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夢想

#UDCアース #宿敵撃破

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#UDCアース
#宿敵撃破


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●Dream Eater
 その魔導書は、求める者に力を与えるもの。
 ひとたび淡紅の書が開かれたとき、其処に『夢想』を司りし魔人が現れる。
 ただし、力が手に入るのは魔人の打倒が叶ったときのみ。力を尽くして彼女を討ち倒せば、代わりに魔導の書がひとつ残るという。

 始まりはそんな謂れのある一冊の魔導書。
 天文学者でもありオカルティストでもあった男は、或るとき、不思議な雰囲気を放つ書を手に入れた。収集していた古今東西のオカルトグッズの中に紛れていた魔導書は淡紅色の表紙をしており、妙に開きたくなるものだった。
 最初の頁を捲った途端、不思議な力が溢れ出す。
 同時にふわりと舞い降りるように本から現れたのは、少女の姿をした書の魔人。
『おいで、おいで、夢の中へ。誰も知らない真理をおしえてあげる』
 少女が微笑んだかと思うと、急に強い睡魔が襲ってきた。
 そして、男は夢を視る。眠る男の脳裏に広がっていったのは『人間が識ることができる限界を越えた知識』だった。
 男は理解する。
 この魔導書は開くことで力の試練を与える存在だ。しかし現在、異星の邪神の依代として選ばれた魔導書は別の役目を持ってしまった。それは己の身を通じて、遠く星界の果てに封印された邪神が訪れるための門を開くこと。
『あなたは使者になれるの。それはとても光栄なことだと思わない?』
「今のは……そうか。そういうことだったのか。ひひ、ふはは、あはははっ!」
 飛び起きた男は突然に笑いはじめる。
 それは彼が狂気に囚われたことを示す証でもあった。
 やがて男は郊外にある自分の土地に魔法陣を描きあげ、悍ましく溶け落ちた星のような奇妙なオブジェの数々を作りはじめた。
 そして――それらは異星に繋がる門、即ち『ゲート』として完成してしまう。
 鈍く光る魔法陣。
 枯れ果てた花、歪んだ木々、溶け落ちた星のような数々のオブジェ。
 奇妙な場所は男と魔導書が作り出した夢想空間に繋がる場所だ。その奥にあるゲートがこのまま此処に在り続ければ、世界には遠い星界にいる邪神の力が溢れていき、滅亡への路が繋がってしまうだろう。
『ずっと主の居ない私は、こうするしか……ふふ……』
 ――邪なる星よ、ここに来たれ。
 ゲートの前に佇む魔導書の化身はくすくすと咲い、そのときを待っている。

●Nightmare
 其の書――『夢想』が開かれし時、魔人は現れる。
 打倒が叶えば其の書が一つ残る。然し再度開けば、第二の試練が始まる。
 魔人は君を乗っ取ろうとするだろう。
 だが、二度目の試練を見事に超えたならば君は書の主としての権利を得られる。
 主無き書は蘇る。
 本当の持ち主を定めるため、何度も、何度でも。

「これが俺が調べた魔導書の謂れだ。本来ならそれは試練を与えて、越えられなかった相手は喰らい、乗り越えた相手には力を与えるものだったらしいんだが……今はもっと大変な存在になっちまってる」
 今回の敵の名は、No-FADCE9『微睡む淡紅』。
 不穏な気配と情報を視たと語ったUDCエージェント、ディイ・ディー(Six Sides・f21861)は事件の中心になっている物について語る。
 元よりUDCが宿る書物だったそれは、ひょんなことから異星の邪神の依代となってしまい、或る男の元に顕現した。魔導書が何故、どうしてそうなったのかの原因を探ることは此度の本題ではない。
 本来とは別の力を宿してしまったNo-FADCE9は今、異星に繋がる邪悪なゲートの中心になっているという。
「異星の邪神の方の正体はわからねえ。だが、たとえ正体を知るためであっても顕現させてはいけない存在なんだ」
 既に邪神の力の一端がゲートから流れ込み、恐るべき星界の眷属達が溢れ出している。No-FADCE9を通じて星界の邪神本体が地球に完全に訪れてしまったら、今の猟兵でも勝つことは難しいと予測されている。
「書に力を宿したのは遠い世界からの侵略者。深淵を繋ぐ者……ってところだな」
 今はNo-FADCE9を倒すことが一番効果的な対処法だとディイは告げる。しかし、ゲートに向かうのも一筋縄ではいかない。
 現場は人気のない山の中にある開けた場所だ。
 現在のその場所は邪神の影響によって、おぞましい触手の幻影や淀んだ空気が満ちており、見ただけで狂気に陥るような光景へと変貌している。
「邪神に操られたオカルティストがいてな、そいつがゲートの影響を強くする魔法陣を描き続けていたんだ。そいつについてはもうこっちで保護してあって、狂気の治療にも取り掛かっているから安心してくれ」
 問題はゲート空間に繋がる魔法陣がはひとつだけだということ。
 そのため、まず転移の魔法陣を探す必要がある。その他の陣はユーベルコードをぶつければ消えるため、ひとつずつ攻撃していけば転移用のものだけが現場に残る。
「魔法陣を消せば消すほど辺りも普通の光景に戻るらしい。最初は気持ち悪いかもしれないが、どうにか頑張ってくれ!」

 無事に転移魔法陣を見つけた後は内部に突入するだけ。
 いよいよそこからが本番だ。ゲート空間には夢想の魔導書の力が満ちており、ひとりずつ別々に分断されてしまう。そして、そこには邪神の眷属である透明な存在が現れる。
「眷属達はお前らの姿と技を真似て変化して、倒すことで存在を乗っ取ろうとしてくる。簡単にいえばシェイプシフターやドッペルゲンガーってやつだな」
 されど、それらはただの偽物に過ぎない。
 恐れることなく戦い、対抗すれば退けることが出来るだろう。
「ドッペルゲンガーを倒したらようやくNo-FADCE9ちゃんとご対面だ。便宜上、彼女と呼ぶが……彼女は『主無き書』として在ったから、異星の邪神の道具になっちまったみたいだ。つまり、誰かが仮にでも主になってしまえばゲートを閉じられる可能性がある」
 彼女の主になるには戦いで勝利すること。
 己の力を余すことなく示し、全力で以て魔導書の魔人である少女を倒せば、主として認められる可能性があるだろう。或いは主になることを選ばず、問答無用で骸の海に叩き還す。そうすればゲートの問題も解決できる。
「No-FADCE9は夢想の魔導書とも呼ばれているからな。夢を見させたり、心の力を奪って何かをしてくるだろう。だが、お前らなら乗り越えて来れるはずだ!」
 信じてるぜ、と告げたディイは猟兵達を送り出した。


犬塚ひなこ
 今回の世界は『UDCアース』
 魔導書のUDCが依り代にされ、恐ろしい邪神を顕現させるゲートが開きかけています。UDCを倒し、ゲートを壊して侵略を阻止しましょう!

●第一章
 冒険『儀式の魔方陣』
 郊外の山奥に作られた儀式場。
 溶け落ちた星のオブジェが並び、紫色の触手の幻影が蠢いています。
 現場には魔法陣がいくつも描かれており、どれかがゲート空間への入口です。
 ユーベルコードをぶつければ転移陣ではないものは壊れて力を失います。周囲の触手は触れると何だか気持ち悪くなる力を持っていますが、魔法陣を壊す度に触手も消えていきます。
 この儀式場は百害あって一利なしなので、全力で壊してしまってください!

●第二章
 集団戦『『都市伝説』ドッペルゲンガー』
 戦場は暗い異空間。
 形のない邪神の眷属があなたの姿や力を真似て襲ってきます。必ず一対一の形になり、自分自身を撃破する形になります。
 この戦いが魔導書にとっての第一の試練となっているらしく、勝利すればボス敵のいる空間に飛ばされます。

●第三章
 ボス戦『No-FADCE9『微睡む淡紅』』
 夢想の魔導者の化身。少女の姿をしており、言葉を話すことができます。
 ユーベルコード以外にも、星界の邪神から与えられた特殊能力を持っています。詳しくは三章の序文で説明します。

 今はゲートの依代となって異星の邪神を呼び寄せる存在となっていますが、誰かが強い意志を持って魔導書の主になることか、彼女の存在を骸の海に還すことでゲートの侵食が止まります。
 ※主となる場合、書からも認められる必要があるので難易度が少し高めです。

 また、異星の邪神の正体や本体などは、今回のシナリオでは登場しません。調査プレイングなどは行えませんのでご了承ください。
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第1章 冒険 『儀式の魔方陣』

POW   :    真正面から突入する

SPD   :    ひっそり潜入する

WIZ   :    情報を整理してから入り込む

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

兎乃・零時


夢想の魔導書!!!少なくとも今持ってる奴とは違うタイプの属性だな!
試練型の魔導書…
特殊なのだと実力に比例して見えたり
認められないと見えないとかは知ってるけど、初めて聞いたぜ…

まぁ本来と状況が違うとしても!
その魔導書に主って認めさせりゃ全部解決!だろ!?
深淵を繋ぐ者だか何だか知らんがやってやるぜ!

その前にやる事やってくんだけどな!
よっしゃ行くぜパル!まずは魔法陣を全力で破壊してこ!!

今回は箒に乗りつつ山奥の魔法陣の場所を把握しよう
触手がいる場所が奴らの場所
空中から一気に《光雨》で突き刺し壊せば問題なし!
…あ、巻き込まない様に幽世戦争で手に入れたメモリの《分析者》で分析宜しくパル!(丸投げする)



●少年が夢見る未来
 夢想。
 その意味は夢に見ること。或いは文字通り、夢を想うこと。または眠りの中で見る夢の如く、あてもない事象を想像することや空想の意味合いも持つ言葉だ。
 夢の中では何だって出来る。
 想像力さえあれば夢の世界は無限に広がっていく。
 つまり、かの魔導書は思い描いた事柄を実現させる力を宿しているとも云える。無論、その力を行使するのは強い意志を持つ者だけに許されることではあるのだが――。
 夢想の魔導書は今、その力を歪められている。

 淀んだ空気が満ちている郊外の山奥。
 兎乃・零時(其は断崖を駆けあがるもの・f00283)は魔導機械箒に腕を組んだ状態で立ち乗りしており、眼下を見つめていた。
 箒の先端に同乗している紙兎パルと共に彼が探しているのは、件の魔法陣とオブジェで組み上げられているという悍ましき儀式場。
「お、あの辺か?」
 現場は山奥の開けた土地だという。木々が生い茂っていない部分を見つけた零時はそちらに向かって飛んでいく。
 その際に思いを巡らせていたのは此度のUDCのこと。
「それにしても夢想の魔導書か!!」
 全世界最強最高の魔術師を志している零時としては、強く興味をひかれるものだ。
 謂れや呼び名を思えば、少なくとも現在の零時が所持している書とは違うタイプの属性だとも分かった。
「試練型の魔導書……どんなだろ?」
 零時が知っている特殊な書の一例としては極光の古文書が挙げられる。所有者の実力に応じて自動的に閲覧可能制限が設けられるもの。または書そのものや、其処に宿る存在に認められなければ内容が見えないものだ。
「それなりに色々知ってるけど、初めて聞いたぜ……」
 しかも、現在の夢想の書は本来の在り方とは違う使われ方をしているという。本来は一度目の試練を越え、二度目の戦いを経ることでやっと手に入る書だ。
 其処には今、異星に封じられたという謎の邪神から受けた力が宿っているらしい。異星から呼びかける存在の正体が何なのか、どういった経緯で魔導書が邪に染まったのかは知ることが出来ない。
 だが、今の零時の意識は夢想の魔導書だけに向いている。書を獲得、もしくは撃破することでこの世界の平穏を保てるというならば、全力で挑むだけだ。
「まぁ本来と状況が違うとしても!」
 ぐっと拳を握り締めた零時は箒を降下させる。彼の視線の先には蠢く触手と光る魔法陣、溶け落ちた星のようなオブジェが見えていた。
「その魔導書に主って認めさせりゃ全部解決! だろ!? 深淵を繋ぐ者だか何だか知らんがやってやるぜ!」
 その前にやる事やってくんだけどな、と言葉にした零時は魔力を紡ぎはじめる。
 触手は薄く透き通っているので完全に実体化しているわけではないようだ。だが、触れることで多少なりとも影響があることは見受けられた。
「よっしゃ行くぜパル! まずは魔法陣を全力で破壊してこ!!」
 妖しく揺らめく陣の光を見下ろした零時は、藍玉の杖を掲げる。其処から解き放たれていくのは光の力を宿した属性魔法だ。
 零時は触手に捕まることなく、空中から一気に光の雨を降らせた。
 鋭い光の軌跡は触手を擦り抜けながら魔法陣そのものを消すために奔る。まるで雨で突き刺すように壊されていく陣。その様子を眺める零時は大きく頷いた。
「よし、これで問題なし!」
 敵と呼べるのはまだ幻影の存在のみ。空中に留まり続けている零時は、この調子で魔法陣を破壊していこうと決めた。
 数多くある陣の中で夢想の領域に続くのはただひとつきり。
 しかし、それ以外の全部を壊して消してしまえば触手も消えて一石二鳥。そんなとき、零時は儀式場に近付く人影に気が付く。
「……あ、仲間か」
 その人影が自分とは別に転送されてきた猟兵だと知った零時は、彼や彼女達を万が一にでも光雨に巻き込まないようにすべきだと判断した。
「宜しくパル!」
 零時はその対応を紙兎に願う。するとパルはひらりと地面に向かって跳んでいき、零時の協力をはじめた。着地したところでふわりと触手に撫でられた紙兎がぞわっと震える仕草をしたように見えたが、式神であるパルならきっと問題ないだろう。
「もし俺様が触手に巻かれてたらどうなって……いや、考えるのやめとこ」
 嫌な想像をしてしまい、首を横に振った零時は更なる魔力を紡ぐ。
 気合いを入れ直した少年は夢想の書を思う。
 書の試練を乗り越えられるか、否か。魔導書に記された魔術や記述内容は如何なるものなのか。新たに書に宿った邪神の力とは――。
 希望と期待、想像と懸念。
 様々な感情はあれど、強く願うことはいつもひとつだけ。
「パル、突っ込むぜ! 夢想領域でも異星空間でも、どこでも行ってやるさ!!」
 そして、少年は今日も己が望む夢への道を往く。また一歩、一歩と未来への歩みを進めてゆくが如く――零時は未知の世界に飛び込む気概を抱いた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

プリムララ・ネムレイス
この世界に来て一度も星を見る事が出来なかったものだから、てっきりこの世界には星々が無いものかと心配をしてしまったの
だって星が見えない夜は迷子になってしまうから
でもそうじゃないと分かって安心したわ
そして同じ様に
てっきりここには魔法なんてないんじゃないのかしらと思っていたのだけれども、どうやらそうじゃないみたいね
その魔導書
どんな事が書かれているのでしょう
心躍る内容だと嬉しいわ

これだけ沢山の魔法陣を描いた事は褒めてあげたいのだけれど、ちょっとお粗末ではないでしょうか
こちらも魔導書を開いて応えます
《煌めく星匣、瞬く流星》
星々の出る夜は道に迷わないように、その輝きはいつだって正しい道を教えてくれるわ



●星無き世界の幽かな光
 淀んだ空気と色、溶けて崩れた星の像。
 地に堕ちたような光は奇妙に揺らぎながら明滅していた。訪れた此の場所はお世辞にも美しい場所とは呼べない有様だ。
「遠い、遠い場所の光。あれは――星?」
 しかし、プリムララ・ネムレイス(夜明け色の旅路と詰め込んだ鞄・f33811)は魔法陣が光る儀式場の奥に、星の光を視た。
 正確には見えた気がした、と表した方がいいのかもしれない。されどプリムララにはそれが見間違いとは思えなかった。
 プリムララはこの世界に来て、一度も星を見る事が出来なかった。
 都会に灯る眩しい明かりが星の光よりも強かったからだ。そのうえ石と鉄で編まれた家や、と騒がしい音で満たされた街は星など必要としていないように思える。
 それに人々も空ではなく手元の手鏡ばかりを見ていた。
 そんなものだから、てっきりこの世界には星々が無いと心配をしてしまっていた。何故なら、いくら辺りが眩しくても、星が見えない夜は迷子になってしまうから。
 けれども今、遠い星の瞬きが感じられる。
「良かった、安心したわ」
 プリムララは儀式場の向こう側を見透かすように双眸を細めた。
 この世界にもちゃんと星がある。この場は邪悪なるものを呼び寄せる門となってしまっているが、世界自体は迷い子が路頭に迷うような場所ではない。
「それに――」
 周囲を見渡したプリムララは更なる安堵を覚えた。
 この世界は蜃気楼の魔法に掛かっているようだとも思っていたが、本当の意味での魔法も確かに存在している。
「てっきりここには星や魔法なんてないんじゃないのかしら、と思っていたのだけれども、どうやらそうじゃないみたいね」
 一般の人々に魔術や呪術の類は秘匿されているか、空想の中だけのものだと思われているようだが、此処には魔力で紡がれた魔法陣や悍ましい触手があった。
 この現象を引き起こしているのは夢想の魔導書だという。
 まだ姿を見ることは出来ないが、先程に感じた星の光の元に書は在るのだろう。
「その魔導書、どんな事が書かれているのでしょう」
 プリムララは書の内容を想像してみる。夢を司るのならば睡りの魔法だろうか。それとも夢を操る方法か、或いはもっと別の魔法なのか。
 何にせよ、心躍る内容ならば嬉しい。
「けれど、駄目ですね」
 軽く肩を落としたプリムララは改めて魔法陣の群を見遣った。紅と青、例えるならば朝焼けの境界にも似た彩の瞳に映っているのは悍ましい光景。
「これだけ沢山の魔法陣を描いた事は褒めてあげたいのだけれど、ちょっとお粗末ではないでしょうか」
 これが完全なるものであるならば、あの紫色の触手も実体化しているはず。半透明のまま、向こう側が透けてしまっているそれは不完全なものだ。
 プリムララは蠢き、光るもの達を見つめたまま魔導書を開いた。一歩、距離を縮めると向こうが此方に触ろうと動きはじめる。
 それならばプリムララも自分なりの力を以てして応えてやるだけだ。
「――瑞光奔る手匣を開きて、天の明星を取り出さん」
 星々の叡智を閉じ込めた書から煌剣が浮かび上がる。彼女の玩具箱でもある煌めく星匣から、瞬く星の軌跡が現れたのだ。
 触手達を翻弄するように、幾何学模様を描いて翔ぶ剣は宛ら流星のよう。
 蠢くものを擦り抜け、悍ましき光を乱しながら舞い飛ぶ煌剣は、次々と魔法陣を壊していった。魔法があることはプリムララにとって歓迎すべきことだが、あのような存在を野放しにしておくのは美しくない。
 煌剣が舞う度に辺りは静かな暗闇で満たされていく。
 ほら、と双眸を淡く細めたプリムララは次の魔法陣が剣によって壊されていく様を見つめていた。一寸先は闇。けれども、星の瑞光は行く先を照らす。
「星々の出る夜は道に迷わないように」
 その輝きはいつだって、こうして正しい道を教えてくれるから。
 瞳を瞬かせたプリムララの視線の先には、此処に集った猟兵達によって導き出された答え――即ち、ゲート領域に続く魔法陣があった。
 プリムララは踏み出す。異星の門の前で待つ魔導書の元に進むために。
 星が導く、その先へ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルゥ・グレイス
魔術陣をいくつか見比べてちょっとしたことに気が付く。
「これ、先生の書庫に似た記述があったな」

あの元カクリヨの魔法使いの書庫にはUDCに邪神、骸魂などあの二つの世界の文献が多く残されていたことを思い出す。

もちろん全く同じではないが。
けれど、その知識をとっかかりにある程度推察することはできる。

「…これか?」

あたりをつけて探査魔術をかける。
ほかの魔法陣のように霧散するわけでないことを確認して。
「あたり。あとは他を一掃するだけか」

UCを起動し本命を残して破砕していく。
半分オートの思考回路にそれを任せて
自分は転移魔方陣を考察する。


ほかの魔法陣を破壊し終わった細心の注意を払って、魔法陣の向こう側へ。



●似て非なるもの
 数多の魔法陣と歪む光。
 そして、周囲に蠢く妖しい触手の数々。溶け落ちたかのような星のオブジェは到底、美しいとは呼べないものだ。
 ルゥ・グレイス(RuG0049_1D/1S・f30247)は銀の双眸を緩く細め、目の前に広がっている光景を確かめた。狂気を孕んだ者が描いた魔法陣は妙な力を持っている。
 陣を構成する線や円の周囲の模様、大きさや隣接具合。
 半透明の触手に捕まらないよう、遠目に幾つかの陣を見比べていくルゥはちょっとしたことに気が付いた。
「これ、先生の書庫に似た記述があったな」
 偶然だろうか。何処かで見たことがあると感じたのだが、ルゥの師が所持していた文献に似たようなものがあった。
 彼の魔法使いの書庫には様々な資料や魔術書があった。多く残されていた文献の中には幾つか、この魔法陣を思い起こさせるものがあったことを思い出す。
 綿密に練られた唯一の陣とは違って、この儀式場にあるものは単純かつ汎用性のある模様が多い。それゆえにルゥの先生の書庫にあった資料とも似ているのだろう。
 邪神の知識を得て、これらの魔法陣を書いた男。彼も元はただのオカルティストだ。
 つまりは本気で魔法を学んだ者ではないということ。知識はあれど魔力の込め方がなっていない。おそらく周囲の触手が半透明のまま実体化していないのも、それが原因完全な魔法陣になっていないからだろう。
 もちろん、陣が己の知識のものと全く同じではないこともルゥには分かっている。
 似ていると感じたが、両者が別物だということも理解できた。だが、もし基本原理が同じか、或いは類似したものならば、ルゥが得ている知識をとっかかりにしてある程度の作用を推察することはできた。
「……あれか? いや、あっちか」
 ルゥはあたりをつけ、探査魔術をかけていく。
 周囲では既に他の猟兵達が魔法陣に攻撃を仕掛けており、衝撃を与えられた魔法陣が霧散するように消えていっていた。
 ルゥは触手の影響を受けない場所に陣取り、数多くある魔法陣の中から転送陣となるものを探していく。
 そして、遠くにそれを見つけた。
「あたり。あとは他を一掃するだけか」
 この場で行うべきことは単純明快。ルゥはユーベルコードを起動した。
 PDBCInt.接続。反応式遺失礼装炉心、七人の小人の標本――スリーピーストーンズ・ブラインド・アウト。起動まで...3.2.1..完了。
 特殊な魔力を発生させる遺失礼装炉心を動かしていくルゥの狙いは、本命を残して他の魔法陣を破砕していくこと。
 半分はオートの思考回路に任せ、自分は転送魔法陣について考察する。
「壊せる魔法陣はダミー? 違うな、作りかけだったから脆いのか」
 首を傾げて考えるルゥ。
 彼が導き出したのはこういった推測だ。
 ひとつ、転送魔法陣の入口は此方から見てのこと。邪神側からするとあれは出口だ。それゆえに強靭に作ってあるのだろう。
 ふたつめ、周囲の魔法陣は未完成だったこと。多分、オカルティストの男によって更なる陣が重ね続けられていれば此処は完全な邪神領域になった。
 周囲の触手達も実体を持ち、世界を侵食するものとなっていたはずだ。しかしそうなる前に事件が予知され、こうしてルゥ達が駆け付けることになった。
「こんなものかな」
 ルゥは仲間たちの攻撃具合を見遣り、自分の攻撃を止める。
 後は自ずと夢想領域に続く出入り口が残されるはずだ。皆が他の魔法陣を破壊し終わった後こそが本番。
 ルゥは細心の注意を払い、魔法陣の向こう側へ進もうと決めた。
 其処から先は世の常識は通用しない世界。されどルゥは怯まず歩を進める。彼は自分なりの思いを抱き、夢想の魔導書の化身がいる領域へと踏み出していく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジョン・フラワー
わるい夢を見せるなんて、夢の住人としてほっとくわけにはいかないね!
でもこのセンスはちょっと楽しいかも! 面白い形だなあ

壊すのもったいないけど、壊さなきゃいけないから壊すね!
今日の僕はどんな気分だろう。いっぱい壊せてつよい僕!
そうだな! かいじゅうがいいな!
空も飛べるしブレスだってはいちゃうぞ! かっこいいぞ僕ー!

決まったら早速発進! そしてスライディング着地ー!
いっこずつ壊すよりいっぺんに壊した方がはやい。おおかみはかしこいなあ!
やあやあ触手君遊んでほしいのかい? 今忙しいからまた今度ね!
地面をブレスで薙ぎ払う仕事がまだ残ってるから!
これ何ブレスだろう。夢ブレス? わかんないけど撃て撃てー!



●賢くて格好いい狼さん
 夢想とは言葉通り、夢をおもうと云うこと。
 思う。想う。懐う。憶う。同じ響きでも微細に異なる意味合いを持っており、どのようなおもいを抱くかは、それに向き合った者次第。
「到着! うわ、すごいなあ」
 儀式場となってしまった山奥の地に転送されたジョン・フラワー(夢見るおおかみ・f19496)は、周囲を見渡した。
 蠢く触手に気味の悪いオブジェ、妖しい光。
 それらが織り成す光景は一言で云えば気持ちの悪いものだった。例えるならば、アリスが見る悪夢の中のようなもの。
「わるい夢を見せるなんて、夢の住人としてほっとくわけにはいかないね!」
 されどジョンは明るい口調のまま、己の思いを口にした。
 自分自身でこの景色が悪夢だと例えたゆえに、ジョンはその本質を知っていた。
 夢はいつか覚めるもの。
 それにこれが長く続く夢だったとしても、自分たちには終わらせる力がある。
「でもこのセンスはちょっと楽しいかも! 面白い形だなあ」
 双眸を細めて笑ったジョンは、魔法陣が並ぶ領域に踏み出していく。数えきれないほどの陣があり、その間には奇妙な模様が見えた。そして、そこかしこに紫色の触手がゆらりと揺らめいている。
 ジョンが更なる一歩を踏み出したとき、蠢き続けていた触手が迫ってきた。
 だが、彼は怯むことなくそれに目を向ける。
「壊すのもったいないけど、壊さなきゃいけないから壊すね!」
 ――ドリームチェンジ。
 とん、と地を蹴って跳躍したジョンは触手を避けると同時に、己の中に満ちるユーベルコードの力を発動させた。
 さあ、今日の僕はどんな気分だろう。
 魔法陣や幻影をどうにかするなら、いっぱい壊せてつよい僕がいい。そう考えたジョンは結論を出した。
「そうだな! かいじゅうがいいな!」
 跳躍からの着地。その瞬間、ジョンの身体が恐竜めいた怪獣に変化する。
 指先には鋭い爪。背には雄々しい翼と尾。くるりと身を翻しながら、触手をひと薙ぎすれば衝撃波が周囲に散った。
「空も飛べるしブレスだってはいちゃうぞ! かっこいいぞ僕ー!」
 更に迫ってきた触手を尾で振り払ったジョンは胸を張る。触れた瞬間、ぞくりと身を震わせるような感覚があったが、それも一瞬のこと。
 あの半透明の触手はただ気持ち悪さを覚えさせるものらしい。
 四方から迫りくる新たなものを避けながら、ジョンは一気に突進していく。空を飛び、触手のうねりを交わしたジョンは降下する。
 そして、其処からひといきにスライディング着地。
 それによって魔法陣が乱され、周囲の紫のうねうねも消えていった。振り返った怪獣ジョンは尾をぱたぱたと振る。
「やっぱり、いっこずつ壊すよりいっぺんに壊した方がはやいね。うんうん、おおかみはかしこいなあ!」
 狼のときのように揺れる尻尾は作戦が上々だと感じた証。
 ジョンはこの調子で行こうと決め、魔法陣を壊すために更に飛び立った。別の触手がジョンに追い縋ってきたが、彼はそんなものに不覚を取ったりしない。
「やあやあ、そっちの触手君も遊んでほしいのかい? 今忙しいからまた今度ね!」
 軽くあしらったジョンは魔法陣を狙って更なる一撃を仕掛けるつもりだ。次はスライディングではなく――。
「地面をブレスで薙ぎ払う仕事がまだ残ってるから!」
 言葉と同時に魔法陣への攻撃が解き放たれた。紫色のブレスは触手の色とは違って、ふわふわしたゆめかわ系の色になって地面を覆っていく。
「これ何ブレスだろう。夢ブレス?」
 追ってきた触手も消え、ジョンは軽く首を傾げてみる。
 此処は空の上なので当然答えてくれる人もおらず、まあいっか、とジョンは笑った。そして、彼は更なる魔法陣を壊していくために息を吸う。
「わかんないけど撃て撃てー!」
 ブレスが放たれる度に邪悪な雰囲気が薄らいでいった。
 夢想には夢の力で無双する。なんてね、と目を細めたジョンは其処からも、次々と魔法陣を打ち壊していった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フォルク・リア
「世の中には様々な魔導書があると言うが。
ひと際厄介な呪いが掛けられたものだ。
一度読んでみたくはあるけど。
それは目の前の厄介を片付けてからか。」
魔導書に思い巡らせながら触手の幻影を見据え。

「こう言う手合いは先手必勝か。」
触手を躱しながら【高速詠唱】で不浄なる不死王の軍勢を発動。
魔物、死霊、不死王を差し向け魔法陣を攻撃。
「いくら不気味でも幻影なら此方が傷を負う心配はない。
ならこの手が最も手っ取り早い。」
「幻ではない本物の魔の力。存分に振るって貰うとするよ。」
と言いながら魔法陣や周囲を見て
攻撃対象の魔法陣自体を見逃さない様に注意。
また、触手の数から大まかにどれだけ
魔法陣が残っているのかも予測する。



●不浄と魔導
 人里離れた山奥。
 天文学者の土地だったというその場所は、おそらく星を見るための絶好の場所だったのだろう。だが、土地の持ち主だった男は狂気に陥った。
 この場所は星を観測する場ではなく、異星の邪神が顕現する儀式場となっている。
 フォルク・リア(黄泉への導・f05375)は周囲に漂う魔力を感じ取り、フードを軽く被り直す。目元は外からは見えないままだが、彼の瞳は確かな気配を捉えていた。
「世の中には様々な魔導書があると言うが――」
 夢想の魔導書。
 或いはNo-FADCE9『微睡む淡紅』。
 そう呼ばれる存在を思い、フォルクは一歩を踏み出していく。
 オブジェと魔法陣が並ぶ異様な光景と半透明の紫色をした触手が蠢く様は見ていて気持ちのいいものではない。厄介な呪いが掛けられたものだと感じたフォルクは、邪神の力を受けた書への警戒を強めた。
 無論、術士であると同時に研究者でもあるものとして、興味がないわけではない。
「一度読んでみたくはあるけど、それは目の前の厄介を片付けてからか」
 揺らめいている触手は今にも襲いかかってきそうだ。
 それが大きな傷みを引き起こしたり、何か強い現象を起こすものではないことは既に分かっている。幻影としてしか顕現できなかったそれらなど猟兵の敵ではない。
 それでも、排除しなければならない存在だ。
 フォルクは魔導書に思い巡らせながら幻影を見据えた。やはりどうみても気持ちの悪いものだとしか言い表せない。
 触れれば悍ましい感覚が齎されるということもフォルクは察知していた。
「こう言う手合いは先手必勝か」
 向こうが迫ってくる前に詠唱を紡いだ彼は身を翻す。それによって触手を躱したフォルクは不浄なる不死王の軍勢を発動した。
 偉大なる王の降臨である。
 抗う事なかれ、仇なす事なかれ。
 生あるものに等しく齎される死と滅びを粛々と享受せよ。
 呼び声に応え、儀式場に顕現していくのは魔物や死霊、不死王達。フォルクは彼らを触手に差し向けて破壊しながら、魔法陣そのものを攻撃していく。
「いくら不気味で妖しくとも、存在が幻影なら此方が傷を負う心配はない。ならこの手が最も手っ取り早い」
 フォルクは相手がどういった状態なのか聡く理解していた。
 この儀式場は不完全なものだ。言い換えるならば未完成だと言えよう。何故なら、それを作り上げようとしていた男が魔法陣すべて書き切る前に事件が察知されたからだ。見るに魔法陣の数は多くともまだ初期段階だったようだ。
 万が一ではあるが儀式場が完成した後に駆けつけることになったなら、触手も実体化していたに違いない。
 フォルクが見遣る先では、無数の死霊とそれを貪り力を増す魔物の群れが魔法陣を次々と消している。それに加えて骸骨姿の不死王が猛威を振るっていた。
「幻ではない本物の魔の力。存分に振るって貰うとするよ」
 フォルクはそう言いながら残りの魔法陣や周囲を見ていき、状況を確かめる。攻撃対象の魔法陣自体を見逃さないように。そして、見える範囲にある触手の数から、大まかな計算を始めていく。
 陣と共に触手が消えるなら、どれだけ魔法陣が残っているのかも予測できるはずだ。
「魔法陣ひとつにつき数本か。これなら――」
 後は周囲に訪れている仲間と共に協力すれば、夢想領域に繋がるものはすぐに発見することが出来るだろう。
 フォルクは察知した転送魔法陣に視線を向けた。
 あれは此方から見るならば入り口だが、件の邪神からすればこの世界への出口だ。
 魔法陣を自分達以外に使わせないためにも、夢想の魔導書と星界の邪神との繋がりを切らねばならない。
 一番の解決方法は、あるじ無き書の主に誰かがなること。
 それが叶えられるか否かは未知数だが進まなければ話は始まらない。そして、フォルクは前に進む。すべての魔法陣を破壊して、次への道をひらくために――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖


魔導書ねぇ…
そもそも俺に扱えるとも思えねぇし
欲しいとは思えねぇなぁ
真理なんか読んだり教えて貰って分かるもんでもないだろうし
興味の欠片もないが
…放ってはおけねぇ

それにしても
…キモい
キモいの一言しかねぇな
触手とか何だよ怖
考えないようにしよう

魔法陣とかもよく分かんねぇし
片っ端からぶっ壊してぇけど…
とりあえず触手って払えんのかな?
キモいし触りたくねぇわ
衝撃波で一旦吹き飛ばして魔法陣観察
分からないなりに共通点や差異を探しつつ
スマホでメモして情報収集

何か分かれば怪しいとこ狙って
分からなかったらもう面倒くせぇからぶっ壊す
これならある程度まとめて壊せるはず
UC

ちったぁ見通し良くなったか?
さて
見つかった、か?



●星界への入口
 No-FADCE9、微睡む淡紅。
 或いは夢想の魔導書として呼ばれるUDCを思いながら、陽向・理玖(夏疾風・f22773)は準備運動がてらに拳を何度か握り直す。
「魔導書ねぇ……」
 かのUDCは主を求め、試練を与えてくるものだったらしい。
 腕比べというものに興味がないわけではないが相手はそもそも魔導書だ。純粋な魔法の類が自分に扱えるとも思っていない理玖は、握っていた手を開いた。
 よし、と小さく言葉にした彼は目の前を見据える。其処には狂気に陥った男が作り出したという奇妙な光景が広がっていた。
「欲しいとは思えねぇなぁ」
 別の邪神の力が影響しているとはいえ、魔導書の影響を受けただけでこんなものを作り出してしまうのだ。邪神の力は真理を与えるという話も聞いていたが、理玖としてはいまいちぴんと来ない話だった。
「真理なんて、読んだり教えて貰って分かるもんでもないだろうしな」
 その点については興味の欠片もない。
 だが、この事件を見過ごせば世界が侵食されてしまう。書自体に関心がなくとも、この世界の危機が大きくなると聞いたならば黙っていられない。
「……放ってはおけねぇ」
 己の中にある思いを言葉に変えた理玖は蠢くもの達を見据えた。それらは半透明かつ紫色の悍ましい色を宿しており、こちらに向かって伸びてきている。
「それにしても……キモい。キモいの一言しかねぇな」
 幻影の触手達はお世辞にも良いものだと思えなかった。邪神の眷属として顕現することの多いものであり、好意的に見ることは容易ではない。
「触手とか何だよ怖」
 肩を竦めた理玖は次に地を蹴った。その動きによって触手の幻影を避け切った理玖は一気に跳躍する。
「魔法陣とかもよく分かんねぇし、片っ端からぶっ壊してぇけど……」
 とりあえず触手が払えるのかどうかを確かめたかった。
 だが、あの幻影に触れてしまうのは良くない気がする。やめとこ、と呟いた理玖は触れることを極力避ける方針に変えた。
 奇妙な紫の光を発するそれらは理玖に迫ってくる。
 しかし、理玖は難なく触手達を躱し、衝撃波を纏う一閃で触れる前に霧散させた。
「近寄んな」
 邪魔なものを吹き飛ばした理玖は魔法陣をじっと観察する。魔術や魔法に関しての知識は深くないが、感じられるものもあった。
 理玖は分からないなりに共通点や差異を探すことを心掛け、気になった箇所があればスマートフォンにメモ、或いは写真を撮ることで情報とする。
 その間にも別の方向から触手が蠢いて近付いてきたので、理玖は舌打ちをした。
「どこから湧いてくるんだ、これ」
 再び地面を蹴った理玖は足元の魔法陣の線を衝撃波で消す。疾風怒濤の勢いで以て次の魔法陣に攻撃を仕掛ければ、例の触手達も同時に消失した。
「正直、分かんねぇな」
 息をついた理玖は細かいことは考えないと決めた。怪しいところがあれば狙い打ち、何も分からずとも破壊すればいい。
「面倒くせぇからぶっ壊す!」
 残像を纏い、一気に魔法陣の上を駆けた理玖は次々とそれらを穿った。そんな中でふと思うのは、もし彼女が傍にいれば的確に判断してくれただろうな、ということ。
 しかし万が一にでも彼女が触手に巻かれたらと思うと――。
 嫌な想像をしてしまった理玖は頭を振り、今はひとりでいい、と思い直した。
 そして、暫し後。
「ちったぁ見通し良くなったか?」
 理玖は辺りを見渡す。彼が立っている周囲の魔法陣は完全に壊されている。後はこの場に訪れている猟兵達が残りの陣を消せば、転移陣であるものが残るはずだ。
「さて。見つかった、か?」
 仲間のひとりが或る魔法陣に近付いていく後ろ姿を見つめ、理玖も歩き出す。
 本番はこの先からだ。
 戦いへの覚悟を抱き、理玖は双眸を鋭く細めた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


邪神の力が強いからか
カグラが最高に不機嫌である
カラス、何とかしてくれ

サヨとリルが気味の悪い物に囚われぬよう注意を払い結界を張りながら進もう
え?厄災魔法?あ、あれか…うん
あれね…
喰桜に手をかけ応える
任せてくれ、と

…リルは魔法の才があったね
何か感じる?
私は得体の知れぬ禍の気配を感じるよ
之の意図を繋げてはならない
此処で斬る

気味の悪い触手には近寄らぬようにしながら、春暁ノ朱華
魔法陣へ斬撃波放ち壊していくよ
ァ!私の巫女の脚が!
触れるな穢れしもの!サヨの脚を撫で摩る
り、リルが危ない!

カグラ、結界を!
そうだとも
斯様なものに負けられない

魔法っぽく斬撃を放ち見える範囲の魔法陣を斬り壊す
…斬撃、魔法だ、よ


リル・ルリ
🐟迎櫻


わー!変なところだ!
うねうねしてる…は!ヨル!!近づいたらダメだぞ!
捕まっちゃうからな
…カグラに任せたいけどカラスとくっ付いてるから僕が抱っこしよう
ヨル、触手に巻かれる時は一緒だぞ

これが魔法陣?
良くない力を感じる
僕も少し使えるけど…これは…僕が触れられる力なんだろうか
カムイ、魔法使えたの?頼もしいや!

ううー
うねうね気持ち悪い
魔法陣は興味深いけど全部凍らせて、砕いてしまおう!
歌う代わりによびさます白の魔法「穹音」
魔法陣を壊すんだ!
あ!櫻の御御足が!!
…カムイ、落ち着いて─ピィ!?

また守ってもらっちゃった
僕だって二人を守る
他の星の邪神の眷属になんて負けない

カムイ…思い切り物理攻撃にみえた


誘名・櫻宵
🌸迎櫻


あらやだ…気味悪い所ね
ゾクゾクしちゃうわ
リルに触手とか許せないわよ!
カムイに触手もだめね

カムイ、厄災魔法使えたわよね?
いざとなったら薙ぎ払って頂戴
リルも魔法使えるのよね?
頼もしいわ!

まぁとにかく、私の美的センスに反するしかぁいい2人が大変なことになるのも困るから
さっとこの魔法陣を壊してしまいましょ!

やだぁ!足に触れたわ触手が!気持ち悪い!カム、ちょっ、撫ですぎ
いけない!私の人魚が!センシティブなことになってしまう!

醜いものも美しい桜と咲かせましょ

朱華

破魔纏う斬撃を放ち衝撃波でなぎ払い魔法陣を断ち切っていくわ!
触手、よらないで!
異星の邪神は随分気味悪いのを使役してるわ

カムイ、今の魔法?



●魔法と斬撃
 妖しく光る魔法陣と奇妙に蠢く幻影。
 邪神の気配と力が強く滲む一帯には悍ましい光景が広がっていた。
 溶け落ちた星と表すに相応しいオブジェや未知の文字や円で描かれた陣の周囲には悪しきものが出現している。それらが半透明の幻めいたものであることが不幸中の幸いだが、朱赫七・カムイ(厄する約倖・f30062)は嫌な予感を覚えていた。
「カグラ……不機嫌そうだね。カラス、何とかしてくれ」
 おそらく邪神の気配が色濃く感じられるからだろう。カラスにカグラを任せたカムイは、櫻宵を庇いながら一歩前に出た。
 その後ろから顔を出したリル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)は興味深そうに魔法陣やオブジェを見つめる。
「わー! 変なところだ! これが魔法陣?」」
「あらやだ……気味悪い所ね。ゾクゾクしちゃうわ」
 誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)も警戒しながら一帯に近付く。
 うねうねと動く触手に不用意に近付けばどうなるかわからない。はっとしたリルは仔ペンギンに腕を伸ばし、ぎゅっと抱き締めた。
「ヨル!! 近づいたらダメだぞ! 捕まっちゃうからな」
「きゅ!」
「サヨ、リル。あの気味の悪い物に囚われぬように」
 カムイは皆の安全を確かめ、細心の注意を払いつつ皆の周囲に結界を張った。櫻宵とリルはカムイの声に心強さを抱き、そっと頷きあう。
「ヨル、触手に巻かれる時は一緒だぞ」
「きゅ?」
 リルはひっそりと覚悟を決めていた。しかしヨルは一緒でも捕まりたくないらしく、ふるふると首を振っていた。そして、一行は魔法陣を見つめる。
「確かリルは魔法の才があったね。何か感じる?」
「なんだか良くない力を感じるよ。僕も魔法は少し使えるようになったけど……これは……僕が触れられる力なんだろうか」
「私は得体の知れぬ禍の気配を感じるよ」
 之の意図を繋げてはならないと感じ取ったカムイはすべてを此処で斬るべきだと判断した。其処にふと、何かを思い立ったらしき櫻宵が呼びかける。
「カムイ、厄災魔法が使えたわよね? いざとなったら薙ぎ払って頂戴」
「え? 厄災魔法? あ、あれか……うん。あれね……」
 カムイは喰桜に手をかけ、答え辛そう応える。任せてくれ、と一応は返してみたものの、あのときの思い出が蘇ってしまう。
 リルは二人の話を聞き、そうなんだ、と口にして瞳を輝かせた。
「カムイ、魔法使えたの? 頼もしいや!」
「リルも魔法が使えるものね。二人がいてくれるなら怖いものなしね!」
 櫻宵も胸を張り、屠桜を抜く。
 その間にも蠢く触手は此方にじわじわと迫ってきている。攻撃力がないのは何となく察せるが、積極的に触りたいものでもない。
「ううー、うねうね気持ち悪い」
 リルが身体を震わせたことに気付き、櫻宵は刃の切っ先をそれらに向けた。
「まぁとにかく、あんなのは私の美的センスに反するしかぁいい二人が大変なことになるのも困るわ。さっとこの魔法陣を壊してしまいましょ!」
「うん! 魔法陣は興味深いけど全部凍らせて、砕いてしまおう!」
 櫻宵の声を受け、リルは魔力を紡ぎ始める。
 歌う代わりに呼び覚ましていくのは、白の魔法――穹音。周囲を浄化するかのように広がった五線譜の上に音符の如く鋭い白い羽根が並ぶ。
 双眸を鋭く細めたリルが魔法陣を見据えると、羽根が真っ直ぐに飛翔していった。円状の陣に羽根が突き刺さったことで、其方側の触手が消える。
 カムイも櫻宵と合わせて魔法陣へと駆けた。
 気味の悪い触手には近寄らぬようにしたくとも、魔法陣の傍に近付くことで距離を縮めなくてはならない。自分は兎も角、櫻宵が心配だと感じていた矢先。
「やだぁ! 足に触れたわ触手が! 気持ち悪い!」
 ひとつの魔法陣を壊し終わった櫻宵に、別の角度から伸びてきた触手が絡みついた。
「あ! 櫻の御御足が!!」
「ァ! 私の巫女の脚が! 触れるな穢れしもの!」
 リルとカムイが同時に反応する。
 駄目だよ、とリルがぷんすか怒る最中、カムイは残像すら見えないほどの疾さで駆けていった。刹那、触手の元である魔法陣が完膚なきまでに壊される。
 素早く身を翻したカムは櫻宵にの脚を手を伸ばし、穢れを祓うように撫でた。
「カム、ちょっ、撫ですぎ……!」
「……カムイ、落ち着いて――ピィ!?」
 慌てる櫻宵に止めようとするリル。だが、其処に新たに伸びてきた触手があった。リルの尾が絡め取られ、ぬるりとした奇妙な感覚が巡る。
「り、リルも危ない!」
「いけない! 私の人魚が! センシティブなことになってしまう!」
「きゅきゅー!?」
 カムイと櫻宵が助けようと動く中、ヨルはぴょこんとリルの腕の中から飛び出していった。どうやら本当に嫌だったらしく今だけは薄情者のヨルだ。
 されどすかさず櫻宵が触手を斬り裂き、カムイが魔法陣を打ち消す。とても危うかったが、人魚センシティブは既のところで阻止された。
「ぴいい……また守ってもらっちゃったね」
 リルはぞわぞわとした嫌な感触を振り払いながら、僕だって二人を守るよ、と強く告げた。他の星の邪神の眷属になんて負けてはいけない。
 再び魔力を紡いだリルの思いを受け止め、カムイも更に気を引き締めた。
「カグラ、結界を!」
 カムイがカグラに願うと、強い意志が伝わってきた。邪神などに後れは取りたくないという思いを抱いているらしい。
「そうだとも斯様なものに負けられない」
 カムイは頷き、魔法陣へと斬撃波を放っていった。
 櫻宵も空間ごと存在を断ち斬る刀で以て魔法陣を次々と打ち壊していく。
「醜いものも美しい桜と咲かせましょ」
 朱華の斬撃は触手や邪神の力すら飲み込み、ひらりと舞う桜に変えていった。破魔の力は強く巡り、迸る衝撃波が邪悪なるものを消す。
「触手、よらないで!」
「僕にも櫻にも、カムイにだって触らせないんだから!」
 櫻宵とリルはそれぞれに斬撃と魔法を解き放つ。蠢き続ける触手はもうかれらに近寄ることも出来なかった。
「異星の邪神は随分気味悪いのを使役してるわ。さぁカムイ、今よ!」
 そして、櫻宵はカムイに合図を送る。
「噫……」
 やはりこのときが訪れたと感じ、覚悟を抱いたカムイは喰桜を構えた。彼は何とかして魔法っぽく見えるように斬撃を放ち、見える範囲の魔法陣を斬り壊してゆく。
 こうして邪悪な陣のほとんどが消え去ったのだが――。
「カムイ、今の魔法?」
「……斬撃、魔法だ、よ」
 櫻宵の問いに対してカムイは歯切れの悪い言葉を返した。リルは明らかに魔法ではなかった斬撃を思い返し、尾鰭をぴるぴると振る。
「カムイ……思い切り物理攻撃にみえたよ」
 魔法の道は斯くも遠し。
 そんなこんなで三人は夢想領域に繋がる道へ踏み出した。
 この先に待ち受けている存在とはどんなものなのか。夢想の試練と邪神の力について思いを馳せ、一行は異空間に向かっていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
アドリブ歓迎

これが芸術というものなのかしら?
不思議な空間ね…オブジェはまだ良いとして
オブジェを見上げた後
そっちは…中々の見た目ね
視界に入った触手に顔をしかめる

ひとを狂わせてしまう
そんな邪神を招くわけにはいかないので
その陣……斬捨てる
羅刹紋が咲き広がる
瞳孔が縦に裂けてゆく
己の変化に狂気の侵食を感じつつも
破魔と浄化を纏い、藍雷鳥を散らす
陣へ花弁となった藍雷鳥を向かわせて
触手がこちらへ向かってくるようなら藍焔華でなぎ払い、切断

この空気の入れ換えも必要かな…颯!
淀んだ空気を颯に吹き飛ばしてもらい、浄化

書物が本来の役目を取り戻し
本当の持ち主を見つけることができるよう
今はこの悪しき縁を断ち切りましょう



●一刀両断
 溶け落ちて崩れゆく星。
 そのような印象を受けるオブジェを見下ろし、橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)は首を傾げた。
「これが芸術というものなのかしら?」
 前衛的とでも呼ぶのだろうか。今の千織にはオブジェの意味も価値もわからない。
 しかしこれらは狂気に囚われた男が作ったもの。一般的な感覚では理解できないものであることも分かっていた。
 既に男は保護されているが、このような場所が作られてしまった。魔術、或いは呪術的な作用が見える儀式場には異様な雰囲気が漂っている。
「不思議な空間ね……オブジェはまだ良いとして、あれは……」
 千織はオブジェを見上げた後、魔法陣の周囲に蠢くものに目を向けた。それは思わず目を背けたくなる存在、即ち触手だ。
「……中々の見た目ね」
 視界に入った触手に顔をしかめた千織は藍雷鳥を構えた。
 件の魔導書には邪神の力が宿っているという。星界から地球に影響をもたらしているという邪神はひとを狂わせてしまう。
 そんな邪神をこの世界に招くわけにはいかない。
 聞く話によると、邪神が星界から訪れてしまえば手の打ちようがなくなるという。今の猟兵達が束になっても敵わない。
 そのように断言される事象が今、引き起こされようとしている。
 されど猟兵はかなり先手に回ることができた。魔導書が邪神の依り代になった時点で察知できたことは不幸中の幸いだろう。
 それゆえに此処で邪神の顕現を止めるしかない。
 千織が真剣な眼差しを向けると触手達が妖しく蠢いた。半透明の存在は完全にこの世に顕現しているわけではなく、力も弱い幻影めいたものだ。
 されど、千織はどんなものにも手を抜いたりはしない。
「その陣……斬り捨てる」
 千織が力を巡らせると、羅刹紋が咲き広がっていった。それと同時に瞳孔が縦に裂け、千織の身が変化していく。己の中に狂気が侵食していくことを感じつつも、千織は破魔と浄化の力を纏っていった。
 藍雷鳥を高く掲げれば、それは八重桜と山吹の花となる。
 花を散らした千織は魔法陣を強く見据え、花弁となった藍雷鳥を向かわせた。しかし、攻撃に反応した触手が迫ってくる。
 すかさず藍焔華を抜いた千織は刃で以て触手を薙ぎ払い、見事に切断した。
「この空気の入れ換えも必要かな。……颯!」
 風を司る朝焼け色の精霊猫を呼んだ千織は、淀んだ空気を吹き飛ばして貰うことで周囲を浄化しようと狙った。
 颯の桜色の瞳が瞬き、翼がはためく。
 それに合わせて千織も刃を振るい、花弁を触手や魔法陣に向けることでひとつずつ破壊していった。それによって触手は消えていき、陣も力を失う。
 千織の他、仲間の猟兵達も順調に魔法陣を壊していっている。このままいけばあとに残るのは本命の転送陣のみ。
 その奥には魔導書の試練と呼ばれる事が待ち受けていると聞いている。
「行きましょうか」
 千織は一歩を踏み出し、残っている魔法陣の方に向かっていった。
 書物が本来の役目を取り戻し、本当の持ち主を見つけることができるように。
 藍焔華を再び構えた千織は迫りくる触手に刃の切っ先を向けた。
 そして――。
「今はこの悪しき縁を断ち切りましょう」
 言葉と共に陣が真っ二つに両断され、蠢くものと妖しい光は掻き消された。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふええ、この光景ってゲートの向こう側の星の光景なのでしょうか?
見ているだけでも気分が悪くなってしまいます。
もし、これらの触手さんに捕まってしまったら、食べられたり
そ、そのエッチなことをされたりするんですか?
これは幻影だし、私にその需要はないから大丈夫って、
アヒルさん、そんなツッコミをしている暇があったら魔方陣を探してくださいよ。
ふええ、つべこべ言うんだったら私も触手さんの中に入って探せばいいって
それは絶対に嫌です。
幻影とはいえ絶対に嫌です。
アヒルさん、魔方陣が見つかったら教えてくださいね。
そこにサイコキネシスで攻撃しますから。



●健全VS触手
 空気は淀み、辺りには妖しい雰囲気が満ちている。
 紫の光を放つ魔法陣が密集している儀式場を見渡し、フリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は驚きの声をあげる。
「ふええ、すごい場所です」
 魔法陣もかなりのものだが、オブジェや触手の方も禍々しいと思えた。フリルは遠巻きに景色を眺め、ふとした疑問を口にする。
「この光景ってゲートの向こう側の星の光景なのでしょうか?」
 おそらく、狂気に陥った男が似せたのだろう。
 それそのものではないようだが、雰囲気だけは似通っているに違いない。もっとも本物の異星の光景は更に恐ろしいものかもしれないが――。
「見ているだけでも気分が悪くなってしまいます」
 ふぇ、と声を零しそうになったフリルだったが、何とか耐える。そうしてフリルは意思を固め、魔法陣に近付いていった。
 うねうねと蠢く触手はフリルの気配を察知して近付いてくる。
 幻影めいた半透明の存在ではあるが、こちらに触れる力くらいはもっているらしい。
「もし、これらの触手さんに捕まってしまったら……」
 見るだけでもぞくりとする触手達を直視できず、フリルはちらちらと様子を窺う。その頭の中にはもしもの想像が広がっていた。
「食べられたり、そ、その……あんなことやそんなことをされたりするんですか?」
 年頃の乙女としてそれは由々しき事態だ。
 そうならないために避けたいと考えていたフリルだったが、帽子の上にいたガジェットのアヒルさんがふるふると首を振った。
「ふえええ、そんな……アヒルさん」
 これは幻影であり、フリルにその需要はないから大丈夫。
 アヒルさんの言いたいことを感じ取ったフリルは少しだけがっかりした。しかし、すぐにがっかりしなくてもいいのだと気付いて顔をあげる。
 需要がない。つまり何事も起こらないのなら問題はないはず。
「アヒルさん、そんなツッコミをしている暇があったら魔方陣を探してくださいよ」
 フリルは魔法陣と触手と一定の距離を取りながら様子を探っていく。どうやら触手達は陣に近付きさえしなければ腕を伸ばしてくることもないらしい。ただし、必要以上に距離を詰めればあっという間に襲われてしまう。
 アヒルさんはフリルの頭の上でぴょこんと跳ねた。
「ふええ、つべこべ言うんだったら私も触手さんの中に入って探せばいいって……それは絶対に嫌です」
 フリルはきっぱりと告げ、首を横に振った。
 アヒルさんはこれが役目だと告げているが、フリルは頑なに頷かなかった。
「幻影とはいえ絶対に嫌です」
 センシティブ展開を断固拒否できるフリルはとてもえらい。
 されど、いつまでも距離を取ってばかりもいられなかった。フリルは意識を集中させていき、アヒルさんに探索を願う。
「アヒルさん、魔方陣が見つかったら教えてくださいね」
 そこにサイコキネシスで攻撃しますから、と告げたフリルは力を紡いだ。
 そして其処から触手を排除する攻防戦がはじまる。懸命に念力を扱っていくフリルは次々と魔法陣を壊し、周囲の仲間も転移陣を探すために頑張っていった。
 そして、暫し後。
「ふぇ、あの魔法陣だけ壊れませんね。あれが転送陣ですね」
 見つけたと感じたフリルはそちらに目を向ける。
 いよいよここからが本番。気を引き締めたフリルは次の領域を目指し、アヒルさんと共に駆けていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

幽遠・那桜


はわぁ、たっくさんの魔法陣!
どんなものなのか、実はちょっと気になってたりしますけど……う、でも気味の悪い色なので、観察するのは遠慮するのです。
まずは、転移する魔法陣を探さないといけないのですね。

ならば! 精霊さん、今日は思いっきりはっちゃけるのです! あ、でも皆に危害を加えたらダメなのです!
地水火風の精霊さん達、何ならこの場にいる他の精霊さん達も、一緒に遊びましょ!
全力全開! どんどん魔法陣を壊していってください!

し、触手触れちゃったです……! ふぇぇ、気持ち悪いのですー!
えっと、こういう時は……えんがちょ! ですね!
炎の精霊さんでこんがり焼いちゃいます!

よーし、この調子で行きますよー!



●精霊の力
「はわぁ、たっくさんの魔法陣!」
 禍々しい雰囲気と魔力の流れが感じられる儀式場にて、幽遠・那桜(輪廻巡る霞桜・f27078)はぱちぱちと両目を瞬いた。
 周囲には溶け落ちた星のオブジェが幾つも並んでおり、陣の周囲には蠢く触手が顕現している。しかし、それらは不完全なものだ。
 触手が半透明な幻影になっていることがその証だと感じ取り、那桜は身構えた。
「どんなものなのか、実はちょっと気になってたりしますけど……」
 完全に実体化していないとはいえ、どのような術式や原理で召喚されているのかは那桜としても気になること。
 だが、触手が蠢く様を見ているだけでぞわぞわとしてしまう。あのオブジェと揺らめく陣の光と相まって、じっと見つめているだけでも気分が悪くなりそうだった。
「う、でも気味の悪い色なので、観察するのは遠慮するのです」
 首を横に振った那桜はそれらを極力、直視しないように努めていく。
 周囲をきょろきょろと見渡した那桜は魔力の源が何処であるのか、次に向かうべき空間に繋がる陣がどれであるのかを探していった。
「まずは、転移する魔法陣を探さないといけないのですね」
 されど目視で見つかるほど甘くはないことも理解している。那桜は蠢き続ける触手に近付かれないように気をつけつつ、自分が出来る一手を考えた。
「ならば!」
 ぽんと手を打った那桜は己の力を発現させていく。
 発動、四精霊の息吹――エレメンタリアクロスカルテット。
「精霊さん、今日は思いっきりはっちゃけるのです! あ、でも皆に危害を加えたらダメなのです!」
 地と水、火と風の精霊を呼び出した那桜は指先をびしりと先に差し向けた。とにかくこの場に満ちているものを何とかしなければ進むことすら出来ない。
「全力全開! どんどん魔法陣を壊していってください!」
 那桜の呼び掛けに応えるようにして精霊達が猛威を奮っていく。転送陣になっているものは強固らしいが、それ以外は線の一部でも見出してしまえば壊れていった。
 首尾は上々。
 那桜は新たな標的を探すため、前へと進んでいった。だが、そのとき。
 ぞくりとした感覚が身体中に走っていった。見れば、手首に半透明の触手が巻き付いているではないか。
「し、触手に触れちゃったです……!」
 びくっと身体を震わせた那桜は思わず後ずさる。その動きによって触手はするりと離れていったが、先程の感覚はまだ続いていた。
「ふぇぇ、気持ち悪いのですー!」
 手首をぶんぶんと振った那桜は涙目になっている。
 物理的ではなく魔力的な干渉だったらしく、悍ましさがまだ響いているようだ。何とか振り払いたいと考えた那桜はぐっと拳を握る。
「えっと、こういう時は……えんがちょ! ですね! 炎の精霊さんでこんがり焼いちゃいます!」
 精霊に願えば、その言葉通りに周辺一帯が炎に包まれた。
 勿論、この際も周囲の仲間達は巻き込まないように配慮されている。那桜は魔法陣と共に触手が消え去ったことを確かめ、安堵を抱いた。
「よーし、この調子で行きますよー!」
 元気よく片手を上げた那桜は意気込み、どんどん前に進んでいった。
 その向こうに待つ新たな戦いの覚悟と思いを抱きながら、少女は先を目指す。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・ゆず
うっ、わぁ……!
ちょっとだいぶ気持ち悪い!

これが既に試練では……?
こうなったら、素早く、手数勝負です
スコーピオンを小脇に抱えて、弾丸をばら撒きます
この世に居るわけが無いカミサマに祈りを捧げて引き鉄を引きます
弾倉が空になったら、スクールバッグから新しいのを取り出して

魔法、とか。邪神、とか
全然わからないし、わたしに所縁もない
わたしはわたしとして、猟兵を演じるだけ
この世界を守るだけ

……わたしが求めるものって、なんだろう?
自分でもわからないけど
もしかしたら、邪神サマが教えてくれるのかな



●欲しいもの
「うっ、わぁ……!」
 開口一番、思わず後ずさった御園・ゆず(群像劇・f19168)から零れ落ちたのは驚きと慄きが入り交じった言葉。
 そうなるのも無理はない。何故なら、悍ましい光景が目の前に広がっているからだ。
 溶け落ちたとしか言い表せない星のオブジェ。
 妖しく光る魔法陣に、その周囲で蠢き続ける数多の触手。
「ちょっとだいぶ気持ち悪い!」
 こんな光景を前にして冷静でいられるはずがない。特に年頃の乙女としては近付きたくもないというのが本音だ。
 しかし、これも猟兵としての仕事のひとつ。
 ゆずは気を取り直すために身構えたが、やはり嫌な感覚は消えてくれない。
「これが既に試練では……?」
 まだ件の魔導書とも出遭っていないというのに、この状況こそが困難そのものだ。疑問が浮かんだが、ゆずはスコーピオンを構えた。
 いつまでもたじろいでなどいられない。ゆずはいつもとは違う意味で心を殺すことを決め、標的であり排除すべき存在である触手と魔法陣を見つめた。
「こうなったら、素早く、手数勝負です」
 本当は見つめたくもないのだが、こうするしかない。
 ゆずは小脇に抱えたスコーピオンで一気に銀の弾丸をばら撒いていく。地面を狙えば魔法陣を構成する線も乱すことが出来るだろう。
 そう考えたゆずは極力、触手に近付きすぎないように立ち回っていった。
(――どうか)
 祈る先は、この世に居るわけが無いカミサマ。たとえ信じていなくとも祈りを捧げるくらいならばきっと問題ない。
 邪神という存在は証明されているが、都合よく願いや思いを聞き届けてくれるだけの神などはきっと、いない。いるのかもしれなくとも、ゆずは頼ったりなどしない。
 ゆずは引き鉄を引き、次々と魔法陣ごと触手を消していく。
 弾倉が空になれば、提げたスクールバッグに手を伸ばす。そうして新しい弾丸を取り出してリロード。更に引き金に指をかけ――と、何度も繰り返していった。
 蠢く触手はゆずに向かって伸びてきているが、その前に根源となる陣が乱される。
 半透明で不完全だったそれらも瞬く間に消えていき、辺りは最初から何もなかったかのように静かになっていった。
 その光景を冷静に見つめながら、ゆずは少しだけ俯く。
「魔法、とか。邪神、とか」
 気付けばゆずはちいさな呟きを落としていた。こうして自分が此処にいるのもお仕事だから。気持ちの悪いものにも、訳の分からないものにも触れたくはない。それでもゆずがこの場所に訪れたのは猟兵としての使命があるからだ。
「全然わからないし、わたしに所縁もない、けれど……」
 わたしはわたしとして、猟兵を演じるだけ。
 この世界を守る。
 ただそれだけのために、少女は心を押し殺して此処に立っていた。
 やがて、ゆずや他の猟兵達の攻撃によってこの場のほとんどの魔法陣が壊される。後に残っているのは魔導書と邪神の領域となっている空間に続く、転送陣の役割を果たすものだけだろう。
 スコーピオンを下ろし、そちらに歩んでいくゆずはふとした疑問を零す。
「……わたしが求めるものって、なんだろう?」
 答えてくれる人がいないことは最初から分かっていた。自分でもわからないということも理解しているが、そう問いかけずにはいられない。
 ゆずが見つめる先には妖しい光を放つ転送の魔法陣があった。
 入口であり、出口でもあるそれを瞳に映したゆずは、誰にも聞こえないほどの幽かな声で思いを紡いだ。
「もしかしたら、邪神サマが教えてくれるのかな」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

グラディス・プロトワン

異様な雰囲気の空間…センサー類は正常に機能しないだろう
それどころか誤作動の可能性すらある
長時間留まるのは危険だが、魔法陣を破壊しなければならない
破壊が進めば周囲も元に戻っていくとの事だそうだ
ならば多少のリスクは顧みず早急に対処するべきだろう

魔法陣の周囲にある触手にはあまり触れたくないが、物理的に破壊するには接近する必要がある
ウォーマシンのような機械にはどのような影響が出るのか分からないが、もし狂気に囚われそうになれば思考制御を遮断して被害を抑えよう

UDCアースではこういった得体の知れないモノを相手にする事も多い
それらが自分にどういった影響を与えてくるのか、調査するには良い機会かもしれないな



●双眼が映すもの
 転送された山奥の一角。
 木々などが切り倒された後なのか、開けた場所となっている其処には悍ましいと呼ぶしかない異様な光景が広がっていた。
「異様な雰囲気の空間だな……」
 グラディス・プロトワン(黒の機甲騎士・f16655)は双眼に周辺の様子を映す。明らかなにおかしな景色を見渡したグラディスはセンサーを作動させることをやめた。
 未だ完全ではないらしいが、辺りには不穏な魔力が満ちている。
 邪神の力であろうそれらがある限り、センサー類は正常に機能しないと判断したからだ。目視で以ても異様さが分かる以上、誤作動の可能性の方が大きい。
「長時間この場に留まるのは危険だが、致し方ないな」
 グラディスは視線の先にある魔法陣に注視する。双眼の赤い光が一度だけ明滅したのは瞬きのように見えた。
 センサーがなくとも、あの触手のような幻影が悪い影響を齎すことも分かる。
「全てを破壊しなければならない、か」
 伝え聞いていた話によれば、あの魔法陣の破壊が進めば周囲の淀んだ空気や幻影も消えていき、本来あるべき形に戻っていくという。
 情報と状況を分析したグラディスは次の行動を決定した。
「――ならば」
 多少のリスクは顧みず、早急に対処するべきだ。グラディスは意思決定と共に前に踏み出し、蠢く触手と光る魔法陣に狙いを定める。
 サイフォンソードの切っ先を陣に向けたグラディスは間合いを計算していった。
 正直な意見を述べるなら悍ましい雰囲気を放つ触手には触れたくはない。だが、それらは魔法陣の周囲にあるので避けられないだろう。物理的に破壊するには接近する必要があり、恐れや懸念などは抱いてはいけない。
「今はただ壊すのみだ」
 脚部の出力を最大限に発揮させたグラディスは一気に接敵した。
 狙いは魔法陣一点のみ。
 だが、素早く伸びてきた触手がグラディスの身に絡みつく。普通の人間であれば悪寒が走るのだろうが、彼の身はマシンだ。
 機械に作用するのは不明なエラーコードが出た時のような感覚だった。
 それはヒトでいう狂気。もし全ての部位がこの触手の影響下に晒されたならば、グラディスの意識が塗り替えられてしまうだろう。
 無論、今はそうはならない。触れているのは一部位だけ。
 もし狂気に囚われそうになったとしても、思考制御を遮断すればいい。此処に満ちているのが星界の邪神の力の一部なのだとしたら、きっとこの方法は後に続く戦いの中でも活きてくるはずだ。
 絡みつく触手は敢えて無視をしたグラディスは一気にサイフォンソードを振るい、触手を出現させている魔法陣を斬った。
 鋭く重い一撃によって、その地面までもが破壊される。同時に周囲の触手が光と共に消え去っていった。
「やったか。さて、次だな」
 このような邪神の力が蔓延るUDCアースでは、触手のような得体の知れないモノを相手にすることも多い。魔法的な影響や呪術、魔術の類は機器にどのような影響を与えてくるのか。つまり、自分にどういった効果が出てくるのか。
 今のような経験を積み、調査することで己の戦い方も確立していく。
「気分が良いとは言えないが、これも良い機会かもしれないな」
 そのように判断したグラディスは更に身構えた。
 次の魔法陣に双眼を向ければ、其処からもまた触手が迫ってきていて――。
「食事には不向きだが、次は吸収してやろう。」
 先程の感覚から、吸い取っても問題ないものだと察していたグラディスはエネルギー吸収機能を強く巡らせてゆく。
 そして――彼は儀式場を見事に駆け巡り、殆どの魔法陣を壊し尽くした。
 後に残るは転送陣のみ。
 新たな領域に向かう時が来たとして、グラディスは其方に踏み出していく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜
いやはや、本当に気味の悪い
まるで悪夢のようですね

魔法陣は妖刀で一つ一つ、手近なものから順番に
触手には極力触れずにいけたらいいんですがねえ……

近付かずとも全てに強大な攻撃を与えられるような魔法が使えたら、と
こうも気持ちが悪いと流石にそう思わずにはいられませんね
如何にこのハレルヤと言えども、そのような特別な才は無かった事が惜しいです
呪われなくても、身や寿命を犠牲にしなくても戦えたなら良かったのに

なんて
弱音とも取れる発言はハレルヤには相応しくないですね
才が有っても無くてもハレルヤは至高です
どれほど気持ち悪くなろうが、這ってでも全て全力で壊し尽くします
そうすれば死ぬまでに誰かが褒めて下さるのですから!



●称賛の聲を
 妖しく光る魔法陣と蠢く不穏な空気。
 溶けた星のオブジェが不規則に並んでいる儀式場は、この一角だけが異世界になっていると表してもいいほどの異様な雰囲気が満ちていた。
「いやはや、本当に気味の悪い」
 夏目・晴夜(不夜狼・f00145)は片目を閉じ、素直な感想を言葉にする。
 狂気に囚われた男。異星の邪神。そして、夢想の魔導書。それらをひとつずつ思い浮かべた晴夜は肩を竦める。
 これは夢想と名の付く書がトリガーとなって引き起こされた事件。
「まるで悪夢のようですね」
 ならば、このように例えるのが相応しいと晴夜は感じていた。しかし、その悪夢の中に自分自身が飛び込むとなると複雑だ。
「知っていますよ、こういった手合いは本当に拙いものだと」
 晴夜は自分が知る触手の事案を思う。
 口には出さないが、あんなものに捕まってしまえば大抵はとても酷いことになる。たとえあの触手達が不完全な幻影だとしても、それはもうとんでもないセンシティブなことになるに違いなかった。
「このハレルヤは、放送コードとやらには引っかかりたくはないのですよ」
 確かこの世界ではそんな風に言うのだったかと思いながら、晴夜は地を蹴る。迫ってきていた触手をひらりと躱した晴夜は悪食の刃を構えた。
 触手達の方が目につくが、本体は魔法陣であることは分かっている。
 晴夜は気持ちの悪いものたちには目もくれず、魔法陣に妖刀を差し向けた。一閃すれば陣を構成する線が乱れる。素早い動きで以て、手近なものから順番に切り裂いていく晴夜の手際は見事なものだ。
「触手には極力触れずにいけたらいいんです、が……と、これは――」
 だが、流石の晴夜もすべては躱しきれなかったようだ。
 僅かに手元に触れた半透明の幻影から伝わってきたのは、悪寒を覚えさせるほどの奇妙な感覚だった。
 つまり、それは狂気の欠片。
 ふら、とよろめきそうになった晴夜だったが、すぐに触手を振り払うことで正気を取り戻した。あのまま絡みつかれていても耐えることが出来ただろうが、嫌な感覚を抱いたまま突破するようなことはしたくない。
 晴夜は新たに迫ってきた触手を刃で払い除け、次の魔法陣を壊しに向かう。
 その際、思うのは少しばかりの理想。このように近付かずとも、全てに強大な攻撃を与えられるような魔法が使えたら――。
「こうも気持ちが悪いと流石にそう思わずにはいられませんね」
 如何に素晴らしいハレルヤと言えども、この場に都合のいい特別な才は無かったことが惜しい。そのように考えた彼は僅かに俯いた。
「……呪われなくても、」
 身や寿命を犠牲にしなくても、戦えたなら良かったのに。
 ふと呟いた言葉の続きは心の中に留めておいた。弱気とも取れる発言をしてしまうのは憚られたからだ。
「ええ、弱音めいたものなどハレルヤには相応しくないですね」
 自身に言い聞かせるようにして晴夜は再び刃を振り上げた。魔導書という存在が近くにあるゆえにあんなことを思ったのだろうか。
 だが、思い直した晴夜にはもう迷いは見えない。才が有っても無くてもハレルヤは至高だと言い切れる気持ちが胸の中にある。
 そのように在りたい。若しくは、そう在らねばならない。
「近付かないでください。このハレルヤ、それほど安い男ではありませんので」
 蠢く触手達に向け、凛とした言葉を放った晴夜は妖刀を一気に振るった。それによって散っていく魔法陣の光と共に悪しき幻影が消滅していく。
 どれほど気持ち悪くとも、たとえ地を這ってでも、すべて全力で壊し尽くすだけ。
 この戦場だけではない。この後も、これからも、この先も。
 そうすれば――。
「このハレルヤが死ぬまでに、誰かが褒めて下さるのですから!」
 言葉と同時に地面に突き刺された刃。
 儚い光を反射する妖刀には、次の領域に続く転送陣の輝きが映り込んでいた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓


この脚に、迷いはない。

オカルティスト達の保護は既に叶っていることに安堵をしながら、眼前の己の為すべきことに集中する
常と同じく冷静に状況を見極め
隙なく迅速に破壊していく

攻略していく傍ら、聞いた魔導書の話を思い出す
主がいなかったが故に邪神に利用されてしまったのか、
それとも主を求めるが故に自らその道を選んだのか
仮にそうだったとしても、俺はその選択の意思を否定したくない
魔導書の心も願いも、否定したくない故に
そしてその願いが為に
その子が骸の海に沈められるのは悲しくて

触手が鞭の如くしなり
俺に触れるその刹那
不可視の一閃にて魔法陣を両断
「──悪いな」
道を空けてもらおうか



●絶の一閃
 魔導書の試練。星界とも呼ばれる異星からの侵略。
 邪神の力を一端を映したような気味の悪い光景。そういったものたちが作用しあって出来た空間を前にしても、丸越・梓(零の魔王・f31127)の歩みは止まらない。
 この脚に、迷いはない。
 何故ならこの先に世界を危機に陥れる存在が待っているからだ。
 不幸中の幸いは、この儀式場が不完全だということ。その証拠に、魔法陣には描きかけのものがある。それゆえか周囲に蠢く触手達も半透明の幻影のままだ。
 狂気に陥ったオカルティストの保護は既に叶っている。
 そのことに安堵をしながら梓は眼前のものを見据えた。あの魔法陣を壊し、触手を消してゲートへの道を開く。
 それが今の己の為すべきこと。梓は気を強く持ち、集中していった。
 常と同じく冷静に。決して怯まず、状況を見極めて動くことこそが次への道を開く鍵となることを梓は知っている。
「一先ず、あの魔法陣の処理からか」
 地を蹴った梓は妖刀を抜き放ち、隙なく迅速に刃を振るった。
 蠢く触手が迫ってきているがそんなものに意識を傾けたりはしない。それらが僅かに触れたことでぞくりとした感覚が巡れど、梓は魔法陣だけを狙っていった。
 そうすれば悍ましき触手達は消える。
 次々と順調に攻略していく傍ら、梓は伝え聞いた魔導書の話を思い出していた。
 夢想の魔導書。
 通称、No-FADCE9。微睡む淡紅とも云われるそれが、どのような経緯で作られたのか。そして、どういった流れを経て邪神の依り代になったのかは不明だ。
 書は主がいなかったが故に邪神に利用されてしまったのか。
 それとも、主を求めるが故に自らその道を選んだのか。
 きっと、この状況の中で真相を突き止めることは不可能に近いだろう。どちらにしろ試練の書という枠から外れてしまったことは間違いない。
 仮に後者だったとしても、梓はその選択の意思を否定したくはないと思っていた。
 魔導書の心と願い。
 書である以上は誰かに作られたものなのだろうが、何らかの意思があるなら認めてやりたい。もっとも、それが倒すべき存在であることは変わらないのだが――。
 書としての役目を真っ当させること。
 異星の邪神との繋がりを切ること。
 そのふたつを重ね合わせた答えが、No-FADCE9を倒すという結末だ。主が現れず、認める者がいなかった魔導書は骸の海に沈んでは浮かび上がっているのだろう。
 主を求める。
 その願いが為に、書の魔人が骸の海に沈められ続けることは悲しい。
 それゆえに此処で終わらせ、願いを全うさせるのが猟兵の役目でもある。
 梓は神速かつ静謐の一閃で以て、陣を切り裂いた。側面の方から伸びてきた触手が鞭の如くしなり、梓に触れようとする。
 だが、その動きを察知した梓は身を翻す。刹那、再び振るわれた不可視の一閃が触手を顕現させている魔法陣を両断した。
「――悪いな」
 道を空けてもらおうか、と告げた梓は次の標的に狙いを定める。
 鞘から刃が抜かれた音が響けば、それは既に攻撃が終わっている合図。転送陣である最後のひとつが残るまで、梓の刃は振るわれ続ける。
 やがて、猟兵達の手によって夢想領域への扉がひらかれた。
 梓は刃の柄を強く握り、先へと進んでゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朝日奈・祈里
求めるものに力を与える魔導書?!
うっわー!欲しい!見たい!触りたいっ!
ま、力に溺れるつもりはないから、深入りはしないけどな

くうに描いた魔法陣から長杖を引っ張り出して空へ飛ぼう
俯瞰し、観測
点在する魔法陣をぶっこわしていく
長杖にまたがりながら、召喚用の杖をまた魔法陣から取り出す
手あたり次第が得意な子は…
やっぱりお前だっ!イフリート!
召喚士の杖で指し示す魔法陣を片っ端から壊してもらう
ふっふーん♪やっぱイフリートは強いなぁ~

徐々に降下して、辺りを見ていこう
アストライオス!壊れてないやつ見つけたら教えてな?
それ、転移魔法陣かもだから触ったらだめだからなー



●焔が導く路
 星界の邪神や妖しい魔法陣、蠢く触手。
 そういったものが集まる儀式場に訪れた朝日奈・祈里(天才魔法使い・f21545)は、この光景を見つめていた。
 普通であれば目を背け、忌避したいと思う景色なのだが――。
「求めるものに力を与える魔導書?!」
 祈里の意識は今、No-FADCE9という夢想の魔導書に向いている。瞳を輝かせた祈里は悍ましい光景など気にせずに魔法陣が並ぶ儀式場の奥を見ていた。
 この何処かに異空間に続く道がある。夢想の名を持つ魔導書が待つ領域には試練が待ち受けているらしいが、それすら祈里にとっては魅力的なもの。
「うっわー! 欲しい! 見たい! 触りたいっ!」
 好奇心を隠さない祈里の瞳は期待に満ち溢れていた。それがどんなものであろうと魔術や魔法に関わる者として、黙ってはいられない。
 されど、祈里にはそれが危ないものであることも分かっていた。邪神の影響ではあるが、現にひとりの男が狂気に落とされている。この景色も狂気が齎したものであり、油断していて抜けられる場所ではない。
 魔法陣の並びが完成する前に儀式は止められたが、もし完成していたならばこの一帯は近寄ることも出来ないほどの惨状になっていただろう。
「ま、力に溺れるつもりはないから、深入りはしないけどな」
 祈里は冷静な表情に戻る。
 それまで歳相応だった無邪気さは消え、術士としての表情が戻ってきていた。さてと、と言葉にした祈里は空中に自分の魔法陣を描く。
 陣から取り出したのはいつもの長杖。丁度そこに狙った触手が伸びてきたが、祈里はすぐさま杖に飛び乗った。
 触手を避けた祈里はそのまま上空に昇る。
 見るに、相手は一定以上の長さにはなれないらしい。祈里は戦場となっている儀式場を俯瞰して観測していく。
「あそことあっちが手薄だな」
 そして、他の猟兵達の動きを確かめつつ自分も行動に移った。攻撃が十分なところは避け、見落とされがちな場所に点在する魔法陣を壊すことが祈里の目的だ。
 長杖にまたがってひらりと舞いながら、祈里は召喚用の杖を陣から取り出した。
「とはいっても時間はかけたくないな。手あたり次第が得意な子は……」
 どの精霊を呼び出そうか。
 少し考え込んだ祈里は顔を上げ、魔力を紡ぎあげていく。
「やっぱりお前だっ! イフリート!」
 赤いメッシュがふんわりと浮かぶと同時に焔の精霊が祈里の傍に顕現する。紅蓮の焔を纏った精霊も眼下を見下ろすような仕草を見せた。
 祈里は召喚士の杖で邪神の魔法陣を指し示す。次の瞬間、彼女の願いを受け入れたイフリートが煉獄の炎を解き放った。
 言葉通り、手当たりしだいに片っ端から燃やしていくイフリート。浮遊する杖の上でその様子を見つめる祈里は得意げに胸を張った。
「ふっふーん♪ やっぱイフリートは強いなぁ~」
 その帽子の上には白梟のアストライオスが乗っている。どうやら祈里に同意を示しているようだ。
 祈里は邪神の魔法陣が消えていく様を確かめ、徐々に降下していく。他の猟兵の力もあり、転送陣となっている魔法陣は絞られていた。
「アストライオス! 壊れてないやつ見つけたら教えてな?」
 後はひとつずつ確かめて探していくだけだと感じた祈里はアストライオスに願う。翼を広げて応えた白梟は飛び立ち、少女の近くを旋回しはじめた。
 そして、アストライオスは或る陣の真上を示す。
「見つけたのか。それ、転移魔法陣かもだから触ったらだめだからなー」
 白梟に戻ってくるよう告げ、祈里は星界のゲート空間に続くものを見下ろした。
 この先に待つ試練とやらはどんなものか。
 想像を巡らせる祈里の瞳には、妖しく光る陣の輝きが映り込んでいた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

漣・寧萌


……ふん
ここまで魔法陣を描き続けるなんて
狂ってるにも程があるわね
…こういうのがいるから、母さんや父さんは――、

ま、今は壊す方が先ね
書の主とやらになってもいいけど
邪神とか魔人なんかと馴れ合う暇はないの
ここは手早く片付けましょう

ユーベルコードをぶつけるだけなら、こちらも最小限のエネルギーで
動くのはあんまり好きじゃないから

いつもは重たい機関銃だけれど
今日は2丁の拳銃で前哨戦と行きましょう
ついでに頭の体操になるかしら
少ない燃費で出来るだけ多く破壊するのが理想的
計算は得意分野よ

………、
夢は、いつか醒めるものよ
良い夢も悪い夢もね

――お休みなさい。



●夢と暗澹
 ――悍ましい。
 ふと思い浮かんだのは、この状況を一言で表す感想としての言葉。
「……ふん」
 漣・寧萌(Ripple・f27491)は常と変わらぬ表情のまま、蒼玉の瞳を閉じた。次にひらいた瞳の奥には暗澹たる色が滲んでいる。
 その眼差しが向けられている先にあるのは、悍ましいと評した光景を作り出しているものたち。妖しく光る魔法陣と蠢く半透明の触手からは幽かな邪神の力を感じた。
「ここまで魔法陣を描き続けるなんて、狂ってるにも程があるわね」
 寧萌は狂気に堕ちたというオカルティストを思う。
 経緯はどうであれ、彼はこの場を作り上げた。男が書など手にしなければこうはならなかったのかもしれない。夢想の魔導書が誰の手にも渡らなければ、このような光景も作られず、邪神も導かれなかったのだろうか。
 そんなことを思ったが、今となればそれらは有り得なかった可能性に過ぎない。
 それでも、どうしても寧萌は考えてしまう。
「……こういうのがいるから、母さんや父さんは――、」
 僅かに俯いた寧萌の脳裏には過去の記憶が浮かんでいた。
 邪神。狂気。教団。それによって齎される死。しかし、すぐに顔を上げた彼女は思いを振り払い、胸の裡に沈めた。
 あの日に寧萌の情は凍ってしまった。狂気に陥った者の心配などしない。寧ろ、この状況を作り上げたことを厄介だと思うほどだ。
 されど状況はただ悪いばかりではない。寧ろ、自分を含む猟兵達がこうして集ったことで好転しているといってもいい。
「ま、今は壊す方が先ね」
 寧萌は思考を切り替え、目の前の魔法陣に目を向けた。
 此度の事件を引き起こす切欠となった魔導書。その書の主になれば、この世界を侵食しようとしている邪神との繋がりが切れるらしい。必要ならば主とやらになってもいいと考えている寧萌だが、特別に思い入れがあるわけでもなかった。
「邪神とか魔人なんかと馴れ合う暇はないの」
 淡々と言い切った寧萌は銃を手にした。
 まだ入口にも到達していない現状、ここは手早く片付けるのが吉。あの触手はきっと無視していい。そもそも触れたくもないと感じる存在だ。
 寧萌は魔法陣そのものを見据え、銃口を差し向ける。
 彼処にユーベルコードをぶつけるだけならば、こちらも最小限のエネルギーでいいはずだ。それに寧萌は激しく動くことはあまり好きではない。
 普段に扱う重い機関銃と違い、此度は二挺拳銃。取り回しも軽いこれならば前哨戦を熟すのに丁度いい。
 地を蹴った寧萌は伸びてきた触手を躱す。
 きっと触れれば嫌な感覚を齎されるのだろう。そんなのは御免だから、と口にした寧萌は素早く銃弾を撃ち放った。
 半透明の触手を貫き、そのまま魔法陣の線を穿った弾が彈ける。両腕を交差させた寧萌は左右から迫る触手を消すため、ふたつの魔法陣を一気に貫いた。
「ついでに頭の体操になるかしら」
 少ない燃費で出来るだけ多く破壊する。最小限の動きで仕留めるのが理想的だ。動くことを好まない反面、計算は得意分野だと自負している寧萌は双眸を鋭く細めた。
 そこから寧萌は次々と魔法陣を穿っていく。
 他の猟兵の力が巡ったこともあり、儀式場に残ったのは夢想空間に続く転送陣のみ。
 銃を下ろした寧萌はそちらに歩み寄っていく。この先に待っているのは夢想の力が巡る領域なのだろう。
「………、夢は、いつか醒めるものよ」
 良い夢も悪い夢も。
 寧萌はそっと目を閉じ、次の領域に続く陣に踏み入った。
「――お休みなさい」
 別れの時、或いは終わりの時に告げる言の葉を先に紡ぐことで、己の意思を固めた彼女は空間の揺らぎを感じた。

 そして――夢想の世界が広がってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『『都市伝説』ドッペルゲンガー』

POW   :    自己像幻視
【自身の外見】を代償に自身の装備武器の封印を解いて【全身を、対象と同じ装備、能力、UC、外見】に変化させ、殺傷力を増す。
SPD   :    シェイプシフター
対象の攻撃を軽減する【対象と同じ外見】に変身しつつ、【対象と同じ装備、能力、UC】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    影患い
全身を【対象と同じ外見(装備、能力、UCも同じ)】で覆い、自身が敵から受けた【ダメージ】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●夢想の試練
 悍ましき儀式場を越え、猟兵達はゲート空間に進む。
 転送陣となっていた魔法陣の領域に踏み込んだ途端、視界が暗転する。同時に猟兵達の身に奇妙な感覚が巡った。
 たとえるならば自ら本のページを捲ったような不思議な感覚だった。

 気付けば、君は暗い空間にたったひとりで立っていた。
 確かに先程までは他の猟兵もいたはずだ。しかし、君がいる空間には同行者や仲間の姿や気配は一切ない。転送時にそれぞれが別々の場所に飛ばされてしまったのだろう。
 真っ暗な空間だが、遥か遠くに星の瞬きが見えた。
 導かれるようにその先に進むと、そこには透明な何かがいた。
『…………』
 それは言葉を発してはいないが、何かを君に訴えかけるような雰囲気を纏っている。意志は読めなかった。されど、それが味方ではないことだけははっきり分かる。
 透明な存在は君の目の前で蠢いたかと思うと、一瞬で姿を変えた。
 それは『今の君と同じ姿』を取った。
 先程と変わらず何かを喋るようなことはないが、姿も服装も、能力すらコピーした存在として君の前に立っている。
 それに敢えて名を付けるとしたらドッペルゲンガー。または単純に偽物。
 ――存在を奪え。
 不意に何処かから、偽物に向けられたらしき重い言葉が響き渡った。あの声は邪神のものなのだろうか。何もわからないが、目の前のドッペルゲンガーが君の存在を奪い取るものだということは理解できた。
 やがて、君を見つめる偽物が動き出す。
 おそらく相手は君が繰り出す技や魔法、力とまったく同じものを使う。今の自分と戦うことがどれほど難しいか、或いは容易かは自分自身が知っているはず。
 こんな所で存在を奪われてはいけない。
 それに、これは夢想の魔導書の試練のひとつでもある。この場での戦い方や勝敗によって、書の主になれるかどうかの最初の判断が下されるかもしれない。
 己の偽物にどのように立ち向かい、勝利するのか――すべては、君次第だ。
 
夏目・晴夜

暗い、暗い、暗い…!
何故よりによってこんな暗い場所なんかに

しかもハレルヤの偽物が現れるとは
全く、気に食わない事ばかりだと笑う他ないですね

敵が妖刀で放つ串刺しの一撃は甘んじてこの身で受け止めます
その代わりに刺された瞬間、敵が妖刀を持っているその手は
私の妖刀での一撃を以て切り落としてあげましょう
武器を、或いは武器を扱う為の手や指を失うと私は途端に無力となるのでね
勿論ハレルヤは片手を失ってもそれなりに戦えますが、
両手が残る本物の私に偽物が敵うとお思いでしたら心外です

あれ、そんなにこのハレルヤに成り代わりたかったのですか?
それはそれは光栄ですよ
しかしハレルヤは貴方如きに扱えるような代物ではないのです



●己を失わぬ為に
 深い暗黒。周囲に広がる闇は何処までも続いている。
 そんな錯覚を覚えるほどに辺りは黒一色で、何処が足場かすら判別がつかない。
 無論、限りはあるだろうし一歩先が奈落だということもないだろう。晴夜は確かめるように一歩を踏み出しながら、握ったままの妖刀を構えた。
(暗い、暗い、暗い……!)
 胸裏に浮かぶ焦りにも似た感情を押し隠すようにして、晴夜は唇を噛み締める。彼がこの状況を忌々しくも感じているのはこの闇だけが理由ではない。
「何故よりによってこんな暗い場所なんかに」
『……』
 晴夜が見据える先には影が揺らめいていた。それはただ此方を見つめ返してくるだけで、反応らしいものはみせない。
「あなたもハレルヤの姿をしているなら、何とか言ったらどうですか」
『…………』
 晴夜は目の前の存在に語りかけるが、相手は何も喋ろうとしなかった。
「全く、ハレルヤの偽物が現れるとは。気に食わない事ばかりだと笑う他ないですね」
 息をついた晴夜は言葉通りに笑ってみせる。
 すると、今の彼と同じ形を取ったドッペルゲンガーも同じように笑んでみせた。鏡写しとでも云えば良いのか。以前にも同じ姿をしたものと戦ったことはあるが、どうしても慣れきれないものだ。
「いいでしょう、このハレルヤの存在を奪いたいなら――」
 晴夜は妖刀を構える偽物に更に言葉を掛けた。奪えばいい、という挑発的な言葉は続けない。何故ならそんな心算など微塵もないからだ。
「返り討ちにしてやりますよ」
 代わりに宣戦布告をした晴夜は、敢えて敵に先手を譲った。身構えた晴夜に対し、偽物は黒い地面を蹴り上げる。
 その途端、偽悪食の妖刀から暗色の怨念が滲み出した。ただでさえ暗い空間をそれらが覆い尽くしていく様は見ていて気持ちのいいものではない。自分の力の写しだというのに皮肉なものだ。
 刹那、敵は普段の晴夜がするように妖刀を一気に振り上げた。其処から放たれた串刺しの一閃は――甘んじて、その身で受け止める。
『……!』
「甘いです」
 痛みが身体中に走った。
 しかしその代わり、晴夜は刺されたと同時に悪職の刃を斬り上げていた。その狙いは敵の腕。しかも妖刀を持っている側の手だ。
 瞬時に偽晴夜の腕が暗闇の中に舞った。弧を描いていく腕と偽悪食は闇に紛れ、すぐに見えなくなる。何処か遠い場所で重たいものが地面に落ちた音がしたが、そんなものは既にどうだっていい。
「自分の弱点くらいわかっていますからね」
 わざと刺突を受けたのは無闇に斬らせないため。そして、腕を斬り落としたのは手がなければ晴夜は武器を扱えなくなるゆえ。
 手や指を失えば途端に無力となる。己の弱い部分を理解している晴夜は冷静に行動していた。己の身から滴る血には目もくれず、晴夜は偽物を鋭く見つめる。
「勿論ハレルヤは片手を失ってもそれなりに戦えますが、そうなる前に防ぎます。さて、今のあなたは本物の私とは違うモノになりましたね」
 全く同じ状態ならば互角だが、腕を失った偽物と万全の此方との力の差は歴然。
「その姿のままでハレルヤに敵うとお思いでしたら心外です」
 晴夜は踏み込み、更なる斬撃を繰り出す。
 自分の姿を切り刻み、容赦なく斬り落とし、穿っていく。そうすればいつの間にか偽物はその場に伏していて――。
『……ぁ、……や』
 ハレルヤ。
 それが消えていく最中、賛美の言葉を呟いた気がした。晴夜は肩を竦め、消滅しかけの影を見下ろす。
「あれ、そんなにこのハレルヤに成り代わりたかったのですか?」
 それはそれは光栄なことだ。
 冗談混じりに語った晴夜は首を横に振り、しかし、という言葉を続けた。
「ハレルヤは貴方如きに扱えるような代物ではないのです」
 悪食を振り、刃についた血を払った晴夜は踵を返す。試練は越えた。闇雲にでも歩いていけば何処かには出られるだろうとして、一度も振り返ぬまま彼は進んでいく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

グラディス・プロトワン

悪趣味な幻惑の類かと思ったが、実体はあるようだ
しかし俺の姿形を真似ただけではな…!

ッ!
エネルギーを吸われた…?
先程の触手の狂気のような感覚的なものではない
俺から抽出されたエネルギーが奴に呑み込まれていく
なるほど外見だけではない、という事か

互いに隙を見てエネルギーの奪い合いをする事になるか
機械が根比べをするハメになるとはな

…?
奴がエネルギーを取り込んだ後にガタガタと震えているのは何だ?
まさか歓喜に震えているとでもいうのか
いや、俺の存在を乗っ取ろうとしているのであればあるいは…

なら俺のエネルギーをくれてやる
釣り餌のようなものだ
奴が俺という餌に歓喜して動きを止めた時、奴は俺の食事となるだろう



●渦巻く力
 闇の中に佇むのは二機の黒い影。
 赤く光る双眼。漆黒の装甲。同じグリードコア。
 それが鏡であると誰かに告げられたならば信じてしまったかもしれない。夢想の魔法で作られた異空間内にて、グラディスは目の前に現れた『自分』を見つめていた。
「悪趣味な幻惑の類かと思ったが……」
 対峙しているそれは実体を持って存在している。
 グラディスはサイフォンソードを構え直し、警戒を強めた。
 されど所詮は偽物で、似た姿をしていても全て同じではないはず。あちらは夢想の幻想。プロトタイプであっても、此方は古代帝国で実際に製造された実機だ。
「俺の姿形を真似ただけではな……!」
 幻影めいた存在では本物に勝てるはずなどないだろう。
 そのように分析したグラディスは先手を取ろうと考え、一歩を踏み出そうとした。だが、不意に奇妙な感覚が彼を襲う。
「――ッ!」
 思わず停止したグラディスは相手を改めて見据えた。
 この力はよく知っている。他でもない、自分が行っている食事に似ていた。否、それそのものでしかない。
「エネルギーを吸われた……?」
 グラディスから抽出されたエネルギーが偽物に呑み込まれていく。
 先程に抜けてきた儀式場の触手は狂気を齎してきた。しかし、これはエラーが出たような感覚的なものではない。
 敵だけでなく味方のエネルギーや生命力まで奪うほどの力を宿した能力。即ち、グラディスに搭載された補給の為の機能だ。
「なるほど。外見だけではない、という事か」
 グラディスは思考を切り替え、甘く見てはいけない相手だと判断し直した。本当に自分を壊すつもりで当たらなければ取り込まれてしまうだけだろう。
 皮肉だと感じた。
 此処からの戦いは、互いに隙を見てエネルギーの奪い合いをする事になるからだ。
「機械が根比べをするハメになるとはな」
『…………』
 自嘲気味にグラディスが呟いても、ドッペルゲンガーは何も語ろうとしない。それもまた偽物らしい反応だと感じたグラディスは出力を上げる。
 発動――ヘビードレイン・フォーム。
 エネルギー超吸収モードに変形したグラディスは先程に奪われたエネルギーを取り戻すために動く。されど、相手も同様に動くとも分かっていた。
 駆け、刃を振るい、機能の出力を上げる。
 二機の漆黒が闇の中で対峙する様は常人ならば目で追えぬほどだ。奪い、吸い取られながらも奪い返す。
 決して押し負けぬ気概を宿したグラディスは偽物を強く見据えた。
 そのとき、或ることに気が付く。
「……?」
『――!』
 偽物のグラディスが震えていた。それも此方のエネルギーを取り込んだ後に、歓喜に震えるように双眼を明滅させている。
「何だ? まさか……」
 同じ姿をしていても、エネルギーを奪うことは相手にとって初めてだ。この感覚を知ったことで何らかの変化が起きているのかもしれない。
「いや、俺の存在を乗っ取ろうとしているのであればあるいは……」
 妙な予感を覚えたグラディスは其処から思考を転換させた。奪われたものを奪い返しているだけでは埒が明かない。
 それならば、逆の方法を取ればこの偽物を打ち破れるはずだ。
「俺のエネルギーをくれてやる」
 グラディスは敢えて抵抗を止め、力を抜いた。すると偽物は好機とばかりに吸収機能を強めていく。しかし、これは云わば釣り餌のようなものだ。
(奴が俺という餌に歓喜して動きを止めた時――)
『…………!』
 グラディスは力が吸い取られていくと感じながらも残る力を一気に巡らせた。
 そして、次の瞬間。
「残念だったな、お前は俺の食事となる運命だ」
 空気が渦巻いたかと思うと、偽物の機体がその場に伏した。吸収されていく力は言葉通りに彼の食事となっていく。
 己になりきれなかったモノ。
 その最期を見下ろしたグラディスは、第一の試練においての勝利を確信した。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フォルク・リア
「他人から奪わなければ存在すらできない
脆弱な存在が。本物(オレ)に勝てるかな。」
その詳細を観察しつつ。

闇討ちの法陣を発動。
詠唱時間を稼ぐ為デモニックロッドの闇の魔弾で牽制。
敵より早く闇討ちの法陣発動。
耐えられて返しの闇討ちの法陣を受けても
軌道や性質を【見切り】防御
己の力と術を信じ、先に進むと言う【覚悟】で耐え抜く。
「その術にどれだけ時をかけたと思ってる。
目を瞑ってもどこから来るか位は分る。」

敵が攻撃に集中する間にスカイロッドで空圧を操作
敵の周囲を真空に、魔法詠唱を不可とする。
【カウンター】の【高速詠唱】で闇討ちの法陣を発動し仕留める。

「俺もお前も別物だ。これは、それが分っていた分の差かな。」



●乗り越えるもの
 真正面に立つ、自分と同じ姿をした者。
 それは暗い空間で鏡写しのように佇んでいる。普通の者ならば急に別の自分が現れたことに驚くだろう。
 だが、これがオブリビオンの一種であるとフォルクは知っている。フォルクは自分と同じようにフードを深く被っている相手を見遣り、不敵に口許を緩めた。
「他人から奪わなければ存在すらできない脆弱な存在か」
『……』
 偽物は何も答えなかったが、フォルクにとっては些細なことだ。余計な言葉を自分の声で紡がれるよりは黙っていてくれた方が楽でいい。
 身構えたフォルクがデモニックロッドを掲げると、偽物も同じ動作をした。
 自分が取った行動を真似てくるのだろうと察したフォルクは、相手の一挙一動を逃さぬようにしようと決める。
「ただの偽物が本物――オレに勝てるかな」
 刹那、闇討ちの法陣が巡っていった。
 フォルクは詠唱時間を稼ぐべく、ロッドから闇の魔弾を放つ。偽物もフォルクと同じ牽制行動を取った。
 詠唱の言葉が紡がれていく闇の空間に二つの漆黒が舞った。
 撃ち抜け、破魔の銀礫。その手管を包み封じよ静謐なる織布。
 邪なる赤き流れを食い荒らせ、呪いの鉄針。
 双方が詠唱する声は若干ずれている。無論、早いのはフォルク本人の方だ。
「――暁の剣よ終わりなき夜に終止符を」
 敵よりも早く法陣を発動させたフォルクが更に呪われし黒杖を掲げた瞬間、蒼炎の力が巻き起こった。しかし、一瞬後に同じ力が偽物の方からも迸る。
 銀の弾丸、封魔の骸布。血喰い釘と白銀の剣。
 それぞれの力が互いに向かって飛んでいき、相手を傷付けんとして迫った。されどフォルクとて無策で力を巡らせたのではない。
 相手に耐えられて返しの闇討ちの法陣が此方に巡ろうとも、それはフォルクにとっては未知の力ではない。自分の能力であるからこそ軌道もタイミングも読みやすい。
 フォルクは迫る刃や弾丸を見切り、防御に入った。
 ただ己の力と術を信じて、先に進むという覚悟で耐え抜くだけだ。
 それに――。
「その術の習得にどれだけの時をかけたと思ってる。たとえ目を瞑っても、どこから来るかくらいは分かる」
 能力をコピーしただけでは扱いきれない技であることは確かだ。
 フォルクは更なる攻撃を法陣から解き放ち、偽物を貫く。そうして敵が攻撃に集中していく間に、彼はスカイロッドで空圧を操作していった。
 相手からも闇の魔弾が撃ち出されたが、その力は術者の魔力を喰らうものだ。フォルク自身ならば兎も角、偽物がいつまでも撃てるものではない。
 そして、フォルクは敵の周囲を真空にする。
「その詠唱を止めてやろう」
 自分と同じ姿ならば声を紡ぐにも呼吸がいるはずだ。その作戦は上手く巡ったらしく、敵法陣からの新たな攻撃は続かなかった。
 だが、呼吸が出来ない状態の偽物にも出来ることがあった。
「あれは……そうか、そう来るのか」
 偽物は風の杖を持ち上げ、先程の自分と同じことをしてくる。つまり空圧でフォルクの魔法を止めようとしているのだ。
 しかし、フォルクは怯みなどしない。完全に空気を絶たれる前にカウンターで以て、偽の風杖を圧し折った。
 其処から高速の詠唱を紡いだ彼は更に闇討ちの法陣を発動していく。
 敵の風弾の残滓がフォルクを襲ったが、威力が落ちているのでかすり傷にもならなかった。このまま仕留めると決めたフォルクは偽物に黒杖を向けた。
「俺もお前も別物だ」
 はっきりと宣言した次の瞬間、銀の弾丸が偽物の胸元を貫く。
 はたとした様子の偽フォルクは戦う力を失い、その場に膝をついた。相手がもう何も出来ないと察したフォルクは、消えていく偽物を見下ろす。
「これは、それが分っていた分の差かな」
 そうして、別れ代わりの最後の一撃として闇の魔弾が打ち放たれた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふええ、いつの間にか私一人に・・・、ってアヒルさんもいないですよ。
どうしましょう?
私一人で先に進んでも、魔人さんと戦える訳がありませんよ。
あ、あそこに人がいます。
きっと他の猟兵さんですね。
一人だと心細かったんですよ。
ふええ、突然私に変身しましたよ。
もしかして敵さんですか?
私と同じことができるみたいですけど、攻撃を軽減できたりあちらの方が有利です。
でも、その代償はあるみたいですね。
でしたら、お菓子の魔法はいかがですか。
攻撃じゃないユーベルコードです。
それに時間稼ぎはそちらには不利ですよね。
お菓子の魔法は実際には時間ではなくて速度を盗んでいるんですから。



●彼女の方法
 気が付けば闇の中にひとりきり。
 ぞくりとした感覚を抱いたフリルは、空間を見渡してみた。
 此処には誰もいない。自分以外にはひとっこひとり見当たらない場所に転移させられてしまったようだ。
「ふええ、いつの間にか私一人に……」
 フリルは何だか怖くなってしまい、ぎゅっと身を縮めた。この場所は寒くもなければ暑くもない。何も感じない世界だ。
 まるで夢の中のふわふわとした感覚にも似ていた。フリルは恐怖を紛らわせるため、頭の上にいるはずの相棒ガジェットに話しかける。
「ねえ、アヒルさ……ってアヒルさんもいないですよ」
 しかし、頭上には何もなかった。
 一応は足元や近くも確認してみたが何処にもアヒルさんが見当たらない。フリルは更に不安な気持ちを抱いたが、立ち止まってもいられなかった。
「どうしましょう?」
 自分ひとりで先に進んだとしてもこの奥に待ち受けているという魔導書の魔人と戦えるわけがない。せめてアヒルさんと合流しなければいけないだろう。
 フリルはひとまず探索をしようと決め、闇の奥に進んでいく。
「あ、あそこに人がいます」
 きっと他の猟兵だと思ったフリルはそちらに駆けていく。こんにちは、と人影に声を掛けたフリルはほっとした表情をした。
「一人だと心細かったんですよ。良かっ……ふええ?」
 だが、フリルは更に驚いてしまう。その人影が急に自分と同じ姿に変身したからだ。びくっと身体を震わせたフリルだったが、何とか状況を判断してみる。
「もしかして敵さんですか?」
『…………』
 問いかけてみてもフリルの偽物は何も答えなかった。
 片手を上げてみると、まるで鏡のようにフリルの真似をする。しかもどうやら本物と同じ力を持っているようだ。
 警戒を強めたフリルはそっと身構えた。
「私と同じことができるみたいなら、あちらの方が有利ですね」
 この相手を倒さなければ先には進めない気がする。おそらくだが、アヒルさんも何処かの闇の中で偽物アヒルと戦っているのだろう。
 フリルは懸命に考え、偽物に勝つ方法と作戦を立てていった。もし自分から先制攻撃をすればフリルの得意技を使った偽物が此方を圧倒してしまう。しかし、どんな能力にも代償はあるはず。
「でしたら、お菓子の魔法はいかがですか」
 その言葉と共にフリルはお菓子を給仕しはじめた。
 フリルは攻撃ではないユーベルコードを仕掛ければいいと考えたのだ。相手にとって時間稼ぎは不利になる。
 それにお菓子の魔法は実際には時間ではなく、速度を盗んでいるのだから。
「これで偽物さんは遅く……ってアヒルさん?」
 フリルが交戦していると、既に戦いを終えたらしきアヒルさんが戻ってきた。フリルは驚きつつもアヒルさんに攻撃を任せていき――。
 なんやかんやでフリルはこの場を切り抜けた。お菓子とガジェットで解決するという方法だが、これで試練を乗り越えられたはずだ。
「いきましょうか、アヒルさん」
 フリルは相棒ガジェットを帽子の上に乗せ、次の領域を目指して歩き出した。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

ジョン・フラワー
やあ、キミはなんてセンスがいいんだ!
仮の姿に僕を選ぶなんて! 最高にかっこいいだろう!
戦うより友達にならない? 双子トリックとかやってみたかったんだよね!
ははは! 問答無用かい!
なら仕方ないな!

夢からちょっと覚めてもらおう
夢幻の狼煙を相手に直接吹きかけるよ。その姿が幻であれば元の形に戻る……かもしれない!
そしたら僕の方が力がつよいのは目に見えてるね!
そうならなくても僕にはたのしいがあるからさ!
たのしいはつよい! 負ける道理なんてないんだ!
木槌も爪も、今日はキミのために振るおうじゃないか!

そうだ。僕の現実は透明ニンゲンじゃなくておおかみだから
当てないように気を付けなよ! 大きくなっちゃうからね!



●本当は透明な存在
 向かい合う二人の視線が重なる。
 暗闇だけが広がっている空間に立っているのはジョンとジョン。もっと詳しく示すならば、本物のジョンと偽物のジョンだ。
「やあ、キミはなんてセンスがいいんだ!」
『……』
 ジョンがにこにこと笑って偽物に語りかけると、相手は無言のまま笑みを浮かべる。
「仮の姿に僕を選ぶなんて! 最高にかっこいいだろう!」
『……』
 本物のジョンはいつもどおりに明るい口調で楽しげに語っていた。しかし、同じ姿をした偽物は一言も喋らずただ笑っているだけ。
 口調や話し方においてジョンらしさはないが、その笑顔だけはジョンそっくりだ。
 ジョンはそのことに機嫌を悪くするでもなく、寧ろ興味津々。一歩、手を差し伸べながら相手に歩み寄ったジョンは偽物に提案する。
「戦うより友達にならない?」
『……』
「双子トリックとかやってみたかったんだよね!」
『……』
 しかし、やはりどうあっても偽物は何も答えようとしない。浮かべている笑みも肯定なのか否定なのか、どちらとも取れないものだった。
「つれないね! 僕がキミから同じことを言われたら喜んで手を取るのに!」
『…………』
 すると偽物は静かに身構える。
 おや、と口にして目をぱちぱちと瞬いたジョンは殺気のようなものを感じ取った。おそらく偽物のジョンはこのまま攻撃を仕掛けてくるようだ。
「ははは! 問答無用かい!」
 ジョンがからからと明るく笑った、刹那。
 はさみを振りかざした偽物がジョンの喉元を狙って突進してきた。
「なら仕方ないな!」
 素早く動きを察知したジョンは笑みを崩さないまま、一閃をひらりと避ける。双子トリックも名残惜しいけれど、これは夢。即ち現実ではない。
「キミには夢からちょっと覚めてもらおう」
 ジョンは身を翻しながら、夢幻の狼煙を相手に吹きかける。ふわりと浮かんだピンクのきらきらユメカワな煙は、触れればその有り様を変えるもの。
 夢は現実に戻り、現実は夢に変わる。
 偽物のジョンの姿が幻であれば、元の形に戻る――かもしれない。ジョンが希望的観測を抱いたとき、偽物の姿が変わった。
「あっ! 消えた? ……違う、透明になっちゃったんだ!」
 はっとしたジョンは偽物が自分の姿を取る前を思い出した。ユーベルコードの効果がうまく巡ったのだ。姿が見えなくなったことは少しやり辛いが、自分をボコボコにしてしまうよりは随分と戦いやすい。
「戦い辛いけど、これなら僕の方が力がつよいのは目に見えてるね! いや、キミはもう目に見えないけど!」
 あはは、と楽しそうに笑ったジョンは攻勢に出た。
 先程までの偽物はただ笑顔を浮かべていただけ。そこにジョン本人と同じようなたのしい気持ちは見えなかった。
「たのしいはつよい! 負ける道理なんてないんだ!」
 ジョンは気配の方に向けて木槌を振るい、逃げられないように爪で宙を切り裂く。今日は特別にどちらも偽物君のために振るおう。そう決めたジョンは遠慮なく、それはそれはもう容赦なく爪で敵を裂く。
「そうだ。僕の現実は透明ニンゲンじゃなくておおかみだからね。当てないように気を付けなよ! 大きくなっちゃうからね!」
 ね、と語り掛けたときには既にドッペルゲンガーだったものは消えていた。
 もう終わりかな、と首を傾げたジョンは尻尾をぱたりと揺らす。やっぱり双子としてスカウトしたかったなぁ、なんて呟きを落としながら――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

幽遠・那桜

WIZ
はわ、存在を奪うなんて、そう簡単にさせないのですよ!
とはいえ、自分自身と戦うのは初めてです……。
普段なら精霊さん達を集めて応戦するのですけど、今回は慎重、です!

まずは地「属性攻撃」で足元を掬うように、出方を伺ってみます。
出方を伺うだけ……ですが、うー、自分と戦うのがこんなに面倒なんて思わないのですよ!

……でも、今まで使ったことの無い技で、一気に決着を着けたらどうでしょう?
UC発動!

……私は、先に進む。先に進んで、ずっと歩き続けて、この先の未来を夢見続ける。
まだやらなきゃ行けないことがある。こんなところで、立ち止まれない!

「限界突破」した、風「属性攻撃」の「全力魔法」の嵐を!



●覚悟と夢
 とても暗い、何処までも続いていくような闇の中。
 はっとした那桜は目の前に自分と同じ姿をしたものが立っていることに気付いた。
「はわ、私が居ます!」
 驚いた那桜は思わず後ずさりそうになる。しかし、たとえ逃げたとしても何処にもいけないことが感覚的に分かってしまっていた。
 それに先程に聞こえた声がとても不穏だったことを思い出す。
 ――存在を奪え。
 この場にいない何かの声らしきものが確かにそう言っていた。那桜はぐっと拳を握って自分の偽者を見つめる。
「存在を奪うなんて、そう簡単にさせないのですよ!」
『…………』
 対する偽物は那桜と同じように怒った表情を浮かべたが、何も喋らなかった。何だか居心地の悪さを感じた那桜はふるふると首を振る。
 相手から感じられるのは敵意と殺気だ。
 自分の姿をしたものがそんな雰囲気を漂わせているのは気持ち良くなかったが、こればかりは我慢するしかない。
「とはいえ、自分自身と戦うのは初めてです……」
『……』
 那桜が不安げな顔をすると、やはり偽物も似たような表情をする。真似しないでください、と言いたかったがその言葉や仕草までまた似せられてしまうだろう。
 普段の那桜ならば此処に精霊達を集めて応戦する。
 先程に通り抜けてきた儀式場のように一気に精霊と共に駆け抜けたいものだが――。
「うう……今回は慎重、です!」
 気を引き締めた那桜は相手をよく見て戦うことにきめた。
 ならば、先ずは一手目。
 四精霊のブレスレットに触れた那桜は地の属性を巡らせた。自分の姿をした偽物に向けて足を掬うように力を紡ぐ。
「これで出方を窺って……出方を窺うだけ……ですが……っ!」
 どん、という大きな衝撃音と共に偽物の足元が揺らいだ。しかし同時に那桜の足元までも揺れてしまう。
 それは相手が那桜と同じことをしてきたからだ。
 一緒になってよろめいた二人は其々のダメージを受けてしまう。敵は那桜と同じ仕草をしていたので攻撃も同等なのだろう。
 那桜は何とか体勢を立て直し、気を取り直した。
「うー、自分と戦うのがこんなに面倒なんて思わないのですよ!」
 いつもの攻撃を仕掛ければ、それと同じ分だけの攻撃が那桜自身に返ってくる。そうだとしたらいつか押し負けてしまうときが来るかもしれない。
 那桜は不安を抱いたが、此処で諦めてしまうような選択は出来なかった。
(……でも)
 ふとしたとき、那桜は或る案を思いついた。
 精霊の力をひとつずつ使いながら応戦する那桜は考えを巡らせていく。
(今まで使ったことの無い技で、一気に決着を着けたらどうでしょう?)
 このことを相手に悟らせてはいけない。それゆえに少しずつ相手の反応を見て、タイミングを見極めていく必要があるだろう。
 それから攻防が幾らか巡り、精霊の力が更に巡った瞬間。
「今です!」
 発動――万象の術・心意。
 姿が同じでも那桜の意思は敵より強い。諦めず対峙する気持ちが負けているとは思えない。再び属性の力を発動させた那桜は一気に勝負を決めにかかる。
「……私は、先に進むんです」
 先に進んで、ずっと歩き続けて、この先の未来を夢見続ける。そう決めたから偽物になんて足止めされたくはない。
「まだやらなきゃ行けないことがある。こんなところで、立ち止まれない!」
 限界突破した風による全力魔法が嵐となって渦巻いた。
 そして、決着がつく。
 那桜はその場に倒れた偽物をそっと見下ろし、影が消えていく様を見守った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルゥ・グレイス
…。
それが同じ姿を取った瞬間、発砲。

ノータイムワンアクションの射撃が相手の体制を崩すのを見てさらに発砲。

六連弾倉を撃ちきって姿が動かなくなったのを確認、ジャミング用の魔術を起動。
警戒しつつ側に近寄る。 

その姿を検分する。
同じ形、同じ武器、同じ型番。
「自分ではない自分なんてとうに見飽きているんだ。だから悪いね」

程なくしてジャミング魔術が一つのデータを検出する。
「…驚いた。記憶送還器まで再現されてるとは」

ジャミングをかけておいてよかった。
今のデータを元に次の型番の僕が製造される可能性が一番危険だったから。

記憶送還器があるのは視床下部。つまりは眼球に向けて照準を合わせ、
「じゃあ、さよなら」
発砲した。



●自分と自分
 夢想の暗闇、透明な影、自分と同じ姿を取ろうとする偽物。
 端的かつ的確に状況を理解して判断を下したルゥは即座に行動に移った。それが自分の形を取った瞬間、発砲したのだ。
「……」
『……』
 銃声が響く暗い空間、本物のルゥと偽物のルゥの視線が交差した。偽物の方の腹には一瞬で銃弾が減り込み、貫通している。
 当然そこから血が流れはじめたのだが、相手はそのまま立っていた。
 ダメージは与えられているはずだ。しかしおそらく元が透明な存在であったゆえ、人並みの痛覚を持っていないのかもしれない。されど自分の顔で嘆かれたり叫ばれたりしてもそれはそれで厄介だ。
 一撃で駄目なら二撃目を。
 まさにノータイムワンアクション。ルゥの放った射撃は見る間に相手の体勢を崩していった。偽物も同じ形の偽の銃を構えようとしたが、ルゥの方が速い。
 よろめいた相手を見たルゥは更に銃爪を引いた。
 それは一瞬のことだった。
 六連弾倉を撃ちきれば、その場にルゥの偽物が伏す。闇の中に血が広がっていく様を見下ろしたルゥは念の為、銃口を偽物に向け続けていた。
 やがて完全に相手が動かなくなったことを確かめた彼は、その側に歩み寄る。
 息もつかせぬままに発砲したためか戦いは数十秒もかからずに終わった。ルゥの姿をしていても、相手ははルゥになりきれていない存在だ。だからこそ最初の一撃についていけず致命的な後手に回ってしまった。
 そうして、ルゥはジャミング用の魔術を起動させる。
 その際も警戒を解かずにいたルゥは倒れ伏した自分を見下ろした。明らかなまがいものであっても、それを己だと認識したのはルゥの在り方そのものに理由がある。
 ルゥはそのまま偽物の姿を検分していく。
 見た目は同じ形。持っていたのは同じ武器。それから、同じ型番。
「自分ではない自分なんてとうに見飽きているんだ。だから悪いね」
 ルゥは徐々に消えていく偽物に声を掛けた。この領域で生み出されたものは所謂、夢想の存在なのだろう。それゆえにデータは亡骸となったものが消える前に行う必要があると判断したルゥは解析を急ぐ。
 やがて偽物が半分ほど透明になった時、ルゥの魔術がひとつのデータを検出した。
 それを確かめたルゥは僅かに目を見開く。
「……驚いた。記憶送還器まで再現されてるとは」
 ジャミングをかけておいてよかった、と感じたルゥは肩を竦める。情報は取れたので後の懸念もない。
「今のデータを元に次の型番の僕が製造される可能性が一番危険だったからね」
 倒した以上、そんなことは起こらない。
 ルゥにとっては成り代わられるとはそういうことだ。慣れていたとは云えど、こんな場所で正規ではない手順で製造されてしまうことは避けたかった。
「もう消えてしまうみたいだけど、一応」
 ルゥは銃を再び構える。
 自分の場合、記憶送還器があるのは視床下部。つまりは眼球。相手の目に向けて照準を合わせたルゥは銃爪に指をかけた。
「じゃあ、さよなら」
 そして、彼は発砲する。
 響く銃声。跳ねる身体。ぽっかりと空いた眼窩が見えた瞬間、偽物だったものは跡形もなく消滅していった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

プリムララ・ネムレイス
《旅人の魔法》は行った先々で人々を魅了するから――


あら
喋らないのね
それなら私も喋らないわ
もし貴方が私と同じだと言うのなら勝負の行方はどうなるかしら
そうねそれはきっと
相討ちね

素敵でしょ?あらゆる魔法を創れるわ
どんな魔法を披露したい?
風の魔法で雷かしら
それならきっと貴方の前の私もそうするのね
私が傷を負うにはもっと出力が必要で
結局二人で傷付くの
火の魔法で灼いてしまう?
膨れ上がる炎は私達を焦がしてしまうわ

そうして私達は斃れるわ
でもね
本当の私は闇の中
私はここに来た時からずっと光を屈折させて貴方自身を映していただけだから
貴方は自分と戦ったのよ


最初から私は魔力で
錯覚の状態異常力だけを重視して強化したのでした



●愚者の逆位置
 森羅万象、ありとあらゆる魔法の力が此処にある。
 旅人の魔法はこれまで行った先々で人々を魅了してきた。深くて暗い夢想の闇の中であっても、それはきっと変わらなくて――。

 闇の領域に立っているのはふたりのプリムララ。
 同じ姿をしている少女達は夢想空間の最中で向かい合っていた。存在を奪えという不穏な言葉と共に変化した透明な影は、プリムララをじっと見つめている。
『……』
「あら、喋らないのね。それなら私も喋らないわ」
 双眸を緩やかに細め、敢えてちいさく笑ったプリムララは口を噤む。言葉通りに最初で最後に紡がれたその声は何処か遠くから響いてきているかのようだった。
 無言のまま、ふたりの少女は身構える。
 どうやら片方がもう片方の真似をしているようだ。プリムララは目の前の光景をそっと見つめながら、考えを巡らせる。
(もし貴方が私と同じだと言うのなら勝負の行方はどうなるかしら)
 そうね、と胸中で独り言ちたプリムララはこくんと頷いた。
 誰にも見られないままの仕草だが、自分が納得したのだからそれでいい。そう、それはきっと――相討ち。
 答えはとても簡単なもの。しかし、プリムララは怯えたり悲観することはない。
 戦いが避けられないのなら挑むしかないからだ。
 片方の少女が片手を掲げれば、相手も同じ腕を上げた。これから始まるのはあらゆる属性で紡ぐ魔法の応酬。
 きっと素敵な色彩がこの闇を彩っていくはず。
 こちらは様々な魔法の色を創れるのだから、向こうだって同じはず。
 ――さあ、どんな魔法を披露したい?
 偽物に問うようにしてプリムララが眸を眇めれば、先ずは風の魔法が轟いた。雷となって周囲を照らした力はふたつ分。
 重なり、交差するように響いた雷鳴と光が夢想空間を貫いた。同時に少女達の身に鋭い雷の衝撃が疾走る。
(やっぱり、貴方の前の私もそうするのね)
 されどプリムララは少しも怯んだりなどしない。次の一手を巡らせるために視線を先に向けただけ。傷を負うにはもっと、更なる出力が必要になる。
 夢想空間から魔力を掬って絡め取るように、プリムララは指先をくるりと回した。そうすることで次は闇の糸のようなものが顕現する。
 ふたりの少女はやはりほぼ同時に闇の魔法を解き放った。
 予想していた通り、その衝撃も殆ど一緒に互いに作用していく。ふたりで傷付いて、ふたりで紡いでいく。鏡合わせのような少女達が次に放ったのは火の魔法。
(どちらも、灼いてしまう?)
 プリムララはふっと微笑む。其処から膨れ上がっていった炎は自分達を焦がしてしまうほどに激しく巡った。
 そして――。
「ほら、私達は一緒に斃れた。でも残念ね」
 彼女達はどちらも偽物。
 闇の中から現れたプリムララは、倒れたふたりの少女を見下ろす。途端に片方が消え、辛うじて意識を保っていたもう片方が顔をあげた。
 それは夢想領域が作ったドッペルゲンガーの方だ。
「教えてあげる。私はここに来た時からずっと光を屈折させて貴方自身を映していただけだったの。だから、貴方は自分と戦ったのよ」
 最初からあのプリムララは魔力によって作られた存在。錯覚の状態異常力を強化していただけのもの。即ち、偽物が偽物の偽物と戦うという奇怪なパラドックスのような状況だったのだ。これまで喋らなかったのも、声がする方向を探らせないため。
 やがて、夢想の偽物は跡形もなく消えていく。何もなくなった空間から視線を外したプリムララはそのまま踵を返した。
 これで第一の試練は合格扱いだろうか。
 その答えは次の領域に進めば分かるだろうと考えながら、プリムララは歩き出した。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

陽向・理玖


自分とは前にも戦った事があるが…
あれからどれ位強くなった?

でも…楽しませてくれんだろ?
龍珠弾いて握り締めドライバーにセット
変身ッ!
衝撃波飛ばし残像纏いダッシュで間合い詰めグラップル
拳で殴る
…まずはここまでは互角、か
そらそうだ
物真似上手いじゃん

自分の戦い方くらいよく知ってる
直前で衝撃波のオーラで弾き受け流してカウンター
面白いくらい一緒だな

けど
こんなところで俺は留まってねぇ
打ち合いしてる間に頭ん中はどんどん研ぎ澄まされて
…見えるぜ
限界突破
暗殺用い背後から廻し蹴りでフェイント
しゃがみ足払い
さっきの俺をコピーしても
俺はその先を行く

まぁ勉強にはなったな
ダッシュとジャンプ織り交ぜ更にスピード上げ懐へ
UC



●成長の速度
 自分の前の前に偽物の自分がいる。
 こういった状況は、オブリビオンを相手にしていれば時折起こることだ。理玖は冷静に自分の姿をした偽物を見据えた。
 身構えながら、以前にもこうした手合いと戦ったことを思い出す。
「あれからどれくらい強くなった?」
『……』
 理玖が問いかけたのは過去の自分自身。今の理玖の姿を模している偽物は何も答えなかったが、別にそれでいい。
 もし答えられたとしても、自分の声で語られるのは何だか癪かもしれない。
「何も喋らないのか。でも……楽しませてくれんだろ?」
 ふ、と薄く笑った理玖は右手を上げた。
 すると真正面に立っている偽物の方も同じ仕草をした。そして、二人はほぼ同時に虹色の珠を弾き、腰のドラゴンドライバーに龍珠をセットする。
「変身ッ!」
『……変身』
 ふたつの声がやや遅れて重なり、二人の身が全身装甲姿に変わった。
 二人のヒーローは同じ見た目をしているが、例えるならば光と闇。まるで対極に存在しているかのようだ。
 理玖は変身完了と同時に衝撃波を放ち、残像が見えるほどの疾さで駆けた。
 だが、そのように行動したのは偽物も同じ。一瞬で間合いが詰められ、振り上げた拳が交差した。激しい衝撃の余波が周囲に散り、空気を揺らがせる。
「まずはここまでは互角、か」
『……』
 偽物は再び無言になった。もしもの話ではあるが、闇落ちした自分はあのように無口になるのだろうか。そんなことを考えながら理玖は構え直す。
「そらそうだ、物真似上手いじゃん」
 相手は今の自分と同じものだ。だが、それだからこそ戦いやすくもある。
「自分の戦い方くらいよく知ってるぜ」
 次は偽物の方が若干の先手を取った。しかし理玖はしかとその動きを察知しており、相手の拳が身を穿つ直前に対抗策を打つ。
 瞬時に発生させた衝撃波のオーラで以て敵を弾き返した理玖は、ひといきに一歩踏み込む。鋭い拳の連打で偽物を穿とうとしたが、相手もまた衝撃波で対抗してきた。
 攻撃の応酬は奇妙なもので、息のあった組手をしているかのようだ。
「面白いくらい一緒だな」
『……』
「けど、こんなところで俺は留まってねぇ」
 双方の視線が重なる。相手は何も答えないが、理玖は構わずに語り掛けていく。それと同時に攻防は激しく巡っていった。
 拳が迫り、身を反らす。反撃として打ち込めば相手もまた身を翻す。打ち合い、避けて躱して地を蹴る。鋭い速さで以て二人は攻撃を繰り出していった。そうしている間にも理玖の頭の中は研ぎ澄まされていく。
 この偽物は先程の理玖を写し取ったものだ。ならばこの戦いで今まさに成長している最中の理玖は、相手よりも上を往くことになる。
「……見えるぜ」
 理玖の瞳が鋭く細められた。その瞬間、限界すら突破した拳の一撃が偽物の胸に減り込んだ。それだけではない。体勢を崩した瞬間を見切った理玖は一気に背後に回り込み、相手が動くよりも先に廻し蹴りを叩き込んだ。
 流石の偽物も殴打からの足払いは耐えきれなかったらしく、瞬く間に転倒した。
「さっきの俺をコピーしても俺はその先を行くだけだ」
 自分が倒れていく様を見るのは何だか妙だったが、これもまた敵だ。トドメだ、と告げた理玖はすべての力を次の一撃に籠めると決めた。
「まぁ勉強にはなったな」
 自分の弱点や癖、客観的に見た戦闘体勢。それらを思い起こしながら、理玖は敵を真っ直ぐに見据えた。更に速度を上げた彼は敵の懐へ入り込み――。
 理玖に穿たれた偽物の存在は、文字通りに灰燼に帰した。
「……よし」
 勝利を得た理玖は拳ともう片方の掌を合わせ、ふっと息を吐く。そうして次に理玖が見据えた先には、更に奥の領域に続く路がひらけていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

漣・寧萌
…ここは……
転移に成功したのかしら?
暗いし、私以外に誰もいないようね

……でも
成功したと見ていいみたい
私自身が、目の前にいる、という事は

愛用の武器を刀に変形して応戦
向こうの刃と私の刃が鎬を削り合う
姿も、能力も、全く同じ
――もし、違う所があるとしたら?
私の優れた頭脳があなたにあったとしても
それを活かしきれる?
そして…

私の胸の内で燃える復讐の炎は
あなたの心にも燃え上がっている?

これは私にしか燃やせられないし消せない焔
私の情念を
奪わせるものですか
瞳から、瞳孔の刻印から、冷気が溢れる
それを制御する理由など無く
どんどんと増して終いには吹雪になる

さようなら、影の私



●帰れない場所
 視界が暗転したかと思えば、急に周囲の景色が変わった。
「ここは……転移に成功したのかしら?」
 寧萌は暗闇が広がる光景をゆっくりと見渡して気配を探る。仲間の姿は見えず、自分以外には誰もいないようだと判断できた。
「……でも」
 転移の成功は間違いない。寧萌は目の前に現れたもうひとりの自分を見据えた。
 これは今の自分がコピーされたものだ。鏡写しのように同じ格好をしている寧萌の偽物は、此方をじっと見つめている。
 寧萌は握っていた銃を構え直した。瞬く間に刀に変形した得物の切っ先が偽物に差し向けられる。だが、相手も寧萌と同じ動作を取った。
「武器の機能まで一緒なのね」
 ひと目見たときから理解していたが、やはり厄介だ。寧萌は自分にも向けられている刀の先端を見遣りながら地を蹴った。
 刹那、向こうの偽寧萌もほぼ同時に刃を振るってくる。
 甲高い金属音が闇の空間に響き渡った。残響が不穏に巡る中で寧萌と偽物の刃が重なり、鍔迫り合いとなっていく。
 向こうの刃と自分の刃。同じ色をした寧萌と偽物の青い瞳。
 其処には互いの姿が映っていた。まさに鎬を削り合うと表せる状況、力は互角だ。姿も能力も、全く同じであればこうなるのも致し方ない。だが――。
「もし、違う所があるとしたら?」
『……』
 寧萌は少し不敵な口調で偽物に問いかけた。相手は何も喋ろうとしないが、元より何らかの答えを求めているわけではない。
 仮に返答されたとしても寧萌が納得できる言葉は返ってこないだろう。
 姿形が同じでも、それはただ真似ているだけ。この剣戟の応酬も相手が寧萌に反応して起こっている状況に過ぎない。
「私の優れた頭脳があなたにあったとしても、それを活かしきれる?」
 ただの模造品に出来るはずがない。
 寧萌は隙を見て身を翻し、偽物との距離を一気に開けた。次第に刀の周囲に冷気が生まれはじめ、周囲の温度が下がっていく。
「そして……私の胸の内で燃える復讐の炎は、あなたの心にも燃え上がっている?」
『…………』
 偽物の刃からも同じ冷気が巡っていった。そのとき寧萌は理解した。どうあってもあれは偽りの者に過ぎない、と。
 何故なら、己の刻印から溢れ出る零水の方が遥かに熱い。それは物理的な温度の話ではなく籠めた心の熱さのこと。
「これは私にしか燃やせられないし消せない焔よ」
 冷たく凍っているように見えても、此の炎は決して消えていない。存在を奪え、と命じられて動くただの偽物には存在しないものだ。
 氷霰の冷気が深く巡り、互いの身体を傷付けていく。されど寧萌は決して押し負けたりはしなかった。心の在り方を改めて自覚した今、信念も何も持っていない相手に負ける心算はひと欠片だってない。
「私の情念を、奪わせるものですか」
 寧萌の瞳から、瞳孔の刻印から、更なる冷気が溢れる。心の熱を宿す氷霰を制御する理由などなく、寧萌は容赦なく零水の力を重ねていった。
 そして、終いには吹雪と化した冷気はドッペルゲンガーを深く穿つ。
「さようなら、影の私」
 これで終わりだと宣言するように寧萌は刃を振り下ろした。
 次の瞬間、戦いの決着が付いた。倒れゆく偽物は最初から何もなかったかのように消滅していく。その姿を見下ろした寧萌は刃を銃に戻した。
 たとえ僅かであったとしても――己の熱情は、確かに此処にあると実感した。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

橙樹・千織


相対するは自分自身、か
己を超えてこそ…という試練のつもりかしら
敵を見据え
どこか他人事のように零し
破魔とオーラを纏う

私の存在を奪ってどうする?
振るわれる刃を藍焔華で受け流す
多少の傷は厭わない

私に成り代わる?
隙をつき、藍雷鳥でなぎ払う
容赦無く、淡々と

“私しか”写し取れていないのに?
畳み掛けるように花弁を散らす
哀れむような
蔑むような言の葉
そこには羨ましさが
微かに混じったかもしれない

私はわたし
お前などにくれてやるものか
“私”のふりしたモノが彼らの傍にいるなんて許さない

彼処は
あの時以来初めて
そこに在りたいと想えるようになった場所
誰にも譲れない場所

“失せろ”
破魔と浄化を載せた言霊を合図に
花吹雪が吹き荒ぶ



●大切であるが故に
 相対するのは今の自分と瓜二つの偽物。
 夢想の力が作り出した異空間にて、千織は鋭く身構えた。目の前にいる影は自分とまったく同じ姿をしている。
 千織は藍焔華と藍雷鳥を構え、自分の姿を取ったドッペルゲンガーを見据えた。
「己を超えてこそ……という試練のつもりかしら」
 自分が其処にいても、千織は動揺などしていない。どこか他人事のように呟いた千織はそのまま戦気を巡らせ、破魔とオーラの力を身に纏った。
 次の瞬間、千織と偽物の千織の戦いが始まる。
 暗闇は何処までも続いているかのような広さだが、不思議と互いの位置は分かった。例えるならば自分と相手が立っているところだけが光っているかのような感覚だ。
「私の存在を奪ってどうする?」
 千織は相手から振るわれる刃を藍焔華で以て受け流しながら、質問を投げかけた。敢えて近付いているので傷を受けることになるが、多少の痛みなど厭わない。
『…………』
 だが、偽物の千織は何も答えようとしない。
 千織の姿と共にコピーした偽藍焔華を振るい続け、ただ此方を攻撃してくるだけだ。喋れないのか、それとも喋る必要がないと思っているのかはわからない。されど、千織は怯まずに更に語り掛けた。
「私に成り代わる? 本当にそう成りたいの?」
『…………』
 やはり相手は何も言わない。
 それでも構わないと考えた千織は相手の隙を突こうと狙った。刃と刃が衝突し合う中、千織は一気に相手の元に駆け込みながら藍雷鳥で薙ぎ払う。
 偽物も同じように動いてきたが、千織は押し負けたりなどしない。
 どんな攻撃が来ようとも容赦無く、淡々と戦い続けるだけだ。刃の応酬は淡々と続き、闇の中で戦いは巡り続ける。
 今の千織をそのまま写し取ったのだから、相手の実力も互角。本来ならばそのように言えるのだが、彼女は違った。
「……“私しか”写し取れていないのに?」
 千織は不意に問いかけ、刃を大きく振り上げた。
 ――剣舞・櫻雨。
 敵を一瞬で圧倒した千織は畳み掛けるようにして周囲に花弁を散らす。敵に向けた眼差しは哀れむようなもので、向けた言葉も蔑むかの如き響きを孕んでいた。
 しかし、そこには微かな羨ましさが混じっていたのかもしれない。
『…………』
 尚も偽物は一言も喋らなかった。
 形勢と状況は徐々に千織の有利に動いている。このまま押し切れると察した千織は果敢に攻め込んでいった。
「私はわたし」
『……』
「お前などにくれてやるものか」
『……』
「“私”のふりしたモノが彼らの傍にいるなんて許さない」
 語り続ける千織。黙ったままの偽物。
 千織は絶対に存在を奪われることなど許してはいけないと感じていた。何故なら、彼処はあのとき以来初めて、そこに在りたいと想えるようになった場所。
 誰にも譲れない場所だからだ。
「“失せろ”」
 千織は破魔と浄化を載せた言霊を合図にして、花吹雪を更に散らせていった。激しく吹き荒ぶ八重桜と山吹の花は櫻の雨となり、忌まわしき偽の存在を消していく。
 倒れた偽物を見下ろす千織の瞳は、ぞっとするほどに冷たかった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓


眼前の
何より憎悪する己と全く同じ姿を見て
同情や憐れみさえ湧いてくる

何が悲しくてこの俺の生き写しにならねばならぬのか
このドッペルゲンガー達に何の罪があろうか
そう思うほどには己自身を嫌悪し憎み
されどドッペルゲンガー達を憎むことはなく

お前も運が悪かったなと
鏡写しの己の顔を見て静かに告げる

存在を奪え、だと
奪わせてなるものか
この責任も
この罪も
何人たりとも渡せぬ
俺自身が背負うもの、俺自身が背負わねばならぬもの
無関係なお前に背負わせてなるものかと
不運にも俺の前に現れたドッペルゲンガーに罪や責任を負わせるなど絶対にさせたくなくて

同時に居合が奔る
然し意地でも押し負けず
断ち切るは根源



●君の影を思ふ
 眼前に現れた存在は己と同じ姿を取った。
 梓は目の前に佇む影を見つめていたが一瞬だけ視線を逸らす。しかしすぐに相手に眼差しを向け直した梓は、片手でこめかみを押さえた。
 すると、偽物の方の梓も似た仕草をする。
 梓の心中は複雑だ。何より憎悪する己と全く同じ姿になった幻影は何と哀れなのか。
 同情と憐憫を覚えた梓は湧いてくる気持ちを抑えた。僅かな頭痛が走った気がしたが、それすら振り払った梓は肩を竦める。
『…………』
 相手は何も語らず、此方をじっと見つめてきていた。
 何が悲しくて己の生き写しにならねばならぬのか、と感じる。存在を奪えと命じられた、このドッペルゲンガー達に何の罪があろうかとも思った。
 相手は地球を侵略しようとする邪神の力を受けたもの。倒さなければ先にも進めないので、どうあっても避けられない相手なのだろう。
 されど、梓の中からは同情が消えない。あのように思うほどには己自身を嫌悪し、憎んでいると言えるからだ。
 だが、そんな感情が向けられているのは本物の自分にだけ。
 梓はドッペルゲンガーそのものを憎むことはなく、只管に憐れみの感情を向けていた。唯、思うことはと云うと――。
「お前も運が悪かったな」
 梓は静かに身構えながら、鏡写しの己の顔を見た。その表情はどちらもほとんど動いていなかった。この状況を淡々と受け入れているという雰囲気が双方から見て取れる。
『…………』
「わかっている、やるしかないんだろう」
 偽の梓が戦闘態勢を取ったことで、梓本人も意思を固めた。
 刹那、二人の梓が闇の地面を蹴り上げる。妖刀が鞘から抜かれ、鋭い音が短く鳴り響いた。鋭く跳躍したふたつの影が交差したかと思えば最初の一閃が互いを貫く。
 相手は存在を奪うため。
 此方は先に進むために。
『……』
 偽物は今も無言のままだが、戦いへの意思は伝わってくる。対する梓は攻撃を受け流しながら首を横に振った。
「奪わせてなるものか」
 この責任も、この罪も、この心も。
 もし自分が奪われたとしたら記憶の中にいる彼らはどうなるのか。己を嫌悪していても、これまで関わってきた人々のことは大切だ。
 何人たりとも渡せない。
「この身と心は、俺自身が背負うものだ。いや、俺自身が背負わねばならぬもので――」
 思いを言の葉に変えた梓は拳を握り締めた。
 先程よりも更に決意が強くなっている。他ならぬ自分。唯一の己。これは誰かが成り代われるようなものではない。
「無関係なお前に背負わせてなるものか」
 痛みも苦しみも、ちいさな幸せも、すべて自分だけのものだ。
 それに、不運にも梓の前に現れたドッペルゲンガーに罪や責任まで負わせるなど絶対にさせたくはなかった。
 そして、二人は向かい合う。
 それと同時に居合の一閃が奔り、刃と刃が真正面からぶつかった。刀同士が重なる金属音が何度も鳴る中で鍔迫り合いが暫し続く。
 しかし、梓は意地でも押し負けやしないと思っていた。
 やがて――たった一瞬ではあるが相手の体勢が揺らぐ。その瞬間を見逃さなかった梓は一気呵成に畳み掛け、その身を深く穿った。
 断ち切るは根源。
 唯々、己以外の誰かを懐う梓の刃は偽の存在を跡形もなく消し去った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・ゆず
嗚呼……
さっきまでの狂気に塗れた空間よりもずっといい

だいきらいな姿を取ってくれてありがとうございます
思うままに戦えますね

右の二の腕に付けているホルスターのボタンをはずして、プッシュダガーを手のひらに落とす
そのままひといきに踏み込んで、だいきらいな顔へ叩き込んでやろう
どうせ防ぐんでしょう?お見通しです。だってわたしだもん
いち、にの、ステップ
左足で飛んで、ローファーの踵をめりこませる

ああ、なんて泥臭いんだろう
わたしには、わたしたちにはお似合いだね

どうぞ、おいでください
最後に立ってた方が本物ですよ



●普通と異端
 この空間は心地良い。
 ふと感じたのはそんな思いで、ゆずはちいさく頭を振った。悪くないとはいっても先程の魔法陣の領域と比べてというだけであってずっと此処にいたいわけではない。
「嗚呼……でも、」
 さっきまでの狂気に塗れた空間よりも、この暗闇は落ち着く。
 此処では何も見えないから。
 きっと、自分以外には誰もいない世界だから。
 胸中で独り言ちたゆずはローファーをこつりと鳴らしながら先に進んでみる。そうすると透明な存在が現れ、不思議な声が響き渡った。
 ――存在を奪え。
 その言葉と共に透明なものは形を変え、ゆずと同じ姿になっていく。
 これこそが邪神の力であり、夢想空間を作っている魔導書の試練のひとつでもあるのだろう。聡く察したゆずは右の二の腕に手を伸ばす。
『…………』
「だいきらいな姿を取ってくれてありがとうございます」
 無言のまま此方を見つめてくる偽物に向け、ゆずは少しの皮肉を混ぜた言葉を送った。相手からの反応はないが、別にそれでいい。
『…………』
「無口なわたしなんですね。でも、これなら思うまま戦えます」
 ゆずはホルスターのボタンを外し、プッシュダガーを手のひらの上に落とした。とすん、と軽い音がした直後に向こう側からも同じ音が聞こえてくる。
 偽物の方もゆずと同じ動作をしてプッシュダガーを握ったようだ。姿も形も、装備も仕草も同じ。何だか鏡の世界に迷い込んだようだ。
 されど、あれは写し身とは少しばかり違うもの。鏡像ではなく実体を持っているうえに此方の命を狙っている。
 気兼ねはなくていい。何故なら、相手は他でもない自分だから。
 ゆずは地を蹴り上げてひといきに踏み込んだ。相手も同じ動きを取ったが別に構いやしない。だいきらいな顔へ刃を向け、遠慮のない一撃を叩き込んでやればいい。
「どうせ防ぐんでしょう?」
『…………』
「お見通しです。だってわたしだもん」
 もしも奇を衒ったとしても相手は対応してくるだろう。だが、それはゆず自身だって同じことだ。向こうからも顔を狙われたが、ゆずは身を反らして避ける。
 いち、にの、さん。
 踵を返しながらステップを踏んだゆずは、左足で暗闇を蹴る。其処から跳んだゆずは、ローファーの踵をめりこませて夢想空間内で立ち回っていった。
 同じ姿の同じ仕草や動作が見える。
 ただ無言で、世界のことなど興味がない顔をする少女が其処にいた。
「――ああ」
『なんて泥臭いんだろう、と思っているの?』
 ゆずが言葉を紡ごうとしたとき、偽物が初めて声を出した。今まさにそのように言おうとしていたので驚いたが、何のことはない。長く戦っているゆえに偽物が思考や言動までトレースしはじめたのだろう。それにこれは台本に書かれた通りの攻撃だ。
 ゆずは慌てることなくダガーを構え直した。
「わたしには、ううん……わたしたちにはお似合いだね」
『……』
 偽物は再び無言の状態に戻る。ゆずは間もなく勝利が訪れると確信していた。相手はきっと消えてしまうので、どんな仕組みで複製されたかなど深く考えなくてもいいだろう。ゆずは静かに微笑み、敵に刃を差し向けた。
「どうぞ、おいでください」
 最後まで立っていた方が本物。倒れれば退場。
 けれど本当はどちらだっていい。どうせ立ち続けていたって、この世界の為に戦う埒外の女の子という役を演じ続けるだけなのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朝日奈・祈里
捲られる頁。何かに観測されている感覚
命ずる声に、差し向けられる殺意

アストライオス、危ないから下がってろ
長杖をルーンソードへ持ち替えて構える
来いよ偽物。天才の実力を見せてやる
ばらばらと魔法をストックした魔導水晶をばらまいて
どっちに当たるかわかんねーよ
運も実力ってやつだ

ぼくは空の器になって、この身にオーディンを降ろす
身体を明け渡したら自分が自分でなくなるようだけれど
それすら試練だ
おまえを倒して、ぼくは魔導書を開いてみせる

わたしは天才として、全てを識るんだ
偽物なんかに負けてやらない
全てをもってして、相手をしてやる



●未来を識る為に
 書の頁を捲るような感覚は不思議なものだった。
 触れていないのに触れさせられた。開いていないというのに、開かれた。曖昧で奇妙な心地だと考えながら祈里は長杖を握り締める。
 事実はどうあれ、確かに頁は捲られた。
 同時に何かに観測されているような感覚が続いている。祈里はアストライオスと共に夢想空間を見渡した。暗闇の最中であるからか、白梟の方が遠くを見通しているようだ。
 其処に響いた声と音。
 存在を奪え、という言葉が聞こえたと同時に目の前に何かが現れた。
「アストライオス、危ないから下がってろ」
 祈里が白梟を呼ぶと羽ばたく音が後方に下がっていく。前方から差し向けられる殺意を受け止めた祈里は、それまで持っていた長杖をルーンソードへと変えた。
 構えた先には鏡があるように見える。
 しかし、祈里の目の前にいるのは実体を持ったもうひとりの祈里だ。
 この夢想領域において起こる試練の影だと悟った祈里は、刃を相手に差し向けた。
「来いよ偽物。天才の実力を見せてやる」
『……』
 祈里の宣戦布告に対して、偽物は一言も答えない。本物と同じ動作をしているだけだ。そっちがその気なら、と口にした祈里は白衣を翻した。
 其処からばらまかれていったのは魔法をストックした魔導水晶達。
「どっちに当たるかわかんねーよ」
『……』
「運も実力ってやつだ。」
 祈里は不敵に双眸を細め、いくぞ、と宣言した。
 ――眞白の躰を今受け渡さん。
 魔力が巡りゆく最中、少女の唇から詠唱が紡がれていく。それは全てをヴァルハラへ送る軍神を体に宿す力だ。
 祈里の瞳が蒼く輝き、その身体は空の器となっていった。その片目は閉じられており、もう片方の瞳だけがやけに明るい彩を宿している。
(自分が自分でなくなるみたい、だが――)
 祈里はその身にオーディンを降ろしていた。身体を明け渡していることで意識が途切れそうになり、今の状況すら忘れて戦いにだけ心が傾く。
 だが、それすら試練だ。
 祈里は同じようにオーディンの力を使った偽物を見据え、剣を掲げた。
「おまえを倒して、ぼくは魔導書を開いてみせる」
『…………』
 何とか絞り出した声が聞こえたのか、それとも聞こえていないのか。偽物は祈里と同じように刃を振り上げ、超速度で駆けた。
 刹那、ふたつの影が交差する。
 目にも留まらぬ速さで戦場を駆け抜ける少女達。刃と刃が衝突する音が響き渡っていき、ちいさな火花や魔力が幾つも散った。
 斬り裂き、穿ち、貫く。
 まさに軍神の如き力で以て相対する祈里達は、どちらも一歩も譲らなかった。だが、同じ見た目をしていても双方には明確な違いがある。
 それは意志だ。
 偽物はただオーディンに身を明け渡しただけ。されど祈里の胸の奥には今も確かに、彼女自身としての意志が強く巡っていた。
「わたしは――」
 祈里の声が剣戟と共に紡がれる。
 鋭い刃が偽物の腕を貫き、ルーンソードを取り落とさせた。
「天才として、全てを識るんだ」
 それこそが己の責務。揺るがぬ心。だから偽物なんかに負けてやらない、と言葉にした祈里は一気に踏み込んだ。
「全てをもってして、相手をしてやる」
 覚悟しろ、と告げた祈里は己の心と軍神の力を重ね合わせた。
 そして――ひときわ強い魔力を帯びた刃の一閃によって、未来が切り拓かれる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸迎櫻


暗がりに独りぼっちは恐ろしい

リル、カムイ!
何処にいるの?

暗がりは好きじゃない、呑み込まれてしまいそうになるから
這いずる音が聞こえてくる気がする
はやく二人のところに帰らなきゃ
ここには居たくない!

そこを退いてよ、私
そんな顔で見ないで

それとも、私と変わってくれるとでも
喰われて終わるだけなのに
噫…偽物でも私を喰らえば満足してくれるのかしら?
そうなら簡単で良かったのに…なんて
意識なんてしていなかったのに溢れるのは
──獄華

呪を重ねれば呪が溢れる
呪に満ちた私を、なぎ払い斬り祓う
逃げたい
逃げてはいけない
負けられない
私自身になんて敗けられない

超えなければならないの
私は生きていたいから

噫、本当に
憎らしい


朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


くぅ…私には魔法の適性がないと言うのか?
魔力より神力なのは間違いないが…神斬はあんなに上手く使えていたのに

あれ?サヨ?リル?
何処へ…もしや迷子か!
暗闇を彷徨いながら二人を捜す
無事でいてくれ!

む……私が居る
私はそんな情けない顔はして居ないはずだ

リルの同志でサヨの神
愛する存在を救える神になるのだから

私という存在はそなたには渡さない
今が互角なら次の瞬間は上へいく
私は『私』を超えて強くなる

厄を齎されれば約し直し、引かず立ち向かう
薙ぎ撃ち合い斬りあう中でひとつわかる
噫…私は厄災であるが
それ以上に約倖であるのだ
倖という呪を齎すもの
…其れが私の魔法か


もう一人の私よ
退け
私は愛する者を迎えに行くのだから


リル・ルリ
🐟迎櫻


櫻?カムイっ!
はぐれちゃった……うう、どうしようヨル!
とにかく、一緒に試練を超えるぞ!
ん?あれ
なんかいる…ヨルが二匹ともう一人の僕だ!

ふぅん…僕はこういう?
なんか気に食わないな
僕と同じくらい上手く歌えるって?
なら僕はその上をいくんだから

声を張り上げ歌を紡ごう
歌うのは「望春の歌」
偽物なんかに負けないよ!

僕は僕のものだ
君なんかに渡さない!
とうさんから継いだ舞台も、かあさんから継いだ歌声も!白い鳥…ユリウスから託された魔法だって!
それに…果たさなきゃいけない願いだってある
正義も悪も、命の在り方も
全部僕が叶えるから意味があるんだ

櫻とカムイは大丈夫かな?
カムイは心配ないけど…はやく二人の所へ!



●己が成すべきこと
 気が付けば暗がりに独りきりで立っていた。
 背筋が凍りつくような感覚が走り、恐ろしさをおぼえた櫻宵は辺りを見渡す。
「リル、カムイ! 何処にいるの?」
 呼んでも返事はなく、暗闇に自分の声が木霊するだけ。いや、と震える声を紡いだ櫻宵は、深い闇に呑み込まれてしまいそうだと感じた。
 そんなはずはないというのに、這いずる音が聞こえてくる気がする。
 はやく二人のところに帰らなきゃ。
 ここには居たくない。
 櫻宵は唇を噛み締め、屠桜の柄に手をかけた。今すぐにでも二人に会いたいというのに、目の前には望まぬ者が立ち塞がっている。
「そこを退いてよ、私」
 櫻宵が見据えているのは、今の自分と寸分違わぬ姿をした偽物の影だ。相手も櫻宵と同じように偽の屠桜を握っている。
『…………』
「そんな顔で見ないで」
 偽物は無言のまま櫻宵を見つめていた。言葉を掛けても殆ど無反応で、異様な殺気だけが滲んでいる。
「退く気はないのね。それとも、私と変わってくれるとでも?」
『……』
 櫻宵が冗談と皮肉混じりに語りかけると、偽物の櫻宵が僅かに頷いた気がした。
 喰われて終わるだけだというのに偽物は此方の存在を奪おうとしている。おそらく此方の事情や呪いなど知らぬ存ぜぬという状況なのだろう。
「噫……偽物でも私を喰らえば満足してくれるのかしら?」
 もしそうなら簡単で良かった。
 そうすることが叶うならば此の身を明け渡してしまってもいい。一瞬だけだったが、櫻宵にはそんな考えが浮かんだ。
 それが赦されないことはよく解っている。戯れに考えてしまっただけなのだが――意識などしていなかったというのに、呪力が溢れはじめた。
 獄華のあいが闇に滲む。
「――おなかがすいたわ。たべて、しまいましょう」
 櫻宵の花唇から紡がれた言の葉と共に桜焔が周囲に舞う。桜獄大蛇の神威が巡り、偽物の影を取り巻くようにして広がっていった。
 だが、相手は櫻宵の存在を一時的に模倣している。少し遅れたものの、偽物の方も獄華の力を巡らせはじめた。
 呪を重ねれば、呪が溢れる。
 櫻宵は呪に満ちた自分を見つめ、屠桜で以て斬り込む。そのまま敵を薙ぎ払い、祓おうと狙う櫻宵の心は揺れていた。相手を喰らう為なのか、身体は勝手に動く。
 逃げたい。逃げてはいけない。
 手放したい。けれど負けられない。
 相反する気持ちが裡に巡っているが、櫻宵は齎される呪を何とか振り払った。
「そうね……私自身になんて、敗けられない」
『…………』
「姿を模っただけのあなたには、この先のことは任せられないわ」
 超えなければならない。
 そして、生きていたいから。
 櫻宵は呪力を跳ね除け、ひといきに刃を振り上げた。自分の姿をした者の瞳には、呪いを纏った己の姿が映っている。櫻宵は裡に滲む複雑な気持ちを抑えながら、一気に勝負をつけに掛かった。
「――噫、本当に」
 憎らしい。
 どうやっても消しきれない思いを胸に秘め、櫻宵は偽物を斬り伏せた。

●愛を識る神
 ふと思い返すのは斬撃魔法のこと。
「くぅ……私には魔法の適性がないと言うのか?」
 先程の戦いのことを考えていたカムイは悩んでいた。魔力より神力が強いことは間違いないが、神斬はあんなに上手く使えていたことが気になる。
「ねえ、サヨ……あれ? サヨ? リル?」
 顔を上げたとき、カムイは傍に誰もいないことに気が付いた。リルに櫻宵、カグラやカラス達は一体どこへ行ったのか。
「もしや迷子か! 無事でいてくれ!」
 カムイは暗闇を彷徨いながら櫻宵達を捜す。暫し闇を進んでいくと、不意に目の前で何かの影が揺らいだ。
「む……私が居る」
『……』
 カムイは自分の偽者がいることに気付いて警戒を強めた。相手から殺気を感じたカムイは喰桜に触れる。すると偽物も同じ見た目をした刀に手を掛けた。
「私はそんな情けない顔はして居ないはずだ」
『…………』
 語り掛けても偽物は何も答えない。それでも相手が敵であることは間違いない。
 カムイは自分の姿をしたものを見据え、己の存在を改めて懐う。リルの同志であり、櫻宵の神。それが今のカムイの在り方だ。
「邪魔をするなら退いてもらおう。私は、愛する存在を救える神になるのだから」
 きっと櫻宵は今頃、暗闇で心細さを感じているだろう。
 リルは強い故に乗り越えるだろうが、心配ではないといえば嘘になる。カムイは己の偽物を倒すことを決め、刃を差し向けた。
 存在を奪え。
 何処かから偽物に向けて命じる声が聞こえた。そんなことはさせない。カムイは首を横に振り、偽喰桜を構えている敵に宣言する。
「私という存在はそなたには渡さない」
 敵は今のカムイを模倣したもの。つまり実力は互角である可能性が高い。されどカムイは負けるつもりなどなかった。それならば、次の瞬間に自分が上へと行けば良い。
「私は『私』を超えて強くなる」
 カムイが思いを言葉にした瞬間、双方が同時に闇を蹴り上げた。二人のカムイから厄災の黒桜が舞い始め、夢想の空間を更なる漆黒に染めていく。
 見た目も力も同じ。能力も模倣されている。
 此方から厄を齎らせば、カムイにも厄が巡ってきた。しかしカムイはそれを約し直して立ち向かっていく。
 薙ぎ払い、撃ち合い、斬り合う。どちらも一歩も引かない剣戟と厄災の応酬が続いたが、カムイはその中で或ることに気付いた。
 真正面から自分の姿や力を見ることで解ったことがある。
「噫……私は厄災であるが、それ以上に――」
 約倖である。
 倖という呪を齎すものであり、それを行使できるもの。
「……其れが私の魔法か」
 先程まで思い悩んでいたことの答えが見えた気がした。カムイは喰桜を強く握り、此処から一気に攻め込もうと決める。
 共に在ることが今の望みであり願いだ。
 それならば、一刻も早く櫻宵達の元に向かわなければならない。
「もう一人の私よ、退け」
 有無を言わさぬ勢いで神罰を解き放ったカムイ。その瞳は敵の姿ではなく、己が歩む未来を映していた。相手側からも厄災と不運が巡らされたが、先に崩壊を迎えたのは偽物の方だった。
 倒れ伏した偽物が消えていく様を見遣ってから、カムイは刃を鞘に収める。
 此処で立ち止まってはいられない。
「――私は愛する者を迎えに行くのだから」

●自分で叶える未来
「……櫻? カムイっ!」
 一方、別の夢想領域では不安げなリルが二人を探して泳いでいた。
 呼んでも返答はなく、気配すら感じられない。先程の触手を嫌がってリルにぴったりとくっついていたためか、ヨルだけは共にいることが出来たようだ。
「はぐれちゃった……うう、どうしようヨル!」
「きゅ……」
「とにかく、一緒に試練を超えるぞ!」
「きゅきゅ!」
 リルとヨルは心細さを振り払い、皆を探すために進んでいった。すると急に目の前に何かの気配が現れる。
「ん? あれ、なんかいる……」
「きゅ?」
 リルが見つめる先から仔ペンギンがぺちぺちと歩いてきていた。あれはどう見ても、腕の中にいるヨルとまったく同じ見た目をしている。
「ヨルが二匹? それに、もう一人の僕だ!」
 リルは自分とヨルの偽物が出現しているのだと察し、静かに身構える。相手はヨルの偽物を抱え上げてから此方をじっと見つめてきた。
「ふぅん……僕はこういう?」
 尾鰭を揺らしたリルは、まるで鏡写しのような自分の偽者を観察する。
 なんだか気に食わない。闘魚としての本能が刺激されたのだろうか。対抗心めいた思いがリルの中に生まれている。
『…………』
「その顔、僕と同じくらい上手く歌えるって言ってるみたいだね」
 敵は無言だったが、リルは何となく偽物の意思を感じ取っていた。それならば自分はその上をいくだけだ。
 自分同士の戦いならばやることはひとつだけ。
 リルはそっと目を閉じ、歌を紡いでいく。偽物の人魚もほぼ同時に同じ歌を唄いはじめ、ふたつの声が重なっていった。
 心に咲く薄紅を風に委ねて散らせよう。
 麗らかな春を夢見、幾度でも花咲く曙草――常夜、揺蕩い惑いて花咲く私を。
 どうか君よ、忘れないで。
 リルは相手に負けぬよう、声を張りあげてゆく。二人のリルが歌う望春の歌はまるでデュエットのように暗闇に響き渡っていった。
「偽物なんかに負けないよ!」
『…………』
「僕は僕のものだ。君なんかに渡さない!」
 歌以外の言葉を発しない偽人魚は、此方の存在を奪おうとしている。
 しかし、そんなことは許せない。
 柔く優しく、あたたかく。蕩ける歌声は泡と桜の花吹雪となって戦場を彩っていた。リルは更なる歌を奏でながら、己の胸元に掌を添える。
 とうさんから継いだ舞台。かあさんから継いだ歌声。白い鳥、ユリウスから託された魔法だって、この身の中にある。
「それに……果たさなきゃいけない願いだってある」
 リルはヨルと共に敵を見据えた。
 正義も悪も、命の在り方も、成り代わった存在には背負えない。
「ここにある思いは全部、僕が叶えるから意味があるんだ」
 リルは渾身の思いを込め、めいっぱいの歌を響かせた。そうすれば偽物の人魚の姿が薄れはじめる。同時に歌の力が闇を晴らしていく。
 はっとしたリルは偽物が消滅したことに気付き、先に泳いでいった。
 其処には逸れた二人の姿があって――。

「櫻、カムイ!」
「まあ、リル。それにカムイも!」
「良かった、二人とも無事だったんだね」
 上手く空間が繋がったのか三人は同じ領域に立っていた。櫻宵にはカグラとカラスがひそかについてくれていたらしく、カムイは安堵を抱く。
 リルは二人の元に游ぎ寄り、そっと身を寄せた。
「この先、何だか嫌な感じがするね」
「ええ、妙な気配がするわ」
「噫、気をつけて進もうか」
 リルと同様に櫻宵とカムイも次の戦いの予感を覚えている。頷きあった三人は気を引き締め、次の領域に向かってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

音海・心結




自分と同じ姿の敵ですか
それは、つまり
みゆがふたりとゆうことですね?
……ふふり
ほんとにそっくり

――でも
みゆは一人だけ
ふたり居たら、どちらかは消えないと
手加減も遠慮も、必要ない

さて、”偽物”
どんな殺し愛が望みですか?
みゆをコピーしたなら、
この考えが理解できるでしょう?

切られ、殴られ
ぼろぼろになっても立ち上がる
影との戦いはほぼ互角

……流石ですね
みゆの想いや癖まで受け継いでるとは
無くすには惜しい
極限の状態で戦えるのは楽しいですねぇ
血を浴びても、口端から牙を見せ

油断してませんか?
……この攻撃、態と受けました
お遊びはここまでです

”本物”なら、この状況下でも進化し続けますからね
みゆは次にゆかせてもらいます



●たったひとりの自分
「なるほど、自分と同じ姿の敵ですか」
 夢想の魔導書が作り出した領域に入り込んだ音海・心結(桜ノ薔薇・f04636)は、この空間に現れた存在をじっと見つめた。
 其処には心結とまったく同じ姿をしたものが立っている。
「それは、つまりみゆがふたりとゆうことですね?」
『……ふふり』
「ほんとにそっくりですね」
 偽物がちいさく笑ったことで心結もくすりと微笑んでみせた。だが、心結にはちゃんと解っている。この相手が敵であり、倒すべき存在だということを。
「――でも、みゆは一人だけでいいのです」
『……』
 はっきりと語った心結に対して、偽物は何も答えなかった。
 おそらくこの偽物は喋る必要はないとされているのだろう。何せ相手は存在を奪い取り、心結達を手駒にしようとしているだけのものだ。
「ふたり居たら、どちらかは消えないと」
 そうですよね、と偽物に呼びかけた心結は静かに身構えた。
 相手が自分であるなら手加減も遠慮も、何も必要ない。心結は冷ややかにも感じられる眼差しを敵に向け、深い桃色を宿すダガーを構えた。
「さて、“偽物”」
『…………』
「どんな殺し愛が望みですか?」
『…………』
 心結が問いかけてみても、偽物はやはり言葉を発しなかった。少しばかりやりづらくも感じたが、心結は慌てることも怯むこともない。
「みゆをコピーしたなら、この考えが理解できるでしょう?」
 その言葉と同時に心結は地面を蹴った。
 差し向けた刃で以て相手を切る心算だ。されど、同じ武器や能力を持っている偽物も心結とまったく同様の行動に出た。
 スピードも、攻撃を繰り出すタイミングもほぼ同じ。
 心結ともうひとりの心結は互いに切られ、殴られ、痛みを受けながら相対していく。刃が肌を裂き、身体中に衝撃が走っても、どちらの心結も止まらなかった。
 たとえ、ぼろぼろになっても立ち上がる。
 影との戦いはほぼ互角だからこそ、心結はそのような決意を抱いていた。
『……』
「流石ですね。みゆの想いや癖まで受け継いでるとは」
 相手が自分だからこそ分かる。
 心結には偽物が抱く思いや、次の動作まで理解していた。本音を云うならば無くすには惜しい存在だ。それでも心結は勝利しなければならない。
「極限の状態で戦えるのは楽しいですねぇ」
 刃を思い切り振り上げれば、相手の血が心結の服を汚した。口端から牙を見せた心結は薄く笑い、繰り出された一撃を敢えて受ける。
 それによって心結の身体からも血が滴った。だが、それも彼女の作戦だ。
「油断してませんか? ……この攻撃、態と受けました」
『……?』
 一瞬、偽物が不思議そうな顔をした。心結は双眸を細め、宣言していく。
「お遊びはここまでです」
 ――“本物”なら、この状況下でも進化し続ける。
 そんな言葉と共に最後の一閃を解き放った心結は、見事に偽物を打ち破った。
「みゆは次にゆかせてもらいます」
 そうして踵を返した少女は、次の領域を目指して歩いてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時


…なんか捲った感覚が…これが試練か?

ふんっ!偽物じゃ俺様は止められねぇよ
お前が『今の俺』と同じなら猶更だ

俺様が『今』に満足するわけんぇだろ
なら当然―――未来に進む俺が勝つ!
てめぇには、俺様の存在一欠片すら奪えねぇ!

UC!輝光と激流
水光混ぜてぶち上げろ!
防御なんざ捨て置け!
攻撃回数増やして攻めに攻める!

魔力出力限界超え
螺旋の光線を雨の様に一斉発射
水の鏡で敵の攻撃反射させカウンター!
やばい攻撃も全部力に変えちまえ!!

血反吐吐いてでもテメェを超える!!
最後に光と水の魔力全部込めた拳を『俺』に叩き付ける!


見てるか俺…、そして夢想!
俺様は何があっても止まらねぇ
待ってろ
テメェの主に成りに其処へ行くぞ…!



●夢への道筋
 はらりと本が開いた気配がした。
 何にも触れていないというのに、自ら書の一頁を捲ったような感覚が巡る。零時は不思議そうに首を傾げ、転送された領域を見渡してみた。
「ここが第一の試練の場所か?」
 暗闇が広がっている空間には奇妙な魔力が満ちている。零時が周辺の様子を探っていると、目の前に透明な影が現れはじめた。
「それでこれが試練か!」
『……』
 瞬く間に零時と同じ姿を取った影は、此方をじっと睨みつけてきた。
 敵意を感じ取った零時は素早く身構えることで警戒を強める。鏡に映っているかのようにそっくりそのまま此方を写し取った偽物は、異様な雰囲気を纏っていた。
「ふんっ! 偽物じゃ俺様は止められねぇよ」
『…………』
「俺様の姿をしてるのに無口なのって何だかな……。でもな、お前が『今の俺』と同じなら猶更に勝てないぜ!」
 びしりと指先を相手に突きつけた零時は自信満々に語った。
 その理由は単純明快であり、少年とっては至極当然のこと。それは――。
「俺様が『今』に満足するわけねぇだろ」
 お前も俺様なら分かるはず、と告げた零時は藍玉の杖を胸の前に掲げる。すると偽物も零時の行動を真似して動き出した。
 魔力を紡いでいく零時は自分の偽者を見据え、強く言い放つ。
「なら当然、未来に進む俺が勝つ! てめぇには、俺様の存在一欠片すら奪えねぇ!」
 宣言と同時に零時は力を発動させていく。
 我が身、我が魔。
 我が力、我が名を此処に。
 果て無き道は踏破され、積まれし歳月は実を結ぶ。
 改変し、変質せよ。我が手によって変革を為せ。
 物体変質――マテリアルモデュヘケイション!
 輝光と激流の力が渦巻き始め、零時の周囲に強い魔力が轟きはじめる。だが、零時の詠唱には偽物の声も重なっていた。
 結果的にふたつの同じ力が迸ることになるが、零時としては望むところだ。
「水光混ぜてぶち上げろ!」
 防御など捨ててしまえばいい。攻撃こそ最大の防御だと昔からよく語られているし、零時には自分の技を見切る自信があった。
 それゆえに攻撃回数を増やして攻めに攻めていく。これこそが零時らしい作戦だ。
『…………』
 無言の偽物も眩い光と激流の力で零時を穿とうとしてきた。攻撃の方針も出方もそのままなので互いに受けて耐えるだけだ。
 敢えて避けるようなことはしない。
 零時は杖を掲げ、魔力の出力限界を超えるまで力を放出しようと決めた。
「見てろ! どっかで眺めてるんだろ、夢想の魔導書!」
 螺旋の光線を雨のようにして一斉発射しながら、零時は領域の奥に呼びかける。それと同時に水の鏡を発動させた彼は、敵の攻撃を反射させた。
 カウンターが見事に決まったと察した零時は、どんどん出力を上げる。
「やばい攻撃も全部、俺様の力に変えちまえ!!」
 気合と根性、そして気力。
 持ち前の威勢の良さで意気込んだ零時は、偽物をしっかりと捉え続けた。相手の魔法が零時の身を穿ちもしたが、その痛みもまた己の力が強いという証だ。
 それに今、零時は先程の宣言通りに進化し続けている。
「いいか、たとえ血反吐を吐いてでもテメェを超える!! 超えなきゃ先に進めねぇなら、ぶっとばして駆ける!!!」
 身体に痛みが走っているが、零時は少しも力を緩めなかった。
 そうすることで徐々に偽物の形勢が悪くなってくる。此処から一気に攻め込むべきだと察した零時は、この戦いの最後を飾るであろう一撃のための力を紡いだ。。
 集めたのは光と水の魔力。
 偽物が現れたときよりも先に進んだ、今の全てを込めた拳。それを『俺』に、即ち既に過去になった自分の写し身に叩き付けるだけ。
「これで……どうだ――ッ!!」
 刹那、零時の拳がドッペルゲンガーに減り込んだ。
 避ける間も与えられずに貫かれた偽物は、其処で戦う力を失う。倒れ伏した偽物を見下ろしながら、零時は荒くなった呼吸を整えていく。
「見てるか俺……、そして夢想! 俺様は何があっても止まらねぇ!」
 顔を上げた零時は暗闇の更に奥に向け、もう一度指先を突きつけた。そして、大志を抱く少年は宣戦布告の言葉を力の限り叫ぶ。
「待ってろ。今からテメェの主に成りに其処へ行くぞ……!」

 そして、第一の試練は終わりを迎えた。
 己に打ち勝った猟兵達は、星界のゲートがあるという空間へと急ぐ。
 その先に待ち受ける最後の試練を乗り越え、不穏な未来を訪れさせぬ為に。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『No-FADCE9『微睡む淡紅』』

POW   :    DreamEater:心が辛くても立ち上がれる?
自身の【周りに居る人の夢や希望等、心のエネルギー】を代償に、1〜12体の【吸った力に応じた概念を纏う見覚えある生物】を召喚する。戦闘力は高いが、召喚数に応じた量の代償が必要。
SPD   :    Nightmare:絶望が目の前でも前に進める?
自身が装備する【『夢想』の魔導書を通じ、その概念を纏って】から【夢想の魔力帯びた煙や、咲き乱れる花の花弁】を放ち、レベルm半径内の敵全員にダメージと【貴方の絶望の概念が実体を伴って現出する類】の状態異常を与える。
WIZ   :    SleepingWorld:限界が来ても抗える?
【自分以外へ心体問わず傷負う毎に眠くなる術】を降らせる事で、戦場全体が【眠ると必ずダメージを負ってしまう夢想世界】と同じ環境に変化する。[眠ると必ずダメージを負ってしまう夢想世界]に適応した者の行動成功率が上昇する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は兎乃・零時です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●No-FADCE9
 己の偽者を倒したことで領域はひらかれた。
 猟兵達が辿り着いたのは瞬く星のような光が幽かに煌めく、薄暗い空間。
 周囲を見渡せば自分以外の猟兵の姿もある。これまで個々で分断されていた領域がひとつになったようだ。
 しかし、此処はもうゲート領域。
 異星、あるいは星界と呼ばれる遠き場所と地球を繋ぐ『門』が現れようとしている場所であるゆえ油断は出来ない。現に先程から妙に甘ったるい香りがしている。
 そして、ゲートらしき渦巻きの前にはひとりの少女が立っていた。

「あなたたちが第一の試練を超えたヒトだね」
 淡紅の髪に赤い瞳。悪魔を思わせる黒い角とちいさな翼。
「ふふ、ようこそぉ」
 少しばかりのんびりした口調で語り掛けてきた彼女こそが、夢想の書の魔人――No-FADCE9『微睡む淡紅』なのだろう。
「残念だけど、ゲートはまだ開いていないの。だけど大いなる力は私に宿っているよ。ほら、わかる?」
 双眸を細めた魔人は猟兵達に問いかける。
 すると、甘い香りがよりいっそう強くなった。それと同時に言い表せぬ感覚が猟兵達に巡っていった。
 たとえるなら、『自我が眠らされていく』ような――。
 自分が自分たる記憶がじわじわと蝕まれ、己が消えていくような感覚だ。おそらくこの甘い香りには本当に記憶や自我を消す効果がある。
 これは魔人の力ではなく、ゲートの向こうにいる邪神の力なのだろう。
 幸いにも記憶の消失は緩やかだ。
 今すぐになくなってしまうものではないが、この空間に長くいればいるほど悪い影響が出てしまうに違いない。唯一の救いは、たとえ失ってしまった記憶があったとしても、この領域を潰すことが出来れば取り戻せるであろうこと。
 そのためには、星界のゲートと未知の邪神の依り代がわりとなっている夢想の魔人を倒さなければならない。
 そのための戦いが今、此処から始まる。

●Sleeping World
「それじゃあ、第二の試練を始めましょうか」
 書の魔人は淡く笑む。
 あなたたちの誰かが、私の主になったなら。
 この空間をどうするかや、書の魔術をどんな風に使うかも思いのまま。
 けれども、試練を超えられなければ邪神様の糧にされて、みーんなおしまい。
 そのように語った魔人は此方に問いかけてくる。
「――ねえ、心が辛くても立ち上がれる?」
 最初の呼び掛けに耳を傾けた者から夢や希望の力が吸われ、自分にとっての馴染みが深い生物、或いは人などを模ったもの達が現れはじめた。これは意思の力を糧にする幻覚魔術の類だ。
「――ねえ、絶望が目の前でも前に進める?」
 次の問いを聞いた者に対して、夢想の魔導書がひらかれる。ふわりとした煙と共に百合の花が咲き乱れ、その花弁は絶望の概念となって現出した。こちらは感情の力を用いて何らかの形で実体化させる魔術の類だろうか。
「――ねえ、限界が来ても抗える?」
 最後はこの場にいる全員に向けての問いかけ。魔人の言葉が響き渡った瞬間、周囲の世界法則が書き換えられた。
 この空間は眠ると必ずダメージを負ってしまう夢想世界に変わっている。
 眠ってはいけない。
 本能的にそう感じた猟兵達は気を強く持った。
 夢想の書の空間と化した中で、自我を消して眠らせる邪神の力が満ちている今、どのようにして抗うかが重要になる。
 そうして、夢想の魔人は猟兵達に呼びかける。
「私の主に相応しいのは、誰にも負けないほどの夢を抱いているヒト」
 だから、と少女は語る。

 汝、『夢想』の前で夢を想う力と意思を示せ。
 苦しみ、絶望、限界。そういった負の力に勝るほどの己の夢を、此処で。
 その言葉で、その力で、その意思で。そして、自身の行動そのもので顕せ。

 自我と記憶がじわじわと眠らされていく状況下、抗うことは容易ではない。
 しかし、強い意志と揺るがぬ想いの力こそが、きっと夢をひらく路となる。

 ――さあ、君はどのように力を示す?
 
ジョン・フラワー
おっと、キミのほしい夢はどうも僕は持ち合わせていないらしい!
僕は既に夢だ。これ以上眠りようがないし、記憶も意思もフワッフワ
苦しみも絶望も限界もないのさ!
はっはー! 何も出てこなくてごめんよ!

それとも夢がどれだけ戦えるか見てみたいかい?
いいともいいとも! 遊ぶのは大好きさ!
僕の夢はアリスがみんな幸せになれる世界を守ること!
だからアリスたちが不安になる、それこそ絶望や苦しみはばっちり爪で切り裂いちゃう!
悪いものがなくなれば穏やかに過ごせるだろう?
僕はそんな世界を作るために、つよい僕を夢見てがんばっているのさ!
えらいだろう!

じゃあゲンジツのおおかみはどんなだって?
それはねえ

目が覚めてのお楽しみさ!



●色々夢々
 夢想の書が求めるのは未来への希望を宿した夢の力。
 しかし今、魔導書の魔人に悪しき邪神の力が合わさり、ちいさな夢すら捻じ伏せてしまうほどの暴威が振るわれんとしている。
 ジョンは自分が融けてしまうような感覚を抱きながら、書の魔人を見つめた。
 愛らしい少女の姿をしたそれは微笑んでいる。No-FADCE9と呼ばれているものは夢を感じ取り、相手の周囲に幻影を呼び出す力を巡らせた。
「あなたの夢は何?」
 だが、ジョンの周囲には透明な何かが渦巻くだけ。影はダメージこそ与えに掛かっているが、いつまで経っても実体化しない。
 不思議そうに首を傾げた書の魔人に対し、ジョンは明るく笑ってみせた。
「おっと、キミのほしい夢はどうも僕は持ち合わせていないらしい!」
「そう。それなら、とけて消えちゃう?」
「それは勘弁してほしいな!」
 魔人の問いかけを聞いたジョンは首を横に振る。彼にとっては夢とは見るものでも、求めるものでもない。自分が夢そのものだからだ。
「あなたは心が辛くても立ち上がれる?」
 すると魔人は更に問いを重ねた。
 邪神の力を巡らせながらも、魔導書の魔人としての試練を行っているらしい。ジョンは自分に齎される力を受け止め、透明な影からの攻撃を避けつつ魔人に答えていく。
「僕は既に夢だ。これ以上眠りようがないし、記憶も意思もフワッフワなのさ! つまり苦しみも絶望も限界もないのさ!」
「……少し、かわいそう」
 こともなげに語ったジョンに向け、魔人はぽつりと零した。
 眠って視る夢は不確かなもの。
 ジョンの心のエネルギーは存在しているが、それが透明な何かしか生み出さないのならば何もないのと同じ。
 そのように判断したらしい魔人はジョンを一瞥した後、ふわりと目を閉じた。
「はっはー! 何も出てこなくてごめんよ!」
「試練をこえても、あなたは主として認められない。ごめんね」
「いいのさ! 僕よりも主に相応しい人はいっぱいいるからね! それとも夢がどれだけ戦えるか見てみたいかい?」
「夢なら、あなたもいつか消えるの? それは知りたいかも」
「いいともいいとも! 遊ぶのは大好きさ!」
 攻防が巡りゆく最中、ジョンと書の魔人の視線が重なった。
 夢であるジョンにも思うことはある。
 それはアリスがみんな幸せになれる世界を守ること。それゆえにアリスたちが不安になるものは要らない。
 それこそ絶望や苦しみなんてものは、この爪で切り裂いてしまえばいい。
「邪神ってのもこの世界には不要なんでしょ? ばっちり引き裂いてみせるさ!」
 悪いものがなくなれば穏やかに過ごせるから。
 自分が夢であっても、ジョンはそれすら認めている。苦しみばかりが廻る世界ではなく、楽しい夢が巡る世界を作るために。
 ――此の世に楽しいしか有り得ない。
「僕は今よりつよい僕を夢見てがんばっているのさ! えらいだろう!」
 ジョンは楽しいと感じる気持ちを抱き、自我がとけていくことを抑えた。たとえ記憶がなくなってもこの想いだけは消えたりしない。
「じゃあゲンジツのおおかみはどんなだって?」
「……」
 そうしていると、無言のままだった書の魔人がほんの少しだけ微笑んだ気がした。気のせいだと言われれば終わりでしかないが、ジョンにはそのように思えた。
 そして、ジョンが紡ぐ明るい言葉が戦場に響き渡る。
「それはねえ――目が覚めてのお楽しみさ!」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

プリムララ・ネムレイス


私の自我が剥がされて行くのを感じます
一枚づつ衣を脱がされる様に
私を形作る物が
少しづつ

裸になった私に残された物ってなあに?
それは抗い難い程の強い衝動
恐怖を求める悪しき魔女の残滓
《月下咆哮》
星々の伊吹の下
私は叫ぶのでした

お母様
怒ってらっしゃるの?
私の邪魔をしないで
私はただ壊し
殺し

⎯⎯ 善き行いをして、善き魔法使いとなりなさい

それは失われた筈の母の言葉

⎯⎯悪い事をした時はすぐに謝りなさい

想い出した
あんなに血塗れで
それでも私を叱ってくれて

⎯⎯ 笑って?プリムララ。貴女は笑顔が一番素敵だから

ごめんなさい
私は
世界を巡って
素敵な出会いを育みたいわ
それが私の夢

⎯⎯愛してるわ

愛していますお母様
だから
お別れです



●いつか、あなたに逢えたら
 僅かに。徐々に。然し、確実に心が侵されていく。
 この場に満ちている邪神の力の影響によって、ゆっくりと自我が剥がされていた。
 まるで一枚一枚、無理矢理に衣を脱がされていくような感覚は気持ちのいいものではない。プリムララは奇妙な心地に耐えながら、思考を巡らせる。
(私を形作る物が、少しづつ……)
 なくなっていく。
 とけて、消えていく。
 もし私を包むものが失くなったら。裸になった私に残された物って、なあに?
 疑問が浮かんだ瞬間、強い衝動がプリムララの裡に浮かびあがる。それは抗い難いほどの感情と感慨であり、恐怖を求める悪しき魔女の残滓でもあった。
 耐えきれなくなったプリムララは叫ぶ。
 世界の終焉を告げる竜の幻影となった彼女は飛翔し、ただ吼えていた。月の下で、或いは星々のもとで叫ぶ聲は、戦場に響き渡る。
 其処に現れたのはひとつの幻影。プリムララが母と呼ぶ存在だった。
「お母様?」
『…………』
 思わず問いかけたが、目の前の母が本物ではないことは分かっている。無言で此方に目を向けている彼女を見つめ返し、プリムララは感じたままの思いを言葉にする。
「怒ってらっしゃるの? でも、私の邪魔をしないで」
 今の己はただ壊して、殺して、破壊し尽くすだけの存在。そうであることを強要するような衝動が胸の奥から滲み出してきている。
 そして、そんな感情すらも此の暗い空間にとけていくようだ。
 竜として顕現しているプリムララは心を蝕まれる感触を振り払うように咆哮した。それに対して、母の姿をした者が口をひらく。
『――善き行いをして、善き魔法使いとなりなさい』
「……!」
 それは失われた筈の母の言葉だった。
 記憶は薄れていくのに。ただの竜として叫ぶだけに成りかけていたプリムララが、はっとする。彼女はプリムララの記憶から作り出されているらしい。
 邪神と魔導書の力によってプリムララは蝕まれて偽物になっているかのようだが、その言葉だけは本物に近い。もしくはプリムララが視ている幻想だったのかもしれないが、それでも。
『――悪い事をした時はすぐに謝りなさい』
 忘れていた。
 けれど想い出した。
 あのとき、あんなに血塗れで死にかけていたというのに。それでもプリムララを叱ってくれた母の姿を。忘れる筈がない。きっと敢えて封じていただけで――。
 プリムララが咆哮を止めたとき、魔女は微笑んだ。
『――笑って?』
「……笑って、いいの? こんな私なのに。こんなにも酷い、私は――」
 戸惑うプリムララの言葉を遮るようにして、母の幻影が双眸を優しく細める。この言葉は邪神の力によって紡がれているものではない。その直感は間違いではないはずだ。
『プリムララ。貴女は笑顔が一番素敵だから』
「…………」
 一瞬、プリムララは言葉を返せなかった。俯いてしまいそうになったが、すぐに顔をあげた彼女は吼える代わりに地に降り立つ。
 竜として巻き起こしていた、世界が崩壊する幻影が弱まる。竜から元の姿に戻ったプリムララは思いの丈を言葉にした。
「ごめんなさい」
 私は世界を巡って、素敵な出会いを育みたい。
 それが今の自分の夢であり、これから行いたいことであり、想いのかたち。
 プリムララの思いが邪神の力を跳ね除けたのか、幻の力は次第に薄れていった。すると魔女は最後に、大切な言葉を落としていく。
『――愛してるわ』
「私も愛しています、お母様」
 次は返答に詰まることはなかった。プリムララは思いを伝え返し、瞼を閉じた。
 だから、お別れです。
 零れ落ちた言の葉は悪しきものを祓う力となり、夢想空間に廻っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

幽遠・那桜

WIZ
……限界は、超えてしまうものですよ。

どんなに辛くても、苦しくても、痛くても、私には……大きな罪がある。まだ私は償いも出来てませんし、しあわせになる道も探している途中です。
絶望はもうとっくの昔に終わってますし、辛くないって言ったら嘘ですけど……

私は、私のしあわせを、探し続けたい。

それと……応援したい人もここにいますしね!
だから、どれだけ自我が消えようと、どれだけ眠たくなっても、今は立ち続ける!
絶対、ぜーったい、諦めませんから!

UC詠唱。私の万象の術が、皆を導く桜の道になるように。
あなたの力を過去へ還して、私達の道を作らせてもらいます。限界なんて考えない! 考えたらそこが限界ですから!



●自分なりの返答
 ――ねえ、限界が来ても抗える?

 魔導書の魔人が問いかけてきた言葉と同時に、強い眠気のような感覚が襲ってきた。
 那桜は必死に堪えながら、No-FADCE9と呼ばれている書の化身を見つめる。問いかけられたのならば答えなければならない。どうしてか、そのように感じたからだ。
「……限界は、超えてしまうものですよ」
 那桜は朦朧としながらも、はっきりと答えてみせた。
 しかし、その間にも自我が眠らされていく。目の前に佇んでいる書の魔人の力だけではなく、未だ顕現していない異星の邪神の影響が巡っているからだ。
 那桜は地面を踏みしめ、拳を強く握る。
「どんなに辛くても、苦しくても、痛くても、私には……大きな罪がある」
 なぜだか無闇に攻撃をしてはいけない気がした。
 勿論、いずれは相手と戦わなければならないだろう。しかし、魔人の問いかけに不思議な雰囲気を感じていた那桜は、まずは自分の思いを言葉にしていくことが先決だと考えていた。
「まだ私は償いも出来てませんし、しあわせになる道も探している途中です。絶望はもうとっくの昔に終わってますし、辛くないって言ったら嘘ですけど……」
 言葉が途切れがちになり、意識が揺らぐ。
 那桜の精神的な抵抗は効いているようだが、やはりじわじわと記憶が融け出していっている気がした。しかし那桜はすぐに気が付く。
 気のせいではなく、確実に那桜が那桜としていられなくなるような、心の痛みが深くなっている。
 それでも那桜は自分を保ち続けたいと願い、言葉を紡ぎ続けた。
「私は、私のしあわせを、探し続けたい」
「……そう」
 対する書の魔人、No-FADCE9は淡く微笑む。どうやら那桜を主として相応しいか判断しているようだ。その答えがすぐに此処で出ることはないのだろうが、No-FADCE9にとっては誰もが主の候補であり、審査すべき対象らしい。
 那桜はふらつきそうになる身体を自分自身で支え、ちらりと横を見遣る。
「それと……応援したい人もここにいますしね!」
 その人が誰であるかは明確にしなかったが、この気持ちは本物だ。
 力強く言い切った那桜は頭痛めいた痛みを感じはじめた。本格的に記憶が眠らされかけているのだと知った彼女は攻勢に出ることにした。
「だから――」
 どれだけ自我が消えようと、どれだけ眠たくなっても、今は立ち続ける。
 ユーベルコードの詠唱を始めた那桜は、同時に思いを宣言していく。
「絶対、ぜーったい、諦めませんから!」
 ――万象の術・桜還。
 さくら、さくら、咲き誇れ、宵に招いて狂い咲く。儚く零れる夢のあと、言の葉紡ぐ、桜詩。白き花よ、永遠に舞え。
(私の万象の術が、皆を導く桜の道になるように)
 祈りと願いを込めた想いを術に重ね、那桜は自分の意志を言の葉にして叫ぶ。
「あなたの力を過去へ還して、私達の道を作らせてもらいます。限界なんて考えない! 考えたらそこが限界ですから!」
 そして、那桜の答えは花吹雪と共に夢想空間に響き渡った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フォルク・リア
「絶望は飽きる程に見てきたし
それに心が挫けた事も一度や二度じゃない。
それでも前に進んできた。」
「限界を越えられるかは今見せてやる。」
幻覚や眠気に耐え歩を進め。
絶望の概念には
自分の世界(ダークセイヴァー)で味わった絶望を、
絶望で屈した人々がどんな非道な目にあったかを思い。
「困難を前に希望を失えば蹂躙されるのみ。
それは今も同じ。
誰かのお陰で勝てたとしても
絶望に屈したら俺の未来は絶望に染まる。」

眠りに落ちかけ
「…思い出せ。俺が戦う理由を。
それは自分の世界を、人々を救う為。
だから。堕ちる訳にはいかない。」
冥空へと至る影を発動。
魔力をフレイムテイルに集中
体を炎で包み、熱で眠りを払い
魔人に接近し炎で攻撃。



●奥底に宿る焔
 心が辛くても立ち上がれる? 絶望が目の前でも前に進める?
 限界が来ても、抗える?

 夢を司る魔人の問いかけが薄暗い領域に木霊していた。それは対峙した者の資質や思想、意志の力を試すものなのだろう。
 フォルクは夢想の魔人から齎される力とは別に、邪神の悪しき力を感じていた。
 自我を眠らせ、記憶をとかすかの如き違和感は簡単に払えるようなものではないようだ。されど、フォルクは先ず魔人への答えを言葉にしていった。
「絶望は飽きる程に見てきたし、それに心が挫けた事も一度や二度じゃない」
 淡々と、然し迷いなく応えるフォルク。
 彼は、それでも前に進んできたのだと魔人に告げ、一歩先に進んだ。
 絶望に心。
 フォルクはまず、ふたつの答えを示した。最後のひとつは言葉よりも行動で実際に示していく方が良いだろう。
「限界を越えられるかは今見せてやる」
 齎される幻覚や、意識に直接作用してくる眠気。それらは耐え難いものではあったが、すぐに屈してしまうわけにはいかない。
 耐えつつも歩を進め続けるフォルクは、腕を前に伸ばした。
 それと同時に冥界へと繋がるもう一つの自分の影が現れた。それは冥空へと至る影。フォルクが知る絶望の概念には、自分の世界――即ちダークセイヴァーで味わった絶望の記憶が色濃く反映されている。
 フォルクは影を見据えながら、自分を忘れぬように努めた。そして、あの世界で絶望で屈した人々がどんな非道な目にあったかを思い浮かべる。
「困難を前に希望を失えば蹂躙されるのみ。それは今も同じ」
 口を開き、思いを言葉にしたフォルクの声は僅かに揺らいでいた。それは言葉に自信がないのではなく、自我が薄れかけているからだ。
 抗え。屈するな。己を保て。
 胸裏で強く念じると同時に、フォルクの影に冥界から魔力が送られてきた。相手が此方を苦しめるのならば逆に利用してやればいいだけだ。
「誰かのお陰で勝てたとしても、絶望に屈したら俺の未来は絶望に染まる」
 その声は強く紡がれている。
 しかし、邪神の力もフォルクに深く干渉してきていた。フォルクは眠りに落ちかけながらも、自分に問いかけ続ける。
「……思い出せ」
 俺が戦う理由を。己が此処にいる理由を。
 それは自分の世界を、人々を救う為だったはずだ。
 このような所で闇に堕ちる為に此処まで歩いてきたわけではない。だから――。
「堕ちる訳にはいかない」
 凛とした言葉が発された瞬間、冥空へと至る影がはっきりと輪郭を持った気がする。魔力をフレイムテイルに集中させたフォルクは目の前の闇を見据えた。
 体を炎で包み、熱で眠りを払った彼は地を蹴る。
 狙うは魔人。
 巡る焔を解き放ったフォルクは、先程よりも自分の存在が強く感じられることに気が付いた。もしかすればという仮定に過ぎないが、あの邪神の力は意志さえあれば振り払えるものなのかもしれない。
 心を揺らがせないようにしようと決め、フォルクは更なる焔を巡らせた。
 この炎こそが、今の自分をあらわす意志の形だと信じて――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

御園・ゆず
わたしの意思で蓋をしていた絶望が、顔を出すのがわかる
わたしをわたしたる自我が融けて、とろとろになって、奥底に沈めてた絶望が
概念はわたしを形どる

さっきのわたしとは、また違ったようですね?
「果ての見えない夢の奔流。なんのために生まれてきたの?」
わたしの声でしゃべらないで
「なんのために死んでいくの?」
しらない。しらない
「どうして生きているの?」
やめて!

ダガーを己の掌に刺す
いつか閉じ込めた感情たちが顔を出すのを抑え込む
わたしは、わたしだ!
忌々しく輝く銀のひと房を躍らせて
プッシュダガーを押し付ける

わたしの絶望は、わたしがわたしであること
……でも、だからこそ
わたしは倒れるわけにはいかないんだ!



●わたしの絶望
 此処にあるのは果てのない狂気。
 此の場に満ちているのは、自我を眠らせていく悪しき力。書の魔人が佇む夢想空間に訪れたゆずは、目眩のような感覚を抱いていた。
 自らの意思で蓋をしていた絶望が、狂気と混じって溶け出していく。
 ゆっくりと、それでいて着実に顔を出していくことがわかってしまう。
「わたしは、わたし」
 ゆずは確かめるように呟いたが、闇が不穏に蠢いた。
 自分が自分であると認識できるのは自我があるから。そうしていると奥底に沈めていた絶望が概念となり、ゆずそのものを形取った。
 まるで先程のリピート映像のようだ。
 もっとも倒してきたものは別の存在で、いま目の前にいるモノはまったく違う。自分の偽者であるか、自分の概念であるか。言葉遊びのようでもあるが、ゆずが感じているのは違和感がない違和という矛盾したものだった。
「さっきのわたしとは、また違ったようですね?」
 ゆずは己を保とうと努めながら目の前の存在に問いかけてみる。すると、概念は本物のゆず――否、優澄のように語りかけてきた。
『果ての見えない夢の奔流。なんのために生まれてきたの?』
 その声は自分以上に自分である気がして、はっとしたゆずは思わず後退った。
 ――わたしの声でしゃべらないで。
 そう告げたいのに声が出なかった。明らかに動揺している此方の様子に構わず、概念は更なる問いを投げかけてくる。
『ねえ、なんのために死んでいくの?』
 何もされていないというのに、頭を強く殴られたような感覚がした。
 ――しらない。しらない。
 首を横に振ってそのような言葉を落としたかったというのに、やはり声が紡げない。
 そして、優澄はゆずに向けてもうひとつの質問をしてきた。
『どうして生きているの?』
「――やめて!」
 其処で漸く、叫びのような声を紡ぎ出すことができた。ゆずは己の概念という悍ましいものを祓う為、ダガーを高く掲げる。
 しかし、その切っ先が向いたのは相手ではなく自分だった。
 ゆずは刃を己の掌に刺す。
 痛みが走ったことで感覚がすべて其方に集中したのが分かった。いつか閉じ込めた感情たちが次々と顔を出していく前に、抑え込む。
「わたしは、わたしだ!」
 今度は強くはっきりとした声で宣言したゆずは首を振った。忌々しく輝く銀のひと房を躍らせて、そのままの勢いでプッシュダガーを押し付ける。

 ――ねえ、絶望が目の前でも前に進める?

 その瞬間、No-FADCE9と呼ばれる夢想の魔導書の化身から問いかけが響いた。魔人は此方が主に相応しいかを見定めているようだ。
 ゆずには魔導書の行く末はきっと関係がない。それでも此処にいるのは、自分の役目を果たしていきたいからだ。
「わたしの絶望は、わたしがわたしであること」
 痛みに耐えたゆずは自分なりの答えを魔導書に告げた。それは本当の絶望で、認めてしまえばもっと苦しくなるものだと自分でも分かっている。
 でも、だからこそ。
「わたしは倒れるわけにはいかないんだ!」
 握り締めたダガーを振り上げたゆずは闇ごと概念を斬り裂いた。それは自分を認めることであり、己との決別でもあり、そして――。
 少女の裡に或るひとつの感情が宿ったとき、魔導書の力も僅かに削がれた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朝日奈・祈里
記憶が消えていくことは怖くない
……といえばウソになるかな
嫌だよ、怖いよ。でも慣れた感覚だ

夢が薄れていく
全ての精霊を従えてやるって思いが消えていく
ああ、クソ
やりたいこといっぱいあるのにな!

目の前に現れる紫の瞳の、嘗ての友を睨みつける
こんなところで立ち止まれないんだ!
全ての精霊を従わせるために!
はじまりの精霊、イフリートを呼ぶ
あれはぼくの友ではない
……頼む、燃やしてくれ!

契約で縛られる関係ではなく
信頼関係で成り立つような世界にしたいんだ
…でも、きっとそれは書に記されたものを読むだけじゃきっとだめ
書いてあったとしても、な

もし書を手に入れても燃やしてやる
……帰って、研究しなきゃだもんな



●成し遂げたい世界
 邪神が齎す力は強く、深く心に侵食してくる。
 自我が眠らされ、記憶が削ぎ落とされていくかの如き感覚は気持ちの良いものではなかった。されど祈里はこの妙な心地の一部をよく知っている。
 記憶が消えていくこと。
 それは力を行使する度に起こることであり、祈里にとって当たり前の代償だからだ。
「……こんなもの怖くない、といえばウソになるかな」
 この場所に踏み込んでから妙な違和感はずっと拭えないままだ。
 嫌だ。怖い。
 けれども記憶が抜け落ちていくのは慣れきった感覚であることも間違いない。
 そして、自我も一緒に融けていく中で祈里の中にある夢が薄れる。
 全ての精霊を従えてやる。
 強く抱いていたはずの思いが記憶や感覚と同様に消えていく。ああ、と呟いた祈里は悔しさが胸に満ちていくことを、何処か他人事のように感じていた。
「やりたいこと、いっぱいあるのにな!」
 このまま何も感じない存在になって、眠るように終わってしまうのだろうか。
 それは嫌だと考えたとき、目の前に誰かが現れた。歩み寄ってきたのは先程から見えていた書の魔人ではなく祈里にとって見覚えのある人影だった。
 紫の瞳が此方に向けられている。
 祈里は嘗ての友の姿をしたものを睨みつけ、震えそうになる掌を見下ろした。
「こんな、ところで……」
 何に抗いたいのかすら忘れてしまいそうだったが、祈里は概念を見つめ返す。消えないでくれ、と願いながら紡いだ言葉は凛と響いていく。
「立ち止まれないんだ!」
 祈里は魔法の使い方すら忘れそうになっていたが、何とか力を振り絞った。
 ――全ての精霊を従わせるために!
 心の奥から溢れ出る衝動のままに、祈里は精霊を呼び起こす。ふわりと浮かぶメッシュの色は赤。
 それははじまりの精霊、イフリートが呼び出されていく証だ。
 目の前に佇み続けるあの子は、違う。
「あれはぼくの友ではないから……頼む、燃やしてくれ!」
 イフリート、と呼び慣れた名を声にすれば、祈里の願いに応じた精霊が激しい炎を迸らせた。瞬く間に概念の存在は消え去り、祈里を見つめるものはいなくなる。
 祈里はすべてを消しかねない邪神の力に抵抗しながら、書の魔人の方を見つめた。
 己の願いは今、確かに定まっている。
 契約で縛られる関係ではなく信頼関係で成り立つような世界にしたい。それこそが祈里の夢であり、目指す未来のひとつ。
 けれども、きっとそれは書に記されたものを読むだけでは実現しないものだ。
 もしあの書に方法が書いてあったとしても――。
「邪神の力が宿ってるなら、要らない。そうじゃなくても自分で見つけるんだ」
 祈里の気持ちは真っ直ぐ前に向けられている。
 もし書を手に入れても、それが悪しきものならば燃やしてやるだけ。幻影を振り払った祈里は未来への思いを強く抱き、イフリートと共に戦い続ける決意を抱く。
「……帰って、研究しなきゃだもんな」
 そうすることが自分らしさだと考え、少女は長杖をきつく握り締めた。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

陽向・理玖


記憶
何も気付かないままに一度は奪われた物
一度も二度も同じ…と言いたいとこだが
今の俺になってからは全部かけがえのないもんだ
奪われ切る訳にはいかねぇ

心が辛くても…だと?

今の夢は
自分で決めた将来を
…大切な人と共に

目の前には
師匠や大切な人

…もう一度は
立ち上がれないと思った

師匠
あんたを待ってずっと身動き取れずに

あんたに指し示されて
無理やり立ち上がった

けど
無理にでも立ち上がってよかった
立ち止まり続けなくてよかった

だから
俺には今彼女がいる

くそ魔人
ふざけんなよ

衝撃波撒き散らしダッシュで間合い詰め召喚された生物を纏めて足払いでなぎ払いし
魔人に肉薄
そのまま低く攻撃すると見せかけジャンプしUC

偽物に
惑わされるかよ



●星穿つ志
 理玖にとっての記憶とは、既に失われたもの。
 嘗て何も気付かないまま奪われ、一度は深い闇の中に葬り去られたものだ。
「一度も二度も同じ……と言いたいとこだが」
 今の理玖にはそう言い切れない理由がある。失くしてしまった記憶の断片は思い出せないままなので、今更すべてを取り戻して良いものか判断がつかない。
 だが、未だこの胸の奥に存在している、これまでの記憶は失いたくなどない。
「これは大事なもんだ。今の俺になってからは、全部かけがえのないもので――」
 胸元に手を添え、顔を上げた理玖は強く言い放つ。
「奪われる訳にはいかねぇ」
 この領域に広がる邪神の力は強いが、だからといって負けたくはなかった。そんな中で、書の魔人が問いかける言葉が響いていく。

 ――ねえ、心が辛くても立ち上がれる?

「心が辛くても……だと?」
 理玖が僅かな戸惑いを覚えたとき、目の前に誰かの影が現れはじめた。
 今の理玖の夢は、自分で決めた将来を大切な人と共に過ごすこと。この意志を消させぬよう、改めて自覚すると――師匠や大切な人の形を取った幻覚が巡っていった。
「……もう一度は、立ち上がれないと思ってた」
 理玖は無意識に言葉を紡いでいく。
 思うのは師匠のこと。
「あんたを待ってずっと身動き取れずに、あんたに指し示されて、無理やり立ち上がって……ここまで、我武者羅に歩いてきた」
 とても苦しくて、心が悲しみに押し潰されそうな日もあった。
 けれど、と口にした理玖は首を横に振る。
 無理にでも立ち上がってよかった。立ち止まり続けなくて、本当によかった。
 あの場所で留まり続けていたとしたら、今の理玖は存在しなかった。この記憶を手放したくないと強く願えるまでの自分にはなれなかったとまで思う。
「そりゃ辛かったぜ。何度も嫌になった」
 でも、だからこそ――。
 気付けば理玖は記憶を溶かして自我を眠らせる力を跳ね除けていた。はっきりとした理由は分からなかったが、何かを強く思うことが鍵だったのかもしれない。
「俺の隣には今、彼女がいる」
 大切な人として、かけがえのない存在として、理玖の傍にいてくれる人が見つかった。彼女を想えばたとえ心が辛くても、立ち上がり続けられる。
 師匠も、彼女の姉も、彼女自身も。すべてを受け入れて歩いていこうと思えた。
「くそ魔人……いや、邪神。ふざけんなよ」
 理玖は強く言い放ち、一気に地面を蹴る。衝撃波を撒き散らした彼はひといきに間合いを詰め、召喚された幻影を蹴散らした。
 全部纏めて足払いで薙ぎ払った理玖は、ただ本物だけを見据えている。
 魔導書の魔人に肉薄した彼はそのまま低く攻撃する、と見せかけて跳躍した。夢を語り、力を見せることで此の戦いが終わるならば、自分の全てを此処で示すだけだ。
「偽物に惑わされるかよ」
 龍の力を纏い、星さえ砕く一撃を叩き込んだ理玖の眼差しは鋭い。
 この瞳で自分だけの未来を見つめるのだと決めた少年は、更に拳を握り締める。其処から続いていく猛攻は、戦いの行方を決める確かなものとなって巡っていった。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

丸越・梓


歯を食いしばり顔を上げて見ていた明日が曇り翳って見えて
胸の内にて大事に握りしめていた宝石が
唯の石になってしまったような感覚
同時に眼前に現れたその姿に
心臓が重く脈打つ
「…汐種」
喪った部下であり唯一無二の親友
片時も忘れたことのない大切な彼の陽炎が
そこにある

幻の彼は俯いていて表情は判らない
そして不安定だ
幻覚だとしても
彼を斬れる覚悟があるかと問われている様で

俺は彼へ歩み寄る
然しこの手に刃は無い
彼にそっと触れ抱きしめる
彼と
そして淡紅の安息を願って

刃を振るうだけが
銃を手にすることだけが未来を拓くことではない

心が辛くても立ち上がれるか
立ち上がれるか否かではない
俺は
立ち上がらなくては、ならない



●心の在り方
 苦しい、痛い。記憶が眠らされ、自我が崩れ落ちていく。
 容易には抗いきれない力が巡る空間にて、梓は歯を食いしばっていた。苦しさで俯きそうになっている顔を上げるも、痛みのような感覚は消えない。
 まるで、それまで見ていたはず明日が曇り、翳ってしまっているかのよう。
 胸の内にて大事に握りしめていた宝石が唯の石になってしまった。そんなことを思ってしまうほどの重圧と違和がある。
 巡り続ける邪神の力。
 ただそれだけでも身を蝕まれているというのに、梓の前にはある存在が現れた。突然に眼の前に現れたその姿を瞳に映したとき、心臓の鼓動が重く脈打つ。
「……汐種」
 彼は嘗て喪った部下であり、唯一無二の親友。それと同時に、片時も忘れたことのない大切な――。
 そんな彼の陽炎がそこにある。
 幻の汐種は俯いていて、その表情は梓には判らない。
 ただ、彼の影がよき存在ではないことだけは分かった。不安定に揺らぐ汐種はあきらかな幻覚であり、本当のものではない。
 だが、そうだとしても。
(そうか。彼を斬れる覚悟があるか、と問われているのか)
 梓は汐種だけを見つめている。
 傍から見ればまるで心が其処に囚われてしまったかのようだ。梓は汐種に歩み寄っていった。然し、その手に刃は握られていない。
 梓は彼に腕を伸ばし、そっと触れた。相手からの抵抗がないことを確かめると、梓は汐種を強く抱きしめた。
 熱は感じられない。彼の声も発されることはなかった。
 それでも梓は腕の力を緩めない。
 ただ、彼と――そして淡紅の魔人の安息を願って、己の力を巡らせていく。
 相手がオブリビオンであるならば、刃を振るうだけが解決の方法ではない。銃を手にすることだけが未来を拓くことではない。
 そのとき、梓の様子を見ていたらしいNo-FADCE9が問いかけを投げてきた。

 ――ねえ、心が辛くても立ち上がれる?

 その幻が消えたら、あなたはもう一度大切な人が消える場面をみることになる。
 まるでそう語るが如き書の魔人は梓を見定めるような眼差しを向けてきていた。その背後からは尚も、自我をとかす邪神の力が漂ってきている。
「心が辛くても立ち上がれるか、か……」
 梓は邪神の悪意を受け止め、耐えながら書の魔人を見つめ返した。
 あの質問は裏に控えている異星の邪神からのものではなく、微睡む淡紅そのものから投げかけられている質問だ。
 それゆえに答えたいと感じた梓は、そっと口をひらいた。
「立ち上がれるか否かではない。俺は……」
 すると、幻の汐種の姿が揺らめき、闇の中に消えていく。これから何度も彼を喪ったことを思い出し、心は痛み続けるのだろう。
 だが、亡くしたことは苦痛だけを齎すものではない。だからこそ――。
「立ち上がらなくては、ならない」
 梓なりの返答が紡がれたとき、淡紅が僅かに微笑んだ。その理由は定かではなかったが、どうしてか梓には、それが悪い意味には思えなかった。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

橙樹・千織


問いが響き
花弁が舞う
刃を構え、破魔を纏い備える

何故、貴方が…
開けた視界
眼前に佇むのは幼き日に見た鬼のような青年

違う

あの頃の彼はそんな表情をしなかった
そんな片翼は無かった
瞳も紅と桜ではなく、両目とも美しい桜色だった

血塗れだったことなんて
無かった

お前は誰だ

ニタリ
鬼が…男が嗤う
既視感のある
二度と見るはずがない笑み
周囲が荒れ果てた桜の館に変わった

目を見開き
ある男の名前を零す
握る刃が音を立てる

これが、今の私の絶望…
そう…ならば

答えは是

真白の手
咲き広がる紋
声は低く唸る

自我は薄れ
獣の本能に任せ斬りかかる

こんなことは起こらない
その前に
お前を仕留める

本当に絶望を前にしたら?
そんなの
お前が知る必要は無いだろう?



●獣の本能
 ――絶望が目の前でも前に進める?

 千織に向けられた問いが響くと同時に、百合の花めいた花弁が舞っていった。此方を惑わせるかの如き煙がふわりと揺らいでいるが、千織は怯まない。
 刃を構え、破魔の力を纏って備えていると急に誰かが目の前に現れた。
「何故、貴方が……」
 煙が僅かに薄れ、開けた視界の先。
 いつの間にか千織の眼前に佇んでいたのは幼き日に見た鬼のような青年だった。
 違う。
 しかし、千織は彼を本物だとは思わなかった。何故ならあの頃の彼はそんな表情をしなかったからだ。
「貴方にはそんな片翼は無かった」
『……』
「瞳も紅と桜ではなく、両目とも美しい桜色だった」
『…………』
 千織が全てを否定をしていく中で、鬼の青年は何も答えぬまま鋭い視線だけを向けてきていた。それと同時に千織の自我と記憶がとかされていく。
 本当にそうだった? と自分に問いかけるような疑問が浮かんだが、千織は必死に彼のことだけを思い出す。
「血塗れだったことなんて、無かった」
『……』
「お前は誰だ」
 問いかけると、千織の前にいる青年が口元を緩めた。
 ニタリと鬼が――男が嗤う。それは既視感のあるものだった。そして、二度と見るはずがない笑みだということも自然と理解してしまう。
 その瞬間、周囲が荒れ果てた桜の館に変わっていった。夢想の魔導書に絶望の概念を見せられているということは心の何処かで分かっている。
 目を逸らせばいいだけだと分かっていても、千織はその景色から視線を逸らすことが出来なかった。
 千織は目を見開き、ある男の名前を零す。
 握る刃が音を立てる。
「これが、今の私の絶望……そう……ならば、」
 答えは是だ。
 真白の手に咲いていく紋は瞬く間に広がっていった。声は低く唸るようなものになり、自我は薄れていく。
 千織は抗うことなく、浮き彫りになった獣の本能に任せて相手に斬りかかった。
 分かっている。けれども今は普段の己をひとときだけ忘れたい。
 こんなことは起こらない。
「だから、その前に――お前を仕留める」
 まるで胸裏で吼えるような、若しくは叫ぶかのような言葉が千織から零れ落ちる。刃を振るい続ける千織の剣舞は鋭く、激しく巡っていった。
 そんな中でNo-FADCE9からの問いかけが再び紡がれる。

 ねえ、絶望が――。

「本当に絶望を前にしたら?」
 しかし千織はその言葉を遮り、更なる一閃を振るいに駆けた。邪神の力は記憶と自我を眠らせ、抗いがたい苦痛を齎してくる。
「そんなの……」
 されど今の千織にはそんなことなど些事だ。抵抗の証として、千織は問いかけに答えないという選択を取る。
「お前が知る必要は無いだろう?」
 冷たく語った千織の刃は無慈悲に振り下ろされ、絶望の概念は切り伏せられた。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

ルゥ・グレイス

眠気を感じた瞬間に覚醒薬を注射、対呪フィルタを展開。
睡眠という機能を限界までオミットする。

「…立ち上がれるか、前に進めるか、だって?わかりきったことを聞くなぁ。…答えはイエスだ。たとえどんな辛苦、絶望、限界が来ようとそれを突破してヒトは未来に進む。あらゆるエネルギーを消費して、あらゆる過去を消費して、…必要ならば未来さえ消費して未来に進む」

…そして未来の全てがなくなったらこれまでのすべてを書き遺して未来へ託す。根本的にヒトは未来にしか進めない生き物だ。

「君の目の前にいる人達のは未来へ駆ける者の最前線。刮目してみるといい」
UC起動。
その銃身の先を未来へ向けて。
現代文明最前線の銃声が鳴り響いた。



●未来という導
 此処に満ちているのは夢の世界への誘い。
 記憶を眠らせ、自我を削り、現実と夢想の境界を曖昧にするもの。そんな奇妙な効果が巡っていると察したルゥはすぐさま行動に出た。
「……」
 眠気のような感覚をおぼえた瞬間、ドクターコートから薬を取り出したルゥはそれを自分に打ち込んだ。
 同時に対呪フィルタを展開したルゥは、出来る限りの対抗策を取る。
 即ち、睡眠という機能を限界までオミットしたのだ。
 されど、それでも邪神の力は齎され続けている。完全に抑えきるには薬と呪への対抗では足りなかったのか。それとも、別の方法で抗うべきだったのか。或いは邪神の力が深く浸透しすぎているのか。
 一瞬の間に様々な推論がルゥの中に巡っていった。
 だが、抗いきれないほどではない。
 強く何かを思えば自分という存在は確かめられる。薬とフィルタの効果もゼロではないので、ルゥは己の中で決意と考えをまとめていった。
 そんな中で書の魔人が問いかけてくる。

 ――ねえ、限界が来ても抗える?

 頭の中に直接響いてくるような質問は更に重ねられた。
 それを聞きながら、己の心を落ち着けていったルゥはNo-FADCE9に視線を向ける。相手も此方を見ていたらしく、二人の眼差しが重なった。
「……立ち上がれるか、前に進めるか、だって?」
「ええ」
「わかりきったことを聞くなぁ。……答えはイエスだ」
 短く答えたNo-FADCE9に向け、ルゥは簡易的に答えた。首を傾げる書の魔人に対してルゥは己が抱く思いを語ってゆく。
 おそらく魔導書の化身は主となる人を見極めようとしているのだろう。ルゥだけではなく、此処にいる全ての者に問うているのがその証拠だ。
 たとえどんな辛苦、絶望、限界が来ようとそれを突破してヒトは未来に進む。
 あらゆるエネルギーを消費して、あらゆる過去を消費していくのが人間であり、生きとし生けるものだ。
 我々、若しくはかれらは、必要ならば未来さえ消費して進む。
 そして――。
「己の未来の全てがなくなったらこれまでのすべてを書き遺して、未来へ託す。根本的にヒトは未来にしか進めない生き物だ」
 ルゥは思いを言葉にしながら、そうすることで自我がとかされていくことに抗った。
 この理論を、この考えを口にしている間はルゥはルゥとしていられる。我思う、故に我在りということを自ら実践し、示しているにも等しい。
「君の目の前にいる人達のは未来へ駆ける者の最前線。刮目してみるといい」
 そして、ルゥはユーベルコードを起動する。
 それによって特殊な魔力を発生させる遺失礼装炉心が動き出し、手にした銃身に力が宿っていった。ルゥは銃口を先へ――即ち、未来へと向けた。
 刹那、現代文明において最前線の銃声が鳴り響く。
 その音こそがまさしく、未来を切り拓くための道筋を刻むものだった。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

グラディス・プロトワン

機械ゆえに与えられた任務は必ず遂行するという強い意志がある
それを奪われたら?
意志の強さに応じて幻覚も強くなる可能性が高い

馴染みの深い存在…同じウォーマシン達だろうか
実戦試験中に彼らを機能テストと称して好き放題していたのを思い出す

また俺の食事になってくれるのか?
あぁ、まだまだ全然足りないからな

手を伸ばせばいくらでもエネルギーが手に入る
…なぜだろう、どれだけ食事をしても満たされない
むしろ消耗している…?

…何をしているのだ俺は
これでは俺自身が邪神の餌食になってしまう

思考制御を遮断するか悩んだが、魔導書がなぜこんな事に加担しているのか気になった
自らの意志なのか、それとも邪神の夢に惹かれでもしたのか



●戦う理由
 意志を、心を、そして自我を眠らされて奪われていく。
 不可解で奇妙な力が満ちている戦場にて、グラディスは己の存在を確かめていた。
 グラディスは機械人だ。
 それゆえに与えられた任務は必ず遂行するという強い意志がある。それは今のグラディスにおいて心とも呼べるものだ。
 ならば、それを奪われたら?
 グラディスが抱いた疑問は即座に彼の中で分析され、答えが導かれていった。
 おそらく、その意志の強さに応じて幻覚も強くなる可能性が高い。そのように判断して自覚した瞬間、グラディスの周囲に何かが現れはじめた。
 何かは次第に形を取り始め、グラディスにとって馴染みの深い存在――ウォーマシン達となっていく。
 それは幻想であり、ただの概念であると理解していた。
 しかし、その姿を見たグラディスの裡には嘗ての記憶が蘇ってきている。あれは実戦試験中だった。彼らを機能テストと称して好き放題にしていたことを思い出す。
「また俺の食事になってくれるのか?」
 気付けばグラディスはそちらに腕を伸ばしていた。
 懐かしい。ゆえにあの頃と同じことを繰り返したい。自我と心は削られ、妙な邪神の力は巡り続けている。
 だからだろうか、グラディスは目の前の概念達に集中していた。
「あぁ、まだまだ全然足りないからな」
 手を伸ばして機能を巡らせれば、彼らからいくらでもエネルギーが手に入る。食事として回収するそれらはグラディスにとって喜ばしいものだ。
 されど、違和があった。
 何故かどれだけ食事をしても満たされない。満足するという感覚はなく、エネルギーが完全に充填されたということもなく、違和感ばかりが浮かんでくるのだ。
「むしろ消耗している……?」
 食事をしているのではない。そうさせられているのだと気付いた。ただの概念でしかないウォーマシン達から得られるものなど皆無。
 グラディスは双眼を瞬かせ、伸ばしていた腕を引く。
「……何をしているのだ俺は」
 満たされないことで我に返ったグラディスはウォーマシン達を見据えた。よくよく見れば其処にエネルギーなどないことが分かる。
「これでは俺自身が邪神の餌食になってしまうな」
 そんな未来など望んでいない。空腹めいた感覚を抱いたことでグラディスの雰囲気も徐々に変わっていった。
 一度は思考制御を遮断するか悩んだ。しかしグラディスは、魔導書がどうしてこんなことに加担しているのかが気になっていた。
「何かが気になる?」
「――ああ」
 そのとき、書の魔人がグラディスに問いかけてきた。
 グラディスは都合がいいと判断して頷く。すると魔人は、その子達を倒したら教えてあげる、と言ってウォーマシン達の概念を指差す。
 刹那、振るわれたサイフォンソードが概念達を引き裂き、跡形もなく消し去った。
「これならどうだ?」
「ふふ、合格だよ。それで何を知りたいの?」
「邪神に従うのは自らの意志なのか。それとも邪神の夢に惹かれでもしたのか?」
「それはね……」
 魔人は語る。
 或る日突然、邪神と書の魔力が繋がった。試練を与える魔導書だったものは新たな力を得た代わりに、邪神を顕現させなければいずれ消えてしまう運命を背負った。
 書の魔人自身にもその仕組みがどうなっているかはわからないらしい。
 そうして、グラディスは理解した。
 書の魔人もまた、利用されているだけの存在に過ぎないのだということを――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜

ああ、もう
仕方ないですね

欠かさず身につけているランタンを外し、
光が漏れぬよう外套で包んで放り捨てて手放します
限界なんて大した事ないですよ
それを遥かに上回る絶大な恐怖の前には

ただ、薄暗い程度でも灯りを持たぬ状況は泣くほど怖いので
碌に戦えぬ私の代わりに妖刀の胃の中から呼び寄せた怨霊共に戦って頂きます
霊でも眠くなって、ダメージを負って、死んだりするのでしょうか
だとしたら良かったですねえ、極楽へ行けるかも知れませんよ!
絶対に許しませんが

試練だの主だの、心底どうでもいいんですよ
私は貴女如きに見定められる程度の存在ではないのでね
特別な才が無くとも、いつ如何なる時でも私は至高です
見縊るなよ、このハレルヤを



●闇を引き裂く
「ああ、もう。仕方ないですね」
 不穏で不可解な力が空間に巡っていく中、晴夜は耳を伏せた。それは不快感をあらわす仕草でもあり、静かな決意を抱いた証でもある。
 自我が何かによって眠らされる感覚を抱きながら、晴夜は手を伸ばす。
 欠かさず身につけているランタンを外し、そのまま光が漏れぬように外套で包んでいった。ランタンを放り投げることで手放した晴夜は、強く前を見据える。

 ――限界が来ても抗える?

 あの書の魔人はそんなことを問いかけてきていた。
 だからこそ晴夜はそれを言葉ではなく、行動で示してやろうと考えていた。
「限界なんて大した事ないですよ」
 晴夜があのようなことをしたのは、敢えて恐怖を呼び出すため。
 宣言した言葉通り、限界などそれを遥かに上回る絶大な恐怖の前には無力なものにしかならない。そう、晴夜は暗闇が怖いのだ。
 先程は自分の偽物を追い払うという行為で誤魔化し、乗り越えたが、今だって尻尾がくるんと丸まってしまっている。それは無意識の反応なのだが、晴夜は尻尾を巻いて逃げるようなことは絶対にしない。
 薄暗い程度でも灯りを持っていないと泣いてしまいそうだというのに、自らランタンを捨てている現状は恐ろしい。
 それでも、この状況はこれが限界ではないと示す証左になる。怖いと怯えるだけでは終わらないのが晴夜だ。
 晴夜にはよく解っている。
 心や記憶が眠らされていく状況では、碌に自分が戦えないということを。しかし、その代わりに妖刀の胃の中から呼び寄せた怨霊達が戦ってくれる。
「霊でも眠くなって、死んだりするのでしょうか」
 ねえ、と怨霊達に冗談混じりに語った晴夜の耳がぴんと立った。それはこんな状態の中でも敵の様子を窺っている証拠。
「だとしたら良かったですねえ、極楽へ行けるかも知れませんよ!」
 絶対に許しませんが、と付け加えた晴夜はこんな空間を作り出している夢想の魔人の姿をしっかりと捉えていた。
 あの魔人は主を求めているらしいが、晴夜にとって魔導書は手に余るものだ。
「試練だの主だの、心底どうでもいいんですよ」
「そうなの? 勿体ないなぁ」
 晴夜の言葉を聞いていた書の魔人はふわりとした口調で答える。相手にとっては晴夜が主候補になりたくないことは残念らしいが、書の主になるということは向こうが此方の品定めをするということでもある。
「私は貴女如きに見定められる程度の存在ではないのでね」
「ふふ、変わったヒト」
「特別な才が無くとも、いつ如何なる時でも私は至高です」
 視線と一緒に言葉を交わした晴夜は悪食の妖刀を強く握り締めた。刹那、救いの糸を求める芥の罪人達が悪しき存在に殺到していった。
「見縊るなよ、このハレルヤを」
 晴夜は闇の向こうを強く見据え、刃の切っ先をゲートに向けた。
 怖くない。戦ってさえいれば、闇も限界も恐怖だって、怖くなどないはずだ。
 少なくとも、あの邪神の力を消し去るまでは――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


邪神の力が強くカグラの不機嫌さも凄まじい故
抑えるのもままならない
カグラはきみに邪神に負けて欲しくないのだ

サヨは心の痛みと
リルは絶望と戦っている
二人を守るように前へ

厄は試練だが
越えられぬ試練は禍だ
約する禍津である私は負けない
意地でも張り合う
私は私を手放さない
邪神には負けない
私に限界などないと神罰を叩きつける
一歩も引かぬ

夢─
きみが幸せに笑う世界を守る神になる
愛するものを、厄災すくう神になる
もう何も手放さない
思い切り斬撃と共に薙ぎ払う

サヨ
きみは伴侶なのだからもう土台はある
これから家庭を築けばいい
きみの望みを一緒に叶える
不相応などない

私達の明日への邪魔はさせない
夢の殻を破って現に叶えるのだから


リル・ルリ
🐟迎櫻


とても眠いけど寝ちゃいけないんだ
大切な記憶も思い出もなにもかも、今眠るには勿体ない
櫻が寝そうに…!と構える前にカグラが速い

歌おうとして─声が出ないことに気がついた
これが、絶望?
じわりと墨が広がる心地に唇を噛む
歌えない僕は何ひとつままならない魚だ
歌えなければとうさんとの約束も果たせない
…唯の役立たずになる
でも
思わず俯くのも瞬きの間だけ
弱気なサヨに尾鰭ビンタで目を覚まさせるよ

カナン、フララ…ヨル!
僕は進む
絶望を光で差して游ぐんだ!
とうさんとかあさんから貰った声を張り上げる
絶望になんてまけない
心に強く思いを抱き歌う
誰も聞いてなくて歌う

ふふー
僕はもう櫻の家族
大丈夫、夢は叶えるためにあるんだ!


誘名・櫻宵
🌸迎櫻


酷く眠たい

私が眠って沈んで
違う何かが─ひゃん!
はっ…リルの尾鰭ビン…違うわカグラのビンタだわ!痛ッ
カムイ止めて!


希望を喰らって鎌首擡げる大蛇の首が七つ
知ってた
わかってたよ
私が希望も夢も何もかも凡て喰らったの
同じく私から取り戻そうとするのも道理よね
心が軋む
もう勘弁して
眠ったら解放されるのかし…今度こそリルの尾鰭ビンタ!

私の夢?
考えたことなかった
私、家族が欲しい
一華とだってちゃんと家族に成りたい
ずっと冷たいそれしかしらないけど
暖かな家庭を築きたいなんて
不相応よ

カムイ、リル…そう…かな
思わず笑みが咲く

こんな所で眠る訳にはいかない
厄斬の刃と人魚の歌と一緒に
超えるべきものを超えるために薙ぎ払う



●夢を掴む為に
 邪神が及ぼす力は強く、深く広がっていく。
 それに呼応してか、カムイの隣に立つカグラの不機嫌さも凄まじい。それ故に抑えるのもままならないが、カムイはしっかりと自分を保った。
 すぐ傍にはリルと櫻宵もいるので、自我をとかす邪神の力には負けていられない。
「酷く眠たいわ……」
「とても眠いけど寝ちゃいけないんだよ、櫻」
 櫻宵は目を閉じそうになり、リルもうつらうつらと舟を漕ぎそうになった。
 しかし、大切な記憶も思い出もなにもかも眠らされてしまう。そんなのは嫌だし、今眠るには勿体ない。
(私が眠って沈んで、違う何かが……)
「櫻、まだ眠っちゃだめ――」
 はっとしたリルがぺちんと櫻宵に尾鰭を当てようする前に、割り込んだカグラがすかさず櫻宵の頬を叩いた。
「ひゃん! 尾鰭ビン………カグラのビンタだわ! 痛ッ」
「わあ、カグラの二発目が!」
「カムイ! カムイ、カグラを止めて!」
 ぺちぺちと響く音。されるがままの櫻宵。その様子を頷いて見守っていたカムイは、カグラのしたいことがよく分かっていた。
「カグラはきみに邪神に負けて欲しくないのだ」
「それなら……あら、あれは何かしら」
「気を付けて、あの魔人の子が動いたみたい!」
 三人が身構え直したとき、それぞれの周囲に概念や絶望の力が巡っていく。それらは見る間に形を変え、各々の精神に作用していった。

 櫻宵の前に現れたのは希望を喰らって鎌首を擡げる大蛇。その首が七つであることから、愛呪を模ったものなのだとすぐに分かった。
「知ってた、わかってたよ」
 櫻宵は息を呑みそうになったが、努めて冷静に呟く。否、無理矢理にそのように見えるよう振る舞っているだけだ。
「私が喰らったんだもの」
 かれらの希望も夢も、生きたかったという意志も何もかも、凡て。ならばこの幻が同じように自分から取り戻そうとするのも道理が通る。
 そんな風に考えてしまった櫻宵の心が軋んだ。何度も、幾度も繰り返し後悔して悩んで、心を蝕まれてきたことだ。
 もう勘弁して。もう嫌なの。終わりにしたい。
 言葉にできない思いが次々と浮かんでいき、櫻宵は深く俯いていく。
 同じ頃、リルは絶望に囚われていた。
 櫻宵とカムイ達を守るため、リルはいつものように歌おうとする。だが、唇は動けど声が出ない。そのことに気がついたリルの裡には不安が巡っていった。
「これが、絶望?」
 歌えるはずなのに、歌えない。歌声だけが奪われた人魚。自分がそういうものになってしまったのだと錯覚させられたリルの中に、じわりと墨が広がるような心地が広がっていった。唇を噛んだリルの身体は震えている。
(どうしよう、歌えない僕は何ひとつままならない魚だ)
 歌えなければとうさんとの約束も果たせない。唯の役立たずになって、海の泡となって消えていくことしか出来ないかもしれない。
「でも――」
 リルの思考が傾いたのは一度だけ。俯くのも瞬きの間だけであり、視線を巡らせたリルは尾鰭を大きく振るう。
 その先には、勿論。
「私がこのまま眠ったら、解放されるのかし……痛ッ!!」
 櫻宵がいた。
 今度こそ本当のリルの尾鰭ビンタを受けた櫻宵はその反動で顔を上げる。サヨ、とカムイに呼ばれたことで櫻宵は自分が守られていたことに気付く。
 二人が絶望に取り巻かれそうだった間、カムイは果敢に二人を守護していた。
 櫻宵が心の痛みと、リルが絶望と戦っていたことはカムイにも分かっている。これもまた試練であり、二人が乗り越えられると信じたゆえに彼はそうすることを選んだ。
 厄は試練だが、越えられぬ試練は禍。
 もし櫻宵達が屈するようならば手を貸すことも考えていたが、リルが纏う光が此度も櫻宵を救ってくれたようだ。
 その代わり、カムイは自我をとかす邪神の力を受け止め続けていた。それも三人分。リルと櫻宵に作用しようとする厄災を肩代わりしていたのだ。
「約する禍津である私は負けない」
 意地でも張り合うと決めていた。
 私は私を手放さなさず、邪神にも負けやしない。限界を試されているようではあったが、神である己に限界などないと示すように幻影に神罰を叩きつける。
「一歩も引かぬよ」
「そうさ、僕達は進むんだ。カナン、フララ……ヨル!」
 カムイの凛とした声を聞き、リルは大切なものを呼ぶ。たとえ周りが真っ暗闇であっても、絶望を光で照らして游ぎ続けたい。
 もう声が出ないなんて絶望は払った。とうさんとかあさん、ふたりから貰った声と音を張り上げてリルはうたう。
 絶望になんてまけない。心に強い思いを抱いて歌う。
 もし誰も聞いていなくたって、歌うことがリルの生きる意味だ。櫻宵もその歌に背を押され、静かに刃を抜いた。
「ねえ、貴方達の夢はなあに?」
 すると書の魔人が櫻宵達に問いかけてきた。先程の幻影や概念はいつの間にか消え去っており、魔人自身が危害を加えてくることはないようだ。
「私の夢?」
 きょとんとした櫻宵は、考えたことがなかったと呟いた。
 少女の姿をした魔人は此方の返答を待っているらしい。どうしてか、答えてやりたいと感じた櫻宵は心に浮かんだ思いをそのまま言葉にしていった。
「私、家族が欲しい」
 一華ともちゃんとした家族に成りたい。
 冷たい家族の関係しか知らないけれど、あたたかな家庭を築きたい。不相応よ、と諦めがちに呟いた櫻宵に続き、カムイも答えを声にしていった。
「夢――。きみが、櫻宵が幸せに笑う世界を守る神になることだ」
 愛するものを、厄災すくう神になる。
 もう何も手放さないと語ったカムイは、周囲に渦巻く邪気を思いきり薙ぎ払った。そして、夢を諦めようとしている櫻宵に向けて首を横に振ってみせる。
「サヨ、きみは私の伴侶なのだからもう土台はあるんだ」
「ふふー。そうだよ、僕はもう櫻の家族だからね」
「これから家庭を築けばいい。きみの望みを一緒に叶えるよ」
 リルも微笑みを浮かべて告げ、カムイは不相応などないのだとしっかり告げた。二人の言葉を聞いた櫻宵は目の奥がじわりと熱くなったことに気付く。
「カムイ、リル……そう……かな」
 思わず笑みが咲き、三人はしかと視線を交わした。その様子をヨルやカグラ達がそっと見守っている。
「あなたたちの夢は魔法とは関係がないみたいだね。けれど、それもまた夢……」
 ふふ、と書の魔人が笑った。
 どうやら魔導書の主としては認められなかったようだが、三人の夢の形は認めてくれたようだ。されど、三人は元より魔導書の主に相応しい人物を知っている。それゆえに夢を夢として認められただけで十分だ。
「大丈夫、夢は叶えるためにあるんだ!」
「私達の明日への邪魔はさせない。夢の殻を破って現に叶えるのだから」
「そうよ、こんな所で眠る訳にはいかないの」
 リルが歌い、カムイと櫻宵が共に駆ける。
 二振りの厄斬の刃が風を切る音と人魚の歌が重なった。此処から響かせてゆくのは超えるべきものを超えるための力と意志。
 斬撃と歌声は冴え渡る。
 この世界を邪神に渡さぬ為。そして、共に過ごす未来をつくっていく為に――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

音海・心結
💎🌈



えへへ
遅くなってしまいました

分かってます、分かってますよ
あの本の主になりたいのですよね?
零時の事ならお見通しです

甘く魅惑的な香りで空を駆け、相手を翻弄
彼を援護すべく、二人だけの戦闘に水を差す形を心掛け
時折口遊むメロディに想いを乗せる

眠らない、――眠れない
貴方を、零時の元へゆかせるまで

絶望が怖くないって言ったら噓になります
でも、それが、未来への一歩なら
歩むほかありません

覚えていてください
みゆは、共に歩む者
支え、時に戦う戦士です

最期の一押し
彼から教わった魔力を宿し、手を添える
……大丈夫
零時なら、あの書を使いこなせます

共にゆきましょう
貴方が望む先――いえ、それ以上
零時なら見せてくれますよ


兎乃・零時
💎🌈


心結!
来てたんだ…心強いぜ
分かってるなら話が早い
手、貸してくれ!

術式(UC)詠唱始め
光線魔術で夢想牽制
彼女の援護も有るなら
何処迄だって…!

UC
此れが極式

一発目だけは天へ

化身より放つ螺旋の光は天へ
其れは宣誓の灯にして証明
化身身に纏い
邪なる空気打ち払く様叫ぶ

もう絶対
夢も記憶も失わない!
手放さない!
全部俺様のだ!!

絶望だろうが!
ぶち砕いて前へ行くッ!

我が夢は
何れ全世界最強最高の魔術師と成る事!
そして其れすらも超え続けてやる…!

化身纏いて駆け出せば
零距離で敵へ光槌を叩きつける

極式《極輝煌王・破砕》

…一人じゃ此処まで来れなかった
ありがとう、心結


夢想
お前が欲しい
くれるなら見せてやる
夢の果ての先を



●果てしなき夢の先
「心結!」
「えへへ、遅くなってしまいました」
「来てたんだ……心強いぜ」
 更なる異空間に突入する前に、零時と心結は合流を果たしていた。己の偽物に勝利した二人は笑みを交わし、頷きを重ねる。
 零時は何か言いたげだったが、彼が話しはじめる前に心結はそっと微笑んだ。
「分かってます、分かってますよ。あの本の主になりたいのですよね?」
 零時の事ならお見通しです、と胸を張ってみせた心結。その笑顔がいつもと同じであることが、今の零時にとって凄く頼もしく感じることだった。
「分かってるなら話が早い。手、貸してくれ!」
「もちろんです。一緒にゆきましょう」
 零時が手を伸ばすと、心結は彼の手に自分の掌を重ねる。触れた部分から互いの熱が伝わってきた。それはいま此処で、何よりも確かなもので――。
 そして、二人は夢想の領域に踏み込んだ。

 ねえ、心が辛くても立ち上がれる?
 絶望が目の前でも前に進める?
 限界が来ても、抗える?

 夢想の魔導書に宿る魔人、微睡む淡紅は様々な問いを投げかけてきた。だが、零時と心結はその力が巡るよりも先に攻撃を仕掛けていく。
「螺旋を描きて宙を舞え、輝煌纏いし可能性、繋ぎ到る一筋の道――」
 零時が詠唱を紡ぐ中、心結は地を蹴った。
「ふふり、そっちじゃないですよ」
 飛翔した彼女は甘く魅惑的な香りを纏って空を翔けていき、相手を翻弄するように舞ってゆく。零時を援護すべく、二人だけの戦闘に水を差す形を心掛けているようだ。
 そうして時折、口遊むメロディに想いを乗せていった。零時は心結が懸命に戦ってくれていることを確かめながら、更なる詠唱を言葉にする。
「さぁ! 彼方より来たれ! 障害破砕の猛る輝光!! 叩き潰す我が化身ッ!!」
 其処から放たれたのは光線魔術。
 一発目だけは天へ。
 夢想を牽制する為に広がった光は、暗い空間を眩く照らしていった。
(心結の援護も有るなら、何処迄だって……!)
 零時が強く想う最中、ゲートの向こうから滲む邪神の力が二人を襲いはじめた。
 自我と心が消える。
 少しずつ、真綿で首を絞められるように眠らされていくかのようだ。
 抗わなければ堕とされてしまいそうな奇妙で不可解な、更には不愉快さを感じさせる何かが心結達に齎されていく。
「眠らない、いいえ――眠れない」
 貴方を、零時の元へゆかせるまでは絶対に。
 果敢に立ち回る心結には抗いがたい眠気が及ぼされていた。其処には絶望の光景まで入り混じりはじめていたが、心結は決して諦めない。
 眠ってしまわぬよう、先程に聞いた問いかけに対しての答えを紡ごうと決めた。
「確かに、絶望が怖くないって言ったら嘘になります。でも……」
 それが、未来への一歩なら。
 心結は胸の奥に宿る想いを強く思い浮かべ、言葉の続きを書の魔人に向けた。
「みゆは、歩むほかありません」
 心結は一生懸命に飛翔を続けていく。敵と相対してリズムを刻む歌を披露すると同時に、心結は零時への思いを声にする。
「覚えていてください」
 みゆは、共に歩む者。支え、時に戦う戦士。
 零時は心結の声を聞き、心強さが更に増していく心地を覚えた。そんな零時の周囲には絶望が具現化したものが広がっている。
 夢想の魔力を帯びた煙が揺らめき、零時の周囲に咲き乱れる百合の花弁が舞う。
 其処に見えていたのは、魔術が使えなくなった自分の姿。
 夢を追いかけることも出来ず、ただあの絵本を故郷で繰り返し眺めているだけの無気力な自分の光景だ。
 そんなものは有り得ない。自分があのまま、何もしないことなどないはずだ。
 だが、きっと――これが絶望なのだろう。
 零時はそれをしかと自覚しながらも、全力で否定した。
「有り得ないことを見せられたからって何だってんだ! 俺は……俺様は、絶対! こんなところで負けるもんか!」
 零時にとって、絶望など当たり前に越えていくものだ。
 何度も繰り返し言葉にした夢への思いを抱き、叫んだ零時は更に魔力を高めた。
 此れが極式。
 真っ直ぐに告げた零時は、化身より放つ螺旋の光を天へ向けて放った。其れは宣誓の灯にして証明。化身を身に纏い、零時は邪なる空気を打ち砕くようにして宣言する。
「もう絶対、夢も記憶も失わない!」
 魔力は夢想空間を貫き、極光となって巡った。
「手放さない! 全部俺様のだ!!」
 この意志は零時の我儘だ。しかしそれは即ち、己のままで此の道を往くという決意の証左でもあった。二撃目が解き放たれた刹那、間髪いれずに三撃目が繰り出される。
「絶望だろうが! 何だろうが! ぶち砕いて前へ行くッ!」
 零時は力強く言い放った。
 その姿を一番近くで見つめる心結は、彼の力に己の思いを添えたいと願った。
 それは最後の一押し。
 心結は彼から教わった魔力を自分に宿していき、書の魔人に最後の光を放とうとしている零時の片手に手を添える。
「心結?」
「……大丈夫。零時なら、あの書を使いこなせます」
 彼女の手の温もりを感じた零時は、その名を呼んだ。心結はふわりと花が咲くように微笑み、信じていると伝えた。
「おう!」
「共にゆきましょう」
「……でも、一人じゃ此処まで来れなかった」
「貴方が望む先――いえ、それ以上を零時なら見せてくれますよ」
「ありがとう、心結」
 大きく頷いた零時は最大の力を紡いでいく。
 心結は知っている。少年はいつだって普通では乗り越えられないようなことも、その意志と真っ直ぐな心を示すことで飛び越えてきた。
 だから、今だって――。
 心結が見守る中、零時は極大の光を自分の前に集めていく。邪神の力も、この世界を侵食するゲートも、纏めて全て消し去ると決めていた。
 零時は全力で叫ぶ。
「我が夢は、何れ全世界最強、最高の魔術師と成る事!」
 されど、最強の魔術師になっても夢は終わらない。其れすらも超え続けて、常に最高の自分に成り続ける。
 零時の強い宣言を聞き、夢想の魔人が僅かに微笑んだ気がした。
 その意味がどんなものであるかは今はどうだっていい。零時がすべきことは極式の極輝煌王を纏い、駆け出すことのみ。
 この一撃に全てを賭ける。

 極式《極輝煌王・破砕》――リ・アクロフォス!

 ひといきに零距離まで跳んだ零時は、超えるべき存在に光槌を叩きつける。
 全世界において最強で最高の魔術師を夢見る少年は、光に包まれた魔導書に手を伸ばした。異星と此方を繋ぐゲートが崩れ落ち、書の魔人の影が揺らぐ。
 零時の目的は書の力を手に入れることだ。
「夢想、お前が欲しい」
「ああ……。あなたこそが……ずっと待ち続けた私の……」
 双眸を細めた微睡む淡紅は笑みを浮かべていた。そして、ひらいた瞳に零時の姿をしっかりと映し込む。
「くれるなら見せてやる、夢の果ての先を――!」
 零時が心からの言葉を伝えた瞬間、その手に夢想の魔人の掌が重なった。

●書の主
 戦いは終わりを迎え、夢想空間は徐々に崩れはじめる。
 それは邪神の力が消え去り、この世界への侵食が止まった証。此処に集った猟兵達が絶望を乗り越え、苦しみや恐怖を振り払った結果、No-FADCE9と星界の邪神のリンクが見事に断ち切られたのだ。
 しかし同時に、夢想の魔人の姿も半透明になっている。
「……ああ、駄目だったみたい」
 俯いた淡紅は残念そうに呟いた。既に主は決まっているが、彼女の様子がおかしい。
「どうしたんだ……?」
 零時が問いかけると、淡紅はその手をそっと離した。
 魔人としての存在が希薄になっていることは誰の目にも明らかだ。
「私ね、邪神様の力に縛られていたの。あの方を顕現させられなければ、このゲートに取り込まれて消えちゃうんだよ……」
 夢想の魔人はこれまでのことを語っていく。
 長く開かれることのなかった魔導書は本能的に主を求めていた。そういうものとして作られた彼女は、試練を超える力を持った相応しい者を待ち続けていた。
 だが、主と巡り合う前に邪神が書にリンクしてしまった。
 やがてやっと魔導書をひらく者が現れたが、あのオカルティストには魔力も志もなかった。されど、邪神は書の魔人にどうにかしてゲートをひらくことを命じた。
 淡紅には邪神の正体はわからない。
 上位存在としての邪神に従うことしか出来なかった。ただ、自分がいいように使われているとしか理解できていなかったという。
 そうして運命は巡り、こうして猟兵が訪れるという現在が訪れた。
「邪神様の力はまだ完全じゃなかった。あなたたちが来たとき、私は倒されてしまうかもしれないって思ったんだ。倒されてしまってゲートが閉じられたら、確実に私も書も一緒に消滅する」
「そんな風に作り変えられてたのか、お前」
 零時に向け、こくりと頷いた淡紅は話を続けていった。
「誰かが主様になってくれたら消えなくて済むかもしれないとも感じていたの。でも……半分当たりで、半分はずれだった」
「どういうことなのです?」
 零時の隣に訪れた心結は、淡紅に問いかける。
 すると魔人は自分を指差した。
「邪神様の影響を受けた、この『私』はやっぱり、ゲートと一緒に消えるみたい」
「そうか……書だけが残るってことか」
 はっとした零時は、彼女が人間体の自分と書を分けて見ていることに気付いた。現に透明になっていく魔人に対して、本の方ははっきりと形が残っている。
 淡紅の腕に抱かれた夢想の書は消えかけてなどいない。
「そうだよ。けれど、『魔導書』の私は主様と共に――あなたと一緒に行けるよ」
 魔人は零時に微笑みかけ、本体である夢想の魔導書を差し出した。つまりは魔人としての姿が取れなくなり、言葉を交わせなくなるということだ。
 邪神の道具にされてしまった以上、これは定められていた運命なのだろう。心結はきゅっと唇を噛み締め、零時も淡紅を見つめた。
「魔人としての夢想とは、ここでお別れなのか……?」
 零時はこの気持ちをどうあらわしていいのか戸惑っていた。魔導書は確実に自分のものになり、記述された魔術を得ることも出来る。
 しかし、其処に宿っているひとつの力が消えてしまう。
 喜びたいのだが、何も気にせずにそうするわけにもいかない。すると淡紅はやわらかな笑みを宿し、零時達に語りかけた。
「でも大丈夫。私は夢想。夢を想う力を魔法に変えるための書」
 あなたが望むなら。
 もしも、また『私』と逢うことを望んでくれるなら、いつか――。
 けれども何を成し、何を願うかはあなたの自由。
 夢想の魔人は零時の手に魔導書を乗せ、静かに微笑んだ。その姿が消えていくことは止められない。だが、零時の手には書に込められた重さがしかと伝わっていた。
 そして――。

「兎乃・零時。夢想の書の所有者として、あなたを認めましょう」

 夢想が紡いだ言葉が落とされた次の瞬間、魔人としての姿は消滅した。
 同時に夢想の空間が揺らぎ、禍々しい邪神の世界と此方を繋げるゲートの残滓が完全に消えていく。そうして、猟兵達は元いた場所に戻ってきた。
 もう其処はただのオブジェが並ぶだけの何の変哲もない山奥。怪しい雰囲気も魔法陣もなく、穏やかな静けさが満ちていた。
「わかったぜ、夢想」
 零時は手の中に残った魔導書を見つめ、敢えてしっかりと笑ってみせる。
 少年がどのような選択をするか、今はまだ決まっていない。魔人を再び呼び出すことに注力しても、魔術を極めることに集中したっていい。
 夢想の書から新たな魔術や力を手に入れたならば、何だって望めるはずだ。
「それじゃあ帰ろうぜ! 心結も、皆も一緒に!」
「はい、ゆきましょう!」
 少年と少女は仲間達の方に振り返り、明るく笑いかけた。
 
 こうして、その日。
 世界の危機がひとつ救われ、ひとりの少年の夢への路が繋がった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年08月30日
宿敵 『No-FADCE9『微睡む淡紅』』 を撃破!


挿絵イラスト