所は、かつての津雲の持ち主が、最期の時を迎えた場所。

 戦場ではまさに、懐かしき津雲のかつての持ち主――退魔師の陰陽師が、呪具と霊符を手に怪物と戦っていた。
 戦いは明らかに退魔師の劣勢だった。研鑽を重ねた術技の数々は怪物にさしたる傷を与えられない。一方で怪物がその腕を振るうたびに退魔師の体には惨たらしい傷が刻まれていく。

「おいあんた、大丈夫か……!」
 思わず津雲は退魔師の元に駆け寄ろうとした。
 しかし、その四肢は鉄の枷を嵌められたかのように重く、大気は油のように粘ついて彼の歩みを阻む。
 これが幻想であり、装置の見せた悪夢であることは津雲も理解している。それでも、かつての持ち主が傷つく様をただ見ているなどできなかった。

 何度も倒れ、血を吐く退魔師は、やがて覚悟を決めた表情で立ち上がる。
 その懐から取り出したのは一枚の鏡。それはまだ津雲がヤドリガミになる以前の本体。
「やめろ!!」
 何をするつもりか知っている津雲は叫ぶ。その声が届かないと知りながら。
 残された呪力と生命のすべてを鏡に込めて、退魔師は全身全霊を賭けた最期の一撃を放つ。
 絶叫を上げて消滅していく怪物。それを見届けると、退魔師もばたりと崩れ落ちた。

「ああ……私は、また……!!」
 救うことが、できなかった。道具に過ぎなかったあの頃と同じように、ただ見ているだけだった。
 呆然としながら、ようやく元持ち主の元にたどり着いた津雲。その目の前で、退魔師の骸がぴくり、と動いた。
「な……っ?!」
 咄嗟に飛び退いた津雲の前で、起き上がった退魔師が異形に――たった今倒したばかりの怪物に似た姿に変貌していく。
「オブリビオンだと……馬鹿な!」
 愕然とする津雲に、退魔師であった怪物が咆哮を上げて襲い掛かる。

 かつての持ち主を相手に、防戦一方となる津雲。
 この悪夢はあの時何もできなかった自分への罰なのかと、トラウマに心を呑まれかける。
 ――だが、その時津雲は見てしまった。オブリビオンと化した退魔師の目から、一筋の涙が流れるのを。
 それは、志半ばで倒れることになった退魔師の無念の証。

「そうだ……私はあの人の意志を継ぎ、退魔師を継ぐと決めた」
 己が何のために戦うのか。その決意を再認識した津雲は玄武の錫杖を構える。
「あの人が『魔』へと堕すなら、それを倒すのが、『私』の、いや『おれ』の使命なのだ!」
 巻き起こる氷水の嵐が、怪物を吹き飛ばし、悪夢の世界を消し去っていく。
 覚悟を決めた津雲の歩みを妨げるものはもう無い。再度、現実世界で彼が錫杖を振るえば、ジャミング装置は氷に包まれ粉砕された。

成功 🔵​🔵​🔴​

宙夢・拓未
▼過去
見せられるのは、ショックのあまり自分で封じ、忘れていた、過去の記憶
人間だった俺の体はバラバラに解体されて
UDC怪物に捧げられ、くちゃくちゃ喰われた
俺の意識は機械の体に移されて、一部始終を見せられていた

▼克服(POW)
「……っ、それでも俺は俺だ!
人間として生きた、この記憶がある限り!
俺は俺であり続ける……この体で、戦い続ける!」

『ヴァリアブル・ウェポン』
背中から無数のロボットアームを展開、先端からレーザーを装置に発射

「人間としての俺の体は死んだのかもしれない。
けど、俺の魂は、死んでなんかいないさ」

「この体が壊れるまで、生き続け、戦い続けてやるよ」

「そう、決めたからな」



●宙夢・拓未の悪夢
(……なんだ?)
 悪夢の世界に迷い込んだ拓未は、すぐに自分の体の異変に気付く。
 首から下の感覚がない。声も出ない上、嗅覚と触覚もおぼろげ。正常に働くのは視覚と聴覚だけだった。

 制限された五感で周囲を把握する。そこは何かの研究室のようで、得体の知れない機械や、ホルマリン漬けにされた生物の肉片や臓器が所狭しと並べられている。
 その光景に拓未は見覚えがある気がした――だが思い出せない。無理に思い出そうとすると、脳が拒絶反応を示すように頭痛が走る。

 痛みが堪えながら拓未は更に視線を巡らせる。そして見つけた――見つけてしまった。
 部屋の中心にある手術台。そこに横たわっていたのは――。
(…………俺?)
 死んだようにピクリとも動かない「拓未」が、そこに居た。
 突然、部屋のライトが灯る。照らし出されるのは手術台の「拓未」と、その前に立つ人型のナニカ。
 その人型――オブリビオンは、動かない「拓未」に背中から生やした無数のロボットアームを伸ばす。
(やめろ!!)
 拓未の声は届かない。目を背けることも、瞼を閉じることもできない。

 それから始まるのは「手術」ではなく「解体」だった。
 まずは四肢と首を切り離され、順番に皮膚を剥がされる。それから筋肉と骨をバラバラにされ、胴体からは内臓を取り除かれる。
 分解されていく「拓未」のパーツのうち、オブリビオンの眼鏡に適ったパーツは液体で満たされた容器の中に。それ以外はぽいと廃棄される。
 すると、部屋の隅に蹲っていたUDC怪物が捨てられたパーツに触手を伸ばし、汚い咀嚼音を立てて貪り食らう。
 ――一時間もしないうちに、「拓未」だった骨と肉と内臓のほとんどは怪物の腹の中に収まっていた。
 嗅覚が働いていないのは幸いだった。きっと、吐く所では済まなかっただろう。

 拓未の意識は気絶することさえ許されず、その一部始終を見せられていた。
 やがて、解体を終えたオブリビオンが顔を上げる。その視線と拓未の視線が交わる。
『さあ、どうだった? "コレ"がバラバラになるのを見て、貴様は何を感じた?』
 オブリビオンの目には、現在の拓未の姿が映っていた。
 それは、全身の半分ほどを人工の皮膚で覆われた――残り半分は機械の部品が剥き出しになった、未完成のボディ。
 血も肉もない、冷たい機械の体。
「あ……ああああああああああああっ!!!!!!!」
 初めて、声が出た。それは赤子の産声にも似た絶叫だった。
 この表現は比喩ではない――ある意味ではまさにこの瞬間こそが「宙夢・拓未」の二度目の誕生と言える。
『成功だ。貴様の意識は境界線を越えた』
 絶叫する拓未の前で、オブリビオンは満足げな笑みを浮かべる。

 これは、拓未が自ら封じ、忘却の彼方に追いやってきた過去の記憶。
 思い出すことすら避けてきた、「宙夢・拓未」という存在のルーツ。
 この日、生物学上の「宙夢・拓未」は死に、機械の体にヒトの意識を宿す「宙夢・拓未」が生まれた。
『素晴らしい成果だ』
 記憶の濁流に打ちのめされる拓未に、オブリビオンが機械の腕を伸ばす。
 自らの「研究成果」を、すみずみまで調べ尽くすために。

「……っ、それでも俺は俺だ!」
 だが、拓未は伸ばされた腕を払いのけた。
「人間として生きた、この記憶がある限り! 俺は俺であり続ける……この体で、戦い続ける!」
 全身の感覚が戻ってくる。この体の「使い方」も、今の彼はよく知っている。
 背中から無数のロボットアームを展開。その先端にエネルギーを収束させていく。

『抗うか。貴様はすでに死人同然。ある意味では我らとそう大差ない者だというのに』
「人間としての俺の体は死んだのかもしれない。けど、俺の魂は、死んでなんかいないさ」
 オブリビオンの言葉に、拓未はきっぱりと答える。
 そう。拓未の意思と記憶は確かにここにある。例えその身体が作り物の機械でも、魂だけは創造できはしない。
 もしも「宙夢・拓未」が真の死を迎えるとすれば――それは、彼の魂が絶望に屈した時だ。

「この体が壊れるまで、生き続け、戦い続けてやるよ」
 放たれたレーザーは、悪夢の中のオブリビオンと、現実世界のジャミング装置を同時に貫き。
「そう、決めたからな」
 消えていく悪夢の世界に訣別の言葉を告げ、拓未は一歩を踏み出した。

成功 🔵​🔵​🔴​

芦屋・晴久
【WIZ】
【克服すべき過去】
肉親である妹が故郷の村の命全て蹂躙し滅ぼし、晴久だけが逃げて生き残ってしまった。
犠牲になった同郷の者への負い目と自らの臆病を恨むも心の底では許して欲しいと願ってしまう自身の葛藤。
【プレイング】
この様な所で思い出させられるとはね。
妹は何かに魅入られていたのだ、私より術士としての才も力も秘めていたアレが全てを蹂躙する光景に私は逃げる事を選んでしまった。
私は今も自身を許せなく、誰かに許しを請いながらここに生きている。

【辰子鏡姫】よ、我の姿となれ。

自身の姿を模倣した式神の力を全て解き放ち衝撃波による【破壊工作】を行う。

まだ俺は何も得てないのだ
ここで膝をつく訳にはいかない。



●芦屋・晴久の悪夢
「この様な所で思い出させられるとはね」
 ひどく懐かしい風景の中を、晴久は歩いていた。
 都会の喧騒から離れた、彼の故郷の村。何度も歩いた畦道の感触も、喧しい蝉の鳴き声も、土と木の匂いも、何もかもが彼の郷愁を誘う。
 いや――郷愁だけではなかった。一歩足を進めるたびに、彼の胸の奥の痛みが強くなる。

 何かに導かれるように歩き続け、やがて晴久が辿り着いたのは彼の生家だった。
 そこで彼を待っていたのは――むせ返るような"死"の匂い。
 血と泥と臓物に塗れたおびただしい数の死体が、敷地内のあちこちで無惨な骸を晒している。
 足を止めて確認するまでもない。その顔はすべて晴久の見知った村の人間か、彼の家族のものだった。

『どうして逃げた』
 不意に、死体が口を利いた。構わず晴久は歩き続ける。
『臆病者め』
 また、別の死体が訴える。だが晴久は歩みを止めない。
『許さない』
 血涙を流す死体を見た。晴久は血溜りと泥を踏みしめる。

 歩いて、歩いて、歩いて、歩いて――
 ようやく晴久は目的の場所に辿り着く。
 幼い頃は"二人で"修行に明け暮れた、思い出の詰まった生家の庭。
「久しぶりだな」
 晴久がそう告げた先に立っていたのは、彼の妹だった。
 死に包まれた村で、彼女だけが生きている。だが尋常な様子ではない。その衣は赫に染まり、その両手は――べったりと何者かの血に塗れていた。

 晴久は思い出す。あの惨劇の日のことを。
 彼の故郷は肉親である妹に滅ぼされた。兄よりも才も力も秘めていた彼女が、村人や家族を殺戮し全てを蹂躙する光景に、晴久は耐え切れず、逃げ出した。
 死者の言葉は躯の海から発せられたものではない。すべて晴久の心が生み出した、己を許せない彼自身の内なる叫びだ。
 犠牲になった同郷の者への負い目。自らの臆病を恨みながらも、誰かに許して欲しいと願ってしまう葛藤を抱え続けながら、彼は今日まで生きてきた。

『――あなたは、どうして私がこんな事をしたと思う?』
 妹が口を開く。その言葉はノイズがかかったように不鮮明で、表情もうまく読み取れない。
 古来より、相手の姿を「写し取る」という行為は呪に通じる。絵画にせよ写真にせよ、頭の中で「思い浮かべる」にせよ。
 真に力ある術士だった彼女の声や姿を表現するのは、たとえ夢の中であっても容易ではないのだ。
『あなたは私が何かに魅入られていたと思っているようだけど。これが私自身の"意思"でやった事だとは考えないの?』
 そして夢の中であっても、彼女の言葉には力がある。呪術や魔術においては基本中の基本である言霊の力だ。
『あなたはそれを確かめもせず、逃げ出してしまったのでしょう?』
 妹の糾弾の言葉は呪的な力を宿して、心身ともに晴久を打ちのめす。

 ぐらり、よろめいた晴久の口元から血が溢れる――だが、彼は立ち直す。
『どうして逃げたの。臆病者。みんなと一緒に死ねばよかったのに。誰もあなたを許したりなんかしない』
 矢継ぎ早に放たれる呪詛にも、晴久はもう逃げ出したりしない。無言のまま、ただ妹を見つめ続ける。
 そんな彼に対し、悪夢の中の妹はふと語気を弱めたかと思うと。
『――本当は、私は。あなたに助けて欲しかったのに』
 千の糾弾よりも、万の罵倒よりも強い言の葉の刃が、晴久の胸を貫いた。

 ――だが、それでも晴久は倒れなかった。
「……そうだ。私は今も自身を許せなく、誰かに許しを請いながらここに生きている」
 だがそれは貴様ではないと晴久は告げる。
 この妹が紡ぐ呪詛も、死者の言葉と変わらない。己を許せない晴久の心が悪夢に反映されたものだ。
「自分自身に許しを請うて、何になる」
 晴久は知らない。妹の豹変の理由も、妹があの時何を思っていたのかも。
 知らないからこそ苦しいのだ。知らないからこそ足掻くのだ。晴久を責め立てるこの悪夢はその実、彼自身の罪悪感を慰めるものでしかない。
「まだ俺は何も得てないのだ。ここで膝をつく訳にはいかない」
 霊符を取り出して晴久は宣言する。この悪夢との決別を。

「【辰子鏡姫】よ、我の姿となれ」
 己と同じ姿を取らせた式神に、さらに晴久は命じる。破壊せよ、と。
 持てる力の全てを解放した式神から放たれた衝撃波が、妹の幻影を吹き飛ばし、悪夢の世界を破壊していく。
 その衝撃は現実の世界にまで達し、ジャミング装置を粉々に破壊したのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

駆爛・由貴
POW:気合いで耐える

【過去】
ゴミ捨て場で野良犬と一緒に腐ったパンを漁ってる
俺の一番古い記憶だ
貧民街のクソみたいな奴らに暇つぶしでボコボコにされることもあれば
殴っても刺しても傷痕が綺麗に消えるのが珍しいとかの理由で変態の貴族に売られそうなこともあった
楽しい記憶なんてねぇな
猟兵になった今でもあの頃の事は夢に見る

だけどな、こんな俺を兄貴と慕って頼ってくれるチビ共があのクソみたいな街で腹を空かせて待ってんだよ
アイツらがいるから俺も踏ん張れるんだ
親からも見捨てられたアイツらを
それでも楽しく笑ってるアイツらを
俺が守ってやらなきゃいけねぇんだ!
よっしゃ!とっととコイツをぶっ壊して給金貰って帰るとするか!



●駆爛・由貴の悪夢
「……なんだよ、またこの夢か」
 悪夢に飛び込んだ由貴が思わずそう呟いたのは、それが何度も見慣れた悪夢だったからだ。
 襤褸切れに包まった物乞い、ガリガリに痩せた子供、誰かの腕を咥えて駆けていく野良犬――。
 そこは彼の"故郷"たる貧民街の風景だった。

 その場所で、孤児は5年も生きられない――由貴の故郷はそう言われていた。
 彼からすればクソよりどうでもいい評価だ。掃き溜め以下の場所だろうと何だろうと、棄てられた彼にそこで生きる以外の選択肢は無かったのだから。
 現在の由貴が俯瞰する視点の中で、悪夢の中の幼い由貴はゴミ捨て場で野良犬と一緒に腐ったパンを漁っている。
 それが、彼の一番古い記憶だった。

(色々あったよな……これは貧民街のクソみたいな奴らに暇つぶしでボコボコにされた時の記憶か)
 暴力への対処法として由貴が最初に覚えたのは、悲鳴を上げないことだった。
 命乞いをしても、泣き叫んでも、相手はそれを聞いて止めるどころか、その反応を面白がって余計に暴力を振るうのだ。
(変態の貴族に売られそうなこともあったっけか)
 殴っても刺しても傷痕が綺麗に消えるのが珍しいとか、そんな理由だったはずだ。
 あの時もしも逃げ損ねていれば、今頃は貴族のオモチャとして切り刻まれた挙句、廃棄処分されていただろう。

 それからも続く暴力と不幸の記憶。終わりがあるのかと疑わしくなるほど、悪夢は延々と続く。
 ジャミング装置を開発したドクター・オロチからすれば、由貴のような悲惨な過去ばかりを持つ者は格好の標的だろう。
 ――本来ならば。

(楽しい記憶なんてねぇな……だけどな)
 悪夢の貧民街に降り立った由貴は、そこで悪漢に暴力を振るわれている過去の自分とは別の方向を見る。
 そこには物陰に隠れながら、じっと由貴を見つめている子供達の姿があった。
 やがて満足した悪漢が去っていくと、弾かれたように彼らは飛び出してくる。
『兄ちゃん! 大丈夫?!』
 アザまみれの由貴は口元の血を拭いながら、なんてことねぇよ、と笑っていた。

「こんな俺を兄貴と慕って頼ってくれるチビ共が、あのクソみたいな街で腹を空かせて待ってんだよ」
 あの地獄のような街で由貴が得た、掛け替えの無い大切なもの。
「アイツらがいるから、俺も踏ん張れるんだ」
 記憶の中の彼は笑っている。子供達と一緒に笑っている。
 だから由貴も笑うのだ。こんな悪夢ごときに押し潰されてやるものかと。
「親からも見捨てられたアイツらを、それでも楽しく笑ってるアイツらを、俺が守ってやらなきゃいけねぇんだ!」
 そう叫んで由貴は駆け出した。この貧民街の出口を目指して。

 走る由貴の背中に、子供たちの声援が届く。
『兄ちゃん! 頑張れ!』
「おうよ!!」
 光が見えた――迷わずそこに突っ込む。

 一瞬の眩暈の後、由貴の意識は現実世界に帰還し、目の前ではジャミング装置が無防備な姿を晒していた。
「よっしゃ! とっととコイツをぶっ壊して給金貰って帰るとするか!」
 召喚された自律ポッドの群れは、彼の望み通り一瞬で装置を破壊したのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ツーユウ・ナン
『克服すべき過去』
――最初の記憶、それは虐殺の渦中に在った事。自分が何者で何故そのような境遇にあったのかもわからない。響き渡る悲鳴、殺戮者の哄笑、血と炎の臭い。それが肉親であったかはわからないが、自分を懐に庇った女は既に事切れていた。

養父でもある恩師が説いた仏の道は、心身を磨き、生き抜く術を示してくれた。
もっと強くなりたい……その為に日々を自らの鍛錬に費す。
そうすれば、毎夜襲い来る悪夢にも打ち克てると思ったから。
修行の末に目指す境地は「金剛心」

思えば、誘われるように争いの渦中へ身を投じた人生だった。
ならばその争いを終わらせる事こそ我が使命。猟兵となった事も運命ならば、必ずやり遂げてみせよう!



●ツーユウ・ナンの悪夢
 響き渡る悲鳴、殺戮者の哄笑、血と炎の臭い――それが彼女の最初の記憶だった。
 何故、自分がその虐殺の渦中に在ったのかは分からない。自分が何者であったのかも含め、それ以前の過去と現在のツーユウは切り離されてしまった。
 だから、分からないのだ。
 今、こうして自分を懐に庇っている女の亡骸が、自分の肉親であるかどうかさえ。

 悪夢の中で過去を追体験するツーユウは、虐殺の跡地となった焼き払われた集落で蹲っていた。
 死者の躯が鳥に啄ばまれ獣に貪られ、ゆっくりと朽ち果て骨になっていくのを見た。
 道端に転がる髑髏の眼窩が、自分を睨んでいるような気がした。
『なぜお前だけが生きている』
 聞こえる筈のない呪詛が、何度も繰り返し耳朶を打った。

 瞼を閉じればいつだって鮮明に、あの惨劇の光景が蘇る。
 いや、目が覚めている時でさえ、何かの拍子に白昼夢のようにそれを見た。
 耳にこびりついて離れない、殺戮者の哄笑――それを思い出す度に、言葉にできない感情が炎のように胸を渦巻く。

 この悪夢を見るのは、ツーユウにとって初めてではない。
 寧ろこの記憶は、彼女にとって心の原風景とでも言うべきもの。
 ツーユウ・ナンという女の人生はここから始まったのだ――それが望むと望まざるに関わらず。

「悪いのう。この悪夢、わしはとっくに克服しておる」
 ツーユウの半生はまさに、その為に捧げられてきた。
 養父でもある恩師が説いた仏の道は、彼女の心身を磨き、生き抜く術を示してくれた。
 強くなりたい。もっと。もっと。焦がれるような思いを胸に日々を鍛錬に費やした。
 目指す境地は「金剛心」――悪夢にも屈さぬ強固な信念。

「……我が身体に堅固不動なる心を宿せ……南無本師釈迦牟尼佛……」
 ツーユウはその身に龍氣を漲らせ、心身を金剛の如く強固に変える。
 この状態の彼女は、まさに無敵。たとえ精神への攻撃であっても寄せ付けはしない。
 悪夢の世界は消え去り、元通りの宇宙空間に戻ってくる。

「思えば、誘われるように争いの渦中へ身を投じた人生だった」
 虐殺の記憶から始まり、心身の修行を積み重ね、今は猟兵として戦場に立っている。
 もはやツーユウにとって、争いとは避けられぬ宿命なのやもしれない。
「ならばその争いを終わらせる事こそ我が使命。猟兵となった事も運命ならば、必ずやり遂げてみせよう!」
 宣言と共に振るわれた拳が、ジャミング装置を粉々に粉砕した。

成功 🔵​🔵​🔴​

ナーシャ・シャワーズ
なるほど、こいつはタチが悪い。
完全に吹っ切れたかと言われれば…そうとはいえんわな。
なにせ、”いたいけな少女”だった頃の話だ。

私の船、宇宙海賊船スラッグ号も元は大所帯だった。
だが13年前、たった一人の女によってメンバーは全滅した。

私だって生き残ったのは偶然みたいなもんだ。
戦いの最中宇宙に放り出されてどれほどの時間が経ったのか…
命からがら船に戻れた時
残されていたのはバラバラになった仲間の死体だけ。

死ぬ思いをして帰ってみれば
あの女への恨みの、怨みの声しか聞こえなかった。
誰も迎えてなんかくれませんでした、っと。

今の私は宇宙海賊アナスタシアじゃあない。
だがその魂は不滅!
過去如きが私を止められるものか!



●ナーシャ・シャワーズの悪夢
 ――かつて、この銀河にその名を知られた、一人の女海賊がいた。
 その名も宇宙海賊アナスタシア。彼女とその乗船たる宇宙船スラッグ号は、まさに宇宙の自由の象徴であった。
 しかしある時期以降、アナスタシアは突如として姿を消した。
 失踪の原因と所在には様々な憶測と噂が飛び交ったが、誰も真実を見出すことはできず、やがて彼女は伝説となった。

 ナーシャは知っている。その伝説の真実を。
 忘れもしない13年前の地獄。それを再現した悪夢の世界の中に彼女はいた。

 恒星風とアステロイドが吹き荒れる大時化の宇宙を航行中、その女は突如としてスラッグ号の甲板上に現れた。
 当時のスラッグ号には、アナスタシア以外にも大勢の船員がいた。みな腕っ節と宇宙の荒波を渡る度胸を備え、冒険とロマンを愛する大馬鹿野郎共だ。
 ――そんな彼らが、たった一人の女相手に手も足も出ず、次々と殺戮されていく。

 アナスタシアが生き残ったのは偶然だった。
 戦いの最中、敵の攻撃を受けて宇宙に放り出された彼女は、それから長い時間意識を失っていた。
 ようやく気が付いて、その身ひとつで命からがら船に戻ることができたのは、奇跡に近いだろう。
 だが、宇宙の幸運の女神のキスは、それ以上は与えられなかった。
 帰り着いた船にもう敵の姿は無く、残されていたのはバラバラになった仲間の死体だけ。
 生き残ったのは、彼女一人だけだった。

 それからの帰還の道のりもまた、筆舌に尽くし難い困難の連続だった。
 たった一人での操船、泣き面に蜂とばかりに押し寄せる宇宙災害。
 それでも死ぬ思いをして帰ってきた彼女を迎えたのは、労いの言葉などではなかった。
 スラッグ号を壊滅させたあの女に対する恨みと怨み。怒りと怨嗟ばかりが渦巻いていた。

 だからアナスタシアは姿を消した。
 そこには彼女が追い求めた冒険もロマンもなかったから――。

「なるほど、こいつはタチが悪い」
 悪夢を追体験させられ、暗黒の宇宙を漂うアナスタシア――否、ナーシャは皮肉げに口元を歪める。
「完全に吹っ切れたかと言われれば……そうとはいえんわな。なにせ、"いたいけな少女"だった頃の話だ」
 13年の時が流れても、当時の記憶は今でも鮮明に、抜けないトゲのように彼女の胸に突き刺さっている。

 だが――それでもナーシャの魂は過去に屈しはしない。
 トラウマや古傷の一つや二つ、抱えたままでも進んでみせよう。その程度で溺れるようで宇宙海賊がやれるものか!!
「今の私は宇宙海賊アナスタシアじゃあない。だがその魂は不滅!」
 高らかに宣言した彼女の背後から、宇宙船スラッグ号が姿を現す。
「過去如きが私を止められるものか!」
 悪夢の暗黒宇宙を乗り越えて、現実へと帰還したナーシャは左腕のソウル・ガンから魂の一撃を放つ。
 それは狙い過たず、ジャミング装置のド真ん中に風穴を開けたのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

雛月・朔
【克服すべき過去】
気が付いたらこの世に居た。人の気配や営みが感じられない場所に、ただ隣に立つ器物と共に
何もわからないまま体を動かし、躓き、辺りを見渡し、そこが『廃屋』であると知ったのは随分後だ
本能で分かった事といえば、最初に目覚めた場所に共にあった傷つき、汚れた箪笥が私と同一のものであることだけ

そう、何もない。誰もいない。私を導いてくれるものも私の命を奪ってくれるものも
しばらく『廃屋』の周りを歩き、偶然にも『あの娘』に出会い、言葉を交わし知識を得た
ゆえに私は他者との繋がりを望み、『あの娘』との絆の証であるこの髪紐を常に身に着けています。これがある限り私は『今を生きている』と実感できるのです。



●雛月・朔の悪夢
(――あれ。どうして私は、ここに)
 悪夢に囚われた朔は、それまでの体験や記憶を忘却していた。
 何も思い出せない。気が付いたらここに居た。人の気配や営みが感じられない場所に、ただ隣に立つ器物と共に。

 赤子のように無垢な状態のまま、朔はとにかく体を動かしてみる。
 立ち上がる、という単純な動作でさえ、最初は何度も躓いた。次第に自分の体の動かし方に慣れてくれば、歩きながら辺りを見渡してみる。
 行ける限りの範囲を歩き回ってみても、動く「もの」は自分を除いて何一つなかった。

 そこが『廃屋』であるということを、朔はまだ知らない。
 彼が唯一本能で理解していたのは、最初に目覚めた場所に共にあった、傷つき汚れた桐箪笥が、自分と同一のものであることだけだった。

 歩いて、歩いて、歩いて、歩き回って。
 歩き疲れて元の場所に戻ってきた朔は、自分の本体に背中を預ける。
(ここには何もない……誰もいない。私を導いてくれるものも、私の命を奪ってくれるものも……)
 この場所を出て何処かに行こうにも、どこへ行けばいいのか分からない。
 自分にできるのはただ動くこと。考えること。見聞きすること。それだけで自分は果たして「生きて」いると言えるのだろうか。

 いっそ、考えることも、動くこともやめてしまえば。
 ただの動かない「もの」に戻ってしまえば、こんな孤独を味わうことすら無いのではないか。
 その感情が「孤独」だという事さえ知らずに、朔はゆっくりと瞼を閉じる――。

 ――その時、ぱさり、と何かが落ちる音がした。
 何だろうと顔を上げれば、解けて落ちたらしい赤い髪紐が、すぐ傍に落ちていた。
「……これは」
 それに触れた瞬間、朔の脳内に濁流のように記憶が押し寄せてくる。
 そして思い出した。ここが悪夢の中であり、この体験が朔自身の過去の記憶であることを。

 朔は更に思い出す。この髪紐を身に付けるようになった『あの娘』との出会いを。
 当て所なく『廃屋』の周りを歩いていた時、偶然にも出会った『あの娘』と言葉を交わし知識を得たことで、朔は自分が「もの」ではなく「者」であることを知った。
 ヒトは自分ひとりでは、自分が何者かさえ理解できない。誰かと出会い、その相手を自分の鏡にすることで、初めて自己を理解できるのだ。
 ゆえに朔は他者との繋がりを望む。『あの娘』との絆の証である髪紐を常に身に着けて。

「そうでした。あやうく忘れさせられるところでした」
 悪夢の装置の悪辣さに顔をしかめながら、朔は赤い髪紐をしっかりと結び直す。
「これでもう大丈夫です」
 これがある限り自分は『今を生きている』と実感できるから。
 もう過去に囚われはしない。廃屋の扉を開けて、現実の世界に帰還する。
「よくもやってくれましたね!」
 怒りのままに叩き付けられた桐箪笥が、ジャミング装置の小指と言わず全体を破壊した。

成功 🔵​🔵​🔴​

ファン・ティンタン
赤、深紅、流血
一刀の下に切り捨てられた、私の、主
生き物から、物へ、移ろいは一瞬だった
生温かい生命の源が、私を染めていく
白から、赤へ
睥睨する彼は、最古の王のその眼は、氷より冷たく、蒼い
彼は、“私”に向けて言葉を突きつけていた
“私”にしか、意を解さなかった

あの時―――彼は、なんと言った?


あるかも分からない心がぐらぐらと揺れる
開かぬ右目がズキズキと痛む
思い出したくも無い、“私”の誕生


…それが、どうしたっていうのかな

手を握る
自らが証、【天華】が一振り

今も、あの時も…私は、ただの道具
何者かを斬り払い退ける、ただの刃でしかない
道具でしか、在れないんだよ

だから、忠実に存在意義を果たそう
敵を斬る、【剣刃一閃】



●ファン・ティンタンの悪夢
 ――赤、深紅、流血。
 ファン・ティンタンという真白い少女の悪夢は、鮮烈な真紅から始まった。

 それは一刀の下に切り捨てられた、ファンの主の血。
 生き物から、物へ、移ろいは一瞬だった――断末魔の言葉を残す暇さえなく、草を刈るようにその命は奪われた。
 斃れた主から流れた生暖かい生命の源が、ファンを染めていく。白から、赤へ。

 未だ「もの」であった当時のファンはふと、自身に向けられている視線を感じ取った。
 赤に染まった白の刀身に映るのは、氷より冷たい、蒼い眼。
 その時、彼は――最古の王と呼ばれしその男は確かにファンを視ていた。
 否――その睥睨する瞳は、ファン以外のものを意に介してすらいない。たった今切り捨てた少女の骸さえ。

「        」

 あの時――彼は、なんと言った?
 記憶の中の空白のままに、悪夢の中の男の言葉を聞き取ることはできなかった。
 だが、その蒼眼に射抜かれているだけで、ファンの心はぐらぐらと揺れる。あるいはこの時、初めて彼女は己の心が「あるかないか」を意識したのかもしれない。
 気が付けば、彼女は「もの」から「者」になっていた。
 その本体たる刀によく似た、純白の少女のカタチ。ただ一点、その瞳だけが血のように赤く。
 開かぬ右目の奥が、ズキズキと痛む。
 ――これが、思い出したくもなかった、"ファン・ティンタン"の誕生の記憶だった。

「……それが、どうしたっていうのかな」

 悪夢の中でヒトガタを得たファンは手を握る。
 主の血に染まった自らが証、【天華】が一振りを手に、立ち上がる。

「今も、あの時も……私は、ただの道具。何者かを斬り払い退ける、ただの刃でしかない」
 身体を得て、言葉を得て、心らしきものを得た。
 それでも自分は道具に過ぎないと。ヒトではなく刃であるとファンは主張する。
 たとえこの身体で得た記憶と経験が、どれだけ積み重なろうとも――。
「道具でしか、在れないんだよ」
 その言葉と視線は、刃のように真っ直ぐだった。

「だから、忠実に存在意義を果たそう」
 敵を斬る。それこそが刀の存在する意義だから。
 ファムは振るう、己自身を。その太刀筋に迷いは無く。
 放たれた剣刃一閃は立ちはだかる蒼い眼の男ごと、悪夢の空間を一刀両断し、現実世界のジャミング装置を真っ二つに斬り捨てていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

カーニンヒェン・ボーゲン
・克服すべきもの
さる魔女の背中。
彼女は友人で無二のヒト。
故に、墜ちる様を見ながら、結末を予感しながら、止めなかった。
無邪気に墜ちていく彼女は美しく、可憐で…。
そしてある時、忽然と姿を消した。

私は悔いた。どうすれば止められたのかと。
同時に気づいてもいた。『彼女は、止められなかった 』と。
トラウマを幻写するのなら、何度手を伸ばしても彼女は掴まらず、掴めたとていつか、心を壊して彼女ではなくなるのでしょう。
私が、何を選べども…。

・幻写を乗り越える
…構いません。私は愚かだった。
誰かの人生を操ることなどできないのです。
この先幾度の別れがあろうと、私は隣人の行く末を見送りますし、
彼女の痕跡を探し続けます。



●カーニンヒェン・ボーゲンの悪夢
 夢の中のカーニンヒェンは、誰かを探していた。
 それが誰なのか直ぐには思い出せない。記憶と意識の混濁は夢ではよくあること。ただ、"誰か"を追わなければならないという焦燥感だけが確かにあった。
 ふと足元を見れば、キラキラと光る誰かの足跡が続いている。カーニンヒェンはそれを追う。

 足跡を辿るうちに少しずつ思い出してくる。自分が一体誰を探しているのかを。
 誰かとは"彼女"。友人にして無二のヒトである、さる魔女の背中をカーニンヒェンは追い求めていた。
 "彼女"は大切なヒトだった。"彼女"と重ねた記憶は今も彼の心の中で、宝石のように輝いている。
 それを象徴するかのように、"彼女"の足跡はキラキラと輝いているのだ。

 しかし、辿り続けるうちにその足跡は輝きを失い、汚泥と血に染まっていく。
 それは墜落の証。いつからか"彼女"は、引き返せない破滅へと足を踏み入れていた。
 そしてある時、忽然と彼の前から姿を消した。

 カーニンヒェンは悔いた。どうすれば"彼女"を止められたのかと。
 同時に気づいてもいた。『彼女は、止められなかった』と。

 血の足跡を辿り続けるカーニンヒェンの前に、懐かしい"彼女"の背中が姿を現す。
 笑い声が聞こえる。髪や衣服を振り乱し、無邪気に破滅に向かって墜ちていく"彼女"の後姿は、危うく――それ故に美しく、可憐だった。

 カーニンヒェンは叫んだ。"彼女"の名を。
 振り返らぬ"彼女"の背中に駆け寄り、手を伸ばした。
 だが、その指先が"彼女"に触れようとした瞬間、"彼女"の姿は掻き消えて、少し先に姿を現す。
 何度追おうが手を伸ばそうが、結果はその繰り返し。彼が"彼女"に追いつくことはない。

『愚かね』
 やがて走り疲れ、カーニンヒェンが息を切らした時、不意に"彼女"が口を開いた。
 いや――それは本当に"彼女"の声だったのか。ひどく歪んで、耳障りで、狂気に満ちた声。
『こんなことを続けても、わたしはもう帰ってこないのに。フフ、アハハ、アハハハハハハハハ!!』
 ケタケタと壊れたように狂笑する"彼女"。
 それはもう"彼女"ではなかった。カーニンヒェンのトラウマを幻写した後悔の象徴だ。

「……構いません。私は愚かだった」
 カーニンヒェンは、魔女の嘲笑を甘んじて受けた。
 彼はもう知っている。「あの時何かをすれば良かった」などと後悔し続ける虚しさを。「何かをすれば、誰かの結末を変えられたかもしれない」という考えの傲慢さを。
「誰かの人生を操ることなどできないのです」
 カーニンヒェンは再び歩き始めた。"彼女"に向かって。ただしもう手は伸ばさない。
 "彼女"はもう逃げなかった。狂った笑みを浮かべて受け容れるように手を広げて――そんな"彼女"の隣を、カーニンヒェンは通り過ぎた。
「この先幾度の別れがあろうと、私は隣人の行く末を見送りますし、彼女の痕跡を探し続けます」
 この悪夢に囚われたままでは、そのどちらの望みも叶わない。
 己の心の闇を看破したカーニンヒェンの手に、魔導書が現れる。

「アザゼル、哀しき霊よ。汝の矢を以って、この悪夢を貫け」
 名を呼ばれたオブリビオン・アザゼルは、召喚主の命に従い弓に矢を番える。
 そして放たれた風の矢は悪夢の世界を吹き飛ばし、現実世界のジャミング装置を貫いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ベール・ヌイ
(そぉい! とバイクの運転しながらヌイに張り手するゴリラ)

護理雷招来でゴリラを召喚しておいて、バイクタンデムをして突入します
ヌイのトラウマは「おじいさんとおばあさん」
二人に監禁され、薬飲まされて、ずっと眠らせれていたこと
自分は置物、ただ二人を幸せにするだけど幸運のお守り
あぁそうだ起きてちゃダメだ、寝なきゃ、じゃないまた…

眠ろうとするヌイをゴリラ張り手で起こします。
ゴリラは何も言いません、ただヌイを見つめて、ヌイの頭をなでます
…ヌイにとっての今の家族は、ゴリラ(保護者)と、白狼ですので
それだけで、十分です

ジャミングに関してはゴリラの親の怒りのフルパワーパンチで破壊します
アドリブ等歓迎します



●ベール・ヌイの悪夢
「……あれ……?」
 目が覚めるとベールは、狭くて暗い部屋の中にいた。
 窓はなく、扉には鎖と錠。生活感と呼べるものがまるでない殺風景な部屋。
 思い出した。この部屋は、ベールの世界のすべてだ。

 長い、長い夢を見ていた気がする。
 夢の中のベールは猟兵と呼ばれていて、オブリビオンという怪物と戦っていた。
 同じ猟兵の仲間や、相棒の――なんだっけ。とにかく仲間と一緒に戦ったり、他愛のない話をしたり。
 戦いは命がけだったが、楽しい夢だった、気がする。

 この"現実"とは大違いだと、ベールは思う。
 彼女はこの部屋に囚われている。「おじいさん」と「おばあさん」に、決してここから出てはいけないと固く戒められて。
 監禁され、薬を飲まされて、眠らされる。眠って、ただここに居ることがベールの"役割"だった。
 幸運を呼ぶ銀狐。置物のように安置され、二人を幸せにするために眠りながら日々を過ごすのが、ベールの"日常"だった。

 あぁそうだ起きてちゃダメだ、寝なきゃ、じゃないとまた苦い薬を飲まされる。
 叱られたり、縛られたり、怖い思いをいっぱいさせられる。
『今度逃げ出そうとしたら手足をちょん切ってやるからね』
 そう言った「おばあさん」の目は脅しではなかった。
 無理やり眠らされるくらいなら自分から寝てしまおう。そうだ、そうすればまたあの夢の続きが見られる。
 "現実"なんて忘れて、楽しい夢の世界に浸ろう。幸運を与える自分にも、そのくらいの幸せがあっていいはずだから。
 だから、おやすみなさ――、

 バッチーーーーーーーンッ!!!!!!

「?!」
 痺れるような頬を打つ衝撃が、ベールの意識を呼び覚ました。
 いや、実際に痺れた。それは電気を帯びていた。雷を纏ったゴリラの張り手だった。
 ゴリラ。そうゴリラである。ただのゴリラではない、護理雷(ゴリラ)である。
 雷獣であり、ゴリラであり――掛け替えのないベールの家族にして保護者である。

 がぶり。

「?!?!」
 追撃がきた。純白の毛並みを持つ巨大な狼が、ベールの手を齧っていた。
 この白狼もまた、ベールの友人であり、家族。

 ゴリラと白狼は何も言わなかった。
 ただベールを見つめ、傍に寄り添い、そっと彼女の頭を撫でる。
 ……ようやく思い出した。この"現実"はすでに過去で、今の自分には新しい家族がいることを。
「……ヌイにとっての今の家族は、ゴリラと、白狼ですので」
 大切な家族にぎゅっと抱きついて、ベールは告げる。
「それだけで、十分です」

 ――目が覚めると、ベールはゴリラとタンデムして宇宙空間をバイクで疾走していた。
 客観的にはどちらが夢なのか分からなくなる光景である。しかしベールにとってはこちら側こそが紛れもない、自分にとっての"現実"。
 ほっぺが少しヒリヒリする。どうやら現実でも張り手されていたらしい。

 ともあれ悪夢の世界を突破したベールとゴリラは、ジャミング装置へ向かって真っ直ぐ突っ込んでいく。
 大事なベールに悪夢を見させられて、ゴリラさんは大層ご立腹である。
 親の怒りを稲妻に変えて、放たれたゴリラのフルパワーパンチは、ジャミング装置を木端微塵に粉砕したのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヴィサラ・ヴァイン
ヴィサラにとっての『最悪の恐怖』
それは『周りから恐怖される事』

ヴィサラが初めて異世界へ渡った時、彼女は襲撃を受けた
『メドゥーサの魔眼』でやむなく彼らを石にした時、彼らは怯えた表情だった
彼らは英雄として『メドゥーサ』を討伐しに来ていた
恐怖されてるのは、ヴィサラの方だった
そして背後から悪声
『とにかく彼女の目を見るな』

不意の痛みに目を覚ます
「……嫌な事を、思い出しました」
腕には、頭から髪のように伸びる蛇が噛み付いていた
「……こんな所で立ち止まってる場合じゃないですよね」
幻を視る度、蛇に指を一本ずつ折らせ、痛みで意識を取り戻す
『霊薬の雨』で治しまた折る。その繰り返し
装置は『拾った石片』で殴り壊します



●ヴィサラ・ヴァインの悪夢
 何を恐怖と感じるか、何を悪夢に見るかは、人それぞれに異なる。
 ヴィサラにとって悪夢に相応しい『最悪の恐怖』――それは『周りから恐怖される事』だった。

 それは、ヴィサラが初めて異世界に渡った時の記憶。
 まだ、その世界のことをよく知る間もないうちに、彼女は襲撃を受けた。
 言葉は通じれど会話は成り立たず、やむなく彼女は彼らを撃退した――その視線に宿る『メドゥーサの魔眼』の力で。

 石になった彼らの表情は、みな一様に怯えと恐怖に固まっていた。
 彼らが人々からなんと呼ばれていたのか、ヴィサラは後に知る――『英雄』と。あるいは『勇者』と。
 石化の魔眼と猛毒の血を持つ恐ろしき怪物『メドゥーサ』の討伐に挑んだ正義の士だと。
 ヴィサラは知った――この世界において己こそが悪であり、恐怖の対象なのだと。

 いつしかヴィサラの視界には誰もいなくなった。
 引き換えに、背後から狙われる経験は山のように増えた。
『とにかく彼女の目を見るな』
 少女の小さな背中に、悪意と恐怖に満ちた声が浴びせられる。

 ――不意に腕に走った激痛で、ヴィサラは目を覚ました。
「……嫌な事を、思い出しました」
 悪夢に囚われていたことを悟り、気を強く持ち直して前進を再開する。
 その腕には、頭から髪のように伸びる髪が噛み付いていた。

 痛みで悪夢から逃れたヴィサラに対し、ジャミング装置の防衛機能は再び作動し、彼女に過去の幻を見せてくる。
 鏡のように磨かれた盾を持った『英雄』が。
 鎌のように曲がった剣を持った『英雄』が。
 恐怖に歪んだ表情で、次々とヴィサラの前に現れる。

「……こんな所で立ち止まってる場合じゃないですよね」
 幻を視る度に、ヴィサラは蛇に己の指を一本ずつ折らせていく。
 悪夢に囚われ、激痛で意識を取り戻す、その繰り返し。
 折れる指がなくなれば、自らの血から精製した霊薬で治し、また折る。

 常人であれば正気を疑われるような所業。しかしヴィサラは躊躇わない。
 彼女にとって真に恐れるものは『痛み』ではない。
 怯える人々の恐怖と忌避に染まった眼――あの視線に比べれば、『メドゥーサの魔眼』さえ取るに足らない。
 ましてや指の十本や二十本ごときで、止められるものか!

 幾度もの苦痛と覚醒を経て、ついにヴィサラはジャミング装置の元まで辿り着く。
 霊薬精製の疲労により息を切らしながら、それでも力を振り絞って振り上げたものは――あの異世界で拾った石片。
 何度も、何度も、繰り返し叩き付ける。
 悪しきオブリビオンの作り上げた装置は、『英雄』の破片によって破壊された。

成功 🔵​🔵​🔴​

ニュイ・ルミエール
聖者

生まれながらに光を放つ
暗黒の世界で唯一の聖なる存在
ただ生きてそこにいるだけで人々を救い
癒やす存在

─それじゃぁ聖者は誰が救ってくれるの?

降り注ぐ投石と共に聞けば
生まれた瞬間に氏族と家族をほぼ丸ごと浄化(消滅)させたらしい

誰かを救うべく与えられた聖なる印は

ただ生きてるだけで同族を脅かし殺す

己に巣食う茨の首輪だった


─何故にゅいは黒くないの?


透明は孤独の色
世界に染まれぬまま置いてけぼりの


─違うよ?
透明は水の色
生命を産んだ母なる色
透明は空の色
皆を包んでくれる優しい神様の色

…誰の声
だったっけ?

心の底に澱と積もる沢山の思い出が
濃く深くにゅいを色付けてくれる


祈ろう
十字架を背負ったまま
あの人の背を追いかけて



●ニュイ・ルミエールの悪夢
 聖者――それは生まれながらに光を放つ、暗黒の世界で唯一の聖なる存在。
 ただ生きてそこにいるだけで人々を救い、癒やす存在。

 ――それじゃあ聖者は誰が救ってくれるの?

 純水にして純粋なる少女は問う。
 その返答は降り注ぐ投石と怨嗟の声であった。

 ニュイ・ルミエールは産まれながらにして強大なる聖者の力を持つ。
 その清浄すぎる力は一切の不純を許さず。真水のように透き通ったその姿は我が身を浄化された証。
 定期的に魂を穢さなければ完全に浄化され自滅する――それほどまでに彼女の力は強い。

 そして、その力は唯彼女一人を浄化するためのものではない。
 聖者の力は、あまねく世界のすべての人々を救うもの。
 だから彼女は、生まれた瞬間、まず最初に周囲にいた自らの氏族と家族の同胞を『救った』。
 あらゆる穢れと不純を消し去る浄化――それは俗世からの消滅に等しい。

『お前さえ生まれてこなければ』
 同族がニュイに石を投げつける。しかし彼らはそれ以上の距離に近付こうとはしない。
『近寄るな! どこかへ行ってしまえ!』
 彼らはニュイの力を知っている。だから拒絶する。
 誰かを救うべく与えられた聖なる印は、ただ生きてるだけで同族を脅かし殺す、彼女に巣食う茨の首輪だった。

 ――何故にゅいは黒くないの?

 純水な少女は世界に染まれぬまま彷徨い続ける。
 どんなに染まることを彼女が望んでも、彼女に宿る力はそれを許しはしない。
 透明は孤独の色。世界に染まれぬまま置いてけぼりの色。

 ひとりぼっちになったニュイの身体が透明度を増していく。
 このまま何者にも染まれぬまま、この悪夢の世界で彼女は消滅する――。

 ――違うよ?

 不意に、透明な彼女の胸に、誰かの言葉が染みた。

 ――透明は水の色、生命を産んだ母なる色

 ――透明は空の色、皆を包んでくれる優しい神様の色

(……誰の声、だったっけ?)
 思い出せない。しかしそれは、彼方からの呼び声ではなく、ニュイ自身の心の底から響く言葉だった。
 いつか、どこかで、出会った誰かが。ニュイに向けて、ニュイのために紡いでくれた言葉。
 それは今日までずっと彼女の心の底で、澱のように留まり続けていた。

 それだけではない。胸に手を当てて祈れば、沢山の言葉が、記憶が、思い出が溢れ出す。
 今日まで積み重ねてきた思い出の数々。これだけは聖者の力にも消し去れない、消させはしない。

(心の底に澱と積もる沢山の思い出が、濃く深くにゅいを色付けてくれる)
 己の心を、己だけの色に染め上げて。透明だった少女は前を向く。
 今は恐れない、この力も。その身からあふれ出る生まれながらの光が、悪夢を消し去っていく。

(祈ろう――十字架を背負ったまま、あの人の背を追いかけて)
 いつか追いつける日が来るのかは分からない。
 けれど、いつか出会うことがあるならば、その人に誇れる「透明」で在りたいから。
 祈りと共に放たれた水と光の煌く羽根が、悪夢の機械を貫いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ゲンジロウ・ヨハンソン
【POW】を選択。

○克服すべき過去
それは友との確執。そしてぶつかり合い。

愛らしいフェネックのような獣人の少年、純粋で悪しき少年はヒトを喰う。
そんなことつゆ知らず、彼は少年の命を助けた。
少年と旅をする、行く先々でヒトが消える。
彼は気づかない、自らが狙われるその時まで。
彼は猟兵、力を振るえば数瞬で済むコトである。
友情を、愛情を抱いた相手に力を振るえずにいた。

彼には友がいた、歳の離れた若い蒼衣を纏う剣士。

剣士は少年の首を跳ねる、友を助けるために。


○克服
その時、友に怒りに任せ殴りかかったことを後悔しています。
愛する子のような少年を殺されても、剣士の語る少年の罪を受け入れ怒りを抑え込めれば克服です。



●ゲンジロウ・ヨハンソンの悪夢
「……何じゃい、ここは」
 悪夢の世界に飛び込んだゲンジロウは、その光景に思わず瞠目する。
 それも無理はなかった。彼の立っている場所は、一面の骨と死体の山に埋め尽くされていたのだから。

 こんな景色が己の過去にあっただろうかと、首を傾げながらもゲンジロウは骨を踏みしめ先に進む。
 すると、視界の先に一人の少年が泣いているのが見えた。
 愛らしいフェネックのような姿をした獣人の少年。それを見たゲンジロウの胸に「懐かしい」「愛おしい」に近い感情が湧き上がる。
 何故、こんな気持ちになるのかは思い出せない。夢の中での記憶は曖昧だ。しかし放ってはおけなかった。

「……どうした、そんなに泣いて」
 ゲンジロウが声をかけると、獣人の少年は彼の胸に抱きついてきた。
 ぎゅぅ、と必死にしがみつくその姿は、まるで親に対する子供のようであり。
 その瞬間、少しだけゲンジロウは過去を思い出す――そう、自分はかつて、この少年と一緒に旅をしていた。
 出会いは彼の命を救ったこと。そのまま行く所のないという彼を連れて日々を過ごすうちに、深い友情を、そして親心にも似た愛情を抱いたのを覚えている。

「どうしたんじゃ」
 言葉の調子を和らげて、もう一度ゲンジロウは問いかける。不器用ながらも優しく少年を撫でながら。
 ――だが。少年を撫でたその手に、ぬるりとした不快な感触がこびりつく。
 手を上げる。そこにはまだ乾いていない血がべったりと付いていた。

『――ボクね、お腹が空いたんだ』

 顔を上げた少年の顔。その口元は誰かの血で真っ赤に染まっていた。
 愛らしい顔立ちを歪め、牙を剥き出しにして捕食者の眼光をゲンジロウに向けて。
 少年は――ヒト喰いの獣人はゲンジロウに襲い掛かる。

『もう、我慢できないんだ!!』

 その表情は無邪気で、愉しげで。ただ喰いたいという純粋な欲望と悪意に満ちていた。
 襲い掛かる少年の牙をゲンジロウは避ける。だが避けるだけだ。
 猟兵として力を振るえば、この程度の相手など数瞬で片が付く。幾度もの戦場を潜り抜けてきた彼には容易い事。
 だが――彼に抱いた愛情が、刃を向けることを躊躇させていた。

 決断ができないゲンジロウ――だが彼の意思とは無関係に決着の時は唐突に訪れた。
『いただきま――』
 反撃してこないゲンジロウに喰らい付こうとする少年。その背後から迫る人影。
 それは蒼衣を纏う若い剣士だった。ゲンジロウもよく見知った友人。
 その友が剣を振りかぶる。意図を悟ったゲンジロウは咄嗟に叫ぶ。
「やめろ!!」
 だがその言葉も虚しく剣は一閃され――獣人の少年の首が宙を舞う。

 首を失った少年の身体が、ゲンジロウに向かって倒れてくる。まるで子が親に抱きつくように。
 体温を失っていく少年を抱きとめながら、ゲンジロウは呆然と剣士を見上げた。
 蒼衣を纏う若者の表情は影に隠されて見えない。その手には、少年の血に染まった剣。
 それを見たゲンジロウの心に憤怒の炎が吹き荒れ、彼は怒りのままに拳を振り上げると――。

(――本当に、それでいいのか?)

 不意に、胸の奥底から響いた自分自身の声が、ゲンジロウの拳を押し留めた。
 その時はっと彼は理解する。この骸に満ちた奇怪な空間の意味を。
 これは、少年の餌食となった犠牲者たちの象徴。ゲンジロウと旅をする間も、彼に気づかれないようヒトを喰い続けてきた少年の罪の証。
 果たして自分は気付いていなかったのか? 少年と旅をする、その行く先々でヒトが消える事実。それを疑問に思わなかったことは無かったか?
 少なくとも、彼の友はそこに疑問を感じた。そして真実を知り剣を取ったのだ――友を、ゲンジロウを救うために。

 ゲンジロウは少年の亡骸をそっと横たえると、蒼衣の剣士と対峙する。
 握り締めた拳をゆっくりと開き、かけるべき言葉を考える――あの時、殴りかかってすまないと謝るべきか。いいや、それよりもっと先に言うべき言葉があった。
「助かった」
 己の命を救ってくれた友への感謝の言葉を告げた瞬間、剣士の表情を隠す影が晴れた。
 その表情は複雑だった。剣士とて少年を斬ることに迷いがなかったわけではないだろう。
『君を助けられて、良かった』
 それでも剣士は選んだのだ。たとえ友に恨まれようとも、友を救う選択を。

 友との確執を乗り越えたゲンジロウは剣を取る。この悪夢から脱出するために。
 剣を構えたゲンジロウの隣には蒼衣の剣士が並ぶ。幾度の戦場を共にした戦友として。
 同時に放たれる二振りの斬閃は、骸に満ちた世界を斬り裂き、ジャミング装置を十字に切断した。
『次は現実でまた会えるといいな』
「……さて、どうすっかね」
 悪夢と共に消えていく友に皮肉げな笑みを返すと、ゲンジロウは次なる戦場へと向かうのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フレス・ニヴルヘイム
わたしによく似た女の子
…わたしの、「もとになった」ひと

わたしを作ったひとの、もうすぐ死んでしまう娘、でしたね
あなたが死んでから、わたしは「あなた」になるはずだったのに
あの日、わたしを見つけたあなたは
ひどい顔で、わたしをこわそうとした
「どうして私が死んでお前が生きていくんだ」って
…そう言いましたね

ごめんなさい
あなたの生きたかった世界を生きて、ごめんなさい
でも、わたしは、もう「あなた」じゃない…!

わたしを愛してくれるひと
わたしとおしゃべりしてくれるひと
みなさんは、「あなた」じゃないわたしを、望んでくれているんです
だから、わたしは
…わたしはもう、あなたにおびえたりなんか、しません
装置を、破壊します



●フレス・ニヴルヘイムの悪夢
『どうして私が死んで、お前が生きていくんだ!』
 視界が開けた瞬間、浴びせられた罵声。
 目の前に立つのは、まるで鏡映しのように自分とそっくりの容姿をした少女。
 ――いいや、違う。本当は「そっくり」なのは自分のほうなのだと。自分が「彼女とそっくり」なのだと、フレスは知っていた。

(わたしを作ったひとの、もうすぐ死んでしまう娘、でしたね)
 憤る少女の姿を眺めながら、フレスは思い出す。
 そう、フレスはこの少女の代替品として作られた。死が避けられぬならばせめてその替わりをという、他者から見れば滑稽な、しかし本人にとっては切実な願いを籠めて作られた愛玩人形。
(あなたが死んでから、わたしは「あなた」になるはずだったのに)
 起動の時を――すなわち少女の死を待っていたフレスは、この日、まだ生きている彼女に見つかってしまった。
 その時の少女の驚きは、怒りは、絶望は如何ほどだったのか――今もなお、想像するだに余りある。

『私の居場所を取らないで!』
 悲鳴にも似た叫びと共に、少女はフレスの身体を揺さぶる。
 死が目前に迫った少女が、死後に自分の居場所さえ失われると知った絶望は、あまりにも深い。
『お前が私の替わりなら……私の替わりにお前が死ねばいいのに!』
 そう叫んだ少女の両手が、フレスの首にかけられる。

「ごめんなさい。あなたの生きたかった世界を生きて、ごめんなさい」
 首を絞められながらフレスが口にするのは懺悔の言葉。
 かつての彼女であれば、少女の言葉に、暴力に、成す術は無かっただろう……そう、かつての彼女であれば。
「でも、わたしは、もう『あなた』じゃない……!」
 首を絞める手を、振りほどく。少女が驚いたように目を丸くする。

「わたしを愛してくれるひと、わたしとおしゃべりしてくれるひと――みなさんは、『あなた』じゃないわたしを、望んでくれているんです」
 起動して、猟兵になってから体験した、幾つもの出会い。
 それは、ただの代替品でしかなかった人形に、確かな自我と、彼女だけの心を与えていた。
 故にこそ、今のフレスには良く分かる。自分の居場所を誰かに奪われる恐怖が。
 明日、大切な誰かと言葉を交わしている自分が、別の誰かと入れ替わっていたらと思えば――身体が震えそうになる。

 だが、だからこそフレスは勇気を奮い立たせ、過去のトラウマと対峙する。
「……わたしはもう、あなたにおびえたりなんか、しません」
 悪夢の世界に歌声を響かせ、生まれながらの光を放つ。わたしはここに居ると。これがわたしの証明だと。
「わたしはフレス・ニヴルヘイム。わたしはもう、ほかのだれでもありません」
 歌声と光が悪夢を消し去り――目の前にあるジャミング装置を、彼女は躊躇うことなく破壊した。



 ――かくして、悪夢を乗り越えた猟兵たちによって、ジャミング装置は次々に破壊されていった。
 ドクター・オロチの隠蔽のヴェールが剥がれ落ちる時は近い。

成功 🔵​🔵​🔴​



最終結果:成功

完成日:2019年02月12日


挿絵イラスト