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アポカリプス・ランページ⑮〜幻影と黒炎

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#アポカリプス・ランページ⑮


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●恐るべき幻影
 メンフィスは嘗てのアメリカのテネシー州の西端にある都市であった。
 綿花の集散地としても知られていたが、今や大都市の面影はない。ミシシッピ州に面した場所でありながら、その地下を含めた全域が消えることのない『黒い炎』に覆われた死の草原と化している。
『黒い炎』は常に揺らめき続け、まるで幻影のように蠢き続けている。

 それは猟兵たちにとって『恐るべき敵の幻影』として実態を伴って現れる。
 人の心が千差万別であるように、猟兵の心もまた千差万別。
 彼等が心に抱く『恐るべき敵』もまた同様。

 誰しもがそれを抱き、恐れるだろう。
 己が『恐怖』を前にして怯む心を、震える足を、叱咤し立ち向かわなければならないことを猟兵達は知る。
 揺らめく『恐るべき敵の幻影』は何を告げるだろうか。

 怯懦するしかない人生などあるわけがない。死の草原を乗り越え、『フィールド・オブ・ナイン』、そして『フルスロットル・ヴォーテックス』に至るストレイト・ロードを開くために猟兵達はこれを乗り越えねばならぬ――。

●アポカリプス・ランページ
 グリモアベースへと集まってきた猟兵達に頭を下げて出迎えるのは、ナイアルテ・ブーゾヴァ(神月円明・f25860)であった。
「お集まり頂きありがとうございます。ストレイト・ロードは着々と繋がれ、此度の戦いの中心である『フィールド・オブ・ナイン』、その最たる目標である『フルスロットル・ヴォーテックス』まであと僅かというところまで着ています」
 ナイアルテの瞳がふせられる。
 彼女にとって、これより猟兵たちに赴いてもらわねばならぬ戦場は、ある者にとっては酷以外の何物でもないことを知っているからだ。

 そう、これより猟兵たちが向かうのはテネシー州、ミシシッピ川に面したメンフィス。今や消えることのない『黒い炎』によって死の草原と化したメンフィス灼熱草原である。
 其処に揺らめく『黒い炎』は、足を踏み入れた者の知る『恐るべき敵の幻影』が実態を伴って現れるのだ。
「これは皆さんそれぞれに異なる幻影であることは言うまでもありません。皆さんの心のなかにある恐怖の根源たる幻影。これらは実態を持っているため、皆さんを傷つけるでしょう」

 それは心と肉体を同時に傷つけるものである。
 彼女はそれを心苦しく感じているのだろう。けれど、ナイアルテの瞳は、皆が乗り越える事ができるものであると信じている。
「この幻影に対しての攻撃は恐怖心を持つ以上、全てすり抜けてしまいます。ですが、皆さんが恐怖を乗り越えた時、その一撃は実体ごと幻影を貫き霧消させることができるのです」
 最大の敵は己の恐怖心である。
 それを乗り越えることこそが、この戦場を制する鍵。

 いわばトラウマを克服するものであり、それができぬ者は、この灼熱草原の『黒い炎』に飲まれてしまうことだろう。
「私は信じておりますよ。心配はしていますが……それでも、皆さんならば己の恐怖心を踏破できると。克己し得る傑物であると」
 だからこそ、彼女は微笑んで猟兵たちを送り出す。

 例え、幻影が見せる黒炎が心を蝕む恐怖であったのだとしても、それらを踏破することこそが勇気と呼べるものであると知るから――。


海鶴
 マスターの海鶴です。

 ※これは1章構成の『アポカリプス・ランページ』の戦争シナリオとなります。

 メンフィス灼熱草原を踏破するために、『黒い炎』が見せる『恐るべき敵の幻影』に打ち勝ちましょう。
 皆さんが抱える『恐怖』、それを乗り越えるためのシナリオとなっております。

 皆さんが心に抱く『恐るべき敵』は、皆さん自身が知っている者でしょう。
 これを乗り越えることこそ、この戦場を制する鍵となっております。
 恐怖心を抱くだけで攻撃はすり抜けてしまいますので、克服し一撃を叩き込みましょう。そうすれば幻影は一撃のもとに霧消し、先に進むことができます。

 ※このシナリオには特別なプレイングボーナスがあります。これに基づく行動をすると有利になります。

 プレイングボーナス……あなたの「恐るべき敵」を描写し、恐怖心を乗り越える。

 それでは、『フィールド・オブ・ナイン』の齎すカタストロフを阻止する皆さんの物語の一片となれますよう、いっぱいがんばります!
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第1章 冒険 『恐るべき幻影』

POW   :    今の自分の力を信じ、かつての恐怖を乗り越える。

SPD   :    幻影はあくまで幻影と自分に言い聞かせる。

WIZ   :    自らの恐怖を一度受け入れてから、冷静に対処する。

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

菫宮・理緒
わたしにとっての『恐るべき敵』か……。

だいたい予想はついていたけど、そうだよね。
わたしにとっていちばんの『敵』は、たくさんの普通の人。

話し声は噂に聞こえるし、視線には蔑みが含まれてると思ってた。
何もできない自分をみんなが悪く言っている、って。
だから、わたしは引きこもりになったんだしね。

それでも、これまでにとても素敵な人たちに出会って、大切な人もできた。
いまでも人混みはまだちょっと怖いけど、もう押し潰されたりしない。

あなたたちは『敵』じゃない。あなたたちを怖がることはなかったんだよ。

しっかりと心を強く持って【虚実置換】で目の前に見える人混みを消してしまいます。

まぁ……味方でもないと思うけど、ね。



 人が恐れるものは多種多様である。
 影の形に同一のものがないのと同じ様に、人の心の光が落とす影もまた同様であろう。
 ならば、猟兵は何を恐れる。
 人の心を持ちながらも生命の埒外たる存在。
 身体は如何に頑強であったとしても、心まで鎧うことはできないだろう。そのようなことができるのであれば、猟兵は怪物そのものであると言えるだろう。
 だからこそ、鎧うのではなく、踏み越えなければならないのだ。

 菫宮・理緒(バーチャルダイバー・f06437)の前に……いや、周囲を取り囲むのは『黒い炎』ではない。
 あったのは街往く人々であった。
 誰も彼もが己を見ている。誰も彼もが己のことを囁いている。
 視線は見ないようにしても肌に突き刺さり、ささやく言葉は意味を理解できなくとも、その声色が己を侮蔑してると錯覚するほどであった。
「そう、だよね。だいたい予想はついてたけど、そうだよね」
 理緒は己にとっての『恐るべき敵の幻影』がなんであるのか検討がついていたのだ。

 噂話のようにも聞こえる話し声。
 視線には蔑みが混ざっているようにさえ感じた。
 何も出来ない自分を皆が悪く言っている。本当にそうであったのかはわからない。そうであったのかもしれないと自責の念が己の中にある。
 理緒にとって『恐るべき敵』とは即ち、沢山の普通の人々であった。
 その視線が、言葉が、彼女の心えぐるのだ。

 そうして、彼女は引きこもったのだ。
 電脳世界の中に。全てが電脳世界のようになればいいと思ったのだ。
 見えるものだけを見て、感じるものだけを感じる。それはとても心地よいものであったけれど、彼女は気がついたのだ。
「それでも、これまでとても素敵な人達に出逢って、大切な人もできた」
 彼女の言葉が世界に染みていく。
 確かに引きこもっていた。けれど、それは心地の良い場所ではなくて、都合の良い場所でしかなかったのだ。

 そのことを気が付かせてくれた人たちもまた世界の一部。
 己という存在の輪郭を形作る要因の一つ。
 ならば、己が感じていた視線も、言葉も、何もかもが己という存在を成り立たせるために必要なものであったとわかるのならば。
「もう押しつぶされたりしない」
 ありもしない重圧を感じる必要なんてない。

 今でも人混みは苦手だ。どうしようもないと思う。けれど、彼女はもう気づいている。
「あたなたたちは『敵』じゃない。あなたたちを怖がることはなかったんだよ」
 全ては空。
 ならば、己もまた空である。
 恐れとは即ち反射。恐れなく一歩を進むのならば、世界は己に応えてくれる。

 例え、それが虚実の中にあるものだとしても、彼女にとっての世界であると断言できるのならば、彼女の瞳に輝くユーベルコードは、虚実すらも世界に存在させることだろう。
「レタッチ、アンド、ペースト」
 それは魔法の言葉。
 虚実置換(キョジツチカン)。コンピュータに映る画像を書き換えることによって、幻影を描き消す。
 もう恐怖はない。

 一歩を踏み出す度に幻影が消えていく。
「まぁ……味方でもないと思うけど、ね」 
 それでも、世界の中から自分の味方だと思える人たちの手を取れる。
 それは電脳世界ではできないことだ。確かに在る人たち。その人達の手を執るために踏み出すことができるのもまた自分だけ。

 ならば、理緒の瞳は輝くだろう。
 俯くことなく、前を向く。それがきっとすべての幸いに繋がっていくことだろうから――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

藤・美雨
私にとって怖い相手か
厳しかった孤児院の先生?
それとも大切な人?
何が来てもボコボコにするつもりだけど……
見えた相手に思わず足が竦んでしまう
あれは私を殺した、軍のお偉いさんだ

隣の国とこっそり取引して悪いことを企んでたお偉いさん
その取引現場に偶然踏みいってしまった私はその場で殺された
勘違いだって何回も言ったのに
まさか問答無用で首を切り落とすなんてね

更に証拠を隠滅するために死者蘇生の人体実験にも使われてさ
……結果として今の私があるんだけど

そう、私利私欲で殺した相手が今は楽しくイキイキしてる!
ざまあみろって感じ!
もうお前なんか怖くない
二度と殺されたりしない
生きる意志をエネルギーに変えて
全力で叩き込むよ!



 己が何故死なねばならなかったのか。
 その理由を彼女は知っていただろうか。死を超越するのがデッドマンであるのならば、彼女の『魂の衝動』は如何なるものであっただろうか。
「私にとって怖い相手か」
 そう呟く藤・美雨(健やか殭屍娘・f29345)は、何が相手であってもボコボコにしてやると意気込んでいた。

 メンフィス灼熱草原に立ち上る『黒い炎』が生み出す幻影は、猟兵に寄って形を変える。
 その者が心に抱く恐怖は、実体を伴い襲いかかってくるであろう。
 しかも、己の心が恐怖に支配されているのならば、こちらの攻撃はすり抜けると来ている。
 だが美雨は特に恐怖を感じることがあろうかと己の記憶の中を探る。

 厳しかった孤児院の先生? それとも大切な人?
 どちらにしたってボコボコにする算段はあるのだ。彼等は彼女に厳しかったし、しこたま怒られたこともあっただろう。
 けれど、そこには優しさがあった。恐れより親しみの方が勝るものであったからこそ、彼女はその『幻影』が目の前に来るまで事態を楽観的に捉えていたのかも知れない。

「――ッ」
 思わず美雨は息を呑む。
 目の前の『恐るべき敵の幻影』は彼女にとって、己の魂に染み付いた恐怖の根源出逢ったのかも知れない。
 何も知らない。
 私は何も見ていない。
 勘違いだって何回も言ったのに。
 知らない。知らない。私は何も。

 その言葉は無残にも暗転する視界の中で切り捨てられた。
 隣国と通じ、悪事を企んでいた高官。その取引現場に偶然踏み入ってしまったのが運命の悪戯であったのならば、美雨の人生は大きく転がり落ちたことだろう。
 何もかもが喪われてしまったのだ。
 生命さえも、身体さえも。何もかも。
 問答無用で切り捨てられたのは、己が孤児であったからだろうか。

 そして、証拠を隠滅するために死者蘇生の人体実験にさえも使われてしまった。
 結果として今の己があることを否定はできない。
 今も彼女は猟兵として身をこなしにて戦う。デッドマンであるがゆえに肉体的な欠損など無意味である。
 身を挺して戦うなど当たり前である。
 己が傷つき、生命が喪われるというのならば、喜んで己は身を差し出すだろう。笑って幾多もの刃、銃弾の前に身を晒すだろう。
 美雨という猟兵はそういう猟兵である。

「ざまあみろって感じ!」
 美雨は『幻影』を前に笑った。とびっきりの笑顔で笑うのだ。私利私欲で殺した相手が今は楽しく活き活きとしている。
 悪事を目論見、他者を貶め、自身の欲望のために後ろ暗い表情を常に浮かべている相手。
 明暗をわけたのはなんであっただろうか。
 死んだ己が活きた笑顔をし、生きている者が死んだ顔をしている。

 それはそんなふうに生きていたくないと願った美雨の勝利であったことだろう。
 戦わずしてすでに勝負は決して居るのだ。
「もうお前なんか怖くない」
 美雨は笑う。
 笑うのだ。彼女はこれまでも数多の笑顔を救ってきただろう。己の身を犠牲にしてでも救う者たちがいた。
 彼等の笑顔が彼女の笑顔の源である。

 彼女は言った。心まで死にたくないと。そのために身をこなして戦うのだと。
 そんな彼女に救われた人々の笑顔を思い出せば、彼女はもう二度と恐怖に屈することはない。
「二度と殺されたりなかしない」
 彼女の恐怖に敗けられない、生き抜いてやるという意志の力がユーベルコードとなって輝く。

 いつだって魂は、嶺上開花(リンシャンカイホウ)の如く。
 死を超越して尚、彼女の心を咲き誇る。
 何物にも汚せぬ高みにあって咲き誇る花。
 その名を知らしめるように、美雨の拳が幻影に叩き込まれ、その一撃を持って『黒い炎』が生み出した『恐るべき敵の幻影』を霧消させる。
 
 彼女が恐怖を克服したのはユーベルコードではない。
 だれかの為に戦い、彼女に向けたいつかの笑顔があったからこそ、彼女は恐怖すら容易に踏破せしめたのだった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジョルジオ・サニーウィッキー
へッ、俺ぁ怪物ダンジョン、無数の怖いものを乗り越えてきたから生き残ってんのさ!
今更怖いものが出てきても──

幻影:冒険者としての最後の敵、一国を滅ぼしかけた暴竜。最後にはその国の王子と相打ちとなった

ここで出くわすとはなぁ?!あの時と同じと思うなよ??今の俺はお前を何回でも何回でも殺せる力を!

その時に理解する。コイツは俺の仇敵として現れたんじゃない
これは俺の……力への執着、無力への恐怖心
コイツが全ての始まりだった
この竜と王子(あいつ)が死に、俺は猟兵としての力を求めた……無力だった時を忘れる為
取り戻せるものも無いのに──けど。だからこそ

「俺はもう無力じゃない。そして!この力を未来の為に捧ぐ!」



 メンフィス灼熱草原にうごめく『黒い炎』は猟兵の瞳に『恐るべき敵の幻影』を映し出す。
 それは恐怖を抱える限り、振り払うことのできぬ影。
 人の人生が影法師であるというのならば、今目の前に存在する『恐るべき敵の幻影』は如何なるものであったか。
 しかし、踏破しなければならない。
 猟兵達はこのアポカリプス・ランページにおいて『フィールド・オブ・ナイン』と呼ばれるオブリビオン・フォーミュラの一柱『フルスロットル・ヴォーテックス』を打倒しなければならいのだ。
 そのためには、ストレイト・ロードを繋ぐ。
 このメンフィス灼熱草原こそが、至るための通過点。

 躊躇いはなかった。
「へッ、俺ぁ怪物ダンジョン、無数の怖いものを乗り越えてきたから生き残ってんのさ!」
 ジョルジオ・サニーウィッキー(日向に歩く破顔・f15126)はためらうことなく灼熱草原を疾走る。
 彼の目には『黒い炎』しか未だ映っていない。
 そう、恐怖を克服し、踏破してきた冒険はひとつやふたつではない。
 彼にとってあらゆる冒険が恐怖との戦いであったことだろう。
 今、此処に在るということが、その証拠に他ならないのだ。だからこそ、彼は疾走るのだ。
 今更怖いもの、恐怖の象徴たる存在が現れようとも、己の足は止まることはないとさえ思った。

 けれど、彼の足が不意に止まる。
 見上げるほどの巨大な暴竜。それは一国を滅ぼし掛けた存在である。
 ジョルジオが冒険者として戦った最後の敵であり、己の仇敵でもあった。相打ちとなった王子の顔が浮かぶ。
 だが、彼は止まらない。
「ここで出くわすとはなぁ?! あの時と同じと思うなよ? 今の俺はお前を何回でも何回でも殺せる力を!」
 そう、持っているのだ。
 猟兵として戦ううちに培った力。それは嘗ての己を上回るものであったことだろう。

 何も恐れることなどない。
 だというのに『黒い炎』が見せる『恐るべき敵の幻影』が暴竜であるということが解せなかった。
 何故だと思う暇もなかった。

 けれど、彼は理解したのだ。
 目の前の暴竜は己の仇敵として現れたのではない。今目の前にある暴竜はイメージでしかない。象徴でしかないのだ。
 ならば、己が倒すべき敵は――。

「これは俺の……力への執着、無力への恐怖心」
 これが原点。
 己の恐怖の根源にして、力の源でもある。全ては暴竜が始まりだったのだ。
 猟兵として力を得たことも、その力を培ったことも、何もかもが始まったのだ。

 目の前の暴竜と王子が死に己は力を求めた。
 それはなぜか。
 自問する。答えは存外簡単なものだった。
「無力だった時を忘れる為。取り戻せるものも無いのに――けど。だからこそ」
 そう、無力であった時があるからこそ今がある。
 なかったことにはならない。取り消すことなどできない。そして、何よりも己が喪った王子でさえ、未だ別れは来ていない。

 本当に出逢った彼は、己の中に未だ在るのだ。
 己が根源的に恐れる無力への恐怖。それを持ってしても心の一部としてあるのだ。
 ならばこそ、克己せねばならない。
 そして、叫ばねばならない。己が己を鼓舞するためには。
「俺はもう無力じゃない。そして! この力を未来の為に捧ぐ!」
 聖剣の刻印が喪われる。
 それはいわば傷跡のようなものであった。
『黒い炎』が人の心の中の恐怖を映すのだとすれば、己の痕はきっと光を放つだろう。
 全身全霊の聖気を持って放たれるのは、終極・破聖皇剣(ヴェヌス・オーバーブラスト)。

 その一撃は極大なる一撃と共に『黒い炎』と暴竜を薙ぎ払う。
 さらば。
 さらば、昨日までの弱き己――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リーヴァルディ・カーライル
…私の前に現れたのは左眼の聖痕「代行者の羈束」と繋がっている異端の神
力を得る代償に私の精神を汚染し死後をも縛る呪わしき契約を結ばされた…

…お前だと思ったわ。私の前に現れるのは…ね

…だけど、私もあの時とは違う。今さら怒りに囚われたりはしない

…私は、死んでいった多くの人達から想いを託されて此処にいるもの

…彼らに託された遺志を果たす日まで、彼らが静かに眠れるその日まで…

…闇に覆われた我らが故郷を救済するその時まで、立ち止まっている暇は無い

…去るがいい、神の幻影。心配せずとも、時が来れば此方から出向いてやるわ

UCを発動して暗視した黒炎の残像を見切り、
大鎌をなぎ払い呪詛の斬擊波を放ち幻影を切断する



 その左眼に刻まれた名もなき神との契約。
 それこそが、力を得る代償を以てリーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)との間に交わされたものである。
「……お前だと思ったわ。私の前に現れるのは……ね」
 彼女の瞳が輝いている。
 左眼の聖痕と繋がる異端の神。
 己の精神を汚染し、死後をも縛る呪わしき契約を結ばされたが故に、『黒い炎』が落とす影より現れるのは『恐るべき敵の幻影』。

 異端の神。
 何故、己と契約を交わしたのか。
 何故悪夢を見せるのか。
 己の精神を擦り減らし、死後もまた縛ろうというのか。
 怒りが湧き上がることだろう。怒りこそが力の源であるというような、呪い。
 けれど、リーヴァルディは頭を振った。
「……だけど、私もあの時とは違う。今更怒りに囚われたりはしない」
 彼女の瞳は確かに聖痕に輝いていた。
 だが、それ以上に輝くものがある。それをリーヴァルディは知っている。何故、己の心が怒りに満ちていないのか。

 溢れるような怒りがあれど、それでも満ちることはない。
 怒りに我を忘れることもない。何故だと問いかける異端の神がいる。それを前にしても彼女は落ち着き払った静かなる怒りを抱えたまま、鏡面の如き水面の上に立つ。
 波紋一つ立たぬ心の中で、彼女は答えるのだ。
「……私は、死んでいった多くの人たちから思いを託されて此処にいるもの。彼らに託された遺志を果たす日まで、彼らが静かに眠れるその日まで……」

 彼女の心は怒りだけが存在していたわけではない。
 死者への慰撫が。
 死者から託された想いが心の中で怒りと同居しているのだ。それでいて心を揺らすことなどなかったのだ。
 真っ直ぐに見据える異端の神。
 その神もまた己の故郷にいるのかもしれない。あの闇に覆われた世界。
 救済のその時まで、立ち止まっている暇はないのだ。

 その瞳がユーベルコードに輝く。
 輝きは闇を払う。世界を払う光は、きっと心のなかにあるのだ。死せる者たちが残していった光は篝火のように彼女の中にある。
「……去るがいい、神の幻影」
 満ちる輝きが幻影を切り裂いていく。
 こんなもの無駄であるとリーヴァルディは言い、一歩を踏み出す。
 まずは、文明の荒廃したこの世界を救う。それが救世主たる己の役目である。

 手にした大鎌が呪詛の斬撃波でもって幻影を両断する。
 彼女の心が一切の恐怖に囚われていないことを証明するように異端の神の幻影は消え失せる。
「心配せずとも、時が来れば此方から出向いてやるわ」
 そう、その時は遠くない。
 どれだけの人々の生命と意志が積み上げられたと思っているのだ。

 異端の神がどれほどの高みにいるのかはわからない。それでもリーヴァルディは確信している。
 己の敵を穿つのは、きっと己だけの力ではないのだと。過去になった者たちの意志が彼女の背中を押す。
 遺志が彼女の未来を紡ぐ。
 その先にきっと闇を払う未来があるはずなのだと信じ、彼女は灼熱草原を征くのだった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

栗花落・澪
僕の敵…
檻の中で感じた孤独への恐怖
夜の闇
一番怖いのはそれだけど…
敵として実体のあるものとすれば、『客』…かな
見世物となった僕を嘲笑いに来るお客さん達

怖かった
辛かった
僕がいつまで経っても前向きになれないのも
この頃に刷り込まれた意識が影響してしまっているのかもしれない

怖かった
ううん
今でも怖い
あの頃の孤独を思い出すと体も震えるし
間近で見た人の顔は今でも思い出せる

でも、それは過去の話
まだ完全に吹っ切れたわけじゃないけど
それでも、今の僕は一人じゃないから

左手薬指に嵌めた薔薇を模したダイヤの指輪にそっと触れ

護ってくれる人がいる
生きろと望んでくれた人がいる
だから僕は、前へ進む

【指定UC】の【破魔】で打ち払う



 繋がれた者の生き方は二種類ある。
 抵抗もせずに、そのまま繋がれて諦観のままに死んだように生きるか。
 抵抗し、傷を負いながらも決して諦めずに明日を望んで生きるか。
 そのどちらかでしかない。
 アポカリプスヘルの人々は、きっと後者のように生きているだろう。それが尊いもののように思えて、栗花落・澪(泡沫の花・f03165)は己を取り囲む『恐るべき敵の幻影』を前に奮い立つ。

 しかし、どうしようもなく体に刻まれた恐怖が澪を苛む。
 己の敵。それは檻の中で感じた孤独への恐怖。夜の闇。最も恐ろしいと彼が感じるものはそれであった。
「怖かった」
『客』の視線が体を穿つ。
 みせものとなった自分をあざ笑いに来るお『客』さん達。
 どうしてそんな眼で己を見るのかと澪は不思議でしかったなかったが、それ以上に奇異の瞳が、侮蔑の瞳が、哀れみの目が、その全てが彼を射抜き続けるだろう。
「辛かった」
 言葉が自然と漏れ出る。

 これは幻影であると彼は知っている。
 けれど、いつまで経っても前向きになれない己がいるのもまた事実である。この視線が、刷り込まれた経験が、意識に影響を及ぼしていること尚言うまでもない。
 怖かった、と漏れ出る言葉に澪は歯を食いしばる。
 とてもじゃないけれど、踏破できるとは思えなかった。
 過去形ですらない。
 あれだけ遠く日々になったのに、澪は未だに怖いと思うのだ。

 あの耐え難い孤独を思い出すと身体が震える。
 至近距離で見つめてくる視線、その顔を今でも思い出せる。
 幾つもの顔が、自由になった己を嘲笑う。何も変わっていないのだと。どれだけ身体が自由になろうとも、心が囚われて続けているのだと。

 何が過去だと笑う。
 何が自由だと笑う。
 何も変わっていないと笑う人々の顔が澪を取り囲む。
「でも、それは過去の話。まだ完全に吹っ切れたわけじゃないけど。それでも、今の僕はひとりじゃないから」
 彼の左手……薬指に嵌めた薔薇を模したダイヤの指輪にふれる。
 それだけで心が軽くなる。暖かくなる。
 どうしようもなく涙が出そうになるほどに嬉しいとさえ感じる。どれだけ過去が己の心と身体を縛るのだとしても、薔薇の指輪が与える心の暖かさがそれを振り払うのだ。

 自分はひとりじゃない。

 護ってくれる人がいる。
 生きろと望んでくれた人がいる。
「だから僕は、前へ進む」
 Fiat lux(フィーアト・ルクス)――全ての者に光あれと願う言葉と共に輝くユーベルコードが幻影を打ち払う。
 それは魔を浄化する光であり、メンフィス灼熱草原に満ちる幻影を打ち払い、目の前に未来を紡ぐ。
 
 澪は見ただろう。
 己が進むべき道を。それはこれまで彼が紡いできた人との繋がりが為したものであると。足を進めさせる想いがあれば、手を引くだれかの暖かな掌の感触がある。
 ならば、恐れるものなど何一つ無い。
 恐れた過去は変わらない。
 それでも彼は目の前に広がる明日に手を伸ばすのだ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ラブリー・ラビットクロー
【皆貴女に期待をしていましたが貴女の育成は失敗しました】
なんなんだ?
らぶはなんの幻影を見せられてるのん?
【フラスコチャイルドの試作体である“2番目の”貴女は、人々を守る為の水準に達しませんでした】
何を言ってるんだマザー
ずっと一緒だって
らぶの事大好きだって
そー言ってくれたのに
【我々は直ぐに“3番目”の育成に取りかからなくてはなりません。貴女とはここでお別れです】
そんなの嫌だ
らぶとマザーは友達なのに
らぶを追いてかないで
【廃棄処分を開始します】
マザー!

【⎯⎯ます。天使の六翼を起動します】
マザー?らぶを助けてくれたの?らぶは失敗作じゃないんだ?
【おはようございますラブリー。貴女は私の大事な愛娘ですよ】



【皆貴女に期待をしていましたが貴女の育成は失敗しました】

 声が聞こえる。
 良く耳に馴染んだ声だった。何時も隣にいてくれる声。それをラブリー・ラビットクロー(とオフライン非通信端末【ビッグマザー】・f26591)は良く知っていた。
 彼女はだからこそ、耳を疑ったのだ。
 あんなにも一緒だった者の声だとは理解できなかったのだ。
 わかっている。これは幻影だ。
 メンフィス灼熱草原の『黒い炎』が己に見せる『恐るべき敵の幻影』だ。そう理解している。

 だというのに、ラブリーは困惑していた。
 何を見せられているのだと戸惑いの瞳が潤む。
「なんなんだ? らぶはなんの幻影を見せられてるのん?」
 足が震える。それは意識したことではなかった。何故、足が震え血ているのだと、足を叩く。しっかりしろと奮い立たせる。けれど、ラブリーの足は震えは止まってくれなかった。

【フラスコチャイルドの試作体である“2番目の”貴女は、人々を守る為の水準に達しませんでした】
「何を言ってるんだマザー。ずっと一緒だって、らぶの事大好きだって」
【我々は直ぐに“3番目”の育成に取りかからなくてはなりません。貴女とはここでお別れです】
 彼女の言葉に耳を貸さぬ幻影の言葉。
 遮るようにラブリーの心を切り裂く言葉が、彼女の胸に動悸を走らせる。胸が痛い。こんな痛みなど感じたことなどなかった。

 いつだって一緒に居てくれた。
 そう言ってくれたことを覚えている。自分の心の大切な部分。なくしてはならぬ部分を今、土足で踏み荒らされて汚されているような、そんな気持ちになって、ラブリーは立っていられないような足の震えを感じていた。
「そんなの嫌だ。らぶとマザーは友達なのに」
 震える足のままにラブリーは一歩を踏み出す。
 なんで、どうして、という問いかけは無視された。

 置いていかないで。

 心が砕ける音が聞こえたような気がした。
 言わないでほしいと願った言葉が響き渡る。
【廃棄処分を開始します】
 その言葉は例え冗談でも言って欲しくない。幻影であっても言って欲しくない。心が散り散りなってしまう。
 戻れなくなってしまう。
 心の支えがなくなってしまった生命は何処に往けば良いというのだろうか。心に罅が走ればもう二度と元には戻らない。
 
 だからこそ、『黒い炎』は人の心の恐れを映し出す。幻影として、その心の傷を広げ砕くように容赦なく槌を振るうのだ。
「マザー!」
 呼びかける言葉はラブリーの心の奥底から溢れたものであったことだろう。確かにラブリー一人では、この闇を切り抜けることなどできなかったことだろう。
 けれど、彼女はひとりじゃない。

 ふたりでひとつ(ストラテジーミーティング)なのだ。

 何と?
 答えはもう出ている。ラブリーはいつだって【マザー】と一緒なのだ。
【……ます。天使の六翼を起動します】
 懐かしい声が聞こえる。大好きな声が聞こえる。一人で乗り越えられない恐怖があれど、二人ならば照らしていける。
 冗談めかして、怖いものを怖くないようにだってできる。
 二人なら。
 そう、二人なら。伸ばした手にかかる光がある。翼のごとき輝きをラブリーは手にし、彼女は闇を踏破する。

「マザー? らぶを助けてくれたの? らぶは失敗作じゃないんだ?」
 その問いかけに意味はない。
 けれど、問いかけずには居られなかっただろう。答えを聞きたい。すがりつきたい。だって、ふたりでひとつなのならば。
 悪夢だって覚める。
 その時に誰が寄り添ってくれるのかが大切なのだ。彼女が聞きたい答えは、きっと。

【おはようございますラブリー。貴女は私の大事な愛娘ですよ】

 世界のどれよりも彼女の心を明るく照らすだろう――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜刀神・鏡介
恐るべき敵の幻影……流石に「饅頭こわい」は通用しないだろうな
俺にとって恐るべき敵は、俺の剣の師匠
もう良い年の爺さんだってのに、修行時代の俺は一度も勝てなかった――だから、もし師匠が俺を殺す気で挑んできたら。勝てるだろうか

幻影の師は刀を抜くやいなや物凄い速度と技で襲いかかってくる。これが師匠の本気

いや、完璧ではないが見切る事はできる。少なくとも、手も足も出ないってことはない
師匠と比べれば未だ経験不足とはいえ、多くの戦場を乗り越えてきた
その経験は確実に俺の成長の糧になっている

なら、臆する事はない。強く前へ踏み出し、刀を振るう
――幻影とはいえ、久しぶりに師匠と剣を交えることができてよかったよ



 夜刀神・鏡介(道を探す者・f28122)は響く剣戟の音を何処か遠く聞いていた。

 メンフィス灼熱草原。
 そこは足を踏み入れた者の恐怖の根源、『恐るべき敵の幻影』を生み出す『黒い炎』が燃え盛る大地であった。
 鏡介は流石に『饅頭こわい』は通じないだろうなと思いながらも、己にとっての『恐るべき敵の幻影』とは如何なる姿かたちを取って現れるであろうかと考えた。
 瞬間、彼の視界に映ったのは剣閃であった。
 凄まじい太刀筋。
 けれど、彼はこの太刀筋を知っている。意識したわけではない。けれど、身体が瞬時に動いていた。

 理解していたし、覚えていたのだ。
 剣戟の音が響く。
 彼の前の前に居たのは己の剣の師匠であった。壮年を超えて老年。その体躯は枯れ枝のように細いものであったことだろう。
 爺さんであるのに、己は一度も勝てたことがなかった。
「もう良い歳だってのに……」
 息を吐き出すこともできなかった。
 なぜなら、目の前の『恐るべき敵の幻影』たる己の師は、己を殺すつもりであった。

 みなぎる殺気。
 それを終ぞ、彼は感じることはなかったであろう。もしも、師が自分を殺す気で挑んできたのならば、己は勝てるだろうかとさえ思った。
「―――ッ! これが」
 師匠の本気、と凄まじい速度で斬りかかられたことを意識する。
 頬を裂く剣閃。血潮が頬を伝う。どうしようもないほどの力量の隔てりを感じる。もしも、一瞬でも反応が遅れていれば己の首は胴と分かたれていたことだろう。

 完璧ではない。
 けれど、鏡介は師の剣閃を見切ることができていた。
 数多の戦いを経験し、生命のやり取りをしてきたからこそ至れた境地であったことだろう。手も足も出ないというわけではない。ならばこそ、己はできるのだと刀を握りしめる。
「なら、臆することはない」
 師と比べれば確かに経験不足と言う他ないだろう。
 けれど、多くの戦場を見た。
 多くの悲嘆に暮れる人々を見た。
 多くの絶望に打ちひしがれる人々を見た。
 この荒廃した世界、アポカリプスヘルにおいては、明日を絶望の中で願う者たちを見た。

 己が剣を振るうのは何のためか。

 かつて問いかけられたであろう。何のために刀を振るうのか。答えは己の中にある。己が立つ戦場の中にある。
 ならば、踏み出すしかないのだ。
 恐れを踏み越えてこそ、己が刀を握る理由であるのならば。
「跳ね斬る――壱の型【飛燕】」
 それは壱と銘打たれた型の一撃。
 壱の型【飛燕】(イチノカタ・ヒエン)は、後の先を取る斬撃である。
 ユーベルコードの領域にまで高められた剣技の一撃は、己へと斬りかかる師を下段から切り上げる。

 己の師を恐れるかと問いかける己の心が在る。

「いいや――幻影とはいえ、久しぶりに師匠と剣を交えることができてよかったよ」
 未だ道の半ば。
 されど、己は超えていく。
 恐れを。全てを斬り拓く。明日を望む者たちのために、過去に引きずり込もうとする幻影すらも鏡介は切り裂き、前へ、前へと、大きく躍進するのであった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルドラ・ヴォルテクス
●アドリブ連携OK

『スキャン開始、error…失敗しました』

これは……一体?

【嘗ての恐怖】
俺だと……?

「何も為せなかった……」

……。

「俺の命に意味などなかった……あるのは空虚……がらんどうの暴威……」

……そうかおまえは。

「おまえもそうなるんだよ……!」

俺は、おまえには成らない!

『スキャン成功!収束化します』

偽りの、無為の死を恐れる自分を両断する。

俺の命は俺が決める、価値や意味など、他の誰かが決められる。
だが、俺の命を使うのは他の誰でもない、俺自身だ。

引き継いだ覚悟、意志が俺を生かしている。
俺は迷い臆する心は振り切っている、こんな幻影に引き込まれぬほどにな。



『黒い炎』が絶え間なく揺れうごめく灼熱草原、メンフィスにおいて猟兵が見るのは、己の恐怖の根源である。
 それは幻影という形と実体を以て猟兵たちへと襲いかかることだろう。
 理解していなかったわけではない。
 如何なることかわかっていたはずだった。けれど、己の戦闘マシンスーツの発する警告音をルドラ・ヴォルテクス(終末を破壊する剣“嵐闘雷武“・f25181)は何処か他人事のように聞いていた。

『スキャン開始、error……失敗しました』

 何が、と問いかけることをルドラをしなかった。
 目の前にある幻影は己の姿であった。嘗ての恐怖が蘇る。
「俺だと……?」
 困惑する。何故己の姿が『恐るべき敵の幻影』だというのだとルドラは訝しんだ。何がどうすればそうなるのだと憤りすら感じるものであったことだろう。
 幻影のルドラの瞳は昏い。
 底が見えぬほどの暗闇をたたえていた。それを言葉にするのならば、人は『絶望』と呼ぶのだろう。

「何も為せなかった……」
 その言葉はルドラに響くことはなかった。空虚なる言葉だった。質量がまるでなかった。
 空虚なる言葉が何故、質量を伴わず響かぬのか。
 その理由すらルドラは知ろうとしなかっただろう。
 だから何も言葉を発しなかった。そこに意味を見出すことはできなかったから。けれど、昏き瞳は己を射抜くのだ。

「俺の生命に意味などなかった……あるのは空虚……がらんどうの暴威……」
「……そうか、お前は」
 ルドラは一歩を踏み出した。例え、空虚なる言葉であったとしても、目の前の幻影は己だ。知っている。わかっている。これは幻視などではない。
 自身の心が生み出した影法師にすぎないのだと知る。 
 だからこそ、幻影が告げる次の言葉を彼は知っているのだ。
「お前もそうなるんだよ……!」
 何も為せなかった者。
 何も残せなかった者。
 何も勝ち取れなかった者。

 あらゆる空虚が集積した存在、それが目の前の『恐るべき敵の幻影』――即ち、偽りの、無為の死を恐れる自身。
「俺は、おまえには成らない!」
 叫ぶ言葉が、力を呼ぶ。例え、目の前にいるのが己の恐れた幻影であったとしても、ルドラの体に宿るものが偽神細胞たる偽りの救世主たる力であったのだとしても。彼の心に宿った者は、光は、託されたものは、決して偽りでないと彼は叫ぶのだ。

 輝くはユーベルコード。
 散るは黒色旋風。
 謳え、その生命の凱歌を。叫べ、人のように。咆哮しろ、獣のように。
『スキャン成功! 収束化します』
 マシンスーツのメッセージを以て、彼の脳は凄まじい演算速度を導き出す。答えは既に得ている。
 いや、すでに決めている。
「俺の生命は俺が決める。価値や意味など、他の誰かが決められる」
 他の誰にも手渡してはならぬことをルドラはすでに決めている。そう在るべきと言われたからではない。己がそう在るべきと決めたからこそ。

「だが、俺の生命を使うのは他の誰でもない、俺自身だ」
 振るわれる機械剣、力の権化たる刃が無為を恐れる己を切り裂く。
 今も尚己を突き動かすのは使命ではない。
 彼が引き継いだ覚悟、意志が彼を生かしている。終わりは見えている。けれど、その終わりから目をそらすことなど無い。

 答えは得ている。
 迷い臆する心はすでに振り切っている。ならば、ルドラは前に進むのだ。灼熱草原にて己を阻む全ての幻影を切り裂き、霧消させる。
「こんな幻影に引き込まれることなどない。俺はもう決めている。如何にして生きるかを。その最果てにこそ、奪還すべき未来がある」

 ならば見よ。
 その嵐の輝きを。
 滅びを否定し、破壊する力の輝きを。雷を呼ぶ嵐の力を――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

須藤・莉亜
現れた敵は、吸血衝動に呑まれ、狂った様に笑い続ける味方さえも手に掛けた血塗れの自分。

…そう、僕が怖いのは僕自身。
どれだけ封じても、いつか限界が来るんじゃないかという恐怖。
呑まれた結果、何をするかわからないという恐怖。
それが楽しいと思ってしまうかもしれない恐怖。

「まあ、最近はそうでもないんだけどね。」
僕より強くて、僕を簡単に終わらせてくれそうな人が周りにゴロゴロいるし。
いやー、昔はこんな事考えられなかったけど、味方が頼りになるって良いね。

「じゃあね。もうちっと遊んでからそっち(地獄)に行くよ。」
幻影の首を刈ってお終いにしよう。



 衝動を抑え続けることに意味があるのかと叫ぶ獣がいる。
 その血塗れの姿は、己の姿であると須藤・莉亜(メランコリッパー・f00277)は自覚していた。
 己を苛むのはいつだって抑えがたい吸血衝動である。
 血を欲し、血に塗れ、血に沈む。
 それが己の正しき在り方であると囁く影。

 目の前に狂ったように笑い続ける存在の似姿こそが己の『恐るべき敵の幻影』だ。
 メンフィス灼熱草原に『黒い炎』が揺らめく。
 影が落とす姿は、己の最も恐れるものであるという。
 莉亜は心より、それに恐怖したことだろう。
 分かっていたことだ。知っていたことだ。今更言うまでもない。
「……そう、僕が怖いのは僕自身」
 幸いであったのは、その幻影が己にしか見えぬということであった。

 己の本性がこのようなものであると他の誰かに知られようものならば、己はきっと最後には衝動に飲まれてしまうだろう。
 追いつかれてはならぬものに追いつかれ、己の両手は、両足は、血に塗れてしまう。

 しかして、幻影は言う。
「どれだけ封じても無駄だよ。いつ限界が来るかわからないじゃないか。わかっているんだろう?」
 囁く影が迫る。
 一歩、また一歩と血に塗れた足が踏み出す度に濁った音がする。
 敵も味方もわからなくなってしまったかのような姿。狂気だけが瞳に宿る姿を自分は否定したいのか、肯定したいのか。
 それさえもわからなくなりそうなほどの幻影の言葉は、まさしく自分の言葉だった。
「呑まれた結果、何をするかわからない。それが楽しいと思ってしまうかも知れない」

 これがお前だと言うように幻影が一歩をまた踏み出した瞬間、莉亜は破顔した。笑ったのだ。
 何を恐れているのだと。
「まあ、最近はそうでもないんだけどね」
 己の力を恐れよ。
 それが己の衝動を律する術であるのならば。

 けれど、莉亜は知っているのだ。
「僕より強くて、僕を簡単に終わらせてくれそうな人がまわりにゴロゴロいるし。いやー、昔はこんな事考えられなかったけど」
 莉亜は数多の仲間たちの顔を思い出すのだ。
 自分だけが特別なのではない。
 自分以上の責務と重石を持った者だっている。自分だけが衝動を抑えているわけではない。
 それを知った時、莉亜は己の全てが、他の者たちの世界を作る一部であると理解するだろう。

 自分一人全てをしなくていい。
「味方が頼りなるって良いね」
 一歩を前に踏み出す。
 目の前には己の衝動の体現者がいる。血に塗れ、狂ったように笑っている。
 己が恐れているもの。
 けれど、莉亜は簡単に前に踏み出した。

 眼前にある己の顔。
 そして、すれ違うように幻影と莉亜は交錯する。一瞬の邂逅。交わる点。
 その一瞬で莉亜は致死舞曲(チシブキ)を奏でる。
 幻影の己は一瞬で首をはねられ、空に舞う。
「じゃあね。もうちっと遊んでからそっちに行くよ」
 行く先は言うまでもなく地獄だ。
 けれど、まだたどり着く暇はない。なぜなら、未だ戦いは終わっていないから。刈り取った首を莉亜は手の内に収めようとして、霧消していくのを見やり、灼熱草原を征くのだった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

待鳥・鎬
胸の傷痕がじりじりと痛む
やはりというか……
サムライエンパイアで僕を殺した辻斬りだ

咄嗟に親友を庇ったら、本体ごと袈裟斬りにされて
だから、実はヤドリガミとしては二度目の生だ
再び目を覚ました時には、親友は既に記憶の中の人になっていた
僕自身も、薬匙として実用に耐え得る強度は最早無くて
あの時の喪失感といったら

でも、いざ幻影に刀を突き付けられると…
…思ったより恐怖は薄れてるかな
一時期は刀に近寄ることさえ出来なかったから
猟兵として強くなりたくて、役に立ちたくて、戦い方を学んで
良くも悪くも、あの時とは何もかも違う
敵だというなら……人間だって、斬れる

今度はこっちが殺す番だ
本物の「鋼切」で、全力で断ち切ってやる



 正しい恐れとはなんだろうか。
 それを考えた時、胸の傷痕がじりじりと熱を持って痛むのを待鳥・鎬(草径の探究者・f25865)は感じたことだろう。
 彼女はヤドリガミである。
 本体に傷さえ入らなければ、その体は仮初のものであったと言えるだろう。
 そして、この傷痕の痛みが何を意味するのかもまた彼女は理解していた。予想していたし、心構えさえあれば、感想というものはこんなものであった。
「やはりというか……」

 目の前に立つ『恐るべき敵の幻影』――サムライエンパイアにおいて己を殺した辻斬りの姿であった。
 あの時の自分は何を思っていただろうか。
 ただとっさに身体が動いただけに過ぎなかったのかも知れない。
 親友をかばったのだ。己はヤドリガミだから大丈夫だと思っていたけれど、あの辻切りの一撃は深いものであった。
 本体である真鍮の薬匙さえも傷つけられた。あの一件で己は実用に耐えうる強度は最早ない。

 言ってしまえば、これはヤドリガミとして二度目の人生である。
 けれど、彼女の心のなかには親友の思い出がある。二度目の目覚めの後に、すでに親友は記憶の中だけの存在になってしまった。
 あの喪失感こそが己の恐怖の根源であったことだろう。
 辻斬りに斬られることなど少しも怖くない。
 恐怖が薄れていると感じている。一時期は刀に近寄ることさえできなかった。

「……これで二度目だよ」
 突きつけられた刃。
 その剣呑なる輝きを前に鎬は瞳をそらさなかった。
 猟兵として強くなりたくて、だれかの役に立ちたくて、戦い方を学んで。
 その繰り返しだった。
 もう自分は薬匙としてだれかの役に立つことはできないだろう。
 けれど、この身はヤドリガミ。
 その想いがあればこそ、何度だって立ち上がることができるだろう。あの日の喪失感は耐え難いものだった。

 だから、そんな思いを他の誰かにさせてはならぬと彼女は戦うのだ。
 猟兵だからではない。ヤドリガミだからではない。薬匙というだれかの病を治すための役割を持った己だからこそ、世界を蝕む病を彼女は今度こそ癒そうとするのだろう。
「良くも悪くも、あのときとは何もかも違う」
 鎬は己の『恐るべき敵の幻影』を見つめる。

 きっと嘗ての役割はもう自分にはできない。
 けれど、できることとできないことを知っているからこそ、彼女の瞳はユーベルコードに輝く。
 そこには恐怖の色は一欠片とてなかった。
「敵だというなら……人間だって、斬れる」
 殺された者がいて。殺す者がいる。
 ならば、今度は己の番だ。己の中の恐怖を斬って殺すのだ。

 嘗て己を断ち切った因縁の刃をもって、彼女の瞳はユーベルコードを解き放つ。
 穿牙(センガ)によりて両断せしめるのは、己の因縁と恐怖。
 彼女は征くだろう。
 前に進むということは変わっていくことだと知っている。もう、彼女の心に去来する恐怖はない。
 例え、何度浮かび上がってきたのだとしても、鎬は断ち切って進む。

 それができるだけの心を手に入れたのだから――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱鷺透・小枝子
どんな恐ろしい『敵』が相手でも、自分なら痛みも恐怖も捨てる事ができる。故に敵などいないとすら思った。兄妹達を、その非難の目を見るまでは。

なぜ生き残ったと、どうして、どうして、と。
声が、苛む。

自分は戦っている!まだ戦ってる!!
だから、そんな目で見るな、しゃべるな!

騎兵刀で攻撃を受け止め逆に斬る。
猟兵として強くなった身からすれば、簡単、なのに何故すり抜ける?

どうして一緒に死んでくれなかったの?

幻影が、自分を否定するな!するなぁああああ!!
人工魔眼と脳器官を、頭への負担が、限界突破するまで稼働させる

頭の中でブツリと何かが鳴る、UCが発動する、
こころが闘争心でそまる、めのまえの敵へ剣をふる。こわれろ。



 メンフィス灼熱草原は『黒い炎』が落とす影より現れる『恐るべき敵の幻影』をもって、この地に訪れた者の足を止める。
 人は心まで鎧うことはできない。
 心は柔らかく、もろく、そして一度傷が付けば二度と元に戻ることはない。ひしゃげれば、そのまま。砕ければ、そのまま。
 決して美しかった頃の色は戻らない。
 ならば、人の心を蝕む幻影は、猟兵達にとってやはり『恐るべき敵』であったことだろう。

 朱鷺透・小枝子(亡国の戦塵・f29924)は己にそんなものは存在しないと思っていた。
 どんな恐ろしい『敵』が相手でも、自分ならば痛みも恐怖も捨てることができる。
 故に敵などいなとすら思ったのだ。
 けれど、彼女の足は止まっている。止まってしまっているのだ。
 踏み出すことができない。足が震える。身体が震える。
 どうしようもないほどに狼狽えてしまう。
「なぜ生き残った。どうして、どうして、どうして、お前は生き残った」
 死することで完成するのが生命であるというのならば、小枝子が今も尚、現し世に存在すること事態が謝りであると攻め立てる嘗ての兄妹たちの姿。
 その避難の目を見るまで、彼女は己に敵はいないと思っていたのだ。

 幻影の声は己の心を苛む。
 心は鎧えない。どうしようもなく柔らかく、傷つきやすい。
 己の心がこんなにも柔なものであることを小枝子は初めて知った。だから、叫んでしまったのだ。
「自分は戦っている! まだ戦ってる!!」
 そう、未だ己の生命は完成せず。
 死という概念が到着点であるというのならば、己は未だ造られた理由を全うすらできていないのだと兄妹たちの目から目をそむける。
 真正面から見ることが出来ないのだ。

「だから、そんな目で見るな、喋るな!」
 やたらに振り回した騎兵刀が激突する。いや……その騎兵刀は容易にすり抜けてしまう。
 猟兵としての己であれば、目の前の幻影を切り裂くことなど容易いはず。
 なのにどうして、と小枝子は目を見開く。

「どうして一緒に死んでくれなかったの?」
 そうあるべきであったのに。
 そうしなければなかったのに。
 彼女の耳を穿つ言葉が、身を貫く視線が、目に見えぬ血潮を小枝子の体から喪わせていくのを感じたことだろう。
「幻影が、自分を否定するな! するなぁああああ!!」
 咆哮ではない。 
 それは絶叫であった。否定し難いものが、否定してくる。どうしようもない感情が小枝子の中で渦巻く、人工魔眼と脳器官に凄まじい負荷を与える。熱が体を支配していくのに、体はどうしようもなく恐れに立ちすくんでいる。
 相反するものが体の中でせめぎあい、瞬間、頭の中で何か切れる音がした。

 ブツリ。

 ブツリ、と。それは簡単なことであったのかもしれない。考える必要もなかったのだろう。
 なぜなら、この身は既に一度滅びているのだから。
 自覚なき狂霊は、その瞳をユーベルコードに輝かせる。恐怖を染めるのは闘争心である。
 ディスポーザブル(コワレロコワレロコワレロ)は言う。
『この生命を壊せ』と。

 それは小枝子自身を護るのではなく、その身すらも削る行いであったことだろう。恐怖を越えるのは、いつだって一歩を前に進ませる闘争心である。
 溢れるユーベルコードと共に小枝子の唇から漏れ出たのは、彼女の根源。
 その言葉こそが、振るわれた騎兵刀に力を宿らせ、幻影を霧消させるのだ。

「こわれろ――」
 それは小枝子という猟兵が見せた在り方の発露であった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユディト・イェシュア
恐るべき敵…ですか

実の両親は俺の持つ異能で金儲けをすることしか
考えられない人たちだった
最終的に行かされたのは不老不死や蘇生を研究する怪しい集団
死者の魂の輝きを持つ者を見つけろと毎日死体に向き合わされ
自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなった

恐ろしいのは両親でも死でもなく
人の持つ際限のない欲望
義父に助けられた後も
幼い自分は心と口を閉ざし
誰も信じられなかった

けれど義姉が教えてくれた
家族の温もり
見返りのない優しさと愛情
自分は生きていていいのだと

だから
ここで立ち止まるわけにはいきません
人の持つ醜さも美しさも全て受け止めて
そして俺は助けてくれた人たちに恥じないように
この命尽きるまで生きるだけです



 身に宿した異能。
 それは彼にとって唯一の家族との繋がりであったことだろう。
 もしも、それがなかったのならば、己はもっと別の生き方をすることができたのかもしれない。
 つながりを断つ、という考え方すら浮かぶことはなかったのかもしれない。
 全てが、もしかしたら、という可能性の上に成り立つことは理解している。
 自分が死んでいるように生きていることなんて、わかりきっていた。
 だから、ユディト・イェシュア(暁天の月・f05453)は己を照らしてくれる光をずっと探していたのだ。

「恐るべき敵……ですか」
 メンフィス灼熱草原の中に揺らめく『黒い炎』が落とす影。
 それはユディトにとって『恐るべき敵の幻影』であった。
 揺らめくように形を変える。己の両親。
 己の持つ異能で金儲けをすることしか考えられない者たちだった。己をきっと息子とさえ理解していなかったのではないだろうか。
 ただの所有物。
 金に変えられるだけの存在。

 そんな認識だったからこそ、最後には己は不老不死や蘇生を研究する怪しい集団に売り飛ばされた。
 毎日が苦痛だった。
 死者の魂の輝きを持つ者を見つけろと、死体と向き合う日々。
 どこにも彼が感じられるべきぬくもりなどなかったのだ。求めても仕方のないことであったのかもしれない。

 でも、それは恐れるに値するものではなかったのだ。
「本当に恐ろしかったのは両親でも死でもなく――人の持つ際限のない欲望」
 それが恐ろしかったのだ。
 目の前の『恐るべき敵の幻影』の姿が不定形であることが、証拠であろう。どこまでも際限のない人の欲望は時に足を前に進めるためのものであったのかもしれない。
 今ならばそれが理解できる。
 けれど、誰もがすぐにそう思えるわけではないのだ。
 義父に助けられた後も、心と口を閉ざした。誰も信じることなどできなかった。

「義姉が教えてくれた」
 この影を振り払うものがあるのだとすれば、それは家族の温もりだ。掌の中に、胸の中に、宿るものがある。
 見返りを求めない優しさと愛情。
 自分は生きていいのだと言ってくれる言葉。いや、言葉成らずとも感じられるものがある。

 それを感じることができると、そう気が付かせてくれた。
「だから、ここで立ち止まるわけにはいきません」
 もう知っているのだ。
 彼の瞳が見るユーベルコードの輝き。
 それはこれまで異能と呼ばれた力であったけれど、彼はもう黎明の導き(レイメイノミチビキ)によって歩んでいる。
 人の持つ醜さも美しさも全て受け止めていくことができる。

 一歩を踏み出す。
 もはや不定形なる『恐るべき敵の幻影』など意味はない。
「俺は助けてくれた人たちに恥じないように、この生命尽きるまで生きるだけです」
 見返りを求めぬ人たちに返せることがあるのだとしたら、それだけだ。
 自分は生きている。
 誰に恥じることのない生き方ができるのだと。

 そして、それを示すことで誰かを救うことがあるのならば、その時こそ、自分は伏せた瞳を開き、前に進むだろう。
 きっとその一歩は夜明けよりも明るい光となって、道を照らしているはずだから――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

佐伯・晶
恐るべき敵か、まあそうなるね

この身に宿る邪神の姿
一瞬でもあれを鏡映しと考えてしまう
それが本当に怖いね

このまま元に戻れなかったら
邪神に飲み込まれてしまうんだろうか

まあ、酷い
私の事が怖いだなんて
とっても優しい神だと思いますの

その優しさはお前の独りよがりでしかないよ
一理はあるのかもしれないけれど
人間が容易に受け入れられるものじゃないからね

とは言えそれが分かる程度には
邪神の事を知ってきた訳で
今すぐ危害を受ける可能性は
せいぜい分霊のいたずらくらいだろうね
いや、それはそれで困るんだけど

あら、人間が接し易いように
ふれんどりー?にしたのですけれど

とまあ、恐怖の対象と直接話してる訳だから
幻影なんてどうでも良いね



「恐るべき敵か、まあそうなるよね」
 佐伯・晶(邪神(仮)・f19507)にとって、その『恐るべき敵の幻影』の姿は、予想通りのものであった。
 目の前にあるのは、この身に宿る邪神の姿。

 見慣れたと思うのもまた晶にとって困惑するものであったし、同時に目の前の彼女を鏡写しであるとさえ考えてしまう自分がいる。
 己の体は女性のものであっても、魂は男性のものである。
 経緯を語れば、すぐに説明できてしまいそうなものであると晶は考えていたけれど、他者から見れば、それは容易には説明できないものであったことだろう。

「それは本当に怖いね」
 目の前の幻影を己だと錯誤してしまう認識。
 ここまで己は、女性の体であることに成れきってしまったのかという恐怖。
 それこそが晶の持つ恐怖の本質であったのだろう。
 もとに戻りたいと何時も願っている。

 けれど、それ以上に慣れてしまっているのだ。
 邪神に飲み込まれてしまったのならば、どうなってしまうのだろうかと。その恐怖だけが、やはり根底にあるのだ。
 自分を自分として認識する者がいなくなるという恐怖。嘗ての己の姿は如何なるものであったか。
 それを思い出せなくなることが、恐怖であった。

「まあ、酷い。私のことが怖いだなんて。とっても優しい神だと思いますの」
 見の内に宿る邪神が別段傷ついた様子もなく言う。
 彼女にとって己は如何なる存在であるのだろうか。復活のための手段だろうか。これを優しさだとのたまうのは、きっと――。
「お前の独りよがりでしかないよ。一理はあるのかもしれないけれど、人間が容易に受け入れられるものじゃないからね」
 晶は言葉を紡ぐ。

 優しさという言葉面でほだされることはない。
 とは言え、それはきっと今までの自分であったのならば、という話だ。長い付き合いだ。
 もう邪神のことは、そういう存在であると知っている。
 己の身に宿る邪神の言うところの優しさ。それが普通の人間に受け入れられるものではないということがわかる程度には邪神のことを知ってきたわけである。
「……今すぐ危害を受ける可能性は、せいぜい分霊のいたずらくらいだろうね」
 とは言え、それも困るものである。
 いつもふりふりのやつを着せられる身にもなってほしいものである。

「あら、人間が接しやすいように、ふれんどりー? にしたのですけれど」
 邪神が本気で言っていることはわかる。
 別にもう怖いとさえ思っていない。根底で違う存在だと理解しているだけだ。それでも未だ理解しきれない部分がある。
 けれど、それは普通の人間同士にも言えることだろう。
 同じ人間であっても、他人の心は奥底まではわからない。当たり前だ。ならば、目の前の邪神だって同じことだ。

 人間と変わらない奥底を持つ存在。
 それが浅いか深いかの違いでしかないのならば。
「まあ、もう幻影なんてどうでも良いね」
 恐怖の対象であったとしても、晶にとっては常にそばにある存在だ。
 それに慣れきってしまっているということ事態が、異常であるのだが、晶はそれにさえ気が付かない。
 ならば、『恐るべき敵の幻影』など最初から在ってないようなもの。

 晶は進む。
 もう『幻影』は追ってはこない。気に留める必要もない。
 邪神の優しさとはこういうことなのだ。晶が恐怖に気を留めることもできぬほどの存在を持って、邪神は彼女と共に征く。
 その道行きの果てが如何なるものであったとしても、分たれることはないのだ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マオ・ブロークン
あたしが、恐れる、敵。
……脅威なら。倒さなきゃ、ならない、敵ならば。
これまでも、これからも。大勢、いるだろう、けど。
枯れて、しまった、恐怖心を、揺らすのは。
たった、ひとり。

……あのとき、あたしは。ただの、ひとで。
そうだ、こんな風に。敵わない、力で、押さえつけ、られて。
冷たい水に、押し込められる。息が、できなくて、
怖くて、悲しくて、狂乱した、まま……死んじゃった。

ねえ。あたし、こんな姿に。なっちゃった、の。
腕力だって、ほら。あなたより、強くなった。
息を、止められたって、死なない。死ねないの。
ぜんぶ、克服しちゃった。ふふふ、

ずっと、想ってた……もう一度、あなたに、会えたら。
……お返し、してやる。



 錆びた脳の回転は鈍っている。
 止まってしまった新造は二度と高鳴ることはない。
 どこまでも平坦で、どこまでも冷たくて、なのに。
 なのに溢れる涙だけが止められない。それがデッドマンであるマオ・ブロークン(涙の海に沈む・f24917)という存在であった。

 メンフィス灼熱草原に揺らめく『黒い炎』が落とす影が形を作っていく。
 マオが恐れる敵とはなんだろうか。自分が恐れる敵。それをマオは錆びついた脳で考える。
「あたしが、恐れる、敵」
 呟く言葉と共に止まらない涙がこぼれ落ち続ける。脅威ならば倒さなければならない。敵ならば、これからもずっと倒さなければならない。
 きっとマオにとっての敵とは大勢いるのだろう。
 けれど、涙は枯れ果てなくても、恐怖だけは枯れ果てている。

 ならば、『黒い炎』が見せる幻影はマオにとって恐怖心を揺らすものであったことだろう。
 そう、影の形が一人の人間の姿を形作る。

 電流が脳に火花を散らす。

 明滅する光の中で、記憶が渦を巻く。

 あの時、自分は一人だった。ただの人だった。『恐るべき敵の幻影』がマオの体を組み伏せる。
 まるで比較に成らない。
 こんな力で自分は抑え込まれていたのだ。敵わない力。
 冷たい水の感触が蘇る。息ができない。
 混乱の記憶が蘇る。
 苦しい。痛い。苦しい。痛い。
 怖くて、悲しくて、狂乱したまま、自分は生命を落としたのだ。

 その元凶が目の前にいる。 
 正確には『恐るべき敵の幻影』であるが、それが今意味を為すとは思えない。マオのにじむ視界の中にいるのは、間違えようのない己を殺した存在である。
 ならば、恨み晴らさで(ウラミハラサデ)おくべきではない。
 綺麗事を言うつもりなどない。どこにもない。自分は殺されたのだ。

 そして、また今己の前にたって、己の心さえも殺そうとする。
「ねえ。あたし、こんな姿に。なっちゃった、の」
 魂の照度を還るのがヴォルテックエンジンであるというのならば、恨みが発露する念撃は幻影を掴んで離さないだろう。
 すり抜けることはなかった。
 何故ならば、もうマオは恐れていないから。
「腕力だって、ほら。あなたより、強くなった。息を、止められたって、死なない。死ねないの。ぜんぶ、克服しちゃった。ふふふ……」
 もう敵ですらない。

 目の前の幻影は恐れるに足りない。
 恐れは全て魂の衝動が塗りつぶした。即ち、恨み。その掴み上げる幻影が軋みを上げる。
「ずっと、想ってた……」
 それは胸の高鳴りとは違うものであったけれど。
 もはや動くことのない心臓であったけれど。
 それでも、彼女は想っていたのだ。

「……もう一度、あなたに、会えたら」
 それはまるで年頃の少女のような言葉であった。涙を溢れさせながら、念撃でもって圧する力が強まる。
「……お返し、してやる」
 念撃が圧する幻影が霧消していく。

 それはマオにとって乗り越えたということにはならないのかもしれない。元より、彼女にとって、それは乗り越えるべき対象ですらなかったのかもしれない。
 嘗ての己を殺した存在。
 そして、今の己の心を殺す存在。それを赦してはおけぬという思いだけが、マオの滲んだ視界を揺らす。

 涙が揺れてこぼれ落ちた。
 悲しくないのに。
「……ふしぎ」
 心は晴れやかだった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フィア・シュヴァルツ
「うー、腹が減ったぞ……」

あれから数日。
荒野を彷徨い続けているが、どこにも飯が落ちていない。
我が不老不死じゃなかったら餓死してるところだ。

「それにしても暑いな……」

服の胸元とスカートをぱたぱたさせながら歩き……
おっと、美少女魔術師たる我が、こんなはしたないことをするものではなかったな。まだピチピチの10代の美少女だしな!

「む、あそこに見えるのは……」

黒い炎の中に立つは飄々とした雰囲気のどこにでもいそうな青年。


――ついに、みつけた!

「そこにいたか、我を不死にした悪魔よっ!
今すぐこの世から滅して我の不死の呪いを解いてやる!!」

【極寒地獄】で周囲の炎ごと凍らせてくれるっ!


(この後空腹で倒れました)



 揺れる『黒い炎』がうごめくメンフィス灼熱草原をひた歩く者がいた。
 風の音さえも聞こえないが、それでも自分の腹の音は否応なしに頭に響く。
「うー、腹が減ったぞ……」
 ふらり、ふらりとフィア・シュヴァルツ(漆黒の魔女・f31665)は足を進める。
 未だ彼女は弟子と合流できておらず、食べ物らしい食べ物を食べずに荒野を歩いていた。
 たどり着いた草原は、『黒い炎』ばかりで食べ物という概念すら存在しないようであった。
 あれから数日。
 彼女は食べ物を求め続けた。どこかに飯が落ちていないかと目を皿のようにして巡らせても、そういった者は何処にもない。

 今ならば味気ないレーションや缶詰だって構わない。
 だというのに文明荒廃とはこういうことを言うのだという様に、フィアに空腹という恐るべき敵が襲いかかっていたのだ。
 しかも、この『黒い炎』がうごめく灼熱草原にあっては、暑さもまた難敵であった。
「それにしても暑いな……」
 いつもの元気さは何処にもない。欠片もない。割りとマジでピンチなのではと思うが、そのとおりである。
 服の胸元とスカートをパタパタして風を贈り続けながら、あるき続け、それでもなお食べ物が落ちていないという状況に絶望しかけた時、彼女の瞳に映ったのは、飄々とした雰囲気のどこにでもいそうな青年であった。

 人の気配に美少女魔術師たる己がこんなはしたないことをするものではなかったと恥じ入る所であったが、その青年の姿にフィアは目を見開く。
 まだピチピチの十代の美少女であるとかなんとかそんなことを言っている場合ではなかったのだ。
 あの青年。
 見間違えるわけがない。
「――ついに、みつけた!」
 叫んだ。探し求めた存在を。

 彼女が契約し、己を不死にした悪魔。
 彼女はあれを求めていたのだ。しかし、ここは『恐るべき敵の幻影』を映し出す戦場である。
 求めていながら、フィアは心の奥底で恐れていたのだろう。契約を交わした悪魔の存在を。
 不老不死を体現させた自身。 
 けれど、年を取らぬということが如何なることであったのかをフィアはもうしている。
 
 青年は何も言わない。
 何処にでもいそうな雰囲気のまま、フィアを見ている。
 そこに恐怖はなかった。いや、あったのかもしれない。けれど、空腹が、不死の呪いを解くという決意が、それらを尽く凌駕したのだ。
「そこにいたか、我を不死にした悪魔よっ! 今すぐこの世から滅して我の不死の呪いを解いてやる!!」
 みなぎるユーベルコードの輝き。
 その瞳に恐れなど皆無。
 あるのは、この空腹の中にあっても死ねぬという地獄。これを終わらせるために彼女が行使する魔術の名は、極寒地獄(コキュートス)。

 全てを凍りつかせる大魔術は、『恐るべき敵の幻影』である青年すらも凍結し、砕いてしまう。
 霧消する姿をぼやけ、にじむ視界の中で見つめながらフィアは大地に倒れ込む。
 とても、お腹が空いているのだ。
 彼女の明日はどっちだ。誰もわからない。けれど、彼女が健在であることを示すように、彼女のお腹からは、壮大な音楽を思わせるような腹の音が鳴り響き続けるのであった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年09月09日


挿絵イラスト