20
アポカリプス・ランページ⑱〜囂囂磊落、悪と業〜

#アポカリプスヘル #アポカリプス・ランページ #フィールド・オブ・ナイン #ポーシュボス・フェノメノン #アポカリプス・ランページ⑱

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#アポカリプスヘル
🔒
#アポカリプス・ランページ
🔒
#フィールド・オブ・ナイン
🔒
#ポーシュボス・フェノメノン
🔒
#アポカリプス・ランページ⑱


0




 ぎゃ、た。
 それらが口を開くそれらが口を開くそれらが口を開くそれらが口を口を口を口を口を口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口。
 くち、を。
 くちを、ひらいて。
 縦横無尽なる口を、開いて。
 ぎゃた、た――ぎゃた、ぎゃた、ぎゃたたたたたたたたタタッた、タタタ、げらげらげらげらげらげら外螺偈羅ラララ、ラララ、ララ、ぎゃは、ははは、あはははははははアははハ刃葉波歯歯刃歯破端――――。
 笑う。
「ナんテ、コと、ダ」「何テこトで諸ウ」「なん難南何何何蛇ロ虚、ナァ」
 それらは笑っている。
 黒い渦。フロリダ州タラハシーを覆うほどの、超巨大オブリビオン・ストームの中で。
 無数の口で笑い無数の瞳で笑い、それこそ嵐がごとく、夥しい哄笑と狂笑とをさんざめかせている。

 フィールド・オブ・ナインが一角。
 これこそは、ポシューボス・フェノメノン。
 ――。

 嗚呼、正しくは。
「イヒ、ひ、ヒヒヒヒ――」ポシューポスのある一角が引きずり笑う。
「亞ァ」ある口は甲高い声を鳴らし。
「こンな事ガあァ、在るん駄那ァ」ある口はノイズまみれで口ずさむ。
「子の、このこの、このこ乃子の個の粉野のノノノノノノノのノオレにィ」「アタシニ」「ボク賀」「わた、死にも」

「ほのかな善性が、あッた、ナンテ」

 ぎゃら、ぎゃら、ぎゃらららあ。
 おのれらを、笑っている。

 嗚呼、正しくは、
 これこそがポシューボス・現象(フェノメノン)。
 生命が持つ「善」……ポシューボスはこれを喰らい、新たなポシューボスを発生させる。
 ここであまねくのたうつポシューボスは、すべて。

「あァ嗚呼ァア、来いよォオオ、来れるモンなら来いィィイ」
 そうとも。これら、このポシューボスは。

 元々はこの大地に生きる者たち、だったもの。

「世界を救いたいなら来いヨォぉお」
 多数の拠点を荒らし潰した極悪非道のレイダー。食料のために隣の家族に手をかけた者。快楽のために多くの女を貪った者。小さな子どもを支配して命尽きるまで酷使した者。――そんな者にはじまり。
「そんでヨォ、殺し合おォォぜェエ」
 すずなりの口が希望を笑う。
 ちいさな子どものために働き尽くした女。多拠点へ出かけたものたちの留守を預かり父母の代わりを務めようとした子ども。弟を守るために傭兵を務めていた兄。――そんなほとんど罪のない者まで。
「その善性でオレたちと同じになるン駄ァアハハ、ハハ!」
 人の形も残らない手を振り上げて叩き鳴らす。
 誰も彼もが善性により感染し、善性を奪われ狂えるばけものとなった。
「その善性を喰らわれテアタシタチトたちと同じお七字同じかそれ以上の悪人ヅラしろヨォ」
 もはや元に戻ること叶わぬ。
「ィイイイイいひひ、ヒヒヒ!食われないのはよっぽどの悪人!」「いいね、いいネ凄くいい」
 笑っている顔は、本当は泣いているのかもしれない。
 見えるのは、唯。
「それでェ」

「狂うほど踊ろォぜ」
 轟々と、業。

●諸手を掲げていざいざいざ、拍手喝采!
「へい、戦争〜戦争〜、アポカリプス・ヘルの名に相応しい、悪行爛漫容赦不要の諸手でゴーの戦争だよー」
 グリモア・ベースの一角でイージー・ブロークンハート(硝子剣士・f24563)が呼び込みをかけている。
「今回の依頼は至ってシンプル」
 グリモア猟兵は木箱の上に立ち両手を広げて見せる。
「かつてアポカリプスヘルでオブリビオン・ストームで文明破壊を起こした悪しき災害の一角、フィールド・オブ・ナインの打倒だ」
 右手を拳に軽く掲げる。「ヒーローのお仕事って感じだけど難がある」

「相手はポーシュボス・フェノメノン。――誰かから聞いたかな。

 『善性』に『寄生』して『成長する』バケモンだ」

 ウィンクしてくる。「普通の奴じゃまず勝てない」

「そう、この戦闘は。

 『一切善性のない悪人』か。

 『善性を喰らわれて寄生され苦しもうが倒そうと進みやがる奴』が大歓迎される」

 男は左手を下げた剣に引っ掛けて君たちを面白そうに眺める。「どう、自らの悪行に自信ない?」
 ちなみに。と彼は言う。「オレはちょっとあるよ、人斬りだからね」剣豪の業。男は最も易々と言ってのける。「取り憑かれたって狂いながらでも戦っちゃうね。相手も悪ならなおのことだ。武器振るの楽しーもん」
「さて」
 そして最も簡単に箱から飛び降りて「どうよ」
「善性を喰らうと言うのなら、ほとんど全ての人間が対象だ。
 戦争としても災害としてもほっとけない。ここで潰しておくべきだろう」

 さあどうだ!男は道化のごとく声を張る。
 どこにでもいそうな男が、とことん悪辣に歪めて見せる。

「凶戦(マーダー)・狂戦(マーダー)百花繚乱・イカれ舞台(マッドネス)!
 我こそは凶悪なる者か、あるいは一時なりとも善喰らわれどうなろうが悪なろうとも構わぬ者。
 凶悪で醜悪で哀れなばけものとぐっちゃぐちゃの戦闘をやれる奴。
 愉しみがてら、世界を救おうぜ。
 ――飛び込んでくんない?」

 頼むぜ、勇者殿?

 グリモアが、ひかる。


いのと
 こんにちは、あるいは初めまして。いのとです。
 こういうモチーフが大好きです。好きすぎて参加に踏み切りました。
 このシナリオは『戦争シナリオ』、一話で完結します。
 初めての戦争のため、採用人数は控えめ、かけるだけ、となります。
 オーバーロードに関しては採用率の差別をつけません。
 シナリオ難易度は『やや難しい』ものですので下記プレイング・ボーナスのどちらかをプレイングに一行でも構いません。盛り込んでいただくことをお勧めします。

●プレイング・ボーナス
 『邪悪ナる者』になる、またはポーシュボス化してでも戦う。

 ちなみに当シナリオのポシューボス化は体の一部の変化や精神汚染でちょっと邪悪になるイメージです。
 苦しみながら笑いながらぎらぎらに派手に参りましょう。NG描写があればお教えください。
108




第1章 集団戦 『ポーシュボス・フェノメノン』

POW   :    ポーシュボス・インクリーズ・フェノメノン
【ポーシュボスによる突撃】が命中した対象に対し、高威力高命中の【新たなポーシュボス】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD   :    ポーシュボス・ナインアイズ・フェノメノン
自身の【全身の瞳】が輝く間、【戦場全てのポーシュボス・フェノメノン】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ   :    ポーシュボス・デスストーム・フェノメノン
【オブリビオン・ストームの回転】によって【新たなポーシュボス】を発生させ、自身からレベルm半径内の味方全員の負傷を回復し、再行動させる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

レパイア・グラスボトル
心の病気は専門外なんでな、アンタらみたいな病気が流行るとこっちも商売が困るんで、さっさと駆除させてもらうぞ。

家族の汚染具合をみつつ一撃離脱を試みる

善悪無関係な医療するためだけの生体兵器
その為、汚染は無関係の筈だった
十年前までは

家族は腐っても人だった。
自身も子供を産み育てた結果、善性と呼べる何か得ていた。

自身の意外な成長?に驚きつつもそれを棄てる
棄てても後で拾えば良いし、無くなったら奪ってもいいのだ
命以外失うことに躊躇しないそんな生き物だから
奪う事棄てる事に躊躇しない生き方を学んだのだから

【真の姿】
内面が二十年前に戻る
外見変更は無し、表情は人形めいた無感情
口調もそれに準じ冷淡な事務口調使う単語は汚い
一切の情を持たず、ただ兵士を治療するだけの兵団付属品に成り下がる

家族の代わりにレパイア用死なない兵団が過去から参列する
一度も運用されなかった試作型フラスコチャイルドと試作型死なない兵団
死の恐怖を無くすため生身の人間をベースに造った治療で治るロボット兵士

解除後、情も元に戻る
それに安堵する自分に驚く



●愚者のマーチ

 ごぼ。
 口から溢れたのは、ぬめる腕のかたちをしていた。
 それから。
 どん、と。
 震える地面。

 ・・・
 ダメだ。
 レパイア・グラスボトル(勝利期限切れアリス・f25718)の眼(まなこ)はふたつを的確に見抜き、ひとつを確信していた。

「――撤退だッ!」
 幾度目かの轟々響く風の中叫びを挙げる。「ハハ、ハ!」彼女は笑う。笑う。「おいお前ら!」家族(レイダー)の運転するバギー、右、助手席に立って右足を窓ガラスのないお飾りの窓枠にかけて「来るぞ来るぞ来るぞ来るぞ――!!」いつもの強奪の時と同じようにスカートが激しくはためくのもためらわず旗を振る。「引け引け引け引け引け!ハハハ!また来るぞ来るぞ来やがるぞケツまくって離れろ!」振り回して振り示す。

 ひとつ。

 ・・・・・・・・・・・・
「ポシューボスのクソッタレが突っ込んで来るぞ!」

 彼らの目の前で、動かなくなったポーシュボスが小刻みに身を震わせている。
 ポーシュボス。
 フィールド・オブ・ナインの一角。かつてアポカリプス・ヘルをオブリビオン・ストームで滅ぼしたものの一角。嵐を率いるもの。形は枯れ尽くした霊樹の巨木に似ている。あるいは踊る炎を無理矢理捉えて鱗でコーティングしたら、だ。どれに核があるのかもわからぬ鋼鉄より硬い装甲が鱗のように、覆い、縦横無尽にうろの内側と同じくなまぬるい腐った金に輝く口、目がぞろ開いている。高さは15m、直径は――考えたくもない!

 ぶるぶると震わせる身、下半身――と呼ぶべきかどうかは少々怪しいが――にぶちぶちと嫌な音を立てながら細かい触腕どもが一本、また一本と生えてきている。生えた腕は皆這いつくばるかのように大地を抑えている――…。
 
 ひとつ。
 敵の攻撃の予兆。

 あれこそはこれよりポーシュボスが全力疾走でこちらへ突撃をかけてくる前の予備動作。
 あれほどの巨体の直撃を受けたなら、みんな仲良く花火になってポーシュボスや大地を内蔵や脳味噌でデコレーションすることになるだろう。叩きつけられて死ねればまだいい方で、中途半端な負傷で周囲に吹きあれる暴風に巻き込まれてオブリビオン・ストームを苦痛に喘ぎオブリビオンに齧られながら楽しく回遊なんてことも、ありうる。あった。
 ――まあ、最も避けたいのは。

 イーハー!
 レパイアの号令と共に彼女の家族――荒野を征く略奪旅団(レイダー)たちは口々に歓声を上げ一斉にクラクションを鳴らしながらバギーはもちろんワゴンもトラックもバイクも彼らが操縦する乗り物という乗り物が――ギアをバックへ入れる。後ろなんか見ない。仲間と激突する可能性も恐れない。彼らは略奪旅団だ。まさか後ろも見ずにバックして、しくじったやつはぶつかる方もぶつかられる方も技術ノータリンのアホだった、それだけで済ます、イカれ集団。

 レパイアの乗るバギーの運転手、ビルも当然ギアに手をかけて
「オイ」
 レパイアはビルのモヒカンを鷲掴んだ「おげっ」「待て」引っ張る。

 ひとつ、攻撃の予兆。
 もうひとつは。

 ・・・・・・・・・・
「ワタシたちは前へゴーだ」
 レパイアは命令を下す。「ハァ!?」
 
 前。

 今まさに、これから突っ込んで来るだろうポーシュボスの方へ。

「右だ」レパイアは運転手の視線を悟って指示する。

 ・・・・・・・
「そこの名誉あるクソッタレを拾うんだよ」

「あァ!?」運転手は今のでズレたサングラスをかけ直してみる。いた。「グース!」運転手は男の名を呼ぶ。たしかに今全員が後退する中で、前方左端。バックギアも入れていない男がいる。「あんのバカかよ!」運転手ががなる。グースは腹と喉元を抑え、俯いて動かない。「そーだよ今度ァグースだ」ハハ、ハ!レパイアは笑う。
「ハハ、ハ――おいおいこれで何人目だろうな?」笑って、笑い、笑いながらこぼして、かすか首を動かし去っていく仲間たち、うち一台のトラックをきちんと確認する。最後尾とはいかないが中腹以降にいるようだ。修復(リペア)用人造人間の性質。無意識の把握。「まあ25人目なんだが」――脱落者も含めこの場に集った仲間の三分の一。
 
 レパイアの眼が認めた、もうひとつ。
 それは『患者』だ。

「トラックが溢れちまわねえか」「溢れたら屋根にでもくくりゃいーだろ」「ベルトがもったいねえーなー」「じゃあ裸にヒン剥いてあいつの服でくくれ」「なるほど」
「オイ行けよ」ビルの後頭部、スカル・リザードの刺青を引っ叩く。「ゴーだゴー、10メートルなら間に合うだろーが」

 ポーシュボス。
 その性質は、災禍と呼ぶ方がふさわしい。
 ポーシュボス。正しくは――ポーシュボス・フェノメノン。
 フェノメノン(現象)だ。

 ・・・・・・・・・・・・・
 ポーシュボスに感染した仲間。

――最も避けたいのは、ポーシュボスになることだ。

 ポーシュボス現象(フェノメノン)。
 其は、感染し増殖するオブリビオン。
 苗床になる素養は

「略奪旅団(ワタシたち)が――まあ随分とおキレイなクソッタレだったとは、なァ」
 レパイアはぼやく。

 『善性』。

 親愛、友愛、種族愛、良心、義、忠誠、信頼、礼節。
 どれでもいい。なんでもいい。ひとつでもいい。全部だっていい。
 かすかにでも善あるものは、ここではポーシュボスとなりうる。

「クソとションベンに区別があるかよ」運転手が笑う。ギアを切り替えて。
「成分」レパイアは持っていた旗を自身の座る座席に突き立てながらこともなげに即答する。
「違いねえ!」ビルが吠える。「あとで質問攻めだ!」
 アクセルを、踏み込む。
 エンジンが吹き上がる。ギアが切り替わり――前進!

 同時に。
 ぼ、という音をたて、ポーシュボスが、跳ぶ。
 ポーシュボスの全体重を前進にかけた突撃。金の目が、鎧われた体が、くっきりと開いた顎門が、眼前へ、迫る。

 前進するポーシュボスを迎え撃つように前進するバギーはハンドルをわずか左に切る。
 レパイアはたった今自分が突き刺した旗を支えに、フロントドアのないバギーの助手席から
思い切り体を傾げ身を乗り出す。体をめいいっぱい伸ばすせいで右足が宙に浮く。
 手を伸ばす。
 レパイアは、振り返ったグースと目があった。涙目の瞳は片目が金に染まり始めて白目は黒。顔いっぱいの脂汗。手で抑えた口、指の間から蠢くポーシュボスの触手。
 オイ、オイオイオイ。レパイアは笑う。なんてツラだよ、グース。レイダー同士の抗争の際、相手方のバイカーを捕まえて席にくくった挙句ダイナマイトをたっぷりくくってロケット花火でぶっ飛ばして帰らせ吹っ飛ばした男。なんだその涙目は。痩せっぽちの子供のミイラを見つけて、こっそり弔っていた男。ポーシュボスになるのが怖いくせに、ポーシュボスが突っ込んでくるのが怖いくせに今バックギアを入れて味方と一緒に戻ることを選択しなかった男。

――残念だった、なァ。

 笑う。レパイアは笑う。

――見捨てないんだよ、バカ野郎。
 
 時間が止まるかのような錯覚を覚える、一瞬。
 ハンドルは斜めに切っている。
 うまくいけば、前進するポーシュボスをギリギリでかわす位置。
 グースのぼろぼろのジャケット。黒い襟首を掴む。歯をくしばり半ばボンネットへ投げるように引きずりあげる――クソ重い!
 可愛い可愛い素敵な乙女型フラスコ・チャイルドがでかい野郎を、車の勢いを使うとはいえ持ち上げるなんざ全く、骨が折れる!
 グースを引き上げて投げる代わり助手席から乗り出したレパイアはさらに外側にでる形になる。
 ほぼ旗を掴んだ左手とグースを掴んだ右手でバギーの助手席からぶら下がる形だ。左足のつま先は助手席降車口の縁にかかっているだけ。
 そのレパイアの背中ぎりぎりを、駆け抜けるポーシュボスが通過する。
 触腕のうち、レパイアの背ほどもある目と、目が合う。

 やべ。
 思った時には遅かった。「レパイア!」触腕のひとつに右腕から右半身をぶっ叩かれる。グースを落とされるわけにはいかないからそっち掴んでいた手は離していた。残った左手だけで支えられるはずもない。吹き飛ばされる。叩きおとされる。バギーの走行の勢いとポーシュボスの速度の両方のGを受けて、やや打ち上げられたレパイアの体が一度、軽く宙で回転する。

 やっぱ、ダメだな。
 回転。駆け抜けていくポーシュボスとその向こうの仲間を見、バギーのボンネットで這いつくばるグースたちを見ながら、レパイアは確信を舌の上でじっくりと味わう。
 心の病気は専門外だ。ポーシュボスみたいな病気が流行ると困るから来た駆除だった。
 
 阿呆で馬鹿で短絡的で自己中心的で略奪旅団(レイダー)。
 感染は無関係とはいえないだろうけれど――もう少し、遅いだろうと思っていた。
 レパイアは残酷な福音を見る。
 トラック。この短時間で次から次へ発生した感染者ども。

 嗚呼。淀んで腐ってドロドロでも。
 家族は、ひとだった。

 善悪無関係な医療するためだけの生体兵器(フラスコ・チャイルド)。
 あいつらと自分は違う。感染は無関係だと思っていた。
 
 レパイアは残酷な福音を聞く。
 自らの体――右鎖骨から肩、そして肘までの上腕。
 ぶちぶちと、おとがする。黒くよどみ、膨れ上がって――はじける。
 鱗とも鎧ともつかぬなめらかな肌。
 縦に開いた口、金色の中を見せびらかして笑う、笑う。
 はは、は。
「ハハ、は」
 二十年。封を切られたグラスボトルから出て。「いや、そりゃそうか」笑う。
 家族とギャアギャアわめいて騒いでドンチャンやって。
「そりゃあの状況で見捨てられないって、そりゃヒーローかって話だよな」笑う、笑う。
 十年。自身も子供を産んで、育てた。 
 結果。

「善性、かァ――」
 レパイアはぼやく。これが、そうなのだろうか。
 驚きは、ややくすぐったい。
 
 ……この短時間で二十五人。略奪旅団どもではポーシュボスに打ち勝つことは不可能だ。
 冷静な思考が答えをとっくに弾き出している。
 そして今自分もこうしてポーシュボスに感染した。始まった感染は進行して停まらないだろう。
 このままでは一緒にお陀仏だ。今駆け抜けたポーシュボスにすでに取り込まれた仲間のように、人間を捻り切って伸ばしたような形になって、同じひとつのポーシュボスになるのだろう。
 処方は――なりきる前にあのポーシュボスを倒すこと。
 そのためには、嗚呼、善性とやらが。

――医療活動における問題発生行動不能となる異常事態を認証。
 レパイアは選択する。
――全消去プロトコル。
 グラス・チャイルドとして自身に組み込まれたシステムの中から認識するだけで実行したことのない命令を呼び出す。

 みんなを治療するためには。
 かぞくを、あのこを、こんなやつにくれてやらないためには。

 生まれて20年、育てて10年。
 獲得してきた内面的情報が、すべて、邪魔だ。

――実行。

 棄てる。
 ぜんぶ、棄てる。
「なァに」
 レパイアは笑う。ふふ、ふ。
 人格も、情報も――この荒野で得たものだ。
 なら。
「棄てても後で拾えばいいし、無くなったんなら奪ってもいい」
 大事なのは命があることで。
 家族と生きた自分は、家族と生きている自分は。
 命以外を躊躇しない、そんな生き物になったのだから。
 奪うこと棄てることに躊躇しない生き方を学んだのだから。

 だから。
 怖くはない、悲しみもない、痛みもない。

 ちょうど体は天を向いて、空を仰いでいた。
 轟々渦巻いてどす黒い嵐。
 
 だから

「ばいばい」

 レパイアは笑う。歯を剥き出して笑う。
 残虐に嗜虐的に略奪的に笑う。

「またな」

 砂まみれの青い空が――ちょっとだけ、恋しかった。

――プログラム、完了。

 かくして消去は無事完了され。
 レパイア・グラスボトルは十年を投げ捨てる。
「レパイア!」
 後部座席にグースを転がしたバギーがターンして宙から降りてくる『レパイア』を受け止める。「おいこらクソッタレ生きてるか!」ビルが車を一時停止させ、彼らの『レパイア』を確認する。「はい。生存しています」
 冴えた無表情。「おん?」ビルは首を傾げ、グースが目を白黒させる。
「――大量の要治療者を確認。データ照合完了、ポーシュボス・現象」
 『レパイア』は起き上がる。
「おお?レパイア?」
「グダグダ抜かすクソッタレ野郎」
 否。
 そこにいるのは、彼らの知る『レパイア』ではない。
「ワタシの仮称を連呼し脳味噌の小ささを主張する必要はありません」
 罵倒に一切の感情はなく。
 無味無臭の無表情は、金の髪、青い瞳のグラス・チルドレンを元来の人形そのもの。
「ギャアギャア抜かしてねえでそこにお直りください」
 そうとも、そこにあるは、二十年の情報を捨てて還元された存在。
 
「治療行為の施行を開始します」

  医療特化型人造人間型兵器
 グラス・チルドレン。タイプ:repair。

「ビル!ちょまビル!ビルヘルプ!レパイア」「喧しくて臭えお口をお閉じやがりください」
 医療行為1:錯乱する患者の沈静化。
 Repairは騒ぐグースへ容赦ないアンプルを緊急強注射をぶち込んで黙らせる。
「レパイア」ハンドルを握ったまま突然のこの騒ぎに運転手は動きもできない。
「このクソ患者を他患者とまとめて治療フェイズへ移行します」「お、おう」
「要請:治療用トラックへ運搬」「お、おう!」
 ひとまず吹かしっぱなしのエンジン、ギアを切り替えてバギーが出る。
 アンプルを叩き込んだグースの傷にまずは簡易手当てを行う。
「作戦参加している全略奪旅団に対し作戦からの退去命令を発行してください」
 揺れるバギーの中、Repairは次の指示を出す。
「退去!?」ビルはハンドルを握ったまま『レパイア』をふりかえる。「逃げろってか」
「Yes」Repieは一切の情を匂わせもしない最低限の応答で返す。「運転手ビル、前方の確認を」
 一度離れたポーシュボスへバギーは距離を詰めていく。「事故(ジャム)ってポーシュボスのケツを掘った瞬間ワタシたちの死亡が確定します」レパイアが一時離れた今別のものが指揮を取っていた。接近と退避を繰り返し、だんだんとバイクや車の数が減っている。
「相手が最悪です。ションベンちびりのクソボーイどもは全員退去するべきとの判断です」
 『レパイア』は口だけが悪い。
 言葉を覚え始めた子供のように、形だけのなぞり言葉。親愛もなんの意味もない音。
「あのクソやべえイカれゲロのポーシュボスは」Repairは沈静化させた患者、その内側に対呪詛感染対策薬品を窒息しないよう専用カテーテル管を通して患部と見られる喉から臓腑へと流し込みながら回答する。「災害級災禍型稼働式疫病です」「いやポーシュボスの分析じゃなくて対処聞いてんだが!?」「対災害戦争処置兵団ですね」処置完了とともに管を引き抜き回収して簡易液で洗浄しながらRepairは答える。「無論専用兵団を召喚します」
「ああクソレパイアてめーが何言ってるかさっぱりなんだが!!」
「ではわかりやすく旅団に伝達も不可能な運転専用レイダーのビルに代わり」「誰が運転専用だ戦闘もできるぞおいコラ!」「ワタシがクソ簡単に命令権を施行して宣言します」
「おうレパイア帰ってきたか!」
 ポーシュボスに火槍を投げつけながらバイカーの一人が声をかける。
 Repairは立ち上がる。「レパイア?」
 そばに転がされた汚れまみれの拡声器を手に取る。

「『あとは任せろ、全員逃げな』」
 吠える。

 そして――指を鳴らして飛び降りる。「レパイアッ」ビルが中ば狂乱のように叫ぶ。
 けれど振り返らない。そこにいるのはレパイアではない。
 愛おしき二十年が創り上げた可愛い終末式アリスはどこにもいない。
 代わり、全権が復帰した単純な医療特化型人造人間型兵器があるだけだ。
 ひとでなく、部品に成り下がった一体の人形が。
――機能施行:完全治療施行修復兵団_召喚。
 Repairは機能を使用する。
 命令プロトコルは正しく遂行され――召喚される。

 其は過去よりのもの。
 作成されながら人道に悖ると当時の政府に判断され実地運用されなかったもの。

 強制治療施行修復兵団。
 Repair型グラス・チルドレン、■■体。
 人体をベースに脳を単一(ロボトミー)化し死の恐怖を取り除かれたあらゆる治療で修復可能な兵士、■■体。

 兵士とともに召喚された戦車の上に降り立ちRepairは宣言する。

「それでは、治療を開始します」



――レパイア。
 呼ばれて瞼を開ける。「――」揺られている。
 視線を回す――トラックだ。何人もの人影が見える。後部ドアが吹っ飛んでいて、そこからいくつものトラックやバイク、そして遠くにポーシュボスが見えた。退避中。ワードが浮かぶ。
「よかった」
 自分によく似た顔をした少女が表情筋を歪めている、とRepairは認識する。
 Repair型の何番なのか、脳の中が情報を駆け巡り

 ――むすめ、

 と、

 一つのワードが結ぶ。

 ――。

 むすめ。
 そう、娘だ。

「よかった、よか、良かった…」
 娘が同じことばかり繰り返している。
 ……よかった、という感情を、この娘の口から、久しぶりに聴いた気がする。
「おォ」
 Repair――レパイアは、返事をする。「元気そうだな」

 嗚呼。
 なんてことだろう。
 棄てたら拾えばいい、無ければ奪えばいい。
 そう思った投げ捨てたというのに。
 笑う。レパイアは笑う。笑ってしまう。
 投げ捨てたはずのものが――戻っていて、安堵している自分に。
  
 嗚呼、嗚呼。

「何よりだ」
 ワタシの、子供。

 ひとの、たましいよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
自分を善人とは思わないが、全くの悪人とも言えない
ならば、ポーシュボス化してでも戦うしかないと覚悟を決める

ユーベルコードを発動
相手の数と攻撃回数を警戒、こちらも増大したスピードと反応速度で抵抗する
接近するものをよく観察して囲まれないよう回避を…いや関係ない、傷を負っても動けるなら構わない
ああそうだ、殺し合って全て倒してしまえ

増大した速度で、攻撃を行おうとするものから順に狙い、致命的な傷を受ける前に先んじて潰していく
間合いによって戦いやすい武器なら何でも使う
射撃でナイフで蹴激で、面倒なら獣人の姿に変じて爪を使ってもいい
獣性の解放を強く意識し、普段より更に大きく理性を取り払う
善も悪も無い、純粋な暴力を思うまま揮う為に

…なんだ、これは
自分の考えと行動に吐き気がする
この思考は「俺」の物か、それとも…
精神が汚染される苦痛も、体の変化への嫌悪感も凄まじいが、それすら利用して戦いたいという望みも湧く
戦う事は、こんなに愉しいことだっただろうか?
…凶悪で醜悪、か
今の俺もアレと大差は無いかもしれない

※NG無し



●狂狼のタランテラ

 うねる、うねる、おどル、オドル、踊る。
 ポーシュボス・フェノメノンが身を捻り、悶え、くねらせる。
 ぎゃ、ぎゃがぎゃがガガガガッがガガガ――。
 無数の口が音を吐く。たった今銃撃で吹き飛んだ触手が汚泥のような黒々とした血を雨と降り散らしながらボトボトとこぼれ落ちる。
「――楽しいか」
 シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)はその中で銃口の煙を振り払い、マガジンを引き抜いて入れ替える。何倉目かなど数えるのはとっくにやめた。
「理解できない趣味だ」
 左手親指の側面で頬についたポーシュボスの血を拭う。ポーシュボスの血は、臭い。人間を縦に割いて混ぜたような臭いがする。それも新しいものも古いものも一緒くたにして混ぜて蒸し暑い夏の日に蓋をしておいたような臭いだ。正直血と呼んでいいのかすら怪しい。ベタつく粘着性を持っており、ぬぐっても綺麗に拭き取ることができずに頬に引き伸びてしまう。かといって放っておけば垂れてきて感覚を邪魔する。
 不快。
 そう不快だ。これはきっと不快なのだ。不快さに顔が歪む。シキは自身を綺麗好きだとは思わないがそれにしたって限度というものがある。ゲラゲラぎゃたぎゃたと吠える笑い声も、ほら、ぎゃ、たタタタタた、タラッタタタタタタ他多咫、げらげ羅られれられれれ、れれれ、レラらららら――老若男女の声を混ぜて引き伸ばしたようなカン高さで――耳障りだ。
 不快だ。不快、不快、不快だ。吐き気がする。
 シキはスライドを引き、内臓された発条のしなやかでありながら強いちからをしっかりと味わいながら、戻す。かちゃん。今補充した弾倉から銃弾の込められる感覚が手袋越しでも心地良い。かちん。肌も耳も鼻もいつもの倍以上に研ぎ澄まされている気がしていた。自分の鼓動の一拍一拍すらありありと感覚の内にある。
 嗚呼、早く。

「理解ィイイイイ――――…出来…奈イ?」

 ポーシュボスの笑い声が、止まる。

 今にもどこからか崩壊を始めかねないような危うい揺らぎを、ゆっくりと繰り返しながら、どの口からから、言葉を漏らす。「理解」「リカイ」「李海」「リカ」「理」「カ」「りかかカカ核果カッカか火イ、出来、出、で妥期、キキキキキキ、ナイ――?」
 うねる体の無数の口が。
 縦横無人に割かれて狂乱の形をする歯の並ぶ口が。

「ぅぅウおおオオオオ尾王御子ォオオオ前、ェェエ善酔ェ江は」

 歪む。歪む。
 あらぬ方向すら向いていた大小も位置も様々な全ての目が、触腕すら歪めて。
 シキを覗き込むように――ぞろ、と捉えて。

「悦クは根ェの禍ヨ?」

 嘲う。
 
 ――殺めてしまいたい。

 ポーシュボスの目がなべて、狂える満月のように輝く。

 シキは短く素早く息を吐き出して前に飛ぶ、まず右から殴りかかってきた触腕をポーシュボスの体に足をかけてポーシュボス自体にることで一発目をかわし「タノシク根ェッテ!?」足元に突然開いた口を前「タノシクね絵訳ネェェエ夜名アアアアアア!?」正しくは上、両手を伸ばして「気持ち良ィダロウ!?」飛び込むように四つん這いになるごとく転がり避けたところで「サイコー二仏ッ戸ンでイッチマイ装だロウ画よ!?」左から素早く殴りかかってくる一発を受け身を取るも「ガッ」胴にくらって吹き飛ばされ宙で体を捻って叩き潰そうというのだろう鞭のようなしなやかな一発をほんの少しだけ体を捻ってなんとかかわす――シキの鼻先を素早くかすめていくそいつに、背を丸めて両足を引っ掛け踏み台にしてさらに上昇開いているそのままハンドガンを構え撃ちっぱなしにして目を潰す、1、2、344567879――眼球が弾けるたびにポーシュボスが笑い声だか悲鳴だかわからない声をあげる――ギャララララがや、ハッは、ハハハハハ刃波葉破刃――そのけたたましさがうるさくて煩わしくて顔が歪む。
「楽しいよなあ、愉しいダロウ、他タタタタ、たの、たのたのタノタタの多々の楽死く音ェワケ」
 またのあの血をもろに浴びる顔が歪んでしまう「ええええええよおおぉおおおえなあああアアアアアア!!!!」本当にひどい臭いだ。
 ……銃を撃ちっぱなしにしながら、シキは放った銃弾の数は数えている。
 外した弾丸がポーシュボスの肌に当たって火花をあげる。火花が美しい、でもそこで輝いている眼どもはもっとまばゆい、不快だ「見ろみろみ見見見みみいみ右味実ィ耳ミミミミ」不快だからか顔が歪む、美しい、うつくしい、ぎらぎらと輝いている満月が輝いている、違うあれは月じゃない、あんなに爛々と輝いている、うつく死い、鬱くし、う、う、うううううううう――…。
 ――あと15、4、3、2、1
 残り弾数が10を切ったところでシキは左手でホルスターからナイフを抜いて柄を横に咥える。
 あと5、4、3、さらにベルトのポーチから次の弾倉を出して――弾が切れる!
 突き上げるような一撃が、シキを貫かんと突出してくる。
 ナイフから口を離す。「理解できない」応える。「ついでに言うなら」
   ・・・・・・
「――掘られる趣味もない」
 普段は言わないような下品な冗句を口にしながら、眼のついでに吹き飛ばした触腕の一部を蹴るようにして――自らの体の位置を調整する、調整しながら左手でマガジンを持ったまま――マガジン・チェンジ。弾倉をそのまま捨てて――空いた左手でナイフを掴み。
 今すんでの位置でかわした、下からの触腕に向かって、的確に、正確に、鎧のような鱗の隙間を正しく捉え
「お断りだ」
 突き立て――「覚えておけ」引き抜かず、そのまま力任せに横に叩っ斬る!
 ……吹き上がる血を顔面、左半分にもろにべっとりとあびる。冗談じゃない。不快さのままに断面へ今度は両足をかけて思い切り踏みにじってからとどめに激蹴をやり――再度跳躍!
 そのままもう一つの眼に蹴りを叩き込んで思い切り潰し――靴を引くとねっとりとした糸を引く。嗚呼不快だ。――ポーシュボスの別の腕の上へと転がるようにたどり着いて、立ち上がる。
「わかったな?」
 振り返りざまにナイフと銃をそれぞれ握った両手を軽く広げて教えてやる。
「ア、オア、ア――ぶぶ、ぶ、ぶぶうぶぶ――」ポーシュボスは口の一つから言葉でも笑いでも悲鳴でもない音を漏らしている。「聞こえないか?」ため息混じりに告げてぶる、と軽く頭を振る。「出鱈目なことをいう上に話を聞くほどの知能もないか」今先ほど顔に浴びた血が不快で払いたかった。「最悪だな」結局振り払うことはできずに前髪からタール状の液体が滴ったのが見えただけだ。
 ヒ。
 笑い、声がする。ヒ、ひひひ、ヒヒヒヒヒヒ、ヒへ、ヒィへへへヘッヘへへ!
「――とうとうおかしくなったか?」
 シキは銃を握ったまま左手の甲で顔面を拭う。「いや、元からか」やはり拭きることはできない。べっとりと薄く顔に伸ばしてしまった感覚がある。拭うのをやめればいいのだがどうにも気に障って――


「オマエ、笑ッテる是」

 ――……。
「笑っている?」
 シキは思わず鸚鵡返しに尋ねる。
 思わず血を拭っていた流れのままに、左手の甲――骨の部分で自らの唇を撫でる。
 嗚呼。
 上弦の月。
 ヒ。
 ヒヒ、ヒ。
 ヒ、ひひひ――笑っている。笑っている笑っている。
「楽しイイいいィ――よなァ」
 ポーシュボスが、笑っている。
「気持ちぃィイイイイ、よなァ」
 ぼたぼたと触腕から血をこぼしながら、新たな腕を生やして。
「オォオ面白くて、タァマン無ェエよ、なァ――…」
 ・・
 左腕。
 今、血を浴びた方だ、違和感が、ある。
 シキは目をやる。

 ああ。
 満月というには、歪な金が――上弦の月。
 眼球。
 シキを、捉えて笑っている。

 ぶちぶち、びきびき、めごめごと音を立てて――変わっていく。変わっていく。
 身体侵食、精神汚染。
 受けた案内を、思い出す。
 シキは自身を善人だとは思わない。だが、全くの悪人とも、言えない。
 戦うしかないと覚悟は決めて――今し方の、戦いかたを思い出す。

 ンフフフフ――府不負歩、不風フフフヒャハハハハハハハハ!

「クソッタレ打!テメェも糞ッタレの泥泥ヤロォだよ!」
 吠えている。嗤っている。
 一皮剥けばてめえもそんなものだと嗤っている。
「仲良く仲良く仲良くなあああアアアアアア垢よヤ露右ゼええええエエエエ!!!」
 左手。まだ動く。使える。手の形をしている。
 ――――…。
「お断りだ、と言ったはずだが」
 シキはゆっくりとナイフとハンドガン――シロガネをホルスターへ戻す。
「来い、ポーシュボス」
 両足を肩幅に開き、腰を軽く落とす。
 手を軽く鳴らす。
 肌がさざなむ。自分の中にあって、意識して無視をしているものにまじまじと手をかける感覚。
 自らですら厭い、満月の夜には隠そうと努めるもの――真の姿。
 口元。首を食い破って髄を折るための牙。
 手にはどんな刃にも劣らぬ爪。獲物を刈り取るための爪。
 瞳の青、浅い夜色の瞳が、あわく、しかしはっきりとした金の月へと塗り替わる。
 銀の毛並みはこの嵐にくすんだ中で、黒い血を浴びながら、それでも輝くようだ。
 いつだってもの静かで冷静沈着な優しい男は、どこにもいない。
 そこにいるのは
 
 ・・  ・・
「面倒だ。速攻でカタを付けてやる」
 一匹の、人狼だ。
 
 いつも覚えるはずの忌避はどこにもなかった。
 この厄介な生き物を一秒でも早く仕留めてしまいたかった。
「可愛い可愛い可愛いかあアァアアア和いいぃいいい良い良い違胃イィい訳するなヨォォ!」
 ポーシュボスが笑う。笑う、嗤って嗤って嗤っている。
「リリリリリリリリりリリィリリ入りり理由が欲しいだけだよなアアアアアア!!!!??」
「――どちらでも」
 そして、更に――コード、発動。
 イクシード・リミット。
 ――自らの限界を無理矢理に超越させる。
 本来回避といった冷静な判断に利用する感覚を――ただ、相手を仕留めるためだけに研ぎ澄ます。

「同じことだ」
 跳ぶ。
 理性を、取り払って。

 ポーシュボスの眼が、再び輝く。
 
 殺し合ってしまえ。
 殺し合って全て倒してしまえ。

 ナイフで斬るよりも、爪で割いてしまう方が簡単だ。いつもの何倍、何十倍もに増幅された感覚と身体反応は、あの厭わしい血がついても振り払えるだけの速度を備えている。眼を潰す。触腕を斬る、口を本来とは逆の方へ、あるいはより大きく触腕ごと真っ二つに裂けるように斬る。足を伸ばす。蹴りを突き出してポーシュボスの触腕の一つへ穴を開ける。退避しない。傷を負うより動いて殺せる方がずっといい。引き抜くのも面倒なのでその突っ込んだ足を支えにもう反対の足で別の触腕を蹴り飛ばし、飛ばした勢いで支えにしていた足を引き抜いてぐるり、宙で一回転して回転しがてら両の爪でさらなる一本を叩っ斬り、また眼に着地して叩き潰しさっき爪で割いてやった触腕の一部が落ちて来たのでこれをつかんで別の目に叩き込んで潰す――――……。

 なんだ、これは。
 シキの内側が唸る。
 なんなんだ、俺は。俺は、こんな戦い方をしろと教わったか。
 精神に鋸を当てて轢かれるような、ひどい苦痛。
 
 触腕が面白いぐらいに簡単に切れる。楽しいぐらいに簡単にぶち破れる。
 眼球は水風船どころかゼリーほどの耐久性しかなくてつまらなくなってきた。

――吐き気がする。
 自らの考えかたに吐き気がする。
 嗚呼でも、腕も体もとまらない。
 苦痛も、身体を侵食される不快感も――ただのエネルギーだ。
 この不快な生き物を殺せることが――たのしい。

 は。
 自分の口から息が出ている。
 シキは気づく。
 否――本当は最初から知っていて、見ないふりをしていたことをまざまざと叩きつけられる。

 嗚呼。
 俺は、笑っている。

 善も悪もない、暴力を振るうことが楽しい。
 愉しくて、しょうがない。

――今の俺もアレと大差は無いかもしれない。

 凶悪(マーダー)・醜悪(マーダー)・百花繚乱のイカれ舞台(マッドネス)。
 グリモア猟兵の文言が過ぎる。
 嗚呼、大したイカれ舞台だ。

「構うか」
 こぼれる。

 愉しみがてら、世界を救おうぜ。
 人狼の才智(タラント)は、舞踏(タランテラ)のように軽快に――なすべきことを、成してゆく!

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺歌語・なびき
※ポーシュボス化

真っ当な善人、ではないんだ
ただ、正しいことは正しくないといけなくて
悪は糾されるべきで
雪降るあの子が傷つくだけの世界なんて、要らないから

本当はこれ以上ナカに何も入れたくない
かといって邪悪にもなれない
あの子に、嫌われたくなくて

とはいえ
邪神と獣性がとっくに食い荒らしてるんだ
今更断固として拒絶する程でもない

桜の瞳と言葉でそうっと異形を誘う【誘惑、催眠術

ひとつになりたいならおいで

めちゃくちゃにしたいんなら
いっそぐちゃぐちゃにしてくれよ

ひくりと笑いが零れる
痛みは耐えられるけど、うん
やっぱり、きついなぁ【激痛耐性、呪詛耐性

十分に惹きつけたなら獣の咆哮をぶち上げる【大声、鎧無視攻撃

ほら、これで



●塵滅のララバイ

 想う。 

 ちょっと短い前髪は、秋終わりの芝に似ている。
 すらりその額からにょっきり伸びる角は真冬の木。雪を纏った。
 ちょっと太くて小さいまゆは、物静かな彼女の中の、意思みたいにくっきりだ。

 想う。想う。

 まんまる大きな瞳を二つ。
 なにかにたとえるなんて馬鹿らしいぐらい愛らしい、きらきらと静かに輝きの瞬く、くりくりとした瞳。縁取るのは多くはないけれどとても長い、蒲公英の綿毛のように繊細でしなやかな睫毛。眼を伏した時に睫毛越しに見える瞳の光が、あさつゆのようで。
 小さな丘、可愛らしい鼻。
 その上の真新しいさくらちったような、そばかす。
 ちょっとおちょぼの、ぷっくりしたくちびる。
 あんまりにこりとはしないけれど、ちょっとすましたようにすぼめた唇は、いつだってしっとり綺麗で。言葉が出る瞬間の動きをきちんと目に入れたいと想う。

 想う。
 想う、想う。
 想う、想う、想う。

 揺歌語・なびき(春怨・f02050)は、ただ、あのこ、のこと、を――想う。
 かれの魂の塒。

「亞ァ――嗚呼ぉ嗚呼あ阿亞A安合アアアアアアあぁあ臆ああぁ――」
 声が、響く。
 何人もの声を何十に重ねて捻りながら引き裂いているような、声。
 ポーシュボス・フェノメノンが叫んでいる
 否。
 べ、た。

「あああああぁぁぁ嗚呼噫嗟噫嗚アァアア亞ァ嗚呼あ――――――…あ、いカ」

 思考。べた「愛か」想う顔に「アイか?」描く想いに黒い手形がつく「哀か」べ黒黒と虫食いのように穴が空いて「アイ化」べた黒黒と炙ったように一部が反りかってべ「間」べたべたべた、黒ぐろと煮詰めたように「 I (アイ) 」歪んでべたべたべたべたべ「あい」黒々とたべたべたべたべたべたべた「相」暗々とべたたたったたたたた昏々とたべた「空イ」タタくろく「藍」黒くタタ「空い、あいあいあいあいあいあいあいあいあ嗟噫嗚言い合いいい――――ひひひひ、ヒヒヒヒヒヒ」ベ黒く黒く黒く黒くベべべべ「ヒハ、は」黒黒っべべ「ヒハは、はははは、ハハハハハ亜波刃葉覇はハハハハハはっはッ!」黒黒黒黒べべべっぎゃハハハハハふあはははあはっひらあははははべべべべあはははっははははべ黒黒黒黒黒黒黒黒黒いべっべべべべっべべべったべてべべべべべっべべべっべべべっべえべべ――…。

「アイ、アイ、愛愛亜衣合イ空衣合合アアアアアア衣ィイイイイイイ」

――…想う顔が、中途半端に汚れていく。
 穴が空いて、歪んで、塗りたくられて、剥がれるように。
 その様子に――我がことながら、すこうし、なびきは嗤ってしまう。

 笑っている。ポーシュボスが笑っている。
 
 善性を喰らわれて歪み切った残酷が笑っている。
 正しさを全て食らわれて残った歪みがのたうっている。
 
 触るな。叫びたい。汚すな。吠えたい。何をする。今すぐ引き裂いてやりたい。

 想う顔に、ついた黒は、もちろん目の前の“あれ”のせいなのだろう。
 しかし。
「は、はは、ハハハハハ亜あああぁアアアアアアあははあ、あはははははハハハはははぎゃは、はは、ははははっはっはは」
 笑っている。ポーシュボスが笑っている。
 笑い飛ばしている。

 種子のない土の上にはるがおとずれないように。
 自分の抱える情が綺麗なものだけではないと――

「随ブン――素ゥウウウウテキなアアアアアァアアィイイイイいいいいい を――持ってる、邪なイか」
 善性を喰られ少しずつ歪み剥き出しになって残る、なびきの自己(アイ)を、嗤っている。

 ――なびきとて、分かり尽くしている。 

 伝えるに伝えられぬ伝えるわけにもいかぬよもや伝えきれもせぬ、すがるような絡むような、どうしようも、ない。
 
 ふふ、ふ。
 なびきの唇から、うたのように笑いがこぼれる。

 あの子が知ったら、怒るかな?

 まぶたを持ち上げる。

 それは、ちょっと見たい、ような。
 いや、馬鹿野郎。見たくない。

 内側を金、うねる金色のほのお、或いは花まで金の大樹を、黒い鎧で覆わせたら、こんなばけものになるのだろう。二度と燃えあがれぬ炎。永遠にはるのこない冬の樹。
 爛々まなこと、眼が合う。
 引きはしない。前に出もしない。
 そも――どこにも行けやしない。囲まれているのだから。
 じわじわと取り囲む輪が縮まってきている。
 なびきはまゆひとつ動かさずにゆっくりと自らの顔に手を当てる。
 目元から頬にかけた、傷跡。

 本当は、これ以上ナカに何も入れたくない。
 かといって。
 グリモア・ベースで提示されたように、邪悪になることも、できない。
 否、できないわけではない。できるだろう。やろうと思えば。
 でも。
 想う。
 たったひとりの、だれにもわたしたくないし、わたすつもりもないし、生きている間も自分が死んでからも――じぶんだけのものでいてほしい大事な大事な大事な大事な、だいじな、あの子を想う。
 あのこに、嫌われたくないから、それはできない。
 かといって、看過もできない。
 かわいいそばかすを想う。
 照れ恥じらうときに頬が赤く染まると、あのすてきなそばかすは、雪みたいにうつくしい。
 嫌われたくないからといって看過して、正しいものを、正しくないままにして。
 糾すべき悪を糾さなかったのなら。
 そのさきに待つのは、雪降るあの子が傷つくだけの世界だ。
 そんなもの、要らない。
 絶対に、お断りだ。

 たとえこのクソみたいな敵に、何度立ち向かうことになったとしても。
 
 揺歌語・なびきは――そういう、男だ。

 さいわいの満ち溢れるはるの――桜のまなこで。

 なびきは

「そうだよ」

 誘う。

「おいで」
 両腕を広げて。
「ひとつになりたいんならおいで」
 無抵抗に。
 ――ポーシュボスどもが笑いを引っ込める。
 にたにたと、にまにまと、歪めていた瞳を――ただし、笑うのでなく、細めて。

「めちゃくちゃにしたいんなら」

 おろかな人狼は伸ばした腕を軽く掲げる。
 はるのひのような笑みを浮かべて。

「いっそ」 

 答えるように、ばち、ばち、べき、べき――と。
 ポーシュボスどもが手を伸ばす。
 うねりきりねじり上げまとめて束ねて混ぜて伸ばした体から――無数の、もとの人間の手を。

「ぐちゃぐちゃに、してくれよ」 

 ぶち、ぶち。
 嗚呼――なびきの指先が開いていく。黒い鎧、指先から金の花が開く。
 嗚呼。あの子の髪の毛をすくった指先が変わる。
 ポーシュボスより伸ばされた手は、まだ、なびきに触れてもいないのに。
 完全に取り囲まれる。花の蕾か何かのように。
 もはやなびきの頭上すら、ポーシュボスでいっぱいだ。
 入ってくる。入ってくる。
 ひくり、なびきののどが震える。
 喰い荒らされる、いたみにわらう。やっぱり、きついなぁ。
 この身はもはや、邪神と獣性でとっくに食い荒らされて乱れきっている。
 拒否するほどの――ことでもないが。
 受ける痛みのしんどさは、変わらない。
 それでも、やめない。
 あらゆる耐性を自らより引き出して。
 ヒ、ひ、ひひ。
 或いは、自分の愚かさに。
 笑う、ぐらいには。

 浸されていく。侵されてゆく。
 あの子の頭を撫でた両の掌を伝ってあの子があの子をつつんだ両腕を伝って。
 よく見るとなびきをびたびたと浸してくるその細い筋は、にんげんの手の形をしている。
 ひきつる喉奥でポーシュボスが芽吹く。から喉下と或いは口内にまでやってくる。
 口蓋からあのこの香りが嬉しい鼻まで、やってくる、やってくる。枝葉がやってくる。
 腸を浸してくる。胃袋を満たしてくる。血管の中の血の一滴がぶくぶくと産声をあげている。
 まだだ、まだ足りない。 
 やがて、ポーシュボスが伸ばした手が、すぐ、そこまで来て。
 
 あのこ以外の手を取るなんて――たいへん、腹立たしいけれど。
 
 その手を、わしづかむ。

「つかまえた」

 ぶちあげる。
 獣の咆哮をぶち上げる。
 自分の体内を満ち満ちてくれがったポーシュボスが一瞬で塵すら残さぬほどの。
 命を違わず、発火させるような。のどが避けようがポーシュボスが払われることでいくつもの血管が切れようが爪がふきとぼうが腕がねじれ臓腑がちぎれて胃が破れて腕の骨がバキバキとおれようが。

 ほら
 これで。
 
 足りない。
 叫ぶ。
 さけびつづける。

 ここまで犯してくれやがった分まで自分のうちとはいえあの子のことを黒々と塗りつぶしやがった分までぶんまで分まで分まで、分まで、分まで分まで――。

 ふきとびつくして。

 つくしきって、しまえ。

 あの子の世界に、影だってゆかせないほどに。
 叫びきる。
 駆逐する。




 けほ。
 なびきはのどを押さえて空咳をする。「あ゛、あ゛…」ああ、声が枯れきっている。
 そういえば腕もおかしいし、眼もチカチカするな。どうしよう。どうにかしなきゃ。彼は思う。誰か治療が得意な猟兵を捕まえて直してもらわないと。幾多の血をこぼしながら若干ふらつく体で、それでも立って――帰ろうとする。

 なびきのまわりはポーシュボスが吹き飛び尽くしたせいでびたびたと黒くねばつく血が広がっている。その中心をなびき自身の血が赤く彩っていて。
 
 ちょうど――はるの八重桜を、反転した花の彩だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「私は自分が善だと思った事などありませんが。私は私がしたい事しかしませんので」

善悪判定はどう入ろうが気にしない
ダメージ受けるなら受けたまま
受けなければ受けないまま戦う
毒や呪詛に踏込む時と同じ心境

UCで飛行し敵中枢目指す
敵の攻撃は第六感や見切りで躱す
回避出来ない攻撃は盾受けしカウンターからのシールドバッシュに

「ところで…貴方はポーシューポスに飲まれた自分が可哀想ですか?」
敵中枢は敵が強くなる方自分が可哀想と答えない方で判断
高速・多重詠唱で桜鋼扇に炎と破魔の属性攻撃付与し敵を殴り殺し進む

「ポシューポスになった方は、可哀想かもしれません。だって貴方の望みは、ポシューポスになることではなかったでしょう?」

「其処に在る以上望みを持つのは当然です。ポシューポスが全ての命をポシューポスにしたいと願うのも、悪ではない、ただの貴方の当然の権利です」

「私の望みは全ての命に転生の機会を与える事。其の願いと共存出来る貴方が甦る迄殺し合う…シンプルでしょう?」

「望みが共存出来る迄。何度でも還りお戻りを」
狂笑し歌う



●狂樹重唱・スケルツァンド

 口を、開いて。
 喉を開く。肺を開く。
 歌う、叫ぶ、声をあげる。
 開く、開く、開く、開く、開く、開け、開け、ひらけ、ひらけ――
 ・・・
 ばつん。

 ひらく。

 くちがひらく。

 ・・・ ・・・・・  ・・・・ 
 口の端。両の口角が――さらに横へ。

「――あら」
 御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は左手でたった今開いた唇を軽く抑える。
 顎の骨、その付け根まで――ひらいている。
 うねる。
 指の間から、口の中、たった今ひらいたくちびる、歯茎との間に、舌のように、いちまい、にまい、咲いた――ポーシュボス。
 ひらく。
 さらには彼女を取り巻く桜吹雪。そのいちまい、いちまいに、黒ずんで、まぶた――金の瞳。 
 桜花は思わず扇で口元を隠し、笑う。宙で優雅に桜の渦へ腰掛けて。
 けた、けた、けた。
「面白いものですね」
 たった今広がった唇、生えた舌(ポーシュボス)どもがそれに連なり桜花の口の中で転がり響き広がりあふれるのは、決して鈴の音(女性の笑い声)でなく、
「私は自分が善だと思ったことなどありませんのに」
 ぎゃた、ぎゃた――ばけもの輪唱だ。
「敵にそうだと突きつけられるなんて」
 今までのどの時よりも曲がり、勾ったいびつな笑みは扇で隠したまま、瞳を歪め、くつ、くつ、笑い、笑い桜花は小首を傾げて目の前の巨木どもに伝える。
「本当なのですよ、ポーシュボス?」
 すでに精霊覚醒・扇を済まし、みちる桜の花吹雪を伴い宙に浮く彼女は――元来、サクラ・ミラァジュに於いては影朧すら浄め導く――救いの証だろう。

「私は、私がしたい事しかしてきませんでした」

 ・・・・・・・・・・・・・・
 どこにそのおもかげがあろうや?

「おかしいものですね、ポーシュボス」

 げた、げた、げた――わらう。
 一緒になってわらう。

 ・・
 善性をわらう。

 だれが――今、ポーシュボスの前でわらう女を御園桜花といえようか。

 桜の花弁はほとんど黒ずみ、今やそれ一枚一枚にすらポーシュボスが咲(ひら)いている。
 強風に煽られ吹き飛んだものはオブリビオン・ストームと混ざり合って共に踊ってすらいる。
 ……無論花弁だけではない。桜花の体にも異変は起きている。
 元来ならば覚醒したことで爛漫に花みち、冠とも後輪とも取れるはずの桜の角はもう片方が全てポーシュボスだ。黒い幹、柔らかい木肌の代わりに硬い鱗、節の代わりに金の眼、淡い桜の花弁の代わりって四枚花弁の金花を咲かせてて、もう片方の枝を喰らわんとめぎめぎとえだを伸ばしている。
 
「あぁアアアアアア――アァア、蘇、其、ソ、ソ、其其其其そそそそそそ想染ソぉおおおおおね堕ァアアアねえええエエエエ」
 ポーシュボスは身をくねらせる。
 炎に一度焼かれ破魔に灼かれ朽ちあるいは折れた枝をいくつもぶら下げながら「可笑シィイイ夜音ェエエエエ」桜花に応える。ゲッゲ「クダ螺ナイ」げっげっゲゲゲ「巫山ケて流」
「アァンンタァアアアと、一緒、一緒一緒逸ッショショシショ諸所書」
 桜花をまねるように、触腕でいくつもの口元をおさえてわらっている。
「志タァアアアィコォトォオオオを四反ンダよ」駄々をこねるように一際大きく身を振るい、地面を叩く。折れているのにも構わず枝を振り回す。
「全部是ェエえ演ンブあたアタタタタアタシが」潰れた眼から黒いねばつく血を吹きながら「俺俺俺俺オレおェレオレオオレ」「ボボぼぼ僕僕ボボ僕僕僕僕僕」喘ぐように自身をぐるりと束ねて
「が」
 ぎりぎりと自らを縛るように抱きしめるように身を縮めて。
「ノゾゾゾゾゾンだこと――ダッ他ハズ奴ノニ」
 ポーシュボスは一瞬だけ、全ての口を、瞼を、うろを――桜花に咲(ひら)いているそれすら、閉じる。

「善だッタんだ、ネ」
 祈る、ように。
 
 ひらく。
 目を、口を、うろを。
 今閉じた全てを一斉にひらく。
 其は独唱にて合唱、口々が独り独りを喚く重唱――

 桜花は素早く飛ぶ。

 ――吹き荒れる、オブリビオン・ストーム!
 桜花の後ろ、吹き荒れる桜の花弁がごっそりと狂嵐に呑まれて過去の嵐の一部と成り果てる。
 花弁にすら口を開いて、笑い声がなじる。ぎゃ「善!」た「ゼン」タタタ「前」タタタタ「全」「然」「染」――いィイイイイいいいいいひひひヒヒヒヒ!!
 噴き上げる嵐は渦を巻いてなにもかもをズタズタに引き裂いてひきちぎり踏み躙る。割れた焦土から石を巻き上げ、崩れ落ちていたビルを粉塵に変えながら、焼かれた枝は息を吹き返し穿たれた幹に新たな枝をうねりあげる。
 ポーシュボス・死嵐現象(デススストーム・フェノメノン)
 これで三度目だ――キリが無い!
 だが
 ふふ。
「お付き合いしますよ」
 桜花はわらう。
 嵐をかいくぐり飛び込む桜花をポーシュボスは逃さない。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬ッッッッッッッッッッ鹿馬鹿死ィイイイイ!」ポーシュボスが喚いている。わめきながら桜花よりも太い枝を横凪に叩き込んでくるのを降下して避け
「そんなつもりなかった村なツモリアルワケ毛蹴卦ケケ無七ナナ七なないそんなツモリ蛇仲ッタソンナツモリィイイナ訳なァアアアアイジャナイナイナイナイナイ!!!!」続き上から振り下ろしてくる斧にも似た鋭い枝を体を半回転捻って避ける。斧が無事通り過ぎたのを認めれば、眼前
「其ぉおおおおおだよねェエ絵酔え!!」
――開いた金の花が、光線を溜め――はなとうとしている。
 シールドバッシュを――そう思い扇を握らぬもう片手を動かそうとして。
 背後。気づく。
 オブリビオン・ストームに巻き込まれた桜花の花弁――ポーシュボス化したそれに開いている、眼。
 ・・・・・・・・・・
 避ける方が無駄ですね。
 判断する。
 抵抗をやめる。
 焼かれる。灼かれる。顔から胸を狙った攻撃だけはかろうじて扇、それからまだ無事な桜の花弁で振り払う。だがそれ以外は、もろに受ける。
 左手甲に穴が開く右足の脛がごっそりえぐれるが光線なので血はしぶかない代わりに一緒に焼かれた衣類が張り付いてひどくしみる右腕上腕は二本の光線にやられて繊維がぶちぶちと切れた同、腰骨の左上からごっそりと左、横に薙ぎ払われ――それでも前へ。
 これで三度。
 そう、三度目だ。

 三度目でようやく――桜花はこのポーシュボスの中枢傍らまで、たどり着く!
「ところで」
 桜花は口をひらく。

「あなたはポーシュボスに呑まれた自分が、かわいそうですか?」
 かたちは、哄笑ではない。
 投げた問いと共に、たった今桜花が負った負傷のうち、右腕上腕が『うねる』――ポーシュボスの眼球が開いて、桜花を眺めている。「ア?」「アア?」「アアアアアア?」

――ポーシュボス・現象。
 其は善性を苗床にするばけもの。

「カワイ、ソウ?」
「ありえざるかたち、ありえざる腕、元の自分と――かけ離れた生」
 
――誰かをおもうやさしさがあれば、やさしさのぶんだけ。
 次は左手甲。ぱっくりと口が咲(ひら)く。

 ゲッ。
 ポーシュボスが引き攣りげ、げげ、ゲゲゲ、ゲゲッゲげ
「カワ革川彼夏禍下カカかカカッカワわわわわわわワイそう!!!」
 ぎゃ、ら、ら、ららら、ららら、ラララララララ――!
「可哀想」「川愛荘」「カァアアアアアワイィイイソウ!!!!!」
 うわん、うわんと鼓膜を破りかねない、豪笑を響かせる。

「ソンなワケ、無い邪ない」

 ――……。

「そうですね」

 桜花は頷く。
 腰。鎖骨の左上から横を焼き払った傷の中にポーシュボスが満ちて蠢き、花を咲かせる。

――だれかに寄り添う思いやりがあれば、そのふかさのぶんだけ。

「けど」桜花は自分の口の域、自分の舌だけを動かす。
 増えた口、増えた舌を使うのではなく。「ポシューポスになった方は、可哀想かもしれません」

「だって貴方の望みは、ポシューポスになることではなかったでしょう?」
 自分の望みは――なんだったのだろうか。
 うねるばけもの、金のうろを抱える大木に、桜花は枯れた桜の大樹を偲ぶ。
 こうして御園桜花としてサクラ・ミラァジュで婆様に拾われる前は。
 お役目を果たすことを、望んでいただろうか。
 それとも。

「其処に在る以上望みを持つのは当然です」
 右足脛。焼かれた部分をポーシュボスが覆い、伸ばした枝葉でやぶれた衣類すら、結ぶ。

――対等さであれば対等を成す判断の重みの分だけ。

「ポシューポスが全ての命をポシューポスにしたいと願うのも」

――あたたかさがあれば、ぬくもりの分だけ。
 増えて、満ち満ちて、蔓延る――草木と、なんの違いあろうや?
 ゆえに

「悪ではない」
 ゆえに御園桜花はもうほとんどポーシュボスだ。
 いい。それでもいい。

 それでも桜花はわらって「ただの貴方の当然の権利です」肯定して。
 ……不意に、桜花の視界。
 炎の向こう、自ら構えた扇の金具に映る自らを、桜花は認める。
「素敵なお化粧をどうも、ポーシュボス」
 まがり、ゆがみ、いびつに――変わり果て、ようとも。「以前拝見したおばあさまの古いお写真のお歯黒みたいです」
 
「――私の望みは全ての命に転生の機会を与える事」
 まなこをひらく、そばからばつん、嫌な音と共に左目が見えなくなる。右目の端にポーシュボスの眼だらけの枝が見える。
 それでもいい。止まらない。
「それが、できるまで」
 すすめ、開け、ひらけ、ひらけ、ひらけ、ひらけひらけひらいて開いてひらひらひらひらひらひら、ら、らららら、ラララララ――脳を、狂乱の歌が満たしはじめている――らら、ららら、ラララララ。
「其の願いと共存できる貴方が――蘇る迄」
 中枢は、すぐそこだ。
 枢域を守ろうとするべく、ポーシュボスが壁を作ろうと一斉に枝を伸ばして、のばしてふくらむのを、桜花は素早く扇を振るい、枝を、幹を、葉を、焼き払い、切り捨てながら進む。

「ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずぅっとずぅぅぅっと――殺し合って蘇って殺し合って蘇り続けましょうね」

 高速詠唱を開始する。
 唱えるのどをの内側、びっしりとポーシュボスが芽吹いて結んでつないで塞ごうとしてくる、ひらけ、ひらけ、ひらけ、らら、ラララララ、開いて、ひらいて、ららら、らら、うたいましょう、大きな樹、うたいましょう、可愛い芽、一緒に、一緒に、一緒に、一緒に、いっしょに、はみんぐ、うたえるまで、らら、ラララララララ――…。

 ひらく。
 炎と破魔の混ざりあった真っ白な輝きが桜花から放たれ――同時に、到着。
 切り捨て、焼き払い――ポーシュボスが弾け。
 どちゃ、
 と。
 崩れる。
 静かになったポーシュボスの上に、桜花はそっと舞い降りて、花弁を降らす。
「さあこれで、一度目」
 にっこりと笑い――桜花は開いた口で讃美歌を歌う。
 手を伸ばし、どろのような血にまみれるのも厭わず、今切り裂いた枢軸を抱き上げる。
「起きてください、ポーシュボス」
 くつ――のどの奥が震える。枯れていくポーシュボスのくすぐったさに身を震わせて。

 アレルイヤ、かみよ、いまこそあわれな、まよいごに
 しゅくふくのひかりを
 よみがえりのひを――…。

 桜花はただ、声をあげて笑いながら、讃美歌を歌い続けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

久礼・紫草
※NGなし、アドリブ歓迎、流血大好き

善のみの者も悪のみの者もそうそうおらんわい
お主は其れをわかっておるようじゃがのう

真っ向から寄生を受け入れる
さて儂で喰らう所はあるかいのう?まこと興味深い

…ほうほう
悩まず憂わず只管に人を肉塊に変えていた時代に逆戻りかい
此は軽妙にして清々しい
正義だ大義だ等のお題目に口を挟めば首が飛ぶ
敵と指さされた者を斬るのみ
今は目の前にお前さんしかおらん
つまりは何時もと変わらぬ

猟兵としての儂なりに
赴く世界に平和が戻り人が死なずに済むようと願っておるがのう
根っこは人斬りじゃ
其れが今は剥きだしになっておる

鬼気迫る勢いで捨て身の猛攻
かと思うと握った砂かけなど卑怯技も
効かずともただ嗤う



●斬穢合掌・剪定茈禍、斬々舞

 地を踏み――草履が下、砂(ジャ)、鳴らして足場を確かめる。

「ふむ」
 右手を刀の頭にかけたまま、顎髭を撫で久礼・紫草(死草・f02788)は其れを見つめる。

 此度が敵、アポカリプス・ヘルが大災厄。
 此の世界をかつてここまで滅ぼした――九つの柱、其の一本。
 ポーシュボス・フェノメノン。

「邪樹、邪龍……喩え様も無い」心底の感想を呟く。
 ポーシュボスが振り返る。
「猟兵となってから此方、随分と多くの魑魅魍魎を相手にしてきたが、また、なんともまあ…」
 一歩、また一歩、紫草は其れらに近づいていく。
 ぐるうり泳ぐ金のまなこ、金の虚、超重量を引きずるようにポーシュボスは紫草と向き直る。
「中々に――奇々怪々、面妖なものよ」紫草の足取りにはなんの意味も警戒もない。
「免、燿、メン、ヨウ――メメメメメッメメメメメ目、眼目々女奴眼――面妖!面妖、面妖、面妖燿燿ヨウヨウヨヨヨよよヨヨヨぉお尾悪緒オ!?」
 ポーシュボスがいくつかの触腕を叩き合わせ、拍手喝采を鳴らす。「そそそそそそそそい添い素意蘇祖蘇ソソソソソソソソォオオイツ、ハァアアアあ」
 縦横無人の口を開き、金の内を輝かせながら、ぎゃ、ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ。
 轟々、囂囂。
「オ、オオおお、ウォオ、俺、オ、れ、オレオレオレれれれれれ列列、オレがオレが、オレれれれれえぉおおおれのことぉおおおおお言ってるな、言いてるか、言いてるな言って言ってってってってっててててててるのか、じじじじ、ジジ、じ、じ、時時字耳字ィジジジジジ爺ぃイイイイイ!!?」
 げら、げ、偈羅、ゲラゲゲゲゲゲゲがゲゲゲゲゲッゲげららら、ゲラゲラ、ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
 ……ポーシュボスはどんな痴れ者、如何ないかれ者よりけたたましく、激しく笑い転げている。笑うたびに金の花が一輪、また一輪と溢れて、巨大なまなこ、或いは口が開き、閉じ、ゆがみ、千々それぞれに曲がっている。
「お主以外におるものか」紫草は軽く肩をすくめて答える。「其れとも」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お主らの内の誰か一人が呼ばれたかったか?」
 ぴた。
 ポーシュボスどもが笑いを引っ込める。

 ・・・・・・・・・・・・
「自分は面妖などではないと?」
 紫草はただ淡々と、世間話の様に言葉を投げながら、止まらない。あと10歩「酷いものよな」9歩「何人でひとつなのやら、数え様も無い」8歩「まあ一辺倒纏って居る方が儂としては斬りやすくもある」7歩「非常に大きいのも好い」6歩「そこまで斯様に大きゅうなら、瞼を閉じても斬れような」5歩。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「見ィイイイイイイ、エ、ヱ獲エエェエル乃か、ジジィィイィ」
 ポーシュボスの一つの口が、応える。
「おぉ」紫草は足を止める。
 ・・・・・
「見えるとも」

 正面中央、見据え。
 右手を、鍔にかける。
「畜生以下の外道ならば、世界は違えどもようよう――見慣れておるでな」 
 ゆがむ。
 口がゆがむ。
 ポーシュボスの口がゆがむ。呵々大笑の大口ではなく。
 うろとうろ、歯と歯を噛み合わせて、弓月。

 ・・・・・・・ ・・・
「テメェが言鵜カ、糞爺ィ」
 哄笑。

 はぜる。

 空気がはぜる、大地が激しく震え、拉げる。剛圧に崩れていたガソリンスタンドの屋根が吹き飛び彼方のオブリビオン・ストームに巻き込まれみるみるうちにねじれて粉々に砕ける。ポーシュボスが跳んだその地は豪力によって大きくへこみ其の罅割れが紫草の足元迄切り込む。
 ポーシュボスが其の全体重をかけ直線――紫草めがけ突進をかけた!
 浮き上がった岩を弾きながら、避けようの無い超重量が、迫る。
 紫草はただ、片眉を軽くあげただけだった。

 ・・・・・ ・・
「言うたとも、外道」
 ――抜刀。

 避けること能わぬ超重量?
 些かの、問題も無し。
「儂とて言うたのだから、見せてやらねばな」

 ・・・・
 瞼を閉じ、

「貴様ほど大きゅうあるならば、目を瞑ってでも」

 構え。

「斬れる」

 剣刃、一閃。
 豪雨。粘り気を持ったポーシュボスの黒い血が――降り頻る。
「とんだ雨だのう」黒雨が中、剣鬼は瞼を開いて嗤う。「臭ぅて敵わんわ」く、くく、くく、ク。喉奥で笑いを転がしてゆるくかぶりを振る。「笠を被ってくるべきであったか」
「見えたか?」
 ゆっくりと振り返る。
「正面からじゃ、見えんはずがないとは思うが」
 突進を迎え打たれる形で――いきなり縦に真っ二つに切られたポーシュボスが、そこでのたうっている。「オア、ア、ア、ァア、ア」金の虚を自らの血で満たし、口から目から黒を滴らせながら「みィイイイイエタ」それはゆっくりと起き上がる。「みィイイイイイイ良い違イイイイ穢タ、得た、ヱ、タ、タ、タ、タ――たた、タタタタ」
 ごば、と血を吹いて
「見えた見えた見ィイイイイ得たッ!エタッタッタッタッタッタッタ、多々タタタタタタタ!!!」
 ふたつに裂けた体、血でびたびたと大地と自身とをめちゃくちゃに汚しながら触腕どもを振り回して笑い続ける、ダダダ、ギャラララララララ、ららら!
「其は何より」紫草は軽く頷いて今度は左足を半歩、ポーシュボスの方へ踏み込んで、軸足を右へと変える。「今は縦であったからの、次は横じゃ――さあ」
 来い、と言いかけたところで。

「臭ェ汚ねェどうしようもネェエエエ手前ぇええええエエえェエ絵の顔が見えたぞォオオオオ、クゥウウウウソジジイいいイイイイィイイイイ!!!!」
 ・・・・・・・・・・
 紫草の眼帯が弾け飛ぶ。

「……なんと」左手で刀を握ったまま、紫草は右目元を触る。
 ・・・
 ぞろり。
 そこから――握り返してくるものがある。
 ・・・・・・
 ポーシュボス。
 
 ウヒ、ひひひ、ひひひヒヒヒヒヒヒヒヒひひひィイイイイいひひひひひひいヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!
 笑っている。
 おかしくてたまらないと団駄すら踏んで地面を叩いてポーシュボスが笑っている。
「一緒一緒腐礼外道!」ゲラゲラ「犬畜生!」ゲラゲラ「ジジイ、ジジジジジジイ、じじじじじ時事、ジジジ、イイ、良い、良いィイイイイ!!!!」ぎゃ、ははは「なァ爺ィ、何故来タどウゥシテキタなにしにきたァアアア!?」アハハハハ「救ィにきたか」アッハハハハハハハハハはは、あはは、はは「アポかリィプゥウウウウスへぇええエエエエルのためにキッキキキキ来たか!?」はははハハッは母は歯刃、ハハハ!

「ちげェよな?」
 一歩。
 ポーシュボスが大地を鳴らして紫草へ身を乗り出す。
「へへへ、ヘヘヘへ經屁舳ェエえええいわ、平和、平和のためェ?」
 二歩。
 ポーシュボスが身を震わせ新たな触腕をぶちぶちと生やし、其の全ての手を大地について、煌々
「テメエの為ぇええええエエエエ二」
 祝福のように――金(禁)の瞳を輝かせてのぞきんでくる。
        ・・
「来たんだよな、外道?」
 紫草は黙ったまま右眼窩から枝を伸ばしてくるポーシュボスに右手を掴まれたまま、それをただ見つめる。
 笑う。嗤っている。
 持ちうるあらゆる善を喰らわれた、成り果てのばけものが。

             ・・・
「楽しくやろォオオオ是ェ、ご同輩」

 ふ、は。
 紫草の口元が、ゆがむ。

「いや、はや」
 くっく。のどの奥の笑いを、老人は唇からこぼす。「なんともはや」
「御同輩、と来たか」
 笑いながら、右眼窩から溢れるポーシュボスを、握りつぶす。
 ポーシュボスは右目から眼球、神経の奥迄進行していたらしい。
「応とも、応とも――応ともよ、若輩」
 構うものか。続いて指を突っ込み激痛を無視して引きちぎり抜く。いまだポーシュボスになり切っていない部分から出血して――ばたた、先ほど浴びて滴っていた黒い血に、赤のいろどりを添える。
「よく言うた、邪悪」
 凄惨に、口を歪めて曰う。
「この久礼紫草、全き人斬り――外道にて畜生よ」
 全く全く其の通り。
 一体この身に善性あるとて、一体どこを喰われたのか。
 失った身では見当もつかないが。
 あの頃の晴れやかですらある感覚が、紫草の身を浸す。
 憂なく、悩みなく、只々己が技を研ぎ澄まし、己が業を重ねた、あの頃。
 正義だ大義だなどのお題目に口を挟めば首が飛ぶ。
 ゆえに、盲目。
 己と、己が剣技と――切るべき肉のみの、あの頃の、嗚呼。
 ・・
「して?」
 紫草は口を歪めたまま軽く腰を落とし、構える。
「愉しくやろうと言うのだ――いつまでぼさっと突っ立って居る」切先をポーシュボスどもに向け軽く揺らす。「刻(とき)が勿体なかろう?」

 ・・・・・・・・・・・・・
「さっさと仕掛けてくるが良い」

――げ、ら。
 笑う。ポーシュボスが笑う。「アァアアアアアア、良い、好い、善いイイィイイイイいい!!!!」爛漫、咲かせた四枚花弁の金花をきらめかせる。「ソォオオオだ、ダダダ、だアアアアアァアア!!!!」放つ、光線「やろうぜ、やろうぜヤロウヤロウやや屋やろおおおおおおおおおうううううううう是やろうぜやろうぜえええええエエエエ」錦糸細工の上等の薄布にも似た、掃射!
「おうおう、血気盛ん、何よりだ」
 かくて老剣士は剣鬼と還る。
 駆け出し一閃、光の海をたたっきりわずかに開いた隙間に滑り込んでさらに一閃切り込み切り裂き切り開き、光の海が閉じる前に――疾走!続き突き降ろされる触腕どもを駆け抜け、滑り込み、ときに開いた眼球に蹴りを入れる「剣士が刀だけと思うたら大間違いよ」嗤って引き抜き、交わしさらに前、横凪の一撃を腰から引き抜いた鞘で防ぎ「ほうれ良い邪魔の駄賃じゃ、咥えておけ」開いている口が閉じぬように支えに挟み込ませ「ではの」口奥へ刀を突き込み、鞘を引き抜けばそのまま平行へ切り裂き――引き抜かずに横凪の枝をそのままポーシュボスに向かって前進し続けながら切り裂き続け、二つに下ろし、続き男の足を目掛けて転がり込んできた一撃を「ほっ」軽く飛んで避け、足場とし、さらに跳躍――口や目の開いたふちを足場に、駆け上り。

 ポーシュボスの核、其の元迄、駆け――至る。
          ・・・・・
「ようく覚えておけ、外道見習い」

 黒い血を浴びながら、男は轟々、笑う。

「突撃とは、の――こうするのよ」

 一閃。
 剣鬼は宣言通り、縦でなく、横に。
 其を、いとも容易く斬り伏せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロク・ザイオン
おれは、すべてがよい人間にはなれないから
多分、少しはおれが残るよ
…大勢を連ねたいびつな病をまた見せられた、怒りとか
なら、多分大丈夫

お前たちは、おれの善行の方を数えてくれるのかい
喰われただけ、おれはいいやつってことになるのかな
(どうなるかは薄々識っている
己にとっての唾棄すべき邪悪は
命をゆがめ病を吐き出す
ととさまとあねごのまがいもの)
…らしくないとは、思ってるよ
でも、それでもこれは赦せない

(「禍園」
味方を護る炎の森は、灰で自らを肥やす煉獄に
向こうからぶつかって増えてくれるのなら
ああ、丁度いい餌じゃないか!)
もう、胎もあぎとも変わらない
生めよ、増やせよ、森に満ちよ
そして──おれに呑まれて糧となれ



●けもの奉献唱

 げ――え。
 耐え難い嘔吐感にロク・ザイオン(変遷の灯・f01377)は思わず膝をついた。
 立たなければ。おもうのに。言葉が、どうして。いつもより素直に出てこない。
 どうなるかは薄々知っていた。
 それでも自分が残ると思っていた。思っている。
 おれ――おれ、おれって、なんだろう、いや、お、れ、おれはまだ、残っている。

 むなもと。
 うご、ご、ご――と、胸元で、うごめく、ものがあって。
 いや、
 むなもと、だけでは、ない。

 むなもとから、めぐる、のびている。

 身体中に、至るまでに、何か、細いもの、が、じくじくと、おれを、さいなんでいる。

 まるで、そこに、たねがあって――ねを、はっているように。

 しんこうは、驚くほど、はやい。
 かわいたつちに、みず、を、まいた、みたいに。
 あるいは。
 
 はっていた、ね が、かれて、
 からっポに、ナッた、あな、に、なに、か、が。
 すべ、リ、こ、む、み、たいな。

――ヒヒ。ヒ。
 目の前で、声がする。
 ロクは顔をあげる。
 ポーシュボスが密やかに嗤って――手を出してこない。
「ナア」「奈ァ」「ねェ」「ねェ」「ね、ね、ねねねねんね念願根熱線銃寝音」

 無数の口で、囁いてくる。
 あらゆる口の前に、あらゆる指を立てて。

「アけて、見てみィロよ」
 誘われる。

 黒の大樹。うごめく金は春に森へ降り注ぐ夜明けの祝福色。
 無数の目、無数の口。さんざめくおと。おかお。

「かぁいい」「カワ、ワワワカワ、可愛」
「あィイあ、アィいいいらしい、け、けも、けも、けけけけ、けも、の、よォ」

――ゆるせないものがあった。ゆるせないものがあったのだ。
 それだけはゆるせないから、ぜん、せい、食らわれても、
 だいじょうぶ、だとおもったのだ。
 
「あけて、ゴらン?」

 したがってしまう。
 ロクはどうしてか、したがってしまう。

――それより、こいつを、やい、て、しま、わねば、奈、なら、ない。
  だき、すべき邪悪。とと様と、あねごのまがいもの。
  ゆるせないのだ。

 思考は、そう、ささやくのに。
 
 かちかちと、歯がなる。さけ、酒、さけってなんだろう、おもい、だせ、ないけど――さけ、を、のみ、すぎ、とき、みみ、みたいに、指がふる、ふるえて。えりがきゅうくつだから、ぼた、ン、を、きっちリ、しめてなく、て、よかった。どう、してか、ぼ、たボタン、のはず、し、かた、が、はっきり、わか、わ、わから、ない。
 
――まるで、だいじ、なけい、けン――日び、を、くわれて、しまった、みたいに。
 ボタンが外れる。
 ベストを軽く引きずり下ろす。

 嗚呼。
 見える。
 見てしまう。

 ポーシュボス。
 ポーシュボス・現象(フェノメノン)

 其は、善性を喰らい、育ち、寄生する邪悪。

――ここ、には

 胸元。
 本来なら、傷がある場所に。勲章とも呼ばれたはずのそこに。
 元来なら、刻印のあった場所に。遣いの証でもあった場所に。
 至来にて、えぐり還した、場所に。棄てて、お還ししたうろに。

 四花弁金の輝く花を抱く――黒い枝。
 小さく開いたまなこと、目があう。

 ・・・・・・  ・・・・・
 ポーシュボスが、咲いている。

 息が、とまって――腰が、落ちる。
 座りこんで、しまう。

――げ、は。

 ポーシュボスが、耐えきれなかったように呼気を、ならして。

――げ、は、はは、アハハハハはは、あははは、あはは、母は葉刃波hアァアアアアアアひひひヒヒィいいヒヒヒヒヒヒヒヒひひひィイイイイイイイイヒヒヒヒちち!ヒヒ日、は、ハハハハハ!!――

 ポーシュボスの呵々大笑がどんな鐘より恐ろしく、ロクを称える。

――ヒヒ、あはは、げ、ら、げらげら、げら、ゲラゲラげらぎゃ、た、タタタタ、ゲラゲラガラガラギャラ、ら、ラララララ、ララララ――

「よかったなァ」アハハハハ、ハハハ、は「良かッたたななたなたなんたなんたたんた七田なたなァ!!」ぎゃた、タタタ「すごいなあ凄ぃィイイイイいいなアアアアアア」げらげ、げれれれれれたたたったたたたた「おめでとおおめでとおおおめお、おめ、おめえええエデェエええええとおおおおおそおおおな嗚呼アアアアアア!!!!」ブワ、母、ハハハハ、母ヒィ比々ひ陽日ィ「すすすすすば、すば、バッバばばば、バンバ、すぅう虚雨右羽馬芭刄ァらァアアアしいなアアアアアァアア」
 両手を叩き、足りぬ手は自らすら叩いて、拍手爛漫、賞賛も轟々。
 囂囂――爆笑している。

「――おまエの傷は、善ダッて、ヨォ」

「おれを」

 声が震える。あんなに失い果てたはずの、言葉が喋れる。

「おれの、した、ことを」

 ふつふつと血がたぎる。刻印はかつてロクに力を与えていた。ポーシュボスの根が張る空洞。それはかつて、別のものがあり、力を注いでいた軸のあった場所。
 嗚呼、嗚呼。

「おまえは、善だと、言うのかい」

 おまえは、おれの善行を、おれがなしたことを、善だと言うのか。
 食われただけ、おれはいいやつだということなのだろうか。
 
 これを、おまえがよいと思う、にんげんに――……。
 
 いヒヒヒヒヒヒヒヒ比々、日、母、はは、は歯破歯!!!
 響くのはただただ、笑いだ。

「知ィイ位いらないぃ知らない知らない知らないしらら、ららら」げら、げら
「ララララ氏ィイイイイラナイ!」ゲラゲラ「知るわけなァい知るわけなあい識る志蕗るるるうるるるわけななっななななわかるわけなァアアアい」ゲラゲラゲラゲラげらげら
「ポーシュボスが善を知るわけがないないないないナイナイない内々」あはば、ばばば、バッバババババ「どこがどんな善なのかなんてなんてなんなんなんなんんわかるわけななないないナイナイナイナイあなぁい」

 心地良さそうに全身をくねらせる。楽しくてたまらないと嗤っている。

「たァダ、旨そうだと思う打毛さ」
 
 ポーシュボスがロクのあい向かいであらゆる手を地面につく。
 ゆるしをこう、にんげんがかつて、ロクにそうしたみたいに。
 でも。
 あるのは恐怖の顔ではなく
「ようこそようこそようようヨヨヨ〜〜〜〜〜〜〜よう、よ用ようこそ」
「おカ恵ェエえりィイィイイイイいい」

「怪ダ喪ノ」
 嗤い。

――お前は最後まで私を裏切ったんだ。

「おれは!!!!!!!」
 燃え上がる。
 ロク・ザイオンのすべてが燃え上がる。
 怒りで?悲しみで?憎しみで?
 わからない。
 わからないけれど――少なくともポーシュボスは芽吹かない。

「おれ、は、おれ、は、おれ、おれは、おれは、おれ、おれはッッッッッ!!!!」

 その先が、どうしても。
 出て、こない。

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!!!!!」

 炎となる。焔となる。みちる、みちる。みちる。
 感情をくべる、情動をくべる、魂をくべて、くべて、くべてくべてくべて、
 命の火種を、囂囂、と。
 火焔、火炎、禍々と――禍園となる。

――ィイイイイいいいいハハハハハハハ!!!!!
  
 ポーシュボスが突撃してくる。
 大地に着いたすべての触腕を支えにして。

――あは、ハハハハひゃ母はハハッはハハッハハハハ。
 
 真っ向真っ直ぐ、ロクそのままだったのならどんな果物よりも柔らかく弾け飛ばして跡形も残らないだろう超重量。

 それでも。

「来いッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!」
 吼える。
 もう炎となってどこで吠えているのかもわからない。

「おれは、おれ、おれ、おれは――」

 どこがそうなのかもわからない両の腕をめいいっぱいに広げる。

「――おれは、逃げないッッッッッ!!!!」

 はりさけて、やぶれ尽くしてしまいそうだ。


「焼き尽くして灼きつくして焼き尽くして焼き、尽くして、灰も残さない、ほど、ほど――ほど」
 吠える、吼える。みちる、みちる。
 みち、て。

「焼き尽くしてやるッッッッッッッッッッ!!!!!!」

 嗚呼。思う。

「おれに呑まれて――――――」

 ととさま。

 今のおれは、まるきり。
 ととさまの真逆でありながら、相似通った、かたちをしているのかもしれない。
 産めよ、増やせよ、森に満ちよ。
 胎もあぎとも、変わらない。

「糧となれッッッッッッッッッッ!!!!!」
 
 それでも、やめることはできなかった。

 轟々、囂囂、轟々――はぜている。
 ポーシュボス。黒の大樹。にんげんを混ぜて歪め、うねり寄せ集めた冒涜の樹を飲み込んで、炎が煌々と、燃えている。

 奇しくも、炎のありようは。

 聖書――本に語られる煉獄。
 天国を約束されながら、どうしても負った罪より昇れぬものたちが、其を浄められる。

 そういうほのおのその、に――よく、よく、似ていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱鷺透・小枝子
自分は兵士だ、本来、善も悪もどうでも良い、敵を倒す事だけが存在価値の、使い捨ての兵士だった筈だ。
過去に戻ろう……未来を考える事を止めよう。

悪心も善心も闘争心で塗り潰す。一切合切全ての情動を、敵を壊す事一つにする。これが邪悪であるかは分からない。少なくとも彼等の声はどうでもいい。
オーバーロード:亡国の主と自分の境目が曖昧になる。武器になる。一つになる。
破滅の道をひた走った亡国の残滓と、自覚なき戦塵の悪霊が一つになる。

壊す。そうだ、壊すのだ。目の前のそれを壊す。壊せ。
壊せ、壊せ、壊せ、壊せ!壊せ!!壊せ!!!

【破壊翼】が戦場全てのポーシュボスを包みこもうと歪み、広がり続け、羽根が、破壊衝動の塊が弾幕の様にポーシュボスへ放たれる。
霊物質に塗れた竜骨爪でポーシュボスへ殴り掛り、掻き裂き、潰して、崩壊させ、前進する。

念動力で霊物質纏う羽根を舞わせ、ポーシュボス達を切断。壊す。呪詛ブレス攻撃、霊物質の放射線を吐き散らす。
戦って戦って戦い続ける。終わって、また蘇る時まで。さして時間は掛らない。



●死に損ない狂駆デスマーチ
 
 おもえば、と。
 朱鷺透・小枝子(亡国の戦塵・f29924)はうすらゆがむなか想いを馳せる。

 おもえば、自分は、あの国の兵士だった。

 今でこそ自分は上司を得て、傭兵団に所属しているが――そもそも、もっともっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと
 
 もっと

 もっと、はやく、

 もっとはやく、もっとさきに、
 死ぬるべき兵士(パーツ)だったのだ、はずだ。

 どうすればよかったのだろう、どこまですればよかったのだろう、どこでまちがえていてどこがどういった正解だったのだろう何が正しくて間違っているかなんてひとくれの兵士であるじぶんには到底判断のつかないことだけれどこれだけは正解といえばはっきりきちっと明確に鮮明に分かりきっていてもちろん戦場に出て前線に出てさっさとこの身を燃やし尽くすべきだったのだはずなのだ。たくさん作られて片っ端から使い捨てで死んでいく低コストの人造人間(クローン・パーツ)それが朱鷺透小枝子だ。ペットボトルと同じ。プラスチック・スプーンと同じ。タンクの中のガソリンと同じ。生まれてから死ぬまできれいにベルトコンベアが決まっていて流れの通りに運ばれていって死ぬはずだったのだ。寄宿舎の懐かしい顔。登録ナンバーと名前。同胞。きょうだいたち。彼らとおんなじに。みんなみんな先に死んでしまった、勇敢にも優秀にも贅沢にも栄光にも当然にも実用的にも自分と違ってきちんと生産理由と使用目的をきっちり果たして使われて使われて使い尽くされて死んでしまったあのこたち、あのこたちとみちゆきを同じにするはずだった自分が、何度もどうにもどう考えたって実際のところ傭兵団の仲間たちがどう思うかはさておき――

――…朱鷺透・小枝子(じぶん)がここまでここでこうして生きていることは、おかしすぎる。

 もちろん、小枝子は今のじぶんに文句があるわけではない。恵まれている。とても恵まれている、恵まれすぎていると思う。騎兵団で騎兵・陸上戦闘員としての新たな所属も明らかで宿舎の時には考えても見なかったようなきれいな格好をたくさんしたり戦友がたくさんできて騎兵団のみんなでお正月の挨拶年越しそば水着にはしゃいで波打ち際で戯れるなんて初めてやってお菓子のもらえる初めてのハロウィンはすごく嬉しく面白くて格納庫でキャバリアを見比べてやれ誰のどの装備がいいだあいつらしいだとお茶だお菓子だを広げて談義なんかしてクロム・キャバリアだけでない幾多の戦争を経験して数多の世界も見て信じられないほどの青い海を見た教育によって歪んだ国も見てキャバリア型や戦車型オブリビオン・マシンだけではないさまざまな敵と対峙して思いもしないほどたくさんの敵を討って生き延びて生き延びて生き延びて生き延びて、

 いろんなことを知って――嗚呼。
 明日を願うものたちのために、戦う、歓びよ。

 生き延びて。

 そしてまた、戦場に――立っている。
 立ち続けられている。

 小枝子は何度目かの咳をする。呼吸がうまくできない。むせるたび口から溢れるのは金の花。そしてのたうつ黒くて短い――平たい蛇にも似た、触腕。こぼれたそれらが小枝子の胸元で転がって膝上で跳ねて動かなくなる。
 頭が、またぼんやりとしてくる。
 油断するとすぐ“こう”だ。
 どこかのたのたとまだるっこしく思いながら、口をぬぐう。戦場の、死んで腐っていた亡骸。ぼろぼろと溢れる蛆。……生きたままああなったら、こんな感じなのだろうか。

 ポーシュボス。
 ポーシュボス・現象。
 発症部位は、肺腑。
 それから、おそらく、心臓。「いったいどんな善性で、心臓などに寄生、するのやら」
 ……。 

 想像が。
 想像が、つかない、わけではない。

 自分は尽くすべき国のために死ねなかった。
 どころか、国より後にもこうして生きている。
 
 だから、彼女の善性が、もし形を持っていて、
 どこにあるのかと言われたら――きっと。

 この心臓を鳴らすことを求めさせてくれる、
 戦って生きようと思わせてくれる、
 
 呼吸(いき)する肺腑に。
 鳴動させ体を動かすこの心臓(むね)に――あると、思う。

 これは、ろまんちっく、というやつでありますでしょうか?

 思い描く仲間に問うて――嗚呼、その面影が、べた、べたと黒く汚れる。
 精神汚染。

 ………――。

「『標的――確認』」

 かこにかえろう。
 みらいを、かんがえることをやめよう。

 汚染の苦痛はいい。そんなものは慣れっこだ。こんなものは生やさしいぐらいだ。
 しかし考えた側から――こうして汚されてしまうのだ。

 それは、いやだ。

 小枝子はアンプルを一本、取り出す。
 キャバリアのある倉庫で見つけたものだ。暗いコックピット。ふたを外せばモニターのあかりにアンプルの針が冬の霜のようにうつくしく、ひかった。

 還ろう。あの頃へ。
 善も悪もどうでもいい、ただ敵を倒すことだけが存在価値だった、あの、頃へ。

 予備動作なしに首へ思い切り刺した。

 思いっきり差し込みすぎて首がぐらりと揺れて――闘争心を、加速させる。

 オーバーロード。

 ほどく。みずからの感覚を解く。朱鷺透小枝子という人造人間の皮を全て手放して――亡国の主へ接続する。

 深く、深く――やわらかく

 どこか、

 あまく。

 思考プロセスをメインコンピューターに接続、情動バイタル分解戦場分析思考用エネルギーへコンバート神経系は全て操作系統へと自分の足は小さいにんげんの形ではなく鋼をもち自分の手は斯様に柔らかくはなく人間を握り潰してしまえる鋼の手切り裂ける鋼、竜骨爪、眼球人工魔眼フルバースト・アイカメラと同機接続完了BS-B朧影//朧影、変形、恥骨より垂れ下がる二本の尾へ変換背面空中移動用バーストエンジン変換より最適化コード型式:変換、破壊翼――………。

 小枝子によるキャバリア:亡国の主への同一化と共に亡国の主もまた変形していく。
 邪龍を思わす機体はより禍々しく――美しさすら備えた形へ。白い機体は黒く染まり、白のラインがささやかに彩る。

 とける、とける――破滅の道をひた走った亡国の残滓、忘れ形見と、少女の中に確かに息づく自覚なき戦塵の悪霊が、ひとつと重なる。

――コック・ピット:生命燃料、接続完了。

 小枝子と、兵器と、ユミルの子――亡霊のすべてが、一つになる。

 亡国の主――そのAIが、亡国の戦塵が、重なり合って、囁く。
 
“命令はたった一つ(ジ・オーダ・イズ・オンリー・ワン)”

“壊せ。(オール・デストロイ)”

そうだ、壊せ。
目の前のそれを。
全てを。

「せ」
 小枝子の口から声が溢れる。しゃべろうと思っているわけではない。出てしまうのだ。

 彼女は今――

「壊せッッッッッッッッッッッ!」

 完全破壊壊滅兵器なのだから。

「壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ――こおおおおおおおおおわアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアアアア嗚呼ああああああせええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」
 
 叫びながらポーシュボスどもの群れに単身で突っ込む。
 いったいどれほどの人間を餌としたのだろう?キャバリアの倍、10メートルはあろう巨体どもに、しかしためらいも迷いも恐れも戸惑いもなく突撃していく。羽根が開き、ギチギチと音を立ててコードをちぎりながら再構成し限界よりさらに巨大に開いてまず一体を包み込む。
「壊せッ」
――崩壊霊物質、充填完了済。
「壊せッ!!!!!!!」
 コンソロールに叩きつけるように命令を実行する。
――承認;崩壊霊物質、飛行翼・およびその羽根全てに適応させます。
「壊せッッッッッッッ!!!!!」
 崩壊物質の影響を受けてポーシュボスが溶けるように崩れる、背面からさらにのしかかるような一体。
「壊せッッッッッッッッっっ!!」
 新たな命令を施行する。
――了解、飛行翼、羽根、射出します。
「壊せッッッッッッ!!!!!」
 叫んでいるのが、何なのか、そもそも自分が何であるのかすら――今の小枝子にはわからない。
――承認、装備;竜骨爪へ装填。

 殴り、潰し、引き裂き、崩壊させ、崩壊させ崩壊させ、崩壊させ、させ、させ、させ、し尽くす。

「壊せ壊せ壊れる壊れろ壊れろ壊れて壊れて壊れて壊れて壊れ尽きて尽きて尽きて尽きて尽きてつきろォオオオオおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオッッ!!!!!!」

 ポーシュボスの言葉は小枝子に全く聞こえない。
 兵器(キャバリア)に備え付けられているのは、他機体からの通信を受信する装置であってばけものの叫びを聞き届ける機能はないのだから。

 オブリビオン・ストームが吹き荒れる。
 何度でもポーシュボスどもが立ち上がる。

 何度だって羽根をぶちまける。
 何度だって翼をひきちぎるように伸ばして包み込む。
 ポーシュボスどもの黒くねばつく体液が何度もかかる。そんなものはどうでもいい。
 ポーシュボスどもの光線が、触腕が、何度も襲いかかるのを羽根で防ぎ返すように叩き潰す。
 前進する。前進する。前進して。
 破壊する。

 少女のいのちを、ほのおにしながら。

 ……やがて、沈黙がおとずれる。

――周囲一帯、あらゆる生体反応の沈黙を認証。
 
 やけつくほどの熱を放つ――否。
 事実、やけついている。……それが音声を認識して、完了承認ボタンを押すために手を動かすと――手の皮が煙を上げながらべろりと捲れたのだから。

 表示された、ボタンを力ない手をぶつけるようにして、それは何とか表示を押す。 

――任務完了を確認。お疲れ様でした。

 簡易なアナウンス――沈黙。
 コックピットの中で、それはようやく、息をする。
 じぶんがだれだかわからない。
 頭部をあげて、ブラックアウトした画面に映るかおに、そうか、じぶんはにんげんだったかと――思い出す。
 なまえ、名前――。
 小枝子は自身の名前を探す。
 ない、どこにもない。なんだっけ。かんりばんごう、えっと。
 かさ。足元で軽い音がする。何気なく、そちらを見る。

 飴の包み紙が、転がっていて。
 どこから?答えがすぐ出た。ああ、自分のポケットだ。もらった飴を口の中に転がした。倉庫でキャバリアの話を、みんなでしたことを、思い出す。

 小枝子。
 だれかがじぶんをよんでいる。
 そうだ、みんながよんでる、よんでくれる、あのこえを思い出す。

 無茶な操縦で体も心臓も焼けついている。うっすら漂う異臭は、自分の体が焦げ付いた匂いだ。
 すぐそこにある、死に――きょうだいたちを偲ぶ。
 自分だけが、彼らを覚えている。自分は彼らの墓標だ。
 では、その自分が、死んでしまったら。
 彼らは、どこにもいなくなる――無駄に、なるのだろうか。
 ――……。
 両手をつく。体を起こす。
 シートに、座り直して――起動。
 顔をあげる。

 さあ。

 帰らなくては。

大成功 🔵​🔵​🔵​

氷月・望
【DK】
アドリブ歓迎

ま、当然
『邪悪ナる者』一択しかねぇわな
なんせ、俺は悪党(ヴィラン)なモンで?
そこに居る、正義の味方サマはどうするつもりか知らねぇケド
両成敗だ?ハッ、出来るものならやってみろっての

オーバーロード、真の姿を解放
悪夢に心を蝕まれ、良心を削られて
亡霊に言われるがまま妹の為に、全てを殺し尽くしていた時の姿
ま、対象が妹じゃなくなっただけで
そんな変わった気はしねぇな

さァて、ヤるか
元は善人だろうが、知った事かよ
気持ち悪ィ肉塊を完膚無きまでに、UCで焼き尽くす
視界に映る羅刹(クロウ)には呆れた様に溜息を

あー、ダメだな
悪を舐めてんじゃねぇよ、ドヤ顔野郎
正気に戻るか、焼かれてくたばるか
賭け事に興じる様に、UCによる落雷を一発
クロウにも容赦無く叩き付ける

勘違いすんじゃねぇ
悪(ヴィラン)がそんなバーサーカーもどきと
同じ様に見られんのが、癪に障っただけだっつーの
いやーん、いつもより口が悪ーい、コワーイ(棒読み

鬼さんこちら、雷の鳴る方へ
お膳立てはしてやったんだ
とっとと倒して来いよ、正義の味方サマ


杜鬼・クロウ
【DK】

(俺が人の器を得たのは
世界を護る使命の為
根源を辿れば末永く現世の安寧を願った創造主の遺志を継ぐ為だった)

俺の善性に寄生?
面白ェ
喰らい尽くせるか試してみな(挑発
テメェ如きに俺が堕ちきるコトは、ねェよ

コンポタ野郎は歪みねェわな(鼻で嗤う
両成敗されてェのかよ

ポーシュボス化
体の一部が悪鬼(亡き故郷の敵が禍鬼な為。悪を反映させるとこの姿に
片角や尖り耳、長い爪
口が更に悪い
流れ込む吐き気と狂気に抗うも暴走気味

あ、ぐ…ドグソ野郎が!
俺の正道は邪魔させねェ(黒焔を剣に宿し斬り刻む
信条とは別に、強ェ奴と戦うのは…好きだが(あァ、思う儘に戦ってイイ?
ヒ、ハハハ!全部全部救っテ(ころして)ヤる!惨たらしく死ネや!(哄笑

弄ぶ様に敵の体に爪立て、敵の塊に噛み付く
慾が先行し普段の戦い方と違う
剣で引き裂くも義がない
望の雷に目が覚める

…いい薬になったわ(皮肉
俺でなければ…死んでたぞ(血吐く
感謝、してる
素直じゃねェな
お前も十分イカレてる癖によ

深呼吸し心頭滅却
唯、一振りでいい
UC使用

俺の刃(ひかり)が轟かない訳がねェ



●狂法禍悪・博打ロック

「ダァーーーーーーーーーーーーーーーーッハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
 爆笑にて大乱笑が響きわたる。
 ポーシュボス?
 否。
「バーーーーーーカバーーーーーーーカブァアアアアアアアアアアアアカ!!!ダッセェェエエエェエエエエ!!!!!!!」
 氷月・望(Villain Carminus・f16824)の一人大爆笑である。
 笑いすぎ目に涙すら浮かべて「サイッコーの面だぜそれで帰ったらどうよ!!?」思わず指さしてそいつを笑う。「意外と便利なんじゃねえの!?」ついでにいうと後ろのポーシュボスも楽しそうに爆笑している。
「うるッッッッッッッッッッせえよドグソアホ眼鏡!!!!」
 指さされた方――杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は脂汗を垂らし唾を飛ばしながら吠える。
「レンズ割れろ!!!!」「い〜や〜で〜すぅ〜〜〜〜〜」頭の後ろで手を組み望は二タニタと笑う。「嫌なら今すぐレンズ指紋だらけにしやがれ!!」クロウは吼えながら苦痛に曲がってしまった膝を立て直す。「し〜ま〜せ〜ん〜〜〜〜」「このハシャギメガネがよ!!!」真っ直ぐに背を伸ばす。「メガネに何の恨みがあんだよ」

「つーか」嘲笑の形をそのままに、望は軽く首を傾げる。

「マジでクソバカド阿呆はてめぇだぜ?」

 割れろだ指紋だらけになれだの散々言われた眼鏡のレンズが――クロウの姿をうっすらと反射させる。

 左頭、右顔、右肩、左腕は肘から前まで、喉仏から始まって胸元中央まで、右腹部、左腿、背中は右肩から斜めに左脇腹まで袈裟斬りのように。

 ポーシュボスが、咲いている。
 どこからがポーシュボスで、どこからがポーシュボスでないのか。
 もはや、見分けるのも難しい斑模様。

「ッから煩えッつってんだろうが爆発頭」
 クロウの口内をびっちりと覆うポーシュボスを無視し、強引に喋れば四弁の金花がぽろぽろとこぼれて咽せそうになる。「そのボサボサ髪櫛入れて出直してきやがれ」それでも。「ちゃんとセットしとるわクソが」「てめえもクソ以外の語彙仕入れて来いや」もがくように。「ァんだとクソ野郎」「ハイまたクソっつったなクソカウンター8回目」喘ぐように。「クソガキか」「きゅーかーいめー!!」喋り、会話し。
 自らを維持する。

「――戦わねえわけにはいかねェだろうがよ…ッ!」
 杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)がヤドリガミたるその身を得た理由は、実に単純明快だ。

 世界を護る使命が為。

 根源は――創造主の、嗚呼、切実かつ純粋。身を投げるような。尽くし尽くされた祈りだ。
 どうか。
 末永い、現世の安寧を。
 どうか、どうか。

 ゆえに、“こう”もなるは、必然。

「身の程知れよ、正義の味方サマ」
 望は軽く鼻を鳴らすだけだ。「ど〜〜〜〜〜〜ぉ見たって相性最悪」両手を広げてせせら笑うだけだ。「無茶無謀の自殺だ。そんなザマでどうすンだよ?」
 望は、クロウとは違う。
 亡霊に身を預け妹のためというささやきのままに、殺し尽くしていた悪党(ヴィラン)だ。
「もちろん、両成敗してやんだよコンポタ野郎…ッ!」
 ハッ。望は笑いとばす。「できるもんならやってみろよ」
「同じプルプル震えんでもここでゼェゼェ言って動けねえよか――今すぐあの涙目にーちゃんに呼び戻してもらってグリモア・ベースで一緒にプルプル震えてる方がよっぽどタメになると思うぜ」
 あんなお綺麗なヤドリガミとは、違う。
「なあ!」
 クロウに向きあったまま――跳ぶ。

「てめぇもそう思うだろ――ポーシュボス!」

 どん!
 望がいた場所を巨腕が叩く。

 背面飛び。天地真逆にポーシュボスと向かい合う。
 万の瞳がぞろ、と追うのに投げキッスひとつ、ぎゃば、とポーシュボスどもの口が開いて哄笑に歪み――瞳が、ぞろ、輝く。
 触腕が殺到する。
 右から頭めがけ刺殺の一撃を軽く身を捻って逸らし両手をついて蜻蛉返りの要領で側転叩き潰そうと降ってくるのを反った背を叩きうちに来たのをちょうど天に向いた両足で引っ掴んで上半身を起こし回転をかけ天地入れ替え、ロデオがごとく滑り乗って「ヒュー」すかさず抜いた漆黒の銃、シグザウエルP226カスタム・Dusk、で周囲の眼を軽く三つほどうち潰したあたりで触腕が望を振り払おうと無茶苦茶な揺さぶりをかけてきたのですかさずその反動を利用して跳躍――宙

「そのグチャグチャなお体じゃ無理だろ、ヤ・ド・リ・ガ・ミ・サ・マ?」
 体を捻りがてら、望を見上げているクロウへウィンクする。
「まあ見てろよ」
 オーバーロード。
 嗚呼――どこか厭わしくもひたと身に馴染む、邪悪。
 開いた右手をおもちゃのような、銃の形にして。
 クロウを見たまま、指先は、天に向け。
「悪のなんたるかを、よ」

――BUNG!
 唇だけで唱える。

 ユーベルコード、発動。
 悪辣なる、紅。
 ふり降りる。降り注ぐ。紅い雷が豪雨のように、容赦なく。
 巨体であれば追尾の必要もない。
 眼球も触腕も騒音に寄せられずたずたと近づいてくるものも。
 元は善人?知ったことではない。
 あるのは全く不快な肉塊にして、肉海どもだ。
 ぶちかませば、ぶちかました分だけ――焼き尽くす。

「調子付き、やがってあの眼鏡、舐めんなよ」
 赤い光の雨、巻き起こす粉塵を受けながらクロウは鼻で笑う。「俺の善性が喰らい尽くされるなんてありえねェんだよ」一歩、踏み出して顔や頭部で蠢くポーシュボスを引きちぎる。ポーシュボス独特の黒い血とクロウの赤い血が混ざり奇妙などろのような模様が衣類にこぼれる。
「ポーシュボス如きに――俺が堕ちることは、ねェんだよ」
 喋りながら一歩、また一歩、歩く、歩く、歩ける。肩のポーシュボスもちぎる。血がしぶく。胸のポーシュボスもえぐる。激痛。意識がはっきリスる。
 はっきりはっきりはっきりし、獅子志史指シシて、かんがえることができる。
「楽しそうにピカピカペカペカ光りやがってよォ――早めのクリスマスかよ」
 安寧を。
 いのりのこえがする。
「俺の正道は、邪魔、サせねェ」
 握り込む剣に黒焔を宿して。
 安寧を。祈りの声がする。はっきりと言ったわけじゃない。クロウが作られる際の、切実な、純真な、魂を尽くすような。忘れられない。現世の安寧を。安寧を。忘れようもない。安寧。どうすればそれが果たせるだろうか。安寧を安寧を安寧を安らかなる現世安らかなる現世害するものを駆逐すれば安らかなる現世きっと平和になると思ったのだ安寧なる現世安寧なる現世あんねい、ね、ね、ねねねねねねねねねねねねね――。

 そうだ。
 全部殺して(救って)やれば、
 あんねい、だ。

「両成敗してやらァコンポタ野郎ッッッ!!!!!」

 嗚呼、吐き気がする。
 
 今やクロウ相貌は、悪鬼そのもの。
 悪ぶっているようでどこか純真な男はそこにない。
 ポーシュボスを抉った頭に生えるの黒ぐろと角。
 吹き出した血でびたびたと汚れる耳は尖り、左手はもはや指というよりけものの爪を従えている。
 ……ヤドリガミ。
 其の種族の性質は、妖怪や精霊に近い。
 時間を経た器物に魂が宿り、肉体を得たもの――決して善であるから生まれるものではない。
 むしろ、ある角度から見れば、ヤドリガミとは、モノだ。
 ゆえに、作り手、使い手はもちろん。
 環境の影響を受け――染まりやすくも、ある。

 善霊が悪霊になった例など、
 ごまんと、あるのだ。
 
「日ィイイイイイイイイヒッヒッヒ日ヒッヒヒイッヒヒハハハハハハハは!!!!」
 ポーシュボスが笑う。焼かれながらでも笑う。「見ろよみろよみろみろみみ耳医耳みみミミィイイイイたかァアアアああれェエエエエエええ!!!!」面白おかしくてたまらないと自身すらばんばんと叩いて、腕を振り回して。「あー?」望はポーシュボスの眼の一つに新たな電撃を叩き込みながら返事をする。「あっちアッチアッチあっチチチチチチあッチィチチチチ!!!!」「燃えてるんだろうか〜ってか?」殴りかかってくる腕を転がり避けてついでに蹴り飛ばす。「まあ燃えてんぜ、お前」開いて笑う口にもおまけで叩き込み焼き尽くす。「ついでにいうとこれから燃え尽きる」「ううウウ歌ァじゃないないないない方向ダなァアアア!!!!」いくつかのうちの一つとは言え口内を焼かれながら叫ぶのはなかなかのものだ。とりあえず煙が臭い。望はまゆを顰めながら鼻を擦る。
「あっち?」
 見えるのは。
 嗚呼。
「いやマジで最高にひでぇな」
「ダナァだなぁだなだなだなだなだあアアアアアアなアアアアアア」

 踊り狂い笑い狂う、羅刹が如き、業。

 ちぎり、やぶり、くらいつく。
 きばをめりこませくいちぎってひきさいて。もいだうでをなげすてて、きずぐちからさらにたて。とびついてねじりきって、ちぎれたのをくちやらつぶしためのなかにたたきこんで。あんねいを。

 殺し                殺して殺して殺して殺して殺して
「救ってやる!」わらう。あんねいを。「救って救って救って救って救ってやるからなァ」あんねいを。げんせの。ながい「ゲロ以下の救いようもないゴミクズどもでもよォ!」すえ、ながい。
 それがしんじょう。ゆらがず、かわらズ、抂ゲ手はならなイモの。
 あんねいを。これがすくい。すくい。すくい。
 あァ。
 おもうままにたたかっていいのは、
 たのしいな。

「すげーな」望は嘆息する。
「即落ち2コマだってああはならねえわ」呆れ尽くした溜息。「ちゃっちゃと帰れっつったのによ」眼球の一つを抉りながらぼやく。「どー思うよポーシュボス」返事はない。「あ、そーだ焼いちまってたんだ」焼き尽くされ乾いた枝がちぎれて落ちる。焼かれて乾いた傷口の上に座って足を組み、クロウを見る。「あー」
 ・・・・ ・・・
「ダメだな、あれは」
 冷静に判断する。
 どう足掻いても自力では戻って来れそうにない。
「悪を舐めてんじゃねえよ、ドヤ顔野郎」
 クロウが成り果てることに恐怖はない。痛みもない。
 どうとも、思わない。
 自分はするべき忠告もした。
 ………。
 が。
 望は軽く左手を揺らす。子供がするお遊びの銃の形。この場では何よりの脅威。
「正気に戻るか、焼かれてくたばるか」
 ポーシュボスの叩きつけを立ち上がって軽く避けながら、構える。
 バーでどちらが奢るか賭ける、いつものように。

「テメェ次第だ、クロウ」

 放つ。

 威力の容赦?
 しないどころか最大限だ。

「あ、ガッ!」
 クロウは地面をたたく。「ぐえ、げ、が、は…は、がァッ」吐き出す血反吐は焼け焦げて黒い。ひどい匂いがする。ポーシュボスの血なのか自分の血なのかわからない。
 地面に両膝と両肘をついたまま、顔を上げる。
「の、ぞむ…ッ!」
 クロウはそいつの名前を呼ぶ。いまだ次のポーシュボスと踊りながら、平然とした顔の乾いたピースサインが返ってくる「いえーい、お目覚めか」声も乾いている。
「あァ…最悪の、目覚ましだ」クロウは剣を支えに立ち上がる。「いい薬に、なったわ」
 体についていたポーシュボスどもが焼け焦げてパラパラと落ちていく。「俺じゃなかったら、死んでたけど、なァ…ッ」また血がこぼれる。
 それでも動ける。立てる。剣を握る。剣を握れる。

「感謝してる」
 戦える。

「勘違いすんじゃねーぞ」
 跳躍。軽い靴音でクロウの隣へ戻った望はついでにクロウの脛へ軽く蹴りをいれる「ぃッでェ!」悲鳴?無視だ。
「悪(ヴィラン)がバーサーカもどきと敵にとはいえ」もう一発。「ッヅ」
「一緒に見られるのが癪に触っただけだっつーの」
 クロウは隣を見る。
 望はただまえを、ポーシュボスだけを見ている。
「素直じゃねえな」その横顔にぼやく。「お前も十分イカれてる癖によ」
 望の肘鉄がクロウの脇腹に綺麗に入った。ポーシュボスの侵食を受け今し方の雷で焼け爛れ溶けかけた部分だった「ッッッッッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」クロウは思わず傷の痛みに声なき絶叫をしてから「ン何しやがるこのドグサレくそオシャレメガネレンズ割れろ!!!!」
「いやーん、いつもより口が悪ーい。メガネに恨み深すぎ〜」望は口元に左手を当てて棒読みで返す。「コワーイ」
 右手は、銃の形。
 ポーシュボスに向けて放つ――雷。

「おら、鬼さんあちら、雷(らい)鳴る方へ」
 童謡を口ずさみ、示す。「行けよ」
「ヴィランのお膳立てなんて――そうそうないぜ、正義の味方さま?」
 ――。
「おおよ」
 犬歯剥き出し、クロウは笑う。
 剣を構え――心頭滅却。
 ただ、一閃。
 雷しいたみちゆきを、光刃が駆け抜ける!

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
未来は誰にも分からない
あらゆる可能性が存在するものだ…『今の俺』もその一つ
どこかの未来で『悪魔』と呼ばれて、人の世で忌避された存在
勝利だけを遂行するための、揺るぎのないシステム
結果が勝利であれば、過程に何があっても問題にならない
他人の犠牲も、自身の犠牲も厭わない
勝利したとしても何も感じず、何も残らない
誰にとっての善でも、悪でも無い
故に──邪悪ナる者、なんて呼ばれるのかもしれないな

さて、条件を満たしたようだ
ここからは寄生虫の駆除をしよう──『Obsession』
勝利への執着…まぁ、今の俺は何故執着していたのかも思い出せなくなっているが
いくらでも増えるがいい 癒すがいい 動くがいい
俺はこの執着で、お前らを絶やそう

ナイフで切り裂き、拳で砕き、右腕の仕込みクロスボウで穿ち、左腕のショットガンで吹き飛ばす
よりダメージが通る部分を【見切り】、より効率的な殲滅を目指す
回復で動かないようにしっかり殺さないとな
時間はかかっていい 絶滅させるまで終わるつもりは無い
勝利するまで止まらないのが 悪魔というものだ



●冬至・ラメンタビレ・ノクターン

 オーバーロード、という現象が発見された。
 最初にそれを口にしたのはかつてアポカリプス・ヘルをここまで滅ぼしせしめたフィールド・オブ・ナインの一柱、プレジデントだ。
 其は猟兵の限界を即座に超えさせ――真の姿すら引き出すことを可能にする、能力だ。
 どうして猟兵たちがそんな能力に覚醒することになったのか?
 幾度となくひっきりなしに訪れる世界の危機のせいか。
 厄介さを増していく過去(オブリビオン)どもに抗う現在の悲鳴か。
 猟書家という過去だというだけではは済まない異世界を匂わす存在どものせいか。
 滅びと敵と押し寄せる過去の海に抗う猟兵どもの意思の結晶か。
 可能性は幾多あれど――所詮は可能性だ。
 原因は、わからない。
 そして。
 このような乱暴かつ強力な能力を使用することによる反動、副作用もまた、どこにも見られていない。
 ・・・・・
 今のところは。
 ――ゆえに猟兵たちは、必要あれば時に躊躇いなくその力を発揮している。
        ・・
 目的はただ――最善。
 勝利がために。 

――まあ。

 と、ヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)は思う。
 オブリビオン・ストームの中、ゆっくりとそいつらに向かってただ、ただ、歩いていきながら。
 彼の先には、そいつらが蠢いている。
 ポーシュボス。善性を食らわれ歪み切った邪悪どもが蠢いている。
 風に外套が、かすか、はためく。
 網膜置換のサイバー・ディスプレイがヴィクティムへ敵の数・サイズ・状態を正確に報告する。3桁を優に超える数。5mはあるキャバリアにも並ぶ巨躯。内耳に埋め込まれた強化聴覚があれらの笑い声をとらえて分析し、ディスプレイに一体何人の人間だったのかを添える。

――副作用だろうが反動だろうが、体の半分が吹き飛ぶとか、そういう副作用があっても、死にかける程度で済んで、まあ死なないんなら。

 欲しいのは。
 ただ。

――勝てるんだったら、俺は、使うがね。

 ・・・ ・・
 完全な、勝利だ。
 
 拡張電脳からプログラムを呼び出す。
 視界に其れが現れる。

 オーバーロード。
 猟兵、ヴィクティム・ウィンターミュート。
 使用しますか? 

――今みたいに。

 Yes。
 
 かくて、今ここにあるヴィクティム・ウィンターミュートはリセットされる。

 今のヴィクティム・ウィーンターミュートでは、自らではあれに完全には勝てない。冬寂の被害者(ヴィクティム・ウィンターミュート)?とんだ名前だ。本当にどうしようもない。いや、否定するわけではない。この身には抱えた物が多すぎる。抱いた思いが多すぎる。大事な人が多すぎて、思い浮かぶ友がありすぎる。面白可笑しくやらかしたバカが多すぎる。楽しい記憶が多すぎる。大事な記憶が多すぎて。愛しい記憶が多すぎる。ほっとけないやつがいて、振り払えない奴がいて、駆けつけてしまう相手がいて――受け入れてもらうことに、受け入れてくれることに、喜びが、ないわけじゃないのに、嗚呼、自分のどうしようもなさに、どうしてやっていいのかわからないどうしてやるべきかもはっきりとしなくて、いや、あるにはあるのに、それを、戸惑い続けて、情けないことに選べないぐらいにはどうしようもない。

 だから手放す。リセットする。
 どこにいく?
 この悪辣の申し子の悪魔に――完全に勝利するには。
 過去に戻る?過去はダメだ。過去に戻ったってダメだ。
 あそこにだって大事なものがある。墓を作ってやるぐらいには思い出が多すぎる。

――過去に可能性がねえなら、未来(さき)だ。

 未来は誰にもわからない――ゆえに、そこにはあらゆる可能性が存在する。
 あげられた選択肢から、迷いなく――その男(俺)を、彼(俺)は選ぶ。

 前に進む。前に進む。自身を崩し再構成する間にも彼のあゆみは止まらない。

 射程範囲まで、あと5m。

 欲しいのは勝利だ。完全な勝利だ。
 完全な勝利の前に――時間は一分どころかカンマ一秒まで、惜しい。

 ……リセットされたヴィクティムが、選択に合わせて再構成される。

 4m。
 
 やや自信家で、時々尊大で、気安くて気楽で面白そうだと思えば気軽に飛び込んで時々ちょっとサディスティックで冷静なくせに熱く、俊かつ敏腕ハッカーとして活躍するくせにどこか間抜けた、粋な、多くの仲間に愛されるランナーは――そこにない。
 
 3m。
  
――いや、その彼(俺)はきっと、ヴィクティムなんて名前では呼ばれないのだろう。

 2m。

 ポーシュボスが接近する人間に気づく。
 万の瞳を見開いて、あるいは細めて――万の口を開いて、閉じて。
 同様に、歪めて。

 1m。

 壮年の男が一人、立っている。

――そいつ(俺)はどこかの未来どこかの人の世で忌避されるような男(俺)なんだから、絶対にヴィクティム(被害者)なんかじゃないだろう。
 
 かったるそうな瞳は無論両郷ともサイバー・に、めんどくさそうにかしげた首。
 長い髪がオブリビオン・ストームの風に揺れる。タンクトップから見える肌には数え切れぬ裂傷がある。両手は鋼の義腕。腰から下げたベルトには、ナイフが一本とシンプルなハンドガンが一丁。
 男(俺)カーキの長い外套(コート)を左手に引っ掛けて――淡々、歩く。

――そいつは間違いなくこう呼ばれるはずだ。

 彼(俺)はコートを持たない手の動作確認をする。握って開けば、紫雷がはぜる。
 軽く肩を回し、止まる。

 0。

――『悪魔』。

「ィイイイイ違イイヨォオオオオオオォオオオ」
 ポーシュボスが笑っている。笑っている。
 にまにまと、にやにやと、にたにたと、笑っている。
 一体誰を笑っているのだろうと彼(俺)は思う。
 ここまでする俺(あいつ/ヴィクティム)だろうか。わからない。
 まあ――
「ぃィイイイイ、ぃい、ぃ、イィイイイイ面だなァァアアア」
 うっとりするように嘆息する。
 男(俺)はポーシュボスに目を細める。
「そうか」 
 
 ――どうでもいい。 

 欲しいのは、勝利だけなのだから。
 コートを、ポーシュボスへ投げつける。たった一瞬だけ、悪魔の上半身はポーシュボスから見えなくなり。

 発射。

 悪魔はノー・モーションで右腕の仕込みクロス・ボウを発射する。狙いは違わずポーシュボスの目を貫いて深いところへ刺さる。ワイヤー付き。巻く。回収するのではない、これで自分を即座にあのばけものへと接敵する。目の中に飛び込んでクロスボウのロープを切除がてらナイフを左手に握り眼球からそのまま出ずに切り裂きながら――前進!「ぃィイイイイ嗚呼アアアアアア嗚呼」だばだばとねばつく血を浴びる。髪の方がやや問題だ長く巨体相手だから下手をすると引っかかるナイフで切りがてら左手のショットガンを何発も打ち込むゼロ距離体内射撃は流石に痛いと見えてポーシュボスが暴れるついでに言うなら連続発射に加熱した腕も押し付けて焼いてしまう。「あひ、ヒヒヒ、ヒィ、火、ヒヒヒ、ひっひひヒヒヒヒヒ比!!!」多重音声。強化聴覚から悲鳴だけをミュート。だたしアウトはしない。何が情報になるかわからない。今先ほどの強化視覚によるスキャンでは枢軸がどこかまでは見抜けなかった。次回の改造に魔力系計器を追加することを思考にスタックに軽く追記しておく――ポーシュボスが大きく体を前後させたせいで悪魔は強制的に体内から放り込出される右手のナイフを振りかぶって開いた口、歯の隙間を狙って体重と振り下ろされた反動ごと差し込んでそのまま横の口をT字になるかのように引き裂きながら降下、左側から突っ込んできた触腕を右手はナイフを握ったまま左手を握り込んで正面から拳を叩き込んでそのまま手の甲からグレネードを発射。破裂した上に裂けた触腕の上の方に右手をかけて、昇る。
「ヒヒヒヒ、伊ヒヒヒヒいh、へ、は、はへへハハハハハハハはひゃ、ヒャハヤハハハ!!」
 笑っている。ポーシュボスが笑っている。目をつぶされそこから裂かれ口も裂かれ触腕を破裂させられたと言うのに「スゲエエエエエなアアアアアアスゲエエエエエえなアアアアアア」面白そうに笑っている。楽しそうに笑っている。
 悪魔は息ひとつ上がっていない平常の呼吸のまま、かったるげに眇めた瞳も、あのめんどくさそうな仕草で小首を傾げて、ポーシュボスに返事もしない。返事もせずに、ポーシュボスが攻撃をしてこないので――強化視覚で貫くべき枢核の位置を分析している。
「たの、た、タタタタタタタ楽しいかァアアアああ????」
 ポーシュボスが問うてくる。
「別に」男の声には情らしい情がない。プログラムの音声だってもっとましだろう、無味無臭の音。
「面白ォオオオオオモ、おも、オモシロオオオオオイイカアアアアアア?」「特に」

「何しにきたナニナニナニニ何ナニニニニニニしにきたナニしにきたのかあ!?」
 悪魔はその問いにだけ、すがめた瞳はほんの少し、細める。

「寄生虫の、駆除だ」
 ……今、ここにいる悪魔には、何もない。
 とある組織に所属して、ただ淡々と――勝利を遂行するだけのシステムが人の形をしたものだ。
 他人も自身もどんな犠牲も厭わない、機構。
 敵を見てもなんとも思わない。敵に与えた負傷を見ても何も感じない。
 ただ、分析して、分析して、分析して――計算する。
「クジョッ!」ポーシュボスが笑いを上げる。
 より早く、より確実な処理を。
「クジョッ!クジョックジョ駆除区クククゥウウウウジョオオオ」
「そうだ」悪魔は頷く。その髪からねばつくポーシュボスの血が滴る。
 したたる血に先程のナイフで裂いたときのことを思い出す。今回の処理対象は巨体だ。
「本当に駆除か本本ほほほほほほほほほほおほほォオオオんとに駆除かァアア!?」
 ポーシュボスがいくつかの瞼、或いは口、或いは空いたうろを閉じる。
「正確にいえば」
 悪魔はポケットからへアゴムを取り出してその長髪を軽く結える。これでマシになるだろう。引っかかったのなら切りやすい。続いて投げてからようやく降りてきたコートを掴む。引っ掛けるように、持つ。

 ・・・・・・・・・
「完全に、勝ちにきた」

 サーチ、完了。
 このポーシュボスの、核の位置――計算終了。

 ぶ、は。
 ポーシュボスが笑うのと。
 男が再度、前進して跳ぶのは、同時だった。
「勝利勝利処理書署処杵杵ショォオオオオオオオオオオオリィイイイイいいいい!!!!!!」
 ポーシュボスが笑っている。
 笑いながら「勝利勝利勝利ィイイイイ!!」あらゆる口と穴とうろからオブリビオン・ストームを吐き出す「勝ッテどオォオする!?」悪魔は右手と左手でコートを自身の前にはる。文字通りの盾(コート)吐き出された細かい戦塵のオブリビオンどもを弾きながら前進する。
「勝ッテて手手テなァアアアああアアアアアアンンになあぁああアルあるあるあるあるあるあるあるううううう!!!」
「知るか」
 悪魔にあるのは――ただObsession。
 純粋であり煌々とありながら、暗澹と、渦巻く――勝利への渇望。
 なぜかどうしてかなどわからない。
 ハウだけは計算して、ホワイなど抱かない。そんな感覚はとうに失われている。
 悪魔(俺)はただ、それに沿って遂行し、こいつらを絶やし尽くすだけだった。
 ポーシュボスが今の嵐であちこちの枝や眼球の息を吹き返す。
 別にいい。
 枢核はそこにあり――悪魔は再びコートを手放して、そのポーシュボスの一番大きく開いたうろへと飛び込む。しくじれば自らが捻り潰されるそこへ。別にいい。勝てるのなら別にいい。体が半分吹きとぼうが、死にかけようが。

 ・・・・・・
 勝てればいい。
 悪魔はナイフを突き込む。
 貫く。
 黒い血が、いっぱいに溢れて――視界を埋め尽くす。
 そのなかで次のポーシュボスをどう仕留めるかだけを、悪魔は計算する。
 時間はかかっていい。絶滅させるまで止まるつもりはない。
 それが、悪魔だ。
 
 勝利の意味。
 その渇望。
 その、ほんうに求めるところ。

 それは――なにもない悪魔(俺)ではなく。
 なにもかもを抱えた、あいつ(俺/ヴィクティム)の知るところだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱酉・逢真
心情)"己という現象はひとつの照明である"とかたった人の子が居たが、それは正しい。いのちはなべて等しく光だからだ。ポーシュボスとやらに寄生されてもそれは変わらない…俺が赦し受け入れ、呑み込む光だ。俺は暗がり。神に堕とされたもの。なればこのすべて、要らぬものだろう。宿(*カラダ)も服も、技能権能・眷属さえも捨ててしまおう。いまは要らない。わたしは暗がり。不在がため存在する現象。あなたが負と呼ばうモノ。あなたが無と定むモノ。善悪はなく、救済もない。音も狂気もここにはない。わたしは終わり。いのちを追い、果てに届くもの。吾は陰。現象に幕を下ろそう。光を仕舞い、踊りは終い。
行動)(善悪両方をゼロとして、暗がりという現象としてポーシュボス現象を侵食。内部のタマシイを奪い彼岸へ溶かす)



●舟歌・轟々頼落、開く夜、業

 たとえば。

 たとえばここに――全身の皮を剥かれて丸裸の、兎が、いたとして。

――“己という現象は、ひとつの照明である”とかたつたひとの仔がいた。

 どくどくとあかい血で白い浜を染めて。
 激痛に悶えみじろぎするたびに、剥き出しの神経と筋肉が引き攣り、引っ張り合い、なおもいたんで、うごきようもなく。
 まわりに誰も居らず、たすける手はなく、唯々只々、その場に横たわって――死ぬまで苦しみつづける、いっぴきのうさぎが、いるとして。

――青い光を放ち続ける有機。幽霊の複合体。森羅万象のもつ魂。
 傷つきやすく、真摯なあの仔はそう語った。それは正しい、と其は思う。

 そんなうさぎがいたら――ひのひかりを、どうかんじるだろうか。
 例えば春の陽差し。長い冬の終わりを寿ぐ花々を目覚めさせる暖かな抱擁のひかり。
 例えば夏の陽差し。いきものどもが生き生きはつらつ意気揚々と動くことを肯定するひかり。
 例えば秋の陽差し。夏にたっぷりと動いたものどもの熱をさましそのおこないの実りをふくふくと撫ぜて包む光。
 例えば冬の陽射し。秋の蓄えを抱えながら命を篩にかけて眠らせんとする雪の間、耐え忍ぶものを束の間温める、ひかり。

――あの仔はこうかたった。
  “ことなくひとのかたちのもの。ほんたうにおれのすがたがみえるのか”
  ……みえるとも、みえるとも。
  春のひかりと風景を語り語り、語り尽くす言葉が足りず、修羅を自らを語った仔。


 きっと。
 きっと、どのひかりも。
 はりのむしろのようであろう。
 はりのむしろならまだよい。
 善意で塩を薬と塗られるような痛みだ。

――見えるとも、みえるとも。
 いのちはすべて、ひかりだから。
 明々朗々あれば燦々として煌々、まばゆくまばゆく――このわたしのまなこに刺さるのだから。
 
 あらゆるいのちへの肯定(ひかり)は――いのちをいきようとするものにいわいを与えこそすれ。
 しにゆくものを、しのかたわらにあるものを、いたみなき、おわり、ねむりをもとめるものには。

 ――生きよ、などとは。

 たいそうつらい、ことであろう。

 其は想い馳せながら、底へ降り立つ。
 囂囂磊落、悪と業、尽くされたものたちの中央へ。
 其の名前をあえて語るならば――朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)と語るべきだろう。

 ……あえて語るのならば、だ。

――何をしたか、かわのむかれた 哀れなうさぎ。

 ポーシュボスどもは数多の眼でまたいて。幾多の口をかちかち鳴らす。
 うろの中から、ごう、と息をふき。
 明らかな異常に原因を探す。
 ……うっすらと、あたりが暗くなり始めているのだ。
 元々ポーシュボスの引き連れたオブリビオン・ストームのせいで曇天だ。
 しかし、其の暗さはまるで――太陽のかげるようだった。

――業を追って、燦々煌々輝けず、弱って陰ったちいさないのち(ひかり)。

「――ドォオオ個ダァアアァアア?」
 ……口の一つがこぼす。
「何処駄」「ド此だァ?」「退こ」一つの口がつぶやけば、すずなり。他も次々唱えだす。「居ルノか」「居る、要るいるイルルルル居るどこここかにいる、要る、入るいる」続いて目が探し出し「何処にイルカ」「ナンナンナァアンニモ意、以内、居ないカ?」
 続いて腕が、ぶわりぶわりと宙を撫でる。

――ひかりを厭い、さなかにいきれぬ おまえには。

「煎る居る鋳るるるる、絶対絶対是ええええエエエッタイ要る」
 一つの口が、大きく肯定を吐く。

――ひかりにはできぬ、いっとうふかき、腕(かいな)が要(い)よう。

 そこで朱酉逢真の姿を探しても、見つけることはできないだろう。
 どこにもいない。
 ひとびとが朱酉逢真と語る男の姿はどこにもない。
 ようく漉いた紙よりましろいはだよりもしろいはだもない。どんなふかい傷より赫いまなこもない。朔の前、三十日月のような笑みのくちびるもなく。どんなあかりがあってもひたとしずむ黒髪もない。静かに佇む稚き子供はいない。羽織を肩にかけ煙管をもつ青年もいない。ややこけた頬にスーツを着込んだ壮年の男もいない。車椅子に腰掛け微笑む老人もいない。幾多の人面浮かべた蛇の下半身をもつ病める男のばけものもいない。赫い羽をこぼす怪鳥も――いない。

 いない、いない、いない――……。

 ほんとうに?

“いや いや いや”と其はわらう。

「何ガ意る」「たれゾ要る」「鋳る火?」「イナイ化?」「炒るかイナイ化」
「以内カイルルカ」「イル下否いか…イィ居なイイ化ァ…イルカ?」

“いる いる いるか”――其はポーシュボスの錯乱に戯れてやる。
 けれどもポーシュボスは其を見つけることはできない。
 詮無い事だ。其はほどけている。其はとけて、ひろがっている。

 あるのは、唯、この場で元来、有り得ないもの――…

 何故なら其は――…

――…くらやみ。

 其れには見える。未だに見える。暗闇だからこそ見えた。
 そも話を聞いた時に聞かずともわかった。ありありと感じた。
 見ずとも――視えた。
 ポーシュボスに寄生され歪み成り果てようが、変わらない。

“いるか いないか いないか いるか”
“いっぱい いるか”

 ひかり。
 ひとびとの、いのち。
 よわりはて、かげったひかり。

――ならばそいつは、俺が赦し受け入れ、飲み込むいのち(ひかり)だ。

 なればこのすべて、いまいっとき、要らないだろう。

 ひかりをのむには、朱酉逢真(このかたち)はあんまりにも、窮屈だ。
 かくして朱酉逢真はみずからのかたちを手放した。

 宿(からだ)もすててしまおう。もちろん衣類も。
 俺(一人称)などという人格は無論だ。技能も要らない。

 何、どうということでもないのだ。逢真は神に堕とされた身だ。
 ……そもそも朱酉逢真という名の方が、今は――あるいは、本来は、というべきなのだろうか?それにとってはどちらでも構わないのだが――仮名に等しい。

 要らない、要らない、要らない要らない、ない、ないないない、ないない――…。
 眷属さえも――すててしまおう。

 いない、いない――。

 そうしてたちかえって、ここへやってきた。
 其はあらゆる在を捨てて不在なる在する現象となったのだ。
 すなわち


 夜
“  なら いるか”


 そう、よばれるものになって。


――ばあ。

 いまここに、あらわれた。

  其
 暗闇は広がる。夜(が広がる。夜が広がる。
 
 わたしはくらがり。わたしはくらやみ。

 広がる。
 曇天も飲み込んで大嵐(オブリビオン・ストーム)も飲み込む。

 わたしはあなたが負とよぶもの。
 あなたが無と定むもの。唯の現象。不在の明在なる存在。

 まっかにかわをはがれたちいさなうさぎ。
 とっときのくらやみをくれてやろう。

 荒れ狂う攻防にへこみ、ひしゃげ、砕けた大地も建造物も同様に。
 無論、ポーシュボスも同様に。

“いる いる いるか”

 爛々輝くきんのひかり(狂気)は――夜を照らすことはできても。



 嗚呼、夜の進行を止めるほどの、かがやきはない。

 わたしをあかしたければまあかきいのちをつれといで。
 あのおんな、あの、あさを。

 其は広がりに広がってあらゆる音を沈黙させる。
 ポーシュボスの内側にも、届く。

わたしは終わり。わたしは終い。

 どんな瞳とて見ることの叶わぬ内側。どんな指とて触れること叶わぬ内側に届く。
 善悪ではない。救済でもない。

“ねて いる いる、か?”

わたしはいのちを追うもの。果てに届くもの。

 嗚呼。囚われて、歪みはて、曲がりきり、立ち返れず、何処にも行かず、何処にも行けぬ――たましい。
 ポーシュボス現象に飲み込まれたいのち。
 たましいどもに、ひびく。
 とどく。
 そして。

“ゆめ みて いる か”

吾は陰。
天地間にあって互いに反する性質を持った二種の気、その片割れ。

 ……終わりとして――たましいどもに、終わりをもたらす。

かわをはがれた、まっかなうさぎ。
幕を下ろそう。しづしづと。幕を下ろそう。しんしんと。

 其は、いのち(ひかり)を飲み込む――仕舞う。

 …苗床とし、生命の源としていた魂どもを食らわれれば生存を続けられるものなど何処にもいない。
 一体、また一体とポーシュボスは項垂れるようにしなだれて――そうして崩れて、消えていく。

 吹き荒れていた暴風は、ゆっくりと息のように回転をやめて止まり、絶え。
 蠢いていた命どももまた、尽きる。
 踊る足も、拍手の両手も、囃し歌う口も

 豪放磊落、誰も彼もを招き込み。
 業々磊落、悪と業とで踊る――歪なばか騒ぎ。
 静まり帰って残るは、業々を頼り落ちて誰もが消え、ひろい彼岸の川ゆく船で口ずさまれる、うたのような、開いた夜。
 
 
これにて狂踊は万事、終い、お止舞い、お終い。

おやすみなさい。

業。

(Go,Go,Lie,Lack.Act,Go
 “ゆけ、征け、倒れ、欠けるとも。動き、ゆけ”――完)

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年09月21日


挿絵イラスト