アポカリプス・ランページ⑮〜踏み出す先には
●グリモアベースにて
「慌ただしい中集まってくれてありがとう。時間はいつだってあっという間に進んでいく。その中でも、今回の戦争の最終目標『フルスロットル・ヴォーテックス』や他の『フィールド・オブ・ナイン』へ至る道も順調に進んでいる、みんなありがとう」
と周囲の猟兵たちを見遣りアリステルはそう口にした。
「さて、今回の説明をするよ。今回の目的地は新たに開けた戦場『メンフィス灼熱草原』という場所だ。元はミシシッピ川に面した都市だったようなんだけど……現在は当時の面影はない。地下も含めた全域を消える事のない『黒い炎』が覆っているんだ」
かつて人類が栄えた場所、今やそこに命は存在しなかった。
地上も地下も全てを覆い尽くす黒き炎が、踏み入れる者を焼く死の草原と成り果てたからだ。
炎は――侵入者に幻影を見せるのだ。
その者が知る、恐るべき敵の幻影が実体を伴って現れる。そうして侵入者たちは全て敗北したのだ。
「この幻影の厄介な点は、強い恐怖心を持つ者の攻撃は全てすり抜けてしまうことだよ。だけど、君たちがその恐怖を乗り越えて放つ一撃であれば――実体ごと幻影を貫き一撃で霧消させることができる」
いいかい、とグリモア猟兵は続けた。
「相手は君たちにとって『恐るべき敵』かもしれない。けれど、それは実体を持っているとはいえ幻影に過ぎないんだ。幾度も訪れる困難を乗り越えて『過去』から『現在』そして『未来』へと歩み続ける君たちなら、その恐怖を乗り越えてきっと勝てると信じているよ」
グリモア猟兵は頭を下げると転送の準備をはじめた。
「君たちの幸運と勝利を祈る。どうか無事に帰ってきて」
いつき
ご覧いただきありがとうございます。
●このシナリオは1章のみで構成される「戦争シナリオ」となります。
OP公開後は断章の追加や送信期日などを設定しません。気が向かれましたらすぐにプレイングを送信していただいて構いません。
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●プレイングボーナス
あなたの「恐るべき敵」を描写し、恐怖心を乗り越える。
あなたが浮かべる「敵」の『描写』と『対抗手段』を思う存分盛り込んでください!
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基本アドリブありますので、NG要素以外は記載不要です。文字数節約に当てて下さい。
以上です!
猟兵の皆様のご無事を祈ります。
第1章 冒険
『恐るべき幻影』
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POW : 今の自分の力を信じ、かつての恐怖を乗り越える。
SPD : 幻影はあくまで幻影と自分に言い聞かせる。
WIZ : 自らの恐怖を一度受け入れてから、冷静に対処する。
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
雪代・桜花
(初めてアポカリプスヘルに降り立ちサクラミラージュとは真逆の荒廃した世界を目にし嘆息する)
話には聞いていましたがこれが荒れ果てた大地、というものですか。いえ、生きている人がいるのであればまた緑豊かな大地に変わる可能性があるはずです。
恐るべき幻影?えっと、私の恐れるものは昔私の幻朧桜に付いた毛虫かしら?あの時は文字通り身も毛もよだつ思いでいまだに克服できていないもの。
けれど今ここには配慮すべき幻朧桜も自然も無いことですし来るとわかっていれば周囲の被害を顧みず撃滅できることでしょう。
オール・ワークス!で天女の羽衣(飛天の羽衣)を纏い、【空中浮遊】で距離を取りながら機関銃で地上の毛虫を一掃します。
その地にかつての栄華の面影は存在しなかった。
建物の残骸はとうに崩れ落ち、休日は人々の憩いの場であったであろう川沿いもまた無残な光景となっていた。人の姿が消えた廃都市のあちらこちらを草木がじわりと侵食し――ちろちろと舐めるように黒い炎が姿を見せていた。新たな侵入者を待ち構えるかのように。
「……っ」
初めてアポカリプスヘルに降り立った雪代・桜花(桜仙・f23148)は、眼前に広がる光景に嘆息したのだった。
桜花の脳裏に広がるのは、美しい桜と風に舞い散る花びら、そしてそれらを照らす白い月と影を映す水面の光景だった。不死の帝が治める帝都では一年中幻朧桜が咲き乱れ、その神秘的な姿を、サクラミラージュと呼ばれる世界ではどこでも見ることが出来る。
(話には聞いていましたがこれが荒れ果てた大地、というものですか)
ぱちりと金の瞳を瞬かせ、桜花は思案した。
猟兵である以上、他の世界の話題を耳にする機会がある。アポカリプスヘルと呼ばれるこの世界もそのひとつだった。既存の文明はことごとく破壊され、交通もインフラも分断。オブリビオン・ストームの発生から数年経た今でも、生き延びた僅かな人々は発生する暗黒の竜巻やオブリビオンに怯えながら暮らしている。端から見れば絶望的な世界であろう。
「いえ」
桜花は頭を振る。
それでも、人々は築き上げた拠点で貪欲に生き延びようと今もあがいている。物資を持ち帰るだけだった者たちが農場を営もうとし、幾度破壊されようと諦めず分断された拠点を繋げようとあがく者たちがいる。
「生きている人がいるのであればまた、緑豊かな大地に変わる可能性があるはずです」
そのために、排除しなければならないものがあった。
人々の歩む道を阻む者。
荒れた大地を食み、ちろちろと踊る黒い炎を見つめて、桜花は歩き始めた。
ゆらめく炎は、距離を詰めるにつれ次第に何かをカタチ取っていく。
その黒い炎は、猟兵の知る『恐るべき敵の幻影』を生み出すのだから。
「恐るべき幻影?」
ふと思い浮かぶのは、昔、桜花の幻朧桜に付いた毛虫だった。
「――あの時は文字通り身も毛もよだつ思いでいまだに克服できていないもの」
その感覚は言葉にすることも憚れる。
けれど、今はあの時とは何もかもが違う。ここには配慮すべき幻朧桜も自然も無い。広がるのはかつての栄華、崩れた廃墟のみ。
『恐るべき敵』をカタチ取る幻影を見遣り、ユーベルコード【オール・ワークス!】を発動させると、桜花は美しい飛天の羽衣を纏いふわりと空中へ浮かんだ。
「来るとわかっていれば、恐れることはありません!」
風に吹かれて桜を思わせる長い髪が揺れ、桜花は手にした軽機関銃を構える。
あの日とは違い、今の桜花には事前の心準備がある。距離も十分に取った今、そこに恐怖心は一欠片もなかった。放たれた銃弾は地上の虫を捉え、一匹残らずその幻影を駆逐したのだった。
「ふぅ……」
羽衣の裾を翻し地上に降りた桜花は改めて周囲を見回した。
その場にしゃがみ込み、荒れた大地に手を触れる。炎に焼かれ乾いた土はあまりにも無残だった。
「ですが私は信じています」
桜花がしてみせたように、恐怖を乗り越えることが出来る。人々が諦めることがなければ、踏み出したその先で努力が実を結ぶ時が必ずやってくるだろう。この乾いた大地にだって草木は芽吹き緑に覆われ、いつの日か桜の花びらが舞い散る光景だって見ることができるはずだ。
あの美しい桜の咲き乱れる世界のように。
大成功
🔵🔵🔵
地籠・凌牙
先生とちびたちを殺して、兄貴の心を壊したクソ道化……幻影とはいえこうも早くにまた会うことになるとはな。
相変わらずイラつく笑顔を浮かべてやがる。
怒りに呑まれて飛び出したばっかりにまんまとてめえの罠に引っかかって、兄貴が俺を庇って死にかけた時程怖かったもんはねえ。
家族全員に置いていかれるかもしれねえのと、また不幸をばら撒くただの化け物になっちまうのかと……ああ、あの時の恐怖が今でも目に浮かぶ。
――だが今は違う。もうあの時の何もできなかった子供じゃねえ!
敵が惑わしてこようが【狂気耐性】で無視!
【指定UC】で幻影ごと黒炎を燃やし尽くす!
舐めんじゃねえ――俺の怒りはこんなので止まる程弱くねえんだよッ!!
長い白髪を廃墟を吹き抜ける風に揺らし、褐色肌の道化は心の底から楽しそうに地籠・凌牙(黒き竜の報讐者・f26317)を見ている。
ソレが黒き炎が見せる幻影であることを、凌牙は理解していた。
けれど。
「先生とちびたちを殺して、兄貴の心を壊したクソ道化……幻影とはいえこうも早くにまた会うことになるとはな」
凌牙の緑色の瞳が揺れる。
それは所詮幻影に過ぎないと理解することと、湧き上がる感情はまったく別物なのだ。自然と思い返すのは孤児院での穏やかな日々だった。院長である優しい女性に見守られ、小さな弟妹たちの世話を焼いた日常は忙しなく、けれども振り返ってみても充実した日々だった。
ずっとずっと続くと思ったその懐かしい日々は。
「相変わらずイラつく笑顔を浮かべてやがる」
あの日、眼前の道化によって全てを奪われたのだ。
手元にあるものと全く同じ仮面を外した道化は、口元に弧を描き、傍らに連れた人形と共に楽しげな笑いを零した。
『また会えたね』と。
まるであの日の再現でもするかのように、ちろちろと大地を舐めるだけだった黒炎は崩れ落ちた都市の残骸を飲み込み周囲の景色までもが移り変わっていく。見慣れた孤児院の内装へ変貌し、つい先ほどまで子供たちが走り回っていたような面影を残す屋内へ。床に放置されたままのおもちゃ。倒れた椅子と割れた食器。そして、転がっている血に汚れた短剣。
(全て幻影だ。……ああ、あの時の恐怖が今でも目に浮かぶ)
言い聞かせるようにして凌牙は拳を握りしめた。
あの日も道化は笑っていた。目の前の惨劇を喜ぶように。
受け入れがたい残酷な現実に、怒りに呑まれて飛び出したばかりに、凌牙は道化の罠に引っかかってしまったのだ。死を覚悟したその時に、双子の兄が凌牙を庇ったおかげで助かった。そう、凌牙の命は。
その時恐怖したのだ。
大切な家族全員を道化に奪われて、たった独り置いていかれるのではないかと。その上、自身の持つ特殊な――不運や不幸が付き纏う性質に、兄まで巻き込んでしまったのではないかと。
また、不幸をばら撒くただの化け物になってまうのではないかと、心から恐怖したのだ。
――だが今は違う。
「もうあの時の何もできなかった子供じゃねえ!」
どんなにつらい悲しみを経験しても、いつだって時間は無情にも進み続ける。
だから、凌牙もここまで歩みを止めなかった。
家族を奪ったオブリビオンへ復讐するために。
片割れの大切なものを取り戻すために。
いくつもの世界を巡り、幾度も戦い、凌牙はたくさんの喜びや悲しみを経験したのだ。それらはたしかに今、抱いた恐怖心を乗り越える糧となる。
『――――――』
眼前に立ち塞がる幻影の道化は笑っている。
その足下に転がったまぼろしは、大切な片割れだ。
一人はさみしいだろう? 片割れを一人にするのは可哀想だろう?
だからお前も早くこちらへ来いと誘う見え見えの罠に凌牙は笑ってみせた。
「舐めんじゃねえ!!」
どれだけ作り込まれたまぼろしであっても、見間違えることなど決してない。それは所詮まがい物なのだ。鱗を剥がし噴出する憤怒の炎は、幻影ごとその本体である黒炎を燃やし尽くす。
「――俺の怒りはこんなので止まる程弱くねえんだよッ!!」
たとえ仇敵の姿をしていても、これはただの幻影にすぎない。それを理解していても凌牙のユーベルコード【煉獄の黒き逆鱗】は幻影の身を灼いていく。犠牲者たちの怒りをその身に焼き付けろとばかりに。
黒炎ごと幻影が消えると同時に、気づけば周囲の光景も元に戻っていた。
「よし!」
傷跡に包帯を巻き付けると、凌牙は改めて周囲を見回した。視界の範囲にあの炎は見えない、遠くで銃声が聞こえたのは誰かが戦っているからだろうか。猟兵たちにアポカリプスヘルと呼ばれる荒廃したこの世界では、今オブリビオンとの戦いが繰り広げられていて、彼は既に幾度も身を投じていた。
もうこれ以上悲劇に見舞われる人々を増やさないために。
だから凌牙はその先へ足を踏み出したのだ。
大成功
🔵🔵🔵
ヴィリー・フランツ
SPD
【銀河帝国軍残党+猟兵覚醒前の当時の同僚】
心情:おいおい…なんで銀河帝国軍残党がこんな所に、クソ!こっちに来るんじゃねえ、何でブラスターで撃ち抜かれた戦友まで出てくんだよ!
よくも殺してくれたなだって?怨めしい目で俺を見るな!お前ら帝国が俺達の住処を攻撃するからだ、逆恨みは沢山だ!!
何で自分が死んだのにお前は生きてるかって?俺だって好きで生き残った訳じゃねぇ、クソ…頼むからそんな目で見ないでくれ、戦友……!
対抗:煙草を吸って[落ち着き]を得る、…コイツは俺の後悔だ、敵を殺した事、味方を救えなかった事へのな。
だがな今の俺は猟兵だ、誰であろうとも……過去が未来(明日)の足を引っ張るんじゃねぇ!
かつての大都市は廃墟と化し、その中をヴィリー・フランツ(スペースノイドの傭兵・f27848)は注意深く歩いていた。建物の影に身を滑り混ませ、ざっくりと頭に入れてきたUDCアースでの同名の都市との情報を結びつける。現在地はかつて大勢の人々と貨物を運んだであろう幹線道路沿いのようだ。もっともかの地とこの地では様子も異なるので推測にすぎないが。
建物の残骸を利用し進軍するうちに、ヴィリーはついにそれを見つけ、いや遭遇してしまったのだ。
「おいおい……」
素早く身を隠し息を潜める。ゴーグルの下に隠された黒い双眸は彼らの姿をはっきりと捉えていた。
(なんで銀河帝国軍残党がこんな所に)
猟兵たちがスペースシップワールドと呼称する世界で、かつて滅んだはずの銀河帝国が蘇り、ヴィリー達の住処を襲撃したのだ。幾度も戦闘を繰り返した銀河帝国の兵士の姿など、忘れることもない。
ならばあれが、自分の恐るべき敵なのだろうか。
『フランツ』
思案しようとしたヴィリーの耳朶を声が打った。
気づけばすぐそばに懐かしい姿があったのだ。
「なんでお前まで出てくんだよ!」
混乱する記憶と裏腹に、体は本能的に両者から距離を取っていた。記憶の中で、たしかにブラスターで撃ち抜かれた戦友の姿も共にあったからだ。
『よくも殺してくれたな』
ヴィリーに気づいた残党たちは、誰もが怨めしい目を向けていた。
(俺を見るな! 逆恨みは沢山だ!!)
『……フランツ、俺は死んだのにどうしてお前は生きてるんだ?」
お前だけずるいじゃないか。
「クソ……頼むからそんな目で見ないでくれ、戦友……!」
俺だって好きで生き残った訳じゃねぇ。
叫びたい衝動を飲み込んで、ヴィリーは咄嗟に手榴弾を投げ込む。生まれた蒼白い爆炎に乗じ、その場を飛び出した。遮蔽物を利用して放たれる銃弾を掻い潜り、ヴィリーは思考を続けた。長年の戦闘経験が、生き延びたいのであれば思考と足を止めるなと警鐘を鳴らす。
(何ができる。糸口を見つけろ……!)
廃墟の間を駆け抜け、身を潜めた物陰で紙煙草を口にする。冷静さを欠いている自覚があったのだ。落ち着けとはやる手でライターで火を付けると、肺まで吸い込みゆっくりと紫煙を吐き出した。
帝国軍の残党も死んだ戦友も、そう、あれは全て紫煙の向こうで揺れる黒い炎が見せる幻影なのだ。
恐るべき敵の幻影――それが彼らの正体だった。
死んだ者が生き返る事はない。排出された『過去』が骸の海を通じ過去の残滓として染み出る事はあれど、死者が蘇ることをこの世界は許していないのだから。
「……コイツは俺の後悔だ、敵を殺した事、味方を救えなかった事へのな」
あの時、何か出来ることはあっただろうか。
もしも帝国兵の存在に気がついていたのならば?
戦友たちにその存在を警告することが出来ていれば?
帝国兵との戦闘は発生せず、戦友はまだ生きていたかもしれない。
けれどそれは仮定の話だ。取り返しのつかないことが起きたとき、おそらく誰もが考える事だろう。現実は非情で『もしも』も『たられば』も有りはしない。時間はただ前に進むことしか出来ないのだから。
ヴィリーは煙草を地面へ落とし、靴で火を踏み消した。
「だがな今の俺は猟兵だ」
過去の残滓を倒す者、それが猟兵であるヴィリーだ。冷静さを取り戻した頭が、戦略を練り上げていく。
「誰であろうとも……過去が未来の足を引っ張るんじゃねぇ!」
近づいてくる足音から距離とタイミングをはかり、覚悟を決めて飛び出す。
躊躇いがないわけではない。幻影としてあらわれた以上後悔はしているのだし、戦友までもをこの手にかけることになるのだから。
けれど、ヴィリーのファストドロウは、正確に幻影を撃ち抜いた。幻影たちの間に広がる動揺を、歴戦の猟兵は逃さなかった。次々と銃口は幻影たちを捉えていく。
「…………」
ヴィリーの銃によって消えていく戦友の幻影を、彼はただ黙して見送った。
自身は神は信じてないけれど、せめて彼らが安らかに眠れることだけを願って。
そうして周囲の様子を確かめるために、ヴィリーは明日へ続く道へと一歩踏み出したのだ。
大成功
🔵🔵🔵
御園・桜花
見覚えのある頑丈な格子
揺らめく灯火
其処は嘗て桜花が育てられた地下の座敷牢だった
太い格子に手を掛け外を見る
白装束の世話人が何時まで待っても降りてこない
油を足されなかった格子の外の行灯が揺らめき消えた
彼の地が滅ぼされ
落ちた梁から覗く青空に焦がれ
外へ抜け出した日でさえ起きなかった事
「誰か…誰か居ませんかっ」
応えはなく
無音が耳に痛い
心臓がきゅうっと痛んだ
言葉を知らず自ら考える事もなく
木偶のように世話され生きた日々
そんな生き方が出来た事
他者を何処にも感じられない事
何方も途轍もなく恐ろしい
あの頃は考えも力も無かったけれど
悲鳴で格子も天井も吹き飛ばす
あんな生き方は二度としない
早鐘打つ胸を押さえその場を離れた
ふと気がつけば、御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)の前には見覚えのある頑丈な格子があった。
ちろちろと黒い炎が揺らめいて、灯火が今にも消えそうな頼りなさであたりを照らしている。その先を見ようと、桜花は記憶と違わぬ太い格子に手を掛けた。ひやりと、冷たさがてのひらを伝ってくる。それは苦い記憶と共に、まるで桜花を蝕むようにひろがって息苦しさを覚えたのだ。
――其処はかつて桜花が育てられた座敷牢だった。
地下に設けられた座敷牢の天井は低く、あの日、外に出るまで格子の向こうに出た記憶もほとんどなかった。けれどその時は耐えることが出来たのだ。
だって桜花は『外』を知らなかったから。
広い世界を、どこまでも広がる青空を知ってしまった身では、この場所はあまりにも狭すぎる。翼を自由に広げることができず、閉じ込められた籠の鳥のようにただただ息苦しい。
行灯の頼りない光は、地下を十分に照らせない。
あの頃は、定期的に世話人がやって来た。薄闇の中でも目立つ白装束の世話人は、ただ黙々と桜花の世話をした。盆の上に乗せた食事を運んで、行灯に油を足す。ウェーブのある桜を思わせる髪を梳り、一通り世話をすれば黙したまま立ち去っていく。
座敷牢で育てられた桜花には、本当は何かの役目があったのかもしれない。それとも、存在を隠すためか、はたまた別の理由か。けれど理由は聞かされず、結局それを知ることもできなかった。
「は……」
苦しさを紛らわせるように、短く息を吐き出した。
世話人と言葉を交わすこともなく、故に、言葉を知らず。
木偶のように世話され生きた日々、故に、自ら考える事もなく。
あの頃は、ただ無為に時間だけが過ぎて行った。
その時、ふっと灯りが揺らめいて消えた。
いつもならばやってくる世話人が何時までたっても降りて来ず、油を足されなかったからだろう。格子の向こうで行灯が消えたのは、彼の地が滅ぼされたあの日ですら起こり得なかったことだ。
「誰か……誰か居ませんかっ」
闇に向かって呼びかけるものの応えはなく、無音が耳に痛い。身じろぎすれば僅かな衣擦れの音ですら、やけに大きく響くのだ。心臓がきゅうっとして、格子を握る手から力が抜けていく。孤独がもたらす毒が体温を奪っていく。他者を何処にも感じられない事も、ただ木偶のような生き方が出来た事も、その何方もが途轍もなく恐ろしかった。立っていられずその場に座り込んで、俯いて、
「もう、戻りたくないです」
ようやく零した悲痛な声すらも闇に溶け落ちていく。
あの頃の桜花には、考えも力も無かった。閉ざされた地下から抜け出る方法も、格子を開ける術も無かった。
けれど。けれど今は、もう違うのだ。
これは、今も遠くで揺れる黒い炎が見せる『まぼろし』なのだと桜花は知っていた。
あの日。
落ちた梁から覗く青空に焦がれ桜花は外へと抜け出した。果てのない空を見て緑の瞳を輝かせ、吹き抜ける風がもうどこにでも行けるのだとその背を押した。
顔を上げ、桜花は立ち上がる。
あんな生き方は二度としない。
すっと胸元に手を当てて、深く息を吸い込んだ。
時間はいつだって前に進んでいく。どんな過去を背負っていたとしても『過去』や『幻影』が今を生きる者を捕らえることなど決してあってはならない。
「――――!」
決意を込めて放たれた悲鳴が、外への道を隔てていた格子を、空を隠していた天井をも吹き飛ばしていく。
アルラウネの悲鳴は、黒い炎をかき消して、パリンと、どこかで硝子が砕けるような音がした。
全ての闇と幻影が消え去って、あとに残ったのは桜花ひとりだけ。
心臓が早鐘を打っていた。胸に手を当てて周囲の様子を伺えば、黒い炎が消えていることがわかるだろう。けれど、幻影といえど先ほどまで見ていたものは現実にあったのだから。
闇に慣れた目には日射しはあまりにも眩しくて、けれど冷えた体を優しく包んでくれる。もう用はないからと過去に背を向けその場を離れようとした時、風が吹き抜けていった。
焦がれた思いと共に踏み出した一歩は、確かに今に繋がっていると囁くように。
大成功
🔵🔵🔵